千里に思える道のりを (ぽんる)
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黎明

 影狼戦直後時空


 ────夢を、見た。

 あの雨の日、彼の笑顔を見る前の、淡々として起伏のない日常。色褪せた日々。

 

 あの時彼を見かけていなかったら、自分はずっとあのモノトーンの世界にいたんだろうな、と夜更かしをしていつもより遅く起きた玲は思う。

 『パラダイムシフト』なんていう世界が変わる瞬間は確かに存在していて、玲にとってそれが、あの雨の日、彼の笑顔を見た時だったのだ。

 

 憂鬱な雨の中、楽しそうに笑っていた彼は太陽みたいで。鮮明に残った印象は、何回思い出そうともすり減ることなく、今でも色鮮やかに思い出せる。

 

 彼の笑顔を見ていなかったらどうなっていただろうか、とよく考える。

 憂鬱でなかったなら、きっとこれほど鮮明に残っていなかった。少し時間がズレただけで、あの時彼を見かけることはなかっただろう。

 その後彼の笑顔を見かける可能性だってある。実際玲は何度も何度も、彼が笑顔で帰って行くのを見続けていた。

 それでも、少しロマンチックかもしれないが、玲はあの日彼の笑顔を見た偶然を『運命』と名付けたい。

 

 あの日彼の笑顔を見ていなかったら、目指す大学も、高校ですら違っていた。ゲームなんて触れることすらなかった。恋なんてものを経験せず、お見合いをして、彼とまったく関係のない人と、家と繋がりのある人と結婚して。モノトーンな世界で、平らかな日常を淡々と過ごしたのだろう。

 

 だから今、彼と共にゲームができることは奇跡に近く、彼が楽しいと感じている中に自分がいることが、堪らなく嬉しい。

 

(───レイ氏と、呼ばれちゃいました)

 

 本名を少し変えただけのプレイヤーネームを使用していたのは僥倖だった。自分の本名を呼んでもらうことに成功した玲は、昨晩の事を思い出し、幸せを噛み締める。

 

 過去、幾度も姉に「レイ」と呼ばれ、その度に「姉さん、私はゼロです」と訂正していたのはすでに過去の事だ。「サイガ-0」は昨晩より「サイガ-0(ゼロ)」ではなく、「サイガ-0(レイ)」である

 

 姉が執着し、彼に痕をつけた、『シャングリラ・フロンティア』というゲームでも最強と呼ばれる七体の内一体、ユニークモンスター、夜襲のリュカオーン。それを彼と共に挑み、分け身であれど倒す事ができた。彼と共にゲームを楽しむ事ができた。彼の隣で戦う事ができた。彼と共に見た昇る朝日が目に焼き付いている。

 どこを切り取っても昨晩の事は大切な宝物だ。

 

 フレンドとして、またパーティーを組んで攻略をできる可能性もある。レイ氏呼びといい、一晩で大躍進だ。

 

(さて、今日は何をしましょうか)

 

 シャンフロで次にやらなきゃいけない事を考えながら、浮かれきっている玲はまだ知らない。

 彼に『レイ氏』と呼ばれる度、壊れるくらい動揺してしまうことを。不意打ちで食らう名前呼びの恐ろしさを。

 玲は、まだ知らないのだ。

 

 




 玲さんにとっての運命の転換点は、あの時楽郎くんを目撃したことなんじゃないかな、の話

2021年8月9日追記
この小説は本編787話『12月15日:開戦』前に書いたため、若干の矛盾がありますがご容赦ください。


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深淵が深淵をのぞくニーチェスパイラル

「最近玲ちゃんとはどう?」

「玲さんですか? 最大火力はだてじゃないと言いますか……頼りにしてます。よく一緒に攻略に行きますね」

 

(そーいうことを聞きたかった訳じゃないのよねぇ……)

 

 このクソゲーバカはなにもわかってない。時々……いや、よく、こいつのクソゲーカセットとエナドリホルダーを引っこ抜いてやろうか? という衝動が脳裏を走る。まあ、よく一緒に攻略に行く、という事だけでも彼女にとってはずいぶん進歩か、とずいぶんと長い間玲を見てきた岩巻は思う。

 

「リアルではどう?」

 

 陽務楽郎という人間は、ゲーム内では恋愛的思考回路を捨て去ってる節がある。だから玲にはリアルから攻めさせてる訳で。いや、攻めてるとは言い難いけども。

 この楽郎の女っ気の無さと、玲のヘタレ度合いが相まってここまで進展しなかったんだな、と再認する。

 

「うーん、最近なぜか前より目が合うようになりましたが特に何も……? いつもバグってんなぁとしか」

「バグってるって……そんな、ロボットじゃないんだから」

 

 玲も少しくらい慣れてきてもいい頃だとは思う。毎日のように登校し、実質的デートイベントも幾度かこなしてるのにも関わらず、未だ挙動不審になるのは疑問を禁じ得ない。数年間話しかける事すら出来なかった期間を越えての今なので土台無理な話なのかもしれないが。

 

(玲ちゃんもあのヘタレ具合を治せればねぇ……)

 

 いや、彼女のそれが治せたらこんなに苦労してない。じれった過ぎてキレそうだ。

 

「おっ、もうこんな時間か。すみません、もうそろ行きますね」

「はいはい、またねー」

 

 新たなるクソゲーを手に入れ楽しそうに駆けていく楽郎を見送る。玲はあの笑顔に憧れたと、始めに目を追いかけ始めたきっかけが楽郎の楽しそうな笑顔だったのだ、と何度も聞いたが、悪魔に喜んで魂を売り渡す笑顔に惹かれるとは中々こう……

 

「えと、こんにちは」

「おー、よく来たね玲ちゃん。もう少し早く来れば楽郎くんがいたのに」

「いびゃっいえ、別に、そんな……」

「いた方が嬉しい癖に~」

「それはそうとも言えなくはないと言いますかっいえ、あの、そういうことではなくっ」

 

 少しつつくだけで面白いほど反応を返す彼女をからかって遊ぶのは中々楽しい。楽郎はクソゲーを楽しむようなマゾではあるが、玲の性質を正しく理解したらSっ気を発揮しそうな気はする。しかし、今の認識はせいぜい『ゲームでもリアルでもストロングだけど、不定期でバグる面白い人』レベルだろう。玲が動揺するのはいつも楽郎の事だと、彼は知らない。

 

「最近楽郎くんとはどう?」

「えと、シャンフロではよく、ふ、二人っきりで攻略をですね!」

「うんうん、君も大概ゲームに染まってるよね。リアルは?」

 

 玲の顔が真っ赤に熟れる。

 

「あの、最近、楽郎君が、なぜかこちらを見てくるんです」

 

 なるほど。進展はあったというわけか。つまりいつもバグってるように見えたのは、楽郎が玲を眺めていたから、だと。……これは楽しくなりそうだ。

 岩巻は詳しく話を聞こうと、玲に先を促した。

 

 

 




 楽郎くーん!!!!!無意識に玲さんのこと目で追い始めてくれーー!!!!!の話
深淵をのぞくとき深淵もまたお前を見ており、お前もまた深淵を見ている。


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チョーカーの活用法

 付き合ってる大学生時空
 間接的R描写あり。


「斎賀さん、今日チョーカーつけてるんだ」

「えと……こ、恋人に、もらったんです」

 

 大学に入学してから仲良くなった友人へ、耳や顔だけでなく、首まで真っ赤にしながら玲は答える。

 

「ふーん、彼に、かぁ……」

 

 熱持つ首をそっとさわると、質感の良い布が指に触れた。にやにやしている友人がさらに続ける。

 

「キスマーク隠しにもちょうどよさそうだしね」

「キっっっっっ!?」

「あは、慌てちゃってかーわいー」

 

 うぶだねぇ、と彼女が笑う。

 

 高校の頃よりも伸びた髪は、首を隠してくれるけど、時々チラリと見えてしまうことがあるようで。うなじによくキスマークをつける彼が、それを見て玲にチョーカーを買ってきてくれたのだった。

 

 少し前まで楽郎は自分で把握していなかったようだが、彼はうなじが好きらしい。

 よく視線を感じるし、()()()()()()をするときにはわりと高確率でそこにキスを落とし、さらにはキスマークをつけることもよくある。

 それを玲が指摘したのは、つい最近のことで。

 

 『うなじ(ここ)をさわるとすぐに反応するよね』なんてどの口が言うのかと。そういうことをする度に楽郎が触れたから玲は過敏になったのだ。玲は楽郎に変えられてしまったのに、それを自覚していない楽郎が、少し憎らしかった。

 『ら、楽郎君が、いつもふ、ふれるから、ですよ?』と指摘すると、自覚が無かった為か最初は慌てていたものの、開き直って自覚的にふれるようになり、あまつさえ玲をからかう材料にし始めた。

 

(べ、別にそれが悪いという訳では……)

 

 玲が恥ずかしいだけである。彼の隣で歩いていくためにも、もう少ししっかりしたいとはいつも思っているが、まだ楽郎と共にいることすら心臓が痛いのだから、玲が楽郎に仕返しできる日はきっと遠い。(実際は楽郎に向かって玲はよくカウンターを食らわせているのだが、玲はそれを知らない)

 

 「玲さんに似合うと思って」なんて笑いながらチョーカーを渡してきてくれたのだから、玲は死にそうだった。そしてうなじにキスマークをつけた後、玲にチョーカーを巻いて彼は言うのだ。

 「ほら、隠せた」と。

 

「あー、なんか思い出してる? 顔の赤さヤバいよ?」

「ぃ、いえ、あの、そんな……」

 

 楽郎の事だから、玲をからかうためか、いや、その後の反応を見るに、ただ隠せることを確認しただけの可能性が高い。確認為だけにそんなことをするのか? 彼はするのだ。なぜなら自分がしたことの影響力をあまり考えない人だから。

 無自覚でも、自覚的でも。どれだけ玲が楽郎に振り回されているのか、きっと彼は知らない。

 

「あ、彼氏くん来たよ」

「玲さん」

「ら、らくろ、くっっっ!?」

 

 振り返ると、楽郎がそこにいた。先ほど思い出したことで赤みが取れない。今このチョーカーの下にあるキスマークのことを思い、玲は身悶えする。

 

「いつも玲さんがお世話になってます」

「なに? マウントかな?」

「俺はそんなに狭量な訳じゃないんでね。ただの挨拶」

「ふーん、そう」

 

 玲が何も言えない状態だとわかったからか、友人と楽郎が話し始めたのを見て、玲は話せるまでなんとか自分を落ち着かせるのだった。

 




 チョーカー玲さんの概念マジマジに最高じゃないですか? ヤバい。うなじフェチの彼氏が贈るチョーカー、普通にえろすぎる。ヤバい。もはや首に手を添えるだけでえっち。好き。


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誘えない

 付き合ってる同棲時空
 R描写手前まであり。



 

 

「えっと……今日も、シャンフロ、ですか?」

 

 同棲している、恋人である玲さんにそう聞かれる。

 

「うん、そう。玲さんも一緒にやる?」

 

 趣味(ゲーム)をすることを尊重してくれ、あまつさえ一緒に楽しむことができるのは、まあいわゆるゲーム狂いの俺にとってはありがたいことで。そんな俺が人間性を失うほどにのめり込もうとするのを現実に縫い止めてくれるのもまた玲さんであり、そんな所も非常にありがたいと思っている。

 

 恋人なんて自分からは程遠い存在だと思っていたのに、それでも俺に恋人がいるのは、なにも『好き』だと言われたから、だけではないのだ。

 

「…………えと、やり、ます」

 

 んー、何かフラグとか踏んだか? 何かを迷い、諦めたようにみえる玲さんは、どこか複雑そうな顔をしていたが、まあバグるのはいつものことか、と流す。

 

「じゃあ俺先にログインしてるから」

「は、はい」

 

 玲さんと行くならどこがいいかと想いを馳せ、俺はシャンフロにログインした。

 

 

 

 

(行って、しまいました……)

 

 夜のお誘いというものを、玲はしようと思い詰めていたのだが、結局口にすらできないまま、彼は電脳の世界へ旅立ってしまった。

 

 玲はもう、カボチャを模したキャラクターなどが描かれたそれを、外側から眺めることしかできない。

 

 はしたない女だと思われないだろうか、そもそもそれを言う勇気が出ない、なんていう理由もあるけど。一番は彼の楽しむ時間を邪魔したくないからで。

 ずっと見てきた、あの楽しそうな笑顔の邪魔を、玲はしたくない。

 

 ゲームが長引けば明日の為に眠らなければならず、すでに()()()()()ことをする余裕はないだろう。

 

(あ、明日には……い、いえそ、そんな、楽郎君の邪魔をしてまでしたいという訳では……)

 

 結局明日も誘えないんだろうな、と悟りながら、玲は自分のVR機でシャンフロにログインした。

 

……

 

…………

 

………………

 

 

 誘おうとして三日目にして、玲は学んだ。

 

「えと、今日も、シャンフロ……です、よね」

 

 誘い方をではない。楽郎が聞かずともシャンフロをするということを、だ。

 

 一応玲にもまだ誘おうという気持ちはあるのだが、長年染み付いたヘタレ属性がまだ後回しでいいだろうとの判断を下させていた。楽郎が楽しめるのなら、そして結局ゲームでも二人っきりなので実質デートなのだから、という気持ちもあった。誘えないならもう……の諦観である。

 ここで先伸ばしにして今を諦めてしまう所が、玲がヘタレたる所以なのだ。

 

「玲さん」

「はい?」

 

 ログインするための準備をしようとし、呼び止められたので彼の方を見ると、彼がゆらりと動いた。

 

「玲さんは今そういう気分じゃないかもしれないし、こういうのはズルいってわかってるけど」

「え? ひゃあっ」

 

 玲の服の下からスルリと楽郎の手が潜り込んできて、お風呂後だったので下着を着けていない玲の身体をまさぐる。

 そもそも誘おうとしていたのだから、気分じゃないも何もなく、玲の身体は簡単に解きほぐされていく。

 

 ドロドロに溶け、自分と彼の熱の境もわからず、思考回路はもう働いていない。

 

「ね、玲さん、いい?」

 

 熱を孕んだその問いに、玲はコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 




 誘えない玲さん絶対いるよね、いるいる。玲さんがお誘い成功する前に楽郎くんのムラムラゲージが限界に来てしまったやつ。玲さんシャンフロするとか言ってたから気分じゃないんだろうし、ぐちゃぐちゃにしてから聞くのはズルいって知ってるけど。


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誘い込み

 付き合ってる同棲時空 前の話の数日後
 本番は飛ばしたけど、R前後の話です。

 本日二話目


 

 

 

「あのっっ」

「ん? 玲さんどうしたの?」

 

 なぜか少し意地悪気な顔で笑う楽郎に、玲はありったけの勇気を込めて話しかける。

 今日こそは、と楽郎に対し夜のお誘いをしようと試みて現在三日目。前回誘おうとしたときは楽郎が自ら来てくれたが、毎回そうにもいかないだろう。受け身じゃなにも変わらないことを、玲はすでに知っているのだ。

