鬼滅の波紋疾走 JOJO'S BIZARRE ADVENTURE PartEX Demon Slayer (ドM)
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波紋戦士、極東に立つ

更新は不定期気味です


「ん……。うぅ……。こ、ここは……」

 

 青年が覚醒する。

 

(ぼくは、確かディオと……。暗い……。真っ暗だ。それに、狭い)

 

 青年は重たく感じる瞼を開けるが、辺りに明かりらしきものは見当たらない。両手で周囲を探ってみると、立ち上がることすら出来ない程密閉された空間だと分かった。

 

(全面が、柔らかい……)

 

 手触りから察するに、壁と天井にはクッションのようなものが張り付けられているようだ。その造りは非常に頑丈で、ちょっとやそっとの力ではビクともしない。更に探ってみると、自分の首元にサラサラとした砂のようなものがあることが分かった。

 

(閉じ込められている……?)

 

 動かす手も鉛のように重く、体がだるい。後の妻に手厚く看病されている最中、意識を取り戻したときもこのような気怠さだった。

 

「……ハッ! そうだ! エリナッ! エリナは無事なのかッ!? あの赤ん坊も!!」

 

 意識にかかっていた靄が吹き飛んだ。自らが助けたいと願った最愛の人と、母を失った赤子が置かれている状況は、自分のそれよりも遥かに重要だ。

 

(どこかに閉じ込められている? ディオ……。君の仕業なのか!?)

 

 その可能性が充分にあった。自分は船上での戦いで間違いなく死んでいた筈。だが、そんなことを考えている場合じゃない。今やるべきことは一つだ。

 

「この場から脱出する!」

 

 青年の眼に闘志が宿る。

 

コオオオオオオオオオオオ

 

 偉大なる師から教わり、数多の死闘において繰り返されてきた、呼吸による力。

 

(口内がひどく乾いている……。呼吸をするだけで喉と肺に刺すような痛みが走る……! だが、それでもッ!)

 

山吹き色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)ッッ!!」

 

 山吹き色に輝く拳により、天井に怒涛のラッシュを仕掛ける。

 

(硬いッ! かなり頑丈だ! それなら何度でも!)

 

 天井を殴打する轟音と共に、拳がより一層輝きを増す。

 

「ウオオオオオオオオオッ!」

 

 轟音の中に金属が軋む音、破片が飛び散る音が入り混じる。その圧倒的破壊力を物語っていた。本来、青年を閉じ込めていたソレは、爆薬数十樽分の破壊力にも耐えうる極めて頑丈な代物だ。

 

 だが、青年の唸る拳はその丈夫さもお構いなし。轟音と共に、天井が軋んでいく。

 

「これでどうだァ───ッ!!」

 

バッグォォ────────ン!! 

 

 最後の輝きと言わんばかりの大きな大きな爆音と共に、青年を押し込めていた天井が空高く吹っ飛んだ。

 

 青年はすぐさま立ち上がり、彼の全貌が明らかになる。

 

 身長195㎝。体重105kg。黒い髪に大木のような腕と脚。首筋に浮かぶ星形の痣。はち切れんばかりの筋肉。ボロボロになった正装には乾いた血痕がいくつもついており、重機関車を思わせる屈強な肉体は微かに痩せたものの未だ健在だ。

 

 青年の名は、ジョナサン・ジョースター。通称ジョジョ。イギリスの名門貴族。ジョースター家の当主ジョージ・ジョースター一世の一人息子。人間を吸血鬼に変えてしまう太古の呪物、『石仮面』に端を発する戦いに身を投じ、数多の死闘と出会いを経て、その血の運命(さだめ)を全うした男!! 

 

「よしッ!」

 

 ジョジョはすぐさま飛び出して戦闘態勢を取り、周囲を見渡す。日は沈み、月と星が瞬いている。夜だ。穏やかに波の音を立てる海と、緩やかに波打つ砂浜。自分が海岸にいることが分かる。

 

「……」

 

 敵の気配を探ると、少なくとも近くにはいないことが分かった。次にジョジョは足元を確かめる。そこには、蓋を吹っ飛ばされた豪著な棺桶があった。

 

(ぼくはこの棺桶の中に閉じ込められていたのか……。そして、ここに漂着した)

 

 棺桶の中には、吹っ飛ばした蓋の残骸だけでなく、人の頭一つ分ほどの灰の山があった。

 

(この灰は……。この気配は……。ディオ……!? そうか、君はもう……)

 

 完全に使い果たしたように思えた波紋はほんの少しだけ残っていたのだろう。どちらが先に力尽きてもおかしくない状態だった。波紋の力がディオの生に終止符を打ち、ジョジョを生き永らえさせた。運命は、ジョナサン・ジョースターに味方した。

 

 不倶戴天の宿敵であり、親の仇であった筈のディオだが、戦いの果て、何故だか友情のようなものを感じていたジョジョ。その灰を見て沈痛な表情を浮かべる。決着はついたというのに、その心は悲しみで満たされていた。

 

(もう、考えたって仕方のないことだ……。ディオ。どうか安らかに眠ってくれ……)

 

 かつては家族であったこともある男に追悼の意を捧げ、ジョジョは周囲の状況把握に乗り出す。

 

(それにしてもここは……。ん? あ、あれは!?)

 

 ジョジョは目に入ったものを見て驚愕する。砂浜を越えた先に建物がある。それは、知識では知っていたものの現物を生まれて初めて目にした。暗くて見え辛かったが、それでも分かるほど特徴的な建築物だ。

 

 茶色がかった木材で形成された壁に、曲線の入った屋根瓦。入口横に据え付けられた大きな布地には、漢字で大きく『鮮魚』と書かれていた。尚、ジョジョには読めなかった。その隣にも、隣の隣にも似たような様式の木造建築が並ぶ。

 

 建物を観察していると、住民が家の入口から恐る恐る顔を覗かせた。蛇腹になった紙で作ったランタンのようなもので明かりを確保している。どうやら驚かせてしまったらしい。全員男性だ。恐らく家主だろうか。黒い髪に黒い目、黄色がかかった肌に寝巻用の浴衣。東洋人だ。彼らを見て、ジョジョはここがどこなのか確信した。

 

(な、なんてことだッ! ここは、東洋の最東端! 日本じゃあないか!!)

 

 19世紀に入り、英国と日本の交流も盛んになっていた。イギリス名門貴族の出であり、貿易商を営んでいた父のおかげで、ジョジョは日本文化への知識も多少あった。自身が幼児だった頃には、祖国にイワクラ使節団が来訪したことを知っている。

 

(……あの人たちには悪いことしちゃったな)

 

 日本人は礼儀を重んじると聞く。ジョジョは、家から顔を覗かせている人々に向かって、深々と頭を下げた。言葉までは分からないので、自身の気持ちを態度で示した。暫くすると、住民たちはどこかほっとしたような表情でそそくさと家の中に引っ込んでいった。暗く遠目でも分かるほど、ひどく何かに怯えているようだった。

 

(随分怖がらせてしまったようだ……)

 

 住民を不用意に怖がらせてしまったことに責任を感じるが、今は気持ちを切り替えることにする。ジョジョにはまだやるべきことがあった。

 

(少なくとも、不意打ちを狙う輩は近くにいないが、念には念を入れよう。可能性は低いけど、ぼくと一緒に流れ着いたディオの手下がいるかもしれない。彼らに危険が及ぶ可能性が少しでもあるなら、確かめなきゃ)

 

コオオオオオオオオオオオ

 

 独特の呼吸音と共に、ジョジョの手が淡く輝きだした。

 

()()の力で索敵範囲を広げるッ!)

 

 ジョジョは、その辺の砂を両手の平でありったけすくい、波紋の力を注ぎ込む。

 

ピッシィィィィィ

 

 異音と共に、砂が大きな器に変貌した。更に、砂で形成された器で海水を掬い取ると、器の中の海水が独特の形状で渦巻きだした。

 

 海水の波紋を伝わり。砂の器を伝わり、腕を伝わり、体を伝わり、地面を伝わる。波紋の力による探知機だ。かつて、吸血鬼と化した殺人鬼との戦いで会得した技である。自身の成長を経て、その性能は強化されていた。

 

(これは、屍生人(ゾンビ)!? ……いや、似ているが少し違う。だが!)

 

 危険を感じ、すぐさま波紋が探知した気配に向けて走り出す。罪のない日本人が屍生人(ゾンビ)らしき何かに襲われているかもしれない。ジョジョを突き動かす理由は、それだけで充分なのだ。

 

 ジョジョは、砂の器を片手に気配の元へと疾走した。

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

ジョジョが大西洋から日本に流れ着いたのは、スタンド使いがスタンド使いにひかれ合うように、波紋が鬼にひかれたからです。多分


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未知との遭遇

 町外れ。石垣と漆喰と瓦屋根の塀と、加工した木材の塀に挟まれた通り道。その真ん中を陣取るように、少年と、怯える青年がいた。少年は器用なことに黒い刀身の刀を抜刀したまま、着物を着た黒い長髪の女性を抱えている。

 

和巳(かずみ)さん、この人を抱えて傍に立っていてください! 俺の間合いの内側なら守れるので!」

 

 怯える青年和巳に、助け出した女性を預け指示を出す。

 

 少年は、赤みがかった黒い短髪と瞳。左額に大きな赤い痣を持ち、赤い日光が描かれたらしき耳飾りを付けている。身長165㎝、体重61㎏。黒い学生服のような衣装に緑と黒の市松文様の羽織を身に着け、背中には木材と少量の黒鉄で作られた高さ1メートル程の木箱を背負っていた。その表情は険しい。

 

 名は竈門炭治郎。人を食らう悪鬼の討伐を生業とする政府非公認組織、"鬼殺隊"の新人隊士だ。

 

 鬼殺隊として初の任務に就き、討伐対象である鬼と遭遇し、攫われていた女性の救助に成功した。だが、肝心の鬼は水面にいるかのように、地面へと潜り身を潜めている。

 

 "血鬼術"だ。個体によって、様々な特殊能力が存在する。

 

 炭治郎は、鬼の繰り出した血鬼術に、自身の長所である鋭い嗅覚で対抗し、潜む鬼の位置を探り当てようとする。

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

 逆巻く風のような息を発する。

 

「水の呼吸 伍の型……」

 

 "全集中の呼吸" それは、一度に大量の酸素を血中に取り込むことで瞬間的に身体能力を上昇させ、強大な力を持つ鬼に対抗しうる鬼殺隊が用いる技だ。

 

 炭治郎が使うのはその流派の一つである"水の呼吸"。水の如く変幻自在な歩法が特徴であり、それによって如何なる敵にも対応できる。他流派に比べ使い勝手が良く、鬼殺隊隊士の多くは水の呼吸を使う。

 

 その呼吸法と日輪刀により、炭治郎は鬼を迎え撃つ。

 

 だが、技は不発に終わる。

 

 己の技と鬼がぶつかり合う直前、嗅ぎ慣れない匂いがこちらに近づいてくることに気づいた。飛び出す直前であった鬼も隠れたままだ。炭治郎に緊張が走る。

 

(不味い!? 誰かがこっちに来る! 和巳さん達の傍を離れるわけにはいかないのに……!)

 

 足音は徐々に大きくなっていく。明らかにこちらへ向かっている。それもかなりの速さだ。このままでは潜伏する鬼の餌食になってしまうだろう。

 

(この匂い、鬼が移動した!?)

 

 最悪の事態だった。こちらに向かっている相手の方へ、鬼が動き出した。炭治郎は少しでも早く、ここに来てはいけないことを知らせる為、声を張り上げる。

 

「来ないでくれ! 来てはいけない! 来たら殺さ……れ」

 

 現れた人物を目にした瞬間、叫ぼうとした言葉が途切れる。

 

(……この人)

 

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド

 

 叫ぶのを止めたのには理由があった。彼の彫りの深い表情からは決意と闘志が満ち溢れ、この場の状況を明らかに理解しているのだ。更に、修行を終えて間もない炭治郎ですら理解できてしまう程、圧倒的な強者の貫禄を備えていた。場の空気を支配されたような気さえする凄味がある。

 

 目が合った。迷いなき覚悟を目に宿した男は、こちらを見て一度頷いた。

 

(すごい……。なんて()()()人なんだ!)

 

 炭治郎は現れた人物をそう評した。筋骨隆々の大男だ。腕の筋肉だけでも自分の頭が優に収まる。左手には何やら砂のような色をした器を掲げており、見慣れない仕立ての服には乾いた血痕がそこかしこにこびり付いている。

 

(鬼がすぐそこにいるというのに、安心感がある! 和巳さんの表情も心なしか和らいでいる。この人も鬼を倒しに……? いや待て! 日輪刀を所持していない!)

 

 日輪刀。日光に当てる以外の方法で、人喰い鬼を倒すことができる唯一の武器であり、鬼殺隊隊士の基本装備。この刀で頸を落とすことにより、鬼を殺せるのだ。炭治郎が抜刀している黒色の刀もソレだ。

 

 鬼殺隊の主戦力達は"全集中の呼吸"による技と"日輪刀"を用いて、鬼を殺傷せしめる。それ以外の攻撃では足止め以外の意味を成さない為、炭治郎は現れた人物がいくら強くとも鬼には対抗できないと判断する。

 

 しかし、その心配が杞憂であったことを、すぐに理解することとなる。

 

コオオオオオオオオオオオ……

 

「!?」

 

 それは、正に未知との遭遇! 

 

(ぜ、全集中の呼吸!? でも刀は持っていないし……。腕が光っている! しかもあの人が発する匂い……。まるで日輪刀じゃないか!!)

 

 炭治郎はその嗅覚と優れた観察力で理解した。

 

 あの"呼吸"は、"全集中の呼吸"であり"日輪刀"なのだ!

 

 何という奇妙な技であろうか! しかし、敵は尚も地面に潜んだまま。どのように対抗するのか、炭治郎には分からなかった。

 

 波紋の呼吸とは! 仙道とも呼ばれる。独特の呼吸法により血液中のエネルギーを蓄積し、生命エネルギーを活性化させる能力! 生み出される生命エネルギーは、独特の振動を持ち、水や地面に奇妙な波紋を起こす事から波紋の呼吸と呼ばれている。

 

 波紋の呼吸で生み出されるエネルギーは、太陽光と同じエネルギーであり、太陽に弱い吸血鬼はその身を溶かし、消滅させるほど強力! 

 

 つまり、日に弱い鬼に対しても極めて有効な武器となり得るのだッ! 

 

 大男が片膝を突き、右手を地面に叩きつけた。それは、地面を伝わる波紋疾走。

 

藍色の波紋疾走(インディゴブルーオーバードライブ)ッ!!」

「い、いんでーごぶるおおばあどらいぶ?」

 

 見たことも聞いたこともない技だ。どういう言語なのか皆目見当つかない。

 

ブワアアアアアアァァァァァァ

 

(じ、地面に日輪刀の匂いが広がっていく!)

 

「ウギャアアアアアアアアアア!?」

 

 三人の鬼が、たまらず地面から飛び出した。角が一本の鬼、二本の鬼、三本の鬼だ。黒い長髪に忍び装束と帯のような髪飾りを付けており、三人とも角以外は全く同じ容姿だ。体が溶けかかっている。

 

(三人!? 鬼は基本的に群れないと聞いた。だけど、この鬼達は全く同じ匂い。一人の鬼が三人に分裂しているんだ!)

 

「う、うごご、ぐげぇ……。な、なんなんだよぉぉ!あいつはぁぁぁぁあ!?」

 

 二人の鬼は足が溶けて身動きが取れなくなっている。比較的軽傷だった一本角の鬼がこちらに向かってくる。大男から逃げるかのような、破れかぶれの突撃であった。

 

(落ち着け! 一人だけ!)

 

 炭治郎は自分に言い聞かせて、鬼に対抗する。

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

「見えたぞ! 隙の糸! 水の呼吸! 伍ノ型 干天の慈雨!」

 

 突っ込んでくる一本角の鬼目掛け、すれ違いざまに横一線の斬撃を繰り出す。それは、優しい霧雨の如き、水の一閃だった。

 

「ぐ……」

 

 立ち止まった一本角の鬼の首がゴロリと落ちる。遅れて胴体が両膝をついて倒れた。その骸は崩れ落ち、黒い灰となり、始めから存在していなかったかの如く消失していった。残されたのは、身に着けていた衣装のみ。

 

(そうだ! 残っている鬼に聞かなくては!)

 

 生き残っていた鬼達も体が溶けてなくなりつつある。炭治郎は、探し求めていた情報を得る為、身動きが取れなくなった鬼に日輪刀を突き付けて問いかける。

 

「鬼舞辻無惨について知っていることを話してもらう」

「い、言えない……」

 

 二本角の鬼は、怯えた表情で震えながら答えた。三本角の鬼は、その名を聞いた瞬間に歯をガチガチと鳴らしながら震えだした。

 

「言えない!言えない!言えない!ぐえぇ……」

 

 同じ言葉を繰り返しながら、二本角の鬼の体が朽ちていく。大男の技が致命傷となっていたようだ。程なくして、三本角の鬼も消滅していった。

 

(ああ……。また何も聞き出せなかった)

 

 何の情報も得られなかったことに、炭治郎は悔しい表情だ。

 

(だけど、あの大きな人のおかげで、和巳さん達も、俺も()()()も無傷で済んだ……。お礼を言わなきゃ)

 

 先ほど見せた技は本当に凄かった。地中全てで巨大な日輪刀を振るうが如き一撃に、炭治郎は感服する。

 

「あの……え!」

 

 恩人に声を掛けようと思うや否や、大男は此方に近づき無邪気な笑顔で炭治郎の両手を力強く握った。

 

「Thank you! You're amazing! Please tell me your name!」

「ゑ゛?!」

 

 それは、正に未知(えいご)との遭遇!

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

藍色の波紋疾走(インディゴブルーオーバードライブ)は、小説『JORGE JOESTAR』でリサリサ先生が使った技だぞ!


Q:炭治郎は介錯用の技である伍の型 干天の慈雨を何故使ったのですか?

A:伍の型 干天の慈雨ですが、実は炭治郎は初手で沼鬼に使おうとして不発に終わってる描写があります。伍の型……と言いかけたところに3人の沼鬼が出て捌の型 滝壺を放つところです。不発に終わってた技がきちんと炸裂してた方がifっぽいかと思って、敢えて使っております。



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国際交流

ジャギィさんからのアドバイスにより、ジョジョフォントを導入致しました。圧倒的感謝ッ!ちなみに平和回です。


 不思議な剣士(サムライ)と出会った。年は16にも満たないだろう。それなのに、彼の顔つきとザラ付きのある手は誇り高き戦士のそれだ。左額に痣がある。不思議な耳飾りをしていて、その赤みがかった頭髪は、痣も含めて、揺らめく炎のようだ。

 

 砂と海水で作った波紋探知機を土に還し、そのまま勢いでやってしまった握手越しに、彼の生命エネルギーが伝わってくる。陽光のような、優しい暖かさだ。ジョジョは、少年を握手からそっと解放した。

 

(すごいな、この少年は。いや、このサムライは。なんて純粋で力強いエネルギーだ! 彼に無限の可能性を感じるッ!)

 

 サムライとは、英国でいうところの騎士や歩兵に近いらしい。王を守り、国を守り、民を守る。化け物の脅威から人々を守るその姿。年端もいかぬ少年は、紛れもないサムライであった。尚、日本では廃刀令によって侍が姿を消したことをジョジョは知らない。

 

(……だけどこれは、ぼくのように大切な誰かを失ったような、悲しみと苦しみを伴ったものだ。君は一体ここまで、どんな道を歩んできたんだろう?)

 

 言葉が分からずとも、彼の歩んだ道のりがある程度理解できた。この力は、多くの苦悩と修練、そして多くの人の支えによって成り立っている。

 

(しかし困ったな。恐らく君にはぼくの言葉が通じないし、君の言葉も()()ぼくには分からない)

 

「あ、あの……。貴方は」

「……?」

 

 サムライが何やら日本語で話しかけるが、やはり言葉が通じない。お互い、言語の壁に戸惑うばかりだ。

 

「うーん……。和巳さん、この方の言葉って……。和巳さん?」

 

 少年が守っていた青年に声を掛ける。青年は、抱えていた着物姿の女性をそっと壁際に置いた後、さっきの怪物が着ていた服の残骸に駆け寄り、嗚咽を漏らしていた。

 

「うっ……。ううっ……。里子さん……」

「和巳さん……」

 

 恐らく、"カズミサン"というのが、あの青年の名前なのだろう。青年の近くにある服の中から、日本人女性がよく身に着けている髪飾り、(カンザシ)が見つかった。その中の女性用リボンを握りしめ、青年は涙を流している。

 

(そうか、彼の大切な人もさっきの怪物に……。くっ……!)

 

 髪飾りの数だけ犠牲者が出ていたことは明白であった。それも女性ばかり。到底許される行為ではない。この国にも、人を襲う化け物がいる。青年と青年の思い人を襲った悲劇は、ジョジョの心を大きく突き動かす。

 

(石仮面は破壊し、吸血鬼となったディオも死んだ。だと言うのに、怪物に襲われ、苦しむ人々がこの国にもいた。それならば、ぼくもこの勇ましきサムライの如く戦おう。ウインドナイツ・ロットの人々のような、あの青年のような、そして、父さんやツェペリさんやディオのような惨劇を、二度と起こさない為にもッ!!)

 

 ジョジョは、拳を強く握り締め、戦う決意をする。

 

 サムライが、青年の傍に近づく。何かを話しかけている。青年は、サムライの言葉に涙を流しながら胸倉を掴んで怒りを露わにしている。止めるべきだろうか。

 

 サムライは青年の腕にそっと手を添え、ただ優しく微笑むばかりだ。

 

 暫くしていると、青年が彼の手を見て何かを察した表情になる。

 

「すまない! 酷いことを言った! どうか許してくれ! すまなかった……っ」

 

 頭を下げた。謝罪の言葉だろうか。二人のやり取りが意味する言葉は分からなかったが、互いを思いやる気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

(彼はすごいな。あんなにも若いのに、他者を思いやり、苦しくても前へと進む()()がある)

 

 幼いころは結構なやんちゃ者だった自分にとって、彼の姿は眩しく感じるほどだ。ジョジョは、若き日本のサムライに、確かな希望を見出した。

 

グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

 

「え!?」

「な、なんだい!?」

 

 サムライと青年、謎の音に驚く! 音の出どころはジョジョである。

 

(うぅ……。これはぼくの腹が鳴った音……! そうか、ぼくはかなり意識を失っていたんだな。長い間絶食状態だったんだ……)

 

 警戒態勢を解かず、怪物と戦ったのが仇となった。自分自身の状態がどうであるかについて疎かになっていたのだ。襲い掛かる空腹と眩暈に、ジョジョはたまらず膝をついた。

 

 

 

 

 

「も、もしかして、今のはこの人のお腹の音かい……?」

「だとしたら大変だ! あんなに大きなお腹の音。きっとこの人の胃はカラッポですよ!!」

 

 この緊急事態に対し、炭治郎と和巳は一致団結する。

 

「俺はこの人を運びます! 和巳さんは引き続き女性の方を頼みます!」

「わ、わかった。家まで運ぼう。重湯を用意するよ」

「ありがとうございます!!」

 

 重湯は多量の水分を加えてよく煮た薄いおかゆの上澄み液だ。極度の飢餓状態に陥った人間は、急に固形物を食べると死に至ることがあるので、彼に与えるのにうってつけの食べ物なのである。

 

「もしもし、立てますか? 掴まって下さい!」

 

 炭治郎は膝を突く恩人に手を差し伸べる。

 

「Thank you.Thank you.」

 

 彼は何かを呟くと、こちらに身を預けてきた。

 

(お、重い。肩を貸すだけでこの重さ、この人の体重、多分二十六貫はある)

 

 だが、鍛えた炭治郎の腕なら近くの家まで肩を貸すぐらい問題ない。

 

 炭治郎は、謎多き恩人を和巳の家まで運んで行った。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 空はすっかり青空になっている。夜が明け、朝になった。

 

 ジョジョは、家まで運ばれ、靴を脱がされた。日本では建物の中では履物を脱ぐらしいと聞いたが本当だったようだ。緑色の草で編んだ床のある部屋まで運ばれた。

 

「さあ、これを……」

 

 ジョジョの下に、底の厚い箱型のトレーに載せられた、独特なツヤと紋様の入った鍋が差し出された。中には白いスープがたっぷりと入っている。

 

(これは、トレーがそのままテーブル代わりになるのか。床にはそのまま座っていいみたいだ。面白いな。そしてこれは、日本の流動食なんだろう、きっと……。助かった!)

 

 器を掴み、差し出されたスープを飲む。

 

(ほのかに温かく、塩気がある。素朴で優しい味……。必要な栄養が、ぼくの体に染み込んでいくみたいだ……)

 

 ゆっくりと、一息に飲み干した。体の調子が幾分か戻ってきた。

 

「わ、もう飲み干したのかい? それじゃあ、臓腑が食い物に慣れてきただろうからこっちもどうぞ、西洋の方」

「西洋?」

 

 青年の言葉に、サムライが首を傾げた。

 

「うん、この海のずっと向こう側、清国、ああ今は中華民国だったっけ。あそこよりもずーっとずーっと向こう側さ。多分そうだよ。東京で見たことがある。さ、これも食べると良い。都会で流行りの()()()()()とやらは、生憎ないけどね」

 

 サムライが白いスープの器を片付け、さっきと同じ大きな箱型のトレーを運んできた。トレーの上には見慣れない料理が大小様々な皿に盛りつけられている。

 

(わぁ、きっとこれが日本の家庭料理ってヤツなんだろう。さっきのは前菜だったんだな)

 

 ジョジョは、目の前の未知の食べ物にワクワクする。雪のように真っ白なライスに、丸焼きにされた魚。微かに甘い香りのする、均等に薄く引いて焼きながら巻かれた卵。植物の根を煮たようなサラダ。小皿には、薄く切った白いラディッシュのようなものが添えられている。御馳走だ。

 

(……木で作ったスプーンはあるけど、ナイフとフォークが無い。魚はどうやって食べるんだろう? スプーンの下に置いてある二本の棒がそうなのかな?)

 

 ジョジョ、初めての箸にカルチャーギャップ! 

 

 

 

 

「良かった、口に合ったみたいだね」

「俺も美味しいです! 和巳さん!」

「それは良かった」

 

 和巳は炭治郎の言葉に微笑む。

 

 炭治郎は、差し出された食事に対して最初は遠慮した。だが、このご飯が本当は和巳が食べる分で、彼は暫く食欲がでないと聞く。

 

 曰く、どうせなら命の恩人に食べてほしいということで、炭治郎は御馳走になることにした。救出した女性は、寝室ですやすやと眠っている。

 

 炭治郎は、ご飯を食べながら、運び込んだ人物を見つめる。西洋の鬼狩りさんは、匙を使って美味しそうにご飯を食べている。

 

 ──そう、西洋人の鬼狩りである。

 

 和巳の話を聞いて、目の前の人物が何者なのか見当がついた。

 

(この人はきっと、海の向こうからやってきた"西洋の鬼狩りさん"なんだな! うーん、世界ってすごい!)

 

 炭治郎、"西洋の鬼狩り"と和巳の話を通して世界の広さを知る。ちなみに、男は西洋人だが、波紋の呼吸自体はチベットが起源なので、意外と近所だ! 

 

 箸を使って食事を続けていると、不意に、西洋の鬼狩りさんからの視線を感じた。

 

「……どうしましたか?」

 

 西洋の鬼狩りさんは、箸を握って、炭治郎が使っている箸と交互に見比べている。

 

「ああ、この人箸の使い方を知らないんじゃないかな? 西洋人って、箸は使わないらしいから。代わりに金物の匙と刃物と小さな三叉槍で食べるそうだよ」

「匙と刃物と槍!? 西洋の人は食事をするとき武芸百般に通じなければいけないんでしょうか? だからこんなに強いんだ!」

「違うと思う」

 

 恐らく箸の使い方を覚えようとしているのだろう。握り方で試行錯誤している。教えたいけど、言葉が通じないのでどうにもならない。

 

「……そうだ!」

 

 突如、炭治郎はひらめく。

 

「和巳さん、筆ってありますか? できれば細くて乾いてるヤツ」

「え? あるけど……。取ってこようか?」

「助かります! お願いします!」

 

 和巳が、席を外し、程なくして戻ってくる。右手には乾いた細筆が握られていた。炭治郎はそれを受け取ると、西洋の鬼狩りさんの前に持ってきた。

 

「……Pen?」

「ペン?」

「お、その言葉の意味なら分かるよ。西洋の筆はペンと呼ぶそうだよ」

「おお……!」

 

 和巳の言葉に、炭治郎は光明が差した気がした。すかさず筆を指差す。

 

「ペン!」

 

 炭治郎の奇行に、和巳はちょっとびっくりする。しかし、西洋の鬼狩りさんが、嬉しそうに頷いている。

 

「pen!」

「ペン!」

 

 初めて、目の前の人物と言葉で通じ合った。すごく嬉しい。これは輝かしい第一歩だ。炭治郎は、次に箸を指差した。

 

「ペン!」

「!?」

「!?」

 

 炭治郎は、威勢よくとんでもないことを言い出した。和巳と西洋の鬼狩りさんは戸惑う。彼は何を言ってるんだろう。

 

 すると、炭治郎は筆の持ち方を変えた。紙に書くときの正しい持ち方で、何かを書く真似を見せる。その後、片方の箸一本だけを持ってきて、筆の下に差し込んだ。すると、今度は筆と棒で箸の動きを見せた。再度、棒を抜き取ると、また筆で字を書く動きを見せる。この動きを二度繰り返した。

 

「!」

 

 西洋の鬼狩りさんは何かに気づいた表情をする。この時、和巳も炭治郎の行動が意味するところを理解した。

 

「あ、そういうことか。考えたね」

「弟と妹が小さかった頃、箸の使い方を教えてたんです。筆の使い方と一緒だよって」

「なるほどなぁ」

 

 彼は箸を使うコツを教えていたのだ。

 

 炭治郎の動きを見て、西洋の鬼狩りさんは箸の動かし方を再度試行錯誤する。さっきよりも明らかに動きが良くなっている。

 

 そしてついに、箸を使って卵焼きを食べることに成功した! 

 

「やった!」

「おー、初めてなのに巧くなったもんだ」

 

 西洋の鬼狩りさんが箸を見てしきりに頷いている。炭治郎はその姿を嬉しそうに見つめている。暫くすると、朗らかな笑みで、炭治郎の方に向き直った。

 

「Thank you!」

 

 さんきゅう。西洋の鬼狩りさんが、炭治郎の手を借りてるとき何度となく口にした言葉だ。ここで、炭治郎は言葉の意味を心で理解した。

 

(そうか! "さんきゅう"は"ありがとう"だ!)

 

 一番知りたかった言葉だ。

 

 すると炭治郎は、和巳と自分を交互に指差す。

 

「さんきゅう」 

 

 そして深々と頭を下げた。

 

「さ、さんきゅう」

 

 釣られて和巳も同じ言葉を述べ、頭を下げた。

 

 二人の様子に対し、西洋の鬼狩りさんは、温和な笑みを浮かべている。

 

「……my pleasure」

 

 炭治郎も和巳も、今の言葉の意味がすぐに分かった。

 

 "どういたしまして"だ。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

 大正時代には、一般家庭にも西洋文化が根付いてきたそうだよ。カレーライス、コロッケ、トンカツが日本三大洋食と言われているんだって。


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協力

 炭治郎とジョジョは和巳の家を去った。和巳は、二人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。

 

 二人は鬼狩りの旅に出た。鬼殺隊で調教された人語を解するカラス、鎹鴉(かすがいがらす)から鬼狩りの指令が届いたのだ。鬼は浅草にいるそうだ。

 

『次ハ東京府浅草ァ! 鬼ガ潜ンデイルトノ噂アリ!! カァアア!!』

『ウワァ!? ニホン、トリ、シャベルデスカ!?』

 

 たどたどしい日本語で驚くジョジョを思い出し、ついつい笑いそうになってしまった。笑ったら失礼なので頑張ってこらえた。喋る鳥と言えば、イギリスにはオウムがいるのだが、ここまで意思疎通ができる鳥は流石にいなかった。

 

 気を取り直し、指令を聞いてから、急ぎ足で現地に向かっている。

 

 二人は簡単な意思疎通ならすぐできるようになった。ジョジョは強くて優しいだけでなく、頭もすごく良かった。一緒に食事をしている間、炭治郎が身振り手振りで積極的に言葉の意味を説明しながら会話を繰り返した。そうすると、ジョジョは言葉をどんどん覚えていった。

 

 まだ教えていない言葉でも、いつの間にか意味を理解しているのには流石に驚いた。会話の雰囲気から汲み取っていたらしい。

 

「アナタハ、タンジロー」

「そう言う貴方は、ジョジョさんだ!」

 

 ようやく自己紹介まで漕ぎ着けた二人は、改めて名前を呼び合う。お互いかなりの速度で走っているのだが、どちらも基礎体力が非常に高いので全く問題ない。

 

 じょなさん じょおすたあ。それが彼の名前だ。略してジョジョと呼べば良いらしい。西洋ではよくあるあだ名なのだろうか。

 

(うん! じょなさん家のじょおすたあさん! ばっちり覚えたぞ!)

 

 遺憾ながら姓と名が思いっきり逆なのだが、その間違いを指摘できる者が誰もいなかった。

 

「ジョジョさんのこと、鬼殺隊の偉い人へ手紙を出したので、きっと協力してくれますよ」

「アリガトウ、タンジロー」

 

 炭治郎は和巳の家で、"西洋の鬼狩り、じょなさん・じょおすたあ"について鬼殺隊宛に手紙を書いた。鎹鴉に渡し、最寄の協力者か鬼殺隊の後処理担当部隊である(かくし)を通して、上司に届く手筈となっている。

 

「どういたしまして。浅草はまだ遠いです。たくさんお話しましょう!」

「ハイ! ヨロシクオネガイシマス!」

 

 走りながら会話をすることで足腰、肺、基礎体力が鍛えられ、ジョジョは言葉を覚え、炭治郎はすごく楽しい。一石三鳥である。海の向こうからやってきた友人が、喋れば喋るほど言葉が上達していくのは、自分のことのように嬉しかった。

 

「ジョジョさん、服、綺麗になりましたね」

「ハモンノチカラ、ナラ、デキマス」

「波紋の呼吸、仙道とも言うんだっけ。すごいなあ。鬼を倒すだけじゃなく、ぼろぼろの服を新品みたいに変えるなんて」

「セナカノ、アナ、ソノママデスケドネ」

 

 ジョジョの服は、汚れを落とし、ほつれに波紋を流し込んでしまえば、比較的綺麗な状態になった。だが、背中に大きな穴がいくつも開いていた為、和巳の家で一番大きな羽織を譲り受けて穴を覆い隠した。紺色で、菱形の模様が入った上品な代物だ。

 

 余談だが、本当は和巳の家で服を用意する筈だった。残念ながら、彼に合う大きさの服が、一つもなかったのだ。どんな和装も、ジョナサンの手にかかればピチピチスーツに大変身である。

 

「でも、おかげで羽織が貰えました。よく似合ってますよ! ところで、その穴は、どうして開いたんですか?」

「アナデスカ? フネ、ドドーンカラ、オクサン、アカンボウ、マモッタデス。ボクノオクサン、エリナイイマス」

「ええ!?」

 

 "フネ、ドドーン"というのは、間違いなく船が爆発したということだろう。爆発から躊躇なく誰かを庇うのは、この人ならそうするだろうという確信があった。とは言え、あんなに大きな穴が開いてよく無事だったものだ。

 

「フネノヒト、ミンナ"オニ"ニナッタ。ダカラボク、フネ、ドドーンシテ、エリナ、ニゲマシタ。イキテルト、ウレシイデス。オナカニ、コドモ、イルカラ」

「……っ!」

 

 炭治郎は言葉を失う。ジョジョが巻き込まれた事件の凄絶さに。西洋の鬼、"ぞんび"は、人を襲うと犠牲者も"ぞんび"になるそうだ。彼は夥しい量の亡者から、たった一人で奥さんと赤ん坊を守ったのだ。

 

「……赤ん坊も、ジョジョさんのお子さんですか?」

「イイエ、アカンボウノオカアサンガ……。ダカラ、タスケマシタ」

「そうだったんですか……」

「ハイ」

「ごめんなさい、ジョジョさん。悲しい話をさせてしまって……」

「イイデス。タンジロー、ダイジョウブ。アナタニモ、オボエタカッタ」

 

 恐らく「炭治郎にも覚えてほしかった」と言いたいのだろう。炭治郎は、顔も名も知らぬ、海の向こうの犠牲者を悼んだ。

 

「ジョジョさん」

「ハイ」

「えりなさんはきっと無事です。その赤ん坊と、お子さんと一緒に、貴方のことを想っていますよ」

「……」

「ジョジョさんが命がけで庇ったんだ! そうに決まっています! だから、必ずえりなさんのところへ帰りましょう!」

「……ハイ!」

 

 また一つ、ジョジョのことが理解できた。炭治郎は、絶対に家族と再会させようと決意する。こんなにも優しい人に、これ以上辛い思いをさせたくない。心からそう思った。

 

「タンジロー、ボクモ、アナタニ、シツモンアリマス」

「勿論! 何が知りたいですか?」

 

 炭治郎が少し気落ちしているのを見て、話の主導権を握った。ジョジョなりの優しさであった。無論、炭治郎への純粋な興味もあるが。

 

「……オコラナイ?」

「絶対怒りません」

 

 炭治郎は、断言する。

 

「セナカノハコ、()()()ガハイッテル。ハモン、ワカリマス。オシエテクダサイ」

「……! 気づいてたんですか。……鬼であることも?」

 

 ジョジョは静かに頷いた。

 

 炭治郎は、鬼だと分かった上で"家族"と言ってくれたことがすごく嬉しかった。禰豆子のことを話すのに躊躇はなかった。彼に話したとしても、禰豆子に危険が及ぶとはこれっぽっちも思っていない。

 

 彼の善性は、匂いでとっくに分かり切っている。ここまで清らかな匂いは、家族以来だ。仮令(たとえ)匂いで分からなくとも、炭治郎はジョジョを信じていただろう。人を思い、恐怖に克ち、脅威に抗い、守る。彼の在り方は、炭治郎が理想とする"長男"そのものなのだから。

 

「禰豆子と言います。妹です。太陽が出てる間は、ずっと箱の中で眠っています。妹は鬼になってしまったけど、人を食べたことは決してありません」

「……」

 

 ジョジョは、炭治郎の話を無言で聞いている。表情は真剣そのものだ。

 

「俺の家は、家族が鬼舞辻無惨っていう鬼に殺されました。助かったのは、俺と、鬼になってしまった禰豆子だけです。だから、俺の家族は、もう禰豆子一人しかいません。俺は、どんなことになっても、禰豆子を元に戻してやりたいんです」

 

 炭治郎は話した。自分の仇を。そして、日本に蔓延る鬼共を生み出す、全ての元凶であることを。

 

 鬼舞辻無惨。

 

 もし、海を渡ってしまったら、ジョジョの故郷にも甚大な被害が及ぶだろう。無惨は必ず討ち果たさなければならない。家族のためにも、人々のためにも。

 

「……」

「オシエテクレテ、アリガトウ。タンジロー」

「ジョジョさん……」

 

 炭治郎は見た。鬼と対峙した時に見た、ジョジョの目に宿る、迷いなき覚悟を。

 

「ヤクソク、シマス。イッショニ、ネズコ、ゼッタイ、ゼッタイマモリマス! キブツジ・ムザン。ゼッタイ、タオシマス!」

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

炭治郎も、ちょっとだけ英語が分かるようになりました


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吐き気を催す邪悪と、白き聖槍

明日から仕事なので更新が遅れます!
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります(´;ω;`)


 翌々日、浅草に到着した。日が沈んでいるのに、街並みが照らす明かりで昼のように明るい。大きく文字が書かれたノボリが洋風建築物の近くにいくつも並んでいる。道に敷かれた線路を、たくさんの人を乗せた大きな路面車が走る。

 

「オオ……!」

「……」

 

 数えきれないくらいの人達が街を行き交う。和洋色とりどりのファッションに身を包んだハイカラな若者がガヤガヤと喧騒を立て、夜の街並みに消えていく。外れの方を見れば、奥ゆかしい和製建築の家屋が並び、雅さを醸し出している。

 

「コレガ、日本ノ都会ノ街並ミ。スゴク、美シイデス!」

 

 ジョジョは、初めて見る浅草の街並みに目を輝かせていた。横にいた炭治郎はと言うと。

 

「……」

「タンジロー……?」

「……うっぷ」

「具合ガ悪イノカイ!?」

「す、すみません。人が多すぎてめまいが……」

「ゴメンヨ、気ヅカナクテ……。ドコカ人ノイナイ場所ヘイコウ」

「お願いします……」

 

 今度はジョジョが炭治郎に手を貸す番だと言わんばかりに、炭治郎をおんぶして裏通りへ向かう。身長差が30㎝以上あるので、肩を貸すよりもこうした方が手っ取り早かった。

 

(ジョジョさん、この二日間ですっかり言葉が上達したなぁ……。うえっぷ)

 

 炭治郎は、ジョジョの背に揺られながら青色の頭巾を被り、しみじみ思った。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「山かけうどんください……」

「あいよ」

 

 頭髪のない中年の店主に注文をする。

 

 街外れにつくと、頭巾を被ったままの炭治郎は、少しやつれていた。だが、体調はすぐに回復した。丁度近くに、屋台のうどん屋さんがあったので、二人はここで腹拵えすることにした。

 

「ヤマカケウドン?」

「えーっと、長芋と太い"ぱすた"が入った"すうぷ"です。美味しいですよ」

「ワア、楽シミダナァ!」

 

 屋台のすぐ近くに用意された木製のベンチに、二人で腰掛ける。

 

(で、でっけぇあんちゃんだな……。足伸び切ってんじゃねーか)

 

 ジョジョにとって座高が低すぎたので、足が投げ出されたような形になっていた。

 

 二人で温かいお茶を啜り、ほっと一息吐く。うどんの完成を待っていると、不意に、炭治郎の背負う木箱がカタカタと音を立てた。

 

「お、禰豆子が起きた」

「本当ダ。木箱ガ揺レテル」

 

 道中もずっと眠っていた炭治郎の妹、禰豆子が目を覚ました。木箱の戸が片開きのドアのように開く。ジョジョも禰豆子の姿を初めて見る。

 

「ムー……」

「おはよう禰豆子。ぐっすり眠れたね」

 

 炭治郎が、寝ぼけ眼の妹に優しく声を掛ける。中から現れたのは、10歳にも届かぬ小さな女の子だった。横向きにした竹筒を咥えている。黒い髪は足の方まで伸びきっており、末端部分が赤い。身に着けている桃色の着物と黒い羽織はぶかぶかで、サイズが明らかに合っていなかった。

 

(タンジローの話によれば、ネズコの歳は14歳。なるほど、これがこの子の身体操作能力か。彼の面影を感じる、可愛いらしい女の子だなぁ)

 

「イツモコンナニ、眠ッテイルノカイ?」

「全く消耗してない筈なので、道中ぐらいには目を覚ますと思ってたんですが……。変だな、禰豆子の体が小さいままだ」

「……!」

 

 疑問に思っていると、禰豆子がジョジョに飛びついた。

 

「ワッ」

「禰豆子?」

「……」

 

 胸に飛びついてきたが、ジョジョの胸筋が大きすぎたせいで、腕が回せてない。すると、禰豆子はよじ登って、首にひしっとしがみついた。ジョジョが背中を優しく叩いてあやしてやると、目を細めて落ち着いている。その姿は、寝起きに親に甘える子供そのものだ。 

 

「フフ、甘エン坊ナ子ダナ……。ヨシヨシ」

 

 禰豆子をあやすジョジョを見ていると、炭治郎はどこか懐かしい気持ちになった。

 

(そっか、禰豆子は安心したからずっと眠ってたんだ。不思議だな、姿形は似ても似つかないのに、ジョジョさんを見ていると父さんを思い出す……。禰豆子も同じなんだろうな)

 

 ジョジョと禰豆子の姿に、在りし日の景色を思い出していると……。

 

 

 ──どこからか、あの忌むべき匂いがした。

 

 

「っ!?」

 

 炭治郎が急に立ち上がった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 人酔いしていたときよりも更に顔色が悪い。動悸が上がり、汗が噴き出している。尋常ではない状態だ。

 

「ドウシタンダイ、タンジロー? ……マサカ、鬼ガイルノカイ!?」

「鬼舞辻……無惨……!」

「!?」

 

 それだけ言い残すと、炭治郎は脇目も振らず走り出した。

 

 禰豆子はジョジョから身を離し、肉体から軋むような音を立て、体を14歳程の大きさに変化させた。凄まじい変化速度だ。そして、炭治郎の後を追いかけて行った。

 

「へい、山かけうどんお待ち……ってどこいくんだあんたら!?」

「アッ! ソノウドン貰イマス!」

 

 ジョジョは、店主から自分のうどんを受け取って、炭治郎と禰豆子を追いかけた。

 

「お、おぉぉぉい!? どんぶり持ってくんじゃねぇよ!?」

「ゴメンナサイ! 後デ絶対ニオ返シシマスッ!! アチチ!」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ジョジョは、片手にうどんを持ったまま、炭治郎と禰豆子の後を追う。追いつくにつれて、寒気のようなものを感じた。

 

(何か! 何か恐ろしいことが起きようとしているッ! 波紋探知機で!)

 

ザザザザザザ

 

 うどんに波紋を流し込むと、ダシの波紋が鬼の居場所を指し示す。

 

(いた! タンジロー! ネズコ!)

 

 多くの人が行き交う大通りの中、二人を見つけた。

 

 炭治郎は、黒いペイズリー柄のスーツに白い帽子を付けた青年の肩を掴み、怒りの形相で睨みつけており、青年も炭治郎を睨み返している。

 

(あれが……。キブツジ・ムザン……!)

 

 見事な偽装だ。うどんの探知機がなければ、ジョジョも人間と勘違いしていただろう。だが、探知機が指し示す反応は、間違いなく鬼のそれだ。反応が強すぎて、ダシがこぼれる程だ。熱い。

 

 炭治郎が日輪刀を抜刀しようとするが、彼は躊躇した。

 

 無惨と思わしき男性は、なんと、近くにいた女の子を抱きかかえたのだ。

 

(なんてことだ……。ヤツは人間の振りをして妻と子供がいるんだッ!)

 

 青褪める炭治郎の前で、無惨と呼ばれた男が女性と二言ほど言葉を交わすと、妻子の死角から、すれ違った和装の青年目掛けて爪を立てた! 

 

「!!」

「ナッ!?」

 

「ぐあおおおおおお!!」

 

 ジョジョと炭治郎は驚嘆する。首筋に傷がついた青年は、瞬く間に変貌した。体中から太い血管が浮かび上がり、鋭く生え変わった牙で、傍にいた妻に喰らい付いた! だらだらと涎を垂らし、目の色が赤く変色していく。

 

「やめっ……!」

「キャアアアッ!」

「ムー!」

 

 炭治郎は、鬼と化し妻に襲い掛かる青年を取り押さえようと動き出すが、いち早く禰豆子が駆け抜けた! 

 

「禰豆子!」

「!」

「ガアアアアア!!」

 

 人間を守るように動いた禰豆子が、鬼化した青年を取り押さえた。

 

 すかさず炭治郎は被っていた頭巾を丸めて、青年の口に押し込んだ。

 

(鬼になってしまった青年はタンジローとネズコに任せよう! ぼくは、ぼくに出来ることをやらなくっちゃあならないッ!!)

 

 ──ジョジョが動いた。浅草の人々を守るために。

 

コオオオオオオオオオオオ

 

 再びうどんに波紋の力を流し込む。すると、どんぶりの中のうどんが一直線に固まった。ジョジョは、細長い槍のように様変わりした麺を、無惨目掛けて投擲したッ! 

 

キ ゛ ュキュウ──ン!! 

 

 分厚い鉄の扉に、弾丸が当たったような轟音が辺りに響き渡る! 

 

「キャア────!!」

「銃声だ!!」

「ににに、逃げろぉぉおお!」

 

 波紋が流れ込む特有の音を、銃声と勘違いした浅草の住民達が、一目散に逃げ出す。整備された広い街道だった為、転んだり、踏みつけられる人はいなかった。

 

 喧騒に満ちた街並みは、無惨とその妻子、竈門兄妹、鬼化した青年と妻、ジョジョ、()()()()()()()()()()()だけを残し、無人と化した。

 

「ぐっ!?」

「つ、月彦さん!?」

「おとうさん!?」

 

 月彦と呼ばれた、無惨の姿を見て、妻子が戦慄する。

 

「な、なんだこれは……」

 

 彼の首に、白く細長い槍のようなものが刺さっているのだ。鋼鉄のように硬い。だが、奇妙なことに突き刺さった場所から血が噴き出していない。

 

ド ォ ッ シ ュ ゥ !! 

 

「ぐおぉぉぉぉおおおお!?」

「キャアアアアア!?」

「おとうさーん!」

 

 白い棒から無惨が心底嫌うおぞましい力が流れ込んでくる。

 

「こ、これはまるであの忌々しき太陽のッ……! アガアアアァァァ!!」

「つ、月彦さ……ッ!?」

 

 月彦の妻、麗は、見たこともないほど怒りに満ちた表情の月彦を見て青褪める。顔の周りに夥しい量の血管が浮き出ており、大きく見開いた目は真っ赤に染まり、叫び声をあげる口からは鋭い牙が見える。

 

「ひっ……ば、化け物ッ!?」

「邪魔ダァ!」

「きゃっ!?」

「離れろっ!」

 

 鬼化した青年を禰豆子に任せた炭治郎は、自分が下になって滑り込むようにしてすかさず無惨の妻子を引き離した。

 

「ナイス! タンジロー!」

「はい!」

「おとうさん! 待ってぇ!」

「追いかけちゃだめだ! あいつは危険だ!」

「グガァァァァァ!! 熱い! 熱いぞ!」

 

 月彦と呼ばれた男、無惨は、悶絶しながら凄まじい速度で浅草を駆けていく。

 

(ムザンは超スピードで逃げた。あの様子なら、何者にも目をくれず、人のいない場所まで逃げ出すだろう。あの女性と女の子がムザンを追いかけてしまうのも、タンジローが食い止めてくれた。二人が追いつくこともない。これで被害は食い止められた筈だ……)

 

 ジョジョは、冷静に状況を分析し、一先ず浅草の人間が脅威に晒される危機は脱したと判断する。

 

(キブツジ・ムザン、なんてヤツだ! 無関係な人間を何の躊躇もなしに……!)

 

 ジョジョは、無関係の人間を平気で巻き添えにする無惨の所業に怒りが隠せない。

 

 無惨に不意打ちを仕掛けたのには理由があった。あの男の傍から少しでも皆を遠ざける為、あえて轟音が響く波紋の攻撃を無惨にけしかけた。無惨が街の往来で躊躇なく犯した所業を見て決断したのだ。結果、無惨のせいで傷ついた夫婦を除き、怪我人は一人も出なかった。竈門兄妹とジョナサン・ジョースターの見事な連携の賜物である。

 

(あのレディー達には気の毒なことを……。それに、食べ物であんなことをしてしまった。ごめんなさい、父さん。うどん屋のおじさん……)

 

 水分を多量に含んだ麺が、波紋との相性抜群だったとはいえ、自分の為に心をこめて拵えてくれたうどんを粗末に扱ったことに心底悔やむ。それに、必要なことだったとは言え、あの女性と女の子は心に深い傷を負ってしまったことだろう。

 

「鬼舞辻無惨!! 俺はお前を逃がさない! どこへ行こうと!!」

 

 逃げ出している無惨は、声の主を見る。見覚えのある耳飾り(トラウマ)を見て、更に怒りがこみ上げた。だが、状況が悪すぎると決断した無惨は、そのまま裏通りに入っていった。

 

「地獄の果てまで追いかけて! 必ずお前の頸に刃を振るう!! 絶対にお前を! 許さない!!」

 

 炭治郎は姿を消した無惨めがけて叫ぶ。お前を必ず倒すという誓いの叫びだ。

 

(タンジロー……。ぼくならムザンを追いかけられる。だが……)

 

 ジョジョは、禰豆子に押さえつけられている青年の下へ駆けつける。

 

(今は彼をなんとかしなくては!) 

 

 頭巾で口を塞がれた青年は、うつ伏せに取り押さえられている。うなじには、三本線の切り傷がついており、血が流れている。

 

(占めたッ! 傷が治っていない! イコール、完全に鬼化した訳ではないッ!)

 

「ジョジョさん!」

「タンジロー! コノ人治セルカモシレナイ! ヤッテミル!」

「本当ですか!? 頼みますっ!!」

 

(ぼくは、体内に侵入しようとした吸血鬼の血を波紋の力で押し出したことがある……。それと同じことをこの人の体で行えば……!)

 

 淡く光ったジョジョの手が、青年のうなじを触れる。

 

 その直後、こちらに向かう二人分の足音が聞こえた。

 

「銃声があったのはここか! ……貴様ら! 何をしている!?」

「酔っ払いか!? 離れろ!!」

 

 黒い警帽に黒い制服、警察だ。

 

(まずいっ! 波紋の音を聞きつけて警察が来た! このままでは波紋の呼吸が乱されてしまう!)

 

 他人に干渉する波紋の力はかなりの集中力を要する。このままでは、青年の治療ができなくなってしまう。

 

「異人と女性が青年を押さえつけているぞ!」

「引き剥がせ!」

 

 警察が、ジョジョを青年から引き離そうとする。

 

「やめてくれ! ジョジョさんは治療をしているんだ!!」

「なんだお前は!」

「邪魔をするな少年!」

 

 無惨の妻子を離した炭治郎は、警察を食い止めようとする。このままでは青年が手遅れになってしまう。

 

(どうしたら……。このままじゃこの人が……!)

 

 

 ──惑血 視覚夢幻の香 

 

 

「!?」

「コレハ、花ガトンデイル!?」

 

 膨大な数の色鮮やかな花々が乱れ飛ぶ。緊急事態でなければ、じっくりと眺めていたであろう絶景だ。警察達は視界を防がれて身動きが取れなくなった。

 

「さあ、今の内に」

「ドナタカ分カリマセンガ、アリガトウゴザイマス!」

 

 紺色に赤い花の刺繍が施された和服の女性が現れた。その後に続くよう、グレーのシャツに白と青の袴を着た青年が現れる。何者だろうか。

 

「あなたは……あなたの匂いは……」

 

 炭治郎は、現れた人物の匂いから正体を察する。彼女と、後ろの男性は……。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 先ほどまで、鋭い鉄針のようだった白い棒は、くたりと折れ曲がっている。水でふやけているかのようだ。

 

「これは……!?」

 

 無惨は、首筋に刺さった白い棒の正体を認識した瞬間、はらわたが煮えくり返った。

 

「う、う、う、うどんだとォ!! ふざけているのかぁ!? この私がこんなものでぇぇ!!」

 

 怒りに身を任せ、麺を握りつぶし、辺りに汁が飛び散る。

 

 無惨の体内には心臓が七つ、脳が五つ存在する。人体で言うところの急所を破壊されても、死なないように用意したスペアである。

 

 首に刺さったうどんの秘めたるエネルギーは、下半身に収納している心臓と脳まで及ばなかった。その為、致命傷には至らない。だが、無惨の中に流れ込んだ、太陽に酷似した力は、無惨の体に絶大なダメージをもたらした。

 

「ぐぅ……。ぐおぉぉぉアアア……。熱い! 熱いィ……! 許さぬ、これほどの屈辱、あの忌々しき耳飾りの男に匹敵する……!」

 

 うどんで迎撃してくる男なぞ、1000年の時を生きた無惨でも生まれて初めてだ。あの腹に据えかねる男の顔を思い出す。洋服に紺色の羽織を纏った黒い髪の異人。恐らく、国内で頻繁に見かけるようになった英吉利(エゲレス)人だろう。

 

 無惨がバチンと指を鳴らすと、男女二人組の鬼がスッと現れた。

 

「なんなりと」

「花札のような耳飾りを付けた鬼狩りと、エゲレス人を殺せェ! 下弦を呼ぶ! そいつと一緒にやれ! やらねば殺す!」

「ぎょ、御意ッ!」

 

 無惨の手下が、慌てて去っていった。

 

「くそ! ぐうぅ……」

 

 裏通りに一人佇む無惨は、何もない空間から突如現れた襖へ、体を蝕む堪え難き激痛と共にその姿を消した。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「なんだったんだぁ? さっきの音。ヒック」

「やっちゃん、あれ銃声っぽかったよ……。あんた、怖いわぁ」

「はっ、豆鉄砲如き、俺がなんとかしてやらぁ」

「あんたぁ、素敵!」

「ケッ、お熱いこって……ヒック」

 

 あんたと呼ばれた丸坊主の偉丈夫とその嫁は、銃声にかこつけてイチャついている。やっちゃんと呼ばれた長髪の男がほろ酔い気分で兄夫婦に悪態を吐いていると、仕立てのいい洋装の男性が、豪風の如き凄まじい速度で駆け抜けていった。

 

「うおお!? あっぶねぇな、あいつ。ヒック。血相変えて走ってらぁ、足速ッ! ヒック……」

 

 気を取り直し、暫く歩いて長い通りを抜けると、茫然と突っ立っている女がいた。

 

「あなた……」

「おとうさん……」

 

 さっき走っていった野郎の方向を悲しそうな表情で見つめる、これまた仕立てのいい洋装の女だ。子供らしき女の子を抱っこしている。

 

「ねぇ、あんた達大丈夫かい? 随分顔色悪いけど……」

「あん? お前らもしかしてさっき走ってたヤツの知り合いか?」

「……」

「おかあさん、おとうさんどうしたの……?」

 

 その様子を見て、丸坊主の嫁はピンときた。

 

「ははーん、さっきの男が旦那と見た。あんたら逃げられたのね」

「おいおいおい、ひっでえなぁ。こんな小さい子がいるのによぉ……」

 

 坊主頭の偉丈夫は洋装の男が駆け抜けた先を不快そうに見つめる。

 

「あ、あの」

「はっはっは、身なりは良いのに、男を見る目がねーなぁ、ヒック。辛気くせぇ顔見たらせっかくのいい気分が台無しだぁ。ヒック」

「えーっと……」

「責任取って一緒に呑めよぉ! おごってやっからよ! 呑めなきゃ食えっ! 嬢ちゃんは甘いもんでも食えッ!」

「ぐすっ……。おかあさーん……」

「あー泣かないでお嬢ちゃん。やっちゃん酒癖悪いのよ。そんな酔っぱらってんのにまーだ呑むの? あんた、どうする?」

「付き合ってやろうぜ。ったく、世話のかかる弟だ」

「あの……」

「いいからいいから、諦めなさい。あの野郎の必死な顔、ありゃ二度と戻ってこないよ。可哀相にねぇ、こんなに可愛らしい女の子こさえといて逃げられるなんてさ……」

「は、はぁ……」

 

 その後、服装に統一感のない五人組の男女と女の子が、居酒屋を梯子してる姿が目撃されたという。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

無惨が何処かへ消えた後、麗さんと女の子は実家に帰ったぞ。後、友達ができたらしいよ。


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自滅の刃

仕事の合間を縫って投稿。短めだけど許してクレメンス……。


珠世(たまよ)と申します。その子は愈史郎(ゆしろう)

 

 舞い踊る花の嵐の中、ジョジョと炭治郎の前に現れた女性はそう名乗った。

 

「一つだけお聞かせください。そのお方をどのように治療されるのですか?」

「鬼ノ血ヲ、ボクノ波紋ノ(チカラ)デ抽出シマス」

「!?」

 

 ジョジョの言葉に、珠世は口元を押さえてひどく驚いた表情を浮かべる。慌てたような、それでいて喜色のある顔だ。愈史郎は、珠世の顔を見て幸せそうにしている。すると珠世は、おもむろに着物の裾からガラス製の試験管を取り出した。

 

「でしたら、この中に抽出した血液を入れていただけませんか?」

「ヤッテミマス」

 

 ジョジョは即座に承諾し、鬼化した青年の治療を再開した。フゥと軽く息を吐き出し、青年の横腹を光る腕でグッと握り締める。そこから、両手の人差し指と中指で、横腹から横胸、肩、首を沿って傷のついたうなじまで移動する。

 

「シッ!」

 

 両側からうなじを強く押さえた。すると、傷口から少量の血液が綺麗な放物線を描いて飛び出す。ジョジョの指に誘導されるような軌跡で、血液は珠世の持つ試験管へ一滴残らず正確に入っていった。

 

 だが、試験管に入っている血液は、飛び出した量よりも明らかに減っている。ジョジョは波紋の力加減に注意はしたものの、大半が消滅してしまったのだ。

 

「スミマセン、ホンノチョッピリシカ……」

「いえ、充分です」

 

 血を抽出された青年は、気を失っている。目を閉じる直前、目の色が白に戻っているのを炭治郎は確認した。

 

「良かった……。よくやった、偉いぞ禰豆子」

 

 穏やかな表情で寝息を立てている姿を見て安心した炭治郎は青年の口から頭巾を取り出した。涎まみれになっていたが、ジョジョがすぐさま波紋の力で頭巾の水分を地に捨ててくれた。気遣いは紳士の嗜みである。

 

 炭治郎は禰豆子の頭を撫でた。禰豆子は心なしかドヤ顔だ。

 

 最終的に、試験管の中には親指の先程の血液が残った。珠世は、試験管にコルクで栓をし、入った血液に目線を合わせ軽く揺らす。試験管を裾の中にしまうと、珠世は深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

「ドウイタシマシテ」

「あなた達は、鬼となったものにも"人"という言葉を使ってくださるのですね。そして、彼を助け出してくれた」

「勿論デス」

 

 ジョジョの言葉に、炭治郎はうんうんと頷く。仮令(たとえ)鬼であろうとも、人の心が残っている限り、それは人なのである。ジョジョと炭治郎の共通認識だ。無論、目の前にいる()()()()も例外ではない

 

「ならば私もあなたを手助けしましょう。貴方たちは既にお気づきのようですが、私達は鬼でもあり、医者でもあります。そして、あの男、鬼舞辻を抹殺したいと思っている」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ジョジョと竈門兄妹は、珠世の血鬼術が効力を失う前に、騒ぎのあった場所を離れた。青年夫婦は珠世達の預かりとなっている。後ほど、愈史郎と合流して珠世の拠点に案内してもらう予定だ。血鬼術で目くらましの術を掛けているため、三人だけではたどり着けないらしい。

 

 珠世たちと会う前に、ジョジョはうどん屋の店主にどんぶりを返却した。勿論、返却する前に残ったツユを一滴残らず飲み干した。旨かった。

 

 うどんを食べ損ねていた炭治郎と、うどんを無惨に持っていかれたジョジョは、改めて御馳走になってからうどん屋を去ることになった。

 

 食べることができない禰豆子の分も出されてしまったので、ジョジョと炭治郎は半分こして食べた。ジョジョが、えらくうどんを気に入っていたので分けたのだ。すごく旨かった。

 

「麺ヲ(スス)ッテモイイダナンテ、面白イマナーダネ」

「え、啜らずにどうやって食べるんですか?」

「コウ、フォークデクルクル巻イテ……」

「へぇー、槍で巻くなんて器用だな」

「……槍?」

 

 夜は続く。木製の日本家屋が立ち並ぶ住宅街を歩き、目的地に到着した。建物の傍に愈史郎がいる。無事に合流できた。

 

 しかし、愈史郎は不機嫌な表情でこちらを眺めながら、禰豆子を指差した。

 

「鬼じゃないかその女は、しかも"醜女"だ」

 

 炭治郎は、とぼけたような表情で愈史郎の一言を反芻する。言葉の意味は分かるが、言っている意味が分からなかったのだ。

 

(しこめ……。しこめ? 醜いってことか? 誰が?)

「……タンジロー、"シコメ"ッテナンダイ?」

「えーっと、可愛くない女性って意味ですが……」

 

 そう言ったところで、二人は驚愕の表情で顔を見合わせた。

 

「醜女のはずがないだろう!! よく見てみろ! この顔立ちを! 町でも評判の美人だったぞ禰豆子は!」

「ソウダヨ! ボクハコンナニ綺麗ナ女ノ子、エリナシカ知ラナイッ!! 年頃ノ女ノ子ニ、ナンテコトヲ言ウンダッ!!」

 

 英国紳士を目指すジョジョにとって、到底看過できない発言だ。炭治郎と、さらっと惚気たジョジョは怒り心頭である。愈史郎は構わず目的地を目指し、三人もその後に続くが、愈史郎への抗議は終わらない。

 

「女ノ子ニソンナコトバカリ言ッテイルト! 言ワレテナイ女性ダッテ傷ツクコトガアルンダゾ! 君ノ愛スル人ガ悲シンダラ、君ダッテ嫌ダロウ!?」

「ジョジョさんの言う通りだぞ! そうなったら()()()()()に嫌われるかもしれないじゃないか!! だいたい醜女は違うだろ絶対!」

「!」

 

 炭治郎の一言は、逆に愈史郎の逆鱗に触れた! 

 

()()()はそんなことで俺を嫌わないッ!」

 

 

 ──静寂。

 

 

「え?」

 

 どこかから鎹鴉の鳴き声が聞こえた。

 

「……」

「……」

「ムー」

「……?」

 

 炭治郎は眉間にしわを寄せながら首を傾げた。何故そこで珠世の名が出たのか分からなかったからだ。炭治郎が苦しんでいると勘違いした禰豆子が、炭治郎の頭を撫でた。さっきのお返しである。

 

「……ジョジョさん、なんで急に珠世さんのことが?」

 

 撫でられたままの炭治郎はジョジョに尋ねた。

 

 ジョジョは、苦笑いしながら首を横に振った。

 

「ソットシテアゲルンダヨ、タンジロー」

「?」

「うう……」

 

 愈史郎は、顔を赤くし大人しくなった。しかし拠点を目指すその足は急加速している。

 

 炭治郎は、よく分からないまま、珠世の拠点を目指すこととなった。

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

サブタイトルについてる"Demon Slayer"は、海外版"鬼滅の刃"のタイトルだぞ!


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その輸血の運命

火曜日から我がスタンド『有給休暇』の能力が発動するので更新頻度が上がります


 妙にしおらしくなった愈史郎と共に、竈門兄妹とジョジョが珠世の拠点に到着した。二階建て、和洋折半の木造建築だ。窓は遮光されており、入口の上に目を象った御札がピンで固定してある。あれが人避けの血鬼術だろうか。

 

「お邪魔します!」

「オ邪魔シマス」

「も、戻りました……」

「おかえりなさい。あら、愈史郎、具合が悪いの?」

「いえ、大丈夫です……」

「……?」

 

 珠世は洋式の背もたれ付き木製椅子に座っている。着物の上から医療用に白い割烹着を着用していた。その姿を見た愈史郎はちょっと元気になった。

 

 傍らにある患者用のベッドで、鬼化した青年に襲われた妻が眠っている。

 

「あっ、大丈夫でしたか。お任せしてしまいすみません」

「この方は大丈夫ですよ」

 

 炭治郎は、患者の治療で取り込み中だと判断したが、問題ないらしい。

 

「竈門炭治郎です。こっちは妹の禰豆子」

「ジョナサン・ジョースタート申シマス」

 

 改めて、二人は自己紹介をする。名乗る前に別行動となったからだ。

 

「あの、珠世さん。鬼になってしまった人は……」

「ご主人は別室で寝かせています。もう血肉に飢えることもありません。後は私の方で処置をすれば人としての生活に戻れるでしょう。(ひとえ)に、ジョースターさんのおかげです」

「ソレハヨカッタ……」

「本当に良かったです。流石ジョジョさんだ!」

「君達コソ。二人ガイナカッタラモット怪我人ガ増エテイタヨ」

 

 お互いの健闘を称え、場所を畳部屋に移す。禰豆子は8歳程の肉体に変化し、畳をごろごろ転がっている。それはさておき、珠世には聞きたいことがたくさんある。

 

 炭治郎とジョジョが珠世から話を伺う。彼女は、人を喰らうことなく生活できるよう、無惨の影響を受けないよう、自身の体を改造しているそうだ。

 

 愈史郎は、人命救助のため本人承諾の下で珠世が鬼にした。200年以上かかったそうで、二人は少量の血液で生きていけると言う。

 

 驚いた拍子に珠世の年を聞こうとした炭治郎が愈史郎にしばかれた。珠世に窘められ、愈史郎は威勢よく返事をした。何故怒られて元気になっているのか炭治郎には分からなかった。

 

「タンジロー、レディーノ年齢ヲ聞イタラ失礼ダヨ」

「うう、気を付けます。ゲホ」

 

 血液は、近隣住民からお金で買い取って確保しているそうだ。ゴロゴロするのに飽きた禰豆子が、胡坐で座るジョジョの足にのしかかってきた。

 

「ヨシヨシ」

「ムー」

 

「輸血……。血液を買い取ってるんですか」

「勿論、彼らの体に支障が出ない量です」

 

 珠世の話を聞いて、禰豆子をあやしていたジョジョが何か考え込み始めた。構ってくれなくなったことに不満気な禰豆子がジョジョの頬を手でペチペチしていると、ジョジョが顔を上げた。何かを思い出したようだ。空振った手は禰豆子のおでこに当たった。

 

「こら、禰豆子。ジョジョさんの顔を叩いたらダメじゃないか」

「気ニシナイデ。ソレヨリ、思イ出シタンダ。輸血、聞イタコトガアル」

「知っているんですか?」

「ウン。昔、祖国ノ医者ガ人カラ人ニ血ヲ移ス治療ヲ試ミタコトガアッタンダ。余リ成功シナカッタミタイダケド……」

「ブランデル医師のことですね。それは恐らく、血液型が合っていなかったのでしょう。血液には種類があります。もし、同じ種類の血液でなかった場合、拒絶反応によって死亡することもありますから」

「ソウダッタンデスカ」

「へぇー……」

 

 二人は、また一つ賢くなった。炭治郎は若干眩暈を覚えているが。

 

 後にこの知識が鬼殺隊に広まり、とある関係者が研究した結果、隊士の生存率が大きく向上することとなるのだがこの時は知る由もなかった。

 

「ぐー……」

「ああ、禰豆子、そんなとこで寝たらジョジョさんが動けないぞ」

「フフ、構ワナイヨ。オ話ガ退屈ダッタノカナ? ネズコ」

 

 禰豆子はジョジョの胡坐の上で寝息を立て始める。

 

(全く、禰豆子はジョジョさんに会ってからすっかり甘えん坊になってしまったなぁ……)

 

 炭治郎は、禰豆子を優しく見つめた後、珠世から一番聞きたかった情報を尋ねた。

 

「珠世さん、禰豆子を人に戻す方法はありますか? 鬼になってから何年か経ってるんですけど……」

「ボクモ、非常ニ気ニナリマス」

 

 二人は、固唾を呑んで珠世の答えを待つ。

 

「あります」

 

「!」

 

「ただ、今の時点では鬼を人に戻すことはできない。私たちは必ず、その治療法を確立させたいと思っています。ジョースターさんのおかげで、鬼舞辻の血液を採取することができました。そう遠くないうちに、禰豆子さんを人間へ戻すことができるでしょう」

「オオ……!」

 

 ジョジョと炭治郎は、喜色満面になる。

 

(禰豆子……)

 

 寝息を立てる禰豆子の手を、炭治郎がそっと握ると、両手で握り返してきた。

 

「キブツジノ血……。ムザンノ血液ガ特効薬ニナルト言ウコトデスカ?」

「仰る通りです。ですので、あなた達にお願いしたいことがあります」

「引キ受ケマス」

「俺もできることがあれば!」

 

 禰豆子の治療に希望が湧いてきた為か、二人はやる気満々である。

 

 珠世のお願いは極々単純だった。禰豆子の血を調べさせてほしいこと。引き続き鬼からも血液を採取してほしいことだった。

 

「研究ッテ、種類ヲ問ワズ標本(サンプル)ガタクサン必要デスカラネ……」

「はい……」

「?」

 

 そう言って、ジョジョは考古学を専攻していた大学時代へ思いを馳せる。炭治郎にはよく分からなかった。だが一つだけ炭治郎にも理解できたことがある。

 

「それなら、禰豆子だけじゃなく、もっとたくさんの人が助かりますよね?」

「……そうね」

 

 珠世は優しく微笑む。炭治郎がドキっとしていると、愈史郎が睨みつけてきた。変なところで鋭い男である。

 

「そして、もう一つお願いがあります。ジョースターさん、あなたの血も調べさせてほしいのです」

「ボクデスカ?」

「あなたの"波紋の呼吸"は太陽に近い力だけでなく、生命そのものにも大きな影響を与えているように見受けます。ですので、貴方の血液も何かしら研究に役立つ可能性が高い。私の予想が正しければ、研究次第で鬼への有効な対策になるでしょう」

「ソウイウコトナラ、喜ンデ」

「太陽に限りなく近いということは、恐らく血鬼術も……」

 

「!?」

 

 珠世がそう言いかけていると、愈史郎が何かに気づいた。

 

「ふせろ!!」

 

 愈史郎が叫ぶと同時に、轟音が響く! 

