あべこべ幻想郷に落ちた命 (てへぺろん)
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序章
異端児生誕


初めましての方は初めまして。てへぺろんと申します。


以前にあべこべものを投稿していましたが、懲りずにまた投稿し始めてしまいました。それぐらいあべこべものが好きです。それと転生ものも好きです。


今作品であべこべの良さを知らしめるつもりですが至らぬ点もあると思いますのでご承知の上で読んでいってください。


それでは……


本編どうぞ!




 いきなりだが『愛』とはなんだろうか……

 

 

 それは科学では証明できず定められた形は無い。しかし我々はそれが存在していることを頭で理解しており時には『愛』に悩み苦しむことがあるだろう。相手のことを思うと胸が締め付けられ鼓動が高鳴りいつもその相手のことを考えてしまう……そして『愛』の形は一つにあらず……

 

 

 親子、兄弟姉妹、祖父母と孫など肉親同士を思う心……『家族愛』

 

 

 社会的な人間にとって根源的な形態の一つで自分自身を支える基本的な力……『自己愛』

 

 

 本能に基づく性的な欲求から生まる……『性愛』

 

 

 『愛』という言葉一つでも様々な意味合いがあり、形がある。そして生き物全てに共通するものでもあり、人間の男女の関係に深い関りを持つものである。

 しかし何故今このような話をする意味があるのかと言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ……なんで昨日会いに来てくれなかったの?ねぇ……なんで?どうして?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは一人の青年と彼によって人生が変わった一人の巫女とその他大勢が繰り広げる普通の世界とはこと離れた物語である……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り……とある人里での出来事であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「せんせいってなんでそんなにブサイクなの?」

 

 

 一人の男の子が大人の女性に対して素朴な疑問をぶつけた。それは失礼極まりないことだったが、大人の女性は怒ることもせずにこう答えた。

 

 

 「それは()()()()()()()なんだ」

 

 

 ()()()()()()()だと女性は男の子に対して答える。男の子が言うようにこの女性はこの子の担任の先生なのだろう。傍にいた男の子の母親も他の人々も叱ったりはしなかったし、担任の先生も何度目かわからない程に子供達から同じ質問をされた経験があった。その経験はいつしか当たり前となり、いつも通りに男の子に説明していた。

 

 

 男の子の担任の先生はとても不細工だった。

 

 

 整った顔にすべすべした肌、指の先から足の先まで細く胸は大きかった。目元も口元もしっかりとしており、不細工選手権を始めたならば代表にまで選ばれるだろう。男の子が言ったことは事実だったために先生は怒ることはせずにその言葉を飲み込むことにした。その後、母親に連れられて男の子は我が家へと帰って行く後ろ姿に手を振りながら見送り、後は寺子屋で明日の課題についてまとめ上げるいつも通りの日常生活を送るはずだった。

 

 

 寺子屋の一室で机に向かって課題をまとめている女性は上白沢慧音と言う。とても不細工と人里では知らぬ者はいない。彼女は人里でも変わった存在で、ワーハクタクと呼ばれる半獣人。元々は人間だった後天性の妖怪でありながらも受け入れられた。今では寺子屋の教師をしている。

 ちなみに白沢とは、中国に伝わる聖獣のことで、牛のような体に人面を持ち、人語を解し、白沢に遭遇するとその家は子々孫々まで繁栄するといわれている。

 

 

 しかし自身には効果がないのか、慧音は今まで恋人も子供もできたことなどない。その前に自身の容姿を直さなければどうしようもないことなのだが……

 

 

 「ふぅ……これで半分か。残り半分も休息後に作ってしまわないとな」

 

 

 一息入れようとした時に廊下から足音が聞こえてきた。その足音は慧音がいる部屋の前で止まり戸を開けた。

 

 

 「おい慧音はいるか?」

 

 「妹紅か、どうしたんだ?」

 

 

 白髪のロングヘアーに大きなリボンが一つと、毛先に小さなリボンを複数つけたこれまた不細工な女性が寺子屋を訪れた。慧音の古くからの友人である藤原妹紅。彼女は色々と複雑な過去を持っているがそれを語るには時間が短すぎる。ただ一つ言えることは、友人である慧音に頼みごとをしに来たと言う事だ。

 

 

 「慧音に頼みがあるんだ。この後、人里の巡回をする予定だったんだけど別の要件が入っちゃって……」

 

 「代わりに私にしてくれと?」

 

 「わるい!必ず埋め合わせはするからさ!」

 

 

 両手を重ねてお願いのポーズを取る。慧音はため息をつきながら妹紅の頼みごとを聞き入れることにした。

 

 

 「ありがとう慧音!絶対埋め合わせはするからまたな!」

 

 

 急ぎ足で寺子屋から去って行く。やれやれと思いながらも慧音は休息をやめて人里の巡回へと赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里に月の明かりが差し込む。もう夜になり手に持った提灯(ちょうちん)の明かりを頼りに慧音は人里を巡回していた。人々が寝静まり辺りには虫の奏でる音色と獣の遠吠えが時々聞こえるだけであった。

 

 

 「異常なしだな」

 

 

 人里は人間が暮らし、唯一人間の安全が確保された場所であるがそれでも警戒は怠らない。この世には飢えた獣だけでなく醜き妖怪達が目を凝らして人里を睨んでいるのだから。

 腹満たしの為の餌を探すためだけではない。快楽を求め、種の繁栄を狙う輩もいる。知性を持たない妖怪は特にそうだ。自制心の欠片もなく襲い掛かろうとする。だからこうして人里の安全性を確かめながら人間達の安全を守るために巡回しているのだ。

 

 

 慧音は一通り見て回り異常がないことを確認すると課題のために寺子屋に戻ろうとした……その時だった。

 

 

 「……ぎゃ……

 

 「ん?」

 

 

 聞こえた。何かの音が……虫の音色でも獣の遠吠えでもない。人里に住んでいるならば時々聞くことがある声だった。

 

 

 「……ぎゃ……おぎゃ……おぎゃ!!」

 

 「赤ん坊の……声?」

 

 

 確かに赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。人里なのでどこかの家の赤ん坊が泣いているのだろうと思う……とは慧音には思えなかった。何故ならそれは門の向こう……すなわち人里の外から聞こえてきたのだから。

 

 

 「外から赤ん坊の声が……妖怪か?!」

 

 

 その泣き声は人間を惑わすために妖怪が出しているものではないかと疑った。それもそのはず、夜の人里外がどれほど危険か人里の人間はわかっているはずなのだからこんな時間に外に出たりはしない。しかもご丁寧に門のすぐ近くからその泣き声は聞こえてくる。すぐそこに赤ん坊がいると思わせて外に出てきた人間を襲うつもりなのだろう……見え透いた魂胆だと慧音は思った。

 

 

 「おぎゃあ!お、おぎゃ!?おぎゃおぎゃ!おぎゃぎゃぎゃ!!」

 

 「……?」

 

 

 しかし慧音は不審に思った。赤ん坊の泣き声がどこか驚愕しているように聞こえたのだ。不自然過ぎる泣き声……これでは疑われてしまうのがオチだ。だが、慧音は何故驚愕しているのか気になった。

 慧音はこう見えても人里で数少ない妖怪に太刀打ちできる実力を持っている。決して強いわけではないが、そこら辺の妖怪に惨めに負けてしまうことはないだろう。例え妖怪が襲ってきても戦うことが慧音にはできる。

 

 

 慧音はゆっくりと門に近づき慎重に扉を開く。目を凝らし、暗闇が広がる空間に提灯(ちょうちん)の明かりを照らし出す。するとそこには布切れに包まれた赤ん坊がこちらを見て驚いた様子で固まっていた。慧音もその赤ん坊と目があった瞬間に驚いてしまった。慧音にはわかってしまった……その赤ん坊は妖怪の子でもなく、妖怪が化けた姿でもない……正真正銘の人間の赤ん坊だとわかってしまったのだから。

 

 

 「こんなところに赤ん坊だと!?一体誰が……」

 

 

 辺りを見回しても赤ん坊と慧音以外の誰も存在しない。一体この赤ん坊は誰の子なのか……何故こんなところにいるのだろうか?疑問が生まれるがそれよりもこの赤ん坊を人里に入れるのが先だった。このままだと赤ん坊が妖怪に見つかりひどい目に遭うのは目に見えていたからだ。

 

 

 「と、とにかくこの赤ん坊を置いておくわけにはいかないな!」

 

 

 慧音は赤ん坊を抱っこした。人里で何度か目にした光景だが、慧音は一度も赤ん坊を抱っこした経験はなかったため、資料で知っているぐらいだ。記憶を頼りに思い出しぎこちない形でも何とか抱っこできた。手に伝わって来る温かい感触が慧音にとって忘れられないものになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「慧音が赤ちゃんを産んだ!!?

 

 

 夜遅くに寺子屋を訪れたのは用件を済ませた妹紅だった。戸を開けた妹紅の目に飛び込んで来たのは赤ん坊を抱っこした慧音の姿……妹紅の口から驚愕の言葉が飛び出したのだった。

 

 

 「わ、わたしは産んでない!!拾ったんだ!!!」

 

 「ヴぇ!?ど、どういうことだよ!!?」

 

 

 慧音は妹紅に語った。巡回をしていたら赤ん坊の泣き声を聞いて門を開けたらそこに赤ん坊がいたことを伝えると妹紅は口をぱっかりと開けて唖然としていた。

 

 

 「この子が人間の赤ん坊であることは間違いない。半妖である私がそう言うんだ。間違いないさ」

 

 

 慧音はワーハクタクと呼ばれる半獣人であるため、妖怪が出す妖気を感じ取ることができる。しかし慧音に抱かれている赤ん坊には一片の妖気も感じなかった。一体誰があんなところに赤ん坊を置いたのか……どうしてこの赤ん坊を置き去りにしたのか……慧音には考えることばかりだった。

 

 

 「そ、そうだったのか……酷いな。赤ん坊を人里の外に放置するだなんて……それも()()()を……」

 

 「ああ、そうだ。こんなに()()()()()()なのにな」

 

 

 赤ん坊には小さな男である象徴がついていた。すぐに男だと二人にはわかり、そしてとても可愛らしかった……もしこの赤ん坊が()()()であったならば()()()とは呼ばれなかっただろう……

 そして赤ん坊の方は今だ目をキョロキョロさせて黙り込んでいた。先ほどまで泣き声を上げていたにも関わらず今は大人しい……と言うよりかは困惑しているようにも見えるが今の二人にはただ()()()()()()としか映らなかった。

 

 

 「いい子だなぁお前は。大人しい子だなぁ♪私達のように()()()じゃないし、お前が羨ましいよ」

 

 

 腕の中で優しく慧音は赤ん坊に対して語り掛ける。傍から見る慧音の姿はとても上機嫌で赤ん坊に夢中のようである。しかしそんな慧音とは裏腹に妹紅の様子がおかしかった。なにやらうずうずした様子でずっと慧音に抱っこされた赤ん坊を見続けていた。口を開こうとしても閉じてしまい、また開いたと思えば閉じてしまう……そんな妹紅に気がついた慧音。

 

 

 「ん?どうしたんだ妹紅?金魚の真似でもしたいのか?」

 

 「ち、ちがうわ!な、なんだ……その……」

 

 

 頬をほんのりと赤色に染めて何かを口に出そうとするがすぐには出て来ない。そんな様子をせかすこと無く慧音はジッと待っている……深呼吸をし、意を決した様子で慧音に向き直る。

 

 

 「な、なあ……慧音、私にも抱っこさせてくれ!!」

 

 

 慧音に懇願した。どうやら赤ん坊を抱っこしたかったようだ。言った後に恥ずかしくなったのかサッと視線から逃れるように目線を逸らした。

 

 

 「妹紅、照れることはないぞ?赤ん坊を抱っこするなんて私も初めてなんだからな。あの時は咄嗟のことで頭がいっぱいだったが改めると今、とても幸せな気分だ」

 

 

 抱きたいと思っても抱くことは出来なかった。不細工な顔で寺子屋の教師であったとしても他人の子を抱っこする気は起こらなかった。抱きたくないわけではない……赤ん坊に怖がられたり、親から非難の目を向けられたくなかったから。不細工な慧音に我が子を抱かれたいとは思わないからだ。触れてみたいと思ってもそれは叶わない……慧音は自重して遠くでいつも母親に抱かれる赤ん坊を眺めているだけだったが、今では赤ん坊を抱いていた。赤ん坊も慧音を怖がったりせずに素直に抱かれていた。まだ赤ん坊で純粋故にわかっていないだけだろうと慧音は思っている。妹紅もだ。しかしその内にこの赤ん坊も歳を取り、美意識が芽生えた頃には唾を吐かれたり、舌打ちされることになるだろう……不細工な女は皆そうだ。二人共経験したことを思い出す……嫌な思い出だ。

 しかしそれでも今は赤ん坊を抱いてみたい。これから先に一生訪れることはないだろうと思う……まずは男に抱かれたいのに。そして女であるならば誰だってお腹を痛めてでも子を産み、我が子を抱きたい。しかし二人には巡って来ない……不細工に現実は厳しすぎるのだから。

 

 

 「……すまない妹紅、酔いに浸ってしまった。ほら、優しく抱いてやるんだぞ」

 

 「わ、わかっている……あっ、とっと……ふぁあ~!これが赤ん坊を抱く感触かぁ……!か、かわいいよなぁ~♪」

 

 

 妹紅は赤ん坊を抱くと頬がたるみだらしない笑みを浮かべていた。彼女の性格からは想像もつかないだらしない表情に慧音は貴重な光景を見たと思った。しかし、そうなってしまうのも無理はないだろう。彼女達は赤ん坊を抱く女の夢を叶えてしまったのだから。

 

 

 「はふぅ……いいよなぁ……赤ん坊は……あっ」

 

 「どうしたんだ?」

 

 

 ふっと妹紅は一つの疑問が浮かび、だらしない顔から真剣な表情となった。不思議に思った慧音は妹紅に問いかけた。

 

 

 「なあ……慧音、もしこの赤ん坊の親が見つからなかったらどうするんだ?」

 

 

 この赤ん坊は門の外、人里の外に捨てられていた。慧音は明日この赤ん坊の親を探すだろう。しかし自ら捨てたのであるならば名乗り出ることなどしない。その場合この赤ん坊は一体どうなってしまうのだろうか……妹紅は不安そうに慧音を見つめる。

 

 

 「……」

 

 

 慧音はジッと赤ん坊を見つめる。赤ん坊も慧音をジッと見つめ沈黙がしばしの間流れていた。すると慧音は立ち上がり宣言する。

 

 

 「もしその時は私がこの子の親になろう!」

 

 「本気か!?私達のような()()()が母親になったらこの赤ん坊が可哀想じゃないのか!」

 

 「本気だ!しかし妹紅のいう通り自分の親がこんな()()()な母親だったら嫌かもしれない。だがな、この子が捨てられたのならば誰かが世話をしてあげなければならない。それにな妹紅……これは私の身勝手な思いなんだが……」

 

 

 慧音はばつが悪そうに告げる。

 

 

 「……私も……その……母親ってのを……経験してみたいのだ……」

 

 

 不細工に訪れることはないだろう。母親になるこのチャンスを慧音は失いたくない……慧音にも寺子屋の教師以前に一人の女、この世界に生きる者であるため欲もちゃんとある。今の慧音は赤ん坊の温かさを受け、母親としての母性に目覚めてしまった。逃れることのできない欲に負けてこの赤ん坊の親になりたいと言った。

 その慧音の欲は妹紅にも理解できる。二人は不細工で誰も相手にしてくれない……慧音は寺子屋の教師であるため何度か男性を相手にすることがあるがそれでも相手は良い思いはしない。妹紅ならば尚更だった。

 

 

 不細工な女に未来はない……これが現実だ。不細工が男と結婚し、子供を授かることなど滅多にない……ないわけではないが、望みは薄い。しかも慧音や妹紅のように質感のいい肌を持ち、髪も光沢が出てスタイルも抜群だ。不細工の中でも上位のところにいる。だから欲の一つを持っていてもおかしいことなど何もないのだ。

 

 

 だからこそ妹紅も慧音の言葉をしっかりと受け止めることにした。

 

 

 「わかった。私は何も言わない。私だって本当は子供が欲しい……けど、私が母親になったら子供に迷惑がかかる。それに比べて慧音ならまだマシだろう。私のように化け物なんかじゃないんだから」

 

 「妹紅……」

 

 「悪い……でも本当のことだから……それはともかく、親が名乗り出なかったら慧音、しっかり面倒見てやるんだぞ?」

 

 「ああ……わかっているさ。妹紅の分までしっかり面倒を見てやる!」

 

 「わ、わたしも手伝いたいから私の分まで取らないでくれよ……でも私達本当にこの子の面倒が見れるだろうか?」

 

 「不安になるな。私だって経験したことのないことなんだ。資料ならあるし、経験者に聞いてみるのも一つの手だ。だが、まずは親を探すのが先だ。見つかってくれるならばそっちの方がいいからな」

 

 

 そして慧音は翌日、言葉通りに赤ん坊の母親になったのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし疑問に思うことがある……何故彼女達が不細工と言われるのか?

 

 

 それの答えはこの赤ん坊とこの世界【幻想郷】にあった……

 

 

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 う……うぅん……ん?あら……とっても暗い……闇が広がっているみたいだ。どうなってんの……ん?んんん?!肌寒いしなんだ……なんだか体に違和感を感じるぞ!?

 

 

 そう疑問に思う誰かさん。その誰かさんは意識が目覚めた様子だったが、覚ますなり現在の状況に異常を感じ取った。

 

 

 映る視界は星々が輝く夜空が映っており、外にいることがわかる。それと何かに体がすっぽりと包まれていたことが判断できた。そして傍には星明りに照らされる()()()()()()()があり、……首を少し持ち上げて目玉をそちらの方へ向けるとそれは門であることがわかる。その門は人が通れるだけのそこまで大きくない裏手の門であり、()()()()()()とは言えないだろう。しかしその誰かさんにとってはとてつもなく大きく見えていたのだ。

 

 

 視線が妙に低い位置にある気がするのは気のせいか……いや、気のせいなんかじゃねぇ!?それにこの体……

 

 

 自分の手を見て血の気が引く。そこには小さな可愛らしい手があった。そう……自分の見慣れた手ではないものがあったのだ。そしてその小さな手で視界に入らない自分自身の顔、鼻、耳、口などを確認していった。感覚で自分が今、どういう状態なのかわかってしまった誰かさんは驚きの雄たけびを上げてしまった。

 

 

 「おぎゃ!?(赤ん坊の体になってやがる!!?)」

 

 

 おいおいおいおい!!?どうなってやがるんだよ!?しかも……言葉が喋れないだと!?赤ん坊の体になっちまったからなのかよ!?おい誰でもいいから答えてくれよ!!!

 

 

 赤ん坊になっていた。意味がわからないし、誰かに助けを求めて言葉を出そうとするが出てくるのは全て「おぎゃ!」で変換される。それでも喚いていたのだが、声が届いていないのか何の反応も返って来ることはなかった。

 

 

 俺はどうなっちまったんだよ!?た、たしか俺は……そうだ、後輩のミスで居残りさせられたバイト帰りにたまたま見つけた抜け道を通ったら、偶然にも女性が通り魔に襲われている現場に遭遇したんだった。それでその女性を助けようとして……刺された。

 

 

 「おぎゃ……(俺ってもしかして……死んだか?)」

 

 

 自分自身に聞いてみた。答えは記憶が蘇ることによって返答が返って来た。

 

 

 女性が悲鳴を上げて近くにいた他の人達が通り魔を取り押さえたんだっけな。それで薄れていく意識の中で救急隊の人達が俺を見ているのを最後に見たんだっけ……ははっ、俺はおっちんだわけかよ。まあ、女性が無事でよかったのが幸いか。

 

 

 今思えば納得がいった。深々と包丁が腹に刺さった感触と痛みが思い出されて気持ち悪かった。自分はあの時に死んだんだと……しかしここで再び疑問が浮かぶ。

 

 

 ……なんで俺はここで赤ん坊になって生きているんだ?

 

 

 死んだはずの人間が生き返る……おとぎ話やファンタジー小説でもない限りあり得ない。ましてや現実の世界ではあり得ない事だった。しかしこうして今、赤ん坊となって夜空の星々を眺めている。

 

 

 ……これは後輩が言っていた『転生』ってやつか?そんなことが起きるわけがない……そう言いたいが何故かそれで納得している自分がいるのが怖いな。俺はファンタジーとか興味なかったんだが、今まさにファンタジーな出来事を体験しているんだよな……

 

 

 そんなことをしみじみ思っているその時だった。門の扉が音を立てて開いたのだ。その予想もしていなかった出来事に体が自然と跳ね上がり、門の方に視線を移すと提灯(ちょうちん)を手にした女性と目が合った。

 

 

 誰だよ!?まったく見たことねぇ人だ……変わった服装をしているな。日本人か?外国人ではなさそうだが……一つ言えることがある。こんな美人は今まで見たこともねぇってことだ!!

 

 

 上からボンキュッボンのスタイル抜群の女性に目が釘付けにされてしまう衝撃を受けた。

 

 

 「こんなところに赤ん坊だと!?一体誰が……」

 

 

 女性は辺りを見回して探している様子だった。

 

 

 俺の親を探しているってところだろうな。赤ん坊がこんなところに放って置いたら衰弱死してしまうだろうし警察に届けるだろうな。

 

 

 予感は当たっている。女性は辺りを見回して気にしているようだった。このまま保護されて警察か幼児施設に預けられてしまうのではないかと思っていた。

 

 

 「と、とにかくこの赤ん坊を置いておくわけにはいかないな!」

 

 

 はぁ……俺、施設に預けられてしまうのだろうか……

 

 

 赤ん坊となってしまった誰かさんは女性に抱っこされ、その肌の温もりを感じながら自分は何故こうなってしまったのかと言う不安を抱きながら嘆くしかなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうなってんだよ……ここは現代日本じゃないのかよ……わからん。取り合えず状況を整理しよう。まず俺を見つけて保護してくれた女性は慧音と言う人らしい。そしてその知り合い(?)である妹紅と言う白髪で髪がもの凄くなげぇ人……これまた美人だ。二人共いい人そうで安心した。この二人に関しては安全が保障されそう……しかし問題はここが現代ではないと言う事だ。

 

 

 ここに来る途中でチラっと街並みを拝見した。街というのは間違いだな、村……里と言った方が適切だろう。木造建築作りの建物に時代劇を思い出させる町並みだった。家の中も電子機器一つ置いておらず、囲炉裏が置かれてかまどが奥に見えた。見渡せば時代劇に出てくる私生活にそっくりだったのだ。俺はタイムスリップでもして昔の時代に飛ばされてしまったのだろうかと思っているところだ。まぁ、こればかりは後々わかるだろうが……

 

 

 それともう一つ……慧音が俺の親になりたいとか言っているんだ。親が名乗り出なければであるらしいが……おらんだろ多分。俺は『転生』とかでここにいるようだし……でも今の赤ん坊状態でできることが限られている。寧ろこの人が俺の親になってくれるなら安心できそうだ。それに美人の人が親なら更にいい。

 前の生活には不服はなかったけれど、何となく生きていた毎日だった。バイトしてお金ためて、目的もなく夢もなく、ただ生きているだけだった。つまらなくないが、面白くもない生活だったのが今や困惑の現状だ。これから経験したことのない未知なる体験をするかもしれないと思うとこれで良かったのかもと思ってしまう。もう後戻りもできないし、赤ん坊から人生を新しくスタートできるなんて嬉しい限りだから俺はこの状況を受け入れることにする。

 

 

 赤ん坊となった誰かさんは今までの自分を捨て、新しく人生を歩もうと決意したのだった。

 

 

 しかし先ほどからこの二人は自分自身に自信がないのかよ?一体どこが()()()なんだ?

 

 

 赤ん坊は今はまだ知らない。

 

 この世界のことを何一つも理解していない。

 

 女と言うのが如何にこの世界じゃ残酷な運命に縛られているのかを……そして今ここにこの世でたった一人の異質な男の子が存在していると言う事を慧音と妹紅はまだ知らずにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤ん坊にとって美醜逆転している世界だと言うことを知るのはもう少し経ってからのお話だ。

 

 




追記


ヤンデレ文章をフォントを変えてみました。病み具合が増したでしょうか心配です……


読みにくいとの指摘があったので少々変えてみました。


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博麗少女との出会い

初っ端からヤンデレ要素を入れるという暴挙に出てしまいました。でもヤンデレヒロインもいいと思います。寧ろもっとヤンデレの需要増えてオナシャス!!


作者の願望はともかく……


それでは……


本編どうぞ!




 「ねぇ……どうして?どうして昨日会いに来てくれなかったの?私一日中待っていたのに……

 

 

 顔は整っており、スベスベした肌と綺麗な黒髪に巫女装束を身に纏う少女が虚ろな瞳で一人の青年を見つめていた。しかしその少女の口から語られる言葉に重くのしかかるような威圧感……そして手には鋭く尖った刃物が握りしめられていた。

 

 

 「落ち着け、毎日来れるわけないだろ。昨日は御袋の手伝いをしていたんだ」

 

 「ウソ!慧吾は誰にでも優しいからいつも狙われている……どこの誰かもわからないメスブタが慧吾を狙っている!慧吾を守らないといけない慧吾は誰にも渡さない慧吾にもしものことがあったら私も一緒に死ぬ!!

 

 

 少女の瞳は虚ろから血走った瞳に変わり見開いた。しかし青年の方は身動き一つもせずただ立ち尽くしている。

 

 

 「慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾がいない世界なんていらない慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾につく害虫は私が駆除しないと慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾どこにも行っちゃいや慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾と私の関係を邪魔する者は許さない慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾がスキスキスキスキスキスキ慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾慧吾!!!

 

 

 呪詛のように青年の名を繰り返す放つ姿は壊れた人形のようで不気味であった。しかし青年はものともせずに巫女服の少女に近寄った。そして優しく少女を抱きしめる。

 

 

 「あっ」

 

 「また発作かよ。少し落ち着け……落ち着くまで俺の胸にいればいいからな霊夢」

 

 「……うん♪」

 

 

 慧吾と霊夢……それが男女の名であり、少女をこんなにしてしまったのは彼に原因があった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時はまた遡る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『お前の名前は今日から上白沢慧吾(かみしらさわけいご)だ!』

 

 

 俺は慧音と家族となった時に、上白沢慧吾(かみしらさわけいご)として生まれ変わった。

 

 

 そんな俺はこの前までは赤ん坊をしていたんだ。驚きだろう?そして今では5歳になり、この世界【幻想郷】という場所らしいところで新しい人生を送っている。信じられないことにこの世界には妖怪や神様が住んでいるらしいのだ。まるでファンタジー小説の中にでも来てしまったようだった。ちなみに慧音……今では御袋と呼んでいるし、友人である妹紅さんもよく訪ねて来て遊んでくれる。二人共俺を溺愛してくれている。まあ、無理はないと思う……御袋なんて子供……しかも我が子なんて一生授かることなどできないと諦めていたようだからな。しかし、何故御袋のような美人が諦める程なのか……これにはこの世界独特の世界観があった。

 

 

 一般的に美しい人と言うのは、顔に吹き出物ができ、肌が荒れていてスタイルもだらりとしている人物のことを示す。それに対して不細工な人と言うのが、顔が整っており、肌がすべすべしてスタイルもすらりとしている人物のことを示すのだ。つまり何が言いたいかと言うと……美醜逆転のあべこべ世界なのであった。しかもそれに当てはまるのは女性のみという……なんとも可哀想なことだ。不細工だけが損をする世界……俺がいた世界ならば御袋も妹紅さんもモテモテだったに違いない。

 美人が不細工、不細工が美人という一風変わった世界で生活している俺だが、俺には美人は美人としてちゃんと映っている。初めは何もわからないからどうなっていると困惑したが慣れてしまった。ちなみにだが、美醜逆転しているからその感覚に合わせて生きようと思っていない。俺は俺の生き方をするし、自分自身を偽って生きたくはないからな。折角第二の人生を歩んで行くんだから悔いなど残したくはないんだ。

 

 

 この世界は男が女よりも数が少ないらしい。比率としては3:7と言ったところだそうだ。それ故に結婚して子供を授かれる女性などは3割程しかいないと言う事だ。女は男に気に入られようと必死らしいが、不細工と見られている御袋や妹紅さん何かは希望がないようだ。御袋は寺子屋の教師だから少々男性と話すことはあるようだが、それは教育者として向き合っているだけであって御袋自身を見ていない……腹が立つぜ。だが、この世界では俺がイレギュラー扱いだから少々のことは我慢する。こう見えても御袋のことは大事に思っている。俺を育ててくれて愛情を注いでくれる()()だから悪く言われでもしたら腹が立つのは仕方がないことなんだわかってくれ。御袋にもいつか容姿など関係なく愛してくれる人物が現れるはず……それまでは俺が御袋の面倒を見てやるさ。

 

 

 おっと言い忘れていたことがある。俺自身のことだ。生まれ変わって5年も経って俺は何をしていたのか……

 初めの方は生活になれるために赤ん坊の頃から勉強した。勉強と言っても読み書きなんてできないから人との会話をじっくりと聞いて居た。わからないところは俺が言葉を少し喋れるようになった時に聞いてみたこともあったな。初めて俺が言葉を発した時なんか御袋が泣いて喜んだっけ……そして俺は赤ん坊を卒業し、家にあった書物をあさって御袋に色々と教えてもらい様々な知識を身に付けた。こう見えても同学年の中では頭がいいとされているからな。中身がバイトしていた大学生だから余裕なんだけどな。

 

 

 そして次は俺自身の容姿についてだ。女は美醜逆転しているが男はそうでない。イケメン顔の男ならばその男はイケメンになるのだ。そして俺の顔面レベルは上位に入るらしいのだ。つまりイケメンだ。俺としては普通よりもいいぐらいだと思っていたのだが、どうやらイケメンに見える基準が低いようで普通顔の男もイケメンなると言うわけだ。男にとってはいい条件だな。

 元々男が少ないので近づいて来る女性が多い……ただ近づいて来るのが不細工な連中ばかりだ。別に顔で判断するわけでもないが、性格が悪い連中が多いのだ。全員がそうであるわけではないのだが、自分が一番可愛いと思っているらしく他人を見下すのは良くない……のでそんな連中とは適当にあしらって逃げ去ることが多いので、友達と呼べる相手はそういないのだ。別に寂しくも何ともない。友達と言うのは喧嘩してもお互いに思いやりの心を持ったもの同士がなれるものなのだから、顔で判断して近づいて来るのは好ましくないんだ。なので、友達はいない。そのことを御袋に心配されることがあるがこれでいいと思う。俺にもいつかは友達ができる……はずだからな。心から信頼できる友達が……

 

 

 「……と、こんなもんか」

 

 

 色々と語ったが時間になった。御袋が寺子屋で授業をしている間は家で自主勉強の日々を送っている。俺ももうそろそろ寺子屋に通い出す日が近い、それに俺は御袋の息子であるため勉強が出来なければ御袋の顔に泥を塗ることになる。それはさせないさ、これからも育ててもらう恩を仇で返すことは俺が許さんからな。

 話がずれた。今日は買い物を頼まれていたんだ。俺は同年代よりも頭がいいし、何より一人でも何かと対応できる。それに男である俺が買い物に行くと高確率でサービスしてくれるところがこれがまたラッキーだ。少しでも生活費を軽くするためにも俺が買い物をする必要があるのだ。だからいってきますー!

 

 

 慧吾は戸締りを確認すると買い物かご片手に歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、今日は博麗の巫女様が人里を訪れているらしいわよ」

 

 「いやねぇ、あの巫女様が?」

 

 「しかも娘と一緒だったらしいわよ」

 

 

 慧吾が買い物していると耳に入ってくる女達のひそひそ話……慧吾に聞かれている時点でひそひそ話ではなくなっているのだが、気にせずに買い物を続ける。

 

 

 博麗巫女……確かこの世界を守る立場にいる存在で時には妖怪を退治する凄い人物と御袋から教えてもらった。

 

 

 人でありながらも妖怪を退治し、幻想郷の平和を守っている巫女様であると教わった。ちなみに御袋は半分が妖怪なのだが、後天的なもので元は人だった。だけど、人を愛することに変わりはない。御袋は巫女様のことを尊敬しているようだ。里の人々も巫女様に守られて平和に生活していけているというのに……

 

 

 「訪れられた店は可哀想よね。客が寄り付かなくなっちゃうわ」

 

 「出来れば来ないで欲しいわね」

 

 「神社にこもっていてもらえないかしら」

 

 

 守られているのに酷い言われようだ。自分達が守られていることを忘れているのだろうか……全員が巫女様を蔑ろにしているわけではないが、こう言った話を耳にすることがある……人は見た目で決まるものではないのに、その人のことを何も知らずに語るのは止してほしい……巫女様に会ったことのない俺が言うのも間違いなのだがそう思わずにはいられない。

 

 

 慧吾はそんな思いを心の内に秘めながらサービスしてもらった野菜を買い物かごに入れその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やい!ブサ巫女のくせに!」

 

 「ん?」

 

 

 帰り道の途中に耳に届いた声……声からして子供のようだった。しかしその声は罵倒の言葉を放っていた。

 その声の元が気になった慧吾は帰り道から足を外し、寄り道することにした。

 

 

 この選択が一人の少女と出会うきっかけとなる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何ぶつかって来てんだよ!」

 

 

 少女は壁に追いやられて三人に文句を言われていた。その少女は人里の人間であるならば誰もが知っているであろう博麗の巫女の娘。博麗の巫女は代々幻想郷の守護者であり、妖怪の賢者によって選ばれる。しかし何を思ってか選ばれる者は外見が不細工な者ばかり、博麗の巫女が住む博麗神社に好んで寄り付こうとする人里の人間はそういない。そしてこの少女も将来が決まっていた。少女も将来博麗の巫女になるのである。

 

 

 少女の名は博麗霊夢と言う。霊夢は博麗の巫女(母親)に連れられて買い物に来ていた。妖怪を退治し、幻想郷の守護者であるが巫女も人である。食べ物がなくては生きていけないために買い出しに来たのだが、霊夢は母親とはぐれてしまった。景色を眺めて歩いていたらいつの間にかはぐれてしまい探し回っていた……そんな時に曲がり角で誰かとぶつかった。霊夢は尻もちを着いてしまい見上げると自分よりも年上の子供がいた。中々のイケている顔を持ち少年と中々の美しさを持つ少女を二人連れていた。

 霊夢は少年の顔を見てドキリとするが、投げかけられたのは罵倒だった。

 

 

 霊夢は不細工だ。幼い少女ながらもその顔は整って両目はパッチリとして肌には吹き出物などないし、肌は透き通ったようであった。不細工には厳しい世の中で生まれてしまった霊夢は幼いながらも知っている……将来は今よりも不細工に育って周りから吐き気を催す醜悪さを兼ね備えた巫女と蔑まれ生きていくということを。

 母親に育てられ、まだ短い人生ながらも数々の悪口に耐えてきた。母親はもっと酷い事を言われたに違いない。霊夢の母親である博麗の巫女もまた醜い容姿をしていたのだから。でも一度も母親を憎んだことなどない……自分を育て守ってくれた愛情を注いでくれる母親が霊夢は大好きだったのだから。しかしその母親も今この場にはいない……

 

 

 「この子あの博麗の巫女の子よ」

 

 「うぇ、どうりでこんなにブスなのね。親に似て酷い顔」

 

 「ブスの子供ならブスなのは当たり前だな」

 

 

 心無い言葉をぶつける。霊夢だけでなくこの場にはいない母親に対しても酷い言いようである。それを聞いた霊夢はムッと表情を強張らせる。

 大好きな母親を悪く言われて良い思いをする子はいない。霊夢もそうであった。不細工なのは本当のこと、例えそれが本当の事でも霊夢は納得できない。大好きな母親は身を削って幻想郷を人里に生きる命を守っていると言うのに報われない。霊夢は自分のことは良くても母親を貶されることだけは嫌だった。

 

 

 「謝れよ!そっちからぶつかって来たんだろが!」

 

 「そうよそうよ!謝んなさい!」

 

 「何か言ったらどうなのよブス!」

 

 

 だから謝りたくなかった。霊夢は頑なに口を閉ざして罵倒されても唇を噛みしめて耐える。謝ってやるもんかと自分自身を我慢させた。

 

 

 「このブス!」

 

 

 パチンと音がする。

 

 

 頬が赤くなっていた。少年が霊夢の顔を叩いたのだ。痛みが脳に伝わり意思が挫けそうになりかける。だが、霊夢はそれでも痛みを我慢する。顔の痛みよりも母親が貶されることの方が悔しいからだった。

 これでも頑なに謝ろうとしない霊夢を見て少年はもう一度手を振りかざす……

 

 

 「おいくそガキども」

 

 

 不意に声がした。その声は怒りを孕んだような声で思わず少年の手が止まり全員がそちらを振り向いた。

 

 

 「女の子に手を上げるとは……いい度胸じゃねぇかよ」

 

 

 一人の少年が買い物かごを片手に佇んでいた。

 

 

 ------------------

 

 

 買い物かごを片手に佇む一人の少年が現れた。霊夢と同じくらいの年齢だと思われる。少し霊夢より背が高く顔はイケメンの少年だ。きっと人里では女子に人気者なんだろうと霊夢は思う。

 

 

 「(……だれ?)」

 

 

 知り合いなど霊夢にはほとんどいない。少年は霊夢が初めて見る顔だった。

 

 

 「なんだよお前は?」

 

 「俺か?上白沢慧吾だ」

 

 

 少年はそう名乗った。上白沢……霊夢はどこかで聞いたことのある名だと思ったが思い出せなかった。

 

 

 「慧音先生のところの子だあの子は!」

 

 「か、かっこいい子ね……!」

 

 

 女子二人は自分よりも年下の慧吾に夢中になっていた。傍にいた少年よりも幼いながらもそのキリっとした女性を魅了するには十分整った容姿に目がいってしまう。だが、霊夢は始めはそう思わなかった。顔が良くてもたった今、男性である少年に母親を悪く言われて手を出された後だったために同じ男児を疑うのは無理もないこと。しかし何のためにこの少年は自分の前に現れたのだろうと疑問に思う。

 

 

 「先生の子?それが何の用なんだ?」

 

 「ああ、ちょいと様子を見ていたんだが……女の子に手を上げるとは男として惨めじゃないか?あ"あ"?」

 

 

 幼い姿ながら大人びた話し方と雰囲気を醸し出していた。慧吾と名乗る少年はギロリと睨みを効かせるとビクリと少年は肩をビクつかせた。

 

 

 「な、なんだよ……こいつの方からぶつかって来たんだからこいつが悪いんだ!謝ろうとしないし……悪いのはこいつだ!!」

 

 

 霊夢を指さして少年は説明する。傍に居る女子二人も首を縦に振る。

 

 

 「ほーん……けれど、親御さんを悪く言うのとこの子を()つのは間違っているんじゃねぇのか?」

 

 「えっ?」

 

 

 霊夢は驚いた。霊夢を()ったことだけでなく、母親のことに対して間違っていると慧吾は言ったのだ。

 

 

 「(どうして……母ちゃんのことを……)」

 

 

 霊夢は不思議に思いながらもこの様子を眺めている。その視線に気づいたのか霊夢に視線を送り慧吾は語る。

 

 

 「御袋から聞いたが、巫女様とその子は血の繋がっていない親子らしいな。それでも親子愛は本物だろう……俺も御袋とは血が繋がっていないがそれでも大切に育てられた。育ててくれた親のことを悪く言った相手に謝る気なんて起こらねぇだろうが。お前達も親を悪く言われたら嫌だろ?」

 

 「「「……」」」

 

 

 少年少女は俯き黙り込む。誰だって親を悪く言われたら嫌に決まっている……諭された少年少女は何も言い返せずに黙り込むしかなかったのだ。

 

 

 「おい、黙り込んでんじゃないぞ。悪いと感じたら謝るってのが常識だ。御袋から教わらなかったのか?」

 

 「お、おそわった……悪い事をしたら謝るって……」

 

 「なら……後はわかるな?」

 

 

 少年少女は霊夢に向き直り……

 

 

 「「「ごめんなさい」」」

 

 

 頭を下げて謝った。

 

 

 「親のこと悪く言って悪かったよ……それと……叩いてごめん……なさい……」

 

 「……ううん、ぶつかっておいて謝らなかったわたしもわるいから……」

 

 

 霊夢は自然と口にしていた。先ほどまで頑なに閉ざしていた口が謝罪の言葉を言っていた。

 その時の霊夢は気持ちが軽くなった気がした……

 

 

 少年少女は謝りその場を去って行った。見送る慧吾と霊夢……霊夢は気になっていた。その疑問を今ぶつけるしかないと幼いながらも覚悟した。

 

 

 「……どうしてたすけてくれたの?」

 

 

 霊夢には疑問だったのだ。不細工である自分を助けてくれる……それも男である慧吾に聞かなければならない程に。

 

 

 「助けるのに理由が必要か?」

 

 

 返って来たのは何気ない一言だった。慧吾にとっては人を助けるのに理由が居るなど思わない……そこに困っている人がいるから助けただけだった。

 

 

 「まぁ、御袋は寺子屋の教師だから俺もその影響を受けたのかもしれねぇ。間違ったことを叱ってやるのも教師……いや、人としての当たり前の務めだからな」

 

 「……そう(こういう人ばかりだったらいいのに……そしたら母さんも……)」

 

 

 霊夢は空を眺めている慧吾が眩しく見えた。人里の人が皆、慧吾のように優しい人物であれば母親も陰で悪口など言われることなどなくなると思ったのだ。

 人里に来て、霊夢の耳に飛び込んできたのは母親を陰で馬鹿にする言葉だった。顔が汚いや汚らしい肌を晒すなとか本人に直接聞こえないような陰口だった。霊夢はそんな人里が嫌いになりそうだった。そんな言葉を聞くのが嫌で、耳を塞ぎたくなった。そして母親を探していた時に今回のことが起きた。霊夢は一人では心細かったし、また陰口を聞けば我慢できずに喧嘩を売ってしまうかもしれない……そうなればまた問題が起きてしまうかもしれなかった。人里の皆が悪いわけではないが、幼い霊夢にはそう見えてしまっていた。

 

 

 「おい、名前は何て言うんだ?」

 

 「えっ?」

 

 「お前の名前だよ?巫女様の娘って名前じゃないだろ?」

 

 「……博麗……霊夢」

 

 「博麗霊夢か、いい名前だな」

 

 

 褒めてくれた。霊夢を褒めてくれるのは母親とたまに来る妖怪の賢者とその式ぐらいだった。男にしかも自分と歳が変わらない相手に褒められたことなどなかった霊夢は体温が熱くなり顔が薄っすらと赤色に染まる。

 

 

 「あ、ありがとう……

 

 

 霊夢はお礼を言うだけで精一杯だった。一生懸命に出したつもりでも声がとても小さくなっていた。そんな霊夢の変化もいざ知らずに慧吾は自然と言葉を口にする。

 

 

 「それじゃ、探すか。霊夢の親御さんを」

 

 「(いっしょにさがしてくれるの……どうしてそこまでしてくれるの?)」

 

 

 霊夢にまた疑問が生まれた。一度助けてくれただけでなく、母親を探してくれると言うのだ。しかも博麗の巫女は吐き気を催すほどの不細工だ。霊夢だけでなくその母親もそうだ……慧吾もそのことは知っているはず。

 

 

 「なんで……いっしょにさがしてくれるの?わたしも……母ちゃんも……ブサイク……だよ?」

 

 

 言いたくない事実を口にする。不細工であっても大事な母親……でも聞かなければいけなかった。霊夢にとっては慧吾の行動が理解できないでいたからだ。そして慧吾から返って来たのは予想もしていないものだった。

 

 

 「どこが不細工だ。霊夢はかわいいじゃねぇか」

 

 「うええっ!?」

 

 

 上擦(うわず)った声が出てしまった。耳を疑ったが確かに聞こえた……かわいいと。母親以外には一度も言われたことのない言葉に霊夢は慌ただしく動揺してしまう。

 

 

 「俺には霊夢は不細工なんて思わないさ。綺麗な髪だし、瞳もパッチリしている。ハッキリ言って霊夢は俺にとってかわいい女の子さ」

 

 「か、かわいい……」

 

 「ああそうさ。それに霊夢を育てた巫女様もきっと美しい人なんだろうな。霊夢を見てたらわかるからな」

 

 「(母ちゃんもほめてくれるんだ……)」

 

 

 今度はハッキリと言われてしまった。霊夢は慧吾の顔を直視できずに目を逸らしてもじもじしてしまう。そして嬉しかった。自分の母親も褒めてくれる人なんて今までいなかったのだから……そんな時に霊夢の背後から近づいて来る一人の大人の女性の姿に気がついた。

 

 

 「霊夢!」

 

 

 霊夢がその声に振り返るとそこには巫女装束に身に纏った女性がいた。この人こそ現在の博麗の巫女であり、霊夢の母親である博麗霊香であった。女性らしい長い髪に霊夢と同じく赤と白の巫女装束を膨らませる程の果実が二つ付いていた。男の視線を釘付けにしてしまう程の大きさを誇る果実だが、この世界では醜悪の塊にしかならないのがとても勿体ない。

 

 

 「母ちゃん!」

 

 

 霊夢は母親の姿を見るなり胸に飛び込んだ。

 

 

 「一体どこに行っていたんだ!心配したじゃないか!」

 

 「ごめんなさい……」

 

 「もう……離れちゃだめだとあれほど……!」

 

 

 霊夢の頬が赤くなっていることに気がついた霊香の視線が動き慧吾を見つけた。霊香の瞳が鋭く慧吾を睨みつけた。慧吾の体がビクリと反応する。慧吾の額から汗が流れ体中が危険だとアラームを鳴らしていた。ただ睨まれているだけなのにここまで体が反応してしまうのは伊達に妖怪を退治して来たわけではないことが窺える。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった慧吾を助けるかのように、胸に抱かれた霊夢が庇うように慧吾の前に出た。

 

 

 「母ちゃん!慧吾じゃない!慧吾はわたしをまもってくれたの!!」

 

 

 霊夢は母親の霊香に説明した。そうすると霊香から謝罪の言葉が慧吾に送られた。睨まれた視線も今は柔らかくなり申し訳なさそうな顔をしていた。緊張感から解放された慧吾は九死に一生を得た気分でいた。何度も謝る霊香に対して腰が引けつつも大丈夫だと伝える。そして、霊夢の母親も見つかったことで慧吾のやるべきことは何もなくなった。後は家に帰るだけとなった。

 

 

 「それじゃ、俺はこれで」

 

 

 そう言ってこの場を離れようとする慧吾の姿が遠く感じる者がいた。

 

 

 「……」

 

 

 霊夢だった。霊夢はもう慧吾と会えなくなるんじゃないかと思っていた。霊夢は自分から人里にはあまり行こうとしないだろう……慧吾は人里に住んでいる。会いたいけれど人里が嫌いな霊夢にとっては難しい問題だった。

 

 

 寂しそうに慧吾を見送ろうとする霊夢……距離が離れていくにつれて寂しさが増していく。小さな手が巫女装束を握りしめる……霊香も霊夢の変化に気づいたのか何も言わずに後ろから優しく抱きしめた。そんな時に慧吾の足が急に止まり振り返る。

 

 

 「あっ、そうだ巫女様」

 

 「なんだ?」

 

 「今度博麗神社に遊びに行ってもいいですか?」

 

 

 予想外のことを慧吾が口にした。

 

 

 「えっ?あ、ああ……構わないぞ」

 

 

 霊香はただ返答を返すことしかできなかった。不細工が住まう博麗神社に好んでくる人物など限られていた……それなのに目の前の少年は嫌な顔せずに遊びに行くと言ったのだから。

 

 

 「霊夢にも会いに行っていいか?」

 

 

 慧吾は問いかけた。慧吾にとってはただの了承を得るつもりで言っただけだったが、霊夢にとっては嬉しい言葉だった。自分に会いに来てくれる相手なんて今までいなかったのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うん!」

 

 

 彼女の笑みは太陽に照らされたように輝いていた。

 

 




追記


ヤンデレ文章をフォントを変えてみました。病み具合が増したでしょうか心配です……


読みにくいとの指摘があったので少々変えてみました。


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待ち遠しい

あまりの高評価とお気に入りの上昇に緊張を隠せません。投稿しようとするとこの内容で楽しんでくれるのか心配になります……嬉しいのですがプレッシャーが半端ないです。


それでもめげずに投稿することを強いられているんだ!


それでは……


本編どうぞ!




 「ふ~ふんふ~ふふん♪」

 

 

 幼い巫女服を身に付けた少女が鼻歌を歌いながら箒を手にして嬉しそうに境内の周りをお掃除していた。傍から見ると醜い少女が上機嫌で掃除している光景にしか見えない。何も知らない意地悪な人がこの場にいたならば揶揄われたり、罵倒されたであろうが、ここにはほとんど誰も近づかない……否、近づきたくはない場所なのだ。ここは博麗神社と呼ばれており博麗の巫女が生活し、少女が生きる場所である。

 代々にわたって博麗の巫女が住む場所として知られているが、醜悪な存在が集まるある意味では異界の地とも知られている。ここに住まう博麗の巫女自体が醜悪で、代々の巫女は醜悪な姿をしていた。醜くない巫女など今までいなかったのだ。そしてこの場にいる少女もまた残酷な運命に従わざるを得ない一人だった。だが、とある事件をきっかけに一人の少女の運命を大きく変えることになった。

 

 

 「霊夢、そっちは終わった?」

 

 「うん、おわったよ母ちゃん」

 

 「えらい子ね霊夢」

 

 「えへへ♪」

 

 

 少女は博麗霊夢であった。いつもは掃除なんかめんどくさくてやりたがらない子であったが今日は違っていた。とある人物がここ博麗神社を訪れるのだ。そのためにも霊夢は誠心誠意心を込めて掃除していたのだ。

 

 

 「母ちゃん、慧吾はまだかな?」

 

 「まだ早いわよ。来るのは昼頃じゃないかな?」

 

 「そっか、早く来ないかなぁ……」

 

 

 そう言いながら霊夢は部屋へと戻って行った。霊香はそんな霊夢にやれやれと思いながら片づけの続きをしようとした時に気配を感じた。

 

 

 「……何の用……紫?」

 

 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!八雲紫17歳が華麗に参上♪」

 

 「おえぇぇぇぇぇ!!」

 

 「ちょっと霊香!『おえぇぇぇぇぇ』はないでしょ!『おえぇぇぇぇぇ』は……ってダメよ!?吐いちゃダメよぉおお!!?」

 

 

 空間が裂けた切れ目から顔を出したのは八雲紫であり、妖怪の賢者と呼ばれている。彼女は妖怪であり、化け物のような容姿をしていた。吹き出物ができるなんて論外であり、美しくなろうと努力しても容姿を変えることなどできない。人ならざる姿に生まれた方がまだマシだったと妖怪は総じて言うだろう。悲しい事に不細工であることを定められた存在だ。

 紫も色々と言われている。不細工の賢者、スキマから汚物が流れ出たような顔、醜い妖怪代表など様々な言われようである。博麗の巫女である霊香とは幼い頃より友人であり、霊香を博麗の巫女としたのも紫であった。そのために昔からこうして博麗神社に度々顔を出す……出した結果が霊香が吐くことになったのだが……

 

 

 吐き出してしまった吐しゃ物を掃除した霊香は紫を叱っていた。タンコブのできた紫は正座させられて渋々霊香の説教を聞いていた。

 

 

 「いきなり醜い登場の仕方は止めろと言っているんだ。聞いているのか紫」

 

 「……はい」

 

 

 頭に大きなタンコブを作って紫はしょんぼりとした空気を漂わせていた。だが、霊香は哀れとは思わない……スキマからゲテモノが顔を出せば胃から上がってくるものを我慢できるほどの精神を持ち合わせていないのだ。酷い目にあったのは霊香の方なので紫に情けなど必要ないのだ。

 

 

 「まぁ、今日のところはこれぐらいにするわ」

 

 「あら、説教が昼頃まで続くのかと思ったのだけれど?」

 

 「……して欲しいのかしら?」

 

 「遠慮させていただきますわ」

 

 

 これがいつもの二人である。博麗の巫女・妖怪の賢者と呼ばれているが友人の前では普段通りの姿を見せる。昔からお互いを知っており尚且つ不細工同盟である心を許し合った仲なのだ。

 だからこそ紫は違和感をすぐに感じた。博麗神社がいつも以上に綺麗なのだ。霊香は毎日境内の掃除をしているのは知っているが、ここまで綺麗になっているところは年末年始の大掃除ぐらいの時だけだ。後は特別なことがある場合のみ……とすると考えられることは後者の方だ。

 

 

 「今日何かあるのかしら?宴会でもするつもり?」

 

 「宴会ね……そこまではしゃぐつもりは……あるかな」

 

 「?どうしたのよ?」

 

 

 いつもと様子が違う霊香に首を傾げる。言うべきか言わないべきか……迷っているらしい。

 

 

 「なになに?私に言えない事なの?もしかしてスケベな本でも見つけたから霊夢と一緒に鑑賞会する気だったとか♪」

 

 「バカなこと言ってんじゃないわよ!ブッ叩くわよ!!」

 

 

 バコン!と鈍い音がした。紫の頭には真新しいタンコブがもう一つ出来上がっていた。

 

 

 「痛たいじゃないのよ!結局()つんじゃない!冗談言っただけでしょうが!!!」

 

 「冗談でも言っていい事と言ってはいけないことがある」

 

 「……戸棚の裏に隠している秘蔵の代物はどこの誰のかしらねぇ?」

 

 「くっ!紫!!」

 

 「ちょ!?陰陽玉はやめましょう!!それはシャレにならないから!!」

 

 

 霊香の背後に陰陽玉が紫を狙っていた。あわや紫は陰陽玉の餌食になるところに救世主が現れる。

 

 

 「母ちゃんなにしてるの……あっ、紫!」

 

 「霊夢助けてー!」

 

 

 現れた小さな救世主に助けを求める紫だが、霊夢は無視してプンスカと怒っていた。

 

 

 「紫、暇なら手伝ってよ!母ちゃんものんびりしてたら慧吾がきちゃうよ!」

 

 「ああ……はいはい、わかったわよ」

 

 「もう、だらしない女はきらわれるよ!」

 

 

 そう言うとまた奥に戻って行ってしまった。紫はポカンと眺めているしかなかった。

 

 

 「……どうしたの霊夢は?なんだかいつもと様子が違う気がするんだけど……?」

 

 「ああ……まぁ、今日この博麗神社を訪れる御客人にいいところを見せようと必死なんだ」

 

 「慧吾とか言ってたわね?なんだか男性のような名前ね」

 

 「男だ」

 

 「……はっ?」

 

 

 紫は耳を疑いもう一度聞き返した。

 

 

 「ごめんなさいよく聞こえなかったわ……今なんて?」

 

 「男だと言ったんだ」

 

 「……」

 

 「おい紫、一応言っておくが慧吾は男でもまだ男の子……」

 

 「らーーーん!!!らんらんらんらんらん!!!大変よ!!!霊香があまりにもモテないから妄想を語り始めたわ!!!」

 

 「それは大変です!霊香殿すぐに頭を見てもらいましょう!それと顔の方も!!」

 

 「藍、顔は酷すぎて医者でも直せないわよ」

 

 「そうでしたね失言でした」

 

 「あ・ん・た・ら!!!」

 

 

 ゴンッ!ゴンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ってなことがあって、霊夢を助けてくれたんだ」

 

 「……信じられないわ」

 

 「私も紫様に同感です。もしそんなことが実際に起きたら即交尾します」

 

 「黙れ発情狐!!」

 

 

 大きなタンコブを作って正座させられているのは紫とその式である八雲藍。紫の式であり見るもの全てに吐き気と頭痛を与える酷い顔で昔、国を傾けたことがあった。もう虚しくなってやめたそうで、今では落ち着いて紫の式を務めている。二人は正座しながら霊香の語る話を一字一句逃さずに聞いていた。

 この幻想郷中探し回っても不細工な女を助けてくれる男などいない。居たとしてもただ可哀想だから、自分の正義感に反している行為を見逃せなかったという決して不細工な女を好いて助けることなどない。しかし不細工は優しくされると自分に気があると錯覚し、それがきっかけで付きまとわれ最悪男は童貞を捧げてしまう結果になる場合がある。不細工に付きまとわれるなんて幻想郷の男からしたら堪ったものではない。だから助けることなどしないのが普通だ。しかし霊香が語ったのはそんな現実をぶち壊して不細工が夢見た光景を映し出すお話だった。白馬の王子様が現れるなど夢のまた夢の話だったからだ。そんな二人は嘘のような話を霊香から聞かされて半信半疑であった。

 

 

 「その子の名は上白沢慧吾、人里で寺子屋の教師をしている慧音の息子だ」

 

 「あの半獣教師に子供がいたのですか!?」

 

 「なななななななぁっ!?」

 

 

 藍は驚いて九つの尾っぽが逆立っていた。紫も出目金魚が顔に張り付いたように驚いて体がわなわなと震えていた。

 

 

 「いつヤったの!?プレイ内容は!?指先からそれともつま先からしゃぶりだしたの!?布団の中でギシギシ家を揺らしながら喘ぎ声を響かせ絶頂に浸ったの!?羨まけしからん!!こうなったら私もその教師の息子の息子である男の肉棒を私のスキマにイン――!」

 

 「紫黙れ!!」

 

 

 霊香からの顔面ストレートが決まり地面を跳ね飛ばされて紫は沈黙した。ピクピクと痙攣を起こす紫を助けに行こうか悩んだ藍……しかし興味の方が勝り、主を見捨てた。そしてあることに気づく。

 

 

 「霊香殿その話が本当ならばチャンスかもしれませんよ」

 

 「チャンスですって?」

 

 

 藍が語るのはこうだ……

 

 

 慧吾と霊夢が親しい間柄になる→博麗神社を訪れる機会が増える→紫や藍も博麗神社に顔を出す→慧吾と仲良くなれる→仲良くなれたならヤッテも問題ない→気分はエクスタシー!!!→子沢山→毎日エクスタシー!!→ハッピーエンド❤

 

 

 「――という流れに」

 

 「ならんわ。ヤルことしか考えてないでしょうが……それにあくまでも慧吾はただ霊夢を元気づける為に『かわいい』と言っただけかもしれないしな……」

 

 

 霊香は親として霊夢のことが心配であった。霊夢はまだ幼いため知らないだろうが、不細工な女性が触ったものを男性が嫌がったり、顔には出さないが見えないところで唾を吐いていたり、酷いものになれば不細工な女性に近づいてお金を騙し取られると言った輩もいることはいるのだ。結局は不細工な顔をしているのが悪いと片づけられてしまうそんな理不尽なこともあった。この世界では不細工は不幸な目に遭うのが当たり前で、初めは苦しくて涙を流した時もあるがいつかは慣れてしまう。しかし親である霊香は霊夢の泣く姿なんて目の当たりにしたくない。

 霊香は慧吾のことを何も知らない。慧吾とあったのはあの時だけ、霊夢はあの時のことで慧吾を気に入ったようであった。今は子供であるが故に純粋な心で対等に話せたりするが、大人になった時が怖い……博麗の巫女には何かと根も葉も無い噂が囁かれていたりする。博麗の巫女と関わったら不細工になるとか、妖怪に狙われやすくなるとか根拠のない噂が密かに出回っていたりする。そのせいで慧吾にも変な噂が立つかもしれない、それに我慢できずに霊夢の元から去ってしまうかもしれないと……まだ何もないのに今から考えても仕方がない心配事ばかり頭に浮かんでくるのだ。

 

 

 「(いかん!なにを考えているのよ私は……あんなに霊夢が楽しみにしているのにそれを邪魔するような考えが浮かぶだなんて……)」

 

 

 ブンブンと頭を振って(よこしま)な思念を取り払う。

 

 

 霊香は博麗の巫女でありながらも母親になれたことがどんなに幸福であるか考えたことが今まで何度もあった。母親になることもできずに一人寂しく死んでいくことなど不細工の女性にとっては珍しいことではないのだ。だからこそ霊夢のことが心配で仕方ないのだ。

 

 

 「(考えるのはよそう……それにあの子は霊夢を助けてくれた。きっと霊夢を裏切ったりしない大人に育ってくれるはずだ)」

 

 「……霊香殿?」

 

 「藍……ごめんなさい。色々と思うところがあって……」

 

 「霊香殿、わかっていますよ」

 

 「藍……」

 

 

 藍は霊香のことがわかっているようだった。察してくれた藍に感動を覚える。

 

 

 「どうやって部屋に連れ込むか考えているのですね。ご安心ください!この私があの手この手を使って霊香殿と私と紫様を含めて4Pでヤレルように話を進めます!早速ですが、幻想郷中を桃色に変える程の激しいシチュエーションを計画に移して……!」

 

 

 霊香のストレートが藍の顔面に直撃し、地面をバウンドしながら主の紫の横でゴミクズのように転がった……

 

 

 ------------------

 

 

 これは霊夢と霊香と初めて出会った後の出来事のことだ。

 

 

 「――っと言うことがあった」

 

 「慧吾、お前は偉い!」

 

 

 ぐしゃぐしゃと頭を乱暴に撫でられる。だが、嫌いじゃない……もう一人の大事な存在の温かさを実感できるからな。

 遊びに来た妹紅さんは今ではもう一人の御袋のような存在となっている。妹紅さんは俺に遠慮はしないし、こっちも遠慮することなく接することができるため話しやすい。御袋とは昔から仲がいいからこうしてよく遊びに来るんだ。そして御袋の手が離せない時とかはよく抱っこされていた。御袋よりも子守に慣れておらずあたふたする姿に何度笑いを我慢したことか……いい思い出だ。それに俺が初めて御袋と妹紅さんの名前を呼んだ時は二人で抱き合って大泣きして朝まで宴会している程だから仲はとてもいい。その後、縁側で二人仲良く吐いていたのは思い出したくはないがな。

 

 

 「慧音、慧吾はまた一つ大人になったというわけだな」

 

 「ああ、人は見た目じゃないってことをもっと授業で教えるべきだな。だが、その子達も反省してくれたようでよかったよ。ありがとう慧吾、その子達も私の教え子だったのだろ?お前がしっかりと叱ってくれて嬉しいぞ」

 

 「いいよ御袋、俺は御袋の子供だ。御袋の顔に泥を塗ることはしたくなかった……それに教師の息子である前に人として当然のことをしたまでだから何も褒められることはないさ」

 

 「慧吾……」

 

 

 グスリと涙ぐむ慧音と誇らしそうにお茶を飲み干す妹紅。二人にとって慧吾がここまで立派に育ってくれていることが嬉しくて堪らない様子だった。

 

 

 「しかし慧吾はまだ5歳だろ。なのにこんなに大人びている……それに頭もいいみたいだし、慧音に似ているんじゃないのか?」

 

 「ふふ♪当然だろう私の息子なんだから」

 

 

 胸を張って答える御袋……自慢している時の顔はとてもいい笑顔だ。容姿のことについてガキンチョから散々言われた時は慣れているようだったが見ていられなかった。美醜感覚が違うイレギュラーな俺が介入して黙らすわけにもいかないために、こうしている時ぐらいは御袋に笑顔で居てもらいたい。それが御袋の息子である俺ができる親孝行だからな。

 

 

 「……慧音が羨ましいよ……」

 

 

 妹紅はボソリと呟いた。意図して口にしたことではないのだろう……心の奥底にある本音がこの場の雰囲気に流されて口ずさんでしまったのだろう。どこか寂しそうな表情で慧音を見つめていた妹紅を慧吾はハッキリと見た。

 

 

 そんな顔しないでくれよ妹紅さん。寂しい顔なんて似合っていない……俺にとって御袋は一人だけじゃないんだからよ。

 

 

 「妹紅さんも御袋のように思っているが?」

 

 「私をか!?いや、その……わ、わたしは慧音のように上手く子守出来なかったし……それに私なんかよりも慧音の子供である方がいいだろう……?」

 

 

 不安を孕んだような言い方だった。妹紅さんは訳あって歳を取らないと御袋から聞いた。しかも死ねないのだとか……理由は聞かなかったが、そのことを話す御袋の表情に影が差していたのを憶えている……普通の人ではないということがわかった。歳を取らず、若さを保つことが良い事なのかは実際に本人しかわからないし、俺は一生わからないだろう。だが、俺はこう言いたい……

 

 

 「御袋も妹紅さんも俺にとって命の恩人であり家族だ。だから妹紅さんがそんなことを言うと俺は悲しい……妹紅さんは笑った方がいい。笑顔が似合うもう一人の御袋だから」

 

 「……お前……」

 

 

 慧吾を見つめる瞳が揺れていた。しかし彼女なりの意地なのか照れ隠しなのか慧吾の視線から逃れて妹紅は背を向けてしまった。振り返る瞬間に瞳から液体がこぼれたように見えた気がした……それを傍で見ていた慧音も目頭を押さえて体を震わせていて、この場の空気が温かくなったのを感じさせてくれた。家族の温かさを感じることができるのはこの二人のおかげだと慧吾は感謝している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少ししてお互いに落ち着いた慧音と妹紅は先ほどの途中になっていた話題へと戻る。

 

 

 「それで慧吾、さっきの話の続きなんだがその女の子はどこの子かわからないか?私の教え子が迷惑をかけたなら私も親御さんに謝りたいのだ」

 

 「博麗の巫女」

 

 「……なに?霊香殿のところの子か?」

 

 

 慧吾の答えに慧音はまさか知人の娘とは思いもよらなかった。

 

 

 巫女様の名前は霊香さんと言うのか。なるほど把握した、行くときに手土産持って行かないとな。

 

 

 「慧音の知り合いだったよな?」

 

 「ああ、私が尊敬する人だ。里を守ってくれる人でとても優しい人だ。っと言うことは女の子の方は霊夢か?」

 

 「ん、そう」

 

 「そうだったのか、霊夢には悪い事をしたな……」

 

 「御袋が悪い訳じゃないから気にするな。それにこれも何かの縁で出会ったのだと思う。聞けば博麗の巫女にいい印象を持っていない人もいるようだし?」

 

 「そうなんだ、霊香殿は私の知人でたまに会いに行くときがある。博麗の巫女は代々幻想郷のために身を削ってまで尽くしてくれているというのに……」

 

 

 慧音の表情は暗かった。人里の人すべてが博麗の巫女を悪く言うわけではない。しかし人と言うのは噂に興味を持ち流れていくにつれて脚色がついて広がっていく。その噂を信じ、博麗の巫女を避けたり陰口を叩く。霊香はそれに耐えてきた。慧音は博麗の巫女である霊香を尊敬していた。そんな彼女の表情が暗くなってしまうのは仕方のないことだった。

 

 

 「言わせておけばいいって慧音、ちゃんとみんな巫女に感謝しているじゃないか。そんなの信じるのは少数の人間だけだろ?」

 

 

 妹紅は慧音の不安を拭う様に言った。

 

 

 「そうだ御袋、妹紅さんの言う通り放って置けばいいさ」

 

 「しかしだな……」

 

 

 御袋は巫女様(霊香さん)が悪く言われるのに対して不快のようだ。尊敬しているしな……俺も同感だ。霊夢とはぐれてしまって駆け付けた時のあの人は紛れもない母親だった。娘を心配する母親を何も知らない赤の他人がどうこう言う資格は無いし、俺のエゴだがあの人を悪く言うのが好かん。どっちみちそんな連中は後々知ることになるだろうがな。博麗の巫女であるあの人にどれほど自分達が助けられていると言う事を……それに俺も御袋に言っておくことがある。

 

 

 「御袋、万人から受け入れられるわけはないんだ。人はみんな()(ごの)みがある故に分かれる。あの人がいいとか、この人は苦手とかあるだろう?それに100人中100人から好かれようとするのと一人に好かれるのとどう違う?100人から好かれても1人から好かれても嬉しいことには変わりないだろ?」

 

 「慧吾……」

 

 「それに俺、直接会ったけど綺麗な人だったぜ」

 

 「えぅ?」

 

 

 妹紅さんがキョトンとした顔をした。後変な声も出たな「えぅ」ってなんだよ。失礼ながら妹紅さんは霊香さんの容姿に対して綺麗とは思っていない様子らしい……それもそうか。俺だけが元の感覚を持っていて、御袋も妹紅さんもこの美醜逆転世界の住人……不細工に見える相手を綺麗だと言ったらそりゃそんな顔するわな。

 

 

 「慧吾……お前は霊香殿の姿が綺麗に見えた……と?」

 

 

 御袋も食いついてきた。ああ……そう言えば今まで容姿のことに関して何も意見言わなかったな。だから気になるのか?って!?

 

 

 慧吾の肩をがっしり掴んだのは慧音で目がギロリと瞳を捉えている。そして横からの視線が突き刺さる……妹紅も食い入るように慧吾を凝視していた。

 

 

 こわいこわいこわいこわいっ!御袋の目が近いって!眼力がヤバイ!!妹紅さんも俺の回答が気になるのか身を乗り出しているし!!

 

 

 「それでどうなんだ慧吾……」

 

 「……あ、ああ……綺麗に見える……けど……」

 

 「――!?そうか……」

 

 

 慧音は肩から手を離し、少しの間天井を見上げていた。放心状態と言ったところか……妹紅の方も心ここにあらずのようにボケっとした表情で虚空を見つめていた。

 

 

 ど、どうしたんだ?二人に一体何が……!?

 

 

 「……慧吾」

 

 

 そう思った時に我を取り戻した慧音と妹紅も元通りの状態であったが、顔は真剣そのものになっていた。真顔で名を呼ばれてしまったので身体が勝手に強張ってしまう。

 

 

 「な、なんだ御袋……?」

 

 

 恐る恐ると言った感じで慧音と妹紅の様子を観察する慧吾だったが……

 

 

 「慧吾、お前はもしかしたら()()()()()()()()なのかもしれない」

 

 「……はっ?」

 

 

 いやいや何言ってんの御袋?いきなり訳のわかんらないこと言われてもわからんって。

 

 

 「()()()()()()()()……綺麗な人よりも不細工に心動かされ恋をしてしまう男性のことを示すのだが、そんな存在はいないと思っていた。しかしまさか慧吾がその男だったとは……!」

 

 「いやいやいや、俺は御袋も妹紅さんも不細工には見えてねぇって!」

 

 「なに?じゃ私達は慧吾から見たらどう映っているんだよ?そこんところどうなんだよ慧吾?」

 

 

 妹紅さんがグイっと顔を近づけてきた。いい匂いがする……美人の顔が近くにあると鼓動がバクバクするじゃねぇかよ!最高じゃんかよ!っといけねぇ話が逸れちまった。俺から見た二人の容姿は勿論……

 

 

 「綺麗な髪に美しい瞳、目が大きくスタイルもいいし、俺にとって二人は親同然だが、だからといって気遣って言っているわけじゃない。素直に御袋も妹紅さんも美人だと俺の瞳にはしっかりと映っているぜ。不細工でもなんでもない正真正銘の美人だが?」

 

 「「――!?」」

 

 

 素直に慧吾は自分が見えている光景を伝えた。するとどうだろうか……妹紅は顔を真っ赤にして慧吾の視線から逃れるように顔を離した。その拍子にふわりと髪が慧吾の顔に触れたがとても優しい感触だったと後に慧吾は語るだろう。

 

 

 「び、びじん……私が美人……ふ、ふへぇえ~~~♪

 

 

 美人と言われた妹紅は背を向けて一人でぶつくさと何かを言っていた。振り返ればきっとだらしがない顔をしていたのは間違いなさそうだ。そして慧音の方はと言うと……

 

 「……」

 

 

 御袋が白く……燃え尽きた。

 

 

 真っ白に燃え尽きてしまっていた。今まで容姿を褒めてくれたことがなく、まさか息子から美人だと言われるとは思ってもいなかった慧音は感極まって昇天してしまった。

 

 

 「ふへぇ~~~はっ!?け、けいねしっかりしろ!!」

 

 「もこう……わたしのじんせいに……いっぺんの……くいは……ない」

 

 「けいねぇええええええええええ!!!」

 

 

 ……なんだこれ?

 

 

 自宅で茶番劇を見ることになるとは思ってもいなかった慧吾だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「準備はできたか慧吾?」

 

 「大丈夫だ」

 

 

 昇天した慧音の魂が戻って来てから散々慧吾は色々と聞かれた。慧音と妹紅の二人は慧吾が不細工が好きではなく、慧吾の目には美人に見えていることを理解した。二人は今まで容姿に対して誰も良い言葉をかけられたことがなかったので飢えていた。慧吾に何度も「どこが綺麗」と質問攻めを繰り返してその度に「~が綺麗」と言われれば、妹紅はその度に顔を赤色に染め、慧音は昇天しそうになったのを堪えた。傍から見れば不細工な二人が5歳児に何を言わせているんだとドン引きレベルの行為だった。自宅でよかった……

 

 

 それから数日が過ぎ、寺子屋が休みの日を利用して慧吾と一緒に博麗神社に向かうことを慧音は霊香に伝えた。妹紅は残念ながら来れなかったが、ようやくその日になったのだ。

 そして慧吾の手元には布に包まれた何かがあった。

 

 

 「それはどうした?」

 

 「近場でプレゼントを買ったのさ。霊香さんと霊夢の分だ」

 

 「ふふ、そうか」

 

 

 慧音は自分の息子が立派に見えた。他人にこの子が私の子だと自慢したい程に慧吾の姿が輝かしく映った。不細工な女性にプレゼントをするなど嫉妬してしまう程に羨ましいのだから。

 

 

 「御袋、あんまり待たせるとわりぃから行こうぜ」

 

 「ああ!」

 

 

 親子は博麗神社目指して共に歩いて行くのであった。

 

 



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博麗神社にて

緊張の一瞬……読者様達に楽しんでもらえるか心配しながらの投稿です。


それでは……


本編どうぞ!




 「母ちゃんまだかな……」

 

 「もうちょっと待っていなさい」

 

 「でも……慧吾がもし妖怪におそわれていたら……!」

 

 「慧音がついているから大丈夫だ」

 

 「うぅ……」

 

 

 そわそわ落ち着きがない霊夢は何度も慧吾のことを気にかけている。そろそろ来る頃合いではあるがまだ博麗神社に姿を見せてはいない。これほどまでに一分一秒を長く感じることはなかったであろう。そんな落ち着きのない状態の霊夢を霊香はそっと頭に手を添えて優しく撫でてあげる。

 

 

 「大丈夫よ霊夢、慧吾君は必ず来てくれる。彼を信じられない?」

 

 「そんなことない」

 

 「なら信じなさい。あの子は約束を破る子じゃないわ」

 

 「……わかった」

 

 「えらい子ね。霊夢悪いけどお茶の用意をしておいてくれる?」

 

 「うん」

 

 

 先ほどまで不安そうな表情は消え失せてお茶の用意をするために奥へと走って行った。その後ろ姿が見えなくなった後にため息をついた。ため息は霊夢に対してではなく、スキマからひょこっと顔を出す紫と藍に対してだった。博麗神社を訪れる男……慧吾のことを味見……観察するためにこの二人は留まっていた。しかし霊香の話にはまだ半信半疑なところもある。もしあった瞬間に吐かれでもしたら立ち直れないだろうからこうして自身の姿をスキマに隠しているのだ。

 

 

 「紫、普通にしてろ」

 

 「でも……私達を見たら吐いちゃうんじゃないかしら?」

 

 「そうですね。紫様の顔は特に酷いですからね……まるでイボガエルのようですから……おっとイボガエルの方が可愛そうですね」

 

 「はぁ?殺すわよ藍」

 

 「プッ!私が居なくなったら家事ができない紫様が途方に暮れる姿を想像するのは容易ですことですね♪紫様おいたわしやぁ~♪」

 

 「おいクソ狐、今すぐにぶっ殺すわ!」

 

 「ならば抵抗させていただきます。私は男と交尾するまで逝けませんし、()()ならば男を抱いたまま()()たいので」

 

 「無駄なことよ……交尾なんて一生できずに干乾びて死んでいくのがオチだわ。今すぐに私が楽にしてあげるわよ!!」

 

 「紫様はもう干乾びていますよね?おかわいそ~に♪」」

 

 「なぁんでぇすってぇえ!!?」

 

 「うるさいぞあんたら!!」

 

 

 ゴンッ!ゴンッ!

 

 

 綺麗なタンコブが二つ出来上がった。

 

 

 「痛いじゃないのよ霊香!少しは手加減しても……あらぁ!?」

 

 「いつつ……紫様どうかいたしました………………んなっ!?」

 

 「……来たようだな」

 

 

 視界の端に影を見つけた紫と藍の視線が注がれた。そして驚いた……霊香もようやく来てくれたとホッと息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうも博麗の巫女様と()()なお嬢さん方、初めまして上白沢慧吾と言います」

 

 

 話の中心人物である慧吾と親の慧音が博麗神社へとやってきた。

 

 

 ------------------

 

 

 人里からそれなりに離れた場所に一軒の神社が建っている。しかし何段にも及ぶ石造りの階段を登り切らないと神社にはつかないようだ。慧吾は下から神社を見上げる形となり、視界に入って来るのは鳥居だけで神社そのものは見えていなかった。だが、慧吾はまだ5歳で子供の肉体から見たらこの階段は崖のように感じられる。

 

 

 子供の体で……しかも5歳児の肉体でこの階段を登らないと神社につかないのかよ。ここまで来るにも整備されていない道路を何分もかけて歩いてきたと言うのに……隣に居る御袋から聞いていたんだけどよ、参拝客が来ないらしい……不細工がどうこうよりもここまで来るのが大変過ぎるんだよ。これじゃ参拝客なんて来ないわなぁ……老人や幼い子供にはきつい道中であるために賽銭箱の中身はほとんど空だと教えられて納得だ。誰も来ようとは思わん……だが、俺と御袋はやってきた。約束したからな。

 

 

 「慧吾は疲れてないか?体調はどうだ?私がおんぶしてやるぞ?」

 

 

 御袋過保護過ぎるぜ。だが、悪い気はしねぇ……だが、俺の肉体は子供であるが少々体力も他の子供と同じと思うなかれ。こう見えても日ごろ勉強だけでなく運動もしているから体力もある。この階段も丁度いい運動になりそうだな。自分の足で登ってみるか……

 

 

 「大丈夫だ御袋、俺は自分の足でこの階段を上りきるぜ」

 

 「……そうか」

 

 

 親である慧音の心配を嬉しく思い、それでも手は借りないと断った。そしたら慧音の方は何故か少し元気がなくなったようだ。それを不審がる息子……

 

 

 「どうした御袋?」

 

 「いや……なんでもない。慧吾をおんぶしたいとか、おんぶした時の背中に感じる我が子の温かさを感じてみたいとか、疲れた子供をおんぶして自分の子供に憧れの眼差しで見られたいとかそんなことは決して思ったなんてことはない……そうだとも……思ったことは無いのだ……だからなんでもない……なんでもないんだ……」

 

 

 途中からドンドン暗くなっていくのが目に見えていた。そして口から本音が全部洩れていた。

 

 

 なんでもないって口から全部出ているじゃんか御袋……それなら素直に言ってくれれば良いのによ。だが、おんぶされているところを見られるのは流石に恥ずかしいな……まぁ御袋は俺を何度も抱っこしてくれたし我が儘を聞いてやってもいいかな……途中までならおんぶされてもいいな。

 

 

 「ん」

 

 「?どうした慧吾?」

 

 

 慧音に向かって手を伸ばしている慧吾の姿を見てポカンとしてしまった。慧吾の行動の意味が理解できずに聞き返すしかできない。慧吾の方は子供が親に向かっておんぶしてくれとねだる仕草を表現したのだ。子供が親に甘えたい時に見せるものだが、慧音の方がわかっておらず沈黙の間が訪れる。

 

 

 「……おんぶしてくれないのか?」

 

 「――ッ!?い、いいのか!?お、おんぶ……おんぶをしてもいいのか慧吾!!?」

 

 

 クワッと瞳が見開いて鼻息が荒く激しい呼吸音が響く。その姿は傍から見れば子供に欲情する変態にしか見えないが慧吾の優しさに触れて興奮しているだけなのであるが、慧吾から見ても今の慧音の姿は、だらしない表情に若干頬を染めているのもあってどう見ても変態にしか見えない。

 

 

 ……まぁ御袋が喜ぶなら少し我慢しよう。だが、鼻息を荒くしてそのトロリとした顔は変態にしか見えないからやめろよ……息子に興奮する変態の息子とか噂されたら俺引きこもるからな。

 

 

 その後、興奮しながら我が子を背負う慧音に慧吾は引いていた。一歩一歩階段を上る度に慧音が「いい♪いいぞぉ♪」と呟く慧音に耐えきれずやっぱり途中で下ろしてもらい自分の足で歩くことに……慧音の興奮が一気に冷めてしまったのは言うまでもないが。

 そして鳥居の手前までやってきた親子の視界に入って来たのは何やら口論する声とタンコブが目立つ女性達。そして博麗神社の巫女である霊香がいた。霊香達は慧吾達に気づいた様子で傍にいた女性達は更に驚いた表情をしていた。

 

 

 知らない人がいるな。御袋が隣にいるし、粗相のないように挨拶しないと御袋の顔に泥を塗ってしまうな。

 

 

 慧吾は見知らぬ金髪女性達の前まで歩く。驚いた表情のままの金髪女性は慧吾から一瞬たりとも視線を逸らさず見つめていた。その二人も霊香とも競い合える程の美人で少々慧吾でも照れてしまう。それでも御袋のためにと頭を下げて自己紹介をする。

 

 

 「どうも博麗の巫女様と()()なお嬢さん方、初めまして上白沢慧吾と言います」

 

 

 慧吾は自然と口にした。ただ自己紹介をしたつもりであったが、その瞬間に周りの空気が変わった。この場にいる慧吾以外の全ての存在の時が止まったように固まった。一体どうしたと言うのだろうか?慧音ですら驚いた表情で固まっていたのだから慧吾は訳がわからない。

 

 

 ど、どうしたんだ?俺は何かまずいことでも言ってしまったのか……?

 

 

 そう思った時だった。いきなり慧吾の肩をがっしりと掴む手があった。左と右の肩それぞれに傷一つない見るに堪えないマニキュアでも塗ってあるかのような光を反射する程の輝きを持った爪も印象に残る。そんな手に掴まれており、それぞれ別の人物の手であった。その手は目の前に居た美人な金髪のお姉さん達のものであった。

 二人共金髪で煌びやかな綺麗な髪だなと慧吾はそう思った。片方は頭には角のように二本の尖がりを持つ帽子を被って腰からは金色の尾が九つ生えていた。そしてもう一人は毛先をいくつか束にしてリボンで結んでおり、二人共、慧音や霊香にも負けぬ大きな果実を備えていた。それが目の前にあるのだからドキリッと心が跳ね上がりそうになるが違和感を覚える。金髪女性の瞳の中に炎が目に見えて息も荒く触れている手が熱く感じるのだ。普通の状態じゃないと感じ取れる……

 

 

 「な、なんですか……?」

 

 

 流石に不安になった慧吾は恐る恐る聞いてみる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「私達と子作り(交尾)しましょう」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「どぅえええええええええいいッ!!!」」

 

 

 金髪女性らは霊香と慧音の鉄拳によってバウンドしながらボロクズのように境内に転がった。弾かれた地面にひびが入っている……並みの攻撃ではなかったようだ。突然のことに反応が遅れたが我に返った慧吾だった。

 

 

 「ちょ、霊香さん何を!?御袋も何やってんだよ!!?」

 

 

 なんでこの人達いきなり顔面に鉄拳制裁してるんだよ!?いや、確かに不安は感じたが……まさか子作りって……もしかして俺の童貞狙われていたのか!!?そうだとするとこの金髪二人組は捕食者かよ!!?

 

 

 身の危険を感じた理由がわかった慧吾は咄嗟に慧音の後ろに隠れてしまう。流石に慧吾でも怖いものは怖い……霊香に睨まれた時とはまた違う恐怖を感じたのだった。そして恐怖を与えたボロクズがムクリと起き上がったが、顔面が鉄拳制裁によって埋もれて元が誰だかわからない状態になっていて更にまた恐怖を感じさせた。

 

 

 「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

 「紫の言いたいことはわかるが、顔を直してから喋れ」

 

 

 霊香がそう言うと金髪女性の顔は一瞬にして元通り吹き出物一つない整った顔に戻った……一体どうなっているんだ?

 

 

 「ちょちょちょちょちょっと今の聞いた!?ねぇ霊香も聞いたでしょう!!私のこと()()なお嬢さんって!!」

 

 「紫様、少し違いますよ。それは紫様に対してではなく、私に対して言ったのです。ですので紫様はブスです」

 

 「はぁ!?藍あんたの耳は節穴なの!?私に向かって()()って言ったの!!」

 

 「遂に現実と妄想の区別がつかなくなりましたか可哀想に……ですが安心してください。私はこの子と結婚して沢山子供を産んで紫様の墓にお供え物をして差し上げますから」

 

 「私は正常よ!!それに勝手に殺してんじゃないわよボロ雑巾みたいな顔しやがって!!」

 

 「たとえ紫様でも私の幸せの邪魔はさせません!この妖怪スキマ(股開き)女!!」

 

 「自分の主に向かって何よその口の利き方は!?表に出なさい!!」

 

 「既に表です!!思考能力低下とは歳ですねおいたわしやぁ~!」

 

 「なにをぉおおお!?ぶっ殺すわ!!」

 

 「紫様ご覚悟を!!!」

 

 「あ・ん・た・ら・う・る・さ・い!!!」

 

 

 ゴンッ!ゴンッ!

 

 

 「ごほん……いきなりごめんなさい慧音それに慧吾君……紫と藍の奴が迷惑をかけちゃって」

 

 「い、いえ……大丈夫です」

 

 

 俺は大丈夫だったが、あの金髪女性×2は大丈夫なのだろうか……地面に顔面から減り込んでいるんだが……?

 

 

 「慧吾大丈夫か!?変なことされてないか!?舐められたりちゅっちゅされたりしてないだろうな!?」

 

 

 御袋心配してくれるのはありがたいが落ち着いてくれ。御袋だって見てただろうが……まぁ、呆然と立ち尽くしていたのはわからなくもないけどよ。それにしても美醜逆転世界で初対面の相手に正直に()()と俺が金髪女性×2に言ってしまったことがこの人達を暴走させたと見て間違いない。

 

 

 紫と藍は慧吾から見たら美人の中でも上位の部類であった。つい正直に()()と言ってしまったために内なる性欲の扉を開かせてしまい子孫繁栄と言う欲求にかられてしまったのだ。

 慧吾だって5年この世界で生きてきた。中には子供相手であってもおねショタプレイを望む変態が居たりした。自身の童貞を守るためにそれなりの対処法も身に付けたし、相手とどう接すればいいかも学んだが慧吾だって人間だ。思ったことを正直に言ってしまうことだってある。それに目の前に美人と言う言葉を形作ったような人物に出会えばそう口に出してしまうのも無理はなかった。しかし今頃傍に霊香と慧音が居なければ獣娘と化した二人においしくいただかれてしまっていただろう……心の中で霊香と慧音に深く感謝した慧吾だった。

 

 

 「大丈夫だ御袋、それよりもあの二人は大丈夫なのですか?」

 

 「ああ、紫はああ見えても妖怪の賢者と言われているし、藍の方も優秀な式神だから顔の一つや二つ潰れても問題ない。いや、寧ろ醜い顔が無くなったらラッキーか?」

 

 

 霊香さん恐ろしい発言するじゃねぇかよ……血の気が引くわ。

 

 

 ぶるりと霊香の発言に体が密かに震えていた慧吾。そんな時、トコトコと神社の建物の奥から誰かが歩いて来る音が聞こえてきた。

 

 

 「なにさっきのおとは……あっ!?慧吾!!」

 

 

 その音の正体は霊夢であった。慧吾を見つけるやいなや靴も履かずに慧吾に駆け寄った。

 

 

 「慧吾きてくれたんだね!」

 

 「ああ、霊夢に会いに行くって約束したからな」

 

 「えへへ♪」

 

 

 霊夢は心から嬉しそうに笑顔を作っていた。霊香は霊夢が自分以外にこれ程の笑顔を見せたことがなかったため嬉しそうにしていた。自分の娘の笑顔を見れて安心なのだろう。

 

 

 「そうだこれお土産だ。甘いおはぎだから霊香さんもどうぞ」

 

 「やったー♪」

 

 

 今まで男しかも同じ歳の相手から贈り物をされたことがなかった霊夢はおはぎの箱をギュッと抱きしめた。その拍子に箱がぐしゃっという音がしたが、喜んでいるので良しとしよう。その様子を見ていた霊香も頷いて娘の喜ぶ姿を見れて感謝しているようだった。

 

 

 「ありがとうね慧吾君。それにしても慧音に息子が居たと知った時は驚いたぞ?」

 

 「すみません、色々と子育てと寺子屋を両立しながら忙しい毎日を送っていたらいつの間にか5年も歳月が過ぎていて……慧吾を紹介する機会がなくて……」

 

 「子供を持てたことで嬉しかったんでしょうが。舞い上がってそれどころじゃなかったんでしょ?」

 

 「……その通りです」

 

 「まぁ私だって霊夢を拾ってから子育てに忙しかったから慧音のこと言えないがな」

 

 

 霊香は苦笑いをする。お互いに子育てで忙しく構っている暇などなかったのだ。それにこの世界基準で不細工に相当する二人が子育てに夢中になってしまうのは仕方ないことだった。我が子に嫌われたくないし、子供を胸に抱けるというのがどれほど女にとって憧れを抱くのか想像を絶するものだ。

 

 

 「ねぇ、慧吾あがって!慧音もゆっくりしていってね!」

 

 「お邪魔させてもらうが、その前に霊夢の足袋が汚れているぞ」

 

 「ほんとうだ!」

 

 

 慧吾が来てくれた嬉しさに足袋が汚れてしまうことなど眼中になかった。慧吾は霊夢の手を引いて裏手に向かうことにした。

 

 

 「霊香さん、ちょっと桶か入れ物をお借りしてよろしいですか?霊夢の足袋を洗いたいもので」

 

 「え!?い、いいよ……慧吾があらわなくても」

 

 「そのまま家に上がったら汚れるだろうがよ。早く履き替えて汚れた足袋をかせ、洗ってやるから」

 

 「う、うん……」

 

 

 ゆっくりと足袋を脱いで慧吾に渡す……慧吾本人はただ縁側が汚れてしまうのを防ぎたかっただけに過ぎなかったのだが、霊香と霊夢からしてみれば男の人に衣服を洗ってもらうなんて夢のようなことだった。この世界の男は不細工な女性に触れられただけで衣服を燃やしてしまうことだってあるのだから。しかも人のにおいが直に現れる足袋を洗うと言うのだ。男に自分のにおいを嗅がれてしまう……霊夢は恥ずかしくて顔を赤く染めてしまう。だが、慧吾は気づかない……否、いつも親である慧音が宿題などで忙しい時が多々ある。慧吾は少しでも親孝行をしたいので家事洗濯は全て慧吾が受け持っている。ので、いつもの大したことのない作業だと認識していた。

 

 

 「(慧吾にわたしのにおいをかがれちゃう……でもそれも……いいかも♪)」

 

 

 慧吾の背中に熱い視線が注がれていたことなど慧吾自身は気づくことができなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 「どうも、上白沢慧吾です」

 

 「母の上白沢慧音です」

 

 「ご丁寧に。私は八雲紫です」

 

 「式の八雲藍です」

 

 

 博麗神社を訪れた慧吾と慧音はテーブルを囲って改めて自己紹介をしていた。慧音は八雲紫と八雲藍とは噂で何度も耳にした名で、噂通り酷い顔であった。どちらも肌がツヤツヤでとても輝いていて吐き気を覚えそうだったが我慢した。自分も人のことなど言えないからである。

 

 

 慧音が見渡すとそこは正に人外魔境……向かいには妖怪の賢者とその式、斜め向かいには博麗の巫女がいる。今の状況を見た里の人間が居たならば後悔と言う言葉が似合う。不細工が集まり向かい合う姿に吐き気を覚え下手をしたら失神してしまう程の光景なのだから。これだけ醜い顔の連中が溜まる……だから博麗神社に誰も近づこうとしないのだ。わざわざ醜い女たちと仲良くしたい男など誰もいない……慧音も寺子屋の教師であっても男と会話することなんて人生に数えるだけで、あったとしてもそれは子供相手だ。純粋に男と向き合う機会はなかった。ここにはそんな連中ばかり……しかし今の慧音には天使のような存在が傍にいてくれるおかげで妖怪の賢者と呼ばれる八雲紫よりも優位に立っている自分の立ち場に少し鼻が高くなってしまう。正確には慧音と霊香のことだ。二人には血は繋がっていないが子供がいる……自慢の我が子が。

 

 

 チラリと慧音は隣に座っている慧吾を盗み見る。

 

 

 慧吾は礼儀正しいし、相手のことを思いやる本当にいい子に育ってくれたな♪私は……とても誇らしいぞ!