 

「えと、ですね……」

 

 いざ誘おうとなると、先程までの勢いが萎んでしまい、玲は俯くことしかできない。自ら誘おうとすることのハードルの高さを実感し、諦めの感情が襲ってくる。

 

「うん」

 

 優しげに頷いた声にそろりと顔を上げる。その顔に促されるように、玲は楽郎の裾を握った。

 

「あのっ……しっ、しっっしまっ……しま、せん……か……?」

 

 さもすれば聞き取れないのでは、という程の小声で、されど彼女は言いきった。

 楽郎は笑いながら、玲をのぞきこむ。

 

「なにを?」

「なっっえっと……」

 

 玲は衝撃を受けた。無理だった。これ以上は言えない。無理である。『しませんか?』と聞くだけで勇気ゲージを使いきっていた。回復するには時間が必要だ。

 

「えっと、あの……………………しゃ、シャンフロを……」

 

 がくりと肩を落とす。したいと口に出すことのなんと勇気のいることか。玲はもうキャパシティーオーバーだ。

 真っ赤に熟れ、落ち込む様子の玲を見て、楽郎は喉で笑う。

 

「そこでシャンフロって言っちゃうあたり玲さんだよなぁ」

 

 ね、玲さんと呼びかけられたので彼の顔を見ると、たいそう意地が悪く、そして色気を孕んだ表情を浮かべ笑っていた。

 

「ねぇ本当にシャンフロでいいの?」

「いや、あの、」

「……俺はさすがにもうお預けを貰うのは無理かな」

 

 その言葉で、わかって聞いていたんだと悟る。

 

「ねぇ玲さん」

 

 言って、と。耳元で囁かれ、息がかかった。

 玲は楽郎に懇願されたら断れないのに。彼が玲を見るその目の色が、欲望を確かに伝えてきていて。頭がくらくらする。熱が身体中に灯り、視界は滲んで、もうダメで。どうにでもなってしまえ、と。

 

「~~っ楽郎君と……え、えっちが、したい……です」

「……ッヤっバ、思ってたよりも攻撃力が高い」

 

 楽郎がなにかをつぶやくが、玲の耳には届かない。

 

「ぇ、あのっ」

「いいよ、しようか」

 

 楽郎に誘われるまま、玲はベッドに押し倒された。

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

 

 

 一昨日から、玲さんが俺を誘おうとしていたのはわかっていた。それでも俺から誘おうとしなかったのは、玲さんから誘って欲しかったからである。

 

 玲さんが俺を誘おうとしていた、と知ったのはつい先日のことで。それを知っていればすぐにわかるほど、なんでこんなに露骨なフラグに気づかなかったのか、というレベルで玲さんのお誘いモーションは分かりやすかった。これを気づかず俺はゲームにログインしてたわけだ。朴念人という評価はあながち間違いじゃないのかもしれない。

 

 清楚、才色兼備、高嶺の花。それを地で行く彼女が、俺を求めているという事実が、俺の思考回路を溶かすのだ。

 

 

 昨日の事を思い出す。

 

 まだ玲さんは言い出せなさそうだったので「先にログインしてるから」と言ってログインしたふりをして、残った玲さんを観察して遊ぼうかと。

 薄目を開けると、業務用VRに入った俺を見る玲さんが視界に入る。

 

「楽郎、君」

 

 玲さんが露出した手に触れ、ゾクリとした感覚が走った。

 ログインしてないことがバレないため、動かないようにする事にとてつもなく神経を使う。

 

「今日も、誘えませんでした」

 

 色気を孕んだ息が俺を誘う。絡めてきた指が、彼女の熱を伝えてくる。

 衝動で押し倒そうか迷った。ここまで我慢してきたけど、もういいんじゃないか? 玲さんが自分から俺を誘おうとしてんだから押し倒したってなにも問題は、

 

「楽郎君が待ってるでしょうし、私も早くログインしないと」

 

 玲さんの言葉で我にかえる。名残惜しそうに離れていく指先が、スルリと手を撫で、その感触に背筋が震えた。

 

(あーーーーーーーーーー、くそっ)

 

 まだ身体に熱が灯ったまま、天をあおぐ。業務用VRの中だから視界はほとんど変わらないが。

 玲さんより先に待ってないといけないので、玲さんが離れて行ったのを確認し、俺もシャンフロにログインした。

 

 

 

 余裕があるふりをして、いつも俺も玲さんと同じくらい余裕がない。カッコつけて取り繕い、そんなところはなるべく見せないようにはしてるけど。

 

 昨日もそうだが今日だって、玲さんが勇気を出さなくて、俺を誘う言葉が吐けなかったとしても、押し倒してた自信がある。色々限界だった。

 

 誰だよ、セルフ放置プレイみたいなことしようとか考えたやつ。俺だわ!

 

 もうあんな焦らされるような真似は、絶対に無理だ。何度押し倒そうと思ったか。

 玲さんが誘おうとしているのだから、我慢する必要は本当にあるのか、という疑問が幾度も頭を掠め、それでも玲さん自身の口から「したい」の言葉を引き出す為に細い理性で衝動を抑え続けた。

 

「もう二度とこんなことやんねぇ……」

 

 現実でもクソゲ味を自ら求めるような変態じゃねぇんだよ、俺は。最終目標は達成したが、その間の行程は二度と繰り返したくない。

 そう誓い、俺は隣で眠っている玲さんの髪をもてあそぶのだった。

 

 

 

 

 




 玲さんが誘おうとしたことを知ったら、からかう為に自ら誘ってくるのを待つ楽郎くんはいるし、でも楽郎くんって本質的には結構一般人だから別に余裕な訳でもなんでもねぇんだろうな、の話


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The woman labeled it "love"

 その女性はそれに「恋」というラベルを貼った


 

 

 

 最初は、ただの疑問だった。だけど、もしかしたらあの時から、すでにそうだったのかもしれない。

 

 なぜ彼は、どんなときでもあんなに楽しそうに帰って行くのか。そして、何が彼を楽しそうにさせているのかと。

 少しずつ少しずつ並行して疑問は増え、その間も玲は彼を目で追い続けた。ただ疑問と、そしてあの時感じた眩しさが玲の頭を占めていて、自分の感情に考えを向けることなんか思い当たりもせず、ずっと笑顔で帰って行くその姿を追いかけ続けていた。

 ───そして岩巻にラベルを貼られて初めて、玲はそれの名前が恋だと知ったのだ。

 

 恋なんて、自分とは程遠いものだと思っていた。物語でも、友人達が語っていても、ずっと向こう側にあるようにしか感じられず、ひどく他人事で。

 だからそんな感情を自分が持ってたなんて考えもしなかった。貼りつけられたそのラベルは、心にピタリと嵌め込まれ、あたかも前からずっとそこにいたような顔をして、今もそこにいる。

 

 岩巻がいなかったら、玲はこの感情に恋なんて名前がついていることを知らなかっただろうし、むしろその感情の存在にすら気づけないまま、彼の事を目で追い続けるだけだったのだろう。

 

 玲は人との巡り合わせに恵まれている。それはあの日彼を見たことしかり、そして岩巻と出会った事しかり。巡り合わせによって今があり、彼と共に戦い、楽しみ、歩いていく事ができる。

 

 だから玲は、今日もありったけの勇気を握りしめ、前に見える黒髪をしたその人に早足で駆け寄った。

 

「お、おはようございますっ」

「あ、玲さん。おはよ」

「は、はいっ」

 

 くぁりと欠伸をした彼に数瞬見惚れ、頭は話の種を探し始める。

 

 楽郎とほとんど毎日のように登校を共にし始めて、すでに三ヶ月が経過した。夏休み前の玲であれば、夢には見れども信じる事ができないような進歩である。

 振り返ってみると、確かに玲は少しずつ進んでいて、楽郎に近づく事ができて。それが、玲には堪らなく嬉しい。

 

 今はまだ、挨拶をするだけで一日分の勇気を使いきってしまっているようで、告白なんてまだできる気がしない。

 

 なおこの話を最近「じれったいのよね、あんた達」などと言って、長姉とは別ベクトルに過激な事ばかり言い始めた岩巻にしたら「玲ちゃんあなたどれだけ勇気を貯める期間があったと思ってるの」と呆れられてしまったが、それはそれ、これはこれである。その期間の勇気はシャンフロでフレンド申請したときや、リアルで話しかけた時なんかに使いきってしまった。

 

 そう、たとえ一日分の勇気を使いきった気さえしようとも、玲は、今、隣で歩いている楽郎と、もっと近くにいれる権利が欲しい。隣で歩いていけるような、共に支え合っていけるような、そんな権利が。

 そのために、今ある勇気をかき集め、着実に一歩一歩進んでいかなければならないのである。

 

 萎んでしまいそうになる気持ちに活を入れ、玲は楽郎に話しかける為に口を開いた。

 

 

 

 

 




 玲さんは、岩巻さんに名前をつけられなかったら恋心に気づきさえしなかったんだろうな、の話。


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ノーラベル・プロローグ

 前の話を受けて、岩巻さんと出会わずそれが「恋」と名付けられなかったらif。
 十年後のお見合い

 本日二話目


 中学のある時から高校で進路が分かれてしまうまで、ずっと目で追い続けていた人がいた。

 

 なぜあんな風に楽しそうに帰って行くのだろうと、疑問を頭に占めながら、玲はその人のことをただ見続けていた。クラスが同じになったこともあったが、特に話すこともなく。

 それでもずっと、眩しさと共に脳に住み着いていて、中学を卒業して十年経った今でも、ふとした瞬間、彼を思い出す。

 

「この愚妹には男っ気もなく」

「うちの息子も趣味一辺倒で女っ気がないですねぇ」

 

 25歳になり、もうそろそろ結婚を考えろということで、祖父の友人の息子の方とお見合いを組まれ。

 そして玲の目の前に、今でも覚えているその人、陽務楽郎が、いた。

 

「あとはごゆっくり」

「はぁ」

 

 気の抜けた返事を返した彼を見る。

 変わってしまったな、と思う。大人になって、顔つきも、身体つきも変わっている。今の気だるげな雰囲気を見るに、あの楽しげな笑顔は大人になるにつれて無くなってしまったのかもしれない。

 だけど、そこに中学生の頃の面影があった。

 

「えっと……俺、無理矢理連れて来られてよくわかんねぇ状況なんすけど」

 

 これ、お見合いってことでいいんですよね? と聞かれたので、肯定を返す。

 

 玲が彼の事を覚えていようとも、玲が一方的に見ていただけの関係でしかなかったから、きっと彼は玲の事を覚えていない。この感じを見るにお見合いも、玲に興味があったわけではなく、父親に言われて来たのだろう。

 それでも玲は、この人にはまだあの時の笑顔が少しでも残っているのだろうか、と気になった。

 

「えと、あのっご趣味は……!」

 

 あ、なんかお見合いっぽい。と彼はぼそりとつぶやき、そして彼の瞳の奥に、あの楽しげなが煌めきがよぎった。

 

「えっと、VRって分かりますか?」

「はい、姉……先程の方ではなく、下の姉がVRゲームのしゃんふろ? というやつに傾倒してました」

「なるほど、でしたら話ははやい」

 

 彼に熱が灯った気がした。その瞳に自分が映ってることに夢心地さえ感じた。きっと彼の本質は変わっていない。あの時楽しそうに走って行った彼は、今もここにいる。

 滑らかに先程までとは違って少し楽しげに話し始めた彼に、中学生だったあの日の情景がピタリと重なった。

 

「えっと、私もVRゲームとやらを、やってみたいのですが」

「へ?」

 

 彼がなぜあれほど楽しそうだったのか、何が彼を楽しませていたのか、そして今に続くそれが何なのか、玲は知りたいと、そう思った。

 

「えと、教えてくださいますか?」

「はぁ、いや、別にいい、ですけど……」

 

 ───そして彼女は、楽郎に勧められたゲームショップへ赴き、その女主人に彼へと向ける感情の名前を教わる。

 

 




 無自覚にそこに存在している感情の名前を、玲さんは知らない。わからない。

プロゲーマー時空です。


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sweet garden

結婚後時空です


 

 ───『恋』を、している。

 

 中学生だったあの雨の日、あの笑顔に憧れた時からずっと、目で追いかける事しかできなかった時も、ゲームで共に戦っていた時も、玲は楽郎に恋し続けている。

 

 それは、結婚した今でも変わらない。

 

 時がたてばこの想いが風化してしまうのかもしれないと思った日もあった。だけど、今でも玲は楽郎に想いを抱え続けており、近くに彼がいるだけで心臓が跳ねる。話してるだけで多幸感に包まれ、彼と隣に並ぶだけで嬉しくなる。視界に入るだけで喜び、想いを受けると脳が溶ける。

 

 だけど、追いかけて、動揺して、心が忙しなくて。そんな恋だけだったのに、共にいると安心感を得るようになったのはいつだったか。今も動揺だってしてしまうし、恋もしているけど、毎日のように愛しさも積み重なっていく。時間を共に経て一番変わったのは、この想いの捉え方なのかもしれない。

 

 薬指に嵌まっている指輪を、そっと撫でる。

 結婚したことで、法的にも隣で歩いていく権利を得た。ただ目で追いかける事しかできなかった時から願い続けた事が今、現実となっているのだ。

 

「玲さん」

 

 いきなり話しかけられたため、肩を少しビクリとさせ、振り返る。

 

「はい、なんですか? 楽郎君」

 

 楽郎に少しずつ慣れて、玲はどもらず返答できるようになった。

 

「次の試合の事なんだけど」

 

 玲の隣に楽郎が座る。プロゲーマーとして活動するようになった楽郎をサポートするため、玲は試合に毎回ついていく。そのため、予定の擦り合わせをして、計画をたてる。

 

(夫の仕事を支えるのも、つ、妻のつとめ、なので……)

 

 ゲームの練習相手をしたりもする。そんなに勝てる訳ではないが、少しでも楽郎のためになれる事に、玲は嬉しく思う。

 

「昔は話しかけるだけでバグってたよね」

「そう、ですね」

 

 仕事の話が一段落して、楽郎がそう言った。

 プロポーズされたときには衝撃やら嬉しさやら幸せやらで、楽郎の言うところの『バグ』とやらをしまくってしまったが、最近の玲は楽郎と落ち着いて話せている。まだ時々どもってしまったりすることもあるものの、先ほどもどもらず返答できたし、非常に成長を感じる。

 

「玲さん」

「へっ」

 

 横に並んで座っていた楽郎がいきなり玲の首に顔をうずめた。

 

「びぇっっ」

「はは、バグった」

 

 楽しげに跳ねた声で笑う楽郎の息が、玲の首筋にかかる。

 

「ら、らくろう、君っっ」

 

 ただ話しかけるだけで動揺することは少なくなったものの、毎日心が忙しないのは、楽郎がからかってくるからでもある。玲の反応を面白がって、なにかと仕掛けてくるのは、非常に心臓に悪い。

 

「あー、面白」

「からかわないでくださいっ」

「それは確約できないなぁ」

 