 

 人の頭より小さいぐらいの謎の球体が、部屋の壁をぶち破ったのだ! 球体には幾何学的な花の紋様が入っている。毬だ。所狭しと跳ね回る毬が、天井、壁、畳、扉と縦横無尽に破壊していく。さながら鉄球のようだった。

 

 愈史郎は珠世を庇い、炭治郎は禰豆子を庇う。ジョジョは毬の軌道を見極め、全員が避けたことを確認しながら、やり過ごした。

 

(毬……!?)

「くっ……。鬼舞辻の手下か!?」

 

 大穴が開いた壁の向こう側には、女の鬼がいた。

 

 髪は黒。首のあたりでざんばらに切っており、末端部分が赤い。(だいだい)色の着物に無地の真っ黒な羽織姿だ。両手には先ほど投げたものと同じ毬を持っている。攻撃の主と見て間違いない。

 

「タンジロー、気ヲ付ケテ! モウ一人鬼ガイル!」

「はい!」

「ちっ、見つかってしまったのう、じゃが……」

 

 ジョジョが見つけたのは男の鬼だった。黒く坊主に近い短髪で、黄色い着物。肩に黄色い線の入った黒い羽織、大粒の数珠に似た首飾りを身に着けている。常に目を閉じており、その両手からは瞳が矢印型になった目をギョロリと覗かせている。

 

矢琶羽(やはば)、見つかるとは間抜けじゃのう、キャハハ!」

朱紗丸(すさまる)、言うとる場合か! やるぞ」

 

 女の鬼は朱紗丸、男の鬼は矢琶羽と言う名のようだ。

 

「キャハハ! 耳飾りの男とえげれす人。お前らじゃ!」

「俺とジョジョさんを狙って……!?」

 

 朱紗丸が、突いていた毬をジョジョ達目掛けて投擲した! 跳ねた毬を再び避けるが、突如奇怪なことが起こる! 

 

「コレハッ!?」

 

 毬が突如として軌道を変えた。物理学的にありえぬ、不自然な挙動で愈史郎の顔面に迫ったのだ! 

 

「危ナイッ!」

「愈史郎さん!!」

 

 この破壊力では当たってしまえばひとたまりもないだろう。 

 

(だめだっ! 間に合わない!)

 

 炭治郎は、今から起こるであろう惨事に顔を顰める。庇おうにも愈史郎と自分、ジョジョの距離では何かする前に直撃してしまう。

 

 

 ──だが、そうはならなかった! 

 

 

「ズームパンチッ!!」

 

 

ググ────────ン

 

 

ドゴォッ!! 

 

 

「何?」

「なんじゃとぉ!?」

 

 ジョジョの腕が伸びた! 伸びた拳が、愈史郎に迫る毬を弾き飛ばした! 

 

(まさか伸びる腕に助けられるとは……!)

(あれは……。関節を外したのね……)

(これは! ジョジョさんが道中説明してくれた技……)

 

 ズームパンチ! 関節を外し、腕を伸ばして相手を迎撃する、ジョジョの得意技! 関節を外した痛みは波紋で和らげている。元々大きな体格を持つジョジョの放つズームパンチは、圧倒的なリーチを誇るッ!

 

「……今の内に! 禰豆子!! 奥で眠っている女の人と男の人を外の安全な所へ運んでくれ!!」

 

 体を大きくした禰豆子が患者の眠る部屋へ走り去っていった。

 

「チッ、一発弾いたぐらいで……。なんじゃとっ!?」

 

 朱紗丸は再び驚く。

 

「毬が、溶けとる……」

「ぬう、これは」

 

 ジョジョに殴られた毬が、シュウシュウと音を立てて消滅したのだ。血鬼術を消し去られた。朱紗丸と矢琶羽は見たことも聞いたこともない奇術に怯んだ。

 

「ジョースターさん。やはり、貴方の波紋の力は、血鬼術を消滅させることができる。それと、私達は鬼です。守っていただかなくて大丈夫」

「珠世様には俺がいる! お前は目の前の敵に集中しろ!」

「分カリマシタ!」

 

(そうか! 血鬼術も太陽に弱いのか! だから、ジョジョさんの波紋の力であの毬が消滅した! あの時、地面に潜る鬼が飛び出した理由は、苦しいからだけじゃなかったんだ!)

 

 となればこちらが有利だ。

 

「行くぞ!」

「チィッ! ならばもう一度毬を作れば良いだけのことじゃ! この十二鬼月である私に殺されることを光栄に思うがいい!」

「十二鬼月?」

「鬼舞辻直属の配下です!」

「直属……。手強ソウダ……。ダガ、ソレデモ立チ向カウマデッ!」

 

 炭治郎とジョジョが二人並んで戦闘態勢を取る。

 

 朱紗丸が着物をはだけ、胸のサラシが露わになる。メキメキと音を立て、全身の血管が沸騰するように脈打つと、腕が生えた。六本に増えた腕から血鬼術の毬を生成すると、ここからが本番だと言わんばかりに、腕を振りかぶった。

 

 

 

 ──嘘はよくないな、朱紗丸

 

 

 

「ッ!?」

「おぬし、いえ、貴方は……」

「ッ……!? 新手の鬼ッ!」

 

 鬼が一人増えた。ジョジョと炭治郎は新たな鬼を警戒する。

 

 陰から現れたのは、縦線の入った黄色い着物を着た、矢琶羽に似た髪型の鬼だった。顔は痩せ気味で、目つきが鋭く、瞳孔は小さい。額と頬にバツ印の傷跡、とがった耳には円形のピアスが二つずつ付いており、首に白い布を巻いている。

 

「お前は十二鬼月ではないだろう。俺を差し置いて名乗るとはどういう了見だ?」

「も、申し訳ありません……」

 

 矢琶羽と朱紗丸が頭を下げ、鬼に道を譲る。現れた鬼が二人よりも格上であることは火を見るより明らかであった。

 

(空気が重い。毬を投げてきた鬼よりも更に濁った匂い……。喉が焼け付くような……。体が重たくなったみたいだ。ヤツはいったい……!)

 

 炭治郎の体から冷や汗が止まらない。息は荒くなり、剣を持つ手が震える。確信する。この鬼は、今まで戦ってきたどんな相手よりも遥かに強い。

 

(勝てるのか……。俺は……。弱気になったらダメだ! やるしかない!)

 

 左目の小さな瞳孔には縦書きで"下参"と刻まれていた。

 

「俺は病葉(わくらば)。十二鬼月だ」

 

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

 輸血の概念が国内に入ってきたのは大正八年・西暦1919年と言われているよ!

 輸血法が一般に大きく知られることとなるのは、それより更に後の昭和五年・西暦1930年頃。当時の首相が暴漢の発砲で大怪我を負って、輸血によって一命をとりとめたのがきっかけと言われているらしいぞ!炭治郎が初耳な訳です。

 ちなみに、珠世様が知ってるのは我流で身に着けたからです。たぶん

 次回、病葉(わくらば)死す! お楽しみに!


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鬼ごっこ

 炭治郎は息を荒げ、一歩後ずさりをする。あの二人の鬼も相当な手練れなのに、更にもう一人、凄まじい気配を纏う鬼が現れたのだ。気圧されてしまう。

 

「あのエゲレス人は俺がやる。お前らは耳飾りの方と逃れ者共をやれ」

 

 ジョジョ達を睨みつけたまま病葉(わくらば)が指示を出すと、朱紗丸と矢琶羽が前に出る。強力な助っ人の登場もあってか、二人は不敵な笑みを浮かべている。

 

「キャハハッ! 下弦の参とは、お前もついてないのう! エゲレス人!」

「ははは、それはもう残酷に殺されようぞ」

 

(ジョジョさん……!)

 

 あの恐ろしき鬼の狙いはジョジョだ。

 

「イイダロウ、貴様ハボクガ相手ダ」

 

 ジョジョは前に一歩進み出る。その闘志には、寸分の揺るぎも無い。病葉を真っすぐに見据えている。

 

「改めて名乗ろう。俺は病葉。名はなんだ、エゲレス人」

「ジョナサン」

 

 姓を名乗らなかったのは、身内に害が及ばないようにするためである。

 

(ジョジョさんも、この重圧を感じている筈。それなのに貴方は……)

 

 炭治郎は、『勇気』を目の当たりにした。恐怖を認め、()つ者に宿る、黄金の魂を。

 

「ジョナサン……。ついてこい」

 

 病葉が敷地を囲う壁に飛び乗った。

 

「!」 

「俺を捕らえてみろ。さもなくば、この街の人間を縊り殺してくれる」

 

 病葉はそう言って舌なめずりすると、壁の向こう側へ消えた。

 

「クッ、分断スルツモリカ!」

 

 あの鬼は街の人間を狙うと言った。追うしかない。まだ二人の鬼が炭治郎達を狙っている。これで、別行動を取らざるを得なくなった。

 

「タンジロー」

 

 去り際に、炭治郎の方を見る。

 

「頼ンダヨ」

「!」

 

 そう言って、ジョジョは鬼を追っていった。

 

()()()()()! 鬼舞辻は配下の鬼と視界が共有できます! 気を付けてください!」

 

 珠世が病葉とジョジョが消えた先へと声を出す。ジョジョの意を汲んで、呼び名はジョースターからジョナサンに変えている。

 

「……」

 

 炭治郎は、ジョジョの言葉を思い返す。あの人は託したのだ。すぐに理解できた。炭治郎なら朱紗丸と矢琶羽を相手に戦えると、心から信じていた。信じてくれた。自分はあの十二鬼月相手に身が竦んでいたと言うのに、一寸も疑っていない匂いだった。

 

「……はいっ!」

 

 返事がジョジョの耳に届いたかは分からない。これは誓いの言葉だ。

 

 炭治郎の心に『勇気』が宿る。体の震えはピタリと止まった。怯えている場合ではない! 

 

(そうだ、奮い立つんだ! ジョジョさんはあんなにも恐ろしい鬼を相手に敢然と立ち向かおうとしている! そんな人が、俺にこの場所を任せたんだ。奮い立たねばどうする! もうすぐ禰豆子は人間に戻れるんだ! やるんだ、炭治郎ッ!)

 

 士気が漲る炭治郎の横に、夫婦の避難を終えた禰豆子が戻ってきた。二人の鬼を相手に爪を立て、鋭く睨みつける。

 

 もう大丈夫だ。戦える。炭治郎は黒い日輪刀を構え、朱紗丸と矢琶羽を真っすぐ見据えた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 病葉は、街を飛び、屋根を飛び、樹を飛び越え疾走し、後方を追走するジョナサンの様子を窺う。

 

 やつを追わせているのには、いくつかの狙いがあった。

 

 一つは、仲間と分断すること。朱紗丸と矢琶羽で総がかりすると、ジョナサンに二人が瞬殺されてしまう可能性があったからだ。気配から、ジョナサン以外は大したことがないと判断し、二人に任せた。

 

 もう一つは、ジョナサンの能力を探ること。幸い朱紗丸のおかげで、能力が垣間見えた。朱紗丸の血鬼術を溶かしたあの技だ。あれこそが能力の片鱗だろう。

 

 だが、その片鱗ですら鬼にとって絶望を叩きつけられる代物だ。自らも最強と信じて疑わない鬼の首魁ですら、手傷を負わせた能力。

 

(無惨様は忌々しき太陽の力を操ると仰っていたが、そういうことか。詳細を尋ねたら何故か半殺しにされてしまったため要領を得なかったが……。とにかくヤツは、体から太陽の力を放出することができるようだな。なんて恐ろしい……。しかも、それを差し引いても……)  

 

 ジョナサンの気配を探れば探る程悟ってしまう。

 

 上司から更に血を分け与えられのたうち回る程苦しんだが、その甲斐あって、今の自分は下弦の壱、やもすれば上弦にさえ届きうるという絶対的自信があった。それなのに。

 

(勝てる気がしない……)

 

 とんでもない化け物だ。

 

 相手の気配を探る能力も鋭敏になった結果、そこから見えた相手は、止まることを知らぬ重機関車のようだった。生身の人間と重機関車。それぐらいの差がある。自分は鬼だと言うのに、追われる側とはどういうことか。

 

 追わねば人間を殺すと言ったのはハッタリだ。あんなのに追われた状態で、人間に構っている暇なんざどこにもない。士気を下げさせないために振舞った自分を褒めてやりたいぐらいだ。

 

(冷静になれ病葉……。このまま逃げ帰ったところで、無惨様に殺されるだけだ)

 

 前門のジョナサン。後門の無惨。せっかく十二鬼月になれたのに、なんたる仕打ちだろう。

 

 ジョナサンから更に距離を取った。あの伸びる腕で殴られでもしたらと思うとぞっとする。

 

(なるべく、ヤツの能力を探り出そう。血鬼術を使ったところで無効化されてしまうから、実質不意が撃てる一発しか狙えない。それで仕留めきれねば、ヤツの力、速さ、技術、なんだっていい、探るだけ探ってから帰還する。情報を得れば、無惨様もお許し下さるかもしれない……。最早それに賭けるしかない!)

 

 病葉は、極めて後ろ向きな決意をする! 命を落とさない為に! 

 

 

 

『鬼舞辻は配下の鬼と視界が共有できます! 気を付けてください!』

 

 珠世の言葉を思い出す。あの黄色い着物の鬼は、自分の様子をしきりに窺いながら距離を取り続けている。非常に素早く、相手が逃げに徹していると追いつけそうにない。

 

(間違いない。あの鬼の狙いは、ぼくに波紋の力を使わせて、ムザンに見せることだ)

 

 手を打てば打つだけ、無惨は対策を取ってくる筈だ。そうなれば、いずれ相対するであろう更なる強敵相手に苦戦は免れないだろう。

 

(それなら、ムザン相手にやったのと同じようにすればいい。相手は逃げに徹している。だが、距離を取れば誰かが犠牲になる! 何かすぐに拾えて投擲できるものを!)

 

 ジョジョは、相手を追いかけながら、手ごろなものがないか探し出した。

 

 

 

 病葉は、長屋の屋根を駆け抜ける。

 

(ジョナサン。何を企んでいる……?)

 

 病葉と同じく、屋根を走りながら周囲を見ている。何かを探している様子だ。

 

「なに?」

 

 ジョナサンは、走りながら足元を見るや、突然、駆け抜け様に屋根の瓦を掬い取るよう何枚も引っぺがした。一枚30㎝×30㎝程の大きさだろうか。人間相手ならそれなりの威力にはなるだろうが、逃げに徹する自分相手ではちょっとした足止め程度だ。

 

(馬鹿な、屋根瓦ごときで……!?)

 

コオオオオオオオオオオオ

 

 朱紗丸の毬を殴り飛ばした時の奇妙な呼吸を見せた。

 

(腕が光っている。あれは毬を弾いた時の……。瓦がバチバチと。まずいっ!?)

 

 気配が告げる。あのバチバチした屋根瓦に当たったら自分は死ぬ。確実に消し飛ぶ。冷や汗を流していると、病葉目掛け屋根瓦が超高速ですっ飛んできた! 

 

シュゴォーッ!! 

 

「うおわぁぁぁぁぁ!?」

 

 首を大きく動かし辛うじて避けた。だが、ジョナサンは屋根瓦を何枚も脇に抱えている。まだまだ弾は尽きない。

 

(こ、これだ! 無惨様に手傷を負わせた攻撃! あいつは物に太陽の力を入れることもできるのか! 無惨様も、何らかの投擲物で手ひどくやられたんだ!!)

 

 うどんである。

 

(避けろ! 避けろ! 避けねばおしまいだ!!)

 

 風を裂く音と共に病葉のスレスレを屋根瓦がすっ飛んでいく。かすっただけで致命傷になりかねぬ弾丸が、何枚も何枚も飛んでくる。

 

 投げる! 避ける! 投げる! 避ける! その動作を幾度も繰り返す。

 

 幸い、強化されていたおかげでかわすだけならどうにかなった。

 

(屋根はダメだ! やつに弾を与えることになる! 平地だ、平地を走れ!)

 

 これはたまらぬと言った様子で病葉は屋根を降り、逃走経路を探す。

 

(入り組んだ隙間……。よし、あそこから!) 

 

 長屋の隙間を駆け抜け、幾度も経路を変えて死角を作り出し、ついにジョナサンを撒くことに成功する。

 

 病葉は、通りの裏、家と家の間にある狭い隙間で息を落ち着かせた。鬼なので息切れすることは早々ないが、精神的な問題である。ここで、改めて作戦を練らねばならない。この状況を打開する作戦を。

 

(ふぅ……。これで暫くは……!?)

 

 一息吐こうとしたのも束の間、迷いのない足音がこちらに近づいてくる。

 

「見ツケタッ!」

「ぎゃあああああ!?」

 

 隙間からジョナサンが顔を覗かせている。その片手には、水が入った木桶が担がれていた。

 

(なんでだ! なんでバレた!? 確かに気配は殺した筈……。来るなぁ!!)

 

 鬼ごっこ再開ッ! 

 

(何故だか分からないが、あいつは俺の居場所が分かるらしい! 考えろ、どこか良い場所は……。桜並木! よし、あそこなら!)

 

 季節は春。並木道には桜が咲いていた。とても花見をする余裕はないが。

 

 病葉とジョナサンは、左右に桜の並ぶ通り道を爆走する。瓦も尽きた。これで一安心! 

 

(占めたぞ! あのジョナサン、どこか苦しそうな顔をしている! さっきの屋根瓦で力を消耗したに違いない!! さあ、ここなら投げるものも……! なんだと!?)

 

 ジョナサンは、地面に散らばった桜の花びらを掬い取ると、またあの奇妙な呼吸を見せた! 

 

(馬鹿な! あんなもので……! あ、あれも当たったら死ぬ!?)

 

 鋭く硬化した大量の花びらが、病葉目掛けて飛んできた! 鋭い手裏剣の如く、花びらとは思えぬ速度で病葉を仕留めにかかった。

 

(ふざけんな! なんでもありかよこいつ!! 弾が余計に増えちまった!!)

 

 大量の散弾(さくら)が病葉に殺到する。

 

 懸命に避けようとするも、花びらの一つが病葉の足に直撃した。

 

ドシュウッ!! 

 

「うぎゃぁーッ!!」

 

 こんなバカなことがあってたまるか。桜並木に逃げたのが、こんな形で裏目になるなどあっていいわけがない。

 

「ぐあぁぁぁぁあ! 足がっ! 足がぁ! ぐぅぅ、さ、再生しない……!」

 

 花びらに込められた太陽の力が、病葉の足を蝕む。再生どころか、むしろ足はドンドン溶けていく。溶けていく勢いが止まらない。もう助からない。背後から、巨大な影が迫る。死の足音だ。

 

「くぅ……。こうなったら、俺の血鬼術で!!」

 

 病葉は振り返り、最後の切り札、血鬼術を発動しようとする。全身に太陽の毒が回り切る前に、せめて一矢報いるのだ。

 

ガシッ!! 

 

 ジョナサンは、急接近して病葉を両側からガッチリと掴んだ。

 

「……俺の血鬼術が、発動しない!!」

 

 予想はしていたものの、病葉は絶望する。心が完全に折れる音がした。

 

 この太陽の力で掴まれただけでも、血鬼術が無効化される。つまり、接近されたら完全におしまいだ。仮に、発動できるとしても、余程力のある血鬼術でないと無理だろう。しかし、病葉は下弦とは言え十二鬼月の一角だ。しかも血を与えられて強化されている状態であるにもかかわらず、血鬼術が発動できない。

 

 つまり、下弦以下では話にならないということだ。

 

 このジョナサンは余りにも強すぎる。太陽の力。何らかの方法による探知能力。血鬼術の無効化。本人の強さ。鬼達にとって最強最悪の天敵と言っても過言ではないだろう。これは最早、鬼舞辻無惨すら危うい。

 

 そう分かったところで、もはや手遅れだった。

 

 病葉が己の死期を悟っていると、ジョナサンが金属製の溝が入ったナイフのようなものを腕に刺してきた。溝の中に血液が入っていく。血を抜き取られているのは分かったが、目的が分からなかった。

 

「コレデ終ワリダ……。安ラカニ眠レ」

「あっ」

 

ブッショォッ

 

 体に直接、太陽の力が流し込まれた。急速に分解されていく。男の言う通り、もう終わりだ。

 

(ああ……。せっかくたくさんの人間を喰って、ここまで上り詰めたのに……。あれ、でもなんか、あんまり痛くねぇや。あったけぇ……)

 

 何故だか分からないが、最早いつの記憶かも分からぬ父親の姿を思い出す。

 

ドロリン

 

 病葉は、不思議と暖かな気持ちで最期を迎えた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 無限城。襖、畳、階段が上下左右バラバラに配置された無惨の居城だ。その城の傍らに鬼舞辻無惨がいた。脇には、分厚い本が積み上げられている。

 

 再生できず、半分溶けかかった顔に夥しい量の血管を浮かび上がらせる。怒りの印だ。不快感を隠しきれぬ表情のまま、視界の共有が解除された。病葉が死んだのだ。

 

「病葉め……」

 

 わざわざ血を与えてやった下弦の参は、逃げ続けた挙句に大した情報も得られず死んだ。逃げてる途中で頭を吹っ飛ばして殺さなかっただけでも、己の心の広さがうかがい知れよう。

 

 だが、分かったこともあった。

 

(名はジョナサン。やはりエゲレス人か。奴の能力……。探知能力の上、血鬼術を無力化するだと……? 太陽の力に似ているが故か。体の治りが遅いのも……。不愉快極まる。一刻も早く始末せねば)

 

 無惨の脳裏をよぎる、あの時の耳飾りの侍のように、寿命が尽きるまで……。

 

(海外に同じような能力者がいるかもしれない。まずは、下弦共を捨て駒に、奴の能力を解明する)

 

 下弦の不甲斐なさは一先ず隅に置くことにした。少しだが情報が得られたのだ。この要領であのジョナサンに能力を使わせれば良いだろう。

 

 下弦を何人か捨て駒に、上弦で仕留める。無惨が考えた作戦はこうだ。

 

 今までの無惨には無い発想だった。絶対に認めたくなかったが、あのジョナサンを恐れていた。

 

 あいつは危険過ぎる。与えられた屈辱だけでなかった。あの強さと能力も、総合すれば耳飾りの侍に匹敵する。

 

(あの時もそうだった……。ええいっ、忌々しいッ! しかも、英国について色々調べてみたが、得られる情報は何もなかった……。おのれぇ! ジョナサン!)

 

 無惨は、怒りに身を任せるまま仮宿の一つに用意させた本を破り捨てた。

 

 ちぎれたページには筆記体の英文が刻まれている。 英国の歴史が記された書物だ。

 

 しかし、波紋の力の起源はチベット。最初に見つかった石仮面は古代アステカ文明の物。波紋の正体が分かる道は遠かった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

竈門兄妹 with 珠世&愈史郎 VS 朱紗丸&矢琶羽戦はだいたい原作通りだよ!
鬼滅の刃3巻かアニメ版の9話と10話を見よう!
どちらも好評発売又は配信中だ! 面白いぞぉ!(高度なステマ)


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別れと出会い

今更ですが、原作と同じ部分はかなり端折ります


 ジョジョは、珠世達の拠点に戻った。

 

 愈史郎の血鬼術は朱紗丸の手で破壊されていた為、問題なく入ることができた。

 

「!」

 

 敷地内に駆け付けると、血だまりがあった。バラバラになった女性の肉片と血液が、バラまかれたように散らばっていた。血の海に沈む衣装の残骸、傍に転がる毬から、正体が朱紗丸(すさまる)と分かった。

 

 そのすぐ傍には、朱紗丸を見つめながら正座する炭治郎がいた。禰豆子と珠世と愈史郎は見当たらない。禰豆子の治療をしているのかもしれない。それに、間もなく夜が明ける。

 

(むごい……。これは明らかにタンジローの攻撃ではない。ネズコも違う。この子はここまでのことはしない。大きな何かに捻り潰されたような……。これは一体)

 

「タンジロー」

「あ、ジョジョさん……」

 

 炭治郎は顔と隊士服は土で汚れ、微かに血がこびり付いている。見た目には目立った外傷は見当たらなかったが、ほんの少しだけ横腹を庇うような姿勢になっている。恐らく肋骨辺りは折れているだろう。疲労困憊な様子から、激闘であったことが伺えた。矢琶羽(やはば)の気配がない。炭治郎達が倒したのを確信する。

 

 だが、お互いの無事を素直に喜べるような状況ではなかった。炭治郎は、朱紗丸の末路を憐れんでいるようだ。ジョジョも同じ気持ちだった

 

「コレハ……」

「鬼舞辻の呪いだそうです。鬼がその名を語ると、死に至る」

「!」

「一瞬でした……。腹と口から大きな腕が飛び出して……」

「ソウカ……」

 

 腕が飛び出してどうなったかまでは語らなかったが、この有様を見れば容易に想像がつく。

 

(ムザン、貴様は仲間であろうともここまでのことをするのか……)

 

「遊……ぼ……。あそ……」

 

 朱紗丸が微かに声を発している。驚くべきことに、このような状態であっても朱紗丸はまだ生きていた。だが、もう日が昇る。間もなく消滅するだろう。

 

「小さい子供みたいですよね、たくさん人を殺しているだろうに」

「ウン……」

「だけど、余りにも救いがない……。人の命を奪った報いと言うには……」

「……」

 

 ジョジョが、朱紗丸の下に近づいた。その手には微かな光が宿る。波紋の光だ。無惨に放っていた物とは異なる、柔らかで暖かな光。

 

「ジョジョさん……」

「コノ波紋ハ、鬼モ痛ミヲ和ラゲル……。消エテシマウノナラ、セメテ安ラカニ」

 

 この波紋によってトドメを刺した病葉も、最期を穏やかに迎えることができた。ジョジョは、朱紗丸の顔だったらしき場所にそっと触れた。

 

「……あぁ」

 

 安らいでいる声だ。陽光の暖かさを無邪気に喜ぶ、子供のようだった。

 

「おと……さん、ま……り……あり……が」

 

 人だった頃の記憶を微かに思い出し、朱紗丸は消えていった。二人で目を閉じて、黙祷を捧げた。垣間見た無垢な子供の頃の記憶に、炭治郎は一筋の涙を流す。

 

「……ジョジョさん、鬼舞辻は、必ず止めましょう」

「……アア!」

 

 鬼であろうとも、人であろうとも、暗い影を落とす。無惨を倒さない限り、この戦いは終わらない。これから更に激化するであろう戦いに備え、決意を新たにする。

 

 そして、夜が明けた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 禰豆子は珠世を抱き締め、愈史郎の頭を撫でようとした。炭治郎によれば、二人を人間であると判断しての行動らしい。

 

「ありがとう禰豆子さん……。ありがとう……」

 

 珠世は、涙を流し、禰豆子を抱き返した。珠世はしきりにお礼を言っている。

 

(この人は、鬼であることに色々なものを抱えている)

 

 涙を流し、人を慈しむ。ジョジョの尊敬する父親もそういう人だった。ジョジョにとって、珠世の姿は紛れもない人であった。禰豆子の行動は、どんな言葉よりも確かな救いとなっただろう。

 

「炭治郎、お前の妹は美人だよ」

 

 愈史郎は、去り際に禰豆子のことを美人だと言ってくれた。最後まで顔を合わせようとはしなかったが、兄妹との共闘を通して心を開いてくれたのがジョジョにも伝わってきた。

 

 そうして、二人は拠点を移す為に去った。無惨に鬼化させられた男性も、簡易的な処置を施し終え、妻と共に帰路へ就く。無事、元の生活に戻れたらしい。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 浅草での騒動から暫くして、旅を続けるジョジョと竈門兄妹。昼の晴れ模様、田んぼの連なる広いあぜ道を二人が歩いていると、炭治郎の肩に乗る鎹鴉(かすがいがらす)、天王寺松衛門が騒ぎ出した。炭治郎は片耳を塞いでいる。

 

「南南東! 南南東! 南南東!! 次ノオ場所ハァ南南東!!」

「ありがとう、マツエモン。次はあっちの方だね。タンジロー、もう怪我は大丈夫かい?」

「はい! ジョジョさんの波紋で折れた骨もすっかり元通りですよ!」

「良かった」

 

 炭治郎は、矢琶羽との戦いで肋骨と足を骨折していたが、ジョジョの治療の甲斐もあって、すぐに完治した。炭治郎はまだ身体的成長の余地があるため、波紋による治療は極めて慎重に行った。

 

「それにしてもジョジョさん、言葉を完全に使いこなせるようになりましたね。一週間と経ってないのに、すごいや」

「タンジローのおかげさ」

 

 ジョジョは日本語をほとんどマスターした。

 

 ジグソーパズルが完成に近づく度、ピースを埋めるのが容易になるように、基本を掴めばここまでたどり着くのはジョジョにとって容易だった。

 

 早期に習得できたのは、ジョジョの地頭が良かったのも勿論のことだが、道中で炭治郎が熱心に教えてくれたおかげだ。ジョジョにとって、炭治郎は尊敬すべき親友であり、命の恩人である。一週間足らずですっかり仲良くなった二人であった。

 

「ジョジョさんが倒した十二鬼月のことも、隊へ報告が挙がってる筈です。もしかしたらお給金が貰えるかもしれませんよ」

「カァァ! 報告済ミィ! ジョナサン・ジョースターァ! 下弦ノ参! 討伐ゥ!!」

 

 松衛門が羽根をばっさばっさとはばたかせながらドヤ顔だ。その羽ばたきは当然炭治郎の顔面に直撃している。本来、ジョジョは鬼殺隊とは無関係の部外者なのだが、どうせ炭治郎に付いてくるので、松衛門は完全に戦力として扱っていた。賢い鴉である。

 

「ご苦労様、マツエモン。もしそうなら、真っ先にタンジローに御馳走するよ」

「そんな、悪いですよ」

「いいからいいから」

 

 ジョジョは実質無一文だったので、道中の食費はもっぱら炭治郎か、鬼殺隊の協力者である藤の花の家の関係者持ちである。

 

 二人と一羽が他愛のない話をしていると、あぜ道の向こう側がやけに騒がしい。

 

「頼むよ!! 頼む! 頼む! 頼む!! 結婚してくれ! いつ死ぬかわからないんだ俺は!! だから結婚してほしいというわけで!! 頼むよォ───ッ!」

「何だ?」

「え……」

 

 何やら大騒ぎしている男が女性に迫っていた。女性の方はすごく困っている。

 

 女性は、青い着物を着た両側三つ編み。対して男の方は実に特徴的だった。

 

 短めの金髪に鬼殺隊の隊士服、三角模様の入った黄色い羽織を身に着けている。腰には日輪刀を携えており、間違いなく鬼殺隊隊士であった。金髪の隊士は、涙と鼻水を盛大に垂れ流しながら、女性に縋り付いていた。

 

『男なら女が縋り付いてくるような男であるべし』と謳う松衛門も、これには呆れる。

 

 そして、何故か二人の男女の前を往復するように雀が飛んでいる。

 

 雀が困っているかのように炭治郎の前に来て(さえず)っている。炭治郎は、雀の言葉を十全に理解していた。道中、炭治郎は動物の言葉が分かると言っていたのを思い出す。あれも一種の鎹鴉なのだろうかとジョジョは考えた。

 

「何してるんだ! 道の真ん中で! その子は嫌がっているだろう!! そして雀を困らせるな」

「あ、お前最終選別の時の……」

女性(レディー)に対してそんな告白をしたら怖がるに決まっているじゃあないか」 

「ギャ──────ッ!! すごくでっかい異国じ……あれ、音があんまり怖くないや」

 

 金髪の隊士がジョジョに気を取られている隙に、炭治郎は迫られている女性を逃がした。

 

「さぁ、もう大丈夫です。家に帰ってください」

「ありがとうございます」

「あ──!待って────!」

「だめだぞ」

 

 足早に去っていく女性を呼び止めようとする金髪の隊士は、ジョジョが捕まえてばっちりブロックした。大きな胸板で、女性の逃げる先が完全に隠れている。

 

「何にも見えねぇ! 胸板しか見えね――! その筋肉どうなってんだよ!! 爺ちゃんの五倍ぐらいあんぞ!! 何喰ったらそうなるんだよっ!! 野郎の胸板なんざ嬉しくね――よ!! チキショ――ッ!!」

「賑やかなサムライだね」

「……」

 

 炭治郎は、すごく嫌そうな顔をしている。一緒だと思われたくないようだ。

 

「なんでそんな別の生き物見るような目で俺をみてんだ! いやだ――! 俺は次の任務で死んじまうんだ――!! 最期に抱き締められたのがこんなでっかくて硬い男の筋肉なんてイヤ――――ッ!!」

 

 捕まった隊士は足を浮かせてバタバタと大暴れだが、当然ジョジョはびくともしない。

 

「不思議だなぁ」

「確かに不思議すぎですが……。何がですか?」

 

 捕まって騒いでいる隊士を尻目にジョジョと炭治郎は話す。

 

「この隊士さん、()()よ。どうしてこんなに自信が持てないんだろう?」

「うーん、そうですけど……」

 

 確かに、匂いは強い剣士のそれだ。だが、この有様は如何なものか。

 

 これが、臆病な鬼殺隊隊士、我妻善逸(あがつまぜんいつ)との出会いであった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

炭治郎の鴉はジョジョの討伐スコアも全部カウントしているぞ!
ちなみに、沼鬼2体、下弦の参1体である。無惨(うどん)は生きてるのでノーカンです。


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鬼殺隊と衛生兵

前回炭治郎が善逸の強さに気づいてないような描写してました。訂正しました!申し訳ない!

ジョジョがオリジナル技を発動します。言うほどオリジナルじゃないです。


 松衛門にせっつかれて、ジョジョと炭治郎と善逸は鬼がいる場所へ走る。

 

『ギャ──―ッ! カラスが喋ってる!?』

 

 隊士なのに喋る鴉に驚いてずっこけた善逸(ゼンイツ)に、ジョジョは親近感を覚えた。一方善逸は炭治郎とジョジョの名を知り、何故エゲレス人が鬼殺隊と同行してるのか気になって仕方がなかった。

 

「それじゃあ、ジョジョさんは海の向こうからやってきた鬼狩りってこと?」

「うん。それに、タンジローのおかげで、日本語も大丈夫」

「へぇー……。おい炭治郎! お前ずっるいぞ!! こんな滅茶苦茶強そうで安心する音出してる人と一緒なんて! もう鬼退治全部この人に任せりゃいいじゃん!! ジョジョさん後よろしくお願いしま──す!」

「逃げるな善逸! お前も一緒に来るように言われただろう! 後、音ってなんだ!」

「俺は耳が良いんだよ! 探さないでくれ──!」

「恥をさらすな! 探すに決まってるだろ!」

 

 善逸を追い回す炭治郎の様子を、松衛門は呆れながら、善逸の鎹スズメ(?)チュン太郎は困った様子で眺めている。二人は同日に鬼殺隊に入隊した同期だそうだ。

 

 ジョジョは笑う。炭治郎と善逸のやり取りは見ていて飽きない。

 

(君にも少年らしい一面があったんだね)

 

 ジョジョと接しているときの炭治郎は、ちょっと世間知らずだが、礼儀正しく誇り高き剣士だ。しかし、善逸と一緒にいる炭治郎は、友達と騒ぐ年相応の少年だった。ちなみに善逸の方が炭治郎より年上らしい。とてもそうには思えないが。

 

(ゼンイツ、彼は凄く足が速いな。タンジローだって相当鍛えていると言うのに)

 

 善逸を捕まえている時に感じた波紋は、恐怖やら怒りやら嫉妬やらがごちゃ混ぜの、戦士とは思えぬひどく人間くさいものだった。それなのに、奥底から密かに沸き立つ力からは、剣士の鼓動と確かな勇気を感じた。

 

 一見小柄だが、体も相当に鍛えられている。善逸によれば、女性に騙されて借金をこさえた時、肩代わりしてくれたお爺さんが彼の師匠らしい。厳しく鍛えられたのだろう。そして驚くべきは、瞬発力だけならジョジョをも凌駕することだ。

 

(君もタンジローと年はそう変わらない筈……。師の課した修練、彼自身の才能。どちらとも実に素晴らしいものだ。だというのに彼はどうして、あんなに自己評価が低いんだろう)

 

 炭治郎と同じく最終選別とやらまで残ったならば、戦ったにしても逃げたにしても相応の能力がある。ジョジョからすると、実に不思議なサムライであった。

 

 炭治郎が善逸を追いかけまわしている内に、山の麓、森林の中にひっそりと佇む二階建ての大きな屋敷に辿り着いた。周囲の草は少々伸びているが、屋敷は手入れが行き届いているように感じた。善逸は、いつの間にか鬼のいるであろう屋敷に来てしまったことに気づいてどんよりしている。

 

 善逸が後ろを振り返ると、目が合ったジョジョが優しい表情で頷いた。

 

「……」

 

(炭治郎は泣きたくなるような優しい音。ジョジョさんも泣きたくなるような優しい音だけど、すごく大きい。頼りたくなるような大きくて力強い音だ……。この音を聞いていると、自分が強くなったような気さえしてくる)

 

 昔話に出てくるような鬼退治の英雄は、きっとこうだったに違いない。そう思える程、心を鼓舞する音だった。

 

 二人の音のおかげでちょっと落ち着いた善逸は、炭治郎と並んで屋敷を見る。

 

「血の匂いがするな、でもこの匂いは」

「えっ? 何かにおいする?」

「ちょっと今まで嗅い」

「それより何か音しないか? あとやっぱり俺たち共同で仕事するのかな」

「だことがないぞ」

 

 善逸が巻き気味にしゃべるので会話がごちゃごちゃだ。やっぱり落ち着いてなかった。

 

(音……)

 

 善逸は耳が良いそうだ。音がすると言った以上何かあるのだろう。ジョジョが辺りを見回していると、森の一角に二人の影が見えた。

 

「おや、そこに男の子と女の子がいるよ」

「子供だ……」

「どうしたんだろう」

 

 何故か子供相手に震える善逸。そこにいたのは緑色の着物に青い羽織を纏った短髪の男の子と、桃色の着物に赤い玉の髪飾りでおさげを束ねた女の子だ。目元がよく似ているので、恐らく兄妹だろう。

 

 怯える二人を怖がらせないように炭治郎は手を打った。

 

「じゃじゃ──ん。手乗り雀だ!!」

 

 善逸の鎹鴉(?)を借りて手のひらで踊らせている。だが、二人は怯えたままだ。その目線は、ジョジョに向いている。

 

(うーん、ぼくのせいでまだ怖がっているな……)

 

 即座に察したジョジョも、炭治郎に続いて何か見せることにした。丁度足元に、折れた木の枝が転がっていたので、拾い上げて波紋を流し込んだ。

 

 すると、木の枝のコブから綺麗な桃色の花が咲いた。波紋の力によって、折れた枝から花を再生させたのだ。善逸が後ろで「妖術使いだ──ッ!」と叫んで飛び上がっている。

 

「はい、どうぞ」

 

 木の枝ごと、女の子に渡してあげると、兄妹はへたり込んだ。どうやら強張っていた力が抜けたらしい。

 

 炭治郎が話を聞くと、この家に兄が攫われてしまったと言う。兄は怪我をしており、血痕からこの場所を特定したそうだ。

 

「大丈夫だ、俺たちが悪い奴を倒して、兄ちゃんを助ける」

「ほんと? ほんとに……?」

 

 炭治郎の力強い言葉に、ジョジョも頷く。この勇気ある子供たちの為にも、兄はなんとしても救わねばならない。

 

「炭治郎、ジョジョさん」

「どうしたんだい?」

「なぁ、この音何なんだ? 気持ち悪い音……。ずっと聞こえる。(つづみ)か? これ……」

 

 鼓、日本式の打楽器だ。ポンと言う擬音が相応しい独特の音を鳴らす。

 

 ジョジョと炭治郎には聞こえなかったが、屋敷の中から鼓の音が聞こえるらしい。善逸は、屋敷二階の開けっ放しになった引き戸を見ている。中は薄暗く良く見えない。

 

「あ!?」

 

 突然、二階から血まみれの人影が飛び出す! 

 

コオオオオオオオオオオオ

 

 ジョジョは即座に反応した! 

 

()()()()()()()!」

 

ググ──────ン! 

 

 両腕を伸ばして、男性を捕まえる体勢を取る。ズームパンチならぬズームキャッチである。

 

 骨を外して腕の力が入らない対策も万全だ。腕の中の体液を波紋で固めており、飛び出して来た血まみれの男性は、ジョジョの両掌に難なく収まる。危うく頭から地に叩きつけられて致命傷になるところだった。

 

「ギャ──!! 腕が伸びた──ッ!? ほんとに何なのこの人──ッ!!」

 

 善逸はひっくり返った。

 

「……まずい、出血がひどい! このままじゃこの人は死んでしまう!」

「そんなっ!」

 

 男性は肩までかかった長髪、白いシャツに着流し用の灰色の着物をあずき色の袴の中に入れた服装で、白い足袋(たび)を履いていた。着物は大半が血で真っ赤に染まり、頭部、口からも血を流している。

 

「ひどい怪我だ……!」

 

 ジョジョが着物を脱がせると、体の中には三本の大きな爪で切り裂かれたような傷跡が付いており、そこから夥しい量の出血をしていた。

 

「この人は君達の……」

「に、兄ちゃんじゃない……。兄ちゃんは柿色の着物きてる……」

 

 炭治郎が聞くと、男の子が答えた。二人とは無関係の人物らしい。中には他にも捕まっている人がいることが分かった。

 

 血まみれの男性は到底助かる様子ではなかった。

 

「必ず助けるッ!!」

 

 だが、ジョジョは決して諦めなかった。

 

(傷が大きすぎる。まずは波紋で傷口の血液を固める!)

 

 傷口の血液を固形化し、出血を止めた。だが、流した血液の量が余りにも多い。これはジョジョが付きっ切りにならねば確実に死んでしまう。

 

「すまないタンジロー、ゼンイツ! ぼくはこの人を治療する。二人は屋敷の中を頼むッ!」

「任せて下さいっ!!」

 

 炭治郎は、勢いよく返事をする。

 

 一方善逸は、この世の終わりみたいな顔をした。

 

「みんな、もう騒ぐんじゃないぞ。ジョジョさんの治療は集中力がいるんだ」

 

 炭治郎は人差し指を口の前で指し、善逸と兄妹に注意した。

 

「わかった……」

「うん」

「わわ、分かったよ……」

「それと……」

 

 炭治郎は、禰豆子が入った木箱を外し、兄妹の前に置いた。

 

「ジョジョさんは治療にかかりっきりになるから、この箱を置いていく。何かあっても二人を守ってくれるから」

 

(失った血液、不足する酸素の循環を補助して心臓を止めないようにせねば……!)

 

 治療に集中するジョジョの傍をやや離れ、炭治郎と善逸は小声で会話する。

 

「嘘だろ……。あんなに頼もしい人がついてこないなんて……」

「仕方ないよ。善逸、行こう」

 

 善逸は体を強張らせて首を振った。

 

「そうか、わかった。無理強いするつもりはない」

「ま、待って。行くから、そんな般若みたいな顔しないで……」

 

 炭治郎と善逸は、屋敷の中へと侵入する。善逸はベソをかいていた。とても頼りになるようには見えないが、炭治郎も、善逸の()()()()()に気づいていた。

 

「に、兄ちゃん、木箱からカリカリ音がする」

「……」

 

 程なくして、木箱から聞こえる引っかき音を怖がった兄妹が屋敷の中へ入ってしまうのだが、治療に集中していたジョジョは気づくことができなかった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

 鼓屋敷編も屋敷の中はほぼ原作通りだぞ! 骨折完治してるけど効率の良い呼吸法に関しては多分なんとかなります。ジョジョは代わりに外で頑張るぞい!


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そこにシビれる!あこがれるゥ!

今日が最後の連続更新になります。多分


 ジョジョは止血を済ませると、青年の背に羽織を敷いた。羽織を脱いだため、背中に開いた服の穴が見えている状態だ。

 

「俺……。死……ぬのか……。やっと、出られた……のに……」

「大丈夫。今、治療をしています。気をしっかり持って!」

 

 血まみれの青年は、安心したのかその言葉を最後に意識を失った。心臓は止まってない。まだ命は繋ぎ止められている。

 

(止血はできた。傷口近くの血液から水分を抜いて分厚いカサブタができた。流血はこれで防げる。引き続き酸素の循環を補助しつつ、次は彼の骨髄に波紋を流して血液の生産を加速させる。極めて繊細な部位なので、慎重かつ迅速に……)

 

 青年の胸と背から異なる波長の波紋が注ぎ込まれる。造血が進み、体内の血液が量を増していく。後はこの繰り返しだが、万が一脊髄を損傷させると後遺症が一生残ることになる。片時も気が抜けない。

 

 そうして、青年の治療を続けていると、少しずつ顔色が良くなっていった。

 

(血色が改善されてきた……! 頑張れ! もうすぐ助かるぞ!)

 

 死の瀬戸際で戦う青年に心の中でエールを送る。

 

 こうしてジョジョは、時間も忘れて治療に集中した。

 

「……これでよし」

 

 青年の血色は健康そのものになり、寝息を立てている。カサブタの中の傷口もほぼ塞っている。もう暫く待って、カサブタが剥がれないよう気を付ければいい。ジョジョは一息吐いた。長らく集中していたからか、顔が汗ばんでいた。

 

(どれぐらい時間が経っただろう……。ん、子供たちがいない!?)

 

 炭治郎は、禰豆子の入った木箱を子供たちの傍に置いた筈だ。残っていたのは木箱だけで、あの兄妹の姿が見当たらなかった。兄妹を探すために辺りを見渡していると、屋敷の二階から汚い高音の悲鳴が聴こえてきた。

 

「ギャ────―!?」

「ゼンイツ!?」

 

 青年が飛び出して来たときと同じように、善逸が投げ出されてきた。探していた少年を庇うように抱きかかえながら落下している。ジョジョは、地が抉れる程の勢いで走り出し、二人の真下に滑り込むようにして受け止めた。比較的近くに落下してきたので、ズームキャッチを使う必要もなかった。

 

「二人とも怪我はないかい?」

「おかげさまで……」

「俺も大丈夫です」

 

 ひとまず二人の無事を喜ぶ。

 

「あ、ジョジョさん、治療していた人は、もう大丈夫なんですか? し、死んでない?」

「うん、一命は取り留めたけど、もう少しそっとしてあげてね」

「よよ良かったぁ……。羽織、掛けときますね」

 

 善逸が、白い三角模様の入った黄色い羽織を脱いで青年にかけた。

 

「やっぱり、君も優しいね。ゼンイツ」

「そ、そんな直球に褒めないでくださいよ」 

 

 善逸は照れる。何故か褒められ慣れてないようだ。

 

 しかし、まだ安心はできない。恐らく妹の方も屋敷の中に入ってしまっているだろう。少年の妹の安否を心配していると、兄の方が謝ってきた。

 

「ごめんなさい……。箱から音が出てて怖くなって……」

「えっと、正一君を許しては貰えませんか? 代わりに鬼を倒してくれたおかげで助かったし」

「え、か、彼がかい?」

「いや……。あれは、善逸さんが……」

「俺そんなことできねーし!」

「……?」

 

 謎の問答をする二人だが、二人とも無傷で帰ってきたのは何より喜ばしいことだ。

 

「ともかく、無事で良かった。だけど、妹の方は……」

 

 青年の治療にかかりっきりになって、兄妹の名前を聞かず仕舞いだった。

 

「てる子ちゃんは炭治郎と一緒でした。正一君、兄ちゃんの名前なんだっけ」

(きよし)です」

 

 一番上が清、次男が正一で、末っ子がてる子と言うようだ。善逸は正一を連れ帰り、残るは清とてる子だ。

 

「ゼンイツ、鬼の気配は分かるかい?」

「えっと……。外にはいません。多分中に一体だけ」

「分かった」

 

 青年の治療が一段落したので、自分も屋敷の中へ入ろうとする。

 

 その矢先、善逸が耳を澄ませる。何かの音に気付いたようだ。顰めている表情から察するに、あまり良いものではないらしい。

 

「この乱暴な足音……。あいつだ!!」

「あいつ?」

「中に猪の毛皮被った無茶苦茶な奴がいたんです! なんか嫌な予感が……」

 

バキャ! 

 

 突如、屋敷入口の引き戸が吹っ飛んだ! 

 

「猪突猛進! 猪突猛進!!」

 

 猪頭の毛皮を被った男が頭突きで戸をぶち破ってきた。上半身裸で、下だけ隊士服を着用している。腰には鹿の毛皮を巻いており、足に熊の毛皮を巻いて草鞋(わらじ)を履いている。野性的という言葉が最も的確な出で立ちだ。

 

 両手には刃こぼれしすぎてノコギリのようになった日輪刀を持っている。二刀流だ。

 

 突然飛び出して来た男に、正一は善逸の後ろへ隠れた。

 

「ゼンイツ、彼も隊士かい?」

「そ、そうです! 最終選別の時一緒で、真っ先に入山して真っ先に下山したせっかち野郎!」

「彼も合格者ってことか……」

 

「アハハハハハハ!! 鬼の気配がするぜ!!」

 

 猪頭の隊士は獰猛に笑う。

 

(鬼の気配が分かるのか!? だとすると不味い!)

 

 理屈は分からないが、あの猪頭の隊士は鬼の気配が分かるようだ。このままでは、木箱の中で眠る禰豆子が狙われてしまう。

 

「見つけたぞオオオ!!」

「やめろ────―!!」

 

 木箱目掛けて突進する隊士を前に、ジョジョを抜いて善逸が一番に飛び出し木箱を庇った。ジョジョが予想していた通り凄まじい瞬発力だ。後に続いて、ジョジョが猪頭の隊士に立ちはだかる。

 

(ゼンイツ、君は……)

 

「その中には鬼がいるぞ、わからねえのか?」

「そんなことは最初からわかってる!!」 

 

 善逸はその耳の良さで、箱の中に鬼が入っていることに気づいていた。だが彼は、その箱に入っている鬼が、炭治郎にとって命よりも大切なものであると知って庇っている。

 

 善逸は、箱の中に鬼がいる"事実"よりも、"炭治郎"を信じた。

 

 ジョジョは、善逸の中に潜む『勇気』の正体を確かに見た。

 

(ゼンイツ、やはり君も素晴らしいサムライだ。さて、彼をどう止めるべきか……)

 

 ジョジョは、猪頭の隊士に向き直って問いかけた。

 

「一つ聞かせてくれないか! 君は何故鬼を狩る。人を守るためか?」

「守るゥ? 知るかっ! 俺は力比べを制するのみよ!! 今も! これからもぉ!」

 

 隊士は鼻息を荒くし、二本の日輪刀を打ち鳴らした。辺りに火花が飛び散る。

 

(彼が求めるのは闘争。なんて好戦的な戦士だ。……仕方ない)

 

 ジョジョは、猪頭の隊士に提案することにした。争いは好まないのだが、禰豆子を守るためだ。

 

「そうか。君は戦いが好きなんだな。それなら、ぼくの相手をしてくれないか?」

「お前のォ?」

 

 猪頭の隊士が自分に注目したのを確認し、禰豆子と治療した青年から距離を取るように移動する。そうすると、猪頭の隊士も一定の距離を取りながら付いてきた。

 

「え、ジョジョさん!?」

「いいんだ、隊士同士の喧嘩が御法度なのはタンジローから聞いている」

「そ、そうですけど」

 

 一般人に攻撃するのも御法度なのだが、善逸が咎められるよりは遥かにマシだ。それに、あの好戦的な隊士の攻撃が、抵抗のできない善逸に及ぶ可能性もある。

 

「彼は、戦いと勝利に飢える生粋の闘士だ。気が済むまでぼくが相手をするよ。だからゼンイツ、すまないが屋敷に入ってタンジロー達の様子を見に行ってくれないか?」

 

 善逸は、またこの世の終わりみたいな顔をした。

 

「うう……。分かりました……」

「ありがとう。ゼンイツ」

「……正一君」

「俺はもう入らないと心に決めたんで、善逸さんだけでお願いします」

「そんな──―ッ!? 正一君もきてくれよ──―ッ!?」

「いやです」

 

 何故か正一に同行してほしいとゴネだしたが、彼は断固として拒否しているので大丈夫だろう。

 

「チキショ──ッ! 死んだら化けて出てやるからな──ッ!!」

 

 善逸は、恨み節を吐きながら屋敷に再突入した。善逸も、炭治郎と兄妹のことが心配なので渋々了承した様子だ。

 

 ジョジョも屋敷に入りたい気持ちは山々だが、この隊士を放っておいたら禰豆子が危ない。万が一、治療した青年が巻き込まれる可能性もゼロではない。

 

「待たせてごめんね。ぼくはジョナサン・ジョースター。気軽にジョジョって呼んでほしい。君の名前は?」

「じょなじょなじょじょーぉ? 俺は嘴平伊之助(はしびらいのすけ)ェ! 勝負だじょじょじょぉ!!」

 

(もう名前めちゃくちゃじゃん……)

 

 正一が心の中で突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 太った鬼を切り捨てた後、屋敷の外にまた鬼の気配を感じたので、叩き切ってやろうと外に飛び出したら、奇妙なことになった。

 

 何故か鬼殺隊隊士と、見たことない恰好の大男が箱の中の鬼を倒そうとしても邪魔してくる。何やら大男の方が代わりに勝負してやると言ってきたので伊之助は乗った。

 

 こうして伊之助は、謎の男じょじょじょと向き合っている。じょじょじょは、軽く拳を握って戦闘態勢を取っている。

 

「……」

 

(やっべぇな)

 

 伊之助は、その獣じみた本能で相手の強さを感じ取っていた。

 

 嘴平伊之助は、山の中で雌の猪に育てられた生粋の野生児だ。幼き頃、親切な爺に言葉を教わったが、基本的には食うか食われるかの弱肉強食の世界で幾度となく力比べを繰り返した。

 

 ある時は、己の身の丈を遥かに超える強大な熊を打ち倒し、またある時は、凹凸激しい岩道を軽快に跳ね回る素早い鹿を捕らえた。

 

 刀を持った隊士を叩きのめして鬼のことを知ってからは、牛みたいな鬼を倒した。熊みたいな鬼も倒した。さっきは太った鬼を倒した。

 

 だが、目の前の男はそのどれにも該当しない。人なのに、熊より力強く、鹿よりも素早い。日輪刀を持たないのも納得だ。

 

(こいつは、全身が武器だ。それに、変な呼吸してやがる)

 

 面白い。ビビる気持ちをねじ伏せ、かつて見ぬ強敵に血が騒ぐ。

 

「猪突猛進! やってやらぁ!」

 

 伊之助が駆けだした。低姿勢による突撃は、まるで猪の突進だ。

 

カァァァァァァァァァァァァ

 

 伊之助は、突進しながら両腕を大きく広げ、"全集中の呼吸"を発動する! 

 

「!」

 

(けだもの)の呼吸!」

 

 獣の呼吸、嘴平伊之助が我流で会得し、命名した全集中の呼吸! 伊之助自身の身体能力と獣の呼吸による相乗効果は、鬼の一撃に匹敵するッ! 

 

「壱ノ牙! 穿ち抜きィ!」

 

 二刀同時の突き技で足元を狙う。背の高い生物は足元に弱い。野生の戦いで理解していた伊之助は、速い突きで足元を穿つ。じょじょじょは伊之助から見て左横に軽く跳ねて避けた。

 

「もらったぜ!!」

 

 避けた着地際を狙い、足目掛けて突いた両刀を横薙ぎに浴びせかける。

 

「なんだぁ?」

 

 伊之助は驚いた。あろうことかじょじょじょは、二刀の斬撃が脛に迫る直前、左足を上げてつま先を両刀の間に突っ込んだッ! 

 

(馬鹿が! そのまま足を真っ二つにしてやる!)

 

ピッタァ

 

「!?」

 

 伊之助は驚いた。二本の日輪刀に挟まれるような形になった左足から、日輪刀が吸い付いて離れなくなったのだ。掴まれていないのに、掴まれた。未知の経験だ。

 

(足に剣がくっついた!?)

 

 じょじょじょから手刀が振り下ろされる! 

 

「くそ! はなれろ!」

 

 力を込めて引っ張る。日輪刀はギリギリと音を立てたが、何とか引き剥がせた。寸でのところで手刀を避け、勢いそのままに宙を舞う。

 

(足は駄目だ! 何故かくっついてしまう上に切れねぇ! なら上だ!)

 

()ノ牙! 切細(きりこま)裂きィ!!」

 

 じょじょじょ目掛けて素早い連撃を浴びせる。本来、広範囲を攻撃する用途で使う技だ。

 

(この手にも()()()ある!)

 

 この男は、刀ぐらいなら躊躇なく鷲掴みする凄味がある。更に、掴まれたら何かが起きる。伊之助は細かく考えていなかったが、本能でそう感じ取ったため、相手の外側から囲うように高速の連続攻撃を浴びせた。

 

 斬撃が飛ぶこと六回。四回は難なく避け、五回目で触れようとしてきた。ありえない対応速度だ。六回目、右手で日輪刀を振り下ろす。相手の指先を掠めようとしたとき、異変が起きた。

 

パッシィィィィ

 

「こいつぁ!?」

「まるで獰猛な肉食獣……。鋭い技だ」

 

 日輪刀の鎬地部分がじょじょじょの人差し指と中指に触れた瞬間、足と同じく刀がくっついて離れなくなった。一見、触れているだけなのに、吸い付いたかのように離れない。未知の経験だ。

 

 伊之助は、くっつく日輪刀に気を取られて、じょじょじょが違和感を覚えた表情をしていることに気付かなかった。

 

(指もかよ! 掴んでないのに掴む!? なんだよそれ! どういうこったぁ!)

 

「くそっ! 離れろぉ!!」

 

 二本指にくっついた日輪刀を力任せに振り抜いて辛うじて引き剥がす。全身全霊の力でやっとのことだった。外れた瞬間、上半身が地に着いた勢いそのままに、両手で跳ねて後方に逃げた。

 

(指だけであれなら、掴まれたら取り返せねぇ)

 

 じょじょじょはさっきと変わらず、緩く拳を握った戦闘態勢。戦いは振出しに戻っただけだった。伊之助は、相手の出方を窺うが、待ちの姿勢でどっしりと構えている。何が起ころうとも揺るぎない、不動の姿勢だ。

 

 微塵も隙が感じられない。どんな手を打ったところで、結果は変わらないだろう。

 

(こいつは、まるで)

 

 

 ──山だ。

 

 

 じょじょじょは山そのものだ。獣でも人でも鬼でもない。何をどうやったって揺るぎない山だ。土を殴ろうとも、岩を蹴ろうとも、何の意味もなさない。豪雨に降られ、崩れようとも、山は山のままだ。

 

 目の前の男は、まるで切り崩せる気がしない。

 

「分かったぜ……。お前は山脈の主だな! 山が人に化けてやがるぜ!」

「ぬ、主? 山? ううん、ぼくはそんな大層なものじゃないよ」

「じゃあなんだぁ!?」

「ぼくは」

 

 ジョジョが答えた。

 

「しがない考古学者さ」

 

(嘘だぁ……)

 

 正一はまた心の中で突っ込んだ。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

ジョナサン・ジョースターの職業は考古学者だぞ! 一応


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旅は道連れ、世は情け

ギリギリ書けた


 炭治郎は、屋敷の主である響凱を討ち果たした。鼓を使い、屋敷内を自在に操作、高速の斬撃を繰り出す恐るべき血鬼術の使い手だった。肋骨が三本程折れた。痛みを堪え、口の端から流れる血液を腕で拭っていると、善逸が駆けつけてきた。

 

「た、炭治郎! 無事で良かった! 大変なんだ! ジョジョさんと猪頭が戦ってる!」

「なんだって!?」

 

 重傷を負ったものの、そんなことは二の次だと言わんばかりに廊下を駆ける。

 

 まず、(きよし)とてる子を救出しに向かった。二人の嗅覚と聴覚で、居場所は簡単に判明した。清とてる子がいるであろう部屋の襖を開けると、二人を鬼と勘違いして手元の道具を手当たり次第投げてきた。突然、響凱からくすねた鼓が消滅したことに怯えていたようだ。

 

「んがっ!?」

「善逸!」

 

 二人の投げた茶瓶が善逸に直撃し、大きなたんこぶとなった。二人が炭治郎を認識すると、慌てて善逸に謝ってから一緒に脱出することとなった。

 

 てる子は炭治郎が、清は善逸がおんぶして、屋敷の外を目指して疾駆した。常人ではありえない速度だ。

 

「てる子、こっちこそごめんな! 緊急事態なんだ!」

「いいの! すっごく速いね!」

「善逸さん、頭大丈夫?」

「大丈夫だけどその言い方だと違う意味に聞こえるぞっ!?」

 

 清とてる子は肝が据わっているもので、高速で駆け抜ける様をむしろ楽しんでいるようだ。清の証言、炭治郎の嗅覚、善逸の聴覚から鬼は全員倒したとの見解で一致した。だから安心しているのだろう。

 

(痛い。すごく痛いぞ……)

 

 炭治郎は重傷にも関わらず人一人おぶりながら全力疾走しているので、ものすごく痛い。痛くて泣きそうだ。だが自分は"長男"なので我慢する。何より、あの猪頭の隊士が許せない。

 

(てる子を足蹴にするだけでは飽き足らず! ジョジョさんに刃を向けるなんて! 絶対に止めなければ!)

 

 炭治郎は、あの猪頭に一発喰らわしてやらねばならん程度には怒り心頭だ。禰豆子を刺そうとしたのも非常に許し難いが、そこは事情を知らないだろうからギリギリ不問である。非常に許し難い。やはり許さん。

 

 出口が近づくに連れ、戦いの音と匂いが鮮明になる。だが、それは想像していたものとは異なっていた。

 

「……変だな、血の匂いがしない」

「あいつ、剣を使ってないぞ。ジョジョさんと素手で戦ってる」

 

 戦いから生じる音と匂いに疑問を感じながら、二人は出口を抜けた。

 

「ジョジョさんっ!」

「……あれ?」

 

 善逸が話していた通り、平地でジョジョと猪頭が戦っていた。どういう訳かお互い素手だ。猪頭が携えていた二つの日輪刀は、地面に突き刺さっている。

 

「オラオラァ! 喰らいやがれじょせふ!」

 

 猪頭がジョジョの名前を間違えながら縦横無尽に飛び回り、全身を駆使してジョジョを攻め立てる。殴打も蹴りも、ジョジョは難なく受け流していた。伊之助は体を捻らせて、後頭部目掛けて蹴りを繰り出すも、ジョジョは振り返ることなく腕で受け流した。

 

「いいぞイノスケ! また動きが格段に良くなっている。君はまだまだ強くなるよ!」

「……う、うるっせぇ! 俺よりつええからって偉そうにしやがって!」

「それは年上だからだよ。ぼくが君の年齢(とし)だったら、多分勝てない! イノスケ、君は戦いの天才だッ!」

「ォゥ……。変なこと言って俺をホワホワさせるんじゃねー!!」

 

 二人は会話を交わしながら、拳を交える。それは、殺し合いでも喧嘩でもなかった。

 

「え、なんで組手稽古してんの?」

「……分からない」

 

 二人の様子を茫然と眺める。止めようと思っていたのだが、音と匂いからどちらもすごく楽しそうなのが伝わってきた。

 

「兄ちゃん! てる子!」

「正一!」

 

 組手の横で三人が感動の再会を果たした。三人は涙を流して抱き合っている。清は鬼のせいで軽傷を負ったが、正一とてる子は無傷で守り抜くことができた。禰豆子の入った箱も無傷で木陰に置いてある。

 

 最初に屋敷から投げ出された人は、ジョジョの治療の甲斐あって顔色良く寝息を立てている。炭治郎達は、鬼殺隊としての任務を見事全うしてみせたのだ。

 

「もっと素早く! 辛いかもしれないが、途切れることなく攻撃を繰り返すんだ! 君のそのしなやかさ、勇猛さ、勘の鋭さは最高の武器になる!」

「も、元からそうするつもりだったぜ!」

 

 一方、猪頭の隊士、伊之助は息が上がっているものの果敢に攻撃を繰り返す。巧く焚きつけられているようだ。ジョジョの言う通り、屋敷で会った時よりも攻撃が鋭いように感じた。炭治郎と同じく、戦いを通してどんどん成長している。

 

「イノスケ、タンジローとゼンイツは同期らしいね? 三人は同世代だしお互いを補い合える。仲良くしてごらん! 彼らもとても強い! 君ももっと強くなれるし、何よりその方が楽しいよ! ぼくも彼らと一緒にいると、すごく楽しいんだ!」

権八郎(ごんぱちろう)紋逸(もんいつ)ゥ? あいつらか! あいつらと組めばお前に勝てるんだな!」

「ああ! 勝てるともッ!」

 

 何故か伊之助と組む前提で話が進んでいる。伊之助は戦いながら二人を子分にしてやる等とのたまっているが、善逸はちょっと嫌そうだ。

 

「仲良く、か」

 

 炭治郎は、子分になる気はないが不思議と嫌ではなかった。

 

 ジョジョと伊之助の戦いから、伊之助の匂いが伝わってくる。彼は暴れん坊だが、悪意を感じない。単に戦い以外のことを知らないだけなのだ。覚える気概はある。それなら、自分と善逸も教えていけばいい。今、ジョジョがやっているように。

 

 それで仲良くできるなら、とても喜ばしい。炭治郎の心は広いのである。

 

「善逸、後のことは俺たちでやろう」

「はぁ……。そうだな」

 

 伊之助はジョジョとの戦いに夢中だ。一方のジョジョは涼しい顔で伊之助の攻撃を受け止めている、あれなら全く問題なさそうだ。炭治郎は、ジョジョの手当てを受けて眠っている青年の頭に、畳んだ羽織を挟んであげた。

 

 炭治郎の羽織の枕。ジョジョの羽織の敷布団。善逸の羽織の掛け布団による、簡易布団となった。

 

「じゃあ、屋敷で死んだ人達を埋葬しようか」

「はいよ」

「あの、俺たちに何か手伝えることはありますか?」

「お、助かるよ清! それじゃあ、遺体を運び出すから埋葬を手伝ってくれるかな」

「はい!」

 

 屋敷の中で既に犠牲になっていた人達を運び出すため、二人は屋敷の中へ入っていった。

 

「……俺もジョジョさんに稽古付けて貰いたいなぁ」

「肋骨折れてるのに!?」

 

 炭治郎は、ちょっと羨ましかった。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 清は、稀血(まれち)と呼ばれる稀有な血液を有しており、鬼にとって常人の50倍~100倍の栄養となってしまうらしい。それ故に鬼に狙われたそうだ。炭治郎は、松衛門から既に話を聞いている。

 

 善逸にその話をしつつ、簡易的な石塚を設けて犠牲者の埋葬を終えた。炭治郎、善逸、ジョジョ、三人の兄妹は手を合わせて犠牲者を悼んだ。

 

「本当にありがとうございました。家までは自分たちで帰れます」

 

 清、正一、てる子の兄妹は、鎹鴉(かすがいがらす)の松衛門から、藤の花の匂い袋を貰って、帰っていった。匂い袋は鬼除けになる。これで早々に襲われることはないだろう。

 

 ジョジョと炭治郎と善逸は三人に手を振る。

 

 善逸は、正一から離れたくなさそうだったが、ジョジョがいるので我慢したという。なぜ正一から離れるのに我慢せねばならないのかは謎であった。

 

 別れを済ませると、ジョジョは炭治郎の治療に取り掛かった。

 

「ジョジョさんは、なんともないんですか?」

「ぼくは大丈夫だよ。君達より、楽させて貰ったようなものだからね」

「そ、そうですか?」

「鬼より体力あるんじゃないのこの人……」

 

 傍らでは伊之助が大の字で倒れている。限界まで体を酷使したのか、息を荒げていた。猪頭の皮が外れ、素顔が露わになっている。首までかかる青みがかかった黒髪に、緑色の眼。端正な顔立ちは、美少女と見紛うものだ。筋肉質な体に美少女の顔と、なんとも不思議な容姿である。

 

「……よし、タンジロー。肋骨はくっついたよ」

「いつもありがとうございます、ジョジョさん」

「お安い御用さ。ただ、結構な頻度で折ってるから、休んだ方が良い」

 

 炭治郎の治療を終えると、松衛門が次の目的地を叫んだ。近くにある協力者の屋敷で休息を取れとのことらしい。伊之助を除き、三人は戦うに支障がない程度の疲労だったが、部外者のジョジョをこれ以上働かせるのは余りよろしくないとか。

 

「宿か。それじゃあゼンイツ、イノスケはぼくが運ぶよ。君は治療した人を運んでくれないか?」

「分かりました」

「タンジローは怪我が治ったばかりだから、木箱もぼくが運ぼうか?」

「大丈夫です! これだけは自分が!」

「ふふ、そうか」

 

 そういう分担になった。

 

「だぁー! それ被らせろよぉ!」

 

 ジョジョの背に揺られ、素顔の伊之助が抗議する。手足は生まれたての小鹿の如くプルプルしている。山育ちでも、ここまで体を酷使したことはなかった。

 

「我慢するんだよ。イノスケの体は酸素を求めている。マスクはぼくが持っているから」

「さ……なんだそれ?」

「強くなるのに必要なものさ。いっぱい息を吸って、いっぱい息を吐くんだ」

 

 伊之助は、ジョジョに背負われながら目一杯深呼吸を繰り返す。どうもジョジョの言うことは素直に聞くようだ。

 

(ええ……。猛獣を手懐けてる……)

 

 善逸は信じられないものを見る目で二人を見た。

 

 道中で全員自己紹介を済ませ、炭治郎と善逸は伊之助の身の上を理解した。生まれて間もない頃、山に捨てられ、親兄弟がいないそうだ。鬼殺隊隊員から最終選別や鬼の存在を聞き出して入隊したという。初対面の印象に違わず、破天荒な男であった。

 

「力比べだけが、俺の唯一の楽しみだ! ゲホッゲホッ」

 

 深呼吸しながら豪語したせいで伊之助はむせた。

 

「かまぼこデコ太郎! 紋壱! 俺はお前らにも勝って、じょうたろうにも勝つ!」

「全く違う!」

「誰だよ!」

「まず、名前を覚えられるようにしないとね……」

 

 ジョジョ、炭治郎、善逸、伊之助、禰豆子。今後も、よく行動を共にするようになる五人組が一堂に会した瞬間であった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

伊之助は鼓屋敷でてる子を踏みつけたのがバレて、ジョナサンに説教されたぞ。
雑談中に炭治郎がバラしたらしい(悪気ゼロ)


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発見伝

3日くらい毎日更新します\('ω')ノ
日常回!


