エリー×マリー 〜スキル『TS』が意外と強い〜 (聖璧ノーマル)
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第一部 運命の出会い
第1話 はじまり


ハーメルン初投稿です。
1話目は短いため2話まで投稿予定です。


肉体の強さに加えてスキル、魔法という概念が定義された世界。

 

それが、俺の転生した世界だ。

転生とはいっても前世の事なんかほとんど覚えちゃいない。

 

多分今と同じで性別が男…? だったかと思いだすくらいだ。

基本的に知識は封印されたようになっている。

きっかけがあれば少しは思い出せるが、それまでは霞がかかったようになっている。

すぐに思い出せないのが厄介だ。

中学生程度の知識までは思い出しているはずだが、それでなにか改革などできるはずもない。

 

そしてなにより、この世界には魔法やスキルがある。これらが強力すぎるのだ。

 

スキルは神が一人ひとりに与えた才能と呼ばれ、誰もがスキルを持ちうる可能性を秘めている。

類似したスキルは多々あるが基本的に一人に1つだけのユニークなものだ。

だが取得の条件も千差万別であり、必ずしも取得できるとは限らない。

スキルを取得できるのは二人に一人くらいの割合だろう。

 

優れたスキルはそれだけで食べていける。

稀にスキル取得の遅い者がいて、冒険者なんかをやっていたりすると蔑んだ目で見られることも珍しくない。

 

まあ俺のことだが。

 

魔法は女だけが使え、男は魔法がつかえない代わりに身体能力が高くなる。

 

原始時代はそれで良かったんだろう。

だが魔法が研究され発達した今では男と戦闘能力が同等か、女のほうが基礎戦闘能力が上だと言える。

 

中級までは男女の差はたいしてないが上級になると如実に差が出てくるのだ。

 

その証拠に冒険者や国のトップ集団は女性が7割を占める。

女というのはスキルと魔法が噛み合うと、恐ろしく強くなる。

 

まったく、女って奴は厄介だ。

 

逆に一番価値が低いのがスキルを持たない男だ。

チーム戦においてスキルを持たない男は魔法が発動するまでの肉壁にしかならない。

 

俺みたいなスキルもなく、しがない冒険者は、毎日ソロで適当な魔物を狩って細々と暮らしていくくらいしか道がない。

 

「相変わらずむさくるしい顔だなあ、アレク」

「うるさい。この顔は生まれつきだ」

「ちげえって、辛気臭い顔してっからよ、娼館にでも行ってパーッとやって来たらどうだ?」

 

筋骨隆々のハゲことギルドのおやっさんが声をかけてくる。

口は悪いが気のいいオッサンだ。

今回討伐した魔物を換金しながら、いつもの

雑談をする。

 

 

「…俺も最近、体力の限界を感じてな。」

「あー、まあスキル無しでよくやってると思うぜ? もし本当に限界を感じたらギルドの裏方でもやればいいさ。推薦してやるぜ?」

 

それが戦闘面での体力の事だと気がついたのだろう。

伊達に長年ギルドに所属していない。

 

「ギルド…か。」

「ま、ソロにもかかわらずC級で長年やってきたベテランのお前さんならできるだろうよ。考えときな。」

 

魔力は年を重ねるとともに増加する。

女性なら死ぬまで働けるのだろう。

だが男はそうもいかない。ある年齢を境に体の動きが鈍くなってくる。

実際、俺の同期は死んだか、引退したかだ。

 

ギルドを出て、ふと空を眺める。

青い空は雲ひとつなく、ぽっかりと空いた俺の心のようだった。

 

気を紛らわせるために、雑魚狩りでもしてこよう。

そう考えると最弱の魔物であるゴブリン狩りをしていくことに決めた。

 

ただの弱いものイジメだ。

 

町の南西の森。

ここはゴブリンどもの巣だ。

 

自慢の大剣をゴブリンの頭に叩きつけて潰す。

俺も気が緩んでいたのだろう。十数匹を潰したところでうっかり木の根に足を取られ、転んでしまった。

 

チャンスを逃すまいとゴブリンどもが群れてきたが、しょせん雑魚は雑魚だ。

近寄ってきたゴブリンには容赦なく蹴りをくらわせてやる。

 

何匹かは金的への攻撃となり、睾丸をつぶしてしまう。

 

すまん。

男の矜持として、それはやらないように心がけていたのだが、ついやってしまった。

男としてこれ以上苦しませないように、一撃で首と胴体を分けてやる。

 

 

――スキル「TS」を獲得しました。

 

「…は?」

 

人生でただ一度だけ聞こえるという天の声。

それが今、俺の耳に届く。

 

あっさりと、驚くほどにあっさりと俺は長年夢見てきたスキルを取得した。

 



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第2話 出会い

人生ではじめて耳にする声を聞き、本能的に使い方のわかるスキルを取得した俺はあっけにとられ固まってしまう。

ゴブリン達が逃げ出しているがそんなものに構っている余裕はない。

 

取得条件はゴブリンの睾丸をつぶしてから殺した事……だろうか。

突然のスキル取得に驚きを隠せずにいた。

 

俺だけがよく知る木々で囲まれた安全地帯に移動したことで少し冷静になる。

 

スキル。

 

俺はスキルを手に入れたのだ。

正直に言おう。

俺は年甲斐もなくワクワクしている。

 

若いときはスキルに憧れ、ギルドの公開している先人たちの取得条件一覧を眺めては試行錯誤を繰り返していたこともあった。

 

だが特定の敵を一撃で倒す、○○を複数回採取するなどといったものばかりで、金玉をつぶす……というのは聞いたことがない。

厳密には部位破壊が条件になるのだろうが、それにしたってニッチすぎる。

スキル取得条件をギルドに伝えるだけでそれなりに金が出るのは間違いない。

 

取得条件で達成可能な条件を一つ一つ試しては落胆していた頃を思い出しながら、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

体の奥に意識を集中させる事で使い方がわかるというので、俺もやってみる。

 

……発動させるには願うだけ、効果は永続。

そこまでが直感的にわかるが、肝心の効果がわからない。

例外はあるものの、取得条件の厳しさや発動させるための難易度と、スキルの威力は比例する。

 

俺が手に入れたのは、リスクが少ないスキルのため強力なスキルではないのかもしれない。

攻撃系というより補助系か、強化系と言ったところか。

あるいはまったくの役立たずスキルかも知れない。

 

だが、それでも夢にまで見たスキルだ。

 

「……ふぅ」

 

俺は一度深呼吸して自分自身をおちつかせると、スキルを発動する。

スキルの発動と共に光に包まれ肉体が変化していく。

そしてその瞬間、俺は思い出した。

前世でのTSの意味を。

 

身長が縮む。

筋骨隆々だった肉体はほっそりと、柔らかく作り変えられる。

髪の色は薄いピンク色に染まり、肩にかからない程度の長さまで伸びていく。

 

「まっ…… 止めっ……」

 

声が途中からでなくなる。

声帯も変化しているのだろう。

合わなくなったズボンは脱げ落ち、ブカブカの上着と鎧だけが残った。

俺の身体が書き換えられていく。

アタシの中身もそうだ。

 

……アタシ?

いや、俺は俺だ。

アタシの、いや俺の意識は俺のものだ。

うっかりしていると意識まで書き換えられそうな中、ただじっと耐える。

 

……とりあえず変化が終わったようだ。

重くなった鎧を脱ぎ、肌着のみになる。

身体をまさぐると、あるはずのモノがなく、筋肉の代わりに脂肪でできた胸があった。

 

「なんてこった……」

 

『TS』

性転換するスキル。

大体の創作物では男が美少女になる。

 

アタシ…… いや、俺の前世知識が確かなら、俺は間違いなく美少女だ。

鏡がないので確かめることはできないが。

 

だがそれ以上に問題なのは今の格好だろう。

体格が変わっており、困った事に鎧がブカブカだ。

これじゃあ着けて戦うことなんてできやしない。

取り合えず、肌着は大丈夫だ。

縮んだ身長を補うように胸が出ている。

少し袖が長いが気にはしない。

 

膝あて、鎧の類はサイズが違いすぎてダメだ。

ズボンは紐をキツく縛ることで対処する。

ブーツもぶかぶかだが、ないよりマシだろう。

 

寝ている最中、山賊にでも襲われた貴族のような恰好だがまあいい。

 

装備することのできない鎧はおいていく。

この森は奥に行かない限り、ほぼ初心者向けの魔物しか出ない。

日帰りで学生の腕試しに使われるような場所のため、そもそも安全地帯を探すことすら稀だろう。

……俺みたいにやけっぱちになって夜通し戦うようなアホか、あるいは奥から出てきたはぐれ魔物に襲われない限りは。

 

したがってこの安全地帯に人はほとんど来ないし、実際ここにいて他の誰ともあったこともない。

 

なら、ここに鎧は置いておいて後で取りに来るべきか。

武器を持ってみると、変化前よりやや重たく感じる。

肉体の変化に伴い俺の力が弱くなったようだ。

 

……やばいな、体に慣れるまではしばらく注意の必要がありそうだ。

近くにゴブリンくらいしか居ないのが幸いだな。

 

相手はゴブリンとはいえ、流石に素手で戦うわけにはいかない。

億劫だが身の丈に合わない大剣を肩にかついで、木々に囲まれた安全地帯を抜け出す。

 

「きゃああぁぁぁ!!!」

 

しばらく歩くと崖下の方から女性の悲鳴が聞こえた。

森の奥ならともかく、この辺りは雑魚しかいない。

初心者でも女は同ランクの男より強いのが普通だ。

なにか余程の異常事態が起きているのだろうか。

 

冒険者相互扶助の精神に基づき助けに向かう。

急いで崖に駆け寄ると、ゴブリンの群れが見える。

いや、ゴブリンだけではない。その集団の中には巨大な豚の顔をした魔物がいた。

 

オークだ。しかも手には棍棒のような太い枝を持っている。

ルーキーたちが見かけたら戦わずに逃げろと厳命されている相手だ。

コイツは森の奥を住処としていて、この浅い所に出てくるのは非常に珍しい。

 

 

そこには転んだ金髪の女がいた。

服装から察するに神官だろうか。

神官は攻撃より回復、補助を専門としているのが特徴だ。

 

だがおかしいな?

神官は必ずパーティを組むはずだ。

なぜ神官が一人でこんなところにいるのか。

 

彼女の服は半分破られており、胸が見え隠れしている。

 

崖の高さは身長の三倍くらいか。

……まあ大丈夫だろ。

とりあえず飛び降りるか。

 

落ちる先は地面ではなくゴブリンの頭だ。

ゴブリンをクッションにしつつ、女に襲いかかっていたゴブリンの頭を同時に剣でかち割る。

 

いきなり空からの登場に敵も女も困惑して動きを止めていた。

 

「大丈夫か?」

「あなたは……? お願いです! 助けてください!!」

「分かった。質問は後でな」

 

オークは驚いたようにじっと見つめていたが、それから気持の悪い顔を向けて歩いてきた。

汚い布で覆われた股間は異様に膨らんでいて、アタシ…… 俺の体を見て欲情しているようだ。

 

「ひっ!」

 

気持ち悪い。

その視線に本能的に恐怖してしまい小さな声をあげる。

そうか。女から見た男のゲスな目線というのはこう感じるのか。

 

「テメェ! アタシ相手にクソみてえな目を…… いや違うアタシじゃない…… 俺……」

 

一瞬、アタシ、……俺の迷いを感じ取ったオークは何を勘違いしたのか笑いながら向かってくる。

弱っている獲物は放っておいても構わないというわけか。

ゴブリンどももオークに合わせるように俺に攻撃を仕掛けてきた。

 

自分のアイデンティティが混乱状態にあった俺はゴブリンの一撃をマトモに食らってしまう。

 

「っ痛…… ああ、もう俺だろうがアタシだろうがどっちでもいいや! てめーらは殺す!」

 

一撃を食らって数歩後ずさる。

今はアタシでも、俺でも、どちらでもいい事だ。

大事なのは目の前のこいつ等は敵で、殺す対象って事だ。

 

ゲヒゲヒとオークの不愉快な笑い声が耳に障る中、アタシは魔物を殺す体制に入る。

剣を大振りに数回振るい、近くのゴブリン達を薙ぎ払うと、オークに向けて袈裟懸けに切り付けた。

 

「っ!?」

 

普段ならオークなんて一撃のはずだった。

だが、アタシの一撃は豚野郎の脂肪に阻まれて途中で剣が止まってしまう。

浅く切りつけただけだ。

 

慌ててオークに蹴りを入れ、その反動で後ろに飛ぶ。

距離をとって様子を見てみるが、蹴りも効いていないみたいだ。

 

「クソったれが」

 

身体が小さくなった事であらゆる攻撃の威力が落ちている。マズい。

 

オークは自分が有利だと悟ったのだろう。

見せつけるように手に持った棍棒を振り回してくる。

振り回す棍棒に近くのゴブリンがぶつかり吹き飛ぶが気にした様子もない。

所詮は魔物か。

 

「やめてぇ!」

 

再び女から叫び声が聞こえる。

女の方を見ると、一匹のゴブリンが神官服を剥ごうとしていた。

 

「ちぃっ!」

 

ゴブリンのくそったれめ。

剥ぎ取り用のナイフを背嚢のポケットから取り出し、敵へと投げつける。

ナイフが頭に突き刺さると、ゴブリンは血の泡を吹いて倒れた。

 

残るはオークだけだ。

オークに視線を戻すと、オークの棍棒が腹へめがけて向かってくる所だった。

 

「がっ……! ひゅ……」

 

その一撃が脇腹に響き、声にならない声を上げる。

気がつけば吹き飛ばされて後ろの木に叩きつけられていた。

 

……マズい、意識が一瞬飛んでいた。

あばら骨も折れてるかも知れない。

 

ゴブリンに気を取られているのが仇になった。武器も落としてしまっている。

 

「………… …………っ!」

 

女が声をかけてくれているがすまん。

今のアタシにはよく聞こえないんだ。

神官らしく神にでも祈っといてくれ。

 

立てないながらもかろうじて顔を上げると、フゴフゴと汚い笑い声を上げながらアタシに向かってくる。

布に隠れて見えないが、オークの股間がそそり立っている事にアタシは本能的な恐怖を覚えた。

 

何か、何か武器を。

アイツを破壊できる武器を!

なにかないのか!

 

アタシの焦りを気にすることすらせず、オークは悠然と歩いてくる。

 

「く、来るな来るな来るなあっ!」

 

辺りの石ころを投げつけながら後ずさるも、オークは笑いながら眼の前まで来た。

 

 




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第3話 魔法

オークがアタシの首根っこを掴んで持ち上げると、気持ち悪い豚顔で見下している姿が目に入って来る。

このまま襲われる……?

 

「ひいぃつ!」

「落ち着いて下さい!【時にやすらぎを、時に平安を、静寂なる湖のごとく】〈精神安定〉!」

 

 

恐怖で女子供のように無我夢中で暴れて手足を振り回していたが、神官の使った魔法を受ける事で、心が落ち着いて来る。

 

助かった。

ちょっとした恐慌状態になっていたようだ。

 

体が変化した影響だろうか。

普段以上に慌てていた。

冷静さを取り戻すとともに、全身に力が巡っている事に気づく。

 

アタシはこの力を知っている。

女だけが使える神々の力、魔法だ。

その時アタシは理解した。

 

「ああ、そっか。 ……アタシ、魔法使いなんだな」

 

魔法を訓練した事はない。

だが基礎魔法なら詠唱も要らない事は知っている。

 

眼の前には気持ちの悪い豚野郎。

どうする……?

決まっている!

 

アタシは足に氷を纏わせ、氷で出来た棘を作り出す。

次に足に風を集めて蹴りに思い切り勢いをつける。

そのままの勢いでオークの金玉を氷の棘で蹴り飛ばす。

何かが潰れる音がして、柔らかい肉に棘が突き刺さった。

 

「ブギイイイイ!!!」

「気持ちの悪い鳴き声だな。まあさっきよりはマシか」

 

オークはアタシの手を放してうずくまる。

前かがみになったオークは激痛に身を耐えているようだった。

 

すまねえな。

今のアタシには男としての矜持なんてねぇんだ。

こんな雑魚相手にビビっちまった事がムカついてすらいる。

 

「まだまだ頭が高いぞ豚野郎。アタシに汚えモン見せつけんじゃねえ、潰すぞコラ」

 

もう潰したけどな。

ついでだ。もう一つ潰してやる。

アタシは同じ目線まで下がったオークの顔を、熱くなった手で握り掴んでやる。

 

「…………ブヒッイッ!」

「アタシの中はあったかいだろ? もっと激しく燃えようぜ」

 

手から炎が吹き出す。

アタシの手を剥がそうとオークは慌てて両手を伸ばしてくる。

だが、もう遅い。

 

親指を目玉に突き刺して固定し、炎を頭の中に直接送り込む。

魔法には詳しくないが、基礎魔法と言えども中からオークの脳みそを焼き潰すことくらいはできるようだ。

 

やがて動かなくなったオークは、うつ伏せに倒れた。

焼け焦げた顔はもはや見えない。

 

「豚野郎は地面にキスするのがお似合いだな」

「あれだけの威力で無詠唱!? いったい何のスキル……?」

 

なにやらぶつぶつ呟いてうるさい女だ。

とりあえず声でもかけてやるか。

 

「手間取っちまってすまねえな」

「いえ、ありがとうございます。すいません、その、お名前は……?」

 

深く頭を下げてくる神官に名前を聞かれて少し戸惑う。ボロボロにされて胸すらも隠しきれていないが、元は上質の服だったのがわかる。

本名のアレクだと色々と面倒くさそうだ。

 

「あ、失礼いたしました。私はバレッタ伯爵家の七女、エリス・バレッタと申します。魔王討伐隊の選考メンバーの一員として神官の任務についておりました。」

 

アタシの沈黙を勘違いしたのか向こうから名乗ってくれる。

バレッタ伯爵か。確か二つ隣の領主だったはずだ。

 

何故こんなところにいるのか。

それに、彼女から漂うこの匂い。

魔物寄せの香だ。

 

……厄介事を抱えてしまったのは間違いない。

 

「……ただのマリーと呼んでくれ。悪いけどアタシは敬語ができないからお貴族様を不快にさせてしまうかもしれない。先に謝っておくよ」

「ありがとうございます。 ……では私も愛称のエリーで呼んで頂いて構いません。 改めて命を助けて頂いた事にお礼を申し上げます」

 

深々と頭を下げてくる。

最近のお貴族様にしては大分殊勝な心がけだ。

だが、貴族に頭を下げさせている所を他の人間に見つかったら最悪首が飛んでしまう。

 

「アタシよりアンタの立場が偉いんだ。よしてくれ。」

「いいえ、私も神官として魔王討伐隊の選考メンバーとして選ばれた時、伯爵の家格は一時的に返上しております。今の私は貴方と同じ一介の冒険者に過ぎません」

「一時的に返上ねぇ……」

 

完全に訳ありだ。

この三百年魔王は倒されていない。

代々勇者と呼ばれる者が選ばれジワジワと魔族の住む領土へ侵攻しているがそれでも後五百年はかかると言われている。

それの選考メンバーに選ばれるだけで家格を取り上げるとは。

 

「ちなみに、エリーの親父さんはどんな人だ?」

「それが私が幼い頃、母が亡くなる前に一度会ったきりでどんな人だったかまでは……」

「ああ、そうだろうな。大体予想通りだ。予想より重いけど」

「あ、ですが今回の討伐で見事魔王を倒せばお父様も認めてくれると上のお姉さま方が言っておりました」

 

やめろ。華のような笑顔でアタシを見るな。

心に刺さる。

 

だが大体事情は察した。

妾の子で捨ててもいい駒を討伐隊として厄介払いも兼ねて出したってとこか。

 

……魔物寄せの香を焚く理由が分からねえな。

なにか権力争いに巻き込まれたか。

 

「わたくし補助と回復魔法に関してはお姉さまよりも上でしたから、そこが評価されたのかもしれませんね」

 

そうだな。

評価されて魔物寄せの香を…… ねえな。

お姉さま方とやらがなにか仕組んだんだろうな。

 

とはいえ家から捨てられたというのを直接指摘するには心が痛む。

どこまで関わるかわからん相手だ。

黙っておこう。

 

「あら、マリーさん手が…… ああ、私とした事が気が付かず申し訳ありませんでした!」

 

そう言うと慌てたように彼女はアタシの手を握り、呪文を唱え始める。

 

「【白き精霊よ、その御手を癒やし給え】〈ヒール〉」

 

精神が高ぶって気が付かなかったが、炎の魔法による反動でアタシの腕も火傷を負っていたようだ。

魔法の腕は確かなようで、みるみる手の傷が治っていく。

 

「良い腕前だな」

「そうでしょう? 私、本当は学ぶのを禁止されてたんですけど、掃除洗濯の仕事が得意だからと言うことで、メイド長が特別にお時間を下さって家庭教師の話を聞く事ができたんです!」

 

華のような笑顔に少し自慢げな様子がとても可愛らしい。アタシが男だったら惚れてるかも知れない。

 

……でもね、普通は令嬢が掃除洗濯をやらないんだよ。メイドのシゴトなんだ。

一方的に心の傷を抉らないでくれ。

 

「今回はお姉さま方専属の執事に力が強くなる特別なお香を頂いて、ここで実力を試してから王都の選抜へ向かうはずでした。 ……ですがうっかり崖から滑り落ちてしまって……」

「分かった、分かったから! ともかくエリーはアタシが絶っ対に街まで連れて帰ってやるからな! 安心しろ」

「? え? はい、お願いします。」

 

これ以上エリーの身の上話を聞くのはアタシの心が持ちそうにない。

話の腰を折って、無理矢理にでも街へ連れて帰る事にする。

そのあとのことは…… うん、帰ってから考えよう。

 

「ここからだと迂回が必要だから、今の時間だと早くても夜だ。だからアタシの知ってる安全な場所で一泊してから街に帰る。良いな?」

「え、ええ。構いません。 執事の人が言うには森の奥から街へ出る隠し道があると聞きましたが、そこから向かうのでしょうか?」

「……残念だがその抜け道は嵐で潰れた。アタシの知ってる道を使う」

 

顔も見たことがない執事とやら、いつか会ったら殺してやるから覚悟しろ。

 

「分かりました。荷物は今持っている物がすべてですのでそのまま向かいましょう」

「ちょっと待ってな。流石にその格好で街に行くのはマズいだろ」

「ですが代わりの服も無いので…… え? あの、何を…… あっ!」

 

アタシは自分の服をナイフで引き裂いて、その布でエリーの胸を隠してやる。

 

「エリーの服に比べたらたいしたことない。気にするな」

 

エリーがアタフタしているがエリーの服よりずっと安いボロ服だ。

アタシも腹が露出するが、エリーの胸が見え隠れするよりマシだ。

 

元々着ている服はボロボロで服としての機能が失われている。さらに魔物寄せの香が染み付いている。

オーク共の死体近くに置いていって貰おう。

 

……一昼夜もすれば他のゴブリンやら動物やらが死体共を食べ尽くし、ぐちゃぐちゃになってわからなくなるだろう。

 

 

……しかしエリーの胸も結構あるな。

今回はあの胸を見れただけで良しとするか。

俺のちっちゃな役得ってとこだ。

 

……ん? 今なにか違和感が……

 

「マリーさんありがとうございます! この御恩忘れません! お礼になんでもいたします」

「良いよこれくらい、冒険者のよしみだ。 ……あと女は気軽になんでもなんて使うんじゃない」

 

俺が理性を飛ばして襲いかかったらどうするんだ。 ……ん? 俺?

 

「ありがとうございます!」

「お、おい抱きつくな! とりあえず移動するぞ」

 

なんとなく分かった。

女に欲情している時は『俺』に戻るらしい。

本当の意味で女になっていないのか、あるいはスキルがなにか影響しているのか?

 

まあいい。

 

安全地帯まで移動した時点で、日は暮れかけている。

夏場とはいえ夜は少し冷えるので、虫よけの香を焚き。寄り添って眠る事にする。

焚き火は薪を集めるには遅すぎるので却下だ。

 

「マリー……お姉さまって呼んでくれてもいいでひゅよ〜」

 

コイツはどんな夢を見ているんだ。

俺のほうが年上だコラ。

……今の姿は年下に見えるのだろうか。

 

 



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第4話 ギルド

朝が来た。

 

近くで用を足し、近くの水場から水を汲んでくる。

……用を足すとき困ったのは墓まで持っていく秘密だ。

 

「わあ、新鮮な木の実ですね!」

 

マルベリーが生えていたので採ってエリーにあげると素直に喜ばれた。

うん、こんな程度で喜んでもらえて嬉しいよ。

そんなこんなで諸々の支度をしてから歩きだし、街に到着したのは昼を少し過ぎた頃だった。

 

「ちょっと君たち、少し止まってくれるかな?」

 

街へ戻ると門番に停められる。

やはりこの服装ではマズかったか。

 

よく見るとこの門番、顔見知り程度には知っている仲だ。

正直に話してもいいが、色々と面倒ごとになりそうだ。

少なくとも酒の肴にされるのは間違いない。

冒険者の面子的にあまり良くない。

 

アタシはマリーに目配せをすると話を作ることにする。

 

「あー、アタシは冒険者をやろうと思ってバレッタ地方からこの街に来たマリーだ。こっちはエリー、村から出る途中にウマがあってな、一緒に冒険者をやる事にした」

「えっと、その格好で……?」

 

だよな。普通に考えてツッコむよな。

 

「あの森が腕試しに良いって聞いていたからゴブリンの首でも土産がてらギルドに持って行こうと思ったんだがな、迷子になって2日ほどさまよってたんだ。エリーの荷物も川に流されてしまうし、しょうがないから二人で服を分けたんだ」

 

門番は訝しむようにこちらを見ている。

少し厳しいか?

 

「うーん、まあ良いや。とりあえず話を通しとくから最初にギルドによって行ってね。入関税持ってる?」

「ああ、一人銅貨八枚だったな」

 

あらかじめ用意してあった銀貨と銅貨を渡して中へ入る。

どうやらバレずに切り抜けられそうだ。

 

「あ! ちょっと待って!」

 

急に呼び止められた。

なんかマズい所でもあっただろうか。

 

「そんな野生児みたいな格好じゃみんなの目の毒だから、これ着ていきなよ」

 

そう言うと、少し古めの上着を二着渡してくる。

夜勤の着替えのようだ。

 

お前……気持ちがわかるぞ。

エリーは美人だから恩を売ってあわよくば……って考えてるんだよな。

ありがたくいただくぜ。

 

「ありがとうございます、門番さん」

 

エリーがニッコリと笑顔でお礼を言う。

おっさんもニンマリ笑顔だ。

良くやったぞエリー、アタシも真似してお礼を言っておくか。

 

「オッサンありがとうな」

 

上目遣いでほんの少しだけ胸を見せるように頭を下げておく。

うん、目線が下に下がった。

 

娼婦のやり方だがどうやら効果があったらしい。

こいつへのお礼は元男であるアタシの胸の谷間で十分だろう。

 

……ちょっと恥ずかしいな。

 

「コホン、えっと、オッサンじゃなくてお兄さんと呼びなさい」

「ありがと、お兄ちゃん!」

「がはっ!」

 

軽く咳をしてごまかしている門番をお兄ちゃん呼びしてやる。

これはサービスだが、かなり効いたようだな。

 

門番は小さくお兄ちゃん……お兄ちゃん……と繰り返している。

 

……新しい扉を開いてしまったらしい。

まあ、これでバレても酒の肴にされる事はないだろう。

最悪の場合は正体をバラして逆にネタにしてやる。

冒険者はメンツが大事だからな、死なばもろともよ。

 

よく状況が分かっていないエリーを引き連れて俺はギルドへと足を運んだ。

 

「エリー、悪いけどしばらくここで待っていて貰えるか」

「わかりました」

 

エリーにはギルドの横に備え付けた酒場で待っていて貰い、俺はいつものおやっさんの所へ向う。

 

「おやっさん。一日ぶりだな。元気だったか? ちょいと困った事になってな」

「誰だお前? ガキの遊び場じゃねえぞ?」

 

おやっさんがギロリと俺を睨みつける。

 

「そっか分かんねえよな。アタシ…… 俺だよ俺」

 

アタシは首にぶら下げているギルドの証明タグを渡した。

それを見たおやっさんの目が大きく開かれる。

 

「お前…… どこでこれを?」

「どこでって、元から俺のだ」

「あの馬鹿野郎…… こんなガキをかばって逝っちまいやがったのか……」

「おやっさん? なんか勘違いしてない? つか話聞けよ」

 

それから誤解を解くのにしばらく時間がかかった。

今はスキルの詳細聞き取りのために特別室に案内されている。

 

「って事はお前がアレクか? ホントに?」

「いや、納品した魔物からお気にいりの娼婦まで全部洗いざらい吐いただろ。なにを疑ってんだよ」

 

「いや、プフッ…… だってよそりゃナニが無くなって帰ってきたらナニを疑うよなあ!」

「こっちは笑い事じゃねーんだよ!」

「いや、プフッ、すまねえ。 しかしこんなユニークなスキルがあるとはなあ! 美少女だぜ?お前」

 

そう言って笑いながら鏡を差し出してくる。

悔しいが確かに美少女だ。しかも俺の好みの。

15、16歳くらいの薄いピンク色の髪。

ショートカットの女の子がプリプリと怒っている。

その姿を見て、鏡の中の女の子がため息をつく。

 

「ムリだな。戻し方が分からん。」

「スキルなんて使いこなせばできない事もできるようになるもんさ。しばらく使い潰して見ると良いぜ」

「とは言ってもな、もうすでに発動してしまっているし…… ん、待てよ」

 

ふと、スキルを再度発動出来るような気がした。

鏡をおやっさんに返すと、試しにもう一度スキルを使って見る。

するとスキルが発動し俺の体格が変わっていくのが分かる。

 

しばらくの間、十秒くらいだろうか。

うずくまってじっとしていると変化が終わったのが分かった。

 

門番から貰った服は程よいサイズになっており、胸の脂肪はなく、筋肉のハリも戻っている。

変化が終わると俺は顔を上げた。

 

俺の顔を見たおやっさんはしばらく固まってしまう。

そんなに体の変化が不気味だっただろうか。

 

しばらくして、やがて我慢できないというように肩を震わせると……

 

「ブワッハッハッハ!!!」

 

大爆笑した。

 

「お前なあ…… 誰だよ?」

おやっさんがニヤニヤしながら鏡を再び渡してくる。

 

鏡の中には十代の若い頃の俺を百倍くらいイケメンにしたような顔が写っていた。

薄いブラウン髪に澄んだブラウンの瞳。

プチ整形を百回くらい成功させてエステに半年くらい通ったらこうなるのではないだろうか。

 

名付けてキレイな俺、女装バージョン。

俺が吹き出すと、鏡の中のイケメン野郎も吹き出す。

 

……ひとしきりおやっさんと爆笑したあと、俺は死にたくなった。

 

「つまり、どうやっても元のお前には戻れない、と」

「ああ、そうだな。ピンク髪の女、そしてキレイな俺だ。この二種類しか変化できない」

 

あのあと何度か試したが駄目だった。

というかもう自分の元の顔がわからなくなってきた。

 

ちなみに今アタシは女の姿だ。

正直男の顔は慣れるまでキツい。

服装もキツい。色んな意味で。

 

「まあいいぜ、とりあえず新しいスキルとして報告しといてやる。レアだから金貨三枚くらいは出るだろ」

 

これからゴブリン達はスキル無しの冒険者達に股間を蹴られ潰され続けるのだろう。合掌。

 

「いやー、笑った笑った。これからも冒険者として頑張ってくれよ、マリーちゃん?」

「ちゃん付けはやめろ。あともう一つ厄介事がある」

「ああん? 今度はなんだ? 魔物にでもなんのか?」

「茶化すな。実は森でだな……」

 

俺はエリーの事を話した。

ふざけていたおやっさんだったが段々と真剣な顔になっていき、魔物寄せの香の話をすると明らかに不機嫌になっている。

おやっさんは、真剣な顔をして口を開いた。

 

「実は昨日、バレッタ伯爵家からの依頼があった」

 

曰く、妾の子であるエリス・バレッタを騙る者が現れた。

本人は神官として身分を捨てて神殿にて訓練後、魔王討伐隊のメンバー選抜試験を受ける予定だったのだが、途中で魔物に襲われ亡くなってしまった。

 

一応神殿に入る事で伯爵家と無関係になっているとはいえ、名前を騙っている者がいたら故人の名誉のためにも捕まえて欲しいとの事だ。

 

これには長女から四女まで連盟で名前が書かれているという。

 

「最悪だな。徹底している。クソみたいな手際の良さだ、帰ったら捕まるのか」

「ああ。伯爵家の連名なんざ簡単にはひっくり返せねえ、少なくとも本名を名乗らせないようにしないとないけねえな」

「くそったれめ」

「とりあえず、エリーとやらの扱いは会ってから判断するさ…… アレクおめぇ、最近厄介事の神様に愛されてるんじゃねぇのか?」

 

俺は答える代わりにため息を一つついて、

肩をすくめて見せた。

 

酒場へ来てみると、なにやら騒がしい。

トラブルでもあったのか?

 

「エリーちゃん! エール三杯!」

「エリーちゃん! 俺も一杯チョーダイ!」

「さっき作ってくれた飯、また作ってくれ〜」

「はいはーい、ちょっと待っててくださいねー」

 

「おや、アンタがマリーちゃんかい? エリーちゃんと働き口を探してるっていう」

「え? いや違う。違わないけど違う。なるのは冒険者の方だ」

 

「はぁ? あんないいコを冒険者に? バカ言うんじゃないよ」

 

酒場の女将に呆れた顔をされてしまう。

 

「おいこりゃどういう事だ?」

 

おやっさんが袖を引っ張って質問してくるが、アタシにもなにがなんだか分からない。

 

女将から詳しく話を聞く。

なんでも最初は冒険者が絡みにいったことがきっかけだったらしい。

 



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閑話 酒場のエリー

マリーが出ていってすぐ、ガラの悪い冒険者が声をかけてきた。

 

「エリーちゃんって言ったかい? 俺と一杯お茶しよーぜえ」

 

男は新米やカモによく絡みに行く事で有名な冒険者だ。

腕はそれなりだが評判は当然悪い。

周りの冒険者もその様子に嫌悪する者、好奇の目で見つめる者など様々だ。

 

「ごめんなさい、人を待たせておりますし手持ちも無いので……」

「へへっ安心しろよお! 俺がた〜っぷり奢ってやるからよお」

「えっ、良いんですか!? ではお言葉に甘えさせて頂きますね」

「へ?」

 

男は場違いな所にいるお嬢さんに絡んで嫌がらせしてやろうかと思っていただけだ。

まさか、笑顔で承諾されるとは思っていなかった。

目を輝かせて笑顔になるエリーに男はドギマギして挙動不審になってしまう。

 

「私こういうお店初めてで…… よろしければどのような料理が美味しいか教えて頂けないでしょうか」

「いや、ここは…… ああ、くそっ! へへっ! お嬢ちゃんみたいなやつには、特盛肉皿がオススメだぜえ!」

 

最初は場違いな雰囲気を漂わせるお嬢さんを嫌がらせしてやろうとしていた男だが、毒気を抜かれてしまい困惑する。

気を取り直して絡みなおそうとするも、普通にオススメ料理を回答してしまっていた。

 

「お肉ですか? 私も机で食べていいんですの?」

「は?」

「私、食事のときは台所で料理を作る手伝いをしながらパンと野菜スープばかりでしたので、その……肉というものをあまり食べたことがなくて」

「…………」

「あ、でも少しは食べました! 料理は味見をしないといけませんから! それにお姉様達はお肉の食べすぎでコルセットがキツいと嘆いておいででしたから、あまり食べないほうが良いのかもしれませんね」

「……バカやらー、好きなだけ食いやがれ」

 

気がつくと男は涙を流していた。

失いかけていた彼の良心が刺激されたのだろう。

 

「ありがとうございます、お礼になんでも……は出来ませんけど、手料理をごちそういたします、色々と教えてくださいね」

 

その笑顔はまるで辺りに花を咲かせるかのようなキレイな笑顔だった。

男はゴクリとツバを飲み込む。

 

「アンタ達はなに馬鹿な事やってんだい」

女将がやってくると男の頭をお玉でコツンと叩くと、男は痛そうに頭をさすっていた。

 

「エリーとか言ったね。なにしにここへ来たんだい?」

「えっと、マリーさん、あ、私の連れ合いのお名前です……。マリーさんがギルドでなにか相談をしてくると言うことで待っておりました」

 

「ここでの相談事っていったらアレだね。職探しだね。横から聞かせてもらったけどアンタ料理ができるのかい?」

「はいっ! 魔物退治は苦手ですが、掃除洗濯にお料理までは一通りはこなせます!」

「ちょっとこっちに来な。」

 

女将は奥にエリーを招き入れた。

そこは厨房になっており包丁やまな板など料理人の器具が並んでいる。

そこで女将は近くにある食材を適当に見繕って渡してきた。

 

「これで試しに作ってみな。なんでも良いよ」

「はいっ! 任せてください!」

 

そう言うとテキパキと料理を作り始めた。

イノシシ肉はステーキにして一口サイズに刻み、塩と香草で味付けをしていく。

出来上がった一口サイズのステーキは葉野菜を敷いた皿の上に載せる。

そこにピーマンとブロッコリーを刻み焼いた野菜を添えて盛り付け、完成だ。

 

「お上品な料理だねえ」

 

エリーは知らないがこの店では冒険者をメインにしているため、盛り付けよりも量を重視しているのだ。

女将が肉を一つ食べてみると顔がほころぶのが分かった。

 

「……あら美味しい。これどうやって柔らかくしたんだい?」

「魔法です。相手の鎧を柔らかくする魔法をお肉にかけました!」

「へぇ……。こんな魔法の使い方もあるんだねぇ」

「さっきのお兄さんにも召し上がっていただきますね」

「あ、ちょっと待ちな」

 

女将の静止の声は届かず、先程の男へと料理を持っていく。

 

「おまたせしました!」

「……良いのか? だって俺はお前に……」

「ええ! 先程お約束しましたからね。どうぞ召し上がって下さい!」

 

恐る恐る料理を口に入れると、男の顔がほころぶ。

 

「うめぇ……。俺にもようやく春が来たんだな……。永かった……」

「アホな事言ってるんじゃないよ!」

 

奥から再び女将が出てくるとお玉で再び男の頭を小突き、呆れたように話しかけてくる。

 

「色々と勘違いしてるようだけどね、アンタ。これは元々エリーちゃんからのお礼だったろう? 施す前にお礼貰うなんて、なーに考えてんだい」

 

ギロリと睨みつける女将に男もタジタジだ。

 

「いてて……。わかったよクソ、しょうがねえ。エリーちゃん食べたい物を奢ってやるぜえ」

「えっと……。私、皆さんと楽しく食べられる事が一番です!」

 

ここに来て何を食べたらよいか検討もつかないエリーは、とりあえず皆で食べられるモノを頼むことにした。

こうすれば皆幸せになれると考えて。

そこで女将はニヤリと悪い顔をして口を挟んでくる。

 

「よし! 決まりだね! 楽しく食べられるようになる魔法の飲み物、酒をおごりな!」

「ちっ、オバハンがしゃしゃり出やがって。構わねえよ。好きなだけ飲みやがれ……。いてっ、何度もお玉で殴るんじゃねえ」

 

オバハンと言われたことに苛ついたのかお玉で更に頭を小突くと、次に周りに向けて大きな声で話し出す。

 

「みんな、聞いたろ! 今日の酒はコイツの奢りだよ!好きなだけ飲みな!」

「マジかよ!」

「ヒューッ!やるう!」

 

日が高いため数は少ないながらも筋金入りの酒飲み達から歓声があがる

 

「はぁっ!? なんで俺が」

 

「どうせ今なら人も少ないから良いだろ? ツケといてやるから、いつもいつもイチャモンつけてばかりじゃなくて、こんな時くらい男気みせな!」

 

女将に一喝され、男は何も言えなくなる。

 

冒険者にはメンツがある。

この状況では引くに引けない。

がっくりとうなだれた男を尻目に、女将は料理の準備へと移る。

 

「ひゅー、流石だなあ!」

「よっ! 色男」

「ナイスだぜエリーちゃん!」

「ついでにウザ絡みの男にも乾杯!」

 

昼間から飲んだくれてはやしたてる冒険者と、ガッツリお金を搾り取られ凹んでいる男の姿があった。

 

 

「さて、昼間っからとはいえ少し人手が欲しいね」

「でしたら私も手伝います!」

「ん、無理しない程度に頼むよ。着替えは予備があるから着てな」

「はいっ!」

 

 

そしてエリーは酒場の給仕を行っていく。

 



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第5話 パートナー

なんやかんやで館でメイドとして学んだ丁寧な給仕と持ち前の笑顔であっという間に人気を掴み今にいたる……と。

 

「おいマリー、この子一人でもなんとかなるんじゃねえか?」

「奇遇だな。アタシもそう思う」

 

「あ、マリーさん! 用事は終わりましたか?」

「ああ、一応な」

「それでしたらマリーさんも一杯どうぞ! なんだかよく分かりませんが、あの人の奢りだそうですよ!」

 

見るといかつい男がしょんぼりとした顔をしている。

アイツは適当な奴に絡んではたまにボコられてるE級冒険者、通称『ウザ絡み』じゃないか。

あいつなら別に良いや。

 

 

「エリー、アタシも飲みたいが少し話がある。向こうまで来てくれ」

「おう、俺達のエリーちゃんを取るんじゃねぇぞ」

「そーだそーだ!!」

「ついでにお前もメイドになれ!」

 

酔っ払い共め。

いつからお前らのエリーになったんだ。

お前ら酒と蛮勇だけが友達だろうが。

 

だが、まあいい。

適度に注目されていい機会だから宣言しておくか。

 

「おうお前ら! アタシ達はこれから冒険者として世話になる。よろしくな! こっちはエリーだ。姓はない! そしてアタシがマリア、マリーって呼んでくれて構わないぜ!」

 

一瞬酒場に沈黙が満ちる。

だが次の瞬間には歓声と拍手が起こった。

 

「おう、可愛いねーちゃん達なら歓迎だぜ!」

「エリーちゃんと冒険できるんですかー! やったー!」

「マリアちゃんも女同士よろしくねー」

「これは革命が起こる……。『写真家』を呼ばなければ」

 

最後のお前、革命って街の美人写真売買ランキングだろ。

盗撮スキル持ちごと後でボコるから覚悟しとけ。

なに、昔は世話になったよしみだ、手加減してやる。

 

手続きをしてくるぞ、と伝えてエリーの手を引いていく。

 

 

「マリーさん……」

「おう、悪かったな急に決めちまって。そうでもしないとアイツら止まらねーからよ」

「いえ、それは良いんですがマリアさんが本名だったんですね……」

 

あ、正式に名乗ってなかったな。

 

「あ、ああ、すまん。それよりこれからの事なんだが……」

「はい! 分かっておりますわ。冒険者として頑張ります!!」

 

適応が早いなおい。

早すぎて少し調子が狂うぞ。

 

「こうなってしまっては選抜試験に間にあいませんもの。それに、冒険者としてなら魔王討伐メンバーの選抜で選ばれなくても、魔王と戦う術はいくらでもあるはずですわ」

「あー、それがだな……」

 

アタシは説明する。

エリス・バレッタという人間は魔物に襲われて亡くなった事になっていて、その証拠も出てきていると。

森の奥にはオークより強い魔物がいるので生きて帰れない事。

身分を騙るものがいるらしく、逮捕するように言われているので名乗り出ても捕まってしまう事。

 

「そうでしたか……。道理で私には身分を証明する物を一つも持たせて貰えないと思っておりました」

「ああ、という訳でエリス・バレッタと言う人間はもうこの世界に存在しない」

「なら仕方ありませんわ。私も名前を捨てて、ただのエリーとして一から出発します!」

「ほんっとうに適応が早いな!」

 

おやっさんも耐えきれずにツッコミを入れる。

アタシも同感だ。どう慰めようか考えていただけに、こんなに適応が早いと逆に困る。

 

「だって、本来なら消えて亡くなっている命ですもの。今こうして立っているだけでも奇跡に近いものです。それがこうしてマリーさんのほか、優しい皆さんと笑いあえるなんて素敵な事じゃないですか?」

 

何事もなかったかのように笑うエリーの中に、アタシは本当の強さを見た気がした。

 

「エリーは幸せになる才能を持っているな……。アイツらが優しいかどうかはさておき」

「でも捨てた名前とはいえ私の名前を騙る人にはお仕置きが必要ですね」

「いやお前だよ」

 

細かい所が微妙に伝わっていなかったようだ。

 

「それで……エリーはどうしたいんだ? 一応、冒険者じゃなくてこの街の給仕としてもやっていけると思うが」

 

細かい補足を終え、エリーに意思を確認する。

ここで給仕として働くならベストだ。

懸念していた復讐の可能性も多分ないだろう。

願わくば新しい人生を謳歌して欲しい。

 

「アタシの命を救ってくれたのはマリーさんです。マリーさんのご迷惑でなければ冒険者として貴方のお手伝いさせてくれませんか?」

 

即答してくるエリー。

その目に迷いはない。

 

……少し困ったな。

今までソロでもやってこれたし、これからも一人で行く予定だったんだが。

ニヤニヤ眺めてきてウザいおやっさんの視線を無視してアタシは考える。

 

現状、スキルのせいで俺自身の戦力が微妙になっている。

現にEランク級のオークにすら手こずる始末だ。

 

少なくともスキルの検証と魔法の理解を深める時間は必要に違いない。

その間一人で、と言うのは戦力的にも金銭的にも少し辛い。

 

そう考えると、これは乗っておくべきか。

 

「分かった。パートナーとしてよろしく頼むぜ」

 

そう言うとアタシは右手を差し出した。

その右手に対してエリーは片膝をつく。

 

「私エリーは貴方に命を救われました。そのお礼としてお側にお仕えいたします。」

 

アタシの手の甲にエリーは優しく口づけをする。

自然と上目使いとなったエリーは俺の言葉を待っているようだ。

 

「……えいっ」

 

とりあえず思いっきりデコピンした。

 

「痛っ! いきなり何しますの!?」

「それはこっちのセリフだ。パートナーとしてって言ってんだろ。アタシもエリーも対等だ、上も下もねぇ」

 

今のは家臣の礼かなんかだろ。

しかも男が女にするやつだ。

もっとフランクで良いんだよ。

 

アタシはエリーを無理やり立たせて改めて手を差し出す。

 

「それじゃあ……。えっと、よろしくお願いします。」

「おう、よろしくな」

 

おずおずと握った手は柔らかく、しかし強く握り返してきた。

 

「ハッハッハ、これにて一件落着ってか!」

 

なんでおやっさんが締めてるんだ。

 



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第6話 スキルと魔法

女将にはおやっさんから事情を話してもらうことにした。

なんでも『カミさんに伝えるのは俺の役目!』とのことらしい。

お前のカミさんだったのかよ。

十年以上の長い付き合いだが初めて聞いたぞ。

 

まああれでも元B級冒険者パーティの一人だ。

悪いようにはしないだろう。

 

そして今、アタシとエリーは宿屋の一室にいる。

 

今後のこと、そしてアタシのスキルについて話すためだ。

 

「一応、パートナーとなったエリーにはアタシの事を話しておくぞ。当然だが他言無用で頼む。」

 

スキルは基本、万が一を考えて公開する事はあまりしない。だが、エリーにこのスキルを隠し続けるのは検証の上でデメリットが多い。

 

まあ万が一バレても評判はともかく戦闘の上ではあまりデメリットがないし、マリーとしてある程度の地位を築いておけばキレイなアレクに変化してもヤバい風評は立たないだろうという計算も含んでいる。

 

「はい! 絶対に漏らしません!」

「まあ、そう固くならなくていいぜ。アタシのスキルは……見て貰った方が早いか」

 

そう言うと、俺は性別を変化させた。

 

「えっ? ……えぇっ!?」

「こんなふうに性別を変える事ができる。今の俺だと身体能力が強化されてC級程度の強さだ。ただし魔法は無理だな」

 

正確には魔法が少し使えそうな気もする。

だがまあ、今話す事でもないだろう。

いつか検証の際に少し付き合って貰おう。

さっさとマリアに戻って説明を続ける。

 

「……とまあ、こんな感じだ。名前はアレク。今のマリアって名前はアタシが子供の頃につけられそうになった名前だな。女の子ならマリアにする予定だったらしい」

 

流石にエリーもあっけに取られたようだ。

まあ俺もこんなスキル聞いたことがないし驚くのは当然だな。

エリーは男に耐性がないのか段々と顔を赤らめていく。

 

「まさか、パートナーってそういう……」

「まて、誤解だ!」

「いえ、マリー……アレク様が望んだ事であれば伽に関しては詳しくありませんが……。優しくしてくださいね?」

「そういう意味じゃない!」

 

あらぬ誤解をしていたようだ。

俺はエリーの一瞬見せた大人の色気にドキリとしつつも、話を元に戻す。

 

「まあとりあえず、スキルを覚えたから検証をしようとしてたらエリーを見つけたって訳だ。だから魔法使いとしては初心者だぜ?」

 

「初心者……ですか。マリーさんは初めて魔法を使ってあの威力なのですね?」

「まあそうなるな。基礎魔法を使えるって分かったのもその時初めてだからな」

「あれで基礎魔法……? はっきり申し上げます、マリーさん。貴方の魔法はかなり特殊です」

「は?」

「ある種の天才と言っても良いかもしれません」

 

いきなりの天才発言だ。

これがもう少し若かったらドヤ顔になるところだが、流石に増長する時期は過ぎている。

 

「魔法は数十あるとも言われる属性のうち、数種類を選び、長年かけて極めるのが普通です」

 

それほど多様に属性があるのか。

無駄に分類しすぎじゃないか?

 

そう言えば昔組んだ女、二種類しか魔法が使えない事で弄り倒してたら切れられたな。 ……悪いことをした。

 

「それに基礎魔法の威力……。今から私が基礎魔法を使いますね。全力です」

 

そう言うとエリーは手から火を灯す。

だがその炎は前世で見たマッチ棒やライターのようであり、マリーとしてオーク戦のときに見せた魔法に比べると頼りない。

 

「これが一般的な威力です。マリーさんの魔法、アレは明らかに異常な威力でした」

「そうは言ってもな。アタシはアレが初めてだぞ」

「それがおかしいのです。基礎魔法はその人間の基礎の力を使うから基礎であり、なにか高める理由があるとしか思えません!」

 

しかし基礎ねぇ……。

鍛えたのは身体強化くらいだぜ。

 

「アタシは元々男だ。魔物を倒すたび力を吸収して身体強化がされていったけど、それだけだぜ」

「え? 力を吸収? 魔物から?」

「ああ、冒険者なら割と常識だぜ。 男はそのままだとたいして強くならないが魔物を狩ると力が増えて強くなっていく」

「初耳ですわ……」

 

そう言うとエリーは考えるような素振りをみせた。

 

「マリーさん、私が家庭教師から盗み聞きして学んだ知識と貴方の実戦で学んだ知恵、二つの擦り合わせをおこないましょう」

 

マトモに習ってる訳ではないのか。

……家庭の事情的に習わせてくれそうにないな。

 

こうしてアタシ達はしばらく時間をかけてお互い認識の擦り合わせをおこなった。

 

……長くなったが、エリーの話をまとめてみる。

 

基礎魔法が強くなる事はない。

基礎魔法は種火のようなもので、呪文で根源?に働きかけて大きな力を呼び寄せる。

使えば使うほど強く、応用も効くが人間の寿命では極められるのは数種類が限界。

呪文は他人が決めたものでも良いが自分がしっくりくるものが最適。

魔法は装備か魔法で防御するのが普通。

 

……思っていたより習得に時間がかかるんだな。

アタシの身体強化に対する認識はこうだ。

 

魔物を倒してエネルギーを吸収。

自分の強さと相手の強さ、その差が離れてれば離れてるほど、その力を吸収できる。

吸収は個人差があり、一人で戦う時が最も効率がいい。

肉体そのものの強化と身体強化は別で相乗効果がある。

効果は永続的、ただし筋肉が衰えると結果的に能力も落ちる。

武器の攻撃は身体強化でダメージを小さくできるが、何故か魔法の一撃は身体強化の効果がなく、どれだけ鍛えてもあまり意味がない

 

「……ざっくりこんなとこか。出鱈目なスキル持ちは前提条件をひっくり返してくるが、今はこれで十分だろ」

「マリーさんのスキルは出鱈目そのものの気がしますが……」

「言うな。少し自覚はある」

 

 

試しに炎の基礎魔法を使う。

激しく燃え盛る炎がカーテンを焦がす。

ん? カーテン?

 

「マリーさん、止めて、止めて!」

「お、おう」

 

慌てて火魔法を消して水魔法を使い、カーテンの火を消す。

……今度は部屋が水びたしだ。

 

「やはりスキルの影響でしょうか」

「多分な。そもそもアタシが魔法を使える事がイレギュラーだ。ちょっと訓練場に行って試し打ちするから手伝ってくれ」

「ええ、これ以上は宿屋の弁償も馬鹿になりませんから」

 

言うな、悲しくなる。

 

アタシ達はギルドの裏手にある訓練場に移動する。あまり人はいない。

 

「今から基本的な魔法を唱えます。【火球よ敵を焦がせ】〈ファイアボール〉」

 

その詠唱と共に拳の二倍ほどの大きさの球がまっすぐ突き進み、20mほど離れた壁にぶつかって弾けた。

 

面白そうだ。

アタシも唱えてみるか

 

「【火球よ敵を焦がせ】〈ファイアボール〉」

 

体から力が抜け、右手に集約される。

……魔法を唱えるとこんなふうに力が抜けるのか。

初めての体験だ。

 

そうして撃ち出された火球は、拳の半分サイズの火の玉だった。

弱々しい火の玉は五メートルほど進んだところで消えてしまう。

 

「これさ、アタシがさっき使った基礎魔法よりより威力低くね?」

「なんというか……。まるで魔法初心者の撃った魔法ですね」

「そもそも初心者だ。まあ初めては何事も上手くいかないモンだからな」

 

その後も何度か試すが同じような強さの火球しか出せない。

疲労感がヤバい。

どうやらこれが俺が使える魔法の限界らしい。

 

「どうやって上手く撃つんだ?」

「えっと何度も根源から借りる事で繫がりが深くなり、少しの持ち出しでより多くを貸してもらえるとか」

 

諦めてエリーにコツを効くが、微妙な回答だ。

銀行の融資実績かよ。

ただ明らかに俺の持ち出しが多い。

街のサラ金並みの悪徳業者だ。

 

「もしかするとマリーさんの力は身体強化の延長線上で、魔法と似て非なるものかもしれません」

「だろうな。アタシの戦闘スタイルとも噛み合わないし魔法の訓練は最低限で良さそうだ」

 

次に俺の基礎魔法を出してみる。

手のひらから溢れる炎と熱が焦がそうとする。

俺は炎を操って手に熱が来ないよう調整する。

さて、ぶん投げるか。

 

「あれ? これ、どうやって撃ち出すんだ?」

「基礎魔法では遠距離攻撃ができません。ですので皆さん魔法を訓練す……」

「閃いた。鞭にしてみよう」

「はい?」

 

炎を鞭のようにしなった形に変え振り回す。

……悪くないな。

流石に距離に限界はあるが、距離で言うと5歩……3メートル半に少し届かないくらいか。

 

次に槍、剣、斧と形状を変えてみる。

ふむ、実際の刃物と違って切れたりする事はないようだ。

切れるように氷にしてみるか。

……剣はイケそうだが氷の鞭は駄目だ。柔らかさが足りない。

 

まあ十分か。

 

「ありえないです……」

「どうしたエリー。珍しく目が死んでるぜ」

「いえ、マリーさんの規格外っぷりに少し現実逃避をですね!」

 

ふくれっ面になっているな。

だが何事も一長一短だ、俺は普通の魔法が使えないからな。

少なくとも遠距離攻撃は無理だ

優しくその事を教えてやる。

 

「十年くらい練習したような柔軟性を持つ魔法を一日で使えれば十分じゃないですかね! これを基礎魔法と言うのはおこがましいです! マリア式魔法とかで良いんじゃないでしょうか!」

 

何故怒っているんだ。

というか怒りの感情もあったんだな。

少し安心したぞ。

 

「せっかくたまにはお姉さんらしいところを見せようと思ったのに……」

 

なるほど、魔法の指導をすることでお姉さんぶりたかったのか。

 

「言っとくけどアタシの年齢はエリーより上だぞ」

「そこは聞こえないフリをしてください!」

 

なかなか可愛いやつだ。



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第7話 買い物

結局、スキルの確認だけで一日が終わってしまった。

 

「おっ! うちのギルドのヒロインが来たぞ!」

「ヒューッ! エリーちゃーん!!」

「ついでにピンクもかわいいぞ!」

 

日が傾き、エリーと共にギルド横の酒場で飯を食おうと中に入ると、囃し立てる声とともに歓迎された。

アタシ達は噂になっていたらしい。

だがついでは許さん、ちゃんと覚えておけ。

 

「俺達が先に目をつけたんだぜ!」

「いきなりランキング五位と九位……。私の目に狂いは無かった」

 

いきなり有名になったとおもったら、そこの酔っ払い共の仕業か。

いつまで飲んだくれてるんだ。

ダンジョンでも森でもいいから狩り行け、狩り。

 

まあ昨日から色々あって疲れた。

今日はアタシも飲んだくれて寝るさ。

 

 

 

朝起きると柔らかい胸の内側で目が覚める。

はて……。酔った勢いで娼婦でも買ったかな?

 

!! いや、違う!

 

起きるとそこはアタシの部屋だ。

そばに寝ているのはエリー。

何故か全裸だ。

 

そしてアタシも全裸だ。

……アタシもエリーもいい形してるな

 

「ん……。あ、おはようございます。マリー」

「お、おう。ところで昨日なんだが……」

「昨日ですか? 皆さんと飲んで解散したあと部屋まで帰って来たんです。それからマリーが暑い〜って言っていきなり脱ぐのはビックリしました」

 

おう……だが一線は越えていないようだ。

どうやらギリギリセーフ……か?

 

「その後にエリーも脱げ〜って暴れるから、しょうがなく私も服を脱いで一緒に寝たんですよ」

 

いや、やらかしていたか。

だがまだ許容範囲内だ。

 

「でも裸で寝るって気持ち良いですね。胸で抱きしめたらすぐ寝始めるし可愛かったです」

「それ窒息してたんじゃね?」

 

一線を越えなかったならまあいいか。

今日は冒険者用の服を買ってギルドに正式に登録をおこなうのだ。金は下ろしてある。

 

「あ、マリー」

「ん?」

「昨日、寝る前にしてくれた約束……嬉しかったです。よろしくお願いしますね」

 

アタシはナニを言ったんだ。

 

 

 

アタシはエリーと二人、この街で人気の女性冒険者専用店に行くことにする。

かなりオシャレな店だ。

アタシなんかが入って目が潰れないだろうか。

 

恐る恐る中に入ると、若い店員が一人。

 

「いらっしゃませー。」

 

気さくな笑顔で対応してくれる。

周りには初めて見るようなキレイな服がたくさんある。

とはいえ、綺麗すぎて触るのが怖いな。

 

「ご自由に広げて見てくださいねー」

 

ん、店員に態度を見られていたか。

ならお言葉に甘えて見せてもらおう。

 

「マリー、これなんかどうです?」

「おっ! カワイイな」

 

エリーから服の感想を聞かれる。

落ち着いた柄のスカートとセットの服だ。

 

「はいコチラ今年の新商品なんですよー」

 

店員がフォローしてくる。

新商品か。とりあえず買っておくか。

 

「マリー、コレとコレどっちが似合いますか?」

「どっちも良いな。好みは右だけど。両方買っちまいな。金はある」

「良いんですか? ありがとうございます! お言葉に甘えますね」

「それならコッチのスカーフもオススメですよー」

「おう、それもいただくぜ」

 

エリーもオシャレすると映えるな。

 

「なあエリー、この格好は……」

「素敵ですよ! この色マリーのピンクの髪とも似合ってます!」

 

いや可愛いのは嬉しいがな。

こんなもの冒険者に必要か……?

 

「ちょっとしたパーティーでも着ていけますよー。」

そうか、パーティ用か。

なら一着くらい持ってたほうが良いな。

 

「ありがとーございましたー」

「マリー、今日は楽しかったですね」

「ああ、また今度……って違う!」

 

なぜ冒険者の服を買いに行ってちょっとしたパーティー用の服を買ってるんだアタシは。つかちょっとしたパーティーってなんだよ。

おかしい……。こんなに買うはずでは……。

あの店員はスキル持ちだったのか?

 

「エリー、服を宿に置いたらさっさとギルドに行くぞ」

「あ! そうでした! では早速着替えないとですね」

 

アタシ達は宿屋に戻ってじっくりと服選びをしたあと、ギルドへ向かった。

 

 

「おう、おせえなあ! おめかししてきたのか?」

「大きなお世話だ。前の服があまりにもアレだったもんでね。一般人に合わせただけさ」

 

ギルドに着くと開口一番おやっさんがニヤニヤ笑いながら声をかけてくる。

流石に服選びに時間をかけていたなんて言えねえからな。

 

「まあ良い、ほらよ。Gランクのギルド証二つだ」

 

おやっさんがギルド証を投げてよこしてくる。

ん? 二つ!?

 

「アタシもGランクなのか?」

「ああ、『マリー』もGランクだ。いきなりCランクのギルド証掲げてても俺は構わないがな?」

 

ニヤリと笑ってくるおやっさん。

確かにマリーとしては今回が初登録だ。

Cランクなんて掲げてたら怪しまれる。

実績もなしの完全一から出発って訳か。

 

「ああ……いや分かった。サンキュー、おやっさん」

「ギルドの初心者講座は免除しておいたぞ。お前からエリーには教えておくんだな」

 

それでいて初心者講習は免除、と。ありがたい。

 

存在しない髪の毛のためにトリートメントを欠かさないだけはある。

 

「ん?お前変なこと考えなかったか?」

「いや、なんでもねぇよ! じゃあな!」

「おいまだ話が……」

 

悪いなおやっさん。

ハゲの悩みは共有できねえんだ。

 

「エリー、ほらコレ」

 

待っていたマリーにギルド証を渡す。

 

「これがギルド証……。ありがとうございます。私達、これで冒険者ですね!」

「ああ、よろしくな」

「はいっ! ところで、これからどうします?」

「とりあえずさっさとEランク目指す……が、その前に」

「その前に?」

 

アタシはちょっと悪い顔で答えた。

 

「バレッタ伯爵の依頼を失敗させてこよう」

 



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第8話 共同依頼

今アタシはオークと戦った崖下に来ている。

 

「あったぞー、今から戻るから下がってな」

 

崖の上のマリーに声をかける。

探していたのは神官服の切れ端だ。

これをギルドに届ける。

 

二日もたてば魔物寄せの香も効果が切れているようだ。

 

『魔物に追いかけられていたので助けようとした。名前を聞くと依頼にあったエリス・バレッタだった。保護も含めて捕まえようとしたが逃げ出し死んでしまった』

 

筋書きはこんな感じで良いだろう。

あとはおやっさんにぶん投げる。

うまく処理してくれるだろう。

 

アタシはオークと戦った時のように力を込めると、土属性の力で崖の壁面を変形させ、足場を作る。

そして風属性の力で後押ししながら一気に駆け上がった。

 

「魔法って便利だな。念の為に用意してたロープがいらなくなっちまった」

「人前では詠唱してるフリだけでもした方が良いですね。外から眺めてると違和感があります」

「まあもし怪しまれたらスキルって事でごまかすさ」

 

服の切れ端を背嚢に詰め終えてエリーのほうを見ると、感慨深そうに崖下を眺めていた。

 

「ここでスキルを取得して、マリーと出会うなんて思ってもいませんでした」

 

「ん? スキルを手に入れたのか?」

「はい、ちょうどマリーさんが来る直前ですね。 私のスキルは『絶対運』です。なんだかすごく運が良くなるスキルみたいですね」

 

幸運系のスキルか。レアだな。

効果が地味だがいい仕事をしてくれる。

 

「このスキルのお陰でマリーさんと出会えたのかもしれませんね。これからは私がこのスキルと魔法でサポートしますので安心して下さい!」

「おう、ゲン担ぎくらいには期待してるぜ」

 

途中出てきたゴブリンを一刀で切り捨てながら話を続けてアタシ達はギルドに戻った。

 

この森に来たついでだ。

アタシが男だった頃に装備していた鎧は売っぱらうために拾っておく。

 

 

「というわけで失敗として処理しておきますねー」

 

ギルドの受付窓口にいくと、おやっさんの窓口が珍しく埋まってるので別の受付窓口で対応する。

新人の女の子だろうか? 初めて見る顔だ。

 

エリス・バレッタの偽物捕獲作戦は失敗で終わった。

理由は捕獲対象の死亡による任務実行不可。

したがって報奨金も無し。

しれっと生け捕り限定にしてる辺りがケチ臭いが、まあ良い。

 

これでエリーは住所不定の冒険者として自由の身だ。

あとは適当にEランクまで上げれば自由民としての地位が手に入る。

アタシと一緒に再出発だ。

 

「他になにかご用はありますか?」

「いや特に……ああそうだ。G級クエストを処理してきたから頼む」

 

アタシ達はギルド証を渡す。

ギルド証は付与魔法が使われており、討伐記録が記される様になっている。

ゴブリンをどの程度倒したかどうかで、G級の昇進に関わっているからだ。

 

……噂では殺した人間の数も記される様になっているとか。

 

まあ別に犯罪さえ犯さなきゃ、ちょっとくらい殺しても大丈夫だろ。

考えないようにしよう。

 

G級の昇給条件はゴブリン30匹だから今回で達成だ。

あとは素行調査の名目で10日待機してF級だな。

 

「分かりました。 ……手続き完了です! 一日でこなしちゃうのは凄いですね! こんなにちっちゃいのに」

 

ちっちゃいは余計だ。

まあいい。これで10日後にはランクアップだ

 

「やあ、君たちが噂のルーキーかい?」

 

振り向くとイケメンがいた。

糞が、顔面潰れて死ね。

 

「おいおい、そんなに殺気立った目で見ないでくれ。うちの酔っ払いから聞いたぞ。なんでも『ウザ絡み』を手玉に取ったとか」

「手玉に取ったのはアタシじゃなくてこっちだ。正しくは女将の方だ」

「始めまして、エリーです」

 

エリーめ、こんなイケメンに丁寧に挨拶しやがって。やはり顔は大事か?

アタシは昔を思い出しながら顔を触る。

 

「始めまして、エリーさん。とすると、コッチのほっぺたを手でこね回してるほうがマリーだね。よろしく」

 

なんだその変人みたいな覚え方は。

アタシは割と常識的な一般人だ。

 

しかし本当にコイツ誰だ? 見た事がある気がするからそれなりの古株だとは思うが。

くそっ、性格のいいイケメンには関わらないようにしていたのが裏目に出たか。

 

「アタシを呼び捨てにして良いのはエリーだけだ。つーか誰だお前? ナンパならヨソに行け。ゴブリンの巣とか」

「酷い言いようだね……。俺はチーム『幌馬車』の副リーダー、ジクアだ。よろしく」

 

ああ……あの荷運び専門のチームか。

ランクはD級だが任務達成率がかなり高い。

 

確かリーダーは女だったはず。

ライトグリーンのロングな髪と同じ色の目が印象的だったな。

たしか副リーダーとできているとか噂の……

コイツか!

 

「やはりお前はアタシの敵のようだ……。すまねえな」

「何故!? ま、まあいいや。今日はね、ギルドからの依頼で君たちと組む事になってるんだ」

 

チラリと、受付の方に目をやる。

視線に気付いた受付嬢は慌てて資料を漁っている。

 

「あった!ありましたよ! 『本日登録者のエリーとマリー、片方は素行に問題ありのため、上位冒険者と組んで素行を調査する事』なお、その際は気がつかれぬよう、細心の注意を……あっ」

 

コイツいきなり暴露しやがった。

……コイツの受付窓口が割と空いてる訳だ。

 

「エリーの素行が悪いわけないだろ。アタシが保証してやる」

「うん、これは重症だね」

 

このイケメンめ……

あー言えばこう言う姿勢がだいっ嫌いだ。

 

「仮に百歩譲ってアタシだとしても、アタシのはキレイな心から出たキレイな問題ある素行だ。それよりうっかりギルドの特記事項を漏らすあの受付をなんとかしな」

「あー言えばこう言う……。ここのギルド直々の命令だからそう簡単には覆らないよ」

 

おのれ、なんとかイケメンとの共同作業を回避する方法はないものか。

 

「マリーさん、ワガママはそこまでにしていい加減受けましょう。 ……大丈夫ですよ。スキルがそう言ってます」

 

小声でスキルの事を伝えてくるエリー。

まさかエリーからたしなめられるとは。

 

「おいマリー、ちょっとこっちきな」

 

同時におやっさんからも声がかけられる。

どうやら受付仕事が終わったらしい。

そうだ、おっさんなら事情が通じるはずだ。

無理を押し通して貰おう。

 

「本当は俺から話すはずだったんだがな。まさかポン子のところに行くとはな」

「ポン子?」

「しっかりしてるようでどこか抜けてるポンコツだからポン子だ」

 

ああ……。ギルドも新人の受付について把握はしてんだな。

 

「で、理由だがな。今のお前はどこかで死ぬ可能性が高いからだ」

「はぁ!?」

 

いきなり何言ってやがる。

毟るぞコラ。

 

「最後まで聞け。お前武器をかついだ時、重心がふらついてたぞ。武器の見直し、そして戦い方の見直しが必要だ」

 

……心当たりはある。

オークも一撃では無理だった。

 

「今のお前は剣だけなら元より弱い。武器と戦い方、根本から見直しが必要だ。今回は護られながら新しいスタイルを模索しろ。俺のカミさんとも相談した結果だ」

 

ぐぬぬ。悔しいが一理ある。

 

「本当なら最初ギルド証を渡す時に伝えるはずだったんだがな、どっかのバカが逃げ出したせいで伝えるのが遅くなった」

 

くそっ正論に正論を重ねやがって。

 

「と言うわけだ。そもそも下のランクが上と組んでイロハを教えてもらうことは珍しくねぇ。大人しく受けろ」

「……本音は?」

「お前の歪んだ性根を少しでも叩き直せれば良いと思ってる」

 

やっぱりかよ、チクショウ。



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第9話 幌馬車

結局、『幌馬車』と受ける事で話はついた。

依頼内容は隣町までの荷運びとその護衛。

推定ランクはE。期間は予備含め四日。

想定される敵はゴブリンとオオカミ。

まあ楽勝だ。

 

しかし、幌馬車はもっと遠くへの依頼をこなしているはず。

こんな短距離での移動は珍しいな。

 

今、アタシ達は街道沿いを『幌馬車』が所有する専用の馬車に乗って移動している。

目の前には明るい緑髪の女性。

名前はコリンといい、このチームのリーダーだ。

人数はあたし達を含めて六人。

コリンとアタシ達の三人が荷物の見張り。

コリンのイケメン彼氏が御者。

あとの二人の男……ワクツとアビドルの二人は外で馬に乗って索敵やらなんやらやっている。

 

「どう、このクッキー? 王都の人気店のもので、なかなか手に入らないのよ」

「おいひいです」

 

ングングと小動物のように食べるエリー。

カスがほっぺたについてるので落としてやる。

 

「あ、マリーありがとうございます。お礼にどうぞ」

「おう、ありがとな」

 

エリーから出されたソレをアタシも受け取って齧る。

うん、焼いた小麦粉とバターの香ばしさがナッツの匂いと絡まって口の中に広がる。

うまい。

 

「エリーちゃん、ポットのお茶をどうぞ。マリーちゃんもね」

「ありがとよ。 ……見た事がない入れ物だな?」

 

このポット、金属でできており注ぎ口も尖っていない。前世の水筒に近い構造なのだろうか。

 

「付与魔法で熱が逃げないように封じ込めたマジックポットよ。なんでもポットの中で熱を逃さずに循環させているとか」

「それは凄いですね。高かったんじゃないでしょうか」

「少しお値段はするけど、王都のものは遠くに運べば中古でも新品より高く売れるわ。実際に使うことで耐久性も証明できるし」

 

そう、『幌馬車』は独自の物販ルートを持っている。

事実上の行商人だ。

行商人がギルドに所属しているといっても良い。

ランクDだが財力ならCランクの『俺』だった頃より上だ。

 

「冒険者向けの洋服も見てみる?」

「へえ洋服もあるのか」

「ええ、付与魔法付きだから軽くて丈夫よ。二人の服装を見る限り……街の『アラクネア洋服店』で買ったのかしら?」

「凄いですね! 正解です」

「へぇ……。今シーズンの最新情報までチェックしてるのか」

 

新発売の服までチェック済みとは恐ろしい。

このこまめな情報収集こそが商人としての才覚か。

視線に気づくと、コリンが解説してくる。

 

「そこまではチェックしてないけど、作ってるお店でデザインに癖が出るの。そうねえ、あの店の服装だとこのフードなんてどう?」

 

そういうとアタシに差し出してくる

真っ赤で可愛らしいフードじゃないか。

ちょっと着てみよう。

うん、手鏡で姿を見るがなかなかだ。

……赤ずきんの童話に出てくる女の子もこんな感じだろうか。

 

「似合ってますよマリー」

「あら可愛い、もし良かったらあげるわよ?」

「マジか!? ……いや、ちゃんとお金を出そう。幾らだ?」

 

商人からはタダでモノを貰ってはいけない。

後で必ず痛い目を見るからだ。

これは冒険者に伝わる暗黙の了解でもある。

『幌馬車』は冒険者と言うより商人だからな。

 

「ふふ、正解ね。 もしタダで貰ってたら魔物が出たときの囮役やらせてたわよ?」

「そんなんで良いのか? じゃあやっぱりタダで頼む」

「マリー……」

 

いたずらっぽくウインクしていたコリンの顔が引きつっている。

エリーも可哀想なモノを見るのは止めてくれ。

 

「……はぁ。 まだランクも上がってない貴方にその任務は荷が重いわ。クッキーのお代はサービスしておくからそれで許してね」

「マリー、私が稼いで買いますのでちょっとだけ待ってて下さい」

 

いかん。

このままではエリーをダメ女に尽くすダメ女好きにしてしまいそうだ。

……ん? それはそれでいいのか?

 

とりあえずアタシは被っているフードを自腹で購入し、ついでにエリーとお揃いの髪留めも買う。

意外と安かった。

まさか馬車の中でいい買い物ができるとは。

 

「コリン、良いかい?」

 

コリンと盛り上がっていると、御者席のイケメンから声がかけられる。

話を聞くと、少し先の山と草原の間道方面でオオカミが食事をした跡が見つかったらしい。

 

「今回は食料はあまり積んでないから狙われる心配は少ないけど、用心に越したことはないわ」

「アタシもなにか手伝おうか?」

 

サーチアンドデストロイなら任せろ。

 

「今はまだ大丈夫。もしオオカミが出たら二人で一匹ずつ相手してね?」

「はい、任せて下さい!」

 

エリーは緊張しているな。

声が強張っている。

軽く脇腹でもつついておくか。

 

「ひぃあっ! 何するんですか!?」

「なんとなくプニプニしたかった。許せ」

「もうっ! 許します!」

 

許してくれるのかよ。天使か。

 

その時、馬車に取り付けられたベルが鳴る。

回数は三回。

一回鳴らす事に五匹だと言っていたな。

 

と言うことは十から十五匹のオオカミか。

 

馬車が一度停止する。

どうやらここで迎え討ってしまうようだ。

まあ急いで逃げなければいけないほどの脅威でもないし、荷物の安全性を考えれば妥当だな。

 

アタシは武器を構えると外へ飛び出す。

今回、大剣は持ってきていない。

代わりにアタシでも振り回ししやすいサイズの剣を持ってきている。

 

練習場では何度か振り回した。

だがまだしっくり来ていない。

今までの力でねじ伏せる方式ではなく、技術で切る方法が必要な気がする。

……駆け出しの頃はそういう戦い方を習っていたな。

 

「お気をつけて!【彼のものに盾を、彼のものに鎧を】〈守護〉!」

 

エリーが防御魔法をかけてくれる。

 

草原の草は高く茂っておいる。

大人だって隠れられそうだ。

 

馬車の近くの開けた場所に降り立ち、あたりを見回すと草むらの中を何かが走り回っているのが分かった。

 

アタシは後ろから襲われないよう、馬車を背に構えて敵が来るのを待つ。

 

 

構えてからすぐに、一匹のオオカミが草むらをかぎ分けて飛び出してきた。

 

とりあえず半歩移動して急所を外す。

飛び出してきた勢いを利用して腹に一撃を入れた。

 

「臭い口でキスを迫ってきてもお触り禁止だぜ?」

 

キャウン、と犬のような鳴き声と共に転ぶオオカミ。

腹から血を流しているが息がまだあるようだ。

喉を刺して確実に止めを刺す。

手負いの獣は確実に仕留めなければ手痛い反撃を食らうことがあるからな。

 

外にいた索敵担当の男……ワクツだったかな?

彼はアタシを見て問題ないと判断したのか、コクリと頷くと別の狼の方へ向かっていく。

いや一応アタシG級なんだから手伝えよ。

 

次は二匹同時に飛び出してくるが問題ない。

アタシは一匹の口に剣を突っ込んで絶命させると、死体ごともう一匹の首を切り飛ばそうとする。

 

「おらっ! ……ちっ!」

 

やはり力が足りない。

オオカミの死体をもう一匹にぶつける事で牽制はできたが、ぶった切るまではいかなかった。

 

「〈ファイアボール〉!」

 

馬車から魔法が飛んできた。

エリーの声だ。

炎を受けたオオカミはあまりダメージは受けていないようだったが、援護射撃に驚いたのたろう、慌てて逃げ出そうとする。

 

そうはさせねぇぜ?

アタシはオオカミのケツの穴めがけて後ろから剣を突き刺すと、そのまま内臓をかき回すように剣を回してやる。

 

「ケツに熱いのが欲しけりゃ最初っから言えよ。昇天させてやる」

 

そのままオオカミは絶命した。

周囲に気をやると、あたりは静かになっていた。

もう一匹くらいはオオカミいたはずだが、逃げてしまったらしい。

コリン達の方からも剣の音や魔法が飛ぶような音はない。

 

終わったようだ。

 

「ただいまっ……と!」

「おかえりなさい。こっちも片付いてますよ」

「さっきの魔法ナイスタイミングだったぜ」

 

馬車が動き出したので戻るとエリーが水を渡してくるのでありがたくいただく。

 

「マリーちゃんやるじゃない! 今いたのは全部で十三匹よ。四匹は逃亡したけどあとは全部倒したわ」

 

コリンが手放しに褒めて来るがアタシ的には不満が多い。

 

「あれくらいはな。ただ武器がしっくりこないんだ。もっとこう、大剣で敵を潰すような戦い方が好みだが」

「うーん、マリーちゃんの体格だとそれは流石に難しいわねぇ」

「かと言って今使ってる剣より重くすると軸がブレる」

 

「私の魔法で力を底上げして使えるようにしましょうか?」

「それに慣れた状態で万が一離れ離れになると危険だぜ?」

 

三人揃えばナントカと言うが、なかなかいいアイディアが浮かばない。

 

「思い切って、短剣にしたらどうだい?」

 

三人でうんうん唸っていると御者席から声がかけられる。

イケメンだ。生きていたのか。

 

「さっきの動きを見てたけど、あれだけ動けるなら短剣のほうが良いと思うんだ」

 

イケメンめ。

人の気も知らずに的確なアドバイスをしてきやがる。

 

「確かにアタシだってそれは考えたけどよ、武器の威力もリーチも落ちるんだよ」

「それならちょっと訳ありだけど、面白い短剣があるよ。コリン、アレを」

「え? アレ? アレかー。ちょっと待っててね」

 

そう言うと、馬車の中にある荷物をかき分けて一つの箱を取り出してくる。

 

箱を開けると、中には巨大な包丁が二振り入っていた。

柄から刃まで一つの金属でできていて、刃の部分だけでもアタシの肘くらいの長さがありそうだ。

刃紋がゆらゆらと動いているようにも見える。

 

「これは『魔女の刃』という業物だよ。呪われてるけど」

「いや、呪われてるなら意味ねーよ」

 

このイケメン、ケンカ売ってんのか?

この包丁でぶっ刺すぞコラ。

 

「呪いと言ってもたいしたものじゃないのよ。基礎魔法を常時発動してないと掴めずに手から滑り落ちるだけ」

「魔法にも干渉できるから魔法を無効化して切る事もできるね」

 

コリンとイケメンが交互に説明をしてくれる。

いやどれだけ丁寧に説明されようと、実質女性専用の近接限定武器じゃねーか。

そら売れんわ。

 

「慣れれば魔力の込め方で長さを変えられるから武器の長さもある程度調節が効くわ」

「ちなみに魔法も使えないわけじゃないんだ。地面に捨てて魔法を唱えれば良いからね。」

 

「いやこれ使うくらいまで近づいてたら魔法唱えてる間にぶちのめされるだろ」

「それが唯一の問題なのよねー」

 

最大の問題だろうが。

こんなモン無詠唱持ちとか特殊スキル持ちでもない限り売れんわ。

 

……アタシにピッタリだけど。

そうか、コレがエリーの『絶対運』の力か。

 

「まあ、試し斬りしてみて良いからさ、良かったら買ってよ」

「よし、ちょっと腹を貸せ」

「いやいや、僕のお腹で試すもんじゃないでしょ!?」

 

下らないやり取りをしつつ、その後は特に何事もなく隣町に着く。



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第10話 盗賊

ここドデの町は最初の街ファスに比べてそこまでは発展していない。

だがギルドはあるので、そこで荷物を下ろす。

 

「はい、任務達成です。『幌馬車』さん」

「ありがと、かえりに何か運ぶ物はあるかしら?」

「でしたらモイ村の農作物を運んで頂きたいのですが、積載量は?」

「そうねぇ……」

 

「いこうぜ、エリー」

面倒臭い話はコリンに任せてアタシ達はさっさと町を見て回る。気分は観光だ。

 

いくつか店を回ったが良いものがない。

アクセサリーショップなども見て回るがコリンから直買いした方が良さそうだ。

 

「なかなかいいのがありませんねぇ」

「あとは武具屋と魔法店くらいか」

 

地図を見て、店へ向かうと、看板には『武具&魔法店 フォルクス』と書かれている

なんというか、店がボロい。

 

中には、ヒゲもジャのおっさんが座っている。アタシ達が店に入るとギロリと睨みつけてきた。

 

「魔法なら模写は銀貨一枚、買い取りは追加で銀貨もう一枚だ」

 

魔法は呪文を教えてもらい、ソレを自分が使えるようにカスタマイズしていく。

大体の魔法使いは基礎の呪文を忘れてしまうので、兼業とはいえこんなビジネスがあるというわけだ。

 

「こっちは魔法だがアタシは武器を買いに来たんだ。背中の武器が目に入らねえか?」

「……ちっ、得意な武器はなんだ?」

 

エリーは得意分野の魔法を探してもらい、アタシは店主と交渉する。

 

「今までは剣を使ってたがどうしても力不足でな。短剣を試してみたい」

「嬢ちゃんの体格だとそれが妥当だな」

 

そういうとおっさんは何本か短剣を並べてくる。軽く素振りをしてみるが使い勝手は悪くなさそうだ。

 

……だがこの店、武器の品質が良くない。

 

「おっさん、とりあえず今回は保留だ。この剣のメンテを頼む」

「ああ? こりゃ買い替えたほうが良いんじゃねーか?」

 

中古品とはいえ、オオカミ切ったくらいでそこまで悪くなるワケねーだろうが。

……ちっ、一応任務中だから暴れるのはよしてやる。

 

「いらねーよ。軽く研ぐだけでいい」

「あいよ、銀貨一枚と銅貨五枚な」

「おう、明日朝一で取りに来るぜ。」

「私はこの魔法とこの魔法を買い取りでお願いします」

 

エリーはいくつかの呪文を買っている。

補助や回復系なら半月もあればそれなりに使えるまでできるとの事だ。

 

これで、本日の買い物は終了となる。

『幌馬車』のメンバーと食事だ。

とはいえ、主に話すのはコリンとイケメンだ。

 

アビドルとかいう兄ちゃんは影が薄い。

顔に特徴がなさすぎて覚えにくい顔だ。

ワクツのオッサンはほとんど喋らず無口だ。

 

……コイツラはこいつ等で別の話をしている。

行商の話だな。

俺は詳しく入り込めないしほっとこう。

 

「ねえもし良かったら二人共ウチに来ない?」

 

コリンが誘ってくる。

イケメンや他の二人も驚く様子はない。

すでに話はしているらしい。

 

まさかアタシが誘われるなんてな。

ふとエリーに目をやると視線がぶつかった。

……気持ちは同じか。

 

「……遠慮しとくぜ」

「アタシもエリーと一緒に冒険をしたいので……」

 

アタシはスキルを見せたくないからな。

遠慮するさ。

 

「残念だわ。マリーちゃん、なにか隠し玉がある気がするししょうがないかー」

「残念、今回の旅が終わってなにかあればまた一緒に仕事をしよう!」

「その時はアタシ達はCランクだな」

 

こうして、和やかな一日が過ぎていった。

 

翌日。

別の荷物を馬車に積み込むとアタシ達は帰路へと移る。

 

帰りの馬車道。

ちょうどオオカミと戦ったところに差し掛かったあたりだろうか。

 

「なあ、エリーが買った魔法ってどんな魔法だったんだ?」

「あ、それなら実際に使ってみますね。【牙を持つものは獣、剣を持つものは人、我が友は青、我が敵は赤。色を(もっ)てその姿を表わせ】〈探知〉」

 

長ったるい詠唱を唱えると、馬車の床面に光の粒が水滴のように落ち、ゆっくりと波紋を広げていく。

 

波紋の中心には青い点が四つ。

 

「この青い点が私達ですね。あとは攻撃する可能性がある相手を赤で……え?」

 

波紋がゆっくりと広がるに連れて、周囲に赤い点が表示される。

 

その数は一つ、二つと増えていき……計八つ。

同時にイケメンが声を張り上げる。

 

「まずい、囲まれてるぞ!」

 

その叫び声と共に、草原と森の両方から矢が降ってきた。

だが、矢は刺さることなく、バラバラに向きを変えると明後日の方へ飛んでいく。

馬車には一本も刺さっていない。

 

「残念ながら私のスキルで守られてる馬車に矢なんて効かないわよ」

 

これがコリンのスキルか。

面白いな、どういったスキルだろうか。

 

馬車が囲いを抜けようと加速する。

その時、馬車が大きく揺れ、傾いた状態で動きが止まった。

どうやら穴にハマったらしい。

 

それと同時に声がかけられる。

 

「はっはっはぁ! ここであったが百年目だなぁ『幌馬車』さんよ」

 

外を眺めると、汚い風貌の男が声を荒げていた。

いや他の男共も小汚ねえな。

……盗賊か。

 

「知り合いか?」

「アイツは……。三ヶ月ほど前に『幌馬車』が襲われた時に返り討ちにした山賊ね。……まだこんなに戦力が残っていたなんて」

 

一瞬エリー絡みかと思ったが違うようだ。

『幌馬車』絡みか。

中途半端に逃すからこうなるんだ、徹底して潰せ。

 

「あの時は良くもやってくれたなあ? お礼をしに来たぜぇ?」

「アタシ達は無関係みたいだから先に帰ってもいいか?」

「駄目に決まってんだろお!」

 

敵と味方から冷たい視線を受ける。

言うのはタダなんだから、ちょっと言ってみただけじゃないか。

 

「マリーちゃん、大丈夫さ。斥候の二人がそれぞれの街に衛兵を呼びに向かってる」

「無口と薄味のにーちゃん達を見ないと思ったらそういう訳か」

「アビドルとワクツだよ。名前くらい覚えてあげてよ……」

 

イケメンがなにを勘違いしたのかなだめてくる。

別にビビってはいねえよ、戦うのが面倒だから楽をしたいだけだ。

 

辺りを見回してみると影の薄いにーちゃんとオッサンの姿はすでにない。

ここは街からそれほど離れていない。

長期戦になればアタシ達の勝ちだ。

 

「彼らは斥候や索敵も兼ねてるんだけど、こういう時のために斥候をさせているんだ。彼らが街に行って衛兵を連れて帰ってくるまでの辛抱だ」

 

用心深い判断だな、流石イケメンだ。

 

だが確かにこいつら盗賊団の包囲網を抜けて、街に伝達する事ができるのはいい。

もしかして、あの影の薄さはスキルによるものだろうか。

 

「ああ、お前らの斥候が俺達の包囲網を抜けるのは予報通りよ!」

「ボス、そこは予定調和ですぜ」

「うっせぇ! てなわけで、先生!お願いしやす!!」

 

奥から腰の曲がった婆さんが出てきた。

キレイな身なりをしており、姿格好が盗賊らしくない。

手に持っているのは……魔石か?

 

「フェフェフェ、すまんねぇガキども。アタシはサモって呼ばれてるしがない“雇われ”さ」

「バーさん、寝返る気ない? 金はコイツら『幌馬車』持ちだ」

「ちょっと! 何言ってるの!?」

「フェ!? ……ッフェッフェ……。面白い嬢ちゃんだねえ。残念だけどアタシ等は信用が第一なのさ」

 

ちっ、傭兵の類なら金で寝返るかと思ったんだがな。お堅い奴だ。

 

「……まあ、もし嬢ちゃんがアタシの召喚魔法で生きてたら安く雇われてやるさね」

 

召喚魔法。

そのセリフを聞いてアタシとイケメン、コリンの顔色が変わる。

 

このババア、召喚術師だと!?

ヤバい! 化物を呼ばれたら勝ち目がない!

あの魔石も魔力を補うための触媒か!

 

イケメンが婆さんをめがけてボウガンを放つ。

そんなもん持ってやがったのか。

だがナイス判断だ。

 

不意討ちで放たれた矢だったが、地面から土の壁がせせり出てきて阻まれてしまう。

 

 

「はっ! 無駄だ! お前らの事は調べ上げてある! パーティの半分近くが療養中って事も! G級の足手まといが二人もいる事もな!!」

 

……だから、『幌馬車』は隣町への輸送なんて短い距離での依頼を受けていたのか。

 

「ババア、さっさと化物を呼びな! 行くぞお前らぁ!」

「フェッフェッフェッ……【昏き瞳は封じられし混沌の闇……】」

 

 

ババアめ。

なんかヤバそうな詠唱を始めやがった。

しかし短期決戦に持ち込まれたのはこっちのほうか。

 

「行くよ皆!」

「クソがっ!」

 

互いの掛け声が、そして詠唱が戦いの合図となりそれぞれが動き出す。



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第11話 戦闘

盗賊団七人とババアのうち、こっちに向って来たのは五人。前の草原からは二人、後ろの森から三人だ。

お頭らしき男と先ほど防御のスキルを使った二人だけは動いていない。

おそらくババアを守るためだろう。

 

だがお前、いくぞお前らぁ!とか叫んでいて高みの見物決め込むのはどうなんだ。

 

まあいい。いまはさっさとババアの呪文を念仏にすることだ。

しかし、高みの見物を決め込んだ二人は片手間で相手するにはきびしそうだ。

まずは雑魚を散らさねえとな。

 

山賊の頭が弓を放ってくるがすべてコリンのスキルに弾かれていく。

いいスキルだな。

どうやら目の前の雑魚に集中できそうだ。

 

「〈守護〉!」

 

アタシとイケメンに補助魔法がかかる。

エリーのやつ、こっそり詠唱をしていたか。ナイスだ。

 

「【……を告げるは風の息吹、無空の刃】〈トルネードカッター〉」

 

エリーの詠唱から少し遅れて来たのはコリンの魔法だ。

こちらはもっと前から唱えていたのだろう。

魔法としての完成度も威力もエリーより上だ。

風の刃が螺旋状にうねり、盗賊たちに襲い掛かる。

 

かかってきた四人のうち、森にいた三人が一瞬で吹き飛ばされる。

しかもそれだけではない。

勢いは止まらず、そのまま草原の二人にも風の刃が襲いかかった。

 

二人は倒される事こそ無かったが、全身に傷を負う。

 

……今がチャンスだ。

アタシはより怯んでいる方に襲いかかる。

 

怯んだ男の喉を狙った一撃は、いつの間にか持っていた半透明の盾に防がれていた。

アタシの剣とコイツの盾、両方が激しくぶつかり音が響く。

 

「……へぇ、やるじゃん」

 

男がヘラヘラと笑いながら言ってくる。

この野郎、カマかけてやがったのか!?

しかもアタシの一撃を防ぎやがった。

それにこの盾……スキル持ちか!

 

「ほらよ、お返し」

「クソっ!」

 

そのままスキルの盾でぶん殴ってくる。

嫌な予感がする。

とりあえず、力任せにぶつかる事はしないようにしよう。

アタシは剣で身を守りつつ後ろに跳ぶ。

 

「ッ!」

 

予想していたより遥かに強力な一撃が襲う。

……このスキル、防御だけじゃないな。

エリーの守護のお陰でダメージはないが、厄介な相手だ。

イケメンの野郎は……あいつも手こずっている。

コリンも風魔法を唱えてイケメンの支援をしているが、それでやっと優勢ってとこか。

支援は期待できそうにないな。

 

「【……その身は癒やし癒やされん】〈リジェネーション〉!」

 

エリーから回復魔法が飛んでくる。

じわじわ体力回復を助けてくれる魔法だな、ありがたい。

 

「ほらほら、よそ見はいけない……よっ!」

 

危うくアタシの片手が切られそうになる。

 

クソっ、コイツめ。

油断する暇すら与えてくれねえか。

……強いな。

 

「悪いが好みの顔じゃねえんだ。もっとマトモな面して出直しな」

「最近の女の子は辛口だねぇ……。まあいいさ。跨ってしまえば大人しくなる」

 

クソが!

アタシを欲望のはけ口として見るんじゃねぇ!!

 

アタシは怒りに任せて連続で攻撃を仕掛ける。

上段から振り下ろし、袈裟懸け、突き……

それらを組み合わせて連続で攻撃するも、あの盾と剣で上手く防がれた。

 

「そろそろ良いか? ホラよ!」

「ちぃっ!」

 

アタシは全力で横に飛ぶ。

盾から出た衝撃波は草原の大地をえぐり取った。

先ほどを上回る威力だ。

アタシの攻撃すべて足したのと同じくらい威力あるんじゃねえか?

 

……もしかして。

 

軽く暴れて少し冷静になったアタシは、あえて攻撃せずに様子を見る。

 

「どうしたのさ、早く来なよ?」

「テメーこそ、さっきみたいな衝撃波を使ってみろよ」

「…………」

 

ヘラヘラ笑っていた男の顔が、少し歪んだ。

 

「やっぱりな。使えないんだろ? 少なくとも一撃を受けないと」

 

男はなにも答えない。

一瞬苦い顔をしたがすぐにもとの表情に戻る。

 

「アンタのスキル……アタシの攻撃を貯めて返すんだろ?」

「当ったりー、相手が調子に乗ってきたらズドン、さ。魔法を使う暇は与えないぜ?」

 

手札がバレて開き直ったか。

 

そう言うと盾を再び展開してくる。

魔法を使う暇は、か。

……なるほどね。

 

 

「ほらほら、早くしないとバアさんの詠唱が完了しちゃうぜー?」

「そうだな、もう出し惜しみはしねえ。アタシも隠し玉を見せてやるよ」

「は? ハッタリもいい加減に……」

 

「ファイアローズ!」

 

一応普通の魔法のフリをするために、今更だが名前をつける。

 

アタシは炎を鞭のようにしならせて放つと、盾を持つ方の腕に巻きつけた。

予想通り、アタシの“魔法”は盾を貫通する。

こいつ、返せるのは物理攻撃限定だな。

 

「ば、バカなっ! 詠唱短縮!? いやスキルか!?」

 

どんどん身体をめがけて伸びていく炎を振り払おうと、男は暴れる。

 

「くそっ!」

「遅えよ」

 

炎に巻かれながらも盾を構えなおす男。

心がけは立派だが、タネが割れた手品はお終いだ。

 

この油断を誘う方法はお前らの飼い主の首獲るまでとっておきたかったんだけどな。

 

アタシはスキルで出来た盾の縁を優しく掴むと、回り込むようにして剣で斬りつける。

狙いは足だ。

 

深く足を斬りつけてやると、男はバランスを崩して倒れた。

 

同時に盾を持っていた手から盾が消えてしまう。

炭化した手では維持できなかったか。

 

アタシはそのまま男の上に乗りかかり、動きを封じた。

 

「おいおい、こんな美人を上に跨がらせるとか男冥利に尽きるなあ?」

「この野郎!」

 

男は何とか抜け出そうとするが、残念だったな。片手片足ならアタシでも抑え込める。

これから講義の時間だぜ?

 

「跨ったら大人しくなる? 違うだろ?」

「た、助けてくれ!!!」

 

アタシは大きく剣を掲げると、ゆっくりと喉へ目がけておろしていく。

男の目が恐怖に見開かれる。

 

「な、なあ、悪かった。ここは一つ大人になったつもりで……」

「跨がったくらいじゃ暴れるしうるさいし、全然大人しくないよなあ?」

「ひ、ひいいいいっ!!!!」

 

そのままゆっくりと下ろした刃が喉に突き刺さると、男は何度かビクンと跳ねて動かなくなった。

ウザったい返り血を手で拭う。

 

「イかせてやったら大人しくなるんだ、そうだろ?」



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第12話 悪魔

イケメンの方を見ると、そっちも片付く所だった。

 

「おいおい嘘だろお!? G級ごときにうちの二番手がやられちまったあ!」

 

大声のしたほうを見上げると、山賊の親分がこちらを見ている。

コイツ二番手だったのか。

どうりでウザったい技を使いこなす訳だ。

 

「強かったぜコイツ、アタシの次にな」

「クソガキがあ! ……だが、コレでおしめぇよ」

 

男はニヤリと笑う。

 

「【……来たれ】〈召喚・デーモン・僧侶級・ビ・フー〉」

 

ババアの呪文が完成する声。

そしてパリン、と何かが砕ける音がした。

時間切れか、クソが。

 

砕ける音と同時に、どうしようもないほどの悪寒が走る。

それは他の皆も同じようだ。

人だけではなく、馬も異常を感知したのだろう。

狼に襲われたときも、盗賊の矢の雨が降っている時ですら暴れなかった馬車の馬が逃げようと暴れ出す。

 

 

召喚魔法。

長い詠唱、そして魔力の媒介と引き換えに異界から精霊や悪魔を呼び出す魔法だ。

基本的に金と時間のかかるこの魔法だが、威力は凄まじい。

 

魔族が召喚した悪魔と人間が召喚した精霊とがぶつかりあい、その余波で都市が一つ消えたという伝説すらある。

 

この世界の戦術、戦略兵器。

それが召喚魔法だ。

 

それが今、発動した。

 

黒い霧のようなものが集まり、形になっていく。

 

召喚された生き物は素人が適当に包帯を巻いたように、全身が包帯のような布で乱雑に巻かれている。

唯一肌が見えるは片目だけ。

その片目が、ギロリと蠢いていた。

 

「我ハ、悪魔ビ・フー。契約ニ、応ジ、参ッタ」

「まさか、本当に悪魔を呼べるなんて!」

 

イケメンが叫ぶも気にした様子もない。

……クソババアめ。マジモンの悪魔を呼びやがった。

悪魔なんて呼べるのは魔族くらいだろうが。

 

「フェッフェッフェ……。あそこに居る奴らを倒しておくれ」

 

そう言うとババアはアタシ達を指差す。

 

「了」

 

絶望的な悪魔の声が響く。

 

「フェッフェッフェ……。アタシの仕事は終わりさね。帰らせて貰うよ」

「おう、例の石ころは勝手に持っていけ」

「言われなくても持っていくさ……。そうそう、お嬢さん達。一つ教えといてやるよ。コイツはあんまり強くないけどね、コイツの近くでは魔法は使えないよ。せいぜい頑張るんだね」

「さっさと行け!」

 

絶望的な一言を残して去って行くババア。

ババアを守っていた野郎も気がつけば消えていた。

どうやら盗賊ではなくババアの仲間だったらしい。

 

立った姿勢のまま、歩き出す様子もないのに悪魔がアタシ達を見ながらゆっくりと移動する。

 

 

アタシ達は誰と申し合わせるでもなく、馬車の手前で陣形を作っていた。

 

山賊親分にも警戒するため探して見たが見つからない。

逃げた……いや、そういうタマじゃないな。

どっかで攻撃してくるだろう。

 

クソっ、最悪だ。

 

「まずいわ。スキルは大丈夫みたいだけど、アタシの呪文が効かない」

「私もです。弱体化の魔法がかき消されました、と言うより全体的に魔法の力が弱くなっています」

 

魔法には頼れそうにないな。

イケメンがボウガンを放って牽制する。

 

 

「目が弱点かと思って僕のスキル『精密射撃』で狙ってみたけど……。駄目みたいだね」

 

地味なスキルだな。

陰湿でイケメンらしからぬスキルだ。

 

包帯野郎の目に刺さるが特に気にした様子はない。

傷口から黒い霧が少し吹き出ると矢が抜け、地面に落ちる。

 

「なにか弱点はねえのか?」

「悪魔はその身を削られ続けると黒い霧になり、やがて消えてしまうと聞いたことがあります。 おとぎ話の類だと思っていましたが……」

 

回答は意外にもエリーからだった。

家庭教師から盗み聞きした内容か。

 

「要するに悪魔でも殺せば死ぬって事だな」

「そんな滅茶苦茶な! 悪魔と持久戦なんて!」

「だけど今のところそれしか方法がないわね……。逃げてみる?」

「無理だな。おちおち逃がしてくれるようなら余裕ぶってのんびり歩いたりなんてしないだろうさ」

 

コリンが撤退を提案するが切って捨てる。

なにより『幌馬車』が馬車を捨てて逃げれば金銭的にも再起が難しくなるのは間違いない。

 

それにさっきまで青かった空の色が紫色に変わっている。

逃げられないような仕掛けがされていると見て良いだろう。

 

アタシは剣を構える。

 

 

「マリー!?」

「……コリン、ジクア、お前らボウガンでも石ころでも何でも良いから遠くから攻撃しろ。魔法以外だ。山賊の頭がどこかに潜んでるからソイツが出張ってきたらそっちを対処だ」

 

もう出し惜しみしてる場合じゃねぇ。

フルパワーで行くぜ。

 

「アイツはマジでヤバい。エリーはアタシがアイツから離れるタイミングで定期的に回復とか支援の魔法を投げてくれ。無効化されてもだ」

 

アタシは火魔法を発動させる。

威力が落ちたような感覚はない。

やはり普通の魔法とは違うのだろうか。

 

「マリー、君は……」

「死ぬ気はねえよ。スキルを全力でいけば、アタシが多分一番攻撃力と回避力が高い。そしてあと二時間も粘れば街から支援が来る、そうだろ?」

 

イケメンに悲壮感がただよっている。

流石にアタシみたいな美少女が突撃するってのは気分が悪いか。

 

「僕の名前覚えてたんだね……」

 

そっちかよ。

アタシの心配しろよ。

 

 

「じゃあいくぜ」

「マリー、最後に君のそのスキルについて……」

「ジクア、今はそれどころじゃないでしょう?」

 

イケメンがスキルに興味を持ったようだがコリンがたしなめてくれる。

スキルは自分からバラす分にはいいが聞くのは冒険者にとってタブーだ。

 

「乙女の秘密を聞くなんてスケベな野郎だ」

「なっ!? 違う、そんな意味じゃない!」

 

まあ、アタシもマジメに答える気はないさ。

それに、実際今それどころじゃない。

魔法を無効化されるなら効くかどうかも分からないしな。

 

アタシは悪魔にむかって突撃する。

 

アタシの間合いまであと七歩の距離まで近づいた所で、悪魔の体を取り巻く包帯が一本、しなる鞭のように飛び出してきた

 

剣の間合いに入らせねえつもりかよ。

そうは行かねえぜ?

 

横殴りに攻撃してくるそれを剣で切りつける。

 

「っ!?」

 

簡単に切れると思ったそれは、ガキンと硬質な音を立ててアタシの剣を受け止めた。

 

マジかよ。硬え。

ってマズイ!

 

包帯が鞭のようにしなるとアタシの体に巻き付こうとしてくる。

なら目には目を、鞭には鞭だ。

 

「ファイアローズ!」

 

アタシは以前から使っていた炎の鞭を手から出すと包帯に叩きつけた。

アタシを襲いかかってきた布の刃は、炎の鞭によって焼き払われる。

やはりアタシの魔法は無効化できないらしい。

 

 

「魔法……? ナゼ?」

「さあな! 包茎野郎には乙女の秘密は分からねぇよ!」

 

速攻で魔法とバレた。

アタシの魔法の秘密を知ろうとか生意気な奴だ。

アタシだって知らねぇよそんなの。

 

包帯野郎は足を止めて考え事をしている。

なんか知らんがチャンスだ。

 

アタシは間合いを一気に詰めると思い切り胴体を切り裂いた。

……が、体に巻き付く包帯は鎧の役割も果たしているようだ。

剣が弾かれてしまう。

 

――ならコレはどうだ!

 

ファイアローズを剣に巻きつけると、アタシは悪魔を包帯ごと焼き切った。

黒い霧が大きく吹き出る。

 

やった! 

……が、なんら反応がない。

 

「借リ物デナイチカラ……原始ノマホウ?」

 

アタシは切って切って切り続ける。

手を、足を、顔を、体を刻むごとに、黒い霧が吹き出した。

更にはイケメンの野郎が放ったであろう矢が開いた傷口に刺さっていく。

 

だが、やはり反応はない。

傷口は黒い霧を吹き出すと共に塞がり、切ったという形跡すら残らない。

 

「効いてんのかコレ……?」

 

一度剣を振るごとに重い泥を混ぜているような感覚が手に伝わってくるが、まるで反応がない。

 

なら魔法も追加でおかわりだ。

 

氷魔法で敵を凍らせる。

……わずかに黒い霧が出ただけだ。

 

土魔法でつま先から先の地面に穴を開け転ばせてやる。

……空中で微動だにしない。

こいつ宙に浮かんでるのか。

なら岩の槍を生成して腹にぶち込む。

……たいして効いた様子がないな。

 

風の刃と水の刃も同様だ。

 

なら毒魔法はどうだ。

刃に毒を滴らせて切るがやはり反応はない。

アタシも何の毒を生み出したのか知らないが無反応は意外だ。

 

コイツ痛覚がないのか?

それとも本当に効いていない?

 

 

その時、悪魔が思考を終えたのかアタシの方を見てきた。

 

目と目が合う。

 

悪寒を感じたアタシは数歩後ろに跳び下がって体勢を立て直す。

同時に回復の魔法が飛んできてアタシの体を癒やした。ナイスだぜエリー。

 

「原始のマホウ……。危険ダト判断スル!」

 

場の圧が更に強くなる。

少しは本気になったようだな。



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第13話 悪魔2

本気になった悪魔は包帯の刃を再び飛ばしてくるがなんてことはない。

また炎で焼き払って……何!?

炎がかき消された!?

 

いや、違う。

焼き払えてはいるが、それ以上の数が突っ込んで来ているのか!

 

アタシは慌てて身を捻り、突っ込んでくる刃をなんとか回避した……はずだった。

 

「曲ガレ」

 

ギリギリで回避が成功して安心していたところで、アイツの一言と共に包帯が心臓の方向へと向きを変える。

マズっ……! 死……

 

 

その時、爆風が吹いた。

方向を変えた包帯鞭は威力がなくなっていたのか風で吹き飛ばされる。

 

魔法……いや、コイツには効かないんだったな。なんだ?

 

「大丈夫!? 私がスキルで支援するから、安心して!」

 

後ろからコリンの声がする。

そうか、あいつのスキルか。

なるほど、これで矢を防いでいたのか。

もしかすると風魔法の補助にも使ってるのかもしれねぇな。

 

風魔法か……

閃いたぜ。

 

アタシは風魔法を使い加速する。

同時に力が届く範囲で暴風を吹き荒らす。

 

再び距離を詰めると、炎を纏わせた剣で切りつけ、疾風で移動する。

包帯野郎を横から後ろから、踊るように切りつけてやる。

 

名付けて――

 

「ストームローズ」

 

暴風で威力が弱まった包帯鞭を加速した炎の刃で切り伏せる。

燃え盛った包帯が火の粉のように散っていく。

切って開いた傷口には追加で炎を送り込む。

 

またイケメンからの支援攻撃でちょくちょく矢が刺さっている。

おかげで心なしか黒い霧の量も増えているようだ。

 

「オノレ」

 

始めて包帯野郎が防御の姿勢を取る。

だが無駄だ。

切り刻んでやるぜ。

 

アタシは頭から斬りつけようと跳び上がる。

 

――その時、再び悪寒が走った。

マズイッ! 何か来る!

そう考えると同時に悪魔の腕から黒い棒状のモノが飛び出し、アタシの腹を突く。

 

「がはっ!!」

 

刺されると同時にアタシは風魔法で自分自身を後ろに吹き飛ばす。

くそ、腹と服に穴を開けやがって。

 

「マリーさん!」

 

回復魔法が後ろから飛んでくる。

ナイスだぜエリー。

お陰でかろうじて止血くらいは出来たようだ。

 

「そんな隠し玉持ってやがったか。」

 

包帯野郎は何も答えない。

代わりに包帯鞭が飛んでくる。

いけ好かねぇ奴だ。

 

黒い棒……杖だろうか。

その武器からは黒い霧が吹いている。

どうやらノーリスクで使える武器じゃないらしい。

 

 

先ほどと同じように炎と風で包帯鞭を掻い潜り、一撃をお見舞いしてやる。

 

距離をつめて包帯野郎の杖とアタシの剣を打ち合わせた瞬間――

 

アタシの剣が、折れた。

 

根本から折れた剣を敵に投げつけると、アタシは杖が届かない位置まで距離を取る。

包帯鞭は体術とファイアローズでかろうじて防ぐが、ジリジリと押され始めている。

 

氷魔法で剣を作って試すか?

駄目だ、すぐに砕けるに決まっている。

何ができる?

 

考えを巡らせていると、いきなり周囲が爆発した。

衝撃が内臓に響く。

 

なんだ?

何が起きている?

 

包帯野郎を観察する。

よく見ると、杖から深く暗い光を放つ球体を放っている。

 

大きさはピンポン玉程度。

 

「ファイアローズ!」

 

球体を遠距離で撃ち落とそうとする。

だが炎の鞭はすり抜けてしまい効果がない。

 

その球体がアタシの近くまで来ると、爆ぜた。

 

「がはっ!」

 

後ろに吹き飛ばされたアタシは口から血を吐く。

数は一つ。速さもない、むしろ遅い。

だが、それ故油断した。

……爆弾か。

 

アタシは包帯の周囲を周りこむように旋回する。

 

「無駄ダ」

 

爆弾が方向を変え、再び爆発する。

追尾性能まであるのか。

今のは上手く回避できたが、本格的にマズい。

 

 

「嫌がるレディを追いかけ回すとか、マナーがなってないやつは面倒だな」

 

軽口を叩くがダメージの蓄積と疲労で体が鈍い。

何より決め手に欠ける。

その時、空から風と共に武器が二つ、いや二本で一つの武器が落ちてきた。

 

かつて見た『魔女の刃』だ。

おそらくコリンのスキルで飛ばしたのだろう。

 

「サンキュー、コリン!」

 

アタシは振り返らずに全力でお礼を言うと、その武器を両手に収めた。

 

「さあ、延長戦と洒落込もうか。追加料金はテメーの命だ」

 

 

包帯鞭が飛んでくるが手元の刃で一撫でする。

すると、ほとんど切った感触もないままに寸断された。

 

いい切れ味だ、ほとんど重さを感じないところもいい。

炎なしでも断ち切れそうだな。

 

これならいける。

 

アタシは風魔法をつかい、空中に空気の塊を作ると、それを足場に蹴って移動した。

包帯野郎からは空を歩いてるように見えるだろう。

 

 

頭上から二本の刃を振るい、野郎の杖ごと斬りつける。

すると、杖から吹き出ていた黒い霧が一層大きく吹き出てくる。

 

「ウグ」

「おう、攻められて良い声で泣くじゃねーか。もっと聞かせろよ」

 

野郎はこの戦いで始めて苦しそうに身をよじった。

 

「オノレ」

「なんだ? お前、体がどこか悪いのか? ……安心しろ、この包丁で腹かっさばいてやるよ」

 

 

アタシは宣言通りに一本を思い切り腹を突き刺す。

 

抵抗なく突き刺さったその武器は、まるで血を吸うように黒い霧を吸い始めた。

 

「クラウガイイ」

 

身体を刻んでいると、何十、何百本と言う包帯が飛び出す。

それはアタシに直接向かっては来ない。

アタシの周囲を覆うように展開している。

 

「監禁プレイか? 悪いがお断りだぜ」

「コレデ、オワリダ」

 

周囲を囲むように展開されていた包帯は、アタシの動きを阻害するように包囲を狭めてくる。

ファイアローズと包丁で払いのけるが数が多い。

 

包帯の対処で追われているアタシに、包帯野郎は杖を向けてきた。

先端から先程の黒い球体が飛び出してくる

 

「なっ! クソがっ!」

回避しようとするが包帯が邪魔で逃げ切れない。

超至近距離で球体が爆発する。

 

「ッ! ガッ!」

 

アタシは吹き飛んで倒れてしまう。

まずい、包帯が来たら終わりだ。

 

……追撃が来ないことを不思議に思い相手の方を見ると、相手も黒い霧を吹き出し傷を修復していた。

 

……自爆技か。

なるほどな。

アタシは声にならない声をあげて立ち上がる。

 

体は鈍い。

だが闘志だけは鋭く燃えている。

今ならひとつ壁を超えられそうだ。

 

包帯野郎が再び包帯を周囲に展開し、杖を向けてくる。

先端には先程の球体爆弾が生み出される。

 

アタシに二度も同じ手を見せるんじゃねえよ、マヌケ。

 

アタシはその爆弾に包丁を優しく当てて切ると、切られた球体は、爆発することなく静かに消えていく。

 

「ナニ!?」

 

始めて動揺の声を聞いたぜ。

悪いな悪魔野郎。この包丁、なんでも切れる代償に呪われてるんだ。

 

野郎のすべての手札を封じた。

これであとは敵を刻むだけだ。

 

アタシは本体……を狙わずに、杖を切りつける。

 

「グオォ……」

 

悪魔が初めてうめき声を上げる。

今までにないほど、黒い霧が溢れるが、すべて包丁が吸い取っていく。

 

「お前さ、全然顔色変わらねえからさ、てっきり無敵かなんかだと思ってたよ」

 

包帯野郎が苦しそうにしながらも包帯を撃ち出してくる。

 

「違うんだよな。アタシは追い詰めてたんだ」

 

刻む。

包帯を。

そして仮初の肉体を

 

「お前、その杖が本体だろ?」

 

二本の包丁をハサミのように上下から杖に当てると、思い切り切りつけた。

 

杖にヒビが入る。

それと同時に野郎の苦しそうな声が響く。

更にもう一閃。

 

「オォオオオォッッッッ!!!」

 

野郎の悲鳴と共に、杖が砕けた。

同時に、全身から黒い霧が吹き上がる。

反撃はこない。

どうやら、決着はついたようだ。

 

「アタシはお前に切り札を使わせるほどまでに追い詰めてたんだ。武器が折れなきゃもう少し面白くなってたかもな」

「クチオシイ……」

「……じゃあな。包帯野郎」

 

悪魔の体は少しずつ黒い霧へと変わっていく。

やがてすべて消えてしまうのだろう。

だがアタシはケジメとして、首の左右両端から刃物を当てると悪魔ビ・フーの首を落とした。

……今度は傷が再生するような事はなかった。

 

悪魔という強敵を倒した事でアタシの身体強化の力が強化されていくのが分かる。

……やっぱりこの身体でも身体強化能力は発動してたんだな。

素のアタシの身体が弱すぎてわからなかったぜ。

 

アタシは安堵で膝をつく。

少し休憩を……

 

いや、まだだ。

アイツらの所に帰らねーとな。

 

アタシは無理やり膝に力を入れて立ち上がると、馬車の方向に向きを変え歩いた。

 

「マリー! 大丈夫か!?」

 

イケメンが声をかけてくる。

できればエリーかコリンが良かったぜ。

まあいいさ。

 

「ああ……。コリンとエリーは馬車の中か?」

「すまない、マリー」

 

あ?第一声はおめでとうだろうが。

イケメンはモテるからって女の子への気遣いが足りねーぞ。

 

「エリーがコリンを庇って背中を刺された。今はコリンが面倒を見ている」

 

 

 



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閑話 盗賊の頭

時は少し遡る。

 

マリーが戦いに熱中している頃、山賊の頭はこっそりと馬車のそばまで忍び寄っていた。

 

狙いはコリン。

彼女に復讐の刃を突き立てる為だ。

 

頭のスキルは『異界透明化』。

 

一定時間誰からも見ることができず、干渉されない身体となる。

副作用としてこちらからは見る事と聞く事以外には干渉することができないのだが。

 

この力を使い、男は様々な窮地から生き延び、時には不意討ちで相手を倒していた。

 

男は時期を伺う。

包帯の悪魔に集中し、自身の存在が『透明』になるその瞬間を。

 

「! マズイ、マリーの剣が!」

「私、馬車から武器を探してきます!」

「任せたわ!」

 

悪魔との戦いでマリーの剣が折れた。

言うが早いか、エリーは代わりの武器を探しに馬車の方へと駆け出す。

その間もコリンとジクアは攻撃を少しでも減らせるよう、矢とスキルでマリーへの支援を行う。

 

男は好機が来たことを知る。

悪魔と戦っているあの少女に気を取られ、こちらへ気を伺うスキはないだろう。

 

そう考えた男はひっそりとコリンの後ろへ回り込む。

次に短剣を構えて透明化を解除し、思い切り振り下ろした。

短剣には毒が塗られている。

これに刺されれば傷口が腐れ、三日三晩苦しみ抜いて死ぬ。

弓を使う男を殺せないことが山賊には気がかりだったが、これで復讐は一旦終了だと考えた。

 

「コリンさん、危ない!」

 

コリンは馬車から戻ってきたエリーに突き飛ばされる。

代わりに山賊の頭が振るった刃はエリーの背中へと突き刺さった。

 

「ちっ、邪魔しやがって!」

 

山賊に気がついたジクアが、ボウガンを放ち、矢が山賊の目へと吸い込まれる。

 

「ウガッ! 痛えぞ!! くそがああぁ!」

 

片目を失った男は咆哮をあげ、ジクアとコリンに向きあった。

 

ジクアの剣は人並み、D級冒険者のそれだ。

だが山賊の頭もまた、他の山賊達と比べて特に剣が優れているわけではない。

そのスキル故に暗殺に特化しているだけだ。

 

男のスキルが再使用できるようになるまで五秒程度。

その間、男はジクアの猛攻をかろうじて受け切り、姿を隠す。

 

「エリー!!」

「わた、しは……いいからっ! 武器を!」

 

か弱くも力強い声でそう言うと、エリーは箱を差し出してくる。

かつてオオカミ退治の時に話していた武器、『魔女の刃』が入っていた箱だ。

 

コリンは自らのスキル『風流操作』を用いて、武器をマリーの所まで投げ飛ばす。

箱は空中で分解するも、武器の包丁はちょうど良いところに落ちたようだ。

 

「サンキュー、コリン!」

 

こちらを見ることなく、いや見る余裕すらない状況でマリーはお礼をいう。

それは幸いだった。

 

もしこちらを見ていたのなら、大きく動揺して戦闘どころではなかっただろう。

 

 

 

隠れた男は一度逃げの体勢に入ると、少し離れた所でスキルを解除した。

己の手で復讐を果たせないのは悔しいが、仕方ない。

悪魔がいる間、この空間は閉じて出られないと聞く。

男は不利を悟り、悪魔にすべてを任せ隠れている事にした。

 

 

しばらくして、結界が晴れていく。

男は安堵する。

どうやら、あの悪魔が『幌馬車』を始末したのだろうと考えて。

 

男は死体でも拝もうと思い腰をあげる。

 

立ち上がって戦場の方に視線を向けようとすると、目の前に一人の少女が立っていた。

少女の両手には包丁のような刃物が握られており、服装は血と泥でボロボロだ。

 

少女はうつむいており、表情は見えない。

 

「なんだテメ……」

 

男は一瞬気が付かなかった。

先程まで悪魔と戦っていた少女が生きているはずないという思い込み、そして常に相手を煽るように立ち回っていた少女の無表情。

 

これらが結びつかず、だが気づくと同時に武器を構えようとするが、それは叶わなかった。

ドサリ、と何かが落ちる音がして地面をみる。

 

そこには武器を持った男の腕が落ちていた。

 

「は?」

 

間抜けな声を出してしまった男は、自分の腕を見る。

そこにはただ凍りついた傷口の断片だけがあった。

 

男は恐怖する。

いつ切られたのか分からないことにも。

そしていまだに痛みがないことにも。

 

「氷魔法は傷口ごと凍らせるんだ。」

 

少女は無表情に呟く。

それは男に言っているというよりも、どこか独り言のようだった。

 

まずい、逃げなければ。

男はそう考えるとスキルを発動させようとする。

そこで足に力が入らず、体勢を崩し転んでしまう。

 

「毒なんかの場合は、傷口を焼くより凍らせる方が効果的だったりする」

 

……違う。足に力が入らないのではない。

足そのものが凍りつき、重さに耐えきれず砕けていた。

 

「回復魔法に反応する毒もあるからな、凍らせたよ……」

 

更に、もう片方の腕も落ちる。

こちらは普通に切り落とされており、強い痛みが襲ってくる。

 

「エリーが索敵魔法でな、位置を教えてくれたんだ。喋るのだってままならなかっただろうに……」

「ひいぃっ!」

「ここで逃しちゃまた復讐されるかも知れないからって、昨日今日知りあった奴らのためにそこまでしてくれたんだ」

 

男は恐怖しながらも、スキルを発動させ、少女の視界から消え去る。

少しでも這って逃げようとする男に少女は声をかける。

 

「血が垂れてるぜ。体から離れた血は見えるみたいだな。 ……お前のスキル、地面の上にいるのは間違いないんだろ」

 

そう言うとマリーは地面を軽く蹴る。

同時、マリーの足元から地面が抉れ大穴が開く。

男は穴の中に落ちてしまう。

最初は暗闇の中で見えなかったが、やがて目が慣れて洞窟の形状が見えてくると、底面には剣山のように尖った岩がびっしり生えているのがわかった。

 

スキルの力で干渉されないため刺さってこそいないが、スキルを解除すればマズい事になるのは想像に難しくない。

 

「武器に毒を塗って突き刺したらしいな。アタシも真似させて貰うぜ」

 

そう言うとなにかをふりかけてくる。

……毒だ。

男は知らないが、コリンの馬車にあった、狩り用の毒である。

 

もちろん、スキルにより毒は男には通じない。

男をすり抜け、針山に毒がかかる。

 

「アバよ、ゲス野郎」

 

少女はそう言うと穴を閉じた。

 

男は慌てる。

コレではスキルが解けた瞬間、串刺しだ。

そうでなくとも窒息してしまう。

 

だが両手両足をもがれた状態でできることなんてないに等しい。

 

声をかけようにも、スキルを発動している間、こちらの声は届かない。

 

男は怒り、叫び、謝り、暴れた。

だが世界に干渉する術を持たない男が何をしようと、なにも起こらない。

 

なにも起こらないまま、時間だけは刻々と過ぎていきスキルの使用限界時間へと到達する。

 

そして男は姿を表し……

 

「嫌だあああああああぁァァァ…………!!!」

 

男は、二度と喋る事は無かった。



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第14話 スキル『TS』は意外と強い

アタシたちは助けに来てくれた衛兵隊に事後処理を引き継ぎ、街まで戻ってきた。

コリンが吹き飛ばした盗賊のなかに、まだ息のある奴がいたらしく、ソイツから事情を聞くらしい。

 

 

今は宿屋だ。

医者に宿屋まで来てもらっている。

ベッドに寝ているエリーを見せるためだ。

コリンとイケメンも一緒についてきている。

 

「エリーさんは、『腐れ毒』を受けています」

 

腐れ毒。

ある湿地帯の魔物から取れる、解毒魔法が効かない特殊毒だ。

 

「身体は回復魔法で治療しましたが、中の毒は未だにエリーさんを苦しませています。 ……おそらく持って三日。それまでに挨拶を済ませて下さい。」

 

コリンが慰めようと抱きしめてくれる。

 

死の別れだと。

ふざけるな!

 

一瞬激昂するが医者に当たっても仕方ない。

怒りを押さえ込み、コリンとジクアの二人に声をかける。

 

「すまねえが、二人だけにしてくれないか」

「マリー……。なにかあったら言ってね」

「大丈夫だ。三日後までには連絡する」

 

 

二人には帰って貰った。

今アタシは、鎮痛剤を打ちベッドで眠るエリーと共にいる。

 

「エリー。お前とはまだ出会ってから一ヶ月も経ってねえんだよな」

 

深い呼吸だけが聞こえる。

返事はない。

 

「不思議なもんだ。まるで十年ぐらい一緒にいるような気分だぜ。」

 

アタシは天井を見ながら、呟くように喋る。

 

「……アタシはアンタが気に入っている。今までの仲間とはソリがあわなくてよ、自分から離れていったのが殆どだ。だがエリー、アンタとは長く続けていけそうだと、そう思ってた。いや、今もそう思ってる」

「私もです。マリー」

 

視線を下ろすと、エリーが弱々しくも笑っていた。

起き上がって見つめてくる。

 

「……起こしちまったな。すまん」

「良いんですよ。私は、このままだと長くないのでしょう?」

 

一瞬言葉に詰まる。

どうしようか迷ったが医者の言うことそのまま伝える事に決めた。

 

「……ああ、もって三日だそうだ」

「やはりそうですか。でもマリー、安心して下さい。私のスキル『絶対運』が助かるという選択も、死ぬという選択も選べると言っています」

 

ああ、そうか。

 

やはりか。

 

これで確信した。

おそらく、いや確実にアタシはエリーを助けられる。

 

「マリーはなんとなく分かっているのでは?」

「ああ、もしかしたらそうかも知れないってのは考えてた。マリーのスキルは運命に干渉するスキルだ。それが誰かを庇って死ぬのは考えにくい。だが……」

 

アタシはひと呼吸置く。

とても言いづらい事だ。

 

「アタシのスキル『TS』は性別を転換させる能力だ。スキルを発動すると過去の古傷すら消して、まったく新しい肉体にしてしまう。そしてソレは他人にも使える」

 

エリーからの返答はない。

ここからが本題だ。

 

「これは推測だが、アタシのスキルはアタシが無意識に考えている理想の姿に書き換える力じゃないかと思ってる。そして、ソレは精神にも作用する可能性がある」

「つまり、私が私でなくなる可能性があると?」

「流石だな。スキルの力でエリーをアタシ自身の都合のいい存在に書き換えてしまう可能性があるって事だ」

 

そう、エリーという人格を破壊する可能性。

自分一人ならば何ら問題ないこの力も他人に適用させようとなると話が違ってくる。

もちろんアタシがスキルを勘違いしている可能性もあるが……

 

「そんな事ですか、構いませんよ」

「おい、そんなに軽々しく決める話じゃ……」

「いいえ。マリー、貴方は私の大切な友人です。大切な友人の理想の友人になれる、とても素敵な事じゃありませんか」

「エリー……」

 

エリーの決意は固かった。

 

アタシはスキルを発動させる準備に入る。

と言っても発動させるために身体の一部を触るだけだ。

 

今回は効果が実際あるかどうか確認するため、傷口のあった背中を見せて貰いながらスキルを発動させる。

傷口は魔法の力で完全に塞がれていたが、毒のせいで傷口のあった箇所が暗い紫色に変色していた。

 

スキルが発動して身体が大きくなると服が破れたりするかもしれないので服は脱いでもらい、前はシーツを被ってもらった。

 

アタシはエリーの背中を見ながら声をかける。

 

「本当はこっそり実験してから人には試す予定だったんだ。まさか実践でいきなり使うなんてな」

「ふふふ。マリーの初めてをいただけるんですね。では、私も――」

 

唇が塞がれた。

アタシはエリーにキスをされている。

永遠のような一瞬の時間を経て、互いの唇が離れた。

 

「私という人間がもし消えてしまったら、私の初めてを捧げる人がいなくなってしまいます。ですからマリー、貴方に捧げました」

「バッ、バカ! 女同士でそんな……」

「構いませんよ。これから私はあなたのものです」

 

そう言いながら頬を染めるエリー。

アタシの顔も多分熱くなっている。

 

「あ、もしも私が私のままだったら返して下さいね」

「はっ、バーカ。もう俺……アタシのもんだ。返さねーよ。むしろもっとくれ」

「そうですか。でしたらスキルの発動後も、マリーがまだ友達だと言って頂けるならもっと差し上げますね」

「ああ、安心しろ。アタシ達は友達だ。それにスキルが再発動できれば男なのは一瞬だけで、女にも戻れる……はず、だ」

 

正直初めての事ばかりで、あまり自信はない。

くそっ、あまりにもケースが少なすぎる。

 

アタシは覚悟を決めてエリーの背中に回り込むと、手を当ててスキルを発動させる。

 

「んっ……」

 

 

それとともに少しずつ変色していた皮膚の色が戻っていく。

アタシの頃と比べて変化がゆっくりだ。

他人にやるとここまで時間がかかるのか。

それとも毒の作用を取り除いているからだろうか。

 

およそ、十分ほどの時間が経過して、スキルの発動は完了した。

背中の毒々しい色は消えている。

 

エリーの髪色は金から銀髪に変化している。

身体は大きくなると思っていたが、逆に少しだけ小さくなってしまった。

 

変化が完了する。

 

「エリー? 終わったぞ」

 

彼が振り向くと、そこにはわずかにエリーの面影を残した銀髪の少年の姿があった。

アタシは美しいその少年の顔に少し顔を赤らめてしまう。

 

「……どうでしょうかマリー? なにか“僕”……あ、いえ私の姿おかしくないですか? 」

「あ、ああ……。“僕”でいい。変に話し方を戻そうとすると混乱するぞ、毒も抜けたみたいだな」

 

少年の声は変声前のそれだ。

元のエリーに近い声質をしている。

 

アタシは少年エリーに鏡を渡す。

 

「これは……。子供ですね」

「ああ、美少年だな」

「マリーの好みって年下だったんですか?」

「……そうなのか? アタシも今知ったぞ」

 

可愛いとは思うが好みとは少し違うような……?

無邪気に首を傾げるな。

 

「……マリー姉さん」

「んっ! な、なんだ!?」

「ふふっ、呼んだだけです。お姉ちゃん」

 

エリーがいたずらっぽく声をかけてくる。

 

「まあ、冗談はさておきありがとうございます。マリーのお陰で助かりました。性格も多分破壊されてないと思います。 ……破壊されてないですよね?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

 

少しいたずらっぽくなってる気がするが大丈夫だ。

ただ、視線が男の子のそれだな。

そんなに気になるか、アタシの胸。

 

「じ、じゃあもう一回『TS』スキルを使おう。 エリーの姿かどうか確かめないと困るしな」

 

とりあえずこのままだと色々マズい。

強引にもう一度スキルを使うことにした。

 

「……確かにそうですね。マリー、お願いします」

 

スキルを発動させてしばらく待つと、見慣れたエリーの姿になった。

……なんだか肌のツヤ、張りが良くなっている。

なんというか、今まで以上に美人だ。

 

だがアタシみたいにぶっ飛んだ姿にはならなかったらしい。

元々が美形だからかな。

それともアタシの理想の女性って事…… か?

いや、これはおそらくアタシじゃなくてエリーの……

 

「ありがとうございます。マリー。 ……しかしこの姿が落ち着きますね。 その、男の子の姿だとちょっと浮ついた気持ちになってしまって……」

 

エリーの顔が真っ赤だ。

ああ、十代の男はムラムラしやすいからな。

伝わって来たぞ。色々とな。

 

……ちょっとアタシも恥ずかしかった。

 

「もし万が一また男に変身するときは名前どうしましょう? そのままエリーだとちょっとまずいですね。」

「それじゃあ、アタシが男だったときの名前から一文字やるよ。エリクでどうだ?」

 

すると、凄く嬉しそうに笑顔になる。

よほど気に入ったのだろうか。

 

「エリクですか。良いですね! マリー…… じゃなかったアレクから名前を貰ってエリク。嬉しいです!」

「おう」

「ありがとうございます。マリーお姉ちゃん!!」

「んっ! き、気にするな」

 

不意打ちで笑顔でお姉ちゃん呼びするな。

今の姿でも……いや、今の姿のほうがアタシに効く。

 

「たまにお姉ちゃん呼びするのもいいですね」

 

……ボソっと呟くな。

まあいいけど。

 

「というわけでマリー姉さん、色々教えて下さいね」

「……ああ、教えてやるよエリー。無事でなによりだ。だから、『俺』にもっとくれ」

 

「エリー! それにマリーも!」

「ご心配おかけしました。私は元気です!」

「コリンもイケメンも世話かけたな」

 

流石に当日に治ったと伝えるのはマズい気がしたので、二日目に『幌馬車』に会いにいった。

それまではずっと宿屋で引きこもりだ。

 

コリンが感極まって泣いている。

 

「良くあの状態から……。無事でなによりだよ」

「エリーのスキルは幸運系だ。それが上手く作用してくれたんだろうな」

 

嘘は言っていない。

 

「しかし無事で良かった……パーッとお祝いしましょ! あ、エリーが大丈夫ならだけど」

「はい、私は大丈夫です!」

「よし! 決まりね! 支払いは『幌馬車』に任せなさい!!」

 

 

 

「じゃあ来月にはE級に上がる冒険者、マリー&エリーの復活を祝って!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

店のあちこちから歓声が上がる。

そう、アタシ達は盗賊退治の活動が認められてE級の条件を満たした。あとは一ヶ月待機してるだけでいい。

顔もよく知らない酒場の冒険者たちから声をかけてもらっている。

 

 

「病気治ったんだ、おめでとー」

「馬鹿、盗賊団に毒塗られたんだよ」

「あの子誰? 可愛いね」

「エリーさんサイコー!!」

 

いつの間にか出来たファンの声から無関心な奴らの声まで様々だ。

 

「マリーちゃーん、踏んでくれぇ!」

「エリーの肌ツヤが良くなっている……? まさか、美容系スキル持ち……? クソッ『写真家』はまだか!?」

 

なんでアタシのファンもいるんだ。しかもアブノーマルな奴。

 

あと盗撮家なら路地裏で寝てるよ。

お前も隣で寝かせてやるから安心しろ。

 

 

宴会は激しく盛り上がる。

ポツポツと人がいなくなり、なんともなしに酒場での馬鹿騒ぎがお開きになると、二人で宿に戻ってきた。

 

引きこもっていた間、宿屋では暇だったのでエリーと二人で『TS』スキルの検証ばっかりしていた部屋だ。

 

色々調べて分かった事は、スキルの力で一部分だけ肉体を変化させる事が出来たり、ささいな傷や消耗した体力も再生できるとかそんなんだ。

 

回復は時間がかかるから戦いながらでは使えないが、上手く運用を考えてやれば強力だ。

 

一部だけ変化させるのは……腕だけとか一部分を男に戻したところで、全身の筋肉がアンバランスになるだけなので戦闘では意味がなかった。

 

あとはエリーが男でも魔法が使えたくらいか。

ただ女のときの方が魔法の威力が圧倒的に上だったので、しばらく使うことは無いだろう。

 

他にもエリーは基礎魔法の威力が増えて、魔力の支払いを増やす事で短縮詠唱が可能になったらしい。

詳しくは知らん。

 

こうして考えると男状態のメリットがほぼないな。

 

一緒のベッドでエリーと手を絡める。

こうしていると何故か安心する。

そうだ、アタシのスキルの感想を聞いてみよう。

 

「なあ、エリー。アタシのスキルってさ」

「変則的ですけど回復もできて、攻撃も強化されています。強い部類に入ると思いますよ」

 

以心伝心、言いたいことが伝わったようだ。

アタシはエリーと唇を重ねる。

 

そうだな、アタシのスキル『TS』は意外と強い。




ここまでお読みいただきありがとうございます。
第一部 完 となります。
第二部 来週から投稿できそうですのでしばらくお待ち下さい。

※間違って一瞬だけ第二部の予約投稿文を出してしまいました。


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第一部のあらすじ、キャラ紹介(忘れた人向け)

第一部のあらすじ、キャラとか(忘れた人向け)

 

 

 

■あらすじ

引退を考えていた冒険者アレク。彼は偶然にもスキル『TS』を取得する。

そのスキルは性転換させるスキルだった。

森の中で襲われていたエリーを助けたアレクは少女になった自分の事をマリーと名乗り、エリーと共に街へ行く。

途中『ウザ絡み』などの冒険者に絡まれながらも冒険者としてG級から出発した二人。

そこでD級冒険者チーム『幌馬車』と共同依頼を受けることになった。

 

帰り道、『幌馬車』はかつて撃退した盗賊に襲われる。

盗賊は傭兵の召喚士を連れていた。

召喚士が呼び出した悪魔に辛勝したマリー。

馬車に戻って見ると、エリーがコリンをかばって重傷をおっていた。

マリーはエリーを治すため、効果が未解明だったスキル『TS』を発動させる事を決断する。

スキルを発動させたマリーは無事治療に成功し、今回の旅を終えた。

 

■人物

【マリー】

本作の主人公。男のときの名前はアレク。

スキル:『TS』 性別が転換してしまった代わりに、肉体の完全再生、若返りをすることができる。

元ぼっち冒険者。引退を考えていたところスキルに目覚める。

当初は美少女化に困惑していたが、戦闘での代替手段が増えるにつれて「戻らなくてもいっか」と考えている。

 

スキルによって本来男は使用できないはずの魔法を使えるようになった。

普通の魔法と違い、自らに宿った魔力を直接ぶつけている。

ただしその性質上、マリーの使う魔法は自分の肉体とつながっていないと行けない、距離に制限があるなどの制約がある

メリットとして魔力の消費が極めて少なく、多様な属性を使える。

 

 

【エリー】

本名エリス・バレッタ 通称エリー 男のときの名前はエリク。

スキル:『絶対運』 運を強化するスキル。本人は幸運が強化されると思っているようだが実際にはすべての運(不運や悪運、強運も含む)が強化される。

主人公に助けられ仲良くなる。

基本的に回復魔法と補助魔法による強化、弱体化を得意とする。

 

基本的にどんな暗い場も明るく変えてしまう天性の才能の持ち主。

その才能ゆえに腹違いの姉妹に妬まれ暗殺されかけたが、暗い闇を跳ね除ける明るい性格、困難な状況で諦めない精神、それらが重なる事でレアスキルである『絶対運』を取得した。

スキルとかを一切抜きにしてもメンタルの強さは最強に近い。

宿屋では実験を兼ねてたまにエリクに変化させてもらったりしているが、着ていく服がないため外に出てはいない。

 

 

【おやっさん】

酒場の女将が奥さん。

スキルを手に入れたのが晩年になってからであり、アレクの良き理解者でもあった。

が元B級冒険者だったりする。

女将とは同じ冒険者の仲間として知り合った。つまり女将も元B級冒険者。

スキル『TS』を匿名で報告してくれていたり、何気に気遣いのできる男。

 

【コリン】

チーム『幌馬車』のリーダー 二十代前半と推定。

スキル:『風流操作』は風の流れを操作できる。風魔法と組み合わせる事で極めて低コストで高い威力の風魔法を連発できる。

C級相当の腕前を持つが元々行商の血筋であり、ギルドのランクには興味がないため荷運びができるD級で満足している。

 

チームが所有している馬車は父親から譲り受けたもの。

最近子供が欲しいが、行商との兼ね合いで悩んでいる。

先日盗賊団に襲われ『幌馬車』のメンバーが数名負傷してしまったため、近場の依頼のみを受けていた。

なお、負傷したメンバーは酒場で飲んだくれていたためマリーの自己紹介を聞いていたりする。

 

【ジクア】

コリンの恋人

スキル:精密射撃 武器はボウガンや弓。元狩人だったが冒険者となるため故郷を出る。

実はコリンと出会ったのは冒険初心者のとき、互いに敵として勘違いしたことから始まる。

精密射撃で狙ったところに攻撃したのに逸れたこと、風流操作で風を操ったのに傷を負ったことから互いが興味を持つようになった。

 

コリンのスキルで矢の攻撃を防ぎながら自らのスキルを利用して弓矢で一方的に攻撃を仕掛けることを基礎戦術にしている。

肉弾戦はそこまで強くなく、D~E級程度。

余談だがスキル『精密射撃』は妊娠の有無、男女の産み分けすら制御できる。

 

【幌馬車の残り】

ワクツ、アビドル……斥候、索敵担当。

基本的に馬車の前と後ろに陣取り、トラブルがあった場合の救援要請や奇襲を担当する。

作中では陰ながら仕事はしていたが主人公と絡みがないまま終わってしまった。

 

けが人たち……酒場で飲んだくれてた。

 

【サモ】

謎の老婆。召喚術師にして傭兵。

使用できる契約済み悪魔は***級数体と僧侶級1体。

なお、今回僧侶級悪魔は破壊されたので一時的に契約が切れており、実質***級のみ。

 

じっくり時間をかけて準備できる防衛戦を得意とする。

自らの弱点を補うため、近くに土壁を展開し緊急時防御可能な人物を連れている。

 

今回は所望していた"石"を盗賊団が持っていたことを知り契約を行った。

ただしG~D級の冒険者ごときに僧侶級がやられるとは思っていなかったので結果的に赤字である。

 

 

【盗賊団】

ただの商人と勘違いしたコリンを襲い、返り討ちにあった集団。

半壊し、後先考えずに逆恨みの末復讐にはしるも再度反撃にあい壊滅。

立地条件からいって、おそらく『幌馬車』を叩き潰したとしても衛兵や冒険者に狙われて即座に壊滅してた。

 

・お頭……『異界透明化』という強力なスキルを持つが使いこなせていなかった。あまり賢くはなく後先の事を考えない性格。だがそれ故に気前が良く、それなりに手下がいた。

・No2……盾のスキルを持つ。単純に正面からの実力ならお頭より強い。事実上の盗賊団運営者。マリーによって撃破される。

 

 

【写真家】

スキル『盗撮』 目で見たものを紙に転写する能力。

数十年前に発明された写真技術を利用し、遠く離れたカメラに映像を送ることができる。

冒険者の可愛い写真を取ることを生きがいにしている。

その素顔はとある委員会のメンバーしか知らない。

なお、本職は個人D級冒険者として扱われているが、定期的にどこかに呼ばれているので別の職業を持っているといわれてる。

 

【その他】

『ウザ絡み』

ギルド皆が認める噛ませ犬。

一部の娼婦からもNGが出ている可愛そうな人。

 

ポン子

ポンコツな新人受付嬢。そのしくじりは伝説を作る。

 

女将

B級冒険者。

旦那とは出会ってから二十年くらいになる。

旦那の胃袋を捕まえてから落とした調理技術で今日もフライパンを振るう。




※本編は11/13 18時からスタートします


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第二部 お化け屋敷
閑話 秘密会議


とある商会の地下。

深部には黒ずくめの男達が円卓に座っていた。

痩せた者、太った者など様々だ。

 

そこは密会の場。

同好の士である彼らにとっては身分も地位も関係ない。互いの欲望こそが彼らを動かす。

 

互いに仮面をつけており素顔は見えない。

お互いそれとなく察してはいるのだが、それを尋ねることはタブーとされていた。

 

「例のモノを」

 

男が重々しく言う。

すると近くにいた別の男は重ねた束を取りだした。

 

それは写真。

付与魔法の技術を用いて作成された限りなく本物に近い絵。

 

様々な女性冒険者が写された写真の束。

その中でも新人である二人。

エリーとマリー二人の写真で皆は手を止める。

 

「ほう、これが次期にD級となる冒険者マリーとエリーか」

「くくく、G級からはじまりわずか一ヶ月でE級への昇進」

「噂では依頼中に悪魔を倒したとか…」

「噂は一人歩きするもの」

「とはいえ有望株には違いない」

 

彼らは秘密結社のメンバーだ。

そう、彼らこそ、この大陸に独自のネットワークを持ち、世界中の同志達と情報交換を行う秘密結社。

 

「だが、我々の仲間も何人かやられている」

「強大な敵…か。素晴らしい」

「やはり彼女達は極上の獲物ですな」

 

男たちは下品な顔を仮面で隠し、それでいて紳士として振舞う。

 

「ふふふ、あの足で踏まれることを考えるとそそられますなあ」

「全くですなあ、同志!」

 

自称『美人コンテスト評論委員会』

それが彼らの集まりであった。

『写真家』と呼ばれる貴重な『盗撮』スキル持ちによって撮影された、その貴重な写真を取引する場である。

 

「しかし『写真家』が何度も入院するのはマズい」

 

ここ数回の会合において、メインは新米冒険者のエリーとマリーであった。

だが極秘事項である『盗撮』スキル持ちの写真家という存在。

彼の存在がまるで最初から知っていたかのように即座にバレてしまい、ボコボコにされたため、最初の作品は数が少ない。

 

写真は価格と販売枚数に応じてランク分けがおこなわれる。

 

他の冒険者と比べて圧倒的に少ない写真はレアリティの高さから金貨数十枚から取引されていた。

 

「ほう、これは背中を刺されたエリーちゃんを抱えて疾走するマリーちゃんの姿ですか。血塗れでボロボロなのに一枚の絵のような美しさを持っている」

 

「これは初めて登録に来たときの姿ですな。マリーちゃんは堂々としていて、とても初心者には見えませんな」

 

複数の写真に対してあれやこれやと批評を繰り返す男たち。

議論に夢中で上部の扉が開いたことには気づかない。

 

ゆっくりと階段を降りる一つの影。

カツン、カツンと階段を降りてくる音が響き、そこでやっと男たちは気がつく。

 

「誰だ!」

 

返事はない。

明かりの逆光で影となった姿は、光源の近くまで来てようやく明らかになる。

 

階段を降りてきたのは赤いフードを被った少女だ。

フードの奥には手元の写真と同じ顔が写っている。

 

「さあ、クズ共。掃除の時間だ」

 

男たちは絶望に染まる。

 

「どうしてここが分かった!」

「アタシにとっては馴染みのある場所さ」

 

会合の場所は多くない。

その一つ一つを実際に訪れ、調べていただけに過ぎないが、男たちがそれを知ることはない。

 

「まさかここが見つかるとはな…」

「ははは、我々の同志達にはD級冒険者程度には腕効きが複数いるのだ! 申し訳ないがしばらくマリー殿には眠っていただこう」

 

男たちが武器を構えると、少女もまた包丁のような刃物を構える。

不思議なことに包丁の形が次第に変わっていき、パン切り包丁の形へと変わった。

 

「今は金属魔法の練習中だ。少し実験に付き合ってくれ」

 

少女はパン切り包丁で峰打ちの構えを取る。

 

「ええい! 我らを惑わすその姿! ココを知られたからにはたとえマリー殿といえども容赦はせんぞ!」

 

数人の男たちが彼女を取り囲む。

だが彼女はいたって落ち着いてその呪文を唱えた。

 

「サンダーローズ」

 

彼女が呪文らしきものを呟いた途端、彼女から発せられた雷が男たちを貫く。

雷に貫かれた男たちは身体が麻痺して動けず、その場に倒れ伏した。

 

「ば、馬鹿な! D級冒険者達が一瞬で…」

「金属魔法とか言って雷魔法を使うとは…」

「おのれ! C級冒険者の『一匹狼』さえいればせめて一矢報いるものを!」

 

男たちは好き勝手に叫び、最近行方知れずとなっている常連冒険者の『一匹狼』の二つ名をもつ同志に思いを馳せる。

一人でC級として活動を続けられる彼がいれば一太刀報いることができるだろうに、と。

 

「…残念だがソイツは二度とここへは来れない」

「まさか、始末したというのか! だがギルドの極秘データと照らし合わせた限り殺害数は変化ないはずっ…?」

 

男はギルドの関係者だという事を暗にほのめかしてしまう。

マリーは呆れたようにその男を見ていた。

 

「悪い子達にはお仕置きだな」

 

男たちは激昂する。

 

「おのれぇ! 貴様になにが分かる! 若い女性から向けられるゴミを見るような視線の痛みが! 気持ち悪がられて陰口を叩かれる痛みが! 貴様に分かるか!!」

 

「わかるさ… 誰よりもな…」

 

天を仰ぎながら呟いたその言葉は、誰よりも実感が籠もっていた。

その言葉の重みを感じ、男たちはなにも言えなくなる。

 

「ああ、お前らの痛みは分かっている。だから、アタシはお前らを遠ざけたりはしない。むしろ慈愛の心で接してやる」

 

マリーは両手を広げ優しく微笑む。

まるで男達の罪を許すと言わんばかりに。

 

その穏やかな微笑みに見惚れ、一部の男は涙を流してさえいた。

 

「だけどま、ソレはソレ。コレはコレだ。とりあえずボコるから安心しろ」

 

あっさりと手のひらを返したマリーによる惨劇が始まった。

 

 

惨劇が終わり、やがて部屋の中が静かになる。

そこにいたのは椅子に座ってあぐらをかくマリーと冷たい床の上に正座させられる仮面の男達。

二極化した構図がそこにあった。

 

「お前らエリーが魅力なのは分かるが、こそこそ盗撮するんじゃねえよ。写真没収な」

「いえ、マリア様も十分お綺麗で…」

「そ、そうか? ふへへ… な、なら一枚くらいはアタシの写真持ってて良いぞ」

 

褒められて途端に機嫌を良くするマリ-。

その笑顔に男たちは釘付けとなる。

 

「ところでマリー様。我々は今後どのように振る舞えば良いのでしょうか」

 

別の男が語りかける。

 

「そうだな… お前ら裏でアタシ達の写真売って稼いでたんだろ? ならコレからは最低でも一人あたりコレだけの金額を払ってもらおうか」

 

パチンと指を鳴らすと土魔法が発動し、サラサラと地面金額が書かれていく。

その額はこの会の売上を大きく超えていた。

 

「ば、馬鹿な… この金額を毎月だと!?」

「それでは食べていけない、どうか、どうかお慈悲を」

「まあ無理ならいいぜ。アタシも鬼じゃないさ。考えはある」

 

「考え…ですか」

「ああ、お前らファンクラブを作れ」

 

男たちを聞きなれない言葉に目配せし、皆それぞれ首をかしげる。

 

「ファンクラブ、と言いますと?」

「あー、なんていうかな。応援する団体だ。冒険者から了解を得て公認の団体を作れってことだ。コソコソするんじゃなくてな」

 

男たちは怪訝そうに顔を見合わせる。

 

「会員として登録したら会員費を払わせる。会員には公認冒険者の装備とかバッチとかそんなんを渡す。代わりに… これは冒険者次第だが一部メンバーと交流をもてる」

 

この会員のメンバーにはとある商会の会長もいた。

商会長は商売の匂いを敏感に感じ取る。

 

「その冒険者御用達の武器や防具、回復薬などを売っても…?」

「好きにしろ。ただしゴミを売るときは偽物ですって付け加えとけよ。命に関わるからな。そのへんはルール作って悪い事する奴が出ないようにお前らで管理しろ」

 

冒険者はそれだけで食べていける。

冒険者を興行として扱うという概念は商会長にとって刺激的な提案だったようだ。

 

「売上はどのように…?」

「半分が冒険者、一割がアタシだ。残りはお前らでなんとかしな。ギルドも巻き込んで金払えよ」

 

ギルドの職員だと思われる男を見ながら言った。

 

「ちなみにアタシ達は冒険者も兼ねてるからアタシ達のファンクラブは六割が取り分だぞ?」

「そ、そんな暴利を!」

 

「は? 嫌なら衛兵に突き出しても良いんだぞ?」

「せめて、せめてなにかの報酬を!」

「報酬か… 良いぜ、言い出したのはアタシだからな。ファンクラブ向けにちゃんと報酬は払ってやるよ」

 

そう言うとマリーはブーツを脱ぎ、次に靴下を脱ぐ。

 

「ほらよ、アタシの靴下だ。ボロくなって捨てようと思ってたんだ、やるよ」

「お、おお…」

 

男達の一部は新たな扉を開いたようだ。

だが少女は気づかない。

 

「まさか嫌って事は言わねえよなあ?」

「め、滅相もございません! と、ところでこのような報酬を毎月いただけるので…?」

 

「…え?」

 

マジでその報酬でやるの、とマリーは呟くが聞こえた様子はない。

 

「…まあ捨ててもいいゴミなら定期的にくれてやる。ちゃんと処分しろよ」

「ははっ!」

「あ、あと写真はアタシが許可したものだけな。 …裸の写真なんか撮ったら殺すぞ」

 

最後に睨みを効かせてそう言うと、マリーは去っていく。

 

去っていくマリーに対して男達は…

 

「お、俺マリーちゃんと会話しちゃったよ! 絶対無理だと思ってたのに!」

「マリーちゃん乱暴だけど意外と優しいな! みろよ、殴った後軽く手当てしてくれたんだ!」

「マリー様…」

「あの時みたいにお兄ちゃんと呼んでくれ…」

 

かなりの好評だった。

そこである男が手元から作成したばかりの写真を取り出す。

 

「ところで、私のスキルで撮影した生足のマリーちゃんと、はにかみ笑顔のマリーちゃんの写真だがどうしたい?」

「おお、写真家! 流石だな!!」

「さっそく焼き増しして皆で…」

 

そこで、待ったをかける人物がいた。

商会長の男だ。

 

「まて。今回の写真は公にはせず、ファンクラブ会員のみが所持を許されるようにしよう」

「なに!? 生足だぞ! 最低でも金貨八十枚、いや百枚は硬い!」

「落ち着くのだ同志よ。我々は金に困ってこのような事を始めたのか? 違うはずだ。私たちは本来は触ることすら許されない彼女たちへの敬愛からこの会を発足したんだ」

 

表ではそれなりの地位をもつ別の男がその意見に同意する。

 

「私達は侮蔑の眼差しには慣れている。だが素直に笑顔を見せてくれた者がどれほどいただろうか。」

「ああ、そうだ。この写真はマリー様が見せて下った純真な笑顔なのだ」

「…」

 

「それに今回の件は悪いことばかりでもない。金貨を一度に数十枚得るよりも、毎月銀貨を少しずつもらった方が、長期的には得になる」

「なにより、マリー殿の意向に逆らうような事をすれば今度こそ我らは潰されるだろうな」

「ならばファンとして、マリー殿に敬愛を示す。それだけで良いだろう」

 

「よし! そうと決まればファンクラブを発足するぞ! 第一号はマリー殿とエリー殿のコンビだ!」

 

この日、美人コンテスト評論委員会は消滅し、新たに『ファンクラブ制作委員会』と『エリーマリーファンクラブ』、そして裏の顔である『マリー教』が発足した。

 



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第15話 お化け屋敷

悪魔との戦いから三ヶ月後。

Eランクに昇格したアタシ達は薬草採取や、雑魚い魔物を殺戮して平穏な毎日を暮らしていた。

Dランクのノルマもしばらくすれば達成できそうだ。

 

「なあエリー? アタシ達の家を買わないか?」

「急ですね。いきなりどうしたんですか?」

「いや、前に話したストーカー達がいたろ? あいつらボコって作りなおしたファンクラブからのアガリ…… じゃなかった売上が結構いい額でな」

 

今も宿屋を利用しているが、女の子二人は荷物が多い。

万が一も考えて、エリーが男に変化したときの服も用意しておきたいが流石に手狭だ。

 

ストーカー共がこっそり撮影に来るとも限らねえしな。

 

金があるうちに秘密が守れる場所の手配をしておきたい。

金貨数十枚くらいならなんとか都合できそうだ

 

「でしたら、丁度良い家がありますよ!」

 

そう言うとギルドの依頼票を持ち出してくる。どうやら特殊依頼として複数貼ってあったうちの一枚らしい。

 

「ここ見て下さい! この価格! なんと! 価格が壱札にしてたったの一枚なんです!」

 

壱札……か。

貴族ではよく使われる単位だな。

金貨百枚で壱札。

あとは桁上がりするごとに十札、百札と単位が変わって言ったはずだ。

札の単位に応じて偽造防止のための付与魔法が強化されているとか。

 

銅貨が一枚でパン一つ買える。

二十枚で銀貨一枚、更に銀貨二十枚で金貨一枚だ。

平民がひと月銀貨百枚程度で生活できる。

 

それに比べて札は、一気に金貨百枚からというあたり、平民はお呼びではない。

 

「場所は少し離れてますが、近くの山もオマケに一つ付きでこの価格はお安いですよ!」

 

「山付き? んな馬鹿な……うわマジだ」

 

場所は街から出て南の森付近の小さな山と近くの館だ。

 

推奨ランクなし、依頼者は領主。

依頼内容は『山と館を統治すること』の一文だけ。

 

報酬が館と山の割引。

ただし、一代限りの領地持ちとして所有している限り相応の税を払うこと。

 

ご丁寧に領主のサインまで入っている。

普通、土地は貴族の所有で人に売るような事はない。

それが金貨百枚程度なら、破格だ。

捨て値と言ってもいい。

 

そうまでして手放したい事情があるのか

なになに…… 一部お伝え事項あり?

……事故物件じゃねーかこれ?

 

「大丈夫です。これは良いものですよ」

「いや、良いといえばいいんだろうが……」

 

最近分かってきたことだが、エリーのスキル『絶対運』はすべての運を底上げしているらしい。

幸運も不運も、強運や悪運だっておそらくだが強化されている。

 

つまり、エリーのそばにいる限り波乱万丈な人生確定って訳だ。

まあいい、望むところだ。

 

「よっしゃ、じゃあギルドで詳細を聞きにいってみるか」

 

 

ギルドに来たがおやっさんがいない。

代わりにポン子がいた。

つか、ポン子しかいない。

 

あ、これだめなやつだ。

帰ろう。

 

「あれ~? マリーさんじゃないですか。なんでいきなり U ターンしてるんですか?」

 

くそ、見つかったか。

 

「あー、ちょっと聞きたい事があるんだが…… 分からなければいいぞ。また来るからな。そうだよな。わからないよな、じゃあな」

「まだ何も言ってないじゃないですか」

 

その後もポン子がしつこく食い下がるので、しぶしぶアタシは依頼内容を聞く事にした。

 

「この案件ですか。やめたほうがいいですよ。B級冒険者パーティー『オーガキラー』も挑戦しましたが、返り討ちにあってしまっています」

「は? B級だぞ?」

 

そのクラスの冒険者でも駄目なのか。

実質 Aランク以上じゃねえのか?

この街に居ねえぞそんなエリート。

 

「この物件ですね、出るんですよ」

「何が出るんだ? 変態か?」

「違います! お化けですよお化け!」

 

似たようなもんだろ。

ていうか、あれ?

この物件もしかしてあれか。

 

三年ぐらい前までずっとギルドに貼ってあった、お化け退治の依頼か?

外れ依頼だっのたのは覚えてるがどんな案件だったかな……

 

「この案件が出てから挑戦する新人が絶えないせいで、上司や先輩が対応のために外出してしまってるんですよ! お陰で仕事が滞って滞って……」

 

だからおやっさんがいないんだな。

ポン子に受付を任せなければいけないほどか。

 

「ちなみにどんな幽霊でしょうか」

 

エリーが不安そうに話しかけてくる。

怖いものが苦手なのだろうか。

私も悪魔くらいしか会ったことがないけど守ってやるから安心しろ。

 

「幽霊じゃないです。お化けです。剣も魔法も通じないお化けが出てきて、最終的に倒れて外に放り出されるんです」

「お化け…… ですか……」

「とはいえ誰も死んではいませんので、一攫千金を夢見て皆さん挑戦されてまして」

 

なんで受けるんだよ。

皆最終的に金払うの忘れてないか?

 

そんな金どっから…… 違うな。

問題を解決した後に、誰かに割引の権利ごと売りつけようっていう魂胆か。

 

てことは転売目的か?

 

いやまさかな。

そこまで馬鹿じゃないだろ。

よその国とかに売っぱらったら国がキレて軍隊出すぞ。

 

「『ウザ絡み』さんなんかはココの館を売った金で遊んで暮らすぜーとか言ってたのにすぐやられて帰ってきました」

 

あっ、ここ予想以上のアホだらけだったわ。

 

「自業自得だ。冒険者共はそのままお化けの仲間になっちまった方がいいんじゃねえのか」

「そうは言ってもですね、ギルドとしては受けた人には紹介せざるを得ないんですよ。とりあえず受けるなら館の方に行って上司と交渉して下さい」

 

依頼一つ受けるだけでたらい回しかよ。

ため息が出るな。

アタシ達は、南の門から出て館へと向かうことにした。

 

「おや、君たちは……」

「おう、あの時はありがとな、兄ちゃん!」

 

南の門番はマリーとして初めて町に来た時、服をくれた兄ちゃんだった。

 

兄ちゃんに服代として銀貨を何枚か渡す。

 

「冒険者になったんだね。良かった。廃棄用の服だったしお金はいらないよ」

「良いって事よ。気にすんな」

「なんならそのまま服を返してくれても良いんだよ?」

 

 

うだうだ言ってる門番にアタシは無理矢理金を握らせる。

よし、義理は果たしたぞ。

これで貸し借りなしだ。

 

なぜか名残惜しい顔をしてるが無視だ無視。

あと性的な目で見るんじゃねーぞ。

潰すからな。ナニとはいわんが。

 

門から出たアタシ達は館へと向かう。

徒歩で数時間といったところだろうか。

体力は問題ないが馬が欲しくなる距離だ。

 

「やっぱり馬欲しくなるなぁ」

「私も馬番をしていた時、よく馬が脱走していたので乗りこなせるようになりました」

 

へぇ、エリーも乗れるのか。

機会があれば後ろに乗せていこうかと思ったが必要なさそうだ。

 

「なら落ち着いたら馬を買うか。でも二頭だと維持費がかかるな」

「では、一頭の馬に二人で乗りましょう」

 

なるほど。

出かけるときは大体エリーと一緒だし良いかもな。

 

くだらない話をしてると山の麓にある館が見えてきた。

山もそれほど大きくない。

いや?館がデカイのか?

 

……まあ館と山、どちらも合わせて三日あれば一通りめぼしい場所は見て回れそうだ。

 

館の近くには仮設キャンプがある。

アタシ達の家でキャンプするとはふてぇ奴らだ。

 

「おう、マリーじゃねぇか」

「おやっさんか。やっぱりここにいたのか」

「たくさんの冒険者がやられたこんな場所に、お手て繋いで来るとはいい度胸じゃねーか」

 

うるせえ。

緩く小指絡めてただけだろうが。

セーフだよセーフ。

 

……エリーが恥ずかしがって離しちまったじゃねぇか。股間蹴るぞコラ。

 



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第16話 討伐依頼

「うるせぇ。そんな事より状況を説明してくれ。」

「あぁ? 説明聞いて来たわけじゃ…… ポン子から聞くより懸命な判断だな、スマン」

 

おいポン子。

上司の信用も無くなってるぞ。

 

「……三年くらい前のお化け屋敷案件か?」

「マリーは察しが良くて助かるぜ。エリーの嬢ちゃんにも説明済みか?」

「いやまだだ、いい加減な事言って混乱させる訳にはいかねーからな」

「じゃあ俺から説明してやる、エリーの嬢ちゃん。三年位前までこのギルドには討伐可能な依頼が一つあった。」

 

お化け屋敷のお化け討伐。

 

物理攻撃が効かず、魔法もすり抜けるお化けが驚かしてくる。

命には関わりがないが、気がつけば持ち物を取られ、いつの間にか気絶して外に放り出されるという案件だ。

なぜか二週間くらいは目が覚めないらしい。

 

最初はE級、気がつけばB級まで難易度がはね上がり、最終的に解決不可能な特殊案件としてここのギルドから外された案件だ。

 

「……っつう訳で、ここのギルドからは受けずに王都の方から冒険者派遣して解決するはずだったんだがな、領主が金をケチり過ぎて誰も来ねえ。で、そのまま放置されてた案件だな」

 

当時で銀貨一枚から始まって最終的に金貨三枚だったからな。

B級の相場なんて金貨十枚からだ。

ケチにも程度ってモンがある。

 

「なんで今更形を変えて案件復活させたんだ?」

「さあな。領主としても持ち腐れって判断したんじゃねえか?」

 

「それについては私から説明しましょう」

 

ふと声のする方を見るとダンディーな片眼鏡の老紳士が立っていた。

ピンと伸びた背に両手の白い布手袋がイかしてる。

 

「申し遅れました。私、ロマと申します。此度の事態が起きた事を踏まえ、領主であるドゥーケットの代わりに説明のために参りました」

「って事は領主の使いか? 何故こんな事になったか教えて貰おうか」

 

おやっさんが睨みを効かすが、動じた様子もない。

この執事、手強いな。

 

「はい、時は二十五年前に遡ります――」

 

執事の爺さんの長い自分語りが始まった。

 

---

 

かつてこの館があった場所には、遺跡がありました。

由来は古く何に使われていたか分からない遺跡です。

 

ただ伝承として、その遺跡では何かを封印しているという話だけがありました。

 

当時の領主様の決定により、遺跡を取り壊し館を建てるという話が決まったのです。

 

それから5年ほどして、少しずつおかしなことが起こり始めました。

カタカタと部屋の音が鳴ったり、人もいないのに影がすっ、と通るなど不可解な事象が起きたのです。

 

次に物語に出てくるような顔なしのお化けが現れるという報告が相次ぎました。

半透明の女の子が宙を舞い、家がいつのまにか綺麗になっていたり、洗濯物が片付けられて干されていたり、メイドが盗み食いしていたりと言った怪異が現れたのです。

 

とはいえ最初の頃はたいしたことがなく、むしろ益になっておりましたので放置しておりました。

 

領主様の代が変わった頃でしょうか。

今まではおとなしく掃除や洗濯をしていたお化けたちが急に働かなくなり、暴れ、物を壊したり盗んだりするようになったのです。

 

それからどんどんお化けたちの行動は悪化していき、手に負えなくなって冒険者ギルドへ持ち込んだのです。

 

---

 

ロマの爺さんの話が終わった。

色々と突っ込みどころはあるがどこからツッコめばいいんだ。

とりあえず盗み食いは怪異じゃないだろ。

 

「で、どんな封印が施されてたんだ?」

「それが…… 館を建てた際に全部破棄してしまいまして、今残っている資料だけでも千年前、最初の魔王が活躍していた頃の物ではないかと推測されます」

 

最初の魔王、か。

 

初代魔王ファウスト。

歴代魔王達の中でも最強のネクロマンサーにして魔族の始祖と呼ばれている。

 

自らが生み出した魔族に反乱を起こされ、はるか北の大地で討ち取られるまで世界を恐怖で陥れたという。

 

「……その頃、ここら一帯は魔王領地のはずだ」

「私も調べて存じております。つまりはそう言う事でしょうな」

 

おやっさんから意外な話が出てきた。

マジかよ。

お化け達も魔王絡みじゃないのかこれ。

 

「それこそ王都行きの案件だぞ。だが死者どころか、けが人すら出ていない。確証もない状態で動いてくれるとは……」

「更に悪いことに、昨年より山の方でモンスターが繁殖している事が分かりました。ファントムバタフライ、ユニコーン、ドリアードと言った幻獣系モンスターが確認されております」

 

モンスターは放置すると増え続け人里へ溢れ出る。

C級からE級のモンスターとかこんな街じゃ対処できる人材も限られるだろうに。

王都の奴らはB級以上じゃないと腰が重い。

対処するにはちと格落ちだな。

 

「つまり、無敵のお化け達が襲ってくる館に住んで、魔物を定期的に駆除し続けろと?」

「端的に言えばそうなりますな」

 

地雷じゃねえか。

つかもうお金貰うレベルだろこんな館。

金貨百枚相当払うとか高すぎる。

ゴミを売るとか人間じゃねえ。

 

執事が弁解するように説明を続けてくる。

 

「これは好機です。上手く運営が周ればギルドは魔物素材で利益を得て、領主もお金を貰い、依頼をこなした人は館と働き口を格安で買えて幸せになれます。税金は…… 素材売上の半分程度でしょうか」

 

そう言って渡してきた見積もりを見る。

あまりの内容におやっさんはドン引きしていた。

……アタシもドン引きだ。

 

なんで一匹狩れば半年は遊んで暮らせるレア物のユニコーンが月一匹狩れる計算なんだよ。

 

これで食っていける冒険者なんかいねえよ。

そうでなくても売上の半分も取られるとかボッタクリか。

 

「これは冒険者にとってもはや実質無料と言っても過言では無いのでしょうか」

 

なんかほざいてやがる。

爺ボケてんのか?

タダ同然なのはお前の館だ。

 

「エリー、どうやら今回は……」

「いえ、やりましょう! これは『当たり』です」

 

マジかエリー。これ地雷だぞ。

本当にやるのか?

……目を見るが決意は硬そうだな。

 

しょうがない。アタシも覚悟を決めるぜ。

一緒に地獄に落ちよう。

 

「まて、ギルドとしてもこんなめちゃくちゃな案件見過ごす訳にはいかん。請けるにしてもギルドマスターを踏まえて領主と交渉してからにしろ」

「では、ギルドマスターが来られるように領主様にはお話を通しておきます」

 

結局ギルド預かりになった。

一応、最優先権としてアタシ達に挑戦権が与えられるらしい。



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第17話 受諾

二週間後。

アタシ達の宿屋に手紙が届く。

どうやら交渉がまとまったようだ。

 

依頼は館の裏山に出てくる魔物の定期駆除。

報酬は山と館の購入権と税金の減額。

屋敷の価格は二十年での分割払い可能、ただし十札で二枚。

税金は五年に一回、ユニコーンの角相当。

詳細はギルドにて、か。

 

いや値上がりしてんぞコレ。

 

 

「来たか。まあ座れ」

 

ギルドに到着したアタシ達はおやっさんに勧められるまま席につく。

 

「で? どういう事だよこれ? 値上がりしてんじゃねーか」

「それはどうにもならなかった。お貴族様特有のメンツというものがあるそうだ」

 

話を聞く限り、土地をタダであげるという事は国との関係上、事実上不可能であるということだ。

国からスパイだのなんだの色んな嫌疑をかけられ、最悪領地をまるまる国に没収される危険性もあるとか。

 

「だが少し割高だが分割で、かつ支払ってしまえばもう土地はお前のものだ。税金も最低限に近い」

 

確かに税金は安い。

功績なしで土地を手に入れると言うのもメリットだ。

しかし十札二枚、金貨にして二千枚相当。

二十年分割払いでも年金貨百枚。

一般人一年の稼ぎの二十倍か。

 

「エリー、行けるか?」

「大丈夫だと思いますよ」

「ヨシ、おやっさん! 受けるぜ!!」

 

困った時のエリー頼みだ。

エリーが行けると言うならイける。

アタシは覚悟を決めた。

 

…もし失敗したら二人で逃げような。

なに、スキルを使えば他人になれるさ。

 

「おう、よく言った。ギルドマスターが少し話がしたいそうだ。呼んでくるから待ってろ」

 

ギルドマスターだ?

別に偉いさんとは話したくねえんだ。

さっさと帰らせろ。

 

しばらくすると痩せたガリガリの男が顔を出してきた。

ギョロギョロと血走った目が印象深いな。

おやっさんは… 来ねえな。コイツだけか。

 

「ど、どうもマリー様、エリー様。おひ… はじめまして。ギルドマスターのストックです」

「不健康そうな顔だな? 飯食ってるか? なんか作ってやろうか?」

 

パンにバター塗るくらいはできるぜ。

 

「おお…流石のお気遣い感服いたします。心苦しいのですが忙しくてそちらは次回に… 本件につきましてよろしくお願いします」

「ああ、任せろ」

 

やけに下手だなコイツ。

偉い奴ってのは人間ができてんのかね。

まあアタシの魅力にでもやられたならしょうがないか。

 

ギルマスが息荒く差し出してきた手に握手を返す。

…おい、握手終わったんだから手、離せ。

 

「ふひ… エ、『エリーマリー』ファンクラブ、会員No6のストックです。お目にかかれて光栄です」

 

あ、マジモンだった。

つかお前かよ、地下でギルド機密漏らしてたの。

 

しょうがねぇな。

アタシはコイツらにとっての癒やし枠だからな。

お礼にゲンコツでも落としとくか。

 

「あ、ギルドマスターさんも会員でしたか」

 

エリーにも聞こえていたか。

一応地下の事は省いて、ファンクラブの話だけはしておいたがどうなるかな。

 

もしもギルドマスターがエリーを怖がらせるならぶっ飛ばさざるをえないが…

 

「マリーから話は伺っています。私達のためにご尽力いただきありがとうございます」

「いえ! こちらこそ! 今回はこの程度までしか力を及ぼせず申し訳ありません!!」

 

「ささやかですが手作りクッキーを差し上げますね。皆さんで食べて下さい」

 

エリー、やるな。

ギルドマスターが歓喜で震えている。

 

その後何度もお礼を行ってギルドマスターが去っていく。

本当にアタシ達に会いに来ただけかよ。

 

…しまった。

ゲンコツ落とし忘れた。

 

「ファンの皆さんにあったらお菓子を配ろうと思って持っていたんです」

 

そう言うといくつかの包み紙を出して見せてくれる。

お菓子で手なづけるとは子供扱いだな。

そんな子供騙しが通じない奴もいるから気をつけるんだぞ。

 

あとそのクッキーアタシにもくれ。

 

 

 

アタシはクッキーを食べながらエリーと共に館へと向かう。

既に準備万端だ。

 

そこそこでかいリュックに食糧をガッツリ詰めて歩いていく。

前に賑わっていた館の前には誰もいない。

 

おやっさん曰く、金額が高くなったから誰も手をつけていないそうだ。

 

冒険者の皆大丈夫か?

契約的には最初の契約が詐欺だからな。

お前らが悪い奴らにボッタクられないか心配だぜ。

 

「よし、いくぞ」

「マリー、クッキーのカスが口についてますよ」

 

ハンカチで口元を拭いてくれるエリー。

ありがとな。

…このハンカチ可愛いな、コリンとこで買ったやつか?

 

「到着しましたね」

「ああ… 人がいねえと不気味だな」

 

仕切り直して門の前まで来た。

門に近づくお、ヌルい風が吹く。

…なぜか背筋がゾクリとするな。

 

手もかけていないのに勝手に門が開く。

 

「わ、わざわざ開けてくれるとは気が利いてるじゃねえか。」

 

エリーもやはり不気味な雰囲気に感じるものがあるんだろうな。

お互いに肩を寄せ合って進む。

 

門が開くと庭園が広がっている。

…館まで意外と距離があるな。

 

庭園の花は人がいないとは思えないほど丁寧に整えられている。

綺麗な花が咲いているな。少し雑草が生えているけど。

 

曇り空なのが不気味さに拍車をかけている。

日が出ていれば綺麗な庭園を散策している気になるんだろうな。

 

「いい事を思いつきました! ちょっと良いですか?」

 

そう言うと花壇の方へ寄っていき、綺麗な花を何本か摘んでいく。

なにかを作っているようだな。

 

「ん?なんだ…?」

「はい、似合いますよ」

 

そう言うとフードをはずして何かを頭にかけてくれる。

 

手鏡で見せてもらうと、綺麗な花の輪っかが頭に乗っかっていた。

 

「花冠です」

 

おお! 子供の頃に女の子が作ってるの見たな!

 

「すげーっ、これどうやって作るんだ?」

「これはですね、花をこう重ねて、くるっと巻いて…」

 

エリーの言うとおりにやってみる。

…エリーのと比べると少し形が歪だな。

 

「んー、微妙」

「慣れれば簡単ですよ」

「よしっ! もう一回だ」

 

その後何回か作り直して満足行くものができた。

アタシはそれをエリーの頭にかける。

 

「アタシからプレゼントだ。いつもありがとな」

「マリー… ありがとうございます」

 

はにかむエリーは可愛いな。

…写真家はこういう時に写真を撮ってアタシに寄越すべきだろ。

 

「さ、満足行くものも作れたしお茶でもするか」

「ふふっ、まだ任務中ですよ」

 

そう言えばそうだった。

 

しょうがないので館の中に入る。

また触ってもいないのに勝手に扉が開くが、なんか花冠のお陰でどうでもいい。

笑顔全開でお化け屋敷に入る。

 

 



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第18話 お茶会

館入り口のホールは明かりがなく暗かった。

だが、近くの蝋燭に炎がひとりでに灯っていき明るくなっていく。

 

さっきまでビビってたが、なんか落ち着いて考えると便利で良いよな。

 

「良いなーここ、住みたい」

「素敵な館ですね」

 

ちょっとしたパーティーくらい開けそうだ。

 

「中に入ったし、まずはお茶しようぜ」

「いいですね、ティーポットとか置いてるといいですが」

 

すると左手の扉が自動的に開いた。

入ると大きな食堂になっている。

 

「立派な部屋だな」

「そうですね。あ、奥の扉が開きましたよ」

 

アタシたちはそのまま誘われるようにいくつかの扉や廊下を抜けていく。

 

気がつけば中庭の方に来ていた。

目の前ではテーブルと椅子が二つ用意されている。

 

なんとなしにエリーと座ってみる。

するとティーポットとカップが音を立ててこちらへとやってきた。

 

人の姿はない。

 

ティーポットからは湯気が出ており、カップの中に紅茶を入れて差し出してくる。

 

「ありがとうございます。とてもいい香りですね。オバケさんもクッキー食べますか?」

「エリーのメンタルってアダマンタイト並に強いよな」

 

エリーは一切動じる気配がない。

正直私はちょっとビビり初めてるぞ。

 

「ええ、オバケさん達は別に悪いことをしているわけではありませんから」

 

まあ、おもてなしをしているだけだしな。

アタシだってそれが分かっているから武器だって抜いていない。

 

そこでエリーがクッキーの包み紙を開けると、フワリとクッキーが中に浮かんで消えていく。

 

お気に召したようで何よりだ。

エリーの作った物を気に入らないとかだったら屋敷ごと焼き払ってたぞ。

 

「しかし姿が見えないというのも困りもんだな。出てきてくれねえか?」

 

そう空中に声をかけてみる。

すると奥から一人メイドが出てきた。

 

ゾクリ、と寒気がする。

見てはいけないものが現れる。

そんな予感がする。

 

しずしずと俯いたまま黙って歩いてくるメイド。

その顔は見えない。

ふと近くまで来ると、ゆっくりと顔上げていく。

 

その顔には何も無かった。

目も、口も、鼻も、全てが存在しないのっぺらぼうだった。

 

魔物でも魔族でもない異形。

それがそこにあった。

 

「うっぎゃあああーーーー!!!」

 

やばい、どうする?

戦うか?

いや先に逃げ道を確保したほうが……

 

「こら! なんですかその態度は! メイドたるものが人を驚かせて遊ぶんじゃありません!」

「え?」

 

メイドはエリーの怒り声にビクッとなり面食らったようになっている。

いや表情分からないけど。

 

エリーがメイドに厳しい。

お陰で場の雰囲気が一瞬にして破壊された。

 

「メイドとして振舞う以上、背筋を曲げて、暗い雰囲気を纏ってお客様の前に出るものではありません! 場に合わせて影として仕えつつも求められたときには明るく振る舞うのがメイドの努めです。背筋を伸ばして、顔をしっかり見せて笑顔で対応しなさい!」

 

のっぺらメイドが狼狽えている。

アタシも狼狽えている。

エリーさん厳しい。

 

「いいえ、顔を責めているわけではありません。世の中無駄に目鼻がついているから苦労している者もいるのです。むしろ貴方の雪のような細やかな肌はマリーのように美しいですよ」

 

褒められてる…… のか?

褒められてるんだよな?

なんかメイドがわちゃわちゃジェスチャーしている。

何を伝えようとしてるんだ?

 

「いいえ、言葉が話せなくとも、顔が無くとも、心で通じることはできます。現に私達がそうしているではありませんか」

「え?、え?」

 

エリーさん?

マジで意思疎通できてるの?

私『達』ってアタシ出来てないよ?

以心伝心混線してない?

 

あ、メイドさん、なんか感極まって泣いてるっぽい。

目が無いから涙出てないけど。

 

「あー、すまねえな。エリーはメイドに少し厳しいんだ。アタシ達はこの家の主人になるかもしれない者だと思ってくれ。お茶美味かったぞ」

 

とりあえずフォローにもならないフォローを入れておく。

 

主人という言葉に反応したのか、慌ててメイドが何かを説明してくる。

が、よく分からん。

 

「マリーも目を閉じて心静かにしてみれば、彼女の声が聞こえてくると思いますよ」

 

えー、ホントかよ……

渋々目を閉じてみる。

 

……やっぱりなんも聞こえねぇな。

 

「念話魔法の一種だと思ってください。」

 

ぐぬぬと唸っているとエリーから助け舟が出た。

念話ねぇ。

専門の魔法使い経由でしか試したことないけどやってみるか。

 

(……えますか? 私はここに封印された主人に仕えるメイドのメイです。)

 

 

……本当に聞こえた。

 

「主人? アタシらのことじゃなくて?」

(今から千年前にこの地に封印された主人です。本当に聞こえてるんですね!)

 

……なんかいきなりデカイ話になってきたな。封印された魔王とかじゃないよな?

 

(主人は悪い人ではなかったのですが、身内の者に裏切られまして、こんなところに封印される羽目になっていました)

 

うん、悪い人じゃないのか。魔王じゃないならいいや。

 

(私達側仕えも一緒に封印されていたのですが、数十年前に封印の第一段階が解けたため、私達は僅かながら外界に干渉する術を経て、自由に動けるようになりました)

 

ああ、ロマとかいう執事のおっさんが言っていた館の建築か。

 

(ぜひお礼にと、この館の持ち主様が快適に暮らせるよう、お手伝いをさせていただいておりました)

 

勝手に手伝ってたんか。

ホラーだろこんなん。

前の領主よく逃げ出さなかったな。

 

(ところが館の主様が代替わりしてからというもの、私達への扱いが酷くなりまして…… 意思疎通もマトモにできないのに、あれやってこいあれとってこい、あーじゃないこーじゃないだの、目に余るお化け使いの荒さ! 私たちの我慢は限界を超え、ついにはストライキを起こすことにしたのです)

 

あれ?次の領主も適応してるぞ?

もしかしてお化けにビビってるアタシがおかしいのか?

 

(そもそも! 私たちはもともとこの土地に封じられた主に仕えているのであって館の持ち主に使えているのではありません! いくら少し封印を解いて頂いたからと言って、人員を削って私達に仕事を投げるなんて身勝手にも程があります!)

 

まあココの領主どケチだからな。

しかし身振り手振りも派手で雄弁だなこいつ。

口がなくてちょうどいいくらいじゃねーか。

 

(とはいえ側仕えの本分を発揮せず、敵も客も追い返したとあっては主様の名誉を汚すことにも繋がりかねません。よってお客様は持てなし、敵からは精気をいただいて活動の糧とさせていただいていたのです)

 

いや、誰も知らないから汚れる名誉なんてねーよ。

ところで精気って何だ?

生命エネルギーみたいなもんか?

 

(今回は誠に申し訳ない事をいたしました。今まで客らしい客も来ないまま、驚くのが楽しくて武器を出した時点で敵として精気を頂いていたものですから、ついやってしまいました)

 

つい、で驚かすなよ。

のっけから敵前提じゃねーか。

なんというかただの駄メイド臭がする。

 

「あー、要するに敵じゃないんだな?」

(はい! 主に誓って!)

 

なんかもう、敵じゃないならいいや。

ビビってたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

「とりあえず私達は敵ではありませんし、この館を買う事になるかもしれない者です。他の方にもそれを知らせて来てくれませんか?」

(は、はいっ! 分かりました!)

 

駄メイドは何度も頷くと小走りで席を外す。

 

「あのメイドはまだまだ訓練の必要がありますね」

 

エリーさんは本当にメイドに厳しいな。

 

 

しばらくすると、中庭に大量のお化け達が集まってきた。

 

(皆さん連れてきました。一人足りませんが、いつもどおりどこかをブラついているのだと思います)

 

駄メイドが並べて紹介していく。

 

一番多いのが、白い人魂に手と目口を書いたような通称人魂くん達だ。

ちょっとコミカルで可愛い。

 

彼らが姿を見せたり、透明になって消えたりしながら人形やぬいぐるみを動かしたりしていた。

 

他にも子供が白い布をかぶって布に目と口を書いたような通称お化けくんや、おとぎ話に出てくる家事妖精がいる。

 

おとぎ話の世界が溢れたみたいで面白い。

しかし、結構いるな。

 

 

(ところで、もしここでお住みになられるのなら、出来ればお掃除や洗濯をする代わりにお給金を頂きたいのですが)

「ん? 別に少しくらいなら良いが、何に使うんだ? お前ら使い道ないだろ。」

(はい、主様の封印が解けた時に少しでも不自由なく暮らせるようにと思いまして)

 

後ろのお化け達も一斉に頷く。

……健気だなあ。

ただの駄メイドなんて思って悪かった。

お前は凄い駄メイドだ。

 

「あー、分かった。金はやらん」

(そうですか……)

 

メイドと妖精達が露骨にガッカリした顔をする。

まあ最後まで聞け。

 

「要するに主人とやらの封印を解けば良いんだろ? どうやって解くんだ?」



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第19話 封印開放

アタシ達は館の裏へ来ていた。

裏には山の上に続く道が一本通っている。

 

(封印は三つに別れています。 一つは既に破壊されましたが、もう一つは山の中腹にある洞窟の奥深くに、もう一つは…… 戻ってきてからお話します)

 

お化けたちは封印には近寄れないらしい。

さらにお化けの本体は主人と一緒に封印されていて、遠くまで動けないんだとか。

まあ近づけるなら既に壊してるだろうな。

 

 

「マリー、良かったんですか? 封印を解く約束をしてしまって」

「まあ悪い奴らには見えなかったし。それに山はどのみち調査で登らなくちゃいけねえさ」

 

封印を解けばお化け達に館から出ていって貰う理由にもなるしな。

 

そもそもどんな奴が封印されてるか分からんが、とんでもない化物なら知らんぷりして領主にすべて押し付けよう。

 

 

アタシたちは山の洞窟があるところまで移動する。

 

 

「あら、久しぶりじゃない。お元気?」

「え!? コリンさん? どうしてここに?」

 

そこには一人で立っているコリンがいた。

あー…… コイツか。

アタシはエリーを庇うように一歩前へ出る。

 

「おう、コリン。この包丁役に立ってるぜ、ありがとな」

「いいわよ、別に」

「そう言えば、この包丁の代金まだ支払ってなかったよな」

「……えぇ、そうね」

「なら今払うぜ」

 

アタシは『魔女の刃』をコイツの腹に突き刺した。

 

「えっ!?」

「落ち着けエリー。コイツは偽モンだ」

 

すると、コリンの姿が溶けていき、両手を広げたより大きな蝶々の死体が姿を見せる。

 

「コイツはC級モンスターのファントムバタフライだ。幻覚を見せて仲違いさせたりするモンスターだな」

「こんなモンスターが……」

「羽は素材で売れるから回収しておくぞ」

 

同士討ちをさせて死体に群がるモンスター。

別名『盗賊の狩人』

外に根城を置く盗賊団の最大の敵だ。

盗賊団を退治しに根城に向かったら、既にコイツラの餌になってたのは冒険者の酒の上での鉄板ネタだ。

 

「質問するとボロを出すから判断はできる。とりあえず質問して見ることだ」

「ああ、それで…… おかしいと思ったんです。コリンさん、悪魔退治の報酬としてこの刃物をくれたはずなのにって」

「悪魔退治の報酬としては安すぎたけどな」

「マリーがゴネて、コリンさん困ってましたね……」

 

実際、悪魔退治の報酬で訳ありナイフ一つじゃ安いからな。

貰えるものは貰っとかねーと。

最終的に化粧品とかアクセサリーまで貰えたんだから良いじゃねーか。

 

「あそこの木のところに女の人が居ますよ」

「ドリアードだな。E級の魔物だ」

 

少し進むと、木の根元で半裸の魔物がボンヤリと座っている。

あいつは男を見ると見境なく攻撃してくるが、女ならある程度会話できる相手だ。

さらに近くまで行かないと敵対対象にならないので、攻撃力は高いがランクは低い。

うまく交渉できればドリアードが育てている果実をもらえたりすることもある。

 

たまに敷地内の植物に住み着いたりするときは危ないので討伐するが、ソレ以外で戦うのはスケベな見習い冒険者の野郎共だけだ。

 

アタシは敵対しない程度にドリアードの所まで近づいていく。

 

「よう、ドリアード。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「……女、の子?」

 

なぜ疑問形なんだ。

どっからどう見ても女の子だろ。

 

「……うん、女の子、だね。なに、かな」

「……まあいい。この辺になにか封印してる遺跡とかないか? アタシ達はそこへ行きたいんだ」

「遺跡……? ある、よ。あっち」

 

指差した方向は少し遠くの崖の方だった。

 

「ありがとな、ちょっくら行ってくるわ」

「バイバイ、男の子の魔法が使える、お姉ちゃん」

 

なんか気になることを言った気がする。

まあいいや。

さっさと向かおう。

 

途中ユニコーンが遠くに見える。

清らかな乙女を見つけるとすり寄ってきて、遊び半分で角で攻撃してくる厄介な魔物だ。

今ここには清らかな乙女であるアタシとエリーしかいない。

戦わざるを得ないだろう。

 

アタシは武器を構える。

……すぐに逃げてしまった。

おかしいな。

 

スキルは昨夜使ったばかりだし、清らかな乙女で間違いないはずだ。

アタシもエリーも心まで清らかだから逃げる理由が無いんだが。

 

まあいい。

今度見かけたら馬刺しだな。

 

 

 

崖の方を探っていると洞窟があった。

岩と生い茂った草の影になっている場所に小さな洞窟が隠れていた。

 

普通だと見つかりそうにない。

森をよく知るドリアードのお陰だな。

 

アタシは中を覗くが、暗くて奥がよく見えない。

 

「任せてください。〈光源〉」

 

エリーの詠唱と共に光の玉が飛び出す。

ふよふよと漂う光の球は私たちの頭上を照らした。

 

エリーはアタシのスキルを使ってから基礎魔法が強化された。

ついでに魔力の消費を多くすれば短縮詠唱ができるようになったらしい。

アタシの時は魔法を唱えてもショボい威力だったのによく分からんな。

男から女になるのと女から男になるのとでは違いがあるんだろうか。

 

洞窟の中には何枚かの鏡があった。

 

「少し調べてみるか。エリー、念のために離れていてくれ」

「わかりました。気をつけてください」

 

私はそっと鏡に手を触れてみる。

すると鏡が煌めいて、気がつくと別の場所へと飛ばされていた。

 

……同じ洞窟の中のようだ。

また数枚の鏡が置いてある。

転移装置のようなものだろうか?