 

 

 息子の慧吾が隣に座っている。慧吾は不細工な女性に罵倒など浴びせることもせず、嫌な顔もしないで優しく接してくれる。そして偶然出会ったのが霊香の娘である霊夢だ。霊夢はそんな慧吾を気に入り、今でもちゃっかりと慧吾の隣をキープしている……ほぼ密着状態並みに慧吾に近寄っていて、あまりにも近くないかと慧音は思ったが、慧吾が何も言わないので良しとした。

 

 

 「二人共こんなところに来てくれたんだが本当に大丈夫か?」

 

 「霊香殿?私と慧吾がここへ来たのはまずかったか?」

 

 「ああ……いや来てくれたのは嬉しいんだけど……ね……」

 

 

 霊香が言いにくそうにしていた。慧音はそんな霊香の様子を窺っていると何を言いたいのか気づいた。

 

 

 霊香殿は慧吾が我慢しているんじゃないかと思っているのか。それも無理はない、いきなり何のためらいもない様子で人外魔境の輪に自然と溶け込んでいるのだからそう疑ってしまっても仕方ないのかもしれない。だがそれは違う霊香殿、慧吾は我慢なんてしていないのですから。

 

 

 霊香は慧吾のことを知らない。優しい子であることは見ていてわかる。だからこそ今のこの人外魔境となっている檻の中に一人だけ男が放り出されている状態で不細工に囲まれているのを我慢しているのではないかと思っているのだ。霊夢の目も気にしてかしきりに霊夢に視線が移っているのを慧音は見逃さなかった。言葉を濁していて聞くのが怖いのだろう。もし「我慢してます」と言われたらショックだろうから……空気が重くなりつつある状況でそんな霊香を見かねて言葉を発したのは紫の方だった。

 

 

 「ねぇ、慧吾君は私達を見てもどうとも思わないの?もしかして……私達って()()……なのかしら?」

 

 

 いつもは見せない不安そうな表情の紫を霊香は見た。落ち着きを取り戻した紫はさっきの言葉は脳が勝手に良いように捉えた幻だったのではとも思えたのだ。それもそうだろう……見ず知らずの男の子が何十年、何100年、何千年とブスだの醜い妖怪だの色々と言われて来た中でいきなり「綺麗」と言うのだから幻覚に見えても仕方ない。だからこの状況が現実なのか少し不安であった。だが、返って来た答えはやはり……

 

 

 「……正直に言うと俺から見た紫さん、藍さん、霊香さんはとても美しい美人に見えます」

 

 「「「――ッ!?」」」

 

 

 息を呑んだ。彼女達は男から一度も綺麗と言われたことなどなかった。たとえそれが相手が子供であっても心にグッと来るものがあった。霊香は薄っすらと涙が浮かんでいたし、紫は鼻息が荒々しくなり、藍に至っては女性がしてはいけない顔になり昇天していった。

 

 

 「霊夢のことはかわいいっていわれたもん!」

 

 

 霊夢は慧吾にかわいいと褒められたことを自慢する。次世代の博麗の巫女であってもお年頃の女の子には変わりない。親である霊香はともかく紫や藍が褒められることを良しとしなかったのだろう。ぷくっと頬を膨らませている霊夢は紫と藍を睨む……綺麗と言われた二人は霊夢に構っている暇などなく霊夢の抗議は右から左へ受け流されていた。

 

 

 霊夢もまだまだ子供ってわけだな。霊夢は慧吾に夢中のようだし……む、待てよ……そうだ!

 

 

 慧音は突如閃いた。

 

 

 「霊夢、もしよかったら慧吾と友達になってくれないか?」

 

 「なんだよ御袋いきなり?」

 

 「慧吾、お前には友達がいないことは知っている。だが、丁度いい相手が居たと思ってな」

 

 

 霊夢を見た。慧音は我が子の友人関係に悩んでいた。慧吾はその性格や己のプライドなのかがあり、友達になれる相手がいなかった。いつも慧吾があしらって友達になろうとしなかったからだ。だが、霊夢を見ていると慧吾との仲は良好の様子で仲良くなれそうだと判断した。慧音は慧吾に友達を作ってもらいたかったのだ。我が子に友達が一人もいないとそれはそれで寂しい……親の心配事だったから。

 そのことを聞いた霊夢はパアッと笑顔になり、ぴょんぴょんと飛び上がりとても嬉しそうにしていた。

 

 

 「わたし慧吾とおともだちになる!なりたい!」

 

 「ほら、霊夢もこう言っているんだし慧吾には友達が必要だぞ?」

 

 「過保護だぞ御袋。まぁ……別に嫌じゃないからいいけどよ」

 

 「やったー♪」

 

 

 ニコニコと笑っている霊夢を見ていると寺子屋の子供達と相違ない年頃の少女であった。将来博麗の巫女になるとしても内面はただの女の子であると慧音は改めて実感した。慧音は慧吾に信頼できる友達を作ってもらうだけでなく、霊夢のことも考えていた。霊夢にも一人友達がいるのだが、霊夢は霊香が引退したら博麗の巫女となる。博麗の巫女になれば周りからあらぬ噂の対象になってしまう。霊香も一時期それで鬱になった時もあった程だ。子供だからそこまでわからないが、嫌でも歳を取ればわかってしまうこと。霊夢のためにも心の支えが一つから二つになった方が安心できると思ってのことだった。

 

 

 良かったな霊夢。霊香殿にも友達が居れば良かったのだが……居なかった。だからこそ霊香殿のように苦しむ姿を霊香殿と同じく私も見たくないのだ。

 

 

 慧音は視線を霊香に向けると微笑みながら頭を下げた……感謝の表れだ。

 

 

 「霊夢、慧吾君と一緒に遊んでおいで。母ちゃん達は大人の会議があるから」

 

 「はーい!慧吾きて!」

 

 「御袋また後でな。おいおい走って転ぶなよ?」

 

 

 バタン!

 

 

 「いたーい!」

 

 「だから言わんこっちゃない」

 

 

 男である慧吾と女でしかも不細工であるはずの霊夢が一緒にいる姿を見ていると感慨深くなってしまう霊香と慧音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐふっ……えふぅ!フヒヒひひひひひぃ♪」

 

 

 慧吾と霊夢がいなくなった空間に突如として不気味な笑い声が耳に入ってきた。聞いているだけで背筋が凍えそうになる……その声の主は……

 

 

 「ゆ、ゆかり……殿?ど、どうしたのだ?」

 

 

 慧音は俯きながら不気味な笑い声を発する紫に声をかける。肩が震えて俯いているが、その表情はきっと歪んでいることがわかるぐらい気持ちの悪いオーラが漂って来る。ひとしきり笑い声を発した後、突然顔を上げた紫の表情は煌々として希望に満ち溢れていた。

 

 

 「なにあの子!?私達を見ても綺麗ってハッキリと言ったわよね!?どういうことなの!!?ゆかりん超うれぴーなんだけれど!!!」

 

 

 う、うれぴー?嬉しいのことだと思うが……紫殿の言う通りどういうことか疑うのも無理はないな。

 

 

 「……もしかしたら伝説の()()()()()()()()なのかもしれないな」

 

 

 霊香がボソッと呟いた言葉に聞き覚えがある慧音。

 

 

 霊香殿も私と同じ考えに至るようだが、慧吾はハッキリと否定した。慧吾には嘘偽りなく私達のことを綺麗だと認識している様子だった。そうなれば私の中で慧吾が私達のような本来不快に思う容姿を綺麗だと言ったのは……おそらく……!

 

 

 「霊香殿、それは違う。慧吾はそうでないと否定している。私も同じ考えに至りましたから」

 

 「じゃあ彼は何故私達のことを綺麗だと言ったんだ?」

 

 「あくまでこれは私の考察ですが……慧吾の中の美醜感覚が逆転しているのではないかという結論が出ました」

 

 「美醜逆転……確かにそうだとするならば私達のことを綺麗だと言ったのは紛れもない本心と言う訳だな」

 

 「そう思います」

 

 

 慧音の考察は当たっていた。しかし逆転しているのはこっちの世界の方なんだが、彼女らにとっては慧吾の方が逆転している発想になる。

 

 

 「でゅふふ♪それが本当なら私のこの膨れ上がった乳は慧吾君にとって甘い蜜と言うわけね!」

 

 「ゆ、ゆかりどの?」

 

 

 だらしない表情の紫が自らの胸を寄せて上げる行為をしている。ボヨンボヨンと弾む肉の塊は醜悪さを表して耐性の無い者が見れば即リバースしていたが、ここにいる全員醜くて助かった。だがもしもこれを見たのが慧吾ならば興奮してしまうこと間違いないだろう。

 

 

 「美醜逆転とかおとぎ話の中だけだと思ったけれどこれは神様が私達に与えてくれた幸福よ!早速慧吾君にゆかりん永遠の17歳の魅力を伝えないと!!」

 

 「紫様、私も共にお供します。共に慧吾殿の初物を頂いて人生の頂まで昇天しましょう!!」

 

 「それでこそ私の式よ!相手が子供とか関係ないわ!愛に歳の差なんて意味をなさないもの!!」

 

 

 鼻から息が噴出し己の使命をまっとうしようと意気込んでいる。そんな紫達を見て警戒を露わにする慧音はムスッとした顔をしていた。

 

 

 「紫殿、親である私が目の前にいるのにその発言はどうかと思うぞ?」

 

 「お母様、紫はこれより処女を散らせていただきます」

 

 「ダメに決まっているだろ!?それに自然とお母様とか呼ばないでほしい!!」

 

 「大丈夫ですよ。先っちょ少し入れてズボズボするだけだから!!」

 

 「もっとダメに決まっているだろ!!」

 

 

 慧音は暴走する紫と藍を止めようとする。だが、霊香や慧音のように自ら生んだ子供でないにせよ、子供がいるのといないのとでは性欲に対する免疫に違いが出る。今の紫と藍は獲物を狙うハンターであった。

 

 

 「慧吾君~♪私の膣の中に慧吾君の遺伝子を植え付け……!?」

 

 「もれなく私とも毎日交尾できる特典付き……どうしました紫様……はっ!?」

 

 

 紫と藍は息を呑んだ。二人の視線が霊香に向けられて固まっていた。慧音もこの空間の空気が一瞬にしていてついたのを肌で感じた……恐る恐る首を向けると鬼の形相をした霊香が立っていた。

 

 

 「あんたら……今日なんど同じことをすれば気が済むのかしら……!」

 

 「「……すみませんでした……」」

 

 

 ……やはり霊香殿は凄い!あの妖怪の賢者とその式を黙らせてしまうだなんて!

 

 

 慧音の中で霊香に対する憧れが更に強くなり、紫と藍は霊香にみっちり説教される羽目になったとさ。

 

 



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白黒少女

東方と言えば霊夢と……もう一人がここで登場します。


まだ序章なんです……まだ序章が続いてしまうのです……あと何話程序章を書けばいいのかわかりません。


そんな作者の事情は置いておいて……


それでは……


本編どうぞ!




 「初めて博麗神社を訪れた時の話だな。あの頃は今となっては懐かしい思い出だな。子供の頃の霊夢は可愛かったなぁ……」

 

 「……今は……可愛くないの?」

 

 

 慧吾の膝の上に腰を下ろしている霊夢が上目遣いで聞いてくる。不安そうに瞳がうるうると揺れていた。

 

 

 あれから既に何年も経った。慧吾も成長し今では立派な青年となり、ますます幻想郷中の女性陣からアプローチされる程のたくましく男らしい顔つきに育った。同じく霊夢も成長し今では博麗の巫女として妖怪退治や異変解決に赴いている。しかし霊夢は誰もが思う通りに醜く成長した。先代の巫女である霊香と同じく顔も手も体中に吹き出物一つない透き通った肌色をしていた。ここまで醜く成長してしまい、普通ならば絶望して下手をしたら心が病んでいただろう。しかし霊夢は()()()()では病まなかった……否、病んでしまったのは間違いない。醜く整った顔に絶望して病んでしまったのではなく、そんな不細工な自分を昔から支えてくれる慧吾の存在に病んでしまっていた。

 

 

 「……私のこと……嫌い……?ねぇ慧吾私を嫌いにならないで慧吾に嫌われたら私生きていけない私を嫌っちゃイヤお願い捨てないで捨てちゃイヤ!!!

 

 

 背中の慧吾に抱き着いて懇願する。光を失った瞳が何度も何度も慧吾に必死で訴えていた……「捨てないで」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慧吾と霊夢は幼い頃から親しい間柄だ。男性と親しくなれるなど不細工な女性からしたら羨ましく嫉妬する程であった。しかも慧吾は霊夢の事を嫌ったりもしないし、彼女を不細工と言ったことは一度もない。慧吾には霊夢が可愛く見えるのだから。おまけに慧吾は霊夢に対して優しく接し、共に遊んでいくうちに霊夢の心は慧吾無しでは生きていけなくなる程に歪める結果となってしまった。

 

 

 現在霊夢は親である先代の巫女の霊香と共に二人暮らしだが、慧吾に会えないでいると時々発作を起こすようになった。普段は落ち着いた博麗の巫女の威厳を持ち合わせた少女だが、発作が起きると慧吾を求める嫉妬の塊……通称ヤンデ霊夢へと変わり果ててしまうのであった。

 

 

 慧吾は何度もこんな状態の霊夢を見てきた。初めこそ恐怖心を抱いたが慣れてしまった。それに霊夢をこんなにしてしまったのは自分自身であったため放って置くことはできずに時より霊夢に会いに博麗神社を訪れている。

 懇願する霊夢を見てまたかとため息を吐く。何度も相手しているのでもう手慣れたものだった。

 

 

 「霊夢を捨てるわけないだろ?霊夢は俺の友達だから見捨てるわけなんてないんだ。安心してお前は博麗の巫女としての務めを果たせよ?」

 

 「……慧吾……!」

 

 

 その言葉を聞いた霊夢の瞳に光が戻って来た。いつもの霊夢に戻りホッと息を吐く慧吾……そんな時にふらりと一つの人影が博麗神社を訪れる。

 

 

 「霊夢お邪魔するぜ……!おっす、慧吾も来ていたのか」

 

 「よう魔理沙、相変わらず霊夢にお茶でもたかりに来たのか?」

 

 「流石慧吾、当たりだぜ。私のことはなんでもお見通しってか?」

 

 「昔からの付き合いだからある程度わかるだけだ」

 

 「ぜへへ♪」

 

 

 ふらりと現れたのは白黒の衣装が目立つ金髪に手に箒を持った少女……霧雨魔理沙。男のような口調だがこれでもれっきとした女性で霊夢と同じく不細工である。だが、慧吾は昔から魔理沙のことを不細工と呼んだことなど一度もない。魔理沙も霊夢と同じく慧吾には可愛らしく見えているのだから。仲良く話す二人をジッと見ていた霊夢はほっぺを膨らませながら慧吾の胸をポカポカと叩く。

 

 

 「むぅ~!魔理沙とばっかり話してないで私にもっと構ってよ!」

 

 

 霊夢はご機嫌斜めの様子だ。慧吾に相手にされないとふてくされてしまうから面倒なことだ。

 

 

 「わかったから叩くな」

 

 「面白そうだから私も慧吾を引っ叩いてやるぜ♪」

 

 「魔理沙……慧吾に怪我でもさせたら……どうなるかわかってるのかしら?私の慧吾をいじめるクズは永遠の苦しみを与え続けてやがて精神が崩壊する時までじっくりと痛めつけてあげる……魔理沙はどうするの……?

 

 「……オ、オトナシクシテオキマス……」

 

 「よろしい♪」

 

 

 ヤンデ霊夢に睨まれた魔理沙は悪ノリもできずにイチャつかれる光景を眺めるしかなかった……

 

 

 「……霊夢ばかり……ずるいぜ……

 

 

 小さく吐いた言葉は周りの音にかき消されて誰にも届くことはなかった。さて、そんな魔理沙だが、慧吾との出会いは博麗神社を訪れてすぐのことだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慧吾達の子供時代の頃のお話……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「紫さん達はどこへ?」

 

 「紫達なら帰った」

 

 

 慧吾は霊夢に連れられて博麗神社の至る所を見て回ったり、参拝のやり方を霊夢に教えられていた。これが霊夢なりに慧吾を楽しませようとしたことであった。慧吾の方も参拝のやり方まで詳しく知らなかったのでこれは良い機会だと真剣に憶えていた。二人が霊香と慧音の元へ帰った時には紫と藍の姿はどこにもなく、霊香によれば帰ったらしいのだが、本当は霊香に帰らされた。発情して今にも慧吾のことを襲おうとする連中をここに置きたくはなかった。脅しをかけておいたが、霊香は紫がどこからかスキマで覗き見して来ることなどお見通しであった。あの男に恵まれない可哀想な妖怪の賢者(笑)がそうそう素直に従うなど思わないからだ。もしそれでも慧吾に手を挙げるならば容赦せずにぶちのめすだろう。慧音も同じく我が子に手を挙げようとするならばたとえ相手が妖怪の賢者(笑)でも容赦なく得意の頭突きで鎮めようと思っていた。そんなことなど知らない慧吾と霊夢はふ~んと言った感じで特に反応はなく終わった。

 

 

 「お茶にしようか。慧吾君が持ってきてくれたお土産をみんなで楽しもう」

 

 「わぁ~い!」

 

 「霊香殿、私はお茶を入れてこよう」

 

 「助かるわ」

 

 「だいどころに、わたしがおちゃをよういしておいたから!」

 

 「わかった。ありがとう霊夢」

 

 

 こうして博麗一家と上白沢一家のおやつの時間が始まった。そしてすぐのことだった。博麗神社を訪れた小さな少女が草むらに隠れてその様子を見ていたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あぅ……」

 

 

 片側だけおさげにして前に垂らした金髪に大きなリボンのついた黒い三角帽子が目立つ少女は何度も草むらから顔を覗かせては引っ込める作業を繰り返していた。その少女の視線の先には一組の男女に注がれている。

 

 

 「……うぅ……れ、れいむ……と、となりにいる……お、おとこは……だれなんだじぇ……?」

 

 

 ボソボソと呟くその姿は弱々しく見ていて心配になってくる。霊夢と名が少女から出てくるということは彼女と関係があるのだろう。歳も同じようで周りには保護者はいない。一人でここまで来たのだとわかる。

 博麗神社は不細工な者達の集いの場、そこへ好き好んでやってくることなど珍しいが、少女もまた将来不細工を約束された顔立ちをしていた。それにこの歳で霊夢に関係があるならばこの少女は霊夢と友達であろうということがわかる。博麗神社に少女は遊びに来たのだ……が、そこには思いもよらなかった光景が少女の目に飛び込んできた。

 

 

 男がいたのだ。しかも少女と同じ年齢の男の子……勿論それは慧吾であった。そしてその保護者である慧音には少女は見覚えがあった。寺子屋の教師をしているのを何度も見たことがある。そして霊夢の親である霊香は少女にとって見慣れたものだ。だからこそその中で一人だけ男であり、見たこともない男の子の存在に少女は困惑した。友達である霊夢に会いに来たのに知らない男の子がいる。咄嗟に草むらに隠れて様子を見ていたが、霊夢と仲良くしているのを見てしまい更に困惑する。少女は人見知りで霊夢と友達になるまで時間がかかったのは言うまでもない。出ていくこともできずにただ草むらの中で霊夢が楽しそうにしている姿を見ているしかなかった。

 

 

 そんな時だった。霊香が指さしたのを見た……それも少女がいる方向を指していた。こちらに顔を向けて指さす先に少女の視線は向かって行った。背後に何かあると思ったが、そこは草木が生い茂っているだけで何もない。何故こっちを指さしているのだろうと少女は思った時に聞きなれた声が聞こえた。

 

 

 「あっ!魔理沙だ!!」

 

 「――ッ!?」

 

 

 声にビクリと肩を震わせる。その声に振り返った少女は目を飛び出す勢いで驚愕してしまう。

 

 

 「この子が魔理沙と言う子か?」

 

 「うん、わたしのおともだち!」

 

 

 霊夢が目の前にいた。少女を見つけて駆け寄って来たのだと……しかし不運なことに隣には例の男の子が立っていた。そしてその子は嫌な顔一つせずに霊夢の傍にいる……何故嫌な顔一つせずに傍に居られるのかと普通は考えたりするが、男の子を前にして少女は冷静な判断ができずに言葉が出て来なくなった。

 

 

 「あぅぁ……あぁうぅ……

 

 

 魔理沙と呼ばれた少女は男の子……慧吾と目が合ってしまった。人見知りだった魔理沙にはとても厳しい状況でしかも相手は男だ。体中の体温が上昇し始めて言葉がつまり、息さえも出すことが困難に陥ってしまった。それでも瞳を離せなかった。そしてその視線を返すように慧吾はジッと魔理沙を見つめる……

 

 

 パタリッ!

 

 

 「お、おいどうしたんだ!?」

 

 

 その視線に耐えられず魔理沙はその場で倒れて意識を失った……

 

 

 ------------------

 

 

 「ごめんなさいね慧吾君……」

 

 「いえいえ、これぐらい手伝わないと罰が当たる」

 

 「霊香殿、タオルの変えを持ってきました」

 

 「助かるよ慧音」

 

 

 今度も金髪……名前は霧雨魔理沙と言うらしい。この子は霊夢と友達で俺が「お前には俺以外に友達はいないのか?」と聞いたらこの子の名前が出来てた。って言うかこの子の名前しか出て来なかった……少し霊夢に同情してしまったが、胸を張って笑顔で「わたしのおともだち!」と嬉しそうに言った。霊夢にとって魔理沙は唯一信頼できる相手なのだろう……喜ばしいことだ。だから霊香さんがいきなり指を指した時は何事かと思ったが、草むらから飛び出た大きなリボンのついた黒い三角帽子がでかでかと目立っていたのには噴出しそうになったぞ。隠れているつもりらしいのだが、どこからどう見てもバレバレだったからな。ドジっ子なのか?

 

 

 草むらから飛び出た帽子を見つけた霊夢は駆け寄って行った。また霊夢が転ぶかもしれないと心配して慧吾もついて行くことにした。そして霊夢が声をかけるとビクリとして振り返った魔理沙と慧吾は目が合ってしまった。するとどうだろうか……魔理沙は頭から湯気を発生させてそのまま倒れてしまったのだ。

 気を失ってしまった魔理沙を慧吾は担いで布団に寝かせた。霊香が言うには魔理沙は人見知りで霊夢と友達になるのも時間がかかったということを聞いた。しかも男である慧吾が人見知りの魔理沙の元へと近寄って来るという行動をしでかしたため、魔理沙の脳はオーバーヒートを起こしたもよう……不細工である彼女には見ず知らずの男性への免疫など持っていなかったのだ。

 

 

 俺は少し罪悪感を抱いてしまった。人見知りの女の子に不用心に近づいてしまった俺の責任を感じたからだ。だからこうして魔理沙の面倒を見ている。御袋も霊香さんも嫌な顔せずに手伝ってくれるのがありがたいぜ。霊夢も危なっかしく水の入った桶を持って来ようとしている……危なっかしいぞ。

 

 

 ヨロヨロと水の入った桶をふらつきながら持って来ようとする霊夢。その光景が危なっかしいと思った。それに気づいた霊香が霊夢に言った。

 

 

 「霊夢、危ないから私が持つわ。そこに置きなさい」

 

 「は~い……あぅ!」

 

 

 霊香がそう答えた矢先にそれは起こった。霊夢がつまずいてしまい手から水の入った桶が宙へと舞う。その光景がスローモーションのように見え、舞い上がった桶はひっくり返り中の水が落下していく。こうなってしまったら誰も落ちていく水を止められない……この場にいる全員が唖然とする。ゆっくり……ゆっくりと落ちていき落下地点に全員が慌てふためいた。

 

 

 これは……ヤバいッ!?

 

 

 慧吾はそう思ったがどうにもできなかった。

 

 

 バシャンッ!!

 

 

 水が辺りに飛び散った。熱くなった体温を下げるために用意したのは冷水だ。その冷水に触れれば当然冷たいのは当たり前。慧吾達は直接冷水を浴びることはなかったのだが、その冷水を直接浴びてしまった可哀想な存在が一人だけいた。

 

 

 「ふぃひゃあああ!!?」

 

 

 魔理沙だった。あまりの冷たさに一気に意識が覚醒し飛び上がり変な声が出た。目が覚めた当の本人は何が何だかわからずに混乱していた。そのため周りのことに意識が向かず傍にいる慧吾のことなど気づかなかった。

 

 

 「大丈夫か魔理沙!?」

 

 「れ、れいかおねえさん……うぅ……さ、さむいじぇ……」

 

 

 ブルリと体を震わせる。当然ながら冷水をもろに浴びてしまったのだから体中に鳥肌が立っていた。

 

 

 「寒いか?とりあえず今着ている服を脱ぐんだ」

 

 

 慧音は魔理沙が風邪を引かないようにびしょびしょになった服を脱ぐように指示した。その指示に驚いた様子の我が子に気づくことができなかった。霊夢が起こしたハプニングで動揺したのはこの場にいる全員である。慧音は魔理沙を最優先に考えて我が子のことを意識から放してしまっていた。

 そうとも知らずに魔理沙は慧音の指示に従い、服を脱ぎだす。冷水で濡れた服は気持ち悪く冷たいので早く脱ぎたくて仕方なかった。ポチポチとボタンを外していき、白のブラウスのような服の上に黒いサロペットスカートのような服を脱ぐとシャツ一枚の姿になった。そしてシャツも冷水が染み込んだのか薄っすらと肌が透けて見えており、幼くもツヤツヤして、柔らかな肌をさらけ出した。このままいけば確実に今よりも不細工に育つこと間違いない。人里にいる吹き出物だらけの美しい女性が見たら哀れすぎて笑ってしまうし、気持ち悪いと唾を吐くことであろう。しかしこの場にはそう思わない者達だけだ。霊香も慧音も不細工で霊夢も魔理沙と同じだ。そして何よりも一人だけ違う意味で慌てている人物がいた。

 

 

 おいおいおいおいおいおい!!?いきなり脱いでんじゃねぇよバカ野郎が!!?

 

 

 慧吾だった。慧音達はハプニングで慧吾がこの場にいる事実をスルーしてしまっていた。自然に流れていく会話に慧吾は驚いたが遅かった。魔理沙も慧吾に気づかずに服を脱いでしまった。慧吾にとってラッキースケベに当たるが興奮することはない。歳は同じかもしれないが精神的に慧吾の方が断然上で決して幼女好きのロリコンではないのだから。しかし自分がいるにも関わらずシャツ一枚になってしまった魔理沙の姿に動揺してしまう。

 

 

 落ち着けよ俺……御袋も霊香さんも俺の存在を忘れているようだし、何より魔理沙も気づいていない様子だな。シャツ一枚の姿を俺なんかに見られたとあったら魔理沙が可哀想だ。幼くても女なんだから男である俺がここにいたらまずいだろぅ……ここは覚られないように気配をころして抜け出すしか……

 

 

 慧吾はこの事態を回避しようと思い行動に移そうとした時だった。ガバリと視界が真っ暗に染まる……慧吾の目を塞ぐ小さな手がそこにあった。

 

 

 「慧吾はみちゃだめー!!!」

 

 

 霊夢であった。霊夢は慧吾が自分を褒めてくれたことが嬉しかった。しかも嫌な顔一つせずに一緒に居てくれる……これほど嬉しいことなどなかった。慧吾の瞳が自分に向いてくれていることに心がポカポカと温かくなっていた。しかし今、慧吾の瞳は魔理沙に釘付けになっていた。霊香も慧音もみんな魔理沙に向いて霊夢は一人ポツンと残されていた。原因は霊夢なのだが、その状況が嫌だと感じた。そして魔理沙は服を脱いでしまいそれを見た慧吾の様子が変わったことに霊夢は気づいていた。そんな慧吾を見たら胸の奥がモヤモヤした。そして気づいたら行動に移していた。

 

 

 霊夢が大声を放ったことで全員の視線は霊夢と慧吾の元へと集まる。そして気づいてしまう。

 

 

 「慧吾君のこと忘れていた!?」

 

 「慧吾お前見たのか!?」

 

 

 霊香と慧音はこの場に慧吾がいることを思いだした。慧音に至ってはシャツ一枚の魔理沙を見たのかと問いてしまった。慧吾は弁解するために霊夢の手を振り払い幼女に欲情するような奴ではないと無実であることを必死に証明する。

 

 

 「御袋達が俺の存在を忘れる方が悪いだろ!?俺は悪くねぇぞ!!」

 

 

 慧吾の主張は尤もであった。シュンと正論を言われて目に見えて落ち込むのは慧音……大事な我が子の存在を忘れてしまった自分がとても悲しいのだろう。霊香の方は申し訳なさそうに頭を掻いていた。そうなると残り一人の反応が気になる……

 

 

 「!?!?!?」

 

 

 案の定の反応であった。魔理沙は慧吾がいるとは思わずに服を脱いでしまった。そして見られてしまった……

 

 

 「……あぅ……」

 

 「お、おい……どうしたんだよ魔理沙……!?」

 

 

 慧吾は弱々しい声をあげる魔理沙を心配して声をかけたが……慧吾は見てしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙の瞳から涙が流れていたことに。

 

 

 ------------------

 

 

 ぶさいく!ぶさいくはちかづくな!よごれちゃう!

 

 

 ちかづかないでくれる?みんないこう。

 

 

 あっちいきなさいよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な思い出ばかり思い出す。同世代の男の子や女の子には除け者にされ、邪険に扱われてしまう日々……魔理沙はポツンとその場に佇むことしか出来なかった。

 

 

 魔理沙は裕福な家庭で育ったが、訳あってあまり家に居ようとしない。外に出向くが、魔理沙自体人見知りな性格をしていたために自分から声をかけづらかった。勇気を出して声をかけてもそっぽを向かれるしまつだ。

 不細工がこの世界で良い思いをすることは殆どない。結婚している女性はみんな美しい人物ばかりだ。目の下にはクマができ、顔にはシワが目立ち、ガサガサな肌が男達の瞳を独占する。それに同じ不細工であっても強硬手段に出ようとする者も中にはいる。そのせいで不細工は男性を襲おうとしているケダモノと思われてしまっていることがある。全ての不細工がそうでないのは多くの者は知っているが、中にはその通りな者がいるのだから嘘ではないことが魔理沙を拒絶する原因にもなった。魔理沙は一人寂しい思いをしながらトボトボと歩いていると見知らぬ石造りの階段を発見して好奇心に負け上って行った。そこで出会ったのが霊夢だった。

 

 

 「わたしは霊夢、あなたはなんてなまえなの?」

 

 

 ドキリとした。初めて面と向かって話してくれた相手に……でも魔理沙は中々言葉が見つからず頭がボウッとした。そして魔理沙は意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた魔理沙は驚いた。知らない天井を見つけたのだから……そして隣には先ほどの女の子が心配そうに自分を見つめていたことに更に驚いた。そこからだった。霊夢と少しずつではあるが関係を持つようになったのは。そして今では友達と呼べる存在にまでなっていた。

 

 

 

 霊夢と友達になってから度々博麗神社を訪れるようになった魔理沙は今日も霊夢に会いに行こうとする。しかし魔理沙はそこで見た。

 

 

 ……だれなんだじぇ……あれ?

 

 

 慧吾との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にはこちらをジッと見て来る男の子……慧吾がいた。魔理沙はシャツ一枚の姿である。目が覚めた魔理沙は状況を掴めぬまま周りの声に耳を傾けて服を脱いだが、それがいけなかった。

 

 

 み、みられた……わたしの……きたないからだをみられた……!

 

 

 魔理沙が感じたのは羞恥心などではなかった。魔理沙は自分が不細工であることを理解していたし、散々周りから言われて傷ついたのだから痛いほどわかっている。よく男性からも同世代からも舌打ちされた。どうして自分はこんなにも不細工に生まれてしまったのだろう……そう思わずにはいられず、また舌打ちされたり拒絶されることが怖かった。そしてたった今、自分は目の前の同世代の男の子に醜い姿を晒してしまったのだから恐怖せずにはいられなかったのだ。

 

 

 拒絶され避けられる……恐怖で瞳から涙が流れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大丈夫か!?泣かないでくれっと言ってもお前を泣かせてしまったのは俺のせいだよな……わるい魔理沙!」

 

 「……えっ?」

 

 

 目の前の男の子は嫌な顔一つしなかった。寧ろ自分を心配して頭まで下げてくれている男の子の行動に魔理沙は今まで受けてきた対応とは全く違う反応に訳がわからなくなってしまった。

 

 

 「女の子の素肌を見るなんて男として最低だった。御袋が俺を忘れてしまったせいでもあるが、お前を泣かせてしまったのは俺だ。悪いのは俺だから謝らせてくれ……魔理沙わるかった!」

 

 

 もう一度男の子は頭を下げたのだ。同じ子供であるはずなのにその姿はとても大人びていた。しかも男の子の方が自分に非があると言って謝罪したのだ。そんなことなど考えてもいなかった魔理沙は体が固まってしまった。

 

 

 「魔理沙、彼は上白沢慧吾君でここに居る慧音の息子さんだ。拾い子で血は繋がっていないが立派な親子なんだよ」

 

 

 霊香は魔理沙が呆然としていたので意識を戻すためにも慧吾について説明した。すると魔理沙は何度も視線を慧音と慧吾に見比べた。そして魔理沙は思ったことを口にした。

 

 

 「……なんで……あやまるんだじぇ……?」

 

 

 どうしてわたしなんかのためにあやまるんだじぇ?あやまるのはわたしのほうなのに……

 

 

 気持ち悪がられても文句はない。だって不細工である方が悪いと片づけられてしまうこともある世界で何度もそんな経験をした魔理沙からしたら慧吾の行動は理解できない。しかし慧吾は魔理沙の問いにこう答える……

 

 

 「泣かせてしまったからだ。魔理沙のように()()()()()女の子を泣かせるなんて男として最低な行為だからな」

 

 「じぇ!?」

 

 

 ……い、いま……な、なんて……いったんだじぇ……?

 

 

 魔理沙は耳を疑った。慧吾の口から()()()()()と言う言葉が出てきたのだから……これはきっと間違いだと思ったが心の奥底ではそうではないと思いたかった。魔理沙は勇儀を振り絞りもう一度聞き返す。

 

 

 「……いま……なんて……?」

 

 「?魔理沙のように()()()()()女の子を泣かせるなんて男として最低な行為だと言ったが?」

 

 「――ッ!?」

 

 

 聞き間違いではなかった。今度はハッキリとそう聞こえた……()()()()()と。

 

 

 か、かわいい……わたしが……かわいい……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……きゅぅ……」

 

 

 魔理沙は再び気を失ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙が再び目を覚ました時にはもう夜になっていた。布団に寝かされ周りには誰もいなかった。月の光が地上に降り注ぎ虫たちの音色が聞こえてくる。それ以外は静かな夜だった。

 

 

 ……だれもいない……

 

 

 魔理沙は孤独感に包まれた。傍に霊夢が居れば良かったが叶わなかった。一人で博麗神社へやってくるほどの度胸はあるが、やっぱり夜に一人は寂しいものだ。

 

 

 ……霊夢……霊香おねえさんはどこなんだじぇ……

 

 

 二人を探そうと床に手をついて布団から起き上がろうとした時に手に何か触れた。

 

 

 ……てがみ?

 

 

 魔理沙は霊夢が置いた手紙なのかと思った。だが、その手紙にはまだ習っていない漢字が使われていて魔理沙には読めなかった。魔理沙に読めないならば霊夢にも読めない……これは一体誰が書いたものなのか?

 そんな時に、廊下から足音が聞こえた。霊香が魔理沙の様子を見にやってきたのだ。目が覚めた魔理沙が手紙を持っているのを発見した霊香は傍まで近寄った。魔理沙は霊香に対して「この手紙は誰が書いたの?」と目で訴えた。

 

 

 「それは慧吾君が魔理沙ちゃんにって書いてくれた手紙よ」

 

 「……わたしに?」

 

 「そうよ。魔理沙ちゃんのためにってね。慧音と慧吾君はもう夜が遅いから帰らせたのだけど、慧吾君は魔理沙ちゃんに手紙を残して置くって」

 

 「……どうしてわたしなんかに……?」

 

 

 魔理沙は疑問に思った。慧吾は自分を真っすぐ見てくれた……あの瞳を忘れられる訳はない。今まで自分のことを見てくれる同世代の子は霊夢だけで男は一人もいないし、不細工である魔理沙の顔を直視しても笑ったりしなかった。霊夢以外の友達になれるかもしれない……しかし魔理沙は自分に自信がない……そんな自分を見てくれた慧吾は最後に手紙を残したのだ。もしかしたら先ほどまでの男の子は幻で自分は夢でも見ていたのではないかと思うが現実に手紙を持っている。どうすればいいのかわからずに霊香に助けを求めるように視線を送るが……

 

 

 「開けて見て」

 

 

 霊香は促す。答えは霊香から得られなかった……答えはこの手紙の中に書かれている。罵倒する言葉が書かれていないか魔理沙は怖かったが自然と今日の出来事を思い出す。知らない男の子に出会い、素肌を見られた挙句に少しだけだが会話した。ほんの少しだけの間だったが、今思えばこんなにも同世代の男の子と会話したことは今までなかった。すると止まっていた手がゆっくりと手紙を広げていく……

 

 

 「……あっ」

 

 

 声が漏れた。魔理沙は手紙を広げたまま固まっていた……霊香は何が書いてあるのかと横から覗き込むとそこに書かれたのは一文のみ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今度は一緒に遊ぼうな!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅえぇ……」

 

 

 魔理沙の瞳から大粒の涙が溢れ出ていた。今まで受けてきた苦しみから解放されていく……涙が溢れ出す度に体が軽くなっていくのだ。気持ちが楽になっていく魔理沙は何も考えることはできなかった。今はただただ感情に任せて泣きたい気分だった……

 その後、霊香の膝の上で泣き続けた魔理沙は眠ってしまった。霊香は泣き疲れた魔理沙の頭を娘の霊夢にやっているようにそっと撫でる。寝顔を覗き込むとその表情は憑き物が取れたように安らかで月の光が魔理沙を照らし、虫たちが祝福しているように聞こえるのであった……

 

 

 「よかったわね……魔理沙ちゃん」

 

 

 今日という日を霊香は忘れることができないだろう。眠っている魔理沙の頭を何度も撫でてあげる霊香の表情もまた月の光に照らされてとても輝いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ブー!!慧吾のバカ!!」

 

 

 霊夢は障子の隙間からこの光景を見ており、魔理沙にだけ手紙を残していく慧吾にむくれていて機嫌が悪かったそうだ。だが、霊夢もこの日のことを忘れないだろう……否、忘れるわけがない。霊夢はこの日を境に慧吾を求めるようになっていくのだから……

 

 




追記


ヤンデレ文章をフォントを変えてみました。病み具合が増したでしょうか心配です……


読みにくいとの指摘があったので少々変えてみました。


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小さな鈴の音

シゴトイソガシイ……クタクタ……ソレデモトウコウセネバ……(使命感)


最近小説に掛ける時間が減っている作者です。それでもゆっくりながら投稿させていただきます。


それでは……


本編どうぞ!




 「はい慧吾の分のお茶ね♪そして……ほれ魔理沙の分」

 

 「「……」」

 

 

 博麗神社へとお邪魔した慧吾は霊夢におもてなしされていた。そして隣に座っている魔理沙にも一応のおもてなしはされていたが……明らかに慧吾と魔理沙との態度の違いと出されたお茶には天と地ほどの差があった。

 

 

 「おい霊夢……これは何なんだぜ?」

 

 「何って……お茶よ?」

 

 「……どう見ても葉っぱなんだぜ……慧吾には何に見えている?」

 

 「俺も葉っぱにしか見えねぇ……」

 

 

 慧吾には入れたての湯気が立ち上る熱々のお茶が出された。霊夢はこう見えてお茶を入れる才能はピカイチなのだから美味しいお茶であるとわかる。だが、それに比べて魔理沙の前に出されたのは葉っぱ……粉状にもなってないそのままの葉っぱが茶碗に無造作に入れられていた。

 

 

 「飲まないの?」

 

 「飲めるか!!なんで慧吾にはちゃんとしたお茶が出て来て私には葉っぱなんだ!?不公平なんだぜ!!」

 

 「嫌なら没収するわ」

 

 「普通のお茶を入れろよ!!」

 

 「嫌よ」

 

 

 ツンとした態度で魔理沙の抗議をものともしない。折角慧吾が来てくれたのに邪魔者(魔理沙)も一緒についてきたことで二人っきりの時間を失うことになった霊夢の嫉妬の表れだった。発作が収まっても本質は変わらない……慧吾はこんなやり取りを今までやってきた。それほど霊夢と魔理沙とは長い付き合いでこの幻想郷で慧吾が心許す友達であった。そして奥からもう一人やってきた。慧吾も魔理沙も知っている霊夢の母親である霊香だった。

 霊香の方は更に醜悪さを成長させていた。霊夢が子供の頃でも凶悪だった果実は更に大きさを増し、見る者全てに吐き気を与えるだろう……霊夢と魔理沙は見慣れたものだが、慧吾は見慣れていてもグッと来るものがあった。この世界では豊満な果実は不細工の証の一部だが、慧吾にとっては魅力の一部だ。それだけでなく、子供の頃から見ていた霊香の肉体はより良いものに引き締まっており、巫女装束から覗かせる美しい筋肉が慧吾を刺激する……霊夢の母親でなければ本気で告っていたかもしれないと思っていた事は慧吾の心の内に秘めて置く。

 

 

 「こら霊夢、また魔理沙ちゃんに意地悪しているのか!」

 

 「ゲェ!?ちょっと母さんこれは……誤解よ!魔理沙が新鮮なお茶が欲しいって言ったから……」

 

 「私はそんなこと言ってないぜ!!」

 

 

 相変わらずだな魔理沙も霊夢も……この前は饅頭の取り合いでいがみ合っていたこともあったな……それにしても霊香さんの前では霊夢は頭が上がらない……母親は強しだな。

 

 

 「慧吾も霊夢の私に対する犯行を見たんだぜ!そうだろう慧吾?」

 

 「ん?まぁ……そうだな」

 

 「れ~い~む~!正座しなさい!」

 

 「母さんそれはその……」

 

 「せ・い・ざ!!」

 

 「……はい」

 

 「ぜへへ♪いい気味だぜ♪」

 

 

 この光景も見慣れたものだった。慧吾と魔理沙だけが仲良くしていると霊夢はいつも限って魔理沙にちょっかいをかけてくる。それが霊香にバレて叱られるのを何度も見てきた。あの博麗神社で出会った頃から霊夢と魔理沙そして慧吾自身の運命を大きく変えた出会いだった。

 

 

 不細工な霊夢と魔理沙は以前よりも明るくなった。霊夢は未だに人里に苦手意識があるが博麗の巫女となり仕事で向かわなければならない時もある。人里は苦手だが、そこには霊夢が大好きな慧吾が住んでいる。仕事で疲れた帰りには必ず慧吾の元へと立ち寄るのだ。その時に慧吾が不在だったりすると不機嫌になる。逆に訪ねた時に慧吾がいると甘えた猫のように転がり込む。慧吾は何も言わずに現実を受け入れるしかない。それならば毎日訪れたらいい事かもしれないが、先ほど言った通り霊夢は人里が苦手だ。そして母親である霊香には「むやみやたらに慧吾君に付きまとうのは禁止!」ときつく言っているので自ら出向くことはできないため、逆に妖怪退治の依頼が来れば慧吾に会いに行っても誰にも文句は言われないのである。だから妖怪退治の依頼が来ないかワクワク待機していることだってある……慧吾が博麗神社に来てくれないか待ち望み、発作を起こしては猫のように待っている。

 魔理沙も慧吾と出会い自分に自信を持った。霊夢に対して勝負を挑んだり、負けそうになっても最後まで諦めずに食らいつく負けず嫌いに育った。今では親元を離れて一人で魔法の研究の日々を送っている。たまに実験に付き合わされて酷い目に遭うことがあるが、魔理沙をそれで嫌ったりすることはない。魔理沙は一人暮らしなので昔慧吾が魔理沙の家に一人で行った時は大変だった。お互いに楽しい一日を過ごして慧吾が帰ろうと扉を開けるとそこには光を失った瞳で手には鋭い刃物を握り玄関の前に立っている霊夢がいたのだから……霊夢が朝からずっと玄関の前で待っていたことを知ってしまった慧吾は笑う事も出来なかった程だ。

 

 

 しかしそんなことを何度も経験していくうちに慧吾は次第に適応していった。霊夢の発作も抑える方法を編み出したし、ある程度のことならば心が乱れずに対処することができるようになった。今ではこんなことが日常の一部になっているのだからこの青年は凄いと言える。

 

 

 「な、なぁ……慧吾」

 

 「ん?」

 

 

 魔理沙は慧吾の表情を窺うようにチラチラと視線を向けてはすぐ逸らしてしまう。自分のことを呼んで置いて視線を逸らすとはどういうことなのだろうかと不思議がった。

 

 

 「……こんな生活がずっと続けばいいよな……」

 

 「……そうだな」

 

 

 思いにふける慧吾を魔理沙は横からボケっとそのまま見つめていたが、ハッと我に返り深々と帽子を被り表情を隠す……慧吾は知っている。霊夢のように積極的に甘えて嫉妬してくれればたとえ鈍感であってでも自分に好意を持っていることがわかる。しかし魔理沙はそんな素振りを見せない……否、見せないようにしているつもりのようだった。慧吾は鈍感ではないし、ちょっとしたことで魔理沙の隠れた思いを感じることがあった……それも何度も感じている内にそれは確信へと変わった。

 

 

 魔理沙も密かに俺を好いてくれているんだよな……霊夢のように表に見せないだけで……

 

 

 本人は隠しているようであるが、好意を向けられている慧吾からしてみれば魔理沙からの熱い視線に気づかない訳はない。好意があることを知られてしまったら恥ずかしいのだろう……乙女なところがこれはまた可愛らしと慧吾は思えた。だが、それともう一つ理由がある。それは霊夢との関係だ。

 

 

 霊夢は慧吾を好いている。心が病むほどに……そこに魔理沙が加わればどうだろうか?この3人は友人同士、その関係にヒビでも入れば修復は難しいだろう。霊夢は魔理沙が自分と同じく慧吾を好いているのかそれは当の本人に聞いてみないとわからないが、ライバルが増えてしまうことだ。それに病んだ霊夢がそれを良しとするかどうかも不明で、魔理沙は友人である霊夢も大好きだ。その関係が崩れてしまったらと魔理沙は思っているのだろう……魔理沙は根は優しい子であるため表に出さないのだ。だから自身の思いを我慢して慧吾に接している……慧吾もそのことに追求することなく気づかぬフリをして今の関係を続けている。魔理沙が言うように「ずっと続けばいい」と心のどこかで思っているのかもしれない……それと慧吾にはまだ悩みの種があった。

 

 

 それにだ……古くから関係が続いているのは霊夢と魔理沙だけではないんだよな……()()()()いるからよぉ。

 

 

 一人の姿を思い起こす……実は慧吾にはもう一人古くから付き合いが長い相手がいる。その相手とは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見つけたよ()()()!!」

 

 

 丁度タイミングのいいところで現れたな……

 

 

 神社に高らかと響く声に全員の視線が注目する……姿を思い起こしたもう一人の忘れていけない友達が彼にはいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「小鈴か」

 

 

 小鈴と出会ったのは俺が寺子屋に通い始めた時だったな……

 

 

 慧吾は思い出す……少年時代に霊夢と魔理沙以外にも友達になったこの少女との思い出を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年時代の出来事……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待ったか霊夢、魔理沙?」

 

 「ううん、いまきたところ」

 

 「だじぇ」

 

 

 博麗神社での出来事から色々とあって、現在人里の門前に集まっているのは霊夢と魔理沙に慧吾の三人だ。人見知りだった魔理沙とも友達となり、こうして3人で人里で集まり買い物をするようになっていた。世の中のモテない女性陣達からしてみれば羨ましい光景だろう。実際に霊夢と魔理沙を睨む大人げない大人が視界の端にチラホラ見えた。

 

 

 「慧吾はやくいこう!魔理沙もうじうじしてないでついてきてよ!」

 

 「れいむまってくれだじぇ~!」

 

 「走って転ぶんじゃないぞ」 

 

 

 人里が苦手な霊夢でも慧吾と魔理沙と会えるなら話は別だ。いつも以上に上機嫌で霊香から貰ったお小遣いを片手に人里を駆け抜ける……置いて行かれるのが嫌な魔理沙は霊夢の後を追いかけていく。そんな二人の面倒を見ているのはいつも慧吾の役割だ。そして今日も保護者の代わりにしっかりと目を凝らして何か仕出かさないか注意しておく。

 

 

 「(さてと……今日はどこに寄ろうか……)」

 

 

 慧吾も3人だけでの買い物を密かに楽しみにしているのだった。

 

 

 ------------------

 

 

 今日は色々と見て回った。普段はあまり行かない場所にも行ってみたり、甘味堂で甘いおはぎにありついたりもした。この人里で暮らしていたのだが人里は思っていたよりも広かった。成長したと言ってもまだ子供の体であるため世界が大きく見えている。霊夢と魔理沙と友達になってから結構の月日が経ち、今ではこうして遊びに行くまでの仲になった。そんな霊夢と魔理沙に紫さんと藍さんが嫉妬して「「私達の友達(ダッチ〇イフ)になって!!」」と発言した時の霊香さんと御袋の姿はまさに修羅だった……しかし早いものだな、この世界に生まれた記憶なんてこの前の事のように思い出すのは少しじじくさいかもしれないな。それに初体験が多すぎてこの世界に適応しようとしていて時間を忘れていたし、時間を忘れるぐらい楽しい日々を送って居るからいいんだが……

 

 

 「む~!!」

 

 「れ、れいむ……きげんなおせ……だじぇ」

 

 

 先ほどから霊夢が不機嫌だ。それは俺達が買い物を楽しんでいた時に立ち寄った店で女性店員が俺に色目を使って来た。俺の本能がすぐさま「こいつショタコンだ!」とアラームを鳴らして警報を教えてくれた。男が少ないからと言って買い物に来た子供を誘惑するんじゃねぇと感じたぞあの時は。丁重に断ったが何度も引き止めて滞在させようとしてくるので少々イラついた。結果的には()()()()を見て怯えていた。その()()()()を見た店員がその後すぐに解放してくれたから良かったもののあそこへは近づかないようにしよう……女性店員のためにもな。それは何故か……

 

 

 チラリと霊夢の様子を窺った。今では機嫌が悪そうな様子だけだが数分前までは魔理沙も話しかけられないぐらい様子が変わっていた。

 光を失った瞳に感情を感じさせない……不細工な顔と言う印象を通り越してそこには血も涙もない恐怖心を覚えさせる無表情の顔があった。子供に似合わないどす黒いオーラを身に纏って女性店員を無言で威圧していたのだ。それを見てしまった哀れな女性店員は慌てて慧吾を解放した。しないと自分の身に何が起こるのか悟ったのだろう……その後に慧吾達はすぐさま店を出て行ったから問題は起こらなかった。もしもあのままあの場に留まっていたらどうなっていたことか……道ですれ違う人々が慧吾達を避けていたのは印象に残ることだろう。不細工な二人が居るからではなく、霊夢から漂うどす黒いオーラが慧吾と魔理沙以外を寄せ付けなかった。どす黒いオーラを身に纏っている間は会話が一切なく沈黙状態が続いた程だ。しばらくして霊夢のどす黒いオーラは次第に影を潜めていき、頬をぷくっと膨らましてむくれる霊夢がその場にいた。

 

 

 霊夢から感じたあれは何だったんだ……?人形のように無表情……いや、人形の方が表情がある気がしたぞ。あの時の霊夢は本当に表情から何も読み取れなかった。ただ瞳がヤバイと思った……生きている人間がしちゃダメな瞳だったとハッキリ言えるぞ……

 

 

 慧吾は霊夢の奥底に隠された一面を見てぶるりと体を震わせていた。今でもあの時の表情が鮮明に頭に残っている……夢の中に出て来ぬよう密かにお祈りを心の中で済ませておく慧吾だった。

 

 

 「霊夢……もう……こわい霊夢じゃないか?」

 

 「……だいじょうぶ、もうおちついたもん」

 

 

 魔理沙も先ほどの霊夢を見てビクビクしているようだ。それでも友達である霊夢を心配していて声をかけている程に霊夢の事が大事なんだろう。

 

 

 「そ、そうか……よかったじぇ……うぅ!?」

 

 「ん?どうした魔理沙?」

 

 

 先ほどまでビクビクしていた魔理沙は霊夢が落ち着きを取り戻したのだとわかった。すると今度は急に体がピクリと反応し何やら体をもじもじし始めた。霊夢に対する恐怖で体が震えてしまったのではないと慧吾は見ていて理解できた。魔理沙は何かを我慢していることに気がつき、顔を赤色に染めてしきりに辺りを気にしている様子に確信を持って自然と口に出た。

 

 

 「おしっこか?」

 

 「じぇ!?こ、こえにだすなだじぇ!!」

 

 「おぅ、悪い」

 

 

 霊夢の緊張感から解放された反動だろう。声に出されてしまって恥ずかしさのあまり顔が更に赤くなり、帽子を深く被ってそれを隠そうとするが、トイレを我慢できずそれどころではない。羞恥と我慢している苦しさもあり辛そうだった。早くしないと道端で漏らしてしまうと焦っていたし、慧吾も女の子である魔理沙にそんな醜態を晒させるわけにはいかないとどうするか考えるが、こうしている間にも徐々にトイレを我慢できなくなっていく。

 

 

 「うぅぅぅ……!」

 

 悲鳴に近いか細い声を震わせて体が危険信号を発していた。

 

 

 「俺の家まで我慢は……難しいな。そうだ!こうなったら近場でトイレを借りよう。どこでもいいんだがそうだなぁ……おっ!あそこにするぞ!魔理沙付いてこい。霊夢もはぐれるなよ!」

 

 「慧吾にいろめをつかったあのメスブタ……いつかおもいしらせてやる……

 

 「おい霊夢なにやっているんだ。来ないと置いていくぞ!」

 

 「えっ……まって慧吾どこいくの!?」

 

 

 慧吾は魔理沙を連れて近くの建物に向かって行く。この時、慧吾は魔理沙のことで霊夢の心の内にあるどす黒い何かに気づくことはなかった。慧吾の後を追い、霊夢も小走りでついていく……そしてその建物にはこう書かれていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『鈴奈庵』と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すみません!いきなりですがトイレをお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 慧吾は建物に入るとそこは本棚が並べられており、奥には机と椅子が置いてあった。意外なことに本棚は一般家庭とは違い沢山並んでいた。おそらく貸本屋なのだろう。慧吾はこんなところに貸本屋があるなんて思わなかったが、今はそれよりも魔理沙のことが先だった。すぐに優しそうな女性が傍に居たので声をかけた。

 

 

 「トイレ!?わ、わたしの中に出したいと言うの!!?だ、だめよ!!私はこう見えても一児の母なの……でもどうしても出したいと言うのならば喜んで欲望を私に流し込んだらいいわ。寧ろ飽きるまで私を使ってくれてもいいのよ坊や♪」

 

 「違うから!人の話をきけぇ!!」

 

 

 期待を込めた瞳を向けて来る人妻を説得したことで、童貞の危機を感じたが誤解を解くことができた。人妻が残念そうにしていたのを当然ながらスルーする……この世界で暮らしている内に慧吾も今では周りの環境に適応して生きている。これぐらいのことで敗北してはこの世界で生きていくことなどできない。今までの経験が活かされて発情した女性を落ち着かせることもある程度できるようになっている……大したものだと褒めてあげてもよいだろう。

 誤解を解いたことで人妻はすぐに魔理沙を奥へと案内した。すぐに誤解を解いたことが幸いで、霊夢が入って来たのはその後のことだった。この出来事を知らなかったのが幸運だったと慧吾は内心ホッとした。もしもこの出来事を知ったらまたどす黒いオーラを纏い、光を失った瞳が人妻を見つめていたことだろう……

 

 

 「ねぇねぇ魔理沙は?」

 

 「奥だ。俺達はここで待っていよう……それにしてもここは本ばかりだな」

 

 「そうだね……つまんなさそう」

 

 

 慧吾と霊夢は辺りを見回した。建物自体はそれほど大きくないがまだ体が小さい二人は本で埋め尽くされた空間に立っているような感じだった。霊夢は本自体にはあまり興味を示していない様子だ。慧吾の方も最初は本が沢山あるなと思って見回していたがふっと気づく。そしておもむろに一冊の本を手に取った。そして驚いた。

 

 

 「この本は……?!」

 

 「どうしたの慧吾?」

 

 「……外の世界の本だ……!」

 

 

 見覚えがあった本……元々幻想郷にあるはずのないもの……中国の三國志があったのだ。巻数はほとんどの巻は揃っていなかったが、他にも幻想郷とは程遠い内容の本がいくつも見つけた。

 慧音から幻想郷は外の世界と呼ばれる現代社会……そこは慧吾が転生する前に居た世界と瓜二つの世界らしい。時々幻想郷に外からの物が流れつくことがあるが、慧吾は今まで外の世界の物に触れていなかったので懐かしく感じた。ついつい興味が本に注がれてしまう。その横で何度も名前を呼ばれていることにも気づかずに意識は本のみに注がれてそれを良しとしない霊夢が不機嫌な様子だ。

 

 

 「慧吾……慧吾ってば!!………………ブーッ!わたしをむししたらダメ!!」

 

 

 本に興味がいっていた慧吾から本を取り上げる霊夢。「あっ」と声が出るが既に霊夢が取り上げた後だ。構ってくれない慧吾に対してむくれていた……そんな時、本の隙間から何かが落ちた。二人は自然とそれに注目することになる。

 

 

 なんだこれ?写真か?この幻想郷に写真があるとはな……外の世界から流れ込んで来たものかわからないが、どれどれどんな写真なんだ…………………………んなっ!!?

 

 

 慧吾は拾い上げた写真を見て固まってしまった。目が飛び出そうなほどに驚いた様子に霊夢も気になってその写真を覗き込もうとするが……チリンと鈴の音が聞こえた瞬間に誰かの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はうわぁ!?しょれはこすずのおたから!!だからかえしてくださしゃい!!」

 

 

 はっ?お宝……?この子は何を言っているんだ……!?

 

 

 慧吾は声の主に驚いた。自分よりも背が低く、霊夢よりも更に低く小柄な体で幼い故に言葉も噛みながらの少女が現れた。そんな子供がこの写真を「お宝」と呼ぶのだから慧吾は自分の目を疑うのも無理はなかった。何故ならその写真に写っているものそれは……

 

 

 「かえしてくだしゃい!それはこすずの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おたからの()()()()なんでしゅから!!」

 

 

 写真に映し出されていたのは着替えの途中であろう上半身裸の男性の姿だったのだ。

 

 

 これがこいつの……本居小鈴との初めての出会いだった。

 

 



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卑猥な愛書家

お待たせしました。時間が取れないこと最近多々あるてへぺろんです。


東方あべこべものが徐々に増えているのに感激中でもあります。
いいぞもっと流行れ流行ってくれ!(切実な思い)


それはともかく……それでは……


本編どうぞ!




 「小鈴か」

 

 

 慧吾はその少女の名を呟いた。名前を呼ばれた少女は小走りで近づき……

 

 

 「()()()やっと見つけたよ」

 

 

 そう言いつつ近づいていき慧吾に自然と手を伸ばす……胸の辺りにジリジリと吸い寄せられるように触れようとするのである……女性が男性の胸を触るなどセクハラ行為だ。当然慧吾はそんなこと許さず触られる前にそれを払いのける。

 

 

 「流れるようにセクハラはやめろといつも言っているだろ小鈴」

 

 「いいじゃありませんか。私とケイ君だけのスキンシップじゃないですか♪なので少しだけさわさわしても同意の上ですから問題無しですよ!」

 

 「同意も何もしてねぇし問題大ありだ」

 

 「チッ

 

 

 今舌打ちしやがったのは本居小鈴と言い、俺のことを「ケイ君」の愛称で呼んでくる。それは別に良いんだが何かとこいつには黒い部分があって昔からそれに俺は苦労させられる。今まさにセクハラされそうになったんだからよ……女である小鈴が男である俺しかも胸を無断で触る行為は、俺が元に居た世界で男が女の胸を触る犯罪行為なのだ。つまり御法度な行為だ。あべこべ世界であるためにそういったところが反対になっている。そしてこいつはそれを平然としようとした……俺でなければ即逮捕だったろうな。友達関係だから触ってもOKみたいなところがこいつにはある……寧ろ触らせろと何度か迫られたこともあった……正直あの時はマジで俺をイラつかせたこいつは猛者だ。おしとやかそうに見えて実は見えないところに危険がある……鈴奈庵に住んでいるのだが、そこには秘蔵の品と言うエロ本が何冊も保管されている。その大半はこいつの所有物だ。つまりこいつは変態枠に入る部類なんだ。何故こんな奴と俺が友達なのかは色々とあってだなぁ……

 

 

 はぁ……と堪らずため息が出てしまった。そしてその息が空気中に発散する前にすかさず顔を近づける輩……小鈴が目にもとまらぬ速さで息を吸い込んだ。自身の全身に深く沁み込ませるようにくちゃくちゃと音を立てて空気しかないはずなのに口の中はとろみを感じさせて、小鈴の唾液が慧吾の吐息と混じり合おうと濃厚な粘り気を生み出しあるはずもない味を堪能する。

 

 

 「……ぷはぁ!ケイ君の吐息……食べちゃった♪」

 

 

 頬が赤色に染まりトロリとした表情がまるで淫魔が降臨したと小鈴を知らぬ者ならば錯覚をしてしまったであろう……しかし慧吾はそんなことなど気にも留めずに無視するのみ。無視だけで済んでしまうのはいつものことだからだ。そうでなくては毎回気にしていては慧吾の方が持たなくなってしまうからである。しかしその行動にプルプルと体を震わせて黙っていない者がいた。

 

 

 「お、おい!小鈴お前いい加減にしろよ!」

 

 

 魔理沙だった。顔を真っ赤にして小鈴に睨みを利かしていた。自分の目の前でこんな光景を見せられて黙っている訳はないのだ。しかし小鈴の方は敵意を向けられているのに対して平然としていた。

 

 

 「いつものことだからいいんですよ。魔理沙さんも懲りないですよね……自分もケイ君の吐息を食べちゃいたいのならば素直に言えばいいのに」

 

 「ば、ばばばばばばばばばばかッ!!?わ、わわ、わたしがそんなうらやまし……じゃない!!そんなハレンチなことしたいとお……おもってないから!……ど、どんな味だとかどんな香りがするとか気にしてない……気にしてない……ほ、ほんとうなんだぜ!!!」

 

 

 顔が真っ赤な茹でリンゴに変わってボソボソと独り言を呟く魔理沙は慌てていた。その光景をニタリとねばり気のある笑みを浮かべて見ていた小鈴は更に追撃を加える。

 

 

 「私、見てしまったんですよね~魔理沙さんが落ちていたケイ君の髪のにおいを隠れて嗅いでいる光景を~♪」

 

 「嘘!?見られていたのか……はっ!?ち、ちがうんだぜ!!慧吾違うんだ!!こ、これは小鈴の言う出まかせで……!」

 

 「そして魔理沙さんが()()ない気持ちになって濃厚な味わいのある採取したキノコをお口で舐め舐め……♪」

 

 「や、やめろ……!やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめてくれー!!!」

 

 

 真っ赤色を通り越して燃え上がる顔を帽子を覆い隠してそのまま博麗神社から逃走してしまった魔理沙……そしてしてやったりと満面の笑みを浮かべる小鈴……勝者は小鈴で決まった。だがまだ終わっていない……魔理沙は負けたがもう一人厄介な相手が残っている……

 

 

 「…………………………

 

 

 無言で小鈴の背後に佇むのは病んで霊夢だった。霊香に説教を受けていたはずが、瞬間移動したと錯覚してしまう程の速さで小鈴の背後を取ったのだ。そして霊夢は濁りに濁った瞳で見下ろしていた。それに気づいた小鈴は振り返っても笑みは消えていなかった。

 

 

 「霊夢さん居たんですね。ああ、ここは博麗神社なので博麗の巫女である霊夢さんが居ない方がおかしいですよね失礼でした」

 

 「……そうね……ねぇ小鈴……前にも言ったわよね?()()慧吾に手を出しちゃいけないって……

 

 「()()ってケイ君は誰のモノでもないんですよ?ケイ君は物ではないのですからそこのところそろそろ訂正してあげたらどうですかねぇ?それにケイ君に夢中になり過ぎて私生活に影響及ぼしてませんか大丈夫ですかぁ?」

 

 「………………………………………………………………………………

 

 

 小鈴は挑発的な態度で見上げたまま霊夢に言い放つ。その言葉に眉一つピクつかせることなくただ小鈴を見下ろし続けていた。無言の圧力をかける霊夢相手に縮こまることもせずに威勢を保っている小鈴は間違いなく強者と言えるだろう。 

 

 

 毎度のことながら俺の前で争うなよ……ほら見ろよ。霊香さんも呆れて物も言えなくなっているぞ。

 

 

 何度目だろうか……このやり取りも見飽きたものだと慧吾は感じる。そして慣れてしまった自分はもうこの世界の住人なんだと改めて実感させる要因であった。

 

 

 霊夢・魔理沙・小鈴の3人が慧吾の昔からの付き合いだ。何度も反発し合い時には互いに協力し合った時もあった。そして小鈴と初めて会った時の記憶が自然と思い浮かんでくる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の鈴奈庵にて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おたからの()()()()なんでしゅから!!」

 

 

 まだ幼くて言葉を噛みながら言い放った小柄の少女が慧吾の手に持っている一枚の写真を見つけると凄い勢いで詰め寄ってその手から奪い取った。小柄の少女は写真に傷がついていないか念入りに隅々まで目を凝らしながら確認している。奪い取られた慧吾の方はあまりの衝撃に固まっており、写真の中身を見ることが出来なかった霊夢は名残惜しそうに写真を見つめていた。

 

 

 ……はっ!?突然の出来事で我を失っていた……が、この子は何を言っているんだ!?さっきの写真はどう見ても成人男性の上半身裸が写っていた。ただ写真に写っているならば俺は何かの記念写真か自身の肉体のアピールのために撮ったものだと思えただろうが……そうは思えなかった。この写真には不自然なところがある……それは写っている男性の向きだ。男性を横から見上げるように撮られていた。しかも上半身裸なのは男性が着替えている最中であったと気づいてしまった。つまり俺が言いたいのは……これは盗撮写真だということだ。この時代に撮影技術があるのは妖怪の山にいる天狗と言う種族に関係していることだが今はそんなことはどうでもいい。肝心なのは目の前の子供がそれを『お宝』と呼んでマジマジと舐めまわすように見ていたことに、俺の背筋に冷たいものが触れた錯覚を引き起こしたぞ……

 

 

 体が急に寒さを感じた慧吾は背を向けて写真を眺めながら「はぁ……はぁ……♪」と甘い声で息を出している小柄の少女から自然と距離を取った。本能が危険性を感じ取り防衛本能が働いた結果だった。慧吾は6年しか生きていないが様々な魔の手から己の童貞を守って来た。その過程で変態的な行動を起こす大人を見てきたが、目の前にいるのは子供だがその大人達と雰囲気が似ていた。小柄の少女も霊夢や魔理沙と同じで不細工に該当する。飴色の髪を鈴がついた髪留めでツインテールにしており、紅色と薄紅色の市松模様の着物を身に付けていた。勿論不細工なので吹き出物もシミも無く将来は有望な不細工に育つだろう。しかし慧吾にとっては不快感など感じない……のにも関わらず距離をおいてしまう。

 

 

 この子は……捕食者だ!危険だぜぇこの子供はヤバイぞ!!?

 

 

 流石に歳がさほど変わらない子供が捕食者とか冗談ではないと慧吾は思った。まだ幼く純粋な時期……好き嫌いはあるにしても性欲が開花している子供がいるとは思わなかった。もしかすると他にもいるのかもしれないが、慧吾は会ったことが無い。会って堪るもんかと全力で拒否するであろうが、瞳に映る小柄の少女の後ろ姿が今や子供に見えず、小さな捕食者が映っていた。

 

 

 「だぁれ?」

 

 

 霊夢が小柄な少女に聞いた。名前の知らない子に対する純粋な質問だろう……しかし慧吾は正直このまま関わらない方がいいとさえこの時は思えたのだ。だがもう遅かった。思い出したように小柄な少女は振り向いて挨拶をする。

 

 

 「ぐぬへへへう~♪……はっ!?そ、そうでした!おきゃくしゃんのまえだった……ごめんなさいわたしは……ぴぃあ!?」

 

 

 奇声を上げて目が飛び出したのかと思うぐらいに驚いた様子だった。それもそのはずである……先ほどまでお宝だと言っていた男性の盗撮写真がひらひらと重力に従って床へと落ちた……それ程の衝撃だった。写真で見るよりも歳が近いし、顔もいい、更に写真では味わえない相手から向けられる視線、におい、声、呼吸音……それら全てに生々しさがある。写真では決して味わうことのできないもの……それが生だ。写真なんかよりも生が良いに決まっていた。紙切れで満足なんかできるわけがない……女なら当然生を選ぶ。

 

 

 「わ、わらひは……ごほん!わたしは本居小鈴でしゅ!パパとママのまぐわいによってうまれました!わたしのゆめはだんせいとまぐわってママになることでしゅ。そのためならばおたからもすてます!!ですのであなたのたねをわたしのおちつのなかにうえつけてくだしゃい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本居小鈴……この鈴奈庵の子供か……ってこいつさっきからなに卑猥なことばかり言っているんだよ!?『うえつけてください!!』とか輝いた表情で言ってんじゃねぇぞ!!?それにその歳で『まぐわい』とか使うなよ!!おいこら親は一体どんな教育をしてきたんだよぉ!?

 

 

 慧吾は心の奥底から吐き出してしまいたい衝動に駆られた。自分よりも歳下の子供が大人の性事情を知っており尚且つ初対面で『まぐわい』や『たねをうえつける』などと卑猥な言葉を覚えていた。確かにこの世界は男が圧倒的に少なく美醜逆転しており美人が不細工に、不細工が美人に受け取られる世界だ。不細工が損をする世界でもあり、女は堪りに堪った性欲を発散させるために男を求めて襲い掛かることがあるが、まだ早すぎる性事情を目の前の小鈴は理解していたことが慧吾にとって心をえぐられる気分だった。

 純粋に外で遊び、大人を真似事をしたり、勉強をして次第に体と心に相違して『性』というものを理解していくものだ。今はただ周りに迷惑をかけ、何度も怒られて成長していく過程をすっ飛ばして「サンタクロース?そんなものいない。あれ親でしょ?」なんて言われるようなものだ。こんなこと自分の子供から言われてみろ……親は悲しくてやりきれないはずだ。だから慧吾は目の前の少女と言う存在がショックだった。

 

 

 こいつこんな歳で既に純粋を捨てやがったとは……こんなの見ていると悲しくなる。何とかして純粋な心を取り戻させてやらないと俺が見ていられねぇぜ……

 

 

 「小鈴とか言ったよな?とにかく落ち着いて話そうぜ。そう興奮するな、俺達はただここに寄っただけだからすぐに出て行く」

 

 「――ッ!?そ、そんな……やっぱりわたしはぶさいくなんでしゅね……このかおのせいで……」

 

 

 そう言った小鈴は先ほどまで興奮していた気分が一気に冷めきってしまった。何度か訪れるお客()を相手にしたら毎度逃げられてしまった。顔を見ると逃げる……しかしそれも小鈴が欲情した表情を作りながら迫って来るのだから相手が子供であっても男性からしたら採って食われてしまう(意味深)光景が頭をよぎり身の危険を感じて逃走する。男に飢えているのは大人だけではない……それを小鈴と言う存在が体現していた。

 

 

 小鈴はまだ幼いながらもちゃんとした親がいる。決して毒親ではない立派な両親に囲まれてこの鈴奈庵で暮らしていた。そんなある日に夜遅く起きた小鈴はトイレに行くときに見てしまった。この世のモノとは思えない芸術的な光景……視界に映る光景は激しく上下に揺れ動き、暗闇の中で聞こえてくる美しい()()()()が小鈴の精神を意識を釘付けにした。

 布団の上で夜の大運動会を繰り広げていた両親の神秘的な姿を目の当たりにした小鈴の中で何かが弾けた……小鈴はそれ以来、あの神秘的な光景を忘れることができず、体が(うず)けば夜な夜な店から本を抜き取り布団の中で読み漁った。そして彼女は神秘的な光景をいつしか夢見るようになり、自らの少ないお小遣いでまだ見ぬ神秘的な光景を見せてくれる秘蔵の品(薄い本)を買い漁るようにもなっていた。そのおかげで今では同年代の子供達よりもひときわ輝いた知識を自然と身に付けた。いつか自分もあの神秘的な光景を体験できると……幼いながら夢見ていた……そんな時に同世代の男の子である慧吾が現れた。

 

 

 しかし返ってきた言葉はやはり自身を避けるものだった。理解していたが理解したくなかった……顔が悪いという理由だけで男性をまともに話ができない、遠ざかってしまうなど経験していたからである。本人はこの醜い顔が全て悪いと思っている(本当は欲情した小鈴を見て引いていただけだったのだが)

 

 

 「……すみませんでした。みぐるしいものをみせて……わたしはこれでしつれいしましゅ……」

 

 

 慧吾と霊夢に背を向けて奥に向かおうとする。背を見せた小鈴の表情は唇を噛みしめてとても悲しそうな顔をしていたがそれを見せることはなかった。これ以上自分の醜い姿を見せることは必要ない。小鈴も不細工に生まれてしまったが故に苦しい思いをする一人の女であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……見苦しいなんて思ってねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……えっ?」

 

 

 そんな時に背後から声がかかる。声に釣られて振り向くとその声の主は勿論慧吾であった。

 慧吾は目の前の小鈴が不憫に思えた。霊夢や魔理沙と同じように見た目で損をしている……小鈴に至ってはそれだけのせいではないのだが、それでも慧吾は声をかけた。

 

 

 「俺は別に不細工とも見苦しいとも思っちゃいねぇって。ちょいと俺は特別でな、小鈴の顔を見ても嫌とは思わねぇんだ。だから悲観的になるなって」

 

 「で、でも……むりしてないでしゅか……?」

 

 「してねぇよ。また本当のことを言うと小鈴は小っちゃくて()()()()じゃないか」

 

 「()()()()!?」

 

 「あっ」

 

 

 しまったと慧吾は思った。以前本当のことを言って金髪女性×2(紫と藍)に狙われた時のことを思い出した。今でも時々スキマを通じて慧吾の前に現れて霊香からは鉄拳を、慧音からは頭突きを受ける光景を何度も見ているから慣れてしまったが……小鈴にも効果は抜群だ。

 

 

 「ほ、ほんとうでしゅか!?うそじゃないんですよね!?……ね?」

 

 

 不安混じりの期待を込めた瞳でウルウルと見つめられてしまった。小柄な小鈴は見上げる形で潤んだ瞳が慧吾の心を刺激する。

 

 

 こりゃ勝てないな……正直に話すか。もし紫さんや藍さんみたいに襲ってきたら容赦しないけど。

 

 

 「嘘じゃない。俺にはちゃんとかわいい女の子に映っているから安心しろよ」

 

 「ふぁあああ!!」

 

 

 煌々とした表情で今までの鬱憤が吹き飛んだ顔をしていた。男から今までかわいいと言われたことのない小鈴は感極まった。

 

 

 「お、おなまえを!おなまえをおしえてくだしゃい!おねがいしましゅ!!」

 

 「落ち着けっての、俺は上白沢慧吾だ。寺子屋を営んでいる上白沢慧音の息子」

 

 「しってましゅ!たれチチのせんせいのことでしゅね!」

 

 

 おい御袋のことを垂れチチなんて言うんじゃねぇ!こいつ意外に外見とは裏腹に口がわりぃな……見た目に惑わされるなと言う事だな。一つ学んだぞ。

 

 

 「小鈴ってよんでくだしゃい!慧吾しゃま」

 

 「様呼ばわりするな。慧吾でいいぞ。それにこれからは友達だから気軽に呼べ」

 

 「わ、わたしとおともだちになってくれるのでしゅか!?ほ、ほんとうでしゅか!!?」

 

 「ああ、ここで会ったのも何かの縁だ。人と人との縁は大事にしないとないけないからな。だからそんなに堅苦しくなるな」

 

 「わ、わかりました!これからは()()()ってあいしょうでよんでいいでしゅか?」

 

 「好きにしろよ」

 

 「ああ……かみしゃま、ほとけしゃま、このごおんいっしょうわすれません!」

 

 

 跪いて神に感謝するように祈りを捧げる小鈴の姿に頭が痛くなりそうな慧吾だった。

 

 

 はぁ……疲れた……今日だけでも色々と問題が起こり過ぎた。めんどくさそうな奴だが放ってはおけなかったから仕方ない。自己満足と言うことにしておこう……それに鈴奈庵だったっけか?暇を潰せそうな場所だし、外の世界の本もあるならば読むに越したことはない。御袋から借りた本も読んでしまったから丁度いいし今日の出来事は良しとするしようじゃねぇか。こうして霊夢と魔理沙と人里を見て回って運よくここを見つけられてよかった……ん?霊夢……あっ。

 

 

 慧吾はふっと思い出してしまった。そう言えばこの場にもう一人居るはずなのに先ほどから会話に一切入ってくることなく静かだ。嫌な予感がした……慧吾は恐る恐る背後を振り返って……見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………………………………………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには血走った瞳が二つこちらを凝視して辺り一面がどす黒いオーラで暗黒世界へと変わり果てていた。暗黒世界から血走った二つの瞳が慧吾と小鈴をずっと静かに見つめていた……

 

 

 霊夢のこと……忘れていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……またせたじぇ!……ってこれはいったいなんなんだじぇ!?」

 

 

 ……こっちが聞きてぇよ……

 

 

 これが慧吾達と小鈴の最初の出会いであった。ここから霊夢と小鈴の争いが繰り広げられ、慧吾も魔理沙もそれに付き合わされ現在まで続いていく関係となっていったのであった。

 

 




読みにくいとの指摘があったので少々変えてみました。


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彼の日常

彼の周りで起きるありふれた光景の平凡(?)な日常回。


それでは……


本編どうぞ!




 「霊夢さんって前々から思っていましたけど、ケイ君を私物化していますよね?それはいけないと思いますよ?霊夢さんのモノじゃないんですから……ケイ君は私のです!」

 

 「自分が同じ人里に暮らしているからって勝ち誇ってんじゃないわよ……この糞尿顔!

 

 「霊夢さんなんか脇を見せびらかして、それを見てしまった者の脳を犯す腋臭巫女のくせに!」

 

 

 博麗神社の一角で熾烈(しれつ)な争いが繰り広げられていた。

 

 

 「腋臭なんかじゃない!慧吾私は腋臭じゃないよね?私の脇のにおいを嗅いでみてよ慧吾ならいい匂いって言ってくれるそうに決まっているそうじゃなかったらこんな脇なんかいらない早く私の体から切り離さないと慧吾に嫌われちゃう慧吾が私の元から離れてしまうそれは絶対ダメそんなのイヤ慧吾どこにも行かないで!!!

 

 

 慧吾の元にこの世の終わりのような表情で縋り付く。この場でもし「嫌い」と言ってしまったら霊夢は絶望して自らの命を絶ってしまうだろう。しかしこんなやり取りも繰り返して来たために対処法を知っている慧吾は優しく霊夢の頭を撫でた。すると霊夢も落ち着きを取り戻して猫のように顔を埋めて甘え始める。

 

 

 「霊夢大丈夫だぞ。お前は腋臭なんかじゃないからな。こら小鈴、かわいそうだから霊夢をいじめてやるな」

 

 「にゃ~ん♪」

 

 「うぐぐ……霊夢さんばっかりいい思いしているの腹立たしいです。ケイ君はいつも霊夢さんばかり相手にしているのは不公平ですよ」

 

 「この前一緒に買い物に行っただろ?」

 

 「この前はこの前、今は今なんです!」

 

 「はぁ……」

 

 

 ついついため息を吐いてしまう慧吾。鈴奈庵で小鈴と出会いそれから交流を持つようになった。慧吾は鈴奈庵にある本に興味があって寄ることが多々あった。そして初日に霊夢と小鈴の因縁が始まり、度々慧吾を巡っての争いを行うようになっていった。霊夢の独占欲が表立って現れるようになり、慧吾も魔理沙も初めの頃はドン引きした。しかし小鈴は霊夢から溢れ出るどす黒いオーラをものともせずに対抗していった数少ない強者であった。

 鈴奈庵に親にも内緒の秘蔵の品(エロ本)を子供の頃から嗜んでいた小鈴の性欲は霊夢の嫉妬のオーラに対抗できる程の力を身に付けていた。何を言っているのかわからないと思うが、ヤンデ霊夢に対抗できる存在が小鈴なのであるということだけ頭に入れて置いたらいいだろう。そしてこれが普通の光景となっている辺り、慧吾の周りは混沌としていると言えるだろう……魔理沙の存在が輝いて見えていると思われる。

 

 

 「ふん!嫌われるかもしれないと思うならそんな脇出し巫女装束なんか着なければいいんですよ。脇なんか見せびらかすような巫女装束を着ている人の気が知れませんね変態ですね」

 

 

 お前が言うなと思った慧吾……幼い頃からエロ本を隠し持っている小鈴に呆れた視線を送る。小鈴の方は今も慧吾に甘えている霊夢を睨んで鼻を鳴らて機嫌が良くなさそうだ。嫌味を言うのは小鈴も同じように霊夢に嫉妬しているからだ。決して霊夢のことが嫌いなわけではない。昔からいがみ合うことになった結果であるが……背後で霊香が霊夢と同じ巫女装束を着ているのでショックを受けていたことは誰にも気づかれなかった。そんな時に新たな訪問者が現れる……

 

 

 「永遠の若き17歳ここに推参♪愛しの慧吾君ゆかりんがあなたのハートを射止めに来たわ♪」

 

 「紫様は相変わらず登場の仕方も気色悪いですね尊敬しますよ……ぺっっ!」

 

 「藍はついてくるなって言ったでしょう邪魔なのよ!それに主人である私に唾吐いたわね!?」

 

 「なんのことだかわかりかねますね。私は慧吾殿に会いに来たのです。邪魔なのは紫様の存在自体の方ではないですか?」

 

 「本当に相変わらず口の悪い式ね!あんたなんか油揚げと間違えてガマガエルを食って食中毒になって死ね!」

 

 「紫様は便秘で出すモノも出せずにそのまま腹が耐えきれなくなって破裂して惨めに死んでください。しかしご安心ください紫様が死んだら私が賢者の後を継ぎますので」

 

 「私が死んでもあんたには賢者の座は渡さないわよ!」

 

 「寧ろ紫様は賢者などではありません。賢者(笑)が正解です」

 

 「なんですって!?もう怒ったわよ!今日こそその腐った性根を叩きなおしてあげるんだから!!」

 

 「ブーメランとはこのことですね。腐っているのは紫様の顔ですよ」

 

 「女狐がぁぁぁっ!!!ぶっ殺す!!!」

 

 

 ゴンッ!ゴンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あんたら醜い争いを見せるためにわざわざここに来たのかしら?」

 

 「「滅相もありません……」」

 

 

 紫と藍に霊香の鉄拳制裁が下された。タンコブを生やした二人は共に正座で説教を受ける羽目となった。この光景も何度も見ている。慧吾にとってこのやり取りも特別なことなど何も感じない。いつも通りの漫才を繰り広げる妖怪の賢者(笑)とその式は今日も元気である……そして実はこのお笑いコンビにもう一人新しく真面目で頼りになる子が現れた。

 

 

 「紫様、藍様大丈夫ですか……?」

 

 「やぁ橙、相変わらず苦労しているな」

 

 「どうも霊香さん、慧吾お兄さんも霊夢さんも小鈴さんもこんにちわ」

 

 

 丁重にお辞儀をするのは橙と言う小鈴と同じくらいの背丈の見た目は人間の子供変わらないが、帽子を被った茶髪のショートヘアーに猫耳と2本の尾っぽが彼女を妖怪であることを表している。藍の式神つまり式神の式神で紫はその上司に当たる。

 

 

 橙は紫さんや藍さんの唯一の良心だ。そして一番の苦労人……この場合は苦労妖怪か?どちらにせよ苦労しているのは間違いねぇんだ。そこんところ同情できてしまう……初めて会った時はビクビクしながら挨拶して俺にすら近づかず臆病な性格であった。橙もかわいいから他の男から嫌な顔をされたりして怖がっていたようだったが、優しく接していると次第に柔らかくなっていった。今ではお兄さんと呼ばれ心にグッと来るものがある……俺は決してロリコンではないが妹的存在がいるのは嬉しく思っていたりする。

 

 

 「……慧吾……なにを考えているの……まさか橙の方が私よりも良いの!?

 

 

 ギリッと唇を噛みしめて橙をもの凄い眼光で睨みつけると、その眼光に睨まれたら誰しもが生まれたての子ヤギのように足を震わせる……ヤンデ霊夢に睨まれている橙は今にもちびりそうに怯えていた。やはりこの人を視線で殺しせそうな眼光に耐えられる小鈴は只者ではない。

 

 

 「霊夢やめろ、橙が怖がっているだろうが……我が儘言うと一生相手にしてやらないぞ?」

 

 「え!?そ、それは嫌!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

 

 

 何度も懇願するように謝る霊夢の姿を見ると心が痛む……しかしあまりにも霊夢を甘やかし過ぎるとかえって霊夢のためにならないと心を鬼にしていた。

 

 

 ちょっと意地悪かもしれないが、強硬手段も辞さない。あまりにも甘えさせ過ぎると度が超えてしまうからこれは長年の経験がものを言う……こんなことに慣れてしまった俺も霊夢や小鈴のこと言えないな。まぁそれはおいといて構わない、いつものことだからな。橙は何か用件があるのだろうか霊夢を気にしている様子だ。霊夢が怖いのもあるだろうが、だいたいこう言った行動を橙が起こす時は何か話したい合図だ。ならば俺の取るべき行動は決まりだな。

 

 

 「橙、霊夢に何か用件があるんじゃないか?」

 

 「そ、そうなんです!実は()()が起こりまして……ひぃ!?」

 

 

 幻想郷で度々起こる通常でない異常な現象や状況のことを『異変』と呼ぶ。博麗の巫女は幻想郷のバランスを保つために『異変』を野放しにはできないため霊夢は異変解決へと乗り出さなければならない。しかしそれは慧吾とのしばしの別れを示す愚かな行為で、報告しに来た橙を射殺す勢いで睨みつける。慧吾との時間が少なくなってしまうため霊夢は『異変』を好き好んで仕出かす連中は許さない。

 

 

 「それで今度の異変はどんな感じなのよ。さっさと教えて橙」

 

 「にゃにゃあ……そ、それはですね……」

 

 

 イラつきを見せながら事の内容を橙は話していく……今回の異変は小規模の異変のようだが、博麗の巫女である以上解決せねばならない用件だった。そのことを橙は恐る恐る伝えている姿が健気に見えて霊夢が悪者に見えてしまう。霊夢自身は他人の視線など気にしている素振りもなく、それよりも慧吾との時間を奪ったまだ見ぬ異変の首謀者をどのように痛めつけるかあれこれ内心で考えていることを慧吾にはお見通しでこれから尊い犠牲となるであろう首謀者に対して心の中で合掌しておく。

 

 

 「ああもう!母さん私出かけて来るわ」

 

 「そうか、気をつけるのよ」

 

 「うん、所詮雑魚妖怪の集まりよ。それよりも……慧吾すぐに蛆虫共を血祭りにあげてくるから待っててね♪」

 

 「ほどほどにしておけよ?」

 

 「うん♪」

 

 

 慧吾に見送られて笑顔のまま空へと舞い上がり異変解決へと向かうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせ慧吾♪」

 

 「早すぎだろ」

 

 

 異変解決に出発してから3分程度しか経っていないと言うのに慧吾の目の前には霊夢が笑みを浮かべて立っていた。カップラーメン一つ作っている間に異変を解決してしまうとかどんなんだよと思ったが、今の霊夢を阻むことのできる壁など存在しなかったということだけだ。しかしそんな霊夢でも出発する前と後では変わった個所があった。いつもの赤白の巫女装束が真っ赤に染まっていることだ。どこからどう見ても誰かの返り血で顔にも血が飛び散っていたが、それでも気にする様子もなく笑みを浮かべていた。粛清された返り血の持ち主がどうなったかなど容易に想像できてしまう。その結果、傍に居る橙はこの光景に怯えて慧吾の影に隠れてブルブルと震えている。

 

 

 あまりにも早い帰宅は今回ばかりのことではない。慧吾が訪れているのと訪れていないのとでは異変解決の速度に天と地ほどの差があり、霊夢のやる気も断然違いが生まれていた。一秒足りとも離れたくないと思う一心で血は流れた(一方的)が無事(?)異変を解決した。しかしそれ故に早く帰って来たのを不服に思う小鈴は鼻を鳴らして不満を表す。

 

 

 「ふん、もう帰って来たんですか……ゆっくりと異変解決を楽しんでいればいいものを」

 

 「慧吾と一緒にいる方が楽しめるからいいのよ」

 

 「私は霊夢さんがいると楽しめないのですけどね」

 

 「抜け駆けは許さないから」

 

 「それはこっちのセリフです!」

 

 「喧嘩している間にお茶でも貰おうかな」

 

 

 慣れた光景をスルーして居間にある茶菓子を摘まむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ついたぞ」

 

 「あ~あ、折角ケイ君と二人っきりの時間がこんなにも早く終わりを迎えるなんて……小鈴寂しい……」

 

 「結構長い時間二人っきりだっただろうが……早く離れてくれ歩きづらいんだ」

 

 

 人里へ帰るため博麗神社を後にし、道なき道を歩いて人里まで帰って来た慧吾と小鈴。二人とも人里で暮らしているために帰路も当然ながら同じであった。

 血染めの巫女装束から予備の巫女装束(全く同じ巫女服)に着替えた霊夢を交えて博麗神社でのんびりと時間を過ごそうとしたがそうはいかない。テーブルを囲うなら慧吾の両隣に誰が座るかの争いがあった。しかし当然ながらのように霊夢が紫と藍を下して隣を会得する。戦闘が不向きの小鈴も片側に座り、二人に挟まれながらくっつかれつつ他愛もない話で時間を潰し時間が経っていった。それぞれ帰路につく頃合いとなり、ボロボロになった藍と紫をスキマに強引に放り込んで律儀に別れの挨拶をして帰る橙は立派だなと慧吾は思いつつ見送り、慧吾と小鈴も人里へ帰ることに。

 ここからがまためんどくさいこの上ない……必然的に小鈴と帰ることになって二人っきりの状態になる。それを霊夢は毎度恨めしそうに輝きを失った瞳で睨みつける。親の霊香が居る為に下手なことはできないがいなければ闇討ちぐらいしてきそうな恐ろしさを感じてしまう……背中に視線を感じながら博麗神社を後にする。博麗神社が見えなくなり感じていた視線がなくなると小鈴はさっと近寄って来て慧吾の装備品に早変わりした。呪いの防具のように外せなくなった腕に抱き着いた小鈴を装備したまま無事に人里へと到着したのであった。

 

 

 名残惜しそうな腕に抱き着いた装備品である小鈴を取り外す(呪いは解除した)ブーブーと文句を吐くがいつも通りの事だから慧吾は華麗にスルーする。

 

 

 「小鈴、もう遅いから早く帰りな。親御さんが心配するだろ」

 

 「ええ~このままケイ君とプロレスごっこ(意味深)したかったのに……」

 

 「はいはい……一人でやっていてくれ」

 

 「むむむ……今日も一人で寂しく()()ことになるんですね……」

 

 「卑猥な発言やめろ」

 

 

 それを別れの挨拶として慧吾と小鈴は我が家へと足を踏み出した。おかしな挨拶だが、これも慧吾達にとって慣れ親しんだ挨拶なのだ。

 

 

 まったくあいつは外見はかわいいのにこの発言と来たものだ。慣れとは恐ろしいものでこの会話も今や別れの挨拶並みに定着している。知らぬ間に自然とそうなってしまっていた。そうなってしまったのも俺に個性豊かな友人が出来たことが原因だ。しかし後悔はしていないし、寧ろ今ではこれが俺の日常になっている。密かにこの日常を楽しんでいる自分がいるのは内緒だ。できればこの日常がいつまでも続きますようにと願うばかりだが……現実はそう甘くないんだよ……

 

 

 ポリポリと頭を掻きながら小さな不安を心の底へとしまい込んで親が待つ我が家の扉に手をかける……

 

 

 「おかえり慧吾」

 

 「ただいま御袋」

 

 「よっ!やっと帰って来たのか。また霊夢の奴か?」

 

 「ああ、毎度のことながら恨めしそうな瞳で見送られた。小鈴とはここまで一緒だった」

 

 「モテモテだな慧吾♪まぁそれよりも今日は慧音じゃなく私が作ったご飯だ。腹いっぱい食べろよ」

 

 「妹紅さんのご飯はうまいから楽しみだな」

 

 「それじゃ私のご飯がまずい言い方みたいじゃないか?母親である私の料理はもう食べたくないのか……?」

 

 

 妹紅の料理がうまいと言う慧吾の発言にちょっと嫉妬してしまう慧音。自分よりも妹紅が作った料理の方がいいのかと不安げに問いかける。

 

 

 「そんなことない、御袋の作る料理はうまい……息子の俺が言うんだ間違いないさ」

 

 「ふふ、そう言ってくれるか……ありがとう慧吾」

 

 

 息子の言葉に元気が湧いてきて笑顔になる。傍に居る妹紅も自然と笑顔になり、慧吾も頬が緩む。

 

 

 家に帰ると出迎えてくれる家族がいる。毎日子供相手で疲れても家では笑顔を絶やさない慧音とこうして時々泊まりに来るようになった妹紅と共に慧吾の日常が過ぎていく……この世界では不細工と扱われる彼女達も慧吾と出会って笑顔が増えていった。上白沢慧吾と言う一人の人物によって大きく人生が変わった者達も中にはいる……この幻想郷で度々起こる『異変』を通じて不細工と呼ばれる少女たちはあべこべ世界の概念に囚われることのない一つの希望()と出会って来た。

 

 

 近々語られるであろう異変の数々……幼い吸血鬼に亡霊やら月の姫様等々関わって来た。そのことを語るのはまた次の機会で語ろう……

 

 

 今は彼の日常をそっと見守っておこう……

 

 




読みにくいとの指摘があったので少々変えてみました。


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壱章
こうもり主人に仕えるメイドさん


試行錯誤を繰り返して内容を見直したりしていて少し時間がかかってしまいましたが今年中に投稿出来ました。


あべこべ世界で過ごして十何年……彼にも新しい出会いが存在する……そんな回です。


それでは……


本編どうぞ!