 ジョジョと鬼殺隊一行は、目的地である協力者の屋敷に到着した。既に日は沈んでおり、辺りは暗い。

 

 全員の前に木製の両開き門がある。成人男性四人程なら優に通れそうなほどの大きさで、中心部分には"藤"の字を藤の花と葉で囲った紋が刻まれている。鬼殺隊の協力者である一族の証だ。

 

 片側の門が静かに開いた。

 

「はい……」

 

 屋敷の主は老婆だった。白髪を日本髪で結い、上質なあずき色の着物姿と古風な様相をしており、佇まいから品の良さが伺える。

 

「鬼狩り様でございますね。どうぞ……」

 

 老婆は、滞在中の衣食住を全て融通してくれた。名を"ひさ"と言うそうだ。

 

 次の指令が下るまで、暫くお世話になることとなった。炭治郎達は、隊士になってから久々にくつろげそうだ。

 

「お召し物でございます」

「ご丁寧にどうも」

「お風呂を沸かしております。どうぞごゆるりと……」

 

 畳張りの客間で着替え用の浴衣を用意された後、四人は風呂に入った。四人そろって初の裸の付き合いである。

 

「すごく大きなバスルームだな……。みんなで入れそうだね」

「俺もこんなに大きな湯舟初めて見ました」

「野郎四人か……」

「めんどくせぇ」

 

 善逸と伊之助は何故か乗り気でなさそうだ。善逸は悲壮感漂う表情を浮かべていた。

 

 檜の湯舟は、全員で入っても問題ないほど広い。ひさ一人でどのような手段を用いれば、この大きさの風呂を沸かせるのか想像だにできなかった。

 

「川でいいだろ! 川で! 俺は入んねぇぞ!」

「おい伊之助。最後に川で水浴びしたのはいつだ?」

「……知るかぁ!」

「きたねぇから入れ!」

「伊之助、風呂はいいぞ!」

 

 炭治郎と善逸が素顔の伊之助を湯舟に入れようと説得を試みるも、必死の抵抗を続けている。ジョジョが一足先にかけ湯を済ませてから湯船に入った。

 

「イノスケ、これを見てごらん」

「あん?」

 

 ジョジョが湯舟に浸かったまま、人差し指でお湯に触れると、指を中心に楕円形の波紋が五つ発生する。自然界では決して起こり得ない、奇妙な波紋だった。五つの波紋で水面が規則的に揺れ、独特の模様を作り出す。

 

(ん? 今の波紋……。なんだか……)

 

「すごい! これが波紋と呼ばれる所以か!」

「は!? あれも呼吸の型なの!? 呼吸であんなことできんの!?」

「うおお! なんだそれ! すげぇ!」

 

 ジョジョが自らの波紋に違和感を感じていると、目を輝かせた伊之助が湯舟目掛け突進して飛び込んだ。辺り一面にお湯が飛び散って三人が盛大に巻き添えを喰らった。

 

「ギャーッ! 飛び込むな! バカ!!」

「伊之助! かけ湯しないと汚いだろ! 全く……」

「こら、怪我しちゃうよ」

 

 何はともあれ、ジョジョの誘導により伊之助を湯舟に入れることには成功した。

 

「ああ、五臓六腑に染み渡るなぁ」

「炭治郎が爺くさい」

「……いいなこれ」

「癒されるねぇ」

 

 四人並んで湯船に浸かってのんびりする。湯の暖かさが体に染み渡ってくるようで気持ちがいい。伊之助は風呂の良さに早速目覚めたようだ。疲れを癒しながら、四人は取り留めのない話をした。

 

「ジョジョさんの痣かっこいいですよね」

「これかい?」

 

 炭治郎が訊ねると、ジョジョが首筋を指で示す。そこには星形の痣が付いていた。

 

「星形の痣ってなんだよ。痣までかっこいいとかどんな星の下で生まれてんだコンチクショー。強いわかっこいいわ紳士だわ頭いいわ大学いってるわお貴族様だわ美人な嫁いるわ……。ゴボボボ」

 

 善逸が湯から顔の上半分を覗かせて、ジョジョを見上げるように睨んでいる。道中の会話でエリナの話が出た時も大暴れしたが、ジョジョが優しく取り押さえたので事なきを得た。

 

「……」

 

 伊之助は善逸の目に見覚えがあった。急流に打ち上げられ干からびて死んだ魚の目だ。こいつはもうじき死ぬのだろうか。

 

「お前、死ぬのか?」

「死なねーよッ!? 何亡き者にしようとしてんの!?」

「オキゾクサマってなんだ?」

「無視かッ!?」

「えーと、国の偉い人さ。ジョジョさんのご先祖様も、とってもすごい人だったんだって」

「はーん、じゃあクニのエライヒト全員ぶっ飛ばせば最強ってことだな!」

「やめろぉ!? 色々大変なことになるからな!?」

「言うほどのことじゃないよ。今はただの考古学者さ」

「この人のせいで学者がなんなのか分からなくなった……」

「じゃあガクシャを」

「やめろっつってんだろ!?」

「ジョジョさんの痣ってどうやってついたんですか?」

 

 炭治郎が話を戻す。

 

「生まれつきかな。ぼくの家は代々この痣ができるんだ」

「紋次郎も痣あんな。変なヤツ」

「変とか言うな! 後炭治郎だ! ……父さんも生まれつき痣があったなぁ」

「そう言えば、タンジローの痣も元々付いていたのかい?」

「いえ、俺のは弟が火鉢を倒した時に庇って付いたんです」

「そうか……。君は昔から勇敢なんだね」

「長男ですから!」

「炭治郎、なんか最初に会った時より痣が濃くなってないか? 気のせいかな」

「なってる気がする……」

「痛むなら言うんだよ。それにしても痣か。運命のようなものを感じるな……」

「お前も痣付けようぜぇ! 俺なんか毎日痣だらけだったぞ!」

「痛いのやだァ──ッ! 一人でつけてろ!!」

 

 こうして四人は、騒がしく風呂を楽しんだ。

 

「あちい……。根競べだぁ! 今ははえぇ奴よりおせぇ奴がつよい!」

「分かった!」

「え、やんの?」

 

 伊之助の唐突な提案で三人は我慢比べすることになった。

 

「……」

 

(さっきイノスケの気を引くために見せた波紋……)

 

 三人が根競べをする横で、ジョジョは発動した波紋に生じた違和感を考察していた。先ほどと同じように、指先へお湯の一部をくっつけて観察する。

 

(指先に集中したら波紋の力が増したような……。気のせいじゃない! 少量の波紋エネルギーで威力が増している!)

 

 ジョジョが人差し指を湯に差し込むと、湯の一部が四方10㎝程のキューブ状の塊と化し、ゼリーの如くプルプル震えながら指先にくっついた。

 

(ぼくは、今まで拳や足から波紋を通すことが多かったから気づかなかったんだ。放出する面が小さいほど、波紋の出力が向上する……! そうか、イノスケと戦ったときやエリナを守ったときの波紋が効果充分だったのはコレだったんだ! よし、少し練習してみよう!)

 

 波紋を調節すると、お湯の塊が震えて、丸、三角、四角、星形と次々に姿を変えた。左手の人差し指も出すと、お湯の塊は繋がって綺麗なアーチになった。ちょっとした手遊びのようである。

 

 実は波紋使いとしてはとんでもない達人技なのだが、そこに気付く者はいない。

 

「すごい……」

「呼吸ってか妖術だよやっぱ」

「……」

 

 我慢比べは、いつの間にか波紋の鑑賞会になっていた。

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「の、のぼせた……」

「み、水……」

「あっちぃ……」

「危ないところだったね……」

 

 長風呂しすぎてのぼせてしまったが、無事に体は綺麗になった。さっぱりした四人は用意された浴衣を着用した。

 

「おお、ついにジョジョさんの身の丈に合った服が……」

「これが本来の着心地……。ゆったりしてて気持ちがいいや」

 

 炭治郎は感動した。なんとジョジョにもぴったりだ。

 

「こんなでかいのよく用意できたな……。力士用かな」

「脱ぎてぇ」

 

 伊之助は服を纏うことに違和感を覚えているのか、歯を食いしばって眉間にしわを寄せている。この間に、隊士服やジョジョの正装を洗濯して補修するそうだ。

 

「食事でございます」

 

 着替えが済むと、ひさが食事を用意してくれた。

 

「わぁ、フライがあるじゃないか!」

 

 漆塗りの和膳に、山盛りの米とみそ汁、煮物、天ぷらが載っている。出来立てなのかホカホカと湯気を立てていた。ジョジョ、炭治郎、善逸、伊之助の順番で時計回りに囲って一緒に食べる。

 

「頂きます!」

 

 ジョジョは、初めて見る天ぷらに興味津々だ。カボチャ、サツマイモ、春菊、レンコン、海老が衣を付けてカラッと揚げられており、香ばしい匂いが食欲をそそる。

 

「これは、日本式のフライかな? とても美味しそうだ!」

「フライ……。天ぷらのこと? 天つゆをつけて、大根おろしと一緒に食べると旨いですよ」

「これかい? ゼンイツ」

「それそれ」

 

 善逸が天ぷらの横に添えられた天つゆと大根おろしの用途を教えてくれた。教えに従い、ジョジョはまず、芋の天ぷらから食べた。

 

「美味しい!」

 

 ジョジョは、初めての天ぷらに興奮気味だ。祖国の物より、同盟国のポルトガル式に近い印象のあるフライは、ジョジョを唸らせた。

 

 日本のスイートポテト、サツマイモの甘さは祖国で使われるものよりも数段上で、これだけでも充分な御馳走だった。衣のパリパリとした食感と、中まで火が通った芋のホクホクとした食感が最高だ。

 

「これも甘いなぁ」

 

 カボチャの天ぷらも負けず劣らず甘い。主菜だと言うのにまるでデザートのようだった。天つゆと大根おろしのおかげで食後がさっぱりとしている。これは非常に完成度の高い料理だ。

 

 幸せそうに二つの天ぷらを食べ終えると、春菊の天ぷらを箸でつまみ、興味深そうに眺めた。炭治郎の教えの甲斐もあり、箸使いに問題はない。

 

「葉がメインディッシュになるなんて、不思議だなぁ」

「主菜ってことですね。それは春菊です。おひたしにしても美味しいんですよ。寒い時期、ウチでもよく採ってたっけ……」

 

 炭治郎が山での生活を懐かしむ。

 

(た、炭治郎……。お前英語分かるのか……)

 

 善逸に電流走る。

 

「そうだ、タンジローは山育ちだもんね。山の幸ってことか」

「俺も山育ちだぁ!」

「はいはい。しかしあの婆さんできる……。ジョジョさんはこういうの食べたことない?」

「ラディッシュやビーツの葉っぱならサラダで食べたことあるけど、主菜になっているのは初めて見たよ。……これも美味しい!」

 

 サクサクとした食感に適度な塩気、箸が進む。食べれば食べる程食欲が増す、魔性の天ぷらだった。更にレンコン、ししとうの天ぷらも平らげ、いよいよ中心に座する主役。海老に手を付けた。

 

「……!」

 

 海老は、最早言葉にできない程の美味だった。

 

 衣、海老の食感もさることながら、海老の下ごしらえが完璧で、魚介類特有の臭みが全くない。魚介類の旨さだけを抽出したような味わい。完璧だ。これは完璧なフライだ。ジョジョは、東洋の神秘を、食で体感した。

 

「ンガ、ング」

 

 一方、伊之助は、手掴みでガツガツと食べていた。勢いよく頬張っているせいか、口の周りには食べカスが付いている。天ぷらまで手掴みで食べてしまうものだから手がベタベタだ。

 

「伊之助は箸の練習しような」

「あーあ、折角風呂入ったのに……。汚いぞー」

「いらねー! なんでそんなもん使うんだよ!」

「まぁまぁ、イノスケも一緒に練習しようよ」

「……」

「ほら、ぼくもまだまだだからさ」

「…………おかずよこせばな」

「いいとも」

「お前、ほんとにジョジョさんの言うことはよく聞くのな」

 

 ジョジョの煮物半分と引き換えに承諾した。伊之助、文化の夜明けである。

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 食事を終え、就寝する。四つ並んだ布団に入ろうとしていると、寝室の隅に置いていた木箱がカタカタと音を立てた。禰豆子が目覚めたようだ。

 

「ぎゃー! 出てくる!」

 

 鬼であることだけ知っていた善逸が、ジョジョの後ろに隠れた。ちょっと怖かったが、ジョジョのとても大きな背中のおかげでへっちゃらだ。

 

「グゴー……」

 

 一方疲れ切っていた伊之助は、猪の皮を被りなおして既にいびきをかいている。器用なことに、猪頭の鼻部分から鼻ちょうちんが出ている。布団に入った瞬間から爆睡していたようだ。

 

「禰豆子」

「おはよう、ネズコ」

「……ちっちゃ!?」

 

 想像以上に小さい鬼の登場に善逸は突っ込んだ。小さい体のまま禰豆子がジョジョに近づく。寝覚めの抱っこが恒例になっていた為だ。

 

「善逸、この子が妹の禰豆子だ。今日も小さいままだね」

「小さいまま……?ともかく、鬼の正体は炭治郎の妹だったんだな……」

「うん。善逸もジョジョさんと一緒に禰豆子を守ってくれたんだってな。ありがとう」

「よ、よせやい」

 

 照れる善逸の横で、禰豆子がジョジョの元に近づこうとするが、途中で立ち止まって炭治郎の背に隠れた。すると、人間だった頃の年齢である12歳程の体格に戻った。

 

「え゛!? ……か、かわ」

 

 善逸が大きくなった禰豆子の姿を見ると、何かを言いかけて固まった。顔は紅潮しており、随分と嬉しそうだ。明らかに一目惚れの様相だが、炭治郎は気付かなかった。

 

「あれ、珍しいな。いつもなら小さいままジョジョさんに突進してるのに」

「どうしたんだい? ネズコ……。あ、もしかして」

 

 ジョジョが何かに気付いたのか指先を確認する。風呂場で気づいた一点集中波紋の練習をずっとしていたせいで、波紋の残滓が残っていたのかもしれないと判断した。だが、波紋エネルギーは残留していなかった。

 

「ムー……」

「戻るのかい? 禰豆子」

「……」

 

 炭治郎にくっついていた禰豆子は、また小さくなって箱の中に戻っていった。心なしか、少し悲しそうだった。

 

「うーん、久しぶりに呼吸を練習したせいか? ネズコはぼくの中の波紋の気配を感じているのかもしれないね。可哀想なことしたかな……」

「暫くしたらまた出てきますよ。きっと」

 

 ジョジョは炭治郎と行動を共にするようになってすぐ、通常の呼吸で活動するように気を付けた。常時"波紋の呼吸"を行って活動するのは容易いが、鬼の体である禰豆子に悪影響を及ぼす可能性があったので止めていた。どうやら、正解だったようだ。

 

「最近は()()()でやらないように気を付けてたんだけどな……」

「……()()()? ジョジョさん、ちょっと聞きたいんですけど」

「なんだい?」

「ジョジョさんって、その"波紋の呼吸"のまま生活してたんですか?」

「うん。吸血鬼と戦っていたときは道中でも常に"波紋の呼吸"だったよ。修行のためにね」

「なるほど……」

 

 ジョジョがそう答えると、炭治郎は何やら考え込んだ。表情は真剣そのものだ。

 

(タンジロー……? そうか、彼はもしや)

 

 炭治郎の考えはすぐに分かった。ジョジョは提案する。

 

「よし、タンジロー」

「……はい?」

「明日一緒に修行してみようか」

「え、本当ですか!?」

「本当さ。ぼくも良い方法を思いついたからさ、今日はもう寝よう」

「分かりました!」

 

 ジョジョも布団に入り、一度目を閉じるとあっという間に眠りについた。寝付けが良いらしい。続いて炭治郎も勢いよく布団に潜り込んで、張り切って目を閉じた。

 

「う、うーん。ね、眠れない」

 

 完全に、遠足前日の子供と同じ状態である。

 

「お、俺も眠れそうにないやお義兄さん……」

「……おにいさん?」

 

 何故か善逸も眠るのに難儀した。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

 天ぷらは昔から江戸で有名なファーストフードだったぞ! 全国的に有名になったのは1923年(大正12年)の関東大震災以後らしいけど、かまぼこ隊の三人は全員東京府出身なので知ってる訳だ!


 原作だと、ここで骨折を完治するまで療養していましたが、ジョジョのおかげで大きなインターバルが出来ました。次回、短い修行回&那田蜘蛛山編前編!(多分)



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初めてのパウ

2020/11/19 19:00頃
執筆途中だった方を投稿してしまったみたいなので19:20頃に修正しました!!
誠申し訳ない……(´;ω;`)

後、思いついたネタねじ込んだので那田蜘蛛山編は次回になります!

屋敷の婆ちゃんの名前判明したので変更しております!


 待ちに待った朝がやってきた。朝焼けが見え始めた頃、誰が起こすでもなく炭治郎は飛び起きた。

 

 伊之助は飛び起きた炭治郎の気配で目覚めかけており、善逸は「禰豆子ちゃぁん……」と寝言を呟きながらぐっすり眠っていた。

 

 一方、ジョジョが眠っていた布団は既にもぬけの殻だ。先を越された。

 

「おはようございます……」

「おはようございます!」

 

 寝室の襖を出てすぐの縁側で、家主であるひさと鉢合わせた。ジョジョと同じく既に起床していたようだ。炭売りが生業だった炭治郎もかなり早起きな方だが、年長者たちが一枚上手だった。

 

「こちら、お召し物でございます」

「ありがとうございますっ!」

 

 察しの良いひさが、綺麗に洗った隊士服と羽織を用意してくれた。どうやったのか不明だが、しっかりと乾いている。寝室に戻って大急ぎで着替えてからひさに浴衣を渡すと、既に用意されていた履物を履いて中庭に飛び出した。

 

「おはようタンジロー、やっぱり君が一番乗りだったね」

「おはようございます! ジョジョさん!」

 

 ジョジョは目覚めもばっちり、既に準備万端と言った様子で待っていた。

 

「あれ、ジョジョさんその恰好……!」

 

 炭治郎は、ジョジョの服装に大きな変化があったことに気付く。

 

「これかい? ふふ、似合うかな?」

 

 驚くべきことに、ジョジョは鬼殺隊隊士服を身に纏っていた。服の大きさは、巨漢であるジョジョにもきっちり合わせてある。ただし、従来の隊士服とは大きく異なる点があった。

 

「青い……。青い隊士服なんて初めて見ました!」

 

 その隊士服は、鮮やかな青色で、背の『滅』の白字も刻印されていなかった。一言で言うなら青い学生服である。

 

「君が起きる少し前に、黒い頭巾を被った鬼殺隊の人と、ロープのような首飾りを付けた鎹鴉(かすがいがらす)がお金と一緒にわざわざ持ってきてくれたんだ。凄く言葉の上手な鴉だったなぁ。タンジローのおかげで、ぼくのことが知られてるみたい」

「給金も出たんですね! 良かった! 隊士服もすごく似合ってます!」

 

 今までは、新婚旅行中に着ていた正装のままだった。エリナとの思い出の衣装だ。なるべく傷つけたくなかったので、非常にありがたい配慮だった。

 

 余談だが、やけに言葉の巧い鎹鴉からは給金を言い値でいくらでも出すとも言われている。流石に遠慮して、持ってきた分だけを受け取ったが。ジョジョは、これで炭治郎達に何か御馳走できると上機嫌だ。

 

「ありがとう。うん、すごく動きやすいよ! それにとても丈夫だ!」

 

 ジョジョが腕をぐるぐる回したり、上段蹴りを空に放って動きを確かめながら言う。

 

 鬼殺隊隊士服は高性能だ。下級の鬼程度の一撃ならば容易く防ぐほどの頑丈さを有しており、軽さ、動きやすさ共に申し分ない。成り行きから鬼退治に貢献しているジョジョにとってもうってつけの服である。

 

 炭治郎は服がもらえたことを素直に喜んでいるが、これは特例中の特例だった。

 

 前提として、ジョジョは鬼殺隊の所属ではない。言ってしまえば部外者である。部外者の、それも外国人に隊士服が支給されたのは、鬼殺隊の歴史上でも前代未聞のできごとだ。

 

 後に炭治郎達も知ることとなるが、あの言葉の巧い首飾りを付けた鎹鴉が来たことも、一部の隊士からすればひっくり返るような出来事なのである。

 

「鬼殺隊の人は要望があれば好きな色に変えていいって言ってたんだけど、最初に持ってきたこの色を気に入ってね。なんだかしっくりくるんだ」

 

 

 ──好きな色の隊士服と好きな金額を用意する。

 

 

 直球なアプローチであった。ジョジョの討伐記録も炭治郎の鎹鴉、天王寺松衛門がしっかりと残しており、既に鬼殺隊中枢にまで届いている。その為、まだ面識がないにも関わらず、評価は極めて高い。

 

 ジョジョは、十二鬼月の一人、下弦の参である病葉を無傷で倒した。これだけで、鬼殺隊トップクラスの精鋭、"柱"に就任する条件を既に満たしているのだ。ガッチガチの実力主義である鬼殺隊としては、なんとしても引き入れたい人材だった。

 

 尚、既にジョジョは、無惨を倒すまで日本に滞在し続ける覚悟である! 

 

「だー! 先を越されたぁ!!」

「いででで!? 伊之助! 髪引っ張るな! 引っ張るのやめろ!!」

「うるせぇ! 悶絶がさっさと起きねぇからだ!」

「悶絶って俺のことか!? お前のせいで禰豆子ちゃんに朝の挨拶できなかっただろうがぁ!!」

 

 服のことを話していると、伊之助が善逸を引きずってやってきた。朝から騒がしいものの、二人とも隊士服に着替え終わっている。伊之助は相変わらず猪頭に上半身裸の恰好で、物凄く強引な様子だが、善逸が着替えるまでは待っていたらしい。

 

「おはよう、善逸、伊之助」

「二人ともおはよう。だめだよイノスケ、髪の毛引っ張ったら……」

「じゃ、次からは鼻か耳を引っ張ってやる」

「千切る気かぁッ!? せめて腕にしろ! 腕!」

 

 振り回されるのは確定事項のようだ。

 

「それよりじょうすけ! お前なんかやる気だな? 何するんだ! 言え!」

「名前また間違ってるし、まず服に触れろよ……。ジョジョさん隊士服貰ったんですね。なんか青いけど……」

「うん、とても動きやすいよ。イノスケ、今日はみんなで修行をしようと思うんだ」

「修行ぉ? お前みたいに強くなれるか?」

「なれるさ!」

「おう! やってやらあッ!」

「勿論、俺もやります!」

「……」

 

 炭治郎と伊之助は見るからに乗り気だ。善逸は顔が青い。思いっきし困難(ハード)なヤツであることを確信していたからだ。

 

(逃げようかな)

 

 などと善逸が考えていると、寝室の影から視線を感じた。

 

「ねねね、禰豆子ちゃんッ!!」

「禰豆子も起きたのか。もう日が昇るから、こっちに来たら危ないぞ」

 

 襖の隙間から、禰豆子がこちらをジーッと覗いていた。その表情は悲し気で、見ているだけで心配になってしまう。

 

(ね、禰豆子ちゃんが悲しそうに俺を見ている!? に、逃げないよ! 俺は逃げないからね!)

 

 禰豆子が悲しそうなのは、昨日も含め、ジョジョと炭治郎に構って貰えそうにないからである。

 

「……ジョジョさん。俺にもやらせてくださいッ! 男ならどんな困難だって乗り越えなくちゃなりませんから!」

「ゼンイツ! よく決心してくれたね!」

 

 知らぬが仏であった。

 

「それでジョジョさん。何をやるんですか?」

「一番は肺の強化かな」

「肺……。呼吸を強くするってことですね!」

「うん。ほら、ぼく達の戦い方って、呼吸が要になっているだろう? "波紋の呼吸"と"全集中の呼吸"。戦法は異なるけれど、肺や精神力、そして集中力が重要なのは共通している。だから、ぼくがやっていた呼吸の鍛錬を活かした修行にしよう。これは、三人の強化にも繋がると思うんだ。マツエモンも暫くは大丈夫って言ってたから」

「ジョジョさんがやっていた訓練ですか!」

「ああ! きっと役に立つと思う! それに、身体能力、筋肉の方は三人ともしっかり鍛えられているから、うまくいけば何倍も強くなれるんじゃあないかな?」

「ハハハ! いいねいいね! んで、一番ってことは二番もあるなぁ! 二番はなんだ?!」

 

(い、伊之助が数字を理解している……!?)

 

 善逸、また失礼な理由で電流走る。

 

「鋭いねイノスケ。二番はね、"常中"が出来るようになることさ」

「ジョウチュウゥ? なんだそれ」

「昨日、ぼくが常時"波紋の呼吸"で活動していたのはタンジローに話したよね。あれを"全集中の呼吸"で、みんなにも出来るようになって貰おうかと思って」

「……え゛?」

 

 善逸が汚い高音で聞き返した。流石の炭治郎と伊之助も難しい顔だ。伊之助に関しては、何故か猪頭の表情が変わっているので分かる。

 

「常時"全集中の呼吸"……」

 

 炭治郎は、昨日の話で何をするかはある程度予想がついていた。だが、"全集中の呼吸"による負担は生半可なものではない。身をもって知っているだけに、果たして本当にできるものか不安だった。

 

「じょ、ジョジョさん、ジョジョさん。それってめっちゃくちゃきついんじゃ……」

「そうらしい……。首飾りをつけた鎹鴉が教えてくれたんだ。最上位に位置する実力者が身に着けてる奥義で、これを"常中"って言うそうだよ」

「常中……。ジョジョさんはこの奥義を習得していたようなものなんですね」

「"波紋の呼吸"でだけどね」

「……!」

 

 炭治郎は手が震えた。武者震いだ。もし、ジョジョの話す"常中"を使いこなせれば、自身が知る圧倒的強者達に追いつける可能性がある。

 

 冨岡義勇。鱗滝左近次。ジョナサン・ジョースター。全員"常中"を習得しているのは間違いないだろう。

 

 極めて困難な道のりだが、"やらない"という選択肢は存在しなかった。伊之助も、ジョジョが会得していると知ってやる気が増したようだ。

 

「習得には、極めて強力な肺活量が必要なんだ。肺の強化を一番とした理由がこれだね」

「なるほど」

「ぼくは、信念さえあれば人間に不可能はないと信じている。三人は、揺るぎない信念も、類稀な才能もある。戦いを通して成長していることも実感した。だから、君達なら絶対に習得できる!」

「ジョジョさん……」

 

 ジョジョは、炭治郎達なら"常中"を習得できると信じていた。ならば、自分たちもその言葉を信じて突き進むまででだ。

 

「な、なんで俺までそんな期待されてんの……。俺、みんなと比べ物にならないでしょう?」

「そんなことはないさ。ぼくが君たちを上回るものがあるとするなら、経験の差だけだよ」

「ほ、本当かな……?」

 

 ジョジョが断言するが、善逸は信じきれていない様子だ。

 

「先に言っておくよ。今回の修行は、とても過酷なものになる。やるかい?」

「やります! やらせてください!」

「怖くなんかねぇぞ!!」

「……………………やります」

 

 善逸、すごく迷ったが承諾。二言はなかった! 

 

「よし、じゃあ実際にやってみようか」

 

 いよいよ、ジョジョは具体的に何をするのか話すようだ。果たしてどれほど過酷な修練が待ち受けているのか。炭治郎達は固唾を飲んで言葉を待った。

 

「三人で"全集中の呼吸"を維持しながら……」

「はい」

 

 

 ──ぼくと戦うんだ。

 

 

「ぎゃぁ────ッ!?」

 

 善逸は叫んだ。最強の味方が、最強の敵になってしまった。

 

「木刀でございます」

 

 すかさずひさが、縁側の淵に木刀を四本立てかけた。炭治郎に一本、善逸に一本、伊之助に二本の計四本だ。この時ばかりはひさをちょっと恨んだ。

 

「今回、ぼくも攻撃する。ちょっと()()()かもしれないけど……」

 

(……く、()()()? ()()じゃなくて?)

 

「大丈夫です! 是非お願いします!」

「上等ォ!!」

「待って待って! こ、心の準備が!?」

 

 善逸の疑問は余所に、話がどんどん進んでいく。

 

「最初は出来なくてもいい。とにかくやってみることが大事だ。ぼくは大丈夫だから、手段は問わない! 色々やってごらん!」

「……はいっ! ジョジョさん! 胸をお借りしますッ! お願いします!」

「ウオッシャアアアアアアア!! 猪突猛進ッ!!」

「……」

「さあ、こい!」

 

 炭治郎と伊之助は木刀を手に取ってジョジョ目掛けて突撃した。

 

 

コオオオオオオオオオオオ

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

カァァァァァァァァァァァ

 

 

 ジョジョ、炭治郎、伊之助が呼吸を発動させ、ぶつかり合おうとする。

 

「……」

 

 善逸はちらりと寝室の方に視線を向ける。

 

「ムー」

 

 禰豆子がまだこっちを悲しそうに見ている。可愛い。

 

 ここで逃げたらかっこ悪いなんてもんじゃなかった。

 

「……あああああああやりますよやればいいんでしょぉ────―ッッ!!」

 

 

シィィィィィィィィィィ

 

 

 善逸が雷の呼吸を発動させて、ヤケ気味に突撃した。善逸がここまで大胆な行動に移れたのは、禰豆子の視線、死にはしないという希望的観測、三人への密かな敬意と憧れによるところが大きかった。とはいえ、善逸もやはり、性根は剣士であった。

 

「雷の呼吸! 壱の型! 霹靂一閃!!」

 

 

ド ン ッ ! 

 

 

「ッ!」

 

 ジョジョは驚嘆する! 

 

(速いッ!? タンジローとイノスケに一歩遅れていたのにッ!)

 

 居合抜きのポーズを取った善逸が超高速で突撃してきた。雷霆の如き神速で、首目掛けて斬撃が飛ぶッ! 

 

「くっ!?」

 

 当たる直前、人差し指と中指に波紋を集中させ、滑らせるように受け流す。これは、くっつく波紋、反発する波紋とはまた異なる。いわば、滑る波紋だ! 

 

「うわぁっ!?」

 

 勢いを受け流された善逸は、ジョジョに背を向ける形となる。

 

(すごい……。 想像を絶する圧倒的速さだ! ここまでとは!)

 

 ジョジョの認識は間違っていなかった。善逸も実力者だ。現状、三人の中でもトップと言っていい。だが、霹靂一閃の弱点はすぐさま明らかになった。外した後の隙が大きいのだ。

 

「!」

 

 だが、隙だらけだった善逸に反撃をする前に、炭治郎と伊之助がジョジョ目掛けて攻撃を繰り出した! 

 

「獣の呼吸ゥ! 弐ノ牙ァ!  切り裂きィ!」

「水の呼吸! 漆ノ型! 雫波紋突き!」

 

 どちらも、気合いの籠った一撃だ。ジョジョ目掛けて攻撃することに抵抗は感じられない。それは、木刀如きでこの人がどうにかなるとは到底思えないという、絶大な信頼であった。

 

 足元を狙って、獣が喰らい付くが如き交差する斬撃が炸裂する! 次いで炭治郎は、上から突き技を用いて突っ込んだ! 鋭い鉄砲水を思わせる、激しい一突きだ。

 

「ッ!」

 

 即興とは思えぬ連携! 炭治郎は、一足先に攻撃を繰り出した伊之助を見てから、すかさず技を選択したのだ。

 

(巧い! やはりタンジローは、観察力がずば抜けている! だが!)

 

「はっ!」

「!?」

「なにぃ!?」

 

 ジョジョは、伊之助の切り裂きに合わせてほんのちょっぴり跳ねる! 着地した両足は、伊之助の木刀が交差する瞬間を狙って踏み抜いたッ! 

 

「ぐ、動かねぇ!」

 

 バツの字で交差する木刀の真ん中を踏みつけられたまま、全く動かない。

 

(なんだ!? つ、突きが滑るッ!?)

 

 炭治郎の一撃も、善逸と同じように微かに光る二本指で受け流された。溶けかけた雪の上を掠めたかのような勢いで滑り、そのまま前へつんのめった! 

 

「隙ありッ!」

 

 ジョジョの反撃が、炭治郎と伊之助を同時に襲う! 

 

(こ、小指ッ!?)

 

 ジョジョは、どういう訳か二人の腹から突き上げるように小指を突き刺したッ! 

 

 

ド ズ ッ ! 

 

 

「ぐぅっ!?」

「がはっ!?」

 

 炭治郎と伊之助は、肺の中の空気を一つ残らず押し出された感触を覚えた! 不思議と、突き刺された痛みは感じない。だが、空っぽになり、空気を渇望する肺は想像を絶する息苦しさをもたらした! 

 

「い、今の内に……。雷の呼……」

 

 善逸は、炭治郎と伊之助に気を取られている隙を狙って霹靂一閃を発動させようとした。

 

「そして君もだッ! ゼンイツ!」

「ギャー! 俺は遠……グェェ!?」

 

 

ド ズ ッ ! 

 

 

 だが、目論見を看破されたジョジョに正面を向いたところで小指を突き込まれたッ! 

 

「うぅ……!」

「ぐぐ……!」

「か……!」

 

 三人はしゃがみ込んで、暫く息ができない状態に苦しんだ。

 

(……よし、今だ!)

 

 その時、頃合いを見計らったジョジョが叫んだ! 

 

「"全集中の呼吸"ッ!」

 

「!」

「!」

「!?」

 

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

カァァァァァァァァァァァァァァァァァ

 

シィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ

 

 

 それは、多くの訓練と実戦による、本能的な反射だった! "全集中の呼吸"により、空になった肺の下へと、膨大な酸素が供給されるッ! 活力が湧いた三人は、すぐさま立ち上がった! 

 

「こい!」

 

「い、壱の型! 霹靂一閃ッ!」

「壱ノ牙ァ!  穿ち抜きィ!」

「弐ノ型!  水車!」

 

 善逸の居合切り、伊之助の突き、炭治郎の縦回転斬りがほぼ同時にジョジョ目掛けて繰り出された! 上段、中段、下段、隙の無い一撃ッ! 

 

 

ガッッッ!!! 

 

 

「……見事!」 

「はっ!」

「あ、当たった!?」

「こいつぁ!?」

 

 三人は驚いた。腕と足によるガード越しとは言え、ジョジョに一撃当てることに成功した! 更に、連続して型を発動したにも関わらず、負担を感じないどころか、むしろ威力まで増していたのだ! 

 

「だが、油断は禁物だッ!」

 

 

ド ズ ッ ! 

 

ド ズ ッ ! 

 

ド ズ ッ ! 

 

 

 ジョジョの小指突きで、再び三人が悶絶したッ! 

 

(ごめんよ……。だが、思った通りだ。彼らは全集中の呼吸が体に染みついている。空っぽになった肺に少量の波紋。こうすれば"全集中の呼吸"による負担が軽くなり、尚且つ効率が増すッ!)

 

 しかし、これは三人が天才的才能を持っているからこそ見出した荒業だ。一般的な隊士には到底使えないだろう。恐らく拷問にしかならない。

 

「……」

「……」

「……」

 

 だが、苦しむ三人の目は光を失っていない。それどころか、善逸すらも闘志をむき出しにしている。たった一合の打ち合いで、強くなる実感があったからだ。炭治郎と伊之助は分かり切っていたことだが、善逸も、苦しみに対するメンタルは非常に強い。

 

「ふふ……」

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

『教えてください波紋の使い方を!!』

 

『どんな苦しみにも耐えます!』

 

『どんな試練も克服します!』

 

『いやだと言っても無理やり教えるわ!!』

 

『よォし、やったなジョジョ!』

 

『それが基本! 利用法はまだまだあるぞッ!!』

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 懐かしい記憶が蘇る。

 

(ツェペリさん。貴方も、こんな気持ちだったのでしょうか)

 

 闘志を燃やす若き剣士たちの姿に、つい笑みがこぼれる。

 

「続けるかい?」

「……ごほ、お願いしますッ!!」

「……猪突……猛進ッ!!」

「や、やってみます。見てて! 禰豆子ちゃんッ!!」

 

 鍛錬は始まったばかりだ。ジョジョは、これから三人がどれほど強くなるのか、楽しみで仕方がなかった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

ジョジョ宛の隊士服で青色をチョイスしたのはお館様の勘らしいよ!


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那田蜘蛛山の悲劇 前編

前回、19:00頃間違えて執筆途中の方を投稿してしまい、結果として修行パートが丸々すっぽ抜ける大惨事になりました……。申し訳ありません! 現在修正済みです! 後、小説版読んでたらお婆ちゃんの名前が判明したのでそこも修正してます!

ぎ、ギリギリセーフ(;'ω')


 ひさの家に滞在してから早二週間が過ぎた。朝焼けが見え始めた。起きる頃合いとなった時間、寝室で炭治郎、善逸、伊之助はまだ寝息を立てている。ジョジョは、また三人よりも早く起床し、その様子を真剣な表情で見守っていた。

 

「……」

 

「ムー……」

 

 ちょっと距離を置いて、禰豆子も見守っていた。十二歳程の体で、何故かジト目だ。これは、習慣になりつつあるジョジョの真似である。波紋の気配で抱っこされたくてもできない時間を繰り返している内に、自然とこうなってしまった。親の真似をする子供の原理だ。

 

ヒュゥゥゥ……

カァァァァ……

シィィィィ……

 

 眠る三人の息遣いに耳を澄ませ、ジョジョは喜びの表情で力強く頷いた。

 

(出来ると信じてはいたが、奥義と呼ばれる技術をこんなに早くマスターするなんて……!)

 

 かつてジョジョが、師ウィル・A・ツェペリから波紋法の基礎を学び一週間。そこからズームパンチを会得するまで一週間、計二週間かかった。三人が、"常中"の会得に至ったのも二週間。奇妙な偶然であった。

 

「……ん、朝だ」

「ハッ! 一番乗りィ!!」

 

 炭治郎と伊之助がほぼ同時に覚醒した。僅差で炭治郎が一位だが、それを言うと伊之助が不貞腐れるので触れないでおく。

 

「ふへへへ……やっぱ……禰豆子ちゃん……可愛いなぁ……シィィ……ンガ!? 伊之助の声!!」

 

 善逸はだらしない笑顔で鼻ちょうちんを出していたが、伊之助の声を聞いた途端に目を覚ました。元々耳が良いのでいつからかこうなった。寝言から察するに、夢の中で禰豆子と遊んでいたのだろう。それでも雷の呼吸を怠っていなかったのは大したものだ。

 

「おはよう。タンジロー、イノスケ、ゼンイツ。良いお知らせがあるんだ」

「おはようございます。良い……? まさか!?」

「俺が一番だろ……って、おい!」

「良い……お知らせ……マジ!?」

 

 寝起きの微睡みが瞬時に吹き飛んだ。

 

「できていたよ! 常中! よく、頑張ったね……」

「や、やった!」

「オッシャアアアアアアアア!」

「ああああああ!! 肺に穴が開くかと思ったぁ────!!」

 

 三人は握り拳で両手を挙げて大喜びだ。善逸は号泣している。

 

「ムー!」

 

 つられて禰豆子も両手を挙げた。善逸は萌えた。

 

 何度も何度も何度も、肺の空気を絞り出された苦しみがついに報われたのだ。ついにとは言っても、常識外の習得速度だった。

 

 こうして喜んでいる間も、"全集中の呼吸"は切らしていない。三人とも、"常中"をモノにしたと言って差し支えないだろう。

 

 特訓中、"常中"の維持は徹底し続けた。模擬戦の時、パウられた時、食事の時、風呂の時、就寝の時、最寄の村で良縁の嫁入りがあるとの話を聞いて皆で祝いに行った時、良縁に恵まれるという村の言い伝えがある花"ホオズキカズラ"を、花嫁姿に感化された炭治郎が取りに行った時、見つからなくて、ジョジョの提案によりみんなで探した時、どんな時も、全集中の呼吸を維持し続けた。

 

「ジョジョさん、本当にありがとうございました!」

「あ、ありがとうございました」

「…………礼は言っとくぜ」

 

 三人でジョジョに礼を言った。伊之助は頭を下げず、目線も合わせてはいなかったが、感謝の気持ちは本物だった。自分一人なら、これ程まで強くなっていない。敵を打ち倒すだけが強くなる道ではないことを理解できた。要は照れているだけである。

 

 奥義を差し引いても、三人は大幅に強くなった。実戦さながらの戦いで体は鍛えられ、連携も上達した。下手な"血鬼術"よりも奇妙な戦術を取る"波紋使い"との戦いは、かけがえのない経験として活かされていくだろう。

 

 小指でパウられるだけではなかった。落ち葉をくっつけて盾にする。その盾で空を飛ぶ。葉の一枚を取って投擲すれば肺の辺りへ的確にめり込ませる。三人の木刀同士をくっつけて惑わす。全身をツルツルさせる。距離を取ろうとしたら腕を伸ばしてパウられる。何より元々すごく強い。

 

(ものすごく勉強になった……)

(優しい音を出しながら滅茶苦茶してくるもんなぁ、この人)

(こいつやっぱ人間じゃねえ。葉っぱで空飛ぶとか絶対山の化身だ)

 

 とにかく想定外なことへの耐性が出来た。

 

「礼を言いたいのはぼくもさ。君達との戦いは、最高の鍛錬になった」

 

 ジョジョもそうだった。三人の実力者達による模擬戦は、非常に質の高い特訓となった。指導というのは、一方的に相手に物を教えることではない。自分自身の勉強にも繋がることである。

 

 戦えば戦うほど強くなるサムライ達との模擬戦は、終盤になるに連れ激戦となっていった。時には波紋で受け流しきれず、木刀なのに切り傷で出血することもあった。

 

「俺達も強くなったはずなのに、ジョジョさんも強くなってることに気付いたときは、この世の終わりかと思いました」

「おかげさまで」

 

 善逸は若干目が死んでいる。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 仕上げにもう一度模擬戦を終え、ひさが奥義習得祝いにと、また天ぷらを振舞ってくれた。四人は喜んで美味しく頂いた。取引(?)の甲斐あって、伊之助は箸使いが上達し、すごい勢いで天ぷらにがっついた。マナーはまだまだこれからのようだ。

 

 食事を終えて暫くした頃、鎹鴉からついに指令が来た。

 

 目的地は那田蜘蛛山。

 

 ひさの屋敷から旅立つ時が訪れた。

 

「お世話になりました!」

 

 お世話になったひさに、四人で深々と頭を下げた。ただし、伊之助はジョジョが優しく頭を抑え、抵抗しても無駄だから諦めてるだけである。

 

「では切り火を……」

 

 そう言うととひさが"必勝"と書かれた木で固定された火打金を、火打石で叩いて軽い火花を起こした。

 

「ありがとうございます!」

 

 炭治郎がお礼を言うと、ジョジョが問いかけた。

 

「キリビ……。これは、何かの儀式かい?」

「はい、お清めや魔除けになるんですよ。あの文字は"必勝"と読んで、必ず勝つという意味が込められてます」

 

 伊之助は、切り火を攻撃と勘違いして威嚇しようとしたが、寸前で治まった。

 

「まじないの類か。ひささん、どうもありがとうございます」

「どのような時でも、誇り高く生きてくださいませ。ご武運を……」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 那田蜘蛛山を目指して四人が走り、一人は木箱で眠る。伊之助が、ひさの言葉の意味を炭治郎やジョジョに何度も問い、みんなで丁寧に一つ一つ教えていると、やがて日は沈み、目的地が見えてきた頃には夜が訪れた。

 

「うう、怖いなぁ」

「弱味噌は治んねぇな、全裸」

「裸はお前の方だろ猪頭!! 怖いもんは怖いんだよ!」

 

 とは言うものの、善逸以外は速やかに入山する気だ。ジョジョすらいない独りぼっちは、もっと怖いので頑張って同行した。頼りになりすぎて、引っ張られていくようだ。

 

「……あれは!?」

 

 炭治郎が血の匂いで人の気配に気づいた。山の麓に倒れている青年がいた。黒い隊士服、背に"滅"の字、片手には日輪刀。鬼殺隊隊員だ。こちらを見て助けを求めている。顔にはいくらか血液が付着していた。

 

 炭治郎が駆けつける。

 

「大丈夫か!! どうした!!」

「い、糸だ……」

「糸?」

「け、血鬼術の糸だ! 隊員達が糸で操られて! 斬り合いになっている!」

「!?」

 

 一同の表情が険しくなる。敵の取った手段は、卑劣極まりない。

 

「お、俺は繋がれてなかったらしい。悪いがここで待機させてくれ……。怪我は大したことないが、足手纏いになる……」

 

 そう言って、隊員は匍匐前進で岩場にもたれた。命に別状はなさそうだ。

 

「ありがとうございます。ゆっくり休んでください」

「山の中には後九人いる……。どうか、どうか頼む……」

「はい! みんな、行こう!」

「ああ!」

「腹が減るぜぇ!」

「腕が鳴るだろ……。ひぃぃ……」

 

 炭治郎に続いて、ジョジョ、伊之助、善逸も入山した。堂々とした足取りだ。一人除いて。

 

「……」

 

 青年は、山中に入っていく勇気ある隊員達を見届ける。まず、炭治郎達の背を見た。

 

(あいつら、"常中"をやってやがる。俺より年下だろうに……)

 

 次に、青い隊服を着たジョジョの背を見る。

 

(青い服、奴か。西洋の鬼狩り……。でっけぇな……。宇髄様と同じぐらいあるんじゃねーか? いや、それよりも……)

 

 ジョジョの右手を見た。

 

(なんで、水の入った手桶なんかもってんだ……?)

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 森は木々が鬱蒼と生い茂っており、蜘蛛の巣が張り巡らされていた。暗く、視界が悪い。さっきから、捩れたような禍々しい匂いがそこら中から漂っている。炭治郎は、少し怖かった。だが、心強い味方がたくさんいる。迷いはなかった。

 

「一、二、三……」

 

 ジョジョが、持参した手桶の中の水を指差して数えている。手桶を持った手が、仄かに光っていた。

 

「四、五、六。気を付けて、鬼は六人。少し向こう側に四人いる」

「分かりました」

「六ぅ!? なんでそんなに群れてんだよ!?」

「うるせぇ!! 数はこっちと一緒だろうがぁ!」

「合ってねぇよ!? 一人足りねぇから!!」

「静かに、四人の中の二人がこっちに近づいてるみたいだ」

「……」

 

 善逸は沈黙した。

 

「あそこ、隊員がいる……」

 

 生き残りだ。こちらに背を向けて屈んでいる。髪は短めでサラサラとしたストレートヘアだ。体は震えており、怖がっているのが分かる。恐らく、まだ操られていない。炭治郎が肩を叩くと、焦った様子でこちらに振り返った。

 

「誰だ?」

「応援に来ました。階級・(みずのと)、竈門炭治郎です」

「同じく、我妻善逸です」

「俺だァ」

「ジョナサンです」

 

 鬼殺隊には階級制度が設けられている。炭治郎が名乗った"癸"は、一番下である。戦力としては正直心許ない。青年は、明らかに憔悴しており、炭治郎達が常中をしていることにも気づいていなかった。だが……。

 

「癸……。待て! あ、あんたは……聞いてるぞ。十二鬼月を一人倒したって言う、西洋の鬼狩りか……! 俺は村田だ。助けてくれ!」

 

 村田と名乗った隊員は、ダントツで目立つジョジョにすぐ気づいた。下弦の参を倒したことも、既に知れ渡っているらしい。

 

「はい。話は聞いてます。隊員達が操られていると」

「そうだ……。すぐそこに……。あっ!」

 

 村田が森の奥を指差し顔を青褪めさせた。

 

キリキリキリキリキリキリ

 

 糸が軋むような音と共に、森の奥から隊員が現れた。日輪刀を片手に立っているが、体はゆらゆらと揺れて、表情は虚ろ。口から血を垂れ流していた。正に操り人形の様相を呈している。

 

「あいつらだ! あいつらはもう……!」

「う……。ひ……ひどい……」

「気色悪い動きしてんな!」

 

 善逸と伊之助は隊員の惨状に顔を顰める。最初の隊員に続いて、後続が次々と現れた。操られた隊士たちは計四名だ。微かに息はあるが、意識はない。四名とも日輪刀を振り上げて、ゆっくりと接近してくる。

 

「あれなら()()()()なるッ! タンジロー! ネズコを!」

「はい!」

「ゼンイツ、手桶守ってて!」

「……分かりました!」

 

 ジョジョの呼びかけに応じ、善逸がやけに元気よく木製の手桶を預かり、炭治郎は突然木を登りだした。猿並の超スピードである。

 

「え、なんで登って……速ッ」

「やったぁ! ジョジョさん、のっけからあれやる気だっ!」

「おい……。出番ねーんじゃねーかこれ……」

「?」

 

 炭治郎はあっという間に頂上へ上った。

 

「そこにしよう」

 

 付近で一番太い木の枝に立つと、ジョジョへ合図した。

 

「やってください!」

「分かった! 思いっきりいくぞ!」 

 

 

 

コオオオオオオオオオオオ

 

 

 

「!?」

 

 ジョジョが、波紋の力を練り上げた! 来日して以来、最大級のパワーだ! 

 

「ひ、光ってる!? これが……。西洋の呼吸法……!」

「東洋らしいっすよ」

 

 善逸が突っ込んだ。一方、木々の上で炭治郎は次の準備に取り掛かった。

 

「起きるんだ! 禰豆子!」

 

 背負う木箱が音を立て、禰豆子が目覚める。体を成長させながら木箱から出ると、炭治郎の隣に立った。

 

「俺の肩に乗るんだっ! こことここ、足を乗せて大丈夫だから!」 

 

 炭治郎は、自分の両肩を叩いて禰豆子に指示を出す。

 

「ムー」

「よし!」

 

 禰豆子は指示に従って、炭治郎の両肩に足を乗せて立ち上がった。

 

「罪なき隊員達を弄ぶ悪鬼ッ! 許してはおけないッッ!!」

 

 ジョジョが拳を突き出して構える。そして、大声に呼応するかのように、体中が輝きだした! 

 

「ふるえるぞハート!」

 

 拳が輝きを増す! 

 

「燃えつきるほどヒート!」

 

 拳が更に輝きを増すッ!! 

 

「オォォォォォオ!! 木々を伝われッ!! 波紋ッ!!」

 

 

ド ッ ゴ ォ ! ! 

 

 

 ジョジョが、一本の木目掛けて拳を叩き込むッ! 

 

仙道波紋疾走(せんどうはもんオーバードライブ)ッッ!!」

 

 

ブゥワァァァァァァァァア

 

 

「今だっ! 禰豆子! 飛べぇ!!」

「!」

 

 禰豆子が炭治郎の肩を蹴って大きく飛翔! 鬼の脚力によるハイジャンプは、相当の滞空時間を可能とした! 

 

「広がれぇぇぇぇぇぇぇぇえええッ!!」

 

 

シュパァァァァ──────ンンン

 

 

 ジョジョの膨大な波紋エネルギーは、木を伝わり、葉を伝わり、大地にも広がっていく! 夜露のついた瑞々しい木々や花々が、余すことなく波紋を伝えていく! 

 

「う、嘘だろ!? も、森が……!! ま、眩しっ!?」

 

 村田は今! 現実が受け止めきれなかった! 当然のことだった! 夢でも見ているのかと思った! 森が黄金色に輝いているのだッ! その光は、暗闇を照らす、陽光の如しッ!! 

 

 

 そして当然、糸に伝わった! 

 

 

シュボォォォォォォォォオ!! 

 

 

()()()が燃えた!?」

「あれが糸かぁ!」

 

 黄金色の森は、操り糸を燃やし尽くし、糸を運ぶ蜘蛛を燃やし尽くしたッ! 鬼と血鬼術は太陽に弱い! イコール、波紋に弱い!! 波紋エネルギーの前に、敵の血鬼術は成す術なく消失していった! 

 

 

 糸を失った隊員達がゆっくりと倒れ伏した。

 

 

 

ギュキュゥ────ン!! 

 

 

 

 ──ギャアアアアアア!! 

 

 

 

「あれは波紋が通った音……。四体分だ。それに悲鳴。シュウシュウ溶ける音もする」

 

 善逸の鋭い聴覚が、女性の悲鳴と溶解音を感知した。

 

 

 ──アアアァァァ…………。

 

 

 悲鳴は掠れ、徐々に消えゆく。善逸は、悲鳴の正体が即座に分かった。

 

「早速波紋に巻き込まれたヤツが出たんだな……」

 

 この辺にいた鬼達全員がもろに巻き込まれたようだ。敵ながら災難な奴らだった。

 

 

スタッ

 

 

「お前ら……!」

「!?」

 

 訳も分からず消滅したであろう鬼をほんのちょっぴり憐れんでいると、突如、善逸と伊之助と村田の前に鬼が降ってきた! 

 

「お、鬼! 生きてる!?」

「こいつが近づいてた鬼かぁ!! 残りはどこだぁ!」

「新手ッ!」

 

 伊之助、村田が抜刀していた日輪刀を構え、戦闘態勢を取った。善逸は二人の後ろで手桶を置いて、更に庇うよう抜刀した。傍目に見ると謎めいた行動だが、波紋探知機として重要な道具なので、しっかりと守る。

 

 現れたのは、白い髪、白い着物を纏った子供のような鬼だ。不快そうに睨むその左目には、縦書きで"下()"と刻印されていた。

 

「十二鬼月!? 禰豆子ちゃんみたいに飛んで逃れたなッ!?」

「じゅ、十二鬼月……。那田蜘蛛山に潜んでいたのかッ!」

「ちっ!」

 

 竦む善逸と村田を尻目に、下弦の肆は踵を返して逃げ出そうとした。恐らく血鬼術も波紋の力で封じられている。これを斬らない選択肢はなかった。

 

「伊之助! 波紋が流れ込んだ音は四つ! 三人死んでる! 生き残ったのはこいつだけだ!」

「よっしゃぁ! 逃がさねーぜ!!」

 

 伊之助が迷わず突進した。

 

「……ッ。足が」

 

 飛んで逃れたが、一足遅かった。波紋の余波が足に及んでいたのだ。両足の脛から下が溶け落ち、鬼がうつ伏せに転んだ。千載一遇のチャンスだ。

 

 

 

 

 

(あの木を殴った男が、無惨様の仰っていたジョナサン……)

 

 下弦の肆 累は、倒れたまま己の死を悟った。二刀流に猪頭の変なヤツがこちらに突っ込んでくる。溶けた足が再生しない。血鬼術も発動しない。詰みだ。相性が悪いとか、相手が上手だとか最早そんなチャチな問題じゃ、断じてなかった。

 

(無茶苦茶だ。森を丸ごと()()に変えるなんて……)

 

 太陽に変えた部分に直接触れないと効果が及ばないことは分かったが、なんの慰めにもならなかった。掠っただけでこの通り致命傷だ。

 

 あの男は、遠距離攻撃だけでなく、超広範囲の攻撃も持っている。理不尽にも程があった。()()、母が操っていた首なし鬼は逃れようもなく消滅したが、太陽の気配に気づいた累は、咄嗟に乗っていた糸を跳ねて逃れようとした。結果は御覧の有様だったが。

 

 遠くにいる()()の気配は消えていない、流石にそこまで範囲は及んでいないようだ。だが、分け与えた血鬼術は消失する。兄も姉も、ただの鬼に戻るだろう。

 

(暫くすれば、()()()()が来る……。勝てないだろうけど……)

 

 累、兄、姉、父、母の疑似家族。累が血鬼術を分け与え、顔まで変えさせて身内に仕立て上げた鬼達。累が狂おしいほど渇望していた家族、否、家族ごっこも、もうおしまいだ。

 

(俺は……俺が欲しかったものは)

 

 太陽の力が流れ込む度、死が近づく。それが何故だか暖かで心地良い。それに、死と一緒に、何か大切な()()が近づいてくるような気がした。

 

「健太郎! なんで止めんだッ!」

「伊之助。いいんだ。いいんだもう」

「イノスケ……」

「……」

 

 朦朧とする意識の中、突っ込んでくる猪頭の隊士を、顔に痣のある隊士とジョナサンが何故か食い止めた。猪頭の隊士の肩に触れ、ゆっくりと首を横に振っている。

 

(こっちにくる……)

 

 顔に痣のある隊士は、こちらに近づいて屈むと、小さな銀色の何かを刺してきた。少量の血を抜き取られる感触がある。

 

(俺の血を……? まあ、もう関係ないか……)

 

 それを引き抜くと、痣の隊士はそっと背に触れた。悲しみに満ちた目でこちらを見つめている。

 

(この手も暖かい……。ああ……そうか。俺は……)

 

 暖かな手と流れ込む陽光の力に押されるように、力を増すたび消えていった記憶が蘇る。

 

()()()()()()……俺!)

 

 累は、鬼になった自分と共に心中しようとした父母を返り討ちにし、自ら家族の絆を断ち切ったことを思い出した。

 

(ごめんなさい……。父さん、母さん……)

 

 消えゆく意識の中、燃え盛る地獄への入口が見える。当然の結果だ。たくさん人を殺したのだから。だが、その入口で、累の父親と母親が待っていたような気がした。

 

「……」

 

 累は、消滅した。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話1

累が下弦の肆になってますが、病葉が死んだので繰り上げ昇進したらしいよ。

大正の奇妙なコソコソ噂話2

悲鳴上げた母蜘蛛ですが、病葉と同じくポカポカ気分で死んだのでご安心下さい。


連続更新終わり!
来週のどっかでまた更新します('ω')


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那田蜘蛛山の悲劇 中編

中編になっちゃったけど明日も更新するので許してクレメンス……。


 十二鬼月、下弦の鬼の討伐に成功した。だが、まだ生き残りの鬼が二体いる。

 

「こっちには来てないみたいだ。匂いがしない」

「音もしない。はいジョジョさん、手桶」

「ありがとう」

 

 善逸が手桶を持ってきてくれた。ジョジョは、波紋の力を手桶の水に注ぎこんだ。伊之助がジョジョの横で獲物の居場所が分かるのを今か今かと待ち構えている。

 

「反応が薄い、さっきよりかなり遠くにいる。方向を絞らなきゃ……」

 

 水面の波紋は軽微なものだった。少しでも揺らしたら普通の波紋で見えなくなる程だ。

 

「え、これ何してんだ?」

「村田さんは初めてでしたね。ジョジョさんはああすると、鬼の位置が察知できるんです」

「これも呼吸の力か……。便利過ぎない?」

「おかげで助かってます!」

「まぁそれは分かった。ところで、そこの鬼は……」

「ムー?」

 

 村田は炭治郎の横にいる禰豆子を指差して一番の疑問を口にする。禰豆子は炭治郎の裾を掴んで辺りをキョロキョロしていたが、村田に指を差されて首を傾げている。

 

「その子は大丈夫です! 禰豆子は一度も人を襲ったことがないんです。俺達は、禰豆子が人間に戻る方法を探しています。もうちょっとなんです!」

「こんな超絶可愛いくて純粋無垢な女の子斬るとかありえないでしょ! 頼みますよ村田さん!」

「……」

 

 炭治郎と善逸が早口で説得する。村田は困った。腕を組み、眉間にしわを寄せ目を閉じて唸っている。鬼に与する行為は鬼殺隊に於いて、到底許されないからだ。

 

「……鬼を庇うのは明確な隊律違反なんだけど」

「そこをなんとか」

「えー……」

「おい、んなことより、なんか森がざわついてないか」

「え?」

 

 伊之助が言葉を発した直後、地が微かに揺れた。常人ならば、意識しなければ気づかない程度の軽微な揺れだ。

 

「じ、地震だぁ────ッ!!」

「そんなに揺れてねぇだろうが! へっぽこ!」

「こ、これは……!?」

「植物が!?」

 

 突然、大地から草が芽吹いた! 

 

 芽を出し、茎を伸ばし、瞬く間に色彩豊かな花を咲かせた。赤、青、黄色、紫、大小様々な花が大地を埋め尽くし、木々や草が瑞々しさを増す。暗かった筈の森が微かに明るくなっている。草花が淡く輝き、夜の森を、鮮やかな極彩色が彩ったのだ。

 

 蜘蛛の巣に覆われた陰鬱な森が、幻想的な楽園に生まれ変わった。

 

「お、おい、あそこ、アサガオ咲いてるんだけど……」

 

 善逸が花を指差して驚いている。季節は春を過ぎて間もない頃である筈なのに、季節外れの植物も多く見られた。炭治郎は波紋の影響とみるや、禰豆子に影響がないか確認をする。

 

「禰豆子は……! 良かった、大丈夫そうだな。こんなに力強い草花の匂い、生まれて初めてだ」

「俺もだぜ」

 

 山育ちである炭治郎と伊之助にとっても未知の光景だった。三人とも、波紋が生命に影響を及ぼすことは覚えていたが、その規模の大きさに驚きを隠せなかった。鬼による淀んだ匂いも完全に消え去っている。生い茂る植物の密度、豊富な水分、湿度による相乗効果が絶大だったのだ。

 

 那田蜘蛛山に、波紋の加護がもたらされた。

 

「俺、夢でも見てんのかな……ははは」

「そうだ。それより、鬼の位置は……」

「見つけた!」

 

 波紋探知機による調査に集中していたジョジョが、鬼の居場所を特定した。

 

「お! どっちだぁ!?」

「向こうだ。反応は二つ、だけど……」

 

 ようやく捉えた鬼の気配だったが、水面の揺れはまた少しずつ小さくなっている。今もなお、鬼の位置が遠ざかっている証拠だ。

 

「おい、これ逃げてねーか?」

「多分そうだろうね……。不味いな」

 

 あまり良い状況とは言えなかった。逃がしてしまった場合、付近の住民に被害が及ぶ可能性がある。ここは、なんとしても捕えたいところだ。

 

「おっしゃあ! そうと決まればさっさとトドメを……」

 

 伊之助が鼻息荒く勇んで追撃に出ようとするが、直前になってジョジョが手で制した

 

「待ってイノスケ」

「またかよ!? んがー! 俺まだなんもできてねーぞ!」

 

 伊之助が両手をぶんぶん振って不満を露わにしている。張り切って入山したものの、未だ戦いらしい戦いをしていないからだ。このままジョジョの一人勝ちにしておくのは悔しいのである。

 

「ごめんね。鬼達の反応が急に消えたんだ」

「あん?」

 

 伊之助が手桶の中を覗き込んだ。ジョジョは手桶の水に波紋の力を流し続けているが、水面が平坦になっている。鬼の気配が完全に途絶えたのだ。

 

「射程外に逃げたのでしょうか?」

 

 炭治郎が予想を口にする。

 

「いや、まだギリギリ届く範囲だった」

「急に消えたってことですか……」

「そういうことになる……」

「血鬼術かなんかか」

 

 ジョジョと炭治郎と伊之助は、鬼が消息を絶った理由について考える。波紋法は、鬼の気配までは把握できても、消えてしまった理由については分からないのである。

 

「……三人とも、ちょっといいか?」

「どうした? 善逸」

「消えたのってあっちの方だよな? 鎹鴉(かすがいがらす)の鳴き声がする。俺達のとは違うヤツだ」

「!」

 

 善逸がそう言うと、全員静まり返った。随分遠くの筈だが、鎹鴉は基本的に声が大きいので、善逸の耳にはギリギリ届いたようだ。善逸が手のひらを耳の近くに寄せて、耳を澄ませる。

 

「……え?」

 

 音を聞き取ったらしき様子の善逸が、素っ頓狂な声を挙げると、みるみるうちに表情が明るくなった。

 

「なんて言ってたんだ?」

「鬼を二体、撃破。だってさ!」

「そうか! よかった!」

「ほかの人が倒したんだね」

「んだとぉ!? あぁぁぁぁあ! 先越された!! くっそぉー!!」

 

 炭治郎とジョジョは取り逃がしたわけではないことが分かってほっとしたが、伊之助は地団駄を踏んで悔しがっている。どうやら、生き残りの隊員が鬼を倒したらしい。

 

「無事だった人もいたのか……。良かった」

「ということは……」

「鬼は全部倒したね」

 

(生き残った隊員……? もしかしてあいつか?)

 

「がー!」

「なに!?」

 

 村田が鬼を倒した隊員の正体を考えていると、伊之助が雄叫びをあげながら木に突進した。色々な木に何度も頭を打ち付け、木がバサバサと音を立てて揺れ、多くの葉が舞い落ちる。その姿は猪そのものだった。

 

「なんなのコイツ!? おっかないんだけど!?」

「すいません村田さん、伊之助はまともに戦えなかったのが悔しいみたいで……」

「戦闘狂にも程があるでしょ……」

「平和が一番だろうに。バカなやつだなぁ」

「チックショー!!」

「イノスケ、落ち着かないと怪我してしまうよ」

「うぐぐぐぐ……」

 

 伊之助にとっては残念な結果に終わったが、こうして那田蜘蛛山を縄張りにしていた鬼は全滅したのであった。だが、まだやるべきことはある。

 

「そうと分かれば、生き残った人達を助けないと!」

「よし、ぼくは彼らを治療しているよ」

「俺も手伝う。応急処置の心得ならあるからね」

「分かりました! 救助した人は二人の下に連れてきます!」

 

 ジョジョは早速、蜘蛛に操られて襲い掛かってきた四人の隊員を治療し始めた。村田は、そんなことまでできるのかと目を丸くしている。

 

「んじゃ、俺達は無事な隊員を探すかぁ。炭治郎、匂い大丈夫か?」

「ごめん、花の匂いが強いから遠くは無理だ。善逸、任せていいか?」

「おう、禰豆子ちゃんと一緒なら更にやる気出る」

「……ちゃんとやるんだぞ」

「ウッヒョオオォオ──! 力が湧いてきたぁぁあ!」

「……」

 

 炭治郎、ちょっと心配だったが、嗅覚がそんなに当てにならないので渋々承諾。

 

「伊之助も頼む」

「…………ぉぅ」

「こいつ、完全にやる気なくなってる……」

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「いた!」

 

 善逸の聴覚と、伊之助の獣の呼吸 漆ノ型・空間識覚を頼りに隊員を探していると、男性の隊員二人と女性の隊員一人が纏めて見つかった。男性隊員二人は意識がない上見た目から重傷と分かったが、まだ息があった。

 

 麓の男性隊員、治療中の四人、今見つけた三人。村田。逃げた鬼を倒した隊員。これで十人だ。

 

「大丈夫ですか!?」

「うふふふ、ここは、天国。そう、私は死んだの……」

 

 花畑と化した森に横たわる総髪(ポニーテール)の女性隊員は、両手を胸の上で組んで穏やかな表情を浮かべている。口にする言葉は随分と悲しいものだ。

 

 急に操り糸が切れたこと、精神的疲労、景色が激変したことが相まって、かなり参ってる様子だった。

 

「いやいや! 生きてますから! さ、掴まって!」

 

 そう言うと、炭治郎が女性隊員をおんぶした。

 

「俺は竈門炭治郎です! 貴方の名前は?」

「尾崎……。え!? お、鬼!?」

「あ! その子は大丈夫です! 善逸と伊之助はこの二人を頼む!」

「…………おー」

「…………おー」

「なんで善逸まで伊之助みたいになってるんだ!?」

 

 善逸、女性がいたのに担当が野郎だったのでやる気が下落。

 

「よし、気を付けて運ぼう」

「……炭治郎、また変な音拾った」

 

 やる気は下落していただが、また何かの音を掴んだらしい。

 

「何の音だ?」

「な、なんか大量の虫が這うような音……ギャ────―ッ!?」

「キャァァァァァアア!?」

 

 音の正体はすぐそこまで来ていた。善逸と尾崎はけたたましい悲鳴を上げた。

 

「く、蜘蛛!?」

 

 それは、異形の蜘蛛だった。体は蜘蛛、頭部は髪が抜け落ちた人間の顔が取り付けられた不気味な姿だ。そんな蜘蛛が、花畑と化した地面を埋め尽くす勢いでこちらに迫っている。

 

「よっしゃぁ! 敵だなぁ!?」

「待て! 伊之助!」

「三回目だぞごらあぁぁああ!?」

 

 三度止められた伊之助。それでも止まったのは伊之助の成長の証であった。偉い。

 

「善逸も落ち着いて、敵意はないみたいだ……」

「あ、うん……。すっごいビックリしたけど分かるよ……」

 

 炭治郎と善逸は、蜘蛛の匂いと音から危害を加える意思がないことにすぐ気づいた。匂い、音、表情から、こちらに助けを求めていることが伝わってきた。

 

「蜘蛛……。血鬼術で変えられた人かもしれない」

「そんな、鬼はみんな死んだのに元に戻らないのか……」

 

 蜘蛛人間たちが涙を流してこちらをじっと見つめている。その通りらしい。不気味な姿が、途端に気の毒に思えてきた。

 

「とにかく、この人達にも付いてきてもらおう」

「そ、そうだな……」

 

 無害とは分かるものの、絵面の衝撃度に善逸は怯む。

 

「……」

「何してんだ伊之助! ジョジョさんと村田さんのところに戻るぞ!」

「隊員忘れんなよ!?」

 

 伊之助は、花畑の上で丸まってふて寝していた。100年程未来ならば、ゆるキャラと言われているだろう。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「それじゃあ、鬼を倒してくれた隊員はそのまま帰ったのかな?」

「ああ、あいつならそうする。隊が全滅したとでも思ってんだろう」

「そうか……。あ、ムラタさん。タンジロー達が帰ってきたみたいだよ。……あれは?」

「お、ほんと……ギャアァァァァァ!?」

 

 ジョジョの言葉に炭治郎達がいる方向を見てみれば、隊員だけでなく蜘蛛の化け物を引き連れた炭治郎達が帰ってきた。村田が抜刀するも、炭治郎とジョジョがすかさず止めた。

 

 伊之助は、運んできた人をそっとジョジョの近くに置いてやると、少し離れた場所で花畑を布団替わりにまたふて寝した。その背中からは、蜘蛛人間に負けず劣らず哀愁が漂っている。

 

「タンジロー。後ろの()()は……」

「はい、血鬼術で姿を変えられたそうです……。なんとかできませんか?」

「……やめておいた方がいいと思う。体が変質しすぎている」

 

 蜘蛛に変えられてしまった人たちは、血鬼術の悪影響を強く受けている。下手に波紋を流してしまうと、命を落とす可能性があった。

 

「そうですか……」

「とりあえず、隊員たちの怪我の治療から進めよう」

「はい……」

 

 幸い、隊員達の怪我は止血さえ済めば大事には至らないものだった。一人だけ、折れた骨が内臓に刺さりそうになっていた人がいたが、ジョジョが骨をくっつけたので事なきを得た。

 

「これで、よし」

「骨までくっつけられるのか……。最早なんでもできるんじゃない?」

「そんなことないですよ。波紋の呼吸にも欠点はありますから」

「ほんとかよ」

 

 無事、救助した隊員達への応急処置が終わった。後は、安静にしていれば良い。

 

「それにしても、蜘蛛に変えられてしまった人達はどうすれば……」

「うん……」

「ああ、それなら、蝶屋敷の人達になんとかしてもらえばいいんじゃない?」

 

 表情を曇らせるジョジョと炭治郎、そして大量の蜘蛛人間達に、村田が提案する。

 

「蝶屋敷?」

「傷ついた隊員を治療したり、解毒したり、怪我で衰えた隊員の身体能力を元に戻すところさ。あそこの柱は、そういう知識に長けてるお方だから」

「本当ですか!?」

「それなら、その人に希望を託そう」

 

 炭治郎とジョジョは安心する。蜘蛛人間達が一斉に奇声をあげて、泣きながらピョンピョン跳ねている。

 

 尾崎は泡を吹いて失神した。

 

「さて、後のことは(かくし)に任せて山を降り……」

 

 

ギ ュ ン ッ ! ! 

