朔月の巫女 (Hiso=サダネ)
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Prologue
第零話 幻想平行絵巻 ~ Mystic Flier
リスペクト要素有り
あの人は夢見た、正義の味方を。
あの人は願った、人類の継続を。
あの人は願った、たった一人の幸せを。
そして、二人は出会った。その蒼玉と紅白は、運命のように。
朔月の巫女 ~ charismatic ideal strongest shamanism magus ~
絹のような、綺麗な黒髪の少女だ。
赤い瞳は、山吹色の瞳の少女を映す。
確信もあるが、新学期に入ったと言っても肌寒さの残るこの頃に、その袖のない薄着は目に留まりやすかった。
黒のドレスの少女は、赤いリボンの結んだ黒髪に目を奪われていた。
自分の髪のような黒髪ではあるが、少女と目を合わせた時に不思議と噛み合っているような感覚を、素足を通して伝わるアスファルトの冷たさをも忘れるほどに覚える。
夜8時を優に超えた、まだ冬の夜も去っていない夜。けれど今日は不思議と星の輝きと月の光に満ちた夜空で、円蔵山と学校に続く通学路の脇道は赤い街路灯の光で満ちているのに、二人は夜空の光によって照られているように思えた。
この出会いは決して必然ではなかったが、そこに意図も偶然もなく、善悪も明確な因果もない。
赤い瞳は揺らぐことはない。けれどその表情は柔らかく、決してあそこのような冷たい意志はなく、どことなくあの人のような印象を抱いた。
冷たげな声色であったが、胸の中にその暖かな意思が伝わる。
「───その恰好だと、風邪引いてしまいますよ? この時期はまだ肌寒いですし」
先の通り、ドレスの少女は薄着で素足であり、そのドレスの長さとこの時期の寒さも相成ってとても外着には見えなかった。いかなる理由であれ、何らかの訳ありであることを察するのは難しくない。
少女は世間に疎くとも、すれ違う人々の姿を見れば自分の服装が目立つことは、ここに来た時から察してはいた。
少女は意識が彼女から離れて、言われた言葉を咀嚼する。
「…………大丈夫、です。……あの、あなたはどこから来たんですか?」
その言葉に赤い少女は首をかしげる。いまいち言葉の意図が見えないようだ。
「どこから、って……そこから」
「さっきの道にあなたのような人影が見えなかったのに、いきなり後ろから話しかけられたので、ふと疑問に思いました」
その言葉に目を丸くした少女は、ようやく意図が見えたように「ああ」と納得を漏らす。
「そこから来ました。まっすぐ」
赤目の少女は、路地を出た───ドレスの少女が入って来た道路の向こう側の虚空を指さした。丁度その先には満月が静かに照らしていた。
よもや空を飛んできたとでもいうのだろうか。まさか。人間が翼も無く飛べるなどありえない。常に重力という地球からの引力が働いているのだから!
自分の中で整合性を取ろうと思考をめぐらすと、反対側のレールの向こうが坂になっているのを思い出した。
まさか、舗装された道を使わずにまっすぐ上って来たのだろうか。一般的には舗装された道を歩くのが普通と学んだが、そういう人もいるんだ、と彼女は納得する。
ドレスの少女が小さく声をこぼす。赤目の少女はその様子を見ながらしばし思考すると、柔らかに提案する。
「あの、ならこれをお貸ししましょうか?」
赤目の少女は来ていた赤いパーカーを脱いで差し出した。パーカーを脱いだ彼女は紅白の一般的な巫女服であり、ドレスの少女は巫女服の防寒性は知らないが、暖かそうには思えない。
少女は今なお乾布摩擦で温めているように、寒さに震えている。
「あ……」
差し伸べられた手に困惑した。見ず知らずの人間が見せる初めての善意に、どう答えればいいのかわからなかったからだ。
思い浮かぶのは、自分を道具として見ていた人たち。決して少女のために善意を向けてくれる人たちなどいなかった。
どうすればいいのかわからず、視線が泳ぐ。流れ着いた先は路地に入る前に、目に入った服──捨てられていたジャージ。
ドレスの少女は何も言わず、ゴミ捨て場の紙袋を取り出す。赤目の少女は、当惑した声を上げる。
「え、何してるんですか!?」
「この服を着ます。丁度暖かそうですので、お気遣い結構です」
ドレスの少女は突き放すような───実際は突き放す気はない物言いでその善意を断った。赤目の少女は少々苛立ちを浮かべる。
「む……いくら捨ててあったとしても、勝手に盗っていくなんて犯罪じゃないかしら?」
「?捨てられたものは所有権を失って、国の所有物になります。そして所有の意志を持って占有すれば、その所有権を獲得できると、民法239条に書かれています」
「他人の悪をよく見る者は、己が悪これを見ず。私だったらあなたの行いを見て反省するわよ、そんなことしない、って」
「……ダメなことなんですか?」
「ん?」
眉尻を下げ、瞳を震わせながら、少女は不思議に思う。
不安に思っている?それとも……
「……ダメじゃないわよ。今のはからかっただけ。別に寒いから近くにある服を着るのは悪いことじゃないし、他人から何言われたって構わないわ」
「そう……なんですか?」
震えが収まり、困惑の色が浮かぶ。
だが、赤目の少女は思うままに言う。
「怖がる必要はないわよ」
「え……?」
「他人なんてどうだっていいのよ。自分の感情は自分だけのものなんだから。自分を信じていれば、他人なんて怖くないものよ」
「……自分を信じる」
ドレスの少女は視線を落とす。赤目の少女の言葉を反芻しているのだ。自分を信じる、限られた世界で過ごしてきた少女は、信じるという気持ちを知らない。
赤目の少女はどことなく歩みだし、少女が持っていたジャージを掻っ攫う。思わず当惑した声を上げた。
「ともかく着替えましょ。風邪ひいたら死んじゃうわよ?」
ジャージをひらひらと掲げると、道の奥へと進んでいく。
「……医学が発達してない時代ならともかく、今の風邪による死亡率は下がっています」
半ば本気の忠告を冗談と思いながらも、ドレスの少女は付いて行った。
●●●●〇
ドレスからぶかぶかのジャージへと着替え、ついでに入っていたサンダルを履いた少女は、公園の水道で水を飲み顔を洗うと、備え付けのベンチに座る。赤目の少女は向かいの遊具に座る。
街路灯が一つしかない小さな公園。道路よりも暗いここならば道中よりも星々を、月明りもまた感じられる。
赤目の少女が月の光に祝福され、まるで月からの使者の様だ。
「───何があったの? 誘拐か遭難? 迷子ではあるでしょ」
赤目の少女は問うた。その丸みを帯びた目は鋭く彼女を射貫く。どこかで見た事がある。使命を背負っているような意志がそこにあった。
怖い。でも、あの時感じたやさしさは、あの人たちには感じられなかったもの。少女はどことなく希望を持ちながらも、あの時の様に裏切られてしまうのではないかと考えずにはいられない。
それでも。自分にはもう何もないから。この人に頼るしかない。少女はそう思い、話してよいことを分別しながら、言葉を選び答える。
「……私に戸籍はありません」
「…………」
「住む場所も、食べ物も、服もありません。だから権利もありません。……何があったのかは、言えません」
「それはどうしてよ?」
「それは…………」
彼女は黙ってしまう。それは秘匿する義務があることや、事情が複雑であることもある。
だが一番は、信じてもらえないのではと思っているから。信じてもらえるわけが無い。
自分が聖杯と呼ばれる願いを叶える力を持っているだなんて。
その聖杯をめぐる聖杯戦争の勝者に願われてここに来ただなんて。
自分が別の世界からやってきただなんて!
こんな非現実的なこと、信じてもらえるわけがない、と。
いつの間にか下を向いてしまった彼女に、赤目の少女は「そう」と小さくつぶやく。
まただ。あの人たちを思い浮かべる。興味が無いと言外に言われた時と同じ声。この人も、興味を無くして、自分を見捨てるのだろうか。
彼女は諦めるように瞳を曇らせた。
「───じゃあ、家に来なさい」
それは、意識外からの言葉であった。
「……え?」
「私は一人暮らしだし、一人増えた所で養えるし。戸籍とか権利とか、私にはよくわからなかったけれど、まあばれなきゃ大丈夫でしょ?」
そうじゃない。そういう問題ではない。
思わず赤目の少女の方に振り向く。
「……戸籍は家族集団単位で国民を登録するために造られるもので、権利はその行為を行うことができる地位についていることです」
「ふーん」
「戸籍が無いなら、国のどこにも家族がいないです。権利が無いから地位にもついてないです。そんな私をどうして……」
あきらかに怪しいはずだ。本には戸籍を売買する犯罪もあると書いてあったのに。犯罪者だと思われても仕方ないはずなのに。そんな自分を、この人は保護してくれるというのだ。
「困っているからよ」
「……それだけでですか?」
困っているから、この人は助けてくれるというのか。
「大なり小なりなんて私には関係ない。異変を解決するのが、博麗の巫女の務め」
「異変……?」
「……あー、ごめん。貴女の名前なんだっけ?」
何か、空気が足を転げたような気がした。別に空気に足はない。妖怪でもない限り足は無いと思うけど、こけた音が聞こえた。こけた音とは何だろう?
しかし彼女は揺るがない。何故なら雰囲気に合わないということを知らないから。無知とは時としてもろくもあるが、単純にして強靭な一面もあるのであった。
「私は……
…………私は美遊です」
彼女───美遊は、苗字を言おうとしたが、寸前まで考えて、自分の名前だけを言った。衛宮を名乗ることもできたし、朔月を名乗ることもできた。
しかしこの別世界に美遊の家族も、兄もいない。この世界に衛宮も朔月も存在しないかもしれなから、名乗っても問題はないだろう。だが、もし赤目の少女と共に過ごすのなら、苗字も同じである方が、都合が良いかもしれないと考えたのだ。これは美遊が朔月家と衛宮の両家で過ごしてきたことによる印象からくるものであった。
「美遊ね。はいはい。じゃああなた、なんか不思議なことに巻き込まれてるんでしょ」
また意外であった。美遊は言葉が出ずに口が開いたままになった。それと同時に距離を置こうと身を引いた。
まさか、この人は知っているのだろうか。自分が聖杯だと。だから私に近づいて……
そこまで考えて、それはないと考えた。もし本当に自分を狙ってきたのであれば、ここまで回りくどいことはしない。もっと簡潔に攫って行くはずだと。
美遊は疑問に思った。ならばどうしてわかるのだろう、と。
「どうして、それを…………」
「勘よ」
「カン」
「勘」
言葉が出なかった。勘で自分の現状を当てられるだなんて。美遊は世界の広さを思い知ったのであった。
ふと、ある可能性を美遊は思い浮かべる。
彼女は魔術師、それも魔術使いではないかと。美遊に魔術の世界の事はわからぬ。なぜなら兄が魔術を使っていたことと聖杯戦争に巻き込まれた事だけが、美遊の魔術に関する記憶であるためだ。だから簡単な魔術の知識しか教えられていない。
不思議なこと……魔術関連の事件に関する仕事をしていて、それを察知して解決するために魔術を習得しているのではないかと。
だとすれば先ほどの異変を解決するという言葉も、その事件のことを異変と呼んでいるとも取れる。
赤目の少女は先ほど美遊が身を引いたのを見ても、詰め寄るようなことはしなかった。美遊が怖がっていたからである。怖がっている子に無理やり近づくなんてしない、と。
「あなたが異変に巻き込まれているのなら、その渦中にいるあなたを保護するのはおかしな話じゃないでしょ?」
そう言って赤目の少女は笑いかける。
(……あ…………)
その姿に、今は亡き母を思い浮かべていた。声が似ている訳ではない、姿も長い黒髪ということ以外は似ていないはず。なのにどうしてこんなに安心できるのだろう。
美遊はこの人しかいないと思い、彼女の提案に承諾する。
「……あの、よろし「待って」
承諾しようとしたら、止められてしまった。赤目の少女は口元に人差し指を立てて手招きする。どういうことかわからずに固まっていると、「こっち」と言って美遊の手を取って木の木陰に隠れた。
「まったく、ルヴィア様にも困ったものです」
誰か来た。女の人の声、だけどどこか機械じみた声。機械じみているといっても、感情を感じさせる抑揚を持っていて、美遊は機械音の声を聴いたことが無いため、そう感じることはなかった。
赤目の少女は木の陰から声の主の正体を見やる。
そこにいたのは、子供のおもちゃのような物体であった。そしてそれが宙に浮いている。別段恐怖映像と言うわけではなく、本当におもちゃが浮いてる姿を想像したままである。おもちゃといっても、その装飾は青を基調としたもので、蝶型のリボンが結ばれたような形をした羽がついており、六芒星を囲んだ金のリングと、ぱっと見で本格的な材質に見える。
何故だろう、あれは危ない気がする。とても残念な方向に。赤目の少女は一言しか聞いていないのにそう思った。
「私たちにはカード回収という大事な役目があるというのに……」
「カード!?」
「ちょっ!?」
カード。連想するのはサーヴァントカード。エインズワース家が創り上げた魔術礼装。強力な力を持つ、聖杯戦争の参加条件。
美遊は思わずオウム返しをしてしまう。赤目の少女はただでさえ関わってはいけないとにらんでいるのに、自分も思わず狼狽してしまう。
あのおもちゃもまた、美遊たちの存在に気が付いたようである。
美遊は木陰から出てきて、おもちゃに対面する。なお、手を繋いでいたために、赤目の少女も追従する形で出てきていた。
「その話、詳しく聞かせて」
赤目の少女は面倒なことになりそうだと、小さくため息をついた。
●●●●〇
「サファイアー! サファイアー! ……もう、こんなこと大師父に知られたら……」
カレイドステッキであるマジカルサファイアを探しに来たルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは、住宅街を捜し回っていた。先ほどまでマジカルルビーの主である同業者みたいなの───少なくともルヴィアはそう考えている、との戦闘の際、ステッキに契約を切られ、高高度から冬木大橋近くの未遠川に落とされた後であった。その後は強化とか飛行だとか魔術を用いていろいろ頑張って生還した。まだゼルレッチ卿からの指令である事件にも関わっていないのにボロボロである。
その後は執事のオーギュストによって服装を整えられて、こうして名を呼んで探していた。傍から見れば大金持ちの典型的な外国人お嬢様が宝石の名前を付けた犬を探しているように見える。だが実際に探しているのは7人ともいない魔法使いによって造り上げられた最高峰の魔術礼装であり、価値は犬どころかシロナガスクジラの比ではない。が、自分で判断する人口精霊を飼いならさねばならないので実質犬とどっこいどっこいである。
そうして探していく内に小さな公園に辿り着く。
「サファイアー! サファイ……貴女は…………!」
そこにいたのは、二翼の羽のようなマントに体のラインが映える蒼い服を着た少女───美遊が、マジカルサファイアを握っていた。
後ろではその同年代くらいの赤いパーカーを羽織った巫女服の少女である、赤目の少女が苦い顔をしながら「競泳水着……」と言っている。
ルヴィアはすぐに察した。この少女は、サファイアと契約していると!
美遊はルヴィアに向かって、話を聞いている最中に出てきた金髪縦ロールという前契約者の特徴から、ルヴィアがその前の契約者で持ち主なのだろうと考えた。
「……カード回収なら、私にやらせてください」
ルヴィアは、美遊を困惑と警戒を混ぜた表情で見やる。
「その代わり、
私に戸籍をください。
住む場所をください。
食べ物をください。
服をください……」
聞くものが聞けば単調な抑揚で、美遊は願い続ける。ルヴィアはどこか憐れむような視線がこもってきたように見える。
ただ一人、赤目の少女だけは、その覚悟を理解できた。
「私に、居場所をください」
その場に静寂が訪れる。永い、永い時間が訪れた。
「じゃあ、早速行きましょうか」
永い時間は須臾に消えた。思ったより早く去っていった。クラウチングスタートでフライングした時のような脱力感だ。
ルヴィアは静寂を破った少女の方へと見やる。
「……いや、どういうことですの? どうしてそちらの方はサファイアと契約をして……貴女たちは一体……?」
「私は私よ。それじゃあ、早速カード回収とやらに……「待ってください」ぃえ?」
出鼻をくじかれた。赤目の少女は素っ頓狂な声を上げた。
善意を無碍にする。美遊は振り向かず俯いて、覚悟を持って少女に答える。
「あなたは参加しなくていいです」
「……どういうことよ」
不満げに投げかけられた疑問に、申し訳なさを抱く。
「あなたはただ巻き込まれた一般人です。だからこんな危険なことに介入しなくてもいい。だから、参加しないでください」
初めて、人の思いをはねのける。しかしそれがこの優しい人を巻き込まないための最善。
少女にもらった優しさが、この世界が怖い世界ではないことを教えてくれた。
自分の知らない世界にも、兄のような優しい人がいるとわかった。
だから、これが自分にできる最大の恩返し。
エインズワース家のサーヴァントカード。転移の際について来た魔術礼装。なら、その始末は転移の中心である自分が始末をつけなければならない。
「だから、私には関わらないでください」
だから、これは私の問題で、あなたは巻き込まれなくてもいい。
「……そんなの」
赤目の少女がつぶやく。
「一般人ならば、忘れてもらいますわ」
銃声が、鳴り響く。
美遊はその音の発生源に、振り向いた。
続いたのは、ルヴィアであった。
ルヴィアの指先に消炎のように小さな煙をあげている。
ガンド。北欧に伝わる呪い。指先から魔力を飛ばすことで相手に呪いをかける魔術。指を差してはいけないというマナーの起源でもあるその魔術は、未熟者であれば眩暈や風邪を引く程度に収まり、熟練者であれば物理的なダメージさえも発生するフィンの一撃を放てるという。
ルヴィアは後者であった。それも有数の、フィンのガトリングとも称されるほどの魔術師であった。
十数発のフィンのガトリングが放たれた。ルヴィアは昏睡させる程度に手加減したガトリングを放ったのだが、それを美遊は知らない。
知らなかったのだ。魔術を秘匿することに、魔術師は一切の油断もしないことを。魔術に携わる者としか交流しなかったことが、悲劇を生んでしまった!