 つい先日妖怪の山と呼ばれる天狗達の縄張りに一筋の光が差した。人里からでもはっきりとその光が見え、人々が滅びの前触れかと思われ、慧吾もこの光を目撃しており異変であることを認識していた。それが何でもその光は外の世界から引っ越して来た『守矢神社』なる建物がそこに根付いたらしい。人里に住む一般人の慧吾がその情報を入手できたのはある天狗のおかげである。

 

 

 「それでですね慧吾さん、霊夢さんたら私をボコボコにしたのですよ?酷いと思いませんか!」

 

 

 たった今、慧吾と語らいでいるのは射命丸文と言う鴉天狗だ。以前に快晴の空に紅い霧がいきなり現れて幻想郷中を覆いつくそうとしたことがあった。その時は人里に居たため何が起こったのかわからなかった慧吾だったが親である慧音から異変だと告げられ納得し、霊夢と魔理沙が解決してくれることを祈りつつ待った。そして見事に紅い霧は無くなり異変は解決したすぐ後のことであった。人里に現れたのが鴉天狗の記者こと文であった。周りに色々と取材を申し出ていたが、女性ならまだしも文が男性に声をかければ避けられていたし、冷たい視線を向けられていた。それを見ていて不憫だと思った慧吾は親切心から声をかけた。文はいきなり男性から声をかけられてビクリと大変驚いた様子をしていたが、ジャーナリスト魂なのかすぐに営業スマイルを発揮した。しかしまた驚くことになる……男性であるはずの慧吾が文を蔑ろにしなかったことは当然だが、このあべこべ世界ではそうではない。

 

 

 不細工が損をする世界で女性と違い男性は価値が高い。同じ女性であっても美人と不細工とでは更に価値が大きく違い、人であっても妖怪であってもそれは変わらない。

 

 

 文は1000年以上前の頃から幻想郷に住んでいるが彼女は妖怪であるため見た目はピチピチの女性の姿をしている。当然ながら彼女も不細工に含まれる部類だった。特に黒のフリルの付いたミニスカートから見える足が肉付きが良く、余計に不細工を引き立たせているが、慧吾には刺激が強いものであった。しかしそれは慧吾のみであって他の男性からしてみれば醜い容姿を見せびらかしている行為にしか見えなかった。だから男性に取材をしようにも舌打ちをされたり、気持ち悪がられたりもした。不細工だから取材を断られることも多く精神的にも痛い思いを何度もしたが伊達に1000年以上生きてはいない。その程度で挫けていては記者を名乗ることなど文のプライドが許せなかった。例え彼氏いない歴=年齢の文であるが、そんな時に慧吾と出会い取材を駄目もとで申し出ると今までの男性の態度と対して優しく取材を受けてくれると了承してくれた。文は今までの苦労が報われたように心が浄化されてしまった。

 

 

 「退治(と言う名の虐殺)されなかっただけでも幸運だろ?って言うか今回の異変は天狗側も大変だったな」

 

 「そうなんですよ!いきなり現れたかと思ったら『守矢神社を信仰しろ!』などと言って来た時は何考えているんだと思いました。ですが私は記者なので軽率な思い込みをせずに色々と調べると守矢神社が抱えていた問題が判明したのです」

 

 「守矢神社?巫女さんがいるのか?」

 

 「はい、東風谷早苗と言う霊夢さんの2Pカラーの色をした巫女……本人は風祝(かぜはふり)と主張していますがね」

 

 

 文と関係を持つようになってからはこうして度々慧吾の元へと訪れている。男性では慧吾以外に相手をしてくれる者などいるわけもないため日々報われぬ取材をしては慧吾の元を訪れて心を癒していた。それに異変に関わらなければ入手することのできない情報が文からもたらされるので慧吾も拒むことはしないし、人としてそのような愚行は行わない。だが、幼少期の頃の小鈴に男性の隠し撮り写真を売っていた人物がこの文であったことを知った慧吾はそれ以降関わらないようにしようとした。しかしそのことに泣きついて謝って来たので二度と隠し撮りをしない約束を誓わせたことがあった。慧吾のおかげで世の中の男性を視姦の対象から少しは守れた結果にも繋がったとか。

 

 

 「霊夢にも同業者が現れたと言う事か」

 

 「どちらかと言えばライバルではないですか?」

 

 「ライバルポジションは魔理沙な気がするんだがな……」

 

 

 何気ない異変について会話しているとドアをノックする音が聞こえてきた。直接心に響くような優しいノック音だ。慧吾はこの音に聞き覚えがある。このような上品なノックの仕方は一人しかいない……

 

 

 「咲夜か?開いているぞ」

 

 

 スッとドアが開かれるとそこには日傘を差したメイドと小さな少女が入って来た。

 

 

 「ごきげんよう慧吾」

 

 「こんにちは慧吾様」

 

 「レミリアも一緒だったか。咲夜も元気そうだな」

 

 

 真っ赤な外装の建物である『紅魔館』の主である吸血鬼レミリア・スカーレットとその従者である十六夜咲夜、特に咲夜とは度々会っている……っと言うか向こうから会いに来ることが多い。だがレミリアも一緒とは珍しいと慧吾はこの時そう思った。

 吸血鬼であるため日光が天敵であるレミリアが人里しかも慧吾の自宅を訪れるのは珍しいのだ。吸血鬼と言う生き物はお肌がスベスベで柔らかそうなプルンとした唇に当然ながら整った顔が幼い子供の姿ながらも見る者に吐き気を与えてる。腐ったみかんが子供の姿をしているようである……そのことはレミリア自身もわかっており、人里を訪れればこそこそと陰口を叩かれるのは本人も自覚している。だから自らが人里を訪れることなどほとんどなく用事があるならば咲夜に伝えているはずである。その二人が一緒に訪れたとなると何かあると慧吾と文は思った。

 

 

 「あやや、お二人が一緒とは慧吾さんに何か用事ですか?」

 

 「ええ、今日はお嬢様とご一緒に慧吾様に御用があって来ました」

 

 「ふっふっふ……このレミリア・スカーレット自ら()()に来てやったんだからありがたく思いなさいな!」

 

 「()()に?」

 

 

 日傘を畳んだメイドがスッと慧吾に近づいて一枚の紙を渡す。

 

 

 その紙には紅魔館の主レミリア・スカーレット主催のパーティーの招待状であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで慧吾と私は明日紅魔館を訪れる予定だ。妹紅も当然来るだろ?」

 

 「なんだよ私の名前でも入っているのかよ?」

 

 「ああ、妹紅さんの名も入っている。俺の親は御袋だけじゃないからな」

 

 「へっ、なら仕方ねぇな。お子ちゃま吸血鬼主催のパーティーに参加してやるか!」

 

 

 帰宅した慧音は慧吾から昼間にあった出来事を伝えられた。そして受け取った招待状には上白沢家二人の名前と妹紅の名が記されていた。上白沢家ではないにせよ、招待状に自分の名前がちゃんと入っていたのを知ると妹紅は嬉しそうにしていた。しかし妹紅には気になることがある。

 

 

 「パーティーと言うと他の奴らも来るんだろ?誰が来るか知っているか?」

 

 「この場に居た文は招待されていないけど来るなあれは……目をリンリンと輝かせていたし」

 

 「その他は?」

 

 「他は……おそらく霊夢と小鈴は来る気がしてならない」

 

 「あの二人はなぁ……」

 

 

 呆れ顔を晒して一杯の味噌汁に口を付ける妹紅。あの二人の性格からしたら慧吾をパーティーに参加させて、お酒か睡眠薬を飲ませてそのままベッドINして既成事実を作り上げるのではないかと思ったりするだろう。レミリアに限ってそんなことをするわけもないのだが、この世界の女にとって男は全財産よりも貴重である。男とヤルか永遠に金持ちになり一生不自由なく暮らすことのできる生活が保障されるのとどちらがいいかと言われれば9割方の人物は迷わず男と答えるだろう。

 特に昔から付き合いのある霊夢と小鈴は慧吾にしか目が向かない。魔理沙もだが彼女ならば慧吾に迷惑がかかるからと言って自重することもあるが、ヤンデ霊夢はそんなことするわけもないし、慧吾限定だが清く正しい射命丸(嘘)のようにどこからともなく嗅ぎつけてやって来る。霊夢が参加するなら小鈴も邪魔するために参加すると決めつけてもいいだろう。しかしそれだけで二人が警戒する理由ではない……紅魔館にはたった一人だけ人間がいる。

 

 

 昼間レミリアと共に居たメイドの十六夜咲夜だ。

 彼女は紅魔館で唯一の人間で、メイド長を務めている。銀髪のボブカット、もみあげ辺りから三つ編みを結っており、年齢とは裏腹に凛々しい顔立ちと短いスカートから見える生足には傷一つなく、スラリとした体型をしていた。慧吾にとっては美しく見えるがこの世界では不細工に見られてしまう彼女もまた一人の女性である。異性である慧吾に興味を持つことも当然であり、とあることがきっかけで知り合い咲夜の主であるレミリアと紅魔館全体を巻き込んでの関係が結ばれることになった。そのことはまた話すが、咲夜も人間であるが結婚して子供を授かり温かい家庭を築く女の夢を一度諦めたが、慧吾のおかげで再びその夢に火がついたことは言うまでもない。

 人前では凛々しく「完全で瀟洒な従者」として振舞っているが、内心慧吾のことが気になっている様子である。実際に昼間レミリアと訪れた際にずっと慧吾を視線で追っていたし、人里に買い物しに来た時には毎度慧吾の元を訪れる程だ。彼女もまた幸せを掴みたいのだろう……恵まれない女であるならば誰だってそうだ。

 

 

 そしてそのことを霊夢と小鈴が知らないわけはない……

 

 

 「ゆっくり楽しめるかわからないな……」

 

 「そうだな妹紅の言う通りだな」

 

 

 様々な問題がある中で慧吾達はレミリア主催のパーティーを楽しめるのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇレミリア……慧音と妹紅はまだわかるけど……どうして私をここに招待しようとしなかったの?ねぇ……どうして?別に食べ物をせがみに来たわけじゃないのよ?慧吾を呼ぶなら未来のお嫁さんであるわたしを呼ばなかったのはおかしいわよね……ねぇ……どうして……?ネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテネェドウシテもしかしてレミリアは私が慧吾にふさわしくないと思っているわけそんな無いわよねレミリアは私の味方よね……レミリアそうよね?ソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネソウヨネ?

 

 「え、えっと……霊夢落ち着いてくれないかしら?ここはパーティー会場なのよ……だからそのどす黒いオーラを放つのは止めてくれない?」

 

 「私を招待しなかった理由を話してくれたら考えてあげる……

 

 

 紅魔館の外野パーティーでひときわ目立つ黒いオーラを身に纏っている巫女が小さな吸血鬼に絡んでいた。巫女の手には普段ならばお祓い棒を握りしめているはずだが、今に限っては鋭利な刃物が握りしめられていたのは錯覚なのではなかった。

 

 「レミリアさん、ケイ君のためを思ってやったことかもしれませんがそれはケイ君のためになりません。ケイ君は私が傍に居てあげないと寂しくてパーティーもろくに楽しめません。呼ぶのは霊夢さんではなくこの私を選ぶべきなのですが……何故魔理沙さんは堂々と招待状を持っているのか解せませんね。どうして私と霊夢さんは仲間外れにされたんですかねレミリアさん……それに魔理沙さんも私達に黙っていたとはどういうことでしょうかね?説明を要求します。ちゃんとした理由があるんでしょうね?私達が納得できるような理由があるに決まってますよね?私達は昔からの友達ですよねそうですよね魔理沙さ"あ"あ"ん"!?」

 

 「いやこれは……フランの遊び相手になった時にお礼としてもらったもので……慧吾が出席するとは知らなかったんだぜ」

 

 「過程の話はいいんです。最初は知らなかったとしても先ほどケイ君が出席すると知ったんですよね?それならばすぐに()()()に報告してくれればいいだけの話です。それなのに草むらから様子を窺っていましたが一向に報告しようとする意志が感じられませんでした。ずっとケイ君の傍にいて楽しそうにしていたではないですか……そこのところどうなんですかあ"あ"!?」

 

 「小鈴怖いって……ってかお前見ていたのかよ!?いつからだよ!!?」

 

 「ケイ君が慧音先生達と家を出たところからです」

 

 「自宅から慧吾に付きまとっていたのかよ!?ストーカーじゃねぇか!!」

 

 「断じて違います。追っかけです」

 

 

 そして反対側では小柄な少女が金髪の白黒娘に詰め寄っているのが見える……霊夢と小鈴だ。光を失った濁った瞳でレミリアを、笑顔だが目が笑っていない視線で魔理沙をそれぞれ追い詰めていた。

 

 

 パーティー開始早々問題が発生していた。話の流れからもわかるように招待状をもらうことがなかった(=招待されていない)霊夢と小鈴がパーティー会場に乱入して来た。慧吾の不安は的中してしまい、主催者であるレミリアと密かに招待状を手に入れていた魔理沙に詰め寄っている……傍から見たらほとんど言いがかりであるが、それをも寄せ付けない圧力が周りを制止させた。

 徐々に霊夢との距離が近づいていきレミリアの間近には刃物が、魔理沙には拳をコキコキと鳴らしながら迫っている。迫られた二人は顔を真っ青にして体がブルブルと震えるしかなかった……このままだと二人に危害が及ぶのは間違いない。そんな時、二人の姿が一瞬にして消えた。消えてしまった光景にその場に居た全員が驚く様子を見せることはなかった。何故ならそんな芸当ができる人物がこの場に居るのをみんな知っていたからだ。

 

 

 「咲夜さん邪魔しないでくれませんか?今は魔理沙さんと話していたんですから」

 

 「咲夜どきなさい……レミリアと大事な話をしていたところなのよ

 

 「申し訳ありませんがお嬢様を危険に晒すことはできません。それに魔理沙も御客人なので手荒な扱いはお控えください」

 

 

 レミリアと魔理沙を魔の手から救ってくれたのは咲夜であった。彼女には『時間を操る程度の能力』で自由に時間を止めることができるため、時が止まっている間に二人を救出したのだ。

 だがまだ話は終わっていないと霊夢と小鈴は二人を庇う咲夜ににじり寄って行く……鋭い刃物を持った霊夢が近づいても咲夜は表情一つ変えることなく主人の壁となる姿は美しさを感じてしまう(慧吾の視点のみ)

 

 

 このままではパーティーが血祭りパーティーに変貌してしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

 

 

 「おい、霊夢も小鈴もやめとけ。折角のパーティーが台無しになるだろうが……もしそうなったら一生口を聞いてやんねぇぞ?」

 

 「えっ!?そ、それはイヤ!お願いそれはイヤだ慧吾とお話できなくなるなんて耐えられないごめんなさい謝るから許してごめんなさいごめんなさいごめんなさい慧吾捨てないで!!!

 

 「NоOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!

 

 

 周りに二人の悲鳴がこだまする。女の子二人にこんな悲鳴を挙げさせるなど外道の行いだがこうでもしない限り鎮圧するのは骨が折れてしまうからだ。愛しい慧吾に拒絶されたらどれほど苦しいことか……そのことを理解できる者は霊夢と小鈴に魔理沙……そしてもう一人……

 

 

 「……」

 

 

 表情を一つを動かさずに拳を握りしめていた咲夜であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ!慧吾お兄ちゃん!」

 

 「フランいい子にしていたか?」

 

 「うん!」

 

 

 慧吾を見つけると目を輝かせて走り寄って来たのはレミリアの妹のフランドール・スカーレットだ。見た目は幼い人間の子供と相違ないが彼女も姉であるレミリアと同じ吸血鬼である。姉に負けず劣らずの容姿を兼ね備えた元気いっぱいの女の子だが慧吾よりも当然年上で、それなのに慧吾を『お兄ちゃん』呼ばわりするのは慧吾が慕われている証拠である。本人も『お兄ちゃん』と呼ばれるのはくすぐったいが、悪い気持ちにはなれず寧ろ邪な心が浄化されるような気がしていた。

 

 

 フランはとある理由で最近まで外に出たことすらなく箱入り娘だった。そのために自分が不細工の部類に入っているなどあまり理解していない様子で無邪気な子供そのものだった。俺もそこのところ気にすることなく接することができるため仲は兄妹みたいな関係で何か良い……無垢で笑顔が素敵で可愛らしいのに、この世界で生きる男達は損をしているな。その分、俺が得するから結果は良いんだけどな♪

 

 

 「そうか、いい子にしていたか。なら褒美に撫でてやるぞ」

 

 

 慧吾の手がフランの頭に触れ優しく撫でてやる。そうするとフランは「えへへ」と声を漏らし大変嬉しそうな笑顔を見せて来た。その笑顔はフランが幸せであることの証拠であった。遠くの席で赤と白の巫女服を着た少女が光を失った瞳でこちらをジッと睨んでいたり、小柄で鈴の髪留めをした少女がピキピキと音を立て、手に持った食器にひびが入っていく光景を見てしまったがそれはスルーした。構っているとそれだけで一日が過ぎてしまい、パーティーを楽しむことができなくなってしまう……そんなことになるのは慧吾も嫌なのだ。

 

 

 「慧吾さん来てくれたんですね!」

 

 「美鈴も元気にしていたか?」

 

 「はい勿論です!昨日もただ昼寝をしていただけで咲夜さんにナイフをもらいました(物理)」

 

 「昼寝していたら門番の意味ないだろ……」

 

 「大丈夫ですよ。やる時はやりますので!……なんなら一発()()()()()()

 

 

 中国風彼女の名は紅美鈴と言い、紅魔館の門番をしている。髪は赤く腰まで伸ばしたストレートヘアーで妖怪である。何の妖怪であるかはわからないが、身長は高くスラリとした体に出るところは出ている……特に胸の辺りが目立っている。モデルと言われても違和感がない程に慧吾からしてみれば美人だがこの世界からしてみれば不細工なのである。しかしこう見えても彼女は武道の達人であり門番には相応しい……はずだが、居眠りが多くその隙に紅魔館に侵入する白黒魔法使いが居るとか……門番とは一体なんなんだろうかと思わせる女性である。

 

 

 そんな美鈴が最後に慧吾の耳元で呟いた言葉にどれほどの周りの人物が気づけただろうか。すぐ傍にいるフランですら聞こえていない様子……慧吾にしか聞こえないような小さい声量で呟いた言葉は誘いだった。その言葉だけが妙に色っぽく感じとれてしまい、美鈴が持つ大人の魅力が漂って来る。霊夢達には無い大人の色気に体がビンビンと反応してしまいそうだった……

 

 

 「慧吾様に妹様、お飲み物をご用意いたしました」

 

 「あれ?咲夜、美鈴はどこ行っちゃったの?」

 

 「おそらくトイレでしょう。それよりもどうぞジュースです」

 

 「やったー!」

 

 「慧吾様もどうぞ」

 

 「お、おう……」

 

 

 何故俺は歯切れが悪いのか……それはつい先ほどまで俺に誘惑の言葉をかけていた美鈴が突如として消えて、目の前に咲夜がいたからだ。俺はそれで全てを察した……美鈴は今頃どこかで寝ている(意味深)ことだろう。フランは何も知らずにのびのびジュースを飲んでいるし、咲夜は何事もなかったように対応しているからこれがまた恐ろしい……紅魔館は彼女中心で回っていると言っても過言ではない。実際に財布のひもを握っているのは咲夜らしいしな。彼女を怒らせてはいけないと改めて実感させられてしまった。しかし咲夜がどうやって美鈴を連れ出したのか……咲夜の能力で時を止めてその間に美鈴は連れていかれてしまったようだ。きっと毎度のことながら、頭にナイフが刺さっているだろう……そして俺はふっとこの場にいない連中のことを気に掛けた。

 

 

 「そう言えばあの図書館組はどうした?」

 

 「パチュリー様は外でのパーティーには興味がない、小悪魔はそのお供よ」

 

 

 この場にいる人物以外にもいるのだが、今はいないらしいな。引きこもりの魔法使いに悪魔っ子がまだこの紅魔館にいるのだ。彼女達には後で挨拶するとして……咲夜はカッコイイ女の人だ。少し俺よりも年上でキリっとしており背が高く何でもこなす完璧メイド長なのだ。まさに高嶺の花で俺には勿体なさすぎる人だ。この咲夜と出会ったのは霊夢達とは違い最近のことだったよなぁ……

 

 

 「どうかなされましたか?」

 

 

 咲夜が慧吾を覗き込む。フワッと髪がなびくと優しく甘い香りが漂って来てドキリと心臓が高鳴るのを感じた。

 

 

 「い、いや……ちょっと咲夜と出会った時のことを思い出していただけだ」

 

 「ああ……あの時のことですね……」

 

 

 照れ隠しで言ったことだったが、咲夜は空を見つめ何かを思い出しているみたいだった……

 

 

 ------------------

 

 

 彼との出会いは本当に偶然だった……いえ、必然だったわ。

 

 

 お嬢様が引き起こした異変も霊夢と魔理沙に阻止されてから数週間後のことだった。私もこの幻想郷に慣れ始めたその頃に急にお嬢様の命で人里へと買い物に出かけた。その時のお嬢様がやけに私のことを注視していたのを憶えています……もしかしたらお嬢様は運命が見えていたのかもしれません。後で私が聞いてもはぐらかされてしまいましたし、結果的に彼と出会うことが出来たのですから……

 

 

 その日、咲夜はレミリアの命令でお使いに出かけていた。人里へ買い物は用事がある時に向かうのはいつも咲夜と決まっている。彼女は紅魔館で唯一の人間で人里へ入っても警戒されることはないし、凛とした態度で周りの者を寄せ付けない……寧ろ近寄りたくはないだろう。彼女もまた不細工であるためにすれ違い様に舌打ちされることなど珍しくもないことだ。しかし彼女は平然としていた……っと言うよりも慣れてしまったからだ。良いも悪くも周りから陰口を言われ続けたその結果「受け入れてしまおう」「本当の事だから仕方ない」と割り切ってしまったし、彼女と接しても悪口を言う事なく黙っていてくれる人も中にはいることがせめてもの救いである。言われたとしても本当なのだから言い返せない。自分にはもう異性と一緒に食事をするほか結婚して子供を授かるなどもう夢物語である……そう決めつけていたほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を済ませた咲夜は日が暮れる前に紅魔館へと帰らなければならない。待っている吸血鬼姉妹、居眠り門番、引きこもりの魔法使い&悪魔娘にその他諸々の食事の用意しなければならない。咲夜以外にも妖精メイドがいるが心もとないで咲夜がメイド長として中心に動いており、彼女は大忙しである。今回の買い物も少々時間を取られてしまい、急いで購入したためにちゃんと買い忘れがないかを確認していた。その時にうっかりハンカチを落としたことに咲夜は気づくことはなく……

 

 

 「足りないものは……ないわね。これでお嬢様も妹様もお喜びに……」

 

 

 確認し終わると早々と足を進ませてそのまま人里から出て行こうとした……その時だったのだ。運命に導かれるように出会いが待っていた。

 

 

 「そこのあんた、落としたぞ」

 

 「えっ?」

 

 

 その声は明らかに男性の声だった。しかし自分なんかに声をかけるわけはない……そう思ったが気になり振り返ってみると……

 

 

 「はいハンカチ」

 

 「……あっ」

 

 

 咲夜の諦めていた青春の花が開花した瞬間だった……

 

 



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メイドだって恋がしたい

完璧なメイドが心に秘めたるものとは……紅魔館回でございます。


それでは……


本編どうぞ!




 紅霧異変が人里から消え去り、誰もが安心して生活に戻ること数週間後……一人の男と女が道端で見つめ合っていた。

 

 

 「………………………………………………」

 

 「ハンカチ落としたろ?これ?」

 

 「………………………………………………」

 

 「おーい聞こえているか?」

 

 「………………………………………………」

 

 「……何か反応してくれよ……」

 

 

 それはメイド服を着た女性を前に困っている様子の慧吾であった。

 

 

 俺は用事を済ませてブラブラと帰っていた時に前を歩いていたスラっとした女性がハンカチを落としたのを見た。気づいておらず急いでいるのかそのまま去って行ってしまいそうだったのを俺は呼び止めた。しかし何度も声をかけても反応してくれないのは何故だ?それにメイド服を着ているなんて珍しい……おそらく人里外から来た人物なのだろう。そう言えば最近知り合った文が言っていたっけな……紅魔館と言う建物が湖の近くにできたと……なんでも先に起きた異変を起こした黒幕とかだったか。なんとかスカーなんとかって名前だった……ほとんど憶えてなかったが、外国の妖怪が暮らしているらしい。紅魔館にはメイドが住んでいると聞いた記憶があるからもしかしたらそこの人かもしれない……反応してくれるかわからないがダメもとで聞いてみるか。

 

 

 「ああっと……紅魔館の方ですか?」

 

 「――ッ!は、はい!!そうですけど……なにか?」

 

 

 メイド服の女性はハッとして反応した。どうやら意識がどこかに行っていたらしい……

 

 

 「やっぱり紅魔館の方でしたか。これあんたのだろ?さっき落としたんだ。はい」

 

 

 あべこべ世界で彼女のような美人……この世界基準では不細工な彼女に声をかけた。そしたら俺を見て固まったとなれば今までの経験上見惚れていたというところだろうな。自分でなんだが恥ずかしい……俺自身がさり気なくカッコイイって言っているのと同じじゃんかよ……だけどこの世の女性は油断ならない。男を得る為に手段を択ばない輩もいるぐらいだからな。大人しそうに見えて油断した途端に性欲の塊(けもの)に変わった事例もあるし……あの時だけは霊夢が居てくれて本当に良かった。相手は……ナンデモナイ。とりあえずこのメイドさんにはハンカチを渡したし用はなくなったわけだ。もう帰ろうか……

 

 

 慧吾がハンカチをメイド服の手のひらに押し付けるとそのまま踵を返して家族が待つ我が家へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「昨日ハンカチを拾ってもらった紅魔館でメイドをさせていただいております十六夜咲夜です」

 

 

 ……初めは鶴の恩返しかと思った……

 

 

 御袋と朝食をしている最中に戸を叩く音が聞こえてきた。乱暴に叩くわけでもなく控えめでもなく直接心に響くような優しい音であった。印象的なノック音に聞き覚えのない慧吾と慧音は誰だ?と思いながら戸を開けるとそこにいたのは昨日ハンカチを落としたメイドだった。

 

 

 「あんたあの時の……なんで俺の家を知っている?」

 

 「お礼を言っておりませんでしたので探し回りました。そしてようやく見つけることができました」

 

 

 ようやくと言っているが昨日の今日なんだよな?早すぎるだろ……もしかして付けられたとか?

 

 

 慧吾の脳内に不穏な思考が生まれる。今までの経験上で性欲の塊(けもの)が押しかけて来たこともあったためにふっと思ってしまう。その考えが顔に出ていたのかメイド……咲夜は申し訳なさそうな表情を示した。

 

 

 「申し訳ありません……あなたの事情も考えずに押しかける真似をして……もうここへは来たり致しませんので……!」

 

 

 頭を下げる十六夜咲夜と名乗るメイドを見た俺は罪悪感に駆られた。礼儀正しく頭を下げていて顔は見えないがどこか寂しそうにしているのを感じてしまったがためだ。本当にただお礼をしに来ただけなんだなぁと感じさせられた。隣で御袋もこっちを何も言わずに窺っている……御袋はどう思っているかわからないが、俺はこの人は信用できると思う。勘ではあったが、襲い掛かってくるような人ではない優しい人だと感じた。

 

 

 「顔を上げてくれ、疑ったのは悪かった。名前は十六夜咲夜……だったよな?」

 

 「……はい」

 

 「お礼を言われる程のことは俺はしてない。だからそんなことで俺に感謝する必要など無くていいんだ」

 

 「そんなことではないです。あのハンカチはお嬢様から頂いた物だったので思い入れがありました。それを失わずに済んだのですから感謝するなと言われると……」

 

 「そう言われてもな……」

 

 

 慧吾が困っていると隣でこの様子を見ていた慧音が提案する形で口を挟んだ。

 

 

 「ならばお茶でもどうだろうか?」

 

 「お茶……ですか?」

 

 「ああ、紅魔館のメイドだと言っていたな?異変を起こした連中が人里に住む者に危害を加えるような人物かどうか判断するためにも一度お邪魔しようと思っていたんだ」

 

 「御袋そんなこと思っていたのか?」

 

 「少なからず以前の異変で人里に私生活に支障をきたしたんだ。里を守る者としてそれぐらいは警戒するさ」

 

 「本当に申し訳ありませんでした……」

 

 

 慧音の話に悪いと感じたのか咲夜はまた頭を下げた。

 

 

 「私も異変自体は否定してないから別にいいんだ。だからこのチャンスで一度会ってみたいと思ってな」

 

 「御袋がそう言うならありかもな。咲夜さん構いませんか?」

 

 「咲夜さんだなんて……咲夜とお呼びください」

 

 「お、おう……それじゃ……咲夜」

 

 「はいっ!」

 

 

 俺が咲夜をさん付けの時は不服そうな瞳を向けていたのに対し、呼び捨てになった途端に瞳が輝いた気がしたが……気のせいか?何やら嬉しそうな顔をしているような気がする……表情が変わらないからわからん。

 

 

 「俺と御袋、それともう一人連れていきたい人がいるんだがそれでもいいか?それとメイドなら主人の許可は取っているのか?」

 

 「はい、構いません。それに許可の件ですが、お嬢様からお礼の内容は私の一存に任せるとお伺いしておりましたのでそれで進めていきたいと思います。それでは私は準備がありますのでこれでお(いとま)させていただきます。また日を改めて慧吾様らをご招待させていただきます。失礼いたしました」

 

 

 お辞儀をして咲夜は去って行った。歩く後ろ姿はどこかスキップしているようにも見えるような見えないようであった。

 

 

 「まさか紅魔館のメイドと知り合っているとは意外だったぞ慧吾」

 

 「単なる落とし物を拾ってあげただけだ」

 

 「それでも彼女は嬉しそうだったぞ?律儀にお礼するために家まで突き止めるなんてな」

 

 「大したことしてねぇってのに……まあいいか。それで紅魔館に行くときは妹紅さんも呼んでおくぞ御袋」

 

 「わかった。それにしても紅魔館か……いったいどんなところなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここが紅魔館でございます」

 

 「「「……」」」

 

 

 約束の日に慧吾と慧音に妹紅の三人は咲夜に連れられて霧の湖の近くに佇む大きな館へと連れて来られた。そしてその館である紅魔館を見て全員が口を揃えて……

 

 

 「「「……真っ赤だな……」」」

 

 

 文字通りの真っ赤な外装が目立った紅魔館に釘付けになっていた。ここから慧吾達と紅魔館の関係が始まり、現在ではパーティーに招待される仲にまで発展していったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの後、紅魔館に招待された俺達の前に颯爽(さっそう)と登場したにもかかわらず階段から足を滑らせてたよなレミリア?」

 

 「そうだったよな。『ようこそ、私が紅魔館の主レミリア・スカーうぎゃ!?』ってなった時は腹を抱えて笑っちまったな!」

 

 

 妹紅さんが言っているのはレミリアと初めて会った時のことだ。二階の扉を開け放ち優雅に歩いて登場した姿に俺はカリスマを見た……ほんの一瞬だけだがな。階段に差し掛かった時にレミリアが足を滑らせて、そのまま顔面を打ち付けた後の「うー!咲夜痛いー!!」と登場した時とはかけ離れており、咲夜にあやされる姿を見てしまった。今ではこの話は笑い話になって大いに盛り上がるネタとなっている。

 

 

 「こら慧吾、妹紅も本人の前で失礼だぞ。確かにあの時は私もかっこ悪いとは思ったが口に出してはいないぞ」

 

 「御袋たった今、口に出したよな?」

 

 「おっとしまった」

 

 「あやや、これは面白いことを聞いてしまいました。早速明日の新聞記事一面にでも飾りましょうかね!」

 

 「うー!あの時のことはなかったことにしてちょうだい!!!あなたもそんなことを記事にしないでくれないかしら!?血の雨を降らすわよ!!」

 

 「おお、こわいこわい」

 

 「くッ!ムカつく!!」

 

 

 庭に設置されたテーブルを囲ってありふれたお話で盛り上がっていた。レミリアは本人は自分の恥ずかしいエピソードの話をされ、耳の先まで真っ赤にして記憶から抹消したいぐらいの黒歴史となっている。わざわざその話題を掘り返してしまった慧吾は悪い気がしたが、いつもは大人ぶっているレミリアの羞恥な姿を見れて可愛いと思ってしまっているのは、慧吾も立派な男性であることに変わりはないと言う証拠であり、自然な現象だ。微笑ましく見守っていると咲夜がサッと近づいてきた。

 何をするわけでもなくただ隣で姿勢を正しているだけだが、チラチラと慧吾を盗み見る。その瞳が「レミリアお嬢様にだけ構うのはずるい」と訴えかけていた。普段は完璧で瀟洒(しょうしゃ)なメイドの咲夜が構ってほしそうにしているのを見ているとつい悪戯したくなった慧吾はフォークにイチゴを刺して……

 

 

 「咲夜」

 

 「……なんでしょうか慧吾様」

 

 「あーん」

 

 「――ッ!?」

 

 

 ちょっとした悪戯に女子の憧れであるシチュエーション『男性にあーんしてもらう』をやってみた。不細工な女性陣からしてみれば絶対に手が届かない夢であるかのような行為である。それを悪戯心で咲夜に仕掛けてみた。すると慧吾とフォークに突き刺さったイチゴを見比べてそれの繰り返しである。頭が追い付いていない……衝撃的な光景に脳が理解できないでいるのだ。何度も何度も慧吾とイチゴを見比べる咲夜に更に悪戯してみる。

 

 

 「いらないのか咲夜……仕方がないな。俺が食べてしまおう」

 

 「――ッ!?」

 

 

 パーティーでテンションが上がってしまった慧吾の更なる悪戯で差し出したイチゴが咲夜から離れていってしまう。これを逃せば『男性にあーんしてもらう』という奇跡の体験は二度とできないかもしれない……いや、できないだろう。こんな悪戯をしてくれるのは慧吾ただ一人のみ、咲夜の脳内がフル回転で理性を取り戻し離れていく慧吾の腕を掴んで引き寄せる。

 

 

 「あ、あーん……♪」

 

 

 完璧で瀟洒(しょうしゃ)なメイドは今ではただの乙女となった。大きく口を開けて幸せな呪文を唱えるとイチゴがゆっくりと咲夜の口元へと運ばれて……

 

 

 「「「させるかぁあああああああああああああ!!!」」」

 

 

 しまう前にそれを阻止しようと動き出す影があった。

 

 

 霊夢に小鈴そして魔理沙が鬼のような形相で迫っていた。『男性にあーんしてもらう』行為は夢のシチュエーションだ。慧吾の幼馴染のこの三人は何と経験済みなのだ。小鈴が提案して無理やり執り行われる形となったが全員幸せそうな顔をしていたのを憶えているとのことだ。これは幼馴染だけの特権だと考えていた三人にとって目の前の光景は許し難いものに映った。しかも相手は歳が近い咲夜なので、もしも二人がいい雰囲気でもなれば堪ったものではない。女の熾烈(しれつ)な争いに慧吾のちょっとした悪戯で火がついてしまうところである。

 しかし時は止まってくれない……みるみる咲夜の口元にイチゴが引き寄せられていく。何としても阻止したい三人と今のひと時を幸福だと思う咲夜のどちらが勝者となるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パクッ!

 

 

 「「「「「……」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う~ん♪慧吾君の愛情たっぷりストロベリーは甘くて美味しいわ~♪ゆかりん超うれぴー♪」

 

 

 勝者は突如スキマから顔を出してイチゴを奪い取った八雲紫であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……で?折角慧吾様からの頂き物を勝手に食べるだなんて……妖怪の賢者が聞いて呆れますね。最後に言い残すことはあるでしょうか?」

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいあなた達!私は賢者よ!幻想郷を管理する賢者なのよ!その私に対してこんなことをしてただで済むと思っているの!?」

 

 「問題ないわよ紫……それに死なせることなんてしないわ。ただ死んだ方がよかったって思わせるだけだから……だから覚悟しなさい

 

 「何が妖怪の賢者ですか、そんな醜い乳しやがって!乳房からスキマ汁一滴残らず絞り出してミイラにでもしてやろうかこのスキマババア!!」

 

 「紫……お前は酷い奴なんだぜ。わ、わたしだって食べさせてもらいたかったのに……と、とにかく紫はそんなことしないと思っていた。なのに私の信頼を裏切った紫には罰を受けてもらうんだぜ!」

 

 

 木に逆さに吊るされて体中ロープでグルグル巻きにされていた紫の真下には高温で煮えたぎる湯が入った鍋が置かれていた。紅魔館から引っ張り出してきたもので熱が蒸気を通して顔に伝わって来る。そして目の前には表情に影を落とす四人の姿あった。結局イチゴは紫が食べてしまって咲夜は折角の『男性にあーんしてもらう』シチュエーションは叶わなくなってしまった。それを邪魔した紫への対する怒りは言葉では言い表せれないものだろう。霊夢達も一切瞳が笑っておらず、数名の手元には刃物が握られているのをしっかりと瞳に映っている。

 

 

 「ちょっとした悪戯じゃない!それにゆかりんはまだ慧吾君に『あーん』されてなかったんだからいいじゃないのよ!そうだわ……藍助けてー!!」

 

 

 紫は自分の式である藍に助けを求めた。すると紫の頭上にスキマが開いて中から一枚の紙切れが落ちて来た。そこにはこう書かれていた。

 

 

 『さっさとババア汁出しちゃって干乾びてください。その方がとってもお似合いですから♪』

 

 

 「なんですってぇええええ!!?あの女狐がぁあああああああ!!!」

 

 

 紫は自分の式に殺気を憶えた。だがその前に目の前にいる四人の瞳から殺気が消えることはなく……

 

 

 「メイドとして丁重に()()()()()させていただきます!」

 

 「紫……覚悟しなさい!

 

 「このスキマババア!!永遠に日の目を拝めなくしてやる!!!」

 

 「今回ばかりは霊夢達に協力するんだぜ!」

 

 「いやぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっと悪戯が過ぎたか?」

 

 「慧吾さんって意外とドSですよね?」

 

 「文にもやってやろうか?」

 

 「今は遠慮します」

 

 

 残された俺達は霊夢達の()()を受けている紫さんをほうち……ではなく見守ることにした。レミリアが俺にドン引きしていたのは解せぬ……ちょっとした悪戯のつもりだったんだ。そこに紫さんが現れて食べてしまったのだから俺は断じて悪くねぇ。無罪放免と言うわけだぜ!

 

 

 慧吾は背後から聞こえてくる悲鳴をBGM代わりにしながら食事を楽しんでいた。レミリアだけでなくフランを除くメンバーも引いていたのは言うまでもない……

 

 

 ------------------

 

 

 「……はぁ……」

 

 

 一人で誰にも邪魔されずにため息を吐いたのはこの私……咲夜でございます。もし今の私の姿を見たらお嬢様は何て言うでしょうか……「だらしないわね咲夜」「どうしたの?元気ないわよ?」「完璧で瀟洒(しょうしゃ)なメイドがため息なんてらしくもないわよ」など言われてしまうのでしょうか……

 

 

 咲夜はベッドの上で仰向けに横たわっていた。メイド服姿のまま横たわれば服にシワが寄ってしまう……普段の彼女ならばそんなことはしなかったろう。しかし今の彼女には悩みがあった。それは言うまでもなく一人の異性のことである。

 

 

 「……良いところ見せれたかしら……?」

 

 

 見慣れた天井を見つめながらボソリと呟いた。ため息交じりで元気を感じさせぬものであった。

 

 

 折角お嬢様が慧吾様をパーティーに招待してくださったのに……『あーん』までしてくださったのに……!もう少しで体験できた……それなのにあの賢者!!

 

 

 パーティー会場での出来事を思い返すと段々と腹が立って来た。頭上の枕を抱きしめて力を込めた。抱きしめられた枕がシワを作り、足をばたつかせてイライラを少しでも発散させたかった。

 結局パーティーでとある異性と共に居られた時間は数えられる程度しかなかった。邪魔ばかり入りメイドとしての仕事もしないといけないので一緒に居られなかった方が多い。お開きの時間となり、去って行く後ろ姿を寂しそうに見つめていた自分の姿を今でも思い出す。暗くなった空の下、パーティー会場を片づけてると睡魔に負けそうなレミリアとフランを寝床に連れていって、ようやくメイドとしての一日が終わる。そして横になりながら今日一日を振り返るとため息が出てしまう結果であった。

 

 

 完璧で瀟洒(しょうしゃ)なメイドとしてレミリアに仕えてきたが、彼女も一人の少女であることに変わりない。今まで自分が一人の少女であることを忘れていた。ただ命令に従い、メイドとして主であるレミリアに仕えることこそ本来の自分だと思っていた。しかし最近では以前までの完璧さはなくなっていた。料理をしているとボーっとしたり、とある異性に会いたいが為に無理に人里に用事を作って出向くことをするようになった。

 

 

 その異性とは勿論のこと上白沢慧吾のことである。人里でハンカチを落としてからと言うもの咲夜は変わったのだ。咲夜自身も変わったのを理解しているし、今でもあの時のハンカチを大事に保管しているぐらいだ。そして一人で寂しくなった時は保管してあるハンカチを取り出して……

 

 

 「ああ……慧吾様……もうダメ!」

 

 

 ベッドの下に隠してあった金庫のダイヤルを回してロックを解除すると、中には金目の物など入っておらず一枚のハンカチがポツンを置かれていた。咲夜はそれを急いで取り出すと……

 

 

 「クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ………………むふ~うん♪」

 

 

 勢いよく鼻に押し当て息を何度も吸った。

 

 

 咲夜は変わった……良くも悪くも……完璧で瀟洒(しょうしゃ)なメイドが彼と自分を繋いでくれたハンカチに付着した僅かな慧吾のにおいを鼻の穴だけでなく全身を使う様に嗅いでいた。

 

 

 彼と初めて会った時から人里を血眼になって探し回りようやく見つけた。しかしふっとそこで気がついた……今度は拒絶されたらどうしようと。しかしハンカチを拾ってくれてしかも嫌な顔一つせずにしかもしかも手に直接触れてくれた相手にお礼を言わないのはメイドとしてプライドが許さなかった。結果は最高の気分で帰宅して紅魔館の住人を驚かせた。後日、慧吾達を案内し、そこから紅魔館とのパイプが生まれ咲夜は彼に惹かれていった。しかしそんなある日に勇気を出して聞いてみたことがあった。慧吾自身は憶えているかわからないぐらいに流すように聞いたのを憶えている……

 

 

 『慧吾様は綺麗な方が好みですよね?』

 

 

 当たり前のことだ。不細工と付き合いたい男なんていない……自分でもわかっていても体が答えを求めていた。咲夜は不細工だと自覚している。そんな不細工が近寄っても逃げなかったのは何かしらの訳があるのではないかと思いたくもなかった現実を思い出した。慧吾と一緒にお話している最中はまるで夢の中にいる気分だった。しかし夢ならば覚めねばならぬ……これで帰って来た答えが拒絶の答えならば関わるのは止そうと覚悟した。きっとその時の咲夜の声は震えていたことだろう……

 

 

 『そりゃ美人の方がいいに決まっている』

 

 

 ……崩れ去った。やっぱり恋なんて……するんじゃなかった。咲夜の表情は変わらず硬かったが、心の中は涙が溢れていたのを憶えている。もう二度と会わないと……会えないと決めつけた。

 

 

 『付け加えておくと咲夜のような美人さんがいい』

 

 

 その時は意味がわからなかったが、後に慧吾には咲夜が美人に見えていることを知る……そして咲夜はこの時から青春の花が満開に咲き誇ろうと努力し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「慧吾様……」

 

 

 愛おしい彼と自分を繋ぐきっかけを与えてくれたハンカチは咲夜の発情を抑え込む効力(匂い)を秘めている。彼の傍にもっと居たくて体が我慢できなくなると摂取しようと自分を抑えられなくなる。ハンカチは宝物(安定剤)となり、こんなところを見られれば彼が咲夜に抱いている完璧で瀟洒(しょうしゃ)なメイドのイメージを崩しかねない。

 

 

 彼に失望されたくない。

 

 

 彼の期待を裏切りたくはない。

 

 

 彼に微笑まれたい。

 

 

 彼の傍に居たい。

 

 

 彼と密着したい。

 

 

 彼と……

 

 

 そんな思いがあり、咲夜は完璧で瀟洒(しょうしゃ)なメイドを演じ続けている……

 

 

 「ああ……慧吾様……❤」

 

 

 咲夜はハンカチを顔に埋めて夢の中へと旅立った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇお姉様、咲夜のあのハンカチってずっと前から洗ってないよね?汚いのに顔を埋めちゃったよ?」

 

 「シッ!そのことは言っちゃダメよフラン。知らないフリをする方がいいこともあるのよ」

 

 

 夜のトイレから帰って来たお子様吸血鬼姉妹が扉の隙間から覗いていたことなど咲夜は知らない……

 

 

 

 



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大図書館で小さな出来事

お待たせしました。色々と仕事なりで立て込んでいて投稿できずにいましたが、これからボチボチ投稿再開していきます!


それでは……


本編どうぞ!




 「パチュリー様にお願いがあります」

 

 「……なによ?」

 

 「惚れ薬についてお聞きしたいことが……」

 

 「ダメよ」

 

 

 本、本、本……至る所に本棚があり、本が隙間なく埋められている。締め切られて薄暗い空間が広がり、天井に吊るされたシャンデリアの光が頼りなこの場所は紅魔館内に存在する大図書館で、その中心に位置する場所には机がある。そして椅子に腰かけているのは、長い紫髪の先をリボンでまとめ、紫と薄紫の縦じまが入ったゆったりとした服を着た少女がいた。

 

 

 その少女が私よ。パチュリー・ノーレッジって言うのよろしく……私は誰に話しているのかしらね……ゴホン!そ、そんなことは置いておいて、昨日はレミィ(レミリア)がパーティーを開いていたようだけど外ならば私は参加しない。日光に当たるのは嫌だったから……別に私は吸血鬼じゃなく魔法使いよ。だから日光に当たれば灰になるとかはないから心配しないで。ただ日光に当たると疲れるのよ……体が丈夫な方じゃないし、うるさいのは更に苦手。だから私はここで静かにしていることが性に合っていた。

 人間ならばこんな日光も当たらない場所で暮らしていたら肌が荒れて美しい肉体を手に入れられるはずなのに、私には縁がない話なの。私は魔法使いだけど人間じゃないし、ここ(紅魔館)に居る連中は特別な力を持っている者ばかり……ここだけの話ではないのだけれど、そう言った特別な力を持つ者は全員が不細工である。この長い年月ありとあらゆる知識を身に付けた私ですら解明できない謎なのよ。レミィが言うには運命らしいけど……もう諦めたからいいことだけど。それに時々だけれどわざわざ人里から会いに来てくれる変わり者がいる。

 

 

 上白沢慧吾……昨日も彼が来て挨拶してもらったけどやっぱり慣れないわね男の人って。彼が嫌なわけではない、寧ろこんなカビを貼り付けた顔を持つ私にわざわざ会いに来てくれる彼の存在が眩しすぎる。不細工である女性に対しても唾を吐くことも罵倒することもなく接してくれる天使ではないかと疑ってしまう程の男性……いい人過ぎて初めは遂に幻覚を見ているのだと思ったぐらいよ。そんな彼と接していると次第に心惹かれてしまうのも無理はないし、彼を狙う者が大勢いるのも納得の反応である。私の目の前に居るメイドもその一人……

 

 

 パチュリーがうんざりそうに本から視線を外して見上げるとそこには咲夜が変わらぬ表情で立っていた。しかしその瞳は何かを期待していた。

 

 

 咲夜は以前とは大きくかわったわ。慧吾に好意を抱いて何かと彼の元に出向くようになった。前までの咲夜は完璧過ぎて人間性を失ってしまったのかと思っていたぐらいだしね。でも彼と出会って彼女は変わった……良くも悪くもと言う意味ではね……でも私の場合は悪い意味合いの方が頻繁に多い。

 何故かと言うと姿を現すなりに惚れ薬ときたものよ。本人はただの興味だとか誤魔化そうとするけれどそれを使用する可能性も捨てきれない。それだけは絶対にやってはいけないことなの。男性の心を魔法や薬で動かそうものならば大罪だ。この幻想郷に法律と言うものは存在しないが暗黙の了解で決められたルールであり、私用すれば道を踏み外す行為になる。別に惚れ薬を作る自体は悪い事ではない。研究や知識の為に少なからず古い時代から行っていることなのだから……でも使用するならば話は別……禁忌の領域よ。魔理沙だって人として道を踏み外すようなことを避ける為に惚れ薬を作ろうとしないのはそのためよ。私だってこれだけは絶対に手を触れていない……作ってしまえば欲求に逆らえず使用してしまうかもしれないから。

 

 

 禁忌を犯さないためにもパチュリーは惚れ薬の作り方が記された本を厳重に管理し人目のつかない場所に保管している。あべこべ世界で男性を魔法や薬で自分に好意を向けることは愚の骨頂であり、外道と称されても文句は言えないのである。しかしパチュリーの前にいる咲夜はジッと見つめてただ求めていた。

 

 

 「ダメ、絶対にダメなのよ。例え咲夜でも惚れ薬について教えることはしないわ」

 

 「……どうしてもですか?ただの知識として知っておきたいのですけど……」

 

 「ダメなものはダメ。知ってしまえば欲求に逆らえずに使ってしまうかもしれないのよ?過去の歴史にもそう言った事例はあるぐらいだしね。けれどそれをしてしまった者はみんな歴史の闇へと葬られているわ」

 

 「……そうですか……」

 

 

 表情は変わらない……だが、期待が籠った瞳の輝きは失われ落ち込んでいるのが長年彼女を見守って来たパチュリーにはわかった。

 

 

 ごめんね咲夜、けれどこれはあなたの為なのよ。あなたが道を踏み外せばレミィは勿論のこと私達みんな悲しむのだから……それにそんなもので手に入れた愛なんて偽物なんだから。彼にはライバルが大勢いるけれど、あなた次第で彼は応えてくれるはずよ……それに幸せは苦労しないと手に入らないものよ。だから自身の手で掴み取りなさい。

 

 

 パチュリーは心の中で応援していた。子供の頃から知っているパチュリーにとって咲夜は手間のかかる大切な子供と一緒なのだから。

 

 

 「それではパチュリー様、惚れ薬は結構ですので媚薬の作り方が乗った御本を……」

 

 「さっさと仕事に戻りなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……」

 

 

 パチュリーはどっと疲れた様子で机に突っ伏していた。すると背後からゆっくりと近づいてくる小さな羽を生やした娘……パチュリーの秘書的存在であり、使い魔の小悪魔だった。

 

 

 「パチュリー様またですか?」

 

 「そうなのよ……困った子よ。慧吾の前では凛々しいメイドとして振舞っているのに……」

 

 「きっと気に入られようと必死ですもの。既に気に入れられているのにも関わらず嫌われないようにするのに必死なんだから……そう言うところ可愛いですよね♪それに以前よりも私達に対して柔軟に接してくれるようになったってことは気を許したってことですよ」

 

 「……そうね」

 

 

 そう言われてみればそうね。咲夜の素を見られる私は彼女から信頼されている証なのよね……?ちょっとくすぐったい気分になるわね。けれどいつまでも自分を偽ることはできないわ。いつかはボロが出てしまう……彼ならば咲夜を受け入れてくれると思うけど、咲夜は拒絶されることを恐れている。そうなってしまわないように自分のイメージである『完璧』を演じ続けている……私は以前の咲夜よりも今の方が好き。子供の頃の咲夜が戻って来てくれた感じがしたから……

 

 

 しんみりと昔の姿と今の姿が重なって見えた気がしたパチュリーはどこか嬉しそうな表情をしていた。

 

 

 「パチュリー様嬉しそうですね……それでなんですけどパチュリー様にお願いしたいことがありまして♪」

 

 「……なによ?」

 

 

 パチュリーは嫌な予感がした。

 

 

 「男の使い魔……是非とも小さい男の子を召喚してほしいです♪絶対正義のホットパンツに上目づかいで『小悪魔のお姉さん、僕……お姉さんの体を見ているとなんだか体が熱くて仕方ないの。だから……僕を癒して❤』っと言って震えながらも勇気を振り絞り、その小さい体ながら興奮すれば象の鼻のように太い頑丈な肉棒を私に向けてズッコンバッコン激しい喘ぎ声をあげながら図書館や野外にベッドの上では勿論のこと、おねショタプレイができる理想のショタっ子を!!!」

 

 「あなたもさっさと仕事に戻りなさい!!!」

 

 

 手間のかかるのは住人は一人だけではなかったと思い知らされた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「昨日ぶりですねパチュリーさん」

 

 「……そ、そうね」

 

 

 意外だったわ。咲夜と小悪魔(こあ)を仕事に戻らせた後にまた咲夜がここに現れた時は頭が痛くなりそうだったわ。けれど隣には見慣れた顔が一緒だった……慧吾がやってきた。時々彼はここの本を借りに来る。彼は読書が好きだと言っていたし、親の影響もあるのかもしれないわね。同じく私も読書が好きだから嬉しいことね。

 そんな彼に対して昨日会ったばかりであるのに私はぎこちなく返事をする……やっぱり男性相手には慣れないわね。男性とほとんど話をしたことが無い私は彼と話ができることを実は楽しみにしていたりする……だがそんな私に対して隣に居る咲夜の視線が鋭くなるのを感じるわ。大丈夫よ、彼を美鈴みたいに取って食おうなんて真似はしない。確かに彼は魅力的でこんな私に対しても笑顔で接してくれる……初めの頃は私に気があるのかと思ったぐらいだったしね。けれどそれが彼の素であり、咲夜が思いを寄せていることもあって、私もレミィも見守ることにしたんだから。

 

 

 咲夜は紅魔館で唯一の人間であり、レミリアに拾われて以来ずっと紅魔館のメンバーで面倒を見てきたことで彼女に対する母性が生まれたのかもしれない。パチュリーは慧吾の育ての親である慧音の気持ちがわかるようになってから自分達は咲夜の親代わりなのだと理解するようになった。パチュリーは子供を育てる知識に関してはあったが実際にやってみるのとは大いに違い、あたふたしたのは今ではいい思い出となっている。

 

 

 「あっ!慧吾さんまた私の為に来てくれたんですか!嬉しいです~♪」

 

 

 小悪魔が慧吾を発見すると近づいて来て抱きしめようとする……が、咲夜が小悪魔と慧吾の間に割り込んでくる。

 

 

 「小悪魔(こあ)、まだお仕事の途中でしょ?仕事に戻ったらどう?」

 

 「咲夜さんも先ほどパチュリー様から仕事に戻れと言われたばかりじゃないですかぁ~?」

 

 

 悪戯な笑みを浮かべて咲夜を揶揄う姿はまさに小悪魔だ。咲夜が邪魔したのには理由があり、毎度慧吾が紅魔館を訪れると小悪魔が抱きしめようとする。初めて紅魔館を訪れた時にも抱きしめられた。そしてその時に小悪魔が慧吾の耳を舐め、甘い声で誘惑したのを咲夜は忘れてはいない……どんなにうらやま……どんなに怒りが彼女の中で湧き上がったことか。慧音の頭突きと咲夜のナイフの嵐が図書館を覆ったことがあったのだ。そんな出来事があってもこの行為を止めようとしないのは小悪魔なりのコミュニケーションかはたまた咲夜を困らせて楽しみたいのか……どちらにせよ遊んでいることに変わりはないだろう。

 

 

 「そこまでよ小悪魔(こあ)、咲夜あなた達は仕事に戻りなさい」

 

 「ええ~!折角慧吾さんがいらしてくれて夜のお相手をお願いしようかと思ったのに♪」

 

 「……」

 

 

 小悪魔の発言に咲夜は慧吾に見えないようにナイフを持ち、表情は変わらないが殺気が漂っていた。それでも楽しそうにしているのは悪魔としての悪戯の楽しみなのだろうか?それは彼女にしかわからない。

 

 

 「止めておきなさい、慧吾の()()()()()()が紅魔館を襲撃しに来るから」

 

 「あれは冗談じゃありませんでしたね……流石にもうこりごりですよ」

 

 「なら毎度抱き着こうなんて考えないでくれるかしら?図書館の被害が尋常ではなかったのだから」

 

 「そこは悪魔として譲れません。私小悪魔ですから♪それに欲求不満で大人の玩具だけでは満足できないのは本当ですからね。本当ならばホットパンツショタと濃厚絡み汗だくプレイがいいのですけど

 

 「慧吾の前で下の話は止めなさい。それとあなたの趣味は聞いていないわ」

 

 

 パチュリーの言う友人とは言わなくてもわかるだろう……以前一度慧吾が口をうっかり滑らせて小悪魔の悪戯がバレてしまい、例の幼馴染連中に知れ渡ってしまった時の図書館には血の雨が降ったとか……実際に見ていないが小悪魔が身震いするほどに記憶に鮮明に残っているようだ。それでもこの悪戯を止めないのはやはり悪魔としての楽しみのようだ。

 

 

 「ごめんなさい慧吾、毎回小悪魔(こあ)の悪戯に巻き込んでしまって……」

 

 「構いません。慣れましたから」

 

 

 小悪魔(こあ)には困ったものね……こんな茶番に付き合ってくれる慧吾に申し訳なさを感じるわ……

 

 

 慧吾の寛大な心遣いに感謝しつつ咲夜に紅茶を持って来させるのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「……と、この本は中々刺激がありましたね」

 

 「そうなの?私が初めて読んだ時はいまいちだったわ」

 

 

 俺は昨日も今日も紅魔館にお邪魔していた。昨日はパーティーを楽しんで今日は密かに鈴奈庵と同じくらいに頻繁に通っている大図書館で本を読み漁っている。たかが本と思うだろうが侮るなかれ。ここには俺が理解できない本が山ほどあり、ファンタジー小説や歴史的にも重要な本が置かれていたりする。未知なる領域と言ってもいいぐらいに初めて出会う本ばかり……初めてここに訪れた時は言葉を失ったぐらいだからな。

 

 

 そしてこの大図書館に根付いているとも言っていいぐらいにここから外に出ることの方が少ないパチュリーさんは常識人だ。初めて会った時はオドオドしてまともに話すこともままならなかったが、今ではこうしてお互い読んだ本の感想を言い合える仲にまでなった。それにパチュリーさんの知識には俺も驚かされた。見た目は愛らしい少女にしか見えないのに何百年と生きている魔女らしい……その中で得た知識は俺も興味があった。教師である御袋の影響も合ってか知識に対して興味が生まれたのかもしれないな。だから彼女と雑談していると楽しくていつも楽しみにしている。

 

 

 慧吾は出された紅茶を一口飲みながらしみじみと感じていた。咲夜の入れた美味なる紅茶も楽しみながら過ごすゆったりとした時間は慧吾にとって日頃のストレスや疲れを解消してくれていた。

 

 

 「……」

 

 

 傍では咲夜が何も言わずに控えていた。慧吾はずっと傍にいると仕事ができないだろうと思って自分のことはいいと断ったことがあったが、瞳が寂しそうにしていたのを憶えている。不憫に思い好きにしてくれと頼むとパアッと明るくなった気がした……表情は変わらなかったが。主であるレミリアも了承しているらしく、慧吾自身咲夜の仕事の邪魔をしているのでは?と思ったが「気にすることはないわ。咲夜の為にも時々紅魔館に来なさい」と言われてしまったので気にしないことにした。

 レミリア(呼び捨てでいいと言われた)とパチュリーさんは咲夜の親代わりのような存在と御袋から聞いたことがある。美鈴はお姉さん的扱いであったり(それでもナイフは刺さる)小悪魔(こあ)の方はいじりに来る友人的関係で、フランに至っては年上の妹がいるような感じらしい。他にも妖精メイド達も居て仲睦まじい家庭で咲夜は幸せ者だな。

 

 

 慧吾は自分と同じく拾われた咲夜に対して思うところがあった。カッコイイ女性としてだけでなく、同じ境遇の持ち主で親近感が湧いた。自身は転生だったが、それでもこの変わったあべこべ世界で優しい親に拾われて今を生きている……完璧なメイドで高嶺の花ではある(慧吾にとって)しかし親近感が湧いたこともあり、昨日のような悪戯を思いついてしまうなど咲夜との距離は近い。遠慮せずに接することができる存在にまでなっていた。

 

 

 しばらく慧吾達が談笑していると図書館の入り口が開いて小さな吸血鬼が慧吾を見つけるなり走って来た。

 

 

 「あっ!慧吾お兄ちゃん遊びに来たの?」

 

 「今日はパチュリーさんの本を借りに来たんだ」

 

 「ええ~!それじゃフランと遊んでくれないの……」

 

 

 495年もの時間を生きているが今まで日の目を見ることはなかった。そんな日々を過ごしている時に異変を通じて霊夢と魔理沙がきっかけを与えてもらい、外の世界に興味を持ち積極的に遊びに行ったりする。その姿は見た目と変わらぬ子供である。そんな彼女がつまらないと不服を申し立てる……小さい女の子しかも頬を膨らませて愛らしい顔を向けて来る。それだけでなく自分のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれる子にそんな顔をされては嫌とは言えなくなってしまった慧吾だ。

 

 

 くっそ可愛いじゃねぇか!!落ち着け俺……Be cool……Be cool……よし落ち着いた。全くフランは仕方ねぇ奴だな。この「慧吾お兄ちゃん」が遊んでやろうじゃないか!!

 

 

 「いいぜ、遊んでやるよ」

 

 「ホント!?やったー!!」

 

 「良かったわねフラン」

 

 「良かったですね妹様」

 

 「うん!」

 

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ね宝石のような翼がピコピコと震える姿に慧吾は浄化させそうになった。パチュリーも咲夜もその姿に癒させているようだ。

 

 

 「……はっ!?ゴ、ゴホン……それでフランはどんな遊びをしたいんだ?」

 

 「えっとね……おままごと!」

 

 「おままごととはこれはまた典型的な遊びだな?」

 

 「でもそれがいい!いいでしょう?」

 

 「俺は構わないぞ」

 

 

 おままごとか……俺は縁がないものだと思っていたがここで体験することになるとは予想外だったな。女の子の遊びって認識が強いからな。意外にちょっと楽しみになっている俺だ♪

 

 

 男である慧吾にとっては体験したことのないことだが、それが新鮮さを感じさせて内心ワクワクしていた。

 

 

 「私が子供役をする!慧吾お兄ちゃんはお父さん、咲夜はお母さん役をやって!」

 

 「わ、わたしがですか!!?」

 

 

 いつもキリっとしている咲夜の顔がフランの一言で破顔した。これには慧吾もパチュリーもビックリした様子でそれほど咲夜が動揺したことがわかった。

 

 

 「うん、もしかして嫌だった?」

 

 「そんなことありません!!!寧ろ慧吾様の奥様になれるのならば光栄です!!!」

 

 「そ、そう……?」

 

 

 フランの肩を掴んでグイっと詰め寄る咲夜に戸惑う。咲夜は傍に慧吾がいるのに口走ってしまったが本人すら自覚がなく気づいても居ない。そして彼女の瞳が業火のように燃え上がっていたとかフランは後に語る。

 

 

 「それではパチュリー様、妹様と遊んできますので私と慧吾様はこれにて……」

 

 「はいはい……」

 

 「それでは……慧吾様、妹様もおままごとするならば本格的にしないといけません。ですのでそれ専用の部屋を用意しますのでこちらへ……」

 

 「お、おう……」

 

 「う、うん……」

 

 

 なにやら一番張りきりを見せる咲夜に連れられて困惑しながらついて行く慧吾とフランであった。

 

 

 ……咲夜の意外な一面を見た気がするな。しかしこれはこれで咲夜の隠された一面を見るいい機会になりそうだ。いつか咲夜の固い表情を柔らかくすることができるかもしれないしな。年頃の女の子は笑った方が良く似合うからよ。

 

 

 慧吾はそう思いつつ、前を歩く咲夜の背中を見ると嬉しそうに体を揺らしているように見えたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや~これは面白いことになっていますね♪」

 

 

 密かに仕事場(図書館)から抜け出し慧吾達のおままごとの様子を陰から覗いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妹様、ここでは『咲夜』ではなく『ママ』とお呼びください。そして慧吾様も『咲夜』ではなく『おまえ』とお呼びください。私は妹様のことを『フラン』慧吾様のことを『あなた♪』とお呼びしますので……わかりましたねお二人共?」

 

 「う、うん……」

 

 「あっはい……」

 

 

 咲夜の本格的指導の下で行われるおままごとは熱の入った演技を要求された。フランと慧吾はあまりにも凝った結婚生活風の「こんな家族でありたい」と欲望丸出しのおままごとであった。故に咲夜の演技指導に熱が入り過ぎて二人共引いていた。小悪魔はそんなおかしな光景を陰から終始見ており楽しんでいたとか。

 

 

 そしておままごとを終えた咲夜……その夜は幸せ過ぎて眠れなかったというオチだった。

 

 



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吸血鬼は見守っている

レミリアの心境を語る回です。ちなみに今回主人公は登場しません。


それでは……


本編どうぞ!




 「お嬢様、紅茶が入りました」

 

 「ありがとう咲夜。この後はしばらく用事がないからあなたは自由にしていればいいわ」

 

 「でしたら……人里に買い出しをしに行ってもよろしいでしょうか?先日のパーティーで備蓄が減っていましたので」

 

 「……いいわ。行ってきて頂戴」

 

 「かしこまりました」

 

 

 太陽が昇る朝の時間帯、建物の影に隠れたところに組み立てたテーブルで紅茶を一杯口に含む。その紅茶は思った以上に甘くレミリアは顔をしかめた。

 

 

 「……それで話ってなんなのレミィ?」

 

 

 その向かい側に座るのはパチュリーで、先日のパーティーにも外でやるからと言う理由で参加しなかった彼女がここに何故居るのか?レミリアがパチュリーに話があると言って無理やり陰気くさい図書館から引っ張りだしてきたのだ。そんなパチュリーだったが、紅茶に一度は手を伸ばすものの、咲夜が入れてくれた紅茶は随分と甘いことが目の前の友人を見て把握した。伸ばした手を引っ込め読みかけの魔導書に目を通すことにした。

 咲夜はどうやら砂糖の分量を間違えたらしい……普段の彼女ならあり得ないことだ。しかしパーティーの一件やフランとのおままごとの出来事もあり最近彼女に落ち着きがないことがレミリアとパチュリーにはわかっていた。

 

 

 

 「あらごめんなさいパチェ、ちょっと咲夜の入れた紅茶に意識を持っていかれちゃってね」

 

 「先日のフランが提案したおままごとで慧吾と夫婦劇が出来たことで浮かれているみたいね」

 

 「そうみたいね。砂糖を入れ過ぎていることなんて気づかないぐらいに……ね」

 

 

 そう言って再びカップに入った紅茶を口に含む……やはり甘かったようだ。レミリアはナプキンで口元を拭いてもう十分だと言う思いの表れだった。

 

 

 「そして人里に買い出しに行った……備蓄なんてこの前に買って来たばかりなのにね。慧吾のところに行ったみたい……行くのは止めはしないけれど人里に出向く理由をわざわざ作る必要があるのかしら?会いに行きたいと言えば行かせてあげるのに」

 

 「私達に気を使っているのよレミィ、ああ見えてもちょっと前までは『完全で瀟洒な従者』と呼ばれていたのだから」

 

 「それが今ではただの恋するメイド……困った子ね」

 

 「レミィは今の咲夜は嫌い?」

 

 「そんなわけないじゃない。この私のカリスマに相応しいメイドだったけれど、今の咲夜も中々面白いわ。流石は私のメイドね♪」

 

 「あら?レミィあなた前からカリスマあったかしら?異変の時に霊夢にボコボコにされて大泣きしていたのはどこの誰だったかしら?」

 

 「うー!あれは霊夢が悪いのよ!!弾幕勝負がついたのに殴る必要なかったもの!!!グーよ?グーで殴るんだから!あの時は滅茶苦茶痛かったんだから!!!」

 

 「最後は子供のように大泣きしながら咲夜に手当てされていたわね」

 

 「うー!!!」

 

 

 恥ずかしい過去の話をほじくり返されても二人は楽しそうに話していた。そしてその中心にはいつも咲夜が絡んでいた。

 

 

 紅魔館唯一の人間である十六夜咲夜は、彼女が幼いことから現在までずっと成長する姿を見てきた二人……レミリアとパチュリーにとって大きく成長してもいつまでも子供のようであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「~♪~♪」

 

 「お帰り咲夜、なにやら楽しそうね」

 

 

 手の空いた時間に人里へと出向いてまで会いたい人物がいた。お目当ての人物……慧吾と今日も他愛無い会話を楽しんでいた。咲夜にとってそれだけでも幸せな時間だった。その幸せな時間を過ごし浮かれながらも寂しくなる別れを済ませて紅魔館へと歩を進めた。自身でも気づかぬうちに鼻歌を歌いながらスキップしているほどに気分は有頂天であった。そんな時に声をかけられて我に返るといつの間にか門前にまで帰って来ていたのだ。あまりにも浮かれすぎて周りが見えていなかったようで、門前には美鈴と日傘を差して笑顔を向けるレミリアの姿があった。

 

 

 鼻歌なんか歌っちゃって……懐かしいわね。こんな愛くるしい姿を見たら咲夜の子供時代を思い出しちゃうわ。咲夜を鍛えて一人前のメイドにし、いつか私の元から離れたいと言い出した時のために一人で生きていけるだけの力と教育を徹底的に仕込んだ。咲夜は人間で私は吸血鬼……人には人の世界がある。紅魔館から人間の元へと帰る時が来る……咲夜もその内わかる時が来るはず、それを見越して心を鬼にし勉強をさせた。パチェも私の考えには口出しすることもなく賛同してくれた。パチェも咲夜のことを気にかけてくれていたしね。しかし勉強はもはや強制と言ってもいいぐらいに傍から見れば厳しく接して来たつもりだったけれど、私のことを恨むどころかずっと傍に仕えたいと言いだしてしまった程だ。私は何度も断ったけど彼女の意思は折れず、深い森の奥深く、雨が降る中に放置したとしても必ず私の元へと帰って来た。一度ならず何度も……そんな姿を見ている内に私は手放せなくなっていた。いつの間にか彼女のことを我が子同然のように思う様になってしまっていた……離れたくないと思う程に、ずっと傍に居たいと思う程に。

 嬉しかった。とても嬉しかった。男には恵まれなくても咲夜がいると心がポカポカして吸血鬼なのに太陽を浴びている気分だった。しかし私の教育がいけなかったのか、子供の頃の咲夜は泣いたり笑ったりする姿を見せてくれた……だが、いつしか教育を施している内に咲夜の表情は硬く無表情を貫いて感情を表さなくなり、自分自身を犠牲にしてでも、私のことを守ろうとするまでにたくましく育ってくれた。嬉しい反面どこか寂しいと思う心が奥底に潜んでいた……人間は失敗を犯す生き物である。しかし咲夜の場合それがなかった……なくなってしまった。完璧に何でもこなしてしまい、いつの間にか咲夜は命令通りに動く()になってしまっていたのだ。私が気づいた時には既に遅すぎた……私の傍にいるのにいつしか()()の関係は離れてしまい、()()()()()の間柄になってしまった。

 

 

 

 私は後悔した……咲夜は物なんかじゃない……私の大切な家族だったのに……一度犯してしまった失敗は私の力ではどうすることもできなかった。私が咲夜の幸せを壊してしまった……一人の女性として恋をし、温かい家庭を築く……女としての幸福な生き方を奪ってしまったのだから。そんな私を咲夜は咎めることもせずただメイド長として私に尽くてくれた。そんな咲夜をいつか私という鎖から解放してくれる人物が現れるのを待った。異変を起こした時も少なからずも期待した……霊夢と魔理沙と出会い、異変後は同世代の同姓と戦い意思を通わせたことで少し咲夜の態度は緩やかなものになった。それでも完全に咲夜は変わらなかった……けれど今の咲夜はと言うと……

 

 

 「――お嬢様!?ゴホン……只今戻りました」

 

 「見たらわかるわよ。それで?買い出しに行ったはずだけれど手には何も持ってないわね?」

 

 「あっ」

 

 

 迂闊だったと咲夜は気づいたが既に遅い。人里に買い出しに行くと言って出てきたのに手元には何も持っていない……それもそのはずである。人里へと出向くための口実で本当は慧吾に会いたい思いが先走っての行動だったのだ。頭の中の買い物など慧吾に会った瞬間忘れてしまったのであった。

 

 

 「も、もうしわけありませんお嬢様!すぐに買いに戻ります!」

 

 「待ちなさい、買い出しを口実にして慧吾に会いに行ったことぐらいわかっているから」

 

 「うぅ……も、もうしわけ……ありません……このようなダメなメイドで申し訳ありませんでした」

 

 

 深々と頭を下げた。自身の主に嘘をついてしまったこと、最近になって失敗が目立つようになってしまったことなどを含めて咲夜は謝ったのだ。

 

 

 慌てているわね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()咲夜の表情は今も健在だけど、内心では驚きや焦りが見え隠れしているのがわかる。今まで失態を犯すこともなかった命令通りに動く(咲夜)は影を潜め、時より見せるおっちょこちょいな彼女を見るのが最近の私の楽しみになっているのは秘密よ♪それもこれもみんな慧吾のおかげ。

 運命のあの日、目が覚めたてのボケっとする私の脳内にいきなり衝撃が伝わってきた。頭痛のようなもので痛みも少々あったが、その痛みもすぐに消え去ってしまう程の光景を見た。見ず知らずの男が、咲夜にプレゼントしたハンカチを手渡す光景を!その瞬間に私は運命を見たと言っても過言ではなかった。実際そうだったのでしょうね。私自身の力もまさに運命に関する能力だからだ。この光景を頼りにすぐに私は行動を起こして咲夜を人里へ送り出すと帰って来た頃には彼女の表情がどこかスッキリしていたのを今でも憶えている。忘れられる訳が無い……あの日、咲夜は()から少女に戻ったのだから。そこから咲夜は徐々に少女としての道を進むことができるようになっていく。彼の存在で咲夜は()から解き放たれることになった。

 

 

 「構わないわ、それに咲夜はダメなメイドではないわよ。確かに以前の咲夜なら仕事も任務も難なくこなして無駄もなく忠実に動いてくれていたわ。けれど……私は以前の咲夜よりも今の咲夜の方が好きよ?以前なら笑うことすらしなかったじゃない。話していても気まずくなったこともあったしね。それに今の咲夜とても生き生きしているわ。年相応の女の子が見せる反応をしてくれるし一緒に居てると面白いのよ」

 

 「お嬢様……!」

 

 

 咲夜の瞳がレミリアを見つめる……日傘を差す吸血鬼から太陽の光が発せられているような輝きが咲夜には映って見えていた。

 

 

 「そうですよ咲夜さん、以前の咲夜さんは堅物でしたからね……あっそうだ!咲夜さん、慧吾さんの元へ行きましたよね?」

 

 「ええ、そうよ。それで?」

 

 「いつになったら慧吾さんの堅物(男の象徴)を味わうつもりですか♪咲夜さんの行動はもう通い妻的な行為ですよ?そろそろベッドINの時間じゃありませんか♪」

 

 「そ、そんな……私が慧吾様とそのようなこと……!」

 

 「こらこら美鈴ったら……」

 

 

 美鈴ったら下品な話はやめてほしいわね。まぁこれでも美鈴なりの気遣いなんでしょう。咲夜は表情は平静を装って居るけど呼吸が苦しそうにしていることを指摘するのは止しておきましょう。ちょっと頬が赤いし、見ていて面白いからそのままにしておきましょ。これは私の気遣いってことで♪

 こうして面白味のある会話ができるのも慧吾のおかげよね。彼のおかげで私達は真の家族になれた気がするわ。魔理沙にはフランを解放してもらい、慧吾には咲夜を変えてもらって感謝しているわ。この前のパーティーの招待状、魔理沙の分を用意したのはフランの遊び相手をしてあげただけが実は理由ではない。フランを地下から解放してくれたお礼も兼ねて私としては魔理沙の恋路を応援している。勿論一番応援しているのは咲夜だけどね♪霊夢とあの小鈴って子も慧吾狙いだし、魔理沙は今の関係が崩れるのが嫌なのか手をこまねいている様子だけど、躊躇していると咲夜に取られちゃうわよ?一番は私のかわいい咲夜なんだから慧吾とくっついてもらうわ。無理やり強要するようなことはせずに、咲夜を陰から応援し、時として助言や手を貸して恋が叶うようにすることがあるかもしれないけどね♪

 

 

 レミリアはクスリと目の前の光景を見て笑う。美鈴のイヤらしい妄想を次から次へと投げかけ、咲夜はそれをどうってこともないように受け流しているように見えるが、徐々に体が小刻みに動いている。今までの彼女ならば本当にどうってこともないように受け流していたことだろう。だが、体温までは誤魔化せないのか頬の次は耳までも赤くなっていることをレミリアと美鈴はちゃんと瞳に捉えている。このままでは咲夜は羞恥に耐えられないと判断し、美鈴に待ったをかける。

 

 

 「ちょっと美鈴言い過ぎよ。咲夜そろそろ限界に近いみたい

 

 「おや?そのようですね……こういう咲夜さんを見ていると楽しくて仕方ありませんね♪

 

 

 

 美鈴は小悪魔(こあ)の影響でも受けたのかしら?とでも言いたそうな顔をするレミリア。そんな彼女はふっと思う……レミリア達紅魔館勢は元々は幻想郷外から引っ越して来て環境が大きく変わり、異変を起こすが解決され、その過程で様々な出会いがあった。そしてみんな変わった……よく笑うようになり、紅魔館には温かい空気が流れるようになった。大きく貢献した慧吾に感謝し、咲夜のことを保護者として見守っていける喜びに密かに笑みがこぼれていた。

 

 

 「――ッ!お嬢様、私は少し急用を思い出しましたので……これで失礼します」

 

 

 そうレミリアに一言伝えた咲夜は一瞬で姿を消した。きっと能力を駆使して部屋に戻り発情を抑えるための魔法の布(ハンカチ)を求めに行ったのであろう。

 

 

 「あちゃー、ちょっと咲夜さんで遊び過ぎましたね」

 

 「まったくやり過ぎよ」

 

 「たまにはいいんじゃありませんか?私も仕事中にナイフ刺されてしまうんですし、咲夜さんで遊んでも罰は当たりません」

 

 「仕事中に居眠りしている方が悪いんだけどね。咲夜に言ってご飯抜きにするわよ?」

 

 「それだけは勘弁してください死んでしまいます!」

 

 

 紅魔館の最近はこんな様子だ。特別な出来事もなく、ただただ一日が過ぎていく。しかし変化の起きない日常ってのも悪くはないものだとレミリアは思っている。

 

 

 咲夜頑張りなさい。私もパチュリーもあなたを子供の頃から支えてきた。他のみんなも……みんな応援しているわ。あなたの恋が叶うようにね……

 

 

 レミリアは咲夜が通って行ったであろう入り口を見据えてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなたは私達のかわいい大切な咲夜()なんだから♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ダ、ダメです慧吾様!そ、そんなに強く抱きしめられたら私……私は……咲夜は……慧吾様にはしたない姿を晒してしまうことになってしまいます~❤」

 

 

 「ねぇ小悪魔(こあ)、咲夜はベッドの上で何しているの?」

 

 「あれは夜の運動会の練習ですよ妹様、あの慧吾さんのにおいが付いたハンカチで特訓(妄想)しているのですよ♪男性と女性がマンツーマンで運動するとストレスも悩みも吹っ飛んでスッキリするんですよ♪」

 

 「あっ、わかった!運動会だから小悪魔(こあ)がカメラを持っているんだね」

 

 「そうなんです。咲夜さんの練習光景を慧吾さんにも見てもらうためにカメラを持って来たんですよ♪(咲夜さんの絶頂姿を慧吾さんに見せたらどんな面白い反応してくれるか今から楽しみで仕方ありませんねケケケ♪)」

 

 

 咲夜の貴重な姿を映したカメラを手に持つ小悪魔であったが、運悪くレミリアとパチュリーに見つかってしまいカメラは没収され、説教をくらうことになった。そして後日、咲夜はフランに「夜の運動会頑張ってね!」と声をかけられて冷や汗を滝のように流していたのはここだけの秘密である。

 

 



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怪物

お待たせしました。今度はとあるお姫様の物語でありまする……


それでは……


本編どうぞ!




 穏やかな風が吹く人里は相変わらず平和な日々を送っていた。そんな平和な人里の道を歩く一人の人物……大きな笠を深く被り顔を隠し、背中には大きなつづらを備えて行者のようないでたちであった。その人物はキョロキョロと辺りを見回して不振な動きをしていた。だがその足取りは迷わずある一家の自宅前で止まった。再び辺りを確認して誰もいないと言う確証を得たその人物は戸を叩く。

 

 

 「ちょっと待ってくれ、今開けるから」

 

 

 中から女性の声が聞こえてきた。そして待つこと数秒もしない内に戸が開かれるとそこには上白沢慧音の姿があった。中から慧音が現れたと言う事はここは上白沢家であることがわかる。しかしこの行者のようないでたちをした謎の人物は一体なの者なのだろうか?

 

 

 「ああ、お前か」

 

 

 慧音はこの謎の人物を知っているようであった。行者のようないでたちをした人物は笠を軽く上げると紅い瞳が見えた。

 

 

 「鈴仙、こんなところで立ち話もなんだろうから中に入るといい」

 

 「はい」

 

 

 鈴仙と呼ばれた人物は慧音のお言葉に甘えて上白沢家へと招かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ……来客の名前だ。大きな笠を取ると頭にはヨレヨレのうさみみが付いており、足元に届きそうなほど長い薄紫色の髪が特徴的な耳とともに笠の中に纏めて隠されていたようで、座布団の上に座る彼女は人を苦手として自ら避ける珍しいタイプの妖怪なのである。そんな彼女が何故人里で慧音の元へ訪れたのは理由がある。

 

 

 「すみません、いきなり訪問してしまって……」

 

 「構わないぞ。今日はお暇だったからな」

 

 

 慧音はそっと鈴仙にお茶を出した。鈴仙は一言お礼を言ってそのお茶を口に運んだ。ふぅっとため息とともに安らかな表情が現れる。

 

 

 「それで私に何か用か?」

 

 「いえ、慧音さんにではなく……息子さんの方に用事がありまして……」

 

 「ああ……()()か」

 

 「……はい」

 

 

 慧音が何かを察して誰かを思い浮かべた様子だ。鈴仙は申し訳なさそうにしており、うさみみがシワシワになっている。

 

 

 「()()が慧吾さんに会いたいと駄々をこねて……私達は宥めていたんですけど最近限界で……最終的には『こうなったら周りの誰かが死んでも構わない!今から人里へ進行するわ!!』と私達の制止を振り払ってまで人里へと来ようとしているぐらいですから……()()も限界だと判断して私を使いに出したと言うことです」

 

 「そうだったのか。しかし人里に来られるのは勘弁してほしいものだな……」

 

 

 ()()と呼ばれる人物の何かの原因で鈴仙がここへ訪れることになったようだ。それを聞いていた慧音の顔が引きつるのが見えた。特に()()と呼ばれた人物への反応が妙に強かったのは何故だろうか?それがわかるのはもう少し後のこと。

 

 

 「それで慧吾さんはどこに?」

 

 「慧吾はおつかいで今はいない。買い物は任せろと言って聞かなくてな。慧吾が行ってくれると色々とおまけが付いて来るから私的にも生活費がその分浮いてくれるので大助かりなんだがな。本人も私の苦労を少しでも和らげようとしてくれている……本当にいい息子を持ったよ」

 

 「そうでしたか残念です……けれどもいいですよね。そこまで思ってくれている相手が傍に居るだなんて……それも男の方が私達のような不細工な顔をした女性に接してくれるだけでもありがたいのに」

 

 

 切実な思いが口から洩れた。鈴仙の容姿もあべこべ世界に生きる者達からすれば醜く近寄りがたいものである。

 

 

 鈴仙は永遠亭と呼ばれる古い和風建築の大きな屋敷に住んでいる。そこで姫様や師匠と呼ぶ者や同じくうさみみを持つ妖怪と兎たちと共に暮らして居る。師匠と呼ばれる人物の弟子をしていて、その人物は薬師であり時々人里へやってきては薬を販売しているのである。鈴仙のこの格好も薬を売るための姿だけでなく、自身の容姿と妖怪であることを伏せるためでもあった。容姿が酷いせいで客が寄り付かず売れなかったりして収入を得ることができなくなってしまうこともあり、鈴仙としても顔を見られただけで嫌な顔をされているのを見たくない。だからこうして少しでも自身の姿を隠すような恰好をしている。

 

 

 「慧吾は特別だからな。こんな私でも母親と慕ってくれている……それと妹紅のこともな。掃除洗濯だけでなく寺子屋で授業を受ける子供達の為に宿題づくりを手伝ってくれたりで大助かりだ。私なんかには本当に勿体ない息子だよ」

 

 

 慧音はしみじみ思ってしまう。世の中の理不尽を受け入れねばならない不細工の化身達(少女達)は夢を見ることなく散っていく運命にあった。しかし慧吾がそこに介入したことで大きく人生が一片した。鈴仙もその一人であり、初めは人見知りで臆病者であった彼女が慧吾に会って、人との触れ合いがまだ苦手だがそれなりに良くなってきている。男性ともほんのちょっぴりならばお話できるようにまでなったのだ。勇気を貰った彼に会えると今回の要件を伝える任を任された時は意気込んで来たが結果は不在な為内心ガッカリしているのは心の中に押し殺している。

 

 

 「慧音さん……それで姫様の件なのですけど……」

 

 「うっす!慧音遊びに来たぜ……ってあらぁ?鈴仙ちゃんじゃないか……と言う事は……」

 

 「あっ、妹紅さんどうも。妹紅さんの考えている通りだと思います……」

 

 「チッ!あのばかぐやめ!また慧吾を狙ってやがるな!!」

 

 

 戸がピシャリと開け放たれてずかずかと入って来た妹紅は来客がいることに気づく。来客が鈴仙だとわかると舌打ちをして忌々しい顔をした。これは鈴仙に対してではなく鈴仙の飼い主でとある人物に対してだった。

 

 

 妹紅と()()とは何かを因縁がある相手なのである。昔からお互いにいがみ合い喧嘩ばかりしている仲なのであるが、それがただの喧嘩ではないと言うことはここで先に言っておくが、妹紅が嫌っていることは確かなことである。

 

 

 「妹紅、そんな顔をするんじゃないぞ?醜い顔が更に醜くなるぞ?」

 

 「うるさいよ慧音!醜いのは本当のことだけど慧吾からは……び、びじん……に見えているからいいんだよ!!」

 

 

 反論する妹紅の頬が少し赤くなっていた。自分で言って恥ずかしかったのだろう。

 

 

 「そ、それはそうとあのばかぐやに()()慧吾を会わせるなんて反対だぞ!」

 

 「()()とは聞き捨てならんな妹紅、それでは妹紅だけの慧吾になってしまう。()()()だ!」

 

 「お、おう……すまない慧音、だから睨まないでくれよ……と、とにかく私は慧吾を会わせたくない」

 

 「そんな!?慧吾さんがいないと幻想郷の危機なんですよ!!?」

 

 

 鈴仙は()()なる人物が永遠亭から脱走し、人里へ現れた光景を思い浮かべると顔を真っ青にしていた。一体何が彼女をそんなにも追い詰めているのか……?