 

 

「え?」

 

 

ド ゴ ォ ! ! 

 

 

 善逸が音に反応するよりも早く、何かが飛来した! 

 

「な、なんだ!?」

 

 衝撃音が聞こえた場所を見ると、木の幹に何かがめり込んでいる。

 

「石だ!」

「み、みんな伏せろ! まだ飛んでくる!」

「!」

 

ギ ュ ン ッ ! ! 

ギ ュ ン ッ ! ! 

ギ ュ ン ッ ! ! 

 

「奇襲かぁ!?」

 

 ふて寝していた伊之助が飛び起きた。

 

「壁を作るッ!!」

 

 ジョジョは、伊之助が散らした葉っぱや花をすかさずかき集める。

 

「生命磁気への波紋疾走(オーバードライブ)!」

 

 波紋を込めると瞬く間に花と葉が生命磁気により次々とくっついていく。そうして壁を次々と作り出していった。色とりどりの花も混ざったカラフルな壁を助けた人達の四方に設置し、簡易的なバリケードを設けた。

 

 出来上がった壁に次々と石が当たっては砕けていく。壁の中にはジョジョ、炭治郎、禰豆子、善逸、村田、怪我人と蜘蛛に変えられた人達が収容された。だが、伊之助だけ取り残された! 

 

「イノスケ! ぼくの手を掴んでこの中へ!」

「分かってる!」

 

 ジョジョがズームキャッチで伊之助の手を掴んだ。

 

 

ガ ッ ! ! 

 

 

「ぐぅ!?」

「伊之助!?」

 

 飛んできた石の一つが伊之助の頭に当たってしまった。炭治郎は叫んだ。ジョジョは大急ぎでバリケードの中へ引きずり込む。

 

「イノスケ!? 大丈夫か!」

「頭のやつ外すぞ!」

「血が!」

 

 猪頭を外すと、側頭部から血が流れていた。頭蓋骨は無事のようだ。

 

「良かった……。掠めた程度だ」

「へっ、このぐらいなんてことな……っうお」

 

 伊之助が上半身だけ起き上がらせて、元気さを見せつけようとするもふらついて倒れた。

 

「軽い脳震とうだ。暫くじっとしてるんだよ」

「おう……」

 

 この間にも、大量の石が壁に当たっては破砕する音が幾度も響く。甲高い風切り音から相当な速度で飛来していることが分かる。直撃すれば即死だろう。石が飛んでは砕ける音とともに、バキバキと木々がへし折られる音が響く。

 

「色んな方角や距離から木を薙ぎ倒す音がする! 多分こっちへ石が飛びやすくなるようにしてるんだ! 敵は四人いる!」

「不味い、さっきジョジョさんがやった"おぉばぁどらいぶ"だと蜘蛛に変えられた人達を巻き込んでしまう!」

「まさか……。この時を狙ってぼくをッ!」

「く、鬼舞辻無惨! お前の仕業か!?」

 

 ジョジョと炭治郎達は、奇襲に遭った! 

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話1

サイコロステーキ先輩改め、先輩はそこそこの鬼を倒して下山しました。やったね!

そこそこの鬼二体の正体は、累が死んで元に戻った姉蜘蛛と兄蜘蛛だぞ!


大正の奇妙なコソコソ噂話2

柱、水蟲ペアの増援ですが、原作より早く到着&スピード解決してるのでまだまだかかります。

悲しいね累ージ。


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那田蜘蛛山の悲劇 後編

予告通り投稿できなくて申し訳ない……。
その代わり今までで最長になりました(*'ω')
次回の更新は来月からになります!


 時はほんの少し遡る。

 

 那田蜘蛛山奥地に、ひっそりと一軒家が佇んでいる。

 

 茅葺(かやぶき)の屋根は一部が剥がれ落ちて木の骨組みが露出しており、外側の大きな縁側は劣化により柱が傾き、家全体が歪んでいる。壁に張られた障子はほとんどが破けており、ロクに張替えもされていない。一目で廃墟と分かる、ボロボロの一軒家だった。かつて、累が率いる蜘蛛一家の拠点だった場所だ。

 

 一軒家の一角で、小さな受け皿に乗せた蝋燭の火が、辺りを照らす。そこには、ボロボロになった木製の床に腰掛ける四人の影。全員目が赤い。鬼だ。その雰囲気はお通夜のようだった。

 

「ジョナサン……」

 

 上司に命ぜられた獲物の名を口にし、胡坐をかいて打ちひしがれる男の左眼には、縦書きで下肆と刻印されている。黒い髪を後頭部で四つ束ね、髪先は赤い。白い顔全体に、「工」の字に丸い点を足したような緑色の入れ墨が入っている。

 

「あんな化け物、どうすりゃいいんだよ……」

 

 白い服に黒い袴、白い羽織を纏っており、袖全体にあしらわれた黄色い青海波紋様をばさばさと揺らして頭を掻きむしる。何故か裸足だ。名は釜鵺(かまぬえ)

 

「ど、どうしようって言われても……。血鬼術が通用しない上に森を丸ごと太陽にするなんてどうしようもないじゃない……」

 

 釜鵺に頼りない返答をしたのは女性の鬼だ。左眼には下参と刻印されている。首までかかる白い直毛で、額から二本の角が生えていた。両頬には二本線の赤い入れ墨、首元に白い毛皮のついた赤い着物を着ている。

 

「そ、それに……あの気配……、柱と同じかそれ以上よ……」

 

 名は零余子(むかご)。その表情は怯え切っており、体は小刻みに震えていた。目には薄っすらと涙が浮かんでいる。

 

「もう、二人やられている。このまま突っ込んでも犬死だ……。奴に弱点はないのか……」

 

 そう話したのは、壮年に差し掛かった印象のある男性の鬼だ。同じく表情は暗く、顔中から汗が噴き出している。左眼に刻印された字は下弐。赤みがかった黒い長髪を背中で束ね、側頭部から顔にかけてヒビが入っていた。

 

「しかしあの化け物は探知能力まで備えている。じっとしていたら見つかってしまう……」

 

 生やした顎鬚をいじっており、落ち着きがない。暗い紺色の古風な職人服を身に纏うその容姿は、四人の中で最年長のように見える。名は轆轤(ろくろ)

 

「……」

 

 三人をじっと見据えている男の鬼は一転して無表情だ。左眼に下壱と刻印されている。末尾の赤い黒髪で、後頭部で束ねた髪の末端だけ水色になっており、両目の下には涙跡のような黄色い入れ墨が入っていた。

 

「……悪夢だ」

 

 ボタン付きの白いシャツの上に燕尾服に似た黒い服、ストライプ柄のズボンを履いており、西洋風の出で立ちだ。名は魘夢(えんむ)。彼の血鬼術は相手を眠らせる強力な力がある。だが、太陽の力を身に纏うあの男の前ではなんの役にも立たないだろう。

 

 四人は、ジョナサンと炭治郎にけしかけられた刺客だ。しかし、その士気は非常に低い。最強にして最恐の上司たる無惨に命ぜられ、血もふんだんに分け与えられたものの、流れ込む無惨の血と共に強引に入り込んできたジョナサンの情報は余りにも絶望的だった。

 

 ジョナサンは太陽の力を自在に操り、血鬼術を無効化してくる。

 

 血を分け与えられ、強化された筈の病葉と累は成す術なく殺された。

 

 何らかの方法で無惨すら完治出来ない重傷を負わせた。

 

 太陽の力を込めた物は、当たればほぼ確実に死ぬ。

 

 隠れても、何故か手桶を持てばこちらの場所を察知する。

 

 更には、先ほど見せられた累を配下ごと焼き殺した超広範囲攻撃。

 

「どうしろってんだ……」

 

 釜鵺の嘆きに返答するものは誰もいない。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 長い沈黙が、場を支配した。

 

「…………手はあるよ」

 

 顔を顰めた魘夢が沈黙を破った。

 

「下弦の壱、本当か!」

「悪夢みたいな手だ」

「構わねぇ! このままじっとしてても死ぬしかないからな!」

「早く言ってよ!」

 

 魘夢の言葉に、三人とも食いついた。

 

「俺は鬼だ。無惨様の下、血鬼術を使い、人間を眠らせて、愉しんで、喰ってきた……」

 

 魘夢が体を悶えさせながら独り言のように語った。視線は明後日の方向だ。三人は魘夢を見て怪訝な表情を浮かべている。

 

「俺は用心深いから、人間を食べる為、鬼狩りを殺すため、たくさん血鬼術を使ってきた。血鬼術、これは捕食者としての矜持みたいなもの……。それなのに……。それなのに……。ああ、癪に障る……」

 

 両手で顔を覆い、震える程握り締めている。爪が食い込み、顔から血が流れ出た。

 

「……何が言いたい?」

「何が何でもここを耐えねばおしまいだ。ああ、惨めだ……。悪夢だ……。このままじゃ、俺の計画もただの絵空事に終わる。だからもうこうするしか……」

 

 独り言のような呟きが急に止まり、魘夢は首をぐりんと動かして三人を見た。

 

「お前たち!!」

「!?」

 

 

 ――矜持を捨てる覚悟はあるか?

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「うおお! 死ねぇ! 頼むから死んでくれぇ―――!!」

 

 釜鵺は、人間ではありえないほど太く長く変質させた両腕を振りかぶり、掘り出して積み上げた石をひたすら投げた。

 

 魘夢の提案は極々単純だった。

 

 ジョナサンを中心に、四人で東西南北に分かれて囲い、射程圏外から石をひたすら投げる。ジョナサンが近づいてきたら逃げる。ただ、これだけだ。

 

 下級の鬼でもやらないような泥臭くて情けない戦法に、四人は石を投げるたび屈辱を感じた。十二鬼月、下弦の名がボロボロと傷ついているような気さえする。だが、四人は決意したのだ。例え泥臭い戦いであろうとも、生き延びねばここでおしまいだ。敵前逃亡の先に待っているのも、死、あるのみなのだから。

 

「当たれぇ! 当たれぇ――――――!!」

 

 轆轤も腕を変形させて、祈るように叫びながら石を投げまくる。背水の陣とはこのことだった。

 

 しかし不幸中の幸いか、ジョナサンは鬼狩りの治療をしているところだった。回復能力まで持っていることに戦慄しつつ、石で牽制を繰り返した。邪魔になる周辺の木々を破壊し尽くすまでに、一人か二人やられる覚悟だったが、誰一人欠けることなく、場を整えることに成功した。

 

(あの、森を太陽に変えた攻撃が飛んでこない……! 撃てる数に限りがあるのか!?)

 

 絶好の好機だった! 天運は鬼に味方したと思った!

 

「こ、この化け物ォ! 下弦の意地! 見せてやるんだからぁ!」

 

 零余子は大粒の涙を流しながら必死に石を投げつける。腕を伸ばすように変質させた力任せの投擲だが、鬼の力によるその威力は極めて強力なものだ。しかし、葉っぱと花で作られた壁が石を阻む。意味が分からなかった。

 

「悪夢だ……。本当に……。クソ! クソッ!! 鬼をなめるなぁぁぁぁぁああ!!」

 

 用心深く、用意周到な魘夢にとって、この作戦を実行していること自体が悪夢のようだった。だが、やるしかないのだ。魘夢も腕を長く太く変えて、植物で作られた壁目掛けて一心不乱に石を投げ続けた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

ド ゴ ォ !

 

「ギャ――――ッ! また壁が軋んだァ――――!?」

「大丈夫だよゼンイツ。みんなのおかげで当分耐えられる」

 

 投石に怯む善逸をジョジョは励ます。生命磁気の波紋で作った花と葉っぱの壁は壊れる度、植物をくっつけて補修を繰り返していた。炭治郎、善逸、村田の三人はせっせと植物を拾い集めては、薄くなった壁に押し付ける。

 

「善逸、あっちの補修頼む!」

「ひぃー! へいへい!」

 

 生命磁気の波紋が流れているので、そうするだけでピッタリと張り付くのだ。

 

「……うう」

「いてて……」

 

 救助した七名全員、意識を取り戻した。だが、重傷な為、とても体を動かせない状態だ。現在、救助した隊員達は、地面に葉っぱを敷いて休ませている。

 

「すみません……。力になれず……」

 

 尾崎と一緒に救助された、長髪の隊員が謝った。

 

「いいって、お前たちは休んでろ。待機命令だ」

「はい……」

 

 村田は休むよう諭した。伊之助も脳震盪の影響で気を失った為、隣で寝かせている。尚、でっかい鼻ちょうちんが揺れているので全く心配ない。

 

「ムー!」

 

 蜘蛛人間達と禰豆子は、隊員達の近くで木の枝や束ねた葉っぱを投げて壁を補修する。波紋の流れる壁に直接触れたら何か影響があるかもしれないからだ。しかし、禰豆子は心なしか楽しそうだ。久々に思いっきり体を動かしているからかもしれない。

 

 蜘蛛人間達は、手ごろな葉っぱや木の枝を口に挟んで頭で振りかぶって投げる。思いのほか良い飛距離が出て、壁まで届いた。

 

 こうして、鬼の投石と炭治郎達による補修作業のせめぎ合いになった。補修材料はそこら中にいくらでもある上、補修要員がたくさんいるので、突破される可能性は低かった。

 

「……」

「おい、あいつ……」

「ああ……」

 

 安静にしている隊員の何人かが、禰豆子の方を見ている。やはり、村田と同じく気になって仕方ないらしい。鬼殺隊の性である。

 

「なんで、鬼が俺達を助けてるんだ?」

「さあな……」

「隊律どうしよう……。あんな子殺せないよ……」

「尾崎……」

 

 禰豆子は壁の補修を手伝いながらも、石が飛んでくる気配を感じたら、怪我人達を庇うように動く。隊員達が不安そうな顔をしていたら頭を撫でる。とても有害な鬼とは思えなかった。鬼にありがちな騙し討ちの線もあったが、既に行動を共にしている隊員もいる。

 

 自分たちを守ろうとしている鬼がいる事実に、隊員達は混乱した。

 

「ふが!?」

 

 そうこうしている内に、鼻ちょうちんが破裂して伊之助が飛び起きた。戦いの真っ只中だったおかげか回復が早かった。

 

「伊之助! もう大丈夫なのか?」

「おう!! 変な()を見たが、山の王の目覚めだぁ!」

「夢……? まあいいや、目が覚めたならいい。さて、鬼は四体。戦力数はこっちが上になったが……」

「いよいよ突っ込むか!?」

 

 村田の言葉に伊之助は反撃の気配を感じて興奮気味だ。

 

「ムラタさん、イノスケ、今は迂闊に突っ込まない方が良い」

「……んぐ」

「理由はなんだい?」

「今石を投げている鬼達は、十二鬼月か、それに準ずる力を持っている」

「!?」

 

 ジョジョの言葉に、全員緊張が走った。

 

「合間を縫って、波紋探知機で探ったんです。この反応は、今まで倒した下弦の鬼とよく似ている。それも全員……」

「そ、そんな……」

「じゅ、十二鬼月が四体も……!?」

「もうダメだァ――――ッ!!」

 

 隊員達は怯えている。特に善逸なんかは顔から液体という液体を出して汚い高音を発している。無理もなかった。自分たちでは手も足も出なかった累と同格の鬼に囲まれているのだ。訓練を積み、戦いを挑んだ鬼殺隊隊員だからこその、大きな恐怖心だった。

 

「ムー」

 

 怯える隊員達の頭を、禰豆子が優しく撫でた。その姿は、どこか母性を感じさせる。年端のいかぬ小さな弟をあやすように、禰豆子は隊員達の頭を撫で続けた。

 

「ね、禰豆子ちゃん!?」

 

 善逸も撫でられた。

 

「この子に頭を撫でられると、段々自分が赤ん坊のような気がし……」

「正気に戻れぇ! なんかもうだめな感じに戻れなくなるぞ!?」

 

 母性を見出し過ぎて、危ない気配を出している隊員もいた。

 

「うへへへへ……」

 

 善逸は生きたまま熱湯にぶち込まれたタコみたいになっている。別の意味で危ない。

 

「何か突破口はないのか……」

「奴らの狙いはぼくです。そこを突くなら、タンジロー達に攻め入る余地がある」

「はい! 覚悟なら出来ています!」

「おう! なんとかしてやらぁ!」

 

 ジョジョの言葉に炭治郎と伊之助は決意に満ちた表情だ。

 

「へへ……って、俺もか!? 下弦の鬼に突っ込むなんて自殺行為だァ!!」

 

 善逸は自信がなさそうだ。

 

「鍛錬を乗り越え、常中を身に着けた君達なら出来る! 勿論、ゼンイツもだ! だが、少しだけ待ってほしい。相手を引き付ける、後一手が欲しいんだ」

「一手か……。あいつらはあんたの波紋の力を警戒してるもんな」

「……た、確かに、村田さんの言う通りだ。あいつら、十二鬼月の癖に血鬼術も使わずに石ばっかり投げてる。あれ、相当ジョジョさんを怖がってるぞ。多分、近づかれたら逃げるつもりだ」

 

 善逸は鬼の恐怖心を見透かした。人一倍恐怖を知る善逸だからこその結論だった。

 

「そうだね……。一人でも攻撃できればいいんだけど、四人揃って逃げられたら、ぼくも追いつけそうにない」

 

 結論として一番手っ取り早いのは、誰か一人に波紋を喰らわせて、相手が浮足立っているところを、炭治郎達が追撃することだった。

 

「ジョジョさん、鬼舞辻無惨にうどんをぶつけた時のように、あの鬼達を攻撃できませんか?」

 

(うどん?)

 

 ジョジョと竈門兄妹を除く、全員の困惑である。

 

「物をぶつけるだけならタイミングを見計らえば出来る。ただ、鬼に当たる前に、波紋の効力が失われてしまう。波紋は遠いほど減衰してしまうからね」

「と言うことは、波紋の伝導率が良い物を投げれば……」

「その通りだよタンジロー。でも、草花の水分だとまだ足りないんだ」

 

 ジョジョと炭治郎の会話の横で、伊之助が腕を組んで唸っている。

 

「……そうだ、だったら日輪刀を投げたらいいんじゃねぇか? ハモンの力は太陽の力だって言ってたろ。なんか威力がババーンと上がりそうだな!」

「い、伊之助、お前珍しく冴えてるな!」

「珍しいとはなんだゴラァ!」

「伊之助の言う通り、効果がありそうだ! ジョジョさん、どうですか?」

 

 日輪刀は、猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)という日光を吸収する特殊な鉄で作られている。故に、鬼が殺せるのだ。伊之助と善逸は、日輪刀の力と波紋の力の相乗効果を期待した。

 

「確かに。まだ試したことはないけど、日輪刀は普通の金属より波紋の通りが良いと思う。仙道には金属に波紋を通す技があるから威力も上がるんじゃあないかな」

「マジかよ。言ってみるもんだな!」

「……だけど、金属は波紋の減衰が激しい。ここまで遠すぎると、敵に届く前に効力が失われてしまう」

「んじゃだめか」

「俺も良い方法だと思ったんだけどな……」

 

 伊之助と善逸は残念そうだ。現状打破の話し合いの後ろで、禰豆子と蜘蛛人間達が壁の補修を頑張っている。

 

「そうだな、油があれば……」

「油?」

「油は波紋の力を100%伝導させることができる。油でコーティングした何かなら、ギリギリ届くかもしれない」

「でもよ、油って天ぷらとかについてるあれだろ? そんなものここにはないぜ」

「油……」

 

 完全に手詰まりだった。油があれば鬼に攻撃が届くとは言うものの、どこにもない。炭治郎達と村田は、壁の補修を繰り返しながらどうしたものかと考え続ける。

 

「……あ」

「どうした、善逸?」

「油、あるぞ」

「本当かい! ゼンイツ!」

「そんなもんどこにあんだよ!?」

 

 善逸の言葉に一同驚く。すると、善逸は村田を見た。

 

「村田さん」

「なんだ?」

「その()、どうやって手入れしてますか?」

 

 村田のツヤツヤサラサラ髪を指差した。

 

「え、毎日椿油(つばきあぶら)で……」

 

 そう言いかけて、村田は青褪めた。

 

「や、やだ! やめろぉ!? 嘘だろ! 勘弁してくれ!!」

「うるせぇ! 観念しろぉ!! お前ら取り押さえろ! 突破口が見えたぁ!」

 

 善逸がゲスいダミ声で村田を羽交い絞めにした。善逸らしからぬ強気だ。

 

「こ、こいつ俺より力が強い!? い、いやだぁぁぁあ!? お、尾崎! お前ら、助けてくれぇ―――!!」

「すみません村田さん……。貴方が髪を大切にしていることは知っていますが……」

「初恋の人に褒められたんだっけ」

「尾崎なんで知ってんの!?」

「村田さん……。すまん……。うう……」

 

 寝転がる隊員達は皆一筋の涙を流し、己の無力さを悔やんだ。村田にしてやれることは何もなかった。現状打破の為には、大いなる犠牲が伴った。尊い犠牲だ。鬼殺隊とは、そういった覚悟を背負った者たちなのである。でなければ、人を超越した力を持つ鬼には勝てない。

 

「ムラタさん。ごめんなさい……。ぼくの責任だ……」

「みんなして謝るなよ!? もう確定事項みたいじゃんか! やめろ!? 寄ってたかって俺の髪を見るな!! こっちに来るな!! 止せ! まだ手はある!!」

「確保ぉぉぉおおお!!」

 

 善逸が村田を指差して大声を出した。

 

「村田さん! ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!!」

「往生しろやぁ! 田村ァ!!」

 

 炭治郎はすごく申し訳なさそうに、伊之助は全力で村田に飛び掛かった。

 

「ギャ――――――――――ッ!!」

 

 村田の叫びが、那田蜘蛛山に響き渡った。

 

 

 

 

 

「悲鳴! 当たったか!?」

 

 釜鵺は喜色を浮かべる。投げ続けて結構な時間がかかったが、鬼の体力は実質無尽蔵にあるようなものだ。石を投げ続けるぐらいなんの問題もない。四方からの投石はまだ続いている。勢いは些かも衰えていない。石ならばちょっとぐらい掘り起こせばいくらでも出てきた。

 

「どうだジョナサン! 世の中に絶対はない! 油断せずこのまま押し切ってやる!」

 

 変形させた腕に慣れてきたのか、投石の勢いは増すばかりだ。すると、花と葉っぱの壁がふぁさりと崩れ落ちる。頑丈な壁は、ただの植物に戻った。

 

「やった! 壁が壊れ……ん?」

 

 敵の牙城を突き崩すことができたと思ったが、妙なことに気付いた。

 

「敵が、いない?」

 

 壁の向こう側にいたであろう、ジョナサンと鬼狩りの生き残り達、血鬼術で蜘蛛に改造された人間、何故か人間に与する鬼。どいつも見当たらない。

 

コオオオオオオオオオオオ

 

(ッ!? あの音、太陽の力!)

 

 釜鵺は、全力で警戒する。鬼の力で強化された聴覚を研ぎ澄ます。あの呼吸だ。あの呼吸音の後、二人共やられた。

 

(音は地面の下か! 壁で防いでいる間に穴を掘りやがったな!?)

 

 敵はいつの間にか作っていた塹壕でやり過ごすつもりらしい。

 

(ジョナサンが反撃に転じるつもりだな!? こい! 逃げ切ってやる!)

 

コオオオオオオオオオオオ

 

「……」

 

コオオオオオオオオオオオ

 

(随分溜めが長い、あいつ、何をする気だ?)

 

 累がやられた超広範囲攻撃の可能性は低い。ジョナサン達は、蜘蛛人間と鬼狩りの連中を守るように動いていた。故に、狙いが分からなかった。

 

(あの森を太陽に変える技は使わない筈! 少なくとも、狙われるのは一人だけ。だったら、出てきた瞬間に反撃してやる!)

 

 この距離なら、投擲物で狙われても避けられる自信があった。投石の雨が止んでいる。他の三人も同じ見解なのだろう。

 

バッ!

 

(来た! ジョナサンだ! 黒い槍のような物を持っている! あれを投げるつもりだな!)

 

 ジョナサンは、真っ黒で螺旋状になった細長い槍を持っている。あれなら問題ない。どんな力で投げたとしてもかわすのは容易い。他の三人が投石を再開し、ジョナサン目掛けて石が殺到する。

 

(こっちを見ている!? 狙いは俺か! さあ、こい!)

 

「ウオオオオオオ! こいつを喰らえッ!!」

 

 ジョナサンは大袈裟に叫んで槍を投げつけた!

 

ギュオンッ!

 

(来た! 速いッ!!)

 

 一直線にギュルギュルと回転しながら黒槍が飛んでくる。バチバチと、太陽の力が迸る恐ろしき槍だ! 当たれば絶対に助からない!

 

(だがあれぐらいなら避け……)

 

 しかし、釜鵺が石を投げながらやり過ごそうと思った次の瞬間! 槍に変化が起きた!

 

(や、槍がばらけ……!?)

 

 槍が回転しながら解けた! よく見ると、一本一本細い髪のような物を捻じって束ねた形状をしており、それは解けていくごとに、数を増やしていった!

 

 更に、解けても勢いは衰えない! 細長い一本一本の槍が、散弾銃のように分散してこちらに殺到してきたのだ!!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああ!?」

 

 避け様のない面制圧の攻撃!!

 

ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 

「ぐえぇっ!?」

 

 釜鵺は黒い針に刺され、顔も体もハリネズミのようになった。

 

ドシュゥッッ!

 

「ぁ……」

 

 何か言葉を発する前に、釜鵺の意識は体と共に暖かく溶けて消えた。

 

 

 

 

「善逸、伊之助。今だ! 行くぞ!」

「命令すんじゃねぇ! 親分は俺……。いや、じょりんだ!」

「ごめん! とにかく行こう!」

「ヒィィ!? 本気でやるつもりかよ!」

「三人共、頼んだよ!」

 

 植物の壁はなくなり、村田の髪を切って編んでいる間に作った塹壕の死角から、炭治郎、伊之助が飛び出した! 二人は姿勢を低くして駆け抜けていく。禰豆子は塹壕の中に落ちてきた石を振り払い、隊員と蜘蛛人間を守っている。

 

「じょ、ジョジョさん、俺……」

 

 善逸は、ジョジョを見て立ち止まる。足が竦んでいた。

 

「ゼンイツ……」

「……」

 

 ジョジョは、善逸の肩に触れ、優しく諭した。

 

「君にも出来る。あの厳しい鍛錬を、三人で乗り越えたじゃあないか」

 

 ――信じるんだ、地獄のような鍛錬に耐えた日々を、お前は必ず報われる。

 

「……!」

 

「ゼンイツは強くなった。ショウイチだって、君が守ったんだ」

 

 ――いついかなる時も、弱き者の心に寄り添い、その盾になれ。

 

「君は、人一倍強い恐怖心を乗り越えて、誰かを守れる強さがある」

 

 ――弱さを知るお前にだからこそ、出来ることだ。

 

(爺ちゃん……)

 

 ジョジョの言葉と、育手である桑島慈悟郎の言葉が重なったような気がした。

 

「……」

 

 善逸は目を閉じて、歯軋りをしている。怖くて怖くて仕方がない。

 

「……や、やってやるっての!」

 

 それでも善逸は、目を開けて、凄まじいスピードで敵の元へ走っていった。

 

(タンジロー、ゼンイツ、イノスケ。君達ならできる……!)

 

 走り去った善逸を見送り、ジョジョは髪の槍をもう一本用意する。これは、別の隊員の髪で作った槍だ。村田の髪で作った槍はあれ一回分だけである。しかし、普通の髪では鬼相手には届かない。

 

「すみません……。あなたまで……」

「構わないさ。俺は村田さん程気にしてない」

 

 髪をくれたのは、尾崎と一緒に助けた長髪の隊員だ。彼の髪は良くも悪くも普通だった。だが、それでも充分だった。村田の髪で作った槍で、鬼を一人倒すことに成功した。鬼達は髪の槍を最大限警戒するだろう。

 

「……」

 

 村田は、体操座りで地面を見ている。その頭は坊主と化していた。

 

「ムラタさん……」

「いいんだ……いいんだ……。鬼は倒せたからな……」

「はい……。貴方のおかげです。本当にありがとう……」

「うう……」

「む、村田さん……」

「お労しや……」

 

 ジョジョは、村田の悲痛な表情に罪悪感を覚える。

 

 村田の髪は"風"になった。隊員達が無意識のうちにとっていたのは“敬礼”の姿であった。無言の男の詩があった。奇妙な友情があった。尾崎は笑いをこらえていた。

 

 隊員たちは、村田へ心からの敬意を表する。この犠牲を、彼らは一生忘れないだろう。

 

 暫くすると、村田は立ち上がり、禰豆子と一緒に流れ弾を防ぐようになった。

 

(よし、これで……)

 

 ジョジョは、気持ちを切り替えて目一杯息を吸い込んだ!

 

「もいっぱあああああつッ!!」

 

 塹壕の中から大声をあげた! そしてこれみよがしに、髪で作った槍を塹壕から腕を出して見せびらかす。これはブラフだ。善逸の提案だった。

 

「!?」

「ヒィ!?」

「くっ!?」

 

 成功だ。下弦の鬼達は、髪で作ったハッタリ用の槍を凝視している。

 

(よし、時間は稼げた! 三人共! 今だ!)

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 伊之助は、目標目掛けて一直線に走る。足音は控えめで、姿勢は低い。獣のような速度と、しなやかさだった。

 

(……下弦、か)

 

 下弦の鬼。今までの自分なら恐らく殺されていただろう。修行による常中の会得。炭治郎の度胸。善逸の提案。ジョジョの波紋。村田のハゲ。これらすべてが作り出した、みんなの連携で成り立った好機。今までの伊之助なら気に喰わないと憤慨していただろう。

 

(……なんだろうな、これ)

 

 心がホワホワする。全員で目標に突き進むと、何故だか心が温かくなる。

 

『君ももっと強くなれるし、何よりその方が楽しいよ!』

『ぼくも彼らと一緒にいると、すごく楽しいんだ!』

 

 ジョジョの言葉を思い出す。

 

『あちい……。根競べだぁ!』

『今ははえぇ奴よりおせぇ奴がつよい!』

『分かった!』

『え、やんの?』

 

 一緒に風呂に入って我慢大会したことを思い出す。

 

『できていたよ! 常中! よく、頑張ったね……』

『や、やった!』

『オッシャアアアアアアアア!』

『ああああああ!! 肺に穴が開くかと思ったぁ────!!』

 

 三人で常中を身に着けて大喜びしたことを思い出す。

 

「……」

 

 楽しい。伊之助は、仲間とともにいるのが楽しいのだ。

 

(だぁー! 獲物を前にホワホワさせるんじゃねぇ!! 敵はもう目の前だ!)

 

 へし折れた木々を飛び越え、避け、駆け抜けていると、獲物が見えた。

 

(いた!)

 

 白い髪の女の鬼だ。

 

「見つけたぜぇ!」

「えっ!?」

 

 ジョジョの槍に注視していた鬼がこちらに振り向く。気づかれた頃にはもう懐に入り込んでいた。ジョジョに気を取られ、投石用に腕を伸ばしていた為に隙だらけだ。伊之助は常中で呼吸を維持している。いつでも準備万端だった。

 

「獣の呼吸ゥ! 陸ノ牙! 乱杭咬み!!」

 

 陸ノ牙・乱杭咬み。伊之助の切り札だ。二刀の刃を、対象の一点で噛み合わせるように挟み込み、刃毀れさせた日輪刀で鋸の如く引き裂く!

 

バ ギャ ギャ ギャ ギャ ! !

 

「ギャアアアアア!?」

 

 日輪刀に挟まれ、引き裂かれた鬼の首は勢いよく吹っ飛んだ!

 

「おっしゃあ――――――っ!」

 

 

 ――伊之助! 下弦の参、零余子を討伐ッ!

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「み、見つからないようにしないと……」

 

 善逸は、折れた木の影を縫うように走り、音から敵の位置を判別。死角から鬼目掛けて駆け抜けている。顔は青ざめ、今にも泣きそうな顔をしている。

 

「……」

 

 ジョジョも、炭治郎も、自分が鬼を倒すと信じて疑っていない。常中を身に着けて、ちょっとばかし自信もついた。そんなあっさり成し遂げられるとは思わなかった。だが、自分は本当に鬼を倒せるのだろうか。

 

(俺は誰よりも弱い! なんで、そんな俺のことをみんなして信じ切ってるんだよ!)

 

 臆病な自分を見せると、今までの人達はすぐに離れていった。そのたびに、自分への劣等感が膨れ上がっていく。兄弟子も自分のことを蔑んでいた。善逸は、何より自分自身が嫌いだった。強くなりたかった。

 

(それでも……)

 

 それでも、育手の爺ちゃん、ジョジョは、泣き言を喚いても根気強く鍛錬に付き合ってくれた。

 

(炭治郎も……。伊之助だってそうだ)

 

 炭治郎は自分を強いと信じている。一緒に鍛錬で連携をした時もそうだった。伊之助も、自分のへっぽこさ加減を嘲笑うが、戦いのときは自分のことを信じて先陣を切らせていた。一緒にいたみんな、善逸の力を信じている。

 

(あの穴の中では、禰豆子ちゃんが村田さんと石を防いでくれている……)

 

 近くに迫る鬼を斬らなければ、一目惚れした大好きな女の子に牙を剥くかもしれない。考えている内に、敵が見えてきた。顔にヒビの入った、長い髪をした男の鬼だ。

 

「……ああああああああ!!」

「!?」

 

 善逸の雄叫びに鬼が振り返った!

 

 体が震える。足が震える。手が震える。それでも呼吸は維持できていた。

 

「かかか雷の呼吸! 壱の型! 霹靂一閃! 四連!!」

 

 抜刀した瞬間、稲妻の如き神速と化した!!

 

 鬼との距離をジグザグと凄まじい速度で縮め、その剣先は、寸分の狂いなく鬼の首に迫った! 伊之助と同じく、手を変形させていたが為に対応が間に合わない!

 

「しまっ……!」

 

ザ ン ッ ! !

 

「この、俺が……。馬鹿なッ……。ぐうう……」

 

 鬼の首が飛んだ!

 

「……はぁ、はぁ……。や、やった……。俺……やったんだ……!」

 

 

 ――善逸! 下弦の弐、轆轤を討伐ッ!

 

 

 ジョジョが作り出した隙、磨き上げられた伊之助と善逸の太刀筋。

 

 全てが合わさったからこそ、成し遂げた功績だった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

村田の髪でバリアを作ると、ミサイルも防げるらしいよ。


次回、炭治郎の運命は如何に……。そして……


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夢神楽

今月は前半が忙しいので更新遅れます!
ただ、11日頃から我がスタンドが発動するので更新頻度が上がります


 炭治郎は黒き日輪刀を抜刀し、走る。倒すべき鬼の下を目指す。

 

(みんなが繋いでくれた好機、決して無駄にはしない!!)

 

 濃い花の匂いにも慣れ、石が飛んできた方向目掛けて駆け抜ければ、鬼の匂いが濃くなるのが分かる。今まで嗅いだ中でも特段に濁った鬼の匂いだ。

 

(あの時に会ったのは下弦の参……。この匂いはそれ以上だ……)

 

 木々を避けながら思い出す。十二鬼月。初めて会ったあの時、己は足が竦み、刀を持つ手は震え、重圧に気圧されていた。

 

(前を見ろ! 敵はもうすぐそこだ!)

 

 折れた木々が、視界の端を通り過ぎていく。

 

 あの時の弱かった自分は、もういない。恐怖を認め克つに足る、力と精神。その両方を炭治郎は身に着けていた。そして何より、炭治郎は信じた。育手である鱗滝左近次の下での修行、選別試験、数々の鬼との戦い、ジョナサン・ジョースターと、みんなと共に鍛え上げた修行の日々。それらを通して、築き上げて貰った己の力を信じた。

 

 そう、文字通りの"自信"だ。その足取りに迷いはない。

 

(いた!)

 

 斬るべき鬼の姿が、小指程度に見えるところまで来た。黒い服を着た青年型の鬼だ。全身から血管が浮き出ており、袖が破れ、身長の二倍以上に伸びた両腕が隆起している。石を投げる為に体を変形させたのだろう。

 

 敵の視界はジョジョがいる方向へ向いている。奇襲するには絶好の好機だ! 

 

「俺は鬼殺隊! 階級・(みずのと)! 竈門炭治郎だ!」

「!」

 

 だが悲しいかな。この男、正直すぎるが故に不意討ちが出来ないのである。

 

「今から、お前の頸を斬る!」

 

 

 

 

 

(馬鹿だなぁコイツ。不意打ちの機会をみすみす逃すなんて……)

 

 魘夢(えんむ)は、斬りかかってくる炭治郎を見つめ嘲笑う。

 

(しかもこのガキ、耳に飾りをつけている)

 

 夢見るような、都合の良い展開だ。この男も最優先に始末するべき対象。ここでこいつを殺せば、例えジョナサンを討ち損じたとしても、許して貰える可能性がある。魘夢は夢見心地でいて冷静に、変形させた腕を戻した。

 

 本当は、幸せな夢を見せた後で悪夢を見せてやりたい。その落差に絶望し、悲愴に歪む人間の顔が大好きで仕方がない。だが、後続には憎たらしくも恐ろしいあいつが控えている。そんな暇はなかった。

 

 コイツは速やかに眠らせ、速やかに殺す。

 

血鬼術

「!」

 

 炭治郎目掛け、左手の甲をかざす。

 

 ──強制昏倒催眠の (ささや)

 

 "夢"の字が手から乱雑に浮かび上がり、歯を剥き出しにした口が浮かび上がった。手の甲で不気味に笑う口が、言葉を紡ぐ。

 

眠れえぇぇえ!!

 

 それは、対象を悪夢の眠りに(いざな)う血鬼術だ。自分の進退を問う、重大な局面故か、その声はいつもより大きい。

 

「う……」

 

 駆け抜け、走り寄る炭治郎が、白目を剥く。そして、走ってきた勢いに任せるようにゴロリと転倒した。意識を失ったのだ。刀は落とさず、しっかりと握り締めたまま眠っているのは驚きだが、こうなっては最早関係ない。

 

 目の前で眠る炭治郎を見て口元を歪めた。ここまで簡単に事が運ぶと笑いがこみ上げてくる。魘夢は恍惚の表情で、倒れ伏した炭治郎の首を右手で掴んで持ち上げた。

 

眠れぇ

「うふふふ、刀を握ったままなのは感心だけど……」

眠れぇぇ

 

 炭治郎を掴むその手の甲から口が浮かび上がり、呪われた子守唄が耳に注ぎ込まれる。日輪刀を持ったまま眠る姿を警戒した保険だ。徹底的な念の入れようである。

 

眠れぇ

「さ……俺の為」

眠れぇぇ

 

 左手を貫手のような形にして炭治郎の胸に突き付ける。後は、ほんの少し力を込めて突き入れれば、それでおしまい。簡単なものだ。

 

眠れぇ

「永遠にお眠り……」

眠れぇぇ

 

 力を籠め、炭治郎の胸部を貫く! 

 

ザ シ ュ ! ! 

 

 肉を裂く音が響き、辺りに血の匂いが広がっていく。

 

「……なっ!?」

 

 だが、それは炭治郎の血ではなかった! 

 

「……コイツ!?」

 

 突然、魘夢の両腕が血しぶきを上げて飛んだ。炭治郎は魘夢の右腕に引っ張られるように、草むらへ倒れ伏した。顔は左を向き、右頬が地についている。日輪刀は尚も握ったままだ。

 

「ムー!」

 

 魘夢の両腕を切り裂いたのは、鬼の爪だった。爪を立てた張本人は鬼だった。横向きにした竹筒を咥え、桃色の着物を着た長髪の女鬼がいる。訳が分からない。

 

(何故鬼がッ!? 鬼狩りに与する鬼なんて、どうして無惨様に殺されないんだ!)

 

 だがそれよりも、邪魔をされたのは不味い。現状時間が経てばたつほどこちらが不利なのだ。速やかに排除せねばならない。腕を生やすまでもなく、反撃する手段はある。

 

「邪魔をするなぁ!!」

 

 魘夢が両目を大きく見開く。その眼には"夢"の字が刻まれていた。

 

 ──血鬼術 強制昏倒睡眠・(まなこ)

 

 眼を見た対象を眠らせる血鬼術だ。女鬼の体がふらりと揺れる。

 

ボ ウ ッ ! 

 

 突然、女鬼の体が燃え上がった! 

 

「このガキ!?」

 

 桃色に血を混ぜたような炎が、女鬼の体を包んだ。これは魘夢の血鬼術ではない。この女鬼の血鬼術だ。不愉快な熱さだ。

 

(血鬼術……。しかし、今コイツの相手をしている場合じゃない。切り離された腕で、耳飾りの男の首を絞めてやる!)

 

 こちらに気を取られている隙に、切り離された腕を制御する。指で地を這う腕が、炭治郎の首元へと向かった。

 

「ムー!」

「ぐっ!? 俺の腕を!!」

 

 女鬼は踏みとどまり、眠らなかった。恐らくこの炎のせいだろう。更に、魘夢の両腕に飛び掛かって、その炎で焦がした。魘夢の両腕が、のたうち回りながら燃え尽きていった。

 

(燃やされた腕が再生しない……)

 

 そのまま魘夢と炭治郎の間に割って入り、炭治郎を庇うよう陣取った。こちらを睨み、猫の威嚇みたいな唸り声を上げている。

 

「グッ!?」

「ムー!」

 

 女鬼が炎を纏ったまま爪を振るってきた。上半身を捩って回避するが、腕の切断部分を掠めた。

 

「血鬼術を無効化する血鬼術……。厄介なのはジョナサンだけじゃなかったか!」

 

 あの不愉快な気配を漂わせる炎は、触れると不味い。

 

「俺の体も……。再生が遅れている……!」

 

 炎の爪を掠めた部位も、再生が遅くなった。血鬼術の無効化に加え、鬼に対する特効のようなものがあるらしい。

 

「……」

「フー! フー!」

 

 基本的に鬼同士の戦いは不毛だ。お互いを殺す手段がないため、"入れ替わりの血戦"でなければ、終わらない戦いを強いられることになる。だから、相手を怯ませる必要があった。目の前の敵は、最悪の邪魔者だ。

 

 魘夢は炎を避けるように、女鬼の顔面に上段蹴りを放った。

 

「ッ!」

「掠めたか……」

 

 相手の身体能力はそれなりに強い。放った蹴りも直撃には至らなかった。だが不幸中の幸いか、単純な肉体の強度は魘夢の方が上だった。

 

 女鬼のこめかみ付近が裂け、鮮血が散る。

 

「う……」

 

 飛び散った血液は、炭治郎の顔にかかった。 

 

「どけぇ! このガキ!!」

 

 魘夢は声を荒げる。もう余裕がない。たった今、遠くで鬼の気配が消えた。もう下弦の鬼は自分一人だけなのだろう。時間がない。このままでは鬼狩りによる袋叩きに遭う。粘りすぎれば夜が明ける。炭治郎が始末できていない今、逃げることもできない。詰みが近づいているのが分かる。

 

(首にもう一度蹴りを入れて吹っ飛ばす! コイツの視界を削ったところで胴体も蹴っ飛ばし、炭治郎の頭蓋を踏み砕いて撤収する! クソッ! なんで俺がこんなこと!)

 

 両腕の再生は尚も進まないが、距離を離す余裕はない。時間が足りなさすぎる。ここまでボロボロの肉弾戦を強いられることになったのは、用意周到かつ搦め手を好む魘夢からすれば悪夢もいいところだった。

 

 

 

 

 

 炭治郎の目の前に広がるのは、血のように赤い景色だった。奥に赤く染まった家があり、血まみれの家族がこちらを忌々しそうに睨みつけている。

 

『何で自分だけ助かってるの?』

 

 末の弟の六太が、頭から夥しい量の血を流しながら炭治郎を責める。

 

『今まで何してたんだ』

『自分だけ生き残って』

『自分さえよければいいんだね』

 

 次男の竹雄、次女の花子、三男の茂が不愉快そうに吐き捨てる。ごぼりと吐き出した血がびちゃりと音を立てて床に散る。その目には憎悪が宿っていた。

 

『恥さらしめ、何のためにお前を生んだと思ってるんだ』

 

 父親の炭十郎が見下すように罵る。

 

『アンタが死ねば良かったのに。アンタだけ死ねば良かったのよ』

 

 母親の葵枝(きえ)が血塗れのまま炭治郎を責めた。

 

「……」

 

 炭治郎は、目の前の光景を鬼の形相で睨み返す。あれは、偽物だ。

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁあッ!!」

 

 怒りは、頂点を超えた! 

 

「俺の家族が! そんなことをいう訳がないっ!!」

 

 ありえない悪夢の光景に頭が煮え立ち、急速に理解する。

 

(俺は今、血鬼術で夢を見せられているんだ! それに……)

 

 禰豆子の匂いがする。夢の中であるにも関わらず、すぐ近くで、血を流しているのが分かるほど濃い匂いだ。一刻も早くこの世界から抜け出さなければならない。これ以上、目の前で家族を侮辱されるのも、傷つけられるのも絶対に許せない。

 

(だが、どうすれば、どうすればいい)

 

 ──炭治郎。

 

「!?」

 

 背から不意に声が聞こえた。懐かしい声だ。今、目の前で自分を罵る偽りの父親と違う。川のせせらぎのような落ち着いた声だった。

 

 ──呼吸だ。

 

「……父さん」

 

 聞きたくてももう聞けなかった。父親、炭十郎の声だ。

 

 ──息を整えて、ヒノカミ様になりきるんだ。

 

「……!」

 

 その声は、炭治郎自身の本能の警告。奥底に眠る記憶の発露だった。

 

 ──そして、刃を持て。

 

 魘夢の判断は決して間違いではなかった。通常の人間ならば、不意に襲い来る悪夢に心を潰され、訳も分からないまま死んでいるだろう。

 

 ──斬るべきものは、もう在る。

 

 そう、通常の人間ならばだ。

 

「……」

 

 言葉をきっかけに、炭治郎の中に眠る幼少の記憶が視界を駆け巡る。

 

 炭十郎の神楽舞。

 

 新年の始まりに赤い神楽装束を纏い、雪が積もる山の頂上で十二の型を一晩中に渡り、幾度となく舞い続ける奉納の儀式。火を扱う炭焼きの家系として、ヒノカミ様に奉納し、一年間の無病息災を祈る。竈門家が司る行事だったと、炭治郎は朧気に思い出す。

 

 父は、肺も凍りそうな寒さの中、疲れることなく舞い続ける。母の傍で見守った、在りし日の思い出。それは、どれだけ動いても疲れない呼吸法の鍵。

 

 

 

『炭治郎、この神楽と耳飾りだけは必ず』

 

 幼き炭治郎の頭を優しく撫でる、痩せこけた父の顔。

 

『途切れさせず、継承していってくれ』

 

 真っ直ぐに見つめ、優しく語り掛けてくる。

 

()()なんだ』

 

 神楽舞と耳飾り。父から炭治郎に、託されたモノだった。

 

 

 

「俺の家族を……」

 

 もし、魘夢が敢えて、家族との暖かな思い出を夢に見せていたならば、その足は留まっていただろう。帰りたくないと願ってしまっただろう。

 

「侮辱した……」

 

 炭治郎は解に辿り着く。"夢の中の死"が、"現実の目覚め"へと繋がることに。

 

「絶対に!」

 

 答えは"自殺すること"だ。

 

 見せたのが悪夢でなければ、それも躊躇していただろう。判断が遅れた結果、禰豆子を吹っ飛ばした足で炭治郎の頭部は踏み砕かれ、彼は絶命していた筈だった。

 

「絶対にッ!!」

 

 炭治郎は躊躇なく、自らの首元に日輪刀を押し付ける! 

 

「許さないッ!!!」

 

 魘夢は、判断を誤った。

 

「うおおああああ!!!」

 

ブ シ ャ ッ ! 

 

 何故なら、彼は竈門炭治郎なのだ。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「……どけぇ!」

「ッ!」

 

ド カ ッ ! 

 

 魘夢は、両腕の肘から先を失うも、女鬼の目を潰し、遠くに蹴り飛ばすことに成功した。女鬼が木に叩きつけられる。頭は吹き飛ばせなかったが、結果は上々だ。欠損した部位は、誰もいないところでゆっくりと再生すればいい。

 

「これで!」

 

 今の内に耳飾りの鬼狩りを踏みつぶせば勝利だ。歪な笑みを浮かべた魘夢が、眠る炭治郎の元へ走る。女鬼もこちらへ向かってくるが、もう遅い。

 

「この悪夢もおしまいだ!」

 

 炭治郎の頭に魘夢の右足が迫る! 

 

ゴオオオオオオ

 

 燃え盛る火のような呼吸音がする。

 

「なんだ!?」

 

ゴオオオオオオオオオオオオオ

 

 それは、炭治郎の呼吸だった! 

 

「だが、このまま潰す!」

 

 魘夢は構わず炭治郎を踏みつぶしにかかった。

 

カッ! 

 

 炭治郎が目を覚ました! 

 

「こいつ、目を!?」

 

 炭治郎が、体を転がして魘夢の足をかわした。

 

 そして、仰向けのまま日輪刀を振るったのだ! 

 

 ──ヒノカミ神楽 円舞

 

 それは、円を描く、燃え盛るが如し斬撃だった。

 

ザ シ ュ ッ ! 

 

「ぐっ!?」

 

 地を踏みつけた魘夢の右足が、斬り飛ばされた! 

 

「よくも、よくも家族を侮辱したな!」

 

 炭治郎が飛び起きた。怒りの形相を浮かべ、左足だけで立つ魘夢を睨む。

 

「馬鹿な……。馬鹿な!! こんな短時間で俺の血鬼術を!?」

「お前だけは、絶対に斬るッ!!」

 

 両腕と右足を失った。それも、炭治郎に切断された右足まで再生が遅い。理解できない。だが状況が圧倒的に不利なのは理解できる。最早逃げることすらままならないだろう。血鬼術で眠らせたところで、最早なんの意味もない。

 

 女鬼もこちらに迫る。遠くからも、何者かが迫る足音がする。他の下弦を撃破した鬼狩りたちが、こちらに向かってくる足音だ。魘夢は恐怖する。死の恐怖だ。

 

(そんな、俺は死ぬのか……? 石を投げた程度しか……。俺は、俺は全力も出せていない! 汽車と一体化して一度に大量の人間を喰う計画も、ただの皮算用に終わってしまう!! 悪夢だ! せめて、せめてあのガキだけでも殺したい!!)

 

「グアアァァァァアアア!! せめてコイツだけでもぉ!!」

 

 魘夢は叫び、残された左足をバネに、炭治郎に突撃する。もう首を斬られたって構いやしない。喉笛に喰らい付いて道連れにする腹積もりだ。

 

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド

 

「なんだっ!?」

 

 魘夢は()()おぞましい太陽の気配を感じた。重厚な足音がこちらに迫る。

 

「ウォオオオオオオオオオッッ!!」

「ヒィ!?」

 

 突然、咆哮するジョナサンが、黒い槍を掲げてこちらに迫ってきたのだ! 

 

 普段は静かなる男! 身長195㎝、ジョナサン・ジョースター! 雄叫びをあげて魘夢に突進するゥ!! すっごぉ~~~~いッ! その威圧感は、魘夢を圧倒した!! なんという爆発力(パワー)! なんという圧力(プレッシャー)! まるで重機関車だッ!! 

 

ド ッ ギ ャ ──── ン

 

「ウワァァァァァァァアアアアアアア!?」

 

 魘夢は絶叫した! 化け物(ジョナサン)に視線が釘付けにされてしまった! 

 

「ァァァ……しまっ!?」

 

 気づいた時には、もう遅かった。

 

「これで最後だぁぁぁあああ!!」

 

 ──ヒノカミ神楽 円舞

 

ザ ン ッ ! 

 

 炭治郎とのすれ違いざま、魘夢の首が飛んだ! 

 

「アアアアァァア! クソッ! クソッ! 俺はまだ何もしちゃあいないのに! 悪夢だ……。悪夢だぁぁぁぁアアアアアアアッ!!」

 

 首だけになり、宙を舞う魘夢が大声で叫ぶ。草むらを転がり、じわじわと崩壊していく。視界の端に転がる胴体も、消滅が進む。明確な死が、魘夢に迫った。

 

 

 ──炭治郎! 下弦の壱、魘夢を討伐ッ! 

 

 

(何が、何が間違っていたんだ……。クソォ! クソォォォォォ!)

 

 失敗は、()()()()()()

 

(ああああ、やり直したい、やり直したい)

 

 ()()()()()()単純(シンプル)な答えだ。

 

(何という惨めな悪夢……だ……)

 

 魘夢は、炭治郎を怒らせた。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

勝ったッ! 無限列車編、完!


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快挙

セフィロスに情緒破壊されたので予定より遅くなりましたごめんなさい!

柱合裁判編開幕。まだお館様の屋敷には行きません! スマヌ!


 下弦の壱は消滅した。炭治郎は、細胞の一片まで消失したのを見届けて、鬼の匂いがなくなったことを確認する。

 

「……」

 

 敵がいなくなったことを理解した途端、膝から崩れ落ちた。限界だったのだ。

 

「タンジロー!」

 

 ジョジョが駆け寄った。

 

「大丈夫かい!?」

 

 髪で作った槍を片手に持ったまま、炭治郎の肩を支えつつ怪我の様子を確認する。目立っているのは、血鬼術で眠らされた時にできた擦り傷ぐらいだった。軽傷だ。だが、炭治郎は息も絶え絶えで、汗が吹き出し、顔色が悪い。

 

「平気……です。多分、呼吸を、無理やり切り替えた……跳ね返りです……」

「そうか……」

 

 炭治郎が感じていたのは耳鳴り、体中の激痛、狭まる視界。

 

 "全集中の呼吸"の強引な切り替えは、使用者に大きな負担がかかる。炭治郎は、夢の中で会得した"ヒノカミ神楽"の呼吸を使った代償として、一時的に体の自由が利かなくなっていた。

 

「ムー」

「禰豆子……。良かった、もう傷も塞がってる……」

 

 ジョジョに支えられた炭治郎が、禰豆子の頬を震える手で優しく触れる。戦いで負った傷は既に治っていた。禰豆子のダメージも、こめかみに付いた蹴りの傷と、木に叩きつけられた時の打撲ぐらいだったので、鬼の治癒力ならすぐに治った。ジョジョは、両者ともに五体満足で済んで安堵する。

 

「ごめんな、痛かっただろう……」

「タンジロー」

 

 禰豆子は、きょとんとした表情で、頬の手に自分の手を重ねた。

 

 既に治っているとは言え、禰豆子は傷を負ったのだ。敵の血鬼術を受けたが故の不覚。長男として不甲斐なしと、炭治郎は思っている。

 

「よいしょ……。とにかく、今は体を休めるんだよ」

「はい」

 

 ジョジョが炭治郎をおんぶすると、みんなが集まっている場所へ引き返す。禰豆子は、その後ろをトコトコと付いてきた。

 

「ムー……」

 

 禰豆子は頬を膨らませて不満気な表情だ。波紋の残滓でジョジョに近寄れない上に、おんぶの権利を兄に取られたせいである。

 

「禰豆子ちゃ──────ん!! 無事か!?」

「俺が一番乗りで鬼を倒したぜぇ!」

「善逸、伊之助」

 

 善逸と伊之助も駆けつけてきた。善逸は聴覚、伊之助は空間識覚による触覚で、戦いの気配を辿ってきたようだ。二人共、鬼は無事に倒せたらしい。

 

「ネズコはもう大丈夫だよ。ほら、元気そうだ」

「よよよ、良かった……。禰豆子ちゃん! 鬼と戦ってる音が聞こえたから心配したんだよ!」

「ムー?」

「みんな、やり遂げたんだね」

「グハハ! また一歩、最強に近付いた!」

 

 伊之助が右手を掲げて勝利のポーズらしきものを取っている。猪頭を取るまでもなく、誇らしげな顔なのが目に浮かぶ。  

 

「そ、そうだ! 俺、倒したんだ! 鬼を……。それも、十二鬼月を……!」

 

 善逸は禰豆子が無事なのを確認すると、自分の戦果を思い出したのか、興奮気味で手が震えている。鬼を倒したのはほかならぬ自分だと言うのに、それを信じきれない様子だ。

 

「三人とも、本当に、強くなった。これは、みんながいたからこその結果だ」

 

 ジョジョは笑顔で三人を褒め称える。炭治郎達は、下弦の鬼の討伐という困難な任務を、見事成し遂げたのだ。

 

「おう!! ……へへ」

「そう、だよな……。俺、やったよ!」

「ジョジョさん……」

 

 炭治郎は複雑な心境だが、善逸と伊之助はこの結果に自信がついたようだ。

 

「ネズコも、よく頑張ったね。君がいなかったら、タンジローが危なかった」

「ムー」

 

 ジョジョは当然、禰豆子も労う。炭治郎が血鬼術で眠らされている間、禰豆子は果敢に戦い、守り抜いた。もし、彼女が一足先に飛び出していなかったら、炭治郎は死んでいたかもしれない。

 

「さあ、みんなのところへ戻ろう。ゆっくりね」

 

 全員、体力を消耗していることへの気遣いだ。十二鬼月による奇襲。四方からの投石攻撃。善逸の機転による奇襲返し。極度の緊張を強いられる戦いだった。

 

「ジョジョさん、すみません、意識が……」

「いいんだよ。後は任せて、ゆっくりおやすみ」

「助かり……ます……」

 

 そう言うと、炭治郎が背で寝息を立て始めた。相当消耗したらしい。ともあれ、四人は大戦果を携え、生き残った隊員達の元へ戻る。

 

「炭治郎、どうしたんだ?」

「戦闘中に水の呼吸から別の呼吸に切り替えたせいらしい」

「ええ!? む、無茶苦茶するなぁ……」

「んなことできんのか……」

 

 善逸と伊之助はひどく驚いている。呼吸の切り替え。二人がここまで仰天するということは、ジョジョが思っている以上に、とんでもない芸当らしい。

 

(それにしても、さっきタンジローが鬼に放っていた斬撃は……)

 

 ジョジョが見た炭治郎の技。初めて見るものだ。呼吸も、太刀筋も、これまでと大きく異なる。炭治郎の水の呼吸、善逸の雷の呼吸、伊之助の獣の呼吸とも違う。

 

(少なくともあれは、"水の呼吸"とは全く違う。燃えるような呼吸音、流麗な舞いのようでありながら、激しい紅炎(プロミネンス)の如き斬撃。見事という他ない……)

 

 威力も凄まじかったが、その太刀筋の美しさも目を見張るものだった。こちらにまで、熱が伝わってくるような気さえした。

 

(だけど、あの技はまだ鍛練する余地があった。タンジロー、君は一体どこまで強くなるんだ……!)

 

 炭治郎は、禰豆子がダメージを負ったことを悔いている。自分が弱かったから禰豆子が傷ついたのだと考えている。だが、その悔しさをバネにしてまた強くなるだろう。そういう男だ。

 

 ジョジョは、炭治郎が見せた更なる可能性に震える。

 

(聞きたいことは色々あるけれど、今はみんな疲れているからね)

 

 禰豆子が体から発していた炎。炭治郎の呼吸。気になることはたくさんあるが、一先ず後回しだ。今は、回復が最優先である。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「うお、なんかいっぱいいる!?」

 

 善逸が驚く。

 

 塹壕の下へ戻ると、坊主の村田と一緒に何者かが複数人、後始末をしていた。黒子のような頭巾を被り、顔の大半が隠れている。隊士服を着用しており、その背には"隠"と刻まれている。同じ出で立ちの人物が複数人、蜘蛛人間と隊員に治療を施していた。鬼殺隊の後処理部隊、(かくし)だ。

 

 禰豆子と一緒に壁の補修を手伝っていた蜘蛛人間達は、薬を投与された後、包帯でぐるぐる巻きにされて眠っている。処置が完了した者には"治療済"と書かれた大きな張り紙が付いていた。数が数だけにずらりと並んでいるその様は圧巻である。

 

「おお、帰ってきた! 怪我はないか!?」

 

 四人の姿を目にすると、坊主の村田が駆け寄ってきた。

 

「あ、あの子が村田さんの言ってた鬼か……」

 

 坊主の村田の傍にいた隠の一人が、遠巻きに禰豆子を見ている。

 

「ああ、俺たちの、命の()()だ」

「……」

 

 坊主の村田の言葉に、包帯でぐるぐる巻きにされた隊員達が同意する。

 

(ムラタさん……。みんな……)

 

 坊主の村田は、腹を括った顔をしている。隠たちに、大まかな事情を説明してくれていたらしい。その場にいた者たちは、禰豆子を警戒はしているものの、戦いになる雰囲気ではない。

 

「ムラタさん。全員無事ですよ。タンジローは寝てるだけです」

「禰豆子ちゃんも、炭治郎を守って鬼と戦いました! 惚れなおしちゃう!!」

「楽勝だったぜぇ!!」

「そうか! 討ち漏らしは、なさそうだな。顔見てるとなんか分かるよ」

 

 坊主の村田は感心する。

 

「ジョースター殿の言う通り、鬼は全員十二鬼月だったのか?」

「俺が斬った鬼はそうでした。伊之助は?」

「おう、俺のとこもだ」

「タンジローが斬った鬼もそうでした」

「てことは、俺の髪で倒せた鬼も……。俺の、髪で……。髪……」

 

 坊主の村田は"髪"という言葉に合わせて気が沈んで行く。その悲しみは、未だ拭いきれないものだったのだ。

 

「髪で倒した鬼も……。十二鬼月だったんだな……」

「恐らく」

「……ん?」

 

 悲しみに暮れる坊主の村田を尻目に、何か気付いた善逸が、指折り数えだした。

 

「何してんだ? 逸脱」

「善逸な。いや、今下弦の鬼を何体倒したかなって」

「ぼくがやっつけたのは、以前のも入れて三人だね」

「残り俺達で倒したのが更に三体で……」

「六だぁ!!」

 

 伊之助が自信満々に答えた。両手で指三本を掲げて飛び跳ねている。

 

()ー!」

 

 何故か禰豆子も真似をして飛び跳ねている。ジョジョ達の動きを真似するのが癖になりつつあるらしい。太ももがちらりと見えて善逸が己の目を手で覆う。尚、隙間から覗く目はかっぴらいていた。炭治郎が起きていたら危なかった。

 

「下弦の鬼を六体……!?」

 

 坊主の村田、急にテンションが上がる。落差の激しい男である。

 

「全滅じゃないか!? 歴史に残る快挙だぞ!!」

「か、下弦の鬼が全滅!?」

 

 その場にいた隠の面々もにわかにざわつく。

 

「すっげぇ!」

「鎹鴉も言っていたから間違いないぞ!」

 

 釜鵺、累、零余子、病葉、轆轤、魘夢。十二鬼月の下弦は、ジョジョ達の働きにより全滅となった。これで、人々を脅かす鬼の戦力は大幅に削られた。下弦の鬼は幾度となく補填されてきたが、大きな痛手となった筈だ。

 

 ──なるほどなるほど、西洋の鬼狩りさんに人を襲わない鬼。

 

「!?」

 

 ──村田さんが言ってたことは本当のようですね。

 

 木の上から女性の声が聞こえた。

 

 ジョジョ、善逸、伊之助は驚く。聴覚の鋭い善逸と、触覚の鋭い伊之助がいたと言うのに、全員、声を聞くまでその存在に気付けなかったのだ。

 

 隊員がふわりと降りてきた。

 

 末端が紫がかった黒髪を蝶型の髪飾りで後頭部に束ね、目は紫色。口元は笑みを絶やさない。隊服の上に着た蝶の羽根を模した羽織がはためく姿は、蝶が舞い降りるかのようで、善逸は見惚れていた。

 

「戦わずに済みそうで何よりです。那田蜘蛛山をこんなお花畑に変えてしまう人と、喧嘩したくはありませんから」

 

 朗らかに言う。言動から察するに、禰豆子を警戒した不意打ちを想定しての行動だったようだ。本当に、戦わずに済んで何よりであった。

 

「急に出てきやがったぞ! 気色わりぃ!!」

「すっげぇ美人が降ってきた! でも音が不安定で怖い!? 何この人!?」

「……あけすけな坊や達ですね」

「バカお前ら!!」

「いたっ!」

「いでぇ! 何すんだこの野郎!」

 

 慌てた様子で、坊主の村田が善逸と伊之助に拳骨を喰らわした。

 

「君は……?」

 

 ジョジョが現れた隊士に問う。鬼殺隊関係者であることは間違いなさそうだ。

 

「初めまして。鬼殺隊・蟲柱、胡蝶しのぶと申します。貴方が噂に聞く"西洋の鬼狩りさん"ですね? 一度お会いしてみたかったんです」

 

 しのぶと名乗った女性がにこりと微笑み、ジョジョに手を差し出した。握手のサインだ。

 

「シェイクハンドでしたっけ? 合ってます?」

 

("柱"……! そうか、この人が)

 

 彼女は、鬼殺隊最高戦力、"柱"の一人だった。ジョジョ、善逸、伊之助、禰豆子さえも気づかせぬ程の遮断された気配に、その身のこなし。目の前の剣士(サムライ)が相当の実力者であることが分かる。

 

「はい。ぼくは、ジョナサン・ジョースターと言います。お会いできて光栄です。シノブさん」

 

 ジョジョは笑顔で応え、しのぶの手を握る。

 

(ッ!! ……す、すごい!)

 

 伝わってくる生命エネルギー! その笑顔とは裏腹に、鬼への大きな憎しみと、己の身を省みないほどの覚悟が伴った奔流! 炭治郎と同じく、確固たる意志を持った戦士の生命力だ! 他の隊士に比べ、非力なように感じられたが、そんなことは些事だと言わんばかりの凄味があるッ! ジョジョはしのぶの強さを、しかと感じ取った! 

 

 握手を終えてもその余韻が残る程だった。

 

「紳士なお方。そちらではジェントルマンでしたか。それに日本語もお上手で」

「タンジローのおかげですよ。彼は、ぼくの恩人なんです」

「それはそれは」

 

 ジョジョとしのぶの会話は和やかに進行する。それでも、禰豆子の気配に注視しているのが分かる。鬼狩りの中でもトップクラスのプロフェッショナルであることは間違いない。

 

(それに、この服装に髪飾り……。蝶……。蝶屋敷?)

 

「もしかして、貴方がムラタさんの言っていた蝶屋敷の主ですか?」

「そうですよ。もう聞いてたんですね」

「では、蜘蛛に変えられてしまった人たちは……!」

「お任せを。戻して見せましょう」

 

 即答だった。その表情からは自信が窺える。確実に治せるという自負があった。

 

「すごい! どうかお願いします!」

「はい。ただ……。何らかの後遺症は残るかもしれませんが」

 

 しのぶは顎に手を当てて考える。人面蜘蛛に変えられてしまった者は、長い時間をかければ人の姿に戻すことは可能だ。しかし、体の麻痺、身体機能の低下など。日常生活すら支障を来す、後遺症は免れないだろう。

 

「後遺症……。それならぼくの"呼吸法"で治癒できるかもしれません!」

「まあ! それは!」

 

 しのぶが喜色満面になる。

 

 しかし、心の中で首を傾げた。隊員の骨折を"波紋の呼吸"という特殊な"呼吸法"で治癒したことは村田から既に聞いている。

 

 全集中の呼吸にも、常中の応用で出血を防ぐ応急処置法はある。だが、骨折を、増してや他者の怪我を治す"呼吸法"など、見たことも聞いたこともない。

 

「"波紋の呼吸"は、呼吸によって作り出される生命エネルギーを患者に与え、治療に用いることができる秘法です。後遺症を残さずに治療する術も存在します」

 

 かつて、ジョナサンの師、ウィル・A・ツェペリがインドで出会った波紋使いの医者は、西洋医学でも切り落とさなければ死ぬ程の、老人の腐りかけた脚を治したことがある。波紋法による治療は、後遺症にも有効な可能性が高い。

 

「ああ、失血死寸前の人も助けてたよね、ジョジョさん。あの人、鬼に吹っ飛ばされて胸いっぱいに切り裂かれてたのに、よく助かったもんだ」

「!」

 

 善逸の何気ない話に、しのぶはほんの一瞬だけ目を見開いて驚く。

 

 人間は、血液を半分程失えば死に至る。人体が吹っ飛ぶ程の力で胸いっぱいに裂傷を負っていたとするなら、治療を施す前に確実に死ぬ。死んでしまう筈だ。後遺症の治療とはあまり関係のない話かもしれないが、その衝撃は余りにも大きかった。

 

「では、ジョースターさんに協力をお願いしても?」

「勿論です! ぼくにできることなら喜んで!」

「ありがとうございます」

 

 しのぶの艶やかな笑みに、隠と善逸は見惚れる。ジョジョはエリナの笑顔が一番なので平気そうだ。愛妻家の強さである。

 

 患者たちに希望の光が差してきた。しのぶが蜘蛛化を治癒し、ジョジョが後遺症を治癒する。これで蜘蛛に変えられてしまった人や隊員達は、元の生活に戻れる可能性が大きく高まった。

 

「さあさ、患者はまだまだたくさんいますよ。皆さん、引き続き対応をお願いします」

 

 しのぶが笑みを絶やさず二度手を叩くと、隠たちはハッとして後処理を再開した。

 

「彼らの鎹鴉から既に話は聞いています。驚きましたよ。下弦の鬼一体では飽き足らず。まさか全滅させるなんて。柱でも、そんな実績を挙げた者はいません。私とカナヲ、冨岡さんが招集されたのも、無意味になっちゃいました」

「皆の力があってこそです」

 

 賞賛に、ジョジョが謙虚を持って答える。どうやら、しのぶの他にも、戦力が二人派遣されているようだ。

 

(トミオカ……? タンジローが世話になったという人と同じ名前じゃあないか)

 

 炭治郎が、鬼殺隊に入隊するきっかけとなった人物としてジョジョが聞いていた名だ。だが、カナヲと言う人物と共に見当たらないので、恐らく生き残りの捜索や、隠の護衛をしているのだろう。

 

「そう、そこなんですよ。貴方の"呼吸法"もですが、共に行動している隊士達は、全員"(みずのと)"。選別試験を終えて間もない新人たちが"常中"まで会得している。下弦の鬼を討った。いったいどういう仕掛けなのか……。とても興味があります」

 

 しのぶは妖しく微笑み、ジョジョの能力に極めて高い関心を示している。

 

 胡蝶しのぶは、蝶屋敷を取り仕切る。柱の業務だけでなく、隊士達の治療、訓練、鬼に効く毒薬の開発等。裏方にも大きく貢献する。鬼殺隊の重要人物だ。

 

 ジョジョが使いこなす"波紋の呼吸"。無傷で下弦の鬼を打倒するその力。那田蜘蛛山を一面花畑に変えてしまった力。炭治郎達が"常中"を会得した訓練方法。村田から聞いた「ジョースター殿が骨折を治してくれた」と言うその方法と後遺症の治療法。知りたいことは山ほどあった。

 

「胡蝶」

 

 突然、森の開けた一角から、しのぶの名を呼ぶ男が現れた。

 

「うお! み、水柱様!?」

 

 近くにいた隠がぎょっとしている。彼も気配を絶っていたようだ。

 

「あら、冨岡さん」

 

 水柱、冨岡と呼ばれた青く鋭い目つきの男が、無表情で、こちらに近づいてくる。背中まで伸ばしたボサボサの髪を首で束ね、隊士服の上から半々羽織を着用している。半々羽織は右半分が赤色の無地・左半分が黄色と緑の亀甲柄だ。

 

(彼が……。あの呼吸音は、水の呼吸ッ! この人が"水の呼吸"の使い手で一番強い人か。タンジローの言っていたトミオカさんの確率が高いぞ)

 

 炭治郎が眠っているため、確かめることはできない。

 

 だが、ジョジョは理解した。服越しにも分かる鍛え抜かれた肉体。静止した水面の如く静かな佇まい。奥底に潜ませている太刀筋の速さは、想像を絶することだろう。伊之助もそれを肌で感じ取っているのか、冨岡を低姿勢で唸りながら睨んでいる。

 

「お前なんで威嚇してんの……」

「邪魔すんな……!」

 

 善逸が伊之助を起こそうとするが、伊之助が抵抗する。謎の揉みあいである。

 

「冨岡さん、その鬼を攻撃するのは一旦保留に……」

「知っている」

「あら、まだ話はしていない筈ですけど」

「2年前に会った」

「…………その子、鬼ですよね? 会ったときは人間だったんですか?」

「鬼だった」

「……」

 

 しのぶが笑顔のままこめかみに血管を浮かべている。鬼殺隊の隊律で考えるとかなり不味い行動をしている筈なのだが、冨岡の発言は要領を得ない。随分と口数の少ない人物だ。普段から難儀しているのがなんとなく伝わってくる。

 

「お前は……」

 

 冨岡が、ジョジョに背負われている炭治郎を見て表情を微かに変えた。

 

(やはり、この人がトミオカさんで間違いない!)