 玲さんの反応が面白いのが悪い、とそのまま玲の膝に頭を落とし膝枕の体勢になった楽郎の頭を、玲は軽くこずいた。

 

 

 




高校生現在の玲さんは純然たる『恋』という感情を抱えており、それが結婚するまでには愛も内包するようにになっていくんだろうな、の話。


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見せざる

付き合ってます


 

「あー、目の前でいちゃつかれるのは勘弁してもらいたいのだが」

「だってさ、玲さん。ほら」

「ダ、ダメですっっまだこうしていてくださいっっっ」

 

 妹の恋人と会うことになった。お見合いから逃げ回っており、さらにそんなものを経験したことのない自分には『恋』というものはよくわからん感情だ、と百は思う。

 

(しかし、あの玲がこうも大胆になるとは……)

 

 目の前でおそらく恋人だろう男を後ろから目隠しをしている玲を見て思う。

 恋というものは、ここまで人を変えるのだなぁ、と。

 

「男の方は大きな胸を非常に好むと聞きました。姉さんは、姉さんの胸は、あ、あんなものを楽郎君が見てっっ」

「大丈夫だからとりあえずこの状況なんとかならない? なにも見えないんだけど」

 

 玲の動揺を慣れたように受け流しているのは、まあ思い違いじゃなければシャンフロのあの半裸鳥頭な『最大速度(スピードホルダー)』サンラクだろう。特段特徴もないように見えるし、服も着ているが、まあゲームとリアルは別である。百も自分の重たいものを削った。

 

「玲お前、後ろから自分の胸を彼の頭に押し当ててるように見えるがそれはわざとなのか?」

「あー、それ言ったら」

 

 バッと目隠しをしていた手を離した玲が楽郎から距離を取る。

 

「ち、ちがっ、え、ぁ、そ、そんなつもりではっっ」

「うん」

「ち、違いますからぁああっっっ!!」

「あーー」

 

 玲が走り去っていった。なんなんだいったい。

 

「あーどうも、サイガ-100、でいいんですよね?」

「ああ、それでそっちはサンラクか? あと、リアルでは百でいい……いや、玲がまたなにか言うか?」

 

 あんなに嫉妬みたいな事をしといて二人っきりにするとはどういうつもりなのか。後で正気に戻ったときにこちらになにか言われても困る。

 

「では百さん、と。玲さんはまあ大丈夫じゃないかと思いますけどねぇ」

 

 見れば見るほど普通の青年だ。これがあの空をかっ飛び燃えたり化け物になったり高笑いしたりする百に勝った半裸の鳥頭(鮭頭の時もある)なのか。

 

「玲は君の前ではいつもああなのか?」

「そうですねぇ」

 

 彼は苦笑した。

 しばらく話していると、扉が叩かれる。

 

「すみません、取り乱しました」

 

 スッと部屋に入ってきた玲はすでに落ち着いていた。

 

 目の前で楽郎の隣に座った玲の耳元に、彼がなにか囁き、玲の顔が赤く染まってぽすりと彼の背中を叩く。

 

(曲がりなりとも姉の前だぞ。いちゃついてる自覚がないのか、こいつらは……)

 

 まあ、未来の義弟と我が妹の将来は安定だなぁ、と思う。自覚的にも無自覚的にもこうも見せつけてくるとは。

 先ほど玲がいなかったときに玲の事を話す彼を思い出す。あの不審な挙動を愛しさを滲ませて話す彼に百は悟った。ああ、玲の一方通行な訳じゃなく、玲も愛されているのだと。

 

 『恋』というものは、やはり自分からは遠い世界だなぁ、と思いを新たにさせ、百は今夜はどのカップラーメンを食べようかと思案するのだった。

 

 

 




このあとお見合いから逃げきれず色々あってとある人と妹たちよりもはやく結婚することになるのを百ちゃんは知らない……(いつか書くかも書かないかも)


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ナンパ

大学生交際時空


 

「凄く可愛いね。俺とお茶でもどう? おごるからさぁ」

「いえ、人を待っているのでお断りします」

 

 大学生となり『清楚な高嶺の花』だった玲は、楽郎と付き合い、化粧をし、華やかさをグッと増していた。素のままでも十二分に顔面偏差など総合値がずば抜けているにも関わらず、恋、そして恋人の存在がその可憐さを引き上げている。

 あんなこんなをしたことで花開くように出てきた色気もよくなかった。高校時にあった清楚さを残しつつ、その清楚な装いや振る舞いからのぞく色気は、ギャップも相まって非常に威力が高い。

 

 結果として、玲はナンパホイホイになった。

 

 高校の時もよく告白されてはいたが、大学生となり、軽い誘いが増えた。彼氏がいる、ということを隠していないにも関わらず、この手の誘いはとどまる所を知らない。

 この誘いのめんどくさい所は"玲が彼氏持ちだと知った上で話しかけている"または"玲のことを知らない"のほとんど二択な所であり、しつこく非常に煩わしい。

 

 楽郎のことを悪く言われた際、玲が一度制裁を加えた(お話しした)ことがあるため、彼氏の存在を知り、かつ楽郎を貶す、といった人間は大方いなくなったものの、それでも乗る気が欠片もない誘いを幾度も繰り返されれば辟易もしてくる。

 

 目の前でペラペラと話しているいるこの人は、おそらく玲の事をよく知らないのだろう。玲の『待ち人』は大方楽郎であり、その時点で知っていたらなんらかのアクションを起こすはずだ。

 

「待ってるのってお友だち? その子も一緒でいいから」

 

 話を聞き流し無視していたが、触られるのは嫌なので、伸ばされた手を避けようとして後ろからグッと引き寄せられ、頭がぽすりと彼の胸に着地した。

 

「俺の玲さんに、なにか?」

「    」

 

 固まった玲の頭上に楽郎の手が置かれる。近い。非常に近い。

 楽郎となにか言い合い、目の前にいた男が去っていくが、玲はもはやそれどころではない。

 

「玲さん、大丈夫だった?」

「ひっ、ひゃい」

 

 先ほど引き寄せられた体勢のまま、楽郎が玲を上からのぞきこむ。非常に近い。

 また固まった玲を見て、自分が原因で玲の挙動がおかしくなってることを察した楽郎が玲を解放し、それでやっと玲は正気に戻った。

 

「す、すみません。お手数煩わせてしまい……」

「こっちこそごめん。玲さん一人で待たせたらああいうのが寄ってくるって事知ってたのに」

 

 もっと気をつけておくべきだった、と吐き捨てるように楽郎が溢す。

 

「いえ、別に、あの、だ、大丈夫ですから!」

 

 ぶんぶんと勢いよく手を横に振り、そのしぐさを見て楽郎が笑う。

 

「これでも彼氏なんだから、頼ってくれると嬉しいかな」

「あふっ」

 

 その言葉に、また玲は停止(フリーズ)し、そんな玲を見て楽郎は再び笑った。

 

「待たせてごめん。じゃあ行こうか」

「は、はいっ」

 

 目の前に伸ばされた手に、玲も手を伸ばした。

 

 



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同棲時空


 

「熱が……あります、ね」

「えぇ、マジで?」

 

 なんか頭がボヤァってすんなぁ、とは思ってたけど熱か。昨日ちょっとの距離からいいかと思って雨の中走ったのがよくなかったな。

 心配そうにしている玲さんに、俺はすぐさまベットへ戻される。『心配』が先にあると距離が結構近くてもバグんないのか。そんなに過保護にならなくていいと思うんだけど。

 

「食欲はありますか?」

「んー、そんなにない、かな」

「では朝食にはリンゴでも剥きましょうか」

 

 キッチンへとかけていく背中をぼんやりと見つめる。わざわざ剥いてもらうのはちょっと申し訳ないな、と立ち上がろうとして、ふらりと身体がベッドに戻ったことで、自分の体調が思っていたよりも悪いことを悟る。

 

「はい、どうぞ」

「ありがと」

 

 じー、と見られながらだと少々食べにくい。俺を心配そうに窺っている玲さんに顔を向け、少し考えて玲さんを見て顔を傾ける。

 

「あーんとかしてくれないの?」

「へぇあっ、え、あ?」

「ははっ、じょーだん」

 

 慌てる玲さんをニヤニヤ眺めながら、綺麗に切られたリンゴを口に運ぶ。

 あ、という言葉を連呼して動揺していた玲さんは、自分が面白がって見られてることに気づき、頬を膨らませた。

 

「ごちそーさま」

「はい、お粗末様です」

「ん、ありがと」

 

 お皿を引き取られ、枕元には飲料水などが用意されていく。

 

「あ、そうだ。楽郎君、ゲームはしちゃダメですからね」

「え」

「ゲームは、ダメです」

「いや、でも」

「ダメです」

「あ、ハイ」

 

 威圧感を発している玲さんにたじろいで頷く。

 

「楽郎君のお母様にも聞いてますよ。ご実家ではちゃんと病気の時は療養していたんですよね?」

「ハイ」

「でしたらきちんと寝てください」

「ハイ」

 

 ゲームは絶対しちゃダメですよ、と念押しされ、大人しくベッドに潜る。

 

 信用が無ぇ。いやでも確かに言われなかったらこの体調でも変わらずログインしただろう。心配かけてるな。少しむず痒い。

 大人しく瞼を閉じると、思っていたよりもすぐに眠気が襲ってきた。

 

 

「楽郎君? 眠ってしまいましたか」

 

 瞼は開けられないけど、玲さんが近寄ってきたのはわかった。

 

「好きですよ、楽郎君」

 

 頭を優しく撫でられる感触。

 

「はやくよくなってくださいね」

 

 柔らかな笑みがふってくる。ふわふわと微睡みに包まれ、俺は完全に眠りに落ちた。

 

……

 

…………

 

………………

 

 

「あ、楽郎君起きましたか?」

「ん、はよ」

「はい、おはようございます」

 

 起き抜けだからか、ぼーとする頭で返答する。

 

「あ、あのっ、おかゆ……食べれ、ますか?」

「うん」

 

 頷くと、キッチンから玲さんが器を運んでくる。

 

「えと、ですね……」

「うん?」

 

 布団の側に座り、躊躇いがちにこちらを見ていた玲さんは、意を決したようにそれを掴んだ。

 

「あ、……あ、あーん」

 

 目をつぶりながら、こちらに向けられたぷるぷると揺れるスプーンに一瞬動きが止まる。真っ赤になりながら先ほどできなかった事を頑張っている玲さんに、可愛いな、と思いながら俺は口を開いた。さて、どれだけこぼさず食べれるかね。

 

 

 




共に時間を重ねれば、玲さんは楽郎くんに注意する事ができるようになると思っている。


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お前の前だけだぞ、斎賀さんがそんな風になるの

サブタイにすべてがつまっている(付き合ってません)


 

「れ……斎賀さん? いつもバグ……挙動不振で面白い性質してるよなーって思ってる」

 

 ため息……? なぜだ。お前らが玲さんへの印象聞いてきたから正直に答えただけじゃねぇか。わざわざ答えてやったのになんだその反応は。

 

「これ、わざとだと思うか?」

「いや、陽務の事だしなにもわかってないに500円」

「ここにいる陽務以外全員そう思ってるからその賭けは無効だな」

「このゲーム馬鹿がっ」

 

「うるせぇポエマー。七の段は言えるようになったんでちゅかぁ?」

 

 え、なんでなにも分かってない癖に反論できるの?? との言葉は黙殺する。

 

 どうして俺いきなり罵られたの? あの玲さんに『挙動不振』だの『面白い性質』だの言ったのがよくなかったか?

 でもなー、玲さん正直そんな感じだよなぁ。バグとか言わなかっただけマシだろ。

 

「あー、そうだ。ゲーム友達なんだろ? ゲームでは?」

「まあ、頼りにしてる、かな」

 

 廃人だってことは流石に言えねぇ。俺はプライバシーの守護者なので。

 こいつらの中にあのオルケストラ戦を見てるやつがいる可能性もあるし、なるべくそういう不安要素も排除しておきたい。学校にあの動画を拡散でもされたら、死……!

 

「陽務~、他には?」

「え、まだやんの? もうよくない?」

「他は?」

 

 恋愛要素とか一切ないゲーム友達だぞ? そういう評価にもなるし、俺への風当たりが強くなるのおかしいだろ。

 

 正直言えば言うほど視線が刺さりまくるからもう止めた……はいはい言います言います。だから言えって圧力かけてくるの止めろ。

 

「他かー。あー、強い。頭がいい。身体能力が高い。よくフリーズする。時々おっかない。まぁ、だけど良い人。信頼も尊敬もしてる。いつ見ても大体完璧なのさすが玲さん。所作が綺麗。育ちの良さがうかがえる。意外とノリがいい。あとは……」

「陽務、ストップ」

「あ? 何?」

 

 お前らが言えっつったんだろうが。と軽く非難の目を向けると、ん、と顎で示された先に玲さんがいた。うぉ、本人に聞かれるのはちょっと恥ずかしい……あれ?

 

「玲さん?」

「…………」

 

 ギギギギギ、と音が聞こえそうな挙動で玲さんは俺の方へ視線を向ける。

 

「らく、ろう、君?」

「ん、どうしたの?」

「……っ、~~~~~~~~っっ!!」

 

 あ、バグった。やっぱ俺の認識間違ってないんだよな。こういう性質の人なんだよ、玲さん。

 

「しぇぁっ、しつれいしますたっっ!!」

「あれ?」

 

 なんか用事があったとかそういう訳じゃねぇのか。どうしたんだろ。

 

 ぽん、と肩に手を置かれ振り向く。

 

「陽務」

「なに? ……フレに呼ばれたので部屋抜けますね!」

 

 俺ただ話してただけじゃねーか!! お前ら本当になんなんだよ!!

 

 

 




二人とも自分が名前呼びミスしてる事に気づいてない


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週間VRフルダイバー、特集「プロゲーマー顔隠し独占インタビュー」より引用

(前略)

 

───えー、ここまで魚臣慧さんなどのプロゲーマー仲間の話や、好きなゲーム、某社のエナジードリンクなどの話をしてきましたが、顔隠しさんと言えば! 全米一であるシルヴィア・ゴールドバーク氏を下したさいにプロポーズをされたことでも有名ですよね。

 

顔隠し「ちょっ、それまだ引っ張るんですか? やめてくださいよ」

 

───おそらく一生ネタにされ続けますよ。諦めたほうがいいと思いますwww さて、SNSでもよく騒がれている顔隠しさんの愛妻家っぷり。そんな奥様とのなれそめをお聞かせください。

 

顔隠し「彼女とは高校生のときに知り合いました」

 

───ほう、学生時代からですか。

 

顔隠し「いやぁ、彼女が言うに中学も一緒だったそうなんですけど、なにぶんその頃からゲームに目がなくて。彼女の事をほぼ認識してなかったんですよね」

 

───さすがですね。

 

顔隠し「彼女と知り合ったのも、とあるゲームがきっかけです」

 

───タイトルはなんですか?

 

顔隠し「めちゃくちゃ有名ですよ。『シャングリラ・フロンティア』です」

 

───あぁ、あの!