すぐさま赤目の少女へと振り向く。何も考えられなかった、信じられないと思うことすらできなかった。
振り向きざまに、ルヴィアの目が見開いたのが見えた気がした。
……そして次に見た光景を、別の意味で信じられなかった。
「───そんなの、知ったこっちゃないわよ!」
弾丸の隙間を縫うように、少女は躱していた。
事実を認識する前に───ルヴィアが躱されたと認識していた時に、少女は動いた。
一歩を踏み出し、そのまま滑空してルヴィアに突き進む。
(跳躍……?)
接近戦を仕掛けてくると踏んだルヴィアは得意のレスリングの構えを取り、迎撃態勢をとる。得意技のバックドロップを決めれば、いくら熟練者であっても抑え込める自信があった。なにせ相手は身体能力が高いだけの魔術師ではない年下の少女。自分が負けるヴィジョンなど見えない!
空中で足を勢いよく突き出す、その動きには武道の要素は見当たらない。
勝った! ルヴィアは躱して掴みかかる。
だが、少女を掴むことはできなかった。
(跳躍ではない……!)
ルヴィアの掴みを空中で旋回して躱し、回り込む。
(これは、飛行!)
少女は身体を縦に大きく振り回し、脚を大きく振り上げる。
(強化で防御を!)
脚が振り下ろされる。
魔力を回す。攻撃されるとすれば急所である頭部から延髄。ならばそこに強化をかけて防御を試みる。耐えれば仕切り直し、マジカルサファイアとサファイアと契約した少女を回収し逃走。しかしエーデルフェルトの誇りにかけて負けるわけにはいかない!
魔力が回り、頭部から延髄にかけて強力な強化魔術が施される。
そして彼女の逆空中昇天脚が振り下ろされた。
……立っていたのは、少女であった。
ルヴィアは少女のかかと落としを喰らい昏倒。そのまま前のめりに気を失った。
信じられなかった。自分のせいで、また人を傷つけてしまった、そう思ったのに。この人は、傷一つすらつかなかった。
「そんな……! たとえルヴィア様でも、あのレベルの強化は戦車を貫通する威力が無ければ突破はできないはず……いや、これは。もっと根本的に……」
「ほら、逃げるわよ!」
「え……」
少女は美遊の手を掴んで地を蹴る。
───そしてそのまま美遊を連れて空を浮いていく。
「───え」
空を、飛んでる?
自分は今、空を飛んでいる……飛んでいる!?
「嘘……あり得ない」
「何言ってんの」
美遊は少女の方へ視線を向ける。その瞳はまっすぐと空の彼方を、月を超えて星を超えて、どこか遠くを見つめているようだ。
「空を飛ぼうと思えば誰だって飛べるわ。飛べると思えば、どこまでも飛べる。何より今あなたが飛んでいるんだから、もうあり得なくない」
黒い髪が、夜空に溶ける。赤い瞳が街の光で星々の様に瞬く。その横顔はまるで月の横顔の様で。
「礼装も無しに追従者を含めて飛行魔術を……! このような逸材が眠っていたとは……。失礼ですが、貴女のお名前は?」
まるで……
「───
世界から連れ出してくれる、
……幸せを掴めますように、っていう、お兄ちゃんの願い。ちゃんと受け取ったよ。
でも、今の私には何もないから。何もかも無くしちゃったから。
だから今度は、皆が当たり前に持っているものを手に入れることから、始めようと思う。
だけど、もしかしたら。もっとすごいものに出会うかもしれない。
タイトルこれでいいのかなぁ?
追記
・話の都合でルヴィアには極端に排他的な魔術師っぽい立ち回りをしてもらっている。
・美遊の知識は小説上はwiki知識。物語的には本で得た知識として扱う。
・うろ覚えで書いているため、ガバガバな部分が存在すると思われる。(特にルヴィアの強化の部分とか)
20/10/27:靴(サンダル)を履く描写を追加・アスタリスク追加
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博麗■■■伝説
第一節 第一話 覚悟の少女 Last Up to you
書いていたら文章がとても長かったため、前日譚・前編・後編みたいに分けていく。
前編は今日7時ごろ投稿予定。
後編は最後の仕上げの最中のため、締め切り今日中の気持ちで仕上げる所存。
なお、この小説は美遊と霊夢を中心に描くため、両者共のネタバレを含むことになっているため注意。特に美遊は重大な秘密持ちであるため、特に雪下の誓いのネタバレが散見すると思われる。注意されたし。
まあ、この小説を読んでいる人は二人の事好きな人が多いだろうから大丈夫のはず…
鬼形獣で神子様の知り合い出てきてびっくりした(話題が遅い)。
「到着、っと。……とと、足はちゃんと地面につけてから降りなさい」
「…………」
未遠川を飛び越え、僅か十数分。山吹色の瞳の少女、美遊は赤い瞳の少女、博麗霊夢によって、あり得ないと思っていた世界を駆けてきた。
初めて空から見下ろした地上に。自分の力でなくとも、初めて空を飛んだことに。興奮と爽快さに浸っている。言い知れない解放感を、忘れることが無いだろう。
なお、今の美遊の服装は先で拾ったジャージ姿であり、既に転身は解いていた。移動中は低体温賞を防ぐために転身したままで、高度が下がって来た辺りでサファイアが解いたのである。途中からは安定させるために背負って飛んでいる。
「素晴らしいフライトです。まるで仲睦まじい姉妹を見るような趣でした」
「姉妹ねえ」
「はい、1歳差の年齢であっても、年上の少女が年下の少女を背負っていく様は姉妹のようにも見えて当然かと」
「ちょっと、私年齢とか言ってないでしょ。なんでわかんの」
「カレイドステッキに付随された機能を使えば、外見的特徴からでも年齢は割り出せます。血液を採取すればDNA情報から偉人との関係性も割り出せる占いもありますが」
「血液型占い、ってやつ? 世の中いろんな占いが増えたよねえ。私の知らない占いがテレビで流れていて」
「ちなみに美遊様は10歳、霊夢様は11歳です」
「当たりだけど、見ただけでわかるなんて、どんな目をしてるのよ」
「こんな目です」
どーん! 目の前にサファイアの双玉の宝石がドアップで現れる。急接近してきたサファイアに思わず距離を置く。
「近い!」
霊夢とサファイアがそんなコントをしている内に、美遊の意識が世界に向き始める。
川を挟んで円蔵山の反対側の山肌に接する小さなアパート。市町のはずれにある住宅街の端というイメージが浮かぶありふれた光景だが、美遊にとっては新鮮な光景でもある。
彼女の知っている世界は、屋敷の庭に広がる四季の移ろいと、冬の街だけなのだ。
住宅街を眺めていると、霊夢が向き直り腰に手を添えて気持ちを切り替える。
「さあ、とりあえず上がって。部屋は016号室だから」
016号室、って。
「それは016=レイムだからでしょうか?」
「なんかそこが開いているから、丁度いいんじゃない? って言われた」
「…え、あの……」
「何よ?」
八ノ字に眉を上げる霊夢に尋ねる。
「私は……あのサファイアの持ち主の人の所で住む予定では?」
思い浮かぶのは、サファイアから語られた、カード回収の任務について。
『この町には、高度な魔術理論で組み上げられた魔術礼装であるこのクラスカードが各所に散らばっています。協会が確認したオドの反応は七か所。うち二枚は前任者によって回収されていますので、あと五枚のカードがこの地に眠っているのです。そしてそのカードの回収に先んじて、私と姉であるカレイドステッキが前契約者のルヴィア様と凛様に貸し出されたのです』
カード……ここではクラスカードと呼ばれるカード。協会と呼ばれる魔術結社では英霊の力を持った強力な力を持つ魔術礼装だと認識されているが、その正体は英霊と自身を置換することによって英霊の力を振るえるようにする礼装にして、聖杯戦争の儀式を完遂させるためのもの。あの巨大な箱を通して置換されているらしいが詳しいことはわからない。けれどそれが多くの危険性を持つことには変わらないのだ。
故に、この世界を巻き込んでしまった始末を自分がつけなければ、と。
その際に、カード回収をするのであれば、そのルヴィアという持ち主と交渉するのが良いと提案され、そこで戸籍と衣食住を提供してもらうことになっていた。
だが、今の言い方だと、今後もここで住めと言っているのだろうか。
「駄目よ。あんな出会い頭に呪ってくるようなのの所。一緒に暮らしてたら、碌なことにならないわよ。……不満?」
「いえ…迷惑じゃ……」
「さっきも言った通り、今更一人増えた所で養えない訳じゃないわよ」
「……そうですか」
「予定なんて、常に未定よ。いちいち予定通りになんてしてられないもの」
自分の中の迷いを見抜かれて、やはり聡い人なのだと改めて実感させられる。
美遊は予定を立てたことがほとんどない。だけど一般的に予定は守るものだと教えられた。予定を守るのは兄曰くケーキを焼く時間を守るようなものだと。一番記憶に新しい予定は先ほどのことと───外の世界に出かけることである。
「確かに戸籍が無いことは不利なことですが、あのあまりにアレなルヴィア様の所にいるのは確かに危険です。マスター、ここは予定を変更して、霊夢様の元で過ごされるのがよろしいかと」
あまりにアレ、って言って危険だと思ってるのに勧めたのね。霊夢は露骨にいやそうに顔を歪ませた。
アパートの通路を進む。白くてそれなりに年季の入った建物に、美遊は無意識に胸を弾ませていた。不安の気持ちは確かにあるが、いつの間にか霊夢に心を開いていているから、始めよりも胸が軽いのだ。
「……そうだ、霊夢さん」
「ん? 何」
「契約時は霊夢さんしか住むことを承諾してないと思います。ですので、私はあまりアパートの住民と、特に管理人にあたる人とは出会わない方が良いと思います」
「あー……一応、大家の部屋はそこ。それ以外は普通の人たちが住んでるから」
「わかりました……霊夢さん?」
霊夢はこらえるように静かに笑っていた。何か可笑しなことを言っていただろうか、と美遊は尋ねる。
「あの……何かおかしいことがありましたか?」
「いや、昔霊夢さん、って呼んでくれる子がいてね。里の子だったけどいろいろあって異変解決屋になった子を思い出していただけ」
言われて気づいた。自分が“霊夢さん”と呼んでいることに。
「あ……ごめんなさい。その、いつの間にか……」
「いいの。別に嫌じゃないから」
親身になってくれることを、兄と重ねているのだろうか。美遊の中では、霊夢は“霊夢さん”と呼ぶようになっていた。名前が似ている訳でもないのに、同じように呼んでしまう。
「さて、ここが私の部屋よ……さ、上がって頂戴」
パーカーのポケットから鍵を取り出すと、鍵を開け、灯りをつける。何気にこの人、鍵を入れたままパーカーを貸し出そうとしていたのである。そのまま取られたらどうしたのだろうか。
「お邪魔します」と言い、「お構いなく」と答えられる。部屋は15畳ほどの部屋で、一人暮らしにしては広い。自分にはなじみのある畳に戸箪笥とちゃぶ台。あとは冷蔵庫とキッチンに白い20インチくらいのテレビがそこにあった。
「…………」
「なにぼー、としてるの。……とと、そうだ。待ってて、タオル持ってくるから」
洗面台に入りタオルを水で濡らして絞った後に戻る。霊夢はそのタオルを差し出し、困惑している美遊に向かう。
「足、拭いてから上がってね。掃除面倒だし」
「足……? そうだ、私裸足で歩いて……ごめんなさい」
「そういう時はありがとう、っていうものよ」
「……ありがとう、ございます」
美遊は言葉を噛み締めて、タオルを受け取り、上がり框に座って足をぬぐう。水で冷えたタオルは冷たかったが、確かに温かった。
〇●●●◎
その後、美遊は霊夢が沸かした風呂に二番目に入り、霊夢が用意した服を着た。
初めて入る、他人の家の───自分を人として扱ってくれる人が用意してくれた風呂は心地よく、今まで入って来た檜風呂を思い出す。聖杯戦争、別の世界、兄の願い、エインズワースのカード。多くの記憶が頭の中に巡る。
そして浮かんできた気持ちはやはり覚悟であった。エインズワースのカードを回収する。自分が起こしてしまった
風呂を出た後に着た巫女服は少々大きい気もしたが、先のジャージほどサイズが合っていないなんてことはなかった。
なお、先ほどのジャージとサンダルは霊夢がとっとと処分したそうな。
「お風呂戴きました。……ありがとうございます」
「どういたしまして。夕飯用意したから、食べなさい。そうだ、遠慮する方が失礼だからね」
「わかりました」
霊夢がキッチンから料理を運んで、ちゃぶ台に並べていく。美遊が正座すると、サファイアが飛んできて美遊抑揚の低い声で話す。
「美遊様。今夜の献立は、ごぼうの天ぷら。もやしとエリンギの炒め物に、ご飯と鮭の切り身の塩焼き。そして味噌汁とお茶と煎餅でございます。確かに霊夢様からは絢爛さもなければ貧困した様子もありませんでしたが、カレイドサファイアの門出の日には質素と思われます」
「質素で悪かったわね! 全く……美遊、もうこれは封印しちゃいましょ。明らかに残念な方向に危険な奴よ」
「大丈夫です。タンパク質となる料理が鮭しかないのと、全ての野菜が油を使っていることが気になりますが、おいしそうな料理です」
「それは褒めてるのかな?」
若干青筋を浮かべているが、美遊は気づかなかった。
最後の食事を並べ終えると、ドサッ、と座りこみ正座して、手を合わせる。
「いただきます」
「……いただきます」
箸を取り野菜から食べていく。質素だとは言うが、味はしっかりと付いているし、素材の味を引き出している料理であった。だが、兄の料理と比べれば劣るものがある。何よりも食材に心がこもってないように思えた。食材に対してなのか、作る時の思いなのかは判別できないが。
おいしいが、不思議の方が強かった。この人は優しい人なのに、どうしてそう感じるのだろう、と。
霊夢の方を見やる。
不思議な人。その表現が最もこの人に合っている。綺麗な黒髪で赤い瞳。赤いリボンにその巫女服を着る姿はとても自然体。身体能力も高くて飛行魔術を用いた戦闘を行う人。勘が聡くて、さっきの発言から封印に関する魔術も使える。
そして何より、人の気持ちに接してくれる優しい人。一歳しか違わないのに、いろいろなことを教えてくれる。異変に関わっているから保護してくれているのかもしれないけれど。───まだ自分には、信じるという気持ちはわからない。それでも、信じたい、って思える人だと思う。
霊夢と、視線が合った気がした。
箸でつまみながら思考する。芯の入った姿勢で食事を食べている姿は、知り合いの歴史編纂家の様な印象を受け、良い所で育ったのだろう清廉さを感じる。巫女服を綺麗に着られることから、普段から巫女服か、和服かをよく着ていて、勝手がわかるからだろう。
何より知識が偏っているのを見るに、最近初めて家から出てきた少女なのだ。
美遊の方を見やる。
不思議な子。どこか他人とも思えない。綺麗な黒髪で、こういう髪を絹の様、と言うのだろう。自分には絹が特別綺麗だとは思わないが、月並みに表現するのであれば、そういうことになる。その清廉さは、ここまでいけば純真無垢で、閉ざされた世界しか知らないがために、自由になることがわからないのだ。
最初は異変に巻き込まれただけの人間の少女だから、不安にさせないようにしてきたが、どうしてか、自分はこの子を放っておけない。妖怪に取りつかれでもしただろうか、しかし悪い気は一切感じられないのだ(サファイアに関しては無視)。
美遊と、視線が合った気がした。
〇●●●◎
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
「お粗末様でした」
「食べてないでしょうに……お粗末なものになりたいのかしら」
「美遊様、この方もルヴィア様に負けず劣らずの暴力性をお持ちの様です」
「大丈夫、霊夢さんは簡単には暴力は振るわないと思うよ」
「いいえ美遊様。私のセンサーは察知しております。この人は通り魔の如く暴力を振るっていくお方だと」
「さて、確かここら辺に金づちが……」
「このままでは私は哀れなスクラップにされかねません。今すぐ撤退しましょう」
「逃げる、ってどこへ?」
「何かしらそれは、逃げる算段かしら。その程度の作戦で、私から逃れられるとでも」
「マスター!」