 

 

 「それはそうだけどよ……あいつのクッッッソブサイクな面を慧吾の瞳に映るのが我慢ならねぇんだよ!!」

 

 「私達から見たらそうだが、慧吾から見たらクッッッソ美人に見えるらしいぞ?」

 

 「そんなこと言わなくてもわかってる!慧吾にはあいつのことが美人に見えているなんて信じたくはない……わたし達を見てくれなくなったらどうするんだよ慧音……と、とにかくだ、私はあいつのことが嫌なんだよ!!」

 

 

 妹紅はご立腹のご様子で荒い鼻息を立て地団駄を踏む。慧音が赤ん坊だった慧吾を今まで育ててきたが、妹紅も空いた時間にはよく子育ての手伝いにやってきた。成長していく慧吾を傍で見守って来た慧音以外の人物であり、可愛がっていた慧吾にもう一人の親だと認められたことが嬉しくて最近は上白沢家へと泊まりにやってくるほどまでになった。だからこそ嫌なのだ。

 妹紅が最も嫌う相手……それが()()だ。だからこそ愛情を注いで見守ってきた慧吾を大っ嫌いなあいつにだけは渡したくないという保護欲が現れていた。あんなに利口で優しい男性は他に滅多にいないし、自分の息子に悪い虫が付くのが許せない思いだった。そしてもし息子の瞳に自分が映らなくなってしまうことになったらと思うと更に嫌になる。出来れば二度と会いに行かせたくないと言う強い意思が現れていた。

 

 

 しかし現在幻想郷は危機に瀕している。

 

 

 ()()なる人物が永遠亭と呼ばれる監獄から脱走しようとしているのだ。もし彼女が脱走してしまい人里にでも現れたら大変だ。それは何故かって?そうそれは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お師匠様、もうこれ以上無理なんじゃないの?」

 

 「てゐ我慢よ。ウドンゲが慧吾君と交渉して連れて来てくれる手筈になっているわ」

 

 「でも来るかな?」

 

 「慧吾君は了承してくれると思うけど……問題は彼女ね」

 

 「……もこたんか」

 

 

 長い銀髪を三つ編みで組み、左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている女性と癖っ毛の短めな黒髪にふわふわなウサミミ、それともふもふな尻尾を持ち、裾に赤い縫い目のある半袖ワンピースを着用している小柄な少女がそこには居た。

 

 

 八意永琳と因幡てゐ、この二人が今いる場所は永遠亭であり我が家である。永琳とてゐが薬品が入ったビーカーが棚に並べられている部屋の一室で真剣な表情で会話しているようであった。

 二人の会話の中で『もこたん』という聞きなれない言葉が出てきたが、それは藤原妹紅のことを愛称でそう呼んでいる(本人は認めていない)何やら二人は慧吾のことについて話しているようである。

 

 

 「慧吾の保護者だからってだけじゃないよね。完全に姫様にやきもち妬いているよ。もこたん大人げないよね」

 

 「自分の子を取られると思っているのかしらね?まぁ、慧吾君がこちらに嫁いでくれたら永遠亭は安泰なんだけれどね」

 

 「その前に大きな壁があるウサよ。慧吾の周りにはもこたん以外に面倒な連中がいっぱいいるからね」

 

 「博麗の巫女に白黒魔法使いと鈴奈庵の娘、それに紅魔館のメイド……そして他にも……ハードルが高いわね。私達のような女性を相手にしても忌み嫌うことせずに接してくれたら誰もが惚れてしまうのは無理もないことね。実際にうちもそうだし……まぁ、ライバルは多くてもこちらには最終兵器『()()』がいるんだからもしもの時は大丈夫よ。仮面を剥がして汚物で作り上げられたような顔を拝ませてあげればみんな一発よ♪」

 

 「それだけはやめてあげるウサ……流石にそんな惨い死に方をさせてあげたくない……」

 

 

 二人が住まう永遠亭には人が滅多に来ない。迷いの竹林と呼ばれる中にあるとされ辿り着くのが非常に困難な立地にあるが、訪れる者は人間も妖怪も問わず隔てなく、診察や薬の処方をしてくれる。薬の値段は安く、効果が高いことから非常に好評のようだ。しかしそれは医療関係についてだけだった。噂ながら永遠亭は別名「永眠亭」とも呼ばれ、そこに住まう住人を見てそのまま帰らぬ人になってしまったという噂がある。所詮ただの噂なのだが、永琳もてゐもそして鈴仙も全員醜い容姿だ。しかも永琳はその中でもずば抜けている……心臓の悪い老人であるならば不意打ちされればショック死してしまいそうになる。だがそれでもマシな方だ。この永遠亭には永琳を超える怪物が存在しているのだ。

 

 

 幻想郷には絶対に会ってはいけない存在がいる。その存在に会えば人生に絶望し、目が合えば体が震え、呼吸が困難になり胃から今まで食べた食べ物が全て放り出されてしまう……そしてその存在を見た多くの者達がそのまま亡くなって逝ったという。まさに怪物……会うだけで命を奪ってしまう程の何かを秘めている。あの博麗の巫女や妖怪の賢者でさえ永遠亭を避ける程だ。

 

 

 永琳とてゐが色々と冗談交じりに話し合っている……そんな時だった。

 

 

 

 ガシャンッ!

 

 

 何かが壊れる音が永遠亭に響き渡った。その音を聞いた二人は表情が険しくなりすぐさま行動を起こす。

 

 

 「てゐ!もしもの為の捕獲するロープの準備して!!」

 

 「ガッテンお師匠様!!」

 

 

 すぐに部屋から駆け出した二人は最後の要だ。頑張れ永琳!頑張れてゐ!怪物の正体を知る幻想郷の少女達がこの状況を見ていたらそう応援していただろう。だって、もしも怪物が解き放たれれば自分達の命どころか幻想郷そのものが終わりなのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……はぁ……!ここまで来れば……!」

 

 

 迷いの竹林の奥深くに一人の仮面を被った謎の人物がいた。声から考えると仮面の人物は女性のようである。

 

 

 ストレートで、腰より長いほどの黒髪を持ち、ピンク色の服と白い服を重ね着している様子で、袖は手を隠すほどの長さと幅がある珍しい服装だった。スカートも赤い生地に月・桜・竹・紅葉・梅と、日本情緒を連想させる模様が描かれており、白いに半透明のスカートを三重に穿いているようでスカート自体非常に長く、まるで高貴な人物が着るような服装であった。

 そしてそれに似つかわしくない仮面一つを付けていることで、見栄えのいい服装も一変して違和感を引き立たせる。一体なんの為の仮面なのだろうか?

 

 

 彼女は動きにくい服装をしていながら走ってきたのだろう。息を切らして汗を流しているようであった。それにしきりに辺りを見回して警戒している様子であった。

 

 

 「はぁ……はぁ……ふぅ……ここまで来れば大丈夫ね。もうどうしてこの世は私の邪魔ばかりするのよ!!」

 

 

 イラついた様子で傍の竹に拳を振るった。すると拳は竹にめり込みそのままポッキリと折れ地面へと倒れてしまうが、女性はそんなこと気にも留めていなかった。それよりも彼女には大事なことがあったからだ。

 

 

 「あなたに会いたい……今すぐに会いたい!でも、私が人里に行けば多くの人が……でも……たとえそうだとしても!あなたに会いに行きたいの!!」

 

 

 女性は何かを求めるように何かを欲するように人里の方向へと足を踏み出そうとした。

 

 

 「――うぐッ!?」

 

 

 女性はいきなり倒れた。驚くことに彼女の背中には一本の矢が撃ち込まれており、普通ならば死にはしなくても大怪我は間違いない。彼女も背中に矢が刺さっていることに驚き、背後の竹林の奥へと視線を向ける……仮面の奥に潜む瞳には弓を片手に持った永琳と傍にはてゐがいた。

 

 

 「……永琳……てゐ……」

 

 

 二人は仮面の女性の傍まで近づくと永琳はそっと片膝をつく。

 

 

 「ごめんなさい……わかって頂戴……これはあなたの為でもあるのだから……」

 

 「えい……りん……けい……ご……」

 

 

 矢を射抜かれてそのまま意識を失った。意識を失う前に何か言おうとしたがわからなかった。しかし永琳とてゐがこの仮面の女性が何を言おうとしていたのか察している様子で、永琳に至っては悲しい表情をしていた。

 

 

 「お師匠様大丈夫?」

 

 「……ええ、私は大丈夫よ。ありがとうてゐ」

 

 「礼はいらないウサ♪姫様もしかして……死んだ?」

 

 「そんなことしないわよ。強力な睡眠薬(麻酔)を染み込ませた矢を射抜いたから当分は起きないわ。せめて少しの間だけでも夢の中で彼と出会えることを願っておくわ」

 

 「そっか。それにしても危なかったね。対応が遅かったら人里で前代未聞の大量虐殺が始まるところだったウサ」

 

 「そうさせない為にウドンゲを彼の元へと送ったのよ。彼だけがこの子を止められる……けれど彼にも責任があるのは事実だわ。この子をこんなにしちゃったんだから……」

 

 

 優しく抱き上げた仮面の女性を視界に捉えつつ永琳とてゐは我が家である永遠亭へと帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、人里から帰って来た鈴仙が永琳の元へ報告にやってくる。その報告を聞いた永琳は歩き出しとある一室へと赴く。その一室へとたどり着くと中で今もぐっすりと夢の中へと旅立っている人物にそっと語り掛ける。

 

 

 「明日慧吾君が来てくれるらしいから……あと今日のことはごめんなさい。あなたの気持ちは痛いほどわかる。わかるけどこれ以上あなたのせいで死人を増やすわけにはいかないのよ。でも彼ならば死にはしないし、あなたを癒してくれる……明日は彼にいっぱい甘えなさい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「()()

 

 

 ()()と呼ばれた女性の手を握ると彼女の温かい肌のぬくもりが伝わって来る。

 

 

 幻想郷には『絶対に会ってはいけない存在』『永遠亭に住まう怪物』と様々な呼ばれ方でその存在を知っているがその容姿を知る者は数少ない。知ってしまった者の多くがこの世に既にいないのだから……

 

 



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道を繋ぐ罠

永遠亭に関わる回です。


それでは……


本編どうぞ!




 この幻想郷には数々の噂がある。本当のこともあれば嘘である噂話が流れている。その噂話の中で一つ気になるものがあった。

 

 

 『永遠亭に住まう怪物』

 

 

 なんでも永遠亭なる場所には怪物が住み着いており、そこに住まう住人と共に暮らしているらしい。それだけ聞けば怪物が住人と仲良く暮らしているだけにしか聞こえないだろうが、そこに住まう怪物は普通じゃないらしい。人ならざる姿をしている妖怪を怪物と呼んだりするが、それとも比較にならないほどに化け物であるらしいのだ。しかしその怪物を見た者は数少ない。噂でしかその存在を知る者はいないのがほとんどだ。永遠亭には怪我や病気など医療に関して優れた人物がいるらしく、たまに人里に永遠亭の薬を持って行者のようないでたちの人物がやってくる。

 薬自体は多くの者が買い求めるのであったが、永遠亭にはあまり行きたがる者は少ない。噂話の怪物を恐れていたり、そこの住人は醜い容姿をしている。余程重症でない限り永遠亭には近づきたくないのが多くの者が共通する点であった。そしてそんな噂話が身近な人物と関係があると知ったとある青年の物語である……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは少し前の出来事だ。

 

 

 「妹紅さん、そろそろ俺もいい歳になったんだから妹紅さんの仕事の手伝いをしてもいいんじゃないか?何故そんなに断る?」

 

 「前々から言っているだろ。迷いの竹林は道を知らない者が入れば最後、死ぬまで抜け出すことなんてできやしない。どこを見渡しても同じような竹林がずらりと並んでいる光景が続いているばかり、だから迷いの竹林なんて呼ばれているんだ。そんなところに慧吾を連れていくわけにはいかないんだよ」

 

 

 俺は上白沢慧吾、美醜逆転している変わった世界に新たな生を受けて今まで生きてきた。美人が不細工で、不細工が美人……幻想郷と呼ばれるあべこべ世界で心優しい上白沢慧音こと御袋ともう一人の御袋である妹紅さんと出会い色々なことを経験して来た。そしてこれは俺が妹紅さんと早朝誰もいない人里道で歩きながら話していたことだ。

 前々から妹紅さんには何か手伝えることはないかと考えていた。赤子だった俺を拾ってくれたんだ……あのまま肌寒い夜の下で放置されていたら今頃俺は生きていけていたのか不明だし、ここまで育ててくれて恩が無い訳がない。二人が幸せになるまで俺が生きている間は親孝行して行こうと思っている。小さな手伝いとかプレゼントは何度かしてその度に御袋は号泣、妹紅さんは見られたくないのか陰に隠れて泣いて喜んでいたことがあったな(声が漏れてバレバレだったんだよなぁ)

 

 

 そこで妹紅さんは迷いの竹林でタケノコやら薬草やら一人で集めている。それを手伝って少しでも妹紅さんの負担を軽減させてやろうと思っていたが……

 

 

 「俺が子供の頃から迷いの竹林には近づかせないようにしているけど……それって俺が迷子になるからってだけが理由なのか?本当はもっと別の理由があって隠し事しているか……とか?」

 

 「ああっと……それはだな……おっと!私にはまだ用事があったんだった!悪いな慧吾、また今度な!!」

 

 「あっ!妹紅さ――ッ!?」

 

 

 こうしていつもはぐらかされてしまう。子供の頃は俺も幼いから迷子になったら妹紅さんに迷惑がかかるからと深く追求することもなかったが、今ではもう大人の仲間入りだ。男が貴重だからと言って家で大人しく親のすねをかじるほど甘える男じゃない……妹紅さんは普段迷いの竹林の入り口付近に家を建てて暮らしている。何度かお邪魔したこともあったが、その時でさえ迷いの竹林の奥へは一度も連れていってくれなかった。それに妹紅さんが時折服をボロボロにして竹林の奥から帰って来る姿を何度か見た。初めて見た時は俺も驚いて妖怪にでも襲われたのかと心配したが、慌てた様子でなんでもねぇよ!と白を切る。竹林の奥に何かある……そう考えたこともあったが、男一人になった途端に欲情して襲い掛かって野蛮な妖怪が居る可能性があるらしいし、美味しく頂かれてしまう(意味深)なんてごめんだった。御袋達に心配をかけるわけにはいかないと言うこともあり竹林探索は今まで断念していた。しかし今になってこのことを話すのは意味がある。

 

 

 少し前に御袋と妹紅さんの様子がおかしかった。御袋達は俺が気づいていないと思ったのか何も言わず、夜中なのに外へと出て行ってしまったのだ。俺はしばらくジッと考え込んでいたが、しばらくすると御袋が帰って来た。何だったのだろうかと思っていたが、結局その日妹紅さんは帰って来なかった。御袋に聞けば異変が起こっていたらしい……その時は全然気づかなかったし、霊夢もその日、魔理沙と共に異変解決に乗り出していたようだった。しかしそれ以上のことは話してくれず、その話題を上げると何故か気分を悪くしたように二人共厠へ駆け込む姿を目にした。紫さんもしばらく体調が優れなかったとも聞いている……不可解なことばかりで訳が分からなかったが、一つの噂を文が持ち込んだ。

 

 

 『永遠亭には怪物が住んでいる』

 

 

 どこから入手したのか不明だが、迷いの竹林の奥にある永遠亭と呼ばれる建物には怪物が住み着いているという噂だ。ホントかと思ったが妹紅さんが時折ボロボロになって帰って来ることから何かあの竹林にはあるとすんなりと受け入れることができた。しかも文の更なる情報だと先日の異変で霊夢と魔理沙が向かったのも永遠亭だったらしい……これは何かあると俺はある行動を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 迷いの竹林でタケノコをせっせと集めている妹紅がいた。そしてそんな妹紅を見つめていたのはなんと慧吾であった。あれだけ断られていたのによく迷いの竹林へ来れたなと思うなかれ、慧吾は妹紅に悟られることなくコッソリと後をつけていたのだ。気配を押し殺して慎重に進みながらバレないように静かに草むらの中へと身を潜めていた。

 

 

 俺が行くと言ったら二人共絶対に引き止めるからなぁ……これしか方法がなかったんだよ。しゃあねぇ、妹紅さんが何故時よりボロボロで帰って来るのか、御袋も妹紅さんも何かを隠している……霊夢も魔理沙も異変のことを話してくれないし、文からのあの情報……『怪物』と言うものが気になる。御袋達には悪いが俺も男だ。好奇心が勝る時だってあるさ。今回ばかりは俺のやりたいようにさせてもらう……これもこの世界で生きていく為に必要になるかもしれないしな。今の俺は探検隊の気分だ……ボッチ状態だけどな。おっと、どうこう言っている間に妹紅さんが奥へと進みだしたな……尾行を続けるぞ。

 

 

 妹紅はまさか尾行されているなんて思ってもいなかった。彼女にとってはいつもと変わらない日常であり、ただのタケノコ採取へと出かけただけなのだから。何も知らない妹紅をよそに慧吾はしっかりと見失わないように気配をころしながら静かに後をつけていく。

 

 

 ガザガザッ!

 

 

 「むっ、誰だ!?」

 

 

 バレたか!?と慧吾は一瞬動揺したが妹紅が鋭い視線を向けているのは別の方角であり反対側の草むらが揺れたのだ。野生の動物だろうか、もしイノシシだったりとかしたら危険だ。そして妖怪であるならば尚更危険である。警戒を露わにしながら妹紅は揺れ動く草むら目掛けて妖術で生み出した火球を放とうとした。

 

 

 「もう……てゐの奴、今度見つけたらただじゃおかな……い……って!?待ってください私は妖怪ですけど人を襲うなんて思ってないです勘弁して下さいぃい!!?」

 

 

 草むらから姿を現した特徴的なうさ耳にブレザー制服と短いスカートを履いた女性がだった。草むらから出たその先では目の前に火球があったなら誰だって驚くだろう。女性も尻もちをついて弁解しようとした。

 

 

 「なんだ、鈴仙ちゃんじゃないか」

 

 「へっ?も、もこうさん……じゃないですか」

 

 

 キョトンとした表情をしてお互い制止して沈黙が流れ、先に動いたのは妹紅だ。

 

 

 「今日は兎鍋か」

 

 「――ちょっと!?私を食べようとしないでください!!」

 

 「ハハハ、冗談だっての……半分は」

 

 「――ッ半分!?」

 

 

 ギョッとして耳がピンと跳ね上がる。その様子をクスクスとしてやったりと言う表情でにやついていた。

 

 

 「冗談を本気にし過ぎだぞ鈴仙ちゃん♪それよりも随分ボロボロだな?またてゐの仕業だろうな」

 

 「そうなんですよ!てゐの奴、今度会ったらただじゃおかないわ!!」

 

 

 妹紅の手を借りて立ち上がるうさ耳こと鈴仙とは知り合いのようだ。傍から見ていた慧吾であっても見ればわかることだが、鈴仙の方は一度も見たことのない相手だった。

 

 

 初めて見る人……妖怪だよな?一瞬女子高生かと思ったじゃねぇかよ……遂に女子高生が幻想郷にやって来たのか!?って思ったんだけれどな。それにしてもあの鈴仙って方は砂埃だらけだな?竹林の中であんなに生足出して……文もそうだが目のやり場に困る。自分が不細工だと認識しているのに素肌を晒すのか?矛盾が生じている気もするが俺にとっては強い刺激を与えてくれる(いい意味で)だから俺は気にするが気にしないでおく。それはそうとして、あの妖怪はここら辺に住んでいるのか?服もちゃんと着ているし、洞穴生活しているわけじゃなさそうだ。だとすると……

 

 

 慧吾は二人の会話を盗み聞きするために意識を集中する。

 

 

 

 「頑張れ鈴仙ちゃん、私は応援しないがな」

 

 「なんですかそれ……妹紅さんはタケノコ狩りなんですね。ここで会ったのも縁なのでもし良かったら()()()でお茶でもどうですか?」

 

 「いや、あいつのバカみたいな汚顔(おかお)を見ると食事が喉を通らなくなるから遠慮するわ」

 

 「そうですよね。私も姫様のお顔を見ながらはちょっと……」

 

 

 二人の会話が聞こえてくる。慧吾は噂で耳にした()()()の名が鈴仙の口から語られた。

 

 

 何やらよくわからねぇが妹紅さん怒っているのか?それに妖怪の方は気分が悪そうだな。話の内容的にあの妖怪は永遠亭の住人って訳か。美人だよなやっぱり……そこに住んでいる怪物って一体なんなんだ?宇宙生物?それとも邪神か何か?考えていてもわからねぇよな。ならば俺は真相を知るためにあの妖怪について行った方が良さそうか。

 

 

 慧吾は妹紅の追跡から永遠亭の場所を知る鈴仙の追跡へと軌道を変えた。そんなこともいざ知らずに他愛もない小話をして二人はそれぞれ分かれて去って行く。勿論その後をこっそりとついて行く……この行動が慧吾と怪物を繋ぐことになろうとはこのとき誰も知らなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 「ウッサッサ♪落とし穴の設置完了!後はここを通るだろう鈴仙が引っかかるのを待つだけウサ」

 

 

 迷いの竹林の奥深くで落とし穴を仕掛けて満足な表情をしていたのは因幡てゐであり、先ほど鈴仙を散々煽って罠に嵌めた張本人である。その張本人は今度も懲りずにここを通る鈴仙の為に新たな落とし穴を仕掛けたのだ。

 

 

 「鈴仙はマヌケだからすぐに引っかかるウサ。しかし罠は一つだけでは満足できぬよ。更に頭上からの水攻め&更に更にのタライ落としでより一層そのマヌケ面を晒すといいよ♪」

 

 

 落とし穴の頭上には水の入ったバケツとタライが細い糸で設置されており、落とし穴にかかった者に容赦のない追加攻撃を加える設計だった。これも日頃から鈴仙を引っ掻ける為だけに用意したものなのだから相当な悪戯好きと見える。

 

 

 「早く来ないかな鈴仙の奴……ん?」

 

 

 こちらへと向かって来る何者かの足音が聞こえたのだ。可愛らしいうさ耳をよ~く凝らして見ると何やらぶつくさと独り言も聞こえてきた。「てゐの奴ったら……してやる」断片的だったが間違いなく鈴仙の声だとわかると満面の笑みで待機する。

 ガサゴソと草木をかき分けて現れたのはやっぱり鈴仙だった。

 

 

 「こんなところで何しているウサ?もしかしてエロ本でも探していたウサか♪」

 

 「てゐ!!?よくもさっきはやってくれたわね!!」

 

 

 てゐの姿を見つけた鈴仙は顔を真っ赤にして襲い掛かる。

 

 

 「うわー!鈴仙に殺されるウサ―!(さぁ、そのまま落とし穴に落ちちゃえ!!)」

 

 

 身を屈めて怯えるフリをする。落とし穴へと誘い込む手段だ……まさに策士!!!

 

 

 「(――ッ!?てゐが怯えている……そんなわけがあるはずがない。だとしたら……罠!?)」

 

 

 鈴仙はてゐの行動に違和感を感じ、自分がこのまま進めばどうなるかを想像した。そして気づいたことがあった。地面の一部だけは薄っすらと色が違う……神経を集中して目を凝らさないとわからないほんの微妙な違いを鈴仙は見分けることができた。これも彼女がある場所である訓練を受けていたことが幸いにも経験が生きた。

 落とし穴が設置されていることを察知した鈴仙は足を止めようとするが、それはかなわないとすぐに判断する。落とし穴がすぐそこにあるからだ。急には止まれずそのまま突っ込んでしまう……すぐさま思考を変えて鈴仙が出した答えとは!

 

 

 「とうっ!」

 

 「飛んだ……だと!?」

 

 

 答えは飛んだ。止まれないならば飛び越えればいいだけのこと、鈴仙の思惑通りに落とし穴を避けて地面へと着地した。

 

 

 「私を罠にかけようなんて千年早いわよ!」

 

 「ぐぬぬ!鈴仙を甘く見た私の落ち度か!」

 

 「てゐ覚悟しなさい!」

 

 「やなこった!」

 

 

 てゐと鈴仙の追いかけっこが始まり、木を盾にして攻防戦をしばらく繰り返している最中にそれは起こった。

 

 

 「ぐぁ!?」

 

 「「へっ?」」

 

 

 ドシンと音を立てて落とし穴を設置した場所から何やら悲鳴のような声が聞こえてきた。この場に第三者がいるとは思っていなかった二人は一瞬思考が停止してしまう。

 

 

 「……てゐ、私の聞き間違えじゃなければ今のは……人の声じゃない?」

 

 「……みたいな声が聞こえたような……いや、逆に考えるんだ。何も聞いていないっと」

 

 「現実逃避してんじゃないわよ!早く助けに行ってあげましょう!」

 

 

 二人は急いで向かうとぽっかりと口を広げている落とし穴を発見する。やはり誰かが引っかかったようだ。誰にしてもこちら側が仕掛けた罠なので早く助けてあげないといけなかった。二人は落とし穴の中に顔を覗かせて安否を確認する。

 

 

 「すみません大丈夫です……かぁ!?」

 

 「お~い!生きているウサ……ぴょん!?」

 

 

 うさ耳が跳ね上がる程に驚愕した二人……落とし穴の中で発見したのは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「お、おとこ(ウサ)!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷いの竹林の奥深くに古い和風建築の大きな屋敷が一軒まるで存在を隠しているかのように佇んでいる。その屋敷こそが永遠亭であり、慧吾が探していた建物であった。その建物の一室で書類に次から次へとペンを走らせている女性がいた。

 

 

 「薬草の在庫は……問題なし。他には……漢方薬も少し調合しておいた方がいいわね」

 

 

 在庫の確認作業の真っ最中のようで、ぶつぶつ呟きながら様々な薬品が入った棚を見て回り書類に在庫の状況を書き記していく。

 

 

 「永琳ー!ご飯持って来てー!!」

 

 

 遠くから名前を呼ぶ声が聞こえて来た。永琳の名を呼ぶ声で、呼ばれた本人はため息交じりに返した。

 

 

 「姫様それぐらい自分でしてください!!」

 

 「ええー!めんどくさいー!!」

 

 「めんどくさがらないでください!一日中部屋に引きこもってだらしない生活をしている女性は嫌われますよ!?」

 

 「いいもーん!私はもう嫌われていますからー!!」

 

 

 永遠亭内を響き渡る程のやり取りが飛び交う。永琳とやり取りしている相手の姿は見えないがどうもだらしがない生活を送っているようだ。永琳の様子を見るに手を焼いているもよう。

 

 

 「いつからこんなに我が儘に……私が言っても聞かなくなったし……誰か今のだらしがない姫様を変えてくれる人はいないかしら……」

 

 

 そんな都合のいい人物がいるなどありえない……ありえるはずはないのだからと永琳は思う反面諦めてもいた。しかしすぐそこに都合のいい人物がいることなどこの時はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お師匠様!!」

 

 「どうしたのよてゐ?それにウドンゲ……ウドンゲ?」

 

 「私は鈴仙・優曇華院・イナバであり誰が見ても鈴仙・優曇華院・イナバである……誰もが恐れる軍人であり私は愚かな地上の者共を根絶やしに……あばばばば……!

 

 

 「……てゐ、ウドンゲに何があったのよ?」

 

 

 玄関を勢いよく開け放ち一直線に永琳の元へとやってきたてゐに鈴仙の二人、てゐは慌てた様子で汗をかいていた。珍しいわねっと永琳が疑問を抱いた時、鈴仙に視線が移すとカチカチに体を硬直させて何やらぶつぶつと独り言を繰り返していた。明らかに様子がおかしい二人……そこで永琳は気づいた。鈴仙の背に誰かが背負われていること、しかもその誰かが男であったことに。

 

 

 「てゐ、ウドンゲ……どういうことか説明してもらえるかしら?」

 

 「お師匠様……実は……」

 

 

 この出会いが一人の怪物と呼ばれる存在を救うきっかけに繋がるのであった。

 

 



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醜き姫

美醜逆転のあべこべものならば欠かせないあのお姫様登場回です。


それでは……


本編どうぞ!




 ガサガサ……ゴソゴソ……

 

 

 草木をかき分けあえて道なき道を進んで行くうさ耳の少女達……とその一人に背負われている男性がいた。

 

 

 「鈴仙大丈夫ウサか?」

 

 「やましいことを考えるな私は男程度に屈するわけはない何故なら私は鈴仙・優曇華院・イナバなのだから肌が触れていても私は冷静だそれがこの私なんだだから落ち着け私の右腕よ今はまだ動く時ではない……ぶつぶつぶつ……」

 

 「ダメだこりゃ……」

 

 

 小柄なうさ耳少女ことてゐはため息をつく。彼女が視線を向ける先には鈴仙がおり、彼女の口から呪詛のように同じ言葉を繰り返し綴っていた。必死に理性を保とうとしている……それもそのばずである。彼女が背負っているのは男性で当然ながらのことだが鈴仙は男と触れ合ったことなどないし、今の状態は肌が密着している状態である。そしてその男性とは慧吾だった。

 

 

 慧吾は妹紅を尾行している最中に永遠亭の住人である鈴仙を発見し、永遠亭に興味を持った慧吾は鈴仙を尾行していた。すると鈴仙がいきなり走り出して見失わないように自分を後を追おうとしたところで罠にかかった。てゐが仕掛けていた罠に引っかかってしまい、水攻め&タライ直撃で不覚にも意識を失ってしまったのだ。てゐと鈴仙がすぐさま発見して永遠亭で体の状態を検査する為に運ぼうとしたのだが、意識を失っている為に誰かが運ばなくてはならない。てゐは小柄で男性一人を背負える力など持っていない。鈴仙ならば可能であったが、忘れてはいけないことがある……この世界があべこべ世界であることを。

 

 

 てゐも鈴仙も容姿は慧吾にとっては可愛い容姿にしか見えないが、この世界では逆なのである。美人が醜く瞳に映る為に男性から相手にされることはない。それに鈴仙自体人見知りな性格である為にそんな彼女が男性と密着するなんて行為ができるわけがなかったが、やらねばならなかった。このまま放って置いたらどこの誰かもわからない野良妖怪にモーレツなことをされてしまう。それに鈴仙も女、密かに隠している秘蔵本を読みながら夢の中でハーレムを作り上げた経験がある……それが経験と呼べるものかはともかく、男性に興味がないなんてことはないのだ。寧ろ興味があり過ぎて下手な既成事実を作り上げてしまいかねない。欲望を必死に抑え込んで理性を保っていた。鈴仙の中では悪魔と天子が壮絶な男を巡る争いが行われている……

 

 

 「男程度の誘惑に屈する私ではない何故なら私は鈴仙・優曇華院・イナバなのだから肌が触れ合っていてもどうってことはないのだどうってことは……!!

 

 「しっかりしなよ、あともう少しだから頑張るウサ!」

 

 「あばばばば……!

 

 「(本当に早く帰らないと取り返しのつかないことになりそう……)」

 

 

 てゐは歩く速度をやや上げて鈴仙の理性が崩れない内に永遠亭を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やっと見えたウサ!鈴仙走るよ!!」

 

 「誰が何と言おうと私は鈴仙・優曇華院・イナバなんだだからこの程度で私の心が乱れる訳はないのだこの程度……この程度で……あばばばば……!!

 

 「こいつ……まったく使えない……」

 

 

 あまりにも長く男性と肌を密着させてしまった鈴仙の脳がオーバーヒートしてしまい、支離滅裂な言葉を繰り返し発するだけのガラクタと化してしまった。使い物にならなくなった鈴仙を無理やり引っ張っていき永遠亭の玄関を勢いよく開け放ち一目散に永琳がいるであろう部屋へと駆け込むと目当ての人物がそこにいた。

 

 

 「お師匠様!!」

 

 「どうしたのよてゐ?それにウドンゲ……ウドンゲ?どうしたの?」

 

 「私は鈴仙・優曇華院・イナバであり誰が見ても鈴仙・優曇華院・イナバである……誰もが恐れる軍人であり私は愚かな地上の者共を根絶やしに……あばばばば……!

 

 「……てゐ、ウドンゲに何があったのよ?」

 

 

 永琳はてゐから経緯を聞くと呆れた様子で二人に命じた。

 

 

 「てゐはウドンゲを奥へと連れて行ってくれるかしら?私は彼をベットに寝かせるわ」

 

 「わかったよ」

 

 「鈴仙・優曇華院・イナバはこの世でただ一人この私だけである……だから私は鈴仙・優曇華院・イナバなのだ誰が何と言おうと鈴仙・優曇華院・イナバなのだ!!!

 

 「うるさいウサよ!!」

 

 

 ガラクタ(鈴仙)を引きずりながら部屋から出て行くてゐを見送って、永琳は厄介なことに巻き込まれたと愚痴をこぼすのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「さてと、まずは脳に異常はないか確認ね」

 

 

 永琳はベットに寝かせた青年のへと目を向けるとすやすやと安らかな表情をしていた。

 

 

 「どこの誰かは知らないけど、あなたは不運ね。幸運を呼ぶはずのてゐが居ながらもこんなところに連れて来られることになるんだから」

 

 

 本来ならばあなたのような人はここへは来てはいけないのだけれど、今回ばかりはこちら側の責任だから仕方ないわ。でもね、てゐやウドンゲでさえ腐ったミカンのような顔をしている子達、更に私のような醜いおばさんもいるまさに悪夢のような場所なのだから近づいちゃダメ。おそらく彼は人里の人間……彼が目を覚ましたら人里へと早急にお帰り願いましょう。そうじゃないと運悪く()()()と遭遇してしまわないようにしないといけないわね。

 

 

 永遠亭に住んでいる怪物……その正体を永琳は知っている。それもそのはず、永琳はその怪物の従者であり、何故怪物と呼ばれているのかも知っていた。

 

 

 醜いのだ。360度どこからどう見ても醜いのだ。視界に入るだけならまだしも、最悪顔を直視してしまった者は心臓をえぐられ、胃に溜まった物が逆流して全てをぶちまけ、全身の血が凍りつくような苦しみを味わう。表現は過激だがそれ程に醜く耐えられる者は数少ない……そのまま命を落としてしまう程だ……いや、この世のものとは思えない醜悪な顔面を思い出す度に吐き気に襲われずにすむのならば命を落とした方が幸運なのかもしれない。それほど言葉では醜いとしか言い表すことができない。実際に彼女を見てしまった者の多くは生きてはおらず、運よく生還したとしても一生のトラウマを植え付けてしまう……それこそが怪物と呼ばれる理由であった。

 そんな永遠亭にてゐの悪戯の巻き添えになった哀れな青年がやってきてしまった。永琳はこの青年に同情してしまう。妖怪の賢者も博麗の巫女も寄り付かないこの場所で今も目を覚まさぬ青年を見つめながらそう思ってしまった。そして永琳にできることは彼をここから遠ざけること……怪物に遭遇してしまわないようにしっかりと見張っていることだった。

 

 

 「落とし穴に落ちたショックで意識を失っているわね。脳に障害が残らないかそれが心配ね。目覚めるまではここに居てもらうしかないけど……輝夜には言っておかないといけないわね」

 

 

 輝夜自身も既に身に染みてわかっているはずだからきつく言うつもりはない。けれども念には念を入れておかないといけないわね……もしも運悪く出会ってしまって彼が死んでしまうことがあれば……輝夜の心にまた傷を残してしまうことになる……そんなことは絶対にさせないわよ。

 

 

 私達が妖怪の賢者率いる幻想郷の連中と対峙した時、連中が私の前に立ちはだかった時はまだよかった……しかし私がやられたことに我慢できなかった輝夜が姿を現し、禁断の素顔を晒した時なんか……身の毛もよだつ光景だった。全員運よく生きてはいたものの、確実にトラウマを植え付けてしまったことに変わりはない。あれ以降連中はここへ来る素振りも見せなくなった……静かなのは良いことだけれど輝夜としては複雑な心境に違いないわ。            

 自分の本当の姿を誰も受け入れてくれない……それはとても辛いことで、あの子は気丈に振舞っているけど長らく傍に居る私にはわかる。こんなことがあと何回あるのでしょうね……百?千?いいえ……『一生』と言う言葉が相応しいのかもしれないわ。永遠の時を生きる私達はどうあがいても逃れられない宿命でありこれは罰なの。特に輝夜は私以上に受け入れてもらえない……怪物と呼ばれて見る者を死に至らしめる程の醜悪さは私でもどうにもできなかった。あの子を救える人なんていないでしょう……だからこそ私が傍に居てあげないといけないのよ。不老不死でも心は違うのだから……これ以上大切な輝夜を傷つけるわけにはいかないのよ!

 

 

 知らず知らずに拳を握りしめていた永琳は我に返る。感情的になっていた自分にため息を漏らして目を覚まさぬ青年の診察を始めるのだった。 

 

 

 ------------------

 

 

 昔々あるところにそれはそれはとても美しい女の子がいました。

 

 

 女の子が生まれた場所はお月様にあるとある一軒家、両親は生まれた赤ん坊を見た瞬間に将来は絶世の美女なると確信しました。そして両親の思った通りそれはそれは美しい女性へと育っていきました。

 周りからはちやほやされて甘やかされて育てられました。美しい女の子はひとたび外を歩けば誰もが見惚れる程の容姿で多くの男達の心を射止めました。来る日も来る日も求婚者があとを絶たなくて困ってしまう程です。そして両親にも大切にされた女の子は毎日面白おかしく過ごして幸せに暮らしましたとさ。

 

 

 めでたしめでたし♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……とそんな夢物語など存在する訳はない。そんな夢物語とはかけ離れた存在である一人の女性がポツンと布団の中でボーっと空虚を見つめていた。

 

 

 何をするわけでもなく、昼間っから部屋の中央に引かれた布団の中で顔だけを外へと出していました。そして女性の傍にはゴミや生活用品が転がっており、その中でひときわ目立つ仮面が乱雑に転がっていた。その仮面はこの女性のものだと思われる。

 

 

 ぐぅ~ッ!

 

 

 ポツンと存在する彼女のお腹からマヌケな音が聞こえてきた。食事を要求したのにも関わらず未だに持ってくる気配すらない。そしてドタドタと走り回ったり、聞きなれた声が時より彼女の部屋にまで聞こえてくるがどうでもいいことだ。腹は減り、やる気のない表情を作っている彼女は憂鬱だった。

 

 

 彼女こそ怪物として噂されている幻想郷の汚点……蓬莱山輝夜。妹紅が嫌い、永琳や鈴仙が()()と呼ぶ人物とは彼女のことであり、彼女とは絶対に会ってはいけないと言われている。あまりの醜さに多くの命が散り、異変の時に幻想郷の賢者らにもその姿を披露したが結果は案の定とても酷いものであった。しかし久々に永遠亭外の者に姿を見せつけた彼女自身が一番心に(こた)えたものだ。輝夜の大切な永琳に酷い事をしたのだから当然の報いではあるのだが、賢者と博麗の巫女達が惨たらしく異臭を放つ輝きを秘めた液体を撒き散らしながらのたうち回る姿を見るとちょっとかわいそうに思えてくる。それと同時に彼女はこう思った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり自分の姿は受け入れてもらえない……と。

 

 

 かわいそうと思っていたことなどすぐに消え去ってしまった。彼女の心に影が落ち、屍だらけ(ゲ〇まみれ)のその場を後にする……後のことは全て永琳に任せて自身は部屋へと引きこもった。いつもの日常へと戻るだけであったが、こうして忘れようとしていた自身の醜さを見せつけられたら嫌になってしまうのも無理はない。いつもの生活に戻りつつも心はどこか遠いところにあった。

 

 

 ぐぅ~ッ!

 

 

 腹の虫がうるさく鳴り響く。何度も腹が減ったと抗議する音に輝夜の意識はようやく元へと戻って来る。

 

 

 「……お腹減った。永琳は何しているのよ?てゐー!鈴仙ー!ご飯持って来てー!」

 

 

 大声で声を届かせようとしたが一向に返答はなかった。

 

 

 「私自身に取りに行けって言うの?だらしがないですって?仕方ないじゃないのよ、やることも何もないんだから」

 

 

 グチグチ言っているとまた腹の虫がうるさく抗議してくる。徐々に輝夜の機嫌が悪くなり、腹も減っていることで苛立ちが露わになる。

 

 

 「……………面倒くさいわね、いちいち仮面なんてつけるのもごめんだわ。蒸れるし息苦しいし……家の中ぐらい素顔で出歩いてもいいじゃないのよ!」

 

 

 輝夜の姿は誰もが一度見たら忘れられない程に不細工だ。耐性無しにその素顔を見ようものならば命がいくつあっても足りない。素顔だけでなく吹き出物一つとしてない体に、シミも当然あろうはずもない。そして極めつけが、すべすべして光に照らされれば反射しているかのような素肌が更に醜悪だ。しかも幻想郷中の女性と比べても格違いで一つ……二つ……いや、それ以上ずば抜けて不細工な輝夜が仮面も付けずに永遠亭内を歩けばどうなるか、永琳は子供の頃よりの長い付き合いである為に耐性は付いている。しかし耐性がついていても慣れる訳ではない為に鈴仙やてゐには効果がある。真夜中に仮面を付けずにバッタリと素顔で出くわしてしまえば悲鳴を上げられることなどよくあることだった。

 仮面をつけての生活を余儀なくされた輝夜は自分自身の容姿をわかっていても苛立ちを覚えてしまう。こんなものを付けなければ家の中ですら歩けないなんて……この世の中は自分に対して残酷過ぎるのではないかと思ってしまう。しかしこれが現実であり、不細工として生まれた輝夜はどうあがいても残酷な運命に翻弄されるのである。

 

 

 ぐぅ~ッ!

 

 

 腹が立てば腹が増々すく……一向に届く気配のないご飯を求めて布団から起き上がる。

 

 

 「わかったよ……自分で取りにいけばいいんでしょう!」

 

 

 ぶつぶつと文句を言いながら輝夜は部屋を出て行った。その手に仮面を持つことなど忘れて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……綺麗だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………………………………………………………っえ?!」

 

 

 その行動で運命を変えてしまうことなど輝夜は知らなかった。

 

 



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運命の出会いは当然に

遂に出会いの時は来た!って言う訳でして……主人公とお姫様との回です。


それでは……


本編どうぞ!




 「あの人間大丈夫ウサか……」

 

 

 支離滅裂な言葉を発するガラクタ(鈴仙)を毛布で簀巻きにして部屋の隅に放置しておいた。まぁそんなことはともかく、てゐは落とし穴に落ちた人間のことを心配していた。

 元々は鈴仙の為にと作った落とし穴だったが、見ず知らずの人間が引っかかってしまい怪我はしていなかったようだが、もしものことがある。それでお師匠である永琳に助けを求めた。てゐも薬や少しぐらいならば治療法の知識はあるものの、永琳並みの腕はない為に安全と安心を考慮して任せた。そして今は診察中のはず、お師匠ならばそこに転がっているガラクタ(鈴仙)のように欲情しない。患者を襲う(性的に)ことはないから任せられるし、腕もプロなので信頼している。しかしてゐはそれでも不安だ。もしも後遺症が残ってしまったらと思う一方で、この永遠亭に住んでいる怪物と出会ってしまう可能性を心配していた。

 

 

 「姫様と出会った多くの者が辿るのは酷い結末ウサ……」

 

 

 この前に永遠亭に乗り込んできた哀れな博麗の巫女達の姿を思い出す。てゐは直接その現場を見てはいないが、あの後の処理をしたのはてゐだ。最悪の気分で掃除したのを憶えている……否、忘れられるわけはない。鼻に付く匂いが充満し、キラキラ輝く液体がそこら中にまき散らされている光景に危うく自分ももらいそうになった。この状況を生んだ張本人は相変わらず今も自室で暇を持て余しているはず……気丈に振舞っている姿にどこか寂しさをてゐは覚えてしまうが、彼女には何もできるはずもない。お師匠の永琳ですらどうすることもできないのに、てゐにどうにかできるはずもないのだ。

 

 

 「姫様には申し訳ないけど、あの人間が帰るまでは自室に缶詰状態ウサね。おっと、このことを姫様に伝えておかないと……また姫様悲しむかな……」

 

 

 てゐは立ち上がって部屋から出て行った。目指すは永遠亭に住まう怪物と称される蓬莱山輝夜の元だ。しかしてゐは気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「てゐは居る?」

 

 

 てゐが出て行ってその後すぐに部屋に入って来たのは輝夜だった。輝夜がご飯を求めて既に部屋から出て行っていることに……そしててゐと輝夜は知らず知らずのうちに入れ違いになってしまっていた。

 

 

 「声が聞こえたと思ったけど……あら?鈴仙どうしたの?」

 

 「全ての生き物は愚かな存在ではあるがその中でも私は鈴仙・優曇華院・イナバである……唯一の鈴仙・優曇華院・イナバは私でありこの世でただ一人の鈴仙・優曇華院・イナバなのだ男の誘惑になど屈するこの鈴仙・優曇華院・イナバでは……ぶつぶつぶつ……」

 

 「ほ、ほんとうにどうしたの……?」

 

 

 簀巻きにされて支離滅裂な言葉を発している鈴仙にドン引きした。何の事情も知らない彼女からしたら無理もないことだった。

 

 

 「永琳のお仕置きを受けてこうなってしまったのかしら?どちらにせよ今の鈴仙は使い物にならないわね。てゐもどこに居るのよ……ご飯作ってもらおうとしたのに」

 

 

 輝夜の中で永琳のお仕置きによって鈴仙がこうなってしまったと解釈した。今まで何度か鈴仙がお仕置きを受けてこのような状態になったことがあったからだ(ここまで酷い状態ではない)そういう経緯もあり、自分自身で決めつけて放って置いた方が良いと考えた。しかし輝夜は困った……お腹がすいてご飯を食べようにも彼女は料理をしたことがなかった。その醜い容姿でとある場所で部屋に閉じ込められていた彼女の生活はいつも周りがしてくれていたからだ。ある理由で幻想郷へと移住した時も永琳の過保護な献身によって守られて来た。最近になってようやく永琳の過保護な献身が緩み、自分のことは自分でと教えられるようになったが長きにわたる世の中の理不尽さと異変での出来事もあり不貞腐れていた。面倒ごとも嫌いであり、人に頼ってばかりであった。

 

 

 「むぅ……永琳に頼んでも自分でしなさいと言われるだけ。過保護な永琳も面倒だったけど、今の永琳も面倒なのよね。口うるさくなったし……退屈な日々を送っている私のことを思ってくれているのはわかるけど、私だって嫌になるわよ。誰も私のことなんて見てくれないこんな世の中……やる気なんて起こらないわよ」

 

 

 輝夜はやるせない気持ちを切り替える為にも使い物にならない鈴仙を放って台所へと向かって行った。この時幸いにも鈴仙は無事であった。脳がオーバーヒートしていた彼女の目には輝夜は入っておらず、その素顔を認識することがなかったのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「異常はなさそうね。体も特に問題ない、後は意識を取り戻してここから去ってもらうだけね」

 

 

 その頃永琳はベットに寝かされた男性もとい慧吾の診察を終えた。異常が見られなかったことに安堵し、意識を戻るのを待つだけであった。

 

 

 「彼が寝ている間に在庫の確認の続き……その前に少しお花を摘みに行かないとね」

 

 

 永琳は席を立ち部屋を後にする。彼女の意識では数分の間だけ目を離すことになるがこれは仕方ない。けれども数分だけなので問題はないと思っていた……

 

 

 「うぅ……うん?ここはどこだ……?」

 

 

 永琳が出て行ったすぐ後に慧吾の意識が戻るなど予想もしていなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 知らない天井だった。

 

 

 俺は確か妖怪のうさ耳少女を追っていた。妹紅さんと別れたうさ耳少女は永遠亭なる場所へ帰るはずだと隠れながら後を追っていたがいきなりうさ耳少女が走り出して俺の視界からいなくなってしまった。このままでは見失ってしまうと思った俺は草むらから飛び出して追いかけようとしたんだが……そこから記憶がない。そして俺はいつの間にかベットの上で寝ていたようだ。な、なにを言ってるのかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった……マジでわけわからん。

 

 

 慧吾は何が何だか訳もわからずに部屋を見渡した。わかるのは医療に関係部屋だと言うことがわかった。カラフルな色をした液体が入った小瓶やら道具が置いてあった。

 

 

 人体実験施設とか?それはない……と思いたいな。誰かが医療施設に運んでくれたと思いたい。幻想郷にこんな場所があったか?俺は少なくとも知らない……いや待てよ、永遠亭には怪我や病気など医療に関して優れた人物がいると聞いたな。もしかするとここが永遠亭か?誰かが永遠亭に運んでくれた……もしかしてあのうさ耳妖怪さんが運んでくれたのかもな。とりあえず誰か住人を探して挨拶した方がよさそうか。

 

 

 慧吾はベットから降りて部屋から出て行った。その数分後に永琳は戻って来たが当然彼女は驚いて部屋を飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「綺麗な建物だな」

 

 

 慧吾は建物内を見て回っていた。古い和風建築だが風流で味があった。人里とはまた違う良さがあり、見ていて心躍っている慧吾であったが、何かをあさる物音が聞こえてきた。

 

 

 「おっ?誰かいるのか」

 

 

 丁度よかった。記憶はないがここでお世話になったはずだから挨拶はしておかないと失礼だからな。

 

 

 慧吾は物音がする方へと足を踏み入れるとこちらに背を向けて探しものをしている女性を発見した。

 

 

 ここは台所か、そして女性が何かしている……如何にも和風って服装をしているな。ここからじゃ顔は見えないねぇがとても長い綺麗な髪をしている。妹紅さんを思い出してしまう長さだが、艶が半端ない……トリートメントは何を使っているんだ?どうやったらここまで長い髪を維持できるのか男の俺には想像できねぇが、今はそんなことよりも一言声をかけるべきだな。後々厄介なことになったら大変だ。

 

 

 慧吾は台所に入ると女性に声をかけた。

 

 

 「あのすみません、ここの住人の方ですか?」

 

 「――ッ!?」

 

 

 ガシャン!と音を立てて女性が手にしていた食器が床に落ちて砕けた。急に声をかけてしまったことで驚いたのだろう……背を向けたまま女性は硬直してしまった。

 慧吾の方は食器を持っていることを気づかなかった。自分が声をかけてしまったことが原因で、食器を落としてしまい割ってしまう結果になった。砕けた破片が女性の足元に散らばり動けば破片を踏んづけてしまう。慌てて女性の元へと駆け寄る。

 

 

 「す、すいません!急に声をかけてしまって!!」

 

 「あ、えっ、あ……その!」

 

 「動かないでください!破片が足に刺さったら大変だから」

 

 「えっ……その……」

 

 

 膝をつき破片を拾い集めていく。日常的に家事をこなしていた慧吾にとってはうっかり物を割ってしまうことが何度かある。だから拾い集めるのにも手際がよく日頃の行いが功を制した。

 

 

 「これで大丈夫、すみませんでした。俺のせいで食器を割ってしまう……ことに……?!!」

 

 

 破片を拾い集める為に姿勢を低くしていた為に見上げる形となった。そこには驚きでこちらを見ている女性の顔があった。

 

 

 俺はこの時……無意識に口にしていた。元々日ノ本に生まれた俺だが、これが『美』と言うものなのだ実感した。この世のものとは思えない程の美しさを持つ和風美人……目が釘付けになっていた。彼女の為に『美』と言う言葉が生まれたのではないかと錯覚してしまう。それ程に俺の目の前にいる彼女は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……綺麗だ……」

 

 

 まるで星々輝く光に照らされる()を見ているかのようで綺麗だった。

 

 

 ------------------

 

 

 「……綺麗だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………………………………………………………っえ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を言われたの?

 

 

 私は今……この人に何を言われた?

 

 

 『「……綺麗だ……」』

 

 

 私は遂に幻覚を見るまでに理想の殿方を求めるようになってしまったの?いいえ、きっとこれは夢なんだわ。私は布団の中で転寝してしまったに違いないわ。それでこれは全部夢なのよ……けど、夢の中だけでもこうして『綺麗』と言われたら嬉しいものね。こんな気分初めて……

 

 

 輝夜はこの瞬間が一番の幸福に思えた。今まで彼女は一度も『綺麗』などと言われたことなどないし、男性と目線を合わせることなどできもしなかった。しかし今はお互いに視線を逸らさず醜い容姿に吐き気に苦しむ様子もない。青年が見上げる形、輝夜が見下ろす形となっており自分が()()()()()()()()()()()()()であるかのような気分だった。だが、その気分はすぐにもぶち壊される……これは夢だ。夢の中で自分の都合の良いように夢を見ているに違いなかった。あまりにも誰からも見向きもされず受け入れられない……今までも、これからも……自分では気づかない程に今の精神はおかしくなっているのかもしれなかった。だから脳が見せている夢なのだと、自分の心を守るために防衛本能が見せたひと時の幻なのだと輝夜はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 ……私ももうダメかも……体は永遠、魂は不滅だけれども心はボロボロなのね。嫌になるわ……夢から目覚めたら一回死のうかしら。

 

 

 幸福なんて自分には存在しない……そう輝夜は決めつけて現実に戻ろうかと思った時だ。

 

 

 「――ッいた!?」

 

 

 無意識に動かした足に痛みを感じた。何かを踏んづけてしまったようだ……破片だった。青年が拾い集めた破片と同じやつだ。砕けた拍子に輝夜の着物の下に入ってしまい青年には見えない位置にあったのだろう。そしてそれを輝夜が誤って踏んづけてしまったわけだ。見ると意外にも深々と刺さっていまったらしく、足袋から血が滲み溢れていた。

 

 

 今日の私って最悪……あ、あら?!

 

 

 痛みを感じて今日は厄日だと感じた輝夜だったが違和感を覚えた。普通に痛いのだ。夢で痛いのはおかしいのではないか?夢で痛いと感じているだけなのだろうかと思ったが、この痛さはリアルな痛さだ。自分の意識もハッキリしているし、ちゃんと体が痛みを感じて血も流れた……それはおかしかった。夢だと思ったのが夢でなかったのだから。

 

 

 ……これって……現実!?う、うそ……そんな……だって……?!

 

 

 突如脳が状況を理解しようとしても気持ちの整理がつかなかった。そして破片が刺さった足を地面に付けるわけにもいかずに片足立ちの状態であったことで、動揺したことによりバランスを崩しそうになった時に誰かに支えられる。

 

 

 「大丈夫か?」

 

 「あっ……」

 

 

 夢だと思っていた青年が輝夜の体を支えていた。

 

 

 「………………」

 

 「ど、どうしたんだ?」

 

 「………………あ、あの……………その………………」

 

 

 優しく支えられながら戸惑う……輝夜は疑問に思ったことを口にする。

 

 

 「……嫌じゃ……ないのかしら……?」

 

 「?なにがだ?」

 

 「あの……私の顔、気持ち悪いでしょ?醜いし、吐き気に襲われて脳がおかしくなって血が凍ってしまうような苦しみは……ないの?」

 

 「……そんな苦しみは感じたくないんだが……別にどうもない。それに気持ち悪くも醜くもないぞ?」

 

 

 ありえない……だって今まで一度もそんなことなかった。私を見ても無事な男性がいるなんて……!

 

 

 更に輝夜は動揺した。目の前にいる青年は輝夜をしっかりと見つめていた。普段ならばこんなことはありえないことだ。だからこそ仮面を被ってまで素顔を日常でも隠していたのに……そんな動揺する輝夜に止めの一撃が放たれる。

 

 

 「それに……とってもあなたは綺麗ですよ」

 

 

 青年の瞳がしっかりと輝夜の素顔を映してそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「それに……とってもあなたは綺麗ですよ」』

 

 

 その言葉を最後に輝夜の心臓は停止した。後の輝夜はこう語る……

 

 

 あんなに幸せな気分で死ねるなんて思ってもいなかった……っと。

 

 

 青年の鋭いキューピットの矢によって心臓(ハート)を射抜かれ物理的に一度死んだのだった。

 

 



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約束の誓い

気分が乗って捗ったのでもう一話投稿しておきます。


それでは……


本編どうぞ!




 「妹紅さん」

 

 「………………………………………………」

 

 「妹紅さんってば」

 

 「………………………………………………」

 

 「おーい、妹紅さん聞こえているでしょー?」

 

 「………………………………………………」

 

 「……無視するんならもう二度と妹紅さんとは口を聞かねぇ」

 

 「――ッ!?わ、わるかったって!!聞こえないフリしていたのは謝るからそれだけは勘弁してくれ!!」

 

 

 俺と妹紅さんは迷いの竹林をお土産片手に進んでいた。お饅頭を風呂敷に包んであれこれ竹林に詳しい妹紅さんに案内されているのはいるんだけど……いくら進んでも先ほどから到着する気配はない。道に迷ったとかではない。迷いの竹林のことに詳しい妹紅さんが居るのだから迷うはずはないのだ。だとすると原因は一つで彼女……妹紅さんにあった。実はワザと道を間違えて辿り着くことを拒んでいた。俺を目的地に行かせたくないらしい。何故そんなことを妹紅さんがするのか……目的地は『永遠亭』であり、昨日俺が家に帰ると鈴仙がお邪魔していてお願い事をされた。

 

 

 『「幻想郷を滅びから救うために姫様に会いに行ってあげてください」』

 

 

 幻想郷を滅びから救うとか冗談で言っているわけではない。ガチで幻想郷が崩壊するレベルのお話なのだ。俺は少し前にとある出来事で一人のお姫様と出会った。そのことがきっかけで俺と永遠亭は繋がりを持ち、鈴仙ともその時に知り合い、人里にやって来たときとかは人目を盗んで我が家を訪れることもある仲だ。そして永遠亭にはもの凄く醜悪で、見た者は最悪あまりの醜さに耐えられずに死んでしまうと言う驚きの死因を発生させる怪物と呼ばれる存在がいる。しかしこの世界はあべこべ世界で美人が不細工、不細工が美人として映る……その人物はあまりに不細工で怪物と呼ばれていた。そう、この世界の価値観ではそうだが俺は別だった。怪物と呼ばれる人物は俺にとってもの凄く美人に見えた。この世のものとは思えない程に美しい女性だった……思い出すだけで胸の鼓動が高鳴るのがわかる。今からその人物に直接また会えると思うと緊張も隠し切れない。

 

 

 そんなことを思っていると顔に出てしまっていたのか妹紅が鋭い瞳で睨む。

 

 

 「おい慧吾、お前もしかして今……輝夜のことを思い浮かべたんじゃないだろうな?」

 

 「えっ!?あっいや……別にそんなんじゃないぞ……」

 

 「嘘つくな!顔に出ていたぞ!慧吾、輝夜の奴の事なんか頭に思い浮かべるんじゃねぇ!お前のその優しくて思いやりのある神聖な脳みそが腐っちまうだろ!」

 

 

 ギリッと歯を食いしばって説得する妹紅の姿に慧吾でもたじろいでしまう。

 

 

 必死過ぎる……妹紅さんはその怪物こと輝夜が嫌い……大っ嫌いなのだ。昔に色々とあったらしく喧嘩と言う殺し合いをよくやっているそうだ……なにやってんだよ。物騒ってレベルの話じゃないぞ。そんなこんなで妹紅さんの熱い説得を受けているが約束したんだ。昨日の話ではない……俺と輝夜があったあの日に……

 

 

 

 慧吾は小指を見つめてあの時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡りあの日の光景が鮮明に思い起こされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタン!

 

 

 「………………………………………………はっ?」

 

 

 俺の前で美しい女性がいきなり倒れた。あまりの出来事に思考が一瞬停止したが緊急事態だと本能が察知して体が自然と動いていた。

 

 

 「お、おい大丈夫か!?」

 

 

 慧吾はすぐさま女性を助けようと抱き起す。必死に倒れた女性を揺すっても起きない……そして気づいてしまった。恐る恐る胸に耳を近づけて心臓の鼓動を確かめてみると……

 

 

 「………………し、しん……死んでいる!?」

 

 

 心臓の鼓動が止まっており息もしていなかった……女性は死んでいたのだ。先ほどまで話をしていた相手が目の前で息を引き取ると言うとんでもない状況に遭遇してしまった慧吾は流石に体が震えてしまう。

 

 

 う、う……そ……うそ……だろ!?つい先ほどまでこの人と話をしていたのに……心臓発作でも起こしたのかよ!?でも顔が……何故か安らかな表情をしているのがなんとも……と、とにかく誰か助けを呼ばねぇと!!

 

 

 自分ではどうしようもできない状況に誰かの助けを求めようとした時、ドタドタとこちらに走って来る音が聞こえてきた。そして振り返るとそこには長い銀髪を三つ編みで組み、左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている女性が驚いた表情をしていた。

 

 

 「――ッ大丈夫!?」

 

 

 これまた美しい女性の人だった。だが今は惚けている時間はない……その人が声をかけてきた。その時は傍に倒れている彼女のことを心配してのことだと思ったが、女性は真っすぐに俺の方に向かって来てがっしりと肩を掴まれた。

 

 

 「あなた……どうして死んでないの!!?」

 

 

 この女性は俺に死ねと言っているのか!?待て待て落ち着け俺……初対面の相手からこんなことを言われたら訳が分からないのは当然だが、今は傍の彼女の方が先だ!

 

 

 「死んでないって……俺のことはともかくこっち!この人が息をしていないんです!!」

 

 「輝夜……死んでいるの!?どうして輝夜の方が……()()()()()()()()()時とは状況が違うし何より何故あなたではなく輝夜が……ぶつぶつ……」

 

 

 三つ編みの女性が顎に手を当ててぶつぶつと考え事をし始めた。この状況で何を冷静に分析しているんだとツッコミを入れたかったが、俺は三つ編みの女性が呟いた()()()()()()()()()と言う物騒な部分が気になった。

 ここは幻想郷であり、俺が転生する前とは大いに違う世界。あべこべで美醜逆転はそうだが、何よりも妖怪が存在する世界だ。空想や都市伝説であった妖怪が実在する……もしかしたらこの女性は妖怪なのではないかと言う考えが浮かんできた。妖怪ならば死んでもまた生き返ったりできるのでは?実際に御袋に妖精は死んでも蘇ると教えてもらったことがあった。それを思い出した俺は少しばかり冷静になれた気がした。なので俺は聞いてみることにする。

 

 

 「あの……もしかしてこの人は妖怪ですか?」

 

 「……えっ?違うわよ」

 

 「では妖精ですか?」

 

 「輝夜が妖精に見えるのかしら?」

 

 

 慧吾は一瞬で顔が真っ青になった。妖怪でも妖精でもない……ならば自然と答えが出る。目の前で命が失われた現実に体中の力が抜け落ちそうになった。非情な現実を受け入れるしかない……そう思った時だった。

 

 

 「………………………………………………………………………………………………ッ!」

 

 

 ピクリと抱きかかえる彼女の手が動いたのだ。これには慧吾も思わず驚いてしまう。

 

 

 「……も、もしかして……生きている……のか?」

 

 

 恐る恐る現実ではありえないはずの出来事に死んだはずの彼女に聞いてしまった。死人に聞いても答えは返って来るはずはないのに……開くはずのない瞼がゆっくりと開いていく。

 

 

 「……あれ?私は……どうしちゃったの?」

 

 

 なんと死んだはずの彼女が生き返ったのだ。今度は言葉を話して息もしていることも確認できた。ありえない出来事に普通ならば困惑するはずが、慧吾は嬉しさで胸がいっぱいになった。つい嬉しくて彼女を抱きしめてしまう。

 

 

 「マジでよかった!本当に死んでしまったかと思ったぞ!!」

 

 「えっ!?あっ、ええぇ!!?」

 

 

 傍にいた三つ編みの女性はこの光景を見て声を荒げていたが、そんなこと気にもならない慧吾であった。死んだはずの彼女が生き返ったんだからそれでいいじゃないかと思った。例え他人でも目の前で死なれるだなんて慧吾としては受け入れられないものだったから。

 そしてつい嬉しくて彼女を抱きしめていたことに気づいた慧吾は慌てて彼女を引き離す。

 

 

 「わ、わるい!つい嬉しくなってしまった反動と言うか……その……何と言うか場のノリ的なみたいな感じでだな……」

 

 

 恥ずかしい!ついやってしまった事とはいえ抱きしめる行為をした俺は馬鹿だったわ。セクハラ行為まがいなことをした挙句、美人を抱きしめることができて酔っている俺……美人を抱きしめることが出来て浮かれるのは仕方ないことなんだ。俺も男だし……彼女の綺麗な肌に触れただけでなく、匂いもとてもいい香りだった。こんな状況下でも美人の肌と匂いを感じてしまったことが余計にセクハラ行為と取られてしまいそうだ。そのせいでまともに彼女の顔を見れない……超恥ずかしいぞこれ。

 

 

 慧吾の心臓は今にも破裂しかけだ。美人をノリで抱きしめた挙句、ちゃっかりと綺麗な肌と彼女の香りをしっかりと感じた取ったのは男であるが故の本能だ。だがそのおかげで、心臓の鼓動が高まり体中が熱くなる。今まで幻想郷の女性達を相手にして来た慧吾だが、目の前にいる黒髪の彼女は誰よりも美人過ぎた。紫や藍と言った者達も確かに慧吾にとって美人ではあるがそれをも上回り、耐性が付いているはずの慧吾ですら照れてしまう程だ。その為に慧吾はこの世界があべこべであることが頭から抜け出ていた。母親である慧音や妹紅、霊夢や魔理沙達が不細工だと言われている世界で、彼女はこの世の者達から見たらどう思われているのか……

 

 

 そして彼女は目の前にこれほど自分のことを見てくれる男性が居ればどうなるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………」

 

 「……?あの……もしもし……もしもーし?」

 

 「……また死んでいるわ……」

 

 

 嬉死(うれし)くて堪らなかったようだ。再び彼女が目覚めるまで晴れやかな気分になれない慧吾でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ひぐっ……ふぅえ……ぐすん……ううぅ……」

 

 

 再び目覚めた彼女は大粒の涙を留めなく溢れて泣いていた。まるで今まで流すことが出来なかったものを流すように彼女はしばらく延々と泣き続けていた。

 

 

 ------------------

 

 

 「そうだったのですか……辛かったでしょう?」

 

 「はい、でも……今は辛くないわ。だって……あなたにこうして巡り合えたのですもの」

 

 

 永遠亭の一室に集まるのは慧吾を含めた四人……輝夜と永琳、そしててゐだった。

 

 

 輝夜は今まで溜め込んでいた涙を思う存分に泣き続けた。泣きだした彼女に動揺する慧吾であったが、永琳が彼女の涙の訳を語る。今まで一度もその容姿のおかげで受け入れられなかったこと、初めて自分を見てくれる男性が現れたことで我慢できなかったと言う。それを聞いた慧吾はしばらく傍で彼女が泣き終わるまで待つことにした。そこからだ……後に騒ぎを聞きつけたてゐと合流し、お互いに自己紹介を済ませた後に色々と聞かれた。

 何故輝夜を見ても死なないのか、私達を見ても嫌ではないのかなどこの世界の女性達が抱く疑問を投げかけられた。この質問も一度や二度ではない説明を慧吾は語った。初めは半信半疑な永琳達であったが、輝夜を見た者達の結末を考えれば嘘でないことは確かでだった。永琳達は慧吾を受け入れ、こうしてお茶会を開いているのだ。

 

 

 その時に話してくれたこと……輝夜達と妹紅との関係についてだ。

 

 

 輝夜が月の姫様で、醜すぎる容姿で月では監禁生活に近い日々を送っていて不老不死になる薬を飲んだが故に地上へ落とされた。しかしそこでも厳しい現実を突き付けられながらも今まで永琳やてゐ達の協力によって暮らしてこれた。その過程で妹紅と因縁が生まれて憎しみをぶつけ合う形で暮らしていた。慧吾は輝夜と妹紅が不老不死になった経緯を知り驚きはしたが、受け入れることにした。妹紅は大切な二人目の親であり、どんな理由があるにせよ見放したりはしない。受けた恩を忘れず、自分が生きている間はずっと彼女を支えようと改めて心に誓うきっかけにもなった。時折妹紅がボロボロで帰って来たのは輝夜と喧嘩したからだと理解して今まで抱えていた謎がなくなりようやくホッとした。しかし不老不死だからと言って殺し合いまでには発展してほしくないと心の中で思っていたりする……今度妹紅に注意しようと慧吾は決めたのだった。

 

 

 「巡り合えたなんて……大げさですよ輝夜さん」

 

 「大げさなんてことはないわ。あなたは私の運命の人なの。それに輝夜さんなんて他人行儀よ?輝夜と呼んで。私も慧吾って呼び捨てにするから♪それに……敬語なんて使わないで。あなたとは対等の立場でいたいのよ」

 

 「……わかった輝夜、これでいいのか?」

 

 「うん♪」

 

 

 輝夜の表情は笑顔が溢れていた。こうして男性である慧吾と話をするだけでも嬉しいのに、自分を真っすぐに見つめてくれる慧吾に惹かれてしまうのは当然のことだった。永琳やてゐから見ても今の輝夜は慧吾に首ったけである。

 

 

 「(お師匠様、姫様随分と嬉しそうだね?)」

 

 「(当然よ、自分を見てくれる殿方が居たら私だってコロッと惚れちゃうわ)」

 

 「(初めは信じれなかったけど、本当だったウサね。姫様の顔を見て平然と居られる男なんていなかったし……姫様が言うように運命の相手かもね)」

 

 「(そうかも知れないわね。彼、上白沢慧吾と言う名前にてゐは心当たりかしら?)」

 

 「(知っているウサ、人里で寺子屋を営む牛乳を貯め込んでいる教師と同じ名前だよ)」

 

 「(……てゐ、これはチャンスよ。輝夜は慧吾君に惚れているわ。そして慧吾君の話だと私達は美しく、可憐な優しいナイスボディの麗しの天才にして最高の医師に見えているそうよ。一発やりたいぐらいウハウハの容姿に見えると言うことよ!)」

 

 「(慧吾はそこまで言っていないウサ……お師匠様、話盛りすぎ)」

 

 

 コソコソと輝夜が慧吾に夢中になっている間に計画を話し合っていた。この時当然てゐは輝夜の顔を直視しようとせずに逸らしているのは抜かりない証拠だ。

 

 

 「(てゐ、あなたも慧吾君に『じゃあ、私のことはどう見えるウサ?』と聞いて返って来た答えが『とても可愛らしい』と言われて赤くなっていたくせに)」

 

 「(うぐっ!?そ、それは……ゴホン!それよりも姫様と慧吾を引っ付けさせるには問題があるウサよ)」

 

 「(露骨に話を逸らしたわね……まぁいいわ。問題は……妹紅ね)」

 

 

 慧吾が自分が上白沢と名乗り、これまでの経緯を説明した時に永琳達に聞き覚えのある名が出て来た。

 

 

 藤原妹紅……輝夜とは仲が悪く、事あるごとに喧嘩と言う殺し合いをしている。その妹紅のことをもう一人の母親と言っており、妹紅も慧吾のことを大切にしている模様だ。しかし妹紅から慧吾の話も今までそんな素振りも見たことがなかった。輝夜もそのことについて疑問を感じたが、今は目の前の慧吾に夢中で意識は彼だけにしか向けられておらず問題は後回しになった。だが永琳とてゐは妹紅が何故今までそのことを黙っていたのか……大体想像がつく。

 

 

 「(姫様に合わせたくないみたいだねもこたん)」

 

 「(話によれば慧吾君を迷いの竹林に近づけさせなかったみたいだから間違いないわね。となれば輝夜と慧吾君を引っ付かせようとすると妹紅が必ず邪魔するのは間違いないわね)」

 

 

 慧吾は今では立派な青年、そのことを今まで隠し通して来た妹紅はそれほど輝夜にその存在を知られたくないと見える。輝夜と慧吾が仲良くなり、不機嫌な妹紅の姿を思い浮かべるのは容易なことであった。

 

 

 「(どうしようかお師匠様?」)

 

 「(私達がすぐさまどうにかできるものではないわね。慧吾君の気持ちもあるでしょうし……何よりも……)」

 

 

 永琳とてゐはそっと輝夜の様子を窺う。

 

 

 「妹紅さんったらそんなことをしていたのか」

 

 「そうなのよ。それでね、妹紅ったら私の顔面に思いっきりパンチを食らわせたの!あの時はとても痛かったの!それでね、後はてゐと協力して妹紅を落とし穴に引っ掛けてね……!」

 

 

 楽し気に慧吾とお喋りする輝夜の姿があった。今までのような影を差した顔ではなく、永琳達からしたらとても不細工でありながらも笑顔で無邪気な少女の面影がそこにはあった。

 

 

 「(……今は輝夜の好きにさせておきましょう。後のことは後々考えればいいわよ)」

 

 「(……それもそうウサ)」

 

 

 永琳とてゐは話が弾む二人に気づかれぬようにそっと部屋から出て行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私は鈴仙・優曇華院・イナバだ。誰がなんと言うと鈴仙・優曇華院・イナバなのだよ!あばばばば……!わた……わたしは……鈴仙・優曇華院・イナバ……なのか?否、わたしは……鈴仙・優曇華院・イナバなのか?あばばばば……わたしは……わたしは……だれだぁ!!?

 

 

 別室で簀巻きにされていたガラクタ鈴仙の存在が語られることはなかったとさ……

 

 

 ------------------

 

 

 永遠亭前に集まる人影があった。お茶会を済ませた慧吾であるが、無断で迷いの竹林に入った挙句に母親の慧音にも妹紅にも知らせていない。話し込んでしまいもうじき日が暮れて辺りが真っ暗になってしまう時間が近づいている。その前に人里へ帰らないといけなかった。慧吾を見送るために輝夜に永琳、道案内役にてゐが慧吾と一緒に人里まで送るつもりだ。てゐが一緒であれば道に迷うこともなく、発情妖怪達に襲われても何とかあるだろう。そんな中で輝夜一人が暗い顔をしていた。

 

 

 「……もう……帰っちゃうの?」

 

 「ああ、妹紅さんも御袋も心配しているかもしれないしな」

 

 「……そう……」

 

 

 ああ……もうそんな時間なの。彼と……慧吾ともう別れなくちゃいけないの……?

 

 

 寂しかった。輝夜は人生でこれほど楽しい一日を過ごしたことなどなかったと言ってもいい。永琳達が居てもこの心にぽっかりと空いた隙間を埋めることはままならなかった。殿方に決して受け入れてもらえない醜い容姿を持って生まれて来た哀れな月のお姫様……しかしそれもこの日を境に終わりを告げた。

 自分の顔を見ても苦しむことなく一切嫌な顔をすることもなかった。初めてこんなに長く時間を忘れてしまう程に話し込んでしまった。ずっとこのまま時間が止まれば良いとさえ思えた……自分の能力『永遠と須臾を操る程度の能力』では時間に干渉できても慧吾自身には干渉できない。自分だけが止まった空間に放り出されるだけ……慧吾と話すこともできなくなってしまう。それでは意味がないのだ。

 

 

 とても温かった……抱きしめられた瞬間に心の奥が湧き上がった。今までに私が一度も感じたことのない胸の高鳴り……それを抑えきれずに私は死んじゃったけれどもそれでもいい!何度死ぬことになっても……私はもっと慧吾と一緒にいたい!

 

 

 別れを惜しむように大粒の涙が溢れて来る。輝夜が求めていた運命の人と離れ離れになってしまう……そう思うと止まらなくなってしまった。ポタポタと彼女の心そのものを現すように輝きを涙が放っていた。いかないでと、傍からいなくならないでと……そんな輝夜をしっかりと見つめ、慧吾が涙を優しく拭ってあげる。

 

 

 「輝夜泣かないでくれ。俺はまた来るよ」

 

 「……ぐすっ……ほんとう……?」

 

 「ああ、毎回とはいかないが約束だ。友達との指切りをしようじゃないか」

 

 「約束……友達……」

 

 

 そっと出された小指を見つめる輝夜は自分も同じように小指を出して誓い合う。触れ合った肌がとても温かい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼんのます ゆびきった」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 永遠亭を去って行った慧吾は竹林の中にてゐと共に消えて行った。慧吾の姿が見えなくなっても輝夜はずっと彼の後ろ後を瞳の奥に映し出していた。

 

 

 「輝夜、今日は楽しかった?」

 

 「ええ、最高に楽しい一日だったわ……とても……とても……楽しかった……」

 

 「そう……良かったわね」

 

 

 時間がこんなに早く過ぎるなんて今まで感じることがないぐらいに楽しい一日だったわ……それでもやっぱり少し……ううん、とても寂しいわ。たった一人……たった一人の青年の存在が私の中でこんなに大きく宿るなんて思ってもいなかった。何百、何千、億はいったかしらね……その中でこんなに一秒たりとも忘れたくなくなるなんて……でも、彼と約束した。約束してくれた……また会いに来てくれる。私は悲しまない。だから永琳の問いに私はこう答えた。

 

 

 「うん♪」

 

 

 満面の笑みで笑顔を浮かべた。

 

 

 彼女がこれほど不細工な姿を今まで見せたことはないだろう。誰がどう見ても醜くすぎて胃の中の物が逆流してしまう光景だが、永琳はそれでもその笑顔を見ることができて自分は幸せだと思えるほどだった。

 

 

 「そうだ永琳、教えてほしいことがあるの」

 

 「なんでしょうか?」

 

 「掃除に洗濯、後……料理を教えてほしいのよ!」

 

 「あら?今まであなたが一向にしようとしなかったことなのに……どうしてかしら?」

 

 「そんなの……私がだらしない女だと思われたら……慧吾ガッカリするから……」

 

 

 頬が赤くもじもじと恥ずかしそうに照れる輝夜の姿に永琳の保護欲が駆り立てられそうになったが、グッと我慢した。

 

 

 「ゴホン……いいですよ。ですが甘やかしたりしませんよ?しっかりと厳しく教えますからね?」

 

 「ええ、お願いね永琳」

 

 

 この日、輝夜の人生は変わった。長きにわたる苦しみから解放され新しい未来へと歩み出した。そして永琳と共に永遠亭へと戻って行く前に慧吾が去って行った竹林の方を振り返り心に決めたことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友達……ね。今は友達だけれども必ず友達以上になって、絶対あなたに相応しいお姫様になってやるんだから!

 

 

 輝夜はたった一人の為だけのお姫様であり続けることを誓ったのだった。

 

 



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恋する姫様と親バカ不死鳥

慧吾にまた新たな出来事が追加され、それが彼にとっての日常となっていく。


永遠亭編のラストです。


それでは……


本編どうぞ!




 そわそわ……そわそわ……!

 

 

 「ねぇ、少しは落ち着いたらどう?」

 

 「で、でも永琳……もし慧吾が妖怪に襲われていたらどうしよう!?」

 

 「大丈夫です。妹紅がついていますし、てゐに探しに行ってもらいましたから中に入りましょう?」

 

 「嫌!慧吾が来るまでここにいる!」

 

 「もう輝夜ったら……」

 

 

 永琳は永遠亭の前で落ち着きがない輝夜を説得していたが無駄となった。あの運命の出会いから輝夜の私生活は一変した。部屋に引きこもってやる気の起きない一日を過ごしながら暇な時間を潰す毎日から、己の魅力を磨き上げる為に積極的に自ら働き始めた。ここまでの変わりように永琳達は驚いたが、自分達が同じ境遇であれば同じことをするはずだ……どれぐらいこの瞬間を待ち望んでいたのか、輝夜にとって最初で最後の恋かもしれない。その恋が実るように永琳達は協力することを誓った。だからこうして約束の時間になっても現れない慧吾のことが心配で仕方がない輝夜を責めることなどできるわけがない。

 

 

 「(慧吾君が遅れているのは妹紅の仕業だわ。まったく……長生きしてもそれじゃ子供と変わらないわよ)」

 

 

 永琳には慧吾と輝夜が引っ付くのを妹紅が邪魔していることがわかっている。あの運命の日の翌日に妹紅が永遠亭に乗り込んできて輝夜に喧嘩を吹っかけたのを憶えている。理由は単純……嫉妬だった。

 慧音が母親の位置であり、慧音の子育てを手伝った赤の他人でしかない立ち位置だと妹紅自身は思っていた。慧吾が妹紅をもう一人の母親だと言うまでは……そんなことを言われてしまったら彼女の母性本能が燃え上がらないわけはない。幻想郷中の女性は誰だって子供を授かりたいが、不細工な彼女達には儚い幻に過ぎない……その幻が現実となったのだ。不細工だと決して言わずに寧ろ綺麗だと自分達を見てくれる愛する慧吾(我が子)の為ならば全てを投げ出すことだって(いと)わないだろう。きっと溺愛しているに違いない。

 

 

 しかし妹紅と慧音はそれでも慧吾を縛ったりせずに自由にさせている。溺愛と言う鎖で慧吾の行動を制限して自由を奪いたくないと思っている。我が子には人生を楽しんでもらいたいから……だが妹紅は一人だけどうしても気に入らない相手がいる……輝夜だ。昔から因縁の相手であり、彼女にだけは慧吾を取られたくない。大好きな我が子がこの世で最も醜い怪物の手に落ちてしまうなど妹紅には我慢ならなかった。

 永遠亭から日が暮れて人里に帰って来た慧吾は妹紅と慧音に詰め寄られた。人里中どこを探しても見つからずもしかしてどこかのメス豚にでも攫われて監禁させられてしまったのではないかと混乱している程だった。慧音に至っては錯乱状態にまでなりかけていたぐらいだったと案内役のてゐは語っていた。妹紅は怒れる拳を握りしめててゐに詰め寄るまでに至る程……事情を説明すれば慧音は安堵した様子だったが、妹紅は余計に拳に力が籠っていた。案の定、翌日永遠亭に乗り込んで来た妹紅は輝夜と喧嘩をして二人共ボロボロになったのだ。いつも以上に激しい喧嘩で慧吾を取り合う姿はまさに獣そのもので恐怖を覚えたと見届け人役をやらされたてゐは後悔した。そんな出来事もあって輝夜に近づかせないようにしているのだろうと永琳は推測していた。

 

 

 「(妹紅あなたの気持ちもわかるけど、輝夜がこれ以上待ちきれなくなって人里へと向かうことになったらどうするのよ……まったく困ったものよね)」

 

 

 静かにため息をついて早く慧吾がやってきてくれることを祈るばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っで、もこたんは慧吾を姫様に取られたくないからこうやって道を外れて時間稼ぎしているウサ。まったく大人げないね」

 

 「ぐぬっ!?だ、だって……あいつのクッッッソブサイクな面が慧吾に近づくんだぞ!あいつの汚物よりも醜い肌が慧吾に触れるんだぞ!慧吾が汚れちまうだろうが!それなら汚物の方がまだマシだっつうの!!」

 

 「ボロクソだね、まぁ事実だからとやかく言うつもりはないけれど、私やもこたんからしたら確かにそうだね。でも慧吾からしたら嬉しいんじゃない?超不細工な姫様が超美人に見える……そうだったよね?」

 

 「まぁ……そうだな。輝夜は美人……美人過ぎるぐらい素敵だな」

 

 「うぐぐぐぐぐっ!!?キィイイイイイイイッ!!!ムッッッカツク!!!」

 

 

 地団駄を踏んで頬をパンパンに膨らませる妹紅がいつものキリっとした彼女の姿と違って愛らしいと感じてしまう慧吾とてゐである。

 

 

 「だ、だからって輝夜と慧吾が会う理由にはならない!だから帰ろう慧吾!!」

 

 「もこたん諦め悪すぎるよ。慧吾が行くって言っているのに約束を邪魔しようとするなんて流石に酷すぎるよ。私でもそんなことしないのに……もこたん最低だよ?屑だよ?ゴミだよ?モンペの化け物だよ?」

 

 「うぅ……だ、だって……ってそこまで言うことはないだろうが!?それにモンペは関係ないだろ!!?」

 

 

 てゐの指摘は尤もだった。妹紅は輝夜のことを良くは思っていない……しかしそれを慧吾に強要するのは間違っている。本人も自覚しているが、それでも大切な慧吾のことを思うとどうしても納得いかない様子だ。それに妹紅は少なからず自分のことを見てくれなくなってしまうのではないかと恐怖していた。

 

 

 「(クッッッソブサイクな輝夜が超美人に見えてしまう……慧吾も男だ。美人に目がいってしまうのは仕方ないことだ。仕方ないことなんだが輝夜だけは納得いかねぇ!もし輝夜にだけ目がいってしまって私と慧音のことを見てくれなくなったら……それは嫌だ!輝夜に取られて慧吾が私のことを忘れてしまったら……私は……!!)」

 

 

 そんな思いがふっと頭に()ぎる……慧吾の目に自分が映らなくなってしまったらと思うと体が震えてしまう。

 

 

 「妹紅さん」

 

 「……慧吾」

 

 「妹紅さんが俺のことを大切に思っていることはわかっている。けれど輝夜とあの日に約束したんだ。その約束を破りたくはないし、俺では到底実感できないが今まで受け入れられなくて寂しい思いをしたと言っていた。人間一人で生きられない……だからあの日の出来事は運命だったんだ。輝夜と出会い、永琳さんやてゐ、鈴仙とも仲良くなれた。これも運命であり、あの人たちのことを知ることが出来たから妹紅さんのことも深く知ることができた。妹紅さんが不老不死で他人と違うからって理由で見放したりしないし、赤ん坊だった俺を拾ってくれたのが御袋と妹紅さんだったことを嬉しく思っている。当然感謝もしているぜ。この先この気持ちは変わったりしないさ。だって妹紅さんは俺のもう一人のお袋なんだから」

 

 「………」

 

 

 妹紅の両手をそっと優しく包み込むと慧吾の肌の温もりが伝わって来る。赤ん坊の頃から感じた温かさと変わらなかった。昔までは小さかった手が今では大きくなり妹紅の手を包み込める大きさまで成長していた。

 

 

 「(……こいつもあれから随分と成長したよな。昔から世話のかからない子供で大人びていたが、今じゃ私の方が駄々をこねる子供みたいじゃんか……)」

 

 

 身長も顔つきも体格も男らしく成長した慧吾見て思う。ついこの間まで小さかったと思っていた手がこんなにも大きくなっていた。そのことに安らぎを感じて駄々をこねていた自分が恥ずかしくなってしまった。

 

 

 「……わるかった。これはお前の選んだことだもんな……私が大人げなかったよ」

 

 「妹紅さん」

 

 「けど!私も一緒にお前といるぞ。輝夜の野郎がお前に変なことしないか見張っているからな」

 

 「もこたんは親バカだね」

 

 「うっさい!!」

 

 

 体が軽くなった妹紅は慧吾とてゐを引き連れて永遠亭へと歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……慧吾まだかしら……慧吾……慧吾ッ!?慧吾会いたかった!!!」

 

 「んにゃろう!私の慧吾に近づくんじゃねぇブスが!!!」

 

 

 永遠亭へと辿り着いてすぐに妹紅の鉄拳が輝夜の顔面へと吸い込まれた。

 

 

 ------------------

 

 

 「死ねぇ汚物野郎!!」

 

 「あんたがくたばりなさいよモンペのブス太郎!!」

 

 「黙れ顔面汚物製造機めがぁ!!」

 

 「あんたなんか鼻くそまみれの顔でしょうが!!」

 

 「フンコロガシの糞が喋ってんじゃねぇぞ!!」

 

 「腐った牛乳で髪染めてるくせに!!」

 

 「染めてねぇわバカ!!」

 

 「あっ!白髪(しらが)だったわねごめ~んね♪」

 

 「てめぇ!内臓引きちぎってやって焚火に込めてやる!!」

 

 「やれるもんならやってみなさい!あんたの臓物で顔面を飾り付けしてあげるわよ!!そうしたらその顔面がまだマシになるかもしれないわよ?あっ、時すでに遅かったわね。飾りつけしてもその顔じゃ無意味ですものね♪」

 

 「てめぇに言われたくないわ!喋る度に口から雑菌生み出してんじゃねぇぞこらぁ!!」

 

 「なによ!?あんたの口からは何日も吐きっぱなしの靴下の臭いがプンプンするわよ……あっ、口だけじゃなく体全身からだったわよね。気持ち悪いくらいにくっさ~いわよ♪」

 

 「マジでぶっ殺して二度とその汚物製造機みたいな顔面と存在そのものを蘇らないよう湖に固めて沈めてやる!!!」

 

 

 ……喧嘩中の輝夜と妹紅さん……喧嘩ってレベルじゃ済まされねぇ。汚い罵倒合戦と物理の殴り合い……これが俗に言う殺し愛か?ってそんなわけないよな。痛々しくて見ていられない……二人は俺の知らないところでこんな殺伐としたことを繰り返していたのか?正気かよ!?

 

 

 慧吾は二人の壮絶な争いをこの目で初めて拝んだ。感想は生きた感じがしないとだけしか言えない……女同士のキャットファイトレベルの争いなどではなかった。あれは戦争だったと慧吾は後にこう語っていた。そしてその光景を静観している永遠亭のメンバーにとってはいつもの事であるため気にも留めていなかった。

 

 

 「こんにちは慧吾君」

 

 「ど、どうも永琳さん……あの……あれ大丈夫なんですかね?」

 

 「いつものことよ。気にしちゃ負けよ」

 

 「は、はぁ……ですが……」

 

 

 ドカッ!ベギッ!ボキッ!

 

 

 鈍い音が耳に入って来る。人体から出て良い音ではない音が辺りに響く……

 

 

 ヤバいって……永琳さん達は慣れていると思うが俺は普通の一般人だぞ。例え霊夢だってこんなことまでは……しないとは限らないな。霊夢の方がある意味恐ろしいもの……と、とにかく俺はこれ以上流石に見ていられない。不老不死だからと言って妹紅さんも輝夜も痛みはあるって言っていたし、傷つくのを黙って見過ごすことはできない。正義感とか決してそんなものじゃない……理由は単純、二人には傷ついてほしくないからだ。母親同然の妹紅さんと生まれながら不細工すぎると言う理不尽な理由で人生を送って来た輝夜……俺の目の前だけでも静かで平凡な生活を送ってほしいと思っている。二人は長い時間生きてきた。その過程で様々な迫害を受けたと思う……話では語られなかったこともあるはずだ。俺自身のエゴではあるがこの瞬間だけでも仲良くして楽しい一日を過ごしてほしい。人間は楽しみがないと不老不死でも生きているって言えないからな。

 

 

 熾烈な醜い争いを止めるため勇気を振り絞って混沌の戦場へと足を踏み入れようとする。

 

 

 「あっ!慧吾君近づいちゃ危ないわよ!?」

 

 「巻き込まれるウサ!」

 

 

 永琳とてゐが止めようとするが、慧吾は止まらない。

 

 

 「大丈夫です。秘策がありますから」

 

 

 どうやってこの二人を止めるべきか……慧吾には秘策があった。永琳とてゐの心配をよそに戦場へと足を踏み入れた。

 

 

 「妹紅さん!輝夜!」

 

 「け、けいご……?」

 

 「えっと……ど、どうしたの?」

 

 

 妹紅と輝夜の視線が慧吾に向く。殴り合って顔面から血が流れていたり、顔が腫れていてそれを見てしまうとどれほどの憎しみが籠った拳同士が交わったのかがよくわかる……それほどお互いに嫌い合っているわけだ。

 

 

 これ以上は本当に見ていられない……俺の知っている妹紅さんの顔が今では別人に見えるし、輝夜の綺麗な顔も酷い有様だ。止めないといけない……幼少期からあの霊夢達と過ごして来たんだ。あいつらの扱い方も把握しているし、妹紅さんも輝夜も俺には甘い。ならばこの方法ならば喧嘩を止められる!

 

 

 「妹紅さん、輝夜……そんな醜い争いを続けるならば俺は二人のことを軽蔑します。口を聞いてあげませんし、無視し続けますけど……それでもいいのですね?」

 

 「――ッ!?け、けいご!?わ、わるかった!私がわるかったから機嫌直してくれ!」

 

 「ごめんなさい慧吾、ついカッとなって……ぐすん……だ、だから私のこと……ひぐっ……無視しないで!!」

 

 

 突き放す……これが最良の方法だった。溺愛する妹紅に至っては慧吾の機嫌を直そうと必死になり、輝夜は涙目で今にも泣きだしそうだ。霊夢達(主に霊夢と小鈴)を相手取るのにこの方法は効果的で大人しくさせるにはうってつけなのだ。これも長い付き合いで得た経験であり、妹紅と輝夜にも効果は抜群だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「慧吾やり手だね」

 

 「そうね。飴と鞭とはよく言ったものよ」

 

 

 てゐと永琳は慧吾の対応に感心するのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「ねぇ慧吾、お、おい……しい?」

 

 「正直に美味しいとは言えないな」

 

 「うぅ……そ、そう……そうよね……」

 

 「けど頑張ったんだろ?美味しくしようとしてくれているのがわかる。それに食べられない味ではないんだ。俺の為に作ってくれたんだから最後まで食べるさ。輝夜の頑張りを無駄にしたくないし、俺が食べてあげたいからな」

 

 「慧吾……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「かぁ~っぺ!!!」

 

 「もこたん汚い」

 

 

 うっせぃ!私の口の中はベタベタなんだよぉ!なんだよお前輝夜に甘い言葉をかけやがって!!べ、べつに私にも甘い言葉をかけてほしいとか……ぜんぜん羨ましいとかなんとも……思ってねぇし……くそったれのちくしょうめー!!!なんであんなにベタベタしやがるんだよ。ふざけるんなよ……後で輝夜マジ殺す!!!