 

顔隠し「wwwはい。あれです。俺は彼女の後に始めたんですけど、彼女けっこうやりこんでる人で。彼女、ぽんこつな所もありますが大体何でもできるんですよね。たとえばゲームでも。最初に会ったときに、このハイレベルプレイヤー、名前だけでも覚えておこうって思いましたもん」

 

───その時顔隠しさんはそのプレイヤーを奥様だと知らなかったんですか?

 

顔隠し「はい。そのあとリアルでも毎日話すくらい仲良くなったのですが、その間も俺は二ヶ月くらい彼女だと気づきませんでした。彼女は元々別の知り合いから聞かされていて、俺だとわかってたらしいですね」

 

───なるほど。

 

顔隠し「そこからリアルでもゲームの話をするようになり、うん、まあ恋愛的なあれそれがあって今に至ります」

 

───めちゃくちゃ略しましたね!?

 

顔隠し「自分の恋愛事は語るもんじゃねぇな……と思ったので。あと単純に恥ずかしい」

 

(ここで追及しようとしましたがのらりくらりとかわされたため、次の話題へ)

 

───では、奥様は『プロゲーマー』という仕事をどう思われているんですか?

 

顔隠し「応援してくれてますし、支えてくれています。彼女がいなかったら勝てなかった試合はいくつもあります。あとはゲームができるから練習相手にもなってくれますね」

 

───ほほう。練習相手ですか。

 

顔隠し「はい。試合前には彼女とよく戦ってます。これは大きい声では言えないのですが、実は結構負けますね……」

 

───えぇ! 顔隠しさんがですか!? ちなみにどのくらいの割合で?

 

顔隠し「6:4でギリギリ勝ってます。プロゲーマーとして、そして夫としての意地を見せるのに必死ですよ」

 

───奥様はプロゲーマーだったりするのですか?

 

顔隠し「いえアマチュアです」

 

───はぁー、凄いですね。この話を聞いた事務所の方が奥様をスカウトしたりするんじゃないでしょうか。

 

顔隠し「ええ? まあもしそうなってもこの世界に来るかどうかは彼女の意思ですから」

 

───なるほど。では、顔隠しさんは奥様についてどう思っているのでしょうか。

 

顔隠し「可愛い人だなぁと思ってます。いつまでも反応が初々しくて、ついからかっちゃいますね。彼女は大体なんでも完璧にできる凄い人なんですが、時々のぞかせるぽんこつな所も魅力の一つです。挙動が不審になるのも可愛いんですよ」

 

───はい、ノロケいただきましたー! ありがとうございます。

 

 

(後略)

 

 




前略部分のワンシーン

───あの魚臣慧さんに勝率三割って本当なんですか?

顔隠し「いやまあ総計したらそんくらいだと思いますが、初見だったらもっと勝ってます。あいつああ見えて研究型なので情報がないうちは結構勝てますよ。俺、魚臣に初めて会った時15連勝してますからね」

───マジですか

顔隠し「マジです」

(魚臣慧さんに確認を取ったところ「確かに一番最初はそうですが、その後僕が20連勝してやりました。情報は正確に、と顔隠しに伝えておいて下さい」と訂正が入る)

───その15連勝したゲーム名は……

顔隠し「あー、プライベートな問題もあるのでノーコメントで。一応、ジャンルは格ゲーです」

(同様に魚臣慧さんに聞いたところ「ジャンルは格ゲーですね」とのこと)






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私の可愛いお義姉ちゃん(仮)

付き合ってます


 

「あはは、玲さんってやっぱりわかりやすいですね」

「いえ、あの、そんなことっ」

「こんなにわかりやすいのにスルーしてきたお兄ちゃんさぁ」

「……いいだろ、今はもうわかってるんだから」

「わ、わかっ!?」

 

 ぷしゅう、と真っ赤になり、玲が固まる。

 兄の些細な言動で、こうもわかりやすい反応を示すのに、兄は気づいてなかったんだな、と思うと鈍感唐変木ゲーム中毒と言わざるを得ない、なんて、瑠美は自分のファッション中毒を棚に上げて思う。

 こんな兄の恋人であるこの人は、こんなに美少女で、さらに所作なんかも良いとこの家柄なのがわかるような、きっと高校では『高嶺の花』などと分類されてそうな人なのに、誰が見てもわかるほど兄が好きなのだ。兄には非常にもったいない。

 

「じゃあお兄ちゃん、玲さんもらってくから」

「は?」

 

 唐突な事に頭がついていっていない玲を置いて瑠美は玲の手を取り、兄に向かって言い放った。

 

「玲さんとデートしてくる。お兄ちゃん、ついてこないでね」

「え?」

「おい、瑠美!」

 

 ねぇ、玲さん。いいですか? と下からのぞきこまれ、玲は思わず頷いた。 

 

 

……

 

…………

 

 

「玲さんはこういう服も似合うと思うんですよね」

 

 瑠美に引っ張られるようにしてついた先は、近くのショッピングモール。素材が良いから楽しいですねー、なんてコロコロ笑う瑠美に、玲はされるがまま着せ替え人形と化していた。

 

「さて、どんな服がいいですか、お義姉(ねえ)ちゃん?」

「おねっっ」

 

 お義姉ちゃん、と呼ぶだけで真っ赤になった玲に、瑠美はにんまり笑う。少しからかうだけでこうも反応が返ってくるのだ。面白くないはずがない。瑠美がからかってしまうのは致し方ない事である。

 

 『あの』ゲームにしか興味がなく、恋愛を捨て去ってるとしか思えない兄の、恋人である。

 初めて会った時は、まだ二人は付き合ってはいなかったものの、玲はやはりわかりやすく『なんでこんな美少女が兄の事を?』と思ったものだ。しかし、この人はとにかく兄の事が好きなのである。一途に必死で恋をしている、可愛い人なのだ。

 

 ───瑠美が背中を押して応援したくなるほどに。

 

 ……あれに惚れるのは瑠美には理解できないけど。なんといってもクソダサジャージ男なので。

 

「可愛い服着て、お兄ちゃんをぎゃふんと言わせましょう」

「へぁっ?」

 

 え、いや、そんな、なんて言って慌てだした玲に瑠美は笑う。瑠美にできる背中の押し方は、これくらいだ。

 

「言わせたく、ないですか?」

 

 意地悪くそう言うと、玲はまたすこぶる慌てた後、ともすれば聞こえないほど小さな声で「い、言わせたい……です」と肯定した。

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

「ふふん」

 

 いつもと雰囲気が違う玲を見て固まっている兄に、瑠美は自慢気に笑う。

 

 今玲が身を包んでいる服は、いつもの清楚で爽やかな色をしたものとは違い、濃い色合いでキリリと引き締め、少しの露出で妖艶さをも醸し出している。しかしそれは可愛らしいと言える範疇に収まっており、彼女自身の清楚さを逆に強調していた。髪の毛は瑠美に編み上げられ、一つ付けられた髪飾りが良いアクセントとなって全体の雰囲気を纏めている。

 

「お兄ちゃん、なにか言うことは?」

 

 その一言に硬直が解けた楽郎が頬に色を刺し言う。

 

「あ、あぁ。玲さん似合ってる。可愛い」

「か、かゎっ!?」

 

 挙動がおかしくなった玲しか見てない楽郎に満足感を覚えた瑠美は、私が全身コーディネートした玲さんは可愛かろう、なんて玲の後ろで笑った。

 

 

 

 




陽務家、身内に入れた人間に甘い……


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シラハタ☆マイブライト

これは『電脳魔法少女マジカル☆アカネ』最終回「楽郎君がいるなら降参します」を見て書いた二次創作です。
(なに言ってるのかわからない人は2020年9月13日の硬梨菜先生のTwitterをご覧ください)(つまりド幻覚です)



 

 

「チッ、このクソが!」

「へいへい! そこの鳥頭ビビってんのかぁー? もっと掛け金つりあげていいんじゃないの??」

「腰抜かしてんじゃ屁もないね」

「言うじゃねぇか」

 

 円卓上でカードゲームをしてるらしきあの三人は、サイガ-ゼロの部下である。

 

 電脳世界を掻き乱す外道衆。サイガ-ゼロは、その頭目だ。ゼロは白銀の鎧に身を包み、いつも話さず円卓に座している。無口で淡々と事を為すからか、冷酷無慈悲だと部下たちにも恐れられていた。

 

 電脳世界では混乱を引き起こす外道衆であろうとも、現実(リアル)でだって日常がある。頭目という立場上知っている、目の前にいる彼らの現実(リアル)での顔は、それぞれカリスマモデルとプロゲーマー。そしてもう一人は、サイガ-ゼロこと斉賀玲の同級生、陽務楽郎だ。

 

……

 

…………

 

 

 外道衆の頭目にして最強最悪の終焉の魔法少女サイガーゼロ。白銀の鎧から魔法少女形体に変身して、今はその形体のまま円卓に座っている。

 

 目の前にある円卓は、一つ空席がある。そこにはもうきっとその人は戻ってこない。キメラヘッド・サンラクは、暗黒魔法少女となりマジカル☆アカネとの激闘の末、どこかへ行ってしまった。

 

 煽り合いながらもサンラクと絡んでいた二人の空気は、心なしか重たい。ゼロはいつものように無表情で、それを眺めるだけ。

 

 その空席には不在が座っている。

 

 

 

 

 ……それでも、ゼロは。

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

 外道衆の拠点に乗り込んできた電脳魔法少女マジカル☆アカネを、終焉の魔法少女サイガ-ゼロは上から見下ろす。

 一人ひとり、とこのマジカル☆アカネに倒されていき、今ここに残っているのはサイガ-ゼロだけ。

 

「この方が最後ですっ! ノワリンさん、行きますよっ!」

『ああ!』

「リミテッド!!」

 

 リミテッドアカネに変身したアカネに構わず、凛とした声が静かに響く。

 

「【ローマ数字にゼロはない(ゼロの存在証明)】」

 

 ゼロの下に巨大な魔法陣が現れた。そこから光と闇が吹き出し、彼女の胸元の宝石が輝きだす。それに同調するように銀髪が揺れ、赤い目が妖しく光る。

 彼女が指でステッキをなぞると、その部分からステッキはゼロの身長に迫るほどの大剣に変化していく。

 

「さぁ……、始めま、しょうか」

「この電脳世界を、あなたの好きにはさせませんっ!」

 

 白と黒が混じり合い威圧感を醸し出している大剣を、ゼロはアカネに向ける。アカネがごくりとつばを飲み、武器を構え、一瞬。

 

 ガキーーーーーーーン! とアカネの小刀とゼロの大剣がぶつかり合い、衝撃波が生じる。その衝撃を受け流すように、アカネは後ろへ飛んだ。

 

「【マジカル☆フォール】!!」

 

 ゼロに向かって魔法を飛ばすが、大剣を持っているのにも関わらず、ゼロはすべて回避する。

 

「ではこちらも行きます。【ⅩⅡ 灰神楽】」

 

 ゼロの周りに渦巻いていた光と闇が大剣へと収束し、ゼロは大剣を振りかぶった。

 

……

 

…………

 

 

「リミテッドアカネといえど、この程度、ですか」

 

 ゼロはひどく他愛ない、とでも言うように涼しい顔で眉一つ動かさず、服の端からエフェクトをこぼれ落としながら倒れ伏すリミテッドアカネを見下ろした。アカネの周りは破壊痕がいくつも残っており、先までの惨劇を物語っている。

 

「まだまだぁっ」

「これで……終わり、です」

 

 ボロボロになりながらもアカネはその目の中にある星のきらめきを一層輝かせる。そう、アカネは、諦めない。諦めないのである。再び立ち上がって武器を構えたアカネへ、ゼロは大剣を振りかぶる。

 

「ちょーーーーーーっと待ったぁー!!」

「へ?」

「え?」

 

 勢いよく飛んできたドロリとした暗黒がアカネとゼロの間に突き刺さり、踏み出そうとしていた二人はたたら踏む。

 

 

「───すまんな、ボス。この世界を消されたら、クソゲーができなくなって困るんだ」

 

 砂ぼこりの中から女の子のはっきりとした声が響き、ゼロの動きが止まる。

 

 砂ぼこりが晴れ、そこには喪服のような黒を基調にしたコスチュームに身を包んだ暗黒魔法少女、サンラクがいた。電脳世界の外ではゼロ()の同級生、そして過去は外道衆としてゼロの部下であった(彼女)である。暗黒魔法少女に変身した後、どこかへ行ってしまった、その人だった。

 

 彼女は顔のほとんどを黒い布で隠されており、そこだけ見える口元が笑みを描いている。

 

 それを視界に入れた瞬間、ゼロの纏っていた光と闇が消え失せ、戦場に合った威圧感がふっ、と消滅する。

 

 

 (彼女)の楽しそうな笑顔は、いや、(彼女)が、(彼女)自身こそが。いつでもどこでも、どんな姿をしていても。ずっとずっと前から、(ゼロ)にとってはいつも眩しく映る、たった一つの輝く一番星(マイブライト)

 そう、(彼女)はゼロの───────────

 

 ゼロと相対し、あの楽しそうな笑顔をしているサンラクを見て、ゼロの口から自然と言葉がこぼれた。

 

 

 

 

 




「楽郎君がいるなら降参します」






最終回で明かされるド巨大感情大好き。
いや、サイガ-ゼロちゃんはキメラヘッド・サンラクくんの前でだけちょっと挙動おかしかったし、斉賀玲ちゃんは陽務楽郎君の前では真っ赤で可愛かったけどさ!こんな巨大感情だとは思わないじゃーん??
最終回、本当に神回でした。ありがとうございます。マジアカ最高!