どことなく見た事ある光景だが。霊夢の雰囲気と、若干楽しんでいるサファイアに当てられて、特にフラッシュバックはしなかった。むしろ、霊夢さんは冗談が好きなんだな、程度の認識であった。もしかしたら、自分の覚悟が、それに気づかせなかったのかもしれない。
「霊夢さん」
「……何?」
「私に、カード回収をさせてください」
「良いわよ」
「……え?」
断られるのかと思った。美遊は説得するための、納得のゆく説明を使用としていたのに───それこそ、自分の秘密を話してでも、意思を通すつもりだったのに。この人は当たり前のように、私の目を見て答えてくれる。
「ただし、ちゃんとサファイアの力で自衛くらいできることを私に見せる。そしてまあ、私が闘うから、あなたは後ろに引っ込んでて。それが異変解決に参加するための約束」
「……それだと、霊夢さんも巻き込んでしまいます」
「いいじゃない、巻き込まれてあげるわ。それが巫女の務めだもの。要は強い亡霊が相手、ってだけでしょ。その程度の相手なら何度か相手したこともあるわ」
思い浮かべるのは緑の道士服を着た足の無い亡霊。歴史上の人物で亡霊ということで現れた仮想敵。手強いと言えば手強い。だが、話に聞く英霊は正気を失っているというのだから、敵ではないだろう。桜の散る亡霊も浮かんできたが、あちらの方が手強いのではなかろうか。あの亡霊くらいの強さが5人と考えると骨が折れるとは思うが。
それでも美遊は迷う。助けてくれたこの人を、自分が起こした異変に巻き込んでしまっても良いのかと。本当は巻き込みたくはない。できることなら手を引いてほしい。自分のせいで、優しい人を傷つけたくない。
美遊は知らない。もし、最初に触れたものが善意や優しさではなく、カード回収であれば、迷うこともなかったことに。この世界に来て初めて得たものが覚悟であったのなら、同じ覚悟を持っている霊夢の意志を尊重していた。だが、初めて得た温かさは、その気持ちに報いたいという気持ちを抱かせているのだ。
「やりたいんでしょ」
「でも……」
「それに、私が止めても。きっとそのよくわかんないのを連れて出て行っちゃうでしょ」
言葉が詰まる。確かに、もし説得できなかったら、自分は迷いなくサファイアを連れてカードを回収に行っていた。そう思えるほどに、美遊の中でこの覚悟は強かった。
「やりたいと思ったのなら、やって見なさい。自分に嘘なんてつけないし、嘘ついたって自分が傷つくだけよ。本当にやる覚悟があるのなら、気持ちは答えてくれるもの」
覚悟があるのなら、気持ちは答えてくれる。気持ちが答えてくれるという表現はよくわからない。が、力を貸してくれるという意味なのは分かる。けれど、気持ちが物理的にエネルギーを与えてくれるわけでも、魔力を得られるわけでもない。
だけど、本当に答えてくれるのなら、心強く思えて、嬉しい。
「あとはそうね……恩返ししたい、って思ったんだったら。それこそ私を連れ行きなさい。目の前の異変を解決しにいかないで何が専門家、ってものよ」
「マスター、美遊様。この方は戦闘面において、たかがルヴィア様といえども、あのルヴィア様を初見で破って見せた猛者です。英霊に有効的な攻撃を与えられなくとも、戦闘経験などの面からのアドバイスもいただけることを踏まえれば、むしろこちらから願い出るべきかと。先ほどの話が本当ならば、霊夢様は英霊に匹敵する神秘を持つ存在と渡り合ったことのあるということです。いざという時は、この方に頼られるべきと思います」
一度目を閉じて、静かに考える。気持ちを整える。
まだ迷いはあるけれど、自分の気持ちを答えよう。
「わかりました。……どうか、よろしくお願いします。私と一緒に、カードを回収してください」
美遊が一歩踏み出したことを、霊夢は小さく微笑んで祝った。
〇●●●◎
食後の片づけをした後、早速美遊と霊夢は一度空を飛んで人気の無い森の開けた場所でサファイアの力を試してみた。説明されたとおりに杖を振るうと、最適な攻撃を放つことができ、十分な防御力があることもサファイアが説明したことで、「まあ及第点か」と言って霊夢は認めた。美遊の表情から緊張が解けたのが見て取れた。
そのままカード回収を行こうとすると。サファイアが、早急な回収が求められるが今でなくとも回収には行けること。今日は色々あったために一度休んで明日回収に向かうことを提案した。美遊は、自分は大丈夫だと言っていたが、霊夢はそれならば、ということで一度ゆっくり休むことに。美遊は今まで、世界を移動して、空を飛び回り、またサファイアの性能テストをしている。事の大きさなどを踏まえれば、疲労困憊になっていても当然である。
美遊が目を覚ましたのは次の夜の23時であった。寝坊どころか一日かけて眠ってしまったのである。
「ごめんなさい、霊夢さん! まさかこんな時間まで起きられないなんて……」
「大丈夫よー、いつもの生活を送っただけとも言えるんだし。まあ、一日部屋を半分占拠していたから、ご飯が食べづらかったくらいよー」
「……ごめんなさい」
明らかに後悔している美遊。からかいすぎたかと、小さく微笑む。
「冗談よ、少しからかっただけだから」
霊夢は目線のすぐ下辺りの美遊の頭を優しく撫でる。髪型が崩れないように、力を加えずに髪の流れに沿って。
その温かな気遣いに、気が楽になる。美遊の表情に綻びが浮かんでくる。
「ま、悪いと思ってるんだったら、明日は早く起きて、一日ご飯を作ってもらいましょうか」
「! はい、是非作らせてください!!」
「お、おう。そんなに料理が好きなのね」
「……はい」
懐かしむように、あの日々を思い浮かべる。兄と料理をしてきた日々。一生懸命追いつこうと、練習してきた。
表情が綻ぶ。兄の願いが、胸の内からあの時の気持ちが溢れ出す。
霊夢はただ、それを眺めていた。
「……それで霊夢様。カードの回収ですが、どこを探されるのですか? 協会が確認した観測情報は我々の手元にはありませんし、今から探すとしても、霊脈を用いなければ見つけることは困難を極めます。セカンドオーナーである凛様でなければ、その霊脈から探す方法は行えません」
サファイアがふわふわと、霊夢の周りを飛ぶ。霊夢はただまっすぐ前を見つめている。
「勘よ」
「……カン?」
「勘よ」
「勘ですか」
「……カン」
「勘よ」
サファイアの表情はとても胡乱げだ。表情筋どころか、顔すらないけれど。その六芒星が胡散臭いものを見るような表情になってる気がする。
「サファイア。霊夢さんの勘はすごい。相手の秘密から未来までを全て当てられるほどの的中率を誇るから」
「そうなのですか? ……マスター」
「普通の人の勘は疑うけれど、霊夢さんの勘は信じられるから」
そこまでわかるわけじゃないんだけど。美遊のその過大評価を、少々重たく感じていた。美遊の秘密に迫る的を射た言葉と、美遊の気持ちを察していた実績が、美遊の中でどこまでもわかるのではないかと感じさせていた。むしろ美遊の思考には、霊夢は心が読める説も挙がっている。
「それに、カードは強力な力を持っているんでしょ。ならその魔力なり妖力なりは少しくらい感じ取れるはず」
「大丈夫ですか、その調子で?」
「まあ、前から気になってるのはあったし……」
目を閉じて、意識を集中させる。静かにたたずむ霊夢を、美遊は後ろから眺めていた。
(……今がねらい目ですね)
するとサファイアが、美遊の耳元へ近づく。
「美遊様。ああは言いましたが、霊夢様には気を付けた方がよろしいかと」
「……どうして、サファイア?」
表情がこわばる。サファイアに純粋な疑問をぶつけた。
「あの方は飛行なさった時もそうでしたが、魔術の使用時に魔術回路を用いておりません。魔術回路を使わなければ魔術は行えないのに、あの方はそれを平然と行っていらっしゃる」
「だから?」
「少なくとも、魔術回路を用いる魔術師から見れば、異質だという話です。元々この国の魔術師は魔術回路を使わないという話もありますから、マスターの判断に任せます」
「……わかった。サファイア」
美遊は少々棘のある声色で返した。どうして自分の胸がチリチリとするのかわからない。
サファイアはそんな美遊の霊夢への信頼を感じ取りつつも、それを心配に思う。
『……魔術回路を用いずに奇跡を起こせるものとして、幻想種がいます。近づこうとすればすぐによけられてしまいましたから、DNA検査はできませんでしたが、おそらく人間。けれどそれ以前に───彼女が空を飛んだ時、微弱ながら力が発生していた。しかも、漏れ出たわけではなく、奇跡の余波として』
サファイアは、疑いながらも確信していた。霊夢の力は本物であると。その直感もまた、真実であると。
だからこそ警戒する、霊夢が我が主に害をなす人物であるか否かを見極めるために。
「……あっちね。飛んだ方が早いわね。行きましょうか」
「はい……」
美遊の引け目に感じている気持ちを察する。サファイアの言葉は聞こえていた。きっとサファイアが警戒していることを気にしているのだろう。
「……自分が信じている、って思ったなら」
顔を上げて霊夢を見やる。
「そのままでいいのよ。自分の感情は自分だけのものなの、もう忘れたの?」
言われて思い出す。そうだ、自分の感情は自分だけのもの。なら、サファイアがどれだけ疑っていようとも、自分の気持ちに変わりはないのだから、変わらずに信じていれば良いのだ。
明るくなった気持ちが、霊夢の眉尻を下げた優しい表情に向いた。
ここでは美遊は何等かの魔術的な事件の事を異変と呼ぶようになっている。ルヴィアとの関係性も含めて、こんな感じの事がままあることを理解してほしい。
何らかのタグをつけるべきだろうか?
あとこれもしやロリ霊夢タグ必要かな?
追記
20/10/29:感を勘に訂正。原作読み返したら普通に勘だった。コメント感謝。
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第一節 第二話 水月鏡花の確信 ~color magus ───霽月だけが知る覚悟
後書き使ってなんかやろうかなと試してみたり。
ネタ描写がわからない。良ければ、何かアドバイス求む。基本コメ返しは行わない予定。コメントはしっかりと見ていく所存。
「戦うなんて聞いてないよーーー!」
歪んだ空間から現れた暗い闇の様なものから、長い髪の目元をバイザーで覆い隠した者、クラスカード・ライダーが這い出てくる。人の形をしていながらも、明らかに異形のものの気配を発していた。銀の髪の少女の隣にいた赤のインナーに鼠色のパーカーを着た短スカートの少女、元契約者である遠坂凛はとぼけた声を上げる。
「あれ、言ってなかったけ?」
「聞いてないヨーーーーー!」
ライダーはその短剣を逆手に持って、少女とリンに飛び掛かる。二人は飛びのいて躱し、リンは懐から赤い三つの宝石を取り出す。
「
魔力の込められた宝石が光を発して爆ぜ、その炎はライダーの身を焦がさんとする。しかし炎が晴れた先には、一切の炎症も傷跡も無いライダーの姿がそこにはあった。
「やっぱこんな魔術じゃ効かないか……あれ、結構高かったんだけどな」
「効かない、って。じゃあ、どうするの!」
フリルがふんだんにあしらわれた、ピンクのドレスのような装いの小さく髪を羽のようなリボンで結んだ少女が悲鳴の如く叫ぶ。
「あんたに任せるわ」
ポカ。
「ほぇ?」
カレイドステッキ、マジカルルビーと契約した少女。カレイドライナー・プリズマイリヤ───イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、素っ頓狂な困惑の声を漏らしていた。
「じゃ、あとは任せた!」
「ええ、投げっぱなし!?」
リンはそのまま脱兎のごとく建物の陰に隠れていく。その素早さは兎よりも早かった。イリヤは泣いていい。というか泣いていた。
「イリヤさん、二撃目来ますよ!」
ライダーはその鉄杭のような鎖が繋がった短剣を投げ放ち、イリヤの腹部を狙う。
「おひゃああ!」
体を捻らせて回避する。背中に冷たいものが走り、ジリジリという音が鳴ったような気がした。魔力障壁によって目立った怪我はないが、精神的ダメージは何故か残念な方向に受けていた。
「かすった。今かすったよね!」
イリヤは走りながらも背中をさする。何気ステッキ片手に逃げながらとは器用である。
カレイドステッキが冷静ながらも抑揚のある声でイリヤにアドバイスを送る。
「接近戦は危険です! まずは距離を取りましょう」
「そ、そうね。取りましょう! キョリ」
腰が引き気味に警戒しながら、イリヤは震えた声で答えた。
そして真顔で背筋を伸ばし背を向けて、
「キョーリーーーーーー!!!」
全速力で逃げ出した。オリンピック選手もかくやと言う速さで距離を取っていく。その足はアキレスよりも速いかも。良かったね、イリヤちゃん。君の得意の走りは、ここぞという所で君を助けてくれたよ。持つべきものは自信満々の得意技だね!
「今じゃないよーーー!」
「何を言ってるんですか、イリヤさん!」
「おお~、逃げ足だけは速いわねー、ってコラー! 逃げてないで戦いなさい!」
そうこうしていく内に、イリヤはルビーに従って砲撃タイプや散弾タイプの魔力砲をライダーに向けて放つなどして徐々に追い詰めていく。流石は最高峰の魔術礼装カレイドステッキ。10歳の戦闘経験もない少女を、劣化とはいえ英霊を追い詰めさせるとは!
なお、シリアスなイメージを浮かべたい場合は、最中のコミカルでファンシーな効果音とイメージ映像に目をそらしながら常に(ほのぼのとしない)最強の自分をトレースすること。
特大級の散弾を放つとその衝撃によって土が抉れ、砂ぼこりが巻き上がる。
「範囲を広げすぎて威力が落ちてる。反撃をつけ……」
晴れた先には、鮮血で描かれた歪にして複雑な魔法陣。
「え……」
(あれは……!)
周囲へと発せられる歪んだ魔力。それが劣化英霊だからなのか本人の性質故なのかはわからなかった。だが、自分がどれほど危険な状況にいるかは、火を見るよりも明らかであることをイリヤは悟る。
重圧、引き込まれるような引力を感じたリンは、ライダーが何をしてくるのかを理解する。
「“宝具”を使う気よ、逃げて!!」
イリヤはルビーに従って逃げようとするも、どこへ行けばいいのかもわからず、ルビーに従うしかない。
リンはイリヤに近づいて、ありったけの宝石を込めて防壁を造り上げる。しかしいくら優秀な魔術師であるリンであっても、されど英霊の宝具に耐えうる自身はなかった。
先ほど、リンはライダーに対して魔術を使用した。しかし強力な魔術をもってしても傷一つ付けられなかったのは何故か。答えは内包する神秘にある。
原則として、神秘同士は衝突した際、その神秘性の高いものが勝利する。
英霊はその強大な神秘性ゆえに、現代の魔術では到底太刀打ちはできない。そも英霊と人間ではその霊格───格が桁違いなのだ。人間が英霊に勝つには、英霊と同格になるか、同格である英霊の持つ宝具を振るうしかない。
なお、カレイドステッキは、その神秘の性質を、魔力即ち神秘そのものを、術式を通さずにぶつけることで突破する裏技のようなものである。また、カレイドステッキ自体が魔法によって生まれたものであるため、その神秘は英霊と並ぶかそれ以上に匹敵する。
ともかく、理論上はリンたちが生存する可能性は0に等しい。人間の作った壁など、英霊の……それも宝具の前においては無力なのだから。
(お願い……!)
「
幻想種たる天馬の突撃が、人間に無慈悲に放たれる。
「───最大出力、
蒼い閃光が、ライダーを飲み込んだ。
巨大な神秘。膨大な魔力の奔流が、ライダーに目がけて放たれたのだ。
(……え!?)
背後から放たれたその一撃に反して辿り、その砲塔を探した。
後ろにいたのは、二翼の羽のマントにラインが映える蒼い装いの少女───美遊であった。
あの魔法陣、目を隠すような装い。見た事がある。たしかあれはライダーのカードだ。見られたものを拘束する力を持っていたことを思い出す。
魔眼、女性、長い髪。どこかで聞いたことのある特徴。たしかギリシャ神話に似たような特徴の女性がいたはずだが、ライダーになる印象は薄い。
神話に関しては簡潔にしか教えられなかったために、美遊はその真名である確信を持てない。
だが、それは今この時には関係ない、するべきことは宝具を止めること!
魔力砲撃の跡地は爆弾が爆発したかのように黒く焦げるが、それでもなおライダーは立っており、魔法陣は崩れない。
呼吸が止まるかのように体がこわばった。
倒せなかった!