 

 

 愛する慧吾に愛情籠った手作り料理を食べてもらいたいと輝夜は披露した。それを食べる慧吾と輝夜は傍から見ればとても仲良く見える。輝夜に至ってはハートマークが周りに浮かんでいるのがわかるぐらいだ。それと引き換えに機嫌が最悪なもこたんこと妹紅は(たん)を吐き永遠亭の畳を穢す。

 

 

 「妹紅さん畳に(たん)を吐かないでください!」

 

 「わるい、だが私の(たん)よりも穢れた奴が目の前にいるからまだマシだろ?動く汚物野郎(輝夜)が目の前にな!」

 

 「もこたんもどっこいどっこいだけどね」

 

 「あ"あ"!?てゐ、お前あの汚姫様(輝夜)と私が一緒って言いたいのかよぉあ"あ"ん!!?」

 

 「(うわぁ……これじゃただのチンピラウサ……)」

 

 

 妹紅に絡まれる鈴仙とてゐは哀れなり。そしてそんなことも耳に入っていないのか慧吾と戯れる輝夜の姿を視界の隅に映ると青筋が立ってしまう。歯ぎしりをしながら完全に輝夜を睨みつけていた。

 

 

 「慧吾君、この子何とかしてくれないかしら?我が家に損害がでたら賠償請求するわよ」

 

 「すみません……妹紅さんの気持ちはわかるけど、永琳さん達の迷惑になることはしてはいけない。そんなこと俺は妹紅さんにしてほしくないし、妹紅さんならわかってくれるだろ?」

 

 「うぅ……そうだけれど……なぁ慧吾……もう帰ろう?」

 

 

 弱々しく懇願する妹紅。構ってくれない慧吾に寂しさが募り、大っ嫌いな輝夜に大切な慧吾を取られている。寂しさと悔しさが交わり気分は奈落の底……早く慧吾を連れて帰ってしまいたい様子で嘆いている。

 

 

 「妹紅さん、永遠亭に来たばかりでしょう?」

 

 「だって……だって……だってだって!輝夜のこと嫌いなんだもん!!!」

 

 

 しまいにはジタバタと子供が駄々をこねるように畳の上でぐずり始めた。いつもの乱暴な言葉遣いも忘れて子供が我が儘を言っているようにしか聞こえてこない。

 

 

 嫌なんだもん!輝夜が慧吾と仲良くするの嫌なんだもん!慧吾は私と慧音の子供なのに!!愛情注いだ慧吾を輝夜なんかに取られたくないもん!!!

 

 

 もし心の声が聞こえていたら勘違いしそうであるが、妹紅は真面目に思っていた。愛する娘が嫌いな男と仲良くする親心そのもの……この場合は娘ではなく息子であるが。

 

 

 「もこたん……子供だね」

 

 「妹紅さんの意外な一面ですね……」

 

 「慧吾帰ろ!かえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろかえろーよ!!!」

 

 「妹紅さん……よしよし、大丈夫だぞー妹紅さんなら我慢できると信じているぞー」

 

 「「「「(うわぁ……)」」」」

 

 

 畳の上で暴れる妹紅は完全に大きな子供のようで、いつもの彼女ならば絶対に見せない姿をさらけ出して若干引いている永遠亭メンバー四人である。輝夜ですら今の妹紅に絡もうとは思わないぐらいなのだから。ぐずる妹紅をあやす慧吾を見ればどちらが親なのかわからなくなる光景だった。

 

 

 その後もドタバタ劇が繰り広げられ次第に永遠亭での時間が過ぎていった……

 

 

 ------------------

 

 

 「この野郎!私達はもう帰るんだよ!汚物で着飾るブス姫様にはもう用はないんだよ!」

 

 「はぁ!?あんたが何度慧吾と私の時間を邪魔したと思っているのよ!?いい加減にしなさいよ白髪(しらが)ゾンビ!!」

 

 「うっせぇ!!あっ、顔面にピンク色の芋虫ついてるぜ?」

 

 「えっ?……ってこれは唇よ!!芋虫なんかじゃないわよ!!」

 

 「そうだったのか~あまりにも気持ち悪いから見間違えたわ~♪」

 

 「コロス!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すみません……俺達はこれにてお(いとま)させていただきます」

 

 「大変ね慧吾君も……はいこれ、用意しておいたわよ」

 

 「ありがとうございます永琳さん」

 

 

 妹紅は復活した。我慢して我慢して……慧吾にあやされ……輝夜を邪魔して……また我慢した。そしてようやく待ちに待った時が来た。そろそろ帰らなければならない時間となった途端に行動に移して慧吾を連れていく。一刻も早く輝夜と慧吾の仲を裂こうというわけだ。当然輝夜と喧嘩になり今に至る。

 妹紅と輝夜が残像が見える程の攻防戦を行っているわけだが、これにはもうみんな無視することを決めつけた。毎度関わっていたら身が持たないと実感したから。

 

 

 「慧吾もお人好しウサね。もこたんに傷薬を買ってあげるなんてさ」

 

 「永琳さんの傷薬はお墨付きだし、不老不死とは言えども痛みは感じるみたいだし、誰だって痛いのは嫌だからな」

 

 「慧吾さんの忠告も聞かない妹紅さんにそんなの要ります?」

 

 

 鈴仙が疑問に思う。慧吾の心境的には喧嘩をしてほしくなく、注意しても一時的に冷戦状態になるだけでしまいにはこうして小さなこと一つで争い合う。そんな妹紅に対して優しくする必要があるのかと。

 

 

 「あれでも俺の大切な親なんだ。御袋は一人だけじゃない……妹紅さんも俺の家族。家族を見捨てるなんてことはしないさ」

 

 「……慧吾、いつか背中から刺されるウサよ」

 

 「慧吾さん……素敵です!」

 

 「羨ましいわね、あなたみたいな優しい男の子が永遠亭に居てくれたらね……うちの子にならない?」

 

 「残念ですが俺には俺の帰る家がありますから」

 

 「残念ね。でも近いうちに帰る家が永遠亭になることを願っているわよ。もし良ければてゐとウドンゲもプラスで娶ってもらっても構わないわよ?」

 

 「し、ししょう!!?」

 

 

 永琳の冗談を信じてしまう鈴仙はウサ耳をぴょんと立てて顔を真っ赤にする。てゐは冗談だとわかってはいるものの、流石に意識したのか慧吾から視線を逸らす。ほんのりと頬が赤かった気がするが聞かないでおこう。

 

 

 「俺はまだ結婚する気はないです。まだ自由に日常を堪能したいので……それではもう遅くなると今度は御袋が心配しますので」

 

 

 慧吾は一礼し、迷いの竹林に向けて歩み出す。

 

 

 「あっ!慧吾一人で勝手に行くな!私が案内しないと――『死ねぇ!!』ぐぎゃぁ!!?てめぇこの野郎やりやがったな!!!」

 

 「よそ見した馬鹿がいけないんですー!」

 

 「言わせておけばぁ!!」

 

 「叩き潰してあげるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……埒が明かないわね。てゐ、ウドンゲは慧吾君を人里まで案内してあげなさい。妹紅と輝夜は私が止めて来るわ」

 

 「はーい」

 

 「(慧吾さんと一緒に居られるなんて……師匠ありがとうございます!帰るまで何を話そうかな……♪)」

 

 

 こんなハチャメチャな出来事も日常の一つとなっていく。慧吾と出会えたことでまた一つ、光が差し込む家庭が生まれた。彼に次はどんな出会いが待ち受けているのだろうか?

 

 



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愛・即・斬

新たにヒロインが登場しますよー!でもこれがヒロインなのか……疑うかもしれませんがこの小説ではヒロイン候補ですので……


それでは……


本編どうぞ!




 ヤバイ……俺はそう思った。今にも鼓動が張り裂けそうだ。近づいて来るたびに鼓動が高まり血管が脈打つのを感じる……

 

 

 一人の女の子が俺の目の前に居る。その子は段々と俺との距離を詰めていく。その度に俺の鼓動が高まっていく……その女の子から目が離せないでいる俺はこの子に()をしてしまったのだろうかと……そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……んな訳ねぇんだよ。こんなの()じゃねぇ……こんなの……こんなのはなぁ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この気持ちがなんなのかわからない……だからこそとりあえず斬ればわかるはずです!だから……私に斬られてください!」

 

 

 光を反射する程に磨き上げられた刀を俺に向け、今にも命を奪おうとしてくる女の子に恋をするわけねぇだろがぁあああ!!!

 

 

 何故こんな状況に陥ったのか……と言うと俺にもわからない。一体この少女は何者なんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは慧吾がまだ平凡な生活を送ることが出来ていた日の出来事だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生者は死後どこへ向かうのか?その一つの答えがここ冥界である。罪の無い死者が成仏するか転生するまでの間を幽霊として過ごす世界であり、ここ冥界にはとてつもなく大きな屋敷が存在していた。その屋敷では綺麗な花が舞い、とても美しい中庭が広がっている。しかしここは死後の世界である為、一体誰がいるのか疑うだろう。

 

 

 「それでね、慧吾君の自宅に行ったら霊夢とバッタリ会っちゃって……その後は……思い出したくもないわ」

 

 「紫様は自業自得なのです。私みたいに清潔で清らかな心を持っていないから日頃の行いが罰として帰って来るのですよ」

 

 「はぁ?どこが清潔で清らかな心を持っているのかしら?慧吾君が留守の間に下着を盗み取ろうとしたことのどこが清潔なのよ?バカなの?死ぬの?」

 

 「私は下着を盗み取ろうとしていません。ちゃんとその場で使()()()()元に戻すつもりだったのですよ」

 

 「使()()()()……!?藍まさかあんた出すつもりだったの!!?」

 

 「何を言っておられるのですか紫様。慧吾殿は私の夫なのですから、夫で性処理するのは当然なことです」

 

 「慧吾君は私の夫よ!何を勝手に自分の夫にしているのよ!ドスケベクソ狐のあんたなんかには渡さないわよ!!」

 

 「紫様……可哀想に、遂にボケてしまったようですね。妄想と現実がつかなくなってしまってしまうとは……自分が一生孤独で惨めに寂しく干乾びていくのに脳が耐えられなかったのですね……プッ♪滑稽ですね♪」

 

 「んなぁにぃ!?もういっぺん言ってみなさい!!」

 

 「ではもう一度言わせてもらいます……プッ♪紫様のお姿は滑稽です♪ワロスwww」

 

 「クソ狐め!今日こそギッタンギッタンにしてやるわ!!」

 

 「望むところです。私の夫を寝取ろうとする紫様には墓石の下に眠ってもらいます」

 

 「あんたの方が妄想と現実がごっちゃになっているじゃないのよ!!」

 

 

 紫と藍がその屋敷で口論していた。次第にエスカレートしていき、庭に飛び出し物理の攻防戦が始まった……弾幕勝負しろよと言っても今の二人には届かないだろう。そんな様子を呆れた様子で見守る人物がいた。

 

 

 「……はぁ」

 

 「幽々子様大丈夫ですかにゃ?」

 

 「ありがとう橙ちゃん、それにしても紫と藍ちゃんは相変わらずね」

 

 

 ピンク髪のミディアムヘアーに水色と白を基調としたフリフリの着物を着た女性は、三角の形をした布が帽子に付いておりお化けを連想させる。その女性はここ冥界にある『白玉楼』の管理人であり、西行寺幽々子と言う亡霊であった。顔もスベスベで紫や藍にも引けを取らない程に大きな果実が実っていることで醜さを引き立たせる。

 そんな幽々子はため息をついて疲れた表情をしていた。最近よく紫が幽々子の元へと現れて愚痴をこぼしていく。昔からの友人関係である二人に遠慮と言うものはないが、あの日を境に紫の様子がいっぺんした。勿論あの日と言うのは紫が博麗神社で慧吾と出会った日である。あの日から紫はちょくちょく慧吾に会いに行く。二人っきりでお話した日の紫は機嫌がもの凄く良く気持ち悪いくらいだ……気持ち悪いのは元々なのだが。しかしそう上手くいかない日もある……霊夢や小鈴に魔理沙と幼馴染連中に遭遇し、霊夢と小鈴に至っては確実に邪魔してくるし逆らえば痛い目を味わうことになる。そんな日はいつも幽々子の元へとやって来るのだ。

 

 

 愚痴に次ぐ愚痴しか出て来ない日々が続く。それを聞かされている幽々子は友人と言う立場なので快く聞いてあげる……が、藍との醜すぎる争いは止めて欲しいと願っていた。そして今日も愚痴を言いに来た紫とついてきた藍が白玉楼で醜い争いを始めてしまい頭が痛くなる。

 そんな自分を唯一癒してくれる八雲家唯一の良心である橙には感謝してもしきれない。

 

 

 「どうして紫も藍ちゃんも真面目にできないのかしらねぇ……橙ちゃんはこんなに真面目でいい子なのに」

 

 「そ、そんな……橙はいい子じゃ……」

 

 「いい子よ、とってもいい子なのよ。うちの妖夢と交換したいぐらいよ……まったく紫に藍ちゃんに妖夢……本当になんで私の周りには問題児ばかりなの……?」

 

 「幽々子様お呼びで?」

 

 「にゃ!?」

 

 

 ぬっとテーブルの下から姿を現したのは白髪をボブカットにした髪の先に黒いリボンを付けた短めの動きやすいスカートを履き、胸元には黒い蝶ネクタイを結んでいる女の子。傍にはふよふよと白い塊……半霊が浮かんでいるが、これも彼女の一部であり名は魂魄妖夢と言う。彼女もまた不細工の宿命を受けし者だ。

 いきなりこんなところから現れた妖夢に橙は驚いてしまう。

 

 

 「どこから出てくるのよ……紫じゃあるまいし、普通に出て来なさい」

 

 「そんな些細なことよりも幽々子様、先ほど紫が話していた『()()()()』とは何者なのでしょうか?」

 

 「些細なことって……盗み聞きでもしていたのかしら?」

 

 「話を逸らさないでください。その者は何者なのですか?」

 

 「聞かれちゃったのなら仕方ないわね……紫の話だと変わった子みたいよ」

 

 「ほう、それはどのようにでしょうか?」

 

 

 幽々子は散々紫から聞かされたことを妖夢に話すことにした。人里に暮らしていて以前に幽々子と妖夢が異変を起こした時にやってきた霊夢と魔理沙に咲夜の友人で、不細工でも隔てなく接してくれる青年だ。そして紫は自分のことが彼には美人に見えるとやたら主張していたが、幽々子はそんなことはスルーしていた。昔からの付き合いなのでうるさいことに構っていたら疲れるだけであると言うことがわかっているからだ。しかし幽々子も興味がある話ではあった。不細工であるはずの紫や藍、そして自分も美人に見える……そんなことが本当にあるのだろうかと疑ったこともあった。一度会ってみようかと思ったこともあったが止めた。

 自分は亡霊、既に死した者……彼は人間で生者である。話が本当ならば幽々子自身も彼のことを気に入り好意を寄せるだろう。だが既に自分はこの世から旅立った身であるが故に今更恋など求めるよりも傍に居る友人に幸せになってもらう方が彼女としては良かったのだ。だから彼女は身を引いたのだった。

 

 

 「……っと言う青年君らしいのよ」

 

 「なんと!?しかし信じられません……して幽々子様、何故今までそのことを私に話してくださらなかったのですか?話てくれたのであるならば私が直接会いに行って真意を確かめていましたのに!」

 

 「今まで妖忌の跡を継ぐためにそれどころじゃなかったでしょ?」

 

 「ぐぬぬ……!」

 

 

 妖忌と言うのは妖夢の祖父のことである。白玉楼の庭師としての妖忌は珍しいことに男性で、老人であるが剣術に精通しており、幼い妖夢を厳しく育てた程だ。そんな彼が突如として姿をくらませて、彼の遺産である長刀『楼観剣』と、短刀『白楼剣』が妖夢の元へとやってきた。そこからが大変であった。剣術の腕前もまだ未熟であり、成熟まで修行を欠かすことができずに追われる日々が続いていた。そして最近ようやく幽々子の異変を起こすのに付き添って霊夢達の前に立ちはだかるほどまでに成長した。半人前の妖夢(今でもそうだが)にそんな話をしても彼女の成長を邪魔することになりかねないと幽々子は判断した。紫達にもこのことは話さないよう他言無用として黙っていた。

 しかしそれだけが理由ではない……妖夢は祖父である妖忌に厳しく育てられた。だが教えも半ばに突然姿を消し、妖夢は未熟真っ盛りである。生真面目な性格と未熟さから何かに影響を受けやすく、そのせいで彼女には問題があった。

 

 

 「変な気を起こさないでね。あなたの悪い癖が彼を傷つけてしまうことになるかもしれないのだから」

 

 「……わかりました幽々子様、変な気は起こさないと約束します」

 

 「そう、それならば今はいい事にしておくわ。そうだ妖夢、お腹すいたからお饅頭でも持って来てくれないかしら?」

 

 「幽々子様、それならば昨日食べたばかりです。お饅頭の在庫は空ですよ」

 

 「あらそうなの?それじゃ買ってきて……ね?」

 

 「承知しました」

 

 

 妖夢はその場からサッと退場し、白玉楼門前へと歩を進める。これが運命の出会いになるとも知らないで……

 

 

 ------------------

 

 

 「ありがとうございました」

 

 

 両手の袋の中には饅頭が、背中の風呂敷にも饅頭が、半霊に乗っかっているのも饅頭が……饅頭だらけの少女は数々の店から饅頭を買い占めた。魂魄妖夢は主である西行寺幽々子の為に人里で買い物をしていた。

 

 

 幽々子様は相変わらず食いしん坊ですね。これだけ食べても太らないのはお可哀想です……永遠に不細工で生きていかなければならないとか拷問ですよ。あっ、幽々子様は既にお亡くなりでしたねうっかりでした。

 

 

 内心自分の主に毒を吐いている妖夢はこう見えても大真面目な性格である。物事を真正面から捉えて問題を解決していく少女は一つの考え事をしていた。

 

 

 紫様が話していた『()()()()』……幽々子様の説明だと不細工でも愛する特殊性癖野郎らしいですね。ふっ、紫様も藍さんも何故そんな不埒な輩に必死になるのか……わかりかねますね。私ならばそんな特殊性癖野郎のことなど好きにもなるはずがありませんけど。

 

 

 鼻で笑ってしまいそうになる……いや、既に笑ってしまっている。話に聞く限り妖夢はその謎の青年『()()()()』を特殊な性癖を持った変態野郎だと認識した。不細工を差別することもなく、友好的に接してくるなど異常だったからだ。これは何かある……不細工な女は得などする人生を送れない。妖夢もその一人で今まで告白されたことも男性と付き合ったことなど一度もない。唾を吐かれたり、嫌な顔をされたりと自分は何もしていないのに差別的対応をされたことばかりだ。何度か斬り伏してやろうかと思ったが、以前異変を起こした時に知り合った博麗の巫女にボッコボコにされたことで少々トラウマがあった。今でこそ普通に会話することができるが、当初は姿を見ただけで震え上がるほどだった。

 

 

 まぁ、その特殊性癖野郎など私の知ったことではないですけどね。会うこともないですし、早く幽々子様の元へ戻らないとうるさいですからね……あのピンクの悪魔……だから醜いのですよ幽々子様。

 

 

 表に出すことはないが、主に対して悪態をついているところは藍とよく似ていた。昔から付き合いがあった藍の影響を受けたのかもしれないし、元々妖夢がこんなだったのかもしれないが真相は闇の中である。

 

 

 妖夢はせっせと饅頭を抱えて走り出す。そして曲がり角を曲がろうとした……

 

 

 「今日の晩飯は鍋にでもするかな……って!?」

 

 「――ッな!?」

 

 

 運悪く曲がり角から人が現れてしまった。妖夢は気がついたが既に時遅し……

 

 

 「きゃっ!?」

 

 

 曲がり角から現れた人物にぶつかり尻もちをついてしまった。その拍子に饅頭が無残にもばら撒かれてしまい包み紙で守られて汚れることはなかった。ばら撒かれた饅頭が汚れることもなく、潰れることもなかったのは運がいいのか人にぶつかってしまい運が悪いのか、どちらにせよぶつかってしまった人物に謝らなければならなかった。

 

 

 「悪い!大丈夫か!?」

 

 

 ぶつかってしまった人物も謝らなければと思ったらしく妖夢に手を伸ばしている。

 

 

 「いたたっ……すみません、私が不注意だったものですから……」

 

 

 妖夢は意外とお尻が痛かった。饅頭を大量に抱えていたので尻もちをついた時に反動が来たのか痛みを感じたのだ。痛みを我慢しつつ、相手の顔も確認せず差し出された手を握り立ち上がる。

 

 

 「俺もボケっとしていて……本当に悪かった。拾うの手伝うよ」

 

 「いえ……そんなことしていただかなくても……」

 

 「いいさ、俺の不注意でもあるんだ。それに女の子にぶつかっておいてその場を離れるなんてことはできないからさ」

 

 「あなたも女……ではない……のです……か……」

 

 

 ここでようやく妖夢は手を差し出された人物の顔を見た。初めは相手が女性だと思っていた。声はどう聴いても男性なのだが、いきなりぶつかって頭が正常に判断されていなかったらしく顔を見て気づいた。

 

 

 「俺は女性ではないぞ?それよりもこの饅頭拾おうぜ」

 

 「……あっ……はい……」

 

 

 二人はばら撒かれた饅頭を拾い集めた。その時、妖夢はどこかボーっとしていたのだが青年は気づくこと無く饅頭を拾い集めて妖夢に手渡した。

 

 

 「こんな量一人で……傍にいるのはなんだ?まぁいいや、大丈夫なのか?」

 

 「あっ……はい……大丈夫……です……」

 

 「本当に大丈夫か?なんか様子が変だが?」

 

 「大丈夫……大丈夫ですから……それでは……」

 

 「あっ」

 

 

 青年の横を通り過ぎていく。青年は止めようと思ったが、妖夢はそのまま何も言わずに去って行ってしまった。

 

 

 「……大丈夫か?まぁ、本人が大丈夫と言うから問題はないのだろうが……おっと!御袋が帰って来る前に買い物を済ませないとな!」

 

 

 妖夢はまだ知らない……この青年が『()()()()』であったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妖夢おかえりなさい……妖夢?」

 

 

 白玉楼に到着すれば紫達は既にいなかった。醜い争いを引き起こした紫と藍はダブルノックアウトで地に伏した。その醜い亡骸を橙がスキマに放り込んで頭を何度も下げて帰った後だった。そして待っていた幽々子はやっと帰って来た妖夢のお饅頭が待ちきれない様子だったが、ここで妖夢の様子がおかしいことに気づく。

 

 

 「……」

 

 「どうしたの妖夢?ねぇ……妖夢?」

 

 「……幽々子様、すみませんが饅頭勝手に食べてください」

 

 「えっ?まぁ……いいけど……」

 

 「ちょっと忘れ物をしてきました。もう一度人里へ行ってきますので……」

 

 「あらそう?気をつけていってらっしゃい」

 

 「……では……」

 

 

 饅頭を幽々子に押し付けるとその足取りで再び人里へと戻って行ってしまった。しかし妖夢はどこかボーっとした様子で足取りもフラフラしていたのが気になった。

 

 

 「何かあったのかしら?そんなことよりもお饅頭ね♪今からあなたたちを美味しく食べてあげるから覚悟しなさいよ♪」

 

 

 妖夢とは対照的にルンルン気分でお饅頭を抱える幽々子……この時に妖夢を無理にでも引き止めていれば後の災いに繋がることもなかっただろうに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだろう……このフワフワする感覚は……?

 

 

 なんだろう……鼓動が高まるこの心臓は……?

 

 

 なんだろう……何故あの人の顔を忘れられないのだろうか……?

 

 

 フラフラと人里へと戻って来た。時間はまだ昼過ぎで人々で賑わっている。妖夢はボーっとしながら人々へと視線を向けては別の人へと視線を変えていく。

 

 

 違う……違う……こいつも違う……女ばかり……男……あの人はどこに……?

 

 

 おぼつかない足取りで人々の顔を確認していき、目当ての人物を探していた。その人物と言うのは買い物した帰り道にぶつかってしまったあの青年だった。しかし妖夢は何故自分がぶつかった相手を探していたのかわからなかった。

 

 

 ぶつかったことを謝りたい?違う……そんな感情じゃない……この感情……この空に浮かんでいる気分は……一体なんだと言うの……?

 

 

 まるで地面にいるのに空を飛んでいるみたいな感覚に襲われている。そして青年の顔が頭から離れずに鼓動がドクンドクンと高まりつつあるのが感じられる。体が自然に青年を求めていた。

 

 

 どこに……どこに……どこ……

 

 

 「よし、買い物を済ませたし帰って掃除でもするか」

 

 

 どこ……!?い、いた……!!!

 

 

 妖夢の視線の先にいたのはあの時の青年だ。買い物を済ませたらしく手には買い物かごを持っていた。

 

 

 見つけた!?でも……私は何故……あの人を探していた?どうして会いたいと思った?男なんて不細工な私を見て唾を吐いて嫌な顔をするだけなのに……

 

 

 妖夢はそう思ったが、記憶にある青年は笑顔で妖夢に接してくれていた。その顔を思い出すと胸が苦しくなる。

 

 

 この鼓動はなに……?こんなにも苦しい……あの人は何故私にあの笑顔を向けてくれる……?わからない……わからないよぉ……この感情は一体なに……おじいちゃん……教えてよぉ……!?

 

 

 妖夢は次々と湧き上がる謎の感情に振り回されていた。自分の下から去った祖父がこの場にいたら何て言うだろうか?祖父の意思を継いだつもりだったが、何もわからない自分の感情に不甲斐なさを感じてしまう……そんな時だった!

 

 

 『「妖夢よ」』

 

 「おじいちゃん!?」

 

 

 妖夢の目の前に去ったはずの祖父の姿が映し出された。しかし本人がこの場にいるはずはなく、これは妖夢が自分自身に向けて映し出した幻影だったが、本人はそんなこと知ることもできない。幻影(妖忌)を本物だと思い込み、驚いた様子の妖夢に幻影(妖忌)は語り掛ける。

 

 

 『「妖夢よ、お主はなにもわからないのじゃな?」』

 

 「……はい……私が胸に感じているこの思い……なんなのかわかりません。私はどうしたらいいのですか!?」

 

 

 妖夢は幻影(妖忌)に救いを求めるように手を伸ばすが、その手を取ることはない。

 

 

 『「妖夢よ、ワシはお主に何を教えた?」』

 

 「何を……ですか?」

 

 『「そうじゃ、ワシはお主に何を教えたと聞いたのじゃ」』

 

 「えっと……刀の扱い方に家事と幽々子様の扱い方とそれから……」

 

 『「そうではない、ワシはお主にわからなければどうしろと言った?」』

 

 「わからなければ……はっ!?」

 

 

 妖夢は思い出した。厳しい指導を受けても彼女は必死に教えを学んだ。その中に祖父から教えてもらったことがあった。

 

 

 『「思い出したのであるならばワシはもう消える」』

 

 「そんな?!折角おじいちゃんに出会えたのに!!」

 

 『「何を言っておる?いつもワシは傍にいる……妖夢、お主の心の中にな」』

 

 「おじいちゃん……!」

 

 

 一人で幻影(妖忌)と会話している姿に周りに人々はドン引きであった。しかし本人はそんなこと気づくこともなく、妖夢は己が教えてもらったことを思いだし覚悟を決めた。

 

 

 「おじいちゃん……ありがとうございます!この魂魄妖夢、行動で示してみせます!」

 

 『「うむ、それでこそワシの孫じゃ……期待しておるぞ!」』

 

 「はい!」

 

 

 幻影(妖忌)は消えてしまう。正直なところ余計なことしかしていないのだこの幻影(妖忌)は。妖夢にあることを思い出させてしまいそれが悲劇の引き金になってしまうことになろうとは……

 

 

 「おじいちゃん……今こそ、この魂魄妖夢はおじいちゃんを超えてみせます……いざ!!」

 

 

 妖夢の表情は変わっていた。おぼつかなかった足取りも今では地面に力強く立っていた。そしてその足取りは一直線に一人の青年へと向かって行く。

 

 

 「ん?確か君は……」

 

 

 青年が妖夢に気づいたようだ。彼も妖夢のことを憶えていたらしく声をかけようとした時だ。

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 「………………………………………………へっ?」

 

 

 青年が持っている買い物かご……それが真っ二つに裂け中身も二つに分かれてしまった。一瞬何が起こったのかわからなかったが、妖夢はいつの間にか刀を手にして……

 

 

 「わからない時は……斬ればわかる……おじいちゃんから教わったこと……この思いがわからない……だからあなたを斬ればこの思いが何かわかるのです。だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず私に斬られてください!!」

 

 

 青年の悲鳴が人里を駆け抜け、青年と刀を持った少女の鬼ごっこが始まったのであった。

 

 



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辻斬りみょん夢

どうも皆さんこんにちは、最近忙しく筆跡が進まない作者です。


前回意味不明に襲われた主人公……そして半霊を添えた少女の鬼ごっこが始まった。無事この窮地を脱出できるのか?そしてこれを知った知人たちの行動は……


それでは……


本編どうぞ!




 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 青年こと上白沢慧吾は人生で最も危険な時間を過ごしていた。汗だくになりながら人里を駆け抜けて人気のない場所までやってきていた。

 

 

 「はぁ……はぁ……く、くるしい……ここまで体力を使うなんて……はぁ……な、なんなんだよあの子は!!?」

 

 

 慧吾は追われていた。一人の少女に……その少女は鋭い刃を光らせた刀を持って慧吾を狙っている。物陰に隠れていた彼の耳に届く足音が徐々に近づいていた。

 

 

 「出て来てください!逃げる必要はありません!一瞬、一瞬だけ痛いだけですから。斬られた後は安らかに休めるので安心して斬られてください!」

 

 「(休めるんじゃなくて逝くんだよ!!なんだよ!?いきなり命を狙われるとか俺なにかあの子にしたのか!!?)」

 

 

 慧吾は記憶を辿るが今日買い物するときに曲がり角でぶつかったぐらいだ。少女とはそこで初めて会い、買い物を済ませた慧吾の前に少女の方から現れた記憶しかない。なので何故命を狙われているのか不明だった。だからこそ追いかけて来る少女に身に憶えの無い恐怖を感じる。

 

 

 「(冗談じゃねぇ、可愛いからなんでも許されるわけはねぇんだぞ!!!と、とにかくこの場から離れないと周りの人が巻き込まれたらまずい……)」

 

 

 慧吾は必死に身を屈めて見つからないようにしながら人里から少しでも離れようとしていた。ここは人里なので子供や老人もいる。あの意味不明な少女を少しでも遠ざけようとしていた。

 

 

 「(こういう時に霊夢や魔理沙がいてくれたら……くそっ!なんて運がついてないんだ!)」

 

 「……みぃつけた♪」

 

 「――ッは!?」

 

 

 聞きたくない声に反応して顔を上げるとそこには笑顔の少女がいた。小柄な少女であるが、手には刀……その刃がギラリと太陽の光を反射している。少女に見つかってしまった慧吾の顔色が悪くなる。

 

 

 「覚悟してください、あなたを斬ればこの思い……わかるはずなのです!」

 

 「何言ってんだよ!?まるで意味がわからんぞ!!?」

 

 「では……魂魄妖夢……参ります!!」

 

 「参るな!!!ってううぉ!!?」

 

 

 少女の振るう刀を紙一重で避けることができた慧吾は身体を鍛えておいて良かったと思ったことはないだろう。鍛えていなければ先ほどの一振りでパックリと首が逝っていたはずだ。命を狙われる恐怖を味わいながらその場から逃走する慧吾とそれを追いかける少女の攻防戦が繰り返される一方で、このことを知らない連中へと話を向けよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へっ、魔理沙さんは相変わらずムッツリですね」

 

 「な、なんだよ小鈴……いきなり……」

 

 「魔理沙さんがどうしてここ鈴奈庵にいるのか……薄い本を借りに来たんですよね?」

 

 「は、はぁ!?そ、そんなわけないだろ!?わ、わたしがそんな物に興味なんてないし!!バッカだな小鈴は!!」

 

 「ほ~ん……そこの本棚の裏に幼馴染とのイチャLOVE系の薄い本があるのですが読みたくないですか?」

 

 「なっ!?そ、そんなもの読みたいだなんて……(慧吾と私のイチャイチャ物……い、いいかもなって何考えてんだ私は!?小鈴の言うことだぞ……絶対なにかあるに決まっている!)わ、わたしはそんないかがわしい本には興味なんて……興味なんて……ありはしないぜ!」

 

 「(チッ、警戒されている……魔理沙さんでもそこまでバカじゃないか。なら!)それじゃケイ君が読んだ本を貸してあげましょうか?薄い本でないにせよケイ君が読んだ本なので読みたくないのですか?それにまだケイ君のにおいが付着しているかもしれませんよ♪」

 

 「は、はぁ!?だ、だれが慧吾のにおいを嗅ぎたいとか思うんだよ!?」

 

 「私です」

 

 「バカだろお前!?」

 

 

 鈴奈庵には小鈴と魔理沙がいた。たまたま立ち寄った鈴奈庵で店番をしていた小鈴は暇をしていたらしく、見知った顔が訪れたのでちょっくら悪戯してみたくなった。小鈴にとって魔理沙はいじりがいのある相手であるので暇つぶしにも丁度良かったのだ。

 

 

 「いいんですか?においがまだ残っていますよ……クンカクンカ……うう~ん!独特の香りですね~♪このケイ君の香りに股が疼いて仕方ありませんね~♪」

 

 「な、ななな……お、お前……!」

 

 

 怒っているのか恥ずかしいのかそれとも羨ましいのか不明だが、顔を真っ赤にしてプルプル震える魔理沙に小鈴の甘い誘惑は更なる攻撃を繰り出す。

 

 

 「ふっふっふ、私と魔理沙さんの仲なので特別にこのことは秘密にしておきますよ?」

 

 「……べ、べつに……その本を読みたいなんて思っては……ごりょごりょ……」

 

 「じゃ、これは処分しますね。新しく同じものが入って来たので、傷んで修復も困難なこの本を捨てる予定だったので」

 

 「なっ!?そ、それなら仕方ないな!本を捨てるなんて勿体ないからこの魔理沙様がありがたく頂戴してやるぜ!」

 

 「さっきは読みたくないって言ってましたよね?」

 

 「そ、それは……その……どうせ捨てるなら焚火に使う薪の代わりにもなるからな!冬場は私の家は寒いから丁度良かったんだよ!だから……それください……!」

 

 

 床に頭をつける……土下座をする魔理沙を勝ち誇った笑みを浮かべて見降ろす小鈴は腹黒い。

 

 

 「仕方ないですね、他の方々には内緒にしておいてあげますよ」

 

 「へへ……サンキュー(慧吾のにおい付きか……帰って保管しよう♪)」

 

 「(まぁ、その本は確かにケイ君が読んだ本ですが、私がうっかりお茶をこぼしてしまったのでにおいは保証できませんけどね。私はその前に十分堪能したからもういいですし♪)」

 

 

 やはり小鈴は腹黒い。真実を知らない魔理沙は大事そうにボロボロの本を帽子の中にしまい気分が良くなっていた。

 

 

 「お邪魔するわよ」

 

 「いらっしゃ……ああっ!?いけ好かないメイド!!」

 

 「咲夜じゃないか?どうしてこんなところに?」

 

 「妹様が最近魔理沙が遊んでくれないといじけていましたので」

 

 「そうなのか?まぁ、今度パチュリーのところに用があるからその時にでも遊んでやるぜ」

 

 「魔理沙さんが用があるのは図書館の方でしょ?」

 

 「バレたか」

 

 「何度パチュリー様にお叱りを受けたと思っているのですか?」

 

 「ぜへへ♪」

 

 

 この三人に共通することは一人の異性に好意を寄せていることだ。その異性の気を引くために時には争い、時には共闘することがある。ここにはいないが他にもその異性に好意を寄せる人物がいるが、今ここにいるのは三人だけ、普段はこうして仲が良いのである。

 

 

 「それじゃ、私はこれで帰るぜ」

 

 「そうですね魔理沙さん、帰ってベットの中で昇天しないといけませんからね♪」

 

 「昇天……?」

 

 「ば!?ばか小鈴お前なに言ってんだよ!!?」

 

 「あれれ~?()()()()を堪能しながら、魔理沙さんが保管している濃厚な味わいキノコを食べる(意味深)つもりではないんですか~?」

 

 「お、お前……!!!」

 

 

 顔を真っ赤にして小鈴の胸ぐらを掴むがおとぼけた様子で何を言っているのかわからない表情で魔理沙を煽る。事情を知らぬ咲夜は頭に?マークを浮かばせていた。赤面マスタースパークが発射される前に入り口から店に入って来る人物には見覚えがあった。

 

 

 「ただいま……あら?小鈴のお友達じゃない」

 

 「あっ、お母さんおかえり」

 

 「お邪魔しております」

 

 「ど、どうも……だぜ……」

 

 

 帰って来た小鈴の母親に挨拶する。流石に母親の前で小鈴に突っかかることができない魔理沙は勝ち誇った顔をする小鈴を後で締め上げてやると心に決めたのだった。

 

 

 「そうだ小鈴、外へは行かない方がいいわ。お友達もね」

 

 「一体何かあったのお母さん?」

 

 「なんでも辻斬り?が現れたらしいわよ」

 

 

 その言葉に魔理沙達の表情が真剣な物へと変わる。

 

 

 「それは物騒な話ですね……しかし人里で堂々と辻斬りとは……愚かな犯人のようですね」

 

 「咲夜の言う通りだ。しかしこのまま放って被害が出たら大変だ。私がいっちょ懲らしめてやるぜ!」

 

 「なら私も行くわ。慧吾様にもしものことがあればその犯人を……コロス!

 

 

 咲夜の呟きはこの場にいる魔理沙に小鈴も賛成であった。人里で堂々と辻斬り行為を行おうとする犯人などバカだと思った。すぐに取り押さえられてしまうのがオチである。余程頭のおかしい奴がやっているのだろうと思うが、この人里には全員が好意を寄せる異性……慧吾が住んでいる。もし慧吾に辻斬りの刃にかかろうものならば彼女達はその犯人を絶対に許さないだろう。

 

 

 「ちょっと待って、辻斬りは女の子だったって聞いたわよ。それにその女の子が追いかけているのは若い青年だったって」

 

 「ええ!?お母さんそれ本当!?」

 

 「本当よ、小耳に挟んだだけだけど」

 

 「おいおいそいつはどんなにバカな奴なんだぜ!?」

 

 「愚か者を通り越して呆れるわ」

 

 

 小鈴と魔理沙は驚き、咲夜は呆れてしまった。貴重な男を襲うなど考えられず、しかも人里のど真ん中でそれを行うとは……妖怪の賢者(笑)も黙っている案件ではないほどだ。世の中の女性全てを敵に回す行為である。

 

 

 「ともかくそれならばやべぇぞ!早くその男を助けないとな!」

 

 「あら?魔理沙は慧吾様だけを助けるかと思ったのだけど?」

 

 「流石に見てみぬフリできるかって!それに……その男がもしも慧吾だったなら死んでも守りぬくぜ

 

 「ふっ」

 

 「な、なんだよ咲夜?なに笑っているんだよ!」

 

 「これは違うわ。魔理沙の言う通り……私も慧吾様だったらこの命惜しくないわ」

 

 

 いつもは表情が硬い咲夜が笑った。一瞬だったが、それを魔理沙は見逃さなかった。そして咲夜も同じく慧吾に好意を寄せており、自分と同じく彼の為ならば命を張るほどの覚悟を持っていることを見た魔理沙も同じく笑みを浮かべて仲間意識が高まった。

 

 

 「……そうか、咲夜さっさと犯人捕まえようぜ。被害が出る前に私達で解決するんだ」

 

 「ええ、ここは協力しましょう」

 

 「頑張ってくださいね~、私は店番があるから早く事件が解決できることを祈ってますよ」

 

 

 小鈴は元々異変を解決できるほどの力を持っていない為、魔理沙と咲夜に任せて自分はのんびりと店番でもしようとしていた。そうして魔理沙と咲夜の二人が団結して犯人を捕まえようかと店から出て行こうとしたその時に小鈴の母親が何かを思い出した。

 

 

 「そうだ、こんなことも耳に挟んだわ。確か追われている青年は小鈴のお友達の……慧吾君だったって聞いたわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………はっ?」

 

 「………………………………………………ぜっ?」

 

 「………………………………………………えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴奈庵から飛び出す三つの影……その者達はこの世のものとも思えない形相をしていたとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……」

 

 「ため息ついてどうしたのよ?」

 

 「母さん……」

 

 「慧吾君に会えないから?」

 

 「……そう」

 

 

 博麗神社でため息をつくのは霊夢、そしてその隣でお茶をすすっているのは母親の霊香だ。

 霊夢は憂鬱な気分で過ごしている……最近まともに慧吾に甘えることが少なくなり、彼がここにやってくる回数が減り、彼と別れてからコンマ秒単位で再会できる時間を待っているのにそれがどんどん長くなっている。もしかしたら飽きられたのかもと不安に思ってしまう。

 

 

 「母さん……私もしかして慧吾に嫌われちゃったのかな?」

 

 「なんでそうなるのよ?喧嘩なんてしてないんでしょ?」

 

 「喧嘩なんてしたくない……もし喧嘩して慧吾に嫌われて二度と会ってくれなくなったらどうしよう!もし慧吾に嫌いって言われたら!もし慧吾に無視されて構ってくれなくなったら……私が生きる価値なんてこの世にない!そうなったらいっそのこと幻想郷ごと滅んでやる!!!

 

 「お、落ち着きなさい!霊夢は嫌われたりしてないわ。慧吾君は優しいし、霊夢を無視するわけがないわ。きっと彼は忙しいのよ。子供の頃と違い、彼にもやることがあるのだから……ね?」

 

 「母さん……うん」

 

 

 霊香は慧吾のことを凄いと思っていた。母親である霊香でも娘の変化にギョッとすることがあるぐらいだ。時々発病する霊夢の発作を受け入れ、ヤンデ霊夢を手懐けてしまうのだから。

 

 

 「(霊夢には慧吾君が必要……でも彼が霊夢を選ぶかわからない……それに魔理沙ちゃんや小鈴ちゃん、新しくできた友達に月の姫も……誰もが彼を狙っている。彼が誰を選ぶかでその子の一生が決まる。もしそれが原因で異変が起こるのならば私も覚悟しないといけない……か……)」

 

 

 もしも慧吾を奪い合う闘争が幻想郷中に広がってしまった時は霊香も覚悟を決めなくてはならない。しかしたった一人の青年でそんなことが起こってしまったら確実に幻想郷は終わりだろう……そうならないように霊香は密かに神様に願っていたその時だ。二人の目の前に見慣れた空間が広がりそこから一人の女性が現れる。

 

 

 「ジャジャジャジャーン!どこからでも現れる慧吾君の妻のナイスボディの紫ちゃ――」

 

 「死ね!!!」

 

 「ぐぎょばぇ!!?」

 

 

 白玉楼での戦いが嘘のように元通りになっていた紫の顔面を霊夢の鉄拳が襲った。衝撃でスキマから飛び出し地面を跳ね飛ばされて紫は無残にもボロ屑のように転がった。その紫を冷たい視線で見下ろす霊夢の手にはいつの間にか刃物が握りしめられている。

 

 

 「紫……誰が慧吾の妻だって言ったの……私には聞こえなかったわね……きっと幻聴よねさっきのは……ところで紫、さっき言ったこともう一回言ってみなさい……怒らないから

 

 「ちょ、ちょっと霊夢やめましょう!?さっきのは……冗談!ほんの冗談なのよ!!」

 

 「私には妻とか言っていたように聞こえたがな」

 

 「ちょっと霊香!!?」

 

 「ふっふっふっ、紫様はどうあがこうとここで終わりですね♪」

 

 「藍いつの間に!?ちゃっかりと煽ってんじゃないわよ!!」

 

 「煽ってませんよ?見下しているだけですよ?紫様哀れ~www」

 

 「てめぇこの糞狐めがぁあああ!!!」

 

 「紫……藍のことなどどうでもいいのよ……妻ってなに?紫……嘘よね?紫はそんなことを言うわけないものね……ねぇ?

 

 「ひぃいいいいい!?霊夢やめてそれはやめてー!!!」

 

 「フハハハハ!紫様ざまぁwww」

 

 

 後退りしながら迫りくる霊夢を説得する紫にその光景を縁側からお茶をすすって見守る霊香に主を煽り罵る藍がいる博麗神社……日常となった生活はのんびりと時間が過ぎていくはずだった。

 

 

 「大変です紫様!!藍様も大変ですにゃ!!」

 

 

 新たにスキマから現れたのは橙だった。しかしいつもの表情を浮かべておらず、焦った様子で紫と藍に報告しに来た橙の様子に場の緊張が高まった……紫だけは九死に一生を得た気分だったが。

 

 

 「あ、あら……橙どうしたの、もしかして異変かしら?」

 

 「異変ではありませんが大事件です!人里のど真ん中で辻斬りですにゃ!」

 

 「なんですって!?」

 

 「なに……どこのバカなのかしら。巫女である私や霊夢に知られれば妖怪ならば即消滅、人間であっても逮捕間違いなしだというのに」

 

 「全くもって愚か、まるで紫様みたいです……はっ!っと言うことはこの犯人は紫様!?謎は全て解けた!!」

 

 「藍あんた私を犯人にしたいだけでしょうがぁあああ!!!」

 

 「ええ、それがなにか悪いですか哀れな~ゆ・か・り・さ・ま♪」

 

 「コロス!!」

 

 「できないことを……ついには脳内まで不細工が侵食して不細工の塊と化してしまったようですね……まさしくブスの極み!!」

 

 「あんたのその汚れきった臭い全身をひき肉にして鍋に入れて煮た後に野良妖怪の餌にしてやるわよ!!!」

 

 「できるものならばやってみてくださいよ妖怪の賢者(笑)(紫様www)

 

 

 紫と藍の醜い争いに発展し、いつもならばこのまま話が平行線になってしまうのだが橙の一言でそれどころではなくなってしまう。

 

 

 「……あの……紫様、藍様……争っているところ悪いのですけどその犯人が……妖夢さんらしいのですにゃ」

 

 「えっ?………………………………………………ええ!?妖夢が!!?」

 

 

 紫は驚いた。橙の報告によると人里のど真ん中で刀を振り回しているのが友人である幽々子の従者である妖夢なのだから無理もない。しかし何故彼女がそんなことをするのか……紫は心当たりがあった。

 

 

 「もしかして……またあの癖?」

 

 「そうみたいですね……」

 

 「なんだ紫?その妖夢って子の癖がどうかしたのか?」

 

 「母さん、妖夢は単純で物事を真っすぐに捉えて影響を受けやすい。それなのに真面目で融通が利かない奴で頭でわからなければ『取りあえず斬れば分かる』と言って私も襲われたわ。返り討ちにしたけど」

 

 「なんよその子は?物騒な子ね、とりあえずその子が何故人里のど真ん中で辻斬りなんかを?」

 

 「さぁ?あいつの考えは私にもわからないから……被害は?」

 

 「今のところ死傷者は出ていませんが……問題は追われているのが……慧吾お兄さんらしいのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「………………………………………………はっ?」」」」

 

 

 橙の言葉に場は凍りつく。妖夢が人里のど真ん中で辻斬りを行い、そして追われているのが慧吾だと言うのだ。そしてこの場に絶対的零度のオーラを放っている少女が一人……

 

 

 「……ふっ……ふふっ……ふふふっ……うふふふふふふふふふふふふふふっ!!!」

 

 「れ、れいむ……!」

 

 

 不気味に笑うのは霊夢、母親である霊香も今の霊夢を止める術はない。

 

 

 「……母さん……ちょっと行って来るわ……私一人で十分よ……寧ろ紫、藍もついてこないで……いい?

 

 「「は、はい!!」

 

 「じゃ……橙、教えてくれて……ありがとう

 

 「にゃ……にゃあ……!」

 

 

 そのまま博麗神社から飛び立った霊夢の背中には冷酷な殺人鬼の後姿にも見えてしまった。霊夢が遠ざかっていくにつれて凍りついた場に温かさが戻って行く。

 

 

 「……はっ!?こ、こうしちゃいられないわ!慧吾君を助けにいかないと!!」

 

 「紫様、慧吾殿を助けるのは賛成ですが……妖夢の方も助けた方が良いのでは?」

 

 「そ、そうね……藍の言う通りだけど……どうにかできる?」

 

 「いえ……流石にあの霊夢を止めようとは思いません」

 

 「そ、そうよね……とりあえず私達も行きましょう。霊香は……」

 

 「私は……いや、私もついて行こう。霊夢の手が血塗られるのはごめんよ」

 

 「もしもの時は頼むわよ……」

 

 「……嫌な頼み事ね……」

 

 「橙は幽々子にこのことを伝えて来て。一刻も早く!スキマで送るわ」

 

 「は、はいですにゃ!!」

 

 

 死者が出るかもしれない……この場にいる者達がそう思わざる負えないほど感じさせるオーラを身に纏う霊夢が妖夢の元へと辿り着くのも時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、授業はここまでだ。気をつけて帰れよ」

 

 「せんせいさようならー!」

 

 「ああ、さようなら」

 

 

 今日の寺子屋での授業は午前中までだった。慧音は我が家で帰りを待ってくれている慧吾に仕事の疲れを癒される瞬間を楽しみにしていた。

 

 

 「けいねぇえええええええええええええええ!!!」

 

 「おいこら妹紅!いきなり扉を開けて大声をあげるな!ここは寺子屋だぞ!!!」

 

 

 いきなり扉を開け放ち、息を切らした妹紅が切羽詰まった様子で入って来た。

 

 

 「どうした!?なにがあったんだ!?」

 

 「け、けけけけけけけけけけけいねぇねねねねねねねね!!!」

 

 「落ち着け!深呼吸しろ……ゆっくり吸って吐いてを繰り返すんだ」

 

 「す、すぅーはぁ……すぅーはぁ……」

 

 「どうだ落ち着いたか?」

 

 「ああ、ありがとう慧音……じゃねぇ!!大変なんだ!!」

 

 

 ガシッと慧音の肩を掴む妹紅に引いてしまう。なにがここまで妹紅を駆り立てているのか?

 

 

 「慧音……慧音……慧吾がぁ……」

 

 「慧吾が……どうしたんだ?」

 

 「……辻斬りに……襲われている……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………なんだとぉおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 

 寺子屋から飛び出す憎悪の炎を宿した不死鳥と障害物をなぎ倒しながら疾走する闘牛が人里で確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っと言うことが人里で起きているのです!」

 

 「なるほどね……てゐ、輝夜の様子は?」

 

 「大丈夫ウサ、お師匠様の命令で防音対策を姫様の部屋に施しておいたウサよ♪」

 

 「ならば安心ね。それでウドンゲ、このことは輝夜には言ってはダメよ。絶対外へ出るから」

 

 「わ、わかりました……」

 

 

 ここ永遠亭では静かな会議が行われていた。鈴仙が人里から持ち帰った辻斬り騒動……しかもその辻斬りに追われているのが慧吾であるという情報をいち早く知らせる為に急いで帰って来た。その知らせを聞いた永琳はすぐにてゐを呼び、部屋でお昼寝中の輝夜に気づかれずに防音……部屋の隙間全てにテープを貼り付けるという行動&永遠亭中にある毛布やら布やらで僅かにできる隙間もシャットアウトした。会話が聞かれるのを防ぐためであり、もし輝夜が慧吾の元へ走れば被害が増加すると永琳は判断し行動に移した。この数分でこれほど行動に移せるのは流石永琳であろう。

 

 

 「私達は準備するわよ」

 

 「えっ?師匠なんの準備ですか?」

 

 

 鈴仙には永琳の考えがわからなかった。準備と言われても何をするのかさっぱりだ。

 

 

 「人里中で噂になっているなら慧吾君に思いを寄せる連中の耳にも入ってくるでしょ?その連中は犯人……妖夢だったかしら?その子がただですむと思っているのかしら?」

 

 「それは絶対ないね、ボロカスのぐちゃぐちゃにされるウサ」

 

 「てゐの言う通りよ、それで死んでもらったらあまりにも不憫……理由は知らないけど放ってはおけないし、誰が怪我をするのかもわからないわ。私達としては関係ない話、私は医師ではないにせよ何人もの人を見てきたわ。救えた命、救えなかった命が今までに何度もあった。そしてこんな話を聞かされて死なれたら私としては目覚めが悪いのよ。っと言う訳よウドンゲ、あなたは私が作る薬を持って慧吾君に会いに行きなさい。その妖夢って子にも薬が必要になるはずだから」

 

 「は、はい!」

 

 「それじゃ私は準備するから、てゐは輝夜が起きて来ないか見張っていて」

 

 「ガッテン!」

 

 

 永琳の素早い行動で幻想郷が地獄絵図になるのを未然に防いだこの功績はノーベル平和賞を受賞してもいいことだろう。

 

 

 「(まったく……慧吾君も災難ね……先が思いやられるわ)」

 

 

 幻想郷の未来に不安を覚える永琳は薬を作るために部屋を後にした。

 

 

 一つの行動で大事となるこの事件……結末はどうなるのか?

 

 



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繋がる糸

前回は辻斬り騒動が明るみになったところですね。はてさて辻斬り少女から無事に主人公は逃げられたのでしょうか……?


それでは……


本編どうぞ!




 「むぐむぐむぐ……」

 

 

 テーブルの上に山盛りのお饅頭が次々と消えていく。一つ、また一つと一人の女性の口に吸い込まれていく。食すスピードは一向に変わらず一定間隔をキープしており衰えることはない……そして山盛りだったお饅頭がいつの間にか残り数個にまで減っていたが、女性は腹いっぱいになるどころか余計にお腹が空いていた。

 

 

 「もう終わりなのね……悲しいわ。とても……悲しい……あなた達ともうすぐお別れしなくちゃいけないなんて……」

 

 

 名残惜しそうにお饅頭に語り掛ける女性は白玉楼の亡霊……西行寺幽々子だ。彼女は食べることに幸福を覚え人一倍……いや、何倍もの量を食す。食べることが好きなのだから仕方ないことなのだが、一般家庭ならば彼女の為に払う食費で全ての財産を消費してしまうほどだ。そんな彼女は残り最後のお饅頭へと手を伸ばして口に運び味を堪能する。

 

 

 「むぐむぐ……ぷはぁ!とっても美味しかったわよあなた達♪でもまだお腹がいっぱいになってないわ……妖夢に頼んで何か作ってもらいましょうか」

 

 

 これだけ食べても腹が満腹にならないとは恐るべし。満腹にならないので幽々子は白玉楼に住むもう一人の家族にご飯の用意をしてもらおうと名を呼ぼうとした時にふっと思い出した。

 

 

 「妖夢は出かけていたわね……それにしても遅いわね。いつまでかかっているのかしら?」

 

 

 一向に帰って来ない魂魄妖夢のことが気になり始めた。彼女がいないと晩御飯が食べれない……それだけは避けねばならない。迎えに行こうかと重たい腰を浮かそうとした時に見覚えのある光景が映し出される。

 

 

 「紫のスキマ……また愚痴でも言いに来たの?」

 

 「――ッお邪魔しますにゃ!」

 

 「あら橙ちゃん?紫は?それに……そんなに急いでどうしたのよ?」

 

 

 スキマから姿を現したのは橙であり、幽々子は紫の姿を探すが現れない……それどころか橙の様子がおかしいと気がついた。慌てている様子で何事かと思わせる。

 

 

 「た、たいへんなんですにゃ!」

 

 「わかったから一旦落ち着きましょう?深呼吸よ、吸って吐いて……」

 

 「すぅーはぁー……ごめんなさい落ち着きました」

 

 「よかったわ、それで何が大変なの?」

 

 「それは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妖夢が……ごにょごにょ……」

 

 「な、なな……ななな………………………………………………ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なにをやっているのよ!!?ようむぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!

 

 

 冥界を震えさせる程の叫びが木霊した。

 

 

 ------------------

 

 

 「ぜはぁ……はぁ……はぁ……く、くそ……なんて……なんてしつこい少女なんだ!?」

 

 

 人里で一人の少女に曲がり角でぶつかってしまいその子とは初めて出会った。それが俺の不運の始まりだった……

 

 

 少女と別れて俺は買い物を済ませて帰ろうかとした時に出会ってしまった。出会った途端に俺が手にしていた買い物袋が切り裂かれた時は訳が分からなかった。だが命の危機であることは理解できた……「とりあえず私に斬られてください!!」なんて大胆な告白(死刑宣告)を言われたのだからな。そして俺はその頭が逝っちゃった少女に追いかけられることになるのだが……

 

 

 「待ってください!何故逃げるのですか!?」

 

 「逃げるに決まっているだろうがぁ!!!」

 

 

 未だに追いかけられている。人気のない裏通りに逃げて極力人に出会わないようにした。そうしないと周りに危害が及ぶ可能性があったからな。そうして逃げている内にいつの間にか人里から抜け出て今は森の中……刃を光らせ俺の命を奪おうとしてくる少女と追いかけっこ中……なんだよこの状況は!!?

 

 

 幻想郷で最も湿度が高く、人間が足を踏み入れる事が少ない原生林……『魔法の森』と言う場所だ。慧吾は少女に逃げる最中知らずにここへと迷い込んでいた。

 

 

 「首を!あなたのその首を斬るだけですので苦しめる気はありません!だから安心して私に斬られてください!!」

 

 「安心できねえわ!死ぬわ!!」

 

 「――斬ッ!」

 

 「あっぶね!!?」

 

 

 少女の斬撃を紙一重で避けて冷や汗が止まらない。慧吾はここが『魔法の森』であることを気づいており、別の意味でも冷や汗が止まらなくなっているのだ。

 人間の里からの道のりは比較的マシな部類だが、森の中は人間にとっては最悪の環境であることを知っている。この世界を知るために勉強した甲斐があり、ここのことも知識として頭の中に入っていた。ここは化け茸の胞子が宙を舞い、長時間普通の人間がその胞子を吸い込んでしまうと体調を壊してしまう。一般的な妖怪にとっても居心地の悪い場所であり、妖怪も余り足を踏み入れない程だ。地面まで日光が殆ど届かず、暗くじめじめしているし、そのせいで茸が際限なく育つのでただの人間である慧吾がこの森に入ったのは間違いだった。しかし逃げるのに夢中で気づいた時には既に森の中……このままここに居れば体の自由が奪われてしまい背後に迫っている少女の刀の餌食にされるだろう。

 

 

 絶望の未来が待っていた。それだけは何としても避けたいが逃げるだけで精一杯の彼にはどうすることもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぅ……もう……体力も……限界だ……はぁ……」

 

 

 足取りもおぼつかず、もはや体全体に力が入らなくなってきた。走ることもままならない体が悲鳴をあげており遂には木に背を預けて腰を下ろしてしまう。自分の意思で行動したわけではない……もう体が意志とは関係なしに休息を求めている程に限界だったのだ。その状況に更なる追い打ちをかけられることになる。

 

 

 「見つけましたよ!」

 

 

 あの後再び撒いたはずの少女に見つかってしまった。状況が悪い方向へと戻ってしまい慧吾の体力はそこを尽きている……体はもはや言うことを聞かず腰を浮かせることができない。そんな慧吾を見つけた少女は好機とばかりに向かって来る。

 

 

 もう……これまでかよ……御袋、妹紅さん……親不孝な息子で……ごめんっ!

 

 

 慧吾は諦めるしかなかった。この状況を打破することのできる程の特別な人間ではないのだ。現実は非情であることを示しているかのように命を狩り取ろうとする少女が走り迫って来る。刀を振りかぶり距離が近づくにつれその姿を目にして己の最期を悟る。

 

 

 「ご覚悟を――おぉ!?」

 

 

 だが運命は慧吾に味方をしたのか、少女は泥濘(ぬかるみ)に足を取られてしまう。そしてそのまま足を滑らせ……

 

 

 「みょん!?」

 

 

 間抜けな声を出して近くの大岩に頭をぶつけて気を失ってしまう。これには慧吾も唖然としてしまうが、命が助かったことには変わりはない。

 

 

 「……よ、よかった……助かったんだよな?危うく本当に死ぬところだった……」

 

 

 九死に一生を得た慧吾だったがこれ以上動けない。少女が起きるか彼が動けるようになるのかによって結果は決まる……はたして運命はどちらを選ぶのか?

 

 

 ------------------

 

 

 「ふ~ふん~ふ~ふん~♪」

 

 「シャンハーイ!」

 

 「あら?ありがとう上海」

 

 

 小さなお人形から紅茶が入ったカップを受け取る金髪少女。その少女は鼻歌を歌いながら楽しいクッキー作りに精を出していた。

 

 

 アリス・マーガトロイド……それが少女の名前だった。容姿は金髪で、一見すると人形のような姿をしているがそんな容姿がこの世界の男達にいい印象を持たれることはない。アリスもまた不細工の運命に準ずるしかない少女であった。そんなアリスはここ『魔法の森』の内部に佇む一軒家に住んでいる。彼女は魔法使いであり、人形師である。その傍にいるのは小さなお人形……名前は上海と言う。他にも人形がこの家の所々に飾られており彼女が人形好きであることが窺える。そんな彼女は今日クッキーを作って食べようとしていた。

 

 

 「これをオーブンに入れて……後は待つだけね」

 

 「シャンハーイ!」

 

 

 クッキーが焼き上がるのを楽しみにしている上海の姿に笑みがこぼれる。焼き上がるまで時間があるので用意した紅茶を先に堪能しようかと椅子に座ろうとした時だった。

 

 

 ダンッ!

 

 

 扉の方から音がした。鈍い音が聞こえた。

 

 

 あら?なにかしら……妖精の悪戯でボールでもぶつけられた?でも外からはそんな気配はないし……なんなのかしら?

 

 

 アリスは音の正体が気になり、扉の傍にある窓からこっそりと外の様子を窺うとそこには男性が一人の少女を背負っていた。その背負われた少女にアリスは見覚えがある。

 

 

 う、うそ!?あ、あれって……妖夢!?どうしたのかしら……動いている様子はない。それにあの青年は一体誰なのよ!?なんでこんなところに……!!?

 

 

 

 いきなりの見ず知らずの訪問者、そしてその見ず知らずの訪問者は男性と言う驚愕の出来事だった。

 当然のことだが、ここは『魔法の森』なのだ。好き好んでこの場所に来るのは相当のバカか用事がある者だけだろう。後者ではあるはずなのだが、男性がこの場所に来るなどあり得ないことだった。この辺りには少なからず妖怪や悪戯好きな妖精が住んでいる。もしも見つかれば良くて悪戯され、最悪の場合は()()を奪われるという一生のトラウマを植え付けられるだろう。おそらく身なりから人里の人間だと思われるが、そもそも人里から危険を冒してまでここへ来る用があるのだろうか?しかもここはアリスの家である。住んでいるのは不細工の住人に可愛くない人形だらけの家に一体誰が来たがるのだろうか?だが現実に玄関前にいる……アリスはどう対処しようかとオロオロしていると上海が扉に手をかけているのを目撃した。

 

 

 「上海!!?」

 

 

 慌てて上海を抱くが時すでに遅く勝手に扉が開いてしまった。そこには汗だくの青年とぐったりとしている妖夢の姿……見れば気を失っていた。

 

 

 「え……えっと……その……」

 

 

 アリスは口をパクパクさせる。子供相手ならまだしも青年ほどの歳の男性を相手にしてまともに会話したことなどない。一応魔理沙の知り合いに変わった道具を扱う亭主とは話したことはあるがその程度だ。しかも目の前の青年は顔も整っており、汗から漂うフェロモンにアリスの脳が刺激され今にも野獣へと変貌しそうだ。

 

 

 汗の……香り……だ、だめよ!男性に対して女性は優しくしてあげないといけないのに体がムズムズして……お、おちついて私の体よ!襲ってしまったら今までの人生を棒に振ることに……!

 

 

 ガクガクと足が震えるが恐怖ではない……理性が脳を正常に保とうと一生懸命に訴える……が、野生の本能が子孫を産めよ増やせよと体を欲情させてくる。僅かながらの理性と快楽を求めようとする野生がアリスの中でぐちゃぐちゃに入り混じり天秤のように左右に揺れ動く。次第に体が我慢できなくなり血走った目がそこにあった。

 

 

 も、もう……むりぃいい!!!

 

 

 理性が敗北した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かに思えた時だ。

 

 

 ドサッ!と目の前で音がした。野生に支配され女としての性的欲求が雄たけびを上げようとしたが、そうはならなかった。

 

 

 ………………………………………………えっ?

 

 

 気分が高揚してしまい興奮状態にあったアリスの肉体は停止した。青年が床でうつ伏せ……正確には倒れ伏したと言った方がいいだろう。突如として妖夢を背負った青年が倒れたことに脳が刺激され、アリスは自分自身の行動に冷静さを取り戻していた。

 

 

 わ、わたし……危うく道を踏み外すところだったわ……

 

 

 間一髪のところで野生に理性が打ち勝ちアリスは自分自身の威厳を守ることに成功する。しかし新たなる問題へと直面することになった。

 

 

 「ちょ、ちょっと大丈夫!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シャンハーイ」

 

 「ありがとうね上海」

 

 「シャンハーイ!」

 

 

 青年と妖夢を一緒に寝かせるわけにはいかないので、青年はベットに、妖夢はソファへと寝かせることにした。レディファーストならぬボーイファーストだ。自分のベットに青年を寝かせて自分のにおいを嗅いでもらおうとか青年の汗をベットに沁み込ませて後で堪能しようとか不埒な考えはアリスには無かった。他の連中ならばそんな考えはあっただろうが、純粋に力無く倒れた青年を心配しての行動であり、水に濡らしたタオルをそれぞれに優しく額に乗せてあげた。とりあえずアリスは安堵のため息をつく。

 

 

 ふぅ……危うく大罪人になるところだったわ。でも仕方ないじゃない!あんな香りを漂わせて玄関の前にイケメンがいたら心臓に悪いに決まっているわよ……言い訳に聞こえるかもしれないけれど、私は彼を襲うつもりはなかったのよ。本当よ?ただ野生の本能には逆らえないってことね……でも彼が気を失ってくれたおかげで理性が戻ってよかったわ。あのまま襲っていたら今頃豚箱の中で、みんなからボロクソに言われ冷たい視線の中で一生を過ごすことになっていたはず……ほ、ほんとうに助かった。

 

 

 アリスは隣で何も知らない無垢なる上海に内心鼓動がバクバクの姿を見せないように平静を装っていた。

 

 

 それにしても何故見ず知らずの彼は妖夢を背負っていたのかしら?まさか妖夢と彼が逢引……なんてことはあり得ないわね。妖夢にそんなお(つむ)があるとは思えない……っとなると妖夢の悪い癖に巻き込まれた可能性があるわね。何故そう思うのかですって?他の理由があるかもしれないのは確かだけど、可愛くない少女の妖夢を彼がもし助けてしまい、惚れられて付きまとわれることになったら男性としては堪ったものではないそうよ。いつ襲われるか夜も眠れなくなって最悪の場合は恐怖に耐えかねて自ら命を絶ってしまうこともあるそうなの。だから男性である彼が妖夢を助けるなんて考えられないのよ。もしかしたら血縁関係……っなわけないわね。妖夢に兄弟がいるだなんて聞いたことないし、どちらにせよ気になるわね。

 

 

 今ぐっすりと眠っている青年の寝顔を覗き込む……これほど近くで男性を生で見れることができるとは思っていなかったアリス。彼女はよく人里で上海達と人形劇を披露しているので美醜概念がまだハッキリとしない子供たちからは人気者である。大人からも人形劇と言う物珍しさからか容姿を気にしなければ、彼女は慧音と同じく人里に馴染めているだろうが、それでも男性と付き合ったことすら皆無。そんな彼女の目の前には顔立ちがいいイケメン男子が無防備な姿を晒して眠っているのだ。普通ならば即気分はエクスタシーな事案が発生し、目覚めたら既成事実が作り上げられてしまっていたりするのだが、幸いにもアリスであったことが彼にとって幸運だった。

 

 

 目覚めたら色々とお話しないと……で、でもこんな私とお話してくれるのかしら?襲われたと勘違いされて悲鳴を上げられたりなんかしたらショックで立ち直れそうにないわ……不安しかないわね……

 

 

 青年が目覚めた後のことをあれこれ考えているとソファに横になっている妖夢に変化が起きた。

 

 

 「ん……ううん……」

 

 「――ッ!シャン、シャンハーイ!」

 

 

 どうやら妖夢が目を覚ましたようだ。

 

 

 「……ここは?」

 

 「気がついたのね妖夢」

 

 「アリスさん?どうしてここに?」

 

 「ここに居て当然よ、私の家だもの」

 

 

 妖夢はまだボウッとする頭で辺りを見回すと確かに見たことのある家だった。自分がソファで寝かされていたことも理解すると同時に視界にベットで眠っている青年を発見する。

 

 

 「――ッ!あの人!!」

 

 「大丈夫よ、眠っているだけだから。それで妖夢に聞きたいことがあって……って何をしているのよ!?」

 

 

 傍に置いておいた刀を手に取ると鞘から引き抜いてそのまま青年へと振りかざそうとする恐慌をアリスは阻止する。

 

 

 「アリスさん離してください!私はこの人を斬らなければならないのです!」

 

 「落ち着きなさい妖夢!それともこの人はあなたに恨みを買う事をしたの?」

 

 「いえ、初対面です」

 

 「やっぱりあなたの悪い癖に巻き込まれたのね彼は!とりあえず落ち着きなさいって!!」

 

 「ダメですアリスさん!一刻も早くこの人を斬らなければ私のこの気持ちが理解できないのです!!」

 

 「理解できないのはあなたの頭の中の方よ!!」

 

 「シャ、シャンハーイ!!?」

 

 

 しばらくアリスと上海が暴れる妖夢を取り押さえる攻防戦が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なるほど、やっぱり妖夢あなたのお(つむ)は空っぽね」

 

 「どうしてですかアリスさん!?」

 

 

 妖夢から事情を聴いた私は……頭が痛くなった。聴くところによると……

 買い物を済ませて帰る途中に曲がり角でぶつかった彼は嫌がる素振りも見せずに妖夢とほんの少しだけ会話したそうで、妖夢はその場を離れたのはいいものの、変な感情に襲われて()()()()()()()()()()()()()()。そしてこの感情が何なのかを知るために斬ることにして今に至る……ちょっと私でも理解できないわ。妖夢のお爺さんは行方不明のはずなのだけれど?それに『斬れば分かる』と妖夢は教えに従っているようだけど絶対違うわよねそれ?お爺さんのお言葉をそのまま真に受けて実行している妖夢はどうかと思っていたけど、この悪い癖がこんなことを引き起こす原因になるだなんて……

 

 

 ため息が出る。完全に妖夢は加害者で青年が被害者であることを理解した。そして自分の抱いた感情がわからない……ならば祖父の教えに従い斬ろう!っと言ったところだ。迷惑過ぎる話である。

 

 

 「アリスさんならわかってくれますよね?」

 

 「何故私ならわかると思ったのよ……それに人里で堂々と彼を斬ろうなんて何を考えているのよ?」

 

 「ですがこのフワフワした感情を放って置いたら私がおかしくなってしまうかもしれないのです。だからこの気持ちを知る為にも斬らなければいけないのです!!」

 

 「もう既にあなたはおかしいわよ」

 

 「シャンハーイ!!」

 

 

 上海も私と同意見の様ね。今の妖夢はいつも以上に厄介だわ……目を離せば彼を本当に斬ってしまうわね。監視しておかないと……それにしても命を狙われているのにどうして妖夢をここまで運んで来たのかしら?

 

 

 アリスは妖夢の話を聞いて疑問に思った。青年は妖夢に命を狙われており、魔法の森の一部には化け茸が生えており、その化け茸の胞子が宙を舞っている。長時間普通の人間が胞子を吸い込んでしまうと体調を壊してしまうのだが、現に青年は妖夢から逃げるのに体力を使い果たし、更に胞子が体を蝕んでいた。アリスの魔法で何とかなったものの、命を狙って来た相手を助けることをするだろうか?青年の行動がわからないのだ。

 

 

 気になることばかりね……それに妖夢が人里で彼を斬ろうとしたことは周りが見ているはず……男性を白昼堂々と襲ったことは問題になって大事になるわね。霊夢や魔理沙が動くことになるかもね……早く目覚めてくれないかしら?

 

 

 アリスはこの後に待っているだろう問題に頭を悩ませながら、不幸にも巻き込まれた青年を哀れに思うのであった。

 

 



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包囲網

あべこべ小説が増えていくのは感無量の喜びである。あべこべの良さを知らしめることを強いられているんだ!!


それでは……


本編どうぞ!


 「えぇえええええええええええええええええええええええ!!?

 

 「ちょっとうるさい!」

 

 「シャ、シャンハーイ!」

 

 「す、すみませんでした……」

 

 

 大声を上げたのは妖夢だ。アリスと上海に怒られてシュンとしているが何があったのかと言うと……

 

 

 アリスの想像であるが、妖夢が人里で起こした辻斬り騒動これによっておそらくだが霊夢や魔理沙が動いていること、それに男性を狙った白昼堂々と騒動を起こしたことによって主である幽々子に迷惑がかかることなど普通に考えればすぐわかることを伝えただけだが、妖夢はそのことを考えてもいなかった……いや、考えられなかった。自分でもよくわからない感情に踊らされ祖父の教えに従い、突き進んだ結果であった。アリスの想像だがおそらく正解だろう……その結果に驚愕を悲鳴を上げたのであった。

 

 

 「ど、どうすればいいのでしょうかアリスさん!?」

 

 「私に聞かれてもあなたが勝手にやってしまったことでしょ?」

 

 「そ、それはそうですけど……私はこのフワフワしたよくわからない感情の正体を知りたかったのです!」

 

 「わからないから相手を斬ろうとするあなたの頭の中を知りたいわよ……」

 

 

 後先を考えずに行動した結果がこれとは……アリスから疲れが混じるため息が出る。

 

 

 「とりあえず彼が誰なのかわからないから私は一度人里へ出向くわ。それにあなたが起こした騒動で人里がどうなっているかも見に行かないといけないから。ここで大人しくしていなさい」

 

 「あっ、はい……お願いします」

 

 「彼を襲ったらダメだからね」

 

 「……先っぽだけ斬るのはいけませんか?」

 

 「怒るわよ妖夢」

 

 「……すみません……」

 

 「はぁ……上海、妖夢を監視しておいてね」

 

 「シャンハーイ!」

 

 

 念入りに妖夢に注意を促し、もし誰かが訪れても隠れておくように釘を刺しておいた。上海が居るにしても妖夢を家に残して置くことに不安は消えないが、人里の様子も気になる……嫌な予感がするのだ。

 

 

 アリスの予感が的中しているとわかるのは人里へ出向いてからだ……

 

 

 ------------------

 

 

 「な、なによ……これが……人里……なの……?!」

 

 

 はた迷惑な妖夢の辻斬り騒動に巻き込まれてしまったアリスは人里へとやってきた……はずだった。今の時間帯ならば人々が買い物や談笑を楽しんで子供達が遊びまわっているはずなのにその様子は全くない。自分の醜い容姿を陰でコソコソと嘲笑う声が聞こえて来てほしいと普段のアリスならば思うことはないことを思った程に……誰もいないのだ。人っ子一人姿が見えず、辺りは無音に支配されていた。アリスの錯覚か、太陽がまだ昇っているのに彼女の視界には人里全体に影が差し込んでいるように見えていた。

 

 

 ……一体なにがあったの?誰もいないだなんて……まるでゴーストタウンみたい……

 

 

 ゴーストタウンとは住民に見捨てられ廃墟またはそれに近い状態となった町のことを示す。ここでは里だがそれと同じ雰囲気を感じさせていた。見慣れているはずの人里のはずなのに今はとても不気味だ。

 

 

 「と、とりあえず誰でもいいから見つけないと……それにしても明るいのに不気味ね……」

 

 

 人里へと足を踏み入れる。アリスの足音が辺りに響くだけ……自然と周りに注意を向けてしまい、いつもは安全な人里のはずが警戒心を抱いてしまう。

 しばらく人里を歩いたが一つわかったことがある。ゴーストタウンのように住民が人里から離れた訳ではなく、みんな家の中へと隠れて身を潜めているようだ。家の中から気配を感じられ、住民がいなくなってはいないことが一先ず安心した。だが何がこの状況を作り出したのか?

 

 

 妖夢がここで辻斬り騒動を起こしたことで自身の危険にみんな怯えているとか?でも何かがおかしいわね……私の予感が告げている。もっと何か妖夢よりも恐ろしいことがあるんじゃないか。それにみんな怯えている……そんな気がするわ。

 

 

 アリスが人里のど真ん中で考え事をしていた時だった。

 

 

 ――ッ!?何かがこちらに向かって来ている!?

 

 

 気配を感じた方向へと視線を向けた……そこには見知った顔があった。

 

 

 「……慧音と妹紅?」

 

 

 こちらにゆっくりと近づいて来る俯いた慧音と妹紅の姿があった。しかし様子が変だ……妹紅の背後にはゆらゆらと燃える炎が見え隠れしており、慧音に至っては満月の夜でもないのにハクタク化しており、半妖である彼女の頭には二本の角が生えていた。二人がアリスに徐々に近づくにつれ警戒心が跳ね上がる……明らかに状況的に異常で様子がおかしいかったからだ。しかしそれだけではなかった……更なる気配がアリスの背後から近づいて来る。ハッとして恐る恐る背後を確認するとそこには……!

 

 

 魔理沙!?それに咲夜と小鈴?慧音や妹紅と同じく様子がおかしいわね……一体どうなっているの!?

 

 

 友人の魔理沙だけでなくそこには紅魔館のメイドである咲夜と鈴奈庵の娘の小鈴が近づいてきていた。慧音や妹紅と同じく俯いた状態でゆっくりとアリスを目指してくる……前方と後方から自分の元へと近づく怪しい友人たちに危機感を覚える。危機感を覚えた頭脳がここから逃げだしたいと思ったが足が言うことを聞いてくれなかった。

 

 

 なんなの……このプレッシャーは!?それにどうして足が動かな……えっ?

 

 

 アリスはその時気づく……この不気味な状況に怖気づいて体が動かなくなった訳ではなかった。足にお札がいつの間にか貼り付けられており、そのお札の効力で動きを封じられていたのだと。そしてそのお札は何度も見たことがあった……

 

 

 これは……霊夢のお札!!?

 

 

 霊夢の使うお札であったのだ。そして気づいてしまった……自分の足に視線を向けていたアリスはすぐ隣に誰かいることに……それもいつの間にか気づかぬ内にである。つい先ほどまでいなかったはずの紅白色の服が視界へと入る。それが巫女装束であることを頭で理解し、それを着ている人物が隣に居ることを理解した。だが同時に血の気が引く……とても冷たく体中に流れる血をことごとく凍らせるような視線がその人物から発せられており、自分を見ていることも理解してしまう。

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………ねぇ………………アリス………………

 

 

 耳元で囁かれた声は重く低く、聞いた者の魂を奪い取ってしまいそうな冷たい声が自分の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……な……なに……かしら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………霊夢っ!?」

 

 

 感情の無い瞳を向ける霊夢がアリスを見つめていた……その瞳を見てしまったアリスは自分の予感が的中したことを改めて理解すると同時にこの状況を作り出していたのはここに居る霊夢を含むメンバーのせいであるとわかってしまった。目の前の巫女が見た者の心を恐怖に染め上げ、その声は冷たく魂を狩り取ってしまう死神に見えた。そして自分が霊夢達に囲まれているこの状況がどんなに危険な状況であるかも瞬時に理解してしまった。

 

 

 これ……ほ、ほんとうに……霊夢なの……?!別人なんじゃ……けど何故か霊夢本人だと理解してしまう!ここにいる全員は本物だとわかってしまう!だからこそなんでみんな……こんなに恐ろしいのよ!!?

 

 

 どうして霊夢達が恐ろしい雰囲気を漂わせているのかまではわからない。だから余計にアリスは恐怖を感じてしまう。

 

 

 「……よぉ……アリス……ここに何の用だよ……?」

 

 

 俯いていた魔理沙が顔を上げるとアリスはギョッとした。瞳に涙を浮かべて今にも泣きだしてしまいそうな震える声の友人の顔があったからだ。

 

 

 「魔理沙!?ど、どうしたの……?みんなも……ちょっと様子が……お、おかしいわよ?」

 

 「……ねぇアリス……妖夢は……見てない……?

 

 

 霊夢の言葉によって妖夢の辻斬り騒動が彼女達をこんなにしたのだ……しかし辻斬り騒動で彼女達がこんな状態に追い込まれてしまうものなのか?だがアリスの賢い脳が思い出していた。魔理沙がアリスの家に遊びに来た時のことである……

 

 

 魔理沙には好きな異性がいるようだった。本人は隠しているようだが、アリスからはバレバレであった。不細工として生まれたアリスは「恋するのは勝手だけど、恋が叶うのは絶望的ね」と同じく醜い容姿の友人を見つめ、心の底でそんなことを思いながら恋話(こいばな)に嫉妬しつつ羨ましく思った。そんな何気ない日常の一部を思い出したのであった。そこで出て来た異性がもしもあの青年であったとしたならば辻褄が合う。魔理沙いわく、その異性はあの霊夢とその他の幻想郷の少女達が夢中なのだとか……その話を思い出し、妖夢と静かな人里と名も知らぬ青年と霊夢達の状態……バラバラだった全てのピースがアリスの中で当てはまった。

 

 

 彼は魔理沙が言っていた異性の人であったならば……この状況を説明できる!どういう関係かまではわからないけれど好意を寄せる相手に危機が迫っているとしたら……私だってジッとしていられない。妖夢ったらとんでもないことをしてくれたわね!!

 

 

 アリスはこの状況を作り出す原因となった妖夢を恨んだ。何故自分がこんな恐ろしい体験をしなければいけないのか……そんなアリスの心情など知らない霊夢達は妖夢の居場所を聞き出そうとする。

 

 

 「アリス、慧吾様のことを見ていないの?知っているならば早く言って……さもないと!」

 

 

 片手にナイフを握りしめ瞳から血涙を流す咲夜……

 

 

 「その辻斬り野郎をとっとと出しやがれ!そんでそいつの股を真っ二つにしてヒィヒィ(怖い意味で)言わせてやるからよぉおおお!!」

 

 

 青筋だらけの顔で充血した瞳で眼を飛ばしてくる小鈴……

 

 

 「慧吾は……不死身(化け物)の私でも親だと言ってくれたんだ……慧吾を失ったら私は……わたし……わた……しぃ……!!!」

 

 

 涙と鼻水を流して顔をぐしゃぐしゃにする妹紅……

 

 

 「頼む!私の大切な息子を奪わないでくれぇ!!代わりに私の命を差し出すからぁああ!!!」

 

 

 肩を揺すって必死の形相で懇願する慧音……

 

 

 「アリス……友達だろ?妖夢の奴がどこに行ったか教えてくれよぉ……!」

 

 

 弱々しく簡単に壊れてしまいそうな姿を見せる魔理沙……

 

 

 「妖夢はどこなの?少し妖夢に用があるだけだから……そうだわ、半分死んでいるんだからもう半分死んでも問題ないわよねぇ……それでねアリス……妖夢はどこなのよ?ねぇったら……どこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこ私の慧吾を襲ったあいつはコロスどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこ早く言いなさいどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこ妖夢を知らないかしらアリス……嘘をついたらどうなるかわかるわよねぇ?

 

 

 血の通っていない光を失った虚ろな瞳を向けて呪詛を吐き続ける霊夢……

 

 

 「………………………………………………」

 

 

 人里を恐怖で包み込んだ者達に囲まれて逃げ出すこともできない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ど、どうすればいいのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?

 

 

 アリスはこの状況をどう切り抜けるのであろうか……神にだってこればかりはわからない……

 

 

 ------------------

 

 

 「………………………………………………」

 

 「シャ、シャンハーイ?」

 

 「………………………………………………」

 

 「シャンハイ?」

 

 「………………………………………………」

 

 「……シャンハイ!!」

 

 「えぅ!?な、なにか?」

 

 「シャン、シャシャン、シャンハーイ!!」

 

 

 妖夢はアリスが出て行ってからボウッとベットで寝ている青年を見つめていた。アリスに注意され刀を握りしめる腕が疼いて我慢するしかなかったが、青年を見つめていると何故か次第に疼いていた腕が静まっていった。理由はわからない……先ほどまでに斬らないといけないと思っていた気持ちがどこかに飛んでいたようなのだ。しばらくボケっとしていたら隣にいた上海に呼びかけられて現実へと引き戻されていた。

 

 

 「シャンハイ!シャンハイハイ!!」

 

 「心配してくれているの?ありがとうね」

 

 「シャンハーイ♪」

 

 

 アリスの人形である上海が妖夢に何かを言っているようだ。おそらくだが妖夢がボケっとしていることに心配しているようである。人形の言葉はわからないが、仕草と表情を見ていれば自分を心配してくれていることぐらいは予想できた。上海にお礼のつもりで頭を撫でてあげると照れているようであった。

 

 

 顔は可愛くない人形だけど仕草は可愛らしいですね。私も可愛ければ男性とお話でもできたのに……そう言えばこの人は私とぶつかっても嫌な顔一つせずに饅頭を拾おうとしてくれて……

 

 

 青年へと視線を向ける。スヤスヤと夢の中に旅立っている青年の寝顔を堪能できる妖夢は幸せ者だ。

 

 

 「………………………………………………」

 

 

 何故この青年は不細工であるはずの自分と面と向かって言葉を交わしてくれたのだろうか?疑問が浮かぶと同時にあの時の言葉が妖夢の脳内に蘇る。

 

 

 『「悪い!大丈夫か!?」』

 

 『「俺もボケっとしていて……本当に悪かった。拾うの手伝うよ」』

 

 『「いいさ、俺の不注意でもあるんだ。それに女の子にぶつかっておいてその場を離れるなんてことはできないからさ」』

 

 『「俺は女性ではないぞ?それよりもこの饅頭拾おうぜ」』

 

 『「こんな量一人で……傍にいるのはなんだ?まぁいいや、大丈夫なのか?」』

 

 

 人里でぶつかっても罵倒も舌打ちもされずに青年は優しい言葉をかけてくれた。それに一緒に饅頭を拾おうともしてくれた。妖夢は男性を信用してはいなかったし、不細工には当然男性なんて優しくしてくれないものとばかり思っていたのだ。しかし青年は違った。

 

 

 どうして私なんかに優しい声をかけてくれた?嫌な顔一つせずに別れ際まで心配してくれたのですか?私はあなたを見ていると斬りたくなってしまう……いえ、正確にはこのフワフワする気持ちを知りたいが為に斬りたくなる……おじいちゃんが言っていた『斬ればわかる』教えの通りにあなたを斬ればわかるはずなのです!

 

 

 妖夢の心は教えに従い上海にも認識できない程の早い動作で青年を斬る意思を表した時だった。

 

 

 「……うぅ……ん……?」

 

 「――ッ!?」

 

 

 妖夢の動作が急に止まる。青年が目を覚ましたからだ。まだ目覚めたばかりで意識が朦朧としているようだが心配はなさそうだ。

 

 

 「シャンハーイ!」

 

 「んぁ……人形?ここは…………………………あっ」

 

 

 青年と妖夢の目があった。刀を鞘から抜こうとしている状態で固まっている妖夢とだ……青年の意識が鮮明になっていくのを見ていてわかる。明らかに命の危機を実感しているようで顔が真っ青になっていた。その様子を傍で見ていた上海も青年を庇うように前に立ち塞がる。

 

 

 「お、おち……落ち着こうな?こ、ここは他人様の家(多分)だろうから無益な殺生はしちゃいけねぇと思うんだ……」

 

 「シャンハーイ!!」

 

 

 青年の説得と上海による健気にも守ろうとする姿勢……普段の妖夢ならば構わずぶった斬っていた。普段の妖夢ならば……

 

 

 「……わかりました。私もあなたとお話したいと思いましたから()()まだ斬らないでおきます」

 

 

 不吉な一言が含まれていたようだが、()()安全のようだ。一応の安全に青年は安堵のため息が出た。すると初めに会話を繰り出したのは妖夢の方からだった。

 

 

 「いきなりですが質問していいですか?」

 

 「あ、ああ……なんだ?」

 

 

 ……これだけは聞いておかないといけないことがある……

 

 

 妖夢には青年に聞いておきたいことがあったのだ。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……どうして……私をここまで運んでくれたのですか?」

 

 

 純粋な質問を青年に投げかけたのだった。

 

 

 ------------------

 

 

 魔法の森で気を失った妖夢を背負ってここまで連れてきたのは青年だった。アリスからそのことを聞かされた妖夢は心の隅で違和感が拭えなかった。斬りたいと思う気持ちとその疑問を聞き出したい気持ちがあった。運よく青年がすぐに目を覚まし、刀を振るえなかったことで疑問を聞き出すには丁度いいと考えたのだ。もしも青年が少しでも目を覚ますのが遅れていたらどうなっていたかは……知らない方がよさそうだ。

 

 

 「運んでくれたのですか?ってか……まぁ正直に言えば初めはどうしようか迷ったさ。こっちは名も知らない少女に命を奪われそうになったんだからな」

 

 「それはすみませんでした……私は魂魄妖夢と申します。そしてこっちが上海です。以後お見知りおきを」

 

 「シャンハーイ!」

 

 「お、おう……俺は上白沢慧吾だ……って名前を聞いているんじゃなくてな、何で俺を襲ったんだよ?性的に襲ったんじゃないんだろ?」

 

 「性的に!?わ、わたしをその辺の破廉恥な女(ケダモノ)と一緒にしないでください!」

 

 「わ、わるい……そう言う意味で襲ったのでなければいい……いや良くないな。俺もう少しで命失うところだったんだぞ。それについてはどう弁明するつもりなんだよ?」

 

 「それは……このフワフワした気持ちが何なのか理解したかったんです……」

 

 「フワフワした気持ちってなんだ?理解したかったから?よくわからないが……それでなんで俺を斬ろうとしたことに繋がるんだ?」

 

 「『斬ればわかる』と教わりましたから」

 

 「なんだそれ……って言うか……それだけ?」

 

 「はい、それだけです」

 

 「………………………………………………はぁ?

 

 

 慧吾には珍しく少々怒りが孕んだ声だった。それはそうだろう……命を狙われてその理由が『斬ればわかる』と教わったから斬ろうと思いましたっと言われたら誰だってそうなる。

 

 

 「うぐっ……す、すみませんでした……」

 

 

 流石に冷静になった妖夢から謝罪の言葉が現れた。幻想郷で貴重な男性を傷つけて命まで奪おうとしたのだから本来ならば謝って済むものではないのだが……

 

 

 「まぁ……謝ってくれるのならば許すがよ、今度はやめてくれよな?」

 

 「えっ?許してくれるのですか?こんな醜い私を……?」

 

 

 慧吾は許すことにした。これには妖夢も呆気に取られてしまう。

 

 

 「醜いって……俺のお袋は寺子屋で教師をやっているんだ。それで子供には悪い事をしたらちゃんと謝ることを教えている。それが誰であってもだ、大人になればなるほど素直に謝ることができなくなる。恥ずかしかったり自分は悪くないと決めて謝ると言う行為が中々できなくなってしまうんだ。それに相手の容姿とか関係ないし、妖夢は自分が悪いと思ったから謝ったんだろ?」

 

 「……はい」

 

 「なら俺は許す。命を狙われたとしても結果的にこうして謝ってもらえたならば俺は妖夢を恨まないし、俺が許してもいいと思ったから許すことにした。それにさっきの話だが……ここにたどり着いたのは偶然でな。こんな危険な森の中で女の子を一人で放ってはおけなかったからな」

 

 「そんな……私は一人でも戦えますし、こんな醜い私なんて放っておいてくださればよかったのに……」

 

 「男として見てみぬフリできるかってんだ。それに妖夢は自分が思っているように醜くなんてないぞ?」

 

 「そんなの……嘘です。私は醜い塊なんです!」

 

 「まぁ初めは疑うよな……信じられるかわからないが俺の目には妖夢は可愛らしく映るんだ。本当だぜ?」

 

 「か、かわっ!?そ、そんなこと言っても私は信じませんよ!」

 

 

 急に自分の容姿を可愛いと言って来た慧吾の視線から逃れるようにプイっとそっぽを向くが、体中の体温が上がるのを感じた。それに彼のことが気になってチラチラと視線を無意識に向けてしまう。

 

 

 「(……はっ!?私は何をやっているんだ!?)」

 

 

 自分の無意識にしてしまった行動に我に返る。人里で会った時からずっと慧吾のことを気にしている……

 

 

 「(なんなのですか……この気持ちは……私は一体どうしてしまったのでしょうか!!?)」

 

 

 何度目になる自問自答かわからない……彼のことが気になり意識してしまう。フワフワする気持ちに理解できない程に胸が苦しくなる。これは病気の一種なのかそれとも妖術の(たぐい)に自分はかかってしまったのか……答えを出すためにはやはり彼を斬るしかないと思い始めた時だ。

 

 

 「ソレ……コイ、ジャネーノ?」

 

 

 妖夢の視線が上海に釘付けになった。正確には上海が放った言葉、いつもは「シャンハイ」としか喋らないアリスの人形だが今ハッキリとそう言った。

 

 

 「こ……い……恋?この私が……?」

 

 「シャンハーイ!!」

 

 

 「そうだよ」と肯定しているように笑顔で答える上海。自分は目の前にいる彼に恋をしていると言っているのだ。自分ではあり得ないと思ったが視線が勝手に彼を見つめている。そして慧吾も自然と妖夢の方へと視線を向ける。

 

 

 「「あっ」」

 

 

 目と目が合った瞬間に体中の体温が一気に上昇していくのがわかる……証拠に妖夢の頭から蒸気が立ち上り、沸騰したヤカンのようだ。

 

 

 「……ふしゅう……

 

 「お、おい!!?」

 

 「シャンハーイ!!?」

 

 

 硬直した妖夢が床にぶっ倒れた。薄れていく視界には戸惑う慧吾の顔が最後まで映されていた。

 

 



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斬るよりも恋する方がいい

静寂と恐怖の化身達が闊歩する人里に明日の光は差し込むのであろうか……


それでは……


本編どうぞ!