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染まる色

大学生付き合ってる時空


 

「ごめん、玲さん寝てるから」

 

 寝てるもなにも、俺の言動で気絶してしまったんだけど。玲さんの友人が話しかけてきたので、そう返す。

 

 春のぽかぽかとした陽が降り注いだ、大学の中に隠れるようにあるベンチ。そこに座っている俺は膝の上に玲さんの頭を乗せ、玲さんはそのまま横たわっている。いわゆる膝枕の体勢だ。

 

 玲さんは付き合う前からよくバグっていたし、まぁそういう性質のお人だと思って過ごしてきたが、俺に関することに反応してバグってるとは、付き合ってから知った。

 俺の言動一つで、分かりやすく好意を示してくれるんだから、つい、からかいたくなる。それでやり過ぎてしまうことも、しばしばで。

 

 すっかり赤もひいてきた頬を見て、先ほどの事を思いだし、ふっと笑みをこぼす。

 

「あー、お熱いことですなぁ」

「ん?」

 

 ぼそっとつぶやかれた言葉を聞き逃す。

 

「いや、スカートの中見えちゃうかもだから上着でもかけとけば?」

「おー、さんきゅ」

「玲に『先帰ってる』って伝えといて! じゃあね」

 

 去っていった玲さんの友人の助言通り、とりあえず自分の上着をかけておく。有難いこって。

 

 意識を失っている玲さんの髪に落ちてきた桜の花びらを拾い上げ、そのまま透けるような茶色をした髪をすく。ふわふわとした柔らかな質感は、いくらでも触っていれそうだ。

 

 今はそんなに赤くもない顔が、俺の手で林檎のように熟れるのを、今の俺はよく知っている。それが、なにを示すのかも。

 

 髪の先を指でもてあそんでいると、玲さんがまつ毛を震わせた。

 

「……ん、」

 

 漏れでた声を聞いて、玲さんを上から顔をのぞきこむ。

 

「起きた?」

「へ? らくろ、くん……?」

 

 まぶたを開いた玲さんが、俺を瞳に映す。ぼんやりとした顔が徐々に覚醒していき、一気にぼふんっと赤くなった。

 

「おはよ、玲さん」

「えぁ? へっ? ~~~ッ!!」

 

 勢いよく起き上がろうとしたので、額を抑え、起き上がれないようにする。

 玲さんのバグり方にも慣れてきて、反射で対処できるようになった気がする。今のは対応はSS評価を狙えるんじゃなかろうか。

 

 抑えた額の温度が熱く、先まで白かった頬は見る影もない。

 玲さんがこうなるのは、俺のせいだと、俺はすでに知っている。その事に対して思う感情は、嬉しいとかだけじゃなく、優越感なんかもあって、まあ少し汚なくもあるので言わないが。

 

 玲さんが起き上がった事を少し残念に思いながら、俺が気絶させたようなものなのに気絶したことを必死で謝る玲さんを宥めた。

 

 

 

 

 

 



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ねつ

カプの片方が熱で寝込む展開大好き侍が通ります


 

「らくろ……君?」

 

 普段は完璧を崩さない人が今日は抜けていて。いつも顔が赤いからか、玲さんは熱でもそんなに変わらない色をしている。

 

「えと、ゆめ……ですか?」

 

 ぽわりとした、焦点が合っていないような目で俺を見ていた玲さんは、ふと俺の手に顔を擦り寄せ、ふにゃりと笑った。

 

「あー、」

 

 普段は触れるだけでバグり散らすのに、そんなことをするからに、この人は。

 

 

 

 玲さんと付き合い始めて少し。デート、逢い引き、まあ名称はなんでもいいが二人で出かけ、次の日。玲さんが熱を出したとの連絡が斎賀家からもたらされた。

 

 お見舞いを、と斎賀城に来た訳だが、寝ていた玲さんは俺が来た物音で起きてしまったらしい。

 すぐそばにあった俺の手を取ってその熱い顔に当て、まだ寝起きではっきりとしていない雰囲気で、玲さんは俺から手を離さない。

 

 ふと、閉じられていた目が開いて俺を見た。

 

「わたし、らくろくんのことが、すき……なんです」

 

 いきなりの不意討ちに、ぐ、と一瞬言葉が詰まる。

 

「……うん、知ってる」

 

 勘弁して欲しい。熱でバグる回路が死んでるのか? 

 ───普段はそんなこと、バグって言えない癖に。

 

「ほんと、ですか?」

「うん」

 

 付き合い始めた時に知った玲さんの気持ちは、知っていれば非常にわかりやすく、毎日のように好意を実感させられる。赤くなる頬も、不審になる挙動も、詰まる言葉も、バグっているのも。いちいち俺に好意を示す。

 だけど、玲さんはそれを口には出さない。正しくは出せない(・・・・)のだ。だから付き合い始めたあの時以来のそれに、俺は衝撃を抑える。

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、いやたぶん知らないんだろうけど。玲さんはなにかを懐かしむように遠くを見た。

 

「ずっと、ずっと前から、らくろくんのことが、すき、で」

「わたしのせかいを、あざやかにしてくれて」

「……うん」

「こういうことを、つたえられればいいのですが」

「起きてるときは、いつも勇気がでなくて、いえないん、です」

 

 好意を言葉にできない事を気にしてるのだ、といった事を、ぽつぽつと熱によってか拙い口調で言う。

 

「つたえられたらいいなぁ、って、いつも」

 

 そこで言葉を切った玲さんは、遠くを眺めていた目線をこちらを向けた。

 

「らくろ、君」

「…………なに?」

 

 ぽやぽやしながら俺の目にはひたりと視線を合わせる。

 

「らくろ君のこと、すきだっていえるまでがんばるので、」

 

 切実さを滲ませ、ぐっ、と俺の手を強く握った。

 

「……まってて、くれますか?」

 

 その言葉に、色んなものを飲み込んで、意志がこもる瞳に応えるようしっかりと目を合わせる。

 

「……うん」

 

 ─────待ってる。

 

 俺がそう言うと、玲さんはふわりと笑い、すーすー、と寝息をたて始めた。その安らかな顔を見てドっと脱力感が襲ってくる。離されていない手とは反対の手で、俺は自分の髪をグシャリと握った。

 

「伝わってるんだよなぁ」

 

 吐いた息は、言葉にならず消えた。

 

 

……

 

…………

 

 

 

 

「えっと楽郎君が出てくる、夢を、見ました」

「あーうん。はいはい。そういう処理なのね」

「え?」

「いや、なんでもない。そうなんだ」

 

 目が覚めて「なんで楽郎君がここに!?」などとバグった玲さんは、眠ったからかいつもの顔色……、いや、この赤さは熱なのかバグってるからか判断がつかない。しかし、先の夢の中にいるようなほわほわとした雰囲気は消えていた。

 

「えと、」

「ん?」

 

 なにかを覚悟をしたように、布団の端を握り、俺を見る。

 

「楽郎君に、伝えたい事が、あるんです」

「うん」

「まだ勇気がでないので……もう少しだけ、待っててくださいますか?」

 

 不安そうに俺を見上げるので、頬杖をついて安心させるように笑う。

 

「……うん。俺はいくらでも待つし、玲さんのペースでいいからね」

 

 俺が今どんな気持ちかわかってないのが少し癪で、俺は手を伸ばして玲さんの頭を撫でる。一瞬なにされてるのかわからなかったのかフリーズしたあと、玲さんはいつもみたいにバグった。

 

 

 

 



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夢の先

 なんだかやけに鮮明な夢を見た。

 

 揺りかごの中にいるような安心感に包まれ、夢から現へ浮上する最中、玲は思う。

 

 あの雨の日から、玲は幾度も彼の夢を見てきた。自分が楽郎に向ける感情の名前が『恋』であると知ってからは、彼と交際する夢も。

 

 それは例えば、彼と勉強会をする夢であったり、彼と共に食事をする夢であったり、彼と出かける夢であったり。

 

 だけど、今見ていた夢は、覚えている夢の中でもずっと鮮明だった。彼と二人で、デートを、する、夢。

 頭がほわほわとするほどの体温の高まりも、バクバクと耳元でうるさい心臓も。彼が自分に触れた感触も、彼が自分にくれた言葉と、その声色も。

 

 全部が全部、現実味があった。

 

 

 

 ふと、なんで身体が揺れているんだろう、と疑問に思い、玲の意識は一気に現実へ浮き上がる。呻きながら目の前にあるものに顔を擦り付けると、胸がドキドキする匂い。

 

「あ、起きた?」

 

 その声にパチリと目を開けた玲は『楽郎に自分が背負われている』という現状をやっと認識した。

 

「~~~~~~ッッ!?」

「っっ、危ないからっ、玲さん今バグるのはちょっと抑えて」

 

(お、抑えてと、言われましてもっっ)

 

 楽郎にさらに迷惑をかける訳にはいくまいと、玲は必死で平常心を手繰ろうとする。

 

「ほら玲さん、深呼吸。吸ってー……、んで、吐いてー……」 

 

 言われるがまま深呼吸をするも、楽郎の匂いが胸いっぱいに広がり、ちっとも落ち着けない。

 

「どう? ちょっとは落ち着いた?」

「ひぇ、ひゃいっ」

「うん、あんま落ち着いてないな」

 

 ふっと、息を吐くように笑う声。玲には楽郎の顔が見れないけど、どんな顔をしてるのかはわかった。

 

 目を焼くようなオレンジが透けて、彼を照らす。黒くはねっ気のある髪、形のいい耳、大きな背中。彼に背負われている玲が見れるのは、それくらい。

 

 彼の背中に密着している胸から、痛いほど鳴っている鼓動が聞こえてしまうんじゃないか、なんて。

 

「玲さん気絶しちゃったからさ」

 

 もう帰る頃だったし、今斎賀家に向かってるとこ、と楽郎が言う。

 

 玲は楽郎と付き合っている。つまり先ほど夢だと思っていたのは、今日あった現実で。『デート』というだけでいっぱいいっぱいだった玲は、楽郎からの刺激で気絶してしまったらしい。

 

「すみません、こんな……」

「いや、俺のせいもあるし。ごめん玲さん」

 

 もう大丈夫? と楽郎が玲に聞く。

 

「えと……もう自分で歩ける、のですが」

「うん」

 

 その優しい声にも背中を押されて。せっかくくっついているのだから、と顔が見えない分、いつもより少しだけ勇気を持って、わがままを。

 

 楽郎の首に手を回し、彼の耳に囁く。

 

「迷惑じゃない、のなら……も、もう少しだけ、このまま」

 

 楽郎の歩みが一瞬止まり、再び何事もなかったかのように歩き出す。

 

「もう少し?」

「はい、もう少し」

「うん」

 

 もう少し、ね。

 

 彼が確認するよう繰り返し、玲を下ろさずそのまま歩く。目の前にある耳は、夕焼けに照らされているからか赤く見えた。

 

 

 

 

 



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高校生付き合ってないうろん時空


 

 

「お兄ちゃーん、朝だよー」

「おー」

 

 扉を開け入ってきた瑠美の声にそこそこ重たいまぶたを上げ、その横に表示された『69』という数字に首を傾げた。

 

「あ?」

 

 ……ゲームはログアウトしたはずなんだが。

 咄嗟に頭を確認するも、特に機械はついてない。寝ぼけてるのかと思い、目を擦るもそこにはまだステータスのような無機質な『69』という数字は瑠美の横に浮き続けている。なにこれ。

 

「なにお兄ちゃん、私になんかついてる?」

「ついてるっつーか、浮いているっつーか」

「……寝ぼけてんの?」

 

 ほら、ご飯だからはやく、と急かす声にとりあえずベッドから降りる。ゲームのやり過ぎで幻覚が見えるようになったのかもしれない。何回瞬きしても消えないそれに、まあどうでもいいか、と俺は思考を放棄した。

 

……

 

…………

 

 

 頭が冴えたら消えるだろ、と高をくくっていたが、朝飯を食っても数字は特に消えることはなかった。瑠美だけじゃなく父さんと母さんにも数字は浮いており、登校中、すれ違う人それぞれにも、一人一つずつ数字が浮いている。

 ……ここはリアルのはずなんだがなぁ。

 

 何の数値か明記しといてくれませんかね? 父さんと母さんは大体『80』とかそこらで、そこら辺にいる知らん人は大体『0』とか『1』ばっかだから個人ステータスではない気がするんだが。

 あと、財力パラメーターだったら父さんと母さんは共有で浮いてしかるべきだろ。

 

 俺の数値が見えればなー。不便な事に自分の数値は見えないらしい。リアルでステータス表示ができるようになった訳ではなく、ただ他人になにかわからない数字が見えるようになっただけ。なにかわからないのだから良いも悪いもさっぱりだ。

 

「ら、楽郎君!」

 

 その声に、後ろを振り返る。

 

「あー、玲さ、ん?」

 

 は? 『12971』? 

 

「えと! お、おはようござい、ますっ!」

「あー、うん、おはよ?」

「はい! おはようございますっっ!」

 

 返事をした瞬間、一気に数値が上がった。表示されてる数字は現在『12977』。え、これ、上がるのか。知らなかった。いつものようにぶんぶんと手を振りながら二回目の挨拶を返した玲さんの数字は、また一つ上がって『12978』になった。なにこれ。

 

「えと、な、なにか、ついてます、か?」

 

 視線を向けすぎたからか、わたわたと髪の毛を抑え始めた玲さんに「いや、なにもついてないよ」と慌てて返す。

 

 ……えげつなくないか? 今まで見てきた最高が父さんの『85』だったのに『12979』って……

 うぉ、また上がった。『12980』。完璧超人ステータスだからだろうか?

 

 話していたらまた上がり、学校に着くまでには『12982』になっていた。

 

……

 

…………

 

 

「今日めっちゃ斎賀さん見てんじゃん」

 

 追っていた視線を剥がして、その声がした方へ振り返る。

 

「……そんなに見てたか?」

「見てる見てる。つーか、今も見てたじゃねぇか」

 

 雑ピの横に表示された数字は『63』。玲さんのことを除けばなかなか高い。

 

「なに~? ゲームバカもついに気になる人を目で追うような人間性を取り戻したか」

 

 よよよ、と泣き真似をする雑ピに少しイラッとする。

 

「いや、気になるというか、数字が気になるというか」

「は?」

 

 何言ってんだこいつ……という視線から逃げるように顔を前に向け直すと、視界に入った玲さんの数字は一つ上がって『12983』になっていた。

 

……

 

…………

 

 

 昇降口で、玲さんと誰かが話している。玲さんの数字は見てない間にまた上がっていたようで、現在『12985』である。

 

 玲さんと話している男……たしか生徒会長は『-44』。これマイナスにもなんのか。生徒会長っつーくらいだから頭も良さそうだし、インテリジェンスな数値ではなさそうだな、これ。いや、生徒会長の蜂に対する慌てっぷりはわりとアホっぽそうだった気も……うーん、これ以上考えるのはよそう。

 

 遠目から眺めていただけなのに、玲さんと目が合った気がした。数字がまた一つ上がり『12986』になる。会話が終わったらしい玲さんが生徒会長にお辞儀し、こちらに駆けてきた。

 

「ら、楽郎君!」

「ん? 話してたのにいいの?」

「は、はいっ! 大丈夫です!」

「そっか。どうしたの?」

 

 そう聞くと、数字が一つ上がって『12987』になる。

 

「あの、今日!」

「うん」

「一緒に、えとかぇっ……、えと、ろっ、ロックロールに、行きません、か……?」

 

 拳を握りしめながら、不安そうに下からのぞきこむ玲さんの言葉を反芻する。この数字について聞きに行こうと思ってたから、渡りに船だ。

 

「ロックロールね、俺もちょうど行こうと思ってたとこ」

「本当ですか!」

「うん」

 

 俺が頷くと数字は一気に上がって『12993』になった。

 

……

 

…………

 

 

「岩巻さんに相談があるんですけど」

「へぇ~?」

 

 その瞳がキラリと光った。そのまますっとレジから千円札を取りだし、玲さんを手招きする。

 

「玲ちゃん、千円あげるから、ちょっとそこのコンビニでお菓子買ってきてくれない?」

「え?」

「今から三人で食べるからサ、ちょっと買ってきて」

「え、はぁ、」

 

 困惑を滲ませながら、玲さんは受け取った千円札を眺め、チラリと一瞬だけ俺を見て、岩巻さんに視線を戻す。学校からここに来るまでに徐々に上がっていた数値は、また上がって現在『12998』。

 

「レジから、お菓子のお金を出しても、いいんですか?」

「いいのいいの。あとでまた入れとけばいいし」

 

 あなたが食べたことないのとか買ってきなさい、との言葉に、未だ困惑しながら頷いて、玲さんは店の扉から外へ向かっていった。

 

「で、楽郎くん。相談って?」

 

 輝きださんばかりの笑顔で、岩巻さんはそう言った。

 

 

 

「人の周りに数字が見える~?」

「はい。寝ぼけてんのかと思ってたのに今も見えるので、寝ぼけてる訳じゃなさそうっすね」

 

 うろんげな目線をこちらに向けながら、岩巻さんは頬杖をつく。

 

「ちなみに私と、あと玲ちゃんの数字は?」

「岩巻さんは『58』で、玲さんはさっき……たしか『12998』でした」

 

 うろんげな視線が気のせいじゃなければ更に据わった。

 

「……他の人は?」

「あー、親が80台、妹が60台、友人が40~60くらい? で、知らん人は0とか1でしたね」

「へぇ~」

「あ、岩巻さん『57』っす」

 

 下がるんだこれ。玲さん以外は変動しなかったし玲さんの数値はみるみる上がってくから知らなかった。

 思った事をそのまま話すと、岩巻さんの数値はまた一つ下がって『56』になった。

 

「楽郎くん、あなたさぁ、」

 

 そう言って、俺の顔を見た岩巻さんは、一瞬停止し、にんまり笑う。

 

「ねえ、本当はもう、その数字がなんなのかわかってんじゃないの?」

 

 真っ先に私に聞いてくるくらいなんだからサ、と言った岩巻さんが促した先に、コンビニから戻ってきた玲さんがいた。行っていた間に数字はまた上がっていたようで、現在『12999』。そのまま辿るように玲さんの顔を見て、ドアを挟んでパチリと目が合わさる。

 

 

 

 ───玲さんの数字はまた一つ上がって『13000』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 





逃げ場がない



そもそも、恋愛マスターに最初に相談しようとした時点でわかってましたよね?