たとえ泥に侵食されようとも英霊は英霊。そう簡単に倒せるとは思ってはいなかった。だからこれは驚きというより、宝具が放たれるという最悪の状況をイメージした戦慄である。
この一撃は美遊が打てる最大火力であったが、それこそ霊格を確実に貫く能力でもなければ、英霊を一撃にて沈黙させることはできない。
続く二射目を構えるが、これではホルスターから銃を抜くのと、もう構えられた銃で早撃ちするようなものだ。
「───下がってて、って言ったのに」
手をかざし、視界に見える自分とそれ以外を意識する。生まれた境界に霊力を込めて、結界を形成する。
それがイリヤには、蒼い少女の後ろに、橙の四角形が二重に現れたように見えた。
「
宝具が開帳される。サファイアに魔力はまだ装填できず、リンは目を閉じて衝撃に備える。声を聞いて振り向いた美遊とイリヤだけが、紅白の巫女を見ていた。
「
ライダーは、宝具を発動することができなかった。
飛来するは六つの紫札。高速に飛揚する御札に対応できず、内五枚はその身を削り焦がし、一枚は口の中に飛び込み、声帯を焼いた。
宝具とは、その真名を開帳する事によって、神話を再現するのが基本である。常時発動型も存在するが、ライダーのこの宝具は真名を詠唱することによって奇跡を成すものであった。
宝具の真名を続けようとするが、声ならぬ音となり、動かそうとするほど霊符が体内を焦がす。その熱さに悶え傷ついた両腕で喉を抑える。
それだけではない。ライダーは別の脅威が迫ってくるのを確認した。だが、あまりの痛みに反応が遅れてしまう。
ライダーの目はバイザーによって塞がれている。そのためライダーは視覚以外の感覚によって世界を認識する。たとえ悶絶して目を閉じていても、外部世界の情報を習得できるのだ。
故に気づいた。高速で向かってくる人間大の球体の存在に。
続く七撃目。巨大な赤と白が交わろうとしている───スーパー陰陽弾が、ライダーの体に激突した。
強烈な衝撃がライダーを吹き飛ばす。鮮血の魔法陣から距離を離されてしまう。すぐさま体勢を立て直そうにも体が動かない。ライダーは身をもって、陰陽弾にも御札と同じ力が込められていることを感じていた。激突していた箇所が焦げるように沁みる。
さらに前方から飛んでくる飛来物を確認。形状は四角、数は八。それぞれが別方向から前進してくる。追撃だと認識するが、空中で動きが止まる。
それは、先ほどまでライダーがいた場所。鮮血の魔法陣を描いた場所であった。魔法陣を囲う様に配置された御札───即妙神域札を頂点として、結界が構築された。
「けれど、おかげで間に合った」
紅白の巫女───博麗霊夢が、そこに立っていた。
☆☆☆☆☆
「……あれ、無傷? ……、ってええ!? なんであいつが倒れて、っ……!?」
体感数時間。僅か一分足らずの間に起きたでき事を認識できたものはいない。特に目を閉じていたリンには、目を瞑っていたら唐突に英霊が地に背をつけていたように見えた。
だが、リンが注目したのはそれだけではない。目の前に存在する結界にリンは驚いた。
「魔術防壁……何この高密度な魔力!? 宝石何十個分よこれ!? というかこれもしかして結界のつもり? こんなに魔力必要ない……いやでも宝具となればこれくらいは……」
リンが思考の海に沈む。魔術師らしく自分の生命よりも目の前の奇跡の方が気になるらしい。
「……まさか、英霊を相手にわずか数十秒でここまで制圧してしまうとは……」
次に口を利いたのはサファイアであった。確かに、霊夢が魔力ではない力を持っていることは知っていた。その語りから相応の幻想種との対決もこなしてきたことは理解していた。しかし本来の能力を持たないと言っても、英霊は英霊。人間が簡単に圧倒できるものではないのだ。
「ふーん。英霊って喋れなくなるとその……宝具、って言うの使えなくなるのね。のど自慢の妖怪か何かかしら」
「…………これが、霊夢さんの、魔術……力……?」
もっと見たい。
あまりに一瞬の出来事で、あまりに許容しがたい結果。これが、この人の力。英霊さえも圧倒して、かつ宝具も封印してしまうその手腕。異変解決屋とは、こんなにもあっけなく解決してしまうのか。確かに自分が巻き込んで傷つけてしまうと思うのは、杞憂であった。この人であれば、カードの本来の使い手であっても、生身で倒してしまいそうだ。そういえば、異変解決屋になった子がいると言っていた。その子も同じことができるのだろうか。それとも───
「…
「…どうしたの?」
「え……」
いつの間にか、自分はこの人に向かって手を伸ばしていた。まるで水面に映る月を掴むように泳がせて。
「私は……」
何を…………
「えっと…………誰?」
その声に美遊と霊夢が振り向く。その声の主はイリヤだ。
自分と同じようなステッキを握っている。この子が、もう一人のステッキの契約者。自分やあの人とはまた違った感じの少女。自分やあの人と同じくらいの子。
「……姉さん、ご無事で」
「……サファイアちゃん。いつからこの世界は超ご都合伝記ファンタジーになったんですか? いくら劣化英霊とはいえ、推定対魔力B以上の概念の守りをこうも簡単に突破できちゃってるんですか?」
「姉さん、それは私たちにも言えることです」
ステッキ同士が会話をしあう。久々の───実を言うと昨日ぶりの再会なのだろう。積もる話もあるのだろう、と霊夢は思う。とても引き気味な表情で。
霊夢の勘が冴えるに冴えた。サファイアの比ではない。これはあの
御札を構えて、ルビーを睨む。
「ひえ!? さ、サファイアちゃん、あの超逸材なのにクソ爺のような風格醸し出しちゃってる素敵な巫女さんはなぜ私を睨んで構えてるんでしょうか!?」
「それはいつもの行いかと」
「私まだ何もしてませーん! まだイリヤさんのあんなところやこんなところ記録してないんですよ~!」
「何しようとしてくれちゃってるの! 記録って何、ルビー!」
「あの方は博麗霊夢さん。自称異変解決屋にして、暴力性はあの横暴な略奪者であるルヴィア様と並ぶかと」
「……ほーう、誰が暴力性横暴略奪者です、ってえ!?」
「……っは! その声は……っ!」
美遊と霊夢たちの後ろから声が聞こえる。思考の海に沈んでたリンの意識も、急浮上していく。
振り向けば、そこには青いドレスを着た典型お嬢様、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが立っていた。顔には青筋が浮かんでいて、ポキポキと手の関節を鳴らしている。
「ようやく会えましたわね、サ・ファ・イ・アぁ?!」
「む……」
御札を構え、ルヴィアに意識を向ける。ルヴィアも指先を
自分にその銃口が向いているのを理解したのは、霊夢が自分の前に庇い出た時だった。
「どこの魔術師かは存じ上げませんが、もし私を相手にするというのなら、その少女だけでも道連れにして差し上げますわ」
「ならその呪い、そっくりそのまま返してあげましょうか?」
ルヴィアは覚悟していた。エーデルフェルト家が敗北するなどありえない。だが明らかにこの少女は、自分より格上。神秘はより強い神秘にはかなわない。ならばこれは、自分の敗北だ。余裕は崩さない、だが決死の覚悟で霊夢に挑む。
「……あれ、この感じ。もしかしてサファイアちゃんのマスターとルヴィアさん、って敵対しています?」
「はい、姉さん。襲って返り討ちしての関係です」
「じゃあ、どうやってこの世界に来たんです?」
この世界は元々の世界ではない。自分たちの世界を、無限に連なる鏡合わせにした時に現れる像の一つとした場合に現れる、鏡面そのものの世界───鏡面界と呼ばれる世界に美遊と霊夢たちは訪れていた。
しかしこの世界にやってくるのは容易ではない。鏡面である通路を用意し、そこを基点として何らかのアクションを取らねば、この世界にはやって来ない。
「それは…………」
「それはこっちが聞きたいセリフですわ!? なんですの、あれ!?」
ルヴィアが後ろの空間にあるそれを指し示す。
「……どうして
そこには自分たちの世界に繋がる通路の様に、縦に世界が割れていた。その裂け目からは自分たちの世界の光景が広がっている。最も、そこから感じる雰囲気が違う程度にしか、イリヤはわからないが。
「はあ!? 何アレ! まさか、鏡面世界と元の世界を直接繋いでいるわけ!?」
「別に変じゃない、って。要はこの世界は鏡そのものにある世界なんでしょ。なら鏡と自分の境界を裂けば、割と簡単にできるわよ」
「何言ってんの、アンタ!?」
霊夢の何気ない説明にパニックになりながらツッコミを入れる。簡単に言っているが、それはもはや空間を引き裂くと言っているようなものである。「紫だったら、結界を創らずに繋いでいるだろうけれど……」とつぶやいているが、それを聞いているのは美遊とサファイアだけであった。
(……話を聞いても、全然理解できない…………)
魔術師でも何でもないイリヤは、もはや理解できない。
(けど、あの巫女さんがとんでもない人なのはわかった……!)
若干、場違いな傍観者感覚でイリヤは眺めていた。
※注意、作品と全く関係ないクロスオーバー。うろ覚えのため期待しないように。
クロスオーバーの可能性
鬼滅の刃×鷲尾須美は勇者である
早朝。水平線より太陽が昇り、冷たい潮風が体を冷やす。季節は夏と言っても、朝の海側は少々肌寒い。
扇状に広がるここは、英霊たちの霊廟。その数多く、数十段を埋め尽くすほどの墓標に、一人一人の名前が書いてある。
燃えるような男が、霊廟に入ってくる。墓標に捧げるための花を持ち、ゆっくりと、しかしまっすぐと、ある墓標へ向かう。
そこに眠るのは西暦───今は神世紀よりおよそ300年前の、人のため国のために戦った勇者たち。その隣に眠る、かつての仲間たちである。
竈門炭治郎
我妻善逸
嘴平伊之助
富岡義勇
胡蝶しのぶ
宇随天元
時透無一郎
甘露寺蜜璃
悲鳴嶋行冥
伊黒小芭内
不死川実弥
最後の任務で共に戦った隊士たちに、志共にした”柱”達。彼らは勇者ではなかったが、勇者と共に最前線で闘い、勇者たちを支えていたのだという。
だが、そこに。───自分の名前はなかった。
手を合わせる。謝罪の言葉に共に戦えなかった無念を込める。冥福を祈ると共に、自分がここにいられる事に感謝を込める。
男───煉獄杏寿郎は、まっすぐと前を見ていた。
およそ三百年ぶりの、バーテックスの襲来。大社はこれを予見し、前々より研究してきた勇者システムを、勇者適正者である三人の少女たちに与え、国を───人類を守る為に闘う役目を与えた。
勇者たちは基本神樹様によって創られた世界、樹海でバーテックスと闘う。
場所は瀬戸大橋。四国から本州を繋ぐ巨大な橋。そこが最もバーテックスが結界を通りやすい場所。
勇者たちは、最初は連携が取れず、バーテックスを攻略することができなかった。本来ならば、乃木という位の高い家系の少女が先導するところであった。
だが、ここに。ある男が迷い込んでしまった。勇者たちは突然現れた一般人に驚きつつも、彼を保護しようとする。
しかし彼は、その戦術眼…経験と努力の賜物で、バーテックスの特徴を掴み、見事に指揮して勝利して見せた。
突如現れた人物に大社は驚愕するも、これを受け、その男を勇者を補佐する役目に付けた。
男と少女たちは厳しい特訓を乗り越え、艱難辛苦を共にした。
「だから、”柱”である俺が来た!」
自身の役職を柱と呼んだ、その熱き男。煉獄杏寿郎は、たとえ我が刃が届かずとも。共に闘う少女たちを支える為に、仲間たちが残してくれた平和を守る為に、そして生まれ変わろうとも、人々の美しさを守る為に刀を取る。
「罪なき人々の、先ある子供たちの平和を奪うのなら。この熱き煉獄の炎刀が、お前たちの魂まで焼き尽くす!!」
強き者として、産まれた役目。弱き者を、そして人々の尊き営みを守る為に。
…燃やせ
『弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務だ』
…燃やせ
「…これが、」
『老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ』
…燃やせ
「…人間の、」
『強さというものは、肉体に対してのみ使う言葉ではない。───心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け。君が足を止めて蹲っても時間の流れは止まってくれない、共に寄り添って悲しんではくれない』
…心を、燃やせ!
「───心(たましい)、ってやつよーーーー!!」
「馬鹿な、その剣は………!!」
「───日の呼吸 壱の型、
…「円舞」」
続かない。ネタ提供は下から誰か書いて。100億の男送るから。裏設定ほしかったらコメント書いてくれればいつかの後書きなりで書く所存。
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第一節 第三話 水月鏡花の確信 ~color magus ───スネークストーン
間に合った!!
「────!!」
悲鳴のような慟哭が響く。
「…………っ!」
霊夢は咄嗟に霊力を込めた針を数本投げつけた。その慟哭よりも早く、鋭く。
しかしその鋭き迎撃は、十全に警戒されていたために回避されてしまう。
「────!!」
言葉に成れない慟哭が響く。
美遊はその針の先を目で追い、驚愕に目を見開いた。
死に体のライダーが、そこに立っていたのである。
「ほえ!? なんかまだやる気なんですけど!!」
「へ……なっ、てっきりもうカードになってるものだと!!」
遅れて全員がライダーに気づく。
全身はボロボロ。どうにか動けるまでに回復してはいるが、もはや立っているのもやっとなのだろう。意識のない怪物となったライダーの足取りに意識は感じられない。
何より、今もなお我が身を焦がす、喉の霊符が、煩わしかった。
「なっ……!?」
誰の声であったかはわからない。
だが、ライダーが自分の手を口に突っ込んだことに驚いたのは、同じ気持ちであった。
「……何か、妙に懐かしい気配だとは思っていたけれど……」
引き抜かれる。その手には今もなお己が右手を焼く原因が握られている。霊符を投げ捨て、英霊の修正力をもってしても戻るかわからない喉を震わせる。
「今わかった。……あんた、あの守矢の祟り神に似てるんだ。もしかして妖怪落ちした蛇の神様か何か?」
「────────!!」
意識のない怪物の慟哭から、確かな憎悪の意志が放たれた。
地面を蹴る。今警戒すべき敵対者へ向かう。目の前の妖怪に向かう。
交差する。鉄杭の短剣を突きつけ、懐に飛び込んで
吹き飛ばされる、追撃する。
ライダーは吹き飛ばされながらも、その脅威を睨みつけ、短剣を振るう。
霊夢は浮いて追撃しようとするが、短剣に繋がった長い鎖が、とぐろを巻く蛇の如く襲い掛かり、回避するために後退する。
距離は中距離。接近も射撃できる距離。ライダーにそのスキルはないが、どうにか仕切り直すことができた。
「くっ、イリヤ。迎撃よ! 今なら宝具を警戒せずに仕留められる!」
「……へ! あの中に入るの!!」
「大丈夫だから! 遠慮せず速攻よ!」
霊力を練り上げる。宙に浮かぶ二つの双玉を創り上げる。霊夢の傍らに二つの陰陽玉オプションが備えられた。
二人の魔術師は驚愕する。その膨大な力の存在感に。
「いいわ。ならとことん、その体が朽ちるまで相手してあげる」
陰陽玉より御札が発射される。その軌道は二つ。直線と曲線を描き、婉曲した弾幕は確実にライダーを捉えている。
「!? 英霊に魔術は効かないわ、この子に任せて……」
ライダーは多方向から飛揚する御札を回避する。直線の御札は避けたものの、曲線の御札はライダーを追う。
「「回避した……?」」
霊夢の術がライダーに通用するのは、現状をしっかりと理解していないリンと途中からやってきたルヴィア以外の全員がわかっていた。
回避し続けるライダーはあることに気づく。自身を追尾する御札が、直前まで自分がいた場所に放たれていることに。何故このような攻撃をしてくるのかはわからない。
だが、ならば。その性質を利用して、回避しつつ攻めればよい、とライダーは感じる。
〇●●●◎
どうすればいい。美遊の思考が巡る。復活したライダーには驚かされたが、相応のダメージを負い、かつ宝具は封じられている。こちらが優勢であることには変わらない。
ライダーはその高い素早さ───敏捷Aを持ってかく乱しつつ近づいていく。そして初撃としてその鉄杭を投げつけた。
霊夢はその攻撃をぎりぎりまで引き付けて身を捻り回避する。カリカリという音がする気がして、懐かしい感覚を霊夢は覚えた。
「ちょっ! 今かすったよね!」
「グレイズは乙女の嗜み!!」
だが、彼女には宝具に勝るとも劣らないスキルがある。あのバイザーの下に存在する目は、何らかの魔眼を持っているはず。魔眼については良く知らない。相手の目を見なければよいのか、そもそも見られてはいけないのか。前者であれば、あの人ならその勘で回避できる。だけど、後者であれば、自分にはその回避方法がわからない。
今すぐにでも知らせるべきか……いや、違う。伝わった時点で使われてはダメ。なら、使われる前に倒す。
「サファイア」
「!? ……わかりました、美遊様」
近接戦闘における得意な範囲内にまで霊夢を追い詰めると、拳を突き出しつつ、ライダーは投げつけた短剣を操作して後ろからその凶刃を振るう。しかし霊夢は頭部を狙っていた鉄杭を、少し頭を傾けるだけで回避し、前方の攻撃の起動を避けつつ、ライダーの懐へしゃがみつつ飛びあがった。
「神技「天覇風神脚」!!」
霊力の籠った脚で、宙返りしつつライダーを蹴り上げる。それを三回、霊夢は
魔力が杖の先に集まるのをイメージする。今放てる最大火力をぶつける。さっきは倒すことはできなかったけれど、今度こそ倒して見せる。倒さなければ、今闘っている霊夢が傷ついてしまうかもしれない。霊夢が魔眼に対応できないとは思えない。けれど同時に、自分だったら、躱せる気がしない。あそこにいるのが自分であれば、魔眼を受けても、他の人が何とかしてくれると思う。けれど、あそこにはあの人がいるのだ。
ステッキに魔力が集まる。純粋な魔力の塊が、イメージによって収束する。
ふと浮かんで来るのは、さっきの記憶。一撃で屠るつもりであったのに、耐えられてしまったこと。もし、倒せなかったら? むしろこれによって追い詰めてしまうことで、魔眼を解放させてしまったら?