 

うざったいな。

とりあえず地面に絵を描いて目印にする。

……兎の絵でいいか。

 

そしてまた別の鏡を触る。

また転移したので同じく絵を描く。

ループして同じ場所にたどり着けば、猫やリスなど、また別の絵を描いて別の鏡をさわる。

 

これを何度か繰り返し、謎の石碑がある場所に辿り着いた。

これが封印だろうか。

 

石碑に触った瞬間、石碑が砕け散る。

これで封印が解けたのだろうか。

 

再び転移を繰り返し、エリーのいる場所に戻る。

 

「マリー、心配しました。大丈夫でしたか?」

「大丈夫だ。ただの転移装置みたいだ。封印は何もしてないのに壊れた」

「そうですか、良かった ……あっ!」

 

急に何かひらめいたような顔してどうしたんだ。

 

「マリー、あなたに質問です。私のことをどう思っていますか?」

「いきなりどうしたんだ? 言わなくてもわかるだろ」

「いいえ。貴方がファントムバタフライかもしれませんからね、念のための確認です」

 

その質問でファントムバタフライかどうかは分からないだろ。

あとここには魔物は出ないはずだ。多分。

 

おのれエリー。

好きだとか愛してるとか、その手のセリフを言わせようとしているな。

ふふ、その手には乗らないぜ。

 

「そういうエリーこそどうかな。ファントムバタフライじゃないのか? アタシのことどう思ってるんだ?」

 

「大好きですよ、マリー。あなたの寝ている顔も、あなたが敵と戦っているその姿も、夜にほんのり赤い顔をしているあなたも、全部大好きです」

 

真っ直ぐにアタシを見つめながらエリーは言う。

……ヤバイ。

カウンター食らった。

顔が熱い。

 

「……私も、エリーのこと、好きだぞ」

「え? よく聞こえませんでした。こっちを向いて、もう1回お願いします」

「私の負けだ。勘弁してくれ」

「ちなみに、具体的にはどこが好きですか?」

「聞こえてんじゃねーか!」

 

くすくすと笑うエリー。

アタシは完全に負けたみたいだ。



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第20話 アンデッド

(おかえりなさいませ。どうやら封印を解いていただいたようですね、お陰で力が少し強くなりました。ありがとうございます)

 

 

 

洞窟の調査が意外と時間がかかったので、洞窟内部で一泊し、山を下りた。

 

 

 

館に入る直前で駄メイドが語りかけてくる。

 

思念が強くなっているようだ。

 

どうやら封印を解いたことで力も解放されて強くなったらしい。

 

 

 

「おう、あとは一つだな」

 

(それですが…… 非常に厄介な場所にあります。流石のマリー様も難しいかと)

 

 

 

もったいぶらずに言えよ。

 

メイドは空中を指差す。

 

 

 

(場所は、ここです。この世界の次元の狭間、位相のずれた場所。そこに最後の封印が施されています。主の体もそこに)

 

 

 

話を詳しく聞く。

 

主人を裏切った使い魔が空間魔法で主人を閉じ込め、さらに封印の核となる石碑も同じく別空間に飛ばしたらしい。

 

そして、その魔法は失われて使える者がいないとか。

 

 

 

「でもさ、空間魔法のバッグあるだろ、たくさん入るやつ。アタシも小さいけど一つ持ってるぞ?」

 

「マリーの知っているモノは空間魔法とは名ばかりで、圧縮魔法と呼ばれるものですね。生き物は保存できなかったりと色々と制限が多いみたいです」

 

 

 

エリー先生が補足してくれる。

 

おとぎ話の魔法が再現された!って売り込みだったのに誇大広告だったのかよ。

 

金返せ。

 

 

 

「今は発動させるためのワードすら失われてしまった伝説の呪文、それが空間魔法です。あの洞窟にあったようなトラップのような転移タイプの空間魔法はまだそれなりに残っているみたいですが」

 

(……おそらく主人なら詠唱の呪文を知っているかとおもいます)

 

「いや主人は封印されてんだろ? どうやって見つけるんだよ」

 

(問題はそこなんですよね……)

 

 

 

そこなんですよね…… じゃねえ。

 

どう考えても無理だろ。

 

宝箱を開けるためのヒントが宝箱の中にあるようなもんだ。

 

 

 

「マリー、貴方ならどうでしょう?」

 

「とは言ってもなあ」

 

 

 

エリーの言いたい事は分かるぜ。

 

アタシの基礎魔法とやらで再現できないかって事だろ?

 

 

 

とはいえ対象が分からねえとな。

 

……やるだけやってみるか。

 

 

 

探知魔法の要領で別空間を探知してみる。空間、空間…… 別の次元……

 

おっ! なんか引っかかったぞ!

 

 

 

「よっしゃ、試してみるか」

 

「やはり出来そうですか? マリーならやれると思ってました」

 

(今まで主以外は誰も成し遂げたことがなく、発動するための詠唱鍵すら失われた古の魔法です。そんな簡単に行くはずが……)

 

 

 

空間に穴を開けるイメージで……

 

駄目だな。

 

やり方はわかる。昨日入った転移の鏡を使う要領で良いはずだ。

 

だが力が足りないのが伝わってくる。

 

アタシは気合を入れて、全身を流れる魔力を一点に集中する。

 

 

 

ぐぬぬ。

 

もう少し…… どりゃあ!

 

 

 

私が全身全霊を込めて力を使うと、空中にかろうじて手が入りそうな穴が開いている。

 

山でみた石碑と同じモノがあった。

 

同じく触ると砕け散る。

 

 

 

(詠唱もなしに…… 信じられません。あなたは一体……)

 

 

 

ふふん、ただの可愛いもの好きな女の子だ。

 

もっと褒めろ、顔とか服とか。

 

あと詠唱はしないんじゃない、できないんだ。

 

 

 

(お陰で、主様が顕現できます)

 

 

 

空間に魔法陣が浮かび、そこから一人の人間らしきモノが落ちてくる。

 

 

 

それは白骨化した死体だった。

 

そうか、長い年月で肉体が……

 

 

 

「ああ、よく寝た」

 

「ひっ…… マリー、死体が喋りましたよ!」

 

 

 

白骨死体が背伸びをしながら起き上がると、エリーが驚いてアタシの後ろに隠れる。

 

アタシも驚いたがエリー、なんでお化けはセーフで死体がしゃべるのはアウトなんだ。

 

死体は殺せるぞ?

 

 

 

人魂やメイド達がこぞって白骨野郎の所に集まってくる。

 

 

 

「人魂くんたち久しぶり。 百年ぶりくらい? え?千年もたったの? 早いね、僕そんなに封印されてたんだ。 あ、メイちゃんまた顔が消えてる。後で治してあげるね。え、何? 人間?」

 

 

 

ふとこちらの方を見た白骨野郎がこちらを見て固まる。

 

やっとアタシたちの存在に気がついたようだ。

 

 

 

「……よく来たな人間。我こそは魔導の深淵を極めし者にして偉大なるアンデッド。王の中の王、魔族の始祖」

 

「今更取り繕っても遅えよ」

 

「……お、おのれ。だがこれを見てもまだそんな事が言えるかな? 〈受肉〉!」

 

 

 

白骨野郎が空中に魔法陣を書いて呪文を唱えると、みるみるうちに肉が再生していく。

 

もはや白骨死体じゃない。

 

生身の人間だ。

 

上位アンデッドは元人間がいると聞くが……

 

ここまで姿を人間に戻せるのは珍しい。

 

 

 

黒髪に黒い目、そしてメガネをかけた細身で中性的な顔立ちの女が立っていた。

 

服装もボロボロのローブから研究職のような服へと変わり、スレンダーな全身を覆っている。

 

 

 

「我こそは最強の使い魔を生み出したアンデッド。歴史に名を残す大英雄、魔法の王! 略して魔王リッチ・ホワイトとは我の事だ!」

 

(生み出した使い魔に裏切られ、封印された我々の創造主リッチ様でございます)

 

「……あの、そういう話は威厳が無くなるから今は言わないでくれるかな?」

 

 

 

リッチ・ホワイトとかいう女がこっそりメイドに耳打ちする。

 

 

 

聞こえてるぞ。あと安心しろ。

 

威厳とかハナっからねえよ、そんなもん。

 

 

 

「ククク…… 驚き声も出ないか、人間よ。貴様らの伝説に名高い我の……」

 

「あのー、リッチさん。すいませんが歴史にはリッチさんの名前残ってませんよ?」

 

「え?」

 

 

 

確かに聞いた事ないな。

 

今の魔王は四代目だが歴代の魔王にリッチホワイトなんていない。

 

 

 

「えっと…… 魔王ファウストという方はご存知ですか?」

 

「ファウスト? あれは我…… あ、めんどいから呼び方戻すね。僕が作った最強のうちの子。僕を封印した子だよ。なぜ魔王?」

 

「千年前のお前んちの事情なんて知るか」

 

 

 

いきなりフレンドリーな奴だな。

 

エリーがどんどん質問という名の追撃を仕掛ける。

 

 

 

「ミッドランド山脈に大穴を開けたというのは?」

 

「もちろん僕さ! ファウストに命じてやらせたんだ! 街を襲う黒龍がいたからね!」

 

「えっと、グラス地方の砂漠化は?」

 

「グラス地方……? ああ、犯罪者の街グラス周辺の事かな! 多分それも僕だ! ファウストに任せたら、ちょっとやりすぎてね」

 

 

 

全部魔王ファウストのチカラじゃねーか。

 

 

 

「あの…… リッチさんがファウストを使わずに一人でやられた事はなにかありますか?」

 

「おいおい、伝説の使い魔であるファウストを作って、異界の神々と契約し、戦う方法である召喚魔法を開発したのは僕だよ?」

 

 

 

本当なら凄いな。

 

だが歴史上では魔王ファウストが召喚魔法を発明した事になっていたはずだ。

 

 

 

アタシはエリーと目で会話をする。

 

 

 

――こいつ、本当か?

 

――もういくつか質問してみましょう。

 

 

 

「えっと、他には?」

 

「僕のスキルと創造魔法を組み合わせて、一代限りだった使い魔を『魔族』として繁殖できるようにしたよ! 新たな種の創造は間違いなく偉業だろう! 彼らは今元気かい?」

 

 

 

そいつ等なら元気に人類の敵や魔王をやってるよ。

 

つか歴史の謎と言われてた魔族誕生の原因ってお前かよ。

 

 

 

「あの…… 魔族は人間など魔力持つ者の血肉を糧にすると聞きますが」

 

「え? そうなの? 僕がスキル混ぜた血とか肉を与えてたらそれで良かったと思うんだけど。普通に食べ物あげてもうまく行かなくてさー」

 

 

 

うまく行かなくてさー、じゃねえよ。

 

むしろお前があげた餌のせいで血肉求めてんじゃねえのか?

 

ペットの面倒くらい最期まで見ろ。

 

 

 

「なぜそんな欠陥生物作ってんだよ」

 

「一人でさびしかったからかな。僕は友達が少なかったから」

 

 

 

悲しくなる回答はやめろ。

 

お前も孤独だったか。

 

 

 

「まあいいさ! 生身の人間と話したのは十数年…… 千と十数年ぶりだからね! どうだい? 僕の凄さが分かっただろう?」

 

「凄いは凄いがな……」

 

「言いにくいんですが、リッチさんの功績…… ほとんど魔王ファウストがやった事になってますね」

 

「へっ?」

 

「おそらくですが、歴史の流れで混同されたのと、魔王ファウストの悪行が凄すぎて忘れ去られたのか、と」

 

 

 

エリーの意見に完全に同意だ。

 

歴史上、お前は何もしていない。

 

ただのモブキャラだ。

 

 

 

リッチはショックを受けたのかへたりこんでしまう。

 

 

 

「そんな…… 僕頑張ったのに」

 

「まあ、そんなに腐るなよ。生きてりゃいい事あるぜ」

 

「ネクロマンサーの秘術で腐らないしもう肉体的にはほとんど死んでるんだよね、僕」

 

「社会的にも死んでるから安心しろ」

 

「そこは慰めてくれよお!」

 

 

 

面倒くさい奴だ。

 

 

 

「はぁ、頑張ったら友達たくさんできるって思ってたのにな……」

 

「友達なんて自然に出来るだろ」

 

 

 

森でオークに襲われてる女の子を助けるとかすればな。

 

スキルで女の子になれば簡単に出来たぞ?

 

あと、友達は量じゃない、質だ。



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第21話 ロマ

第20話 コピペミスってました。
直したので見てない方はそちらから見てください。


「ね、ねえ…… 提案があるんだけど」

「なんだ? 金なら貸さんぞ?」

 

リッチは館の方を指差してくる。

 

「その…… 行く宛がなくて……」

 

住まわせて欲しいのか。

まあ広いし女所帯だからな。犬小屋くらい作ってやっても良いが。

 

「あそこにある僕の領地を半分あげるから仲間にならないかな?」

「どっから目線だ。オメーの領地なんてもうねえよ。あれはもうアタシ達のモンだ」

 

「そんな! お願いします! うちの使い魔メイド達こき使って良いですから! 僕は三食昼寝一時間だけで我慢しますから!」

 

お前自身はなにもする気ねぇじゃねえか。

多分そういうところだぞ。

魔王ファウストが裏切ったのは。

 

「仲間にはならねえよ」

「そっか、そうだよねハハハ……」

「だが、友達にはなってやる」

 

別に悪いやつじゃなさそうだしな。

経歴は色々と気になるけど。

 

「え? ホントに!? じゃあ館にタダで住まわせてくれるんだね!」

「やっぱりお前友達じゃねぇわ」

「えぇ…… 僕、友達って言ってくれた人にはお金とか魔道具貸したりしたのに…… 返ってこなかったけど」

 

それは友達じゃねえよ。

ただの寄生虫と養分だ。

 

「あー、うん。友達かどうかはさておき、色々と常識を叩き込んでやるから安心しろ」

 

「ま、まあこんな可愛い子達と仲良くなれて嬉しいよ!」

「あなたも素敵ですよリッチさん」

「やだなー。僕男だよ? こんな男に可愛いだなんて」

 

今なんつった?

エリーも怪訝そうな顔をしているぞ。

リッチお前なぜ照れてるんだ?

 

「あのー、もう一度お願いします」

「え? 『こんな男に……』のところからでいい?」

 

お前、男だったのか。

 

「いや待て、お前魔法使ってただろ」

「そうだよ? 僕の持つスキルは『魔陣』。魔法の詠唱を陣の形にしてどこにでも、それこそ空中でも血液でも描けて、魔法を発動させるようになるスキルなんだ。お陰で研究が捗ったなあ」

 

男なのに魔法を使えるとか反則じゃねーか。

あと、ウチは女性限定だ。

 

「すまんがリッチ、お前は外で寝てくれ」

「酷い! 僕、ふかふかのベッドじゃないと寝れないんだよ!」

 

贅沢言うんじゃねえ。

女の子かお前は。

アタシん家にお前の場所はねぇ。

 

「諦めろ。男なら野宿の百回や二百回はするもんだ。もう少し男らしくしろ」

「良いじゃないか! 男が可愛い格好したってさ! むしろ世界は可愛さで溢れるべきだよ!」

 

うん、それには完全に同意する。

 

「それにさ、僕だって望んで男の子になったわけじゃないんだよ。出来るなら女の子が良かったさ。でもね、この世界の制約が強すぎて男から女になるなんて不可能に近いんだよ」

 

不可能に近い?

やればできるもんだぞ?

 

「切り落として見るか?」

「怖いこと言わないで! それに切り落としたって無理だよ。男は生まれた時に吸収強化の魔法が体に刻まれるんだ。代わりに魔力変換が封印される。魔法が使えないのはそのせいだね。僕だって魔法はスキルでごまかしながら使ってるようなもんだ」

 

吸収の魔法?

魔物を倒したときに力が強くなるアレの事か?

 

「女の子だけが優遇されてるんじゃないよ。どっちもフェアなのさ。男は個としての力を強化できるし、女の子は借り物とはいえ力を自由に変化させて操る事ができるからね」

 

借り物…?

悪魔も似たような事を言っていたな。

 

「だから僕は女の子になりたかったんだ。男の子の力を持った女の子は古代の力に通じられるだろうから」

 

アンデッドになって色々試したけど女の子になることは無理だったけどね、と自嘲的につぶやいている。

 

千年前の人間の古代っていつだよ。

 

「なぁ、その古代の力ってのは――」

「話が盛り上がっているようですな」

 

気になる所を質問しようとすると、誰かが話しかけてきた。

その姿には見覚えがある。

 

(ロマックさん。やっと出てきましたか。皆様、紹介します。この方は我々の仲間。最初に目覚めた者で、唯一外に出る事ができる者です。ただ偏屈でまともに働くことすらしません。我々の中で最も怠惰な男です)

 

領主のところのロマとかいう執事爺じゃねえか。

なんでココに居るんだ?

いや、そもそもなんでメイドと面識が?

 

「紹介にあずかりました、私ロマックと申します。しかし偏屈とは心外ですな。私には主様より特別な任務があるとお伝えしていたはずですが」

(ほほう? 主様が目覚めた今、特別な任務とは何でしょうか? 精気を吸収する防衛トラップも最早不要でしょう?)

 

執事はリッチに目をやると、少し考える素振りをして答える。

 

「端的に申しますなら問題解決ですかな」

(主様が目覚めた今、なんの問題があると?)

 

怒りを隠さないメイドと執事のロマック。

この状況にリッチの奴も困惑しているようだ。

 

「えっと、君、誰?」

(何をおっしゃっているんですか。我々と共に封印されていたロマック様ではないですか)

「……いや、僕は可愛い子しか作っていない。ダンディな爺さんなんて作らない。……なぜ君は僕の使い魔のフリをしているんだい?」

 

場が、凍る。

 

「ふむ…… 一部の方々は混乱しておられるようですので少々補足をいたしましょう」

 

そう言うと爺はゆっくり語りだす。

 

「はるか昔々のこと、主様は一つ私に命を下しました。封印が解かれたときは刃となりて、我が生涯の懸念を排除せよ、と」

 

誰もが言葉を発せない中、執事の声が裏庭に響く。

 

「そして主様は私を改めて封印しました。誤算があったのは私が第一の封印が破壊されると共に目覚めたにも関わらず、他のものはマトモに目覚めてすらいなかった事です」

 

カツカツと音を立てながら、ロマの爺…… いやロマックは石畳の上を歩き回る。

 

「封印されていた私はその代償として同系統の封印に干渉する事はできません。当時の領主達に取り入り、何度か諫言しましたが、金にならない事はしないの一点張り」

 

(あ、貴方は……? いえ、私達を目覚めさせたのは貴方ではありませんか! 主様のために、と)

「そうですな。しょうがなくリッチ様の使い魔共を起こして焚き付けるも明後日の方向に活動する始末」

 

コイツラ部屋の掃除とかしてメイドまがいのことやってたもんな。

 

「私は焦っておりました。私は人間男性と似たタイプの魔族として設計されておりました故、寿命も人とほぼ同じ。使命を果たす前に寿命が来るのではないか、と」

 

ここまで老けてしまうのは誤算でした、とどこか自嘲を含んだ笑顔で話すロマック。

 

(貴方のその姿。封印の悪影響とおっしゃっていましたが、実はただの加齢だったと?)

「左様。そこで領主が交代した際に、この館が化物屋敷であり、極めて不利益になる旨を伝え、破棄するように仕向けました」

 

「依頼の最初はお化け退治だっただろうが」

「それは領主がなんとか館を再利用しようと吝嗇ぶりを発揮したからですな。私も困り、陰ながら妨害いたしましたが」

 

ああ、上位の人間でも達成できなかったのはこいつのせいか。

 

 

「我が主の名はファウスト…… 皆様が言うところの初代魔王と呼ばれているお方」

 

その時ロマックの爺から凄まじい圧がほとばしる。

……気に入らねぇな。

 

「アタシ達をダシにしたってのか」

「ええ、不躾ながらそのとおりでございます。館を取得した後、第二の封印を壊してもらうよう依頼する予定でした。まさか数日で第三の封印まで解いていただけるとは。生きているうちに念願叶いました。誠にありがとうございます」

 

丁寧にお辞儀をするロマック。

 

「君は僕の…… うっ…… ガハッ!!」

 

その時、リッチの体が全身が切り刻まれたようになり、血を吹き出す。

同時にメイド達が苦しそうにバタバタと倒れていく。

 

「お待たせしました。我が主の宿敵、リッチ・ホワイト様。我がスキル『苦ズレ逝ク者』が発動しました。冥府におられる我が主の所へ挨拶に行かれるが良いでしょう」

 



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第22話 魔族

「エリー! 回復はできるか!?」

「やってみます!」

「無駄ですな。リッチ様の身体は特殊なアンデッドと伺っております。生半可な魔法は弾いてしまうかと」

 

残念だがアタシもエリーも普通じゃねーんだ。

アタシはロマックとかいう爺に向き直る。

 

「てめぇ、何をしやがった?」

「おやめくださいマリー様。私は積年の思いを叶えてくださった、あなた達だけは見逃しても良いと考えております」

 

あなた達『だけ』ね……

つまりメイドその他は見逃す訳ないって事か。

 

「よくもリッチ達をやってくれたな」

「なぜそこまでお怒りに? 先ほど出会ったばかりの方々でしょう? 一体どういった義理があるのですかな」

 

義理だぁ……?

そんなもん一つしかねえだろ。

 

「こいつ等はアタシのダチだ」

「人と人の縁など知れたもの。出会って間もない友人など捨てておけば良いでしょう」

 

「てめえを封印して捨てた飼い主にも言ってやんな」

「……非礼をお詫びします。間違っていたのは私の方でした」

 

軽く謝罪の言葉を述べると、ロマックは拳法の構えを取る。

 

「では、貴女とは特に戦う理由がありませんが…… 魔王ファウスト様に創造されし古き魔族、ロマックがお相手いたします」

「暗殺者が武道家気取りか? いいぜ? アタシはマリー。ただのマリーだ。出会ったばかりのダチのために命を張るバカさ」

 

 

アタシは刃を抜く。

『魔女の刃』に魔力を通し、金属魔法で形を変える。

 

「変化、切付包丁」

 

刃物の切っ先を戦闘用に尖らせた。

 

さあ、やろうか。

 

まず最初に仕掛けたのはアタシだ。

更に金属魔法をかけ、肉厚の刃物にした刃で一撃をお見舞いした。

 

だが一撃はきっちり受け技で流され、空いた腹に回し蹴りが叩き込まれる。

こちらもお返しにもう一本の刃で迎撃してやった。

スネを斬りつけてやったが、浅い。

 

……キレイな武術だ。

相当に鍛錬してやがる。

 

「ほう、返したつもりが逆に傷をつけられるとは…… やりますな」

「スネに傷持つテメーにはちょうど良いだろ」

「では、私も本気で参りましょう」

 

ロマックの周りを闘気がほとばしる。

様子見からのいきなり本気かよ。

 

「へっ、女にマジになるたあアタシの魅力が分かって…… ゔぐぁっ!!」

「無駄口を叩いていると舌を噛みますよ?」

 

距離を一気に詰めらて正拳突きを食らうと、裏庭の花を散らしながら山の方向に飛ばされる。

早くて鋭い。体の芯まで響く。

 

アタシは即座に体勢を立て直すと、追撃で向かってくるロマックの拳を躱して反撃した。

次に間違っても正面から向き合って急所をさらさないよう、左右にステップを繰り返しながら武器で斬りつける。

 

「おや、冒険者の方には技術がなく力任せに攻撃する方が多いと聞いていましたが、中々技術のある方もいらっしゃるモノですな」

 

そういうロマックの爺はアタシの攻撃をすべて素手で払いのけていく。

アタシの反撃を全部受け流しながら褒めても嫌味にしか聞こえねーよ!

クソッタレが!

 

「このクソった、ぐがっ!」

「ふむ…… この手応え、魔法かスキルを使用しておりますな?」

 

くそ、きっちり受け流された上でカウンターを打ち込んできやがる。

念のため風のクッションで威力を軽減してるとはいえ、厄介だ。

 

「サンダーローズ!」

「むっ!」

 

紫電がロマックの体を襲う。

流石に受け身を取ったか。

 

「アタシに痺れるだろ?」

「まったく、です、な!」

 

クソっ!

雷で動きが鈍ってるはずなのに斬撃をしっかり受け流して、魔法も被害を最小限に押さえていやがる。

コイツの技術は本物だ。

ならこれはどうだ?

 

「ファイアローズ! サンダーローズ!」

 

アタシはファイアローズとサンダーローズを交互に放つ。

同時に刃を混ぜるのも忘れない

炎、刃、雷、刃、炎と連撃を繰り出す。

 

「ほう、なかなか…… やり、ますな!」

 

捌ききれなくなってるなあ?

隙を見つけては攻撃しようとしてくるが、魔法で牽制して攻撃をさせない。

魔法は直撃するとマズイのだろう。

やや大げさに回避している。

 

「ふむ、二本の刃を柔軟に攻撃と防御に回しつつ、残り僅かな隙すらも魔法でカバーですか、厄介ですな」

「最近の女の子はガードが硬いんだよ。テメーが自分の血の染み数えてる間に終わらせてやるから大人しくしてろ」

 

攻め立てようとするが、ロマックの爺は後ろに大きく飛び跳ねて距離を取られた。

爺め、年齢の割によく動けんじゃねーか。

そのまま距離を開けないように詰めさせてもらうぜ?

 

「まだそちらは隠し玉がいくつかありそうですし、このまま戦っても私の方がジリ貧になりそうです。武人として戦えない私の不明をお詫びいたします」

 

そう言うとじじいは頭を下げてきた。

何考えてやがるか知らないがそのまま叩き潰して……

 

瞬間、アタシの体のアチコチが内部から切り裂かれるように血を噴き出す。

 

「が…… はっ……?」

「『苦ズレ逝ク者』 これを受けた相手は傷を負い、時間とともに徐々に傷口を広げさせます。決着ですな」

 

そう、か。

コイツのスキルか。

……油断した。

 

「多少手こずらせていただいたお礼に、ひとつ面白いものをお見せしましょう。」

 

そう言うと爺が両手の手袋を外す。

 

その手は獣の手だった。

爪が刃物のように鋭い。

 

「これが私の数少ない武器です。そしてわずかに残る魔族の証。貴女の隠し玉に比べれば些細なものでしょうが、これを使ってあなたを葬って差し上げましょう」

 

そう言うと、ボロボロになって動けないアタシの腹に手刀を突きつけてきた。

 

かろうじて腕でガードするが、爪は腕を切り飛ばし、腹へと突き刺さる。

 

手刀はそのままアッパーのように突き上げられ、アタシを空中へ投げ飛ばす。

そしてそのまま腹を大きく切り裂いた。

 

アタシの体は木々の中を抜けて、地面へと落ちる。

……ヤベェ、腹からモツ出てんじゃねぇか?

 

「ふむ…… 終わりましたな」

 

遠くで声がする。

クソッタレめ。

……ここは山の方だな。

 

相手の姿が見えない。

地面の窪みに落ちたようだ。

 

……足音が遠ざかる

勝手に勝利宣言してんじゃねぇぞ。

 

だが、飛ばしてくれて助かった。

エリー以外には見られたくねえからな。

お返しする、から、待って…… ろ……



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閑話 ロマック

男はマリーを片付けると、本来の目的であるリッチ・ホワイトの確認へと向かっていた。

 

かつて創造主である魔王ファウストを作りしもの。

いわば創造主の創造主。

 

魔王ファウストはとある理由、傍から見れば混乱しているとしか思えない理由により創造主への反逆を実行し、それでいて自らの親を殺すことをためらったが故、封印することにした。

 

だが同時に彼が封印を解かれた時のことを考え、恐れてもいた。

 

ゆえに魔王は決断する。

万が一にも封印を解かれぬよう、二重に重ねた封印に新たに一つ封印を追加した。

さらにその際、魔王自身が創造した魔族を一人、刺客として一緒に封印する事も忘れずに。

 

リッチ・ホワイトを苦しませずに葬るための刺客として、幾人か創った魔族の中でも強力な力を持ったもの、それがロマックだった。

実際に彼の力は強力であり、条件さえ完全に満たせばほぼ全ての生物を葬ることができた。

 

その彼にリッチの使用する魔法や使い魔たちについて、いくばくかの情報を与え封印する。

もしも時とともに封印がゆるくなり、解けるようなことがあれば彼が憂いを断ってくれるだろうと考えて。

 

その強力な力を持つがゆえの反動だろうか。

ロマックは偶然にも封印が解け、自分だけが人の世に出てきた時、真っ先に武術を学んだ。

自らの絶対的勝利が必ずしも起こらない不都合を望むように。

暗殺ではなく真っ向からの勝負を行う武術という分野に強く惹かれていった。

 

封印の解除方法を探したのはその後だ。

魔王の封印による副作用で封印に干渉できない事はわかっていたし、当初はすぐに解けるものだと思っていた。

 

だが、数年待っても封印が解ける気配がない。

普通の魔族ならともかく、ロマックの寿命は人と大差ない。

それは人に似せて創造されたが故の弊害でもあった。

 

彼は仕方なく、かろうじて干渉可能だったリッチ・ホワイトの使い魔達を復活させる。

使い魔たちは主とのつながりが深い。

そのつながりを利用して、リッチ・ホワイトに直接攻撃ができないかという打算の元に蘇らせた。

 

 

(……あなたは?)

「おや、言葉や顔だけではなく、私のことも失ってしまいましたか。メイ殿。まあ直接絡むことはほぼなかったので仕方ないでしょうな。私はロマック。主に仕えるもの」

(……あなたのような方はいなかったと記憶しておりますが)

「基本的に私はあなた達側仕えとは別の任務で動いておりました。故にファウスト…… 魔王ファウストからの封印も緩いものでございます」

 

 

試みは失敗したが、仮死状態からの復活直後は意識が混濁していたようだったので、同じ主の使い魔だと言いくるめる事に成功した。

 

だが彼らを利用してリッチ・ホワイトを暗殺、あるいは封印を開放しようとする試みはすべて失敗に終わった。

彼らは封印の場所を知ってはいたが、ロマック同様に干渉できなかったため、封印が解けるのを待つという選択をした。

その間、最も力が振るえるであろう領主の下へ仕えることに決めた上で。

 

「お前が、私に仕えたいという者か?」

「はい、ここまで武術を学んでまいりましたので多少の護衛の心得はございます」

「……いくら欲しい?」

「はっ、この地にて仕えることができるのでしたら給金は最低で構いません」

「安いというのは良いことだ。明日から仕事を学びに来るがいい」

 

「ドゥーケット様、あの山は資源が眠っているかもしれません。採掘隊を結成したほうが良いかと」

「ならんならん! 資源など掘るのにも金がかかる! あるかないか分からない資源より金を節約するほうが大事だ!」

「せめて冒険者を……」

「もし万が一資源が眠っていたらことだ。冒険者が根こそぎ取りに来ないとも限らん。そのまま放置して誰も立ち入らせないようにしろ! これは命令だ!」

「……承知しました」

 

領主の館にて執事として潜り込むことに成功したロマックは、幾度か山の封印破壊を提案するも失敗し、冒険者の立ち入りすら許されなかった。

 

「ドゥーケット様、先代が封印していた山で魔物が繁殖しております。このままでは溢れてしまいます。どうか、冒険者を雇い間引きをお願いします」

「いくらかかる?」

「月に…… 金貨二十枚あれば足りるかと」

「年に札二枚を超えるではないか! 高すぎる! ……そうだ、売ることはできるか?」

「売却……ですか? 冒険者ギルドは土地なき国とも呼ばれる集団です。摩擦を生まないために買取はしないかと」

「冒険者個人ならどうだ? 名目は割引とか統治とかそんな名目でだ! 代金は安く、維持費は高くして売りつければ良い」

「そのような提案が受け入れられるかどうか…… ギルドの上の人間の目に止まらないように調整をした上で依頼を出してみます。」

 

「やはり先の要件では難しいようで…… ギルドマスターがお見えになっています」

「ぐぬぬ、絶対に金は出さんぞ!」

 

だが当初難航していた封印の解除も、いくつかの幸運が重なり、最初の封印が解かれてから二十五年、奇跡的にすべての封印が解かれた。

 

仕える主もいなくなり、体も全盛期ほどに動かなくなった今、創造された時に受けた使命だけが彼を支えている。

 

ロマックは自身の存在意義を証明するため、リッチ・ホワイトに確実に止めを刺すために戻ってきた。

 

 

元いた場所では、エリーが治療を行っている。

リッチの体は魔法を弾いて軽減するが、効果が全く無いわけではない。

それに加えて、マリーのスキルの影響で増幅された基礎魔法が回復魔法を使うときの威力を高めている。

結果、スキル攻撃による崩壊を食い止め、僅かながら回復させることに成功していた。

 

「おや? まだ死んでいないようですな?」

「っ!〈守護壁〉!」

 

ロマックの存在を確認すると、エリーは即座に魔法で結界を張る。

ロマックはその結界を見るとため息を軽くつく。

 

「破壊するまで少々時間がかかりそうですな。マリー様にもお伝えしましたが、敵対しないのであれば見逃しますが、いかがいたしますか?」

「私がエリーと答えを違えるはずがありません」

「でしょうな」

 

一言だけ短く呟くと、ロマックは両手の爪で守護壁に穴を開けようとする。

その様子を見ていたリッチは弱々しい声でエリーに話しかける。

 

「エリー……さん。僕は大丈夫だから、逃げてよ」

「そういうわけには行きません。マリーが来るまでの辛抱です。耐えてください」

 

その一言にロマックは手を一瞬だけ止める。

 

「残念ですがマリー様は亡くなられました」

「嘘ですね。騙されません」

「嘘ではありません。私が直々に腹を裂きましたので。嘘だと思うなら山の方に見に行ってはいかがですか?」

 

エリーもまた、回復の手を一瞬だけ止める。

だが、毅然とした態度は崩さない。

 

「……いいえ、マリーは死にません」

 

僅かに唇が震えている。その様子をみたリッチは体を起こそうとする。

 

「エリーさん。僕をもう少しだけ、ケホッ、回復させて」

「いけません、まだ動いては……」

 

だがエリーの言う言葉は、彼には届かず、リッチは無理やり体をおこす。

 

「僕も、戦うから」

 

リッチは指で空中に魔法陣を描くと、炎がロマックを襲う。

 

「ふむ…… 封印と怪我で弱っていてこの威力。流石は主様の創造主ですな。私、感服いたしました」

 

「でき…… れば、そのまま帰って欲しいかな」

「残念ながら。貴方を始末する事は私の存在意義そのものですので」

「そりゃ、キツい…… ゲホッ」

 

その答えをまたず、リッチは血を吐く。

 

「アンデッドになっても、人間はあっけないモノですな」

「そうでもねぇぜ?」

 

背後、いや上空から声をかけられると同時、斬撃がロマックを襲う。

ロマックは回避をするも間に合わず、右腕が千切れ飛び、衝撃で膝をつく。

 

空中から降りてきたマリーの一撃だ。

 

「さあ、爺。昇天させてやる。アタシを眼の前にして立たねえなんて言わせねえぜ?」



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第23話 巨人狼

「マリー!」

「待たせたな。ちょっと時間がかかっちまった」

 

いくら『TS』スキルが肉体を作り変えると言っても、流石に腕や内臓が存在しない状態は時間がかかるらしいな。

 

いや、再生できるだけで最上級回復魔法と同等以上の性能か。

二度と検証したいとは思わんが。

 

何よりアタシを一瞬だけ男に変えさせやがったのが腹立たしい。

服がボロボロでへそ出しトップスになってやがる。

お気にいりだったんだぞ、この服。

 

「あの状態からどうやって…… いえ、無粋でしたな。貴女が生きているなら再び倒すだけの事」

 

再び挨拶をしようとしてくる。

……させねえよ? ネタは割れてるんだ。

 

アタシは顎に蹴りを入れて爺の挨拶を阻止した。

爺は一歩よろめいて後ろに下がる

 

「テメェのスキル、トリガーは『挨拶』だな? それだけ強いスキルだ。条件も厳しいだろ。他の条件はなんだ? 時間か? 会話か?」

「よくぞ見抜きました。対象との僅かな会話と時間経過、そして間合い。その他諸々でございます」

 

爺は大きく後ろへ下がると丁寧な挨拶を再びしてくる。

 

マズい!

……僅かに皮膚がツッパる印象を受けたが、アタシの体が引き裂かれることは無かった。

 

「このように、一度失敗してから時間や距離、そういった条件が足りてない場合は効果は些細なものです」

 

余裕ぶりやがって。

要するに遠くからちまちまやるか、リスク覚悟で近づいて短い時間で決着をつけろって事だろ。

ご丁寧に教えてくれてありがとよ。

 

「可愛い女の子を傷物にしたんだ、責任は取ってもらうぜ?」

「乙女とは恐ろしいものですな…… ぐっ!」

「お、感じてきたか?」

 

アタシは毒魔法を使っている。

何度かモンスターを退治したときに効果は調べておいた。

アタシが生成できる毒は一種類だけだ。

一定時間、痛覚を増幅させる毒。それがアタシの唯一の効果だ。

そんな毒を腕を切り落とす際に使ってやった。

 

獣ですら気絶させるほどの痛みが走る毒だが流石だな。

毒がまわると風が吹くだけで痛いぜ?

 

「悪いがもう出し惜しみしねえよ」

「老人は優しく労るものですぞ」

「昇天させてやるさ」

 

再び爺が距離を取ろうとするが、アタシは一気に距離を詰め刃を振るう。

だが、さっきみたいにアタシの攻撃を捌ききれていない。

片手のお陰か、あるいは増幅された痛みのせいか。

どちらでもいい、このまま押し切らせて貰うぜ。

 

「なぜ、冒険者の方は二週間も眠っていたと思いますか?」

「さあな! 色々吸われてイっちまったんだろ!」

 

圧倒的不利な状況で、攻撃を片手でいなしながらも爺は語ることを止めない。

 

眠っていた理由?

メイド達が精気を吸い取ったからだろ?

今更何言ってやがる?

 

「冒険者が眠る事になった原因、今はどこにあるのでしょうか」

「なに?」

 

瞬間、爺の体が光の壁に覆われた。

どこにそんな力が眠ってやがった……?

……いや、これはお貴族様の緊急避難用の魔道具か?

盗んできやがったな。

 

「答えはこちらです。」

 

残った片手で懐から魔石を取り出す。

中々に上等品の魔石だ。

 

「館の地下に魔王様より与えられた知識を駆使して装置を作りまして、魔石に冒険者の生命エネルギーを魔力として変換、貯蔵しておりました」

 

たしかに中には遠目でもわかる爆発的なエネルギーが貯蔵されている。

何に使う気だ?

 

「魔力というものは不思議なもので、わずかに人の意志が宿るようでございます。この魔石は複数人の意思が混ざっておりまして、制御できないため控えておりました。ですが、ここならばリッチ様共々破壊できるでしょう」

 

ロマックはちらりとリッチの方をみる。

アタシとリッチ、まとめて始末するつもりか。

 

「ちっ!」

 

壁に炎と雷の混合攻撃を繰り出すが、弾かれる。

くそっ、お貴族様のバリアなんて十秒持てば十分だろ。

さっさと壊れろ。

 

「魔族なら大抵つかえる力のため、切り札と言うのもおこがましいのですが…… 〈変身〉」

 

魔石を心臓の部分に当てると、爺の体が変化していく。

魔石の力を取り込みやがったのか。

 

爺の体を覆うように肉が何層にも服の上から覆い尽くす。

次に爺の手首までを覆っていた獣の皮が全身を覆い尽くした。

 

さっきリッチが使った〈受肉〉にもどこか似ている。

 

徐々に体が大きくなっていき、出来上がった体は巨大な狼だった。

アタシの三倍近くある体躯の狼が二足歩行で立っている。

…でけえな。幼児と大人くらいの差だ。

 

その目には先程の知性は無い。

そして幸運にも、失われた片手は再生していない。

なら、勝機はありそうだ。

 

「グルルル…… ルルルルオオアアアァァァアッ!!!」

「人狼…… いや巨人…… 巨人狼ってとこか」

 

咆哮が周囲の大気を震えさせる。

その咆哮で、裏庭に植えられていた花が散って、舞う。

 

うるせえ犬っころだ。

人間やめやがって犬になりやがったか。

……いや、魔族だったな。

 

アタシは足を斬りつける。

……が、薄く皮膚が切れているだけで、深く包丁が入らない。

この刃で通らねえのか。

 

「グルアッ!! ……グルルッ!」

「皮被ってデカくて硬くなるとはな? ひん剥いてやるよ」

 

いままで空中を見ていた犬っころの目がアタシの方に向けられる。

斬りつけられてやっとアタシを認識したようだ。

 

犬っころは摺り足で重心を移動させると回し蹴りを放ってきた。

その軌道、鋭さは先程爺が使っていたものと同じだ。

 

ヤバイ!

アタシは体を伏せると土魔法で地面に穴を開ける。

次に風魔法で無理やり体を穴に押し込んだ。

 

隠れた後、凄まじい勢いの蹴りと、一瞬遅れて衝撃波の様な爆風が地面を襲う。

 

「動きは格闘家のそれか…… お前、真剣に鍛錬したんだな」

 

まともに考える脳みそも残ってねえのに、これだけ動けるなんてな。

体に染み付いてる証拠だ。

 

さあ厄介だ。

どうしたもんか……

 

そこで突如、犬っころの後頭部の空中部分に魔法陣が描かれる。

 

そこから数十発のファイアボールが連射された。

 

「〈火球陣〉。マリーさん、悪いけどこれは君だけの喧嘩じゃないんだ。僕も参加させてもらうよ。最初に狙われたのは僕だからね」

「私も支援します! 【彼のものに盾を、彼のものに鎧を】〈守護〉!」

 

リッチとエリーが声をかけてくる。

エリーもメイド達を癒やしつつ、支援魔法を飛ばしてくれる。

 

少しふらついているがリッチは自分の足で立っていた。

回復魔法の力でだいぶ回復したらしいな。

なかなか根性がある奴だ。

 

「ははっ、初めての共同作業はお化け退治と行こうじゃねえか」



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第24話 挨拶

アタシは金属魔法を再び両手の刃に使う。

刃が変化し融合していくと、二本の刃は一つの刃物になった。

普通の長剣のようだが、どこか包丁を思わせるフォルムをしている。

 

「マグロ包丁ならぬ、狼包丁ってとこか」

 

アタシは近くまで加速して近づくと、土魔法を発動し、落とし穴を作る。

……躱すか。カンの良い犬だ。

そう簡単には捕まえられねえな。

 

だが空中に浮いた今がチャンスだ。

 

「【堅きは砕け、固くは脆く】〈弱化〉!」

 

エリーが良いタイミングで弱化の魔法を使ってくれる。

あたしは落下してくる犬っころにジャンプして飛び上がり、刃を振り上げた。

体は風魔法で加速し、刃には炎と電撃をまとわせる。

名付けて――

 

「華火」

 

犬野郎の足から膝までを切り裂き、腹まで達した所で炎と雷を解放すると、

それぞれが派手に炸裂する。

 

「グアオオオ!」

「へへっ、刺激的だろ?」

 

アタシは爆風の勢いを利用して距離を取る。

 

「今だ!〈水槍陣〉!」

 

離れたタイミングをみはからって、リッチが魔法を仕掛けた。

 

太い水の槍が傷ついた横腹を更に貫く。

……凄まじい威力だな。

マジで魔王と戦えるんじゃねえのか。

 

水の槍が地面にぶつかり弾け、水蒸気となって視界を隠す。

 

「やったね!」

「いや、まだだ」

 

リッチが糠喜びするが直前、アイツの目は死んでいなかった。

未だに飢えた獣の目だ。

その証拠に、ゆっくりとだが立ち上がる影がある。

 

胸元で魔石らしきものが光ると、体に空いた穴はゆっくりと塞がっていく。

 

「うっそ。あれ僕の全力の一撃だよ?」

「不死身……いや違うな」

 

多分だが、あの魔石が回復させている。

変身前に失われた片手は再生していないから、おそらく変身したときの力が残っているんだろう。

 

どうしたもんか。

そこで、犬っころが手を大きく振りかぶった。

 

「やばい! 避けろ!」

 

犬っころがその爪を振るう。

爪先はそのまま地面をえぐりながらリッチの方に向かっていた。

 

アタシは風魔法を利用してリッチを突き飛ばし…… どうやら完全には躱しきれなかったようだ。

爪先がかすったらしい。ふくらはぎに傷を負う。

 

「痛えな……」

「わ、わわわ。足が! どうしよう!」

 

慌てんな。

半分千切れたようになっているだけじゃねえか。

骨は折れてねえしセーフだセーフ。

 

「〈ヒール〉〈再生〉!」

 

と、同時にエリーから回復魔法が飛んできた。

いい感じだ。なんとか足が動く。

 

「グルルル……」

 

風魔法で補助をしているが、怪我で移動が遅くなるのは避けられないだろう。

このままだとマズイな。

 

欲しいのは相談する僅かな時間だ。

 

土魔法で壁を作り犬っころの視界を遮ると、アタシはリッチを連れて移動する。

これで一瞬だけだが時間が稼げるな。

 

「リッチ、相談だ。あいつを一撃で吹き飛ばせるような魔法は使えるか?」

「……無理だ。一撃で吹き飛ばす魔法陣を書くにはそれなりの時間が必要だよ。それに動きが早すぎる。少なくても発動する前は動きを止めてくれないと」

 

つまり出来るって事だな。

 

「ならアタシが時間を作る。動きも止めてみせる。どのくらい時間が必要だ?」

「そんな無茶だ…… いやごめん。十分、いや五分あれば大丈夫だと思う」

 

よしっ、いい覚悟だ。

 

「任せろ」

 

多分だがあの魔石に溜めた力が相当な回復力を与えてる限り、しょぼい攻撃じゃ回復される。

なんせゴキブリ並みの生命力を持つ冒険者を何十人も集めた物だからな。

 

今のアタシ達の力じゃちまちま削る持久戦は無理だ。

削り切る前に力尽きる。

だったらさっきの数倍の威力をぶつけて回復させずに消し去るだけだ。

 

アタシは陽動と撹乱を兼ねて犬っころに突っ込む。

 

「マリー、頑張って下さい!〈守護〉!」

「サンキュー、エリー! 帰ったらキスしてやる!」

 

リッチの野郎がはわわ、女の子同士でとか言ってるが仕事に集中しろ。

遊んでる場合じゃねえ。お前に全てかかってるんだ。

 

アタシは地面を疾走する。

使うのは水魔法と風魔法だ。

 

「ウォータードレス」

 

上半身を水が纏わりつく。

弧を描くように撹乱しながら斬りつけ、躱す。

交わしきれない部分は水と風の壁で守り切る。

 

水で動き辛いが今回は時間稼ぎが目的だからな。

積極的に戦う必要はない。

相手にとってうざったいくらいでいい。

 

爪を伏せて躱し、ローキックを飛び上がって躱す。

無視しようとするなら、攻撃する。

 

相手の攻撃が掠めるたび、水が弾け、飛び散る。

なに、なんてことはない。四方八方に動き回るだけだ。

アタシも定期的に水の鎧ごとぶつかってやる。

 

切りつけ、躱し、また切りつける。

危ない一撃からは水の鎧で身を守る。

再び切りつけ、躱し、そして……

 

……やがて攻撃が止む。

 

見ると、犬っころが片足を大きく上げていた。

 

「……まさか、かかと落としかよ」

 

体重を一気に振り下ろされた一撃が、爆音と共に地面を抉る。

 

「ゲホッ」

 

直撃は交わしたが飛んできた石礫まではかわせなかった。

その直後にローキックの連撃が打ち込まれて直撃してしまう。

 

流石に、キツイ一撃だ。

わずかに残った水の鎧に吐いた血が混じる。

エリーが回復魔法をかけてくれるからなんとか持っている。

 

……まあ相手の体勢も崩れているし、そろそろ時間も十分か。

 

「犬っころ、濡れ濡れじゃねぇか。さっきまでアタシが使ってた魔法、忘れたか?」

 

アタシは紫電を纏う。

 

「サンダーローズ!」

「アグオオォォオ!!!」

 

全力の雷が犬っころを襲う。

だが仕込みはまだまだこれからだ。

 

「濡れた女に痺れたら泥沼にハマるぜ?」

 

痺れて動きが鈍くなった犬っころに近寄ると、アタシは土魔法を使う。

 

「濡れ濡れからヌルヌルになりな!」

 

濡れた地面が、柔らかい泥へと変化した。

犬っころの足が膝まで埋まる。

 

 

「リッチ! 準備は出来たか!!」

「ああ、行くよ! カウントダウンだ! 三!」

 

アタシは風魔法で距離を取る。

 

「ニ!」

 

「〈弱化〉!」

エリーが犬っころに弱体化の魔法を放つ。

 

「一!」

 

犬っころが即席の泥沼から抜け出そうとする。

だが手を滑らせて体勢を崩してしまう。

 

「発動!〈虹色陣〉!」

 

犬っころの周囲と上下を魔法陣が覆う。

 

最初に、大地から槍が生えて串刺しにして動きを止める。

次に嵐が切り刻む。

その後は氷だ。全てが凍りつき動きを止めた。

最後に上空の魔法陣から光の柱が、下の魔法陣から炎が同時に吹き出す。

 

眩しくてこれ以上は無理だ。

 

アタシは目をそらして光が収まるのを待った。

 

 

光が収まったとき、そこにはまだ犬っころの姿があった。

体はもはや再生せず、下半身は炭の様になっている。

目には、もはや戦意はない。

 

犬っころの体にヒビが入る。

 

パキリ、と軽い音をたてて砕け散った。

同時に、中からロマの爺が落ちてくる。

 

近づいていくと、まだ息があるようだ。

 

「お見事…… ですな」

「ああ、爺もな」

 

もはや立ち上がる事も難しいらしい。

肩で息をして座っているのがやっとのようだ。

 

「これでは冥府におられるファウスト様に顔向けできません」

「親の期待にばっかり答えようとすると潰れるぜ? たまには期待を裏切るのも子供の役目だ」

「左様、ですな。ですが…… 私はあの方に認めて、貰いたかっ、た……」

 

言葉が途切れる。

ゆっくりと爺の瞼が落ちていく。

 

「僕が、僕が認めるよ。」

 

リッチが少し遅れてやってきた。

爺も閉じかけていた目をゆっくり開く。

 

「魔王ファウストの産みの親である僕が認める。君は立派な親孝行者だ。ファウストに会ったら伝えてくれ。君たちは僕の自慢の子供だったと」

「ふふふっ、お祖父様に言われては…… ファウスト様も形無し…… ですな。また冥府で、お会いしましょう…… ありがとう…… ござ…… ま…………」

 

ロマの爺は最期に、リッチに向けて丁寧な挨拶をする。

 

……スキルは、発動しなかった。



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第25話 メイドとリッチ

「……それが館での顛末って訳か?」

「流石おやっさん、飲み込みが早くて助かるぜ」

「これっぽっちも飲み込めてねぇよ!」

 

アタシとエリーは今ギルドにいる。

リッチは連れているとややこしさが増しそうなのでとりあえず館で待機だ。

リッチ自身も長年魔力が補充されていなかったメイド達の体をメンテナンスしたいといっていたし、ちょうど良いか。

 

「領主の執事が初代魔王が創ったはぐれ魔族で、魔王の親を殺すために復活させてまだD級に上がってすらいないお前らが魔王の親と共闘して撃破したと!?」

「やっぱり飲み込みが早いじゃねぇか」

「馬鹿野郎! どうやって上に報告するんだよこんなん!」

 

一応、爺さんの体は焼いて埋めてやったが、証拠として切り落とした片腕だけは氷漬けにして持ってきた。

 

あとロマの爺さん、一応領主の執事で間違いないらしい。

 

「この件、領主にとっても洒落にならん地雷だ。政治的な話になる。この落とし所はギルドマスターと相談だな……」

「ギルドマスターは王都から来てるんだろ?」

「ああ、お前らみたいな狂犬達がお貴族様にやらかさないための緩衝材としてな」

 

そうなのか、ギルドマスター、すまん。

ワンコみたいに可愛いアタシたちが応援してやるから頑張れ。

 

「あと、頼みがあるんだが」

「……聞きたくねぇが、言ってみろ」

「今まで館で盗られた荷物やら貴族の調度品やらが見つかってな。南の門番に預けてある。冒険者の掟に従って金にしたい」

 

基本的に冒険者が依頼や探索中に失ったものはソイツの物じゃなくなる。

 

ただ杓子定規的にやると冒険者間でトラブルになるので、ギルド経由での優先購入権やら交渉権やら定めて諸々を任せているのが現状だ。

 

今回はお化け達が集めた物がかなりある。

三年前の分と今回の分を合わせて結構な量だ。

リッチが復活した時のためにお金に困らないように、と館の一室に大切に隠していたとか。

 

「貴族の調度品もか…… 分かったぜ纏めて交渉の材料にしてやる」

「あと今はここにいないが、リッチ……魔王の親をギルドに登録しようと思う」

「はぁ!? 魔王の親を…… いや、いい判断だ。ギルド側に取り込んでしまったほうが良いな。身分は隠さんと不味いが」

 

その後詳細を煮詰めていく。

もちろんアイデア出しはアタシも手伝った。

とりあえずリッチは魔族に封印されて記憶を失った太古の魔法使いということになった。

 

魔法使いの封印が壊れたために、長年潜伏していた魔族が動き出して殺そうとした。

 

なんとか撃破し、魔族が溜め込んだ資産も見つけ取り戻すことに成功。

魔法使いは素行含めて経過観察、ギルドにて登録し冒険者とする。

 

そんな筋書きで領主に交渉しに行くらしい。

おやっさん、マジで感謝してるぜ。

 

 

 

館に戻るとお化け達が出迎えてくれる。

お化け達は完全復活していた。

 

「お化けさんたちは自分たちの体のほかに、リッチさんの体に埋め込まれていた魔石に魂が分割されていました」

 

それでリッチを治すとお化け達も概ね回復したらしい。

最初からリッチだけを狙っていたって訳か。

……律儀な野郎だな。

 

とりあえず館の食堂部屋で人心地つく。

 

「しかし、何とかなってよかったぜ」

「今回も大変でしたね」

 

まったくだ。

なんかよくわからんがアンデッドの仲間まで増えてしまった。

 

「短い間だけど楽しかったよ。僕も君たちと一緒にいたかったなあ」

「ん? ギルドにも交渉したし、館は男厳禁だから駄目だけど、門の外に犬小屋くらいは作っても良いぞ?」

 

今だって特別に入れてるんだからな?

あと犬小屋の材料は山にあるから自分で取るんだ。

 

「あはは…… それがね。ロマック君のスキルが強くてさ、このままだと肉体が持たずに崩壊しそうなんだよね」

「は? 何故だ? まだスキルが悪さしてるのか?」

「治せる範囲は全て治したはずですが」

 

エリーも心当たりは無いか。

じゃあ何故だ?

 

「あ、死んだりはしないよ。ただ……最初の一撃でアンデッドを構成する、核みたいな所が傷ついてね、このままだと寿命が…… 一週間くらい? それで治すには三百年くらいは大人しくして回復が必要かなって」

 

……マジか。

 

「大丈夫!君たちが生まれ変わったらまた会いに来てよ! 今度こそ女の子になって待ってるよ!」

「……まだ女の子になりたいのか?」

「ああ、それが僕の野望だからね! お祖父様じゃない! お祖母様としてファウストの前に立ってやるさ!」

 

いや初代魔王も困惑するだろそんなもん。

 

「女になる時、人格を失って別の自分になるかもしれないぞ」

「そのくらいのリスク、アンデッドになる事に比べたらたいしたことないよ」

 

じゃあ、全部の問題解決か。

人格は…… 前回からの推測が正しければ多分大丈夫だろう。

 

「リッチ、実はアタシのスキルはな――」

 

アタシはスキル『TS』について説明する。

 

「――と言うわけだ。早速だが使うぞ」

「え? ちょっと待って! 心の準備が……」

 

暴れるな。

お前のお化け達がワタワタしてるだろうが。

今から女になるんだから少しくらい男らしい所を見せろ。

 

十数分後、スキルが完全に発動を終える。

 

「百年近くかけて方法を探してたのにこんなにあっさりって……」

 

人生はそういうもんだ。

スキルが全く発動せず、引退を考えてるときに敵の金玉潰したらスキルに目覚めるような奴もいるんだぞ。

 

「嫌なら戻すぞ?」

「嫌だ! 絶対にもどさないで!」

 

面倒くさい奴だな。

 

ただまあ、少し分かってきた。

中性的なまま、美形になってるが人格は変わらないみたいだ。

やっぱりって感じだ。

 

このスキル、エリーを直したときにも分かったが、アタシの理想じゃなくて相手の理想に応じた姿に変化するんじゃないのか?

 

だとするとコイツ、女になっても同じ姿とかとんだナルシストだな。

最初から自称魔王を名乗るだけのことはある。

 

スキルを実験して検証したいが後々のリスクを考えると大っぴらにやるのもなあ……

あとで庭の植物で試すか。

 

「リッちゃん。分かってると思うけど男連れ込むなよ。土葬するぞ?」

「リッちゃん? それ僕の呼び名? 可愛いね!」

 

新しく名前考えるのめんどいからな。

とりあえずあだ名で良いだろ。

 

そこで、こっそりとアタシとエリーの袖を引く女がいる。

駄メイドだ。

珍しくモジモジしている。

 

(申し訳ありません。よろしければたまに男に戻していただく事は可能でしょうか?)

「別に良いけど、何故だ?」

 

かなり言いづらそうだったが、やがて意を決したように説明をする。

……アタシもだんだんコイツの考えてる事が伝わるようになってきたな。

 

(その…… 本人には言わないで下さいね? 私……主様の事が…… あ、いえ女の子同士もそれは背徳的で素晴らしいのですが…… やはり初めては……)

 

……そう言う事か。

ならしょうがねえな。

あとアタシ達は背徳的じゃねえ。

 

「分かりました。任せて下さい!」

 

エリーが元気よく答える。

アタシも異論はないぜ。

 

「ふへへ、初めての女の子…… 原始の魔法…… 英雄…… 無双…… ふへへ……」

 

リッチの野郎、別の世界にトリップしてやがるな。

残念だがお前の異世界英雄譚は存在しない。

 

「リッちゃん。ちょっといいですか?」

「なんだいエリー? この僕の美しさに見とれたかい!」

「寝言は死んで言え」

「もうほとんど死んでるよ!」

「死人は黙ってろ」

「ちょっと言う事めちゃくちゃすぎない?」

 

うるさい。

見惚れるなら、むしろエリーの美しさに見惚れろ。

 

「実はスキルには欠陥があってな。一緒になる相方がいないと寂しくて死んでしまうんだ」

 

真っ赤な嘘だ。

 

「え? ならマリーもこっそり男になったりするの? どんな時?」

「アタシ!? アタシは…… ほら、居るから……」

「マリーは私がいつも一緒ですよ」

 

エリーがフォローしてくれて助かる。

 

「え!? じゃあ二人はもしかして…… まさか、マリーが男の時に…… それとも女の子同士で……!」

「ふふふ、それは違いますよ」

 

エリーが笑顔でアタシにしなだれかかってくる。

胸が当たって…… いや当ててるな、コレ。

とりあえずアタシも当て返しとくか。

 

「男だろうと女だろうと関係ありません。マリーは世界でたった一人、私のマリーです」

「ああ。エリーはたった一人、アタシだけのエリーだ」

 

リッちゃんが顔を真っ赤にして顔を手で覆う。

おい、指の隙間からガン見するな。

ほっぺたがくっついてるだけだろうが。

 

「わ、わかったら相方ができるまでは、たまには男に戻るんだぞ」

「う、うん。えっとどれくらいのタイミングで?」

「えっと…… 月が出てない夜……かな?」

 

ちらりとメイドさんの方を見ると深々頭を下げている。これでいいらしい。

 

(マリー様、エリー様。誠にありがとうございます。私もお二人の様になれるよう頑張ります!)

 

おう。頑張れよ、駄メイド。

アタシ達はお前の味方だ。

リッちゃんがいなくても館にいていいからな。

なんならリッちゃんをペットとして家で飼っても良いぞ。

 

「せっかく念願叶ったのに…… たまには戻らないといけないのかあ……」

「何、朝…… いや、昼になったら女に戻してやるって、間違っても男の時は知らない女連れ込むなよ?」

「そんなことしないよー」

「連れ込んだら花壇の肥料な」

「非道い!」

 

たしかに、土や花が可哀想だ。

 

(そちらはご安心下さい。そのような事があれば私が他の方には見向きもせぬよう、搾り取りますので)

 

ナニをだよ。

……まあ頑張れ。

 



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第26話 『エリーマリー』結成の瞬間

翌週、リッちゃんを連れてギルドに行く。

お化け達は館に待機だ。

リッちゃんが駄メイドになんか魔法陣を刻んでいた。

前回からの続きで、出かけている間に色々と調整するらしい。

 

「ソイツが例のヤツだな? ほらよ、ギルド証だ」

「ふふふ、我を知っているとは見上げ…… 痛いっ! 頭叩かないでよ。僕だって痛みはあるんだよ!」

 

話をややこしくするな。最悪討伐されるぞお前。

初めて会った時の病が再発していたので、とりあえず軽く叩いておいた。

 

おやっさんが手渡してきたのはG級のタグだ。

アタシはそのままリッちゃんに投げて渡す。

 

「へぇ〜。コレがタグかー。凄いね、ちっこいのにいくつか付与魔法がかかってる。倒した相手の数と種類が分かる奴と…… あとは真偽判定?」

「……ちっ、本物みてぇだな」

 

おやっさんが珍しく悪態をつく。

リッちゃん、まさか本当に有能なのか?

 

「そろそろ本題に入るぞ。お貴族様だがな、前に打ち合わせした通りの内容で概ね決まった」

 

そうか、ならあとはリッちゃんを含めてパーティーとして登録すれば終わりだな。

 

「さすがに事が事だけにギルド本部の方に連絡はいくみてえだがな」

 

まあ、それくらいはしょうがない。

 

「問題はそれぞれの荷物の方だ。まず、お貴族の調度品。これは査定した結果、全部で十札一枚……金貨千枚相当だな。ただ、これを出し渋ってな」

 

まあケチで有名な領主様だ。

いくらだ? 七掛けか? まさかの半額か?

 

「現金払いでの買い取りなら金貨五枚しか出さないそうだ」

「ふざけんな」

 

お前、自分ちの調度品がパチモンとでもいうのかよ。

殴り込みかけんぞ。

 

「まあ最後まで聞け。ギルドマスターが根気よく交渉してくれた結果、館の代金と相殺するなら全額出るそうだ。一応聞くが…… どっちがいい?」

「実質一択じゃねえか」

 

現金出さないとかドケチか。

 

「あとは今回の口止め料が金貨で三百枚相当の差し引きだな。これも相殺される」

「もう少し、こう、現金とかはねーのか?」

 

額はともかく重さが達成感につながんだよ。

 

「これ以上の増額とか現金が欲しいとかは諦めろ。ドゥーケット子爵は人攫いに誘拐された時も『こんなに高いなら、わしはココから出んぞ! 飯代もかからんしな!』とか言って盗賊団を困らせた奴だ」

「なんかもう筋金入りだな」

 

僕も同じようにすれば……とかリッちゃんが呟いてる。

聞こえてるし普通に追い出すからな。

 

「あと、冒険者の荷物だがな。金貨や銀貨はお前らの物でいい。だがその他の荷物が厄介でな」

 

「まず最近館に出向してぶっ倒れた奴らだが、これはある程度返却先が見つかった。冒険者相互の助け合い精神で格安で引き渡す事になる」

 

まあそれはいい。

どうせ馬鹿が馬鹿な事やってただけだ。

額もたかが知れてる。

 

「問題は三年前の荷物だ。この街から居なくなった奴の所有物や、引き取り主が誰か分からなくなっている物が多々ある」

 

まあ三年前だもんな。

それなりに冒険者も入れ替わってるだろうさ。

 

「すごく丁寧に保管していたらしくて、モノ自体は綺麗だ。装飾品、武器防具あわせて金貨ベースでざっくり数十枚って所だ」

「いいじゃねえか、何が問題なんだ?」

 

「なにぶん数が多くてな。ギルドで買取するとなると一個ずつ査定して半年ぐらいかかる。保管料も馬鹿にならん」

 

結構時間がかかるな。

現状金には困ってないが……

 

「でしたら、オークション形式で出品してしまうのはどうでしょうか?」

「オークション?」

 

エリーが提案してくる。

場所はどうするんだ?

 

「はい、ちょうど大きな屋敷も手に入ったことですし、あのお屋敷でオークションを開催して冒険者のみなさんに直接買ってもらいましょう」

 

ほう、それなら人を集めれば一気にハケそうだ。

ユニコーンの角なんかも需要ありそうだし獲ってオークションの品目に入れとくのもいいな。

 

「ついでに館のお披露目も一緒にやってしまいませんか?」

「お披露目? 必要か?」

「私とマリーさんだけなら不要かと思います。ですが今回はリッちゃんもおりますので」

 

ああなるほど。

確かにリッちゃんも冒険者として認知させないといけないな。

『ウザ絡み』辺りがリッちゃんに絡まれても困る。

 

うっかり魔王由来の魔法でも爆発させたら……

まあその時は他人になるだけだ。

それはそれでうるさいやつが居なくなるから平和だな。

 

「だったらビュッフェ形式にして飯も用意するか?」

「良いですね! ちょっとしたパーティにしましょう!」

「酒は……オークションの後に出すか」

 

そこで開催費用としてちょこっとお金も貰って……

お、結構行けそうだ。

冒険者の道具だけじゃ寂しいだろうし、山でモンスターの素材でも狩って追加してやろう。

 

「まあ、お前らが良いなら良いんじゃねえか?」

「おやっさん。ギルド員の派遣と女将さんに出張頼めるか?」

「あー……聞いといてやる」

 

そうだ。

ついでだしアイツらも呼ぼう。

オークションには興味ねえだろうが、ギルドマスターとかには色々世話になってるしな。

 

「おやっさん。ギルドマスターと話がしたい。今いけるか?」

「あの人も忙しい人だからなあ……」

「大丈夫だ。『エリーマリー』の新メンバーを紹介するって言えば通じる」

 

おやっさんはよく分からんと言った表情で呼びに行った。

案の定、ギルドマスターはすぐにやって来る。

 

「お、おまたせしました。マリー様。こちらが、新メンバーで噂の……」

「リッちゃん、自己紹介をしてくれ」

「え?、えっと、我こそは深淵を覗きし大英雄! 魔王ファウストを生み出し……ひゃんっ!」

 

ギルドマスターは裏を知ってるから良いけど知らん相手にまでやると面倒だ。

要らんこと言い出したので軽く背中の中心をなぞってやる。

……あ、ブラつけてないな。後で買ってやろ。

 

「うう……。僕はリッチ・ファウストっていいます。リッちゃんでいいです」

 

軽く目で合図を送ると理解してもらえたようだ。

やればできるじゃねえか。

 

「おお……僕っ子ですか! 可愛さもさることながらスレンダーな体型と僕っ子の呼び名が相まってなかなか個性的です!」

「え? えっと、その、ありがとうございます」

 

ガシッとリッちゃんの両手を握る。

リッちゃんは困惑しながらも握り返してきた。

……ほう、素質あるな。

 

「忙しいところ済まなかったな」

「いえいえ、ひとときの癒やしも仕事には必要なもの……」

 

「ところで、あたしたちの屋敷でちょっとしたパーティーをやるんだが、ファンクラブのメンバーも来るか?」

「ご自宅で! し、失礼しました、つい興奮してしまって」

 

身を乗り出すな。流石にビビる。

 

おまえら内緒にしてると家探し出して盗撮に来るだろ。

先にバラしといた方が色々と楽だ。

撮影はさせないけど。

 

「言っとくが勝手に撮影するなよ? するなら金貨取るぞ?」

「何枚ほどでしょうか?」

「え?」

「え?」

 

「……うん、考えとくわ」

「ひひ……お手柔らかにお願いします」

 

あれ?

なんか撮影する流れになってるぞ?

 

「当日は私も料理を作りますね。」

「おお! それは尊い……本当に私達のような卑しいゴミ虫めが参加しても良いのでしょうか」

 

そこまで卑下するなよ。

 

「大丈夫だ。お前らはゴミ虫なんかじゃない、アタシと同じ人間だ。人よりちょっと卑しいだけの人間だ。アタシが保証してやる。」

「おお……おぉ……マリー様……」

「もし卑しいゴミ虫だとお前らが思うなら構わないぜ? アタシ達だけのゴミ虫としてアタシ達のためだけに仕えろ。優しく扱ってやる」

「誠に、誠にありがとうございます……」

 

ギルドマスターが涙を流して土下座をする。

 

「えっ? それで良いの? 本当に?」

 

リッちゃんがなんか言ってるが無視だ。

良いんだよ。

こいつ等の孤独を癒してやれるのはアタシ達くらいなもんだ。

やり過ぎたらボコればいい。

 

「マスター。顔出し駄目なやついるか? もし居たら仮面で食べに来てくれて構わん」

「承知しました。同志にはそのように伝えておきます」

 

急にキリッと引き締まった顔になるな。

やはり、何だかんだ言ってもここのトップか。

 

「おう、頼む。たぶん来月か再来月の祝日になるだろうな」

「ひ、ひひ。楽しみにしております」

 

あ、すぐ駄目な顔に戻った。

 

ギルドマスターと連絡先を交換して別れたあと、後ろから抱きつかれた。

この匂い……エリーだな。

 

「もしマリーが自分の事を卑下したとしても私だけのマリーとして優しく可愛がりますね」

 

アタシだけに聞こえるように耳元で呟いたあと、そっと離れる。

おう、安心しろ。エリーのモノであるアタシが卑下したりしねえよ。

もしそうなったら優しく癒してくれ。

 

「お帰りなさいませ」

 

帰ってきたら駄メイドの声が出るようになっていた。

顔も耳が長く尖っている以外は普通の人と大差ない。

リッチが言うにはこれが元々の顔らしい。

設計上の問題で魔力が不足すると顔が消えてしまうとか。

 

まあ、本人が構わないならそれで良いさ。

 

さて、色々と準備をしねえとな。



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閑話 夜這い

月が欠け落ち、暗闇が夜を支配する。

そんな中一人のメイドが自らの主の部屋を訪れていた。

服装はメイド服のままだが、いつもより綺麗めの服を着ている。

 

静かな屋敷の中でノックの音が響く。

「いらっしゃいますか、ご主人様」

「開いているよ。入って入って」

 

その主人はいつものように彼女を受け入れた。

 

「どうしたのこんな暗い日に? なんか調子が悪くなったりした?」

 

リッチは使い魔である彼女たちのメンテナンスも行っている。

とはいえ、魔力さえあれば自動で肉体を回復させるので、めったな事では問題は起こらないのだが。

最近まで顔を失い、声も出なかった彼女になにか不調があったのかと考えた。

 

部屋には少ないが明かりが灯っており、メイドを照らす。

こころなしかメイドの頬から長い耳まで、ほんのり赤くなっているようだ。

 

「はい、差し出がましいとは思いますが、少しお話をしたくて」

 

主人の部屋は定期的にメイドが掃除をしているだけあって、小奇麗にまとまっていた。

中に入ると、メイドがお茶を入れる。

そして雑談が始まった。

 

 

「そうそう、黒竜だけ吹き飛ばすつもりがうっかり山ごと吹き飛ばしちゃってさ」

「それで慌てて逃げて来たんでしたね」

「に、逃げてはいないよ。うん、黒竜の集めた黄金はお城に届けたし」

 

話す内容は他愛もない話ばかりだ。

これまでどのように館にいたか、何をしていたかなど。

他には魔王ファウストについての話題が多い。

魔王ファウストにより封印されてから、初めて設けた話の場となるため、仕方ないのかもしれない。

 

「ははは、思い出すなあ。あの日もこんな夜だったよ」

「あの日……ですか?」

 

「そうそう、僕を封印するちょっと前だね。こんな月のない夜の日にファーちゃんがやってきて話をしたい、て言ったんだよ。妙におめかししてね」

 

彼のその言葉に、メイドは息をのむ。

 

「お姉さま……失礼しました。ファウスト様が……」

「お姉様でいいんじゃない? 封印される前まではそう呼んでたでしょ?」

「しかし、ご主人様を裏切って閉じ込めた相手ですので……」

「僕は裏切られたとは思ってないよ。不器用だからさ、あの娘。なにか事情があったんだと思う」

 

あの娘。

それはかつて男が作った使い魔の一人。

後の世で魔王と呼ばれた者。

魔王ファウストのことを指していた。

彼は自らが作った使い魔を我が子のように愛し、そのように呼ぶことが多い。

同様に種として繁殖に成功した魔族も同じように呼んでいた。

 

「はい、存じております。お姉さまはとても不器用で、ご主人様はとても鈍感でした」

「鈍感?僕が?」

 

心外だと言わんばかりの顔をする。

 

「いつも君たちのいい所とか、好きなものを探しているつもりなんだけどな。あとは女の子になる方法ばっかり調べてたけど」

「……その日、お姉様は何をお話しされたのですか?」

 

「別にたいしたことじゃないよ。その日の天気とか、研究の成果とか、次に探索に行く場所とか、僕の夢とかね」

「……それで自分の夢は女の子になることだと伝えたんでしょうか?」

「うん、そうだよ。女の子になって、魔法を極めて、英雄になる。そう言ったんだ。その後悲しそうな顔をして、話は打ち切りになっちゃったけど」

 

彼は、その時の会話に思いを馳せる。

 

――僕は女の子として英雄になって魔法を極めて見せるんだ!

――その、誰か親しい人……こ、恋人は作らないんですか?

――うーん、女の子になっちゃうのに、女の子の恋人を作ってもね。僕アンデッドで結局一人になっちゃうし。大丈夫、君みたいな子どもたちがいるから! ちょっと寂しいけど平気だよ!

 

メイドはため息をつく。

その主人の失敗が、その時のお姉さまの気持ちが分かってしまったがために。

 

「本当に、本当にお姉様は不器用で、ご主人様は鈍感でした」

「なんだよ、ひどいなー」

 

改めて主人と向き合うメイド。

その顔は至って真剣だ。

 

「ご主人様。私は二番目だったのですよ。」

「二番目?」

「一番はお姉様でした」

「えっと……」

 

彼はそれが何のことかわからず困惑する。

 

「お姉様はあなたのことを愛してしまったのですよ。親と子ではなく、一人の女性として」

 

リッチは目を見開く。

 

「私達は同じ思いを共有するものとして、ひっそりとお茶会をしていました。そこで話し合い、私はお姉様に譲り、陰ながらお姉様を応援する事にしたのです」

 

――メイ、私、あの人に想いを伝えようと思うの。もしも振られたら貴方がアタックしてね。私は……うん、どっかに消えるわ

――そのような悲しい事はおっしゃらずに、どうか成功させてくださいませ。

――うん、頑張るね! ありがと、メイ!

 

自分が振られたら貴方を応援するからよろしく、と。

それが魔王ファウストとメイドのメイ、二人が千年前に交わした約束であった。

 

――メイ、貴方には悪いけどあの人は私が独り占めにすることにしたの

――ファウスト様、いきなり何を仰るのですか!? なぜこのような封印を!?

――あの人は永遠に封印されて私のモノとして愛でられるわ……ごめんなさい

 

その後、急に手のひらを返したように冷たくなった理由も、最後につぶやいた『ごめんなさい』の言葉も彼女に再び突き刺さる。

 

 

「……あの娘、僕を封印する直前、泣いてたんだ」

「不器用なお姉様です。誰にも実らぬ恋ならいっそ、と思いつめていたのでしょうね」

「そしてメイ、君が同じく傷つかないように、万が一復活したら自分が悪者になろうって、考えたのかな……」

「私達使い魔の魂は分割されておりました。おそらく、ご主人さまが亡くなっても活動できるように取り計らっていたのでしょう」

「本当に、変なとこだけ気を回すんだから……」

 

不器用な彼女の身勝手な親切。

それが彼ら二人の会話にしばらくの静寂を与えた。

 

「……私もマリー様とエリー様、二人に会わなければ似たように考えていたのかもしれません」

 

小さい声でそう言うと、メイドは優しくリッチの手を握る。

 

「ですが、あのお二人をみて考えを改めました。愛のカタチは人それぞれ違って良いと」

「……ああ、そうだね。あの娘の思いに気がついてあげることが出来たら、僕たちは今も一緒だったのかな」

「お姉さまが躊躇することなく自分の想いをハッキリと伝えていても、未来は変わっていたのかもしれません。そういう意味ではお姉さまにも責はございます」

 

先程より二人の距離は近い。

お互いが寄り添うように、ベッドの側に座っている。

 

互いに何も言わないまま、時間が流れる。

 

「あの娘がもういないって考えると寂しいね」

 

ポツリと彼はつぶやく。

大きくないその声は静寂の中でよく響いた。

彼の目から、熱いものがこぼれ落ちる。

 

「ねぇ、少しだけ……胸を借りるよ」

「ええ、幾らでもご使用下さい」

「うぅ……ひっく……」

 

メイドの胸ですすり泣く男の声が夜に響く。

彼女はそれをいつまでも優しく抱きしめた。

 

 

 

しばらく後に山の墓の横にもう一つの墓が立つ。

その土の下には誰もいない。

 

その墓標には『愛しき娘、ファーちゃんを偲んで』と書かれていた。



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第27話 祭り開始

女将やギルマスと連絡を取り合い、オークション兼パーティは翌日に迫っていた。

 

「あれ? 今日も一夜ユリを飾ってるの?」

「ああ、パーティの日に飾ろうと思ってな。キレイだろ?」

「今日は赤花かー。こないだの青花、萎れてたり、枯れてたりしたよ? ちゃんと管理しないと可愛そうだよ」

「リッちゃんみたいになっても可愛そうだもんな、気をつけるよ」

「僕は枯れてないよ! ピッチピチのムチムチだよ!」

 

そりゃ家事もせずに寝転がって飯食ってるからな、要するにオーク化だ。

……アンデッドって太るのか?

 

それはそうとアタシの花に興味を持ったようだ。

一夜ユリ。

ユリの花とよく似ているが、この国独特の別種だ。

夜に花が咲き、朝には散る花。

野に咲いてる分には良いが、引き抜いたりして土から離すと一日で枯れてしまう。

 

雄花と雌花で色が違うこの花を使ってアタシはスキルの実験をしていた。

 

今、この花は土から抜いて一週間目になる。

萎れた花を変化させると、そのたびに完全な状態で復活した。

どうやら、完全に枯れてしまわない限り何度でも復活出来るらしい。

 

アタシは今、赤色の花を黄色と白色に変えた。

黄色は珍種として重宝される花だ。

白に至っては話で聞いたことすらない。

それぞれ両性と無性で変わる花の色だったようだな。

 

ただ、両性と無性に変えただけでは、しなびた花は完全な状態にはならなかった。

やはり、一度完全に姿形を変更する必要があるらしい。

 

回復するだけなら茎の部分からも完全な状態に戻すことができた。

 

ただし花びらからは無理だった。

根っこは切り分ける量で出来たりできなかったりしたので、多分、少し欠けても大丈夫な部位からは復活出来ないんだろう。

 

これでアタシのスキルも概要が見えてきたな。

 

 

「マリー、明日の事でちょっとお話が…… あら、綺麗な花ですね」

「良いだろ? そうだ! ちょっと待ってろ」

 

アタシは茎を短く折って黄色い花をエリーの頭に挿す。

 

「似合ってるぞ。いつかの花冠のお礼だ」

「……ふふっ、ありがとうございます。では私からも」

 

そう言うと額にキスをしてくれる。

 

「……おう、ありがとな」

 

恥ずかしくてついそっぽを向いてしまう。

……出来ればもう少し下の方が良かったな。

 

「メイ! あの二人イチャイチャしてるよ!」

「ご主人様、こういう時は遠くから黙ってニマニマするものです」

 

くそっ、夜だけじゃなくて昼までうるさくなりやがって。

エリーの防音魔法を見習って部屋に防音の魔法かけられるようになってから言え。

 

 

 

さあパーティ当日だ。

 

天気は快晴。気温は良好。

絶好のパーティー日和だ。

 

午前から午後にかけてギルドからの出向員がオークション形式でいらない荷物を売り払う。

それが終わればパーティーだ。

酒飲んで適当に踊って終わりだな。

 

一応、オークションに興味が無くなった奴や酒飲む事しか考えてないバカのために軽食は用意してある。

 

料理は女将とエリー、給仕はメイドのメイとお化けたちがやることになっている。

最初は自分たちがやることで怖がらせしまうと辞退していたが、なーに大半は冒険者だ。

慣れてしまえばむしろ仲良くなれるんじゃないか?

 

アタシとリッちゃんは受付と金の徴収だな。

 

時間になると早速ちらほらと客が見え始めた。

 

「やっほー、マリー」

「おっ! コリンじゃねーか。久しぶり。入場は銀貨二枚だぜ」

 

久しぶりだな。

他にも影の薄い兄ちゃんと無口のオッサン、他にもどっかで見たことあるようなメンバーがいる。

『幌馬車』完全復活したみたいだな。

 

「僕もいるよ」

 

ジクアもいたか。

 

「おう、入場は金貨二枚だ」

「なんか僕だけ高くない?」

「イケメン割だ」

「増えてるよね?」

 

割増に決まってんだろ。

顔のいい奴は見えねえ所で得してるんだよ。

 

「へぇ、この子が新顔かぁ。始めまして、チーム『幌馬車』のリーダー、コリンです」

「ふむ、我は……痛っ! ……僕はリッチって言うんだ。リッちゃんって呼んでね」

 

リッちゃんも教えられた通りにできているな。

まだ癖が出そうになるが、その時は定期的に足を踏んでやれば大丈夫だろ。

 

「やあ」

「お、門番の兄ちゃんか。今日は非番か?」

「そうだよ。楽しそうだから遊びにきたんだ」

「おう、飲み食いしていきな」

 

他にも冒険者のほかに、どっかの商会長さんやらそのメンバーが来た。

 

ここまで来るとほとんど知らん奴らだ。

会った事あったかな?

 

冒険者たちが一区切りついた頃に現れたのは覆面をつけた集団だった。

 

「マリー様、私たちは……」

「ああ、大丈夫だ。ファンクラブのメンバーだな。銀貨2枚だ。リッちゃん頼む」

「わ、我……じゃなかった。僕のパーティへようこそ! リッちゃんって呼んでね」

 

いや、お前のパーティじゃねぇよ。

まあいいか。

 

ファンクラブの皆が来たら握手をするように伝えていた。

ちゃんと指導した成果を見せてやれ。

 

そうそう。

握手するときは両手で包み込むように手を握るんだ。

その時に自分の親指で相手の親指と人差し指の間にある窪みを軽くきゅっと押してやるんだ。

上目使いを忘れずにな。

 

良いぞリッちゃん。

ちゃんと教えたとおり相手を喜ばせるコツを掴んでるな。

 

「おお、このような機会まで……」

「これなら銀貨二枚でも惜しくない」

「ファンで良かった……」

「も、もしよろしければ追加で代金を受け取って貰えないだろうか」

 

受付は銀貨2枚だったが、握手をしたメンバーたちはより多くを出そうとしてくる。

健気な奴らだ。仕方ねえな。

 

金を余分に受け取る替わりに一夜ユリの白花を一人一人に渡していく。

明日には枯れてるし別に良いだろ。

 

「これはあまり見ない花ですな」

「先行して潜伏している同志たちがこれを受け取れないのは残念ですな」

「昼間に一夜ユリの白花……だと? 市場に出せば一体いくらの価値が……」

「リッちゃんとマリーの色は白…… ハァ、ハァ」

 

潜伏ってなんだよ。

沈めんぞ。

 

あと最後のやつ、アタシの色はエリー色だ。

間違えんな。

 

 

「銅貨二十枚!」

「銀貨三枚!」

「ちくしょー、舐めんなよ! 銀貨三枚と銅貨二枚!」

 

受付が終わって戻るとオークションが熱い。

 

……いやそれ銅貨十枚で買える携帯食糧じゃねーか。しかも三年前の。

お前ら冒険者は食べられるかも知れねーけど普通は腹壊すからな?

人にあげずに責任持って自分で食えよ?

 

まあ買い取ってくれるなら良いか。

 

「キャー、エリーちゃーん!」

「メイちゃん彼氏いるの?」

「お化けくん可愛いね。良かったらおネーサントコ来ない?」

 

なんか軽食コーナーも盛り上がってる。

 

リッちゃんが慌ててうちの子達は非売品です! とか言ってるが大丈夫だろ。

絆があれば大丈夫なんだよ。いちいち構うな。

 

エリーはお触りは禁止ですよーとか良いながら見事にセクハラを躱していく。

あの動きが戦場でできれば実践もいけるんじゃないか?

今度ちょっと護身術程度の技は教えてみよう。

緊急時の対処にもなるし。

あとは……そうだ、後で白い花を持ってるやつはファンクラブのメンバーだと伝えておこう。少しはサービスするはずだ。

 

しかし冒険者の皆、予想以上に適応してんな。

もっとお化けにビビると思ってたが。

 

「マリー様。撮影料ですが……」

「うわっ! ……ビビらせやがって」

 

影のように仮面の男が背後に立つ。

いきなり声をかけられて驚いた。

いや、なんでアタシの後ろを簡単に取れるんだよ。

お化けか。

 

「面倒くせえからお前らの気持ちで良いぞ。好きな額をアソコのお化けに渡しとけ。ただし写真は後で検閲するからエロは禁止な」

「御意……」

 

一瞬のよそ見から視線を戻すと男は影も形もなくなっていた。

え……? なんであんなのがアタシ達のファンやってるの?

冒険者か暗殺者やったほうが良くない?

 

さっき指さしたお化けにはすでに男が群がっている。

 

アタシは手でごめんのジェスチャーを作って謝っておく。

後で膝の上で頭なでてやるから許してくれ。



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第28話 オーガキラー

「お前がマリーか?」

 

ゴツい女冒険者二人がアタシの前を塞ぐ。

顔はきれいだが筋肉が男以上のガチガチだ。

もう片方も似たような顔つきをしている。

筋肉も片割れほどついてはいないがそれなりだ。

 

「いや、アタシはサリーだ。マリーはあっちの奴だな」

「そうか、すまないな」

 

いいってことよ。

 

「ちょっと姉ちゃん、騙されんで! ウチ調べたから! マリーはその娘で間違いないんよ!」

「なんだって? おい、ベタな嘘をつくんじゃない! 調べはついてるんだ!」

 

いや、今思いっきり騙されてただろ。

ちゃんと調べろよ。

 

「あんたらみたいな冒険者達に名前が知れ渡ってるとは思わなかったのさ」

「ウチ達の事は知ってるん?」

「B級冒険者パーティ、『オーガキラー』のマッソー姉妹だろ? なんだ?」

 

コイツら姉妹はその体力と実力で戦闘面ならば最もA級に近い冒険者と呼ばれている。

 

「そう。私はマッソー村のルビー。こっちは妹のサファイ。なに、たいしたことじゃないさ。ちょっと手合わせをして欲しくてな」

「しょうがないなあ」

 

私はルビーの右手を両手で覆うように握る。

しっかり握って自分の親指で相手の親指と人差し指の間をきゅっと押してやる。

もちろん上目遣いも忘れない。

 

「あ、ああ。ありがとう……って違う!」

「嫌だった?」

「いや、嫌じゃない。ただ心の準備が……」

「もう! 姉ちゃんはちょっと黙ってて。ウチらはね、この館を攻略したアンタを見に来たんよ」

 

ああ、コイツら攻略に失敗してたからな。

めんどくさいことになりそうだ。

 

「写真撮影か?それならお化けに金を払ってくれ。直接の交渉はお断りしてるんだ。」

「ちっがーう! 館を攻略したアンタに決闘を申し込みに来たんよ!」

 

やっぱりか。

この脳筋姉妹は、強い相手に食ってかかることで有名だからな。

姉はさておき妹は頭がそれなりに回るというのも本当らしい。

 

「ヤダよめんどくせえ」

「そうだな、そこは紳士らしく決闘を……は?」

 

いや、は? じゃねえよ。

あとアタシは淑女だ。清らかな乙女だぞ?

なんで祭りの日にゴリラとウホウホやらないといけねんだ。

 

「決闘を受けるメリットが欠片も無いじゃねえか」

「なに? 確かにそうだな、うむむ……そうだ! 勝ったら私の身体を好きにしていいぞ!」

「姉ちゃん、冗談でもそんなネタで乗るわけが……」

「別に良いぞ」

「えっ、良いの!? ……えっと、そっち系?」

「館の修理が必要な箇所があってな。ちょうど力仕事のメンバーが欲しかったんだ」

「はっはっは! そのくらい任せておけ! サファイよ。なかなか話が通じる相手ではないか」

「えぇ……ウチ、なんか間違ってる? もしかして姉ちゃんと同類?」

 

こんな筋肉女と一緒にするとは失礼な奴だな。

あと、アタシはエリー一筋だぞ。

 

「もしアタシが負けた場合は材料代を出そう」

「ん? ハッハッハ、なかなか気前がいいな!」

「いや勝ち負け抜きで修理手伝わせようとしてるから! 姉ちゃんはちょっと黙ってて!」

 

このノリで押し通せないとは。

妹の方は意外と厄介だな。姉と同類の匂いがするのに。

 

 

「さあ、緊急イベント! 今回は館のお化けを退治するどころか味方につけたマリーと『オーガキラー』のリーダー、ルビーの戦いが始まります!」

 

決闘の宣伝が館中に響く。

結局オークションの後に闘う事が決まった。

まあ出し物も少ないしちょうどいい余興だろう。

 

場所は館の門の前。

すでにギャラリーが集まりはじめている。

 

「解説には今回加入した新メンバーであるリッチことリッちゃんをゲストに加えています。一言どうぞ」

「わわ、我こそは偉大にゃる太古の大英雄、リッチである! 皆僕の事はリッちゃんって呼んでね!」

 

なんでそこにいんだよ。

つかリッちゃんの奴、大勢の前でテンパってテンプレ以外噛みまくりじゃねえか。

まあヤバい事言わなかったしヨシとするか。

 

……よく見たら解説してるのポン子だし大丈夫か?

ちっともアタシにとって良い予感がしないんだが。

 

「リッちゃんさん。今回かの有名なオーガキラーのリーダーであるルビーさんと、マリーさん、どっちが強いと思いますか?」

 

「あ、普通にリッちゃんでいいよ。えっと、オーガキラーの事はまったく知りません。なのでマリーが勝つと思います」

 

いきなり煽るな。放送事故か。

『オーガキラー』のメンバー、頬とマッスルホディがピクピクしてんぞ。

 

「おおっと! いきなりの勝利宣言だ! 破竹の勢いでD級まで昇進が確定し、留まるところを知らない『エリーマリー』のリーダーであるマリーと、かたやB級、この一帯で並ぶもの無しとまで呼ばれた『オーガキラー』のリーダー、ルビーの一戦。勝つのはどっちだ!」

 

え?

アタシ達のチーム名いつからそれになったの?

三人に増えてチーム名つける必要があるから、チーム名『ブラッディローズ』とか『カサブランカ』とか『ザ・エリー』とか色々考えてたんだけど?

だれかギルドの人に『エリーマリー』って報告した?

 

「ちなみにオッズですが、ルビーさんが1.5倍、マリーちゃんが3倍とそれほど離れていません。賭けてる人はルビーさんが圧倒的に多いですが、一部の方々がマリーさんに大金を入れてくれたようです」

 

私はマリーに賭けたよ! とコリンが言ってくれるのが聞こえた。

続いて仮面達から俺も俺も!という声が聞こえる。

 

アタシを信じてくれるやつがいるのは嬉しいな。

手でも振っておくか。

応援してくれたサイドから歓声が上がってアタシも嬉しい。

 

「マリーちゃん! オークションで使いすぎたんだ、すまないが負けてくれぇ!」

「大丈夫! ちょっと小突かれて倒れたフリだけで良いから!」

「倒れてもお兄ちゃんが介抱して助けるよ!」

 

反対側からはアタシの負けを祈る声が聞こえる。

おう、お前らの事情は分かった。

安心して全財産賭けろ。

借金して賭けてもいいぞ。

 

とりあえず親指立てておくか、下向きに。

 

いつの間にか準備を終えた筋肉女がニヤニヤ笑っている。

 

「人気だな。マリーよ」

「モテモテで辛いぜ、ルビーさんよお」

「勝負は人気では決まらんぞ?」

「知ってるぜ。やっぱり冒険者は冒険者らしく、な」

 

「その筋肉にコアな狂信的ファンを持つルビー選手と幅広くファンを集めるマリー選手! 世紀の一戦が始まります!」

 

 

鍋を使った即席のゴングが鳴る。

 

さあ、行くぜ!



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第29話 決着

ルビーは両手に持った大斧を上段から振り降ろしてくる。

 

マトモに打ち合うと碌な事にならないのは分かりきっている。

とりあえず横に跳んで回避した。

 

地面に打ち降ろされた武器が、重い音とともに地面を抉った。

 

「おのれ! 戦士なら堂々と撃ち合え!」

「重い女はお断りなんだよ。あとアタシは冒険者だ」

「な、なんだとぉ! 無礼な! 私は軽い女だ!」

「……お前がそれでいいなら別に良いぜ」

 

連続で斧を振り回すが、アタシはそれを全て回避する。

 

そもそも近接系のスキル持ちとマトモに撃ち合うとか確実に力負けするに決まってる。

 

ルビーのスキルは『戦鬼』という。

冒険者の間ではかなり有名だ。

 

すべての近接戦闘能力が増加するスキルだ。

シンプルで強いの典型だな。

 

「激しい攻撃を躱すだけで精一杯のマリー選手! いきなりのピンチか? リッちゃん、この戦い、やはり反撃する事なく押し切られてしまうのでしょうか?」

「マリーは得意の魔法をまだ繰り出していないので、タイミングを測っているんだと思います」

 

おい、リッちゃん。

これから不意打ちするんだから手札バラすんじゃねえ。

クソッ、一発叩きたいがルビーの攻撃を捌くだけで手一杯だ。

 

「ほう? 魔法か? 無駄だな、私に使って見るといい!」

 

 

解説を聞いたルビーは先程までの激しい攻撃を止めて、笑いながら仁王立ちの姿勢で立っている。

 

「おおっと! これは余裕の表れか!? リッちゃんどう思いますか?」

「マリーのよく使う魔法は炎ですが、そのままだと食らっちゃうので危ないと思います」

 

筋肉女の奴、手で挑発のジェスチャーまでしてきた。

……魔法を撃たれても策があるってわけか。

クソッ、舐めやがって。調子に乗るなよ。

 

……だが、今がチャンスだ。

くらいやがれ!

 

「ファイアローズ!」

「うわあああっ!」

 

アタシは突撃して炎の鞭を思い切り叩きつけた。

……リッちゃんに。

 

「アチチっ、酷いよ! ていうかなんで僕に!?」

「お前がペラペラとアタシの手札バラすからだろうが」

 

火葬すんぞコラ。

 

アタシはリッちゃんにもう一発ファイアローズをぶつけると、ルビーとの戦いの場に戻ってくる。

ちょっと焦げてるがアンデッドだし大丈夫だろ。

 

「おう、待たせたな」

「あ、ああ、良いのか? その……仲間だろ?」

「筋肉を鍛えるときどうする?」

「それは痛めつけて……ハッ! つまりそういう事だな、分かったぞ! ふはは!」

 

知らねえよ。

なに勝手に分かりあった雰囲気出してんだ。

 

「アタシの手札はもうバレてるからしゃーねえな。ファイアローズ!」

 

今度こそアタシは炎の鞭をルビーに叩きつける。

 

「ほう……いい火力だ。だが甘いぞ! マッソー……パウアッ!」

 

ルビーが謎の掛け声とともにポーズを取る。

すると身体を取り巻いていた炎の鞭が弾けとんで消滅した。

 

「マジかよ」

「ふははは! 鍛えた筋肉と魔法、どちらが強いかなんて明白だろう?」

 

魔法に決まってんだろ。

今のは『戦鬼』スキルの効果だろうが。

 

……本当に筋肉じゃなくてスキルだよな?

 

「おおっと! 切り札の魔法すら弾かれた! マリー選手、万事休すか!!」

「うう……酷いよ〜。なんで僕に魔法が効くのさ……借り物の魔法はある程度消せるのに……え? もしかして……」

 

リッちゃんはもう立ち直ったらしい。

次やらかしたらウェルダンだな。

 

「よそ見をするとは余裕だな、改めて行くぞ!」

 

再び先程と同じようなラッシュが始まる。

不意打ちが失敗したアタシは、炎を混ぜながら二本の刃で反撃する。

 

 

「良いぞ良いぞ! そちらが魔法を使うならこちらも魔法を使わせてもらおう!【筋肉筋肉筋肉!】〈肉体強化〉!」

 

なんだそのふざけた詠唱は。

しかも動き回りながらとか。

よくそれで魔法が起動するな。

 

 

「そして【筋肉ムキムキ大疾風!】〈加速〉! はあっ!」

「しまっ……」

 

ルビーは加速してアタシに突っ込んでくる。

そしてそのまま斧で薙ぎ払ってくる。

 

くそっ、ふざけた詠唱に気を取られた。

回避が間に合わない。

 

アタシは風魔法でクッションと盾を作り、二つの刃を交差させて防御するが、強化された一撃をそのまま貰ってしまう。

 

肉体へのダメージは抑えたが、ガッツリふっとばされた。

どんな馬鹿力だ。

 

「ほう? あたしの一撃を耐えるとは流石だな! だが攻撃魔法などヌルい!! さあ、お前も強化魔法を使え! 肉が割れ骨が砕ける限界まで戦おうでは無いか!」

 

筋肉女がそう吠えると、再びアタシに突撃を繰り返してくる。

くそっ、戦闘狂め。

 

「マリー選手、今回初めて強烈な一撃をもらいました! リッちゃん。マリー選手は自分を魔法で強化しないのでしょうか」

 

「これは僕の推測ですが、マリーの魔法は特殊な魔法なので、直接自分を癒したり強化したりすることができないんだと思います」

「特殊……ですか?」

 

「はい、マリーの魔法は古代の、えーっと神話で使われてた魔法に近いんじゃないかなって。それだと回復や強化は……また焼かれるの嫌なのでボカシますが、なんやかんやでできないです。あ、間接的に強化するなら多分大丈夫です」

 

なんか気になる発言がリッちゃんから出てきた。

話を聞いていたい気もするが、また手の内をバラしているので先にミディアムレアくらいにしといたほうが安全な気もする。

 

……筋肉女がまた攻撃の手を止めてくれないかな。

 

「おお! ここに来てマリー選手の秘密が明らかに! それは普通の魔法と何が違うのでしょう?」

「エネルギーの消費がすごく少ないです。あとたくさんの属性の魔法が詠唱いらずです」

「ということはまだ逆転の目が残されているということですね!」 

 

逆転……ね。

 

ああ、分かってるよ。

この技はめちゃくちゃ気を使うから使いたく無かったんだがな。

 

しょうがない。

 

「ふははは! どうだどうだ! 私の攻撃を捌ききれるか?……何!?」

 

アタシは風魔法で空気の塊を蹴って宙を舞う。

そして風の力を利用して高速移動しながら切り刻んだ。

 

同時に風の塊をぶつけてルビーの動きを阻害する。

さっきとは一転して、前後左右上下から切り刻むアタシの速さについて来れていない。

 

途中ファイアローズも適度に挟む。

……これは精神的に消耗するから使いたくなかったんだがな。

しょうがないか。

 

「まさか、パンツが!」

「いや、スカートがギリギリを保っている!」

「くそっ、見えそうで見えない……だがこれはコレで……」

 

そう、仮面被ってるお前らだよ。

お前らへの対策で風魔法の精密操作とかふざけんな。

かなり気を使うんだぞコレ。

 

「素晴らしい! これはなんと言う技だ?」

「ストームローズ・絶対領域だ」

 

あちこち傷を負いながらも急所はしっかり避けている。

流石に戦士としても一流か。

 

「おいおい! こんな素敵な技があるなら早く使ってくれよ! さあ私と踊ろう!」

「残念だがアンタは壁の花だ」

「は、花!? ふふふ……そう褒めるな」

「お、おう……」

 

……調子狂うな。相性が悪い。

お前は照れて赤くしてるが、それ以上に妹が赤面してるぞ。

 

「悪いがウチのリッちゃんがアタシのネタバレをしてきて厄介なんでな。一気に決めさせて貰う」

「出来るものならやって見るがいい!」

 

ああ分かってるよ。

なかなかタイミングが掴めないだけだ。

 

「どうした? 来ないなら私から行くぞ! 必殺技を使って見せろ!!」

 

再び斧を豪快に振るってくる。

流石に筋肉女の連撃はキツイ。

速度も上がってるから躱しきれずに何発か受けているが、もう手が痺れてきた。

 

アタシは空気の塊を作って空中に避難する。

スカートが見えないと悔しがる声が聞こえるが気にしたら負けだ。

 

「ふふふ……空中に逃げたくらいでなんとかなると思ったか?」

 

そう言うと、まるで薪を割るような姿勢で斧を大きく振りかぶる。

筋肉女め、何を企んでいる。

 

「なら私の必殺技を見せてやろう! ウルトラスーパーデラックスマッソーボンバー!!」

 

そう言って筋肉女が斧を振りおろすと、斬撃が飛びだした。

アタシの肩から斜めに切られて血が吹き出す。

アタシはバランスを崩して地面に落ちてしまう。

 

「何!?」

「ふはは! 説明しよう! 私の必殺技であるハイパーマッソーボンバーは鍛え上げた筋肉の力で斬撃を飛ばし斬りつけるのだ!」

 

必殺技の名前変わってんぞ。

あとスキルの力だろうが。

何でもかんでも筋肉のせいにするんじゃねえ。

筋肉も困るだろ。

 

だが威力は近距離での一撃ほどじゃないが、斬られたのはマズイ。

 

競り負ける前に決めるしかないか。

迷ってる暇はないな。

 

「ファイアローズ!」

「ふん、マッソー……パウアッ!」

 

無効化されたか。

ここだ。ここで試す。

 

「サンダーローズ!」

「む!? うぐぬぅ!」

 

連続だと魔法を弾けないらしいな。

ホントに筋肉で弾いてたならヤバかった。

 

筋肉女の動きが一瞬鈍くなる。

ここが唯一のチャンスだ。

 

「マッシュルームカタパルト!」

 

土魔法により筋肉女の足元がせり上がり、彼女を宙に弾き飛ばす。

アタシは土で出来たこの丘を駆け登って、筋肉女に肉薄した。

その間、左手に複数の炎魔法を込め続ける。

 

「こんなもの、効かんぞ!」

 

空中で身動きが取れなくなった体でも斧を振るうが、勢いがない。

流石の筋肉女もこんな体勢では武器を上手く扱えないようだ。

 

振るわれた斧を右手で牽制する。

次に、掌底とともに圧縮された炎の魔法を腹に叩き込んだ。

 

「これがアタシの必殺技だ」

 

まだ開発中だけどな。

 

「試作・鳳仙花!」

 

「ぐぬぬ、マッソー……パウ、ブファア!」

 

圧縮された炎は解放され、腹で膨張し、連続で爆ぜる。

筋肉女も抑え込もうとしていたようだが、耐えきれずに吹き飛ばされる。

そのまま地面に叩きつけられ、三回ほど転がった後にようやく止まった。

 

立ち上がっては来ないようだ。

土まみれで白目を向いている。

凄い形相だ。

 

「……眠る前のケアは女の嗜みだぜ?」



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第30話 祭り 終了

「勝った!勝ちました! 次期D級冒険者のマリー選手がB級冒険者のルビー選手を打ち破りました! ああ私が賭けてたお金が…… ちくしょう! マリー選手の勝利です!」

「さすがマリー、すごいね!」

 

掛札が辺りに舞う。

昔賭博場で見たときは汚え紙吹雪だと思ってたが、こうしてみると勝利の花びらみたいじゃねえか。

 

「俺の金が…… マリーちゃんの鬼! 今月の生活費が…… !」

「ありがとうマリー、私達儲かったわ!」

「流石はマリー殿。これで裏オークションの予算が増えましたな」

「そんなことよりエリーちゃんはどこ?」

 

観客席と放送席から歓喜と悲鳴が聞こえる。

カオスだな。

つかポン子お前、筋肉女に賭けてたのか。

アタシに賭けなかった罰だ、天罰だ天罰。

 

「でも大丈夫! 私にはみんなから集めたお金があるから!」

「ほーう? 俺はお金については聞いてねぇなあ? お金ってのは何だ?」

「はい! 皆さんが賭けたお金のですね! 上前をちょちょい…… と……」

 

ポン子が呟くその背後から声がかけられる。

そこにはおやっさんがいた。

ギルドで忙しいから無理だと言ってたが来てくれたんだな。

 

「ちょちょいと? どうすんだ?」

「あ…… その…… 部長、すいませんでした! つい出来心で! 勘弁して下さい!」

「言い訳はギルドで聞こうか」

「え? ちょっ…… 離してください! はーなーしーてー!!!」

 

おやっさんが土下座をするポン子の首根っこを捕まえて担ぎ上げる。

ありゃ相当怒ってるな。

ああなったおやっさんは無理だ。

諦めろ。

 

ちゃんと飯は差し入れしてやる。

おやっさんの分だけな。

 

 

「……はっ! 私はまだ戦えるぞ! どうしたマリー!」

 

今更ながら筋肉女も目を覚ましたようだ。

 

「姉ちゃん。もう試合は終わったんよ……」

「何! では私の勝ちか!?」

 

何故そうなる。

……いや、空中に退避したとき、斬撃ではなく実際に斧を投げられていたらヤバかったのはアタシだっただろうな。

 

今回、結構厳しかった。原因は主にギャラリーと身内だったけど。

筋肉女の健闘を讃えても良いかもしれない。

 

「何故私が負け扱いされてるのだ! 納得いかんぞ! もう一度勝負だ!」

 

……やっぱりアタシの勝ちでいいや。

 

「さあどうした! もう一度だ!!」

「姉ちゃん。落ち着いて! まだ怪我治ってないから落ち着いて……」

 

何度も勝負だと騒いでウザったい事この上ない。

 

「お前、自分の筋肉にも同じ事を言えるのか?」

「っ! ……そうだな。 筋肉たちよ、すまない! もう一度鍛え直すまで待っていてくれ!」

 

そうだなじゃねえよ。

筋肉より妹の言う事に従え。

 

「姉ちゃんを熟知してる……! マリー、恐ろしい女……」

 

妹も妹で失礼な奴だ。

 

「サファイさん、ルビーさん。ここにいましたか。今回の事を糧にしてお二人がさらなる強さを得ることを私達は信じております。さあ宿屋で回復魔法をおかけしますので立ち上がりください」

 

しばらくすると『オーガキラー』の他メンバーらしき人物が謝りながら彼女を連れて行くと、他の奴らと合流する。

……あいつ等みんな筋肉質だな。コイツら筋肉タイプしかいないのか?

回復や補助もマッスルタイプなのか?

バランス悪い気がするがどうしてるんだ。

 

「さあ、姉ちゃんもいくんよ」

「ううっ、次こそは鍛えて帰ってくるからな!」

 

頼むから来ないでくれ。

 

まあいいか。アタシも今回はここまでだ。

血のついた服は着替えて、馬鹿騒ぎに混じってくるさ。

 

「マリー、おつかれ様です。勝ちましたか?」

「ただいま、エリー。もちろんだぜ!」

 

エリーは料理の仕込みをしていたため、観戦できなかったらしい。

一区切りついたので戻ってきたのだそうだ。

 

アタシとエリーはお化け達に運んでもらった鹿肉シチュー、山菜炒め、ドリアードの集めたフルーツ、ユニコーンの馬刺しを一緒に堪能する。

 

途中、エリーと一緒にファンクラブのメンバーにバター塗ったパンでも配ろうかと思ったが、姿が見えない。

駄メイドがファン向けの商品をオークションで売っており、そこに集まっているらしい。

いつの間にかギルドマスターとも連絡を取り合っていた。

 

まあアタシたちの代わりに歓待してくれるなら別に良いか。

 

 

「マリー、流石だったわ! ユニコーンの角も安く買えたし、今日は大儲けよ!」

「コリンも喜んで貰えて何よりだ。またなんか売ってくれ」

「任せて任せて! 来週また行商に出るからその時に館に寄るわね!」

 

期待してるぜ。

女将さんもひと仕事終えて休憩に入っている。

 

「女将さん、今日はあんがとな」

「可愛いエリーちゃんのためだ。任せなよ。二人共もし困った事があれば何時でも酒場においで」

 

「おう、ありがとな」

「ありがとうございます。女将さん」

 

皆、このパーティを楽しんでいる。

途中、E級冒険者の『ウザ絡み』がメイに絡んでいたが、おばけたちに囲まれて放り出されていた。

そういう一部のマナーのなっていない奴はお化けやアタシがしばいているから問題なく過ごせている。

 

楽しい時間はあっという間に流れ、終了の時が近づいてきた。

 

「さあ、そろそろお開きだね! 最後に僕からとっておきのショーをプレゼントだ!」

 

祭りの最後はリッちゃんがカーテンコール代わりに仕込んでいた魔法陣で花火を上げてくれた。

魔法陣から次々にうち上げられる魔法を館の二階から眺めながら、祭りは終了する。

 

 

「なんだかんだでマイホームが手に入ったな」

「ええ、ここが私達の新しい家ですね」

「まあ変わり者もついてきたけどな」

 

変わり者ことリッちゃんは少し離れた別の部屋にすまわせている。

メイドのメイも一緒の部屋を希望したので同じ部屋に変更した。

元々メイがいた部屋は残してある。

 

 

「いてて……」

「戦いの傷が開きましたか? 治しますので見せて下さい」

 

アタシは一応傷を見せる。

とはいえ、乾いた血が肌着とくっついて脱ぐとき痛かっただけだ。

もう殆ど塞がっている。

 

「大丈夫だ。こんなのツバつけときゃ治る」

「しょうがないですね。ではそのように治します」

 

エリーはそう言うと傷口に優しく口づけをした。

一緒に回復魔法もかけてくれている。

 

「んっ……」

「痛みますか?」

「ああ、いや、続けてくれ」

 

なんとなくアタシもエリーと手を絡める。

その指に、包丁で切った傷があるのに気づく。

アタシはその傷をそっとなぞるように唇を当てる。

 

しょうがないですね、と呟くエリーの顔は桜色に染まっている。

 

「そう言えば、さっき口の中を火傷したかも知れない」

「……奇遇ですね、私も味見の途中、小骨が舌に刺さったんです」

 

 

アタシ達は互いの傷が問題ないか、お互いを確かめながら癒やしあった。

 

 




年末に入って忙しくなるので少し期間が空きます。
次回は12/11~を予定してます。


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第二部 あらすじとキャラ紹介(忘れた人向け)

第二部あらすじ

 

手狭になった宿を引き払い、家を購入することに決めたマリーとエリー。

そのときエリーより破格の物件がギルド経由で紹介されている事をしる。

ギルドで確認したところ、その物件は幾度も冒険者達が任務を失敗している通称お化け屋敷だった。

 

館の持ち主である領主のメチャクチャな条件もなんとか片付け、お化け退治へと乗り出す二人。

半透明のお化け達、顔のないメイドが集ってくるがエリーの尽力によりお化けとコミュニケーションを取ることに成功した二人。

話を聞くと彼らのご主人さまと呼ばれる人物が閉じ込められており、そのご主人さまを開放する必要があるらしい。手伝うことを決めた二人は次々と封印を解いていく。

最後の封印を解いて現れたのはかつて魔族を作った者、千年前に封印された自称魔王のリッチ・ホワイトだった。

 

自称魔王を復活させた二人は黒幕がいることを知る。

その黒幕こそかつて魔王ファウストが生み出した古き魔族、ロマックだった。

ロマックのスキルにより傷つくリッチ・ホワイト。

マリー達は苦しみながらもロマックを倒すことに成功した。

 

館を手に入れた二人はパーティーを開催する。

新しく仲間に加わったリっちゃんと、共に祭りを開催した。

そこで絡んできたのはB級冒険者パーティ、『オーガキラー』のメンバーだった。

オーガキラーはその実力を証明するため力比べを挑む。

見事に力比べに勝利したマリーは、怪我を癒やしてもらい、祭りを見事に終了させた。

 

■第二部 キャラ

【リッちゃん(本名リッチ・ホワイト)】

元男の娘で英雄願望の持ち主。中二病。

自らが生み出した初代魔王ファウストによって封印されていた。

基本的には能天気。

 

かつて魔法の天才と呼ばれており、すべての魔族の生みの親のほか、十代の頃に自らをアンデッド化させる方法を生み出していたりする。

また、召喚魔法の開発者でもある。

悪魔や精霊と契約していた時期もあったが、長い封印のお陰ですべての契約が切れている。

何気に各地で起きている千年前のあらゆる問題を(初代魔王ファウストと共に)解決してきた英雄だが、恋のもつれがきっかけで封印されたためマトモに名前は残っていない。

 

【メイ】

リッちゃんが生み出した使い魔の一人。

割とポンコツだがしっかり締めるところは締めている。

初代魔王と同様、使い魔の一人だったがリッちゃんの実験により子供を作れるように後天的に性別を与えられた。

その際に無意識にリっちゃんの理想の体型となっている。

 

女性としての性別を与えられた結果、メイと魔王ファウストは自分が持っている感情が恋であることを知る。

魔王ファウストとは茶飲み仲間にして友達。

封印された事で不信と混乱の只中にあったが、主人であるリっちゃんと話をすることでその理由を知る。

 

【ロマック(ロマ)】

武術の達人で初代魔王によって作られた魔族。

リッチ・ホワイトが復活した際にはその息の根を止めるため元々初代魔王ファウストによって刺客として封印されていた。

封印が解けてからは老いが始まったため、子爵領に潜伏して機を伺っていた。

スキルは『苦ズレ逝ク者』。いくつかの条件を満たすことで相手の全身を切り裂き、同時にじわじわとその傷を広げさせる。

条件とは、一定時間の会話、適切な距離、距離中に障害物がないこと、発動させるには挨拶をすること等。特に会話は時間が長ければ長いほどよい。

スキル発動の条件は厳しいがうまく条件を満たせば大抵の相手は即死させることができる。

 

今回はリッちゃんに使用することで暗殺を図ったが、リッちゃんがアンデッド化していたことで即死させることができなかった。

それによりマリーに暗殺を妨害される事となった。

リッちゃんごとマリー達を倒すため、魔族特有の<変身>を使用して巨大な狼となったが、リッちゃんの持つ魔法により倒された。

 

魔族の変身とは魔力を肉体に変化させることで、強大な力を持った別の姿に変える固有魔法。原理はリッちゃんの〈受肉〉と同じだが、魔力が膨大であればあるほど強大な再生効果をもたらす。

初代魔王がリッちゃんの魔法を参考に生み出し、伝承した魔法である。

 

【ファウスト】

歴史に残っている初代魔王。

伝承によるとその姿は邪悪そのものであった、悪魔のような風貌などと書かれている。

実際は寝る前には必ず生みの親と一緒じゃないと嫌な金髪のゴスロリ少女。

生み出される際に複数の悪魔や精霊の肉体を素体としており、超火力の持ち主だったが色々と不器用だったため、うっかり各地を破壊した爪痕が今も残っている。

 

失恋のショックから生みの親であるリッチ・ホワイトを封印した。

リッチから魔法を熱心に学んでおり、本人も莫大な魔力を持っていたため彼女自身が魔族を作ることができた。

ちょっとヤンデレ。

最終的に力が衰えたところを生み出した魔族に討たれる。

 

【ルビー】

B級冒険者パーティ『オーガキラー』のリーダー。花も恥じらう二十代前半。

筋肉をこよなく愛し、筋肉で全身を覆う愛すべきバカ。

その鍛え上げられた筋肉はスキル抜きでもC級の男と互角にやりあえる。

スキル:『戦鬼』は近接能力がすべて底上げされる。

マリーとの試合中にやった魔法の無効化、飛ぶ斬撃などはこのスキルからの派生となる。決して筋肉ではない。

彼女が変化球的なスキルを手に入れても使いこなせなかった可能性が高いので鬼に金棒である。

マッソー村では力自慢で村の中でも人一倍強く、その豪放さから嫁の貰い手もなかったことから冒険者になった。

曲がりなりにもB級冒険者としてあちこちを回っているため、意外と顔は広い。

 

【サファイ】

ルビーの妹。『オーガキラー』のNo2。

そそっかしい姉が村から出ていくというので、心配してついてきた。

姉の組手に付き合っていたら自然と強くなってしまった。

顔は悪くないし、姉より頭も回る。だがやはり脳筋である。

村の訛りが抜けないことを気にしている。

 

【おばけたち】

メイと一緒に封印されていた使い魔達。

館の使用人として今日も部屋を掃除する。

体は魔力で主人とつながっており、主人が死なない限りは復活できる。

不死の反面、ちょっとしたものは持てるが、重いものは持てない、常時実体化ができないなど色々と制約が多い。

 

【ファンクラブの皆】

どこかの商会長から街の門番に至るまで、多様な人間が集う場所。

普段は仮面をかぶって知らぬふりを決め込んでいるが、お互いが何となく察していたりする。

噂では別の領地の人間もいるらしい。

 



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第三章 ダンジョン探索
第31話 誕生日


「はぁー、ぬくい」

「この時期、暖炉は暖かくて良いですね」

 

祭りから三ヶ月。

冬が始まり、少しずつ寒さが増していく。

 

アタシたちは館の生活にも慣れ、満喫した日々を送っていた。

 

結局あの時のオークションで稼いだ金額は諸々の手数料を差し引いて金貨六十枚。駄メイドことメイがオークションで稼いだ金額は金貨百五十枚で合わせて二百枚を超えた。

……一体あのメイドは何を売ったんだ。

 

質問してみたが、ただのゴミですとしか返ってこなかった。

……深く考えるのはよそう。

世の中には知らなくていい真実は存在する。

 

とりあえず残りの支払いはもう心配ない。

二十年でゆっくり返していけば良いだろう。

 

ああ、暖炉が温い。

パチパチと薪の弾ける音が心地良い。

 

「ねぇ、少し不健全じゃないかな?」

「ん? 何がだ?」

「いや、なんでマリーはエリーに膝枕してもらって耳かきしてもらってるのさ!」

 

リッちゃんがなんか言ってるが聞こえないフリをする。

羨ましいならメイにやってもらえ。

 

「あのな、幸せってのは身近なところにあるもんなんだよ」

「いや何の説明にもなってないよ? エリーだって面倒でしょ?」

「リッちゃん。与えることも、受け取ることも、どちらも形は違えど幸せの在り方なのですよ?」

「この二人ブレないなあ……」

 

エリーは昨日、私が部屋で耳かきをしてやったんだよ。

今日は練習も兼ねてアタシの耳を貸してるだけだ。

 

「たまにはギルドの仕事がない日ぐらい羽を伸ばしたっていいだろうが」

「伸ばしすぎでしょ……こっちが縮こまっちゃうよ」

 

冬で仕事が減っているんだ。

金に困ってないなら積極的に受けるもんでもない。

むしろ他の奴らのために残してやるのが人情だ。

 

 

祭りが終わってすぐ、アタシ達はD級に上がった。

リッちゃんも無理やりしごいたお陰でEランクまで上がっている。

 

アタシ達がC級に上がるまでは期間も長いからな、気楽にやるさ。

 

はー、それにしても膝からいい匂いがする。

アタシも同じ石鹸を使っているはずなんだがアタシの体も同じ匂いなんだろうか。

 

……だとするとちょっと嬉しいな。

 

「僕もやってもらいたいよ……」

「メイなら喜んでやるはずだぜ?」

「それが最近忙しくて構ってもらえてないんだよね」

 

なるほど、だから拗ねてイチャモンつけてきたのかこいつ。

……まあ、それも今日までだ。安心しろ。

 

お、エリーが仕上げに耳かきの丸いフワフワのやつ入れてくれる。たしか梵天とか言うんだっけか。

気持ちいいな。

 

「ならよ、魔法の練習でもしたら、んっ……したらどうだ? なんか原始の魔法とやらをスキルに組み込むんだろ? あ、そこいい……」

「とにかく! 不健全だと思います!」

 

リッちゃんが顔を真っ赤にしてるな。

欲求不満か。まあいい。

耳かきも終わったようなので身体を起こすか。

 

「一応アタシだって、ただ待ってるだけじゃないんだぜ? この間ギルドから依頼が来てたからな。近いうちに詳細が送られてくる予定だ」

「向こうから来る依頼なんて、ロクな依頼じゃないんじゃないの?」

 

まあギルドから持ってくる話はなにかと訳ありだからな。

 

今回の話はざっくり聞く限り、受けたら隣の領地にまで出向かなければならなさそうだ。

 

「その辺りは受けるかどうかはちゃんと話を聞いてからだな」

「駄目そうなら断っても良いんですね」

「ああ、ある程度裁量権はこっちにある。もし受けるならのんびりも出来ないさ。今は戦いの前の一休みってトコだ」

 

なんせ命かけてるからな。

無理やりやらせたら冒険者みんな逃げて山賊になっちまう。

 

「ただいま戻りました」

 

その時玄関の方からメイの声がする。

買い物から帰って来たようだ。

 

「こちらギルドからの手紙です。預かってまいりました」

 

話をすれば、だな。

 

「何て書いてるんですか?」

「隣の領地のギルドからの応援要請だな。最近発生したダンジョンが複数のグループ前提じゃないと攻略出来ないらしくて、人手が足りないそうだ」

 

報酬は金貨六枚。

想定ランクはC相当。

ダンジョン内で取得したお宝はすべて私有可。

特記事項として魔術もしくは戦闘能力に秀でた人間が必要か。

 

まあまあかな。

 

「これは僕がうってつけだね!」

「そうだな、遠征だと食い物が要らんのはアンデッドの利点だな」

「こっそりご飯抜きにしようとしてない? ご飯は食べないと心が死んじゃうんだよ?」

 

身体は大丈夫なんじゃねーか。

 

魔法の方はエリーがいるから大丈夫だぞ。

むしろリッちゃんは連れて行くと暴発しそうで怖い。

 

「ところで今日ですが、何の日かご存知ですか?」

 

エリーが尋ねるも、リッちゃんは首を横に振る。

メイの奴はちゃんとやってくれただろうか。

アタシがチラリと視線を向けると、コクンと頷いた。

 

「ご主人様。今日はご主人様にとって特別な日ですよ」

「え? 僕? えーと、僕が世界征服を始めてから百日記念?」

 

なにサラッととんでもない事言ってやがる。

 

「お前まだギルドの監視付きだからな?

前に街に行った時、お前が答えてた街頭アンケート、あれ潜伏したギルド員だからな?」

「え!? うそっ! あんなに可愛いクマのキーホルダーくれたのに?」

 

つかアンケートに古代魔法の使い方とか項目ある時点で気付け。

本来なら粗品でくま貰って喜んでる場合じゃないんだぞ。

 

「よし、ギルドに報告して危険人物として討伐だな」

「では、早速捕獲してしまいましょう! そしてメイさんと一緒に可愛がらなければいけませんね!」

「ご主人様……。悪いようにはいたしませんので私と二人、部屋で監禁されて退廃的な日々を過ごしましょう」

「やめて!」

 

エリーもメイもノリノリだ。

 

「え? 結局なんの日なの?」

「ご主人様、今日はあなたの誕生日でございます。」

「え? あ、本当だ」

 

やっぱり忘れていたみたいだな。

まあアタシたちもメイに、相談されて知ったわだが。

アタシ達はメイに取りに行ってもらったケーキを机に置く。

こっそり予約していた物だ。

 

「うっわー!! おっきぃ……。何これ……?」

「ショートケーキだ。食ったことないのか?」

「ケーキって言ったら小麦粉焼き固めた保存食でしょ?」

 

いつの時代の常識だ。

そんな殺伐としたもの誕生日に出さんわ。

ここは生クリームと砂糖たっぷりの甘ったるい現代なんだよ。

 

「ご主人様。先日のお祭りもそうだったように、魔法の発展に伴い食糧事情が大きく変わっているようです」

「よかった、飢えに苦しむ子どもたちはもういないんだね……」

 

悲しいことを言うな。

 

「このケーキもプレゼントの一つだ」

「へえっ、これも……? あ、美味しい!」

 

おい、指で生クリームを一舐めして喜ぶんじゃねえ。

まだロウソクを立ててねーぞ。

 

 

「ふふ、では今の誕生日のお祝い方法をお伝えしますね。このローソクを年の数だけ立ててお祝いするんですよ」

「へぇ! ……僕、何歳になったのかな?」

「今生きてる奴で知ってる奴なんていねえよ」

 

とりあえず、太めのローソクを一本中心に立てて、回りを十本のローソクで囲った

千と百ちょいらしいので端数は省略だ。

 

お化け達と祝いの歌を歌って、ローソクを吹き消してケーキを切り分ける。

 

大きめのイチゴが乗っかってる奴はリッちゃんの皿に取り分けた。

 

「しばらく構えずに失礼しました。こちらプレゼントの手袋でございます」

「え! うわーい! わあ、名前入ってる! 手編みなんだ!」

 

良かったな。

それをこっそり編んでたから構ってやれなかったんだぞ。

……後でメイには耳かきを望んでた事も伝えとくか。

 

「私とマリーからは杖のプレゼントです」

「杖? あ!これ魔力強化の付与魔法が入ってる!」

「杖は攻撃魔法を使うときに便利らしいな。溜めておいてイザというときに魔法を発動する事もできるらしいぜ」

 

他にもお化け達がダンスを踊ったりしてる。

この日のために練習していたらしい。

 

リっちゃんがケーキを食べながら満足そうだ。

 

「よし、決めたよ! 僕はお菓子の魔王として世界中のお菓子を堪能してみせる!」

「……リッちゃんがそれで良いなら良いんじゃないか」

「でしたら私はメイさんとリッちゃんにお菓子作りを教えますね」

 

三人はお菓子作りの話題で盛り上がっている。

お菓子の魔王か。まあ世界征服よりマシかもな。

 

「くくく、我のお菓子で世界中を魅了してお菓子抜きでは生きられない身体にしてやる」

 

……まだまだお仕置きが必要なようだ。

 

「そう言えばエリーとマリーは誕生日いつなの?」

 

口のまわりをクリームだらけにしたリッちゃんが質問してくる。

 

「アタシは両親が死んでから孤児院育ちだから知らん。冬だったのは覚えてるが」

「私も幼いときにやったきりなので……。マリーと同じく冬頃だと思います。日付まではちょっと」

 

リッちゃんが気まずそうな顔してるが気にするな。

傍から見れば魔族の母にケーキ振る舞ってるアタシ達の方が気まずいはずだ。

 

しかしエリーも冬生まれか。

 

「じゃあエリー、アタシと一緒に誕生日祝おうぜ」

「良いですね! では年が変わる少し前にやりましょう」

「それだと聖人祭の後くらいだな」

「でもそれだと色々忙しそうですね……。どうせなら聖人祭にあわせましょうか」

「んー、そうするか。また誕生日は来年決め直せばいいか」

 

自分たちの誕生日を決めるのはいいもんだな。

さて、プレゼントは何にしようか。

 

「とりあえず明日はギルドに足を伸ばすぞ」

「僕は研究してるから帰ってきたら教えてね!」

「リッちゃんも一応チームメンバーなんだから来るんだよ」

 

どうせアタシらがいない間にイチャイチャするだけだろ。

そう言う研究は夜だけにしろ。



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第32話 ダンジョン

ギルドにはおやっさんがいなかった。

有給休暇らしい。

仕方ないのでポン子に確認を取る。

 

「何ですかその嫌そうな顔は!」

「いや大丈夫、また何かやらかさないかなと思って心配になっただけだ」

「やめて下さい! この間だって反省文三十枚書かされた上にギルドの給料を減らされて辛いんですよ!」

 

それはお前が冒険者から上前はねようとしたからだろうが。

これ以上ない自業自得だ。

 

「まあいい、依頼を教えてくれ」

「あー、この依頼ですか。この案件は私たちのギルドから二チーム派遣予定です。ギルドからは『エリーマリー』のほかに、『オーガキラー』が推薦されていますね」

 

「よし、諦めようか、この依頼」

「まだ推薦段階ですから! それに敵として戦ったマリーさんなら分かると思いますが、味方となると頼もしいんじゃないですか?」

 

いや下手したら敵より先にあたし達に喧嘩売ってくるだろ。

ダンジョンの中で前門の敵、後門の筋肉とか地獄かよ。

今度は一切手加減せずに毒魔法とか使うぞ?

 

……効きそうに無いな。

 

「『オーガキラー』の方々に、いえ妹さんにちゃんと敵対しないように言っておきますから!」

「……ならいいか」

 

姉の方はともかく、妹は多少常識が通じそうだ。

一応、罰ゲームの館修理にも来てたしな。

 

「そんなにすごい方なんですか?」

「ああ、エリーは給仕で試合見てなかったんだったか。返答に困ったらとりあえず筋肉に聞けって答えるんだ」

 

多分それで解決する。

困ったような顔をされてもこっちが困る。

謎かけやとんちじゃないぞ。ガチだ。

 

「では受諾ということで……」

「まて、詳細は?」

「あ、失礼しました。依頼内容はですね、ジェフベック男爵領にて七年前に発見されたC級ダンジョンの探索、およびとあるアイテムの回収です」

 

ジェフベック男爵領。

バレッタ伯爵領とドゥーケット子爵領の間にある小さな領地だ。

 

「このダンジョン、発見時点ではマトモに機能しておらず放置されていたのですが、ここ数年活性化が目立ってきたので潰してしまおうというわけですね」

 

活性化、か。

稀に休眠状態のダンジョンが活性化すると魔物が溢れやすくなると聞くな。その対策か。

 

「ルートが複数に分かれているらしくて、全部で五つの冒険者チームが中に入って仕事をします。なんでも素早く連続で攻略しないと駄目な扉があるらしく、そこを開けるのが今回一番の目的ですね」

 

謎掛けタイプのダンジョンか。

面倒臭そうだから入ったことないが……

 

「既に知っているかも知れませんが、このダンジョン、手に入れた財宝の類は持ち帰って構いません。もっとも数は少ないそうですが」

「アイテム私有可って書いてある割に渋いんだな?」

「一応、特定の宝物は自動生成されるみたいで、それらは各自好きにしていいみたいですね」

 

んー、微妙。

でも量より質のパターンもあるしな。

判断が難しいな。

 

 

「詳細はお伝えできませんが、かなり上質な財宝が確認されています。持ち帰るのは失敗したみたいですが」

「マジか。だったら抑えこんでダンジョンのコアを支配下に置くのは……無理そうだな」

「残念ながら活性化してから謎掛けの難易度が上昇し、頻繁に魔物が溢れてくるため抑え込むのは効率が悪いみたいですね。支配下に置けるならそうしたいみたいですけど」

 

ダンジョンの中心にあるというダンジョンコア。

すべてのダンジョンはこの機関が周囲から魔力を吸い取って魔物やお宝を生成しているらしい。

 

コアの質が生成される財宝の質や量に直結していると言う噂だ。

コアを破壊せずに上手く支配下に置くのが理想だが、男爵のトコは冒険者の数も少ないだろう。

 

ダンジョンの壁や床は土魔法が使えないとか制限あるしな。

男爵も諦めたんだろうな。

 

「エリーとリッちゃんはどうだ?」

「僕は良いよー」

「少し嫌な予感がしますが……大丈夫だと思います」

「よし、じゃあ受けるぜ」

 

二人が頷いたのを確認して、書類にサインをした。

 

 

 

出発当日。

 

旅支度を終えて出発するための準備をしていると、庭でゴソゴソやってる奴がいた。

 

「リッちゃんか? 何やってんだ? もう出発するぞ?」

「ん? 今日遠くまで行くでしょ? それでちょっと裏技をね」

「裏技?」

「ふふふ、気になるかい? 偉大なる我の秘術が!」

「いや、別にいいわ」

 

いつもの悪癖が出てる。

お願いだから聞いてーとかなんかうるさく喚いているがどうでもいいや。

さっさと行こう。

 

 

道中はギルドが用意した馬車だ。

五日も進めば到着するだろう。

 

メイは留守番だ。

館を守るのがメイドの努めらしい。

 

今回の旅はアタシとエリー、ついでにリッちゃんの三人だ。

『オーガキラー』とは現地集合の予定になっている。

まあ一緒に行っても面倒が増えるだけだしな。

 

「長旅になると荷物が多くて大変ですね」

「しょうがないさ。こればっかりは冒険者の性分だからな」

 

ふと横を見ると、リッちゃんは小さいポーチに杖を一本持っているだけだ。

 

「リッちゃん。荷物どうした? 家に忘れたのか?」

「え? ちゃんと持ってきてるよ?」

 

辺りを見るがどこにもない。

一体どこにあるんだ。

ああ、そうか。

 

「すまないリッちゃん。まだ自分の荷物とかないんだよな……。これからたくさん宝物、作っていこうな」

「いや違うよ!? そんな可哀想な目で見ないで! 僕の荷物はここ!」

 

リッちゃんは空中に魔法陣を書き出す。

すると魔法陣が光り、空間が裂けるように割れた。

 

破れた空間の中には、食料や備品が所狭しと並べられている。

 

「これは僕が使える空間魔法さ! ……魔力の消費が大きいから一日に数回しか開けないけどね」

「これは……、すごいですねリッちゃん。空間魔法ですか。もしよろしければ教えてくれませんか?」

「へへーん! これはね……」

 

リッちゃんは気を良くしてエリーに魔法を説明している。

 

確かにこれはすごい。

そんな事もできたのか。

 

「うーん……。消費魔力が大きすぎます。発動までの詠唱を長くしてやっと使えるかどうかと言ったところでしょうか」

「これはどのくらい入るんだ?」

「え? 魔力さえ込めればいくらでも入るよ? ただ取り出す時も魔力使うから、量が多いと大変だよ?」

 

よし、荷物当番は決まりだな。

 

「リッちゃん、お願いがあるんだが」

「おっと残念でしたー!」

 

そう言うとリッちゃんは空間を閉じてしまう。

 

「ふっふっふ、中に荷物を入れたければ、我の事を崇め讃えるのだ!」

 

まーた調子に乗ってきた。

 

「リッちゃん、よく聞くんだ。リッちゃんはメイのモノ。リッちゃんのものは、館の物。館の物はアタシの物だ。だからアタシに返すと思ってくれればいい」

「それ説得する気ある? そもそもメイはうちの子だからね?」

「おいおい。分かってねぇな。相手に惚れちまった時点で身も心も相手のモノなんだよ」

 

「でしたら私はマリーのモノですね」

「だが待て。アタシはエリーのモノでもある」

「惚気るなら家でやれぇ!」

 

リッちゃんに正論を言われてしまった。かなしい。

 

「メイを嫁にやるから勘弁してくれ」

「元からうちの子です! そして誰にも渡しません!」

 

お前もノロケてんじゃねぇか。

 

 

気を取り直してリッちゃんの空間倉庫に押し入り強盗をする事にする。

りっちゃんの周囲を探って……あったこれだな。

ちょっと待ってろよ……。

 

「ふんぬぬっ! はぁっ!」

「え? なんで干渉できるの!?」

 

アタシが全力で気合を入れると、閉じた空間が再度開く。

大体空間に閉じ込められていたリッちゃんの封印を解いたのは誰だと思ってんだ。

 

気合さえあればなんとかなるんだよ。

 

……だが疲れるな。

あんまりやりたくない。

つか、何度もやったら気絶する気がする。

 

「えぇ……マリーの力って、なんでそんなに強いのさ。僕だって魔法陣に組み込もうにも力が弱すぎて四苦八苦してるのに」

「これ基礎魔法とか身体強化とも関係してるんだろ? だったら敵を近くで倒し続ければ強くなるんじゃないか?」 

 

倒した時に強ければ強いほど、相手との距離が近ければ近いほど身体強化の効果は大きいからな。

 

「そんな滅茶苦茶な……。それが出来るなんてマリーくらいだよ。それに古代文書の記述とはちょっと力の質がちがうんだよね。コレ」

 

意外とできると思うけどな。

『オーガキラー』とか身体強化ができるようになったら嬉々としてやりそうだ。

 

とりあえず荷物は装備品以外全てリッちゃん空間に格納してしまった。

エリーは荷物が軽くなったと喜んでいる。

リッちゃんもお荷物から荷物番に格上げできて何よりだ。

 

とりあえずリッちゃんにはお礼に飴玉をあげておくか。



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第33話 破壊者

「何者だ。そこで止まれ」

 

男爵の領地に差し掛かると、関所の門番に止められる。

 

「アタシ達は冒険者ギルドから来たものだ。男爵領のダンジョン踏破の依頼で動いている」

 

基本的にギルドからは関所を含めて各部署に通達がいっている。

だからこう言えば大体の関所で話が通じるのは楽だ。

 

「な! また来たのか!? 皆! 警戒態勢第三、用意!」

 

あれよあれよという間に関所から武装した兵士が現れ、囲まれてしまう。

なんでアタシ達は犯罪者扱いされてるんだ。

 

 

「失礼しました!」

 

最終的に武器まで向けられたが、ギルドのサインが入った依頼書を見せると誤解が解けた。

 

「いきなり囲み出すから何事かと思ったぜ」

「申し訳ありません、先ほど同じく冒険者を名乗る方がこちらを通ったのですが、ギルドの証書をなくしたらしく問いただしたところ、『ならば力で証明してみせよう』などとおっしゃって、その……」

 

ああ、大体原因が分かった。

だから関所の門が壊れてるのか。

 

アイツだな。

そんな事するバカは。

 

「門の支払いはギルドに請求しときな。『オーガキラー』が犯人だってちゃんと言うんだぞ」

「は、はぁ……? 先程彼女のメンバーの一人が『エリーマリー』だと名乗っておりましたが……?」

「……アタシ達が『エリーマリー』だ。そのことも含めてギルドに報告しておけ。確認を取ってもいい」

 

……脳筋どもぶっ飛ばす。

 

 

なんとか誤解を解いて男爵領へ入れた。

 

男爵領は小さいが自然が豊かで魔物が少なく、農作物が多い。

商業的な基盤こそ弱いものの、十分な山の恵みと、それを軸とした山地酪農が有名だ。

 

街はもう目の前だ。

あたし達は馬車から降りる。

 

あとはこの街のギルドで話を聞くだけだ。

 

「ここは牛乳やチーズが名産だったかな」

「そうですね、ここのチーズはオニオンスープに入れると、とても美味しくなるんですよ」

「僕、昔この辺りに来たことがあるかも。あの頃は禿山ばっかりだったから自信ないけど」

 

リッちゃんからちょくちょく昔の話を聞くが、あまりにも古すぎて実感がない。

三十〜四十年ぐらい前ならともかく、千年はジェネレーションギャップってやつを感じるな。

 

「メイさんへのお土産はチーズなどの乳製品が良いかもしれませんね」

「良いね! ちょうどそこに牛さんが歩いて、歩い、て……?」

 

りっちゃんが声を止め、一箇所を見つめたまま固まっている。

何かあったのか?

リッちゃんが凝視したまま固まっている方向を見てみると、野生の牛が二足歩行で歩いていた。

こっちと目が合うと手を振ってくる。

 

……なんだアレ?

モンスターか?

とりあえず手を振り返しておくか。

 

「倒した方がいい……のか?」

「でもなんだか可愛いですね」

 

確かに。

なんというか家畜っぽい愛嬌があるんだよな。

敵対していないみたいだし、村の誰かに聞いてみるか。

 

「冒険者の方、お待ちください!」

 

声かけられた方向を振り向くと、この町の住民らしき人間が慌てて止めに入ってくる。

なんかさっき見たぞ、この光景。

 

「どうかお待ちを! その牛はモンスターではありません!」

「我々の大事な家畜なのです!」

「どうかどうか、命だけは助けてやってください!」

 

いきなり複数人来たかと思うと全員で土下座している。

おいまだ悪いことはやっていないぞ。

 

「いやこっちだって狂戦士じゃないんだから勝手に襲ったりはしねえよ」

「本当ですか!? 良かった!」

「今度来られた冒険者は知性があるぞ!」

 

まるで冒険者が知性のない獣みたいなこと言うんじゃねえ。

そんなのは全体の八割くらいだ。

たまには知性がある奴もいる。

 

「先ほどこの街に来られた冒険者の方がミノタウロスと力比べだ!とか言ってなぎ倒す事件が発生しまして……」

 

ああ、大体原因が分かったわ。

 

「まったくあの『エリーマリー』という冒険者チームはろくでもないですな!」

「ちょっと待て」

 

とりあえず誤解を解いて、ギルドを通じて弁償させるように伝える。

もちろん支払いは『オーガキラー』だ。

 

「ところで見たことがない牛だが、品種名は何て言うんだ?」

 

「魔物のミノタウロスとウチの花子を掛け合わせた新種です! 新種なんで名前は無いんですがミノタロウとか言う名前にしようかと!」

 

半分魔物じゃねえか。倒されてもしかたねえよ。

つか、よく作れたな。

ミノタロウ達と別れてギルドにつくと『オーガキラー』のメンバーがいた。

 

「おお! お前たちか! 一度手合わせするか?」

「あ、久しぶりだね。ウチのこと覚えてる?」

「おう、よく覚えてるぜ、久しぶりだな」

 

筋肉姉妹が語りかけてくる。

私は姉の方を一旦無視して妹と握手する。

 

「あ、どーも……。あの、離してくれん?」

「エリー、頼む」

「任せて下さい。【その力は片鱗。一滴の呼び水となりてその力を増せ】〈肉体強化〉」

 

アタシの力が強化される。

これで逃げることはできないだろう。

 

「えっと、何をやってるん?」

「関所の人間が『エリーマリー』が扉を破壊した、と言ってたそうだ」

「へ、へぁ、名前を騙る奴がいるなんて悪い奴もいるんね」

「その『エリーマリー』とやらは男爵領にいる家畜の牛に襲いかかって、殺しはしないまでも入院させたらしい」

「ご、ごごくあくー 悪い奴がいるんねー」

 

「零距離・サンダーローズ」

「あびゃああああああぁぁぁっっん!!!!」

 

これで悪は滅びた。

 

「お、おい、いきなり何をする!」

 

「その胸に……いや、大胸筋に聞いてみろ」

「何だと!? ……そうだったか、ウチの妹がすまない事をした」

 

……前から薄々感じていたが、お前より筋肉の方が賢いんじゃねえのか?

 

「どうしてウチってばれたんよ?」

「こんな小賢しいことをするのは、『オーガキラー』の中ではお前くらいだ。なぜ罪をなすりつけたか、吐いてもらおうか」

「えっと、その……怒らない?」

「怒らないと思うか?」

 

もはや怒るかブチギレるかの二択だ。

 

「悪気は、悪気はそんなになかったんよ! 姉ちゃんが余所の領地でやらかして赤字出そうだったから仕方なく、そう仕方なかったんよ!」

「ファイアローズ」

「はぎゃあああん!」

 

とりあえず焼いといた。

妹の方も中途半端に知恵が回るせいで駄目さがマシマシになっているな。

 

「うむ、すまなかった。冤罪をかけてしまった事を詫びよう」

 

筋肉姉が和解の手を差し出してくる。

ちっ、しゃーないか。

不本意ながら一時的に仲間となるわけだし、ここは手打ちに……

いや待てよ。

 

「その手、握力勝負を仕掛ける気だな」

「おお! 流石だぞ、我が心の友よ。私の事をよく分かっている! そのとおりだ、一戦しようじゃないか!」

「……サンダーローズ」

「ふはは! マッソーパウアッ!」

 

ちっ、相変わらず半端な魔法を無効化してくるか。

流石はアタシの敵だ。

 

互いに距離を取って戦いの姿勢に移る。

 

「いい加減にして下さい!」

 

ギルドの人から怒られてしまった。

……アタシは悪くない。

 

とりあえずギルドの方には釈明をしてきた。

長くなりそうだったのでリッちゃんとエリーには先に酒場で飯にして貰っている。

 

最終的に『オーガキラー』の報酬金貨二十枚のうち、半分を貰える事で和解成立だ。

 

……ランクの差があるとはいえアタシ達より金額高いな。

 

乱痴気騒ぎでグダグダになったので、今回の依頼の詳細は他のメンバーを交えて改めて行われる事になった。

 



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第34話 顔合わせ

「うう……、牛さんの治療費と修理費で赤字なんよ」

「安心するのだサファイ! 姉ちゃんが魔物を狩り尽くしてやる!」

「魔物じゃないのを狩ろうとしたからこうなってるんよ……」

 

筋肉バカ二人が騒々しい。

少し距離をとるか。

仲間だと思われたくない。

 

「その、うちのメンバーが迷惑お掛けしてすみません」

 

『オーガキラー』のメンバーらしき人物から声をかけられた。

二人ほどではないがやはり、ガタイが良い。

中性的な顔だが、女……だよな?

 

「そういえば自己紹介がまだでした。私ラズリーと申します。『オーガキラー』に入ってからまだ日が浅い新参者ですが、よろしくお願いします」

 

何だコイツ……?

うそだろ、まさか……。

 

「お前、まさか常識人なのか……?」

「何が常識かは分かりかねますが、人に迷惑をかけぬようにということは気をつけているつもりです」

 

やべえ、こいつマトモだぞ。

こんなやつが『オーガキラー』にいて、心壊さずにいられるのか……?

 

「お前、やっていけてるのか……?」

「ご心配ありがとうございます。このチームは入団条件が一人でオーガを倒す事という厳しい条件でしたので、苦労こそしておりますが、なんとかやっております」

 

オーガって確かC級の魔物だよな。

基本的にチームで狩るもんだ。

そいつを一人で狩るのが試験とか、頭おかしい奴らだ。

 

「まああんたが常識人でよかったよ。よろしく頼む」

「はい、こちらこそ。よろしくお願いいたしますマリー様」

「ところで他のメンバーはどうしたんだ?」

 

すると、彼女?の目の色が変わる。

 

「他のメンバー……ですか?」

「そうだ。他に二、三人いただろ」

「そのような方々はおりません」

「いやいただろ、前の祭りの時に……」

 

なんか目が血走ってきてるが大丈夫か?

 

「……もしかしてルビー様を悪し様に言った下衆どもの話をしているのでしょうか!?」

「は?」

 

「いいですか? ルビー様は至高にて偉大なる力をその身に秘めた御方でございます。筋肉で競り負けている分際でルビー様の事を悪しざま様に言う資格などありません! ましてや先の敗北は事実上の魔法戦! たかが一度の敗北でルビー様の筋肉が問われるはずは無くそれにケチをつけたゲス共は粛正されるべきです!!」

「お、おう……」

 

コイツまさか、いややっぱりあれか?

筋肉姉妹と方向性の違う同類か?

 

「妹のサファイ様と組手をしてる時のなんと美しいことか! 飛び散る汗の匂い! 筋肉の脈動! 私、彼女達を見たいがためこのチームに入ったと言っても過言ではありません!」

 

そうか、そうだよな。

『オーガキラー』のメンバーだもんな。

最初から壊れてたらもう壊れねーよな。

 

「毎日毎日ベッドの下から眺めるお二人の姿! 女冥利に尽きるというものでございます!」

 

えっと、本当に女だよね?

男だったら犯罪だよ?

女でも犯罪だけど。

 

「あ、ご安心を。これはあくまでもチーム内での出来事。何が常識かは分かりかねますが、人に迷惑をかけぬようにということは気をつけているつもりですので」

 

いや頼むから常識を理解してくれ。

 

「女性としての最高峰であるあの筋肉、ハリツヤ! 素晴らしい! あ、申し遅れました。『オーガキラー』ファンクラブ会員No.1を務めさせて頂いております。よろしくお願いしますね」

「ああ、よろしくな。出来れば街ではあまり話しかけない方向で頼む」

 

正直あまり関わりたくない。

だが良かった、コイツがナンバー2とかだったら怖くて『オーガキラー』には近寄れなかった。

とりあえずコイツがワーストで良いんだな。

 

……なんだか疲れた。

エリー達と合流しよう。

 

 

エリー達は食事の真っ最中だ。

リッちゃんが食事をガツガツ食っているのを見るとなんだかホッとする。

 

「なあリッちゃん。お前アタシたちのファンだったりしないよな」

「え? まったくそんなつもりないけど? 僕は僕のファンさ! マリーなんて興味ないね!」

「えっと、あり……がとう?」

 

 

嘘でもファンといって欲しかった。

でも言われたらアンデッド不信になってるかも知れない。

 

複雑な乙女心のもと、リッちゃんのお陰で嬉しいような悲しいようなちょっと苦い気持ちを味わう。

私にとってマリーはかけがえのない存在ですよ、というエリーの言葉が疲れた心を癒やしてくれた。

 

 

 

翌日。

ギルドが手配してくれた宿屋を出たアタシ達は、改めて旅立つ。

 

「眠いよぉ」

 

夜ふかししていたのでリッちゃんが眠そうだ。

エリーもあくびをしている。

昨日はリッちゃんとメイの恋バナで盛り上がってしまった。

 

「こんな気の抜けた奴が今回のメンバーとはな」

 

なんか威圧するような声がかけられる。

こういうナメた態度取られるのは久しぶりだな。

 

「俺達はチーム『ライジングサンダー』、そして俺がチームリーダー、ダレスだ。C級冒険者をやっている」

 

長い髭が印象的だな。

むさ苦しい男だな。刃物で髭を切ってやろうか。

コイツ以外にも数人、後ろで控えて睨みつけてきやがる。こいつらも『ライジングサンダー』のメンバーか。

 

リッちゃんがエリーの後ろで震えてるぞ。

 

「あー、アタシは『エリーマリー』リーダーのマリーだ。今はD級だな。あっちはエリーとリッちゃん。別に覚えなくていいぞ」

「……ガキが。貴様らのようなD級を庇う身にもなれ」

「んだと?」

 

アタシは睨み返す。

 

いきなり喧嘩腰だなオッサン。

余所者にマウント取りたいのは分かるが、こっちだって出張ってきて舐められるわけにはいかねえんだ。

一戦やるか?

 

「ああっ、そういう事ですか! 気付かずにすいません。ありがとうございます!」

「はっ?」

 

エリーが深々と頭を下げる。

 

「私達を心配して庇ってくれると言ってくれてるんですよね? ですが私達も冒険者として派遣された身です。なるべく足手まといにならないよう頑張りますね」

「おっ! そういうことか! まさか気にしてくれるなんてなあ、流石だなオッサン!」

 

エリーが一触即発の空気をいい感じに壊してくれた。

ここは全力で乗っかっていくか。

 

「は? いや、言葉のアヤと言う奴で……」

「おいおい、まさか冒険者の癖に言ったことをすぐひっくり返すのか?」

「……くそっ! せいぜい足手まといになるんじゃないぞ!」

 

捨て台詞を吐いてオッサンは去っていく。

なんとか喧嘩せずに済んだようだ。

 

「荒っぽいねぇ」

「まったくだ。一時的にとはいえ、これから一緒に戦う仲間だろうが」

「即座に攻撃できるように立ち位置を調整してた奴が言うセリフじゃないね」

 

話しかけられた方を見ると、冒険者が一人立っていた。

髪はボサボサで右目には眼帯をしている。

二十代後半くらいか。

 

リッちゃんが眼帯カッコいい……とか呟いていた。

後でアイマスクでも買ってやろう。

よく温まる奴。

 

「アンタが『エリーマリー』のマリーかい? 話は聞かせて貰ったよ。私はバレッタ伯爵領で活動してる『パンナコッタ』のフーディーさ、一応B級だね。よろしく」

 

こっちはそれなりに友好的だな。

 

「おう、よろしくな。こっちがエリーとリッちゃんだ」

「あっちにいるのが、ロアとコナツ。ま、今回の作戦では直接絡まないからね。アタシらの顔だけでも覚えといてくれ」

 

アタシ達は軽く挨拶をして話を終える。

こういうので良いんだよ。

いきなり喧嘩腰とか一騎打ちとかいらねーんだ。



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第35話 共闘する仲間

『オーガキラー』の奴らは最後にやってきた。

……なんで、生傷が増えてるんだ。

まだダンジョン突入前だぞ。

 

「アンタはいつも怪我してるねぇ……」

「おお! フーディー! 久しいな! どうだ調子は!」

「いたって普通だよ、アンタみたいな元気はないね」

「ははは! そう褒めるな、私だって近くの森でレッドベアと遊んできたから少し浮かれてるだけだ!」

 

D級の魔物じゃねーか。

これから戦いに行くのに戦闘するなよ。

つか知り合いなのか?

 

「相変わらずだね……。まあいいさ、全員揃ったし今回の説明をするよ!」

 

 

これで全員か。

……聞いていたより少ない気がするな?

 

「ちょっと待て! バレッタ領からはもう一つチームがくるはずだ!」

 

むさいヒゲのオッサンが声を荒らげる。

やっぱ少ねえか。

それに返したのは先ほどの眼帯女だった。

 

「それがねぇ。バレッタ伯爵のトコが跡継ぎ問題やら嫁ぎ先の問題で荒れていてね。色々きな臭いのさ。裏稼業の奴らも動き回ってるね。その鎮圧に駆り出されちまった」

 

バレッタ領か。

エリーを見てみる。

目があうと互いに小さく頷いた。

その目に不安や心配はない。

 

……エリーの中ではバレッタ伯爵の事は割り切れているらしいな。

 

「まあそういうわけで来れなくなっちまったよ。すまないね」

「しかし、『力』の方はルビー殿といえども……」

「ここにいるメンバーでも何とかなるはずさ。本来C級相当のダンジョンでB級が二チーム、戦力としては十分だろう? 」

「しかし……」

 

ヒゲオッサンが渋っているな。

現状このメンバーしかいねえんだ、諦めろ。

 

「フーディーよ、戦力なら安心しろ! ここにいるマリーは条件付きだが私に勝ったことがあるぞ、条件付きだがな!」

 

条件付きを連呼するな。

そんなに負けたのが悔しいか。

そもそも筋肉女と真っ向勝負とか徹頭徹尾お前に有利な条件だったじゃねえか。

 

だがルビーのおかげで周囲の見る目が変わったのが分かる。

 

「へぇ……、伊達に推薦されるだけのことはあるね。じゃあ決まりだ。お嬢ちゃんたちは力の門に行ってくれ」

「力の門? なんだそれは?」

 

脳筋女と一緒にされそうで嫌な名前なんだが。

 

「おっと説明をすっとばしちしまった、すまないね。アタシも軽く潜ってきたから説明するよ。ここのダンジョンだが、途中から道が三つに分かれてる」

 

ギルド員が資料を読みながら説明しようとしていたが、フーディーがそれを制すると説明してくれる。

実際に調べた奴から説明を受けたほうが分かりやすいだろうな。

 

「三階層に魔物は出ない。代わりに祭壇と、下に降りる入り口があるのさ。入り口の前には門があって、それぞれ文字が書かれてるね。『技』と『知』、そして最後の一つは『力』と書かれているね。このダンジョンはそのすべてを攻略しないといけないのさ」

 

ダンジョンには探索して力任せに殴り飛ばしていれば、いずれ攻略できる奴がほとんどだ。

今回の謎解き型のダンジョンは初めてだな。

 

「謎解き型のダンジョンはいつもこう複雑なのか?」

「ダンジョンに潜ったことがあるのかい? それがいつもより手が込んでてね、厄介さ。このダンジョンはそれぞれの道を進んでいって、攻略した先にあるお宝を手に入れるんだ。その後戻って来て、お宝を祭壇におけば門が開く……。たぶんだけどね」

 

そこでフーディーは話を打ち切り、ヒゲおっさんが話を引き継ぐ。

 

「俺は技の門を何度か攻略した。手に入れたお宝は炎や余分な熱を消し去り、魔力に変えるマントだったが、ダンジョンの外に持ち出そうとした瞬間に消えて無くなってしまった」

 

もったいねえな。

しかし変わったダンジョンだ。

 

「それで専門の冒険者を連れて色々調べたんだが、外に持ち出すと崩壊する、祭壇の鍵として使う道具のようだな」

「……つか、そんな面倒くさいダンジョンって生成されるもんなのか?」

「前例がない訳ではない。そういうダンジョンは階層が浅くなる代わりに謎が複雑だ」

 

なんか釈然としねえが……。

まあいいや。

 

「ダンジョンでは他にアイテムらしいアイテムは出ない。『技』では一番奥の扉を開いたときに分かりやすい形で置いてあった」

 

ヒゲのおっさんが補足してくれる。

……ギルドで聞いてた話と違うな。

アイテムが手に入らないのにアイテム私有可って詐欺かよ。

ポン子、クレーム入れるからお前今月の給料はゼロな。

 

いや、敵も自動生成されるなら、魔道具を核にしてる事もあるか。

それに期待しよう。

 

「『知』の門の先は謎掛けがあった。敵もいなくはないが、雑魚だ。ゆえに隣のバレッタ領からは知恵者がいるパーティの派遣を依頼した」

 

それが『パンナコッタ』か。

あのチームの婆さんとか知恵が回りそうだしな。

 

「問題は『力』の門だ。あそこには大量の敵が召喚された。しかもスケルトンウォーリアーやらスケルトンメイジなどの上位種だ。敵の数が多すぎて俺達じゃ手に負えん」

 

ヒゲオッサンの話に続いて、再びフーディーが説明を続けてくる。

 

「本当なら『オーガキラー』の他に、バレッタ領からもう一つチームをつける予定だったんだ。だけどさっき言ったとおりさ。悪いが頼んだよ」

 

おう、ちょうどいいぜ。

新しい技を試したかった所だ。

 

「アタシは『知』のダンジョンに行く。『力』の方は戦闘能力だけなら随一のアンタらのチームに任せたよ」

「ふはは! 任せておけ! どうしたマリー? そんな心配そうな顔をせずとも私達で道を拓こうではないか!」

 

アタシが心配しているのはダンジョンじゃなくてお前らだよ。

つかフーディーとやら。戦闘能力“だけ”ってお前も分かって言ってるだろ。

 

 

ダンジョンの入り口は狭い。

全員でパーティーが一気に入ると、互いに行動を阻害してしまう可能性があるため、二つずつのチームに分かれて入っていく。

 

最初は『パンナコッタ』と『オーガキラー』のメンバーだ。

次に『ライジングサンダー』とアタシ達が入っていく。

 

心なしか『ライジングサンダー』のメンツは気まずそうだ。

 

「オッサン、ここ何回も入ったことあるんだろ? ショートカットとかねーのか」

「……ここは三階層までほぼ一本道だ。スケルトンやダンジョンバットくらいしか出てこない」

「そうか。じゃあさっさと抜けるぜ」

「おい、マリーとやら」

 

なんだよ。

ヒゲオッサンは神妙な顔でこちらを見つめてくる。

 

「……すまなかった。俺達の領地で牛を襲ったとか色々悪い噂を聞いてたもんだからな、つい突っかかってしまった」

「それはアタシ等じゃねえ」

 

「ああ、後から聞いた。まったく済まないことをした」

「……謝罪はいらねえよ、働きで返してくれ」

 

ムダに律儀なヒゲだな。

あとあの牛はモンスターに見えても仕方ねえぞ。

 

途中、砕かれた骨が見つかる。

先行しているチームの誰かがやったんだろうか。

 

近づくと砕いた骨が震えだす。

……こいつらまだ死に切れてないみたいだな。

 

震えた骨が宙に浮かび、再度骨格が構築されていく。

その数は二十を超える。

 

まあただの雑魚だ。肩慣らしにはちょうどいい。

 

「いい機会だ。おっさんたち、今回は見てな。アタシ達の力見せてやるよ」

 

アタシはエリーとリッちゃんの方を見て合図をする。

 

「では、ここは私がやります。【暗き闇に囚われたその体、願うは断鎖の業、現し世と写し夜に映る光の衣は鎖を断ち切らん】〈ホーリーカーテン〉」

 

エリーが魔法を唱えた。

光のカーテンが現れてスケルトンたちを覆う。

スケルトン達は次第に身体が動かなくなっていき、最後には崩れ落ちる。

 

エリーは元見習い神官だからな。

対アンデッドも得意さ。

 

僅かに範囲から漏れたスケルトン達は、アタシが始末する。

 

 

「あちち、……熱っつ! 燃えちゃう!」

「おい大丈夫か、リッちゃん」

「だ、大丈夫、大丈夫だけど僕をいたわって!」

 

なんかりっちゃんが火傷している。

今はまだアタシの炎で焼いてないぞ。

 

心当たりがあるとすれば、さっきのエリーの魔法だ。

……そういえばこいつもアンデッドだったな。

 

「さよならリッちゃん。さよなら……。生まれ変わったら今度は大切にするからな」

「いやまだ消えないよ! 今大切にしてよ! はい、ぎゅっとして! ぎゅっ!」

「はいはい、しょうがないな」

「今回は特別ですよ」

 

しょうがないのでエリーに合図をして、前と後ろから一緒にぎゅっとしてやる。

今回はちょっと心配したしな。

 

……スレンダー体型のわりには意外と抱き心地が良くて温いな。

ナデナデも追加しとこう。

 

「ふにゅ。……あれ、なんだか優しいね?」

「アタシたちはいつもこんなんだぞ。お前がメイとくっつくまで遠慮してただけだ」

 

あとはついつい突っ込んでしまうお前のキャラだな。

まあ、嫌いってワケじゃない。

昨夜のガールズトークでお前とメイの関係もよーくわかったしな。

 

これからはメイも含めてナデナデしてやる。

アタシはハグしたりされたりするのは好きだからな。

 

「で、なんで火傷っぽくなってたんだ?」

「僕、聖属性の魔法をランダムで別の属性に変換する陣を身体に書いてるんだけど、今回熱に変換されちゃったみたいだね」

「すいません。リッちゃんの事をうっかりしてました」

「別にいいってことよ。気にすんな」

「それ僕のセリフだからね」

 

戦闘の尖った雰囲気も緩んできたな。

さあ、先を目指すか。

 

「……お前たちはいつもこのようにしているのか?」

「ん? どうしたおっさん、いつもそうだぞ?」

「……そうか」

 

むしろそれ以外になんかあるのかよ。



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第36話 オーガキラーの戦闘

ついに第三階層に到着した。

先行した『オーガキラー』と『パンナコッタ』がそれぞれ待っている。

……なんだか騒がしいな。

 

「意外と早かったねえ」

 

『パンナコッタ』のフーディーがいる。

まだここにいたのか。

 

「お前たちが雑魚を散らしてくれてたからな、ありがとよ」

「もう先に進んでしまってるのかと思いました。ありがとうございます」

 

アタシはエリーと一緒にお礼を言う。

 

「そうしたかったんだけどあいつがね……」

 

フーディーは親指で『オーガキラー』を指差す。

 

そこはラズリーとサファイによって雁字搦めにされているルビーの姿があった。

ラズリーが緩んだ顔でときどき匂いを嗅いでるのがすごく気持ち悪い。

 

「新しいプレイか? そういう趣味ならほっといてやれ。あいつらアレで興奮する変態なんだ」

「そうじゃないよ、あの大馬鹿野郎がね……」

「うるさい! 私は馬鹿じゃないぞ! 『知』の道に入って証明してやる!」

「あっマリー! いい所に来たんよ! 早く姉ちゃん止めて! 依頼失敗しちゃう!」

 

ああ、大体理由が分かった。誰かいらんことを言ったな。

しょうがねえな。一肌脱いでやるか。

 

「ルビー、お前は何のためにここへ来たんだ?」

「そんな事は決まっている! 私の知恵と勇気を試すためだ!」

 

いきなり目的忘れてんじゃねえよ。鶏か。

だがこういう時いきなり否定をしてはいけない。

こういう手合いは否定していきなり真実を突きつけると激昂するからな。

ちょっと残念になった老人をいたわるようにしなければ。

 

「その通りだルビー。だがアンタの知恵と勇気、こんなところで使ってしまってもったいなくねーか?」

「何!? では一体どこで使えというのだ!」

 

ねーよ。そんな場所。

だが残酷な真実は伏せておく。

大切なのは夢を見せる事だ。

 

家を売るときに幸せな家庭生活を思い浮かべさせて、背伸びした物件を買わせるのと一緒だな。

 

「よく考え……いや無駄だから考えるな、感じろ。ここより遥かに深く、遥かに暗い迷宮。あらゆる勇者や英雄たちが散って行った場所。そこには誰も解けない謎がある。お前が颯爽と現れ、その痴……知性で謎を解くんだ」

「そんな場所で私が……? いや、そんな場所がそもそもあるというのか……?」

 

ねーよ。そんな場所。

大体そんなとこで謎解いたって誰も知らねーし興味ねーよ。

 

「その地にたどり着き、知性を証明したとき、お前はこう言われる。『筋肉と知性の覇王ルビー』と」

「おおっ……。素晴らしい……」

 

もうひと押しか。

 

「想像するんだ。『流石はルビー』、『なんて偉大な頭脳なんだ』、『まさかアイツにアレほどの知性があるなんて』あちこちから響く、その声を。その時まで知性を見せるのはとっておくんだ。お前は知の中の知、いわば知の秘密兵器だ!」

「おおっ! 素晴らしいぞ心の友よ! ではその時その場所までとっておこう!」

 

ねーよ。そんな場所。

お前は秘密にせざるを得ない痴の中の痴だ。

 

だが発作が収まったようで何よりだ。

 

「うまくまとまったな、これで良いだろ?」

「……アンタ、私達の代わりに『知』の門に入るかい?」

 

本音としてはアタシもそうしたいんだがな……

 

「アレが対抗意識燃やしてまた入りたいとか言ったら面倒だ。すまんが遠慮させてもらう」

「ああ……、アレがまたしゃしゃり出ると厄介だね。たくっ、人選を間違えたかね」

 

まったくだ。

アレは筋肉しか能がない女だぞ。

 

 

 

仕切り直してそれぞれが門の前に立つ。

門と言うが奥には光の渦が巻いており、そこに入ることで転移させるようになっている。

 

「いいかい! 力の門だけは敵が別格に強いらしいよ! 気をつけるんだ!」

「ははは、この私がいる限り安心しろ。大船に乗ったつもりでいるがいい!」

 

お前小舟ではしゃいで横転させるタイプだろうが。

一緒に乗ってずぶ濡れの船酔いになる奴の身にもなれ。

 

「フーディーにヒゲのおっさんも気をつけろよ」

 

力の門を抜けた先は大きな広間だった。

アタシたちが中に入ると同時に、空中に光の粒が集まってくる。

 

話に聞いていたモンスターの出現だな。

 

「エリー、リッちゃん。来るぞ。まずは様子見を……」

「サファイ! ラズリー! 全員突撃だ! うおおぉぉぉっ!」

「「うぉおおおおぉっ!」」

 

おい、せめて連携しようという意思くらいみせろ。

 

筋肉共が雄叫びと共に出現途中の敵に突撃していく。

どうやら敵は、スケルトンの類のようだ。

ルビーは斧を、サファイアは棒を、そしてラズリーはメイスを持って突撃していく。

 

魔物たちが生成され出現するかどうかの瞬間、スケルトンの集団は哀れにも吹き飛ばされて砕かれていく。

 

モンスター達が大量に生まれているが、生まれる速度より壊れる速度のほうが早い。

……正直『オーガキラー』を舐めていた。

 

剣や斧を持ったスケルトン達がいるのでおそらく上の階層で戦ったスケルトンの上位種だと思うが、もはやバラバラで見分けがつかない。

 

物量で圧倒するタイプの敵が圧倒されている。

筋肉バカが3人もいるとこんなに破壊力を持つのか。

 

「待って、姉ちゃん! こいつらバラバラにしただけじゃ死んでないんよ! 【健全なる肉体に宿るは健全なる炎、猛る魂は炎の証】〈火炎付与〉! さあボコボコにするんよ!」

 

おっ、きっちりフォローを入れてるな。

しばらくはこいつらだけで良さそうだ。

アタシ達は体力の温存も兼ねて、その戦いを見守る。

 

あっという間に敵は駆逐され、気がつけば静かになっていた。

 

「皆さんお疲れになったでしょう。準備はできております。【肉体の癒しはさらなる力、流れる汗は健康元気】〈エリアヒール〉」

 

変態が姉妹を癒やす。

何気に上位の回復魔法も使えるんだな、あの変態。

 

一見メチャクチャなようで意外とバランスが取れている。

 

攻撃と自身の強化ができる筋肉姉。

攻撃と姉のフォロー役の筋肉妹。

攻撃と回復ができる変態。

 

タイマンだと私が勝つだろうが、役割を徹底しているアタシ達と違って、それぞれの応用が効く。

チーム戦では厳しいな。

距離をつめられたら負けるかもしれない。

できるだけ距離を詰めさせないように牽制しながら戦うしかないな。

 

立ち回り次第ではAランクも目指せるだろうに。

つくづく馬鹿なのが惜しい。

 

「どうだ? 私たちの働きは?」

「流石だな。正直ここまでの火力があると思っていなかった」

「ははは。もっと褒めてもいいぞ? ところで誰か探索魔法を使えるやつはいるか?」

「エリーが使えるが、そっちにはいないのか?」

「私たちには筋肉があれば十分だからな!」

 

三人共それぞれ決めポーズを取るが、なぜ格好つけてるんだ。

そんなカッコつける場面じゃないだろ。

……コイツら戦闘技能以外の全てが欠けてやがる。

 

「えっと、それでは私が探索魔法を使いますね。【……の姿と罠を現せ】〈探知〉」

 

エリーの魔法はより洗練されて、罠や宝箱まで感知できるほどになっている。

……どうやら近くに敵はいないようだ。

 

「……駄目ですね。調べられる範囲に敵はいませんが、扉の向こう側を調べようとしたら魔法がかき消されます。先に進まないことにはなんとも」

 

「そっか、しょうがねえ。あの扉を開けて……」

 

同時にギギギ……と嫌な音を立てて扉が開く。

なんだ? トラップか? それとも探知魔法に反応したか?

 

「皆さん! 扉の向こうから百以上の反応があります!」

「ちっ!」

 

アタシと『オーガキラー』のメンバーはそれぞれ臨戦態勢に移っていく。

 



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第37話 『力』のアンデッド

「リッちゃん、攻撃用の魔法陣を用意しておいてくれ!」

「うん、分かったよ!」

 

扉が開くと、スケルトンがなだれ込んできた。

その数は十、二十と増えていく。

 

「ちっ、スケルトンナイトにスケルトンドッグ、アーチャー、メイジまでいやがる」

「〈炎蛇陣〉!」

 

リッちゃんが魔法を使うと、大蛇のような炎がうねりながらスケルトン達に向かって突撃していく。

……しかし、同様に飛び出してきた氷の槍が魔法を相殺した。

敵の魔法か?

 

「えっ! 相打ち!?」

「カッカッカッ! 肝が冷えたわ。この道に挑むとはおもしろい奴がおるの」

 

敵が軍隊のように隊列を組む。

前衛はスケルトン部隊だ。

 

スケルトンの後ろにはゾンビ達が隊列を組んでいる。

そして最後尾はゾンビメイジとスケルトンメイジ、そしてスケルトンウィザードの混成部隊だ。

 

話をしてきたのは最奥にいる骸骨のアンデッドだ。

暗い色のフードを被っているその姿は、隠居した魔法使いを思い浮かべた。

 

……意思疎通ができるタイプのモンスターか。

魔法も使えて部隊の指揮もできることを考えると、最低でもB級以上の魔物だな。

C級ダンジョンってどこの事だよ。

 

「ここは『力』の道。力無き者は通さんよ」

「力と言いつつ魔法ではないか! 筋肉で勝負しろ!」

「カカカ…… 魔法も力の一つであろ?」

 

まぁ間違ってはいねえな。

アタシも魔法と刃のコンボが主体だ。

だが思ってたのと少し違う。

もっとストレートに力で攻めてこいよ。

 

「そして数も力である。我が名はワスケト。この迷宮にて生み出されし者。我と我が配下のアンデッド部隊ニ百名がお主らを……」

「うおおおぉ! 突撃だああぁっ!!!」

「な、なんだ貴様ら! 我が話している最中だろうが! 常識をわきまえよ!」

「うるさい! 骨が常識を語るなっ!!」

 

『オーガキラー』は話も聞かずに突撃していく。

準備ができていなかったのかそのままスケルトン達が吹っ飛ばされていった。

うん、アレも一種の不意打ち、力だな。純粋な暴力だけど。

 

遅れながらアタシも突撃する。

 

「〈ホーリーカーテン〉!」

 

エリーが光のカーテンを展開する。

突撃してきたアンデッド達を包み込んだ。

魔法に抵抗力のない、弱いスケルトン達はあっという間に消滅していく。

これなら切り込みが楽でいい。

 

「ほう……、やるのお……〈ダークネスゾーン〉」

「っ! 押し返されます!」

 

あの黒いオーラはアンデッドを守る効果があるらしいな。

 

エリーの魔法でこのまま押し切れるかと思ったが、そううまくはいかないようだ。

アタシは更に前に出て、筋肉達に並ぶ。

 

「『オーガキラー』は右側を頼む! アタシは左側をやる!」

「任せておけ! 私達は右も左も全てぶっ飛ばしてからアイツの首を獲る!」

「いや話聞けよ」

 

ルビーは一切話しを聞かず、アンデッドの群れに突っ込み敵を吹き飛ばしていく。

アンデッド部隊が筋肉達の勢いを止めようと矢を放ち、魔法を唱えて火球をぶつけてくるが意に介した様子もない。

 

……アイツと歩調を合わせるのはやめよう。

こっちが合わせるほうが賢明だ。

 

「おのれ小童どもが…… 〈氷結波〉」

「ふんっ! マッソーパウアッ!」

 

骨野郎の放った魔法は地面を凍らせながら筋肉姉へと突き進む。

だがその魔法は筋肉姉のスキルによってかき消された。

 

戦闘に限ればなんだかんだ言って頼もしい奴らなんだが……

 

「ふはははっ! 我らが包囲殲滅の前になすすべなく崩れ去るが良い!」

「姉ちゃん! 誰も包囲しとらんから!」

 

お前包囲されてる側だろうが。

そういうとこだよ、心配なのは。

 

「おのれ…… そう続けてうまく行くと思うてか! 〈凍結槍〉」

「させないよ!〈閃光陣〉」

 

地面に魔方陣が描かれると、光が放出された。

眩しさと熱にやられた骨野郎は、顔をそらし魔法の発動に失敗する。

 

オーガキラーに注意が向かっていて、リッちゃんが敵の魔法を食い止めてくれる。

お陰でこっちも心置きなく戦えそうだ。

 

「ファイアローズ」

 

私はまず炎で目の前のスケルトンナイト数体を同時に葬り去る。

 

エリーの力で弱っていたのか、簡単に葬り去ることできた。

次に来たのはゾンビ共の中でも上位種のゾンビナイト数体だ。

普通のゾンビと違い、鎧と槍を持っていることが大きな特徴だ。

 

「どんなにイカした服着てたってな、ヌルヌル糸引いてる奴のナンパに乗る気はないんだよ! 〈サンダーローズ〉!」

 

雷でゾンビ共の体を中から焼いてやる。

電撃に耐えたゾンビも何体かいるが、体が麻痺して動けないようだ。

 

「ウォン!」

 

その時、ゾンビに隠れていた数匹のスケルトンドッグが飛び出してくる。

迎撃しようとするが、アタシの方には向かわない。

向かっていくのはエリーとリッちゃんの方だ。

 

「しまった!」

「大丈夫だよ!」

 

リッちゃんがそう言うと、杖の先を相手に向ける。

先端から火球が飛び出し敵を焼いた。

エリーもまた、護身術の構えを取ると、両手に炎を纏いながら投げ飛ばす。

……訓練した成果が出てくれたか。

 

「マリー、こっちは少しぐらい大丈夫だよ! 気にせず進んで! 僕たちも支援するよ」

「ええ! 『オーガキラー』に負けてはいられませんから! 魔法をかけます!〈肉体強化〉!」

 

エリーが支援魔法をかけてくれた。

二人ともそれなりに敵を捌けるのか。

護身術を仕込んだとはいえ、エリーの戦闘能力がそこそこあるのが意外だ。

 

アタシは心置きなく敵を散らすことにする。

眼の前にはまだ数十を超える敵がいた。

 

「アタシだってこういうときの技は考えてるんだ」

 

アタシは構えると、両手から炎魔法を吹き出す。コントロールは考えず、威力重視だ。

次に風魔法で刃の竜巻を周囲に生み出すと、竜巻に合わせて踊るように体を回転させる。

螺旋渦巻く炎に紫電も追加だ。

 

対多数用・新技――

 

「『鼠華火』!」

 

アタシは炎と雷の螺旋を生み出すと、そのまま真っ直ぐに敵の中へ突っ込んで雑魚共を薙ぎ払う。

 

「不感症のゾンビ共にはいい刺激だろ?」

 

大体は薙ぎ払った。

そのまま親玉の所へ突っ込ませて貰う。

 

「なかなかに強いのう。近衛よ、こちらへ」

 

骨の親玉が指を鳴らすと、リビングアーマーが四体現れる。

頑丈な鎧にがらんどうの中身、そして高い近接能力を持つ厄介な敵だ。

 

……流石に四体に魔法使いはキツイな。

 

「うぉお! 我が力をみよ! 私の前に敵などない!!」

「アタシも戦うんよ! 振動撃!」

 

『オーガキラー』のメンバーが飛び出してきた。あっちの方も片付いたらしい。

 

先行して筋肉姉妹が、遅れて変態がやってくる。

四体の鎧共のうち、三体を『オーガキラー』が受け持ってくれた。

 

……これなら殺れそうだ。

 

「カカカ、ちと分が悪いの」

 

そういうと骨野郎は入って来た扉の方へと後退していく。

 

「おのれ貴様! 私を前にして逃げるのか!?」

「撤退も良き将の努めよ」

 

筋肉女が騒ぎ立てるが骨野郎は意に介した様子もない。

全軍壊滅状態になってる奴のどこが良将だ。

大人しく自害しろ。

 

追いかけようとしたが、ガラクタ鎧共はアタシを進ませまいと道を塞ぐ。

ちっ、嫌な相手だ。



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第38話 陥落

アタシの攻撃はこいつと相性が悪い。

リビングアーマーっていうのは固くて炎も通さねえからな。

さすがに雷は通るだろうが……

 

負けることはないとは言え、親玉が控えている状態で消耗戦はよくない。

 

そういう意味ではあの筋肉姉妹も同じ条件のはずだ。

アタシは鎧が攻撃してくる剣をかわしながらこっそり様子を見る。

 

「ふんっ! 固いな! だがそれを上回ればいいだけの事! はぁっ!」

「ウチのスキルを食らうんよ! 振動圧!」

 

筋肉姉妹のうち、姉の方はただのゴリ押しだ。戦術もクソもない。

だが妹の方は面白いことをしている。

 

妹の持つ棒が僅かに震え、敵にぶつかるときに鎧の表面を削り取る。

振動を武器に付加して何度も叩きつけているのか。

押し付けるだけで内臓や腹にダメージがいきそうな嫌なスキルだな。

 

……ああ、なんかあったな。

振動……。震え……、音。

そうそう、音魔法だ。

思い出した。

 

念話での遠距離通信がメインになるに従って廃れた、マイナーな魔法だ。

 

数百年くらい昔までは通信手段の一つとして割と使われていたらしい。

だが、大気が震えて衝撃波になったり遮蔽物によっては届かなかったりと使い勝手が悪く、徐々に使われなくなった魔法だ。

 

ガラスとか下手な場所に置いてると割れてしまったみたいだしな。

今では大規模な祭りのときにたまに使われるくらいだ。

専門で使いこなそうとするやつはいない。

 

ちょうどいいや。

筋肉妹のスキルを魔法で擬似再現させてもらうぜ。

 

アタシは両手の刃に音魔法をかける。

……耳障りな高音が鳴るが魔法の性質上仕方ない。

 

「おいガラクタ。お前のためにアタシが作った即席魔法だ。ありがたく、その身に刻め」

 

アタシは震える刃を鎧に押し当てる。

思っていた以上に抵抗なく刃が入っていくな。

更に刃が敵から黒い霧のようなものを吸い出していく。

 

二度三度と切りつけ鎧を分断すると、あっという間に動かなくなる。

 

あ、そっか。

リビングアーマーは魔力をベースに動いてるんだった。

この刃、魔力に干渉する特性があるんだよな。オーバーキルだ。

そのまま切り刻んでも負けることはなかったかもな。

 

『オーガキラー』の方も三体のうち二体が倒されていた。

残るは変態が受け持っている一体のみだが、その戦いも優勢だ。

さらに筋肉姉妹が手助けすることにより一気に叩き潰される。

 

「そっちも終わったな、じゃあ準備を整えて扉の奥に進……」

「うおぉおおお! 残るは一人だ! 突撃!!」

「おい、待てっ!」

 

アタシの話も聞かずに扉へと突撃していく三人。

トラップとか仕掛けられている可能性もあるのに、何も考えずに突撃するんじゃねえ。

 

こちらへ向かって来たエリーやリッちゃんと合流して急いで後を追う。

 

『オーガキラー』のメンバーはすでに通路の中ほどまで進んでいた。

通路の一番奥の方には、先ほど逃げた骨野郎がいる。

 

トラップは仕掛けられてなかったのか?

……いや、途中にギロチンの刃物や折れた矢など、明らかにトラップが発動して、壊された形跡がある。

 

究極のゴリ押しスタイルだな。

もう最悪あいつ等だけでなんとかしてくれそうだ。

 

「〈探知〉 ……マリー、残るトラップ反応は一つだけ、どうやらほとんどすべてのトラップは破壊されたようです」

「マジでゴリ押しだな」

 

もはや『オーガキラー』が止まることはない。

最後の一人に向かって突進していく。

 

「フハハハ! これぞ我が筋肉のパワーよ! 筋肉こそ力! 知恵だの数だのは弱者の戯言! 純粋なる力を思い知るがいい!」

「……カッカッカ。 筋肉など力のひとつに過ぎんわ! 見せてやろう、我の魔力をな!」

「ルビー様の筋肉に対するなんたる無礼! そのような言葉は万死を持って……」

 

その瞬間、通路の床が抜けたように穴が空く。

……巨大な落とし穴だ。

通路の一帯がすべて落とし穴になってしまっている。

アタシの身長三つ分はあるな。

 

「ぬ、ぬわあぁぁぁっ…………」

 

『オーガキラー』のメンバーはみんな落とし穴に飲み込まれてしまった。

 

「…………」

「…………」

 

……おい、骨野郎もアタシ達も沈黙しちまったぞ。

この微妙な間どうしてくれんだ。

 

「さ、さすがに力押しでここまで進んで来るとは予想外であったわ、筋肉というのも馬鹿にできんもんじゃのう」

 

ここは力の道だろうが。

なに存在意義をサラッと否定してやがるんだこの骸骨。

 

「エリー、アイツ等は大丈夫か? いや、駄目ならそれでもいいんだが」

「三人ともまだ生きています。 ただ、多数の敵反応が地下に!」

 

モンスターの溜まり場に落とされたか。

流石に筋肉では落とし穴はどうにもならなかったらしいな。

 

「ふむ、まだ生き残るとはしぶといの。残念じゃがヌシらの仲間は百のオーガアンデッドを倒すまで出てこれんぞ。最も、生きられるとは思わんがな」

 

オーガアンデッド。

オーガより膂力は落ちるが、恐怖を感じる事がないゾンビ化したオーガだ。

本来ならすぐに助けに行かなければならない所だが……

 

「……アイツらなら多分大丈夫だろ」

「かなり信頼しておるようじゃの? じゃが、ここにたどり着く手段もないのに、お前たちだけでワシを倒せると思うてか?」

 

アイツ等は一人一人がオーガと戦える『オーガキラー』だ。

最低基準でそのレベルならなんとかするだろうさ。

 

それに、助けるとしても眼の前の骨を火葬してからだ。

 

さて、敵も落とし穴を超えられないと思って油断してるな。

さっさと焼き斬ってやる。

「ねえ、僕にやらせてもらってもいい?」

 

そこで、声がかけられる。

珍しいな。

リッちゃんがやる気を出して声をかけてくるなんて。

 

「……大丈夫か?」

「任せてよ。さすがに接近戦で来られるとまずいけど、同じ魔法使いだしね」

「……ヤバいと思ったら手を出すぞ」

「大丈夫! 見ててよ」

 

なんか、やけに自信があるから任せてみるか。

リッちゃんが一歩前に出て敵と向き合う。

アタシたちは少し離れたところから様子を見る事にした。

 

「……ところで君、ワスケト君だっけ? 君のアンデッドの使い方にさ、僕少し怒ってるんだよ」

「ふむ? 何が不満かの?」

「自分の作った子供たちを使い捨てにする所かな」

 

まるで理解できないというように、骨野郎が首を傾げた。

 

「人間は妙な意識を持っておる……。生み出されたモノ共は生み出した者に利用され、使い捨てられるモノであろうが」

「そういうところだよ」

「ふむ、互いの意識の溝は深い。これ以上の議論は不要じゃの〈黒影槍〉」

 

骨野郎の影がリッちゃんの所まで伸びると影から黒い槍が飛び出して刺し貫こうとする。

……だが、槍は刺さる直前に霧散してしまった。

 

「無駄だよ」

「聞かぬ、じゃと? ならば〈氷槍撃〉!」

「アンデッドは詠唱なしで魔法が使えるから、当時は古代魔法に通じると思われてたんだ。実際には悪魔と同じで魔力で構築した肉体を削ってたから詠唱を省略できただけだったんだけど」

 

……やはり、リッちゃんに触れるか触れないかのところで霧散する。

それを見て、リッちゃんは空中に陣を書き始めた。

 

「ば、馬鹿な!? なぜ魔法が通じん!」

「人間がアンデッドになる場合の方法は二つ。借り物の力を借り続けて返し続けるか、借り物の力を盗んで自分のものにするか。盗む場合は、魔法に耐性をもつように防御を敷いて副作用で体が壊れるのを抑えるんだ」

 

そうか、リッちゃんの体はある程度の魔法を無効化するんだったな。

次々と生み出される氷の槍。

それらは一つもリッちゃんを傷つけられないまま消えていく。

 

「人間がアンデッド……? まさか、ありえぬ! 完全な人の身を残してアンデッドになるなど不可能であるわ!!」

「それは君が模写した元の魔物の知識だろう? その魔物……、いや人かな? その知識が不完全なのさ」

 

ダンジョンで知性ある魔物が生まれる時、かつてどこかのダンジョンを住処としていた生物の記憶をコピーして生まれるそうだ。

逆に誰かによって生み出される場合は知識を一部創造者からもらうと聞く。

眼の前の魔物もそうなんだろう。

 

「お主! お主は一体何者だ!」

「ああ、ごめん、まだ名乗ってなかったね。 ……我は人の身から変化したアンデッドの王。魔王ファウストを生み出せしすべての魔族の母、リッチ・ホワイト。滅びよ矮小なる者〈真・炎蛇陣〉」

 

生み出された炎は最初にリッちゃんが放ったものと同じ魔法だ。

だがその威力は最初に作られた炎よりも強い。

熱波がこちらまで届く。

 

「ふざけるな! その程度の魔法、打ち消してくれる!」

 

だが炎の蛇は、いくつも撃ち出された氷塊を飲み込み、そのままの勢いで骨野郎を食らった。

 

「馬鹿な! なぜ……、ぬおぉぉぉっ!」

「悪いけどさっきみたいな即席の陣とは違うよ。僕に傷をつけるくらいの威力はないと消せないね」

 

炎に焼かれて骨野郎の体が崩れていく。

 

「ワシが魔法で力負けするだと……。おのれ……。ヌ……シさ……、ああ嗚呼アァッ!!!………………」

 

骨野郎はあっけなく炎に焼かれて跡形もなく崩れ落ちる。

残っているのは灰だけだ。

 

「……へへーん、どうだった?」

「本物の魔王みたいだったぞ、リッちゃんやるな」

「やはり攻撃魔法ならリッちゃんですね」

「良かったー、寒さに耐えて頑張った甲斐があったよ!」

 

効いてなかったんじゃなくて痩せ我慢してたのかよ。

……そういえば完全には無効化できないんだったか。

 

うわ、試しに触ったらほっぺたが冷たい。

でも勝ったから良いや。

ご褒美に両手で温めてあげよう。

 

敵の気配はない。

戦いが終わり、壊されたトラップや落とし穴も消えていく。

これでいったん終了だな。

 

「ところで落とし穴が消えたけど、『オーガキラー』は大丈夫かな……?」

「あっ」

 

トラップが消えるのは予想外だった。

ダンジョンのフロアボスは影響を与える事ができると聞くが……

あの骨野郎、ああ見えてダンジョンの一角を支配していたのか?