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彼の瞳のその熱は、

玲の心臓を締め上げる。


 

 

「それで、シグモニアでさ、」

 

 登校中、昨晩シャンフロであった事をお互いに話し合うのは、いつものパターンとなっていた。楽郎と玲は『ゲーム』という共通項があるから、その話題は、会話のトピックとしては驚くほど有用なのだ。

 

 ……なにも有用、というだけではないのだけど。

 

 

 また、蠍の所へ行ったそうだ。今度は、新大陸の方。

 新大陸の蠍たちがいる場所は、聞いているだけでお腹いっぱいになりそうなほど混沌としていた。大量にいる、爆発する蜘蛛、巨大毒百足。そして、ビームで狙撃してくる蠍。

 

 旧大陸の押しくらまんじゅうには手酷くやられてしまった身であるから、それをいとも簡単に周回すらしてしまう彼に、やっぱり凄いなぁ、なんて思いながらいつも話を聞いているのだが。彼はさらに、新大陸にいる蠍たちさえも攻略してのけるのだ。彼と蠍たちとの縁はどうなってるんだろう、と疑問にも思うのだけど。

 

 あのクソ蠍、と昨日の事を思い出してか吐き捨てるように言う彼は、その瞳の中のまばゆい光を隠しきれてない。その光にまた、玲の心臓がキュゥウ、と締め上げられた。

 

 

 ゲームの話をするときの楽郎は、瞳の中に熱がある。楽しそうな事が見てとれる、そんな熱が。

 その熱が見たくて、玲は見ている事がバレないよう、いつも楽郎の瞳を見つめている。

 

 勉強の話なんかをしてるときにはない、声に混じる僅かな弾みも、つり上がる口角も。そして、瞳の中の煌めきも。玲は楽郎のそれが、一等好きだった。

 

 あの日見た光景を重ね合わせて、変わっていないその輝きに、心臓を跳ねさせる。

 

 

 前を向いていた楽郎が、ふと、こちらに視線を向けた。

 

 その瞳に自分が映る事に夢心地さえ感じる。シャンフロを始めて良かった、と夏に彼がロックロールでシャンフロを購入した日から幾度と思っていることを、また思った。

 

「玲さんは?」

「へぁっ!?」

「玲さんも昨日シャンフロしたんだよね?」

 

 どうだった? と彼が言う。

 

 それがあんまりにも不意打ちで、言われた事を噛み砕くのに、少し時間がかかった。玲が見ているだけの一方通行ではないことを、つい、忘れてしまいそうになる。

 

 

 毎日登校を共にしているのに、まだ、心臓は慣れてくれない。痛いほどにぎゅうぎゅうと締め付けてくるのに、酷く甘やかだった。熱に浮かされ、耳元からもその音が聞こえてくるほど。幸福感で指先まで痺れて、どうにかなってしまいそう。

 

 それでも、弾んだ息をなんとか落ち着かせ、玲は必死で言葉を手繰り寄せる。

 

「えぁ、え、えっと、昨日は、」

「うん」

 

 また、煌めいた。

 

 たどたどしく募る言葉に耳を傾けてくれているのがよくわかって。それだけでも嬉しいのに、瞳の色がもう堪らない。

 

 玲はこの瞳に捕らわれて。ずっと見ていたいなんて願って。楽しそうな彼に、どうしようもないほど狂っているのだ。



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惚れた方が負け、とはよく言ったもので。

高校生、付き合ってます。


「ふふ、それでは、今日はどこへ行きましょうか」

 

 帰り道。『また、ゲームでも、すぐ会えるのですが……もう少しだけ、えっと、いい、ですか?』なんて言われて、毎日のように道が別れる手前にある公園で話すようになったのは、付き合ってから、わりとすぐの事だ。

 こちらに笑いかける玲さんは、もうすっかり、とは流石に言えないが、かなり俺に慣れたようで、バグることも少なくなり、穏やかで、あー、……可愛らしい、顔をして、いる。

 

「あのさ、」

「はい」

 

 俺が言い淀むと、あ、今日はシャンフロじゃなくて別のゲームをしますか? と玲さんが朗らかに返してくる。その声色にもまた、申し訳なさがつのった。

 

「いや、そうじゃなくて」

「へ?」

 

 ええい、ままよ。

 

「……無理、させてない? こんな……ゲームばっかでさ」

 

 俺が生粋のゲーム中毒なのは、もう仕方のない事だが。ゲームばかりやっていて、二人っきりで出かけるのも、普通の恋人よりはずっと少ない。昨日、玲さんとは毎日のようにゲームをしてる、と瑠美に話した時に言われた『え、それ玲さんに無理させてんじゃない?』という言葉が脳にリフレインする。

 

 玲さんは廃人なれど、ごく普通な女の子な訳で。滅多にデートにも連れていかず、自分の趣味に付き合わせ続け、アフターケアも不完全。そんなんだから、『お兄ちゃん、玲さんに甘えすぎ』という耳に痛い忠言には、非常に心当たりしかなかった。

 

 そんなんだから、愛想つかされても仕方ない、とよぎった疑念は、彼女がいくら俺のことを『好きだ』と言ってくれていても、否定するには心もとなく。

 

「…………なんかじゃ、ない、です」

 

 頭で考えていたのもあって、ぼそり、とつぶやかれた小さな声を聞き逃してしまい、「ごめん、今なんて?」と聞き返す。なぜかいつもよりいっそう赤い顔をした玲さんは、俺を見ながら口をハクハクとさせ、それからこぶしをぎゅっと握りしめた。

 

 

「……ですから、無理なんかじゃ、ない、です」

 

「……え?」

 

 疑問の声を上げた俺に、焦るように玲さんは手をバタバタ振る。

 

「えっと、ゲームでも……どこでも。楽郎君と過ごせるなら、私は楽しい……です、よ?」

 

 ぴしり、と自分が固まった音がした気がした。俺が言葉を返さないからか、玲さんはそのままあせあせと言葉を続ける。

 

「えっと、あの、そ、それに……前にも言いましたが」

「私は、楽郎君が楽しそうにしてるのを見て、目で追いかけ始めて、」

「……だ、だから、その、楽しそうにゲームしてる楽郎君が、す、……(この)まっっ……」

「つ、つまりっ! そんな、楽しそうにしてる楽郎君の隣にいられるなんて、本当にただそれだけで、私は幸せだなぁって」

 

 あ、でも楽郎君が好きな難しいゲームはちょっとやるのは大変ですけどね、なんて冗談めいた声で言われて、もう無理だった。べしんっと叩く位の勢いで、俺は自分の顔を覆った。

 

 

 ───あー、くそ。一番最初に言われた言葉だけでもダメだったのに、さらに追撃してくるとか、オーバーキルだろ。

 

 カッと顔に集まった熱で、そこら中真っ赤になってる自覚がある。心臓も耳から鳴ってるんじゃないかってくらいうるさい。

 

 

「楽郎君!? えと、あの、私、なにかおかしな事を言ってしまいましたか……?」

 

 指の隙間からのぞく玲さんが、俺を心配そうにのぞいてて、ああ、俺はこの人にきっと今後も勝てないんだろうな、なんて悟ってしまった。玲さんは、本当にズルい。当たり前のようにそんなことを言うのだから、もう堪らない。

 

 そんな玲さんに手も足も出ない俺は、まだ手を自分の顔から引き剥がせないまま、ただ「大丈夫、……なんでもない。なんでもないから」だなんて返すことしかできなかった。

 




(惚れた方が負け、とはよく言ったもので。俺は、この人に勝てないのだ)

50000000000000回言ってますが、楽玲はお互いがお互いに『自分の方が振り回されてる』って思ってて欲しいです。

付き合ったばっかだと思います。まだ認識のすり合わせの最中。


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なんてことない朝のはずだった

2021年の強化週間にて投稿


 

 

 たとえば。

 

 大きな器に一滴ずつ水を落としていったとする。

 

 雨にもなれないごくごく小さな水滴を、規則正しく、ぽつり、ぽつり、と絶えることなく。

 

 どんなに大きな器でも、それが続けば必ず溢れる時が来る。

 

 

 つまりはそういうことだ。

 

 

 ずっと表面張力で保っていた玲の器は、その日決壊した。

 

 清々しい朝のことだった。

 

 

……

 

…………

 

………………

 

 

 目が覚めると、常にないほど身体の調子が良かった。

 

 えもいわれぬ全能感に包まれながら、玲は原因を考えてみるが、特に思い当たる節はない。とりあえず、そういうものなのだろう、と当たりをつけ、いつものように頭のてっぺんから爪先まで痺れてしまうほどの期待と多幸感に包まれながら、いつものように支度をし、いつものように一部の隙もない身嗜み立ち振舞いで、いつものように己の足で家を出た。

 

 

 

 

 

「おはようございます、楽郎君」

「おぉ、おはよ、玲さん」

 

 眠そうな彼が、玲の方を見て言葉をくれた事実で、胸がキュウゥッと締まった。いつものように、そのことを噛み締め、そして、へにゃりと玲は笑った。

 そんな玲を見て、楽郎が目をしばたたかせる。

 

 

「玲さん今日なんか嬉しいことでもあった?」

「……? どうしてですか?」

「なんか幸せそうな雰囲気だったから」

 

 記憶を遡ってみたが特に特出すべきことは思い当たらなかった。だが、楽郎が言うほどなら、きっとなにかあるのだろう、と玲は自らの状態を探り、天恵を得た。最近当たり前のようになっていたから咄嗟には思い当たらなかったが、玲には毎朝起きるたびに指先まで痺れるほどの多幸感に包まれる幸いがあるのだ。

 

「強いて言うなら、」

「うん」

 

 花が綻ぶような笑顔で、玲は口を開く。

 

「楽郎君と会えて、今日も一緒に登校できるのが嬉しい、ですね」

「……うん?」

 

 ごくごく普通の声だった。

 

 

 

 斎賀玲は、ヘタレである。

 

 ああそうだとも。斎賀玲は、まごうことなきヘタレである。

 

 ……それも筋金入りの。

 

 そのことは、見ていることしかできなかった(ストーキング)時代、話の種にするためのクソゲーチャレンジ(回り道しすぎて迷走)時代、|ゲーム友達兼同級生《仲良くなったのにまどろっこしすぎてキレそう》時代をすべて彼女を眺め続けたあるゲームショップの女主人からは大大大大大大太鼓判をいただけるであろう。

 

 

 彼女は、胸中から溢れ続ける恋心を、己の内に押し留め続けていた。雨垂れでも穿てないそれは、確固たる意志からではなく、ただただ彼女が勇気を出せないからであった。

 

 中身は膨張し続け、どんどん押さえつけるための力は必要となるはずなのに、それでもまだ抑え続けた。踏み出す勇気がない故に、ずっとずっと、彼の隣ですらも。

 

 

 それがどうしようもなくなって、決壊したらどうなる?

 

 こうなるのだ。

 

 

 

 

 今日は間合いが半歩ほど近いな、とは頭の片隅で思っていた。

 

 

 

 ……いつもは。

 

 いつもは、「おはよう」と言い合ったあと、玲さんはあんな顔で笑ったりはしない。

 

 

 登校が被るようになったはじめのころは、挨拶するたびにバグったりしていたわけだが、最近ではそうでもなかった。普通にそのまま、ただ、会話コマンドへと移行するだけだ。

 

 

 だから、普通に、何気なく、意図もなく聞いただけだった。俺にとっていつもの会話の取っ掛かりにすぎなかった。

 

 パンドラの箱を開けたようなことになるなんて、思ってすらいなかったのだ。

 

 

 何かが、違う。

 

 おそらくいつもと前提条件が違う。ああ、『嬉しい事』を聞いただけでこんなことになるとは誰も思わないだろ!

 

 

「楽郎君?」

「えっ」

「どうかしましたか?」

「いやっ、なんにもないけど」

 

 落ち着け。いや、本当に。玲さんにも、変な意図はないはすだ。ただ俺に聞かれて答えただけ。俺だって、玲さんとは普通に話してるだけでも楽しい。それが、ちょうど質問の答えとして出てきただけなんじゃないか?

 

 

 ああそれでも、『楽郎君と会えて、今日も一緒に登校できるのが嬉しい』だなんて、シャンフロの情報交換や、登校する話し相手を抜きにした、俺【個人】に付加価値があるみたいだ、と。

 

 

 じわり、と何かが侵食してくるのを自覚した。言い様のない焦燥感が頭を支配する。この侵食は、止めなければならない、と警鐘が鳴る。

 

 とりあえず、歩きながら半歩ほど玲さんから遠ざかる。一歩半詰められてさっきより近くなった。なんで?

 

 

 天を仰ぐと、空は憎々しいほど青い。

 

 ───いつもは玲さんといると短く感じる通学路が、やけに長く感じた。

 

 

 

 



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クソゲーカセットは抜けない

付き合っている

初出、2022年5月23日 旧Twitter
再録です。


 

「え? それ関係なくない?」

 ふわふわとした銀色が前髪の跳ねた癖ごとピシリ、と固まったのを、アーサー・ペンシルゴンは視界の端で認識しながら溜め息を吐き、言った。

「そりゃ、」

 ないんじゃないの~?