「……美遊様?」
それで、霊夢さんが、傷ついてしまったら……
浮いたままの霊夢は懐から小さな紙を取り出して、そのカード名を宣言する。
「霊符「夢想封印 散」!」
赤と白の御札に大量の色彩鮮やかなる霊弾が、扇状で広がり、ライダーに向かっていく。
それは簡潔に弾幕ごっこを表現したスペル。ただ直球に、相手を簡潔的に倒すという意志の表れ。
眼前に広がる面制圧。しかもそのどれもが自身に効果的であることを、ライダーは理解する。
ライダーは低姿勢になって構えた。
「───、────────」
ライダーはその敏捷性を振るって、躍るかのように攻めかかる。弾幕が迫っている都合上、範囲外に出れば確実に仕留められると考えて、まともに受けないようにその範囲内で回避していくしかないと踏む。
そのアクロバティックな動きに霊夢は驚く。ただ一言「そう」と呟く。
その敏捷性をもってしても、霊夢の弾幕を躱しきることはできない。四肢に霊弾が被弾して肉を焼き、腹部を御札が切り裂き、焼き焦がす。直線的に突撃したり、受けに回っていればより被弾していたが、それでもダメージは馬鹿にならない。
近づけば体術で倒される。離れれば射撃される。中近接で戦う自分では相性が悪すぎる。
ならば、いっそ動きを止めて確実に殺す。ライダーはそう確信した。
◎〇●●●
「───きれい」
鮮やかな光。二色の御札。色が重なり、合わさり、宙に色彩を描く。
隣にいるリンは言葉を無くして、その光景を眺めていた。自分には理解できない事を考えているのか、それとも見惚れているのかはわからないけれど、たぶん同じものを見ている。
「……美しい…………」
後ろから青いドレスの人が言葉を漏らしているのが聞こえた。たぶん、あの女の子もそうなのだろう。
ルビーは何も言わない。見惚れているんだと思う。だって、自分も同じだから。
光が奔る。流れるように、彩るように、瞬くように。戦いの際にどんな意図であの色彩を表しているのかはわからないが、まるでファンタジーのようで───夢を見ていると思った。
星が、暗い夜空を彩る。
紅白の御札が、流星群になる。
色彩の中心の巫女は、月だ。
……でも私は、何故か。
───あの色彩が、本当の星だったらなと、思った。
◎●〇●●
霊夢さんだ。自分がそう確信したのは、紅白の色彩が流れるのを見た時だ。この色彩が何を表しているのかはわからない。印象派の芸術は自分にはわからない。
けれど、この色彩には、あの人の気持ちを感じた。純粋で、素直な思い。その心が、この弾幕そのものに表れているんだ。
───やりたいと思ったんなら、やって見なさい───
素直になれ、と言われた。自分の気持ちに従え、と。
目を閉じる。
ステッキはまだ構えている。だけど、本当の意味で、構え直す。
杖の先に気持ちを込める。もうイメージはできている。だから、今足りないのは気持ちだ。
───自分の感情は自分だけの者なんだから───
強い力が欲しい……違う、それは手段であって、目的ではない。
ライダーを倒したい……何か違う、それは目的だけど、気持ちではない。
───本当にやる覚悟があるのなら、気持ちは答えてくれるもの───
ああ、そうだ。
私は───霊夢さんを、助けたい。
◎●●〇●
跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。ライダーはダメージを負いながらも、着々と近づいていく。構える余裕が無いのか、回避に専念して突き進んでいく。
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。霊夢から放たれる弾幕は、僅か十数秒でその量を増していた。その表情に余念無く焦り無く、もう一枚のスペルカードを構える。
15、12、9。どんどん距離が迫っていく。霊夢がライダーの得意距離に入る。
ライダーは構えなかった。
代わりに、そのバイザーに手がかけられた。
ステッキの魔力が唸りを上げた。純粋な魔力の塊が、思いによって練達していく。
思考する余裕はない。だが今ならいける、と確信した。
目を開いた。……そして瞠目した。
これから起きる日食の如く、標的ライダーに、霊夢が重なりかけていた。
唇を開く。まずい、このままではあの人に中ってしまう!
気持ちがぶれる、覚悟が揺らぐ、思考が蘇る。
ああ、そんな。ステッキを握る手が、震えた。
───空を飛ぼうと思えば誰だって飛べるわ。飛べると思えば、どこまでも飛べる───
あの月の美しさを、思い出した。
ぶれさせない。もはや自分が砲になる錯覚。
思考はない。だが、飛べると思えば飛べるなら、避けてと思うから避けて、と子供っぽく感じていた。
飛べると思えば飛べるなら、
避けてと思えば避けてくれるなら、
この思いが、届いてと思うから、どうか届いて……!
───避けて!
もはやそれは、願いであった。
そして、
「神技…───」
霊夢は右に避けた。
「───
一条の流星が、ライダーの霊格を貫いた。
「──、─ァ……」
ライダーの身体が粒子となって宙に溶けていく。
動き出す心臓。響きだす体動。回り始める思考。
霊夢は降り立ち、茫然とした表情で美遊に振り向く。
二人が見たのは、絹のような黒い髪の、赤い瞳の少女であった。
◎〇〇〇●
宙に浮かぶカード。クラスはライダー。
あの華麗にして苛烈なるクラスカード弾幕決闘は、美遊と霊夢の勝利であった。
「…………勝った?」
イリヤはライダーが消失していくのを見て言った。現出したカードは淡い光に包まれて、ゆっくりと降下してくる。
その小さな声は、事実を述べて淡々と鏡面世界の静かな夜空へと消えていく。
イリヤは目の前で起きた出来事を頭の中で処理しきれない。
カードを回収するだけだと思えば、英霊と言う強大な敵と戦わなければならない事。
蒼い魔法少女が助太刀してくれたと思えば、紅白の巫女が強力な力で英霊を圧倒した事。
かと思えば、英霊が復活して、その巫女と激闘を繰り広げた事。
そして……あの弾幕。
綺麗。ただその一言が頭の中で浮かんで来る。ファンタジーのようだと、夢の様だとも思ったけれど、周りに残っている荒れ果てた校庭を見れば、それがすぐに白昼夢でもなんでもないことがわかる。いや、今見ているものが夢ならば、もう夢か現かわからなかった。
今にして思えば、自分の散弾や砲弾と比べると明らかに桁違い。散弾の一つ一つが自分の砲弾と同じかそれ以上かに見えたし、振り返れば巨大な球体や派手な格闘術など、多種多様な技を見せていた。
(…………ハッ、まさか!)
少女は幻視した。
(あの人は…………魔法少女のエキスパート!!)
マイフェイバリット、マジカルブシドー・ムサシの姿を。
(弾幕凄かったし空も飛んでたし! 巫女で御札ドパーだけど和風魔法少女と思えば違和感ないしあのインファイトはムサシもしてるし!)
意外でもなし、ムサシはインファイトするのであった。むしろインファイトしかしないのであった。むしろムサシはサマソできるのか? いや、無限を破って零に至ればできそうではある。というか魔法少女の魔法とは一体? ん、○○キュア? ま●●ギ? そんなことより、僕と契約して、プリ●●●になってよ!
ぐわん、と身体を捻り、美遊と霊夢に羨望のまなざしを送る。目がキラキラしてやがった。
二人が見つめ合う。赤い瞳が、赤い瞳を見つめ合う。当人たちにしかわからないだろう何かが、その二人だけの神聖な空間で交わされている。
(こ……この雰囲気は! まるで先代魔法少女が主役魔法少女に教え諭すシーンだ! ブシドーササキが「力不足だ。お前には家族が待ってるはずだ……」、って言ってたヤツ!!)
イリヤは完全にミーハーの野次馬根性を発していた。ガッツポーズまでしている。
「……あの魔術はもはや大魔術の域だったけれど魔術回路を開いていなかったように見えるしならまさか幻想種でもそれならわざわざ鏡面世界に穴をあける必要性はもし幻想種なら幻獣でも100年くらいの幻想種が英霊に勝てるとも……」
リンは何やら小声で自問自答している。しかしイリヤには魔術の事などてんでわからぬ。イリヤには針金を操る魔術も、人形に魂を移す魔術なんかも使えぬド素人なのだから!
「……オーッホッホッホッホッホ!」
突然、蒼い派手なドレスの女性、ルヴィアが派手な高笑いを上げた。全員がその声がした方向に振り向く。
「まずは一枚目。このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが頂きましたわ!!」
ルヴィアの手にはライダーのクラスカードが握られている。それを自慢げに、特にリンに見せつけていた。
「はあー! 何勝手に横取りしてん訳!? それはアタシのよ!」
「……倒したのはあの
「相変わらず成果だけは搾取していきますね~。イリヤさんは、あんな大人になってはいけませんよ。あーんな肉だけ付いた猛獣なんかになっては、イリヤさんの魅力が半減してしまいますよ」
「そこ、うるさいですわよ!」
ルヴィアがビシッと指をさす。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした美遊と霊夢だったが、霊夢は針を構えながらけだるげに言う。
「……あー。とりま、懲らしめてさっさと持って帰っちゃいましょうか」
「アレッ、横暴!? 何かイメージと違う、むしろ自由人!!」
「イリヤさん、どんな想像してたんですか?」
「なんかものすごく使命感に溢れてて、覚悟決めすぎて未熟な後輩を突き放しちゃう系の真面目な人かと……」
「それ、どっちかと言うと妹さんの方が雰囲気合ってません?」
「確かに……」
「これは魔術協会からの指令……なら、あの人が持っている方が、都合が良いかと」
「ふーん……まあ、いいわ。私はこの英霊札異変を解決できるのなら、それでいいし」
遠くではいつの間にかルヴィアとリンがプロレス技と八極拳をぶつけ合う異種格闘技戦が繰り広げられていた。二人とも急所をよく狙っているが、ルヴィアは特に延髄への攻撃を警戒していることに、イリヤは気づくわけもなかった。
そんな二人を背景に霊夢と美遊が会話しているが、雰囲気は対照的である。
「……え、なに!?」
世界が揺れ動く。空間の軋む音が響く。空にヒビが奔り、空気が捻じれるような重々しさを感じさせる。地面が割れていくことが、イリヤに地震を彷彿とさせた。
「あらー。原因であるカードを取り除いたことで、鏡面世界が閉じようとしていますね。早くしないと、崩壊に巻き込まれますよー」
「うわっ! 空にまでヒビが!」
霊夢は物珍しそうな物を見るかのように、辺りを見回している。
「へぇ。世界が壊れる、ってこんな感じなのね。思ったよりすごくないわね」
「そうなんですか? 霊夢さん」
「結界が壊れる感覚と大差ないわね」
「マスター。それは恐らく霊夢様だけかと。結界とは魔力の網をはることでその地形と境界部に手を加えるものです」
「あー。似たようなこと、あいつもしてたわね。結界なんて自分とそれ以外がいれば簡単にできるものよ。その境界を意識すればいいだけだし」
「それは…………」
「どうしたの、サファイア?」
「いえ…………」
「ともかく脱出しますよー。ほらリンさん、ルヴィアさん! 反射路形成しますから。おーい、聞いてますか~」
ルビーが大仰に……手足もないが、大手を振るように全身を揺らす。今だに喧嘩を続けているリンとルヴィア。仲が悪そうにしているが、ここまで熱中できるのなら仲が良いのでは? イリヤはどことなくそう思った。
「帰りましょうか、行くわよ」
「あれ。そこの素敵な巫女さん、どちらへ?」
「あそこからよ。戸締りはしないと大変なことになるし」
「施錠管理をしないと、貴重品および個人情報の漏出に繋がりかねません」
「家が壊れたら大変だもの」
「戸締りで家は壊れないのでは、霊夢様?」
「少なくとも。あそこの戸締りしとかないと、ここと元の世界同じ事になっちゃうし?」
全員がギョッ、と霊夢に振り向く。なんか取っ組み合いながらも魔術師組も唖然としている。
「ここは鏡そのものの世界で、隣にはたくさんの世界があるでしょ。なら繋がったままだと、まあ隣の世界とで良くないことくらいは起きるでしょ」
「そんな魔術を気軽に使ってるんじゃないわよ!? それで神秘の漏洩でもしたらどうするわけ!」
「はあ? ……って。もうそろそろヤバイや。急ぎましょ」
「わかりました」
そそくさと美遊と霊夢は裂け目に向かっていく。
「…………なっ、待ちなさい! サファイアを返して頂きますわよ、この泥棒猫!」
美遊と霊夢に続いて、ルヴィアが裂け目に飛び込んで行く。それと同時にその裂け目は静かに閉じていった。
「……えーっ、と。半径2メートルで反射路形成! 境界回廊、一部反転します!」
イリヤとリンもまた、この閉ざされた世界から去っていった。
☆☆☆☆☆
「…………」
「…………」
「…………なんというか。英霊よりも嵐みたいな方々でしたねえ?」
どっちかというと、あの巫女さんがでは? イリヤはつねづねそう思った。
ルヴィアを嵐のような人だったとすれば。美遊は嵐の前の静けさで、霊夢はそのまま嵐と嵐の影響そのものであった。
派手な印象を残すルヴィア、イリヤと同じステッキの所有者の美遊。どちらも気になる人々だったが、イリヤは……おそらくリンやルビーも、霊夢の事が頭から離れないのだ。
自分と同年代くらいには見えるけれど、もう雰囲気とかが年上のようで、自分より先輩の中学生くらいの人。イリヤの霊夢への印象はまさしくそれであった。
なにより、今でもあの弾幕が、自分の中で瞬いていた。
「……とにかく、あの子のことはルヴィアからしっかり聞かないと。神秘の漏洩なんてしてたら、ただじゃ置かないんだから」
「あの……神秘の漏洩、って何ですか、リンさん?」
「あー、まあ。魔術師世界における禁忌みたいなものよ。原則のルール、これを破るものは魔術師ではない、ってこと」
「えーっと。法律とか……憲法みたいなものですか?」
「イリヤさん。憲法は方針みたいなもので、ルールではありませんよ」
「あ、そうなんだ」
「ルールであることと、破ったら犯罪者とされるということであれば、まあその理解で良いわ。神秘……魔術に関する事は一切誰かに漏らさないこと。いいこと、カードの事も、ルビーのことも、もちろん魔術の事も。誰かに話してはいけないわよ!!」
「は、はーい」
眼前に指さされながらも、イリヤは答える。とにかく魔法少女と同じことをすればいいんだよね、と納得した。
「にしても……同じステッキを持ってる子かぁ……」
「普通であれば、ライバルキャラ登場だとかなんですけどねえ?」
「むしろ謎の魔法少女現るみたいな印象。敵か味方かライバルかもわかんないあやふやな感じ……」
「私からすれば。対抗馬どころか、第三勢力なんだけど……」
「結局あの人たちがどちら様なのかわかりませんからねえ? 魔術師である以上、自らの身の上を話すとは思えません。まあ、サファイアちゃんの新しいマスターであることですから、気になりますが……」
むー
「どうしたんですか、イリヤさん?」
「いやー……何となくの勘なんだけど」
イリヤは空を見上げながら、たそがれるように言う。
「あの妹さん、わたしと同じくらいの年だったよね」
「ですね。それが何か?」
大きな雲が、夜空の光を隠す。
「パターンでいくと、これってさ……」
風が流れ、雲より月が出でた。
「はーい、みんな! 今日は転校生を紹介します!」
「うんやっぱ、こうなるよね……」
(なるほど転校生展開ですか……なんともベタな展開ですねー。いわゆるアニメや漫画の“いつもの”ということですか……)
イリヤの表情から「ベタだな~」という言葉が発せられる。口にせずとも、顔が言っていた。
虎柄先生、藤村大河がざわつく児童たちに声をかける。
「こらー、静かにしなさい! さあ、美遊ちゃーん。入ってきてー!」
ガラガラ、と扉が開く。
夜空の様に艶やかな絹の黒い髪が靡く。後ろに髪を束ね、前髪を髪留めで止めた少女が、ゆっくりと教室の壇上に進む。綺麗な姿勢で歩むその様は清廉だ。
黒い黒板に白いチョークで、彼女の名前が記される。
黒髪の少女が黒の黒板と白い文字を背に前を向く。
月のような琥珀の瞳を湛え。
───
「───
その瞳には、赤と白の星が瞬いていた。
ここには美遊・エーデルフェルトはいないけれど、博麗美遊はいる。それを理解してほしい。
最初はアニメ1話で一話分のつもりが、予想以上に話数を使ったため、一話につき2~3話くらい使うことに。
そしてアニメ1話分を書くのに3日はかかるから、少なくとも三日以上かけて数話分を書くことになる。
そんな感じの小説になることを了解してほしい。
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第二節 第四話 紫色の境 ~color’s meets Girl ───エーデルフェルトの切り札 ~ Blue Gemini
今回地の分極小。想定してたより長くなりすぎて、地の分増やすと倍くらいになる。期間開いているのに何言ってんだとなるかもだけど、羽休めする気分で読んでいってほしい。
まあ、よく振り回されましたから
「博麗美遊です───」
白い校舎。白い教室。ここが学校。思ったよりうるさい場所。
茶色の制服と黒のスカートを纏い、美遊は教室を眺める。美遊にとって勉強する場所というのは静かなイメージであったため、周りが気づかぬ苦い顔をする。勉強とは学習であり、学習は本を読んでするのだから、勉強は静かにするものだと、認識していたためだ。
転校生の登場に、教室はざわめく。
「はいはい、みんな静かに。美遊ちゃんは前までエーデルフェルトさん、っていうフィンラ~ンドの親戚の元で暮らしていた帰国子女さんです。わからない事がたくさんあるだろうから、みんな仲良くしてあげてねー」
帰国子女という言葉に、またもざわめき立つ児童たち。
「……あれ?」
「これは…………」
確かあの子は金髪の人とは仲が悪かったんじゃ。イリヤは言葉にしなかったが、疑問には思った。ルビーはイリヤにのみ聞こえる声を漏らし、何かを理解した。
「さーて、席だけど~ぉお~お。あ、イリヤちゃんの後ろね」
「はい」
イリヤが驚愕しているのを、美遊は見た。が、気にすることもなく移動し、席に座る。
そして気になりだしてイリヤに視線を向ける。
銀糸と表現できる、煌びやかな銀髪の少女だ。
銀の髪が窓からさす陽光で、輝く光沢が眩しい。
あの黒髪が夜空であれば、まるで星の様に瞬く髪。
どうしてこの子は、カードを回収しているのだろう。目的は、理由は、どんな経緯で? ……どんな気持ちで、この異変に参加しているのだろう。
(……なんか、見られてる。このプレッシャーは何!?)
(メンチ切りで負けてはいけませんよ、イリヤさん!!)
ジト目になってイリヤを見ているとは、美遊は思ってもいなかった。
「さーて、一時間目。ありゃ? ……なっ、は!? プリント忘れてきたー!! …………うふふのふ~。よーいこのみんな、すこーししずかに、じしゅうしてちょうだーい」
教師、藤村大河。プリントを忘れて職員室までダッシュ。「先生、廊下を走らないで!」と隣の教室の教師に言われるのであった。
なお小学五年生、「ひろがる国語」という教科書を開いて気づいているため、教科書にプリントを挟んでいたようだ。おそらく児童30名ほどのプリント全てを。かさばるし、もはやずぼらでは?