 

「『オーガキラー』の皆さん、戻って来れるでしょうか……?」

「……ダンジョンでは完全に封鎖された空間というのは存在できないはずだ、多分、きっと、大丈夫だろ」

 

とりあえずどこかで合流できることを祈って、アタシたちは前に進む。

骨野郎が灰になった所には、腕輪が落ちていた。

 

「これ、もしかしてあいつの核になっていたアイテムか?」

「ちょっと見せて? ……うん、多分そうだと思う。でもこれ呪い、かな? 効果は分からないけど……最悪死ぬかも。気軽に腕にはめたりするのは良くないね」

 

最後までろくな事しねえなあいつ。

まあ、一応戦利品だ。

ポケットにしまっとくか。

しかし『オーガキラー』とリッちゃんがあっけなく倒してしまったせいか、今回は気楽だったな。

 

 

眼の前の扉を開けると、宝石が置いてあったので回収する。

水色の球体水晶のようだが、見る角度によって中央の色が変わる。

 

「これは……。龍眼玉か?」

「キレイですね」

 

龍眼玉。

まるで龍の目のような色合いをしていることから、宝石の中でも一級品と呼ばれる。

吸い込まれるような虹色が美しい。

 

「僕にも見せて見せて! ……あ、これ凄い! 加工して装飾品にすれば面白いものが出来そう!」

「でも残念だな、これダンジョンから持ち出すと消えちゃうんだろ?」

「え? あ、ほんとだ。消滅、再生成する術式がかかってるね」

 

やっぱり持ち出し禁止か。

嫌がらせだな。

ま、いいか、目的のものも手に入れたしさっさと戻ろう。

 

アタシたちの任務はこれで完了だ。



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閑話 他のチーム

技の門をクリアした男、冒険者ダレスは祭壇の置かれた部屋へと戻ってきた。

手には攻略の証であるマントを持っている。

 

「意外と早かったね」

 

男に声をかけてきたのは『パンナコッタ』のリーダー、フーディーだ。

 

「さすがに何度も攻略はしているからな、こっちは問題ない。フーディー殿はあそこの問題を解けたのか?」

「ん? ほとんどはウチのロア婆が解いたよ。私が解いたのは一問だけさ」

 

そういうとフーディーは仲間のメンバーを指差す。

だいぶ年配のようだが、その知識は確かなようだ。

 

「それでもう、例のものは祭壇に捧げたのか?」

「ああ、祭壇に置いたらくっついちまった。離れやしない」

 

その方向には、木でできた短剣のようなものが置かれていた。

 

「世界樹の短剣、か。確か持ち主の魔法を助けてくれるとか聞いたことがあるな」

「市販品なんかとは比べ物にならないらしいね。ロアの婆さんが欲しがってたよ」

 

残念だけど持ち出せないからね、と呟く彼女の愚痴を聞きながら、男は祭壇の方に自らが手に入れたマントを置く。

すると、吸い付いたように祭壇と一体化し、離れなくなった。

 

これであと最後の一つを『オーガキラー』が持ってくれば新たな道が開けるはずだ、そう男は考える。

 

男がフーディーの方を見ると、どこか落ち着かないような、イライラしたような仕草を見せる。

 

「なあアンタ、このダンジョンおかしいと思わないかい?」

「おかしい、だと? 確かに発生したダンジョンにしてはいささか仕掛けが複雑すぎる気もするが……」

「私のところもそうさ。それだけじゃないね。ここにあるギミック、後から作られたもんだ」

 

ダンジョンには二種類ある。

一つが天然のダンジョン。もう一つが人間や上位の魔物によって作り変えられたダンジョンだ。

 

もっとも後者は数が著しく少ない。

ダンジョンを作り変えるには一度ダンジョンの核を支配する必要がある。

 

そのためには、ダンジョンを踏破して一定の手順で支配下に置く必要があった。

その管理の手間から領主や国が管理下に置く場合を除き、基本的には破壊されるのが普通だ。

 

「まさか、人の手が入っていると?」

「いや、人じゃない。人が手を入れただけなら時間と共にダンジョンは元の形に戻ろうとするはずだ。おそらくだが、このダンジョンを支配しているボスの趣味だね」

 

天然のダンジョンを誰よりも早く攻略し、支配下に置くというのは至難の技だ。

だが、その存在を確信しているかのように彼女は語る。

 

「『知』の方にあった問題だがね、どうにも書かれた質問の内容が新しい。ここ百年で発見されたネタもあった。それなのに問題はやけに古臭い言葉で書かれてた。古代語ってやつだね。まるで、私達で遊んでるみたいだ」

「……バカな。俺達がここの主の手のひらの上で踊らされていると? 誰が、一体何の理由でそのような事を?」

「それが分かれば苦労はないさ。だが攻略して違和感がより大きくなったことだけは確かだね。あいつらが戻ってきたら状況を確認して、一時撤退も視野に入れるべきだ」

 

男はまるで竜の口の中に飛び込んでしまったような恐怖感を覚えた。

寒くもないがわずかに身震いする。

 

そこで力の門が開く。

 

「あれ? みんなどうしてここにいるん? ……ってここ、祭壇のある場所じゃん。ウチ達、どこか道間違えた?」

「サファイよ、その心配はない! 地下に落ちてからここまで、迷うことなき一本道だったからな!」

 

出てきたのは『オーガキラー』のメンバーだった。

 

「おや、もう攻略してきたのかい? ……にしては何か変だね」

 

「攻略はまだだ! 相手の罠にはまってしまってな、ここに来たなら仕方ない。もう一度入り直してこよう」

「なに馬鹿な事を言っている? 『力』の道を攻略せずに抜けてきたというのか?」

「私達は罠に引っかかったといったろう? 問題ない、代わりに『エリーマリー』のマリーが戦っているはずだ」

 

ルビーは自信満々にそう語った。

それを聞いて男は慌てる。

 

「バカな! 彼らはD級だぞ! 早く助けに行かねば危険だ!」

「私が保証する。あいつらが負けることなど万に一つも無い!」

「なんといい加減な……」

 

しばらく男とルビーの間で言い争いが続く。

そこで、しばらく黙って考え事をしていたフーディーが口を開いた。

 

「なあルビー……。アンタ地下に落とされたって言ってたね」

「ああ! 敵が卑怯にも落とし穴を使ってきてな、ウッカリ策に嵌ってしまった」

 

「そこに広間があって、敵を倒して階段を登って光の渦に飛び込んだ、それで間違いないね?」

「ああ! アンデッドオーガ百体! 心地よい組手だったぞ!」

 

戦いの様子を嬉々として語るルビー。

その答えを聞いた彼女はさらに顔を歪める。

 

「マズイね」

「どうしたフーディー殿。もし差し支えなければ教えていただけないだろうか」

「ここは敵が弱いけど溢れやすい、複雑なギミックがある、そういった理由からC級ダンジョンとして認定された、そうだろ?」

 

男は頷き、続きを促す。

 

「ギルドの考えだとギミックを解いたらダンジョンコアがあって破壊する。そうしたらハイ終わりとなるハズさ」

 

そうだろうな、と男は頷く。

これは異常な考えではない。

謎解き型と呼ばれるダンジョンの大半は仕掛けを攻略すれば後は破壊するも支配するも自由だ。

それを踏まえた上で、このダンジョンもそれに近い性質を有しているとの判断だった。

 

「だけど、ルビーはそれよりさらに深く潜った。一瞬だけどね。つまりここはさらに地下がある。つまり続きがあるって事さ」

 

男にも言いたいことが分かってきた。

分かっていなさそうなのはルビーだけだ。

 

「確実にこのダンジョンの主がいる。このくだらないギミックを作った親玉がね」

「つまり俺達が思っているより、ダンジョンの難易度は高い、と?」

 

場を一瞬の沈黙が支配する。

 

「なんと……。では撤退も含め……」

 

 

 

その時、このダンジョンから外へと続く階段が音を立てて崩れ落ちた。

 

「閉じ込められたようだね」

「なに! ……くそっ! 厄介な!」

「恐らくダンジョンのギミックの一つさ。仕掛けを解くまで出られないよ」

 

男は瓦礫の山を動かそうとするがビクともしない。

 

「ふむ、ならば親玉もダンジョンもまとめて倒すまでだ! 心配することはない!」

「まあ、出口のないダンジョンなんてありえないさ。アタシたちが鼻の穴を塞ぐようなもんだ」

「ということは何かしら仕掛けを解くか、敵を倒すかといったところか……」

 

その時『力』の門が再び光る。

出てきたのはマリー達だ。

 

「おう、『オーガキラー』はもう戻ってたか。良かったぜ。皆待たせちまったな……ん? どうしたんだ、神妙な顔して?」

「説明は後でするよ。とりあえずお宝を祭壇に置いとくれ」

「おう。 ……只事じゃねえようだな」

 

マリーもまた、手に入れた龍眼玉を祭壇に置いた。

 

――その時、マリーとフーディー、そしてダレスの周りに光が走る。

 

 

「なに!?」

「何だい!」

「まさか、転移か!?」

 

光が眩しくなり、それぞれの声が響いた後、三人の姿が掻き消えた。



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第39話 黒幕

光が収まると、そこにはアタシのほかには眼帯女とヒゲのオッサンしか居なかった。

辺りを見回すがこんな大広間は見たことがない。

エリーもリッちゃんも見当たらない。

 

「マリー、無事かい?」

「こっちに怪我はない。一体何が起こった?」

「我々は嵌められたのだ」

 

オッサン、口を挟むのは良いが誰に嵌められたか主語を言え。

嵌められただけじゃ分からんぞ。

 

「状況が状況だ。簡単に説明するよ。このダンジョンに先客がいる。先にこのダンジョンを乗っ取ってるやつさ。ダンジョンにあるくだらないギミックは、そいつが考えた可能性が高い」

 

「おいおい。ダンジョンの支配者とか、レアケースにも程があるぞ」

「私も冗談であってほしいと思ってるさ」

 

マズイな。

ダンジョンマスター相手によく知らない二人と共闘して闘わないといけないのか。

 

「どうも失敗したのう」

「誰だ!?」

 

立ち回りを考えていると、少し高いところから声が聞こえた。

上を見上げると一人の女性が空中に浮いている。

 

……ケバいオバさんだな。

化粧が濃すぎる。それに香水がきつい。

夜の娼婦で朝になると絶望するタイプのババアだ。

 

ババアの背中には羽根が生えており、頭からは2本の角が生えている。

 

……人間じゃねえな、魔族か?

だとすると上半身は服じゃなくて自前の毛皮か?

 

なんでこんなところにいやがる。

こいつらの支配領域、最短でもあと二つは領地を超えた所だろうが。

 

「本来ならばお前たち人間をみんな巻き込んで、ここの大広間で始末する予定だったんじゃがなあ」

「なにを言っている?」

「妾の失態じゃ。うっかりしておった。転移の範囲を指定し忘れるとはのう」

 

なかなかフザけたババアだ。

ちったあマトモに答えやがれ。

 

「試練を突破したお主らのうち、宝物に触った一人だけしか運べないとはのう。やはり久しく使わぬ機能は駄目じゃな。然るべきときに使えるよう、手入れと事前に試験を行わなくては」

「そろそろこっちの質問にも答えてくれないかい?」

 

眼帯女がイライラしたように問いかける。

 

「おや? 答えておるではないか? 主らを皆殺しにしようとしたのが妾じゃ。妾は粗忽者(そこつもの)故、宝物に触った一人だけしか呼び出せなかったのが此度の失態じゃな。お陰でこちらも戦力を分散せねばならん」

「そうではない! お前は何処の誰だと聞いている!」

 

ヒゲのオッサンもキレたか。

先にキレてくれる奴らがいると、代わりに冷静になれて助かるぜ。

 

「妾か? 自分達が名乗るのが先であろうに、礼儀のなっていない小童たちじゃ。じゃがよい、名乗ってやろう」

 

ケバい魔族は姿勢を正して穏やかに答えた。

魔族の影が激しく震える。

 

「妾は魔王軍工作部隊隊員、中級召喚士のイルス。ダンジョンを拠点として支配し内側から切り崩せ、とのお達しを受けた者じゃ」

 

魔王軍……だと?

なんで、ここに潜り込んでやがる?

 

「本来ならダンジョンの仕掛けで一芸に秀でた優秀な冒険者をひっそり狩り取るはずじゃったが、たいした戦果も上がらないどころか集団を刈り取る仕掛けも使えない状態になるとはのう……。ああ失敗じゃ」

「つまり、ダンジョンはアンタが作り変えたって事でいいんだね?」

 

眼帯女の問いかけに、魔族は然り、と頷いていた。

 

「冒険者を釣り出すところまでは上手くいったのじゃがのう。意外と主らがしぶとくて困ったわ」

「あの骨野郎もアンタの仕業か?」

 

……少し気になっていた。

あの骨野郎、力の道と言いつつ単純な力で攻めて来なかったからな。

むしろタイプ的には魔法が主体のはずだ。

 

「力の道に仕掛けたやつかの? アレもそうじゃ。核にそれなりの装飾品を用意したのにイマイチ働きが良くなかったからのう。力の道の門番として捨て置いたわ」

 

妙に回りくどい方法で力の証明をすると思ったらそういう事か。

元々、そういう役割じゃなかったんだな。

 

「そして今ではアレの代わりに戦力として保管しておるのがこいつらよ」

 

そう言うと影から這い上がりように人型の怪物が現れる。

その体は鈍い銀色に輝いていた。

まるで出来の悪い人形のようだ。

 

顔には赤い点のようなものが光ってる以外は何もついていない。

 

両手も物を掴むような形ではなく、子供が悪戯で人形の手を槍につけ変えたような形をしている。

 

全身がツルツルとしたなめらかな金属人形。

それが出てきた化け物に抱いた印象だ。

 

「こやつらは歩兵級悪魔達、名も無き悪魔共じゃ。短い間じゃが覚えていてたもれ」

 

なんか嫌な感じがすると思ったら悪魔だと。

前の奴ほどヤバい感じはしねえが……

 

「早速じゃが死んでおくれ。上の奴らは召喚トラップを発動させておる。主らも後から追いつく予定じゃ」

 

……気になる事を言ったな。

召喚トラップだと?

 

「くふふふ……、上が気になるかの? まあ仮に気にならなくとも、無理にでも気になるようにしてやるまでの事」

 

魔族が指を鳴らすと、空中にエリー達の様子が映し出された。

彼女達は大量のスケルトンやアンデッドオーガに囲まれている。

 

「てめぇ……!」

「ほら、早うせぬと皆死んでしまうぞ? ほれほれどうする?」

「騙されるんじゃないよ! 上には他の仲間たちもいる!『オーガキラー』だってね」

 

怒りで我を忘れそうになったアタシ達を眼帯女が一喝して場を整える。

 

「悪魔と魔族のコンビとか、珍しい化物と戦えるもんだね。冒険者稼業をやってみるもんだ」

 

そう言うと眼帯女のフーディーはサーベルを取り出した。

 

「マリー、ダレス! 私は中近距離での戦いがメインだ! アンタたちはどうだい!?」

「俺は近距離専用だ」

 

お前らも接近戦で戦うタイプか。

 

「残念だがアタシもメインは近距離だ。あと支援魔法や回復魔法が使えないからそっち方面には期待するな」

「チッ、どいつもこいつも揃って攻撃型って訳かい……。短期決戦で仕留めるよ」

 

そう言うと眼帯女はかけていた眼帯を外した。

その様子を魔族が笑う。

 

「格好つけかの? 外したら強くなると言う奴か?」

「燃えな! 『炎眼』」

「むっ? なっ! おのれっ!」

 

眼帯女の片目が赤く輝くと、悪魔と魔族が燃え上がる。

燃えているのはアイツらだけで、他の物は少しも燃えていない。

 

魔眼系のスキルか。威力はあるが誤爆しやすいタイプのスキルだな。

いつもつけてる眼帯は誤爆防止のためか。

 

「おのれぇっ! 影よ!妾を喰らえ!」

 

魔族女の足元の影が伸びて彼女の体を包みこむと、身体が影の中に沈み込み消えてしまう。

その場には奇妙なことに影だけが残っていた。

やがて影が素早く動き出すと少し離れたところで止まる。

 

すると影の中から魔族女が再び姿を現した。

 

「はぁっ、はぁっ……。ナメた真似をしくさりおって! 嬲り殺してやるから後悔するがいい!」

 

魔族女が距離を取ると、詠唱を開始した。

あれは……こないだの召喚士の婆が使っていた悪魔召喚の詠唱に似ているな。

 

「まずいぞ、あの女また何かを呼び出す気だ!」

「だったら私がこの眼で焼く! あんた等、しばらく悪魔たちの相手を頼んだよ!」

 

悪魔は炎で燃やされているが怯んだ様子はない。

黒い霧を吹きながらも、淡々とこちらへ向かってきていた。

魔眼女は、その悪魔たちを飛び越えて魔族女の所に向かう。

 

悪魔達は髭オッサンと二人で迎え撃つか。



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第40話 集団戦

「オッサン、悪魔の体は魔力で作られてる。武器で時間かけて削り取ってもいいが、どっかに核となる部分があるはずだ。そこを徹底的に攻撃するぜ」

「詳しいな。お前、悪魔と戦ったことがあるのか?」

「ちょっとだけな」

 

ちょっと殺し合いをしただけだ。

 

「まずは右側のやつからやるぜ、左はアタシが牽制してやる」

「……任せた」

 

アタシ達は即興でコンビを組み戦う。

二体のうち、一体を牽制しつつ一体に集中砲火で倒していく作戦だ。

 

とりあえず一番怪しいのは顔面の光る赤い点だが、的が小さすぎて狙いにくい。

とりあえず様子見を兼ねて全身を刻んでみる。

 

……前に戦った包帯野郎の悪魔より、気持ち程度硬いが、しゃべるわけでもなく、本当に人形のようだ。

なんとなくだが、戦力としては前の包帯悪魔より弱いな。

 

オッサンも斬りかかる。

 

「……ふむ、固いな。ではそこはどうだ?」

 

 

そこでおっさんが悪魔の赤い点を的確に貫いた。

悪魔は大きく黒い霧を吹きだすと、後ろに大きく後退する。

やっぱりそこが弱点みてえだな。

 

だが凄いな、動き回る小さな点を貫くとか並大抵の技術では無いんだが。

 

「俺のスキルは『精密剣』という。剣を振るっている途中ですら、髪の毛一本分の誤差まで修正するのは容易い」

 

つまり、剣技に限定すれば技量が達人のそれって訳か。

今回の『技』の試練もソレで突破したんだな。

 

「いいスキルだな。剣士なら是非とも手に入れたいスキルだったろ?」

「……くだらんスキルだ。剣を極めようとすれば、いつかたどり着ける領域に過ぎない」

「そのおかげで今助かってんだろ、贅沢言うんじゃねえよ」

 

おっさんとこの悪魔、戦いの相性が良さそうで助かった。

アタシは悪魔の両足を蹴り飛ばして氷で固めてやる。

これで一瞬だけ足止めするくらいはできるだろうさ。

 

氷漬けにした方はオッサンに任せていったん放置だ。

 

アタシはオッサンに傷つけられて後ろに下がった悪魔に追撃をする。

怯んで動きが止まっているならアタシだって赤い点に当てられるんだよ。

 

怯んだ悪魔の額に刃をぶっさして、中をかき回すように刃を動かすと、予想通り大きく黒い霧が吹き出した。

額の中のどっかに核になる部分があるみたいだな。

 

「闇雲にぶっ刺しただけじゃ駄目だよなあ? しっかり急所をえぐるようにかき回さねえと感じねえぜ?」

 

悪魔の全身がひび割れ、黒い霧が吹き出すのが止まらない。

……こいつは終わりだな。

 

それを見ていたもう一体の悪魔の額にある、赤い光が強くなる。

 

「おう、どうした? お仲間がやられてビビったか? ……っ!!」

 

アタシは嫌な予感がしたので横に飛んで回避をする。

悪魔の額から、光の線が飛び出したのはその直後だった。

光の線が地面を焦がす。

 

「妾の影にぶつけるでない! 狙うべき相手を狙え!」

 

光線を慌てて回避するケバ魔族。

自分で呼び出したくせに勝手な奴だ。

 

しかし、あの光どっかで見た事あるな。

どこだっけ。アタシが生まれる前か……?

 

「何だアレは……?」

「光を収束させて放ったんだろ」

「光を……? そんな事が可能なのか」

 

確か、ビーム、いやレーザーだったか?

随分と未来的な技を使いやがる。

 

……忘れてた技術を思い出させてくれてありがとよ。

悪魔との戦いはタメになるぜ。

 

アタシは水魔法で生み出した魔法を凍らせて氷を生み出すと、盾のように構えてレーザーを防ぐ。

そしてそのまま相手の体に氷と水を叩きつけ凍りつかせた。

 

魔法で動きを封じたところで、アタシはオッサンに合図を送る。

 

アタシが体を刻み、オッサンは正確に額の弱点を貫いた。

 

「ええぃ! 何をやっておるか! 最下級とは言え、悪魔であろうが!」

 

ケバい魔族が吠える。

 

「おいおい、余所見してる暇があるなんて余裕じゃないかい」

「っ! いつの間に…… しもうた!」

 

魔族は斬りつけられ、更に炎で炙られる。

 

「おのれっ! 影よ!」

 

魔族は慌てて影に潜る。

少し離れたところでまた姿をあらわした。

 

「……くそっ、くそお! 舐めるなよ!」

「舐められるようなことをしといて何言ってるんだい【石よ石よ、尖り尖り槍となりて相手を貫け】〈石槍弾〉!」

 

フーディーは魔法を唱え、影から出た魔族に追撃をしていく。

鋭く尖った岩の槍がケバ魔族へと迫る。

 

「影よ! 岩を喰らえ!」

 

フーディーグが生み出した魔法は、盾となった影に吸い込まれてしまった。

 

……あの影、厄介なスキルだな。

 

「ちっ、ならもう一回燃えちまいな!『炎眼』!」

「何度もその手が通じるものか! 影よ! 吐き出せ!」

「何!?」

 

フーディーが目を赤く光らせ魔族を燃やそうとしていたが、影から飛び出してきた石弾に邪魔される。

 

「くっ!」

「ははっ、そのまま死ぬがいい!」

 

その岩はフーディーの足に突き刺さった。

……さっきフーディーが使った魔法じゃないか。

魔法を跳ね返せるのか。

 

このままだとマズイな。

 

「オッサン、ソイツは任せたぜ!」

 

アタシは滅びかかっている悪魔を無視して魔族とフーディーの戦いに突っ込む。

 

「チッ、また来たのかい? しゃらくさいのう! 悪魔共よ、はよう!」

 

すると、また悪魔が二体召喚された。

 

「くそっ、何体いやがる!」

「ふん、知らんのか? 歩兵級悪魔は四体で一つ! 一人や二人やられた程度では造作も無いわ」

 

額を狙うが悪魔が回避してわずかに逸れる。

くそっ、アタシじゃ一撃でやれねぇ!

 

「オッサン!」

「もう来ている」

 

オッサンの声を聞いたアタシは、凍らせて一瞬だけ動きを鈍らせる。

そこをオッサンが一突きで屠った。

 

もう一体も同じように対処する。

 

「こうもあっさり妾の悪魔を屠るとは…… 主らを舐めておったわ」

「おいおい、私の魔法を跳ね返しといて無視なんて酷いじゃないかい、『炎眼』!」

「しまっ…… うぐっ!」

 

フーディーが近くまでゆっくりと忍び寄っていき、奇襲を仕掛ける。

彼女は再びスキルで魔族を焼き払うと炎が包み込む。

 

……あと一歩ってところだな。

 

「くそっ、くそっ! もう出し惜しみは止めじゃ! ダンジョン管理者権限執行! 貯蔵魔力変換! 〈変身〉」

 

魔族は高く飛び上がりさ叫ぶと、体が変化していく。

下半身が巨大なライオンのようになり、四本のしっかりとした脚で支えられる。

本来ライオンの顔があるであろう首の部分には魔族の上半身が生えている。

 

背中の羽も体も二回りは大きくなっている。

 

「この状態まで追い込まれるとは…… 任務は失敗じゃ! 三年かけて貯めた魔力の大半を使ってしまった以上、主らの命だけはいただくぞ!」

 

地面に降り立つと、その巨躯から地響きが響く。

 

「まずは貴様からじゃ! 影よ! 喰らえ!」

「なにっ!?」

 

フーディーグの方に向き直ると、半獣魔族はスキルを発動させた。

影が彼女を覆いつくすと、そのまま姿が消えてしまう。

 

「フーディー殿!? 貴様! フーディー殿をどこにやった!?」

「んん? 返して欲しいか? それでは返してやろう。 影よ、吐き出せ」

 

すると、ボロボロになったフーディーグが、影から吐き出されてこっちへ飛ばされる。

 

手足がおかしな方向に曲がっている。

……気を失っているが生きてはいるようだ。

 

「フーディー! しっかりしろ!」

「おや、妾の『喰ライ闇』をマトモに受けて、まだ息があるのか。なかなかにしぶといのう。今度はちゃんと噛み砕いてやるから覚悟せい」

「砕かれるのはテメェだよ」

 

アタシは武器を構える。

 

「威勢がいいのう、貴様らにも躾の時間じゃ。管理者権限執行! 限定テレポーテーション解放!」

 

半獣魔族が空間を開く。

その向こう側はエリー達のいるフロアの上空が映っていた。

 

「歩兵級悪魔よ! 全軍攻撃態勢に移行!」

 

影から八体、さっきの人形みたいな悪魔が現れると空間に飛び込んでいく。

 

……あの野郎、悪魔をエリー達のいる所に放り込みやがった!

追いかけねえと! ……だが空間はすぐに閉じてしまう。

くそっ、逃がす気はねえってわけか。

 

「くふふ……。さあ改めて問うぞ? 悪魔が八体、お仲間たちのところへ向かったが、主ら、どうするつもりかの? 妾と遊んでいて良いのか?」

 

「テメーを殺さねえと戻ることすら出来ねーだろうが」

「そうか、ならば妾からのサービスじゃ。管理者権限執行。限定テレポーテーション開放!」

 

すると、転移するための門が開きエリー達がいる広間が見えた。

 

「ほら、一人だけなら助けに行って良いぞ? フロアの敵を一掃すれば帰れるはずじゃ。最も、もう戻っては来れんがの?」

 

……コイツ仲間割れを誘ってやがるな、クソったれが。



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第41話 暗い影

「オッサン」

「分かっている。相手の策にみすみす乗るほど馬鹿ではない」

「くふふ、こうなった妾の勝ちは揺るぎない。召喚魔法が使えなくともな。此度の行為は妾の優しさだという事を証明してやろう」

 

魔族の女は空中に浮いたまま、呪文を唱えだす。

……この距離、厳しいな。

 

「【黒き闇の昏い槍よ。敵を射抜け】〈黒影槍〉」

「ちぃっ!」

 

攻撃が届かない高い所から唱えられた呪文は、足元に浮かぶ影から複数の黒い槍が飛び出してくる。

 

骨野郎が使った魔法と見た目は同じだが、その数は倍以上に多い。

アタシとおっさんは必死で回避する。

避けられない槍は刃で受けた。

 

「オッサン! なにか方法は、良い方法ないか!」

「俺は長距離での攻撃なぞ持ち合わせていない!」

 

くそっ、役に立たねえ。

このままじゃジリ貧だ。

 

「くふふふ、楽しくなってきたのう」

「てめえは殺す!」

 

私は風魔法で空気の塊を作り、それを足場に駆け上がる。

 

「なにっ!」

「ファイアローズ!」

「くっ、影よ! 喰らえ!」

 

再び地面から伸びてきた影が炎を飲み込み、半獣魔族へ向かうアタシを阻む。

 

「くく、影よ、吐き出せ」

 

てめー、アタシの炎で反撃する気だな。

そいつは無理だぜ?

 

影からアタシが生み出した炎が飛び出す。

だが、吐き出された炎は一瞬で消えてしまう。

残念だがアタシは遠距離魔法を使えねーんだ。

 

「何っ!?」

「アタシの魔法は特別なんだよ、サンダーローズ!」

「うぐぁあああっ!!」

 

雷の一撃を当ててやる。

体勢を崩しやがった。それなりに効いたらしいな。

 

 

半獣魔族の野郎、慌ててアタシから距離を取りやがる。

……体が再生しているな。

前に戦ったアイツと同じか。理性があるだけ厄介だな。

 

「おのれ、おのれぇ! 影よ! 暴れろ!」

 

半獣魔族がそう叫ぶと、影から槍が飛び出して激しく回転する。

さっきの影魔法をスキルで再現できたのか。

 

「まだじゃ! 【昏き闇よ、闇夜に笑うは漆黒の炎、爆ぜてその身を犯せ】〈黒炎瀑布〉」

 

半獣魔族魔族の手に黒い炎が生み出される。

そして、その炎を上へ放り投げた。

投げられた炎は空中で爆発、飛散して降り注ぐ。

いくつかの炎の欠片がアタシの体に降りかかってしまう。

 

「どうじゃ! これは呪いの炎! 早く治さないと命に関わるぞ? もっともそのような機会は与えないがの?」

 

くそっ、確かに炎がかかった部分が黒く染まっている。

ジワジワと責め立てるような痛みが走るな。

これが広がって行くと厄介だ。

 

この炎を躱そうとしたせいで、アタシは地面まで落ちてしまう。

なめた真似してくれるぜ。

 

「今だ、影よ! 突き刺せ!」

「まずっ……!」

 

 

地面に影の生み出した槍がアタシに向かってくる。

クソっ!数が多くて躱しきれねぇ。

何本か食らっちまう。

 

……だが、その瞬間、誰かに吹き飛ばされる。

お陰でアタシを貫く攻撃は回避できた。

 

地面を転がりながら体勢を立て直す。

振り返って見てみるとオッサンがいた。

オッサンが突き飛ばしたのか。

 

代わりに受けるはずだった何本かを食らっている。

 

「おい、マリーとやら」

「なんだ、オッサン」

「約束は果たしたぞ」

 

約束?

なんかあったか?

 

「庇ってやると言ったはずだ」

 

ああそうか。

最初に会った時の口約束を守ろうとしたのか。

ムダに律儀なオッサンだ。

 

「ありがとよ、お陰で傷つかずにすんだぜ」

「ふん、未来ある冒険者がこんな所で朽ちるのが勿体無いと思っただけだ。お前たちの鋭い戦いと緩い雰囲気は見ていて嫌いではない」

 

憮然とした態度だが、オッサン照れてるな?

オッサンもアタシたちのファンクラブに入っていいぞ。

 

「オッサン、ついでに頼みがある。こいつはアタシが引受けるから、アイツが作った扉から仲間の所に合流してくれ」

 

「……それならば、俺がこの場を引き受けよう」

「お断りだね。攻撃手段のないオッサンじゃ犬死にするだけだ」

 

髭オッサンも分かってるのか苦々しく舌打ちするだけだ。

 

「逆に向こうの悪魔共はアタシよりオッサンのほうが相性がいい」

「だが、それではお前が……」

 

「死ぬ気はねえよ。こっちにだって考えくらいあるさ。さっさとアタシ達の仲間を庇いに行ってくれ。約束、守ってくれるんだろ?」

 

そう言うとアタシは顎でエリー達のいる向こう側を指さした。

 

「……クソッ、口の減らない野郎だ。勝てよ」

「当然だ、アタシはああいう見下して来るやつが大嫌いだからな」

 

オッサンは武器を構えると、エリー達のいる所へと駆け出した。

 

「なんじゃ? せっかく罵り合ったり庇い合う喜劇のどちらかが見れると思ったのに、つまらんのう」

「へっ、残念だがこっから先は有料だ。見たけりゃ命で払いな」

「減らず口を叩きおって……。数々の無礼、その死をもって償うがよい」

 

影が私に向かって攻撃を仕掛けてくる。

まずはこの影からなんとかしねえとな。

「ファイヤーローズ! サンダーローズ!」

「無駄じゃ。影よ喰らえ」

 

ちっ、炎と雷も吸い込まれたか。

やはり空中に出るのが一番だな。

 

「【昏き闇よ、闇夜に笑うは……】」

「後ろでブツブツ唱えてんじゃねえよ。根暗な女はモテねぇぞ?」

 

アタシは空中を蹴る。

両手にはそれぞれ、雷と炎の魔法を用意している。

空中を駆け上がりながら一気に羽を切りつけた。

 

「華火」

 

傷口から雷と炎が派手に散る。

宙に浮かぶことができなくなったのか半獣魔族は地面へと落ちていった。

 

「ぐぬうううっ!」

「アンタ接近戦で戦うタイプじゃないな、色々とお粗末だぜ」

 

 

アタシは水魔法で水を作ってぶっかけてやった。

次に、氷魔法で凍らせる。

 

「がぁっ!」

「たまには熱も冷まさねえとな? 逝っちまいな! サンダーローズ!」

 

全身が凍って動けなくなったところに、再び雷の一撃を食らわせてやる。

 

だがまだだ!

氷の魔法を何層にも、何層にも重ねてやる。

名付けて――

 

「アイス……ピオニー」

 

地面に、巨大な氷の牡丹が咲いた。

 

「どうだ、キレイだろ」

 

……疲れた。

 

一気にいくつもの魔法を重ねた疲れからか、流石に息切れしている。

回復させないように氷漬けにしてみたが、効果はあったか……?

 

動きはない。

まあ良いさ、氷ごと砕いてやる。

アタシは雷の魔法を放とうと構えた。

 

その瞬間、影がアタシを食らう。

 

「しまった!」

 

……真っ暗で何も見えない。

武器も喰われる前に落としてしまったか。

あるいは武器だけ吐き出されたのか。

手には何も持っていない。

 

どうやって出ればいいんだ?

すると、遠くから氷が砕ける音がした。

外の音だけは聞こえるのか。

 

「よくも、よくもやってくれたのう。ダンジョンから力を得ていなければ危うく死ぬところじゃったぞ。影よ! そやつを砕け!」

 

掛け声とともに、影が私を押し潰そうとしてくる。

まるで獣の口の中で咀嚼されるように、何度も上下左右から叩きつけられた。

 

「ぐっ!、がっ…… ゲホッ……!」

 

マズい、このままじゃ嬲り殺される。

右手も、右足も、他にも何箇所か骨が折れたようだ。

 

そう言えば、半獣魔族の奴が騒いでいた攻撃があったな……

一か八か、さっき見たばっかりの魔法を試してみるか。

 

「見様見真似だが、喰らいな!」

 

手から出た光が影を照らすと、闇は固まったように動かなくなる。

やがて闇がヒビ割れ、アタシは光に吸い込まれた。

……気がつけば半獣魔族の目の前に飛び出している。

 

さあ、反撃だ。

本当なら悪魔みたいに光を収束させてレーザーにするつもりがうまく行かなかったな。

まあ外に出られたからいいさ。

 

「何……? おぬし、何故……?」

「やっぱりその影、闇魔法に近いな。消すことはできなかったみてえだが、対処法は見つかったぜ」

「くそ、馬鹿な……。何故、影の中で魔法が使える!?」

 

その口ぶりからするに、一度影に取り込まれたら中では魔法が使えなくなるみたいだな?

 

「言っただろ。アタシの魔法は特別なのさ」

「おのれ! ボロボロの分際で! 妾の任務を失敗させ、挙げ句の果てに愚弄するか!」

 

水と空気で壁を作り攻撃を防ごうとするが、そんなのは意に介さないとばかりに殴りつけてくる。

 

 

氷もぶつけてみたが一瞬で再生される。

クソッ、やっぱり生半可な攻撃じゃ駄目か。

もうちょっと隙を見せてくれれば……

 

「ふはは! どうじゃ! 妾をなめた事、後悔するがいい!」

 

ババアが、接近戦できねえくせに安易に近づいてんじゃねえぞ?

 

「……よ」

「ん? どうした? 命乞いか?」

「香水くせえんだよ!!」

 

アタシは、大声で叫ぶ。

音魔法で声を増幅してやった上で、だ。

爆音に動きが硬直したな?

 

……ここだ。

アタシは殴りかかろうとしていた拳に抱きつく。

 

「何のまねじゃ!? 離せ!」

「おう、何度も殴り付けなくたって離れてやるよ。その腕輪も飼い主の元に戻れて喜んでるだろうさ」

 

「なに!? ……なんの真似だこれは!?」

「プレゼントだよ。お前の使いっぱしりから貰ったのさ」

 

ポケットに入りっぱなしだったんだ。

ちよっと呪われてるらしいが、別に良いよな?

 

すると半獣魔族の体に髑髏のような模様が浮かび上がり、声を発する。

 

「おお……おお……。我が主のため……最後の攻撃を受けるがいい」

「貴様はワスケトか!? ば、馬鹿者! 妾こそが主であるぞ! 妾の事が分からんか!」

「そいつはもう死んでるんだ。最後の思いがその腕輪に詰まってたんだろ。親としてしっかり受け取ってやんな」

 

全身を覆う髑髏から血が吹き出す。

えげつねえ呪いだな。

 

だがそれらはすぐに修復される。

ダンジョンの魔力で無理やり回復しているのか。

 

そして再び髑髏から血が吹き出す。

 

「おのれえ! 作られたモノが作りしモノに刃向かうか! オノれ、お……ノレ、ぬあああ!」

 

……高い回復力と合わさって酷い事になってやがるな。

だが、思った以上に隙を作ることに成功したみたいだぜ。

ここがラストチャンスだ。

 

「……なんでさっきから反撃しなかったと思う? ずっと準備をしてたんだぜ」

 

アタシは熱で白く輝く左手を見せつける。

爆発がこっちに来ないように、ムダに力が逃げないように、水魔法で手の周囲を覆ってやる。

 

「親子で絡み合ってないで、さっさと逝っちまって楽になりな」

 

アタシは呪いで再生と破壊を繰り返すババアの心臓部分へ手を当てた。

これが、アタシの必殺技だ。

 

「これでおしまいだ。必殺、鳳仙花!」

 

 

極限まで圧縮した複数の炎魔法が、心臓で爆ぜた。

 

「おお……。オノ……レ……! オノレエエエェェッッ!!!」

 

圧縮された炎は体内で幾度も爆発を繰り返す。

その爆発は逃げ場をなくし幾度も体を焼き払う。

やがて体が耐え切れなくなったのか、全身から火を吹きだすと、背中から火が吹き出し、最後には体が弾け飛んだ。

 

……体もカケラだけでは再生できないらしいな。

 

「これで幕引きだ。最後に子供の愛情を受け取れてよかったな」



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第42話 撤収

アタシはみんながいる広間に戻ってくる。

フーディーの奴は、眼を覚ましそうになかったので背中に担いできた。

 

「マリー!」

「マリー、無事でしたか」

 

エリーが駆け寄ってくると、アタシに抱きついた。

エリーもリッちゃんもボロボロだが幸い命に別状はなさそうだ。

アタシもここに来る前にスキルを使っておいたので怪我や呪いは一掃済みだ。

 

「急にスケルトン達が消滅したので、おそらくダンジョンを攻略したと思っていました。 ……アレを使って回復しなければいけないほど激戦だったのですね」

「まあな、というより相性が悪かった」

 

逃げ回って遠距離から広範囲攻撃で戦うタイプだったからな。

リッちゃんかエリーがいたら割と簡単に片付いたと思うぜ。

 

「フーディー!」

 

次に声をかけてやってきたのは、『パンナコッタ』のメンバーだった。

名前は……コナツとか言ったな。

黒髪でその独特な服装は東方の出身だろうか。

 

背中に担いだフーディーが気になったのだろう。

悪いが命に別状が無いやつにアタシのスキルを使う気はない。

 

「こいつはまだ生きてるぜ、アタシは他人は治せないから早く治してやんな」

「……ありがとう。感謝します」

「礼を言うのはこっちだ。今回かなり助けられた。フーディーにもよろしく伝えておいてくれ」

「……今度またお礼をします。フーディーも連れて、必ず」

 

アタシは軽く手を振ってコナツとやらとの会話をおしまいにした。

他のチームもボロボロだ。

それぞれのチームが手当てをしている。

落ち着いてからギルドまで戻っていくだろう。

 

エリーはまだアタシにくっついたままだ。

……心配かけたし仕方ない。しばらくそのままにしておこう。

 

撤退の準備をしようとすると、リッちゃんが服の裾を引っ張る。

 

「なんだ? トイレか? もういい年なんだからひとりで行くんだ、もうスケルトンは出てこないぞ」

「違うよ! ……あの祭壇にある道具、回収しないの?」

 

そう言われて祭壇の存在を思い出す。

そういえばあったな。

取れるかどうか試してみるか。

……お、取れる。

 

「リッちゃん、これ呪いとかかかってないな?」

「……大丈夫、呪いどころか最初にかかってた魔法までもう消えちゃってるよ」

 

それなら持って行っても良さそうだ。

 

「おっさん、あと……コナツ、だっけか? これ持って帰れるみたいだぜ?」

 

アタシは最短で置いてあったもののうち自分で取った龍眼玉だけをとると、それぞれのメンバーに宝物を忘れないよう促す。

 

「そうなんですね……。リーダーのフーディーが不在のいま、リーダーに代わって重ね重ねお礼を申し上げます」

「こちらもだ。この炎のマントはありがたく貰っていく」

 

コナツって奴は一挙一投足がやけにキレイだな。

ちゃんとした家柄の出身だったりするんだろうか。

まあいい、詮索はしない主義だ。

たとえ貴族だろうと乞食だろうと、やらかしてなけりゃ冒険者さ。

 

今回はそれぞれのチームにお宝渡をして完了だ。

それぞれのチームでギルドに報告をし、後で情報を取りまとめてもらう。

それで今回の報奨金をもらって終了だ。

 

「あの〜、ウチ達の分け前は?」

 

筋肉妹がなんか言っている。

 

「お前たちは手に入れただろ、かけがえのない思い出ってやつをよ」

「ちょっと待って! いい思い出で終わらせないで! うちらも頑張ったんよ! 少しくらいお宝もらってもいいんよ!」

 

まあ確かに頑張ったのは事実だ。

だが肝心な時、肝心な所にいなかった上に徹底的にやらかしてるからな。

……一応回収しておいたアレをやるか。

 

「しょうがねえな。ほらよ、ルビー。あの骨野郎が落としたアイテムだ。ボスを倒すときにも使った逸品だぞ」

「ほう、敵を倒したという証だな! いいだろう! ありがたく貰っておくぞ」

「まあ姉ちゃんが満足してるならいいけど……」

 

アタシは魔族にはめていた腕輪を渡してやる。

呪われていたやつだ。

どうやらこれで満足してくれたらしい。

 

「そうそう、それなら呪われてるから気軽に腕につけるなよ」

「ん? なんか言ったか?」

 

筋肉女は忠告をした時点ですでに腕輪をはめた後だった。

 

……だが呪いが発動しない。

もしかして一回こっきりの力だったのだろうか。

 

そう思った瞬間、筋肉女の全身に髑髏が浮かび上がる。

 

「む? 何だこれは!?」

「ヤバい! その腕輪を早く手から離せ!」

「むむっ! 負けるものか! マッソー……パウアッ!」

 

パチンッと弾けるような音とともに髑髏が吹き飛んだ。

……え? それで呪い解除できるの?

 

「リッちゃん、アレさ……」

「呪いが消えてるね」

 

やっぱりか。

 

「ふむ、なかなかいい腕輪じゃないか、礼を言うぞ!」

「お、おう……。礼を言われる筋合いはねーよ。いやホントに」

 

筋肉妹と変態がさすが姉ちゃんとか筋肉に合いますねとか褒めていた。

 

もういいや。

あいつらと絡んでると脳みそが破壊されそうになる。

さっさと距離を置こう。

 

……色々と手当やらを行ってたせいか、他のチームはすでに撤退をしていた。

気がつけばなんだかんだ残っているのはアタシ達くらいだ。

 

「あ、リッちゃん。荷物預かってほしいから空間を開けてくれないか?」

「いいよー」

 

アタシは祭壇で手に入れたお宝と、他にダンジョンで手に入れたお宝を異空間……。通称アイテムボックスに放り込んだ。

……よしっ、なんの問題もないな。

 

「あの、マリー……。今のってまさか……」

「しっ、とりあえず館に持ち帰ってからだ」

「え?何いれたの!? ちょっと! 虫とかじゃないよね!?」

「大丈夫だ。ダンジョンにはよくある石だ、館に帰ったら見せるから気にするな」

 

エリーも気にするな。

普通は手に入らないかもしれないけど、たまたま手に入ったから良いじゃないか。

 

「さあ任務も達成したし、アタシ達も帰ろう」

「あ、ちょっと待って」

 

そう言うとリッちゃんは壁の横、目立たない場所に何かを書き出す。

……魔法陣か?

 

「リッちゃん。もう使わないダンジョンだからって落書きはいけないぞ」

「違うよ! これをこうして……できた!」

 

リッちゃんが書かれた魔法陣に魔力を流すと、空間が開く。

 

「さあ行くよー」

「おい、説明を……」

 

話を聞く間もなく、リッちゃんは光の中に入ってしまった。

アタシ達も慌てて追いかける。

 

「ただいまー!」

「は?」

「ここは……館、ですか?」

 

目の前にはよく知った花壇がある。

いつか花冠を作った花壇だ。

 

「すごいでしょ! これであの元ダンジョンと往復自由だよ! 魔力さえあればだけど!」

「確かにこれは……。凄いですね」

「空間魔法か?」

「そうそう、それ! 我の秘術に恐れおののくがいい!」

 

エリーと同じく、アタシもこれには驚いた。これならどこからでも帰り放題じゃないか。

流通革命じゃないか、コレ?

 

「これどうなってるんだ?」

「ダンジョンの空間魔法を擬似的に再現したものだよ。誰でも入られると困るから魔力の波長を登録して保護してるけど」

 

話を詳しく聞くと館に仕掛けた魔法陣とここの魔法陣を空間的につないでいるらしい。

 

魔力を込めて魔法陣の維持をしているので定期的に魔力を入れなければいけないとか、一度開通させたら館の方で新たに陣を書かないと新しいルートは作れないとか面倒らしいが、それでも便利だ。

 

リッちゃんのお陰で馬車の旅から開放されたな。

さて、館でエリーとゆっくり休むか。

 

「ところでギルドへの報告は向こうの領地でおこなう必要があったのではありませんか?」

「あっ」

 

結局、アタシ達は再び魔法陣をくぐりなおした。

 



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第43話 コア

「はい、報告ありがとうございます。他の方とも証言が一致しました。報奨金になります」

 

男爵領でギルド員から報酬を貰う。

魔族退治のイロがついた分と『オーガキラー』のやらかし分を合わせて金貨二十枚だ。

そういえばオーガキラーは今回のやらかしで強制任務が確定したらしい。

まあ魔物退治とかなら報酬抜きでも嬉々として請け負うだろ。アイツラなら。

 

しかし久々に手にずっしり来る重さだな。

こういうのが良いんだよ。

 

「ねぇ……。今更、本当に今更気がついたんだけどさ。僕、なにも報酬貰ってないんじゃないかな?」

「え? 分けてるじゃん。アタシとエリー、そしてメイで三等分してるぞ?」

 

何言ってんだ。

今回の分だってアタシとエリーで金貨五枚、メイドのメイとチームの予備費でそれぞれ五枚だ。

何が不満だと言うんだ。

 

「僕の報酬は?」

「メイに払ってんだから別にいいだろ」

「えぇー! 僕も報酬が欲しいよ! 食べていくのに困らないくらいのささやかな報酬でいいからさ!」

 

食わなくても元気に死んでるやつが何言ってやがる。

スプーンとフォークでも渡すか?

これがあれば食うには困らないぞ。

なんならナイフもつけてやる。

 

「リっちゃん、報酬抜きでもやりがいがあっただろ?」

「やりがいじゃお腹は膨れないよ!」

「やりがいがあれば大丈夫だ。ありがとうで人は生きていけるんだぞ」

「マリーったらもう!! 僕だって怒るときは怒るんだよ! えいっ!」

 

魔法陣が地面に書かれると、風が上に吹く。

なんだこんなの、なんの意味も……

 

「ち、ちょっと待て! パンツ! パンツが見えちゃうから!」

「ふんだ! ギルドの皆にパンツ丸出しで見せつけちゃえ!」

「うわわわ、アタシが悪かった、止めてくれ!」

 

しらない!と怒るリッちゃんは聞く耳を持とうとしない。

ギルドのどこかから、ありがとうという声が聞こえてくる。

 

「リッちゃん。そこまでにしてあげてくださいね」

 

エリーに咎められて、しぶしぶ風を起こすのを止めたリッちゃん。

アタシも服装を正す。助かったぜエリー。

 

叩かれたり蹴られたりするのが好きな人達はなぜか堂々とパンツを晒していると喜ぶらしいが、そういった方向のファンは間に合っているんだ。

 

「マリーも悪ふざけのやりすぎですよ」

「いや、だってよ。リッちゃんはお小遣いとしてメイから金貨貰ってんだろ? それでいてさらにお金もらおうってのはなあ」

「え? そうなんですかリッちゃん?」

「そうだけどさ……。やっぱり僕も報酬貰って山分けしたいよ!」

 

ついでに言うとお化けたちはメイ以外は食事をしないし、裏山から結構な割合を採ってくるので、食費もほぼタダだ。

間接的に結構な額を貰っているはずだ。

 

「リッちゃん……。館に帰ったらメイさんも交えてお話しましょうか」

「まあリッちゃんはすでにお荷物じゃないし、荷物番としてそれなりに給料をやるさ」

 

魔法使いとしても働いているしな。

 

 

「皆様方おかえりなさいませ」

「メイ! ただいま! お土産だよ!」

「これはチーズですか。ありがとうございます。料理に使いますね」

「あとミルクもあるよ! なんと二足歩行する牛から取れたミルクなんだ!」

「まあまあそれは……」

 

アタシ達は館へと帰ってきた。

リッちゃんがメイに男爵領で買ったお土産を渡す。

 

 

結局空間魔法での移動は秘匿することで決まった。

 

あれを公開してしまったらアタシたちの平凡な生活が危ういからな。

使うにしてもコッソリ使って他の奴らにばれないようにする。

 

技術の発展とか知ったことか。

トラブルに巻き込まれるなら、技術ごと消すのが正義だ。

技術はリッちゃんの自己満足の範囲だけで良いんだよ。

 

「さて、報酬の山分けタイムだな」

アタシは懐から金貨を取り出す。

 

今回の報酬だ。

色々と話し合った結果、アタシの取り分として五枚、エリーにも同様に五枚、メイとリっちゃんには二人で七枚渡すことに決めた。

メイは元々、金貨を殆ど使わずにリッちゃんに上げていたらしい。

そのためリッちゃんにはメイを経由して五枚、あとの二枚はメイ自身が自分のために使うよう言い含めてある。

残りは予備費だ。

 

現金の分配はこれでオシマイだ。

 

「リッちゃん、祭壇の上にあったお宝を出してくれ」

「いいよー、はい!」

 

龍眼玉が転がる。

 

「これなんだが、そのままでも結構な値段になるらしい。だが、魔法具屋なんかで加工してもらえば優秀な付与魔法がかけられる」

「僕は加工するべきだと思うな。お金は稼げるし」

「そうですね、私もそのまま置いているより加工した方が良い結果になると思います」

 

満場一致か。

 

「よっしゃ、じゃあアクセサリーに変える方針で決定だな、さて次だ」

「え? まだ何かあるの?」

「ああ、ついつい持ってきてしまったものがあってな。ある意味これが本番だ」

「ついつい、ですか……」

 

エリーの顔が硬い。

たいしたものじゃないだろ、多分。

 

「リッちゃん、さっき龍眼玉と一緒に入れたやつを出してくれ」

「うん分かっ……あれ? 何かあるけど取り出せないや、ナニコレ?」

「ああ済まない。アタシが取るから空間を広げてくれ」

 

リッちゃんが首をかしげている。

すまないな、コレはちょっと特殊だったんだ。

アタシはリッちゃんの倉庫からソレを取り出すと机の上に置いた。

 

「取り出せなかったのってこれ? なにこれ? 水晶の氷漬け?」

「ダンジョンコアだ」

 

「え?」

「聞こえなかったか? ダンジョンコアだ。魔族を倒した後に開いた扉の先にあった。魔法で壊そうとしたんだが壊れなかったからな」

 

触るだけで簡単に壊れそうだったが、今後のことも考えて色々テストしてたらなんか取れたんだ。

リッちゃんが固まっている。

そんな表情初めて見たかもしれない。

 

「あのー、どうやって持ってきたの?」

「魔法で包みこむようにして?」

 

炎も風も効かなかったけど、水で周囲を覆って凍らせて、刃で魔力の流れっぽいのを断ち切って、空間魔法でちょこっと位置を移動させたら持ち帰ることができた。

 

「えっと、マリー。 君たちの時代だとよくある事なのかな? 僕の時代はダンジョンコアを移動させられるのは無理っていうのが常識だったんだけど」

「安心しろ、今も似たようなもんだ」

 

少なくともダンジョンコアを移動したっていう話なんざ聞いたことねえ。

優秀なダンジョンが見つかれば、その近くに冒険者の町が作られるくらいだ。

 

今回は魔族退治して金貨と宝石一つだけじゃ割に合わねえからな。

ルールの穴を利用させてもらったぜ。

これは合法的にアタシ達のもんだ。

 

「これで早速ダンジョン作るぞ」

 

あの限定テレポーテーションとか言うのすごく便利そうだ。

寒い日にトイレ行くときとか。

そのために持ってきたと言っても良い。

 

「ええ……。できるかなぁ」

「できるかどうかじゃない、やるかやらないかだ」

「いい事のように言ってるけど無理強いしてるだけだからね?」

 

行けるって。自分を信じろ。

ウチはアンデッドも活躍するアットホームな環境だぞ?

ダンジョンも自分からここに作らせてくださいって頭下げに来るわ。

 

「ダンジョンができたら地下の拡張とかできるんだろ? リッちゃんの魔法研究室作っていいぞ」

「よしやろう! すぐやろう!」

「できるのか?」

「マリー、大事なのはやるかやらないかだよ」

 

さっきアタシが言ったセリフじゃねえか。

 

……言うが早いか、あっという間に一室に設置、ダンジョン化を終えた。

 

「こういう時の行動力は凄まじいな」

「普通は時間かかるんだけどね。マリーの魔力を流したらあっという間だったね……」

 

本来なら基礎魔力でじわじわ時間をかけて支配権を得るか、特殊な魔法で世界から断ち切って空白の状態にする、と言うのがリッちゃんの言葉だ。

今回はアタシの基礎魔力でゴリ押しできたらしい。

詳しく聞いても混乱しそうだからなるほど、とだけ頷いておく。

 

「なんにせよおめでとうございます! これでマリーもダンジョンマスターですね!」

「あ、僕たちもダンジョンの一員として登録しといてね、うっかりダンジョンに攻撃されても面倒だからね! あとは地下室だけど……」

 

なんでも昔ダンジョンを手に入れようとして色々調べていたらしい。

リッちゃんが長々と説明してくれる。魔力の回収だの効率だの設置するマップや魔物だの色々だ。

 

……正直めんどくせえ。ダンジョンの運営とか興味ない。

 

そもそも魔力の収集がどうとか最初は新品でも年々劣化して回収率が落ちるから改修必須とかアタシは大家さんじゃねえんだ。

そういうのは、うっかり不動産屋に騙されて高値で投資物件を買った奴が考える事だ。

冒険者のアタシは出てくるアガリだけ見てヨシッって言ってりゃ良いんだよ。

 

……よしっ!

管理を丸投げしよう!

 

「ダンジョンマスター権限発動。メイをサブマスターとして登録。 ……後は頼んだぞメイ」

「え? メイにやらせるの? 僕じゃなくて?」

 

リっちゃんに任せたら風雲魔王城になるだろうが。

館に入るだけで水浸しや泥まみれになりたくねえよ。

 

「私……でしょうか? その、マリー様のご命令とあらば謹んでお受けいたします」

「おう、頼むぜ」

 

ダンジョンの運営なんてやってられないからな。

……大丈夫だよな?

何もしない不動産管理屋に丸投げして、高い金吸われ続けるパターンじゃねえよな?

 

「え? これからダンジョン運営とかしないの!? きっと面白いよ!」

「アタシとしては実入りが少なすぎて、取るもんがないから代わりに貰って来ただけのモノだ。正直なんのトラブルもなければそれで良い。それより明日は魔法具屋に行くぞ」

 

トラブルしか生みそうにないダンジョンより、どう考えてもかわいいアクセサリーの方が重要だろうが。



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第44話 ラズリー

翌日。

街の魔法店をいくつか見て回ったが、しっくりくる店がないな。

デザインは良くてもリッちゃん的に作りが甘いとか、作りは良くてもデザインが甘いとか、妙に価格が高いとかそんなんばっかだ。

 

最悪金でゴリ押ししてもいいが、もう少し見て回りたい。

 

「ねえねえ、これ前もあったっけ?」

「ん? ……いや知らねえな。最近できた店か?」

「もしかしたら当たりかもしれません。入ってみましょう」

 

一応看板には『よろず屋 アイザック』と書かれている。

 

「いらっしゃいー」

 

中に入ると店番をしている女性が話しかけてきた。

 

「お客さん、冒険者かな?」

「そうだ。アタシはマリー。こっちがエリーで、向こうがリッちゃんだ、よろしくな」

「マリーにエリー……。ああ! 噂になってる人たちだね」

 

おや、商人にもアタシ達の武勇伝が行き届いてるようだな。

 

「なんだっけ。お偉いさんが集まるパーティーをぶち壊して代わりにファンクラブなんて狂ったものを立ち上げたり、祭り好きで自分の屋敷を使ってお祭り騒ぎを繰り返してるって聞いたけどホント?」

 

おい。

大体間違ってねえけど悪意を感じるぞ。

 

「基本的に運営はなげっぱなし。ギルドマスターと商会長が四苦八苦しながら切り盛りしてるファンクラブの名目上の長だとか」

 

え? マジで?

すまんギルドマスター、あと会ったこともない会長さん。

なんか無理させてたみたいだな。

 

「……間違ってないけど正しくはないな。アタシは写真とかを堂々と撮影させる代わりに、お金をもらってるだけだ」

「権利ビジネス……ってやつ? 興行師たちの中にはスネに傷あるやつが多いからね、睨まれない程度にね」

 

裏社会のやつらだな。

あまり関わったことはないが、存在は知っている。

 

基本的に冒険者にすら成れない、どうしようもない奴らだ。

だが金と暴力を巧みに使うという点で、人間社会に限って言えばこれほど厄介な奴らもそうはいない。

 

「……忠告ありがとよ。だがそれは他のやつらもわきまえてるはずだ」

 

頼んだぞ、ギルドマスター。商会長。

アタシ達は平和主義者なんだ、どうかトラブルには巻き込まないでくれ。

アンタらの上前ハねるくらいしかアタシにはできることがねえんだ。

 

……だがもしも切った張ったの殴り合いになるようだったら任せろ。

全力でぶち殺してやる。

 

「だいぶ話が脱線しちゃったね。ここに来たってことは、魔道具を買うか作りに来たのかな?」

「ああ、そうだ。これを使って魔道具を三つ作りたい」

 

アタシは龍眼玉をみせる。

 

「いい石だね。ちょっと待っててね。見積もり出してみる」

 

そう言うと彼女は計算をしだした。

その間にリッちゃんやエリーと店の品物を見る。

 

……どれも細工の出来がいいな。

薬関係や魔道具はかなりイロモノが多いが。

まあ趣味でやってるんだろうな。

痛みを快楽に変える薬とか誰が……あとで二、三本買って試してみるか。

 

「ここにあるのは皆付与魔法のレベルが高いね。あのお姉さんが作ってるのかな」

 

リッちゃん的にも問題ないか。

なら後は価格だけだな。

問題なければここの店で決めよう。

 

「お待たせー。3人分だとこんなもんでどう?」

 

ネックレスや指輪にした場合など、効果を含めた何パターンかで料金が提示されている。

……もう一声欲しいな。

 

「なあ値段だが……」

「あ、やっぱりそれなりに高いの分かっちゃうかな? ごめんねー、触媒の関係でどうしても安くなんないの。もし触媒を持って来てくれるなら三割引でもいいよ」

「え? なんの触媒を使ってるの?」

「それはどんな効果をつけるかによるかなー。アタシが付与できるのはこれだけだよ」

 

再度リストを見せてくれる。

 

魅力上昇とか美容維持は要らんな。

今でもたまにクるのに、これ以上エリーの魅力が上がったら任務に支障が出てしまう。

なによりアタシがスキルを定期的に使えば一発だ。

 

「簡易通信と守護、魔力補助はどうだ?」

「魔力補助は触媒が余ってるからいらないけど、残りの効果をつけるんなら野良ゴーレムのカケラとかだね。なるべく上質な奴」

 

たしか北の山にある溶岩ダンジョンにD級魔物のゴーレムがいたはずだ。

……たいした敵でもないだろ。

リッちゃんが昇格するための実績作りも兼ねて狩ってくるか。

 

「よし、じゃあちょっと取ってくるわ」

「おっ! 流石だね! 任せたよ」

 

ギルドで手続きをして、明日中に入ることにした。

 

溶岩ダンジョンは領主が管理しているダンジョンで、冬でもそれなりに暖かい。

そのため人もいて賑わっているはずだ。

さて、さっくり狩りますか。

 

何故かいつもは入り口に門番がいるはずだが、今日はいない。

 

まあいいや。

さっさと奥に行こう。

 

出てくる敵はファイアドレイクとかいう火を纏ったトカゲに、ストーンゴーレム、あとは原生生物が多少いるくらいだ。

 

雑魚は無視してさっさと奥へ向かう。

このダンジョン、溶岩地帯であることから、まともに進むのは難しいところがあり攻略はされていない。

だが魔物もロクに生成されず危険性は低いとされているダンジョンだ。

 

ファイアドレイクの鱗がなかなかいい素材になるので、定期的に冒険者がくるが。

 

途中、何匹か出たがアタシとリッちゃんで瞬殺した。

 

「D級ではなかなか苦戦するはずなんですけどね」

「アタシ達も色々戦ってきたからなあ」

 

魔族とか悪魔とかな。

同格なら今更よっぽど相性の悪い奴以外には負ける気がしない。

 

「あと二つ、階層を降りたら目的地だ」

 

ふと、人影が見える。

個人的には忘れたいが、忘れたくても忘れられない相手だ。

 

「おや、皆さんどうしてここへ?」

「お前は……変態じゃねえか」

「いえいえ、私は変態ではございません。清らかなる乙女、淑女ラズリーでございます」

「ちょうどそこに焼けた岩があるからそこで世界に土下座してろ」

 

お前のような乙女がいるか。

世界の淑女に謝れ。

 

「これはなかなか手厳しい……。それで改めますが皆さんはどうしてここへ?」

「アタシたちはちょいとゴーレムを狩りに来た。むしろアンタがどうしてここにいるのか知りたいな? 筋肉姉妹も一緒か?」

「ルビー様は悪魔を一撃で葬れなかったことに対して嘆いておられました。それでサファイ様と武者修行に行くと旅立っております。ギルドからの強制案件もあり、春までは帰ってこないかと」

 

おお、筋肉姉妹はいないのか。

いたら帰るところだったぜ。

 

「悪魔を一撃で葬れるなんてオッサンぐらいだろ。それもスキルのおかげだぜ?」

「私もそう伝えたのですが『ならばスキルも筋肉と同じく磨き上げるだけだ』と言い残しB級ダンジョンへ潜ってしまいました」

 

脳筋がまた筋肉に特化するのかよ。

悪夢か。

 

「私もついていきたかったのですが、攻撃よりも防御に特化しておりますので、強制依頼の前に長所を伸ばして置こうとかんがえております。そのため少しマグマに浸かろうかと」

「ん? マグマに?」

「はい、私のスキルは防御を高めるスキルですので、溶岩浴ができるようになるまでスキルを強化しにきました」

 

岩盤浴みたいな軽いノリでマグマに浸かろうとするんじゃねえ。

確かに使いこなしていくと結果的にスキルは強化されるものだが……

 

「溶岩の中でルビー様とサファイ様に敬愛の意を込めて五体投地を行う予定です。ああ、二人の事を考えながら飛び込むマグマの赤……。なんと美しい! 交わりたいっ!!」

 

……やっぱり駄目だこいつ。

焼けた石の上で土下座したほうがマシじゃねえか。

 

しかしマグマの中で笑いながら五体投地する変態とか恐ろしいな。

こんな奴どうやって殺せば良いんだ。

 

「マリー、前のダンジョンでルビーさん達と一緒に戦っていた時から気になっていましたがこの方って少し……」

「少しじゃない。アタシの中ではぶっちぎりのナンバーワンだ」

 

エリーがドン引きしてるぞ。

のっぺらぼうのメイドを見ても引かなかった凄いやつだぞ。

そんなエリーが引いてるんだぞ。

 

「お褒め頂き恐縮です。皆さんもご一緒にどうですか? ここで会ったのもなにかの縁。裸の付き合いというものも乙なものです」

 

なんで耐熱装備も無いのに裸でマグマにインしなきゃならねえんだ。

あと出会ってから一度も褒めてねえよ。

 

「すまんな、アタシ達は人間なんだ。溶岩に入って生きられるほどタフじゃない」

「ふむ、残念です。それでは短い間ですがご一緒しましょう!」

「なんでお前も来るんだよ」

 

一人でそこのマグマに浸かってろ。

万が一同類だと思われたらどうするんだ。

 

「ははは、ここは少しぬるめですから! 一番熱いマグマに浸かれるのがゴーレムのいる階層なのです。ついでに敵と裸で殴り合いできる素敵な場所ですよ」

 

溶岩から突然裸の変態が殴りかかって来るとか、モンスターの気持ちも考えろよ。

アイツラだって生きてるんだぞ。



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第45話 ゴーレム

第五層まで降りてきた。

ここがストーンゴーレム達のいる場所のはずだが何もいない。

おかしいな? 変態の存在を察知したか?

 

いや、魔物一匹すらいないのは異常だ。

 

「なんだかおかしいぞ」

「敵の反応がありますが……ひとつだけですね」

 

エリーが指し示した場所はマグマの奥の方だ。

通常なら到底歩いて行ける距離じゃない。

 

「とりあえず先手必勝でそこに魔法を撃ってみる?」

「いや待て、ゴーレムを一撃で沈めてしまったら厄介だ。マグマだと素材が取れないからな」

 

なんとかおびき出せないか方法を探っていると、変態が声をかけてくる。

 

「ちょうど良い! ワタクシめにお任せください! このラズリー、盾となりて見事おびき出してみせましょう!」

「できればおびき寄せた後、そのままマグマに溶けて消えてくれると嬉しいぞ」

「ははは、お戯れを」

 

アタシだって戯れる相手は選ぶわ。

だが、自分から肉壁を買って出るとは殊勝なやつだ。

 

「ぬぅん! スキル『剛体』!」

変態の全身が鋼色に変色していく。

うーん、気持ち悪い。

 

「あれは、先のダンジョン攻略でも見せていたスキル……」

「知っているのかエリー。早く忘れるんだ、夢に出てくるぞ」

「それは少し嫌ですね……。ですがあのスキルで悪魔たちの攻撃を一身に引き受けてくれていたので私達は無事でした」

「あれすっごいスキルだよね」

 

どうやら知らない所で世話になっていたようだ。

ありがとう変態。

できればそのまま溶岩の海に沈んでくれ。

 

変態はポーズを決めながらゆっくりと前に進む。

 

ゆっくりと前に……、前に……

いや、歩くの遅っそいな。

 

「フッフッフ。お見せしましょうこの体! 唯一の弱点は速度が落ちることですが、それ以外に弱点らしい弱点はございません!」

「せめてもうちょい近づいてから使え」

「万全には万全を期すものです! かつてこの体を貫いたのは『オーガキラー』のルビー様ただ一人!それ以外でこの肉体に傷がついたことなどございません!」

 

だからファンクラブ会員なんてのをやってるのか。

たっぷり時間をかけてマグマの海の近くまで歩いて行く。

 

「本当におびき寄せられるのか?」

「……ええ! 敵が動いています!」

 

アタシ達も戦闘態勢に入る。

特にリッちゃんはたっぷり時間をかけて魔法陣を構築済みだ。

 

「よしっリッちゃん。姿が見えたら変た……ラズリーごと魔法をぶちかませ」

「え? 流石に死んじゃうんじゃないかなあ?」

「今あいつが生きてここにいる、それがやつが化け物の証だ。むしろ殺す気でいけ」

 

その程度で死ぬような奴なら『オーガキラー』のメンバーではいられないはずだ。

 

「一応、ラズリーさんに魔法をかけておきますね、〈守護〉」

 

エリーが魔法をかけている。

さすがだな。

アタシならファイアローズをぶちかましてるところだ。

 

そうこうしているうちに、溶岩が盛り上がると敵が姿を現す。

随分と巨大なゴーレムだ。

……ストーンゴーレムじゃないな。

金属の光沢がある。

 

「さあ、かかって来なさい! この鋼の肉体、貫けるものなら貫いてみせよ!」

 

声に反応したのか、ゴーレムが近づいてくる

そして思いきり拳を振りかぶって叩きつけてきた。

 

轟音と砂煙が響く。

だが、ラズリーはその場に立っていた。

 

「なかなかに響く一撃ですね。ですかワタクシの体を疼かせるほどではありません! さあ、サファイ様のように体に響くバイブレーションを与えて見なさい!」

 

一瞬、ゴーレムがうろたえたように後ずさる。

だが、腰が引けた状態で再び何度も拳を叩きつけてくる。

なんだかすっごい嫌そうだ。知性でもあるのか?

 

ゴーレムが右から、左から、横からあらゆる叩きつけをおこなっているが、ダメージを受けた様子はない。

 

「おおっ! なんと甘美なる刺激か……。もっと!さあもっと打ち付けなさい!」

 

変態お前……、そっち方面の性癖も持ってるのかよ。

ゴーレムが更に変態に近づいてくると、今度は足で踏みつけた。

 

「これは効きますね……。ですがまだまだ! 私はこの快楽を乗り越えて高みへと登らねばならないのです!」

 

おい、なんだかゴーレムの腰が引けてるぞ。

チャンスじゃないか?

 

「リッちゃん」

「分かってる! ラズリーさん、頑張って耐えてね!〈零度陣〉」

 

瞬間、世界が凍てつく。

波打つ溶岩流も、ゴーレムも、変態すら全てが凍りついた。

 

そして世界が砕ける。

ゴーレムの体が砕け散っていく。

 

「……ぐっ、はぁ! リッちゃんさん!素晴らしい一撃でした! まさか魔法で身体の芯に響く一撃をいただけるとは!私、感動しております!」

「なんでこの人元気なの……」

 

リッちゃんが呟いてる。

あたしも同感だ。

 

とりあえず、ゴーレムは砕いたし後は回収して帰れば……

 

「おいマズイぞ! 変態!」

「へ、変態とは私の事ですか!? 常識が多少わからないからといってあんまりな発言です!」

「違う! 違わないけど違う! まだ生きてるぞ!」

 

砕けたゴーレムの体が宙に浮いている。

再び一つにまとまると体を形作った。

赤熱していた体は冷えており、その姿が明らかになっていく。

 

コイツはゴーレムの中でも上位種、魔法銀製のゴーレムだ。

ゴーレムはガードを固めている変態を掴むと、マグマの中へ放り投げる。

 

攻撃が効いていないのを理解していたか。

……やはり、多少は知性があるな。

『オーガキラー』の筋肉姉以上、妹未満ってとこか。

 

「わ、私は! 私は必ず帰って参ります! しばしお待ちを」

 

そう言いながら変態はマグマの中に沈んでいった。

……親指を立てて沈んでんじゃねえ。

 

だが、なんだか元気そうだな。

あれなら平気だろ。

 

さて、目の前の敵と向かい合わねーとな。

軽くて硬く、魔法への耐性も持つ魔法銀。

 

うまく加工して糸にして織り込めば最良の服にもなる。

これは……チャンスだ!

 

「エリー! リッちゃん! ここでなんとしてでも倒すぞ! アイツを倒せば新しい服が作れる!」

「えっ! ホント?」

「これは頑張らないと行けませんね」

 

アイツの体を糸に加工して仕立て屋に持っていけば服が作れるぞ!

さあ、喧嘩だ!

 

「マリー! 核になる部分を探して!」

「もう分かってる! 頭だ!」

 

砕けたとき、頭が最初に行動してたからな。

頭砕いて終わりだ、楽勝よ。

 

 

「喰らえ!〈雷撃陣〉」

「マリー、お願いします〈肉体強化〉」

「任せろ」

 

リッちゃんの魔法陣がゴーレムに一撃を与える。

 

そこまで怯んだ様子もない。

確かに魔法の効きが悪いようだな。

 

効きが悪いなら効くまで殴りつけるだけだ。

金属魔法で二つの刃を一つにまとめ、音魔法で刃を震えさせる。

 

風魔法で空中に飛び上がり、ゴーレムの顔を斬りつけた。

……少し浅いか。やっぱり硬いなこいつ。

 

ゴーレムが拳を大きく振りかぶる。

 

「おう。アタシもアイツと同じくらい硬いぜ?」

 

ゴーレムが一瞬動きを止めた。

言葉もわかるのか。

中途半端に知性があると困っちまうな?

 

「嘘だよ!」

 

アタシは動きを止めたゴーレムを電撃を纏った刃で斬りつける。

……これもイマイチかよ。

ゴーレムは怒ったように全力で拳を叩きつけてくる。

 

「せっかくいい服が作れるんだ、アタシからも大奮発だ」

 

アタシは、あえてゴーレムの攻撃をかわさない。

そのまま攻撃を受ける。

 

「えっ! マリー!?」

「大丈夫だ」

 

ゴーレムの拳は、アタシに当たる直前で開いた空間に飲まれる。

そして、消えたはずの拳が空間から飛び出すと、ゴーレムの顔面に突き刺ささった。

顔面にヒビの入ったゴーレムはうずくまってしまう。

 

「文字通り次元の違うカウンターはどうだ? 自分の拳の威力はどんなもんだい?」

 

リッちゃんの空間魔法を応用して、拳の位置を少しずらしたのさ。

だがキツイなこれ。

 

使った後に、他の魔法が全て維持できなくなって消えてしまった。

……できそうだからやってみたが、うっかりミスすると一気に追い込まれそうだ。

実戦向きじゃないなコレ。

 

あと疲労感がものすごい。

なんか立ってるのも辛い。

……本当に追い詰められた時だけ使うようにしよう。

 

ゴーレムは大分ダメージを受けていたのか、アッサリと崩れ落ちた。

アイツの拳、相当に威力が高かったみたいだな。

 

「エリー、ちょっと回復してくれねえか? 調子に乗りすぎたみたいだ」

「マリー、魔力欠乏症の症状が出ていますよ。これは回復魔法では無理です。 ……消耗の大きすぎる魔法ですね」

「みたいだな」

 

あー、眠い。

調子に乗りすぎた。

 

「あ、じゃあ僕が治すよ」

「え?」

 

……アタシの口がリッちゃんの唇で塞がれる。

何か気持ちいいモノが流れ込んでくる感覚がある。

 

「……ぷはっ、ちょっとだけど僕の魔力を分け与えたよ。少し楽になった?」

「……え? おお、ホントだ。体の眠気が無くなってる」

 

気だるさは残っているがこれなら許容範囲内だ。

ていうかなんでキス?

 

「リッちゃん? 私の……。コホン、一体マリーになにをやっているのですか?」

「人から魔力をもらう時は、粘膜同士を接触させて魔力を分けたり、奪う事ができるんだ。知らなかった?」

「……知りませんでした。やはり魔法に関してはリッちゃんから聞かないと駄目ですね。それはさておき、いきなりですが失礼します」

「ふぇっ!?」

 

そう言うと、エリーがリッちゃんにキスをする。

がっしりと掴んで放さない。

うわ……。あ、そんなとこまで……

 

「ふふっ、これでマリーと間接キスですね」

 

リッちゃんが目を回している。

いや、その前にリッちゃんと直接キスしてしまっているがそれはオッケーなのか?

 

「お、おう……。別にアタシはいつでも……」

「ごめんなさい、つい嫉妬してしまって。では早速……」

「僕をダシにして惚気るなぁ!」

 

復活したリッちゃんに邪魔された。くそっ。

 

「お待たせしました! 私ラズリー泳いでまいりました! 皆さん大丈夫でしょうか!」

「死ねばよかったのに」

「おお、それは本音と建前が逆という奴ですな! 心配頂きありがとうございます」

「お前メンタルも固いんだな」

 

変態も溶岩から這い上がってきた。

ここまで邪魔が入ったならしょうがない。

エリーと目で会話をする。

続きは部屋に戻ってからな。

 

とりあえず、ゴーレムのカケラを集めてリッちゃん倉庫に保管する。

変態はスキル強化のためにしばらくマグマの海を泳ぐらしいので、そこで別れることになった。

意味のわからない奴だ。



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第46話 聖人祭

ギルドに戻ると、何やら騒がしい。

 

「あ、マリーさん、大変です! 大変です!」

「何をやらかした? 大事な書類にコーヒーでもこぼしたか? お前はちゃんと仕事をこなしたほうが良いぞ」

「それは昨日やらかしました! そんな事より本当に大変なんですってば!」

 

やらかしたのかよ。

お前のやらかしてないことってなんだよ。

 

「北の山にある溶岩ダンジョンで異常個体が発見されました!」

「……一応詳細を教えてくれ」

「はい! ゴーレムは推定魔銀製、ダンジョンの深くに眠っていた鉱山の一部が変質したものだと考えられています。推定ランクはB級からC級相当」

 

さっきのアレだよな?

アレ以外ねーもんな。

 

「……大丈夫じゃねえか?」

「まったく無責任な……。門番達が報告に来てからまだ間もないんですよ。他にも領地内で新規ダンジョンが発生したらしくてそこに人員が割かれているっていうのに……」

 

だから門番がいなかったのか。

むしろ入らせないように見張っとけよ。

うっかり入っちまったじゃねえか。

 

とりあえず、ぼやいているポン子の前に半壊したゴーレムの顔を置く。

 

「えっと、コレは?」

「倒した。報酬をくれ。あとついでに金属塊から糸をつくりたい。いい魔法屋がいたら教えてくれ」

「えぇ……。なんでいつもマリーさんの周りでトラブルがおきるんですか……」

「知らねえよ」

 

エリーの『絶対運』の力だろうが流石にそれは言えん。

多分アタシ達の美しさにトラブルが会いに来てるんだろう。

……嫌だな、それ。

 

「あの、もしかしてダンジョンの方も絡んでたりしません? マリーさんの館近くで発生したみたいですが」

「まったく心あたりがないな、うん。見つけたら破壊しといてやる」

 

へぇ、なにかダンジョンを探知する仕掛けがあるのか。

危ないところだった。おやっさんなら見抜かれて怒られてた。

 

「普通は冒険者複数で破壊するものですよ。ちゃんとギルドに報告してください」

「分かった分かった。ちなみに敷地内で見つけたら支配しても構わんよな?」

「そんな規約はありません! 前例もないので王都での審判待ちです!」

「もしもの話だ。うっかり支配したらマズイだろうが」

「普通は魔法使い十人がかりで秘匿された術を使って支配するモノですよ。ちゃんと破壊してください。マリーさん魔王でも目指すんですか……」

 

ドン引きしているポン子に詳しく話を聞くが、ルールはないらしい。

ルールがないなら何やってもセーフだな。

お役所ってのは『やっていいですか?』って聞くと『駄目』って答えるが『やりました!』だと案外通るもんだからな。

よかったよかった。

 

 

ポン子に色々バレる前に話を打ち切って、店に龍眼玉の加工を依頼した。

魔法銀の加工もやっていたのでついでに依頼する。

流石の量にドン引きしていたな。

色々頼んだついでにプレゼントも作ってもらうようにこっそり依頼しておいた。

 

これだけ無茶振りしても聖人祭の前日には完成するんだから立派なもんだ。

 

 

「おかえりなさいませ。今回の仕事はいかがでしたか?」

 

館に戻るとメイが挨拶をしてくる。

アタシ達は返事を返すと、メイに経緯を説明する。

 

すると何故かメイがアタシとエリーにキスをしてきた。

 

「ご主人様のキスは間接的ながらいただきました」

「あらあら、それでは私も改めて頂きませんと」

「え? じ、じゃあ僕も!」

「終わりがなくなるから止めろ」

 

なんだかんだでゴタゴタした結果、キスとハグまでは共有でOK、それ以上は許可制とか言うルールができた。

もう訳が分からない。

 

 

あっという間に聖人祭前日になった。

途中、おやっさんに会ってダンジョンの事を聞かれたので正直に答えたが、しばらく頭を抱えたあと、聞かなかった事にしてくれた。

おやっさんいわく、最悪ギルドの上層部全員の首が飛びかねないらしい。物理的に。

 

……話の分かるおやっさんで良かったぜ。

今度旨い酒でも持っていってやるか。

なにかと心労が溜まる仕事だしな。

 

そんな事より今大事なのは聖人祭だ。

聖人祭はおよそ千年くらい前、自らの誕生日に貧しい子どもたちに食べ物を配って歩いた大魔法使いリーチ・ハイトだかルイッチ・ファイトだかの人物を讃え、家族と祝う静かな日だ。

その前日に市場が大盛り上がりするので事実上の祭りは今日だな。

 

ギルドの近くでは、ポン子がノコギリで記念樹を切ろうとしている。

 

「お前何やってんだ?」

「あ! マリーさんにエリーさん! ギルドにドンと木を立ててですね、飾り付けをしようかと思いまして! で、ここを見たら立派な木があるじゃないですか!コレを拝借しようかと!」

 

「それ街の創立記念日に贈られた木だぞ」

「……え?」

「憲兵さーん! あのひとです! あの人が木を切ろうとしてて!」

「ご、誤解です! つい、ついうっかり!」

 

知らないオバちゃんが憲兵を呼び出し、ポン子を連れて行った。

……聖人祭は独房で憲兵と仲良く静かに過ごすんだぞ。

まあ、ギルド員なら身分確認さえできればギルド預かりになるか。

大変だな、おやっさんも。

 

「みんな明るい笑顔だね! いいなあ」

「リッちゃんの頃は違ったのか?」

「うーん、この時期は食べ物がなくてさ、アチコチからかき集めて皆にあげてたんだよ」

 

ふーん、大変だったんだな。

もうそんな時代は終わったから安心して良いぞ。

 

 

「いらっしゃー……。お、待ってたよ。ペンダントはお望み通りの付与魔法をかけてるよ」

「おう、あんがとな」

「では、早速試着してみましょう!」

 

店に到着すると人数分の一式を用意してくれていた。

服とペンダントをそれぞれ着けてみたが、みんな似合っている。

 

「どうだい? 付与魔法のオマケでサイズも多少調整されるからね。そんなにキツくないはずさ」

「ええ、ピッタリです。素敵なものをありがとうございますね」

 

エリーが笑顔なのはいい事だ。

ついでにリッちゃんも。

 

「ありがとよ。えーと……」

「アタシはルクスだよ。よろしくね、期待の新人さん」

「おう、またくるぜ、ルクス」

 

ルクスにこっそり頼んでおいたブツを受け取って今日のミッションはおしまいだ。

アタシ達は館に戻ってお祝いの準備をする。

 

「ところで聖人祭って何するの?」

「ああ、リッちゃんは知らないのか。プレゼントを交換しあうんだ」

 

「えっ? どうしよう。誕生日の分しかプレゼント買ってないや」

「そういうと思っておりまして、私の方で購入しておきました。今回は私とご主人様の二人からのプレゼントという形でお願いします」

 

さすがはメイだ。

リッちゃんのことをよくわかっている。

 

「別にそんなに気を遣わなくていいんだぜ? エリーともちょっと話をしたが、今回はアタシ達も誕生日プレゼントと一緒だからな」

「そうですよ。私はマリーをプレゼントしていただければ十分です」

 

そうそう、アタシもエリーからのプレゼントがあれば……

ってなんかそれ、おかしくないか? 

まあ、アタシをあげるけど。

 

「ほらよ、二人にプレゼントだ」

 

アタシはケーキ作りのセットをリッちゃんとメイに渡す。

 

「あ、これ買おうと思ってたんだ! ありがとー!」

「このようなものを私にまで……。ありがとうございます、マリーさん」

 

いいってことよ。

二人で仲良くお菓子作りに励んでくれ。

そうすればアタシの胃袋も幸せだ。

 

「私からはこちらをどうぞ」

「王室御用達の紅茶セットですか。結構高かったのでは?」

「いいんですよ。いつもお世話になってますから」

 

そう言うと、エリーはメイの耳元でそっと囁く。

 

「例の媚薬は奥に入れております」

「まあ……。重ね重ねありがとうございます」

「いえいえ、楽しんでくださいね」

 

おい、お前ら。

アタシに聞こえてんぞ。

 

「ん? どうしたの二人とも悪い顔してるよ」

「いえ、何でもございません。ご主人様、こちら寝る前に頂くもののようですので、後でお持ちしますね」

「そうですね。マリーも夜いかがですか?」

「……考えとく」

 

うちの彼女とメイドが怖い。

まあ、なんだ。頑張れリッちゃん。

 

アタシはリッちゃんからはブーツを、メイからは手袋をそれぞれもらった。

どれも長く使えそうだ。

 

「最後はマリーとエリーのプレゼント交換だね!」

「ん!? そ、そうだな! その……アタシはあとでも良いか?」

「マリー、どうせ明日には見つかってからかわれますよ」

 

うう、否定できない。

だけどこの二人の前で渡すのはちょっと恥ずかしいんだよな。

……ええい、覚悟を決めるぜ。

 

「それじゃあ、エリー。これがアタシの……その、プレゼントだ」

 

アタシは小さな包み紙から箱を取り出して開ける。

中に入ってるのは指輪だ。

杖のように魔力を増幅する力を持っている。

 

「あら……。とても、とても素敵ですね。それでは指にはめて頂けますか?」

 

そう言うとエリーは右手を差し出してくる。

……左手じゃないのか、ちょっと残念だな。

 

アタシは薬指に指輪をはめてやる。

 

「ふふ、ありがとうございます。うふふ……ごめんなさい、嬉しくって笑顔を抑えられそうにありません」

 

そんなにじっと指輪を見つめて喜んでもらえるとは。

アタシも嬉しくなるぜ。

 

「その、実は私もあの店で指輪をお願いしていたんです。右手を出して貰えますか?」

 

そういうと、色が違うがよく似た指輪を取り出してくる。

アタシは、右手の薬指に指輪をはめてもらう。

 

……サイズもぴったりだ。

しっかり調べてくれたんだな。

 

「あと、これはプレゼントではないのですが」

 

箱についていたリボンを持ち出すと、アタシの左手薬指にリボンを結ぶ。

 

「左手の薬指は私が予約済みですから、いつか来る日のためにとって置いてくださいね」

「……エリーも?」

「ハイ、私の薬指もマリーのために予約済みです」

 

ああ、たまらないな。

アタシはエリーに唇を重ねようと、更に顔を近づける。

 

「誕生日おめでとー」

「おめでとうございます。お二人とも」

 

しまった。

こいつらがいたんだった。

……残念だ。

 

食事も終わり、用意してくれたケーキも食べた。

今日は早めに部屋で眠ることにする。

 

部屋は暗い。

日付が変わったことを知らせる鐘が聞こえる。

普段は夜中に鳴るものじゃないが、今夜は聖人祭だ。

この鐘を聞きながら、アタシ達は肩を寄せ合う。

 

互いの目が合った。

先程着けてもらったリボンを絡める。

 

どうやら、紅茶はいらなさそうだ。




これで第三部は終了です。
第四部はしばらくお待ち下さい!1月のどこかで再開できると思いますので……
さらにその次の第五部は仕事やストック諸々の事情で春頃?ですかね


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第三部のあらすじ(忘れた人向け)

本編18時から


■あらすじ

ダンジョンを攻略することになったエリーとマリー、そしてリッちゃんの三人。

三人は隣の男爵領のダンジョン攻略へと向かう。

様々な理不尽な困難を乗り越え男爵領についた『エリーマリー』のメンバーはかつて戦ったB級冒険者である『オーガキラー』、隣の伯爵領から来た『パンナコッタ』、そして男爵領のC級冒険者ダレス一行とともにダンジョンへと潜った。

 

ダンジョンでは特定の道具を手に入れ、祭壇に載せることで新たな道が開くという。

ダンジョンにて行く手を阻んでいたのは多数のアンデッドたちだった。

アンデッドを『オーガキラー』とともに薙ぎ払い、道具を回収したマリー達は祭壇へと道具をささげる。

その時、転移の罠が発動し祭壇に道具をささげた各チームのリーダーたちは別の場所へと飛ばされた。

 

飛ばされた先、そこにいたのは魔族のイリスだった。

彼女は語る。本来の潜伏の任務を。

そして冒険者をまとめて皆殺しにする予定だったという真実を。

 

悪魔を使役する彼女と戦い、かろうじて勝利を収めたマリーは館へ戻る。

途中、回収したお宝とくすねていたダンジョンのコアをこっそりと館に設置し、名目上のダンジョンマスターとして君臨した。

 

その後、お宝を魔道具として加工しエリーとともにマリーの誕生日を迎え、今回の旅を終えたのだった。

 

■人物

【ラズリー】

一見常識人に見える立ち振る舞いが得意な狂人にして変態。

スキルは『剛体』。自らの肉体を非常に硬く、攻撃を受け付けない体にする。

回復魔法を得意とする一方、スキルによる硬さも相まって沈まないヒーラーとしての役割を持つ。

一方、攻撃力は高くなく、対個人の戦いだと泥仕合になることが多い。

『オーガキラー』の数少ないファンでもある。

皮肉なことに『オーガキラー』が絡まない普段の言動は真っ当であるため、ギルドからは『オーガキラー』の良心だと思われている節がある。

 

【ダレス】

C級冒険者で男爵領を活動拠点とする。

剣の道を極めることを目的としており、武人としての強さを持つ。

スキル『精密剣』を得たときは高みに行けることを喜ぶと共に、冒険者としての己の限界を知った。

剣に限定すれば達人級。

剣の試合ならA級冒険者とも渡り合えるが、巨大生物や大群、遠距離攻撃などには極めて相性が悪い。

なおダンジョン内にあった技の試練は彼の剣技にてすべて攻略している。

余談だが剣の道場を運営しており意外と面倒見がよい。

最初にマリーに強く当たったのも心配した上での事からだった。

 

【フーディー】

『パンナコッタ』のリーダー。姉御肌でB級冒険者。

普段は元々エリーがいた伯爵領で活動している。

スキルは『炎眼』。見たものを燃やすことができる。一方、焦点が合ったものをすべて燃やしてしまうため、スキルを所有している片目は眼帯で封印をしている。

そのため視力の低下が悩み。

チームでの連携を得意とし、フーディー個人は近~中距離での戦いを行う。

 

チーム名は仲間たちが甘いもの好きであり、甘味処にてたまたま食べていたものがそれだったため。

 

【コナツ】

『パンナコッタ』のメンバーの一人。

和服を着て東洋の変わった武器を持っている。

Unknown

 

【ロア】

年老いた婆さん。

魔法使いとして優秀であり、知恵の試練は彼女が攻略した。

Unknown

 

【イリス】

魔王軍の工作部隊のメンバー。

任務は敵地での潜入および攪乱、無力化。

本来は魔族領と隣接した領地にて活動を行っていたが、あまりに守りが固く、切り崩せなかったため少し離れた領地でダンジョンを支配、暴走させることにした。

スキルは『喰ライ闇』。影の中に物体や人間を取り込む事ができる。

取り込まれた物体は通常の空間から隔絶され、魔力の供給が断たれる、あるいは時間経過により消滅する悪魔や精霊を保管できるなどある。

太陽など強い光があるところでは自由に影を動かせないが、それ以外では

召喚士としてはそれなりであり、最下級の悪魔を複数体使役し、影の中に保管していた。

一方、直接の戦いは得意ではなく本来なら悪魔たちをすべて投入してマリー達を迎え撃つべき局面で出し惜しみをするなど、

おしゃべりなのは工作部隊のリーダーの癖がうつっているため。

 

【ワスケト】

力の試練にいたボス。

実際はイリスが作り出したアンデッド。

良質な装飾品を用いて作ったため、それなりに性能が良かったが、突き抜けた強さは持たなかったため力の試練に投棄する形で封印された。

ダンジョンのトラップを作成、管理していたのは事実上彼であり、イリスは承認をしていた程度。

 

本人は主人の命令に忠実であろうとし、主人に生み出された道具は使い捨てられて当然という価値観を持つ。

死の間際、自らの核となる装飾品に呪いをかけたがリッちゃんに見破られてしまった。

 

【その他】

・歩兵級悪魔

名前すらない四体で一つの悪魔。

自らの意思はほぼなく、会話もできない。

額の赤い点は弱点であり、同時にレーザー光を放つ武器でもあった。

本来なら狙うのが難しい箇所だが、C級冒険者であるダレスのスキルと相性が悪く、各個撃破される形となった。

 

・ダンジョンの門番

主にダンジョンに入った冒険者の確認、異常事態がないか監視を行っている。

ダンジョンから帰ってこない冒険者は同時期に入った冒険者の証言を確認後、死亡として扱われる。

本来なら二人一組で門番にあたるが、今回は一人が休みだった。

そのタイミングで異常事態が確認されたため、しょうがなく一時的に持ち場を離れたタイミングでラズリーやマリー達が中に入っていった。

 

・ルクス

『よろず屋 アイザック』の店長

色々と謎が多い女性。

店には様々なものが雑多に並べられており、イロモノが多い。

 

・ルビー、サファイ

『オーガキラー』のリーダーとサブリーダー姉妹、

今回派手に暴走したため、懲罰依頼と呼ばれる渋い依頼を強制的に受ける羽目になった。

ちなみに、サファイのスキルは『振動波』といい、振動を武器に伝えて切断力の強化、体内から破壊できるなどの効果のほか、肩こりやマッサージにも使える。

 



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第四章 人探し編
第47話 年明け


「いらっしゃい」

 

アタシ達は年明けにぶらりと街をまわっている。

この店、『よろず屋 アイザック』はすでに開いているが、まだ休み気分が抜けてないのかどこかのんびりだ。

 

本当ならアタシたちも年明けはもう少しゆっくりしてから動く予定だった。

だが聖人祭から年明けまでの一週間、家でメイも含めて四人でダラダラと過ごしてたらオバケ達に服も着けずにだらしない、退廃的すぎると怒られた。

 

ネックレスと指輪、あとたまに靴下くらいは身につけてたんだがな。

おばけ達に詰められて廊下で四人正座させられているのは床の冷たさが身にしみた。

 

仕方ないので文明人らしく振る舞うため、メイも含めた四人で街に買い物に来ている。

帰りがけに暴れる事ができそうな仕事を探してギルドへ寄る予定だ。

 

「この店、いつも開いてるが運営が厳しかったりするのか?」

「ん〜、半分暇つぶしでやってるようなもんだからね。いつだって開けてるよ。君たちみたいな変わったお客さんも多いしね」

 

変わったとはなんだ、可愛いと言え。

たしかに、一般的な商品の他に、炸裂回復薬零式やら圧縮成長剤やらと言った、よく分からない商品が所狭しと並んでいる。

 

これはマトモな商売では取り扱わないだろうな。

 

「魔道具の腕はいいのにもったいねえな」

「そっちで稼いでくれるから自由にできるんだよ。イロモノの道具もおもしろいよ、買っていきなよ」

 

悪いな。

仕事は物理的に命かけてんだ。

流石にイロモノは買えねえよ。

おっと、痛みが気持ちよくなる薬は買っていくか。

アタシの毒魔法と相性がいいからな。

 

「おや、皆さん。何やってるんですか? 奇遇ですね」

「あ! ポン子さん、お久しぶり~」

 

リっちゃんが挨拶をしているので誰かと思えばポン子だった。

 

「なんでこんな店にいるんだ?」

「この店のですね、ハイパーエックスっていう栄養ドリンクがすごいんですよ! 一本飲むと一週間は一日五分の睡眠で済むんです!」

 

それ、もはや栄養ドリンクじゃないだろ。

なんだその危ない薬は。

 

「へえ…… 研究のとき使うとメイに怒られずに済むかな……」

「いえご主人さま、普通にお止めいたしますが?」

 

聞こえていたのかすぐさまメイが近寄ってきてリっちゃんが持っていた栄養ドリンクを取り上げてしまう。

 

「止めとけ。つかリっちゃんアンデッドだし睡眠いらねえだろ」

「取らなくても大丈夫だけどほら、メイが心配するからさ」

「主の体調管理もメイドの努めですので」

 

リっちゃんにとっては三大欲求は娯楽みたいなもんだからな。

その割にはメイとよく抱き合って寝てる気もするが。

案外メイが一緒に寝たいだけかもしれねえな。

 

「しかし、こんな危ないドリンク飲んで仕事とはご苦労なこった」

「いえ、仕事はしませんよ? 年明けから頑張るもんでもないですからね。そんなものより副業兼趣味のコスプレ衣装製作に全力を注ぎたいんです!」

 

良いのかよ。

むしろ仕事に力を入れろよ。

つかコスプレってどこで着るんだよそんなん。

 

「ふふふ、冒険者の皆さんの衣装を作ると買ってくれる人がいるんですよ。場合によっては私の制服も欲しいとかで作ってしまいました」

「奇特な奴もいるもんだな。まあ別にいいや。後でギルドに行くからオススメの仕事見繕っていてくれ」

「仕事ですか? 私も今日は午後から出勤ですけど、今の時期に仕事は…… あ、そうだ! いまなら是非受けてほしい依頼が一件だけありますよ!」

 

ポン子は買い物を済ませると、あとで来てくださいと言い残して先に店を出て行った。

アタシ達も少し買い物をして、どっかで食事してからいくか。

 

 

 

「パスタのお店美味しかったね」

「そうだな、また今度行ってもいいな」

 

アタシ達はギルドにやってきた。

メイは食事を食べた後、先に館に戻って夕食の準備をするらしい。

今いるのはりっちゃんを含めて三人だ。

 

ギルドに寄ったついでに酒場を軽く覗いてみる。

何人か冒険者がいるがダラけた雰囲気が抜けていないな。

いや、いつもアイツらダラけてるからいつものことか。

 

「あ、マリーさん! 依頼ですね! こちらです」

 

ポン子だ。もう受付についていたか。

内容を読んでみる。

 

……人探しだ。場所がちょっとアレだな。

 

「色街での人探しなんて、そんなもんアタシ達に向かねえだろ?」

「そんな事わかってますよ! ですが上位冒険者が出払ってて、いま頼めそうなのが皆さんだけなんです!」

 

年明けから何かと忙しそうだ。

話を詳しく聞く。

なんでもバレッタ伯爵領が荒れているらしく、その応援やらで忙しいとか。

おやっさんも裏での調査やらで冒険者を手配するため各所を回っているらしい。

年明けからご苦労なこった。

 

「場所が場所だけにな生半可な実力者じゃダメなんですよ。ある程度腕の立つ人じゃないと」

 

それなりに実績のあるみなさんですし、とポン子は言う。

 

たしかに実力があるのは否定しない。

だがアタシ達は戦ってこそ輝く戦乙女だ。

しかしな、潜入や捜索には向いていないんだよ。

 

そもそも色町……娼婦街なんてマフィアの領分だ。

ヘタに首突っ込むとろくなことになりゃしない。

 

ゴロツキにしか見えない『ウザ絡み』あたりが顔的にも適任だろうが。

 

 

「マフィアが仕切ってるシマにアタシ達みたいな可愛くて可憐でか弱い女の子三人とか自殺行為だろ」

「はいはい。おもしろい冗談ですね。か弱い女の子は悪魔を殺したりはしませんよ『デーモンキラー』のマリーさん」

 

なんだそのあだ名は。

めちゃくちゃ邪悪そうな名前じゃないか。

可愛らしくマジカルマリーとかにしろよ。

 

「いーや、アタシ達はか弱いね。あんまりいじめると泣くぞ?」

「まるで逆のことを言っても信用されませんよ? むしろ泣きたいのは年明けから出勤をしている私です!」

 

くそっ、コイツおやっさんから学んで手強くなってやがる……

 

だがお前が休みを削っているのはお前のミスが積み重なった結果だろうが。

アタシ達に八つ当たりは止めろ。

むしろ午前中が休みだっただけでもありがたいレベルだろ。

 

「そもそもうちのギルドで腕が立って潜入できる技術のあるやつなんていないだろ。破壊と混沌がここのギルドのモットーだぞ」

「ギルドのモットーは知性と平和、節度ある行動です。勝手にモットーを作らないでください。どこの犯罪組織ですか」

「ははは、おもしろい冗談だ」

「こっちは本気です!!」

 

そんなモットーがあるなら冒険者はもう少し理性的だろ。

まったくポン子は本音と建前ってやつを分かってねーな。

 

「それに今回は潜入捜査ではありません。なんでもあのあたりで抗争をしている幹部の娘が家出してしまって、娼婦街のどこかに隠れているので探してほしい、と言うのが依頼です」

 

娘だと?

抗争中に家出とか、ただの自殺志願者じゃないのかそいつ?

 

「そんなもん、アタシ達がおっかけたら逃げちまうだろ。身分を隠してっていうのは正直辛いぞ」

「最近何かと話題の『エリーマリー』なら大丈夫じゃないですか? 流行りに被れるニワカなファンなら会いに来るかも知れませんよ」

 

おい、流行りが去ってアタシ達が将来忘れ去られるアイドルみたいな言い方は止めろ。

アタシ達は永遠の十代なんだよ。

三人合わせると千百歳と少しくらいだけど。

 

「それに名前が知れている分だけ、相手も安心して近づきやすいと思います。下手をすれば敵対組織にさらわれることも考えられますから」

 

とはいってもなあ……

年明けから面倒くさい仕事はしたくないんだ。

ゆるい仕事でいいんだよ。

派手に血しぶき上げるようなゆるい仕事でよ。

 

「賞金首とか分かりやすいのはねーのか?」

「近くにいたのは『オーガキラー』が軒並み狩り尽くしていますね。この時期だと春の更新まで新しい賞金首は出ませんよ。他のB級の方がいないのも美味しい獲物がいないから遠征に行ってるんです」

 

くそっ、前回の赤字補填するために狩り尽くしやがったか。

賞金首が絶滅したらどうするんだ。

もう少し考えろ。

 

「なんにせよ聞き込みから入ってもらう形になります。うまく行けば戦闘も回避できますよ?」

 

ポン子のうまく行けば理論ほど信用できないものはねえよ。

うまく行かなくて良いから戦闘してさっくり終わらせろ。

 

……しかし、他にロクな依頼がねえな。

まあ年明けなんてみんな頭ボケてやがるからな。

酒場に言っても飲んでるやつのほうが多い。

 

依頼を受けずに家に帰っても良いが、さすがに今はお化け達の視線が辛い。

しょうがない、受けることにするか。

 

一応ターゲットの似顔絵も貰った。

茶髪に茶色い目、ありふれた姿だな。

 

「人探しかー。懐かしいなあ」

「リッちゃんはやったことあるのか?」

「うん! 犯罪者の街での犯罪者探しだったけどね。うちの子が最終的に街ごと焼き払って無事解決したよ」

 

それは全てを無に帰しただけで何も解決してないんじゃないか?

全く参考にならねえな。

 

「女三人だけで行くと睨まれそうだな……。かといってリッちゃんを男にしても何も変わらないしな」

 

アタシが男になればいいんだろうが、一部の娼婦には顔も割れてるし、そもそもマリーとしての名声が利用できない。

ロクなことにならない気がする。

 

「でしたら私が変身しましょうか?」

「エリーが……? まあ少年の姿だけど男がいないよりマシ……いや待て、その姿を他の奴に見られると色々マズい」

 

その姿はアタシのスキルの秘密に直結してるからな。

あと館で色々やりすぎたせいか、最近その姿を見るとなんかクる。

 

「とか言ってマリーはその姿を独占したいだけじゃないの?」

「なっ!? いや、そんなことはない、ぞ? あくまで公平で公正の関連から見た結果だ、そうあくまでもな」

 

リッちゃんとエリーがニヤニヤしながらこっちを見て笑っている。

……ぐぬぬ。

 

悔しそうなアタシにエリーが抱きついてくる。

 

「しょうがないですね。エリクの姿はお姉ちゃんだけのものですよ。 ……でも、あの姿でデートするのも素敵じゃないですか?」

「……ああ、もし別の領地で変身する必要があったら頼む」

 

アタシに抱きつきながら耳元で囁くエリー。

どこか旅行の予定でもたてようかな。

二泊三日の温泉旅行みたいな奴。

リッちゃんとメイはそれぞれ別室で。

 

……うん、良さそうだ。

今度場所選びからやってみようかな。



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第48話 マフィアのボス

翌日、色街に向かう。

街と呼ばれているが範囲は意外と狭い。

わずか三本の通りを色街と呼んでいるだけだ。

 

男が女を買う通称男通り。

逆に女が男を買う花通り。

あとは同性のための薔薇百合通り。

その三本の通りにある宿や茶屋、スナックなどの飲食店の一帯を街と呼んでるだけで、規模としては小さい。

 

「オネーさん達! 飲み? それともアレ? 今ならたったの銀貨五枚ポッキリからあるよ!」

「薔薇百合のほうならウチに任せてよ。気持ちよくなれる宿あるよ!」

 

ワラワラと客引き共がうるさいが、今回向かうのは娼館じゃない。

依頼主のボスの所だ。

場所はギルドから聞いている。

薔薇百合通りの奥、一見目立たない看板のない店。

 

表向きは薔薇百合通りの商会長。

実際は通りを仕切る裏の元締めの一人。

人の世の業を集めたようなやつだろう。

 

当然あくどい事もやってるはずだが証拠がないので憲兵も動けない厄介な相手だ。

まあそういう手合いは逮捕しても第二第三の悪党が現れるだけだしな。

 

そのボスがいるという、厳つい扉の前にアタシ達はいる。

 

「なんかヤバそうだね」

「リッちゃん、中に入ったらあんまり物を触るなよ。壊したら色々と面倒だからな」

「触らないよ! 昔王城で国宝の壺を割って大変なことになったからね! 僕は学習するのさ!」

 

おう、千年前の失敗を忘れないのはいい事だ。

待てよ? 千年前に魔王が国宝を砕いて宣戦布告したって昔話はもしかして……?

いいや、今は考えないようにしよう。

 

アタシはノックを三回、一回、三回と叩く。

ギルドから教えてもらったこの方法で、アタシ達がギルドの人間だと言うことを知らせるらしい。

これで扉が開くはずだ。

 

鍵の外れる音がして、中からどうぞ、と言う声が聞こえた。

アタシは扉を開ける。

 

「あっらー、よく来たわね」

「すまん、間違えた」

「ちょっ……」

 

慌てて扉を閉めると、住所を見直した。

なんだアレ。ヒラヒラのワンピースをつけた腹がぶよぶよのハゲたおっさんがいたぞ。

 

「部屋は……間違ってねえな」

「すごい方ですね……」

「え? 何がいたの?」

「都会に生まれた人の業……かな?」

 

リッちゃんは見えなかったか。

見ないほうがいいぞ。

 

そうこうしているうちに扉が開いてモンスターおじさんが顔を出す。

 

「もう! 冒険者ってシャイなんだから!」

「おっさん、すまないがボスを呼んできてくれないか? アタシ達はギルドから派遣されてきた冒険者だ」

「なに言ってるの? アタイがボスよー。よろ・し・くね」

 

ウインクがナイフのように心に刺さる。

もちろん悪い意味で。

 

「言葉を喋るモンスターか……。厄介なんだよな」

「キーッ! 失礼なガキどもね! 埋めるわよ!?」

 

いやお前ホントにマフィアのボスかよ。

別の理由で憲兵が来るだろ。

 

コイツの娘とか、そら家も出るわ。

せめて人と会うときくらい普通のカッコしろ。

 

「まあいいわ、とりあえず中に入って座って座って! 詳しいことは後から説明するわ!」

 

扉では少年がドアを開け閉めしていた。

ボスの専用のお付きなんだろうか。

 

……なんで裸エプロンなんだよ。

 

「アタシ達は冒険者として依頼を受けた『エリーマリー』のマリーだ。こっちがエリーとリッちゃんだ」

 

アタシ達は簡単に自己紹介をする。

途中、先ほどの少年がお茶を持ってきてくれた。

 

「あらあら、 噂は聞いてるわよ! アタイはこの辺りのシマをまとめ上げてるオネエ組のブンチって言うの。『エリーマリー』って言ったら百合の花香る武闘派パーティーとして有名じゃない!」

 

別に隠すつもりはねぇが……

やっぱりアタシとエリーの関係は世間にバレ気味だな。

いつも手をつないだり腕組みしてるだけなんだがな。

おかしいな。

 

「宿屋に泊まってた頃は銀髪の少年を連れ込んでるなんて噂もあったけど、どうやら違ったみたいね」

 

それはエリクだな。

つか宿屋にいたのだいぶ前なのに、そこまで調べ上げてるのか。

一瞬エリーの顔が固くなった気がする。

流石に男の姿が見られてるのは気になったか。

 

「オネーさんにはわかるわ。あなた達デキてるわね? マリーちゃんの恋人エリーと愛人のリッちゃん、覚えたわよ」

「え!? 僕は愛人じゃないよ!」

「まさか、本命狙い! やっるわねー。ウチのシマにある媚薬買う? 副作用もなくて快適よ?」

 

それエリーが買ってた奴じゃねえか。

アタシの目の前でアタシを堕とす話をするんじゃない。

 

「ちっがーう! 僕はただの友達です! 本命は他にいますー!」

「そっか。もう媚薬は買ってたんだったわね。オネーさんたらごめんなさい、うっかりしちゃった。でもたまにはマリーちゃんやエリーちゃんの腕に抱きしめられたいと思うでしょ?」

 

おっさん何言ってやがる。

 

「え? そりゃ、たまには……?」

「しょうがないですね。あとで抱きしめます。マリーの貸し出しはちょっとだけなら良いですよ」

「えーっ! やだっ、百合の花ハーレムなの!? 仲良くて素敵ねぇ」

 

おい、勝手にガールズトーク……ガールじゃないのも混じってるがまあ良い。

勝手にアタシをレンタルするな。

リッちゃんも気になる事を言ってたが後だ。

 

……しかしコイツ、フザけたファッションと言動だが相当にできやがる。

 

「茶番はもういい。こっちは素で来てんだ。そっちも化粧を落としな」

「え? マリーも鏡の前でセットしてたじゃん? エリーにも手伝ってもらってさ」

 

違う、そうじゃない。

リッちゃんは少し黙っててくれ。

まあオネエ組長には言いたい事が伝わったようだ。

 

「……へぇ、やるじゃない。流石はリーダーね? わかっちゃった?」

「わかるようにしてたんだろうが。試されるのは気分が悪いぜ」

 

この世のどこに一冒険者の過去の恋人や最近買ったものまで把握してるボスがいるんだよ。

アタシたちが依頼を受けるって事を知ってから情報を集めたってことだろ?

この短期間で集めてた情報をどっかから仕入れたってことだ。

 

……オッサンの目が変わったな。

さて、ここからが本番だ。

 

そこでベル音が鳴る。

アレは……念話器か?

たしか念話使い抜きでも念話ができるとか言う……

 

王都では徐々に使われ始めてると聞くがここにもあったのか。

まだまだ高級品のはずだが金があるんだな。

 

「あーもう! せっかく楽しくなってきたとこなのに! ちょっとまっててねー。 ……おう、俺だ。 ……そうか。消せ」

 

一瞬でキャラ変わったぞ。

随分と野太い声だな。そっちが素か。

リッちゃんが小さく悲鳴をあげてるぞ。

 

 



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第49話 石

「おまたせー、マリーちゃんはそこいらの冒険者とは違うわね。オネーさん安心よ? あ、でも勘違いしないで。この姿がアタシの本来の姿なの。どっちかって言うと普段のアタシが演技よ」

 

元通りの裏声に戻ったが、お前はオネーさんじゃなくてオッサンだろうが。

あとアタシ達はあんたの本来の姿なんて知らねえよ。

 

「どっちでもいいさ。確か幹部の子供が家出したから探して連れ戻してくればいいんだろ?」

「うんうん、ギルドの一般向け情報はそうなってるわ。 ……でもね、マリーちゃんは賢いから特別に事情を話しちゃう。 ……聞く?」

 

裏があんのかよ。

これは一癖も二癖もあるな。

厄介なことに首を突っ込んでしまったようだ。

 

「その質問してる時点で、もう引けねえ場所まできてるってことだろうが」

「理解が早くて大好きよ、マリーちゃん」

「アタシはあんたのことが嫌いになりそうだ」

 

ウインクしてボーズをとっても可愛さより吐き気が来るから止めろ。

 

「うふふ、これは一応ギルドの上層部も知っているから大丈夫よ。ギルドに送った似顔絵なんだけど、あの子は本当のターゲットじゃないの。本当のターゲットはアタシたちも不明だわ。写真の子はバレッタ伯爵領から来た娘ね」 

 

伯爵領だと?

 

「伯爵領が荒れているのは知ってるかしら?」

「……ああ、なんでも跡継ぎ問題が悪化したとか聞いたな」

 

たしか『パンナコッタ』のチームもそっちの案件で忙しいんじゃなかったか。

年明けに手紙が届いて、前回のお礼と挨拶に行けない事の謝罪が書いてあったぞ。

 

「そう、伯爵が急逝したの。その跡継ぎ問題に加えて嫁ぎ予定の娘婿が口を出してきたらしいわ。婚約相手を長女から変えたい……って」

 

お貴族同士の婚姻なんてそう簡単にひっくり返せるもんじゃねえだろ。

世間知らずか? それともよほどのバカか。

 

「それがきっかけで、骨肉の争いが始まってるのよ。すでに三女以下は皆死んで、領地に残っているのは次男、次女ね。長男と長女は行方不明」

 

だけど、と向き直って話を続ける。

 

「少なくとも長女は生きてるみたいね。逃げ延びてここ、ドゥーケット子爵領に入ったらしい事が確認されているわ。写真の子はおそらく長女の付き人だと言われているわね」

 

付き人ねえ。

エリーに目線を送るが軽く顔を横に振る。

……知らないか。

 

「なんでそこまで荒れたんだ? しかも余所の領地に迷惑をかけるようなことまでして」

「なんでも、宝物庫からある石ころが見つかったみたいだわ。その名も“召喚石”。知ってる?」

 

なんだそりゃ。

聞いたことねえぞ。

 

「僕知ってるよ。悪魔や精霊と契約を結ぶ時に使う魔法の、一番最初にきっかけとなる石だよね」

「あら詳しいわね? その石なんだけど、それこそ爵位持ちだかなんだかって言う高位存在と契約できるほどの石が見つかったらしいわ」

 

「すまんがアタシは悪魔や精霊の専門家じゃないんでな、もう少し噛み砕いて教えてくれ」

「んー、それがアタイも詳しくないのよねぇ」

 

「それも僕が説明するよマリー。悪魔や精霊と言われる彼らは強さを表す格みたいなのがあるんだ。爵位って呼ばれてるね。前にみんなで戦った人形みたいな悪魔、彼らは悪魔のなかでも一番弱くて歩兵級、えっと爵位を持たない最下級の悪魔だよ」

 

アレが弱いのは知っていたが、最下級か。

多分弱点を突けるスキル持ちのおっさんがいなかったら結構苦戦したと思うぞ。

 

「爵位を持たない悪魔は戦車級とか騎士級、僧侶級とかに分けて呼ばれてるね。人間が対応できるのは基本ここまで」

「人間が対応できる……?」

「そう。さらに格上になると、強すぎて人間じゃ対応できなくなるんだ。男爵級とか伯爵級といった精霊や悪魔は強すぎて到底人間の手には負えないし、制御できないんだ。いくつか裏技はあるけどね」

 

「すごく詳しいわね。 ……古代の魔術師と言うのも嘘じゃないみたい。その通りよ、そして伯爵領で見つかった石の価値は百札五枚になったと言われているわ」

 

つまり金貨五万枚か。

恐ろしく高いな。

 

「その石を奪いあったのが争いのきっかけと言われてるわね。最初は腹違いの末の妹、エリスが謀殺されたそうよ」

 

実際は死んでないがな。

アタシはエリーに再び目配せをするが特に反応はない。

 

「いや待て。少しおかしい。いくら価値があるとはいえ、たかが石ころで貴族がそこまで争うか?」

「それなのよねぇ……。亡くなった三女はアレが魅了してくる……ってうわ言のように呟いてたらしいわ」

 

その疑問に答えたのもまた、リッちゃんだった。

 

「石に魅入られたのかな。石は精霊や悪魔の残滓を放つから扱いを間違えると危険なんだ。だとしたらその石は多分、魅了を司る存在と契約する事ができるはずだよ。それだと精霊アプサラス……かな?」

 

という事はもしエリーがその石を見ていたら魅入られて取り込まれた可能性があるのか。

危なかったな。

 

「へぇ……。面白い情報を持っているわね。あなた達が仕事を受けてくれて良かったわ。アタシも陰ながら力を貸すからよろしく頼むわね」

「えーと話をまとめるぞ。付き人を探して、最終的には長女の確保でいいか?」

 

「ちょっと違うわね。長女の保護。そして長女を暗殺しようとする人間がいるなら撃退、もしも万が一契約石を持ってた場合は破壊してちょうだい。それが本当の依頼よ。依頼主は教えられないけどね。力がある人だから、その人を通じてギルドにも依頼の修正をお願いしておくわ」

 

力のある人物ねぇ……

大体予想はつくが聞くのは野暮だな。

後でおやっさんにでも確認するか。

 

「石ころは手に入れねえのか?」

「アタイは自分のシマを守って男たちに囲まれてれば十分なの。欲張る女は花火のように咲いて散るだけよ」

 

お前は男だろうが。

スキルで反転させんぞ。

……そのままの姿で性別だけ反転しそうだな。

モンスターを生み出しそうだから止めとこう。

 

「アタイはね、そんな愚かな事はしないの。何よりそこのお嬢ちゃんの言うとおりなら身に余る災害よ」

 

確かに扱いに困りそうだ。

リッちゃんなら保管の方法とかも知っているかもしれない。

もしも手に入れたときのために聞いておこう。

 

……今回、問題はエリーだ。

自分を殺そうとした長女を守れるだろうか。

エリーを見て軽く頷くと、頷き返してくる。

目に迷いはない。

 

……大丈夫そうだな。

 

「分かった、長女を保護する。届け先はあんたで良いか?」

「ありがとね。アタイんトコに持って来てくれれば良いわよ。こっちは本当の依頼主が指定した期限まで保護、あとはその子を届けて終了ね。 ……でも良かったわ。これで一息つけそう。報酬は弾むから安心して良いわよ」

 

安心したら喉が渇いたわね、とオネエ組長が手を叩くと、少年がお茶を運んできてくれた。

 

「どうでもいいが、男の裸エプロンで食事や飲み物を持ってくるのは、キツイからやめてくれ」

「そうかしら? お尻かわいいのに残念ね」

 

いやそれがキツいんだよ。

せめてちゃんとケツ毛の処理をさせろ。

 

なんとかマフィアとの会談を終えてアタシ達は街に出た。

色々とドギツいオッサンだったな。

 

今回はエリーも絡んでいる話だ。

マフィアのオッサンのこともあるし話を進めさせてもらうとするか。

 

 

エリーがため息をつくと後ろからそっと抱きついてくる。

やはり緊張していたのだろうか。

バレッタ伯爵の絡みもあるしな。

 

「ねえ、マリー。質問があるんですが」

「なんだ? 言ってみろ。バレッタ伯爵の保護についてか?」

「いえ、それはどうでも良いんですが……銀髪の男の子って誰ですか」

 

そういうとエリーは手を肩から下に持ってくる。

 

「んあ? 気づいてないのか? それは……おい! 服の中に手を入れるな!」

「ここは娼婦街です、少しくらいイチャついても大丈夫ですよ。体に聞きますのでたっぷり教えてくださいね」

「おい、ちょっと……ん、だめ……。ここ人が見てるからぁ」

 

「わわわ、マリー! おちついて! プライベートモードになってるよ!! エリーもハウス!」

 

なんとか誤解を解いて服の乱れを直した。

つかエリーは気づいてなかったのか。

 

……リッちゃん、ありがとう。



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第50話 色街

いったん自宅に帰って作戦会議をする事にした。

 

「ねえマリー。少し気になってたんだけどバレッタ伯爵と何かあるの?」

「ん? そういえばリッちゃんはまだメンバーに加入していなかったな。実は――」

 

アタシとエリーは出会うことになったきっかけ、そのあらましを説明する。

 

「――と言う訳で、私達は仲良く結ばれることになったのです」

「所々にノロけ話が入ってて胸焼け気味だけどよく分かったよ。だけど酷いね、その家族」

 

まったくだ。

アタシ達みたいに仲良くできねえのか。

 

「ですが彼らがいなければマリーとも出会えませんでした。これは私の人生で最大の幸福ですね」

「そうだな、アタシもこうしてエリーと手を絡めることも無かっただろうな」

「うん、ごめんね。ちょっとノロケばっかり聞きすぎて、今はそういうのいいかな」

 

なんだよ。これから良いところなのに勿体無い。

 

「という訳でこれから人探しに移る。だが、そこでだ。リッちゃんに頼みがあるんだ」

「頼み……? 何かな?」

「ああ、ちょっとしたお使い兼情報収集だ」

 

 

翌日、アタシ達は再び娼婦街にいた。

リッちゃんは万が一に備えて別行動だ。

 

「さて、どこから聞き込みするかな」

「そうそう都合よく目当ての人なんて見つかりませんからね」

「誰か詳しい奴がいればいいんだがな、適当に冒険者から聞き込みしてみるか?」

 

聞き込みをしようとした途端、男たちの集団に道を塞がれる。

 

なんだコイツラ、キャッチでもねえだろうしチンピラか?

アタシ達に絡みにきたのか?

 

「マリーちゃん! どうして男漁りなんか!」

「不足してるなら俺達が慰めて上げるよぉ!」

「エリーちゃんもどうか、どうかそんなところには行かないでくれ! なんでもしますからぁ!」

 

……こいつら、ファンクラブの連中か。

どこからつけてやがった。

お前らに慰められなくてもアタシにはエリーがいるんだよ。

 

「アタシ達は遊びに来たんじゃね。仕事だ、人探しだよ」

 

しっし、と手でこいつらを追い払う。

悪いがあんたらに構ってる暇はねーんだ。

また今度何かのパーティーでも開いてやるよ。

 

「マリーさんが人探しだと……」

「ちなみにこどういった人で?」

「アッシらでよければ相談に乗りますぜ」

 

おっ、手伝ってくれるのか。

じゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ。

 

「茶髪茶眼のどこにでもいそうな女の子さ。数ヶ月前にこの街へ流れてきたらしい」

 

アタシは似顔絵を見せる。

 

「うーん、この顔は……。おいおめえ、知ってるか?」

「いや、アッシはたまにしかこんなところに来ないんで、詳しくねんですわ」

「あ! お前ズルいぞ! 一人だけかっこつけようとしやがって! へへっ、俺も詳しくねんですわ」

「おい! えっと、実は俺も……」

 

こいつら糞の役にも立たないプライドしか持ってねえ。

色街にナニをしに来てんだてめえらは。

童貞捨てる前にプライド捨てろ。

 

「そうか、なら別に良いぞ。こっちで探す。じゃあな」

「あぁ、待って待って! えっと、思い出した! 俺じゃないけど、全然俺関係ないけど、コイツが昨日行った店に最近入ってきた子がいたよな!」

「アッシが!? おいおい勘弁してくれよ。」

「おいおい、前に言ってたじゃねえか。たん何とかっていう店だったか」

「『探索者』だよ! ……あっ」

「やっぱりおめえ詳しいじゃねえか! 嘘ついてやがったな!」

「ふてえ野郎だ! 指名まで入れやがって!!」

 

おい、一人を生贄に捧げて自分たちはキレイなフリするのを止めろ。

そのノリ見る限りお前ら同じ穴の兄弟だろうが。

まあいい。『探索者』だな。

 

「おう、ありがとよ。まずはそこに行ってみるぜ」

 

とりあえずお礼としてポケットに入ってた飴玉をくれてやった。

飴玉を受け取った後、何かに気付いたのか顔を青くする三人組。

 

「あ、あの……あんまり怒らないでやってくれ」

「そ、そう、アッシらの憩いの場なんでさあ」

「なるだけ内密にお願いしやす……」

 

何言ってんだコイツ等。

なんでアタシが怒らなきゃイケねえんだ。

マフィアと揉めたくねえし暴れねえよ。

アタシを狂犬かなにかと勘違いしてないか?

 

アタシは男通りの道を進んでいく。

やはり女二人だと視線が痛いな。

とりあえずエリーと腕絡めて娼婦じゃないアピールしとくか。

 

「おぅ、テメーらどこの店のコだぁ? 可愛いねぇ」

「何やってんだお前」

 

『ウザ絡み』じゃないか。

アタシ達に気がつかない状態で声をかけるとはいい度胸だな。

軽く睨みつけてやるとあからさまに狼狽やがる。

 

「な、なんだオラァ!? 俺様をA級冒険者と知っての狼藉かぁ?」

 

お前は万年E級冒険者だろ。

なに経歴詐称してやがる。

せめてどっしり構えろ。

 

……つか、顔を覚えてねえか。

 

「お久しぶりですね」

「あぁっ!? テメーは……いやアンタは次期C級冒険者の『エリーマリー』のエリーさん! てことはこっちがマリーさんで! お久しぶりッス! なんでこんなところに? ……ッス」

 

格上と分かったら変な敬語を使ってくるなコイツ。

語尾にッスをつけても敬語にはならないぞ。

 

「いいから普通に話せ。アタシたちは任務でちょっとな」

「ういっす。てっきり良い店の紹介でもしてほしいのかと思ってやしたぜぇ。で、俺に何が聞きたいんで?」

 

自分から声掛けといていい店ってなんだよ。

ボッタクリ店に引き込むバイトでもやってんのかテメーは。

 

そもそもアタシたち女三人で入れる店なんて色街でも数えるほどしかねえだろ。

 

「『探索者』という店にいるらしき人物を探している。お前、ここに詳しいとかないか?」

「んー、残念ながら俺様は詳しいんだが、なかなか記憶が定かじゃなくてなー」

 

今お前紹介してやるつってただろ。

なんで一瞬で意見を手のひら返してんだよ。

もしかしてお前も善人ぶりたい偽善者か? その顔で?

 

「そうか、お前はそういう奴なんだな」

「つってもねぇ……。ちなみにどんな人で?」

「若い茶髪茶眼の娘だ。『探索者』という店にそれらしいのがいるらしい。だがその店がなかなか見つからない。場所だけでも教えてくれ」

「あー、手が軽いなあ。何か重みのあるものがアレは思い出すかもしれねえなぁ!」

 

うっぜぇ。

もう少しマイルドなタカり方があるだろうが。

清々しいまでに屑だな。

 

アタシは銅貨を数枚載せてやる。

 

「もうイチイチ突っ込まねえよ。いいから場所を教えてくれ」

 

『ウザ絡み』は答える代わりに再びスッと手を差し出してくる。

 

「いやー、もう少しで思い出せそうなんスけどねぇ。もっと手にずっしり来るものが欲しいっすね」

 

ほう、このアタシに何度もタカろうってか。

たかが場所ごときで。

 

面白い冗談だ。

ニヤニヤ笑いがって。

 

「ちょっと待ってろ。今作ってやる」

「へっ? 作ってやるって……」

 

アタシは地面に手を触れると、土魔法で泥人形を作りだした。

 

「凄いだろ。前にゴーレムと戦ってな、似たようなもの作ねないかと思って試してみたんだ。まあ失敗だったが……」

 

攻撃力も低いし使い勝手が悪い。

ずっと触り続けてないと操作もまともにできないガラクタだ。

 

「え、えとそれで俺になにを……?」

「ずっしりと手に重みのあるものが欲しいんだろ? こんなモンで悪いが受け取ってくれ」

 

ちょうどずっしり来るように胸のボリューム上げといたぜ。

アタシは『ウザ絡み』に覆いかぶさるように人形を倒してやる

ありがたく受けとんな。

 

「へぐぇっ! お、重いからどけてくれ」

「おうおう、生身の女が買える場所で土人形でベトベトになるとはいい趣味だなあ? 鍛え方が足りねえぞ? もう一体、重ねとくか?」

 

 

「悪かった、俺が悪かった! 勘弁してくれぇ!」

「おう。分かればいいんだ。で? 場所はどこだ?」

「三軒先だ! ここから三軒先の細道を、入ったところにある!」

「ありがとよ」

 

サービスだ。

アタシは銅貨をもう一枚手に載せてやる。

 

「おいっ! 人形をっ! 今のっかってる人形をどけてくれ!」

「冒険者なんだ。それぐらい自分で何とかしろ」

 

お前は酒と女にうつつを抜かしすぎなんだよ。

いい訓練だと思え。

 



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第51話 サリー

アタシ達は喚いている『ウザ絡み』を放置して男通りへと向かった。

 

言われた通りの場所へ行くと、アタシ達は『出会い茶屋 探索者』と書かれた店の前に着いた。

……いや、ここギルドに似せてる風俗店じゃねーか。

 

店の前の看板を見てみるが、『ポンコツ受付嬢パン子ちゃん指名できます』とか『オークキラー姉妹と遊べる唯一の店』とか書かれている。

 

最近できた店か?

よく今まで無事でいられたな。

表に知られたら女性冒険者が焼き討ちしに来るだろ。こんなもん。

 

「……入らず帰るか?」

「いえ、流石に入らない訳には……。ですが人にはあまり見られたくないですね」

 

……だよなあ。店に入りたくねえなよなあ。

アタシ達は我慢してエリーと腕組みをしながら一緒に入る。

 

中には眠そうな男が一人。

 

「いらっしゃいませー。あ、お二人さん女性ですよね? すいません、ウチ男性向けなんでそういうサービスやってないんですよ。姉妹店を紹介しますんでそっちで良いですか?」

 

しっかり店を紹介してんじゃねえ。

アタシは似顔絵を見せる。

 

「知っている。ここにはちょっと尋ね事があってきたんだ。茶髪茶眼の娘がここにいるだろう?」

「あ、『アリーサリー』のサリーちゃんですね。すいません、ウチは女性相手だと一切のプレイはNGなんですよ」

 

ちょっと待て、なんだそのどこかで聞いたことあるようなネーミングは。

アタシ達と女の子、共通点が一切ないじゃないか。

 

「プレイをする気はねえよ。ちょっと話をしたいだけだ。なーに、そんなに長い話をする気はねえんだ、ちょいと呼び出してくれねーか」

 

アタシは金貨を一枚、机の上に載せる。

どうやらそれで納得してくれたらしい。

女の子を呼びに行って、しばらく待つと似受付顔絵によく似た女の子が出てくる。

 

「えっと、マネージャーさん、なんの用?

「サリーちゃん。こっちの女子達が君に話があるらしいんだ」

「分かったよー。話だけならしてあげる」

 

よろしく頼むよ、といったあとに店長が大あくびをする。

 

「あと悪いけど俺さ、シフト詰め込まれたせいで三日間寝てないんだよね。一時間だけ受付お願いしてもいいかな?」

「別にいいけど店に人が来たらすぐに起こすよ?」

「それは困るなぁ」

 

なんか自由気ままな娘だな。

しかも手慣れてる感ある。

本当にこいつバレッタ家の付き人か?

 

「そう言うのは後でやってくれ。なあ、あんた本当にバレッタ領にいたのか」

「へぇ、詳しいじゃん。誰から聞いたの?」

「ちょっとツテがあってな。いくつか質問させてもらってもいいか」

「何々? 初体験の相手とか? それとも男の子を感じさせるテクニック?」

 

今はそういうのはいらねーよ。

エリーがなんだか聞きたそうにしている。あえて無視だ。

 

「アタシは冒険者をやってる『エリーマリー』のマリーだ。聞きたいのは、バレッタ伯……伯爵領地から来た女の子を探してる。名前は……」

「名前はクリームです。金色の髪がとても綺麗な女性です」

 

エリーが私の話を引き取ってくれる。

クリームっていう名前なのか。

 

「んー? キレイな金髪ねえ……。たしかに一緒の馬車に乗っていたけどね。アタシは知らないよ」

 

ん?

知らないってことは付き人じゃないのか。

てことはタダの出稼ぎか何かか?

 

「おう、そうか。その金髪の女がどこにいったかわかるか?」

「んー、たしか王都の方に行くとか言ってたかな? ごめん、詳しくは覚えてないや」

 

……王都に、ね。

 

「……そうか。もし思い出したことがあったら教えてくれ。ギルドに連絡を入れて……。いや、今度改めて来る。よろしくな」

「うん、分かったよ。なんでその子を探してるの?」

 

「なんでも家出娘らしいぜ。とある筋から護衛を頼まれてな。帰ってこなくてもいいからとりあえず守ってあげるように、だとさ」

 

私はサリーにお礼を言って、娼館を後にした。

 

「マリー、あの子……」

「ああ、嘘をついてるな。下手な嘘だ」

 

あのオネエ組長が、領地に入ったことの確認は取れている、と言っていた。

つまりその後から行方が分からなくなったってことだ。

同じ馬車に乗っているなら、十中八九同じタイミングで降りているはずだ。

 

知らないはずがない。

だとするとどこかに匿っていると考えるのが自然だが……

 

「厄介だな。引き込もられたら探せねえ」

 

下手に追いかけてバレたら動きが掴めなくなる可能性が高い。

他の奴らが探せなかったってことは、それくらい対策をしてるはずだ。

それにそもそも……

 

「今回の件、どこまで信じる?」

「どこまでと言いますと……?」

「あの娘、店で働いていたな? だとするとあのオネエ組長も情報ぐらいは持っているはずだ」

 

裏社会のネットワークってのはシャレになんねえからな。

これくらいの情報はすぐに手に入るはずだ。

調べることがまずいと言うならともかくな。

 

「だけど、あのオネエは女の子から探すようにこっちに依頼をしてきた。と言うことは……」

 

「ヘイヘイヘーイ! そこのお姉さん達! お茶しない?」

 

声をかけてきたのはチャラチャラした男だ。

 

「誘い方が古いんだよ。もっとうまくエスコートできるようになってから出直しな」

「手厳しくて困るなあ。こっちとしてもあまり痛い目を見て欲しくないんだよ」

 

低い声でそういうと、男は刃物をチラつかせる。

さらに数人の男が路地から出てきてアタシたちを囲んだ。

 

「……ちょうど良かった。アタシも少しお茶したいと思ってたところだったんだ」

 

バカが釣れたようで何よりだ。

とりあえず死なない程度にボコボコにするか。

 

いま、アタシ達に絡んできた男達は全員正座させている。

 

とりあえず軽くボコったら大人しくなって話を聞いてくれるようになった。

拳で話しあえば誰とでも分かりあえるもんだ。

即席の友情って奴だな。

 

「で、なんでアタシらを狙ったんだ?」

「す、すいません。まさか冒険者の方々とは知らずに……」

 

言い訳はいいんだよ。

理由を言え理由を。

 

「へ、へぇ。どうもあの女の子を付け狙うストーカーがいるらしくて、とりあえず疑わしい行動してた奴は捕まえてたんです」

 

あの女の子ってのはサリーだな。

 

「そのストーカーとか言うやつ、どんな姿か分かるか?」

「はい、男性の姿だったと聞いておりやす」

 

なんだよ。男だったらアタシ達関係ないじゃないか。

 

「うっかりそいつの仲間かと思ってしまって、すいません」

「ああ、別にいいよ。つまりあんたたちはこの店に雇われたボディーガードっていうわけだな」

「似たようなもんです」

 

一般的な警備職じゃなくてマフィアに雇われた下っ端のゴロツキってことなんだろうな。

 

「アタシ達もちょいと訳ありさ。ついでだから教えてくれると助かる。あの子の周りに、同じ領地から来た女の子とか、知り合いはいないのか?」

 

男達は顔を見合わせて互いに確認を取るが、しっている様子はない

 

「俺達の知る限り、あの娘は一人でこの領地へ来ているはずですぜ。働き口を探して流れてきた」

 

ん? 一人だと? ……なんか訳が分からねえな。

 

「ちなみにアンタらのトコのボスは?」

「リクドウっていいやす」

 

オネエ組長とは別口か。

直接確認するよりオネエ組長を経由して話を聞いた方が良さそうだ。

 

「ちゃんと名乗ってなかったな。私たちは冒険者『エリーマリー』のマリーだ。少しリクドウとかいうおっさんと話をしたいんだが……」

「げぇっ! 笑顔で各地にいるファンから金を貪りとるという『デーモンキラー』のマリーだと!」

「お、俺は悪魔を血祭りにあげて高笑いをしていると聞いたぞ!」

「ひぃっ! そんな奴がウチのシマを狙ってくるなんて! 終わりだあ!!」

 

誰だそんな噂を流したのは。

大体アタシは一介の冒険者だ。

あとシマなんか狙わねえよ。

管理が面倒くせえだけじゃねーか。

 

「マリー、人の噂などいい加減なものですよ」

「あの金髪娘がエリーか! マリーの情婦とかいう……。だとするともう一人はペットのサッちゃん……はいないか」

 

エリーになんてこと言いやがる。

あとサッちゃんって誰だよ。名前くらい覚えてやれよ。

とりあえず数発殴って大人しくさせとくか。

 

 

「とりあえずお前らのボスに会いに行く。良いな?」

 

拳で相互理解を叩き込んだ結果、わかりあえたみたいで何よりだ。

やはり暴力はすべてに通じるな。

 

静かになった野郎どもに案内されて男通りを進むと、やがて立派な建物が見えてきた。

古いがしっかりした豪華な館だ。

 

「……何者だてめぇ」

「アタシは冒険者のマリーさ」

「兄貴! すいやせん。この『エリーマリー』のマリー姐さんが、どうしてもボスに会いたいって言うんで、仕方なく連れてきました」

「なにい! ヤス、テメェ!」

 

ふむ、やっぱりキレられるか。

最悪戦闘の準備を……。

 

「でかしたぞ! 親父は『エリーマリー』のファンなんだ!」

「え? そうだったんすか!?」

 

戦闘の……。

 

「ヤス! 色紙買って来い! 百枚組だ!」

「いやそんなに書かねえよ?」

 

つーか、もう帰っていいか?

 

「ファンサービスは大事ですよ、マリー」

 

エリーが優しくたしなめてくる。

確かにそうだけど、そうだけどさあ。

ウチのファンクラブ会員さあ、なんか濃くない?

もうちょい薄味でいいんだけど。

『オーガキラー』のラズリーみたいな壊れ方した奴はいないよね?



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第52話 灰色の髪

アタシたちはあっさりと奥へ通される。

 

「ボス、来客です」

「誰だ? 予定はないはずだが」

「『エリーマリー』のマリー姐御です、なんでも例の件を引き受けたそうで」

「なんだと!? 良くやったぞ。すぐに通せ」

 

中には高級そうな調度品と、豪華なソファーが設置されており、応接室のようだ。

 

ソファーには顔に傷のある、いかつい男が座っている。

 

「ほう……本物だな。おめぇら、席を外しな」

「へいっ」

 

あっという間にボスのリクドウとアタシ達だけになった。

 

「ねえマリー。えっと……彼がボスなのかな?」

「おう、聞いてるかもしれねぇが俺はファンクラブ会員No16、リクドウだ。男通りを仕切っている」

 

リッちゃんの質問に答えたのは、ボス自身だ。

ゴツいな。なんでこんなのがアタシ達のファンクラブ会員をやってるんだ?

 

「あー、俺はファンと言ってもちょっと特殊だ。お前らのファンクラブとやらの手法を学ぶために入会している」

 

そういうことか。

心配して損したぜ。

男通りで愛嬌を振りまく方法でも模索してんのかね。

 

「ファンクラブの会員ネットワークから情報は入っているからな。ねえちゃん達の手腕はよく知ってるぜ。ウチらも通りで参考にさせてもらっている」

 

話を聞くとファンクラブ会員制度を応用して、店のランキング、娼婦のランキングを刷新したらしい。

それが大当たりして店の質が向上したとか。

 

なるほど、それなら安心して話を……

いやまて、調度品にこっそり混ざってる写真やらなんやら、よく見ると会員限定グッズじゃないか?

 

こいつ本当にニワカファンか?

隠れファン会員じゃねえのか?

 

「まあ、俺に敵対するシマの奴らはランキング落としているがな」

「別にそんなことはいい。アタシが聞きたいのは店の女の子に関してだ」 

「それはサリーって女だな。いろいろ周りがやかましいというのは聞いている。家の者にも探らせているところだ」

 

やっと本題に入れそうだ。

 

「で? 結果はどうなった?」

「それがよく分からん。金髪の女、灰色髪の男、灰色髪の女と何故か情報が錯綜している。こんな事は始めてだ」

 

なんだそりゃ。

情報収集雑すぎんだろ。

 

「そんな顔をするな。調べるほど矛盾が出てくるんだ。矛盾が多すぎる」

 

む、確かにそれは少し感じていた。

マフィアの情報網でもそうなのか。

 

「探った情報を出しても混乱を招くだけだろう。こちらとしては冒険者が出てきているならもう深入りする気はない。嫌な予感がするからな。最低限サリーとやらの人の接触だけは監視するが、それ以上をする気はない」

 

あとはお前らで調べたほうが確実だ、とのことだ。

それでも何かわかったら情報を流してくれるらしい。

まあそれで良しとするか。

 

「さてこれが俺からの最後の頼みだ」

 

そう言うと、色紙を渡してくる。

 

「これは?」

「サインを書いてくれ。飾るからな」

 

部屋から出て扉を閉じたあと『よっしゃあああ! ゲットだぜ!』とか言う声がしたが、聞かなかったことにした。

オネエ組長のところに戻る。

戻った先では、ゴスロリファッションのオネエ組長がフェイスマッサージの途中だった。

 

「あらこんな姿でごめんなさい。皺が気になっちゃって。女の子は見つかった?」

 

顔よりもたるんでる腹の方をなんとかしろ。

 

「似顔絵の女は見つかった。だがそれだけだ。本当にバレッタ伯爵の長女はこっちへ来ているのか?」

「……やっぱりあなたも同じことを言うのね。」

 

やっぱりってなんだ。

心当たりがあるんじゃないか。

 

アタシはリクドウとその手下に会ったことを話す。

 

「ああそこね。今回は同盟みたいなもんだし、この件に関してはあっちも知っているからアタイに連絡が来ると思うわ」

「……似顔絵の女のほうを再び探ってもいいが、その前に何か隠していることがあればそれを全部喋ってくれ。無駄なことは嫌いなんでね」

「とはいってもね……。アタイもほとんどのことは喋ったのよ。依頼主の名前は言えないわ。でも、信用できる人物だとは言っておくわ」

 

ああ、そっちはいい。

大体検討はついてる。

後はおやっさんに裏取りするだけだ。

 

「この領地に長女が入った証拠はあるのか? 似顔絵のサリーとか言う女と一緒に入ったという証拠は」

「ええ。依頼主からの証言の他に、門番の記録でサリーともう一人、ニルベルという女性が領地に入ったという記録が残っているわ」

 

門番の記録か。

名前は偽名だろうが、姿形を余所者が改ざんするのは難しいな。

 

「そうか、分かった。次にサリーの周りを嗅ぎ回ってる奴がいるらしい。男とも女だとも言われているそうだ。心当たりはあるか?」

 

「……知らない、いえ、噂では聞いているわ。見つけたら捕まえてちょうだい」

「ああ、分かった。どうも怪しいやつだからな。場合によっては骨の数本は折っても構わないな?」

「それに関してはあとでアタイの部下を手配するわ。使い潰して構わないからその人と協力してね」

 

めんどくさい依頼だな。

エリーが関わってなかったら降りてるところだ。

 

神妙な顔をして、オネエ組長がこちらを見つめてくる。

 

「あとひとつだけ」

「なんだ?」

「知ってると思うけど、今回なぜか情報が錯綜しているわ。最初はサリーちゃんのそばでうろついているのは女の子という報告だったの」

 

ああ、それはリクドウのおっさんからも聞いたぞ。

訳が分からない依頼だ。

 

「でもマリーちゃんが聞いたように、途中から男の子に変わってしまってるわね。なにかあるかもしれないから気をつけて」

「……分かった」

 

まずは裏取りで門番のトコに行ってみるか。

 

「ふへへ……。生足……。お兄ちゃんって呼んで……」

 

門番のトコに来たらよく会う兄ちゃんがいた。

なんかブツブツうるさい。

怪しい薬でもやってんのか?

 

「おう、兄ちゃん久しぶりだな」

「ふへへ……。ん? んんっ!? ……こほん、マリーちゃん久しぶりだね。どうしたんだい?」

 

門番の兄ちゃんは謎のブローチを眺めてニヤニヤしていた。

気持ち悪い顔しやがって。

恋人か?大切にするんだぞ。

 

「ちょっと兄ちゃんに頼みたい事があってな。バレッタ領地から来た奴で、三ヶ月前の入場記録を調べてほしいんだが」

「それくらいなら別に大丈夫だよ」

 

アタシはその娘が来た日付を指定して伝える。

 

「その日は君たちと同じで女の子が二人入ってるね。片方は君たちが言っていた茶髪の女の子。もう片方は灰色の髪の女の子だね」

「灰色の髪……? それは間違いないのか?」

「ああ間違いないよ。遠くの監視役と受付で相互に確認するからね」

「……金色の髪のやつは来ているか?」

「ん? んー、男は二人ほどいたけど……女の子だとこの三ヶ月は来てないんじゃないかな?」

 

資料をパラパラとめくっているが、その記録は残っていないらしい。

アタシはエリーと顔を合わせる。

エリーの金髪の髪が太陽に反射してキレイだな。

 

「ありがとう参考になったぜ」

「何かあったらまた来てね。相談に乗るからね」

 

アタシたちは門番の兄ちゃんに分かれを告げると自分達の館へ歩いて戻る。

 

「エリー、家系の中に灰色の髪は……」

「残念ながら。接点の少ない姉でしたが、それでも姉妹は皆おなじ金髪だったのを覚えています」

 

じゃあ、灰色の髪の女って誰だよ。

変装でもしていたのか?

貴族だとそういう道具を持っていてもおかしくはないな。

そこまで考えると面倒だ。

一回情報を整理しよう。

 

伯爵の長女を探して得たヒント。

女性が二人、領地に入った。

一人は所在がわかったが、もう一人が何者か分からない。

保護しなければいけないのは金髪の女性。

だけどその存在が姿も形もない。

代わりに出てくる灰色の髪の女。

 

「もう分からん。サリーとやらの周辺を調べるとするか……」

その時リッちゃんから通信が入る。

ペンダントに施しておいた簡易通信だ。

伝えるのは振動の大小だけ、個人も指定できないが、コード表を作っておけば遠くでも通信ができる。

 

「えっと……。バレッタ領に、ついた、よ。お土産は、何が、いい?、byリッちゃん、か……。いや、観光じゃねえぞ?」

「私が返しておきましょう。ウールが、名産、品、ですよ、byエリー、と……。これで大丈夫そうですね!」

 

へぇ、じゃあウールを使ってお揃いのセーターでも……

いや、そうじゃない。

 

「アタシからも例の件について送っておく。コンタクト、よろしく……byマリー、と」

「うまくコナツさんたちに会えるといいですね」

「まあ大丈夫だろ、いや大丈夫かな? まあちょっとは覚悟してる」

 

リッちゃんは今、バレッタ領で情報収集に行ってもらっている。

アッチの領地も荒れていて色々大変だと聞いているからな。

もしかするとここじゃ掴めない情報が何かあるかもしれない。

 

……リっちゃん一人だと不安なので、定期連絡とギルド経由で手助けを頼もうと思っている。

あっちも伯爵の件でいろいろ混乱しているみたいだし相互で利益になるだろう、多分。

 

なんか焼き鳥が美味しいとか通信が届いた。

本当に大丈夫だよな?

 



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閑話 リッちゃんとパンナコッタ

リッちゃんは焼き鳥を食べながらギルドへと向かっていた。

しかし屋台の出ているほうへとつられて歩いて行った結果、途中で道を間違えたのか、段々と寂れたところへ移動し、ギルドらしき建物が見える気配はない。

しょうがないので近くにいた冒険者らしき人物へと声をかけていく。

 

「すいません、ギルドはどこですか?」

「あなたは……『エリーマリー』のメンバーではありませんか?」

 

冒険者は前回の冒険で出会った『パンナコッタ』のメンバーの一人、コナツだった。

 

「……あ! ナナツさんでしたっけ、お久しぶりです」

「コナツです。あの、タレがついていますよ?」

「あ、うっかりしてたや」

 

リッちゃんは指でタレを拭うと、ペロリと舐めた。

 

「どうしてこんなところへ? 他の皆さんも一緒ですか?」

「僕は今回は特別任務で一人だよ。ギルドを探してたんだけど、どこ探しても見つからなくて。もし知ってたら教えて欲しいかな」

「ギルドは隣の通りを歩いていったところですね。連れて行きたいのですが、今はちょっと問題があって……」

 

その時、影から男たちが数人飛び出してくる。

 

「最近こそこそ嗅ぎ回ってる冒険者ってのはお前たちのことかい?」

「え? 違いますよ? 僕は通りすがりの魔王です。むしろ魔王の親? ご先祖様?」

「へへっ、ふざけた野郎だ」

 

リッちゃんは真実を語るが、コナツも含めて誰も相手にしてくれない。

 

「あいつらに関係あるかどうかは体に聞けばわかることさ。こちとら金をもらっている限り、秘密を探るやつは誰であろうと消すまでよ」

「へへっ、なかなか上玉じゃねえか」

「……すいません。リッちゃんさん。どうやら巻き込んでしまったようです」

 

コナツが小さく謝ると、懐からステッキのようなものを出してくる。

ステッキを握りしめると、それは大きくなり、薙刀の形へと変化した。

 

「この人は無関係です。狙うなら容赦しません」

「え? ちょっと待って! いきなり何なのさ!」

「うるせえな。みんな囲め」

「させませんよ」

 

周囲を囲もうとしていた男達は、コナツの薙刀によって一瞬で切り裂かれる。

男たちは声を上げる間もなく、倒れ伏した。

 

「申し訳ありませんでした。リッちゃんさんのいるところとは違い、今こちらは伯爵の跡継ぎ問題で少々揉めています。おかげで昼間でもこのような輩が出てくる始末で……」

 

そう言ってコナツは謝ってくる。

 

「そうそう! それで僕ここまで来たんだ! あとリッちゃんでいいよ」

「は、はあ。リッちゃん、ですね。わかりました。あと伯爵の件とはどういう……」

 

リッちゃんは経緯を説明する。

 

金髪の女の子が子爵領まで来ているという噂。

それを裏稼業の人間たちが探し回っていて、自らのチームがそれに巻き込まれたという話をした。

 

「金髪の女の子……、もしかして長女が……? それは少し興味深い話ですね。一度フーディーのところに来てもらえませんか?」

 

結局、リッちゃんはコナツにギルドまで案内される形となった。

コナツがギルドで連絡を取ってしばらくすると、『パンナコッタ』のリーダーであるフーディーが姿を表す。

 

「マリーのところの嬢ちゃんかい、久しぶりだね。アイツには世話になったよ。今揉めている話が片付いたらお礼に行くからよろしくいっといてくれ」

 

「わかった、伝えとくよ。どこで僕がこっちに来た件についてなんだけど」

「わかってるよ。馬鹿共の身内争いについてだろ?」

「馬鹿ってそんなストレートに……」

 

「馬鹿は馬鹿さ。ここまで醜い争いが表になったんだ。国が知ったら最悪領地の没収までありうるね。ましてや隣の領地にも迷惑をかけてるってことだろ? 崩壊は時間の問題さ」

「まあそれは否定しないけどさ。もうちょっと言い方にこう、優しさをさ……」

 

手心加えたって何も変わらないよ、と少し苛立ったように言う。

彼女の怒りは目の前にいるリッちゃんに、というよりも今起きてる出来事に対して伯爵への怒りを抑えきれないといったようだ。

 

「話を戻すよ。まずこっちで起きてる問題だ。こっちでは伯爵家の人間がどこかへ幽閉されてるって話だ。伯爵家にいる執事の一人から依頼が来て動いてる。今回は厄介なことに裏稼業の奴らが動いてるね。長女か長男かは分からなかったけど、そっちの話を聞く限り長女はそっちにいて、こっちにいるのは長男の方ぽいね」

 

リッちゃんはスキルを応用して、空中にメモを取っていく。

彼女にしか見ることのできないメモ書きだ。

 

「アタシ達が受けてるのは裏組織に拉致されて幽閉されている人物の救出。別のチームがヤクザ者達を押さえ込んで、その間に救出するっていう寸法さ。もう場所まではある程度特定できていてね、後はタイミングを見て、突っ込んで救い出すだけさ」

 

「あれ? じゃあもうほとんど解決してるんだ?」

「まだだね。肝心の“召喚石”が見つからない。どうやらその石を裏稼業の奴らが動くための報奨金にしていたらしい。ところが石ごとどこかへ消えちまったのさ。それで裏稼業の奴らも躍起になってるね。このままだと働き損だからね」

 

だけど、もしアンタ達の話が事実なら、この領地にはないかもしれないね、そうつぶやくと彼女は眼帯の上からスキルの宿った目をなぞり、ため息をついた。

 

「とにかく私からのアドバイスだ。この件は一介の冒険者じゃ身にあまる。ちゃんと

ギルドを頼るようにするんだ」

「ええ、こちらも他のチームのメンバーがやられたりと中々に大変な状況です。」

 

他の冒険者チームも激しい戦いの末やられているという現状に、りっちゃんはゴクリと息を飲み込んだ。

 

「わ、分かったよ。ところで質問なんだけど……」

「なんだい? 私に答えられることなら何だって答えてやるよ。敵の構成かい? それとも」

「うん、あのさ……。ここのお土産って何がオススメかな?」

 

「……は?」



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第53話 助っ人

向こうは幽閉された長男だかなんだかを救うらしい。

リッちゃん経由なので情報が少し怪しいのが難点だ。

 

今アタシ達は出張から帰ってきたおやっさんと話し合いをしている。

 

「おうマリー。例の依頼受けたのは、お前達らしいな。話は聞いているな?」

「おやっさん久しぶりだな。ある程度は聞いてるが……。正直なにがなんやら訳が分からん」

「ああ、俺達もこの件でかかりっきりになってる。最悪だ」

 

おやっさんが珍しく悪態をついているな。

 

「この件、依頼主はドゥーケット子爵だ。伯爵家の令嬢と厄介事を持ち込まれて困っているから追い返してしまいたいらしい」

 

伯爵か子爵かの貴族様だと思ってたが……

やっぱりそのレベルか。

 

厄介事はあの石のことだな。

 

「意外だな。もっとガッツリと欲出して、石を持ってこいとか言うと思っていたが」

「召喚石の事も聞いているか。話が早い。子爵は他所の領地にある財宝をわざわざ奪おうだとか、そういう強欲さは持っていない」

 

子爵は自分の財産を渡すのが嫌いなだけだ、そうおやっさんは続ける。

なるほど。ある意味で冷静、ある意味で残念な思考の持ち主なんだな。

 

「情報を共有しておくぞ。これは子爵から伯爵家に非公式ながらに伝えている事だ。『なるべく令嬢と石を探して奪取するが、状況によっては領地内の治安を優先するため、石は破壊する。了承できない場合は協力できない』だそうだ」

「子爵は伯爵家より格が下なのに強気の交渉だな」

 

おやっさんがため息をつく。

 

「伯爵家は先代の時点で事業に失敗しすでに衰退気味だった。今回の騒動で伯爵家の格は地に落ちたと言ってもいい。公になってまずいのは伯爵の方だな」

「つってもこんだけ人が死にまくってりゃ王都も動くだろ」

「それも時間の問題だな。それでも誤魔化せるだけ誤魔化したいんだろう」

 

なんつーか、手遅れ感がすごいな。

嘘を隠すために嘘をついてる、嘘の不良債権状態だぞ。

 

「子爵は色街にもある程度顔が利く。それで石を手に入れたら破壊していいと伝えたそうだ。値段と効果をあえて一緒に伝えた上で、な」

「それだと奪い合いにならねーか?」

 

裏稼業ってのは目先の金にガメつい奴らがなるもんだ。

オネエ組長みたいに性欲基準で動いてるなら別だがな。

 

「そのとおりだ。色街では石を奪って売り飛ばしたい勢力、面倒事はごめんだと破壊したい勢力、静観する勢力に別れて抗争になっている。最終的にはこの件を利用してマフィアが力を持ちすぎないように削る事が狙いだな」

 

子爵は破壊したがっている方にこっそり肩入れしているみたいだが、とおやっさんは続けてくる。

 

……子爵はもしかしてドケチなだけで有能なのか。

 

「子爵は俺達ギルドを経由して表側からも探るように依頼してきた」

 

それでおやっさんが動いていたと。

 

「さらに別口でマフィアからの依頼だ。表向きは飲食店の総元締めだから断るわけにもいかねえ。流石に軽々しく人を頼める案件じゃねえからいったんこっちで止めていたんだがな」

 

おっさんがため息をつく。

じゃあなんでアタシ達のトコに回ってきてんだよ。

 

「ポン子が何も考えず仕事を冒険者に放り投げたと聞いた時は肝を冷やしたぞ。受けたのがお前らでよかった」

 

またあいつか。

ポン子の奴、とんでもない地雷をキラーパスしてるんじゃねえ。

一人で爆死してろ。

 

「アタシ達は肝が冷えてるよ。エリーの事、知ってんだろ?」

「それも含めて幸運だった。こちらには伯爵家の容姿なんて知ってるやつはいないからな。顔を知ってる奴が直接探しに行ってくれるのはありがたい」

「コッチはリスクだらけだ。場合によってはエリーは裏方に回してアタシだけで動くぞ」

 

おやっさんは問題ないと頷いてくれた。

なんかギルドにとって都合よく話が転がってるな。

 

「こっちでは引き続き他に誰かいるかどうかの裏取りと領地から出た人間の中に怪しい奴がいないか監視を行なう」

「じゃあ、アタシ達は茶髪女の周りをうろちょろしてる白髪女を探る。そっちも頼んだぜ」

 

さて、エリーはどうしたもんか。

長女が実際に隠れてて、見つかると警戒されたり面倒臭そうだが、顔を知ってるのもエリーだけなんだよな。

 

あまりワガママも言ってられないか……

その時までとりあえず保留だ。

 

 

再び風俗店『探索者』に来ている。

いや表向きは茶屋だっけか?

 

今日の看板は『ホロ酔い馬車で馬乗り一撃必中!』と書かれている。

毎回書き換えてるのかこれ。

ご苦労なこった。

 

店に入ろうとすると客が受付をしていた。

少し待つか。

 

よく見ると前回あったサリーとやらが受付をやっている。

あの兄ちゃんはどっかで寝てるのか?

 

「この店のオススメですか? あたしです! 今なら特別料金で良いですよ!」

 

そういって客と店の奥へ入っていった。

受付は良いのかよ。

代わりに眠そうな兄ちゃんがあくびをしながら出てくる。

 

……客と入っていったなら、しばらく聞き込みするのは無理だな。

 

アタシは店の裏側へ回る。

直接店に入って兄ちゃんと話ても良いが、話が堂々巡りするのは目に見えているしな。

 

それに聞き取り調査ってのは、周囲の人間から情報を聞くのがセオリーだ。

訳ありの人探しはセオリーに乗っ取ろう。

この場合適当なのは……。

 

いたいた。

片付けをしている十歳くらいのガキンチョだ。

色街では家庭にワケ有りの子供や身寄りのない孤児たちが雑用と引き換えに養われている。

 

この子供ももその一人だろう。

今回はこいつから話を聞くことにする。

 

「おい坊主。ちょっといいか?」

「なんだい? お店で働きたいのかい? それなら表に回って店長と話しなよ」

「いや、違う違う。最近入った茶髪のお姉さんが気になってな。アタシ達と同郷なんだ。昔のよしみで話でもしようかと思ってね」

「うーん、残念だけどオイラには答えられないな。店の人のことは口止めされててるからね」

 

お、意外と躾がなっているな。

ここで働いている子供にしては珍しい。

 

「でもここだけの話だよ。茶髪のねぇちゃん、サリーっていうんだけど、『エリーマリー』っていう冒険者のファンがお客さんとして指名してくれるから結構儲かってるんだ」

「へぇ……」

 

……前言撤回だ。

秘密を喋りたくて仕方ないタイプだな。口の軽い子供だ。

食いもんか金で釣ろうかと思ったがその必要もなさそうでよかったぜ。

 

「へへへ、いいかい? 絶対にここだけの秘密にしてくれよな! 万が一『エリーマリー』に知られたら店ごと燃やされるって店長が言ってたからさ!」

「安心しな。ここだけの話だ。アタシ達の口からこれ以上は広がらねえよ。むしろ広げさせねえ」

 

落ち着いたら店長と一度しっかり話をする必要がありそうだ。

火災保険の有無とかも含めてな。

……冒険者はともかく、リクドウのおっさんは、こっそり通いつめてたりしねえよな?

 

「そのサリーの仕事はどうだ? やっていけてるか?」

「まあまあだね。前の領地にいた時も、それなりに稼いでたみたいだぜ?」

 

前の領地ってことは、こういう店で働いて長いんのか?

バレッタ領主関係の付き人じゃなさそうだ。

 

「へえ、ほかに友達はいるのかい? 金髪の女の子とか」

「そこは知らないなあ。詳しく聞いたことないや。あ、そうだ。友達は知らないけど、彼氏は居るんだぜ! 前も姉ちゃんと同じようにこの店に来てたんだ!」

 

……彼氏か。

 

「どんな奴だ? ちゃんとした職業のやつか? 公務員とかならいいが冒険者なんて認めないぞ?」

「姉ちゃん達だって冒険者だろ? 何してるかは知らないよ。彼氏は灰色の髪の兄ちゃんだったよ」

「灰色の髪の……兄ちゃん? 姉ちゃんじゃなくて?」

「えーっ!? 前にあった時兄ちゃんだって言ってたし、姉ちゃんってのはないよ」

 

なんかやけにすごい自信だな。

 

「その兄ちゃんとたまに会ってるのか」

「会うのはね……。仕事の終わりかけ、日が昇る前の一番暗い時さ。オイラは大体寝てるけどね。そんなこと聞いてどうするんだい? 彼氏を奪いに行くのか?」

 

なんでそんなドロドロした痴情のもつれに参加しなきゃいけねえんだ。

 

「その辺はもう間に合ってる。サリーのために、アタシ達が信頼できる人物か見極めてやるのさ」

 

子供に別れを告げると、いったん宿へ向かう事にした。

深夜までそこで待機だ。

宿に戻ろうとする途中、柄の悪い兄ちゃんがこっちに向かってくる。

 

「おいあんた等が噂のマリーか?」

「噂? 知らねーよ。ドコの誰だテメーは?」

「俺はオネエ組のダンっていうんだ。よろしくな。あ、女には興味ねえから安心しな。好きなのはショタだ。ボスとは趣味が近い」

 

お、おう……

そんなにはっきり言われるとコッチが困るんだが。

……とりあえずエリクの姿は絶対見せないようにしよう。

 

「ボスからついていくように言われた。そろそろあの女の周りにいる誰かと接触する事だろうからってな」

 

コイツが前に言ってた助っ人か。

やけに頭が悪そうだが大丈夫なのか?

 

「もし誰かと接触するようなら最初に俺が接触する。良いな?」

「なんでお前が一番最初なんだ?」

「うちのモンも探っているんだが、入ってくる情報が支離滅裂だ。相手はスキルを使っている可能性が高い、それがボスの意見だ」

 

スキルか。

確かにその可能性は考えていたが、そこを疑いだすとキリがなくなるからな。

あえて除外していた。

 

「そこで俺が突撃して相手を血祭りに上げる。そうすれば相手もボロを出すだろう」

「おい、いきなり血祭りにすること前提にすんじゃねえ」

 

血の気の多いやつだな。

 

「……ところでモノは相談なんだが」

「どうした? 顔は拳で直せるが柄の悪さは直せねえぞ?」

「いや、ボスが言ってる言葉の意味が分かんねえから丸暗記したんだが、今話しててもさっぱりわからん。お前ら、どうすればいいか指示を出してくれ」

 

それだけ説明できていてなんでわかんねえんだ。

ああそうか、お前もアホの仲間か。



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閑話 深夜密会

暗い空が白み、夜から朝へと切り替わる時。

それは色街の住人にとって仕事の終わりを告げる時刻。

 

一人のフードを被った影が『探索者』の店前に立っていた。

店でサリーと呼ばれていた少女は、その姿を見ると嬉しそうに近寄っていく。

 

「ごめん、最後のお客が長引いちゃって……。待った!?」

「いや、大丈夫だよ、いつも大変だね」

「んふふー、そうなんだよー。えっと……」

 

フードの下で目が紫色に怪しく輝く。

 

「私の名前は知らなくていいよ。そうだろう?」

「……あ、そっか。そうだったね。大好きな男の人なのに、ごめん。私ったらうっかりしてて」

「いいんだよ。こうして何度も会うことが大事だからね」

 

フードの下の目が更に怪しく光ると、サリーと呼ばれた女性の目はだんだんと虚ろになっていく。

フードを脱ぐと男の……いや、女の整った顔が現れる。

 

「ところで私の髪の色は何かな?」

「きん……いろ?」

「違うよ。私のこれは特別でね、灰色って言うんだ」

「はいいろ……? そう、そうだった。はいいろ、だったね」

 

フードを脱いで自らの髪を尋ねる女性に対し、サリーのほうは言われるがままに髪の色を灰色と認識していく。

 

「そう、もしも灰色じゃなくて、金色の髪を探してる人が来たらどう答える?」

「王都のほうに……。いったって、こたえる」

「良い子だ、さあ最後の確認をしよう。お腹を見せてくれるかな」

「はい……」

 

下腹部には、複雑な模様が描かれている。

特殊なインクで書かれたそれは精力を魔力へと変換する術式だ。

 

「……いい感じに魔力が貯まっているな。もういいか」

 

彼女はもともと出稼ぎで王都の方に行く予定だった。

バレッタ領を出て、一緒に乗りあわせたこの女性と出会った後、なぜか気が変わってこの街で働いている。

 

「これで、赤ちゃん、だいじょうぶなの?」

「ああ、この魔法が書かれている限り、子供は作れないよ。もう少ししたら、この魔法も解けるけどね」

「そっかー……」

 

まるで理解していないような虚ろな表情でこたえる彼女を、うっすら笑みを浮かべながら見ている女。

 

「さてそろそろ取り出すとするか。私は君の彼氏だ。彼氏にその体を見せるのは普通だ。そうだろう?」

「おいそこの姉ちゃん」

 

女がサリーの服を脱がそうとしているその時、背後に現れた人物より声をかけられる。

 

目出し帽をかぶっている男は手に刃物を持っていた。

 

「……なにかな? できればちゃんと顔を見せて話をしてほしいものだね」

「俺はダンっていうんだ。悪いが話すことなんてねえよ」

 

そう言うと男は手に持っていた短刀を思い切り腹に突き刺した。

……だがその短剣は受け止められ、血は出てこない。

 

「なに!?」

「いきなりのご挨拶だね。黙って刺されてたら、ちょっとまずかったよ」

「テメェ……! なんだぁ!?」

「君は知らなくていいことさ。私はただの冴えない男だよ。そうだろう?」

 

そう言うと、先程まで女性の目に宿っていた紫色の淡い光が一層強い光を放つ。

 

強い波動に当てられたのか、あるいはその紫の光から解き放たれたためか、近くにいたサリーが倒れる。

男も目眩と同時に世界が歪んだような錯覚をおこし、数歩後ろに下がってしまう。

 

「うっ……。なんだ、テメェ……」

「残念だったね。君が探していた、さっきの男の人は向こうに行ってしまったよ。そうだろう?」

「……ああ、そうだな。くそっ、取り逃した」

「今ならまだ間に合うよ。さあ、あっちの方へ行くんだ」

「わかった……」

 

金色の髪を持つ女性の言葉はまるで真実であるかのように、ダンは示された方向へフラフラと歩いていく。

 

ダンがいなくなると、女性はたちくらみを起こしたのか、壁によりかかった。

 

「ふぅ、そろそろ潮時だな……。そろそろ石を回収して送り届けないと」

 

ふと、彼女は遠ざかる影に気が付いた。

ぶかぶかの服を着ており、背丈から察するに子供のようだ。

 

「しまった……。見られていたみたいだな。子供とはいえ騒がれると面倒だ、スキルを使わせてもらうよ」

 

彼女は子供の影を追いかけて走り出す。

 

子供が道をよく知っているのか、奥へ奥へと入っていく。

 

だが、女性は金髪の髪をたなびかせながら、素早く距離を縮めていく。

行き止まりにたどり着くと、少年は足を止めた。

 

「坊や。何を見たんだい?」

「……」

「やれやれ、顔も見ずにだんまりか。こっちのほうを向いてくれないかい」

「……スキルを使うのですか?」

「へぇ、よくスキルだって気がついたね。冒険者になりたいのかい?」

 

声は柔らかだ。

だがもし少年が目を合わせていれば、その表情に笑みはないことに気がついただろう。

 

「私の目を見てくれるなら、君は無事に家に帰れるよ。君のお父さんやお母さん、兄弟たちと今まで通り仲良く暮らせるんだ」

 

彼女が優しく諭すように言うが、男の子の表情は変わらない。

 

「お父様もお母様も亡くなりました。兄弟も行方が分かりません。 ……家族はおりますが」

「だったら、残された家族を探すためにも早く帰らなくちゃ。正直ね、私も誰かを殺したりするとなかなかに面倒なんだ」

 

この街ではあまり殺人は行われない。

それは裏稼業であっても同様だ。

 

裏稼業の産業として色街が収益の中心であり、街を利用する者は大半が一般人を占める。

殺人などが起きるとしても裏稼業同士で闇から闇へ内々に処理され、表立って話題になることはまずなかった。

 

ゆえに事件などが起きると念入りに調査され、彼女の目的を阻害する可能性があったのだ。

 

「申し訳ありませんが、あなたの意見は聞けません」

「悪い子だな。しつけのために何発か殴らせてもらうよ。私のスキルは攻撃には向いてないからね。その綺麗な銀髪が汚れるけど構わないよね」

 

そういうと、ゆっくりと脅すように、怖がらせるように近づいてくる。

 

瞬間、氷塊が金色の髪を持つ女性を襲った。

 

「構うに決まってんだろ。アタシの大事な弟だ」



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第54話 罠

ダンが謎の男に会いに行くことが決まってすぐ、アタシはダンを含めた三人で打ち合わせを行っていた。

 

「これはボスの立案だ。聞いてくれ。最初は俺が直接会って話をする。あんた達二人のうち、一人は遠くから見ているんだ。もう一人は後から認識に差異がないか接触して確認する。だそうだ。理由は分からん!」

 

そんな自信満々で言うことじゃねえだろ。

 

「とりあえず近づいてブッ刺せば良いって事は分かっている」

「なんにも分かってねえよ」

 

だがオネエ組長のやりたい事は分かった。

スキル対策で二人一組でなんとかするってことだな。

そうすれば仮に二人が同時にスキルを食らっても、もう一人がなんとかできるってわけか。

 

だったらアタシが遠くから探るか。

状況は逐次ペンダントを通じて送ればいいな。

 

「マリー、今回は私が行きます」

「何を言ってるんだ、危ないぞ?」

「いいえ、これが一番安全です。もしもダンさんがスキルで無力化された場合、もう一人に矛先が来る可能性があります。その場合、私であればマリーのスキルで直してもらうことが可能です」

 

……確かに。

精神攻撃系のスキルだった場合、アタシだと食らったことにすら気が付けないかもしれない。

だがエリーなら治す事ができる。

しかし……

 

「大丈夫ですよ。今のところ殺された人間はいないのでしょう? もしも危ないと思った時は助けてください」

 

覚悟が決まっているようだな。

こうなったら言っても聞かなそうだ。

 

「分かった。ペンダントを使ってこまめに情報を送ってくれ。万が一の場合、逃げられるように落ち合う場所を決めておこう」

「違いますよ、マリー。倒すため、誘い込む場所を決めるんです」

「……エリーは強いな」

 

そうして最初はダンが囮となり、遠くからエリーが様子を伺うと言う形を取った。

途中気が付かれたため尾行から第二の囮へときりかえる事で見事に策が功を奏し、アタシ達は犯人らしき人物を見事に追い詰めていた。

 

万が一にもエリーの姉だった場合、エリーの姿を見られると逆に逃げられてしまう恐れがあったので人に見られないよう、エリクに変身している。

途中変身する可能性も考えて男女どちらでも違和感ない服に交換だ。

 

 

「お前、魔眼系のスキルだな? 顔を合わせられねえのは辛いがここで終わらせるぜ」

 

とはいえ、殺すわけにはいかない。

アタシは風に土くれを乗せて目に当てる。

 

「くっ、しまった。目潰しか!」

 

簡単な罠だが無詠唱と併せると厄介だろ?

引っかかってくれて嬉しいぜ。

 

目潰しの隙を利用して、抑えつけた後、用意した紐と布で縛り上げ、目隠しをした。

猿ぐつわはまだだ。

いくつか尋問しとかねえとな。

 

「君たちは冒険者かい? 私をどうする気だね? 私はバレッタ領主の娘だよ。勝手に捕まえると問題になるんじゃないかな?」

 

……確かにエリーと同じ色の金髪だ。

だが、こいつが本当にエリーの姉なのか?

エリー、いやエリクの方を見るが表情は暗い。

 

「顔だけなら確かにそうですね。ですが、あね……長女は灰色の髪を持つ貴族、ファティーニ辺境伯に嫁いだはずです。なぜここにいるのですか?」

 

ファティーニ辺境伯?

たしかバレッタ領の隣、西の魔王領から来る魔族たちから国を守る貴族のはずだ。

 

そんな大物貴族が婚約相手かよ。

だとすると余計おかしいぞ。

 

姿を騙すスキルがあるんだ。

灰色の髪なんて名乗ったら関係性を疑われるだろうに何を考えているんだ。

 

「……私はファティーニ伯爵から婚約破棄をされてここへ来たんだ。知らないのかい?」

「なぜ婚約を破棄されたのですか?」

「私の容姿が気に入られなかったらしくてね。それで実家に帰るわけにも行かないからここへ逃げてきたのさ」

 

エリクはため息をつく。

なにか思うところがあったのだろうか。

 

「そうでしたか。やはり貴方は姉ではありませんね」

「姉? 何を言って……」

 

「ファティーニ辺境伯は貴方の容姿と政治的な強化をもとめて婚姻関係を結びました。性格に難はあるが、それを補って有り余る容姿である、と。その貴族の方が今更、顔でお姉様を放り出すはずがありません」

「……何?」

「そして姉にスキルはありません。話し方も違います。貴方の話を聞いて確信しました。貴方はなぜ姉様の姿をしているのですか?」

 

その時、リッちゃんから通信が入る。

……この振動は緊急連絡のサインだ。

 

かなり途切れ途切れのメッセージだな。

よほど焦っているのか。

 

 

「伝言を読み上げるぞ。二つ連絡。長男、死んでる。毒殺。犯人は魔族。次男と次女に、化けていた。一部、討伐済み。幽閉された、金髪の女性、推定長女。死亡確認。そちらの女、誰? ……なんだと?」

 

「じゃあ、ここにいるのは……」

「くすくす……。バレてしまったか。ここまで綺麗に引っかかってくれると嬉しいな。騙しがいがあるね」

 

いつのまにか縄がほどけている。

そう簡単に抜けられるようなヌルい締め方はしてねえぞ。

 

……いや、体がおかしい。

全体的に丸みを帯びて変形している。

何だコイツ? なにかおかしいぞ?

 

「改めて正式に名乗りを上げよう」

 

その顔が変形していく。

なんだその顔は。

三つの穴が不規則に空いているだけだ。

 

「私のスキルは『擦リ変得ル追憶』、そして私の種族はドッペルゲンガーさ」

 

ドッペルゲンガーだと!?

 

「殺した相手の姿を乗っ取るっていう奴だな、お前は魔族か?」

「ご名答。理解が早くて説明の手間が省けるよ」

 

姿がさらに変形していく。

 

「私は魔王軍工作部隊隊長。通称『改変』のノルヘルという。ついでだ、私の輝かしい功績を聞いてくれ」

 

ふざけてんじゃねえぞ。

前に戦った奴の仲間か?

 

「我々は魔王様の命を受けて人の領地入り込んだんだ。目的は領地の内乱と分断さ。最初はファティール辺境伯の領地を荒らす予定だったんだけど守りが硬くてね。代わりにバレッタ伯爵領地を混乱させて、力を魔族領に注げないようにしたんだ」

 

バレッタ領地を混乱させた、だと?

じゃあもしかしてここ一年の騒動は……

 

「男爵領地で街から近くて使われてないダンジョンを見つけたのも幸運だった。おかげで素晴らしい戦略が立てられたよ」

 

「第一目標であるバレッタ伯爵領地の無力化は達成した。第二目標である隣の男爵領での反乱ももうすぐだ。今は冒険者をひっそり狩ってる頃かな? その後に大反乱だ。楽しみにしていてくれ」

 

おいおい、洒落にならねえぞ。

……だが、一つ思い違いをしているな。

 

「ついでにバレッタ領地で見つけた召喚石を使って味方の召喚士を強化する予定だ。この完璧さ、まさに幸運の女神がついているようだと思わないかい?」

 

なるほど、石ころはお前が持っていたのか。

それで誰も見つからなかったんだな。

 

「アタシからも教えてやる。ペラペラと内情を喋るスカした野郎はブチのめされて消える雑魚だって相場が決まってんだよ」

 

ドッペルゲンガーの野郎からコココ……。と奇妙な音が聞こえる。

笑ってんのか?

 

「普通ならそうだろうね。さて、ここで質問だ。先ほどから二人とも私の目を見ているが気が付いていたかな?」

 

すると、コイツの両肩から目が開き、紫色に光る。

マズイ!

 

「私は体の、目や鼻の位置、内蔵まで自由に変えられるんだ。君たちみたいな不完全な生き物と違ってね。このスキルは制約がきつくて時間稼ぎをする必要があったが……。これで、今の会話は彼方に飛んでいったね。なーに、数年経てば思い出す事もあるさ」

 

マズイ、意識が朦朧としてきた。

 

「長女は死んでるのがバレてしまったんだったな……。攻撃してスキルが解けてもマズいし……。よし、こうしよう。君たちは冒険者としてここに来た。女の子を探るためだ」

 

なんでアタシはここにいるんだ?

そうだ、誰かをしらべにきたんだ……

マズイ、術中にハマっている。

 

「探っていた店に働いているサリーという娘。なんと恐ろしい事に彼女を殺した奴がいるらしい。かわいそうに、腹を裂かれて殺されていた」

 

聞くな、きくなアタシ。

せめてエリクに……

 

「殺したのはファティール辺境伯の一人息子。彼が愛していたバレッタ伯爵の長女、彼は彼女を愛するあまり幽閉したが、ながい幽閉生活で死に追いやってしまう」

 

……そうか。ろくでもないやつだな。ファティールは。

 

「哀れにもその一人息子は自らの失態を隠すため逃げだした。更には罪を隠すために隣の領地で魔物を暴走させる予定らしい」

 

まものを? なんてわるいやつだ。

まものをぼうそうさせるのか?

とめないと。

 

「これから君たちは、それをギルドに報告しに行くんだ。そうだろう?」

「ああ……そうだな」

「理解してもらえたようだね、それじゃあ失礼するよ」

 

しらないひとにいろいろおしえてもらった。

 

……そうだ、ギルドに行かないと。



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閑話 ノルヘル

ドッペルゲンガーのノルヘルは男爵領内のダンジョンへと向かっていた。

 

街から出るとき門番や関所に咎められたが、この領地に入ってきた時と同様、容姿に対する認識を変えさせたのでしばらくは大丈夫だろうと考えている。

 

彼女のスキルは永続的ではない。

 

時間があれば徹底的に認識を書き変えられたのだが、付け焼き刃のように一言二言交わしただけでスキルを発動しても、書き換えられるのは一部だけだ。

 

さらには、攻撃を加えることで認識改変が解除されてしまう。

それ故、彼女は人に会うことをなるべく避けていた。

 

途中、彼女はサリーの腹を裂いたが、サリーの姿へ変身出来ない事に気がついた。

おそらく殺し損なったのだろう。

仕留め損なったのは心残りだったが、気がついたのは男爵領へついてからの事だった。

それに本来の目的は達成している。

今更戻る訳にもいかないため、放っておく事にした。

 

しょうがなく、彼女は再び殺した長女の姿を模してダンジョンの中へと入っている。

いま向かっているのは彼女の仲間、魔王軍の工作部隊として同時に潜入した仲間の一人。

召喚術師として、多数の悪魔を召喚させて内部から混乱をもたらす役割を持っていた者だった。

 

今回、彼女たちの任務は王国内部にて内乱を起こし内側から切り崩すこと。

そのためにバレッタ領への潜入、そしてその隣の領土であり、農地が多い土地で魔物たちを暴走させ、領地を荒らす事で打撃を与えることを目的としていた。

 

彼女はバレッタ領にて工作を行った後、追手の目を欺くため王都に向かうふりをしてドゥーケット子爵領で潜伏、味方の召喚魔法を強化するための準備を進めていた。

 

「イルス、戻ったぞ……。イルス?」

 

すぐに彼女は違和感に気づく。

ダンジョンに出てくるはずの敵が居ない。

 

「おい、イルス! どこにいる! 現状を報告しろ!」

 

ノルヘルはダンジョンの奥にて部下の名前を呼びかける。

だがその声だけが洞窟に反響し、どこにも姿が見えない。

 

まるでダンジョンではなくただの洞窟のようだ。

 

「まさか、既に攻略済み……? 馬鹿な……。何の情報も来ていないぞ」

「そりゃあ、情報を伝える前に叩き潰したからね。ギルドも王都から冒険者たちを呼び出して検査するまで箝口令が敷かれてるさ」

 

一人の女性が物陰から出てきて声をかけてくる。

このダンジョンについて実際には酒場で噂話程度には話をされている。

だが、人目を避けていたノルヘルには知る由もない事だった。

 

「貴様は何者だ? なぜここに……」

「まあ細かいことはいいだろ。とりあえず、燃えとくれ」

 

赤い目が光ると、ノルヘルの全身が炎で包まれる。

 

「私の名前はフーディー。スキルは『炎眼』って言うんだ。あんたのスキルと親戚同士みたいなもんだろ? よろしく頼むよ」

「なぜ私がここにいることを……? スキルまで……」

 

初めて会う他人にスキルまで知られており、ノルヘルは狼狽してしまう。

 

「質問するのはこっちさ。バレッタ領にいた二人の魔族を倒したんだけど、あれはあんたの部下かい?」

「なに!? 貴様よくもっ!」

 

二人の部下には伯爵家の破壊と長女の死を隠蔽する役割を担っていた。

それが知られていることは作戦が一部失敗したことに他ならない。

 

「わかりやすい回答ありがとさん。王都で洗いざらい秘密を吐き出すか、ここで死ぬか選びな」

 

さらに数人、逃げ道を塞ぐように人物が現れる。

 

「紹介するよ。私の仲間、コナツとロアさ」

「はじめまして。魔族の隊長さん」

「……会話なんていらないさね【幻氷は世界を覆い、白き闇へと誘わん】〈氷霧〉」

 

魔法使いらしき老婆が呪文を唱えると、ノルヘルの周囲を冷たい霧が覆い隠す。

 

「……魔眼の類は直視しないとスキルが使えないからね。相手を騙したり惑わすような魔眼の使い手には十分すぎる効果だろ?」

 

ノルヘルのスキルは対象と直接目を合わせること、さらに発動した相手に攻撃を仕掛けないことも条件の一つとなる。

それは霧に覆われ、わずかに視界がぼやける程度でも十分な効果があった。

 

ノルヘルが現状でスキルを使うのはほぼ不可能となる。

 

「くそっ、〈変し……〉」

「おっと、〈変身〉とやらは使わせねーぜ?」

 

変身してこの場を切り抜けようとした瞬間、背後から声がかけられる。

その人物の手は左肩に手が添えられ、熱く光っている。

 

「略式・鳳仙花」

 

彼女の手が光り輝き、爆発した。

ノルヘルの左肩が弾け腕が千切れ飛ぶ。

かろうじて死んではいない。

 

だが擬態した体は姿を保っていられず、不定形の魔物の姿へと戻っていく。

 

「おいマリー! やりすぎだよ! 捕らえて話を聞き出すんだろ?」

「こっちだってやられてるんだ。一発ぐらい仕返ししとかねえとな。それにこいつがスキルを使って来ると、アタシ達だってマズイ」

 

「何故……だ! 何故私のスキルを受けて記憶が改変されていない!!」

 

それは、ノルヘルにとってあり得ない事だった。

数年後に記憶が戻ってきたという話もあるが、即座に記憶を元に戻すなど、聞いた事がない。

 

「お、生きてたか。アンタのスキルは一種の精神汚染だ。治すスキルがあればなんとか戻せるさ」

「バカな……」

 

 

 

時間はわずかに遡る。

 

 

「辺境伯が犯人とか、胸糞悪い事件だったな。エリー……。あれ?」

「今はエリクですよ。どうしたんですか?」

「いや……」

 

マリーはエリーと行動をする。

エリクの姿で外に出ることはほぼない。

だが今回、なぜかエリクで外に出ていた。

 

これからギルドへ向かうが、先にエリクからエリーへと戻しておいた方がいいだろう。

そう考えたマリーは人がいない事を確認し、スキルを使う。

 

なぜかエリーの体型に合わせたブカブカの服を着ていたため、とくに苦労することなく普段のエリーへとすぐに変身する。

そこで、エリーは本来の記憶を取り戻した。

 

「……マリー! 自分にスキルを使ってください!」

「どうした? 急に血相をかえて? アタシは家にかえってからでも……」

「いいですから、早く!」

「しょうがねえなあ」

 

マリーはスキルを発動させる。

 

「……やられた!」

「追いかけましょう! サリーさんが危ない!」

「あの野郎! 絶対に殺す!」

 

本来の記憶を取り戻したマリー達は慌ててサリーの所に戻ると、下腹部から血を流して倒れていた。

だが、呼吸はしているようだ。

 

「これならまだ間に合います!」

「回復を頼んだ! アタシはギルドとリッちゃんに連絡をする!」

 

そうしてマリーがギルドに事情を説明し、『パンナコッタ』のメンバーと連携した結果、今へと至っていた。



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第55話 爵位

道中はリッちゃんの空間魔法を活用してショートカットした。

狙いが前回倒した魔族なら、この洞窟へ来ると睨んでいたがビンゴだったな。

うまく先回りして封じ込めてる事が出来た。

 

「リッちゃん、仕込んだやつを発動してくれ」

「任せてよ! 〈魔封陣〉!」

 

入り口の方に声をかけると、リッちゃんが現れ、魔法陣を発動させてくれる。

リッちゃんが作った魔法陣は、一時的に魔力供給を遮断して霧散させるものらしい。

 

ターゲットを絞るためには準備にかなり時間がかかるが、今回先回りできたおかげでだいぶ時間があったからな。

ギリギリまで仕掛けさせて貰ってるぜ?