 

 今、随分と配慮に欠けた発言をしたサンラクと、その隣で固まっているサイガ-0は、確かリアルで付き合っていた、はずだ。

 

 くっつくまでの過程でこちらも随分やきもきさせられたので、やっとくっついたことには思う存分からかってやろうと思っていた、のだが。

 

 ───『関係ない』とはどういうことだよ。

 

 ペンシルゴンは心の中で悪態をついた。

 

 レイは彼女だけの唯一無二の装備により、顔の大半が覆われており、その表情はうかがえないが、おそらく真っ青になっているのだろう。仮にも彼氏である男に、こんなことを言われてはさもありなん、といったところである。

 

 少なくとも今の内容は恋人として、『関係ない』と言ってしまうのは、少々、いや、かなり不適切であろうに。

 

「そりゃないって、またなんで?」

「なんでもなにもさぁ、」

 

 恋愛機能がついていないんじゃないかと思っていた男がついに『お付き合い』なるものを始めたと思ったらこれだ。本質は何も変わっていない。クソゲーとエナドリに、精神の根本を破壊尽くされている。

 

「そんなに言われること言ってないと思うんだが」

 

 

 俺とレイさんで完結してるんだから、そんなのなんも関係ないじゃん。

 

 

 ……あ、こいつ、おかしい。

 

 続いた言葉によって気づいてしまったのでとりあえず詳しく突っ込んでみると、要領を得なかったが、つまり、真意として、サンラクは、

 

「はいはいなるほどそうですね~! お前のその考え方だったら確かに関係ないですね~!!」

「なんでキレてんの?」

 

 恋人という枠に入っているのだから、その他の人間は俺たちとはまったく関係ないだろ? と言ってるのだ。思考回路が理解できない。

 

 そんなラベルの張り替えだけで人間を把握するような考えが通じるのはゲーム内だけであって、現実に持ち込むようなものではない。嫉妬だとか不貞だとかそういう概念はないのか?

 ゲームが頭に侵食しすぎである。

 

「それにしても『関係ない』はないわ」

 

 呆れを滲ませ、ペンシルゴンが言うと、きょとんとしたように首を傾げた。

 

「え? だってレイさん、俺のこと好きだよね?」

「ふぁえッ!?」

「ほら」

 

 当たり前の事を聞いて当たり前の事が返ってきた、というような顔で、サンラクは悪友に向き直った。

 横でわたわたしている少女の反応を、当たり前のように享受して。

 

 ペンシルゴンはついにキレた。

 

「いつか好意に胡座かいてるしっぺ返しを食らえ、このバカ!」

 バカ!

 

「自惚れ方、エッグ……」

 

 ペンシルゴンの叫びも、ボソッとカッツォが呟いた言葉も、サンラクはさらりと無視した。おそらくまた思考をクソゲーに飛ばして耳に入っていないのだろう。

 

「レイちゃん……可哀想……」

 

 こんな馬鹿とお付き合いなるものを……

 

 ぷしゅう~、と煙が出たまま固まっている少女と、いまだにきょとんと、なにもわかってないような佇まいの鳥頭に、ペンシルゴンは一層深く溜め息を吐いたのだった。

 

 



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SS再録

旧Twitterで出したSSの再録です。すべて短い話。
本日2つ目


『自覚後告白RTA』

 

 ───ああ、俺は、

「玲さん」

「へ!?」

 胸に灯った熱に従うまま、玲さんの手を掬い上げ、己の胸の前で握る。電撃の如く落ちてきた【それ】以外、なにひとつ考えてられなかった。溢れでる情をその勢いに乗せ、頭で理解する前に口から射出する。

「好きだ」

「へ!?」

「俺、玲さんの事が好きだ」

 

 

『りょうかたおもい』

 

「楽郎君、大丈夫ですか?」

「……なんで?」

「えと、顔が、赤いですよ……?」

 ああ、くそぅ。この人は……! 

 玲さんのせいじゃないか、とはもちろん言えない。

 

「玲さん!? 大丈夫!?」

 楽郎君のせいじゃないですか、だなんて口が割けても。

 

 

『宝石なんてモノじゃない』

※おそらく付き合ってる

 

 満月に手を翳していたら、感傷的な気分にもなるわけで。

「空から欠けの無いダイヤモンドが落ちてきて、あまつさえそれがなんの偶然か自分の物になっちゃったらさ、どこか罪悪感を感じてしまうんだよな」

 皆が皆、その価値を信仰してる事を知ってるから特に。

「……なんでそんなよくわかんないみたいな顔してるの?」

「だって、楽郎君の笑顔を初めて見た時から、とっくのとうに砕け散って楽郎君だけのものですよ?」

 きょとん、とした顔でそうのたまうから参った。

 

 

『神様なんてガラじゃない』

※お好きな時間軸でどうぞ

 

「一方通行に祈っているだけだと思ってたんです」

 ……だから、まだ実感できなくて。

 溢れた声は溶け消えていった。

「光って、平等なんですよ。まぶしくて、目を眩ませて。私もただそれに照らされたひとりだっただけなんです」

 どうしてその考えに至ったかわからないけど、認識の仕方おかしくない?

 だって、

「あの夜の狼に一緒に挑んだ時から、ずっと(ここ)にいるじゃん」

 うーん、そんな驚いた顔されるのは心外なんだが。

 

 

『好きだ、くらいは言わせて欲しい』

(もうそろそろ逃げるの止めてくれる?)

※付き合ってる

 

 ああ、だってこれだけはどうしようもなく自惚れてる。

「玲さん、俺のこと好きでしょ?」

 ピシリと固まった玲さんの手を逃げられないように捕まえる。

「ね、玲さん」

 これだけ自惚れさせたんだから、もちろん責任とってくれるんだよな?

 

 

『玲さんからは初めてだったからさぁ!』

※付き合ってる

 

 いつまで経っても慣れないみたいで、もう『初めて』の時からずいぶんと時間が経つのにな、と思いながらカチコチに固まった頬を指で撫でる。

 唇の柔らかな感触と共に、花のような甘い匂いが鼻を通り抜けていった。

 

 視界が一瞬暗くなり、唇に、柔らかな感触。

「それでは楽郎君! ま、また!!」

 甘い匂いがまだ残ってる。

「玄関先でするには話長くない? ん? 玲さん帰ったの?」

 え?

「あれ? お兄ちゃん? 聞こえてる? おーい、お兄ちゃ~ん?」

 ……え?

 

 

『崖っぷちにてタップダンスを』

※付き合ってない

 

 根幹を焼き付くされる危機感に対する本能的な防衛反応が、じりじりと胸を焦がす。しかし、それがなんで沸き上がってくるのかはこれっぽっちもわからない。それでもただ『まずいな』と頭の中で繰り返す。

 数ヶ月前からずっと変わらないことをしているだけだ。今の時間をいつも楽しいとすら思っている。それなのに、一歩進むたびに、崖の淵へ近づいていくような。

「ふふ」

 隣で歩く玲さんが笑う。

 ───ああ、まずい、な。

 

 

『致命傷』(FATALITY………)

※付き合ってない

 

「楽郎君!」

 玲さんが振り向く様がスローモーションで見える。このままいくと、とんでもないことになることを直感した。アラートが頭の中で鳴り続け、それでも俺はそのふわりとした茶色が揺れるのを眺めているだけで、目をそらすことすらできない。とある世界で【最大速度】を取っていようが、現実(ここ)ではそんなの意味がない!

「楽しいですね!」

 正面からその笑みを叩きつけられた瞬間、最近ずっと感じていた焦燥感の答えと共に、俺は先ほどまでの焦りが的中したのを思い知る。

 

 

 

『箱庭の天使/in outside world』

※捏造過多

※斎賀玲さんの好きなものが散歩であることについて

 

 幾つかの箱庭と、それを繋ぐ金属の箱の中だけが彼女の世界だった。それに疑問をひとつとして浮かべないまま、一度たりともそこからはみ出すことはなかった。ひとりで箱庭の外に出ることなど、頭を過りすらしなかったのだ。

 ───そう、今日までは。

 アリスが走る兎を追いかける。彼女は、己が別世界に迷い込んだ事に気づかない。その笑顔で走る黒髪を追う事だけが、脳内すべてを占めている。

 

 

『このあと再起動まで5分かかった』

※付き合ってる

 

 腕の中にすっぽりと入った柔らかなものが、ビクリ、と身体を震わせて動かなくなった。

 たぶん、これはフリーズしたんだろう。

 それがわかるくらいには一緒にいたし、どういう時にそうなるかだって既に理解している身だ。

 だけど、熱いのはなにも、この人の体温のせいだけじゃない、ので。

 状態『混乱』に陥ってる玲さんには悪いけど、今はちょっと離してやれそうにないし、もう少しだけ。あと少し。もうちょい。あとちょっと。

 

 

『期待だけでもさせてください』

※付き合ってない

 

 今、自分たちが走ってる理由なんてもう、衝撃ですっかり忘れてしまった。

 真っ白になった頭は稼働することもなく、ただ己の手を引きながら走る黒髪に必死でついていくことだけしかできない。

 それでも、彼のことだから、意味なんてきっとないってわかってるのに。頭の少しだけ冷静なところで、この繋がれた手にこもった意味を探ったりもする。

 

 

 

『そうして彼女はヒトになった』

※ド幻覚

 

 『そう』あることは当然だった。

 太陽が東から昇るのと同じように、斎賀玲は『そう』だった。

 だから、己の特異性にも気づけない。

「なんで、あんなに嬉しそうに……楽しげに……?」

 彼女は知らない。背中に生えていた羽も、それがたった今溶け落ちたことも。

 彼女は、ただ。モノクロームだった世界が衝撃で色づいていくのを、目の当たりにすることしか。

 

 

『あなたとならどこへでも』

※おそらく結婚してる

あなたとならどこでだって楽しいから

 

 目蓋が開いていく。その瞳が灯す熱に、玲はもうずっとずっと狂わされている。

「おはようございます、楽郎君」

 ぼやけた瞳が彼女を映す。胸がこれ以上なく締め付けられた。意思が見えるようになっていくそれは、太陽の光で煌めいている。玲は笑った。

「今日はどの世界(ゲーム)()行き(遊び)ましょうか」

 

 

『日の出にてまた生まれる』

※妄言過多

 

 人は二度生まれるという。一度目は母の腹から出現したとき。二度目は自我が発生したときだ。そして玲の二度目の生誕は、【彼】の存在をはじめてまともに視界に入れた瞬間なのだろう。

 あの引き伸ばされた一秒間。光によって世界が色づき始めたあの雨の日。

 太陽が昇る。玲は己の憂鬱さと対照的なそれに、疑問という自我を得る。

 

 

 

『私はアドバイスしかしないからね』

※付き合ってからはじめての誕生日

 

 玲さん、お兄ちゃんのあげたものならなんだって喜ぶでしょ、という言葉を瑠美は飲み込んだ。たとえ兄の恋人が瑠美の理解できないクソゲー詰め合わせセットや、なんならそこら辺の石すら喜びかねないとしても、それはプレゼント選びを妥協する理由にはならないからだ。

「お兄ちゃん、まともな人間みたいなこと言えるんだね」

「俺をなんだと思ってるんだよ」

 

 

 

『ズルくない?それ』

(いや、確かにそれを刷り込んだのは俺なんだけどさぁ)

※付き合ってる

 

 ああ、本当にズルい。

 玲さんは、こんなにも全身で『好き』だと伝えてくる癖に、俺が感情を返す可能性なんて微塵も考えちゃいないのだ。

 というわけで、ことあるごとに(といっても俺がそう思った時にだけだが)俺は玲さんに対する好意を本人に伝えることにした。なにも玲さんだけじゃないってことを思い知ればいい。俺の苦労もついでに思い知ってくれ。

 

「だって楽郎君は私のことが、好き、なんですもんね?」

 その確信しきった顔といったら!

 



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短編再録

短めで気に入っている話の再録。Xだと保管性に不安があるためバックアップ。大体おそらく2020年で、最古のものだと2019年のものもあります。古い。1000文字以下のものが殆どであるため、まとめて投稿します。

初出 X(旧Twitter)





『主人公のせいで難聴系にならざるを得なった系ヒロイン』

 

「へぁっっっ!? え、っいやっ、えっと、あの、そ、そうですっ、ねっっ……!?」

「あ、うん」

 

 言った瞬間に『ヤッベ、会話の選択肢ミスったな』となったものの、幸いにも玲さんは何も気づかなかったらしい。今俺、思いっきり口説いた気がしたんだけど。玲さんってもしかしてギャルゲーの主人公みたいな難聴系なのか……?

 

 ぶつぶつと「……君がこうなのはいつも……君がこうなのはいつも岩巻さんも言ってましたこういうとき……君は何も考えてない特にそういった意味はないんです……君がこうなのはいつも……君がこうなのはいつも」などと何やらつぶやいているようだが、声が小さすぎていまいちよく聞こえない。

 

 顔の赤さも、挙動も、いつもと同じように見える。バグってる時の玲さんそのままだ。

 

「玲さん?」

「ぴぇっ! は、はい! なんでしょうか?」

 

 やっぱいつもみたいにバグってるようにしか見えないな。まあこれは、俺の気持ちがバレなかったのでセーフ、ということで……いや、今の相当な事言ったあれで気づかなかったのを考えると今後伝えようとしても伝わらない可能性があるのか。

 

 それは、ちょっと困るなぁ、なんて思いながら玲さんの方をうかがうと、視線に気づいた玲さんが俺の方を困った顔をして見た。

 

「……えと、あの……どうか、しました、か……?」

「……ん、いや、なんも」

 

 これは、これから苦労するかもなー。

 最近折り合いをつけ始め、やっと認めた感情とその想いの先を思って、俺は苦笑した。

 

 

 

 

 

『御伽話』

 

 子供の頃、御伽噺の王子様とお姫様の事が、よくわからなかった。

 硝子の靴を落として逃げた娘を探した王子様も、泡沫となって消えた海のお姫様も、月へ帰ろうとするお姫様を呼び止めようとした帝も。なにも、わからなかった。

 だって、別に、その人じゃなくたっていいじゃないか、と幼いながらに玲は思ったのだ。苦労したり、死んでしまうくらいなら、そんなたった一人に執着なんてしなくてもいいじゃないか、と。

 母も、きっと姉たちも、そして、ずっと遠くの事だろうが、恐らく自分も。斎賀家の者は、お見合いをして結婚をする。昔からそうなのだから、自分だって例外ではない。それと同じように、『運命』なんてよくわからないものじゃなくて、結婚するだけならお見合いをすればいいじゃないか、なんて。ただ、本当にただ純粋に、そう、思った。

 

 今ならわかる。

 狂おしいほどの衝動を、たった一人のその人じゃなきゃいけない理由を、玲は既に知っている。

 

 

 

 

『最近流行りの恋の歌』

 

 

 いつもだったらそんなことはしないのだけど。

 

「~~~~、~~~、~~~~~」

 

 気がつけば、恋の歌を口ずさんでいた。

 昨日偶々聞いた曲が、あまりにも共感できる内容だったからか。待ち人がまだ来ないからか。

 カラオケに行く時は、想いを込めすぎて重たくなってしまうから、歌わない恋の歌を。目を閉じて彼を想いながら。

 