「いよっしゃオラー! 自習だー!」
黄色の髪を団子にして、おさげを二つ作ったアホ毛の小柄な少女。嶽間沢龍子がクラス中の喜びを、大げさな身振り手振りとハイテンションな声で表現した。
自習。自分で学習すること。しかしその騒ぎ具合が、学習する雰囲気に合わず、美遊は困惑する。
すると、三人の少女を始めとした、何人かのクラスメイトが、美遊を囲む。
「なあなあ、フィンランド、ってあれだよな! 船乗りながら舞踏会でヘッドショットするんだよな!」
「どこに住んでるのー」
「博麗、って聞きなれない苗字だよねー。ここらへん出身なの?」
「そうか? 私はどっかで聞いたことあるんだけどなー。姉貴だったかな……? それより何か漫画とかアニメとか見てるのある?」
今まで接した事のない人数に質問攻めに遭い、思わず戸惑ってしまう。
自習ではなかったのだろうか、と記憶をたどるほどに、学習とは静かに知識を得るためにするものではないのか、と認識のギャップに付いていけていなかった。
「すごいねー、みんな」
「うん……ああ、ごめん! わたし、ちょっとトイレ行ってくるね」
「あ、うん」
「えへへへ」
美遊が児童たちに囲まれている間に、イリヤは気持ちを整えるために教室を去る。
人に囲まれている。
自分を注視している。
質問を向けられる。
誰から答えるべきか。
まず、フィンランドはそんな場所ではない。
まず、私は霊夢さんの家に住んでいる。
まず、博麗は霊夢さんからもらったもの。
まず、漫画やゲームを見た事が無い。
まず、まず、まず…………
「少し、うるさいわね」
耐えきれず、素直な気持ちを告げて、教室を去ってしまう。美遊は生まれて初めて人酔いした。
周りは最後まで、美遊をキョトンとしたクールな子だと思った。
◎○●●●
「はじめまして。サファイアと申します」
蒼いカレイドステッキのコンパクトタイプ状態のサファイアが、イリヤに挨拶をする。
誰もいなかった廊下で声をかけてきたサファイアと会話をするために、イリヤは屋上に来ていた。
屋上はフェンスで囲まれており、昨今自殺事件の多い学校界隈では珍しく、屋上に鍵はかかっていない。一応、バレれば少々叱りを受けるが、それでも軽すぎるほど。PTAにバレると問題になるので、児童はこれを秘密としている。あまり屋上に興味が無いから、知らないともいえる。
「こちらは、私の新しいマスターの、イリヤさんです」
「姉がお世話になっております」
「お、えっと。こちらこそ」
礼儀正しい。ルビーとは全く別の印象。おもわず驚きつつも、礼を返した。
「私とサファイアちゃんは、二人同時に造られた姉妹なんですよー」
「へえー。ステッキ、って二本あったんだね」
「ところでサファイアちゃん?」
「はい、美遊様ですね。私の新しいマスターです。姉さんとはぐれた後、出会いました」
「やはりそうでしたかー。さっすがサファイアちゃん、かわいい子を見つけましたね!」
ルビーはサファイアをほめちぎる。イリヤはそういう風に出会ったんじゃないと思うけどな、と思った。
「それにしても、サファイアちゃん。エーデルフェルトの親戚、って。もしや買収でもされましたか?」
「あ、そうだ。どうして博麗さんは、あの……ルヴィアさん、って人と親戚なの?」
思い出すのは藤村の言っていた説明。あれだけ敵対的な雰囲気であったのに。どうして親戚であったのか。イリヤはよくわからなかった。
「はい……いいえ、違うと申しましょうか。あれは、昨晩の事になります…………」
◎●●○●
32階建ての冬木で二番目に高い円柱型の高層建築。冬木氏ハイアットホテルにて、美遊と霊夢は、その最上階のフロアの一室にルヴィアによって招かれていた。一度テロに見舞われ、全壊した事件があったが、今ではこの通り再建していた。
ルヴィアは優雅に椅子に座り、細見長身の耳長の老執事オーギュストの淹れた紅茶をカップの取手をつまみ優雅に飲む。丸机には、あと二脚の椅子が囲み、二つのティーカップが置かれている。
「お掛けになって?」
余裕と優雅をもってルヴィアは促す。美遊は警戒しながらも、その椅子に腰を掛ける。
霊夢はベッドに腰を掛ける。ドスンと体重をかけて。
ルヴィアは目を丸くして、唖然とした。
「……何をしてらっしゃいますの?」
「掛けているだけよ」
「普通椅子ではなくて?」
「知らん。私はこっち」
「霊夢さん、お茶冷めちゃいますよ」
「紅茶か。あんまりいい思い出が無いわね」
「あら、何か苦手な茶葉でもありまして?」
「吸血鬼が飲んでいた毒草の紅茶」
「そんなもの出しませんわよ!?」
「霊夢様は、吸血種とも交流がありましたか」
「異変の首謀者で、倒したらなんかべったり付きまとわれた。紅茶はそこのメイドが主人の吸血鬼に出してた」
「ふん! そこのメイドは主人に毒を盛るほど品が無いのですわね」
「館の品はあいつが全部管理してたけど」
「霊夢さん、そのメイドさんがですか?」
「メイドの妖精が散らかした分、そいつがいつも一日で全部片づけてたわね。食事も家事も洗濯もして大変そうだったわー」
「ほう」
オーギュストがつぶやいた。一瞬目がキラッ、となったが、全員気にしなかった。
「……妖精が、メイド…………?」
ルヴィアはつぶやいた。頭にクエスチョンが浮かんだが、全員気にしなかった。
「……で。交渉、って?」
本題に移ろう、と言外に提案する霊夢。鏡面世界を出た後に、美遊と霊夢はルヴィアに引き留められて、交渉を持ちかけられたのだ。
ルヴィアは咳払いをして、面持ちをこわばらせて美遊に向く。
「ワタクシの傘下に下ってくださいましたら、ワタクシが叶えられる望みを全て叶えましょう」
「はあ?」
霊夢が口をぽかんと開ける。まさかの降伏勧告に、霊夢は驚きを禁じ得ない。
美遊は表情を動かず、されど警戒を浮かべて疑問を投ず。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですわ。従ってくれれば、相応の対価を与える。等価交換の法則に則った伝統ある交渉を行っているだけです」
「ホントに?」
「ええ、嘘じゃありませんわよ?」
「うさんくさ」
「あら、こんなことも知らないようでしたのね。品が疑われますわ」
「私たちを魚か何かだと思ってない?」
「…貴女たちには、ワタクシの全力をもって対価を支払う価値がある。そう思っただけでしてよ」
「全力で私たちを食べるということ?」
「……全てを持ってでも、貴女たちを身内に引き入れるべきということです」
「腹に抱え込んでるでしょ?」
「………同胞に入れるという意味では、抱え込みますわ」
「嘘ね」
「嘘じゃありませんわよ………」
優雅に振舞おうとして、霊夢の口回しに合わせていった結果、話が進んでいるのかわからずに頭だけを使ってしまったルヴィアであった。優雅に振舞ってより疲れが強調されている。
静かに思考に沈む美遊。しばらくして、顔を上げてルヴィアに向き直る。
「……なら、私に戸籍を下さい。そして生活基盤をください。そして霊夢さんに、普段の所得の数倍の報酬をください」
「ちょっと。まさかホントに傘下になる気?」
霊夢が疑わし気に美遊に尋ねる。やめておけ、と言っているのだろう。
「霊夢さんを、巻き込んでしまったことに報いたい」
「だから私は……」
「それに。助けてくれた感謝として、返せるものを返したい、今の私には何もないから。……ダメですか?」
遠慮するように笑う美遊。
霊夢は、苦い顔をしながらも、その思いを無碍にはできなかった。
「……わかった。けど一つ訂正して」
「え……?」
「何も持ってないなんて言わない。あなたには大切な想い出があるはずよ。それを無碍にしないで」
美遊は、目を見開いて、口ごもる。
「……はい、ありがとうございます」
自然な笑みを、美遊は浮かべた。
この時、抑揚が静かに上がっていたことを、霊夢以外知らない。
「…………随分と仲の良い姉妹愛ですこと」
「え……あ。あの、私と霊夢さんは姉妹では…………」
「わかってますわよ。戸籍が無いと言う時点で、血縁関係は無いことくらい」
「何でしたら、私が今からでもDNA検査を行いましょうか? 血液を戴ければ、数秒で解析いたします」
これで血を採血できれば、霊夢のDNAを検査できると踏んだサファイアが提案する。
ルヴィアが「ほう…………」と呟く。ルヴィアも同じことを考えたのだ。DNAというのはよくわからずとも、それが血縁関係を示すものであるとわかった。ならば、少なくとも人間か否かがわかるのではないかと考えたのだ。
「記念にやってみればよろしいのでは?」
「いやだ。痛そう」
「なら痛覚が無いようにさせていただきます」
「……まあ、減るもんじゃないか?」
「では早速……」
サファイアは霊夢の手の甲に触れる。仕込んでおいた針で軽くつつき、血液を採血した。霊夢が小さく舐める。
「ヒリヒリするんだけど」
「痛みはありません」
「あー痛いわー、これは慰謝料もらわなきゃー」
「さて、検査の結果ですが…………」
「おいコラ」
サファイアは皆に向き直り、その結果を言う。
「他人との結果がでました。しっかりとした日本人のDNAです。よかったですね、霊夢様。その暴力性が猛獣ではなく、人間由来であることが証明されました」
「そりゃそうだ」
「なるほど…………」
つまり彼女は幻想種ではなく人間、ルヴィアはそう理解した。英霊に拮抗どころか圧倒する人間がいることが発覚することになる。ルヴィアは霊夢を一瞥して、より眼を鋭くする。
「…………他人……」
か細い声で、美遊はその言葉をこぼす。寂し気に視線を落とす。霊夢は口を開く。
ルヴィアは、そんな少女の姿を見る。憐れむようにではなく、慈悲の面持ちで。
「ならば、戸籍でこの方の妹にして差し上げますわ」
美遊と霊夢が同時に二人の方を見やる。驚いたように、そちらに振り向く。
「本当なら? ワタクシの傘下になるならば、エーデルフェルトを名乗って戴きたいのですが。やはりエーデルフェルトの名は安くはありませんわね。日本の方同士なのですから、ちょうどよろしいのではなくて?」
霊夢は口を開いたまま、傲岸不遜に言うルヴィアを見続ける。
「それならば、このまま霊夢様のご自宅で暮らすことになっても問題ありません。周辺住民を警戒する必要もなくなります」
「私が、霊夢さんの…………
口を開いて、霊夢の方に向く。その瞳は照明に照らされて、星のような光を湛え、白い肌の月を映す。
「最も、それも傘下になることが条件ですが。まあ、望むので「入ります」したら?」
決意をもって、美遊はルヴィアに向き合う。
「入ります。軍門にも、傘下にも、隷属にも」
その瞳は揺るぐことはない。
「言い過ぎよ。ただでさえ傘下だなんて、っていう話なのに。もっと自分を大切にしなさい」
窘めるようにして、霊夢は言う。
「相手がそれでいい、って言っているのなら、素直に乗っかっちゃいなさい。図々しいくらいがちょうどいいのよ。そもそもそれでいい、って言っている時点で相手はされてもいい、って思っているのだし」
「そうです。ルヴィア様に隷属すれば、おそらく地獄の日々が訪れます。きっと、あんなことや、こんなことに……」
「だ・れ・が! そうしますの!!」
思わず机を叩いてしまうルヴィア。紅茶が零れかけたが、机を濡らすことはなかった。代わりに優雅さが抜けた。
「はあ…………よろしいので?」
「はい。今後ともよろしくお願いします……エーデルフェルト様」
「ルヴィアさん、でよろしいですわ。貴女に敬称で呼ばれると、
「だれが獣か」
「それに、今回の場合、交渉なのですから互いに対等ですわ。私は望むものを与える。貴女たちは力を振るう。ほら、対等ですわ」
「まるでペットね」
「雇用者と労働者と呼んでほしいですわ」
「雇用?」
「当事者の一方が相手に対して労働に従事して、片方がその労働に対価を支払うことです」
「依頼される感じかしら? まあ、報酬弾んでくれるなら、やってもいいけど」
「では契約書を…………そういえば、あなたの所得の数倍を支払うのでしたわね。おいくらなのですか?」
ルヴィアは思い出すように、疑問を投げかける。
「……所得? 社会の教科書に載ってたな位しかわかんないんだけど」
「この場合の所得とは、霊夢さんが仕事をした時に得る収入のことです。異変解決における報酬の相場が、今回の所得になると思います」
「じゃあ、特にないわね」
「…………はい?」
全員の表情が固まる。言っていることを理解できていないとでも言いたげな表情に、霊夢は首をかしげる。
「いや、だから所得無し」
「……いや、ならどうやって収入を得ているんですの?」
「夜中出歩いているガラ悪いやつらから巻き上げている」
「なんて野蛮!? ……もしや、神秘の漏洩などしているのではありませんわよね!?」
「何それ」
「何それ?! ……魔術の行使をしておりませんわよね!?」
「はあ、魔術? ……面倒くさそうだし、いつも蹴り上げてやってたから、見られてはないと思うけど」
「がらわるい?」
「よく落書きしてるのや、白い粉とかと金銭を交換しているヤツみたいなの。時々オレ達は藤村組だぞ、って言ってるやつらもよく見かける。なんかお嬢、って呼ばれてるけど、なんなのかしらね?」
「それはヤクザの事では、霊夢様?」
「ヤクザ…………────ああ! ああいうのをヤクザ、っていうのね! ならヤクザを見るのは2回目だわ。……でも私はヤクザじゃないんだけど?」
「ヤクザ…………あ、確か暴力団の別称ですね」
ルヴィアはしかめ面の冷たい目で霊夢を見やる。そして咳払いをして、話を戻した。
「なら、ワタクシが前任者のカード回収の際に支払われた報酬の数倍をこちらで支払いますわ。えー……これくらいでよろしいかしら?」
ルヴィアは用意しておいた手形に金額を記入し、それを霊夢に見せる。霊夢はまじまじと見つめるが、納得いく顔ではない様子。
「……不満かしら?」
「いや、ゼロが多いなと思って。あなたがこれで納得できるのならいいけれど?」
「え? ……これなら正社員の一年分の所得と同じですね」
「高いの?」
「…………?」
「いや、そこで考えないでくださいまし! ……はあ、わかりました。ならもう少し引き上げさせていただきます」
ルヴィアが小さな声で、「本当に数倍の値段になってしまいましたわ」と言っているあたり、得をしようとしていたようであるが、そのあきれ顔に陰謀めいた臭いは感じない。
「なんか、意外。あんた結構やさしいのね」
「……では、早速契約をすることにいたしましょう。オーギュスト」
「ここに」
ルヴィアが受け取った書類に記載すると、美遊の前に、二枚の紙が差し出される。英語で書かれた記述されており、最後に二項の、Nameの文字と明記欄が書かれており、上の項目にはルヴィアの文字が書かれている。
「こちらは義姉の方の書類。こちらが義妹の方の書類ですわ。あとはここに名前を書いていただければよろしくてよ」
「なんで私も」
「貴女の分はこの契約の立会人としての書類ですわ。ペンはこちらに、ベッドから離れてお書きになってくださいまし」
「あーはいはい」
霊夢は立ち上がり、そこに名前を書きなぐる。
「あー。なんか昔を思い出すわ」
「じゃあ、私も……あ、名前…………」
「新しい戸籍上の名前でよろしいですわ」
「……はい」
微笑んだ様子で美遊も名前を書いた。
ルヴィアの前には二人の名前が書かれた書類。
そしてルヴィアは、にやりと笑った。
「オーッホッホッホッホッホ!!!」
「あ?」
「え?」
「まさか……」
「これで貴女たちはワタクシの思うまま!!」
霊夢は怪訝な目でルヴィアを睨む。美遊は何が起こっているのかわかっていない。
「どういう意味?」
「美遊様、霊夢様。おそらく
「せる……何?」
「自己強制証明。魔術師の世界において最も容赦のない呪術契約です。己の魔術刻印を用いて魂に掛けられる契約で、違反者は己の魔術刻印によって蝕まれます。最悪の場合……」
「安心なさい。魔術師である貴女にしか使っておりません故。貴女との会話から一般常識と言うものが欠如していることは明白でしたわ! あなたとの契約は、貴女には貴女の魔術的行為への一切の妨害は行わない代わりに、ワタクシの全ての命令に絶対服従ですわ! さあ! まずは跪きなさい!」
……………………
「…………あれ?」
一切何も起きず、全て不変であった。
「な、なぜ……!?」
ルヴィアは何が起こっているのかわからない。訳も分からずに霊夢を見やる。
美遊は不安な瞳で霊夢を見る。
霊夢は面食らったような表情で口を開く。
「あの……魔術刻印、って。何?」
ルヴィアの頭は、真っ白になったのだろう。
「は? あの、魔術刻印ですのよ。魔術師の家系ならば持っていて当然のものですのよ。それを知らない?」
「刻印、ってそもそも何よ。……あ、あれ? 御札の文字のようなものの事? それならよくあいつらが使っているのを見た事がある」
「いや、それは魔術の行使における魔術刻印では…………まさかあなた、一代目の魔術師ですの!?」
「一代目? 普通に先代の巫女から教わったけれど」
「じゃあ、魔術刻印を使わずに、あの魔術を研鑽してきたと。口伝で、あの大魔術を!?」
「私魔術師じゃないんだけど。そもそも私の術は魔術じゃない」
「は?」
「あ?」
「…………?」
霊夢以外の全員が、疑問符を浮かべる。美遊は瞳を潤わしながら眉をひそめた。
「いやいや! では何だとおっしゃるの!」
「博麗の巫女の術よ」
「東洋魔術では!」
「そもそも魔術、って魔法の別称でしょ」
「何を言っていますの!? ……まさか、魔術と魔法の区別もついてらっしゃらない…………?」
魔術と魔法。それは、その時代の科学で再現できるか否かによって分かれる奇跡の名称。魔術は魔術以外で結果を再現できる奇跡、魔法ができない奇跡である。カレイドステッキに用いられている第二魔法───並行世界の運営が、その魔法の一つである。
霊夢の術は、一見再現できないが。結界を創ることで“空間を分ける”ことは、壁を造るや扉を閉めれば同じ結果を得られる。敵対者を封印することで“倒す”ことは言わずもがなである。
「ではまさか……ワタクシは自分にだけギアスを掛けたと…………?」
「さ?」
「…………ふ、ふざ、けるなあぁぁぁ!!!」
ルヴィアは頭を抱えながら机に伏してしまう。霊夢は立ち上がって針を構える。オーギュストは懐に手を伸ばして構える。
「あそこまでの奇跡を見せられて、幻想種じゃないと思えば。ならば古い家系の魔術師だと思うでしょう! 脈絡もなく表れた魔術師であれば、クラスカードを狙って、カレイドステッキを狙っていると思うでしょう! あんな奇跡が敵に回る前に、縛り付けておこうとするのは当然でしょう! 大師父に弟子にしてもらえるという根源の道が啓かれているのに、それを邪魔されてしまっては堪りませんわよ!!」
「まさか名前を書くだけで呪ってくるとは思わなかったけれど、あんたやっぱ悪いやつね! 退治してあげ……」