 

今回は召喚魔法や魔族の〈変身〉の力を封じることが狙いだ。

 

「ふん、馬鹿め! この霧も解除されたぞ! 再び私の目を……」

「ただまあ、こんな状況でも使えちゃうんだよな。アタシの魔法」

 

ばあさん使った魔法の霧も解除されてしまったが問題ない。

アタシは、ロアとかいうばーさんが使った魔法を再現して、代わりに封じる。

 

「おや、なぜ儂の魔法を再現できるんじゃ?」

「乙女の秘密ってやつだよ」

「フェフェフェ……。おもしろいのう」

 

ばーさんがアタシに興味を持ったようだ。

どっかで聞いたことある嫌な笑い方だなこのばーさん。

 

「くっ〈変身〉……。くそっ駄目か!」

「さあ、秘密を吐いてもらおうか。この間は自分からペラペラ喋ってたんだからできるよな?」

「……私の悪い癖が今こんな結果になったんだ。言うわけない、そうだろう?」

 

まあ、そういうと思ってたぜ。

アタシは毒魔法で生み出し、弱毒を刃に塗って斬りつける。

毒の威力を調整できるになったからな。

実験材料として使ってやるよ。

 

「いぎっ!? なんだ……。これ、は……」

「気持ちよくブッ飛ぶための薬だ。早く秘密を喋らないとどんどん痛みが増して苦しくなるぞ」

「あ、がっ……い、言うものか!」

 

「……マリーが悪役みたいだよね」

「リッちゃん、そこは黙っておきましょう」

 

エリーも入って来たか。

完全に行動を封じているし大丈夫だろ。

ん? 何だコイツ?

エリーの方を見て震えているぞ。

 

「その声! き、貴様はまさか……。なぜここにいる!」

「私がどうかしましたか?」

「お前は、お前は私が……。前に私が殺したはずだ!」

 

表情がよくわからないが、声色が恐怖に満ちているな。

……何言ってんだこいつ?

前も会ってただろう? エリクの姿だったから気が付かなかったか?

 

「魔物寄せの香も焚いて、ギルドでも死亡確認をしていたはずだ! なぜ生きている! エリス!!」

「もしかして貴方はお姉さま専属の執事……ですか?」

 

ああ、こいつか。

エリーを魔物の森に置き去りにしたのは。

もしかして、執事もこいつと入れ替わっていたのだろうか。

……こいつはやっぱりここで殺す。

 

「ク、クココ……! 私は、私は失敗したんだな! これ以上ないくらいに!」

 

気持ちの悪い笑い声だ。精神状態が不安定になっていのか?

安心しろ、アタシも少し殺気だってるから情報を吐けばすぐ楽にしてやる。

 

「クココ……。おいエリス。お前の姉妹たちが最後、どのようになったか聞きたいか?」

「……必要ありません。あなたがどなたと勘違いしているか存じませんが、私は一介の冒険者エリーです」

「最初は誰がお前を嵌めたか分からなくて、疑心暗鬼になってたのさ。最後には私のスキルでお互いを裏切り、殺し合うように仕向けたがな! 傑作だったぞ!私の策にハマって――」

「もういい、喋るな。サンダーローズ」

 

アタシは雷撃でコイツを焼き払う。

 

「すまなかったエリー、辛いこと思い出させてしまったな」

「いいえ大丈夫です。今の私にはマリーがいますから」

 

さて、きっちりこの敵も処分しねえと。

 

「クカカ……」

「てめぇ、まだ喋れんのか?」

 

しぶとい奴だな。

もう一度焼き払ってやる。

 

「いや、もう限界だ……。だけど、ただじゃ死んでやれないね。スキルが封じられたって、任務が達成できなくたって、嫌がらせくらいはできるものさ、そうだろう?」

 

死ぬにしても随分と雄弁な野郎だ。

何企んでるか知らねーが……

 

「おい、フーディー。悪いが……」

「ああ、コイツは危険だ、なにかする前にやっちまいな」

「ああ、そうさせてもらう。サンダーローズ!」

 

「クココ……ココ…………。我が、命を持って、命ずる。暴れ……ろ〈崩石〉」

 

擬態野郎が塵になって消える直前、アタシたちは確かにその声を聞いた。

 

「まさか!」

「まずいのう、魔力がそこまで溜まってたのかい」

 

リッちゃんとばあさんの魔法使い組が浮かない顔をしている。

 

「どうした! っ! なんだこの圧は?」

 

……この圧力は悪魔の時のそれに似ているな。

だが、圧力が桁違いだ。

 

地面に魔法のような文字の羅列が浮かび上がってくる。

 

……アタシたちが知っている魔法じゃないな。

あの野郎、死ぬ前に何をしやがった?

 

 

「あの魔族が最後に使ったのは、精霊の解放さね。精霊と契約するための前段階の魔法さ」

「精霊と契約するには、莫大な魔力が必要になるんだ。契約の魔力が不足したり正式な手順を踏まないと、精霊や悪魔たちが暴走する。 ……それを意図的に引き起こしたんだよ、きっと」

 

『パンナコッタ』のばあさんとウチのリッちゃんが解説をしてくれる。

 

つまり最後の嫌がらせで暴走状態にさせたってことかよ。

 

「だが、魔法は封じていたんじゃないのかい?」

「召喚石に蓄えられた魔力を使ったんだろうさね。どんな精霊が封じられていたかわかるかい?」

 

「たぶんアプサラス…… 爵位持ちの水精霊……アプサラスだよ!」

「爵位持ちか…… だったらまだマシじゃの。冷静な会話ができるといいがね……」

 

婆さんが話している途中、そこかしこに水しぶきが上がる。

その中でも一際大きな水しぶきの中の一つから、美しい女性が立ち上がってきた。

 

女は服は着ていない。

代わりに水の衣をまとっており、全身を隠している。

 

「ふむ、我との契約を望むのは誰かな?」

 

その声が響く。

物腰の柔らかな声だが、その声だけで圧倒的な力量差も分かってしまうほどの圧力がある。

キツイな。

 

その“威”に飲まれて、誰も言葉を発することができない。

……くそっ、正しく化物じゃねえか。

 

「なんだ? 供物たる魔力も宝石も、生贄すらなければ、呼び出した術者もおらん、あるのは一つの取るに足らぬ命令だけ。さてさて? これはどうなっておる?」

「すまないが死んだ奴が勝手に呼び出したんだ。コッチは関係ないんだよ」

 

最初に反応したのはフーディだった。

……アタシも負けてられねえな。

 

「コッチとしても敵対する気はねーんだ。おかえりいただけねーか?」

「なんとも身勝手な……。まあ良い、我は時が経てば自然と帰れる。この体も借り物だしのう。久々の娑婆だ、少し遊ばせてもらうぞ? 一応術者の命もあるしな」

 

遊ぶだぁ……?

 

「へぇ、勝ったら金一封でも出るのかよ」

「ちょっとマリー! あんまり煽らないでよ! 友好的な精霊だって怒るときは怒るんだよ!!」

 

これで友好的なのか。

怒らせたらその時はその時だ。

全力で逃げるまでよ。

……逃してくれるかどうかわかんないけどな。

 

「ん? ふふ……おもしろい小娘じゃ。そうだな……。もしも我を満足させたなら、契約を結んでやろう。対価は……魔力だけでいいぞ。寿命も生贄も宝石すらもいらん。実に破格じゃろ?」

「……アタシは契約には詳しくないんでね」

 

破格なのかもしれないが、要するに勝たせる気はないってことだろ?

 

「まあどちらでも良いか。我はお主らで遊ぶ。一応の対価は見せた。さあ帰るまでの僅かな時間、貴様らで我を楽しませてみせよ」

 

一気に圧が強まった。

こいつらアタシ達と戦う……いや、言葉通りアタシ達で遊ぶ気か。

 

「何をして遊ぼうかの……。悩ましいな」

「サイコロでもふるか? それともかくれんぼでもするか?」

 

正直やりたくねぇ。

ドラゴンとネズミが戦うようなもんだ。

 

「それも楽しそうだが……よし決めたぞ。鬼ごっこだ、我が鬼をやろう。時間内で我に攻撃してもよし、倒せるなら倒してもよし。全員我に捕まるか死ねば負けじゃ」

 

アタシの知ってる鬼ごっこと違う。

 

 



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第56話 遊び

だがコイツは本当に遊ぶ気なんだな。

悪意も何もない。

……ならチャンスはあるか。

 

「いいぜ。全力で遊んでやるよ」

「ふむ、決まりじゃな。……さて、この魔法陣だが、これがあると互いにつまらなくなりそうじゃな」

 

そう言って手を振るとリッちゃんの描いた魔法陣が砕け散る。

 

「これでよし。さあ遊ぼうじゃないか」

「僕が時間をかけて書いた魔法陣を一瞬で破壊するなんて……」

 

精霊の存在感が更に増し、皮膚にチリチリと刺さる。

……ただ立っているだけでこれほどか。

 

「どうした? 来ないのか? ならこちらから遊ばせてもらうぞ?」

 

水精霊は腕を上げる。

すると、地面から水が溢れでて、渦を巻いていく。

 

「やばいよみんな! 避けな!」

 

太い水柱が吹き上がり、天井へと突き刺さる。

水の勢いが弱まり、しばらくすると水は消える。

水が刺さっていた天井には穴が開いていた。

ちょうど夜の月が穴から光を照らしている。

 

「元とはいえ、ダンジョンの天井に穴を開けやがったのかい」

 

フーディーが驚いているがアタシも同感だ。

元々破壊不可能の壁だぞ。

ダンジョンとしての特性が消えたとはいえ、ある程度の力はまだ保有しているはずだ。

 

「これぐらい普通じゃろ?」

「そんな簡単にぶち抜けるならアタシらダンジョン攻略なんてしねーよ」

 

なに自分のやった事が出来て当たり前のようにしてやがる、化物め。

 

「んふふ、この程度で驚いて貰って嬉しいの。そうじゃ! この魔法を主らが負けたときの罰ゲームとしよう! 異論は認めぬぞ?」

 

ふざけんな。

あの威力を食らったら体ごと粉々になるぞ。

 

「おい! リッちゃん! なにか対処法を知らねえか!?」

「だめだ、石に蓄えられた魔力が尽きるまではあのまま力を振るい続けるよ!」

「うんうん。そこのアンデッドは、よう分かっておる」

 

あれだけの火力を無尽蔵に使えるだと……?

理不尽にも程があるだろうが!

 

「安心せよ。我の力は使えば使うほどに石の魔力も消耗するからのう。このような事を何度も繰り返すなら…… せいぜい五分という所だな」

 

あの力で五分かよ……

下手すりゃ三分で全滅するぞコッチは。

 

「撤退だ! 戦っても勝ち目がない! 逃げるよ!」

「それをされるとつまらんのう」

 

再び腕を振るうと空間が霧に覆われる。

撤退をしていた『パンナコッタ』のチームは霧の中を進んで行くも、再び元の場所へ戻ってきてしまった。

 

「……! なんでアンタ達が先に……?」

「我の幻術じゃ。あまり動き回るのは好かんのでな。解けるなら解いても良いぞ?」

 

つまり逃げ場はない、と。

リッちゃんならどうだろうか。

もしかすると奇跡の一発を出してくれるかもしれない。

 

「リッちゃん、行けるな? 否定の言葉は聞きたくないぞ」

「む、無理だよこんなの! 二日はかかる!」

「むう。たった二日で解かれると少し自信をなくすのう」

 

くそっ、駄目か。

強敵相手に逃げ場はなし。

マズイな。

 

「フーディー! こっちはいつものように攻める! そっちもヤバくなったらカバーしてくれ!」

「任せな! コナツ、ロア婆! 行くよ!」

 

おうおう。

敗北必死の鬼ごっことやらをやってやろうじゃないか。

 

「うんうん、かかってくるがよい。人が元の力を失ってから、幾千もの時が経った。それでも目の輝きだけはかわらぬ。変化した貴様らの変化せぬ力を見せてもらおう」

 

それだけいうと、精霊は手を大きく広げる。

 

「行くよ! 燃えな!〈炎眼〉」

 

フーディーがスキルを発動させる。

だが、精霊は燃え上がる事なくただ立っていた。

 

「何っ!?」

「お主はその力に頼りすぎじゃろうて。我の体を纏う水、これを貫けるほどの炎はそなたの目にはあるまい」

 

精霊の力で身体を守っているのか。

ってことはアタシのファイアローズも効かねえかな。

 

「ちっ、ならこれはどうだい! 【石よ石よ……】〈石槍弾〉」

 

魔法で石の槍が生み出されると精霊に向かって突き進む。

途中、石の槍が燃え上がり炎を纏う。

……スキルで威力を底上げしているのか。

 

「なかなか器用な使い方をするの。だがムダじゃな」

 

やはり、水の衣を貫けず手前で止まってしまう。

 

「予想済みだよ! コナツ、ロア婆、頼む!」

「はい! 符呪よ! 解放せよ!」

「フェフェフェ……。【蒼き雷撃よ。その力を集め敵を穿て】〈雷砲〉」

 

精霊の周りに符呪がばらまかれる。

ばらまかれた符呪から月々に氷の刃が飛び出す。

さらにロア婆とかいう婆さんの魔法が氷の槍に雷撃をのせていく。

 

見事な連携だ。

『パンナコッタ』は魔法を連携させるのが得意なのか。

 

「ほう! おもしろいことをするの。さすがじゃ。人間の創意工夫、我らには真似できない!」

 

……だが、その魔法は水の盾によって弾かれる。

 

「ふむ、もう少し威力が高ければ、借り物とはいえ我に攻撃が通ったぞ。惜しかったの」

「じゃあアタシの刃ならどうだ?」

 

アタシは精霊が魔法に気を取られてるウチに背後に回り込んで斬りつける。

僅かだが切りつけた箇所から光の粒がこぼれて消える。

 

「ぬおっ! なんと……! 貴様の刃は魔力を吸うのか! これは危うい」

 

精霊は手を振るう。

瞬間、アタシは弾き飛ばされた。

 

「くっ……」

「マリー! 〈治癒〉、〈守護〉!」

 

 

くそっ、マトモに食らったが……

なんだ? 何を食らった?

 

アタシは全身を見まわしてみる。

武器らしきものはないが、所々水滴がついて濡れていた。

 

……こいつ水滴を飛ばしただけか。

それであの威力かよ。

 

「お主、面白そうじゃの」

「美女に気に入られて嬉しく無いのは初めてだぜ」

 

どうやら(やっこ)さん、アタシが気に入ったようだ。

……いいぜ、とことんやってやろうじゃねえか。

 

「私に背中を見せるとはいい度胸じゃないか。行くよ二人とも!〈炎眼〉」

「はいっ! 符呪よ! 増幅せよ!」

「フェフェフェ…… 【雷撃は集いて槍となり、槍は集いて破壊となる】〈豪雷槍〉」

 

『パンナコッタ』の婆さんが雷を呼び、符呪がそれを増幅する。

雷はそのままフーディーの持つサーベルへと集う。

炎と雷を纏った刃を精霊の背中から突き刺した。

 

衝撃が響き、ダンジョンを揺らす。

その威力に精霊の水衣が弾けると、精霊の美しい裸体が顕になった。

 

「おおっ! 見事じゃ! 僅かだが痛みを感じたぞ! 褒めてつかわそう!」

 

だが、刃は皮膚の表面で動きを止めてしまう。

……あの威力で傷もついてねえのか。

 

「サンダーローズ!」

「ぬっ! ……何っ!? これは、まさか混ざっておるのか!?」

 

アタシはフーディーが退却する時間をかせぐため、裸体に雷を撃ち込む。

流石に鎧がなければ多少は通るはずだ。

精霊の奴、何故か驚いているな。何があった?

 

「助かったよ!!」

「気にするな! リッちゃん、できたか!」

 

「うん! できたよ! 〈爆雷陣〉」

 

精霊の頭上に陣が浮かぶと、雷撃と閃光が降り注ぐ。

 

「どうだ、リッちゃんの溜めた一撃をぶっかけられた感想は?」

「ふむ……。これもなかなかの威力じゃ……。だがアレではないの、少しは混ざっておるようじゃが」

 

まともに食らって傷一つねえのかよ。

いや、悪魔と同じように気が付かないだけか?

しかし、なにブツブツと訳のわからねえ事を言っているんだ?

 

「試してみるかの」

 

ボソリとつぶやくと、精霊の姿が目の前からかき消える。

どこへ行きやがった!?

 

「お主はどうじゃ? 回復主体のようじゃが?」

 

後ろから声が聞こえてきた。 ……エリーのいる場所だ。

一瞬で移動したのかあの野郎!

 

「てめぇ! エリーに何をする気だ!?」

「なにもせんよ。強いて言うなら魔法を使わせようとしている所じゃ」

「負けません!〈ファイアボール〉!」

 

エリーが魔法を使い牽制をするが、精霊は交わすことなくそのまま攻撃を受けた。

 

「やはり混ざっておる……。かなり効率は悪いがの」

「いい加減離れやがれ! ファイアローズ!」

 

精霊はアタシの攻撃を回避すらせずに受けとめた。

 

「ふむ、やはりお主が一番多く混ざっておるな。お主、なぜ悪魔どもが封じた古代の力を使うことができるのか?」

 

古代だあ?

リッちゃんが言ってたアタシの魔法の事か?

 

「古代の力ってのが何なのか知らねえが、アタシは自分が使える力を振るうだけさ」

 

そこで後ろからフーディーとコナツが武器を構えて斬りかかった。

 

「私らも無視をしないでくれるかい?」

「すまんの、お主達は…… こやつらがいなければかろうじて合格じゃったんじゃがな。残念ながら今回は落第じゃ」

 

不意打ちをものともしないのか。

紫の光が精霊の手から生まれると、『パンナコッタ』のメンバー全員に向けて光を放つ。

 

「うっ…………」

「なんと……?」

「これは……」

 

「わが能は誘惑と幻術よ。しばらく心地よい夢でも見ているがいい」

 

『パンナコッタ』のメンバーはその場に崩れ落ち微動だにしない。

目は開いているがトロンと溶けたようになっている。

まるで、夢でも見ているようだ。

 

……幻惑か。しかも超がつくほど強力なヤツだ。

 

「待たせたな。今はこやつらよりもお主等に興味があるからの。とくにお主」

 

精霊がアタシを見つめてきた。

アタシが美人だからって見つめられたって何もでねえよ。



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第57話 古代の力

「ご指名ありがとうよ。でも悪いがあんたは私の好みじゃねえんだ」

「つれないことを言うのう。だが否が応でも術式を使わせるまでのこと。行くぞ」

 

アタシは再び武器を構える。

 

「ファイアローズ! サンダーローズ!」

「そうそうそれじゃ。もっと撃ち込んでみるが良い」

 

くそっ、やはり魔法が効いてねえのか。

……いや攻撃を受ける瞬間、ほんのわずかだが動きがこわばっている。

そのタイミングで、僅かながら白い光が全身から吹き出している。

これは悪魔の時と同じで、一応効いているのか?

 

「ふむ、効いているかどうか分からなくて不安か? 安心するがよい。お主の一撃は一部無効化出来ずにまともに食らっておるわ。それよりも興味が勝っての。その力を我に見せておくれ」

「ちっ! 何だか知らねえが見せてやるよ!」

 

くそっ、なめやがって!

アタシは炎、雷、風と魔法を繰り出していく。

 

「それだけ多様な技を出せるか……。だが借り物でない力を借り物のように振る舞う必要もないだろうう。肝心の根源魔法を使わないとは。使い方を知らぬのか?」

 

根源魔法?

なんだそりゃ?

 

「もっと分かりやすく言いやがれ!」

「マリー! 根源魔法っていうのは神話の魔法だよ! 全ての魔法の根源となる力! それを直接魔法として使うのが根源魔法だ!」 

 

答えたのはリッちゃんだった。

 

「そうかい! どうやって使うんだ!?」

「神話では『そのまま使った』とだけしか書かれていないんだ! もう失われた神話の魔法だよ!!」

 

それじゃあ使いようがねーじゃないか。

 

「あれから幾千もの年月が経っておる。伝承が途絶えても仕方あるまい。そこの小娘の言うとおり、そのまま使ってみるがよい」

 

精霊がご親切にもアドバイスをしてくれるが、それがわかれば苦労しねーよ!

いつまでたっても別の技を使わないアタシに業を煮やしたのか、精霊が大きくため息をつく。

 

「お主はさしずめ勇者の卵といったところかな、惜しいのう」

「勇者だあ?」

 

そんな対魔王暗殺用の存在と一緒にするんじゃねえ。

そんなもんは王都の温室にしかいねえよ。

 

「そういえば過去の勇者も追い詰めるまで力が発現せんかったのう。よしっ、ならば死ぬ一歩手前まで追い詰めてみるとするか!」

 

やってみよう的なノリで軽々しく人の命を左右するんじゃねえよ!

 

「もしかすると主の仲間も、何かしら覚醒するかもしれんの。まとめて半殺しじゃ。うっかり殺してしまったらすまんの」

 

精霊が軽く手を振るう。

すると、アタシの片足、膝から下が吹き飛んだ。

 

「……は?」

「まずは片足じゃ。……手足だけならもいでも死なんよな? 頭をもいではイカンのは知っとるぞ」

 

脳が追いつかないのか、痛みが後からやってくる。

人外め。人の常識を持たないやつは厄介だ。

 

「そういうのはやる前に聞くもんだろうが! サンダーローズ!」

 

「マリー! 〈再生〉〈治癒〉」

「よくもマリーを! 〈火球陣〉!」

「ふむ、大丈夫そうじゃな」

 

リッちゃんが牽制をおこない、エリーが回復魔法をかけてくれる。

おかげで少し痛みが引いていく。

さすがに無くなった足までは再生まではしないようだが、スキルを使えばなんとかなるはずだ。

 

……だがこの状態でスキルを使わせてくれると思えねえな。

むしろ途中で妨害されてろくでもない結果になる可能性が高い。

 

「ありがとよ二人とも。片足でもやれるさ」

 

このクソッタレの精霊が言うには、アタシがなにかの魔法を使えればいいんだろう。

 

「はぁっ!」

「魔法を衝撃波に変えたか。だがそのようなものではないぞ、さあ次だ!」

 

次だ、じゃねぇ!

アタシは立て続けに魔法を唱えていく。

毒、音、光、闇……

あらゆる魔法を唱えるが、そのどれでもないようだ。

そのまま使うとかどうやるんだよ。

 

「うむむ、うまくいかんのう。時間も迫っておるし力もあまりない……。 そうじゃ! 思いついたぞ! 主らの仲間を寝取らせてもらう、これならどうじゃ?」

「てめえ、何言って――」

 

言い終わらないうちに、紫の霧が二人を襲う。

 

「きゃっ……」

「うわっ!」

「エリー! リッちゃん!」

 

「さあ二人とも、我は愛しい愛しい恋人じゃ。理解したなら足を舐めるがよい」

 

精霊は水の中から足を出すと、見せつけるように足を出した。

 

「うう…… ああ、そうだったね。メイ。今日はそう言うプレイの日だったっけ……」

「お、おい正気に戻れ! つか、部屋でそんなことやってたのか!」

「無駄じゃ、言葉だけでそうそう解けるものではない」

 

慌てて止めようとしたが片足では追いつけそうにない。

さらにはご丁寧に、残った片足を水が絡め取っていやがる。

リッちゃんはフラフラと近寄って行くと、足に口づけをした。

 

「ふむ……。こやつは堕ちたようじゃな。さて、次はお主じゃ」

 

精霊がリッちゃんに合図を出すと、フラフラと横に移動してボーッと立っている。その目は虚ろだ。

アタシの声が聞こえた様子はない。

 

「正気に戻れ! リっちゃん! エリーも!!」

 

くそっ! エリーはアタシのもんだ!

させるかよ!

エリーもまた、宙空を眺めながらなにかをブツブツと呟いている。

 

「私が、愛する人は……」

「ほう? 抗うのう。じゃがムダじゃ。すべてを忘れて我を愛すると良い」

 

そう言うと精霊はエリーの方に向かっていく。

くそっ、なにか仕掛ける気だな。

 

「アタシのエリーに……」

「ん? 何か言ったかの? 力も使えん小娘に何ができるのじゃ?悔しければ力を使ってみい」

 

くそが! 挑発してんじゃねえ!

 

「私の、愛する人は……」

 

まだ抗っているようだ。

エリー、持ちこたえてくれ。

アタシはコイツをなんとかする!

 

「エリーに手を出すんじゃねえ!」

 

足元の水を吹き飛ばし、アタシは全力で飛び上がる。

武器も持たない、やぶれかぶれの一撃だ。

 

「エリー!!!」

「愛する人は…………マリーです! あなたではありません!」

 

エリーが精霊の腹を突き飛ばす。

そのタイミングでアタシの一撃が背中にぶつかる。

その一撃は背中で止まるかと思ったが、なにかと干渉しあうように力が増幅されていく。

 

そのままアタシの手は精霊の背中を貫いた。

なにかに引き寄せられるように、アタシの腕が導かれる。

 

背中を貫き突き進むと。誰かの手を掴んだ。

……これは、エリーの手だ。

 

精霊相手に戦う力を持たないはずのエリーもまた、アタシと同様に精霊の腹を貫いていたのか。

傷口からは血の代わりに光の粒が大きく溢れる。

 

アタシは光の粒が弾ける中でエリーと手を重ね合った。

 

「なっ! 我の術を破ってさらに一撃を加えるとは……。これは……いや、これこそ根源の力! 先程までなにもできなかった小娘が急に力を扱えるとは!」

 

驚いたのか少し距離をとった精霊は、光の粒がこぼれ落ちる腹を愛おしそうに眺めながら笑顔を浮かべる。

痛みを感じねえのか。それともマゾっ気でもあんのかよ。

 

「見事じゃ! お主、名はなんという?」

 

精霊が問いかけたのはエリーの方だった。

なにか、今回のキッカケがエリーにあったのか?

 

「……私はエリーです」

「うむ、見事じゃエリーよ! 今回の一撃。お主があやつの力を引き出した! 真の立役者と言っても良い! 褒美をとらす! 我と契約をかわそうではないか!」

 

エリーはまだ警戒を解いていないが、精霊にさっきまでの圧はない。

なんだ? この戦いはアタシ達の勝ち……で良いんだよな?

 

「いえ、お断りします」

「なぜじゃ!? 我の力がこんな破格で手に入ることなどないぞ!」

「貴方は私からマリーを奪おうとしました。貴方の力を借りる訳にはいきません」

「なんと!?」

 

なんとじゃねえよ。

散々こっちを挑発するような行動を取りやがって。

アタシじゃなかったら片足吹っ飛んだだけで冒険者引退もんだ。

 

「むむむ……。せっかくの機会だというのに、我の力があれば戦闘でも力になるぞ?」

「いえ、結構です」

「ええい、もうあまり時間もなし……。やむを得ぬ。強制契約!」

 

エリーの手に、先ほど見かけた文字のようなものが一瞬だけ浮かび上がり、消える。

 

 

「これでよし。契約は成し遂げられた。お主が任意で魔力を込める事で、我の力を顕現させることができるぞ」

「いえ、ですから必要は……」

「これは我の詫びも含めておる。それに、力を使えばあのおなごを数百倍気持ちよくさせることもできるぞ?」

 

おい。何ドサクサに紛れてとんでもない事言ってやがる。

声のトーンを落としたようだが丸聞こえだ。

 

「でしたら受け取っておきましょう」

「うむうむ、ここだけの話じゃ」

「おい、聞こえてんぞ」

 

また夜が危なくなるようなモノを手に入れたか。

精神が壊れても治せるからって段々と遠慮がなくなってきてるんだぞ。

 

つか、流石に片足で辛くなってきた。

なんか戦いも終わったみたいだしいいか。

アタシはスキルを使って、体を治す。

 

「ほう! それがおぬしのスキルか。なるほど! それであの悪魔どもの枷を解いたわけだな」

「うるせえよ。なんだ枷って」

「うむむ、その話も失われておるのか。ほんの数千年程、悪魔が男どもにかけた身体強化の呪いじゃ。詳しく話してやりたいが時間がない。適当に神話でも漁るがよい。骨組み程度はわかるはずじゃ」

 

確かに光の粒が流れる量が多くなってるな。

クソっもう一発ぶん殴ってやりてえが、さっきの力が出せない。

 

「基本的に我々精霊はお前たちの味方であると思ってくれれば良い。それではしばしさらばじゃ! 我は子爵級精霊、水のアプサラス! また呼び出してくれることを楽しみにしておるぞ」

「誰が呼び出すか!」

「まったくです!」

 

一方的にそういうと精霊は光の粒なって消えてしまった。

殴りたりねえぞコラ。

 

 



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第58話 後片付け

「エリー……」

「安心してくださいマリー。彼女は今後二度と呼び出しません。と言っても力だけ借りることもできるようですので、それは利用しますね」

 

エリーが結構怒ってるな。

まあ精神乗っ取られかけたし仕方ないか。

 

そこで誰かの声が聞こえた。

 

「ん…… あ、あれ? メイは?」

「リッちゃん、気がついたか。ここにはいねえよ。足に口づけした感想はどうだ?」

「え? なんでそれを!? えっ? 見てた?」

 

見てたっていうよりガッツリ見せつけてただろ。精神乗っ取られたやつが何言ってんだ。

 

「リッちゃん。精霊アプサラスとの戦いは覚えていますか?」

「え? えっと……。あっ!」

 

どうやら意識はあったようだな。

顔が真っ赤になっていく。

……と思ったら一気に真っ青になりやがった。

 

「そ、その……。メイには秘密にしてくれる、かな?」

「諦めろ。アタシ達が秘密にしても確実にバレるぞ」

 

リッちゃんは嘘がつけないからな。

諦めて説教されろ。

アタシ達もフォローしてやるから。

 

「う……。どうやら私達も女神の術中にハマってたみたいだね」

 

フーディー達も意識を取り戻したようだ。

 

「申し訳ありません」

「フェフェフェ……。惜しいのう。あの精霊の力があれば、妹を見返すこともできたんじゃが」

 

コナツと婆さんも意識を取り戻したらしいな。

そうだ、婆さんに聞いておきたい事があったんだ。

 

「婆さん。妹がいるのか?」

「ああ、人間なのに悪魔と契約した馬鹿な妹さ。高い代償を払っただろうよ」

「傭兵業とかをやってたりするか?」

「ん? お前さん詳しいね。……どこかで妹にあったかい?」

 

まあな。軽く殺されかけたよ。

 

「ちょっと訳アリでな。今度殺しに行こうと思ってるがどこにいるんだ?」

「いきなり物騒だね! 自分の妹が殺されそうになっているのでわざわざ教える馬鹿はいないよ!」

「三割くらいは冗談だ。気にするな」

 

まあそこまで恨みがあるわけじゃない。

職業傭兵なら、報酬さえ払えば仲間にもなりそうだ。

とはいえ一発くらいはぶん殴りたいが。

 

「おおむね本気じゃないかい……。妹は普段魔族領地との最前線で稼いでるはずさ。私はあまり関わりがないから知らないよ」

「そうか、ありがとよ」

 

最前線か。

だったら行くのは控えるか。

どんなトラブルに見舞われるか分からん。

 

「悪いがこれでもうちのメンバーなんだ。婆さんの身内話でギャーギャー騒ぐのやめてくれるかい?」

 

む。それを言われると少し弱いな。

今回エリーの事もあるしな。

眼帯女がそういうなら止めておくか。

 

「しかし、今回もとんでもない依頼だったね」

「そっちは大丈夫なのか?」

「あんまり大丈夫だとは言えないね。魔族のやつ、一人は取り逃がしてしまったからね」

 

そうか、だとすると魔王の方に報告は行ってるかもしれねぇな。 

 

「まあ仕方ないさ。前回も助けてもらった上に、今回も助けてくれてありがとね」

「気にするな。今回もたまたま利害が一致しただけだ」

「また何かあったら、ウチらを頼ってくれ」

「そっちもな」

 

しっかりと握手を交わした後、お互いの領地に帰って行く。

肝心な時に気絶してるがいいやつだな。

 

 

 

「あらーん。待ってたわよー!」

 

来たくもない事務所にお邪魔すると、オネエ組長が笑顔で対応してきた。

中にはダン……だったか。

対話しろと言ったのにいきなり切りかかって返り討ちにあった例の男もいた。

こいつはなにしにアタシ達のところに来てたんだ。

 

つかなんで二人ともビキニなんだ。

存在がセクハラかよ。

 

「先にコッチの情報を教えておくわ。魔族にやられたあの子、サリーちゃんだけどもう回復して仕事に復帰したわ。ただ幸か不幸か子爵領に来てからの記憶が曖昧になってるわね」

 

そうか、良かった。

今度店長ボコるついでに顔でも見に行くか。

 

「で、話はある程度教えてもらってたけど……どうなったのかしら?」

 

「長女は偽物だった。魔族が化けてたから殺した。バレッタ領の領主一族は壊滅。それだけさ」

「そう……。これで子爵への面子も立つわ。ありがとね」

「そのカッコで面子なんていらねぇだろ」

 

体型も顔面も崩壊してんじゃねえか。

 

「ナニ言ってるの! こんなワガママスタイルを許してくれるように、定期的に恩を売っておくんじゃない! アタイの世界は実力こそすべて。逆に言うならね、強ければどんな格好だって構わないのよ。わかるでしょ?」

 

……まあアタシたち冒険者も力を証明してなんぼだからな。

上位ランクほど濃い奴らが多い。

アタシ達みたいにおしとやかな乙女はかなり少ない。

 

「あら貴方、もしかして自分の事勘違いしてない? 貴方は私達と同じケダモノよ?」

「オイコラ、もういっぺん言ってみろ」

「そういうとこだよマリー!」

 

リッちゃんに嗜められてしまった。

ぐぬぬ。

 

「私はケダモノのマリーも好きですよ」

「ん……。ならいいか」

「あの、惚気ける場合じゃないんだけど」

 

リッちゃんの言うことは聞こえないフリをする。

エリーが優しく頭をなでてくれたから満足だ。

 

「あらーん、二人とも素敵ね。いつかそうやって魔族とも仲良くできるといいわねえ」

「基本殺し合いしかしてねえよ。仲良くなんて無理だろ」

 

拳を交えても友達になれるのは生きてるやつだけだ。

死んだ奴とは友達になれねえよ。

死人はリッちゃんで間に合ってる。

 

「んー、実は人間に反抗してるのって彼らの一部だけなのよ。大半は大人しいカワイコちゃんよ?」

「は? 魔族に穏健派なんているのか?」

「皆が戦いたがってるわけじゃないわ。魔王が力でまとめ上げてるだけ」

 

なんだそりゃ?

はじめて聞いたぞ。つか、やけに事情に詳しいな。

 

「だから王国の野蛮人も、勇者なんて作って攻めさせようとしてるのよ。もしうまく怪我でも負わせてくれれば内部の反乱で動きがとれなくなるわね。そこで領土を削ろうってワケ」

「もしかしてあんた……魔族か、それに近い存在だな?」

「ご名答。アタイは魔族よ。といっても魔王派閥じゃないけどね。裏社会には結構魔族がいるのよ?」

 

そう言うと背中から小さな羽を出す。

最後の最後に随分と馬鹿でかいネタを持ってきやがったな。

 

「アタイの媚薬も魔族の方で作られて、取引されたものなのよ」

「……ここで裏稼業をやってるって事は子爵も知ってるのか?」

「ええ、一応ね。あの人損をしなければ何してもいいっていう主義だから、なにかと助けて貰ってるわ」

 

魔族を抱え込むのは爆弾じゃねえのか。

貴族ってのは分かんねえな。

 

「てことは女装も欺くためか?」

「これは趣味よ?」

 

むしろそっちは変装であって欲しかった。

 

「リクドウのおじちゃんも喜んでたわ。今回で勢力を伸ばしたみたいね」

 

あのオッサン、ファンクラブ会員だしどっかで会うのかな。

 

「とりあえず打ち上げでもする? かわいい男の子用意するわよ?」

「遠慮しとくぜ」

「そう? 残念ね。じゃあまたの機会にしましょ」

 

そんな機会永久に作らねえよ。

とりあえずオネエ組長から金貨がガッツリ入った袋を貰って別れる。

次に向かうのはギルドだ。

 

「あ! マリーさん! 元気でしたか!」

「プチ・サンダーローズ」

「はきゃっ!?」

 

ポン子が受付窓口から声をかけてくる。

アタシは挨拶代わりに軽く雷撃をお見舞いした。

 

「いきなり何するんですか! ギルドに対するテロ行為ですよ!」

「アタシは思うんだ。アタシ達が苦労してるのって半分はお前のせいじゃねえかってな」

 

前回も今回も訳アリの仕事を押しつけやがって。

マジで今回はやばかったぞ。

それともやらかしたヤツ向けの懲罰依頼でも持ってきてんのか。

 

「なにいってるんですか。私は巷では『G級を冒険者を一年足らずでC級まで押し上げた美人受付嬢』と名高いんですよ」

 

自分で美人というかコイツめ。

お前風俗店のネタにされてたぞ。

 

つかその冒険者ってアタシ達のことじゃねえか?

むしろ定期的にヤベー案件放り投げられて生き延びてきてるアタシ達に感謝しろ。

 

「そんなことはどうでもいい、おやっさんはいるか? お前がぶん投げた案件解決したから報告だ。」

「あ、例の件ですね…… 呼んできます」

 

その表情、やっぱり絞られたか。

 



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第59話 おやすみ

アタシたちはいつも通りおやっさんに報告する。

 

「おう、今回はご苦労だった。まさか魔族が人の内側に入るなんてな」

「まったくだ、どうなってやがる? もう侵略されてんじゃねえのか?」

「この件はバレッタ伯爵領からもすでに話が届いている。王都の方にもな。Aランク冒険者たちが調査のためバレッタ伯爵領へいく」

 

徹底的に調べ上げて報告するんだろ。

まあ当然だな。

 

「もう少し暖かくなったら、こっちでも聞き込みをするだろうな。と言う訳でお前たちは王都のエリート共の質問に答えるため、期間中は依頼を受けられん。懐事情は考慮してやるから安心しろ」

 

マジかよ。

これでおばけ達に堂々と言い訳をしてイチャイチャできるじゃねーか。

やったぜ。

 

「ガッカリするかと思ったら、だいぶ嬉しそうだな?」

「ただで金もらえるんだ。嬉しいに決まってるだろ」

 

とはいえ、その期間中は暇だしヤりすぎるとまた怒られそうだ。

お化け達に何度も怒られるのもアレだしな。

なんか対応を考えねーとな。

 

「ふむ……。こっちは暴れると思ってたんだがな。コレはお前達を宥めるために取っておいたがまあ良いか。ほらよ」

 

おやっさんが何かを机に置く。

 

「お前らの冒険者タグだ。新しい奴だぜ」

「おい、これはB級冒険者のタグじゃねーか? C級のタグはどうしたんだ?」

 

冒険者のランクをすっ飛ばす事なんてできたか?

なんでいきなりB級になってんだ。

ついでにリッちゃんも。

 

「B級への昇格条件は知っているな」

「ああ、知ってる……つっても非公開だからふんわりしたもんだがな。ギルドが認めるだけの実力と功績、だろ?」

「そのとおりだ。今回、単純にお前たちの功績が大きいから認められたんだ。伯爵領、男爵領へ侵入してきた魔族二人の撃破、悪魔の討伐…… 十分過ぎるほどだ」

 

改めて功績を並べるとすげえな。

気まぐれでユニコーンを肉にするくらいのヌルいスローライフで良かったのに、いつの間にそんな功績達成したんだ?

 

「B級への待機期間はねーのか?」

「ん? ああ、それは知らなかったか。B級とA級は待機期間は無い。そもそも待機期間というのは、素行に問題ないかを見るためのもんだ。普通は功績を上げるには年単位でかかるからな。いちいち有能な人間を留めて置く理由がない」

 

なるほど、だがC級をすっ飛ばしたのはどういうわけだ?

 

「知っての通りC級認定はもう少し先だ。だが功績が大きすぎる。それに王都のメンバーに会うのにD級のままってのは色々と体裁上マズい、ウチが舐められかねん。だから暫定で認めると言う形を取った」

 

表情を読んだのかおやっさんが疑問に答えてくれる。

正式には仮発行らしい。

C級認定と同時にB級に上がるそうだが特に違いは無いみたいだ。

 

「お偉いさんってのは体裁気にして色々面倒だな」

「全くだ。だが、過去にやらかす奴らがいたからな。しょうがない。と言う訳で王都のエリート共が来たらまた連絡する。それまでのんびりしててくれ」

「分かったぜ」

 

ギルドの表向きの依頼は人探しだったためか、金額はマフィアのボスの所で貰った金額に比べるとささやかなものだった。

だがまあいい。

それよりも冒険者タグなんて良いものが手に入ったからな。

 

 

館に戻ると早速メイが出迎えてくれる。

 

「おかえりなさいませ。……なんだか嬉しそうですね?」

「ん? 分かるか?」

「実は僕達、B級冒険者になったんだよ!」

「まあ! それはおめでとうございます!」

 

今夜はごちそうにしませんと、とメイが言ってお化け達に指示を出していく。

まあ急だし、そんなにたいしたもんじゃなくていいぜ。

 

「えへへ、大したことじゃないんだぜ」

「顔がにやけてますよ、マリー」

 

しょうがないだろう。

だってB級のタグだ。

昔は昇格したくて何度も無茶をしたが手に入らなかったものだ。

おかげでいろんな場面での対応力はついたが。

 

諦めていたものが手に入れば笑顔にもなるさ。

 

「そういえばみなさんに報告があります。先日よりダンジョンにて作成していた大浴場がついに完成しました」

「おおっ! てことはもう入れるんだな!」

「はい、あとはダンジョンの支配区域が山の方まで広がっています。領地内の敷地はすべてダンジョンによって管理することが可能です」

「ん? もうちょい具体的に頼む」

 

元々アタシ等の庭だろ?

なんか変わってんのかそれ?

 

「簡潔に申し上げるなら、山そのものをダンジョンにしました。トラップを仕掛けることも、木々の成長を管理することも自由です。森のドリアード達も手伝ってくれるそうです」

 

お、おう。

アタシとしては風呂までテレポートしたり楽したかっただけなんだが……

なんかアタシが考えていたよりも別方向に進んでる気がするな。

止めた方がいいだろうか。

 

……いや、管理を任せると言ったのはアタシだ。

メイを信用して任せる事にしよう。

 

「近いうちに固定砲台を作成する予定ですのでお任せください」

「ちょっと待て」

 

いったい何と戦うつもりだ。

つか、リッちゃんより魔王してない?

 

「ファンクラブの皆様が定期的に敷地内に入って参りますので、魔力回収は簡単でした。しかし彼らも日々ダンジョンに潜る事で手強くなってまいりましたので、簡単に一掃できるものを作ろうかと」

 

あいつらこっちに来てるのかよ。

薄々可能性は考えてたが……

 

つかなんで仲良くダンジョンに潜ってんだよ。

一応極秘事項だぞ、このダンジョン。

 

「突っ込みどころが多々あるんだが、どこから突っ込めばいいんだ?」

「申し訳ありません。私は主人の許可がない限りは突っ込ませるわけには……」

 

そういう意味じゃねえよ。

 

「……一応、分かってると思うがここのダンジョンは極秘事項だ。間違ってもこれ以上噂が広がらないようにしてくれ」

「お任せください。今の所潜っているのはファンクラブの皆様のみ。死なないよう、適度に魔力を吸ってダンジョンから叩き出しております」

 

メイはファンクラブのオッサン達から魔力を吸い上げてダンジョンの力に変えているらしい。

オッサン達の中には結構な実力者もいるようだ。

ああ、なんか昔も似たような事やってたんだよな、お前ら。

だったら大丈夫か。

 

「気持ちを切り替えて風呂だ風呂! 大浴場に行くぞ。エリーが最優先だがリッちゃんも腐って変な匂いがしないように洗ってやる!」

「僕はいつでも死にたて新鮮フレッシュボディです! それにしてもマリーは元気だなね」

「マリーはたまには大きい風呂に入りたいって呟いてましたからね。リッちゃんは大きな浴場に入った事はありますか?」

「僕は風呂に入る暇があったら研究してたね。研究で没頭するのに食事とか色々面倒だったから不死化したんだよ!」

 

そんな雑な理由でアンデッドになったのかよ。

まあリッちゃんだしな。

そんな事より風呂だ。

 

「よし! 今回の冒険の疲れは風呂場で癒やすぞ! 管理者権限発動! 大浴場にテレポート!」

 

空間が一瞬歪んで切り替わる。

そこには立派な大浴場があった。

 

建物のような場所と外には星空が広がっている。

露天浴場のようだ。

 

……ん? 外?

 

「ダンジョンの中にどうして空があるんだ?」

「あれ? マリー知らない? ダンジョンの中にはそのまま天気が変わったりするところもあるんだよ」

「それは上級のダンジョンだろ? ここはできて間もないのにどうしてそこまでの……」

「それは私がお答えしましょう」

 

転移してきたメイが声をかけてくる。

 

「ダンジョンは入って来ていただいた方から頂いた魔力をベースに構築、改装を行います。このダンジョンは私が用意した粗品にファンクラブのメンバーが殺到いたしましたのでそこから工面しました」

「それでもモンスターとか……」

「モンスターはドリアード達にも手伝っていただき、召喚する量を抑えることで極めて効率的な運営ができています」

 

要するにダンジョン拡張に極振りか。

まあ今うまくいってるならそれで良いか。

 

もしかしてメイはダンジョンマスターの才能があるんじゃないのか?

 

「おう。これからもよろしく頼む。……そういえば石鹸とか買ってなかったな」

「そう言うと思いまして既に購入してまいりました」

 

取り出してきたのは、垢すり、石鹸、シャンプー。コンディショナーなど一式だ。

なぜかローションや変わった形の椅子もあった。

……ナニに使うんだよ。

 

「よくこんなに揃えられたな」

「『よろず屋 アイザック』で仕入れたものです。他にも色々ありましたよ」

 

あそこかよ。

なんでも売ってるなあの店。

今度暇なときにしっかり見てまわるのもいいかもな。

 

アタシ達はメイも含めて体を隅々まで洗いっこしてから風呂に浸かる。

まあお互いなんやかんやで見慣れてるし今更だ。

メイも背中を流すときは少しだけ入っていたが、食事の準備で先に戻ってしまった。

 

「エリーは立派だが……リッちゃんは成長すると良いな」

「なんで憐れみの目を向けるのさ! 別に大きさに不満はありません!」

 

風呂がぬくい。

風呂には一緒に桶を浮かべて中には酒瓶を入れておく。

 

「なんにせよ、しばらくはゆっくりだな」

「そうだね、マリー達も古代の力を使えるようになったみたいだし今度教えてよ」

 

「え? 使えないぞ?」

「え? だって精霊のお腹に穴開けたんでしょ? その力で?」

「あの時は夢中だったからどうやったのか今でも分からん」

 

ただまあ一度は使えたんだ。

なんとか練習して使えるようにしてみるさ。

 

「そういえば、あの女神が神話がどうのこうの言ってたぞ。リッちゃん知らないか?」

「神話……? もしかして神々と悪魔たちが争った話かな?」

「どんな話なんだ?」

 

「簡単にいうとね、神様と人間が協力して悪魔と戦い勝ちました。悪魔は封印される直前に力を振り絞って人間の男達に祝福のフリをして呪いをかけました。それから男たちは身体強化の魔法以外は使えなくなりましたっていう話かな」

「子供の頃聞いた、おとぎ話の『わるいあくまとひかりのかみ』みてえだな」

 

おとぎ話では悪魔が封印される仕返しとして書かれていたハズだ。

孤児院でよく聞かされたぜ。

 

「それの元ネタだよ。でも女神が言うなら本当かもね。だとすると魔法と呼ばれていたのは祝福じゃなくて呪い……? それがマリーのスキルで解除されたとか……?」

 

ぶつぶつと思考モードに入ってしまった。

こうなるとリッちゃんがしばらく動かないからな。

こっそり冷たい水を汲んで背中に少しかけてやる。

 

「ひゃんっ!」

「風呂場では難しいこと考えるなよ。のぼせるぞ」

「うーん、そうだね、古代の力を使えるようになったら僕にも教えてね! 術式に組み込んで見るからさ!」

「おう。精霊にやったように腹に風穴を開けてやる」

「やめて!」

 

まあいいさ。

アタシは杯を皆に渡すと、酒を注いで掲げた。

 

「じゃあ、B級に昇格した事を祝して……乾杯!」

「乾杯! お疲れ様!」

「乾杯です! 今回も無事に終わりましたね」

 

風呂場で乾杯した後は、お化け達とメイが作ってくれた料理を食べて床につく。

 

今回は疲れた。

エリーとともに、服を脱いでベッドに入る。

風呂場で十分温まったせいか、エリーは眠そうだ。

 

「今回もなんとかなりましたね」

「ああ、もしエリーが襲われてもアタシが助けてやるさ。心配するなよ」

「ふふ……。そのセリフは2回目ですよ、マリー」

 

ん? 前に同じこと言ったか?

 

「初めて会った時の夜も同じことを言ってくれました。マリーは酔っぱらってそのまま寝てしまったようですが……」

 

ああ、この姿で酒を飲んで、うっかり記憶を飛ばしてしまった時のことか。

 

「マリー、私も少しずつですが力をつけています。もしもマリーが困ったら私がそばにいることを忘れないで下さい」

「ああ、アタシはエリーと共にある」

「ふふ、ありがとうございます」

 

そういうと口づけをしてきた。

そのまま寝息が聞こえる。

 

今日はいろいろあったからな。

疲れて寝てしまったか。

おや、うっかり冒険者タグがかかったままになっているな。

 

アタシはエリーをそっと抱きしめる。

すると、無意識にそっと抱きしめ返してくれた。

 

エリーの温もりと冒険者タグの冷たい感覚が心地良い。

今日はいい夢が見られそうだ。




これで第四章は終了となります!
第五章は春か夏ごろを予定しています。


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第四部のあらすじ(忘れた人向け)

【あらすじ】

冒険者の『エリーマリー』一行は人探しの依頼を受けることになった。

依頼主は色街を取り仕切るマフィアのボス。

彼女?の依頼で色街へ聞き込みに行くことになったマリー達は、調べていくうちに情報が錯綜し本来の姿とはかけ離れている事に気が付く。

 

同時に、隣のバレッタ伯爵領で起きている跡継ぎ問題とも深い繋がりがある事も。

 

調査の結果ついに一人の人間を追い詰めることに成功するが、その正体は魔王軍に与する魔族だった。

種族はドッペルゲンガー。

彼がバレッタ伯爵領にて貴族に化け、内乱を煽っていたのだ。

 

それを見破ったマリーは、敵の攻撃を受けつつもかつて一緒に戦った別のチームである『パンナコッタ』と連携し撃破に向かう。

 

追い詰められた魔族は切り札であった召喚石を暴走させ、精霊アプサラスを呼び出す。

 

彼女に弄ばれながらも、なんとか撃破したマリーたちは今回の旅を終えたのだった。

 

 

■人物、チーム

 

【オネエ組】

実は魔族でもあるオカマの組長と手下のダンからなるチーム。色街の中でも薔薇百合通りに強い影響力を持つ。

今回は子爵からの依頼も含めて動いていた。

 

【ダン】

裏稼業として活躍するオネエ組の部下。

男色家。記憶力は良いが思考力が足りないため、基本的にボスの言うことに従って動く。

だが、思考力が足りないので暴走して動く事も多々ある。

 

【リクドウ】

裏稼業のマフィアの組織トップの一人。

男通りに強い影響力を持つ。

ファンクラブメンバーの一人。

 

【パンナコッタ】

フーディ、コナツ、ロア婆の三人からなるチーム。

それぞれの魔法とスキルを組み合わせた連携攻撃を得意とする。

 

【フーディー】

リーダー。『パンナコッタ』のリーダー。

前回説明済み。

特筆することは無いため割愛。

 

【コナツ】

スキルで物を手のひらサイズまで小さくして持ち運べるスキルの持ち主。

東方で独自発展した術式である、付呪による魔法を得意とする。

 

【ロア】

魔法攻撃を得意とする婆様。

前回のダンジョン攻略では年の功で知恵の試練を解いていた。

スキルを持っていないが、その魔法の才と蓄えた知識にてB級冒険者として恥じない働きをする。

 

【ノルヘル】

今回の事件の首謀者にして魔王軍工作部隊隊長。

性別不明。娼婦の体に魔術式を組み込んでいたため女性だと推測はされている。

 

スキルは『擦リ変得ル追憶』。

目をあわせて話すなど、条件を満たすことで対象の記憶を改変し書き換える事ができる。

対象に攻撃するとスキルが解除されるなど制限が多いが一度決まると容易には溶けない。

 

エリーが貴族から追放される原因になった存在であり、暗殺を企てた張本人。

部下のイリスとは親友でもあり、イリスが雄弁になったのは彼がスキルを使って記憶を改変する前にペラペラと重要事項を喋ってしまう悪癖が写ったため。

 

エリーのスキルによって改変が破られてしまったため、逃げられずに討ち取られた。

 

【アプサラス】

爵位持ちの精霊。

魔石に蓄えられていた魔力により顕現。

権能として誘惑と幻覚を得意とする。

また水を操る事もできる。

人間と同じような見た目をしているが人体の機微に疎い。

神話の時代における悪魔との戦いにも参加している。

 

実は久々に顕現したので嬉しくてはしゃいでいた。

 

 

 

 

【その他】

・色街三人組

マリーに話しかけて来た三人組。

色街の常連客。

三人は子供の頃からの幼馴染。

割と稼ぎが良いがその大半を女冒険者達に似せた嬢が働くコスプレ店で使っているらしい。

 

・サリー

元々伯爵領地で稼いでいた。

本来なら王都に行くはずだったがノルヘルにより記憶を一部改変され、術式を刻まれた上で客を取っていた。

 

ノルヘルにより怪我をさせられるも回復。

今日も元気に許可を取っている。

 

余談だが領地を移動するための身分証明書として最低限の冒険者ランクは持っていたりする。

 

・色街の客

人により性癖は様々である。

仮にこの町の店が一つ消えたとしても、半年もたたないうちに似たような店が別のとこかに出来上がる。

 

・色街の子供達

何らかの事情により孤児院にすら行けなかった子供達の最後の拠り所。

彼らは裏社会で仁義を学び、裏社会の仕事に就くか、あるいは身を崩して傭兵家業や山賊になる。

 

犯罪予備軍でもあるため、国としても冒険者ギルドとしてもここの子供たちを引き取りたいが、社会構造上の必要悪でもあり手をこまねいている。

 

・召喚石

神話の時代、現世から異界に移った精霊や悪魔を呼び出すための石。

契約がなされている間、同じ精霊を呼び出せる召喚石は存在しない。

また契約されずに召喚石が破壊されても、どこかで別の石が召喚石へと変化する。

 

・精霊や悪魔との召喚、契約について

本来なら契約や召喚は、かつての大魔導士が生み出したと言われる正統な術式と組み合わせて行われる。

 

契約は召喚石の他に魔力や宝石、生贄といった対価で契約できるようになる。

爵位持ちなど格が上がるほど強く知性を持つため交渉できるが、代償として縛りなどのルールを設けられる事が多い。

特に縛りとなる契約は厳しく、破ることは死に繋がる。

 

今回はかなり特殊な形で顕現したため、安全策としての空間魔法が働いておらず危険であった。

 

正式に契約することで、精霊達を召喚したり固有の魔法を使えるようになる。

 

 

 

 




忘れた人=作者


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第五章 新人教育編
第60話 春便り


編集ミス対策で本文に通し番号追加


5-60-72

 

寒さも抜けて、少し暖かくなってきた。

 

アタシ達は、ギルドとの話もあって王都のエリート共から事情聴取を受けるまで、案件の受注に制限がかかった。

 

しょうがないので服を買いに街へでかけたり、館でダラダラしている。

あまりだらけすぎるとまたお化けたちに怒られてしまうので、時々は訓練して茶を濁しながらだが。

 

訓練の成果は上々だ。

なかでも精霊魔法のおかげでエリーの戦闘技術が向上している。

 

精霊の力で生み出せるのは幻覚、誘惑の魔法だ。

とくに幻覚は見た目は実際に攻撃してみるまで分からない。

視覚に頼ってる奴らだと一杯食わされる。

 

ただ誘惑の魔法は理性が吹っ飛んでヤバかったので模擬戦ではお蔵入りだ。

 

エリーが言うには、精霊の力を借りるときは、あえて詠唱を省いたほうがより多くの力を引き出せるらしい。

詳しくは精霊に聞けば教えてくれるだろうが……

 

アイツは半永久的にお蔵入りだ。

練習と称してうっかり殺されたんじゃ割に合わねえしな。

 

リッちゃんは相変わらずだ。

研究の結果、魔力効率を改善して速さも威力があがったとか言っていた。

だが、魔力を直接出す古代の魔法とやらは上手くいっていないらしい。

 

まあアレっきりアタシも使えてないしな。

 

訓練から始まって、終わりには風呂場でじっくり体を洗い、床につくのが最近の日課だ。

 

そんな中でギルドから一通の手紙が届く。

アタシはその手紙を読むとため息をついた。

 

「なんでアタシがガキどもの面倒を見なくちゃいけないんだ」

 

依頼に書いてあったのはギルドからの新人研修講師の打診だ。

 

なんでも今年から生存率向上のためベテラン冒険者をしばらく指導にあてて様子を見たいらしい。

アタシの頃は半日講習して終わりだったのに随分と変わったもんだ。

 

詳しく内容を読み込んで見る。

新人の数にもよるが、いくつかのチーム分けをして、そのうち一つを見てほしいとの事だ。

 

アタシたちが教えられるのはナイフの使い方くらいだってのに無茶ぶりが過ぎる。

 

「新人冒険者の研修ですよね? そんなに幼い子たちが来るんですか」

「いや、エリーより少し下くらいが一番多いな。十代後半もいるが。下手するとアタシ達が新人冒険者に見られちまう」

 

暖かくなる少し前から、ギルドには新しい顔ぶれが増える。

と言っても、農家で継ぐものが無いから口減らしも兼ねて出てきたやつら、商売がうまくいかなくなった行商人の子供など素性は様々だ。

過去には貴族の五男坊なんてのもいたらしい。

 

冒険者は実力さえあれば一攫千金が狙える仕事だ。

中には素行が悪くて山賊やマフィア堕ちする奴も居るが、その前段階のセーフティネットとしての機能がギルドにはある。

 

「僕たち、一応人生経験重ねてるんだけど外見がね」

「最年長のリッちゃんが一番幼く見えるんじゃねえか?」

 

リッちゃんのおかげでウチのチームは平均年齢三百オーバーだ。

ギルドでもぶっちぎり最年長チームだな。

 

王都のお偉いさんに『不老』というスキル持ちがいるらしいが、リッちゃんどっちが年上だろうか。

 

「とりあえず断りを入れに行くか」

 

 

受付はポン子だった。

おやっさんは奥でなんか作業をしている。

 

「おや皆さん、お元気でしたか? 最近見かけませんでしたけど?」

「この間からの出張でみんな力尽きてたんだよ。風呂に入ったりゴロゴロしてのんびりしてたんだ」

 

風呂はいいぞ。とくに温泉は最高だ。

ただ深夜にエリーとイチャイチャしながら浴場へ転移したら、先にいたリッちゃん達と鉢合わせしたのは気まずかった。

 

「私、この春からは新人冒険者講習の受け持ちもやるんですよ」

「やめろ死人が出る」

 

お前キャベツとレタスを間違えたとか言うノリでゴブリンとオーガを間違えるだろうが。

新米なんざ骨も残らんわ。

 

冒険者ってのはただでさえ巷の評判が悪いんだ。

お前のせいでギルドの立場が更に悪くなったらどうするんだ。

 

「なに他人事みたいに言ってるんですか? 『エリーマリー』の皆さんは、すでに新人教育係として登録済みですよ?」

「は? なんだそりゃ。アタシは依頼を断りに来たんだ。どこの誰が……」

「ふっふっふ、推薦したのは私です! そして承認したのも私です!」

「プチ・サンダーローズ」

「はにゃん! あふぅ……」

 

とりあえずお仕置きとして一発食らわせてやる。

 

……どうでも良いけどアタシの雷撃で気持ちよくなってないよな。

耐性ついたのか?

なんで頬が赤くなってるんだ?

 

まあいい、考えたら負けだ。

とにかくアタシ達の意志を無視して勝手に承認するとは面白いやつだ。

 

教育すると言っても、このチームだとアタシはスパルタ過ぎてヒヨッコ達がついてこれねえだろうし、リッちゃんは舐められそうだ。

 

そうなるとウチのメンバーで新人を手とり足取り教えられるのなんてエリーくらいしかいない。

だがむしろアタシが手とり足取り教えてほしいので却下だ。

 

「今回の依頼はC級以上のランク持ちが条件になってる。今のアタシ達は公式にはまだD級だ。横暴だぞ」

「仮とはいえB級のタグをつけてるんですから、都合よくランクを変えないでください。それにどうせ暇なんですよね? いいじゃないですか。新人をイビってお金貰えるんですよ?」

 

なんでイビる事前提なんだ。

お前は自分より若い子が来たらイビるのか。

……やりそうだな。

 

「死なねえように死ぬ寸前まで厳しく鍛え上げるだけだ。イジメたりはしねーよ」

「それをイビると言うんじゃないですかね……」

 

ちげーよ。アタシの愛だよ、愛。

可愛がってんだよ、物理的に。

ファンクラブの奴にやってみろ。

涙流して喜ぶぞ?

 

「とにかくキャンセルするにしても部長から話を聞いてからにして下さい」

 

しょうがない、おやっさんに文句言うか。

おやっさんは……奥で働いてるな。

 

アタシはおやっさんに声をかけて呼び出す。

 

「おやっさん、ギルドからの手紙だがな、断わりたいんだが……」

「と言ってもお前ら仕事ないだろう? 勝手に承認したのはポン子だがな。こっちとしても受けて欲しい依頼だ」

「つっても他にマシな奴らいるだろ? アタシ達は自分でこういうのもなんだが、イレギュラーの塊だ」

 

魔王の親、精霊使いのエリー、レアスキルと謎魔法のアタシ。

新人が参考にするにはブッ飛びすぎる。

 

それを聞いたおやっさんがため息をつく。

 

「ここの領地にいたB級冒険者だがな。現在大半がバレッタ領に移籍している。治安が不安定になっていてな。悪党狩りのため王都から良い報奨金が出ているそうだ」

 

何?

じゃあ今はミソッカス共しかいねえのか。

 

「B級で残っているのは近々強制依頼から戻ってくる『オーガキラー』とお前達くらいだな」

「よくそんな状況で新人教育なんてやろうと思いついたな」

 

隣の男爵領並に人材不足じゃねーか。

ここ、それなりに稼げる土地なのに勿体ない。

 

「逆だ。こんな状況だからこそ、ヒヨッコ共でも早急に育てあげる必要があるんだ。なにも全員を最後まで面倒みる必要はねえ。見込みのありそうなのを数人見繕ってくれればそれでいいんだ」

 

つっても今いる奴らを育てた方が……。

いやあいつ等無理だな。

人としての低みを極めたような奴らだからな。

成長してるのはアルコール耐性くらいだ。

 

それにあいつ等が新人教育したら才能の芽を伸ばそうとして引っこ抜きそうだ。

 

「ここでしっかり育て上げ、恩を売っておく。さらに今回は特例として、上位冒険者の同伴時に限り上のランクも受けられるようにする予定だ」

 

上級冒険者のサポート業務のみをすることが前提だがな、とおやっさんは言う。

 

「ちなみに断った場合は?」

「特にペナルティそのものはねぇが、お前ら俺達ギルド側の都合で依頼受けられない状態だろ? この依頼を受けてくれた方がこっちとしても金が出しやすい」

 

おやっさんがそう言うと金額を提示してきた。

依頼を受けた時の報酬込みの金額と受けなかった時の金額だ。

かなり差がある。

 

……というか受けたら結構いい額になるな。

 

「今回は実験的な試みだが、この件に関してはギルドとしても上手く行ってほしいと思っている、だから奮発するぜ?」

「……よし、分かったぜ。未来ある冒険者のためだ。一肌脱いでやる」

 

たまにはギルドのために働いてやるよ。

金も良いしな。



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第61話 ひよっこ

5-61-73

 

一週間後にギルドに行くと、集められたひよっ子共が建物の前にうろちょろしていた。

 

「うわー、こんなに面倒見るんだ……」

「かなりの数ですね……」

「ひよっ子達も集めればそれなりの数になるって事だな」

 

戦力としてはともかく数だけは立派だ。

ひい、ふう、……十ニ人くらいか。

アタシ達も少し年長の冒険者だと思われてるのか、誰も教官側だと気づいていない。

 

「おうおう、ガキ共はミルクでも飲んでろってんだぜぇ!」

 

なんかうるさいアホが騒いでるな。

……と思ったらいつものアイツか。

おいウザ絡み、道端でひよっ子に絡んでて情けなくならねえのか。

 

「おうそこのガキぃ、良い女を二人も連れてるじゃねーか。一人くらいこっちによこせよぉ!」

「ふ、ふざけるな! アルマ、フィール。こっちへ!」

「う、うん。ガロ君、頑張って!」

「逃げませんこと?」

 

おー、金髪のショタが同じく緩いウェーブがかかった女の子とストレートをかばってやがる。

まだまだガキなのに健気な奴らだ。

青春だな、熱いねえ。

 

だが少年たち安心しろ。

ソイツはモテないから僻んでるだけだ。

モテナイ男は辛いねえ。

 

……アタシは特に意味は無いがエリーを近くに引き寄せた。

 

そうこうしている間もウザ絡みはしつこくひよっ子に絡んでいる。

 

助けてやっても良いが、頑張ってる男の子を無視して手柄をかっさらうのもな……

少し様子を見るか。

 

「どうした? かかってくる勇気もねえのか? これで冒険者ってのもおかしな話だなあ!」

「くそっ! やってやる!」

 

お、鞘付きのまま剣を構えたか。

……意外と様になってるな。

 

「へ、へっへっへ、俺様に逆らうとはいい度胸だ」

「うるさい、かかってこい!」

 

鞘から抜かないのも良い判断だ。

先に刃物を出すとちょっと面倒だからな。

まあ鞘付きだと扱いづらいが。

 

「い、良いのかぁ! 俺に勝てると思ってんのかぁ!」

 

『ウザ絡み』の腰が引けている。

なんでG級のひよっ子にビビってんだよ。

アイツ見てて不愉快だしブッ飛ばすか。

 

……と思ってたら間に男が立ちはだかった。

なんか見たことある奴だな。

 

「おう、年長のモンがガキに嫉妬してイビり散らすとは感心しねえな?」

「ぬ、ぬぁんだあテメェ!?」

「冒険者ってのは仁義もねえか。失せろ」

「き、今日はこ、ここまだにしどいてやる!」

 

ビビったのか舌を噛みまくるウザ絡みを一睨みで追い返すその男には見覚えがあった。

オネエ組長のトコにいたショタ好きじゃねえか。なにやってんだ?

 

「大丈夫だったか? ボウズ?」

「ああ、ありがとう。オッサン」

「俺はまだ十九だ、兄ちゃんと呼べ。ところでこれからホテルに行かないか?」

 

いきなりのド直球アプローチだな。

周りが理解できなくて引いてるぞ。

お前男の子をナンパしに来たのか?

 

「は? に、兄ちゃんもこいつ等を狙ってんのか!?」

「いや女には興味ない。女ってのはいつもキーキー喚いてうるさいからな。筋も通さねえ。それよりボウズ、ガロとか言ったか。お前みたいな方が好みだ。さあホテルに行こう」

 

おい、ボウズの顔が引きつってんぞ。

しゃーない、割って入ってやるか。

 

「冗談はそこまでにしとけ。ひよっ子が困ってるだろ」

「アンタはボスのトコで会った……名前はなんだったけか?」

 

アタシの名前を忘れるとはいい度胸だ。

 

「マリーだよ。忘れてんじゃねえ」

「すまん、女の名前に興味はないんだ。男ならすぐに覚えるんだが」

「悪い意味でブレねえなお前。なんでここにいるんだ? ココは新米冒険者が講習を受ける場所だぞ?」

「ボスの命令だ。前回の件も踏まえて、ギルドに詳しい人間が必要らしい。ついでに常識を学んで来いとの事だ」

 

ここはマナー講座じゃねえぞ。

ここでは魔物の殺し方と暴れ方しか学べねえよ。

 

「とりあえずガキ共に手を出すんじゃねえ。それが普通の常識だ、なにより教官として……」

「ネェちゃん達も冒険者志望か? よろしくな!」

 

声をかけてきたのはさっきのガキンチョだ。

ガロ……だったか?

 

「ん? いや、アタシは――」

「ガ、ガロ君! すいません! 冒険者の皆さん!」

「ガロさん、ほら冒険者タグ!」

「え? ……あぁっ!!」

 

気づいたか。

念のために見えるようにブラ下げておいて良かったぜ。

 

「嘘だろ! 俺達とたいして年変わらねえじゃん!」

「冒険者は見た目で判断してはいけませんわ。私達だって十年くらいなら今の姿で…… コホン、とにかく冒険者は色々と特殊な事情が多いですのよ」

「つまり若作……ってぇ!」

 

金髪ウェーブのガキンチョが思いっきりスネを蹴り飛ばす。

次に赤髪の女の子が嗜めてきた。

 

「ガロ君。女の子に年齢を聞いちゃだめなんだよ!」

「気にするな。……名乗ってなかったな。アタシは『エリーマリー』のマリーだ」

「私はエリーです。よろしくお願いしますね」

「我は魔王の、ひゃんっ! ……僕はリッちゃんって言うんだ! よろしくね!」

 

またリッちゃんが余計なことを言いそうになっていた。

軽く尻にタッチして黙らせる。

 

「すいません。私はアルマです」

「私は高貴なる一族の血を引くもの。フィールですわ。記憶の片隅にでも留めて置いて下さいませ」

 

自分で高貴なる血を引くとか中二病か。

まあ若いウチは仕方ないよな。

自分が全能だと感違いしちまう年頃だもんな。

 

「な、なんですの!? その妙に優しくて生暖かい目はっ!」

「いや、何でもねえ……。大人になれば分かるさ。ただ、あんまり高貴とか強い言葉を使うと未来の自分にボディーブローが返ってくるぜ?」

「違いますわ! 私は本当に……」

「フィールちゃん! それは秘密だから! これ以上はしーっ!」

 

まあ服が明らかに良い布使ってるし、それなりの身分なんだろうな。

だがここに来たからには関係ない。

 

「ただの冒険者見習いとして扱ってやるから気にするな」

「同い年くらいに見えるけど、そっちも冒険者なのか?」

 

ガロとかいう金髪ショタがリッちゃんを見ながら話してくる。

 

「僕? そうだよ! 冒険者としては先輩だね!」

「……ちなみにアタシらで一番の年上はリッちゃんだ」

「うぇっ!? 全然見えない!」

「えへへ……」

 

照れてるようだが多分向こうは褒めてないぞ。

むしろギャップにびっくりしてるんだろ。

 

「リッちゃんさん、始めまして。俺はダン。前の仕事ではアンタのトコのボス、アリー……? と仕事させて貰った」

 

おい、もう名前忘れたのか。マジかよ。

 

「あっはい。よろしくお願いします。あ、リッちゃんでいいよ」

「分かった。よろしく頼む」

 

しかしずいぶん偉そうな新人だな。

 

ギルドからは最終的に何人か有望そうなのに絞って面倒を見るように頼まれてるが……

とりあえずダンはねえな。

 

おっ、ポン子が出てきた。

 

「未来あふれる新人冒険者の皆さーん。元気ですかー? そろそろ講師を担当する冒険者の方が来ますので集まって並んで下さーい」

 

おいおい、冒険者が掛け声だけで並ぶわけが……。

おおっ! 普通に集まって並んでるぞ、凄え!

 

これが酒場でクダ巻いてる奴らなら、俺が前だの後ろがいいだの言い出して、挙げ句の果てに小競り合いが始まるところだ。

 

新人ってのは真面目で初々しい奴らだったんだな……。

普通っていいなあ。

 

こんなに可愛い奴らの大半が一年後には酒と色に溺れて沈んでいくんだもんなあ。

月日ってのは残酷だぜ。

 

「マリー、ちょっと目が潤んでるけどどうしたの?」

「いや、教育ってのは大事だと思ってな。身を引き締めてたところだ」

「ふふ、私達も頑張らないとですね」

 

ああ、そのとおりだな。

 

「あ、マリーさん来てたんですね。皆さん、あちらが指導にあたる冒険者『エリーマリー』のチームメンバーです」

 

ひよっこ共が一斉にコッチを向く。

 

「マジか……。ほとんど同い年じゃん」

「ちょっと年上かな? かわいい……」

「キレイ……。撫でて欲しいなあ」

 

うん、やっぱりそう来るか。

だが全体的に好意的な意見が多い気がする。

 

「あー、アタシらが指導にあたる『エリーマリー』のリーダー、マリーだ。教官でも先生でも好きに呼べ」

「本当に戦えんのかよ。実は弱いんじゃん?」

「ちょっと、ウルル!」

 

お、ヤジが飛んできた。

ヤジを飛ばしてきたのは褐色の女の子か。

色白の女の子が止めようとしているな。

 

「よし、そう言うならちょっと模擬戦がてらに戦い方を教えてやる。こっちに来な」

 

良かった、良い子ばっかりいるのは想定してなかったからな。

こういう生意気なガキがいないと予定が狂うトコだった。

 

「え!? マリーさん、ちょっと待って下さい!」

「大丈夫だ、黙って見てな」

「ああもうっ! 準備してきます! 絶対に試合を始めないでくださいね!」

 

ポン子はアタシを咎めたあとギルドに入ってしまった。

ポン子やギルドが何考えてようとアタシはアタシのやりたいようにやるだけだ。

知ったこっちゃない。



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第62話 模擬試合

5-62-74

 

指名された褐色娘はかなりうろたえていた。

 

「え!? いや、その、俺はべつに……」

「大丈夫だ。そんなに痛くしねえよ。初めてだし優しくしてやる。それともやられるのが怖いのか?」

「ば、バカにしやがって! やってやるじゃんよ!」

 

よしよし、良い子だ。

アタシはお前みたいなのを待ってたんだ。

さて、魔法で地面に円を書くか。

 

「ほら、準備できたぞ。ブッ倒れるか、この円から一歩でも出たら負けだ」

「ま、魔法を無詠唱で!?」

 

ん? ビビっちまったか?

驚かしすぎたかな?

しかたない、手加減してやるか。

 

「安心しろ。魔法はなしだ。武器も使わねえ。ひよっ子には素手で十分だ」

「く、クソッ! バカにするんじゃにゃい!」

 

おう、やる気が出たようで何よりだ。

だが噛んでるせいで締まらねえな。

 

「武器はハンマーか。重たいが汎用的な武器だ。使いこなせるか?」

「馬鹿にしやがって! オリャアアァァァッ!!」

 

大声を上げて威圧してるつもりか。

叫びながらハンマーを思い切り振りかぶり、上から打ち下ろしてくるが、遅い。

 

「叫び声を上げながらの一撃は対人なら悪くないぞ。だが冒険者相手だと悪手だな。通じるのはD級までだ」

 

アタシは半歩だけ体をずらして、打ち下ろしてきたハンマーを避ける。

ハンマーが地面を抉るが、アタシには傷一つない。

 

「デカブツとやりあったことがある冒険者なら、人間の叫びなんて子犬の鳴き声みたいなもんだ。むしろ黙って襲いかかったほうがいい」

 

ハンマーを大振りに打ち下ろしたお陰で、横腹がガラ空きだ。

強くブッ叩いて終わらせてもいいが、まだまだ指摘する箇所が多いからな。

軽く指でつつくだけにしておこう。

 

「ふにゃっ!」

「ほらほら、横がガラ空きだぜ? 可愛い声を出す前に隙を作らないよう、防御を固めな」

「く、くそっ! 舐めるなあっ!」

 

ハンマーで横殴りに攻撃してくる。

瞬発力はあるが動きが見え見えだ。

 

「全力の一撃が躱されるって事は、単純に速さと経験で負けてるんだ。相手をよく見ろ」

「ちく、しょっ! ちょこまかと!」

 

ハァハァと呼吸が乱れる音が聞こえるな。

もう息が上がってきたのか。

 

「スタミナ不足だな。当たらないなら大振りは控えろ。無駄に体力を消費するだけだ」 

「つっても、どう、やって……」

「力まかせに振り回すだけじゃ駄目だ。ハンマーの先端だけに頼るな。すべてを使え。例えば柄は盾にもなる。全身のバネを活かした大振りと、小器用に振り回す攻撃と、うまく使い分けろ」

 

大工でも釘の打ち始めは短く持ったりして使い分けるもんだ。

更に大きなハンマーの類は尚更な。

 

しかし野生児みたいな身のこなしの割に武器の扱いがお粗末だ。

……さてはあんまり武器を使い慣れてないな。

素手のほうがいいんじゃないか?

 

「ちっ、ちくしょう! うおお!!」

 

動きが読まれてるのを悟ったのか、ハンマーで思い切り突いて来る。

確かに初動は小さくなるが……

勢いつけ過ぎだ。

 

アタシはハンマーを避けて、柄を掴むと力の流れに合わせて思い切り引っ張る。

体勢を崩したひよっ子は、アタシの体に吸い寄せられるように一気に間合いが近づく。

 

「ほら、懐に飛び込んだぞ? どうする?」

「え? う、あ……」

「こうするんだ」

 

アタシは思いっきり蹴り飛ばして円の外に押し出してやった。

 

「間合いの内側に入られたら蹴り飛ばせ。頭突きでもいい、じゃなきゃ武器を捨てて殴れ。とにかく攻撃しろ、ただし魔法は遅すぎる、死ぬぞ」

「わ、分かったよ……」

 

よし、意識はあるな。

骨折も……多分大丈夫だろ。

 

「すげー!!」

「流石は冒険者……」

「顔は可愛いのにつよい!」

 

試合を見ていた他のひよっ子から感嘆の声が聞こえる。

いいぞ、もっと褒め称えろ。

お、ポン子もギルドから出てきた。

 

「さあ皆さんお待たせしました! 『デーモンキラー』の異名を持つマリーさんと新米冒険者の一騎打ち! 新米冒険者ウルルさんは何分持つか! 掛札販売です!」

「……」

「……」

 

熱くなった場が一気に冷え込む。

ポン子は何を言っているんだ?

 

「あ、あれ? もう終わっちゃいました? しょうがないですね、マリーさん、もう一戦して新米冒険者をボコボコに……」

「サンダーローズ」

「あぶぅ!」

 

待ってろって言ってたのはアレか?

お前が掛札作る間待っててって事かよ。

ひよっ子共に悪い影響与えるだろ。

こいつ等はアタシの可愛い教え子なんだぞ。

 

「やっぱり、癖になるぅ……」

 

あ、駄目だ。全然反省してない。

これはアタシじゃ駄目だ。

後でおやっさんにお灸を据えて貰おう。

 

「ひよっ子共をギャンブルの沼に引きずり込むんじゃねえ」

「だって! 作ったコスプレ衣装を買い取って貰ってたお店が潰されたんですよ! 少しでも補填しないと生活費が!」

 

なんだ、いきなり物騒な話だな。

 

「潰された? 誰にだ?」

「分かりません。なんでも複数の女性冒険者に店が燃やされたとか。私は行った事ありませんが『探索者』というお店で使われてたみたいですね」

 

あの店に衣装卸してたのお前かよ。

滅びろ。

 

「あのー、マリー先生。私達はどうすれば……」

 

おっと、ひよっ子達を忘れてた。

 

「わりいな。コイツを叱りつける用ができた。すぐ戻ってくるからお前らは自分が得意とする武器の使い方を考えといてくれ」

 

そう伝えてあとは各自で練習するように伝える。

武器より魔法が得意な奴はリッちゃんとエリーに指導を受けるように伝えた。

リッちゃんがやらかしてもエリーがフォローしてくれるだろ。

 

問題はポン子のほうだ。

ひよっ子共を見ていて詳しく聞いておきたい事ができたからな。

 

「基礎を教えたあとは冒険者チームがしばらく個別に面倒を指導をみる、そうだったな?」

 

「はい、その通りですが?」

「やけに数が多いし、あんだけいたらアタシらじゃ面倒見切れねーぞ?」

 

 

「ああ、それならご安心を! 途中の個別指導からはマリーさんと同じB級冒険者が指導に当たります。五人くらいテキトーに見積もってしばき倒してくれればそれで大丈夫です!」

「しばき倒さねーよ。で、B級冒険者ってのは誰だ? 今はほとんどいないんだろ?」

「『オーガキラー』のチームが指導に当たります!」

 

人選ミスだろ。

一番人格破綻してる奴らじゃねえか。

 

「ポン子…… お前な、指導させる相手は選んだほうがいいと思うぞ」

「わかってますよ! 彼女たちが万が一やらかした場合の対策としてC級冒険者の中から、皆さんとは違った常識人をフォローにあてます!!」

「ナチュラルにアタシ達の事まで異常者扱いするんじゃねえ」

 

つか常識人ってなんだよ。

冒険者は二種類しかいないんだぞ。

一見普通そうに見える頭のおかしいやつか、頭がおかしそうに見える頭のおかしいやつかだ。

 

「とにかく未来あふれる冒険者を五人くらい指導してくれれば構いませんので、お願いします」

「あー、分かった分かった。探してみるぜ」

 

まあ、五人くらいならなんとかなりそうだな。

めぼしい奴らもいたし。

 



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第63話 指導とオーガキラー

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「――というのが魔法の基礎になります。皆さんは誰でも使えるようになりますからね、焦らなくて大丈夫ですよ」

「大切なのは根源から力を借りることを忘れないようにすることだね。それが出来ればキーとなる詠唱以外は適当でもいいのさ」

 

戻るとエリーが魔法の指導をしているところだった。

それをリッちゃんが補足していく。

何気にいいコンビなんじゃないか、あの二人?

 

「あ、マリーお帰り。今それぞれの女の子たちに魔法を使ってもらっているところだよ」

「皆さん、やはり冒険者になろうとしているだけあって、魔法が使える人が多いですね。」

 

見回すと、ひよっ子共が好き勝手に魔法を使っている。

とはいえ、使っているのは初級魔法のファイアーボールがメインだが。

 

「誰か面白い魔法やスキルを使える奴はいたか?」

 

個人的に指導するならブッ飛んだ奴か、尖った才能を持つ奴を指導したい。

そのほうが伸びしろがありそうだし、アタシたちのスタイルとあってそうだ。

 

「それでしたらあの子なんかはどうでしょう?」

 

エリーが指差したのはさっき戦った褐色娘の隣にいたやつだ。

 

「なんだ? 才能があるのか?」

「あの子は、魔法がちょっと変わってるんだよ」

 

りっちゃんが横から口を挟んでくる。

 

「変わってる? どんなふうにだ?」

「えっと、見てもらえばわかると思うよ。おーい、ルルリラちゃん」

 

声をかけると色白の女の子がこちらへ歩いてきた。

 

 

「はいリッちゃん先生! なんでしょうか!」

「えっとね、マリーに魔法を見せて上げてよ。さっきのやつ」

「はい! 任せて下さい!」

 

元気で素直そうな子だ。

ある意味褐色娘とは対象的だな。

 

「【ひんやりひやっとかき氷。キンキン冷えて美味しいぞ】〈氷弾〉」

 

歌うように呪文を唱え終わると、指先から氷の球が飛び出して地面に落ちる。

これ雪の玉か? いや違うな、かき氷……か?

 

「どうですか私の魔法は! どこでもかき氷を出せるんです!」

「良く出来ました! 素晴らしいですよ」

「お、おう……」

 

 

エリーが褒めている。

だがなんというか、すごく微妙だ。

その表情を読み取ったのか、エリーが説明してくる。

 

「〈氷弾〉の魔法は本来氷の粒を鋭く飛ばす魔法です。ですが彼女は粒ではなく、かき氷の形で生み出すんです」

「ん? てことは最後の詠唱のキーワードを言ってもまともに発動してないってことか?」

 

そこで再びリッちゃんが口を挟んでくる。

 

「えっとね、たぶんこの子の持つスキルが干渉してるんだと思う」

「干渉? 完全に使いこなせてるわけじゃねえってことか?」

 

そういえば魔法にスキルを上乗せしている奴らなら何人かいたな。

その延長線……いや未熟版か。

 

「さっき話を聞いたんだけど、この魔法って適当に歌いながら魔法使いのマネをしてたらできるようになったらしいんだ」

「正式に習ってないのに使えるのか。そりゃすげえな」

「え? あはは、褒められちゃいました」

 

あまり褒められてないのか、はにかみ顔がかわいいな。

 

しかし氷系統のスキルはこの辺りじゃ少ない。

後でギルドに確認してみるか。

 

「あ、わたしかき氷魔法の他に、ゼリー魔法も使えます!」

 

ゼリー魔法……?

 

「なんだそりゃ? スライムでも召喚するのか?」

「違います! 使ってみせますね【ぷるぷる夢のぷるゼリー。踊って触ってぷるぷるるん】〈水球〉」

 

そうすると手のひらに半透明なスライムのようなものが生み出される。

 

「あのな、許可なくモンスター召喚したら捕まるんだぞ」

「違います! ゼリーです! 食べてみてください!」

「ゼリー? なんでゼリーが魔法で……」

「良いですから! 絶対美味しいですから!」

 

おい、顔にグイグイ押し付けてくるな。

 

見た目はスライムだからあんまり食べる気がしないんだよなあ……。

しゃーない。一口だけ食べるか。

 

お、甘い。

 

「意外と美味いな。そしてゼリーだ」

「でしょう? これが私ルルリラ自慢の特性ゼリーです!」

 

凄い能力だが戦闘には向いてない気がするが……。

 

「私、この力でウルルと自分の菓子店を開くのが夢なんです! 力を鍛えてカラフルお菓子を作ったり、皆に喜んでもらってお店をおっきくして、そしてウルルをお嫁さんに迎えて……」

 

夢があるのは良いこと……、ん?

最後なんかおかしくねえか?

お、噂をすれば相方とやらが来たな。

 

「ルルリラ、俺を呼んだか?」

「ウルル! ……えへへ、ちょっと未来の夢をお話ししてたの」

「おう! 未来はルルリラと一緒に活躍して有名になってみせるじゃんよ!」

「うん! 一緒に有名になろうね! 私たち一心同体だから!」

「へっ、この腕でどんな強敵もぶっ倒してやるじゃん!」

 

ウルルの活躍は冒険者としての活躍だろ。

もう既にすれ違ってるじゃねえか。

 

「……冒険者やりながら商売人やってる奴らもいるし、その辺りは自由だからな。まあ頑張れ」

「はい、頑張ります!」

 

何はともあれ夢があるのは良いことだ。

応援してるぞ。

 

それから一ヶ月が経過した。

基本的にやっていたことは、足運びや体裁き、武器の使い方などの基礎練習だ。

あとは重しを使った筋力トレーニングだな。

 

「んじゃ、男どもはマラソン十周したら終わりな」

「うぎゃーっ! せめて半分に……」

「魔物倒せば強くなんだろ? 良いじゃねーか!」

「男は確かに魔物を倒して身体強化できる。だがな、そうすると基礎がおざなりになるんだ」

 

コレにアタシが気づいたのはそこそこ成長してからだった。

身体強化は元の筋力に倍率かけて計算してる感じだからな。

先に身体強化で強くなると筋力が伸ばしにくい。

 

多分だが冒険者の男どもがランク的に伸び悩んでる理由の一つがコレじゃないだろうか。

 

「エリーせんせー、この魔法ですが……」

「この魔法はですね……」

 

ちょっと離れたところでは、エリーとリッちゃんが魔法を教えていた。

 

魔法関係はリッちゃんとエリーにすべてを任せている。

詠唱ができないアタシより、あの二人の方が適任だろう。

実際、うまく理論と実践できっちり能力を伸ばしてくれているみたいだ。

 

「さてお前ら、来週から実際に魔物との戦闘で経験を積む形になる」

 

戦闘と聞いただけでひよっ子達の顔が緊張する。

一部緊張してない奴らは村や人間相手に戦ってたんだろう。

オネエ組のダンとか良い例だ。

 

「だがこれだけの人数だ。面倒見るにしてもアタシたちじゃ取りこぼしが出るからな。不本意だが、非常に不本意だが別の冒険者チームがこれからお前たちの面倒を見る」

 

そこでポン子が一歩前に出る。

 

「はい! 未来ある冒険者の皆さんのために、とっておきの逸材に依頼しました! 一人一人がオーガを倒す能力を持つ、『オーガキラー』の皆様です! どうぞ!」

 

ポン子はギルドの扉に向かって声をかけるが誰も出てこない。

 

「……」

「……」

「あ、あれ? ついさっき到着した『オーガキラー』の皆さんには扉の前で待っていて貰うように伝えたんですが……」

 

そう言うとギルドの奥から大声が聞こえてきた。

 

「くそっ! まだ生きていたか!」

「姉ちゃん! もう倒したから! 死んでてもピクピクする事あるから!」

「必殺! 絶対最強呪い斬り!」

「やめてえぇぇぇ!!!」

 

爆音が響いて扉が吹っ飛んだ。

いきなりナニやってんだあの馬鹿。

 

うわ、なんかの体液が飛び散ってばっちい。

 

「ふはは! みろ! 私の一撃はキングローパーですら粉砕したぞ!」

「うう……。これ、もう死んでたんよ……」

「お任せください二人共。先日覚えた技をお見せしましょう。【ハンマーも筋肉も力が命、釘も力が命。筋肉のように再生せよ】〈物体修復〉」

「おおっ! 扉が直っていく! 流石だラズリー」

「お褒めに預かり光栄の極みです」

 

あぁ、相変わらずだなコイツら。

つか物体修復なんて冒険者が覚える魔法でもないだろ。

専門の修理屋が覚える魔法だ。

……どんだけモノを壊してきたんだ?

 

「えっと……オーガキラーのみなさん……?」

「おお、受付嬢ではありませんか! これはお見苦しいところをお見せしました」

「いきなり扉を破壊して何やってるんですかぁ!」

 

あ、ポン子がキレた。

よし、アタシの代わりにしっかりシバキ倒してくれ。

 

「失礼しました。これはささやかな気持ちですが……」

「えっこんなにたくさん……。コホン、扉も直した事ですし今回は多めに見ましょう」

 

おいポン子、ラズリーの賄賂を懐にしまうんじゃない。

ひよっ子たちがドン引きしているぞ。

 

「何やってんだお前は?」

「おお、マリーさん達! お元気でしたか? これは過去の経験より身につけた社交術という奴です」

 

なんでやらかす事前提の社交術なんだ。

やらかして袖の下贈るとか明らかに間違ってるだろ。

世間から絶交されてろ。

 

「ほう、面白いモノを受け取ってるじゃねえか、ポン子ぉ?」

 

ギルドの奥から現れたおやっさんが、ポン子に声をかける。

 

「ひっ、部長……? こ、これは違います。賄賂じゃないです! というか何故ここに!?」

「そりゃあんだけ大きな音だ。顔くらい出すよなあ?」

 

あ、おやっさんがポン子の頭を鷲掴みにした。

おやっさんの十八番、アイアンクローか。

久々に見たぞ。もっとやれ。

 

「さて、さっきのお金について話して貰おうか」

「い、いだだっ! ここ、これは借金です! 貸してたお金を、返して貰っただけで、痛だたたっ!」

「ほう? じゃあなんだ? ギルドの受付嬢が、冒険者に金を貸した? いつ? どうやってだ? 分かりやすく教えてくれねえか?」

 

おお、片手で持ち上げた。

流石はおやっさんだ。

ポン子の顔からメキメキって音も聞こえる。

目とか鼻とかから水が出て整った顔が台無しだな。

 

「まさか天下の受付嬢ともあろう者が、新米冒険者を前にして賄賂を受け取るなんて浅ましい事をしてねえよなあ?」

「わ、私は決して賄賂など……、そうですよねマリーさん!」

 

それアタシにいってんのか?

お、手持ちのお金をチラつかせている。

……しょうがねえやつだな、ポン子は。

 

「ソイツ前にも新人とアタシが戦って何分持つか賭けにしようとしてたな」

「ほほぅ?」

「マリーさあぁぁん!!! それは秘密にしてくれるって……! いだだだだ!!」

 

そんな約束してねぇよ。

勝手に捏造するな。

 

というかなんで味方してくれると思ってんだ。

ポン子なんかより、そこの可愛いひよっ子の方が大事に決まってんだろ。

コイツらには酒場の冒険者やポン子と違って未来があるんだ。

真っ直ぐに育って欲しいんだよ。

 

「お前らよく見ておけ。悪い大人はああやってギルドに制裁されるんだ。ギルドを怒らせるんじゃないぞ」

 

「「はいっ! 先生」」

 

うん、良い返事だ。

 

「そんな! みんな酷……いだだあああっ!!」

「さあ、中でゆっくり話を聞かせて貰うぞ? ラズリー、お前もだ」

「私は賭け事に絡んではいないのですが……」

「そっちじゃねえ! とにかく来い!」

 

おやっさんが後は任せたぞ、とだけ言うとポン子とラズリーを連れて行ってしまった。

 

アタシが『オーガキラー』の説明と紹介をするのかよ。

やだなあ……。



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第64話 本当の講師

5-64-76

「これからはその冒険者の方々が先生として指導を行っていくんでしょうか?」

「まあそんなもんだ。こんなやつでも残念ながらB級冒険者だからな」

 

「ふはは! 力が欲しいか! なら私についてこい! オーガすら屠る力を与えてやろう!」

 

ルビーの奴、パフォーマンス代わりに斧を片手でブンブン振り回している。ウザい。

 

つかおとぎ話に出てくる魔王みたいなこと言ってんじゃねえ。

お前みたいに力の代償に知性が失われたら元も子もないだろうが。

 

「嘘だろ……。あんな人達が次の講師を……?」

「大丈夫かな? 死なないかな……?」

 

アタシたちの優しい指導とは違ってキツそうだもんな。

分かるぜその気持ち。

 

「え? マリー先生の地獄のしごきが終わったと思ったら、次はあの人達?」

「お、お前たちは俺が守ってやるから、あ、安心しろ」

「もっとマリー先生に手とり足取りしごかれたい……」

 

 

……男どもはなんか思ってたのと違う感想だな。

というかヤバイ方向に目覚め始めてる奴らがいる。

そういう奴らはオーガキラー送りだな。

脳みそを筋肉に変えて余計な事を考えられないようにして貰おう。

 

「まあこの中から何人かはアタシ達と一緒に魔物で戦い方を覚えてもらう。他はこの『オーガキラー』とC級冒険者でそれぞれチーム分けをして、面倒を見るからな」

 

一応、これからの事を細かく説明しといてやる。

 

「ふはは! 任せておけ! こいつら全員、オーガをボコボコにするほどの強力な冒険者に仕上げればいいんだろう!」

「そうだけどそうじゃねえよ」

 

ちゃんとマナーや道徳も……。

いや高望みしすぎたな。

犬に空を飛ばせるほうがまだ現実的だ。

 

お前らが戦闘能力に特化しすぎているせいで、わざわざモラル関連で他の冒険者をあてがうくらいだもんな。

 

「お前ら、今回また失敗したら連続して強制依頼受ける羽目になるぞ?」

「ひいいっ! やめるんよ! もうしばらく強制依頼は良いんよ! 姉ちゃん、強制依頼を受けないためにもちゃんとするんよ!」

 

いきなりサファイが恐怖の声を上げてきた。

珍しいな。

コイツがこれだけ懲りてるなんて。

 

「お前がそんなことを言うなんて珍しいな? そんなに酷い依頼だったか?」

「やめるんよ! 思い出したくないんよ! キングローパーが、ヌルヌルがウチの体に入り込もうとしてくるんよ……」

 

ローパー系は体内に卵産み付けようとしてくるからな。

その辺でなんかあったのか。

まあローパーのヌルヌルはローションや媚薬の材料にもなってるしな……。

 

可哀想に、慰めておくか。

 

「気持ちよくなれたんだろ? 良かったじゃねえか」

「マリーには分からないんよ! ほんのり気持ちいいのが気持ち悪いんよ!! あの皮膚を這い回る感触……ひいぃっ!」

 

すごい剣幕で怒られた。

でもちょっと気持ちよくなってんじゃねえよ。

 

「なあに、サファイよ! 姉ちゃんがどんな敵もぶった切ってやるからな」

「たおした奴は切らなくても良いんよ……」

 

さて、コイツらはほっといてひよっ子にフォロー入れとくか。

 

「みんな、こんな奴らで不安だろうが、戦闘能力はA級にも届く冒険者だ。C級冒険者もサポートにつくからな。常識はそいつ等から学ぶんだぞ」

 

ひよっ子共がざわつきながらもはい、と返事をしていく。

 

困ったことがあったら言えよ、皆。

間違ってもこんなバカになるんじゃないぞ。

ダンの野郎は手遅れだが。

 

「さて、アタシ達が面倒を見る奴らだが……」

「それは私から連絡しますね。今回はルルリラさん、ウルルさん、アルマさん、フィールさん、ガロさん……計五名の方は私達と行動してもらいます」

 

エリーが名指しして、それでは後で私たちのところに来てくださいと声をかけていく。

 

本当は全員女の子で揃える予定だったが、さすがにあの三人組を引き離すのは可哀想だからな。

ガロは特別枠だ。

 

「えぇ…… またあのシゴキを受けるのかよ」

「ガロ君またそんなこと言って! マリー先生のトコで良かったじゃん! オーガキラーのトコに入ったら絶対大変だよ!」

「私達は節度を持ってマリーさんとお話しすればよいのです」

 

おう、よく分かってるじゃねえか。

 

ひよっ子たちにはとりあえず最後の訓練として、二人一組になってもらってお互いの動きを指摘するようにさせている。

 

アタシ達はこれから来るC級冒険者に引き継ぎをしなきゃなんねえからな。

変なやつだったら可愛い奴らのためにも潰さないといけねえ。

そのための自習だ。

 

「マリーじゃない。久しぶり! それにエリーも」

「コリンさん。お久ぶりです、お元気でしたか?」

 

おっ、懐かしいな。

『幌馬車』のリーダー、コリンじゃねえか。

 

「僕もいるよー」

「リッちゃんも久しぶりね!」

 

リッちゃんが後ろから声をかけてきて、コリンも挨拶を返した。

 

「久しぶりだな! たしか……館でのちょっとしたパーティー以来か?」

「それくらいかしら? でもマリーが先生をやってたなんてね。講師の打診を受けてこっちに来たんだ」

「てことはコリンがこの講師をやるのか」

 

でもたしかD級じゃなかったか?

今回はC級の依頼だったはずだが。

 

「僕たちはこの間C級にランクを上げたんだ。色々あってね」

 

コリンの後ろにいた知ってる……いや、知らないイケメンが声をかけてきた。

ナンパならお断りだ。

 

「コリン、知らない奴が話しかけてくるんだがコイツは誰だ?」

「やだなー。私の旦那様よ」

「……え? は? ジクアと結婚したのか!?」

「なんだ、僕の事覚えてたんだね……」

 

イケメンがなんか言ってるかどうでもいい。

しかし、結婚とかマジかよ。

なぜか置いていかれた気分だ。

 

エリーとリッちゃんが二人におめでとうと声をかけている。

 

「私もいい年だしね。実はもう、お腹に子供もいるんだ」

「なに! 無理やりだったら責任を取らせてやるから安心しろ」

「いや責任を取ったから結婚したんだよ?」

 

おのれ、合意の上で子供まで作るとは。

用意周到なやつだ。

 

「僕たちも最初はB級冒険者のマリー達って言われてもピンと来なかったよ。ただオーガキラーのリーダーと死闘を繰り広げた君だ、特例で昇級したんだね」

「まあそんなトコだ。積もる話もありそうだし後でな。コリン、おめでとう」

 

アタシはコリンと握手をする。

 

「ありがと、マリーも早く大事な人ができるといいわね」

「いや、もういるからな?」

 

アタシはエリーの手を引っ張る。

 

「紹介に預かりました、エリーです」

「え!? ちょっとマリー、いつの間にエリーちゃんと!? そっちのほうが驚きなんだけど!」

「まあ、恋愛の形は自由だしね。いいと思うよ」

 

イケメンが爽やかな笑顔で肯定してくる。

うるせえよ。

お前は子供と女房のことだけ気にかけてろ。

 

「んー、二人が満足してるならそれでいいんじゃないかな? 私も応援しちゃうわ」

「おう、ありがとよ。しかし、講師は……大丈夫か?」

 

結構ヤンチャな奴らもいる。

特に子供がいる状態だと辛いだろう。

それにコイツらメインの稼ぎは行商だ。

 

「ああ、『幌馬車』は一時的に休業する事になるね。でも大丈夫さ。子供がいる状態で行商は辛いし、それなりに蓄えもあるからね」

「他のメンバーも数年はここで生活するわ。ギルドが人手不足で困っているみたいだから、ちょうどいいかなって」

「僕とコリン、二人で基本的な知識とマナーを教える予定さ」

「臨月が近づいたらジクアに任せる事になるわね」

 

ちょうど良かったよ、とジクアは続けてくる。

相変わらず交互に話してくるな。

息がピッタリだ。

 

「いや、講師ってアレだぞ? あのアホの尻拭いだぞ?」

 

アタシが指さした方向ではいつの間にか『オーガキラー』の二人が模擬戦闘を始めていた。

いや、ホントに何やってんだアイツラ。

 

「はぁ! 振動圧!」

「うおお! マッソーパウアッ! 甘いぞサファイ! 部下たちを鍛え上げるためにはそのような生ぬるい力では足りない! もっとだ! もっと激しく燃え上がるのだ!」

「いや、お前らの部下じゃねえよ」

 

何勝手に自分の部下にしようとしてやがる。

アタシの可愛いひよっ子達だぞ。

 

「む? マリーよ、そちらの二人は何者だ?」

「えっと、始めまして。私はC級冒険者『幌馬車』のコリンと、夫のジクアと申します」

「……むっ? おお、聞いているぞ! コチラこそよろしく頼む! 私の至らない部分を補ってくれるそうだな! 頼んだぞ!」

 

え?

なんで普通に会話して普通に握手できるのお前?

アタシ、ルビーがコリンに攻撃してくる万が一を想定して武器構えてたよ?

 

「おいサファイ。ちょっと来い」

「なんなんよ……。ちょっと引っ張らないで!」

 

アタシはサファイの腕を引っ張ると、ルビーから離れて声が聞こえないところまで移動する。

 

「まったく! 何するんよ!」

「おう、すまん。ルビーの奴どうした? ヤバイ薬にでも手を出したのか? 凄まじく常識的な対応だぞ?」

「相変わらずの失礼っぷりなんよ! 姉ちゃんは弱いものには優しいんよ。ちょっと強そうな奴がいると腕試ししたり、変な疑いをかけられると力で解決したくなるだけなんよ」

 

マジかよ。人間としての行動も取れたのか。

……嘘くせえ。

 

「てっきり見境なく冒険者に襲いかかってくる奴だと思ってたぜ」

「姉ちゃんは狂犬じゃないんよ!?」

 

いやもっとタチ悪いだろ。

狂犬に謝れ。失礼だぞ。

 

……いや待て。

たしかに最初にあった時は会話から入ったな。てことは……。

 

「あいつ、最初アタシを格下に見てやがったのか! 許せねえ!」

「なんでキレるんよ!? 話しかけても襲ってもキレるとか、マリーは意外と面倒くさいんよ……」

 

失礼な奴だ。

襲いかかってくるのが悪いんだろうが。

 

「ねえマリー、こっちは話終わったけどそっちはどう?」

「おう、コリン。どうだ? オーガキラーのリーダーに会った感想は?」

「うん? そうね……話してみると悪い人には見えなかったけど?」

 

マジかよ。

お前騙されてるぞ。

そんなんで行商人やっていけるのか?

 

「とりあえず、ルビーさんは戦い方だけを教えるわ。それ以外は私達にまかせて貰うことになったのよ」

「それでいい。いや、それが良いな」

 

本当は戦闘ですら任せたくないが……

仕方ないか。

一応戦闘能力だけはバケモンだしな。

戦闘能力だけは。



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第65話 事前準備

5-65-77

 

ひよっ子達も一通り訓練が終わったようだ。

アタシ達はさっき選定した五人と向き合っている。

 

「お前ら、明日からは森の方で戦いを学ぶ。最初はゴブリンだけだから気負わないようにな」

「ま、負けるもんか!」

「ゴブリンごとき敵ではありませんわ」

「あたし達のチカラを見せてあげる!」

 

ふむ、ガロのチームは気合十分だが空回りしそうだな。

 

「へへっ、俺は地元じゃゴブリンくらいなら潰してたからな、余裕だぜ」

「あのチーム、ハーレムで怪しい……。ウルルは渡さないんだから! がるるっ!」

 

こっちは……なんか勘違いしてるが大丈夫そうだな。

 

「それじゃあ、街での準備から説明するから明日朝ギルド前に集合な。泊りがけで色々教えてやる」

 

それぞれのメンバーがはいっ!と元気よく返事する。

よしよし、明日からしっかり指導してやるからな、

 

 

翌朝。

 

「うーん、あと5年……」

「リッちゃん、ちゃんと先生としてそれっぽい事するんだろ? 遅刻したら笑われるぞ?」

「ん……。そうだった……。頑張る……」

「あら、着ている服の裏表が逆ですよ」

 

目がほとんど閉じているがちゃんと着替えているようだ。

エリーも着替えを手伝っている。

 

リッちゃんも昨夜何を教えようかワクワクしてたから夜ふかししたんだったな。

本来ならメイが起こしてやるが食事作りで忙しいからな。

 

「皆様おはようございます。準備はできております」

「おう、あんがとよ」

 

メイがこれから面倒見る奴らの食事を特別に作ってくれた。

リッちゃん倉庫に保存しておく。

 

ひよっ子達は戦う事にばかり気を取られてその辺忘れるかもしれないからな、念の為に準備してもらった。

あくまでも最初だけの特別だ。

 

「お前ら待たせたな。予定通り町に行くぞ」

「えっと、何を買うんですか?」

「アレだろ? 傷薬とかそんなんだろ?」

 

ルルリラが話しかけてきて、ウルルが代わりに回答する。

 

「まあ間違っちゃいねえな。あとは冒険者とやっていくなら知っておいた方がいい店もついでに紹介してやる」

 

アタシはいつものよろず屋へと足を運ぶ。

 

「いらっしゃい……。やけに大所帯だね」

「おう、今はひよっ子共の面倒を見てるんだ」

「へえ……」

 

アタシがギルドの依頼で面倒を見ていることを簡単に説明してやる。

 

「――というわけだから、贔屓にしてやってくれ」

「ああ、良いよ。なんでも見てきなよ。ん……? この子は……?」

 

そう言って連れてきたひよっこ共の顔をマジマジと見ている。

ウルルとルルリラは興味津々、アルマとフィールはどこか気まずそうだ。

 

「なんだ知ってるのか?」

「んー……。いや知らないね」

「ええ、そうですわね……。私も存じませんわ」

 

生き別れの姉妹とかじゃねえのか。

つまんねーな。

まあ冒険行く前に感動の出会いとかされても困るけど。

 

「話を戻すぞ。ここはいろんなものを扱っている。イロモノが多いが品質は確かだ。傷薬や回復薬はここで揃えていけ。金があるなら武具をオーダーしてもいい」

 

まあ駆け出しのひよっ子のじゃそんな金なんてねえだろうから、金を貯めてだが。

 

「まあ、そうなんですの? でしたらコレでガロ君と私達三人分の防具をお願いしますわ」

 

そう言うと、ドンッと机の上に大きめの袋が置かれる。

袋から見えてる金、全部金貨だ。

 

「……」

 

周りが沈黙している。

新米のくせにお金持ちすぎだろ。

元はいいとこのお嬢ちゃんだったりするのか?

 

「あ、あら? また私……なにか失敗しまして?」

「そうだよフィールちゃん! ちゃんと全員分を買わないと!」

「違う、そうじゃない」

 

誰かコイツらに常識を……。

アタシが教えねえといけねえのかぁ……。

 

「前途多難ですね」

「だねぇ……」

 

エリーもリッちゃんも分かってくれるか。

よし、ちょっと指導してくれ。

 

「フィールさん、お金はそう軽々しく見せるものではありませんよ」

「そうだよ! 王様にあえばくれるからって、見せびらかすような真似をすると盗賊やドラゴンが襲いかかってくるからね」

 

普通は王様でも金をポンポンくれないと思うぞ。

それはリっちゃんが魔王として恐れられていたからじゃねえのか?

 

……そう言えば普段あんまりお金を使わないからか、リッちゃんも金銭感覚が微妙にズレてる気がする。

 

「リッちゃんの言うとおり、お金を持っている事で変な人から目を付けられるかもしれませんよ?」

「ドラゴンは光り物に目がなかったからね。うっかり道端で見せたりなんかしたら襲われてたよ」

 

現代ではドラゴンに会うことすら稀だ。

なんかもう色々間違ってる。

 

「二人の話はさておき、そう簡単に金を見せびらかすんじゃねえ。こっちが善意でも人によっては嫌味にとらえる奴もいるからな」

「失礼しました。このわずかなお金でも時には争いを生むなんて……。私が軽率でしたわ」

「ナチュラルに見下してくるとかお前凄いな」

 

こいつ嫌味じゃなく本当にわかってない感じだ。

金銭感覚が壊れてやがる。

呆れたのか店主のルクスが口をだしてきた。

 

「まあウチの店は良いけどさ。実際にそこのお嬢さんが言うとおりだよ。お金ってのは金額が決まったあとに必要な金額だけ出すもんだよ」

「え? はい、気をつけますわ」

 

とりあえず数枚だけを小分けして持っておくように伝えておく。

貴重品は開かないよう封をしてギルドに預けるのがセオリーだとも伝えておいた。

 

さて、お次は買い物の仕方だな。

 

「店長。ちょっと店を借りるぜ。後で金は出す」

「いきなりだねえ……。まあ、昼までは暇してるし、別に構わないよ」

 

よし、店長の許可も貰ったしはじめるか。

 

「さあお前ら、この店でどんなものがどれだけ必要か、自分たちで考えな。仲間内で相談して決めるんだ。時間は……三十分だな」

 

荷物のバランスは回復役がいるかどうか、金を持ってるかでも答えは違ってくる。

 

今から向かう場所は伝えてるからな。

実際に失敗込みで相談しながら勉強してもらうのが手っ取り早い。

 

「えっと、これなんか要るかしら?」

「何これ? 万能止め金? 何に使うの?」

「傷薬ってどれぐらい買えばいいんだ? 十本あれば足りるのか?」

「多すぎだよ。フィールちゃんが回復魔法使えるからもう少し少なくても――」

「そっか。そっちの二人はどうなんだ?」

 

おや、あの金髪ショタいきなりウルル達に話しかけた。

フレンドリーなタイプだな。

 

「え? わ、私達はどっちもケガが治りやすいから大丈夫!」

「そうだぜ! そっちも気をつけんじゃんよ!」

「そ、そうか? だったらいいんだけどよ……」

 

「ガロくん、いきなり声かけするとこっちもビックリしちゃうよ……」

「そうか? わりいな」

 

お互いが相談し合いながら決めている。

ウルルのチームとガロのチームはまだ仲が良くないようだな。

 

まあ知り合って日も浅いし当たり前か。

 

だが、ぎこちないがコミュニケーションも取れているようだ。

ほっときゃ仲良くなるだろう。

 

「――俺は武器の予備を……」

「――ついでにこれも……」

 

しばらく待っていると、一通り選び終えたのか、それぞれ道具を見繕ってきた。

 

最初に道具を持ってきたのはガロのチームだ。

 



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第66話 買い物練習

5-66-78

 

最初に道具を持ってきたのはガロのチームだ。

 

「俺達がえらんだものはコレだ」

 

持ってきたのはキャンプ用具一式に、解体用ナイフ、携帯食糧か。

うん、他にも回復薬に毒消しなど必要な物が一式揃っていて問題ない。

重すぎもせず完璧だ。

 

こういうのは事前準備が大事だからな。

……っておい、なんでゴムが入ってるんだ。

 

「ん? なんだこれ? 俺は入れてないぞ?」

「あ! ガロ君! えっと、これはお守り、お守りだから!」

「え? でも俺がお前たちを守るし、こんなもん……」

「だ、大丈夫ですわ! 私達の地方に伝わるおまじないですの!」

 

まったく色気づきやがって。

だがゴムはちょっとなあ……。

 

「フィール、アルマ。お前たち、ちょっと来い」

「ひ、ひぃっ! その、誤解です!」

「そうですわ! 万が一に備えた準備ですわ……。え? この薬は?」

 

なに、効果はソレと変わらねえよ。

 

「物理的に遮断してもいいが、アレは病気のリスクがある奴らが買うもんだ。お互い初めてならコッチの魔法薬にしておけ」

「え? は、はい?」

「その、なんというか理解力ありすぎですわ……」

「分かってると思うが時と場合は選ぶんだぞ」

 

二人共顔が真っ赤だ。

無言で頷いている。

初々しくていいな。

 

「あと分かってると思うが、片方が特別な存在になったらチームは崩壊だ。お前達の事は知らないが友達を続けるのも難しくなるだろう」

「そんな! 私達の友情はそんなんじゃ壊れません!」

「そうですわ! アルマは館にいたときから一緒にいてくれた、無二の親友ですの!」

 

二人共手を握りあっている。

やはり少し不安はあるんだな。

……ちゃんと指導してやるか。

 

「安心しろ、男ってのは根っからの浮気性だ。きっかけを作って二人がかりでヤれ。まとめて特別な存在になっちまうんだ」

「え!?」

「その手が……!」

 

よし、理解が早くて助かるぞ。

変に貞操がカタい奴は一人を独占するのがベストだと思ってるからな。

 

「遠慮して受け身になるな、二人がかりで積極的に行け。最悪別の奴に盗られるからな。テクニックを磨いて二人がいないとイケないくらいまで攻めたてろ」

「はいっ! 先生!」

「ご鞭撻感謝いたしますわ……」

 

頑張れよ。

こういうのは事前準備が大事だからな。

ガロが心配そうにこっちを見ているな、戻るか。

 

「フィールもアルマも大丈夫だったか?」

「ええ! とても有意義な講義でしたわ!」

「ガロ君、私達頑張るから!」

「ん、大丈夫だったのか。元気が出たなら……ちょっとなんか目が怖いんだけど」

 

気にするな。

冒険者はガツガツ行くもんだ。

さて、次はルルリラ達か。

 

「私達はこれです!」

 

どんどん荷物が置かれていく。

……多すぎる。

 

「いくらなんでも多すぎじゃねえか?」

「大丈夫です! ウルルが持つので!」

「おう、これくらいは任せておくじゃんよ」

 

へぇ、これを軽々しく持ち上げるのか。

見かけによらず随分と力持ちだな。

 

「まあいい。中を見て行くぞ」

 

荷物を開けて見る。

ほとんど食い物じゃねーか。

 

「なんだこれ? 保存食を用意するのは良いが多すぎる。それに、これ人間用じゃねーぞ?」

「えっ……? あはは、間違えちゃいました」

「意外と美味いんじゃねーのか?」

 

まったく。

ジャーキー以外は猫の缶詰に犬の缶詰とか、餌付けでもするのか。

 

「中にキャンプ用具が入っていないが野宿でもするのか?」

「私たちここに来るまでずっと野宿してたので大丈夫です!」

「おう! 北みたいに雪が降ってるわけでもねえしな! 楽勝じゃんよ!」

「……せめて蚊帳付きテントかハンモックくらいは用意しておけ」

 

こいつら野生児か。

……なんか、そのままでも大丈夫そうだなコイツら。

だがいくら慣れているとはいえ、北の方とは勝手がちがうだろう。

森の中は虫が多いし、噛まれたり病気になったりしたら元も子もない。

 

「ん? これは……?」

「あー、それな。ルルリラのやつがどうしても持っておけってうるせえからよ」

「えっと、必要だと思います!」

 

いや、これ痛みを快楽に変える薬じゃねえか。

特殊性癖向けか、痛みを増す毒と組み合わせて疑似媚薬として使うくらいだぞ。

 

「ふふふ……、怪我をしたウルルにこっそりとコレを使って虜に……、えへへ……」

 

おい、心の声が漏れてんぞ。

つかそっち方面に使うんじゃねえ。

 

アタシたちは一応戦場に行くんだよ。

昂ぶるにしてもノーマルな方にしとけ。

 

「これは駄目だ」

「そんなぁ! ちょっとくらい良いじゃないですか!」

「こんな危なっかしいモン持ち込むんじゃねえ。しかしこんだけ荷物があるのになんで無駄なものばっかりなんだ」

 

衣食住のうちほぼ食糧しかねーだろ。

食うことしか考えてないのか。

 

「無駄じゃないです! 美味しい食事があったら幸福度が違います!」

 

サバイバルに幸福度を求めるなら缶詰より先にキャンプ用具を先に揃えろ。

つかナイフもねえじゃねーか。

 

「魔物の解体とかどうするんだ? なんか剥ぐための道具持ってるのか?」

「おう、あるぜ! 代々受け継いだこの両手がな!」

「そ、そうか……」

 

両手でガッツポーズされても反応に困る。

野生児かお前は。

 

「ツッコむのも面倒いが一応言っておくぞ。手で解体なんてするんじゃねえ。肉や皮を売る場合、価格が落ちるからな。ナイフを使え」

「ええ……面倒くさいじゃんよ……」

 

素手のほうが大変だろうが。

面倒くさいのは教えてるアタシの方だ。

 

そうこうして、一つずつ常識という名の事前準備を二人に教えていく。

なんでコイツら、こんなに常識が無いんだ。

 

「――というわけで、準備はこんなもんだ。今は駆け出しだが、馴れてくると自分のスタイルに合わせて取捨選択できるようになる」

 

 

「持ってみると意外と重たいのですわ……」

「俺に任せろ! 運んでやる」

「前衛は力がある奴が多く持つのは構わないが、回復薬含めて分散して持つ事や必要に応じて捨てる事も忘れるなよ」

 

一人だけが荷物を持ってると事故で壊滅もありえるからな。

基本は分散だ。

 

「魔道具には見かけ以上にたっぷり入る袋とか重量を軽減するバックパックとかあるからな。余裕が出来たら買っておくといい。楽になる」

 

なんとか準備は終わったな。

……しかし疲れた。

主にウルルとルルリラのせいだが。

これなら前日に説明して買っておけば良かった。

 

悩んでも仕方ないか。

森に行こう。



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第67話 森の戦い

5-67-79

 

南西にある森の入り口についた。

懐かしいな。

ここでエリーと出会ったのが昨日のようだ。

 

「さて、この辺りはゴブリンしかいない。だが、間違っても森の奥には行くな。中心部にはオークなどの魔物も観測されている」

 

さて、ここで食べられる草とかの説明もしておくか。

 

「ゴブリンを見つけるまで簡単な説明をするぞ。例えばこの草だが――」

「あ、知ってる! 香味草ですね! 肉と合わせると臭みが消えて美味しくなるんです!」

 

ほう、知っているのかアルマ。

 

「私子供の頃は、森で育ったので森には詳しいんです。」

「ならちょうどいい。皆に食べられる草やらを説明してくれ。アタシは最低限の事しか教えられないからな」

「えっ!? 大丈夫かなぁ……」

 

いや大丈夫だと思うぞ?

アタシなんて香味草は辛みはあるが食える草くらいの認識しか無かったし。

 

「まあやってみろ。ギルド絡みのネタはアタシが補足してやる」

「そう? それなら……」

 

一歩前に出て、あちこちから草や木をむしってくると説明を始めた。

 

「この木はね、新芽を食べる事ができるよ!」

「このキノコは毒があるんだけど、煮詰めると毒が抜けるし、汁は煮詰めて弓に塗ると狩りに――」

「この草は――」

 

もの凄い勢いで話している。

アタシは見ているだけでほとんど説明することがない。

せいぜいギルドの買い取り依頼が出ているやつくらいを紹介するくらいだ。

 

つか森の中に食い物こんなにあったのか。

エリーも感心しているな。

 

「マリー、彼女の知識は凄いですね」

「いや驚いた。森の中ならアタシより知識上だぞ」

 

アタシじゃあそこまで詳しくない。

むしろアタシが講義を受けたいくらいだ。

 

おや、リッちゃん。

なんだか難しそうな顔をしているな。

 

「どうしたリッちゃん?」

「んー……なんか、あのコどっかで見たことあるような? 懐かしい感じ?」

 

なんだそりゃ。

千年前からの友人かよ。

ズッ友にしても長すぎんだろ。

 

「まあいっか! なにかキッカケがあれば思い出すよ!」

「おう、思い出したら教えてくれ」

 

しばらくすると満足げに講義を終えたアルマが戻ってくる。

 

「えへへ、ちょっと全力で説明しちゃいました」

「おつかれさん。凄い知識だな」

「本当に凄かったですよ。どこで学んだのですか?」

「あたしは森で育ったから森と友達なんだ! さっきの知識も森が教えてくれるんだよ」

 

おおっ、森に生えてるツタがアルマの意思に応じて変化する。

操っているのか。

 

「これは『樹木操作』……か? いや、もっと汎用的なスキルだな?」

「へへん! これはね……」

「アルマ! いけませんわ! そのスキルは秘匿とするように言われているはずです!」

 

アルマの相方が慌てて割って入ってきた。

もう少し見たかったが仕方ないか。

 

「あ、そうだった。と言うわけで秘密です、ごめんねセンセー」

「気にすんな。誰にだって話せないネタはある」

 

アタシたちも秘密の塊だしな。

 

「マリー、左手の方にゴブリンの反応があります。数は三。このまま行けばあと五分でぶつかりますね」

 

そこでエリーから声がかかる。

〈探知〉の魔法に引っかかったか。

 

「お前らゴブリンが見つかったぞ。普通にやっても勝てるがいい機会だ。チームで戦ってみろ」

 

そう言って金髪ショタの三人チームは二匹を、ウルル達のチームは一匹を相手にするように指示を出す。

 

 

「戦いの基本はそれぞれが役割をこなす、不意をつく、囲んでボコる、これだけだ。これでちょっとくらい戦力に差があってもひっくり返せる」

 

まあ人間相手だとそもそも囲ませてくれなかったり、戦力差が大きいと逆に囲いを抜かれて囲い返されたりするがな。

 

「だが今回は敵も戦力が多くない。一対一でも勝てる相手だ。それぞれの強みを活かして弱点を殺すように戦い方を工夫して、できるだけ気づかれず倒せ」

 

アタシはエリーに合図をする。

 

エリーは幻惑の魔法でゴブリンを二手に分けた。

まずは数の多い方を倒すようにガロ達に合図を出す。

ルルリラ達はリッちゃんに監督させてアタシはガロ達の方を面倒見る事にする。

 

 

「ま、任せろ! 俺が先に相手を惹きつけて……」

「待ってガロ君。私が足止めするね」

 

そういうと、森の根がうねり足に絡みつく。

アルマは弓をつがえ、混乱しているゴブリンを撃ち抜いた。

 

「まずは一匹〜」

「では残りは私が片付けますわ【暗闇に眠る棺の王。昏き夜に疾る無風の刃は敵を穿つ】〈夜爪〉」

 

見えない影が一瞬走ると、残っていたゴブリンの体がバラバラになった。

 

あっという間に終わってしまったか。

ちょっと簡単すぎたな。

……というか手慣れている。

 

「流石はガロ君!」

「やはり貴方がいないとですわ!」

「へ? いや俺なんにも……」

 

いや金髪ショタは何もしてねえだろ。

初めて戦うみたいだから段階的に慣らしていこうと思ったが……

こいつら実力を隠してんな?

 

「そんな事ないよ! ガロ君がいたから、アイタッ!」

「痛っ! マリー先生、痛いですわ! なんで私達を殴るんですの!?」

 

なんでもクソもあるか。

 

「お前ら、ガロを戦わせない気か?」

「た、戦わせない訳じゃありませんのよ?」

「そうそう、ガロ君は私達の秘密兵器だから……」

 

一生秘密にしてるつもりかお前ら。

男なんて前線で肉壁になってナンボだろうが。

これはお仕置きが必要だな。

 

「これは後で使う予定だったんだが……」

 

アタシは懐から小瓶を取り出すと、金髪ショタにぶっかける。

 

「うわっ、何だこれ?」

「これはな、魔物寄せの香を薄めた物だ。効果はすぐに切れるだろうが、お前たちを狙って大量にゴブリンがくる。手出しはしないから頑張れよ」

「そのくらいの雑魚ならなんとでもなりますー!」

「ええ、ゴブリンが何匹来ようとアルマが足止めして私が魔法で切るだけですわ」

 

ほう、やっぱり実践に慣れてんなコイツら。

なら……。

 

「じゃあスキルを使うのも禁止な」

「へあっ!?」

「非道いですわ! どうやって対処しろといいますの!?」

 

コイツら、なんのために魔法やら動き方を教えてたと思ってんだ。

 

「敵が来るのも分かっている。敵の種類も分かっている。何が問題なんだ? 守りを固めても良いし、奇襲のために囮を使ってもいい」

 

囮というのは当然ガロの事だ。

だがさっきまでガロを庇っていたお前たちにその決断は無理だろうな。

 

……本当は囮を使うほうが効率良いんだが。

 

「もしこの約束を破るなら、ガロをこの間の男に渡して同性愛に目覚めさせる」 

「ひっ、そんな無茶苦茶な!」

「させませんわ! ガロさんは私達のモノでしてよ!」

「おい! 俺の意見は無視かよ!」

 

金髪ショタがなんか吠えている。

残念だが弱い冒険者の意見は通らねえよ。

さて、風向きからいって上手く匂いを送り込んだつもりだが……。

 

「マリー、そろそろ敵が来ますよ。敵の数は……」

 

お、来たか。

アタシは指を口に持っていき、喋らないようにサインを送る。

 

「コイツらは戦い慣れてるみたいだ。これ以上は情報無しで戦ってもらう」

「この先生、鬼ですわ!」

「鬼! 悪魔! アンデッド!」

「ちょっと、アンデッドをひとくくりにするのはやめていただけませんこと?」

 

そうだ、そうだ。

アンデッドはリッちゃんだけだ。

つかゴブリンなんて雑魚じゃねえか。

慣れてるなら余裕だろ。

 

やがてアチコチから集まってきたゴブリン達が姿を見せる。

ひい、ふう、みい……。ちょっと多いな。

 

「二十体はいますわ! この数をスキル無しで戦えと!?」

「頑張れよ。もし死んだらガロは色街送りだ」

「フィーちゃん! 絶対に勝つよ!」

「負けませんわ!」

 

おう、その心意気だ。

ん? なんかウルル達がこっちを見てるな?

 

「なあ、センセ。俺達は行かなくて良いのか?」

「お前らは戦い慣れてるんだろ? アレは戦いを舐めた奴らへの罰だ」

 

戦うときまで脳みそピンク色になってる奴らはどこかで確実にやらかす。

ここでしっかり矯正しとかないとな。

 

「まあ見てろ。本当にヤバかったら助けに行ってやるから心配するな」

「そうかー? まあ俺は良いけどよ」

 

なんだか暇そうだったので、リッちゃんとエリーに魔法の手ほどきを受けるように伝えておく。

 

三人くらいならアタシ一人でも面倒見られるさ。

 

 

「【……き夜に疾る無風の刃】〈夜爪〉! くっ、数が多くて詠唱が……」

「私の弓も間に合わない!」

 

おう、このままだと押し切られちまうな。

誰かが盾になってやらねえと。

 

「俺が前に出る!」

「いけません! 万が一ケガでもしたら……」

「大丈夫だ、俺だって戦えるんだ!」

 

ガロの奴が一歩前に出る。

そうだ、それでいいんだ。

 

「うりゃあああ!」

 

ガロが敵を一匹ずつ切り伏せるたび、少しずつ動きが良くなっていく。

緊張がほぐれてきたな、いいぞ。

 

最前線で戦って始めて男は強くなるもんだ。

 

「〈夜爪〉! ガロさん、素晴らしいですわ!」

「うん、これなら全部倒せるよ!」

「へへっ、あと五つ! ……いてぇっ!」

 

ん?なんだ?

金髪ショタの足に噛み付いてる生き物は……グリーンスネークか。

野生生物の一種だな。

 

ゴブリン共に紛れてやがったか。

魔物寄せは一部の野生生物も呼ぶんだったか。

 

まあたいした毒でもないし汎用薬で治せ……

ガロの奴、ゴブリンに回り込まれたのに気がついてねえな。

まずい。

 

「うぐっ! くそっ、俺がこんな所で……」

 

気を取られたスキにゴブリンの一撃を食らったか。

戦線崩壊かな?

さて、そろそろ手助けするか。

 

「ガロさん! ……よくも、よくもやってくれましたわね!」

「フィール! ダメ!」

 

瞬間、大気が震える。

気に止まっていた鳥たちが一斉に羽ばたいて逃げていく。

 

おいおい、なんだその気配は。

ゴブリンなんかじゃ比べ物にならねえ。

もっと上位種としての気配だぞ?

この娘、ナニモンだ?

 

「下等な生物ごときが! 良くも私のガロをっ!! 死ね!!!」

 

フィールの漆黒の翼が背中から生える。

軽く地面を蹴ると、滑空するようにガロの下へと移動していく。

スキルか? いや、これは……。

 

周囲のゴブリンたちを一瞬でなぎ倒すと、そのままガロを抱えて直進していく。

 

「おい、あいつどこまで行くんだ?」

「フィールちゃんが理性飛んじゃった! まずいよ! このままだと、このままだと……」

 

なんだ? まさか、発動後に副作用があるタイプのスキルなのか?

場合によっては動けなくなったり肉体にダメージが入るパターンもあるらしいからな、助けてやらねえと。

 

「ガロ君の童貞が危ない! 独り占めなんてさせるもんか!」

 

そっちかよ。

……あ、しまった。

気を抜いたスキにアルマも走っていってしまった。

しかもやけに早い。

……森の枝や根っこが弓のようになってバネのように押し出してるのか。

 

なかなか世話の焼ける子供達だ。

……一応連絡はしとくか。

 

「エリー、リッちゃん。ちょっとアイツラ追っかけて躾けてくるぞ」



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閑話 吸血鬼とエルフ1

5-X1-80

 

黒い影が森を疾走する。

影の名前はフィール。

 

先程までの姿とは変わり、瞳は血のように赤く染まり、背中からは黒い翼が生えている。

いまは必死の形相で見えないが、もしも笑えば口の中に牙が生えているのが分かっただろう。

 

彼女は未熟ながらも夜の世界を生きる者。

魔族の中でも強者とされる吸血鬼の子供だ。

 

力をうまく使いこなせないため半ば理性を無くしつつも、腕に抱えた男の子はしっかりと抱え離そうとはしない。

 

途中にいるゴブリンや小動物は彼女の体から生み出される黒い刃により全て斬り伏せられる。

 

彼女は暴走し、我を失いながらも疾走していく。

すると突如森が開け、彼女は空へと踊りだした。

 

眼の前には空。

足元には森が広がっている。

 

無我夢中で疾走していたため、崖のように切り立った場所から飛び出していたのだ。

突然視界が大きく変化した事で、わずかながら理性を取り戻すフィール。

そこで彼女は加速をやめ、慌ててブレーキをかけた。

 

結果としてそれは悪手だった。

影の翼は光に当たると霧散してしまう。

ブレーキをかけていたため、慣性を生かした動きもできない。

結果、失速し崖から落下してしまう原因となった。

 

「フィーちゃん! 森のみんな、フィーちゃんを助けて!」

 

ほんの僅かに遅れてフィール達に追いついたアルマはその姿を目撃するとスキルを発動させた。

 

『森ノ共ダチ』と呼ばれる彼女のスキルにより、崖に生えていた木々が枝葉を伸ばす。

伸びた枝はクッションのようにフィール達を受け止めた。

崖の中腹で止まった二人を枝は更に絡みついていく。

 

「フィーちゃん、大丈夫!? 正気に戻って!」

「ァ……ル……?」

 

彼女はフィーという親友だけが呼ぶ愛称を聞くと理性を取り戻す。

友人が理性を取り戻した事を知ったアルマは絡みついていた枝を解除した。

 

「アル……。また暴走していたのですわね。ごめんなさい、私のせいで迷惑をかけてしまいましたわ」

「良いんだよ! それよりどうしよう。先生にフィーの姿、見られちゃったよ」

「人の領地に来てから頑張って隠せていたのですが……。申し訳ありませんわ」

「せっかくガロ君とも仲良くなれたけど……お別れ、かな」

 

二人は魔族だ。

魔族は人の領地では敵視される。

さらに彼女達にとって運が悪いことに、今回指導に当たっている冒険者は魔族を二人も葬っているらしい。

 

下手をすれば二人共抹殺される可能性があった。

 

「アルは耳以外は人間と姿が変わらないのです。もしよろしければ、私の代わりにガロさんと人の世界で生きて頂いても構いませんのよ」

「駄目だよ! ずっと一緒にいるって約束したじゃない! それにフィーだって翼さえ消せばそんなに変わらないよ!」

 

フィールの友人であるアルマもまた魔族だ。

種族名はエルフ。

彼女は耳が長く尖っており、見た目は普通の人間とそう変わらない。

 

彼女の種族は人との交わりも多少あり、地方のおとぎ話には彼女達と思われる魔族と人間の恋の物語があるほどだ。

 

「ええ……。そう、ですわね。そうなると良いですわ……」

「うん! 大丈夫だよ、ガロ君だって……。そうだ、ガロ君の解毒薬を作らないと」

 

アルマのスキルにより枝で足場を作り、崖下の森へと降りていく。

いくつかの草や葉から液体を抽出すると、即製の毒消しを作り、ガロの傷口へ塗り込んだ。

 

「アルマ、それに……フィー……ル?」

「ガロさん……。はい、私は貴方の……友人のフィールですわ」

「動かないでね。さっき蛇に噛まれたんだから。しばらくじっとしてて」

 

フィールの姿は少し変わっていたが、ガロには分かったようだ。

アルマは傷口に薬を塗りながら、手当てをしていく。

 

「ごめんなさい、ガロさん。私達とは今回でお別れですわ」

「何を、言ってるんだ?」

「ごめんね、私達のこの姿、ガロ君でも見られちゃいけなかったの」

 

二人はこっそりと魔族領を抜け出し旅をしていた。

その途中でガロと出会ったのだ。

魔族だと知られたら二人どころか領地を巻き込んだ争いになるのは目に見えている。

 

「私達はこれから、人目につかないところへ旅立ちます」

「うん、だから私達の事は忘れて――」

 

「そうはいかねえな? まだ教える事は山ほどあるぜ?」

 

そこで、洞窟に影が差す。

一人の少女が出口を塞ぐように立っていた。

先程まで指導に当たっていたマリー先生だ。

 

「さあ指導の、いやお仕置きの時間だ」

 

一歩踏み出し、フィール達へと向かってくる。

唯一の出口を塞がれ絶望的な状況となった三人。

 

「さていくつか聞きたいことがあるが……。フィール、お前はヴァンパイアだな? アルマも魔族か?」

 

「……ええ、そうですわ」

「まったく、こんなトコでも出会うのか。魔族なんて本当はどこにでも隠れてんじゃねえのか?」

 

フィールは全力で頭を回転させ、判断する。

マリー先生はこう言っているのだ。

お前たちは魔王派閥の仲間ではないか、隠れている仲間を教えろ、と。

 

先日どこかの領地で魔族が潜り込んで大騒ぎだったというのは知っている。

それを倒したのが目の前にいるマリー先生だという事も。

 

そんな状況で関係ないと言ったところで信じて貰えるだろうか。説得できるだろうか?

いや、無理だ。

 

理性を失ったフィールはガロから血を吸おうとしているようにしか見えなかっただろう。

そして魔族を殺した冒険者が耳を傾けるとは到底思えない。

 

「先生……。今回は見逃してはいただけませんこと?」

「好き勝手してマズくなったら見逃せだ? 流石に甘すぎやしねえか?」

「そう、ですわね」

 

やはり逃がしてくれそうには無いようだ。

どうやらここでB級冒険者であるマリー先生と戦わなくてはならないらしい。

 

「……っ! ガロ君はっ! ガロ君は関係ないんだから!」

「ガロは人間だな? だが仲間なのに関係ないってのは可愛そうだろ?」

 

このままではガロも一緒に処分されてしまう。

間違っても、殺されるのは私達二人だけでいい、ガロだけでも逃さなければ。

そう考えた二人はガロを庇うように前へ出る。

 

「私達とガロさんは、……ガロは関係ありません!」

「フィール……」

「おいおい……。いい加減にしろ。これはアタシが請け負った仕事だからな。最後までお前らの面倒を見てやるから安心しろ」

 

最後まで。

つまり、ここで殺す気という事か。

二人は顔を一瞬絶望に染めるが、ここで諦めるわけにはいかない。

 

「負けませんわ!」

「そもそも私達は魔王と関係ないんだから! 絶対に、絶対に生き延びてみせる!」

 

一瞬の沈黙。

マリーは怪訝な顔をしており、正面の二人とは対象的だ。

 

「お前ら何を……。あー、そういうことか。そうだな、うん、ちょうどいいしそれで良いか」

 

マリーは一人で何やら納得してしまったようだ。

何度か頷くと、とてもいい笑顔でフィール達を見つめてくる。

 

「さて魔族であるお前たちはアタシを倒さなければ冒険が終わってしまうな。どうせなら賭けをしよう」

「賭け、ですの?」

 

一体何を、という顔をした二人にマリーは説明を続けていく。

 

「ああそうだ。もう少しでアタシの仲間が来る。そうなればお前たちに勝ちの目は無くなるな。だが、それじゃあまりにも可愛そうだ」

 

マリーは二人に背を向け、洞窟の外へと歩き出す。

 

「アタシの仲間が来るまでにアタシを倒す事。倒せばお前たちは逃げられる。倒せなければお前たちは従者になる。どうだ?」

 



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閑話 吸血鬼とエルフ2

5-X2-81

 

「な、なに言ってるの? 従者?」

 

アルマが困惑しながらも聞き返してくる。

 

「ああ、たいした事じゃない。ペットとかテイムスキル持ちとおんなじようなもんだ。魔道具だかをつかって契約をする。同意が必要だがな」

 

召使いと言ったがそれは名ばかりで、これからは人間の奴隷やペットとして扱うという事か。

同意というのはこの賭けで勝てば自動で承認されるということだろうか?

 

なんて悪趣味なんだ。

私達を捕え、見世物として嬲ろうというのか。

アルマはそう思うが、声には出さず睨みつける。

 

「逃げたければ逃げてもいいぞ? その場合、ガロには相応の支払いをしてもらうことになるがな」

 

動くことのできないガロを人質に取るなんてなんて卑怯な。

冒険者というのは汚いやつらばっかりなのか。

二人は目で互いに合図を送り、戦うことを決断する。

 

「まてよ、俺も……」

「駄目だよ」

「駄目ですわ」

 

立ち上がろうとするガロを二人はほぼ同時に押しとどめる。

 

「ガロくんが同じ人間に手を出しちゃったら問題になるよ」

「ええ、ガロさんは……ガロはこれから私達とは別の道を歩むのですわ」

 

ガロにだけ聞こえるようにそう告げると、マリーへと向き直る。フィールは一瞬泣きそうな顔をしたが、それをガロに見られる事はなかった。

 

「痴話喧嘩は終わったか? それじゃ、かかってこい」

 

手でかかってこいと合図をするマリーだが、二人は動けない。

 

「まったく、時間がないぞ? しょうがない、こっちから動いてやるよ」

 

そう言うと一歩踏み出し――

 

「え?」

「嘘っ!?」

 

気がつけば二人は吹き飛ばされていた。

元々彼女達がいた場所にある土が盛り上がっている。

おそらく土魔法だ。

それで吹き飛ばされたのだろう。

 

「ほらどうした? 魔族ってのはこんなもんじゃないだろう? 全力でかかってこい」

「くっ、【暗闇に眠る――】」

「サンダーローズ」

 

紫電が走り、フィールの体を雷撃が貫く。

殺すつもりはないのか、威力は抑えられているようだ。

が、しかし魔法が中断されてしまう。

その隙を狙ってマリーはフィールの腹に掌底を叩き込んでくる。

 

「っ……! ……かっ、こふっ」

「おいおい、アタシが無詠唱で魔法を唱えられるのは知っているだろ? 近接が得意な相手を目の前にして魔法を使うには、それなりに手順を踏まねえとな?」

「フィー、大丈夫!? よくもフィーを! 森よ! 先生を倒して!」

 

アルマが叫ぶと、森が蠢きだす。

木々がたわみ、四方八方から弓のように枝を打ち出した。

 

「うをっ!? マジかよ、すげえな? ファイアローズ!」

 

マリーは横に数歩分飛び退くと、炎の鞭で迫りくる炎を焼き払う。

だが、アルマも追撃を止めようとはしない。

 

「森で戦ったのは失敗だよ! 草よ!刃になって刻んで!」

「甘えよ」

 

マリーの足元の雑草が刃になり襲いかかろうとするが、地面の土がせり上がりマリーを上空へ吹き飛ばす。

 

その後、空中で何かを蹴るようにして方向を変えると、アルマに向かって突進、蹴りを放ってきた。

身を守るようにしながら蹴りを受け止め、反撃する。

しかしその場にマリーはいなかった。

 

蹴りの威力を利用して、マリーはそのまま元の場所へ舞い戻っている。

 

「まさか魔法を連発できるなんて……」

「連発できなきゃ使いどころをもう少し考えるさ。敵が気軽に見せる技は見せてもいい技だ。覚えておくんだな」

 

強い。

向こうに殺す気がないために致命傷こそ受けていないが、一撃が重く、体の芯に響く。

まるで身体強化をした熟練の戦士の威力だ。

このままでは遅かれ二人共やられてしまうだろう。

 

「アル……私アレを使いますわ。援護してくださる?」

「アレ……? でもまた暴走が……」

「大丈夫ですわ。影での攻撃を多用しなければなんとかなりますもの」

「……うん、分かった。アレじゃないと勝てそうに無いもんね」

「相談は終わったか? さあ切り札を見せてみろ」

 

 

フィールが一歩前に出て、アルマは後ろで呪文を唱える。

先程までの怯えはすでにない。

高圧的な瞳でマリーを見ていた。

 

「ひれ伏しなさい人間。私とて真祖の一族として末席に名を連ねる者。たとえ日が昇り力を十全に発揮できずとも、脆弱な人間ごとき敵ではありませんわ!」

「ほう? ひよっ子がおもしろいことを言うようになったな? かかってこいよ。手とり足取り教えてやる」

 

向かってくる相手を抱きしめんとばかりに両手を大きく広げるマリー。

 

「先生に見せてあげる。これが私達のチカラだよ。森よ! 天を覆い尽くして! 私の友達が力を出せるように!」

 

上空の木々が成長し、空が森に覆われる。

光が差さなくなることで、森が一層薄暗くなった。

 

その間、フィールはほんの一呼吸だけ動きを止めると、静かに呟く。

 

「〈解放〉」

 

フィールの瞳が、先程暴走したときと同じように赤く染まっていく。その赤は瞳を真紅に塗り替え、暗闇の中でも輝きを放っていた。

爪は鋭く伸び、牙も口から生え伸びている。

 

「〈変身〉か? ……じゃねえな。なんだそれは?」

「さすが先生は魔族のことをよくご存知なのですわね。これは〈変身〉の亜種。抑えていた力を解放し、本来の姿に戻る技法ですわ。さあ、私たち一族の力を受けて下さいませ」

 

先ほどまでと比べ物にならないほどの速さでマリーへ向かって突き進むフィール。

 

「だいぶ鋭くなったじゃねえか、だがまだまだだな。……何っ!?」

 

マリーが再び掌底を腹に当てようとするが、腹部が黒い霧となり散ってしまった。

 

「甘いですわ。体を霧に変えることぐらい、造作もありませんことよ」

「くっ!」

 

マリーはそのまま振り下ろしてくる血の爪を回避する。

 

「まだですわ!」

「それはさっき見たぜ!」

 

フィールの背中から影の刃が飛び出す。

先ほどゴブリンたちは切り刻んだ刃だ。

だがそれも予測されていたマリーに回避される。

 

だが、マリーの腕に何かが刺さり血が吹き出した。

……木の枝だ。

 

「私を忘れないでね先生!」

「ちっ、うっかりしてたぜ。すまねえな」

「森よ! 葉と枝の雨を降らせて!」

 

アルマが宣言するとマリーに向かって数百本の葉と枝が弓のように降り注いだ。

 

だが、マリーに傷をつける前に生み出された炎ですべて燃やされてしまう。

 

「ウソ、私の必殺技だったんだよ?」

「大量に打ち出すときは宣言が必要か? そうなら不意打ちで動けなくしてから使うんだな」

「……ごちゅーこく、ありがと!」

 

数本だけ枝を飛ばすが、それらも察知されたマリーに焼かれてしまった。

 

「ここまで戦えるならもうひよっ子冒険者じゃねえな、コッチも少し本気を出してやる」

「させませんわよ?」

「ん? コウモリ……? ……くそっ、コレも攻撃か!」

 

全身が霧となっていたフィールだが身体の一部を変化させ偽物の蝙蝠を作り出していた。

その蝙蝠は不意をつくように飛び出してマリーの左腕に噛み付く。

蝙蝠は一噛みすると再び霧になり、少し離れたフィールのところに戻っていく。

 

「厄介だなその霧……」

「霧だけの吸血鬼だなんて思わないでくださいませ。見せてあげますわ、私のスキルを。〈血ハ水ヨリ恋ク〉!」

 

フィールの腕が裂け、体から血が吹き出す。

だが血は地面まで流れ落ちることはない。

腕に絡みつき、一回り大きな爪の刃を生み出した。

 

「ずいぶんと痛そうな技だな。それを武器にして戦うのか?」

「ええ、少しだけ痛いのですわ。でもこれは武器だけではありませんのよ? 例えるなら……操作盤と言ったところですわね」

「操作盤……? っ! おい、なんだこれは!?」

 

先ほどコウモリがつけた噛みつき痕から赤い糸が伸びていき、マリーの腕とフィールの爪をつないでいる。

 

マリーは糸を切ろうと腕を振り回すが、すり抜けてしまい触ることができない。

 

「先程コウモリを通じて、私の血を少しだけ送り込みましたわ。これで先生の腕は私の支配下になりましてよ」

 

気がつけばマリーは腕が動かせなくなっていた。

それどころか、勝手に腕が動いて首を締め付けようとしてくる。

マリーは慌ててもう片方の腕で動きを止めた。

 

「……ずいぶんと厄介なスキルを持ってるじゃねえか」

「形勢逆転だね」

「私達の勝ちですわ。命まで奪うつもりはございません。降参してくださいませ」

 

そう宣言するフィール。

宣言を聞いたマリーは一瞬だけキョトンとした無邪気な顔になると、大きく声を上げて笑いだした。

 

「ふふふ、アタシが降参? この程度で? はははっ、本気で言ってんのか?」

「な、何をおっしゃってますの? 先生は両手が使えず、気を許せば自分の腕に殺される状況、加えて二対一! この状況でどうにかできるとでも……」

 

瞬間、マリーの手から炎が奔る。

そして、操られている方の腕を焼きはじめた。

 

「魔族ってのはペラペラ喋るのが好きだな? まあどうでもいいさ。血が入ってるから駄目なんだろ? だったらよ、操ってる血を焼くか切り落とせば良いじゃねえか」

「そ、そんな……。自分で自分の腕を……」

「も、森よ! 枝の槍で――」

「もう遅い。サンダーローズ」

 

マリーは風を纏って加速し、一瞬で距離を詰めると雷撃をアルマに与えた。

痺れて動けなくなったのを見届けると、フィールへと向き直る。

 

「アルマ!」

「悪いが前戯は終わりだ。一気にイカせるぜ? ファイアローズ」

 

炎が上空を踊る。

何かを仕掛けてくるつもりだろうか。

フィールは身構え、避けようとした。

 

「無駄ですわ! ……えっ!?」

 

気がつけばフィールの足には大きな包丁のような刃物が刺さっている。

炎に視線を移した隙にマリーは影から刃を投げつけていたらしい。

 

「アツいのは好きか? 炎の曲芸に見惚れて足元が御留守だったな」

「痛い……。くっ、ここは距離を……! ……!? な、なぜ体が霧にならないの!?」

「魔族は体を変えるとき魔力を使ってんだろ? 変身したけりゃ魔力を散らす武器を体に挿れたままじゃだめだぜ?」

 

「な!? そんな武器まで持って……」

「決着だな。サンダーローズ!」

「きゃああああっ!」

 

マリーから生み出された雷撃に、フィールもまた膝をつく。

先程まで形作っていた吸血鬼としての姿は消え、少女の姿に戻っていた。

 

マリーは地面の土を操ると、土がうねり二人の足を包み込んでしまう。

逃げないようにするための足かせだ。

 

「さて、アタシの勝ちだな。降参しろ、命まで取りはしねーよ」

「くっ誰が……。アナタ達人間の、奴隷なんかに! 殺しなさい!」

「そうだ、よ……。アタシたち負けないんだから」

「は? またお前らなんか勘違いして……」

 

その時、一つの影が倒れた二人を庇うように立ちはだかる。

ガロだ。

 

「彼女達を! 絶対に! 傷つけさせない!」

 

 



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第68話 スキル覚醒

5-68-82

 

うーん、困った。

 

「絶対に傷つけさせないぞ! 絶対にだ!」

「やめて、私達は魔族なんだよ? 私達に構わないで! ガロ君はガロくんの道を……」

「魔族がなんだ! 俺は守る! 俺の仲間を、大事な友達を!」

「ガロさん……」

 

金髪ショタと魔族っ娘達が三文芝居を張り切ってるがどうしたもんか。

本人達は大真面目だけどショタは流石に二人ほど強くないだろうしなあ。

 

第一もう皆ボロボロじゃねえか。

 

コイツもイチから指導をしたいのは山々だが、正直腕も焦げてマトモに動かないし、痛いからさっさと終わらせたい。

んでもってサクッと治療、待たせてる二人と合流、キャンプして今回は終了かな。

 

そろそろリッちゃんも来るし……。

来るよな? 迷子になってないよな?

 

いかん、気にしたら負けだ。

金髪ショタには悪いが、ここは予定通りサクッと終わらせよう。

真面目に頑張ってるとこ悪いが女の前であっさり負けるといい。

すまんな、お前は悪く……、いや将来イケメンになりそうなお前が悪いんだ。

 

「悪いがお前じゃ無理だ」

「いや、できる! 二人共、力を貸してくれ!〈多身一体〉」

 

何!? こいつスキルが使えたのか?

 

「へえ……、スキルを隠してたのか。やるな」

「これは、たった今目覚めたスキルだ。だけど使い方は分かる! この力で先生、アンタを倒す!」

 

〈多身一体〉……。

聞いたことあるな、どんな効果だったかな?

まあどんなスキルだろうと戦い慣れてないひよっ子に――

何っ!?

 

「剣に血が纏わりついて……。これは私のスキルではありませんか!? なぜガロさんがそのスキルを!?」

「俺のスキルは仲間のスキルを使える! 共有して一つの力にする! これが俺のスキルだ! 行くぞ!」

 

金髪ショタが血の刃を構えて向かってくる。

物語の主人公みたいな覚醒しやがって。

 

つか思い出したぞ。

ガロが使ってるスキル、昔の勇者が持ってたスキルじゃなかったか?

くそっ、お前は主人公か。

 

「うおおおおっ!!!」

 

血で作った刃を振り下ろして来る。

面倒だが仕方ない。

数発打ち合って……。

 

……まてよ?

この剣で切られたらアタシ操られるんじゃね?

血は液体だし……、ヤベッ!

 

全力で回避すると予想通り刃が変形しやがった。

マトモに受けてたら傷くらいついてたな。

 

「ファイアローズ!」

 

アタシは炎を刃にぶつけて血を変質させてやる。

……どうやら上手く行ったようだな。

剣から血の部分が崩れ落ちてるぜ。

 

「まだだ! 森よ! 枝で貫け!」

「アルマの力も使えんのか……」

 

厄介だなコイツ、一人で三人分くらい働ける。

 

ショタの後ろでへばってる二人が活気づくと生かして倒すのが難しい。

下手するとコッチも痛い目を見る。

これは短期戦しかムリだな。

 

「悪いな。少し眠っていてくれ。手加減できそうにない」

 

さっきフィールに打ったように掌底を叩き込んでやる。

……だが、一撃は当たらずに体をすり抜けた。

 

なんでお前も体が霧になってんだよ?

人間だろお前。

 

「俺が共有できるのはスキルだけじゃない! 身体の能力もだ!」

「おいおい、マジか……」

 

くそっ、ズルいぞ。

魔族の特性までコピーできるとかふざけんな!

フィールがほとんど使わなかった影の刃まで出してきやがって!

 

「先生、アンタは俺の仲間を傷つけた! ここで倒す!」

「勝負ってのはそんなもんだろうが。コッチがイかねえように注意しつつ、相手をイカせるのが勝負だぜ?」

 

とはいえ厄介だ。

上と後ろからは葉の刃に枝槍。

正面からはショタの剣。

側面は影の爪。

 

一つ一つが未熟だから捌けるが、成長したらマジでやられるぞ。

殺しちゃ駄目ってのは厄介だな。

 

「くっ、この! くそっ! 躱すな!」

「手数だけ増やしても正確さが足りねえな。細やかな気遣いができない男は嫌われるぞ?」

 

しかしなぜだ?

何故残りの二人は攻めてこない?

 

少し二人を見るが、むしろ息が上がってねえか?

激しく動いてる訳でもねえのに息切れ……?

 

まさか、そのスキル……。

 

「おいバカ、そのスキルを止めろ! 大変なことになるぞ!」

「うるさい! その手には乗るか! 二人は絶対に奴隷なんかにさせない!」

 

クソ馬鹿め!

だがアタシの推測が正しければ傷つけるわけにはいかねえ。

前から考えてたあの魔法を使うか。

 

「スタンボム!」

「うわっ! な、なんだ!?」

 

前に編み出した即席の光魔法に加え、音魔法で爆音を鳴らしてやる。

まあ眩しくてうるさいだけだが、怯ませるにはうってつけだろ。

 

……おや? 影の翼も消えたな。

そうか、光を当てると消えるのか。

太陽じゃなくてもいけるんだな。

 

だがこれが本命じゃないぜ?

この分からず屋を分からせるには……これだな。

 

アタシは残った一本の刃で太ももを軽く切りつけてやる。

 

 

「う! 痛……いっ、だけどなんだこのくらい!」

「ああああっっ!」

「くぅう……。痛い、痛いですわ」

「ど、どうしたんだ二人共! な、何をした!」

 

まだ気が付かねえのか?

自分のスキルなのに鈍いやつだ。

 

「アタシじゃない。アタシは毒魔法で毒を塗りつけただけだ」

「馬鹿な! じゃあなんで……」

「“共有”してるんだろ? 肉体の能力も、痛みも、全部な」

 

その一言にガロは顔を青くする。

やっと理解したかよ。

お前は昂ぶってるから痛みが気にならねえだろうが、戦闘が終わった奴はさぞ痛いだろうさ。

 

……霧になった身体が戻っていくな。

 

「スキルを解除したな? じゃ、とりあえずお前も戦闘不能にしとくぜ。サンダーローズ!」

 

三馬鹿を地面に埋めてしばらく待つと、やっとリッちゃんがコッチに来た。

 

「ごめんマリー。待った? ちょっと迷子に……ってその腕どうしたの!?」

「ああ、コイツらがなかなか頑張ってな。熱い一時を過ごしてたぜ」

 

今の三人は逃げ出そうとしてもがいたせいか中途半端に魔族の特性が出ている。

フィールは目と牙がそのままだし、アルマは耳が尖ったままだ。

 

「くっ、殺しなさい!」

「お願い! 私達はどうなっても良いからガロ君だけは!」

「俺は、守れないのか……? くそっ! くそっ!」

 

さっきから聞く耳持ちやしねえ。

なんでコイツら勝手にシリアスしてんだよ。

 

手加減したとはいえ拳で分かりあえないのは初めてだ。

やっぱり命の奪い合いじゃないと駄目か?

 

ん、なんだリッちゃん?

なにかを思い出したようにぽんと手を叩いて。

 

「ああ! キミなんか懐かしいと思ったら、エルフでしょ? ウチにプロトタイプのコいるから会いにきなよ」

 

突然のフレンドリーな姿勢にシリアス三人組が沈黙してしまった。

ナイスだ、リッちゃん。

……やっと誤解を解けそうだな。

 

「もしかしてこっちのヴァンパイア娘も知り合いか?」

「キミは……ファーちゃんと一緒に作ってた種族だね。最初の子はダルクールって名前にする予定だったけどあってる?」

 

「確かに初代真祖の名前はダルクール……。なぜ人間の貴方がご存知ですの? それにファーちゃん……とは? 私の一族は初代魔王ファウストによって、ファウスト……、ファー……? っ!?」

「そっかー。やっぱりあの子完成させたんだね。あの頃は魔力の肉体変化と食事からの魔力補給のバランスが難しくてねぇ」

 

おい、一人で昔に浸るな。

この場でついていけてる奴なんて一人もいないぞ。

 

「あ、改めて名乗るね。魔王の母です。いや、元父のほうが伝わるかな?」

「いや、今の魔王と別モンだしそれじゃ伝わんねえと思うぞ?」

 

元父で母とか無駄に複雑な家庭環境みたいでややこしいから省いてくれ。

 

「あ、ごめんごめん。ちゃんと名乗るね。えーと、我こそは魔族の創造主。愛しき初代魔王ファウストと共にエルフとヴァンパイアの祖を生み出せし者、リッチ・ホワイトなり。古き絆により繋がりし子供たちよ、楽にせよ」

 

フィールとアルマの顔が驚愕に歪む。

おお、やっと分かってくれたようだな。

 

分かったら恐れ慄いて反省を……。

……いかん、これじゃアタシがリッちゃんの威を借る狐じゃないか。

 

「ところでエルフのプロトタイプってどこにいるんだ? 見た事ないぞ?」

「え? マリーだって毎日見てるじゃん。メイだよ」

 

アイツかよ。

耳くらいしか似て……、いや最初会ったときに感じた駄目な子っぷりも似てるのか?

 

「あの、マリー先生は魔族の私達を殺しに来たんじゃ……」

「え!? そうなのマリー!」

「なんでリッちゃんも信じるんだ。そもそも魔族の創造主とかいう国家機密レベルの存在が身内にいるのに魔族の子供なんて殺す理由がねえよ」

 

アタシが倒すのは襲ってくる敵だけだ。

『オーガキラー』みたいなのと一緒にしないで欲しい。

 

「むしろリッちゃんの方こそ魔族と戦ってるけどいいのか?」

「僕が作った子なら気にするけど、世代も重ねてるし僕が関わってない子だとほとんど他人だねえ。倒すのは少し気が引けるけど……でも悪いことしたら叱らなくちゃね」

 

前も聞いたが、やっぱりそのへんは気にしてないんだな。

ちょっと気になってたんだ。

 

「あの、もしかして、もしかしてなんだけど私達を殺すつもりも、捕まえるつもりもなくて、ただ追ってきただけだったり……する?」

 

それ以外に何があるんだよ。

むしろなんでイキナリ殺しに来るんだ。

 

「何故アタシが殺しに来たと思った?」

「それは……。魔族を何人も倒して、悪魔ですら退けたと噂のマリー先生なら、魔族を見かけたら全力で殺しに来るかと……」

 

ゴキブリを見つけた主婦じゃねえぞアタシは。

 

「それに見逃してと言っても見逃してくれそうにありませんでしたわ」

「訓練中に暴走した奴を見逃すわけないだろ」

 

まったく、どうしょうもない奴らだな。

 

「あとは負けたら奴隷契約をすると……」

「従者の契約だ。どっから斜め上な解釈が出てきた?」

 

奴隷契約なんて何百年前のシステムだ。

現代は制度よりカネと名誉で縛ったほうが効率的なんだよ。

 

「ということは……私達の反抗はすべて無駄だったのですか?」

「いろんな意味でな。まあついでだから訓練がてらに戦ってみたが、意外とやるな」

 

そう言うと三人はアタシの腕を見て気まずそうにする。

これは気にすんなよ、自分の炎で焼いたんだし。

 

まあ治してからエリー達のところに戻っても良いが、暴走した件もあるしコイツらには少し反省してもらおう。

あんまりすぐ治せるのをバラしてもまずいしな。

 

どうしようもないが可愛い教え子達だ。

ちゃんと面倒見てやるよ。



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第69話 魔族っ娘

5-69-83

 

「リッちゃん。コイツらも泥まみれのボロボロだ。悪いが軽く洗浄してやってくれ」

「おっけー。任せてよ」

「おっと、ガロ。お前は男だから先にやってやる。ほら、服を脱げ」

「え? おい、やめろ!」

 

うるせえ。

お前の裸見て喜ぶのなんて、そこの二人くらいだから気にすんな。

 

ん?

なんだ、この胸の布?

……サラシじゃねえか。

 

よく見ると、へその位置も……。

ちょっと待て。

もしかしてお前。

 

「お前、ちょっと下も脱げ」

「え、ちょっと、やめろ! それだけは!」

「え、そんないきなり!」

「いけません、はしたないですわ!」

 

暴れるな。

服を焼き払うぞ。

あとおまえら、手で顔を覆うふりして指の隙間から眺めるのはバレバレだって習わなかったのか?

 

数分後、そこには素っ裸になったガロがいた。

全力で隠しているがあるべきモノがついていない。

 

「ガロ、お前男だと偽ってたな?」

「そ、そんな!? 知りませんでしたわ」

「え? え? ガロくんへの夜這い計画はどうなるの? 私達の子供は?」

 

夜這いとか子供よりもっと大事なことを心配しろ。

つかお前らも知らなかったのか。

 

「俺は、俺は……男だ!」

「いや無理があるだろ」

 

男のシンボルがないのに何言ってんだ。

アタシのスキルで取り付けんぞ。

 

三人をリッちゃんに洗ってもらったあと詳しく話を聞く。

なんでも、ガロの両親は数年前に事故で亡くっており、その際に女だと騙されて売られてしまうかもしれないから、男装するようにと言われたらしい。

 

まあ、あくどい仕事だと騙されて売られる女も少なからずいるしな。

 

それからアチコチで雑用とかの下働きをしつつ、金をためてここまで来たんだとか。

苦労したんだな。

 

「それで、母さんの言うことを聞いて今まで男で通してきたんだ……」

「事情は分かった。これから冒険者として独り立ちするんだ、女に戻れ」

「いや……駄目だ! 頼む! 俺を男として扱ってくれ!」

 

なんか面倒くせえ事情でもあんのか?

しゃーない、聞いてやるよ。

 

「へへっそれが……。二人にカッコいいって言われたからさ、その、なんかイメージ壊したくなくて」

「うん、凄くどうでもいいな」

 

アイドルかテメーは。

もうスキャンダルは二人にスクープされた後だから諦めろ。

 

「それならアタシよりお前のチームになんか言うことあんだろ? そっちに聞きな」

「ガロ君、いやガロちゃん。ガロちゃんが女でも構わないよ!」

「ええ、私としても構いませんわ。むしろ女の子のほうが自然で素敵でしてよ?」

 

二人とも快諾だな。よかったよかった。

これにて一件落着か?

 

「そ、そうか? 分かったよ二人共……」

「ですが普段は男装していただけますと、私としてはその、目に癒しがあって良いですわ」

「流石フィル! 分かってる! 先生達もそう思うよね?」

 

いや分かんねえよ。

皆が同じ性癖を持つと思うなよ?

リッちゃんも困ってんじゃねえか。

 

「僕は可愛いほうが良いかなあ。やっぱり女の子も男の娘も可愛くないと」

「違う、そっちじゃない」

 

そういう方向に話を持っていくんじゃない。

余計に拗れるからやめろ。

 

「とにかく今後お前たちがどうしたいかはアタシが口を出すことじゃない。三人で決めろ。あとリッちゃんの意見は気にするな」

 

話の方向を三人で解決してもらうように仕向けておく。

男とか女とかどうでも良いんだよ。

最悪アタシが変えてやるからまずは仲間同士納得してろ。

 

「まあ男装が良いなら俺もそうするけど、その……男じゃなくて良いのか?」

「なにがですの? 私達だって魔族ですわ。その私をガロさんは認めてくれたではありませんか」

「そうだよ! 私嬉しかったんだから!」

「二人共……ありがとう。俺さ、女だけど二人と会えてよかったよ……。俺の、俺の本名はカリンだ! よろしくな」

 

なんか知らんが上手くまとまったようだな。

さて、エリー達と合流するか。

 

「これからはカリンちゃん、いえ親しすぎるかしら…… カリンさんでしょうか……。でもカリンちゃんのほうが……」

「うふふ……お風呂はこれから一緒に……洗いっ子して、……うふふ。新しい花園を開いて見せるんだから」

 

うん、一人は新しい扉をフルオープンしてるようで何よりだ。

是非とも我が道を行って……、いやコイツら、人の話聞かないし少しは常識を学べ。

 

 

さてみんなの所に戻ってきたが大丈夫だろうか。

 

「マリーお帰……。その腕はどうしたのですか? それに二人のその姿は……魔族ですね?」

「おう、ひよっ子がとんでもない牙を隠してやがった」

 

ん?どうした?

ウルルとルルリラの二人の顔が青い。

……そういえばこの二人は魔族を見るの初めてだな。

 

それにアタシの腕が火傷でボロボロというのは、刺激が強かっただろうか。

 

だが冒険者をやっていくならこれくらいは慣れてもらわなくちゃな。

 

「先生、先生は二人をどうするの?」

「まさか……処刑するのか? 魔族だから?」

「そうだな……」

 

ウルル達はやけに心配してくるな。

短い間とはいえ仲間だからな、情がうつったか?

 

だが魔族だからとかそう言う細かい理由で処刑なんてことしねーよ。

アタシは引くべき一線はちゃんと引いた上で平等に差別するだけだ。

 

まあ魔族を匿ってたと知られるのは良くない。

この二人の未来にもな。

相応の罰を与えるという事にでもしておこうか。

 

「お前らも見てしまったからしょうがないが、こいつらは然るべき処置を与える。この二人の事は忘れるんだ」

 

三馬鹿は誤解しそうだからウインクでもしておこう。

おい、金髪ショタ……じゃなくてロリ、なんで顔を赤くしてやがる。

 

「黙っていられるか?」

「そんな、駄目ですよ!」

「そ、そうだぜ! 魔族だって生きてても良いじゃないか!」

「本当に言ってるのか? 魔族は討伐対象だからな? 最悪お前らも懲罰対象だぞ?」

 

あえて脅しをかけるように、質問してやる。

さて、どんな反応したとしても先輩としてアドバイスをしてやらねぇとな

 

「駄目なんです! だって……私達も魔族ですから!〈解放〉!」

「おいルルリラ! あー、もうしゃあねえ……〈解放〉」

 

そう言うと二人の姿が変わっていく。

それぞれ肘や膝まで獣毛が生えて、頭に獣耳がつく。

ルルリラは白い狼の耳を持った獣に、ウルルは黒い猫を模しているようだ。

 

つか、お前らもかよ。

……お前らは予想外なんだが。

 

「出会ったばかりですが、同胞を処刑はさせませんよ! がるるるっ!」

「しょうがねえにゃ……なあ。お前ら助けてや――」

「わりいな、そこまでだ」

 

落とし穴発動っと。

 

「え? ひゃああぁぁぁーーっ!!」

 

セリフを言い終わらないうちに地面が抜けると、二人は底に落下していく。

 

カッコつけてるとこ悪いがな、不穏な空気だったんでな。

念の為に足元の土抜いておいてよかったぜ。

 

「アタシは戦いに疲れたんだ。指導はまた今度な」

 

なんか引退間際のベテラン戦士みたいなセリフになってしまったがまあいいか。

 

しかしコイツらもかよ。

スカウトしたひよっ子の魔族率高すぎだろ。どうなってやがる。

 

アタシはウルル達をエリーとリッちゃんにまかせて、一旦場所を離れる。

 

なんか精神的にも疲れたし、腕も痛いからいい加減回復しないとな。

ちょっとコイツらの目につかないところに移動して回復するか。



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第70話 魔王(自称)と魔物っ娘

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回復してからもどってくると、少し騒がしい。

 

……あれ? なんか泣いてるな。

カリンは顔を真っ赤にしているが、残り二人、フィールとアルマは半泣き状態だ。

 

一方でウルルとルルリラの二人はリッちゃんに抱きしめられながら頭を撫でられている。

獣っ娘たち、見た目は可愛いからな。ツボに入ったか。

 

半泣きの地獄のような空間とリッちゃんの天国のような至福の笑顔空間で対比が凄い。

 

まあいい、とりあえず泣いてる奴らだ。

 

「どうしたんだ二人共?」

「ひっく。あの、マリー先生の腕についてエリー先生に話をしたんです――」

 

なんでも、アタシが腕を焼いた経緯を聞いてエリーが怒ったらしく、二人にお仕置きをしたらしい。

尻叩きの刑だとか。

 

「それで、パンツを脱がせて、カリンちゃんに見せながらバシッと」

「そりゃキツイな。もうそういう年齢じゃないだろ」

 

そこでリッちゃんとエリーも話に入ってくる。

 

「痛みはそれほどでもなかったみたいだけどあの年齢でアレはねぇ……」

「大丈夫ですよ。ちゃんと誘惑の魔法を用いて痛みは軽減しました」

 

いやだめだろ。

新しい扉開いたらどうするんだ。

……まあアタシのためにそれだけ怒ってくれたのか、強くは言えないな。

 

「そういえばさっきまで撫でてた獣人の二人はどうした?」

「あの二人ならあそこにいるよ。獣人は毛並みが気持ちいいね!」

 

リッちゃんの撫でテクニックに感激してしまったのか、二人共グッタリとしている。

アレだな。可愛がられすぎてウザいパターンだ。

 

そこで尻たたき組の二人がおずおずと立ち上がってきた。

 

「獣人のお二人がどうしてこんなところにいるんですの? 確か狼族と猫族の皆様は隠れ里に暮らしていると伺っておりますが」

「そうそう、私達も珍しいけど獣人もかなり珍しいよね」

「混ざり者の吸血鬼たちならアチコチいるのですが…」

 

フィールとアルマが獣人二人に声をかけてくる。

尻たたきのショックから立ち直ったらしいな。よかった良かった。

 

どうやら魔族と一区切りに言っても、習性は様々らしく、種族が違うと交流も少なくなるらしい。

ちょっと困った様にウルルが答えてくる。

 

「えっと、私達は人間の国を観光して見たくなっちゃいました!」

「そうそう、生まれてから死ぬまでずっと里で暮らすのでつまんねえにゃん。一生に一度くらいは外に出てみたいにゃ……じゃん?」

 

ルルリラの突拍子もない発言にウルルが同意する。

そんなどうでもいい理由でこっちに来たのか?

 

「あ、ウルル。子供の頃の癖がまた出てたね。変身した影響かな?」

「も、もう戻ったにゃんよ!」

 

直ってねえよ。

つか、それ幼児的な言葉なのかよ。

 

「話を戻すね。最初は村を出て近くの街を巡るだけの予定だったんだけど、意外と楽しくて、私の魔法も好評だったから思い切ってウルルとここで住んじゃおうかなって。吸血鬼さんとエルフさんはどうしてここに?」

「私は……」

 

一瞬エルフのアルマと目があう。

次の返答はアルマからだった。

 

「ひとを……探してたの」

「人探し? お前達が人間の領土にいる魔族を探しているのか?」

「いえ、これはエルフの一族に伝わる伝承ですの。長き時を封じられたエルフの始祖たる存在。その封印が解けた時一族は彼女を迎え入れて欲しい、と」

「初代魔王ファウストがなにかを封印した時に一緒に封印せざるをえなかった人がいて、その人を探すのが一族の使命なんだって」

「その旅に私もついていくことにしましたの。家には書き置きを残して置きましたわ」

 

心当たりがある。

と言うか心当たりしかない。

リッちゃんと顔を見合わせる。

 

「ね、ねえ……。僕にその人の特徴教えてくれないかな?」

「構いませんわ。その人の姿形はエルフと同じように耳が尖っているそうです。かつて仕えていた主人を偲んでいるかもしれないとも」

 

あと眉唾ですが顔が無くなっているかも、と続けてくる。

うん、リッちゃんの魔力ないと顔が消えてのっぺらぼうになるんだったか。

そう言うのも含めてプロトタイプなんだろうが……。

 

「お前たち、さっきリッちゃんが言ってた話を聞いてなかったのか?」

「え? ちゃんと聞いてたよ。リッちゃん先生は私達魔族と関係が深いヒトなんだよね? 魔王ってのは嘘だってわかるけど……嘘でも嬉しかったな」

 

いや真実なんだが。

またなんか噛み合ってない気がする。

 

「私たちを作ったのは魔王ファウストですわ。もちろんおとぎ話の上では友人がいたとも聞きます」

「いや、そいつだよ」

「ありえませんわ。その友人は魔王が自らの手で殺したと聞いておりますの」

 

リッちゃんの話は真実だが、魔族の方に伝わってるおとぎ話も間違っていないから困る。

魔族に関係ある話と聞いて獣人ズも興味津々のようだ。

 

「えっとだな……。あー、リッちゃん頼む」

「任せて! 昔々の事でした。僕は天才魔術師と呼ばれてなんやかんやでアンデッドに――」

 

長い長いリッちゃんの昔話が始まった。

……ちょっと昔すぎやしねえか?

封印されるトコからでいいと思うぞ?

 

「――というわけで、長い事封印されてたけど、アンデッドだったからギリギリ生きてたんだよね。それで、なんやかんやでメイドのメイと一緒にマリーのお家にお邪魔してるってわけさ」

 

途中、なんやかんやというセリフが十回くらいあったが長い説明を終えてくれた。

 

「と言う訳で、お前らの探している人物はアタシ達の家に居るやつだろ、多分な」

「でも、本当に魔王の生みの親なの? リッちゃん先生……正直あんまり凄そうじゃないけど」

「失礼だなー。見せてあげよう! 古き大魔術師、リッチ・ホワイトの魔法を!」

 

そう言うと空に魔法陣が浮かび上がる。

魔法陣から火の玉が空中に打ち出され、つぎつぎと大きな花火が空に浮かび上がっていく。

 

「どう! これがファーちゃんの大好きだった花火の魔法だよ!」

「凄い魔法……。初代魔王は確かに花火が好きだったと言われていますが……」

「あのお話って燃え上がった街の事じゃなくて本当にただの花火の事……?」

 

なんだそりゃ。

色々間違って伝わってないか?

 

「やだなあ。ファーちゃんはうっかり街とか城とか燃やしたり吹き飛ばす事があっても好きで燃やしたりはしないよ」

「しかし……。いえ、わかりましたわ。少なくともリッちゃん先生は魔族に伝わるおとぎ話を知っているということですもの。なにか関わりはあるということですわね」

「だったら、本当に……」

 

「うん、じゃあウチに来なよ! メイも喜ぶよ!」

「だが、その前に研修の続きはやるぞ」

「えーっ!? 今更そんなことしなくても……」

 

そんな事とはなんだ。

まったく、魔族やってるくらいで自惚れやがって。

 

「お前らが自立できるようにするのがアタシの役目だ。ちょっと戦えるくらいでケツに殻ついたようなひよっ子がイキがるんじゃねえ」

 

まあ、メイの作ってくれたメシくらいは食べさせてやるさ。

 

たださっきの実力を見る限り、これからの指導に手加減はいらねえな?

本気で指導してやるから覚悟しろ。

 

「ま、マリーせんせ? その笑顔怖いじゃんよ?」

「アッチの三人だけで私達は許してくれます……よね?」

「なーに、安心しろ。アタシは魔族とか人間とか関係ない。平等に扱ってやる。死ななければ良いんだろ?」

 

……さあ、地獄の訓練の再開だ。

 



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第71話 古き友

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「なんで、森の奥まで……オークが、オークの群れが……森の害獣が……」

「私は誰……? どうして街にいるんですの……?」

「オークは殺すオークは殺すオークは殺す。守るんだ守るんだ守るんだ」

「アハハ、殺すにゃ! 豚は屠殺するにゃ!」

「オークなんかに渡さない……、初めては絶対にウルルに渡すんだから……」

 

初心者向け講座改め強化合宿を終えた。

 

……弱体化の魔法をかけてオーク百体のど真ん中に放置したのはちょっとやりすぎたかな?

目の輝きが消えて濁ってる。

 

まあ性犯罪者は容赦なく殺せるようになっただろうし別にいいや。

 

アタシたちは今、街に戻ってきている。

ギルドに状況を報告して、しばらくアタシの館に滞在させるためだ。

 

さすがに勝手に5人もひよっ子を連れ出す訳にはいかねえからな。

魔族云々の説明は……まあ後で良いだろ。

そう、百年後くらい後でな。

 

「というわけで、アタシの館に五人を数日泊めるぞ。ついでにアタシ達の山で狩りやらも仕込むからよろしくな!」

「おう、そいつは構わねえが……そろそろ王都からエリート共がやってくるぞ」

 

もうそんな時期か。

前に倒した魔族の詳細について、事情聴取をするんだったな。

てことは男爵領での検分は済んだのか。

 

「分かったよ。そいつらが着いたら連絡してくれ」

「おう。もう少しで着くはずだぜ」

「ところでポン子を見ないがどうしたんだ?」

「色街にカジノを作る案件があったからな、そこでタダ働きだ。すぐに賭けの胴元をやりたがるあいつにはちょうどいいだろうよ」

 

大丈夫かよ。

うっかり全財産をカジノで飛ばすんじゃないのか?

アイツ抜け目なく抜けてるからな……。

人生を賭けるアホもいるらしいからそういうアホな事しなけりゃいいが。

 

ギルドを出ると、向こうから冒険者の集団がやって来る。

『オーガキラー』のメンツとひよっ子共だ。

 

後ろには『幌馬車』のイケメンもいるな。

アイツらもひよっ子の訓練に行ってたのか。

 

「皆! よくぞ訓練を耐え抜いた! いかなる戦略や戦術も、圧倒的なパワーの前には無力! 力こそ絶対のパワー! 己の筋肉を信じるのだ!」

「姉ちゃん、素人にいきなりダンジョンでゴーレム退治は辛いんよ……」

「大丈夫ですとも。どんなにボロボロになろうとも、私が魔法を使い直しましょう!」

 

『オーガキラー』のメンバー達からゴーレムの単語が出た途端、ひよっ子共が顔を真っ青にする。

 

「ひいいいっ!」

「いやだ……ゴーレムと肉弾戦なんて嫌だ……」

「私魔法使いなのに……」

「みんな、落ち着くんだ。アレは戦いの気概を示しただけで実際には皆バランスよく戦ってるじゃないか」

 

イケメンがなだめようとするが聞く耳を持っていない。

 

まったく、しごきがキツ過ぎるだろ。

ひよっ子達があんなに呻いてやがる。

トラウマでも植え付ける気か?

 

「バランスなどは後でかまわん! 基礎こそすべて! 基礎を究め続ければやがて奥義に至る! さあ鍛えるぞ!」

「うぎゃああああ!!!」

「せ、せめてその前に座学をしましょう! 死んでしまいますよ!」

「そうかジクアよ! うむわかった! ならば街を百週走ったあとにな!」

 

新人の悲鳴とともに去っていってしまった。

なにが“うむわかった!”だ。

アイツなんにも分かってないだろ。

まあコリンの姿は無いから別口でなにか教えてるんだろうな。

 

……ドンマイ。

コリンがひどい目にあってたら口をだす所だったけどイケメンは別にいいや。

 

アイツラに関わってもトラブルに首突っ込むようなもんだしな。

ウチの愛弟子達に悪影響が出ないようにさっさと館に移動するか。

 

 

途中、門番の兄ちゃんが新しいメンバーか?と聞いてきたが適当にやり過ごした。

 

「ここが家ですか! 広いですねー」

「ハチミツとバターの匂いがしますよ!」

 

ウルルが鼻をクンクンとさせている。

そうか、犬……。狼だから鼻が効くのか。

メイがこっそりおやつを作ってるな。

後で食べさせて貰おう。

 

「すごい立派な屋敷だな。まるで貴族が住んでるような館だぜ」

「まぁ実際貴族のモノだったしな」

「凄いですわね。私が遊びにいっていた別荘の半分くらいの広さがありますわ」

「フィーちゃんのお家も広いもんねー」

 

それは皮肉で言っているのか、本気で感心しているのかどっちなんだ。

 

「さて、前に話したとおりここにいるメイドが――」

 

そこでメイが姿を表す。

おい、口元にお菓子のカケラがついてるぞ。

 

「おかえりなさいませ。皆様。ちょうどお菓子を焼いていたところでして……。マリー様? この子たちは?」

 

「ああ、前に話してただろ? 冒険者のひよっ子達だ」

「ふむ、この顔ぶれは……まさか!?」

 

おっ、まさか魔族だと気がついたのか?

流石は同族だな。

 

「こういう事を言うと失礼なのですが、一度にこれだけの年端も行かない娘たちを手篭めにされるのはいかがなものかと思いますよ?」

「本当に失礼だな」

 

どうしてそういう発想になるんだ。

アタシはエリーに一筋だろうが。

 

「ふふ、ご冗談です。こちらはギルドの新人冒険者たちですね?」

「その通りだ。そしてメイに用事がある奴らでもある」

「私に……でしょうか? 構いませんがどういったご用件で?」

 

横から口を出したのはリッちゃんだ。

 

「それがさ! 聞いてよ! この五人全員さ魔族なんだよ!」

「魔族……ですか。……と言うことは捕らえ、奴隷として使い潰したいという事ですね。私にお任せ下さい。立派なメイドとして朝から夜まで努められるよう仕込んでみせます!」

「うん、お前コイツのご先祖だわ」

 

昨日までそのあたりの勘違いが原因でゴタゴタしてたんだ。

皆の顔が青くなってエリーが後ろでフォローしてるじゃねーか。

 

つかお前も最初いろいろ駄目だったからエリーがメイドとしての基礎を仕込み直してただろう。

自分の事はすっかり棚に上げやがって。

 

そこで、おずおずとアルマが前に出てきた。

 

「あの初めまして、いきなりで申し訳ありませんが友達になってください!」

「別に構いませんがお断りしておきます。何故私を?」

 

そこでバッサリ断るなよ。

フィールとアルマの二人が絶句してんじゃねえか。

 

「えっと、私たちの一族に代々伝わる話があるの。封印されている古いエルフが復活した時は友達になってあげて、と言う魔王様からの伝言なんだって」

 

その話を聞いてメイは大きく目を見開く。

 

「そうでしたか……。それを伝えたのはお姉様……、いえ、魔王ファウストですね」

「その通りですわ。実際の伝承はもっと迂遠な言い回しでしたが……」

 

横からリッちゃんが口を挟んできた

 

「すごいね、ファーちゃんも。長い時間をかけて友達になってくれる人を用意していたなんて」

「ええ……。本当に、本当に不器用なのにおせっかいな方でした」

 

メイは一瞬、どこか遠くを見たあとにひよっ子の方に向く。

 

「分かりました。ささやかですが友人としてよろしくお願いします」

「やった! えっとよろしく! 私はアルマ、コッチはフィールにガロ……じゃなかった、カリンだよ! よろしく」

 

なんとかうまく纏まったようだ。

 

「よ、よろしくな」

「よろしくですわ」

「はい、よろしくお願いします」

「僕もよろしく〜。リッちゃんだよ!」

 

お互いどこかぎこちない挨拶をする。

お見合いじゃねーんだからもっとリラックスしろ。

なぜか友達になってるリッちゃんを見習え。

 

あとついでに、獣人二人組の紹介もしとくか。

 

「こっちにいるのがウルルとルルリラだ、どっちも獣人だからよろしくな」

「よろしくなのです!」

「しばらく厄介になるじゃん?」

 

よし、これで全員の紹介が終わったな。

 

「あ、コイツら含めた五人は従者として契約予定だから、住んでる間はメイドとして徹底的にこき使ってくれ」

「承知しました。それではビシバシとイロハを叩き込んで見せましょう」

 

アタシの一言にケモノ二人がえっ?という顔になる

 

「えぇ!? 酷い! 私達を騙したの!?」

「そ、そんにゃ……優しくしてくれるって言ったのに!」

 

ケモノ達が喧しい。

うるせえ奴らだ。

モフモフするぞ。

 

「騙してねえよ。魔族バレした時の保険だ。アタシの監視下に置いてることにしといてやるってんだ」

 

まったくしょうがない奴らだ。

お前たちは後輩冒険者兼アタシ達の従者だ。

 

魔族に人権とやらがあるか知らないがバレたら契約やらをタテにして即座にアタシ達の所有物として扱ってやるよ。

 

……ただ館に住み込みにするかどうかはメイに丸投げだな。

 

「そういえばお客様が来ておりましたが……」

「客? 知らねえな。一体誰のことだ?」

「なんでも王都から来た冒険者だという話です」

 

て事はエリートの奴らか。

早いな。おやっさんの話だともう少し後に来るはずだったんだが。

 

「後進の育成に当たっていることを伝えたところ、早すぎたから明日また来るとのことでした」

 

明日、か。

ひよっ子達全員魔族でそいつ等を泊める予定なんだけど、いらない誤解を招きそうだな。

 

しばらく隠れてもらうか?

いやそれはそれで面倒くさそうだ。直接用事があるのはアタシたちだし、会わせないようにして顔を見たら挨拶をさせるぐらいでちょうどいいだろう。

 

「分かった。明日会ってやる」

 

とりあえず面倒くさそうなことは明日のアタシに任せよう。

なーに、明日のアタシなら何とかしてくれるさ。

 

「さ、そんな事よりひよっ子共の歓迎会をやるぞ。ついでに料理の練習も兼ねるがな」

アタシ達は宴の準備をする。

今回はいつもと違ってメイやお化け達以外にもアタシ達が作る。

 

独り立ちするならこれくらいは料理の基礎くらいは覚えておかねえとな。

 

 



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第72話 料理教室

5-72-87

 

「でしたら、材料は用意いたします」

 

メイが食料庫から肉や野菜を引っ張り出してきた。

……意外と食料貯めてるな。

 

「これなら色々できそうだな。ある程度どこでも使える料理にしたいから……煮込みと焼き物料理にするか」

 

「それでは私は鍋を担当しますね」

「エリーは鍋だな。アタシは肉や野菜を切る。お前たちの中でそれぞれ分担してアタシ達の誰かに……、リッちゃんはどうする?」

 

リッちゃんは研究以外はからっきしだからなあ。

なんというか、何もしないのが一番役に立つ。

 

「僕は味見役を任せてよ!」

 

……うん、火も包丁も苦手だからそれでいいや。

 

「そうです! 魔王様に料理なんてそんな事させられませんわ!」

「お前たちはリッちゃん以外に付くんだ」

 

リッちゃんも一応冒険者だから、料理ができないのはマズいんだがな。

そもそもアンデッドだから何も食べなくても大丈夫だしな。

 

うっかりで指を切り飛ばしてウインナーと一緒に出されたり、鍋ごとマグマで煮ようとしたりと、大惨事になるよりはいい。

料理中に創作した魔法を試そうとしてくるし、もう諦めた。

 

「伝承によると魔王の友人というのは、正義感はあるけれど人に任せっきりでやる気のない人間だと書かれていましたわ」

「おとぎ話に書いてあったとおりだね! ふふっ」

 

アルマが笑い、怒ったようにリッちゃんが反論する。

 

「違うよ!? 僕ができないことをメイやファーちゃんにやってもらってたのさ! メイが作って僕が食べる、ファーちゃんが働いて僕は応援する、完璧な役割分担じゃないか」

 

うん、それを人にまかせっきりでやる気のない人間というんだ。

何も間違ってない。

 

「ふふ、一見働いてないように見える人でも、そばにいてくれるだけで心の助けになる事はあるんですよ」

 

エリーがいい事を言った。

そうだな。エリーは働き者の上にアタシの救いになってるぞ。

……リッちゃんも美味しそうに食べるから見てるだけで幸せになれるからいっか。

 

さて、ひよっ子に作らせつつ、時々手伝いながら料理をしていくか。

 

アタシはケモノ二人のナイフ捌きを眺めながら他の所も軽く見てまわる。

まずはエリーが指導しているカリンの所だ。

 

「ん? 結構難しいな。俺、今までは胃袋に入ればそれでよかったからな」

「自分が食べるんじゃなくて相手に食べてもらうことを意識しながら作るといいですよ。カリンちゃんならできます」

「おう、頑張ってるな、その調子で続けてくれ」

 

「くそっ、爪でバッサリ切りたいじゃんよ」

「止めろ、爪で切った食材なんて誰も食べたくないだろ。あと変身すると抜け毛がひどい」

「先生! 私達もう夏用に生え変わってますから大丈夫です」

「いや、昨日リッちゃんの手に結構毛が付いてたぞ」

「え? 嘘! うう、恥ずかしい……。後でウルルと毛づくろいしなくちゃ……」

「別に良いけど飯食ってからだと毛玉吐かねえか? 汚すなよ?」

「大丈夫です! 人前でそんなみっともない事しません!」

 

裏ではこっそりしてるのかよ。

 

みんな真面目にやってるな。

これならスムーズに……おっと、問題児を見つけた。

 

「おう、お前なんで料理サボってるんだ」

「マリー先生! サボっておりませんわ! 高貴な私が料理などもってのほか、むしろ魔王様の母親と親しくお茶をするのは貴族の嗜みで……、痛た! ほっぺたを引っ張らないで下さいまし!」

 

何言ってんだコイツ。

今のお前はただの冒険者だろうが。

 

「ナイフやフォーク、スプーンに東方のおはしまでなら使えるのですが、皮を剥いたり刻むのは苦手ですわ」

「言い訳はいい。リッちゃんみたいに料理ができなくなってからじゃ遅いんだ、今のうちに仕込んでやる」

「私には無理です! 助けて下さいませ魔王様!」

「あはは、頑張ってねー。あと今の僕は魔王じゃなくてリッちゃんだよ!」

 

リッちゃんに取り入ってどうすんだ。

いまのリッちゃんは自称魔王のニート兼冒険者だぞ。

 

「うーん、これなら、この香草とこれを混ぜれば臭みが消えますよ」

「素晴らしい。三人の中で一番料理ができるのはアルマでしたか」

「ふふふ、昔から料理作るの好きだったから色いろ試してたんだ。フィーちゃんも興味持って試してたけど壊滅的だったんだよね……」

 

遠くからフィールの料理について残念な評価が聞こえてくる。

……ちょうど今、実感してるところだ

 

「何だこれは……? 適量入れろと言って瓶まるごと入れるやつがあるか」

「だから言ったではありませんか! 私は魔力の篭った血をちょっとだけいただければ十分ですの! 料理なんて必要ありません!」

「お前普通にメシ食ってただろ」

「お、美味しいものは別腹ですわ……」

 

お前の食事はデザート感覚かよ。

 

「なにか他にできる事はないのか?」

「紅茶なら得意ですわ!」

「……なら食後の紅茶を頼む」

 

料理の文化がないやつに作らせようとしたアタシが間違いだった。

 

…………まあ一人になっても生き延びるために料理教えてるんだしな。

吸血鬼が血を吸えば生きられるのなら優先度は下がる。

 

 

「アルマ、食事のほうは頼りにしておりますわ。冒険者は助け合いですものね」

「任せて! フィーちゃんの分もカリンの分も私が作ったげる!」

 

 

おい、自分が料理できないから人に投げようとするな。

 

かつ多少のゴタゴタはあったものの、一通り料理が出来上がった。

今回ひよっ子が作ったのは煮込み鍋、焼き鍋などのサバイバルにも応用しやすい物だ。

 

逆にちょっと凝った料理はメイとお化けたちにやって貰う。

万が一失敗してもメイたちが料理するなら安心だ。

 

「肉と野菜のスープはアルマとカリンが作りました」

 

ほう、よく出来ている。

調味料や香草の使い方がうまい。

 

「焼き物は、ウルルとルルリラだな」

 

多少野性味あふれる切り方だが、様になっている。焼き具合も良い。

 

「僕たちは一生懸命食べる役をやるよ!」

「ええ! 任せてくださいまし!」

 

……うん、この二人はどうでもいいや。

 

「本来ならギルドの酒場で乾杯といきたいところだが、アタシの家でやる事になったな。味は美味いから心配するな、乾杯!」

「「「乾杯」」」

 

適当な口上を垂れて乾杯をする。

色々疲れただろう。

ひよっ子共も今日くらいハメを外せ。

 

「あ、これ美味しい」

「アルマさんの香辛料の使い方は勉強になりました」

 

メイも参考にするほどすごいのか。

うん、料理が美味しくなるのはいいことだ。

 

「この大葉包みは俺達がやったんだぜ」

「里の料理を真似しました!」

 

この肉はほのかに獣肉特有の臭みがあるが、いいアクセントになっている。

これはこれで美味い。

 

ひよっ子達も楽しそうに会話している。

秘密がバレて打ち解けて来たかな?