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

 まるで擬音が目に見えてしまう程のプレッシャーが人里にやってきた少女に集中する。その不幸な少女はアリス……その周りを取り囲むのは変わり果てた友人知人だが、今は自分を殺しにやってきた殺戮マシーンなのではないかと恐怖を覚えてしまう。

 

 

 「………………………………………………」

 

 

 殺戮マシーンに囲まれたアリスはプレッシャーに押しつぶされそうだった。何かを話そうとした瞬間に首が吹っ飛び、手足がバラバラになってしまうのではないかとあり得ないはずの光景が勝手に脳内に繰り返し再生されている。冷や汗すら流すこともできない凍りついた空間にやってきた哀れなアリスはただ黙り込んでしまうほかに選択肢がなかった。

 そんな状況を静かに……覗き見る集団が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「………………………………………………」」」

 

 

 辻斬り騒動を知った霊香と紫に藍であった。彼女達は尋常じゃない空気に満ちた人里に足を踏み入れるのを躊躇したが、娘を犯罪者にしたくないと思う霊香に続いて紫と藍も何とか霊夢達を見つけることには成功した。しかしそれ以上近づきたくても体が拒否反応を引き起こす。哀れにも先に見つかってしまったアリスを見て大妖怪であるはずの紫と藍は腰を引きつらせている。霊香でさえも変わり果てた娘の姿がとても恐ろしく感じていた。

 

 

 「紫……私は今、自分を責めている。霊夢とは血の繋がりはないが本当の娘だと思っている……だが、今の私はそんな娘のはずの霊夢に対して怖いと思ってしまっている……自分が情けない。私の大切な娘なのに……!!」

 

 

 震える拳を握りしめて唇を噛みしめる。力を入れ過ぎて拳と唇から血が流れるが、その痛みで恐怖心を追い払おうとしているようにも見えた。霊香は自分自身許せないのだ。娘に恐怖心を向けてしまう自分を……

 

 

 「霊香、自分を責めないで。私だって今のあの子達に近づけない……正直とても怖いわ。霊夢にその感情を向けてしまったのは仕方のないことなのよ。それに今のあの子達は慧吾君のことを心から心配している。私にはスキマの能力があるけれど、今のあの子達ならば山の奥地でも深海の更なる底へでも妖夢を追いかけて血祭りにあげてしまうわ。慧吾君のことをそれほど思っているってことよ。自分を責めちゃダメよ?」

 

 「紫……」

 

 「私だって慧吾君をこの手で救い出してあげたいわ。そして感謝されて彼が私の元を訪れこう言うの『「紫さん、お願いがあります……俺を抱いてくれ!」』って!その夜ベット中で私と慧吾君は……きゃああああああああ❤❤❤」

 

 

 くねくねと気持ち悪く体を捻るモンスター()。あらぬ方向へと思考が回転し、妄想の中であれよこれよと想像できる紫にはまだ余裕があるのではないか?と霊香は要らぬことを考えてしまった。

 

 

 「チッ!なにが『「紫さん、お願いがあります……俺を抱いてくれ!」』ですか?アホですか?バカですか?ブスがいくら加工したとしてもブスなのに、その中でもブスの紫様にはあり得ないことです。もしもあり得るのであらば『「紫さん、お願いがあります……便所に突っ込んでその醜い顔を向けないでくれ!』これがあり得ます。いえ、確実です!私の計算だと100%です!紫様哀れすぎて涙が溢れ出てしまいますwww」

 

 「はぁ!?クソ狐が勝手に捏造してんじゃないわよ!!」

 

 「紫様の妄想があまりにも気持ち悪く、その妄想を語られる私達の身にもなってください。醜い言葉が電波として私達の脳を(おか)そうとするのですよ?紫様のゲロが脳内に注ぎ込まれるのと同じなんですよ?それに(おか)されるよりは犯される方がいいですね。慧吾殿に『「藍さん、あなたは美しすぎる……滅茶苦茶にしたい!」』とベットに押し倒される私……ですが私は大妖怪です。犯されるよりも犯す方が好ましい!押し倒してきた慧吾殿の隙をついて私が逆に馬乗りになり形勢逆転!そのまま受け入れてくれた慧吾殿とズッコンバッコン朝までOH!モウレツな時を過ごすのです」

 

 「きもっ!?あんたの方の妄想がゲロみたいじゃない!!!」

 

 「きもいのは紫様です。特に存在そのものが……そんな紫様が妖怪の賢者(笑)とは幻想郷の恥です。気持ち悪い妄想を垂れ流し、動く糞の塊の癖に……幻想郷に謝ってください」

 

 「ちょっと幻想郷は私が創ったのよ!創った私を敬いなさい!って言うか幻想郷に謝れってなによ!!?それにブスなのはあんたも同じじゃない!『「藍さん、あなたは美しすぎる……滅茶苦茶にしたい!」』とか絶対にないわ。滅茶苦茶にしたいって言うのはそのきもい顔面を滅茶苦茶にぶちのめしたいってことよわかる?」

 

 「おやおやあり得もしないことを相手に理解させようとは洗脳のつもりですか?あまりにも汚いやり方ですね。外見も中身も醜くて本当に哀れ……そんな汚いやり方で他人を支配する紫様には後にこんなことが起こるでしょう。

 ある所に糞の塊のような幻想郷の支配者である八雲紫に仕えなければならない悲劇のヒロインこと八雲藍。逆らえない私は毎日酷い仕打ちを受け、ひっそりと涙を流すのでした。そんな可哀想な私には愛する恋人がいました。上白沢慧吾……慧吾殿と八雲藍と出会ったのは運命でした。まるで初めから惹かれ合うように赤い糸が巻かれているかのようにお互い恋に落ちるのは一瞬でした。そして糞の塊である八雲紫から私を救い出せるのは慧吾殿だけだった。ある日慧吾殿は私の前に現れて『「藍さん、愛するあなたを助けに来ました!さぁ、一緒に糞の化身である八雲紫を打ち倒しましょう!!!』」愛する恋人と共に立ち上がった。こうして幻想郷を支配していた妖怪の賢者(笑)は打ち倒され、醜い支配者を打ち倒し英雄になった私と恋人の慧吾殿は結婚し、永遠の愛を誓いあい、ずっと平和に暮らしましたとさ……めでたしめでたし♪となるのです。紫様ざまぁwwwとなるのですよ♪」

 

 「あんたの方が妄想垂れ流しじゃない!!それに話が長すぎて内容もあんたに都合よくされたなんちゃって小説じゃないのよ!!明らかにあんたの方がきもいわよ!!!100人中100人が藍をきもいと言うわよ!!!」

 

 「そんなことありません。もしや悔しいのですか?運命の赤い糸に繋がれた私と慧吾殿が羨ましいのでしょう?安心してください。慧吾殿との子供は20人以上作る予定ですから紫様安心して便所の糞になってください。あっ!お喜びください紫様、糞ならハエと結婚できますよ。良かったですね紫様♪」

 

 「藍いい加減にしなさいよ!!もう頭にきた!!この場で徹底的に教育してあげるわ!!!」

 

 「慧吾殿とのハッピーエンドを邪魔するならば容赦しません!糞の塊(紫様)……お覚悟を!!」

 

 「さっきから関係ない話で争うなバカ共が!!!」

 

 

 ゴンッ!ゴンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……はぁ……はぁ……!」

 

 

 肩で息をする霊香の足元には物言わぬ二つの塊……紫と藍だった。霊香の背後で醜い争いを引き起こす病原菌を眠らせたことで落ち着きを取り戻すことができた。

 

 

 「……はぁ……そうだ!バカ共に付き合っている暇はなかった。霊夢は……」

 

 

 娘のことを思いだし、視線はアリスへと戻る……相変わらず黙ったままの彼女に肌が触れ合うほどに顔を近づける霊夢達……

 

 

 「妖夢はどこ?」「知っているのか?」「知っているならば場所を教えろ」など口々に呟いて話さなければ痛い目を見るぞ?とプレッシャーをかけていた。アリスが妖夢の居場所を知らないのならばこれはただの恐喝になる。だが、アリスは妖夢の居場所を知っているし慧吾が妖夢と一緒に居るのも知っている。自分はただ巻き込まれてしまっただけなのだから話せばいい事だが、今の状態の霊夢達に話せば妖夢はどうなるか簡単に想像がつく。妖夢を売れば楽だが、アリスはそんなことをしたくなかった。それ故に黙るしかなかった……霊夢達が恐ろしくて声を出せないのも原因ではあるのだが……

 

 

 「(あの子は魔理沙ちゃんと一緒にいた……確かアリスちゃんとか言ってたな。彼女の様子がおかしい……それに私の勘が告げている。アリスちゃんは何かを隠していると……もしかしたらあの子が慧吾君の居場所を知っているのでは?)」

 

 

 霊香も元博麗の巫女であった。代々博麗の巫女は勘がいい……霊香の勘は的中していた。

 

 

 「(きっとあの子が居場所を知っているのだろうな。霊夢もおそらくだがあの子が何かを知っていると感じているはずだ。だからアリスちゃんを逃がそうとはしていない……アリスちゃんを助けるか。紫と藍は……使い物にならんな。こいつらは何しに来たんだか……紫と藍は放って置くとして、今の霊夢達は冷静さを失っている。変に刺激を与えたら爆発する爆弾だ。アリスちゃんを放って置くと霊夢達の八つ当たりを受けてしまう可能性もある。助けなければ!)」

 

 

 今の霊夢達は導火線に火がついた爆弾と同じだ。放って置けば爆発してしまい、アリスが巻き込まれてしまう。娘が罪のない子に手を挙げるとは思えないが、冷静さを失った彼女達は何を仕出かすかは不明である。アリスの身を案じた霊香は躍り出る。

 

 

 「霊夢、待ちなさい」

 

 

 その声に全員が振り向いた。霊香が現れたことで驚くかと思いきや誰も気にしていない様子だった……アリス以外は。

 

 

 「母さん……何しに来たの?」

 

 「驚かないのだな、霊夢を追って来たんだが?」

 

 「紫と藍のアホな話がずっと聞こえていたわ」

 

 「ああ……それもそうか」

 

 

 霊夢達は気にしていないのは既に霊香がそこにいることを知っていたからだった。先ほどの会話が全部聞こえていたらしい……当然のことに霊香は納得だった。

 

 

 「母さん……妖夢を血祭りにあげたら紫と藍にも()ができたから忙しいのだけど?」

 

 

 霊夢の()とは紫と藍が話していた内容についてだろう。慧吾のことを散々好きに扱ったことに対して文句があるのだろう。文句程度で終わるのならばいいが、それだけで終わらないことなどわかりきったことだ。他の連中も瞳の中に殺気が籠って霊夢に賛同している様子で、霊香は鳥肌が立ってしまう。自分に直接その殺気が向けられていたらと思うと恐ろしくなる。

 

 

 「……そ、そうか……紫と藍のことは今は置いておこう。それで……アリスちゃんだったな?」

 

 「――ッ!」

 

 

 真っ青な顔色をして首を何度も縦に振る彼女に申し訳なく感じた。自分の娘がこんなことをしてしまって土下座でもなんでも後でしてあげようとさえ思うほどに可哀想な目にあったのだから。

 

 

 「霊夢、彼女を放してやれ。魔理沙ちゃんも他のみんなもだ」

 

 「それは駄目。母さん、私はアリスにも用があるの」

 

 「どうな用だ?彼女怯えているぞ?」

 

 「私の勘が言っているの。アリスが妖夢の居場所を知っている……と」

 

 

 やはり霊夢も同じことを思っていたようだ。恐ろしく冷たい視線を向ける娘だが、自分と同じことを思っていたことに少し安堵する霊香であるが、それを否定してあげないとアリスの味方は誰もいなくなってしまう……それはあまりにも可哀想である。だから嘘でも霊香は否定する。

 

 

 「……それは霊夢の勘違いではないか?」

 

 「いいえ、母さんも同じでしょ?今一瞬表情に出たわ」

 

 

 鋭い……咄嗟に隠したつもりだが顔に出てしまったようだ。しまったとは思わなかった。寧ろこんな状況にも関わらず、ほんの小さなミスを見逃さなかった娘の姿につい笑みがこぼれてしまう。

 

 

 昔から才能の塊であった霊夢であっても霊香にとってはただの娘だ。次代の博麗の巫女とか関係のないただの霊香にとっては可愛い大切な娘なのだ。その娘がこうして成長した姿をこの目で見ることができて嬉しくない親などいない……「流石霊夢だ」と口ずさむ。

 しかし今は一大事だ。表情を整えてチラリとアリスに視線を向けると「たすけて」と(すが)る瞳を見た。瞳に映るのは娘とその友人達……霊香は軽く深呼吸をして覚悟を決める。

 

 

 「ん?あれは……妖夢だ!」

 

 「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 

 霊香は霊夢達の背後……人里の奥を突如指さした。声に釣られて咄嗟に振り向いた瞬間、アリスを囲む一部の壁となっている咲夜と小鈴の間をすり抜けて、拘束されていたアリスの足からお札を引きはがす。そして彼女を抱き寄せてその場から人里の屋根へと飛びのいた。この間、一秒にも満たない早業で()()が認識できなかった。妖夢が居たことは霊香の嘘であり、嘘だと気づいた時にはアリスは解放された後だった。アリス自身も何が起こったのかわからなかった……ただ()()を除いて。

 

 

 「――ッ!!」

 

 

 ザクっと言う音が響いて視線を向けると霊香の足元に鋭い針が突き刺さっていた。その正体はよく知っている……封魔針だ。博麗の巫女である霊夢が所持する異変を解決するための頼れる道具の一つだった。

 霊香の早業を認識していたのはただ一人……霊夢だった。母親思いの霊夢が霊香を傷つけないようにワザと外した封魔針……しかし、普段の霊夢ならば母親に封魔針を打つこと自体あり得ないことだ。

 

 

 「……母さん……どういうこと?アリスを返して」

 

 

 娘の声に視線を向けると首を傾げた霊夢の姿……何故こんなことをするのと言いたげだ。

 

 

 「今の霊夢は冷静さを失っている。元の霊夢に戻るまでアリスちゃんの身は私が預かる」

 

 「なんで?妖夢の居場所を知っているに違いないのよ?ただ居場所を吐いてもらうだけなのにどうして?それに私の慧吾を奪うあの亡者を退治しようとしているだけなのよ?どうして母さんが邪魔するの?」

 

 

 今の霊夢は慧吾のことしか頭にない。その手がかりを持っているであろうアリスを守ろうとする霊香の姿に敵意が生まれてしまう。早くしなければ慧吾が亡き者にされてしまうのに……大事な慧吾と会えなくなってしまう……

 

 

 「母さんなんで?なんでそんなことするの?ねぇなんで……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!?

 

 「(霊夢……くっ!)」

 

 

 壊れた機械のように何度も呪詛を吐き続ける霊夢の姿に目を背けてしまう霊香。娘を助けるのが親なのに逆に苦しめている……仕方ないとはいえ心が痛む。

 

 

 「(すまない……だが、今の霊夢にアリスちゃんは渡せない。恨まれてもいい……それでも親として娘に罪を背負わせたくないのよ!)」

 

 

 大切な娘から嫌われることなど死の宣告と同じだ。それでも譲れない思いが霊香を動かす。

 

 

 「霊香お姉さん……悪いが慧吾が危ないんだ!邪魔するなら……撃つぜ?」

 

 「魔理沙ちゃん……それでも私はアリスちゃんを渡せない」

 

 「……そっか」

 

 

 魔理沙が霊香の前に立ちはだかる。霊香の返答を聞いて帽子のツバに手をかける。隠れて魔理沙の表情は窺えないがきっと悲しい顔をしているだろう。彼女も譲れないものがある……他の連中もそうだ。

 

 

 「お久しぶりです霊香様、ゆっくりとお茶でもお出しして差し上げたいのですが急用がありますので。いきなりで申し訳ありませんがアリスを渡してくださいませんか?」

 

 「咲夜ちゃん……それはできない」

 

 「そうですか……残念です」

 

 

 咲夜とは異変終わりの宴会の時に知り合った。表情は硬く、完璧に見えるがその仮面の下には乙女が隠れているのも霊香は知っている。

 

 

 「霊夢さんのお母さんであってもケイ君と私の邪魔はさせません……さっさとそのメス豚を渡しやがれです!!この脇巫女デカ乳野郎めが!!!母乳垂れ流すぞごらぁ!!!」

 

 「(小鈴ちゃんはいつも通りに見えるのが不思議ね……でもその言葉は流石に傷つくからやめてほしい……)」

 

 

 博麗神社で慧吾を取り合う姿を何度も見てきた。大人しそうに見えて毒舌な小鈴はいつもの姿とはそう変わらないように見えた……が、いつも以上に心に何かが突き刺さったように痛んだ。

 

 

 「なぁ……元博麗の巫女さんよ……私の慧吾があぶねえんだよ……だから……わかるだろぉ!」

 

 「……」

 

 

 あまり直接顔を合わせたことはないが、慧吾のもう一人の親代わりである妹紅のことは何度かその特異体質の話も聞いている。悲しい過去があり、心にぽっかりと空いた穴を慧吾が優しく埋めてくれたのだろう。妹紅にとって我が子である慧吾の安否が心配であることは霊香には痛いほどわかる。霊香も親なのだから。

 

 

 「霊香殿……」

 

 「慧音……」

 

 「言わなくてもわかります。私も親なのです……妹紅と同じく。今までは家に帰っても誰も出迎えてくれずに一人で料理を作り、寺子屋に通う子供達の為に問題を夜遅くまで考えていた日常に何の不便も感じなかった。ですが偶然赤ん坊の声を聞き、その子を引き取り育て上げ、名を上白沢慧吾とした。そして今ではたくましく優しい青年へと成長してくれた。慧吾が私の息子になった後の我が家は変わりました。家に帰ると『「ただいま」』と答えても返って来ることのなかった毎日が『「おかえり御袋、夕飯はもう作ってあるぞ』」と迎えてくれる。今まで不便に感じなかった日常が慧吾が出迎えてくれないだけで不安になる……あの温かい日常を知ってしまった私は慧吾無しには生きられない。私は半妖で慧吾は私よりも早く天国に旅立ってしまうだろう。けれど、私は慧吾を最後まで見守るつもりなんです。慧吾が幸せになり、温かい家庭を持ち、安らかに死を迎えるまで……それまでは慧吾を……息子を失うわけにはいかないのです!」

 

 「……」

 

 

 不細工には決して訪れることのなかった温かさを慧音は知った。家族がいる幸せを知ってしまったのだ。この幸せを知ってしまったら手放すことはできないだろう。けれど慧音は半妖で慧吾は人間である。寿命が違いすぎる親子は息子の慧吾の方が先に逝ってしまうのは避けられないこと。自分だけが残されるとわかっていてもそれを良しとした。いつかは手放すことになるだろう……慧吾に好きな人ができて自分の元から離れても慧音はその運命を受け入れる。子の幸せを第一に考えることが親なのだ。妹紅も同じなのだろう……けれどもそれが半ばで失うことになればきっと発狂してしまうだろう。霊香だってそんなことにはなるのはごめんだ。だから慧音は決して譲れない。

 

 

 「……母さん……」

 

 「……霊夢」

 

 「……私ね、母さんが大切よ」

 

 「……私もだ。霊夢は大事な娘だ」

 

 「……慧吾も大切なの」

 

 「……知ってる」

 

 「……母さんも慧吾も大切……でもどちらを取れと言われたら……どうしたらいい?」

 

 「……霊夢自身が決めろ」

 

 「……」

 

 

 淡々とした会話が続く。母と娘、お互いに大切な家族だ。しかし今の状況はお互いに敵同士……譲れない思いがある。ならばやることは一つしかない……

 

 

 「……母さん、覚悟して。慧吾の為に母さんを倒すわ」

 

 「……そう決めたのであるならばそれでいい」

 

 「……けど……母さんも大切なのは変わらないから」

 

 

 霊夢の言葉に霊香は優しく笑みを浮かべた。冷静さを失っていても霊夢は霊夢であった。

 

 

 「ふっ、そうか……わかった。アリスちゃん、危険だから離れていなさい」

 

 「えっ?あっはい」

 

 

 様子を眺めるだけだったアリスは霊香に言われた通り距離を取り物陰に隠れる。確認した霊香が向き直り霊夢達と対峙する形となった。

 

 

 「人里で暴れるのは良くないのだけど今回は仕方ないわね。これもある意味異変かしらね?久しぶりの仕事になるのか……腕が鈍ってなければいいけど」

 

 

 霊香は背中を伸ばしてリラックスする。静かに深呼吸し早業を繰り出した時についた僅かな裾の汚れを軽く落とすと霊夢達に宣言する。

 

 

 「代々博麗の巫女は異変を解決してきた。私も元博麗の巫女……霊夢、魔理沙ちゃんと他の者達よ……この子が欲しくばこの博麗霊香を倒してからにせよ!!」

 

 

 拳を握りしめ高らかに言い放つ。それを合図に全員が動き出す……先代巫女である霊香と娘の霊夢達との死闘が人里で繰り広げられることになった。

 

 

 ------------------

 

 

うぅん……あれ?私は確かアリスさんの自宅に居たはずなのに……ここはどこ?

 

 

 真っ暗だった。文字通りの真っ暗な空間で、太陽も通り風も存在しない虚しい場所に一人ポツンと存在しているのは訳がわからないといった表情を魂魄妖夢であった。妖夢が周りを見回しても誰もいないし、先ほどまで確かにアリスの家に居たのに何故と言う疑問が生まれる。だが、いくら考えても答えがでない……もしや今までのが全て夢だったのではなかったのではないかとも頭の隅に生まれかけていた時だ。

 

 

 『「……妖夢よ……」』

 

 

 おじいちゃん!?おじいちゃんがなんでここに?でもこうしてすぐに会いに来てくれるだなんて嬉しいです!おじいちゃんのおかげであの人を斬る勇気が湧き上がりました!!けれど……

 

 

 声が聞こえた方へと視線を映せばそこには祖父である妖忌の姿があった。人里で青年慧吾と運命的な出会いを果たした。彼と出会い妖夢に謎の感情が生まれ、一度は主の元へと戻ったが迷う心の導きのままに再び彼の元へと舞い戻った。その後自分自身でもどうしていいかわからなかった時、彼女に()()を思い出させてくれたのは他ならぬ祖父の妖忌であった。幼き頃に自分の前から突如として消えてしまった祖父の姿に目頭が熱くなる……強くなると決め、主である幽々子の従者として相応しくなるために厳しい日々を送っていたつもりであっても嬉しさが込み上げてきていたのだ。その祖父が自分の悩みに答えてくれた……フワフワするこのよくわからない気持ちを知るためにはどうするべきかを……そして妖夢は()()のままに行動に移した。そのことを目の前にいる祖父に伝えたのだが……

 

 

 『「……ワシ、余計な事しちゃった?」』

 

 

 妖夢の予想外の報告に瞳が丸くなる。妖夢の内なる憧れや葛藤や不安が入り混じり生まれた幻影(妖忌)ですら困惑を隠せない様子だった。

 

 

 『「……ご、ごほん!妖夢よ、やってしまったものは仕方ない。間違いは誰にでもあるもの……そうじゃ、こう考えてみるがよい……もう斬っちゃってもいいさ!とな」』

 

 

 実際の妖忌ならばこんなことを言ったりはしない。妖夢の内で生まれた幻影(妖忌)は本物とはかけ離れていたが、当の彼女は気づきもしない。今はそんなことよりも気になることがあるからだ。

 

 

 おじいちゃん、私はどうしてこんな真っ暗な空間にいるのですか?

 

 

 疑問だった自分が今居る場所……自分がどこに居るのかさえ見当もつかない場所に放り出されて不安だった。

 

 

 『「ここはお主の精神内部じゃよ」』

 

 

 つまり……私自身の中ですか?それじゃおじいちゃんは……本物じゃないの?

 

 

 その言葉を聞いてもしかしてと言う疑問が現れる。自分がおじいちゃんと呼んでいる相手は本人ではないのかと。少しの間があり「そうじゃ」と頷いた幻影(妖忌)に対して少し寂しそうな表情を浮かび上がらせた。本物ではないにせよ、妖夢が昔から背中を見てきた祖父の姿なのだ。待ちに待って現れた祖父が自分の幻だったと知りたくはなかった……力が抜けて落胆のため息が出てしまう。

 

 

 『「妖夢よ、例えワシが幻であってもお主のことを思っているのは本当なんじゃ。妖夢の()を応援したいのじゃよ」』

 

 

 ふぇ!?こ……こ……ここ……こ、こここ……!!?

 

 

 落胆し、力の抜け落ちていた無防備な妖夢に爆弾が投下された。すっかり忘れていたことだが、妖夢はいつの間にか気絶してしまっていたのだ。そうなってしまった原因が上海のあの言葉だ。

 

 

 『「ソレ……コイ、ジャネーノ?」』

 

 

 恋とは異性に特別の愛情を感じて思い慕うことである。恋は自由であり、誰に対しても許されるものである。しかし妖夢は恋など無縁だった。白玉楼の庭師で刀を振るい己を磨き、主である幽々子の私生活をサポートして何十年……人里に食材調達するためにやってくるが妖夢はこの世界基準では不細工だ。この幻想郷で不細工は特などしないし、理不尽な目に遭うことは少なくない。男など今までまともに話す機会など祖父がいたぐらいだった。

 妖夢には恋がわからなかった。くだらないものだと切り捨てて自分とは関係のないものと心が無意識に扉を閉ざしてしまった。しかしその扉を開いた青年……それが慧吾であった。偶然の出会いだが、きっかけは十分な出来事で、閉ざされた心の扉が開いたのは良かったものの、フワフワした感情に悩まされる。しかしその正体は恋であったことに気づかない。知らない感情に不安が生まれた妖夢は『斬れば分かる』と己の不安を取り除こうとしたが、結果は慧吾を斬ることはできなかった。自分自身ではこの感情はわからなかった……上海と幻影(妖忌)が言葉にしたことでようやく知る。

 

 

 私は……慧吾さんが……好きなの?

 

 

 自身に問うが返答は返って来ない……答えは自分自身で決めるものだ。

 

 

 出会いから今まで妖夢の瞳には慧吾がどう映っていたか……彼と一緒に居るとどうだったか……短い時間しか知り合っていない。それでも妖夢は必死に自分の本当の気持ちを探り出す……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸に手を当てると半人半霊である妖夢の鼓動が激しくリズムを奏でている……慧吾を『斬る』きっかけになった気持ち……初めは不安だったが、今は不安など感じない。寧ろとても心地よく安心する。

 

 

 ……フワフワして温かい……これが……恋と言うもの……なんですね♪

 

 

 辻斬り少女は彼を『斬る』ことをやめて『恋』することになった。安らかな表情を浮かべている妖夢、目的が達成したかのように真っ暗な空間が光の粒子となって消えて行く。そしてもう一人も役目が終わったように幻影(妖忌)の姿が光となっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「頑張るんじゃぞ……妖夢」』

 

 

 消えゆく最後の言葉は孫に対する優しい応援だった。

 

 

 

 



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終わりよければ全て良し

辻斬り騒動終幕です。少々長くなってしまいました。


それでは……


本編どうぞ!


 「な、なによ……これは!?」

 

 

 永琳に言われて様々な怪我や治療に役立つ薬を持った鈴仙はとんでもない光景を目の当たりにする。

 

 

 「戦争でも起こったの?けれど……建物などは無事……何が起きているの?!」

 

 

 人里の地面には見慣れた顔が這いつくばっていた。魔理沙に咲夜、小鈴に妹紅と慧音の姿があった。不思議なことに建物には被害が出ていなかったが、ボロボロに衣服が破けてツヤツヤした素肌が晒されて見ている者に不快感を与えるだろうが、鈴仙の元にはこの世の醜悪を一つにまとめて粘土を捏ねて作り上げたような姿の輝夜と住んでいるのだからこれぐらいで気分を害したりはしないし、自分も人のことを言えないのだから。それに気配が建物内部から無数に感じ取れるし、何よりも人里を囲む空気が重苦しかった。いつもの訪れる人里とは別物ではないかと疑ったぐらいだ。どういう状況かがわからずにオロオロしていると地面と口づけを交わしていた一人が起き上がろうとしていた。

 

 

 魔理沙だった。息も絶え絶えに体を震わせながら気力だけで立ち上がろうとしている。気づいた鈴仙が駆け寄って何があったと問い詰めると驚きの事実が返って来る。

 

 

 人里で突如として起った辻斬り騒動、被害者が慧吾だったことを知った魔理沙達は犯人(妖夢)を探しだして血祭りにあげようと人里内を調べつくしたがどこにも姿が見当たらなかった。煮えたぎる思いと破壊したい衝動が焦りに変わり精神的に追い詰められる魔理沙達、そんな時に人里現れたのはアリスだった。彼女を視界に入れた霊夢の勘が「居場所を知っている」と告げた。霊夢はアリスが妖夢の居場所を知っていると確信に近い自信を疑わなかった。実際に博麗の巫女の勘はよく当たる。そしてアリスの様子から何か隠していることは明白だった魔理沙達は霊夢と共に取り囲み、必死の思いで縋り付いたが応えは沈黙……焦りが増加し我慢の限界が近づいていた時だった。アホな妄想劇を語る紫と藍の会話が耳に入って来るが無視する……聞こえてきた内容に殺意を覚えたので後で二人にはゆっくりと()()をしないといけなくなったのだが、先代博麗の巫女である霊香も来ていると知ったが今は関係ないと無視しているはずだった。

 霊香がアリスを奪った。この瞬間、関係ないはずの霊香に対する感情は敵意。魔理沙達は時間が一刻と過ぎていく中で焦っているのに邪魔をした霊香を敵だと認識したのだ。親しい間の魔理沙や慧音であっても……それがアリスを守る行為だったとしてもだ。それからことに至るのは自然な流れだった。

 

 

 霊香は娘の霊夢を含む六人と一人で争ったのだ。すぐに終わらせるつもりであった……が、冷静さを失っていたことを言い訳するつもりではない。甘く見ていた……魔理沙は幼い頃より霊香を知っている。だが、彼女が戦っている姿など見たことはなかった。彼女の実力は知り得もしなかったことである。そして何よりも彼女にはスペルカードルールなどとは無縁であった。

 スペルカードルールとはなにか、それは幻想郷内での揉め事や紛争を解決するための手段であり『殺し合い』を『遊び』に変えるルールである。魔理沙曰く「この世でもっとも無駄なゲーム」と言っている。霊夢が博麗の巫女として活動し始めた頃に普及させたものだ。今の幻想郷で行われる異変も大体はこのスペルカードルールに基づいたものである。しかし霊香は()博麗の巫女である。スペルカードルールが普及される前から異変を解決しており、お遊びであるスペルカードルールが存在しなかった時代に全ての異変解決を任された巫女……少し考えればわかることだ。どちらが死線を潜り抜けて来たのかを……

 

 

 「……見ろ……」

 

 「えっ?」

 

 

 震えながら鈴仙に肩を貸された魔理沙が指を指した。その方向へと視線を向けるとこの場にまだ倒れ伏していない現博麗の巫女(博麗霊夢)元博麗の巫女(博麗霊香)の姿がそこにある。そして鈴仙は信じられないものを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢が空を見上げていた……正確には地面に仰向けに倒れ、巫女装束は無残にも至る所が破れ新しくし直さなければならない程の損傷具合だった。そして傍には同じく無残な巫女装束となった霊香が満身創痍でありながらも佇んでいる姿があった。勝者は見ればわかる……元博麗の巫女が勝利を手にしていた。

 

 

 鈴仙の脳裏に異変を解決しに来た時のことが思い出された。何としても輝夜に合わせてはならない(顔面的な意味合いで)と師匠(永琳)から命令され霊夢の前に立ち塞がった。さっさと異変を解決しようとする(慧吾を早く会いたいがため)態度にムカッとしたのを憶えている。痛い目を合わせてやろうときつめに弾幕を放ったが、あっさりとすり抜けて気がつけば終わっていた。なにをされたのかもわからなかったが、自分が地面に倒れ伏していることは理解できた。自分が弱いとは思っていなかったし、思い上がっていた訳ではない。ただ力量が違い過ぎただけだった。後で知ることなのだが、慧吾関連になると普段よりも力が増す傾向にあった霊夢……それが今この瞬間、敗者となっていた。勝者は元博麗の巫女、霊夢の親であるから実力も相当あるのだろうと予感はしていたが、状況を見るに彼女一人で六人同時に相手をした様子だ。隅っこで見たことのある妖怪の賢者(笑)とその式(クソ狐)が居たのだが、あれはきっと違うだろうとあえて無視することを決め込んだ。例え戦闘が不向きな小鈴を除いたとしても六人を相手同時に勝ってしまったのだから鈴仙は驚きを隠せなかった。

 

 

 「へ、へへ……霊香お姉さんがこんなに強かったなんて……驚きだぜ」

 

 「だ、だいじょうぶなの魔理沙?それに鈴仙もなんでここに?」

 

 「おう……アリスか、全身に力を入れるのが……やっとだぜ」

 

 「私は人里で起きている辻斬り騒動件で怪我人が現れるだろうと師匠に言われて薬を持って来たんですよ」

 

 

 鈴仙が肩を借りていなければ今頃地面に尻もちをついていたことは明白なぐらい弱々しいが気力は十分ある様子で、完膚なきまでに叩きのめされたことでいつもの調子を取り戻すことができた魔理沙。他の連中も意識は戻っていないが目を覚ます頃には元通りになるはずだ。建物の影に隠れていたアリスが恐る恐る姿を現しても噛みついていないのが証拠だろう。霊香の治療(物理)が余程効いたようだ。そのことに安堵しアリスの緊張の糸が解かれた。

 

 

 「よかった。いつもの魔理沙ね。鈴仙も良いところに来てくれて本当によかったわ」

 

 「霊香お姉さんにぶちのめされて頭が冷えたぜ……だけどなアリス……教えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「慧吾は……どこにいるんだ?」

 

 

 真っすぐに見つめる瞳が魔理沙の心情を悟らせ、言葉が思いを紡ぐ。ただそれだけで十分、弱々しいながらも瞳と言葉からも信念にも近いものを感じたアリスは全てを話すことにした。

 

 

 「けど、まずは魔理沙達の治療が先よ。話はそれから」

 

 「わかった。けれど霊香お姉さんを一番先に見てやってくれ。私達のせいであんなにもボロボロだから……」

 

 「ええ、魔理沙は私が見るから鈴仙は霊香さんと霊夢をお願い」

 

 「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「……」」

 

 

 建物に寄りかかり傷の手当てを受けていた親子の会話は短く気まずそうな雰囲気だった。先ほどまで凄絶な死闘が繰り広げられていたが、冷静さを失っていた霊夢の瞳は光を取り戻していた。

 

 

 霊夢は母親を傷つけた……後悔していた。大事なたった一人の血の繋がりはないが心で繋がった家族に酷いことをしてしまった。隣で傷口に薬を塗る度に苦痛の表情を浮かべているのは自分の所業のせいだと。

 霊香は娘に恐怖してしまった……罪悪感に包まれていた。大事な娘、血の繋がりはないが持てるだけの愛情を注いで育てた自慢の娘を傷つけてしまった。隣で落ち込み俯く姿は自分の所業だと。

 

 

 「……いつまでそうしているつもりですか?」

 

 

 見かねた鈴仙が尋ねても沈黙は続く。そんな親子にため息をついて話し始める。

 

 

 「……私が口を挟むことではないですけど、気にすることはないと思いますよ?家族ならば喧嘩や意見の食い違いでもめてしまうことは珍しくないですし、今回は悪いのは妖夢です。あの子が問題を起こさなければこうはならなかった。だから全部妖夢のせいにしてしまえばいいんじゃないですか?」

 

 

 二人の心情を悟ったのか鈴仙が口を挟む。治療しながら鈴仙は気まずそうな二人を見ていると永遠亭で帰りを待つ者達のことを思い出す。知識と様々な知恵を教えてくれて自分が目指す目標と憧れる師、悪戯好きで何度も落とし穴にかけられたりしてうんざりするが意外と嫌いになれない妹的な悪戯兎、地上に逃れて来た自分を見つけてくれた最も醜いながらも清らかな心を持つ姫様……誰とも血の繋がりはないが大切な居場所家族だ。その誰かと喧嘩でもすればその時は嫌になり、同じ屋根の下で出会えば気まずい空気が流れて時間が過ぎていく。だが、お互いにいつしか耐えられなくなり謝罪すれば何事もなかったかのようにいつもの日常へと戻って行く。そんな光景を思い出しお節介を焼いてしまった。放って置けばいつの間にか仲直りしているであろうと思える絆を感じさせる二人だが、それでもだ。不器用な母親と娘は自分を責めているのであろう……

 

 

 「それに慧吾さんはきっと無事ですよ。私だって心配してますけど信じたいのです。何食わぬ顔で戻って来て一緒にお喋りできる日常へ戻れると信じています。だからお二人が自分自身を責める必要はありません」

 

 

 博麗親子の治療に当たっている鈴仙はそう語り掛ける。彼女は薬師である永琳の弟子である。まだまだ未熟ではあるが、鈴仙なりに治療しようとしたのだ……体の傷だけでなく、心に負った傷さえも。

 

 

 「それにアリスが後は知っているのでしょう?」

 

 「え、ええ、彼ならば大丈夫よ(妖夢が何もしていなければ……だけどね)」

 

 

 鈴仙に話題を振られて少々の不安を胸の内に押しとどめておく。霊夢達の機嫌を損ねることはしたくない、安心させてこの空気をどうにかしようとした行動だ。それが功を奏したのか物事を慎重に考えることができるようになったおかげで話がスムーズに進み、アリスの家に慧吾と妖夢がいることが判明する。妖夢が慧吾と一緒に居ることに霊夢の瞳が一瞬深淵に落ちた気がした……それは気のせいだと思いたい。

 

 

 「そう……ありがとう鈴仙、アリス行くわよ」

 

 「待てよ霊夢、私も行く……ぜ!」

 

 「魔理沙あんたはボロボロじゃないのよ、ここで待っていなさい」

 

 「だけど!!」

 

 

 霊夢に(たしな)められた。霊夢は幸いにも立ち上がれるだけの力は残っていた。しかし魔理沙は立ち上がるだけでも他人の手を借りないと厳しい状況にあり、他の連中は意識を失っている。魔理沙も慧吾の元へと赴きたいのだろうが不可能なことにと唇を噛みしめて悔しそうにする。

 

 

 「(霊夢お前だけが慧吾のことを大事だと思っていたら大間違いだぜ!)」

 

 

 心ではそう言っても体は動かない。アリスと鈴仙に視線を向けても彼女達からしてみれば魔理沙は怪我人だ。無理に動くのは良くない事、特に鈴仙はそのことについて詳しいので反対だった。視線で訴えても首を縦に振ってはくれない……歯痒い思いに唇に力が入りすぎ血の味がする。

 

 

 「……霊夢、魔理沙ちゃんも連れて行ってあげて……お願い」

 

 「……霊香お姉さん」

 

 

 そんな時に意外な助け船が出た。友達のいない霊夢に初めてできた相手が魔理沙だった。魔理沙も同じであり、その頃から霊香は見守って来た。今の魔理沙の気持ちをわからない程の鈍感な人間ではなかった彼女は無理を承知の上でも安心させてあげたかった。死闘の中で娘の友人に手をあげる行為をしてしまった彼女なりの謝罪でもあり、同情でもあった。

 

 

 「……わかった。アリス手伝って、魔理沙もそれでいいわよね?」

 

 「――ッ!ああ、ありがとうだぜ!霊香お姉さん!」

 

 「気にするな。無茶を言ってすまない、アリスちゃんにも迷惑をかける」

 

 「いえ、霊香さんには恩がありますし、もし断っても魔理沙なら這ってでも来そうでしたから」

 

 「ははっ、違いないな。もし死んだとしても化けて出てやるぜ!」

 

 「魔理沙あなたねぇ……」

 

 

 少女達の会話に笑みがこぼれる。これでもう安心だ。霊香が身を(てい)してまで戦った甲斐があったようだ。少々危なっかしいが当初の状態よりも緩和され、娘の手が血で染め上げられることはなくなった……たぶん。先ほどまでの気まずさは消え去り、談笑する娘に向けて一言伝えておかなければいけないことがあった。

 

 

 「霊夢」

 

 「ん?なに?」

 

 「ことが終わって帰ったら……ゆっくり私と説教(お話)しような」

 

 「……」

 

 

 暴走していたとは言え、博麗の巫女が人里を混乱に陥れる結果にしてしまった。そのことに対して霊香はニッコリと笑顔を作って娘の帰りを待つことにした。当の娘はどこか遠い目をしていたそうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……ようやくこの奇妙な異変も終わりか。帰ったらじっくりと朝まで楽しく説教(お話)だな」

 

 「それはいいですけど無理しないでくださいね?あなた怪我人ですよ?」

 

 「なに、言葉を交わせるのだから問題ないし、体ももう動くことができるようになった」

 

 「そう言うことではなくてですね……」

 

 

 人里でのひと悶着も終わりを告げて事の元凶の元へと出向いた霊夢達を見送った鈴仙と霊香は残りの未だに意識を取り戻さない連中を休めるには地面よりも丁度いいところにあった甘未堂の店先にまで連れて来ていた。

 

 

 「先ほどまで満身創痍の状態だったのによくも他人を担ぐことなんてできますね?本当に霊香さんは人間なのですか?」

 

 

 先ほどまで満身創痍だった人間が他人を担いでせっせと動いている姿を見ては妖怪からしたら疑わしいものだ。視線を向けられた本人は心外だなと呟くが疑いの目を向けるのも無理はない。

 

 

 「当然人間だ。私は少し前まで現役だったのだぞ?役目は霊夢に渡ったが今でも巫女をやっているがな。霊夢が居てスペルカードルールと言うものが存在する。だが私の時代には無かったものだから肉体が全てだった。霊夢のように少々術を行使できるがその程度……知っているか?性欲を我慢して我慢して我慢の限界が来てしまい暴走した妖怪が人里の男を狙ったことがあったのよ。そいつは半ば理性を失って目が血走っており、しまいには能力までも使って実行に移そうとしたバカがいたんだ」

 

 「えっ!?その妖怪は強かったのですか?」

 

 「そうだな、一応強い。この幻想郷で数えられる程の強者組に分けられる大妖怪が相手だったからな」

 

 「そんな……そんな大妖怪と!?そ、それで大丈夫だったのですかその男性は?」

 

 「ああ、そいつが実行に移す前にボコボコにしたからな」

 

 

 凄いと正直に鈴仙は思った。霊香が語ったことは嘘ではないだろうとわかる。人里での出来事を見れば嫌でも彼女の実力が窺える。霊夢達を一人で打ち負かし、今まで幻想郷の平和を守って来た守護者は伊達ではないと感心した。

 

 

 「それにそいつをボコボコした翌日に、そいつの従者が『「主が成しえなかったことを私が成す時だ!」』とかほざいて今度はそいつが人里で男を狙う始末さ」

 

 「従者がいたんですか!?()()()()()()妖怪ですね」

 

 「ああ……まったく()()()()()()奴らだよ」

 

 

 どこか疲れた表情をした霊香を見るに壮絶な戦いがあったに違いない。それに彼女が強いと称したのだから実力は想像を絶するものなのだろうと想像を膨らませた。直接見た訳でもないのに脳内には激しく戦う霊香と対峙する凶悪な二匹の妖怪の姿が映し出され、唾を呑み込んだ。

 

 

 「それでその大妖怪はどこへ?もしかして消滅したとか?」

 

 「いや生きている。今も元気にな。それもすぐ近くにいる」

 

 「えっ?すぐ近くと言えども……」

 

 

 鈴仙は不安を覚えた。すぐ近くにいると言われ、脳裏に浮かんだ凶悪な妖怪達の姿を思い浮かべるが……辺りを見回しても鈴仙と霊香以外には意識を失っている連中を除いて誰もいない。なにを言っているのかと首を傾けたが、その正体がすぐに判明する。

 

 

 「ああ……そこで寝ている奴だ」

 

 「寝ている奴って……紫さんと藍さん……えっ?マジですか?」

 

 「……ああ、()()()()()()奴らだろ?」 

 

 「あっ、そう言うことですか」

 

 

 疲れた表情を現した霊香の心境を悟った鈴仙は全て納得がいった。確かに()()()()()()……これで本当に幻想郷の管理者なのか?と目を疑ったが、考えてみればそう言えばそういう連中だったと思い出したのであえてそれ以上何も聞く気にはなれなかった。

 そんな霊香の苦労話に哀れみを感じつつ相槌を打っていると遠くの方から何かが近づいて来る重くのしかかったような音が聞こえてきた。音の方へと二人が視線を向けるとそこには人影が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よぉおおおおおおうぅううううううむぅうううううう!!!

 

 

 向こう側まで見えていた人影がいつの間にか目の前にあった。そして何故か鈴仙が宙を浮いていた……いや、気づいた時には胸ぐらをある人物に掴まれ地面から足が浮かされていたのだった。

 

 

 「妖夢!妖夢はどこなの!!」

 

 「うぐぇ!?」

 

 

 胸ぐらを掴まれ揺らされて、脳が振動して気分が悪くなる。胸ぐらを掴まれているので首が締まり声が出せずにいた。呼吸も困難であり下手をすれば死に直面と危険な状況にあった鈴仙は相手の顔を必然的に認識することになる。

 西行寺幽々子その(亡霊)であった。見れば目が血走っており、興奮状態にあることが窺える。霊香が話した苦労話の大妖怪に状態が似ているが、それとは違った興奮であることに間違いはない。何度も「妖夢!妖夢!!」と言っていることで大体予想はできるだろう。

 

 

 「ウサギちゃんお願い!妖夢の場所を教えて!知っているのでしょう!!?」

 

 「うぐぅ!!」

 

 「どこなの!?教えなさいよ!?どこなのよぉおおおおおおお!!?」

 

 「ぐ、ぐるちい……!」

 

 「おい、幽々子離せ」

 

 

 苦しそうな鈴仙を助ける為に幽々子の手を掴んで捻りながら力を加えると緩み解放される。むせ返る鈴仙を心配しつつも幽々子と対峙する。少々錯乱気味の幽々子に軽いビンタをかましてやる。

 

 

 「……霊香?」

 

 

 頬の痛みに幽々子は我に返った。そして自分が何をしていたか理解して顔を真っ青にする。

 

 

 「幽々子、あんたまで典型的なダメ妖怪(紫と藍)と同じになってどうする?私を幻滅させないでくれ」

 

 「そ、そうよね……ごめんなさい。紫と藍と同じは嫌よ絶対、アレと一緒にされるぐらいなら死んだ方がマシよ……あっ、私もう死んでるんだったわね。ゴホン……それはそうとウサギちゃんもいきなりこんなことしてごめんなさいね?本当に迷惑をかけてしまって……」

 

 「えっ、あっ、はい」

 

 「でも私は急いでいるの。霊香、ウサギちゃんも妖夢がどこに居るのか知らない?」

 

 「それならばアリスちゃんの家に『「――ッ妖夢!!」』っておい!?行ってしまったか……普段はおっとりした性格なんだがな」

 

 

 幽々子は霊香の言葉を聞くと猛スピードで去って行ってしまった。呆気に取られる鈴仙……それと今度は入れ違いになるように橙が慌てた様子で二人の前まで走って来た。

 

 

 「はぁ……にぁ……はぁ……にぁ……ど、どうも霊香さんに鈴仙さん」

 

 「あっ、どうも」

 

 「橙か、残念だが幽々子は行ってしまったぞ」

 

 「にゃ!?折角追いついたのに……って紫様!?藍様もどうしたのですか!?」

 

 「いつも通りだ」

 

 「あっ、そうでしたかにゃ」

 

 

 霊香の一言で察するに値するものであり、橙が動揺を見せないのも慣れてしまった証なのだろう。その後、入れ違いになった幽々子を追おうとした橙だが引き止めた。アリスの家に向かったのならば霊夢達と合流するだろうし、もし何かあっても今の霊夢達ならばそれほど被害が大きくなる前に止めてくれるだろう。

 

 

 「……今宵は()が舞いそうだな」

 

 「「えっ?」」

 

 

 鈴仙と橙は霊香がボソリと呟いた言葉が気になった。彼女の言葉は何を意味していたのだろうか……?

 

 

 ------------------

 

 

 「シャンハーイ……」

 

 「大丈夫、その内意識を取り戻すさ」

 

 「シャンハーイ!」

 

 

 ベットに寝かされているのは妖夢で彼女はいきなり倒れてしまった。彼女の身に何が起きたのかわからない慧吾は倒れた彼女をベットに寝かせて看病しているところだ。上海は心配そうにしているが慧吾が元気づけてやるやり取りを交わしていた時だ。

 

 

 「ん……うん……?」

 

 「おっ、気がついたようだな」

 

 「シャンハイハーイ!!」

 

 

 ようやく目が覚めたようだな。寝ぼけた顔が幼さをより引き立てて愛らしい……こうしていると可愛らしい女の子なんだよな。少し前まで命を狙われていただなんて……幻想郷の女性はやっぱり強いよな。

 

 

 慧吾はしみじみと現状を考えさせられた。出会って命を狙われ、追われ追い込まれ、追い込まれて最終的には看病しているのだから奇妙な縁だと認識させられる。

 

 

 「あっ、慧吾さん……」

 

 「敬語は要らないぞ?歳だってそんなに離れてないだろ?」

 

 「いえそう言うわけにはいきません。私がそうしたいのですから。それはそうと慧吾さんは人間ですよね?私は半人半霊なのでこう見えても〇〇歳ですけども?」

 

 「……マジで?」

 

 「真剣(マジ)です」

 

 

 妖夢は俺よりもお歳が上のお姉さんだった。しかも半分幽霊状態の人間?だったのには流石に驚いたぜ……まぁ人ではないことはなんとなくわかってた。傍に浮いているのアレが半霊らしい……いや、ちょっと形がアレだし、ケダモノ揃いの幻想郷だし、卑猥な表現で言うならば赤ちゃんの元をオプションで付けているアレな子かなと心の隅で思ってたりしてたとか言えねぇな。言ったら今度こそ斬り殺されちまう……

 

 

 「どうしましたか?」

 

 「い、いやなんでもないです!」

 

 「私が歳上だとわかって気を使っているのですか?そんなこと無用です。今まで通りに接してもらっても……いえ、接してください」

 

 「ああ、わかった」

 

 

 何やら様子が変わっていたことに気がついた。丸くなったと言えばいいのだろうか?よくわからないが目覚めた彼女は優し気などこか温かい雰囲気を感じさせていた。

 

 

 「……なにか夢の中で良いことでもあったのか?」

 

 「ふぇ!?あ、い、いえ……その……」

 

 

 慧吾が放った言葉に手をモジモジさせて俯く妖夢の頬は薄っすらと赤色に染まっている。

 

 

 ありゃ?俺は何か変なことでも言ったのか?夢の中で良いことがあったのは間違ってないらしいから気にすることではなさそうか。

 

 

 楽観的にその時は解決した。すぐに訳がわかるのだが……その話はしなくてもわかるだろう。

 

 

 「………………………………………………慧吾さん!」

 

 

 急に妖夢が畏まった態度で俺を見つめている。何かを決心したような目で真剣そのものだ。赤みがかった肌が愛らしさを倍増させて見ていて眼福だが……一体何を言うつもりなんだ?

 

 

 誰も邪魔してはいけない雰囲気を醸し出し、上海も固唾を見守っている。

 

 

 「慧吾さん……あの……わ、わたし……魂魄妖夢は慧吾さんのことを……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ~う~む~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………えっ?」

 

 

 邪魔してはいけないはずの雰囲気をぶち壊すように声が建物内を響かせた。まるで虫が這うように全身を震えさせるような錯覚を覚えさせる不気味な声だった。慧吾含む全員が声の方へと視線が向かっていきそこにいたのは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何してくれたのかしらね……妖夢♪

 

 「ゆ、ゆゆこ……しゃま……!?」

 

 

 笑顔だけど目が笑っていない幽々子が窓に貼りついていた。その姿に全員がギョッとし、妖夢に至っては全てを察したようで涙目になっていた。

 

 

 「うふふ♪妖夢待っててね、今そっちに行くわ

 

 

 スッと壁を通り抜けてしまった。幽々子は亡霊である為、壁など意味もなさないのだ。脇目もくれずに妖夢目掛けて突き進んで行くはずだった幽々子は傍に慧吾がいることを知ると笑顔を崩して真剣な表情となった。

 

 

 「あなたが慧吾君ね。初めまして西行寺幽々子です」

 

 「ど、どうも」

 

 「この度はうちの妖夢が大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」

 

 「い、いえ……俺は大丈夫でしたから」

 

 「そう言っていただけると助かります。けどケジメはちゃんと取らせますので」

 

 

 これは俺にでもわかる……めっちゃキレてる。妖夢の保護者だろうな雰囲気的にそんな感じだし、御袋とよく似たものを感じた。そしてこの後の展開などもう読めたわ……

 

 

 「妖夢……私と一緒に帰りましょうか♪

 

 

 再び目が笑っていない笑顔を作って妖夢の手をがっちりと掴んでその場を去ろうとする。当然妖夢は助けを求めて目で慧吾に訴えかけてくるのだが……

 

 

 「慧吾君

 

 

 妖夢の訴えに流石の慧吾も助け船を出そうとしたが、幽々子に名を呼ばれただけで蛇に睨まれた蛙のように体が硬直して大量の汗が噴き出る。その一言に多くの重みがのし掛かっており、嫌でも慧吾は理解してしまう。

 

 

 邪魔したら……わかるわよね?

 

 

 言葉にすればそう言っているようであった。

 

 

 ……これはあかん……

 

 

 「……妖夢……ごめん」

 

 「――ッ!?」

 

 

 慧吾は諦めざる負えなかった。見放された妖夢の表情は驚愕と絶望に変わり……

 

 

 「妖夢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「覚悟してなさい

 

 「……みょん……」

 

 

 やがて妖夢は失神して幽々子に引きずられながらこの場を去って行った。残った慧吾と上海はしばらくの間動けずに震えているしかなかった。

 後に慌てた様子で霊夢達が訪れた。先に出発したはずの霊夢達よりも幽々子が到着したのは、自分達を横切るもうスピードの影……その影と一瞬視線が交わった霊夢達は恐怖心に駆られてその場に釘付けされ、我に返った後は影が過ぎた後だった。それが幽々子だったと到着した霊夢達は知るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大変だったな……あの時は」

 

 「まったく心配かけさせるぜ」

 

 「そうね、慧吾が妖夢に襲われているって聞いた時は殺意が湧いたわよ」

 

 

 あれから数日が経ち、元の日常へと戻って行った。博麗神社で俺と魔理沙と霊夢が当時のことを思い出してお互いに思うことを言い合っていた。こうして日常に戻れただけでこんなに心落ち着くなんて思いもしなかった。あんな奇妙な一日そうそう出会いたくはない……

 

 

 結果としては無事に俺は生還できた。霊夢と魔理沙は無事な俺の姿を見ると抱き着いて大喜びしていた。後で魔理沙が顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたのを憶えている……可愛かったな。偶然にも迷惑をかけてしまったアリスとはこのことがきっかけとなり、時々会いに行ったり人里の人形劇をやる時は手伝いをすると約束もして良き友人となった。その時に霊夢と魔理沙が嫉妬していたのは気にしないことにしよう。家に帰れば御袋が死んだ我が子と再会したようにボロボロと号泣して落ち着かせるのには苦労した。その夜、御袋と子供の頃以来に一緒に寝かされてしまって大変だった。妹紅さんも俺の姿を視界に入れるなり抱きしめられて珍しい弱々しい姿を見てしまった。あんなに弱々しい姿を見たのは初めてだった……やっぱり妹紅さんも女の子なんだなと思い知らされた。咲夜に至っては見舞いと称して毎日通いつめては家事やら洗濯を手伝ってくれた。ありがたい限りだが、トイレまでついてこられるとは思っていなかったな……見られたりは……していないと思っておこう。そして小鈴だ。白玉楼を爆破しようとしていたから止めておいた。いつも通りで何故かホッとした俺はおかしいのか?

 後で聞いた話だが、霊香さんと鈴仙が俺の為に活躍してくれたみたいでお礼を言ったら照れていた。あの霊香さんまでも照れるなんて思っていなかったから破壊力抜群だった。永琳さんにもまた今度お礼を言いに行かないとな。橙も頑張ってくれたみたいでマタタビでもプレゼントしよう。紫さんと藍さんは……一応俺のことを思って行動してくれたのだから花と油揚げをプレゼントでもしよう。霊香さんからはそこら辺の雑草でもあげとけと言われたけど一応な。そして大事なことなんだが、今回の原因となった妖夢なんだけどな……

 

 

 「知っているか?その夜、白玉楼で数えきれないほどの()が舞っていたんだってよ」

 

 

 どこからか仕入れたかは知らない噂を持ち込んだ魔理沙の言葉に疑問を浮かばせた慧吾だったが、霊夢と魔理沙は()が既になんなのかわかっている。

 

 

 「白玉楼には()が住んでいるのか?それにしても妖夢は……」

 

 「慧吾が優しいのはわかるけど、今回はおいたが過ぎる……いえ、おいたどころでは済まされなかったかもしれないの。私がどれほど心配したか……」

 

 「霊夢の言う通りだぜ。今回ばかりは妖夢が悪かったからな。私だって心配したんだぜ。だって慧吾は……友達……だからな。妖夢のことを心配するのはわかるが、全て幽々子に任せておけば大丈夫だぜ」

 

 

 暗い表情の霊夢に気丈に振舞う魔理沙、最悪の場合こうして日常に戻れなかったかもしれない。だから妖夢が痛い目を見ても二人は当然の結果だと思っていたし、直接手を下さなかったのだからまだ温情だ。

 

 

 「そうか……まぁ俺はどうすることもできないからな。でも今度はちゃんと仲良くしようと思っている。もう妖夢とは友人だからな」

 

 「もう慧吾は優しすぎるわよ。でもそう言うところが好きよ♪」

 

 

 慧吾に寄り添う霊夢に口を尖がらせる魔理沙の姿がある博麗神社の光景はいつも通りの日常へと戻って来たことの証明だった。

 

 

 「おい、昼ご飯ができたわよ」

 

 「あっ、はい霊香さん今いきます!ほら霊夢、ご飯だってよ」

 

 「母さん今良いところなのに……」

 

 「知らないわよ、慧吾君に迷惑をかけるんじゃない。また説教(お話)してほしいのか?」

 

 「……」

 

 

 スススッと慧吾から離れてちゃぶ台へと向かって行く。なんでも博麗の巫女でありながら人里を混乱に陥れた罰を母親の霊香から受けたんだとかで少々トラウマになっているようだ。

 

 

 「慧吾君も食べていって、魔理沙ちゃんの分もちゃんと用意しているからね」

 

 「霊香お姉さんありがとうだぜ」

 

 「ありがとうございます」

 

 「うんうん!」

 

 

 ハチャメチャな出来事もこの幻想郷では当たり前のことであり、偶然にも遭遇してしまった慧吾は不運だと思っても原因の妖夢を恨んではいない。これも幻想郷で生まれた者の宿命であり、山あり谷ありの人生なのだからこれもこれでいいかと納得ができた。

 

 

 あの時、妖夢は俺に何を言おうとしていたのだろうか?今度会った時に聞いてもいいが……止めておこう。妖夢が言いたいと思った時に聞いてやればいいさ。おっ!この川魚美味いな♪

 

 

 終わりよければ全て良し……これも彼の人生なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「も~う!なんで言ってくれなかったのよ~!!しかも鈴仙はちゃっかり慧吾からお礼を言われているのよ!?慧吾に良いところ見せれなかったじゃないのよぉおおお!!!」

 

 「……はぁ……ウドンゲ、てゐ……慧吾君を呼んで来てくれないかしら?」

 

 「は、はい……わかりました」

 

 「永遠亭が……崩れるウサ」

 

 

 全てが終わった後に輝夜は遅すぎるタイミングで知ることになった。それが原因で永遠亭で暴れる怪物が生まれてしまい、鎮める為に慧吾が駆り出されることになった小話がありましたとさ。

 

 



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乙女心境

とある日常のひと時のお話です。


それでは……


本編どうぞ!


 閉め切った部屋の中で蝋燭の火が周りを照らしていた。そこには一つの影が鎮座している。その影は俯き何かを待っているように見える。

 

 

 そんな薄暗い部屋の中に一筋の風が舞い込んだ。襖を誰かが開けてその拍子に蝋燭の火が揺れ動く。

 

 

 遠慮もせずに新たに現れたもう一つの影は開けた襖をそっと絞めて再び場は薄暗くなる。蝋燭の火だけが相手の姿を映し出すものとなっており、二つの影は向かい合う様に畳の上に座る。

 

 

 「……待たせたわね小鈴」

 

 

 「……待っていたわ阿求」

 

 

 鈴奈庵の一室で口角を吊り上げたのは本居小鈴とその友人の稗田阿求だった。稗田家は人里の中で最も有力な家の一つであり、屋敷に多くの使用人を抱え、小作人には農地を貸し、祭事には祝宴を催している。また上白沢慧音と協力して寺子屋の運営に携わっており、阿求自ら教科書を執筆している。阿求と小鈴は仲が良く共通の話題が決め手となりいつしか友人へとなっていた。友人の元へと訪れた阿求の手には風呂敷に包まれた何かがあった。

 

 

 「頼まれていた()()()よ……ようやく書き終えたわ」

 

 

 風呂敷の結び目を解くとそこにあったのは……

 

 

 「こ、これが……アガサクリスQ氏最新の………………小説!!」

 

 

 数冊の小説の束……それは幻想郷中の女性達を虜にする官能小説の束であった。

 

  

 稗田阿求……表向きは人間の里にある名家『稗田家』の当主であり、九代目「御阿礼の子」として幻想郷の妖怪についてまとめた書物『幻想郷縁起』を編纂する役目を果たしている。そしてアガサクリスQとは阿求のペンネームであり、アガサクリスQが阿求とはほとんどの人物は知らずにその小説は連載形式で鈴奈庵を発信源に人々の間で話題となっている。

 しかし影では極秘裏に数々の官能小説を幻想郷に送り出しており、知る者にはアガサクリスQはエロの伝道師とも密かに呼ばれているとか。

 

 

 「これで()()()には困らないわね!ありがとう阿求♪」

 

 「チッチッチッ、今の私はアガサクリスQよ?間違えちゃダメよ?」

 

 「そうだったわね。ありがとうアガサクリスQ!」

 

 「いえいえどういたしまして。それよりもまだ謝礼は貰ってないわよ」

 

 「そうだったね。何が欲しい?」

 

 「そうね……()の所有物とか」

 

 「それはダメ」

 

 

 アガサクリスQもとい阿求の要求をきっぱり断った小鈴は先ほどまでの笑顔が消えていた。

 

 

 「ケイ君は私のもの、ケイ君の物は私のもの、ケイ君の童貞は私だけのもの……たとえ阿求の頼みでもそれだけは断わらせてもらうわ」

 

 

 先ほどまでの明るかったはずの声がドスの利いた声へと早変わりしていた。阿求を見つめる瞳には敵意すら感じ取れる程に豹変している。狙った獲物を横取りされてたまるものかと小柄な背後には百獣の王がオーラとなって睨んでいた。しかし慣れたものなのか阿求は平然と小鈴の視線を受け止めていた。

 

 

 「わかっているわよ冗談、ちょっとした冗談よ。小鈴が()に夢中なのは知っているし、幼馴染であることも知っている。それに友達である小鈴から奪おうなんて考えていないわよ」

 

 「阿求……私はとても良い友達を持ったわ!ケイ君のは渡せないけどお詫びにこの使用済みの大人の玩具夜のお供をあげ――『いらない!』そう?残念……」

 

 「もう……それで、もう一つ用件があるんじゃないの?」

 

 「あっ!そうだった!阿求、辻斬り騒動のこと知ってるわよね?」

 

 「勿論よ、家に居たからね。でもあの後、人里で恐ろしい何かがやって来たみたいで私は使用人に連れられて避難させられて何が何だか……小鈴は知っているの?」

 

 「YES!実はね……」

 

 

 辻斬り騒動のことを阿求に伝えた。阿求も人里に居たためにあの時の出来事は耳に入っている。そして人里全体が恐怖に包み込まれたことも知っている。しかしその恐怖を振りまいたのが目の前にいる友人だとは夢にも思わなかった阿求は呆れた様子であった。

 

 

 「あれあなたのせいだったの!?」

 

 「ごめんごめん、でもあれは私のせいじゃない。私は被害者……危うくケイ君が奪われるところだったんだから!あの忌々しい庭師め!今度会ったらあいつが持っている刀で全身丸刈りにしてやる……勿論あそこの毛もな!!」

 

 「落ち着いてよ、それで私に何をしてほしいの?」

 

 「あの騒動でケイ君を狙う輩が増えた。そこで阿求にもケイ君が私に釘付けになるような作戦を考えてほしいのよ。例えば阿求の小説で……貸本屋で働く少女と寺子屋で働く教師の息子が恋に落ちる小説を広めて、ケイ君にもその小説を読んでもらって……「小鈴、俺達もこの小説の登場人物みたいな恋人同士にでもなってみないか?」とか言われちゃったりして!!!」

 

 「そんな都合よくいかないと思うわよ?」

 

 「と・に・か・く!阿求も考えてよ、ちゃんと考えてくれればお礼はするからさ。ただしケイ君以外のだけれどね」

 

 「はぁ……面倒なことを……まぁ、謝礼がもらえるなら考えるだけタダだから付き合ってあげるわよ」

 

 「ぐふふ、流石は私の友ね!」

 

 

 小鈴は友人の阿求と知恵を絞って一人の異性の心を掴もうと作戦を考案し、後日実行に移すのだが全てが周りに邪魔されてあえなく撃沈……彼女が密かにつけている復讐日記に新たなページが書き記されることになった。

 

 

 これもまた幻想郷に生きる一人の少女の日常なのである……

 

 

 ------------------

 

 

 「まったく小鈴のやつには困ったぜ」

 

 「あの子なりに彼に振り向いて欲しいのでしょうね。手段はあれだけど」

 

 

 魔理沙はアリスの家に遊びに来ていた。遊びに来てもクッキーを頂いたり、紅茶を飲んだりとのんびりとした時間を過ごしていた。

 

 

 小鈴のやつ、阿求の知恵を借りて慧吾にあの手この手を使って独り占めにしようとしやがった。一度だけで懲りるようなやつじゃないのは昔から知っている。挙句の果てには慧吾の寝室に侵入しようとしたぐらいだからな。幼馴染の間柄でもそれは黙認できないぜ。霊夢は勿論のことだが、慧音と妹紅も小鈴討伐に参加してとっちめてくれたおかげで私は要らなかった気がするぜ。なにも活躍していなかった私だったが、小鈴が絞められている間は慧吾と二人で話ができてラッキーだったがな♪

 

 

 話していてやっぱりあいつは変わっている。寝室に侵入されそうになってもあいつは平気な顔をして許したし、辻斬り騒動以来あの妖夢とも仲良くなった。命を狙われたが謝ったから許したとか俺が許したいから許したとか……普通なら考えられない行動だったが慧吾はそういう奴だ。容姿だけじゃなく中身もカッコイイんだぜ♪もし……もしそんな慧吾に言い寄られたら……私ならどう返すだろうか……?

 

 

 慧吾を狙う奴らが増えている。あいつは他人を蔑ろに扱うやつじゃないし、全員と仲良く接するだろうな。でも慧吾も男だからいつか誰かと添い遂げるはずだ。未来慧吾の隣にいるのは誰なんだろうな……

 

 

 「……魔理沙、紅茶冷めているわよ?」

 

 「ん?あっほんとだ」

 

 

 魔理沙の手に持っていたティーカップの中身は気づいた時には既に冷めていた。少し考え事をしていたつもりが結構考え込んでいたようだ。

 

 

 ……あいつと誰かとくっついたら……この冷たくなった紅茶のように私の心の熱も冷めてしまうのか……?

 

 

 「……」

 

 「シャンハーイ?」

 

 「どうしたのよ魔理沙?考えごと?」

 

 

 上海とアリスは何も言わずに紅茶を見つめる魔理沙を不思議そうに見ていた。

 

 

 「……わるいアリス、もう帰るぜ」

 

 「あら……そう?何を考えていたか知らないけどあまり思いつめないでね?」

 

 「ああ、サンキュー!」

 

 「シャンハーイ!」

 

 「上海もまたな!」

 

 

 ()()()()()()()()笑顔でアリスの家を飛び出た魔理沙はとある場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっす、()()()()いるかー?」

 

 「いるよ。それで今日は何しに来たんだい?」

 

 

 香霖堂……幻想郷で唯一外の世界の道具や多種多様な商品を扱う道具屋で、販売だけでなく買い取りも行っている。人妖ともに拒まれず、誰でも利用できるお店である。ここにはよく霊夢や魔理沙が入り浸っている。

 魔理沙はここに道具を買いに来たわけでも売りに来たわでもない。目当ては店のカウンターの席に座る青年こと森近霖之助に会いに来た。

 

 

 一目見れば好青年とわかる外見でこの世界では極上のイケメン……女達(ケダモノ)のおかずになってしまうだろう霖之助が魔法の森の入口辺りにある香霖堂で男一人で店を営んでいる。男が人里離れた場所で店を営んでいると男に飢えた女達(ケダモノ)に物理的にもおかずにされて一生のトラウマを植え付けられるに決まっている。なのにこの青年は平然と今も店主として店と童貞を守り通している。

 それは彼が人間ではなく、人間と妖怪のハーフであり実力もそこそこの腕前を持っている。並みの弱小妖怪相手なら返り討ちにしてしまい、男を求める女達(ケダモノ)は霖之助にとっては醜悪な化身であるため情け容赦しない。中には彼を恐れる者もいるが、彼の仕打ちに幸福を覚える変わり者もいるとか……今はそのような話は置いておいて、魔理沙のお話へと戻ろう。

 

 

 「また()の悩みかい?」

 

 「……」

 

 

 この二人は昔からの知り合いで、魔理沙の父親の元で修行を積んだのが霖之助で、魔理沙は歳の離れた兄のような存在だと見ている。霖之助の方も顔はどうであれ、昔から可愛がっていた。妹のような存在で、信頼の証か何度もここへ足を踏み入れていた。

 そんな霖之助からの一言で魔理沙は帽子を深く被って顔を隠してしまう。照れていると傍で見ているだけで理解してしまうぐらいにわかりやすい。それも霖之助が言うに()に関する悩みは一度ではないようだ。 

 

 

 「座りなよ魔理沙、ゆっくり聞いてあげるから」

 

 「……」

 

 

 コクリと頷きポツリと話し始めた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど……未来慧吾君の隣に誰がいるのか気になる年頃になったようだね魔理沙♪」

 

 「か、からかうなよ!私は真剣なんだぞ!!」

 

 

 魔理沙は顔を赤くして犬の威嚇のように吠えた。

 

 

 ちくしょうこーりんのやつめ、揶揄いやがって!こっちは真面目に相談しているんだぞ!初めて悩みを持ちかけた時は唖然としていた癖に今じゃ面白がって遊んでやがるぜ。もう帰ろう……慧吾と同姓のこーりんならば何か答えが出るかと思ったが無駄のようだな。

 

 

 揶揄う店主を余所に諦めて帰ろうと背中を向けた。

 

 

 「まぁ待ちなさい魔理沙、そんなこと僕にだってわからない。未来のことなんて誰もわからないだろ?ああ、紅魔館のお嬢さんは未来が見えているように言っているけど、確定した未来じゃないのさ。だから誰にだってわからないんだ……魔理沙自身もそう思うだろ?」

 

 「……ああ」

 

 「だったら、彼の隣にいるのは誰なのか気にするよりも魔理沙が誰の隣に居たいと思うのか、隣にいるにはどうしたらいいのか……そっちを考えるべきだと思うけど?」

 

 

 ……こーりんがまともなことを言った。誰なのか気にするよりも誰の隣に居たいか……確かにそうだよな。こんな小さなことで悩んでいた私が馬鹿らしい。やっぱり相談して正解だったぜ!いつもこれぐらいの真剣さで聞いてくれれば嬉しいのによ……いつもは相談してもそのことで揶揄ってくるからうっとおしい。

 

 

 「いい顔になったじゃないか。いつもの魔理沙になったね」

 

 「へっ!こーりんは役立つときは役立つんだな」

 

 「失礼だね、いつも悩みを聞いてあげているじゃないか?」

 

 「いつも揶揄われて適当に返されていたから、今日も同じなら香霖堂に来なくなっていたかもな」

 

 「おや、それは危なかったね。僕も運がいいのかな?」

 

 「まず真面目に相談に乗れよ」

 

 「それじゃ面白くないじゃないか」

 

 「お前な……」

 

 

 それから一杯のお茶を飲み干す間、魔理沙は霖之助のくだらない道具自慢の話を聞かされ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぃ……こーりんの話は長くて訳がわからないぜ……」

 

 

 香霖堂から逃げ帰った魔理沙は自宅のベットで横になる。しばらく天井とにらめっこをしていたが、ベットの下へと潜り込みそこから取り出した大きな箱の中身を漁ると……傷んだ一冊の本が出て来た。それは小鈴から譲り受けた(土下座して譲ってもらった)慧吾が読んだ本であった。小鈴いわく慧吾のにおいがついているとか……嘘は言っていない……言っていないのだ。

 

 

 慧吾……霊夢や小鈴、咲夜に妖夢……他にも狙われている。男は顔が良くても性格に難があって他人を見下したりする奴だっている。不細工だからって石を投げつけて来る奴だっていたんだ……けど慧吾は一度も私を不細工だと言わないどころか……か、かわいい……って言ってくれたんだ。霊夢も霊香お姉さんも容姿を褒められたし、紫や藍なんかは暴走して手がつけられないぐらいにハイになっている。気持ちはわかるぜ……私だってお前におかしくされちまったからな。

 

 

 少しでも一緒に居たい、話がしたい、顔が見たい……いつの間にかお前に夢中になっていた。子供の頃、霊夢と慧吾と一緒に買い物に行った時のこと憶えているか?確か初めて小鈴に会った日でもあったな。霊夢が慧吾に色目を使った女に睨みを利かせていた……昔はわからなかったが、今では霊夢の気持ちもわかるんだ。慧吾を取られてしまうのではないかって不安になる。知らない奴なら尚更だ。もしも霊夢や小鈴だったとしたら……

 

 

 魔理沙は傷んだ本を抱きしめてベットへと潜り込む。

 

 

 ……こーりんに相談し、自分で悩みが解決した気になっていた。慧吾の隣に居たいと思うことができるようにはなったが、今度は霊夢達はどうなるのか?慧吾の隣に私が居ることで霊夢達の居場所がなくなってしまうのではないかと……そのことが頭に思い浮かんだ。

 

 

 「……また、こーりんに聞いてもらうか……」

 

 

 魔理沙は一つ解決した。しかし悩みは尽きることなく生まれて来る。胸に抱かれた傷んだ本を更に強く抱きしめて今は悩みなど忘れて眠りたかった。

 

 

 幻想郷で暮らす一人の少女の日常……異性を想い、友を思う白黒魔法使いは今日も悩みから逃れるように深い眠りへと落ちていく。

 

 



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弐章
守矢の巫女


時系列は風神録過ぎた辺りです。


それでは……


本編どうぞ!




 「――でありまして、辻斬り事件が起きたと思えば今度は鬼神悪鬼が人里に現れたかの如く恐怖で染め上げられたらしいのです。くぅ、何故あの時に限って居眠りをしてしまったのか……椛が知らせてくれれば大スクープをカメラに収めることができたのに!この射命丸文一生の不覚……って聞いてますか?」

 

 「……えっ?あっ、はい……すみませんでした文さん」

 

 「あやや、どうしたんですか?顔色悪いですね早苗さん?」

 

 

 数日前に人里で起こった事件を後々調べ上げて大スクープを取り逃したことを嘆くのは文、その愚痴を目の前にいる一人の巫女に話しているところだ。

 

 

 

 緑色のロングヘアーに髪の左側を一房髪留めでまとめた白地に青の縁取りがされた上着と、水玉や御幣のような模様の書かれた青いスカートを履いている。彼女は博麗霊夢とは違う異なるデザインの巫女装束を着ていた。彼女の名前は東風谷早苗と言い、幻想郷に最近やって来た人間だった。

 

 

 文に質問されたと言うのに早苗は落ち着きがなく、返答もなし。それに体調も調子が悪そうに見えた。

 

 

 「早苗さん……はっ!そう言うことでしたか、大変申し訳ありませんでした気がつかずに……女の子の日なのですね!」

 

 「ち、ちがいます!!そんな日じゃありません!!」

 

 

 女性にとっての特別な日だと勘違いされて即座に否定した。

 

 

 「あやや、それじゃ何の日なんでしょうか?ねぇ教えてくださいよ~早苗さん、私とあなたの仲ではないですか~♪」

 

 「私とあなたの仲って……それほど親しくはないですよね?」

 

 「またまた~!共に博麗の巫女にやられた仲なのですから♪」

 

 「やられたって私は……」

 

 「あやや変ですね?意気込んで『「博麗の巫女なんか私がやっつけてやる!!」』とか言って喧嘩を売った直後に血祭りにあげられてたのは誰でしたっけ~♪」

 

 

 ニタニタといやらしい笑みを浮かべる文に不快感と腹が立った。早苗にとっては思い出したくない記憶であったようで、とある理由で外の世界から彼女はやってきた。その時に妖怪の山に生息する天狗達とひと悶着あったが何とかことを収めた。そして幻想郷に新たなる居場所が誕生し、我が家である守矢神社がここに根強く立つことになった。

 

 

 守矢神社は本来幻想郷の外にあったが、信仰が得られなくなったため神社ならびに神社近くの湖ごと幻想郷に引っ越した。このことが異変の発端となり、信仰を得ようとした神様と天狗とのひと悶着、そして博麗の巫女である霊夢達に目を付けられた。結果は霊夢達が異変の発端である早苗らを懲らしめたことで幕を閉じた。幻想郷に来て日も経っていないような彼女が霊夢に勝てる訳もなく、文の言う通り惨敗を期した。

 しかしそのことについて早苗は言い訳はしない。勝てなくて当然だったのだからこれから超えればいいだけのこと。では何故先ほどから彼女の様子がおかしいのか?それを知るにはもう少し彼女の生活を見ておく必要があるようだ。

 

 

 「……もうこの話はやめましょう文さん、私はこれから用事がありますので」

 

 「そうでしたね。それじゃそろそろ私も取材の続きをしないといけないので……これにて!!」

 

 

 そう言って猛スピードでこの場を去って行く。飛び立った衝撃で砂が舞い風が躍る。文の後ろ姿は一瞬にして見えなくなってしまっていた。それと変わるように今度は守矢神社の方から人影が二つやってくる。

 

 

 「……早苗」

 

 「神奈子様、諏訪子様……どうしましたか?」

 

 

 ボリュームのあるセミロングの髪に、冠のようにした注連縄を頭に付けた女性と金髪のショートボブに蛙のような帽子を被った少女が現れた。八坂神奈子と洩矢諏訪子と名乗る神様で、早苗の親同然の仲の二人は不安そうな表情で見つめていた。

 

 

 「早苗、辛かったら行かなくていいんだよ?私達は早苗が一番なんだから」

 

 「そうだぞ早苗。信仰のためにと動いてくれてはいるが、お前には辛い思いをしてほしくないんだ。だからわざわざ人里へ行かなくても……」

 

 

 諏訪子が優しく言った。神奈子が説得を試みたが対して早苗は首を横に振り否定の意思を表す。わかっていたことなのだろう……諏訪子はそれ以上口出しすることはなくなったし、神奈子も口を閉ざす。

 そんな二人に背を向けて一言「いってきます」と声をかけて空へと飛び立っていった。目指すは人里だろうが、何故二人がここまで早苗に気を使うのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「せんせいさようなら~」」」

 

 「ああ、また明日な」

 

 

 寺子屋から帰宅する子供達を慧音は見送っていた。寺子屋はお昼時前には終わり、この後はいつも通りに自宅へ帰るつもりでいる。一刻も早く帰って愛する息子に出迎えられ、共に食事を楽しむ楽しみがある。

 

 

 「さてと……慧吾待ってろ、今すぐに帰るからな!ふぅひぃ♪」

 

 

 日課になっているとは言え、辻斬り騒動が起きて以来息子と共にいる時間が恋しくなることが多くなった。若干鼻息を荒げながら寺子屋を閉めて我が家へと続く道を歩んでいる時だった。

 

 

 「皆さん!今こそ我が守矢神社を信仰してください!」

 

 「ん?あれは……」

 

 

 慧音はふっとその声の主が気になり足を止めた。その声の主は緑髪の少女の服装はどことなく霊夢の巫女装束に似ている。その少女は『守矢』と書かれた旗を背負い、簡易な土台の上で演説を行っている。この出来事に興味を示した多くの女性達が導かれるように少女の元へと集まりだした。

 

 

 「お集まりくださりありがとうございます。私は東風谷早苗と申します!以後よろしくお願いします!」

 

 

 礼儀をわきまえた少女らしい……その少女を見て慧音は思い出す。そう言えば以前に妖怪の山で一筋の光が差したことがあった。文の情報によれば守矢神社なる建物が外の世界から移住してきたとか聞いた。それから妖怪の山から度々一人の少女が演説しに人里に現れると言う噂を耳にしたが……どうやらこの少女こと早苗だと慧音は認識した。

 

 

 「今!幻想郷に必要なこと、それは何だと思いますか?」

 

 

 急に話を振られた野次馬はお互いに顔を合わせて何のことだかさっぱりわかっていない様子だ。

 

 

 「絶大なる神のご加護が必要なのです!

 

 

 早苗が野次馬に言い放つ言葉は力強く、迫力に押されてしまった。

 

 

 「神様は崇拝するべきものです。して、その崇拝するべき神とは誰なのか……」

 

 

 早苗が神について語った。今の幻想郷に必要なのは神様であり、守矢神社に住まう二神こそ我々人間が崇拝するべき存在であると……その一神の名は八坂神奈子、強さ・威厳・器の大きさを持ち合わせ軍神と呼ばれた神様である。もう一神は洩矢諏訪子、農作・軍事・創造を統治していた土着神という守矢の二神を信仰すれば様々な恩恵を得られるとのことだった。

 

 

 「(胡散臭いな)」

 

 

 慧音がそう思うのも無理はない。以前妖怪の山での異変の首謀者に守矢神社が関係していると知っているから尚更信用できない。他に集まった野次馬も反応はよろしくない……ガヤガヤと疑惑が立ち始める。この状況を察知した早苗は分が悪くなった彼女の表情が険しくなったのを見過ごさない。慧音の洞察力を持って早苗が信者を獲得しようと試行錯誤を考えているのを見通していた。

 

 

 「(どうするつもりだこの状況を?)」

 

 

 慧音は人里を異変や妖怪からの魔の手から守るために、異変を起こした彼女の人としての良さを見抜こうとしていた。そうとも知らない早苗は焦りが顔にも表れ始め、汗が流れている……突如としてハッとした表情を浮かべた。何かを思いついたのだろう……早苗はこの状況を一変させる起死回生の一手を投じた。

 

 

 「も、もしも守矢神社を信仰すれば、皆さんにはきっと運命(男性)との出会いが待っていることでしょう!!」

 

 「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 「(……おいおい、流石にそれはマズイのではないか?)」

 

 

 爆弾を投下した早苗の発言に遺憾の意を示す。この幻想郷では恋愛が成就(じょうじゅ)するのは一握りの女性のみ、美しい容姿なら問題はない。しかし慧音のような不細工だけでなく、男に選ばれることがなかった残り者達にとってはこの話は御法度(ごはっと)である。一生独り身で墓場までの人生を過ごす女性達にわざわざ話題をほじくり返してしまうのは酷なこと……しかしそれでも希望()を捨てきれないのが女である。もしも本当に守矢の神々を信仰すれば出会いがあるのではないかっと淡い期待が生まれてしまう。実際に早苗の投下した爆弾の火が森林に燃え移るようにみるみる期待が広がっていき……

 

 

 「わたし守矢を信仰します!」

 

 「わ、わたしも!!」

 

 「あたしも!神様最高!!」

 

 「筋肉ムチムチナイスバルク!!」

 

 「ショタこそ孤高!!オネショタ展開カモン!!!」

 

 「ペロペロしたいペロペロしたいペロペロしたい!!!」

 

 「「「「「MO・RI・YA!!!MO・RI・YA!!!MO・RI・YA!!!」」」」」

 

 

 人里の中心で守矢コールが早苗を中心に繰り返されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……はぁ……どうして言ってしまったんでしょうか。咄嗟に思いついたとはいえ、あんなことになるだなんて……」

 

 

 早苗は自前で用意した旗と土台を片づけながらため息をついていた。早苗自身も咄嗟に口から出たその場しのぎの言葉であったが、次から次へと大勢の信者を獲得する結果となってしまった。予想外の出来事に後悔しながらも信者を会得したことでこれでよかったのだと納得することにして守矢神社へと帰ろうとした時だった。

 

 

 「ちょっといいか、早苗だったな?」

 

 「えっ?あなたは……」

 

 「私は寺子屋で教師をしている上白沢慧音だ」

 

 

 慧音は守矢を信仰したわけではないし、彼女が独り身で墓場までの人生を過ごす女性に含まれることはない。以前までは慧音もその内に入っていたが、息子の慧吾を授かり今では勝ち組に属する勝利者なため早苗の洗礼を受けることはなかった。何故引き止めたのかは早苗のことを心配しての忠告をするためだ。

 

 

 「話を聞いていたのだが……最後のアレはまずかったのではないか?」

 

 「そ、それは……」

 

 

 恋愛が成就(じょうじゅ)することなんてそう簡単に叶うわけがない。早苗の親同然である二神ですら今も成就(じょうじゅ)していないと言うのに……信仰すれば叶うなど嘘にも等しいことなど本人も十分に自覚していることだが今更どうすることもできない。

 

 

 「あの時の君は焦っていた。そのために咄嗟のことだったと見ていればわかったがあんなの嘘と同じだ。今ならまだ間に合う。謝ってくるんだ、不安ならば私も一緒に謝ってあげるからな?」

 

 

 親切心だった。早苗はまだ若く情報によると外の世界から幻想郷へと移り住んですぐだ。わからないことだらけの世界で一人で人目に付くような場所で演説を行った。大したものだと思う……が、勧誘の仕方を間違えた。初めは良いかもしれないが、後できっとシワ寄せが押し寄せて来ることだろう。騙されたと男が関わった女共の狂気の牙の餌食にされてしまう……教師として見過ごすことはできなかった。

 

 

 「……」

 

 「さぁ、謝りに行こう」

 

 

 俯いた早苗は体を震わせていた。なにを感じているのかわからないが、様々な感情がそこには入り乱れているはずだった。しかし答えはただ一言だけ……

 

 

 「………………………………………………嫌です」

 

 「……なに?」

 

 

 思わず耳を疑った。慧音は早苗が理解力のある子だと思っていたし、礼儀もわきまえている。彼女なら後に起こるトラブルを回避する選択をするだろうと思っていたのだが、返って来たのは拒絶の証だ。

 

 

 「形はどうあれ守矢を信仰してくれるのです。それに信仰すると言ったのはあの人たちです」

 

 「だがそれは()につられてだな……」

 

 「そんなの……私の知ったことではありません!」

 

 

 怒号が慧音にぶつけられた。ビクリと体が反応する……周りの通行人も何事かと視線が集中する中で、彼女は怒鳴るつもりではなかったのだろう。早苗はハッとして顔を上げる。その顔には戸惑いと驚愕の両方が浮かんでいた。

 

 

 「――ッ失礼します!」

 

 「お、おい!?」

 

 

 すぐさま逃げるようにその場を去って行く。取り残された慧音は早苗が去った方角を眺めて疑問を口にする。

 

 

 「偽りの信仰で入信者を増やしたとしても結果はわかっているのに……そこまでして信者を増やしたいのか?君はどうしたいのだ?」

 

 

 慧音は見たのだ。悲しみに染まった瞳が早苗に宿っていたのだ。その悲しみとの正体は何か……調べる必要があるなと思い慧音は信頼する人物に詮索を願い出る。

 

 

 ------------------

 

 

 「あやや、それで私を自宅に招いたわけですね」

 

 「そうだ、頼めるか?」

 

 「そうですね……私も早苗さんのネタを掘り出したいと思っていましたので是非ともこの射命丸文がご協力させてもらいましょう」

 

 「文、御袋大丈夫なのか?」

 

 

 御袋が帰って来た。そして文が御袋に何故か引きずられてやってきた。初めはどういう状況と思ったが、掻い摘んで説明すると演説を行う少女と出会い、信仰を得る為に口から出たデタラメで信者を増やした。しかしそれでは後が恐ろしいので少女に忠告したが、断られた。しかし断られた時の様子に疑問を感じた御袋が人里で偶々辻斬り騒動の取材をしていた文とバッタリ遭遇、そのままとっ捕まえてその少女のことについて色々と捜索してほしいとのことらしい。話によればその少女は東風谷早苗と言って元々外の世界から来た女子〇生だった子のようで現代人の様子。何かと親近感が湧く気がする。俺も転生する前はこことは違う世界の外の住人だったからな。ちょっと会って見たい気もする。

 

 

 「心配するな。性格はあれだが詮索は得意だろ?」

 

 「あやや性格は否定ですか。まぁ相手の情報を得ることに関しては慣れていますよ。そう言えば早苗さん人里へ行く前から様子が変でしたね。その時は揶揄ってしまいましたが、何か闇を抱えているのかも知れませんよ?」

 

 「闇を抱えているとは?」

 

 「女は秘密を隠しているものなのです。早苗さんはまさしくそれに当てはまる動作を行っていましたからね」

 

 「わかるのかよ文?」

 

 「記者である私の洞察力を舐めないでもらいたいですね。記者は取材相手の事細かな表情の変化や動作を見て話のネタを聞き出したりするのですよ?」

 

 「ほう……そうなのか」

 

 

 そう言えば記者だったな文は……忘れていた。文が言うには早苗さんとか言う巫女さん?が闇を抱えている可能性があるとか……誰だって秘密の一つや二つ持っているものだ。俺も転生者と言うことを隠しているからな。しかし闇か……あべこべ世界で不細工の女性達の扱いは酷いものだ。その彼女にはまだ会ったことはないが、御袋や文と同じく俺からしたら美人なのだろう。ならばこの世界では不細工扱い……心に傷を負っているのかもしれないな。気になるな……

 

 

 「御袋、俺もその早苗さんに会いに行ってもいいか?」

 

 「どうしたいきなり……ま、まさか恋をしたとか!?」

 

 「いきなりなんでそうなるんだよ……違うぞ御袋。文の調査に俺も同行しようと思う。ちょっと話を聞いていると気になってな。それに男の俺ならばその早苗さんがもしかしたら口を滑らせてくれるかも」

 

 「それはいいですね!慧吾さんのような男性に声をかけられてメロメロにならない雌ゴリラはいませんからね♪」

 

 「文お前例えが……まぁいいや。それで御袋、俺がついて行ってはダメか?」

 

 「むむ……慧吾の頼みならダメとは言えないな。できる母親は息子のお願いを無下にしない。文、慧吾のことを頼んだぞ」

 

 「あやや!?頼んだと言うことは……婿に貰ってもいいと言うことでしょうかね!?」

 

 「違う!!妹紅に頼んで焼き鳥にして食うぞ鴉!!」

 

 「おお怖い怖い!冗談ほんの冗談ですって♪」

 

 

 文のやつ御袋で楽しんでやがるな。しかし東風谷早苗か……どんな子なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……」

 

 「早苗おかえり……何かあったようだな」

 

 「早苗……大丈夫?」

 

 「……」

 

 

 守谷神社へ帰って来た早苗は見るからに元気がなかった。出迎えた神奈子と諏訪子は心配して声をかけるが早苗は返事もせずに奥へと消えていく。

 

 

 「早苗……」

 

 「……」

 

 

 二人は何も言えず辛そうな表情で奥へと消えた早苗を心配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……何が『運命(男性)との出会いが待っていることでしょう!!」』ですか。自分で言っておいて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……()なんて反吐がでます……」

 

 

 少女の口から吐き捨てた言葉にはどういった意味が込められているのだろうか……

 

 



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風祝は男嫌い?