霊夢の続く言葉は、美遊によって封じられた。
美遊が霊夢に飛びついたのだ。
「良かった……! 蝕まれる、って言うから……最悪の場合、って…………生きてて…………!!」
美遊の頬に、涙が伝う。それは霊夢の白い巫女服を濡らした。
霊夢は呆気にとられる。「ぁえ」や「あぅ」など言葉が定まらない。
しばらくの静寂が訪れた。今度は、誰も破らなかった。
「……自分の魂を死後も縛り続ける呪いまで使ったのに。無駄に終わるなんて…………」
「…………そうなの?」
霊夢は、その言葉に目を丸くした。
「自己強制証明とは、自分の魔術刻印を用いて行う呪術契約。人を呪わば穴二つと言うように、相手の魂を縛るのならば、自分もまた縛られるのです。その魔術刻印が続く限り」
「何度も聞くけど、その魔術刻印、って何なの?」
「自分の積み上げてきた魔術を、後世に伝えるために創り上げるものです。生涯を持って鍛え上げた神秘を刻印にして子孫に残すために。いわば、その血統の努力と歴史そのものでもあります」
「…………」
霊夢はしばし思考する。
「……とりあえず、離れて。暑い」
「!? ご、ごめんなさい…………」
「いいのよ、誰も悪くないから」
美遊が霊夢を解放すると、少し俯いた。霊夢は美遊の頭を撫でて、微笑む。
「…………ちょっと待ってて」
霊夢はルヴィアに近づく。
「……なんでそこまでして私を?」
「…………はぁ……魔術使いである貴女にはわからないかもしれませんが、魔術師には何をしてでも叶えたい願いと言うものがあるのです」
「じゃあ、どうしてあんたはあの子に義妹になれば、って言ったの? さっさと契約しちゃえばよかったじゃない」
「いくら魔術師であっても、戸籍のない孤児に慈悲の気持ちを懐かないのは魔術師としての優雅さに欠けますわ」
「ふーん。じゃあ、別にその魔術師じゃなかったら助けないんだ」
「…………はぁー。本当に、私は魔術師になり切れないですわ。不名誉も無い誇りに見合う魔術師にといつも思って、それで空回りばかり。今日は遂にエーデルフェルトの家に泥を塗ってしまいましたわ。子孫も浮かばれない」
「ということは」
「まあ……助けますとも。その思いに付け込んでいると思っていたから、助けようとも、思っていましたもの。根源に至るのに必要ならば、進んでします。ですが他人がそれをしているのであれば、容赦なく叩き潰す。ついでに貰えるものも貰っておきますが」
「じゃ、いいや」
霊夢は目を閉じると、一つの陰陽玉を浮かべる。ルヴィアは椅子から飛びあがるも「取りたいものがあるだけだから」と霊夢が言って手を突っ込むのを見て、目を見開きつつも髪をかき上げた。
取り出したのは、白い紙垂が垂れた幣。パーカーを着た巫女服の姿にそれは、何とも自然体であった。
「霊夢さん…………?」
「黙ってて、
オーギュストの腕が止まる。
美遊は、その厳かな雰囲気に唇をかみしめた。
「────、───────」
霊夢が小さく言の葉を紡ぐ。朗々として厳粛な調に、美遊は固唾を飲み込んで小さくため息を履く。
ルヴィアは懐に手を伸ばし、蒼い宝石をちらつかせた。その目は霊夢を睨む。
「────『伊豆能売』」
空気が変わった。それを一番早く理解できなかったのは美遊だ。
霊夢が変わった。それを一番正しく察していたのは美遊だけだ。
霊格が変わった。それを最も感知できたのはサファイアのみである。
打ち靡く黒髪の月が、夜の光の様に艶めく。かすかだが神々しく、慎み深く清廉なる気品。
幣を持ち。金の髪の少女に寄り添うように歩み、その瞳の厳かを以て、やさしく振るう。
山と森を流れ、草花と双魚たちを慈しむ細流の。陽光に瞬きせせらぎの様に撫でる。
ルヴィアは、目を瞬きさせて見開いた。
…………戻って来た。霊夢の格の変移を感じ取ったサファイアは、思考をクリアにする。
「…………今のは…………一体?」
ルヴィアは今なお戸惑っている。腰が抜けるように、椅子に座り込む。
美遊は胸に手を当てて撫でている、何かその瞳は輝かしい。
「あらゆる厄災を司る神様。その厄災を祓う巫女の神様よ」
「…………神、ですって?」
「神様…………」
「まさか、神霊を…………!?」
神霊───神話に語られる神々なるもの。その神々が実体を失くし世界へ溶けたものの事である。
自然現象や古の人物、果てには宇宙から飛来した巨大戦艦など。多くの神々が元々の姿を変えて語られてきた。
神霊を呼ぶのは不可能。英霊でさえ、普通ならばその英霊に関わる現象を間借りするような事が関の山なのだ。
「まさか。神霊を召喚……いや、降霊させた……?」
「とりあえずさっきの呪いはもう無いわよ」
「は───」
信じられない。ルヴィアは瞠目する。
自己強制証明は、魂に働きかける呪術契約。そしておよそ1400年代から続くエーデルフェルトの歴史そのものである魔術刻印を以て掛けられる呪い。その呪いは誰にも解くことはできない。
それは諸説あるが、最も簡潔的な通説は、魂というものと魔術刻印の神秘に敗北するというもの。魂は現時点では全く解明されておらず、その正体は謎に包まれている。裏を返せば、どの魔術師も手を出し切れていない神秘が眠っている意味でもある。なおかつ、研鑽の歴史そのものである魔術刻印はそれ自体が各一族によって異なり。程度にもよるが、それこそ魂の神秘が加わっていることもあり、大抵の神秘では太刀打ちできない。もしくはその神秘を知っている家系のものにしか解く道筋が無いということだ。
「なんか試しに……この陰陽玉動かすから、それを妨害するとかはどう?」
「…………それでしたら、節々の痛み程度では無いかと…………?」
霊夢は陰陽玉でひし形を描くように動かす。
いぶかしみながらも、ルヴィアは陰陽玉に指を向け、両眉を上げる。
「ガンド」
銃声が、鳴り響く。
陰陽玉はその弾幕に銃撃されるも、空気の弾が壁に当たって散るかのように掻き消えた。
「……どう?」
「…………そんな……自己強制証明が、効いていない?」
ルヴィアは自分の手を見て、茫然と固まってしまう。
「まさか……本当に…………」
「ふー……久々にするもんだから疲れた。初めてあの神様を神降ろししたけれど、まあ奇跡的だったわね」
「奇跡的……って…………馬鹿な……こんなこと、抑止力が働かない訳が…………」
「神降ろし…………神様を、降ろす」
「まあ、悔しかったから修行したんだけどね」
霊夢は陰陽玉に幣をしまうと陰陽玉を消して、美遊に振り向く。
「じゃあ、帰ろ、っか」
「…………あ!? はい、わかりました。霊夢さん」
「ちょ、ちょっとお待ちになって!!」
霊夢は睨むようにルヴィアを見やる。
「何?」
「……いろいろ聞きたいことがありますが、今はこの際、置いておきます。ですが、どうしてワタクシを助けるような真似を…………」
「そんなの勝手でしょ」
「……明日、ワタクシの別荘が立つ予定でしてよ」
「自慢話? つきあってらんないわよ」
「話は最後まで聞いてくださいまし。日本には来たばかりでして、使用人はおりませんの」
「メイドなんてしないわよ」
「仕事が無いのでしょう? なら、ワタクシが今回とは別で、雇わせていただきます」
「あの、霊夢さんは15歳以下なので、働くことは法律で禁じられています」
「なら、貴女方は私の親戚ということで。親戚の炊事家事を手伝いに来ているだけであり、ワタクシはそれの礼に金銭を渡しているだけですわ」
「…………いいのかな?」
「だから働かないけど」
「霊夢様。その発言はニート宣言と捉えてよろしいですか?」
「はっ倒すぞ」
美遊は考え込むと、ルヴィアの目を見る。
「なら、私が働きます」
「こら、またそんなこと……」
「食費光熱費水道代の支払いを少しでも軽くさせてください。……それにカード回収の連携にもつながるかもしれません」
「……そう。ま、話はあとでちゃんと聞くからね。なら、私も手伝うくらいしてあげる。報酬は弾んでもらうわよ」
「では交渉締結ということで。貴女たちは、ワタクシの
「だれが従者じゃ。……んー、となると私が学校に行ってる間に仕事する感じ?」
「別に学校に行けばいいじゃないですか」
「ん? 学校、って別に行かなくても良いんじゃないの?」
「いや。何を言っていますの…………もしや、不登校というものかしら?」
「行かないと神社のお賽銭が入らないわよ。……行きたい?」
美遊は少し考えこむ。
「…………行ってみたいです」
「なら決まりね。同じ学校にすれば、道案内もできるし」
「そちらの手続きもさせていただきます。学校名と、年齢も教えくださる?」
「穂群原学園小等部。私は11歳の六年生で、この子は10歳だから、五年生になるかな?」
「住所はどちらに?」
「あー。あっちの方は別にいいのよね。えーっと、冬木の新都のはずれで…………」
「あ。なら私の生年月日は…………」
そうして、戸籍の情報をすり合わしていく。そうしていく内に、夜中の2時頃になっていった。
「これでよろしい。無償でやって差し上げるのですから、感謝しなさい」
「シェイシェイ。あんたが赤だったら、完全にそれだったのにねえ」
ふと、霊夢は少し考えこんで、美遊を見やる。
「……霊夢さん?」
「いや、義姉妹ねえ。と、思って。知り合いの蝙蝠を思い出してただけ。……そういえば、アンタ姉の方に似てるわ。えーっ、と…………」
「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトですわ。蝙蝠に似てると言われても嬉しくありません…………そういえば、貴女方のお名前を聞いてませんでした。尋ねてもよろしくて?」
「はいはい、よろしくてよろしくて。……博麗霊夢。博麗の巫女よ」
「改めて美遊です。よろしくお願いします、ルヴィアさん」
「博麗霊夢と、博麗美遊。ですわね。では、今後ともお見知りおきを」
「姉妹か……あんな二人がかりでいじめるのも姉妹愛なのかしら…………」
蝙蝠の事だろうか。皆とくに取り留めなかった。
「行きましょうか、美遊」
「はい、霊夢さん。さようなら」
「では、また後日」
オーギュストが先導して、二人とステッキは去っていった。
「…………本当でしたら、伝統ある交渉の通りに。要求の程度を下げて飲み込ませる交渉を行いましたのに。あの方々は交渉することに関しては素人なのかしら。…………いや、正直なだけですわね。
よく似ている、本当に双子のような方々でしたわ。まるでエーデルフェルトの魔術特性の様で…………」
ルヴィアの言葉を聞いたものは、居なかった。
でも、私は……好きですよ。姉さまたちの事。
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第二節 第五話 紫色の境 ~color’s meets Girl ───トラベリングナイト ~In Bildung
追記
20/11/17後半修正加筆。初めて5以下の評価もらったから、その記念に後で後書きに短編小説を書く予定。詫び石みたいな感覚で後で受け取ってほしい。
回想した話を終えたサファイアは、自分で話していながらもどこか違和感に思える。ルビーは事の顛末よりも、その間に散見した神秘の存在に思考を向けている。唸り声を上げながら、あごに手を当てるような素振りだ。
そしてイリヤは。
「うぅ~~~ん…………」
煙を上げながら、頭を抱えて別ベクトルに唸っていた。
魔術師、神様、戸籍、所得、博麗美遊に博麗霊夢。魂に呪い…………何の話をされているのか全く分からない。ファンタジーなのか社会なのか良い人なのか悪い人なのか話が複雑すぎて理解できない。これは魔法少女ものの世界じゃないの!! とイリヤは、複雑に絡まった事情に湧いてくる多くの感情を一言でまとめるしかできなかった。
「……あー、とりあえず。イリヤさんが爆発寸前ですので、整理していきましょうか」
「ごめんルビー。お願い……」
とりあえず。別世界の話を聞いている気分にはなっていた、けれどそれが他人事じゃないんだなと自覚はできずとも理解はしていた。
ルビーは咳払いする音を立てると、イリヤに向き直る。
「それでは、どこから整理しましょうか」
「えっと、沢山あるから、最後から。質問していく感じで」
「では巻き戻りつつ順を追っていきましょう」
イリヤは話を思い浮かべていく。
「やっぱり…………その、ルヴィアさんの所で働くから、親戚設定になったんだね」
「はい。美遊様はルヴィア様の所でメイドとしてご奉仕することになりました」
博麗さん、いや姉妹だから美遊さんか。イリヤは美遊への呼称を修正する。
美遊のメイド姿を思い浮かべる。黒のドレスに白いエプロンを纏う普通のメイド服を美遊に着させて、クルリと一回転させる。垢抜けてまっすぐな少女が自分に奉仕してくれる様を浮かべる。
…………何故か、鼻が熱くなってきた。というより全身が熱くなってきた。
ハッ! イリヤは二本を見やる。そこに目はないが、自分に視線が刺さっていると感じた。
「ゔっ! …………なら、学校が終わったら、その、ルヴィアさん。のお家に、行くんだ、すよね…………」
「イリヤさん、口調が変になってますよ」
「その予定となっております。できれば、外聞の事を踏まえて、この事は内密にお願いします」
「うん、わかった……ほへー、同い年なのに働いている、ってすごい……」
「神様を呼んじゃうんだ。えっと……やっぱり、すごいことなんだよね」
「すごいなんてもんじゃないですよ!! 私たちが闘っている英霊でさえ、現代の魔術ではその現象を間借りするしかないというのに、神霊を降霊させるというのは、それこそ魔術の格が違いますよ!! おそらく私たちの機能をもってしても分が悪いです。何か裏技や反則めいた何かじゃないと」
「しかし、その神霊を呼び出そうとすると、今度は抑止力の問題に衝突します」
「ヨクシリョク?」
ルビーが語る。
抑止力とは、カウンターガーディアンと呼ばれる存在で、世界存続における安全装置の事。人類の祈りによるアラヤと、星によるガイアが存在し、世界を滅ぼす要因が発生した場合に、その存在を抹消排斥する。その性質上あらゆる世界滅亡の要因に対するために、方向の修復者とも呼ばれる。
「近頃では、人と星の祈りによって存在するために、仮に宇宙人でも到来した場合、抑止力が働かないのではとも推測されています。性質上。星や人類の活動圏内でしか働かない為に、抑止力が察知できないのではと推論されておりますが、今のところ実例が無いので何とも言えません」
「アラヤ……? ガイア……?」
「まあ。世界、っていうクラスを纏める先生みたいな存在ですよ」
「あー。確かに藤村先生、って怒ると怖いもんね」
「抑止力が先生とは、言いえて妙ですね。……少なくとも神霊をこうも簡単に降ろせてしまう事は。まっとうな手段ではないか、正攻法ではないはずです」
「魔術師、って。実際はどういう人たちなの? なんというか、話を聞いていてもよくわからないというか」
黒い髪のツインテールの魔術師を思い浮かべるが、話を聞いていてイメージが重ならない。話を聞いた際は裏で陰謀巡る事件を秘密裏に処理する爆弾処理班のようなイメージなのだが、寧ろ研究者のような雰囲気だ。
「魔術師は、魔術という神秘を用いて、根源に到達することを目指している人たちです。神秘と言う根源に通じる太い管を通っていく事で、根源に到達する。だから神秘の漏洩を魔術師はしません」
「神秘、って。あんな綺麗な感じなの?」
「あー、そっちになりますか。大抵は信仰とかの話になるんですが……まあ、簡単に言えば、どれほど認知されているか。どれほど自分だけが知っているかが神秘になります。知られているほどその道は広くて通りやすくて、誰かが理解してしまうほど根源が遠ざかる。ですから自分だけが知らないといけないのです。そしてその神秘の最高峰が、このカレイドステッキなのです!!」
「(プシュー)」
「あー。何でしょうかね。美味しいと言われる幻の食材があって、その人だけが持っていれば世界で一番美味しい! と思うけれど、いざみんなが食べてこんなもんか。って言われると、そう思えてきちゃう感じでしょうか」
「えっと。……うん。オススメ、って書いてあったけれど、実際に食べるとそこまで、って思われるのがいや。ってことでいい?」
「先の例えで言うのであれば、そうですね」
「ほへー。聞いてた時も思ったけれど。魔術師、って自分の夢に正直でロマンチストみたいな素敵な人達なんだね。……じゃあ、博麗霊夢さんは違うの?」
「あの方は神秘も知らないどころか、おそらく根源さえも知りません。魔術をそう言った使い方をしない人の事を魔術使いと言います」
「じゃあ。魔術使い、の巫女さん?」
「それにしてはその神秘がぶっ飛んでますね~。理論上、英霊と同格以上である攻撃や術者であること。英霊と同レベル以上の神秘を持っていること。あとは若干ですが、概念的に英霊を倒せる何等かの手段を用いること。これらが、人間が英霊を倒せる条件となりますからねえ?」
「なんかいっぱい……(でも、リンさんは魔術師の事を魔法少女じゃないって言ってたから、やっぱり魔法少女の巫女さんなんだ…………巫女さん、って魔法少女なのかな?」
「絶対別の事考えてます。口に出てますし」
「呪い、って。魔術師の人たちは皆そんな事してるの?」
「いいえ。あれは基本的にまれにしか行われません。あれは魔術師にとっての魂からの条約。おいそれと結ぶものではありません。もし破るものがいるのでしたら、その人は魔術師ではないのでしょう」
「本当にしたい約束にしか使っちゃダメなんだね。ロマンチストとの大事な約束を破っちゃうなんて、その人すごく夢が無い……」
「ルヴィアさん、って。やっぱりお金持ち……」
「はい。ルネサンス期から続く家系で、その略奪者根性は“地上で最も優雅なハイエナ”とされています」
「優雅なのにハイエナ、ってどういうことなの……」
「ヤクザと繋がっている魔法少女……唐突に殺伐としてきた」
「それ、英霊と戦う私たちが言いますか?」
「しかもお嬢とよばれている事から、相当の敬拝を懐かれているようです」
「ヤクザ魔法少女…………なんか、唐突にひらめきそうな予感!」
「ヤクザに愛されている博麗霊夢さん。これはまさしく。愛されいむ、ということですね!」
「…………」
「…………姉さん。寒いです」
「いやー最近はあったかくなってきましたねーさあ次へ行きましょうか!」
「露骨に話をそらした…………」
「……あれ? そういえば、カツアゲとはいえ、自分で稼いでいたんだよね」
「そうです。野蛮です」
「あの……お父さんとお母さんは? 大人の人がいないの?」
「あー、言われてみればそうですね。確かに、あの人の印象が強すぎて、全然思いつきませんでした。そこんところどうなんです? サファイアちゃん」
「不明です。仕送りはわかりませんが、ヤクザから資金源を搾取している可能性がある以上、何とも言えません」
(てっきり私と一緒で出張に行ってるのかな、って思っていたけれど…………ネグレクト?)