 

「ところでウルルさんの住んでいた場所はどんなトコロでしたの?」

「ん? ウルルでいいぜ。俺もフィールって呼ぶじゃんよ。俺達の居た所は寒いけど温泉が気持ちよくてさ、雪うさぎの肉がよく取れてな――」

 

フィールが話しかけている。

隠し事が無くなって二人とも前より気さくな感じだ。

 

「ルルリラちゃんは狼の獣人なの?」

「そだよ! フィーちゃんはエルフだよね? 初めて会えてびっくりだよ! よろしくね!」

「うん、こちらこそよろしく! 今の魔王様の側近にも狼の獣人いるよね、知り合い?」

「んー、どうだろ? 会ったことないからわかんないや」

 

こっちもこっちで仲が良さそうで何よりだ。

少し幸せになれる飲み物をもっと出すか。

 

 

宴も進んで皆ノリノリになってきたな。

 

「カリン〜、私とぉ、アル、どっちが好きなんですのぉ〜?」

「そ、それは……決められない、ぜ」

「だったらぁ、カリン〜、私とぉ、アルをぉ、両方共嫁にして下さいまし〜」

「えっ? 俺女だけど?」

「あははは! じゃーあ、男の子になるための秘宝とかぁ、スキルを探しますよー! ……うっぷ」

「それは、いい、でふわぁ」

 

だいぶ酔っ払っているな。

絡み酒とはタチの悪い奴だ。

 

しかしカリンはハーレム状態だな。

良かったな。

男なら泣いて喜ぶトコだぞ。

ナニとは言わんが、つけてやったほうがいいだろうか?

 

「ウルルは今日もいい匂い。クンクン、もっとかがせて〜」

「ルルリラ……。だめだって、汗臭いにゃあ……」

「大丈夫だよ〜。ウルルはいつだっていい匂いなんだからあ〜」

 

なんだか色々と凄いことになっている。

こいつら別の教育が必要じゃねえのか。

 

メイも給仕を終えてリッちゃんとおしゃべりしている。

 

うん、平和だ。

エリーのとこにいこう。

 

「エリー、お疲れさん」

「皆酔ってますね。マリーも皆の監督ばかりで疲れたでしょう。はい、あーん」

「さんきゅー」

 

アタシはエリーが差し出してきたゼリーを口にほおばる。

これはルルリラが作ったやつか。

甘くて美味い。

 

「ほらほら、口についてますよ」

「んっ……」

 

口にソースがついてたか。

手持ちのハンカチで拭って貰う。

よし、アタシもお返しに……

 

「あーっ! エリー姉さんとマリー姉さんがイチャイチャしてる!」

「やっぱりマリー姉ちゃんとエリー姉ちゃんはそういう仲だったんだな……。休憩中に二人だけでいちゃいちゃしたときから怪しいと思ってたんだ」

 

そういえばコイツラがいた。

この流れだとキスくらいまではいけたのに、ぐぬぬ。

つか、カリン。お前見てたのか。

そこの吸血鬼みたいに酔っ払ってぶっ倒れてろ。

 

「あれ? あ、そっか。姉さんじゃなくてせんせーか!」

「最初にどんな呼び方でも良いって言ったろ? 気にすんな」

「エリー姉ちゃんとマリー姉ちゃんは、恋人……なのか?」

 

おう、相変わらず直球勝負が好きな野郎だ。

 

「ええ、私とマリーは互いに代わりのいない大切な関係なのです」

 

握ってくるエリーの手が柔らかい。

アタシも指を絡めながら頷いておくか。

……アルマがキャーキャー騒いでうるさいな。

 

「でも女だけで……」

「カリンちゃん。愛の形は無限大なのですよ。世間がどうとか言いますが、あなた自身はどうしたいのですか?」

「俺は……。うん、二人と一緒にいたい」

「カリンちゃん……。その、これからもよろしく……」

「お、おう……」

 

おいおい。

お前らアタシ達の邪魔しといて見つめ合ってるんじゃねえ。

あとそこに転がってる吸血鬼も起こしてやれ。

一人だけ置いてけぼり食らってるぞ。

 



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第73話 A級冒険者

5-73-88

 

翌朝。

結局酔って寝てしまった。

ひよっ子共も何人か転がってるな。

居ない奴らはメイあたりがベッドにでも連れて行ったんだろう。

うっかり酒場で飲むことを覚えたら駄目になりそうな素質を感じる。

 

アタシは側で寝ていたエリーをソファに移動させる。

隣にはリッちゃんが転がっていた。

……お腹出すなよ風邪ひくぞ。

 

ウルルとルルリラは獣化した状態で、二人くっついて丸まっていた。

お前ら獣かよ……。獣だったわ。

 

試しにこっそり撫でてみるが背中の毛が気持ちいい。

 

「ん……ウルル〜。もっとぉ……」

 

いかん、起こしてしまいそうだから止めておくか。

 

外は雨だ。

季節の変わり目のせいか天気が崩れているな。

 

「マリーさま。昨日お伝えしていた来客が再び来ております」

「もう来たのか? 早いな、準備してすぐ行くから待たせておいてくれ」

「承知しました」

 

酒臭さを飛ばすために軽く水浴びをして、着替えてから居間へ向かう。

 

そこで待っていたのは一人の男だ。

 

「やあやあ、初めましての初めまして、冒険者のマリーさん。拙者の名前はストルスと申す者」

「おう、よろしくな」

 

細目にフード付きのマントを被っている男が大袈裟な挨拶をしてくる。

どこか古臭い言い回しをする野郎だな。

 

「いきなり本題で悪いが、アンタはなにをしに来たんだ」

「むむ、実に直接的な確認である。よろしい、理由についてはうすうすご存知であろうが、先日隣の男爵領にて特殊な魔物が立て続けに現れた」

「魔族、だろ?」

「やはりのやはり。あなたが魔王軍直轄の魔族を退治したマリーで間違いないようですな」

 

「失礼します」

 

その時メイがお茶を持ってきた。

話は一時中断だ。

 

メイはアタシとストルスの二人の前に茶を置くと、頭を下げて出ていく。

これから面倒くさそうな話題になるからな。念の為、しばらく入ってこないように合図を送っておくか。

 

「すまねえな。話を途中でぶった切っちまって。えっと……」

「ふむふむ。チーム名を伝えていなかった。改めて名乗りましょう。A 級冒険者チームの斥候を努めている、ストルスと申す。他の者達に先んじて参った次第」

 

男なのにA級冒険者か。

基本的に男はのし上がりにくいこの世界で、A級まで上がるとは。

ヤバいスキルを持っているパターンだな。

 

「で、そのA級冒険者様がアタシに何の用だ?」

「ふむふむのふむふむふむ。ギルドより伺っているかと思うが、魔族が現れたその場その時の状況について教えて頂きたく思っている」

 

……まあ、理由としては妥当だな。

 

「だが、何で他の奴らは来ないんだ? 他にも仲間がいるだろう」

「ふむふむ。もっとものもっともなご意見。拙者が先んじてこちらに来た理由は大きく二つ」

 

そう言うと大げさに手を振ってジェスチャーをする。

いちいち演技がかった動きをするやつだな。

 

「一つは拙者のスキルにより他の者たちよりも早く移動できたこと、もう一つは他の者達はそれぞれが他のチーム、『パンナコッタ』や『オーガキラー』に聞き込みにいっていること。数日もすれば合流できる予定である」

 

「で、アンタが代表として一人でこちらへ来たと、そういうわけだな」

「であるである。その通りである。そして腕試しも拙者は兼ねている」

 

瞬間、ストルスの姿が目の前からかき消えた。

次に、後ろから声が聞こえてくる。

そして、アタシの首元に刃が突きつけられている。

 

マジかよ。見えなかったぞ?

なんて早え……いや、空気の動きがない。

お茶も波だっていないし、高速で動いた訳じゃないようだ。

……これはスキルだな?

 

「うーむ、他の皆が褒めていたがそれほどでもない、どうやら見込み違いだったようである」

「てめぇ……。初対面の挨拶にしちゃ、やり過ぎじゃねえか?」

「いやいや、まったくのまったく、そんなことはないといえる。拙者がもしも万の万が一で魔族だったらマリー殿の首はポロリと落ちているとも」

 

細目が背後から殺気を放って来る。

おいおい。完全に気配を消せるくせに、有利になったら殺気を放って心を折ろうってか?

お前アレだろ?

見えねえけど殺気出してるときだけ目をカッと開くタイプだろ?

 

……普通の冒険者なら折れるだろうな。

だが、甘えよ。

 

「そうか。だがアンタが本当にアタシの体をちょっぴりでも傷つけたら後悔するところだったぜ」

「ほうほう。口だけは一人前の前。試して見るとしよう」

 

ナイフが首元を離れ、肩に突き刺してくる。

おいおい、少しは容赦しろよ。

もしアタシがハッタリだったら大怪我しちまうだろうが。

 

「何故刃が通らぬ!? これは王都の名工が作ったひと振り。小娘の体を貫くなど雑作もないはず」

「アタシの血は鎧さ。女の体を傷物にする奴は裁きを受けるんだぜ? サンダーローズ!」

「うぐぁっ!」

 

電撃で硬直したな?

チャンスだ。

 

アタシは立ち上がるとソファを駆け上がり、全力で回し蹴りを叩き込む。

 

キッカケはフィールのスキルだ。

血を操る力を、アタシの水魔法でほんのちょっぴりだけ再現してみた。

 

とはいってもフィールみたいに武器を想定したものじゃない。

アレはアタシじゃ効率が悪すぎるからな。

 

想定していたのは鎧だ。

体内の血液や体液を水魔法で操作して、ゴムのように弾力をもたせる。

 

血液はその弾力で衝撃を殺し、刃物や衝撃を通しにくくするというわけだ。

 

上手くやれば、傷をつけられても止血できるかもしれない。

 

元々不意打ちをしてきた奴らに対するカウンターは色々考えていたからな。

さすがにスキルを使って至近距離から不意打ちしてくるやつは予想外だったが。

 

「うむむ。見事の見事。この状況を破れるのは仲間内でもそうそうない。本当に魔族を倒したと見るべきか」

「格下の冒険者相手に不意打ちでイキり倒すとか恥ずかしくねえのか」

 

男の冒険者ってだけで近距離特化型ってのは、ほぼ確定なんだ。

それが理由もなく一人だけで館まで来てるんだ。

ちょっと警戒ぐらいするさ。

 

「おかしな事をいう。弱者の弱者が勝つために最善を尽くす、それが冒険者というもの」

「ちげえねえな。……まだやるか?」

 

「無論。まだまだのまだ続けるとも。実力の一端は把握した。さてさて次はお前が魔族ではないかと言うことだ」

「はぁ!?」

 

なに見当違いな事を言ってやがる。

的外れも良いとこだ。

 

「無論の無論。こちらとしても魔族だと疑っている訳ではない。だが魔族と内通してないか、知り合いの知り合いはいないのか調べるためにきた」

「言いがかりも甚だしいって奴だな」

 

……ヤベえな。

心当たりしかねえ。

まさか嘘を見破る仕掛け……魔導具とかないよな?

 

「……そうだな、魔族の生みの親ならこの館で腹出して寝てるぜ?」

「戯言を。真実を語る気はないと見た」

「へっ、ホントの事言ったところで信じねえだろうが!」

 

よし、どうやら嘘を見破る仕掛けはないようだ。

だがバレるのもマズイ。

どうにかしねえとな。

 

「いやいや信じるとも。博打打ちがカードの切り方で相手を知るように、拙者も戦い方で君を信じよう」

 

ナイフを構えて来やがったか。

結局戦うんじゃねーか、クソが!

 

「さてさて、ここでは戦いにくいだろう。僭越ながら外へお連れしよう」

 

髭が指をパチンと鳴らす。

何を気取ったことをしてやがる--

 

「は?」

 

次の瞬間、アタシは外に立っていた。

雨が頬を濡らす。

ワンテンポ遅れてコイツも姿を表した。

 

「ふりふり降りしきる雨中に、傘もささずに少女をお連れしたことをお詫びする。さあさあ改めて切り合おうではないか」

 

一瞬、ほんの一瞬だけだが立方体のような空間が雨で浮かび上がったのが見えた。

 

「『空間交代』……のスキルか?」

「然りの然り。そのスキルで違いない。拙者は『空間交代』を極めた者。故に拙者から七十歩以内に距離の意味はなし」

 

『空間交代』のスキルはその名の通り二箇所の空間を切り取り、場所をそれぞれ入れ替えるスキルだ。

ちょっと変わった空間転移ってところか。

 

うまく使えば距離を無視した攻撃ができたり、逆に遠ざかったりするのが簡単になる。

 

ただ入れ替えるにも制限があったはずだ。

切り取る空間を硬いモノが邪魔していた場合は失敗する……だったはずだ。自信はない。

 

そもそもこのスキル、覚えた当初に取り替えられるのは拳一個ぶんぐらいの大きさしかないはずだ。

それが人ほどの大きさを取り替えられるなんて、聞いたことがない。

 

「ふむふむ? 何やらお悩みの様子。女子の質問にはなるべくお答えしよう」

「……随分とスキルを使いこなしてるな? どれだけ訓練したんだ?」

 

こいつ、その質問を待っていたと言わんばかりにニヤリと笑いやがった。

 

「なるほどのなるほど。規模と精密さにおいて類を見ないと、こう言いたいわけだ? 答えは『物心ついたときからずっと使っていた』、だ。理解いただけたか」

 

何かのきっかけで生まれた時からスキルを使えるようになっていたタイプか。

それで成長と共にスキルを使いこなして熟練させた、と。

 

アタシがスキルを熟練させたところで変化の速度が早くなるだけなのに羨ましいぜ。

 

しかし厄介だな。

これじゃ距離を取って戦うことが難しい。

 

 

「さてさて、これからのお喋りは助長の助長。こちらとしても手札をこれ以上見せるわけにはいかぬ。ではでは参るぞ、殺す気で来るがいい」

「悪いがそうさせてもらうぜ!」

 

コイツはひよっ子達の時と違って手加減できそうにない。

 



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第74話 決着と依頼

5-74-89

 

男でA級冒険者は伊達じゃねえ。

ストームローズで一気に距離を――

消えた!? いや違う、ここは……空だ!

……アタシを空中に飛ばしやがったな。

 

残念だがアタシは空中でもある程度戦えるんだよ。

 

「最初の最初は小手調べといこう」

「そのままシビれる一撃を食らわせてやるよ」

 

落下しながらサンダーローズを放とうとした瞬間、再び上空へと転移させられた。

お陰で細目のところまで雷は届かない。

 

「おお怖い。女性の怒りは逃げるに限る」

「女のアタックを躱すとは硬派なヤローだな」

 

細目の野郎、大げさに頷いているが舐めてんのか。

そう何度も空中に打ち上げた所で無限にループするだけだ。

 

「ふむふむ、普通の普通なら魔法を転移させて正面から返すのだが。だが調査によるとお主の魔法は返しが難しいらしい」

 

そういえば魔族との戦いの時に魔法を返されたな。

まあアタシから切り離された魔法だったからすぐ消えたが。

 

……よく調べてやがる。

 

「故に故にまずは単純明快な技でいく。無限に落ち続けるがいい」

 

落下しながら強制的に転移させられる。

場所はさっきと同じく上空だ。

重力の影響で、加速しながら再び落下していく。

そしてまた上空へ。

 

落下、加速、転移、上昇を何度も繰り返す。

 

 

マズイ、極限まで加速させて地面に叩きつける気か?

マトモに食らったらトマトみたいに潰れちまう。

 

アタシは空気の塊を作ってクッションのように全身を受け止め落下速度を遅くさせる。

そして、そのまま横に飛び退いた。

 

「空中で機動を変えられるか。……それは聞いていないな。スキルの可能性があるから語らなかったのか。良き友人たちだ、見事の見事」

「女を落とすには手法がシンプルすぎんだよ、もっと手間暇かけてくれねーとな!」

 

お返しだ。

 

アタシは周りの雨を水魔法で集めて凍らせ、そのまま自然落下で落としてやる。

 

「ほらよ、つららの雨だ。アタシへの熱を覚まさせてやるよ」

 

相手に氷の槍を振らせながらも、アタシ自身は空中を蹴って不規則に動き回る事は忘れない。

動き回っていれば多少はスキルの攻撃もやりにくくなるだろ。

 

「ほうほう、氷魔法まで使えるのか。これもまた見事の見事。だがこれは返せそうだ」

 

そう言うと細目はアタシの頭上部分に氷を転移しやがった。

様子見程度の攻撃だったがやはり駄目か。

不規則に空中を蹴りながら躱すしかない

 

「うーむ。なんともなんとも猪口才な。それでは拙者も少し空中戦を楽しもう」

 

そう言うと再び姿がかき消えた。

 

「後ろか!」

「惜しい惜しい。斜め上だ」

 

振り返りざまに蹴りつけるが空を切る。

空振って隙ができたアタシに細目はナイフを振り下ろしてくる。

 

「どっちでも構わねえよ。サンダー……」

「そして今度こそ後ろだ」

「何っ!? スキルの再使用が早っ……痛え!」

 

こいつ、サンダーローズが弾ける寸前でアタシの後ろに回り込みやがった!

水魔法で雨の鎧を巡らせるが、鍛えられた筋力でアタシの体を貫いていく。

 

「ふぅ……。相応に力を込めねばならないとは。中々の中々に厄介である」

 

クソっ、躱し切れなかった。

内蔵までじゃあないが割と深い傷だ。

とりあえず、地面に落下しながら水魔法の応用で止血をしておく。

 

「うーむ、うむうむ良い対応力だ。これで魔族と戦ったか」

「女をキズモノにして余裕こいてんじゃねーぞ」

 

体制を立て直して地面に着地する。

くそっ、雨で地面がぬかるんでドロドロだ。

 

とりあえず強がって見たがコイツは強い。

アタシはストームローズで速度を上げて撹乱しながら戦うのが得意だが、コイツのスキルはそれを事実上無力化している。

 

アタシが武器を持っていないのもマズい。

一旦逃げるか?

だめだ、転移で距離を詰められる。

突進して……今度は距離を取られるな。

だったら――

 

「どうした? 来ないのか?」

「ナンパの誘いは無視させてもらうぜ。安い男の挑発にのせられるのは癪に触るんでな」

 

そう言うと、アタシは腕組みをして目を閉じた。

……なんとなくだが困惑した空気が伝わってきたぜ?

 

「……ならばのならば。こちらから参るまで」

 

そうだ、来い。

 

「……『空間交代』」

 

細目の呟きのあと、眼の前に気配が現れる。

 

……だがコイツは、違う。

 

ナイフを構えたのが気配で分かるが、同時にその気配がかき消えた。

 

「ほら行くぞ?」

 

後ろから声が聞こえる。

……これも、違う。

やはり気配が消えた………………右だ!

アタシは、溜めていた力を解き放つ。

 

「略式・鳳仙花!」

「何ぃっ!?」

 

掌底は腹を捉え、炸裂音が響く。

細目の野郎は口から血を吐いた。

……決まったか?

 

「ガハッ、ゴボッ、み、見事……。何故分かった?」

「へっ、乙女の秘密は教えねーよ」

 

アタシは自分の周りに風を巡らせていた。

限界ギリギリの距離まで、緩やかにだ。

 

空間を切り取る際、その風魔法がスキルで邪魔され、解除される。

アタシのテリトリーにアタシが操作できない邪魔な空間が生まれるタイミング、その僅かな感覚を追いかけた。

 

 

「アンタのスキル、色々分かったぜ。空間を作る際、立方体のような空間を作って、それから入れ替えてるな?」

 

未だに立ち上がれない細目野郎は苦い顔をしてこちらを睨めつけている。

 

「空間の大きさはアンタの身長より少し大きいくらい、再使用まで一瞬ってところか。恐ろしいスキルだ」

 

地形によっちゃそのまま溶岩や毒沼に叩き落とされて即死すらあり得る。

勝手知ったる我が家で良かったぜ。

 

「だが、立方体で囲った空間、その境界に石ころとか硬いものがあれば再調整が必要ってわけだ」

 

石ころがあるとき、立方体が少し歪んでいたからな。

コレは魔法で細かく把握してなければ気が付かなかった。

多分だが、曲げるにも限度があって大きい個体は無理なんだろう。

 

じゃなきゃ落とし穴作って……。

いや、アタシの体を一部だけ転移させればそれで終わりだ。

 

つまり、障害物のない空中は細目の得意領域だったわけか。

相手の有利な分野でしばらく戦ってたなんてな、しくじった。

 

「どこに転移するのか分かってれば、とっておきをブチかますだけさ」

「そこまで見破るとは……見事の見事。ならば拙者も、最終手段を使わざるを得まい!」

 

そう言うと細目は立ち上がってくる。

キズは……結構深いが、まだ致命傷じゃないようだな。

 

やっぱり魔物を狩って身体能力を上げていたか。

 

「無駄だ。種が割れた以上アンタは勝てねえ」

「理論の理論ではそのとおり。だが足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」

「女を落とすのに野暮ったいやり方だな。それじゃアタシは落ちねえぜ?」

「無論。足りぬ部分は金と道具を使えば良いだけのこと」

 

……懐から取り出したのは投げナイフか?

てっきり根性論で来るかと思ったがちゃんと用意してる見てえだな。

 

いや、懐だけじゃない。

よく見るとマントにも数十のナイフが仕込まれていて、それを取り出してくる。

……マズいな。

 

「魔物を狩りに狩って鍛えに鍛えたこの体。その力をお見せしよう!」

 

細目の筋肉が膨張する。

……随分と鍛えてるじゃねえか。

分厚い筋肉と強化された身体能力をつかって、細目はナイフを投擲してくる。

 

どんだけ早かろうがそんなもん壁で防いで――

なにっ、ナイフが消えた!?

 

「ちっ! 転移か!」

「ご明察のご明答。どうだ! 縦横無尽に襲いかかる刃の雨は!」

 

最初の一発はかろうじてかするだけで済んだ。

 

だが回避した後も四方八方、いや上下も合わせると八方十方か?

とにかくアチコチからナイフが飛んできやがる。

 

ご丁寧に転移の距離を上手くずらして同時に数本のナイフが着弾するような工夫付きだ。

 

「落ちたナイフは転移で拾う。ナイフが全身に刺さるまで無限に刺され続けるがいい」

 

確かに厄介だ。

初手の空中でコレをやられてたらヤバかった。

 

だがな――

 

「もう格付けは終わったんだ。振られたのにしつこい男は嫌われるぜ?」

 

アタシは雨を集めて冷気で凍らせ、氷塊を作る。

そして転移してくる場所に塊を置く。

これで硬い氷に邪魔されスキルは発動しない。

 

これで近距離の転移は封じた。

離れたところから飛んでくるナイフは土の壁と水を作って受け止め、固めてやる。

 

「何っ!?」

「カタくてデカいのはお嫌いみてえだな? 投げナイフは封じた。次の手はなんだ?」

 

細目が転移で距離を取ろうとする。

だが、そうはさせないぜ?

もうアタシの距離だ。

 

ほんの少しだけ地面を沈ませたり、雨を凍らせた塊を作ってスキルを妨害してやる。

 

「ぐ……。ぬ……」

「この程度でも妨害できるみたいだな」

「おのれ、拙者のスキルを見破るとはっ……!」

「これで詰みだな。降参するか?」

「愚問の愚問! これでも拙者は冒険者! 先達として若輩に舐められる訳にはいかぬ! たとえ魔族や悪魔を倒した者であろうとな!」

 

なんだよ、そこまで情報聞いていたんじゃねえか。だったら戦いなんかいらねえだろ。難癖つけやがって。

細目は武器を構え、再び切りかかってくる。

 

「いい心がけだぜ先輩。だったらアタシももう一つ見せてやるよ、アイス……ピオニー!」

 

降り注ぐ雨が凍りつく。

凍って凍り尽くしたその氷塊は幾重にも先輩冒険者を取り囲む。

 

その全身すら飲み込むように幾重にも覆い尽くしたその氷は、やがて華のように大地に咲いた。

 

……流石に傷ついた状態で硬い氷の中なら、スキルも使えないだろ。

 

「女に言いがかりつけて傷物にしようとしたんだ、しばらく頭冷やしてな」

 

 

しばらくすると、メイが顔を出した。

 

「マリー様。お化けたちより外で争いをしているという報告を受け参りました。遅くなり申し訳ありません。」

「遅いぞ、話はついたところだ」

 

物理的にな。

 

エリーやリッちゃんは……まだ寝ているか。

まあ音立てる暇もなく外での戦いだからな。

食堂から少し離れているし雨も降っている。聞こえなくても仕方ないか。

 

「これは……生きているのでしょうか?」

「冒険者は頑丈だからな、大丈夫だろ」

 

アタシの必殺技を食らって生きてたしな。

 

「そんな事より冷えちまった。風呂に入るからよろしくな」

「それでしたらダンジョンマスターの権限を使用して転移してください。地上にも少しずつ領域を伸ばしており、裏山のほか、ここの庭からでも転移ができるようになっております」

 

なんだ、随分と範囲が広く……待てよ?

もしかしてあの細目との戦いで権限使って転移すれば同等以上の条件で戦えたんじゃね?

 

……まあいいか。

知らない事はできないし、ダンジョンの事がバレると面倒だ。

使わないで済んだからヨシとするか。

さあ、風呂に入ってこよう。

 

 

朝風呂を終えて戻ってくると、何やら騒がしい。

 

「いやはや、拙者が手の指一つ動かせぬとは、参りましたぞ!」

「なんで氷から出てきてんだよ」

「マリー様。僭越ながらこのままでは死ぬかと思いまして、私のほうでお助けしました」

「まったくのまったく。氷漬けにして放っていくとは酷い。久々に死の際の際まで見えたとも」

 

話を聞くと、どうやら口周りを体温で溶かしたあと、そこの空気を転移で入れ替えて、ギリギリのラインで呼吸をしていたとらしい。

更にはメイが熱湯をかけてくれなければ低温で体が冷えて死んでいたかもしれないとのことだ。

 

……すまん、呼吸とか色々忘れてたわ。

 

「さて……一応アタシの力はみせたつもりだが、まだやるか?」

「まさかのまさか! これ以上は拙者の手札が足らぬ! 魔族や悪魔を退治したこと、しかと理解したとも」

 

両手を上げて降参のポーズを取るが、いちいち行動が大げさだ。

 

「改めての改めて。拙者はA級冒険者チーム『ラストダンサー』の副リーダー、ストルスである。まずはいきなり襲いかかった事のお詫びをひとつ」

 

そう言うと、頭を下げてきた。

いきなり殴りかかってきて気に食わねえがまあいい。

 

「そして強さを理解した上で本題の本題だ、『エリーマリー』の皆には我々と共に王都に来てほしい」




多少中途半端ですが予想以上に長くなっているのでここで区切って第五部を完とします。
次回は連休のどこかで投稿開始します。


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第六章 王都裁判編
第75話 王都への依頼


第五~七部のあらすじは第七部終了後にまとめて行います。


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「さて、どうしたもんかね……」

 

アタシは今、ひとつの紙きれとにらめっこをしている。

リッちゃんやエリーも起きてきたので朝から起きた事の顛末を話したところだ。

 

「朝っぱらからそんな事があったんだね」

「ああ、リッちゃんやエリーは寝てて気づかなかったかもしれねえが、手強いやつだった」

「私としたことが失敗でした……」

 

いや、アタシの魔法以外は音らしい音も立てていないし距離も離れてる。

挙げ句の果てに雨が音をかき消していたからな。

気が付かなくてもしょうがない。

 

むしろ二人が寝ててくれて助かった。

転移で後衛から狙われてたら、かなりキツい戦いになった気がする。

 

「ああいう奴とはあんまり戦いたくねえな、コッチの強みが潰される」

「マリーがそういうなんて珍しいね」

 

スキルも肉体も鍛え上げられてる奴は隙がないからな。

単純に強いやつほど厄介だ。

正面から全力勝負はキライじゃねぇが、コッチも手札を見せる必要があるし、なるべくやりたくない。

 

「しかし『ラストダンサー』か……。A級の中でもトップを争うチームじゃねえか」

 

『ラストダンサー』は王都を四人で活動しているチームだ。

斥候、前衛、後衛のバランスが良く、穴が無いと聞くが噂に違わぬってやつだな。

 

「たしか、『ラストダンサー』のメンバーは冒険者の一人がこの街の出身者だったはずだ。駆け出しだった頃に一度だけ見たことがある」

「へぇ、強かったの?」

「かなり、な」

 

炎や氷を纏い、大剣を振り回しながら敵をなぎ払う姿は今でも覚えてる。

ああいう戦いがしたいと子供ながらに思ったもんだ。

 

まあすぐに王都に行ってしまったから話したことすらないが。

 

「どうしたもんかな、ひよっこ達の世話もあるしな」

「なんで王都に来てほしいって話ししてたの?」

「それが、結局手紙ひとつ渡してきただけなんだよな」

 

あの野郎、詳しくはこちらに書いてある、また一週間後に来るとだけ言い残して転移で消えやがった。

 

一応、渡された手紙を読んでみるが、要するにある人物の護衛を二週間ほど頼みたいとのことだ。

 

誰を護衛するのか名前すら書いていない。

時期が来たら詳細を説明するとだけ書かれている。

 

こんなんじゃ判断できねえよ。

 

「どっちにしてもアタシ達で決めるのは危険だな。おやっさんとも相談だ」

 

おやっさんも人手不足でヒーヒー言っててひよっ子を育ててるわけだしな。

受けるにしても行きと帰りで一ヶ月は不在になるし、話は通しておいたほうがいいだろう。

 

おっと、噂をすればひよっ子達が起きてきたようだ。

 

「うう、辛い……」

「皆様おはようですわ……。うぅ、気持ちが悪い……」

「おはようマリー姉……先生。頭がイタイから、今日はお休みでもいいですかぁ?」

 

三人ともボロボロだな。

まあ、予定通りか。

 

「無理して先生と呼ばなくていいぞ。好きな呼び方でいい。それはそれとして今日の訓練は無理してでも決行するからな」

 

「えぇー……、辛い……」

「鬼ですわ、ウップ」

「うぅ……」

 

絶不調の環境で不慣れな所に突っ込んで死ぬ冒険者は多いからな。

理解させるためにわざわざガッツリ飲ませたんだ。

 

まあ、アタシも今日は朝から来客に刺されたり殴り返したりと朝から忙しかった。

少し軽めにしとくさ。

 

 

翌日。

アタシ達はギルドに来ている。

おやっさんに進捗の報告と王都への話をしないとな。

 

今日のひよっ子訓練はメイが請け負ってくれるというので任せた。

 

したがって久々に『エリーマリー』のメンバーだけだな。

 

「――っつー訳で、ひよっ子達は冒険者兼アタシの従者として振る舞ってもらうぜ?」

「まさか全員魔族だったとはな……。マリー、オメェなんか悪いモンでも憑いてんのか?」

「こっちにいるのは幸運の女神だけさ。ツいてんだよ」

 

まあ正確には『絶対運』のスキルを持つ女神だけどな。

 

「従者の契約は構わねえ。コッチとしても助かる」

「おう、貸しにしとくぞ」

「しかし新米達のためにわざわざ泥をかぶるのか。昔から一人で動いてた頃と比べると大分変わったな」

「へっ、なんも変わんねーよ」

 

アタシはアタシだ。

ひよっ子共を見捨てるのも気が引けるだけさ。

 

「それよりもう一つの本題だ。王都への誘いだがアタシ達だけで決めるわけにも行かねえからな」

「ふーむ。しばらく不在か。コッチも人手不足だから依頼を受けて欲しかったが……まあ一ヶ月くらいならいいだろう」

 

よし、おやっさんの言質はとったぜ。

これで受けるも拒否するも自由だな。

 

「だが名前を明かさないってのが少し引っかかる。貴族絡みだと厄介だ」

 

貴族絡みは面倒くさいからな。

普段は冒険者を見かけると距離を取る奴らだが、利用できそうだと判断すると距離を詰めてくる。

 

「確かに、もう少し判断材料がほしいな。……エリーはどう思う?」

「そうですね……。行くと厄介事に巻き込まれますが、行かないと後々取り返しがつかない事になる、ような気がします。スキルがそう言っています」

 

エリーがそこまで言うのは珍しいな。

 

「え!? エリーってスキル持ってたんだ!」

「そういえばリッちゃんに話したことなかったな。運が良くなるスキルだ。レアなモノをよく引き当てるぞ。ついでに派生して選択の結果がなんとなく分かる」

 

まあ副作用で不運の方のレアを呼び込む事もあるけど、細かい事だ。

そこまで話さなくても良いだろう。

 

その話を聞いておやっさんが唸る。

 

「う、む……。しょうがない。お前ら王都に行ってこい。コッチはなんとかしてみる」

「おやっさんのトコは大丈夫か?」

「一応、『オーガキラー』もいるからな。ある程度の事が起きても対処できるだろう。向こうの新米育成もそれなりに上手く行っている」

 

意外だ。

『オーガキラー』なら新人をうっかり潰すと思っていたぞ。

ひよっ子達を棍棒変わりの武器に、とかの物理的な感じで。

 

きっと『幌馬車』が頑張っているんだな。

そうに違いない。

『オーガキラー』に育成なんてできるわけないからな。

 

「マリー達の新米共はどうだ? 魔族ならオークの一匹くらいは倒せるか?」

「この間百体くらいいたオークの群れに放り込んだら五人だけでなんとかしてたぜ、魔族の姿で、全力を出す前提だけどな」

 

まさか撃退できるとは思ってなかった。

たいしたもんだ。

……何故かおやっさんがドン引きしている。

 

「マリーよお、今更だがいくら何でもソイツは新米共にはキツすぎやしねえか? 武器もマトモに使えてねえんだろ?」

「大丈夫だ。魔族の姿に戻ってるならアイツらはソコソコ強い」

 

実際、戦ってみたらそれなりの強さだったし。

 

「まあ指導してるのはマリーだからな。別に構わねえが……」

「あとは適当な依頼をこなして経験を積めばなんとかなるだろ。なんか依頼はあるか?」

 

「だったら腕試しも兼ねて魔物討伐系の仕事を回してみるか。それで成果が出ればコッチも助かる」

 

それならカリン達が良いかもな。

全員スキル持ちだし、カリンのスキルなら多少のトラブルも超えられる。

獣人ズは魔法が上手く発動しなかったりと色々不安定なトコがあるからな。

 

つかカリン達も獣人ズも、それぞれパーティーの申請させたほうがいいな。

名前を考えてもらうか。

 

「よし、じゃあヒヨッ子たちには話をつけておくぜ。その成果を見てから王都に出るか決める」

「おう、そうしてくれると助かる」

 

これで大体の方向性は決まったな。

 

「ところでおやっさん。ポン子はどうした?」

「先方が気に入ってな。しばらくカジノで預かりたいと依頼が来た。しばらく戻って来ないな」

 

あのポン子をねぇ。

奇特な奴もいるもんだ。



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第76話 『ラストダンサー』

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「おかえりなさいませ」

 

館に戻るとメイが出迎えてくれる。

そばにはメイド服を着た魔族っ娘達が死んだ目で立っていた。

 

……色々と厳しく躾られたようだな。

とりあえず中で説明するか。

 

「――というわけで、明日辺りにお前たち宛に依頼が来る。ランクの制限があるから名目上はアタシ達だがな。質問はあるか?」

「チーム名ってなんでもいいのか?」

「ああ、だけど一回決めるとなかなか変更が面倒だからな。良く考えて決めるといい」

 

チーム名は知名度とも関わるからな。

そこそこ名前が知れてから変更すると解散とか不仲とか謎のスキャンダル扱いされるぞ。

 

「俺はアルティメット・マグナム・グランドクロスのほうがいいな!」

「おお! 俺もスーパーデンジャラスラグーンとかにしようと思ったんじゃんよ。気があうな!」

 

カリンとウルルが謎の意気投合をしてるがそういう無駄に強い名前は将来後悔するからやめとけ。

 

 

しばらく話しあった結果、名前が決まったようだ。

 

「カリン達は『森林浴』でウルル達は『狼と黒猫』だな。分かった伝えとくぜ」

「よろしくね! マリー姉さん」

「俺達もよろしくじゃんよ」

 

そっか、アタシ達の姉妹チームってことになるのか。

それなら今度また、ファン相手にお披露目会でもやろうかな。

でも魔族の問題があるから誤魔化す必要があるな。

 

ギルドにチーム名を届けた当日、即座に依頼が発行された。

内容はD級の魔物であるニードルベアの討伐だったが、特に苦労することもなくひよっ子達だけで倒してしまった。

 

魔族に変身すらしてない。

うちの子達は優秀だな。

これならアタシ達も心置きなく旅立てそうだ。

 

 

約束の日が来た。

前に戦ったストルスが後ろに二人の女を連れている。

「やあやあやあ。『エリーマリー』の皆さん。こちらが『ラストダンサー』のメンバー、ポリーナ、ジーニィの二人と、拙者ストルスである」

「おう、アタシは『エリーマリー』のマリー、コッチがエリーで、コッチがリッちゃんだ」

 

それぞれが挨拶を交わす。

 

「マリーだったっけ? ストルスがヤンチャしたみたいでごめんね」

「まったくだ。首に縄でもつないでおいてくれ、『氷炎』のポリーナさん」

「えっ!? 昔の二つ名知ってるんだ! 嬉しい! サインいる?」

 

いらねえよ。

アンタが昔この街に居たから知ってるだけだ。

 

「あ、もしかして夜の方がお望み? ゴメンね。私、今は相手がいるんだ」

「ちげえし、いらねえよ」

「あーん、でもマリーちゃんカワイイし、女の子相手なら一日くらい浮気しても許してくれるかな? ベッドの上でイチャイチャしてる写真送れば大丈夫?」

「話を聞け」

 

なんつーか、こんなキャラだったんだな……。

ベッドの写真を見て相手の脳が破壊されたらどうすんだ。

 

そこでエリーがアタシを引き寄せて、首に手を回してくる。

 

「残念ですが、マリーは予約済みですので」

「えぇ!? もう相手いるんだ! ちぇっ、残念。あ、寝取るのはキライだけど、寝取られるのは好きだからいつでも来ていいわよ」

「いかねえよ、アタシは予約済みだ」

 

そう言うのは寝取られと言わねえだろ。

なんで知りもしない奴を寝取らないといけねえんだ。

まさか、こんな性格だったとは。

遠くから眺めただけじゃ分からねえもんだ。

 

ん?

もう一人、『ラストダンサー』のメンバーが近づいてくる。

名前は……ジーニィだったか?

地味で目立たないから地味子でいいか。

 

「どうした」

「ポリーナは……駄目。私の、モノ」

「うんうん、カワイイなあジーニィは。ジーニィもあたしのものだよー」

 

派手女の奴、地味子を抱きしめて頭を撫で始めた。

 

「ポリーナは……、私の、恋人。駄目……渡さ、ない」

「うんうん、わかったよー。……そう言う事だからあたしを奪いに来ても駄目だからね?」

「奪わねえよ。むしろコッチに来ないようにしてくれ」

「……分かった。ポリーナ、アレ、ちょうだい」

「アレ? ああ、仲直りのチューだね。はい、ちゅー」

 

何だコイツら、アタシを放ったらかしにしてイチャイチャしだしだぞ?

バカップルか?

 

「人をダシにしてイチャイチャするとは困った奴らだな」

「マリー達も似たような事やってるよ……」

 

ちょっとリッちゃんが何言ってるのか分からない。

……とりあえず気をつけよう。

 

しかし、ポリーナの奴がこんな性格だったとはな。

昔は遠くから見ているだけだったから気付かなかったが色々とひどい。

 

「どうしたんですか、マリー?」

「いや、憧れってのは理想の押しつけなんだなって」

「安心して下さい。仮にマリーが余所に取られても、寝取り返して書き換えられないように深く刻み込みますから」

 

ナニを心に刻み込むと言うんだ。

怖いがちょっとだけ体験してみたい。

 

「あー、誠の誠に済まぬが話を続けても良いだろうか?」

「ごめんごめん、ストルスは王都でよろしくやってね」

 

後で話を聞いたがどうやらこの細目、王都に恋人がいるらしい。

お前ら全員バカップルかよ。滅びろ。

 

「さてさて、仕切り直してご確認。王都には一緒に来てくれるかな?」

「大丈夫だ。だが先にギルドに話を通してくれ。説明が面倒だった」

「あれ? ギルドに話通ってなかった? ねえストルス、手紙出してたよね??」

 

細目は引きつって固まっている。

 

「その、さっきのさっき出したのである」

「ちょっとお! ギルドには事前に伝えないとこじれるよ?」

 

なんか色々グダグダだ。

コイツらもみんな残念な奴らなのかもしれないな。

 

「で、結局誰を護衛するんだ? 貴族か?」

「んん? ストルスそれも教えてないの? 勇者だよ、勇者をしばらく護衛するの」

 

勇者だと?

貴族かと思ったがハズレたか。

 

「別に隠す必要はなかっただろ、ちゃんと説明しろ」

「ふむふむ。正論である。しかし逆に問おう。魔王の侵略行為を調査にきたものが勇者の護衛を依頼する、コレが意味するところは何か?」

「……魔王が命を狙ってきている、もしくは勇者を動かして攻めるって所か」

 

アタシの返答にストルスは大きく頷いた。

どうやら間違ってなかったらしいな。

 

「然りの然り。正解は後者である、こちらとしても返し刃のひとつは浴びせたい。しかし魔族と通じた者が戯言を吐いて混乱させようとしていたのであれば元も子もなし。故に力を測る気であった」

 

もっとも拙者の手に余ったようだが、と続けてくる。

 

「一筆手紙をしたためた時点では、そちらが魔族を倒せるほどの腕か、あるいはそう見せかけて魔族に与するものなのか判断つかぬ状態であった」

 

つまり魔族の仲間っていう疑いもかけられていたってことかよ。

……まあ今ウチにいる人間はアタシとエリーだけだから間違ってないんだけどな。

リッちゃんはアンデッドだし。

 

「万の万が一にも漏れぬよう、詳細はギリギリまで隠し通した次第」

「だったらせめて紙を渡す際に言え」

 

その時、再びストルスが狼狽える。

 

「それは……負けて悔しい思いでうっかりしていた。すまぬ」

「第一そんなので信用を測って良いのかよ。アタシが実力派の魔族だったらどうするんだ」

「それこそ万に万の一つもありえぬ。貴公がいくら強かろうと、爵位持ちの精霊を含めて悪魔の手札を失うのは割にあわぬ」

 

話を詳しく聞く。

アタシ達にかけられていた疑いは『実力を偽り魔族を倒したフリをしている、あるいは魔族側と共謀してなにか情報を得ようとしている』と言うものだ。

どちらもアタシ達がそこまで強くない前提の話だな。

 

言われていた通りの実力を持っていて魔族側の人間なら、召喚士を倒すよりそのまま精霊や悪魔を暴れさせた方が早いらしい。

特に今回相手が使った召喚魔法は特殊で、普通なら召喚した悪魔はセーフティーロックとして特殊な空間で覆われ、範囲内から出ることができなくなるそうだ。

 

だが、アタシがダンジョンで戦った召喚士の魔族はスキルかなにかでその制限を外していたらしく、驚異になる可能性があったとのことだ。

 

あの影に放り込むスキル、影の中だと空間をある程度操ってたみたいだしな。

多分あれで外せたんだろう。

戦闘が下手な奴だとしか思ってなかったが、もしかすると意外と厄介な奴だったのかもな。

 

次に変身する魔族を倒した事で領地内の反乱計画が伯爵領内だけにしか広がらず完全に頓挫した事。

これらは状況的に問題は全くない。

だが都合が良すぎたため、かえって疑うことになったらしい。

 

そのため『ラストダンサー』が万が一を考えて裏取りに動く事態になったとか。

 

「ま、魔族を何回も退けるなんてA級冒険者にもそういないからね。王都や辺境伯領でもないのにそれだけの実力者がいるのも不自然だったんだよ。疑ってゴメンね?」

「本当に疑いが晴れたんだな?」

「大丈夫だって。……知ってるかどうかわかわんないけどさ、実は魔族ってちょくちょく街に溶け込んでるんだ。五十人に一人くらいかな?」

 

……うん、知ってる。

つかそんなに少ないのかよ。

 

「私、てっきり十人に一人はいるのかと思ってました」

「あはは。そんなにいないでしょー。魔族のバーゲンセールじゃないんだからさ」

 

エリーが体感で人数を伝えてくるが冗談だと思われたみたいだ。

 

すまねえがアタシもそれくらいかと思った。

どうやらこっちはバーゲンセール開催中みたいだ。

 

「で、ココだけの話、裏では王都でも和平のために百年くらい交渉を続けてるんだよ」

「そんなに長い間やってるのか? その割には何も進展してないみたいだが……」

「表向きは魔族は悪い奴って事になってるけど魔族に怨み持ってる奴って少ないでしょ? アレは国とギルドが共同で一生懸命情報操作してるんだよ」

 

そんな裏事情が……って待て。

これってもしかしなくても極秘事項だよな。

……聞きたくなかった。

喋った本人は気がついてねえみたいだが、こんな情報聞いたらいろいろと面倒に巻き込まれるんだ。

 

「おかげで敵は二つの派閥に分かれてるんだ。一つがみんなの知ってる魔王派閥。もう一つが魔王に与しない中立派。魔王派も力でまとめあげてるって噂だから、魔王さえ倒せば瓦解する……はず! うん、きっとすると思う!」

 

なんだか最後の方歯切れ悪いな。

 

「気になることがあるならハッキリ言ってくれ。中途半端が一番嫌いなんだ。推測でもいい。受け入れるかどうかはアタシが判断する」

「いやね、魔王を倒すのは良いんだけど魔王ってさ、代替わりしてるよね? なのにみーんな人類ブッ殺せ派なんておかしいよね? おかしくない?」

「一人くらい穏健派がいてもいいのにって事か?」

「そうそうその通り。だから何かあるのかなって」

 

確かにそれは気になるが……。

 

「どっちにしろブッ倒すことには変わりないだろ。倒して次の魔王が出てくるならなにか分かるさ」

「うんそうだね! 結局やる事は一つさ。悪い子を叱って改心させる! 駄目なら倒すだけだね」

 

リッちゃんがアタシの後に元気よく言葉を続けてくる。

そういえばリッちゃんは唯一の穏健派魔王だな。自称魔王だけど。

 

「じゃあ受けてくれるって事でよろしくね。あ、勇者の護衛っていっても、実際には私達がメインでちょっと補助してもらう立場になるから安心していいよ」

 

補助ねえ……。

まあどうせロクな事にはならねえだろうし、最大限の準備はしていかねえとな。



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第77話 同行者

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「いらっしゃーい。……おや、久しぶりだね。この間のおチビちゃん達は元気かい?」

 

やってきたのは『よろづ屋 アイザック』だ。

『ラストダンサー』のメンバー達とは後日王都に行くことで決定している。

 

今日はそのための事前準備だ。

王都なら品揃えも充実してるから大丈夫だろうが、万が一のトラブルで調達できないこともある。

 

ここなら一通りなんでも揃うからな。

 

「ああ、ひよっ子達は今は別口で使用人としての心構えを叩き込まれてるな……。あとはついでにダンジョン潜りだ」

「使用人? ダンジョン? いいトコの貴族様もいるだろうに大丈夫かい?」

「なんで分かった? ……いや、金貨見せびらかしてたな、すまねえ」

「それもあるけど、私の直感だとそれだけじゃないねえ。なにかあるよ、あの子達みんな、ね。何かしら訳ありでコッチに来てるね」

 

おいおい、一回会っただけでそこまで見抜くか。

だがその件なら解決済みだ。

アイツらみんな魔族っていう秘密があっただけだ。

しかしよくわかったな。

 

「商売人のカンってやつか?」

「んー、ちょっと違うかなー? 引退したとはいえ、元は王都で冒険者やってたからそっちのカンだよ」

「王都? てことは元A級かB級の冒険者か?」

「まあ一応ね。引退したから今はただの雑貨屋さ 」

「ちょうどいいや。アタシ達も王都に行く予定なんだ、いい店を知ってたら教えてくれ」

「そうだねえ。だったら――」

 

美容室、化粧品店、武具店など彼女が現役時代に世話になっていた店を教えてもらった。

中でも美容系のスキルを持つ店は高いが冒険者の若さを保ってくれるので重宝していたとか。

アタシ達には必要ないがA級冒険者は皆通っているそうだ。

……ポリーナも年齢を考えると使っているんだろうな。

お礼にこちらも必要なものをいくつか買い揃えていく。

 

買い物の途中でアタシ達以外にも来客が現れた。

イケメンとひよっ子達だ。

 

「皆、ここがこの辺りでなんでも揃う雑貨屋だよ」

「こんにちは、ジクアさん」

「やあエリーちゃん。それにマリーも。今日は買い物かい?」

 

む、アタシのエリーに手をだすつもりか?

そうはさせねえぞ。

 

「ひよっ子共、気をつけろ。こいつは商売の腕も性格もいいがイケメンなんだ」

「それただのいい人だよマリー……」

 

リッちゃんがイケメンの魅力にやられてしまったようだ。

あとでメイに調教してもらわないとな。

 

「なんか悪いこと考えてない?」

「別になんでもねえよ。ところで何しに来た?」

「ああ、新人たちに店を紹介してたんだ、ここの店が開いてから、僕たちも行商に行くときはお世話になってたからね」

 

てことはコリンも世話になってたのか。

世界は狭いな。

 

「特にこの店、店長の目利きがすごいんだ。基本的に外れはないよ」

「それに関してはアタシも同意だ」

「褒めたって一割しかまけないよ」

 

安くしてくれるのかよ。

ありがたチョロいな。

 

「イケメンの方はどうだ? ひよっ子共は成長したか?」

「こっちはそれなりだね。マリーのところの話は聞いているよ。オークを倒せるようになったらしいね。すごいじゃないか」

「肝心の常識が足りないけどな。……ところでルビー達とコリンはどうした?」

 

その話を聞くと困ったように肩をすくめるイケメン。

なんかあったのか?

 

「それがね、コリンが身重だと聞いたらナンテーンの木を取りに行くって言って、ルビーさんと腕が立つ新人たちとで山のほうに行ってるよ」

 

ナンテーンか。

たしか加工してやれば緩やかに体力を回復させる効果があったな。

一部の地域では安産のお守りとして珍重されていたはずだ。

 

魔物もそれなりに出るだろうに立派なやつだ。

あいつ、少しは人の心も持ってたんだな。

 

「新人はシゴかれて大変だろうによくついてこれてるな」

「それが意外と面倒見いいんだよ、彼女。ラズリーさんはちょっとアレだけど」

 

ラズリーはアレだから仕方ないとして、ルビーたちが面倒見いいとは……。

 

「お前……、筋肉が脳みそに侵食されたのか?」

「いやいや、確かに力任せに突撃して限界ギリギリまで戦わせる癖はあるけど、教え方は丁寧なんだよ」

 

イケメン、ついに脳がやられたか……。

そんなに筋肉のしごきが辛かったんだな。

かわいそうに。

 

「辛かったんだな、イケメンのために何もする気はないけど、辛いことがあったらそこの壁にでも話しかけてくれよ。遠くから見守ってやるからな」

「それただの危ない人と遠巻きに見てる人だよね?」

 

まったく、人が心配してやってるのに呑気な奴だ。

 

イケメンにはアタシ達が王都にいくこと、今アタシたちが面倒みているひよっ子はギルドで依頼を受けさせることを伝えておく。

 

なにかあったら気にかけておくよ、と言ってイケメン達は行ってしまった。

これから街で取引をする際の基礎をひよっ子達に教えるらしい。

 

……そういえばそのあたりはウチのひよっ子メンバーには教えてなかった。

 

むしろアイツらに一番大事な知識かもしれない。悔しいがイケメンに教えておいてもらうか。

 

 

出発当日。

アタシ達の館の前に一台の馬車が止まった。

『ラストダンサー』が借りている馬車だ。

 

「やっほーマリーちゃん。準備できた?」

「ああ、一応準備は出来たが……ちょっとだけ待っててくれないか」

「なになに? あの日? 予備あるよ?」

「ちげーよ。どうしてもついていきたいっていう奴らがいてな、そいつらを言い聞かせる時間をくれ」

 

ちょっと問題児がうるさいんだ。

 

「そこをお願いします!」

 

お願いのポーズを取っているのはルルリラだ。

後ろからウルルも顔をだす。

 

昨日の夜、雑貨屋から聞いた美味しいお菓子屋さんの情報をうっかり漏らしてしまったのが間違いだった。

お土産に買ってくると伝えたが、どうしても自分たちが行くと言ってきかない。

 

「だから、買ってきてやるから家でおとなしくしてろ」

「お菓子というのは鮮度も大事なんです! 鮮度、場所の雰囲気、店に来る人、そういった全てが美味しいお菓子づくりに貢献してるんです!」

「だから、アタシ達は遊びにいくんじゃないんだ。『森林浴』の奴らみたいにゴブリン退治や薬草集めでもやってな」

「そこをなんとか! 今回を逃すと次いつになるかわからないんです! ほらウルルも頼んで!」

「あたしはどっちでもいいじゃん?」

 

このワン子、なかなかに強情だな。

ハウスしろって言ってるのに躾がなってない。

誰だ躾をしないといけないのは。

……アタシかあ。

 

「あはは、確かに王都はなかなか行かないよねー。こっちからだとちょっと遠いし。私達のチームは別に構わないよ。ちびっこちゃんもおいで」

「お姉さん、ありがとうございます!」

 

マジか。

まあ『ラストダンサー』が良いっていうなら止めはしないが……。

 

「しかし躾はちゃんとしないとだな……」

「まあまあ、たまにはね? 仕事は参加させられないけど、お嬢ちゃん達は宿で留守番でもさせとけばいーよ」

「……ウチのひよっ子達がすまないな」

「いいよ別にー。ジーニィ、念話石でストルスに伝えといてー」

 

そういえば細目の奴、見かけねえな。

どっかいったか?

 

「細目の兄ちゃんはどうしたんだ?」

「ストルスちゃんのこと? 彼ならもうスキルで先行して偵察に行ったよ。ついでに雑魚は倒してくれるから道中は平和だと思うよ」

 

そうか、ストルスの転移能力を使えば、超高速で移動できるんだったか。

便利なスキルだな。

まあコッチにもリッちゃんがいるから、1回王都まで行けば次から空間魔法でショートカットできるが。

 

「リッちゃん、準備はいいか?」

「こっちは準備終わってるよ。王都かぁ。懐かしいなあ」

 

そういえばリッちゃんは王都に遊びに行ってたんだったな。

 

「確かリッちゃんは古代の魔術師だったね。昔はどんなだったのか道中で教えてよ」

「リッちゃん姉は古代の魔術師どころか、まお……、ふぁあん!」

「ふにゃああ! にゃ……、なんで俺まで……」

「お前らちょっと来い」

 

慌てて尻尾の付根から腰あたりをトントン叩いて黙らせる。

 

危ねえぞコイツら。

サラッと正体をバラすんじゃねえ。

王都に行く前に殺し合いになったらどうするんだ。

 

「――というわけで、リッちゃんは封印されてた古の魔法使いとして表向きは通ってる。あんまり裏事情をペラペラ話すんじゃないぞ」

「わ、分かりました……」

「世を忍ぶ仮の姿ってわけだな! かっこいいじゃん」

 

言うほどリッちゃんは忍んでないがな。

とりあえずこっちはこれでよし、と。

 

さあ、馬車に乗り込むか。



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第78話 『ラストダンサー』の戦い

6-78-93

 

「昔はねえ、王都っていっても度重なる内々での争いで疲弊しててね――」

 

リッちゃんが当時の王国の説明をしている。

アタシはそんなに興味ないから放置だ。

 

リッちゃんはヤバそうな事を口走ったらウルルとルルリラが突撃して邪魔するように伝えてあるし大丈夫だろ。

そんなことよりエリーに肩をくっつけながらダラダラしていたい。

 

「――で、その時いた中年のおじさんが、『私は魔王なぞに絶対負けんぞ! 王国の礎として、これから幾百年でも生き抜いてやる』って言ってさ、実際に…… あれ? どうしたの?」

「ん? ああ、ちょっとごめんね。ストルスから連絡があって、数匹魔物を見逃したから暇つぶしに処理してくれ、だって」

 

念話石に耳を当てたからなにかと思えば、敵襲か。

 

「気が利いてるじゃねえか」

 

やっぱり適度に体を動かさねえとな。

さあ狩りの時間だ。

 

「あ、張り切ってるトコ悪いんだけど、今回は私が行くね。皆には実力を分かって貰ったほうが後で仕事やりやすそうだしね。このポリーナさんに任せなさい!」

「ポリーナがいくなら私も……行く……」

 

へぇ、ランク冒険者二人の戦いが見れるのか。

それならアタシは見物に回ろうかな。

 

「よし、A級冒険者の力を見せてくれ」

「任せなさい! 惚れちゃってもしらないわよ〜?」

「惚れたら……溶かす」

 

アタシはエリー派だから安心しろ。

つか溶かすって何だ。

 

……しばらくすると空を魔物が飛んでいるのが見えてくる。

あれはC級魔物のキラーイーグルじゃないか。

不意をついて馬や人を持ち上げ、空から地面に叩きつける魔物だ。

 

たいして強くはないが、空を飛んでいて攻撃しづらい奴らだな。

遠距離攻撃の手段がないならカウンターを合わせてやる必要がある。

 

数は全部で三体。

さてお手並み拝見といこう。

 

「ジーニィちゃんは一体だけ倒してね。わたしの見せ場無くなっちゃう」

「……わかっ、た。【我が望むは絶え間なき苦痛。皮は溶け落ち牙は抜け落ちる。昏き雨に蝕まれ、身を焦がせ】〈酸蝕雨〉」

 

その時、上空に黒い雲が出来上がり一体の魔物へめがけて雨が落ち始めた。

雨に当たると敵は苦しそうにもがいて……

いや、違う。

 

あの雨、体を貫いてやがる。

……溶かしているのか。

 

雨が当たった個体は暴れて逃げまどうが、上空の雲が追いかけ回し、雨を当て続ける。

 

やがて空を飛ぶ一体は力を無くし、地面に落ちた。

 

「エグい魔法だな」

「ウルル見た!? すごい魔法だったね!」

「普通にこえーじゃん!?」

 

ひよっ子達も驚いている。

アレは地味に回避がめんどくさそうだ。

 

「フフフ……。わた、しは……毒と、酸の魔法使い。敵は、グツグツ溶かして煮込む。フヒッ」

 

それぞれの評価に気を良くしたのか不気味に笑っている。

いや、本人は自信満々に笑っているつもりなのかもしれないが、笑顔が怖い。

なんて言うか闇のオーラを感じる。

 

こっちの太陽みたいに明るい光のちびっこ魔族を見習ってほしい。

 

「よっし、じゃあ残りは私だね。私のスキル、『熱量移動』を見せてあげましょう!」

「エリー、念のため馬車全体に防御魔法をかけておいてくれ」

「え? 分かりました。……〈守護〉。そんなに威力の高い魔法なんですか?」

「まあ見てれば分かるさ」

 

馬車から飛び出したポリーナは懐のポケットに手を突っ込むと大剣を取り出した。

あれは魔道具の一種だな。

 

その姿を見た魔物がポリーナへと向かってくる。

仲間の一体を倒されて怒ったデカい鷹二匹が、ポリーナを敵として認めたようだ。

 

「ふっふーん。これから楽しいショーの始まりだよ。まずはー、炎よ集まれ!」

 

ポリーナの掛け声とともに、彼女の左手が赤く染まり炎が発生した。

その一方でアタシ達のいる馬車の前はひどく冷え込んで行く。

 

アタシは炎を灯して体を暖める事にした。

……だがアタシが出した炎はポリーナの持つ炎に吸われるように移動し消えてしまう。

 

「これはいったい……」

「すごく空気が冷えてる……寒いね」

「エリー、リッちゃん。一応服を着込んでいた方がいいぞ」

「あ、そっちまでもしかして冷え込んでる? ゴメンゴメン、すぐ終わらせるからちょっと待ってて」

 

そう、これが彼女のスキルだ。

熱を周囲から奪い集める能力。

多分だが昔より強くなってるな。

 

「んじゃ、いっくよー。凍って、燃えちゃえ!」

 

彼女が手をかざすと、二匹いた魔物のうち一匹が凍りついた。

敵からも熱を奪ったようだ。

 

相手のヤバさに気がついたもう一匹は慌てて逃げようとする。

 

「へっへーん。もう遅いよ【燃えよ燃えよ球!】〈ファイアボール〉!」

 

彼女が呪文を唱えると、炎の塊が魔法として射出された。

……普通の魔法とは違う、超高火力の火球だ。

 

その魔法は一瞬で敵を焦がし尽くし、空中で大爆発を起こす。

 

「うわっ! 熱波がここまで……」

「初級の魔法をあそこまで威力を増幅させるとは、凄いスキルですね」

 

エリーとりっちゃんがそれぞれ感想を述べる。

実際すごいスキルだ。

凍らせて燃やすというシンプルさだが、大体の相手はそれで終わるんじゃないのか?

 

「どうだった? これが『氷炎』の魔女改め、『凍焼』のポリーナさんなのだ!」

「恐ろしい威力だった。前より威力が上がってるんじゃないか?」

「そだね。昔ここにいた頃よりは間違いなく上がってるけど、見たことあるの?」

 

おっといけね。

見たのはアタシがスキルを得る前だからな。

誤魔化すか。

 

「人伝てに聞いただけさ。アタシ達のいるギルド出身者でA級冒険者なんだ、昔のことを聞いてみたくなるもんだろ?」

「そっかそっかー。やっぱり私のファン? サインいる?」

 

いらねーよ。

アタシはむしろサインをねだられる側だ。

寝ている間に額に書くぞ。

 

「さて、戦いも終わったし馬車を改めて動かすよー」

「あれ? ウルルはどこに行った?」

「ここにいますよ!」

 

場所から少し離れたところからかけてくる。

 

「なにやってたんだ? 花でも摘んでたのか?」

「違いますよ! 見てくださいこの枝! いい感じの枝じゃないですか?」

 

見せびらかしてきたのただの木の枝だ。

 

「そんなもの拾ってたのか……」

「ふふん! ウルルちゃん甘いね! 僕が拾ったのはこの枝さ、見てごらん!」

「わぁ、太くて立派です……。でも負けませんよ! 太さよりも硬さです!」

「別に拳でいいじゃんよ……」

 

こいつら何やってるんだ。

つかリッちゃんもいつのまに拾ったんだ。

……二人が木の枝振り回してチャンバラを始めたが放っておこう。

 

「さっ、『エリーマリー』のみんな出発するけど準備はいい?」

「アタシ達は大丈夫だ。行ってくれ」

「あ、ちょっと! 置いてかないでよー」

「そうですよ! 置いて行かれたら泣いちゃいます!」

「普通に黙って座ってれば良いじゃんよ……」

 

途中、いくつかの関所を抜け、小さな村で寝泊まりをしながら移動し、王都へ着く。

たまにストルスがわざと魔物を逃してくれたのはいい暇つぶしになって助かった。

 

おかげでお互いの実力もなんとなく知ることができたしな。

 

「さあ! 目の前に見えるのが王都の入り口だよ」

「ああ、準備はできてるぜ。……ところでリッちゃん。その棒切れは王都まで持って行くのか?」

「ん? これ? もちろんだよ。僕の聖剣エクスカリバーはいつでも一緒さ!」

「同じく私の魔剣バルムンクも一緒です!」

 

お、おう。

ただの枝にそこまで大仰な名前を付けられてもこっちも困る。

大体魔王が聖剣なんて持ってどうすんだ。

敵に奪われて切られるパターンだろそれ。

 

まあいいや。

本人たちが飽きるまで持たせておくか。



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第79話 勇者の剣

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アタシ達は門をくぐる。

王都はアタシ達のいた街よりも圧倒的に人が多く、かなりの活気があった。

 

「すごくキレイで栄えた街並みですね」

「ああ、発展してるな。エリーも来たのは初めてか?」

「はい、上の姉さま達は何度か来たことがあるようでしたが」

「僕が遊びに来てた頃はもっと控えめだったのに凄いね」

 

いや驚いた。

今は馬車に乗ってるから大丈夫だが降りたらぎゅうぎゅう詰めで辛そうだ。

 

……うっかり迷子になると面倒そうだな。

後で地図と目印になりそうな建物を教えてもらおう。

 

「どう? 凄いでしょ?」

「ああ、はぐれたらなかなか再会するの難しそうだ」

「あはは、確かに慣れないと大変だね。今から進むといくつか目印になる広場があるから、適当なところで落ち合うといいよ」

 

馬車が進んでいくと、確かにいくつかの広場を通り過ぎた。

広場には屋台が店を出していて美味そうな匂いが漂ってくる。

 

「お腹空きました〜」

「もうちょっとだけ待っててねー。王城で挨拶してから宿に案内するからさ」

 

ポリーナが指さしたのは丘の上にある高い城だった。

純白のその城は荘厳という言葉がしっくりくる。

よく見ると王城近くの空中に岩が浮いており、ペガサスに乗った騎士隊がその間を飛び回っていた。

 

「うわぁー……あれなんですか! お城の兵士達って馬で空を飛ぶんですか!?」

「すっげーぜ! なんで岩が浮いてるんだ?」

「凄いね! 僕の時代はあんな魔法障壁なかったよ!」

 

ケモノっ子達がはしゃいでいる。

ついでにリッちゃんも。

魔法障壁ってことは、アレは魔法で維持してんのか。

 

「一瞬で魔法障壁って見破ったんだ、流石は古代の魔法使いさんだね。そう、アレはかつて魔王に苦渋を舐めさせられていた時代の経験を活かして作った空の防壁なんだってさ」

 

ポリーナが説明をしてくれた。

魔法障壁ってことは空から敵が襲ってきたらあの岩が襲いかかってきたり、壁になったりするわけだな。それにあのペガサス。

 

「もしかしてあれが噂のペガサス騎士団か?」

「そうだよ。あれが王直属の親衛隊、この国が誇る最強戦力の一角だね。一人一人が最低でもD級冒険者相当だって噂だよ」

 

ペガサス騎士団。

空を飛ぶ魔獣、ペガサスを手なづけ飼育し空を駆け回る精鋭部隊だ。

まともに戦いたくない相手だな。

 

「もし敵が出たら空から攻撃を仕掛けるのか、相手によっては手も足も出ないまま沈められるな」

「私も聞いたことがあります。辺境伯と連携して魔族とも戦うことがあり、実戦経験も豊富だとか」

 

普通の兵士たちはC級からE級程度の戦闘力の持ち主だ。個々は突出した強さがないが、集団での戦いを心得ているときく。

更には指揮力を高めるスキル持ちが指揮を取ることで一時的にワンランク上の力が出せるらしい。

冒険者との戦いとはまた違う、数で戦う奴らだな。

 

それに加えてペガサス騎士団は個々の能力も高いらしいからな。

ワンランク上の能力を持つ奴らが支援系のスキルを身にまとって集団で襲い掛かってくるとか怖すぎる。

 

「今回の依頼人は騎士団じゃないから気にしなくて良いよ」

「そういえば依頼人について聞いてなかったな。つか、アタシ達も会わないとだめか?」

 

勇者の護衛とか、どう考えても依頼主は貴族かそれ以上の存在だろうし会いたくない。

うっかり怒りを買って賞金でもかけられたんじゃエリー達と魔族領にでも逃げるしかない。

 

「ん、大丈夫……。依頼者、いい、人……」

 

地味子が珍しく声を出した。

そりゃ、冒険者から見たらいい人かも知れねえが、こっちは魔族もいるんだ。

言い換えれば悪役のポジションはアタシ達だからな。

流石に今までバレてねえから大丈夫だと思うが、万が一には備えておきたい。

 

「依頼者はここの宰相様だよー。長年の経験を蓄積した立派な人だから安心してね」

 

マジかよ。

アタシ達のいた街では立派な人と書いて残念と読むんだぞ。

立派なバカなんじゃないだろうな。

 

 

王城につくと細目がいた。

門番と何やら話し込んでいる。

 

「ついについに到着したか『エリーマリー』よ。彼らの相貌に一寸の狂いなし。門番よ、扉を開いてもらおうか」

 

王城へ入るための手続きかなんかがあるのか。

どうやら手続きを済ませてたらしいな。

 

「さてさてマリー殿。話は聞いているな? 拙者達は先に宰相に話を通してくる。そこの中庭で花でも眺めながら休むといい」

「じゃあ後でねー」

「バイ、バイ……」

 

『ラストダンサー』は王城の中庭へ案内すると、奥へと行ってしまった。

 

「待ってれば来るんでしょうか……?」

「多分な。まあのんびりしてよう」

 

何気に日差しもあたって風も入ってくる。暖かくて涼しい。

 

リッちゃんが前に拾ったいい感じの枝でルルリラとチャンバラをしている。

……王城の中まで枝を持ってきてたのか。

気に入ってるなあ。

 

一方でウルルはその様子を見ながら日向ぼっこだ。

アタシもエリーの膝の上でお昼寝したい。

 

「もうすぐ夏になるな」

「ええ、今年の夏はどうしましょうか?」

「そうだなあ護衛の任務がどうなるかにもよるが……。おいリッちゃん、何をやってるんだ?」

 

チャンバラ遊びの最中になんか見つけたらしく、庭の中央の方でゴソゴソやっている。

まったく、拾い食いでもしてるのか?

 

「ねえマリー、エリー! ちょっと来てよ! これ見て!」

「なんだこれは……?」

 

そこには一本の剣が刺さっていた。

その剣は非常に古く、あちこち錆のようなものが浮かんでいる。

 

剣の座っている台座には、文字が彫られていた。

 

「えっと……。『この剣を抜けるもの、魔王と戦える力を証明するものなり』ですか。これはもしかして『勇者の剣』ですか?」

「勇者の剣? なんだそりゃ?」

「なんでも魔王に苦しめられていた時代、昔の大賢者が魔王と戦うだけの力を秘めた剣を王都に封印したそうです。この剣がそうなのかは分かりませんが……」

「じゃあこの剣抜いたら僕も勇者になれるんだね!」

 

エリーが『勇者の剣』について説明してくれる横で、リッちゃんが剣を抜こうとする。

 

この錆びた剣がねぇ……。

なんの力も秘めてなさそうだけどな。

 

第一、封印なんてせずに、さっさと戦場に投入したほうが早いだろうに。

大賢者ってのは何を考えていたんだ?

振るうにふさわしい実力者を探してた……とかか?

 

「これ抜いたらもしかして勇者として認定されるのか。じゃあ今までの勇者は何だったんだ?」

「暫定……でしょうか。流石に今まで千年近くも誰も抜けないのは良くないでしょうし」

 

体裁の問題か。

ありえるな。

リッちゃんが手放したのでアタシも軽く触ってみるがビクともしない。

まあ当然か。

 

「うーん、これ剣に保存の魔法がかかってるね。でも後からかけられた魔法かな? 台座の魔法が芸術的な美しさなのに剣にかけられた魔法はイマイチ……。あっ!」

 

どうしたリッちゃん?

なにか隠された秘密でも分かったのか?

 

「どうした?」

「えっと……、ここでなんでもないよって言ったら逆に気になるよね?」

「そりゃそうだろ。もしかして伝説の剣にかけられた封印を解けたりするのか?」

「えっと、一応……?」

 

そりゃすごいな。

だが、なんだか歯切れの悪い返答だ。

 

「……リッちゃん、何を隠してる?」

「た、たいしたのは隠してないよ! えっと先に言っておきたいんだけど、もう千年前のお話だからね? 時効だからね」

 

いや、何をやらかしたんだよ。

もうなんか嫌な予感しかしない。

 

「むかし、ファーちゃんとお城に忍び込んだんだけど、うっかりお城で大事にしてた壺を壊しちゃったんだよね」

 

それ国宝の壷かなんかだろそれ。

昔話で聞いたことあるぞ。

うっかりで壊して良いもんじゃねーだろ。

 

「また運の悪いことにメイドさんに壺を割った所見つかっちゃってさ、兵士達に追いかけられてこの中庭まで逃げて来たんだ、けど」

「……けど?」

「後で直すつもりだったからさ。割れた壺をもってきちゃったんだよね。だけど魔法や矢で攻撃されてそれどころじゃなくてさ」

 

傍から見たら魔王が国宝持って砕いただけだしな。

とりあえず攻撃くらいはするだろうな。

アタシだってとりあえず焼いとく。

 

「しょうがないから、一時的に空間魔法で作った空間に壺を放り込んで、目印として兵士が使ってた剣を刺しておいたんだ。それが……この剣だと思う。錆びてるから自信ないけど」

「……つまり勇者の剣はただの兵士の支給品ということでしょうか?」

 

たぶんね、と頷くリッちゃん。

それを聞いたエリーが恐る恐る訪ねてくる。

 

「それでは、この台座に書かれた文言はいったい……?」

「あ、それね。これぐらいの魔法を破れないと、僕とファーちゃんに傷をつける事はできないよーっていうのをそれっぽく書いたんだよ!」

 

つまり、リッちゃん流で格好つけた文言にしただけ、と。

 

「と言うことは魔王の魔法を破れる人物を求めていたのが、いつの間にか話が歪んで魔王に対抗できる存在、勇者の証という事になったのでしょうか?」

「うん、多分そんな感じ……かな?」

 

もうほとんど自作自演じゃねーか。

どうすんだよこれ。

魔法といたら負の遺産が表に出てきちゃうじゃねーか。

 

「はわわ、なんかとんでもない秘密を聞いた気がします……」

「俺、聞かなかった事にするじゃんよ……」

 

おう、ケモノっ娘は聞かなかった事にしておけ。これはアタシも聞きたくなかった。

これ以上悪い話を聞かないように耳をふさいでおけ。

ついでに誰かに聞き耳を立てられないように向こうへ監視しに行ってもらおう。

アタシたちはちょっと尋問の用事ができたからな。後でそっちに行くぜ

 

さて様子見程度に軽いジャブを投げかけてみるか。

 

「質問だが……第一、なんのために王城に忍び込んだんだ?」

「え? 王様の額に魔王参上!って落書きしたくて……。あ! それは上手くいった帰りの事だから安心してね」

 

いきなりフルパワーでカウンター食らった気分だ。

千年前の事なのに不安しかねえ。

 

「……一応聞いておくがなんでそんな事した?」

「フッフッフ、よくぞ聞いてくれました、名付けて『ファーちゃん発案! ボクと王様の仲直り大作戦!』だったんだよ。王様色々勘違いして僕の事怖がってたからね! きっとあの後静かに立ち去ってたらドッキリ大成功で仲良くなれたと思うんだよね」

 

そんなん『お前の寝込みはいつでも襲えるぞ』って脅してるのと変わんねーだろ。

別の意味でドッキリだわ。

 

「とりあえず分かった。わからない所もあるが、それは分からないままの方が良いって事も分かった。リッちゃん、その魔法はそのままにしておくんだ」

 

アタシ達は何も知らないし聞いていない。

分かってるのは『勇者の剣』ってのが、この王城のどこかにあって、今も勇者にひっそり抜かれるのを待ってるって事だけだ。

 

リッちゃんには釘を刺しておいたし、もう剣には関わらない方向で――。

 

なんで剣が抜けてるんだ?

剣の柄の部分はそれほどでもないが、先端部分が錆びまくってる剣をリッちゃんが持っている。

 

「え? ……ゴメン、もう解除しちゃった。戻すね」

 

そう言うとリッちゃんは引っこ抜いた剣を元に戻そうとする。

 

「あー、駄目だ。もう一回空間魔法を張り直さないと。まずかった……かな?」

 

 



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第80話 窮地

6-80-95

 

マズいな。

今まで抜けなかった剣を抜いたとなれば注目されるのは間違いない。

普通ならそこから勇者として認定されて崇められるんだろうが、問題はリッちゃんが抜いたってことだ。

 

そもそも剣を刺したのリッちゃんだし。

根掘り葉掘り理由を聞かれるのも良くないだろう。

 

「リッちゃん、アタシ達の推測が正しければこの剣は半ば神格化されてるんだ。つまり、抜くと勇者として認定されて城で訓練やらで軟禁される可能性が高い」

「え!? じゃあ館に戻れなくなっちゃう! 早く戻さないと」

 

問題はそこじゃない。

それに慌てて戻そうとするな。

慌てると転ぶぞ。

 

「まずは元の場所に戻して……。あっ」

 

元の場所に戻そうとしたとき、台座の上に豪華な壷があらわれる。

アチコチにヒビが入って割れているがもしかして国宝の壺とやらだろうか?

そうか、空間魔法が解けたからこの壺も出てきたんだな。

 

突然現れた壺に剣を突き刺しそうになるリッちゃん。

あわてて避けようとしたリッちゃんはバランスを崩し、よろけて剣先を台座に叩きつけてしまう。

 

「あっ」

「あっ」

 

叩きつけた衝撃で剣の先が折れた。いや、砕けた。

……あんだけ錆びてればそりゃそうなるよな。

 

「ど、どうしよう! 空間魔法で隔離されてるところは保存の魔法が効いてなかったみたい!」

「落ち着くんだリッちゃん。人に見られる前に始末するぞ」

 

マズいな。

ここにあるのは壊れた勇者の剣、壊れた国宝の壺だ。どれも他の奴らに見られるとマズい物なのは間違いない。

リッちゃん倉庫にしまってもいいが、うっかり引っ張り出されると面倒だ。

あそこはよく調べずに慌てて取り出すと間違ったものを取り出すことがあるからな。

 

「よしリッちゃん。空間魔法で空間を作るんだ。この剣と壺を放り込むぞ。なかったことにするんだ」

「わ、分かったよ。少し時間かかるから、ちょっと待っててね」

 

おう、頼むぜ。

もうじき案内の人か誰かが来るはずだ。

それまでになんとかしてくれよ。

 

「ふぉっふぉっふぉ……。冒険者の皆さんはみな元気ですなあ」

 

リッちゃんが隠ぺいに動いてから間もなく、後ろから声がした。

温和な雰囲気だが話し方がどこか古臭い。

 

「リッちゃん。アタシ達が時間を稼ぐから、こっちは任せたぞ。どんな方法でもいいから上手く誤魔化してくれ」

「う、うん。わかったよ」

 

アタシは小声で囁くと、声がしたほうへいく。

中庭には中年のおっさんが入ってきていた。

とりあえず台座のある場所へ行けないようにうまい位置取りに立っとくか。

 

「なにやら慌てていたようだが、何かあったかのう?」

「いや、何もないぜ。そうだよなエリー」

「そ、そうですね。ある意味いつも通りの日常です……」

 

落ち着くんだエリー、目を泳がせるな。

嘘は覚悟を決めて突き通すもんだ。

 

「ところでオッサンは誰だ?」

「ん? ワシ? ワシはグロウ・タスケット・ファーブルと言う名前での。この国で宰相を務めておる」

 

宰相だと?

……確かに服も身に着けている小物も品質がいい。使用人が着れる服じゃない。

 

だけどよ、宰相なんて普通は奥の方で引きこもってるもんだろうが。

なにしに出向いてきやがったんだ?

 

「ああ、固くならずとも結構。千年くらい生きておると時勢とともに移り変わる礼儀などワシには些細なことでの」

「千年? って事はアンタもしかして『不老』のスキル持ちって噂の……」

 

王都の重職についてるとは聞いていたが宰相だったのか。

千年か……。ちょうどリッちゃんが現役だったころだな。

頼むからリッちゃんとは面識なしでいてくれ。

 

「左様。『不老』のスキルを経て千年、この国で身を粉にしておるよ。実は皆をこの中庭に通すよう伝えたのもワシじゃ」

 

そう言うと、中庭をぐるりと見渡してくる。

おいやめろ。あまり見るな。

まだリッちゃんが作業中なんだ。

頼むからアタシ達だけを見つめていてくれ。

 

「ふむ、噂には聞いておる。『エリーマリー』のリーダー、マリーちゃんじゃろ? あの憎き魔族を追い払ってくれたこと感謝するぞい。……ところで三人組のチームと聞いていたが、ここには四人ほどいるようじゃが……?」

 

おう、そっちに興味を持ってくれたか。

良かった。ケモノっ子達の説明も踏まえて経緯を丁寧に、長ったらしく説明させてもらおう。

 

「――という訳で、ついてきてしまった。すまねえな」

「ふぉっふぉっふぉ。それくらい構わんぞ。お嬢ちゃん達には後で王宮のデザートを食べさせてあげよう」

「え!? いいんですか! やったー!」

「へへっ、ありがとうじゃんよ」

「構わんよ。子供は癒やしじゃからのう」

 

ニコニコと笑う宰相のオッサンが料理をごちそうしてくれるそうだ。

なかなかいいオッサンじゃないか。

 

「さて、本題に入るぞい。冒険者は好奇心旺盛な者が多いからの、ここで待ってい貰えば中庭の面白い物に気がついて暇を潰して貰えると思ったのじゃ」

 

宰相のオッサンは剣のあったほうを見チラチラみつめている。

この位置だと庭園の花や木々に隠れてみえないが、ちょっと歩くと素敵なモノが見える……いや見えなくなっているのに気づくだろうな。

 

……流石にここで知らないフリは不自然か。

 

「あの剣の話……か?」

「そうじゃ。あの剣は特殊な魔法がかけられておっての。この千年、だれも抜くことができん。君らも抜けなかったじゃろ?」

 

すまねえ、魔王本人がうっかり抜いてしまった。

いま一生懸命に無かった事にしてるから待っててくれ。

いろんな意味で元凶のリッちゃんが修復してるところだ。

 

「ああ、アタシの最後の仲間が色々頑張ってるみたいだが、難しいだろうな」

「ふぉっふぉっふぉ……。しょうがない。あの芸術的な魔法……。魔術師にとっては奇跡を見ているに等しいと聞くの」

「そ、そうだな。リッちゃんもびっくりするほど熱中してるからな。おーいリッちゃん!」

 

リッちゃんに宰相が来たぞ、と声をかけてみるが返事がない。

 

「熱中しすぎだな。ちょっと様子を見て引っ張って来るから宰相様はそこで待っててくれ」

「いやいやワシも行こう。才ある者へこちらから出向くのも礼儀じゃ」

「そう、か……。別に待っててくれても構わねえんだがな。いやホントに」

 

リッちゃんに今から宰相と一緒にそっちに行く事を大声で伝える。

……やはり返事がないな。大丈夫か?

 

こっそり簡易通信の魔導具も使って見る。

……反応があった。今、から、いく……?

行くってなんだよ。

 

……ええい、女は度胸と愛嬌だ!

出たとこ勝負よ!

 

ゆっくりと剣が見えるところにまで移動する。

そこにリッちゃんの姿はない。

そこに刺さっていたのは剣じゃなかった。

 

さっきまで剣が刺さっていた場所には代わりに木の枝が刺さっていた。

 

「こ、これは……!?」

「聖剣エクスカリバー……」

「私の魔剣バルムンクまで!」

 

なぜか剣の代わりに二本も枝が刺さっている。

そして肝心のリッちゃんがいない。

 

「な、なな、なぜ……?」

「……良かったな。もう一本増えたぜ」

 

呆然している宰相の前で空間が歪むとリッちゃんが姿を現す。

手に持っているのは壷だ。

壊れていたはずの壷が完璧に復元されている。

 

「ふぅー、ただいま。その人が偉い人なの?」

「ああ、この国の宰相のオッサン……宰相様だ」

 

顎が外れそうなくらい口が開いているが宰相だ。

ちゃんと敬ってやってくれ。

 

「えっと、どうも初めまして、リッちゃんっていいます。良かった、間に合ったみたいだね」

 

何一つ間に合ってねえよ。

 

 



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第81話 旧知

6-81-96

 

「すまないがリッちゃん。状況を説明してくれないか」

「あ、ごめんごめん。えーっと……」

 

宰相のオッサンに目をやっているが、バレるのを心配しているんだろうか。

もう手遅れだからまず説明してほしい。

今更隠し事する方が厄介だ。

 

目で合図をする。

どうやら意図はリッちゃんに伝わったようだな。

 

「えっとね。まず空間魔法でココと館をつなげてメイに会ったんだよ。そしてメイに壺を治して貰ったんだ」

「ツッコミどころは色々あるが、何故メイに頼んだ?」

「あれ? 知らない? メイはメイドとして一通りの家事洗濯の他にも簡単な物は材料さえそろってれば魔法で治せるよ? 剣みたいに年数も経って変化したのは無理だっていってたけど」

 

マジかよ。知らなかった。

そういう魔法使えたのか。

確かにモノが壊れねえと思ったが……。

 

「それは分かった。で、なんで剣の代わりに枝が刺さってるんだ?」

「最初は剣を刺そうとしたよ。でも剣を元に戻すには魔力とか時間とかが色々足りなかったんだよ。前はファーちゃんがいたから魔力でゴリ押しでなんとかなったけどね」

 

なんでも館への転移と違い、事前に準備していなかったため魔力が足りずに小さい穴しか作ることができなかったそうだ。

そのために事前に準備してあった館への転移を先にここで設置して壺の修復を優先したらしい。

 

「剣は穴が小さくて刺さらなかったけど、何も刺さってないと問題になるでしょ? という訳で、残念だけど僕たちのお気に入りの木の枝を代わりに刺しておいたんだ」

「木の枝が代わりでも問題になると思うぞ」

 

伝説の勇者の剣を抜きに来たら、刺さっていたのは木の枝だったとか質の悪い冗談だ。

キャンプにしか使えねーぞ。

 

「マリー、僕は思うんだ。今はただのいい感じの木の枝かも知れない。でもね……」

「いや普通の木の枝だろ」

「時間が立ったら伝説の木の枝として僕たちの聖剣エクスカリバーと魔剣バルムンクは崇められるんじゃないかって!」

「リッちゃん姉はそこまで深く考えて……。私、感激しました!」

 

ケモノっ娘は少し黙っててくれ。

これはただノリで動いてるだけだ。

 

確かに数百年したら崇められるかも知れないが……。

抜けないだけの木の枝を聖剣として崇めてるとか嫌だな、そんな国。

 

「ま、ま、まお……」

 

やべっ、宰相オッサンの事忘れてた。

なんだ? リッちゃんを指差して。

もしかして知り合いか?

 

「いやまさか、こんなところにいるはずがない……。奴は死んだのじゃ。他人の空似、そう似ているだけ……。数百年前にも他人の空似で叫んでアチコチから怒られたのじゃ。同じ轍は踏まんぞ」

 

一人でブツブツとうるさい宰相様だ。

その様子にリッちゃんはクビを傾げてオッサンをじっと見つめてくる。

 

「えっと、おじさん。もしかしてどこかで会ったことがありますか?」

「い、いや気のせいじゃろうたぶん。きっと。……落ち着けワシ。諜報部からの情報でも封印された古代の魔術師だと……、古代?」

「えー、でもどっかで見たような……」

 

リッちゃん、ナンパや色街のキャッチじゃないんだからそこまでにしとけ。

お互い他人のほうが後腐れ無いこともあるんだぞ。

 

温和な宰相の顔が青く引きつってるじゃねえか。

 

「と、とにかく! リッちゃん君だったね! なにはともあれ君は剣を抜いた! 君の生い立ちは後々聞かせてもらうとして今は――」

「思い出した! えっと大臣さんですよね? その説は色々ご迷惑をおかけしました。こちらつまらない物ですが……」

 

リッちゃんが修復された壺を渡してくる。

……それもともと王国の国宝じゃねえか?

 

「当時は王様の顔に落書きしてすいませんでした。あの頃の王様は元気ですか?」

「ほ、本物の……ま、お……う……」

 

呟くとそのまま気を失って倒れてしまった。

薄々そうなんじゃないかとは思っていたが、まさか関係者だったとは。

世界って狭いな。

 

「わわわ! どうしよう、前の王様とっくに亡くなってるんだった! うっかりトラウマを思い出させちゃったかな!?」

「落ち着くんだリッちゃん。あとトラウマはお前だ」

 

「どうマリーちゃん? 宰相様と話し終わったかな?」

 

タイミング悪くポリーナが入ってきた。

さて、倒れた宰相のオッサンをどうするか。

……上手く誤魔化して運び出すしかねえな。

 

「私たちも一緒にここで話をする予定だったんだけど、グロウ様が驚かせたいからっていう理由だけでわざわざ直接出向いてきたんだ。お茶目でごめんね。驚かせちゃった?」

「ああ、驚いたよ」

 

宰相のオッサンのほうがな。

 

「あれ? なんでグロウ様倒れてるの?」

「……さあ? わからねえな? 急に魔王とか叫んで倒れたんだ。長生きしてると、いろいろ気苦労があるんだろう」

 

エリーとケモノっ娘達が目を逸らす。

心当たりしかないもんな。仕方ないな。

 

だけどなんで肝心のリッちゃんは頭の上にハテナマークが浮かびそうな顔をしてるんだ?

……本当に分かってないんだろうか。

こりゃ大物になるな。もうなってるか。

 

「この宰相は魔王とただならぬ因縁があるのでしょうか?」

「えっ! 魔王? そっかごめんねー、この人さ、過去のトラウマで魔王の事になると暴走するんだ。『不老』のスキル持ちってのは聞いた?」

「ああ、魔王とも関係があるみたいだな」

「そうそう、なんでも初代魔王とその相方がペアで動いてた頃からの相手なんだって」

 

相方ねぇ……。

それにしちゃちゃんとリッちゃんを魔王と認識してたな。

なにかあんのかも知れねえな。

 

「なんでも王都を襲撃しては王様に殺害予告をしたり、宝物庫を空にしたりとやりたい放題だったそうよ」

「え!? もともとほぼ空っぽだった――ふにゅっ!」

「リッちゃん。ちょっとだけ静かにしてて下さいね」

「そうです! マリー姉にまかせてドンと構えていてください! 黙ったままで!」

「そうじゃん、そうじゃんよ!」

 

エリー達が必死でりっちゃんに発言させないようにしている。

よし、しばらくは頼んだぞ。

今アタシたちパーティーの首が物理的に飛ぶかどうかの瀬戸際だからな。

 

「魔王というのはとんでもない奴だな。だけど、初代魔王の伝承に比べると可愛いモンな気がするが……?」

「なんでも魔王の相方かな? 友人か恋人だったと言われてる人がいたみたい。その子が死んじゃってからいろいろ変わったみたいね。魔王軍を作って攻めてきたのも一人になってからなんだって」

 

友人か恋人……ね。

実際には家族だったが間違ってはないな。

話を聞いたリッちゃんが急に大人しくなった。

 

「どうしてファー……初代魔王はそんな事したのかな? 不器用でも静かに生きることだってできたはずなのに……」

「そればっかりはなんとも言えないわねー。魔族を捕らえて尋問しても良く分からなかったらしいわ」

 

歴史の謎ってやつか。

初代魔王に詳しい人物が近くにいるのに、誰も知らねえならお手上げだな。

 

「とりあえず、宰相のオッサンを運ぶか。どこに運べばいい?」

「それならすぐ近くに医務室があるよ。ほらあの部屋。使用人向けだけど」

 

それならそこに運び出すか。

……面倒くさいな。しばらく放ったらかしでも良いんじゃないか?

 

「あ、そうそう。ココに『勇者の剣』があるんだけど――」

「よしっみんな急げ、オッサンを運び出すぞ」

 

アタシ達は全力でオッサンを運びだした。

……ポリーナが悲鳴をあげていたようだが一体何故だろうな。

宰相が倒れてなかったら確認にいけたんだが残念だ。



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第82話 説得

6-82-97

 

「う……む……」

「おう、宰相のオッサン目が覚めたか?」

「おや確か……冒険者のマリーちゃんじゃな。どうしてココに……?」

 

もしかして記憶が混濁してるのか……?

よしっ、コレならいける!

 

「いやビックリしたぜ。エリーの幻惑魔法の範囲内に入った途端、いきなり叫んでぶっ倒れるんだからよ」

「ワシがいきなり倒れた、だと……?」

「ああ、覚えているか? 中庭での事だ」

「そうか、幻覚か……。おぼろげだが悪い夢を見ていたようだ」

 

よし誤魔化せそうだ。

ここは勇気を出してあえて一歩踏み込む!

 

「ちなみにどんな夢を見ていたんだ?」

「ああ、ワシが見た目通りの年齢だった頃の話じゃ……。邪悪なる魔王一派がこの城に現れ乱暴狼藉を繰り返しておったことがあってな」

 

乱暴狼藉ねえ……。

アタシは宰相の後ろで隠れているリッちゃんに目をやる。

なにか言いたそうだがケモノっ娘二人がガッツリ抱きついて口を塞いでいる。

よしよし、命令に忠実で良い子達だ。

 

リッちゃんの言い訳は後で聞くことにしよう。

 

「初代魔王の時代、無二の親友と呼ばれる存在が自称魔王を名乗っておった事がある。そいつが、そいつが……ソイツがああっ!」

「オッサン落ち着け。ほら水だ」

「す、すまぬ……」

 

水差しから汲んだ水を飲ませてやると落ち着いた。

いやどんだけトラウマになってんだよ。

 

「いかんな、ソヤツの幻覚を見てしまってな。新しい魔法を披露すると言って城の一部を吹き飛ばしたり、正面から王に金をせびったり、食糧庫を空にされた事を思い出してしまったわい」

「……それは大変だったな」

 

リッちゃんは相変わらずだな。

本人が後ろからなにかを言いたそうにコッチを見ているが、目でしゃべるなと合図しておく。

 

「聞く限りただのぶっ飛んだバカな奴に聞こえるが、魔王ってのはそんなに憎まれてたのか?」

「いや、アヤツ……。元は王国研究者として召し抱えていたリッチ・ホワイトという者じゃったが、彼がやる事は貧しい者のためでもあった。当時は善政とは言えぬ部分もあったからのう。貴族はともかく、庶民で憎んでいる者はそうはおらんかった」

 

更に詳しく話を聞く。

色々とやらかして城から追放されたリッちゃんは独自に研究をして成果を披露しに王都に来たらしい。

 

城の従者達は追放したにも関わらず無断で侵入したリッちゃんを捕まえようとしていたとか。

ただ一方で、富を貧しい人に配ったり魔法で植物や畜産の品種改良なども行っていたらしい。

そのため、庶民の出でリッちゃんを捕まえようとするものは少なかったらしい。

 

ほうほう。憎んでるものは少ない、と。

リッちゃんが得意げに頷いているが無視だ無視。

 

……だが、それならイケるか?

 

「本当に大変なのはその友人が居なくなってからじゃった。魔王ファウストがある日城にきてこういったんじゃ。『私は友人を消した。私達は魔族の王として、人類に宣戦布告する』と」

 

それが永きに渡る戦いの始まりであった……。とオッサンは語った。

なんでも最初の百年は激戦で憎しみも絶えなかったが、その後は魔族の一部と交渉を行い、少しずつ懐柔したり西へ追いやりで今に至るらしい。

 

オッサンも苦労したんだな……。

後ろで涙目になってるリッちゃんも直接関係ないとはいえ、ついでに反省したほうがいいな。

 

「リッチって奴が魔王を抑え込んでたのかもな」

「うむ、そうかもしれぬ。だがリッチ本人はこの世におらぬ。もう分からぬ事じゃ」

 

多分本人はそこまで深く考えてないと思う。

さあ、会話の誘導も大詰めだ。

 

「てことはリッチの罪は王城でイタズラしまくった事であって、直接魔王として暴れまわった事じゃないんだな?」

「イタズラと言うには度が過ぎていたがな。事実、当時の王はその実力に震え上がっていたからのう。……だがあれから幾千もの時が流れた。彼の罪は許してやっても良いかもしれぬ……」

「そうか、良かったぜ……。本当に……」

 

よっしゃ! 言質とった!

やったぜリッちゃん!

過去の悪行は宰相のお墨付きで水に流してもらえたぞ!

 

今日からは魔王の保護者改めただのイタズラ好きの魔法使いだ。

さて公に認めさせるために最後の詰めを……。

 

「え! 許してくれるの! やったー!」

「おいリッちゃん、飛び出すのはまだ早い!」

「ん? なっ! き、貴様……、リッチ・ホワイト!!」

「あっ、今はリッちゃんです。よろしくね」

 

もう少し、もう少しだけ遅く出てくれれば公の認証という形で通してゴリ押しをするつもりだったのに。

ちょっとマズイな。

 

「ななな……うそじゃ! いや実際に……」

「落ち着いてくれオッサン。ココにいるのはリッちゃんという女の子だ。リッチ・ホワイトとかいう男じゃない」

「な!? しかし、見た目はあの頃と変わらず凄く好み……ごほん、スレンダーだが……」

「失礼な! 僕はぼく……うわっ!」

 

アタシが指を鳴らすと、ケモノっ娘達が再び羽交い締めにした。

アタシ達全員のクビが物理的にかかってるんだ。

しばらく黙って貰うぞ。

 

しかしリッちゃんとは言え女の子の体をジロジロ舐め回すように見やがって。

変態かよオッサン。

まあいい。代金はリッちゃんの無罪だ。

 

「生まれ変わりって奴だ。死んだ直後に生まれ変わって封印されたらしい」

「僕は死んでるだけで生まれ変わって――」

「リッちゃん姉! 私の新作ゼリーをどうぞ!」

「気にせずくちいっぱいほうばるじゃんよ!」

「はぶっ! ……あ、美味しい」

 

すばやくケモノっ娘達が口を塞ぐ。

いいぞ、ナイス判断だ。

さあゼリーに夢中になってるウチにオッサンを説得しねえと。

ちょっとだけ嘘が混じってるが信じてくれただろうか?

 

「な、なるほ……、いや信じぬぞ! あ奴は性転換の魔術を最も研究していた! なんらかの秘術を習得していても驚かぬ!」

「疑り深いなあ。仮にリッちゃんがリッチ・ホワイトだったらどうするんだ?」

「無論、相応の裁定を下すまで」

「おいおい、さっき水に流してもって言ってただろ。宰相が自分の発言をひっくり返すのか?」

 

宰相の単語をあえて強調してみた。

だが、オッサンは眉をしかめただけだ。

 

「マリーちゃん。お嬢さんには分からないかもしれないが、政治というものは社会そのもの。もしワシという個人が一人悪名を被って上手くが回るのであれば容赦なく被るのみ」

 

その瞳に揺らぎはない。

立派な心がけだねえ。

……だが、その心がけを逆手に取らせてもらうぞ。

 

「分かった。仮にリッちゃんが魔王の相方だとしよう。裁定を下すといったが……処刑するのか?」

「場合によってはやむをえぬ話じゃ」

 

目に一切の動揺がない。

覚悟が決まってるな。

……ちょっとやべえ。

 

「もし処刑した場合、世間的にはどう映る? 魔王の友人が復活しましたなんて、胡散臭い事で処刑するのか? それじゃいきなり冒険者にいちゃもんをつけて殺しにかかったように見えないか?」

「むむ……」

 

よし、一瞬考え込んだな。

話のわかる理性的なおっさんで助かったぜ。

……ここで追撃を叩き込む。

 

「それに魔族とも一部仲良くしてるんだよな? もしも疑いがあるというだけで処刑をしたなら魔族の穏健派はどう考えるかな?」

 

これは実際あり得る話だ。

このクラスの人間には下手な嘘はもう通用しない。

真正面から利害を語って判断してもらうしかない。

 

「平和になったあと、自分たちも処刑されるんじゃないか? そう考えたりはしねえのか?」

「うむ……。マリーちゃん、いやマリーよ。冒険者にしては中々に頭が切れるじゃないか」

 

……しばらく宰相のオッサンは黙ってしまった。

さあ、どうでる?

出方によってコッチも対応を考えないとな。

 

「……ワシも頭に血が昇っておったようだ。今の結論を言おう。どのみち今回の件は王国の歴史にも関わるもの。ワシの一存では判断できぬ。よって通常の裁判を用いず王による裁定を受けるものとする」

「王の裁定……? そんなん一方的な判断になるじゃんよ。不正裁判なんて受けたくねーぜ?」

 

途中、ウルルが口を挟む。

……気持ちは分かるかその質問は悪手だ。

温和だったオッサンの顔が急に険しくなる。

 

「口を慎むが良い童。本来なら今の発言だけで処罰を受けるほどの暴言と知れ」

 

宰相のオッサンがギロリとウルルを睨みつける。

ウルルが小さく息を飲むのが聞こえた。

魔族の社会は違うかもしれねえが、王ってのは絶対権力者なんだ。

王様を不正扱いするのを宰相は見逃してくれねえよ。

 

「すまねえな。ウチの者が失礼した」

「しょせんは小娘の戯言。この程度は大目に見よう。……だが王は国そのもの。王の裁定とは国の裁定。如何に理不尽でも受け入れなければそれは国に敵対するものと同じことと知れ」

 

さっきまでとは雰囲気が全然違うな。

オッサンが本気モードになったか。



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第83話 牢屋へ

6-83-98

 

ウルル達は感違いしてたようだな。

この宰相オッサンは一見ふざけているが千年間、国のために身を削ってきた妖怪だ。

 

正直アタシが今までやり込めてたのは本気になってなかったからだ。

国を背負う覚悟から来る凄みは魔物と戦う時の圧力とはまた違ったモノがある。

久々に背筋に汗が流れるぜ。

 

「……だが、おぬし等の心配は最も。王には公平な裁定を下すようお願い申し上げよう。ワシが育てた代々の王に誓ってな」

 

オッサンは教育係もやってたのか。

代々の王に誓う……。

つまりオッサンの誇りと国の威信、尊厳をかけて公正さを保つ、と。

 

……ここまで言われちゃ折れるしかねえな。

 

「分かった。裁定をよろしく頼む」

「良かろう。さて、分かっていると思うがリッチ・ホワイトを含む『エリーマリー』のメンバーは魔法封じの牢屋にて数日生活してもらう」

 

やっぱりな。まあ暫定犯罪者だもんな。

仕方ないか。

 

「そして、見習い冒険者の二人は裁定が終わるまで別室にて軟禁状態とする」

「分かったじゃんよ」

「そんな! 姉さん達を置いて一人だけ美味しいもの食べるなんて!」

 

いやルルリラ、お前なんか勘違いしてないか?

お前ら事実上の人質だよ?

もしかして中庭で王宮の料理食べさせて貰えるとか話してたから勘違いしてるのか?

 

「落ち着けルルリラ。アタシ達は言うとおりにするさ。……それで何日くらいかかる?」

「ふむ、遅くても一週間というところかのう。さて、話は以上じゃ。次は王の面前にて会おう」

 

宰相が懐からベルを取り出して鳴らす。

すると間もなく兵士がやってきて、アタシ達を牢屋へと案内した。

 

「ここまでは予想できませんでした」

「ゴメンね、僕のせいで……」

「まっ、なっちゃったものはしゃーねえ。ドンと構えていようや」

 

アタシ達は三つある牢屋に一人ずつ、それぞれ押し込められている。

牢屋に鍵はかけられているが、拘束具の類は付けられていない。

 

まあ、今回はアタシ達が大人しく捕まったってのもあるんだろう。

魔法を封じるだけでも十分だからな。

 

「……でもまあアタシは魔法使えるな」

「マリーだけ良いなあ」

「リッちゃんもここで魔法が使えるように研究してみたらどうだ?」

「多分この牢屋、僕が作った魔法理論をベースにしてる魔法を組み込んでると思うんだけど、根源との繫がりを弱くするから普通の魔法は使えないんだよ。使えるマリーがおかしいんだよ?」

 

自分が理論の発明者だから無理とか遠回しな自慢か。

あと、アタシの事はおかしいんじゃない。凄いんだ。

 

「自分が発明した理論と戦って自分自身を乗り越えてみせろ」

「そんなあ……。あ、でももしかしてエリーも使える?」

「やってみますね。……んー、駄目です、普通の魔法は使えません。ただマリーと同じような無詠唱の魔法ならできそうです、お揃いですね!」

 

そういえば基礎魔法の延長線でならエリーも無詠唱で使えるんだったな。

威力は低いから戦闘だと使えないけど、今度一緒にお揃いの可愛い魔法でも考えてみようかな。

 

「うーん、じゃあやっぱりマリーのスキルで干渉を解除して……? いや根源にたよらず自身の魔力を……。それなら精霊の言っていた……」

 

なんか一人でブツブツ呟いてる。

研究者モードになって没頭しはじめたか。

こうなったらしばらく戻らないな、ほっとこう。

 

「良い方向に話が転がると良いがな」

「きっと大丈夫ですよ! これから好転していきます」

 

まあ確かにな。

そもそも最初のエリーのスキルで厄介事に巻き込まれるのは確定だったわけだ。

コレより酷い事が在るとすれば死ぬとか有罪確定とかそんなんだ。

 

三人で話をしていると途中で兵士たちが来た。

 

「すまないなお嬢さん達。これも仕事なんでね」

「構わねえよ。ウルル……ちびっ子達は大丈夫か?」

「ん? ああ、大丈夫だよ。宰相は公私を分ける人だから。プライベートだと子供に優しいんだよ」

 

どうやら獣っ娘は思った以上に大切にされてるらしいな。よかったぜ。

 

兵士は飯を置いて去っていく。

普通のパンとスープにサラダだ。

重罪という割に待遇は悪くない。

 

今の心残りはエリーと一緒に寝れないことくらいだ。

……それが一番嫌だなあ。

 

「よしっ、一回帰るか」

「え? ちょっとマリー! 僕まだ魔法を使う方法見つけてないよ!?」

 

なんだ、真面目に考えてたのか。

偉いなリッちゃん。

 

「アタシは魔法が使えるからな。……よっと」

 

金属魔法で鍵を操って外してやった。

二人の扉も同じ要領で鍵を外してやる。

 

「さあエリーもリッちゃんも一回帰るぞ。流石に逃げ出すとマズイから戻ってくるけど、色々対策含めて館に戻らねえとな」

「えっと、大丈夫なのでしょうか?」

「任せとけ」

 

アタシは土魔法で石でできた壁に穴を開けて抜け道を作る。

ここは地下だが、上に向かっていけばなんとかなるはずだ。アタシはしばらく移動したところでエリーに声をかける。

 

しかしダンジョンの素材をベースにした岩やレンガだと魔法が効きにくいらしいが、ここの牢屋は案外平気だな。

魔法封じの紋様が書かれているだけで普通の材質だからか。

 

上へと移動していく途中、ふとあることを思いついた。

 

「エリー、魔法はもう使えそうか?」

「え? ええ、もう大丈夫だと思いますが……」

「じゃあ、幻惑魔法でアタシ達の偽物を作ってくれ。ついでに壁も隠す感じで。そして牢屋に偽物が移動できるか試してくれ」

「……そういう事ですね。やってみましょう」

 

エリーに幻惑魔法で偽物のアタシ達を作って貰う。

そしてアタシ達の代わりに偽物を牢屋へ放り込んだ。

発動した魔法なら大丈夫だったか。

 

「よし、これでしばらくは大丈夫だな。ちょっと館に戻ってメイに事情を話して色々融通して貰おう」

 

アタシ達は地下から中庭まで掘り進めて一度館に戻る。

夜も遅いし泊っていきたいが、アタシ達が城から居なくなってるのが分かると獣っ娘達に迷惑がかかるからな。

こっそりメイだけに話を通して色々準備していく。

 

今後もし捕まってもこれで逃げられそうだな。

いい経験になった。

 

 

日が昇って兵士たちが数人やってくる。

 

「君たち、王の審判がこれから下るから……何だこりゃ!?」

 

何って……どう見たってふかふかのベッドだろ。

 

わざわざリッちゃん空間に色々詰め込んで来たんだ。

他にも拘留が長引いた時に遊ぶためのカードとか色々ある。

普段は消費が大きいからやらねえが、一週間も夜しか出歩けねえんじゃ退屈で仕方ないからな。

 

「それに牢屋がすべて開いて……」

「最初から開いてたぜ? 鍵をかけ忘れてたんだろ」

「いやそんな、だがしかし現実に……」

 

ちょっと三人で仲良く眠ってただけじゃねえか。

……寝る前に幻惑魔法をかけ直すのをうっかり忘れてたぜ。

 

警戒されたかな?

今夜からはもっと上手くやらねえとな。

 

「と、とりあえず! 一緒に来てもらおう!」

「分かった分かった。服を着るからちょっと向こうを向いててくれ。それとも王国の兵士は乙女の裸を見るのが兵士の趣味なのか?」

「い、いや! す、すまない!」

 

すぐに後ろを振り向いてくれる。

……ちょっとイジるだけで狼狽えるとは訓練がなってないな、新米か?

こっちが怪しい動きしてんだ、こういう時は堂々とガン見するくらいじゃねえと。

昨日から薄々感づいていたが重罪人の扱いじゃねえな。

 

まあ今はネグリジェを野郎に見られるのは恥ずかしいから都合が良い。

さて、二人を起こして着替えさせるか。

 

「さあ、こっちは準備オーケーだ」

「ええ、おまたせしました」

「眠い……」

 

エリーとリッちゃんを起こすと速攻で準備する。

リッちゃん空間にベッド含めて全部放り込んだ。

……少し魔力が減った感覚があるな。

やっぱりベッドはやり過ぎか。

贅沢になれると大変だし、アタシ達も少しはサバイバルしねえとだな。

 

エリーはともかく、リッちゃんはうつむいて黙っている。

流石に裁判前だと思うところが……。

あ、鼻ちょうちん出てる。寝てるわコレ。

……危なそうだから手を引いて行こう。

あと寝ているのがばれないようにエリーにこっそり幻惑魔法をかけてもらおう。

 

「準備できたぜ、待たせたな」

「う、うむ……。いや待て、一体ベッドはどこへ!?」

「そんなことどうだっていいだろ?」

 

兵士がいろいろと腑に落ちない感じをしているのが目に見えるがこれ以上は突っ込んではこない。

なんというか、警戒心が緩すぎないか?

やっぱりなんかあるな。まあいいや。

 

「それより裁判の話をしてくれ、今から裁判に行くのか? 最低でも三日はかかると思っていたぞ」

「……本件を知った王は最重要事項として扱うよう命じた。さらには多少不思議なことがあっても詮索しないようにとのことだ。王があそこまで迅速に行動するのを初めて見る」

 

……マジか。

王様ってのはふんぞり返ってアタシ達の事なんか後回しにすると思ってたぜ。

もしかしてちょっと警戒されてるのか?

 

こんなに可愛くて非力で愛嬌たっぷりな乙女達なのに。

色々予定が狂ったが、ちょっと気を引き締めねえと不味いかもな。

 



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第84話 裁判

6-84-99

 

王の間には兵士達が並んでいる。

一番奥の豪華な天蓋付きの場所、そこに座っている白ひげを蓄えているのが王様だろう。

近くには宰相や他の貴族らしき人物もいる。

王都には土地を持たずとも、行政官としての功績で貴族の地位を与えられる奴らがいるとは聞くが、その類かもな。

 

「さて『エリーマリー』の諸君。王にはすでに子細を伝えておる。これから王の裁定を聞くが良かろう」

 

そう言うと、大臣がつらつらとアタシ達の罪状を延べて来る。

 

「これから罪状を述べる。一つ、千年前の王国にて侵入、暴れまわり治安を乱した罪、二つ、当時における城内の破壊。三つ……」

 

次々と罪状が読み上げられていく。

……リッちゃんは思った以上にめちゃくちゃやってんなあ。

肝心の本人は夢の中だけど起きて変な反論をされても困るからそのまま寝ていてもらおう。

 

「被告の主張では魔王の生まれ変わりであるとの事。しかしその主張の根拠は性別を変化したというだけで容姿は変わらぬ事から根拠に乏しく――」

 

あ、気がついたらなんかアタシ達が宰相にした抗弁になっていた。

宰相め。ナチュラルにアタシ達を下げるように話を持っていきやがって。

考察が間違ってないのが腹立たしいぜ。

 

「――以上をもって、王国の長年の宿敵であるリッチ・ホワイトとその仲間である『エリーマリー』のチームに対して王国の対応をこの場にて決めるものである。王よ。裁定をお願いいたします」

 

予想はしてたが一切口を挟む事もできないか。

王様は上を眺めて沈黙しているな。

どうするか考えているんだろうか。

 

マズイな、有罪だと周りの兵士が捕まえに来るだろう。

兵士ってのは集団で圧殺する事を目的にしてるからな。

個々のスキルが弱くても統率するスキル持ちがいると非常に厄介な事になる。

 

やがて、王様がこっちを向く。

……流石王様だ。目で鋭く射抜かれたような錯覚に陥るな。

 

「ここまでの経緯を含め内容は把握した。まず先に二つ。冒険者は礼儀作法に疎いと聞く。故にこの場での無作法を咎め裁く事は本件から逸脱し、公正さを欠く行為であると判断する。したがってこの場に限り、冒険者の礼儀作法に関しては特別に不問とする」

 

長々と説明しているが要するにマナー違反を許しますってか。

まあ他の貴族もいるしお墨付き貰えるならありがたい。

 

「次に冒険者に問う。宰相よりあった内容について相違は無いか?」

「概ねは、な」

 

多少悪意のある表現もあったが、厄介なことに間違ってはいない。

 

「ふむ……。『エリーマリー』のリーダーマリーと、副リーダーのエリーに問う。貴公らがリッチ・ホワイトに騙されていたというのであれば、今回特別に魔王の味方として扱う事からは免除しても構わぬがどうするか?」

 

おいおい、リッちゃんを切り捨てれば許してくれるってか?

エリーがアタシの手を握ってくる。

……ああ、分かってるさ。

 

「……悪いな。リッちゃんはリッちゃんなんだ。リッチ・ホワイトなんて男はここにはいねえ。だからアタシ達が騙されていたとか、そういうんじゃねえ」

「ええ、私も同じ意見です」

「そうか。ならばよい。『エリーマリー』のチームメンバー全員を対象として裁定を下そう」

 

ここで騙されていたとかなんて言って裏切れるわけねえだろ。

これまでやってきた仲間なんだからな。

 

「リーダーであるマリーに問おう。この国に対して、あるいは他の人間に対して害意はあるか? 魔族の使いではないと誓えるか?」

「……誓うぜ。アタシは魔族の使いではないし、向こうから敵意を向けてこない限りこっちから必要以上に攻撃を仕掛けたりしねーよ。それはリッちゃんも同じだ」

 

承知した、そう王様が呟いたあと再び上を見上げる。

しばらくなにかを考えていたようだったが考えがまとまったのか改めてこちらを見てきた。

 

ついにアタシ達の処分が決まるのか。

……最悪全力で逃走だな。

 

「千年もの過去から続く因縁とはいえ、罪状は魔王が本格的に動き出すより過去に遠く、魔王本人が起こした災禍に比べればささやかなものである。魔王の関係者というだけでそこまで遡及して罪を問う事は国家の平安および属国への関係に影響するものであると考える」

 

そこで王様はひと呼吸置いた。

改めてリッちゃんの方を見てくる。

リッちゃんはうつむいて何も反応がない。

 

……よくこの状況で眠れるな。

 

「仮に古き魔王の友人であったとしても、過去にいた歴代の魔王と今の魔王に連続性はなく、魔王として裁くのは妥当ではない。そしてリーダー、マリーよ。倒した魔族の数を述べよ」

「……二体、いや三体だ。今の魔王軍と直接関係ないやつも含めてな」

 

リッちゃんを解放したときに戦ったあいつも魔族だからな。

もしかすると話がばれているかも知れねえ。

話の整合性をとるためにもなるべく本当のことだけで情報を誘導しないとな。

 

「結構だ。『エリーマリー』の功績として魔族を討伐したという行為に違いはない。その者に歴代の魔王達が持つ罪を背負わせたところで魔邦人との関係を悪化させ、最悪は敵対するものである」

 

魔邦人?

……ああ、魔族の隠語かなんかか?

表向き魔族と繋がってるって事は記録に残したくないんだな。

 

「『エリーマリー』一行は魔王との関係の有無に関わらず王国を侵蝕する悪意は無いものと判断し、遠き過去は歴史書の中に封ずるものとする」

「ふむ、左様ですか。……以上ですかな?」

 

宰相のオッサンが伺うように王の方を向いて尋ねてきた。

言い回しはアレだが、無罪ってのに思うところがあるみたいだな。

 

「否。本件はこれよりリッチ・ホワイト改めリッちゃんと呼ばれる者が所属する『エリーマリー』が、王国に対し誤解を招いた件を対象として扱う」

 

アタシ達を改めて指定して来たな。

……王国への侵略疑惑は晴れたようだが、まだ続きそうだ。

 

「改めて本件を定義する。『エリーマリー』はA級冒険者『ラストダンサー』、そして我が国の宰相たるグロウに対して疑惑を与え、結果的にこの場を開くまでの事態となった。それは『エリーマリー』のチームの説明不足であり咎である」

「……否定はしねえよ」

 

そうか、元々の魔王関連だとポリーナ達や宰相のオッサンも知らなかったとはいえ魔王の仲間を引き入れたって扱いになるのか。

 

……それが分かっててオッサンはこの場にリッちゃんを引きずり出したんだな。

それだけの因縁があったってことか。

 

なら下手に逆らっても不味い。

様子を伺ってどこかで都合のいい方向に話を誘導して……。

ん? いま王様の奴が一瞬ウインクをしたような……、気のせいか?

 

「これより定義を改めた上で裁定を下す。冒険者『エリーマリー』一行は結果的に魔王の関係者を疑わせるような動きをした。

これは本人達が十全な説明をしていれば防げたものと判断する。本件における贖罪として、今後は敵対する魔族と戦う事に精進するとともに、王国への特別奉仕活動を命ずるものとする」

 

本題のリッちゃんのほうは不問になったか。

代わりに混乱を招いたからそこは簡単な処分で終わらせる、と。

 

特別奉仕ってのが気になるが……。

まあここまで来たなら大丈夫だろ。

エロい事なら全力でお断りするが。

 

「奉仕活動に関しては極秘として扱う。宰相と冒険者一行は奉仕内容を伝えるためここにしばらく留まるように伝える。それでは本件を終了とする」

 

皆が王様にたいして一礼をすると、集まっていた貴族たちはその場から去っていった。

残されたのはアタシたちと王様、宰相のオッサンだけだ。



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第85話 舞台裏

6-85-100

 

貴族と思われる者たちも含めて去ったあとに宰相のオッサンが王様に話しかけていた。

 

「いささか手ぬるい処分でしたな。しかも説明不足による過失など」

「爺よ。仕方あるまいて。そのままでは爺や『ラストダンサー』まで処分せねばならぬ。とはいえ魔王の友人を黙認するわけにもいかぬ。……本来なら爺が黙認してくれれば終わった話なのだが」

 

王様が宰相のオッサンに向かって爺と呼んでいる。

見た目は王様の方が年上だから違和感が凄い。

 

「かつての災禍の一因を黙認などできませぬとも。そもそもワシごと切り捨てれば良かったものを」

「その心意気は素晴らしい。だが我々にはまだまだ爺が必要なのだよ。お陰で落とし所を考えるのに苦労した」

「ワシなど居なくとも国家としては盤石の極みと言っても良いじゃろうに。なんら心配しておりませぬわ」

「それでもだな……」

 

二人で仲良く話しているな。

プライベートで仲良しって感じか。教育係とか言ってたしな。

 

ところで特別奉仕ってのはオッサンと爺さんのやり取りを聞くことか?

それならもう十分だから終わりにしてほしい。

 

「さて『エリーマリー』のマリーよ。此度は大事になった。ここまで話が大きくなり、その根拠たる魔王の友人が実際にいるとなれば軽々しく無罪にするわけにはいかぬ」

「……ああ、分かってるさ」

 

宰相とか他の奴らに迷惑がかからないように、わざわざ罪状を改め直したんだよな。

普通ならキレるとこだぞ。

 

……これっぽっちも誤解じゃないどころか探られたら痛い腹しかないから黙ってるが。

 

「それでは本題の特別奉仕活動に話を戻そう。実に厳しいものになるがいいか」

「……覚悟はできてるぜ」

 

ろくでもない案件なら全力で逃げ出すがな。

 

「とはいえ、うすうす感づいているとは思うが此度の特別奉仕も、先の裁判も含め一つの茶番にすぎぬ。我々は情報をすでに得ていた。リッちゃんが魔王という事だけは予想外じゃったがの」

「ん? いきなり何を言っているんだ?」

「ふむ、順を追って説明するかのう」

 

詳しく語ってくれたところによると、どうやら大臣の中には冒険者ギルドに頼ることを良しとしない派閥が存在するらしい。

冒険者ギルドは国とのつながりは深いが特定の国家に所属しないことを是としているしな。その辺りが気に入らないんだろう。

 

そして今回言いがかりをつけてきた理由が『冒険者に魔王の派閥と内通している疑惑があるため』だったそうだ。

だが現実問題として動かせる兵力には限界がある。

そんな中で魔族を撃退できる強者なら遊ばせてもいられないため、金で動くなら積極的に活用していきたい。

 

そこでどうにかして公の場で魔族と無関係であることを証明させ、今後活躍してもらうために記録に残しておこうというのが今回の計画だったそうだ。

 

……それが今回はリッちゃんから出た予想外な爆弾のおかげでいろいろ調整する羽目になったと。

 

うん、なんかごめん。完全にアタシたちのせいだわ。

リッちゃんも寝てないで反省しなさい。

 

「もしかして特別奉仕活動などの罪状を設けたのは私たちの事情を鑑みていただいたのでしょうか?」

 

エリーがやや困惑ぎみに王様に尋ねる。

その質問を聞いた途端、爺は王様の威厳を取り戻すと、真っ直ぐエリーを見つめながら語りかけてきた。

 

「リッちゃんの出自を考慮してもアレは王としての真っ当な判断だと自認している。あの場に私情は挟んでおらぬよ」

 

瞬間、鐘がなる。

なんだ、この音?

 

「王よ。真偽を判定する魔道具『疑惑の鐘』がなりましたが……」

「……すまぬ、ほんの少しだけ、最後の特別奉仕だけは多少私情が入っておった」

 

真偽を判定する魔道具ってやつだな。

裁判だからそんなものまで用意してたのか。

……裁判、結構ギリギリだったな。

魔族と無関係って答えてたら終わってた。

 

だがよくわかったぜ。

この鐘があること前提で公的に無罪の証を見せつけ、反対するものを黙らせつつ冒険者への協力を仰ぐのが本来の予定だったのか。

 

「それでは仕切り直して特別奉仕の内容を伝える。本件をもってすべては完結する故、拒否は認めぬ」

 

王様がコホン、とひと呼吸置いたあとじっとコチラをみてくる。

なんだか緊張しているみたいだな。

さっきの裁判の場より緊張する奉仕活動ってなんだよ。

 

「『エリーマリー』の皆に告げる。私に特別奉仕活動を行うこと、以上である!」

「……は?」

 

ちょっと上ずった声で叫ぶ爺。

いきなりナニ言ってんだこいつ?

宰相のオッサンも訳分からんような顔をしているぞ。

エロい事をしろっていうならもぎとるが……?

 

「なに、ほんのちょっと握手をしたり写真を撮ってくれればよい。私が手でポーズを作るからお前たちも一緒に同じポーズをとってのう、それだけでご飯三杯は……」

「お、王? ご乱心なされたか?」

「ふむ。爺には黙っておったか。実は私は『エリーマリー』のファンクラブ会員でな。牢屋に幾日も閉じ込めて置くのは会員として許せぬこと。故に最速で会わねばならんと思ってのう。急ぎ裁定の日を繰り上げたのだ」

 

何言ってんだこのボケ老人。

宰相の顎が外れそうなくらい開いている。

気持ちはわかるぜ。だけどお前が教育係なんだからなんとかしろ。

 

アタシ達は介護は無理だぞ。

介錯するなら手伝うが。

 

「本来なら私だけで奉仕を受けたいのが本音。しかしそれをやるとあらぬ誤解を受けるため、泣く泣く宰相を同席させておる」

「王よ。ワシはもっとこう、社会のためになる活動をするのかと……」

「宰相よ。王は国の鑑である。したがって王に栄える華を添える形で写真を取るのは間違いではあるまいて」

 

いや色々理屈つけてるだけで写真を取りたいだけだろうが。

宰相も納得してない顔だ。

そんなアタシ達を無視して爺がパンパンと手を叩くと声から一人の男が現れる。

 

「こちらは我が王国の諜報部隊の一人。見覚えはあるかな?」

 

見覚え? こんな特徴のない男で王国に知り合いなんて別に……。

いや待てよ?

コイツはアタシたちの街にいる、自分のスキルを悪用して可愛い女の子を中心に撮影している女の敵だ。

エリーが街にきた初期の頃に盗撮しようとしてぶっ飛ばしたはずだが……。

 

「お前、盗撮屋じゃねえか」

「いえ、私は盗撮屋ではなく写真家です。フェスの街にいた時はお世話になりました」

 

許可得ずに撮影してんだからたいして変わんねえだろ。

なんで諜報員になってるんだ。

 

「写真家、お前冒険者じゃなかったのか?」

「冒険者は世を忍ぶ仮の姿とでも申しましょうか。様々な街にいる密偵の一人でございます。街にいる民の不穏な流れを探し、王都に報告するのが私の義務でございます」

「誰も気がつかなかった密偵を瞬時に見つけ出し、倒した者がいると聞いていてな。この者を通じて、王都ではいち早くの報告を受けていた」

 

いやソイツ、男達の間では凄く有名だぞ。

写真を直接買ってる奴も結構いる。

……鉄の結束で女冒険者に身バレしないようにしてるだけで。

 

だがそいつが王国のスパイだって言うなら納得だ。

どっかで撮影してても男たちからはコレクションが増えるくらいにしか思ってなかったからな。

むしろ女冒険者から積極的に遠ざけてたわ。

 

この盗撮屋、アタシ達はかなり昔から目をつけられて情報が王都まで行っていたらしい。

 

「私は割と初期のうちからファンになってのう。マリーに……ただのエリー、そしてリッちゃん。皆の活躍をファンクラブメンバーとして応援しておった」

 

ただの、を強調してくるってことは……エリーの本来の立場に気がついてるな。

まあ元は貴族の出だしな。

密偵が回っていたなら情報がいって当然か。

 

しかし密偵使ってまでやることがファンクラブ活動って大人としてどうなんだ?

 

「こっそりライブ活動に参加したりと色々大変だったぞ。だが献身的な活動に参加したお陰で今では会員のNo2と呼ばれておる」

「ちょっとまて、No2だと?」

「ファンクラブ……! そんなところから王国が侵蝕されるとはのう……。王国も終わりかのう……」

 

宰相のオッサンがうるさい。

いま王国とかそんなものより大事な話なんだから邪魔しないでほしい。

 

つかお前さっきまで王国は盤石とか言ってただろうが。

千年見守ってきた国なんだからもっと自信を持て。

おっさんはこんな奴らを支えてるんだ、偉いぞ。

 

「んもう、騒がしいなあ……。裁判始まった?」

 

ここで元凶ことリッちゃんが目を覚ます。

もうとっくに終わったよ。

 

「すまんリッちゃん、リッちゃんが体を使ってあの爺さんに特別奉仕をする事になった。それで罰は終了だそうだ」

「えっ!? うそ、ホント……? そんな……。聞いてないよそんなのって……。でも僕が犠牲になればみんなを……」

 

聞いてないのはリッちゃんが寝てたからだ。

なんか誤解してるが元々やらかしたのはリッちゃんだからしばらく反省してもらおう。

 

「はい、それじゃ撮影しますよー。皆様王様の近くまでお願いします」

「ううっ……、メイごめんね……」

「何服を脱ごうとしてるんだ。写真取るからバカな事やってないでコッチに来い」

「えっ? えっ?」

 

プロはファンに肌を見せずに虜にするもんだ。

まったく、リッちゃんはまだまだだな。

 

王様が変な手の構えを胸元に持ってくる。

 

「何それ? 蛇のポーズ?」

「違うぞリッちゃん。王様の真似をしてみろ」

 

よく分からずにリッちゃんは王様の真似をして手を合わせる。

よし、王様とリッちゃんでハートのポーズが完成したな。

アタシもエリーとやっとくか。

 

「良いですよー! 凄くいい笑顔です。可愛いですねー。素敵ですねー。はいこっちに視線下さーい。あ、可愛いですねー」

 

写真家が全力で写真を撮っている。

シャッター音がうるさい。

 

「ふおおっ……! これよこれ! 苦節六十余年、生きててよかった……。あ、会員達への自慢用に仮面をつけたパターンもお願いするぞい」

「なんでこんな事になっとるんじゃろうか……。リッチ・ホワイトを叩いて昔のように暴走したり増長しないように釘を刺すだけだったんじゃがのう」 

 

そりゃ教育係に問題があったんだろ。

製造責任ってやつだ。

 

つか、リッちゃんのほうも本気で排除する気はなかったか。

色々ヌルい部分があったからな。

 

本気でやるなら根回しして完封だって出来たはずだ。

宰相のオッサンも心のどこかで許してんだろ?

 

しょぼくれたオッサンの肩を王の爺さんが優しく叩く。

 

「私は正気だとも。前に近衛兵やペガサス騎士団の訓練場として見つけてきたダンジョン、アレはそもそもマリーの敷地内にあるものを使用させてもらっておる」

「今なんと? 諜報部隊が見つけた秘密裏のダンジョンで急速に近衛が力をつけているので気になっておったが……。いつの間に近衛勢力まで取り込まれて? しかもダンジョンじゃと? 訓練用? もうワケが分からんぞい……」

 

……なんか嫌な話が聞こえたぞ。

いや、アタシ達は何も知らないし聞いていない。

ダンジョン周りはメイに一任してるんだ。

アタシは知らないし興味ない。

 

「そんな事よりアタシ達の撮影はこれでいいか? 早くひよっ子達に顔を見せて安心させてやりてえんだが」

「ふむ、私は大変満足だ。これにて贖罪は終えたものとする。よかったらいつでも来なるといい。いつでも賓客として扱おうではないか」

「なっ!? 駄目じゃ駄目じゃ! 一介の冒険者にそこまで権限を与えるわけにはいかぬ! いいかリッチよ。此度の裁定はこちらにも事情あってのこと。最早覆せぬが、もし事前の断りなく王へ向かうような事があれば重罪とする!」

 

宰相のオッサンがリッちゃんを睨みながら言ってくる。

事情ってかほどんど私情じゃねえか。

 

「あ、もう必要ないです。今の王様とも仲いいですし飢えで苦しむ子供もいないみたいなので」

「そ、そうか! 言質は取ったぞ! では早速王の間から離れるのじゃ! さ、早くせい!」

 

あれよあれよという間に追い出されてしまった。

去り際に王様がまたおいで、と声をかけてくれていたが宰相のオッサンがいる限りもう会うことすら難しそうだ。

今だって扉の前に立って通すまいと眉間にシワをよせているからな。

 

「さて、諸君らには案内の者が来るのをしばらく待ってもらう」

「……アタシとしてはどっちでも構わねえけどよ、勇者の護衛任務は誰かに任せるって事でいいのか?」

 

このゴタゴタが始まる前から気になっていたことだ。

さすがに勇者の護衛の任務はなくなるだろうが、一応確認しとかねえとな。

 

任務キャンセルを確認したら、さっさとファスの街に戻ってひよっ子魔族たちを一人前の淑女に躾けないといけねーんだ。

 

「……護衛、か。うむ依頼を取り下げて……いや、やはり継続で依頼する」

「ん? 良いのか? アタシ達はほら、アレがいるぞ」

「だからこそ、というのもあるのじゃ。勇者は物話に謳われるような人物ではないが、天性の才能で人を見抜くからのう。非道な魔族と戦う前にアレを見せておくのは悪くない」

 

て事はアレ……リッちゃんと勇者を会わせるのか。

勇者と魔王が出会うとどんな反応が分からないから起きるか怖いんだが。

 

「あとどうでもいいが、剣を抜いたやつが次期勇者だよな。リッちゃんが抜いたがどうなるんだ?」

「おっとと。急に腹が痛くなってきたのう。さーて、トイレトイレ。では失礼する」

 

宰相のオッサンはとんでもない早足で去ってしまった。

なんか色々酷い。

この国大丈夫か?

 



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第86話 カジノ

6-86-101

 

「やっほー。とんでもない事に巻き込まれてたね。牢屋生活大丈夫だった?」

 

しばらく待っていると城のメイドらしき人物とポリーナ、地味子があらわれた。

なんでも勇者のところまで案内するように言われているらしい。

 

「それにしてもリッちゃんが魔王の友人だなんてね。びっくりしちゃった」

「馬車での、話。思い返すと、友人、それらしき所、あった」

「すまねえ。迷惑をかけちまったな」

 

リッちゃんと一緒に謝っておく。

だが、二人共特に気にはしてないようだ。

 

「いいよいいよー。結果的に何事もなかったし。それで、勇者の所から先にいく? それともちびっ子二人連れて会いにいく?」

 

あっさりと水に流してくれたポリーナは、どっちから行くかの選択を促してくる。

 

魔王云々から裁定の結果まで、獣っ娘達にはすでに話が届いているそうだ。

すぐにでも会って安心させてやりたいが……獣っ娘二人を連れて勇者に会いに行くと騒がしそうだな。

それにいきなり獣っ娘が魔族の尻尾を出して戦闘になってもこまる。

先に勇者に会って、リッちゃんで耐性をつけさせてから連れて行くのがいいのかもしれないな。

こっちは王様のお墨付きで無罪だし。

 

「ひよっ子達は料理を覚えるっていう別の目的があるからな。後で会う事にするさ。まずは勇者に会いに行こう」

「オッケー、ついてきて」

 

勇者のいる訓練場に行く途中で中庭を通った。

勇者の剣が刺さっていた場所の台座部分は布で隠され、近くには『魔術試しの枝』とか書かれた看板が掲げられている。

仕事が早いな。勇者の剣は追放されたか……。

 

「さーて、ここが勇者がよく使っている訓練場だよ。もう来てるかな?」

 

そう言って扉を開くが、中にいるのは『ラストダンサー』のメンバー達だけだ。

勇者は何処だ?

 

「おやおや。マリー殿ではないか。一日の一日ぶりである。ポリーナがいる事から察するに、勇者に会いに来たのであるか?」

「ああ、勇者は見当たらねえがトイレか?」

 

細目が声をかけてくれる。

見回しても『ラストダンサー』以外に気配がないな。

 

「……あー、いないんだ。ここに居ないってことは、もしかしてアソコかなあ?」

「多分、そう。悪い事、教えた。ポリーナのせい」

「あはは……」

 

悪い事?

勇者ってのは、ろくでなしだったりするのか?

だとすると会いたくねえな。

 

「そんじゃマリー。悪いけど、少し城下町の方に行こっかあ」

「城下町? そこにいるのか?」

「うーん、たぶんね……」

 

歯切れの悪いポリーナの話を聞きながら、アタシたちは城下町へと向かう。

 

着いたそこは、アタシ達のいた街にあった色町を何倍にもしたような場所だ。

まったく、勇者ってのはスケベな野郎だな。

 

「ここに勇者がいるのか?」

「まあそんなとこ、でもここじゃないよ。もう少し奥。さあいこう!」

 

 

しばらく進むとやけに灯りがたくさん灯った建物の場所へたどり着く。

 

「ここは……?」

「カジノだよ。たしかファスの街も作るとか言ってたけど、まだできてない?」

 

カジノか。確かに作ってる途中だとは聞いたが……。

こんな感じのができるのか。

 

とりあえず中に入る。

 

「いらっしゃいませー」

 

出迎えてくれたのはバニーガールだ。

中では客がカードゲームやルーレット、サイコロなんかを転がして勝負をしている。

 

「こちらサービスのドリンクになります。……当店のご利用は初めてですか?」

「悪いが今日は勝負をしに来たわけじゃないんだ。人を探していてな」

「そうでしたか、ごゆっくりなさって下さい。もし勝負をされる場合はそれぞれの場所で参加するとお伝え下さい」

 

そういうとバニーの姉ちゃんは去っていく。

尻尾みたいなポンポンが可愛いな。

 

「ずいぶんと可愛い服装ですね」

「ありゃりゃ。エリーちゃんも着たくなっちゃった? ここの服装を見たくて男共が通い詰める事もあるみたいだよ?」

 

ポリーナが囁いてくる。

エリーのやつ、それでは私もこっそり用意して……とか言っているがナニに使うと言うんだ。

……でもちょっと見てみたいからこっそりじゃなくて堂々と二着買おう。

 

「僕はああいう服装は好きだけどちょっと苦手かな。でもメイなら似合うかも」

 

リッちゃんは詰めものが必要そうだしな。

気持ちは分かるぜ。

 

「リッちゃん、足りない部分には夢が詰め込めるんだから恥ずかしがらなくても良いんだ」

「えっと、違うよマリー? 普通に恥ずかしいだけだから……なにか勘違いしてる?」

 

大丈夫だ、任せろ。

皆で着れば怖くない。

と言うわけでメイをの分をあわせて四着……いや、ひよっ子の分もあわせて買ってやる。胸の詰めものも一緒にな。

 

「うわあああっ! また外したのです!? どうしてぇ!?」

「ふふふ、残念ですが全額没収です!」

 

……遠くの人だかりから声が聞こえてきた。

なんか、やかましいな。

何の勝負だ?

 

人だかりをかき分けて見ると、中央に一人の男が突っ伏している。

……いや、服装は男だが胸元とか腰つき見る限り女だなコイツ。

ずいぶんとラフな格好をした……違うな。これ鎧の下から着る肌着か。

 

「ふふふ、これで12連敗ですね。まだ続けますか? と言っても賭けるものが無いようですが?」

「鎧も剣も賭けてしまったのです……。もう賭けるものは残って……。いや、ひとつだけあるのです! 私です、私自身をかけるのですよ!」

「グッド! いい心がけです。ふふ、私も初めてですよ。自分自身まで賭ける相手は! それが勇者とあれば尚更のこと! さあ勇者様の初夜をかけて公平かつ公正な勝負を――」

 

ずいぶんやかましいディーラーだな。

……というかちょっとまて、そこのディーラーに見覚えがあるぞ。

 

「お前ポン子じゃないか。何やってるんだこんなとこで」

「げっ! マ、マリーさん!? なんでここにいるんです!?」

 

げっとは何だ。失礼な奴だな。

しかしこの慌てふためき方、間違いなく本人だ。

見られたくないものを見られたような顔しやがって。

 

「えっと、マリーちゃんの知り合いなの? 友達?」

「いやこれっぽっちも友達じゃねえな。本人はギルド員だと自称しているが可愛そうな奴なんだ。アタシ達もよく迷惑をかけられてる」

 

ポリーナが質問してくるがコイツと仲間だと思われたくない。

しかし王都で出会うとはな。

おやっさんもいないしどうしたもんか。

 

「聞こえてますよマリーさん! 自称ではありません! 私は正式かつ模範的ギルド員です! ほら、会員証の写真を見てください!」

「えぇ……ホントにギルド員……?」

 

おい、こんな所でギルド会員証をだすな。

ほら、ポリーナも呆れてんぞ。

つか模範的なギルド員がカジノで勇者から金を巻き上げるわけねえだろ。

魔王の手先かなんかかよ。

 

「ギルドの指示でここに来たのか?」

「違います! ふふふ、私のカジノのディーラーとしての腕前を見込まれまして、支店から本店に異動になったのです!」

 

お前元々ギルドからサポートとしての出向だったろ。

なんでディーラーにジョブチェンジしてんだよ。

 

「あの、ギルドの受付は良いのでしょうか……?」

「ギルド? はっ! 笑えますね」

 

エリーが心配そうに尋ねてくるが鼻で笑いやがった。

エリーに舐めた態度を取るとは。

ポン子め、許すまじ。

 

「ギルドなど構いませんとも! ここでのディーラー報酬は歩合制、相手から上手く巻き上げればそれだけ私の懐も温まるというもの! 今までに稼いだ額に比べれば、ギルドの給料など塵も同じ!」

 

駄目だコイツ。身も心も悪に魂を売ってやがる。

つかそれカジノでペラペラ喋っていい話じゃないだろ。

 

さては脳みそだけは空っぽだったから売れなかったんだな。

 

「残念だがギルドでお仕置きが必要なようだな……」

「いいえ! 私はもうギルド員などではありません。カジノからカジノへとさすらう名もなき伝説のディーラーです!」

「大丈夫か? 懐具合じゃなくて頭の方だぞ?」

 

それやらかして逃亡劇を繰り広げてるだけだろ。

せめて妄想の中くらいマトモな仕事をしろ。

 

「失礼な冒険者ですね……。私に意見できるのは勝利した者のみですよ!」

「じゃあ、そのディーラーさんよ。アタシ達と勝負しよう。手始めに勇者の財産を賭けてな」

「いいでしょう! 私の素晴らしさに地を這うあなたが目に見えます!」

「え!? いきなりあなた達は……一体誰なのです……?」

 

勇者ちゃんが驚いているが今は無視だ。

先に問題児を倒さねえとな。

強敵の前にまず雑魚敵。

それがセオリーだからな。

 

「ふふふ、このレジェンドたる私に勝てますか? 全財産を吐き出して泣いて謝っても許しませんよ?」

「あー、はいはい。じゃあやるぞ。そのルーレットでいいか? そこのカードか?」

「ふふふ、ではこのルーレットで勝負しましょう! ルールはご存知ですね?」

「基本は知ってるぜ」

 

黒か赤の色、もしくはゼロから三十六までの数字に賭けて当てるだけのゲームだろ。

偶数に賭けるとか細かいルールはあるが……別に今回は必要ない。

 

やるのはアタシじゃねえしな。

 

「なら構いません。さあさあ、皆様! これから勇者の身柄を賭けて冒険者御一行が勝負を始めます! さあ、ほかに一緒に参加する方はいらっしゃいませんか?」

 

まだ身柄は賭けてねえだろ。

 

まったくポン子のやつ。

悪い色に染まりやがって。召喚石とかで精神汚染されてんのか?

……ちょっと本気でお仕置きが必要だな。

 

「さあ、始めましょう! たとえマリーさんと言えども手加減はいたしません。もちろん魔法やスキルは禁止、詠唱を少しでも唱えたら罰金十倍ですよ。証拠がないのにイカサマだと騒ぐのも駄目です」

 

ドヤ顔で言ってくるポン子。

随分と天狗になってるようだな。

アタシが鼻っ柱をへし折ってやれないのが残念だ。

 

「残念だが戦うのはアタシじゃねえ。エリー、頼むぜ」

「え? ……そういうことですか。任せてください!」

「ああ、ルールは――」

 

さあポン子。

お仕置きの時間だ。

 



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第87話 幸運の支配者

6-87-102

「うおぉ! スゲー」

「なんだあのお嬢ちゃん? 赤黒だけとはいえ、最初外しただけで他は全部当ててんぞ?」

「そ、そんな馬鹿な……」

 

周りの客から歓声が上がる。

最初の頃は何人か一緒に参加していたが、勝負が熱くなるにつれて観客へとまわっていった。

 

今はポン子とエリーの一騎打ちだ。

……まあエリーはほとんど賭けを外していないんだが。

 

「そんな……。私の操作が失敗するはずは……。どこかに……、どこかにイカサマの手口があるはず……。何処に……?」

 

人をイカサマ師扱いとは失礼な奴だ。

 

「おいおいポン子、勝手にイカサマ呼ばわりは酷いぜ?」

「いいえ、あなた達がイカサマをしているのは分かっています! 問題はそれが分からない事です!!」

「アタシ達はルーレットに触ってすらいねえだろ」

「じ、じゃあ魔法ですね!」

「そのルーレットに刻まれてるの、魔法封じの刻印だよね?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

リッちゃんにツッコまれて何も返せなくなってしまうポン子。

ヌルいな。アタシがイカサマなんて……。

まあやってるけど。

 

「さてはスキルですか? スキルですね?」

「アタシもエリーも玉をイジるスキルなんてねーよ。やってると思うなら証拠を出しな」

「ぐぬぬ……」

 

そもそもポン子がイカサマをやっているのは明白だからな。

じゃなけりゃ勝ち続けるなんてできねえ。

 

なによりイカサマは冒険者同士のやり取りでも当たり前にあるもんだ。

ポン子に比べればアタシ達のイカサマなんて些細なもんだ。

 

まず最初は風魔法でルーレットの玉をほんのちょっぴり加速させたり減速させた。

ポン子の反応を見るためだ。

 

結果はシロ。

 

つまり培ったテクニックで狙った位置にボールを落としてるんじやなく、ギミックがあるって事だ。

 

そしてアタシの魔法にポン子は気が付かなかった。

次にアタシはポン子とルーレット全体を風で覆って調べ尽くした。

……結果はクロ。

 

ルーレットを回そうと前かがみになる瞬間、わずかに足を動かして足元にあるスイッチを踏んでやがった。

すると押したスイッチに応じてルーレットの玉がブレた。多分だが磁石かなんかだろう。

 

この時点でアタシ達の勝ちは確定した。

 

イカサマを見破った以上は対策も簡単だ。

反応した場所に当たりをつけて風魔法で玉の位置をズラしてやるだけでいい。

 

途中からイカサマが通じない事に気づいたポン子は真っ当に勝負を挑んできたが、それはエリーの『絶対運』の前には無意味だ。

 

イカサマなしの勝負はエリーの『絶対運』がポン子をすり潰す。

イカサマしてるならアタシの無詠唱魔法で風を操ってボールをずらす。

 

これで無敵の完封試合を達成だ。

 

「これで勇者の持ち物取り返したし、ポン子の金と持ち物全部が無くなったな」

「ど、どうかもう……勘弁を……」

 

ポン子が泣きそうになっている。

しゃーないな。反省しただろうし、あとはおやっさんに……。

 

「いいえ、ポン子さん。まだ賭けるものがありますよ」

「エリーさん……。残念ですが、もう私の物はほとんどすべて……。店が出す額も膨大に……」

「いいえ、まだありますよ? ポン子さんの人生が残っています」

 

エリーがニッコリ笑って鬼畜な事を言う。

あれ? もしかして怒ってる? いつの間に?

 

「マリーの一夜を賭けようとしたんですから、これくらい当然ですよね」

「あ、その……、私は……」

 

アタシの彼女が超怒ってる。

怖いから誰か止めて。

 

「大丈夫、これからは私達が奪ったものを全部賭けて一つの番号を選びます。一度だけ、たった一度だけ勝てばすべて取り返せますよ。伝説を見せてください」

「う、ぁ……。や、やってやりますよ!」

 

……この勝負終わったな。

 

「これで、ポン子さんの人生は百三十二年、私達のものですね」

「あぅ……。あ……」

 

あの後、ポン子は立て続けに連敗した。

観客もドン引きしている。

アタシもドン引きだ。

 

途中で止めようと思ったがエリーの鬼気迫る様子に誰も口を出せなかった。

いくら絶対運が凄いって言っても連続で0の番号に入るか?

 

ポリーナは仲間と思われるのを避けたのか、ものすごく遠くから眺めている。

 

リッちゃんと勇者ちゃんは抱き合って震えていた。

お前らいつの間に仲良くなったんだ。

 

ポン子はフラリと席を立つ。

そこで黒服達がポン子を囲んだ。

 

「どこへいかれるので?」

「えっと、えへへ……。ちょっとお花を摘みに……」

「いけませんねえ。貴方の全財産および私生活のすべては、あちらの冒険者の所有物となっております」

 

逃げようとしていたようだが……。

あれだけガシッと肩を捕まれていちゃムリだな。

 

「あ、あの今月のお給料は……?」

「ガッツリ負けやがって何を言っている? 今日付けでお前はクビだ」

「テメエ! 本当なら色街に永久就職させるとこだぞコラァ!」

 

囲んでいる黒服達が怒鳴り散らしてくる。

 

「まあまて、コイツの身柄はアタシ達のものだろ? 勝手に傷をつけられちゃ困る」

 

軽く睨みを効かせながら言うと、黒服達も理解したようだ。

 

「……失礼しました、お客様がそういうなら手を引きましょう。行くぞ」

「へいっ! ポン子ちゃんよ、運が良かったなあ。せいぜい可愛がって貰いな!」

 

黒服達が去っていく中、残った黒服の一人がアタシの所に近づいてきて耳打ちしてきた。

 

「私、この賭博場を仕切っているものです。マリーさんのお噂はオネエ組よりかねがね伺っております。今日のところはどうかこれで……」

 

そう言うと、重みのある袋を渡してきた。

主催者と喧嘩になった時のために落とし所を考えていたが……ネームバリューって助かるな。

裏社会に顔バレしてるのは複雑な気分だけど。

 

あと金は貰ってもいいが、今回はアタシ達が一方的に荒らしてるだけだ。

受け取るのは忍びない。

 

「金はいらねえよ。アタシ達が一方的に突っかかってきたんだしな。代わりにアッチの嬢ちゃんを出入り禁止にしといてくれ」

「……王国の勇者ですね。分かりました」

 

勇者ってのバレてたのか。

最悪王国にツケが行ってたかもしれないな。

危ないとこだった。

 

しかし、これで博打中毒者が一人……。

いやポン子も含めて二人も減ったな。

いい事をした。

 

「ううっ……私をどうするつもりですか! 知ってますよ! 私が作ったコスプレを着せられて館に連れ込んでくんずほぐれつ……アイタッ!」

 

なんか馬鹿なことを言っていたので殴っておく。

 

「何言ってやがる、おやっさんに引き渡すに決まってんだろ」

「でもマリー、それならコテンパンにする必要なかったんじゃないの?」

 

リッちゃんが勇者と共に近づいてくる。

……途中からはアタシの意志じゃないぞ?

 

「いいえ、リッちゃん。罪の深さを知ってもらうためには相応の罰が必要なんですよ」

「もう十分反省しましたからぁ……。どうかお慈悲を……というかあなた達は鬼ですか!」

 

ポン子の奴が逆ギレしてきた。

なにを言ってやがるんだコイツ。

博打素人のアタシがコテンパンにできるんだ。

遅かれ早かれプロにボコられるに決まってるだろ。

むしろアタシ達相手で良かったと思うべきだ。

 

「アタシ達言い換えれば女神だ、安心しろ優しく裁いてやる」

「じ、じゃあ、私のお金を少しでも返して頂ければ……」

 

いきなり負けた金の話とは図々しいやつだな。

ポン子の金か……。

おっとそうだ。

 

「おいマス……黒服! この金でカジノにいる皆に奢ってやってくれ。勝利のお祝いだ」

 

アタシはわざと周りに聞こえるように声を張りあげ、ポン子が持ってた金全部をぶん投げて渡した。

 

「ちょっと! それ私のお金じゃないですか!?」

 

もうお前の金じゃねえだろ。いつまで存在しない金に執着してんだ。

 

支配人らしき男は一礼をするとテキパキと皆に景品の高級酒という形で振る舞っていく。

 

勝ちすぎると妬まれるからな。

こうやって敵意や反感を下げておくもんだ。

これでポン子の汚い金はアルコールでロンダリングされたわけだな。

 

「うおぉ! 流石は勇者一行だ!」

「俺達の勇者様! 最高!」

「さっきのカワイコちゃん! 今度は俺とも一夜を賭けて勝負してくれよな!」

 

何故かアタシ達は勇者の仲間になってるがまあいいや。

勇者も回収したし、カジノにいる客の記憶もなんかやべー奴ら扱いから奢ってくれるやべー奴らくらいに印象アップしただろうから撤退だ。

 

だけど最後のやつ、エリーと勝負するのだけはやめておけ。壊されるぞ。

 

 



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第88話 戦いの前に

6-88-103

 

「とりあえずポン子をおやっさんに送り届けるか」

「では詳細を伝えた紙を書きますね」

「じゃあ僕が魔法で縛るね」

「え? ちょっと! ちょっとぉ〜! やめて下さい! ……へぶぅっ!」

 

アタシ達のコンビネーションプレイでポン子を縛り上げた。

調子に乗ったとはいえ、サラッと人の貞操を賭けようとしたやつだからな。

かける慈悲はゴブリンより少ない。

 

とりあえずはおやっさん送りだ。

あとは借金の分だけ館でコキ使っても良いが……ひよっ子達に悪い影響を与えそうだから却下だな。

 

「そ、それじゃあオネーさんはギルド本部経由でポン子ちゃんをみんなの街に送り届けて……皆の怒りが収まったころ城に戻るね!」

 

アタシが頷くと、ポリーナはそのまま反対方向にポン子を連れて行った。

……これでギルド経由でおやっさんの所に届くだろ。

 

さて、あとは勇者ちゃんだが……。

 

「ううっ、ありがとう。助かって良かったのです。この借りは一山当てて返すから少しだけ待っててほしいのです」

 

駄目だコイツ、全然反省してねえ。

酒場の冒険者と同じ思考してやがる。

 

「うん! きっと勇者くんならできるよ!」

「リッちゃん、そっちの方向に応援するんじゃない」

 

駄目な子がますます駄目になるだろうが。

 

「紹介が遅れたな。アタシ達は冒険者『エリーマリー』の三人だ。今回は護衛を任されている。よろしくな」

「え? あ、ああ! こちらこそよろしくお願いするのです! 今代の勇者をやっている、リュクシーです。よろしくなのです」

「僕はリッちゃんだよ! ふつつか者だけどよろしくね!」

「うん、リッちゃんよろしくなのです!」

 

その後、アタシとエリーも自己紹介をしてから王城に向かう。

なんでも王城の一室に部屋を借りて住んでいるらしい。

 

「私は勇者の選定試験で選ばれてたのですよ。それからは王城の隅っこで暮らしているのです」

「選定試験ねえ……。勇者に選ばれる条件ってのはなんだ?」

「スキルとか若さとか……色々なのです! 私、色々あるのですよ!」

 

ちょっと顔を赤らめながら言うリュクシー。

それに食いついて来たのはリッちゃんだ。

 

「やっぱりドラゴン退治とか大魔法とか条件なのかな? 魔王と戦うんだもんね!」

「えっと、戦闘訓練はあったけどそこまでじゃないのです……」

 

相変わらずリッちゃんはずれた事を話している。

だが仲良くなってくれて何よりだ。

 

「でも冒険者の皆さんが良い人で良かったのです。私もこの戦いが終わったら冒険者になるのですよ……」

 

まるで今から死ぬような発言をするんじゃねえ。

 

「おう、なりたかったら色々教えてやるよ。ただアホな奴らが多いからな、悪い奴もいる。気をつけるんだ」

「でも皆を見た限りいい人だと思うのです。スキルの副次効果でなんとなくわかるのですよ」

 

そういえば宰相のおっさんが人を見る目があるとか言ってたな。

 

「特にリッちゃんは子供のように純粋で、凄く良い人なのです」

「えへへ……。褒めても魔法しか出ないよー」

 

お、認められたか。

仲良くなってくれて良かった良かった。

 

「なかなか面白いスキルじゃないか」

「私のスキルは、『吸魔』と言うスキルなのです。そのスキルのオマケで纏っている魔力の色みたいなもの、それがなんとなくわかるのです」

「それはすごい能力……だな?」

「言葉だけじゃ伝わらないのです。今度模擬戦をする時にでもお見せするのです」

 

『吸魔』ねえ。

聞いたことないスキルだな。

レア系か?

まあいいや、後で見せてくれるならその時に教えてもらおう。

 

城に戻る頃にはすっかり日も落ちていた。

門番に挨拶をして、中へ入れてもらう。

勇者のおかげで顔パスで入ることができた。

勇者って便利だな。

 

ポリーナも同じタイミングで戻ってきており、明日護衛任務の詳細を説明してくれるらしい。

 

「やっと依頼か。普通に仕事をしに来ただけなのに裁判にギャンブルにと忙しかったな」

「ええ、ウルル達も心配しているでしょうし、早く安心させてあげましょう」

 

そうだな。

ウルル達がいる部屋は……ここか。

 

「お前ら、心配させたな、無事だったか?」

 

アタシは扉を開けると同時に声をかける。

そこにはひよっ子達二人のほかにもう一人別の人物がいた。

 

「宰相さま! この料理美味しいです!」

「フォッフォッフォ、あとでこっそりレシピをもらってやるぞい」

「宰相さん、お仕事は良いのか? 忙しいじゃんよ?」

「フォッフォッフォ……。可愛い子供達の面倒を見ることが何よりも癒しになるんじゃよ」

 

宰相がひよっ子達を相手にお菓子やらを上げて微笑んでいた。

何やってんだこのオッサン。

 

「オッサン、ロリコンは良いが手を出すなよ? 宰相は忙しいんだろ?」

「おや、マリーではないか。ロリコンとは失礼じゃのう。手を出したりなどせんよ。子供というのはな、遠くから眺めておるのが一番なのじゃ。滾るわい」

 

普通は眺めてるだけで滾らねえよ。

心の中に燃え上がる衝動があるならそれをロリコンと言うんだ。

 

「ところで随分といい部屋だな。アタシ達の部屋はどこだ?」

「ふむ? そんなものなどないわ。なぜ元とはいえ魔王一派を好き好んで王城に入れなければならんのじゃ」

 

なんだと……?

確かに依頼を受ける時の条件には何も書いてなかったが酷え。

 

「アタシ達が魔族の関係者だからか」

「それだけじゃないわい。王城は宿屋ではないんじゃ。ポリーナ達も任務の都合上、詰所と訓練所は開けておるがそれ以外の立ち入りは禁止しておる。あ、ウルルちゃんとルルリラちゃんはいいんじゃよ。子供は無害で可愛いからのう」

 

このロリコン宰相め。差別が酷い。

お前が愛でてる奴らは魔族だぞ。

 

……そういえばポリーナが最初宿に案内しようとしてたな。

本来は宿屋で生活する予定だったわけだ。

 

「宰相さま……。お姉さん達を泊めて上げちゃ駄目ですか……?」

「そうだぜ。こんな時間から宿を探すのも大変だし、アタシからも頼むじゃんよ」

「むむ……」

 

おうひよっ子達。アタシ達の事を気遣ってくれるとは可愛い奴らだ。

 

「気にするな。アタシ達は他にアテがあるからな」

「ホントですか? 無理しないで言ってくださいね。こっそり三人くらいは止められますから!」

「ず、随分と堂々と言うのう……。ワシ、この城の宰相なんじゃが……」

 

ロリコン宰相は無視するとして、気持ちは嬉しいが遠慮しておく。

流石にこっそり飼われている犬や猫みたいな真似をすると面倒くさそうだ。

 

「とりあえず安心しな。なんとかするから、お前らはまた明日な」

「ふん、貴様らは野宿でもするんじゃ! 牢屋なら貸してやるわい。あ、ウルルちゃんとルルリラちゃんはここで良いんじゃよ」

 

牢屋とかいらんわ。

こっちにはリッちゃん製ワープゲートがあるんだ。

館でのんびりさせてもらうぜ。

 

 

館に戻ると、『森林浴』の三人と会った。

 

「あらあら? お帰りなさいませ。お姉さま」

「あれ? マリー姉ちゃん達は仕事終えて戻ってきたのか?」

「早かったね。ウルルちゃんとルルリラちゃんは?」

 

三者三様に挨拶を交わしてくれる。

 

「いや、まだまだだ。護衛の任務すら始まってねえ。ちょっと訳ありで一時的に戻ってきただけだな」

「これから私たちは本格的に護衛活動を始めます。場合によっては他の魔族と戦わなければならないかもしれません」

「そうだね、ちょっと大変な戦いになるよ」

 

魔族。

その言葉に吸血鬼のフィールとエルフのアルマ、二人が反応する。

 

「魔族……。戦うんですのね。マリー姉さま、ひとつだけお願いがあります。私の同族と戦う事がもしありましたら……」

「なんだ? 命はたすけてやれってか?」

 

悪いがそれは聞けねえな。

正直魔族は強い。

こっちも戦力を強化して、切り札も増やしたがそれでも舐めていい相手じゃない。

 

「いいえ! 命を助けるなんてとんでもございませんわ! そもそも魔王に付く者たちは、始祖ダルクールの不戦の言いつけを破り、血も薄くなった半端者たちですの! ギタギタのボコボコにしてくださいませ」

 

お、おう……。

思ってたのとちょっと違うがまあいいや。

もし敵が出たなら容赦なくボコボコにしよう。

 

「あの半端者共、これからの時代は力があるやつについていくだの、お前で最後の純血だの散々言いたい放題言ってくれましたわ! できることならこの手でギタンギタンに……」

 

なんだか吸血鬼っ娘が息巻いている。

こんなに熱くなる性格だったっけ?

……カリンに傷つけられた時もキレて暴走してたな。意外と熱い奴なのかもしれない。

 

「フィーちゃんストーップ。暴走しかけてるよ。マリー姉さん、多分いないと思うけど私達の仲間がいたら、『友人は森の手元と共にあり』って伝えて貰っていい?」

「戦うかどうかも今はわかってねえんだ。ま、できるなら伝えてみるさ」

 

「今はルルリラ達も王都にいるんだろ? いいなー。俺、王都に行ったことねえんだよな」

「安心しなよ! 今はまだ秘密だけど一瞬で移動できる裏技があるからさ! みんなまとめて王都で遊ぼうよ」

 

羨ましがるカリンと、それをなだめるリッちゃん。

確かに一区切りついたら王都で観光するのもいいかもな。

 

……でもさすがに大所帯で城からゾロゾロ出てくるのはまずいだろう。

転移魔法のゲート位置は変えてもらわないとな。

できるのかは知らないけど。

 

「ま、その辺りはおいおいだな。悪いようにはしねえから、今は冒険者としての腕を磨いてるんだ」

 

獣っ娘達は王都で宰相に甘やかされているが、さすがにそれは伝えないことにする。

……落ち着いたらコイツらも宰相のトコにおくりこんで魔族との親交を深めてもらおう。

ガッツリ入れ込んだ所で魔族ってのをバラしてやるから覚悟してろよ。

 

「さて、明日は忙しいからな。アタシたちは先に休むぜ。もし面白いお土産があったら買ってきてやるよ」

「もう休むのか? しょーがねーな。お土産楽しみにしてるぜ」

「任せろ。伝説になる予定のカッコいい木の枝とかで良いか?」

「ただの木の枝ではありませんか! 言い訳ありませんわ。そんなガラクタよりもっと素敵なものにして下さいませ!」

 

そんなに全力で否定するなよ。

お前の敬愛する魔王様ことリッちゃんが地味にショックを受けてるぞ。

 

しかし木の枝は駄目か。

獣っ娘達が喜んで……いや、喜んでたのはリッちゃんとルルリラだけだったな。

お土産は悩むな。

 

倒した魔族の首とか持ってきてもトラウマだろうし。

 

「まあ、適当に考えとくぜ。期待しないで待っていてくれ」

 

 

アタシ達は明日が早いからと伝え、早めの休みに入る。

リッちゃんはメイと就寝だ。

アタシ達も自室で二人っきりだ。

 

「エリー。なんか王都についてから色々あったな」

「ええ、まだ数日しか経っていないのが嘘のようですね」

「まったくだ。冒険者ってのは退屈しねえな」

「ええ……」

 

なんだ?

エリーの様子がおかしいな。

なんだか元気がない。

 

「どうした?なにか気になる事があったか?」

「いえ、私のスキルでこの依頼を受けることを選んだのに、結局王都で裁判を受けるまで問題が起こってしまったので……」

 

そんな事を気にしてたのか。

まったく、リッちゃんが迷惑かけてくるのは今更だろ。

アタシはエリーの頭を撫でてやる。

髪がすべすべして気持ちいい。

 

「なに言ってるんだ。エリーはトラブルが起きるって分かってたろ? それに最終的に王都に行くことを選んだのはアタシだぜ。なにより大元の原因はリッちゃんだ」

「リッちゃんも次々と過去が出てきて驚きました……」

「まあリッちゃんらしくていいさ」

 

それから他愛もない話をアタシ達はつづける。

気がつけばエリーもアタシの髪を撫でていた。

 

互いの話が途切れた一瞬、エリーが額をアタシの額にそっと当てる。

 

「うふふ。熱がありますね? 風邪ですか?」

「……ああ、いつも熱を上げてるからな」

「それはいけません、寒くすると大変ですからね。明日に備えて体を温めましょう」

 

ふふっ、そうだな。

明日も大変だ。

元気出さねえとな。

 

アタシはエリーの背中に手を回すと、明日に備えて眠りについた。

 




これで第六部は終了となります。
お盆中は家庭の事情でいろいろと忙しくなりますので、21日ごろから再開を予定しております。


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第七章 魔族砦攻略編
第89話 試合前


7-89-104

翌日。

館で休んだアタシ達は訓練所に来ている。

朝に獣っ娘達にも一緒についてくるか聞いたが、どうやら料理店巡りをしたいらしい。

ロリコン宰相の付き添いで。

 

ロリコン宰相は不安要素だが、ああいう悪い大人と付き合うのも経験だからな。

しっかりおねだりして財布の中身を空っぽにするよう伝えておいた。

 

ロリコンと言う名前の財布から甘えテクでしっかり有り金を巻き上げるんだぞ。

 

 

「おはよう! マリーちゃん達はしっかり眠れた?」

「ああ、あったかいベッドでゆっくり眠れたぜ」

 

ポリーナが元気に挨拶をしてくる。

こちらもリッちゃんやエリーと共に挨拶を返した。

 

「色々とゴタゴタに巻き込まれちまったが、やっと護衛の任務に移れそうだ。遅れちまったが支障はないか?」

「ふむふむ。確かに遅れたのでいささか厄介。しかしのしかし、さほどの問題はなし」

「時間は、まだ……ある程度余裕、ある……、だから大丈夫……」

 

地味子と細目が詳しく話をするところによると、毎年の調査の結果、攻撃に狙い目となる時期があるらしい。

 

それまでに勇者ちゃんことリュクシーちゃんの戦闘技術も高めたいそうだ。

 

「でも戦ってばかりだとリュクシーちゃんも大変だと思ってね、気晴らしにカジノを勧めたのよ」

 

実際には気晴らしどころか、神経を張り詰めさせた上に金を散らして……金以外に大事なものも散らしかけてたが深くは追求しないでおこう。

 

「ところでそろそろ任務について教えてくれないか?」

「本来なら宰相様が説明してくれる予定だったんだけどねえ。どうしても外せない用事があるらしくて、今日は来れないんだってさ」

「外せない用事ねえ……」

 

獣っ娘と遊びに行くほうが勇者の任務より大事か。

あのロリコン野郎、仕事ほっぽりだして遊びにいくとか意識が足りねえ、なめてんな。

アタシ達の生活を豊かにするためにもっと国のために働いて過労死しろ。

 

「ま、宰相さんがいなくても私達だけで説明するから大丈夫。そこは安心しててよ」

「宰相は責任者の肩書をつけただけなのです。私を強化するプランも含めて『ラストダンサー』がやってくれてるから安心なのですよ」

 

宰相はあくまでも責任者で実行するアタシ等は別ってことか。

ふつう、宰相クラスの肩書なら責任者には本人じゃなくて育てている後進なするもんだが。

 

勇者育成というポジションの特異性かね。

 

「状況を説明するね。まず勇者ことリュクシーちゃんは魔王討伐のため訓練を積んでいるわ。最近は魔族がヤンチャしたから、相手の砦内部……敵陣に殴り込んで舐めてるとぶっ潰すぞーって事をやりたいの。ここまでは大丈夫?」

「ああ、前に説明を受けてたとおりだな。随分と俗っぽい理由だが分かるぜ。だが勇者ってのは秘密兵器としての扱いじゃないのか?」

 

勇者ってのは本来魔王のところに単身忍び込んで心臓に刃を突き立てる役割のはずだ。

 

おとぎ話に倣った勇者という役職だが実際にはただの魔王専用暗殺者だな。成功率低めの。

だからこそ表の場に勇者という存在をお披露目するなんてのは趣旨が変わってくる。

 

「魔王は、代替わり……する。力は、強大でも、振るわない……振るえない理由、あるはず。だったら力を、無理やり使わ、せる……。消耗、狙い」

 

どもりながら答えてくれたのは地味子だ。

確かに魔王が直接力をふるうなんてのはあまり聞かないな。

おとぎ話でも奥にドンと構えて、追い詰められた時だけしぶしぶ力を発動してる感じだ。

 

「つまり、今回から勇者ちゃんは殴り込んで制圧していくヒーローって事だね。何回か攻めて魔王を引きずり出して力の秘密を暴けば上々かな?」

「要するに少数精鋭の遊撃部隊って事か」

 

要はゲリラ戦だな。

ある意味、秘密を探り出す事が本当の任務だ。

 

しかしこの重要なポジションを冒険者にやらせるって事は……最悪トカゲの尻尾切りもありうるな。

失敗しないように気をつけないと。

 

「あくまのあくまでも戦闘は勇者メイン。勇者が存分に戦える環境を作って暴れてもらい、勇者を回収して帰還するのが拙者達の役目である」

「勇者の回収、失敗すると……勇者は自決、必要」

 

その言葉を聞いてアタシ達に一瞬張り詰めた空気が漂う。

……情報を漏らさないためとはいえ、勇者ってのはキツいな。

 

「そんな、リューちゃんはそれでいいの?」

「ふふふ、私は大丈夫なのです。リッちゃんや他の皆を信じているのです。一度はカジノから救ってくれたから命を預けるのですよ」

 

リッちゃんが心配そうに訪ねるが、元気にリュクシーは笑い飛ばしている。

いつのまに愛称呼びするくらい仲良くなったんだ。

 

何はともあれ、やられそうなら全力で救い出さねーとな。

 

「案ずるなかれ。拙者のスキルで回収し移動させるのみ。それだけで事足りる」

「そうだね、ストルスのスキルはこういうのにうってつけだよ。マリーちゃんは万が一に備えてくれればいいよー」

 

なるほど。

細目なら一瞬で移動させられる。

暴れるだけ暴れまわった後はスキルでおさらばするってわけか。

やられる方は溜まったもんじゃないな。

 

「ここで気の気をやらねばならぬのが直属の魔王軍戦闘部隊。辺境伯と一進一退の攻防を繰り広げている。私もまだ戦った事はないが、凄腕がいるとは聞いている」

「その魔王軍の戦闘部隊に勇者ちゃんがドカンと重い一撃を食らわせるのが目的だよ」

「王国は……あわよくば、領地を奪い、たい。それは、勇者……次第」

 

兵士ねえ……。

アタシ達が作戦を実行した後に何食わぬ顔して便乗するってわけか。

なんだかんだ言っても今回は戦争の駒だな。

 

まあいいさ。

いい加減魔族の奴らにはお返しをしたいと思ってたからな。

 

「厄介な依頼だな。アタシ達は直接戦闘に関わらないとはいえ、万が一にも顔バレするようなら報復されてしまいそうだ」

「でも私達『ラストダンサー』も護衛するし、案外直接の戦闘には関わらないかもだよ?」

「……ありえねえな」

 

アタシたちに限って、そんな都合のいいことがあるか。

 

コッチだって学んでるんだ。

経験則から言って確実に強いやつとぶつかるに決まってる。

 

「辺境伯の領地まで距離があるが馬車を使うのか?」

「こちらにも秘策の秘策あり。王都のとある秘された場所に魔王が千年前に作った隠し通路がある。今では失われた伝説の空間魔法で創られしその通路。それを使えば辺境伯領地までひとっ飛び」

 

それを聞いたリッちゃんがぽんと手をつく。

 

「ああ! 昔作った試作品だね。あれまだ使えるんだ、すごい!」

「……一応聞くが心当たりはあるのか?」

「うん! 今作ってる奴みたいに複雑な機能はないけど……、作りはシンプルだから魔力を注ぐだけで維持できるはずだよ」

 

さらに話を詳しく聞いてみる。

今でいう魔族領で探索をしていた頃、中継地点として作ったポータルがあったとのことだ。

 

通す人を選別するようなオプション的な機能は付いておらず、定期的に魔力を注がないと自然と壊れてしまうようだが、魔力を注ぎさえすればかなり長持ちするらしい。

 

「もう全部壊れてると思っていたのに、残ってるなんて嬉しいね」

「魔王……。裁判の話、聞いた、ときは……まさかと思った……けど」

「ジーニィちゃん、その話はそこまでにしよっか。裁きはくだって特別奉仕だっけ? それも終わったみたいだから今の『エリーマリー』は罪を償ったキレイな体だよ」

「そう、だね。特別……奉仕……えっち」

 

地味子め、頬を染めるな。

お前が想像しているような事は起きてねえよ。

ちょっと王様と写真を撮っただけだ。

 

「いい加減に話を戻すぜ。殴り込むのは分かった、次はどうする?」

「そこからは拙者が担当する。最前線には兵士、傭兵部隊、冒険者が混在する宿場町……通称開拓村がある。そこを拠点として近くの敵陣まで移動、拙者のスキルで勇者殿を送り込み暴れてもらう」

 

細目は拾った小石を転移させながらそう伝える。

 

「回収もさっき言ったとおりストルスがやるよー。私達は行きと帰りで勇者ちゃんが消耗しないように護りつつ、少し後ろで場を固めて迅速に逃げられる環境づくりだね」

「奇襲と撤退の対策要員ってわけか」

「そんなとこー。何か質問ある?」

「前に言っていたな。勇者の不安要因ってのは何だ?」

 

そこまで作戦建てして準備できているならもう万全だろう。

不安要因なんてないはずだが……。

 

それに答えたのは勇者ちゃんだ。

 

「それは私が使うスキルの副作用によるものなのです。説明するより体験して貰ったほうがいいのですよ。実際にちょっと模擬試合をするのです」

「構わねえぜ。アタシが戦えばいいのか?」

「いえ三人で来て欲しいのです。その方が分かりやすいのですよ」

 

ほう、アタシ達相手に三対一とはいい根性だ。

それだけ自信があるのか?

 



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第90話 スキル『吸魔』

7-90-105

すぐに準備を終えると、それぞれが位置につく。

 

「実際のチームプレイは相手がいないと練習が難しくてな、助かるぜ」

「礼には及ばないのです。……一応先に言っておくのですよ。私はいきなりスキルを使わせてもらうのです。その方が欠点もすぐ分かるのですよ」

「なら、アタシ達も全力でイカせてもらうぜ?」

 

あえて手の内をさらすか。

……これは模擬戦闘というより、勇者のスキル披露の場だな。

 

「それでは両者……始め!」

 

細目の合図で戦いが始まる。

 

いきなり全力でスキルブッパするんなら容赦はしねえ。

こっちも全開だ。

 

「【太陽の光、月の明かり、星の灯火。一つに纏まり降り注ぎ、肉体の全を引き出せ】〈全体強化〉」

「いっくよ!〈火炎陣〉」

 

エリー肉体能力をすべて強化して貰い、リッちゃんが放った炎の魔法に乗じて、突撃する。

 

「いきなりだがハデにいくぜ? しっかり避けろよ?」

「ご忠告ありがとうなのです。ですが回避の必要はないのですよ」

「何言って……。っ!? 炎が、消える?」

 

本来ならリッちゃんの炎を目くらましとして、アタシは手に力を溜めた炎、鳳仙花をぶっ放す予定だった。

だが、リッちゃんが放った魔法は霧散して消えてしまう。

 

「目眩し失敗か!」

 

一旦迂回するために空中に足場を作って方向転換して……。

何だ? 魔法の出力が弱いぞ?

いや、それだけじゃない。

エリーから受けた支援の魔法も効果がなくなっている。

 

「凄いのです。私のスキル範囲内なのに魔法が使える人は初めてなのです」

「これが……『吸魔』のスキルか!」

「駄目だマリー! こっちは魔法が発動しない!」

「私も……詠唱しても消えてしまいます!」

 

後ろからエリーとリッちゃんの声が聞こえる。

随分と範囲が広いな。

 

アタシも魔法が出せるには出せるが、通常より圧倒的に威力が弱い。

と言うか体から僅かに離れると消えてしまう。

 

アタシの魔法まで効果があんのかよ。

初めてだぞこんなん。

 

「ずいぶん厄介だな。そのスキル」

「これこそが『吸魔』の力、そのイチなのですよ。魔力が絡んでる事象から魔力を吸収して、私が好きに扱えるのです。直接触れば体内の魔力も奪えるのですよ」

 

それはそれは……。

随分と厄介なスキルだな!

 

「だが、アタシの技は消しきれないみてーだ」

「これは初めてなのです。スキルなのですか?」

「かもな!」

 

空を飛び回るのは一瞬だけ空気の塊が残ればいいから問題ないとして、問題は攻撃の方だ。

 

……まぁ試しにとりあえずやるだけやってみるか

 

勇者ちゃんからの攻撃もないようなので一気に距離を詰めて一撃を食らわせてやる。

 

「略式・鳳仙花!」

 

……だが、魔法は発動せずに霧散してしまう。

 

「ひゃん! い、いきなりどこを触ってるのですか!」

「お、おう。すまねえ……」

 

うっかり変なトコを触っちまったぜ。

勇者ちゃんはどうでもいいが後でエリーに謝らないとな。

 

しかし、ちょっとくらいダメージを与えられるかと思ったんだが……。

発動しないのは予想外だった。

 

……これ、ものすごくアタシと相性悪くねーか?

まあいい。

魔法が使えないなら肉弾戦で押し切る!

 

アタシは再び踏み込んで二本の刃で左右から切りつけてやる。

 

「甘いのです!」

 

そういうと勇者はわずかに後ろに引き、二本の刃が交わる一点に剣を差し込み攻撃を受け止めた。

 

「アタシの攻撃を見切るとはやるじゃねえか」

「ふふん。剣術もそれなりに仕込まれてるのですよ」

 

 

だがこの程度なら力で押し切って……なんだ?

コイツ、何かおかしいぞ?

アタシがこういうことを言うのもなんだが、コイツの力は女に出せる力じゃない。

 

アタシのは悪魔や魔族を倒して身体強化された分も上乗せされている一撃だ。

 

だが、勇者はアタシの一撃に怯む事なく押し返してくる。

身体強化の魔法でもかけたのか?

 

「お前、なんでそんなに力があるんだ?」

「私のスキルは魔法を吸収しているのですよ。その力で身体を強化をしているのです」

「……無詠唱か!」

 

なんて奴だ。

アタシの十八番を真似しやがって。

 

「ちょっと違うのです。詠唱はあなた達が既にやっているのです。元々あなた達が使った魔法を使っているだけなのですよ」

「つまり……魔法をパクったってわけかよ」

「そうともいえるのです。相手が魔法を使っているならそのまま使えるのですよ」

 

つっても敵も味方も大体が身体強化の魔法なんて使ってるだろ。

そのまま味方にかけた魔法で自分を重ねがけして強化するとかずるい。

 

「これこそが私のスキルそのニなのです。そしてこの力、刮目せよなのです!」

 

そう言うと、勇者ちゃんは手を高く掲げる。

するとその手から炎の蛇が生み出され、空を飛んでいく。

 

……リッちゃんが使っていた魔法だ。

 

「このように相手の魔法を貯めておくことも、一気に放つ事もできるのです。……マリーの魔法は魔族が体内で使っている魔力のように、霧散してしまいましたが」

 

体内で使っている魔力……か。

まあ基礎魔法と同じようなもんだろうしな。

……まてよ。

 

 

「もしかして魔族の〈変身〉も打ち破れるのか?」

「直接触る事で破るだけならできるのです。ですがマリーの魔法と同じように使うことはできないのですよ」

 

詳しく聞いてみたところ、魔力であればなんでも吸収することができるが、魔族の〈変身〉を発動しようとすると魔力が霧散して不発になるらしい。

 

……なるほど、魔族の厄介な〈変身〉を打ち破れるのなら対魔族攻略の切り札になるのか。

 

アタシの刃でも魔力を散らして変身を邪魔する事はできる。

だけど既に変身した身体は戻せないからな。

 

「リュクシーちゃんのスキルは私のスキルとよく似てるんだよねー。だから私達のパーティーが訓練の参考として呼ばれたんだけど」

 

後ろから声をかけてくるのはポリーナだ。

 

確かに熱を吸収して放つスキル、魔法を吸収して放つスキル、どちらも対象は違うが確かに似ている。

 

「凄まじい力だが……どんな副作用があるんだ?」

「弱点は……このスキルを三分使用するごとに、三時間……。最大で十時間は、立つことすら……できなくなっちゃう事、なの、です……」

 

そう言うと勇者ちゃんは地面にヘタりこんだ。

なるほど、これが副作用か。

 

「そこも私と似てるんだよね。私のは使いすぎると自分の体温まで放出しちゃうだけだけど」

「このように荷物となった勇者を回収して、陣地へと戻すのが役目である」

「ちなみにこの状態でも魔法が使えなくなる効果はある程度持続してて、うっかり触っちゃダメなんだよねー」

「回復魔法も……効かない、触ると、使えなく、なる」

 

なんじゃそりゃ。

運び出す味方も魔法が使えなくなるとが迂闊に触れないぞ?

お荷物になった勇者運びが必要じゃねえか。

……それがアタシ達かあ。

 

「これで分かったと思うけど、リュクシーちゃんを暴れさせた後どうやって撤退するかが肝になってくるんだよー」

「ただしのただし、それは普通ならのこと。拙者のスキルがあれば移動は苦労しないのである」

「ストルスは応用が利くからねー。ストルスをサポートをしてくれる人達が必要なんだ」

 

ポリーナがこちらを期待するように見ている。

……分かってるよ。

 

「仮にアタシ達がその役目をやるとして、もし敵と戦うならその時点で詰みだぞ」

「そこは私達がなんとかするよー。じゃないと任務失敗だもんね」

「スキルの副作用を改善できないのか?」

「く、訓練でも、無理。改善、しなかった……」

「それでリュクシーちゃん、ふさぎ込んでたのよね。気晴らしにカジノを進めてみたんだけどまさかあんなにハマるとはねー」

 

ハマるとはねー、じゃねえよ。

堂々と戦犯発言しやがって。

まあいい、今は勇者ちゃんで色々試してみる方が優先だ。

 

「とにかくこの状態で何ができてナニができないか、色々と試させて貰うぜ」

「構わない、のですよ……」

 

よし、勇者らしくていい根性だ。

アタシ達3人でガッツリ魔法を使ってイジり倒してやるから覚悟しろ。

 



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第91話 事前準備

7-91-106

 

「……よし、なんとかなりそうだな」

「ひっく、お嫁にイケないのです……」

 

勇者ちゃんの体で色々と実験した。

お陰で様々な事が分かったぜ。

 

「マリーちゃん……。あのね、オネーさんはリュクシーちゃんの尊厳も大切にしてあげるべきだと思うな」

 

なんだよ。

口とかに指突っ込んだりしたのは必要だったからやったんだ。

 

どの距離で魔法が使えなくなるのか、粘膜から魔力移動できるか、血液なんかの体液で魔法使えなくなるかは知っとかねえとマズイからな。

 

決して戦いが不完全燃焼だったからイタズラしたわけじゃない。

 

「いいのです、いいのですよ。リッちゃんに責任をとってお嫁さんにしてもらうのです」

「えっ、僕!? ……えっと、ごめんなさい。もう僕は相手がいるので末永くお友達でいましょう」

「やっぱり私とは遊びだったのですね……。さよなら私の恋……。私は一人で生きていくのです……」

「そ、そんな事ないよ! 僕はいつだって真剣さ! でも、どうしても捨てる事のできない思いがあるんだ……」

「三文芝居をやってるんじゃない」

 

勇者ちゃんめ。

ただのギャンブルに弱いアホの申し子かと思っていたが中々にノリのいい奴だ。

嫌いじゃない。

 

「精霊魔法すら無効化されるのは驚きでした……」

「エリーちゃんは精霊魔法も使えたのね」

「はい、精霊は呼び出しませんが使いこなして見せます!」

 

エリーがニッコリ笑う。

さっきまで精霊魔法の幻覚や魅力も試していたからな。

……まあ勇者ちゃんに直接は効かなかったけど。

 

「わ、私が契約してる、精霊より、強力……? 見たことない魔法、記録して、保存、したい」

「ジーニィさんも精霊魔法を使えるんですか? もしよかったら色々と教えて下さい」

「ち、近、い……」

 

エリーがかけよって地味子の手を握る。

なに顔を赤らめてんだ。

アタシのエリーだぞ。

 

「あはは、ジーニィちゃんは友達作ったほうがいいよー。あ、夜のお楽しみするなら呼んでね? 色々教えてアゲル」

「やらせねーよ」

 

人の女を寝取ろうとするとは。

まったくなんて奴だ。

 

だがエリーが地味子と話すきっかけが出来たようでなによりだ。

地味子は友達少なそうだしな。

 

「精霊、魔法は……、人のつかう、魔法の元祖、精霊魔法を、真似る形で、今の魔法、ある」

「なになに、魔法の話? 僕も混ぜてよ」

 

精霊魔法についてしどろもどろのなりながらも解説する地味子とエリーに、リッちゃんも加わって盛り上がっている。

 

アタシは魔法に興味無いから聞き流す程度だが、仲良くなってなによりだ。

 

「ところで決行はいつにするんだ?」

「そうねえ……。手続きもあるし最短で七日後に移動、十日後に攻撃ってとこかなー? それくらいだと敵陣地も色々動いてると思うけど」

 

アタシ達も準備があるからな。

それくらいの時間は欲しい。

ついでに王都も観光しよう。

 

 

訓練と打ち合わせが終わったのでアタシ達は城下町に出ている。

訓練を積んでもいいがそれより道具の調達を優先だ。

 

「ここが教えて貰った店……だよな?」

「ボロボロだねえ」

「こういう隠れた名店なのかもしれません!」

 

雑貨屋のようだが乱雑に並べられていてゴミ屋敷のようだ。

看板が出てないのもそれに拍車をかけている。

 

「とりあえず入って見て、駄目なら他所にいくか」

 

中は更にごちゃごちゃしている。

店の奥にはやる気のなさそうな店員が一人座っているだけだ。

 

「いらっしゃい。お客さん初めてだね。誰かから聞いたのかい?」

「ああ、ファスの街で『よろづ屋アイザック』という雑貨屋をやってる店からな」

「……ああ、あの店かい。たまにこっから商品を卸してるよ。何がほしいんだい?」

 

「王都の依頼で魔族と殴り合いをしようと思っている。空っぽの魔石と消毒用アルコール、あとは着火剤に爆薬とか毒があればそれもくれ。あとフカフカの寝袋を一つ」

 

アタシは冒険者タグを見せて注文をしていく。

流石に身分証なしだと新参者に売ってくれるか分かんねえモノばっかりだからな。

 

ここで買うのはアタシが戦うために必要なものだ。エリー達は魔法や雑貨を見ていて貰う。

 

「……随分と買い込むね。戦争でも始めるのかい?」

「念の為さ。用心に越したことは無いからな」

 

こっちにはリッちゃんがいるからな。

倉庫としては最強に近い。

持てるだけ持って行くに限る。

 

ついでなので魔法薬の類も見て回る。

ふと珍しいものが目に止まった。

 

「これは強化薬じゃねーか?」

「ああ、全身の筋力を強化する薬だね。これは原液で使っちゃ駄目だよ。効果も強いけど副作用も強いからね」

 

これは副作用が強くてなかなか使いどころが難しい薬だが……。

アタシなら問題ないな。

 

他にも魔法増幅薬や肉体再生薬など、副作用があるが強力な薬が何本も並んでいるな。

いくつか予備に持っていくか。

 

「……これも貰っとこう。あとこれを収納するための魔道具があればくれ」

「あいよ。魔道具の効果は一律三十分、この袋はポケットの中に入れて使いな。激しく動いたりすると落としたり割れたりするから注意だよ。気をつけて」

 

これくらいで買い物はいいか。

 

エリー達も一通り見終わったようだな。

おっとリッちゃん、そのカラフルな丸いやつは飴玉じゃなくて毒消しだから苦いぞ。

 

 

「ふぅー、ここが宿なんだね」

「本当ならもっと早くこっちに泊まるはずだったんだがな」

「いきなり捕まってそれどころではありませんでしたからね」

 

しょうがない。部屋の調整に関しては『ラストダンサー』がやってくれたようだし、ありがたく入って休むとするか。

 

「別に泊まるなら僕たちの屋敷に戻っても良かったんじゃないかな」

「さすがに何度も王城で姿を消していたら怪しまれるだろう」

 

なんてったって王城の中庭だ。

状況的にしょうがないとはいえ、城内にゲートを作ってしまったのは失敗だったな。

場所を城下町にしておけば問題なかったかもしれない。

 

……いや、ホントにしょうがなかったか?