大変お待たせしました。他の小説に力を入れてリアル事情で遅くなりましたが、ようやくこれで投稿出来ました。忘れがちなので書き方に不備があるかもしれませんのでリハビリは必要ですね。


それでは……


本編どうぞ!




 「もうすぐで守矢神社ですよ」

 

 

 天狗の本拠地から少し離れた山の中、この山は『妖怪の山』と呼ばれ天狗のみならず多種多様な妖怪が住んでいる周りを見渡しても木々が生い茂り、鳥のさえずりが時々聞こえてくる。そんな自然豊かな場所を文の案内で例の人物に会うために足を運んでいた。踏み入れるのは初めての山の中は意外にも道が整備されていた。文が言うには守矢神社へ信者が足を運びやすいように河童達に作らしたようだった。おかげでそれ程の時間をかけずに守矢神社には後少し、そこには人里で布教活動を行っていた東風谷早苗がいる。

 

 

 「どんな人物なんだろうな」

 

 「私的にはいじりがいがある子って感じですね。いじって遊びたくなる衝動に駆られましたし実際。けれど、言ったように何かを抱えて一人で溜め込んでしまうタイプと見ます。そして放っておくとそのまま重みに耐えられなくなって……っと私は検討します」

 

 「溜め込むタイプね……」

 

 

 東風谷早苗とは面識がない。以前文の話に出てきたが忘れていて、昨日の会談でそう言えばそんな人物の話をしていたことがあったな……と思い出しただけの赤の他人である。しかし面識は無いにせよ、母親の慧音が気にかけた人物だ。それと人里の布教活動での一件と文の話も含めると後々その子に振りかかる厄介ごとは大きそうであるし、現代人とのことで親近感が湧き男性である自分ならばこの世界理論上説得しやすくなるかもしれないと淡い期待もしていたが、同時にその子の行動に違和感もあった。

 

 

 「文の検討が外れていてくれたら良さそうなんだがな……」

 

 

 拭えぬ違和感を持ちつつ二人は守矢神社へと辿り着いた。

 

 

 ------------------

 

 

 俺は妖怪の山へとお邪魔している。妖怪の山とは名前の通り妖怪達が住まう山で天狗が主に支配している(その他にも居るが)天狗は縄張り意識が高く仲間思いで、人間のような社会的な構図が形成された珍しい種族なのだ。そんな天狗達が支配する山に誰も近づくことは普段ならあり得ないし、ましてや俺のような男が一人で入れば即妖怪達にあれよこれよと頂かれてしまうだろう(性的な意味で)から訪れることはまずない。しかし今回は事情があるので致し方なし、それに話によれば守矢神社になら天狗達もとやかく言わないらしい。まぁ信仰するために神社に訪れさせない訳にはいかないし、天狗と守矢の方々で取り決めがあったか定かではないがそういうことなのだろう。

 現在護衛兼相棒役として文が同行しているので俺が頂かれる(性的な意味で)ことはないので無問題だ。おっと関係ない話かもしれないが途中で見回り中だった犬走椛とか言う犬ッコロ……本人は「狼だ!」と言っていたが同じことだろ?ともかく自称狼さんに出会ったわけだ。初めは襲いに(性的な以下省略)来たのかと内心身構えたがそうではなく、文が見慣れぬ俺を誘拐しようとしているのではないかと疑って尋問しに来たらしい。文……お前部下にどんな目で見られているんだ?傍から見ていると何やら険悪な雰囲気を漂わせてお互いにメンチビームが炸裂していたのが見えたぞ。これこそ犬猿の仲……いや、狼鴉の仲だなこりゃ。しかしこのままだと時間だけが過ぎていくので俺が事情を説明したら素直に納得してもらえて見回りに戻って行った。去り際に「もし男性に危害を加えたら容赦しないから覚悟しておけ」と釘を刺していたが、狼さんそれが上司に対する態度か?相当嫌われているようだな……ご愁傷様。

 

 

 本人は気にもしていないのか踵を返して案内を開始する。その際「糞駄犬が、今度尻穴に骨突っ込んでやる」と聞こえたような気がしたが俺はクールにスルーしたぜ。まぁ関係のない話はこれぐらいにしてっだ。ようやくおでましのようだ。

 

 

 目の前には鳥居が佇んでいる。扁額(へんがく)(鳥居などについている額のこと)にはいつも見慣れた『博麗』の名ではなく『守矢』と書かれていた。ここが妖怪の山に新たに外の世界から引っ越して来た守矢神社、そこへと足を踏み入れた。

 

 

 ほぇぇ、博麗神社とはまた違った清潔感が漂って来るな。見た目では守矢神社の方が軍配が上がりそうだが、俺的には博麗神社の方が落ち着く。やっぱり昔からあそこに入り浸っているからか?

 

 

 よく訪れる博麗神社とは違う雰囲気に少々落ち着けない慧吾はあっちこっちをしきりに見回していたら背中が見えた。この幻想郷では髪の色など気にも留めないが、現代社会ならば一目見れば忘れることのできない緑髪の女性が視界に入った。向こうはこちらに気づいておらず、呆然と空を眺めている様子であった。

 

 

 「あれが東風谷早苗さんです

 

 

 文が耳元で呟いたことで彼女こそ東風谷早苗本人なのだと認識する。声をかけようとしたがそこで止められた。

 

 

 「待ってください。慧吾さんは一度お隠れになって身を潜めてください

 

 「ん?何故だ?

 

 「考えてみてください。いきなり男性が訪問したらパニックになるでしょ?下手したら勢い余ってそのまま頂かれてしまうかもしれません。少し様子を見てからにしましょう

 

 

 この世界だったらあり得ることだ。男性が訪問=抱いてくれになることだってある……何を訳の分からないことを言っているんだと思うかもしれないが、それぐらいこの幻想郷には男に飢えている女共(ケダモノ)がいるのだ。もし慧吾の初めてが奪われようなら博麗の鬼巫女や貸本屋の修羅や殺戮マシーンメイド長などが狂乱して幻想郷終焉になってしまうなど冗談では済まされない……いや、確実にそうなるだろうと未来予知がなくても見えてしまう。慧吾と言う核爆弾を抱えた文は慎重だった。もしもを考慮し、細心の注意を払い慧吾には物陰に隠れてもらった。それを確認した文は普段通りを装って早苗の元へと近づいていく。

 

 

 「どうも早苗さん」

 

 「えっ?あ、ああ……文さんですか」

 

 「はい、あなたの隣に這いよる清く正しい射命丸文の登場でございます♪」

 

 

 警戒されないようにスマイル零円で対応する。記者と言うのは伊達ではない。

 

 

 「はぁ……それで私に何か用ですか?」

 

 「あやや、今日はなんだか()()がなさそうですね?お身体でも悪いのですか?」

 

 「い、いえ……別に……」

 

 「顔色も優れないですね。やっぱり何かあるのですか?例えば便秘だったり、虫歯になった時は憂鬱になりますし、後は……()()()()で上手くいかなかったとか」

 

 「――ッ!?」

 

 

 明らかな動揺が目に見えた。今日の早苗は調子が良くないと文の目にはまるわかりだ。やはり布教活動のことが原因のようだ。男性との出会いを餌にして釣り上げた魚は魚でもホオジロザメ()だ。餌が良ければいい魚が釣れるがその反動は激しく、でっち上げの嘘っぱちならば釣り人が逆に餌となってしまう。それが恐ろしいのか文が布教活動の名を上げただけで体が反応していた。

 文は早苗の状況を伝えるべく、物陰に隠れてやや距離がある慧吾に聞こえるよう自然に怪しまれないように振舞っている。伊達に不細工に厳しい世の中で記者をしているだけのことはあったようだ。ちゃんと慧吾にも文の意思は届いていた。

 

 

 部下に嫌われているし、盗撮の前科があって残念な妖怪だと思っていたが……文、俺はお前を見直したぞ!だが盗撮の件は忘れないがな!

 

 

 文への好感度が1上がったようだ(100点満点中の34点)

 

 

 文は今の状態の早苗に会わせて良いものかと悩む。不安を抱いている相手に興奮剤(慧吾)を与えていいものか……そんな時だった。奥から青紫色の髪にサイドが左右に広がった非常にボリュームのあるセミロング、そしてインパクト大の注連縄(しめなわ)を輪にしたものを取り付けた女性が近づいてきた。

 慧吾は登場した人物に対して何者と思うだろうが、文はこの人物が何者かであることを知っていた。天狗達を締め上げ神としての力を見せつけた早苗の保護者的存在に位置する八坂神奈子である。

 

 

 「射命丸じゃないか、また取材か?」

 

 「はい、今日も取材しに来た次第です」

 

 「ふ~ん」

 

 

 神奈子はそう興味もなさそうに返答すると視線が動いた。正確には物陰……慧吾がいる場所に。

 

 

 ……俺って見られている?そんな訳が……

 

 

 「取材ならこそこそと隠れるなんて失礼に値しないのか鴉のお友達よ」

 

 「――ッ!!」

 

 「……神奈子様?」

 

 

 威厳ある重みがかった声が響いた。文は慧吾の存在を知られたのに驚き、早苗は何のことかわかっていない様子だ。

 

 

 俺の居場所がバレただと?!ちゃんと隠れていたつもりなんだが……本当に何者なんだ!?

 

 

 驚きを隠せない。それも神奈子が姿を現して1分も経っていないのに居場所を看破されたのだから。しかし神奈子にとってただの人間である慧吾の気配を読み取ることなど訳ないのだ。神奈子的にはちょっかいをかけてくる鴉の仲間に仕置きしてやろうとちょっとした出来心だったのだが、この行動が悪い方に向かうなど思ってもいなかった。正確には()だと見抜けなかったことが最大の原因で……

 

 

 バレてしまったのでは仕方ないとこれ以上隠れることができない慧吾は姿を現す。その姿を見て今度は神奈子が驚いた。女が現れると思うのが普通の考え方だったが、まさか男が現れるとは思ってもいなかった神奈子。予想外の正体に我に返ったのは隣に佇む影が小刻みに震えだした時だ。

 

 

 「う、う……そ……男……?!!」

 

 

 それは早苗だ。体が震え、先ほどまでの顔色は更に悪くなり目に見えて異常だ。これには文と慧吾も何が起こっているのか理解できないでいた。

 

 

 「う……うぅ?!」

 

 

 崩れ落ちる体、意識が朦朧としており目の焦点が合っていない。全身から汗が流れ出て鳥肌が立っており、過呼吸を引き起こしていた。

 

 

 俺はその時咄嗟に彼女を介護しようと近寄ろうとした。しかし俺を突き飛ばす手……文でも保護者さんの手でもなかった。その手は介護しようとした彼女の手に触れようとして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ち……か……づ……くな……

 

 

 その手を拒まれた。焦点の合っていない瞳でもこちらを睨みつける視線を感じ、そのまま彼女は意識を失った。咄嗟のことで何が起きたかわからない……わからないが一つだけハッキリしたことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は……闇を抱えていた。

 

 

 ------------------

 

 

 「……結果から言えばアレルギー性の発作ね」

 

 「発作であれほどに状態が悪くなるとは低度のアレルギーではないと言うことですね」

 

 「そんなにヤバかったのか?私の所に来た時はぐったりしてたからわからなかったが……」

 

 「過呼吸に大量の汗、そして全身の痙攣……明らかに危険な状態でした。下手をするとそのままぽっくり逝っていたかもしれません」

 

 「マジかよ」

 

 「はい……それで永琳さんに質問です。早苗さんはアレルギー性の発作なんですよね?それで何のアレルギーだったのですか?」

 

 「そこまではまだ詳しく調べてないからわからないわね」

 

 

 慧吾さんが現れて急に変化が起きた早苗さん……何かあるとふんでいましたが思った以上のモノを抱え込んでいるようですね……あやや。

 

 

 文は永遠亭へとやってきた。先ほどまで守矢神社を訪れていたのだが早苗の容体が急変し見るからに危険な状況となった。すぐに医者に見せるべきだと行動に移した。永遠亭への道を知る案内人である妹紅がすぐに発見できたのは幸運だったと言える。運よく見つけた妹紅の案内で早苗の保護者である神奈子と共に大急ぎで永遠亭へ向かいすぐに永琳の診察を受けることができた。

 結果を言えば早苗は助かった。永琳が言う原因はアレルギー性の発作であることがわかった。だが何に対してはまだハッキリとしていない。

 

 

 「その原因がわかっている方はいるけど」

 

 「神奈子さんのことですね。それで神奈子さんは今どうしてます?」

 

 「早苗ちゃんに付きっきりよ。あなたの話では神奈子さんともう一人の神様は早苗ちゃんの保護者なのでしょ?娘同然に思っていたはずよ、その娘が倒れてしまったんだから今はそっとしておいた方がいいわ」

 

 「ま、無理もねぇか」

 

 

 今別室で眠っている早苗を心配して神奈子が一時(ひととき)も傍を離れようとしない。早苗の親同然の神奈子にとって自分の目の前で起きたのだから心配になるのは仕方のないことなのだ。妹紅にも息子(慧吾)が居るからよくわかる。同情しながらも原因の解明が後回しになってしまうのは仕方ないと肩を落とした。

 

 

 ふむ、原因が何なのかわかれば対策なり対処の仕様がありようですけど、知るには神奈子さんの精神に余裕ができてからですね。しかし早苗さんが発作持ちとは知りませんでした。そんな話題すら上がってませんし、何より早苗さんと親しくなって半年も過ぎてませんからね。っとなると早苗さんの発作の原因を突き止めてみたくなりますね。記者としての魂がそう唸り声をあげています。それに保護者はもう一人いますし、私がここでできることはこれまでのようですので、今の内に諏訪子さんを訪ねてみますか。

 

 

 文は守矢神社での早苗の発作に違和感を感じ、すぐに原因を解明したいと欲求に駆られた。現在永遠亭には神奈子が居るが先ほど申した通りに早苗の身が心配で他のことに構っている余裕などない。ならばともう一人の保護者に聞いてみれば良いと考えた。文自慢の速さでちょちょいのちょいでひとっ走りで原因解明しようとこの場を後にしようとした。

 

 

 「おい天狗、そう言えば慧吾はどうした?慧音から今日は守矢神社に行くと聞いていたからお前と一緒のはずだが?」

 

 「あっ」

 

 

 妹紅に引き止められた。そして思い出したことがある。発作で倒れた早苗に夢中で同行者の慧吾をそのまま守矢神社に置きっぱなしだったのだ。しかし緊急事態なのだから仕方ないと弁解はできるだろう……が、相手は慧吾LOVEの親バカ妹紅ではそうともいかず……

 

 

 「おいお前今……『あっ』って言ったよな『あっ』って」

 

 「……慧吾さんは置いてきました。何せ緊急事態でしたので空を飛べない彼には守矢神社で大人しく待ってもらっています」

 

 

 一応咄嗟に思いついた弁解を口から喋ってみたのだが……

 

 

 「確かに緊急事態だが……守矢神社に行く際に護衛をお前に任せたはずだ。そのお前がうっかり忘れ、他の護衛も付けずにポツンと慧吾を一人ぼっちで守矢神社に置いて行くとはなぁ……お前()()()()()慧吾がパクリンチョされていたらどう責任取るつもりだぁあ"あ"ん!!?」

 

 

 あやや?!これはめんどくさい人に絡まれてしまいましたよ私!?妹紅さんの意外な一面、慧吾さんのことになると親バカ属性爆発ですか!もうやだこのチンピラ……こっちは緊急事態だったのですよ!?それに慧吾さんだってバカじゃありません。一人で山の中をうろつくなんて行為はしないはずですし、守矢神社で待っている方が安全だってわかっていますよ。確かに護衛を任された私ですよ。忘れたのも私ですけど……そんなメンチビーム飛ばさないでいただけませんかね!!?

 

 

 わざわざ()()()()()と強調を忘れずに縮こまる文に対してメンチを切る妹紅に弁解は通じないようだ。

 

 

 誰かこのチンピラ何とかしてほしいのですが……あやや、永琳さん他人のフリしないでください。この場に味方はあなただけなのですから……

 

 

 永琳だって不良(妹紅)の相手はごめんなのだ。文の願いは届かなかった……永琳に対しては。

 どこからかドタドタと廊下を走る音が聞こえて来て部屋の前で止まる。まさか!と願いは神に届いたのかと部屋の扉から不良(妹紅)に絡まれた自分を救い出してくれる存在に期待した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「慧吾!?来てるの!!?

 

 「おぉろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ!!?

 

 

 忘れていたのは慧吾のことだけではなかった。ここは永遠亭、あの怪物が住む魔境の巣窟だったことを……

 

 

 文が最後に見たのはこの世のものとは思えないおぞましき怪物と視界を埋め尽くす食べたはずの朝食のおかず達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 冷たい風にどれぐらい吹かれていたのかハッキリと憶えていない。憶えているのは彼女が彼……早苗が慧吾を拒絶したあの時の瞳だけ。太陽は上り、曇り一つない快晴な空の下だが、慧吾の心は雲に覆われ何一つとして日差しが差し込んで来なかった。

 何がしたいとか何をしようとか考えられなかった。ただ慧吾は文達が飛んでいった方角に視線を向けて呆然とするしかなかった。このままではいつまでもそうしている気がする……そんな時に転機は訪れる。

 

 

 「ねぇ君、男だよね?」

 

 

 慧吾は声がした方へと自然に振り返るといつからそこに居たのかわからない。そこには小鈴やフランのように小柄で金髪のショートボブと白のニーソックス、頭に特殊な蛙の目玉を連想させる帽子を被っている可愛らしい少女が立っていた。

 

 

 「うん、顔は満点。でも中身はどうかな?」

 

 

 何を言っているんだと慧吾は思った。その少女は慧吾の視線の意味を知ってか知らずかそのまま神社内に入って手招きした。もしかして童貞を食いに来た野良妖怪かっと慧吾の息子(♂)は身構えたが、その心配事を少女の一言がぶち壊した。

 

 

 「早苗が何故ああなったのか……知りたくない?」

 

 「――ッ!?」

 

 

 少女の名は洩矢諏訪子と名乗り早苗の保護者だと言う。彼女の一言で慧吾は自然の動かされていた。後を追って居間へと通され、お互いに座布団に座り込み対面するとよりその幼さが際立って見えた。

 

 

 「早苗はね……男が嫌いなんだ」

 

 

 そして諏訪子の口から語られる……東風谷早苗と言う一人の少女の人生(物語)を。

 

 



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嘘・騙され・裏切られ

一人の少女の昔話を語ろうか……と言う回です。


それでは……


本編どうぞ!




 遥か昔々、民から崇められた不細工顔の二人の神様がいました。一人は大和の神の一柱である軍神、もう一人は「ミシャグジさま」と呼ばれる土着神として祟り神達を束ね、王国を築いて国王を務めていました。その二神は初めはお互いに敵対し、数少ない男を巡って争いました。争いは苛烈さを増して敗北を確信したは土着神様は軍神様に国を明け渡すことにしました。しかし、王国の民がミシャグジ様の祟りを恐れて軍神様を受け入れなかったため、軍神様は男を手に入れることはできませんでした。これにて土着神様が男を独り占めにできたことに……にはなりませんでした。民たちは本当は土着神様が怖かったのです。信仰しなければ呪われる……そんな恐怖から従っていただけで国王の民として接していたに過ぎなかったのです。

 この争いは痛み分けで終わりました。民からどういった目で見られていたのかを知ってしまった土着神様は落胆しまし、力で男を手に入れようとした軍神様は男達から軽蔑の視線が向けられました。そんな時、落胆する土着神様に軍神様が提案してきました。

 

 

 軍神様は名前だけの新しい神様『守矢』名乗り、軍神様と土着神様を融合させた神様を信仰させることにしました。しかしそれは軍神様が考えた偽装工作であり、裏では土着神様がそのまま信仰されることになり、土着神様は自分の力で軍神様を山の神としたことで民達から信仰を失わずにすみました。これにより二神は互いに助け合って生きていくようになります。しかし時と言うのは残酷なもので、人々の心から信仰心は次第に失われ神と言う存在は架空のモノと化していきました。

 そして時は過ぎ、ある快晴の空の下で、一つの産声が上がります。

 

 

 一人の赤ん坊が生まれました。その子は女の子で元気いっぱいでした。両親は喜び、愛情たっぷり注いで赤ん坊を育てることになりました。しかし両親は気づいていませんでした。

 その女の子の髪が黒色ではなく、緑色であったことを……

 

 

 赤ん坊はすくすくと成長し、両親の愛情に支えられた女の子は醜く成長していきました。しかし両親は嘆きませんでした。子供が元気であるならばそれでいいと、世の中には赤ん坊さえ育てることができない親もいるのだから比べれば幸福です。この子は時よりこんなことを言うのでした。

 

 

 「あっちにかみさまがいる!」

 

 

 実家の近くには名前も知らない古びた神社がありました。初めは神様がいると言った時は子供の発想だと思っていた両親でしたし、自分の髪は緑色と主張する少女に苦笑することもありました。少女が更に成長した頃には神様は架空の存在だとわかる年頃になったはずでしたが、それでも神様がいると言って聞きませんでした。まだサンタクロースを信じていると両親はそう思おうと決めていましたがある日の夜のこと、古びた神社に向かう娘を追って……見てしまいました。

 

 

 少女が誰もいないはずの神社の空間に語り掛けている……本当にそこには誰かがいるように楽しそうにお話している姿でした。気味が悪くなった両親は神社から少女を遠ざけ、別の学校へと転校していきました。初めは少女は悲しんでいましたが、時間が悲しみを拭い去り新しい学校に馴染んでいく……はずでした。

 少女は神様の存在を心から信じているようで、そのことを証明しようと学校で神様は本当にいることを主張していました。初めは冗談かと思われていましたが、信仰や神様はこんなことをしていたなど熱心に語るものですから周りから気味悪がられるようになり、噓つき女と馬鹿にされ始めてしまいました。しかし少女は嘘を言っているのではありません。

 

 

 古びた神社とは『守矢神社』と言う名前でした。人々から次第に神と言う存在が忘れ去られ、信仰心も失い神様達は人間から『いないもの』として認識され瞳に映らなくなりました。しかし少女には見えていたのです。それもそのはず、少女は土着神様の血を引く子孫だったのです。少女の髪が緑色ではなく黒髪に見えたのは周りの人間から少女の()としての血の部分が見えなかったからです。

 少女と偶然にも出会った神様……それは昔お互いに争い合った土着神様と軍神様でした。お互いに認識し合えるようになり、自然と会話が弾み仲良くなるのに時間はかかりませんでした。しかし周りには神様達が見えないので運悪く少女はおかしな子として認識されてしまったのです。両親が神社から少女を引き離すのは仕方ないことだと神様達は少女のことを思って寂しいですが自分達を納得させました。

 

 

 神様達は少女があれからどうなったかはわかりません。信仰心を失い、力を失った神様達は古びた守矢神社で退屈な日々を送っていました。そして時が過ぎ、少女がなんと守矢神社を訪れたのです。少女は更に成長し醜さに磨きを加えた姿になったようです。その姿に神様達は容姿は自分達も同じなので気にも留めず、彼女を迎え入れようとした時に気づいたのです。あんなに元気だった子が、今では人生に絶望し生気を失った顔をしていました。これに驚いた神様達は何があったのかを知ることになります。

 

 

 学校から変人扱いされていじめを受けていた。そんな日々に塞ぎこんでいると差し伸べられた手がありました。なんと男性だったのです。体育館の裏で泣いていた彼女を心配して声をかけたとか……しかもその男性は女子からもの凄い人気者で顔もよく、スタイル抜群のエロスを醸し出していました。当然彼女もそんな男性に恋する一人でしたが、自分が不細工で周りからも変人扱いされているので声すらかけることが出来ないでしました。しかしこの出会いがきっかけで、彼の方からお付き合いしたいと衝撃の告白があったのです。これには彼女は大いに喜び人生の最高潮にまで達していた気分になりました。

 当然周りから嫉妬の目を向けられ、陰口を叩かれましたが彼が(いさ)めてくれるのでますます彼女は彼にぞっこんするようになっていきました。初めてのデートでは上手く会話が成り立たず醜態を晒してしまいましたが、彼は気にしていない様子で、それから何度もデートを重ね、その度に少ない小遣いからお金を出して彼に貢いでいました。彼は毎回のようにお金に困っており、その度に代わりに出していました。彼に気に入られる為に実家からの仕送りも全て捧げている程でした。将来この男性と結婚しようとまで幸せの未来を想像していた彼女でしたが、ある日見てしまったのです。彼が他のしかも美人の女性とキスしているのを……別に一夫多妻制の世界なのでおかしなことはないのですが、彼はずっと「君一人だけが好き」と言って「君以外の女性は目に入らない」など嬉しいことを言われたことが何度もありました。矛盾が生じた行動に彼女は彼に追及します。するとどうでしょう、態度が急変し彼女を突き放したのです。当然いきなりこんなことになって訳がわからない彼女は理由を尋ねると……

 

 

 「そんなの金目当てに決まってんじゃん。神様なんていないものを信じ、ブスのお前のことが好き?嘘に決まってんじゃんか。誰がブスと好きで付き合うかってんだよ?そうとも知らないで散々貢いでくれたお前の姿に毎度笑いをこらえているこっちの身にもなれよ。まぁ、一応礼は言っておいてやるよバカ女♪」

 

 

 嘘だったのです。その男は金目当てで近づいただけに過ぎなかったのです。彼女はフラれてしまいました……それもこっぴどく酷いフラれ方をしてその夜は涙を流しました。しかも辛いことに翌日には学校中の笑い話となって広まり彼女の居場所はもうありませんでした。

 これには神様達は大激怒しました。その男を見つけ出して呪ってやると鬼の形相で怒りに身を落としました。ですがそれを実行しても彼女の心は救えません。居場所がない彼女……何とかして救えないかと考えた神様達、そこで軍神様が一つの案を出しました。それが幻想郷移住計画でした。

 

 

 忘れ去られた者が集う楽園……幻想郷。元々神様達はそこに移り住む予定でした。信仰心がなくなった神様達はその内現代社会から完全に忘れ去られ消えてしまう。その前に幻想郷へと移り住もうと考えていたのですが、見るに堪えない姿に心を痛め、この子を救うために自分達が守ろうとしたのです。そしてその意思を伝えると頷き三人で幻想郷へと移り住もうとなったのです。しかしそれには時間が必要……それまで神様達は彼女を勇気づけようと必死になりました。バカな神々のお遊びで笑わせたり、三人で昔ながらのカルタや花札をやったりと次第に彼女の笑顔を取り戻していきました。その姿を見て、神様達はこの子を現代に残しても良いかもと考えを改めようともしましたが彼女は首を縦に振りません。幻想郷への移住計画……その意思は固かったのです。

 神様達も彼女に言われるまで知らなかったことですが、彼女は両親からも気味悪がられていたのです。だから「お二人が私の親なのです」と言われた時はとても複雑な心境でした。そんな彼女のことをますます放っておけなくなった神様達は自分達がこの子の親を務めてみせると決意を決めたのです。

 

 

 そして時が来て三人は幻想郷へと旅立ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っと、これが昔話だよ」

 

 「すると……土着神様と軍神様と言うのは……」

 

 「土着神が私、軍神が神奈子だよ。そして彼女と言うのが……」

 

 「東風谷早苗……か」

 

 「……そうだよ」

 

 

 静まり返る居間で幼い姿の諏訪子は顔を伏せた。諏訪子が昔話を語る際、表情には枯れた笑みが現れるのを何度も見せた。男の話をした時なんかは憎しみが表情から読み取れるぐらいに憎悪しているようで、その男のせいで早苗は男性に対して恐怖心が植え付けられトラウマとなったようだ。実の両親にも気味悪がられてしまうとは何とも救われない話……これには慧吾は何とも言えない心境に陥ってしまう。

 

 

 「トラウマを持ちながらも布教活動を早苗さんがしているのは……お二人の為ですか?」

 

 「そうだよ。私達は信仰心が無ければ存在が消えてしまう。だから早苗は私達の為にって自ら布教活動をわざわざ人里まで行って披露しているんだよ。男がいるのを我慢してまで……ね」

 

 「でも酷いフラれ方をしただけであれ程の発作が起きるものなのですか?」

 

 「君には先ほどの話で詳細を伝えてなかったけど、早苗のいじめは陰湿だったみたいでね。でもその時は糞男がいたから早苗は我慢できたんだ。周りの糞女から何をされようと頑張ろって……しかも学校に早苗がフラれた噂を流したのはその糞男だったんだ。早苗が笑いものになるのを傍から見て楽しんでたみたい……最悪な男に騙されたんだよ!!」

 

 「す、すみませんでした……そこまでとは思わなくて……」

 

 

 諏訪子から感じる邪気を身で感じた慧吾は咄嗟に謝った。しかしその気持ちはわかる。慧吾自身もはらわたが煮えかえりそうだったのだから。

 

 

 「いいよ、君に怒っている訳じゃないからね」

 

 「それで、その男はどうなったのですか?」

 

 「どうなったと思う?私達の早苗をあんな目に遭わせた男を黙って見ているのが神様だと、私がそんな生易しい神様だと思っているのかな?ねぇ……知ってるかな?神様ってとっても我が儘なんだ。でね、私って祟り神達を束ねてたんだけど、ミシャグジ様の呪いって凄いんだよ」

 

 

 無邪気な笑みを浮かべる表情とは裏腹に漂って来るのは邪気。それを見ている慧吾の全身に警戒心がアラームとなって警報を鳴らしており、唾を呑み込むのを意識してしまっている。

 

 

 「そう怖がらないでよ。大丈夫だ、男は死んじゃいないよ。命を奪うなんて非道なことは私だってしない。本来ならしたかったけどね。まぁ、日の目を見ることなく死んだ方がマシだって思うかも知れないけどね……ケロロッ♪」

 

 

 蛙のような長い舌が目の前を通過した。それはまるでハエを狩ったかのように命が餌となる瞬間を連想させる。舌は少女の口へと姿を隠す……男は狩られてしまったのだろうと予想することは容易だ。神様は怒らせてはならない……触らぬ神に祟りなしとはまさにこのことだろう。

 

 

 「まぁそれはそれとして、君はどうしてここに来たの?」

 

 「それは……」

 

 

 事情を説明すると諏訪子は「やっぱり……」とため息をつく。様子のおかしい早苗に何かあると感じていたがまさか男との出会いを餌に信者を得ようとは思わなかった。諏訪子は早苗が自分達の為に自ら行動を起こしてくれるのは嬉しく思う。しかしこのままでは早苗の為にならない。また外の世界のように同じ目に遭ってしまう……そのことに危惧しているようだ。

 

 

 「それで早苗を説得……君の場合は早苗に興味を持ったからここへ来たって訳だね?」

 

 「大体そんなところです」

 

 「なるほどね、早苗に興味ね……」

 

 

 諏訪子は慧吾の体をまじまじと見つめる。まるで品定めするかのように……

 

 

 「……君ならもしかして……」

 

 「えっと……どうしましたか?」

 

 「ねぇ、君……名前は慧吾君だったね?私に……いや、早苗に力を貸してほしい」

 

 「貸してほしいとは具体的にどういったことをすれば?」

 

 「早苗のトラウマを克服する為に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「早苗の彼氏になってほしいの」

 

 「――はっ?!」

 

 

 神様はどうやら無茶ぶりがお好きのようだ。

 

 



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トラウマを克服せよ

前回のあらすじ


諏訪子の口から語られる早苗の衝撃の真実~!に対して我らが主人公は……!!


それでは……


本編どうぞ!




 「早苗のトラウマを克服する為に……早苗の彼氏になってほしいの」

 

 「――はっ?!」

 

 

 いきなり何を言われたのかわからなかった。一瞬思考が停止してしまったぐらいだ。この神様……諏訪子さんは何を言ったんだ?

 

 

 「あれ?聞こえなかったのかな?もう一度言うよ、早苗の彼氏になってあげて……って言うか彼氏になって早苗とデートしてもらえないかな?」

 

 

 聞こえたよ、聞こえたけれどまるで意味がわからんぞ!?彼氏になれ、デートしろとはどういうことだってばよ!!?

 

 

 慧吾はいきなりのことで困惑している。目の前の幼女から放たれた衝撃発言に内心焦りまくりである。

 

 

 「いきなりで訳が分からないって顔だね」

 

 「あ、あたりまえです。先ほどの話を聞かされているのに、男がトラウマの早苗さんにいきなり彼氏になってあげろとか……何を言ってやが……何を言っているのですか?」

 

 「私相手に敬語なんて使わなくていいのに……あっ、もしかしてわざと敬語使ってる?()()君なだけに♪」

 

 

 姿は幼女にか見えないが名のある神様である諏訪子に緊張している慧吾を見かねて咄嗟につまらないギャグで場を和ませようとしたみたいだがあえなく失敗。慧吾は露骨に不機嫌になった。

 

 

 「ご、ごめんってふざけただけだからそんな顔しないでよ!君の緊張をほぐそうとしたんだってば!」

 

 「……そうですか。それならばよしとしましょう」

 

 「急に態度がでかくなったような……ゴホン!ええっと話の続きだけど、早苗の彼氏になってほしいのはトラウマを克服してもらいたいからなんだ」

 

 「男がトラウマなのに?俺が彼氏ですか?」

 

 「そうだよ。男の君じゃないと意味がないじゃないか。トラウマを克服する為には男性である君の力が必要なんだよ」

 

 「しかし……何故俺なんです?」

 

 「君のことは射命丸から聞いたよ。不細工な少女達でも分け隔てなく接する理想の男性だって」

 

 「でもそれだけで俺を信用するなんて……」

 

 「何て言うか……神様の勘ってやつかな。君なら大丈夫って気がするんだ何となくだけどね」

 

 

 勘か……勘だけで俺を信用するのは本来なら不安要素だらけなんだが、霊夢も勘が鋭いからそんなわけないって否定できないんだよな。諏訪子さんが俺ならば大丈夫と思ってくれるのはありがたいことだ。しかし問題は当の本人である早苗さんだ。彼女と会ってトラウマが刺激され発作を起こしたのは見ればわかる。尋常じゃない程の拒否反応だったわけだ。そんな彼女と彼氏になることが本当にできるのか?

 

 

 慧吾の考えもわかる。早苗は慧吾と会った瞬間に発作が起きたのだ。それでは会うだけで危険なのでは?と思うのは自然なことだった。

 

 

 「あれは不意打ちだったし、君の容姿もイケメンだったからトラウマが余計に刺激されたんだと思う。心の準備ができていなかったと言えばいいかな?いつも早苗は人里に布教活動をしに行く際は必ず男性達が載っている外の世界での雑誌を見て、心に余裕を持たせてから向かっていたしね」

 

 「……それは性的な目ではなく、トラウマを刺激しない為の行動ですか?」

 

 「うん、早苗は男は嫌いだ。けれど布教活動をするうちに男と対面するのは避けられないことだから例え嫌いな男相手でも笑顔の練習とか会っても発作が起きないように目を慣れさせてから人里へと向かうようにしているみたいなんだ。私達には話してくれてないけど保護者早苗の行動がわかるの。部屋で雑誌を見る度に気分を悪くなっても無理に自分を奮い立たせる早苗を見ていると……本当は行かせたくないんだ。でもそうしないと私達が消えちゃうから必死なんだ」

 

 「……」

 

 

 悲し気な諏訪子の語りに慧吾は何も言えなくなってしまった。

 

 

 そこまでして諏訪子さんと神奈子さんの為に行動を起こすのか。俺も血の繋がりのない御袋と妹紅さんを親だと思っている。早苗さんも二人のことを親だと思っている……俺達もしかしたら似た者同士なのかもしれないな。トラウマに逆らってまで親の為にか……彼女は強い子のようだ。

 大切な御袋達に愛情を注がれて育ててもらっての今の俺があり、御袋達に恥をかかせるような息子になった覚えはない。男として泣いている女の子を放っておけないし、見捨てれば御袋達の顔に泥を塗ることになる。御袋達は俺の誇りで、俺が糞男と同じだと見られるなんて冗談じゃない……ここは一肌脱がなければいけないようだ。

 

 

 「諏訪子さん俺は提案に乗っても構わないよ」

 

 「本当!?」

 

 「けれど本当に大丈夫なのですか?不意打ちだったとはいえあそこまでの発作が起きた。今度もまた発作が起きてしまったら……」

 

 「あの糞男は顔だけはよかったから君も顔がいいから早苗にとってトラウマそのものかもしれない。けれど君はあんな糞男じゃないと信じているから。トラウマを克服するにはちょっと刺激が強すぎるかもだけど、事前に私から説得する。事前に会うとわかっていれば大丈夫……だと思うよ。それで二人でデートしてもらって早苗に少しでも耐性をつけてもらいたいんだ。元々雑誌でも一応のトラウマ予防の効果はあったみたいだから」

 

 「正直言えば不安だらけですが、早苗さんを見過ごすことはできません。男として!」

 

 「慧吾君……ありがとう!」

 

 「けれど……彼氏になるまで必要はあるのですか?友達感覚で買い物ぐらいの方がいいのでは?」

 

 「早苗は短い間ながらも男と付き合って彼氏という関係自体にもトラウマがあるみたいで……このままだと一生男に怯え続け、本来なら女の夢である結婚し、家庭を持って、子供が生まれる。それが例え不細工でも幸せを掴むチャンスは有ってもいいはずなのに、これから先ずっとビクビク怯えながら過ごしていかなければならないなんて……あの子はただ私達のことを知ってもらいたかった。神様は存在するんだって……それを周りに話しただけで変人扱いを受けた。いじめられても頑張って学校に通い、信用していたのに糞男に騙されたんだ!しまいには見ず知らずの他人から笑われる日々に耐えられず逃げ出して来たんだよ!?早苗は悪いことなんてしていないのに……こんなあまりにも酷い仕打ちを受けなければならなかった早苗が可哀想だよ!!」

 

 「諏訪子さん……」

 

 

 そうだ。男として御袋と妹紅さんの息子として生を受けたんだ。こんな話を聞かされて協力もせずに見放すなんて俺にはできない。俺は糞男とは違うことを早苗さんに知ってもらって、トラウマを克服してもらい、苦しみから解放されるべきだ。彼女はもう苦しんだ……救いがあってもいいはず……違うな、救わないといけない。早苗さん、あなたに悲劇のヒロインは似合わせないぞ!

 

 

 「できるだけ力になれるように俺も頑張ります!!」

 

 

 一人の若者が決意を抱いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁあああああああああああああああああああああああ!!?

 

 「妹紅さんうるさいです」

 

 「妹紅静かにしろ」

 

 「だ、だだ、だって慧音!慧吾が……お、おお、おんなと……で、でで、ででで、でででででででででででででででぇえ!!?」

 

 「デートだ妹紅さん」

 

 「ででででででーととととと!!?お前がかぁ!!?正気かよ!!?」

 

 「俺は正気だ」

 

 

 諏訪子に人里まで送り届けてもらった慧吾は真っ先に慧音へと報告した。事情を知った慧音は初めは渋っていたが、早苗の過去に心痛めたようで今回の件を受け入れた。ほどなくして妹紅がボロボロの姿で帰って来た。何事かと聞けば急患(早苗)を連れて行ったはいいが、輝夜と遭遇した険悪な二人は口論となり、それは二人にとって顔を合わせる度に行われる日常的なことなのだが、今回は急患(早苗)のこともあり永琳に追い出され互いに責任の擦り付け合いで喧嘩となってこのざまである。ちなみに文は輝夜の登場でそのまま永遠亭で看病されることになってしまったようだ。

 後は永琳に任せておけば問題ないので、やることのなくなった妹紅は自分の家に帰らず守矢神社に慧吾を向かう手前服だけは何とかしようと(ボロボロの服装だったらまた喧嘩したのかと怒られる為)途中慧音の家へ立ち寄ればそこには慧吾居たのだ。安心したが、聞かされた話が予想外のことだったので妹紅は慌てふためいている。

 

 

 「見ず知らずの女相手にいきなりデートって……何を考えているんだ慧吾!?」

 

 「妹紅落ち着け、話は聞いただろ。その子のトラウマを克服する為に慧吾は一肌脱ごうとしているのがわからないのか?」

 

 「それは……だけどデートって……」

 

 「妹紅さん勘違いしていると思うが、デートと言っても本当に付き合う訳じゃない」

 

 「……どういうことだ?」

 

 

 諏訪子さんに彼氏になってくれと言われたけど、本当に彼氏になる訳じゃない。彼氏のフリをするだけでいいと言われた。早苗さんは男にトラウマがあり、それも彼氏と言う関係で酷いフラれ方をしたと言うことがトラウマであり、俺が彼氏役になってまず男に対する恐怖心を忘れさせることが必要で、ある程度早苗さんがトラウマを緩和できたなら彼氏役はおしまいにして早苗さんとは普通の関係に戻ることになる。いわばトラウマ克服する為の練習台と言うわけだ。早苗さんだって見ず知らずの相手と彼氏になれとか言われたら不満爆発するに違いないからな。そう言うことなんだが……妹紅さんわかってくれたか?

 

 

 説明された妹紅は一瞬破顔するが、腰から力が抜けたようだ。どうやら慧吾が取られると思っていたみたいでただの人助けであったことに心から安堵していた。だが不満が無いわけではなさそうだ。

 

 

 「慧吾はお人好しだからあの子の為にとは言うが、身勝手なことをしたな。本人の意思も聞かずにさ」

 

 

 確かにそれはまぁ……悪いと思う。しかしこうでもしないと頼れる男が俺なだけもあって早苗さんがずっと拒み続けていたらトラウマなんて克服できないし、諏訪子さんの強行策と言える。周りから押してやれば嫌々ながらも一度は会えるだろう。そこからアプローチして少しずつでいいから心を許せる仲へと発展していけたらいいなと考えたわけだ。しかしデートが実現しても早苗さんの好感度は最低値間違いなしだなこりゃ、嫌な顔されながらデートか……やっべ、今から思うと心が張り裂けそうなぐらいに苦しいぞ。これは上級者向けのプランじゃねぇか?

 

 

 嫌々デートする早苗の姿を想像しただけで罪悪感に押しつぶされてしまいそうになるが、やると決めた以上取り消すことはしたくない。それに悲しい過去を背負う彼女を見捨てておける程の非情さを慧吾は持ち合わせていなかった。

 

 

 「今回は事情が事情だ。私達はそっと見守っていようじゃないか」

 

 「慧音……チッ、仕方ない今回だけだ。た・だ・し!もしもあの子がお前を襲おうとしたら……タダじゃおかないからな!」

 

 

 家族の了承を得た慧吾は待った。そして何日も過ぎてもう一度守矢神社へと様子を見に行こうと思った矢先に退院していた文から手紙を手渡され、その中身の内容はデートの日時と場所の指定だった。その日は慧吾にとっても早苗にとってもただでは済まされぬ一日となることは目に見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……私のケイ君が……そ、そんな……そんなそんな……そんなそんなそんな!!?」

 

 

 何故なら必ずどこからともなく情報を手に入れる輩が存在する。例えそれが練習や同情の余地があるデートであったにせよ、恋する女(メス♀)には宣戦布告と同じ。仁義なき戦いに発展することもしばしばある世界で、勝てば官軍負ければ賊軍、卑怯は敗者の戯言……言い方は違えども、男を手に入れた者が勝者の世界。不細工の女はすぐに落ちる……偽りの関係が本物の関係へと変わるかもしれない状況を許しておかぬ輩が少なからずここにいた。

 

 

 ------------------

 

 

 「……うぅ……うぅ……」

 

 

 うぅ……気持ち悪い……体中がムズムズする……早く帰りたい。

 

 

 人里から離れた妖怪の山の麓辺りに早苗はいた。天気は快晴で太陽の光が燦燦(さんさん)と降り注いでデート日和だ。普通なら男とデートできるなんて不細工な女達にとっては楽園よりもエクスタシーな体験で、そのままお持ち帰りも想定して勝負下着は準備OKな日なのだ。そう早苗はデートする為にここにいるのだ。しかし彼女は最悪の気分に陥っており、彼女ほどデートを疎ましく思う女はいないだろう。

 

 

 守矢神社に突如やってきた男に耐えられなかった早苗は発作を起こして永遠亭に運ばれた。目が覚めた時に真っ先に飛び込んできたのは手を握りしめ必死な表情を露わにした家族として一緒にいると誓った神奈子の姿だった。とても心配され、退院したにも関わらず体調を何度も確認して傍時から離れようとしなかった。そして早苗と神奈子はやっと帰って来た我が家の守矢神社にはもう一人の家族がいる。諏訪子のことも親として見ている早苗はその姿を見て安堵したが、その日にとんでもないことを伝えられた。

 

 

 男と彼氏になってデートしろだなんてどうしてそんな……この提案に神奈子様は反対だったけど諏訪子様は本気、二人とも私のことを思ってくれた。それも喧嘩までして……

 

 

 帰れば勝手に話が進められており、唖然としていた早苗が気づけば、隣に立っている神奈子は激怒し、諏訪子と喧嘩をし始めていた。二人はボロボロになっても争い合ったが、次第に落ち着きを取り戻して喧嘩はこれぐらいにして話し合いをすることになった。当然神奈子は反対だったが、早苗を思えばいつかはトラウマを克服しなければならない時が来る。それが遅いか早いかの違いなだけである。早苗自身は男と居るだけで拒否反応が起きるのにましてあの頃のような同じシチュエーションを味合わなければならないなんて拷問と同じことだった。

 諏訪子の説得は何日も続いた。早苗は諏訪子の必死さが伝わって応えたいと少なからず思いが芽生え始めるが男を思い出すと拒み続けてしまう。それから早苗が頷くまで更に日が過ぎ、そしてようやく叶う時が来た。しかしその当日に近づくにつれて眠れぬ夜が続き、食事も喉を通らない。心配する神奈子に中止することを提案するが諏訪子が断固拒否するのでまた喧嘩になる。

 

 

 早苗はその光景を見るのが嫌いだ。大好きな親……本当の親を捨ててまで幻想郷へとやってきた彼女にとって二人は本当の親なのだ。その二人の関係が自分のせいでこじれていくのは見るに堪えなかった。

 自分が我慢すればいいだけだと……デート当日まで気丈に振舞うことにした。そして当日、待ち合わせ場所に早苗はやってきたが、後悔の念が大きい。練習だと思っていてもあの時の光景が脳裏に鮮明に映し出される。嘲笑う男の姿、バカにする目、笑い者になるように仕組まれた噂……頭が痛くなりそうだ。

 

 

 嫌い……男なんて大っ嫌い!!!

 

 

 体中が弾けそうになるほどにむず痒く、痒みは痛みに変わっていく。耐えられない早苗はもうこの場から逃げ出そうとしたその時だ。

 

 

 「大丈夫か!?」

 

 「――ッ!?」

 

 

 聞いたことのある声……守矢神社で聞いた……それも男の声!!!

 

 

 ハッと顔を上げればこちらを心配そうに見つめる男が距離を保ちながら声をかけていた。

 

 

 「発作は……起きてないか?俺は上白沢慧吾だ、諏訪子さんとは以前知り合ってそこで早苗さんに力を貸してほしいと頼まれたんだ。俺も君の力になりたい……だから今日ここに来たんだ」

 

 

 グッと唇を噛みしめて堪える。今にも逃げ出してしまいたいが、諏訪子のことを思うと自分の為にとセッティングしてくれた場だ。それに神奈子も早苗のトラウマを何とかしたいと思っていたのは事実で、このデートで早苗の何かが変わってくれればと淡い期待を抱いていた。そんな二人の思いを無駄にはしたくない……怖い、憎い、恐怖で涙が一粒こぼれるが袖で拭い去り、気丈に振舞う姿勢を見せる。

 

 

 「……すみませんでしたお見苦しいところを見せてしまって」

 

 

 ()()()()()。不細工がいくら可愛く笑みを作ろうと不細工だが、慧吾にとっては可愛らしい笑顔になるはずだった。だがそうはならなかった。その笑顔は作り出した笑顔……楽しさも喜びも感じられない只の顔がそこにあるだけだと知っているから。

 

 

 「早苗さん……」

 

 「……早苗でいいですよ。今日は……私の為に付き合ってくれるんですよね?だから私のことは早苗と呼び捨てで構いません。私とあなたは恋人……同士ですものね」

 

 

 口から出てくるのは価値のない言葉……意味など含まれていない空っぽの文字の塊だった。

 

 

 「……」

 

 「……どうしましたか慧吾さん?」

 

 「……いや、俺も慧吾でいい。それよりも……少し近づいてもいいか?」

 

 「……え、ええ、構いませんよ」

 

 

 慧吾は少しだけ歩を進める……が距離が埋まることはない。一歩二歩と進めると早苗はその度に後退していく。体が勝手に避けているのだ。男である慧吾のことを。

 

 

 「あっ、す、すみません!私ってば彼氏から遠ざかるなんておかしいですよね。今そちらに……い、いき、いきます……から……すぐ行きますから!!」

 

 「……」

 

 

 見ていると心が張り裂けそうになる。口ではこう言っているものの、体全身が男と言う存在を敵視し拒み続けている。ゆっくりと踏み出される足が震え、表情が強張っているだけでなく、慧吾を見つめる瞳には恐怖が生まれていた。

 

 

 諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!諏訪子様と神奈子様の為!!!

 

 

 自身を奮い立たせる呪文を何度も唱えて無理やり体に言うことを利かせる。距離が近づくにつれて全身から汗が噴き出て鳥肌が抑えられない。呼吸も苦しくなり次第に何も考えられなくなる。

 

 

 「もういい!これ以上は早苗……早苗さんに無理はさせられない。デート止めようか?」

 

 

 優しく言葉を投げかける。しかし早苗はそれを拒んだ。

 

 

 私が克服しないとまたお二人に迷惑をかけてしまう。それは嫌!お二人に失望されたくない!!私が我慢すれば……我慢するだけでいいんだ!!

 

 

 「はぁ……はぁ……ごめんなさい。私は大丈夫ですよ、それに早苗()()ではなく早苗ですよ。ちょっと休憩したらデートしましょうか。だって私達は……()()なんですから」

 

 「……ああ」

 

 

 早苗は辛いのを我慢する。克服しないといけないと思う反面あの時の恐怖が体を縛り付ける。

 

 

 偽りの()()同士……彼は何を思い、彼女はこのデートでトラウマを克服することができるのか?

 

 



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見守り隊

主人公の出番は……ない!


遂に始まるデートだが、順調に行く訳もなく……忍び寄る影が!?


それでは……


本編どうぞ!







 「………………………………………………」

 

 「………………………………………………」

 

 

 二人の男女が自然豊かな草木に囲まれて散歩に繰り出している。どれぐらい歩いただろうか?あれこれ1時間程歩いたと思われるが二人に景色を楽しむ余裕はない。それに会話と言う会話はここまで一度たりとも無かった。

 

 

 デートならもっと賑やかな人里で買い物を楽しんだりした方がいいかもしれないが、これは早苗の為だ。早苗は男にトラウマがあり、練習として彼氏役を慧吾が務めることになった。二人はデートしている……はずだったが、会話一つもなく楽しんだりもしておらずに歩いているだけでお互いの表情は優れない。これが本当にデートと言えるものなのかと疑問が浮かぶ。そう思っているのは当の本人達もそうだが、それを監視している連中にも当てはまることだった。

 

 

 「やっぱり早苗……嫌そうだね」

 

 「当たり前だ。どこの誰かもわからない男といきなりデートしろだなんて諏訪子は無茶を言い過ぎなんだ!」

 

 「神奈子だって最終的に納得してくれたじゃんか!」

 

 「納得していない!早苗が決めたことにとやかく言えないから仕方なくだな……」

 

 「お二人とも言い争いはやめてください、今は慧吾さんと早苗さんの動向を見守りましょう」

 

 「天狗の言う通りだ神さんらよ、それにどこの誰かもわからない男じゃない。()()()()()の慧吾だ」

 

 「よく言った妹紅、私達の息子である慧吾をどこの誰かもわからない男なんて言わないでほしいな、早苗のことを心配するのは親として当然のことだ。私にもそのお気持ちはわかる。だからこそ今は見守るべきではないでしょうか?」

 

 「う、ううむ……」

 

 

 草葉の陰から二人を監視しているのは諏訪子、神奈子、文、妹紅、慧音の親+αメンバーだ。

 

 

 最愛の娘と息子が互いに訳ありデートをしているのに自分達はのんびりとお茶など飲んでいる場合ではない。心配でこうして彼らに見つからぬよう隠れながら我が子を見守っている。文だけは乗り掛かった舟である為、途中で投げ出すことはプライドにかけて最後まで協力の姿勢を貫いてくれるようだ。今度の彼女はいつになく清く正しい射命丸のようで安心できる。

 

 

 この五人で先ほどから後を付けていたが、本人達に進行度は見受けられず雰囲気も暗い様子で見ていて側としてもこれ以上無理があるのではないかと声が上がる。元々早苗の為として計画されたこのデートだが、そう簡単に解決できるものではない。

 トラウマの原因は身に危険を感じるような出来事である。早苗の場合は信頼していた男から裏切り行為により心的に外傷を受けたことによって男と言う存在に恐怖心が生まれた。トラウマが突如として記憶によみがえりフラッシュバックするなど、特定の症状を呈して持続的に著しい苦痛を伴い続ければ更なるストレス障害を患うことになりかねない。

 

 

 守矢神社での突然の訪問、慧吾との対面で心の準備ができていなかった早苗は男に対してアレルギー性の発作を起こしてしまう結果になった。後に永琳から妹紅を通じてその結果を報告され、その責任を感じて今回のデートで彼女のトラウマを克服とまでにはいかぬものの、少しでは緩和できればと思っていたがこのままでは平行線でタイムアップ。必死に脳内をフル回転させて案を出そうとするが、下手なことをすればトラウマを刺激してしまい逆効果となってしまう可能性もある。故に慎重かつ最適な選択を選ぼうとしているのだが、生前でもこんな状況に陥ったこともあらず、意気込んできた意思も無駄になってしまった。

 遠目からでもずっと赤子の時より彼を育てて来た慧音と妹紅には理解している。慧吾は今、次の手をどうすればいいのか思い浮かばず焦っていることを。

 

 

 「(お前ならその子を何とかできる。私と慧音の愛情を知るお前ならな……信じているぞ!)」

 

 「(頑張れ慧吾……母さんが見ているからな!)」

 

 

 慧吾も焦りから心臓が張り裂けそうだが、二人とも負けぬぐらい張り裂けんばかりの応援を送っていた。そして早苗の方の親二人も同じであった。

 

 

 「(早苗私がついている。何かあっても私が必ず守ってやるからな!)」

 

 「(早苗頑張れ!慧吾君ならきっとトラウマを何とかしてくれる……だから早苗も一歩踏み出して!)」

 

 

 同じ親同士通じるものがあった。この場の空気は応援色に染められ熱気に包まれていた。その中で一人だけ親ではない文は肩身が狭かった。

 

 

 「(あやや……皆さん熱が入っていますね。これでは私の居場所が……おや、あれは……?)」

 

 

 親達は気づいていなかった。慧吾と早苗に夢中になって視野が狭くなっていたところ文が運よく気づくことができた。草むらがほのかに揺れ、そこから見知った顔が覗いていた。

 

 

 「(あやや!?あ、あの方達は……!!?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、言った通りでしょ!」

 

 「こ、この殺意の波動が目覚める光景は!!?」

 

 「なんてうらやま……いや、けしからん!!」

 

 

 『鈴奈庵』の一人娘こと小鈴、すきま妖怪の式こと藍、そして妖怪の賢者(笑)こと紫の三人が草むらから顔を覗かせ、恨めしそうに瞳に業火を燃やしていた。

 

 

 ------------------

 

 

 「叔母様こんにちは」

 

 「あら、いらっしゃい阿求ちゃん」

 

 

 時は遡り、ここ鈴奈庵を訪れたのは九代目のサヴァン稗田阿求。彼女は友人の小鈴から借りた本を返しに来たところだ。

 

 

 「小鈴はいますか?」

 

 「それが居るには居るのだけれど……」

 

 「?どうかしましたか?」

 

 「えっとね……」

 

 

 叔母様が何やら浮かない顔をしていると言うことは……小鈴が何かをやらかしたかやらかそうとしているかね。この前の辻斬り騒動みたいなことはやめてほしいわ。人里を恐怖のどん底に叩き落とした事件……後で知ったけど小鈴も絡んでいたとは思ってもみなかった。小鈴だけでなく例の連中に見つかったら何をされていたか……気配を消して息を潜めて過ぎ去るのを待った。妖怪に襲われる以上の恐ろしさを感じたわ……危うく十代目になりかわるところだったんだから!

 

 

 彼女は本居小鈴とかなり親しい仲のようで何かとつるむことが多い。夜の玩具や小鈴秘蔵のレア本などお世話になることもあり、逆にアガサクリスQとして幻想郷の影で密かに女性達を虜にする官能小説を提供しているエロの伝道師アガサクリスQの正体を知る仲でもあるのだ。

 その親しい仲である小鈴の母親は困っている様子、事情を聞けば最近小鈴が部屋から姿を現さないのだとか。阿求からしてみれば確かに最近姿を見ていない。以前は本を借りに来た時に顔を合わせたがいつも通りだったことを憶えている。一体彼女に何があったのか?気になったので許可を貰い、鈴奈庵の廊下を通って突き当りの彼女の寝室へと足を進めた。

 

 

 「小鈴、いるんでしょ?……小鈴?」

 

 

 返事がないわね。部屋に居ることはわかっている……返す元気もないってことなのかしら?

 

 

 「勝手に入るわよ」

 

 

 無音の部屋の扉に手をかけると朝方なのに室内は真っ暗だった。アガサクリスQとして対面する際には極秘集会と称して暗がりの中でも密会をしたことはあるが、あの時と訳が違うただならぬ雰囲気に部屋に踏み入れるのを一瞬躊躇ってしまう。中は入り口の明かりのみが頼りで、恐る恐る見渡すと部屋の隅に目的の人物がうずくまっていた。いつもと様子の違う小鈴に慌てた阿求は近づいて肩を揺する。

 

 

 「どうしたのよ!?何があったの!!?」

 

 「……阿求」

 

 

 ボソリと名を呟く小鈴にいつもの覇気は宿っていなかった。寧ろ虚ろに支配されたように瞳に生気は感じられない。彼女の身に一体何があったと言うのか?これほど意気消沈としている様子は今までなかったと言うのに。

 

 

 「ええ、私よ。阿求よ。小鈴……どうしちゃったのよ!?いつものあなたなら暗がりの中ですることと言えば官能小説を読みながら性欲発散の時かアガサクリスQとの密会の時ぐらいじゃない。それなのに隅っこで……いつもの不埒者独特の薄汚れた瞳はどこいったのよ!?性に乱れ、変態に落ちぶれ心まで汚れきった小鈴はどこいったのよ!!?」

 

 

 阿求は自分でも何を言っているのだろうと思ったが、それほど目の前の友人の姿が変わっていたのだから取り乱した。

 

 

 「……阿求……聞いてくれる……」

 

 「なんでも聞くわ!話してみてよ!!」

 

 

 胸の内に秘めた恐ろしき出来事を語った。

 

 

 その日は青天の空の下、性欲を持て余した小鈴は慧吾の自宅に侵入しよう(訪れよう)と裏口からこっそり忍び寄って……しかしその時、自分とは別の誰かが訪れた。気配を押し殺し、様子を窺う小鈴の目に飛び込んできたのは文だった。文と何やら慧吾が話をしており、羨ましさに嫉妬しながらも耐えていた。「まさか私のケイ君を寝取ろうとしている!?」と妄想が浮上し、野獣の瞳で睨みつけ今夜は鴉鍋にしようかとしたが、文が慧吾に手紙を渡してあっさりと帰ってしまった。意外な幕に拍子抜けしたが、そこからが地獄だった。

 手紙を読んでいた慧吾は真剣な表情そのもの、それ表情が溜まらず濡れた小鈴(どこがとは言えない)だったが、傍にいた慧音に内容を伝えるために声を出してしまったことで小鈴に聞かれる結果になってしまった。中身の内容はデートの日時と場所の指定だった。

 

 

 それからはほとんど憶えていない。気がついたのがたった今だ。

 

 

 「ケイ君を……取られた……知らない変態女に……ケイ君を……!」

 

 「小鈴……」

 

 

 事情があるデートだと当然小鈴は知らない……しかも愛する慧吾が知らぬ女とデートするだなんて信じられない衝撃だったことは確かだ。

 

 

 話を聞かされた阿求は小鈴に同情を向ける……ことはなかった。寧ろ抱いた感情は危機感である。

 

 

 まずい……とてもまずい状況よ。私はなんてことをしてしまったの!?このままだとまた人里が修羅場になってしまうわ!!

 

 

 恋する男が別の女に奪われる。それに悲観し、己から身を引く女……だと思うっているか? 

 

 

 本居小鈴を侮るなかれ。

 

 

 小鈴はその程度で折れる()ではない。ならば彼女ならどうするのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私のケイ君を……奪う奴は許さない!絶対に許さんぞ!!!

 

 

 奪われるならば奪い返せばいい。

 

 

 「ケイ君を奪う奴は血祭りにあげてやる!!!

 

 

 暗い部屋の中で二つの瞳が不気味に浮かぶ。意気消沈していた彼女はそこにはおらず、一匹の野獣が鈴奈庵を飛び出した。残された阿求はとんでもないことをしてしまったと後悔する。

 

 

 「……あのまま意気消沈していてくれた方が幻想郷の為だったのに……ああ、大変なことになるわね……避難しておいた方がいいかもしれない」

 

 

 阿求は再び起きるだろう慧吾争奪戦を予感していち早く身を隠すのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「ふっふっふ……遂にこの時が来たわね!」

 

 

 無数の目が辺り一面に広がる空間に、その目が一点に集中している一人の人物……ソファに腰かけて不敵な笑みを浮かべる八雲紫がいた。

 

 

 「外の世界から取り寄せた()()()()……こ、これを使えば慧吾君の心は私のものに!くふぅ♪」

 

 

 スキマが開き、中から現れた段ボール箱は幻想郷のものではあり得ない。紫が言う通り外の世界から取り寄せたものらしいが中身は一体何が入っているのだろうか?何が入っているにせよ、よろしくないものだとわかる。喘ぐ声に笑いが止まらない……傍から見れば不気味を通り越して気持ち悪く映るだろう。そうしている内に段ボールへと手を伸ばして開封していく。そんな紫を嘲笑うようにひょっこりと姿を現したのは藍であった。

 

 

 「おやおや、気色の悪いブス糞が何やらスキマで何かをしていると思ったら紫様でしたか」

 

 「なによ、あんたは呼んでないわよ。さっさとここから出て行きなさい」

 

 「言われずともそうします。紫様の糞まみれな顔など見たくありませんから」

 

 「そう、ふふん♪そう言っていられるのも今の内よん♪」

 

 「ぬんっ?」

 

 

 藍はただならぬものを感じた。いつもならば言い合いに発展するはずだが今日に限っては紫が上機嫌だ。これには何かあるとふんだ藍は必然的にこの場に不釣り合いな段ボールに目がいく。当然中に何が入っているのだろうと思考を凝らす。

 

 

 「(あの段ボールの中には何が……ま、まさか!?慧吾殿の下着なのでは!!?だとすれば必然的私の私物と言うことに……従者である私の私物を堂々と奪うとは許せん!!!)」

 

 

 何やら藍が妄想を捗らせているようだが、その検討は違っている。紫がニッコニコの笑顔で取り出したのはド派手なガーターベルトとストッキングだった。不細工な女が決して身に付けてはならない破壊力を持った装備品、呪いが付与された負の遺産がそこにあった。

 慧吾には不細工な女は美人に見える。ならばこれを身に付け、夜のベットに誘えば気分はエクスタシー!な状況へと持っていけると画策した紫がわざわざ偽名を使ってまで外の世界で注文した品物だった。

 

 

 「ふっふっふ……これで慧吾をメロメロにできるわ。彼にだって性欲はあるのだから美人でスーパーウルトラロイヤルデラックスラブリーキュートプリティであるこの私が発散させてあげるからね♪」

 

 「きっも!マジできっも!!気持ち悪いを通り越してきっもきも!!!紫様は変態ですねブスの魔神ですね汚物の化身ですねゴミ溜めの宝庫ですね存在価値のないカスですね!まぁわかりきっていたことですけど」

 

 「ふふん♪なんとでも言いなさい。藍はこれでお終い、私の時代が来るのよ」

 

 

 普段なら藍からの罵倒に反応する紫だが目の前にある秘密兵器に自信満々であり、後の展開に気分が高揚していた。これに藍は危機を感じる。

 

 

 「(このままでは慧吾殿が危ない!妻である私が阻止しなくては!)紫様それをよこしてください。紫様がそれを身に付けても糞に尿をぶっかけるようなものですから。安心してください代わりに妻の私が身に付けて愛する夫と交尾しますので」

 

 「誰があんたなんかに渡すものですか!これは私のよ!!」

 

 「仕方ありません。これも幻想郷の平和の為……そして慧吾殿と妻である私との幸せの為……ご覚悟を!!」

 

 

 人知れず幻想郷のスキマ内で起こされる争い(日常)を今日も送るかと思われた時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「メス豚共!!!!!(紫さん藍さん)

 

 「「ふぁ!!?」」

 

 

 スキマを引き裂いて姿を現した修羅……ではなく、小鈴が鬼の形相を浮かべ降臨した。

 

 

 「ちょ、まっ、えぇ!!?」

 

 

 紫には驚愕過ぎる出来事だ。スキマの能力を行使できる紫や従者である藍はこの空間に入ることは何ら不思議なことではない。だがそれに比べて小鈴は人間、力も持たず能力も文字が読める程度である。そんなちっぽけな人間が大妖怪である紫のスキマをこじ開けて入って来れる訳がない……のに関わらずここに居ると言う事実に動揺を隠しきれない。

 

 

 「ど、どうなって……えぇ!?ちょっとあなた私のスキマをどうやって!!?」

 

 「そんなどうでもいいことなどどうでもいいんですよメス豚(紫さん)!!」

 

 「アッハイ……あら、私のこともしかして豚呼ばわりしてない?」

 

 「黙って私の話を聞いてください紫さん(メス豚)!!」

 

 「やっぱり私のこと豚って言った!!」

 

 「うるさい!!!」

 

 「す、すいません!!!」

 

 

 鬼の形相を浮かべて睨みつけると紫は縮こまってしまった。大妖怪の威厳形無しである。

 

 

 「私にもお聞かせ願えないか小鈴殿。一体何があったと言うのだ?」

 

 「緊急事態なんです。この事態に妖怪の賢者(笑)であるメス豚(紫さん)メス豚(藍さん)のお力が必要なのです」

 

 

 今の小鈴に対して藍は反論することはせず、大人しくしておこうと決めた。大妖怪ですら縮こませる小鈴の前では無力である。

 

 

 ひとまず小鈴の話を聞くことになったのだが……二人が目が飛び出すほどの衝撃を受けたのは当然のこと。そのことを確かめる動き出しデート場所へとスキマを使い向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……っと言うのが三人が草むらから顔を覗かせ、恨めしそうに瞳に業火を燃やしている経緯である。

 

 

 「あやや!?」

 

 「うるさいぞ天狗」

 

 「どうかしたのか?」

 

 

 小鈴たちの姿を発見してしまった文は碌なことが起きないと予感する。慌てた様子の文に気づいた妹紅と慧音が視線を辿ると二人も発見してしまう。面倒な輩がいることを。

 

 

 「おい慧音、あの変態共がいるぞ」

 

 「ああ、私の目にもしっかりと焼き付いている。これは……」

 

 「あやや……良からぬことが起こりますね」

 

 「むっ、あれは……紫か?」

 

 「どうしたの神奈子……って、あれってあれだよね?」

 

 

 神奈子と諏訪子も気づいたらしい。しかし二人は幻想郷に来てまだ日が浅く、異変を起こした時に秩序と幻想郷のルールについて説明を受けたぐらいにしか会ったことがなかった。小鈴に関しては初めてである。だから危機感を抱いていない。この賢者(笑)が極度の変態であることを知らないのだ。警戒心を露わにする慧音達を不思議そうに眺めている。

 

 

 「天狗、いくぞ」

 

 「あやや、やっぱりですか?」

 

 「当然だろ。あれは邪魔してくる……いや、邪魔するだけで留まらず慧吾を食ってしまう(意味深)かもしれないからな」

 

 「神奈子殿、諏訪子殿……すみませんが、お二人も紫殿を止める為に力を貸していただけませんか?このままでは折角のデートが台無しになってしまいます。あの者達の性欲は大妖怪以上ですので……」

 

 「ふむ、紫とは一度会ったことがあるだけだが……胡散臭さがあるのは感じていたが……」

 

 「どうであれ早苗のトラウマを克服する為に慧吾君は頑張っているんだ。それを邪魔するなんてことは許さないよ!!」

 

 「諏訪子がこう言っているし、私も早苗の邪魔をされる訳にはいかん。協力しよう」

 

 「ありがとうございます」

 

 

 慧吾達の見えぬところで繰り広げられる出来事。見守る親達と協力者、そして変態……これから何が起こるのであろうか。

 

 



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トラウマデート

残念ながら今年最後の投稿になりそうです。来年にまた会いましょう。


それでは……


本編どうぞ!


 「小鈴の言うことは正しかったようね。まさか幻想卿に入り立ての新参者のくせに慧吾君とデートだなんて許さないわ!!」

 

 「でしょでしょ紫さん、さっさと()っちゃいましょうよ!」

 

 

 殺意の籠った瞳がそこにある。妖怪の山に現れた悪魔たちが獲物を見つけたようだ。

 

 

 「私も同感です。紫様、ここは私にお任せを」

 

 「何かいい案でもあるのかしら?」

 

 「デート……つまり慧吾殿に良いところを見せようと必死なはずです」

 

 「ふむふむ、それで?」

 

 「しかし逆にみっともない姿を晒せば好感度はガタ落ち、嫌がって慧吾殿の方から接触を拒絶することになるでしょう」

 

 「でもそれだけでは不安ね」

 

 「そこで、我らの登場と言うわけです。あの早苗(野豚)なんぞよりも可憐で美しいことを見せつけそのまま慧吾殿(美男子)早苗(野豚)は別れ、真の魅力と美しさに気づいた慧吾殿と私は結婚すると言うわけです!」

 

 「なるほどね、流石は藍……って最後おかしいじゃない!なんであんたなんかと結婚するに至っているわけなのよ!!?」

 

 「当然の結果ですがなにか……はっ!?私は何と言う間違いを犯していたのだ……結婚するではなく、既に結婚していたではないか!!?」

 

 「何一人で妄想の世界に入って現実とごっちゃにしているのよ!!」

 

 「私と慧吾殿が夫婦なのは事実です。それを妄想と捻じ曲げようとする紫様の存在こそ妄想なのでしょう」

 

 「私は実在しているわよ!!!」

 

 「おやおや、私は相当仕事でお疲れのようです。まさか醜く無様に汚物まみれの顔で死んだはずのブス賢者(笑)(紫様)が幻覚として現れるとは……」

 

 「挑発のつもりかしら!?その喧嘩買ってやるわ!!!表出なさい!!!」

 

 「既に表ですが?やはり紫様は脳内までブスで形作られているようですね哀れwww愚かwwwきもすwww」

 

 「クソ狐めが!!ぶち殺してやるわ!!!」

 

 「おーっ怖!顔面偏差値0.00000000001の紫様の顔を見るだけでショック死してしまいそうですwww」

 

 「どこまでも舐め腐りやがって!!!」

 

 「うるさいメス豚がブヒィブヒィ鳴くんじゃねぇ!!!!少し黙っていろぉ!!!

 

 「「す、すいませんでした!!!」」

 

 

 草葉の陰で行われていたのは醜い争いだった。ここ妖怪の山の麓で一種の火種がこのままでは引火してしまうのも時間の問題である。

 

 

 「メス豚(藍さん)の作戦は使えそうですね。待っててねケイ君!今助けてあげる。私のケイ君を奪う変態女……お前は許さん!じっくり調教(意味深)して一生ケイ君に近づけないようにしてやるからなイヒヒ♪」

 

 「「(怖ッ……!!?)」」

 

 

 大妖怪である紫と藍でも恐怖するものがここにいる。男になると大妖怪やただの人間などの差など些細なことのようだ。しかしこのままでは折角のデートが台無しに……だが救世主達もここにいた。

 

 

 「そうはいかないな変態共」

 

 「むっ!?」

 

 

 小鈴が声のした方を振り返ればそこには妹紅率いる救世主達の姿があった。

 

 

 「慧吾君のお母様!?それに守矢の神様まで!!?」

 

 「紫殿、さり気にお母様呼ばわりしないでほしいのだが……」

 

 「あやや、一応私もいるのですがね」

 

 「捏造記者まで……私達の何か御用かしら?今はとても忙しいのですけれど?」

 

 「紫、まさかとは思うが私らの早苗のデートを邪魔する気じゃ……ないだろうな?」

 

 「ギクッ!?な、ナンノコトカシラ……?」

 

 

 紫はとぼけたようだが動揺が目に見えている。まさか見られていたとは思わなかったらしい。

 

 

 「嘘バレバレだよ。妖怪の賢者が他人様のデートを邪魔しようとか聞いて呆れるよ。それも神奈子と私の娘同然の早苗のデートを……覚悟できてる?」

 

 

 諏訪子はお怒りの様子だ。体は小さいのに漂う気が大蛇となって紫を見下ろしている気がする。他のメンバーも小鈴たちを睨む瞳に力が入っていた。

 

 

 「5対3……これでは多勢に無勢ですな。紫様、スキマを拝借したいのですが」

 

 「何するつもりかしら?でも……今は緊急事態だから許可するわ」

 

 「ありがとうございます。それでは……来い!」

 

 

 藍の行動に慧音達はスキマを使い逃げ出すのではと考えたがそうではなかったらしい。代わりにスキマからボトリと音がなり塊が()()降って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いたた……一体なんですかこれは……?」

 

 「ここは……慧音様!?妹紅様も!?」

 

 「妖夢に咲夜!?」

 

 「スキマを使って取り出しやがった……どこかの猫型ロボットかよ」

 

 

 慧音と妹紅に塊は見覚えがあった。辻斬り騒動で多大なる迷惑をかけた半人前庭師の妖夢と恋する完璧な瀟洒なメイドの咲夜がスキマから現れた。予想外の人物の登場に一同困惑しており、連れて来られた本人達ですら訳がわからないと言ったところに藍が声をかけた。

 

 

 「困惑しているところ申し訳ないが、妖夢と咲夜殿を呼んだのは私だ」

 

 「藍さんが?」

 

 「……妖夢はともかく何故私までも呼ばれたのかしら?事と場合によっては……」

 

 

 鋭い瞳が狐を狙い、手にはナイフが狩るために添えられている。咲夜は不機嫌丸出しにして自分を呼び寄せた相手に敵意を向き出しにしている。それもこれもスキマで拉致、しかもこれから自室に籠って慧吾との思い出のハンカチ(洗浄未使用)に酔いしれようとした最悪なタイミングで拉致られたのだ。不機嫌を通り越して毛皮を剥いでコートにでもしてやろうかと殺気まで放たれている程だが、殺気を向けられている本人は不気味に笑みを浮かべている。

 

 

 狐を甘く見てはならない。昔から狐は人を化かし、時にはたぶらかす。多くの人々を混迷へと誘い込んでいったと歴史が語っている。そしてこの()もその一人……

 

 

 「咲夜殿、緊急事態だったのだ。許してほしい」

 

 「……それで?緊急事態って何なのかしら?」

 

 「慧吾殿が早苗(痴女)の魔の手に落ちようとしているのだ」

 

 「――なッ!?」

 

 

 咲夜の弱点を()は知っている。慧吾の名を使い心に隙を作ることで、先ほどまでの殺気は一気に四散し、動揺が露わになった。この隙を逃す狐ではない。

 

 

 「このままでは慧吾殿の()()早苗(痴女)によって奪われてしまう。純白なヴェールが穢されてしまう。既に二人はデートをしているようで、二人の仲が深まれば……後はわかるな?」

 

 「――なッ!?なななななッ!!?」

 

 「本当ですか藍さん!?」

 

 「咲夜騙されるな!これは罠だ!!妖夢も少し頭を使え!!」

 

 

 咲夜は見るからに動揺が激しさを増し、妖夢は驚愕の答えに狼狽える。瞳がバイブのように揺れ動き瞳孔が開いていた。このままでは不味いと慧音が声をかけるが虚しく空虚に消えて咲夜には届かず妖夢は話を聞いていない。最愛なる慧吾の()()が奪われると知って冷静に対処できる精神は既に狐によって惑わされ、ほくそ笑む狐の姿はまさに悪魔そのものだった。

 

 

 「妖夢、私は同じ従者としてお前を尊敬しているんだ」

 

 「へぇ!?い、いきなりなんですか?」

 

 「お前は幼い頃からたった一人で幽々子殿の身の回りのお世話から庭師としての仕事をこなしながらも己の剣術を疎かにしない。そのお前の心意気に私は感服していた。昔からお前を尊敬し、友として見ていたのだ」

 

 「友……藍さんと?」

 

 「ああそうだ。妖夢と私は友、友達だ。同じ従者同士もあるが、私は妖夢を尊敬し、私も妖夢のような立派な従者になりたいと思っていた」

 

 「そ、そんな!?私は半人前で立派な従者では……」

 

 「立派だとも!!毎日欠かさず剣術に勤しむ姿を私は知っている。何から何まで一人でやってきた。私ならばそんなの途中で投げ出していただろう。途中で逃げ出していただろう。それをやり遂げているのだからな!そして私は今とても困っている。妖夢も慧吾殿が気になるのだろう?友達同士、同じ想い人を早苗(痴女)から守るため……力を貸してくれ!!」

 

 

 わざとらしさ100%の演技かかった小芝居が披露された。嘘ばかりの偽りだらけの言葉に誰が騙されるかとこの光景を見ていた親連中……しかし妖夢は……

 

 

 「藍さん……わかりました!この魂魄妖夢、同じ使命を持ちながらも私を友と呼んでくれた藍さんの為に私は刀を振るいます!!そして慧吾さんの()()を必ずや守り抜いてみせます!!!」

 

 「ありがとう妖夢!!(計画通り)」

 

 

 妖夢は単純だった。

 

 

 「(うわぁ……藍ってばえげつないわね。妖夢をまんまと手駒に加えてしまうだなんて……しかも吸血鬼のメイドまで……私の式ながら恐ろしい子ね。後が怖いわ。まぁ、後でレミリアと幽々子に始末されるのは藍だからゆかりん関係ないも~ん)」

 

 

 紫は見て見ぬフリをした。後々厄介ごとが起きるのは目に見えていたから。

 

 

 「咲夜殿!妖夢!今は慧音殿らを親と見るな!慧吾殿の意思を無視し、早苗(痴女)と無理やり結ばせようとする愚かなる者達だ!慧吾殿は優しい殿方故に断れなかった。しかし早苗(痴女)()()を狙っているようで、このまま行けば縁談を言い寄られ、断ることのできない慧吾殿は早苗(痴女)と結ばれてしまうのだ!」

 

 「それだけはダメです!慧吾さんをこの手で守り抜いてみせます!」

 

 「(そういえばお嬢様への血を提供していませんでしたね……慧吾様に汚い手で触れようとする愚か者は食材にでもなってもらいましょうかしらね!)」

 

 

 狐はあること無いこと出まかせだらけの言葉をその場の思い付きで語っていく。だが正常な判断ができなくなっている二人には効果覿面(てきめん)であった。

 

 

 「よくやったわメス豚(藍さん)!ふっふっふっ♪これで数は互角になりましたね」

 

 

 劣勢だった状況が均衡を保ち始める。優勢でないにせよ、小鈴側に勝機が見え邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 「この狐卑怯だ!私だって祟り神だけど関係のない人まで巻き込まないよ!?心はないの!?」

 

 「心はいつも慧吾殿と共にある。夫である慧吾殿のことを一番に考え、寄り添い合う……これぞ正しく愛!!その愛を守るためならば多少の犠牲など些細なものだ!!いや、悲劇的で寧ろ心地よい!!!」

 

 「最悪だよこの狐!!!」

 

 

 これほど邪悪な妖怪を見たことがない。諏訪子ですらその醜悪な勝ち誇った笑みから恐怖を感じる程だ。

 

 

 「へっ!数が同じになったからっていい気になるなよな!」

 

 

 妹紅は既に臨戦態勢入っており、今にも噛みつきそうな勢いだ。

 

 

 「妹紅落ち着け!紫殿、今はこんな無駄な争いをしている時ではない。慧吾と早苗のデートを邪魔しないでもらいたい」

 

 「例えお母様でも今の私は止められませんわ」

 

 「だからお母様と呼ばないでくれと……!」

 

 「慧吾君の()()は私のモノよ!初めては私なんだからどんな理由があろうとゆかりんは断固拒否するわよ!」

 

 

 興奮した様子の紫の頭はもう()()しか興味を示していない。発情した♀は目の前の獲物をみすみす逃したりはしないのだ。

 

 

 「紫殿もダメか……文!急いでこのことは霊香殿に伝えてくれ!!」

 

 「わかりました。私の速さを舐めないで……あやっ!?」

 

 「どうした射命丸!?」

 

 

 慧音は紫達はもう駄目だと判断し、頼みの綱である霊香がいる博麗神社へ向かうように文に伝える。幻想郷の中で最速クラスの文ならば博麗神社まで数秒で到着するはずなのであるが、飛び立とうとした文だが急に動きが止まってしまった。これに慧音と神奈子は文の視線の先に結界が展開されていることに気づく……正確にはこの一帯付近を囲むように張り巡らされていた。結界を仕掛けたのは勿論紫である。藍の茶番劇に皆が夢中になっている時に仕掛けた結界であった。面識ある慧音や妹紅に文が居るのに何の対策も無しに対峙するなど妖怪の賢者(笑)に抜かりはない。

 恐れていた。霊香や霊夢に知られれば必ずしも後でみっちりと()()()()が待っている。それだけは何としても避けたかった。慧吾と事(意味深)が終われば、慧音達の記憶をちょちょいと(いじく)って何事もなかったかのように返す算段まで立てている。悪知恵は藍に負けて劣らない傍迷惑(はためいわく)な連中である。

 

 

 「ゆかりんを舐めてもらっては困りますわお母様、私が誰かお忘れですか?妖怪の賢者ですよ」

 

 「違います。紫様は妖怪の賢者(笑)です。(笑)が無ければそれは紫様ではありません」

 

 「うっさいわよ藍!横からちゃちゃ入れて来るんじゃないわよ!!」

 

 「くっ、姑息な手を!!妖怪の賢者が呆れるわ!!慧音、紫は私が相手しよう。何とか結界を壊して霊香とか言う人物を呼ぶんだ!!」

 

 「させませんわ!」

 

 「通さんぞ!!」

 

 

 紫と神奈子が弾幕ごっこ(物理)を開始した。それを機に妹紅や諏訪子も動き出す。妹紅は妖夢と諏訪子は藍と攻防戦を繰り広げ始める。

 

 

 「文、悪いが結界を壊すのを手伝ってもらえるか?」

 

 「そうしたいのは山々ですが……相手をしないといけないようですよ?」

 

 「……そうだったな。結界を壊す手間も与えない算段か」

 

 

 そして慧音と文の元にも刺客が現れた。

 

 

 「私はケイ君の幼馴染です。だから将来のお嫁さんは私です。なので、先に処女喪失しても何も問題はないと言うことです」

 

 「問題大ありだ!絶対に慧吾は守ってみせる……いつもは教師だが、今は母親として慧吾に危害を加えるお前にはみっちりと教育してやらないといけないようだ!」

 

 「慧吾様はお守り致します。この十六夜咲夜が命に変えても」

 

 「咲夜さん自身が慧吾さんを危険に晒していると何故わからないのでしょうか?考えれば簡単なことなのに……あやや、恋は盲目と言いますが……これでは目だけでなく耳もダメになっているではありませんか」

 

 

 小鈴と慧音、咲夜と文……結界のおかげで妖怪の山自体は静かであるが、中では熾烈な激戦が始まっていた。

 

 

 ------------------

 

 

 「………………………………………………」

 

 「………………………………………………」

 

 「………………………………………………天気がいいな」

 

 「………………………………………………そうですね」

 

 「………………………………………………こんな天気のいい日に散歩できるなんてラッキーな日になりそうだ」

 

 「………………………………………………そうですかね」

 

 「………………………………………………」

 

 「………………………………………………」

 

 

 あかん、思った以上にこれはあかんぞ。早苗の為に気合いを入れデートプランを考えてきたが呆気なく砕かれちまった。嫌々なのは知っていたが、ここまで塩対応されるとやはり心に来るものがある。少しでも笑顔になってもらおうとしても下手に刺激するとまた発作を起してしまう可能性がある。男なら度胸と言うかも知れないがこういう子は繊細な扱いをしてあげないと取り返しのつかないことになるかもしれない……何とかいい方法が無いものか模索しているが現状はただ散歩と言う名の時間稼ぎにしかならなかった。このままでは平行線……何か無いか、何か早苗の心を開く出来事が!!

 

 

 慧吾は焦りが見え隠れし、考えていた以上に早苗の壁は分厚く壊すことも乗り越えることも困難らしい。それでも諏訪子との約束を思い出して思考を凝らすが時間だけが過ぎていくのに緊張が高まっていく。このままでは何も変わらぬ辛い底沼へと彼女は沈んで行ってしまうだろう……それだけで済めばまだマシだが、今回の件が彼女の壁を更に分厚くしてしまうかもしれない。望まぬデート、早苗の為だと企画した計画が仇となりその内、身内の二人も信用できなくなってしまうことにでもなれば最悪の事態へと向かってしまう。だから今どうにかしなければならないと彼は奮起していた。

 

 

 ガンッ!!

 

 

 「きゃっ!?」

 

 「うおっ!?」

 

 

 しかし突如として不明な出来事が二人を襲った。距離を保ちながら二人は歩いていた矢先に衝撃を感じて尻もちをついてしまう。何かしらにぶつかった感触があった。痛みはなかったが、いきなりのことなので驚いてぶつかった何かを見てみると……

 

 

 「……壁?」

 

 

 外の景色が見えるが、ガラス越しに景色を見ているようで幾多の漢字が壁に浮かび上がり、来るもの出るものを拒んでいた。それがいつの間にか見回すと辺り一面を覆っていた。

 

 

 な、なんだこれは!!?霊夢が時々霊香さんに稽古をつけてもらっていたのを見たことがあったが、その時の結界とよく似ている。

 

 

 これは紫が創りだした結界であった。慧音達を逃がさないつもりで結界を張ったのだが、あろうことか慧吾達も巻き込まれてしまっていたのだ。二人は影で行われている死闘を知らない……親である慧音達が隠れていることは薄々わかっていたが紫らが居るとは夢にも思うまい。

 

 

 御袋達が見守ると言っていたから付いて来ているだろうなとは思っていたが、これは御袋達の仕業な訳がない。すると諏訪子さん達か?いや、そうとも考えにくい……誰だこんな結界を張ったのは!?妙に嫌な予感がビンビンと俺の危機管理レーダーに反応している。とにかくここから離れた方がよさそうだ。

 

 

 影で何か得体の知れないことが行われていると感じ取った慧吾は嫌な予感がした。すぐさまここから離れるべきだと考え早苗と避難しようとした。

 

 

 「あっ……あぁっ!!?」

 

 

 だが様子がおかしい。早苗は慧吾から逃げるように後退り恐怖を孕んでおり、その矛先は慧吾に向いている。自身の身に憶えはなく、彼女に何かしたわけでもない。考えられたのは結界による空間の遮断によって逃げられない状況に陥ったことによる恐怖心が刺激されたことだ。早苗には結界についての知識を持っていたことで自分の置かれた状況をいち早く理解することが出来てしまった彼女は男と二人っきりの空間に閉じ込められたと勘違いをしてしまった。しかも早苗の脳内ではこの状況を引き起こしたのは親代わりである諏訪子と神奈子の仕業だと誤認してしまう。早苗も薄々二人が後を付けているのではないかと予測していたことが悪い方向へと今回は向かってしまった。

 無理に決められたデートによる極度のストレスで早苗の思考能力は低下、トラウマの男が傍におり、進展しない仲を縮めようと結界を展開して密室状態となった空間に閉じ込められてしまった……そう解釈してしまったのだ。それも親だと思っていた二人によって引き起こされたと。当然勘違いなのだが、今の早苗はそう思い込んでしまっている。何を言っても聞く耳を持つことはない。

 

 

 「(諏訪子様も神奈子様も信じていたのに!?お二人の為だと我慢しているのに……私のことを信じて任せてくれているんじゃないの!!?)」

 

 

 いつも優しく接してくれた二神の姿が今では崩れたガラスの破片となる。乗り気ではなかったこのデート、嫌々ながらも諏訪子と神奈子の為だと付き合い我慢した。二人の為に我慢すればいいだけ、二人の為に頑張ろうとした矢先に無理やりに押し付けられた状況に精神はまともな反応はしてくれない。寧ろ逆だ。親切心で行ったことが怒りをかった憶えはないだろうか?今の早苗の精神は些細なことでも敏感に感じ取り、扱いを間違えれば壊れてしまう。それが早苗にとって裏切られたと思い込む原因となってしまったのだ。

 

 

 「(もういやだ!!?)」

 

 

 早苗は逃げ出した。出口があるなんて思えないが、とにかく逃げたかった。誰も信用できなくなっていた……誰も。

 

 

 「そっちは危ないぞ早苗!!」

 

 

 声が聞こえたが信じない。寧ろ男なんて……

 

 

 「――ッえ!?」

 

 

 止まらなかった。早苗は逃げたい一心で制止を振り切りただがむしゃらに走った……が急に体が()()()()()()()。いや、()()()()ではなかった。浮いていた……何も信じられない早苗の前に現れたのは崖だった。麓であろうとここは山、地面が地震か自然の仕組みでそうなったのだろう。転落しても命に別状はないであろうが、気づいた時には体が落下していた。咄嗟に空を飛べればよかったが、混乱状態である早苗はなすすべもなく落ちていく。

 

 

 「(……もういいや。諏訪子様も神奈子様も私を信じてなかった……誰も信じられない。もう私は……いなくていいのかも……)」

 

 

 痛いのも苦しむのも嫌だった。生まれてからこの方周りの人間から変人扱いを受け、信じていた男にも裏切られる。最愛の家族の為だとこのデートを受けたが結局自分のことを信じてくれなかった失望……様々な混乱が混じり合い早苗の心は黒一色で染まる。このまま落ちてしまえば良いとさえ思った。閻魔様が待っている場所に逃げてやろうと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドシンッ!