 

 ジョジョは、しのぶとのやり取りで、炭治郎の言っていた"冨岡さん"と確信して話しかけた。

 

「どうも、トミオカさん。タンジローがお世話になったと聞いています。ぼくは、ジョナサン・ジョースター。是非お会いしたかったです!」

「お前は関係ない」

 

 しのぶが頭を抱える。ジョジョの言葉に対する返答としては、余りにも不躾だったからだ。尚、冨岡に悪意は一切ない。

 

(相っ変わらずね。この人……)

 

 彼はただ、コミュニケーション能力に難があるだけなのだ! 

 

「そんなことはありません。貴方はタンジローとネズコを助けてくれた」

「助けていない」

 

 冨岡は否定する。元々殺すつもりだったが、炭治郎の懇願と禰豆子の行動に心を打たれ、育手である鱗滝左近次へ手紙を書いただけのこと。助けと言うほどのことはしていないという意味だ。"助けていない"の一言にはそれだけの意味が込められている。

 

(言葉の意図が全く分からない。おまけに音が静かすぎるし……)

 

 善逸は困った顔でジョジョと冨岡を見る。意味は伝わらなかったようだ。一方、威嚇に飽きた伊之助は、禰豆子と一緒にどんぐりを拾っている。

 

「助けられました! 貴方の決断に、ぼく達は助けられたんです」

「決断……」

「はい、貴方がネズコの可能性を信じ、タンジローに育手を宛がう決断をしていなければ、タンジローとネズコの未来は、暗いものとなっていた」

「……」

「ぼくは、貴方の決断、ウロコダキさんの力、タンジロー自身の優しさの上に、立たせて貰っている身。だから、貴方もぼくにとって大切な恩人です」

「そうか……」

「どうか、礼を言わせてください。本当にありがとう……」

 

 ジョジョが冨岡の手を取り、優しく握り締めた。

 

「……冨岡義勇だ」

「ギユウさんですね! よろしくお願いします!」

 

 冨岡義勇の自己紹介に、ジョジョは笑顔で答えた。

 

(あの言葉をここまで善意的に解釈する人、初めて見た……)

 

 しのぶは、ジョジョが紳士であるという印象は持っていたが、ここまで紳士とは想定外だった。まさか冨岡相手に、ここまでやり取りできる人間がこの世にいるなどとは思いもしなかったのだ。

 

(すげぇなジェントルマン)

(紳士やべぇ)

 

 治療を続ける隠たちも、ひっそりとジョジョの紳士ぶりに舌を巻く。その上で、二羽の鎹鴉が何かやり取りをしている。

 

「伝令!! 伝令!! カァァァ! 伝令アリ!!」

 

 木の上に止まっていた鎹鴉達が大声をあげた。

 

「炭治郎! 禰豆子! ジョナサン・ジョースター! 本部へ連レ帰ルベシ!」

「炭治郎、額ニ傷アリ! 竹ヲ噛ンダ鬼禰豆子! 青イ隊服、西洋人ノジョナサン!」

「禰豆子ノ連レ帰リガ困難ナ場合ノミ拘束セヨ!」

 

 鎹鴉は、この言葉を繰り返す。

 

「……恐らくこの炭治郎君は本部で柱合裁判を受けることになるのでしょう」

 

 しのぶが言う。

 

「裁判! もしやタンジローとネズコを!?」

「そそそそそんな!? 禰豆子ちゃんを!? 」

 

 しのぶの言葉に、ジョジョと善逸は大慌てする。裁判とはのっぴきならない事態だ。片や眠っており、片や伊之助とどんぐりを拾い集めているが。

 

「心配する程のことではないと思いますよ。連れ帰り困難な場合拘束と言っています。これは、異例ですよ」

 

 鬼を庇う行為は、鬼殺隊では当然御法度だ。本部で裁判を受けると言うならば、炭治郎と禰豆子は有無を言わさず拘束されて然るべきところだ。だが、伝令は連れ帰るのが困難な場合のみ拘束と言っている。鬼殺隊とは思えぬ温情処置だ。

 

「確かに、ジョースターさんの危惧してる通り、炭治郎君と禰豆子さんが何らかの処分を受ける可能性はありますが」

 

 坊主の村田、尾崎、治療を受けていた隊員にも動揺が走る。

 

「さて……」

 

 胡蝶しのぶは全員の顔を見渡してから考える。どうすれば、鬼殺隊にとって最良の結果になるか。

 

 ジョナサン・ジョースターは明らかに炭治郎と禰豆子に味方するつもりだ。ここでの対応をしくじれば、最悪敵対することにもなりかねない。

 

(それは、色々と困るかしら……)

 

 それだけはなんとしても避けたい。本部では、禰豆子のことをよく思わない者が多数を占めるだろう。柱の大半が反対するのは目に見えている。何を仕出かすか分からない者もいる。だが、自分も柱という立場である以上、露骨に味方するわけにはいかない。

 

「……禰豆子さんの身の安全を、確実に保証したいですか?」

「当然です! 何か方法はあるんですか!?」

「ええ。皆さんの協力が必要ですけど」

「言ってください! なんでもします!」

 

 ジョナサンの言葉は那田蜘蛛山の生き残り達の総意とも言えるだろう。非常に困った事態だ。蜘蛛人間を含む、隊員達が禰豆子への寛大な対応を求めている。

 

(私も、陰ながら協力するとしましょう)

 

 とはいえ、上司の耳に入った情報を考えれば、現状禰豆子が処分される可能性は()()()()()()。打てる手を打てば、なんとかなるだろう。しのぶは、裁判に向けて準備を開始した。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

しのぶさんは村田達が頑張って説得したらしいよ。隊員達の中には、『母上』を助けると謎の台詞を吐いた男がいたとか。


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大正生麦事件

今までで一番の長文になりました('ω')


フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

案内役は勿論後藤さんです


「村田……。その頭……」
(冨岡、俺のこと覚えてたんだな……)
「名誉の負傷さ……」
「……? そうか……」



 炭治郎は目を覚ました。どれぐらい眠っていたのかは分からない。今も、微かに揺れながら、風が顔に当たっているのが分かる。

 

(俺は確か、ジョジョさんに背負われたまま……。ん?)

 

 三つ、妙なことに気付いた。

 

(俺を運んでいるのは、ジョジョさんじゃない。匂いが違う。誰だろう?)

 

 一つ、自分はジョジョに背負われたまま眠っていた筈だったが、今自分を運んでいるのは間違いなく別の男性だ。匂い、背中の大きさ、硬さが全く違う。しかし、敵意の匂いはしない。

 

(俺は今、目を開けたのに……)

 

 二つ、景色は真っ暗なままだ。目を中心に緩く絞められている感触に気付く。どうやら、目隠しを付けられているらしい。耳栓まで付けられており、情報が遮断されている。幸い鼻は塞がれていないので、匂いから状況はある程度推理できた。

 

(森の匂い。那田蜘蛛山とは違う)

 

 余談だが、もし鬼殺隊本部が炭治郎の嗅覚について知っていたら、鼻栓もされてただろう。まだ、ギリギリ知れ渡っていなかったのである。

 

 そして三つ、最も重大な問題だった。

 

(箱を背負ってる感触がない! 禰豆子の匂いもしない!)

 

 禰豆子がいない。ジョジョと善逸と伊之助も近くにいない。この場にいるのは、炭治郎と、自分を運んでいる何者かのみだった。

 

「すいません! どなたか分かりませんが、降ろしてください! 禰豆子がいないんです! 妹なんです!」

 

 炭治郎を運んでいる人物の頭が揺れ、足が鈍る。耳栓をされており、自分では分からなかったが、かなりの大声を出してしまったらしい。

 

「だー!!! うっせぇー!!!!!」

 

 耳栓越しにも伝わってくる怒鳴り声だった。相当効いたようだ。すると、運んでいる人物が手をずらして炭治郎の背中に人差し指を押し付けた。

 

(ぶふ……くすぐったい……。これは、指で字を書いている)

 

 指文字で意思疎通を図っていることが分かった。耳栓をしているが故の配慮だ。

 

(つ、い、た、ら、わ、か、る)

 

 着いたら分かる。

 

 一体自分はどこへ運ばれているのだろうか。敵意がないことを考えると、自分が意識を失っている間に、何らかのやり取りがあってこうなったのかもしれない。炭治郎は、一先ず黙して、目的地への到着を待った。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 運んでいる人物が炭治郎を降ろした。匂いで場所を確かめようと思っていたら、目隠しと耳栓も取られた。空は朝焼けの赤がじんわりと広がる。

 

「ほれ、着いたぞ。あー……鼓膜破れるかと思った……」

「ごめんなさい……。ここはどこですか?」

 

 炭治郎を運んでいたのは、顔を黒子頭巾で隠した鬼殺隊服の男。隠だった。耳鳴りがひどいのか、耳を押さえている。

 

「ここは鬼殺隊の本部だ。俺の名前は聞くなよ。規則で名乗れん」

 

 秘匿している場所への案内役は、名を名乗れないのである。

 

「本部……」

 

 周囲一帯木々に囲まれており、ここがどこに位置しているのかはさっぱり分からない。炭治郎の前には、一際立派な屋敷が佇んでいる。

 

(な、なんて大きい家だ……。ひささんのお屋敷よりも大きいぞ)

 

 余りの大きさに目を丸くする。古き良き日本家屋そのものの様相で、屋敷の壁を囲う白い壁は、奥側の終点が見えない程だ。要所要所に藤の花が点在している。匂いが一段と濃い。

 

「眠っていたからなんも知らないんだったな。道すがら教えるから付いてきな」

「分かりました」

 

 隠の男性は、屋敷の庭を案内しながら、炭治郎の置かれている状況を丁寧に説明してくれた。

 

 炭治郎と禰豆子は"柱"立合いの下、裁判を受けることになる。鬼を庇う行為、連れる行為が、隊律違反な為、矛先が向いてしまった訳だ。下手すれば、二人そろって斬首になる可能性もある。また、柱のことも知らなかったので、そこも教わった。鬼殺隊の中で最も位の高い九名の剣士。自分の上司に当たる。

 

 要するに、お偉いさんから禰豆子について問われる状況だ。

 

(禰豆子の為にも、鬼殺隊に身の潔白を証明しなきゃならない!)

 

 妹の安全を確保するためならなんだってやる所存である。具体的に何をすればいいのかは分からないが。

 

「あ、タンジロー!!」

「ジョジョさん!!」

 

 広い庭園を歩いていたら、ジョジョと合流できた。青い隊服に身を包んだ今となってはお馴染みの格好だ。頼もしい友との再会に、炭治郎は緊張が解れる。

 

(ジョナサン・ジョースター……か)

 

「タンジロー、裁判のことは聞いたかい?」

「聞いてます。俺と禰豆子が受けることになると」

「そうか。ぼくも、二人について証言するよ。胸を張って臨もう!」

「ありがとうございます!」

 

(熊でも絞め殺せそうだな……)

 

 自分や炭治郎より、縦にも横にも大きい。隠になって以来、ここまで発達した筋肉を見たのは柱の一人、岩柱ぐらいなものである。

 

「そうだ、ジョジョさん。禰豆子は……」

「ネズコはあの後すぐ、木箱に戻って眠ったんだ。あの子も別の隠が背負っていったよ。道順を特定されない為に、交代を繰り返して別の道筋で走っているから、みんな離れ離れだったんだって」

「そういうことだったんですか」

 

 徹底した秘匿ぶりである。

 

 炭治郎との会話はジョジョに任せ、隠の男性は案内に専念しようと思ったが、不意に疑問が生じた。隠の男性は、ジョジョに訊ねる。

 

「あー、ジョースター殿」

「はい」

「貴方は、あくまでお館様に招かれたお客人なので、裁判に参加できるわけではないのでは?」

 

 疑問は尤もだった。ジョジョが本部に招かれたのは、裁判とは別件だ。となれば、無関係なので、口を挟む余地はないように思える。

 

「ぼくは、タンジローに何度も助けられてきました。隊服も支給されて、給金も頂いているので関係者と言っても過言ではありません」

「うーん……?」

「それと、首飾りを付けた鎹鴉からの言伝で、我が家だと思って好きにくつろいで欲しいと言われました」

「!」

 

(お館様の鎹鴉だ……。しかし、好きにくつろいでいいとは)

 

「どこでくつろいでいいかとは、聞いてないですか?」

「はい、あくまで好きにしてくれと」

「なるほど……」

 

 客間の指定すらないとは、随分と曖昧な話だ。聡明なお館様のことだから、何か思惑があるのだろうと考えるが、真意は分からない。

 

「となれば、裁判に立ち会っても問題ないかなと」

「……」

 

 ジョジョがニコリと笑う。爽やかさを感じさせる。ごく短いやり取りだったが、隠の男性は理解した。この男は礼儀正しく義理堅いが、やるといったらやる(たち)だと。

 

「まぁ、それなら。特に問題……ないですね……」

 

 釈然としないが、自分はあくまで案内役だ。後は成り行きに任せるのみである。

 

「此方です。もう皆さまお待ちになっている」

 

 隠の男性が小声で到着を知らせると、そそくさと去っていった。

 

 一際広い縁側だ。庭には白い砂利が敷き詰められており、奥の方にある広い池と立派な松の木が目に付く。屋敷で良く見られる日本庭園である。

 

 縁側付近に六人の隊員がいた。よく見ると、松の木の太い枝部分でうつ伏せに寝っ転がる隊員が一人。計七人だった。胡蝶しのぶはいない。

 

 炭治郎は、待っている隊員達こそ、鬼殺隊の要である"柱"と確信する。

 

(この人達が……柱。冨岡さんもいる! 今なら分かる……。俺はまだ、遠く及ばないぐらいに、全員強い!)

 

 ジョジョに鍛えられた甲斐もあり、相手の力量がある程度見極められるようになった。その匂い、気配から感じ取ったのは、強者のそれだった。男六人、女一人。皆例外なくツワモノだ。

 

「来たか!」

 

 炎のような男が威勢よく声をあげた。髪は黄色、末端は赤い。首までかかる髪ともみあげ、髪色、ボサボサの髪質が合わさって、燃え上がる炎のようにも見える。隊服の上に白い羽織を纏っており、下の部分に火を象った刺繍が施されている。

 

「ほう! なんと鍛え抜かれた肉体だ! 精悍な顔付き! 名のある戦士と見た!」

 

 二股に分かれた太い黒眉がピクリと動く。開口一番、男がハキハキと大きな声で語りだした。目は大きく見開き、口元に笑みを浮かべたまま、ジョジョをじっと見ている。

 

「かの西洋人の鬼狩り殿か! 裁判に臨むのはそっちの少年ではないのか! む! 少年! 常中を身に付けているな! 感心だぞ!!」

「ど、どうも」

 

 男は炭治郎を褒める。どこを見ているのか分からないが。

 

「して、貴殿は何用か!」

「恩人であり、友人であるカマド・タンジローの弁護に来ました。ジョナサン・ジョースターです。よろしくお願いします!」

 

 男のハッキリとした物言いに、ジョジョは堂々と返答する。

 

「ジョナサン殿と呼べば良いか! それともジョースター殿か!」

「気軽にジョジョでも構いません!」

「承知した! ではジョジョ! そちらも遠慮は無用にて! 噂はかねがね! 俺は煉獄杏寿郎と申す! 炎柱だ! そこの竈門少年が、恩人な上に友であると言うならば、貴殿は立ち会う他ないな!」

「ありがとう! キョウジュロー!」

 

 男は煉獄杏寿郎と名乗った。ジョジョの登場はすんなり受け入れるつもりらしい。

 

「いいわけないだろう」

「む! 伊黒!」

 

 煉獄に突っ込み、伊黒と呼ばれたのは、木の上で寝転がる男だった。蛇柱・伊黒小芭内は、黒髪を首元まで伸ばしており、右目が黄色、左目が緑のオッドアイ。口に包帯を巻いており、鼻から下の表情が読み取れない。首に巻きつく真っ白な蛇、相棒の鏑丸が炭治郎達を赤い目で見つめている。

 

「処分の話に部外者を持ち込むな。話がこじれるだけ。それも、鬼を連れた奴を拘束すらしてないとはどういうことか」

 

 上半身を起こし、ネチネチと言いながら指差す。白黒の縞模様の羽織が揺れた。

 

「ジョースター殿、俺は伊黒小芭内、蛇柱。どうか客間にて待機を」

「オバナイさん、ごめんなさい。どうしてもできない。それは、友を見捨てることに他なりません」

「……」

 

 ジョジョへの対応は一応丁寧だが、慇懃無礼な印象を受ける。

 

「俺はその派手な男を許してやろう」

「宇髄……」

 

 伊黒が呆れたように睨んだ男、宇髄は、握り拳に親指を突き出して自らを指す。白い髪を大量の宝石がついたヘアバンドで固定しており、側頭部でぶら下がる数珠つなぎの宝石が日光を反射し、ジャラリと音を立てる。耳に着けた金色のピアスも眩い。

 

「ジョナサン・ジョースター殿。成程、それでジョジョか。中々派手で面白い名前だな。俺は宇髄天元、音柱だ。背丈は俺のがちっとデカイぐらい、だが……」

 

 大男だ。身長は198㎝。なんと、ジョジョよりも3㎝程高い。左目から飛び出すような赤く丸いフェイスペイント。赤い両眼で、自分の力こぶとジョジョの腕を見比べる。伊黒のことはお構いなしだ。

 

 両腕を露出した忍び装束のような隊服を着用しており、上腕二頭筋に力を籠めると、二の腕についた太い金の輪が軋む。指には数個の指輪。背負う大鎌のような二対の日輪刀。その口癖から"派手"を信条としているのが分かる。

 

「速さなら……。勝てそうか。力は……。ふん、そのド派手な筋肉と気配に免じる」

「ふふ、ありがとう、テンゲンさん」

 

 鼻を鳴らし、そう言う宇髄の表情は、柱の自負なのか少し悔しそうだ。少なくとも、ジョジョを強者と認める口ぶりである。

 

「南無阿弥陀仏……。南無阿弥陀仏……」

 

 手に引っ掛けた赤い数珠をジャリジャリ鳴らし、念仏を唱えているのは、額に大きな一本線の傷跡が付き、黒い刈り上げで、滂沱の如く涙を流し続ける大男だった。その目は白目だ。炭治郎はそのあまりの背丈に仰天する。

 

(大きい。宇髄さんという人もだが、この人もジョジョさんより背が高い! 一間一尺は優に超える! おまけに筋肉の量も決して負けていない!)

 

 身長220㎝。余りにもでかい! 

 

 しかも、筋肉の量も引けを取らない程で、中までみっちりと詰まった丸太のような腕を隊服から覗かせている。そして何より、その見た目に違わず集った面々の中で最も強いのは彼だと感じさせる。

 

 大男がずしりと、ジョジョの元に近付く。巨人同士の威圧感は、半端ではない。

 

(ぬう! 千秋楽の大一番を見ているようだ!)

 

 煉獄も、その威圧感をひしひしと感じ取っていた。

 

 まさか国内にこのサイズの男性がいるとは驚きである。隊服の隙間からはち切れんばかりの胸筋と紫の布地が見える。萌黄(もえぎ)色の羽織を纏っており、白地の裾には"南無阿弥陀仏"と書かれていた。 

 

「私は悲鳴嶼行冥。岩柱を任されている。ジョースター殿……。下弦の鬼討伐。そして、遠路はるばる海外からの御協力。誠に感謝する……」

 

 悲鳴嶼は両手の平をくっつけたままおじぎをし、ジョジョに感謝の言葉を述べている。涙は垂れ流しだ。

 

(これは、老師トンペティに教わった波紋使いの挨拶にそっくりじゃあないか! それにあの玉を繋いだ大きめの腕輪……。もしや、僧侶の方かな?)

 

 ウィル・A・ツェペリの師匠、ジョジョにとっては大師匠に当たる人物、それが老師トンペティだ。

 

「こちらこそ。ぼくもタンジローのお世話になりました」

 

 ジョジョも、両手の平を合わせておじぎで返した。その動作には一切の淀みがない。煉獄が、感心したのか息を漏らした。

 

(エゲレスの紳士! ジェントルマンだわ!! それに悲鳴嶼さんと同じぐらいのすごい筋肉……)

 

 悲鳴嶼とジョジョを緑色の瞳で見比べ、頬を上気させている女性隊士がいる。お腹まで届く長い三つ編みで、色は桃色、末端は緑。桜餅のような色あいだ。

 

(とっても優しくて強そう……。ドキドキしちゃう……)

 

 両手の平を頬に当ててうっとりしている。両目の下についた涙黒子が色気を感じさせる。

 

「あ、あの、私は甘露寺蜜璃です! 恋柱です! あ、恋の呼吸っていうのは炎の呼吸の派生で……。えっと、ジョジョさん! よろしくお願いします!」

「よろしく。ミツリさん!」

 

 ややサイズの小さいスカート型の隊服から、胸元と太ももを露出させており、緑色の縦縞が入ったニーハイを履いている。羽織はシンプルな純白。

 

(これが正式な衣装……なのかな? とても刺激的な格好をした子だな……)

 

 勢いよくおじきをするものだから色々と危険だ。なんとも目のやり場に困る着こなし方である。

 

(甘露寺……)

 

 恋柱・甘露寺蜜璃。伊黒は、何らかの理由により、甘露寺を見た後ジョジョを睨んでいる。何らかの理由により。口元は見えないが歯軋りの音がする。

 

「……」

 

(外国人だ……)

 

 沈黙し、覇気のない表情でジョジョをじっと見ているのは柱の最年少、霞柱・時透無一郎。黒いストレートの長髪。末端は水色。羽織は付けておらず、大きめのサイズに調整された隊服によって、手が隠れている。

 

 大概のことには無関心を貫くが、ジョジョに関心を寄せていた。強者の気配か、存在感か、はたまたカリスマか。いずれにせよ、非常に珍しいことだ。

 

(なんだか目が離せないな……)

 

「……」

 

 水柱・冨岡義勇は、全員と距離を取り、そっぽを向いて我関せずと言った様子。その仏頂面から考えを読み取るのは、不可能であった。

 

「さて、本題だが……」

 

 伊黒が松の木の上から話を切り出す。本来、炭治郎が鬼を庇っていることについて厳しい追及をする予定だったのだが、ジョジョの圧倒的存在感により、おざなりになってしまった。

 

 と言うのも、全員、下弦全滅の功労者であり海の向こうからやってきた鬼狩り、ジョナサン・ジョースターがどんな猛者か気になって仕方がなかったのだ。その結果は、満場一致で期待以上である。

 

 柱は皆、気配が読み取れる。幾度となく繰り返されてきた鬼との死闘により磨き上げられたセンスだ。ジョジョと顔を合わせた瞬間から、彼もまた、死線を幾度も潜り抜けた猛者であることがありありと読み取れた。

 

「本題。禰豆子と俺について、ですね……」

 

 炭治郎が固唾を飲んで切り出す。

 

「うむ! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! われらのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!」

「……そんな!?」

「……」

 

 煉獄から告げられた言葉は非常に厳しいものだった。

 

「と、言いたいところだが! 竈門少年の功績を考えるとそうもいかない! 彼は"(みずのと)"でありながら、下弦の壱を討ち取る手柄を立てている! 金星(きんぼし)と言っていい! ジョースター殿も迎え入れた以上、まずは言い分を聞かねばな!」

「!」

 

 炭治郎とジョジョの表情が明るくなる。一方的に処断されるということは回避されたのだ。

 

 伊黒は眉間を指で軽くつまみ、溜息を吐く。

 

(本当に頭が痛い……。話が進まないからと切り出したが、甘露寺、煉獄、宇髄、悲鳴嶼さんはジョースター殿を受け入れるつもりだ。時透は無関心、冨岡は何を考えてるか分からん……。胡蝶はいないとなると残るは……)

 

 最早自分以外気にしていない上、当のジョジョは炭治郎の助け舟になる気満々だ。優男に見えるが意志は固い。功績を考えるともう無視はできないので諦めることにした。ジョナサン・ジョースター主導による、下弦の鬼全滅という実績は、余りにも重い。

 

 鬼の手から人々を助ける立場である鬼殺隊としては朗報だが、蛇柱としては部外者に手柄を取られた身なので内心複雑だ。とはいえ、それを口に出すのは余りにもみっともないので言わない。合理的ではない。鬼殺隊の本懐は人々を脅かす鬼の排除。鬼舞辻無惨の完全消滅だ。

 

 しかし、実績はあくまで()()()に過ぎない。ジョジョの言動を無視できない最たる理由はそれじゃない。これは伊黒に限らず、柱全員が抱いている最大の疑問だ。

 

(この男、短期間で下弦の鬼を全てけしかけられている。歴史上そんなことが起きた記録は一つとしてない……! ジョナサン・ジョースター。一体何を仕出かした……)

 

 うどん。

 

「俺は禰豆子を治すため剣士になったんです! 禰豆子が鬼になったのは二年以上前のこと! その間、禰豆子は人を喰ったりしてない!」

「だったら、それを証明する方法はあるのか?」

 

 炭治郎の主張に、宇髄が問う。

 

「そうだな! 人を喰ってしまったら取り返しがつかない! 喰われた人、失われた命は決して戻らんのだ!」

「……」

 

 宇髄に続いて、煉獄が柱側の主張を述べる。それは、禰豆子に疑いをかける柱たちの総意でもあった。

 

(……キョウジュローの言い分は尤もだ)

 

 ジョジョは、心の中で肯定せざるを得なかった。

 

 煉獄を始めとする柱の面々は、ジョジョや炭治郎達と違い、安全性への保障が全くない。もし、自分が煉獄と同じ立場だったならば、禰豆子の助命に全力を尽くすことは間違いないが、すぐさま首肯する訳にはいかなかっただろう。

 

 鬼殺隊の上位者達が、炭治郎と禰豆子に対して強硬な姿勢を貫いているのは、人々の命が鬼に脅かされることを防ぐ為に定められた、秩序と経験則故なのだ。

 

(前例がない、というのはとても厄介な状態だ)

 

 ジョジョは本部へ案内される前、冨岡義勇と胡蝶しのぶから鬼殺隊と鬼のあらましについて聞いた。飢餓状態になっている鬼は、親でも兄妹でも殺して食べる。鬼になった者が人間に戻った例も、800年以上に渡る鬼殺隊の歴史上、一度も無い。だからこそ、禰豆子は稀有なのだ。

 

「ネズコは、那田蜘蛛山で隊士を庇い、下弦の鬼を倒すことに大きく貢献しました。この時も誰一人として人間を傷つけませんでした。ぼくも、この目で確かに見ています」

「そうです! それに、妹は二年間誰も食べていません! 一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守る為に戦えるんです! 俺は、禰豆子がいなければ、ここに立つことはできませんでした!」

 

 二人の主張に明確な証拠はない。だが、鬼を倒したというれっきとした事実がある。発言には確かな重さがある。身内の炭治郎が庇うのは分かるが、赤の他人の、しかもエゲレス人の男も同様の主張を繰り広げている。

 

「……」

 

 本来なら切り捨てて然るべきなのだが、柱たちが慕う"お館様"の意向も考えると、難しい。ジョジョに一番関心を寄せているのは、他ならぬ"お館様"なのだ。

 

「……百歩譲って、人を喰ってないこと、戦えることについては信用してやろう。だが、今後も人を襲わない保証はどうする?」

 

 伊黒が再度問う。結局のところ、人を襲わない保証は出来ていないのだと。

 

 これには炭治郎、困る。柱側が一番欲しいのは、今後も禰豆子が人を襲わない保証だ。だが、これは俗に言う悪魔の証明。明確にするのは不可能に近い。珠世についても、鬼を人間に戻す薬が未完成な以上は机上の空論で、隠れ潜んでいる二人を暴くわけにはいかないので交渉材料にならない。

 

(どうすれば……)

 

「……」

 

 炭治郎は真剣に悩み、ジョジョは伊黒の目をじっと見据えている。柱側の言い分も分かるからだ。これが悪魔の証明だと気づいているのかいないのか、炭治郎はどうにか解決の糸口がないものかとうんうん唸っている。

 

(証明のしようがない問題だ……。しかし、オバナイさんの問いを無視する訳にはいかない。これは、鬼殺隊の人達にとって確証が欲しい問題。人々を守りたい気持ちは、ぼくも同じだ。となると、代替案が必要になる……)

 

 禰豆子が人を襲わないことの証明に替わる何か。それは──。

 

(それは、禰豆子に人の心があることの証明ッ!)

 

「ネズコがこれからも人を襲わない保証は、確かにありません」

「ジョジョさん……」

「ですが、ぼくは見たことがあります」

「……?」

 

 ジョジョの言葉に、伊黒の片眉がピクリと動く。

 

「人の心を取り戻した、鬼を知っています」

「ほう!?」

「何!?」

「……続きを」

 

 煉獄が先に喰いつき、宇髄が驚く。ジョジョは、その場しのぎのでっちあげをするような男ではないことを短時間だが理解している。柱は全員、興味深そうにジョジョを見ている。冨岡も流し目でちらっと見ている。西洋の鬼の話が聞けるかもしれないからだ。

 

「これは、いずれタンジロー達にも教えようと思っていたのだけれど、良い機会だから、君も聞いておいて欲しいんだ。ぼくの友について……」

「……はい!」

 

 炭治郎は姿勢を正し、ジョジョの言葉に耳を傾ける。こういった時に語られる話というのは、本当に為になるのだ。

 

「西洋の鬼、ぼくの故郷では吸血鬼(ヴァンパイア)屍生人(ゾンビ)と呼んでいます」

「ヴァンパイア! 私知ってます! 吸血鬼(きゅうけつき)、ですよね」

「吸血鬼! ゾンビ! そこはかとなく恐ろしい響きだな!」

「とても恐ろしかった……。吸血鬼は、人を媒介に屍生人を生みます」

「吸血鬼が鬼舞辻みたいなもんか?」

「その認識で問題ありません。そして、これが"波紋の呼吸"です」

 

 柱達の前で手のひらをかざすと、ジョジョの腕が微かに山吹色の光を放つ。

 

「なんと奇怪な! これがジョジョの呼吸法か!」

「呼吸をすると光るのかよ! 派手派手で羨ましいなオイ!」

「宇髄、そういう問題なのか……。しかし、珍妙な……」

「光ってる……」

「わぁ、綺麗な色……。お日様みたい!」

 

 柱達は興味深そうにジョジョの手のひらを見ている。

 

「師の名は、ウィル・A・ツェペリ。ぼくは、ツェペリさんに導かれ、吸血鬼と戦う術、この『波紋の呼吸』を身に着けた。ツェペリさん、スピードワゴン、ポコ、ダイアーさん、ストレイツォさん、老師トンペティ……。ぼくは、数々の仲間たちと出会い、吸血鬼を葬り去るための旅を続けました。長く、険しい旅路だった……」

 

 ジョジョが過去を思い出しているのか空を見上げた。日が八割がた出た状態、空はだいぶ青みがかっていた。

 

「そんな中、吸血鬼、ディオ・ブランドーは、太古の死者を屍生人として蘇らせ、ぼく達は戦いました」

「よもや!?」

「死人を鬼にしたってのか!?」

 

 柱達は驚きを隠せない。鬼殺隊の知る鬼というものは、基本的に"生者"から生み出されるもの。"死者"から作り出すことはできないと考えられている。鬼を生み出せる唯一の者、鬼舞辻無惨が、死者から鬼を作り出したという記録はどこにもないからだ。

 

「い、伊黒さ~ん……」

 

 甘露寺、生きてる鬼ならともかく、まさか"蘇る死人"などとホラーじみた話が出るとは思わず涙目で顔色が悪い。鬼もかなりホラーな筈なのだが、基準はイマイチ謎であった。

 

「……」

 

 伊黒はそっと、甘露寺の傍に立った。皆ジョジョに集中しているので、余り気にしていない。

 

「えへへ」

 

 甘露寺が伊黒にはにかんでみせると、伊黒は顔を逸らした。

 

「嗚呼、なんとおぞましき……」

 

 悲鳴嶼が涙を流す。決しておばみつがおぞましい訳ではない。

 

 ついに、冨岡の視線が完全にジョジョを向いた。冨岡義勇もジョジョの話が気になっているのだ! 

 

「蘇った男達の名は、ブラフォードとタルカス。祖国では、誰もが知る伝説の騎士」

 

 ジョジョは話した。ディオが蘇らせた悲劇の戦士、ブラフォード、タルカスの人生を。

 

 二人は、家族を失い天涯孤独の身だった。それを忘れるように、騎士として厳しい鍛錬を続けてきた。ある日、スコットランドの女王、メアリー・スチュアートに気に入られ、以降は二人で家来となる。

 

 暖かな包容力で二人を包んでくれた女王に、命を投げ出してもよいとするほどの忠誠を心に誓った。二人は心のどこかで、安らぎを求めていたのかもしれない。

 

「孤独の身を救われ、忠誠を誓う。嗚呼、他人事とは思えぬ」

「……」

 

 二人の生い立ちに、悲鳴嶼が涙を流す。伊黒も、思うところがあるようだ。

 

「すなわち、エゲレス人ならば、誰もが知る忠君の剣豪を屍生人として……。剣士達の心を踏みにじる。なんと非道な……」

 

 悲鳴嶼は更に涙を流し、騎士たちに哀悼の意を捧げた。

 

「柳生宗矩が鬼になって蘇ったみたいなもんか? ド派手にもほどがあんだろオイ!? すげーな!!」

「それは実に凄まじいな! 想像するだけで怖気がする!」

「……」

 

 宇髄と煉獄の会話が理解できない甘露寺はとりあえず、盛り上がる二人にキュンキュンしている。伊黒パワーを中心に、煉獄パワーと宇髄パワーで立ち直ったようだ。甘露寺蜜璃、男女問わず、人の美点を見つけてはキュンキュンできる、心豊かな乙女である! 

 

 ブラフォードとタルカスは、騎士として極めて優秀な男達だった。成功者が数世紀の中でわずか5人しかいないとされた『77の輝輪(リング)』の試練を突破し、女王に尽くし、その勇名を馳せた。

 

「二里半の山道を登り、七十七人との真剣勝負。最後には戦利品である七十六の鉄の輪をかけたまま一騎討ちときたか。派手だな、派手派手だ。やるじゃないかエゲレス人!」

 

 宇髄は心を躍らせ、英国を絶賛する。いっそのこと、鉛に変えて隊士にやらせるかなどと恐ろしいことを、煉獄共々呟いていた。炭治郎は危険な匂いを察知し、顔色を青くした! 

 

 そんな二人の騎士とメアリー。ある時、悲劇と言う来訪者が訪れた! メアリーの夫、ダーンリーが死んだことを皮切りに、イングランドの女王エリザベス一世はあろうことか、メアリーに対して『夫殺し』の容疑を掛けたッ! 

 

「なんたる悪逆非道! 決して許せぬ!」

「ひどい……!」

 

 煉獄と炭治郎が二人そろって憤慨している。慕う君主への侮辱。メアリーを陥れる為の罠。許せる訳がない! 主に尽くし、人々を守る騎士。煉獄が感情移入してしまうには、充分な境遇である。尚、炭治郎は単純に、卑怯な行いに怒っている。 

 

 エリザベス一世の思惑通り、国中の貴族、民衆がメアリーに反旗を翻した! 巻き起こされた戦乱により、タルカス軍とブラフォード軍の奮闘も虚しく、メアリー側は敗北した。

 

「……」

 

 冨岡が微かに顔を顰めた。精一杯戦ったのに、生殺与奪の権を握られてしまったことが、琴線に触れたようだ。

 

 メアリーは孤城に幽閉され、人質となった。エリザベス一世は、メアリーの命と引き換えに、タルカスとブラフォードの自首を要求した。当然、断れるわけがなかった! かくして、タルカスとブラフォードは処刑される! 

 

 その寸前、二人に聞かされた事実は、余りにも惨いものだったッ! 

 

 なんと、メアリーは既に処刑されていた。処刑人が指差した先に転がるのは、メアリーの首! エリザベス一世は、邪魔者でしかなかったメアリーを始末したのだ! 

 

 タルカスとブラフォードは絶叫した。子孫末代にいたるまで呪いぬいてやると。二人は処刑人にも大きな爪痕を残し、命を落とした。

 

「ひぐっ……。ぐすっ……」

 

 甘露寺は伊黒にすがりついて嗚咽を漏らしている。伊黒は困っている。

 

「……」

 

 内心困ってない! 

 

「そして、二人の憎しみに目を付けたディオは、吸血鬼の力で二人を蘇らせました……」

 

 恨みを募らせた者が屍生人として動き出す。余りにも残酷で、恐ろしい話だった。

 

「ジョースター殿、そんなド派手にやばい剣士と戦って、よく勝てたな」

「はい。しかし、その代償は大きかった。タルカスとの戦いで、ぼくの師匠、ツェペリさんが犠牲になりました……。ぼくを庇って……」

 

 ジョジョが悲痛な表情を浮かべる。

 

(ツェペリさんは、ジョジョさんを庇って戦死したのか……)

 

 炭治郎も同様の表情だ。親しき人物を失った辛さ。育手に当たる人物を失った悲しみは、察するに余りある。

 

「タルカスは、その心を闇に堕とし、騎士の誇りを失った屍生人として朽ち果てていった……」

 

 ここからが、ジョジョの伝えたかった本質だ。

 

「しかし、ブラフォードはぼくと戦い、波紋の力で『痛み』を思い出した。屍生人としての肉体を滅ぼすと同時に、誇り高き騎士としての魂を蘇らせました。人の心を取り戻したんです」

「……」

「ブラフォードは……。ぼくの友人は最期、確かに言った。『痛み』こそ『生』の証。『痛み』あればこそ『喜び』も感じることができる。それが人間だと」

「……!」

 

 煉獄がカッと目を見開き、ぶるりと震えた。心の震えが、外にまで出てしまったのだ。

 

「ぼくは、そんな魂を救うために、ブラフォードを殺すしかなかった」

「……」

 

 悲鳴嶼は、涙を流しながら、ジョジョの言葉を深く考える。"殺さなくてはいけないもの"。それは、自分が禰豆子に抱いている感情だからだ。

 

「だけど、タンジローは違う。ネズコが人の心を持っていると信じ、人の身に戻れると信じ、運命に抗い続けている。カマド・タンジローは、ジョナサン・ジョースターにはできなかったことを、成し遂げようとしている」

「ジョジョさん……」

 

 それは、ジョジョが、炭治郎に抱く敬意の源流だった。

 

「ネズコは、鬼の体でありながら、『痛み』を知っています。『生』を知っているんです。他者を思いやり、慈しみ、守る。暖かな心を持っています。だからこそ、那田蜘蛛山の人達の『心』を守った」

 

 ジョジョが深々と頭を下げた。

 

「お願いします。どうか、ネズコの心を、彼女の人の心を信じてください。ネズコは、『人間』なんだッ!」

「……」

 

 炭治郎が大粒の涙を流す。ジョジョが、竈門兄妹を思いやる気持ちは、炭治郎自身もひしひしと感じていた。だが、ここまで一片の疑いもなく、自分と禰豆子を信じてくれたことが本当に嬉しかった。ジョジョが発する匂いと、今、彼が見せた誠意によって、禰豆子を信じる気持ちに一点の曇りもないことが、魂にまで伝わってきた。

 

 柱達が静まり返る。どう返答したものかと困っている。鬼が悪であることは鬼殺隊の見解だ。しかし、禰豆子を今、鬼として処断することが果たして正しい物なのか。皆少なからず、疑問に感じている。

 

「……」

「むう……」

 

(信じ難い。悲鳴嶼さんだけでなく、煉獄まで迷いが生じている……)

 

 伊黒は、まさか煉獄まで絆されるとは思わなかった。ぶっちゃけると、ブラフォードの話が盛大に心を抉ったのである! 

 

(そもそも、西洋の鬼と此方の鬼が一緒とは限らない。ジョースター殿の意見は感情論が過ぎる)

 

 そう反論をしようと思ったところで、足音がした。何者かがこちらにやってきた。

 

「どうやら、禰豆子さんの心を信じているのは、炭治郎君とジョースターさんだけではないみたいですよ」

「……胡蝶」

「しのぶちゃん!」

 

 伊黒の隣で、甘露寺が嬉しそうに手をぶんぶん振っている。蟲柱・胡蝶しのぶが現れた。右手には、折りたたまれた和紙を持っている。

 

「どういう意味だ」

「どうも、宇髄さん。皆さん、これを見てください」

 

 しのぶが和紙を広げ、みんなの前に差し出した。

 

「血判状か……」

「はい」

 

 時透と冨岡を除く柱達が、血判状を覗き込んだ。和紙には、鬼殺隊隊士十一名の署名が縦書きで連なっており、名前の末尾に血で作った指紋。血判が押されていた。ちなみに、そこそこの鬼を倒して下山した先輩の名は入っていない。

 

「分かった! 那田蜘蛛山に派遣された隊士達だな!」

「煉獄さん、大当たりです」

 

 血判の横には、禰豆子の助命を乞う旨の文言が書かれている。要約すると、我々の命は那田蜘蛛山で失っていたも同然。命の恩人である竈門兄妹への温情を求む。万が一禰豆子がやらかした時は、一同(いとま)を頂くといった内容だった。暇とは、簡単に言えば辞職である。

 

「そこは派手に腹を斬るんじゃねぇのかよ!?」

「実は、村田さん達はそのつもりだったみたいなんですけど、流石に数が多すぎるので、私が止めました。洒落になりません。本当に」

 

 胡蝶は、真顔で遠い目をしている。珍しい表情だ。

 

「数ねぇ……。まぁ、十一名は馬鹿にならん数字だな」

 

 鬼殺隊の人員は数百名規模だ。十一名もの隊士の自害は胡蝶の言う通り洒落にならない話である。そう、その署名には、我妻善逸と嘴平伊之助の名もあった。下弦の鬼を討伐した功労者の二人だ。

 

 何を思ったか知らないが、伊之助の末尾にはでっかく"親分"と書かれている。

 

「善逸、伊之助まで……。みんな……」

「タンジロー、ネズコを助けたいのは、君だけじゃないんだよ」

「はい……」

 

 炭治郎、収まりかけてた涙がまた溢れ出す。気分は岩柱だ。

 

「んじゃ、このきったねぇ"正"の字はなんだ? 地味に随分並んでいるな……」

 

 宇髄が指差したのは隊士の署名の下だ。そこには、細長い針で引っ掻いたような歪な"正"の字がいくつも書かれている。数えるのが億劫になるレベルだ。

 

「血鬼術で人面蜘蛛に変えられてしまった人達の署名です。手が変質して、名前を書けなかったので苦肉の策ですね」

 

 なんと、蜘蛛に変えられてしまった人達も署名に参加してくれたようだ。兄蜘蛛を倒したことによって、ほんのわずかに蘇った知性で取った行動だ。禰豆子と共に壁の補修作業を繰り返している内、情が湧いてしまったのだ。

 

「よもや! この署名の数だけ生き延びたということだな!」

「本当!?」

 

 煉獄が一際目を輝かせ、甘露寺はピョンと飛び跳ねて喜びを露わにする。危ない。那田蜘蛛山で死亡認定を喰らった者は多い。その中でもかなりの数が、生きていたということだ。奇跡である。

 

「胡蝶、人面蜘蛛になっちまった奴らは、戦線に復帰できそうなのか?」

 

 宇髄が聞いた。鬼殺隊の上位者として、一番気になるところである。

 

「人の体に戻すのは可能です。蝶屋敷の総力だけでは後遺症が残り、戦線の復帰は無理でしょう」

「だけでは、か。気になる物言いだな」

「よくお気づきで。ジョースターさんの力をお借りすれば、後遺症も取り払える可能性が高いです。まだあくまで可能性ですけどね」

 

 しのぶの言葉に、宇髄、甘露寺、伊黒、悲鳴嶼がギョっとする。

 

「あんた、そんなことまで出来るのか……」

「はい、多少の心得があります!」

「多少とか言わないでください。すっごいですよー。骨折を数分足らずで治したり、失血死寸前の人を治したり、医学とは何か問いたくなるようなことを平気でやります」

「マジか……」

「ジョジョ! 心から敬服する! 可能性があるだけ素晴らしいことだ! もしこの者たちの戦線復帰が叶えば、人員の不足もかなり補えるだろう!」

「私もそう思います。宇髄さん、()()()()()()()ことが分かったでしょう?」

「……よぉーく分かった。この正の字が全員隊士としたら……。ド派手な数になるな。伊黒、お前はどうする?」

「……」

 

 伊黒は、力いっぱい溜息を吐いた。

 

「どうもこうもない。ここまでの人数が今回の件に関与しているなら、もう柱だけでは対処不可能だ。お館様の判断を仰ぐしかないだろう」

「だな」

 

 伊黒、宇髄は、禰豆子の処遇をお館様へ委ねることにした。

 

「ジョジョ! ほかならぬ貴殿に頼みがある!」

「何だい? キョウジュロー」

「お館様の体調を……む?」

 

 煉獄がそう言いかけた矢先、縁側の外れが騒がしいことに気付く。

 

「オイオイ、何だか面白いことになってるなァ」

「困ります! 不死川(しなずがわ)様! どうか箱を手放してくださいませ!」

「!」

 

 ややしわがれたような、荒々しい声に、隠の者二名が困った様子で男の名を呼んでいる。

 

 宇髄、伊黒、胡蝶の目が死んだ! 

 

「鬼を連れてた馬鹿隊員はそいつかいィ」

「お前!」

 

 炭治郎が語気を荒げた。匂いから、禰豆子に危害を加える意思を感じたからだ。

 

「どういうことだァ……」

 

 不死川と呼ばれた男は禰豆子が入った木箱を左手で持ち上げ、周囲の人間を血走った三白眼でぐるりと見渡している。眼は灰色がかった黒だ。

 

「揃いも揃ってェ……」

 

 ボサボサの白髪を無造作に切りそろえており、顔も体も夥しい量の傷跡が付いている。隊服の詰襟は胸元を開いており、胸筋が露出している。此方も傷だらけ。

 

 その上から、背中に"殺"と刻まれた白い羽織を着用している。裾は、ズボンの中にきっちり仕舞っていた。

 

 風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)。柱の中でも、鬼に対する憎しみが隠せぬ男だ! 

 

「鬼に絆されてんじゃねぇかァ!?」

 

 不死川が、日輪刀を抜いた。黒い刀身に、緑色の刃文が走る。鍔は刺々しい花のようであり、その攻撃性を表しているかのようだ。左手に持った禰豆子入りの木箱を、右手に持った日輪刀で突き刺そうとしている。

 

「よせぇ──────!?」

 

 炭治郎が叫び、不死川目掛けて走り出した。しかし、それよりも速く、禰豆子の入った木箱に刃が迫った! 

 

ド ス ッ ! ! 

 

 日輪刀が突き刺さる音! 

 

「!?」

「そ、そんな」

「よもや!」

「……」

 

 その場にいた全員が絶句した。目の前の光景が余りにも信じ難いものだったからだ。

 

「てめェ……」

 

 日輪刀は、確かに突き刺さった! 

 

バァ────────ン!! 

 

 ジョナサン・ジョースターの右腕にッ! 

 

「ジョジョさん……。そんな。ズームパンチで……」

「関節を外して、腕を伸ばしたのか。派手味な真似を……」

 

(どんな味だよ……)

 

 隠の一人は心の中で突っ込んだ。

 

 不死川の日輪刀が、ジョジョの右手首を貫いていた。手首の骨、橈骨(とうこつ)尺骨(しゃっこつ)の間を通って、日輪刀の切っ先がわずかに飛び出している。木箱には、些かも届いていない。

 

(寸止め……。だとォ?)

 

 不死川の両手に割って入ったジョジョの拳は、不死川の胸先で止まっていた。そのまま振り抜いていれば、不死川を吹っ飛ばすことだってできた筈だった。しかし、ジョジョはそれをしなかった。

 

「ぼくはただ、ネズコを守りたかっただけだ」

「……」

 

(抜けねェ)

 

 不死川の力を持ってしても、日輪刀がビクともしない。まるで、腕と日輪刀が一つの物体となったかのように、縦にも横にも動かない。

 

(血の匂いがしない。波紋で出血を止めている。……そんな、痛み止めの波紋の匂いもしない! ……ジョジョさん!)

 

 波紋には、痛みを和らげる技がある。しかし、ジョジョはそれを行使せず、腕を固める波紋、出血を抑える波紋に集中させている。つまり、ジョジョは今、関節を外した痛みと、日輪刀を突き刺された痛みが100%伝わっているのだ! 

 

「頼む。どうか、ネズコを傷つけないで欲しい」

 

 しかし、ジョジョは眉をピクリとも動かさない。不死川の目を真っすぐ見つめ、禰豆子への攻撃を止めるよう説得している。不死川も、真っ向からジョジョの目を睨み返している。

 

(シナズガワ。君は……)

 

 突き刺された日輪刀を通し、彼の生命エネルギーが伝わってくる。

 

(まるで、慟哭のような……。風……)

 

 それは、吹きすさぶ荒々しい風の如き生命力だった。

 

(今まで出会ったどんな隊士よりも、鬼への憎しみが強い……)

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

『おまえを葬るのに、罪悪感なし!』

 

『恨みをはらすために、ディオ!』

 

『きさまを殺すのだッ!』

 

『フン! 来おい! ジョジョ!』

 

『おおおおおおお!』

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ジョジョは不死川の意思に、己の過去を垣間見た。

 

(君の目に宿るのは、漆黒の如き意思ッ! 他者どころか、己をも省みない程の断固たる意思! ディオに抱いたドス黒い感情! シナズガワ! 君は一体、何を背負っているんだッ!?)

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 二人の睨み合いは続く。山のような男と、風柱の視線が交差する。その様相は正に"嵐"であった。

 

(なんという胆力! 不死川の刀が、骨の間を貫通しているというのに! しかし! これはどうしたことか! 下手に動かそうものなら! ジョジョの刀傷が広がりかねない! 膠着状態! これでは手が出せぬ!)

 

 煉獄は考える。この状況、無理に割って入れば、もみ合いになった拍子にジョジョの傷が悪化しかねない。

 

「不死川! ジョジョは大切なお客人! 日輪刀を離せ!」

 

 煉獄は怒気を含めて要求した。ジョジョは、禰豆子に危害が加わる可能性が続く限り、不死川の日輪刀を永久に離さないだろう。刺さってしまった以上、二人の距離を取らせることが、これ以上の悪化を防ぐ手立てだった。

 

「ジョナサン・ジョースター殿! 代わってお詫びする! 不死川の凶行、誠に申し訳ない!」

 

 煉獄が正座の姿勢を取り、深々と頭を下げた。

 

(よもや! よもやだ! このような事態に陥るなど! 柱として不甲斐なし!)

 

 煉獄は悔やむ。こうなる前に止めるのが理想だった。しかし、突然のズームパンチを止められる者は、この場に誰もいなかったのである。いわゆる初見殺しだ! 

 

 煉獄以外の柱達が行動を起こそうとする直前、縁側の奥で、襖が開く音がした。

 

「お館様のお成りです」

「お館様のお成りです」

「!」

 

 全く同時に声を出したのは小柄な少女二人だ。両者共、白髪のおかっぱ頭に、紫の花柄が刺繍された紺色の着物を身に纏っている。片方は赤い髪飾り、もう片方は黄色い髪飾りだ。肌は白く、口に着けられた紅が色鮮やかに感じさせる。

 

「お早う皆」

 

 少女たちに手を引かれ、現れたのは青年だった。黒髪の直毛を首元で切りそろえており、黒い着物に裾の末端が赤と紫のグラデーションで彩られた白い羽織を纏っている。

 

(この人が……)

 

 炭治郎が現れた青年の顔を見る。

 

(顔が何かに浸食されたような……。傷、いや病気か?)

 

 端正な顔の半分が、紫色に変色して、爛れかけている。目は白く濁っており、その様子から失明していることが分かる。しかし、口元は微笑みを絶やさない。

 

「……」

 

 産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)。産屋敷家、九十七代目当主。鬼殺隊隊士が心酔する、お館様その人だ。

 

 柱達が全員、一列に並び片膝を付いて頭を垂れた。不死川も日輪刀を離して跪いている。

 

 炭治郎も慌ててその動作を真似した。ジョジョと伊之助が話していた目上の人物に対しての礼儀作法について、炭治郎も聞いていたので、咄嗟に対応ができたのである。

 

「ひなき、にちか。手が震えているよ。どうしたのかな?」

 

 産屋敷の手を引く娘たちの名を呼ぶ。

 

 二人の少女は、顔を青褪めさせている。白い肌故に、分かりやすい。

 

「……不死川実弥様の日輪刀が、ジョナサン・ジョースター様の右手に突き刺さっています」

「……」

 

 空気が、凍った。

 

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

 対ジョナサン、『柱』好感度一覧

 A―超スゴイ
 B―スゴイ
 C―普通
 D―ニガテ
 E―超ニガテ

 水柱 冨岡義勇:A
・敬意。
・炭治郎をここまで鍛え上げたことに感謝。
「俺には及ばない」

 蟲柱 胡蝶しのぶ:B
・人間的にも好印象。
・色々知りたい。
「知りたいこと、それはもうたくさんありますよ」

 恋柱 甘露寺蜜璃:A
・筋肉がグンバツの紳士。
・『黄金の精神』すごい。
「ものすっごいキュンキュンくる!」

 蛇柱 伊黒小芭内:C
・強さ、性格に一目置く。
・"利点"は認めざるを得ない。
「眩しすぎる」

 音柱 宇髄天元:B
・派手派手な筋肉と技に感心。
・性格は煉獄とダブって超ウケる。
「煉獄みてーなヤツ、海の向こうにもいんだな」

 霞柱 時透無一郎:C
・無関心
・と、思いきや、ちょっぴり好奇心。
「外国……」

 岩柱 悲鳴嶼行冥:B
・敬意。何故か声を聞くと幼い頃を思い出す。
「貫いた信念が、未来を拓く。南無阿弥陀仏……」

 風柱 不死川実弥:D
・強さは認める。恩も感じている。
・だが、その甘さが命取りと考える。
「そういう奴ほどなァ、先に死んじまうんだ……」

 炎柱 煉獄杏寿郎:AA(ぶっちぎりッ!!)
・歴戦の勇士。そして『黄金の精神』
・『言葉』でなく『心』で理解できた!
「俺は君が好きだ!!!」



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四半世紀の目覚め

フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

時は少し遡り、那田蜘蛛山にて……。

「冨岡さん、貴方は血判書に署名しないのですか?」
「もう書いた」
「え、まだ筆すら持って」
「もう書いている」
「……」


 現在、柱達は奥側から伊黒、不死川、悲鳴嶼、胡蝶、時透、煉獄、甘露寺、宇髄、冨岡の順番で一列に並んで産屋敷と二人の娘に向かい合って跪いている。

 

「お館さ……」

 

 不死川が産屋敷耀哉に何かを言おうとしたが、すぐに口を閉じた。

 

 産屋敷は微笑を浮かべたまま、人差し指を口元に寄せている。『静かに』というサインだ。片膝をついて頭を垂れる柱達は、冨岡と時透を除き何か言いたげな表情だが、その動作一つで例外なく沈黙した。

 

(この人が鬼殺隊の頭領、ウブヤシキ・カガヤさん)

 

 ジョジョは、ロープの首飾りを付けた鎹鴉から聞いた"お館様"の名を思い出す。

 

(ひどく病に浸食されている……。歩くのもやっとだろうに、堂々とした立ち姿だ。それにハンドサイン一つで、色々言いたそうな様子だったみんなを!)

 

 産屋敷に対する柱達の敬意が、ジョジョにも伝わったような気がした。

 

「そうか、実弥の日輪刀が、お客人の手首に」

「ッ!」

 

 産屋敷の言葉に、不死川の息が詰まり、体を強張らせた。娘達の顔色は尚も悪い。

 

(不思議な声だ。心が落ち着くような……)

(気分が高揚する)

 

 産屋敷耀哉の声は、現代で言う1/fゆらぎを含んでおり、この声を聞く者に安らぎと、不思議な高揚感を与える。言ってしまえば一種の洗脳なのだが、産屋敷自身にそんな意図はなく、無理に敬意を払う必要はないと考えている。

 

 不死川と産屋敷の娘二人は、焦りによりそれどころではないようだ。

 

「天元、ジョースター殿を傷つけず、刺さっている日輪刀を折って欲しい」

「御意」

 

 宇髄が即座に動き出した。

 

 ジョジョの腕の長さは元通りになっており、外れていた骨も収まっていた。不死川の日輪刀は手首を貫いたままだが。

 

 これを下手に抜いてしまうと、栓が抜けたように出血が悪化する。失血死の危険性が高まるのだ。しかし、刃渡り70㎝程ある日輪刀をそのままにする訳にもいかない。

 

「ジョースター殿。今、不死川の刀を……」

 

 柱の中でも二番目の怪力を持ち、忍びの技術を有する宇髄の力ならば、刺さった日輪刀をそっとへし折るぐらい容易い。その後、適切な治療を施す算段だった。

 

「待ってください、テンゲンさん」

「何……?」

 

 宇髄が刺さった日輪刀に手を伸ばそうとすると、ジョジョが手で制した。

 

「彼の刀を折らないで欲しいんです。ぼくは大丈夫だから」

「ジョースター殿……」

「ウブヤシキさん。出血のことなら心配ありません。波紋の力で血液を固めています。それに、ぼくはまだこの刀を抜くわけにはいかない」

 

 宇髄が腕に刺さった刀を見る。肉でギチギチに締め付けられているようだ。これではビクともしないだろう。

 

(これも"波紋の呼吸"の力か。筋肉だけでなく血液で不死川の刀を締め付けている。おまけにジョースター殿は悲鳴嶼さん並かそれ以上の筋力。これじゃ派手に動く筈もねぇか……)

 

 不死川が押しても引いても動かない訳だ。それに、ジョジョの言う通り、血は一滴も流れていない。そして、敢えて刀を抜かせなかった理由は、分かり切っている。

 

「禰豆子の為ですね」

「その通りです」

「……」

 

 産屋敷がジョジョの言葉に頷き、不死川の方を向く。

 

「実弥」

「はっ」

 

 不死川が跪いたまま答えた。

 

「禰豆子を攻撃しないと、誓えるかい?」

「……」

 

 不死川から微かに歯軋りの音がする。だが、表情は平静を装い、必死でこらえているのが分かる。鬼を攻撃しない。己の信念に於いてありえない選択肢だ。

 

「…………御意」

 

 だが、そう答える他なかった。

 

「良かった……」

 

 ジョジョは表情を和らげ、ほっとしていた。腕に刀が刺さったままだと言うのに、全く意に介してない。自分の腕のことは完全に二の次である。

 

「タンジロー、一先ずネズコはもう大丈夫みたいだよ。僕も平気だから」

「ジョジョさん……。ありがとうございます!」

 

 炭治郎はジョジョに礼を言ったが内心複雑だった。ジョジョへの感謝は確かにある。それと同時に、何もできなかった自分への不甲斐なさと、不死川への怒りを覚える。彼は、大切な禰豆子を刺そうとした上、親友であるジョジョを傷つけた。頭突きを一発でもいいから喰らわせてやりたいぐらいだ。

 

(……ジョジョさん)

 

 だが、ジョジョの感情を鋭い嗅覚で読み取り、その気は早々に失せた。

 

(この人は、刺されたことを全く怒っていない。それどころか……)

 

 今、ジョジョが抱いている感情に対して困惑する。

 

()()()()()()()()()()()

 

 心の広い人であることは百も承知二百も合点だったが、理由は分からなかった。それでも、当の本人が怒っていない以上、自分が不死川に仕返しするのは不当だと炭治郎は考えた。ジョジョも本意ではないだろう。

 

「……」

 

 伊黒は顔面蒼白。元々顔が白いのに、最早死人のような顔色になっていた。

 

(ジョースター殿はお館様に招かれたお客人。日輪刀が刺さったままになっているのは不味い。実に不味い。最悪の最悪を想定すれば、鬼殺隊の"これから"にも関わる。しかしジョースター殿は、不死川が攻撃を止めない限り日輪刀を抜かせる気はない)

 

 これで、不死川は禰豆子に対して攻撃ができなくなった。他ならぬお館様に誓ったのだから。伊黒は、産屋敷を真っすぐ見つめるジョジョの顔を見る。

 

(意図した訳ではないのだろうが……)

 

 わざとこんな腹芸をする奴なら、最初の顔合わせで適当にあしらえた。そういう手合いはネチネチとした蛇の如き男、伊黒小芭内の得意分野だ。しかし、ジョナサン・ジョースターの性格はその真逆に位置する。正々堂々をそのまま形にしたような男だ。

 

(どういうつもりだ? しかし……くっ)

 

 わざわざ宇髄を制止してまで日輪刀を折らせなかった理由が分からない。どういう腹積もりなのか逆に読めなかった。それよりも、考えたくないが、最悪の結果が脳裏を幾度となくよぎった。目を背けたくなるような、柱達が永久に悔やみ続けるであろう最悪の結末だ。

 

 伊黒以外の柱達も察し始めている。全員顔色が悪い。

 

「実弥、日輪刀を」

「はっ」

 

 伊黒と同じく、何かを察した不死川が立ち上がり、ジョジョの元へ近づいた。顔色はひどく悪い。傷だらけの体から発していた殺気は、完全に霧散していた。

 

「ジョナサン・ジョースター殿、もうあの鬼に……攻撃、するつもりはない。日輪刀を抜く故、どうか(りき)を緩めて頂きたく」

「!?」

 

 炭治郎は驚いた。まさかあんな丁寧な言葉遣いになるとは思わなかったのだ。不死川への評価は、理性も知性もなさそうというボロクソなものであったが故だ。

 

 炭治郎は自分が傷つくことよりも、家族や友人が傷つけられることを怒るタイプ! 

 

「分かった」

 

 ジョジョは、不死川が二言は決して無い男だと悟り、笑顔で答えた。

 

「シッ」

 

 不死川がジョジョの腕に刺さった日輪刀を素早く抜き取った。刺さった方向からピッタリ垂直。正確かつ素早い動作のおかげで、全く痛くなかった。傷口は、抜いた瞬間からミッチリと塞がっていた。当然、血の一滴も出ない。

 

「ひなき、にちか。ジョースター殿の傷はもう大丈夫かい?」

「はい、傷口を窄めています」

「出血もありません」

 

 二人の言う通り、肉に締め付けられるように、傷口がギュッと塞がっている。それは、全集中の呼吸の応用で使われる止血方法と似ていた。

 

「そうか……」

 

 産屋敷が胸を撫で下ろした。

 

「では、ジョナサン・ジョースター殿」

「はい! ……ウブヤシキさん?」

 

 産屋敷が正座した。その表情から微笑は消え、真顔になっている。鬼殺隊の歴史上、極めて珍しい表情だ。

 

(お館様……)

(やはり……)

 

 宇髄と胡蝶が顔色を更に悪くする。

 

「……」

 

 抜き身の刀を地に置き、跪き直した不死川が握り拳を震わせている。剣を鞘に納めることすら忘れる程、狼狽していた。

 

「この度のジョースター殿の負傷」

 

 産屋敷が、両手を床に突いた。

 

(父上……)

 

 産屋敷の後ろに控えていた娘二人、そして柱達は全員血の気が引いた。冨岡、時透もである。敬愛するお館様が何をするつもりか理解したからだ。

 

(やだやだやだやだ!? お館様がそんなことするなんて!)

 

 甘露寺が涙を浮かべる。

 

「これは、私の監督不行き届き、伝達不足が招いたこと」

 

 全員冷や汗を流し、肩を震わせている。産屋敷は不死川の失態を一身に背負って詫びるつもりなのだ。敬愛する主に土下座させてしまう事実が、柱達に重くのしかかった。

 

(どうすることもできない……)

 

 伊黒が奥歯をギリっと噛み締めた。同盟国であるエゲレスの男性を刀で傷つけたのだ。土下座だけで済めばまだ良い。考えられる最悪の事態は、このことが大使館を通して知れ渡り、産屋敷耀哉が責任を取って腹を切り、息子の輝利哉が跡を継ぐこと。

 

 即ち、お館様の死である。

 

(全ては後手に回ってしまったせいだ! 不死川が何かする前に、止めるべきだったのだ!)

 

 対応が遅れた自分たちの責任でもあると、柱達は悔やむ。だが、もう遅い。

 

(俺のせいだァ……。俺のせいでお館様はァ……!)

 

 不死川が膨大な汗を流し震えている。自分が腹を切って終わる問題ではないことが分かっているからだ。それに、止めたくても止められない。ここで止めようものなら、お館様だけでなく、産屋敷家全体、引いては鬼殺隊に影響が出ることもあり得てしまうのだ。

 

(な、なんて悲痛な匂いなんだ……。冨岡さんまで!? まるでこの世の終わりみたいだ……)

 

 お通夜ムード、否、これからお通夜になるムードだった。

 

 炭治郎は凄まじい絶望感に気圧された。ひどい匂いだった。ジョジョに嫁がいると知った時の善逸、常中の鍛錬をしている最中の善逸、下弦の鬼に囲まれた時の善逸よりもひどい。全員、今にも死にそうである。誰一人物音を立てぬ静寂に息が詰まりそうだ。

 

「グゥ……」

 

 余りに静か過ぎるせいか、木箱から禰豆子の寝息が聞こえた。

 

「心より……」

「待ってください!!」

 

 頭を下げようとする産屋敷を、ジョジョが制止した。張りつめていた空気が、弛緩したような気がした。

 

「どうか頭を下げないでください。ウブヤシキさん」

「ジョースター殿」

「謝るべきはぼくの方だ。申し訳ない。この傷は、ぼくの責任なんです」

 

 産屋敷、炭治郎を除く全員が顔を上げた。刺されたのにむしろ謝るとはどういうことか。ジョジョの言葉に全身全霊を込めて耳を傾けている。

 

「ぼくは、ウブヤシキさんの言葉を良いように解釈し、オバナイさんの忠告に背を向けて、タンジローの裁判に立ち合いました」

 

(あ、やっぱり自覚あったんだな……。てかそれ言っちゃうのかよ……)

 

 ジョジョと会話していた隠が心の中でぼやいた。

 

「だから、このジョナサン・ジョースターの身に何か起きたとしても、責任の所在は自分自身にあります」

 

(あんた……マジで言ってんのか)

 

 宇髄は、ジョジョの発言の意図を理解した。

 

(ジョースター殿は……。あの鬼の子供だけでなく)

 

 悲鳴嶼も既に気付いていた。

 

「シナズガワは確かに、ネズコを刺そうとしました。ですが、鬼が人間に戻った例が過去800年間存在しないことも、シノブさんから聞いています」

 

(よもや! 鬼の少女だけでなく! 不死川も庇うつもりか! ジョジョ!)

(じぇ、ジェントルマンって、そこまでしちゃうの!?)