だいぶリッちゃんのやらかしだったような……、まあいいや。

リッちゃんはメイに会いたいのかもしれないが、しばらくは我慢してもらおう。

 

 

「マリー姉さん探しました!」

「冒険者の人に聞いて来たじゃんよ。お城に置いてくなんてひでーじゃん?」

 

声をかけてかたのは獣っ娘たちだ。

……そういえばこいつらがいたな。

城から抜け出してきたのか?

 

「こっちも宿はバッチリ取ってるがお前らは王城に住まねーのか?」

「はい! 宰相さんが『これ以上一緒にいると破産する……』といってマリーさん達と一緒の宿に泊まるよう言われました!」

 

いや、たった一日だろ?

一日でどれだけ貢がせているんだよ。

 

「マリー姉の言うとおり、腕組んで上目遣いでおねだりしたらホイホイおごってくれたぜ」

「名店に行き放題にしてくれた上に、いろんなアクセサリーを買ってもらっちゃいました! マリー姉さんも今度行きましょう!」

「いったいいくら貢がせたんだ……」

「なんか壱札八枚くらいってつぶやいてたじゃんよ。いくらなんだ?」

 

一日で金貨八百枚相当とかやばいな。

価値が良く分かって

 

「へへっ、財布さんのおかけで嬉しくて尻尾出そうになったぜ」

「こらこら、財布だなんて誰がそんな事を教えたんですか」

 

すまねえエリー、財布と呼ばせたのはアタシだ。

やっぱりもうちょいちゃんとした呼び方を教えるべきだったな。

金づるとか。

 

「宰相さんの事を財布と呼んではいけませんよ。パトロンと呼びましょう。たしか教会だとそう呼んでいると聞きます」

 

……それは言い方が丸くなっただけで本質は変わらないんじゃないのか?

あとパトロンは愛人とかそういう意味も隠されてそうだからやめといたほうがいいと思う。

やっぱりロリコン宰相は財布呼びでいいや。

 

しかしあのロリコンがここまでチョロいとは思わなかった。

やりすぎたかもしれない。

 

……もうちょっと別な教育が必要だな。

 

「……正直ここまでやるとは思わなかったぞ。次は加減や恩返しの仕方というものを教えてやるからな」

「はいっ! よろしくお願いします!」

「頼むじゃんよ!」

 

ニコニコ笑顔で答えてくる獣っ娘達。

よしっ、まだ清らかな心は持っているみたいだ。

貢がせるのが当たり前になってしまったら冒険者としてはまずい。

相手が財布でも十貰って一返すの精神は叩き込まないとな。

 

 

「マリー姉。こっちです、早く来てください!」

 

本来なら訓練をするところだが、獣っ娘達がどうしてもというので一日だけ時間を取って王都の観光だ。

アタシ達も観光はしたかったので丁度いい。

 

「見てください! ここのパフェ、絶品らしいですよ!」

「ここにあるクッキーも美味しそうじゃん?」

「ほらほら、あんまりはしゃぐんじゃないぞ」

「そんな事いって、マリーもノリノリでおめかししてるよね?」

 

そりゃ街に出るならそれなりにキメるのが女の子の嗜みだからな。

むしろ普段とあんまり変わらないリッちゃんこそおめかししないとな。

後で王都の服屋を見に行くか。

 

「ふふっ、マリーとお揃いですね」

「……ああ。ピアス、目立ってるかな?」

「大丈夫ですよ。気にする人がいたら見せつけましょう」

 

今回はピンポイントでピアスを片方ずつ、ペアでつけている。

エリーが選んでくれたものだ。

 

そう言えばアクセサリーとかの小物を身に着ける事は普段なかったな。

ペアだとなんだか恥ずかしいな。

 

「マリー姉、顔赤いですよー」

「仲良しじゃんよー」

 

まったく、お前らだって服が色違いのペアなだけで似たようなもんだろうに。

まあいい、たまにはハメを外さねえと……。

いや、獣っ娘達は王都でずっと食ってばかりじゃねえか? 太るぞ?

 

何はともあれ、今日は獣っ娘達と観光を楽しむ。

残りの日数は『ラストダンサー』との連携強化だな。

 

アタシ達が訓練している間、獣っ娘達は軽く勇者ちゃんと顔合わせだけさせている。

アタシ達の練習には参加させられないので、兵士達と戦闘訓練もしくは料理の練習だな。

 

途中、ロリコン宰相が噂を聞きつけて獣っ娘達を見に来ていたが追い出されたらしい。

ホントにどうしようもない奴だ。



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第92話 転移

7-92-107

 

そして出発当日。

王城の前まで獣っ娘が見送りに来てくれた。

 

「姉さん達が無事で帰って来れるよう、祈っています!」

「つってもそんな心配してねーじゃんよ。サクッと相手ぶっ飛ばすじゃん?」

「今回はそういう戦いじゃないよー。ね、マリー?」

「ああ、今回は裏方だ。お前たちはお菓子作りをやって待ってろよ」

「はい! 美味しいお菓子を作って待ってますね!」

 

ああ、ひよっ子達のためにも帰って来ないとだな。

 

アタシ達が任務に行っている間、宿屋の調理場を借りて料理の練習をしているらしい。

 

今も名店の味を再現しようとお菓子作りに精を出している。

帰ってきたら是非とも美味いものを食べさせて貰おう。

期待してるぜ。

 

 

王城へ向き直ると『ラストダンサー』の面々が立っていた。

 

「別れの別れは済ませたようであるな」

「それじゃあ一旦お城の中に入ろっか」

 

城の中に入り、廊下を何度も曲がって奥深くまで案内される。

 

「待っておったぞ」

 

そこにいたのはロリコン宰相だ。

 

「ここから先に転移するためのゲートがある。一度使ったら次に起動出来るのは四日後じゃ」

「すでに拠点は用意してあるんだろ? なら何も問題ねーな」

 

場所は辺境伯領地の端。

開拓村という名の対魔族最前線。

 

何回かゲートを経由してたどり着くそこは間違いなく最大危険領域だ。

 

「辺境伯には連絡済みじゃ。とはいえ立地柄、辺境伯と会うこともあるまいて」

「まことまことに気遣いありがたいのである」

 

細目のおっさんが礼を言う。

それに対してロリコン宰相は軽く頷いた。

 

「勇者と『ラストダンサー』だけ帰って来れば良いぞ。お前たち『エリーマリー』は討ち死にしてくると良いわ」

「残念だが、そのゆがんだ顔を見にまた帰ってきてやるよ。勇者と一緒にな」

「ふんっ」

 

互いが互いに悪態をつきながら門をくぐる。

まあ辺に真面目なやり取りより、こういう挨拶の方がアタシたちには似合っているな。

 

「ん? ここは……外だな。王都の近くか」

 

門を抜けると外に出た。

どうやらあの扉そのものが転移門になってたらしいな。

 

「へえ、あの門は僕が作ったものじゃないよ。最近王都で作られたものだね」

 

って事は空間魔法を一部解明……いや、再現したのか。

やるな。

王都の魔法研究部門って意外と凄いのか?

 

「あといくつかゲートを潜るよー。次は男爵領に飛ぶからこっちおいでー。あ、マリーちゃんの拠点の隣の領地のことね」

「あ、こっちの転移門は昔作った奴だ。懐かしいなあ。これ作った頃は距離で魔力が増加する問題が解決できなくてねえ」

 

リッちゃんいわく、この試作品があと二つくらいあるらしい。

……ポリーナの話と合わせて考えるに男爵領と辺境伯領にあるんだろうな。

 

そうやって何度か転移したあと、ついに目的地へたどり着く。

 

今いる場所は山の中腹にある洞窟の中だ。

下の方には王都と比べるとだいぶ小さな、だがそれなりに発展した村が見える。

 

「あそこが開拓村だよ。さ、行こっか」

 

村に近づいていくと意外に騒がしい。

なんというか活気がある。

 

開拓村だと言うから、もっと何もないところを想像していたが……随分と喧しい村だ。

 

「驚いた? ここからちょっと行くと戦場だからね、間違っても敵を通さないように傭兵達を集めるためのお金がバラまかれてるんだ」

「国……支援、する。傭兵、集まる。傭兵のため、サービス業、できる」

 

なるほどな。

明日もわからねえ奴らが宴を行う最後の場所ってわけか。

金が動いてるから人も集まる、と。

 

「ここの門番がいくつか質問してくるからテキトーに応えてればいいよ」

「正直、苦手……。あいつら、暑苦しい」

「ははは。ジーニィ殿はああいう手合にも慣れておかねばならぬぞ」

 

話をしていると門番らしき人物が三人、アタシ達の前に立ちはだかる。

 

「ここは地獄の一丁目!」

「入れるのは魔王軍と戦うゴミだけよ!」

「例外は金に目のくらんだゴミだけ! 貴様達はどっちのゴミだ!」

 

なんだコイツラ?

変にポーズを決めやがって。

門番だろ、普通に通せよ。

 

「んんー? 貴様『エリーマリー』のリーダーに似てるなあ」

「似てるもナニも本人だ。つかなんで知ってんだよ」

 

アタシの話を聞いた途端、突如男たちが動揺する。

 

「おいおい、なんてこった……」

「王都で裁判沙汰になったとはきいたが……」

「まさかこんなところな流されて来るなんて……。俺達ファンだったのに」

 

お前らファンかよ。

いや、なんでこんなトコにもファンがいるんだよ。

つか辺境なのに知られてるとか。

 

ネットワーク広すぎの早すぎじゃねーか?

アタシ達の知らない所でどうコミュニティが育ってんだ。

 

「まあいいや。顔が分かってるなら通して――」

「特別奉仕と聞いていたが……。ここに流されたということは娼婦堕ちか……」

「くっ、ならばせめて抜くのが礼儀というもの」

「すいません。三人でおいくらですか? オプションはどこまで……ふぇぁだっ!」

 

とりあえず馬鹿な事言った奴に一発入れておく。

悪いが勇者ちゃんもいるからな。

厳しめに行くぜ。

 

しかし人を流されてきた犯罪者扱いすると失礼な奴らだ。

 

「アタシ達は無罪放免だ。今は仕事で魔族と戦いに来ている。身元が分かってるなら馬鹿な事言ってないでさっさと通しな」

「くっ、殴りつけるとはなんというご褒美……」

「実に羨ましい……」

「もう一発、今度は股間に……。いや尻に……」

 

あ、駄目だこいつ等。

 

 

とりあえずアタシのファンなら公私を分けるんだと伝えてから村へはいる。

お陰であっさりと入ることができた。

 

アイツ等の服にサインも書いたし大丈夫だろ。

中はファスの街にある色街と表通りを足したような変わった町並みだった。

娼婦や男娼と武装した傭兵達がごっちゃになってるのは見ててちょっと楽しい。

 

あと街に異様に活気がある。

 

「ギルドの出張所はあっちで、傭兵達の請負所は向こうね」

「ねえマリー、冒険者と傭兵って何が違うの?」

「傭兵ってのは戦闘限定の戦闘屋だ。善悪もなく必要に応じて雇われるな。ここにいる奴らは魔族と適当にやりあった後、どっかの貴族でも雇われたいやつらだろうな」

 

人によっては盗賊やマフィアにだって雇われるのが傭兵だ。

逆に冒険者はギルド経由である程度ルールに則った上で色んな事をやる何でも屋だな。

まあ冒険者兼傭兵なんてのもいるし違いを明確に分かってる奴らなんていないだろう。

 

ただそういう兼業の傭兵はギルドでも実力のある鼻つまみ者がなってるイメージだな。

魔族絡みで戦があるから存在が許されてるような集団だ。

その辺りを説明してやるか。

 

「ふーん、じゃあ結構問題が多いのかな?」

「賞金かけられてるやつもいるだろうが……」

「ここで表立って争うのは禁止だよー」

 

ポリーナが補足してくる。

そうだろうな。

なんせ目の前には魔族がいるんだからな。

ここを管理してる貴族としても身内で争うんじゃなく敵と争って消耗してほしいはずだ。

 

まあこっそりと戦ってる奴らもいるかもしれねーが、それはそれだ。

アタシたちには関係ない。

 

「傭兵の斡旋所もピンハネが大きいとか色々と良くない噂があるからな。傭兵と契約したきゃ直接契約すればいいさ」

「そうだねー。あそこは貴族がまとめて依頼をするところだしね。私達がもし依頼を受けるならギルド経由で受ければいいよ」

 

ポリーナが更に補足をしてくれる。

ギルドの方が報酬はいいがランクの制限や審査で受けられる絶対人数が少ない事、傭兵は誰でも依頼を受けられるが斡旋所はアフターフォローがなかったり雑なことなどだ。

 

「とにかく用がないなら近づかないことをおすすめするよー」

「そうだな。アタシとしても別に近づく用事は……いやちょっと待て」

 

傭兵ギルドの方に歩いていく人影を見つけた。

どうやら知り合いがいたようだな。

アタシはそいつに近づいて声をかけてやる。

 

 



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第93話 宿敵との再会

7-93-108

「よお、婆さん。久しぶりだな?」

「なんだいお嬢ちゃん。あたしゃアンタのような小娘は知らないよ。タカるなら相手を見てタカリな」

 

こんなに可愛いアタシをそこいらのチンピラと同じ扱いするとはなかなか面白い婆さんだ。

 

「おいおい、一年たって忘れちまったか? 盗賊と一緒に悪魔を仕掛けておいて笑えること言うなあ。コッチは死ぬトコだったぞ」

「悪魔……? 盗賊……? んんっ!? げっ!」

 

げっ、とは失礼な婆だ。

アタシを見て『げっ』て叫ぶ奴は大抵ロクデナシなんだよ。

 

「あの時もう一人いただろ? そいつは何処だ?」

「アレはあたしが雇った護衛さね。盗賊との交渉に一人で乗り込むバカがいるかい」

 

なるほど。

じゃあ今は正真正銘一人なんだな。

 

「さて、ここであったが百年目……と言いたいところだが、婆さんが協力してくれるなら考えんでもないぜ」

「あの時はこっちだって仕事だったんだよ。勘弁しておくれ。お前さん達が悪魔を倒したせいで契約が切れて大変なんだ」

 

そうか。

婆さんは悪魔を二度と呼び出せないのか。

それは好都合だな。

 

「契約を大切するのは勝手だが、話が通じるアタシとの約束も大事にして欲しいもんだな。魔力も宝石も渡さないけどな?」

「その言い方……。あんた他にも悪魔かなにかに出会ったね?」

「へえ? 分かるのか? ちょっと爵位持ちのキレイな女精霊と熱く踊ってな」

 

まあ一方的に遊ばれただけだが、それを詳しく説明してやる必要もないだろう。

 

「精霊に性別なんてないよ。悪魔も同じさね。爵位持ちは本人達の気まぐれでそれっぽい姿にはなってるだけさね。アイツら男女の違いすら理解してないんじゃないかい?」

 

言われてみると、首が取れなければ人間は死なないぐらいの雑な扱いだったな。

細かい違いまで理解してる気がしない。

 

「……かもな。だが今はそんな事どうだっていい。アタシ達に雇われるって話だったよな」

 

所詮は戦いの場での軽口だ。

本気で雇われるとは思っちゃいない。

 

だが個人的な恨みがあるからな。

ぶっ飛ばす口実にするだけさ。

 

「……悪いが先約があるんでね、アンタの依頼はその後受ける事になるよ」

「ほう? アタシとの約束は反故にするってか?」

 

その台詞を聞いたババアはため息をつく。

 

「……それはないね。信じるかどうかは自由だけどね。あたしはあの後報酬で貰った召喚石で呼び出した悪魔とね、『一度言った約束は破れない』というルールを契約に課せられたのさ」

「なんだそりゃ?」

 

予想してたのと違う、意外な反応だ。

話を詳しく聞く。

 

なんでも悪魔は魔力や宝石以外にも様々な契約を交わすらしい。

この婆さんが悪魔と契約する際に取り交わしたのは、契約において嘘やごまかしを封じる、契約の絶対遵守だそうだ。

 

もし裏切れば体が魔力に分解されて悪魔の供物になるとか。

流石悪魔だな。えげつない。

 

……もしまた敵になるなら約束を破らざるを得ないように仕向けてやろう。

 

「何か悪どいことを考えていないかい?」

「いや敵が出てきた時の対処法を考えてるだけさ」

「……別にいいけどね。生きて帰ってきたらちゃんと契約を守ってやるさね」

「ちなみになんの仕事だ?」

「開拓村の先にある砦の陣地防衛さね。敵さんが騒がしくてね。しばらくそっちで守り役さね」

 

へえ、なんか近々トラブルがあるのかね。

まあいいさ。アタシ達には関係ないだろ。

こっちはサクッと攻め込むだけだ。

 

「本来なら召喚石を手に入れて手駒を増やすはずだったのに、アンタ達のせいで手駒を失ってしまったよ。大赤字さ。どうしてくれるんだい」

 

知った事かよ。

 

「とりあえずまだこの街にいるんだろ? 婆さんの名前を教えてくれ」

「前にも名乗らなかったかい? まあいいさ。私の名前はサモだよ」

「そうか、じゃあ戻って来たらお願いするぜ」

 

結局婆さんとはそのまま別れた。

砦の防衛にあたるならアタシたちが撤退する時に役に立ってくれるかもしれないしな。

 

とりあえず一発ぶん殴りたいが下手に戦力を削っておくのは作戦上良くない。

一応エリーとリッちゃんには婆さんのことを話しておいた。

 

「悪魔との契約かあ。僕も昔は、悪魔とか精霊を呼び出したことがあったけど万が一があっても良いように空間魔法でがんじがらめにして呼び出してたなあ」

「いきなり物騒な話だな、結局契約はやらなかったのか?」

「やったよ。体の一部をそのまま下さいってお願いしたんだ」

 

は?

いきなりリッちゃんがサイコパスな発言しだしたぞ?

 

「あ、その表情、またなにか誤解してる? 爵位持ちとの契約ってさ、悪魔や精霊にできることなら割と自由がきくんだよ。だから、契約はできないけど魔力で出来た肉体を下さいってお願いしたんだ。それを肉体に組み込めば女の子になれるかと思って」

 

なんでも一ヶ月くらいかけて書いた魔法陣で、断れば遠くに飛ばして隠れるように準備を整えて契約をお願いしてたらしい。

 

用意周到だな。

確かに悪魔や精霊はこっちの魔力に応じた時間制限があるから上手く行くだろうが……。

 

「……結果は、いやいいや。どうせろくなことになってないんだろう」

「大丈夫だよ! 結局自分の身体に組み込むことは失敗したけど、ファーちゃんの素体として有効活用したからね!」

「うん、サイコだわ」

 

ファーちゃんって事は初代魔王かよ。

精霊や悪魔の素体ベースとかおとぎ話の火力の原因はそれかよ。

というか研究者モードのリッちゃんはマッドサイエンティスト入ってるな。

一般と常識が乖離しすぎてる。

 

かわいい生き物と一つになりたいとか言って肉体を接合したりしないよな?

 

「話してるとこ悪いけど、ここが国の管理してる宿だよー」

 

そうこうしてるうちに宿場についた。

……見た目は廃屋のように非常にボロっちいが、中身は小奇麗だ。

 

「へえ、王国の偽装か?」

「ん? あ、違うのよ! 土地柄、修理する人がなかなか高くてさ、最低限の修理だけしてあとは放置してるんだ」

 

なんだよ。

アタシの感心を返してほしい。

 

「それじゃ早速だけど、作戦会議をするよー」

「早いな。少しは休ませてくれてもいいんだぜ?」

「大丈夫大丈夫。実際の決行までには時間あるからゆっくり休めるよ」

「準備は……王国側も、ある」

 

そういや王国との連携した案件だったな。

サクッと行って暴れて終わりが一番楽なんだがな。

 

「分かっちゃいたがめんどくさい案件だ」

「まあ大筋は前に話したとおりだよー」

 

取り出したのは地図だ。

書かれているのはこちらの村、砦、そして敵の砦の位置だな。

 

「ここの砦から出てー、敵陣を回り込んだココが弱くなってるから入って――」

 

どのルートから進んで攻めるかを打ち合わせして行く。

よく調べてるな。

多分だが『ラストダンサー』のメンバー、何度もココに来ているんだろう。

 

目的達成の最低条件は勇者ちゃんに暴れまわってもらい、生きて帰ってくること。

あわよくば敵司令官の排除まで行うのが理想だそうだ。

 

作戦が上手く行ったらそのまま狼煙をあげて、こちらの砦に待機させている味方兵力を動かすらしい。

 

「しかし、そんなに上手く行くか?」

「それがねー、この時期って何故かちょくちょく相手から攻めてくるみたいなんだ。とは言ってもあんまり積極的じゃないみたいで小競り合いで終わるんだけどね」

「うまく……行けば……不意打ち、できる」

 

なるほど。

王国側としては少数精鋭の奇襲部隊としてカウントしてるってわけか。

 

ただ、王国の動きに関してはポリーナ達も詳しく教えられていないそうだ。

 

……万が一捕まった時の保険だろうな。

 

「というわけだよ。リュクシーちゃん、分かったかな?」

「分かったのです、 隠れて、暴れる、たおす、逃げるなのです!」

「僕達はリューちゃんの確保、撤収だね! 任せてよ!」

「私の回収はリッちゃん達に任せたのです!」

 

しかし短期間で随分と仲良くなったな。

まあ仲が良いのはいい事だ。

 

「でも少しは囚われてみたいのですよ。『くっ、殺すのです! 私が秘密を喋ると思うのですか!』とかやってみたいのです。」

「あ、それ分かる! 『僕がどうなっても仲間だけは裏切れない!』とかやりたいよね」

「さすがリッちゃんなのです!」

 

マッハで堕ちてる未来しか見えないだろ、それ。

そういうのは可哀想なことになるフラグだからやめておけ。

 

 

それからアタシたちは決行の日まで村を見て回ったり、訓練をしたりして過ごした。

 

意外だったのは村に都会とも違う活気があることだ。

てっきり暗く陰鬱な雰囲気が漂ってると思ってたぜ。

 

「ヒャッハアアア! 魔物も魔族も関係ねえ! 百人切りだあ!」

「よっしゃよっしゃよっしゃ! フルハウス! アタイの勝ちだよ! さあ金出しな!」

「おいそこの坊や、一回いくらだい? 天国をみせてあげるよ?」

 

今のここも酒場ですらないただの露店の一つだ。

娯楽と呼べるようなものは賭け事に加えて酒と異性くらいだが、毎日を生きようと必死になっているのが伝わってくる。

 

「おい嬢ちゃんたち、暇なのか? よかったら俺と楽しもうぜ?」

「悪いがアタシ達はそういう事はやってなくてな」

 

まあ、こういう手合いが声をかけてくるのがウザったいが。

 

「なんだよ、俺じゃ不満ってのか?」

「そもそもそういう事を生業にしてねえんだ」

「……ちっ、ツれねえなあ」

 

冒険者タグを見せると男はさっさと去っていってしまった。

ああいう手合には冒険者タグを見せるに限るぜ。

 

しかしこの街の奴らは何かと金払いがいい。

 

まあ戦場の最前線だ。

金をあの世にまでは持っていけないなら使い切って稼いだほうがいいか。

金払いがいいから商売人も喜んで取引をしにくる。

 

街とは違う、熱く燃えるような活気だ。

 

「ああ! 負けたのです! 次は取り返すのですよ」

 

……その熱気の中に勇者ちゃんがいた。

 

「おい、またやってるのか」

「あ、マリーにエリー、おはようなのです。ここでひと稼ぎして皆にプレゼントするのですよ。前に助けてくれたお礼なのです」

「気持ちは嬉しいがむしろ貸しが増えそうだから勘弁してくれ」

「と、賭博場にお金を預けているだけなのです。今引き出そうと頑張っているのですよ。そうです、ここは銀行なのです!」

 

そんな手間と金のかかる銀行があるか。

なんでギャンブルの借りをギャンブルで返そうとするんだ。

 

「あのな、ギャンブルに勝てるのはメンタルに一本芯の通った奴らだけだ。勇者ちゃんのシフォンケーキのようなふわふわメンタルじゃまず無理だ」

「い、今から身につければいいのですよ! そうなのです、鋼の芯が一本入ったシフォンケーキになるのです!」

 

それはクレームで返品される欠陥商品だ。

まったくギャンブル中毒者ってのは自分に対して夢を見ているから困る。

とりあえず近くを歩いていたポリーナに勇者ちゃんの身柄は引き渡しておいた。

 

「どこに行っても騒がしい街だな」

「活気があるのは良い事です。皆さん命を燃やしてるって感じがしますね」

「少し暑苦しくてなあ。どこか静かなところへ行きたいな」

「そうですね……〈探知〉 唯一、向こうの方は人が少ないですね」

 

エリーの魔法で人が少ないところを探し、そこで涼む。

アタシみたいな平和主義者はのんびりゆったりするのが好きなんだ。



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第94話 偵察

7-94-109

 

そうこうしてるうちに決行当日になった。

本来なら日中移動して深夜にこっそり忍び込むところだが、敵は夜を得意とする種族がいるらしい。

 

そのため、夜明け前の空が白む時間に突撃できるよう動いている。

細目のオッサンは先行して偵察しているので今は不在だ。

 

「さ、さあ行くのですよ。ガッツリ暴れるのです!」

 

勇者ちゃんが緊張しているな。

……しゃーない。緊張を解してやるか。

 

「ふにゅっ!? 何ふるのれすか!?」

「ほっぺた伸ばし運動だ」

「マリー、それただ引っ張ってるだけだよね……」

 

リッちゃんはほっぺた伸ばし運動の効果を知らないよようだな。

 

「リッちゃん、ここだけの秘密だがな、ほっぺた伸ばし運動は……ほっぺたが伸びる」

「見てたら分かるよ? それに無理やり伸ばしてるだけで別に伸びないからね?」

 

ついでに心ものびのびさせる運動だし別に良いじゃないか。

ちなみに伸ばしている方も幸せになれるぞ?

 

「うう……。ほっぺたがびろーんってなるのです。酷いのです」

「悪いな。その怒りは魔族にぶつけてくれ」

「分かったのです! おのれ魔族……良くも私のほっぺをびろーんしたのです」

「リ、リュクシーちゃん? オネーさんね、魔族は関係ないと思うなー」

「リュクシー、単純……」

 

ポリーナ達がなんか言ってるが勇者ちゃんのやる気が上がったみたいだし良いじゃないか。

 

あとなんかエリーが対抗してアタシの頬をぷにぷにしてきた。

ついでにアタシもエリーのすべすべの頬をぷにぷにしとこう。

 

「マリー達は相変わらずだねえ。僕もぷにぷにされたいよ」

 

リッちゃんが寂しそうなのでとりあえずエリーと二人でリッちゃんをぷにぷにしておく。

 

今日のリッちゃんは元気だ。

リッちゃんは寝起きが悪いからな。

今回は夜通し起きて貰っている。

アンデッドなだけあってそこまで体調に問題はないらしい。

本人曰くおやつ抜きみたいな物、だそうだ、良くわからん。

 

「ふにゅ……。案外気持ちいいかも」

「リッちゃんもほっぺた伸ばしの良さが分かってきたようだな」

 

ついでに顔のマッサージも今度教えてやろう。

リンパに沿って揉みほぐす事でシワが目立たなくなるらしいぞ。

まあ、アタシ達には関係ないか。

 

「三人は、とても……仲良し……」

「仲が良いのは良い事なのです!」

「うーん、リュクシーちゃんの言うとおりなんだけど敵の目の前だしさ、ちょっとは控えよっか-」

 

ポリーナが指差したその先には、すでに敵の見張りが遠くに見えている。

こっちは木々の影に姿を隠してはいるが、確かに少しはしゃぎすぎだな。

 

「ストルスが先に行って様子を伺ってるはずだから合流して突入だね」

「噂をすれば、だな。もう細目の野郎が飛んで来たぜ」

 

空を転移しながら移動してくる影が一つ。

細目の野郎、あんな距離からよくアタシ達を見つけられるな。

実は視界広いのか?

 

「少しの少し、困ったことになったのである」

「どうしたの? 敵ちゃんの目が覚めてうるさいとか?」

「当たらずとも遠からず。敵が異様の異様に少ない。それにも関わらず相手は軍備を固めている」

 

は? アタシたちの存在がばれていたのか?

いや、それにしては包囲されている気配はない。

エリーも魔法で探っているが敵にそれらしい反応は無いようだ。

 

……細目の表情を見る限り続きがありそうだな。

 

「どうやら敵の大半は開拓村方面の砦に向かって駒を進めている模様」

「……ホント? てことはもしかして私たちってナイスタイミングで奇襲しかけちゃった?」

「うむのうむ。確かに思い返せば噂はあった。幸運にもすでに敵は道半ば。話を盗み聞く限り明日には砦を攻撃すると思われる」

 

なんだそりゃ。見つからないように迂回したとはいえ互いに気が付かずにすれ違ったのか。

本来なら二〜三日様子見てから奇襲するって話だったが……。

一気に予定が変わったな。

 

「……ねえ、ポリーナ。暴れて、混乱作戦、どうする?」

「うーん、どうしよっかー。疲れて帰ってくる敵を不意打ちしても良いんだけど……」

 

これはいい傾向だ。

暴れて砦を乗っ取るとかいう無茶ぶりも、今このメンバーならチャンスがあるかもしれない。

 

「確認だが、敵は確実に出払ってるんだよな?」

「然りの然り。ただし敵の総大将が砦へ向かっているかは疑問である」

「敵さんね、なんか凄い支援系のスキル持ちみたいなんだ。砦の奥に引きこもってるみたいで普段は近づけないから厄介だよねー」

 

てことは親玉はあの陣地のどっかにいるのか。

 

「アタシは構わねえよ。とりあえず暴れれば良いんだろ? 親玉がそっちにいるならそのまま突撃して暴れるだけさ」

 

敵が少ないのもいい。

このメンバーなら高確率で殺れそうだ。

 

「なるべく見つからないように忍び込んで、敵の頭を狙う。見つかったら大暴れして逃げる、それでどうだ?」

「それ、逃走経路、考えてない……」

 

敵と鉢合わせしたらって事か?

大丈夫だ、問題ない。

こっちには秘策がある。

 

「いいか? もし万が一鉢合わせした場合は――」

「お前ら! そこで何をしている!」

 

声をかけてきたのは魔族だ。

おそらく偵察かなんかだろう。

……まだ砦まで距離が離れてるが、ここまで見張りがきたのか。

 

まあいい、アタシに任せな。

 

アタシはストームローズで一気に距離を詰め、敵のクビを刎ねた。

体は土魔法で地面に埋める。

 

「やっるう! マリーちゃんはっやーい」

「ポリーナ達は超火力で暗殺向きじゃないからな。先行させてもらった」

「いいよーいいよー、その調子でどんどんやっちゃって!」

「しかしのしかし、偵察が戻って来ないならいずれ気が付かれよう。さてさて決断を急がねば」

 

確かにな。

説明をしなきゃならないだろうが……。

 

「悪いが説明は後だ。敵地にツッコむなら現地で秘策をお披露目させてもらう。一応、こっちには上手く逃げる算段があるがどうする? 砦にいくか? アタシ達は撤退でも構わないぜ?」

 

ポリーナに決断を迫ってやる。

今回のリーダーはポリーナだからな。

ポリーナが撤退すると言うなら潔く引くさ。

 

「ん〜。むむむ……。よし! オネーさんは決めたよ! 突撃決定! ただしリュクシーちゃんは万が一に備えて戦力を温存! ギリギリまでスキルを使わないこと! 分かった?」

「分かったのです! ふふふ、スキル抜きでもやってみせるのです」

 

承諾してくれたか。

良かったぜ。

 

「ところで本当に逃げる手段はあるの?」

「ああ、任せろ……と行っても実際にやるのはエリーだけどな」

 

アタシはさっき倒した魔族の首を拾う。

……コイツの頭タコみたいな色と形だな。

一瞬で倒したんで気が付かなかった。

 

「エリー。このタコ野郎を幻覚魔法で作れるか?」

 

その言葉にポリーナは納得したように大きく頷く。

 

「なるほど! そういう事ね! エリーちゃんの魔法で偽装しちゃえば確かに逃げるときに楽になるかも!」

「任せてください。……と言いたいのですが、体の部分が沈んでしまっているので引き上げて貰ってもいいでしょうか」

 

おっといけね。

速攻で身体を埋めたから掘り返さないと。



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第95話 潜入

7-95-110

 

「門番なんてかったりいよなー」

「おいおい、くだらねえ愚痴を言ってるとまたドヤされるぜ」

「いいだろ誰も攻めてきやしねえよ。どうせ魔王様の機嫌を取るための茶番だ」

「しょうがねえだろ。人間もこっちも消耗戦は避けたいんだ。いつもの小競り合いで終わらせて……うん? あのタコ野郎。見回りの奴じゃねえのか?」

「本当だな。なんであんなところで手を振ってやがる? こっちに来いってか?」

「しかしなんかおかし――」

 

会話に夢中になっている二人の首から刃が生える。

 

「会話の途中すまねえな。一人でイクのは寂しいんだとよ。一緒にイってやってくれ。サンダーローズ」

 

次に雷で刃を通じて内部から焼き焦がしてやった。

最後に土魔法で地面に埋めておしまいだな。

 

こいつらが気を取られていたのはエリーが作り出した幻覚だ。

幻覚で注意を惹きつけ、細目のスキルで背後に転移したからな。

気がつく暇もなかっただろうさ。

 

「よし、これで忍び込めるな」

「マリーは素早いのです。この門番さん達もご愁傷さまなのです」

 

少し遅れて勇者ちゃん達が追いつく。

そこにはアタシを転移させたはずの細目だけがここにはいない。

 

「ストルスちゃんから伝言ね。“秘密の入り口付近に敵はなし”だって」

「よし、案内を頼む」

 

細目の役割は“目”だ。

アタシを転移させた後は自分が転移して、はるか上空から俯瞰して敵の動きを見てもらっている。

 

細目は建物内でスキルを使うのは苦手だと言っていた。

本人曰く、一回も目視をしていないところは認識できずスキル発動に失敗し、対処しきれない事があるそうだ。

 

代わりに上空から外で見張りをしている兵士たちの挙動を『ラストダンサー』経由で逐一動きを伝えてもらい、それに合わせてアタシ達は移動している。

 

砦内部の動きこそ見えないが、こっちも建物から出るときや、逆に入る時に鉢合わせする心配が無いのはありがたい。

 

お陰で数体の魔族とかち合ったが、みんな静かに倒すことができた。

 

「これなら楽勝で狩り尽くせ――」

「敵襲! 敵襲! 反応あり!」

「索敵はどうした! 魔法隊は何をやっている!」

 

 

突如、砦全体に鐘の音が響き渡る。

同時に敵の声も騒がしくなった。

 

「ストルスちゃんから敵が真っすぐこっちに向かってきてるって! これやばいかも? ヤバくない?」

 

……マズイな。索敵のスキルか魔法を定期的に展開してたのか。

意外と早くアタシ達の事を見つけたようだ。

 

「確か細目が上から見た情報だと、この先の場所……中央の広場かなんかだよな」

「そうだよ、通路の細いトコで分かれて戦う?」

 

セオリー通りなら大多数が入ってこれないような場所で戦うのが基本だが……。

 

「『ラストダンサー』のメンバーもウチのリッちゃんも広域殲滅型だ。十分に力を出し切れない可能性がある。なにより〈変身〉を使われたら厄介だ」

 

相応に魔力を使う〈変身〉は使えるやつも限られてるだろうし、無駄撃ち覚悟で使ってくるとは考えにくい。

 

使うならアタシ達と面と向かって戦う時だ。

だが戦いが長引くとどうなるか分からないからな。

だったら『ラストダンサー』とリッちゃんの超火力での短期決戦にかける。

 

「良かった! 私もこういうトコで戦うの苦手だったんだ! じゃあ広間で戦うね」

「やるのですか? 私の勇者としての力で全てを薙ぎ払ってみせるのですよ」

 

勇者ちゃんもやる気のようだが……勇者ちゃんが力を解放するとアタシ達の行動も制限されるからな。

アタシはポリーナに目配せをしてみたが、首を振り返してきた。勇者ちゃんの出番はもう少し後だな。

 

「リュクシーちゃんはもうちょっとだけ待ってててね。雑魚は私達『ラストダンサー』が片付けるから」

「分かったのです! その時が近づいたら合図をお願いするのです!」

 

よし、これで役割は決まったかな。

そこでエリーが手を上げてきた。

 

「ここは私に任せて頂けませんか? 訓練の成果が出せそうです」

「アレか……そうだな。一発目の奇襲はピッタリだろうし頼むぜ、エリー」

「任せて下さい、〈幻覚創造〉!」

 

エリーが呪文を唱えると、さっき倒した魔族の姿がそこいらに現れる。

 

「わわっ! 魔族がたくさんいるのです!」

「リュクシーさん落ち着いて下さい。これは幻覚ですよ」

 

出てきたのは倒した奴らの幻だ。

触ると消えてしまうが、パッと見た限り本物にしか見えない。

 

同時に、アタシ達の姿が背景に溶け込むように見えにくく、隠れていく。

……よく見ないと仲間を見つけるのも一苦労しそうだ。

 

この幻覚のすごいところは声も音もある、万人が見ることができる幻覚って事だ。

触ると消えてしまうが遠くからだと気がつくことはできないだろう。

王都の牢屋では助かった。

 

この万人に見える幻覚の他にも、特定の相手に都合のよい幻覚を見せる〈幻視〉なんてのがある。

 

さあいくぜ。

 

「おいお前ら。侵入者が出たらしいがどうなっている」

「それが、俺達にも、分からねえ、んだ。だがさっき、魔族が、切りかかって、きた。もしかすると誰か、裏切り者が、いるの、かも、しれない」

 

魔族の質問に答えたのはエリーが作り出した幻覚だ。

口調がぎこちないのは会話のイメージができていないからだな。

見張りの魔族ともう少し話しをしていたら滑舌もよかったんだろうが……想像で補うしかなかった。

 

だがこんな拙い会話でも眼の前にいる奴らは騙せているみたいだな。

……いや、眉を潜めている奴らが何体かいるな。

 

違和感の正体がバレる前に一気にやってもらうか。

アタシはエリー達に目配せをする。

 

「はい、ここからが本番です!〈魅了〉」

 

エリーは小声で呪文を唱える。

すると前の方にいた魔族数人に魔法がかかったのか、どこか虚ろな目になった。

 

「いきます! 皆さん、『周囲の魔族を倒して下さい』」

「ワカリ……マシタ……」

「コロ……ス……」

 

エリーが声をかけると、魅了された奴らが他の魔族に襲いかかった。

 

「うわっ! お前ら何しやがる!」

「どうしたんだ!」

「そいつら、だ! そいつらが、侵入者、だ!」

 

最後の掛け声は幻影だ。

……だが効果は十分だったようだな。

仲間内で攻撃しあって乱戦状態だ。

 

「……やりました! 上手くいきましたよマリー」

「ああ、予想してたよりだいぶ効きがいいな、流石は精霊の魔法だ」

「新しい呪文……う、失われないように、保管したい……」

 

地味子がなんかいってる。

そういえば訓練中に話してた気がするな。

確か魔法発動のトリガーとなるキーワードの大半は精霊や悪魔から教えて貰った……だったかな?

 

人間が試行錯誤で発見したのはごく一部だとか。

まあ精霊と契約してない人間が使うにはいろいろと制約が多いからカスタマイズが必要とかなんとかも言っていたな。

 

ただ今は戦闘……いや、戦争中だ。

そのあたりの話は終わってから勝手に交渉してくれ。

 

連続で精霊の魔法を使用したせいか、エリーの額に汗が滲んでいるな。

拭いてやるか。

 

「エリー、魔力は大丈夫か?」

「ええ、特に〈魅了〉の消費が大きくて、魔力をためた石が二つも空っぽになりましたが……私自身の魔力は健在です」

 

今回の戦いでは、魔石をいくつか購入してエリーとリッちゃんに預けている。

 

今までは価格と魔力の充填がネックで魔石を買わなかった。

だが勇者ちゃんのスキルで魔力を貯めて放つ際、対象を魔石に向ける事で充填できると知ったのはラッキーだった。

 

普通なら毎日コツコツ充填して魔力を蓄積しないといけないからな。

魔力が色々混ざってるらしく安定性にかけるのが玉にキズだが、気軽にぶっ放せるのはありがたい。

 

正直勇者ちゃんはこれだけでも食っていけると思う。

 

「エリーはすごいのです! 魔力の充填は任せるのです!」

「はい、落ち着いたらまたお願いしますね。リュクシーさん」

「ふふん! 任せるのですよ!」

 

さて味方同士で殴り合ってるのと幻覚魔法で姿を隠している事もあってこちらには気づかれていないが……。

 

「幻覚が揺らいでいます。次の行動で幻覚がとけるかもしれません」

「エリーちゃんナイスよ。これからなんだけど、見つかりそうだしそろそろ撤退……したい?」

 

それとなく、こちらに合図を送ってくるポリーナ。

 

「いやまだだ。もっと暴れてやるさ」

 

敵が勝手に自滅してるだけで大暴れはしてないからな。

ここで撤退しても訳分からんまま終わるだけだ。

こっからがアタシたちの見せ場だぜ。

 



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第96話 乱戦

7-96-111

 

「だよねー。じゃあ私達もひと暴れしますか! この弱い魔族達は私達二人に任せてよ!」

「すでに……魔法は、待機済み……」

「ジーニィちゃんお願いね!」

「任せて……【敵を、蝕み、犯す、は、魔障の、毒、吹け、厄災の風】〈毒風〉」

 

毒々しい緑色の風があたりに吹き荒れる。

毒魔法だな。かなり強力だ。

今まで同士討ちをしていた魔族が手を止めた。

敵も他にいる事に気がついたようだがもう手遅れだ。

 

「よし、じゃあアタシもツッこ――」

「ダメダメ! 危ないよ! あの風はジーニィちゃんのスキル宿してるからね」

「私の……スキル、は〈状態不変〉……しばらくは、毒、消せない……」

 

地味子の説明にポリーナが補足してくる。

スキルで攻撃された相手は一定時間、身体にまわった毒や酸が身体を蝕み続けて消すことができないらしい。

 

なにそれエグい。

…ストームローズで霧を避けながらツッコもうかと思ってたけどやめとこ。

 

ここはお言葉に甘えて見物にまわるぜ。

 

「な、なんだ! 毒……?」

「ゲホッ、ゲホッ、魔法毒だ! 早く解毒剤持って来い」

「いたぞ! あいつら……ガファッ」

「解毒剤が……効かな……」

 

魔族達が悲鳴を上げながら倒れていく。

対処方法は毒が身体にまわる前に感染箇所を切り飛ばすしかないそうだ。

 

霧みたいな形で送り出してるから防ぐには……肺を切り取れってか。

毒に耐性のないやつは即死だな。

 

その時、魔法と矢が左右から降り注ぐ。

 

「チッ! 上だ!」

 

高台に弓を持った奴らが移動してる。

あそこまでは霧が届かない。

アタシが上に飛んで倒すか?

 

だが、そこに細目が降りてくる。

 

「正々堂々戦えぬこと、誠に申し訳ない。しかしのしかし、油断する手合にも問題あり。〈空間交代〉」

「は? な、なんで俺たち空中に……!?」

「せっかくのせっかく、拙者の仲間が生み出した毒霧だ。しっかり味わっていただこう」

「うわっ!? お、落ちる!?」

 

 

弓を放っていた奴ら、魔法を使っていた奴ら、ソイツらがまとめて空中に放り出され、叩き落とされる。

落ちた先は毒霧の中だ。

 

……こりゃアタシの出番はねーな。

一応、リッちゃんにも攻撃を控えるよう伝えておく。

下手に魔法で攻撃して毒を拡散させるわけにはいかないからな。

 

 

次々と魔族が倒れていく。

増援はこない。戦力はこれだけなのか?

 

「霧……晴れた……。スキルも、終わり……」

「アタシやリッちゃんの出番がなかったな」

 

何はともあれ〈変身〉を使われる前に倒せたのは良かった。

アレを数体が使ってきたら勝ち目が薄くなるからな。

まあ

 

……砦にいたのは多く見積もっても三百名ってとこか。

砦の規模から見て、三千は滞在できるはずだ。

てことは攻めで出払ってるのは二千から二千五百くらいか

 

……もしかすると戦闘能力の高い奴は砦の攻めにまわってるのかもな。

向こうは大変だろうが頑張ってくれ。

こっちは戦いにもなってないが代わりに大将首を取ってくるからよ。

 

 

「〈探知〉……やはり砦の中央、建物内の一番奥に八から十、敵の反応がありますね。まったく動きはありません」

「エリーちゃんの魔法とこっちを警戒してるのかな? それとも私達に震えちゃってるかな?」

 

ポリーナが冗談めかしてそう言うが、アタシには震えてるとはとても思えねえ。

 

「敵が少数精鋭だと分かったなら逃げるか慌てふためくはずさ。逃げないどころかまったく動かねえ。位置を隠したりする事もしてない。って事は待ってくれてるんだろうよ」

 

つまり罠を仕掛けてるってことさ。

一応、建物の壁を魔法で変化させられるか試してみる。

……魔法の効きが悪い。変化はするがゆっくりだ。

 

砦の建材は元ダンジョンかなんかの土やら石やらを利用して焼き固めてると聞く。

本当みたいだな。これじゃ奇襲は無理だ。

 

「もう僕たちは奥にいる人たちを無視してさ、扉ごと塞いじゃったら駄目かな?」

「それだと隠し通路なんかから逃げられたらお終いだ。不意打ちでリッちゃんが後ろから襲われてもいいならそうするが」

「うっ、それはちょっと……」

 

なかなか良いアイディアが出ない。

目の前の扉は虎の口と大差ないからしょうがないか。

 

「皆の皆がお困りの様子。よろしければ拙者が偵察と一番槍を努めよう」

 

細目も空中から降りてきたか。

確かに細目のスキルならヤバくても後ろの空間と交代して逃げられるな。

 

「そうねえ。ストルスちゃんにお願いするね」

「お願いするのです!」

 

細目も含めて皆で軽く打ち合わせをする。

 

作戦はシンプルだ。

細目が一人砦の奥に向かい切り込む。

 

次に仕掛けられているであろう罠をスキル『空間交代』で回避、その後にリッちゃんとポリーナが室内をまるごと攻撃、アタシ達が殴り込むってわけだ。

 

変身のために魔力を溜め込んでる奴らがどれだけいるのか知らねーが、用心するに越したことはないからな。

 

アタシ達は敵が集合しているであろう部屋の前に立つ。敵がいる扉を開けると、細目は一気に中へ突撃した。

 

「それでは早速一番槍。いきなりのいきなりだが、拙者のスキルにて――」

「甘いぞ侵入者ども! 我がスキル! 〈ヨ迷イ子ト〉により分断してやろう!」

 

突然の大声が響く。

それとともに異常は起きた。

細目が突撃した扉が急に小さく、いや距離が離れていく。

 

「マズイ! スキルでなにかされているぞ!」

「! 扉、が!! 床も……!」

「ジーニィちゃん!」

 

アタシ達が入った扉も離れていく。

更には地面の床の色が変わったかと思うと、壁が生えるように突き出てきた。

 

「エリー! リッちゃん! 離れ離れになるな!」

「はい!」

「うん、うわわっ、ふう……」

 

アタシは二人の手を掴むと、自分の側へ引き寄せ抱きしめる。

……随分と凄まじいスキルだな。

攻撃性能はないみたいだが、完全にポリーナ達と分断されてしまった。

気がつけば見知らぬ男が一人、そして男のそばには同じ顔の女が三人立っている。

 

男の方は七三分けでかっちり頭がセットされている。服装も貴族被れのような格好だ。

 

対象的に女は派手な服をしている。

肌の色がドギツイピンク色で半透明に透けている以外は人間とそう変わらなさそうだ。

女魔族三人ともが同じ背格好をしている。

 

「この状況は同胞のスキルだ。お嬢さんたちの戦いは見せてもらったよ」

「うふふふ、私達の手にかかって死ねるなんて幸福ねー」

 

この状況、やっぱりスキルかよ。

だがコイツらのスキルじゃないみたいだな……。

 

「そっちから出向いてくれるとはありがたいな。ちょいと質問に答えてくれ。あとついでに出口までエスコートしてくれても良いんだぜ?」

 

その言葉に女魔族は眉をひそめた。

……三人とも全く同じ表情だな。

 

「コイツ生意気ー。今から死ぬアンタをエスコートしたってしょうがないでしょ」

「まあいいじゃないか、マリモネ。ここは迷路の一室。我らを倒すまで出ることはできないのだから多少は質問に答えよう」

「バーラムってば余裕ー。でも司令官さまの言葉は守らなくちゃ駄目よ。速やかに、謹んで、だよね?」

「むぅ……」

 

ちっ、情報を引き出そうと思ったが、そう上手くは行かないな。

 

……さっきから気になっていたが、女魔族三人ともまったく同じに口が動いている。

声もそうだ。

ブレがなくて気がつかなかったが、まったく同じ音質、音声で話をしている。

 

男の方はそうでもないが、コイツはなんかヤバそうだ。

 

「そうだったね……。じゃあ簡潔に。君たちの戦いは遠隔より魔法で見ていたよ。危険そうな彼らは同胞のスキルにより分断した。そして今から私達の能力で君たちを殺す。以上」

「アンタたちは何もしていない雑魚だから余裕だよねー。あたしが出るまでもないかも?」

 

なんだこいつは?

アタシたちをナメきってやがる。

 

「本当にアタシ達が雑魚だと思ってるのか?」

「えー、だってアンタたち、上から貰った強い奴らのリストに載ってないし?」

「彼女の言う通りだね。分断したチームの情報はすでに手に入れているよ。さっきの彼らはA級冒険者の『ラストダンサー』だろう? 一人は情報がなかったが……、まあたいした相手じゃないということさ」

 

こっちの情報を知られているのか。

一時は敵が潜入していたからな。

その時に漏れたのか?

 

……だが深くまで情報を集めきれてはいないみたいだな。

アタシ達の情報が無いのは好都合だ。

 

「君たちのような美味しそうな女性たちに出会えて幸運だよ。若い女の血を生きたまま啜るのは美味しいからね」

「へっ、アタシ達の体液を舐め回したいとか、とんだ変態野郎だな」

「ふっ、強がりはよしたまえ。しかし本当に幸運だ。向こうはトラップを大量にしかけているから血が飲めないかもしれなかったのだよ」

「そうか……ならたっぷり味わいな!」

 

アタシは会話中、こっそり溜めていた魔法をぶつけるため加速して突撃する。

 

「食らうのはアタシの攻撃だけどな! 乙女の味は知らないまま終わらせてやるよ。〈変身〉する前にな! 鳳仙――」

「ん? ……ふはは! 馬鹿め!」

「マリー! 影です!」

「何っ!」

 

七三野郎の背中から黒い影が出て、巨大な拳を作るとアタシ目掛けて叩きつけてくる。

 

……ギリギリだ。

エリーの声掛けのお陰でストームローズで無理やり方向転換をして回避することができた。

……奇襲は失敗か。

 



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第97話 罠

7-97-112

 

アタシは空中で方向転換し、地面に着地する。

危ないところだったぜ。

 

「どうして私達の姿をみて〈変身〉をしていないと? もしかして魔族の変化は巨大になったり、形状が変わるだけだと思っているのかね?」

「何この子? 空中で変な方向転換しててウケるんですけど」

 

七三野郎とピンク女が嘲笑ってくる。

くそっ、見た目は何も変わってないように見えるから気が付かなかったぜ。

だがこっちも攻めの手札は見せずにすんだようだ。

 

「……もう変身は終わってるって事かよ」

「その通り。私は内側で変化を起こすものだよ。このようにね!」

 

七三野郎は再び黒い影の拳を両側から出すと、連続で殴りつけてくる。

その攻撃をかわし、影を刃で切りつけてやるが、刃は影をすり抜けてしまう。

 

……コイツ、アイツに似てるな。

 

「キャハハ! 無駄な努力ご苦労さま。面白いから私も参加しちゃおっと」

 

アタシと七三野郎の戦いにもう一人……、三人のうち一人が向かってきた。

そんな無防備に突っ込んでくるとかナメてんのか。

 

「その生意気な性根を分からせてやるよ。ファイヤーローズ!」

 

迫り来るピンク女に炎を叩きつけてやる。

……少しは回避するかと思ったらまともに受けやがったな。

 

だが、炎を浴び終えたその姿に変化は無い。

火傷一つなくその場に立っている。

一瞬体が焼け焦げたように見えたが……気のせいか?

 

「……なんで無傷なんだよ」

「残念でしたー。【流水は激流に変われ、岩よ砕け。敵を穿ちて爆ぜよ槍】〈爆水槍〉」

 

お返しと言わんばかりに魔法のカウンターが放たれた。

……三人から三つ同時に、だ。

 

くそっ、一発なら大丈夫だが三発は回避が難しい。

一発は食らってしまう、マズイな。

男に目を向けると、影の追撃も迫ってきていた。

 

くそっ、こっち躱すと魔法がすべて当たる。

……そこで雷を纏った風が魔法を打ち消し、弾き返してくれた。

リッちゃんか!

 

「【風雷陣】! マリー、こっちへ!」

「助かったぜ! ありがとよ! もう一発撃てるか?」

「任せてよ!【砕氷陣】」

 

リッちゃんが続けて魔法を放ち、敵の追撃を相殺してくれる。

お陰でなんとかダメージを受けずに戻ることができた。

 

だがこっちもダメージを与えられなかったな。

ピンク女の奴、リッちゃんの攻撃で体が傷ついたように見えたんだが……見間違いか?

 

「きゃははは! 分からないって顔してるー。私も〈変身〉して増えた二人を見せてるのに気が付かないとか、馬鹿じゃないの?」

 

舐めた口聞きやがって。イラッとする女だ。

だが秘密が少し分かったぜ。

二人は分身、偽物ってわけか。

とりあえず、これ以上組み合うのはマズイ。

 

アタシはエリー達のところに戻って回復と補助魔法を受けることにする。

 

「〈回復〉、〈守護〉。マリーすいません。魔法をかけるタイミングを見失っていました」

「いや、あたしが不意打ちしようとしていきなり飛び出したからな。仕方ないさ」

 

更には不意打ち失敗して攻撃喰らいそうになってるからな。

自業自得だ。

 

「キャハハハ。一人で勝てないから仲間に慰めて貰ってるのー? かーわいいー」

「アタシを馬鹿にすると痛い目みるせ? 一人だろうと百人だろうと丁寧に攻め立てて身体で分からせてやるよ」

 

とは言ったが相手の能力が分からない状態でツッコミたくないな。

 

「あはは、やってみればー? このマザースライン族のマリモネちゃんに傷をつけるなんて千年早いから」

 

マザースライン……?

知らない種族だ。

やっぱり情報を集めないと危ねえな。

……いや、体が変化して半透明になっている。

マザースライン、スライン……、半透明の姿……。スライム……。

こいつもしかして……スライム的ななんかか?

 

「おいおい、マリモネ。私を嗜めておいて自分だけ名乗るなんてずるいじゃないか」

「キャハハ、ゴメーン。どうせならバーラムも名乗っちゃいなよ」

「まったく。……だが今更名乗らないのも後味が悪いな。私の名前はバーラム。偉大な吸血鬼の一族に名を連ねる者。とは言っても今現在、砦に残っている仲間は過半数が私と同じ吸血鬼だがね」

 

吸血鬼か。やっぱりな。

攻撃がウチのフィールにそっくりだったからな。

たしか魔王に味方している吸血鬼は血がうすい、だったか?

ちょっと煽ってみるか。

 

「スライムと半端者の吸血鬼かよ。お笑い草だな」

 

そう言うと二人の表情が目に見えて変わる。

 

「貴様……。私に向かって半端者だと!? なんたる無礼! 吸血鬼の恐ろしさを見せてやろう!」

「スライムって言い方なに? 下等種族と一緒にしないでよ! 私達はスライムの長所を参考にしながらも初代魔王様によって作られた偉大なる血統なんだから!」

 

おっ? 軽く煽るつもりだったがそれぞれ怒りのツボに入ったらしいな。……好都合だ。

 

「はっ! 魔王様によって作られただと? 面白い冗談だ。リッちゃん知ってるか?」

「いやあ、知らないなあ……。もしかするとファーちゃんが作ったのかもしれないけど……。自信ないなあ」

「だってよ。それに吸血鬼の野郎は嘘つきだな。知ってるぜ。初代の意志に背いて魔王に味方してんだろ? それでよく吸血鬼ヅラできるよな? 血が薄くなると面の皮が厚くなるのか?」

 

ちょっと煽ると二人共顔がみるみる真っ赤にになる。

頭に血が昇ったか。

挑発に乗ってくれる奴は楽でいいぜ。

 

「くっそムカつく! バーラム! 援護するからやっちゃって!」

「任せたまえマリモネ! 舐めた口を聞いてくれるなよ小娘が! 『動くな!』」

 

アタシか再び吸血鬼目掛けて突っ込んでいこうとした瞬間、吸血鬼に向けて走っていた体が急に動きを止める。

 

……体が動かねえ。声も出せない。

今、身体を何かが縛り付けるような感覚があったが……。

もしかしてスキルを使ったのか?

 

「ふははっ! 私のスキルは『人説キの願イ』! 貴様の動きをスキルで封じさせて貰った! 貴様などただの弱者に過ぎない事を知るがいい! 血を啜ってやろう!!」

 

……ああ、普通なら脅威だろうな。

普通ならな。

だがアタシは普通じゃないんだ。

 

だからそんなに、不用意に近づくな。

イッちまうぜ?

 

「なっ!? 雷撃が……ぐああああっ!?」

「おっ、動けるな。どうやら動きを止められるのは一瞬だけか? それとも攻撃を受けたら解除されるのか?」

「馬鹿な……。無詠唱で魔法を使える奴がリストにないだと? 諜報部め……いい加減な仕事を……」

 

よし、会話もできるな。

こっちの質問には答えちゃくれなかったが、まあいい。

答えないってことは、スキルが攻撃でキャンセルできるか時間で解除できるかのどっちかだろ。

 

「【……貫け、水の槍よ】<水槍弾>」

 

……おっと。

スライム女から水魔法が飛んできた。

 

だがリッちゃんが攻撃を牽制、相殺してくれる。

お陰でこれなら余裕で回避できる。

動けなかったらヤバかったかもしれないな。

 

「ちょっとバーラム! もう少し動きを止めててよ!」

「うるさい! こんな隠し玉を用意してたとはな……。だが貴様の手の内は見破った! この傷は貴様の血で補わせて貰う!」

 

七三が文字通り牙を剥くと、襲いかかってくる。

だがよ、お前は色々勘違いしてるぜ?

そもそも手の内を知っているのはお前だけじゃねーんだ。

 

「この影の手で……」

「悪いがそう何度も吸血鬼と戦う気はねえよ。ネタは割れてんだ。フラッシュ」

 

アタシの手から閃光が迸る。

ちびっ子吸血鬼と同じなら、影の手も消えるだろう。

…どうだ? 効いたか?

 

「ギャアアア!」

「やっぱり吸血鬼は光が苦手…か。いや、ちょっと待て。なんでお前?」

 

光を受けた吸血鬼はもがき苦しむと、体にヒビが入り、一部が崩れだす。

…いや、効きすぎだろ。

 

 

「何故だ!? 何故私たちの弱点を把握している!」

 

おいおいまじかよ。

光の魔法でダメージを受けるのか。

こいつ、ひよっ子吸血鬼より弱点が多くないか?

 

…スライム魔族はともかく、こいつに脅威を感じなかったのはそういうことだろうな。そして、さっきの雑魚共の戦いにも出てこなかった理由はそれか。

 

「かっ…下等生物の分際で! くそっ! くそっ! くそおっ!」

「おいおい、光に弱いにしても程があんだろ。どっちが下等生物だ」

 

偶然とはいえ先に吸血鬼と戦っておいて良かった。

正直コイツは弱い。こんな明確な弱点があるなんて予想外だ。

さっきの動きを封じたスキルだけが脅威だが、今はそれを使う余裕もなさそうだな。

 

さっさと仕留めるか。

 

「あららー。バーラムってばもう負けそうなの? しょうがないなー」

「ま、まて……。私はまだ戦え、る……」

「全然そうは見えないんだけどー? あたしに無理矢理ついてきて暴走して、もう終わり? 行動を封じるスキルも使いこなせてないし、ホントさいてー」

 

仲間にたいして酷い言いようだ。

 

「おう、後はアンタ一人だ。攻めてきたのはこっちだからな。大人しく投降するなら命は助けるぜ」

「……さいあく。本当はあたしだって戦い止めてさ、お菓子でも食べてたいよ?」

「おう、尋問はするがちゃんと情報教えてくれれば菓子くらい食わせてやるよ」

「ほんとに!?」

 

ああ、獣っ娘の試作菓子だけな。

しかしどうやら戦わずに上手く行きそう……。

 

いや、なんかコイツおかしいぞ?

急に仲間の吸血鬼の首に腕を回して何やってやがる?

 

「……でもね、魔王様ってそういうの許さないんだよ。今だってそう! ホント最悪! バーラムも吸血鬼の一族なんだからさ、一人くらい殺ってよって感じ」

「ご……、が……。マリ、モネ……」

 

やっぱりだ。

コイツ味方にたいしてナニかしてやがる。

なんかヤバそうだな。

 



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第98話 吸収合併

7-98-113

 

「おい、睦まじく愛し合ってるトコ悪いがその吸血鬼から手を放しな」

「そーもいかないんだよねー。三対一を少しでも有利にするためにはこれしかないしー」

「なら悪いがその吸血鬼はこっちに引き渡してもらうぜ。サンダー――」

「もう無駄だよー。……いただきます」

「マリ…………モ……」

 

スライム女が吸血鬼を抱きしめたかと思うと、吸血鬼の体が体内に沈んでいく。

それに応じて、スライム女が倍くらいに膨れ上がった。

 

アタシは膨らんだ身体に雷撃を打ち込むが、やはり効果がない。

一瞬だけ焼け焦げたがすぐに元に戻ってしまった。

……さっきもこんな感じで再生してやがったのか。

 

「ごちそうさまーっと。じゃー排出しますか」

 

スライム女は膨らんだ体を切り取り、近くへ投げ捨てた。

分離した肉片は徐々に動き始め、徐々に大きくなっていく。

 

その肉片はスライム女達と同じ姿になった。

……だが上半身が作られただけで下半身は生成されそうにない。

半分だけの体が不気味だ。

 

……念の為に距離を離しておくか。

 

「キャハッ! やっぱり男は駄目だねー。いくら途中で攻撃されたとはいえ、消化も悪くて作れたの半分だけだし。これじゃ魔法しか使えない失敗作じゃん。仕方ないかー」

 

途中から作られた四体目も同じように話し出す。

……完全に本体と同期してるようだな。

どんな能力だ?

 

「なに? あたしの能力、気になる?」

「……ああ、後学のために教えてほしいな」

「んー……。ホントは駄目だけどー、まあいっか、どうせこの部屋から出られるのって、あたしか君たちかの片方だけだし」

 

今サラッととんでもないこと言いやがったぞコイツ。

逃げる方法はないって事かよ。

逃げる気も逃がす気もねえが、選択肢が減るのは厄介だな。

 

「私たちマザースライン族は人や魔族を食べて消化して、自分自身を作れるんだよ。あ、スキルは秘密ねー」

 

予想以上にろくでもない能力だ。

つまり、アタシたちの仲間が食べられる可能性もあるって事じゃないか。

しかもスキルは別にあるだと?

 

「まあ作るって言っても、この子みたいに失敗しちゃう時もあるし、即席で作ったなら一日もあれば崩れちゃうけどね」

 

一日だと?

ずいぶん長い寿命だな?

しかも攻撃が効かない、完全に無敵ときてる。

……なにかカラクリがあるはずだ。

 

なんにせよ取り込まれるのはマズい。

 

「エリー、リッちゃん。こいつとは距離を取って戦うんだ。攻めるのはアタシがやる」

「分かりました、エリーも気をつけて、〈全体強化〉」

「僕は魔法で攻撃するね」

 

二人とも敵が一筋縄で行かないことに気が付いているようだな。

リッちゃんとエリーがそれぞれ牽制と強化をおこなってくれる。

 

「うんうん、せいかーい。でも実際に出来るならやってみなよ」

「めんどくさい女やネチッこい奴は嫌いなんだよ!」

 

そう言うと、スライム女が一体だけ襲いかかってくる。

攻撃されても問題ない体なんだろうが不用意だ。

 

「マリー! 撃つよ! 〈炎蛇陣〉」

「合わせるぜ! ファイアローズ!」

 

炎の蛇と炎の鞭がそれぞれ相手に絡みつく。

絡みついた炎は敵の体を焼き焦がすが、スライム女の体は即座に再生している。

 

スライム女の分体は焼かれることで一瞬だけ足を止めるが、またこちらへと向かって歩き始める。

 

「おいおい、効果ねえのかよ」

「そんなもの無駄なのにウケる。さあ溶け合おうよー【流れる血は水、玉となり相手を穿て】〈水弾〉」

 

飛んできたのはシンプルな水魔法だ。

向かってきた魔法を躱し、時には手持ちの刃で切り捨てて無効化する。

魔法に気を取られてる間に距離を更に詰めてきていた。

……アタシも取り込むつもりか。

 

「悪いがアタシが心から溶け合う相手は一人だけなんだよ」

「えー、じゃあアタシに乗り換えなよ。ほらほら、もう抱きしめられるよ?」

「悪いが無理やり来るやつはキライなんだ。それに再生力がすごいって言ってもよ。これならどうだ? 略式・鳳仙花!」

 

アタシは身体に触れるか触れないかのところで、炎を爆発させる。

スライムのぷるぷるボディならこの爆撃でかなりダメージを受けるんじゃねえのか?

 

……予想通り、分体スライムの上半身は爆撃で弾け飛ぶ。

これなら再生も――

 

「キャハハ! 無駄だよ!」

 

だが、飛び散った肉片はまるで逆再生するかのように元に戻っていく。

……マジでバケモンかよ。

 

「くそっ、なんのスキルだ?」

「秘密だよー。乙女の秘密を聞くなんてヘンターイ」

 

煽るような口調で話しかけてくるスライム女。

うざってえ。

 

だが少しだけ分かった。

否定しないって事はやっぱりスキルなんだな。

じゃねえとこの回復力は異常だもんな。

 

しかしどうしたもんか。

魔法で一瞬だけ足止めできたとしてもすぐにこちらへ向かって歩いてきやがる。

 

土魔法が使えれば沈めてやるんだが床もスキルで作られた空間に覆われているのが厄介だ。

 

だったら……。

 

「リッちゃん! 分体は駄目だ! 本体を叩く!」

「分かった!」

 

「キャハハハ! させないよー」

「いやだね。偽物はしばらく凍ってな」

 

アタシは地面を蹴飛ばすと、足先から氷を生み出す。

生み出された氷は蔦のように相手の体に絡まりつくと、スライム女を締め上げ始めた。

更に絡まった蔦から成長するように生まれた薄い氷の葉は刃のように鋭い。

スライム女が動くたびに体を傷つけ続ける。

 

その名も――

 

「アイビーフリーズ」

 

これは敵の動きを封じるため、速攻で使えるよう開発した技だ。

似た技でアイスピオニーがあるが、アレは溜めが必要な上に威力が過剰すぎて縛るのには不向きだからな。

 

「うっわー……砕いても砕いても纏わりついてくる、なにコレ、キモいんだけど」

「へっ、縛られるのが似合うとか変わったやつだな」

 

よし、初めてお前の不快な顔が見たぜ。

もっと不快にしてやるよ。

 

「マリー、あの魔法を使います!〈幻覚創造・分身〉」

「ナイスだマリー!」

 

突撃する際にエリーがアタシの分身を作ってくれた。

コレでアタシを絞り込むのは難しいだろ。

 

「はぁ? 急に増えるとかマジキモいんですけど! 【水よ刃の鋭さを持ちて敵を切り裂け】〈水刃〉!」

「おいおい。浮気したって本命のハートは射止められねえぜ?」

 

変則的に上下左右に動き回る数体のアタシを見分けることはほぼ不可能だろうがな。

 

「ファイアローズ!」

 

幻覚に気を取られている間に、近づいて炎を叩き込む。

……どうやら効果がないようだな、次だ。

 

「もう! ホントウザい! 【水よ刃となりて……】」

「マリー、避けてね! 【火球陣】!」

「熱っ! なんて事すんのよ!」

「リッちゃんナイス援護だ!」

 

数十発の火球がスライム女をまとめて攻撃する。

リッちゃんの魔法に怯んでくれたな。お陰で相手の魔法を邪魔されてキャンセルできたようだ。

これで一気に近づける。

 

さて、怪我が治ってないやつは……。

そいつか!

 

「まさかさっき生み出した奴が本体とはな……。騙す女はキライだぜ。鳳仙花!」

 

アタシは上半身だけになったスライム女に強力な一撃を浴びせてやった。

……体が弾けとび、再生しない。

 

「あ、あ、そんな……」

「まさか本体がちっこいのだとはな。うっかり騙されたぜ」

 

さあ、他の分体はどうなる?

一、ニ……。さっき動きを封じたヤツがいねえな。

 

「溶けたか?」

「違うマリー! 後ろだよ!」

「なに!?」

「はい残念でしたー。キャハハハ、騙されててウケるー」

「クソッ、放せ!」

 

この野郎、アタシ達が目をそらした隙に、体を液状に変形させてたのか?

それでこっそり近づいて後ろから抱きつきやがったと?

コイツを振り払うため、体を左右に振るがガッチリくっついて離れようとしない。

 

「さっき倒したのはカタチが違いすぎてスキルも少ししか適用できなかった失敗作でーす。騙されちゃったねー。私達全員、本体でーす!」

「マリー! 離しなさい、〈魅了〉! ……精霊魔法も効かないのですか!」

「今助けるよマリー! 【炎蛇陣】」

「【水刃】。残念でしたー。ここで魔法使うのは予想済みでーす。これ以上変な動きしたらこの子を殺しちゃうんだからね!」

 

リッちゃんの攻撃も三連続で放たれる魔法と相殺されてしまう。

 

くそっ、どれか一つだけが本体じゃなくて全部が本体だと?

アタシに一杯食わせるとはふざけた野郎だ。



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第99話 本体

7-99-114

 

「エリー! あの雷魔法を頼む!」

「ムリムリ。焼こうが凍らせようが戻るし。ちょっとびっくりしたから、ちゃんと溶かしてアゲルねー。たーだーし!」

 

アタシの顔をエリーとリッちゃん、二人の方へ無理やり向けさせる。

くそっ、力が強え。

 

「あの二人が殺されるのをドロドロに溶かされながら見てるんだよー!」

「ふざ、け……。うぐっ!」

「粘るねー、まあ無駄だけど」

 

身体を出そうともがくが、スライムの沼からは出してくれそうにない。

全身に弱い雷を覆うように流しているからか、かろうじてスライムが食い込んではいかないが。

……雷の傷はすぐに治っているようだ。

ヤバイな。どっかに隙は……。

 

そこで、コイツの体に一部火傷らしき跡が残っている事に気がつく。

焦げてるのはアタシを捕まえてる奴だけじゃない。

他の三体も同じように、まったく同じように焦げている。

 

火傷がつくような攻撃をしたのは……リッちゃんか。

 

だがリッちゃんが攻撃したのは他の二体だけで、肝心のコイツはこっそり隠れていたはずだ。なんでコイツも怪我してやがる?

 

……カマをかけてみるか。

 

「おい、お前。リッちゃんの……アタシの仲間の炎で手が焦げてんぞ」

「あっ、いっけなーい。……もしかしてバレちゃった?」

 

この状況でアタシとリッちゃん、違うことがあるとすれば……。

 

「複数攻撃……だな?」

「大当たりー。最後だし、バレたんなら教えてアゲる。あたしのスキルは『ナカヨ肢コ良肢』。アタシとまったくおんなじ姿をしたモノをベースにして、怪我しても元の姿に戻せまーす。すごいでしょ?」

 

元に戻せる、か。

つまり自分の体をベースに自分を修復していたってことか。

全員が本体とは予想外だったが、やっと攻略の糸口が見えてきたな。

 

「ここにいるのは全員あたしなんだよ! あたしの身体はスキルで作ったあたし自身全てに適用されるの! 身体が一つしかない人間は大変だねー」

「はっ、一人だから違う誰かを大切にできるんだぜ」

「口だけは達者ー。で、も! これならどうかなあ?」

 

まとわりつくスライムの肉片がより一層アタシを締め付ける。

 

「ぐっ……がっ……。ウザっ……てえな!」

 

アタシは再び暴れまわる。

暴れて暴れて、懐に入れていた薬や道具をいくつか地面に落とす。

足元に落ちた薬品やらは割れ、液体が流れていた。

 

「暴れても無駄だしー。なんか落っことしたよ? 買ったものでしょそれ? もったいなーい」

「……たいしたものじゃねえよ。筋力強化薬に、そしてタダの液性の着火剤さ」

 

かろうじて首すじ部分に隙間を作ることができた。

コイツは気がついていないようだ。

これで、会話と呼吸が少し楽になる。

 

「ふーん、まあキミは溶かされるんだしどっちでも良いよねー。無駄な努力しないでさー。さっさとあたしと一つになろうよ」

「残念だがアタシをトロけさせるには役者不足だな」

「あっそ、じゃあ絞め殺されちゃえば?」

 

再び締め付けが強くなる。

もうちょっとだ、もうちょっとだけ時間を稼がねえと。

 

「アタシはな。自分の魔法範囲については割と疑問だったんだ。手から離すことはできないが、炎や風を鞭みたいにすることで遠くに伸ばせる。霧の魔法なんかもそうだ」

「それがどうしたの? 今から溶かされるのが怖くておかしくなっちゃった?」

 

ジワジワと締め付けが厳しくなっているな。

早く、もう少しだ。

 

「霧ってのは隙間があるよな? それでも操れるんだ。色々試してな。大事なのは魔力の経路らしい。経路さえ確保できていれば操れるってことさ」

「なんの話よ! いい加減に――」

「落とした瓶の液体はどこにある?」

「はぁ? 知らないよ。いちいちウザいなー。もういい! 全身の骨を折られて、内臓溶かされながらあの二人が死ぬのを眺めてて」

 

スライム女はアタシを締め付けて殺そうとしてくる。

……だが先ほどとは違い、締め付けることはできない。

 

「はぁっ!? なによそれ!」

 

アタシの力が増していることに気がついたんだろう。うまくいかなくて急に慌てた顔をしているな。

 

「水は霧になるんだぜ? そして、霧は水になる。アタシは魔法薬を霧状にして飲んでたのさ」

 

使っていたのは風魔法に音魔法、そして水魔法だ。

風魔法で懐のマジックポケットから瓶を取り出し、落としたフリをして割る。

 

次に耳に聞こえない、超音波レベルの高振動とでひたすら水を震えさせて細かくしていた。

水魔法だけだと状態を変化させるのが難しそうだったからな。

後は口の中まで誘導、凝縮させて飲み込むだけだ。

 

魔法を無から生み出すときはゼロ距離から始めねえとイケないが、水なんかの元々あるもの魔力を通すことで操れるんだよ。アタシの魔法はな!

 

「そして……同じように細かくした着火剤はどこだろうな?」

「はあ? 一体何を……この匂い! もしかして!」

 

さっきから酒臭いのに気がついたようだな。

この着火剤はアルコールに魔法薬を混ぜたものだ。

魔法以外では火がつかないから安全性が高くて、よく燃えるんだ。

 

それが霧状になってアンタとアタシの周りに漂ってるのさ。

 

そして少し離れたもう一人にも風魔法で霧の着火剤を送り込んでいる。

少し距離が離れているが……。

ま、ギリギリ届いてるだろ。

 

「アタシは範囲攻撃が苦手でな。それを補うための方法だったんだが……まさかたった一人に使うなんてな。しっかり吸い込んだか?」

「や、やめっ……!」

「おいおい遠慮するなよ。この技はアタシの初めてだぜ? 味わってくれ。ファイアローズ・極彩」

 

霧状になったアルコールに炎が引火し、周囲を焼き尽くす。

そのまま広がる炎はアタシを捕まえている方のスライム女も飲み込み、肺まで焼き尽くした。

……しっかり霧を吸い込んでいたみたいだな。

 

遠くのスライム女の分体……、いや本体の一部も焼けている。

 

アタシは念の為にエリー達の所に移動して、周囲を見回してみる。

 

まずアタシを捕まえていたやつ。

コイツは再び元に戻ろうとしているが、完全に再生はしていない。

 

次に少し遠くにいて炎を浴びせた奴。

コイツにも広がった炎が届いたみたいだな。

全身が吹き飛んでしまうようなことはないが、派手に燃えている。

 

「うああぁぁぁっ! アツ……!」

「おう、いいメイクだな? 今の流行りのホットな奴か? 洒落てるぜ」

「ちくしょう、ちくしょう……」

 

話にならないか、まあいいさ。

こっちはスキルの全容がなんとなく分かったしな。

 

さっきリッちゃんの攻撃でマトモに攻撃したのは二人だけ。そしてできた火傷跡。アタシを攻撃しに向かってきた人数。そして今の攻撃。

これから推測できるのは……。

 

「一人だけが再生できるなら複数でまとめて向かって来れば良いもんな? でもさっきの傷と今の怪我を見る限り、数体が同時に傷つくとマズいんだろ?」

「ぐ、きぎぎっ……」

 

多分、全員ないしは過半数がやられたら傷がついているほうが本体の姿になるとかそんなんだ。

厄介なスキルだが、範囲攻撃が得意な『ラストダンサー』二人のトコに行かねえわけだぜ。

 

「このアタシが、なんでこんな目に……、クソっ、クソクソクソ! お前らみんな殺してやる! 【滝は剣となりて雨を降らし……】」

「少しだけネタバレしてくれたあんたに、アタシからもサービスだ。エリーは雷魔法は使えないんだ。アタシが使えない魔法をオーダーしたときは、その種類に応じて待機してくれってサインさ」

 

身体が三つに分かれた城の守り人さんよ。

アンタにも負けない、三身一体の連携技を見せてやるぜ。

 

「エリー、リッちゃん! アレをやるぞ!」

 

アタシはエリーとリッちゃん、二人に大きく掛け声をかける。

 

「任せてよ! 準備はできてる!」

「ええ万端です! 〈隔壁〉」

 

アタシは右手を高く掲げると、手のひらから上に〈隔壁〉で空間を作って貰う。

そこに風魔法と炎魔法で空気と火をひたすら送り込み圧縮していく。

 

「よし! 今だね!【真・炎蛇陣】」

「な、何を………ちくしょうっ! 【滝は霧を生み霧は集いて雨になる――】」

 

なにって?

なーに、アタシ達がやってるのはシンプルなことさ。

極限まで空気を圧縮しながら炎の蛇とファイアローズで押し込み、熱してるだけだ。

一人だと圧縮に限界があるが三人ならこんな立派な灼熱の蕾が作れるんだぜ。

 

「ひっ! なんなのそれ……。ち、【散れよ雨の刃、降り注ぎて敵を切り裂かん】〈豪雨刃〉」

「無駄だ」

 

アタシは極限まで圧縮した空間を敵のいる方向に向けてやる。

限界に達した〈隔壁〉の魔法は形を変え、蕾が花開くように変形し、圧縮された炎と風を解き放つ。

その名も――

 

「――アザリア!」

「ひぃっ! いいぃぃやああああ!」

 

灼熱の風と炎が超高温の衝撃波となって襲いかかる。

衝撃波は敵の魔法を飲み込み焼き尽くし、相手をすり潰した。

変形した〈隔壁〉のかげに隠れる様にしてアタシ達は熱波をやり過ごす。

 

魔法が消えたその後に残されたのは、すべてが抉られ、破壊された痕だけだった。

どうやらキレイに消し去ったみたいだな。

 

「良かったな。世界と溶けあえて一つになれたぜ」

 



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第100話 大将

7-100-115

 

アタシ達が使った魔法のおかげで、迷宮の一部が壊れて更地になっている。

 

「すごいパワーだね。敵がスキルで作った壁も破壊されちゃってるし」

「ああ、溜めが面倒だがやっぱり強力だな」

「ですが相手も強いですね。流石魔王軍といったところでしょうか」

 

大将の守備に回るくらいの奴らだからな。

少数精鋭で良かった。

大軍で来たら逆に迷宮で分断させられて一つずつ潰されてた気しかしない。

 

「それじゃあ早速だけど『ラストダンサー』の皆が心配だし先に進もうか」

「まて、薬を使ったからな。念の為にアタシのスキルで回復しておく」

 

薬には時間制限と副作用があるが、アタシのスキルならリセットできるからな。

なーに、成長したアタシなら数分だ。

 

奥に広がってる迷路らしき空間でも体力を使うことを考えるなら今のうちに回復しといたほうがいい。

 

ついでにリッちゃんとエリーも回復させておくか。

 

 

数分後。

 

「よし、互いに身体を整えたし、改めて他の奴らを――」

 

その時、周りの壁にヒビが入り迷路が砕け散る。

グネグネと世界が歪んだかと思うと、やがて元いた砦の中へと戻っていた。

 

……近くには数体の吸血鬼達の死体とボロボロになった『ラストダンサー』、そして勇者ちゃんがいた。

 

「おい、大丈夫か?」

「あ、エリー……。そっちは大丈夫そうだね。こっちはトラップとかもあってちょっとキツいかな」

「それ、でも……。全部、倒した」

「私もスキルを使ったせいで動けないのです……。『エリーマリー』の皆さんが迷宮のスキル持ちを倒したのですか?」

 

その質問が来るって事はそっちが対処したわけじゃないみたいだな。

だとしたらやったのは細目か?

 

「いや、アタシ達じゃない」

「じゃあストルスちゃんね。早く行かないと……」

 

ポリーナが立ちあがろうとするが、力が入らずよろけてしまう。

怪我が相当にキテるみたいだな。

 

「まて。先にアタシ達が中に入る。ポリーナ達はとりあえず手当をして後から来てくれ」

「……そうね、わかったわ。皆、治療に移りりましょう!」

 

よし、三人は治療に専念するみたいだ。

アタシ達は先行して扉の中に入る。

 

……中は戦闘の傷跡が凄まじい。

 

「うわ……」

 

リッちゃんが惨状に驚いているな。

それもそうか。

誰も彼もがボロボロだ。

 

たくさんのナイフで串刺しになった魔族が数体、そして細目も倒れている。

……酷えな。細目の足が片方千切れてるじゃねえか。

王都なら腕のいい治療士もいるから治せると思うが……。

 

「おい、大丈夫か?」

「マリー殿、中々の中々にキツい戦いだったのである。しかしみよ。迷路を作るスキル使いは倒れ、かろうじて生きている奴こそ、ここを守る大将である」

 

指さしたほうを見ると、ボロボロの魔族が一人、肩で息をしていた。

〈変身〉が解けたのかほとんど人間と変わらないな。

獣耳をした、見た目だけなら若い男だ。

 

「そやつのスキルは数千人もの食糧を不要とするものだと聞いた。直接戦闘に関与するものではない故、こうして今の際で生かすことができている」

「すごいね、ちっちゃな村一つ養えるんだ。千年前にいてくれたらなあ。飢える子もなくて助かっただろうに……」

 

リッちゃん、そのスキルの使い方は人として正しいけど今は場違いだぞ。

 

……だがコイツのスキルでこの砦の兵士を養ってたならコイツを倒せば大打撃だな。

その前に色々教えて貰ってからだが。

 

アタシは死にかけの魔族に近づくと声をかけた。

 

「さて、最後に情報を吐いちゃくれねえか?」

「ここまで我が軍を追い詰めるとはな……。だがもう遅い。兵士達には現状を伝達済みだ。こちらに戻るため動き出しているだろう。さあ、殺せ」

「まあ落ち着けよ。アンタの命についてはアタシは保証しねーが、軍にはかけあってやるぜ?」

 

血気盛んな奴だ。いきなり殺せだとかこっちも困るだろうが。

もう戦いは終わったんだ。

その辺の雑草とかいい感じの木の棒とかやるから情報をしゃべってほしい。

 

「ふん、もはやそういう次元の話ではない。この砦を攻略されたことで、あのお方……魔王様も視察のためもうじき到着する。そしてこの惨状、……お前たちも、俺も終わりだ!」

「魔王……」

 

リッちゃんから息を飲む音が聞こえる。

魔王か……。

マズイな、敵の能力は不明だがマトモに戦えるのがアタシ達しかいない以上、出会いたくない。

 

もし『ラストダンサー』も含めた全員が完璧な状態なら様子見くらいしたいが、今は撤退するに限る。

 

「元々は我々とて忠誠を示すためだけに攻めていたようなもの。間違っても大事に至るはずではなかった。引き金を引いたのはお前たちだ」

「悪いがこっちも色々仕掛けられてたんだ。お返ししただけさ」

「……これ以上は語らぬ。さあ殺すがいい」

 

まったく、口を開けば殺せ殺せうるさい奴だ。

魔王が来て命がやばいならそう言えってんだ。

 

「分かったぜ。お前も保護してやるから安心しな。だから魔王の情報を色々と教えてくれ」

「ふん、言えるものか……。無駄だ……。これからの、生き地獄を味わいながら……後悔する、が、いい……」

 

そう言い残すと動かなくなった。

……一応、生きてはいるみたいだな。

 

『ラストダンサー』の二人と勇者ちゃんが中に入ってきた。

エリーに説明を頼んでおく。

 

「すまねえな。情報を聞く前に気絶させちまった」

「いやいや重要な情報が聞けたとも。魔王がこちらへ来るなら早急に撤退をするのみ」

 

確かにな。頭が乗り込んでくるなんてのは前代未聞だ。

何を用意してるか分からないし、さっさと撤退するに限る。

 

「ストルスちゃん、話を聞いたわ。大丈夫? 動ける? あー……。ごめん、無理そうね」

「……見ての通り歩くことは実に実に難しい。しかしのしかし、スキルは健在。転移して先に戻り情報を伝えてこようと思う、構わぬだろうか?」

「ええ、村まで……。いえ、王都まで戻って状況を伝えて。その後は療養ね」

「かたじけない。後々の事は頼む。そこの魔族は王都で情報を吐かせよう」

 

アタシ達が了承すると、細目は魔族を担いで転移していった。

 

「さあ私たちも帰るわよ。急いでね。ジーニィちゃん、任務成功の狼煙と、緊急事態発生の狼煙、両方あげて頂戴」

「分かっ、た」

 

ジーニィが狼煙を炊くと、煙から赤と黄色の鳥が生み出される。

その鳥に何かを話しかけるジーニィ。

鳥は分かったように頷くと、砦の方角へ飛んでいった。

 

「さすがに砦の人達は馬鹿じゃないから、敵兵が近づいていることには気が付いてるはず、それであの二匹の鳥から伝言を受け取れば察するはずよ」

「じゃあ後はアタシ達が逃げ出すだけってわけか」

「そのとおり……。早く、逃げ、る」

 

ああそうだな。

だけどちょっとだけ待て、最後に軽く嫌がらせしておこう。

魔法で砦の扉の前に落とし穴を掘っておく。

ついでに扉が開かないように裏側で土を被せておいた。

 

まあ、少しでも時間稼ぎになれば幸いだ。

 

「さあ、撤退だ」

 

アタシ達は攻め落とした砦を離れて、迂回するように移動する。

うまく行けば二日後にはアタシ達の拠点に逃げ込めるな。

 

 

「<索敵>に反応があります。こちらには気が付いていないようです」

「どうやら砦に向かっているようだね」

「数は…五百といったところでしょうか? 念のため距離を開けましょう」

 

途中、砦に帰還する魔族の部隊とすれ違ったが、エリーの魔法もあって気づかれる事はなかった。

おそらく、さっきの大将がなにかしらの合図を送っていたんだろうな。

早めに逃げ出せてよかった。

 

アタシ達はそのまま進み、人間が守る砦へと近づいていく。



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第101話 正面突破

7-101-116

 

人間の守る砦の近くまで来た。

残念ながら砦の前には魔王軍が陣取っている。

 

「…駄目です。向こうはこちらに気がついていないようですが迂回は難しいかと。数は二千ほどでしょうか」

 

流石に砦近くに陣取ってる奴らを迂回するのは難しいか。

簡単に回り込める地形に砦なんて作らねえだろうし、回り込んでる間にさっき通り過ぎた魔族と挟み撃ちになるのも不味い。ヤバイな。

二千超えの兵隊と正面から直接ぶつかるのは避けたいからとりあえず囲まれにくそうな場所に移動してるが…。

 

「エリーちゃん、前のアレを頼める?」

「幻惑して…逃げる…」

 

ポリーナ達から砦で集団に使った魔法のオーダーだ。

 

「ええ、魔法は大丈夫です。ただ魔石がそろそろ尽きてしまいますね」

「じゃあ僕の魔石を分けてあげるよ、僕は今回あんまり使ってないからね!」

 

リッちゃんからエリーに魔石がいくつか渡される。

用意した魔石の数もだいぶ減ってきてるな。

流石に次で尽きるだろう。

まあゴールはここを抜ければ眼の前だ。

 

「それでは再び幻覚を作りますね」

 

 

よし、それなら前回同様に混乱させて一気に抜けるか。

ポリーナと地味子、そして勇者ちゃんに合図を送り、幻覚を作って前進する。

 

「何だあ? おい! お前ら、どこの部隊だ!?」

「待て! こいつ等が伝達にあった魔法かもしれない」

「確かに…。おい、索敵隊! あいつ等を調べろ」

「あいつ等の方向から敵の反応があるぞ!」

 

おいおい、もうバレたのかよ。

…しっかりその辺りの情報も伝えていたみたいだな、あの大将。

 

「ポリーナ、予定変更だ。スキルをぶっ放す準備をしといてくれ」

「分かったわ。任せてね。あ、リュクシーちゃんは私達の後にお願いね」

「任せるのです。英気を養っておくのですよ」

「敵、有能…。私も、準備する」

「僕も準備を進めておくよ」

 

それぞれが準備体制にはいる。

バレるなら仕方ない。

だがそれでもできるだけ、できるだけ近づいてやる。

 

「止まれ! さもなくば攻撃する! 二度目はない!」

 

クソっ、近づけるのはここまでか。

エリーの魔法で魅了するにしても、ネタがバレてるんじゃ効果は半減だ。

それに魔法をぶっ放す時間も欲しい。

…なんとかしねえとな。

 

アタシは空中へ駆け出す。

空を跳び回り空中へ移動し、雷撃を頭上から落としてやった。

 

「敵だ!」

「砦の方で暴れまわってるっていう奴らの仲間か!」

「捕まえろ! 無理なら殺しても構わん!」

「そっちは連絡を受けている、幻だ! 構うな!」

「おうおう、たった一人相手に夢中になっちゃって怖いね」

 

…エリー達に注意が行く様子はない。

てことは、敵の索敵能力は距離は遠くまで調べられるが細かい人数までは分からない、精度低めの魔法かスキルってところか。

 

集団で戦うなら精度より大まかな位置を遠くから把握できた方が良いだろうから、軍隊向けに最適化されてるのかもな。

 

まあ好都合さ。

アタシも今回は真面目に戦う気なんてない。

下手に攻撃して〈変身〉されても面倒だからな。

大事なのは敵を一箇所に集めることだ。

 

「ほらほら、アタシのサインが欲しいんだろう? 刃物で刻んでやるから並びな」

「舐めたことを…! 囲め! 圧殺しろ!」

「魔法隊は奴を空中から叩き落とせ!」

 

中々のカオスだ。

さあ、暴れてやるか。

 

「アタシに熱狂してくれてアリガトよ! 砦には行かせないぜ! ファイアローズ!」

 

「ぐっ…。こいつ、早いぞ!」

「焼かれないように防御を固めろ! 慌てるな! 敵は一人だ! 威力も弱い!」

「たった一人に〈変身〉は使うな! 温存しろ!」

 

敵も一人での攻撃に混乱しているのか、罵声が飛び交っている。

威力が弱いのはアタシがわざとやってるからだ。

あんまり強い技ぶっ放して〈変身〉されても困る。

 

「クソっ! 降りてこい!」

「いいぜ雑兵ども」

「本当に降りてきやがった! 馬鹿め、囲んで…何っ!?」

 

アタシは降りると同時に周囲の地面を泥に変えてやる。

膝までずっぼりとご苦労なこって。

 

「高嶺の花を捕まえようとして泥沼だな? サービスタイムは終わりだぜ?」

「くそっ、まてっ!」

 

アタシは再び上へ舞い上がる。

 

…大分動き回って、いい感じに敵も集まって来たな。

これなら残りの敵を叩けそうだ。

アタシは更に高くへ浮上して、エリー達のいる方に声をかけた。

 

「今だ! 頼んだ!」

「任せて! まずは僕からだよ!〈虹色陣・拡〉」

 

七色の光が雷や炎、冷気を無差別にバラ撒いていく。

リッちゃんが広範囲を攻撃できるように改良した技だな。

 

「くっ、なんだこの威力は!」

「〈変身〉しろ! 敵は複数いるぞ!」

 

戦闘部隊が慌てて姿を変えはじめる。

だがもう遅えよ。

 

「なんだ急に寒気が…」

「まずい、体温が奪われているぞ!」

「貴様ら陣形を整えろ! このままだとやられる…ぐわっ!」

 

指揮官っぽい奴に雷を落として邪魔をしてやる。

生憎だがこっちも余裕が無いんでな。

ちょっとでもヨソに気を取られるなら不意打ちでボコらせて貰うぜ。

 

 

 

…一通りリッちゃんの魔法が吹き荒れたあと、次に強い冷気が襲いかかる。

ポリーナが熱を集めているな。

 

「おまたせ! 【極灼の炎は我が手にあり!】〈フレアストーム〉」

「【地獄…の、雨はすべてを、溶かす】〈死蝕雨〉」

 

ポリーナが魔法を唱えると、炎の竜巻が敵陣へと迫っていく。

さらに炎の竜巻を周囲を覆うようにして雨が降り出す。

…酸の雨だな。

 

炎に焼かれ、逃げ惑う敵はそのまま自分から酸の雨に逃げ込み、溶かされていく。

…何あれエグい。

 

更には攻撃範囲から逃れたやつももがき苦しんでいる。

酸の雨が蒸発して内部から侵食してるのか?

 

随分とエゲツない技だがこれならこのまま押し切って…。

 

「甘いぞ人間!」

 

いくつかの咆哮が聞こえると、空に向かって衝撃波が放たれる。

その衝撃波は酸の雨と炎を散らした。

 

現れたのは十体をこえる魔族達だった。

全員が全員アタシの三倍から五倍の身長だな。

〈変身〉されたか。

揃いも揃って怪獣みたいな姿しやがって。

 

「くそっ! 我が部隊がこんなところで全力を出す羽目になるとはな! さあ!貴様らまとめて…」

「甘いのですよ! 『吸魔』!」

 

魔法が消えると同時に勇者ちゃんは走り出していた。

勇者ちゃんが突撃して直接剣で斬りつけると、巨大な魔族の体がどんどん縮んでいく。

 

「がっ…。馬鹿な、〈変身〉が…、魔法も使えぬだと!?」

 

流石勇者ちゃんのスキルだ。

巨大化した魔族が一気に縮んで行きやがる。

ここはある程度戦えるアタシも支援しねえとな。

 

「マズイっ! くそ、貴様だけでも…」

「そう縮こまるなよ。本番前に縮むなんていくらデカくたって台無しだぜ? 〈略式・鳳仙花〉」

「ウガアアァッ!!」

 

アタシは横っ腹に魔法を叩き込み失神させる。

よしっ、やっぱりゼロ距離なら威力は落ちるが魔法が使えるな。

 

「マリー! 助かるのですよ」

「良いってことよ。そんなことより今の一戦で敵が怯んだ、一気に駆け抜けるぞ」

 

〈変身〉するだけの魔力を蓄えていたアイツらは、部隊長とかの偉い奴らのはずだ。

さすがにあのクラスが一瞬でやられたら動揺してくれたようだな。

まあ実際は一回限りの大技だから手品の種が割れるとマズい。

 

本来なら変身した奴らをとっ捕まえて宰相のおっさんに高値で売りつけたいが…。

そうも言ってられないな。

 

「突っ切るぞ」

「道を切り開くのです!」

 

周囲から集めた魔法をぶっ放す先陣を突撃する勇者ちゃん。

隊長格をぶっ飛ばしたおかげで、敵の行動も乱れている。

みんなビビったのか、こっちに向かってくる奴らはまばらだ。

 

遠距離からの魔法も勇者ちゃんのスキルでかき消され、魔法を返される。

 

近づいてきた奴らを片っ端からぶっ飛ばしていくと敵も向かって来なくなった。

 

敵の部隊とも距離を離すことができたし、あとは砦まで一直線だ。

 

「ふぅ…これで山場は切り抜けたのです…。スキルも限界なのですよ」

「ああ、ゆっくり休んでてくれ。ゴールまでもう少しだ」

 

アタシは倒れ込む勇者ちゃんを抱えると、そのまま背負った。

もう、魔族たちとの距離は大分離れている。

このまま逃げ切れそうだ。

 

「しかし凄いわねえ。倒しただけでも四百人くらいはいるわ。このメンバーだけでそこまでやれちゃうなんて」

「まあ、勇者ちゃんや『ラストダンサー』の超火力あっての物だな。お陰でなんとか――」

 

瞬間。爆発音が聞こえ、アタシとポリーナは同時に後ろを振り向く。

…砦のあった方向からだ。

 

だがアタシが振り向いたのは音が原因じゃない。

気配だ。おそらくポリーナもそうだろうな。

 

濃密な死の気配が砦から漂って来ている。

…魔族達も感づいたのか、アタシ達より後ろの気配に釘付けだ。

お陰で追いかけていた魔族達も立ち止まっているな。

 

「マズイわね…」

「ああ、アレはヤバい。逃げるぞ」

「マリーちゃんはリュクシーちゃんを担いだままで大丈夫?」

 

スキルの副作用の事か。

今は気配が動いてないからいいが、確かに万が一近寄られるとマズイ。

 

「リッちゃん。出発する前に渡しておいた寝袋を出してくれ。それに勇者ちゃんを詰める」

「え? 担がないで詰める? え? え?」

 

分かってないようだが説明する時間が惜しい。

万が一が起きたとき、勇者ちゃんを抱きかかえてたら戦えないからな。

魔族の兵士達も含めて向こうに気を取られている今がチャンスだ。

 

何をするのかは直接見せるから、とだけ伝えてさっさと寝袋やらを出してもらう。

 

「ほらほら、入った入った」

「横暴なのです! こんな狭いところに…あ、フカフカで気持ちいいのです」

「おう、もっと気持ちよくしてやる」

 

アタシは寝袋に勇者ちゃんを詰め込むと、風魔法の要領で寝袋ごと勇者ちゃんを浮かせた。

 

「おお…揺られて気持ちいいのですよ。これは今後もやってほしいのです」

「こんな緊急事態以外は難しいな」

 

まったく、のんびりしてるな。

まだ気配が砦の方向から動いていないから大丈夫だが、早く移動しないと。

 

「マリーはなんでリュクシーちゃんに魔法が使えるの?」

「勇者ちゃんは今の状態なら指一本の距離までなら魔法が使えるんだ。それ以上近づくと吸われるがな」

 

前に検証したのはこの辺りの距離感を測るためでもあったんだ。

つまりフカフカの寝袋でくるんでやれば、風で寝袋を浮かせられるって事だ。

 

ただ、風が寝袋の中に入り込むと魔法が消えてしまう。

やっぱり少しは魔法が吸われているようだな。

あんまり燃費が良くないのでさっさと移動しよう。



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第102話 魔王

7-102-117

 

「待たせたな。それじゃ早速だが逃げるぞ」

 

魔族達の野郎、なんでアタシ達を完全にほっぽりだして全員砦に向かって土下座してるんだ?

なんかの宗教か?

まあいい。逃げ終えてから考えないとな。

 

アタシたちは味方がいる砦の方向に向かって全力で駆け出す。

もう敵もいないからな、強化魔法をかけて全力疾走だ。

 

「マリーちゃん!」

「わかってるポリーナ! 近づいて来てるんだな!」

 

魔法を使わなくても感覚で分かるくらいヤバい奴だ。

マズイな。予想以上に移動速度が早い。

 

「砦まではもう少し、もう眼の前だからから急いで!」

 

そこで後ろから凄まじい獣の咆哮が聞こえた。

走りながら後ろを見る。

 

「ドラゴンだと……?」

 

空を飛んでいるのは三匹の竜種。

竜ってのは初めて見たが、あんなにヤバい雰囲気をまとってるのか?

 

「待って。上に誰か乗っているよ」

 

見ると、三匹の竜のうち、最も大きな一匹の上に人が乗っている。

 

「ふむ……。砦を落とし、軍一つ潰した者がこんな小娘達とはな」

 

ヤバいのはアイツか。

だがアタシ達がやった事を知っているだと?

 

「なんだお前? 砦の事なんて知らねえな。一体誰から聞いたんだ?」

「ふむ……とぼける腹か。まあ良い」

 

少しだけ高度を落としたソイツは真っ黒なマントに見を包んで背中に大きな棺桶を背負っていた。

頭には二本の角が渦を巻いている。

角がなけりゃ妙齢の美女で通ったかもな。

 

「初めに名乗っておこう。余は魔族の王。クメール。貴様ら人間が魔王などと称しているのは余の事である」

「その魔王様がなんの用事だよ」

 

こいつはヤバイ。

全身から死の気配がする。

だがコイツ……。言葉にできねえが……なんかおかしいぞ?

 

「ふむ、自己紹介も返さぬか。まあ良い。誰に聞いたか、との質問に答えてやろう。こ奴らだ」

 

三匹の竜のうち、後ろのほうにいた竜が足に捕まえていた何かを落とした。

こいつらは……砦で戦った奴らの死体か?

 

「ァ……ウゥ、ア……」

 

落とされてから少しして死体が動き出すと、呻き声を上げながら立ち上がった。

……ゾンビか!

 

「……随分と悪趣味だな」

「魔王は代々ネクロマンサーとしての死霊魔法を嗜んでおる。たいした魔力も持たぬ死者から真実を割り出すことなど容易い」

 

死の気配はコイツの魔法に原因があったのか。

 

……コイツに捕まっているうちに、魔族の奴らも追いついてきやがった。

ヤバいな。

 

「魔王様! 何故……い、いえ、何でもありません! 予定より大分お日にちが早いようですが、今年は巡幸の予定を繰り上げられたのですか?」

「貴様らが余に媚びへつらうため、いそいそと小競り合いを続けるのを眺めに、な」

「お戯れを……。我々はこうして犠牲の上に戦いを……」

「くどい」

 

魔王が手を振るう。

すると魔族が会話を途中で止め……。

いや、喋っていた魔族が崩れ落ちた。

攻撃か?

 

「厭戦の気が高まっていること、余が知らぬとでも思ったか」

 

……魔王の問いかけに誰も声を発しない。敵も、アタシ達もだ。

 

「今まではそれでもよかった。裏で敵を崩す策を練っていたからな。だが愚か者どもはことごとく失敗し逃げ帰ってきた」

 

だんだんと魔王の語気が荒くなる。

コイツらが身内で争ってる間に逃げたいが……、少しでも動くと気配がこっちに向きそうだ。

 

「そして今回、貴様らの士気向上を兼ねて早めに来てみれば、砦を落とされ奪還の部隊も土くれで覆われた扉ごときに四苦八苦する体たらく! たかが小娘ごときにこ

こまでしてやられておる!」

 

ああ、あの嫌がらせを片付けている最中に魔王が来たのか。

さっきの轟音はそれでか。

災難だったな。

 

「あ……、ま、魔王様! どうかご慈悲を!」

「ならぬ。我ら魔王軍は混沌と恐怖を生むためにある。貴様らは不運にも余の視察中に失態を起こした。諦めて命を供物として捧げるが良い」

 

旋回していた二匹の竜が口を開け、空気を吸い込む。

大きく開けた口の奥から僅かに光が漏れ出た次の瞬間、灼熱の炎がそれぞれの口から吹き出し、残ってた魔族達を一気に焼き払った。

 

「さてこちらの用は済んだ。人間よ、余は自ら力を振るうのを好まぬ。投降せよ。竜の息吹で楽に殺してやる」

 

やべえ。

……だが、舐められる訳には行かねえな!

 

「魔王だか阿呆だか知らねえが、もっと嬉しくなるような提案を持ってきな」

「ふむ、ならば竜の咆哮にて朽ちるが良い」

 

二匹の竜が再び口を開ける。

そして閃光が口の奥から漏れ始め――

 

「任せてマリーちゃん!」

 

竜の口から吐き出される炎はアタシ達を焼き払うことなくそのままポリーナの右手に集まって行く。

スキルを発動させたのか。

 

「喰らいなさい! 魔王! 〈火炎球〉」

「むっ……」

 

ポリーナが即興で呪文を唱え、巨大な火炎球を放った。

そのまま竜二匹の熱を火炎球に集めていたのか。

火球はそのまま魔王に直進して爆発し、一帯を土埃で覆い隠した。

 

「今だよ! 砦へ!」

「ああ、急ぐぞ!」

 

ポリーナの掛け声とともにアタシ達は全力で砦へ向けて駆け出す。

流石にこれ以上は限界だ。

アタシ達も魔力不足と疲労でヤバい。

 

砦の眼の前まで到着するとの兵士達が騒がしい。

 

「おいお前ら! 人間みたいだが、あれは何だ!? 何が起こっている!?」

「説明は後だ。さっきの狼煙は届いてるだろう?」

「狼煙……? あれか! 今門を……」

「駄目だ! ……門は開けなくていいからロープを垂らしてくれ。アタシ達はそれで十分だ。まだ戦いは終わっていないしな」

 

ローブを使って砦へ速攻で登る。

エリーとリっちゃんはアタシが担いで往復した。

全員が登り終える頃、丁度土埃が晴れて姿が見えてきた所か。

 

魔王は無傷だった。

いや魔王だけは、って言った方が正確か。

 

三匹の竜のうち、二匹が焼け焦げて倒れている。

残ったもう一匹もダメージを受けているようだ。

……盾にしやがったな。

 

「な、なんだいアイツは!? 竜種を三匹も従えるなんて!?」

 

自軍の砦に登ると見たことある婆さんが叫んでいた。

アイツはちょっとした有名人だよ。

 

「婆さん久しぶりだな。会えて嬉しいぜ」

「お、お前は……! なんだいアレは!?」

「本人いわく魔王だとよ。悪いが約束を果たしてくれ。依頼内容は魔王の撃破だ」

「な!? 無茶言うんじゃないよ!」

 

魔王、という単語で砦がザワつく。

まあ下っ端と戦ってたらいきなりボスが顔出すなんて思わねーよな、普通。

 

混乱をまとめたのは一人の兵士だ。

 

「落ち着け! うろたえるな! まさか、本当に現れるとは……。しかもこんなに早く……」

 

このオッサンが纏め役だな。

 

「おいオッサン。アタシ達は任務達成でいいか? 希望通り砦を落として魔王を引きずり出したぞ?」

「例の冒険者か……。話は『ラストダンサー』の細い目をした彼から聞いているよ。本当に魔王が現れるとは思わなかったが……」

 

どうやら任務内容を知ってる奴だったらしいな。よかった。手間が省けた。

 

「話が早いぜ。任務達成だな。それじゃアタシ達は失礼するぜ」

「おいおい!? あんなものを放置していくのか!」

 

あんなもんだから放置していくんだろう。

明らかにヤバイもんはむしろ触ると危険だからな。

 

「……言っておくが任務達成の連絡は私達の誰かがする。もし砦の誰も残らないようなら連絡は届かないぞ?」

「ひっでえな。ついでに戦わせようってか?」

「無茶を言っているのは知っている。だが任務を達成しても魔物を連れて町まで入ってきたら罰則を受けるのは当然だろ?」

 

魔物じゃねえよ、魔王だよ。

ちょっと似てるかもしれねえが別モンだ。

それに相手はまだ外だ。

 

だが、そうやってゴタゴタ揉めてる暇もねえな。

 

「面白い技であった。褒めてつかわす」

 

気がつけば魔王は傷ついたドラゴンの上に乗りながら砦の上部、あたしたちの目の前まで上昇していた。

……早いな。手負いなのにここまで一気に昇るか。



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第103話 悪魔召喚

7-103-118

 

「見事である。余の人形を二つも壊すとは。お陰で今の手持ちは数少なくなった。これでは巡幸は中止せねばならぬな」

「お人形だ? 随分と可愛くない人形遊びだな? ぬいぐるみの方が似合ってんじゃないのか?」

「戯言を……。この人形は魔術で竜の死骸より作り上げた移動人形である。壊した詫びとして貴様らの命をいただこうか」

 

アタシは魔王を睨みつけながら裏でエリー達に合図を送る。

砦にいた婆さんの方にも……すでに詠唱に入っているな。

 

「悪いがアタシ達も当たり屋に黙ってヤラれるほどおとなしくないんでな、頼むぜエリー!」

「任せてください。……すいませんがあなたと正面から戦うつもりはありません〈魅了〉、そして〈幻想幻惑〉!」

 

エリーが二つの魔法を唱える。

一つは敵の砦でも使った魔法だ。

もう一つは個人に対して強力な幻覚を見せる魔法だな。

 

あれを食らうと見えている風景が全く別のものに見えてしまい、更には夢見心地になって常識的な判断ができなくなる魔法だ。

 

「……ふむ、一つは幻覚、もう一つは……何かしらの精神汚染といったところか。だが余には精神を誑かす魔法など無意味である」

 

くそっ、なにか精神汚染に対する対策をしてやがったか。

精霊の魔法をはじくとはな。だが次だ。

 

「リッちゃん!」

「任せて! 〈風雷陣〉」

 

空からの雷撃と竜巻のような風が起きると、魔王をめがけて風と雷が激しく打ち付ける。

 

「う……む……。これは雷撃か。それに切りつけているようだが風魔法もかかっておる。余の魔法防御でも少々面倒だ」

「おいおいどうした? まさか直撃するなんてな。……もしかして見えてないんじゃねえか?」

「ほう? 幻覚がかかっていることに気がついたか。貴様らの下らぬ魔法は煩わしくも余の視界を書き換えているぞ」

 

やっぱりか。

さっきエリーの魔法を食らってから、リッちゃんの魔法に反応できてなかった。

 

精神汚染の攻撃が通じないだけで、幻覚の魔法は効いてるんじゃないかと思ったが、当たりのようだな。

 

「だが、攻撃を受けると解けてしまう類の魔法のようだ。余に通じるほどの魔法、そう多用できまい?」

 

くそっ、そのとおりだ。

精神攻撃が効かずに、ただ一瞬視界を遮るだけの効果しかないなら燃費が悪すぎる。

 

だがそれを悟らせる気はねえよ。

 

「さてそれはどうかな? 仮にそうだったとしても魔法の雨を防ぐ力は無いだろう? ファイアローズ!」

 

アタシは一気に近づいて炎を放つ。

だが、その炎は後ろに背負っていた荷物で防がれた。

くそっ、棺桶みたいな箱を担ぎやがって

 

「頑丈な箱だな? 自分用の棺桶か?」

「挑発など無駄だ。余に歯向かう罪、その体で知るがいい」

「本命はこっちさ! アイビーフリーズ!」

 

アタシは、足止用の凍結魔法を食らわせる。

ただし、魔王じゃない、竜の方にだ。

 

「ほらよ! 凍ったままでも空を飛べるかな!」

「何!? ……くっ、動かぬか!」

 

ドラゴンの体に氷の蔦が巻きつくと、そのまま動きを止められ、落下していく。

 

さっきのポリーナの一撃で傷ついてるのもあって、動きが鈍くなっていたからな。

効くと思ったぜ。

 

「どうだ? 地面に叩きつけられて見下される気分はよ? 新しい趣味に目覚めそうか?」

「下郎が。悪戯が過ぎるぞ」

 

少し怒ったか?

だが、こっちも準備ができたようだ。

 

「フェッフェッフェ……【昏き混沌の下僕は闇より這いずりて現世へと生まれ出る。契約に因果を縛られし者たちよ、ここに姿を表わし敵を滅ぼせ】〈悪魔召喚 歩兵級悪魔ネームレス、騎士級悪魔 カル・デー、防壁級悪魔 ルム・ゴル、男爵級悪魔 ナーヤ・カッサオ〉」

「ほう……」

 

空の色が変わり、地上に悪魔が七体も召喚される。

 

うち一つは前にも戦ったことがある悪魔だ。

四人で一組の雑魚悪魔だったか。

だが他の奴らはなんだ?

一人が馬と騎士が一体化したような奴に、壁みたいな鎧を纏ったでかい奴、そしてぱっと見は子供っぽい奴と来てやがる。

 

「どうじゃ小娘! 爵位無しの悪魔達に加えて男爵級悪魔! 我が手持ちの悪魔すべてじゃ! 契約は果たしたぞい!」

「おう、随分と大盤振る舞いだな。アンタが悪魔と交わした契約なんて知らねえが、ポンポン召喚して大丈夫なのか?」

「奴が魔王なら賞金が出るからねえ。ここで手札を切るには十分さね」

 

気を良くした婆さんは悪魔についても説明してくれた。

防壁級悪魔は、その巨体と硬質化の能力で自らを盾にして敵を圧殺する悪魔で騎士級悪魔はその短距離超加速という技でヒットアンドアウェイを得意とするとか。

 

そして最後の少年は――

 

「やあ、魔王だっけ? ボクは真実と虚偽を司る悪魔さ! 君が何を考えて、何を成すのか僕に見せてよ」

「嘘を見抜く悪魔か。都合良し。男爵よ、余の内を見る事を許可する。その上で挑むか決めるが良い」

 

真実と虚偽の悪魔。

その悪魔の前に隠し事はできず、嘘もつけなくなる悪魔らしい。

戦闘に特化しているわけではないが、それでも肉弾戦における破壊力は悪魔のそれだそうだ。

 

「ふふん。それじゃ早速……。はぁ!? えっ? マジ?」

「理解したか男爵よ。それで貴様はどうする?」

 

なんだ?

いきなり悪魔が狼狽えだしたぞ?

何かを見たのか?

ん? 急にこっちを見て来たぞ。

 

「ねえ婆ちゃん。今回の契約だけど……破棄できない?」

「はぁ!? な、何を言っておる! ワシは契約を遵守しておるのに破棄だと!?」

「そうだよねぇ、そうだよねぇ……。今破棄すると不履行で僕がマズイんだよねえ。あー、契約間違えたなあ。こんなのと戦ったら僕が勝ってもバラバラにされちゃうじゃないか」

 

なんだこの威厳の欠片もない悪魔は。

いきなり敗北宣言とか酷すぎる。

 

「何を見たんじゃ! おしえんかい!」

「僕が知った事を教える事は契約に含まれてまっせーん! あ、ここにいる悪魔全員を引っ込めてくれるなら教えるよ」

 

何が真実の悪魔だ。

いきなり隠蔽してるじゃねーか。

しかも戦いを放棄とか。

偽装と怠慢の間違いじゃねーのか?

 

「安心せよ男爵。余に貴様程度が勝つことなど万に一つもない。もし勝てば我に歯向かう罪を不問としてやろう」

「へっマジで!? ……『契約履行』! へへっ、これで言い逃れ出来ないからな!」

 

いや、勝てば罪もクソもないだろ。

ナニ言ってんだコイツ?

……さては前に出会った精霊と違ってアホの部類だな?

 

「戦いが始まりそうですね……〈守護壁〉」

「【――舞えよ、風。唄え、風】〈召喚・シルフィ〉」

 

地味子が魔法を唱えると小さな羽の生えた女の子のような精霊が飛び出してきた。

 

「私……も、奥の手、出す。爵位、ないけど……助けに、なる。精霊よ、私達を、守って」

 

地味子が精霊にお願いをすると、羽根を持った小さな人形のような存在が現れた。

そしてアタシたち皆を覆うように風の壁が展開されていく。

随分と強力そうな防壁だ。

 

へえ、これが爵位なしの精霊か。

空をぴょこぴょこと飛ぶ……いや浮かんでると言えばいいのか?

 

「これ、攻撃を、ど、どちらからも、通さない、風の壁……」

 

意思疎通は簡単なものしか出来なさそうだが、ヘタに意思疎通ができるアレな精霊よりはマシかもな。

 

まあいい、これでアタシ達は大丈夫だろ。

さて、悪魔達の攻撃を高みの見物と洒落込もうじゃないか。

リッちゃんはまだ攻撃できそうなので準備をして貰おう

 

砦の兵士や傭兵達も、一部は武器を構えつつだが見物になっている。

まあ下手に攻撃するより悪魔達に任せるのがいいか。

 

「さあこの男爵様につづけ! 行くよ下っ端悪魔共!!」

「御意」

「仰セノママニ……」

 

子供悪魔が指揮を取ると、それに合わせて悪魔達が動き出す。

 

「フェッフェッフェ! やっちまいな! 魔王を倒してワシを一稼ぎさせておくれ! そして色街で男を侍らせて、フェフェフェ……」

「婆さん、気持ち悪い妄想に浸ってるトコ悪いが教えてくれ。爵位持ちの悪魔に指揮を取らせていいのか?」

「フェッ! 失礼な小娘だね! 逆だよ! 爵位持ちが指揮を取ることで爵位無しの悪魔でも完全な力を引き出せるのさ! 爵位持ちが戦略級なんて呼ばれる理由の一つさね!」

 

確かにアタシたちが戦った時と比べてやけに動きがいい。

一番ザコの悪魔でさえ連携攻撃でレーザーの連撃を繰り出している。

一方でその連撃を魔王は透明な壁で弾いているが。

……スキル……いや、小さくだがなにか呟いているな。魔法かアレ?

 

「余を数で攻めるか。今は余の手札も今は限られている。良い手である」

 

一方で魔王が何かを仕掛けているようだが、攻撃は防壁の悪魔に阻まれているようだ。

 

そして一瞬の隙を騎士の悪魔が駆け抜けて貫く。

防護が砕けて腹に穴が開いたな。

 

「やはりこのままでは厳しいか。男爵よ、此度の指揮、見事である。褒めてつかわす」

「そりゃあありがとう! じゃあお願いだから倒れて!」

 

一方的に攻めているのは子供悪魔の方だ。

だがなぜか子供悪魔の方が焦っている。

……何を警戒してるんだ?

 

「騎士カル・デー! そのまま貫いて動きを縫い止めろ! 僕が直接叩き潰す!」

「御セノ――」

「ならぬ。消えよ」

 

魔王が盾として使っていた箱が開く。

瞬間。

騎士悪魔の体が吹き飛んだ。

 

「なにをしやがった!?」

「なんてこったい……」

「あの悪魔、体が崩壊して煙を吹いてるぞ……」

「悪魔ってのはあんなに脆いのか? 笑えるな」

 

婆さんを筆頭に傭兵達が騒がしい。

 

悪魔の耐久力を知って凍りついているアタシ達とは対照的だ。

……一体なにをされたら一撃でアソコまで壊れるんだ?

くそっ、箱の中身が見えないのがもどかしい。

 

「え? え? 魔法でもない……? な、なにをしたんだ! 魔王!」

「騎士級悪魔の急所は手持ちのランス……であったか? まあどうでも良い。圧倒的な力で破壊してしまえば急所など取るに足らぬ」

「力で……? そんな規格外が現世に……? それを魔王が手にしてるなんて……どんな偶然だよ!」

「偶然ではなく必然である。男爵よ」

 

子供悪魔の奴が騒がしい。

箱の中から黒い霧を纏った塊が飛び出すと、囲んでいた四体の悪魔が吹き飛んだ。

……顔面を中心に全身がひび割れている。

あれはもう

 

「やむを得ぬとはいえ、余の持つ最強の人形を使う事になるとはな」

 

次にその塊は防壁の悪魔に突撃してなにかをすると、防壁の悪魔の体にも大穴が開き、煙を吹き出して倒れた。



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第104話 魔王の秘密

7-104-119

 

その塊は気が付けば魔王の側に移動していた。

ゆっくりと黒い霧が晴れていき、塊の本体が見えてくる。

……人形、いや人形のような少女だ。

 

その人形……いや少女は不思議な美しさを保っていた。

人形に着せるようなゴスロリ風の服に包まれた少女は、目を閉じたまま立っている。

 

まるで普通の少女がお洒落をして佇んでいるだけだと言っても信じたかもしれない。

体を鎖で縛られて、顔や首、手に縫い合わせたような跡がなければな。

 

その手は僅かだが傷ついている。

さっきの悪魔を倒した一撃。……もしかして、もしかしてだが。

 

本当にただ殴っただけか?

 

「あっ……ああ!!! もしかして……。本当に……?」

「リッちゃんどうした、落ち着け。おい身を乗り出すな!」

 

今までに見たことのない狼狽ぶりだ。

なんだ? リッちゃんはアレを知ってるのか?

リッちゃんが見ているのは先程まで暴れまわっていた影、今は魔王の側に佇む一人の少女だ。

 

「ファーちゃん!」

「何っ!?」

 

リッちゃんが大声を上げる。

おい、ファーちゃんって……。

 

「男爵、そして砦の人間どもよ。気に入ったぞ。死の際に刮目して見るがいい。これが余のもつ最強の人形。代々の魔王に継承されし最強、初代魔王ファウストの死人形である!」

 

初代魔王。

はるか昔に死んだはずの伝説がそこにいた。

 

「ファーちゃん! ファーちゃん!」

 

リッちゃんが叫んでエリーがなだめようとしている。

アタシも構ってやりたいが今は駄目だ、目の前の相手がヤバ過ぎる。

 

そんな魔王二人の前に立ちふさがったのは子供悪魔だ。

さっきまでのようなヘラヘラと笑って相手をなめていた様子はまるでない。

 

「魔王さあ……そんな隠し玉があるなんて酷くない?」

「これは秘中の秘。それに乱打はできぬ」

「酷いなあ。本当の秘密はもっと深くに隠して……おごぉっ!」

 

一瞬で移動した少女……魔王ファウストが悪魔の体を貫く。

 

「戯言は要らぬ。消えよ」

 

子供悪魔をアタシ達に見せつけるように掲げると、空へ投げ飛ばす。

 

「おい、何をする気だ?」

「まて、他の悪魔達も放り投げてるぞ!」

 

かろうじて生きていた防壁と騎士の悪魔も捕まえられ、空へ放り投げ出される。

空にいる悪魔たちに向って、魔王は両手を掲げた。

 

……おいおいマジかよ。詠唱も無しで魔力が両手に集まっていくのがアタシにも分かるぞ。

 

「がはっ……。こんなにあっさり……僕を消すの……? これが侯爵や公爵を集めて作ったといわれる伝説……」

「悪魔とは永遠。形が滅び、記憶が消えても呼び声に応じてまた生まれるもの。男爵よ、新たに性質が定まるその時まで根源の淵で眠るがいい」

 

ファウストの両手に集まっていた魔力が光を発し、空へと放たれた。

 

「う、うわああああぁぁぁっっ……」

 

閃光が拡散し空にいた悪魔達を焼き払っていく。

そして、ほんの僅かに遅れて爆風が砦を襲う。

……衝撃の余波でこれだと!?

なんて狂った威力だ!

 

「あ、ああ……。ワシの悪魔達が……一瞬で……?」

「余波だけ、で……精霊の、守り、壊れた……」

「私の魔法も解けています!」

 

くそっ、ココはもう駄目だ。

今の一撃で完全に崩壊した。

砦はまだ形を留めているが、兵士も傭兵も心が砕けている。

あんなものに立ち向かおうと思える奴なんているはずがない。

 

「……なんて恐ろしいの。これほどの力があるなんて聞いていないわ。ジーニィちゃん! 撤退よ!」

「そうだ! 撤退だ!」

「早く逃げろ!」

 

くそっ、仕方ないか。アタシ達も……。

 

「駄目だ!」

 

皆が混乱しながらも逃げようとする中、リッちゃんだけが大きく叫んだ。

 

「リッちゃん、お前の子供を置いていきたくない気持ちは分かる、だが今は……」

「違うんだ! ファーちゃんのあの魔法は二連続で攻撃を放てるんだ! 早く防御を!!」

 

気がつけばファウストは空中に浮かんでいた。

手は同じく魔力を貯めたまま、アタシ達のほうを向いている

 

……たしか伝承では空も飛べるんだったな。

くそっ、手に集まっている魔力が拡散しすればアタシ達は骨も残らねえ。

 

防御を――。

駄目だ、貫かれる。

勇者ちゃんなら無効化できるかもしれねえが今は動けない。

 

攻撃は……。

一撃で仕留められる威力なんてすぐには無理だ。

そもそもあの速さじゃあ躱される。

 

ならアレだ!

 

「マリー!?」

「敵に突撃じゃと!?」

「馬鹿な!? 収束した魔力に突撃するのは自殺行為だ!」

 

ああ、そうだな。知ってるさ。

だけどあれは拡散型の攻撃だからな。

拡散される前に近づかないといけないのさ。

 

「無駄なことを……。絶対的な力の前に屈するがいい」

 

そうだ、こい。

この技で――。

そういえばこの技、名前をつけてなかったな。

即興だが今名づけるぜ。

 

「――ナルキス・ミラー!」

 

攻撃される直前、アタシは鏡のような空間を生み出した。

同時にファウストから閃光が放たれるが、そのまま閃光は鏡の中に入っていく。

そして、僅かにズレた位置にもう一つ鏡が現れ、吸い込んだ閃光を吐き出した。

 

「何っ!?」

「まさか!?」

 

魔王と味方から驚きの声が飛んでくる。

そうだよ。燃費が悪すぎて使ったのは過去一度しかない、空間魔法による一回限定のカウンターだ。

 

ファウストの魔力が放たれる瞬間に上手くタイミングを合わせることができたようだな。

できれば地面でふんぞり返ってる魔王を巻き込みたかったが、そこまでの余裕は無かった。

 

リッちゃんには悪いが、アレほどの威力だ、流石に魔王ファウストと言えども……。

 

……おいまじかよ。まだ空中に浮かんでやがる。

あの威力で原型を留めるのか。

 

「マジ……か。ヤバい、魔力が……使い過ぎ……」

 

ファウストがゆっくりと構えようとして……。

 

「ファーちゃん!」

 

……気のせいか?

リッちゃんの声で一瞬動きが鈍ったような……。

まあいい。今のうちだ。

 

力を振り絞って、かろうじて砦まで飛んで戻る。

ファウストはその後も微動だにしない。

 

彼女はしばらく空中に留まったままだったが、やがてゆっくりと地面に落ちていく。

……流石に、ダメージはデカかったようだな。

 

「我が人形の力を返すとは……っ!」

魔王が怒っているが煽る余裕はない。

アタシも魔力切れでキツいからな。

 

……そんな睨むように見つめたってこれ以上手札は出せねえよ。

 

「貴様、名はなんという?」

「……マリーだ」

「良いだろうマリーよ。貴様の行為に敬意を表しこの場は収めてやるとしよう」

 

魔王は手を叩く。すると、先ほどから動かなくなっていた竜が急遽動き出した。

体はボロボロで、もはやなぜ動いているのか不思議なくらいだ。

 

「……これは余が受けた恥辱でもある。人形の傷が治り次第、余が直々に貴様達人間を叩き潰しに行くと宣誓しよう。その時まで心して待つが良い」

 

魔王を乗せ、動かなくなった人形ファウストを足で捕まえて去っていく。

 

……かろうじて、かろうじて追い払う事ができたみたいだな。

早く魔力を補給しないと……。

 

「う、うおおお! 生きてる、生きてるぞ!」

「ありがとう、冒険者マリー!」

「アタ、アタシ達、ここで死ぬのかと……」

「凄いぞマリー!」

 

砦から爆音のような歓声が聞こえてくると、次々とよってたかってアタシを抱きしめ、抱えあげてくる。

 

「「マリー! マリー!! マリー!!!」」

 

 

ついでにアタシの名前でコールまでしてくれた。

 

マリーコールは嬉しいんだけどよ、頼むからエリーとキスさせてくれ。

キス経由で魔力を分けて貰わないと意識が飛びそうで辛い。

 

そこで砦の兵士が一人声をかけてくる。

 

「良かったのかい?」

「なんだ? サインなら悪いがあとにしてくれ、魔力切れだ」

「いや、あの魔王……。最後に格好いい事いってたけど……。あれ逃げただけだよね?」

 

……クソっ!

態度が堂々としすぎて気が付かなかった!

 

アタシ達は城まで戻ってきて事の顛末を宰相の爺に伝えている。

 

ちなみに今はアタシ達『エリーマリー』だけだ。

『ラストダンサー』は細目が一ヶ月の療養のため先に見舞いに行くそうだ。

勇者ちゃんはまだ動けるらしく訓練に励むと言って訓練場へ行った。

 

「なんという……まさか初代魔王の悪夢が続いていたとは……」

「それだけじゃないぜ。魔王のやつ攻め込んでくると宣言しやがった」

「むむむ……」

「でもアレだけの怪我だから……特別な事情がなければ回復に半年、いや最低でも四ヶ月はかかると思う」

 

四ヶ月……。

個人で準備を整えるぶんには余裕だが軍を動かすにはどうなんだろうな。

 

「リッチよ。その情報は確かか?」

「うん、ファーちゃんの体は悪魔や精霊に近くて、魔力での自然回復しか受け付ないんだ。それは今も変わらないと思う」

「四ヶ月……。最低で保証された期間がそれだけか……」

 

しばらく宰相は考え込んでいたが、やがてこうしてはいられんとか言って慌てて出ていく。

 

「今回はアタシ達も怠けたいとか言ってられなくなったな」

「そうですね。まさかこれほど大事になるとは思いませんでしたが」

「ほんとに、予想外なことばっかりだよね……」

 

今は立ち直っているが、リッちゃんは道中かなりヘコんでいた。

無理もないか。

 

「ファウストが生きている可能性もあるのか?」

「体内にある核の部分が無傷なら大丈夫かもしれないけど……無理だと思う。肉体は完全にネクロマンシーの術で制御されてたから」

 

つまり、魔王ファウストは死んでいて、肉体だけを魔法で人形として操られているってことだそうだ。

 

一瞬だけリッちゃんの呼びかけに反応した気がしたが、気のせいか……。

 

「あの、二人共……。お願いがあるんだけど」

 

そう言って頭を下げてくるリッちゃん。

 

「どうかファーちゃんを救うため……。ううん、寝かせるために力を貸してください」

「頭を上げな。水くさいぜ」

「リッちゃん。私達はいつだって味方ですよ」

「それじゃあ……手伝ってくれるの?」

 

エリーとアタシ、二人共頷く。

 

「悪いやつはしっかりとぶっ飛ばさないと、だろ」

「ええ、全くです」

「ありがとう、二人共。本当にありがとう。……待っててね」

 

最後の呟きはファウストに言ったものだろうな。

魔王はリッちゃんの因縁の相手だ。

今度あった時には必ずお返しをしてやらねえと。

 

「だけどあれほどの強さ、流石は元魔王だ。対策を考えないとな」

「……でもファーちゃんは昔ほど強くなくなってるよ。昔なら最初の一撃で砦ごと壊れたんじゃないかな。全盛期の半分……四割くらいの威力だと思う」

 

あれで四割か。

全力なら灰も残らなかったんじゃねえのか?

 

「て事は手加減されたのか?」

「ファーちゃんはそんな器用な事できないよ。多分だけど全力であの威力なんだと思う」

 

なにかが理由で全力は出せない、と。

……よし、これ以上はアタシ達の手に余る。

ギルドを巻き込むか。

 

「爺からもギルドに連絡が行くと思うが、とりあえずは獣っ娘を連れておやっさんにも報告だな」

「僕は先に館に戻って話しをしてくるね」

 

リッちゃんはメイに相談するため、先に転移して館へ戻っていく。

転移門はアタシ達だけでも使えるようにしてくれているらしい。

 

さて観光どころじゃなくなったが獣っ娘達を連れてアタシ達も帰還するか。

 

 

 



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第105話 兄

7-105-120

 

獣っ娘たちの部屋へ着いた。

 

「おいお前ら。待たせたな。今帰って……」

「なー、宰相さんいいだろ?」

「そうですよ。一生のお願いですから!」

「ううむ、しかしのう」

 

……そこに宰相のオッサンがいた。

獣っ娘達がなにかおねだりをしているな。

それは金になるから良いとして……。

 

「おいオッサン。こんな所で油売ってないで魔王の対策しろ」

「おやマリーか。もちろん対策はするとも。だがその前に伝え忘れておったことがあってのう。待っていたのじゃよ。捕まえた魔族じゃが……」

「マリー姉さんからもお願いして下さい! 宰相さんの体から知り合いの匂いがするんです」

 

そこでルルリラが横槍を入れてくる。

 

「とはいってものう……。捕えたのは魔族じゃ。勘違いではないかの」

 

なんでも宰相はさっきまで捉えていた魔族を尋問していたそうだが、その匂いが知り合いに酷似しているらしい。

……これはそろそろバレそうだ。放置しても良いが先に教えたほうが良さそうだな。

いらない疑いをかけられたくない。

 

「おい、ロリ……宰相のオッサン。分かっちゃいると思うがアタシたちは今は魔王と何の関係もない、そうだよな?」

「なんじゃいきなり……。それは正式な記録として残っておる。魔王と相対した実績もある。何を今更……」

 

「お前ら、元の姿に戻っていいぞ」

「え? はい! 〈解放〉です」

「〈解放〉これが本当の姿にゃん! ……じゃん」

 

ちびっこ二人がロリコンにその姿をさらす。

ロリコンは口を開けて固まっていた。

……さすがにショックだったか?

 

「すまねえな。こいつ等も魔族だ。一応、アタシの従者って事になってる。もちろん魔王とは何の関係も……」

「これは天使じゃ……。天使達がここにおる」

「オッサン、大丈夫か? 頭のことだぞ? ……いやすまねえ。聞くだけ無駄だな」

 

ここにいるのは天使じゃなくて魔族だ。

つか魔族との因縁はどうしたんだよ。

ロリっ子なら見境なしか。

 

「しかしそうか……。知り合いの匂いのう……。よし、牢屋まで案内しよう。ついてくるが良い」

 

おや、ロリコンが宰相モードになったな。

やっぱり仕事に関すると真面目だな。

 

「そうそう。後で君達の毛を撫でさせてくれんかのう」

 

やっぱりまだ駄目だわ。

 

 

「獣の男よ。面会じゃぞ」

「ルガル兄!」

「ルガルの兄ちゃんじゃにゃ……ないかよ。なんでここにいるじゃん?」

「ルルリラ! それにウルルも! どうしてここに!? それに……そいつらは一体……?」

 

やっぱり知り合いかよ。

つかお前の兄かよ。

お前の兄ちゃん魔王軍で横領してたぞ。

 

「アタシはこいつ等の主人だ。ああ、勘違いするなよ? 便宜上そうなってるだけだ」

「どうして魔王軍にいるの? ルガ兄のスキル『喰ワズ家来』ならどこだって働けるのに」

「……入ってから教えられたんだ。まさか魔王軍だなんてな。抜け出すことも出来ないから適当に仕事をして気がついたら最前線さ。流石に戦いたくないから上手くごまかしてたんだが……」

 

言葉を区切りアタシの方を見る。

そうか、アタシ達が攻めてきたから本格的に戦わざるを得なかったってわけか。

悪いな、こっちも命賭けだったんだ。

 

「このまま魔王軍に仕えるつもりか」

「ふん、人間よ。我らは決して屈することなどない」

 

なんだコイツ?

いきなり態度を変えやがった。

喧嘩なら買うぞ?

 

「本当にルガ兄は私達の仲間にならないの……?」

「…俺達魔王軍は魔王様によって呪いを受けている。人間への仲間になるにはその呪いが解かれない限り友好的に話すことすら難しいんだ」

 

なんだよ。アタシに喧嘩売ってたわけじゃないのか。

うっかり焼くところだったぜ。

だが、だいぶガバガバな呪いだな。

 

「呪い……?」

「ああ、魔王は有能なスキル持ちを見つけて急所……俺の場合は心臓だな。そこに呪いをかけている。裏切れば即死さ。それが魔王様のスキル……『人身ショウ悪苦』だ」

 

その後も駄目兄貴が呪いについて説明をしてくれる。

大体一年に一回、魔王は呪いをかけ直しにくる。

呪いは急所を覆うように展開され、急所そのものは何の呪いもかかっていないという状態のようだ。

 

ある程度放置して時間が経過した場合、あるいは人間と友好的な態度を取った場合に呪いが発動し呪いをかけた部位を圧縮してつぶすらしい。

 

呪いが解けたと言う例は聞いたことがないそうだ。

 

「死んでバラバラになった奴にだって呪いが発動してるのを見たことがある。心臓を取り替えない限り生き延びるのは不可能だろうな。そして俺は今回魔王に会えていない。意味は分かるよな」

「そんな……酷いじゃんよ!」

「気にするな。どうせ持って一ヶ月だ」

 

「真偽判定の魔道具に反応なし……真実のようじゃの」

 

ちびっ子たちが悲痛な顔をする。

また魔王のせいで身内が泣くのか。

 

……気に食わねえな。

 

「おい、アタシと賭けしようぜ、狼男の兄ちゃんよ。アタシが呪いを解けたら仲間になりな」

「……人間め、何をいっている? 俺を助けようと言うのか? 馬鹿馬鹿しい。貴様らの手は借りぬ」

 

「運が悪けりゃ死ぬだけさ。どっちみち、このままだと死ぬから分の悪い賭けじゃ無いだろ?」

「……もしも賭けに負けるようなら覚えていろ」

 

よし、本人もやる気みたいだな。

秘中の秘を使うぜ。

 

「エリー、オッサン。そしてひよっ子達は出ていってくれ。アタシの裏技をつかう」

「マリー、私はここにいますよ。困ったときは支援が必要でしょう」

「わ、私もここに居させてください! たとえ失敗しても最後まで一緒にいたいんです!」

 

おっさんとウルルは部屋から追い出したが、エリーはともかく、ルルリラは頑として譲らなかった。

しょうがないか。肉親だもんな。

結局折れて残って貰っている。

 

「今から無理やり呪いを解く。かなりキツいが我慢してくれ。ルルリラ、今から見せるのはアタシのスキルだ。決して誰かに言うんじゃないぞ」

 

そう強く伝えるとルルリラは黙って頷いた。

よしよし、いい子だ。

 

「一体何をする気だ……?」

「なーに、時間にして数分くらいさ。ちょっと冷えるがな。あと姿形が変わる可能性もあるが、なるべく近い形に戻せるはずだぜ、多分な」

「人間よ。どうせ死ぬ身だ。失敗しても……いや、失敗するとどうなるか覚えているがいい」

 

よしよし、その意気だ。

 

「まずはこれを飲みな。嫌がっても飲ませるから大人しく飲んどけ。痛みを快楽に変える薬を薄めたもんだ」

 

薄めることで効果時間も少なくなるがまあいい。

万が一意識があった場合の痛みを軽減させることが狙いだからな。

 

「飲んだな。次に冷やして心臓を潰す。準備はいいか」

「な!? 貴様何を……」

「おい暴れるな。エリー、縛るから幻覚と魅了で無力化してくれ」

「おい、やめ……」

 

エリーの魔法で、狼兄貴は完全に沈黙する。

さあ、こっからだ。

 

「行くぜ……」

「マリー姉……。だ、大丈夫なんでしょうか」

「安心しろ……とは言えねえな。だが分の悪い賭けじゃないぜ」

 

アタシは狼兄貴を今まで以上にガッチリ縛り付け、氷魔法で冷やしていく。

 

「くがっ!? おい、貴様! 何を……」

「起きたか。もう少し冷やすから待ってろ。アタシが仲間になるかと聞いたら『はい』と答えるんだ」

 

成長したアタシなら数分でなんとかなるとはいえ、医学の知識なんてないからな。

万が一があると困るから仮死状態に近くしておくのさ。

 

知識があれば風魔法と水魔法で疑似心臓を作ることもできたかもしれないが……。

ないものは仕方ない。

 

まあ限界まで冷やした方が、心臓が止まっても助かる確率は上がるはずさ。

とはいえこれは賭けだ。

万全を期して――。

 

スキル発動。

よし、今だ。

 

「ルガル……だったか? アタシ達の仲間になりな」

「分かっ……た……。な、る……」

 

ベコン、という小さな音とともに、心臓の部分がヘコんだ。

よし、こっからだ。

 

「治療成功だ。……どうだ、気分は?」

「ふえぇ……何これ……」

「ル、ルガ兄が幼女……に……。これがマリー姉のスキル……」 

 

狼兄貴がなると答えた瞬間、呪いが発動して胸に拳サイズのヘコミができたのは驚いた。

だが、アタシのスキルでそのヘコみもない。

キレイなもんだ。

 

「これで大丈夫のはずだ。改めて聞くが、人間の仲間になるか?」

「だ、誰があんたたちの……いや、あたい……俺がやった賭けだったな。魔王を裏切り仲間になろう」

 

……よし、呪いは発動しないな。

何度も発動する類のものじゃないようだ。

もし発動したら、もう一回凍らせる必要があったぜ。

 

アタシのスキルは口外厳禁だと伝えて姿を戻してやる。

……前よりイケメンになってるな。

 

「ルガ……兄?」

「お、おう我が妹ルルリラよ……お兄ちゃんだ……」

「……違う! ルガ兄じゃない! 匂いが別人になってる! 貴方誰ですか! ガルルッ!」

 

おい、ペットの病院から久々に帰ってきた奴に対するようなアクションを取るんじゃない。

正真正銘お前の兄ちゃんだ。

ついでに幼女だ。

少しくらい臭くなっても大目に見てやってくれ。

 

「悪いなルルリラ。匂いだけはどうすることも出来なかった。コイツはお前の兄ちゃんで間違いない」

「うう……。本当にルガ兄ですか……?」

「お、おい。本当だよ。ほらルルリラが八歳のときオネショしたのとか覚えて――」

「この人やっぱり他人です」

「ルルリラーーッ!」

 

命は助かったが兄妹関係にヒビが入ってしまったようだ。

ただまあ乙女の恥ずかしい秘密を他人の前でバラす奴は他人でいいか。

 

 

その後宰相とウルルに成功した事を伝える。

ウルルもルルリラ同様に混乱してたがなんとか宥めた。

あいつ等、顔だけじゃなく匂いでも嗅ぎ分けてたんだな。

 

宰相達にはアタシの秘策が成功し、味方になった事を話す。

 

だがアタシのスキルの事は徹底して秘密にした。

ロリコンのオッサンが幼女になりたいとか言っても困るしな。

 

本当ならスキルの片鱗すら知られたくなかったが、ルルリラの悲しい顔を見る方がムカつくから仕方ない。

 

獣の兄ちゃんは宰相に預けた。

次の戦いでは裏からスキルで支援して貰うらしい。

 

宰相は王様やら他の貴族、大臣たちと議論して攻めるか守るか決めるそうだ。

 

アタシ達は館に戻り、王国とギルドの指示を待つ事になった。

館ではメイとリッちゃんが出迎えてくれる。

 

「マリー。僕とメイは次の戦い、二人で出るよ」

「私は戦いは苦手ですが……。今回はそうも言っていられません。ファウストお姉さまの安寧のため、全力を尽くす所存です」

「ああ、頼む。だがあんまり気張るなよ。戦いは先だからな」

「大丈夫だよ。それはファーちゃんも望んで無いだろうからね。あの子は笑うのが好きだったんだ。だから僕たちはあの子が望んでいるように笑っていくさ!」

 

リッちゃんもまだ少し表情は暗い。

だがショックからは立ち直ったようだな。

 

 

戦いまで四ヶ月。

あらゆる作戦を模索して、あるいは仲間を集めて日常を、そして笑顔を取り戻すぜ。

 




第七章はこれで完結となります。
一度書き溜めますのでしばらくお待ちください。
※次回投稿の目標は1月頭くらいですが最後はちょっと詰めたいので少し前後するかもしれません。


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第五~第七章のあらすじ、設定など(忘れた人向け)

■あらすじ

春になり、各地から新人やひよっ子たちが集まる季節。

マリー達はギルドが新しく始めた新人教育研修の教官として参加することになった。

 

去年一緒に依頼を受けた『幌馬車』のメンバーに加え、『オーガキラー』と共に新人の教育係として参加したマリー達は新人たちの中から五人を選んで個別で教えることになる。

 

実践での教育中に暴走した新人冒険者のフィールとそれを追いかけるアルマ。

二人は魔族であり、吸血鬼とエルフという種族であった。

また、同じく個別に教えていたウルルとルルリラも魔族であることが発覚する。

マリーは彼女たちの身元が必要以上に割れることを恐れて、自分の従者として扱うことに決めた。

 

魔物娘たちの歓迎会を開いた後にA級冒険者チーム『ラストダンサー』の一人がやってくる。

名前はストルス、男性であった。

男はマリーの実力を調べるため先行してやってきた彼はそのままマリーに勝負を挑む。

マリーとの戦いに敗北したストルスはその実力を認めると、王都にきて仕事をするように依頼するのだった。

 

その後、A級冒険者チーム『ラストダンサー』のリーダー、ポリーナとあいさつを済ませたマリー達はそのまま互いの実力を確認しながら王都へと向かう。

 

王都の城では依頼主でもある宰相と出会った。

しかし諸々の事情よりリッちゃんがかつての魔王、リッチ・ホワイトであることが露見してしまい、依頼どころではなくなってしまう。

結果、過去の魔王を無視できなくなった宰相は急遽裁判を開くことになった。

 

そこでリーダーであるマリーは裁判官を兼ねた王様と対峙し、無実を証明、裁判の結果、事実上の無罪を勝ち取るのだった。

 

無罪を勝ち取った後、王国にいる勇者リュクシーと出会い、勇者の負債を肩代わりしたマリーは本来の依頼である魔族との闘いに向けて準備を進めていく。

 

勇者リュクシーのスキルを調べ、戦い方を計画した一行は魔族と戦う最前線である開拓村へと移動する。

開拓村から敵の砦へ移動した一行は途中、敵の策略にはまるも砦の攻略に成功した。

砦の攻略を終えたマリーは魔王と邂逅する。

魔王は死んだ龍の背中に乗り、空を飛んでいた。

魔王はネクロマンサーであり、死者を操る能力を持っていたのだ。

さらに魔王は死者を動かす。

 

それはすでに死んだはずの初代魔王ファウストであった。

初代魔王ファウストの攻撃をかろうじて跳ね返したマリー。

それをみた魔王は事実上の宣戦布告をして去っていった。

 

 

■人物

【ウルル】【ルルリラ】

魔族がひっそりと生活する隠れ里に住んでいた二人。

お菓子作りの研究のため、二人は街に出ることに決めた。

 

マリー達の街にたどり着いたのは料理がうまい店がある、という噂を聞いたため。

 

隠れ里では村の外に出ることが一人前の証とされるため背伸びをした子供たちがよく出ようとするが、たいていは魔物に反撃をくらって里に逃げ帰る。

猫の獣人ウルルと狼の獣人ルルリラは幼馴染であり、隠れ里の同じ地域の出身。

けんかっ早いウルルを焼き菓子で餌付けするところから仲が始まった。

 

【アルマ】【フィール】、【ガロ(カリン)】

アルマとフィールは同じ地域に住む住人。

ウルル達とは違い、人に化けて潜伏している魔族。

表向きはフィール達にアルマ達の一族が仕えているという扱いだが、実際はほぼ対等として扱われる。

また、フィールはそれなりの地位にあるらしく、微妙に金銭感覚その他がくるっている。

 

種族としてみた場合、フィールは吸血鬼の真祖であり日光には弱いものの高い身体能力と体を霧に変えるなどの特性を持つ。さらにスキルと併用することで相手を自由に操ることもできる。

血を吸うのはリッちゃんが初期の吸血鬼を創造した当時、魔力調節が完ぺきではなかったため魔力の補給方法として魔力を吸うように設定したのがきっかけ。

 

アルマはエルフであり、高い魔力と森の草木を自由に操る能力を持つ。

ただし身体能力は吸血鬼ほど高くはなく、スキルと魔法を併用しないと一般人より少し強いくらい

 

 

アルマとフィールは一族の命題として、かつて封印された友人を探していた。

マリー達の地域に訪れたのは、かつて魔王が何者かを封印していた地域という話を知っていたため最初に訪れるついでに冒険者登録をしようとしていた。

意外なほどあっさり友人ことメイが見つかったので困惑していたりする。

 

ガロ(カリン)はフィール達と領地を同じくするもさびれた村の出身である。

カリンの母親は騙されて色街に売られるようなことにならないよう、男のふりをさせてガロという偽名を付けていた。

結果、それが定着してしまったため男のように振る舞ってしまう。

 

ガロとフィールたちの出会いは魔物に襲われていた二人をガロが助けようとしたことから始まる。

戦闘能力の高い二人にとって、異性に守られるという体験は新鮮なものであった。

後ほど男であったことが発覚した際に性癖が少し歪んでしまったがそれは別のお話。

 

 

ガロのスキルは互いが親友以上の感情を持っているとき、その相手と能力を共有できるというもの。

スキルのほか、肉体的な能力も共有できるため魔族と共有すると無敵の能力を誇る。

弱点はダメージも共有してしまうため運用を間違えると味方が先に死ぬこと。

 

【ストルス】【ポリーナ】【ジーニィ】

A級冒険者チーム『ラストダンサー』のメンバー。

広範囲攻撃が得意なポリーナとジーニィに加え、巨大な敵以外はオールラウンドで戦えるストルスの三人で構成される。

 

ポリーナは元々マリーの街にいた冒険者。

マリーが駆け出し冒険者だったころから冒険者としてやっていた。

そのため見かけはともかく年齢はかなりのものであり、王都にあるエステでの定期的な若作りが必須だったりする。

スキルは熱を周囲から集めて凝縮、発射するというもの。

シンプルにして強力。ただし副作用で自身の体温まで放出するため使いすぎると命に関わる。

ジーニィとは恋人同士。

 

ジーニィは高い魔法力と広範囲の毒攻撃を得意とする。

元々ジーニィはスラムの子供であり、娼婦として売られそうになっていたところをポリーナに救われたのが始まり。

スラムの汚い場所を見ているため、非常に自分を表現するのが苦手。

 

 

ストルスは男で数少ないA級冒険者の一人。

特にストルスの<空間交代>は極めて高い性能を誇り、空を飛べる能力としては風に依存しないという点でも希少。

実はスキルを活かすための空間把握能力が極めて高い。

普段は地形を利用して転移からの落下攻撃などを得意とする。

王都には奥さんがいるらしい。

 

【宰相】

本名はグロウ・タスケット・ファーブル。多分二度と名前はでてこない。

魔王時代のリッちゃんを知る唯一存命の人。スキルは〈不老〉。

このスキルに目覚めたのはリッちゃんが消えて魔王ファウストが暴れまわっていた時。

このままでは死ねない、という思いからスキルに覚醒した。

 

見た目は中年のおっさんだが、元々優秀な人が長い経験を積んだおかげで実務能力は化け物。王都が発展したのはだいたいこの人のおかげ。

肉体は歳をとらない一方、周囲の人が老いていく反動からロリコンになってしまった。

 

【王】

エリーマリー会員No2。仕事では上の下くらいの有能さ。

宰相よりも見た目は老けている。

歳をとって自由もできてからマリーのファンクラブにハマった一番ヤバいタイプ。

一応世継ぎは多くいるがみんな成長してかまってもらえず寂しそう。

 

【リュクシー】

王都で訓練された勇者。〈吸魔〉というすべての魔法を吸収してため込むスキルを持つ。魔道具などとすこぶる相性が悪いため実生活で使うことはまずないスキル。

 

元々宰相が近隣の村から勇者候補を見繕っていた時、このスキルが目に留まることで勇者として選ばれた。

エリート教育を受けているため剣の扱いはそれなり。

ただスキルが影響するのか身体強化以外の魔法は使えない。

 

余談だが両親は勇者として選ばれた際の給金でウハウハらしい。

 

その他

【魔族たち】

最前線だが魔王に脅迫される形のため士気が低くそこまでやる気はない。

一応、軍を運用するということで部下の食料を不要にする、砦内を迷宮のようにして隔離する、などの戦略的にも支援効果が高いスキル持ちを抱えていた。

魔王のパワハラで壊滅。

 

【カジノの面々】

社会の裏側にいる紳士たちが運営するギャンブル施設。

勇者ちゃんがハマって大変なことになりそうだった。

 

裏社会は横のつながりが強いため、マリーのことは情報として手に入れていたため、穏便に済ませる方向で決着した。

 

ディーラーであったポン子は当初ギルド員として来ていたため、カジノの運営者もいろいろと遠慮していたが、容赦なく冒険者をイカサマカジノで嵌めていく様をみてこっち側の人間だと悟った。

認識を改めてからポン子と結んだ契約は、利益折半、損失はポン子が全責任を負うという鬼畜契約だったが、ポン子は契約をよく読まずにいたため、知らないまま快勝を続けていた。

 

【ルガル】

ルルリラの兄にして幼女。

食料を不要にするという非常に便利なスキルを持っていたため無理やり魔王軍で働かされていたが、今は王都で働かされている。

 



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第八章 魔族娘里帰り編
第106話 夢


8-106-122

 

――こうして、わるいあくまは勇者たちと精霊によって倒されました。

――あくまによって傷ついたひかりのかみは消える直前に存在を力に変換し、私達を祝福しました。

――そして今でも私達の生活を見守っているのです。めでたし。めでたし。

 

……変な夢を見たな。

たしか……おとぎ話の『わるいあくまとひかりのかみ』……だったか。

 

懐かしい夢を見たもんだ。

 

あの魔王と戦ってから数日。

アタシ達は勇者ちゃんや『ラストダンサー』と別れ、館に戻ってきている。

 

久々にベッドの上だ。

平穏な日常ってのはいいもんだな。

 

皆より少し早く目が覚めたがまあいい。

エリーの温もりを感じながら二度寝を……。

 

「……さん! マリーさん! お元気ですか! 起きてたら玄関を開けてください!」

 

玄関口の方から聞いたことのある声がする。

騒がしいな。誰だ……? せっかく気持ちいい朝に浸っていたのに……。

 

そういえばギルドに報告しに行ったあと、人をよこすとかいってたな……。

 

まったく、エリーの目が覚めるだろうが。

……しょうがない、出るか。

 

「うるせえな朝っぱらから。……ポン子じゃねえか。なにしに来たんだ? 問題児なら間に合ってるぞ?」

「私は問題児ではありません! 皆様のお陰で借金のないキレイな身体になりましたのでお礼にと!」

「いやチャラにはしてねえよ。勝手に借金を無くすな。ちゃんと払えよ?」

「うっ……。そ、それでですね! 本日付けで『エリーマリー』専属のギルド員として誠心誠意心を込めてご奉仕をするよう私に辞令が――」

「チェンジで」

 

とりあえず玄関のドアを閉めておくか。

鍵もかけとこう。

……朝っぱらから不吉な話を聞いた。

 

だいたい専属ギルド員なんてのはギルド員の中でも優秀なやつが、冒険者の依頼で金を払って付くもんだろう。

 

ポン子には一つも当てはまらない。

むしろアタシたちが苦労するのは目に見えている。

 

「開けてくーだーさーい! 私は可愛い美人受付嬢ですよー! このままだと借金なくなりますよー!」

 

 

問題児がうるさい。

勝手に押しかけて何言ってんだ。

帰れ帰れ。

 

ウチは問題児は間に合ってるんだ。

 

面倒だからメイにぶん投げて放置して……。しまった。

メイはしばらくリッちゃんの部屋にいるんだったな。

リッちゃんが落ち込んでたから、メイが癒やすためにしばらく朝の仕事を免除したのを忘れていた。

 

魔族っ娘達にポン子を相手させるのも可愛そうだし……。

しょうがない、ポン子の対応はアタシがするか。

 

玄関を開けて改めてポン子と話をする。

 

「サラッと借金をチャラにしようとするんじゃねえ」

「いいじゃないですか! 払えない借金はないのと同じなんですよ! むしろマリーさんはお金を返してくださいと頭を下げるべきです!」

 

ほう、金を借りるだけでは飽き足らず喧嘩を売りにくるとは面白い奴だ。

 

「ちょうど色街に知り合いがいるんだ。万年人手不足らしいから……」

「調子にのってすいませんでした! どうか、どうか金持ちのイケメンに玉の輿するまでは保留にしていただけないでしょうか!」

 

一瞬で土下座をしてくるポン子。

玉の輿とか何言ってるんだ。

魔法やファンタジーじゃないんだからよ。

さては朝だからコイツも寝ぼけてるな。

 

「メルヘンな夢を見るのは勝手だが、そろそろ現実も見ような? 現実から目をそらし続けると痛い目に会う……もう会ってるか。とにかくお金は少しずつでも返すんだぞ」

 

あとギルドの服装で土下座をするとヒップラインが浮かぶから注意したほうがいいぞ。

 

「ううっ、どうして私がこんなことに……」

 

それはお前がアタシ達の貞操を賭けようとしたからだろ。

自業自得だ。

 

「少しずつでも返して人としての信用を築いていこうな? 大丈夫だ。未来は夕日のように明るいぞ」

「それもう沈む前提じゃないですか! ううっ……。そ、そうだ! マリーさんは存じないかもしれませんが借金というのは信用の現れなんです。私の価値こそは借金の額と言っても差し支えありません!」

「ギャンブルの借金に信用なんてハナからねえだろ」

 

いきなり取ってつけたような知識で話しやがって。

価値があるのは金持ちの借金だけだ。

金持ちの借金ってのは同等以上の価値のあるものと交換した結果なんだよ。

 

ポン子みたいに一方的に発生した返すアテのない借金に価値があるわけないだろ。

 

「しかし使いを向かわせると聞いていたが……悪いがよそに行ってくれ。ウチはもう間に合ってる」

「私もそうしたいのですが、その……部長も怒り心頭で……。ギルドが私の借金を肩代わりしない、借金を返すまでマトモに仕事はさせないって言うんです! あんまりじゃないですか!?」

 

あんまりなのはお前の頭だ。

クビにしないだけ有情だろうが。

 

ポン子をリコールするため、後でおやっさんに話をしにいくか。

 

 

 

「おう、そろそろ来る頃だと思ってたぜ。今日は一人か?」

 

ギルドでは親父さんが待ち構えていた。

来るのは予想済みだったらしいな。

ちなみにリッちゃんはメイとイチャイチャさせてるし、エリーは姪の代わりとして買い物に行ってもらっている。

 

「まあな。来るのがわかってたなら、アタシの言いたいことも分かるだろ?」

「おう、それに関してはこっちも詫びなきゃならねえ。ポン子の借金だがな。俺達が一括で返すには色々と無理があってな」

「分かってる。個人が勝手に作った借金の肩代わりなんで出来るわけないからな」

 

ギルドが深く関わっているならともかく、ポン子が勝手に戦いを挑んで勝手に作った借金だからな。

こんなモン肩代わりする理由がない。

 

「とはいえ、カジノの設立に派遣していたのは俺達ギルドだ。ミイラ取りがミイラになったがな。返済を無視するわけにもいかん」

 

別に構わないのに律儀だな、おやっさんは。

 

本来ならルールを作って冒険者がのめり込みすぎないようにしたり、うまく共存して行く術を模索していたらしい。

 

……ただ何故かポン子自身がカモから毟る立場になってた事で大問題だとか。

 

「ギルドの受付嬢が冒険者に借金があるというのもまずいからな。そこでポン子を表に出さず、裏で支払いにあてるための落としどころを考えたってわけだ」

「いや、正直いらないんだが。返品するぜ」

 

寄越すならもっとまともなやつをくれ。

余ってるからってポン子を送りつけてくるな。

 

「まあ待て待て、最後まで話を聞け。前に魔王と戦った時、お前んとこの奴が初代魔王を見てショック受けてたんだろ?」

 

リッちゃんの事か。

確かにショック受けてたが……。

 

「で、前の報告の時に聞いた話だとお前のとこのメイドも知り合いだそうじゃねえか」

「確かにそうだが……何の関係があるんだ?」

「ポン子を雑用に使えば、お前んとこにいるメイドの負担が軽くなるだろ? 二人をしばらく一緒にさせたらショックも和らぐんじゃねえのか?」

 

つまりメイとリッちゃんを長く一緒にして精神を回復させる、と。

もう既にやってるが……そこまで考えてくれたか。

 

「だが色々とギルドも都合があるだろうに。ギルド員に雑用を任せて大丈夫なのか?」

「その辺りはそっちの自由にしていいぜ。……アイツは借金がチャラになるまでお前達の所有物として扱ってくれ。ギルドの依頼はアイツに投げればいい」

 

とは言えなあ。

あの時カジノの件、後でオカマ組長経由で金額が届いたが凄いことになってるぞ?

勇者の武器や道具やらの価格をポン子の一日分として無理やり換算したからな。

 

正直マトモに払うより色街に永久就職したほうが楽じゃないか?

 

「なに、難しく考えるなよ。あいつは色々抜けてるが、意外と細かい仕事はできるほうだ。ギルドのお使いやらを任せてパシリにしてもいいぜ」

 

だがポン子はなあ……。

ポン子なのがネックだからなあ。

うーん。

 

「……リッちゃんが立ち直るまでの間だけ借りとくぞ」

 

とりあえず部屋の一室を割り当てて……。

いや、それはそれで面倒そうだ。

敷地の外に掘っ立て小屋でも立てて貰おう。自力で。

 

「おう。決まりだな。ところでこれから本題だが……」

「まだあるのか」

「そう言うな、王都からの指名依頼だぜ? 『隠れた魔邦人の協力を得るために、そちらの従者を通じて話をしてほしい』だとよ」

 

魔邦人。

要するに魔王派閥じゃない魔族のことだ。

協力というのは……魔王との戦いだな。

 

おやっさんは通信用魔道具と報酬の書かれた紙をテープルに置く。

 

通信用の魔道具はそれぞれの魔族に渡せってことか。

報酬は……恐ろしく破格だ。

 

「分かった。チビッ子達を連れて離れるが構わないな?」

「ああ、危機が迫ってるんだ。細かいことは言わねえ。こっちで何とかする」

 

ギルドのほうは大丈夫なのか。

て事は『オーガキラー』の奴ら、育成に成功――。

 

「頼もう! 依頼をクリアしてきたので報酬を受け取りに来たぞ! ……むむっ! この気配は!」

 

……やかましいやつの声が聞こえた。

あの声はルビーだな。

出会うと面倒くさそうだ。

 

「おやっさん。これで用事は済んだな? 悪いが先に帰らせてもらうぜ」

「おいちょっと待て。そっちは窓だ。ちゃんと表口から出て行け」

 

嫌に決まってるだろ。

こういう時はアイツと鉢合わせしてロクでもない事になるんだ。

だったら窓から帰った方がいい。

 

その時、扉が急に開いた。

開けたのはルビーだ。

……なんで一直線にこっちに来るんだ。

受付で全部済ませろよ。

 

「おお! やはりマリーも来ていたのか!

導きに従って正解だったな!」

「おい、ここは打ち合わせ中だ。勝手に開けて入ってくるんじゃねえ」

「ふはは! 良いではないか! 伝説の最強と戦い勝利したそうだな! 早速手合わせを願おう!」

 

これっぽっちも良くねえよ。

つか伝説の最強って初代魔王ファウストだろ。

その最高に頭の悪そうなネーミングなんだよ。

 

「すまないが今大事な話をしてるんだ。さっさと帰……っておい! 武器を抜くな」

「良いではないか! 互いに体でぶつかり合って成長を語り合おう!」

 

クソっ、このバカ本当にここでやり合うつもりか?

ならこっちも全力で切り刻んで……。

 

「お前ら、じゃれ合うのは外でやれ」

 

……部屋から追い出されてしまった。



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第107話 依頼と里帰り

8-107-123

 

おやっさんの話は後日ポン子を通じて詳細を伝えるそうだ。

 

追い出されたアタシはルビーと廊下にいる。

 

おやっさん、アタシのことをルビーと同類だと思ってる気がする。

……納得いかない。

とりあえず今はルビーを問い詰めるか。

 

「お前なあ……。何しにきたんだ? 依頼達成なら受付は向こうだぞ?」

「ふはは! マリーの気配がしたからな! 筋肉の導きに従って近くまでたどり着き、匂いを辿らせて貰った!」

 

なにそれ怖い。

もしかして魔族かお前?

だったら容赦なく討伐するけど。

 

……正々堂々闇討ちしても反撃してきそうだな。

ルビーの脳みそはともかくルビーの筋肉は賢いからな。厄介だ。

 

「悪いがアタシは平和主義者なんだ、戦いたきゃ余所へ行ってくれ」

「はっはっは! 面白い冗談だ! 細かい事は気にするな! 私も気にしないぞ!」

 

いやお前は気にしろよ。

相変わらず面倒くさい奴だ。

 

「なに、魔王とやらと戦うきっかけをくれた事にお礼を言おうと思ってな!」

「いやお前のためじゃないが……魔王と戦ってくれるならこっちとしてもありがたい」

 

できれば共倒れしてくれると万々歳だ。

……でも魔王ってネクロマンサーだよな?

 

うっかり負けたらネクロマンサーの魔法でアンデッドになったコイツが襲ってくるのかぁ……。

命令を忠実に聞けるとか賢くなってて厄介だな。

 

「ふむ? ……さては私が仲間になることで新たな戦い方を考えているな! そうだろう。私の勘はよく当たるのだ!」

「ああ、大体あってるぜ……」

 

敵としての戦い方だけどな。

 

「なあルビー。前々から思ってたが、お前傭兵団のほうがあうんじゃないのか?」

「ふむ。私はどちらでも構わなかったぞ! 私の知恵と力と勇気を試せるのならな!」

 

存在しないものを勝手に捏造するな。

あるのは筋肉と力と無謀さだろうが。

 

「しかし、わが妹サファイが『姉ちゃんは冒険者のほうが似合う!』とか言ってこちらを勧めてきたからな。それで冒険者になったのだ!」

 

傭兵になったら変に暴れたりして国から色々と目をつけられそうだもんな。

あの妹にできる唯一のファインプレイか。

 

「そういえばあとの二人はどうした?」

「今は新しい『オーガキラー』の新メンバーを鍛えている! そろそろ戻ってくるころだろう」

 

新メンバーだと?

また厄介者が増えるのか。

……そこで妹のサファイが入ってきた。

 

「あれ? マリーはウチの姉ちゃんと話ししてどうしたんよ?」

「サファイに……ラズリーも来たのか。いや、ちょっと雑談をしてた所だ。返品するぜ」

「返品とかウチの姉ちゃんに失礼なんよ。姉ちゃんは永久保証なんよ」

 

永久保証ならなおさら交換しろ。

これ以上壊れないから仕様とでもいいはるつもりか。

 

「なんかまた変な事を考えてる気が……。まあいいんよ。ついでだから新メンバーを紹介するんよ」

「『オーガキラー』のダンだ。お見知りおきを……」

 

誰かと思ったらコイツか。

なんでラズリーと一緒に入ってきてるのかと思ってたぜ。

 

「久しぶりだな。お前んトコのボスは良いのか?」

「ああ、ボスには話を通してある。戦いのときは一度ボスの所に戻るがそれまでは冒険者として腕を振るう」

「知り合いだったん? ダンは新米で唯一、オーガを一人で倒したんよ。冒険者チームで動き方を学びたいって言うからウチの臨時メンバーとして働くことになったんよ」

 

男でオーガを倒せるとはすごいな。

だけどチームに入るのは冒険者としての一般常識を学ぶためだろ?

就職先間違えてねえか?

 

「ダン……。常識は『オーガキラー』じゃ学べねえぞ? そこで学べるのは戦い方と非常識だけだ」

「相変わらずマリーは失礼なんよ! ウチらはちょっと独特なだけで色々学べるんよ! 初心者にも優しいアットホームなチームなんよ!」

「そうですとも。我が『オーガキラー』のチームにおける常識は私ラズリーが責任を持って教えます故」

「お前だけは常識を語るな」

 

お前ちょっと前まで常識が分からないとかほざいてたじゃねえか。

お前らの常識は一般社会の外側にあるんだから人間のふりすんじゃねえ。

 

大体、関所を破壊したり敵味方を問わず見境なく襲いかかるアットホームなチームとかどこの輩だ。

常識を辞書で引いてこい。

じゃなきゃ周りがドン引きするわ。

 

……でもダンはオネエ組の部下だったか。

それなら適任かもな。

アソコも非常識だし。

 

「まあいいさ。ところでもう新人教育は終わったのか?」

「うむ! あとは『幌馬車』の二人が座学を教えて終わりだ!」

「あの二人の座学はタメになるんよ。ウチも学ぶところたくさんあったんよ」

 

へぇ。冒険者としてそこそこやってても勉強になるのか。

今度アタシも聴きに行くか。

ただ……。

 

「お前な……。犯罪は止めとけ。流石にこれ以上悪質だとギルドから制裁されるぞ」

「なんで知識を悪用する事前提なんよ! 普通に買い物のコツとか聞いたんよ! マリーは失礼なんよ!」

 

そうなのか。うっかり詐欺師としての心構えを学んでるのかと思ったぜ。

 

サファイ曰く、『幌馬車』の二人は数カ月後には子供も生まれるらしい。

それもあって今回は戦闘に参加せず、行商のツテをフル活用して裏方に徹するそうだ。

 

商人のネットワークとギルドが連携できるのは強いな。

 

「ふっふっふ。いざ来たる戦いのときにはどちらが魔族を倒せるか勝負しようではないか。なんなら合同で訓練を行ってもいいぞ!」

「アタシのチームは別件でちょっと用事があるんだ。悪いがまた今度な」

「うむむ、残念だ。次に期待しているぞ」

 

お前たちとやるとアタシが疲れるんだ。

そうだな……。

千年くらい後なら訓練してもいいぜ。

 

 

アタシは『オーガキラー』のメンバーと別れてエリーと合流する。

 

「そんな事があったのですね……。それではポン子さんはしばらくこちらに?」

「そうだな。しばらく屋敷の雑用をぶん投げる予定だ」

 

エリーには日用品などを買い込んで貰っていた。

エリーの買い込んだ荷物を二人で持つ。

 

メイがいないと色々と雑用が増えて大変だな。

……不本意だがアイツを雇い入れるのが手っ取り早いか。

 

 

数日後。

 

「マリーさん! あちらにあるのが今回の旅の馬車になります! 荷物は積んでおきました。他の皆さんもすでに乗っています!」

「おうポン子、手配ご苦労さん」

「いえいえ、忠実なる従者として当然の事をしたまでです!」

 

元気よく返事をしてくるポン子。

 

アタシ達はギルドと王国からの依頼で、北の方にある魔族の隠れ里に向けて旅立つ準備をしていた。

 

なんでも獣人たちの隠れ里と吸血鬼たちの住む集落はそこまで離れていないらしい。

途中までは一緒に行き、二手に分かれてそれぞれ交渉することに決まった。

アタシとエリー、獣っ娘のチームとリッちゃんとメイ、『森林浴』三人組のチームだ。

 

今回は結構な大所帯だからな。

馬車二台で移動する。

途中から分かれてそれぞれの親の所に行って交渉だ。

 

エルフ達のところはメイが入ればうまく話を収めることができるらしい。

リッちゃんだけだと不安だがメイもいるし大丈夫だろう。

 

……いや、本当に大丈夫か?

まあいいや。期待してるぞ。

 

「これで一通り完了ですね……。完璧な美人受付嬢である私を褒めて良いんですよ!」

 

準備に関しては奴隷以上、下僕未満のポン子が一生懸命手伝っている。

 

……なんでコイツ両手で何かを受け取るポーズしてるんだ?

手錠でもかけられたいのか?

 

「……なんだその手は?」

「いえ、きっとこれだけの事をしたからチップを弾んでいただけるかと」

「しょうがねえ。ほらよ、飴玉でいいか?」

「こんなのじゃなくて! もっと暖かみのあるものがあるじゃないですかー! ほら……お金、から始まる……」

 

もうそれ答えじゃねえか。

しょうがねえ。

 

「ほら、これをやるよ」

「なんですか? このおもちゃのコインは? 銅貨って書いてありますが……」

「これをメイの所に持って行け。借金から書いてある分だけ差し引いてくれるぜ」

「こんなものじゃなくて現金で下さい! いつもニコニコ現金払いですよ!」

「給料から借金天引きされているお前が言うな」

 

別にポン子が借金を払えないのは分かっている。こっちとしても無理に取り立てるつもりはない。

とはいえギルドとの体裁は整えないとな。

ナアナアで終わらせるのはポン子のためにもならねえ。

 

おやっさんも、これ以上いらないことをされたら困るとか言っていたしな。

金のチカラでポン子の行動を制限することに限る。

 

専属のギルド員なんて正直使いどころがねえんだよな。

こき使ってもいいって話だったから容赦なく雑用に使っているが。

 

 

「ふっふっふ! それでは出発ですね。皆様いってらっしゃいま……」

「いや、ちょっと待て」

 

アタシは適当に木の枝を拾って、何人かのオバケたちに渡しておく。

 

「もしポン子が調子に乗ったらこれで叩くんだ、良いな」

 

オバケたちも頷くと素振りを始めた。

よしよし、いい素振りだ。

 

容赦なく叩くんだぞ。

ただし頭は駄目だぞ。

これ以上悪くなると手の施しようが無くなるからな。尻を狙え。

なーに、すぐ新しい性癖に目覚める奴だ。多少強くしても構わないぜ。

 

「な、なんの棒でしょうか……」

「そうだな……。悪い子をお仕置きするためのお仕置き棒かな」

「そ、そんなモノなくても真面目にやりますとも! 帰って来る頃だけ掃除すればいいやとか考えてませんから!」

 

聞かれる前にそう言うってことは考えてたな。

まあいい。

 

「一応言っとくが、もしも悪事を働くなら受付嬢の私生活を暴露した写真集をだすぞ」

「ひっ……やめて下さい! 美しくもはしたない生活が明るみに出るなんて!」

 

安心しろ。

すでに盗撮屋に写真を撮ってもらったが、色気がなさすぎてきついらしい。

スネ毛剃ってたり屁をこきながらヨダレ垂らして寝てるシーンとか、そんなのばっかりで生々しくて使えないとのお墨付きだ。

 

「それじゃあ改めて、行ってくるぞ」

「はい! ぜひゆっくりと過ごしてきてください! あ、お土産は北国名物のミルクバタークッキーでお願いします」

 

相変わらず図々しい奴だ。

まあいいさ。

さて乗り込んでるみんなを待たせてもマズイしさっさと出発を……。

 

「ちょっと待って! 置いてかないでー!」

 

おいリッちゃん。なんで乗ってないんだ。

さっきまでうろちょろしてただろ。

姿が見えないからもう乗り込んでるのかと思ったぞ。

 

「ふう、間に合った。えっとね、昔の吸血鬼は僕も絡んでるけど、今のエルフってファーちゃんの子供たちだからさ、母の母として恥ずかしく無いように菓子折りを用意して貰ってたんだよ」

 

用意して貰ったって……それメイが作った奴じゃねえか。お菓子を作って貰ったけどソレを忘れて取りに戻っていた、と。

まったくしょうがないな。

 

……前に比べてかなり元気になったようだな。

良い事だ。

 

「よしリッちゃん。もう忘れ物はないな?」

「もう大丈夫だよ! 僕も準備は万端だからね。」

「よし、リッちゃんがいないと帰りにも時間がかかるからな。帰りの転移設置は任せたぞ」

「あ、そっか転移門の設置しなくちゃね。忘れてた」

「おいおい、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。いつも一つはすぐ設置できるように事前準備してるから」

 

へえ。準備してたのか。

リっちゃんは意外と手際がいいな。

 



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第108話 里の番人

8-108-124

 

北の関所を抜けて二週間。

途中の村に寄りながら進んでいく。

気がつけば朝が寒いくらいだ。

 

ここからはそれぞれ分かれて進む。

今は最後の打ち合わせの最中だ。

 

「しかしウルルもルルリラも凄いな。春はもっと冷え込むだろうに、こんなところから来てたのか」

「はい! 場所はもう少し北のトコなんですけど、ウルルと一緒に温めあってここまで来ました!」

「やっぱりロマンのためには体を張らないと行けないじゃん?」

 

リスクのかけ方が間違ってるが元気があるのはいい事だな。

 

「私たち吸血鬼の里やエルフの森はここから西に一週間行ったところですが、意外と近くでしたのね」

「そうだな。そもそも俺ら外に出ないから気が付かなかったじゃんよ。そっちは違うのか?」

 

ウルルの疑問にアルマとフィールはそれぞれ頷いた。

 

「確かに私達もあんまり外には出ないよね」

「外に出ていくのは古き友人……メイさんを探しに行く者達くらいですものね。でもそれなりに人族との交流はありますわ」

 

まあエルフは恋愛物語にも出てくるからな。

人間の集落と近いと予想はしていた。

リッちゃんみたいに引きこもってると身体に悪いぞ。

 

まあ近いといってもそれぞれ距離もあるし、特に寒い地方は時期やらなんやらで色々動きが制限されるからな。

その辺りがあるんだろう。

 

「それじゃあアタシたちはこれから更に北に進んで、獣人達に会いに行くぞ。リッちゃん達は西だな。大丈夫か?」

 

「平気だよ! 今回はメイがいるからね、メイに任せておけば大丈夫さ!」

「お任せください。ご主人様をサポートするのがメイドの役目ですから」

 

元気いっぱいの回答だがメイに全部丸投げする気じゃねえか。

メイもあんまり甘やかすんじゃない。

 

……だが二人とも精神面も問題ないようだな。これなら問題なく――。

ん? さっきからカチカチに固まって黙り込んでる奴がいるな?

 

「どうしたカリン? さっきから黙ってるがトイレか? 我慢は良くないぞ?」

「いや、違うんだ。ほら、女の子の家にお邪魔するのって初めてだからさ。なんか緊張しちゃって」

「お前も女の子だろうが」

 

なんで同性なのに彼女の家に初めて訪れる彼氏みたいにソワソワしてるんだ。

うっかり父親と鉢合わせして勝手に気まずい雰囲気になってろ。

 

「別に顔を見せにいくだけなんだ。堂々と構えて、二人は貰っていくくらいの事を言えば良いだけだろ」

「安心して! もしもお父さん達が認めなくてもカリンちゃんがいればアタシ達だけでも……!」

「そうですわ! たとえお父様と言えども私達の関係にヒビは入れさせませんことよ!」

 

よしよし、その意気だ。

でも親の同意を得られるなら同意を得ておくんだぞ。

やっぱり駆け落ちってのは辛いからな。

 

うだつの上がらない冒険者だと愛も冷めて残ったのは子供だけってのも良くある事だ。

……一応逃避行ルートも調べといてやろう。

 

「あの……今回はメイをお披露目に行くんだけど……」

 

そういえばそうだった。

リッちゃん偉いぞ。

目的を見失っていなかったな。

 

「一緒に封印されていたリッちゃんも一緒にお披露目ですよ。カリンとリッちゃん、そしてメイ。それぞれ紹介する形になりますね」

 

エリーがナイスフォローをしてくれる。でもハーレム作ってる彼女と伝説の友人メイと魔王を同時にお披露目かあ……。

物凄い不安だ。

ひよっ子たちは万が一があったら、リッちゃんとメイに全てを擦り付けるんだぞ。

 

なーに、子供の失敗は大人が……。

リッちゃんにフォローできるかなあ。

 

リッちゃんに、メイ、『森林浴』の三人組と分かれて、アタシたちは獣人の里に向かう。

 

「王都に続いて、今回もまた一緒ですね!」

「よろしくじゃんよ」

「おう、ここからは数日でつくんだな?」

「はい! あ、でも途中から森の中なので馬車から降りないと行けないです」

 

森か……。

まあアタシ達も一応冒険者だ。

問題ないだろうか獣人は身体能力が高いからな。

ちびっ子達も疲れてるのを見たことがないから大丈夫だと思うが時間がかかるかもしれねえな。

 

「おい! 敵がそっちに行ったぞ!」

「任せろ! 俺の爪で一撃にゃ……じゃんよ!」

「ほかにも来ています! 次の準備をして下さい! ……〈守護〉!」

 

アタシ達は今、北の森に入ったところだ。

森に入ってから間もなく、物凄い数の魔物達の襲撃を受けている。

 

「あ、そのカエルみたいなの気をつけるにゃ! アイツは身体に周囲の毒を貯め込むから腐れ毒を貯め込んでたら厄介にゃよ!」

「こっちは任せてください! 私のスキル『水変エス者』で毒を無効化して倒します!」

 

ウルルもこの間からスキルに目覚めていたそうだ。

なんでも液体に直接触ることで性質を変化させるスキルらしい。

粘度や味の他に、毒なんかも成分を変えることで無毒化できるとか。

 

直接触らないといけないのがネックだが、上手く血液とかにコレやられたら極悪な攻撃スキルになりそうだな。

 

「……よし。一通り倒して落ち着いたな。北の森ってのはこんなに敵が多いのか?」

「んー、こんなの初めてです。なんででしょうか?」

「俺達が街にいく時は静かなもんだったじゃん? なんかあったのか?」

 

なにかって言ってもなあ。

早々トラブルなんて起きないだろうし、獣っ娘たちが知らないならアタシが分かるはずもない。

 

「お話し中すいません。探知魔法に反応がありました。敵の数は……大体二十といったところでしょうか?」

 

くそっ、また来たのか。

 

「まるで軍隊みたいだな」

「まさか! 魔王軍か!?」

 

ウルルが不吉な事を言う。

襲いかかってきてるのはタダの魔物だが、毎度囲むように組織的な動きをしているのは確かにおかしい。

……なにか、スキル持ちがいるのか?

 

「……ありえるかもしれねぇな」

「さ、里が心配じゃんよ」

「急ぎましょう!」

 

獣っ娘達に急かされながらも、アタシ達は敵を薙ぎ払い里の方へ向かう。

……これが敵の襲撃じゃないといいが。

 

 

「向こうです!この坂を登ったところに里があります!」

「雑魚に構ってるのも惜しいな。無視して一気に駆け抜け――」

 

会話の途中でナイフが飛んでくる。

……誰だ?

 

ナイフが飛んできた方向から黒い影が高速で近づいて来る。

フードを被っていて良くみえないが……魔物じゃないな。

だが手が獣のような手だ。

それに人間にしては動きが早すぎる。魔族か。

 

「人間よ。よくここまで来れた。なかなか腕が立つのだろうが残念だ。この深さまで来た以上生きては返さぬ。諦めて投降するか死ぬか選べ」

 

フードの下に覆面もかぶってやがる。

用意周到な奴だ。

しかし何者だコイツ?

 

「深く入ったら昇天させますってか? こんな短い武器じゃ無理だな。さてどこの所属か教えて……」

「会話に興じる気はない。行くぞ」

「チッ!」

 

この野郎を話してる最中に襲いかかって来やがった。

両手の鋭い爪が左右から切りつけてくる。

 

「問答無用かよ! サンダーローズ!」

 

アタシはそれをかわすと、お返しに雷を一撃ぶつけてやる。

よしっ、動きを止めたな。

 

「ぐっ……やるな」

「お前は魔王軍か? それともこの里の魔族か? どっちだ?」

「何故里を知っている? いやいい、人間は殺すだけの事。里の事を知っているならなおさら……」

 

ちっ、魔王軍じゃないようだがそこそこ強そうだ。

面倒くさいが仕方ない。殺さずに捕まえよう。

そのためには拳でボッコボコにしないとな。

里の奴なら拳で友情を無理矢理クリエイトできるだろ。

 

そこでルルリラが声をあげる。

 

「……この匂い! おじさんだ! 久しぶり!」

「……ホントだ! パ……親父じゃんよ。なんで覆面なんかしてんだ?」

 

声につられて覆面がウルルとルルリラの方を見ると、固まったように動かなくなる。

つかウルル、お前の親父かよ。

 

「お、おお……ウルル……。ルルリラ……。生きていたか……。会いたかったぞ!」

「やめっ……近づくにゃ!」

 

覆面を脱いだ男はウルルの方に駆け寄って抱きつこうとしている。

その顔は黒豹そのものの顔をしていた。

 

ウルルが全力で両手足を伸ばして拒否してなければ感動の対面だったのかもな。

 

「あー、良かったな。感動の対面は後にしてアタシたちを里とやらに……」

「しかし何故ここに人間がいる。ウチの子とどういう関係だ! まさか貴様……」

「おい勘違いするな。アタシはアンタの娘さんの主人だよ。そして娘さんたちは従者としてアタシたちの――」

 

その瞬間、おっさん獣人が再び襲いかかってきた。

 

「貴様っ!! ウチの子を奴隷として扱おうというのか! 許さんぞ!」

「おい最後まで話を聞け! くそっ!」

 

再び襲いかかってきやがった。

くそ、めんどくせえ親父だ。

ちゃんと言う事を聞くウルルやルルリラを見習え。

 

「娘はああぁっ! 絶対に渡さん!」

「いや、いらねえよ」

「な!? ウチの娘を要らないとは何事だあっ!! 顔良し性格よし器量よしだぞ!」

 

なんで結婚前提の彼氏を連れてきた親父みたいなリアクションしてんだこのバカ親。

くそっ、実力がそこそこあるのが面倒くさい。

 

エリーが精霊魔法を使うかと目で合図をしてくる。

 

よし、ガッツリ魅了をかけて……。

……娘の前で魅了をかけるのは流石に可哀想だな。

色街にいるオッサン達みたいなことされて威厳が無くなっても困る。

元々威厳なんて無い気もするけど。

 

やっぱりここは派手にアタシの魔法で……。

 

「おじさん、落ち着いて!【ぷるりんぷるぷる、もっちもち!】〈アクアウォール〉!」

「な!? なんだこの水? ネバネバするぞ!? まさかルルリラか! この力……。お前スキルに目覚めたんだな!?」

 

おっ、処刑方法を考えていたらルルリラが魔法で動きを封じてくれた。

よくやったぞ。後でナデナデしてやろう。

 

この魔法、一見ただの水の壁を作る魔法だが、スキルで性質を変えているのかトリモチみたいにへばりついて親馬鹿獣人の動きを止めてくれている。

便利だな。

 

「くっ、ルルリラよ。スキルを覚えたのは素晴らしいと褒めたいところだが今はマズい! お前たちは騙されて……ぶふぁ!」

 

ギャーギャーやかましいおっさん獣人の顎にウルルが一撃を食らわせた。

……いい感じに入ったな。

舌を噛んだのか痛そうにしている。

 

「親父! いい加減にするじゃんよ! こっちの人達は先輩冒険者だから敵じゃないんだぜ」

「先輩冒険者……? ウルル、お前たちは冒険者になったのか? ルルリラも?」

 

困惑してるが完全に動きが止まったな。

少しは頭も冷えたみたいだ。

しかし冒険者になった所から話さないといけないのか。

めんどくさいな。

 

「あー、アタシが説明するぞ。きっかけはだな――」

 



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第109話 里の長

8-109-125

 

「――と言うわけで、アタシはお前んトコの獣っ娘を使用人として預かってるのさ」

「そんな事情があったとは……。すまなかった」

 

とりあえずひよっ子として獣っ娘達が来たことから経緯を説明してやった。

なんとか納得してくれたようだな。

 

「同じ魔族で吸血鬼の奴らは西……。こっからだと南西の方にあるところに住んでるらしいな」

「そんな所に吸血鬼やエルフがいたのか。あそこは人間族の街くらいしか認識していなかったぞ」

「ん?街があるのか?」

「ああ、だがそこにあるのは人間の街だ。交通の便は悪く、見るものも少ないが数百年前からそこそこの発展はしていると聞く」

 

へえ。じゃあ魔族が潜伏しているのかもな。

しかしおっさん、色々と詳しいな。

意外と情報収集してるのか。

 

「いやしかし二人とも帰ってきてくれて良かった。最近色々とキナ臭かったからな。族長も喜ぶぞ」

 

なんか気になる発言が出たな。

 

「キナ臭いってのはどういう意味だ?」

「最近はこの森が色々と騒がしい。この間も誰かが侵入しようとしていた。今回もその類かと思って村のスキル持ちに追い出してもらおうと思ったんだが……」

 

それがアタシ達だったと。

さっきから魔物やらが襲いかかってきてたのはスキル持ちのせいか。

 

アタシたちは愛と平和の使者だから勘違いも甚だしいとして、少し気になるな。

もしも敵なら鉄拳制裁をしないとな。

 

「そいつの姿や格好は見たのか?」

「いや、だが複数の者が侵入しようとしていることは間違いない。……これ以上こんなところで話すのも無駄だな。里へ来るがいい」

 

相手の詳細は分からなかったが仕方ないか。

やっと案内してくれる気になったようだし、おいおい情報を聞こう。

 

 

里は森を抜けた先にあった。

建物はそこらへんの木を伐採して作ったのかほぼ木造だ。

屋根は藁ぶき? いや茅葺き屋根ってやつか?