「玲さん」

 

 パチリと目を開く。

 

「っあ、お、おはようございます、楽郎君」

「うん、おはよ」

 

 あくびをした彼には、玲の歌は聞かれていないようだったから、ふ、と安心して玲は笑った。今日もあなたと会えたから、きっといい日になるのだろう。

 

 

 少し遠くにいる玲さんに声を掛けようとして、僅かに聞こえてくる音に黙った。瑠美もテレビを見ながら歌っていた、最近流行りの歌。

 わからないなりにも、上手い事がわかる。そんな歌声。

 脳まで届いた瞬間、玲さんは誰かが好きなんだ、とふと、気づいた。

 

 

 

『未観測』

 

「……ら、楽郎、君? えと……、どうか、しましたか?」

「へ?」

 

 なんで今その質問? そんな疑問が顔に出たのか、玲さんは慌てたように言葉を続ける。

 

「いえっあのっっ、えっと……こちらをじっと見ていましたので! なにかあるのでしょうかと!」

 

 勘違いでしたらすみません! と言いながら、玲さんは両手をシュババババと音が鳴るほど身体の前で振る。いつも思うけど、どうなってるの、それ? いや、それよりも、

 

「え、見てた?」

「へぁっ、は、はい! おそらく!」

 

 おそらく……? 玲さんは勢いよく拳を握って頷く。あー、特に自覚はなかったけど、言われてみれば確かに見てた、な。

 

「……んにゃ、なんでもない」

「そう、ですか……?」

 

 それなら、いいのですが、と続けた玲さんが握っていた手をゆっくりとほどくのを見届け、俺は玲さんから視線をひっぺがした。

 

 

 

 

『たとえばそれは、』

※たぶん結婚してる。プロゲーマー時空。

 

「負けちゃった」

「はい。見てましたよ」

「いやー、惜しかった。あそこでワンステップ遅れなければ勝てたのにさ」

「はい」

「やっぱ一瞬動きがあそこで止まったのがよくなかったな。いやー、惜しかった」

「はい」

「………………」

「楽郎、君」

 

 見透かしたようにこちらに手を伸ばすから、誘われるままに彼女に抱きつく。

 

「あ"ーーくっそ、」

「ワンステップだぞワンステップ。あれさえなけりゃあいつに勝てたのによー!」

「はい。悔しい、ですね」

 

 駄々こねて、甘ったれて、非情にカッコ悪い。でもそんなところも受け入れて、逆に見せてほしいなんて言われたら、もう勝てない。

 誘われるがまま抱きついただけじゃ、昔みたいにはもうバグらないし。甘えさせてくれるような余裕まであって。

 それも、少し悔しかった。

 

 クスクスと、耳元から聞こえてきた鈴のような笑い声に、じとりと玲さんをねめつける。

 

「……なんで笑うの」

 

 俺の鋭い目線をものともせず、玲さんは俺の肩に顎を乗せ笑う。

 

「いえ、楽郎君ってわりとカッコつけたがりな所がある、ので」

 

 耳元から、柔らかな声が囁く。

 

「こういう所も、見せてくれるようになったんだなぁって」

 

 あまりにも嬉しそうに言われてしまうから、俺はもう唸ることしか出来なくて。

 

「ひゃっ」

 

 玲さんを抱き締めたまま、彼女の後ろにあったベッドに押し倒した。

 

 

 

 

『Before she knew...』

 

 スポットライトが当たったように、彼の周りだけ輝いて見える。ふわふわとした浮遊感。そのまぶしさに目がくらむ。

 

「─────────」

 

 どしゃ降りな雨の中、太陽が痛いほどの快晴の中、なんてことのない曇天の中。瞬きするほどの間に景色が切り替わり、それでも口の端をつり上げた彼は変わらず、なにかを言って駆けていく。

 

 その言葉はなぜか聞こえなかったけど、彼がなんと言ったのか、玲はすでに知っていた。

 

 

 

 ぱちんっと弾けるようにして、見ていた光景が消え去る。

 

「ん……」

 

 まぶたに透ける光を感じながら目を開ける。時計に表示されているのは、いつもと同じ時間。玲は布団から出て、朝の仕度を始める。

 どうしてかわからないけど、彼の笑顔を見てから、玲は毎日のようにあの雨の日の情景を夢に見る。

 それだけじゃなくて、その後見た、彼が帰る時に見せる笑顔も。

 

 クラスメイトである陽務楽郎の事を、玲は無意識に、気がついたら目で追いかけるようになっていた。一言だって話やしないのに、毎日彼を目に焼き付けている。

 

 

 友達と話して笑い合う姿も、授業中少し眠たげにしている姿も。そして、帰る時の笑顔も。

 玲は目で追いかけることで、彼の事を少しだけ知った。

 

 あの笑顔を見続けていれば、なんであんなに楽しそうなのかもわかるのか、なんてずっと考えてる。

 

 もっと彼の事が知りたい、という渇望がどこから沸き上がってくるのかなんて、今の彼女はまだ知らない。どうして彼を夢に見るのかも、今の彼女はわからない。

 

 それでも、今日もあの笑顔が見れるといいな、と考えながら、玲は毎日中学校へ向かうのだ。

 

 

『はるだまり』

 

 春の陽気というものは、なぜこんなにも眠気を誘うのか。カーテンの隙間から覗くチラチラとした光がまぶたの向こうから照らし、ぬるま湯の中にいるような温度が身体を包む。ちょっと日光浴でもしようかと思っただけなのに、満腹感も相まって溶けそうだ。

 そんなことを考えてると、光を遮る影。

 

「楽郎、君?」

 

 寝てるん、ですか? との声に目を開けると玲さんが俺をのぞきこんでいた。

 

「んー……まだ寝てない……」

「こんなところで寝たら、風邪を引きますよ?」

 

 寝るのならベッドの方が、と言ってしゃがみこんだ玲さんは光に照らされてまぶしい。そんな玲さんに向かって、俺は自分の横にスペースを開けた。

 

「玲さん」

「へ?」

 

 ここ、と示すと、真っ赤に染まって一瞬フリーズし、随分慌てたあと、覚悟を決めたようで「し、失礼しますっ、」と俺の腕の中に入ってくる。

 

 腕を回して柔らかな肢体を抱き寄せると、ビクリと身体が跳ねたものの、俺の胸にすり寄ってきた。玲さん特有の花みたいな匂いが鼻をくすぐる。

 

「今日は暖かいしさ」

「……はい」

「休日で、やることも特にないし」

「……はい」

 

 玲さんは体温が高くて、とろりとまた眠気が襲ってくる。

 

「玲さんがいれば、暖かいからきっと風邪も引かないし」

「……はい」

 

 一緒に惰眠を貪るのは、どう? なんて質問に、小さな声で了承が返ってくる。それに少し笑って、玲さんをもう少しだけ近くに抱き寄せて、俺はそのまま睡魔に身を任せた。

 

 

 

『自覚』

 

 あー、玲さんのそういうとこ、好きだな。

 

「ん?」

 

 今、俺なんて思った?

 

「……? えと、どうか、しましたか?」

 

 足を止めた俺を、心配気にのぞきこむ玲さんを見て、思考がピタリと停止した。

 

「え?」

「え、あの」

 

 ……俺が、玲さんを?

 

「え?」

「楽郎、君……?」

 

 は? いや、落ち着け落ち着け。

 

「いやいやいやいや」

「えと、大丈夫ですか? なにかありましたか?」

 

 いきなり挙動が不振になった俺に対して、困惑してはいるものの、玲さんはいつもと変わらない。

 そんな玲さんのことが、俺は?

 

「いやいやいやいや、なんでもないです」

「え? いや、でも……」

「なんでもないです」

「は、はい」

「なんでもないんだけど、おれはいそいでかえるよていができたのではしってかえります」

「え、あ、はい。では、お気をつけて……?」

「はい、じゃあまた」

 

 うぁーーーーーーーーーー!! 俺は! 風に! なる!!

 

 頭の中で叫びながら、走って家に帰った俺は、玲さんがつぶやいた言葉をついぞ知ることはなかった。

 

「……もう少し、楽郎君と一緒にいたかったなぁ」

 

……

 

…………

 

 

「天誅ッッッ!!」

 

 いやいやいやいやいやいや、違う違うそういうことじゃない。そういうことではないはず、いやいやいや違う違う違う。

 

 これは玲さんのことが人間的に好ましく思ったというわけで決してそういう恋だの愛だのです、き? とかそういうのでは……? いやいやいや。

 

 勢いよく走って帰路についた俺は家に入り速攻幕末を起動し、今に至る。頭を空っぽにするにはここが最適だと思ったが雑念は頭に居座り続けて出ていかない。

 

「あっ、祭囃子(レア武器庫)! ここで会ったが百年目……! 天ちゅ、っぐぁっ」

「そーいうことではないはずなんだよ!!」

 

 身体に染み付いた動作で襲ってきたやつをとりあえず天誅する。

 

 玲さんの事は尊敬してる。それは確かにそうだ。その在り方を人間的に好ましく思っているし、ゲーム友達として仲良くしてる。

 だけどそれとこれとは別だろう。恋愛とかいうのは俺には大層程遠い概念だというか、関係ない概念というか。こう、いや別に玲さんの事を嫌いだとかそういう話ではなくむしろ好……

 

「ぐぁああああああーーー!!」

 

 目の前に来た奴をとりあえず切り捨てる。

 

 だから違う! 決してそういうのじゃねぇ!!

 

……

 

…………

 

 

「ら、楽郎君、おはようございますっっ」

「……ん、おはよ、玲さん」

 

 昨日のは勘違いだったということでケリがついたので俺は動揺しない。昨日今日とで玲さんとすぐ会う事になろうとも、だ。すべての動揺は幕末に置いてきた。俺はソークールな男……!

 

「えと、昨日は大丈夫でしたか?」

「あーうん。うん。昨日ね。うん。……大丈夫だったよ?」

 

 そういえば予定ができたとか言って走って帰ったんだった。動揺していると詰めが甘い。

 俺が動揺していようとも、玲さんは変わらずいつもと同じように俺の隣に並ぶ。いや、別に俺は動揺なんてしていないが。

 そうですか、と言って玲さんはふわりと笑う。

 可愛いな。

 

 ………………は?

 

 ゴンッッッッ

 

「楽郎君!? 大丈夫ですか!?」

「へーきへーきなんともない大丈夫。ちょっとそういう気分だっただけだから」

 

 いきなり電柱に頭を打ち付け出した人間にも最初に心配が出てくるんだよな、玲さんは。

 

 そして俺はなにも思わなかった。電柱に頭をぶつけたからさっきまで考えてた事を忘れた。俺は、なにも、覚えて、ない。よし。

 

 ───学校に着くまでに計五回頭をぶつけたなんて、んなアホな事俺がするわけ……

 

 

 

 

 

『好きだから甘いのであって』

 

「つぁッ!!」

「玲さん、大丈夫?」

 

 いつもみたいにからかっていたら、バグった時の音が違った。これは口のどっかを噛んだな?

 

「っ、えっとあの、大丈夫! 大丈夫ですから!」

「ほれ見せてみ??」

 

 誤魔化そうとするが、そうはいかない。俺がからかったのが原因なのだから、心配くらいさせて欲しい。隠すようにしている手をとり、無理矢理こちらから口を見えるようにする。

 

「っぁらくろ、く……」

「あー、血が出てる」

 

 彼女の唇をなめる。鯖癌(ゲーム)でなめた血よりも、ずっと現実(リアル)なはずなのに、それはよっぽど甘かった。

 

 

 

『薄氷吐息』

 

(……楽郎、君)

 

 目の前に見えた柔らかな黒髪に、頭の中で呼びかけた。まだ声に出しても聞こえないような、周りから見ても知り合いとすら思われないような、他人の距離。

 

 ───ふと『自分はどこまで許されているんだろう』と頭によぎった考えに、足がピタリと進まなくなった。

 

 たった数ヶ月前までの、そして数年続いた、話しかけすらできなかったあの頃。同じ中学、高校というだけで、彼と接点はなきに等しく、あの瞳に映ることさえできなかった。

 胸に霜が這うような心地がして、手で胸元を握り締める。今、自分は彼に話しかけてもよかったんだろうか。彼の近くに行くことは、許されていたんだっけ?

 

 唐突に、目の前を歩いていた黒髪が揺れ、振り向いたその瞳が玲をとらえる。

 

「……あ、玲さん。おはよ」

 

 その顔を見た瞬間、身体中のぼせ上がって、霜なんか蒸発した。

 

(ああ、今の私は彼の懐に入ることが許されているんだ)

 

 何気ない気の抜けた挨拶だけで、玲がどれだけ救われているかなど、楽郎は知らないのだろう。はやる気持ちを抑え、玲はいつもの痛くて甘い言葉を返すために彼の方へ駆け出した。

 

 

 

『終焉でも』

 

「明日世界が終わるなら、楽郎君はなにをしますか?」

「んぇ?」

 

 ちょっと思いついただけなので別にあの、答えなくても、と目の前に座る玲さんが言いつのるとを見て、俺は口の中にあったものを飲み込む。

 

 なにをやっても凄いのは、さすが玲さんだよな。完璧超人という言葉が似合う人間が確かに存在していることを、共に時間を重ねる度に実感させられる。

 

 材料があったから作ってみた、というチーズケーキは、店の物と遜色ない。というかむしろ下手な店よりずいぶんと旨い。

 甘いものは苦手じゃないが、まあケーキなんかは機会がなきゃ食べない程度。だが、甘過ぎず後味もさっぱりしているこれはいくらでも食えそうだった。

 

 それで、もしも世界が終わるなら、だっけ。ゲームのストーリーでよく聞くよな。

 

「俺はゲームする、かな」

 

 まあ現実のサ終っつーこったろ。クソゲーは風の如くサ終していくが、現実というものはクソゲーなのでサ終してもおかしくはない。

 

 どうせ世界が終わるなら、それまでパーっと楽しく過ごす。それが終わる世界に俺たちができるせめてもの手向けだろう。例えクソゲーでも、現実でだってそれは変わらない。

 

「玲さんは?」

「そうですね。……では、私もゲームをする、と思います」

「へぇ、意外」

 

 玲さんはシャンフロ廃人だったが、世界が崩壊するほどの事が起こってなおゲームに執着するほど、ゲームには思い入れがあるとは思ってなかった。それでも最後にゲームを選ぶのか。

 

「そんなにゲーム好きだった?」

 

 そう聞くと、紅茶の入ったティーカップを両手で包むように持ち、玲さんは少し照れたように微笑む。

 

「楽郎君といれるなら、どこへでも」

 

 いつもならバグるようなセリフを当たり前のようにこぼされ、誤魔化すように口にケーキを突っ込む。さっきまではさっぱりしていたはずなのに、胸焼けがしそうなほど甘さが口の中に広がった。

 

 

 




メモ帳にあったものを適当に持ってきてるので、時系列はぐちゃぐちゃです。


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