 

 煉獄と甘露寺が目を輝かせてジョジョを見ている。

 

「彼は、己の信じる正しい行為を実行しようとしたのだと理解出来ました。彼の熱い心と、迅速な行動が多くの人を救ってきたことも伝わってきた」

 

(私達にも責任はありますが、要するに、不死川さんの独断専行が最たる原因ですね)

 

 しのぶの顔に、過去最高記録の血管が浮かぶ。

 

不死川、どうしてくれよう。

 

「例えそれが漆黒の如き意思だったとしても、ぼくに咎める資格はない……。シナズガワの意思は、ぼく自身も抱いている物……」

「……」

「だから、ウブヤシキさんが謝る必要はありません。ネズコが傷つかなかった。ぼくはそれだけで充分なんです」

 

 ジョジョが己の胸に手を当ててそう締めくくった。

 

「つまりジョースター殿は、自分が傷ついたのは、実弥のせいではないと言いたいのですね?」

「はい!」

 

 産屋敷の確認に快く返事をする。その目には一点の曇りもない。

 

(お館様の命が助かりそうなのは喜ばしいが……。ジョースター殿、お人好しにも程がある)

 

 伊黒も呆れる程のお人好しぶりだ。ここまで見境なしな類は生まれて初めてである。しかし、不死川を庇い立てしすぎていることを除けば、言っていることに一理ある。

 

「炭治郎、君もそれでいいのかい?」

「はい。禰豆子はジョジョさんの言う通り傷一つ負わなかった。ただ一人傷を負ったジョジョさんがそう言うのなら、俺もそれに従います。それに、俺は何もできませんでしたから……」

「ありがとう炭治郎。ジョースター殿、そこまで仰ってくださるのならば、私も今回のことは不問にしましょう。皆も、それでいいね?」

 

「御意!!」

 

 柱達が一糸乱れず同時に返事した。

 

 結果として、今回の騒動で血を流した者は、誰一人いなかったのだ。

 

 産屋敷の後ろで、娘たちが細く長く息を吐いた。

 

(危うく、大正の生麦事件になるところ……)

(薩英戦争ならぬ、()英戦争……)

 

 世界各国が激動のこの時代。産屋敷家関係者にとって、余りにも恐ろしい一幕であった。産屋敷耀哉も、まさか刃傷沙汰になるとは思わず、寝耳に水だった。産屋敷家当主は代々、予知能力じみた勘、先見の明を有しており、数々の危機を乗り越えてきたが、今回の出来事は予想外だったようだ。

 

 余談だが、ことの顛末を聞いた耀哉の妻、あまねはショックの余り貧血を起こしてぶっ倒れた。

 

「……」

 

 冷や汗でぐっしょりした不死川は、傍に日輪刀を置きっぱなしにしていたことを思い出し、拾い上げた。切っ先をじっくりと見る。丁度ジョジョに突き刺さっていた部分だ。

 

(どういうことだァ。脂どころか血痕すらついてやがらねェ……)

 

 日輪刀は新品同然だった。まるで初めから刺さっていなかったかのように。不死川は、日輪刀を鞘に納めた。刀についた不純物を落とす"血振り"すら不要だった。

 

「……」

 

「ウブヤシキさん。彼と少し話をしても構いませんか?」

「勿論、構いませんよ」

「ありがとうございます」

 

「……?」

 

 産屋敷から返事を貰ったジョジョが、不死川の元へと近づいてきた。跪いた姿勢のままである不死川に合わせて、ジョジョも屈んだ。

 

「お互い名前は知っているけど、自己紹介がまだだったね。ぼくはジョナサン・ジョースター。姓と名のジョとジョで、気軽にジョジョって呼ぶ人もいるよ」

「……」

 

 不死川がなんともいえない表情でジョジョを見ている。刺したのに、そこまであっけらかんとしているのが不思議で仕方ないのだ。

 

「改めて、君の名前を教えて欲しい」

「……不死川実弥。風柱だ」

 

 不死川は、ようやく理解した。ジョジョは、刺されたことを本気で気にしていない。禰豆子が無事だったから、本当にそれで良いのだと。

 

「サネミだね! サネミ、ネズコを傷つけないと誓ってくれたこと、心から感謝するよ。どうもありがとう!」

「……さ、刺されたのに礼を言うんじゃねェ!」

 

(刺されたのはジョースターさんなのに)

(自己紹介の上、お礼とは……なんとも)

(不死川が煉獄に喧嘩吹っ掛けたときもこんなだったな)

 

 胡蝶、悲鳴嶼、宇髄が二人のやり取りを見て、不死川が煉獄に殴りかかった事件を思い出す。あの時も、殴られた側である煉獄が不死川の攻撃を激励と解釈して礼を述べていた。

 

「……ジョジョ殿」

「なんだい?」

 

 要望に応えて呼び名が"ジョジョ"になっている。妙に律儀な男である。

 

「此度の御厚意、心より御礼申し上げる……」

「ふふ、こちらこそ」

 

 ジョジョは、この一件を自分の責任だと言っている。従って、謝る道理はない。しかし、それでは何か違うと不死川は感じていた。自分の不始末で、お館様の立場が危うくなるところだったのを、不問にして貰ったのだと考えている。それ故の礼であった。

 

(喧嘩をしたら芽生える男の友情ね! すっごいキュンキュンするわぁ……)

 

 甘露寺は、どこで仕入れたのか分からぬ知識を二人から見出す。

 

「ジョースター殿を見ていると、どこぞのそっくりさんを派手に思い出すな」

「ジョジョの"そっくりさん"だと! 是非会わせて欲しい! 誰だ!!」

「テメェだよ」

 

(腕を刺されたのに、仲良くなってる……。まぁ、お館様が謝らずに済んで良かった……)

 

 最初から押し黙ったままだった時透も、この時ばかりは胸を撫で下ろした。

 

「ジョジョさん、傷は大丈夫なんですか?」

 

 炭治郎が我慢できずと言った様子でジョジョに駆け寄った。お館様を前に不敬なのだが、今回ばかりは不問であった。

 

「なんともないよ。これくらい、どうってことないさ」

 

(これくらいね。神経も切れてたろうに、エゲレスじゃどんな派手派手な戦いをしてきたんだかな……)

 

 宇髄が胸中で驚く。ジョジョの表情は強がりでもなんでもない。後遺症が残りかねないのにである。

 

「……実を言うと、ぼくも驚いているんだ。ほら、もう塞がってる」

「本当だ……」

 

 日輪刀が刺さっていた場所を見ると、既に傷跡すら残っていなかった。ジョジョが手の形をグーとパーに変える動作を繰り返し、手首をぐるりと回している。信じられないことに完治している。

 

「……」

 

 胡蝶が横目に、ジョジョの右腕を注視している。「どんな手品だ」とでも言いたげである。

 

(不死川さんの日輪刀は、骨の間を貫いていた。最低でも正中神経が損傷していた筈。それなのに拇指の麻痺も手首の麻痺もない、好調そのもの……。異常がないのが異常と言うべきかしら……)

 

「サネミの太刀筋、日輪刀の切れ味が鋭かったんだ。素晴らしい腕の持ち主だよ、彼。おかげで、実質無傷で済んだ」

「よ、良かったぁ……」

 

(ええ……)

 

 胡蝶は引き気味だ。話には聞いていたが、実際目にすると、信じられない回復速度だった。骨折はおろか、神経の切断も意に介さないらしい。切れ味が鋭い程、案外治りが早くなるのは事実だが、そういう領域の話ではない。

 

「それじゃあ、ジョースター殿も完治されたようだから、本題に入ろうか。皆、会議の前に聞きたいことがあったんじゃないかな?」

 

 産屋敷は、普通に受け入れて、話を軌道修正した。流石の度量である。炭治郎が慌ててその場に跪き直した。

 

(せ、狭い……)

 

 不死川周辺に炭治郎とジョジョが二人揃って寄った為、若干狭そうだ。

 

(何してんだこいつら……)

 

 さりげなく伊黒が距離を取ってスペースを確保した為、改善された。ジョジョは、柱達の真後ろに移動し、腕を背に組んだ姿勢で立った状態だ。

 

「ご挨拶が遅れ、申し訳ありませぬ! お館様におかれましては! ご壮健で何より! ますますの御多幸を切にお祈り申し上げる!!」

「構わないよ。ありがとう、杏寿郎」

 

 真っ先に気を取り直した煉獄が産屋敷に挨拶した。平常運転に戻ったのか、目を見開き、瞳孔を開いたまま笑みを浮かべた表情だが、心なしか満足気である。

 

(げ! 派手に先を越された!?)

(私が言いたかった……。お館様にご挨拶……)

(俺が気ィ取られてる隙を狙いやがってェ……)

 

 宇髄、甘露寺、不死川が心の中で悔しがっている。お館様こと、産屋敷耀哉への挨拶は、基本的に早い者勝ちなのだ! 

 

「お館様! 竈門少年と、竈門少年の妹について! そしてジョジョ、失礼した! ジョナサン・ジョースター殿についてどのようにお考えかお聞かせ頂きたい!」

「分かった。まず、炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている」

 

 そう言うと、産屋敷が柱達の顔を見渡した。ジョジョと炭治郎は不思議な気分だった。産屋敷耀哉は盲目。目が見えないはずなのに、それぞれ全員をしっかりと見据えているような、迫力を感じたのだ。

 

「どうやらみんな、禰豆子のことを容認するみたいだね」

「御随意に!」

 

(キョウジュロー……)

 

 煉獄は産屋敷の意に従うようだ。彼もまた腹を括ったのだ。禰豆子を信じる炭治郎と那田蜘蛛山の生き残り達、ジョジョに続き、自分も禰豆子を信じることにした。

 

 柱達は、鬼を滅すべし姿勢は決して変わらぬ、だが、炭治郎と禰豆子について、反対する者は皆無だった。

 

(未だ疑問は払拭しきれぬが、ここで反対するわけにはいかない。ジョースター殿が刺されなければ、不死川の稀血を利用して確かめる方法もあったのだが……)

(これ以上、お館様の顔に泥を塗る訳にはいかねェ)

 

 反対派筆頭になる筈だった二人も、賛成する他なかった。ジョジョの一件は形式上不問になったとはいえ、経緯の全てを知る"柱"達にとって「ラッキー!」とはいかぬ問題だ。

 

 伊黒は過去の経験もあり、鬼が大嫌いなことに変わりはない。しかし、現状、人を襲わないことは那田蜘蛛山でも証明されており、血判書の内容は胡蝶の提案で"暇"に変えられたと言えど隊士も禰豆子の為に命をかけようとした。

 

 にわかに信じ難いが、二年以上人を喰わずにいる事実もある。禰豆子を肯定する材料が多すぎるのだ。しかし、否定する側として差し出せるものがほとんどない。

 

(おーおー、伊黒も不死川も大人しいもんだ。ジョースター殿にはド派手に借りを作っちまったからな……)

 

「それと、手紙が届いているんだ」

「手紙?」

「ひなき」

「はい」

 

 赤い髪飾りの女の子が懐から丁寧に折りたたまれた手紙を取り出して開いた。

 

「こちらの手紙は元柱である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」

 

 炭治郎の育手である鱗滝左近次から届いた手紙。内容は、炭治郎と禰豆子のことを認めて欲しい旨が記されていた。禰豆子が強靭な精神力で人としての理性を保っていること。二年以上人を喰わなかったこと。そして、禰豆子が人を襲った場合は──。

 

 竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が、腹を切ってお詫びすると。

 

(鱗滝さん……。冨岡さん……ッ!!)

(こ、これは、ジャパニーズ・ハラキリッ!! ハラキリの誓いは、タンジローが結んだと聞いていたが……。ウロコダキさんにギユウ……なんという覚悟だ!)

 

 炭治郎は再び涙を浮かべ、ジョジョは神妙な面持ちで聞いている。尚、お館様も危うくジャパニーズ・ハラキリだったのは知る由もない。

 

 その横で、胡蝶しのぶが密かに眩暈を覚えていた。

 

(冨岡さん、澄ました顔してますけど貴方始めっから鱗滝さんと話つけてたんですね。なんで、那田蜘蛛山でそれを言わないんですか? まさか貴方の言っていた"書いている"とはこれのことだったんですか? 足並みそろえた方が楽だったでしょう。血判書の方はせっかく"切腹"を"暇"に変えたのに、何元柱と柱が仲良く腹を切ろうとしてるんですか。ええ?)

 

 胡蝶が焼死しそうな程情熱的な視線で冨岡を見る。常人ならば心的外傷を負う程の殺気に、炭治郎はゾッとした。間に挟まる時透、煉獄、甘露寺、宇髄も思いっきり殺気に巻き込まれた。甘露寺が震えている。とんだとばっちりであった。

 

 尚、冨岡には効果がない。凪。

 

 一方ジョジョは、何か決意した表情を浮かべている。

 

「よし! ぼくもハラ――」

「よしじゃありません。絶対にやめてください」

 

 胡蝶が止めた。目が笑っていない。炭治郎も、凄まじい速度で首を縦に振っている。一見軽率に見える発言だが、ジョジョは間違いなく本気でやるつもりだ。

 

 正直言うと、腹を切った程度でジョナサン・ジョースターが死ぬのか甚だ疑問だった。それぐらいではジョジョの決定的な何かは切れない予感がする。が、そういう問題ではないのである。

 

「……だめなのかい?」

「ダメです」

「ジョジョさんはしなくてもいいんですよ」

「そうか……」

 

(……随分と味方が多いことだ)

 

 伊黒はもう諦めているので、投げやりだ。

 

「炭治郎の話はこれで終わり。次は、ジョースター殿のお話ですね」

「分かりました!」

 

 柱達が固唾を飲んで見守っている。現時点でも驚きのデパートであるこの男から、果たしてどんな話が飛び出してくるのか興味津々だからだ。

 

「ジョースター殿、簡単で良いので、家族構成を教えて頂けますか?」

「家族を……? 分かりました」

 

 真意は分からなかったが、悪事に使われる心配はないだろうと判断して、ジョジョは話した。

 

 ジョジョはまず、父ジョージ・ジョースターのことを話した。貴族の当主で、貿易商を営み生計を立てていたと。

 

「……」

 

 不死川は止まっていた汗が再び噴き出した。手が震えている。

 

「あ、さ、サネミ! 大丈夫だから! ぼくは今、普通の考古学者だから!」

「そうかァ……」

 

(いや、仮にそうだとしても末裔だろ……)

(同盟国の貴族の末裔を刺したということだな!)

 

 宇髄と煉獄は言葉には出さなかった。その余りにも恐ろしい事実を、口に出したくなかったのだ。

 

(学者なんだ……。エゲレスの学者って、ものすごく強いんだな……)

 

 時透の中で、エゲレス学者の認識が歪んでいく。初対面がジョジョだった故の悲劇だった。

 

 母のメアリー・ジョースターは。ジョジョが生まれて間もない頃、馬車が事故に遭い、ジョジョを庇って早世した。その為、父子家庭だった。

 

「嗚呼……」

 

 悲鳴嶼の涙量が倍になった。畑なら塩害が発生しているところだが。下は砂利なので一安心だ。

 

 12歳になった頃、ジョースター家に新たな家族が増えることとなる。そう、ディオ・ブランドーだ。しかし、ディオのことを話すと、とても簡単に話せるものではないので一旦省略する。

 

 妻はエリナ・ジョースター。旧家はペンドルトン家。医者の家系だ。

 

(ジョースターさん、奥さんいたのね……)

 

 甘露寺がちょっぴり凹んでいる。伊黒は何故か顔色が良くなっている。

 

「こんなところでしょうか?」

「ありがとうございます。間違いないようですね」

「?」

「ジョースター殿の為に用意した、とっておきの情報があるんですよ」

 

 産屋敷がそう言うと、黄色い髪飾りの女の子、にちかが懐から紙を取り出した。

 

「あれは、新聞か……?」

「うわぁ……英語がびっしり」

「甘露寺、読めるか?」

「あ、あんなに書いてあったらちょっと……しのぶちゃんどう?」

「流石に時間がかかりそうです……。ジョースターさんに読んでもらった方が早いと思いますよ」

「ジョナサン・ジョースター様、こちらを」

 

 にちかが英語が書かれた新聞紙を手渡した。渡された新聞紙を開いてみると、見出しに大きく、LONDON PRESSと記載されている。

 

「……これは、ロンドンプレスじゃあないか! ぼくの地元で発行されている新聞だよ! この年代は……そうか……これは……」

「ジョジョさんの地元の新聞!? よ、読めない……」

 

 炭治郎も読めなかった。英語を多少かじったとはいえ、新聞を読むのは流石に無謀だった。

 

「これは、ぼくとエリナが結婚した時のことが載っているッ!」

 

(結婚したら新聞に載るのかあんた……)

 

「ウブヤシキさん、これをどこで!?」

「産屋敷家は英国大使館にも伝手がありまして。ジョースター殿に必要な情報が載っていると思い、取り寄せて貰いました。良かった、大当たりだったようですね」

 

 どうやら、家族構成を尋ねたのは答え合わせのつもりだったらしい。凄まじい情報収集能力である。

 

 甘露寺が紙面の一部を覗き込んでいる。

 

「んーと、日付は、1889年……。え!?」

 

 彼女が読み上げた西暦に、全員驚いた。

 

「1889年!? ……明治22年じゃねぇか!? 25年近く前だぞ! 結構派手に昔だな!?」

「甘露寺! 見間違いではないんだな!」

「煉獄さん! 何度見ても間違いないです!」

「なんと!」

 

「な、なんだって!?」

「25年!?」

 

 ジョジョと炭治郎も過去一番の仰天ぶりを見せている。

 

「な、なんてことだ。ぼくはそんなに長い間眠っていたのかッ!?」

「と言うことは、ジョジョさんはかなり年上! 道理でお父さんって感じがする訳だ……。初めて会った時に胃が空っぽだったのはそういうことだったのか!」

 

 何故か炭治郎はどこか納得した表情だ。

 

「ちょっと待て!? 何二人揃ってド派手に驚いてやがんだ!! 年号も西暦も確認してなかったのかよ!?」

「い、色々な出来事が立て続けに起こってすっかり忘れてました……」

「ぼくも……」

「オイオイ……」

 

 炭治郎とジョジョが出会い、旅を続け、鬼と戦い修行に明け暮れた日々。浅草を除いて、ほとんど世俗を離れるような生活だった為、完全に忘れていた。忘れていたので聞きようもない訳だ。善逸と伊之助も同じだろう。

 

「ジョジョ! 事情を話してくれぬか! エゲレス人の見た目に詳しいわけではないが、貴殿の年齢は20代のように見受けられる!」

「ぼくも初めての出来事だから、仮説になるけどいいかい?」

「構わん! 頼む!」

 

 産屋敷は、てんやわんやしているジョジョ達が割と楽しそうなので、暖かい目で見守っている。

 

「恐らく"波紋の呼吸"の影響だ。波紋の力は、人体の老化を遅れさせる効果があるから……」

 

 甘露寺、胡蝶、女性の隠が獲物を狙う狩人の目でジョジョを見た。怖い。それはさて置き、ジョジョは全員に事情を説明した。

 

 エリナとの新婚旅行中に吸血鬼の襲撃に遭い、命がけで母を失った赤ん坊とエリナを逃がしたこと。その後、吸血鬼の一撃を受け相討ちになって意識を失っていたことを。

 

「南無阿弥陀仏……。南無阿弥陀仏……」

 

 また悲鳴嶼の涙が滂沱の如く流れ出た。そろそろ水分の枯渇が心配だ。

 

「ん゛ん゛ん゛、まま、待って、わだじも、ぞう゛いうおばなじ……ずっごく弱いがら……ひぐっ、ぐすっ……」

 

 甘露寺もやばい。命がけで愛する人を守ったジョジョに心打たれたのだ。すかさず伊黒が背中をさすった。

 

「その後のことはよく分からない……。多分、波紋の力で、回復の眠りについていたんじゃないかと思う」

「……まぁそうでないとこの状況が説明できねぇもんな」

「一種の仮死状態みたいなものでしょうか……」

 

 よく餓死しなかったものだ。ジョジョは明らかに人間である。日の下で活動し、目も赤くない。吸血鬼、鬼の力と対極に位置する"波紋の呼吸"を使っているのだから。だからこそ不思議だった。

 

「ジョースター殿は、25年もの間睡眠されていたと」

「そういうことになります……」

「ありがとうございます、それだけ分かれば充分です。私も、四半世紀に渡る開きが気になっておりまして」

 

 産屋敷が何度か頷いている。疑問が氷解したようだ。

 

「最後にもう一枚、お渡ししたい新聞があります」

「こちらもどうぞ」

 

 再びにちかが、ロンドンプレスの新聞紙を手渡してきた。

 

「貴方にとって、一番重要な情報と確信しています。どうか、読んで頂きたい」

「これは……」

 

 25年の歳月に驚いていたジョジョは打って変わって、静かな様子で紙面を読んでいる。新聞を持つ手が少しずつ震え出した。

 

「ああ……。そ、そんな……」

 

 動揺している。炭治郎は初めて見た。どんな時だって、どっしりと構えていたジョジョがうろたえている姿を。

 

「ジョジョさん、なんて書いてあるんですか!?」

 

 ただごとではない様子に、炭治郎が駆け寄った。

 

「タンジロー……。エリナは」

「えりなさんがどうしたんですか!」

「……エリナは、帰れたんだッ!! 赤ん坊も無事だッ!!!」

「ほ、本当ですか!!!? や、やったぁ───!!」

「お腹の中の子供も守ったと書いてある……。そうか、ぼくの子も無事か……」

「ジョジョさんの子供も!」

 

 この新聞も25年前の物。ということは、ジョジョの子供も、助け出した赤ん坊も、立派な大人になっていることだろう。炭治郎が、我が事のように大喜びする。ジョジョの決死の行動は、確かに命を繋いでいたのだ。

 

「ふふ、欲を言えば、みんなで一緒に年を取りたかったのだけれど……」

「ぐふっ」

「甘露寺!?」

 

 甘露寺が膝から崩れ落ちた。ジョジョの何気ない一言が、甘露寺の心を抉ったのだ。良い意味で。

 

「エリナ……。無事で良かった……」

 

 ジョジョの目から大粒の涙が溢れ出す。

 

「ジョジョさん……」

 

 それは、ジョジョが日本に流れ着いてから、初めて流した涙だった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

ジョージ2世とエリザベスはまだ結婚してないので
ジョセフもまだ生まれてないぞ!


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新たなる可能性

今年最後の投稿です。良いお年を!
来年の1月も中頃が暇になるので
その時に投稿頻度上げます('ω')ノ

柱合裁判編終わり! そして……。


フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

「じょなさん・じょおすたあ。えりな・じょおすたあ……」
「じょなさん家じゃなくて、じょおすたあ家だったのか……」
「ごめんねタンジロー。きちんと説明しとくべきだったよ」
「とんでもない! こちらこそごめんなさいっ!」


「ジョースター殿、私の伝手を頼れば、貴方を帰国させることもできますが?」

 

 エリナと赤ん坊の生存を知ったジョジョに、産屋敷が提案する。命を賭して助けた家族の生存を知れば、帰りたくなるのが人の性である。

 

「申し出はありがたいのですが、今はまだ、その時ではありません」

 

 しかし、ジョジョは断った。

 

「キブツジ・ムザンの脅威は、今も尚続いている。放ってはおけない。ぼくはネズコを守ると共に、必ずムザンを倒すとタンジローに約束しました。友との約束なのだから、守らなくっちゃあならない!」

 

 甘露寺と悲鳴嶼よりも早く平静を取り戻したその表情は、より一層の強い決意を感じさせた。

 

「それに、今のまま故郷に帰ったら、エリナに叱られちゃいますから」

 

 ジョジョが日本に留まると決めた理由は、そう締め括られた。

 

(ジョジョさんならそう言うと思った)

 

 炭治郎は、聞くまでもなく確信していたようだ。

 

(はっはっは! ジョジョらしいな!)

 

 煉獄も確信していた。出会って数時間とは思えぬ理解度である。

 

「ジョナサン・ジョースター殿。感謝します。これからも、何卒お力添えを」

「はいッ!」

 

 産屋敷の言葉に快く返事する。鬼殺隊にとって、最高に頼もしい戦力が加わった。柱達も全員顔色が明るい。一部は刃傷沙汰が丸く収まったことへの安堵によるものだが。

 

「それと、聞いておきたいことがあります」

「なんでしょう?」

「ジョースター殿と炭治郎は、鬼舞辻無惨に遭遇したそうですね?」

「!?」

 

 柱達が素早く二人の顔を見た。

 

(そうだろうな……)

 

 伊黒は合点がいった様子だ。直接顔合わせでもしない限り、あそこまで露骨に十二鬼月を差し向けることはあるまいと。

 

「柱ですら誰も接触したことがないんだぞ! どんな姿だった!」

「似顔絵を用意しておきました!」

「マジか!?」

「気が利くな! ジョジョ!」

 

 宇髄を皮切りににわかに騒がしくなりそうだった柱達に先立ち、ジョジョがすかさず懐から紙を取り出した。

 

「ジョジョさん、いつの間に……」

「隠の方が万年筆を貸してくれたから、描いておいたんだ。色々とね」

 

(色々?)

 

「多芸ですね。ほんと」

 

 胡蝶が感心する。ジョジョは考古学の関係上、模写の技術を持っている。かつて、石仮面の精密な絵を研究メモに描いていたことは記憶に新しい。

 

 ジョジョの描いた無惨の似顔絵に、柱達と炭治郎が群がった。密度がとんでもないことになっている。

 

「すごい! そっくりだ!」

 

 炭治郎はその精密な模写に感動する。帽子、髪型、服装、顔付き。全てが特徴を捉えており、人相書きとして張っていれば、簡単に捕まえられる代物だった。炭治郎も自分なりに絵心があるので、その感動はひとしおだ。

 

 炭治郎の絵は、すごい。

 

「竈門少年も目撃したのだったな! ならば、余程巧く描けてるのだな!」

「ぼくより先にタンジローが見つけたんだ。彼の嗅覚は本当にすごいよ。ぼく一人では決して見抜けなかった」

「そうだったのか! 竈門少年! 大手柄だぞ!」

「ありがとうございます!」

 

(あいつ、そんなに嗅覚すげーのか……)

(次からは鼻栓も必須ね)

 

 遠くから見守る隠達が、心に刻み込んだ。竈門炭治郎は、目隠し、鼻栓、耳栓の完全防備でいかねばなるまいと。

 

 炭治郎、柱達は似顔絵を見て各々が感想を述べている。

 

「結構モダンな恰好してるんだ……」

 

 甘露寺は、流行を押さえたファッションであることを見抜く。

 

「千年生きてる癖して派手にハイカラだな」

「髪は癖っ毛か!」

「わかめ」

「ぐ」

「ぶふっ! と、時透君……」

「……変なこと言うな、時透」

「ごめん」

 

 時透の率直な感想に、宇髄と甘露寺が噴き出し、伊黒が注意した。

 

「見た目は若いな」

「若者か……」

「目つきは鬼の特徴そのままですね」

 

 宇髄、悲鳴嶼、胡蝶が特徴に言及する。

 

「ジョースター殿、どこで見かけた?」

「アサクサです、オバナイさん。夜の街、人々が往来する中で堂々と……」

「浅草か……」

「相当擬態がうめぇな。派手に厄介だ」

「はい……」

「そこまで巧みなら、別の姿を持ってる可能性も考えた方が良い」

「そうだな。それが男なのか、女なのか、がきんちょの姿なのか……」

「困ったものだ」

 

 伊黒が眉をひそめて最悪の可能性を想定すると、宇髄が同意した。そうだとすると、800年間に渡り尻尾を見せなかった理由にも説明がつく。

 

「しかし! よく犠牲者が出なかったものだ!」

「タンジローとネズコが頑張ったおかげだよ」

「……」

 

 炭治郎が、ちょっと困った顔をしている。浅草絡みの一件は、まだ詳細に話せないからだ。ジョジョに続き、腹芸のできない男である。

 

「それよりジョジョ殿、能力と根城は把握されているか?」

「すまないサネミ。奇襲して逃げられたから、分からなかった」

「そうかァ……」

「あら、不死川さん。責めないんですね?」

「これ以上見損なうんじゃねェ……。状況ぐらい分かる」

「嗚呼、往来の激しい中で遭遇した故、人命を優先したと見る……」

「その通りです」

 

 柱達は鬼舞辻無惨の特徴をしっかりと胸に刻み込んだようだ。

 

「皆、鬼舞辻の特徴を把握したようだね」

 

 産屋敷の言葉が聴こえた瞬間、柱達はすかさず口を噤んだ。

 

「ジョースター殿、もう一つ確かめたいことがあります」

「なんでしょう?」

「……」

 

 産屋敷は言うべきか迷っているといった様子だ。柱達にとって、これまた珍しいことだった。

 

「……鬼舞辻に、"うどん"で手傷を負わせたというのは、本当ですか?」

「……本当です」

 

 

 ──時が止まった。

 

 

 柱達が石になった。今、柱達の心は一つとなったのだ。炭治郎を除き、心の中で紡いだ言葉は皆例外なく一致していた。

 

 "何故?"である。

 

 しかし、産屋敷は至って平静だ。流石の胆力と言う他なかった。

 

「今から理由を説明します。ウブヤシキさん、ちょっと池の水を貰っても良いですか?」

「どうぞ」

「……?」

 

 柱達が怪訝な表情で、池に向かうジョジョを見る。

 

コオオオオ

 

 ジョジョが軽く波紋を練り上げ、人差し指を池の水に付ける。

 

「なんと!」

 

 煉獄が声を上げた。池の近くから戻ってきたジョジョの人差し指に、水が一つの塊となって張り付いていた。水の塊は、ゼリー状に震えている。

 

「ジョースター殿は本当にネタが尽きねーな……。寒天みてぇだ」

「カスタプリンみたいで美味しそう」

 

 甘露寺はそう言いながら指先の水を見つめている。筒状にプルプルと震える水の塊は、都でも流行のハイカラなデザートのようだった。桜餅と洋菓子をこよなく愛するが故の感想であった。

 

「……」

 

 伊黒はジョジョの話に真剣に耳を傾けながら、心にしかと刻み込んだ。

 

 "甘露寺はカスタプリンも好き"。

 

「波紋の呼吸を応用すると、水分、又は油分を制御して様々な用途に使えます。例えばこのように……」

 

 指先の水が鋭い棘に変わった。プルプルとしたゼリー状から、硬質な金属のように変化している。柱達は、波紋の呼吸で如何にして戦っているかの一端を知った。

 

(生命力の放出に水分、油分の制御……。成程、それで那田蜘蛛山があんなことに……)

(俺の日輪刀に血も脂も付いてなかったのは、そういうことかァ)

 

 胡蝶と不死川は、不可解な現象の理屈を飲み込んだ。

 

(うどん……)

(うどんかァ……)

 

 うどんは飲み込めなかった。

 

「水分や油分を含んだ物ならば、なんでも道具になるということですね?」

「その通りです。ウブヤシキさん」

 

(……!)

 

 この瞬間、冨岡に電流が走った。

 

(村田……。よくやってくれた……)

 

 理解できた。彼の身を挺した犠牲は、確かに"名誉の負傷"だったのだ。

 

「緊急だったとは言え、食べ物を粗末にしてしまったことを悔やんでいます……。うどん屋さんには本当に申し訳ないことを……」

「そうですね……」

「うむ! 如何なる理由があれど、食べ物をそのように扱うなど言語道断! うどんを作った職人の方やお百姓さんに申し訳ないな! 次からは何か武器を用意するべきだろう!」

「キョウジュローの言う通りだ。ぼくも何か考えなくっちゃあな……」

「うんうん……」

 

 ジョジョ、炭治郎、煉獄、甘露寺は、神妙な面持ちで事の重大さを受け止めていた。

 

(そういう問題じゃねーだろ)

(四人ともずれてるなぁ……)

 

 宇髄と胡蝶も神妙な面持ちだ。別の意味で。

 

「……」

 

 時透はいつの間にか、ジョジョが描いた鬼舞辻無惨の似顔絵を持ってジーッとみている。

 

「何してんだ?」

「……」

「?」

「……わかめうどん」

 

 胡蝶と宇髄が噴き出し、甘露寺がうずくまってお腹を抱えた。伊黒は目を閉じて頭を抱え、煉獄、炭治郎、ジョジョは体を震わせている。

 

「……」

 

 冨岡はそっと皆に背を向けた。

 

 悲鳴嶼は念仏を唱え、不死川は平静を装いながら自分の太ももをつねっている。産屋敷は平然としており、縁側の後ろに控えるひなきとにちかは無表情を貫いているが、肩がほんの少し揺れていた。

 

「お、ま、え、なぁ……」

「宇髄ひゃん、いひゃい」

 

 宇髄が時透の頬を引っ張って反撃している。ギリギリ隊律違反にならない攻撃だ。全員、お館様の御前でとんだ失態である。

 

「なるほど、なるほど。うどんも有効な武器になるということだね。ジョースター殿、情報提供感謝します」

「は、はい……」

「天元、落ち着いて。無一郎は、余りみんなを困らせないこと」

「御意……」

「ごめんなさい」

 

 産屋敷が綺麗に締めた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ジョジョからの情報提供は、石仮面のこと、ディオ・ブランドーのことにも及んだ。石仮面が模写された紙を取り出したジョジョの口から語られるその真実は、百戦錬磨の柱達さえも心胆を寒からしめた。

 

 石仮面ッ! メキシコ、アステカの遺跡で偶然発掘された太古のオーパーツ! 石で作られたようなその奇妙な仮面は、人間の血液に反応し、脳まで達する程の骨針を伸ばす! 石仮面を装着して骨針に頭部を貫かれたものは、未知のパワーを引き出され、おぞましき吸血鬼へと変貌するッ! 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 胡蝶、甘露寺、伊黒、冨岡、時透は表情を曇らせ、ジョジョの言葉を静かに聞いている。

 

「やばすぎる……。ド派手にやべぇぞ」

「そんなものが出回ったら! この世の終わりだ!」

「なんということだ……」

 

 宇髄、煉獄、悲鳴嶼さえも石仮面に恐れを感じている。タルカスとブラフォードの話ですら吸血鬼と屍生人の脅威を知るに充分なエピソードだったと言うのに、それらを生み出す諸悪の根源は、更に厄介な代物だった。

 

「どんな奴でも鬼が作れちまうだとォ……!? 誰がそんなクソッタレなもん作りやがったァ!!」

 

 皆が戦慄する中、不死川が怒りを露わにした。義理の家族が鬼に変じたという境遇にも、どこか思うところがあるみたいだ。

 

 石仮面とは即ち、ただの人間であろうとも、吸血鬼、屍生人を生み出せる呪いのアイテム! 

 

 それは、鬼狩りを生業とする鬼殺隊を戦慄させるには充分な脅威だった! 

 

「ジョジョさん。その石仮面はもう壊したんですよね?」

 

 ジョースター家まで巡ってきた石仮面に端を発する戦いは、ディオ・ブランドーの敗北、石仮面の完全破壊によって幕を閉じた。

 

「うん。石仮面は確かに破壊した。だけど、ぼくは危惧しているんだ。果たしてアレは一つだけだったのだろうかと……」

「……」

 

 それは、日本に蔓延る鬼を見た時にジョジョの脳裏をよぎった可能性だ。もし、石仮面が再び発掘されるようなことがあったならば、惨劇は繰り返されることになる。考えたくなかったが、そう言う訳にいかなかった。ディオは何度だって蘇ってきたし、石仮面の破壊には多くの犠牲が伴ったのだから。

 

「仮に石仮面がまだ存在したとして、日本に流れ着いてくる可能性はあるのか?」

「ぼく達が破壊した石仮面は、船を経由して人から人へ渡った末に流れ着いた物でした。ありえないとは言い切れません……」

「だよな……。鬼舞辻も、石仮面を派手に被ったと思うか?」

「恐らく違うと思います。辛うじて読み取れた波紋は、吸血鬼とは異なっていました」

「そうか」

「……逆に不味いかもしれませんね」

「何がだよ、胡蝶」

「こう考えてみて下さい。もし、鬼舞辻無惨が石仮面を被ったとしたら?」

「……考えたくもねぇな」

 

 胡蝶の考える可能性は最悪の中の最悪だ。この時代、日本も土葬の文化が根強い。蘇らせられそうな死体はそこかしこにある上、曰くつきの亡骸も多く存在する。引き起こされるであろう悲劇は、考えるだけで背筋が凍る。

 

「ジョースター殿、重要な情報提供、心より感謝します。この件は全員に周知させておきます故……。我々も協力します。皆、特徴が少しでも一致する仮面を見かけたら、速やかに破壊するように」

 

 柱達が威勢よく返事をした。産屋敷も本気である。

 

「鎹鴉達にも覚えさせる必要があるね……」

 

 隠達も産屋敷の言葉に跪いて応えた。こうして、鬼狩りに加え、石仮面の破壊も鬼殺隊の重要任務として広まっていくこととなったのである。

 

「鬼舞辻は、ジョースター殿と炭治郎を強く警戒している。鬼側の戦力が大きく削られた以上、上弦の鬼が動くことになるだろう。向こうも何れかの手段で戦力を強化してくる可能性がある。だから皆、より一層気を引き締めるように」

 

「御意!!」

 

 柱達はまた、一糸乱れず同時に返事した。頼もしい仲間は加わった。しかし、石仮面の可能性。上弦の鬼。何を仕出かすか分からぬ鬼舞辻無惨。警戒すべき事柄はたくさんある。

 

 こうして、ジョナサン・ジョースターから聞き出したかった情報は揃った。

 

 だが、後一つ。柱達はジョジョにはなんとしても頼みたいことがあった。

 

「お館様! ジョジョは波紋の呼吸による治癒が可能! お館様の病状を改善させられるやもしれませぬ!」

 

 改めて煉獄が提案した。不死川乱入によりうやむやになっていたが、柱達を始めとし、炭治郎、後ろに控える隠達、産屋敷の娘達にとっても気になるところだ。

 

「喜んで、力になります!」

「ありがとう。どうか診て頂きたい」

 

 産屋敷も柱達の提案を聞き入れた。皆、一先ず断られなくてほっとする。

 

「では、こちらへ……」

 

 スッと歩み寄ってきたひなきが促すと、ジョジョが履物を脱いで縁側に上がった。ジョジョと産屋敷はお互い正座で向かい合う状態になった。

 

「失礼します」

 

 ジョジョは、産屋敷の顔に両手を添えた。全員固唾を飲んで見守っている。

 

「……どうですか?」

「結論から言えば、治せます。視力も回復するでしょう」

「おお!」

「そうかァ!」

 

 治せると言う言葉に煉獄と不死川が喜色を見せる。

 

「ただ、時間がかかる……。ウブヤシキさんはまるで、生命力そのものを削られているような状態。つきっきりでじっくり看病する必要があります」

 

 とはいえ、今までどんな医者も匙を投げてきた産屋敷家の呪縛から解放できる。柱達の表情は明るい。

 

「……」

「ウブヤシキさん?」

「……ジョースター殿、申し出はありがたいのですが、それならば、今回のお話はなかったことにして頂けますか?」

「!」

「そんな!」

「お館様ァ!?」

 

 産屋敷からの返答は全員に大きな衝撃を与えた。助かる可能性をみすみす放棄しようと言うのだ。隊士達がショックを受けるのも無理のないことだった。

 

「いずれ、鬼との戦いは熾烈を極めることとなるでしょう。ジョースター殿の力は必須。貴方の力を私一人に割くぐらいならば、この命は不要」

「しかし……!」

 

 柱達はなんとか食い下がって産屋敷の治療を続けて欲しいと願う。しかし、産屋敷自身の決意は固い。鬼狩りと無惨の討伐を成し遂げる為ならば、この男も自らの命が惜しくないのだ。

 

「……分かりました」

「ジョースター殿!?」

「つまり、ぼく一人では、貴方の治療は叶わぬということ」

「!」

 

 ジョジョは、ゆっくりと目を閉じた。今、彼は重大な決断をしようとしている。

 

(ジョジョさん、もしかして……!?)

 

「貴方の言う通り、下弦の鬼を超える上弦の鬼。ウブヤシキさんの治療。そして、ムザンの陰謀。いつか対処できないことになる……」

「……」

「ウブヤシキさん。二人分、速達で手紙を送れませんか?」

「電報なら可能です。産屋敷家の総力を以て、必ず届けると約束しましょう」

「ありがとうございます! 一つは妻、エリナへ。そして、もう一つは……」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ──アメリカ合衆国首都、ワシントンD.C。某所。

 

 白亜の宮殿を彷彿とさせる豪著な施設の一角、大理石で構築された長い廊下を早足に歩く壮年の男性と、東洋人らしき壮年の男性が会話をしていた。

 

「ボス、今日は午前七時からですね、フィリップス上院議員との会談よ」

 

 中華訛りで今日の予定を話す男は耳に桃色の飾りを付け、目つきがきつく皴混じりの頬がこけている。一言で言うなら悪人面だ。仕立ての良い黒スーツを着ており、なまじ貫禄があるせいか、マフィアの首領のように見える。

 

「うむ」

 

 白髪交じりの金髪を短く切り揃えた壮年の男性は鷹揚に頷いた。紫色の蝶ネクタイに高級感のある黒いタキシード。エゲレス仕様の紳士帽を被る。左の目元から左頬にかけて傷跡が残っていた。木製のステッキを持ち、紳士然とした風格、その眼差しから相応の役職に就いた人物であることが伺える。

 

「それが終わったら、研究部門の定期報告。そんで医師団との会議。相変わらず忙しいね。たまには休んだ方がいいですよ。そこまでしなくても、俺達すっかり金持ち。もう一生遊んでくらせるね」

「そうはいかん、使える手を増やすに越したことはないからな」

「ふぅ、相変わらず熱心ね」

 

 中華訛りの男が休むことを薦めるが断られた。普段からこんな調子である。

 

(ボスは、()()()()が死んじまってから、すっかり変わっちまったね)

 

 中華訛りの男は、目の前の壮年の紳士と食屍鬼街(オウガーストリート)以来の付き合いだ。自分や仲間たちと共に、手頃なカモを見つけては追い剥ぎをしていたごろつきの頭領だったのも今では懐かしい話だ。

 

(一人でアメリカに行ったと思ったら、今じゃこの調子ね)

 

 ある日、彼は一人テキサスに渡り、死にかけながらも油田を発見し、会社を立ち上げて一躍大富豪となった。その後、食屍鬼街の面子も人手が足りないだか昔のよしみだかで引きずり込まれ、今じゃスーツ姿も慣れた物だ。

 

 それに飽き足らず、数年前には医療、薬学、考古学への助成活動をするために財団を築き上げ、今も西へ東へ飛び回り着々と勢力を伸ばし続けている。

 

(あのウインドナイツロットの事件だって、もう解決したってのに……)

 

 アメリカ経済に影響を及ぼす程の大富豪となった今、寝っ転がってても金はジャンジャン入ってくる。義理人情に厚く、そこまで欲の皮が張った性格ではないこともよく知っている。男を駆り立てているのが何なのか、中華訛りの男には理解しがたいものだった。

 

 今日の予定を話し続けていると、廊下の向こう側からドスドス足音を立てて此方に向かってくる何者かの姿が見えた。中華訛りの男も良く知ってる相手だ。

 

「いたいたぁ!! あ、兄貴ィ!」

「どうした?」

「どしたの、藪から棒に」

 

 傷のある男を"兄貴"と呼ぶ大慌ての男が片手に紙を持って駆け寄ってきた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 両目を覆うように塗りつぶされた紫色の刺青を汗が伝っている。壮年の男性だ。中華訛りの男に続くその悪人面は苦しそうに息を切らせていた。ガタイの良い体は酸素を求めて肩を揺らす。彼も、食屍鬼街以来の付き合いである。

 

日本(ジャパン)から、兄貴宛の電報なんだけどよォ!」

「電報が日本から? 何故わざわざ……」

 

 技術が進み、日米間の国際電話もあるこの時代に電報を送りつけてくるとは、余程火急の件らしい。

 

「落ち着くね。お前、言葉遣いが昔みたいになってるよ」

「おめぇだってそうだろうが……」

「別にお偉いさんの前って訳じゃあないしね。ああ、ボスは"超"が何個も付くお偉いさんだったね。ヒヒヒ」

 

 刺青の男と中華訛りの男は、お互い公の場での紳士ぶった物言いに慣れてきた筈なのだが、これではまるで25年前に戻ってきたようである。

 

「電報とやらは、その紙か?」

「あーあ……。クシャクシャね」

 

 刺青の男が電報らしき紙を力強く握り締めていたせいか、完全にヨレている。

 

「開きゃいいだろーが! とにかく見りゃあ分かる! おいらみたいにぶったまげるぜッ! ほれ!」

「……?」

「ふーん?」

 

 刺青の男がずいっと、押し付けるように紙を渡した。傷のある男が片手にヨレた紙を開く。

 

「何々……。ぬ!?」

 

 電報に軽く目を通すや否や、傷のある男が大きく目を見開いた。

 

「な……。な……」

 

 言葉を失い、息を詰まらせながらも文章を素早く目で追っている。両手で電報を持ち直し、カランカランとステッキが音を立てて転がった。そんなことも意に介さず、一文字たりとも見逃さぬと言う執念を見せる。

 

「……」

 

 読み進める度体を震わせている。その表情は紅潮し、汗が噴き出していた。紙を持つ手はプルプルと震え、ひどく興奮した様子なのが分かる。先ほどの紳士然とした様子は遥か彼方だった。

 

「ど、どうなされました!?」

「何かあったんですか!」

 

 施設の従業員達が駆け寄って傷のある男の様子を心配そうに見ている。白衣を着た男性にスーツ姿の男性。全員傷のある男の部下だ。

 

「……」

 

 読み終わったのか、傷のある男はスンと静かになった。だが、ただ静かになった訳ではなかった。それは、嵐の前の静けさを思わせる。

 

「……ボス?」

「……船を出せ」

「は?」

「船を出すんだァッ!!」

「船ぇ!? どしたね!? 急に!」

 

 突然の言葉に中華訛りの男は混乱する。そのただならぬ様子に、男の部下達も面食らっている。

 

「儂は今から日本へ向かうッ!!」

「なんでね!?」

「書き写された文字じゃあ、真実なのかガセなのかは分からんッ! だが、()()()が出された以上、儂はいかなくっちゃあならんッ!!」

 

 傷の男のその目はどういった訳か、燃えるような輝きを見せている。

 

「イヤイヤイヤ! 日本へ行くったって、今日の予定どうするね!?」

そんなもん全部キャンセルだァ――――ッ!!

「アイヤー!?」

 

 中華訛りの男が奇声を上げた。この傷の男。お偉いさんとの会合も含む、みっしり詰まったスケジュールを全部投げ捨てるつもりらしい。決意は固い。

 

「へへっ、おいらはそうくると思ったぜぇ! こうなった兄貴は誰にも止めらんねーよ! このままじゃ豹よりも速くすっとんでいくだろうな!」

「早く用意せんと、わしゃ泳いででも行くぞッ!」

「だー! わかった! わかったね!」

 

 このままだと有言実行しそうな程ひどく興奮している男に気圧され、中華訛りの男と刺青の男が近くの部下へ指示を飛ばした。

 

「おい! そこのお前! 早急にタコマ港に連絡入れて船を準備させろ! とびっきり速ぇーヤツな! 燃料もたっぷり入れるようにッ!」

「しょ、承知しましたァー!」

「お前は一緒にボスの名義で日本に入国申請するね! ボスの名前で国際電話使えば1秒で許可が出るから急ぐよろしッ!」

「りょりょ了解ッ!」

 

 男が動き出す。待ちきれぬといった様子で最寄りの港へと向かった。

 

 

←To Be Continued

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

ヤツが来る


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四半世紀の再会

仕事が一段落したので短めだけど一話投稿('ω')

来週から我が流法(モード)は『(やすみ)』!
『有給休暇』の流法(モード)!!

になるので更新頻度上げます。




 ジョナサン・ジョースター、竈門炭治郎、竈門禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助の五人は様々な思惑が重なり、蟲柱・胡蝶しのぶの拠点である"蝶屋敷"の預かりとなってから、一か月が経過した。

 

 季節は梅雨に差し掛かろうとしていたが、幸い晴天だ。

 

 蝶屋敷の外周を炭治郎、善逸、伊之助が走っている。しのぶ指示の下、基礎体力向上の為に走り込んでいるのだ。この一か月間、鬼狩りに出掛けては軽く休んで鍛錬の繰り返しで、そのきついサイクルにも慣れてきた頃だ。

 

ヒュウウウウウ

カアアアアアア

シィィィィィィ

 

 口から全集中の呼吸音が漏れる。三人は隊服を着たまま常中を維持し、炭治郎は水の呼吸で走り続けている。これは、ヒノカミ神楽の呼吸が常中で保てない為だ。その全容は未だ謎が多く、呼吸の使用そのものの負担が異常に大きい。検証が必要だった。

 

「ぬぉおおお! 努力! 努力! 努力ぅ―――!!」

 

 炭治郎は歯を食いしばって手足を動かし、ぐんぐん前へと進んでいく。やや湿気た空気と気温にたまらず汗ばむも、お構いなしだ。

 

(俺はまだまだ強くならなければ! ヒノカミ神楽の呼吸は未だに長く維持できない。まだ、何かが足りないんだ!)

(ひぃ、ひぃ、張り切ってるなぁ、炭治郎のやつ……)

(俺も負けらんねぇぜぇ!)

 

 すぐ後ろを走る善逸と伊之助は、絶対に強くなってみせるという凄味を感じた。

 

 炭治郎は、多くの実戦、ジョジョとの鍛錬により大幅に強くなった。今も実戦と鍛錬の繰り返しによりぐんぐん腕を上げている。那田蜘蛛山で、自らの手で下弦の壱を仕留めたのは事実。しかし、あれはあくまで皆の助けがあったからこその戦果だったと思っている。善逸も、伊之助もそうだ。

 

 ジョジョとの協力で、下弦の鬼を一網打尽にした功績が認められ、三人は鬼殺隊の階級では上から七番目である"(かのえ)"に昇格した。

 

 当初は更に上の階級を提案されたのだが、これを炭治郎が固辞した。ついでと言わんばかりに善逸と伊之助も"(かのえ)"になってしまったが、二人は納得している。まだまだ精進が必要なのは、伊之助も良く知るところだからだ。

 

 ただし、善逸は強い鬼と戦わされそうなのが嫌だからである。

 

 余談だが、村田は"(かのえ)"から一つ上の"(つちのと)"に昇格した。柱合会議に召喚された際、冨岡が産屋敷に推薦したのだ。

 

『村田は頭を丸めました』

『……何言ってんだおめェ』

 

 一見、謎の理由だったが、ジョジョの能力を把握していたおかげで全員ギリギリ理解できた。村田の頑張りは、鬼殺隊全体でも認められたのだ。彼の身を挺した犠牲が組織的に報われた瞬間だった。村田は冨岡の献身に感激する。

 

『また生やしたら、派手に丸めて貰うかもな、村田』

『!?』

 

 受難は続く。

 

(初めて会ったときも、珠世さんの隠れ家で十二鬼月に会ったときも、柱合裁判の時もそうだった。俺は、ジョジョさんに助けられてばかりだ。俺だって、あの人を助けられるぐらいになりたいっ!)

 

 その眼光に更なる闘志が宿る。走るペースを上げ、ひたすらに走り続ける。長距離走にあるまじき速度だった。

 

「猪突猛進ッ! ぬおおおおおお! 負けられっかぁ!」

 

 炭治郎に負けじと伊之助が鼻息荒く疾走し、追いすがる。強くなりたいという気持ちは、決して負けていない。いつか、山のようなあの男も超えてみせるのだと。

 

「ヒイイイイイ! まだ速くなんの!? 二人共待ってぇ―――!」

 

 二人の四歩程後ろを、涙目の善逸が追いかける。短距離走なら圧勝できるが、短距離走とは負担の異なる長距離走はしんどいのである。それでも、常人ではありえぬ程の速度だが。

 

(爺ちゃん。俺、結構強くなったよ。下弦の鬼も倒せたし……。うう、それなのに、お、俺達、なんでこんなひたすら走り続けてるんだっけ……?)

 

 三人が重点的に走り込んでいるのには理由がある。善逸は、悲鳴を上げる筋肉に目を背けるよう、しのぶの言葉を思い出す。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

『三人は肺がよく鍛えられてますね。偉い偉い』

『ありがとうございます』

『どんなもんだぁ!』

『うへへ……』

 

 美少女のストレートな誉め言葉に善逸は茹蛸のごとくデレデレだ。

 

『後は筋力と体力をどんどんつけていきましょう』

『はい!』

『かかってこいやぁ!』

『……分かりました!』

 

 三人は張り切っている。善逸も例外ではない。しのぶは不安定でおっかない音がするけれども、絶世の美女な上、優しさも確かに併せ持っている。善逸は彼女の言葉に弱いのだ。

 

 偉い人だからという発想はほとんどない!

 

『全集中の呼吸による身体能力の強化は、地力が向上すればするほどそれだけ強力になります。常中を繰り返しながら、ひたすら鍛錬鍛錬です』

 

 両腕の握り拳を見せながらの艶やかな笑顔で言われた。しのぶは、三人に付き添っているジョジョに視線を向けた。

 

『波紋法の修行による肺の強化、実に素晴らしいです。ジョースターさん、是非とも取り入れたいので、訓練の改良を手伝って頂けますか?』

『喜んで』

 

 ジョジョはにこやかに了承した。

 

 現在ジョジョは、蜘蛛に変えられた人達の治療と並行して、鬼殺隊の基礎訓練方法や、いわゆるリハビリである機能回復訓練のテコ入れも手伝っている。蜘蛛に変えられた隊士の復帰にも活用される。

 

 炭治郎達に課した訓練方法は普通の隊士達ではついていけない可能性が高いので、ある程度の改良を加える予定だ。それでも相応にきつくなる予定である。

 

『ふふふ、夢が広がりますねぇ。炭治郎君、善逸君、伊之助君。貴方達にも付き合ってもらいますよー』

 

 しのぶはうきうきと上機嫌だ。今この瞬間から、波紋使いの鍛錬法と、鬼殺隊の鍛錬法が組み合わさり、強化技術に革命が起きようとしていた。

 

『……』

『……』

『……』

 

 炭治郎達は、ジョジョと共に取り組んだあの訓練を思い出し、鳩尾(みぞおち)をそっと押さえた。

 

 "波紋の呼吸"は、呼吸のリズムにその全てがある。呼吸だけ鍛えれば自然にパワーも鍛えられるという理屈から、とにかく呼吸を鍛えることに重点を置く。即ち、心肺機能の強化が得意ということだ。

 

 "全集中の呼吸"は、一度に大量の酸素を血中に取り込む事で、身体能力を大幅に向上させる技術だ。効率の良い心肺の強化は、当然こちらにも恩恵をもたらす。

 

『暫くはうちで色々と手伝ってもらうことになります。よろしくお願いしますね。あ、敬語は不要ですよ。貴方の方が色々と先輩ですから』

『分かった。こちらこそ、よろしく!』

 

 更に、鬼殺隊関係者の中に、波紋使いの才能を有する者がいないか選別も行っている。手の空いた隊士や隠の者から順次調べ上げているが、まだ見つからないようだ。

 

 鬼殺隊として一番重要な鬼への対処は、今のところ隊士だけでなんとかなっている。ジョジョが超好待遇の食客として加入してからというもの、何故か鬼の攻勢が弱まったのだ。

 

 それに加え、ジョジョが鬼狩りに出る場合、必ず"柱"を同行させることが条件となった。下弦が全員けしかけられた上に全滅した以上、今ジョジョが動けば、上弦の鬼が奇襲を仕掛けてくる可能性が高いからだ。

 

 以上の理由から、ジョジョは現状裏方に徹している。鬼の被害者を含む隊士の治療。訓練の改良。波紋法の才ある者の発掘。波紋使いとしてやって貰いたい仕事は、たくさんあった。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「戻りましたー……」

「ま、負けた……」

「……」

 

 走り込みを終え、蝶屋敷の敷地内に帰ってきた。三人共へとへとだ。伊之助は炭治郎に競り負けたことを悔しがっており、善逸は最早言葉すら発する気力がない様子だ。

 

「あ、帰ってきたよ!」

「タオルある?」

「あるよ! お水もばっちり!」

 

 炭治郎達の元へ、汗拭き用タオルと竹筒に入った飲み水を持った三人の女の子が駆けてきた。寺内きよ。中原すみ。高田なほ。良く三人一組で看護師をしている、蝶屋敷の三人娘だ。

 

「お帰りなさい!」

 

 元気よく三人を迎えたきよはおかっぱ頭で、蝶を模した髪飾りを耳の上あたりに一個ずつ着用している。服装は、白い看護服の上に桃色の帯。

 

「タオルです!」

 

 三人にタオルを渡したすみはおさげで、その根元の結び目に蝶飾りを付けている。服装は、白い看護服の上に水色の帯。

 

「お水もどうぞ!」

 

 三人に飲み水を渡したなほは三つ編みで、蝶飾りは三つ編み先端の結び目に一つずつ着けている。服装は、白い看護服に緑色の帯。

 

 三人共、こうして甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 

「ありがとう三人共……生き返るよ」

「うう……水ってこんなに美味しいんだ……」

 

 炭治郎と善逸は、よく冷えた水で喉を潤す。アルプスのハープを弾くお姫様が飲むようなスゲーさわやかな味。三日間砂漠をうろついて初めて飲むような味だ。

 

 伊之助は猪頭を外し、竹筒の水を半分飲んで、残りの半分を頭から思いっきり被った。

 

「ヒャー! 冷てー!」

 

 頭をぶんぶん振ると、水滴が善逸辺りに飛び散った。

 

「ギャー! こっちに散ってきたぁ! 犬かおめーは!?」

「豪快だなぁ。拭かないと風邪引くぞ、伊之助」

「へっ、これが一番良ィんだぜ」

「ったく……ん?」

 

 三人が一段落していると、善逸が持ち前の鋭い聴覚で妙な音に気付いた。聞き慣れない音だ。

 

「……なんか変な音がするぞ。でっかい工場みたいな音がこっちに近付いてくる。しかもすっげー速い」

「工場の音?」

「うん、なんかドドドドドー、みたいな音。汽車……? とはちょっと違うな」

 

 善逸の言葉に炭治郎が首を傾げる。

 

「……?」

 

 気になった炭治郎は、善逸が見る方向の匂いを嗅いだ。

 

「本当だ。何か変な匂いがするぞ。炭を焼いた時の匂いに少し似てる気がする。こっちに向かって来る!」

 

 炭治郎も、善逸の言う"でっかい工場みたいな何か"を匂いで察知した。生まれて初めて嗅ぐ匂いだ。

 

「少し揺れてんな! 結構でかいぞ! 猪突猛進ッ!!」

 

 伊之助も二人に続いて触覚で察知すると、猪頭を被り直しておもむろに外へ飛び出した。

 

「あ、伊之助! ……俺達も行ってみよう。変な匂いだけど、鬼ではなさそうだ」

「う、後ろは任せとけ。炭治郎」

「ああ、頼んだ。なほちゃん、きよちゃん、すみちゃん、ちょっと見てくるよ」

「「「いってらっしゃい!」」」

 

 炭治郎は、伊之助を追うように外へ出た。その真後ろを付いていくように善逸も同行した。三人揃って"でっかい工場"の気配へ視線を向けた。

 

「あの馬車みたいなのがそうかな?」

 

 音の主は既に目に見えるところまで近づいてきていた。かなりの速さだ。真っ赤に塗られた鉄板に、黒い布の屋根。銀色で飛び出したような先端部分には半分に切った丸い電灯のような物が二つ付いている。

 

 それは、馬も見当たらないのに、車輪を転がして爆走していた。

 

「え!? あれって!」

 

 善逸は、その正体に気付き、大きく目を見開いた。

 

「……じ、自動車だッ!!」

「じどうしゃ?」

「じどーしゃぁ?」

「超が何個も付く大金持ちとかお貴族様しか持ってない車だぞ! ちょっと前に町で女の子が噂してた! 馬がいなくても走るんだよ! 汽車みたいに!」

「きしゃ?」

「きしゃぁ?」

「この田舎者(いなかもん)どもが」

 

 この時代、自動車の保有者は華族や大金持ちぐらいなもので、大都市の整備された道ですら極稀にしかお目にかかれない代物だった。自動車が大衆に受け入れられたのは、1923年の関東大震災後、市バスや円タクシーがメジャーになった時のことである。

 

 三人がこちらに向かってくる車でやいのやいの騒いでいると、蝶屋敷前で凄まじい金切り音を立てて急停止した。

 

 それは、現代で言うところの旧車。クラシックカーだ。前輪、エンジン付近はボディよりも細い銀色。先端付近とライトは真鍮色。先端部分は細かな網目の鉄で覆われており、赤塗りのボディに黒い車窓と、真っ黒な幌。前輪の後方やや上部に据え付けられた替えの車輪が特徴的だ。

 

 デイムラー車。イギリス王室。後にインドのマハラジャも愛用した超高級車である。

 

 善逸は、絶対高いヤツだと怯えている。

 

「こ、こいつはこの土地の主に違いねぇ! 見てろ! ぶっ飛ばしてやる!」

「やめろォ―――――――!? 俺らのお給金が纏めてぶっ飛ばされるわ!」

「中に人が乗ってる! ひっくり返したら危ないぞ!」

 

 自動車に飛び掛かりそうな伊之助を炭治郎と善逸が押さえる。

 

「―――! ―――――!!」

「――! ―――――ッ!!!!!」

「―――! ―――!!」

「あん?」

 

 どうやら何かを押さえているのは自動車の中の誰かも同じらしい。

 

バンッ!

 

「何か出た!?」

 

 自動車後方の扉が吹っ飛びそうな勢いで開かれ、中から男が飛び出した!

 

「ど、どなたですか?」

「何もんだ、おっさん!」

「Mr.Joestar……!」

 

 飛び出したのは、正装を着こなした初老の紳士だった。

 

ド ド ド ド ド ド ド ド

 

 

 我われはこの初老の男を知っている!

 

 いや! このまなざしとこの顔のキズを知っている!

 

 

(今この人、じょおすたあって言ったのかな?)

 

「外国の人……? ひょっとして、ジョジョさんの知り合いかな?」

「このおっさん、ジョニィのダチか!」

「……!? J()O()J()O()!? You said JOJO!? Please! Please tell me!!」

 

 初老の男は、"ジョジョ"に反応して炭治郎へ迫った。男は炭治郎の両肩を掴み、すごい勢いで揺すっている。体格が良いせいか迫力がすごい。炭治郎は匂いで目の前の男性が狂おしいほど必死なことを理解したッ!

 

「わぁぁ!? この人、ジョジョさんのことを知りたがってる。どうしよう! なんて返せばいい!?」

「と、とりあえず、ジョジョさんのとこに連れてきゃいいんじゃない? 案内するって!」

「そうか! え、えーと。まい、ねーむ、いず、かまど、たんじろー。じょじょず、ふれんど。ふぉろー、みー」

 

 炭治郎は、緊張気味にジョジョから教わった英語で会話を試みる。かなりたどたどしい。

 

「Seriously!? OK!!」

「や、やった! 通じたぁー!!」

「すげぇや! すげぇぞ! 炭治郎!」

「二人が操ってた暗号だな!?」

「英語だ! 英語!」

 

 何故か分からないが、三人共凄まじい達成感を感じる。炭治郎は、そわそわする初老の男性を屋敷の玄関目指して案内する。

 

「きゃー! 炭治郎さん! この人は誰ですか!?」

「ジョジョさんの知り合いらしい。このままだと伊之助みたいに暴走しそうだから! 俺が案内するね!」

「わ、分かりました! お願いします!」

 

 心配そうな三人娘に事情を説明し、炭治郎達と初老の男性は玄関内に到着した。

 

「……?」

 

 男は、屋敷の玄関で履物を脱いでいる三人を見て何か考え込む仕草を見せた。

 

「……あ!」

「?」

「す、すまん! 儂、日本語分かるぞ! この通りな!」

 

 三人はずっこけそうになった。さっきの苦労は一体なんだったのか。

 

「急に日本語喋りだした!?」

「おじさん、こっちの言葉分かるのかよ!」

「じゃあ始めっから話せよ!」

 

 突然日本語を話し出したので三人が総ツッコミした。

 

「失礼した! 慌てすぎて忘れとった! 儂はロバート・E・O・スピードワゴンッ! ジョースターさんはあっちにいるのだな!? 確かにいるのだなッ!?」

 

 スピードワゴンはそう言いながら、大慌てで靴を脱いでいる。どうやら履物を脱ぐ作法も知っているらしい。

 

「は、はい! 今もあの屋敷の中でしのぶさんとお話してる筈です!」

 

 炭治郎は、玄関奥を指差した。

 

「ありがとうッ!! タンジロー君!! ウオォォォォオオ!! ジョースターさ―――――――んッ!!」

「わっ!」

 

 スピードワゴンは、凄まじい勢いで屋敷に突っ込んでいった。

 

「ぬおお!? 滑るッ!?」

 

 靴下で清潔な木の床を駆け抜けようとするもんだから、床の滑りの良さに足を取られてすっころびそうになっている。

 

「ゲハハ、やかましくてあわてん坊なおっさんだぜ」

「お前が言うか、伊之助」

 

 善逸は真顔だ。

 

「と、とりあえず追いかけよう」

 

 三人は、ジョジョの元へ向かうスピードワゴンを追った。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「あら、来たみたいですよ。貴方のお知り合い」

「もう足音で分かってしまう……。彼が来たッ! 出迎えてあげたかったのだけれど……」

「この場合、どちらが失礼になるのでしょう」

 

 しのぶは困った表情で頬に手を添えた。患者の治療が一段落し、縁側でお茶を啜っていたジョジョとしのぶの元に、ドタドタと足音が聞こえる。二人共、彼が近い内に訪れるとは聞いていた。まさか、ここまで慌ただしくなるとは思いもしなかった。

 

「まぁ、()()には着替えておいたから。良しとしようかな」

「良くお似合いですよ」

「ありがとう、シノブ」

 

 ジョジョは準備万端と言った様子で自分の服を見る。友人に会うための準備は一応整っている。

 

 遠くから自動車の音が微かに聞こえたと思えば、既に玄関まで突入されていたのだ。電撃戦ならば完璧な速度である。

 

(無理もないか。ジョースターさんのお仲間は、彼が死んだものと思ってただろうし。死んだと思ってた人が生きていた。羨ましい話ね……)

 

 しのぶがそう考えていると、縁側奥の襖がピシャンと開いた。

 

「じょ、ジョースターさんッ!!」

 

 襖の奥からスピードワゴンが凄まじい速度で駆け寄ってきた。ジョジョは、スピードワゴンが現れた方向に向き直り、立ち上がった。

 

「久しぶりだね、スピードワゴン」

「あ……あああ……」

 

 スピードワゴンは、目の前の人物を直視した瞬間、体を震わせ、言葉を失った。

 

「お、俺はよぉ……ジョースターさん……うぐ……」

 

 涙で前が見えない。拭う余裕すらなかった。

 

 ジョナサン・ジョースターは、エリナ・ジョースターとの新婚旅行の船出で見届けたあの時の最期の別れから、()()()()()姿でここにいる。

 

 ジョジョが着ているのは、新婚旅行の時に身に着けていた紳士服だ。()()()()()()()()()()()()()()()()という、ジョジョなりの粋なメッセージだった。

 

「ジョー……スター……さん……」

「なんだか、ぼくより紳士らしくなっちゃったな」

 

 ジョジョが近寄って、何気なくスピードワゴンの手を握る。再会の握手だ。

 

「んなわけ、ねーだろ……あんたは、波紋のおかげで……ちっとも変わっちゃいねー……」

 

 取り繕う言葉もなかった。スピードワゴンはあの時に戻っていた。ジョナサン・ジョースターについて行き、共に吸血鬼と戦ったあの時に。

 

「そうだね。君もぼくも、そんなに中身が変わっちゃあいない。二十五年経とうとも……」

「……ああ」

 

 忘れもしない。スピードワゴンとジョジョの最後の別れの時のことだ。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

『まったく、めでたいぜ』

 

『ふたりとも幸せになってくれよ!』

 

『おれはいつまでも応援するし』

 

『困ったときは、いつでもどんな所でもかけつけるつもりだぜ!』

 

『もっとも、かえって足手まといかな』

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「ぐうう……ジョースターさん……あんたにゃ……あんたにゃ言いてぇことが、たっくさんあんだよ……!」

「ふふ、ぼくもさ」

 

 スピードワゴンは大粒の涙を流し続ける。

 

 彼は、四半世紀の時を超え、ついに"かけつける"ことができたのだ。

 

 

 




大正の奇妙なこそこそ噂話

スピードワゴンは丁度1部と2部の間に位置する年齢なので
テンション次第で口調が変わるらしいよ!


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金石の交わり

フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

「エリナ達を守り続けてくれたんだね」
「へへ、まあな!」
「ありがとう、スピードワゴン」
「いいってことよ! ジョースターさん!」
「君が友人であること、ぼくは誇りに思う」
「……ぐすっ。おう!」




「いやはや、お恥ずかしいところをお見せしてしまい……」

 

 畳に胡坐をかいて座るスピードワゴンが照れ気味に頭を掻く。その様子は紳士然とした風格を取り戻していた。

 

「無理もありません。四半世紀ぶりの再会ですものね」

「本当に良かったです。ジョジョさんと再会できて……」

 

 しのぶの言葉に、炭治郎が同意した。

 

(この人がジョジョさんと一緒に冒険したという、すぴどわごん、すぴいどわごおん、スピードワゴンさんか……)

 

 炭治郎は頭の中で必死に発音を整理している。少しずつ英語の人名にも慣れてきたようだ。ちなみに一番発音が大変だったのは"ツェペリさん"だ。

 

(優しくて力強い匂いだ。それに、心の底から嬉しそうな気持ちが伝わってきて、俺まで嬉しくなってしまう……当然だろうな)

 

 嬉しいに決まっている。二十五年前の別れを最後に命を落としたと思っていた、大切な友人が生きていたのだから。

 

「スピードワゴンの姿を見て、本当に長い年月が経ったんだと実感したよ」

「二十五年だぜ! 二十五年! 本当に、良く生きてたもんだ! 俺ぁ嬉しくて仕方がねぇ! 今までの人生で一番ハッピーだぜ! ジョースターさんは今もこうしてピンピンしてんだからよぉッ!」

 

(……口調が安定しない人ですこと)

 

 スピードワゴンは今、最高にハイってやつなので致し方ない。

 

「良かったぁ……あれ、善逸。どうしてしかめっ面で耳を塞いでいるんだ?」

「……いや、まぁ」

「?」

 

(やっべぇぇぇぇぇぇ! このおっさん、発する音の何もかもがでかすぎんだよッ!? 会ったときから既に騒がしかったけど、ジョジョさんと再会した途端ものすごいことになった!! 滅茶苦茶喜んでるのは分かるんだけどさ、もうちょっとだけ静かにしてくんない!?)