初めて見たからよく分からんな。

 

畑のそばの水路は川魚が泳いでいる。

 

のどかな場所だな。

都会の喧騒に疲れたときはゆっくりしたい場所だ。

今度はリッちゃんと一緒に来よう。

そしていつでもワープできるようにして貰おう。

 

「ついて来い」

 

時折、畑仕事をしている住人の視線がこちらに向かう。

人間がココにいるのは珍しいんだろうな。

 

獣人と一口に言っても様々だな。

耳だけが獣の耳をしている奴から、ほぼ二足歩行しているだけの獣の姿をした奴まで色々と種類が豊富だ。

 

エリーが手を振ると、手を振り返してくれた。

アタシも手を振っとこう。

おや、ウルル達より更に幼いちびっ子達がコッチへ来たな。

 

「ウルルちゃんにルルリラちゃんだ!」

「あっ、久しぶりだねー」

「おう! お前ら元気だったか?」

「うん元気! 一緒に遊ぼー?」

「『わるいあくまとひかりのかみ』のお話読んでー」

 

なんか獣っ娘がさらにちっちゃい獣っ子達にたかられている。

 

ウルルとルルリラがこっちの方を伺ってきたので頷いてやる。

おう、久しぶりの帰郷だろうし遊んでこい。

 

アタシたちは大人の話をするからな。

遊び終わったら来るんだぞ。

 

「……って、ルルリラは行かないのか?」

「私はお母さんに挨拶をしてから遊びに行きます!」

 

挨拶か。

親思いで良い子だ。

 

やがてこぢんまりとした建物の前で黒豹のおっさんは足を止める。

 

「ここにあるのが族長の家だ。ここで話をしよう」

 

本当に族長の家か?

こぢんまりして、ちょっと火をつけたらよく焼けそうだぞ。

 

扉を開くと、一人の女性が飛び出してきた。

 

「ルルリラ! 帰ってきたのね!」

「あ! お母さん! ただいま!」

「もう! 突然お菓子作りの旅に出ますとか言って外に行っちゃうから心配していたわ」

 

ルルリラ、お前族長の娘だったのか。

結構重要な地位なんじゃないのか?

よく連れ戻されなかったな。

 

ん? ちょっと待てよ?

てことは前にあった兄とやらは族長の息子って事か?

 

おっ、ルルリラの母親がこっちを見て挨拶をしてくる。

よく見ると大人になったルルリラみたいだな。名前知らないし母リラでいいか。

 

「えっと……初めまして、でいいのかしら? その匂いは人間ですよね?」

「ああ、アタシがマリーでこっちがエリーだ」

「まあまあ……。その匂いからするとウルルちゃんも一緒なの? 近くにいるのかしら?」

「ララの子供達と遊びに行っちゃった。私も行ってくるね」

「まあ……しばらくぶりに帰ってきたのにこの子ったら……ちゃんと帰ってくるのよ」

「大丈夫! しばらくはここにいるから!」

 

簡単に挨拶を済ませるとさっさと出ていってしまう。

なんというか、家出した割には軽いな。

 

「外の人は驚くかもしれませんけど……私達獣人は近くの村まで行くのが大人の証明なんです。あの子達はちょっとだけ大人になるのが早かっただけですわ」

 

ん、表情に出ていたか。

だが説明してくれて助かる。

 

「でもしばらく戻ってこなかったから心配してたんですよ。あの年くらいだと万が一もありますから」

「だがお前達が面倒を見てくれるという事で助かった。さあ座ってくれ」

 

勘違いして襲い掛かってきたくせによく言うぜ。

黒豹のオッサンに進められるままアタシ達は座る。

中もこぢんまりとしているな。

 

「今お茶を入れますね」

「おう、最高級のお茶を頼むぜ」

「んー、ごめんなさいね。ウチには裏庭で取れたハーブティーしかないの」

 

淹れてくれたのはカモミールに柑橘系を混ぜたハーブティーだ。

なんだ、十分じゃないか。

ありがたくいただくぜ。

 

「しかし、族長の家という割には小さいんだな。こういうモンは威厳とかも兼ねてでっかくするもんだと思ってたぜ」

「人間の領地ならそうかもしれないわ。でも、ここの里はかなり大きいけど資源には限りがあるの」

 

黒豹のおっさんが説明を補足してくれる。

どうしても多少なりとも節約が必要となる以上、族長が率先して規範となっているらしい。

 

村の長として小さな家に住むのが代々の習わしだそうだ。

ただし、もしも今回みたいに外からお客さんが来るなら大きくしないと行けないかも、とは呟いていた。

 

……アタシ達の存在は里に影響を与える異分子なんだな。

 

「里が貧しいなら里から出ていったりはしないのか?」

「ええと、人間さん達の貧しさとはちょっと意味合いが違うけど、貧しいと言う訳ではないの。食べ物には困らないし、住むところも困ることはないわ。贅沢をしちゃうとちょっと不足するだけ」

 

里では着飾ったりなどの贅沢する事は難しいが、生活という点では不自由しないそうだ。

ただし沢山の兄弟姉妹がいる場合は森を抜け出て、そのままひっそり都会に住み着くこともあるとか。

 

……獣人が珍しいとか吸血っ娘が言ってたが、魔族として集団で見かけることが無いのと、人間社会に溶け込んでるせいなのかもな。

 

「でもルルリラやウルルちゃんが外へ行ったときは驚いたのよ。まだ子供だから悪い人に攫われてたりしないかなって」

「気持ちは分かるが外の過酷な環境の方を心配しろよ」

 

いっちゃなんだが外は子供二人にはキツイぞ。

魔物は多いし寒いしで、アタシでも冬にここへ来るのは遠慮したい。

 

「なに、あやつらは里の子だ。真冬を除けば生き延びる術は教えてある」

 

黒豹の、おっさんが補足してくる。

そう言われてみたら確かに会った時から戦闘の心得はあったな。

 

「しかし、アンタが族長でいいんだよな? 旦那さんとかはいないのか?」

「人の国では一夫一妻だと聞いている。だが、ここでは祭りなどその時々に応じて子供を作り、時には番(つがい)となって村の子供として育てるのだ」

 

母リラに質問したが、質問が帰ってきたのは黒豹のオッサンの方だ。

 

なんでも里をまとめる族長は母リラで間違いなく、跡継ぎとなる子供は沢山いるが旦那さんはいないらしい。

ある意味で原始の名残を残してるんだな。

 

他にも利害の関係でいくつか里を区域分けして暮らしているなどの情報を教えてくれた。

 

「でも好き合う者同士で優先して作ったり、場合によっては一緒に住んだりするの。もちろん住まなくても里の皆で育てるから大丈夫だけど……ねっ?」

 

黒豹のおっさんにしなだれかかってくる母リラに対してバツが悪そうに顔をしかめていた。

顔色は分からないが……つまりそういう仲と。

 

「ゴホン! そんな事より! いい加減に本題を話して貰おうか? ここに人間族が来るというのはかなり珍しい。うちの娘達を連れてくるためにここへ来たわけじゃないだろ?」

 

そうだな。

のどか過ぎて忘れていたが、ちゃんと本題については話合わないとな。

 

「ああ、本題だな。実は――」

 

アタシはギルドや王国の存在、そして前回の冒険で何が起こったかをかいつまんで話す。

 

「魔王が……」

「ああ、今回引きこもりの魔王が珍しく出てくると宣言しやがった。そこで力を貸して欲しいってのがギルドからの依頼だ」

 

 

「お話は分かりました。ですが……これは私一人で決めていい話題ではありませんわ。氏族の者を集めて決議を取りたいと思います。皆に伝えてきて貰えないかしら?」

 

黒豹のおっさんに頼む母リラ。

オッサンは頷くと一度身支度をするといい、立ち上がった。

 

「こんにちにゃ〜。……コホン、こんにちはじゃんよ」

 

そこでウルルが戻ってきた。

どうでもいいが地元だとそんな言葉使いになるんだな。

別にアタシたちに気を使って言葉遣いを直さなくていいぞ。

むしろそのままがいい。

 

「さ、俺はママ……お袋のほうに挨拶してくるじゃんよ」

「うむ、では一緒に帰ろうか」

「親父と一緒は嫌だから先に帰るにゃ!」

 

反抗期か。

微笑ましいなあ。中年の男は臭いもんな。

 

……いやお前ちょっと待て。母親がいるのか?

さっきの話の流れからてっきりウルルと姉妹かと思ってたぞ。

 

母リラを見ると口に人差し指立てて内緒ですよ、とか呟いてる。

 

……かなり複雑な人間……いや魔族関係だな。

深く追求したらドロドロしたモノを見てしまいそうだ。

気づかなかった事にしよう。

 

とりあえず黒豹は敵だな。

あんな面してとんでもねえ奴だ。

 

「マリー姉? どうしたにゃ……じゃんよ」

「いや、最悪お前の親父を倒さなければいけないと思ってな。許せ」

「にゃんで!? い、一応俺の親父だしちょっとは手加減してほしいじゃんよ」

 

よしよし、なら半殺しくらいにしとくか。

 

 

夜になると人が数人集まってきた。

氏族の長とやらだろうか。

ルルリラも帰ってきたが遊び疲れたのかすぐに眠ってしまった。

 

「噂は外に出た者から報告であったが……ついに来たか」

「初代魔王は我々を創造して下さった方です。そのような方と手を合わせるなど……」

「しかし今の魔王とはなんの関係も……」

「そもそも我々が攻撃に参加する事でかえって魔王の怒りを買い、攻撃の対象となる可能性も考えられますな」

 

氏族を集めて相談すると言っていたから薄々予想はしていたが、なかなか面倒な話になりそうだ。

長引かない事を祈ろう。

 

待ってる間は暇だから、アタシたちは紹介された温泉に浸かりながら待っている。

 

温かくて体が溶けそうな、いい湯だ。もし体が溶けたらエリーと一つに混ざり合おう。

……暇だしリッちゃんに連絡をしてみるか。

 

「ちょっとリッちゃんとやり取りしてみるぜ。そっちはどうだ、と」

「すぐに返信が来ましたね。えっと……ダー君に、会った、よ、ですか……。ダー君ってどなたでしょうか?」

「……さあ? とりあえずコッチは温泉が気持ちいいと伝えとくか」

 

なんか知らない間に知らない奴と仲良くなってるな。

まあ仲がいいのは良いことだ。



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閑話 その頃のリッちゃん

8-X1-126

 

時は少し遡り、エリー達が里へたどり着く少し前の事。

 

「うわー……町だねえ」

「町ですねえ」

 

リッちゃんとメイは吸血鬼やエルフなどの魔族が隠れ住んでいるという場所へとやってきていた。

 

そこは獣人の里とは反対に古くから人の町としてあり続け、王都から遠くともそれなりに発展を遂げている町だ。

 

「ここが私達の一族が収める土地ですわ」

「人間の町とそう変わらないね」

「実際ここにいるのはほとんどが人間でしてよ。魔族が住んでいるのは領主の館と奥の森くらいのものですわ」

 

吸血鬼のフィールはどこか誇らしげに胸を張っている。

ここが彼女にとって想い出深い土地なのは間違いないのだろう。

 

そこてリッちゃんはふと思い出したようにエルフの少女、アルマに質問を投げかける。

 

「アルマの住んでる場所もここなのかな? もっと森の方かと思ってたよ」

「私達が住んでるのはもっと奥、領主の館の背後にある森なんだ」

 

アルマ達エルフ族の住処は領主の館のさらに奥、立ち入りが禁止されている森の中に住んでいる。

エルフという種族が露見することを警戒し、その耳が外部の人間に見られないよう定められた古い風習のためだ。

しかし、時の流れと共に風習は風化していくものである。

 

「でも私達魔族は隠れていれば見分けが中々つかないからね、隠すものは隠す必要があるけどよく街には出ているよ」

「そうですわね。私も領主の一人娘という身分。牙こそ隠せば私も人として認識されておりますわ」

 

無い胸を張って元気よく答えるフィール。

その様子はどこか誇らしげだ。

 

「でも安心したよ。俺さ、フィール達の住んでいる場所に行っても溶け込めないんじゃないかって不安だったんだ」

 

ほっとため息をつくカリン。

どうやら魔族が住む土地と言うことで、おどろおどろしい空間を想像していたようだ。

予想をいい意味で裏切られた事に安堵しているのだろう。

 

「でも貴族の一人娘ってことは色々と厳しくて大変なんだろ? 俺には真似できないなー」

「ええ、僭越ながら伯爵の地位に恥じぬよう努力しております」

 

カリンの質問に対して凛とした態度で答えるフィール。

そこに町の人が通りかかった。

 

「お! おてんばお嬢様じゃないか! 最近見なかったけどどうしたんだ? おい、そこの姉ちゃんも耳を隠さないとバレるぞ?」

「あらあら失礼しましたわ。ありがとうございます」

 

メイの耳を指摘されると、フィールはどこから取り出したのかフードを取り出して耳を隠した。

その様子に男は満足したようだ。

 

「良いって良いって。この町ならともかく、外に出たら気をつけないとだぜ。館の人にもよろしくな。それじゃあまたな!」

 

去っていく村人を見送ると、再びフィールは皆に向き直る。

 

「私達の秘密はそう簡単には露見しませんわ」

「……」

「えっと……もう町の人は知ってるよね?」

「そ、そんな事はさておいて館に行きますわよ! 事前に手紙は出しておりますの!」

 

色々と前提が崩壊していたようだが、フィールはそれを無視して無理矢理押し切り館へ向かう。

 

 

「フィール、ただいま戻りましたわ」

 

館に着くと執事が出迎えてくれる。

 

「お帰りなさいませお嬢様。話は手紙で伺っております。 ……目的の方とその主人を見つけたと聞きましたがそのお方でしょうか」

 

鋭い目でメイを見てくる執事。

 

「ええそうですわよ……。なんですの! その目は!? もしかして偽物を連れてきたとでも!?」

「いえ……。分かっているかと思いますが、百年もの間我らが秘密裏に探せども見つけられなかったお方です。いきなり現れたと聞いて信じる方が難しいかと」

「もう! それならどうやって証明しろと言うんですの!?」

 

それについては後ほどお伝えしましょう、と伝えた執事は他の者に視線を移す。

 

「隣の方々はご友人ですかな?」

「ええ! こちらは私の友人カリンに、魔王ファウストの創造主、リッちゃんですわ!」

「えっと……俺は……、コホン。私はカリン。はじめまして、ふつつか者ですがよろしくお願いします」

「僕も初めましてだね! 昔は魔王をやってました! メイの母です。リッちゃんって呼んでね」

 

執事はリッちゃんの名前を聞くと、途端に眉をひそめた。

 

「魔王ですか……。失礼ですがお名前は昔からリッちゃんのままで?」

「え? 昔のこと? 昔は我こそは偉大にして魔術の深淵を目指す者、リッチ・ホワイトって名乗ってたよ」

 

リッちゃんの不必要に長い名乗りを聞いた途端、執事の顔が更に険しくなる。

 

「魔王リッチ・ホワイト様……ですか。やはり……。いきなりで申し訳ありませんが、男爵様に会っていただく前にひとつ、手合わせをお願いします」

「え? え?」

 

執事が合図をすると、どこからか武器を持ったメイド服の女性達が現れ周りを囲む。

メイド達の耳は尖っておりエルフであることをうかがわせた。

 

「待って皆! この魔王はわるい魔王じゃないの! いい魔王なの! ほら『友人は森の手元と共にあり』」

 

アルマが叫ぶが緊張状態が解ける様子はない。

 

「アルマ、それはあくまでも外に探しに行った者たちが仲間同士でやり取りするために取り決められた合言葉今回は意味がないものですよ」

「あっ! お母さん! なんで皆、戦おうとしてるの!?」

 

何が起こったのか分からず混乱する『森林浴』のメンバー達。

話しかけてきたエルフはアルマの母のようだ。

 

武器を構えた皆の前へメイが一歩出る。

 

「武器を収めなさい。こちらにいるのは私達の主人。ひいてはあなた達の創造主でもある方に対して無礼極まりありません」

「メイ様。私たちエルフの友人としてこちらに来ていただいたこと、まことにありがとうございます。ですがその意見を聞くわけには参りませんわ。リッチ・ホワイトという人物が古い伝承の人物であればそれは私達の驚異という事でもありますの」

 

アルマの母が毅然とした態度で返す。

そのアルマの母に対して、リッちゃんが近づいて行く。

その様子に一瞬緊張が走るが、リっちゃんは気付いた様子がない。

 

「どうしましたか魔王リッチ・ホワイトよ? 申し訳ありませんが停戦の申し出は……」

「あの、初めまして。アルマちゃんのお母さんですね。これお土産です。どうぞウチのメイが作ったお菓子です」

「え? ええ……。ありがとう、ございます? あらまあ、これはこれはご丁寧に……。とても美味しそうですわね」

 

笑顔で渡すリッちゃんに対し、丁寧にお礼を伝えるアルマの母。

 

「そうなんだよ! 王都のお菓子にも負けないくらい美味しいんだ!」

「まあそれはそれは……」

「あの、今は戦闘直前ですので……」

 

執事が間に入る事でなんとか雰囲気を元に戻そうとするが、一度崩れた雰囲気はなかなか戻らない。

 

「……コホン。ちょっと仕切り直しても?」

「いいよー」

「さて、伝承にすら記載されぬ魔王よ。貴様が邪悪な存在か、あるいは……もういいんじゃないですか?」

「諦めないで下さい! 本当に伝承通りなら魔王ファウスト様をも超える災厄となるのです! そのような方を男爵に合わせる訳には行きません!」

 

気分が削がれたのがアルマの母はどうでも良さそうな顔になる。

その母にたいして執事は激励をするが効果は薄いようだ。

 

「頭が固い方ですねえ。そういう訳です。すいませんがちょっとだけ相手してくださいませ」

「うん、いいよ!」

 

元気よく言うリッちゃんにたいして、メイドの一人から矢が放たれた。

 

しかしその矢は途中で勢いを失い、最後には何かに弾かれるようにして落ちてしまう。

 

「あら、これは一体……?」

「これは私のスキル、〈サ・守護主〉です。詳細はお伝えできかねますが、皆様がどれほどの力を持っていようとこれを破ることはできません」

 

凛とした態度を崩さないまま、メイは語る。

その態度に武器を構えた者たちは僅かに動揺する。

 

「参りましたね……。これでは力量が測れません」

「困りました……。出来れば少しだけでも手合わせ願いたいのですが」

 

その間もエルフ達から散発的な攻撃は続くが、メイのスキルを貫ける様子はない。

 

「スゲーなこれ! リッちゃん姉を守る壁か?」

「ええ。ただスキル発動中はご主人様が動けなくなりますが」

「そうなのか? じゃあ代わりに俺が反撃を……。いてっ! ……俺もぶつかるのかよ!」

 

額をさすりながらスキルで生み出された不可視の壁を叩くカリン。

 

「なあ、これどうやって俺達は出れば良いんだ?」

「カリン、このスキルは護りのスキル。内からも外からも破壊は不可能ですよ」

「だめじゃねーか!」

 

彼女の持つスキルにより膠着状態へと陥り戦闘にならない事を悟った執事は困ったような顔をしている。

 

「申し訳ありませんが皆様程度に傷を付けられるものではありません。ここは一つ魔王らしく卑怯な手段に出るとしましょう。カリン、ここへ」

 

カリンを呼び寄せてこっそりと耳打ちするメイ。

カリンは一瞬顔を赤らめたが、意を決したように真面目な顔になった。

 

「お前ら! 武器を降ろさないとお前たちの大事なフィールやアルマがどうなっても良いのか!」

 

その言葉にエルフ達に一瞬緊張が走る。

 

「ほう……、何をなさるおつもりで? 事と次第によってはタダでは済みませんが」

「あれ? 僕たち悪役になってない?」

 

状況をよく理解できていないリッちゃんを他所に、圧力をかけてくる執事とメイドたち。

その圧にカリンは少し狼狽える。

 

「そりゃ……、アレだ……。その……キス、とか……。耳をハムハムしたり、とか――」

 

顔を真っ赤にしながら答えるカリン。

そのセリフは最後まで語られる前にフィールとアルマによって遮られる。

 

「まあ! なんて素晴ら……恐ろしい! 私の事は気になさらず、是非とも攻撃の手を緩めないで下さいませ!」

「そうだよ! 私達の事はどうなってもいいから!」

 

エルフ娘アルマと吸血鬼娘のフィールは口だけは拒否をしているが、二人共その顔をカリンに近づけており、その様子にカリンは顔をますます赤くしていく。

 

「そんなカリンちゃん、手を繋ぐのですらためらってたのに! みんな、カリンちゃんは悪い子じゃないんです! 魔王リッチ・ホワイトの名に誓って良い子なんです!」

 

唯一ズレた回答をしているリッちゃん。

彼らの様子に面食らったのか、執事たちは再び動きを止めてしまった。

 

「ねえ……ジョルジュ。もう良いんじゃないかしら。本当に伝承通りの邪悪ならここで反撃しているでしょう?」

「そうですね……。しかし、ふふ……。参りました。お嬢様たちをキズモノにするにはいけませんしここで終わりにしましょう」

 

そう言うと執事とメイド達は武器を下ろす。

 

「そんな、執事の皆様! もっと抵抗してくださいまし!」

「そうだよ! あきらめないで! あなた達はやればできるんだから!」

「え? え?」

 

魔族娘の二人が騒いでいるが最早執事達は戦うつもりはないようだ。

唯一、リッちゃんだけが状況を理解できずにキョロキョロと辺りを見回していた。

 

「さて、色々とご迷惑をおかけしました。いきなり武器を向けた事、失礼いたします」

「理由を教えていただきたいものですね」

「もちろんそれについてもお話しいたします。私達には二つの言い伝えがございました」

 

そう言うと、ひと呼吸おいて執事はゆっくりと語りだす。

 

「一つは魔王の友人と我らの始祖ダルクールより伝わるお話。そしてもう一つはエルフを閉じ込める原因となった魔王の創造主の話です」

 

一つは吸血鬼一族に伝わる、リッチ・ホワイトという人物が魔王ファウストや初めてのエルフ、メイの創造主であったという伝説だ。

そしてもう一つが魔王ファウストによって滅ぼし、あるいは封印した邪悪なる存在がいたという話。

 

魔王ファウストが全身全霊を込めて封印することしかできなかったというおとぎ話の話だった。

 

 



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閑話 ダルクール

8-X2-127

 

「この二つの噂話は研究の結果、どちらも真実を元にした話ではないかと言われております」

 

この時、封印したと呼ばれる存在がリッちゃんではないかとアタリをつけていたらしい。

もし本当に危険な存在であった場合を踏まえ、領主の館へ招き入れるわけにもいかない。

そのためリッちゃんの実力と人となりを含めて確認するために手合わせを行おうとしたのであった。

 

「それであのような対応を……。手紙に書いてあったはずなのにおかしいと思いましたわ」

「ええ……。ですが本当に……、くくっ、本当に手紙どおりの面白い方だとは思いませんでしたので失礼をいたしました」

 

てっきり演技をしているだけだと思っていました、と笑いを噛み殺しながらも執事は門扉を開き、招き入れる準備をする。

 

「おまたせいたしました。私共真祖の一族は皆様を歓迎いたします。私は執事のジョルジュ」

「私エルフの一族も皆様を歓迎いたしますわ。私はエルフの長として皆を取りまとめております、セフィーヌと申します」

 

エルフの長と吸血鬼の執事が二人とも頭を下げてくる。

 

「そして古きエルフの始祖メイ様。歓迎と共に末永く友好を……」

「いえ、それはお断りします」

「な、何故!?」

「主人に対して弓引いた者と仲良くするわけ無いでしょう」

 

冷たく言い放つメイにエルフ達は右往左往する。

 

「そんなどうか!」

「ま、まさかそこで籠城をそのまま!? どうか出てきて下さいませ!!」

 

慌てふためくエルフメイド達を見て、軽くため息をつくメイ。

 

「ほらほら、メイ。僕は大丈夫だから許してあげてよ」

「……まったく、しょうがないですね。次は容赦しませんよ?」

 

そう言うとメイはスキルを解いたようだ。

そこで館の扉が開いて新たな人物が現れた。

 

「それは私から伝えるべきであろうな。始めまして始祖の方々よ。そしていきなりの非礼をお詫びする。私はマグラ・ドラクート。ここの当主をやっている。お見知りおきを」

 

館から出てきたのは恰幅のいい男だ。

 

「お父様!」

「我が娘フィールよ。此度は良くやってくれた。まさか本当に古き友人を見つける事になろうとはな。ジョルジュよ、下がれ」

「はっ!」

 

執事が身を引き、男爵の後方へ移動する。

男爵は改めてメイ達の方に向き直ると、ゆっくりとお辞儀をした。

 

「この度は古き魔族の方々に失礼をしたこと、お詫び申し上げます」

「矢の前菜のあとは、主人との会合でしょうか? 私たちも好みがありますのでメインディッシュをお断りさせていただく場合もございますが?」

 

主人に矢を射掛けられた事で、まだメイは怒っているようだ。

 

「これは手厳しいご回答。謝罪として我らの秘密をお伝えしましょう」

 

男爵は静かに語った。

 

「この館の真の当主にして始祖ダルクール様は存命であり、永き時をお待ちになっております」

 

メイ達は館の一室に案内される。

そこでは、一人の幼い少年が氷の中で眠りについていた。

 

「ああ! ダー君だ! 僕だよ! 元魔王で元父親のリッ……、あれ?」

 

氷の中の少年に声をかけるが目を覚ます様子はない。

 

「まさか始祖が生きていたなど……存じませんでしたわ。お父様はこれを隠していらっしゃったのですか?」

「流石に幼いフィールに伝えることではなかったからね。今回もまた成果が得られず戻ってくるなら教えていたよ」

 

優しく諭すようにフィールと話をする男爵。

後の言葉は執事が引き継いだ。

 

「ダルクール様は自らの秘術によって仮死状態となっております。私達も話をしたことはございません」

 

始祖であるダルクールは寿命が残り少なくなった時、生みの親の片割れであるリッちゃんに会いたいと自らを仮死状態のまま保管することを選択した。

 

いつか封印が解ける時に一目でも会いたいという希望に胸を託しての事だった。

 

「これはダルクール様が暗記していた封印の魔法を当時の者達が再現したものと聞いています。ただ完全ではなかったようですので、氷魔法も併せて用いたとか」

 

封印の魔法に対する解説を聞きながら、リッちゃんはゆっくりと魔法を調べていく。

 

「あー……うん。空間魔法での封印に似てるけど……。完全に再現できてなくて僅かに時間の干渉を受けてるね。肉体の劣化が少しでも遅くなるように氷魔法で覆って……その氷にも空間魔法を使ったのかな?」

「一瞬で見抜くとは流石、元魔王様です。私達では解除しようにも時間を要した事でしょう。申し訳ありませんがコチラを解除していただいても?」

「任せてよ!」

 

リッちゃんは男爵に快諾すると、術式を解除し始める。

 

「解除の前に一つだけ。我々吸血鬼一族は長寿ですが、それでも限界はあります。始祖ダルクールは死ぬ間際に自らの時を止めたといいます。……おそらく解除後はそう長くないかと」

 

「……そうなんだ。うん、分かったよ」

 

リッちゃんはゆっくりと頷くと解除の手続きを進めていく。

 

やがて少年の覆っていた氷が砕け散ると、少年はゆっくりと目を開く。

 

「ん……誰じゃ? 儂を起こしたという事は……メイ姉さんが見つかったのか? そうでないなら解き放つのはまだ早い。出直すがいい」

 

そう言って二度寝をしようとする少年。

 

「始祖ダルクール様。あなたの希望通りメイ様とリッちゃん様を見つけ、お連れいたしました」

「わかったわかった。貴様らの戯言はようわかった。魔王ファウスト様の封印、そうそうすぐに解けるわけがないだろうて。また封印を頼む」

 

「自分の子孫のことぐらい信じろよ。つか寝てるから一瞬に感じてるだけじゃないのか?」

 

カリンの言動に対して苛立ったのか、眠そうな顔をしかめてリッちゃんの方向を見る少年。

 

寝ぼけ眼だったその目は大きく開かれる。

 

「リッちゃん様とメイ様、本当にお見えになっております」

「リッちゃんで良いよ! 久しぶりだねダー君」

「お、お父様……。まさか本物で……? それにメイ姉さんも……」

「もうお父さんじゃないよ。お母さんだよ! ……待たせたね、我が愛する息子、ダルクール」

「と言うことは……ファウストお姉さまから聞いていた通り、性別の壁を乗り越えられたのですね! おめでとうございます」

 

二人の会話に周りの人間は疑問を覚えたようだが二人とも気にする様子はない。

少年の姿をした始祖ダルクールは一礼をするとこれまでの事を語りだす。

 

「実に……実に永い時でした。ファウスト様が暴走し、魔王と名乗ってから数年、私はこの一帯を人の領地として治めてきました」

 

その他、領主としての気苦労やその後の日常などを訥々と語っていく。

その様子をリッちゃんは慈しむように黙って聞いていた。

 

「ファーちゃんはなんで暴走しちゃったんだろうね」

「それは……分かりかねます。部屋で一人泣いていたかと思えば急に笑い出したり、精神が不安定になっていたように思います」

 

ファウストが魔王と呼ばれるようになって、僅かな時間だがダルクールは共に生活していた。

 

何故魔王ファウストがダルクールを封印、処刑しなかったのか。

それは本人にも分からないそうだ。

 

「ですがファウスト様は、最後にこうおっしゃいました。『私が私でなくなる前に私の元を離れなさい』と」

 

ダルクールの話によれば、その後すぐに魔法で飛ばされて、気がつけばこの近くにいたらしい。

 

「でも、ダー君に出会えて良かったよ。」

「はい、最後の時に出会えて嬉しく思います」

「話はさっき聞いたけど……すぐに逝ってしまうの?」

 

悲しそうに尋ねるリッちゃんに対して、ダルクールは小さく頷く。

 

吸血鬼は外部から血を経由して魔力を補充する。

吸血鬼にとって魔力は肉体を構成する重要な要素だ。

 

「私も永き時を生きた影響で、魔力の循環に影響が出始めました。永く生きていた弊害ですね」

 

ダルクールに限らずすべての吸血鬼は、魔力を入れ替える事で永遠の若さを保ち、長寿を実現していた。

しかし寿命は永遠ではない。

 

自身に変換しきれなかった魔力が少しずつ、長い時を経て毒のように体を蝕んでいた。

その事をリッちゃんに伝えると、少し考えるように唸ってから答えを返す。

 

「そっか……。じゃあ君を作った最初の材料でなら他の人の変換しきれなかった魔力を洗い流せるかもね」

「最初の材料……?」

「そう。僕の魔力だよ。はい、どうぞ」

 

リッちゃんが指を差し出すと、そこにダルクールの目が釘付けとなる。

 

「おお……。で、ですが我が子孫たちの前でそのようなはしたない……」

「もう! 前はよくせがんできてたのに……、ダー君は遠慮せずに飲みなよ! 命がかかってるんでしょ」

「そ、それでは……いただきます」

 

そっと指に口に噛み付くと、美味しそうに血を啜るダルクール。

 

「はぁ……。なんとも甘美なる味……。偉大なる御方の血を再び舐め取れる日が来るとは……。あぁ……」

「よしよし。ダー君は良い子だねえ」

「お父様……。いえお母さまぁ……」

 

見た目は幼い少年のため一見違和感はないが、アルマとカリンの二人は、息を荒げて指をしゃぶるダルクールを見てうわあ……と小さく呟いていた。

 

「なあフィール、あれ本当にご先祖様なのか?」

「ああ素敵、私もカリンの……。え? ええ、私のご先祖で間違いないと思いますが……どうかしまして?」

「ああ、悪い。間違いなくフィールのご先祖様だな」

 

ヨダレを拭いているフィールを見て、カリンはツッコむのを止めた。

 

 

「ふふ……。力が滾りおる。これならもう少しだけ生き延びられそうじゃ」

「さて、そろそろ本題に入っても?」

 

一通り落ち着いた頃を見計らって男爵はダルクールに尋ねる。

 

「うむ。皆のもの失礼した。懐かしの再会にワシも歓喜しておった。しかし何故このようにエルフも含め皆集まっておるのか?」

「はい、実は今魔族を支配する魔王と――」

 

セフィーヌとリッちゃん、そしてメイが説明をしてくれる。

封印から解放、冒険に至るまでの経緯、そして魔王ファウストの事を。



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第110話 獣人格闘術

 

8-110-128

 

風呂場でリッちゃんとやり取りして確認したところ、どうやら吸血鬼一族の協力を取り付ける事に成功したらしい。

なんか元々国から依頼が来ていたようだ。

この機会に非公式だった魔族としての地位固めをする予定だとか。

 

なんにせよ円満に終わったようで良かった良かった。

さて、後はコッチだな。

 

アタシとエリーは二人風呂から上がって母リラと向き直る。

 

「皆さん、お湯加減はいかがでしたか?」

「ええ。いいお湯でした」

 

エリーがお湯の感想を伝える。

ここのお湯は大満足だ。

特に寝転び湯ってのが良かった。

仰向けになって半身だけ浸かるやつだが、外が少し寒いから長く浸かってものぼせないのが気に入った。

 

エリーと手を繋いだまま少し寝落ちしてしまったくらいだ。

 

「ところで話はどうでしょうか?」

「それが……やはりなかなかまとまらなくって」

 

エリーの問いに苦い顔をする母リラ。

まあずっと隠れてやってきてたもんな。

隠れてた理由も魔王から逃げるためとかそんな感じだろうし。

 

「やっぱり皆さんのおもてなしには川魚か獣肉かで揉めてまして……。どちらがよろしいですか?」

 

いや何の話してんだよ。

 

「アタシ達が聞きたいのは戦いに向けて力を貸してくれるかって事なんだが」

「ああ、そっちですか。それは私と……あとは行ける人だけ行くという結論になりましたので大丈夫ですよ」

 

それ来ないときの言い訳じゃねえか。

不安しかねえ。

 

「どれくらいの人数が――」

 

その時、鐘の音が響き渡る。

なんだ?

 

「獣だ! いつもの奴が侵入してきたぞ!」

「あらあら、お話中にすいません。ちょっと行ってきますね」

 

母リラが真剣な表情になると人を呼びに行く。

途中、ルルリラが起きてきたが外に出ないように伝えていた。

 

「おう、アタシ達も力を貸すぜ?」

「いえ、これは里の問題ですから。お客様は休んでいて下さいね」

 

そうは言ってもなあ。

万が一何かがあると気まずいし、一応戦える用意はしておくか。

 

敵がいるという場所にたどり着く。

すでに大人の獣人達が辺りを囲んでいた。

 

そこらへんにいる獣人のおっさんに様子を聞いてみるか。

 

「敵ってのはどんなやつだ?」

「ん? ああ、アンタ達は噂の客人か。敵……ってのはちょっと違うな。迷い込んできたのは獲物だ」

「獲物?」

 

なんかよく分からんな。

人混みをかき分けて獲物とやらを見に行くか。

 

「グルルルッ!」

「よっしゃ! とっ捕まえろ! 新鮮な肉だ!」

「囲め囲め!」

 

攻撃されているのは一匹の猪だ。

ただサイズがでかい。

……母リラの家よりデカイんじゃないのかこいつ?

 

「あらあら、お客様のおもてなしが決まりましたね。今日は美味しい猪鍋にしましょう。確か血抜きのスキル持ちが――」

「お、おう……。アタシ達の食事よりも里のことを気にした方がいいんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ。いつものことです。今回はちょっと大きいですけど」

 

本当にちょっとかよ。

いつもこのサイズの獲物がやってくるとかおちおち眠れもしないだろうに。

 

「ここ十年で一番の獲物だ!」

「前年を上回るサイズだな!」

「いや五十年に一度の獣だろ!」

「おい! アレを見ろ! もう数体くるぞ!」

 

奥の森から、同じように巨大な鹿や猪が数体現れる。

何が五十年に一度だ。大量生産されてるじゃねえか。

 

しかしなんだこの里?

こんなのが日常なのか?

 

「あらまあ……。ここまでたくさん大きい獣が出てくるのは初めてですねえ」

「しゃーねえな。アタシが片付けてやるよ」

「あ、大丈夫ですよ。皆さんはお客様ですからゆっくり休んでください。……私が出ます」

 

母リラは拳を作るとデカブツ達の方へ歩いていく。

 

「族長! 族長が来たぞ!」

「皆離れろ! 巻き添えを食らうぞ!」

 

慌てて母リラから距離をとる獣人達。

いったい何をする気だ?

 

「あ! お母さんが戦うんだ!」

「久々に叔母さんの戦い見れるじゃんよ」

 

おっ、ウルルにルルリラじゃないか。

さっきまで寝てたと思ったが……この騒ぎで起きてきたのか。

 

「マリー姉さん! 見てて下さい! これからお母さんが作った『獣人流格闘術』が見れますよ!」

「すごいんだぜ! 俺もアレを使いこなしたいじゃんよ」

 

格闘術か。

人間の格闘術は対魔物向きじゃないから冒険者で使うやつは少ない。護衛や兵士はそれなりに学んでるみたいだけどな。

 

魔物と戦う場合は、どうしても皮や脂肪を貫くのに武器が必要だからな。

剣術やらの武器の使い方を学んだ方が効率的だ。

だけど獣人ならどうだろうな。

 

「ふふふ。お客様の手前、恥ずかしいところ見せられません。……行きます」

 

母リラは最初の大猪に向かって駆け出す。

 

「破っ!」

 

飛び上がり猪の頭に掌底を打ち込むと、頭の中で何かが爆発したかのように猪の目玉が飛び出した。

そのまま流れるように弧を描き、爪で首の動脈をか掻き切っていく。

 

「ごめんなさい、脳みそは珍味なのですが……。とりあえずスキル持ちが料理をする前に血抜きだけしておきますね」

 

……動きに無駄がない。

静から動への予備動作もなく、激しく動いてるのに静けさすら感じるな。

こりゃ強いぞ。

 

「次は……向こうから来てくれましたか」

 

母リラの言うとおり、巨大な牡鹿がツノを構えて突進してくる。

巨体の割に早いな。

流石に母リラも正面からの撃ち合えないだろう。

さあどうやって躱す?

 

「太くてたくましいのは好みですが……力量の差を分からないとは野生動物失格ですね。……えいっ」

 

突進してきた鹿のツノ。

母リラはそれを撫でるように優しく受け流した。

突進の方向を変えられた鹿は、近くの木に激突する。

 

「ごめんなさい。私、攻めるより受けのほうが得意なんです」

 

鹿の首をよく見ると、傷がつけられて血が流れ出ている。

……受け流しながら爪で切ったのか。

 

「すいませんがこの里ですと魔力を貯蔵するのがなかなかに難しくて……〈変身〉はお見せできません」

「いや十分だ。伊達に族長をやってないな」

 

正直母リラは強い。

これが獣人の族長か。

 

「ふふ。ありがとうございます。あとは残りの獲物達を片付けるだけですね」

 

母リラは残った蛇や獣達に攻撃してうごけなくする。

次に大きく息を吸うと、犬の遠吠えのような鳴き声をあげた。

 

その声に応じるように、周囲から魔獣達があつまり、巨大な蛇やらに食いついていく

 

「この森は私の支配下です。魔物達は私のスキル『統ケ番』にて統率されて、私の手足のように動いてくれます。最もこうして定期的に餌を与える必要がありますが」

 

てことはスキルも使わずにさっきのデカイ獣とやりあってたのか。

 

「身体強化魔法と獣人ってのは食い合わせがいいな。あそこまで洗練された技で攻撃されたらひとたまりもないだろうよ」

「あー……。私が使ったのは魔法よりもっと原始的なものですね。私は生命力そのものを練ったものと言うことで“練気”と呼んでいます」

 

ん? なんだそりゃ。

魔法を使わずにあそこまでの力が出せるのか?

……でも確かに詠唱してなかったな。

 

「私が使っているのは生物が本来持っている力そのものです。魔法になる前の力を身体強化用に練ったとでも言いましょうか」

「基礎魔法とも違うのか?」

 

アタシは炎を作って見せてやる。

 

「あ、惜しいです。それをもう少し物理的な攻撃に寄せた感じです」

「……ちょっと詳しく教えてくれねーか?」

 

これは前に精霊の奴が言っていた古代の力と関係している気がする。

是非とも詳しく聞いておきたい。

 

「とは言いましても……かなり感覚的な部分なので口で説明するのは難しいですねえ。想いの強さも威力に関係しますし……。そうだ! 風呂上がりの方にこう言うのもなんですが、差し支えなければ私と軽く打ち合ってみませんか?」

 

模擬戦か。

悪くないな。

確かに直接殴りあったほうが理解は早そうだ。

 

「よし、風呂は改めて入らせてくれよな」

「決まりですね。それではすぐに準備しましょう」



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第111話 "練気"訓練

8-111-129

 

戦いの場はあっという間に設けられた。

と言ってもさっき猪が暴れまわった場所に焚火を用意してちょこっと整えただけの簡素なモンだ。

 

「族長殺すなよ!」

「人間の少女よ、死ぬなよ!」

「お姉ちゃんがんばえ〜」

 

周りには獣人達の見物が集まっている。

大人から子供までいるな。

 

「では私から行きますね。……私の名はクルル! ルルの氏族として族長を務めるもの。今宵は外の客人のため、舞を一つお見せする所存」

 

戦いの前の名乗りか。

ここに来て初めて母リラの名前を聞いたな。

……そういえばアタシも正式に名乗って無かったな。

 

「アタシは冒険者のマリー、今回は人間と魔王の喧嘩に参加する奴らを募ってここに来た。今は母リラ……クルルの胸を借りるぜ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

 

今回はエリーは後方で待機だ。

どっちかが怪我をした場合に備えて準備している。

 

「それじゃあお母さんとマリー姉の試合開始!」

 

フライパンとお玉で作った即席の鐘がなる。

鳴らしたのはルルリラか。

ウルルも隣にいる。

 

「そんじゃ行くぜ」

「どうぞ。全力で来て下さって結構ですよ」

 

それじゃあお言葉に甘えてっと……。

アタシは鷹揚に構えている母リラに向けて突撃する。

まずは様子見だ。

 

フェイントかけて背後に回り込んで……何っ!?

 

回り込むために加速した瞬間、母リラから拳が飛んできた。

防御はできたが、お陰でアタシは回り込む前に吹き飛ばされる。

 

「甘いですねー」

「……流石は族長だな」

「マリーちゃんも凄いですよ。里の者で今の回り込みを防げる人はいないんじゃないでしょうか」

 

現に防いだ奴が何言ってやがる。

しかしやべえな。

予備動作が無かったぞ。

獣人ってのはこんなに……いや違うな。

豹のおっさんはまだ動きが読めた。

 

母リラが単純にバケモンなのか。

 

「やるじゃねえか。どんな鍛錬を積んだんだ?」

「私も若い頃は人間の街にこっそり行っていろんな体験をしたものですから」

 

いたずらっぽく舌を出してきた。

後ろで見てる獣人たちから歓声が上がる。

 

「バックは弱いんですよ、私」

「アタシは面と向き合って攻めるのは苦手でな。出来ればバックからブスリとイキたいぜ」

「うふふ、気が合いますね」

「……ああ」

 

まったく、面倒な奴だな。

……ちょっとズルさせてもらうぜ。

 

アタシは手に炎を宿して見せつける。

 

「悪いが体術じゃ勝てそうにない。組み伏せられたくないんでな、魔法を使わせて貰うぜ。ファイアローズ!」

「あらあら。……では防御の“練気”の使い方をお見せしましょう」

 

母リラは弧を描くように手を回し、炎を受ける。

直撃したはずの炎はそのまま方向が逸れて射程外に流れると霧散した。

 

「……魔法を弾かれたのは初めてだ」

「これも“練気”の力ですね。うまく使えば高い防御力と攻撃力を併せ持つ切り札になりますよ」

 

なんじゃそりゃ。

無敵かよ。

 

「さっきの加速の時も魔法、使ってましたよね?」

 

……気づいてたのか。

確かにアタシはストームローズで加速したが、魔法を使うのを気が付かれたのは始めてだ。

 

「これも“練気”の応用ですよ。魔法や力の流れがなんとなく見えるようになるんです」

「……出来ればそのコツを教えて欲しいもんだ」

「それならやっぱり魔法を使うのはお勧めしませんよ。魔法を使うと“練気”が感じにくくなるので」

 

マジかよ。

体術だけで母リラに勝つとか無茶が過ぎるだろ。

 

「この戦いは勝つことが目的ではありませんよ。というか……さっきの魔法を受けて分かりましたが、使われたら私が確実に負けます。ただし“練気”も理解できないまま終わるでしょう」

 

そういえばそうだった。

つか“練気”って魔法と相性悪いのか?

……仕方ない。魔法なしでやるか。

 

「じゃあ改めて学ばせて貰うぜセンセイ!」

「はい。それでは回避は教えましたので、今度はこちらから行きます」

 

おいちょっと待て。

肝心な“練気”の認識すらしてないんだが今ので説明は終わりかよ。

いくらなんでも説明が短すぎ……、ってもう攻めて来やがった!

 

「これが攻撃に転じた“練気”です。よく防御できましたね」

「……ずいぶんと重くてカタい一撃だな」

「私はおカタいのが好きですので」

「アタシも嫌いじゃねえが相手は選ぶぜ」

「ふふ。そこは残念ながら好みの分かれるところですね」

 

厄介だ。

母リラの予備動作がほとんど無い。

お陰で反応がワンテンポ遅れる。

 

受け身を取るのが精一杯だ。

だが食らって分かった事がある。

拳が金属のような……異常な硬さだ。

 

「マリーちゃんは可愛らしいのに歴戦の戦士ですね。受け身を取る時、無意識に魔法使ってましたよ」

「すまねえな。戦い方に魔法を組み込むのが癖になっててな」

「いえいえ、禁止してませんので使っていただいて結構ですよ。ただし、ちゃんと感じるトコロは感じてくださいね」

 

使っても良いが“練気”を感じ取れと。

面倒だな。

 

「もう一回だけ試すぜ。サンダーローズ! そしてアイビーフリーズ!」

「何度やっても同じですよ……。あら?」

 

母リラは最初の電撃を先ほどと同じように受け流した。

薄々感づいていたが、属性関係なく受け流せるみたいだな。

 

だが本命は氷の蔦のほうさ。

 

「あら……。拘束系の魔法ですか。縛られるのは嫌いじゃないですがこれはちょっと窮屈ですね」

 

蔦から氷の葉っぱが生えて母リラに突き刺さろうとするが、身体を傷つけることはできずにそのまま砕けていく。

 

「常時強化されてるのか」

「ちょっと違いますよ。“練気”は常時の強化には向いていません。一時的にぐっと力を込めてガッっと使うのが普通です」

 

うん、グッとかガッとか言われてもなんの参考にもならない。

これだから天才肌は。

 

「なにはともあれ、この状態だと気を張ってて窮屈なので一旦外しますね。……破っ!」

 

母リラの掛け声とともに氷の蔦がバラバラに砕け散る。

アレを一瞬で外すか。

 

「さて、今度はお返しも兼ねて再び攻撃をお見せしましょう。……死なないで下さいね」

「死ぬほどの攻撃かよ」

 

母リラが攻めて来るが距離を多めに取って避ける。

よし、躱し……。痛っ!

 

確実に攻撃をかわしたと思ったが、手にうっすら切り傷が刻まれている。

 

「攻めの“練気”とは全てを弾く不可視の盾を一点に凝縮し、武器とする技です。不可視の爪として斬りつけましたがどうですか?」

「……もしアンタが敵なら全力でぶっ飛ばしたい気分だ」

「その意気ですよ。それでは続けて攻撃しますので諦めないで理解して下さいね」

 

上等だ。

コッチも全力でワザを覚えてやるさ。

 

母リラの拳や爪の軌道を読んで回避しようとするが、予備動作がない上に攻撃の途中で軌道が変化する。

なんて読みにくい攻撃だ。

 

一方でアタシの攻撃は受け流され、さらに“練気”とやらに阻まれて薄皮一枚の所で止まる。

 

アタシの攻撃は通じず相手の攻撃だけがうっすら通りやがる。

……あれ? これ魔法なしだと詰んでね?

 

「どうやらこのままだと私が押し倒してしまいそうですね」

「悪いがアタシが押し倒される相手は決まってるんでね」

「あらあら。素敵ですね。ならその方に慰めて貰えるように威力を少し上げますね」

 

母リラがそう言うと、攻撃の速度と威力が上がった。

おい、ただでさえいっぱいいっぱいなのに更にギアを上げてくるのかよ。

 

魔法を使わないとマズい。

だけど魔法を使うのはなんか気分的に負けた気がして嫌だ。

 

「練気を破るには練気しかありませんよ。マリーちゃんの攻撃は物理戦闘に見えて魔法寄りですね」

「アタシも練気とやらを使いたいんだがな、まだ気配すらつかめねえんだ」

「ふふっ。私も感じ取れたのは子供を五人くらい作ってからですよ。体の中に別の命があって、それを護ろうとした時、練気の存在を感じ取れましたから」

 

ルルリラ達以外にも子供がいるのかよ。

つかそんなシチュエーションでしか気が付けないってどういう技だよ。

 

……クソッ、こうなりゃヤケだ。

後先とかペース配分とか考えるのはやめだ。

 

相手の攻撃を受けてこっちも攻撃を返す。

それだけに集中する。

 

「良いですね。それじゃ行きますよ。はああぁぁぁっ!!!」

「くそっ!」

 

攻撃を流されては殴り返され、こっちも負けずに蹴りでさらにお返しをする。

相変わらずアタシの攻撃は一発も相手に届かない。

じりじりと押されているが、それすらも考えずにひたすら打ち合う。

 

打つ、止まる、殴り返される。

……どれくらいの時間が経っただろうか。

やがて音が聞こえなくなり――。

 

――……ますか?

 

ん? 誰か、何か言ったか?

どっかで聞いたような――。

 

「……マリー! 頑張ってください!」

 

打ち合いが続いていく中、エリーの声で意識を取り戻す。

……どうやら半分意識を飛ばしてたみたいだな。

 

改めて行くぜ。

アタシが再び攻撃をすると、歯車が噛み合うような感触を覚える。

何かわからねえがそのまま撃ち抜くぜ。

 

一撃を撃ち込むと母リラは数歩後ろへ下がる。

 

……どうだ?

 

「痛たた……。マリーちゃん、今のですよ! 今のそれが練気です!」

 

そんなに効いてないのか。

練気で防御したのか?

 

「マリーちゃんは凄いですね。たった一度の立ち会いで僅かながら使えるようになるなんて」

「……なんだか実感がわかないな」

 

初めてですよと言われたが、もう一度使えと言われても使える気がしない。

つか使えないこと前提だったのかよ。

 

「あら不満そうですね。それなら体に教え込むためにもう一度攻めますよ。昔の人はそれで使えるようになった人もいるそうです」

「おいまだ準備が――」

 

その時、遠くから激しくぶつかるような爆音が聞こえて互いの動きが止まる。

 

「敵だ! 敵襲だ! 里を襲っている奴がいるぞ!」

 

里のアチコチから鐘の音がなる。

くそっ、せっかく楽しんでたのに邪魔しやがって。



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第112話 襲撃

8-112-130

 

「あらあら、せっかく楽しんでたのにごめんなさい。今日はここまでと言うことで」

「ああ、ちょうど体も暖まってるし手伝うぜ」

「客人に手伝ってもらうのも……。娘たちをお願いしますね」

「ええっ! 私たちも一緒に……。行っちゃった」

 

母リラはルルリラとウルルを渡すと、有無を言わさず駆け出して行った。 

 

ふう、振り返ってみれば中々に楽しかったな。

魔法を使わず純粋に肉体だけで戦うのもいいもんだ。

 

「まったく楽しんでたのに野暮な奴もいるもんだな。あの強さなら問題ないと思うがせっかくだから……どうしたエリー?」

「……別になんでもないですよ。クルルさんと楽しそうだなと思っただけです」

 

なんかエリーがふくれっ面をしている。

なんでヤキモチ焼いてんだ?

まあ可愛いからいいや。

抱きついて耳たぶをぷにぷにしとこう。

 

「悪かったな。許せ」

「んっ……。もう、しょうがないですね」

 

耳たぶをぷにぷにしてると機嫌を直してくれた。

後でお詫びにマッサージしてやるか。

 

「お楽しみの最中悪いけど、里のことが気になるから手伝って欲しいじゃんよ」

「そうですよ。こんなのは初めてです」

 

ん? そうなのか?

さっきみたいに獣が紛れ込んできたとかじゃないのか。

 

「……それなら確かに気になるな。ちょっと行ってみるか」

 

その時、別の方向から爆発音が聞こえた。

 

「なんだ?」

「あそこは……ララの里の方向です!」

「! マリー姉。ちょっと行ってくるじゃんよ!」

「待て、アタシも行く」

 

ちびっ子たちを頼まれているからな。

 

 

アタシが爆発音のした場所にたどり着くと、巨大な蜂が空を飛んでいた。サイズは人ほどもある。

爆音はコイツの仕業か?

にしてはなんか変な気配だ。魔物の攻撃性じゃないような……。

 

「何だコイツ? 魔物の匂いじゃないじゃんよ!?」

 

ウルルが混乱している。

という事はやはり普通の野生生物なのか?

 

「ララの皆さん! だいじょーぶですか?」

「おう、コッチは無事だ! 子供たちを隠してるから出られない! お前たちも逃げてくれ!」

 

アチコチから反響するような声が聞こえる。

微妙に位置を把握するのが難しいが……隠れるスキルかなんかを使ってるんだろうな。

 

アタシの存在に気がついた蜂が顎をカチカチと鳴らしながらこちらへ飛んでくる。

 

「さっさと終わらせるぞ。ファイアローズ」

 

炎を直撃させると、簡単に燃え上がり崩れていく。

やけに脆いな。やはり魔物じゃないのか、

 

「すげー。一発かよ。やっぱり魔物だったじゃん?」

「……いや、普通の蜂だな。何故か大きくなってるがそれ以外は普通の蜂と変わらない」

 

むしろ普通の蜂より脆いかもしれない。

……なんでこんな大きな蜂がいるんだ?

それにさっきの爆発音はコイツじゃないな。

コイツは刺すくらいしかできないはずだ。

だとすると――。

 

「ウルル! 危ないぞ!」

 

フードを被った黒い影がウルルを目掛けて飛び込んで来た。

アタシは慌ててウルルを突き飛ばす。

黒い影が振るった武器はウルルには当たらずアタシの腕を傷つけるだけで終わった。

 

慌ててエリーが回復をかけてくれる。

フードの下には入れ墨の様な模様が描かれた顔が覗いている。

……虫みたいな顔に目が四つ、腕も四つある。

 

「何だてめえ? 魔族か?」

「お前人間か。何故人間がこんなところにいる?」

「質問しているのはこっちだ」

「まあいい。この毒は人間にも効く。お前はじきに死ぬ」

 

男はアタシを無視してほかの奴らへと視線を向ける。

質問に答える気はないのか。

 

「てめえアタシを無視するとはいい度胸だ……。くっ!」

 

傷がついたところから力が抜ける。

クソッ、毒が回るのが早いな。

 

筋肉を弛緩させるタイプの毒か。

戦闘中に食らいたくない毒の一つだ。

 

急いで肩付近を縛って水魔法で血を抜いた。

 

「……ほう。貴様、戦いなれているな」

「ちょっとは見直したかクソ野郎」

 

ちっ、駄目だ。

しばらく片手は使えないな。

 

「私は魔王軍の今回は我らの障害となりそうな獣共を殺しに来た。そのための手駒も揃えてある」

 

そう言うと懐から小さな瓶を取り出した。

中に入っているのは……蜂の巣のミニチュアか?

……違う、本物だ。

 

「この瓶には我ら魔王軍の使い手により、小さくした蜂どもの巣が入っている」

 

蓋を開けると、数匹の蜂が飛び出し段々と大きくなってくる。

……先ほどと同じくらいのサイズまでデカくなりやがった。

 

これは魔法じゃないな……。

 

「てめえのスキルか?」

「否。この使い手は魔王軍本部にいる」

 

つまり、コイツは瓶を持ってきただけと。

遠くでも効果が発動するとか厄介なスキル持ちがいたもんだ。

 

「元より魔王様はこの土地を懸念していた。敵にもならず、味方にもならずのこの土地をな。今回は魔王様が珍しく攻めの姿勢を取る以上、服従か死かを迫るのみ」

 

野郎は武器を構える。

フードの下から出てきたのは目と同じで四本の腕だ。

カッコつけてるがたいして強くなさそうだし、さっさと片付けて――。

 

「マリー姉さんはやらせません!」

「そうじゃんよ。俺たちの地元を荒らされて黙ってられるわけねーじゃんよ」

 

ウルルとルルリラがアタシを庇うように前へ出てきた。

おお……。立派になったなあ。

育てたかいがあるってもんだ。

 

この魔族を瞬殺しても二人に悪いから黙って引っ込んでよう。

 

「……ほう。人質が向こうからやってくるとはな。手間が省けた」

「てめえ! 俺っちの里を滅茶苦茶にしやがって! 覚悟しろよ!」

「そうですよ! 【ドロリンネトネトベットベト!】〈ウォーターボール〉」

 

ルルリラが魔法を唱えると水の玉が相手に向かって飛んでいく。

 

「ふん。くだらぬ……、むっ!?」

「これでその瓶は開けませんよ!」

 

四つ目野郎が腕で払おうとして弾くと、水球が崩れて飛び散り四つ目の体にかかる。

かかった液体はどうやら粘性があるようだな。

瓶の蓋にもかかっているから簡単には開かないだろう。

 

ただの水の玉だと思って甘く見たな。

ルルリラのナイスアタックだ。

 

「むう……子供がふざけた真似を!」

「俺を無視するんじゃにゃ!」

 

いつの間にかモフモフ度を上げたウルルが近くまで詰め寄っている。

 

鋭く変化した爪で思い切り敵を切り裂くと、魔族の体から血が溢れた。

 

「おのれ! 『ア爆ク者』!」

「うわっ!?」

「きゃっ!」

 

四つ目野郎を中心に周囲が爆発する。

ウルルとルルリラは……無事なようだな。

大きな怪我もないようだ。

 

「貴様等……舐めた真似をしたな……」

 

四つ目野郎はいつの間にか四本の腕にそれぞれ道具を構えている。

下の腕で剣を両手持ちに、上の腕で盾を片手にそれぞれ構えているな。

 

魔道具かスキルで隠し持ってたのか。

こりゃ獣っ娘にはちょっと荷が重そうだ。

 

「お前ら良くやったな。アタシが変わって――」

「一回飛ばされただけでまだまだじゃんよ。マリー姉はもう少し休んでるんじゃん?」

「そうですよ! 私たち怒ってるんです! 里をこんな風にしたこの人に!」

 

ふむ……。

本来ならアタシが叩き潰したのが確実で早いんだが……

どうしたもんか。

そこでエリーが優しく語りかけてくる。

 

「マリー、子供の成長を止めてはいけませんよ」

「……そうだな、お前ら本当にヤバくなったら手を出すからそれまでに決めろよ」

「おう!」

「はいっ!」

「下らない茶番は終わりか……? 行くぞ」

 

四つ目が武器を構える。

 

「ガルルッ! いくにゃあ!」

「【ドクドクズキズキ、グッチャグチャ!】〈ウォーターランス〉」

 

ルルリラが水の槍を放ち、ウルルが突撃する。

 

「甘いぞガキども」

 

四つ目は盾で水の槍を弾くと、ウルルに向かって両手剣を振り下ろした。

それを慌ててジャンプして避けるうるる。

 

「うわっ! 危ないにゃんよ!」

「ほう、ギリギリでかわしたか。だがこれはどうだ?」

 

四つ目は空中に浮いて身動きが取れないウルルを盾で思いっきり殴りつけてきた。

盾は爆発してウルルを吹き飛ばす。

 

「ふぎゃああ!」

「ウルル! 良くも! 【ぷるぷるネバネバぷーるぷる】〈ウォーターボール〉」

「小癪な……」

 

ルルリラは魔法で牽制をしてウルルへの追撃を妨害する。

魔法は当然のように防がれたが、ウルルは追撃されずに逃げる事ができたようだな。

 

「ウルル、怪我は大丈夫!?」

「助かったじゃんよ……。あんがとなルルリラ!」

「さて、そろそろ雑談も終わらせよう」

 

四つ目は距離を取った二人に対し詰め寄ってくる。

このまま押し切るつもりか。

 

「ウルル、アレ試そっか」

「アレ? 未完成だけど……このままだとやばいし、やるにゃんよ!」

 

ん? 何か魔法を詠唱し始めたぞ。

何をするつもりだ?

 

「えーっと……【力は祖より受け継がれし者。毛皮は氏族の誇り、敵を倒すため我が力を高めん】〈筋力強化〉」

「【スパスパカチカチペットペト】〈ウォーターカッター〉」

 

ウルルは魔法を唱えて身体強化を施す。

そこでルルリラは水の刃を生み出すとウルルに向けて放った。

その刃をウルルは両手で受け止める。

するとウルルの両手に水の刃が張り付いた状態となった。

……なるほど、爪の刃か。

 

「痛たっ! ちょっと切ったにゃん……」

「でも成功だね! ウルル! やっちゃって!」

「任せるにゃ!」

「ふん、小賢しい真似を……」

 

四つ目は剣を振り下ろす。

ウルルは先程のように避けず、そのまま片方の水の刃で受け止めた。

そしてそのまま受け流すようにしながらもう片方にある水の爪で斬りかかる。

 

「無駄だ。俺には盾がある」

「それはもう使えないよ!」

「何を……。馬鹿なっ!」

 

ウルルは水の爪で盾ごと切り裂いていく。

慌てて回避しようとする四つ目だが、かわしきれずそのまま腕を切り裂かれた。

なんだそりゃ? すげえ威力……。いや違うな。

盾になにか細工をしたのか?

 

「さっき私の魔法で水を酸っぽく変えたの、気が付かなかった?」

「おのれ、子供が舐めたマネを……」

「残念だけどもう懐に入り込んだじゃんよ?」

「何!? 馬鹿な! いつの間に……」

 

気がつけばウルルは敵の懐に飛び込んでいた。体からはバチバチと音がする。

なんだ? 電気を帯びているのか?

 

「これが俺のスキル『雷負ライン』じゃん。まだ覚えたてでうまく使えねーけど、体内から電気を送り込んでやるじゃんよ!」

「マズい! 『ア爆ク――』があああっ!」

 

雷が水の刃を通じて敵を焦がす。

四つ目野郎はスキルを発動させることなく気絶した。

 

「へへっ、懐に入られたら細かい事考えずに殴り倒すもんだぜ。驚いて固まってたら世話ねーじゃんよ」



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第113話 解決

8-113-131

 

「やったよ! 私達の勝ちだ!」

「疲れたにゃあ……」

 

ちびっ娘二人がはしゃいでいる。

初めての強敵相手でここまで戦えるのはたいしたもんだ。

 

「良くやったな。お陰でアタシの手の毒も軽くなった。ゆっくり休んでな」

「ヘヘっ、エリー姉が守護の魔法をこっそりかけてくれたお陰じゃん?」

「エリーの魔法に気がついてたのか。やるな」

「筋力強化以外にも覚えておくと便利ですよ。次に教えますね」

 

ワイワイ騒ぐ獣っ娘達。

元気なようでなによりだ。

 

「さて、疲れただろうしお前たちは少し休みな」

「そうですね。私達は後片付けをしますので」

「後片付け? 手伝うじゃんよ」

「そうですよ。私達だって片付けくらいはできます」

 

あー、まだ気がついてないか。

 

「違う違う。……来たぞ」

 

森の奥から、数体の魔族達が現れる。

おそらくだが、さっきの奴は先遣隊でこっちが本命なんだろう。

 

「あの野郎。ガキ一匹も捕まえられねえのか」

「どうしようもねえ奴だな」

「俺ら一応魔王軍なんだからよ。ちったあ気張らねえとな」

 

格好つけているが今までアタシが戦ってきた奴に比べたら雑魚だ。

さっき腕をやられた痛みをコイツラに返そう。

 

「さあ、お前らの仲間がやってくれた分はお前らに返すぜ。お仕置きの――」

「私達の里でやんちゃしてる悪い魔族はあなた達ですか?」

 

魔族の背後から声が聞こえる。

母リラの声だ。いつの間に回り込んだんだ?

声が低い。

滅茶苦茶怒ってるな。

 

「なんだ貴様……ぐぁっ!」

 

おお……。

一撃で魔族の体がくの字に折れ曲がったぞ。

負けちゃいられないな。

 

「まず一匹。さあ残りの皆さんもお仕置きですね」

「おいおい楽しそうだな。アタシも混ぜてくれよ。手に臭いのぶっかけられてんだ」

「あらあらしょうがないですね。それでは一緒に楽しみましょう!」

 

アタシと母リラ、二人で笑う。

 

「ひ、ひいぃ!」

 

魔族たちはその異様な光景に恐れをなしたようだ。

 

「ま、待て。逃げるな! 数ではこっちが勝って……ぐばぁっ!」

「駄目よアナタ。他の子に目移りばかりしてないでちゃんと私を見てくださいな」

「た、助け……。いぎぃっ!」

「イきたいんだろ? たっぷり体に刻み付けてやるからよ。体液吐き出しな?」

「た、助けてくれぇ!」

 

さあ、パーティーの時間だ。

よくも好き放題やってくれたな。

 

おいおい魔族共。

逃げようとしてるとこ悪いが……逃さねえよ?

 

 

「いやあ、スッキリしたぜ」

「やっぱり気兼ねなく力を振るうのは大事ですね」

 

さっきまで調子に乗っていた魔族達はアタシと母リラでボコボコにした。

何人かの体に優しく聞いたところ、一部は魔王のスキルが発動して死んでしまった。

 

だが下っ端の奴らは魔王もスキルを使用していないのか、尋問しても平気だった。

 

その結果わかったことがある。

 

まず第一に、ここで人質を取って暴れまわる予定だったので、戦力の大半がアタシ達のいた場所に割かれていたという事。

 

次にどうやってここまで来たのか問い詰めてみた。

さっき蜂を入れていたように、瓶の中に小さくして詰め込むスキルを使って隠密系のスキル持ちが輸送したとか。

 

最終目的は上の人間しか知らないらしい。

 

……クソ厄介なスキルだな。

これは王都に一報を流しとくか。

 

コイツらは魔族としては質が高くない。

戦力的に見ても辺境伯地域でやりあった奴らより一段も二段も質が低い。

メインの戦力じゃないんだろう。

これで強い魔族が不意打ちして来たらと思うとヤバイな。

 

さて、そろそろ最後の質問だ。

 

「お前ら、どうしてこの里の事を知ってたんだ? 分かるか?」

「知らない……。ただ噂だが魔王様に顔を覚えられる奴はすべての情報を洗いざらい吐かされるという話だ。獣人のトップが辺境にいるという噂もきいている。ソイツじゃないのか?」

 

へえ。誰かスキル持ちがいるのか。

て事は獣人の奴が魔王軍に……。

いやいたな。ルルリラの兄貴が。

 

「……そいつは生きてるのか?」

「魔王様のスキルが発動したらしいからな。もう死んでいるだろう。なんでも強くは無いが食料を一人で数千人分は賄えるスキルを持った狼の獣人だったらしい」

 

下っ端魔族の回答に母リラがひどく動揺する。

どうやら思い当たったようだな。

 

「そんな……。ルガル……」

 

そういえばルルリラ兄の事話してなかったな。

アタシのスキルは説明したくないがどうやって話をしたもんか。

 

体臭が変わったらしいから出会っても気が付かれない可能性高いし……。

眠ってた幼女願望を引き出して別人として生きてます……。

だめだな、いやワンチャン行けるか?

 

「えーと、あのな……」

「あの子は不器用でしたが良い子でした。私はあの子の思いを胸に、魔族と戦います」

 

ヤバい。

覚悟決めた母親の目だ。

魔族と戦うにはアリだけど絶対に無茶して死ぬタイプだこれ。

 

「おい、ルルリラ。後で説明をしておいてくれ。あ、アタシのスキルのことは内緒でな」

「えぇっ!? そもそもあの人が兄かどうか今でも疑ってるんですけど……」

 

ちょっと匂いが変わっただけだろ。

信じろよ。一応お前の兄なんだから。

うだうだ言ってると兄貴を年上の妹にしてしまうぞ。

 

「ん? どうしたじゃんよ。ルルリラの兄貴なら前にマリー姉が助けてただろ? 匂いはともかく顔は本人に近かったじゃん?」

 

おい、どうやって話を持って行こうか考えている時に直球ストレートを投げ込むんじゃない。

母リラが暗闇の中で一筋の希望を見つけたような目になっただろうが。

さて、どう説明しようか……。

 

「それは……本当ですか?」

「あ、ああ……。嘘じゃないぜ。方法は教えられないが……命だけは助かった。ただ、副作用で酷いことになってな……」

 

すまん。

幼女になってから元に戻したつもりだったが肉体を再構築する過程で別人に変わってるようだ。

 

見た目上はイケメンになったぞ。多分。

 

「ありがとうございます……。母親としてはどんな形であれ、生きていればそれで十分ですよ」

「そ、そうか。それならいいんだ。そう言ってくれてアタシも救われるよ。詳細は王都に行ったときにでも会って確かめてくれよな」

 

ふぅ。危なかったがこの場はやり過ごした。

エリーが汗を拭ってくれる。

 

「ところでこの魔族はどうするんだ?」

「そうですね……。もう聞きたいことは一通り聞きましたし……、残っているのは皆さん男の人のようですから、里の女性達で可愛がりましょう!」

「可愛がる?」

「ええ! 久しぶりに余所から来た血ですし、せっかくですから干からびるまでたっぷり搾り取って新たな里の礎にします」

 

そうか……。

王都に連れて行くと拷問やらにかけられるだろうし……ある意味幸福なのかもな。

 

 

しばらくすると隠れていた他の住人たちも顔を出す。

姿をくらますスキルを解除したようだな。

 

「これでとりあえず終わりだな。アタシ達は風呂に入ってくるぜ」

「ええ、助けていただいてありがとうございました。事後処理はこちらでやっておきますのでご安心を」

 

言うほど何もやってないけどな。

今回一番頑張ったのは獣っ娘二人だ。

 

 

現場はまだ色々と騒がしかったが、アタシ達は客人と言うことで休むよう手配してくれた。

まあ手伝えと言われても里の勝手なんざ分からないから助かる。

 

今は再び風呂場に来ている。

さて、エリーを構ってやれなかった分、たっぷりと構ってやらないとな。

アタシ達は服を脱ぎ、タオルを巻いて風呂場に入――。

 

「む? 人間ではないか。加勢に来てくれたのか? もう終わったぞ? ……なんだその格好は!? ま、まさか俺と」

 

……中にはウルルの父親がいた。

 

「略式・鳳仙花」

「うごおおぉっっ!? いきなり何を……」

「女の風呂場にいるゴミは駆除しないとな。アイビーフリーズ」

「やめろ! 俺は逃げていた魔族を追って……死ぬ……」

 

あー。そこになんか転がってるな。

その魔族と戦ってたのか。

だけどまあそれはそれだ。

 

タオルで隠してたから大丈夫だが、危うくエリーの大切なところが見えていたかもしれないからな。

 

「これはあんまり使わないが……。飛びな、マッシュルームカタパルト!」

「ちょっと話をおおぉぉっ!」

 

アタシは地面を急激に盛り上げて、その反動で魔族とウルルの親父を外にふっ飛ばす。

 

よし、悪は滅びたな。

 

「まったく、男なんかに見られたらエリーの体が汚れるだろうが」

「私は構いませんけど……。でもマリーの体が汚れたかもしれませんからね。一緒に洗いましょう?」

「ん……」

 

そうだな。

一緒にキレイにしないとな。

 

アタシ達は風呂をのぼせるまで十分に堪能したあと、寝床に案内されてそのまま眠りについた。

 

 

翌日。

 

朝になるとどうやら色々と落ち着いてきたようだ。

朝食に鮎の塩焼きと山菜を食べながら母リラと話をする。

 

「結局、大半が次の戦いに加わることに決まりました。最初は乗り気でないものも結構居たんですけど、さすがに里を襲われてしまってはしょうがないですね」

「おう、乗り気になってくれて助かる」

 

獣人達もやる気を出してくれたか。

だが、準備やらなんやらで最低数週間はかかるらしい。

まあ当然か。

 

アタシ達は王都の場所と、決戦予定の辺境伯領について説明する。

 

「なかなかに……距離があって厄介ですね」

「それなら俺達が残ったほうがいいじゃん?」

「そうですね! 皆の道案内は一度行ったことのある私達が良さそうです。ドゥーケット子爵領まで行って合流するのはどうでしょうか!」

 

確かに獣人達の身体能力ならそのままウチまで来れそうだ。

その辺りはおやっさん経由で話しておくか。

 

よし、これからの方針は決まったな。

 

「一応リッちゃんに連絡をしとくか。そっちは、どうだ、と……。お、返信早いな」

「全部、大丈夫……。別れた、場所で、落ち合おう……ですか。向こうも大丈夫そうですね」

 

ああ、そうだな。

……いや待てよ? リッちゃんの大丈夫はだいじょばないからな。

まあいいや。会って詳しく話を聞こう。



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第114話 合流、帰還

8-114-132

 

アタシ達は獣人達に別れをつげ、リッちゃんと落ち合う予定の所まで来た。

 

獣っ娘二人は予定通り置いていった。

久々の故郷だしゆっくり休めばいい。

 

「リッちゃん遅いな……」

「のんびり待ちましょう。はい、あーん」

「あーん。……獣人の里の肉は美味いな」

 

のんびりとは言ってもな。

いつ来るか分からない状況だとエリーと落ち着いてイチャイチャもしてられないからな。

 

もうすぐ着くと連絡があってからニ時間ぐらい経過してるぞ?

アタシは大きくアクビをする。

 

「眠くなってきましたか? リッちゃんが来たら起こしますよ」

「気持ちはありがたいがエリーだけ起きてるのもなあ」

 

とりあえずエリーに軽くもたれかかりなが髪を撫でる。

すべすべして気持ちいい。

 

「噂をしていたら来たようですね」

「本当だ。……ヤケに荷物が多いな」

 

なんで馬車が増えてるんだ……。

荷馬車だろ、アレ?

後ろに積んでるのは……。チーズにケーキ……。 食べ物がメインか?

 

「おまたせー」

「ずいぶんな大荷物だな」

「それがね、領主さん達が是非お土産にってくれたんだよ。馬車も貸してくれるんだって」

「いや空間魔法で放り込めば良かったじゃねえか」

 

そう言うと、リッちゃんはなるほどと言うようにポンと手をつく。

 

「確かに。そうすれば良かったや。うっかりしてたよ」

「勢いに乗せられて半ば無理やり押し付けられた形になってましたからね……。失念していました」

 

メイも元気そうだ。

 

「ところでそっちはどうだった?」

「オッケーだよ! 確かね、いい機会だから魔族としての市民権を得たい……だったかな?」

「結果は大事だけど結果だけ言われても分からないな。もっと丁寧に頼む」

 

アタシの質問にはメイが補足してくれる。

当主は吸血鬼で町を治めていた事。

エルフはその庇護のもと森に隠れ住んでいた事。

元々今回の件では人間のフリをして参加予定だった事。

 

始祖と呼ばれる吸血鬼がいた事。

その吸血鬼をリッちゃんが起こした事などだ。

 

結果として一族の創造主であるリッちゃんのお願いに逆らう気はないらしい。

領主としても今回を機に魔族としての地位を確立させておく事で後顧の憂いを断つのが目的だそうだ。

 

確かに今回戦いに参加しなかったら魔族として潜伏してるという扱いにされてもおかしくないな。

下手をすれば討伐対象だ。

 

きっちり利害が一致してるのは喜ばしいが……貴族の世界ってのはめんどくさいな。

 

「――と言う訳で万事つつがなく終了しました」

「へっへーん。バッチリこなしてきたよ! 凄いでしょ!」

 

リッちゃんが得意げに語っているが政治的な意図も考えたら極論、吸血鬼娘とエルフ娘の二人がいれば誰でも良かった気がするぞ。

 

「あれ? そういえばちびっ子三人はどうした?」

「『森林浴』の三人でしたら、カリンをそれぞれの両親に紹介するということで滞在するとのことでした」

「て事は……また戦いの時に会う形になるのか?」

「そうですね。領主の方々はあまり戦場へは出したくないみたいでしたが……本人たちの強い希望を止めるのは無理でしょう」

 

まあ何気にアイツら戦いは慣れてるし、カリンのスキルは優秀だからな。

無茶をし過ぎなければ大丈夫だろう。

 

「て事は、久々にこの面子だけか」

「最近は賑やかでしたから、急に人が減ると寂しく感じますね」

 

エリーが少し寂しそうに言う。

なーに、どうせすぐに戻ってくるさ。

たまには少ないのも良いもんだ。

 

「さあ! アタシ達の館へ帰ろうぜ」

 

リッちゃんが設置した転移門をくぐり、館へと戻る。

そこにはポン子がいた。

……簀巻きにされて吊るされている。

 

「あ、皆さんお帰りなさい! あと下ろして下さい!」

「何やってるんだお前? そう言う特殊なプレイを館の前でやるのはちょっと……」

「違います! 私はそう言う方向の変態じゃありません!」

「変態の自覚はあるんだな。まさか……首吊りか!? 悪いが死ぬなら他所でやってくれ。迷惑だ」

「少しは心配してください! 良いんですか? 私が死んだらこの館は事故物件ですよ!? 化けて出ますよ?」

 

面倒くさい奴だ。

もうウチにはオバケ達がいるんだよ。

化けてる暇があったらさっさと地獄へ行け。

 

「で、なんで吊るされてるんだ? どんな悪い事をした?」

「悪い事なんてしてません! ちょっと王都から出前を頼んだだけです!」

「ん? 別に普通……ちょっと待て。お前その金はどっから出した?」

「その……今は手持ちが無かったのでツケにしました……てへっ」

 

ほうほう。ツケね。

ツケるにしたってポン子の名前じゃ無理だろ。

ギルドも多分お断りだ。

じゃあどこにツケを回した?

 

「そうか……、それならしょうがないな。人の金で食べる飯は美味しかったか?」

「美味しかったですよ! 毎日届くので明日が楽しみです」

「自白したな。アイビーフリーズ」

「いたたた! く、苦しいですよマリーさん!? こういうプレイは夜にこっそりと……痛たたた!」

 

アホな事を言ってるがエリーが誤解したらどうするんだ。

とりあえず氷の蔦で思いっきり締め上げておくか。

 

「一応確認だ。この館に注文して、請求はドコに行くんだ?」

「それはその……マリーさんのところに……イタタタっ締め付け厳しいですよ! もっと労って下さい!」

「サンダーローズ」

「あびゃあああん!」

 

雇い人の金で飲み食いしてんだ。

十分悪い事じやねーか。

 

エリーが近くにいたオバケに事情を聞いている。

 

「ふむふむ……。どうやらお尻を叩いてもだんだん効かなくなってきたようです。それで仕方なく吊るしていたみたいですね」

 

効かなくなるくらいとかどんだけやらかしてるんだ。

本当に目を話すとすぐやらかしやがる。

……リッちゃんも元気になったし、そろそろ返品だな。

 

「あ、そうだ!」

「ん? どうしたリッちゃん? 万が一良くなる可能性にかけて頭を叩きたくなったのか? 良いぞ、好きなだけ叩いても」

「違うよ! ポン子さん、はいこれ。お土産のミルクバタークッキーだよ」

 

リッちゃんは身長くらいの大きさの箱を空間から取り出すと、ドンと置く。

おいおい、買い込みすぎだろ。

卸業者か。

こんなに貰ったって食えるわけない。

 

「ああ……リッちゃん、ありがとうございます。これ転売すると高く売れるんですよ。これだけあればいくら儲かる事か……」

「お前の食事、今日からこのクッキーな」

 

何サラッと人のお土産を転売して儲けようとしてるんだコイツは。

そういうセコい事やってるから今があるってのが分からないのか。

 

ギャーギャー喚いているポン子を黙らせると、アタシは手紙を渡す。

 

「アタシ達が戻って来たんだからギルドに報告してくれ」

「うう……。私のお金があ……。もう怒りました! ストライキです!」

「ほらよ。クッキーひと箱だ。売っていいぞ」

「頑張って行ってきます!」

 

よしよし、ポン子の扱いにも慣れてきた気がする。

出かける前にポン子はアタシに手紙を渡してきた。

 

「手紙で思い出しました。これがギルド……を経由した王国からの手紙です。戻ってきたら渡すようにとの事でした」

「おう、ポン子もたまにはマトモな仕事をするじゃねーか」

「いつも安心安全に地道な仕事をしてますよ! それではギルドまで行ってきます」

「もうツッコまないからさっさと行ってこい」

 

ポン子が居なくなったあと、貰った手紙を開ける。

ん? 開けにくいな?

……これは、魔法か?

リッちゃんがその魔法を見て呟く。

 

「本人以外は開けないようにする魔法だね。無理矢理開くと燃えちゃうかも」

「つまりこの中に重要機密が入ってるって事か。……読んでみるぜ」

 

内容は……次の戦いにおける配置やらなんやらだな。

宰相は王都の主力部隊を動かすらしい。

ただ重要な箇所はボカされている。

書かれているのは傭兵団と冒険者のおおまかな位置とアタシ達の初期配置だけだ。

 

「おやっさんからは近いうちに連絡があるとして……これからの事だ」

 

アタシ達はもうすぐの戦いに備えて、色々と準備を進める必要があるな。

打ち合わせをしておくか。

 

「とは言っても手紙を見る限りメインとなる戦いは王国の主力部隊だろうな。正面からぶつかるのはソイツらで、アタシ達冒険者や傭兵は奇襲・遊撃部隊として戦わせるみたいだな」

 

まあ傭兵団はある程度連携慣れしてるからともかく、少数での戦いが中心の冒険者を戦略に組み込むのはリスクがあるからな。

それよりはメインの戦場から少し離れた所で好き勝手暴れてくれたほうがいいか。

 

こっちもそのほうが気楽でいい。

 

「予定は……来月から配置について欲しいみたいだな。アタシ達はそれまで訓練と道具の整理、足りなければ買い足しだな」

 

王国も偵察を放って色々調べてるらしいがどうやら魔族側も同じらしく、雑魚を何人か捕まえたがたいした情報も無かったとの事だ。

 

だがくるべき時に備えて、事前に用意しておこうという訳か。

裏では諜報合戦が行われているようだな。

 

「あれ? ここって僕について書かれてる?」

「ん? ……そうだな。リッちゃん宛の依頼だな。転移門を設置した奇襲と補給線構築か」

「んー。転移門はたくさんの人が通れるちゃんとした奴だと準備に一週間くらいかかるんだよねえ。簡易的な奴ならもっと早く作れるけど沢山の人が動くのは無理かな」

 

なんか色々と面倒くさそうだな。

とりあえず近日中に会談したいって書いてあるから何かしらアクションがあるだろ。

王国のロリコン宰相を信じてコッチはリッちゃん倉庫の棚卸しでもしておくか。

 

「リッちゃん。今倉庫の中にはどれだけモノがある?」

「モノ? うーん、ちょっと出してみるね」

 

リッちゃんが倉庫の中身を一つ取り出していくと、回復薬に毒薬、筋力強化薬などの魔法薬、魔力石などが大量に出てきた。

 

「結構買い込んでたんだな。これなら買い足しをしなくても……。ん?」

 

数は少ないが、王都で買って使う機会がなかった爆弾などの使い捨ての攻撃道具もいくつか出てきていた。

 

「これは……回復薬か。リッちゃんとエリーが持ってた方が良いな。万が一の時は使ってくれ。怪我をしても死なない限りアタシが治す」

「わかったよ! マリーはどうするの?」

「アタシは魔法で大抵の事はカバーできるからな、ちょっと魔法の威力を底上げしてくれる奴でいい」

 

アタシも持つには持つが最低限だ。

母リラから学んだ技もあるしな。まだ使いこなせてないけど。

 

ただ魔王軍との戦いで母リラが使ってるのを見て、なんとなくだが掴めそうな気はしてるから大丈夫だろ。

 

アタシは開戦までの間にルルリラの“練気”を使えるようにしねーとな。

 



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第115話 戦いに向けて

8-115-133

 

翌日。

昨日帰ってこなかったポン子が朝になって帰って来た。

朝帰りとは困ったやつだな。

男がいない事は分かってるからどうせ一人で飲み歩いて来たんだろ。

 

「皆さん大変です!」

「朝からどうしたポン子? 飯はメイが作るからお前は黒い塊の錬金術士になる必要はないぞ?」

「違います! 前のあれは成功に向かう長い道のりの途中……、そんな事より大変なんです! 隣の男爵領に大量の魔族が出現しました! 今も増えているそうです!」

「何っ!?」

「さらに辺境伯領地も同時攻撃! 辺境伯領地で展開していた王国の対魔族部隊は釘付けになっているそうです!」

 

やべえ。

予想してたより動くのが早い。

昨日話してた内容の大半が白紙になった。

 

「魔王軍か……?」

「そうかも知れませんが、取り急ぎ王国宰相様と会談を行うので、ギルド本部まで来てほしいとのことです」

「分かった。とりあえずおやっさんに会いに行くぞ」

「それでは私は館で皆さんをお待ちして……」

「いや、緊急事態なんだからお前も来い」

 

ポン子の奴、この状況でサボろうとするとは何考えてんだ。

 

リッちゃんとエリーに準備を促してギルドへ移動する。

メイはどこかに緊急で連絡するらしく、館で待機するそうだ。

 

いま、アタシとエリー、リッちゃんの三人はギルドの二階にいる。

ポン子はここにはいない。

襲撃でギルドが騒がしくなってるからな。

雑務で猫の手も借りたい状態だったようなので返却した。

 

「入るぜ」

 

部屋の中にはおやっさんとギルドマスターが一緒にいる。

 

「来たか。……通信を始めるぞ」

 

おやっさんが手元の道具を弄ると空間に半透明のおっさんが浮き上がってきた。

 

このおっさんはロリコン宰相か。

……いや、これは実体じゃないな。映像か。

 

「久しぶりじゃのう。ワシの事を覚えておるか?」

「ロリコ……。宰相のおっさんじゃねえか。ついに死ぬのか? 良かったな天国に行けて」

「まだ死んでおらんわ!」

「そっか、天国は出入り禁止食らったのか。わがまま言わずに早く地獄に行ったほうがいいぞ」

 

悪いがお化けになってもウチに就職先はないからな。

館に来たいとか言われても困る。

 

「ええい、違うわ! ……話が進まんから続けるぞ。これは映像を転送する通信魔導具じゃ。色々と不具合も多くて市販はしておらんがの」

 

王国の研究技術ってやつか。

何気に凄いことができるようになってるな。

 

「状況を聞かせてくれ。魔族の奴らはあれか? 辺境伯のトコを挟み撃ちにする気か?」

「いや、それは無いじゃろう。バレッタ伯爵領地で魔族が展開するならともかく男爵領では場所が離れすぎておる」

「じゃあなんで男爵領なんかに出てきたんだ? 中途半端だろ?」

 

宰相のおっさん上を見上げ、ふむ……と小さく考えるような仕草をする。

 

「男爵領に魔族が展開する少し前、数体の魔族が王都の転移門より転移しているのを確認した」

 

転移門ってアタシ達が辺境伯領地に飛ぶのに使った奴だよな?

確かにリッちゃんが誰でも使えるとか言ってたが……。

 

「って事は転移門を利用されたって事か?」

「であろうな。本来なら一気に王都まで転移して軍を展開する予定じゃったんじゃろう。その可能性を考慮して我々は報告を受けた直後に王国にある転移装置を破壊し移動を不可能とした」

 

だいぶもったいなかったのうと宰相が呟いているがそれどころじゃない。

 

「どうして見つかったかわかるか?」

「諜報で見つけたか、あるいはネクロマンシーの秘術でファウストから聞き出したんじゃろう。アレは難しい条件を満たせば死者からも情報を引き出せるからの」

 

そんな技があるのか。

だとするとリッちゃんとかの情報も漏れてるか?

 

「僕知ってるよ。でもそのレベルまで熟練するのはオススメしないかな。最低でも万単位の死体と会話しなくちゃいけないし、普通は記憶が直接流れ込むから心が持たないよ」

 

ロリコン宰相の説明をリッちゃんが補足してくれる。

他にも体が残っている事とか色々と細かい条件があるみたいだが、とりあえず達成が難しいのは分かった。

 

王国では難易度もそうだが死者から記憶を読み取られるのは政治的にも良くないらしく、ネクロマンサーの秘術を徹底して封じているらしい。

 

犠牲の大きさからもすぐに諜報員の目に止まるそうだ。

便利だが敵にも味方にも極悪な術だな。

 

「魔王デルラ……今代における魔王の名前じゃな。そやつが前に砦へ攻めてきたのを踏まえて軍を再編したが、その際にどこかに穴が出来たのじゃろう。うまく見張りをすり抜け、マリーが出会ったというスキル持ちにより大量に軍を運んだと考えている」

 

秘匿するために遠くから少数の見張りしか置かなかったのが裏目に出たのう、と宰相が呟いている。

あの超魔法の余波で砦が一気にガタガタになったからな。

人手が不足して一時的に逸れてても不思議じゃないが……。

 

アイツがファウストを使って食らわせた一撃がここまで響くとはな。

 

「儂も過ぎたことをどうこう言うつもりはない。大事なのは今、そしてこれからじゃ。本題に戻すぞい」

 

分かりました、と頷くギルドマスターとおやっさん。

これからの対応をどうするのか聞かせて貰うぜ。

 

「王都へ向かう魔族達じゃが、おそらくお主らのいる場所……ドゥーケット子爵領の中心街であるファスの街を通過するであろう」

 

宰相のおっさんが地形図のようなものを見せて説明してくる。

通り道とか最悪だ。直撃するじゃねえか。

 

「それに伴い各ギルドに依頼する。依頼料はギルドに対して万札……金貨百万枚相当を前金として、更には成果次第で報酬の上乗せを保証する。本件はドゥーケット子爵にはすでに伝達済みである」

「……念のため詳細をお伺いしても?」

 

ギルドマスターが恐る恐る質問している。

こういったギルド絡みの事はギルドマスターに任せるに限るな。

 

「王国の主力部隊が到着するまでの防衛および魔族への反撃。現在も周辺領地に招集をかけている。今回の返答を踏まえて各地の冒険者ギルドにも正式に通達をだす」

「……分かりました。受けましょう」

 

ギルドマスターがあっさりと受けた。

魔族が目の前から来るなら交渉の余地なんてないが……とんでもねえ依頼が来やがったな。

 

「うむ。頼んだぞ。それでは儂も軍の手配に移る。時間稼ぎとして近隣から兵力を結集させている故、しばし待て。今回は王国のすべての力を使い子爵領地で止めてみせよう。頼んだぞ」

 

宰相のおっさんは依頼を伝え終えると、通信を切断したのか姿が消えていく。

……とんでもない状況だな。

 

ふと見るとギルドマスターがこちらを見てため息をついている。

 

「フヒヒ……嫌な交渉でした」

「やっぱ国相手だと緊張するか?」

「マリーさん。フヒッ、卑しい私めに声をかけていただきありがとうございます。緊張はしますが慣れていますので」

 

お、いつものギルドマスターだこれ。

やっぱりこうじゃなくちゃな。

 

「フヒッ、もしも断れば王国は子爵領を見捨てて次の領地で防衛線を構築したでしょう。子爵は倹約のため守りに特化した兵のみしか保持しておらず、攻める力をほぼ持ちませんから」

「なんじゃそら」

 

領主なのに戦う力がないとか。

ケチか。

 

冒険者の待遇が他と比べても良かったからココに住んでたが……。

いや、攻撃力が無いからこそ逆に冒険者の待遇がいいのか。

 

立地的にも盗賊くらいしか組織だった敵がいないし、国としても兵を持たない方が都合良かったから放置してたんだろうな。

 

イレギュラーな一部の仕事をアタシ達冒険者が請け負ってたってわけか。

 

「……ただ踏み潰されるか、金貰って踏みとどまるが選べるだけでもマシだろう」

「フヒッ、王国としても踏みとどまってくれたほうが助かるのでしょうかね」

 

おやっさんが小さくボヤいて、それにギルドマスターが反応する。

 

説明を聞くと王国側も国内に禍根を残さない事を考えているらしい。

 

どの道ここは魔族に蹂躙される。

仮に見捨てると、王国への不信が長く残る可能性が高い。

ただ踏み潰されるより、依頼して金を払い戦ってくれた方が、それぞれ関係の悪化を防ぐ事ができて、かつ領地の人間にも言い分が立つと言う事らしい。

 

互いの信用を損なわないために依頼して、互いが内情を察した上でギルドマスターも受けたと。

 

貴族ってのは面倒だな。

……今度ギルドマスターにエリー特製のクッキーでも差し入れてやろう

 

「結局それでアタシ達はどうすれば良いんだ?」

「これから緊急依頼を出す。動ける奴らは町の防衛にあたるぞ」

「フヒッ……他所の領地にあるギルドへは私が連絡して助力を仰ぎましょう」

 

大事になってきやがったな。

 

「フヒッ……。よろしければマリーさんたちも今回の依頼に参加していただきたいのですが……」

「もちろん参加するぜ。安心しな」

「え!? マリー、変な物でも食べたの? いつもなら悪いけど調子が……って言って断ると思ったのに」

 

リッちゃんがなんか言ってきた。

まったく。リッちゃんは分かってないな。

 

「アタシ達の館も襲われる可能性があるんだぞ? 全力で防衛しないとせっかく買った館が灰になっちまう。アタシはアタシとアタシの手が届く範囲を守り切るだけだ」

「あ、良かった。いつものマリーだった」

 

まったく。アタシはいつだってアタシだ。

変わらねーよ。

 

詳細は追って連絡するとの事なので、アタシ達はいつもの店で道具をそろえてから館に戻る。

 

館に戻るとやっと一息つく。

アタシ達はメイの入れてくれた暖かい紅茶にミルクを足して飲んでいる。

 

「大変なことになってきましたね」

「ああ、もしエリーが……いや、なんでもない。アタシについて来てくれるか?」

「もちろんですよ。マリーと私はいつだって一緒です」

 

ああ。知っている。

エリーに安全な所にいて欲しいなんて言うのはアタシのエゴだからな。

そんなもの、エリーが受け入れないのは知っているさ。

 

だからいつまでも一緒に居たいっていうエゴの方を押し通すぜ。




これで第八部は終了となります。
次の投稿は1~2週間後になるかと思います。


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最終章 決戦編
第116話 戦の前


9-116-134

 

魔族の進行が始まってから三日。

男爵領は荒らされているらしく、避難民が流れ込んで来ている。

 

難民は子爵領の外れにある村の方へ送られるらしい。

戦闘向きじゃない冒険者は避難民の誘導に当たっている。

 

そしてアタシ達は――。

 

「くそっ、人間め! 何故分かった!?」

「ウチには幸運の女神様がついてるんでな。当て感でなんとかできるんだよ。ファイアローズ」

「ふ、ふざけ……うぎゃあああ!」

 

先行して偵察に来た奴らを倒している。

今回の防衛に伴って依頼を追加で受けたからな。

 

依頼人は宰相だ。諸々の奇襲に必要な罠を仕掛けてほしいとのことだ。

その依頼をこなすついでに魔族の斥候やらを見つけてぶっ叩いている。

 

「ふう。これで辺りの魔族は倒したね」

「隠蔽の魔法やスキルを使ってると探すのが億劫だな」

「エリーのスキルで大まかな位置は当てられるんだけどねえ」

「細かいところは難しいですね……。リッちゃんの魔法で一度館まで戻りましょうか?」

 

今回の戦いではリッちゃんが作った転移門の簡易版、通称簡易ポータルを用意して貰っている。

 

いつも使ってる転移門みたいに細かい設定はできない。

さらに一方通行で一回使うと壊れる。ただし製作コストが低いのが特徴だ。

すぐに壊れるから敵に再利用される心配もない。

 

この戦場で常時野営するのはリスクが高いし、なによりまだ本番戦じゃないからな。

敵の本隊が来た時に疲れて戦えませんじゃ話にならない。

 

行きと帰りで簡易ポータルと罠を設置、偵察して敵がいたら狩る、一通り簡易ポータルの設置が終わったら撤退して休養を繰り返している。

 

「宰相さんの依頼もほぼ終わったし、後は待つだけだねえ」

「ああ。だけど油断は禁物だぜリッちゃん。一回は裏をかかれたからな」

 

魔族をナメてると痛い目にあう。

王国の諜報部隊をうまく騙してすり抜けて軍を展開出来るんだからな。

まあ宰相のおっさんいわく、アタシ達が獣人の里で体験したあの瓶詰めにするスキル持ちの影響が大きいみたいだけどな。

 

「さて、そろそろ撤退――」

「マリー! 遠くに大量の反応があります。おそらくは魔族かと」

 

エリーが警告を発してくれる。

……ついに来たか。

 

「僕たちも見つかっちゃってるかな……」

「どうだろうな。軍で使う探索魔法は遠くまで届くが精度が荒いみたいだからな」

 

少数精鋭で動いてる奴らは捉えにくいと宰相のオッサンから聞いた。

その弱点を埋めるために斥候を使うとか。

まあ少なくとも斥候を倒してる存在には気がついてるだろうな。

 

「よし。宰相のオッサンからの依頼もそろそろ良いだろ。一回帰還だな」

「オッケー。じゃあ後は迎え討つだけだね」

 

アタシ達は一度館に移動する。

出迎えてくれたのはメイだ。

 

「お帰りなさいませ」

「おう、ついに敵が見えるところまで来たぞ」

「メイもそろそろ準備をしていた方がいいね」

「ついに……ですか。承知いたしました。お姉様との戦いの際には私が全力でお守りしましょう」

 

メイのスキルは防御のスキルだと言うことをリッちゃんから聞いている。

正直どこまでできるか分からないが……。

ファウストの超攻撃対策の切り札になるらしいから期待してるぜ。

 

「まあ、魔王の姿は確認できてないみたいだし、すぐに戦う事はないだろうさ。ところでアイツはどうした?」

「アイツ……? ポン子さんなら訓練中ですが」

 

訓練?

一体何の訓練をしてるんだ?

頭はもう手遅れだとして……何を訓練するんだ?

 

「あ、マリーさーん! 助けてください! あのメイドさん鬼です、外道です!」

「私はエルフですが」

「ひいっ! 居たあ!」

 

おお……。

ポン子にトラウマが植え付けられてる……。

凄いな。

あいつ何をやらかしても決して懲りない鋼色の鉛メンタルだと思ってたが……。

 

まさか直してるのは性根か!?

 

「良くやったぞ。メイには特別に給金を出さないとな」

「ちょっと! なんで私じゃなくメイさんなんですか!」

「胸に手を当ててよく考えてみような?」

「……少しも心当たりがありませんが」

「そういう所だ」

 

問題に気が付かないことが一番の問題なんだ。

自分に絶対の自信を持つのは良い事だがそれが今の現状に繋がってることを理解しろ。

 

「いずれは夜のお世話も出来るようにしますので少々お待ちください」

 

いや、そこまではいらねーよ。

エリーだけで十分間に合ってる。

 

「それよりついに魔族が来た。アタシ達はこれから準備をして他の冒険者に合流する」

「それでは早速ギルドに伝えてきます! そしてそのままギルドの支援に移ります!」

「ああ、頼んだぞポン子。……やけに動きが早いな」

 

あっという間に去って行ってしまった。

いきなり真面目に働きだすとはどういう風の吹き回しだ?

なにかの病気ならギルドに行くより先に治療を受けて欲しい。

 

「さきほど館を汚した罰として部屋の隅から隅まで清掃を申し付けた所でしたので。大義名分を得たと喜んでいるのでしょう」

「それは悪い事をしたな」

 

メイがきっちり躾をしている最中に甘やかすような事をしてしまった。

体が動かなくなるまで働かせてから送り出すんだった。

アタシもまだまだ甘いな。

 

「マリー、王国とギルドに通信がおわったよ」

「おう。ありがとなリッちゃん」

 

エリーとリッちゃんには魔導具で通信をしてもらっていた。

とは言ってもほとんど一方通行の通信だ。

宰相は忙しくて取り次げないが、代理の奴が受け取っているらしい。

 

「それで、例の宰相の作戦ですが、先に人を送っておきたいとの連絡がありました」

「分かったぜ。じゃあリッちゃんはその人達を迎えに行ってくれ」

 

リッちゃんの転移門なら一足飛びだからな。

転移門の細かい調整も必要だろうし、向こうの魔法使いがいてもリッちゃんなら専門知識で色々と話もできるだろう。

 

リッちゃんが王都に行くのを見届けると、アタシ達は先に戦場へ向かう。

 

 

「マリー! 久しぶりなのですよ」

「あらあら、元気にしてた?」

 

会ったのは『ラストダンサー』のリーダー、ポリーナと勇者ちゃんだ。

魔王軍が来るということで、簡易ポータルのテストも兼ねて事前に王都から転移させた奴らだ。

 

リッちゃんの魔法が大活躍だな。

 

宰相からはこれで軍隊を一気に移動させて叩こうという案も出た。

だが一度に運べる人数が五人から十人程度と少なかったり、魔力などの関係で一日に作成できる転移門に限りがあったため、王都から呼んだのは『ラストダンサー』と、勇者ちゃんだけだ。

 

一応、他にも腕の立つ冒険者をかき集めて送ってくれるらしいので、一方通行の簡易ポータルを王国にいくつか作っている。

 

「お前らもうすぐ奴らが来るぞ! 気を引き締めていけ!」

 

聞き慣れた声がして、あたりを見回すとおやっさんが指揮を取っている。

 

「おやっさん、こんな所でもギルドの指導か? ご苦労さんだな」

「おう、マリーじゃねえか。なんせこの街が始まって以来の危機だからな。民間からも義勇兵を募って働いてもらってるぜ」

 

おやっさんが親指で奥にいるやつらを指差してくる。

 

「あ、マリーさんだ!」

「え、嘘っ! 本物!? じゃああっちがエリーちゃん!?」

「わー! おじさん初めて見ちゃったヨ」

 

おお……なんというか……一般人だ。

見た目も筋肉の付き方も戦い向けじゃない。

 

「コイツらは基本的に戦闘と言うより後方支援がメインだな。俺達みたいなのは前に出て戦うから安心しろ」

「おやっさんも戦うのか? 引退して大分経ってるだろ」

「ふん、これでも元B級冒険者だ。若い奴らには負けねえよ」

 

おやっさんがニヤリと笑う。

まだ腕は鈍って無いみたいだな。

 

「……とはいえ雑務も掛け持ちだから俺自身はそこまで仕掛けられない。万が一の予備兵だと思え」

「それはしょうがないな。こんなに人数も増えてるし大丈夫か? 指揮が混乱したりとかスパイとかいたらたまんねえぞ?」

「それか……。特にスパイだが、ちょっと困ったことになってな」

 

やっぱりいたか。

炙り出すのが大変だろうにどうするんだ?

 

「最初はこっちの兵士に紛れて事を起こそうとしてたみたいだが、子爵の兵士達が訓練で死んだフリの練習をしているのについてこれなくてな……。すぐに見つけて誘導、捕縛した」

 

死んだふりの訓練ってなんだよ。

ちゃんと戦う訓練しろ。

死んだふりとかそら置いてかれるわ。

子爵の兵士達は頭大丈夫か?

 

「魔王のスキルのせいでなかなか取り調べが進まないが……恐らくもういないと見ていい」

「本当だな? 後ろからブッ刺されるのはごめんだぜ?」

「そこは俺達が見張って叩き潰せるようにするさ。戦いの際に注意する点として奴らは敵の入った瓶を持っている」

 

瓶?

ああ、前に魔族が使ってた奴だな。

やっぱり小さくして運んでいたか。

 

「瓶は見つけたらそのまま焼いたり割ってしまえ。中にいる奴らはそれだけでほぼ瀕死だ」

 

詳しく話を聞くと、小さくなっている間は見た目通り耐久力が低いらしく、焼けばそのまま死ぬし、割れば元の大きさに戻るものの、瓶の破片で全身を切り裂かれるリスクがあるらしい。

 

思っていたより弱点のあるスキルだな。

便利だが運用に気を使うタイプのスキルだ。

 

「じゃあアタシが奇襲をかける時、見かけたら壊しといてやるよ」

「たしか遊撃隊として撹乱するんだったか……。だがそのために深追いは止めておけよ?」

「任せとけって。こっちは奇襲がメインだ。そのためのエキスパートがいるからな。瓶はあくまでもついでさ」

 

荷物運びから空間魔法で転移までなんでもこなせる凄いやつがいるからな。

リッちゃんっていうんだが。

 

宰相の作戦から目を逸らさせるためにも南方向を中心に嫌がらせを……。

 

「マリーちゃんにエリーちゃん、来てたんだね」

 

そこで見慣れた顔が現れる。

酒場の女将さんだ。



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第117話 檄

9-117-135

 

「お久しぶりです。最近は酒場に顔を出せずすいません」

「女将さんじゃねえか。どうしてこっちにいるんだ? 戦場だぞ?」

「何言ってるんだい、戦場だからここに来たんじゃないか。今でこそ酒場を切り盛りしてるけど私はね、元B級冒険者だよ」

 

マジかよ。知らなかった。

話を聞くと若い頃はおやっさんと冒険者仲間だったらしい。

 

おやっさんに馴れ初め含めて色々聞こうとしたが、仕事があるという事で別の場所に行ってしまった。

……さては照れてんな。

 

世の中アタシの知らないことがたくさんあるもんだ。

 

「なんにせよ、今回は街の危機だからね。時と場合によっちゃアタシ達も武器を持つのさ」

「……大丈夫か? 死ぬなよ」

 

アタシが心配するがワハハと笑い飛ばされた。

 

「まったく! 縁起でもないねアンタは! こういう時は仕事が終わったら飯を食べに行きますくらい言わないのかい?」

「アタシは戦場で危機感が薄れる事は言わねえんだ」

 

何よりうっかり死なれると責任を感じるからな。

ま、元B級冒険者なら大丈夫だと思うけど。

 

「相変わらずだねえ。まあこんなところだとアンタみたいなのが生き残るんだろうさ」

 

女将さんはしょうがないねえ、と言って去っていった。

なんでもこの大部隊の食事作りも手伝っているらしい。

 

そこも切り盛りしてるのかよ。

 

しかし見知った顔が多いな。

いつの間にアタシはこんなに知り合いが増えてんだ?

 

「やあマリー。君も防衛かい?」

「誰だ? 悪いけどイケメンに知り合いは居ないんだ。ナンパならコリンに言いつけるぞ」

「しばらく会わないと他人のフリをするのは何故なのかな?」

 

続けて声をかけてきたのは『幌馬車』のジクアだ。

てっきり嫁さんに付き添いになるのかと思ってたが……。

 

「お前もこの戦いに参加するのか?」

「そうだよ。予定通りなら後方支援だけの予定だったんだけど……、生まれてくる子供のためにも頑張らないとね」

「そうか! じゃあ戦いから生きて帰らないとな! そして大きくなった子供に武勇伝を聞かせるんだろ?」

「うん、その通りだけど……悪意を感じるのはなぜかな?」

「マリー……さっきと言ってることが真逆ですが……」

 

エリーが軽く引いている。

別に死んで欲しいとか思ってないから安心するんだ。

とりあえずフォローしとくか。

 

「もし万が一があった場合はコリンと子供の事は任せろ。伝えてやるさ、お前の父親は顔が良かったって……」

「顔だけじゃなくて他にもあるよね? せめて勇敢だったとか伝えてくれないかな?」

 

悪いな。正直イケメンには興味ないんだ。

コリンには買い物含めて世話になってるがお前の事は知らん。

ただ子供のために馬車馬のように働いてもらう必要があるからな。

頑張って生き延びてくれ。

 

「おう、お前ら。集まってくれた事に感謝するぞ。戦う前に少しだけ話を聞いていけ」

 

いつの間にか設置された壇上におやっさんが立っている。

音魔法で声を大きくしているようだ。

どうやら発破をかけるようだな。

おやっさんは大きく息を吸い込むと演説を開始した。

 

「良いかお前ら! 個の能力なら俺達は互角以上だ! だが組織で来てる魔族はスキルの支援もあって厄介だ! 無茶はせずに援軍が来るまでひたすら粘るぞ!」

 

爆裂魔法が爆発したような大声だ。

さすがおやっさんだ。

 

「繰り返すが個の能力は互角以上だ! 俺達は今回剣となって敵を切る! 兵士は盾だ! 必要に応じて街に戻って補給しろ! 俺達を舐め腐った魔族に冒険者の意地を見せてやれ!」

「「ウオオオオオォォォッ!!!!」」

 

おやっさんの激励に反発するように冒険者達が叫ぶ。

 

他の職員が配置やらを細々と説明をしているが誰も聞いていないようだ。

……あとでおやっさんが色々と動いてフォローするんだろうなあ。

 

おや、メイが壇上に立ったな。

さっきから姿を見ないと思ったら……何をするんだ?

 

「皆様。この戦いから生き残った暁には、マリーやエリーの姿を模ったプチフィギュアを差し上げます」

 

おい、何を言って――。

 

「ウオオオオォォアァァァーーー!!!!!!」

「来た! このために俺は義勇兵として参加したんだ!」

「お兄ちゃんの名にかけて守ってあげるからね……」

 

激しい歓声が飛ぶ。

さっきよりも十倍ぐらいでかい声だな。

騒いでるのは一部の人間だけだろうに。

これが声の大きい一般人ってやつか。

 

「さあ皆様。『エリーマリー』ファンクラブ親衛隊として鍛え上げたその力で、ファンとしての意地を見せましょう!」

「流石ファンクラブ会員No1!」

「おはようからおやすみまでを見守る俺らの代弁者!」

「メイさん! 俺はアンタについてくぜ!」

 

おい、ちょっと待て。

ツッコミどころが多すぎるんだが、とりあえず会員No1ってお前かよ。

 

お前正確にはアタシ達じゃなくてリッちゃんのファンだろうが。

毎日リッちゃんの寝顔をニヤニヤ眺めているのを見てるぞ。

 

それよりもアタシ達のファンをちゃんと大事に扱ってる奴を……。

 

…………。

 

やっぱりいいや。

変に国家権力とか使ってきそうな奴がいるし。

 

むしろリッちゃん一筋の狂信者が上に立ってたほうが中立ぶった奴よりまとまる気がする。

 

「そういえばさっき『エリーマリー』のメンバーを見かけたぞ」

「なに!? どこでだ!」

「見つけて守らねば……」

「そして魔族に寝取られてるボロボロのマリーちゃんを眺めながら……はぁはぁ」

 

なんか騒がしい。

アタシ達はお前らに守られるほど弱くねーよ。

 

あとお前らの中にいる脳が破壊されてる奴。

この戦いが終わって生きてたら脳みそを綺麗に掃除してやるから期待しててくれよな。

 

 

おっと、会員がこっちに近づいてきた。

姿が見つかるとマズイな。そっと離脱するか。

 

「おまたせー」

「お、リッちゃんお疲れさま。どうだ?」

「準備はバッチリだよ」

「そうか、じゃあアタシ達も準備をしねえとな」

 

リッちゃんが宰相のトコから帰ってきた。

今回のアタシ達は奇襲と防衛を状況に合わせて行う遊撃隊だ。

他の奴らと組んで戦うこともあるかもしれないが、基本はアタシ達だけで動く事になる。

 

普通の部隊なら簡単に転戦できないが、アタシ達はリッちゃんワープでひとっ飛びだからな。

戦い方的にも自由に動いたほうが色々と都合がいい。

 

そのために偵察隊をつぶしながら簡易ポータルをたっぷり設置しておいたんだ。

 

「第一偵察隊より伝達! 魔王軍第一波! 第一陣通過! 本拠地到達まで推定一日!」

 

黄色い鳥が声を上げながら空から降りてくる。

……魔法による伝令だな。

第一陣って事は……アタシ達が簡易ポータルを置いてた場所は通過したって事か。

 

鳥の声を聞くと、冒険者達の喧騒がすっと引いていき、場に緊張と沈黙が走る。

ついに来るか。

 

「よし! これから喧嘩だ! 前もって配置を伝えているが、分からない奴は聞きに来い! 通信の魔導具を用意したから使え! 現地ではチームごとに動いて連携しろ!」

 

おやっさんが大声を上げて指揮をとる。

通信用魔導具はエリーに渡しておいた。

近くの味方限定で通信ができる奴らしい。

 

さて、アタシ達も動きますか。



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第118話 奇襲

9-118-136

 

アタシは今、簡易ポータルを使って転移、敵の中腹部分に来ている。

山の中にある森から隠れるように見下ろしているが……中々に壮観だな。

 

いくつかの塊でそれぞれ部隊が作られて、陣形を保ちながら移動している。

一つの塊に居る魔族はニ、三種類、規模は……塊の大きさも魔族の個体差もデカくて計算しにくいが、三百から五百ってとこか。

 

それがズラズラと移動してんだから魔族もスゲえな。

 

「うわっ、敵がいっぱいだね」

「ああ、リッちゃんはここで帰るための準備をしておいてくれ」

「うん、任せてよ!」

「私はご主人様の守護に当たります」

「おう、メイも気をつけろよ」

 

魔王軍が動き出してからそれなりに時間は経過している。

そろそろ味方部隊との睨み合いが始まる頃だろう。

 

まあアタシ達も近隣からの兵士が来たり土木屋達も一丸となって全力で陣地を構築しているからな。

そう簡単には抜けないはずだ。

 

敵の総数は……万を余裕で超えそうだな。

地形もあって奥のほうが見えないが……十万とかじゃない事を祈るぜ。

 

「ここまで近いのに探知魔法は使わないんだね」

「隠密スキル持ちを探すのは手間がかかるからな。雑魚数匹相手に消耗を強いるくらいなら無視してるんだろうさ」

 

だからこそアタシ達の無茶が効果を発揮する。

基本は軽く殴りかかって撤退するヒット&アウェイ方式だ。

目的は奇襲して疲弊させる事、できれば敵が変身を使ってくれると御の字だな。

 

「エリー、魔石は……」

「ええ、しっかり持っていますよ」

「僕はもう設置を始めてるよ!」

 

よし、準備は万端だな。

リッちゃんは撤退用の簡易ポータル設置、起動に回すから戦力として使えないのが痛い。

 

リッちゃんが攻撃できたならもうちょい深く切り込めるんだが、都合よくはいかないみたいだな。

 

「じゃあ移動中はアタシがエリーを運ぶぜ」

 

アタシはエリーを背中に背負い、風魔法で覆って固定する。

これで簡易版高機動スタイルの出来上がりだ。

 

「よし、じゃあいくぜ。揺れるから気をつけるんだ。気分が悪くなったら言ってくれ」

「ふふっ、大丈夫ですよ。お姫様だっこが良かったのですが仕方ありませんね」

 

エリーが冗談っぽく伝えてくる。

すまねえな。流石に両手が塞がるのはまずいからな。

戦いが終わったらちゃんと抱きかかえるさ。

 

「行くぜ……」

「はい、〈幻覚〉!」

 

アタシは空中を蹴って跳ぶ。

目標は敵陣中央だ。

 

「ボス、女達が空を飛んでいます!」

「は? 何だアレは!? 複数!? いや偽物か! 撃ち落せ!」

「悪いがアタシを射止めらるのは一人だけだ」

 

魔族達が矢や魔法を放ってくる。

おうおう、偽物のアタシ達に矢を射るとはご苦労なこった。

生憎だが雑魚に構ってる暇はないんでな。

 

アタシがやるのはちょっとしたイタズラさ。

ついでに指揮官の首も狙うけどな。

とりあえず雑魚には炎をぶつけとくか

 

「くそっ、あいつ炎で攻撃してきたぞ」

「慌てるな! よく見ろ! いきなり飛び出したとはいえ、実際に攻撃してくる本物は一騎だけだ。周囲に警戒をしつつ距離を取れ! 遠くから魔法と矢で押し潰せ」

 

お、いたいた。

冷静な判断ありがとよ。

アンタが指揮官だな。

 

「エリー、アイツだ!」

「はいっ! やります――〈魅了〉」

 

どうだ? 効いたか?

 

「うっ……グッ……。ナニを……している。早く殺せ。〈変身〉だ! 〈変身〉をつかえ!」

「し、しかし大部隊でもない相手に変身を使うなど」

「構わん、やれ! 全ての魔石で〈変身〉を使うのだ! 軍規を乱すつもりか!」

 

魔族たちが慌てて姿を変えていく。

よしよし、これで嫌がらせ成功だな。

 

「エリー計画どおりだ!」

「それでは次ですね。――幻覚を動かします」

 

エリーの魔法で生み出した偽物の陰を一度本体のアタシのトコに集める。

シャッフルさせて分かりにくくするためだ。

 

そして、一気にあちこちに散らばる。

これで更に的を絞りにくくなった筈だ。

 

もちろんアタシが攻撃される可能性はあるが、こっちは〈絶対運〉のエリーがいる。

普通より当たる可能性は低い。

それに――。

 

「くそっ! 敵が散らばるぞ!」

「何もさせるな! 隊長の言うとおり全力で押しつぶせ!」

 

「待……テ! 一時待機だ! 念には念をいれろ!」

「た、隊長。しかし……いえ、分かりました!」

 

良し。

もう一つ、〈魅了〉で仕掛けた罠が発動してるな。

 

今回〈魅了〉でかけた命令は二つ。

一つは〈変身〉させる事、そしてもう一つが攻撃せずに待機させる事だ。

 

どうやら部隊長は〈魅了〉の魔法にしっかりかかってくれているようだな。

わざわざ自分達の部隊を足止めをしてくれている。

 

助かるぜ。

 

今回、嫌がらせの目的は魔石を消耗させることだ。

前の砦の戦いで魔族にとっても魔石が貴重品だってことが分かった。

 

魔族の〈変身〉はタイミング次第で戦況をひっくり返される切り札になるからな。

先に切り札を潰せるだけ潰しておく。

 

最初は部隊ごとに指揮をしてる奴を見つけてエリーの〈魅了〉をかける。

うまく行けば今回みたいに魔石を使って〈変身〉を誘発させる。

 

最悪ケースで空中から叩き落とされるような場合は戦わずに撤退だな。

 

「そうだ! 待機だ! 待機しろ!」

 

よし、最初の奇襲は上手く行ったか。

後をつけられてる様子もないし、戦場を移動するか。

 

「あ、お帰りー。どうだった?」

「こっちは上手く行ったぜ。リッちゃん達はどうだ?」

「バッチリだよ! じゃあ一回帰ろっか?」

「ああ。まだ疲れてないからな、すぐに出るぞ」

「オッケー、じゃあ戻るよ」

 

リッちゃんの魔法で本陣に転移する。

疲れていればここでアタシがスキルを使って回復するって寸法だ。

 

今回は完璧に上手く行った。

疲労も少ないし色々とバレて作戦が台無しになる前に続けて行くか。

 

「貴様どこから……」

「お前に会いたくて飛んで来たんだ」

「〈魅了〉。マリーばっかりに見とれては行けませんよ」

 

「アイツを撃ち落せ!」

「アンタに落とされるほど安くはねーぜ」

「〈魅了〉。ええ、マリーは私が射落としています」

 

 

その後も森から、山から、どんどん場所を変えて二度三度と攻めては引いてを繰り返していく。

部隊によっては魔石を持ってる奴らが少なかったりもしたが嫌がらせとしては上々だろう。

 

「さあ、まだまだ行くぜ」

「また敵中央のほうにある簡易ポータルでいい? もっと遠くにしよっか?」

「そうだな……。もう一回だけ試してみよう」

 

アタシは再び転移する。

リッちゃんの簡易ポータルは使い捨てだがあちこちに設置しているからな。

あと十数回はアタシ達だけで嫌がらせが出来る。

 

「さて、ここの部隊は……」

「む? アイツだ! アイツが撹乱をしてる元凶だ!」

 

いきなり魔法と矢が飛んでくる。

あぶねえ。距離があったから防御と回避ができたけどもう少し近づいてたらやばかった。

 

あの猪面した一つ目がここのボスか?

 

「別部隊の情報では〈変身〉を使わされたそうだ。おそらく幻覚系のスキルか魔法だろう。命令だ! これから1時間、俺がどんなことを言おうと決して〈変身〉するな!」

 

そこまでバレてるのかよ。

魔族の奴ら優秀だな。

 

……だが、〈変身〉を使わないならこっちにも方法がある。

 

「エリー、作戦変更だ。突撃するぜ」

「はい! マリーに任せます、〈守護〉」

 

さあ首取りだ。

 

「こっちに突っ込んでくるだと!?」

「かまわん、叩き落とせ」

「くそっ、ちょこまかと……。ふぎゃっ! てめえ!」

 

アタシは身体を霧で覆い、適当に近くの魔族を踏みつけながら突進する。

相手から攻撃の的を絞らせないようにするためと、もう一つ――。

 

「ふざけ……。なんだ? 体が痺れ……」

「踏まれて興奮しちまったか? 悪いが放置プレイさせてもらうぜ」

「な、なぜ私まで痺れ……?」

 

なーに、ただの雷魔法を直で流し込んでるだけさ。

霧を操作して周りの奴らにも雷が通るようにしてるって訳だ。

 

「くそっ、アイツはスキルをいくつ持ってるんだ!?」

「落ち着け! ただの魔法だ! 魔法部隊に応援を寄越せ!」

 

魔法なのを見破ったか。

まあこんだけ連発してればしょうがないか。

 

「そこだ!」

 

怒号と共に槍が飛んでくる。

早いな。身体を捻って躱し……やべっ、エリーに当たる!

 

「ちぃっ!」

「マリー、大丈夫ですか!?」

「ああ大丈夫だ。かすっただけさ……ふざけた真似してくれるな」

「ふん、よくも好き勝手してくれたね。叩き潰してやるから覚悟しろ」

 

随分とデカイ身体の女騎士――。

首から上は無く、胴体だけで喋っている変な奴が立ちふさがる。

胸から声出してるのか?

 

「私は目が見えなくても気配で相手を捕まえられる。さあ、ここは通さんぞ」

「へっ、ダンスの誘いは間に合ってるぜ」

 

こいつはソコソコに強そうだな。

戦士としてまっとうに戦ってやりたいが……今はムリだな。

 

「エリー、頼む」

「構いませんが効くかどうか……。〈幻想幻惑〉」

 

エリーの幻覚が音や触覚にも作用するなら大丈夫だろう、多分。

 

「むっ……何だこれは!? 敵の気配が増えていく……?」

「悪いがアンタは無視して行くぜ。放置プレイを楽しんでくれよな」

「くそっ、させるか!」

 

アタシがエリーに頼んだのは、一人だけに幻覚を見せる魔法だ。

とは言っても顔が無い奴に効くかどうかは賭けだったが……効果はあったみたいだな。

 

周りにいる味方をアタシ達だと思いこんでいる。

 

「落ち着いて下さい! それは味方です!」

「おのれ戯言を!」

 

まあこの魔法も消費が激しいから控えたい。

本命は〈変身〉を削る事だしな。

 

 

「はあっ! クソっ、真面目に戦わないか!」

「おい、暴走したぞ!」

「誰か止めろ!」

 

いい感じに混乱し始めたな。

悪いが戦争なんでな、真面目に戦ってたら身が持たないんだ。

次に出会うことがあったらアタシより良いやつを紹介してやるよ。

 

アタシは風魔法を解除してエリーを降ろす。

エリーは守護壁を張ってすぐに他の魔族が介入できないようにしてくれた。

 

さあ、隊長格は目の前だ。

あの猪面をぶっ飛ばしてやるよ。

 

 

 



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第119話 連携魔法

9-119-137

 

「……ただの雑魚かと思ったが俺の部隊を突き抜ける程度の力と小賢しさはあるようだな」

「そりゃ中に深くまで突っ込んでるんだ。危険を避ける準備は色々とシてるモンだろ?」

「ええ。ですがマリーに手を出しては行けませんよ〈魅了〉」

 

エリーが会話の途中で魔法を掛けてくる。

 

「無駄だ。精神を汚染する魔法は別の精神補助のスキルなどで防げる。俺もスキルの副作用で僅かに高揚の精神補助を受けるのでな……。さて、我が声を聞くが良い。〈奇声ヌ者〉」

 

隊長格が妙に甲高く叫ぶ。

 

うるせえ奴だ。

耳がキーンとして……。

ん? 何も聞こえないぞ?

 

「エリー、大丈夫か?」

「……」

 

駄目だ。聞こえない。

周囲を見回すが敵も同様に聞こえなくなっているようだ。

さっきのスキルか。

 

アタシは喉に手を当てて声を出してみる。

……震えはあるな。

てことは聞こえないだけか。

 

 

さてどうやってエリーとコミュニケーションを……。

そこで通信具から通信が送られてきた。

……エリーからだ。

そうか。これなら振動で通信するからコミュニケーションが取れるな。

 

なになに……。

エリー、です。魔法が、封じられました。

おそらく、敵も、同様でしょう。……か。

 

アタシは魔法が使えそうだが……エリーが魔法を封じられてるって事は……。

 

くそっ。

広範囲に発動して魔法を奪うのか。

厄介なスキルだ。

タイミング次第じゃ戦線が崩壊しかねないぜ。

 

こんなもん使われて急に襲われたら助けすら呼べずに死ぬぞ。

こいつら奇襲部隊の類か?

 

「!!」

「っあぶねえ!」

 

敵が棍棒で殴りかかってきた。

下品な笑いをしやがって。

勝ったつもりか。

 

再び大きく構えてきた。

随分と大振りの構えだな。

 

「安易に近づきすぎだぜ。自由を奪ってからしか口説けないとか男失格だな。刻むぜ」

「っ!? !!! !?」

 

アタシは振り下ろしてきた大きめに棍棒を避けると、猪顔を二本の刃で刻んでやる。

 

猪顔がなんか叫んでいる。

悪いが聞こえないし聞きたくもない。

 

「お前……戦闘能力は大したことないだろ。スキルの優秀さで上に上がったタイプだな。魔法が使えない女になら勝てると思ったか? 残念だったな」

 

声は聞こえなくても、猪顔の顔がこわばるのがなんとなく分かる。

アタシの声は聞こえるようだな。

逃げるかどうか迷ってるのか?

 

「そう固くなるなよ。出すもん出してスッキリしな。女と部下を前にして逃げるなら構わねーけどよ」

「……! っ!!」

アタシが煽ると戦うことを決めたようだ。

チョロいな。

さっきの首なし魔族が相手だったら少しヤバかったかもしれねえが、コイツなら問題ない。

 

とはいえ、こっちもエリーを無防備に近い状態にしているからな。

流石に時間をかけるとまずそうだ。

手の内を少し見せる形になるが仕方ない。

一気に畳み掛けるぜ。

 

アタシは右手に魔力を溜め、不用意に突っ込んできた猪顔のデカい口に拳を突っ込む。

 

「弾けろ。鳳仙花!」

「っ! …………ぁああ! 隊長が!」

 

相手が死ぬと同時に、音が戻ってくる。

ダメージで解除されるタイプだったか?

まあやっつけたから良しとするか。

 

周囲を見渡すが皆固まっていて動こうとしない。

唯一動いているのは、さっきアタシの目くらましを見破って力任せに暴れていた奴くらいだ。

まだ幻覚にかかっているのか岩を殴り続けている。

 

……攻撃を受けたら幻覚が解除されるはずなんだがな。

 

「マリー、幻覚魔法を使います」

「頼む。一気に突き抜けるぞ。しっかり捕まってろ」

「はい!」

 

流石に潮時だな。

アタシは再びエリーを背負う。

今は不意打ちと勢いで押してるが、正気に戻られたら押しつぶされるからな。

そうなる前にさっさと逃げるぜ。

 

「ま、まて! おい、逃がすな!」

「しかし副隊長があの状態では……」

「別部隊に応援を要請中だ! それまで引き止めろ!」

 

グダグダとうるさい。

まあ混乱してる今がチャンスか。

 

追いかけてくる奴もまばらだし、さっさと戻らせて貰うぜ。

 

「逃げるぞ! 追いかけろ!」

「おいおい、女のケツを追い回すもんじゃないぜ。フラッシュ」

 

アタシは目くらましで驚かせたあと、一気にリッちゃんのいる所まで戻る。

 

「マリー! 敵が来てるよ」

「まだ追いかけて来たか。すまねえ、撒く事が出来なかった。悪いが早く移動を……」

「いえ、ここは私にお任せ下さい」

 

立ち上がったのはメイだ。

 

「メイ……。何か考えがあるのか?」

「はい。このままではご主人様の転移魔法を見せる形となります。私のスキルで一度この場に籠城いたしましょう。私のスキルなら見せても不利益が少ないので」

「……アレだけの数だぞ?」

「たったアレだけ、でございます」

 

言い切ったな。

確かにリッちゃんの魔法がバレると色々と痛い。

それは避けたいし任せてみるか。

 

「敵が隙を見せたらすぐに撤退だぞ」

「お任せ下さい。我がスキル〈サ・守護主〉はご主人様から十歩以内の距離に不可視の壁を作ります。この壁を破れる者は……もうこの世におりませんので」

 

メイがスキルを展開する。

なるほど、これが不可視の壁か。

 

「追い詰めたぞ!」

「仲間もいるぞ、囲んで潰せ!」

 

敵が五、十、二十と、どんどん増えていく。

こいつらから本当に守れるのか?

魔族の一人が剣を見えない壁に叩きつけてくる。

 

「死ね! ……なんだ!? 硬えぞ!」

「〈ファイアボール〉 ……ダメか」

「なら俺のスキルで……クソっ弾かれる!」

 

どうやらスキルが上手く機能しているようだ。

敵の魔法もスキルも全部まとめて跳ね返している。

 

「流石はメイだね!」

「ありがとうございます。相手もこれで引いてくれれば良いのですが」

「……残念だがまだまだやる気みたいだな」

 

攻撃はほとんどしてこなくなったが、戦意が失われる様子もない。

ただ遠巻きに囲む魔族の数だけが増えていく。

……何か待ってるのか?

 

「前線から飛行部隊が来たぞ!」

「よしっ、これで全方向から集中攻撃ができる!」

 

空を見上げると蝙蝠の翼や昆虫の羽根をまとったような奴らが数十人ほど宙に浮いていた。

 

……もしかして、空中専用の部隊もいたのか?

危なかった。

空飛ぶ奴らなんて少ないと思ってたからやってた作戦だからな。

このまま続けていたら空で囲まれるなんてこともあったかもしれねえ。

 

さっきの口うるさい魔族が得意げに語りかけてくる。

 

「彼らは魔法隊だ。近接戦では弱くとも、長距離では一日の長がある。見せてやろう。他の部隊との連携も済んでいる」

「口上がなげーよ」

 

口ばっかりペラペラと動きやがって魔族って奴はどうしようもねえな。

まあこっちもメイの防御頼みだから人の事は言えねえが。

 

「強がっていられるのも今のうちだ。部隊連携魔法を展開する!」

 

そう言うと、上空で待機しているやつらを除いて、魔族達は撤退していく。

一方でエリーの表情は固い。

 

「連携魔法……。少しまずいかもしれません」

「ん? どうしたエリー? 連携魔法を知ってるのか?」

「百年ほど前に王都で開発された魔法のはずです。魔法というよりは数十人の魔力を集束して、一つにする魔法技術だとか」

 

そんな魔法が作られてたのか。

……あれか? 冒険者がチームで魔法を重ねるのを更に発展させた奴って事か?

 

それを魔族が使えるって事は……。

王国から情報が漏れたか、盗まれたな?

 

「そっか……それぞれが弱くても魔法を集めて連携すればよかったんだね。……僕、魔法を使うときはメイやファーちゃんを除くと基本一人だったからなあ」

 

 

そんな事情は関係ないと言わんばかりに、リッちゃんが感心している。

強者の上から目線なのにちょっと悲しくなる話はやめるんだ。

 

そう言うのは平和になってから慰めてやるから今は敵に集中してくれ。

今はリッちゃんの過去よりどっからくるか分からない魔法に集中したいんだ。

 

「発射!」

 

遠くから聞こえたのはさっきのやかましい魔族の声だ。

同時に、炎の塊が押し寄せてくる。

 

凄まじく眩しいが……。

熱くはないな。

 

うっすらと目を開けると木々が焼けて、土が赤く熱を持っているのが見える。

それでも光しか通さないのはすごいな。

 

「……少し不味いかもしれません」

「どうした、メイ? まさか……スキルの限界が近いのか?」 

 

なんせこれだけの火力だ。

ダメージが入っても仕方ない。

どうする……?

 

「いえ、そちらは全く問題ないのですが、ご主人様が飽きないかと思いまして」

 

うん、気の使い所が違う。

後ろで僕は魔法解析してて楽しいよーとか声が聞こえてくるが無視しとこう。

 

「少し真面目な話をするなら、ここから脱出するには一度スキルを解除する必要があります。それにこの炎が止まなければ戻ることもできません」

「なんだ、その辺りは気にしなくていいぜ。アタシの魔法で目くらましをしてやるさ」

 

アタシは魔法で霧を出す。

霧を上の方に集中させて、煙幕の代わりにしてやる。

 

「それにこんな攻撃はアタシ達みたいなのに使うには過剰すぎるさ。多分だが撃ち終えたら向こうも少し攻撃が緩むはずだ」

 

この辺の感覚は戦いに慣れていないと勘所がつかめないからな。

メイはやっぱり戦い慣れしていないんだな。

 

言っている側から光が消えて周囲がよく見えるようになってきた。

アタシ達を中心に木々が焼け焦げている。

 

中々に広範囲の攻撃だな。

少なくともアタシ達に使うような攻撃じゃない。

大分警戒されてるな。

 

「霧は出したぞ。これで姿が隠れるはずだ。さっさとリッちゃんの魔法で帰ろう。そうすればアタシ達は死んだと思わせる事が出来るさ」

 

 

 



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第120話 期間

アタシ達はリッちゃんの魔法陣で移動を終えて戻ってくる。

簡易ポータルが閉じる直前、爆発音と熱波が少し流れ込んできた。

 

多分だが霧を見て第二波の攻撃をしたんだろう。

おかげで霧もアタシ達が元気だった痕跡も跡形もなく吹き飛ばしてくれたはずだ。

 

こっちも戦略を少し練り直す必要がある。

……空を飛ぶ奴らがいるなら安易な突撃は考えねえとな。

 

敵陣の中央ばっかり攻めたのはアタシ達が転移魔法を隠してそこにいるフリをするためでもあったワケだが、そろそろ場所を変えても良いかも知れない。

ポータルはまだいくつもあるからな。

 

「まあいいや。攻め続けると集中力が切れるからな。一時休憩してからだな」

 

とりあえず休憩を兼ねて陣地で休むか。

とはいえ戦闘中だからな。

即席で建てられた物見台……櫓で様子を見てからにするか。

 

「やあマリー。君もここで支援しに来てくれたのかい?」

 

櫓には普段よりはるかに大きな弓を構えたイケメンがいた。

上に上がったのはアタシとエリーだけだ。

 

「何やってんだ? 魔族の女でもたらしこむために遠くから見てるのか?」

 

まったく、これだからイケメンは。

ナンパは勝手だが家庭内に修羅場を持ち帰るなよ。

 

「違うよ。僕は高くから偵察してるんだ。そしてこの矢で……」

 

イケメンが矢に文書をくくりつけて放つと、音が響く。

音の鳴る矢か。

そのまま矢は味方の所に落ちていき、味方の陣地に落ちた。

 

「これで味方に敵の状況を知らせるってわけさ」

「なんでそんな面倒な事を。魔法で……そうか。長距離で通信できる魔法使いがいないんだな?」

「一応、使い手はいるよ。けど……領地を超えたやり取りだと暗号とかの諸々が共有しきれなくてね」

 

知らない者同士で即興の暗号を使うよりは弓で連絡を届けたほうが確実みたいだね、とイケメンが続ける。

 

連合軍だと領地ごとに暗号も違うからあえて原始的な方法も使って伝達ミスを防ぐ、という事らしい。

色々と考えてんなあ。

 

「ん? 最初に配られた魔導具の通信は良いのか?」

「あれは戦闘してる人達が連携するための物だよ。僕のはもう少し広範囲の連携用だね」

 

まあ現場で即興のやり取り限定なら対策されるより早く行動に移れるか。

 

「状況を伝えつつ、場合によっては僕がこの魔法の弓で敵を討つこともあるってわけさ」

 

イケメンが弓を見せてくる。

 

どうやらこの弓、ギルドが所有する魔道具の類らしい

風魔法の支援で弓の射程と威力が高められているとか。

なるほど、イケメンのスキル『精密射撃』と合わせて狙撃手兼通信役ってわけか。

 

「ちなみに今はどんな状況だ?」

「あー……。えっと、まずは経緯から説明しようか。最初は魔族が集団で空から来たかな。数は数百くらいで少なかったけど空だと僕以外はなかなか反撃が難しくてね」

 

一応、弓矢隊や魔法部隊が攻撃したりスキル持ちが空中戦を仕掛けて追い払ったが結構大変だったらしい。

 

しかしこいつサラッと僕以外は、とか言いやがった。顔以外も自慢しやがって。

 

「その後は味方が崩れた所に魔族が集団で魔法を打ってきたんだ」

「おいおい。やべーじゃねえか。……その割に味方は平気そうだな?」

「それがね、A級冒険者のリーダーだったかな? 彼女と王国の勇者が敵の攻撃を返して逆に魔族がダメージを受けてたよ」

 

今ここにいるA級だと……『ラストダンサー』のメンバーか。

そうか、確かにポリーナと勇者ちゃんならそのままカウンターを決められる。

即席の部隊でどうなるかと思ってたが、足止めできたようで良かった。

 

「あとは魔族が〈変身〉して突撃をしてこようとしてたんだけど、王国の勇者が魔族を変身前の姿に戻して魔法をバンバン打ってたから勢いが削がれたみたいだね」

 

たしかに勇者ちゃんのスキルなら〈変身〉を元に戻せるな。

『ラストダンサー』と合わせて一旦魔法を全部吸収、そこから広範囲で魔法攻撃っトコか。

 

「て事は今は膠着状態で睨み合いか……? いや武器のぶつかる音が聞こえるな? 魔族の奴らは次に何をしてきたんだ?」

「ああ、あれは『オーガキラー』のリーダーを筆頭に『攻めるなら今だ!』とか言って冒険者達が突撃をしてね……」

 

イケメンが遠い目をしている。

あー……気持ちは分かるぜ。

 

あの馬鹿、自分達が守る側だって理解してんのか?

……理解してないだろうなあ。

 

まあ数で押し潰されるよりは定期的に攻めて押し返すのが理想だけどよ……。

 

「でも彼女達のお陰で、被害は敵の方が多いみたいだね。味方に少しでも疲労や怪我が見えたらA級冒険者の人……ストルスさんだっけ? 彼がスキルで即座に転移させて陣地に戻してるよ」

 

てことは細目のおっさんだな。

アイツのスキル万能だからな。

男にしておくのが惜しいくらいだ。

 

「こっちはしっかり陣地構築ができてるのが強いね。兵士達の土魔法は凄いよ」

 

確かに目の前にはいくつかの防御壁が築かれ、即席の陣地だとは思えない。

回り込みされないような分厚い陣地に加えて、守りに特化した兵士達がガッチリ敵を押し留めている。

 

イケメンの説明で事情が分かった。

要するに攻めたけど手痛い反撃を食らったお陰で今はまだ相手も様子見の状態って所か。

 

「それで後は合間を見つけて僕がこうやって……」

 

イケメンが弓を構える。

 

――その瞬間、喧騒が消えて弓の軋む音だけになったかのような錯覚を覚える。

 

しばらく弓を引き絞って集中していたようだが、イケメンが目を見開くと同時に弦から手を離すと、矢が物凄い勢いで飛んでいく。

 

その矢は敵陣に向かって突き進んでいった。

 

「こうして、指導者らしき魔族がいたら文字通り一矢報いてるってわけさ」

 

遠くの方で混乱めいた声が聞こえる。

……この距離からピンポイントで敵を捉えたのか。

凄えな。これが父親になる男の力か。

 

「この距離でも届く……いや当てられるのか?」

「ん? まあね。一応遠視の魔道具も借りているからね。この距離ならちょっとくらい魔法で邪魔されても狙えるかな?」

 

イケメン曰く、スキルもそれなりに成長していて風魔法なんかの単調な防御なら抜けられるらしい。

魔法の風は言うほど単調じゃねえと思うけどな。

 

コイツ、魔道具を使った超長距離射撃とスキル『精密射撃』の相性が良すぎる。

今この瞬間だけならB級にも届くぞ。

 

スキルが地味だと思ってたがやべえ。

これでイケメンじゃなかったら完璧だったのにな。

 

「とりあえず状況は分かったぜ。アタシも殴りこんで――」

「駄目ですよマリー。気が付かないウチに疲れは溜まるものです」

 

後ろからハグされてしまった。

エリーに止められたらなら仕方ないな。

戦いが本格化すると休めなくなるし仕方ないな、うん。

 

ついでだから二の腕をぷにゅぷにゅしとこう。

うん、スベスベで柔らかい。

 

「マリー達はこっそり魔族の方に潜り込んで色々と動いてるんだよね? なら前線は大丈夫だよ。僕たちに任せて休んでて」

「おう、女魔族のハートを頑張って射止めてくれ。家庭内がドロドロの修羅場になったら嫁さんと子供は引き受けるからな」

「いや僕は浮気はしないからね? コリンや生まれてくる娘のためにもね」

 

なにノロけてんだコイツ。

つか生まれてくるの娘かよ。

そこまで分かってるのか。

 

アタシ達はリッちゃんと合流するためイケメンと分かれてギルドの簡易出張所に向かう。

事実上の作戦本部だな。

 

「あ! マリーさん! お元気でしたか!?」

「おう、ポン子じゃねえか。どうしてここにいるんだ?」

「後ろで仕事を早めに終えてだらけていたら手伝いでもして来いと言われまして……前線に送られたんです!」

 

完全に自業自得じゃねーか。

今が大変な時期だって分かってんのか?

 

「それで、その……もしよかったら皆さんの館に戻らせてもらえないかなと思いまして」

「悪いなポン子。ウチの館四人用なんだ」

「この間まで私住み込みで働いてましたよね!?」

「ポン子……。分かってくれ。お前は追放だ。心苦しく……はないが仕方ないんだ」

 

ギルドもこんな状況だと人手不足だろうからな。

ポン子の手も借りたいんだろう。

嬉し涙を飲んで返品してやるさ。

 

「後悔しますよ! 後から帰ってきてくれと頼まれても遅いですからね!」 

 

いらねえよ。

ウチは間に合ってんだ。

ポン子はいらないから借金だけ返してくれ。

 

……いや待てよ?

 

「よし分かった。館に戻っていろ。来客が来たらちゃんともてなせよ?」

「え? ええ!? 良いんですか? ……何か企んでます?」

「企んでねえよ。ほら、お化け達への手紙も書いてやる。それともここの最前線で――」

「いえ! 早速行ってきます!」

 

早えな。

まあコッチとしても都合がいいか。

アイツは放っておいて天幕に入ろう。

 

「あ、マリーお帰り。戦いはどんな感じ?」

「今の所こっちが押してるな。一時的なもんだと思うが」

 

出迎えてくれたのはリッちゃんだ。

中にはおやっさん、ギルドマスターやらがせわしなく動いている。

 

「そっか。じゃあまた後ろの方に行って引っ掻き回さないとね」

「ああ、だが次の決行は夜だな。気が緩みまくってる後方に奇襲をかけようと思う。そっちはどうだ?」

「ん? うん! 僕は元気だよ!」

 

元気があっていい事だ。

だけど聞きたかったのはそっちじゃない。

王都の軍団がいつここに到着するかってことだ。

 

「王都からは三日目には部隊が到着するようです」

 

アタシの意を汲み取ってくれたメイが代わりに回答してくれる。

三日ならなんとか粘れそうだな。

 

思ってるより時間がかかるかと思ったが全体の進軍速度も早い。

王国も色々と急ぎで整えてるんだな。

 

勝負は三日目だな。

それまではなんとか引っ掻き回して見せるぜ。



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第121話 深夜の奇襲

9-121-139

 

多少小競り合いはあったものの、大局では互いに睨み合ったまま日が傾き一日が終わる。

 

多少ぶつかりはしたがこちらに大きな損害は出ていないようだ。

冒険者の奴らも深追いする事なく戻ってきた。

 

流石冒険者だな。

弱みにつけ込んで突撃するのと少しでも不利になりそうならすぐに逃げる足の速さは一級品だ。

 

アタシ達は仮眠から起きて食事に向かっているところだ。

 

「はっはっは! 今日は楽しい戦いだったぞ!」

「姉ちゃん突撃しすぎなんよ! ある程度戦ったらちゃんと引くんよ」

「まあまあ、そこがルビー殿の素晴らしいとこでもありますから」

 

……『オーガキラー』の三馬鹿がいた。

やべえな逃げないと。

 

ダンはボスの所に戻って街の人間を逃したり、別の仕事をするらしいからここにはいないが、この三人だけですでに厄介だ。

 

こんな所で敵に会うとはな。

予想外だ。油断していた。

見つかる前にさっさと距離を置こう。

 

 

「おはようマリー」

「おう、リッちゃんにメイもちゃんと起きられたか?」

「僕が弱いのは朝だけだよ。夜は元気いっぱいさ」

 

完全な夜型か。

まあ適度に寝てくれたようで何よりだ。

 

「アタシ達は軽く食べて、もう少ししたら出発だ。向こうは筋肉にふさがれて駄目だから回り込んで食事を受け取ったほうがいい」

「え? うん分かったよ。……あれ? エリーは?」

「ベッドでまだ寝てたな。もう少ししたら起こしに行くさ」

 

昼間はアタシの背中で気を張ってたからな。

流石に戦場を駆けながら戦うのは慣れないだろうし疲れたんだろう。

 

「あ、マリー! ちょっと助けて欲しいのですよ!」

 

呼ぶ声がしたので振り向くと、勇者ちゃんがいた。

なんか揉みくちゃにされてるな。

 

「あ、マリーさんだ!」

「今日のアイドル、勇者リュクシーちゃんに加えてマリーちゃんやエリーちゃんまで来るなんて!」

「流石ギルド! 俺たちが何のために働いて何をして喜ぶかわかってる!」

 

大分騒がしいな。

話を聞くと今日魔族に打撃を与えて反撃のきっかけを作ったリュクシーちゃんにファンがついたらしく、それで揉みくちゃにされていたらしい。

 

こりゃ、アタシまで巻き込まれそうだな。

エリーの手を引っ張って距離をとる。

 

「悪いな。アタシはこれからまた仕事だからな、勇者ちゃんを助ける術はない」

「そ、そんなぁ……酷いのですよ!」

 

まあ良いじゃないか。

そいつらだって悪気がある訳じゃないさ。

しばらく揉みくちゃにして満足したら離してくれるだろ。

 

さ、武器の手入れと準備でもしていくか。

 

 

深夜。

冒険者達は夜の部隊が展開して守りを固めている。

昼に暴れた奴らは元気よく爆睡中だ。

休むのは大事だからな。ゆっくり休め。

戦いが激しくなったらおちおち休めもしないだろうからな。

 

 

アタシ達は今、転移で潜り込める最奥まで来ている。

 

後方だと言うのもあって敵の気が緩んで……、いや、なんか物々しいぞ。

皆武器を持って殺伐としている。

誰か攻撃を仕掛けてる奴でもいるのか?

 

……奥の方が明るいな。

昼のようにエリーと突撃してもいいが……。

不意打ちしようにも予想外の事が起きていると困るからな。

まずはアタシ一人で様子をみるか。

 

アタシは高く飛んで明るい方へ近づく。

誰かが戦っているな。

 

戦っているのは冒険者か?

いや、他にも王国の兵士たちがいたようだな。

すでに倒れて息は無いようだが……。

 

残った僅か三名の冒険者も周りを囲まれてかなり劣勢だ。

ん? あの冒険者は――。

 

 

「くっ、ここまでかい。他の味方と合流できればまだチャンスもあったのにね」

「どんどんと敵が増えて来ます。ここまでですか……。最後はフーと一緒に……」

「フェフェフェ……。儂ら『パンナコッタ』の意地を見せてやるわい」

 

誰かと思えば、前に一緒に戦った『パンナコッタ』のメンバーじゃないか。

リーダーのフーディを筆頭にみんな集まっている。

魔族に囲まれて多勢に無勢ってとこか。

 

「ふん、貴様ら人間には同胞が痛い目に合わされているからな。貴様らは我らの慰み物に――」

「悪いな。そいつはアタシの知り合いなんだ。自分で慰めててくれ。ファイアローズ!」

 

余裕ブッこいて語っている魔族の頭に炎と刃を突き立ててやる。

頭の沸いた奴にはしっかり火を通してやらねえとな。

 

「……ようフーディ。元気にしてたか?」

「マリー!? どうしてここへ!?」

「助かりました……」

「フェフェフェ……また死に損なったねえ」

 

相変わらずシリアスだな、『パンナコッタ』の奴らはよ。

……アタシがいきなり現れた事で魔族も驚いているな。

いきなり空からズドンだから仕方ないか。

 

「な、なんだ!? いきなり何処から現れた!?」

 

だがチャンスだ。

いきなりのことで魔族も反応できていない。

 

「一人で空から!? ……まさかコイツ、昼間に軍の中央付近で暴れていた人間じゃないのか!?」

「だが報告では倒したとされていたはずだが……」

「どちらでもいい! 囲め!」

 

うるさい魔族達だ。

サンダーローズで近くの敵を攻撃して、少し静かにさせてやる。

 

「脳天までシビれてるトコ悪いがお触りは禁止だぜ」

「く、クソっ。ふざけたマネを……」

「ファイアローズ・極彩」

 

アタシは懐から着火剤を取り出し、砕いて霧状にしながら炎で周囲を燃やしてやる。

 

敵がひるんだすきに筋力強化薬を、続けて魔力強化薬を飲み込んだ。

ちょっとおクスリ漬けになるのは良くないが仕方ない。

 

「さあ殿はまかせな! 後ろから突かれねえように守ってやるよ!」

「アンタはどうする気だい!」

「アタシは素早いからな。すぐ追いつくさ」

 

魔族は勢いが削がれて狼狽えてるな。

だがすぐに立て直してくるだろう。

その前にさっさと『パンナコッタ』を逃さねえとな。

 

今回は奇襲失敗だが知り合いを助けられただけでも良しとするか。

とりあえずエリー達には通信具で連絡しとこう。

 

アタシは数体の魔族を切り伏せるとフーディ達に向かって道を指し示す。

 

「向こうの森までまっすぐだ。行けば分かる!」

「分かった! 死ぬんじゃないよ!」

「当たり前だろ」

 

アタシがエリーをおいて死ぬわけがないだろう。

さあ、軽く喧嘩でもするかね。

 

「ふざけたマネを……!」

「コレだけの数に勝てると思っているのか!」

「ヤッてみりゃわかんねえだろ。何事も経験さ」

「馬鹿にしおって!」

 

魔族が集団で襲ってくる。

アタシも真面目にやりあったら潰されかねないからな。

 

いくつか手札を切らせて貰う。

 

「女に見惚れて足元が疎かになっちゃだめだぜ」

「なっ!? 足元が急に!?」

「沈む!?」

「クソっ何だこれは!」

 

大したことはしてねえよ。

後退しながら土魔法で足元を柔らかくしただけだ。

 

「動けなくなったな。じゃあ切るぜ」

「なっ!? 待てっ……ぐぁっ!」

「畜生、このアマ……ぎゃっ!」

 

アタシが一気に反転して刃で動けなくなった敵を斬りつけると、魔族たちも警戒して距離を取った。

 

「クソっ、何故アイツは地面を舞うかのように動ける!?」

「魔石持ちはもういないのか!?」

「ほとんどは前線の方に移動しています! こちらには僅かな数しか……」

 

おうおう、たった一人の女の子に騒がしいねえ。

敵さんは数で押し潰すことに決めたようだな。

足元の泥を気にもせず無理やり突き進んでくる。

 

アタシは今、地面スレスレを飛んでいる。

それがアタシが沈まない理由だ。

 

効率よく地面を柔らかくするには一瞬だけ地面に触れる必要があるからな。

フーディ達の事を考えると動きを鈍らせておかないと、高く飛びすぎてもマズイ。

 

あとは風魔法で左右に大きく移動しながら、広範囲を柔らかくしてジワジワ後退してるってわけだ。

 

「ええい! 埒が明かん! 魔法隊!」

「【……よ。炎の槍となり敵を貫け】〈ファイアランス〉!」

 

おっと。

魔法が飛んできた。

さっきまでは近接主体だったが……。

捕獲から殺す方向に切り替えたか。

 

さすがに遠距離から連続で魔法を受けるのは良くない。

アタシは土魔法でそこいらの岩を地面から取り出してやる。

……結構デカイな。

盾にはちょうど良いか。

 

「な!? あんな巨石を……」

「狼狽えるな! さっき薬を飲んでいるのを見た、その効果だろう」

 

へぇ。よく見てるな。

さて、飛んできた魔法も防げたし反撃と行くか。

 

「魔族がアタシに注目してくれて嬉しいぜカタいのは好きか?」

 

土魔法で地面を操り、岩を敵に向かって構える形にする。

次に岩の下にある地面を一気に盛り上げ、その反動で空中へ浮かせた。

 

大きすぎて距離は出せそうにないな。

……まあやりようはあるさ。

 

アタシは岩の後ろの部分に、ひっそり両手に溜めた魔力を炸裂させる。

 

「鳳仙花・二連」

 

岩石が爆ぜる。

砕けた岩は鳳仙花の威力を引き継ぎつつ敵に向かって飛んでいく。

 

即席の散弾だ。

敵を倒すなら直接鳳仙花をぶつけたほうが早くて強い。

ただアタシは広範囲攻撃は苦手だからな。

少し威力を落とした小細工さ。

 

「ぐっ、小賢しい真似を!」

「土魔法が使えるものを連れてこい! 地面を戻せ!」

 

ついでに散らばった岩が邪魔して進行速度を遅らせてくれるだろ。

一方でアタシは爆発の威力を利用して後ろに跳び、魔族達と距離を取る。

 

チラリと後ろを見ると、『パンナコッタ』の奴らは大分遠くまで移動していた。

……十分時間を稼いだか。そろそろだな。

 

「余所見をしたな! 我らを舐めたことを後悔させて――」

「甘えよ」

 

数体の魔族が飛び跳ねてこっちに向かってきた。

スキルかなんかだな。

だが力の差も理解していない雑兵が数人きたところでどうって事はない。

 

「略式鳳仙花・連」

 

アタシは溜めた魔力を解放する。

まずは右手からだ。

 

片手に溜めた魔法が弾け、敵を攻撃する。

その間にもう片方の手で魔力を充填だ。

そして、交互に撃ち出す。

これで近づいてくる敵を一掃だな。

 

「なっ!?」

「くそっ、これほどの攻撃を連続できるだと!?」

 

魔力増幅薬のお陰で溜めの時間が短縮されているからな。

威力があって連発できるんだ。

時間制限付きだからさっさと戻らねえとまずいけどな。

 

近づいてくるなら焼き払い、集団で攻めてくるなら距離を取って岩で攻撃だ。

薬が効いてる間は勝てもしないが負ける気もしない。

 

さて、完全に動きが鈍ったようだな。

地面を柔らかく耕しながらフーディ達を誘導するか。

 

 

「お帰りマリー」

「お疲れ様です。……フーディさん達がどうしてここに?」

「それは私達のセリフだよ。ここは敵だらけさ。 これからどうするんだい?」

 

互いが挨拶をし、互いに疑問を投げかける。

悪いが全部説明してる暇がない。

 

「あー、説明が面倒だからとりあえず移動するぞ。リッちゃん、この人数だがいけるか?」

「んー……。うん、ギリギリ大丈夫だと思うよ」

「そうか。じゃあ『パンナコッタ』のメンバーは、この魔法陣の中に入ってくれ」

「……なんだいこれは?」

 

渋るフーディ達に説明は後だと伝えてさっさと簡易ポータルに入って貰う。

なに、ついた先は味方のところさ。

おっ、その表情を見るに驚いたようだな。

 

「こんな魔法が……。助かったよマリー。どうして私らのいる場所が分かったんだい?」

「偶然だ。なんであんな所にいたんだ? アタシ達は――」

 

アタシは嫌がらせで魔石を消費させるために奇襲を仕掛けていた事、そして偶然『パンナコッタ』を見かけたことを伝えてやる。

 

「そうだったのかい……なにはともあれ助かったよ。こっちは魔族の動きを封じるために伯爵領から男爵領の方向に向けて攻めてたのさ」

「ん? 男爵領からだいぶ距離があるが……ずいぶんと移動が早くねえか?」

 

「私達に来た依頼は魔族たちが守っている転移門とやらの破壊だったんだよ」

 

話を聞くと、他の兵士達の協力もあって、なんとか転移門とやらを割り出し、攻め立てて破壊したそうだ。

だが破壊した瞬間に光が漏れ出し、最も近くにいた兵士達――。フーディ達も含めて多数がそれを浴びたそうだ。

 

「そしたら急に飛ばされて、気がつけば敵陣のド真ん中さ」

「大変だったな。まあ命があって何よりだ」

「んー……魔力が充填された状態だったのかな? 暴走して中途半端に転移装置が発動しちゃったのかも」

 

リッちゃんが推測を語ってくれる。

 

「あ、でもこれの原理を解明すれば応用して一方的に送るだけなら……」

「考察モードに入ってるトコ悪い。今はおやっさんの所にフーディ達を連れて説明に言ってくれないか?」

「そうだね。今は戦争中だし理論構築はまた今度にするよ」

 

アタシは魔法理論についてはよく分からないので、リッちゃんとメイで推測を含めた事情を説明してもらえるよう頼んでおいた。

 

これで宰相のおっさんまで連絡が伝われば、フーディ達がとばされた事と召喚石を破壊できた事が伝わるだろう。

 

アタシ達は敵に動きがないことを確認してから休憩に入ることにした。

 

アタシも時間切れだ。

流石にスキルを使って回復しないとヤバい。

フーディ達が暴れまわったお陰で敵も警戒してそうだ。

奇襲も難しそうだし、今回はここまでだな。



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第122話 二日目 朝

9-122-140

 

日が開ける少し前に武器同士がぶつかり合う音で目が覚める。

敵が攻めて来ているのか。

……昨日より音が近いな。

 

「マリーさん大変です! 敵が……ってなんですかこれは!?」

「ポン子か? なんで居るんだ? 館へ行ったんじゃなかったのか?」

「それが逃げようとしたら数日分の雑務を押し付けられて徹夜で働き詰めなんですよー。……ですが仕事はすべて片付けました! 今日の夜には逃げますのでご安心を!」

 

逃げるとか言うな。

逃げたところでこの町がなくなってちゃ失業じゃないか。

……数日分の雑務を一日でこなすとか、有能なのかそうじゃないのか分からん奴だな。

 

「私の事より敵の対処をお願いします!」

「ああ、音が聞こえてたからな。ちゃんと準備を進めてるよ」

 

朝方に攻めてくるとは敵もいやらしい奴らだ。

まったく乙女の朝は準備で忙しいってのによ。

 

「しかし……話を戻しますが、これは何ですか?」

「ん? どれの事だ? 下着はちゃんと片付けたぞ? ベッドのシミも……」

「違います! このベッドですよ! 戦場でどこからこんな物を持ってきたんですか

!?」

「そりゃ館からだろ」

 

前にリッちゃん倉庫に入れて放置してた物だ。

流石に他の味方に見つかると士気に関わるから、天幕から出さずに隠すつもりだ。

 

ちなみに今は小さい天幕を二つ用意して貰い、リッちゃん達とアタシ達で部屋を用意してもらっている。

 

他にも勇者ちゃんや『ラストダンサー』など個の戦闘能力が高い奴らはより前線に近い所に天幕があてがわれているな。

 

アタシ達は奇襲がメインだからかほんの少しだけ後方だ。

 

そんなトコでキャンプさせる辺り、敵が攻めてきたらすぐに起きて戦って欲しいという意思を感じる。

お陰で食料の配給所から遠いのが厄介だ。

 

「ズルいですよ! 私もふかふかのベッドで眠りたいです!」

「ならポン子も一緒に最前線で闘うか? 無理して館へ行かなくても――」

「館にあるベッドのほうが健康にいいですからね! 私はそれで満足します!」

 

なんだよせっかく囮として使ってやろうと思ったのに。

 

ポン子が出ていってしばらくしてからエリーも身支度を終えたようだ。

外に出てリッちゃん達と合流する。

 

「まずは状況の把握だ。状況をみて魔法が撃てそうならリッちゃんとエリーで魔法をぶっ放してくれ」

「分かったよー。……さすがに味方がいる所に撃つとまずいよね?」

「ああ、ぶっ放していいのは『オーガキラー』がいる時だけにしておけ」

「そ、それはどうなのかな……」

 

イイんだよ。

アイツ等はフレンドリーだけどフレンドじゃないからな。

ちょっとファイアしたって耐えられるだろ。

そんな事より作戦会議だ。

 

「アタシは撹乱も兼ねて敵を攻撃。リッちゃんが後方から魔法で援護。メイはリッちゃんの防御だな。エリーは……」

「私はマリーの支援と幻覚魔法で撹乱します」

 

ああ、それで頼む。

基本はいつもどおりで後は状況を見て判断だな。

今回は冒険者全員をまんべんなくみて対応する必要があるが、それくらいだ。

 

 

戦場にたどり着くと、それぞれのチームがまとまって戦いを繰り広げていた。

『ラストダンサー』に……『パンナコッタ』のメンバーもいるな。

もう戦場に出てるのか。

 

その少し後方で兵士たちが陣を敷いて漏れ出てくる敵を迎え撃ち、こちらに敵が来ないように封じ込めている。

 

攻めの冒険者と守りの兵士ってトコか。

 

冒険者達もいくつか見なれないチームがいる。

多分他所から来た上級冒険者なんだろう。

 

こりゃアタシ達もうかうかしてられねーな。

 

「リッちゃん。どうだ?」

「……うん、大丈夫。これなら打ち込めそうだよ〈炎蛇陣〉」

 

炎の蛇が囲いを抜けようとする魔族を焼き払い、敵陣へと突っ込んでいく。

やっぱりこういう場だと魔法は強いな。

 

「うおおっ!? なんだ!?」

 

……味方も驚かせてしまったみたいだ。

動きが固まってしまっている。すまん。

 

「おう! 『エリーマリー』のメンバーじゃないか!」

「防御は俺たちに任せて気にせず魔法を打ち込みな!」

「はぁはぁ……。熱痛気持ちよさそう……」

 

謝罪のポーズをとると、兵士たちが気にすんな、と挨拶をしてくれた。

一部気になるやつもいるが関わったら負けな気がするのでほっとこう。

 

気を取り直してアタシは敵に向き直る。

 

「じゃあちょっくら遊んでくるぜ」

「マリー、ご武運を。〈守護〉、〈幻覚〉、〈身体強化〉、あとは……」

 

エリーにかけられるだけの魔法かけてもらって突撃だ。

さあ、戦いだ。

 

「待ってたぜ! 防御は任せな!」

「同じ顔が複数……。魔法で増えたのか? 一人くらい貰っても……」

 

兵士達がうるさい。

とにかく魔族から守ってやるよ。

 

リッちゃんの炎で空いた部隊の隙間に差し込むように、アタシは突っ込む。

 

数体の魔族を切りつけ、空中に舞い上がるとそのまま雷を落とした。

どうだ? エリーの幻覚で隠れてるが、雷を落とした本体がどれか分かるか?

 

「アイツ、例の……」

「ええい。部隊を展開しろ! 早く」

 

おや? 瓶を取り出して来た奴がいるな?

……あれが魔族入りの瓶か。

 

「それ、壊すぜ。ファイアローズ!」

「な!? くそっ、狙われてるぞ。味方がやられる前に瓶持ちを下げろ!」

 

よし、数体の魔族も含めてまとめて瓶を破壊できた。

敵も結構痛手だろ。

 

「〈変身〉の許可を!」

「許可する! 以降は任意の判断で使用すること!」

「はっ! 〈変し……〉 うわっ!?」

 

火球が数十発連続でとんでくる。

これはリッちゃんだな。

支援砲撃があるのはありがたい。

 

「アタシの友達はデキる奴だろ?」

「な、なめるなあ! 〈変身〉」

 

おっと、敵が姿を変えてきやがった。

ゴツい六足の……虎なのか狼かよく分からない姿をしやがって。

 

……物凄いパワーで敵も味方も吹き飛ばしながらコッチに来やがる。

 

「悪いが正面からまともに戦う気はないんでな、じゃあな」

「ニゲ、ルナァ!」

 

アタシは地面を柔らかくして、サッサと後退する。

ゆるくなった地面に足を取られたところで、リッちゃんから魔法の砲撃だ。

 

怯んだな。

アタシは逃げから一気に攻めに転じて、動けなくなった敵を刻んでやった。

そしてすぐに空中へ離脱する。

 

「ちょっと深く入ったからって止まっちゃ駄目だろ。ちゃんと相手が満足するまで動かねえとな」

「グガッ……タタカ、エ!」

「悪いがアタシは人気者なんだ。一人に集中させようなんて甘いぜ?」

 

なーに、アンタの相手はたくさんの魔法使い達がやってくれるさ。

しかし刻んだのにまだまだ元気だな。

 

タフな奴とやりあうのは面倒くさい。

他遠くからの攻撃手段もないみたいだし、足元の地面を固めて放置してやるか。

 

そうこうしてるうちに、放置した魔族は後方からの魔術砲撃の餌食になった。

後ろにいる兵士達も意外と仕事してんな。

 

「空中に浮かんだぞ!」

「やはりあいつが昨日、奇襲を仕掛けてきたやつか……」

「だがどうやって場所を移動して……?」

「気にするな! 飛行隊を!」

 

お偉いさんが声をかけると、百を超える敵が空へ飛び立った。

……これが昨日コッチを苦しめた飛行部隊ってやつか。

 

「上空と地上から共同で攻め立てよ!」

 

同時進行か。

今まで攻めなかったのは昨日の意外な反撃があったから様子を見たってトコか?

クソうぜえから勘弁してくれ。

 

「ゲヒャヒャ! 舐めたマネしてくれたなあ!」

「空は俺たちのフィールドだ。潰す」

 

敵が攻めてくる。

……確かに空中専門の奴らはアタシより滑らかに空中を飛べるな。

 

アタシは空気の壁を作って蹴っているだけだからな。

さてどうしたもんか。

 

……ん? 奥にいる奴、空中で停止してるな。

何を……まさか詠唱か!?

 

「ゲヒャヒャヒャ!〈ファイアランス〉」

「そう言えば空でも魔法が使えたな!」

 

魔法を躱しても他の奴らが勢いに任せて強襲してくる。

敵は早くて直撃しないようにするのが精一杯だ。

 

あ、テメエ。こっそりアタシの横を抜けて後ろの奴らに攻撃しようとしてるな。

 

「こんな美人を放ってどこにイこうってんだ? ファイアローズ!」

「クキャキャッ!?」

「くっ、無視して攻めるには少しばかり手強いようだな……」

 

昨日はしてやられたみたいだがそう何度も……同じ事はさせねえよ。

 

しかし地上とはまるで立場が逆だ。

ちょっとマズい。

 

かと言ってアタシが地面に逃げたらこいつらの攻撃が下の奴らや本陣のヤツに向かう。

そうなったら総崩れもあり得るから厄介だ。

 

なんとかしのいでリッちゃんの攻撃で牽制してもらうしか――。

ん? なんか下が騒がしいな。

 



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第123話 空中戦

9-123-141

 

「どおおおりゃあああ!」

 

何かよくわからない掛け声とともに、魔族が飛び上がって……

いや、飛ばされて来ている。

 

「むむっ! 外したか! だがまだまだ弾はあるぞ!」

「姉ちゃん! それ魔族なんよ! 弾じゃないんよ!」

 

下の方を見ると『オーガキラー』のルビーが騒いでいる。

……アイツ何やってんだ?

 

「おおっ! マリーよ、ここにいる魔族を放り投げて支援してやるから安心するのだ!」

「いや不安しかないが」

「なんと当たれば一気に二人まとめて倒せるぞ!」

 

それ万が一アタシに当たったらアタシも落ちる奴だろ。

勘弁してくれ。今は真面目な場なんだ。

そもそも素早く動いてんだから当たらねえよ。

 

つか魔族を放り投げるとかどんな怪力だ。

魔族達も引いてるじゃねえか。

 

あ、でも飛ばされた魔族を救うために数人がかりで受け止めに入ってる。

滅茶苦茶すぎて相手も混乱してるし、結果的に手数が減るな。

 

「よーし、どんどん放り投げてくれ!」

「ハッハッハ! 任せろ!」

 

さて残りの奴らだが……。

 

「これはこれはお困りの様子。ひとつ助太刀いたそう」

 

背後から声が聞こえた。

こいつは……細目のおっさんじゃねーか。

〈空間交代〉で転移してきたのか。

 

「助かるぜ。『ラストダンサー』の方は良いのか?」

「なんのなんの。彼らに街へ来られてはこちらも困るというもの。それに拙者はこちらのほうがお似合いである。〈空間交代〉」

 

細目がスキルを使うと魔族の一人が別の魔族の進路上に転移し、衝突する。

動きが止まった相手を細目が転移してナイフで切り刻んでいく。

 

「マズいぞ! 前に見た奴だ!」

「距離を取れ! ナイフで刺されるぞ!」

「遅し遅し。拙者の領域から逃げようなど片腹痛い」

 

魔族が逃げようとするがそれを逃がしはしないようだ。

細目のスキルで一人ずつ転移させられ、切られていく。

あるいは転移によってルビーの投げた魔族と衝突させていった。

 

そうか。

前に追い払ったのは細目の力だったか。

こりゃアタシも頑張らないとな。

 

「マリー殿。彼らは生まれ持った性能というより、スキルにより風を発生させて空を飛んでいるものが大半のようである」

「そうか……。良いことを聞いたぜ」

 

風を操るのが主流なら一つ方法がある。

 

「せめて、あの女だけでも!」

 

数人、高速でアタシに近づいてくる奴がいるな。

実験にはちょうどいいか。

 

「死ね!」

「甘えよ」

「なっ!? 壁!?」

 

アタシは空気の塊を作り、敵を受け止めてやる。

攻撃が止まった事に驚いているようだが、これは序の口だ。

どんどん塊を作るぜ。

 

「なんだ……? 動きが……?」

「飛び辛いか? ついでだ、アイビーフリーズ」

 

魔族の体を氷でコーティングしていく。

 

どうだ?周りの空気を圧縮して一時的に気圧を変えてやった結果は?

 

空気が薄くなったりして操作が難しいだろ?

更に氷魔法で重さも増加してやれば……。

中々に飛び辛い環境なんじゃないか?

 

「く……そっ!」

 

思ったとおり、一部の魔族は失速して地面に落下していく。

落ちた奴は氷魔法の影響で刃みたいな氷が生えているからな。

ちょっとした重量武器と同等だ。

さあ、ドンドン魔族側に落っことしてやるよ。

 

「思ったとおり、近接ならなんとかなりそうだな。……しかしこう距離を取られちゃアタシ達じゃあ戦いにならないな」

 

魔族達は近接戦の分が悪いと見るや距離を置いて魔法を打ち込んで来る方針に切り替えたようだ。

細目のスキルもルビーの魔族投げもギリギリ届かないぐらいか。

 

ヘタに突っ込むと逆に手痛いカウンターを食らいそうだから無視して下の援護をしたいが……逆に攻めてこられても厄介だ。

 

このまま膠着状態が続いてもな……。

 

「心配は無用の無用。もうじき王都から秘密兵器が到着する」

 

細目が話しかけてくる。

どうやらこの状況はそこまで長く続かないみたいだな。

 

「秘密兵器? 空中を飛んでいる相手を撃ち落とせる武器かなんかか?」

「左様の左様。王都が持つ秘密であるという。外に漏れれば王都に取っても驚異ゆえ、秘された武器とも呼ばれている。従って今を耐え切れば良し」

 

そんな物があるのか。

分かったよ。

ここは信じて待ってやる。

 

「で、それはいつ届くんだ?」

「……早ければ明日であろうか?」

 

なんで自信なさげなんだ。

駄目じゃねーか、今すぐ持って来い。

雑魚相手とはいえこっちの百倍近く空飛べる奴がいるんだぞ。

今は相手がビビってるからいいが、犠牲を無視して突っ込んで来たらどうするんだ。

 

 

結局、空中での戦いはしばらく睨み合いと牽制をして終わった。

どうやら敵も無限に飛べるわけじゃ無さそうだ。

定期的にほかの魔族と交代をしていたからな。

 

……交代要員も含めて……空の敵は全部で二、三百ってトコか。

 

それに予想外の打撃を受けるとすぐに引くって事は向こうもアタシ達同様、空を飛べる奴らは限られてるらしいな。

 

とはいえ、アタシ達も無限に戦えるわけじゃないからな。

 

「さてのさて。向こうも引いたようであるし拙者は陸の補佐に戻るとしよう」

 

陸……か。

空を飛んでいるからこそ遠くまでよく見渡せる。

確かに地面を埋め尽くす敵の数は尋常じゃない。

 

敵の数は未だに万を超えるだろう。

 

それに対してアタシ達は寄せ集め……か。

個々の能力なら勝ってそうだが、敵も数とスキルで強化されてるからな。

ジワジワと押されてるんだよな。

 

幸か不幸か、あるいは敵の目的地が王都だから様子見なのか、まだ敵が本気を出してる様子はない。

まあ〈変身〉されたところで勇者ちゃんが潰しにかかるんだけど。

 

だからこそ勇者ちゃんの負担もかなり大きい。

正直キツイな。

フーディ達の話だと他の領地からも兵を出して奇襲と撹乱を仕掛けているらしいが……。

 

とりあえず今日を生き抜くことを考えるか。

 

「おう、お疲れさん」

「おやっさんも疲れた顔をしてるぜ」

「ふん、久々の戦いが馴染んでねえだけよ」

 

アタシ達は今おやっさんに呼ばれて司令部みたいなトコにいる。

朝から戦っていた他の冒険者も別の奴らと交代して休憩だ。

 

アタシ達が倒れたら総崩れとはいえ、おやっさん達が色々と手配してくれてるのは助かるぜ。

 

だけど日が傾いてからは敵の攻撃が一層厳しくなってきた。

このままじゃすぐに出ないとマズいだろうな。

 

「とにかく夜になったら近くの敵を襲うぜ。……どうしたんだリッちゃん? 悩んでるようだが」

「うーん、今の魔王とファーちゃんがどこにもいないからどうしたのかなって」

 

確かにそれは気になっていた。

前に奇襲を仕掛けた時もどこにも姿が見えなかった。

 

「……まだ来てないのでしょうか?」

 

エリーの発言に皆が困った顔をした。

肝心のトップがいない。

遠くから指示を出すだけならタダの戦争だ。

 

不意をつかれたとは言え、この程度なら王国をかき回すだけで終わりだ。

実は先遣隊で後から本丸が来るとか嫌だぞ。

 

「それは俺達ギルドも王国も調べている。分かれば伝えよう。それより今は目の前の敵だ」

 

おやっさんが横から口を挟んでくる。

敵か……。確かに目の前の敵をなんとかしなくちゃ行けねえが……。

 

「初日の攻勢は穏やかだった。だが相手も様子見が終わったのか段々と攻撃を強めてきているのは確かだ」

 

このまま味方の兵力だけで戦うとジワジワ潰されるのは目に見えている、とおやっさんはいう。

王国側が秘密兵器とやらを持ってくるのに賭けているらしいが、どこまで期待できるんだかな……。

 

「不満そうな顔だな? 一応、各地から順次兵力は集まっているから安心しろ」

「とはいえ数が数だぜ? ひっくり返す方法はあるのか?」

「明日、王都の部隊が来れば分かるらしいな。だがそれまでにココが落ちちまったらマズい。そこで夜、もう一暴れしてくれ。好きに戦って構わねえからよ」

 

細目の奴が言っていた秘密兵器とやらか……。

一応、おやっさんには昨日の奇襲の事や回復して戦えることは伝えてある。

 

「元々奇襲する予定だったから構わないけどよ、好き勝手に動いたところでそこまで大きな影響はないんじゃないか?」

「かも知れねえな。だけど少しでも戦力を分散させられるならやっておきたい。特に昨日は向こうの戦略の要を潰されたと騒いでいたぞ」

 

へえ。どっからか魔族達の情報を得てるのか。

 

「しゃあねえな。一つ貸しにしてやるよ」



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第124話 宿敵

9-124-142

 

夜になり、アタシ達はリッちゃんの魔法で再び敵陣近くの森に転移する。

味方の陣地も近い。

アタシ達は今回、リッちゃんと一緒にそのまま暴れて味方の陣地まで一気に帰宅する。

激しく移動するからメイは味方の陣地で待機だ。

 

「まさか……。……が……ちらに……?」

「明日攻めて……落とさねば……我ら……逆に……れてしまうぞ」

「どうして私がこんな所に飛ばされて……」

 

割と近くまで敵が来ているな。

色々と雑談で騒がしいようだ。

コッソリ叩き潰して突撃だな。

 

ん? なんか踏んづけたぞ?

 

「っ! 誰だ?」

「おっ、すまねえな。暗闇で見えな……ん?」

 

うっかり誰かを蹴飛ばしてしまったようだ。

暗くて見えなかったが……。

こんな所にいるのは誰だ?

 

「……いや構わない。所詮は副隊長を外された身……。私など……。ん、……こ、この気配はっ! 貴様はあの時の女か!」

 

騒ぎ立てながら立ち上がってくると、その巨体がうっすらと星明りに照らされる。

前の首なし騎士じゃねえか。

 

「お前、昨日はもっと奥に居ただろ? なんでこんなとこにいるんだ?」

「貴様のせいだ! 貴様を取り逃がしたばっかりに……このような敵も味方もいない所で警備をする羽目になったのだ!」

 

おいおい、勝手にアタシ達のせいにするなよ。

アタシ達がナニを……。あー……うん、同士討ちするように仕掛けたわ。

 

リッちゃんがまた悪い事を……みたいな顔をしているが誤解だ。

説明はあとでエリーにしてもらおう。

 

「その説は助かったぜ。ありがとな。ついでだしコッチに寝返るか?」

「おのれ! 貴様を倒し! 副隊長に返り咲く!」

 

いやもう手遅れだと思うぞ?

暴走して暴れまわる奴が副隊長になれるとは思えない。

 

「私は不死身の騎士ギヌ! 尋常に勝負!」

「いや、悪いけど戦争中なんでな。また今度な」

 

いちいち名乗りを上げてるトコ悪いがアホの子は間に合ってるんだ。

……アタシの代わりに戦闘狂を紹介した方がいいだろうか。

一人でオーガを倒すチームのリーダーなんだが。

 

「えっと、〈幻想幻惑〉」

「何っ!? くそっ、二度も三度も同じ手にかかると……ウオオオオォッ!」

 

エリーが幻覚魔法をかけたが必死で抵抗しているようだ。

 

しかしやかましい奴だ。

コイツと一緒にいると他の奴らに見つかるぞ。

さっさと奇襲を仕掛けたほうが良いかもしれない。

 

「ふ、フハハハハ! 完全に、完全に魔法を破ったぞ! 私は正気に戻った! 覚悟しろ!」 

 

魔族が武器を向けて口上を垂れる。

……岩に向かって。

 

「あーはいはい。怖い怖い。タスケテー」

「ふん! 今更謝ってももう遅いぞ!」

「辺りにあるものが私達に見えるような魔法だったのですが……やりすぎたでしょうか?」

 

うん、大丈夫だ。

エリーはよく頑張ってる。

マズいのは目の前の岩に向かって話しかけてるアイツのほうだ。

さっさと無視して奇襲を……。

やべえ。魔族の奴らがコッチを見て騒いでる。

 

「人間だ! また奴らが来たぞ!」

「飛行隊と連携で囲め!」

 

……そりゃバレるよな、あんだけうるさけりゃ。

いきなり奇襲失敗したがしょうがない。

これからは敵のアイドルとして頑張るか。

 

「今はアツいサービス増量中だ。リッちゃん、頼む」

「任せて! 〈火球陣〉」

 

「魔法!? くそっ、仲間がいたのか!」

「くそっ、囲んで……ギャッ!」

「今はサービスタイムなんでな。アタシもしっかりサービスしてやるよ」

 

眼の前で騒いでるやつを一人一人刻み、時にはファイアローズで焼いていく。

 

どうだ?

今朝と同様に暴れられた気分は?

中々に厄介だろ?

 

「貴様ぁ! 舐めた真似をしてくれたなあああ!」

 

喧しい声が後ろから聞こえる。

 

さっきの首なし騎士じゃねーか。

もう幻覚が解けて……。

 

「貴様が本体か! それとも貴様か!」

「落ち着いて下さい元副隊長!」

「元って言うなあ!」

 

あ、大丈夫だ。

全然解けてない。むしろ敵をバンバン殴ってる。

 

「くそっ、幻覚を解くだけの攻撃を与えろ!」

「駄目だ駄目だ、その程度の攻撃が私に通じると思うなよ。この『硬身持チ』のスキルにはそうそう攻撃は通じんぞ!」

 

なんか防御系スキルを持ってるのか。

いや、それより兵士の発言のほうが気になった。

 

首なし騎士にダメージを与えようとするって事はエリーの魔法が攻撃で元に戻ることが見破られてるな……。

 

しかしアホ魔族の方は攻撃されても幻覚が解ける様子がない。

アイツと肉弾戦をしてたら結構厄介だったかもな。

 

「まあいいや。アイツはほっといてサッサと暴れまわって敵陣を抜けよう。リッちゃん、一発頼む」

「分かったよ!〈岩槍陣〉」

 

岩の槍が敵を吹き飛ばし道を作る。

サンキューリッちゃん。

アタシはリッちゃんやエリーに言い寄ってくる奴らの露払いだ。

 

「悪いがお触り禁止だぜ。リッちゃん、エリー、道を進むんだ!」

「クソっ、逃げられるぞ!」

「それよりアイツを止めろ!あの首なし馬鹿がまた暴れまわっているぞ!」

 

おっ、あの首なし騎士も結果的にアタシの支援をしてくれてるのか。

正気を失っているとはいえ助かるぜ。

サンキュー首なしの人……人?

 

まあいいや。

味方の陣地はもう眼の前だしな。

これで十分暴れ……、ん? 味方の方から誰か来るな。

援軍か。いやそれにしては一人だけやけに突出してるな……?。

 

「ふはははは、面白そうな事をしているらしいなマリー! 私達も混ぜるのだ!」

 

……ルビーだ。

お前昼も戦ってたのに元気だな。

悪いがアタシは魔族と戦うので忙しいんだ。勘弁してくれ。

 

「一応聞くが、なんでここに居るんだ?」

「我が肉体がマリーの居る方向を教えてくれたぞ! 危機を助けるのが仲間だからな!」

「別に困ってないし仲間でもないぞ」

「ふはは! 謙遜するな。我が筋肉が友だと語っている」

 

おいルビーの筋肉。

勝手に仲間認定するんじゃねえ。

 

つかこんな離れたところからアタシの存在を感知するとかどんだけだよ。

ルビーも怖いけど筋肉も怖い。

 

……良質なタンパク質とかで買収できないかな。

 

「おのれえええ! 本体はどれだあああ!」

 

くそっ、混乱してる間にポンコツ魔族が攻めて来やがった。

もうすぐこっちに到達するぞ。前門の筋肉、後門のポンコツとかどうすんだよ。

……そうだ!

 

「おいルビー! アイツが一騎打ちをしたいんだとよ!」

「何っ!? よろしい、受けて立とう! 私はルビー! 最強を目指し戦うもの、参る!」

 

よしっ、ルビーがブッ叩いたお陰で動きを止めた!

 

「うぐっ、……はっ、ここは!?」

「どうした! 一騎打ちの最中に余所見をするとは余裕だな?」

「な、何だお前は……ええい! まずはお前からだ!」

 

目には目を、パワーには馬鹿をぶつける事に成功したな。

だがルビーが馬鹿力で叩いたせいか魔法が解けたようだ。

 

まあアタシ抜きで勝手に戦いが始まったからいいか。

頑張れよ、首なし魔族。

理想は相討ちだがギリギリ勝っても良いぞ。

 

「〈守護〉……さあマリー、味方と合流しましょうか」

「ああ、これ以上はアタシ達の手に余るからな」

 

アイツは放って置いて、他に援軍に来てくれた兵士や冒険者と連携しながら周囲の魔族をブッ叩くか。

 

 

しばらく魔族を倒しながら戦っていると、少しずつ戦いの流れが変わり始める。

攻めていた魔族が引き始め、味方も深追いをしなくなっていく。

 

「流石に敵も疲れたか。また少し睨み合いになりそうだな……ん?」

 

なんか二人だけ未だに残って戦い続けてる奴がいるな。

 

「うおおっ! 私こそ至高の戦士だ!」

「何を! 私こそ究極の戦士は私だ!」

 

……まだ戦ってんのか。

お前ら戦士の代表ヅラしてるが他の戦士達に失礼だろ。謝れ。

 

他の魔族も二人を放置してるし、あの首なし魔族も問題児扱いなんだろうな。

まあいいや。ほっといて帰ろう。

勝手に相討ちしてくれ。

 

 

アタシ達が本拠地に戻ってから、しばらくするとルビーも戻ってきた。

 

「おう、戻ってきたって事は勝ったんだな?」

「ふふふ。今回は残念だが引き分けだ。良い戦いだったぞ!」

「そうか……。残念だぜ、いや本当に……」

「ふふ、分かってくれるか。流石は心の友だ。しかし次こそは私が勝つ!」

 

せめてどっちか片方が倒れてくれればよかったのに。

引き分けとかどっちも生き残ってる最悪の選択肢じゃねえか。

 

「姉ちゃん! どこ行ってたんよ? 探したんよ?」

「うむ! マリーがピンチだと思ってな、助けに行ったら新しき友と意気投合して語り合ってた所だ」

 

サファイがこっちを見ていくる。

ピンチではなかったが助けにはなった。

敵と筋肉で語り合ってたし、嘘は言っていないぞ。軽く頷いておこう。

 

「無事だったなら良いんよ。次は行く前に一言欲しいんよ」

「ああ、姉ちゃんに任せるのだ! 次こそはこの腕で勝利をもぎ取ろうではないか」

「対話じゃないん!?」

 

サファイはまだまだだな。

何年妹をやってるんだ。

ソイツはコミュニケーションに暴力が含まれてる野蛮な奴だぞ。

 

「やれやれ。アタシ達みたいに愛と正義で動けば良いのにな」

「マリー……。正義って単語の意味、この千年で変わったのかな?」

 

リッちゃんは分かってないな。

 

「愛ってのはエリー、正義ってのはアタシの事だ。つまりアタシのやる事は全て正しい」

「うん、ありがとう。こんな戦場だとそういう傲慢さは必要だもんね……しょうがないよ」

 

リッちゃんの目が生暖かい。

なんだよ、七割くらいしか本気じゃないのに酷い。

悲しいから後でエリーに頭を撫でてもらおう。



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第125話 三日目

9-125-143

 

三日目の早朝。

 

まだ夜も暗いのに相変わらず魔族達がうるさくて目が覚める。

 

どーせ昨日のように攻めてすぐに引いて……。いや、なんか変だぞ。

魔族側の声から気迫がビリビリと伝わってくる。

今までとは違うな。

何があった?