 

 

 強い衝撃を受けたが、痛みはなく暖かかった。何かに包まれている感覚が全身に伝わっている。

 

 

 「………………………………………………えっ?」

 

 

 早苗の体に傷はつかず、汚れ一つもなかった。代わりに赤い液体が目の前の男の額から流れ出ており、その姿を捉えてしまった彼女は声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「キョトンとするな……よ。彼女を守るのは……彼氏の役目……だろ……?」

 

 

 そう言って彼氏(慧吾)は意識を失った。

 

 



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芽生えた苗

お久しぶりです。艦これにハマってそちらの方に力を注ぎこんでいました。


お話が途中で止まっていたので投稿した次第です。


それでは……


本編どうぞ!




 場は混乱に満ち溢れていた。永遠亭に突如として起きたハプニングで怪我を負ってしまった一人の青年上白沢慧吾はここへ運ばれて来た。輝夜は慧吾が来たことに喜びを感じて出迎えたがそこには頭から血を流して意識を失った愛する人の姿。一瞬思考が真っ白になり、何が起こったのか理解できなかった輝夜に神奈子達が事情を説明した。当然事情を聴いた輝夜の怒りは爆発し、鈴仙が輝夜を宥めようとしてもそれでも収まらなかった。自分を見てくれたたった一人の男性なのだ。永遠の時間を生きる輝夜にとって最初で最後の恋となるだろう。その慧吾に手を出した連中を彼女が許すわけはないのだ。しかし愛する慧吾を傷つけられた彼女の怒りの矛先は当事者達に向くはずだったがここにはいなかった。

 紫達は別の場所でお仕置きを受けている。元博麗の巫女である霊香の手によって……当然その娘である霊夢が鬼の形相で永遠亭を訪れた。彼女は今も目覚めない慧吾の傍にいる。輝夜も怒りはあるが今は慧吾の傍にいるのが先だ。後で原因を作った愚か者共を血祭りにあげればいい……

 

 

 煮えたぎる思いを抱きながら駆け足で病室へと入れば、そこにはベットに寝かされている愛する人。傍には親の慧音がその手を握りしめている。因縁の相手である妹紅も今は輝夜に興味も示さない。輝夜もまた同じであった。

 

 

 妹紅は子育ては上手くなかったし、いつもは慧音の方が面倒を見ていることが多かった。自分は知り合い程度に認識されているぐらいだと思っていたが、慧吾はそんな自分のことを親だと認めてくれた。親だと言ってくれた時は嬉しかったのだ……生きていて良かったと思えた。その慧吾が怪我をして意識を取り戻さない……今日ほど自分を恨んだことはなかった。あの場にいながら助けることができなかった。守ることができなかった自分に反吐が出る。慧音も同じだった。我が子を危険な目に遭わせてしまった自分が許せなかった。

 

 

 しかし一方で一触即発の空気が漂っていた。早苗の胸ぐらを掴んで今にも眼力で射殺してしまいそうな霊夢が守矢の二神に止められていた光景だった。

 

 

 「博麗よ落ち着いてくれ!!」

 

 「お願い早苗を離して!!」

 

 「うるさい

 

 「「ひぃっ!!?」」

 

 

 神奈子と諏訪子が霊夢を引き離そうとしても微動だにしない。一人の人間相手に神様二人がかりの力を持ってしても今の霊夢に手だしすることなどできない。霊夢が睨みつけると二人は腰が抜けてしまう。

 輝夜は見た。霊夢の瞳の中には自分と同じく愛する人を傷つけたことへの怒りを孕んでいた。別の誰かが怒っている姿を見れば人は冷静になれる……輝夜も同じく目の前に怒りに飲まれている霊夢を目の当たりにして、そこにはまるで自分が映し出されているかのようで気持ちが少し落ち着くことができたのが幸運だ。誰か霊夢を止める人物が必要だからだ。

 

 

 「やめなさい博麗の巫女」

 

 「邪魔をする気?

 

 「一度冷静になりなさいな、私が言うのもなんだけどね。それにその子は加害者じゃないわよ」

 

 「あんたならこっちの味方になってくれると思ったのだけれど?

 

 「確かに慧吾を傷つけられて怒らないなんてありえないわ。私を見てくれた唯一の大事な人だから……でも今回の事件は彼女のせいじゃないわ。慧吾は優しい人よ、だからその子を助けただけなの。あなたなら彼の気持ちがわかるでしょ?それに彼が目を覚まして今のあなたの姿を見れば……どう思うかしらね?」

 

 「……

 

 

 霊夢は手を離した。霊夢自身もこれは八つ当たりだとわかっていた。だから何も言わずにこの場から出て行こうとする。

 

 

 「あら、慧吾の傍に居なくていいの?」

 

 「今は慧音と妹紅がいるわ。私だって傍に居たいけど……この煮えたぎる怒りをぶつけたい相手がいるから。そちらを先に済ませるわ」

 

 「そう、なら私の分もぶつけておいて。それと手加減する必要はないわよ」

 

 「言われなくてもそうするわよ。それと……早苗をどうにかしておいて。見てらんないから」

 

 

 そうだけの言葉を残して霊夢は出て行ったのは頭を冷やす為でもあるだろう。向かう場所はもうわかっているから言わないでおくとしよう。その彼女が気にかけていたのは掴みかかっていた早苗だった。今の早苗は混乱していた。

 わからない……拒絶していた相手が何故自分を助けてくれたのか?命を懸けてまでどうしてそこまでして……早苗の心に染みついた男性像が乱れ定まらなくなっていた。醜いから騙され捨てられてしまったはずなのにどうしてこの青年は自分に構ってくれたのか?理解できない彼女の精神は狂いそうになっていた。

 

 

 「……ちょっとあなたいつまでそうしているの?」

 

 「……あなたは……?」

 

 「私は蓬莱山輝夜、ここの主人よ」

 

 「……どうして仮面を……?」

 

 「これが無いと死人が出るのよ」

 

 「……そう……ですか……」

 

 

 この場に一人だけ仮面を被った女性が現れても反応を示さない早苗は慧吾のことでいっぱいだった。確かに霊夢の言う通り見ていられなかった。病室に漂う沈黙……それを破ったのは一人の目覚めからだ。

 

 

 「う……ううん……」

 

 「「「「「――ッ!?」」」」」

 

 

 脳震盪(のうしんとう)を起こしていたが慧吾が目を覚ました。まだぼんやりしているようだが生きていた。思わず駆け寄ろうとする輝夜の前に邪魔なモンペがいたので突き飛ばし、仮面が邪魔だと投げ捨てモンペに当たるが構わない……今は彼の方が先だった。

 

 

 「慧吾!?私、輝夜よ!!?」

 

 「慧吾無事か!?お前の大好きなお母さんだぞ!!!」

 

 

 愛する人の目覚めに涙無くしてはいられない。元々醜い顔が涙でぐちゃぐちゃに更に醜く仕上がり、他人がこの光景を見れば地獄絵図、阿鼻叫喚の嵐となるだろう。その証拠に背後で神様二人がもがき苦しんでいるようだが気にも留める必要すらない。大事なのは慧吾なのだから。

 

 

 「……輝夜に御袋?」

 

 「ええ!輝夜よ!生きていてくれて……よかった!」

 

 「よかった……本当によかった……またお前の声が聞けて私は嬉しいぞ!」

 

 「輝夜……御袋……」

 

 

 涙に溺れる母親と輝夜の姿、その背後でもがき苦しんでいる二神の姿に慧吾には状況がわからないが、頭には包帯が巻かれており、どうやら意識を失っていたと理解できた。そして気づく……輝夜の背後にどす黒いオーラを纏わせた不死鳥が彼女を睨みつけていることを……

 

 

 「………………………………………………感動の場面のところ悪いんだがよ、輝夜」

 

 「なによ、今こっちはいそがしk」

 

 「てめぇ!!なにしてくれとんじゃぁああああああああ!!!

 

 「――ぶべぷぅ!!?」

 

 

 妹紅の鉄拳が輝夜の顔面を陥没させて壁を突き破って飛んでいった。バキボキと何かをへし折りながら騒音は遠ざかっていく。きっと竹林がへし折られたのだろう。何の罪もないのに……可哀想な竹林達。

 

 

 「はぁ……はぁ……糞が、私と慧吾との再会を邪魔しやがって……はぁ……」

 

 「あの……妹紅……さん?」

 

 「――ッ!!慧吾大丈夫か!!?汚物(輝夜)にぶっチュウとかされてないだろうな!!?」

 

 「落ち着いてくれ妹紅さん、俺は大丈夫だ。だが、この壁どうするんだよ……」

 

 「んなぁもんゲテモノ(輝夜)の野郎に直させればいいだけだ」

 

 「そうはいかないわ」

 

 「誰だよ邪魔すんのは……って、げぇ永琳!!?」

 

 

 慧吾が目を覚まして自分が感動の再会を果たすはずだったのに輝夜に邪魔され、今度こそ感動の再会になるはずだった妹紅が不機嫌に声がする方へ振り返れば、そこには永琳が凍てつく瞳で妹紅を見つめていた。病室でこれほどの騒ぎを起こして彼女が来ない訳がない……そして怒っていらっしゃった。壁に穴開け、耐えられなくなった二神からの吐瀉物(贈り物)が床を汚していた。これに怒りを覚えない者はいない。

 

 

 「大きな音がしたから来てみれば案の定……でも壁まで壊してくれるなんてねぇ……どう責任とってくれるのかしら……あなたは?」

 

 「あはは……いや……その……」

 

 

 汗水ダラダラの妹紅は視線を逸らして慧吾と慧音に助けを求めて瞳で訴えかけるが、現実は非情である。

 

 

 「これは妹紅さんが悪い」

 

 「妹紅……私でも擁護できん」

 

 「慧吾!?慧音まで!!?」

 

 「これで問題ないわね。さぁ……ちょっとお話しましょうね?」

 

 「いや私は慧吾と……あっ!?お、おい今なにをした!!注射したよな!!?」

 

 「はて?ナンノコトカシラ?」

 

 「おいとぼけるな……って、あれ……なんだか意識が……」

 

 

 永琳が一瞬で妹紅に注射を打ち、おそらく麻酔だろうその効力が聞いたようで、バタリと妹紅が倒れた。運悪く神様達の吐瀉物(贈り物)が広がっているところに顔から倒れる形となったのでお気の毒なこと。

 後から入って来た鈴仙とてゐが何事かと驚くが、永琳の命により二人は悪臭を放つ屍を片づけさせられる羽目になり、こちらもお気の毒であった。

 

 

 「さてと、散らかりものは片付いたわ。一応検診と脳に異常が無いか判断する為にいくつか質問するわ。構わないかしら?」

 

 「はい、構わないですが……永琳さん」

 

 「わかっているわ。そこでいつまで呆然としているつもりなの?」

 

 「……」

 

 

 先ほどからずっと一言も喋らず隅っこでずっと茫然と慧吾を眺めていた早苗。

 

 

 「……」

 

 「早苗、お前は何か慧吾に思うことがあるのか?」

 

 「……」

 

 「早苗……何故なにも言わないんだ?」

 

 「……」

 

 

 慧音が聞いてもうんともすんとも言わない。これには永琳も慧音もお互いに顔を見合わせどうしたものかと困ってしまった。

 

 

 「……早苗、もしかして俺と二人っきりで話がしたいのか?」

 

 「――ッ!?」

 

 

 早苗は周りの目が気になっているようだ。色々と彼女の心は整理がついていない状態であることは誰の目にも明らかであった。驚く早苗ではあるが、首を縦に振って意思を示す。簡単な献身について調べてもらった後、二人には悪いが退室してもらうことにした慧吾は早苗と二人っきりの空間に滞在することになった。

 

 

 ------------------

 

 

 「すみませんでした」

 

 

 早苗の謝罪から始まった慧吾と早苗との二人だけの空間は、甘い雰囲気とか一切なく重苦しいものだった。

 

 

 今日で2回目だな早苗とこうして二人っきりになったのは……どちらも嫌な空気になったが。そしてこれだ。謝罪されることは何もしていないはず、心当たりはある。俺が彼女を助けたことだ。そのことで俺に負い目を感じている……だけではなさそうだな。おそらくだが……

 

 

 「なぁ」

 

 「――ッ!?」

 

 「そう怯える必要ないぞ。ただ聞きたいことがあるんだ」

 

 「……なんですか?」

 

 「……男に助けてもらったことに疑問を感じているんじゃないのか?」

 

 「なんでそれを!!?」

 

 「諏訪子さんから話は聞いていたからな。それで男に酷いフラれ方をした……それで男に不信感を抱くようになるが、俺が助けたことで訳がわからなくなっているんだろ?なんで自分を助けてくれたのかってな」

 

 「……」

 

 

 慧吾の言葉は的中していた。早苗は押し黙ってしまう。

 

 

 初めてがあれじゃ全ての男が敵に見えるのは仕方ないよな。だが、俺はそんな男と一緒にされる方が不快だ。だから早苗にはちゃんと話さないといけない。

 

 

 「俺は……ちょっと変わり者なんだ」

 

 「……変わり者……ですか?」

 

 「ああ、簡単に説明すれば世間一般的に不細工扱いされている女の子は俺にとって不細工じゃないと言うことだ。つまり……早苗のことは美人に見えているわけだ」

 

 「……嘘ですね」

 

 「嘘じゃないさ。何故嘘をつく必要がある?」

 

 「……わかりません」

 

 「まぁ、普通はそう思うよな。でも違う。俺は真面目だ」

 

 「……もし嘘じゃなくても……それが何なんですか!私に関係あるとでも言うのですか!?もしそうだとしても私に優しくする必要なんてあります?ありませんよね?こんなグチグチしている女うざいでしょう!?あなたは聞いたと思いますけど、外で私は神様を信仰するヤバイ奴だって思われていたんです!影で私だけじゃなく、信じてもいないのに神奈子様や諏訪子様の悪口を言う同級生達や異物を見るような目で愛想笑いで私がいじめられているのを見て見ぬふりをする大人達!そんな連中から守ってくれる男性が現れたと思ったらそいつも私をバカにする奴だったんですよ!?信じろと言う方がおかしいんですよ!!!」

 

 

 早苗の怒号が永遠亭に響き渡る。きっと永琳さんや御袋に聞こえてしまっただろうが、そんなこと今はどうでもいい。俺はただ彼女の胸の内を黙って受け止めるしかできない。散々辛い思いをしてきてそれを胸の内に貯め込み過ぎていたようだ。次から次へと口からは積もりに積もった早苗の本音だった。

 

 

 今まで溜め込んでいたんだろうな。無理もないか、誰にも言えない秘密はある。俺にも転生したと言う秘密が当然あるしな。早苗はずっと苦しんでいた……ならば俺にできることはその苦しみを聞いてやることだ。

 

 

 慧吾はただジッと早苗の怒号を受け入れていた。外の世界での出来事は慧吾は何の関係もない。しかし今までの鬱憤を慧吾にぶつけていた。彼女は心のどこかで助けを求めていたのかもしれない……いや、求めていた。

 

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……っ!!」

 

 

 全てを吐き出した早苗は自分でも訳が分からない程に疲労していた。だが、どこか気持ちが軽くなった気がしていた。誰かに聞いてほしかったのだろう。神奈子と諏訪子には伝えられないこともあったはずだ。それをずっと受け止めてくれた慧吾に対して今更ながらではあるが、申し訳ない気持ちになっていた。

 

 

 「落ち着いたか?」

 

 「はぁ……す、すみませんでした。あなたのせいではないのに八つ当たりしてしまって……」

 

 「いや、いいさ。誰にだって鬱憤を吐き出したい時がある。それが今だっただけだ」

 

 「は、はぁ……」

 

 

 早苗にはよくわからなかった。男性である慧吾に優しくされている……あれほど傍に居るだけで気分が悪くなっていたのに今ではどうもそんなことは感じられない。今までの鬱憤を吐き出したからだろうか?

 

 「少なくとも俺は早苗を振った男とは違うろくでなし野郎ではないとわかってくれればいい。今は信用できなくても少しずつ知って貰えればいいだけだ」

 

 「……あの、慧吾さん……」

 

 「慧吾でいいって言ったろ?俺達は()()()()……って、もう今はもう必要ないか」

 

 「……」

 

 

 ハプニングはあったが、早苗の顔は見ていて辛いものではなくなっていた。寧ろ清々しい顔になり、これが本来の彼女の素顔なのだろう。デートとは程遠いものとなってしまったが、慧吾はこれで自分の役目は終わったものだと決めつけていたが……

 

 

 「……慧吾、一ついいですか?」

 

 「ん?なんだ?」

 

 「私達……まだ()()ですよ?」

 

 「はっ?いや、俺はもうお役目御免……」

 

 「違います」

 

 

 グッと今度はなんと早苗の方から慧吾に近づいてきた。これには慧吾も驚きの表情を浮かべてしまう。

 

 

 「信用して……いいんですよね?あなたを」

 

 「あ、ああ……」

 

 「……そうですか。あの……私、あなたをもっと知りたいです。だからまた……私とその……デートしてくれませんか?」

 

 「……ああ、望むところだ」

 

 「ありがとうございます……慧吾♪」

 

 

 この笑顔は反則だぞ……男として生まれたならば、この笑顔を守らないといけなくなっちまった。それに彼氏ならば尚更か……俺の役目はまだ終わりなさそうにないな。

 

 

 慧吾は見た……まるで夜空に輝く星のような素敵な笑顔を。

 

 



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彼を想う

大変お待たせいたしました。久しぶりの投稿となります。


内容も忘れて読み直して書いておりますが、違和感があるかもしれません……すみません。


それでも読んでも構わないぞと言う方は……


本編どうぞ!




 知らない所で流血沙汰の粛清(誤字にあらず)が起きていた頃、永遠亭で目を覚ました俺。ハプニングはあったものの、早苗さん……今は早苗だな。早苗と少し仲良くなれた。まぁ、彼女が俺のことを信用しようとしてくれているのはありがたいし、ろくでなし野郎ではないとわかってもらえて光栄だ。彼女のトラウマを克服する為に恋人を演じていただけなのだが、今でも俺と早苗は恋人同士でいようと言うことになった。

 

 

 あの時の笑顔が……あれが早苗の本当の笑顔だと知った。

 

 

 まるで夜空に輝く星のような素敵な笑顔……俺はそう思った。

 

 

 それからは大変だった。恋愛が成就(じょうじゅ)すると言うこの世界ではそうそう確約できない約束事を入信すれば叶うと掲げ、大勢の人が入信する形となったが早苗はその時は追い詰められていた。口から咄嗟に出てしまった嘘で入信者を増やす形が期待を裏切る形となった。当然そのしわ寄せは後から来ることは自然の理。

 早苗は神奈子さんと諏訪子さんと共に各家を周り謝罪した。騙された方はそれはもう怒り「神様がこんなブスじゃ願いなんて当然叶わない」なんてことを言われたりして傷ついたが、それを受け入れるしかない。守矢への信頼はガタ落ち、信仰も離れていった。神奈子さんも諏訪子さんも仕方ないことだと諦めていた。だが早苗はやっぱりまだトラウマなのだろう、早苗は自分の行動で神奈子さんと諏訪子さんに迷惑をかけたことで心を病み、守矢神社に引きこもったが、そんなことは俺が許さなかった。

 

 

 信頼が失われたのは早苗の自業自得である。しかしそこに部外者の俺が口を挟むのは違っている気がした。だからと言って何もしないなんて薄情なことはせず、俺は俺だけが出来ることで彼女を支えることにした。

 引きこもった早苗の下へと赴き、ただ単なる他愛もない話を一方的にでも彼女に語りかけることもした。返答がなく首でも吊っているのでは?と焦った日もあったり、時には朝から夜遅くまで、時には神奈子さんと諏訪子さんにお世話になり守矢神社に泊めてもらったことがあった。勿論御袋と妹紅さんには事情を説明しているし、神奈子さんと諏訪子さんなら問題ないと了承を得ている。御袋も妹紅さんだけでなく文も力を貸してくれて徐々に元気を取り戻した。

 

 

 これから先、早苗は大変苦労するだろう。神奈子さんと諏訪子さんの為に身を削り、悩みも苦しみも一人が抱え込んでしまう子だ。優しく、思いやりがあるただ運に恵まれなかった不運な少女なのだろう。

 今は守矢への信頼は人里では無いにも等しい……嘘をついてまで信仰を得ようとした汚い連中の宗教だと思っている輩もいるだろう。人里に受け入れてもらえない……今はな。御袋や妹紅さん、文も協力してくれて少しずつ守矢と早苗をわかっていってもらおうと説得していくつもりだ。早苗が受け入れて貰えるまで俺が支えてやることにした。

 

 

 ……ここまではいい話で進むが、それに比べて小鈴や紫さん達と来たら……

 

 

 俺は後で知ったことだが、なんでもあの時の結界は紫さんの仕業だったらしい。小鈴と共謀し、咲夜と妖夢まで巻き込んだ御袋達との壮絶なバトルを繰り広げたとか。俺が永遠亭に運ばれたことでそれどころではなくなったみたいだが、霊夢と霊香さんの()()()()を受けた。詳細は……知らないが、知らない方がいいだろう。結局紫さんの結界のおかげで俺は怪我を負ったがあれは事故だ。体に異常はなかったし、早苗が心を開くきっかけになって結果的には良かったと言える。周りがそれで良しとしなかった結果がこれなのだが致し方ない。

 

 

「本当にごめんなさい慧吾……」

 

「いや、もう謝る必要なんてないさ」

 

「いいえ、これは咲夜の暴走を止められなかった私の責任よ……」

 

「レミリア……だけどこうして俺の為に退院祝いのパーティーを開いてくれたんだ。これでチャラだ、文句は言わせないぞ?」

 

「慧吾……ふふっ、罪作りな人ね。あなたさえ良ければ私の専属執事になってほしいわね」

 

「それは遠慮しておかないと霊夢達に睨まれてしまう……レミリアがな」

 

「うー!鬼巫女怖い……」

 

 

 そして咲夜の失態を知ったレミリアがこうして俺の退院祝いと称しての謝罪パーティーを開くこととなった。そこには紅魔館勢、幽々子さんと橙、魔理沙とアリス、御袋に妹紅さんと協力してくれた文、そして霊夢と霊香さんに……

 

 

「あ、あの……わ、わたしなんかがここに居てもいいのでしょうか?」

 

「いいんだよ、早苗は俺が呼んだんだから」

 

「で、でも……」

 

「早苗、もうグチグチ言うのを止めないか。料理が不味くなるだろ?」

 

「神奈子の言う通りだよ、今日は楽しもう!」

 

 

 神奈子さんと諏訪子さん、そして早苗だ。永琳さん達も呼んだが「輝夜が行くと妹紅と絶対喧嘩になって仮面が……」と言っていた辺り大体想像がつく。だから今回は永遠亭組は欠席となった。しかし輝夜が黙っている訳もなくそりゃもう暴れた。永遠亭が倒壊するんじゃないかとなったが、俺が今度輝夜と二人で小規模パーティーをしようと提案したら渋々だが受け入れてくれた。可哀想だからその時は出来るだけ長い時間一緒に居てやろうと決めた。

 

 

 でだ、話を戻すとこの場に居ない連中が気になるところだが……咲夜は紅魔館に居るが、自ら部屋に閉じこもって「しばらく一人にしてください」とのことだ。余程反省しているらしく、いつもなら出迎えてくれる咲夜が美鈴に連れられたメイド服姿のフランに変わっていた……尊い。

 咲夜が心配だったが、レミリアにも「今はそっとしておいてあげて」と言われたらな……一人で居たい時もあるよな。でも帰る前には一声かけるつもりだし、俺は咲夜は悪くねぇことをちゃんと伝えるつもりだ。あれは藍さんが悪い。あと残りのメンバーはと言うと……

 

 

「幽々子さん、妖夢は?」

 

「妖夢?知らない子ですわ」

 

「あの……霊香さん、紫さんと藍さんは?」

 

「ああ、気にすることはない。当分現世には戻って来ないだろう」

 

 

 ……想像にお任せする。あっ、橙が申し訳なさそうにこっちを見てる……頭下げなくていいぞ?橙は悪くないからな。

 

 

「慧吾、紫や藍の心配なんて無用よ」

 

「霊夢……流石に可哀想じゃないか?」

 

「私の慧吾を傷つけたんだから自業自得よ」

 

「まぁそうかもしれないが……おい小鈴はどうしたんだ?小鈴の母さんに聞いても一日中部屋に閉じこもっているって」

 

「……知りたいの?」

 

「……やっぱりいい」

 

 

 世の中知らない方が良い事もある。慧吾は哀れな子羊(ケダモノ)達に心の中で合掌した。

 

 

「でも慧吾が無事で良かったぜ。聞いた時はヒヤヒヤしちまったからな」

 

「そうね、あなたが怪我したと聞いた時の魔理沙の顔ったら、この世のものとは思えない程に絶望してたわよ?無事だとわかって今度は泣いちゃったのよね?」

 

「お、おいアリス!!?な、なにを言っているんだぜ!!?」

 

「これはシャッターチャンス到来!魔理沙さんの赤面顔を……GETしました!!どうですか慧吾さん?これ買いませんか?」

 

「お、おおお、おいおいおい止めろバカ鴉!!?」

 

 

 バラされたくなかったことを言いふらされた魔理沙は顔を真っ赤にしてアリスに詰め寄る。それを写真に収め慧吾に売ろうとする文、そこに新しく早苗達が交わりこれから先どうなっていくのか彼女自身不安が募る。

 

 

「(本当に私は……ここに居て良いのでしょうか?)」

 

 

 早苗の心は不安だらけ。人里では入信者だった連中からは受け入れてもらえず、神奈子と諏訪子に迷惑をかけ、今もグチグチ気にしている根暗な自分をここに誘った慧吾には自分よりも素敵な(容姿を除く)連中に囲まれ、中には博麗の巫女も居た。それに比べて自分はどんなに劣っているかを見せつけられてしまう。

 

 

「……早苗、顔を上げろ」

 

「……」

 

「そんな顔するな。早苗は一人じゃないだろ?神奈子さんと諏訪子さん、御袋や妹紅さんに文、レミリア達も協力を惜しまないと約束してくれたじゃないか。しばらくは大変だろうが、皆が支えてくれる。勿論俺も支えるつもりだぞ?」

 

「……私にはあなたが眩しすぎます」

 

「そうか?俺にとっては早苗の方が眩しいが?特に笑顔が素敵だ」

 

「あ、あなたは嘘が上手ですね」

 

「嘘じゃないさ。言ったろ?俺は変わり者だって。早苗のことは可愛いと思っているから心配するな」

 

「も、もう……は、はずかしいこと言わないでください!」

 

「わるいわるい、可愛かったからいじりたくなった」

 

……バカ

 

 

 ぷくっと頬を膨らませる早苗はそっぽを向いてしまう。けれどもその表情は決して嫌がってなどいなかった。

 

 

「……青春だね神奈子」

 

「……そうだな、こんな早苗を見ることができるなんてな」

 

 

 しみじみと早苗()の幸せな姿に薄っすらと涙を浮かばせる神奈子と諏訪子(保護者の二人)

 

 

「「………………………………………………」」

 

 

 それとは裏腹に鋭い視線が突き刺さる。誰の視線かなんて言うまでもない。

 

 

「……魔理沙、変な気は起こさないでよ?ここは紅魔館、私の家なんだから」

 

「それぐらいわかってる……わかってるぜレミリア。事情があってのことなんだから仕方ない……ことなんだ……ぜ」

 

「霊夢、慧吾君と早苗ちゃんは訳あって恋人同士の仲だと知っているだろう。だからその手に持つ包丁(凶器)はしまいなさい」

 

母さん……なんで私じゃなくて早苗なの?事情があっても恋人同士っておかしくない?母さんどうして慧吾の恋人は私じゃないの?どうして?ねぇどうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!?

 

 

 ……これからいろんな意味で早苗は大変だ。特に俺関連の事柄ならば尚更のこと、それを抜きにしても一筋縄ではいかないかもしれないが、早苗のことはこれから支えていけばいい。トラウマを克服して心の底から本当に好きな相手ができるまで……

 

 

 彼氏()彼女(早苗)を守ってやるからな。

 

 

 ★------------------★

 

 

「いや~食べた食べた♪」

 

「諏訪子お前は食べ過ぎだぞ?」

 

「そう言う神奈子はお酒何杯お代わりしたのさ?」

 

「そんなもの10から先は憶えていないさ」

 

「神奈子ったら飲み過ぎ~!」

 

 

 神奈子様も諏訪子様も楽しめたようで私も嬉しくなっちゃいます。それに紅魔館も訪れる事が出来ました。実は幻想郷に来てから気になっていた場所でもありました……名前の通り赤を通り越して深紅の館で驚いてしまいました。吸血鬼さんが館の主人らしいと聞いていて、どんな方かと思ったら小さな子供が出て来た時は呆然としてしまいました。でもレミリアさんはとても優しい吸血鬼さん。500年も生きている方で、妹のフランさんもお姉さんのレミリアさんに似て優しい子でした。優しい子で誰からも好かれるはずなのに容姿で嫌われたりすることだってある……フランさんはまだ知らないだけ。

 現実は私のような女は男性から受け入れてもらえない。容姿が優先され、見た目でバカにされ、騙され裏切られた……私はそうでした。そんな現実を知って、現実が嫌になって神奈子様と諏訪子様と共に幻想郷へ逃げて来た。ここなら()()()()()()()()()()と心の奥底でありもしない希望に夢見て……()()が起こるのを願っていた。

 

 

 神奈子様や諏訪子様のみならず、特別な力を持つ私は【奇跡を起こす程度の能力】を持っています。ですがその力を持ってしても容姿を変えるなんてことは出来ませんでした。そんな都合の良い話はおとぎ話の中だけだと思っていました。

 

 

 あの人に出会うまでは。

 

 

……い……なえ……

 

 

 その人は男性でした。私と歳もそう変わらない方……

 

 

……~い、さなえ……

 

 

 その方の名前は……

 

 

「お~い、早苗ったら聞いてる?」

 

「えっ、あっはいなんでしょうか?」

 

「あっ、早苗ったら聞いてなかったね。さっきから呼びかけていたのに上の空だったし」

 

「す、すみません諏訪子様……」

 

「ねぇ、何考えていたの?」

 

「え、ええっと……それは……」

 

「……当ててあげよっか。慧吾君のことでしょ?」

 

「えっ!?ち、ちが……わなくはない……です」

 

「やっぱりね♪」

 

 

 顔を真っ赤にする早苗に対して、諏訪子は満面の笑みを浮かべた。答えが当たって喜んでいると言うよりも早苗が慧吾に夢中であることが喜びの正体である。

 

 

「早苗よ」

 

「神奈子様……」

 

「小さかった早苗はいつも私達に笑顔を向けてくれた。あの時の早苗がもう帰って来ないのではないかと……思ったことがあった。いつも作り笑顔を私達に向けていた早苗を見ているだけで心が張り裂けんばかりに苦しかった。何もできないでいる自分がもどかしかった。でもお前は帰って来てくれた。色々と立て込んでいて言うのが遅くなったが……お帰り早苗」

 

「お帰り早苗。これから色々と大変だけど私達()()()()ならばどんな苦難が振りかかろうと吹き飛ばしてやろうよ!」

 

「神奈子様……諏訪子様……はいっ!」

 

 

 今まで私自身お二人に迷惑になっていたのに、いつも私の味方をしてくれた神奈子様と諏訪子様はやっぱり私の両親です!

 

 

 愛情を受けた早苗は自分がどれほど幸せの中にいるかを理解すると自然に涙が流れていた。幾多の困難が待ち受けているだろうが、今の彼女ならきっと乗り越えられるだろう。

 

 

「あっ!いけない!!?」

 

「ん?どうした諏訪子?」

 

「諏訪子様?」

 

 

 諏訪子がしまったという顔をした。何事かと思った神奈子と早苗だが……

 

 

「慧吾君も入れてあげないといけないじゃん!だって慧吾君は早苗の夫になる子だから守矢の一員だからね」

 

「えっ!?す、諏訪子様!!?」

 

「おおそうだな、私もうっかりしていた。早苗、いつ挙式はあげる?」

 

「え、ええっ!!?か、神奈子様もいきなり何を言っているのですか!?」

 

「何をだと?トラウマを克服する為に恋人のフリをしていたが、もうその必要はないはず。だが今でも恋人同士としての関係を持っていると私は知っているぞ。早苗は慧吾のことが嫌いなのか?」

 

「き、きらい……ではありません。寧ろ……」

 

「寧ろ?なに?さなえ~言っちゃいなよ。私は慧吾君なら守矢に婿養子に是非とも来て欲しんだからさ」

 

「私も慧吾なら早苗を任せられそうだ。それで?早苗の口から聞きたいぞ。早苗が彼をどう思っているのかを」

 

 

 ずいずいと早苗に詰め寄る二人、詰め寄られる早苗は顔が真っ赤に染まり、次第に顔が沸騰するぐらい熱くなり湯気を立てていた。

 

 

「さぁさぁ言っちゃいなよ!言っちゃえば素直になれるよ。もういっそのこと慧吾君に告白してそのまま孫作っちゃってよ」

 

 

 す、諏訪子様!?ま、孫って……ええっ!!?

 

 

「私も早く孫の顔が見たい。きっと早苗に似て良い子なんだろうなぁ……」

 

 

 神奈子様も妄想に浸ってしまって……え、ええっ!!?

 

 

 出されたお酒のせいか、はたまた早苗()の幸せに酔ったせいか、二人にめんどくさい絡まれ方をしている。

 

 

「「さぁさぁさぁ!!!」」

 

「………………………………………………も、もう!神奈子様も諏訪子様も知りません!!!!」

 

「「さなえ~!!!」」

 

 

 もう二人で私を辱めて楽しんですか!?私と慧吾はそんな仲までになっていません。まだ会ってそれほど経ってもいませんし……でも恋人同士なんですよね?

 あの人は私を受け入れてくれた。私を騙したあんな男と違う……私を可愛いと言ってくれる。変わり者と自分では言っていましたけど、それに救われた。あの人のことを信用したい、彼のことを知りたい、私のことをもっと知ってもらいたい。男が嫌いな私が嫌いじゃない。寧ろ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……好き、なのかもしれませんね」

 

 

 夕焼けが沈む直前、そう呟いた彼女の顔は恋する乙女の顔だった。

 

 



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負け犬のその後

はてさて早苗と慧吾の取り巻く関係の裏でそのきっかけを作った連中はと言うと……


それでは……


本編どうぞ!




ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

「ちょっと、開口一番に大声をあげないでよ」

 

 

 鈴奈庵で一匹の野獣(ケダモノ)が雄たけびを上げていた。

 

 

「ちくしょう、ちくしょうちくしょう!!!あの早苗(あばずれ)め!ケイ君の優しさにつけこんで、あまつさえ恋人同士になるだとぉ!!?ふっっっっっざけんじゃねぇぞ!!!ブヒブヒ泣きわめいて糞尿でも漏らしていればよかったのに!!!ふんがぁああああああああああああああああああ!!!」

 

「はぁ……」

 

 

 鈴奈庵の野獣(ケダモノ)と当てはまる者は一人のみ。そう、小鈴である。そしてその暴走に付き合わされているのが阿求である。

 

 

「小鈴、早苗さんには訳があったんでしょ?まぁ、それで恋人のフリをする彼もおかしいんだけどね」

 

「ケイ君はお人好しで優しいから騙されちゃったのよ!あの早苗(あばずれ)がケイ君を狙っているなんて知ってるのよ。そんで後を尾行して、私がケイ君を守ろうとしたら邪魔が入るし、ケイ君が怪我したんだよ!なのにちゃっかり許されて、はいこれで恋人同士ではなくなりましたざまぁみろ早苗(あばずれ)♪……にならないとかなにそれ!?許されました、もう恋人のフリなんてしなくていいはずなのに恋人関係のままでいましょうだと!?悲劇のヒロイン気取りでケイ君を騙して自分のモノにしやがって許さんぞ!!!ぺっぺっぺっ!!!」

 

 

 小鈴の唾を吐く先には人形。その姿は早苗に似ており幾つもの釘が打ち込まれていた。

 

 

「こうなったら()()()だか()()()だか知らないけど、神社の一つや二つ潰してやるわ!!!」

 

 

 押し入れから取り出したのは巨大なハンマー。どこにそんな力があるのか小鈴は悠々と担ぎ上げ今にも守矢神社に突撃する勢いだ。しかしそれを止めるのは阿求。

 

 

「落ち着いて、散々博麗の巫女様にお叱りを受けたのに懲りないの?それに早苗さんにそんなことをすれば彼に嫌われかねないわよ?」

 

「ぐぬぬ……!!!」

 

 

 霊香と霊夢(博麗の巫女親子)()()をされたぐらいで懲りる小鈴ではないが、流石に今回は堪えたのかしばらく部屋から出られなかった。だが復活した小鈴は内に渦巻く混沌を吐き出す捌け口に選ばれてしまった阿求はご愁傷様である。そんな懲りない小鈴でも慧吾の名を出せ暴走を止められる……流石小鈴の友人、これぐらいできなければ小鈴の友などなれないだろう。

 

 

「でも……でもでも!うぅ……ちくしょう、いつか尻の穴から使用済みの玩具(大人の)で隅々まで調教してやるから覚悟してなさいよぉ!!!」

 

「(はぁ……また()()されるでしょうね。私には関係ないからいいけれど)」

 

 

 ちょっとした鈴奈庵でのお話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

「遂に壊れましたか紫様……いえ、既に壊れていましたね。修理に出すには……そうだ粗大ごみが適任ですね」

 

「はぁ!?私は壊れてなんかいないわよクソ狐!!!」

 

「では何故そのような汚い悲鳴を御上げになっていたのですか?正直きもいですよ?きもいのは存在自体ですが」

 

「私は慧吾君のことを思って行動したまでなのに!霊香も霊夢もガチガチのガチで()りに来るとかありえないし、慧吾君に会っちゃダメってそんなのあんまりじゃない!?あと汚いもきもいも一言余計よ!!喧嘩売ってんの!!?」

 

「きっと霊香殿も霊夢も嫉妬しているのです。私が慧吾君の妻であるが故に羨ましいのですよ。彼女達は負け組ですから。あと余計ではありません。妖怪の賢者(笑)の紫様には外せないものですので」

 

「うっさい狐ね、口だけは達者……いえ、頭の中はお花畑なのね。また妄想と現実がごちゃごちゃになっている……なんて可哀想なクソ狐なのかしら♪」

 

「可哀想なのは紫様の方ですよ。存在そのものが糞でできているのお方ですからね」

 

「よっしゃその喧嘩買ったわ。表出なさいよ」

 

「嫌ですね、紫様は真実を言われるとすぐにキレる……もうお歳のようですね。そうとわかれば、すぐに葬儀の準備をしたくてはなりません」

 

「まだ生きているわよ!!上等よ、あんたみたいな無礼な式は私がけちょんけちょんに()って()るわ!!!」

 

「望むところです。妖怪の賢者(笑)に負けるような私ではありませんので!」

 

「………………………………………………はぁ」

 

 

 すきまの中に消えた主人達に見えぬところでため息をつくのは八雲家唯一の癒しである橙。八雲家ではいつもの光景ではあるものの、彼女は常識(妖怪)なので醜い争いを繰り広げる主人達に呆れていた。

 

 

「にゃぁ……紫様も藍さまも慧吾お兄さんのことになると暴走して止められません。慧吾お兄さんは優しいお人だけど、お二人共迷惑を掛け過ぎです……申し訳ございませんお兄さん」

 

 

 主人達の暴走を止められない橙は決して悪くないと言えよう。それでもこの場に居ない慧吾に対して謝罪する程に流石八雲家唯一の癒しは伊達ではない。そんな橙の仕事……っと言うよりもこの後の展開がわかっているのですぐに準備に取り掛かる。

 引き出しから二人分の服とタオルを用意し、常備している薪を取りに行く。その薪を使ってお風呂を沸かしている間に少々のお食事とお茶を準備していると……ドサリッ!と庭から何かが落ちる音がした。それに気づいた橙は庭に向かえば見慣れた主人達がボロボロの姿で倒れていた。

 

 

「紫様、藍様どうぞ」

 

「ありがとう……橙、た、たすかるわ」

 

「ふ、ふふっ……やっぱり橙は偉い。それに比べて妖怪の賢者(笑)は……()(オーク)(ダイヤ)(生ゴミ)とはこのことですね」

 

「コロス……でもその前にお風呂に入りたいわ。橙、お風呂は当然……」

 

「湧いております」

 

「そう、いつもありがとう。それじゃお先に失礼するわね♪」

 

「ぬぅ!?紫様の入った後のお湯などブス汁が染み出て汚染されてしまいます。私が先に……」

 

「私が先よ!!」

 

「いいえ、私です!!」

 

「………………………………………………」

 

 

 フラフラになりながら小競り合いをしつつ風呂場へと消えていく主人達。そんな哀れな主人達に振り回され苦労ばかりしている橙だが、それでも二人を嫌いになれない自分がいる。

 妖怪は醜悪な姿をした化け物。妖怪ならば妖怪らしく男を襲って喰う(意味深)ことはおかしくない。しかし妖怪の賢者と呼ばれ、幻想郷の為にと様々な策を巡らせ時には他の者と争い、代々博麗の巫女を見守って来た紫。その下で働き、紫をなんだかんだ言いつつも支え続けた藍。そんな二人は今まで男なんか相手にされず、男を食う(意味深)ことも我慢して来た。最近慧吾と言う非常に珍しい青年と出会い、夢中になってしまうのも無理はないことだと橙はわかっているし、今まで苦労して来た分、幸せを求めて暴走してしまうのも理解できる。

 

 

 ただ暴走し過ぎてしまっているだけだ。主人達が幸せで居られたら橙にとってこれほど嬉しいことはないのだから。

 

 

「……そろそろ慧吾お兄さんに会いたいと紫様も藍さまが行動を起こす頃合いですね。お兄さんに迷惑をかけないようにしたいのに……橙は無力だにゃ……」

 

 

 これ以上の迷惑行為を野放しにしてはおけない。博麗の巫女親子からきつく監視するようにと釘を刺されている分余計にだ。橙は頭を悩ませた。

 

「んん……あっ、そうだ!」

 

 

 橙は何かを閃いたようで藍の寝室へと向かっていった。その後のことだが、食事を終えた紫と藍が慧吾の下へ行くことはなかった。橙が睡眠薬を仕込んだからである。何故睡眠薬があるのか、それは藍が買っていたもので、慧吾が一人の時にお詫びと称して、愛情(睡眠薬)を込めて作った手料理を渡すつもりだったが、結果として自身に帰って来た。実行される前に実行されてしまった哀れな藍は夢の中。当分夢から覚めないよう10倍の量を仕込んでおいて良かったと思った橙(注意!薬は決められた方法で服用しましょう!)であった。

 

 

 こうして苦労人こと橙の活躍で今日幻想郷に平穏が訪れるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動の主犯格達は()は大人しい。そして巻き込まれた哀れな二名はと言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ妖夢!その性根があらぬ方向に向かわないよう今日もビシビシ鍛えていくわよ覚悟しなさい!!」

 

「ゆ、ゆゆこ様、少しは手荒な真似は控えてほしいかと……」

 

「手荒だなんて……ナンノコトカシラネ?」

 

「幽々子様、言っておきますが私、当たれば死んでしまいます」

 

「ふ~ん……それで?」

 

「えっ?それで……とは?」

 

何言っているのかしらこの子は?妖夢は半分死んでいるのと変わらないじゃない。大丈夫よ、もう半分死んでも大したことではないわ。あなたが起こしたことに比べれば……ねぇ?

 

「………………………………………………みょん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜、大丈夫よ。だからもうそろそろ出て来なさい」

 

「……お嬢様……わ、わたしは……」

 

「慧吾に退院祝いのパーティーの帰りに言われたでしょ?『もう気にしてないから咲夜の顔を見せてくれ』って。あなたは確かに周りが見えなくなって迷惑をかけたけど、もう十分反省はしたわ。慧吾は許してくれているのよ?それなのにいつまでも部屋で閉じこもって逃げるつもり?」

 

「………………………………………………」

 

「慧吾の思いを無駄にするの?彼はあなたに会いたがっている。あなたがやってしまったことに対して責任を感じているなら、これから清算していけばいいわ。それを一番理解してくれているのは彼だからね」

 

「……レミリアお嬢様……ありがとうございます」

 

「ふふっ、お礼は彼に言いなさい。そうそう、パーティーをやったからお酒が切らしちゃったのよね。買って来て頂戴。すぐに帰って来なくていいわ、お酒が無くてもフランと一緒にジュースを飲むから」

 

「……ありがとうございますっ!」

 

「だからお礼は彼に……まぁ、いいわ。後は思うように行動しなさい。人生は山あり谷あり、上手いことがいかなくても前に進まないといけないのだからね」

 

 

 親とも呼べる主人達からの愛情を受けた二人、これもまた一時の出来事であり、自然にいつもの日常戻っていくだろう。幻想郷では常識に囚われてはいけないのだから。

 

 



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参章
上白沢家と博麗家


新しいお話のはじまりはじまり~!どんな物語が繰り広げられるのか?


それでは……


本編どうぞ!




 幻想郷では今は暑い夏が訪れている。空に昇る太陽がいつも以上に生き物たちを照らし、その熱気を地上へとお裾分けしている季節。それでも変わりようのない日々を過ごしていたある日のことである。

 

 

「なに?今なんと言った?」」

 

「もう一度言いますよ。博麗神社が倒壊しました」

 

 

 ここ人里の一角、上白沢家の玄関先では世帯主の慧音が来客の対応をしていたところで、その相手は鴉天狗の文であった。上白沢慧吾を知り、それからよく癒しを求めてここを訪れている彼女が今日来たのには訳があった。

 

 

 文が訪れた訳とは博麗神社倒壊とのご報告であった。現在慧吾が調理場で腕によりをかけて昼食を用意していた。我が子が振舞う料理にワクワクさせていたら文が訪れ、途端に不機嫌になった慧音であったが文からもたらされた報告に少ながらず驚いていた。

 

 

「一体何があったんだ?いや、その前に文、一度家に入れ。立ち話はあれだろう?」

 

「あやや、これはこれはどうも。それではお邪魔します」

 

「おう御袋、昼食できたぞ……んっ?来客は文だったのか」

 

「お邪魔していますよ。あやや!慧吾さんの手作り料理ですか!?いいタイミングに訪れてしまった射命丸文、丁度お腹も空いていたところですし、これは戴かなくてはなりませんね♪」

 

「おい文、これは私と慧吾の分だ」

 

「あやや?二人分にしては食器と量が1セット分多いみたいですが?」

 

「これは妹紅の分だ。だからお前のではない」

 

「あやや、それは残念です……」

 

 

 ガックリと肩を落とす。慧吾の料理が食べれると期待したが残念なことに文の分は無かった。だがここで何もしない慧吾にとっては男が廃るというもの。

 

 

「文、簡単なおにぎりであれば作るぞ?」

 

「あやや!?戴けるのですか!?」

 

「おにぎりだが?」

 

「是非ともお恵みをください!」

 

 

 慧吾がおにぎりを握る、それ即ち直接肌で触れたおにぎりを食べれるというもの。文だって女、男性が直で握ったおにぎりを食べれるとわかればテンションアップは避けられない。調理場に引き返して見えなくなった頃合いにはガッツポーズを取っていた。それを驚愕の表情でわなわなと震えていたのは慧音だった。

 

 

「私と妹紅以外におにぎりを出す……だと!?慧吾の手汗がついたおにぎりを食べれるのは親の特権だろう!?」

 

 

 などと狼狽えている慧音を余所に出されたおにぎりを一口入れた文は幸せに包まれていた。親の特権を奪われたことで絶望の淵に落とされた慧音は、慧吾のご飯を楽しみにやってきた妹紅に助けを求めた結果、危うく彼が止めなければ焼き鳥が完成していたところだった。

 

 

 それからしばらくガンを飛ばす妹紅にビビりながら慧吾の影に隠れる文は不憫としか言いようがない。結局慧吾に怒られてシュンとする妹紅であったが、本題はここからだ。

 

 

「それで?博麗神社が倒壊したって話は本当なのか?」

 

 

 慧吾は初耳だった。ついこの前に博麗神社を訪れたばかりだった。その時はいつも通り甘えん坊霊夢に凛々しい霊香が居たが、倒壊するほどにおんぼろ神社ではない。いきなり倒壊したと言われても違和感しかないのだ。

 

 

「地震が起きたのですよ」

 

「「「地震?」」」

 

「はい、地震です」

 

「おい文、おかしいぞ?博麗神社は確かに人里より遠いが神社を倒壊させるほどの地震が起きればここにも被害が出るはずだぞ?」

 

 

 慧吾の指摘は最もだった。建物が倒壊するほどの地震なら人里にも影響を及ぼしてもおかしくない。なのに慧吾達、そして人里の人々はそんな振動など感じてはいなかった。話題にすらあがっていないのだから。

 

 

「いや、それがですね……異変なんですよ」

 

「ああ、異変なのか」

 

 

 異変と言われて納得できるようにまで幻想郷に馴染んだ慧吾。異変ならば何かしらおかしな点があっても不思議ではなくなってしまうのが不思議なことだ。そして文が話した内容はこうだ。

 

 

 なんでも空の上にある天界と言う場所には天人が住んでいるそうだ。天人達はのんびりとした生活を送っており地上と比べると刺激がないらしい。そんな中で一人の天人が不満を抱いていたそうだ。退屈な生活に嫌気が差して幻想郷に異常気象による異変を起こし、犯人を突き止めて自分の元を訪れた者たちと戦うことで、退屈しのぎをしようと試みたそうだ。その過程で博麗神社(博麗の巫女)がターゲットに選ばれてしまい、局所的な地震を発生させ神社を倒壊させたとの報告だ。

 結果的に言えば天人はボコボコにされた。霊夢の怒りを買い、おふざけた理由で神社を倒壊させたことは割りと洒落にならないほどの出来事だ。神社は博麗大結界の基点となっていて幻想郷を危機に陥れたことから、紫が直々に異変解決に自ら乗り出した。珍しく紫がブチキレた場面を見たと言う。

 

 

 これを聞いた慧吾達は「まぁ、そうなるな」と納得した。悪意がないとはいえ、幻想郷を知らず知らずのうちに危機に晒していたのだから当然の結果と言える。

 

 

「ほぅ、それで文屋のお前がわざわざここまでそのことを伝えに来てくれたってか?」

 

「清く正しい射命丸の私として当然のことをしたまでです!っと言いたいところですが、実はですね困ったことになりまして」

 

「困ったことだと?」

 

 

 妹紅は首を傾げた。慧音と慧吾も同じように首を傾げる。

 

 

「霊夢さん、それに霊香さんは神社が倒壊してしまって家がありません」

 

「「「ああ……」」」

 

 

 理解するのには簡単なことだった。それはそうだ、神社が倒壊したら住んでいる場所が無くなってしまったのも同然である。補足説明をすると、紫は現在天人と()()をしているようで手が離せないらしい。いつもは()()される方だが今回はする方に回り、珍しいこともあるものだと慧音と妹紅は感じた。

 

 

「なるほど、霊香殿が困っているのか。ふむ、考えなくてはな」

 

「どうするよ慧音?人里に貸してくれる空き家なんかあればいいがあったか?」

 

「いや、確かなかったはずだ。しかし困ったぞ、霊香殿と霊夢には少なくない恩がある。個人的にもなんとかしてやりたいのだがな……」

 

「う~ん」

 

 

 色々と模索しているであろう慧音と妹紅だが、それをキョトンとして眺めている慧吾に気づいた文は気になり聞いてみた。

 

 

「慧吾さん、なにをキョトンとしているのですか?」

 

「いや、何故御袋と妹紅さんが考える必要があるのかと思ってな」

 

「どういう意味です?」

 

 

 慧吾の言った意味が理解できなかった文は再度質問してみた。

 

 

「どういう意味だと?空き家が無ければ仕方ない、上白沢家(ここ)に泊まってもらえばいいんじゃないのか?」

 

「「「………………………………………………」」」

 

「えっ?なに???」

 

 

 慧吾は真顔で見つめられている意味がこの時わからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不束者ですがよろしくお願いします……慧吾❤」

 

 

 頬を赤らめた霊夢に呆れた様子の霊香が上白沢家へやってきた。

 

 

 ★------------------★

 

 

 今日はいつになく部屋が綺麗だ。いや、綺麗にしたと言った方がいいな。何故なら今日からしばらくお客っと言うよりも友人とその母親がこの家、上白沢家へと泊まりに来る。汚いなんて思われでもしたら流石に傷ついてしまうし、御袋の顔に泥を塗る。まぁ、そんなこと微塵も気にしない二人だから大丈夫なんだが礼儀だから掃除をして当然だ。

 しかし妙に落ち着かないのは事実。やはりいつもと違う日常へと変化するその第一歩だからなのかもしれない。俺も俺で緊張しているのがわかる。何故なら来るのが幼馴染の霊夢、そして霊香さんだから。まぁ、幼馴染とその母親が泊まりに来るのは別におかしなことではないと思うだろう?しかしそうではないらしい。

 

 

 女性が男性の家に泊まりに行くと言うことはつまり「モーレツ(意味深)な出来事が起きてもいいよ❤」と言う合図でもあるらしい。御袋から聞かされた時は驚いてしまったが、確かに元の俺基準なら男が女の家に上がり込むことになる。この場合、期待している(何がとは言わない)と思われても文句は言えない。まぁ、今回は事情が事情だけに男と女の二人だけの共同生活ではないのが救いだな。だがそれが落ち着けない理由ではないんだよ、俺の中ではな。

 あの霊香さんが泊まりに来るんだぞ?あの美人でカッコイイ大人の女性とはこの人だ!と代表する巫女様だぞ?緊張して当たり前だ。霊夢の親でなかったら正直本気で恋していたと思う。えっ、霊夢はどうなのかって?あいつは……良い子なんだよ。けどな、どうしてああなった?あっ、俺のせいだったわ。まぁあいつとはいつも通りだから気にしてはダメだ。

 

 

 ……っとまぁ、色々と語ったがそろそろ来る頃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不束者ですがよろしくお願いします……慧吾❤」

 

 

 開口一番にそれかよ……まぁそんなことだろうと思ったけどよ。

 

 

 上白沢家の玄関では困惑した様子の慧音と呆れた様子の霊香、そして全てを悟った慧吾はいつもの巫女装束ながらも色っぽい化粧をした霊夢の姿があった。それはまるで花嫁姿を連想させる……いや、花嫁姿だった。

 

 

「おいおい、なんでそんな恰好を?しかも化粧まで?」

 

「化粧をしたら普通気持ち悪がれる。だけど慧吾はそんなことないって知ってる。慧吾どう?私のこと綺麗って言ってくれる?」

 

「あ、ああ……まぁ、普段もいいが、今の霊夢はとても……き、綺麗だ」

 

「慧吾❤」

 

 

 不細工が化粧をしても余計に不細工になるが、慧吾が特別であることは霊夢は知っている。幼い頃から共に時間を過ごして来た幼馴染が今の姿は麗しき花嫁であり、彼でもその姿に珍しく照れていた。

 

 

「すまない、霊夢を止めることができなかった」

 

「いや、霊香さんが謝ることはありません。それにその……霊夢の普段見られない姿を見ることができて俺は良かったと思います」

 

「いやん♪もう慧吾ったら❤」

 

 

 慧吾に褒められてくねくねと嬉しさで踊り出してしまう。その姿に頭を抱えていた霊香。

 

 

「まぁ、霊夢が幸せそうでなりよりだが、そろそろ花嫁()()()は止めにしなさい」

 

()()()じゃないわ。本気よ」

 

「まったくこの子は……すまない、霊夢はこんな調子だがしばらくすれば元に戻ると思う。これから慧吾君と慧音には迷惑をかけるだろうが親子共々お世話になります」

 

「霊香殿、遠慮はいらない。我が家だと思ってくつろいでください」

 

「御袋の言う通りです。さて、挨拶はこれぐらいにしておいてだ、霊夢のことは俺に任せてください」

 

「本当にすまない」

 

 

 頭を下げる霊香は全てを慧吾に任せてしまって申し訳なかったが、幼馴染の暴走を止められるのはやはり彼のみ。花嫁モードを堪能する霊夢としばし新婚ごっこに付き合うこととなったが「いつもの霊夢が好きだったのに非常に残念だな~(棒読み)」と愚痴をこぼしていればあら不思議。霊夢は元通りとなった。

 

 

 このような出来事が明日もあるかもしれないし、ないかもしれない。だが一つハッキリしていることはいつもの日常と少し違う明日が来ると言うことだろう。それが良い日となるかは全くの別物であるのだが、それは明日になってみないとわからない。

 

 

 これが上白沢家と博麗家が一つの屋根の下での交流物語である。

 

 



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同棲生活開始(親もちゃんといます)

ぬぅうううううううん!!!仕事忙しすぎてストレスがマッハな作者です!仕事を早めに終わらせたら仕事が増えるってどういうことよ!?


ようやく書く時間を見つけて投稿出来ましたが短いのでご了承ください。


それでは……


本編どうぞ!




……、お……て。慧吾

 

 

 耳元で誰かが名を囁く。

 

 

慧吾……おき……慧吾

 

 

 まただ。誰かが俺を呼んでいる。

 

 

「慧吾、起きて。起きないと……慧吾に悪戯しちゃうわよ♪」

 

「……霊夢か?普通に起こしてくれよ」

 

「もう何よ?折角起こしてあげたのに嫌だった?」

 

「いや、嫌じゃないが……」

 

 

 俺こと上白沢慧吾だ。訳あって幼馴染の霊夢とその母親である霊香さんをこの上白沢家に泊めることになったんだが、俺の布団に霊夢が居た。おかしい、昨日俺は一人で寝たはずだが?幼少期は御袋と寝るのでも恥ずかしかったこともあったが、俺は今や青年となった身だ。俺以外全員女性、しかも全員が美人。そんな中で寝れると思うか?俺は無理だったから、一人で寝たんだ。だが今は横に霊夢の奴が……服は着ているな。一瞬焦ったじゃんか。

 

 

 霊夢と霊香が泊まりに来た翌朝の出来事だ。いきなり童貞を卒業したのかと一瞬ながら肝が冷えた。しかしこうして布団に幼馴染の姿があると慣れているはずの慧吾であっても心拍数が高まってしまうものだ。霊夢の顔を直視できなくなっているのが証拠である。そんな時、障子を誰かが開ける音がするとそこには霊香が呆れた顔で立っていた。

 

 

「こら霊夢、慧吾君に迷惑をかけるな!」

 

「か、母さん!?ち、違うの!これは慧吾を起こしに来ただけなの」

 

「そう言いつつ、起こすまで慧吾君の頬を突いたり、においを嗅いでいたんだろ?」

 

「えっ!?なんでそんなこと知ってるの!?」

 

「やっぱりそうなのか!」

 

「母さんカマかけたわね!?」

 

「そうよ、母ちゃんのこと甘く見たわね。何年あんたの母ちゃんやっていると思っているのよ?それよりもちょっとこっちへ来なさい!」

 

「けいごー!!!」

 

 

 嵐のようにあっと言う間に霊夢は霊香に引きずられて消えてしまった。

 

 

「……飯でも食うか」

 

 

 彼は平常運転であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御袋、今日も買い物行って来るぞ」

 

「ああ、いつもすまない」

 

「私も行って来るわね母さん」

 

「くれぐれも慧吾君に迷惑はかけるなよ?」

 

「私が慧吾に迷惑をかけると思っているの?」

 

「思っている」

 

「……」

 

「まぁまぁ霊香さん、霊夢のことは俺が責任を持って見張っておきますので安心してください。それでは」

 

 

 しょぼーんと落ち込む霊夢だったが、上白沢家の玄関を過ぎ、親達が見えなくなると隣の慧吾を盗み見る。見慣れた顔だがその顔を忘れたことは一度もない。ずっと幼き頃より記憶に刻み込まれた楽しき日々、彼が居たからこそ今の彼女がいる。

 

 

「ねぇ」

 

「ん?なんだ?」

 

「なんでもない♪」

 

「はぁ?」

 

 

 霊夢の奴やけにご機嫌だな。それもそうか、俺と一緒に居られる時間が増えたんだから。幼馴染でも家に泊まったことはなんてなかったし、霊夢の奴、もしかしたら神社が復興することを望んでいないんじゃないか?だがまぁ……

 

 

「ん?慧吾どうしたのよそんなに見つめて?」

 

「いや、なんでもない」

 

「もうなによ?気になるから言いなさい」

 

「いやだ」

 

「なんでよ?」

 

「内緒だ」

 

「……変な慧吾」

 

 

 俺からすればまだ若い子供だ。そんな子がこの世の中からじゃ不細工だと思われている。それでも巫女としての役目を果たし幻想郷を守ってくれている立派な女の子。俺がいなかったら今頃年相応の青春なんか送れていなかったんだろうな。何の力もない俺が霊夢の癒しになるなら、今の時間を大切にしようじゃないか。

 

 

 (いぶか)し気に視線を向けられても慧吾は知らんぷり。こういう時間もたまにはいいものだと彼は思った。

 

 

 ぶらぶら人里を回る二つの影。不細工な巫女と連れ添って歩く男の姿があればそれは寺子屋の息子の慧吾だと人里では周知されるようになった。彼の周りは不細工な連中で溢れかえり、慧音の息子であることもあって今では有名だ。そのおかげで不細工好きな変わり者と勘違いしている輩もいるようだが、人里の人々にとっては見慣れた光景の一つとなっていた。しかしここは人里、ここにはあの野獣(ケダモノ)がいることを忘れてはならない。

 

 

 スッと慧吾を庇うように前に出た霊夢は手に針(封魔針と呼ばれる道具)を持ち、鋭い瞳で一点を睨んでいた。その視線の先には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お、おぼ、おぼぼ、おぼぼぼ、おぼぼぼぼ、おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぉおおおおおおおおおおお!!?

 

 

 壊れた人形が誰かに無理やり体を動かされているような動きで二人に近づく小さな少女。

 

 

 壊れた小鈴が血涙を流し、うわごとを何度も唱え、巨大なハンマーを引きずりながら現れた。その姿はまさにホラーであった。証拠に先ほどまで居た人々の姿が消えていた。これに対して慧吾はと言うと……

 

 

 うわぁ、小鈴お前……酷い顔になってるな。可愛いのが台無しだぞ?

 

 

 だけで済むのはやはり伊達に幼馴染をやってはいない。彼にとってこれも特段おかしいことではないのだろう。人間慣れればなんとでもなるもんだ。

 

 

「何しに来たの?慧吾は今、私と一緒で構っている暇なんてないのだけど?」

 

 

 敵意むき出しの霊夢、それもそうである。折角好きな相手との時間を邪魔されることは世の中の女性(特に不細工な連中)にとって万死に値する行為である。しかもそれが恋敵なら尚更だ。人里は小鈴の住まい(テリトリー)、彼女は霊夢に比べて慧吾との時間を最も得られる最大の利点を持つ。しかし利点を持ちながらも軽く慧吾にスルーされることがしばしばあったりするのだが今はその話は無しにしよう。

 小鈴は何故このような状態なのかが気になるところだが、慧吾と霊夢にとっては手に取るようにわかる。

 

 

 どこからともなく仕入れた情報かはわからないが、霊夢が慧吾の家(正確には上白沢家)に住まうと知ったのは間違いない。

 同棲つまり夫婦またはラブラブカップルが得られる特権を味わっているのが今の霊夢だ。恋人でもない彼女が味わうなんてそんなことを許されないことだ小鈴にとっては。小鈴ですら上白沢家に泊まるなんてことはなかった。まぁそれには理由がちゃんとあり、ある日小鈴が勝手に上白沢家へと侵入。寝ていた慧吾の布団に忍び込み既成事実を作ろうとしたがあえなく慧音に見つかり叩き出されたことがあった。一回、二回だけではない常習犯を泊めさせようとはしない。自業自得なのだが、自分には得られない体験を霊夢が味わっている事を許しておくわけにはいかないのだ。だからこそ……

 

 

「この脇巫女がぁ……最近調子乗ってんじゃねぇです。なにちゃっかり同棲してやがるんですかね?ケイ君を独占していいと思ってやがるんですかあ"あ"ん"!?」

 

「なによ、文句でもあるの?私は()()()招かれたのよ?そう()()()。それに母さんも一緒、慧音も居るし独占なんてしてないじゃない」

 

「この脇巫女野郎、それらしい理屈で言い訳しやがって!脇が蟯虫(ギョウチュウ)の生息地の癖して!!!」

 

「はいはい、言うことはそれだけ?それじゃ行こ慧吾」

 

 

 同棲していることがポイントが高いのかはわからないが、マウントを取った霊夢に小鈴の言葉は効かなかった。みるみるうちに小鈴の怒りがMAXとなり、言葉で勝てぬとわかると強硬手段を取る。

 

 

「おのれ!こうなったら実力行使に移させてもらうわ……脇巫女覚悟!!!」

 

「お、おい小鈴!?」

 

 

 巨大なハンマーを振り上げ、背を向ける霊夢に振りかざそうとする小鈴になり行きを見守っていた慧吾も流石に止めに入るが、それを止めたのはなんと霊夢だった。

 

 

慧吾動かないで。動くと危ないから

 

危ないって何が……んっ?

 

 

 小声で慧吾に語り掛ける霊夢に疑問を感じたが、視界が暗く感じた。いや、表現が正しくないようだ。正確には何かで日光が遮られて陰になった場所に慧吾は居たことで暗く感じただけだった。その陰の正体を知るべく視線を上げるとそこには……

 

 

 ……はっ?岩……???

 

 

 岩だった。大きな岩が視界に映る。空から降って来たであろう岩に意識を奪われスローモーションのように時間が感じられた。気がつけば岩が大きな音と大地に突き刺さった光景が目に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーはっはっは!博麗の巫女、私にひれ伏せ!!!」

 

 

 その岩でドヤ顔を披露する青髪の少女が突如現れたことで、慧吾の思考はクリアとなるが、確かなことが一つある。

 

 

 ああ、また面倒ごとに巻き込まれるのか俺は。

 

 

 新たな訪問者の目的は如何に?慧吾の運命は?次回へ続く!!!

 

 

 

 



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めんどくさい天人

仕事が忙しく、暑さで小説が中々進まぬ日々を送っていますが、何とか投稿出来ました。


それでは……


本編どうぞ!




「魔理沙いつまでここに居る気だい?」

 

「いいじゃねぇか、私が居て何か困ることがあるのか?」

 

「ここはお店だよ?」

 

「誰も来ないのにか?一応私が居るから客はいることは居るな」

 

「商品を買わないでいつまでも居座っているのはお客とは言わないね」

 

「へへっ、そう言うなよこーりん。いつかは買うかもしれないだろ?」

 

「そうなったら嵐が来るね」

 

「ひでぇ、私をなんだと思っているんだよ?」

 

「一人の青年に恋するけど、周りとの関係を気にして中々告白できないで今日も悩みを抱え込んでやってきた生娘君」

 

「――ぶふっ!?か、揶揄うなよ!!!」

 

「僕が魔理沙を揶揄わないとそれは僕じゃないよ」

 

 

 香霖堂内でムスッとした少女こと魔理沙は霖之助に揶揄われて不機嫌なご様子。今日も今日とて霖之助に悩み事を聞いてもらうつもりだったが、相変わらずの対応に帰ろうと香霖堂の扉を開けた時だった。

 

 

「ん?なんだあれは……?」

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや、空から何か……物体が落ちてった」

 

「落ちた?どこにだい?」

 

「人里」

 

 

 魔理沙は人里の方に空から落ちていく物体が目に入った。霖之助の問いに応えるも意識は謎の物体に惹かれていた。それが何なのか非常に気になった彼女の予定は急遽変更された。

 

 

「こーりん、私は行くぜ」

 

「興味を持ってしまったようだね。残念だ、折角の話し相手が居なくなるのか」

 

「どうせ私を揶揄うだけだろう?」

 

「いいや、ちゃんと悩みを聞いたうえで揶揄う気だったよ?」

 

「へっ、そうかよ。それじゃまたなこーりん」

 

 

 そう言って魔理沙はさっさと謎の物体の下へと飛んでいった。

 

 

「魔理沙、昔からの付き合いである僕にはわかるよ。その物体は人里に落ちたのだろう?人里に落ちた物体に興味が湧いたのは事実だろうけど、話の種として彼に会いに行く口実にもなる。人見知りで自分に自信がなかった君が普通の女の子のように恋をしている。僕にとって君は妹みたいな存在なんだ。そんな君を見ることができて僕は安心するんだ。」

 

 

 香霖堂の扉を見て霖之助はふっと笑った。

 

 

「僕は応援しているよ。まあ、君の反応が面白くて揶揄うのはやめるつもりはないけどね♪」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香霖堂を後にした魔理沙は人里に向かった。空からの謎の物体が落ちた辺りを上空から箒に乗って探していると見つけ、彼女は驚いた。

 

 

「――あいつはあの時の!?霊夢と慧吾!?待ってろ今行くぜ!!」

 

 

 親友の姿、密かに恋心を向ける慧吾の姿、そして謎の第三者を見つけ空気抵抗などお構いなしに急降下。そのままの勢いで地上に飛び降りた際に受け身を取り、すぐにポケットから魔理沙ご自慢の八卦炉(彼女の愛用の道具)を謎の第三者に向けた。

 

 

「おいお前!慧吾と霊夢に手を出したら……ってなんだよ、この有様は?」

 

「魔理沙?どうしたんだ?」

 

「いや、どうしたって……慧吾これはどうなっているんだぜ?」

 

「いやぁ、俺もよくわかっていない。簡単に説明するならば……」

 

 

 魔理沙は困惑した。何故ならお祓い棒を持った霊夢、その足元にボロボロ状態の謎の第三者の姿があったからだ。その経緯について慧吾が説明した。

 

 

 買い物中に空から謎の物体が降って来る→謎の少女現る→霊夢キレる←今ここ

 

 

「あ、うん、そういうことになったいたのか……って!?要石(謎の物体の名)に誰かが下敷きになってる!!?」

 

 

 なんとなく視線を下げた先に何者かの足が見えた。上半身が要石の下敷きになっており、魔理沙は驚愕した。

 

 

「お、おいおいおい!これやばいんじゃ……!!?」

 

「下敷きにされたのは小鈴だ」

 

「なんだ小鈴かよ、なら大丈夫だな」

 

くぁwせdrftgyふじこlp!!

 

 

 要石の下敷きになっていたのが小鈴だと知れば魔理沙は安堵した。この程度で死ぬなど変態(ケダモノ)は務まらない。証拠に足をばたつかせながら訴えているようだが何を言っているのかよくわからない。まぁ死んでなければ安いものだ。魔理沙と慧吾は話の続きを再開する。

 

 

「天子の奴、どうせ暇だからって地上に降りて来たんだろうな。まぁ自業自得だろうけどな」

 

「魔理沙、あの子を知っているのか?」

 

「ああ、比那名居天子って言う天人なんだ。暇だから異変を起こしたヤバい奴なんだけど、博麗神社が倒壊したって知っているか?」

 

「知っている、文が教えてくれたからな」

 

「そうか、それで霊夢と霊香さんが住むところがなくて困っていたんだが、誰かの家に泊まることになったって聞いたんだけど霊夢の奴教えてくれないんだぜ。慧吾は知っているか?」

 

「知っているもなにも俺の家だからな」

 

「……はっ?はは、悪いよく聞こえなかったぜ。もう一度言ってくれ」

 

 

 魔理沙は聞き間違いではないかと思った……いや、そう思いたかった。だからもう一度違うと願いを込めて聞き直したが帰って来たのは同じ答えだった。それを知った時から意識が朦朧とした。慧吾が何かを説明しているようだが、今の魔理沙には届かない。次第に唖然としていた表情に乾いた笑みが浮かび、唇を噛みしめる。そのことを悟られないように彼女は帽子の(つば)をつまんだ。

 

 

「そ、そうか……わ、私はお邪魔虫なようだな」

 

「魔理沙?」

 

「わ、悪い。私は帰るぜ!!!」

 

「お、おい魔理沙!?」

 

 

 慧吾の制止も振り切り空へと逃げ出してしまった。彼には後を追うこともできずにその場に立ち尽くすしかなかった。

 

 

「慧吾どうしたのよ?」

 

「いや、たった今魔理沙が居てな」

 

「魔理沙が居たの?それなら話しかけてくれればよかったのに。それで慧吾、様子が変だけど大丈夫なの?」

 

「……ああ、なんでもないさ。それよりも買い物の途中だったから行こうか」

 

「?まぁいいけど」

 

 

 霊夢は謎の第三者である天人に構っていて気づかなかったようだ。それでも慧吾の様子の変化には気づいたが、それ以上の追及はしなかった。何故かそれ以上追及してはならないと巫女の勘が訴えたからだ。慧吾も魔理沙の変化に気づかない朴念仁ではない。後で会いに行こうと決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの魔法使い、自分に自信がないようだな。あの男と巫女の関係も気になる……もしやこれは俗にいう三角関係と言うものか!?ふ、ふーはっはっは!これは実に面白そう!!そうとわかればあの魔法使いに会いに行かないと♪」

 

 

 ボロボロな天人は満悦な笑みを浮かべて走り出す。向かうその先に何が待っているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くぁwせdrftgyふじこlp!!(早くこの邪魔な岩をどけなさいよこんちくしょうー!!!)」

 

 

 要石の下敷きとなっている哀れな小鈴の雄叫びは誰の耳にも届かなかった。

 

 

 ★------------------★

 

 

 魔法の森にひっそりと佇む家の主は悲しみに彩られ、電気も付けずにベットの中。箒も無造作に置かれて八卦炉も床に転がっている。

 魔理沙は胸が締め付けられる痛みを感じた。ズキズキと針で傷口をえぐられているような感覚に陥り、留めなく目から水のようなものが溢れ出ていた。

 

 

 恋する乙女は強いと言うが必ずしも当てはまるとは言えない言葉だ。現にこうして傷ついている子がいる。

 

 

……慧吾のバカ野郎

 

 

 私達は昔から幼馴染じゃないのかよ?霊夢の方が先かもしれないけど、お前を思う気持ちは霊夢にだって負けてないはずだ。一緒にいると楽しい気持ちになれるし、慧吾の優しさを知っている。今でも小さい頃に立ち寄った場所だって憶えているんだ。それなのに霊夢ばかり構いやがって……私はいつも霊夢に負けている。

 スペルカードだってそうさ、霊夢にいつも負けて、新しく考えた技も一発で攻略されて努力が水の泡になったことだってあったぜ。でも霊夢に負けたくないから努力して来たし、置いて行かれたくなかったから頑張った。なのにまた私は負けるのか?置いて行かれるのか?いやだ、霊夢も慧吾も私はおまけ程度の存在なのかよ……?

 

 

 ライバルだと思っていたのは自分だけだったのか?慧吾にとって自分は小さい存在なのか?そう思わずにはいられない。魔理沙だって女の子、容姿を褒めてくれたたった一人の男の子だった慧吾を好きになった。しかし彼を狙い輩は大勢いる。その内の一人であるが、幼い頃より好いていた。いつかは告白しようとしたが友人関係が壊れるのを恐れてやめた。そしたらいつの間にかその友人と彼の仲は想像を超えて深まっていた。魔理沙にとってこの事実はショックだった。

 しかしこれには訳があるのだが、あまりのショックから意識が朦朧と混乱して内容が入っていなかったので肝心な部分が抜けている。恋とは盲目とはよく言ったものだ。結果、勘違いしている魔理沙だが本人は気づかずネガティブ思考が止まらずにどんどん泥沼に落ちていく。

 

 

 ……ははっ、何やってんだ。私は何をやっても霊夢には勝てないんだ……ならいっそもう頑張らなくていいかもしれないぜ。

 

 

 【諦める】努力家の魔理沙には最も相応しくないものが彼女の心を支配しようとした時だ。

 

 

ふーはっはっは!この私、比那名居天子が来てやったわ!!!

 

 

 ドガシャン!と盛大に音を立て、扉が吹き飛ばされた。その拍子に部屋の物が幾つか巻き込まれて壊れたが、今の魔理沙には気にも留めないことだった。折角盛大に登場したのは比那名居天子と言う天人、先ほど霊夢にボコボコにされ服装がボロボロのままだがこちらも気にも留めていない様子。それよりも魔理沙の反応がないのが気にくわなかったのか地団駄を踏み出した。

 

 

「ちょっと無視!?折角私が来てやったのに常識を考えなさいよ!!」

 

 

 扉を吹き飛ばして登場する人が常識を語るなと思うが、幻想郷では常識に囚われてはいけない。

 

 

 ……うるさいな。ほっといてくれよ。

 

 

「ちょっと起きなさい!起きろ起きろ起きろ起きろ起きろー!!!」

 

 

 ドタドタと勝手に家の中に入り込み、わざわざ近づいて来た。それでも不貞腐れて無視を続けようとする魔理沙に対して強硬手段を発動する。一気に布団をひっぺ剥がした天子。布団の守りがなくなったことで無論魔理沙の姿が露わになった。

 

 

「……なんだよ、笑いたきゃ笑えよ……」

 

 

 その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。これには破天荒な天子でさえ無言を貫く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなに悲しいなら私が手を貸してやる。行くぞ魔法使い!!!

 

「ちょ、おまっ!!?」

 

 

 無言どころか絶好調の様子の天子に手を引かれて魔理沙は天子と共に空へと飛び出した。これには魔理沙も悲しさも忘れ去り驚きしかない。

 

 

「な、なにすんだよ!?」

 

「遠慮するな、私がお前に自信を持たせてやる!」

 

「何言っているんだ訳が分からないぜ!!?」

 

「ふん、この比那名居天子には下々(しもじも)の輩の考えなどお見通しだ。魔法使い、その涙はあの男が関係しているんのだろう?」

 

「……」

 

 

 沈黙が答えだった。大切な幼馴染だったが次第に男女の関係に悩まされていた。友達か恋か、悩みに悩んでも答えは出ずに明日も変わらない日々を送るのかと気にしなかったが、それは唐突に終わりを告げた。親友に負けた、恋する彼を取られた。自分には勇気がなかったと。流した涙は悔しさか自分自身への不甲斐なさか、どちらにせよ指摘されたことで魔理沙は言い返すことは出来なかった。

 

 

「ふふん、安心しろ。あの男が誰かは知らないけど、今のお前は自分に自信を持てていないだけだ。自信を持てば何かが変わるかもしれないぞ?」

 

 

 自信がない?そうかもな、自信を持てば……変われるのか?

 

 

 天子の言葉に魔理沙は小さな期待を抱いた。

 

 

「……本当か?」

 

「知り合ったばかりだが、私は天人だぞ?この比那名居天子に全て任せておけばいい!ふーはっはっは!!!」

 

 

 ……本当にこいつに任せて大丈夫なのか?

 

 

 天子に手を引かれ、魔理沙は天高く雲の上へと消えていった。

 

 



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天界よこんにちは

最近あべこべ小説が増えて嬉しいですが、お気に入り登録していたあべこべ小説が消えてプラマイゼロの気分です。そんなことよりも本編ですね!


それでは……


本編どうぞ!




 ここは雲の上、そこには天人達が住まう天界が存在している。天人は一日中をのんびりと過ごすマイペースな日常を送っており、争いごととは()()()()。その展開の一角に視点を当ててみよう。

 

 

 豪華な外装に大きな建物、その庭に一人の女性天人……ではなく、天人に仕える竜宮の使い(妖怪)である永江衣玖と言うものが居た。衣玖は庭でオシャレな椅子に腰かけ優雅に紅茶を一口、誰にも邪魔されず静かに紅茶を飲むのが彼女にとっての至福のひと時であった。いつもは()()()()()が煩く我が儘ばかりな行動を起こしている為に彼女のストレスはマッハに溜まっているが、今日に限り姿が見当たらない。これはチャンスとばかりに至福を楽しんでいた。

 

 

「総領娘様のお姿はお見えになりませんし、また地上で好き勝手にやっているはず、帰って来るのは夜か明日か、いずれにせよ今日は静かな一日になりそうですね♪」

 

 

 衣玖の気分は良好な様子である。しかし世の中これをフラグと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衣玖ー!!!面白い輩を連れて来たわー!!!

 

ぶふぅー!!?

 

 

 庭の一角をぶち壊して登場した天子に衣玖は紅茶を盛大に噴き出した。至福のひと時もこの瞬間に散りと消えた。

 

 

「ゴホッゴホッ!?そ、総領娘様!?お、お早いお帰りですね?地上は飽きたのでしょうか?」

 

「地上は下々(しもじも)の輩がうじゃうじゃ蠢いていて蟲みたいで面白いぞ?」

 

「それでしたらもう少し楽しんできたら良かったと思いますが?天界は総領娘様にとってお暇でしょうに……」

 

 

 衣玖の言葉には「至福のひと時を邪魔しやがって。こんなに早く帰って来てんじゃねーよ!」と隠された意味なのだが天子には全く通じない。当然のことだ、彼女には常識が通用しないのだ。

 

 

「そんなことよりも衣玖、面白い()を連れて来たぞ!」

 

「面白い()()ですか?地上の道具かなにかでしょうか?」

 

「何を言っている衣玖?どこからどう見ても下々(しもじも)の輩つまり()の方だ」

 

下々(しもじも)の輩?はて?そのような方は何処(いずこ)に……?」

 

 

 衣玖は首を傾げた。天子がハチャメチャな行動と言動は今に始まったことではない。しかし今日の天子はいつにも増してハチャメチャだ。彼女の言っている「下々(しもじも)の輩」が見当たらない。天子の周りには彼女しかしないのだ。

 

 

「何を言っているのだ?そこにいるじゃない」

 

「そこにって……えっ?」

 

 

 天子が指さした先には庭の噴水。そこから突き出ていた異物……人の足が生えていた。

 

 

だ、大丈夫ですか!!?

 

 

 その光景に絶句しつつも、すぐに我に返った衣玖はすぐさま人命救助に動いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、死ぬかと思ったぜ」

 

「申し訳ございません。総領娘様には何度もご忠告しておきます……言うことを聞くかは別ですが」

 

「あんた保護者だろ?あの天人様にはもう少し厳しくしてほしいぜ」

 

「総領娘様に厳しく言いつけて直るのであるならそうしております。でも……もう諦めました」

 

「おい諦めんなよ」

 

 

 ベッドに腰かける魔理沙は出された温かい紅茶を一口飲む。すぐに状況を理解した衣玖によって一命をとりとめた彼女は衣玖に謝罪されていた。噴水にもうスピードで突っ込み打撲や打ち身、全身ずぶ濡れで意識を失っている間に魔理沙は見た。そこら中に彼岸花が咲き、目の前には大きな川のその先が霧で見えず何故自分がここに立っているのか理解できなかった。しばらく待っていると霧の先から誰かが船に乗ってこちらに向かって来るのが見えたが、衝動的に怖くなって逃げていると急に光が差し込み、気がつくとベッドの上だった。

 危うく本当にあの世へと渡る寸前だったのだ。命を救ってくれた衣玖には感謝し、自分をあの世へと送りかけた天子には殺気を込めた視線を向けるようになった。それでも天子は気にしてもいない様子だ。そのことに内心魔理沙は更なる殺気を込めたことも仕方ないことだった。

 

 

「ふっふっふっ、諦めそうになっていた輩が何を言う」

 

「べ、別に私は諦めた訳じゃ……」

 

「総領娘様?魔理沙様は何かあったのでしょうか?」

 

「詳しくは知らないわ。でも何やら恋の悩みがある様子だったからな、衣玖のところへ連れて来た」

 

「こ、恋ですか!!?」

 

「そっ、恋だ!」

 

「お、おい天子お前勝手なことを言って!?」

 

 

 胸を張って(胸はない)ドヤ顔を披露する天子にハッキリと恋だと言われて焦る魔理沙の顔は赤い。

 

 

「こ、こい……恋ですって……!!?」

 

「衣玖どうし……ああ忘れてた」

 

 

 異変に気付いた天子はしまったと言う表情を露わにした。真っ赤になっていた魔理沙も異変に気付いた様子で、わなわなと震え始めた衣玖を凝視してしまう。

 

 

「うぅ……こんなに若い子が恋しているのに……それに比べて私なんか……私なんかにいい人が現れる訳がないですよねそうですよねどうせ私はいつもしっかりしているように見えて実はだらしない女ですよ初めはちゃんとしていましたよ外見がこれだから中身ぐらいはちゃんとしようと心掛けていましたけど月日が経つにつれて男性から見向きもされなくなると嫌でもそうなってしまいますよええ悪いですか悪いですねこんな不細工でしかもだらしない女なんて誰も嫁になんてもらってくれませんよね知ってましたよ!!!」

 

「な、なぁ、あれはどうしたんだぜ?」

 

「衣玖は昔から男に恵まれなくてね。初めは真面目でできる女感を出していたけど、もう投げやりになったって。でも諦めきれなくて自分とは無縁となった恋愛話や恋バナに対してネガティブ思考になっちゃうわけ」

 

「そ、それは……大変なんだな」

 

「衣玖もそんなんだからモテないのよ。私みたいに天人の見本となる生き方をしていれば世の中の男は私に首ったけよ!」

 

「そう言っているがお前……モテているのか?」

 

「――ギクッ!?ま、まぁ……天界の男共は私のような高貴な思考は理解できないようだったらしいわ!」

 

「……」

 

 

 魔理沙は何も言わなかった。天界も地上と変わらぬ場所らしい。天子も衣玖も不細工な顔をしているし、他の天人がどうかは知らないが、少なくとも彼女達を嫁にしたいとは思われていないはずだ。もし慧吾に出会わず、男共に見向きもされない人生なら自分はここまで楽観的に行動できるのだろうか?そう感じた魔理沙はポジティブ思考に至れる天子をちょっと羨ましく思った。

 

 

「そ、それはそうと!衣玖帰って来なさい。これから魔法使いを使って面白いことをしましょう」

 

「おいお前面白いことって……」

 

「それじゃありがたく家に入れてあげるわ。下々(しもじも)の魔法使いが比那名居家に足を踏み入れることを光栄に思うがいいわ!!」

 

「お、おい!?」

 

 

 魔理沙の手を取り、建物へと入って行く。こうなってしまった天子は止まることも止めることもできない。あれこれ言いつつも渋々連れて行かれる魔理沙と落ち込んだ衣玖であった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「……」

 

「ど、どうした慧吾?何を悩んでいる?ほら、お母さんに言ってごらん?」

 

「……」

 

「ど、どうしよう霊香殿!?慧吾が口を聞いてくれない!!?も、もしかして慧吾はグレてしまったのか!!?もう『ママ愛しているよ❤』と言ってくれないのか!!?」

 

「落ち着け慧音、それと慧吾君はそんなこと言わないだろう?」

 

「いや、私の夢の中で『ママ愛しているよ❤』とほっぺにチューしてくれているんだぞ!?」

 

「なんて夢見ているのよ……はいはいわかったから慧音は黙っていてくれ。それで霊夢、外で何があった?買い物から帰って来てから慧吾君ずっとこの上の空だけど?」

 

「私もおかしいと思っているの。でも何が原因か……そう言えば天人に出会ってから慧吾の様子がおかしかったわ」

 

「天人と言えば例のあの子か、今回もあの子が関わっているのね」

 

「それと魔理沙も居たみたい。私が気づいた時には居なかったけど」

 

「う~ん、魔理沙ちゃんも関係しているんだろうな。しかし何があったんだ?」

 

 

 買い物から帰って来てからと言うもの、慧吾君の様子が変であることは一目瞭然。また霊夢が面倒な事を起こしたのかと思ったけど、少し違うようだ。彼がここまで思い詰めるのには何かそれ程の理由があるはず……天子ちゃんとは関係がありそうであまり縁がなさそうだが、やっぱり魔理沙ちゃんかな。

 

 

 霊香は慧吾を取り巻く関係を理解している。娘の霊夢、幼馴染の魔理沙と小鈴、その他の子達が彼を求めてそれが幾多の出来事に繋がっていたこともあった。そうなると今回も同じように彼が関係していることは間違いない。それに霊香の巫女としての勘が告げていた。

 

 

 私はともかく、霊夢が慧吾君とこうして屋根の下で過ごすのはまずかったかしら?霊夢はこのことを魔理沙ちゃんには伝えていないだろうし……これが原因だったりして。もしそうなら私はどうするべきかしらね……?

 

 

 男の家に女が招かれる、共に過ごすと言うことはこのあべこべ世界では意味合いが異なり重くなる。「モーレツ(意味深)な出来事が起きてもいいよ❤」と言う合図であり、恋人同士に許されることであった。今回は事情が事情である為、仕方なくだが恋人同士以外で家に泊める行為はまずしない。慧吾の感覚がおかしいこともあって霊香は「箱入り息子なんだなぁ」と改めて実感させられた。

 このことを知ったら多くの者が霊夢に嫉妬するのは間違いない。霊夢だってこんな幸福な現状を知られたくはないと思っているはずだ。現に小鈴が嫉妬に狂って実力行使に出た程なのだから面倒事は避けられなくなってしまうだろう。結果、霊香の推理は的を射抜いていた。

 

 

 推理を元に自分はどう行動するべきか悩んでいると慧吾はスッと立ち上がった。

 

 

「どうした慧吾君?」

 

「霊香さん、俺ちょっと出かけてきます」

 

「行くってどこへ行くのかな?」

 

「魔理沙の家です」

 

「魔理沙の家に行くの?なら私も行くわ」

 

「いや、霊夢は――『霊夢はここに居なさい』……霊香さん」

 

「母さんなんでよ?」

 

「なんでもよ、それに今は魔理沙ちゃんには会わない方がいいわ。友達としてここは我慢しなさい」

 

「……」

 

 

 霊夢は霊香の瞳が何かを訴えていることを読み取った。慧吾と一緒に居たいけどそう言われてしまっては母親の言う通り我慢するしかなさそうだ。

 

 

「霊香さん……」

 

「行っておいで。詳しいことはわからないけど、慧吾君なら大丈夫だと思うわ。何かあれば私達が手を貸すから心配しないで」

 

「ありがとうございます。御袋、ちょっと出かけてくるぞ」

 

「あ、ああ……」

 

 

 慧吾はそのまま早々と出かけていった。慧音は何のことかよくわからない様子で呆然としていたが、霊香は気にも留めずお茶を一口すする。

 

 

「……母さんどういうことなの?」

 

「モテる男は大変ってことよ」

 

「はぁ?」

 

「いいわね霊夢、あんな素敵な子と巡り合えたんですもの。羨ましいわ」

 

「……うん、慧吾に出会えて良かったと思うわ」

 

「ふふふ、流石は私の息子だ。だが慧吾はそう簡単には渡さん。慧吾は私と妹紅のものだ!!!」

 

「慧音、少し慧吾君に対して過保護過ぎる気がしてならないけど、あんな子が息子なら無理もないか」

 

「ど、どうしたのだ霊香殿?もしや熱でもあるのか?」

 

「熱なんてないわよ。慧音、それよりも慧吾君が帰って来るまでやることやっておきましょう」

 

「ちょっと母さん結局意味わかんないんだけど?」

 

「もうちょっと大人になったらわかるから心配しないの。さぁ、料理作るから二人共手伝って」

 

 

 霊夢、まだ若いあなたにはわからないと思うわ。霊夢のように誰もが自分の胸の内を曝け出せるなんてことはできないの。それに友達の立場は複雑なものなの。そこに男が加われば余計にね、魔理沙ちゃんはきっと悩んでいるのよ。

 霊夢も慧吾君とも友達関係のままでいたいけど、恋はその関係を壊してしまうかもしれない。二人を傷つけたくない彼女の優しさがあの子自身を悩ませている原因になっていると思うわ。霊夢あなたでは解決することのできない恋の悩み、慧吾君なら魔理沙ちゃんを何とかしてくれると私は信じているわよ。

 

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべる霊夢と慧音を余所に支度を始める霊香には全てがお見通しのようだ。流石は先代と言えど博麗の巫女であった。

 

 

 私にも慧吾君みたいな人と出会えていたら、霊夢にきっと妹か弟が出来たのになぁ……霊夢達が羨ましい。あ~あ、若いっていいわねぇ。

 

 

 娘である霊夢のことを大変羨ましく思うまだまだ若い先代巫女であった。

 

 



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