 

 無理だ。

 

 善逸の聴覚は今、スピードワゴンのお祭り騒ぎでいっぱいだ。その音に慣れるまで時間がかかるらしい。善逸でも分かるぐらいに超お偉いさんなお金持ちオーラを出してる上、物理的にどうしようもないので頑張って我慢してるのである。

 

「んん、失敬。さて、初対面の方もいるようなので、改めて自己紹介せねばな。儂は、ロバート・E・O・スピードワゴン。ジョースターさんと共に、吸血鬼と戦い続けている者、とでも言えば良いですかな」

「胡蝶しのぶです。存じ上げております、スピードワゴンさん。海外の医学・薬学の書籍には、必ずと言って良いほど載っている名前ですから」

「おや、ご存じで」

「ぼくも聞いているよ。スピードワゴンは数年前に、財団を立ち上げたんだってね」

「おう!」

 

 スピードワゴンが渾身のドヤ顔を見せる。ジョジョ相手にはどうしても昔の性格が出てしまう。それはともかく、実際誇るべき実績である。

 

(裁判の時、ジョースターさんが語った仲間の中にスピードワゴンさんの名はあった。あの人がお館様にお願いしたあの時、本当に驚いた……まさか、あのスピードワゴン財団の創設者その人だったなんて……)

 

 彼は世界規模の大物だ。有名人だったからこそ、特定も容易だった。この来日を知った各方面のお偉いさん方は、さぞや大騒ぎしたことだろう。それにこの様子、ジョジョとは相当仲が良い。

 

(不死川さん……みんなでもっと説教しておくべきだったかしら……)

 

 しのぶは笑顔のまま、こめかみに血管を浮かべて握り拳を素振りしている。

 

「し、しのぶさん。なんで素振りしてんの? すごく、怒ってる音がするんですけど……」

「なんでもないですよー」

「……」

「なあ、それより"ざいだん"ってなんだ?」

 

 伊之助は初めて聞く言葉だ。その疑問に、しのぶが答えた。

 

「個人が所有する資産、お金や人材で立ち上げた組織のことですよ。目的は人によって様々ですけど」

「ふーん……んじゃ、このおっさんは"オヤカタサマ"みてぇなもんか」

「そんな感じです」

「……あんま強そうには見えねぇな!」

「コラ、伊之助!」

「うぉいッ!?」

 

(後で正座ね……)

 

 炭治郎が伊之助の失礼な物言いを注意し、善逸が怒り、しのぶは後ろで再び拳を素振りしている。確かに、スピードワゴンの体はガッシリとしているが、鬼殺隊の面々やジョナサン・ジョースターには及ばない。

 

「はっはっは! 良いのだ。イノスケ君の言う通りだよ。儂はそんなに強くない。だからこそ、財団を立ち上げた」

「……一応言っておきますけど、この人の財団ならこの国の山を百座以上自分の物にしたとしてもへっちゃらなぐらいですからね」

「山を百! それはおっさんが百ある山すべての王になれるってことか!?」

「そういうことですよ」

 

 しのぶが、伊之助に分かりやすく財団の力を説明する。伊之助はスピードワゴンのことを目を輝かせて見ている。

 

「お前スピードワゴンさんぶっ倒すとか言うなよ……」

「あ? 何で分かったんだ?」

「やめてくれぇ!?」

「ダメだぞ伊之助。それにこの人は、ジョジョさんの友達なんだからな」

「……わぁーってるよ」

「助かるよ、イノスケ」

「やれやれ、ぶっ倒されんで何よりだわい。儂の団体は主に、全世界の医療や自然動植物の保護。医学・薬学・考古学への支援が目的だな」

「全世界!? それって、この世の国全部ってことですか!?」

 

 炭治郎がその余りの規模の大きさに仰天する。ジョジョの話で知った世界の広さを思えば、余りにも壮大な話である。

 

「まだ、手の届かん範囲はある。ゆくゆくはそのつもりだぞ、タンジロー君」

「へー……」

 

 炭治郎は、なんかもう色々と規模が大きすぎる話なので何も想像ができず、気の抜けた返事しかできなかった。

 

「が、それは表向きの話」

「表向き!? 裏の顔があんの!? ヒィィィ!?」

 

 善逸が部屋の隅っこにすっ飛んで怯えだした。悪い女、こわーい男。何か色々と思い出してしまうようだ。

 

「なんだ、トラウマでも抱えとるんか? そんなに怖がることはなかろうゼンイツ君。裏の顔と言っても、それは君達鬼殺隊とよく似たものだからな」

「鬼殺隊と?」

「そうか、スピードワゴン。やはり君は……」

 

 ジョジョは薄々感づいていた。スピードワゴンが財団を立ち上げた本当の理由を。

 

「儂は何も、ジョースターさんに会うためだけにすっ飛んできたわけではない」

 

(あ、違うんだ)

(違ったんだ……)

(ちげーのか)

 

 炭治郎達はそうだと思っていた。

 

「ジョースターさんの送ってくれた電報で事情は理解しとる! この国にも人類を脅かすであろう悪しき鬼がいることをなッ!」

「つまり、鬼殺隊にも力を貸してくれるのですか?」

「勿論そのつもりじゃ、シノブ女史。儂は明日、カガヤさんにお会いする。図々しいお願いなのだが、今日一日、此処に泊めてはもらえぬか?」

「ええ、良いですよ。迎えのものを此方に寄こすよう伝えておきますのでご安心を。ジョースターさんとは、積もるお話もあることでしょう」

「ありがとうッ! 無論、それが一番大事でな! ……実は来日した時にな、政府の者が旅館をご用意しますー等と言ってついてきたのを撒いたもんで」

「無茶苦茶だこの人!?」

 

 色々ととんでもない話が出てきたが、何はともあれスピードワゴンは鬼狩りを手伝う気らしい。

 

(スピードワゴンさんはジョースターさんだけでなく、鬼殺隊にも協力的みたい。財団の知識と財力、人材の豊富さは味方になってくれれば頼もしいことこの上ない。お館様との交渉、上手く行くといいわね……)

 

「おお、そうだ! 大事なことを思い出したわい。タンジロー君!」

 

 何を思い出したのか、スピードワゴンが炭治郎に向き直った。

 

「はい!」

「ジョースターさんを助けてくれたと聞いた! 本当にありがとう!」

 

 スピードワゴンが感謝を述べた。

 

「行き倒れ寸前だったこの人を助け、日本語を教えてくれたのは君だそうじゃあないかッ!」

 

 炭治郎に恩義を感じているのはジョジョだけではない。スピードワゴンもだ。行く当てのなかったジョジョを助け、日本語を教え、共にいたのは他ならぬ炭治郎である。

 

「いいんです。俺もジョジョさんには助けられてばかりですから」

「ふむ、やはり謙虚な若者だ……ジョースターさんの話と、善良な匂いに違わぬ」

 

 スピードワゴンは、暗黒街で生き、いろんな悪党を見て来た故に、悪い人間といい人間の区別は『におい』で分かる。

 

「匂い? おっさんも紋次郎みてーに嗅覚が鋭いのか?」

「ジョジョさんが話してたやつですね!」

「そう、彼の特技だよ」

「ま、嗅覚とはちと異なるがな」

「炭治郎みたいな人、外国にもいたのか……」

 

 世界は広い。"匂い"で相手の人となりが分かる者同士の出会いだった。ちなみに、蝶屋敷の住民全員、すごく善良な『におい』である。さぞや良い匂いだろう。

 

「君に何かお返し出来れば良いのだが」

「そんな、お返しだなんて……」

 

 欲のない男、竈門炭治郎である。

 

「それなら、善逸と伊之助の為になる物が良いです。二人が喜ぶなら、俺も嬉しいですから」

「い、いいよ、俺なんもしてないもん。なんなら俺だってジョジョさんに助けられてばっかりだしさ……」

「伊之助は、何か欲しいものとかないのか?」

「……あるけどいらねぇ」

「なんだそりゃ」

 

 伊之助の欲するモノ。それは、山の王として君臨し、己の最強を証明することだ。しかし、これは他者から与えられて得るものでは断じてない。己の手で勝ち取るものである。従って、今のところ特に何も浮かばない。

 

「あ、そうだ! 炭治郎、禰豆子ちゃんのために何か貰えばいいじゃん! 綺麗なお洋服とかさ! 禰豆子ちゃんが綺麗なお洋服を着たとこ見てみたーい! ヒャァァァァ! 幸せッ!!」

「なんで興奮してるんだ……。善逸……」

 

 善逸は素敵なお洋服を着こなす禰豆子を想像し、悶絶しながら大変なことになっている。

 

「……」

 

 しのぶが笑顔のままスーッと後ろに下がった。この生物から距離を取りたいのだ。

 

「禰豆子の分は、俺が用意してあげたい。今なら、服ぐらいならなんとかなるからさ」

「……お前ほんと変なとこで頑固だよな。まぁだいぶ稼いでるけどさ、俺ら」

 

 炭次郎達は下弦討伐の特別報酬も貰った上に、階級が上がった事で給金も大幅に上がった。しかし、鬼狩りに修行にと、使う暇がないので貯金は溜まる一方である。

 

「兄の意地ってやつかい? タンジロー」

「はい!」

「不思議だな、なんだか分かるような気がするよ……」

 

(なんとまぁ、欲のない者達だ……)

 

 スピードワゴンは眩しい物を見る目で、炭治郎達を見る。生まれついて多くの悪党を見てきたスピードワゴンにとって、三人の欲の無さは微笑ましい。

 

(服ならばたくさん用意できたのだが……。ま、仕方あるまい)

 

 余談だが、もし炭治郎がスピードワゴンに禰豆子の服を要求していた場合、東京湾の一番でかい倉庫が、禰豆子専用の衣服で埋め尽くされていた。この男、加減をする気がない。

 

「となると伊之助、"あるけどいらないやつ"以外なんか欲しいもんないのかよ。炭治郎もこの調子だしさ」

 

 スピードワゴンは何か返さないと絶対に気が済まなそうだ。善逸はとりあえず伊之助に振った。

 

「…………ある!」

 

 いつの間にか腕を組んで考え込んでいた伊之助が答えた。

 

「お、なんだよ?」

「天ぷらぁ!」

「て、天ぷら……」

「天ぷらか」

 

 たまらずジョジョが噴き出した。

 

「あはははは! イノスケらしいや。それじゃあ、みんなで天ぷら食べるかい?」

「今ならお夕飯の仕込みはまだの筈です。今の内に、アオイに頼んで今日は天ぷらにして貰いましょうか」

「やったぜぇ!」

 

 伊之助、渾身のガッツポーズ。実はすっかり大好物なのである。

 

「そうとくれば、儂に任せなさい! とびっきりの材料を用意しよう!」

 

 スピードワゴンは張り切っている。一体どんな材料を用意するつもりなのか。

 

「スピードワゴンさん、みんなで食べる時、ジョジョさんや貴方がどんな冒険をしてきたのか聞かせて欲しいです!」

「良かろう! タンジロー君! 儂もたくさん語るとしよう!」

「ぼ、ぼくのこともかい? なんだか照れるな……」

「あ、俺も気になる」

「俺も聞きてぇ!」

「私も興味ありますよ」

 

 どうやら、楽しい食事会になりそうだ。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 黒髪を二つの青い蝶飾りで結ぶツインテール、青みがかった隊服の上から白い看護服を着用した少女、神崎アオイは、台所に山の如く用意された材料を見ながら唸っている。

 

「車海老……」

 

 東京湾の干潟で採れた、新鮮で活きの良い海老だ。まだ生きているのか、その太い胴体がビチビチと動いている。たっぷりと身が詰まっていることだろう。

 

「川越の紅赤……」

 

 赤みの強い皮が特徴的な、大きなサツマイモだ。

 

 紅赤は現代でも『サツマイモの女王』と称される程の高級品で、サツマイモとして最高峰の味を持つが、高度な栽培技術を要する為、その値段は非常に高い。何より、天ぷらに相性が良い。

 

「これ、賀茂茄子よね……まん丸……」

 

 従来の細長い茄子とは違い、手のひらサイズのまん丸な果実のような賀茂茄子。これも現代では『なすの女王』と称される京野菜。無論高級品だ。天ぷらとの相性も抜群である。

 

「乾しいたけ……」

 

 しいたけは当時、松茸を凌ぐ高級品だった。大きく茶色いカサのしいたけは、大きめのボウルに満たした冷水につけられており、水分を取り戻してツヤツヤとしている。

 

「春菊も南瓜も、どれもすごい一品じゃない……」

 

 全ての材料が、老舗の高級旅館や料亭で用いられる程の一級品だ。そんな高級食材がアオイの目の前にどっさりと用意されている。

 

「腕が鳴るわ……がんばろ!」

 

 アオイの後ろで闘志を燃やす三人娘共々、アオイは目の前の高級食材に挑みがかった。

 

「三人共よろしくね! 私一人じゃ絶対手に余るからっ!」

「「「はーい!」」」

 

 アオイ、きよ、すみ、なほの戦いが始まった! 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 翌日、鬼殺隊本部。産屋敷邸。

 

「到着しました。スピードワゴン様。今、目隠しと耳栓を御取り致します」

 

 スピードワゴンは蝶屋敷を後にし、隠に運ばれ鬼殺隊の本部に到着した。

 

(蝶屋敷、良いところだった。久しぶりに、心休まるひと時を過ごせた。長らく働き詰めだったからな……)

 

 昨夜は天ぷらに舌鼓を打ち、集まった皆にジョジョと自分のこれまでの冒険を語り、蝶屋敷にいる鬼殺隊の面々と親睦も深めた。何より、ジョジョが無事なことを知れた。どこか解放感がある。本当に楽しかった。

 

「ようこそ、スピードワゴン様。ここからは私がご案内致します。どうぞ此方へ」

「御親切にどうも」

 

 スピードワゴンは、隠の者に案内され、産屋敷邸へと歩みを進める。

 

(さて、ここからは儂の仕事だ。頑張るとしよう!)

 

 紳士服の襟を整えるその姿は、見紛うことなき紳士、ロバート・E・O・スピードワゴンだ! 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 案内されたのは、柱合会議の場としても利用される縁側付近の畳部屋で、スピードワゴンと六人の男女が敷居を隔てて正座で向かい合っている。それを見守るように縁側前の障子を陣取り同じく正座する二人の巨漢がいる。

 

「ウブヤシキ家の皆さん。お忙しい中、一家総出でのお出迎え。誠にありがとうございます」

 

 皴の混ざった顔で穏やかに微笑み、スピードワゴンは紳士然として礼を述べた。帽子は既に脱いでいる。

 

「スピードワゴン殿、遠路はるばる、ようこそおいで下さいました。私は産屋敷家九十七代目当主。産屋敷耀哉。我ら産屋敷家一同、貴方の来訪を心より歓迎致します」

 

 産屋敷耀哉が代表し、スピードワゴンの来訪を歓迎した。後ろに控える六人の妻子も共々、膝元の畳に指を添えて会釈している。

 

(不思議な声だ。奇妙な安らぎがある。何十年も会っていなかった無二の親友や両親と再会したような、そんな気分を思い起こさせるわい……)

 

 落ち着きのある雰囲気からか、若くして既に貫禄がある。

 

(この方がジョースターさんの言っていたウブヤシキ・カガヤさん……会ったときは顔の半分、鼻より上が病に侵されていると言っていたが、今は鼻先程まで浸食されておる)

 

 耀哉がやってきた時、彼は妻子に手を引かれて現れた。目が見えないというのもジョジョが送った電報そのままだ。

 

(これ程蝕まれておるとは……体内は間違いなくボロボロ、不治の病に侵された老人もかくやといったところだ。立っているのもやっとだろうに……)

 

 耀哉の後方に控えているのは、妻のあまねと五つ子の子供達だ。スピードワゴンから向かって左から、息子の輝利哉、娘のひなき、にちか、くいな、かなたである。

 

 妻のあまねは、二十代後半程。結んだ白髪に薄眉の、皴一つ無い美しい女性だ。桃色の着物に、青い蝶の刺繍が施された黒い羽織を纏っており、耀哉の後方で静かに控えている。

 

(ふうむ、浮世離れした雰囲気を持つ方々だ。皆、どこか現実離れしており、水墨画から出でたような神秘性がある。それにこの匂い、なんと清廉な……タンジロー君達にも引けを取らんッ!)

 

 ひなき、にちか、くいな、かなたは、白髪でおかっぱ頭。紫の花柄が刺繍された紺色の着物も含め、全員瓜二つの容姿だ。ぱっと見で異なるのは髪飾りのみ。

 

 輝利哉の髪の色は子供の中では唯一黒色のおかっぱ頭。四人と同じく紺色の女性物の着物を着ている。いわゆる女装だ。病弱で生まれてしまう産屋敷家の男児を、十三の歳まで女子として育てるしきたりの為である。

 

 輝利哉の髪色を除き、五人揃って母親にそっくりだ。年は八歳。十にも満たぬ子供達である。

 

(この国で言う"辻髪"にも届かぬであろう子供たち。しかし、上級貴族も顔負けの堂に入った姿。既に、立ち振る舞いも洗練されておる。厳しく躾けられたのだろう)

 

「そして、この子達は宇髄天元と悲鳴嶼行冥。貴方の護衛を最優先にしております」

 

 縁側の障子を陣取っていた二人が座ったまま、ずいと前に進み出た。

 

「スピードワゴン殿、命に代えてもお守りする」

「どうぞ、ごゆるりと……」

「感謝しますぞ。テンゲンさん、ギョウメイさん」

 

 身長198㎝と身長220㎝の巨漢、鬼殺隊最高戦力。音柱・宇髄天元と岩柱・悲鳴嶼行冥はスピードワゴンに挨拶すると、縁側に出てから静かに障子を閉めた。裏側で待機しているのだろう。

 

(ふぅー、目を見張るような威圧感だったわい。爆走する自動車も真正面からぶっ飛ばしそうな鍛え抜かれた肉体! 特にギョウメイ君。これほどの巨人、アメリカでも早々見かけん! 増してや、東洋人の平均身長は西洋人に比べそれほど高くない。これも東洋の神秘と言うべきか……)

 

 頼もしい護衛達だが、一つ疑問が生じた。

 

「儂の護衛はありがたいのですが……カガヤさん、貴方の護衛は付けないのですか?」

「はい、私には不要です。貴重な戦力を、私一人に使うものではありませんので。他の者達は皆、鬼狩りに励んでおります」

「それはまた、なんと豪胆な……」

 

 大切なお客人に何か起きないようにという理由で、宇髄と悲鳴嶼は此処にいた。産屋敷耀哉の命よりも、ロバート・E・O・スピードワゴンの命を守るよう厳命されている。

 

(歯痒いもんだな)

(お館様……)

 

 襖の裏に控える二人、本音を言えばこの場の全員を守りたい。しかし、八年にも渡り悲鳴嶼の進言を断り、護衛を拒み続けている耀哉には暖簾に腕押しであった。

 

「正直なところ、私は驚いています。まさか数年前設立されたあのスピードワゴン財団にも、"鬼狩り"に該当する部門があるとは……」

 

 スピードワゴン財団は1910年、明治43年に設立された。

 

 全世界の自然動植物保護。医学、薬学、考古学への支援活動を行う、アメリカ経済を動かす程の大組織として有名だ。

 

 産屋敷家は近々ヨーロッパを中心に起きるであろうあの大戦争の気配に備え、諸外国の情報を仕入れていた。鬼殺隊の活動に支障を出さない為だ。スピードワゴンの名は知っていて当然の結果だった。

 

「はっはっは、それは儂も同じところ。まさか極東の地で、人々の為に怪異へと立ち向かう者達と出会うことになるとは。いやはや、世界中旅をして回ったと自負しておりますが、予想もつきませんでしたわい」

 

 鬼殺隊とスピードワゴン財団の邂逅。それは正に青天の霹靂だった。尚、善逸は関係ない。いや、ちょっぴりある。

 

「さて、早速本題に入るとしましょうか。よろしいかな?」

「勿論です。御用件を伺いましょう」

 

 ここからが本番だった。アメリカ経済をも動かせる大物がどのような話を持ってきたのか、産屋敷家も気になるところだ。

 

「ここへ来たのは他でもありません。儂も、鬼殺隊の鬼狩りに協力させて頂きたいのです」

「ほほう。それは実にありがたい話です」

 

 耀哉は顔をより綻ばせる。

 

「具体的には、どのような活動を予定しておられるのでしょうか?」

「無論、お話ししましょう」

 

 スピードワゴン財団の主な活動内容は、大まかに言えば四つだ。

 

 一、医療、諜報、教育に長けた人材の派遣。

 

 二、最新の医学・薬学技術の提供。

 

 三、無償による、関係者全員の診察・治療。

 

 四、波紋使いの斡旋。

 

 まず、一、二、三の準備を、スピードワゴンは着々と進めていた。

 

「目黑村に財団の支部を設けます。各地の医療機関への技術共有や人員、金銭的な支援が主になりますかな。名目は、日本の医学薬学の発展に寄与する為。貧困により治療の手が届かぬ者への支援の為。そんなところです」

「そこまでして頂けるとは、よろしいのですか?」

「ええ、元々日本にも支部を設立する予定でしたので……外国人の儂らが各地に関係者を送り込むとなると、これぐらいはしなければなりませんからな」

 

 後の話だが、最初は良い顔をしなかった各地の医療関係者や行政のお偉いさんも、何らかの理由により仏の如き満面の笑みでスピードワゴン財団を受け入れたと言う。何らかの理由により。

 

「当然、名目上と言えども、全力を尽くす所存です」

「ほう」

「ゆくゆくは日本の医療全体への支援を予定しております。難病を患い、貧困に喘いで死を待つしかなかった者、例えば"結核"を患った者の為、大規模な病院でも格安で入院出来る仕組みを構築します。儂の手から離れてもその機能を維持するように」

 

 結核は、当時の日本人を最も死に至らしめた感染症だ。最初のワクチン開発に成功するのも1931年。昭和のことであり、まだ自然治癒でしか回復が望めない。

 

 現状必要なのは暖かく清潔な環境と、栄養のある食事、適度な睡眠だ。しかし、結核を患ったことで困窮する者にそれができる筈もなく、罹れば大概の者は死を待つしかなかった。

 

「なんならツケも利くようにしておきますか」

「喜ばしいことですね。貴方のおかげで命を救われる者は、さぞ多いことでしょう」

「だと良いのですが。表向きはそう進めて行きますわい。まぁ、ちょっとしたお節介ですな」

 

 スピードワゴンが頬の傷を軽く掻きながら言う。

 

 結果としてこのお節介は、とある結核の青年を救うこととなった。

 

「成程、財団の表向きの活動は各地の診療所・病院への援助、医者の派遣と」

「ええ」

 

 あくまで表向きはそうだ。だが、耀哉は既に真の目的が読めていた。

 

「言い換えれば、各地の医療関係者に貴方の息がかかる」

「そうですとも」

「最終的に、全ての診察所・病院が鬼殺隊と秘密裏に協力することとなる」

「然り。慧眼、恐れ入ります。一から施設や人員を用意するのは時間がかかりすぎる。鬼殺隊の支援をするならば、こうするのが一番手っ取り早いでしょう。もっとも、民間人は巻き込まないよう、最大限注意せねばなりませんがな」

 

 産屋敷家の五人の実子達が微かに反応したような気がした。耀哉の息子、輝利哉は内心で舌を巻く。

 

(僕の想像以上に規模の大きい話だ。この方は、"手っ取り早さ"の為にそこまでのことを……。父上は、スピードワゴン殿とは長い付き合いになるだろうと仰っていた)

 

 だからこそ、一家総出で迎えるに至ったのだ。

 

 スピードワゴンの狙いは鬼殺隊で言うならば、全国の医療機関をスピードワゴン式の"藤の家"と化してしまうことだった。鬼殺隊の裏方仕事は隠、鎹鴉、藤の家の者などが行っており、情報収集、資材の提供、後処理、隊士の搬送と応急処置などなど、多岐に渡る。しかし、その手の届く範囲には限界があった。

 

 技術の向上、人手増加による隊士達の死亡率軽減。情報収集の効率化。物資の確保。考えられる利点は多い。

 

 この申し出は、正に渡りに船だ。

 

(流石、父上。平然としておられるが、この支援が実現した暁には鬼殺隊への貢献は計り知れない……。どれ程の人とお金が動くのか、想像できないぞ……)

 

 規模が大きすぎる為、日本経済にも大きな影響を及ぼす可能性もある。

 

「そして、恐らく皆さんが最も関心を寄せてるであろう"波紋使い"ですが、そう遠くないうち……そうですな、一週間もあれば来日するでしょう」

「素晴らしい!」

 

 耀哉の子供達、障子裏に控える柱の二人は内心驚いた。耀哉がこんなに大きな声を出すのは非常に稀だからだ。耀哉の表情は微笑ではなく満面の笑みだ。

 

「日本に訪れる前、知らせが波紋使いの皆さんへ届くよう手配しておきました。国際電話で中国に滞在する財団員を経由しておりますので、我々がこうして話している間にも、あの人達は此方に向かってることでしょう。チベットと日本ならば、英国や米国に比べれば近所みたいなものです」

 

 日英間が9195km。日米間が10144km。日本とチベットが4620km。

 

 半分ぐらい近所だ! 

 

「カガヤさんの御病気についても当然言い含めております。あちらには波紋使いの医者もいるので、何か策を講じてくれるでしょうな」

 

 四、波紋使いの斡旋は既に実行していた。

 

「……スピードワゴン殿、何とお礼を言ったらいいか」

「いえいえ、礼ならジョースターさんに言って下され。あの方が詳細に知らせてくれたおかげで儂も先んじて行動することができた。それに、波紋使いの皆さんもその名を見て駆けつける方が、多いでしょうからなぁ、ふふふ」

 

 何故か嬉々としてスピードワゴンは言う。

 

「……しかし困りました。これ程までの御厚意。返礼せねば産屋敷家の名折れと言うもの。何か返せる物があれば良いのですが」

「ほう、それはありがたい申し出。よろしいのですかな?」

「勿論です。力になれることならば何なりと」

 

 スピードワゴンも何か欲しい物がある素振りを見せた。その目はギラついているが、何か重大な使命を抱えた者のギラつきだ。

 

「……この国には、"腹を割って話す"と言う慣用句がありましたな。本音を言えば、すべて無償での提供といきたかった。しかしお恥ずかしながら、儂は貴方がたが持つ"あるもの"が欲しい」

「お聞かせ下さい」

 

 スピードワゴンが大きく息を吸った。力強い眼差しで耀哉を見据えている。

 

「それはずばり! 鬼殺隊が持つ"鬼狩り"のノウハウ! "全集中の呼吸"の技術! 日輪刀の技術ッ! 対鬼の薬学! 儂は是非とも知りたいッ! それらの技術は、スピードワゴン財団にとって、致命的に欠けているモノなのですッ!」

 

 スピードワゴン財団は、石仮面の研究とその根絶を目的としている。世界中に支部を増やし、その勢力は世界でも屈指! しかし、そんな大組織にも、どうしても足りないものがあった! 

 

 戦力だッ! 

 

「鬼殺隊には800年に渡り組織運営と戦力を維持し、鬼と戦い、人々を守り続けた確かな実績と技術があるッ! 我々は現状、少数の波紋使い達に苦労を強いることしかできぬのです! そのせいで、犠牲者が増えた! ()は親友をみすみす死なせてしまうところだった! もうそんな悲劇を起こしたくはないッ!」

 

 スピードワゴンは両手の震える握り拳で畳を力強く叩いた。

 

「お頼み申し上げる!」

 

 そして、深々と頭を下げた! 

 

その誇り高き"鬼滅の刃"! お教え願うッ!!

 

「……」

 

 耀哉はスピードワゴンの言葉を聞き、目を閉じて考えている。耀哉の妻子達も、返答が気になっているのか視線が耀哉に向いていた。

 

 すると耀哉は、フゥと大きく息を吐いた。

 

「これは、忙しくなりそうだね……」

「!」

「あまね、刀鍛冶の里へ連絡を」

「はい」

「私は、派遣すべき育手の選定をしなければ」

「ではッ!!」

「ロバート・E・O・スピードワゴン殿。鬼殺隊も、貴方に対して腹を割るとしましょう」

 

 産屋敷の返答はYESだった。

 

 YES! YES! YES! "OH MY GOD"

 

「ありがたいッ! カガヤさん! 感謝するッ!!」

「こちらこそ。スピードワゴン財団の技術と鬼殺隊の技術。交わることによって何かが起こる。確信に近いものを感じる。大きな波紋だ。久しぶりに、気分が高揚しましたよ」

「俺……! オホン! 儂もですぞッ!」

 

 財団の活動内容! 新たに追加ッ! 

 

 五、対鬼、対吸血鬼、対屍生人の技術交換ッ! 

 

 六、その応用による新技術の共同開発ッ! 

 

「スピードワゴン殿、これからもより良い関係を築いていきましょう」

「ええ、ええ。是非とも! 長い付き合いになりそうですなぁ!」

 

 産屋敷耀哉とロバート・E・O・スピードワゴンはお互い歩み寄り、両手でガッチリと握手を交わした! 

 

(おいおいおい……! エラいことだぜ! 悲鳴嶼さん!)

(嗚呼、我らは今、歴史的瞬間に立ち会ってるのやもしれぬ……)

 

 エゲレスの鬼狩り、ジョナサン・ジョースターの招致。竈門炭治郎、竈門禰豆子の容認。外部組織であるスピードワゴン財団との連携。これまで、産屋敷耀哉が下してきた決断は、鬼殺隊の歴史上において革新的だ。

 

 宇髄と悲鳴嶼も、その大きなうねりを感じ取っていた。

 

 後にこの協力関係は、より強固になって行き、後世にも多大な影響を及ぼすこととなる。

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

「あら、伊之助さん。私に何か用ですか?」
「お前が作った天ぷら、すげぇうまかった!」
「礼ならいりませんよ」
「礼じゃねぇ! うまかったってだけだ!」
「……そうなんですか」
「おう! だからお前はすげー! 認めるぜ!」
「そ、そうですか……。ふふ」
「ばばあみてーな味だ!」
「ば……!?」

 怒られた。


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花開く

炭カナをすこれ……。
今回超短めですが、20日にも投稿予定なのでユルシテ


フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

炭治郎はスピードワゴンが来るまでの一か月間で
カナヲを原作と同様、コイントスの遣り取りで射止めてるぞ!



「おはよう。カナヲは今日も早いな!」

「お、おはよ……」

 

 炭治郎にカナヲと呼ばれた女性の隊士は、緊張した様子を見せている。炭治郎に返した挨拶も声がか細く、顔がやや俯いていた。

 

 しのぶやアオイも付けている蝶を模した髪飾りで、側頭部を束ねるサイドテール。脛が半分隠れる丈のスカート型隊士服を着ており、その上から真っ白な羽織を着用している。

 

 栗花落(つゆり)カナヲ。炭治郎、善逸、伊之助の同期だ。

 

「また、基礎訓練を手伝って欲しいんだ! いいかな?」

「う、うん……」

 

 その表情は微かに紅潮し、緊張した様子を見せている。

 

「ありがとう! 一緒に頑張ろう!」

 

 蝶屋敷で出会った当初のカナヲは、微笑みを張り付けただけの実質的な無表情、無感情。指令に従いひたすら鬼を狩る機械のような人物だった。ジョジョや炭治郎達にも素知らぬ顔で、皆から距離を取って訓練に取り組んでは鬼狩りに勤しんでいた。

 

 しかしある日のこと、カナヲは少しずつ打ち解けていった。

 

 彼女は、指示されていないことに関してコイントスの表裏で決めていた。それを見た炭治郎は、彼女の持つ"表裏"の刻印が入ったコインを借りて、空に打ち出したのだ。

 

『表が出たら、カナヲは心のままに生きる!』

 

 結果は表だった。炭治郎は大喜びしながら、真っ直ぐな心で力強い励ましの言葉を送ってきた。それから、カナヲは自分の心の声が聞こえるようになった気がした。

 

「ねえ、炭治郎」

「なんだい?」

 

 これまでカナヲに接してきた者達は、カナヲが張り付けた笑みで塩対応を取っていたらそそくさと離れていた。

 

「どうして、私なの……?」

「カナヲとも仲良くしたいから!」

「そ、そう……」

 

 直球だった。あの時も炭治郎はこんな調子で、他の人とは大きく異なった。「さよなら」と言ってすげなく対応しても、歩み寄ってきた。嫌がった故の拒絶ではなく、無関心故の拒絶だったことを見透かしたように

 

「それに、一緒に修行したいのはカナヲがすごいからだよ。俺たちはジョジョさんに波紋の呼吸でたくさん鍛えて貰って、肺を何回も潰されてやっと常中を身に着けたのに」

 

 炭治郎が屈託のない笑顔でカナヲの技量を褒める。炭治郎達と同期であり、ジョジョにパウられていないにも関わらず既に常中を会得しており、三人に引けを取らない強さを見せていた。才能という点で見れば、三人を凌駕している。

 

「は、肺を……?」

「そう! 大変だった! ……本当に。カナヲはしのぶさんの継子(つぐこ)なんだろう? あの人は今、すごく忙しそうだから、しのぶさんから教わったことや、心構えを聞かせて欲しいんだ」

 

 "継子"は柱や元柱へ志願、又は推薦された者が就く。次期柱の候補として柱直々に育てられている隊士である。相応の実力と才覚が必須だ。彼女は、胡蝶しのぶの姉である、胡蝶カナエの呼吸法"花の呼吸"を見様見真似で会得した。端的に言って天才だ。

 

「俺もジョジョさんから戦いのコツをたくさん教わったからさ、色々教え合って一緒に訓練すれば、俺達はもっと強くなれるぞ! 大丈夫な時で良いから!」

「……良いよ」

「やった!」

 

 小さく頷くカナヲに、炭治郎が喜ぶ。ジョジョ、善逸、伊之助、スピードワゴン、蝶屋敷のみんなに続き、カナヲとも仲良くなれそうだと。

 

 どんな修行を積んできたのかに対しても興味深い。今、彼のモチベーションは非常に高い。カナヲが持っている技術もどんどん吸収するつもりだ。

 

「きっと、今しのぶさん達がやっている訓練の改良にも、何か役立てるぞ!」

「そう?」

「うん!」

 

 炭治郎達は今、ジョジョとしのぶが治療の傍ら取り組んでいる訓練の改良を手伝っている。ぶっちゃけて言えば実験台である。ここ最近は何故か鬼の活動が弱まってきているので、今では指令で鬼狩りに赴くよりも、蝶屋敷に滞在している時間の方が多い。なので、基礎体力向上に励む絶好の好機だった。

 

「俺、嬉しいよ。こうして話ができたこともだけど、カナヲはなんだか、今までより自分の心の声をよく聞いているような気がするんだ」

「声……」

 

(そうなのかな?)

 

 カナヲは思う。自分が心の声を聞いてるのかは今でもよく分からない。幼少期から激しい虐待を受け、親の手で兄妹が殺されるところを目の前で何度も見た。そんな過酷な環境に心の何かが切れてから、そんなことは考えたこともなかった。

 

 ただ、一つだけ分かっていることがあった。

 

 今、自分がよく聞こうとしている声は――。

 

(炭治郎の声……)

 

 今の自分は、炭治郎の声が聞きたいと思っている。傍にいて欲しいと思ってしまう。

 

 炭治郎の赤みがかった真っ直ぐな目で見つめられると心音が大きくなる。一緒に話していると、それがより一層顕著になる。今、自分が変な顔をしていないか心配になる。彼一人に感情が大きく揺り動かされている。

 

「……」

「カナヲ?」

「え!? あ、うん! な、なあに?」

 

 名を呼ばれ、咄嗟のことで、慌てて返事をする。

 

(ど、どうしよう……。変な人だと思われてないかな……)

 

 自分の挙動不審が変に見られていないか心配する。不思議だった。自分が自分でないみたいだ。一挙一動が、ぎくしゃくしてしまう。彼のことを思うと、胸が締め付けられる。顔が熱くなっているのが分かる。

 

(うぅ……。な、なんなの……。これ……)

 

 それは、栗花落カナヲの初恋だった。

 

 彼女は、竈門炭治郎を切っ掛けに、何かが変わろうとしていた。

 

「考え事?」

「う、うん、ちょっとだけ……」

「そっか」

「……」

 

(落ち着くのよ……。今までこんなことで心を乱されることはなかったじゃない……。鬼と戦っていた時だって、常に冷静に……)

 

 火照る顔を冷ますよう精神を集中する。慣れない。本当に慣れない。不便だ。だけど、嫌じゃない。それに気付いた時、また顔が熱くなりそうになった。悪循環だ。

 

(……そういえば)

 

 冷静さを取り戻すと、カナヲの中である懸念が生まれた。

 

「あの、聞きたいことがあるんだけど……」

「何だい?」

「……」

 

 カナヲは炭治郎から目を逸らしたまま話しかけた。目をパチパチと瞬かせて、緊張した様子だ。

 

(言いにくい事なのかな? こういう時はしっかりと待とう!)

 

 炭治郎は、答えを急かすことなく待った。優しい表情で、カナヲを見つめている。困ったことに、その顔がカナヲの心を更に惑わす。

 

 言いにくいのも無理のないことだった。彼女が抱いた懸念は、乙女として非常に重大な問題だからだ。

 

「……えと、私、変な匂いしてないっ?」

「匂い?」

「うん……」

 

 それは体臭! 炭治郎の嗅覚が超スゴイのは、この一か月でカナヲもよく知るところだ!

 

(わ、私、何言ってるんだろ……)

 

 カナヲはまだ自覚していない。本能的に感じ取った死活問題だった。心の奥底から湧き上がる不安感がなんなのか、いまいちよく分からなかった。

 

 カナヲも蝶屋敷の一員。医学上、清潔を保つことが健康の秘訣であることは知っている。任務明け、又は一日に一度は必ず風呂に入り、体を清潔に保っている。余談だが、カナヲは風呂が好きだ。幼き頃の記憶、胡蝶家に引き取られた、最初に浮かぶ暖かな思い出の一つだからだ。

 

 そんな感じで、身だしなみには気を使っているが、暖かくなってきたこの時期、訓練に鬼狩りにと、汗をかく機会が増えてきた。

 

「変じゃないよ」

「!」

 

 炭治郎が即座に否定した。何故だかそれがとても嬉しい。カナヲの表情がパァっと明るくなった。

 

「カナヲはとても良い匂いがする!」

「み゜」

 

 ボフッという音と共に顔が瞬時に赤くなった。しかも"ま行"に"半濁点"を付けたような聞いたことない発音だ。炭治郎の火の玉剛速球による弊害! カナヲは不慣れでむず痒くて熱い感情に対処しきれない!

 

「うわぁ! 大丈夫!? 顔がすごいことになってるぞ!」

「だ、大丈夫……。大丈夫だから……」

 

 炭治郎に掌を突き出して意思表示する。しかし目が合わせられない、体がプルプル震える。炭治郎は修行を望んでいるのだから、これ以上時間を取らせるわけにはいかない。

 

(カナヲは困っている! こういう時は、どうすればいいんだ!?)

 

 炭治郎は分からなかった。拒絶の匂いはしない。しかし困っている。なんだか嗅ぎ慣れぬ匂いだ。

 

(なんとなく、禰豆子の傍にいるときの善逸に似たような匂い……?)

 

 嗅いだことのある匂いから似た者の記憶を手繰り寄せたらそうになった。だが、何故そこで善逸なのか自分自身にも分からなかった。

 

 それより、この力強い突き放し方は如何したものか。何に困っているのか。時間が解決するのだろうか。自分に協力できることはないのだろうか。様々な考えがグルグルと炭治郎の脳裏を過る。

 

「一旦離れた方がいいかな?」

「離れないで!」

「分かった!」

 

 判断が早い。

 

(うう~……)

 

 カナヲは、この感情に慣れるまで時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

 一方、少し離れた木陰に身を隠す人影が一つ。呪詛のオーラが迸る。

 

(とんでもねぇ炭治郎だ!)

 

 珍しく早起きな善逸が、炭治郎とカナヲの様子に聞き耳を立てていた。般若の面を彷彿とさせる怒りの形相で歯軋りをしている。今にも奥歯が砕けそうだ。

 

(あれもうあれじゃん! 女が男に惚れた腫れたなアレじゃん! なーにが良い匂いだコンチキショォ!! 俺だって禰豆子ちゃんの為に、きびしぃー訓練に耐えてるってのにあの野郎ォ! あの野郎ォ――!!)

 

 今までのカナヲは無機質な音を発し続け、何を考えてるかさっぱり分からなかった。しかし今ではどうだ。あの高鳴る心音、微かに聞こえる鈴の音を転がすような嬉色に満ちた声。姉妹のように育てられたしのぶにすら見せることのなかった、"感情"が籠っている。それが善逸の聴覚なら手に取るようにわかる。確定だ。

 

 一体あのスケコマシがどんな手管を用いたのか。同じ釜の飯を食った親友の突然の裏切りに、善逸は怒り心頭だ。

 

(ヤツに天誅をくれてや……)

 

 ガシッ

 

「んぁ?」

 

 突然自分の体が宙に浮き、間の抜けた声が出る。

 

「ゼンイツ」

「ゼンイツ君……」

「ひ」

 

 善逸の背後から現れたのは、ジョジョとスピードワゴンだった。二人は片方ずつ、善逸の両脇から腕をガッチリとホールドしている。身長差で持ち上がったのだ。持ち上がった勢いで、足がぶらんぶらんしている。

 

「さ、今日も一緒に訓練の改良だ。シノブとイノスケが待ってるよ」

「いかんぞゼンイツ君。こういう時はな、クールに去るものだ」

 

 善逸は持ち上げられたまま二人に運ばれていった。

 

「イィィィィィヤァァァァァァ!! 去るッ! 去るからッ! もう実験台はいやだぁ――ッ!!」

 

 涙目で首を縦横無尽に振り乱し、宙ぶらりんになった両足をバタ付かせながら汚い高音を発している。連れて行かれた先でしのぶとジョジョが巻き起こす、修行と言う名の恐るべき実験に恐怖しているのだ。

 

「人聞きの悪いことをいうんじゃあないッ。ゼンイツ君も来るんだ。シノブ女史とジョースターさんの特別訓練は、才能や実力に応じて区分けする予定なのだ。ゼンイツ君のように偏った実力者のテストケースも重要なのだぞ」

「それに、効果は既に実証されつつあるよ。君はどんどん強くなってる! ちょっと可哀想だけど……。ここが正念場だ! ゼンイツ!」

「それは分かってるし、痛みに最大限配慮してるのも分かるんだけどさッ! 怖いのよ! 俺の体どうなっちゃうの!? なんか最近、いくら息を吸っても肺が苦しくならないのが逆に怖いッ!!」

 

 善逸が喚くのはいつものことなので、ジョジョ達もだいぶ慣れてきた。しかし、修行場まで連れてくれば、観念したかのように皆に負けず劣らず頑張ってくれる男なのである。

 

 去り際、ジョジョとスピードワゴンは二人に思いを馳せる。

 

(カナヲは、"タンジローとの恋"というすてきな好奇心で動き出した。ぼくの心が暗く冷えていた時、エリナが優しく暖めてくれたのを思い出すなぁ……)

 

 若き二人の青春に、かつての自分と妻の姿が重なる。

 

(彼女は心を開いたのだな……。厳しい冬を越え、暖かな日差しが蕾を花開かせるようにッ! やりおる! タンジロー君!)

 

 スピードワゴンも、蝶屋敷で密やかに始まった青春を心の中で祝福した。

 

(と言っても、タンジローはまだ気づいてなさそうだけど……)

 

「離してぇ――――――!」

 

 そんな中、善逸の情けない悲鳴が蝶屋敷に響き渡った。

 

「善逸のやつ、匂いがすると思ったらまた逃げようとしてたんだな。全く……」

「……」

 

(……今もしかして、何か大事なことがすり抜けてなかった?)

 

 カナヲは何故だか分からないが、善逸のせいで致命的なすれ違いが生じたような気がした。何となくなので口には出さないが。

 

「人間の肺はそんなに大きくなったり縮んだりしねェ――――!」

 

 あの叫びは、すっかり蝶屋敷の名物と化した。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

炭カナをすこれ……


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ノンパワーハラスメント

当分短め続きだけど明後日も投稿します!

無惨様以外の登場人物はシルエットをイメージしてます。強敵の初回の勢揃いはシルエットにしないと禁断症状が出る性癖を持ってるのです。趣味です('ω')


 遡ること、那田蜘蛛山で下弦の鬼が全滅した直後。

 

 ――ベン

 

 琵琶の音が鳴る。

 

 ――ベン ベン

 

 無限城。襖、畳、階段が上下左右バラバラに配置された歪な場所。鬼舞辻無惨の拠点の一角で、琵琶の音を鳴らす鬼がいる。

 

 ――ベン ベン ベン

 

 鳴ること、計六回。音に呼応するかのように、無限城の各所に突如襖が現れ、開いた先から次々と姿を見せる者達がいる。皆、その片目には縦書きで"上弦"と刻印されている。十二鬼月、上弦の鬼達だ。

 

(異空間、無限城。無惨様の招集命令か)

 

 上弦の参、猗窩座は、現れた他の鬼を一人一人目で追って確認する。

 

(妙だ。ここに呼ばれるのは、上弦が鬼狩りにやられた時。だが、欠員は出ていない。陸から壱まで全員揃っている)

 

「どういった御用向きで……?」

「お兄ちゃん……」

 

 上弦の陸、一心同体。妓夫太郎と堕姫。

 

「ヒョヒョ……」

 

 上弦の伍、壺の異形。玉壺。

 

「恐ろしい……恐ろしい……」

 

 上弦の肆、怯える翁。半天狗。

 

「……」

 

 上弦の参、紋様付き。猗窩座。

 

「おやおや? みんな勢揃いだ。喜ばしいね!」

 

 上弦の弐、虹色の瞳。童磨。

 

「無惨様が……。御見えだ……」

 

 上弦の壱、剣士。黒死牟。

 

 ――ベン

 

 八畳ほどの畳張りの場所へと、上弦の鬼が瞬時に寄せ集められた。琵琶の鬼の血鬼術だ。向かって右から妓夫太郎と堕姫、玉壺、半天狗、猗窩座、童磨、黒死牟の順番で横一列に並んでいる。上弦の位順だ。

 

 ――ベン

 

「……」

 

 琵琶の音と共に上弦の鬼達の目の前に現れたのは、鬼舞辻無惨。片手で歪に盛り上がった首の肉を押さえ、一段高い床に立つその姿は洋装の男性だった。無惨は沈黙し、鬼達を睨みつけるように見つめる。非常に不機嫌な様子だ。

 

 無惨が言葉を発する前に、黒死牟と童磨は正座で姿勢を正し、こうべを垂れ、残りの鬼が平伏した。

 

「ヒィィィ……」

 

 半天狗だけ怯えながら平伏している。

 

(……! ヒョ、これは、鬼達の記憶。(わたくし)の頭の中に)

(ヒィィィ! 流れ込んでくる!)

 

 突如、脳内へと急速に記憶をねじ込まれる感触を覚えた。上弦の鬼達の脳内に、未知の情報が流れ込んできたのだ。これは、無惨の能力による情報共有だ。その内容は、あの憎きジョナサンのもの。

 

 これまでジョナサンに倒された鬼達が、少しずつ蓄積してきた"太陽の力"の情報だ。下弦の鬼が全滅したことも分かった。ちなみに、アレは伏せている。

 

「ヒィィィィィィィィィ! なんと恐ろしい能力!!」

 

 真っ先に、半天狗がジョナサンの能力に恐れ慄き、体を丸めている。

 

「こいつぁ……」

「こんなのって……」

 

 堕姫が妓夫太郎にしがみついた。堕姫は少し震えている。

 

「いやはやこれは! 鬼への脅威という他ありませぬな!」

「それもまたよし……」

「ははは! これは良くないんじゃないかな。玉壺」

「ヒョ……」

 

 何故だかカラカラと笑いながら玉壺を諫める童磨。

 

「異国の戦士……。無手ながらなんという強さ……」

 

 黒死牟はジョナサンの強さに唸っている。

 

「下弦の鬼は、このまま解体する。今、他の鬼達にも纏めて情報を流した。死に物狂いでジョナサンの情報を集めて殺してこい。()()()()()()。産屋敷より最優先だ」

「御意……」

「畏まりました!」

「承知」

「ヒィィィ、承知致しました……!!」

「ヒョ、仰せのままに……」

「「分かりました……!」」

 

 無惨が一方的に指示を出すと、上弦の鬼達は有無を言わず了承する。手慣れたものだ。

 

 ――ベン

 

 無惨はそれだけ言い残すと、もう用はないと言わんばかりに去っていった。

 

 これは、首に喰らったあの屈辱的波紋初体験(うどん)の激痛が今も続いている為だ。八つ当たりする気すら起きぬ程の痛みに今も蝕まれている。ジョナサンから受けたダメージは余りにも大きかった。

 

 肉体の変化が封じられ、成人男性の肉体で固定された。心臓と脳の大部分は未だに焼け爛れたまま。激痛だけでなく、行動自体が大きく制限された。

 

 回復に時間を要する為、無惨はジョナサンの始末を配下に丸投げし、回復を待ちながらジョナサンについて調査している。ただし結果は芳しくないが。

 

 実はこの時、全鬼に流したジョナサンの情報が原因で、ほとんどの鬼達は恐怖を覚え、一斉に捕食活動を自粛してしまった。あろうことか、ジョナサンの始末どころか鬼への抑止力になってしまったのである。後々、そのことに無惨は更に憤慨することとなる。

 

 無惨が去り、無限城には上弦の鬼達が揃って取り残された。

 

「ヒョ……。これはどうしたものか……。ある情報をもう少しで掴めそうだったと言うのに、これでは保留にする他あるまい」

 

 玉壺は、単独行動でとある情報を収集していたのだが、指示を出された以上、無惨の指示を優先しなくてはならない。この件は、ジョナサンを始末してから取り掛かるしかなくなった。

 

「だがそれもまたいい」

 

 玉壺は何故か、それを肯定的に受け入れた。

 

「ヒィィィ……。百十三年振りに会ってみれば、玉壺は間の悪いことをしておった。間が悪い。運が悪い。これは凶兆やもしれぬ……。(おそ)ろしい(おそ)ろしい……」

 

 半天狗が怯えながら玉壺を遠回しに馬鹿にした。意外と毒舌らしい。

 

「玉壺、ある情報って何だい? 教えておくれよ」

「オオ、童磨殿……。最早詮無きこと……お気になさらず」

 

 玉壺が首をウネウネと横に振った。

 

「それよりもだ……。無惨様は……。あのジョナサンの始末、手段は問わぬと仰られた……」

 

 黒死牟がすかさず本題に切り替える。その姿にはどこか威厳を感じさせる。

 

「いいねぇ、もしかしたら色々御借りできるかもしれないよ」

 

 童磨がへらへらと同意する。呪いや見張りで雁字搦めにすることが多い無惨にしては、非常に珍しい指示だからだ。

 

「ところで黒死牟殿に聞きたいんだけど。あのジョナサンってやつの能力、あれも呼吸が基点になってるみたいなんだよね。もしかしてあれが"日の呼吸"ってやつなのかい? 黒死牟殿が皆殺しにしたとは聞いたことあるけど、俺、見たことないし」

「断じて否……、"日の呼吸"はあのような……。奇天烈な技ではない……!」

 

 黒死牟は力強く否定した。その様子は、どこか怒気を孕んでいる。

 

「そっか。ともあれ、ありがたきことに、無惨様は選択の自由をお与えくださった! やぁ嬉しい! これは妓夫太郎と堕姫、猗窩座殿には特に吉報だぜ? 三人はジョナサンの能力と相性が特に悪そうだから!」

「……」

 

 童磨の隣にいた猗窩座の額に、血管が浮かび上がった。

 

 ゴ パ !

 

 突如、童磨の下顎が血飛沫を上げて吹っ飛んだ。猗窩座の裏拳が童磨の顎に直撃したのだ。童磨は避けようという素振りすら見せなかった。その顎は即座に再生した。

 

「ヒィィィ」

「まぁまぁ、俺は心配して言ってるんだぜ? 猗窩座殿の血鬼術じゃあ、ジョナサンはどうすることもできない。そこで提案があるんだ」

「……」

 

 ダ ン !

 

「あ」

 

 猗窩座も最早用はないといった様子で飛び立った。無限城の中を素早く飛び回り、その姿はあっという間に見えなくなった。童磨は完全に無視だ。

 

「ああ、猗窩座殿! 照れてるのかな? 内心穏やかでないのは分かるが、このままでは彼が犬死にするのではないかと心配で仕方ない! 一先ずさよなら猗窩座殿。さよなら!」

 

 軽薄な笑みを浮かべ、猗窩座の神経を逆なでるような物言いで童磨は別れの挨拶を述べた。既に猗窩座の姿は見えない。

 

「妓夫太郎、堕姫。お前たちは聞いてくれるかい? 紹介のよしみでさ」

「あぁ……」

「……」

 

 妓夫太郎はくっつく堕姫の頭を撫でながら童磨に応える。

 

「おうおう、可哀想な妹よう。こいつぁこんなに怯えちまってる……。妬ましいよなぁ……。あの坊ちゃんヅラした異国人んんん。ありゃ特別な奴だったんだろうなぁ。一刻も早く死んで貰いてぇよなぁ。けど……」

「そう、二人じゃ勝てないだろうね。天敵でしょあれ」

「くそがあああああああああ!!」

「ヒョ!?」

「ヒィィィ!」

 

 妓夫太郎が空いた方の手で顔をバリバリと掻きむしった。その拍子に飛び散った血液は堕姫を避け、隣の玉壺にかかった。半天狗は突然キレた妓夫太郎に怯えている。黒死牟は無言だ。

 

「そこでだ。そこで俺の提案さ」

「……」

「皆幸せになれる素敵な計画がある! 無惨様も手段は問わないと仰ってくれたことだ! きっと御許可頂ける!」

「……あんたにゃ、一応借り作ってっからなあああ、聞いてやるぜぇ」

「よーし!」

 

 童磨が張り付けたような満面の笑みですくっと立ち上がり、みんなの顔が見える位置に畳の範囲内で移動した。無惨が乗っていた一段高い床は乗ったら無礼になりそうなので避けている。

 

「俺たちはいまこそ……! 今こそ……!」

 

 童磨が無駄に溜めた。上弦たちはイラッとした。

 

「共に手を取り合い! 戦う時!」

 

「……」「……」

「……」

「……」

「……」

 

(早く帰ってくれないかな)

 

 琵琶の鬼、鳴女は、キラキラと虹色の目を輝かせる童磨に呆れた様子を見せる。彼のその言葉は、どうしようもなく薄っぺらい。

 

「……」

 

 フッ

 

「あ! 黒死牟殿! さよなら!」

 

 何も言わず黒死牟は消え去った。もう、気配はどこからも感じられない。

 

「じゃあこの四人で協力することになるかな」

(わたくし)は肯定しておりませんが……」

「ヒィィィ、強引すぎる……」

「俺は皆が心配なんだぜ。俺の予想が正しければ、あのジョナサンに一番刺さりそうな血鬼術を持ってるのは俺なんだからさ」

「ヒョ?」

「こう見えても、俺はちゃあんとジョナサンのこともみんなの役割も考えてるんだ。妓夫太郎と堕姫にも色々お願いすることになるかな」

「……聞こうって言いだしたのは俺だぁ。あんたの言うこと聞くのは吝かじゃねぇ」

「……お兄ちゃんがそう言うなら」

 

 妓夫太郎と堕姫は、すごく嫌そうな顔をしているが了承するようだ。

 

「琵琶の君は、手伝ってくれないのかい?」

「嫌です」

「連れないなぁ。ま、いいか。さぁさぁ、色々と準備しないとね! 忙しくなるぞぉ!」

「……」

 

 鬼は仲間意識がほぼない。鬼同士、立場を巡って争う敵としか認識していない者がほとんどだ。無惨の呪いである。しかし、矢琶羽と朱紗丸のような例もある。この場に残った上弦の鬼達は甚だ不本意ではあるが、ジョナサンが脅威であるとの見解も一致している。

 

 結果として思惑は重なり、童磨の計画が始動した。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 とある砂浜。波の音しか聞こえぬ、草木も眠る丑三つ時。月明かりしか見えぬ暗闇の中、ゆっくりと歩を進める影が一つあった。

 

 波の音に、砂を蹴る音が微かに混じる。

 

(此処で)

 

 砂浜を歩く何者かは、暗いベージュ色のローブで全身を覆っており、フードも被っている為、顔が見えない。

 

(私が仕える筈だった"運命の御方"が消え去った)

 

 緩やかに押し寄せる波が足に当たる程の場所で立ち止まると、懐から何かを取り出した。それは、人間の顔程の大きさをしている。

 

()()が囁いているのだ。この国にある者がいるのだと)

 

 それは、石で作られた異形の面。

 

(この場所から、数多の"運命"が変わり始めた。既に、本来進む筈だった"運命"とは著しく異なる未来へと進みだした者もいるだろう。そうなのだろう?)

 

 ローブの何者かは、その面を見つめる。まるで何か問いかけるように。

 

(石仮面よ)

 

 その者が手に持つは、石仮面!

 

 此処は、ジョナサン・ジョースターが日本に上陸した最初の場所。既に棺桶とその残骸は綺麗に撤去されており、砂浜は元の静寂を取り戻していた。

 

(ここだ、ここがその始まりの場所! ついに辿り着いた……。おおお、最早跡形もない……。本当に、本当に消え去ってしまったのだな……顔も知らぬ我が主人よ……。シクシクシクシク……)

 

 暫し、慟哭するようにシクシクと震える。

 

(こうなっては)

 

 辺りをゆっくりと見渡すと、町を目指して前進した。その足取りは先ほどよりも速い。町へ入る直前、ローブの者に変化が起きた。

 

()を探さなくては……)

 

 その姿が霧のように揺らいでいく、徐々に体が霧散していく。消え去る直前、風にローブが翻り僅かに左腕が露出した。その手には、奇妙な点があった。

 

(私が仕えるべき、異形の君……! 悪のカリスマと成る者をッ!)

 

 その左手は。

 

(それが果たすべき"正義(ジャスティス)"ッ!!)

 

 右手の形をしていた。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

それは、ある誕生を奪い、ある未来を救うチャンス


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灿然たる心、熾烈なる炎

フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

スピードワゴンの解説には、
一人を除いて誰も突っ込みません。

空気が存在するように!
大地が存在するように!
水が存在するように!

そこに在ることが"当然"なのだッ!

"当然"の事象なので、

決して誰も突っ込まないッ!!



 蝶屋敷縁側の広い庭。晴天登る真昼間。

 

「……」

「……」

 

 二人の男が鬼気迫る表情で向かい合っている。

 

 一人はジョジョ、馴染みつつある真っ青な隊服で拳を握り締め、相手を見据えている。その拳はまるで巌のようである。

 

 対する男は炎の如き男、炎柱・煉獄杏寿郎。隊服の末端に炎の刺繍が施された羽織を纏った出で立ちで、木刀を力強く握り締め、ジョジョの姿を独特の眼光で射貫く。

 

(立ち会うだけで伝わってくる……。彼の熱い心と、吹き荒れる闘志がッ! 彼に呼応して、ぼくまで熱くなってしまう!)

(気配だけでこれか! 見事と言う他なし! 鬼が手も足も出ない訳だ! やはりジョジョは、今まで戦ってきたどんな相手をも凌駕する!)

 

 そして、二人を囲うように、炭治郎、カナヲ、善逸、伊之助、那田蜘蛛山の生き残り、尾崎を始めとするリハビリ中の隊士数名が緊張の面持ちで見守っている。

 

(見てるだけなのに息が詰まる。張りつめた匂いだ)

(見取り稽古……)

(俺まで緊張すんだけど!)

(もう瞬きできねぇぜ!)

 

 しれっと炭治郎の隣を確保したカナヲを加えた炭治郎達四人。

 

 この場の隊士達に下された指令は、この戦いの見取り稽古。煉獄に手本を見せてもらうだけでなく、ジョジョの戦いも注目されている。今後、実戦で波紋使いと連携を取るであろうことを考慮しているからだ。

 

 それと、炭治郎達の任務は、それに加えてもう一つある。

 

「この威圧! 鉛を背負わされたみてーな重厚な重圧(プレッシャー)ッ! 腹を空かせた猛獣を前にしたような緊張感! これが、人の身で出せるものなのか!」

 

 血が騒いで仕方がないスピードワゴンは、四人の後ろから二人の様子を見守っている。背が四人よりも高いので鑑賞に支障はない。炭治郎達は、スピードワゴンがうっかり飛び出さないよう壁になっているのだ。念のため。

 

 ジョナサン・ジョースターVS煉獄杏寿郎のエキシビションマッチ! 

 

 目的は"全集中の呼吸"を見せる為。スピードワゴンへのデモンストレーションだ。

 

 ちなみに、最初の候補は鬼殺隊でも特にポピュラーな水の呼吸の使い手、水柱・冨岡義勇だったのだが『俺は柱ではない』と断られた。

 

 炎の呼吸は歴史が古く、どんな時代も必ず炎柱が在籍していた由緒ある呼吸だ。水の呼吸と同じく使い手は多い。

 

 スピードワゴンが良く知っている波紋戦士ジョナサン・ジョースターと、鬼殺隊最高峰の実力を持つ炎柱・煉獄杏寿郎の模擬戦は、"全集中の呼吸"の力をありありと示すことだろう。ついでに、隊士達にも見取り稽古をさせようという寸法だ。勿論、産屋敷家も了承済みである。

 

 柱の稽古は、柱同士の模擬戦によるものが多い。ジョジョは食客だが、その戦闘力の高さから許可が下りた。

 

『ジョジョ相手では加減できそうにない! 本気で良いか!』

『望むところさッ!』

 

 ほかならぬジョジョ自身が乗り気だったのも大きい。柱の力を知りたいのと、実のある修行になると思ったからだ。

 

 ジョジョの勝利条件は煉獄の戦闘不能、又は木刀の破壊。煉獄の勝利条件は、木刀をいずれかの急所へ直撃させることだ。

 

 煉獄が使う木刀は、普段より軽めのものにしているとは言え、柱の使用に耐える非常に頑丈なものだ。模擬戦と言うより、鈍器で実戦しているようなものである。

 

 ジョジョなので大丈夫だ! 

 

「これが柱ッ! レンゴク・キョウジュロー! だが、ジョースターさんも決して負けちゃあいないッ! あの鋼の肉体は今も健在! 重圧同士、拮抗して二人の間が荒野の陽炎(かげろう)みてーに揺らめいているッ!」

 

(耳栓しといて良かった)

 

 善逸は真顔でほっとしている。その声は耳栓を余裕で貫通してくるが、かなりマシになった。なんで、みんな気にしてないのか不思議で仕方ない。

 

「いくぞ! ジョジョ!」

「来いッ!」

 

 二人が戦闘態勢を取り、呼吸音が力を増す! 

 

ゴオオオオオオオオオ

 

コオオオオオオオオオ

 

(始まった!)

 

 先に動いたのは煉獄! 

 

 地を揺るがし、土を抉る轟音! 

 

 煉獄が前のめりに突っ込んだ! 

 

(え、見え……)

 

 その速度は隊士達の視覚を置き去りにした! 

 

(師範の方が、炎柱様より速い。だけど……)

 

 見逃さなかったのはカナヲ唯一人! 

 

(速いだけじゃあないッ!)

 

 煉獄の先制攻撃がジョジョに迫る! 

 

 ──炎の呼吸 壱ノ型

 

 ──不知火

 

 木刀が袈裟懸けに振り下ろされた! 

 

「シッ!」

 

 ジョジョは身を捻じって避けた。

 

(やはり、速さはゼンイツ並! 力はタンジローとイノスケ以上ッ! 避けるのが精一杯だ!)

 

 波紋の力は、つま先、肘、膝で特に発揮する。しかし、煉獄の斬撃をそれで正面から受けてはひとたまりもない。速さ、重さ、精密性。どれを取っても未知の領域。受け流すには慣れが必要だ。

 

(ジョジョさんが避けた!?)

(あのギョロギョロ目ん玉の太刀筋は、それほどの威力だってのかよ!)

 

 炭治郎と伊之助は、初手でジョジョが避けたことに驚いている。これは、自分たちの斬撃だったならば全て受け止め、くっつく波紋によって反撃されていたからだ。

 

(これでは、波紋で彼の斬撃を止められないッ)

 

 真正面から正々堂々の斬撃であるにも関わらず、ジョジョはかわすしかなかったのだ。しかし今、煉獄は木刀を振り下ろした直後、隙が生じている筈だ。

 

(キョウジュローに反撃を……! ッ! 否!)

 

 ジョジョは即座に思考を切り替えた。反撃ではなく、防御に! 

 

「はっ!」

 

 ──弐ノ型 昇り炎天

 

 振り下ろされた木刀はトンボ返りし、吹き上がる炎の如く斬り上がった! 

 

「くっ!」

 

 ジョジョは上がってくる斬撃に対し、右肩を前に突き出すショルダータックルのような姿勢を取った! 

 

ガ ッ ! ! 

 

 そして、右肩で木刀を引き込むように受け止めた! 

 

(やはりっ! 防御していなければ、首に直撃していたッ!)

 

 炎の呼吸は、強力な斬撃が多い攻めの型であり、脚運びに主眼を置いた受けの型である"水の呼吸"とは対称的だ。故に、水の呼吸に比べると隙が生じやすい欠点がある。

 

(すげぇ……!)

 

 伊之助は震えながら感服する。

 

(なんであんな無茶な姿勢で打って威力が出るの!?)

 

 煉獄の斬撃はどうだ! 袈裟懸けによる隙を力でねじ伏せて反転、整っていない体勢のまま、キレのある追撃を繰り出してきた! それをジョジョ相手にやってのけるには、心技体、全て揃っていなければ不可能ッ! 

 

(炎の呼吸なのに、水の呼吸の如く変幻自在の斬撃……。これが炎柱様の力……)

(煉獄さんの今の太刀筋、俺達ではまだ真似できない)

 

 炭治郎達は、先の二撃で煉獄との力量差を痛感した。

 

(嘘……。あんなのって)

(骨が砕けても、おかしくない)

(下弦の鬼相手でも無傷な訳だ……)

 

 一方、尾崎を始めとするその他の隊士達は煉獄の斬撃でビクともしないジョジョの頑丈ぶりに戦慄している。

 

パシッ

 

「おお、捕えたッ!」

「ジョジョさんが取った!」

 

コオオオオ

 

 ジョジョは受け止めた木刀を見逃さず、右肩と左手の指先で挟み込み、波紋を流し込んだ! 

 

「むう!」

 

 木刀はミシミシと音を立て、微かに震えている。

 

(……動かん! 波紋の力か! ジョジョの力か! 両方だな!!)

(ぐ、すごい力だ! 気を抜くと持っていかれる!)

 

(指で止めてる!? 炎柱様の力でも動かせないなんて……)

 

 驚くカナヲは、挟まれる木刀を観察した。ジョジョの指先が淡く光っており、木刀は指先と肩に張り付いている。

 

(でも、あのままだと木刀が……)

 

 両者の力は拮抗しているが、木刀は耐えられそうにない。そうなればジョジョの勝利が決定するだろう。カナヲは持ち前の視力で理解した。彼女は非常に目が良いのである。

 

(煉獄さんはどうするんだ?)

(俺らはああなったらおしまいなんだよなぁ……)

(じょうたろうが勝ったか!)

 

 炭治郎達もジョジョの勝利を予感する。自分たちの場合、パウられて終いである。

 

「少々手荒いが! こうするしかあるまい!」

「ッ!?」

 

ダ ン ! ! 

 

 煉獄は強く地を蹴り大きく飛び上がった! 

 

「ええ!?」

「嘘ォ!?」

 

 炭治郎と善逸は、その信じられない光景に仰天の声を上げた。

 

「ひゃ、105㎏はあるジョースターさんを木刀ごと持ち上げて」

「ギョロギョロ目ん玉が飛び上がりやがったぁ!?」

 

 スピードワゴンと伊之助も同様だ。信じられない膂力だ。

 

 ──伍ノ型 炎虎

 

 煉獄は、ジョジョがくっついた木刀を容赦のない勢いで振り下ろした! 

 

グ オ ン ! ! 

 

(虎!?)

 

 その場にいた全員、燃え盛る虎がジョジョに牙を剥く姿を幻視した。

 

「ジョジョさん! 危ない!」

 

 振り下ろされた勢いのまま、ジョジョは大地に叩きつけられる! 

 

ド グ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ オ ! 

 

 爆音と共に地が激しく揺れ、夥しい量の土埃が舞い上がった! 

 

巨大熊(グリズリー)がフルパワーで岩肌をぶっ叩いたみてーな衝撃音ッ! あの人じゃなけりゃ、全身バラバラだぜッ! 大丈夫かー!? ジョースターさーん!」

 

 スピードワゴンは帽子を押さえながら、ジョジョの名を呼ぶ。

 

(人体が発して良い音じゃないでしょあれ……)

 

 尾崎は顔色が悪い。あれは普通に死ぬ。スピードワゴンはジョジョのことを当然心配しているが、死ぬとは思っていないようだ。

 

「ゴホゴホ! カナヲ!」

「……!」

 

 炭治郎は咳をしながらも、土埃がこちらに飛んでくる直前、仁王立ちで市松模様の羽織を脱ぎ、背を少し丸めているカナヲに覆いかぶせた。

 

 背を真っすぐにしているのは、木箱で眠る禰豆子が巻き添えになる可能性を少しでも減らす為。羽織をカナヲに被せたのは彼女が土で汚れるのを防ぐためである。羽織に関しては、ジョジョによる紳士の教えの賜物だ。

 

「……スー」

 

 カナヲの呼吸音がほんの少し深めになった。

 

「ギャァァァァ! 目に入ったァ────!!」

「見えねぇ!?」

 

 善逸は哀れにも直撃。伊之助は猪頭のおかげで視界はともかく肉体的には無事だ。

 

「どうなった!?」

 

 他の隊士達の視界も当然塞がれ、二人の様子は見えない。

 

「晴れてきたぜ!」

 

 全員が固唾を飲んで見守る中、土煙が収まり、徐々に晴れていく。

 

「あ!?」

 

 見えたのは、仰向けの姿勢で地に叩きつけられたまま、中空に左手の二本指を突き出しているジョジョと、木刀を振り下ろした姿勢のままの煉獄だった。二人の眼光に宿る闘志は、些かも衰えていない。

 

「……」

「……」

 

 振り下ろされた木刀はジョジョの胸、心臓の辺りに当たっていた。

 

(背中を強く叩きつけられた衝撃で、呼吸を遮断されてしまったか……。ぼくもまだまだだな……)

 

 その様子に、隊士の一人が言う。

 

「急所だ! 炎柱様の──」

「待って、あの木刀」

 

 炭治郎の羽織から顔を出したカナヲが、指を差した。

 

 その顔はちょっとツヤツヤしている。

 

「え? ……ああ!?」

 

「……よもや!」

 

 煉獄の木刀をよく見ると、柄より上がボッキリと折れていた。

 

(地面に叩きつける直前! ジョジョは隙と見て指を木刀に突き込んだ! 並の者ならば受け身の姿勢に手一杯でもおかしくない! 何たる度胸!)

 

 ジョジョと煉獄は体勢を立て直して向き直るや否や、硬く握手した! 

 

「はっはっは! 感服したぞ、ジョジョ! 貴殿の最大の武器は、その大胆不敵さだな!」

「君の方こそ、まさか体ごと投げられるとは思わなかったよ」

「木刀は折れた! 得物を折っていては柱として不甲斐なし! 穴があったら入りたい! この勝負、貴殿の勝ちだ!」

「いや、これが日輪刀だったなら、君の斬撃はぼくの心臓を切り裂いてただろう。急所に当たったんだから、君の勝ちだよ」

「日輪刀で心臓を穿ったとしても! ジョジョならば絶対に反撃していた!」

「日輪刀が折れたとしても、君は貫いていたさ」

 

(ジョジョさんも煉獄さんも、勝ちを譲り合ってる……)

(似た者同士ね……)

(なんでピンピンしてんのあの人)

 

「キリがないのう。もう、間を取って引き分けで良かろう」

 

 テンションが元に戻ったスピードワゴンの言葉により、結局そうなった。

 

「あ、ありがとう。炭治郎」

「うん!」

 

 炭治郎はカナヲから羽織を返して貰い、土埃を手で払って着直した。 

 

「いででででで!?」

「目ぇ押さえて何してんだ伊之助……」

「ずっと瞬きしなかったら目がいてぇ……」

「砂埃じゃなくてそっちかよ」

「いたたた……」

「お前もか炭治郎」

 

 二人共今の今まで瞬きしてなかったらしい。よく土埃が直撃しなかったものである。

 

「いやはや、素晴らしい勝負だった。キョウジュローさん、全集中の呼吸の神髄、とくと見せて頂きましたぞ。身体強化能力、実に見事なものです」

「お役に立てたようで何より! 俺も良い修業になりました!」

「ぼくも勉強になったよ。また機会があればやりたいな!」

「うむ!」

 

 三人共満足そうだ。

 

「すごい……。本当にすごい! 俺も、あんな風になりたいッ!」

「それはジョジョさんの方? 煉獄さんの方?」

「両方!!」

「お前意外と欲張りだよな」

 

「ウズウズするぜぇ! 誰か俺と戦え!」

「……私と戦う?」

「よっしゃぁ! いくぜかなっぺ!」

「カ・ナ・ヲ! 戦うけど! 先に庭のお掃除!」

「へーい……」

 

 ジョジョと煉獄の戦いを見て、炭治郎達は心の火を灯したようだ。

 

「俺らも機能回復訓練頑張るかぁ……」

「あれってさ、あんなに苦しかったっけ……」

「……また、あれやるんだ。ふふ、うふふふ」

「尾崎! しっかりしろ! 尾崎!」

 

 リハビリ中の隊士達は何を思い出したのか、遠い目をしている。

 

(ジョースターさんとキョウジュロー君に釣られて、皆やる気になっておる。デモンストレーションだけでなく、訓練中の者達の士気を上げおった。人を焚き付けるのが得意な二人だわい……)

 

 スピードワゴンは、闘志を燃やす若者達を暖かい目で見守った。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

 その後の休憩中。

 ジョジョは煉獄に誘われ、
生まれて初めて相撲を観戦した。

「オオズモウ! すごい迫力だったなぁ!」
「はっはっは! そうだろう、そうだろう!」
「特に土俵際のかけひき! 手に汗握ったよ!」
「そうだな! あの戦略性も醍醐味の一つだ!」
「キョウジュロー! 是非また誘って欲しい!」
「勿論だ!」

 煉獄杏寿郎、相撲の観戦仲間が増えご満悦ッ!