 

アタシは敵の見える高台に移動する。

そこにはイケメンがいた。

……目の下にクマができてるな。

 

「イケメン、一体何が起きたんだ?」

「やあマリー。どうやら敵が一斉に仕掛けてきたみたいだね。みんな死にものぐるいだよ」

 

確かにみんな狂ったように攻め立てているな。

イケメンも矢を撃つ回数が増えている。

 

イケメンをいじってやろうと思ったがどうやらそれどころじゃないらしい。

 

「悪いがここは任せたぜ。アタシ達もすぐに出る」

「ああ、頼んだよマリー」

 

今までは敵も損失を抑えるような戦い方をしてたからなんとかなったが、今はまさに必死の覚悟で来てるからな。

数の差でゴリゴリ押されている。

 

戦場に近づくと、魔族達の怒声が聞こえるな。

 

「早くしろ! せめてこの街くらいは落とさねば! 我々が魔王様に処罰されてしまう!」

「多少の犠牲は気にするな!なんとしても落とせ!」

 

……来るんだな、魔王。

それで一気に攻撃に転じたって訳か。

 

「行くぜエリー、リッちゃん。そして……」

「ご主人様は私が守りますのでご安心を」

 

今回はメイが戦闘に参加する。

あの数だとご主人様に何かあっては……と言い譲らなかった。

 

獣人の里に行く前に、メイの実力を確認したが戦闘には全く向いていない。

近接戦のセンスも遠距離魔法の練度も皆無だ。

 

だが一応、ある作戦を思いついている。

上手くハマれば凄まじい戦力強化になるはずだ。

 

「とは言っても私にできる事は防御しかありませんが……」

「メイは身の回りの世話をしてもらうために創ったんだよ。むしろこんな立派なスキルが発動しただけでも立派だよ。ファーちゃんはスキルが発動しなかったからね」

 

リッちゃんがメイの頭を撫でてよしよしとやっているが今はそれどころじゃないから話を元に戻そう。

 

「スキルがあるからな。もしスキルが使えない場合はアタシが守る。確か……再使用に十秒だったか?」

「はい。一度解除するとそのくらいの時間をいただきますので、タイミングにはくれぐれもご注意を」

 

本人はリッちゃんがやられない限りは死ぬ事も無く時間経過で復活できるので本人の防御面はそれほど気にしていないらしい。

 

攻撃面では元々期待していない。

だが守備なら色々と戦術の幅が広がるのは間違いない。

 

「とりあえず、アタシが合図したら防御を確実に消すんだぞ」

「それは構いませんが……」

 

アタシに任せろ。中々に厄介な攻撃をしてやるよ

 

さあ、突撃だ。

戦場はたくさんの兵士達でごった返している。

 

冒険者たちは……マズイな。

数の少なさが災いして完全に包囲されている。

まあそれでも持っているのは流石に上位の冒険者か。

 

「よし、まずはそれぞれの冒険者たちを救って陣形を立て直すぜ」

「任せてよ!」

 

リッちゃん達が頷くのを見ると、アタシ達は近くで戦う奴らの所に駆け出す。

とりあえずは近くに居る奴からだ。

 

「ほら、どかないと痺れるぞ!」

 

雷や炎を出しながら、アタシは道を切り開く。

 

「お前ら大丈夫か?……なんだ、ポリーナじゃないか」

「あ、エリーちゃんにマリーちゃん!助けに来てくれたんだ!ありがとう」

「助け……。来た……」

「おいおい、お前らならそのまま抜けられるだろう?」

「……それがちょっと厳しいかな~って。私たち変な魔法?を受けたみたいで、今魔法が使えないんだ」

「何? どんな魔法だ?」

 

魔法が使えなくなるスキル持ちの奴は前に倒したが……。

そういう魔法を使える奴がいたか。

 

「もういないわ。召喚された悪魔だったのだけど、その悪魔を止めようと皆で一斉に攻撃しようとしたとたん……」

「悪魔……。魔法を封じる魔法、使った……」

「その後悪魔は消えたんだけど、おかげで味方に魔法が使えなくなった人が結構でているわね」

 

おいおい。

悪魔を召喚したのかよ。

これかなり厄介じゃないか?

 

「それは多分爵位持ちの悪魔だと思う。すぐに消えたのはコストを下げるために魔法一回分だけの契約だったのかも」

 

リッちゃんが説明してくれる。

封印の魔法がどれぐらい持続するのか見込みもつかないそうだ。

さすがに一生って事はないだろうが……

 

「つまりのつまり、拙者が立て直せるよう味方をかばっているあいだに、このように囲まれてしまった次第である」

 

細目が周りの魔族にナイフを投げつけながら答えてくる。

ポリーナはある程度戦えているが、ジーニィは無理だ。

完全にお荷物になっている。

一旦メンバーを引かせねえとな。

 

「よしっ。それじゃあ道を切り開くからちょっと待ってろ。……メイ! 頼む」

「お任せを。<サ・守護主>」

 

アタシはメイに声をかける。

メイはアタシの声に応じてスキルを発動させると、リっちゃんを中心としてシールドが展開された。

シールドはアタシ達と『ラストダンサー』のチームを覆う。

 

「うおおっ!」

「なにっ!? 弾かれるだと!?」

 

魔族たちが攻撃を仕掛けてくるが、メイのスキルが破られる様子はない。

やっぱり頑丈だな。

 

「え?これなに? そっちの新人さんの能力でいいのかな?」

「ああ、そんなところだ。少し後ろで隠れていてくれ」

 

『ラストダンサー』のメンバーを後ろに待機させると、エリーとリっちゃんに合図を送る。

二人はうなずくとそれぞれ準備を始めた。

 

「<守護壁>。……これで準備はできました」

「ちょっと熱いけど我慢しててね。<炎蛇陣>」

 

よし、炎をアタシの手の中でアタシが凝縮できる極限まで凝縮してやる。

「……すごい。これだけの炎を一点に集めるなんて」

 

ポリーナが驚いている。

なあに、本番はこれからさ。

 

「さて、魔族たちもアタシ達に触れなくていろいろ溜まってるだろうし、ここで一発解消させてやるよ。……メイ、防御を解除だ」

「かしこまりました。……解除!」

 

スキルが解除されると同時に、アタシは魔法を放つ。

狙うのは逃げる方向じゃない、正面だ。

この威力で逃げる方向に撃つと味方まで傷つけかねないし、何よりしっかりアタシの魔法を意識して、警戒して貰わないとな。

 

喰らえ。

 

「アザリア!」

 

恐縮されていた熱は一度に解放され、周囲の敵を焦がし尽くし波となって広がり、飲み込んでいく。

 

「何っ……」

「なんだあの威力は!」

 

魔族たちの動揺が聞こえるな。

今がチャンスか。

 

「う、うろたえるな! どれほどの威力があろうと魔王様の刑に比べたら軽いわ!」

「確かに……。しかし……」

 

無理矢理ごり押しで攻めていた奴らも少し動きが鈍ったか。予想通りだ。

 

溜めが必要だからこういう場では使いにくかったが、メイのスキルで欠点を補う。

 

これなら超火力で一度に大量の敵に攻撃ができるからな。

 

さて、メイがスキルを使用できるようになるまで守りつつ、逃げるための道を切り開きますか。

 

「ありがとう! 助かったわ!」

「良いってことよ。魔法が使えるようになるまでゆっくり休んでてくれ」

「拙者は再びの再び、空より攻めていこう」

 

アタシ達は『ラストダンサー』を味方陣地へと送り届けた。

細目のおっさんは戦いに行ったが、他の奴らは少しお休みかな。

 

「そうだ、リュクシーちゃんを探して! あの子ならスキルで私達の魔法を消せると思うから!」

 

戦場に戻ろうとするアタシに、ポリーナから声がかかる。

そういえば見かけないな。はぐれたか。

迷子はちゃんと指定の場所に連れて行かねえとな。

 

「分かったぜ。ちょっと行ってくる」

 

さて、一気に攻め立てても良いがまずは空から……おっ、いたな。勇者ちゃんが奮闘している。

一緒に戦っているのは……『パンナコッタ』のメンバーじゃないか。

 

この位置だと……ちょっと遠いな。

 

「ここからだと距離があるな……。アタシだけで助けに行くぜ。リッちゃんは魔法で援護してくれ」

「それでは支援をしますね。〈守護〉」

「じゃあ僕は攻撃魔法を準備するよ!」

 

それぞれが準備するのを見て、戦場へと向かう。

 

前に奇襲を仕掛けた時と同じように少し上空を滑走して敵を叩き潰しながら、勇者ちゃんのそばに降りた。

 

「よう。珍しい組み合わせだが……元気でやってるか?」

「マリーなのです!」

「マリーじゃないかい。……こっちの嬢ちゃんも知り合いかい?」

「一緒に魔族と戦った仲なのです!」

 

勇者ちゃんが元気よく返事をしてくれる。

どうやら無事なようだな。

 

「しかし、フーディはまた囲まれてるんだな」

「私達は中距離での戦いが得意だから距離を取ってたんだけどね。一気に突撃されてこのザマさ」

「とりあえず向こうの方だ。一気にぬけるぜ。勇者ちゃんはスキルを使ったか?」

「まだなのです! 使うと他の人たちが戦えなくなりそうだったのですよ」

「勇者……?」

 

勇者という単語に『パンナコッタ』のコナツが反応したが、説明は後だ。

 

今はこの囲みを抜けねえとな。

 

「今回はアタシが道を拓く。勇者ちゃんはしばらく力を取っておいてくれ。後で役に立つからな」

 

数と勢いだけは立派だが、前にフーディを助けた時と同じ戦法で良さそうだ。

 

アタシは地面を蹴って緩くすると、後退を始める。

今回は勇者ちゃんもいるし、リッちゃん達の支援攻撃もあるからな。

だいぶ楽ができる。

 

 



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第126話 必殺技

9-126-144

 

「リュクシーちゃん! 大丈夫だった?」

「私は大丈夫なのですよ! 『ラストダンサー』の皆も無事で何よりなのです」

「そう、良かった……。えっとそっちは冒険者さんかしら?」

「ああ、私達はB級冒険者のフーディさ。スキルは――」

 

『パンナコッタ』と『ラストダンサー』が顔合わせをしているな。

ほっとこう。

 

「それじゃあ勇者ちゃん。早速ながら『ラストダンサー』にかけられた魔法を解いてくれ」

「あ、それなんだけどちょっと待ってもらっていい? 私ね、一つ思いついちゃった」

 

ん? なんだ?

魔法を封印されてるポリーナがそう言うならアタシは別に構わないが……

 

「と言うわけで、ちょっと魔族と戦ってくるわ。フーディちゃんもいいかしら? 念のためにマリーちゃんも来てくれると助かるわね」

「私は別に構わないよ」

 

ん? なんだ? 何をする気だ?

二人が敵に向かっていく。

魔族たちをフーディが睨みつけると、敵の体が燃え始めた。……魔眼の力だな。

 

次に、その炎がポリーナの所に集まっていく。

 

ああ、そういう事か。

ポリーナのスキルで炎を集めて再利用するって訳だな。

 

ポリーナは炎を剣に集めて敵を斬りつけていく。

斬られた敵は再び燃え上がり、その炎はある程度焦がすとまたポリーナの元へ集まっていた。

 

炎を回収する度にポリーナの纏う炎は派手に、鮮やかになっていく。

 

「これで永久機関の完成かしら? 私のジーニィちゃんも消耗してるみたいだし、しばらくは休ませてあげるわ」

「アタシのトコもちょっと疲れ気味だからね。即席コンビでよろしく頼むよ」

 

フーディが燃やし、ポリーナが炎を集めて武器として使う。

なるほど、二人のスキルを噛み合わせた攻撃か。

即席とは思えないコンビネーションだな。

 

「そろそろねえ。マリーちゃんみたいにできると良いけど……」

 

何度も炎を集め、炎の色が白へと変わり始めた頃、ポリーナは敵に向かって剣を振り抜く。

 

剣からは一瞬の間を置いて炎が放出されると、炎の波は周囲の敵を一瞬で飲み込んだ。

敵は跡形も残っていない。

 

やべえ威力だな。

魔族側も驚きで騒がしい。

 

「この威力……。さっきの敵か!?」

「違う! 別の奴だ!」

「なっ!? こんな攻撃をできる奴が人間種にも複数いるだと……?」

 

動揺が広がっているな。

おっ、二人が戻ってきた。

 

「まあこんなもんかね。しかし……流石はA級だね」

「ふふ。ありがとう。でも課題はたくさんあるわ。熱の回収効率を上げるためにもタイミングを考えないとね」

「アタシの炎も少し時間を置いてから消したほうが良さそうだね。あれじゃあ敵をしっかり焼けないから」

「それじゃあ――」

 

二人は次のコンビネーションの方法を考えているようだ。

 

凄えな。

意外な組み合わせで火力が上がった。

これなら……。

 

ん? さっきから『パンナコッタ』のメンバー、コナツと『ラストダンサー』のジーニィがブツブツと呟いてるな。なんだ?

 

「わたしのフーが……あんな若作り年増女なんかに……わたしのわたしのわたしの……」

「ポリーナ捨てないで……ポリーナポリーナポリーナぁ……」

 

うん。

怖いから聞かなかったことにしよう。

 

「凄いのです! 私も負けていられないのですよ」

 

おっ、勇者ちゃんもやる気を出したか。

勇者ちゃんがスキルを発動させると、冒険者にかけられた魔法を次々に解いていく。

これで、改めて反撃ができるな。

 

 

その後も何度かアタシ達は敵を片付け、孤立した冒険者を救い出す。

ちょくちょく悪魔の魔法をかけられた奴がいたが、勇者ちゃんに触れる事で魔法が解除できた。

 

……やっぱりみんな囲まれて苦労しているようだ。しっかり助けねーとな。

他には――。

 

「さあ、最強はどちらか今日こそ決めてやる!」

「ふはは! 貴様とまた相まみえようとはな!」

「姉ちゃん! 今は戦争中なんよ! そんな首なし魔族は放っておくんよ!」

「おおっ! ルビー殿の勇姿を目の前で……私感動しております!」

 

……よしっ、ここに困ってる奴はいないな。

さあ別の場所に行くか。

 

「あ、マリー、良いところに――」

「おっ、悪いが忙しいんだ。そっちはそっちでなんとかしてくれ」

「えっ、ちょっと待つんよ――」

 

サファイが話しかけて来たが受け流して誤魔化す。

悲しいがここは戦場だからな。

非情にならなければ助けられる命も助けられないんだ。許せ。

 

まあアイツ等はそこまで魔法に依存してないし大丈夫だろ。

とりあえずサービスでウインクしとこう。

 

 

 

あれから動いてまわり、いくつかの冒険者は救い終えた。

味方も陣形を整え終わりそうだ。

 

一部助けが不要な奴らはいたが、それ以外は奇襲と突撃で助け出している。

 

空の敵は細目のおっさんが食い止めているな。

大局ではジワジワ押されているが、致命傷にはなってないってトコか。

このまま持ってくれれば……。

 

そこで再び魔族が騒がしくなる。

 

「司令部より支持が出た! 退け! 『魔重鏖殺』作戦を発動するとの事だ!」

「そ、それは王都攻略用の――」

「構わん! どうせ魔王様に失態を見られれば終わるのだ! 少しでも生き延びる手を打て!」

 

なんだ?

なんかヤバそうな発言をしてるぞ?

 

「お前ら! 街の壁まで後退しろ!」

 

おやっさんの怒号が飛ぶ。

見ると街の壁の方にズラリと兵士と冒険者が並んでいた。

……魔法部隊と弓隊か。

引きつけて攻撃を浴びせるつもりだな。

 

「おう、あのおっさんの言うとおりだ。冒険者達はさっさと後ろに下がりな」

「そうそう、何をしてくるか知らねえが、アンタらが潰れちゃ俺達も困るからよ、兵士達に任せな」

 

近くにいた兵士が後退するように促してくる。

 

前線で戦う兵士達が壁になるように前へでる。

何が来るのか知らねえが、最残線にいるのはヤバイって事だな。

……アタシ達冒険者が後退しなくちゃ兵士も後退できないか。

 

「すまねえな。お言葉に甘えさせてもらうぜ」

 

アタシ達は礼を言い、リッちゃん達に合図を送って後退する。

他の冒険者たちもゆっくりと後退しているな。

流石におやっさんの指示には従う――。

 

「引っ張るな! 私はまだまだやれるぞ!」

「姉ちゃん、敵がなにか仕掛けてくるんよ。一回戻るんよ」

「おのれ……。これで勝ったと思うなよ!」

 

……うん、見なかったことにしよう。

 

冒険者は大半が壁の上に集合し、上から様子を見ていた。

 

……陣地を半ば放棄する形になったな。

陣地で残っているのは兵士たちだけだ。

 

「おやっさん、本当にアタシたちは下がってよかったのか? 兵士達とだいぶ距離が開いちまったが……」

「構わん。敵が何か仕掛けてくる時は兵士が盾となって守るということで話がついている」

 

それは構わないが……。

本当に大丈夫なのか?

 

「アタシ達がフォローしないとジワジワ削られるだけだろう? その辺りはどうすんだ?」

 

「安心しろ。もうすぐ王都の兵士が到着するという連絡があった。その作戦に巻き込まれないようにするための工夫も兼ねているらしい」

「作戦? 今から離れなくちゃいけねえほどの攻撃が来るのか?」

 

おやっさんは静かに頷くと、多分な、と付け足した。

おやっさんも詳細を知らないらしいな。

 

「それに兵士達は守りのスキルで全体の守りが底上げされている。魔族もそう簡単に兵士を抜けなかっただろう?」

 

ああ、なるほど。

魔族が数でゴリ押ししてきても兵士達が崩れなかったのはスキルの力か。

全然敵を倒さねえと思っていたがそっち方面を強化していたんだな。

 

「今回の戦いの役割は冒険者が剣、兵士が盾だ。数の差もあるから攻めには欠けるが敵の勢いを削ぐには十分だろうよ」

 

敢えて剣としての役割を下げて盾だけにしたのは、敵からの攻撃に対する防御と味方の攻撃の巻き添えを食らうないようにするためらしい。

 

……そこまで言うならアタシも黙ってるが、本当に来るのか?

王国軍の影も形もないぞ。

 

その時、魔王軍から大きなざわめきが聞こえる。

……遠くて聞こえねえな。

 

「なんて言ってるんだ?」

「ちょっと待て……。これでどうだ」

 

おやっさんが合図を送るとギルド員が道具を設置して魔族の方へ向ける。

すると魔族たちのざわめきがはっきりと聞こえるようになった。

……集音の魔導具か。

 

機械をギルドの人間がいじり始めると、波長があうように特定の魔族の声だけがしっかりと聞き取れるようになる。

 

「人間め、引いたか。お蔭で範囲から外れてしまった。」

「総司令。中断する事は……」

「駄目だ。魔力が無駄になる。……少なくとも我々を邪魔する壁は一通り破壊出来るのだ。十分だろう」

「しかし戦力そのものの削減としては……」

「少々腕の立つ奴らが残ったところで一般兵は戦う必要はない。そいつらは第二波に任せ、一般兵は街を攻める。それが『魔重鏖殺』だ」

 

よく聞こえるな。

……なるほど、これで敵を盗聴していたのか。

だから敵の動きが読めた、と。

 

「ここまで聞こえてるなら魔族たちの言う『魔重鏖殺』って奴の情報も得てるんだろ?」

「残念だがその情報は敵も漏らしていない。口ぶりから察するに極秘事項なんだろう。下っ端たちも名前しか知らないような戦術のはずだ」

 

手の内が分かれば対策のしようもあるってのに厄介だな。

 

魔族たちの動きがおかしい。

魔族側も一部を除いて後退している。

来るのか……?

 

「『魔重鏖殺』一の波、発動!! これで……」

 

途中で急に音が途切れやがった。

 

なんだ? 何が来る?

集団魔法か?

それとも変身での突撃か?

 

 

その時、空の……いや空間の色が変わる。

これは……見たことあるぞ。

まさか悪魔召喚か!?



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第127話 魔重鏖殺

9-127-145

 

気がつけば一瞬のうちに兵士達を覆うようなドーム状の空間……結界で戦場が覆われていた。

 

アタシ達のいる街の壁まではギリギリ届いていない。

 

「マリー……。このままだと兵士の皆さんが……」

「ああ、分かってる。ちょいと助けてやるさ」

 

流石に悪魔相手じゃ分が悪い。

アタシ達が支援して……。

 

「よしっ行くぞ――」

「あ、待ってマリー! その壁は――」

「リッちゃんも早く……なんだこの壁は!?」

 

空間の中に入ろうとしたが、押し戻されるようにはじき出されてしまう。

油を塗ったゴム鞠見たいな奇妙な感触だ。

 

「これは悪魔が暴走しても閉じ込めるために術式に組み込まれた空間魔法だよ。これの中からだと術者が指定した人以外は逃げられないし中に入れない……」

 

リッちゃんが少し悔しそうに言う。

……て事は、あの兵士達は中の悪魔を倒すまで出られないのか?

 

「フェフェ……。これが召喚さ。悪魔も精霊も暴走されると大変なことになるからね。」

 

近くにいた婆さんが説明をしてくれる。確か……『パンナコッタ』のロア婆さんだな。

 

そういえばアタシが前に戦った時も同じように空の色が変わってたな。

あのときアタシ達は閉じた空間の中にいたってわけか。

 

「じゃあ兵士さんたちを助ける方法は――」

 

『パンナコッタ』の婆さんとリッちゃんが首を横にふる。

 

「……発動したら条件が満たされるまで破れないよ」

「今の所、兵士達が悪魔と戦って勝つ事くらいだね……。アレを見てみな」

 

婆さんが指さした方には黒い影のようなモノが見える。

影は少しずつ形を作っていき、次第に悪魔の形へと変化していく。

 

前に戦った……ネームレスとかいう悪魔か。

いや、他にもいるな。

 

「僧侶級に騎士級が二体ずつ、それに要塞級も……」

「恐らくだけどね、左右の端でもいくつか悪魔を召喚してるはずさ」

「召喚魔法の空間隔絶は悪魔を中心に範囲を覆うからね。召喚された数の分だけこの隔絶空間が広がってるのかな」

 

リッちゃんと婆さんが説明をしてくれる。

確かに悪魔の空間はアタシ達の城を覆うというよりも左右に広がって兵士達を覆う形になっているな。

 

……つまり悪魔がそれだけ広く沢山湧いてるってことかよ。

 

逃げても無駄だと理解しているのか、兵士達は誰一人逃げようとしない。

逆にガッチリと守りを固めているようだ。

 

そのまま悪魔とぶつかり……反撃することなくひたすらに攻撃を受け続けている。

 

「ねえ! このままだと兵士たちがみんなやられちまうよ!」

「落ち着け! 確かフーディだったな。この街の兵士達もスキルを使っている。それを信じろ」

 

慌てるフーディをおやっさんがなだめる。

だが、その一方で兵士たちは次々に悪魔の攻撃を受けている。

本当に大丈夫なのか?

 

数十分が経過した。

ひたすら防戦一方でただ耐えているだけの兵士達を悪魔がひたすら殴りつけている。

 

これじゃあ勝負にすらなっていない。

悪魔の攻撃で一人、また一人と倒れていくのが見える。

 

くそっ、見てるだけしか出来ねえのかよ……。

ムカついて結界を切りつけるが、傷一つつきそうもない。

 

「落ち着けマリー。味方を信じろ」

 

信じるってよお。

いくらおやっさんの言葉とはいえ、眼の前で倒れてるのに何を信じろって言うんだ。

 

さらに一時間くらいが経っただろうか。

……兵士達が一人残らず倒れ、悪魔達以外に動くものがいなくなる。

悪魔達は動く者がいなくなったのを確認すると少しずつ姿を消していき、最後には結界も消滅した。

 

……もう誰も動く者はいない。

いや、奥の方で魔族たちが再び動き始めている。

 

「……見事だ! 続けて第二波で街を落とせ! 〈変身〉せよ!」

 

魔道具が敵の声を拾うようになった。

そうか、結界で声が聞き取れなくなっていたか。

結界が無くなったから声も邪魔されなくなったんだな。

 

遠くで魔族たちが〈変身〉して近づいてくるのが見える。

……百は超えているな。数が多い。

いくら強い冒険者が集まってると言っても一つのチームで足止めできるのはせいぜいニ、三体くらいだ。

 

「おい……。おやっさん、これからどうするんだ……?」

「このまま引きつけて防ぐ、そう言われているが……しかし……」

 

おやっさんも迷っているな。

 

進軍速度から言って、〈変身〉した奴らが先に壁に到達する。

あとから普通の魔族兵たちも来るだろう。

 

このままだと街が囲まれる。

こんなん、いくらなんでもアタシ達だけじゃどうにもならないぞ。

一体誰だ、こんな指示を出したのは。

 

「これで良いのだ。問題はない」

 

ん? なんだこのおっさん。

いきなり出てきて偉そうだな。

アチコチパッチワークをしたみすぼらしい服のくせに変に偉そうな髭しやがって。

 

「悪いが物乞いにやる物はないんだ。他所に行ってくれ」

「おい馬鹿! このお方は――」

 

おやっさんが話を途中で中断し、慌てて片膝をつく。

なんだ? このホームレスはおやっさんの知り合いか?

 

「ドゥーケット子爵! どうしてこちらへ?」

「楽にせよ。わが領地が危機に陥り、戦っている者をねぎらいに来た」

 

このおっさんがドゥーケット子爵かよ。

服装が庶民より酷いぞ。

お、ギルドマスターがこっちへ来た。

 

「子爵。勝手に出歩かれては我々も護衛が……」

「護衛など金がかかるだけだ。このようにみすぼらしい我を襲う者などそうおるまい」

 

自分でも服装が分かってるなら着替えろ。

……クソっ、そうこうしてる間にも敵が近づいて来やがった。

 

「悪いが子爵だろうとすっこんでてくれ。アタシはアイツらからアンタ達を守らなきゃならねえんだ」

 

アタシは親指で迫りくる敵を指差す。

悪いがホームレス貴族に構ってる暇はない。

おやっさんが目で口調を咎めてくる。

悪いがアタシはそんな器用な言葉遣いできねえよ。

 

「アイツらと戦うのはアタシ達だ。貴族は引っ込んで――」

「そうはいかぬ。我もこの街にいる兵を指揮する総司令官としての役目があるのでな」

 

子爵はアタシの口ぶりに怒る様子もなく、淡々とそういった。

お前が指揮官かよ。

 

そこでどっかの冒険者が異議をとなえる。

 

「私達も兵士達のように壁になりたくはないんだが……」

「そこを議論するには時間が惜しい。安心せよ。どの道、我と冒険者達は一蓮托生。生き残る策を伝える」

 

あっさりと流された。

確かに時間はないが、アホ貴族のアホな作戦に巻き込まれるのはゴメンだぞ。

 

「子爵はこう見えても戦略、戦術に理解の深い方だ。この街に建てられた陣地構築も子爵が考案したものだ」

 

おやっさんがフォローを入れてくる。

あの陣地構築をねえ……。

確かに防御に特化して奇襲もやりにくそうな堅実な陣地だったけどよ……。

 

「まあ……。アタシはおやっさんが言うなら何も言わないぜ」

「感謝する。それでは壁まで引き付けてくれ。冒険者達は守りに――」

 

そこでどっかの冒険者チームが再び不満の声を上げる。

 

「おいおい、数が足りねえよ。あれだけの数、俺達だけじゃ囲まれて潰されるぜ?」

「……最後まで聞くがよい。時間の無駄が過ぎるぞ」

 

子爵はため息をつくと、壁の下を指差す。

 

「即席だが味方は補充され、一部は門を出ている。彼らと合流して戦うがいい」

 

指差すほうを見ると、ガラの悪い奴らが何人か外に出ていた。

……色街の奴らじゃねえか。

ダンの他に……オネエ組長もいるな。

見たことない奴が大半だが、知ってる奴もチラホラいる。

 

「あらー。ドゥーケットちゃん、こんなところまで来たのね。ちゃーんと活躍するから報酬よろしくねえ」

 

オネエ組長はウインクしたあとに手を振ってくる。

おい、戦う前に味方に精神攻撃するのは止めろ。

 

しかし、アイツらは魔族だが……戦いは苦手じゃないのか?

もう敵が迫ってきてるぞ?

 

「おい、お前ら早く逃げ……」

「行くわよ〜〈変身〉!」

 

味方の魔族たちが次々と変化していく。

……みんな隠れ魔族なのか。

だから〈変身〉ができる、と。

いや、一部ダンのように変身してない奴もいるな。

 

だが変身してない奴らも怯む様子はない。

近づいて来る魔族と味方の魔族、それぞれが派手にぶつかる。

 

「始めまして〜」

「グルル……オアァァッ!」

「あら〜。純度の低い魔石を使ってるのねえ。それじゃあ十全に力を発揮できないわよ〜。……オラァッ!」

 

醜い豚のような姿のオネエ組長は、デカい豚に変身して迫りくる魔族を蹴り飛ばした。

 

前に弱いとか聞いた気がするが……強いじゃねえか。



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第128話 作戦発動

9-128-146

 

「怪獣決戦だね……」

「ああ」

 

リッちゃんに同意だ。

桁違いにサイズのでかい奴らはいないが、どいつもこいつも大の大人より二回りは大きい。

派手なパワー同士のぶつかり合いで音が響く。

 

そこで子爵がコホン、と咳払いをした。

 

「さて、人間ですらない彼らが街のために頑張っているというのに、人間である君たちは味方を放置して去っていくというのかね?」

「うっ……」

「いや、そういうわけじゃ……」

 

一部、及び腰だった奴らが言葉に詰まる。

 

魔族をダシにされるとキツイな。

オネエ魔族達と子爵は利害関係が一致しているから戦いに参加したのは分かる。

 

だがそういう裏事情を知らない奴らが見たら、魔族が戦ってるのに人間側の冒険者が尻尾巻いて逃げた、なんて判断しかねない。

 

どの道半ば強制的に依頼が発生してんだから戦うしか方法は無いワケだが、それを自覚してない奴らにはいい薬かもな。

 

……一応、聞いとくか。

 

「子爵。あるんだよな? 勝つ方法が」

「ある。我が策は未だ大筋から違わず。核となるのは味方の魔族、兵士、そして勇者リュクシーである」

「わ、私なのですか?」

 

おい、リュクシーも聞いていなかったようだぞ?

子爵はその様子を見ても驚きはせず頷くだけだ。

 

「もしも貴公ら冒険者が恐れを知らずにすぐ動いていれば、勇者リュクシーのスキルで迫りくる敵を無力化出来たであろう。そうすれば味方の魔族達によって逆に撃破も含めた選択肢を選べた。街が囲まれる可能性も少なく済んだはずだ」

 

淡々と状況を伝えてくる子爵。

暗に冒険者の失態をつつかれてるな。

淡々とした物言いがかえってキツイ。

 

「しかし今、貴公らが尻込みしたことで魔族同士がぶつかる必要が出てきた。勇者リュクシーのスキルは味方にも効果がある故、使いどころを考える必要があろうな」

「しかし兵士のように使われるのは……」

「兵士か。……よい。そろそろである。我が策、とくと見よ」

 

子爵が赤い玉のような魔道具を取り出し、空へ放り投げる。

すると赤い玉は大きく煙を出しながら空中で停止した。

停止したままひたすらに煙を吹き上げ続けている。

 

なにかの合図……か?

いったい誰に対して……ん? なんだ?

悪魔にやられた兵士達が起き上がってるぞ!?

 

「な、何……?」

「死霊術の類か?」

 

冒険者も知らないようだ。

一体何が起きてる?

 

「冒険者たちよ。落ち着くが良い。これはわが領地にいる将軍のうち一人のスキルである。その名も『集団疑死』、そして別の将である『軍団硬質化』と合わせて被害は皆無に近い」

 

やっぱりスキルか。

擬死って事は……。死んだふりかよ!

 

もしかしてスキルだから本当に死んでたのと大差なかったのか?

まさか、悪魔達を欺くほどのスキルがあるなんてな。

 

「これからが本番である。集団で行う魔術の到達点、とくと見よ」

 

兵士達は起き上がると即座に陣形を組み直す。

そして、兵士達の一部……魔法部隊らしき奴らが呪文を唱えると地面から壁がせり上がり始めた。

 

ゆっくりと、土魔法による巨大な1枚の岩壁が生成された。

……ありゃ崩すのに相当骨が折れるぞ。

 

「これぞ我が土魔法の一点を極めし者たちが使う魔法である。その名も『岩壁』。さあ冒険者よ。お前たちが心配していた兵士達なら息災である。突如現れた防壁により敵も分断し、戦う相手も見えている。他に不満はあるか?」

 

戦場で悪魔相手に死んだふりとか、復活後にいきなり即席の壁を作ったりとかメチャクチャだ。

広域魔法に巻き込まれる可能性もあるのによくやるぜ。

 

もし気が付かれたら一瞬で全滅……。

そう簡単に気が付かれないからこその策、か。

 

「兵士があそこまでの魔法を使えたとはな……」

 

おやっさんも驚いている。

作戦の核は聞いていなかったのかもな。

 

だが、岩壁のお陰で敵を二分できたな。

敵が逃げるにしても岩壁を迂回しなきゃ戻れない。

 

この策はキレイに決まった。

もう異論を唱える奴はいないようだ。

 

ここまでお膳立てしてくれたんだ。

コッチも負けずに行くとするかね。

 

「お、おいアイツ……戦場に行く気か!?」

「くっ、私達も行くよ!」

 

アタシが敵の方へ向けて歩くと、他の冒険者もどうやら行く気になったようだ。

残念だが一番槍はアタシ――。

 

「ふはは! もう行って良いのだな? マリー、悪いが先に行かせてもらうぞ! とうっ!」

「姉ちゃん待つんよ!」

「おおっ。二人とももう先に行ってしまいましたか。私も参りましょう!」

 

……『オーガキラー』が先に飛び降りて行ってしまった。

 

ま、まあ元気があるのは良いことだ。

ここで尻込みしてる奴らはアイツの爪の垢でも煎じて……。

 

いや、これ以上バカになっても困るし飲まなくて良いや。

 

「たしか……マリーであるな。一足先に戦場に向かうその心意気や良し。しかしそなたには別の策にて依頼を頼みたい故、しばしここに残るが良い」

 

子爵に呼び止められてしまった。

しょうがない。

アタシ達は残り、他の冒険者は色街の魔族達を支援しに下へ降りていく。

 

アタシ達のチーム以外で残ってるのは同じように呼び止められた勇者ちゃんだけだ。

 

「で、頼みたいコトってのはなんだ?」

「ふむ……。まずは詫びを一つ、かつての我が家臣が無礼を働いた。魔族ではあったが忠義な男であった」

 

男……?

ああ、前に戦ったあの執事か。

 

「構わねえよ。今は過去を語ってる余裕もねえ」

「話が早いのは良い事だ。早さは経費を下げる。本題に戻ろう」

 

子爵は頷くと、話を続ける。

 

「単刀直入に言おう。宰相の作戦が発動するまでの間、敵に睨みを効かせて貰いたい」

「作戦の詳細について知っているのか?」

「左様。あの赤き玉は王国の兵士たちに対して合図も兼ねている。既に来て待機している兵士達、今から来る兵士達の両方にな」

 

煙を見ると空高くまで上がっているのが分かる。

……あれならアタシの館からでも見ることができそうだな。

 

子爵のおっさんは懐から通信の魔道具を取り出すとアタシに手渡してきた。

 

「これは既に来ている兵士達に通じている。さあ繋いでくれ。伝える合言葉は……『渡り鳥と共に演奏を』だ」

「いきなり急だな?」

「時間は金に勝る数少ない資本である。今更、伏兵たる彼らの説明が必要かね?」

「いや……別にいいさ」

 

伏兵についてはアタシも知っている。

その為に厄介払いも兼ねてアイツを送り出したんだからな。

 

そろそろアイツも音を上げる頃だろう。

送り出したは良いが、何かやらかしてないか不安だったしな。

 

アタシは通信具を起動した。

 

 

「うわあああああん!! 誰か助けて下さいいい!」

 

いきなりうるさい。

この声はポン子だな。

 

「ようポン子、そっちの様子はどうだ?」

「この声は! マリーさんですか!? 何ですかこの兵士達! 聞いてないですよ!」

「そりゃ言ってないからな」

 

アタシ達の館周辺は今、王国兵士達の溜まり場になっている。

ポン子はさっさと出ていってしまったから分からないだろうが、お化け達は王国の兵士を迎え入れるための準備を整えていた。

 

その数は最低でも五千。

リッちゃんが前に王都に作った転移門を改造して、王都の魔術師達が魔力を供給する事で動いていた。

 

簡易ポータルほどじゃないが転移門にも人数などの制限はある。

 

だが、その辺りは運用と膨大な魔力てゴリ押しする事でカバーしたらしい。

激しい魔力消費は常時魔力を転移門に補給する部隊を別途編成して賄うという話だ。

 

もちろんそれだけじゃ渡りきった時点でヘロヘロになってるからな。

最低でも一日、できれば二日は魔力回復のために養生する必要があった。

 

ポン子に渡した手紙には魔力を消費して疲れ切った兵士達の手伝いやらなんやらをするように書いておいた。

 

ポン子と違って可愛いお化け達が兵士で消耗すると可愛そうだからな。

代わりに消耗してくれて良かった。

 

「酷いですよ〜。こんな事なら戦場のほうがまだ楽だった……」

「お前、戦場でそれ言ったら刺されるぞ」

 

まあ五千人以上の精鋭を看護したりもてなしたりするのは大変だろうけどな。

だがポン子、お前が望んだ事だ。

 

「悪いがポン子に用はないんだ。宰相からの伝言を責任者に伝えてくれ。えーと……『渡り鳥と共に演奏を』だそうだ。繰り返してくれ」

「うう……分かりました。渡り鳥と共に演奏を! 渡り鳥と共に演奏を!」

 

ポン子が半ばヤケクソ気味に叫ぶ。

おい、作戦開始の合図だぞ。雑に扱うな。

 

しばらくすると、ポン子の代わりに別の人が通信に出てきた。

 

「君……今の通信は……」

「おう、出てきたか。アタシも詳しく知らねえが宰相からの合言葉だとよ」

「なるほど、分かった。すぐに出る」

 

向こう側でガチャガチャと鎧のようなものが擦れる音がする。

多分だが出撃する準備を始めたんだろう。

 

一瞬反応がなくなったあと、ポン子に切り替わった。

 

「マリーさーん。良かったらそっちに戻して下さい!」

「今、悪魔が召喚されたり魔族が〈変身〉してるがそれでも良いなら――」

「全身全霊でこの館を守ります! 兵士の皆さん大好きですから!」

 

相変わらず切り替えの速いやつだ。

兵士が待機してる時点で館も戦場の一部なんだが……、また駄々をこねられても困る。

黙って放置しとこう。

 

「総員! 奇襲を仕掛ける! 転移門に入れ! 無駄にするなよ!」

 

隊長らしき人の号令が聞こえてくる。

次にたくさんの足音が聞こえ、その足音は少しずつ少なくなっていく。

恐らく兵士達が転移しているんだろう。

 

今回、宰相からの依頼で魔族の進行経路近くにある北の森に転移門を設置していた。

 

数は一つだけ。

ただし簡易ポータルのように使い捨てじゃない。

魔力さえあれば行き来できるタイプの門だ。

今回はその転移門を軸に作戦の一つを組み立てたそうだ。

 

とは言っても作戦そのものはシンプルだ。

正面に集中した所で敵軍の腹に噛み付く、ただそれだけの作戦に過ぎない。

 

噛み付く味方は王国正規兵、噛み付く場所は敵軍中央、北側からだ。

アタシ達が嫌がらせで奇襲していた時、ひたすら南側から攻めたのも北側に意識を向けさせないためだ。

 

転移して敵軍の横っ腹をつついてる間に味方の立て直しを行い、別の王国兵士で敵を薙ぎ払う。

 

それがアタシの聞かされていた内容だ。

 

もちろんアタシも作戦の全てを知ってた訳じゃない。

特に子爵の兵士達がブッ飛んだスキルと魔法の運用をするってのは知らなかった。

 

だが、これでようやく全貌が見えてきたな。



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第129話 第三の波、そして四の波

9-129-147

 

兵士たちの足音を聞いてリッちゃんはうんうんとうなずいている。

 

「うん! 転移門はちゃんと機能してるみたいだね!」

「リッちゃんは流石ですね」

「えへへ……」

 

エリーがリッちゃんを褒め、頭を撫でる。

 

「むう。ご主人様の頭は私も……」

 

リッちゃんが嬉しそうに笑ってる傍でメイがなんか言ってるが無視しとこ。

 

実際、今回はリッちゃんの手柄が大きい。

転移門の作成から設置までかなりの突貫工事だったからな。

何回も連続使用に耐えるだけの耐久性を確保するのが難しかったらしい。

 

 

「流石に魔重なんちゃらってのも止まったみたいだな。アタシ達も出て攻撃を――」

「いや、まだだ。よく聞け。敵は攻撃を緩めていない」

 

おやっさんが集音器の音量を調節して魔族の声を拾う。

 

「――このままでは第四の波が撃てんぞ! 第三の波を街の壁ではなく、今作られた防壁の破壊に使え!」

 

……まだ攻撃が失敗したわけじゃないのか。

少なくとも第三の波とやらは壁を破壊する力があるらしいな。

 

「さて、マリーよ。そして勇者リュクシーよ。出番だ。門前の魔族共を殲滅し、第三の波への対処を依頼する。依頼金については我は支払わぬが王都が払うように手はずを整えよう」

 

しれっと依頼金を王国に擦り付けやがって。

まあいいさ、どのみち出る予定だったしな。

 

「任せな」

「頑張るのですよ」

 

あの壁をぶっ壊せるくらいの奴だ。

なんかしらヤバイ事をしてくるんだろうが、勇者ちゃんなら魔族共ぶっ飛ばしてくれるさ。

 

壁まで結構距離がある。それに下は乱戦状態で下手に巻き込まれたくない。

 

「今回は勇者ちゃんと二人で飛んでいく。エリー達は他の冒険者を援護してやってくれ」

「任せてよ!」

「分かりました。……〈守護〉、〈身体強化〉。……気をつけて下さいね」

 

エリーが魔法をかけてくれる。

アタシは頷くと勇者ちゃんを背中に抱える。

 

リッちゃんは他の魔法使いと共に攻撃をするようだな。

 

さて、アタシ達も行くか。

 

「行く前に一つだけ。もうすぐ王都の兵も来る。攻撃に巻き込まれぬように注意せよ」

「分かった! 行くぞ勇者ちゃん!」

「任せるのです!」

「勇者ちゃんは味方の魔族ごと攻撃するなよ!」

「き、気をつけるのです!」

 

空を駆けて、目標地点まで一気に近づく。

さっきまで死んだふりをしていた兵士達は空にいる魔族と地面にいる魔族、両方からの攻撃に耐えていた。

 

流石に硬いとはいえ攻撃を受け続けてるとキツそうだな。

 

 

「よう兵士さんたち。さっきは助かったぜ」

「お前は冒険者マリー!。……まさか飛んできたのか!?」

「まあ、そんなトコだ。さあ、反撃するぜ」

 

アタシはサンダーローズを空の魔族たちに撃って牽制する。

こいつらが第三の波ってわけじゃないだろう。

 

どっかにきっかけがあるはずだ、戦況を変えるほどの大きなうねりを引き起こすきっかけが。

 

「勇者ちゃんはしばらく兵士と一緒にいてくれ! アタシが敵を釣り出す!」

「分かったのです!」

 

アタシはそのまま下へ、岩壁で動きが制限された魔族がうじゃうじゃいる方へ降りた。

 

「なんだ? アイツ落ちて……」

「いや、空中で止まったぞ!」

「ちっ、この間から暴れてる女ってのはアイツか!」

 

魔族達がやかましいが、構っている暇はない。

適当に雷と炎で牽制してやる。

 

魔族による直接攻撃だけじゃないだろう。第三の波とやらはどんな手で攻めてくる気だ……?

 

ん?

あそこで魔法を唱えてるあの魔族……まさか悪魔召喚か!?

もう一回悪魔で叩くのが第三の波って訳か。

 

よし、アイツをぶっ叩いて攻撃を中断させてや――。

 

「今だ! 第三の波、発動!」

 

その時だ。敵の掛け声とともに、遠くで魔力が大きくうねるのが見える。

あれが第三の波……?

 

まさか、こっちの悪魔召喚は囮か!?

 

「……連携魔法『山喰い』」

 

誰かが発したその声に応じるように魔族たちが慌てて飛び退く。

退いた場所から次第に地面がひび割れ、大きな溝を刻み込んでいく。

 

くそっ、地割れで岩壁を砕くって事か。

マズイな。魔法の速度は遅いが対処する方法がない。

 

「任せるのですよ! スキル〈吸魔〉発動なのです!」

 

勇者ちゃんが飛び降りて来ると、スキルを発動させる。

すると、地割れは勇者ちゃんを飲み込む寸前で急停止した。

……スキルで魔力を吸い取ったのか。

 

「クソっ、あれほどの魔法でも妨害されるのか。このままでは……」

「……仕方ないっ! このまま作戦を続けろ! 第四の波発動!」

 

まだあるのかよ。

いい加減にネタ切れでもいいのによ。

 

魔族の掛け声とともにさっきまで呪文を唱えていた敵が急に押し黙る。

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「【――常闇の盟約よりこの地を破壊せん】〈召喚・男爵級悪魔タチ・バローネ〉」

 

くっ、囮と見せかけて本命だったのか。

 

マズい。

空の色が変わり、世界から隔離された事を理解する。

この空間はどこまで続いている?

アタシ達を超えて……岩壁まで範囲に入っているようだ。

 

マズいな。

悪魔の進行を止めなきゃ壁が破壊される。

 

出てきた一人だけ。

黒髪で一見普通の男性のようだ。

体はマントに隠れて見えない。

 

「ンー、契約だからキタけド、ナニスればイイの?」

「悪魔タチ・バローネよ。眼前の壁を破壊しつくせ」

「リョーかイ」

 

よりによって爵位持ちかよ。

マズイな。

これじゃそのまま叩き潰される。

どうにか裏を書いて……。

 

「私に任せるのです!」

「おいまて、勇者ちゃん!」

 

勇者ちゃんが一人、悪魔に向かって駆け出していく。

マズイ、勇者ちゃんは前の悪魔との戦いで油断しているのか?

アイツらはそんなにヤワじゃないんだぞ。

 

「ンー、馬鹿が一人……。はいサヨナラ」

 

悪魔の体……マントの陰から棘が鋭く伸び、勇者ちゃん目掛けて突き刺さる。

――早い!

 

アタシは慌てて駆け出すが、凄まじい速度で棘は伸びていく。

くそっ、間に合わ……。

 

「無駄なのです!」

「ン? ナニ、おマエ?」

 

悪魔の棘は、勇者ちゃんの身体に刺さる直前に、黒い霧となって消えていく。

 

「勇者ちゃん! 無事か?」

「心配ないのです! 私のスキルは悪魔にも通用するのです! 訓練で学習済みなのですよ!」

 

そうか、勇者ちゃんのスキルは悪魔の魔力も吸収するのか!

こいつは朗報だ。

 

「エッ、嫌なスキル……。私の身体、一瞬コの世界から消えタヨ? ウソみたいなヤツ……」

 

悪魔の身体は魔力を使ってこの世界に顕現している。

大元の魔力が無くなれば、この世界にいられなくなる。

 

分かっていたからイキナリ突っ込んだんだな。

勇者ちゃんがそのまま突撃して、悪魔の身体に触れると、一気に体が崩れる。

 

「あらラ……身体が持たナイ……?」

「私のスキルは魔力を吸うのですよ! 悪魔の体の魔力を吸う事で、貴方をこの世界にいられなくするのです!」

 

勇者ちゃんが思い切り悪魔に抱きつくと、悪魔の体が黒い霧となり大きく崩れていく。

……だが、悪魔はまだまだ健在だ。

 

「魔力量が……多い、のです!」

「……このママじゃ、マズいネ。体ガ、崩れル前に倒さナいとネ」

 

勇者ちゃんでも吸い切るまでに時間がかかるか。

その間の時間は稼がねーとな。

 

そこで悪魔が拳を作り大きく振りかぶる。

悪魔の奴、体が崩れるより早く打撃を与えるつもりか。

 

悪魔の力は強大だ。

このままマトモに食らったら勇者ちゃんでも吹っ飛ばされる。

 

「ジャ、死んでネ」

「ま、マズいのです!」

「させねえよ」

 

アタシは二本の刃を金属魔法で一つにし、悪魔の拳にぶっ刺して地面と縫い付けた。

 

「ンー? おマエ、ナニ?」

「教えねえよ。女の子には秘密が多いんだ」

 

炎や雷は使わない。

勇者ちゃんが吸収してしまうからな。

あえてそのまま思い切り顔面を蹴りつける。

 

……やっぱりあんま効かねえか。

 

「面白イ人間ネ。ムダな努力ヨ?」

「アタシはお前を邪魔できればそれでいいんだよ」

「ムだだヨ。お前、先に死んデ」

 

悪魔の髪の毛が数百本、棘になってアタシに向かってくる。

……さっきより早いな。

 

「武器を捨てタおマエ悪イネ。おマエ、串刺シだヨ」

 

思い切り右に飛んで躱したが、交わした方向に棘が曲がる。

 

ちっ、ファイアローズで焼いて……、勇者ちゃんに近すぎるな。

駄目だ、威力が弱すぎる。

とりあえず何でもいいから牽制を……。

 

アタシはやぶれかぶれで体内の魔力を練り上げ、そのまま放出する。

すると光の波が放出され、迫りくる棘をへし折り吹き飛ばした。

 

「んあっ!?」

「アらラ……?」

 

……おいおい、なんだこりゃ?

今までに無い現象だぞ?

悪魔も驚いているな。

 

「原初のチカラ……? 使えル人まだいタんダ? 危険カナ?」

「さあ何のことだ? アタシはいつもどおりやってるだけだ」

 

さも知っている風を装ったが……。

効果はあんまり無さそうだな。

 

悪魔が騒ぐこの力……。

これは母リラの使ってた“練気”って奴とも少し違うはずだが……。

 

アタシはこっそり手に“練気”を使ってみる。

よし、“練気”も感覚として捉えきれてるな。

 

……下手な魔法が勇者ちゃんに吸われるお陰で身体の中にある力を捉えやすくなっている。

 

少し分かってきたぜ。

体の中に魔力とも“練気”とも違う何かがあるな。

 

これを魔力にして使うとアタシの魔法に、別の力に変換すると“練気”になる。

 

そしてそのまま“何か”を使ったのが光の波だ。

多分だがこっちが原初の力ってやつだな。

 

……これは“練気”と魔力、両方知らないと使えないんじゃねーのか?

 

「相変わらズ危険なチカラネ。昔ノ様にハさせないヨ」

 

悪魔がハリネズミのように棘を全身から生やす。

しかし、その棘は勇者ちゃんを突き刺す事なく、吸収されるように溶けて無くなってしまう。

 

「魔法ガ吸わレて動きが遅いネ……。私、ジカンナいのにコイツも危険。ドッチから……?」

 

意識が勇者ちゃんに向かうと面倒だ。

正直今の不安定なアタシより、勇者ちゃんのスキルを頼りにしたい。

 

アタシは地面を思い切り踏んで加速し、そのまま悪魔に“練気”の蹴りを入れる。

 

「浮気はいけねーぜ? そういう奴は蹴飛ばされても文句言えねーよな?」

「ナッ、早……」

 

悪魔の顔を当初狙っていたが、身体が異様に軽い。

エリーの身体強化魔法より強化されてねーか?

 

お陰で狙っていた顔じゃなく肩に攻撃が当たってしまう。

この身体強化も“練気”の力って奴のお陰だな。

だが、さっき出せた光に比べると効きは悪いようだ。

 

「借り物ジャない力で肉体強化まデ……。決めたネ。マダ基礎しか使えてないウチに、お前ダケでも殺すネ」

 

よし、結果的にアタシをターゲットにしたか。

 

「悪いがチクチク野郎が熱烈アプローチしたって抱きしめてやれないぜ?」

「私が抑え込むのですよ!」

 

おっと、例外的に勇者ちゃんだけは悪魔を抱きしめられるな。

抱きしめると相手が溶けちまうが。

 

「ム……。厄介だネ」

 

悪魔が再び棘をだす。

おいおい何度やったって無駄だ。

勇者ちゃんが吸収して……。

 

どこを狙っている?

 

悪魔が狙ったのは地面……。いや違う。

狙っているのは岩だ。岩を串刺しにして持ち上げやがった。

その大岩でアタシを殴るつもりか?

 

仕方ない。少し離れて距離を……。

ん? なんか変だぞ?

狙っているのはアタシじゃなく……。

ちっ、また勇者ちゃんか!

 

「テメエ! さっきのはハッタリかよ!」

「今更気キヅイたネ? オソいヨ? マずハ邪魔モノから払うネ」

「ま、マズいのです!」

 

クソっ、悪魔みたいな絶対的な強者がセコい嘘つきやがって!

 

 



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第130話 原初の刃

9-130-148

 

悪魔はアタシ達の数倍はありそうな大岩を串刺しにして持ち上げ、勇者ちゃん目掛けて叩きつけようとしてくる。

 

「ンン……魔力消費ガ大きイネ。この子のセイかナ?」

「させねえよ!」

「ン? 割と速いネ。まア良いヤ。間に合わナいネ」

 

アタシは加速して近づく。

だが距離が少し足りない。

このままじゃ間に合わず潰される。

 

それなら……。

 

「あ、足元が! 落ちるのですよ!」

「安心しな。アタシが今作った穴だ。……間に合ったな」

 

アタシは地中の奥深くを土魔法で操って、アタシごと勇者ちゃんを穴に落とした。

落ちた勇者ちゃんに引っ張られる形で悪魔も体勢を崩し、穴に引きずり込まれる。

悪魔が持ち上げていた大岩は勇者ちゃんに当てられず、地上の穴を半ばふさぐ程度にとどまった。

 

……だいぶ下の方に穴を開けたつもりだが、勇者ちゃんの影響で魔力の消費が大きいし効果も弱い。かなり魔力を失ったな。

 

だがそれはさっきから棘を生成してる相手も同じはずだ。

……悪魔と我慢比べとかやりたくねえな。

 

「気持ちワルイ奴ネ」

 

悪魔は不愉快そうな顔を隠さなくなってきた。

爵位持ちかなんか知らねえが随分と余裕がねえな?

 

「そのままもう一回、勇者ちゃんに抱かれてイっちまいな」

「威勢いいネ。ダケど私ノ攻撃終わっテナイヨ?」

 

その時、頭上の岩にヒビがはいる。

そのヒビ割れがどんどん大きくなって崩れ始めると、アタシ達の頭に降りかかってきた。

 

マズいな。

生き埋めになる。

 

降りかかる岩……。いや、崩壊して砂だなこりゃ。

この砂から見を守るため、アタシは攻撃を中断し勇者ちゃんを全力で引っ張ると、“練気”で強化された脚力で壁を無理やり駆け上がる。

 

……ヤバかった。ギリギリだった。

 

アソコで勇者ちゃんと生き埋めになったら今の魔法じゃどうにもならねえ。

勇者ちゃんのスキルはとことん共闘するのに向いてないな。

 

「オやおヤ。人間は弱点ダラけデ悲しイネ」

 

悪魔が土の中からヌルリと這い出てくる。

マズイな。

“練気”で強化できるとはいえ、直接殴り合ったら瞬殺されるぞ。

 

「私の魔法ハ崩壊ヲ司ドるヨ? 私が突き刺したモノは確実ニ壊せルネ」

 

……つまりあの針で突き刺されたら体が崩壊するって訳か。

厄介な魔法だな。

 

「勇者ちゃん。あとどのくらいで吸い切れそうだ?」

「分からないのです。多分もう少しだと思うのですよ」

 

分からない……か。

悪魔の魔力を測ろうってのも無理な話だな。

 

「よし、作戦だ。さっきの魔法を――」

「お喋リ楽しソウネ。デモ駄目ヨ」

 

悪魔が一瞬で距離を詰めてくる。

狙ってきたのはアタシだ。

のんびり話もさせてくれねえってか。

 

「オ前、マだチカラを使えなイ内に倒すネ」

「くっ……迫ってくる時と場所をわきまえな!」

 

アタシは足に“練気”を纏わせ蹴りつける。

蹴りは僅かに悪魔の肉体を削り取り吹き飛ばした。

……少しだけ距離を取ることができたな。

 

「ソのチカラにモ原初の力、混ざってルネ。危険」

「危険危険うるせえな。危険な日に女の子に迫ってくんじゃねえ」

 

距離を取ることができたが……、このままじゃジリ貧だな。

 

「勇者ちゃん。一気にカタをつけるぞ、二人で突撃するんだ。アタシの合図で魔法を解放して直接ぶつけてくれ」

「魔法を解放……。わかったのです! 分の悪い賭けは嫌いじゃないのですよ!」

 

よし、やりたい事が伝わったようだ。

分かってくれて嬉しいぜ。

普段から分の悪い賭けをやってる奴は一味違うな。

 

こういう時賭けに勝ってくれるならいくらでもカジノで負けていいぞ。

 

「いくぜ!」

「ハイなのです!」

 

アタシ達二人で突撃する。

 

「ン? 攻めテ来るノ? 手間ガ省ケるネ」

 

棘が勇者ちゃんを目掛けて……途中で曲がりアタシに向けられる。

 

勇者ちゃんを狙うフリして、アタシを狙ってきたか。

そりゃ身体が自由なら攻撃が通じない勇者ちゃんよりアタシを狙うよな?

 

「甘いぜ」

 

肉体を“練気”で強化して、アタシは悪魔野郎は急速に距離を詰める。

 

「かかったネ」

「マリー!」

 

直接拳で殴りかかってきた。

拳には棘がビッシリだ。

 

最初の棘は囮ってワケだな。

だけどよ、こっちも読んでんだよ。

それくらいはな。

 

そのために勇者ちゃんと二人で突撃したんだからよ。

……ここだ!

 

悪魔が拳を振り下ろしてくる。

コイツは前に戦った精霊より少し動きが遅いが、それでも捉えるのは至難の技だ。

そしてマトモに当たれば即死級の威力。

 

……だからこそ、あえて躱さない。

 

そのまま拳がアタシの顔に近づき貫こうとして――。

悪魔の拳が砕けた。

 

「エッ……。なんデ?」

「お前らが言う原初の力っていうのは、よく分からねえがお前たち悪魔の天敵なんだろ? それを発したのさ」

 

正確には出したのはただの魔力だ。

感覚はつかめてきているが原初の力とやらをいきなり使うのはリスクがあるからな。

 

実際、さっきからそれで攻撃しようとしてるが“練気”と混ざっちまってる。

だけど魔力なら、混ざっても勇者ちゃんが取り除いてくれるよな?

それならたっぷり力を込めて悪魔にぶつけるだけで良いんだからよ。

 

「礼を言うぜ。お前と勇者ちゃんのお陰でアタシは練気と……“原初の力”を使えるんだ」

「私……ノ、セイ? 私ガお前を強ク? 訳分かラないネ」

 

まあ、すぐに使えるってわけじゃないがな。

 

勇者ちゃんのスキルで吸収されない魔法のようで魔法じゃないチカラ。

魔法と練気、そして原初の力。

その二つを認識することでそれぞれ少しだけ操れるようになったのは確かだ。

 

この悪魔との戦いが無けりゃ、もう少しモノにするまでに時間がかかっただろうよ。

……驚いて動きが固まったな?

 

「勇者ちゃん!」

「任せるのです! 魔法を放つのですよ!」

 

勇者ちゃんが悪魔に触り、今までに溜めた魔法を放つ。

 

すると悪魔の体に一気にヒビが入り、大きく裂ける。

 

 

「ナ……ニ? コレ……ハ……?」

「タダの魔法さ。数百人か数千人分か知らねーが、それを徹底して集約した……地面ごと防壁を砕くような、それだけの魔法だ」

 

さっき魔族共が使ってた、地面をかち割る魔法を直接叩き込んだんだ。

たしか『土喰い』だったか? それを食らって流石に無事って訳には行かねえだろ。

 

「コレは……身体……裂けル? マズいネ……」

「そしてアタシからの駄目押しだ。受け取りな」

 

アタシはさっき悪魔に刺したあと放置されて転がっていた刃を拾い、元の二本に戻す。

そして、腹と顔面の両方に刃をねじ込んだ。

 

「ア……ア……」

「普通に魔法を使うと勇者ちゃんに吸われかねないからな。中でイってくれ」

 

アタシは炎で中から焼く。

だが、これもすぐに勇者ちゃんに吸われてしまうようだ。

……効率が悪いな。“練気”を刃に通してみるか。

 

“練気”を通したその時、刃が震える。

ん? 何が……。

 

「マリー、武器が変化しているのですよ……」

 

武器を見ると、包丁サイズの二本の刃から伸びるように光の刃が飛び出し、悪魔の身体を貫いた。

……これは“原初の力”ってやつじゃねーのか?

 

「そんナ、原初のチカラで刃まデ? ソノ武器のオカゲ……?」

 

武器……?

そうか、この刃は基礎魔法しか通さないと思っていたが……“練気”も通さないのか。

それがフィルターみたいになって“練気”は通さずに基礎魔法の根本になってる“原初の力”だけを通した、と。

こいつは便利だ。

 

「身体に刻み込んでやるよ。特別にな」

 

アタシはそのまま武器を動かし、悪魔の身体を十字に切り裂く。

切り傷からは黒い霧が激しく漏れていき、それも勇者ちゃんに吸われていく。

……致命傷だな。

 

悪魔が抵抗をやめたのか、急にひび割れが大きくなる。

 

「う……ア……やルね」

「お前もな。悪いがそのまま消えてくれ」

「……悪魔ハ消えナイヨ。またドコかの魔石を使って生まれ変わル。世界の一部だカラね」

「おい、そりゃどういう事だ?」

「……語ラないヨ。悔しイからネ」

「おい、お前――」

 

ひび割れから霧を吹き出すと、体は本格的に崩れ、跡形もなく霧散していった。

 

空の色が元に戻っていく。

……どうやら倒したようだな。

 

「マリー! やったのですよ!」

「ああ……。一応の勝利だな」

 

勝ったのに不完全燃焼感がある。

何か知っているなら全部吐いてから死ね。

 

「疲れたのです。そろそろスキルが解除されるのですよ……」

 

勇者ちゃんも限界か。

だが、まだだ。

 

「勇者ちゃんは使い物にならなくなる前に自力で岩壁を登ってくれ」

「エリーはどうするのですか?」

「気にすんな。さっさと行くんだ」

 

アタシは近づいてくる敵をぶっ飛ばすからな。

これ以上の攻撃がないと信じたいが、万が一の場合はヘロヘロのヘッポコになった勇者ちゃんを守りきれる自信がない。

 

「ま、まさか爵位持ちの悪魔が破れるとは……」

「これでは最後の波を発動させても……」

「……ええい! もうここまで失敗続きなら、どのみち魔王様に消されるわ! 全軍突撃、発動だ!」

 

魔族達のやり取りが聞こえる。

なんかヤケに聞こえがいいぜ。

これも“練気”で強化してる効果か?

 

まあいいや。

全軍突撃だろうとなんだろうと、抗えるだけ抗ってやるさ。

 

「そ、それでは……最後の波、発――。そ、そんな!? 大変です! 後方から敵が奇襲をしてきました! かなりの手練れのようです!」

「何!? どうやって回り込んだ!? おのれ……」

「このままでは我々も……」

「部隊を分けて敵に当たらせよ! 全軍突撃は中止だ!」

 

敵の動きが鈍った。

……どうやら兵士達が奇襲攻撃を仕掛けてくれたようだな。

これでこっちへの攻撃も緩む。

魔力が少なくてもなんとかなるかもな。

 

 



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第131話 援軍

9-131-149

 

魔族が突撃して十分くらいが経過しただろうか。

いまアタシは岩壁を背にしてチマチマ敵を削っている。

正直、アタシ一人の力じゃどうしようもないからな。

 

適当に嫌がらせをして後退する予定だったがハシゴやらをかけて岩壁の上に登ろうとする敵をぶん殴ってたら逃げ時を見失ってしまった。

 

こっちも攻め手が足りねえ。

これじゃ破られるし、防御の兵士達もすり潰される。

 

(――……リーよ)

 

ん? なんか聞こえたような……

気の所為か? 最近空耳が多いな。

 

(マリーよ。聞こえているか。味方が来た。これより攻撃に入る。これにより作戦は完成だ。一旦引け)

「んわっ!? イキナリ頭の中に話しかけんじゃねえ!」

 

急に念話が飛び込んでくる。

子爵の声だ。

イキナリ話しかけられて焦ったが、撤退しろと言うなら喜んで撤退するぜ。

 

アタシは空中へ跳ね上がると、岩壁を思い切り飛び越える。

さて、エリーのいる場所に一回戻るか。

 

「あ、マリー! 連れて行ってほしいのですよ!」

 

勇者ちゃんがシナシナになってヘバリながらも声をかけてきた。

 

「悪い! アタシも消耗が激しいから無理だ! 一旦回復して来るから待ってろ!」

「ああ、そんなひどいのですよ。私はここで捨てられるのです……」

 

おい。人聞きの悪い事言うな。

勇者ちゃんのノリが良いのは構わないが周りの兵士達にあらぬ誤解を与えてそうだ。

心なしか兵士の目が冷たい。とりあえず勇者ちゃんは後で説教だな。

アタシは一人、街の防壁まで移動する。

 

途中、下の方に目をやるが、〈変身〉して襲ってきていた魔族達は大半が倒れていた。

 

概ねこっちが有利なようだな。

 

「ん? 影……?」

 

いくつかの影が、アタシの上空を駆け抜けていく。

なんだ? 何がアタシより高くを飛んでんだ?

 

見上げると、いくつもの魔獣が空を駆け抜けていた。

数は……千に満たないってトコか。

 

「あ、あれは……」

「知っている……。あれこそが王国が扱う最高戦力、ペガサス騎士団だ」

「まさかこれ程の数がいたとは……。聞いていたよりだいぶ多いぞ」

 

下から兵士や冒険者達の声が聞こえる。

ペガサス騎士団……。王都に行ったとき見かけた気がするな。

 

「お疲れ様です。マリー。大分消耗したようですね……。それにリュクシーちゃんの姿が見えませんが?」

「ああ、勇者ちゃんなら岩壁の方に置いてきた。魔法の砲撃なら盾にもなるしな」

 

勇者ちゃんが無事だと伝えるとエリーがホッとしていた。

 

防壁の上に戻ると、エリーが出迎えてくれる。

子爵のオッサンもいるな。

 

「エリーよ。ご苦労であった。しばらく休んで王国精鋭部隊の実力を見ているといい」

 

王都の精鋭部隊か。

確かにペガサスに乗って空を飛ぶ兵士達の戦いなんてそうそう見れるモンじゃない。

騎獣の育成や躾、専用の兵士たちの選別と訓練、どれをとってもコストがバカ高いしな。

 

お手並み拝見といこうか。

その前にアタシ自身が回復してからだけどな。

 

 

スキルを使って体を回復させてから戦地に戻るとペガサス隊が空を自由に駆け回っていた。

 

ペガサス隊の攻撃は分かりやすい。

まずは高いところから矢で射撃を行う。

次に討ち漏らした敵や〈変身〉して強くなってるやつには急降下し、相手の射程ギリギリから爆弾のようなものを投げつけて攻撃して倒している。

 

同じように空を飛べる魔族達が応戦しているが、ペガサス騎士団のほうが動きが早くて連携に優れているようだ。

 

ペガサス隊は動きをペガサスに任せて魔法を唱えるのに集中できるのも強みの一つだな。

弓と魔法で応戦された敵は、なす術なく倒れていく。

 

「凄いですね……」

「ああ、かなり訓練されているな」

 

この状況でコレは有り難い。

気がつけば日も傾き夕暮れになっている。

もう少しすれば完全に日が沈むな。

 

そうすれば夜に特化した魔族達が出てくるが、これならその前に片付けられそうだ。

 

上手く行けば夜の敵とは戦わなくて済みそうだ。

 

 

「我と宰相殿が必死で詰めた策略である。なかなかの余興であろう?」

「ああ。予想外の成果だ」

 

子爵のおっさんも見物に回っている。

しかしこのオッサンも意外とやるな。

 

結果だけ見れば敵の攻撃を封じて壁で分断、高所からの一方的な攻撃だからな。

 

貴族のデキる事なんて平民相手には威張って、仲間内では茶飲み話をしながら足元を踏みつけあう遊びをしてるだけかと思ったぜ。

 

「悪いがアンタを誤解してたようだ」

 

タダのケチなオッサンだとしか思ってなかった。

ここまで戦略を練れるなら優秀なんだろう。

 

「良い。此度の戦は金が王都持ちであるのでな。唯一、土木隊……ゴホン、兵士達を失うリスクがあったがそれも山場を超えたと言える」

 

おい。今、兵士の事を土木屋扱いしようとしただろ。

街の補修工事でちょくちょく兵士がこき使われてるって噂があったが本当だったのかよ。

 

「お前、貴族のくせに金の事ばっかりだな?」

「ふむ? 変わった事を言う。金無くして領地は回らぬ。貴族は確かに金の事に関して配下に投げる者も多い。しかしそれこそ金の無駄と言うものだ」

 

何言ってるんだこいつは。

その道のプロに頼むのが道理だろうが。

代替わりした貴族が下手に口出しして産業を崩壊させるなんてよく聞く話だぞ。

 

「分からないと言う顔をしているな。ならばドゥーケット家の家訓を教えよう。『自分でやれば金はかからない!』だ」

「……は?」

「詰まるところ算術に明るい者や戦術家を雇わなくても幼少より己が身に叩き込んでしまえばコストをかけずに相応の成果を出せるというもの」

 

なんだその貧乏時代についた癖がそのまま家訓になったような座右の銘は。

普通は効率悪くて途中で諦めるだろうによくやるぜ。

 

「領地経営も同様である。金はなるべく自分から出さず無駄を省き、できうる限り自分でこなす事で他者に依頼する際も知識と経験を持って当たる事が出来る。これがドゥーケット流節約術である!」

 

つまり事実上の英才教育を受けて育ったと。

心構えは立派だが、貴族はガンガン金使ってアタシ達を潤わせろ。

 

一方でメイとリッちゃんが隣で感心している。

 

「上に立つ者が徹底した自己鍛錬で己を磨くなんて……なんて立派なんでしょう……」

「そうだね、こんなに立派な人が領地にいるなんてラッキーだねぇ」

 

リッちゃんはともかく……メイ、お前ご主人様であるリッちゃんと比較して感動してねーか?

子爵の会話中、ちょっと羨ましそうにしてただろ。

 

リッちゃんはリッちゃんで頑張って……、頑張って……?

うん、まあとにかく一生懸命にオヤツ食べたりメイに甘えたりゴロ寝して頑張ってんだよ。

一応、趣味の研究もよく没頭してるし。

 

うん、頑張ってる頑張ってる。

 

「さて冒険者チーム『エリーマリー』よ。再度の一働きしてもらおう。岩壁を乗り越えてくる魔族達をペガサス隊と連携して追い払ってほしい」

 

子爵のオッサン曰く、ペガサス隊は補給のためにどっかに停泊する必要があるらしく、そう長く攻撃は続かないらしい。

そのため、補給隊が来るまで戦線が崩壊しないようフォローをしてほしいそうだ。

 

「別に構わないけどよ? さっきみたいに悪魔を召喚されたら岩壁ごと破壊されるぜ?」

「相手にその勇気があればな。先程悪魔を撃退した冒険者マリーと勇者リュクシーの姿があればコストのかかる悪魔や精霊を迂闊に出せぬだろう」

 

つまりアタシや勇者ちゃんが顔見せするだけで警戒する、と。

確かに敵もノーリスクで召喚してる訳じゃないか。

魔族にも顔が覚えられて光栄だぜ。

 

今の勇者ちゃんは砦で干からびてるけど、それさえバレないようにしとけば大丈夫だな。

 

エリーやリッちゃん達と共に移動する。

街の防壁から岩壁までにいた敵はほとんどが倒されていた。

一方でこちらの被害は軽微だ。

 

「勇者ちゃん、待たせたな。仲間を連れてきたぞ」

「あ、マリー! 遅いのですよ! 何度か魔族たちが攻撃してきたのです!」

 

勇者ちゃんが少し元気になっていた。

だいぶ体力が回復したようだな。

もう少しで戦えるか。

 

「そりゃすまなかったな。あとはアタシ達に任せ――」

「その必要はないぞい」

 

ん? この声は宰相のおっさんじゃねーか。

どこにいる?

 

「上じゃ、よく見んかい」

 

上?

上なんてペガサス以外何も……。

なんだありゃ?

 

 



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第132話 秘密兵器

9-132-150

 

「……船?」

「ふぉっふぉっふぉ。これぞ王国の隠し玉よ。空中船じゃ」

 

上の船から声を送っていたらしい。

そのまんまの名前だな。

ペガサス隊が船の方に出入りしている。

……アレが補給場所か?

 

「今そちらに降りるからの。少し待っとれ」

 

船から光が差す。

その光を伝うように宰相のおっさんが降りてきた。

船に乗ってたのか。

 

「どうじゃ? 風魔法により安全かつ、ゆっくりと高所から人を降ろすことができる機能じゃ」

「うわっ! 凄い! 周りの風の影響を無視して降りられるなんて! おっきな建物とかにも使えそうだね!」

 

リッちゃんが食いついてきた。

悪いが今それどころじゃないから技術的な話は今度な。

 

「あの船はなんだ?」

「先程も言ったとおり空中船じゃ。ペガサス騎士団を乗せて飛んで来たのがその船じゃ。もちろん武器の補給やペガサス隊の休憩場も兼ねておる。今回は先日手に入れた食料を不要にするスキル持ちと併せて荷物の削減ができたからの、大量の爆薬と武器を積んでおるわ」

 

船が空中の補給基地って訳か。

ペガサス隊はアレのお陰で継続して攻撃できる、と。

 

「船から直接攻撃はしないのか?」

「どうしても船の動力や浮力の材料と干渉してしまってのう。まだまだ試作段階じゃな」

 

宰相のオッサンが軽く構造を説明してくれた。

浮力は風魔法のほか、ダンジョンから取れたガスを使用し、船の上部に風船のように取り付ける事で賄っているらしい。

ただしガスはほっとくと勝手に抜けていくらしく、管理が難しい上に量産もできないとか。

 

「かつては爵位持ちの悪魔一体で国を落とすと呼ばれた。だがこの兵器を見よ。空から一方的に攻撃出来るという機能! かつて特殊なスキル持ちか優れた風魔法使いにしか出来なかった事が出来るようになった今、相性次第では爵位持ちすら倒せる!」

 

うん、興奮してめちゃくちゃ早口になってるな。

秘蔵の兵器を自慢できるのは嬉しいんだろうが少し落ち着け。

 

「人間は進歩する! 今は悪魔に叶わなくとも、代々継承するその知識と技術でいずれ悪魔すら倒せるようにしてみせるわ!」

「……火力を人間同士のいざこざに向けないようにな」

 

宰相のおっさんのテンションがマックスな状態で演説を終える。

 

「やっぱり宰相さんは立派だねえ。ぼくも負けてられないや」

 

リッちゃんが感動して目をキラキラさせてるが、間違ってもあんなモンを世の中に広めるんじゃないぞ。

作ってもこっそり眺めて楽しむだけにしとけ。

 

やがて冒険者達も来て、ペガサス隊に加勢する。

地上はもう魔族は大方倒され、人間達の方が多いくらいだ。

……勝負はあったかな。

 

「ここでダメ押しじゃ」

 

宰相のオッサンが後ろの空を指差すと、更に遠くから空中輸送船がこちらへ向かってきていた。

まだ輸送船があんのか。

数があれば王都と往復できるだろうし、補給が安定するのはかなり強いな。

 

「ふははは! 見たかリッチ・ホワイト! これが人類の叡智! 人類の力じゃ!」

「うん! 本当に凄いね!」

 

悪役みたいなセリフを吐く宰相のオッサンのセリフにリッちゃんの目がキラキラしている。

宰相のおっさんは牽制のつもりで言ったのかもしれないが、リッちゃんには逆効果だと思うぞ。

……近いうちに市中に謎の発明が出回る気がする。

 

「だがこれで勝利か。あっけな――」

 

その時、凄まじい威圧感がアタシ達を襲う。

この感覚は前にも来た。

魔王だな。

 

「おい! オッサン! 魔王が近くに来ているぞ!」

「な、なに!? 何を言っておる? 諜報部隊からそんな連絡を受けておらんぞ?」

 

いや間違いない。

その証拠に一部の冒険者達も敵を深追いするのをやめて警戒態勢に入っている。

 

かなり近くにいるな。

どこだ?

周りにはいない。

空もペガサスが飛んで……いや違う。

 

「空を見ろ! 遥か上だ!」

 

ペガサス隊よりはるか上空からそいつは降りてきた。

急降下する途中、近くにいたペガサス達に炎を吐き散らす。

 

激しく燃え上がる音と共に、空が明るくなる。

同時に、十数体のペガサス達がが燃え上がり落ちていった。

 

落ちていくペガサス隊と共に、ソイツはやってくる。

 

「我に気がつくとは冒険者というのは勘が鋭いものだな。見事である」

 

魔王デルラ。

トップが直接お目見えとはな。

 

複数の冒険者から魔法が飛ぶが、魔王はそれを意にも介さず弾いて見せる。

 

「久しぶりだな? もう決着はついたし、来なくても良かったんだぜ? 魔王さんよ」

「貴様はマリーか。余の記憶の片隅に残っている事を誇るがいい。これで此度の侵攻の目的は達成されたようなものだ」

 

何を言ってやがる。

もう戦いは失敗に終わってるだろうが。

 

攻撃を仕掛けたいが、相変わらず背中に棺桶のようなものを背負ってやがる。

初代魔王ファウストが中に居るんだろう。

下手に攻撃を加えてファウストを起こしたくない。

 

「貴様らの働き、矮小なる人間にしては見事である。褒めて使わそう」

「馬鹿にしてんのか?」

 

パチパチと手を叩く魔王。

 

その姿が癪に障る。

強者の余裕だとでも言うつもりか?

そこで宰相のオッサンが前に出た。

 

「お前一人が来たところで儂らの勝ちはもはや揺るがぬ、投降せよ」

「ふむ。本当に勝ちが揺るがぬか、試してみよう。【黄泉の供物は捧げられ、失われし命は宵闇より与えられる――」

 

なんだあの魔法は?

背中にゾクリと悪寒が走る。

これは……ヤバい!

 

「皆! 攻撃しろ!」

 

誰が言ったのか分からないその掛け声に、アタシは、いやアタシ達を含めた冒険者と兵士たちが同時に攻撃を仕掛ける。

 

しかし、その攻撃は全て防がれ、近づいた何人かは遠くへ弾き飛ばされた。

棺桶から飛び出した初代魔王、ファウストによって。

 

「ファーちゃん!」

「――屍は戦士の豊穣。仮初の命によりて再び芽吹き立ち上がれ】〈ハーヴェスト〉」

 

死んだ兵士や魔族達の身体が黒く染まっていく。

……呪文が発動しちまったか。

 

「オ……アァ……」

「や、やべぇぞ! 死んだ奴らが蘇ってきやがった!」

「おい! 敵も味方もゾンビやスケルトンになってんぞ!」

 

さっきまで倒れていたの敵や味方が次々と復活していく。

だが、そいつ等から知性を感じない。

 

おいおい、まさか……。死んだ奴らがアンデッド化してるのか?

見える範囲全部……いや、敵味方を含めたすべての範囲で?

 

「くっ、意外と強いぞ!」

「気をつけろ! コイツら呪われてる! 攻撃で死ぬとゾンビになるぞ!」

 

アンデッド達の攻撃は単調だが、リミッターが外れて一撃の威力が上がっているな。

 

更にこのアンデッド共は首を刎ねられても平然と襲いかかってくる。

四肢をバラバラにするしか無力化する方法がねえ。

 

「さあ人間たちよ。ここからが余の戦である。頭を垂れるならば安らかな死を与えよう」

 

ふざけやがって。

だが、このままじゃジリ貧だ。

人間と魔族にアンデッドが入り混じった状態で乱戦状態なのもまずい。

多分だが街の方に運ばれた奴らの中にもアンデッド化した奴がいるはずだ。

 

「さて……マリーよ。先日の借りを返したいところだが、今は羽虫を払うほうが先のようだ。しばし待つがいい」

「何を――」

 

言い終える前に魔王はドラゴンを操り大きく飛翔する。

魔王はペガサス達に狙いを定めると、炎を吹きかけて次々とペガサス隊を落としていく。

 

「あ、あぁ……。我が国の精鋭達が……。いかん、後退じゃ、後退させよ!」

 

通信の魔導具を経由して、ペガサス隊に支持を送っているようだ。

珍しく宰相のおっさんがうろたえている。

 

無理もないか。

基本的にペガサス隊の装備は対地攻撃がメインだ。

 

空を飛ぶ敵にも弓と魔法で攻撃は出来るが、ドラゴン相手じゃそんなものかすり傷にもならないからな。

ただの動く的でしかない。

 

逃げているペガサス隊に向かって、ファウストが手を構える。

 

「おい、まさか……」

「危ない!」

 

前に開拓村で見せたのと同様に魔力を撃ち出し、ペガサス隊を攻撃した。

 

その威力は空気を震わせ、ペガサス隊を飲み込んでいく。

攻撃が終わると、ペガサス隊はほとんどが消滅していた。

 

「相変わらず凄まじい威力だな。だが……」

「うん。前より少し威力が落ちてるね。攻撃範囲も狭くなってるし、傷は完全には治っていないんだと思う」

 

リッちゃんが気になってるところを教えてくれる。

やっぱりか。

次に、ファウストがこちらを向く。

――来るか。

 

「今はまだだ。向こうのがらくたを狙え」

 

魔王の命令で攻撃の向きを変える。

ファウストが次に狙ったのは空を飛ぶ輸送船の方だ。

先ほどと同じく魔力の波がファウストから撃たれ、船が燃え上がった。

 

 



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第133話 亡者

9-133-151

 

……かなり距離があるのに届くのかよ。

 

「これで良い。貴様らのガラクタはハエが湧いて鬱陶しいのでな」

 

一応、更に後方にある空中船は無事だ。

残った僅かなペガサス隊もそこに逃げ込んでいる。

 

だけどこれじゃ近付けねえな。

 

「さあマリーよ。余の遊びにしばし興じて貰おう」

「悪いが相手は間に合ってるんでな。一人で慰めてくれ」

 

アタシの言葉には答えず、魔王が指を鳴らす。

それとほぼ同時にファウストが構える。

 

「おいおい、自分は高みの見物とか――」

 

アタシが言葉を言い終える前に、ファウストが一瞬で間合いを詰めてくる。

飛び退く暇もない。

マズイ、手刀の構えだ。

 

ファウストは手を大きく振りかぶると――。

 

手を振り下ろす途中で攻撃が弾かれ停止する。

……メイのスキルで防いだのか。

 

「お姉さま……。そのような姿になっても攻撃前の癖は変わらないのですね」

 

メイが優しく語りかけてくる。

だが目に見えた反応はない。

 

「お姉さまの攻撃は……私が防ぎきります」

「ああ、それじゃ行くぞ。エリー、最悪はアレを使うぞ」

「分かりました。ですが今は眼の前の事をなんとかしましょう」

 

仲間達とやり取りしつつ、宰相のおっさんに目配せをする。

おっさんは頷くと、気付かれないように少しずつ兵を引かせていく。

ペガサス騎士団も街の方にいった。

多分だが街の中で暴れてるゾンビ共の駆除に行ったんだろう。

 

実際、兵士達が居ても邪魔なだけだ。

それなら他の場所を支援させた方が有用だ。

 

「なかなか作戦通りには難しいね……」

「ご主人様……。ですがこれはチャンスでもあります。こちらから攻めましょう」

 

最初の作戦では魔王と対峙したとき、リッちゃんとメイがファウストを惹きつけてアタシが魔王に切り込む予定だった。

だけどアタシを狙ってくるなら作戦を変えないとな。

 

「ほう……? これほどの防御とは、中々に面白い能を持つ。これなら殺す心配もなく攻撃できるというもの」

「残念だがファウストはアタシの前に先約があるんでな。アタシばっかりに構ってると嫉妬されるぜ?」

 

強がってみるが正直ヤバい。

 

今の攻撃も正直見えなかった。

メイが防壁を張ってなきゃ初撃で終わってたんじゃねえのか?

 

だがチャンスはある。

なんか知らねえが、コイツはアタシを狙ってきているからな。

だったら誘いにのってやるのが一番だ。

 

アタシは“練気”を全身に使い、エリーに身体強化の魔法をかけて貰う。

 

「メイ、次にアタシが合図したらスキルを一旦解くんだ」

 

なぜか知らないがアタシを殺すつもりはないみたいだからな。

逆手に取らせてもらう。

 

ファウストが何度か攻撃をして手を止めたその時――。

 

「今だ!」

 

アタシの掛け声とともにメイがスキルを解除する。

さあ、行くぜ?

 

まずはファウストを抑え込む。

そのために――。

あえて、魔王デルラを狙う。

 

空中を駆け上がり、一気に詰め寄る。

“練気”を使いこなせるようになったお陰で身体能力が強化されている。

動きが軽い。

 

一撃で敵を倒すにはコレだ。

アタシは両手に魔力を溜め、鳳仙花を放つ態勢に入る。

 

「落ちな」

 

上手く行けば一撃で落としてやる。

だが、そうはさせねえよな?

 

――攻撃を仕掛けた手はファウストによって防がれた。

……まさか振り抜く途中の手を掴むとはな。

完全に出し抜いたつもりだったが、反応が早い。

 

「残念だが貴様ごときに余は取れぬ」

「だが、ドラゴンは落とせそうだな?」

「何っ?」

 

魔王が視線を移す。

アタシのキレイな片手に見惚れて、ドラゴンがおろそかになってたか?

最初っから首を取れるなんて思っちゃいねえよ。

まずは足を止めねえとな?

 

「弾けな。鳳仙花!」

 

アタシは片手の魔法をファウストに、もう片方の魔法をドラゴンの首をめがけて魔法放つ。

 

「さあ、また落とされるな? 二回も墜落するってどんな気持ちだ?」

「下郎が……。【昏き者の魂は呪詛によって繋ぎ止められん】〈アンデッド・ヒール〉」

 

アタシが魔法で吹っ飛ばすも、魔王が何やら呪文を唱えると千切れかけていた首が停止した。

……首の皮一枚で繋がったってトコか。

だったら追撃を――。

 

いや、完全には回復してないようだ。

 

「この人形をも潰すとはな。忌々しい。しかし打ち合うも今だ変わらず、か……。偶然だったか? それとも他に理由が……?」

「なんの話をしているのか知らねえが、アタシ達の攻撃は終わってないぞ?」

 

エリーとリッちゃん、二人の準備ができたようだぜ?

 

「【……光の衣は鎖を断ち切らん】〈ホーリーカーテン〉」

「〈真・炎蛇陣〉」

 

光のカーテンと炎の蛇が同時にファウストをめがけて突き進む。

 

エリーの魔法はかつてダンジョン攻略でも使った対アンデッド用の魔法だ。

 

アタシには利かないが……。

ファウストとドラゴンはどうかな?

 

「くっ……。聖魔法か。【黒き衣よ。人形を覆い隠せ】〈ブラッククロス〉」

 

ドラゴンの身体は聖魔法を浴びてあきらかに動きが鈍くなった。

一方でファウストは体に黒いオーラを纏わせて攻撃を防いでいるようだ。

 

「ドラゴンの身体が焼けて苦しそうだな? アタシのもついでに受けてくれ」

 

今度は刃を構えて斬りかかるが、ドラゴンが大きく羽ばたき後退する。

まだそんな力が残ってたか。

 

「〈雷槍陣〉! ファーちゃん、悪いけど僕も本気で行くよ……」

 

そこでリッちゃんから魔法の追加攻撃が来る。ナイスだ。

十数本の雷の槍が、魔王とドラゴン、そしてファウストに突き刺さる。

 

この攻撃には流石の魔王も守りに入る。

ファウストも同時に動きを止めたようだ。

これくらいなら反撃してくるかと思ったが……。

 

「厄介な攻撃だ。……しかし、揺らいだな。とすると原因はマリーではないのか?」

「? なんか知らねえがもっと攻めてやるよ」

「マリーよ。貴様が原因でないのなら見極めが必要だ」

「さっきから何言ってやがる? 説明しろ」

 

魔王がそれに答える様子はない。

目的が分かれば隙を突けるんだが……。

 

「何がきっかけで余の人形が揺さぶられているかを見極めてやろう。ここへ来るがいい」

 

魔王の奴、更に奥へ引っ込みやがった。

逃げるつもり……いや違うな。

アンデッド達が蠢くど真ん中に降りると、魔王はドラゴンの上に座りなおす。

……さっきのリッちゃんの攻撃でドラゴンに限界が来たのか。

 

そして魔王が鎮座する少し手前、空中にファウストが浮かんでいる。

 

 

太陽も落ちて薄暗くなり始めている。

一部の魔族も出てきたようだ。

魔王の周りを囲うように集まってくる。

 

「余を倒さねば死者の歩みは止まぬ。死者と永遠に戯れるか、余の首を獲ろうと無駄に足掻くか選ぶが良い」

 

音声魔法で拡大されて、声が届く。

つまり、魔族とアンデッドの混成部隊、そしてファウストを乗り越えて刃でクビをはねろ、と。

 

……分かりやすい解決方法ありがとよ、クソが。

 

「エリー、味方と連絡できるか……?」

「さきほどから試していますが……どこも乱戦状態、もしくは混乱状態のようです」

 

状況を確認する。

宰相のおっさんと兵士達は撤退してる。

岩壁を壊されたらヤバいが、アンデッド達にそこまでの知能はないようだ。

 

だがファウストが一撃でも魔法を撃ち込んだら壁ごと吹き飛ばされて敵がなだれ込むのは間違いない。

そうなったら一気に戦いが傾く。

 

岩壁があるお陰でこちらのアンデッドの大半は街へたどり着けない。

そして相手もこっちに何かを仕掛けさせたいみたいだな。

 

眼の前には大量のアンデッド部隊。

さてどうする……?

 

「私に任せるのですよ! 私のスキルで敵から魔力を吸い取るのです」

「勇者ちゃん……。逃げたんじゃなかったのか」

「逃げていないのです! 横になって力を休めていたのですよ!」

 

ぷりぷりと勇者ちゃんが怒っている。

すまんな。敵に夢中で気が付かなかった。

 

勇者ちゃんを魔王にぶつけて……。

駄目だ。敵が多すぎるし、途中にファウストがいる。

メイやリッちゃんがファウストに当たるにしても魔法が使えないんじゃ話にならない。

 

「ちなみにファウストの魔法は吸収できそうか?」

 

そう聞いてみると勇者ちゃんは難しい顔をする。

 

「打ち込んでくる魔法は吸い込めると思うのですよ。ただマリーの使う魔法に少し似ているのです。完全には消しきれないかもなのです」

 

そういえばファウストの魔法は魔力を固めてぶつけているだけだったか。

ある意味アタシが使う基礎魔法の超強力版だからな。

消しきれず余波でダメージを受けるのも困る。

アタシ達が魔法を使えないなら一方的に削られるだけだ。

 

「じゃあ勇者ちゃんが最初に道を作ったら、後は……」

「私の魔法で浄化しましょうか?」

「そうか。エリーの魔法があったな」

 

エリーがさっき使った聖属性魔法なら今回の場に適任だ。

 

あとはメイのスキルとリッちゃんの魔法で押し込む……行けるか?

 

「数が多いな……」

「だけどここまで来て引くわけには行かないよ」

「ええ、ご主人様の言うとおりです。ここで逃げたならお姉さまに笑われてしまいますから」

 

二人ともやる気は十分のようだ。

……だったら決まりだな。

 

「よしっ、勇者ちゃんは突撃して道を切り開いてくれ。アンデッド達やファウストの攻撃はそのまま魔法を吸収して無力化だ」

「任せるのですよ!」

「次にエリーは勇者ちゃんの効果範囲を抜けたら聖魔法で敵を攻撃してくれ」

「分りました」

 

あとはリッちゃんとメイにも移動しながらの魔法と状況に応じたスキルを使うように伝えておく。

 

「それでは行くのです!」

 

勇者ちゃんが敵陣へと単騎突撃する。

流石勇者ちゃんだ。



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第134話 封印の揺らぎ

9-134-152

 

よし、このままアンデッド共から魔力を吸収して……。

おかしいな。勇者ちゃんが近くにいるのに少しも敵が倒れない。

 

「おい勇者ちゃん! スキルはどうした!?」

「使っているのですよ! 〈変身〉した魔族と同じなのです! 触らないと駄目なのです!」

 

なんてこった。

いきなり作戦がコケた。

 

「今助けるよ! 〈火球陣〉……ああ、だめだ!」

 

リッちゃんが魔法を放つも勇者ちゃんに吸収されてしまう。

マズイな、敵にタカられて……。

あ、敵が次々に倒れていくぞ。

 

「向こうから近づいてくるから大丈夫なのです! 少し敵を引きつけるのですよ!」

 

勇者ちゃんが少しずつ左……南の方へ逸れ出すと、敵も釣られるようにそちらへ集中する。

……ただの囮にしかなってないけどまあ良いか。

 

この様子を見ても、ファウストと魔王は二人とも動く様子がない。

ただの茶番だと思っているのか、あるいは警戒してるのか知らないが、これはチャンスだ。

 

「エリー!」

「任せて下さい! 〈ホーリーカーテン〉」

 

エリーが魔法を唱えると、光のカーテンが敵を覆う。

その光に包まれたアンデッド達は静かに動きを止めていく。

 

「やっぱりエリーの魔法は強いな」

「ええ。アンデッド相手なら私でも十分戦えそうです」

 

これならエリーも戦えるか。

 

「僕は少しだけ後ろからついて行くね」

「そういえばリッちゃんは聖魔法が苦手だったな。アタシ達が先行して削るから安心しな」

 

だが勇者ちゃんが囮になってくれたとはいえ、敵の数が多い。

魔王のところまで行くのに体力を削られそうだ。

 

とはいえ勇者ちゃんの所に敵が寄ってる今がチャンスだな。

エリーが道を切り開いて、突撃する。

 

アタシは周りの敵が近づけないように、周囲の地面を柔らかくして沈ませてやる。

よし、派手に転んでくれたようだな。

 

リッちゃんはエリーの聖魔法を受けないように、少し後ろからついてきている。

よし、このまま魔王とファウストのところまで――。

 

「油断したな! 今だ!」

「うわわっ!」

「ご主人様!」

「リッちゃん!」

 

黒い霧がリッちゃんを捕らえると、霧は人間のような姿に変化する。

……こいつ、吸血鬼か。まだいたんだな。

ゾンビ共に隠れて襲いかかるとは趣味の悪い野郎だ。

 

「リッちゃん、すぐに助けるぜ」

 

リッちゃんの方に助けに行こうとするが邪魔をしようとアンデッド達が立ちはだかる。

敵が多すぎるぞ、厄介だ。

吸血鬼達はリッちゃんを連れたまま少しずつ離れていくこうとする。

 

こいつら、アタシを焦らせようって算段か!

ちっ、雑魚にかまってる暇はねえ。何か手を――。

 

「放て!」

 

その時だ。

掛け声と共に暗闇から矢の雨が降り注いでくる。

放たれた矢はリッちゃんを避けるようにして魔族達を貫いていった。

凄い精度だな。誰だ? 

 

「あらあら。私達の創造主たる方に対して失礼極まりませんことよ?」

「おまたせだね!」

「や、やってやるぜ!」

 

『森林浴』のちびっ子三人組が顔を出してきた。

……戦いに間に合ったんだな。

ナイスタイミングだぜ。

 

「おまたせしました。ドラクート領より魔族・人間の混合部隊、これより魔王軍との戦いに参加します」

「よろしゅう頼むぞ」

 

拡声魔法でアタシ達にむけて声をかけてくれたのは、見たことないおっさんと子供だ。

あれが噂に聞いていた領主とご先祖って奴か? まあ今はそれどころじゃないからいいや。

こっちも軽く挨拶を返しておく。

 

リッちゃんも取り返せたし、このタイミングでの援軍はデカい。

 

「マズい……真祖の一族だ……」

「くそっ、俺達では勝ち目が……」

 

そこで狼狽える程度に理性のある奴らが紛れてる吸血鬼達だな。

この邪魔なゾンビ共を切り捨てたら次はお前らの番だから覚悟しておけ。

 

「ええい! 何を腑抜けている! 魔王様の前で敵に背を見せられると思っているのか!」

 

魔王という単語に震える魔族達。

魔王を恐れたのか、魔族たちは改めてカリン達に向かっていく。

だが魔族達は別の部隊によって再び足止めされた。

見たことない部隊……、いやあれは……。

 

「残念、私達もいるよ!」

「久しぶりじゃん。俺達もカリン達と合流したじゃんよ」

 

おお、獣っ娘二人に……母リラもいるか。

アイツらもココへ来たんだな。

結構な数の獣人がいる。

これなら何とかなりそうだ。

 

その後も魔族たちは魔族っ娘の部隊を攻めるが、獣人達により阻まれ近づくこともできず、遠距離から魔法と弓の連続攻撃で次々に沈められていく。

 

アイツらが組むと強いな。

吸血鬼と獣人のコンビは相性が良い。

 

「マリー姉! こっちは任せるじゃんよ!」

「ええ! そうですわ! こちらは私達が引き受けます!」

 

魔族っ娘達が頼もしい言葉をかけてくれる。

 

「……よしっ! 任せたぞ! アタシ達はアイツをブチのめす!」

 

 

南は勇者ちゃんが囮になっている。

北側は魔族っ娘たちが来た。

 

後はアタシ達が雑魚を蹴散らして突撃するだけだ。

魔王を目掛けてひたすら突き進んでやるさ。

 

 

「ふむ……。そろそろか。行け」

 

ある程度近づいた所で魔王が静かに命令を出すと、ファウストが動く。

――速い!

だが、こっちを狙っている様子はない。

向かっているのは……エリーか!

 

「……〈ホーリーカーテン〉!」

「やらせねえよ! ファイアローズ!」

 

攻撃を仕掛けようとしたファウストにエリーが聖魔法を、アタシが炎をそれぞれ浴びせてやる。

 

アタシの炎は片手で払われてしまったが、エリーの魔法は刺さったようだ。

身体からわずかに白い煙がでて、動きが鈍る。

 

アタシはとっさに二本の刃を構えて斬りかかった。

 

「悪いが見惚れる相手を間違えてるぞ。お前が惚れたのは別の奴だろ?」

 

ファウストの喉と手首、両方に一撃ずつ叩き込む。

 

……硬い。

いきなり突撃されたから“練気”を使ってないとはいえ、薄っすらとしか傷がついていない。

急所でこれじゃあマトモに打ち合っても倒せる気がしねえ。

 

だがアタシが斬りかかった事でファウストは後ろに飛び退いた。

牽制程度にはなったようだな。

 

「エリーは聖魔法を連発して相手を鈍らせておいてくれ」

「分りました。しばらくそちらの支援はできませんので先に……〈守護〉、〈身体強化〉、〈幻影〉……」

 

エリーがいくつかの補助魔法をかけてくれた。

よしっ、これで削り倒せるか試してみるとするか。

 

「やはり揺れず……。あ奴らではないか。では何が……」

 

今は魔王の戯言に構っている暇はない。

ファウストが動いた今、警戒するのは前に使った攻撃魔法だ。

あれを喰らえばひとたまりもないからな。

万が一のカウンターも考えてファウストに距離を詰めていく。

 

何度か斬りつけるが、やはり硬い。

 

この防御力をなんとかしないとな。

エリーの魔法で動きを鈍らせていても、このままじゃ押し負けるぞ。

 

“練気”を刃に通してみるか……。

 

「マリー! 避けて!〈氷結陣〉」

 

リッちゃんが魔法を唱えると氷の粒が次々にファウストへ向かっていく。

その攻撃を見て、狼狽えたようにファウストは動きを止めた。

 

氷の粒がそのままファウストを固めていく。

 

「ファーちゃん覚えてる……? これはお仕置きする時によく使った魔法だよ」

 

ファウストは凍りついたまま動こうとしない。

身体を軽く霜が覆っておるだけで、動こうと思えば動けるはずだ。

 

一体何が……。

 

「ふむ、貴様だったか。余の人形の心をかき乱したのは」

 

魔王が動き、ファウストとリッちゃんの所にやってくる。

 

「一体どういう原理でこの人形に干渉している? いやいい。貴様ならこの人形の秘められた力を解放できよう」

 

魔王の奴、ファウストがやられているのにどこか嬉しそうだ。

だけどよ……。

 

「悪いがアタシの本命はお前なんでな! わざわざ近づいてくれてありがとよ!」

 

アタシは魔王に斬りかかる。

……が、二本とも刃を受け止められてしまった。

 

魔王の手にはいつの間にか杖が握られている。

 

「余に守りを取らせた事、見事である。此度の封印開放の役目は貴様では無かったとはいえ、その実力は誇るが良い」

「言われなくたってアタシは最高なんだよ!」

 

何度か斬りつけるが、杖捌きで見事に弾かれる。

コイツ、強いな。

魔王を名乗るだけの事はある。

だけどよ――。

 

「むっ? 地面が緩く……?」

「ドロドロは嫌いか? 貰うぜ!」

 

斬りつけるながら地面を柔らかくしたのに気が付かなかったな?

こういう所で実践経験の差が出るんだ。

 

そのまま首を切り落としてや……。

なんだ?

なにかに掴まれたように、足が引っ張られる。

いや、実際に足首を掴まれていた。

 

「なんだっ! このゾンビ、邪魔だ!」

「策を練っていたのが貴様だけだと思っていたか? 愚か者め。【死者よ爆ぜろ】〈デッド・ボム〉」

 

魔王が呪文を唱えると、足首を掴んでいるゾンビの身体が膨れ上がる。

 

マズい、爆発するのか!?

アタシはゾンビの手首を切ると、地面の土を盛り上げて膨れ上がったゾンビを空中に吹き飛ばす。

少し遅れてゾンビは空中で爆発して、弾け飛んだ。

 

爆音が周囲を揺らす。

 

「あんなモン当たったらただじゃ済まねえぞ……」

「マリー、今援護に……。くっ」

 

こっちの方を見たエリーも少し慌てている。

今エリーは聖魔法を連発してファウストの動きを鈍らせている最中だ。

助けに来てほしいがファウストと両方に動かれる方がマズい。

 

「ふむ……。死人形よ。しばらくそこの女子供と戯れるがいい」

 

魔王が合図をすると、ファウストがリッちゃんの方に動き出す。

……作業を分担してくれたか。

 

「こっちは僕たちに任せて! エリーも魔王を!」

「はい! 【……光の衣は鎖を断ち切らん】〈ホーリーカーテン〉」

 

エリーの魔法に覆われている限り、ゾンビの横槍が入る心配はなさそうだ。

 

魔王がターゲットを絞ったお陰でこっちもエリーを動かせる。

リッちゃんは最悪メイの防御があるからな。

 

リッちゃんがファウストと向き合っている。向こうは周囲のゾンビ達も手を出してくる様子は無いようだ。

 

完全に二人とファウストを戦わせるって訳か。

 

「さてマリーよ。見事である。封印が解けるまでの間、しばし遊んでやろう。〈変身〉」

「封印……だと?」

 

アタシの説明には答えず、〈変身〉を使用した魔王の姿が変わっていく。

といっても姿はそのままだ。

ただ、全身にタトゥーのような姿が刻まれていく。

見た目に変化はないが……。

厄介そうだな。



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第135話 魔王戦

9-135-153

 

しかし、いきなり変身しやがったか。

そういうのは最後まで取っておいて欲しいもんだ。

魔王がもったいぶってるウチに殺るつもりだったがそうもいかなくなったな。

 

「余とて先代の魔王を下して名を勝ち取った身。弱いなどと思わぬ事だ」

「へえ。そんなに自信たっぷりでも封印とやらは解けなかったのか?」

 

軽く探りを入れながら煽ってみると、魔王は軽く眉間にシワを刻んだ。

 

「死人形が死の際に封じた封印を解けたものはない。重要な物を巨大な魔力をによって封じたのだ。当然である」

「へえ? それを解放してどうしようってんだ?」

「……余も喋りが過ぎたようだ。これ以上語る必要もあるまい。受けよ〈ベノムカッター〉」

 

魔王が杖を振るうと、どす黒い紫色をした水の刃が飛んでくる。

……話はここまでか。

 

「悪いがマトモに受ける気は無いぜ」

 

アタシが地面を隆起させて壁を作り、刃を阻む。

そこまで威力がある魔法じゃないみたいだな。

 

……ん? なんだ? 腐った肉のような匂いがするが……。

壁を戻すと、今弾いた魔法が液体になって土を侵食していた。

これが匂いの原因か。

 

「この程度は防いでもらわねば困る。さもなくば次の手に繋がらぬ」

「なにを……? っ! マズい!」

 

視界がボヤケて霞む。

しまった、これは毒だ。

この匂いも毒が蒸発したものか。

 

まずいな。少し毒を吸い込んでしまった。

 

「【……魔の毒は光の力にて浄化されん】〈アンチポイズン〉」

 

エリーが魔法で解毒をしてくれた。

……助かった。

 

前に『ラストダンサー』と一緒に戦った経験から魔法毒の対策を学んでいたが、ここで役立つとはな。

 

「一服盛るとはよくもやってくれたな。お返しに――。」

 

アタシが反撃しようとした瞬間、身体から力が抜け、アタシは地面に倒れてしまう。

 

「マリー! そんな! 毒は確かに取り除いたはず……」

「おち……つくんだ。毒じゃ……ない。アタシは……大丈夫だ」

「〈カオスフィールド〉。余の攻撃はすでに終えた。反撃する暇など与えぬ」

 

これは……なんの魔法だ?

いつ魔法を使った?

どんな効果だ?

……何も分からないのは初めてだ。

 

「いま回復します。〈ヒール〉」

「ああ頼……。う、ああああっ! 待てエリー。なにか……、何かがおかしい!」

 

身体が焼け、皮膚が裂ける。

なんでアタシはエリーの回復魔法でダメージを受けているんだ。

 

アタシはなんとか立ち上がると、魔王に向き直る。

 

「仲間を救おうとして傷つける。実に滑稽な喜劇だ。楽しませて貰ったぞ」

「何を……しやがった!」

「語らぬ。理解せぬまま死ぬがいい〈デッド・ボム〉」

 

ゾンビ共がやってきて周りを取り囲み始めると、その体が膨らみだす。

なんでエリーの魔法の中で動ける?

 

くそっ、爆発する気か。

一人一人飛ばしてたんじゃ間に合わな――。

 

「終わりだ」

 

ゾンビ共が派手な音を立てて爆発する。

 

 

「これで一人片付いたな。さて後は――」

「馬鹿な事言ってるんじゃねえよ。サンダーローズ!」

「何っ! ……空中に逃げたのか」

 

雷をお返しに落としてやるが、防がれてしまったか。

 

魔王の言うとおりだ。

爆発する瞬間、土魔法をカタパルトにしてアタシとエリーを空中に打ち上げた。

 

そして、空中高くに逃げた事でタネが少し分かったぜ。

 

「エリー! 今だ!」

「はいっ! 【内なる力を引き出しその身を癒やし尽くせ】〈ハイ・ヒール〉」

 

エリーが上位の回復魔法をつかう。

ただし、使うのはアタシじゃない。

狙うのは魔王だ。

 

魔王に回復魔法を使うと、魔王の体にひび割れのようなものが入り、そこからわずかに血を流す。

 

「む……。気がついたようだな。褒めてやろう」

 

ちょっとした賭けだったが、やっぱり効果があったか。

空中に飛んだとき力が急速に戻ってきたからな。

 

それに地面の方を見てみたら変な霧みたいなのがうっすらと周囲を覆っていた。

いつの間に魔法を唱えたのか知らねえが、アレが魔王の魔法なんだろう。

 

「回復魔法や身体強化魔法の効果反転……後は聖魔法もそうだな? 下らねえ手品でアタシをオトそうなんて百年早えんだよ」

 

さっきまで力が抜けていたのは身体強化魔法の効果が反転して弱体化していたんだろう。

そのギャップに身体がついていかなかっただけだ。

 

しかし気がつかなかったらちょっとまずかった。

爆発でダメージを受けたところでエリーが回復魔法を使う可能性もあったかもしれねえ。

 

……いや、コイツはそれを望んでたのかもな。

 

「エリー、コイツの魔法範囲から離れて周りのゾンビ共を攻撃してくれ」

「分りました。アレを使いますか?」

「……まだ駄目だ。ファウストがこっちに来られたら潰される」

 

エリーが精霊の召喚をするか聞いてくる。

あのウザい奴を呼び出すなんてやりたくないが、魔王とファウスト両方を相手したらそれどころじゃないからな。

 

こっちも無事じゃすまない。

魔王がもしファウストと二人で攻めて来た時の時間稼ぎとして使う。

ファウストを抑え込んでる間に魔王を倒すのが前提の苦肉の策だ。

 

リッちゃん達の方を見ると、ファウストの攻撃を受けながらもメイが守り、リッちゃんが話しかけ、時には攻撃を仕掛けている所だった。

 

「ほら、ファーちゃん、この魔法は黒龍と戦ったときに使った魔法だよ」

「お姉さま。貴方が何かを壊すたび、私が修復した事を覚えておいでですか?」

 

リッちゃん達が話しかけるたび、ファウストは動きを止めて苦しそうにしている。

魔法が効いているというよりも、忘れてしまったものを思い出せないもどかしさに悶えているようだ。

 

「揺れてはいるが……まだかかるか。仕方ない、少し手伝ってやろう」

「てめえ、何をする気だ」

 

何をするつもりか知らねえが、邪魔はさせねえよ。

アタシが斬りかかろうとすると、アンデッドの一体が立ちふさがった。

 

「邪魔だ……ん?」

「【昏き……肉の……】」

 

コイツ、呪文を詠唱してやがる。

アンデッドが魔法を使えるのか?

いや、違うな。

 

「お前、詠唱を他の奴にやらせてんのか?」

「ほう……。呪文を唱えている死人形を見つけたか?」

「ちっ!」

 

余裕ぶりやがって。

これ以上詠唱させる訳にはいかない。

さっさとアンデッドの首をはねる。

さっさと魔王を倒さねえとな。

 

「無駄だ。貴様が人形の首をいくつか落としたところで結果は変わらぬ〈アンデッド・ブースト〉」

 

魔王の使った魔法は強化魔法のようだ。

ファウストの攻撃が一層強くなる。

 

「うわっ! 攻撃が急に……メイは大丈夫!?」

「大丈夫です。この程度ならば……まだ凌げます!」

 

あれじゃあメイもそう簡単にスキルを解除できない。

なんとかフォローしたいが……。

まずは謎を解かねえとな。

 

首を飛ばしたアンデッドは詠唱を止めた。

だが魔王の魔法は中断されなかった。

多分だが複数の奴に一つの魔法を詠唱させているのか?

 

だとすると魔法の中断はできないな。

それなら――。

 

「やっぱりお前を狙うしかねえな!」

「下郎の弄する策などその程度か」

 

アタシは再び魔王に向かって突撃する。

 

「ファイアローズ!」

「無駄だ。〈ベノムカッター〉」

 

生み出された毒の刃がアタシの炎と混ざって相殺される。

相手の刃は蒸発し消えている。

……毒の霧でアタシを攻撃するつもりか。

 

「そう何度も同じ手が通じるかよ!」

 

アタシは風魔法で霧を押し返す。

流石の魔王も自分の毒は食らうのか口元を覆った。

 

「むっ……。小賢しい真似を……」

「手が塞がってるぜ?」

「何!? 毒の中を進んで……?」

 

“原初の力”で剣をつくり、思い切り振り抜いてやると、魔王の手が落ちた。

魔王が杖で殴りかかってきたがアタシはそのまま回避、数歩離れて着地する。

 

悪いがこっちは風を操れるんでな。

毒をかき分けながらアンタの腕を斬りつけるくらいはできるのさ。

 

「余の身体に傷をつけたか。下郎にしては見事よ」

「余裕ぶってるが眉間にシワ寄せてちゃ台無しだぜ?」

 

魔王もアタシを警戒したのか、距離を大きく取ってアンデッド達の中に入る。

突っ込みたいがソンビ共が邪魔だな。

さて……魔王はどうする気だ?

 

魔王が近くのゾンビを捕まえると、腕をもぎ取った。

その腕をそのまま無くなった腕の代わりに傷口に取り付けると魔法を唱える。

すると、アンデッドの腕が魔王の手のサイズになっていく。

 

「〈デッドコピー〉。死人形の身体を我が身と取り替える魔法よ」

「おいおい……そんな技反則だろ」

 

もう傷口が塞がったのか手を自由に曲げ伸ばししている。

……こっちも多少傷を負う覚悟でガンガン攻めるか一撃で殺らないと殺し切れそうにないな。

 

「さて、一応動かせはするが馴染むまで少しかかる。余興として余の奥義を見せてやろう」

 

魔王の気配がヤバくなってくる。

それに応じるようにして周囲のゾンビ共が複数の呪文を一斉に詠唱し始めた。

 

なにかどデカい技を使うつもりか?

万が一に備えてエリーを守れる位置に移動する。

 

「エリー、もしも相手がなにかやってきたら回避と防御をするぞ」

「分かりました……一応回復します〈ハイ・ヒール〉」

 

エリーが回復してくれる。

よしっ、これで体は大丈夫だな。

 

「光栄に思うがいい。【根源に奉納するは個の力。矮小な力で進む傲慢を深淵の内へと誘い吸い尽くせ】〈マジックイーター・プリミティブ〉」

 

魔王の頭上、空中に黒い穴が生まれる。

特に攻撃が来る様子はないが……。

 

試してみるか。

 

「ファイアロー……。魔法が出ない!?」

 

魔力があの黒い穴に流れて……いや、逃げているのか?

 

「貴様の魔法の性質は聞いている。借り物の魔法ではなく自前の魔力を用いるのだろう?〈カオスブレード〉」 

 

魔王が会話の途中に魔法を使ってくる。

魔王の周囲がグニャグニャ歪んでアタシに向かってくる。

なんかヤバそうだ。

 

アタシが避けると、アタシのいた場所の地面が一気にズタズタに切り裂かれた。

……そんなに早くないがヤバい魔法だな。

 

「そしてこの魔法は、貴様のような魔法だけを封じる。〈マジックイーター・プリミティブ〉」

 

再びアタシの魔法を封じるためだけ魔法を唱えられた。

……持続時間はそんなに長くないのか。

 

「駄目押しだ〈カオスブレード〉」

 

反撃しようとすると、すぐに魔法が飛んできてがなんとか躱す。

こんなん連続で唱えられてちゃ、おちおち会話も返せねえ。

 

ひたすら降ってくる攻撃を躱す。

 

回避しきれない分はアタシは刃を使って"原初の力"で剣を作り出し、盾替わりにした。

……これは吸われないみたいだな。

 

「ふむ。それは原初の力そのものらしいな。貴様の実力を評し、余に服従を誓うなら生命は助けてやろう」

 

魔王の連続魔法攻撃がやっと止まった。

これで打ち止めか。

 

「悪いが女を傷つけるような奴はお断りだぜ。アタシの魔法を封じるための魔法なんてどっから見つけてきやがった?」

「別に貴様が最初ではない。貴様の魔法は古の勇者が使っていた魔法だ。その対策としての魔法など覚えるだけ無駄な魔法だと思っていたが、なかなか役に立つ」

 

何……?

 

「太古の勇者? そんなモン神話の時代の話だろ? どっから仕入れて来やがった?」

「王には天啓が下りるものだ。……こちらは準備が終わった。これ以上話すだけ無駄だな」

 

何だ?

急に魔王からの圧が高まって……?

 

「死人形共がそれぞれ魔法の詠唱ができる。そこから推測すればこの攻撃も防げたはずだが……手遅れだな」

「まさか……集団魔法か!?」

 

今までの雑談も、使っていた魔法も全て目くらましで……本命はこの魔法か!?

 

「死人形となりてもしばらくは身体に魔力を有する。故に動かし、時に爆破できるというもの。ならば死人形の所有者に魔力を操れぬ道理はない。〈インフィニティ・カオスブレード〉」

 

先ほど魔王が使っていた魔法を数百回は重ねたような量と密度を持った攻撃が迫ってくる。

 

ヤバい。アタシが魔法を使えない状態じゃあのワケ分からない攻撃を防ぎきれない。

 

くそっ! せめてエリーだけでも……。

 

「マリー!」

「エリー! 伏せろ!」

 

数百、数千の刃が周囲の地面を、アタシ達を斬りつけていく。

 

アタシは“練気”で刃を作って盾にするが、攻撃の範囲と数が多すぎる。

 

マズい、防ぎきれない。

このままじゃ――。

 

 

 

――えていますか?

 

 

 

……痛みで目が覚める。

一瞬、意識が飛んでいた。

誰かの声が聞こえた氣がするが……誰だ?

 

まあいい。戦闘中に痛みを感じるなんてアタシもまだまだ……。

 

……戦闘?

 

そうだ!

 

「エリー!」

「私は……大丈夫……です……よ」

 

どうやら生きているようだ。

よかった。

 

声がした方を見るとエリーがいた。

……下半身と片手を失った状態で。

 

「私も少しだけマリーを見習ってみました……」

「おいエリー! いい! 今は安静にしていろ!」

 

アタシは慌ててスキルを発動させる。

念の為回復薬も追加だ。

 

「エリー! ちょっと待ってろ。今すぐに……」

「マリーも……、酷い怪我……ですよ。片手と片足が……」

 

アタシの事はどうでも良いんだ。

このままだとエリーが死ぬ。

 

辺りを見回すと、周囲のアンデッドや地面ごと斬りつけられたのか、地面ごと抉り取られてすり潰されたようになっていた。

 

「……何故生きている? 二人で身を守ったからか……? しかし……」

 

アタシの周囲が不思議な空間で守られているのに気づく。

これは魔法……? いや、それだけじゃない。これは……。

 

「私も……少しだけならエリーの使う魔法が使えたようですね……」

 

エリーが使った“練気”の……いや、エリーの手がアタシの武器に触れている。

"原初の力"を使った壁か。咄嗟に出せたんだな。

 

「私は大丈夫……です。身体が変化しているのが分かります。〈ヒール〉」

 

エリーが回復魔法をかけてくれたお陰で、ボロボロで動かなくなった足が動くようになる。

 

「……ありがとう。エリーのお陰だ」

「ふふ、マリーが無事で良かった……。スキルも発動してくれたみたいですね……。体が完全になるまで少しだけ、休みます」

 

そうか。エリーの『絶対運』でアタシを守ったから奇跡的にアタシを逸れて……。

自分よりアタシを優先したのか……。 

 

「後は任せて、安心して休んでてくれ 

さっきの魔法で周りの雑魚もまとめて吹き飛んだ。しばらくは安泰だろう。

 

アタシは魔王にスキルで治るのが見られないように土魔法でエリーを覆い隠した。

 

……魔法も使えるようになっているな。

さっきの集団魔法に集中したから魔法封じは使えなかったのか。

 

「……まあよい。その様子では貴様もまともに戦えまい。時は満ちた。余の死人形の封印が解ける様を見ながら絶望せよ」

 

魔王の言葉につられてリッちゃん達をみる。

そこではファウストの身体が怪しく光っていた。

 

「さあ、なんの秘密を封じた? 魔力だけではあるまい。千年もの封印だ、相応の価値があるモノを封じたのだろう?」



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閑話 彼女の想い

9-X-154

 

彼女が異変に気がついたのは何時だっただろうか。

最初は自らの愛しき主人へのプレゼントとして隠し持つだけだった。

 

今まで見たことのない最上級の召喚石。

黒龍の残骸より見つけたそれは、吸い込まれるように黒く、しかし輝いていた。

 

 

研究者でもある愛しき人への告白をする際に渡そうとしていたそれは、いつしか彼女の心に静かに悪意を振りまいてく。

 

――ひょっとしたら人から嫌われてるんじゃないの?

――……疲れているのかしら。下らない事を考えてしまったわ。

 

最初は気が付かず、しかし心にゆっくりと悪意の声を届けていく。

 

――もしかしたら君の事など眼中にないかもしれないね?

――どうして私の心がこんなにざわつくの……

 

強大な力を持つ彼女にとって召喚石から受ける影響など些細なものでしかないと考えていたが故に、病が体の中で静かに進行するように、心を蝕んでいった。

 

――もし君よりメイドの事が好きだったら?

――その時は……身を引くまでです。あの子とは話しをしましたもの……。

 

最初はゆっくりと。しかし確実に。

自ら石を手放すという事に意識を向けさせないよう、狡猾に。

 

――もしかしたら失敗して距離を置かれるかもしれない。

――う、うるさい! 黙りなさい!

――君はどうするの? 愛してくれる彼のいない世界は耐えられるの?

――うぅ……。

――でも大丈夫。僕が慰めてあげるよ。

――あなたは……誰?

 

何度も何度も静かに心を蝕んでいき、その効果が出たのは彼女の告白が失敗した時のことだった。

 

いや、正確には告白すらしなかった。

 

その時には彼女の心はかなり汚染されており、失敗がまるで世界の終わりかのような錯覚を覚えていた。

故にその恐怖で告白を躊躇い、自らの主人の夢を聞いたとき告白する事が出来ないと諦めてしまった。

 

――ほらね。いっその事、君が愛しき人を殺してしまうのはどうだい? そうすれば彼は永遠に君のものだ。

 

正気であれば受け入れないであろうその言葉すら甘美な響きに聞こえるほど彼女の心は汚染されていた。

 

彼女は混乱し、泣きながら、しかし殺す事はできずに主人を封印する。

それさえも石は利用した。

 

――ほらほら、君のご主人が戻ってきたらなんて言うかな? 君を蔑んだ目で見るのかな? それとも失望するのかな?

その前に、君が作った魔族を使って殺させるように仕向けたらどうだい?

 

石は彼女を追い詰める。

精神的に不安定になっていく彼女の味方のように振る舞いながら。

 

――人々が君を蔑んでいるよ。そんな奴らはどうしようか?

――殺してしまえば良いんですよ。

――そうだね。たくさん苦しめて、たくさんの混沌を撒き散らそう。

 

彼女は敵となる。

人類の最強最悪の敵として創造主である主人の研究を真似、魔族達を大量に作り上げた。

 

初期に作られた魔族達はやはり不完全であり、魔族達は魔力を求めて魔物を、そして人間を襲う。

 

気がつけば人と魔王ファウストとの間に、決定的な溝ができていた。

 

そして時は流れる。

しばらくの時を暴れまわっていた彼女だったが、彼女を滅ぼしたのは他でもない、彼女が作りし魔族の末裔だった。

思うように力が振るえず、十重二十重に巡らされた罠により彼女は追い詰められていく。

 

――ようやくだ。君が死ねば君の魔力を吸収できる。君くらいの力があれば私も復活できる。

 

死の淵にあって召喚石の影響が弱くなり、僅かな間だけ己を取り戻した彼女は自らの精神が汚染されていた事を自覚する。

そしてこの石が混沌を撒き散らそうとしている事を。

 

今ここで死ねば彼女の自我は失われる。

その想いさえも。

 

――させ……ない!

 

彼女はこの凶悪な力を次代に残さぬため、彼女自身であるために己に封印を施す。

自らの命を用い、その身に宿った魔力……己自身と石を全力で封印した。

 

だが死に際で用いた彼女の魔法では封印は不完全であった。

封印できたのは膨大な力の大半と消えゆく生命の欠片のみ。

肝心の召喚石そのものは魔力こそ手に入れられなかったものの、封印を免れる事に成功していた。

 

そして何より不幸な事に、ファウストを討ち取った魔族――。二代目の魔王はネクロマンサーでもあった。

 

その魔族は自らの強さを誇示するため、さらなる戦力強化のため、力の大半を封印し抜け殻となったファウストを戦う死体として利用した。

 

その魔王はファウストの記憶を読もうとし――。

 

心を、汚染された。

 

 

そうして石は歴代の魔王を渡っていく。

だが石は歴代の魔王達がファウストほどに力を持たず、自らが復活するには取るに足らない事を知っていた。

故に意図的に混沌を撒き散らしたファウストの時と違い、静かに力を蓄える方向に動く。

 

そうして石は歴代の魔王達に受け継がれる。

代々の魔王の心を汚染して、死に際にその力を奪い、少しずつ力を溜めて。

 

しかしこのままでは、力を得るまであと数千年は少なくともかかるだろう。

それよりは初代魔王ファウストに封印されし膨大な魔力を解放したほうが効率的だ。

それがあれば自らを顕現させるに足る魔力を集められる。

 

そう考えた悪魔は何度か歴代の魔王を操り魔王をネクロマンサーに仕立て上げた。

そうしてファウストの肉体と己自身を継いでいく。

封印を破る機会を待つために。

 

最初の魔王から約千年、幾度も世代交代を重ねデルラと呼ばれる女性が魔王になった時、ついに転機が訪れた。

 

いかなる行為でも決して綻びすらみせなかった封印が、冒険者達との立会いで初めて揺れたのだ。

 

魔王デルラは思考する。

他の冒険者達が何やら声をかけていた。

何かしらきっかけがあったのだろうか、と。

 

……いや、千年解けぬ封印がただの声掛けで揺らぐはずがない。

 

理由は分からないが、あのマリーという冒険者がなにかをしたのだろう。

そう考えた魔王デルラは再びファウストとマリーを対峙させようと画策する。

陽動として人の領地に魔族を送り込み、暴れさせている間に開拓村を襲ったがマリーは見つからず失敗に終わった。

だが送り込んだ魔族達より探している者と容姿が似ている者が暴れていると聞き、急遽龍に乗り単騎で敵の領地にいる魔族達と合流した。

 

魔族達はほぼ劣勢であったが彼女には問題ない。

卓越した死霊術を用いて劣勢を逆転させると、封印を揺らしたあるマリーを、いや封印を真に揺らしていた者を見つけてファウストをぶつけることに成功していた。

 

―――

 

 

戦場でリッちゃんとメイはファウストと対峙している。

リッちゃんとメイの目的は二つ。

一つはファウストを押さえ込み無力化すること、もう一つは本当にファウストが死んでいるかの確認だった。

 

本来ならば生きていることなどありえないはずだが、声をかけ、縁のある攻撃をするたびにファウストは動きを止めていた。

 

……もしかすると、その膨大な魔力でわずかに意志を残しているかもしれないと考えて彼女たちは語り掛ける。

 

「ファーちゃん、黒龍を倒したときは楽しかったね」

「その後に山を一部吹き飛ばしたことで王国から怒られましたが……」

 

リッちゃんとメイ、二人は防御の壁越しに話しかける。

先ほどまで魔法も使っていたが、今はもう語りかけるだけになっている。

 

「ほらファーちゃん、よく寝る前に読んで聞かせたよね『わるいあくまとひかりのかみ』のお話。僕は覚えているから読んであげるよ」

 

リッちゃんがおとぎ話を読み始めると、攻撃をしていた手が完全に緩む。

 

「――。」

 

 

それからリッちゃんは歌うようにおとぎ話を聞かせていく。

 

 

――むかしむかし、世界に『こんげん』しか存在しなかったころ。『こんげん』は自分のからだを二つにわけました。

 

ひとつはひかり、ひとつはやみ、それぞれが混ざりあって、時には分けあって世界がつくられました。

くさも、木も、人さえも二つを混ぜ合わせて作ったのです。

 

ひかりはかつりょくとゆうきを与えて人をみちびき、やみはあんそくと終わりを与えて命を休ませ、ときに消しさりました。

 

あるとき、やみとひかりに心がうまれます。

やみとひかりはそれぞれ悩みました。

 

『どうして僕らは光のように輝いていないの?』

『僕だって君みたいに安らぎを与える事はできないよ。僕だけなら皆ねむれなくて疲れちゃうよ』

 

いろんなところでいろんな生き物達が心を持ち始めます。

心を持った人々は光と闇をおそれ敬いました。

 

たくさんの心から湧き出るたくさんの想い。

それが闇と光にも影響を与えます。

 

光は秩序をまもるようになりました。

闇は混沌をもたらして世界をかき混ぜる役割を担いました。

 

のちに光と闇から派生したかれらは『精霊』や『悪魔』と呼ばれました――。

 

 

もはやファウストは攻撃していない。

リッちゃんが話を聞かせている間、ファウストの動きは完全に停止していた。

 

「ファーちゃん、やっぱりそこにいるんだね……」

「ご主人様……。近づいては……」

「ううん、大丈夫。スキルを解除して」

 

リッちゃんはスキルを解除させると彼女へと近づいていく。

 

「ファーちゃん……」

「ァ……」

「ごめんね。待たせちゃったね。ただいま」

「ア……ああ……。お父様……」

 

永く封じられた心に、懐かしい声が届く。

 

懐かしき声、懐かしき物語を聞きながら彼女は僅かに眠りから覚めた。

本来ならありえるはずのない、死者の身体と生命の不和。

 

その不協和音により肉体は急速にひび割れ、ファウストは自らが在るべき姿、在るべき場所へと還り始めたのを理解する。

 

この滅びゆく体に時間はほとんど残されていない。

 

だが。

だからこそ。

 

最後に残された時間で、伝えねばならない。

 

それは言えなかった言葉。

伝えそこねた想い。

 

――消えゆく前にこんな事を伝えるのは失礼だろうか。

 

その事が少しだけ頭をよぎるも最後くらいはワガママを言って甘えよう。

 

「お慕いしております。お父様……」

 



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第136話 『魔王』

9-136-155

 

「お慕いしております。お父様……」

 

ファウストがリッちゃんにそう言葉を伝えると、光が消えていく。

 

「ファーちゃん……」

「お姉さま……」

 

ファウストの身体は灰のような色になり、少しずつ砕けていく。

崩れ行くその顔はどこか満足そうだ。

 

そうか。

ファウストが本当に封じていたモノ。

それは力でもなく、魔力でもなく、ただのリッちゃんへの想いを……、

 

「笑止。ただその言葉だけを封じるためだけに膨大な魔力を遊ばせていたというのか。初代魔王とは予想以上に愚かだな」

 

魔王が手をかざすとファウストから靄のようなものが吸い寄せられる。

だがそんな事はどうでもいい。

 

……てめえ。今なんて言った?

 

「これで魔力を得ることが出来た。愚者も存外に役に立つものだ」

「愚者、だと?」

「何を激昂している? この膨大な力があれば君臨するなど容易かったであろう。それを使いこなせずに置いておくことなど愚か以外の何物でもない」

 

集めた霞は魔王の体内、心臓部に吸収されていく。

 

「伝えられなかった想いを千年かけて伝えるのが愚かだと、そう言うんだな?」

「くどい。もう貴様に構う必要はない。死ぬがいい〈カオスブレード〉」

 

先程より巨大な空間の歪みがアタシを襲う。

ボロボロのアタシじゃ躱せないと踏んだか。

 

……お前は何も見てねえんだな。

 

「……何故生きている!」

「お前には分からねえよ。ファウストが残した想いも、そしてエリーがアタシに向けた想いも、なんにも見えてねえお前にはよ」

「……まさか、防御に原初の力を使ったというのか!?」

 

ああ。エリーがあのギリギリの中で、アタシを庇うために奇跡的に使った技。

アレを見たお陰で剣だけじゃなく、防御もコツを掴めたんだ。

 

「もう終わりにするぜ」

「小癪な。死人形共よ我を庇え」

 

たくさんのアンデッド達が壁になって魔法を唱え、魔王を守ろうとする。

だがよ。遅えんだ。

今のアタシは怒ってんだよ。

 

「邪魔だ」

「剣が……伸びただと!?」

 

アタシは目の前のアンデッド共をまとめて両断する。

 

“練気”は想いに反応する。

母リラの言った言葉だ。

 

今の状態なら分かる。

正確には“練気”の大元……原初の力って奴がアタシの想いに反応して強化されてるんだ。

 

今の“練気”で強化した身体に原初の力で作った剣、二つがあれば雑魚の群れなんてまとめて斬れる。

 

「くっ。〈デッドボ――〉」

 

再びアンデッドを爆弾にして身を守りたいようだな。

だがもう遅い、ここはアタシの間合いだ。

 

アタシは“練気”で全身を強化し駆け抜け剣を振るう。

 

「落ちな」

「なっ……!? 貴様、いつのまに背……後……」

 

魔王の首が少しずつズレていく。

斬られたことに気づいた魔王は驚愕に歪み――。

 

椿の花のように、その首を地面に落とした。

 

同時にアンデッド共もどんどん倒れていく。

……やったか。

何を企んでたのか知らないが、あっけないもんだな。

 

「マリー、勝ったのですね」

「エリー……。無事で何よりだ」

 

アタシがスキルを二重でかけたからな。いつものエリーの姿に戻っている。

大丈夫だと分かってはいたが、実際に元気な姿を見ると安心するな。

 

あとはリッちゃん達だ。

リッちゃんは崩れた灰を掬っていた。

 

「リッちゃん、ファウストは……」

「ごめん、マリー。ちょっとだけ待ってて……」

 

そうだよな。

流石に一言だけ会話してすぐに終わりじゃやりきれねえよな……。

 

ん? 灰の中から何かを見つけたのか?

そのエメラルド色の宝石はなんだ?

 

「あった! やっぱりだ! 核はまだ完全に壊れてない!」

「流石ご主人様です! これなら魔力を用いて復活も……どうされました?」

 

一瞬だけ喜んだリッちゃんだが、その顔は段々と曇っていく。

 

「駄目だ、破損が進んでる……。魔力の絶対量が足りないや……。これじゃあ長く持たないよ」

「おい、魔王がさっきファウストからなんかを吸ってただろ。あれが魔力じゃねえのか」

 

さっき魔王自身が魔力は死体に残るとか言ってただろ。

吸い取った魔力をなんとか戻す方法があるんじゃないのか?

 

「……駄目だ。今の僕じゃすぐに取り出せないし、上手く取り出したとしてもファーちゃんに封印されてた魔力だけじゃ全然足りないよ。もっと魔力がないと……」

「確かにこの魔力ではお姉さまを復活させるには……」

 

核からだと元々の肉体を再生させるのに必要な魔力が非常に多いらしい。

 

「それに、記憶部分にも傷がついてる……。これじゃ復活させても何も……」

「じゃあアタシのスキルを試して……駄目か」

 

スキルを使用したが効果がない。

アタシには効果があるから使えないとかじゃなさそうだ。

 

この核は魔石とかと同じで生物として扱われないらしいな。

……最低でも肉体が必要なのか。

 

くそっ、打つ手がないのか……。

 

「魔力を集めて壊れないように措置をするけど……回復までどのくらいかかるのかな……」

「魔力を集めて……? そうだ! アイツらから取ったらどうだ?」

 

アタシはやってきた勇者ちゃんや獣っ娘達がを指差す。

兵士達もこっちに来てるな。

 

「そうか! 皆の力を合わせれば少しは延命できるかも! 全部かき集めて一週間くらい延ばせればなにか治療法を……」

「よしっ、まずはアイツらに――」

 

その時、世界が歪む。

 

勇者ちゃんも、獣っ娘達もその歪みの中に飲まれて消えて行く。

いや違う。歪みに飲まれたのはアタシ達だ。

 

……何だこれは?

 

「な、なんだ!?」

「一体何が……?」

「この魔法は〈カオスタイム〉……とでも名付けようかな?」

 

魔王の死体から場違いな声が聞こえてきた。

 

「いやあ、危ない危ない。まさか魔法を使う間もなく一刀で切り捨てるとは。危うく私自身を外に出せなくなる所だった」

 

魔王の首なし死体が起き上がる。

周りの空間中から声が響いてきやがる。

……どこから声を出してるんだ?

 

「魔王てめえ……。生きていたのか?」

「ん? 少し違うね。説明しよう。私は君たちの知る魔王デルラではない。彼女は死んだ」

 

そう言うと魔王の体が膨れ上がっていき弾け飛ぶ。

吹き飛んだ場所には、一人の男代わりにが立っている。

 

燕尾服を着ているその男は涼し気な顔をしていた。

……態度もそうだが、纏う空気が酷く嫌な野郎だ。

 

アタシは簡易通信具を握り込み、二人に合図を送っておく。

 

「一応、人間の服装というのはこういう物だと見聞きして知っているが……、実際に違っていたらすまない。なにせ久しぶりなものでね」

「そんなことより、どこのどいつがなんの目的でアタシ達を閉じ込めたのか教えてくれねーか?」

 

アタシが睨み付けるが、男は意に介した様子もない。

 

「マリー、薄々気づいてると思うけど……」

 

リッちゃんが忠告してくれる。

 

ああ分かってるぜ。

こいつは人間じゃない。

 

コイツから情報を聞き出して逃げたいが……。周りの空間がめちゃくちゃに歪んでいる。

モザイクがかかったみたいなこの状況で逃げられるか……?

 

「そうだな……時間はたっぷりあるしどこから説明しようか。まずはこの空間。これは時間の流れを狂わせて世界から隔絶した空間だよ」

 

アタシが空間に目をやったのに気がついたのか魔法の説明をしてくれる。

ご丁寧なこって。

 

しかし時間を狂わせる……?

そんな魔法があるのか?

 

リッちゃんと視線を合わせるが、軽く首を横に振っていた。

リッちゃんも知らないようだ。

それを詠唱なしにやってのけるのは……。

 

「悪魔か? それもかなり上位のやつだな?」

「まあ……そんな所だね」

 

アタシのセリフに男は頷く。

やっぱりそうかよ。

 

……くそっ、なんで悪魔が召喚されてんだ。

 

「じゃあまずは自己紹介をしようか。私は君たちで言うところの悪魔だよ。名前はない。ただし昔の人間は私の事を『闇』とか『魔』と呼んでいたね」

「『闇』……? 『魔』……。まさか、神話の……!」

 

リッちゃんが驚いている。

知っているのか?

 

「……やはり私の事は殆ど忘れさられているようだ。少し長くなるが身の上話を聞いてくれたまえ」

 

自分から説明してくれとはご苦労なこって。

だが時間が稼げるのはありがたい。

 

「これは世界が始まった頃、神代の時代のお話だ――」

 

悪魔は語る。

 

 

世界の始まりの時。

『根源』は己から二つの対になる存在を生み出した。

一つは光や秩序、創造を司り、もう一つは闇や混沌、死や破壊を司った。

 

その二つの要素を重ね、混ぜ合わせて世界のあらゆる物が作られた――。

 

「どこかで聞いた話だと思ったら……おとぎ話の『悪い悪魔と光の神』だな? 悪魔が世界を壊そうとして全ての生き物に呪いをかけたとかいう話だろ?」

「気が早いね。私はもう少し語りたかったのだが……。概ねその通りだよ。悪い悪魔というのが私だ」

 

おとぎ話の存在が出てくるとはな。

……だが、そんなにヤバい圧は感じない。

そこまで強くないのか?

 

たしかおとぎ話だと人間の勇者達と光の精霊が協力して悪魔と戦い倒したはずだが……。

 

そこで悪魔がニヤリと笑う。

 

「もう少し話をしたい所だが……。君たちはもう持てなしの準備ができているようだね。さあ何をしてくれるんだい?」

 

くそっ、バレていたか。

だがその余裕を奪ってやるよ。

 

「マリー! 準備は出来てるよ!〈虹色陣〉!」

「私も呼び出します!」

 

リッちゃんの攻撃が悪魔に放たれる。

あらゆる属性の攻撃が悪魔に襲いかかった。

 

「やった! 直撃だ! これで……」

「ふむ……。スキルを用いて“根源”から効率よく力を借りてるね」

 

そこから悪魔が現れる。

僅かに黒い霧が出ているが……ほぼ無傷か。

あれだけの魔法でたいして効いてないのかよ。

 

だがまだだ。

最後の切り札を使う。

 

「【……顕現せよ】〈召喚 アプサラス〉」

 

エリーが召喚魔法を唱えると、光の渦が生み出され、そこから一人の女性が召喚された。

……かつて戦った精霊、アプサラスだ。

 

「ふふ……。我を呼び出すとは気が変わったのか? 人の心は移ろいやすいものだな」

「悪いがそれどころじゃなくなった。アイツを倒してくれ」

 

悪魔とかいう理不尽には精霊と言う理不尽をぶつけるのが王道だろう。

精霊は悪魔を見ると驚きの表情を浮かべる。

 

「まさか……。蘇っておったか。意外と早かったの」

「君は……かつての大戦の時戦ったね。確か……精霊アプサラスだったかな?」

 

おいおい知り合いかよ。

どうなってやがる。

 

「マリーよ。こやつの事をどれだけ知っておる?」

「本人が言うには神話の悪魔で世界と戦ったんだろ?」

「うむ。こやつは我らが精霊達の最高位である精霊王と対となる存在じゃ」

 

精霊王?

リッちゃんは本当に実在して……とか言っているが、アタシが知るわけない。

 

「……そうか。もうこの呼び名も使われずに久しいか。精霊王とは人の子らが勝手に決めた区分に合わせた呼び名よ。公爵より上、王という意味を込めた呼び名じゃ。かつては『秩序』や『光』と呼ばれておった。」

 

精霊の王だから精霊王か。なるほどな。

……待てよ。

ソイツと対になる存在って事は……。

 

「私の事は理解してもらえたかな? それでは改めて始めまして。私は君たちで言うところの『魔』の王。君たちがかつて悪魔王とか、“魔王”と呼んでいた者だよ」

「魔王……?」

 

さっき戦った奴の事だろ、それは?

コイツも魔王だと?

 

「マリー、神話には魔王も精霊王も出てくるよ。僕が魔王を名乗ったのも、元は神話から取ったものなんだ」

「なるほど分かったぜ。土産物屋の元祖と本家みたいなモンって事だな」

「え? う、うん? それで良い……のかなあ?」

 

良いんだよ。

厳密には間違ってるんだろうがざっくりと分かればいいんだ。

リッちゃんを始めとして代々の魔王が名前をパクりましたって言うよりは色々穏やかだしな。

 

「てことは精霊の王様もいるんだろ? そいつは今も石になってんのか?」

「精霊王はこの世界の何処にでもいて何処にもおらぬ。そこの悪魔が乱した世界を修正するためにその身を根源に溶かしたからの」

 

また分かりにくい事を言いやがって。

もう結果だけ教えてくれ。

 

「そこの悪魔……魔王がかつて人々に呪いをかけたのじゃ。原初の力を使わせぬためにの。その対抗措置として精霊王は世界に溶け人々に祝福を与えた」

 

呪い?

呪いってなんだよ。

それに祝福とか受けた記憶ねーぞ。

 

続きを促してみるが、精霊からの反応はない。

代わりに返事をしたのは悪魔……魔王だった。

 

「人々に呪いをかけた、というのは少し違うな。私がかけたのは、この世界の男性……いや全ての雄さ。“魔法を封印する”という魔法……呪いをかけたんだ」

「呪い……? 男は元々魔法が使えないはずだろう」

 

アタシのセリフを聞いて魔王が心底嬉しそうに笑う。

 

「それこそ違う。人々は皆魔法が使えた。ただあの時私に戦いを挑んだのは、すべて魔法が使える男たちだったんだ。彼らを中心に呪いをかけたんだ」

 

魔法が使える男たち……?

リッちゃんに目をやるがリッちゃんも知らないのか首を横に振っている。

 

「てことは男も本当は魔法が使える……のか?」

「正確には『使えた』だよ。私が呪いで世界の一部を書き換え、男たちから……いや、肉体を持つすべての雄から魔法を奪ったんだ」

 

てことは……男が魔法を使えないのはコイツのせいって事か?

それだけの規模を……、いやそもそも何故そんな事に?

 

「ふむ……。理解が及んでいないようだ。精霊よ、語ってみてはどうかね? この空間では時間は無限にある」

「……良いじゃろう。これは我らが生まれ、人が生まれ、そして自我を持ってからの話じゃ」

 

精霊アプサラスと悪魔は話をする。

人と精霊が共にあった神代の時代を。

 



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第137話 神話から今へ

9-137-156

 

魔王と精霊はともに語りだす。

互いの視点からかつて起きた出来事を。

 

---

 

世界であらゆる動物、魔物、そして最初の人が生まれてから幾千万の月日が流れた頃。

ある時、人は己を認識し自我に目覚めた。

 

人が自己を認識する事で一つの奇跡が起きる。

己とその他を区別できるようになった人は、自らの内側に別の力がある事を知った。

 

想いの強さによって変動する力、それを人は心と呼んだ。

 

その力は伝播し、一部の動物や魔物、そして後に悪魔や精霊と呼ばれる存在まで心を持つようになる。

 

それは今までの光と闇の交わりから生まれるという法則とはまったく別の創造。

根源そのものの力。

 

人以外はその力を上手く使う事ができなかったが、この奇跡を人も精霊も悪魔も共に喜びあった。

 

最初の数千年は穏やかに進む。

それは文明も持たない人と精霊、悪魔が共に歩む時代。

 

ある時、人は精霊や悪魔が操る力、根源の力を利用する法則を見出し、その術を学ぶ。

それが文明の始まりであった。

 

人はその術を発展させ、文明を進めていく。

その中で人々に格差が生まれ、新たに力を得た事で失う事に対する恐れが生まれた。

 

人は恐怖する。

これまで身近であった『死』を。

安息な眠りをもたらす『闇』を。

 

人は賛美する。

退屈な日常という『生』を。

己を駆り立てていた『光』を。

 

人々はやがて、光を尊び闇を嫌うようになった。

 

嫌っていた彼らを『魔』と呼び、しかし

彼らの持つ術は有用な物が多かったためそのまま利用し続け、いつしかその術には魔法と名付けられた。

 

魔と名付けられ、心を得ていた彼らは悲しみに暮れた。

 

更に月日が流れ、悪魔と精霊達はついに人間たちとの共生をやめる。

人の心から派生した悪癖である執着心が、彼らにとっても精霊達にとっても悪しきものであり、互いに干渉し続ける事は良くないと判断した上での事だった。

 

しかし悪魔や精霊達も心に目覚めていた事で思わぬ事が起こる。

太古の時代なら起きなかったであろう、互いの意思と意思のぶつかり合い。

 

人から距離を置くに伴い、悪魔はその性質から混沌と破壊を求め、精霊達はその性質から秩序と創造を求めた。

 

自我を持つ前なら創造と破壊を交互に、あるいは同時に発生させながら調和させていっただろう。

しかし自我を得た精霊と悪魔は真逆の性質を持つが故に議論は平行線をたどる。

 

当然のごとく人は混沌と破壊を忌み嫌い、反発する。

人は戦って決める事を提案した。

 

それは受け入れられ、神代の戦いが始まる。

人と精霊が共に協力しあい『悪魔』と名付けた存在と戦う時代。

 

永き戦いの末、人々は悪魔達を追い詰めた。

 

悪魔の王……魔王は存在を失う前に人々に呪いをかける。

それは魔法を封じる魔法。

 

根源との繋がりを絶ち、悪魔や精霊が使う術に制限をかけ、心の力を封じるための呪いであった。

 

精霊の王は秩序を維持するためにいくつかの祝福をかける。

その一つが魔王の呪いからの保護であった。

 

しかし魔王の呪いは強力であり、祝福により女性達は守られたが、男達は魔法の力を失ってしまった。

 

呪いは世代を経ても変わることなく続いていく。

 

それまで魔物と戦っていたのは男達であった。

しかし男達が戦う力を奪われたため、戦う者達が不足していた。

このままでは男達は愚か、人が生きていくのも危うい。

 

そう考えた精霊王は人々を導くため、己の存在と引き換えにして新たな祝福をいくつか与えていった。

 

こうして世代を経るにつれ呪いと祝福は混ざりあい、一つの特性として認識されるようになる。

 

男は魔法が使えず、女は魔法を使える。

 

精霊や悪魔は肉体としての存在を失い、石に宿る事で必要に応じて契約を行い、力や魔法の知恵を与えるに留まった。

 

こうして神代の時代から人の時代へと移り変わったのである。

 

---

 

「と言うわけで、私は永い時を得て復活した訳だ」

「色々と分からねえな……。そもそもなぜ女に呪いをかけなかった?」

「かけたとも。だけど女性はほんの僅かに『光』の方に性質が傾いていてね。おかげで、私の呪いが進行する前に精霊王の祝福で守られたのさ」

 

悪魔が言うには女は子供を宿す性質上、創造の特性を内にもつ。

男は逆で破壊と相性が良かったそうだ。

 

「そして元々男達が使っていた魔法というのは基礎魔法を軸にして倒した相手から魔法を吸収し、己の魔力を変化させる方法……。つまり君が使う魔法だったのだよ」

「何……? どこでアタシの魔法を見た?」

 

アタシはまだ魔法を使ってねーぞ?

見る機会なんて無いはずだ。

 

「ああ、それは彼女……魔王デルラの内側から、彼女の目を通して見ていたから知っているよ」

 

内側から……?

石になっても見えていたって事か?

しかもアタシの魔法まで理解して……だと?

 

「おそらく君の魔法を知るものはいないだろう。植物のように永い寿命と、人に近い知性で当時のことを伝承しているなら別だがね」

「魔王デルラがアタシ向けの魔法を封じを使えたのもお前が教えた影響か?」

 

魔王はそれがどうした、と言わんばかりの顔をしている。

やっぱりお前が魔王デルラに知識を伝えていたのか。

 

「まあそんなところだね。正確には天啓のようにして伝えたのだが……まあ些細な違いか」

「我ら精霊や悪魔達が無意識下に影響を与えるのを逆手に取ったわけじゃな……。今じゃ!」

 

その時、悪魔の足元が水柱が飛び出し、悪魔に直撃する。

……精霊が奇襲攻撃を仕掛けたのか。

 

「いきなりだねえ。まあ私はもう少し話をしたいんだ。私は気にしないからどんどん仕掛けるといいよ」

「やはりこの程度ではかすり傷にしかならぬか……」

 

精霊の一撃がほぼ効いていない、だと?

マズイ、アレが通じないならアタシ達には悪魔相手に通せる攻撃がない。

 

「もちろん精神攻撃も効かないよ? 逆に私が君たちを狂わせてもいいが……石になっているときに散々やったからね。それは止めておこう」

「ちょっと待って……。もしかして……。ファーちゃんが暴走したのも!」

 

リッちゃんが叫ぶ。

それに対して悪魔は首を傾げた。

 

「うん? 誰のことかな?」

 

誰か知らねえだと?

ふざけやがって。

 

「てめえが魔力を吸うために執着してた女の子だよ! ファイアローズ!」

 

アタシが炎を放つが、これっぽっちも気にした様子がない。

ほんの僅かに黒い霧が出た以外はダメージをほとんど与えられてないようだ。

 

アタシのセリフで魔王はなにかを思い出したように頷く。

 

「ああ、あの子か……。うん、あの子の心に優しく囁いたんだ。あの子が愛しい人を傷つけるように、ね。最強と呼ばれた彼女が壊れていくのは面白い余興だったよ」

「……そう。ファーちゃんがおかしくなったのは君のせいなんだね。……よくもっ! 〈炎蛇陣〉!」

 

リッちゃんが攻撃を仕掛けるが、やはりわずかに黒い霧を吹き出しただけで意にも介さない。

 

……まずいな。

 

「一応、聞くが……何故そんな事をした?」

「相変わらず人は好奇心旺盛だね。何故って……それが私だからだよ? 私は破壊や混沌を司る。その性質に基づいて破壊と混沌を撒き散らすだけさ」

 

これは君たちのいうところの本能と同じだね、と悪魔が微笑みながら言う。

一緒にするんじゃねえ。

 

だけど分かった。

よく分かったよ、お前は敵だ。

 

精霊が苦々しい顔で悪魔を見る。

 

「下らぬ。結局の所、自らの性質を自制することなく暴れまわっておるだけではないか」

「それこそが私の性質だからね」

 

忌々しそうに精霊が悪魔をなじる。

……悪魔の奴、嬉しそうにしやがって。

 

「お主の未熟さにこそ、人がお前を恐れ拒絶した理由があるという事が分からぬか……」

「……人は関係ないよ。私の心が混沌という性質の上に芽生えている限り自制は不可能な事だね。それとも拒絶した人々のために本能と相反する感情を育てろと?」

 

精霊が小さく舌打ちする。

精霊と悪魔は互いに相容れないみたいだな。

魔王が初めて一歩を踏み出す。

 

「さて、そろそろ良いかな? 十分時間は与えたし、絶望を撒き散らしてくれ」

「……マリーよ。我ではこやつに勝てぬ。だが全力で足掻いてみよう。その間になにか知恵を絞るといい」

「無茶苦茶だぜ……」

 

……さっきの一撃から薄々分かってはいたが、現実を突きつけられるとキツい。

足掻くにしたって実力差がありすぎる。

 

今なら分かる。

コイツからヤバさが伝わって来ないんじゃなくて、ヤバさをアタシが見極められてないんだ。

 

「ふふふ。私の作ったこの空間は時の流れが狂っている。外はほとんど時間が経過していないはずだ。無限に遊ぶといい」

 

時間まで操れる……いや、魔王の性質からいって時間の法則そのものを狂わせているのか。

 

「アタシ達だけを潰すために時を止めるとか、魔王の癖にずいぶんとセコい事をするな?」

「駆け寄ってきた人々の前で、英雄がいきなり挽肉になったら恐怖するだろう? 世の中に混沌と恐怖を撒き散らす一歩としてはなかなかに良い演出じゃないかな?」

 

ちっ、どう足掻いても死ぬまで解除してくれそうにねえな。

 

「マリー、僕は戦うよ」

「ええ。私も戦います」

「防御は任せて下さい」

「ああ、三人共よろしく頼――」

 

アタシ達が武器を構えようとした瞬間、メイの体がズタズタに千切れ、吹き飛んだ。

 

「メイ!」

 

エリーとリッちゃんがメイに駆け寄る。

……一体何をした?

 

「悪いが君のスキルは面倒臭そうだ。防御に徹されては私も無駄に消耗しそうだからね」

「う……うぅっ……」

「おや? 死んでいないね? なにか小細工をしてるのかな?」

「てめえ……。アタシの仲間に何をした!?」

 

魔王は答えない。

代わりにその疑問に答えたのは精霊だ。

 

「混沌の力で攻撃する時は空間が歪む。霧を作るのでそれで見極めるといい」

 

精霊が薄っすらと霧で空間を覆うと、アチコチに歪みがあるのに気がつく。

……数が多い。頭上だけで数十は歪みがあるぞ。



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第138話 敗北

9-138-157

 

……アレをこっちに飛ばしたのか。

このままじゃ不意打ちで潰されるな。

 

「これ以上はさせねえよ」

 

アタシも原初の力で剣を作り攻撃する。

……躱されたか。

 

「おっと。流石にそれは危ないな。君たちの言葉で言うところの痛みを感じるからね」

「ならこれも食らうがいい」

 

次に動いたのは精霊だ。

地面から水が湧き出てきて魔王を飲み込む。

 

「私に水浴びは必要ないのだがね?」

 

覆っていたはずの水は、魔王が手で払うだけで一瞬で霧散した。

 

「やはり……。凡百の悪魔ならこれで圧殺するのだが……」

「無駄だよ。蘇ったばかりで魔力も十分だからね。この肉体を傷つけるには力不足さ」

 

精霊の攻撃をあっさり破るとか厄介だ。

……てことはアタシの作る剣だけが実質唯一の武器かよ。

 

「今度はこっちの番だよ。ほらほら、躱してごらん」

 

掛け声とともに数十の歪みがアタシめがけて襲いかかる。

……マズイ、数が多すぎる。

 

「させないよ!〈空鏡陣〉」

 

リッちゃんが陣を張ると、歪みが吸い込まれ、反射して魔王に向かう。

魔王は自分の魔法が直撃したのか防御の姿勢をとっていた。

 

「リッちゃん、助かったぜ。……今の魔法はなんだ?」

「マリーの空間魔法を再現したんだ。魔力消費が激しいから使わなかったけど……出し惜しみしてられないね」

 

そうか、アタシが前に使った空間魔法でカウンターをする奴か。

助かったぜ。

 

「……メイの様子はどうだ」

「僕が死なない限りメイも大丈夫だけど……ちょっと戦えそうにないね」

 

今はファウストの魔石とメイを共にエリーが見ているようだ。

 

……エリーも精霊を呼んだだけで限界だ。

ほぼ魔力が空だろうからな。

今は後ろで休んでた方がいいか。

 

「マリーよ。我が隙を作るからその剣で奴を切り裂くのじゃ」

「分かったぜ。リッちゃんも援護を頼む」

「任せて」

 

精霊が水の槍を作ると、その膂力を活かして魔王に思い切り振り下ろす。

 

「へえ……。それなら少しは痛いかな?」

 

魔王はかわそうともせず、そのまま手で攻撃を受け止めた。

……精霊の攻撃で地面が割れたが魔王は相変わらずだ。

 

「今だ! 〈氷結陣〉!」

 

リッちゃんが濡れた魔王の体を凍らせる。

 

よしっ! ここだ!

アタシは左右に動きを散らしながら、剣を喉めがけて突き刺してやるぜ。

 

「貰ったぜ!」

「でも君、凍ってるよ?」

 

何言って……剣が魔王を貫く直前で止まっているだと?

……いや、止まったのは剣じゃない。アタシの体だ。

体に氷が纏わりついて動きを止めている。

 

「なんでアタシの身体が凍っている!?」

「それは君の仲間が私を凍らせようとしたからだろう?」

 

意味が分からねえ。

それなら凍りつくのはアタシじゃなくてお前だろうが。

 

「少しだけこの空間を狂わせて対象を君にずらしたんだ」

 

滅茶苦茶だ。

空間を狂わせるとやらは知らねえが滅茶苦茶にも程がある。

 

……だが、油断したな?

アタシの剣は伸びるんだぜ?

 

アタシが剣を伸ばして魔王の喉に突き刺すと、大きく煙を吹き上げた。

 

「長さが足りねえなんて言わせねえぜ!」

「……おやおや。まさか刺せるとはね」

 

このまま断ち切ってやる。

アタシは炎で体を燃やして氷を溶かす。

そしてもう一本の刃を魔王の身体めがけて斬りつけた。

 

これで――。

 

「まずい! 離れるのじゃ!」

 

攻撃が当たる直前になって、精霊が叫ぶ。

アタシはその声に反応して慌てて魔王の身体を蹴って飛び退いた。

 

……なんだ?

 

「おい、何も……。おごぉっ!」

 

内臓がかき回されるような痛みが腹を襲い、口から血が出た。

……違う。“ような”じゃない。

実際に少し内臓をかき回されている。

 

「わざわざ空間を狂わせる事ができるのを見せたのに、そこに留まっていてはいけないよ」

「てめぇ……。アタシのナカを狂わせたのか……!」

「その通り。ほんの少しのイタズラ心だったんだが……人には強すぎたみたいだね」

 

とりあえず水魔法で体内を操作して緊急処置をしておく。

……よし、まだ戦える。

内臓が破裂とかしてたらヤバかったな。

 

くそっ、相手の攻撃は響いているのにこっちの攻撃は喉を突き刺しても駄目かよ。

 

「まあいいさ。てめえが死ぬまで刻んでやるよ」

「こっちも中々に痛かったよ。あと八十回くらい同じことをされたら私も倒れるかな?」

 

八十回だと……?

精霊の方を見るが静かに頷いている。

嘘は言ってないみたいだ。

 

近づいたら空間ごと内臓をかき回されるのにそんなのできる訳ねえだろ。

 

「さて、私も一発は貰ったわけだし、少し反撃しよう」

「は? テメエたった今攻撃してただろ……」

「危ないぞマリー!」

 

突如水が押し出してアタシを吹き飛ばす。

 

それと同時に、アタシがいたところの地面が一部消滅した。

拳大の穴が開いている。

 

……また訳の分からない攻撃を仕掛けてきやがったか。

 

「おや? 精霊が助けてくれるとは運がいいね」

「何をした?」

「たいしたことじゃない。そこの空間にあった物をすべて空気に変えたのさ」

 

なんだそれは……?

そんなモン食らったらアタシもタダじゃ済まない。

つか戦いにすらなってねえ。

 

「マリー! 援護するよ!〈虹色陣〉」

「無駄だよ。……やろうと思えばこんな事もできるんだよ?」

 

リッちゃんの使った魔法が反転してリッちゃんに向かっていく。

 

「うわわっ!」

「〈守護壁〉……大丈夫ですかリッちゃん?」

「な、なんとか……」

 

反転した魔法はエリーが魔法を張ってくれたお陰で軽く済んだようだな。

 

しかし、魔法を反転もできるのか。

魔王の野郎、未だに余裕の表情を崩さない。

 

「へえ……。じゃあこれはどうかな?」

「させんぞ!」

 

精霊が魔王の足元に渦を作り攻撃を邪魔をする。

よし、ここでアタシも攻撃を合わせて――。

 

「おっとと……。君はやっぱり厄介だね。……ほらっ!」

 

……しかし、その水は途中で止まり、精霊に攻撃を仕掛けた。

その攻撃はアタシにも飛んでくる。

 

「ちっ!」

「うぬっ! ……まさか、攻撃を乗っ取るとはのう」

「流石に精霊の魔法に干渉するのは面倒だったよ」

 

喋りながらも魔王は空間を操っているようだ。

また空間が歪んでアタシたちに向けて攻撃が飛んでくる。

 

「く、〈空鏡陣〉」

「無駄だよ」

 

空間の歪みがリッちゃんの発動させた空間魔法に吸い込まれるが、反射させる様子はない。

逆にリッちゃんの作った魔法空間を突き破るようにしてそのままリッちゃんを攻撃した。

 

「うわあああっ!」

「リッちゃん! テメエ! 何しやがった!」

「書き換えたんのだよ。スキルそのものは無理でも発動した魔法に干渉すれば性質を狂わせる事は造作もないからね」

 

魔法の書き換えだと……?

リッちゃんが作った魔法を書き換えられるなら、どんな奴の魔法でも書き換えられるってことじゃねえのか?

 

くっ、リッちゃんもボロボロだ。

 

「さて、もうそろそろ決着もつきそうだ。精霊アプサラス、君も十分だろう? そろそろご退場願おうか」

 

精霊の方をみると、体のアチコチに穴が空いて光の粒が漏れている。

……さっきの魔法か。

 

「ふむ……。ここまでのようじゃな。マリーよ、後は頼んだぞ」

 

精霊が武器を構えると、魔王に向かっていく。

 

「無駄な努力を……。じゃあ私は空間ごと君を捻ろう」

 

悪魔が手を精霊に向けて捻る。

――次の瞬間には、体がバラバラに引き裂かれていた。

 

「霧は……残しておく……。頑張ると良いぞ……」

 

精霊の体が水になり、霧となって消えていく。

 

無茶だ。霧で攻撃が見えるのは一部だけで、殆どは見えない攻撃ばかりだぞ?

こんなもんどうしろってんだ。

 

「残るは君たちだけだね? ゆっくり殺してあげるから安心するといい」

 

くそっ、こいつが音を上げるまで斬り続けるしかないのか。

……先にこっちが音を上げるのは目に見えてんぞ。

 

「おい魔王。なんでアタシ達を執拗に狙うんだ? そこまで強ければ狙う必要もないだろうが」

「人間は身内とだけ仲良くして、気に入らないものは徹底的に遠ざけるからね。君たちが無残な姿になったあと、人々の反応が見たいのさ」

 

なんだよそりゃ。

とりあえずどうにかするために会話をしたが……何のヒントも得られなさそうだ。

 

「君たちを敬愛する人々が君たちの死体に憎悪や恐怖を抱く。形が違うだけで滑稽だと思わないかい?」

「そりゃそんなもんだろうが」

 

自分もそうなるかもって考えて恐怖するのは当たり前の事だろうが。

 

「いや滑稽だよ。結局君たちは生きる事を素晴らしいと思っている。だから死を恐れる」

 

……そういえばコイツ、『死』も司ってんだったな。

古代人からそう呼ばれてただけかもしれねえが。

 

「要するにお前を怖がる奴が気に入らないからぶっ壊したいってだけじゃねえのか?」

「……もう話は終わりだよ。おしゃべりの報酬は君の仲間から貰おうかな?」

「なっ――」

 

魔王が手を振ると空間の歪みが魔王の頭上に発生し、大きくなっていく。

マズイ。

 

「さて、誰にしようか……」

「させねえよ!」

 

アタシは魔王に剣をブッ刺した。

根本まで深く、深く刺してやる。

空間の歪みは……くそっ、キャンセルされない!

 

「おや、邪魔をするなら君からだね」

「へっ、その前に逃げて――」

 

剣を抜こうとするが剣が動かない。

……逆に刃が魔王の肉体に沈んでいく。

 

「逃げられないよ。 空間を狂わせたからね」

 

歪みがアタシに向けて襲いかかってきた。

 

「マリー!」

「危ない!」

 

アタシは原初の力で壁を作り、もう一本の剣を盾にして防御を固める。

……駄目だ、全方向から攻撃が飛んできやがる。

分かっちゃいたが防ぎきれねえ。

 

激しい攻撃でアタシの視界が暗転していく。

マ……ズイ……。



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第139話 決着

本日二話投稿します。


9-139-158

 

 

――えますか?

――聞こえますか?

 

聞こえてるよ。うるせえなあ。

 

――良かった。ついに私の声が聞こえたのですね。あなたが原初の力に近づくにしたがって声をかけていた甲斐がありました。

 

誰だよ。どっかで聞いたことある声だけど……会ったことあるか?

 

――いいえ、直接はお会いしていません。

 

じゃあ、知らないやつだな。

メイに言って追い返すぜ……メイ?

そうだ! 魔王は!?

 

――落ち着いて下さい。目が覚めれば貴方は再び戦場にいる事を知るでしょう。これは夢のようなものです。

 

……なんだ、テメエは?

どっかで聞いたことある声だな。

 

――私は精霊王と呼ばれた存在……。あなたが原初の力に近づいた事で、私も原初の力を通じて貴方に干渉できるようになりました。

 

精霊王……? あの魔王と戦って消えたってやつか?

ちょうど良かった。あの魔王を倒してくれ。

アタシじゃちょっと辛そうだ。

 

――残念ですが、それはできません。私は存在が根源に近くなり、もはや現世に干渉する事はできません。

 

なんじゃそら? アタシじゃアイツを倒すのは無理だぞ?

前の戦いで精霊王が倒しきれなかったんだから責任とって戻って戦ってくれ。

 

――いいえ、貴方にはできます、エリー。根源と心が混ざり合う事で生まれた貴方だけの力があれば。

 

なんだよそりゃ。

つか、その声……、思い出したぜ。

お前、アタシにスキルの発動を教えた声だな?

 

――はい。あれは私の声です。

生き物はスキルを具体化して使う術がありませんでした。故に私はスキルに名前を付けて方向性を示し、使い方の基礎を心の深くに刻み込むことにしたのです。

それが私の魔法……。いえ、祝福の一つでした。

 

そうか。スキルの話は分かったぜ。

でも今はそれどころじゃないからよ、アイツを倒す方法を教えてくれねーか?

 

――もう答えは貴方の心の奥深くに刻んでいます。心に聞いてください。

 

いや、さっさと言えよ。

 

――説明するには時間が足りません。もう、貴方は目覚めます。貴方の心は既に知っていますよ。

 

おい待て!

そこが一番重要だろうが!

 

――どうか、どうか私と対になるあの子の苦しみを終わらせて下さい。異界のあなたの魂から具現化したその……で……。

 

何を言って――。

 

 

アタシは目が覚める。

ほんの一瞬だが、気を失ってたみたいだな。

眼の前には魔王が立っていた。

なんか訝しげな顔をしてるな。

 

「ほんの少し、『光』の気配がした気がしたが……」

「夢の中であったぜ。無駄話ばっかりするもんじゃねえな」

「……あの攻撃で生きていたのか。私は無駄話が好きだよ。話せば話すほど相手が絶望するからね」

 

アタシもボロボロだ。

 

魔王はアタシの頭を掴むと、そのまま宙に持ち上げた。

ずいぶん力持ちじゃねえか。

 

「精霊も潰え、君が刃を突き立てるも虚しく私は立っている。ほら、私が魔法でも肉体の力でも、どちらかを込めるだけで頭が潰れてしまうよ。この絶望は? 怖いかい?」

「へっ、今から……お前を絶望させてやるよ……」

 

とはいえ、手段がわからねえ。

精霊王は教えたと言った。

考えろ。落ち着いて考えるんだ。

 

「……絶望させられるものなら絶望させてみるといい。私は今から十秒かけて君の頭を握り潰す。どっちが絶望するかのゲームをしよう」

 

そう言うと、魔王はゆっくり力を込め始める。

 

「一、ニ――。」

「離しなさい魔王! 〈ホーリーカーテン〉」

「〈真・炎蛇陣〉」

 

リッちゃんとエリーが魔法を唱えてくるが、相変わらず効いている様子はない。

締め付けが厳しくなって来た。

アタシも力任せに手を剥がせないか試すがピクリともしない。

ヤバいな。

 

「三、四、五――」

 

締め付けの痛みがどんどん増してくる。

……そういえばこいつ、最初になんでメイを狙った?

 

簡単だ。スキルを使うからだ。

……さっきスキルは干渉できないとか言ってたしな。

 

もし魔王の力がスキルに干渉するなら、さっき魔法に干渉したみたいにスキルを狂わせて破壊すればいい。

って事は……。

 

まさか!

 

「六、七――。どうした? 頭まで狂ってしまったかな?」

 

アタシが笑った事で魔王の動きが止まる。

 

 

「……一つ聞かせてくれ。もしも魔王の呪いが解けたら魔法が使えるようになるのか?」

「時間稼ぎかい? まあいいよ。仮に呪いを解いたとしても、精霊王の祝福を受けなければ呪いが再度降りかかってすぐに魔法を使えなくなるだろうね」

 

そうか。

つまりそういう事だな。

 

「じゃあなんでアタシは古代の魔法とやらが使えるんだ?」

「謎掛けかな? 最前線で敵と戦い続け力を吸収したのに加えて何かしらスキルで切っ掛けを見出した……と言った所だろう? ……何を笑っているのだね?」

「お前を絶望させる方法が……見つかって、な!」

「そうかい? でも君が私を傷つける様子はないが……? ほらもう時間がないぞ? 八――」

 

傷つける?

いや、そんな事しねえぜ?

むしろ治してやるよ。

 

アタシはもう、スキルを発動させている。

 

「九……。な!? 何だこれは? 一体何を……。この力……。馬鹿な!?」

 

余裕たっぷりの悪魔の顔が歪んでいく。

何かされたのに気がついたようだな?

 

悪いね、アタシの力は性別を変換するんだ。

会話中もずっとスキルを発動させ続けていたからな。

時間は十分のはずだぜ?

 

「と、止まらない! この私が干渉できないだと!?」

「お前が言ったんじゃねえか。スキルには干渉できないってよ。スキルってのは特別なんだろ?」

「スキル……だと……。私の身体を作り替えるこの力がスキルだと!?」

 

いや初めて魔王が狼狽してるのをみたぜ。

余裕たっぷりな奴の表情が崩れるのはなかなか良いもんだな。

おっと、狼狽して力が緩んでるぜ?

 

「どういう事だ! 私は魔王だぞ! 我々の存在すら書き換えるだと!?」

「想いの力は別の創造、なんだろ? ところで悪魔って性別がないんだよな? 性別を持つとどうなるんだ?」

 

性別を持たない奴が性別を得ると何が起きるんだろうなあ。

どうなっちまうんだろうなあ?

 

石のままで引きこもってれば良かったのによ、下手に肉体を持ったのが運のつきだったな。

 

「どうだい? アタシのスキル『TS』、意外と強いだろ?」

「このままでは……」

 

答える余裕もねえか。

もうスキルは完全に発動したみたいだな。

アタシは魔王の身体から手を離す。

 

「へっ、イケメンだぜお前」

「マズイ……存在が、存在の何かが崩れる……」

 

肉体が完全に変化したのか、顔が変わる。

アタシが手を離すと、悪魔の周りが黒く染まっていく。

さあ何が起きる?

 

「これは呪い……? 馬鹿な! 私が呪いの主だぞ!」

 

へえ、てことは魔法が使えなくなるっていう呪いか。

無差別にバラまいた呪いが自分自身を傷つけるなんてな。

 

「なぜ私が自分の呪いにかからねばならん!」

「そりゃあ、お前がすべての男に呪いをかけたからだろ」

「まず……い。肉体が……千切れ」

 

さあ何が起こる?

死んでもよみがえる悪魔とかいう不変の存在に、ありえない筈の肉体の変化。

それに加えて魔力でできた肉体にかかる魔法封じの呪い。

 

あらゆる矛盾を詰め込んだ結果はよ。

 

「この世界の不具合になった感想はどうだ? ああ、混沌とかそういったものが性質だったか? 良かったな。その最たるものになれてよ」

「馬鹿な……。貴様! 何をしたか分かっているのか! 私はいわば世界の一部! その私をこのような方法で!」

 

何もクソもあるか。

やらなきゃアタシ達が死ぬんだよ。

知ったことか。

 

大体よ。世界の一部だのなんだの立派な事言ってよ、やってる事は子供のワガママの正当化だろうが。

 

「精霊達は自分たちの性質に則って都合の悪いことも受け入れたんだろ? お前も受け入れろ。混沌だの死だの知らねーが最初に自分自身を殺せば良かっただろうが」

「あ……。ぐぁ……。」

 

魔王の体から何かが飛びだした。

……なんだ? 石か?

ん? 悪魔が狼狽えているぞ。

 

「ああ……。なぜだ、何故私がそこにいる!?」

「てめえ、何を言って……」

「あれは……? マリー! その召喚石をこっちに!」

 

リッちゃんが石をみて大きく叫ぶ。

召喚石って事は……まさかバグった影響で世界が分裂したのか?

アタシは石をぶん投げて、風魔法でリッちゃんの所に運ぶ。

 

「待て! 私に触るな!」

「お前はこっちにいるだろ。ファイアローズ」

「うあああっ! 熱い!? 馬鹿な! 私が熱さを感じるだと!?」

 

 

軽く目くらまし程度に放った炎が意外なほどに効いた。

……肉体が変化した影響か。

 

リッちゃんは石を調べて頷いている。

 

「……分かったよマリー! これは召喚石だけど、召喚石じゃない、悪魔の魔力、そして混沌と破壊の性質だけが詰まった超高純度の魔石だ!」

「それは……魔王という存在と、魔王の持つ力が分離した、と言う事でしょうか……?」

 

エリーの問いにリッちゃんは力強く頷いた。

じゃあ今のアレは残りカスみたいなモンって事か?

 

「あ……ああ。私という存在と心が分離した……? この肉体には人間のような僅かな力だけしか……。駄目だ、私は『混沌』……。違う、私は……なんだ?」

「混乱してるとこ悪いけどよ。お前はここで終わりだ」

 

アタシがそう言うと今まで見た事がないくらいに魔王の顔が歪む。

 

「認めないぞ! まだ僅かに繋がりがあるうちに! 私は本来の私と合流する」

 

魔王は自らの胸をえぐる。

こいつ、何を考えて……。

 

「私は滅ばない! 死ねば存在を魔石に移すのみ!」

 

「い、石の魔力が変化していく……! まさか、この石に再び宿るつもり……?」

「そのとおり……だ。その石の……魔力を利用して……再び蘇って見せよう」

 

なるほど、悪魔の『死んでも別の石に宿る』って性質を利用しようってんだな。

させねえよ。

アタシのスキルで回復させて――。

 

「もう一度スキルを使うかね? いいとも。次は女性にするのかね!?」

 

そうか。

精霊王の祝福を受けたらアタシ達みたいに魔法が使えてしまうか……。

 

「さあ、このままでは私は死んでしまうがどうする? 私はどちらでも構わないがね?」

「……いや、どっちも選ばねえよ。お前はここで終わりだ」

 

アタシは回復薬を投げつけて、魔王の傷を少しだけ治す。

 

「……一時しのぎかね? 無駄な事を――」

「リッちゃん! 石をファウストに使えるか!?」

「……そうか! できるよ! これならなんとか足りる!」

「何を……?」

「破壊と創造は対になる存在、だったか? 最後の最後でアタシは幸運だぜ」

 

力だけはあるが心のない石ころ。

心は宿っているが力のない核。

 

ちょうどパズルのピースみたいによ、ピッタリハマると思わねえか?

 

リッちゃんが魔法陣を描くと、ファウストの核が目に見えて修復され、肉体を形作っていく。

……その姿はかつてのファウストに比べて大分小さい。

 

魔石も、ファウストの核も無くなり、三歳くらいの子供がリッちゃんの腕で静かに眠っている。

 

「やった! 成功だよ! 核が傷つきすぎて元通りには出来なかったけど……それでも子供の状態には出来た!」

「やったな!」

 

狼狽えていたのは魔王だ。

……随分と余裕がなくなって人間らしい顔をするようになったじゃねえか。

まあ人でも悪魔でも無いんだろうけどよ。

 

「……魔王としての存在はファウストに引き継がせた。お前はここで消えるんだ」

 

「つ、繋がりが消え……た? 馬鹿な……。私が消えた今、ここにいる私は何者だ……?」

「気にするな。誰でもない元魔王さんよ。消えるのは今からだぜ」

 

もう良いだろ。

神話の時代から生きてきたんだ。

心を持って歪んじまったお前が消えるのはよ。

 

「馬鹿な! 私はまだ世界を壊していない! 混沌と破滅に世界を……そして私を遠ざけた人々に復讐を ……!」

「そうか、やっぱりそれが本音か。本能だのなんだの立派な能書きたれてよ、結局は子供のワガママって事だな?」

 

アタシは“原初の力”で魔王を包む。

 

「ファイアローズ! そして、サンダーローズ!」

「あ……が……何を……?」

「逝かせてやるよ。人でもなく、魔でもない、何者でもないお前をあるべき所にな。……リッちゃん! エリー!」

「分かったよ!〈炎蛇陣〉」

「任せてください、〈ホーリーカーテン〉」

 

アタシ達は残り少ない魔力を使って、それぞれの魔法を魔王にぶつけていく。

ぶつけた魔法は“原初の力”で乱反射して魔王に幾度も当たる。

 

まだまだだ。

アタシとリッちゃんは雷や炎のほか、氷、土、毒、水魔法など、ありったけの属性の魔法を打ち込んでいく。

名付けて――。

 

「百花繚乱!」

「う……ぐ、貴様、この私をこの程度の魔法の乱打で倒せると……」

「いや、まだだぜ」

 

アタシは空間をそのまま原初の力で覆い閉じる。

今の魔王には反撃する力は残っていないようだ。

 

打ち込んだ魔法は魔王の魔力や他の属性と共鳴、反射して増幅し、時に打ち消す。

 

千変万化するその空間はそのまま魔法を反射し続けた。

 

さあ止めだ。

……力を使い過ぎたのか、よろけちまった。

少し立っているのが億劫だ。

 

「マリー、手伝いますよ」

「エリー……ありがとな」

 

エリーが手を添え、体を支えてくれる。

 

原初の力で生み出した刃。

その刃をケーキを切るように二人で持つ。

 

「……! ……、……!」

 

魔王が魔法の嵐の中で騒いでいるようだが、悪いな。

音は遮断されてんだ。

 

「あばよ、魔王でも人でもない、何者でもなくなったお前が次の生を楽しめることを祈っているぜ」

 

アタシはエリーに支えられて、刃を振り下ろす。

 

多様な属性が絡み合い、切り裂いたところからあらゆる属性が吹き出し、一つの華を咲かせた。

 

これでこの技は完成だ。

百花繚乱改め――。

 

「万華鏡」

「あ……。あああああぁぁぁっっっ!!!」

 

両断された魔王が悲鳴を上げ、その体がゆっくりと崩壊していく。

 

「私が……死ぬのか?」

「ああ。もう石になる必要もないぜ。……人から拒絶される理由もな」

「……そうか。私は……死ねるんだな」

 

一瞬だけ魔王が笑った顔になると体が崩れ落ち、周囲の歪んだ空間と共に消えていった。

 

「……次の魔王はアタシ達がたっぷり愛情を注いでやるよ。歪まねえようにな」



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エピローグ 日常

空間の歪みが元に戻るとチビっ子魔族や勇者達が駆け寄ってくる。

時間も元に戻ったようだ。

アタシ達はあの空間から戻ってこれたんだな。

 

 

「マリー姉! 魔王を倒したじゃんよ!」

「凄いのです! ……でも何故か一瞬で怪我が増えたように見えるのですよ?」

「アタシの事は気にするな」

 

一応、空間が完全に消えるまでタイムラグがあったから三人にスキルを使って回復したが、アタシまでは時間が足りなかった。

 

勇者ちゃん達は真の魔王の存在に気がついてすらいないようだ。

……おとぎ話の相手と戦って勝ったとか、誰かに言っても信じてもらえそうにねえな。

 

「あら? その子供はどなたですの」

「ん? ああ……。リッちゃんの隠し子だ」

「え!? えええ!?」

 

アタシのセリフに周りが騒然となる。

……なんでリッちゃんも驚いてんだ。

 

「ま、まさか本当に……?」

「うそ、相手はだれ……?」

「お、お母様……?」

 

近くにいたのが獣人と吸血鬼達ってのも不味かったか。

創造主だもんな。

 

アタシが言った事だけど予想以上に大問題になりそうだから早くリッちゃんは訂正してくれ。

 

お、メイも目が覚めて動けるようになったのかこっちに来たな。

よし、訂正を……。

 

「……ご主人様。私というものがありながらこのような隠し子を作っていたなんて」

「ええ!? 隠してないよ! この子は正真正銘ウチの子です!」

 

……周りが一気に騒がしくなった。

おいおい、どうすんだコレ?

 

「な、名前! 名前は何ですの!?」

「名前? それはファウ……。ううん、この子はファル! 名前はファルでファーちゃんだよ!」

「……っ! そうですか。お姉……ファーちゃんですね。随分と小さくなられて。ふふっ。可愛いものです」

 

名前を告げた事でメイも色々と察したようだ。

吸血鬼やエルフ達の喧騒は収まらないが……。

説明責任はリッちゃんに移ったしまあいいか。

 

やがて、他の冒険者や兵士達も集まってくる。

 

「よくぞ魔王を倒した。王国を代表して礼を言うぞ。魔族たちも無理やり戦わされていた者は次々に投降しているぞい」

 

宰相のおっさんがいつの間にか近くに来ていた。

……コイツらが言うのは魔王デルラの事だな。

 

アタシ達が本当に戦ったのは神話の片隅から這い出てきた真の魔王だが……。

 

まあ良いか。

説明するのも面倒だ。

 

アタシはエリーとリッちゃんに支えられて街へ戻る。

街では歓声と共にアタシ達を迎え入れてくれた。

 

「見ろ! マリーだ!」

「あれが勇者と共に魔王を討ちとった冒険者か!」

「はぁ……僕も討ち取られたい」

 

「よっしゃ! 酒だよ酒!」

「勝利を祝って英雄『エリーマリー』に!」

「生ぎでだんだね…… お兄ちゃん、嬉じぐで涙が……」

 

たくさんの歓声がアタシ達を包み込んでくれる。

ああ、やっと実感してきたぜ。

 

アタシ達は勝ったんだな。

 

「マリー。何か挨拶でもした方がいいでしょうか?」

「そうだな……。アタシもボロボロだしな」

 

とりあえず、拳を高くあげてポーズだけしておく。

アタシが腕を上げると、街が歓声で震えた。

 

 

---

 

 

……あの戦いから一ヶ月が経った。

 

そしてアタシ達は――。

 

「おかあさまー!」

「んー、どうしたのかなファーちゃん?」

 

リッちゃんをおかあさまと呼んだのは元ファウストことファルちゃんだ。

ファルちゃんは核が傷ついていたため記憶が完全に戻せなかったらしい。

また肉体に引っ張られる形で精神も幼くなっていたた。

 

だが辛い記憶もある。

無理に戻さずにそのまま新しい記憶をたくさん与えようと言う事になった。

 

「その、おこらないでね? まほうを山にブワァッーってしたら穴があいちゃって……」

 

見ると山にキレイな穴が開いていた。

……やべえな。威力がおかしい。

 

「うわあ! 凄いよファーちゃん! もうあんな魔力放出できるんだね! 混沌の力を得た影響かな! ファーちゃんは凄い!」

「リッちゃん? ちょっと今後の教育方針について話そうか?」

 

まったく、叱るときは叱らないとだめだろうが。

 

「ファルちゃん。力の加減ができないうちはお空に打つと良いですよ」

「わかったー!」

 

エリーがファルちゃんを諭している。

うん、平凡な日常だな。

 

 

王城の奴らもそうだが、他の奴らも色々と忙しいらしい。

 

『オーガキラー』のルビーは前に戦った首なし魔族と仲良くなり、今でも定期的に戦いをしていると聞いた。

 

ギルドも魔族と人間が仲良くできる証としてルビーや獣っ娘の一族を推して行くようだ。

……あいつらは喧嘩が好きなだけで友好とかそう言うのからは遠いと思うけどな。

 

他にも『パンナコッタ』と『ラストダンサー』は男爵領で依頼を請けている。

魔族に領地がボロボロに破壊された名残で色々と仕事が増えているそうだ。

 

勇者ちゃんは一旦王都へ戻った。しばらく様子を見て、次の魔王が出てこなければそのまま冒険者へ転向する事を希望している。

……まあ元凶は倒したし問題ないだろ。

 

おやっさん達や宰相のおっさん達は味方として参戦した魔族っ娘達の対処で忙しそうだ。

なんか今後のことを踏まえて情報面で様々な工作をやっているらしい。

 

チビっ子魔族達も落ち着いたら戻ってくると言ってたが、もう少しは無理だろうな。

ファルちゃんと遊べなくて残念そうにしていた。

まああの超魔力を何とかしないと遊べないけど。

 

「マリー。お待たせしました。」

「お、準備できたか。これからエリーとちょっとでかけてくる。後は適当に頼むぜ」

「またですかマリーさん! A級冒険者になったんですからもっと落ち着いて私を楽にさせて下さい」

 

ポン子がうるさい。

A級だろうとなんだろうと知ったことか。

アタシ達は好きにやるっての。

 

「悪いがポン子、お前が借金を返すまでアタシはお前のお金を搾り取らなきゃならないんだ。死んで楽になるのはちょっと待ってくれ」

「そっちの楽じゃありません! もっと自由を! 週休四日! 一日三時間労働の自由を!」

 

ポン子がなんか言ってる。

寝言は放置するにかぎるな。

 

「そんな事よりアタシ達はこれから出産祝いに行くんだ。後処理は頼んだぞ」

「ちょっとマリーさん!? これから王城へ来るように連絡が……」

 

騒ぐポン子を無視して、アタシ達は支度を整えていく。

 

向かうのはコリンの所だ。

王城なんかよりこれから生まれてくる子供のほうが重要だからな。

 

 

「よう。調子はどうだ」

「あ、マリーちゃんにエリーちゃん! 見てみて。こんなに可愛いんだよ」

 

コリンが赤ん坊を見せてくる。

予定日より早く生まれたが元気らしい。

 

「大きくなったら聞かせてやるよ。お前の父親は顔のいい男だった――」

「いや死んでないからね? ここにいるから」

 

なんだよ。

いたのなら父親ですって額にでも書いとけよ。

間男と間違えてうっかり攻撃したらどうするんだ。

 

 

コリンへ祝いも終えて、アタシ達は館から少し外れた場所にある高い丘の上に来ている。

 

「風が気持ち良いですね……」

「ああ、そうだな……。なあエリー、渡したいものがあるんだ」

 

アタシは指輪を取り出してみせる。

 

「本当はもっと早く渡すつもりだったんだが……。色々と忙しくなって今になっちまった」

「え? それって……」

 

ああ、そうだ。

こういう事はちゃんと伝えとかねえとな。

改めていうと恥ずかしいぜ。

 

顔が赤くなってそうだ。

 

「愛してるぜ、エリー。結婚してくれ」

 

そういって指輪を薬指にはめる。

 

「……私もですよ、マリー。ちょっと目を閉じてもらってもいいですか?」

「ん? なんだ? 別に構わねえが……」

 

目を閉じていると左手の薬指に何かが嵌められる。

目を開けると、アタシの指のサイズに合わせた指輪が嵌められていた。

 

「実は私もマリーに渡そうと思っていたのです。改めて私からも……マリー。愛していますよ。結婚してください」

 

勿論だ。

アタシは返事の代わりに唇を重ねて抱きしめあう。

 

遠くでファーちゃんが撃つ魔法が聞こえる。

まるで祝砲のようだな。

 

「ふふっ私達も子供が欲しいですね」

「ああ、そうだな」

 

エリーにそこまで言われちゃ仕方ない。

近いウチに作る……。

 

あれ? どっちが作ればいいんだ?

 

……まあいいか。

その場の流れで決まるだろ。

 

 

アタシはエリーと、そしてリッちゃん達と共に歩んでいこう。

 

これからも、これまでもな。

 



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