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四半世紀の報恩

色々遅くなっちゃいました。すみませぬ。

休日出勤は一段落したけど、有給休暇使い果たして
更新しまくる荒業が出来なくなったので
不定期に戻ります……(´・ω・`)



 蝶屋敷の居間。ジョジョと炭治郎達は昼食を終え、思い思いに昼休みを堪能している。貴重な休憩時間だ。

 

 周囲の窓は締め切られており、室内は仄かに薄暗い。だが、天井にぶら下がる白熱灯のおかげで明かりには困っておらず、本を読むのにも支障はないほどだ。これは、禰豆子の為の配慮である。

 

「ムー……」

 

 畳の上で胡坐をかいているジョジョに、禰豆子がしがみついている。彼女の体は肉体変化の能力により七歳程の身長まで縮んでおり、完全に親に甘える子供の様相を呈している。

 

「よしよし」

 

 ジョジョはそんな禰豆子の背中をポンポン叩いてあやしている。

 

「禰豆子。中々構ってやれなかったからなぁ」

 

 炭治郎は横から禰豆子の頭を撫でている。訓練や治療にかかりっきりで構えなかった分を取り返しているのだ。人面蜘蛛に変えられた者達の治療も運動によるリハビリ段階まで進んだ。人数が多すぎる為、一旦財団預かりとなっている。

 

 元・人面蜘蛛の隊士達、地獄の機能回復訓練・改が始まる日は近い。

 

 そういった事情により、ジョジョの仕事は一段落ついた。今日は波紋を使った修行を午前中控え、こうして禰豆子と遊ぶ時間を作ったのである。

 

 兄と、父(?)に徹底的に可愛がられている禰豆子はご満悦の表情だ。彼女は、ほっときすぎると拗ねてしまうのだ。

 

「こうして見ると、とても鬼には見えないね」

 

 撫でられてる頭に視線を向けるカナヲの目をもってしても、今の禰豆子の様子は人間の子供にしか見えない。

 

「うーむ、変質した目で辛うじて分かるぐらいかの。それを差し引くと純粋無垢な子供としか思えん……。タンジロー君が目指している、鬼を人間に戻すという偉業。決して絵空事ではないのだろうなぁ」

 

 スピードワゴンは、可愛がられている禰豆子を興味深そうに見ている。

 

(金持ちのおっさん……。いっつもいんな)

 

 スピードワゴンは蝶屋敷にしょっちゅう来る。

 

 そう思っている伊之助は、逆立ちしたまま腕立て伏せを軽々とこなしている。食後の運動だ。本当は外で遊ぶのが性に合っているのだが、みんなと一緒にいると不思議と落ち着くのだ。自覚はない。

 

「禰豆子ちゃん! 俺も抱っこするよ! こっちおいで!」

「善逸……」

 

 善逸は、危険な笑顔で両手を伸ばして見せた。善逸も禰豆子を抱っこしてみたいのだろう。邪な気配を感じ取ったカナヲは、ジト目で善逸を睨んでいる。

 

「ムー」

 

 禰豆子は目をパチクリとさせ、善逸とジョジョを交互に見た。

 

 すると、禰豆子が善逸に小さな手でちょいちょいと手招きした。

 

「!」

 

 目にもとまらぬ速さで善逸が急接近する。修行の成果が変なところで発揮された。

 

「……」

 

 カナヲは、犬とフナムシを同時に思い出した。

 

「どうするんだい? ネズコ」

 

 ジョジョが禰豆子に問いかけると、禰豆子は善逸の頭に手を伸ばした。

 

 ――なでなで

 

「……撫でとるのう」

「撫でてるね」

「……」

 

 善逸は、想定外の事態に両手を差し出したまま固まっている。

 

「へへへ~……」

 

 満更でもないようだ。

 

「タンジロー。ネズコはどうしたんだろう?」

「那田蜘蛛山でみんなを励ました時から、癖になってるみたいです」

「そうか。ひょっとしたら、母性でも芽生えてるのかもしれないね」

「恐らく、抱っこに関しては父性を見出しとる者が対象なんじゃろう。ゼンイツ君は"父親"って感じではないからの」

「!?」

 

 何気ない一言が、善逸の胸に突き刺さった!

 

「お、俺は禰豆子ちゃんの父親にはなれないのかッ!? 旦那だからかッ!?」

「何言ってんだお前」

 

 逆立ちしたままの伊之助は呆れた様子で善逸に言う。

 

「お前は父親でも旦那でもないだろ……」

「……まあ父親やら旦那やらは置いておくとして、ネズコはゼンイツ君のことをどういう風に見ておるのやら」

 

 珍妙なタンポポだ。

 

「ち、チキショウ……。撫でられるのはすごく嬉しいけどさ……。ジョジョさんにあって俺にないもの……。一体何が足りないってんだ……」

「……身長?」

「ごふ」

 

 カナヲが答えた。その表情は一点の曇りもない笑顔だ。本当は"全部"と答えたかったが、いくらこんなのと言えど、炭治郎の友達であり一緒に戦う仲間なのだ。

 

 そんなカナヲの配慮を知る由もなく、善逸は膝から崩れ落ち畳の上にうつ伏せで倒れた。その顔は畳に隠れて表情が見えないが、汚い嗚咽が漏れている。

 

「うっ、うっ……。炭治郎ぉ!」

「なんだ?」

「俺の両手を掴んでくれ!」

「え? ……こうか?」

 

 炭治郎は言われるがまま、うつ伏せで倒れたままの善逸に近付いて両手を掴んだ。

 

「カナヲちゃん! 伊之助!」

「なに?」

「なんだよ」

「二人で俺の両足を引っ張ってくれ!!」

「ええ……?」

「面白そうだな! いいぜぇ!」

 

 呆気に取られるカナヲを置いて、ノリ気の伊之助が善逸の両足を思いっきり引っ張った。猪頭から気合いの息が漏れる。

 

「ぬおおおおお猪突猛進ッ!」

 

ギ リ ギ リ ギ リ ギ リ

 

「いでででででででで!?」

「ふんぬ……。何やってんだ、善逸」

 

 と言いつつも、炭治郎は善逸の要求通り両腕をしっかり掴んだままだ。律儀な男である。

 

「いででで! 何も言うな炭治郎! いででで! こうやって背を伸ばして、いでぇ! ジョジョさんの身長を抜かすんだぁ! ギャー!」

「……」

 

 炭治郎は何とも言えない表情で善逸を見ている。彼の奇行は今に始まったことではないので割と慣れているが、どこから突っ込んでいいか分からない。

 

「ゼンイツ君は160少々。ジョースターさんは195㎝。最低でも35㎝は伸ばさねばならんな……」

「そんなことしたら、ゼンイツが脱臼しちゃうよ!」

「ふんぐぐぐぐ! お前も俺とじょうすけみてーに骨を外せるようにしてやらぁ! 便利だぞ!」

「あの、そ、それって不便じゃない……?」

 

 伊之助もジョジョと同じく、関節を外すことができる。意図的に骨を外せる人間がこの場に二人もいるせいか、カナヲがやや自信なさげに疑問を呈する。

 

「そん時はジョジョさんお願いしまーす! うぐぐぐ……」

 

 善逸は歯を食いしばり、金髪を振り乱して涙を流しながら痛みに耐えている。治療に関して思いっきりジョジョ頼りとは言え、その覚悟は本物のようだ。

 

「見ててね禰豆子ちゃん! 俺は今から高身長の"ハイカラ"さんになるからね!」

「……」

 

 禰豆子は善逸の奇行をジョジョにしがみついたままじーっと見ている。その表情はやや困惑気味だ。

 

 善逸が身長を伸ばそうと躍起になっていると、襖の奥で窓を閉める音がした。

 

 そしてほどなくして、居間の襖が開いた。

 

「もう、騒がしいなぁ。また善逸さん?」

 

 呆れ気味に現れたのはアオイだった。

 

「って、炭治郎さん達、善逸さん引っ張って何してるんですか」

「アオイちゃんも止めないでくれ! これは男の戦い……ギャー!」

「……はぁ。いや、そんなことより、ジョースターさんにお客さんが六人来てますよ!」

 

 どうやらアオイは、来客を知らせに来てくれたようだ。善逸が騒がしいものだから気づくのが遅れてしまった。

 

「六人? 誰だい?」

「波紋使いの方々です。代表して名乗られたのは、トンペティさんというお爺さんでしたよ。お館様との御挨拶も済んで、此方にいらしたと」

「老師トンペティ!? そうか! ついに来たんだ!」

 

 懐かしい名に、ジョジョの顔が綻ぶ。と言っても、ジョジョ個人の感覚ではそれほどの月日ではないが。

 

「おお、到着したようだな。待っていた甲斐があったわい」

「おっさん、遊びに来た訳じゃなかったのか」

「……そ、そこは否定せんが、ちゃんと働いとるからな。ほれ、これを渡すために持って来たんじゃ」

「はーん……」

 

 そう言って、スピードワゴンが見せたのは、小さめの鞄だった。

 

「ジョースターさんの同門の方?」

「うん、そうだよ」

「到着したんだ! ジョジョさんと同じ波紋使いの方達! トンペティさんって確か、ジョジョさんの育手の育手に当たる御方ですよね!」

「そうさ! 久しぶりに会えるみたいで、嬉しいな!」

「つ、ついに来たのか! 波紋使いの人達! これで俺もお役御免だー! いやっほお―――――い!!」

「んな訳ねーだろ、紋壱! にしてもじょるのの同門か! どんな奴らなんだろな!」

 

 炭治郎達も興味津々だ。

 

「ありがとうアオイ、すぐ行くよ!」

「皆さん、外でお待ちになってますよ」

「分かった! ごめんね、ネズコ。今日の抱っこはおしまいみたいだ」

「ムー……」

「ほら、禰豆子は戻るんだ。また一緒に遊べる時間、作ろうな」

「……」

 

 至福のひとときを若干削られてしまった禰豆子は、頬を膨らませて不満気だ。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

「息災のようじゃのう……」

「久しぶりだな。ジョジョ、スピードワゴン」

「老師トンペティ! ストレイツォさん! お元気そうで!」

「お久しぶりです。トンペティさん、ストレイツォさん」

 

 トンペティは、頭部を丸めており、頬から顎まで白い髭を蓄えた老人だ。かつてジョジョと共に戦ったあの頃よりも痩せ、黄色い僧衣を纏ったその背は丸まっており、その体は微かに震えている。一言で言うならばヨボヨボの様子だ。

 

(この方がトンペティさん……。ジョジョさんの大師匠! 波紋の匂いと、微かな煙草のような匂いがする。全てを見通しそうな、不思議な目をした人だ)

 

 しかし、その眼光は健在だ。

 

(すとれいつお、すとれーつお、ストレイツォさん。この方もジョジョさんが言っていた、一緒に吸血鬼と戦った人物! 波紋の匂いもさることながら、戦い慣れした貫禄がある!)

 

 ストレイツォは、黒い長髪を首元で束ねた一つ結びで美形の男だ。波紋使い用の白い戦闘服を纏い、その上から灰色のローブを纏っている。その顔にはほんの少し皴があったが、端正な顔立ちは相変わらずである。

 

 ジョジョ、トンペティ、ストレイツォが互いに自分の両手を合わせ、波紋使い特有の挨拶を交わす。

 

「だいぶ年取ったがのう。おかげでパイプを吸うのも一苦労じゃわい……」

「まだまだ、お元気そうじゃないですか」

「いやはや、お互い年を取ったもんです……」

「ジョジョ、後ろにいる者達が鬼殺隊の剣士か? 良い目をしている。戦士の目だ」

「ああ。皆、勇敢なサムライたちさ」

「うむ、それに強いですぞ」

「ほう。だが、私の教え子も負けちゃあいないぞ?」

 

 四人が会話をする横で、善逸が自分の手を見ながら指折り数えている。

 

(あの爺さんって、ジョジョさんの師匠のツェペリさんが若い頃から波紋使いの指導をしてた人なんだよな……。んじゃ、いったい今いくつなんだ……!?)

 

 ツェペリが波紋使いとして修行を受けていた時代から既に老師だったらしい。となると、とんでもない長生きだ。

 

「儂はもう戦える身ではないがの、波紋使いになれそうな者の見極めや、修行をつけるくらいはできる。全てスピードワゴンから聞いとる。力になろうぞ」

「ありがとうございます!」

「うむ。では、他の者も紹介せねばな。一人は既に"オヤカタサマ"の治療を進めておるのでここにはおらん。後の四人は初対面じゃろうて」

 

 トンペティがそう言うと、波紋使い用の白い戦闘服を身に纏った男が二人前へと進み出て、手を合わせて波紋使いの挨拶を見せた。

 

「メッシーナと申します! お会いできて光栄です! ジョースターさん」

 

 メッシーナと名乗った男は黒い短髪で、太い眉と鼻下に少しだけ生えた髭が特徴的な筋骨隆々の若者だ。

 

「ロギンズです。二人のお噂はかねがね……」

 

 ロギンズは細眉に首まで伸びたやや長めの長髪が特徴の若者だ。その筋肉はメッシーナに負けず劣らず逞しい。

 

「メッシーナとロギンズは次期師範代と目される優秀な波紋使い……。鬼殺隊の力になることじゃろう」

「よろしく! メッシーナ! ロギンズ!」

「来訪、心より感謝しますぞ」

 

 メッシーナとロギンズが紹介を終えると、もう一人の若い男性がジョジョに歩み寄ってきた。ストレイツォと同じく、白い戦闘服を身に纏った、黒い角刈りの男だ。彼を見たジョジョは、何故だかどうしようもなく懐かしい気持ちになった。

 

「君は……?」

「……」

 

 彼は静かに微笑みを浮かべて片手を差し出した。握手のサインだ。

 

(波紋使いなのに握手を? それにこの顔……。まさか!?)

 

 少し不思議に思ったが、ジョジョが手を握る。

 

「!」

 

 握手した手が微かに光り、波紋の力が流れ込んできた!

 

(この波紋は! やはりそうかッ!! 君は!)

 

 ジョジョは握手を求めてきた若者の正体を察した。その精悍な顔付き、流れ込んでくる暖かな波紋から感じ取ったのは、師の面影!

 

「俺は、マリオ……。ウィル・A・ツェペリの息子だ。ジョースターさん、貴方から確かに感じる……! 父さんの波紋をッ……!」

「……」

 

 マリオから一筋の涙が零れる。彼はイタリアのナポリで家具職人を務める傍ら、父の死を知りながらもその生涯を波紋の修行に捧げている男だ。ジョナサン・ジョースターが生きていることを知り、駆けつけてくれたのだ。

 

 ちなみに、まだ独身である。

 

「マリオ……。君の父は勇敢な波紋使いだった。あの戦いでぼくが生き延びられたのは、全てツェペリさんの導きによるもの。父だけでなく、息子である君まで助けにきてくれるなんて、ぼくはとんでもない果報者だ。来てくれて本当に嬉しいよ……」

「はい……。俺も力になりますッ!」

 

 ジョジョとマリオの遣り取りには、万感の思いが込められていた。

 

「……待っていたぞ、マリオ君」

「貴方は?」

「儂はスピードワゴン。返事の手紙に、君のことが記されていたので待っていたのだ。是非、君に渡したいものがある」

 

 そう言うとスピードワゴンは、先ほど伊之助に見せていた鞄からそっと何かを取り出してマリオに差し出した。

 

「こ、これは! まさか、父さんの……!?」

「そう。これは、儂にとっても大切なもの……。だが、この()()は君が持たなければならんッ。どうか、受け取ってくれぃ!」

 

 渡されたのは縁の黒い白黒のチェック模様が施されたシルクハット。

 

 ウィル・A・ツェペリの形見だ。

 

「……ありがとう、スピードワゴンさん」

 

 マリオは決意に満ちた表情でシルクハットを受け取り、しっかりと被った。

 

「……」

 

 炭治郎達も、万感の思いでいっぱいだった。スピードワゴンの手で、実父の形見が息子の手に渡ったのだ。両者にとって大切なものであることは匂い、音、空気、視界、雰囲気の全てにおいてしっかりと伝わってきた。

 

「形見か……」

 

 炭治郎は無意識のうち、耳飾りに触れていた。

 

「ふぉふぉ……。良かったのう、ツェペリよ。さて、もう一人、ぬしに縁の深い者がおるでな」

「ああ、このストレイツォ自慢の教え子だ。強いぞ、彼女は」

 

 トンペティとストレイツォがそう言うと、最後の一人がこちらに近付いてきた。長髪の女性だ。耳に大輪のピアスを付け、赤みがかったマフラーを巻き、肩を露出した大胆な黒色のドレスを着ている。脚は黒いストッキングにオレンジ色のハイヒール。抜群のスタイルを見せる美女だ。

 

(す、すごい!? この人、波紋の匂いがとびきり濃い! ジョジョさんに引けを取らない程だ!)

(すんっげぇ美人だ! 外国の美女ってすごい! でも音が……! 音がやばい! 体が震える! 滅茶苦茶おっかない! ジョジョさんから優しさを取っ払ったような恐ろしい音がする!)

(鬼でもねーのに、ここまでやべぇ女がこの世に存在すんのか……! 体中ビリビリしやがる!)

(佇まいに全く隙がない。ものすごく強い……)

 

 改めて感じ取った気配。それは圧倒的だった。炭治郎達は確信した。この女性こそ、訪れた波紋使いの中で最強だと。

 

「君は……」

 

 ジョジョはマリオに続いて同じように問いかけてみるものの、不思議な感覚だった。その顔は初めて見る筈。しかし、どこか初対面のような気がしないのだ。マリオと同じく、奇妙な懐かしさを感じる。

 

「……」

 

 スピードワゴンは、珍しく無言でニコニコとした表情のまま二人を見守っている。

 

「不思議だ。ぼくは、君を知っている気がする」

「覚えててくれたのですね。そう、私の名は……」

 

 彼女が胸に手を当て、自らの名を名乗った。

 

「エリザベス・ジョースター」

 

 炭治郎達は、大層驚いた。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

老師の言う通り、お館様の下には既に波紋使いの医者がいるぞ。
ツェペリさんを波紋使いの道へと導いたあの人だ!

全盛期のリサリサ先生がログインしました。


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ジョースターの血統

最近、ギリギリまで仕上げるのがマイブームになりつつ……。
23:50頃の投稿、ちょっと字が崩れてるので直しました!


フライング大正の奇妙なコソコソ噂話

波紋使い達と炭治郎達の会話は、バイリンガルな財団スタッフがひっそり通訳しています。お疲れ様です。


『そう言えばジョジョさん』
『なんだい? タンジロー』
『お子さんの名前って決めてたんですか?』
『うん。男の子ならジョージ、女の子ならエリザベスさ』



(エリザベス・ジョースター!? ということは、あの人……!)

(ジョジョさんの娘ってこと!? あの超美人な人!)

 

 驚かない筈がなかった。エリザベス・ジョースター。ジョジョに面と向かっている女性はそう名乗ったのだ。ジョジョと何らかの関係があることは明らかだ。炭治郎達は、二人の遣り取りを見守る。

 

「色々と言いたいことはあるけれど……。そうね、貴方にお願いがあります」

「なんだい?」

 

 エリザベスは一度長髪をかき上げる仕草を見せた後、ジョジョに右手をスッと差し出した。差し出された右手はエリザベスの顔辺りでジョジョに対して小指側面を見せる形になっている。握手というよりはファイティングポーズのように見えた。

 

「私の手を握り締めて下さい」

「手をかい? こうでいいのかな」

「ええ」

 

 ジョジョがエリザベスの手を握り返した。二人は中空で腕相撲をしているような状態だ。エリザベスの手は細く、ジョジョの手は大きく太い。力の差は歴然のように見える。

 

「今から、貴方に対して目一杯波紋を流し込みます」

「……そういうことか。分かった!」

 

 ジョジョは得心した様子で頷いた。彼女は自分の力を試したがっている。それに、こうした方が色々と手っ取り早いのだ。今は亡き波紋戦士の一人である、ダイアーと邂逅した時のように。

 

 両者が握り合う手が仄かに輝きを増した。

 

「波紋の光だわ」

 

 二人の変化に一番に気付いたのはカナヲだった。

 

「本当だ。波紋の匂いも濃くなってきたぞ」

「ビリビリするぜ! 戦いの気配だ!」

「お、音もバシバシ激しくなってきた……」

 

 炭治郎達は、ジョジョとエリザベスが何らかの方法で戦うのだと理解した。何が起こっても不思議ではない波紋使い同士の立ち合いだ。緊張感が高まる。

 

「腕相撲みてぇだな!」

「……波紋で腕相撲?」

 

 伊之助の言葉に炭治郎は首を傾げながら考えを口にした。

 

「ありゃぁのぅ、波紋の力比べだな」

 

 いつの間にか、炭治郎達の隣にトンペティがいた。

 

「ギャーッ!? びっくりしたぁ!!」

「いつからいたんだ!」

 

 四人はいきなり現れた老人に驚く。炭治郎の嗅覚、善逸の聴覚、伊之助の触覚、カナヲの視覚をもってしても気づくのに遅れたのだ。この老人、ただ者ではない。

 

「トンペティさん! 俺は、竈門炭治郎です! ジョジョさんにはいつもお世話になっています!」

「んむ、よろし――く……」

「お前の切り替えの速さ、尊敬するわ」

「ハゲじじい! あれはどうやって力比べす……いで!?」

 

 カナヲが拳骨を振り下ろした!

 

「"波紋の呼吸"の老師になんてことを言うの」

「……うぐぐ」

 

 伊之助は頭頂部を両手で押さえてうずくまっている。相当痛かったらしい。

 

「伊之助がすいません……」

「ええよ」

 

 その横で炭治郎はトンペティに平謝りだ。綺麗な連携である

 

 最近蝶屋敷では、炭治郎に先立ってカナヲやアオイが伊之助を注意する。二人共、年上だからか、若干お姉ちゃんらしく振舞う傾向にあるのだ。特にカナヲは、胡蝶家で末っ子扱いだったこともあり、ちょっと張り切っている。

 

 痛がる伊之助に代わって、善逸が聞いた。

 

「トンペティさん、あれはどんな力比べですか?」

「あれはのう、互いに波紋を流し合うんじゃ。力が拮抗してる者同士でやると良い鍛錬になる」

「あぁ、波紋で押し相撲するようなもんか」

「なるほど」

 

 やることは単純だった。腕を経由して互いの波紋をぶつけ合う。手合わせを兼ねた訓練だ。

 

「見ものじゃぞ。エリザベスも波紋法の歴史に名を遺す天才よ」

「……」

 

 エリザベスの強さを感じ取っていた炭治郎達は、トンペティの言葉に納得する。それに、波紋使い同士が波紋をぶつけ合うとどうなるのか、実に興味深い。何より、あのエリザベスの相手はジョジョである。

 

「儂もここで見守るぞ」

「あ、スピードワゴンさん」

 

 エリザベスとジョジョの傍にいたスピードワゴンが炭治郎達の傍に移動し、木製ステッキを地に軽く突いた。

 

「おっさん、近くで見ねぇのかよ」

「なーんか、嫌な予感がするのでな」

「予感ねぇ……」

 

 スピードワゴンが言うぐらいなのだから、距離は空けておいた方が良いのだろう。

 

「あなたの実力を見せてください」

「ああ!」

 

コオオオオオオオオオオオ

 

 ジョジョ、エリザベス、両者共に波紋を練り始めた!

 

(始まった! 波紋の匂いがより強くなっていく!)

 

 波紋の力が一層強まり、両者の手の輝きが更に増す。

 

 二人を中心に、風が吹き出した。砂埃が舞い、善逸はすかさず目を庇う。煉獄とジョジョの戦いから学習したのだ!

 

「な、なんで風が……」

「これは、波紋の余波ですかな? トンペティさん」

「そうじゃ。両者、波紋の蓄積量、練り具合共に凄まじいわい。波紋をぶつけ合って、風が吹くとは相当なものよ。ストレイツォ達にも良い刺激になるじゃろうて」

 

 ストレイツォ、メッシーナ、ロギンズ、マリオは風をものともせず二人の波紋の力を真剣に見届けている。

 

(お嬢の波紋に対抗できる人が、この世に存在したとはな……)

 

 若き波紋使い、メッシーナを始めとしたジョジョと初対面の者達は、ジョジョが実力者であることは確信していた。しかし、エリザベスのずば抜けた実力もよく知っている故に、その衝撃は大きい。

 

 ジョジョ自身も、エリザベスの力量に感服している。

 

(こんなに鋭くて力強い波紋、生まれて初めてだッ! 卓越したセンスと長年の鍛錬がなければ決してたどり着けない領域ッ! 並大抵の吸血鬼や屍生人では、波紋を流されたことにさえ気付けないだろう!)

 

 その波紋の奔流は、今まで出会ったどの波紋使いよりも強かった。ジョジョは負けじと波紋の呼吸を練り、押し返す。

 

(想像していた以上! これがジョナサン・ジョースターの力!!)

 

 エリザベスもそうだった。彼女は圧倒的才能と努力に裏打ちされた確かな実力者。

来日した波紋使いの中で一番強いと、自他共に認めている。

 

(私にもまだまだ驕りがあった、ということね……。精進しなくては)

 

「ハァッ!」

「オオオオオオ!」

 

カッ!

 

「眩しッ!」

「うっ! カナヲ! 大丈夫か!?」

「目を閉じたから平気!」

 

 両者の波紋が拮抗し、その腕の輝きは直視出来ない程の眩しさとなった!

 

 ジョジョは光の奔流の中、彼女の波紋を感じ取っていた。

 

「……」

 

(そうか……)

 

 ジョジョはエリザベスが何者なのか、ハッキリと理解した。

 

(なんて数奇な運命だろう。君も波紋使いになっていたなんて)

 

「……」

 

 エリザベスも、ジョジョの波紋を感じ取った。

 

(あなたは確かに、ジョナサン・ジョースター……)

 

 彼が彼であることを確かとしたその目には、微かに涙を浮かべている。

 

(本当に、こうして会えるなんて、夢のようだわ……!)

 

 暫くすると、波紋の光は徐々に収まっていった。

 

「ふー、収まったか……。あ……!」

 

 善逸が素っ頓狂な声を上げた。景色が一変していたのだ。

 

「ゲハハ! また花が咲いたぜ!」

 

 ジョジョとエリザベスの足元半径3メートル以内が、綺麗なお花畑になってしまった。色とりどりの花が咲き乱れ、庭のど真ん中が立派な花壇に生まれ変わったのだ。

 

「これって、那田蜘蛛山の……?」

「うん、波紋の力で植物が活性化するそうだよ」

「それでああなったんだ……」

 

 カナヲは改めて波紋の力を目の当たりにして驚く。那田蜘蛛山で"隠"を護衛するために入山していた為知っていたが、目の前で実際に起こるとなると、その様は正に圧巻であった。

 

「晴れ続きで乾いていた地面でああなるか……。雨上がりだったら、蝶屋敷がジャングルになるところだったわい」

 

 スピードワゴンはそう推理する。地面が乾いていたため、あの程度の花壇で済んだのだ。

 

「あれ? スピードワゴンさん。杖が……」

「ぬ? おお、これはまた……。はははは、もっと離れるべきだったな」

 

 スピードワゴンの持つ木製ステッキは、取っ手の先端に綺麗な一輪の花が咲き、棒の部分からは枝と葉がいくつか生え、杖先から根が生えていた。小さな木のように様変わりしている。

 

「スピードワゴンさんの杖、完全に木に変わってる。森に生える木と同じ匂いがするぞ」

「嘘だろ……」

「のう、スピードワゴンや、ちと杖を見せてくれんか」

「どうぞ」

 

 スピードワゴンが快諾し、トンペティに杖を渡すと、彼は木のように変貌した杖をしげしげと眺め出した。ツルツルとした肌触りだった加工品の杖は、木皮を纏ってゴツゴツとしている。

 

「むう、流石に驚いたわい。加工品の木材が余波だけでこうなるとはな……」

 

 ストレイツォがトンペティに近寄り、トンペティの持つ木杖を観察した。

 

「なんということだ……。杖が完全に息を吹き返している。地を伝った波紋が影響を及ぼしたのだろうが……。我が弟子とジョナサン・ジョースターの波紋が合わさると、こうまで相乗効果を発揮するのか……」

 

 直接触れたならともかく、乾いた地面を伝って杖にここまでの影響を及ぼすとなると、先ほど流れていた波紋の量は相当なものだ。最早、未知の現象だった。

 

「エリザベス……。そうか、エリナから名付けられたんだね?」

 

 ジョジョは、彼女の名は妻から授かったものと確信する。

 

「その通りです」

「大きくなったなぁ。こうして君の成長を見ることができて、本当に嬉しいよ」

「光栄の至りよ。船であなたから貰った25年の恩、この日本で返させて貰いましょう」

「ありがとう」

 

(船で貰った恩……?)

 

 ジョジョとエリザベスの会話を聞いていた炭治郎に、ある疑問が生じた。

 

「あの、エリザベスさん」

 

 気になった炭治郎は、エリザベスの元へ行き、話しかけた。物怖じしない男である。

 

(お前のその度胸が羨ましいぜ、炭治郎)

 

「あら、あなたは……」

「竈門炭治郎です。いつもジョジョさんにはお世話になっています!」

「そう、あなたがタンジローね」

 

 エリザベスは、炭治郎を興味深そうに見ている。

 

(確か、あの人と親しい東洋の剣士の一人。聞いてはいたけど若いわ。年はメッシーナ達に近いかしら。東洋の武人もよく鍛えられていること。彼らもうかうかしてられないわね……)

 

「何か御用?」

「はい! エリザベスさんは、ジョジョさんのお子さんなんですか?」

「ええ、そうよ。義理だけど」

「義理……」

「そう。あなた、彼と親しいのよね? だったら聞いていると思うけれど、私は赤ん坊の頃、彼に助けられたの」

「エリザベスさんが!?」

 

(てことは、あの人はジョジョさんが船で助けた赤ん坊!?)

(すんげぇ強くなったんだな……)

(なんだか他人事のような気がしない……)

 

 遠くから話を聞く善逸、伊之助、カナヲも炭治郎同様に仰天する。カナヲは、幼少の頃に助けられ、波紋戦士となって帰ってきたエリザベスにどこかシンパシーを感じているようだ。

 

「全く、ひどいじゃないかスピードワゴン。こんなに大事なことを、内緒にしちゃうなんて」

「すまん、ジョースターさん。彼女の口から、いや、波紋から伝えた方が良いかと思ってな」

 

 スピードワゴンはカラカラと笑う。その表情はまだ何か隠し玉があるぞと言わんばかりだ。

 

「それじゃあ、ジョジョさんのお子さんは……」

「ジョージね? 今、本国で忙しそうにしてる。彼、軍人なの。元気にしてるわよ」

 

 ジョナサン・ジョースターの実子、ジョージ・ジョースター二世は立派な英国軍人となっていた。こちらに関してはスピードワゴンからバッチリ聞いている。今、彼は諸事情から大忙しなのである。

 

「ジョージも立派に成長してるんだろうね。早く会いたいな……」

「そうね、私も早く婚約者に会いたいわ」

「……」

 

 ジョジョと炭治郎達は、暫し固まった。

 

「……え?」

「ジョージと、君が?」

「ええ、そうですわ。()()()()()

「ジョージさんとエリザベスさんが!? すごいや!!」

 

 炭治郎は驚きながらも喜びを露わにしている。めでたい話だ。

 

「スピードワゴンッ! ぼくは聞いていないぞッ!?」

 

 スピードワゴンは破顔して大笑いしている。渾身の悪戯が決まった小僧のようである。

 

「いや申し訳ない! 悪気はないんだジョースターさん。これまた彼女が説明する機会に恵まれそうだったんでな。それならばと、儂は口を閉ざしておったのだ」

 

(スピードワゴンさん、口を閉ざすことができるのね……)

 

 カナヲは、サラッと失礼なことを考える。

 

「もう……。驚いたよ。エリザベス! 君のような素敵な女性(レディ)と婚約だなんて息子は幸せだろう! ぼくは彼の傍にいてやれなかった。どうか、ジョージのこと、よろしく頼むよ」

「はい。私も、彼を愛し続けます」

「うん!」

 

 ジョジョは笑顔だ。盆と正月が一緒に来たようなサプライズだったが、喜ばしいことには変わりない。

 

「えーと、じょるののセガレと船で助けた赤ん坊が(つがい)になったってことか? ハハハ! すげぇ! すげぇぜ!」

 

 伊之助は何故かテンションが上がっている。色恋沙汰にはてんで興味無さそうな筈なのにだ。

 

「アァ――――――――――!!」

 

 突然善逸が絶叫しながらびたんと音を立ててぶっ倒れた! 体をバタバタと縦横無尽にくねらせている!

 

「あ、いつもの発作」

 

 カナヲがスッと離れた。

 

「なんなんだよォ―――!! あれか! ジョースターの血統ってのはモテモテの血統なんですか―――ッ!? キィ―――――ッ!!」

 

 我妻善逸は惚気話を聞くとくるいもだえるのだ、憎しみでな!

 

「……あれは翻訳せんで良いぞ」

 

 スピードワゴンは通訳班の肩に触れ、仕事をそっと阻止した。

 

「お義父さん……。あれは一体……」

「うん、ゼンイツはたまにああなるんだ」

「……」

 

 エリザベスは"やや"冷たい目で善逸を見ている!

 

「なあ、カナリア!」

「カナヲね。何?」

「あの女とせがれにガキができたら、じょりんはじじいになるんだよな!」

「……そうね」

 

 伊之助は、空を見上げた。

 

「とんでもねぇのが生まれそうだぜ!」

「……」

 

 誰も否定できなかった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

はい


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ターニングポイント

今回もかなり短め、そろそろ長めの話も書きたいところです……('ω')

今回の会話もきっと財団スタッフが頑張って通訳してます。


 昼過ぎの蝶屋敷、廊下をいかり肩で歩く男の隊士がいる。

 

 髪型は側頭部を刈り上げ、中央部の髪をボサボサに生やした棟髪刈り。右頬から左目にかけて大きな傷跡が残っており、眉間に皴を寄せたままの鋭い三白眼。黒い隊服の上に羽織を纏っている。その色は胸部付近が小豆色、腹部が黒色だ。

 

 身長は180㎝と体格に恵まれており、普段からイラつきを隠しもしない様子と、その鋭い印象からは見るものを委縮させる。現に、ずんずんと進む彼を見るや、すれ違う隊士達は廊下の端に避けている。

 

 彼の名は不死川玄弥。風柱・不死川実弥の実弟である。

 

(鬼の数が減っている)

 

 玄弥は焦っていた。鬼の数が減る。鬼殺隊にとっては実に良いことだ。玄弥にとってもそうだ。しかし、それは今の自分にとって都合が悪い。

 

(鬼が喰えない)

 

 彼は強力な顎の力と特殊な消化器官を持つ。鬼を喰らい、一時的に鬼の力を身に宿せる特異体質なのだ。その力は当然、喰らう鬼が強ければ強いほど増す。

 

 しかし、下弦の鬼は全滅し、上弦の鬼も未だ尻尾を見せない。雑魚鬼もほとんど身を潜めている。玄弥からすれば、強くなれる機会を失っている訳だ。

 

(俺が狩れたのは未だに木っ端程度の鬼だけ。クソが!)

 

 玄弥は胸中で悔しがる。彼は炭治郎達と同期だ。当時の最終選別試験に合格したのは、竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助、栗花落カナヲ、不死川玄弥の計五名。

 

(最終選別に残った奴等の中で、俺だけが……)

 

 炭治郎、善逸、伊之助は下弦全滅の立役者として有名だ。カナヲは、胡蝶しのぶの継子としてメキメキと腕を上げており、類稀な才覚を持つと言う。玄弥は、自分一人だけが取り残されたような焦燥感に駆られた。

 

(俺には"全集中の呼吸"の才能が無かった。俺が"柱"になる為には鬼を喰うしかない……。このまま足踏みしてる場合じゃねぇんだ!)

 

 そういった者達は、"隠"になることが多い。だが、玄弥はそうしなかった。とある理由から鬼殺隊の"柱"を目指している為だ。されど、彼は呼吸の才能は無い。喰う為の鬼も見つからない。手詰まりだった。

 

(とにかく、今日も悲鳴嶼さんの言う通り、胡蝶さんに診て貰わねぇと。あー……。今日も説教されんだろうな)

 

 玄弥は、岩柱・悲鳴嶼行冥の元へ弟子入りしていた。悲鳴嶼は、玄弥の我武者羅で凄まじい執念と、特異体質を察した故に面倒を見ている。その折に蟲柱・胡蝶しのぶの診察を受けるよう紹介され、今に至る。

 

 当然、しのぶも良い顔をしなかった。鬼の力を身に宿すなど、何が起こるか分かったもんじゃない。余りにも危険過ぎる。黙認されているのが奇跡と言っても良いぐらいだった。

 

 当初の玄弥は荒れに荒れていた。最終選別の時、待ちきれなかった彼は立会人である産屋敷家の息女を殴り、その折に炭治郎とひと悶着起こして腕をへし折られた。今も荒々しさは隠せない様子だが、悲鳴嶼のおかげで少しずつマシになっていた。殴った息女にはきちんと詫びを入れた。

 

 考えている内に、しのぶがいる診察室に到着した。

 

「待ってましたよ、玄弥君」

 

 しのぶが上機嫌な様子で出迎えた。その表情はウキウキとしている。玄弥は怪訝な表情を浮かべる。こんな様子は初めてだからだ。

 

「……」

 

 それよりも重大な問題があった。彼女の艶やかな笑顔に玄弥の顔が上気し、紅潮する。最終選別を終えて暫くした後、彼は思春期に突入した。それ以来、女性に対して初心なのだ! しかもしのぶは物凄い美女だ。その破壊力は大きい!

 

(ど、どうしたってんだ。俺の診察するときはいっつも悲しそうな顔してたのによ……)

 

 開口一番お説教だった筈なのだが、今日はどういう訳か上機嫌だ。それに、診察室にいたのはしのぶだけではなかった。

 

(誰だ……?)

 

 診察室で玄弥を待っていたのは、ジョジョとマリオの二名。彼にとって初対面だ。二人共、玄弥のことを興味深そうに見ている。

 

 ジョジョが玄弥に微笑みかけた。

 

「やあ、初めまして。君がゲンヤだね? ぼくはジョナサン・ジョースター。気軽にジョジョって呼んで欲しい。波紋の呼吸の使い手さ」

「!」

 

 話には聞いていた。波紋の呼吸とは、西洋の鬼狩りが操る呼吸法で、太陽の力を操ることができ、その力で鬼を次々と葬り去っていると。炭治郎達が下弦討伐に至ったのも波紋使いの力添えによるものだったと聞く。

 

「同じく、マリオ・ツェペリだ」

「は、はあ……」

 

 角刈りのイタリア人、マリオもジョジョに続いて自己紹介をする。玄弥は、突然の波紋使いに、そう返すしかなかった。

 

(そうか、こいつらが西洋の鬼狩りか……)

 

 ある意味彼にとっての悩みの種である。

 

ガシッ

 

「!?」

 

 突然、死角からぬうっと老人が現れ、枯れ枝のような手で自分の手を掴まれた!

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

「な、なんだこの爺さん!?」

「やはりのう……」

 

 突如生えてきたトンペティが玄弥の手を掴んだまましげしげと眺める。抵抗しようとする玄弥をしのぶが制した。

 

「大丈夫ですよ。この御方はトンペティさん。"波紋の呼吸"の老師です」

「この人が? ……ぐ!」

 

 突如、トンペティと呼ばれた老人の手が光りだした。茫然としていると、玄弥の手が急速に熱を帯びたような感触を覚える。チリチリと肌が焼かれるようだ。

 

「あぢっ!?」

「む、熱いのか……」

「ああ、やっぱりそうなりますか……。玄弥君、ちょっとだけ我慢してくださいね。死にはしませんから。……まだ」

「まだ!?」

 

 しのぶがそういうことを言うとやけに怖いのだ。不吉な言葉に狼狽する。一体自分は何をされているのかと思っていると、しのぶはトンペティに訊ねた。

 

「トンペティさん、玄弥君は……?」

「うむ! 間違いない。この者には才がある」

「まあ!」

 

 トンペティが玄弥から手を離し、しのぶが顔を綻ばせた。すごく嬉しそうだ。玄弥は何が何だか分からなかった。

 

「おめでとうございます、玄弥君」

「は?」

「貴方、"波紋の呼吸"の才能があるそうですよ!」

「はぁ!?」

 

 突然の宣告に面食らう。当のしのぶは小躍りしている。可愛い。

 

「な、なんでそんな急に……」

「貴方から採血したサンプルを調べたところ、波紋の呼吸に適性がある可能性が高いと、トンペティさんが仰ったんです」

「左様、こうして直接確かめてみれば、大当たりだったという訳じゃ」

「ほ、他の調べ方はなかったんすか……」

 

 玄弥は握られた手にフーフーと息を吹きかけながら抗議する。ファンファーレには程遠い。

 

「ぼくが横隔膜から肺に指を突き込んで、波紋を流すという手もあったけれど……」

「おっかねぇ調べ方しかねぇのか!?」

 

 今の玄弥がそんなことをされれば、のたうち回るのは確定だっただろう。下手したら死ぬ。

 

「まあどうするかは自分次第じゃ。お前さんの特異体質のことは聞いとる。今こそ選択せねばなるまい。そのまま鬼の力を使い続けるか、鬼の力を綺麗さっぱり捨てて、波紋使いになるか……」

「……ここでどちらかを選択すれば、もう後戻りはできないって訳か」

「そういうことよ」

 

 トンペティが然りと頷く。不死川玄弥は今、重大な転換点に立たされることとなったのだ。

 

「……」

 

 このまま鬼の力を利用して突き進めば、波紋法の会得は出来なくなるだろう。逆も然りだ。チャンスは今しかなかった。

 

「……両方はできないんすか」

「無理じゃのう。如何せん、波紋法は太陽の力を宿している故」

「下手したら消滅しかねんぞ」

「……」

 

 トンペティの言葉にマリオがそう付け加えた。鬼の力と波紋の力、共存するのは土台無理な話であった。

 

「だが案ずることはないゲンヤ君。君ならばきっと、良き波紋使いになれるぞ! 君からは熱いツェペリ家魂を感じるッ!」

「俺は不死川家だ!」

 

 マリオは、何故か分からないが玄弥にツェペリ家の魂を見出したらしい。

 

「私はまあ、はっきり言ってしまえば無理やりにでも波紋使いになって貰いたいところなんですが、一応玄弥君の考えを尊重しますよ……?」

「……」

 

 しのぶは首を傾げながら玄弥の顔を見てそう言う。玄弥は顔を青くして怯んだ。しのぶは笑みを絶やしてはいないが、その眼光から凄まじい重圧を感じた。目が言っているのだ。波紋使いになれ、波紋使いになれと。

 

「ゲンヤ。今、君は鬼の怪力を身に着けているそうだね。もし、波紋使いになれば、その力は失われることになる」

「"波紋の呼吸"で筋力は向上しねーってことか……」

「それ程ね……。本来、波紋の呼吸は破壊を目的とした呼吸法ではないから」

 

(ジョースターさんが言うと説得力が全くないわね)

 

 ジョジョは色々と例外である。

 

「だけど、それを補って有り余るほどの利点があるッ!」

「……太陽の力以外にもなんかあるんすか?」

「そうさ!」

「……」

 

 玄弥は考え込む仕草を見せる。波紋の呼吸の力は太陽の力。夜間であろうとも陽光の力を宿せると言うだけでも、対鬼においてメリットは大きい。

 

(波紋の呼吸か……)

 

 玄弥はかなり乗り気だ。目の前の男、ジョナサン・ジョースターが短期間で築き上げた実績の数々は彼もよく知っている。お館様を始めとし、柱達、あの不死川実弥さえも彼には一目置いている。

 

 そんな彼が操る呼吸法だ。鬼の力を宿すしか手が無かった中、突如として告げられた朗報だった。使えるものなら是非使えるようになりたい。それならば、鬼の力に固執する必要はない。

 

(占めたッ! ゲンヤは波紋法に対して前向きだ! 今こそ、波紋法の素晴らしさを伝えねばッ!)

 

 ジョジョは使命感に燃えた! ジョジョは考えうる限りの波紋法のメリットを頑張って思い出した!

 

「水で波紋探知機を作り、鬼の居場所を察知できるぞ!」

「そりゃ、便利っすね」

 

「他にも波紋を応用すれば、水の上を走れるようになるッ!」

「み、水の上?」

 

「水分、油分を含んだ物なら全て武器になる!」

「引っこ抜いた髪が針みてーに!?」

 

「こうして関節を外して腕を伸ばすことも出来るようになるッ!」

「伸びたッ!?」

 

「空だって飛べる!」

「空!?」

 

「高熱を発して物を燃やす事だってできる!」

「火まで!?」

 

「生命エネルギーで容姿が若く保てる!」

「へー」

 

「一秒間に十回以上の呼吸ができるようになる!」

「に、人間だよな?」

 

「十分間息を吸い込んで、十分間息を吐くことも軽く出来るぞ!」

「人間だよな!?」

 

「骨折程度ならすぐに治せる!」

「人間だよなッ!!??」

 

「そうじゃ、極めればほんの一部、未来予知もできるぞい」

「み、未来予知?」

 

「お前さんは、鬼の力を使い続けると死ぬじゃろう」

「…………それ先に言えよッ!?」

 

「といった感じなんだけど、どうかな?」

「……」

 

 玄弥は、怒涛の説明に頭を抱えだした。

 

「お、俺……。何になっちまうんだ……」

「波紋使いじゃよ」

 

 不死川玄弥、厳かに波紋法へと入門ッ!

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

玄弥はツェペリ家の人達と共通点が多い。良くも悪くも……。

後、五感組で一番ツッコミ適性高い。


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番外編 その壱:桃とステーキとスピードワゴン

スピードワゴンやりたい放題('ω')


 玄弥が波紋使いの道へと歩き出した一方、鬼殺隊本部である産屋敷邸では、スピードワゴンと産屋敷耀哉が屋敷内で会談を進めていた。

 

 今回も、縁側と畳部屋を隔てる障子の向こう側には護衛担当の柱達が控えている。今日のスピードワゴン護衛担当は、岩柱・悲鳴嶼行冥と蛇柱・伊黒小芭内の二名だ。

 

「カガヤさん、お体の具合はいかがでしょうか」

「おかげさまで、体が軽くなったようです。ついこの間まで、布団から出るにも妻や子供達の介助が必要でしたが、今は一人で起き上がれるようになりましたよ」

 

 耀哉の顔半分以上、鼻の下辺りまで侵食していた腫瘍は、両目と鼻の間まで後退していた。炭治郎とジョジョが対面した柱合裁判時と同程度の症状だ。波紋使いの医者と、スピードワゴン財団関係者による最新式医療の効果は、既に目に見える形で表れていた。

 

 耀哉は今、波紋使いによる処置と並行してスピードワゴン財団主導による治療が施されている。輸液療法を始めとする、イギリス、アメリカ両国が誇る最新式の医療技術でだ。

 

「それは重畳。順調に回復しているようで何よりです」

「波紋使いの御方の手腕もさることながら、財団が提供してくださった医療技術にも驚かされています。"リンガー溶液"に"輸液療法"。実に画期的だ」

 

 リンガー溶液とは、イギリスの薬理学者兼医者であるシドニー・リンガーが生み出した輸液である。日本ではリンゲル液の名で知られている。これを元に、数多くの輸液が生み出された。医学薬学の発展に大きく寄与した偉大なる生理食塩水である。

 

 尚、耀哉に投与されているのは、スピードワゴン財団の精鋭達と波紋使いの医者により調整・改良が施され、耀哉用に魔改造された代物である。

 

「副作用は現れておりませんかな?」

「はい。特に問題は起きていません」

「良かった、祖国でセンセーショナルを起こしたパーフェクトウォーターの改良版、カガヤさんのお体にも馴染んだようで」

「私も効果を実感しています。投与されてからというもの、私の血色がみるみる良くなっていると、あまねと子供達が喜んでいるので」

「それはそれは」

 

 リンガー溶液と輸液療法が日本で使われたとされる明確な記録は、1930年代に確認されている。大正初期から約15年後の話だ。今、耀哉に施されている療法は、紛れもない最新鋭の技術なのだ。だが、輸液療法はあくまで氷山の一角に過ぎない。

 

 スピードワゴン財団の介入によりもたらされた波紋法を始めとする数々の治療により、耀哉の体調は回復の兆しを見せている。更に、各地域の治療院や病院を通して米英の医療技術が広く伝えられた。結果として、日本の医学薬学は凄まじい勢いで更新されることとなったのだ。

 

 スピードワゴンの影響により、日本の医学薬学史は大きく変わろうとしていた。

 

(嗚呼、お館様……。着々とご快復に向かわれて……)

(悲鳴嶼さん、気持ちは痛いほど分かるが警備に集中してくれ)

 

 そっと手を合わせ涙を流す悲鳴嶼に、流し目の目線で抗議する伊黒であった。

 

 耀哉の体調の話を皮切りに、スピードワゴンと耀哉は本題に入った。

 

「カガヤさん、"全集中の呼吸"の会得希望者はこれだけ集いました」

 

 そう言うとスピードワゴンは、国語辞典程の分厚い紙の束を音を立てて差し出した。

 

「全員手続きを済ませ、来日しております。儂が信を置く、熱い心と強い使命感を抱いた勇猛な若者達です。……無論、命を賭すことも皆承知してます」

 

 紙面には、希望者の写真が張り付けられ、身長・体重・年齢などの簡易的なプロフィールが書かれている。

 

「おお、音で分かります。こんなにも……」

 

 耀哉も相当数の希望者が来ることは予想していた。しかし、想定以上の数だ。呼吸の才能がある者、尚且つ、最終選別を潜り抜けられる者に限定すればその数は減るだろうが、スピードワゴンが太鼓判を押す者達ならば、相当数の隊士が生まれる可能性が高い。

 

 二十人中五人残れば多い方と言われ、命を落とす可能性がある最終選別だが、これだけの数が揃えば大いに期待できる。

 

「育手、でしたかな。指導できる人員の確保に問題はありませんか?」

「ええ、各地に散る育手の者達を集えば十分かと」

 

 育手の一人である鱗滝左近次曰く、育手は各地に山程いるらしい。師の数は充分足りるだろう。

 

「ただ、育手は各々によって剣士の育成方法が異なります。そこを擦り合わせる必要はありますが……」

「これを機に、育成法を確立させていくのも手です。シノブ女史が従来の鍛錬方法に波紋法を組み合わせた新しい修練を確立したそうですが、はてさて、どうなることやら」

 

 隊士の訓練方法はしのぶと波紋使い達の手で魔改造され、地獄の様相を呈していると聞く。

 

「……」

 

 スピードワゴンはふと、泣き喚きながらぐんぐん強くなる善逸の顔を思い出す。あれはインパクトがすごい。思い出している内に、有望な若者達を地獄へ叩き落とすことに罪悪感を抱いた。志願しているとはいえ、こればかりはやりきれない思いがあった。

 

(やれやれ、年を取るとどうにもな……)

 

 出来ることならば、スピードワゴンもこの身一つで志願したかったぐらいだ。しかし、自分にはそういった才能はない上に年が年だ。今の自分に出来ることは限られている。

 

「スピードワゴン殿も、若者に過酷な試練を与え、命を賭す戦地に送り込むことを心苦しく思っておられるようですね」

 

 耀哉はスピードワゴンの心境が手に取るように分かったようだ。

 

「む……。これは失敬、顔に出ていたようで……」

「どうかお気になさらず。大切な子供たちが死なないことを願いながらも、死地に等しき場所へ赴かせているのは、私も同じこと」

 

 耀哉も同じだった。

 

「出来ることならば、私もこの身で人々の命を守りたかった」

「……儂もです。全く、ままならぬものですな」

 

 耀哉は体質により刀を十振ることすらできない。

 

 スピードワゴンは、波紋法の才能がなかった。

 

 それでも出来ることを探し続けたロバート・E・O・スピードワゴンと、産屋敷家の宿命を背負う産屋敷耀哉。二人共、前線に出て体を張りたいのは山々だった。だが、それが叶わないことを知り、こうして戦士達の支援に徹している。

 

 見た目も国籍も年齢も違うが、どこか似たもの同士だった。

 

(南無阿弥陀仏……。南無阿弥陀仏……。)

(不死川が言っていたな。胡蝶の姉が生きていた頃の柱合会議で、お館様がそう仰ったと……。役割、か……)

 

 心で念仏を唱えて滂沱の如く涙を流す悲鳴嶼と、つい聞き入ってしまい微かに表情を変えた伊黒は、耀哉達の言葉を噛み締める。全力で二人を守る為、より一層気を引き締めた。それが今の自分たちに出来ることだ。

 

「……うむ! らしくなかったッ! 自分のことを考える前に、皆の為になることを考えるとしましょう!」

「そうですとも。これからもお力添えの程、よろしくお願い致します」

 

 いつもの調子を取り戻したスピードワゴンに耀哉は笑みを深める。

 

 危険とは言え、今までよりも状況は遥かに良くなっている。隊士として強くなる効率は段違いに上がり、那田蜘蛛山での救出劇と波紋使いの戦力により人員の余裕もできた。

 

「最終選別実施時に、隊士の監督者を据えることはできますかな?」

「はい、そのつもりで調整しています。今の鬼殺隊ならば、その余力がある」

 

 最終選別で死亡者が出ることは珍しくない。鬼殺隊としても頭の痛い問題だった。これまでの戦力では、余力は無きに等しかった。だが、今は違う。いざという時に行動できる監督者の隊士を据えることによって、最終選別の死亡率を下げられるだろう。

 

 これを機に、鬼殺隊の構造にも幾らかのテコ入れが入ることとなった。

 

「スピードワゴン殿、今の内にお話しておきましょう。貴方に提案があります」

「なんでしょうか?」

「貴方の為に鬼殺隊から護衛を派遣したい」

「む、儂にですか」

 

 その護衛と言うのは、産屋敷邸にいる今スピードワゴンを護衛している柱達とは別枠である。スピードワゴンの傍に常に護衛役の隊士を据えるべきだと、耀哉は提案したのだ。

 

「遠からず貴方の存在を鬼舞辻が知り、スピードワゴン殿は命を脅かされることとなるでしょう。そうなる前に、手を打っておきたい」

「成程。確かに、今此方には鬼を迎撃できる戦力はありません。貴方の申し出は非常にありがたいものだ。しかし、よろしいのですかな?」

「はい。貴方は"皆の為に考える"と仰った。私も当然同じ気持ちです。そしてそれは、スピードワゴン殿、貴方も対象なのですよ」

「ははは、これは一本取られましたな」

 

 スピードワゴンにもボディーガードがいることはいるが、鬼相手ではどうしようもない。財団員に鬼への対処が可能な者がいない現状では、ありがたい申し出だ。

 

「……」

 

 スピードワゴンは誰を指名するべきか考える。

 

(カガヤさんのことだ。この人が決めるとなれば"柱"を護衛に寄こしてくれるに違いない。今ならばともかく、鬼達が攻勢を強めた時の為に儂一人に戦力を割くべきではない)

 

 スピードワゴンは、柱が護衛に就くことを良しとしなかった。完全に耀哉と同じ発想である。ではどうするかと言うと、彼は鬼殺隊との協力関係に当たり、隊士と隠の人員、特徴を全て把握している。自分の護衛にするならば、うってつけの者がいた。

 

「それなら、目星を付けている隊士が二名おります」

「どなたでしょう?」

「それは――」

 

 スピードワゴンは、耀哉に隊士の名を告げた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 数日後、東京府上目黒、スピードワゴン財団支部前。

 

 黒い隊士服を身に纏った二名の鬼殺隊隊士が、白い洋装の建物前に立つ。大きなバルコニーが付いた西洋館だ。

 

「でっけーな……。これが来日して早々間借りした建物かよ」

 

 一人は外側にはねたボサボサの短髪。隊士服の詰襟を開き、紐で括った勾玉の首飾りを二つ付けた男。名は獪岳という。元・鳴柱の育手、桑島慈悟郎の教えを受けた雷の呼吸の使い手であり、我妻善逸の兄弟子に当たる。

 

「……で、お前はさっきからなんで、そんなガタガタ震えてんだ」

「いや、知らねーのかよ。こ、ここ西郷山だぜ……」

「……?」

 

 敷地内に入ってからというもの、男がガタガタ震え続ける姿に獪岳は少しイラッときている。獪岳にとって気に喰わぬ、アイツを思い出すからだ。

 

 獪岳の横でかなりビビリ気味なこの男は、直毛の短髪。後頭部付近の髪だけ少しだけはねている。詰襟はきっちりと締めており、体格は獪岳とほぼ同じぐらい。

 

 何を隠そう、我らがサイコロステーキ先輩である!

 

 下弦の鬼にすらビビらないあの先輩が恐れるのも無理はなかった。

 

「あのな、此処、小西郷元帥閣下の家だぞ……。なんてこった……。俺、生まれて初めて敷地に入っちまった……。末代まで縁のねぇ場所だと思ってたのによ……」

「は!? 元帥!?」

 

 獪岳もようやく事の大きさに気付いた。元帥の名は流石に知っている。当時の日本において、終身の陸海軍大将を意味する、実質の日本軍最高位である。

 

 ここは、俗に西郷山と呼ばれる大豪邸の一角。数々の大臣職を歴任し、日本軍元帥に就任した小西郷が、来客用に設けた西洋館だ。

 

 小西郷。本名、西郷從道(さいごうじゅうどう)。あの西郷隆盛の弟である。先輩は流石に知っていたようだ。尚、從道は1902年に死亡しており、今は從道の次男、従徳の持ち家になっている。後に、西郷從道邸の名で重要文化財に指定される。

 

 スピードワゴン財団が目黒辺りに日本支部を設けたがっていると聞き、来客用の洋館だし丁度良いだろうと、政府関係者やお偉いさん方が快く貸してくれたのだ。

 

「こんなとこの建物をポンと貸して貰えるとか、スピードワゴン財団とやらは一体なんなんだ……」

 

 洋館を見上げる獪岳が独り言のように呟いた。

 

「アメリカ政府を顎でこき使える御方の組織らしいぜ……」

「……」

 

 獪岳は絶句した。

 

 薩英戦争の決死隊に志願して赴いた男の家がエゲレス人に使われているのは、中々皮肉の効いた話だが、そこに触れようと思う者はこの場に誰一人としていなかった。

 

「お、お前が余計なこと言うから、体が震えてきた……。いや、これは武者震いだ。勘違いすんじゃねーぜ……」

「へっ……」

 

 諸々の話がどれ程とんでもなくヤバイ話なのか、学に恵まれなかった獪岳ですら理解できた。できてしまった。

 

 自分たちの上司であるお館様もかなりのお偉方であると専らの評判だが、政府非公認組織としてひっそりと活動している為か、そのインパクトはほどほどだ。とは言っても、廃刀令が施行されたにも関わらず、隊士の大半が帯刀を見逃されているのはかなりとんでもないことなのだが、二人は気付いていない。

 

 だが、スピードワゴンは違った。この家を外国人の男に政府関係者がニコニコ顔で貸したという事実だけで途方もない話だったのである。

 

 二人は恐る恐る建物内へと入った。

 

「ようこそおいで下さいました、スピードワゴン様の元へご案内致します」

 

 財団スタッフらしきタキシード姿の英国人男性が深々と頭を下げ、日本式の礼で二人を迎えた。

 

「どうぞこちらへ」

 

 促され、付いていくままに曲線の曲がり階段を上り、スピードワゴンのいる二階の応接室へと案内された。

 

 スタッフが応接室前のドアをノックし、言われるがままに中へ入った。

 

 応接室はモダンな家具に彩られ、青い色彩で日本三景が描かれた陶器製の暖炉と大鏡が設置されている。中央に敷かれた絨毯の上に、白いクロスが敷かれた円形のテーブルと、三つの一人用ソファーが設置されていた。

 

 視界に映る全てが例外なく高級品の、豪華な応接室だ。獪岳たちは、部屋の豪著ぶりに気圧されている。

 

 スタッフは一礼し、静かにドアを閉めて去っていった。

 

 三つの一人用ソファーの一つ、そこにはスピードワゴンが座っていた。獪岳と先輩の二人をじっと見据えている。

 

(こ、この御方がスピードワゴン財団のお偉いさんか……)

(とんでもなく偉い人だ。間違いねぇ……)

 

 二人は雰囲気で察した。この御方の機嫌を損ねれば、自分の未来、鬼殺隊の未来、日本の未来はWAR WAR WAR WARであると。

 

 だが、賢明な読者はお気づきのことと思うが、スピードワゴンはそんなことは決してしないので安心である。

 

「ど、どうも。は、初めまして……」

「獪岳です……。よろしくお願いします」

 

 二人が恐る恐る挨拶する。

 

「……」

 

 獪岳たちをじっと見ていたスピードワゴンが立ち上がると、獪岳と先輩は背筋と両手をピンと伸ばした直立の姿勢を取る。立ち上がったその姿は自分たちよりも背丈があり、圧がある。

 

 二人が緊張の面持ちで言葉を待っていると、スピードワゴンは屈託のない笑顔を見せた。

 

「やあ、君達を待っていたぞ! そう固くならなくともよろしい。ささ、席は丁度三人分ある。座りなさい」

「は、はい……」

「失礼します……」

 

 思いのほかフレンドリーなスピードワゴンの姿に毒気を抜かれたのか、二人は言われた通り、ソファーに座った。尻が沈み込む座り心地だった。

 

「君達が呼ばれた理由はもう知っているな? これからは儂の護衛に就いて貰うと」

「はい」

「ぞ、存じ上げております」

「結構。実はな、護衛だけでなく、様々な業務をこなして貰いたいと考えておるのだ。これについてもカガヤさんから承諾を貰っとる」

「そりゃ従いますけど、何するんですか?」

 

 先輩がスピードワゴンに質問した。他の業務も含むとは初耳だったが、問題ない範囲だ。

 

「一番は修行だな」

「修行?」

「俺達がっすか?」

「うむ、儂とカガヤさんはスタッフの者達に全集中の呼吸を会得して貰い、鬼と戦う術を身に着けて欲しいと考えておる。それは現役の隊士である君達も例外ではない。今、訓練法が大きく変わろうとしているからな。君達の強化にも繋がるだろう」

 

 スピードワゴンは、財団スタッフへと全集中の呼吸の修行を付けるに当たり、その場に立ち合うつもりでいた。その間はこの二人にも修行によって力を付けて貰うと言った寸法だ。護衛だけで遊ばせておくのは勿体ないし、強くなるならばスピードワゴンとしても頼もしい。

 

「立ち位置は修行したりスピードワゴンさんの護衛をしたりが主ってことですかね」

「そういうことじゃな。ゆくゆくは他にも何か頼む可能性があることを心に留めておいてくれれば今は充分だ」

「……」

 

 横で聞いていた獪岳は、少しずつ不機嫌になる。

 

(早い話がこの人のお()りと雑用ってこったろ? 鬼狩りには程遠いじゃねぇかよ……)

 

 獪岳は鬼狩りで功績を上げて皆に認められたいと思っている。だが、この任務に就いてしまったが最後、鬼との戦闘になる可能性はかなり低くなる。

 

 何故ならば、スピードワゴンは指示を出す立場の人間だ。この男が余程の命知らずな変わり者でなければ、前線に行くことなんてありえない。ただでさえ、鬼の出現報告が減ってきていると言うのに、これでは鬼と戦う機会なんて果ても果てだろう。

 

(冗談じゃねえぞ! あのカスが下弦を討ち取ったなんて話も出回ってるってのに、俺はこんなことしてる場合じゃないんだ!)

 

 獪岳は弟弟子の善逸が嫌いだ。弱くてメソメソして、自分にも劣るどうしようもない奴。それなのに、師の桑島は自分と善逸、二人揃って雷の呼吸の継承者だと言った。プライドが高く、自分が特別だと信じる獪岳には耐え難い屈辱だった。

 

 しかし、それはもう昔の話だ。あの臆病な善逸が、下弦の鬼を討ち取ったと言う。鬼の討伐報告は鎹鴉がしっかりと監視している為、デマや嘘はあり得ない。噂の西洋の鬼狩りと組んでいると聞いてからは、そいつにおんぶにだっこだったのだろうと一人で納得していた。

 

 だが、例えそうだとしても善逸の功績になったことは不動の事実だ。はらわたが煮えくり返る思いだが、今の自分と善逸は手柄で圧倒的差を付けられている。だから、獪岳はこれからの己の待遇に不満を抱いていた。

 

「おや、どうしたのかね? カイガク君」

「……! い、いや。その」

 

 頭の中で善逸への嫉妬と憎悪をグルグルさせ、この話を断ろうと思っていると、スピードワゴンが相も変わらずニコニコとした表情で獪岳へと問いかけた。

 

「当ててみせよう。君は今、弟弟子のゼンイツ君に差を付けられたことに焦りを感じているのだろう?」

「ッ!?」

 

 獪岳はズバリ言い当てられて硬直する。程なくすると、スピードワゴンを睨みつけた。

 

「おい……。獪岳……」

「まぁそう凄むんじゃあない。儂はな、君達のことを高く評価しておるのだ」

「……なんだって?」

「カイガク君はゼンイツ君の兄弟子であり、君の師であるジゴロウさんにも認められた実力者だと聞いておる」

「……」

「手柄を立てる機会を失うと危惧しておるのは、気付いておった。だがな、今闇雲に鬼を探したところで、見つかるのは精々小物ぐらいなものよ。小物をフラフラと探し求め、修行の機会を逸する。これは余りにも勿体ないと思わんかね?」

「……俺はもう、先生の後継に選ばれた身です。修行なんて」

「そうでもないぞ。君は確か"常中"を身に着けておらんのだろう?」

「!…………はい」

 

 図星だった。獪岳は何から何まで見透かされているような錯覚を覚えた。

 

「ゼンイツ君は、既に会得しておる」

「!?」

「ナタグモ山で下弦の鬼と戦っていた時には、既にモノにしていたそうだぞ」

「……」

 

 信じられない話だった。柱や極一部の隊士しか身に着けていない奥義、常中をあんなヤツが習得したなどと、ホラ話としか思えなかった。だが、スピードワゴンがそんな嘘をつく利点がないことは、獪岳も分かっていた。

 

(マジかよ。俺達の後に那田蜘蛛山へ入山したヤツら、いつの間にそんな……。つーか、西洋の鬼狩りもあそこに来てたのかよ。全滅したと思ってさっさと下山したから気づかなかったぜ……)

 

 先輩、とんでもないニアミスをしていたことに、ここで初めて知る! 下山後、最寄の藤の家でさっさと寝落ちしてしまった為、全く気付かなかったのだ! 尚、先輩の鎹鴉も同様である。

 

「隊士達が行おうとしている修行は、辛い分効果も劇的だろう。これは、君もゼンイツ君に追い付く好機ではないかね?」

 

 獪岳の眉がピクリと動く。暗に、自分が善逸に追い付かねばならぬ立場であると告げられたからだ。

 

「今は雌伏の時だぞ。カイガク君。それに、これだけは知っておいて欲しい。儂は何もタダでそれを要求するわけではない」

 

 今度は先輩の眉がピクリとうごいた。金の匂いがしたからだ。

 

ドン!

 

 突然、丸いテーブルの上に、大きな音を立てて二つの何かが置かれた!

 

「!?」

「!」

 

 それは、大層分厚い10円札の束だった。数えるまでもない大金だ。

 

「これは、挨拶替わりの前金だ! 君達への評価と誠意の証だと思って受け取ってくれ!」

 

 二人は唾を呑む。今、自分たちが貰っている給料の何十倍もの金額が目の前にある。スピードワゴンはこれが前金だと言うのだ。

 

「へ、へぇー。これが評価の……」

 

 獪岳は澄ました顔を取り繕おうとしているが、口元がニヤついている。博打が趣味の獪岳は当然お金も大好きだ。それに、目の前の金額がそのまま自分への評価の証になっているというのも良い。先輩も同様である。

 

「君達の働き次第では、更に出すぞ! カガヤさんから貰っている給料も当然そのままだ!」

 

 鬼狩りに関与できないであろうことへの不満はどこかへ飛んでいった。スピードワゴンの山吹色のお菓子疾走は、効果覿面だ! 尚、スピードワゴンが提示した金額は、一切の色を付けていない。彼らの力量を純粋に評価した上でのお金なのであるッ!

 

「お話は分かりました! 獪岳は乗り気じゃねーみたいですが、俺は喜んでお引き受けいたしますっ! スピードワゴン()!」

(様……)

 

 先輩は早くも様付けである。獪岳はなんだこいつという目で先輩を見ている。

 

(この俺にも出世の好機が回ってきた! 千載一遇なんて言葉も生ぬるい。絶好の好機だ! 獪岳はなーんにも分かっちゃいねーみたいだが、今回の試みはお館様とスピードワゴン様の肝いり! ここでお二方の覚えをめでたくすれば、大出世待ったなし! しかも後方で安全にだ! これを蹴ろうなんざ馬鹿もいいとこだぜ!)

 

 先輩は一も二もなく飛びついた。安全に出世がしたい先輩からすれば、想像を絶する程に最高の展開だった。

 

「誠心誠意、尽くさせていただきますッ!」

 

 先輩は立ち上がり、スピードワゴンに腰を折って綺麗なお辞儀をする。この日一番、会心のお辞儀だ。

 

「ありがとう。君の働きにも大いに期待している。さて、カイガク君。返答や如何に?」

「……てめーも来いよ。獪岳」

「お前……」

 

 先輩はお辞儀の姿勢のまま獪岳を誘った。明らかにライバルになり得る相手だ。断る方が理想的だろう。

 

(獪岳、こいつは雷の呼吸の中で壱の型だけ使えねー半端モンだ。へへ、ここで、こいつを踏み台にして差をつけてやれば、俺の優秀ぶりをこの御方に示すことができる!)

 

 先輩が獪岳に向けた笑みは挑発的だ。獪岳は似たような発想を浮かべやすいせいか、その意図に早くも気付いた。

 

(この野郎……。いいぜ、お前が俺を踏み台にする腹積もりなら、逆に俺がお前を踏み台にしてやるよ。大金も貰えるし高く評価してくれるってんなら悪くねぇ。今はスピードワゴンさんの言う通り、精々鍛えながら護衛してやるよ)

 

 先輩と獪岳は不敵な笑みを浮かべたまま睨み合う。そのぶつかり合う視線には雷撃が迸っているような気がした。スピードワゴンはニコニコとした表情でその様子を眺めている。

 

(うむうむ、鬼殺隊でも稀有な野心ある若者達だ。立身出世、大いに結構。その気持ちを原動力にしっかり強くなり、財団と鬼殺隊に大いに貢献しておくれ)

 

 スピードワゴンは、自分向きで有望な若者をスタッフとして迎え入れられたことに満足げだ。二人は、彼の掌で思いっきり踊らされているとは、夢にも思わなかった。

 

 




大正の奇妙なコソコソ噂話

鬼殺隊の隊士はサイコロステーキ先輩と獪岳に限れば、お館様よりスピードワゴンの方が扱いが巧い。

「おい、見ろよ獪岳。この札束の分厚さ……」
「分かってる……。すっげぇな……」
「た、縦向きにしても立っちまう……」
「頑張りゃ更に貰えるってことだぜこれ」
「だよな……」


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