「…………うん、大丈夫。ちょっとよくわからなかったところもあるけれど、たぶんわかったと思う」
「いいですか? 答えていく内に私も整理がつきました。そしてそれ以上にわかりません。抑止力、神秘、英霊を倒せる事。そのどれもが既存の法則から逸脱しています」
サファイアがルビーに近づいて、囁くように会話をする。
「姉さん。これは根源に到達して新しい法則を創り出した可能性もあるのでは?」
「ワンチャン根源接続者説ありますねえ? いっそクソ爺に連絡して、並行世界のあの方……霊夢さんを観測してもらってもいいくらいです」
「我々と契約すれば、いくらか私たちにも確認できなくもないですが」
「契約は一人一つまで。仮契約もできますが、本格的に調べるのならしっかり契約したいくらいです」
イリヤはステッキが呟き合うのを見て、とんでもないことに巻き込まれてしまったなと思った。
一度しか闘わなかったが、あの英霊というものがどんなものであるのかは全く知らない。少なくともステッキを持たない人間が倒せるなんてありえないということは理解できている。
けれどそれ以上に、どこかワクワクする自分がいるのがわかる。
魔術師が裏の世界で人々を守り続けるカッコいい人たちから、少し危ないこともしてしまうけれど根はロマンチストのような夢見る素敵な人々に。
美遊と言うクールな少女が、姉のことを想う素直な少女に。
そして闘うなどという物騒なことが、空を彩る星のような色彩に。
夜の世界なんて。生まれて初めて内緒で飛び出したけれど、ファンタジーな世界だと思っていたら殺伐としていて。けど、あんな素敵な光景が広がっていて。
夜の星空が、波立つように流れる雲に隠れてるのを、晴れてと思えば、好きな人とその星空を見れる。そんな魔法とかあったらいいのに。なんて思っていたら、夢を見ているかのような世界が、夜の世界で広がっていた。
でも、何だろう。どことなく、引っかかりを覚えた。それがどこか渦中の外にいるような目線で見ているから感じることであるのだと、イリヤは知らない。
「……まあ、とにかく。心強い味方であることは間違いではありません。実質魔法少女が三人、勝ちましたわー、これは」
「姉さん、慢心するのもあまりよろしくないかと」
「まあ、報告されていたより強くなってましたし。油断は禁物ですねー」
「なんか、すごいことになりそう……」
サファイアがイリヤの前に飛ぶ。
「全力でサポートさせて頂きます。どうかこれからも一緒にカード回収を「サファイア」
カチャリ、と扉が開く。美遊が屋上に上がって来たのだ。
人酔いした後に、空気を吸おうと廊下に出ていた所、サファイアがいないことに気づき、捜していたのだ。
サファイアは神秘の秘匿はしっかりとする。なら人があまりいないようなところにいるはず。
その際登校する時に、霊夢の「屋上、ってあんまり人がいないの。よく利用させてもらってるわ」という言葉を思い出し、ここにやって来たのである。
「サファイア、あまり外に出ないで。誰かに見られたら面倒」
「申し訳ございません、美遊様。イリヤさんにご挨拶をと思いまして。事情を聞かれましたので、お応えしておりました」
「事情?」
「はい、霊夢様とルヴィア様の事を聞かれましたので。それに今後のカード回収に効率よく行えると」
「……そう、わかった。けど少しで良いから目立たないで」
「承知しました。マスター」
美遊はそう言って、屋上を去っていく。教室に戻るのも億劫だが、学校は集団行動が基本だと、前に兄から聞いたのを思い出す。これ以上教室を離れるわけにはいかない。
「…………あ、あの」
呼び止めてしまった。何となくだが、空気と言うか。自分の様にどうしてステッキを持っているのか。どうしてカードを集めているのか。どうしても気になっていた。
呼び止められた。カード回収の事だろうか、それとも霊夢の事だろうか。それ位しか、呼び止められる理由が思いつかない。なにより……
「どうし「待って」え?」
呼び止める。
「ちょっと……酔ってる」
「酔ってる!?」
イリヤは驚愕した。美遊は片手で頭を押さえている。表情は見えないが、漫画であれば影で表現されているはずだ。
「美遊様、どうされましたか!?」
サファイアが美遊に迫る。イリヤは困惑した。どうして唐突に酔ってしまうのか。謎で不思議な魔法少女のイメージとはかけ離れた発言であった。
「人がたくさんいて、全員で話しかけてくるものだから」
「人酔いだった!」
「うるさい、黙ってて」
「ご、ごめんなさい……」
頭がぐわんぐわんしている。ぐわんぐわんとは何だろう、とにかくぐわんぐわんという音が聞こえる。美遊は擬音語の表現を見た事が無かったが、不思議とそう言い表せた。
もしも覚悟だとか信念だとかを胸に抱いていたら、もう少し耐えられたかもしれない。あるいは気づかなかったとも。
「えっと、とりあえず保健室行こう!」
「ホケンシツ?」
「保健室。酔い止め飲めば少しは楽になると思うし」
「そうなの?」
「美遊様、お手を出してくださいで回復します」
「わかった」
手を差し出す。サファイアが自分の手に乗ると、すぐに引いて行った。思考が安定する。
「……大丈夫、もう安定してきた」
美遊がまっすぐサファイアを見て礼を言う。サファイアも短く返して小さくお辞儀をした。
(なんというか……天然な人だなあ)
素直な少女の印象は、天然な少女へと移ろった。もはや謎の少女ではなかった。いや、不思議な少女というイメージはまだ残っているが。イリヤはしばし苦笑した。
「それで…………」
どうしよう、どう接すればいいのだろう。同年代の、というより年齢も同じで対等な立場の人との会話とは、どのような物だろうか。敬語? それとも兄や霊夢のように?
「……何の用?」
少々、冷たすぎるだろうか。自分の顔がこわばっているのではないかとも思えてしまう。これが他人と会話する時の緊張だろうか。兄が他人との会話は緊張するものだと言っていた。
それは緊張というより、戸惑いに類するものであることを美遊は知らない。緊張も戸惑いも料理した経験から感じた事があるが、中々際どい感覚だろう。
「いやいや、気持ちが悪い時に質問とかできないよ。……ん、もしかして結構時間たってる?」
「はい、およそ15分ほど」
「マズーイ!! 藤村先生に怒られる!!」
「このままだと抑止の守護者(先生)来ちゃいますね~」
「ええっと、とにかく行こう、美遊さん!」
イリヤは美遊の手を掴む。
「え、ちょっと?!」
「藤村先生怒ると怖いんだから! ヤクザじゃないか、って思う時あるもん」
なお、この少女。一昨日怒られても速攻で帰宅している。むしろ説得力が無い。
「あ…………」
その小学生特有の幼い抑揚からは、活気ある気持ちが伝わって来た。
琥珀色の瞳は戸惑ったまま。けれど銀糸の髪の揺れる後ろ姿は、自分が感じた事もない、しかしどこかで感じた事のある決して悪いものではない何かを思い浮かべる。
運命的なコンタクトは、星に憧れる少女によって紡がれていく。
美遊はよくわからないまま、イリヤによって屋上を去っていった。
なお、その後ニアミスした藤村先生に怒られた模様。霊夢の言っていた藤村組とはこの人も関わっているのではと直感した美遊であった。これが先生に怒られることなんだと、美遊は知った。
◎●●●〇
「おい、イリヤ! お前何転校生と教室抜け出してんだ、美遊ルート入ってデートしてんじゃねえ。俺も混ぜろー!」
「まさか最速でフラグを建てに行くとは思わなかったぞ。手が早いなイリヤ、お前なら乙女ゲーの難関不落キャラ初見で攻略しそうだ」
「いやいや、たまたまというかなんというか…………」
「やっぱり気難しそうな人だった? さっきは皆振られちゃって……」
「アレがツンデレってやつか、ああいうタイプは新鮮だな!」
「エーデルフェルト、っていう所の親戚、って言っていたし。もしやお嬢様系? でもなんかイメージが違うなあ?」
「とにかく美人さんだったよねー。私たちもフラグ探そっか」
「うちのクラスは平和だねー」
(とにかく、ここは皆さんに倣って……)
(美遊さんの観察といこっか……)
算数の時間。藤村が黒板に問題を書いていく。
算数。確か、小学校における数学の科目である、と辞書には書いてあった。数学となると、ユークリッド幾何学や三平方の定理などが浮かんで来る。魔術を使う兄に倣って、昔の数学に付いて調べた事がある。
知識は限定的ではあるけれど、問題を解くというのは、少し憧れていた。兄には簡単に問題を出してもらったことはあるけれど、自分に合わせた問題が中心であった。誰もが解けるようにされた問題というのは、まだ見た事はない。
なお、日本では形式陶冶法による学習で算数の授業は展開される。対して海外では実践陶冶法で行われているらしい。
「はーい。この問題をやってもらっちゃおっかなー。えーじゃ……龍子ちゃん」
「国語は苦手だぜ……」
「タツコー! 今は算数の時間だぞーだぞだぞだぞ……」
龍子はペンで瞼に目を描いて、居眠りをしていた。国語と言うと前の授業だが、もしや授業の続きでも見ているのか。だがしかし、今は算数なのだ。どっちかと言うと理系なのだ。文系の時間はすでに去った。なお龍子は体育会系。
美遊は授業で居眠りするということがよくわからなかった。なぜ知識を得るために行う学習で眠ることができるのか、まさか眠りながら授業を受けているのか、と。美遊は世界が広いのだな、と少し驚いていた。最も、勘で全てを察してしまう巫女と比べれば、睡眠学習はそこまで珍しくないかもしれない。いや、どうだろう?
「もうええわ……代わりに美遊ちゃん」
「……はい」
名指しされたということは、この問題を解けということだろう。美遊は立ち上がり、黒板に向かって歩いていく。
イリヤは観察というていで、美遊を眺めていた。
最初はクールな印象であったが、天然なようにも見えるから、どのような解き方(というより行動)をするのか想像し難かった。
「お手並み拝見と行きましょうか」
チョークを渡される。美遊はそのまま知っている方法で書き始める。
方程式を出す。この問題は一般化されていないため、まずは関係式を書かないと。
意外と普通に解くのかな、と思っていたイリヤは、予想外なパンチを喰らう。
藤村は目を丸くした。
「いや……」
積分する。これによってxとyの関係が成り立つ。
「あの……ちょ……」
藤村はわなわなとし始めた。教室がざわつき始める。
「み、美遊ちゃん?」
「はい?」
名前を呼ばれた。もしや、間違っていただろうか。少なくともπに関する事は問題ないはずだが。
「この問題は、そんな解き方するんじゃなくて」
そこには、小学校の範囲から逸脱した積分と方程式によって解かれようとしている式が展開されていた。
「積分とか方程式とか、ましてや一般化とかもしなくていいの!」
「?」
どういう事だろう? 解を出すならば、方程式を使わねばいけないのでは、と美遊は目を丸くする。
「いや、そんな不思議そうにされても! ええい、円周率はおよそ3なのよ! もんくアッカー!」
ガオーという感じで吠える藤村、いや虎か。もしやジャガー!
(なんかよくわからないけれど学力もすごい……知的天然!)
隣で英語を疑う声が聞こえたが、イリヤの驚きに消えた。
なお。その時の兄は、自分も数学の授業を取るべきか? と一晩悩んだという。
図工の時間。人物画を描くらしい。
「みんなー。生き生きと自由に書いてね~」
「は~い」
藤村は教室を回り始める。
自由。自由とはなんだろう。自由主義は政治思想だから違うとして。自由は自分のまま。心のまま。という言葉。
───自分の感情は自分だけのものなんだから。
あの夜の弾幕を思い出す。素直な霊夢のままの弾幕。自由と言うものがどんなものかはわからないけれど、心のまま。と言うのは、あの弾幕のようなものではないだろうか。
なら霊夢を書こうかな、と思う。
……なんだろう、お兄ちゃんの事も描きたくなってきた。
それに折角ならば、もう少し工夫を凝らしてみたいと思う。以前、百科事典に具象絵画に関して遠近法に関する項目があったはず、ならその遠近法を…………だとすれば最初にお兄ちゃんを…………
「!? 雀花ちゃん……?」
「はい?」
「何を……書いているのかな?」
そこには、金髪の長身の青年が、小柄な黒髪の青年が背中を向き合いつつも、目線を合わせている薔薇が咲き誇った絵が描かれていた。
「自由に描けとのことでしたので、性別の壁を解体して、耽美系美青年による同性愛を表現しました。
また、天才で努力を信じない人と努力家で自信家な人のCPがあると聞いて、私なりにその組み合わせを表現してみました」
グッ、とガッツポーズをする赤渕眼鏡の少女、栗原雀花。満面の笑みで腐ってやがる。
その後、黒の方の表裏のない素直なアタックに戸惑う、だとか。金がからかって黒をどうこうとか。黒の仕返しに金が一枚上手だとか言ってる。早すぎたんだ。コミケまで待て。
「ほー。そーおー。ほー…………」
これには藤村。苦い顔。いや、小学校で薔薇が展開されても。
「すっご……どうやって描いたのこれ…………」
藤村は騒ぎのする方へ行く。
「こ……これは…………何…………」
…………なぜこんなにもざわめき立っているのだろう? 多方面的に見たものを組み合わせて見てみただけなのだが。
「…………自由に描けとの事でしたので、形態を解体して、単一焦点による遠近法を放棄しました」
「自由すぎるわーーーー!!」
そこには、キュビズム的に描かれた黒い髪の少女と、赤焦げた髪の青年が描かれていた。これが評価されるのは一体いつだろうか。少なくとも、小学校の児童がキュビズムを理解するのは、まだまだ先の事である。
「つーか! だから、キュビズムは小学校の範囲“がい”よ!!」
「…………?」
自分の思うままに描いてみたら、範囲外と言われてしまった。自分の感情のままに描いただけなのに。
それに大声で言われることが無かったために、すごく耳に残る声量だ。
「いやだから、そんな不思議そうな顔されても……!」
(なんだかよくわからないけれど、美術力もすごい……)
ピカソ? という言葉が聞こえたが、その声は児童たちと藤村の声という深淵に消えていった。
(追記:具象画はあくまで抽象化せずに描くものであり、児童絵もまた具象画でもあるため、種別で見れば美遊の絵はイリヤの絵と同じ種類である)
家庭科の時間。ハンバーグを作るらしい。
ハンバーグ。兄が最も得意としていた料理。自分の最も自信のある料理だ。今日作った昼ご飯は霊夢に合わせて天ぷらを中心にしたおかずであったが、まだハンバーグは振舞っていない。
腕が鳴る。霊夢に向けて洋食を和風にすることに挑戦してみるのも良いかもしれない。
早速美遊は、先ほどの冷蔵庫の食材を思い浮かべて、献立を考える。
……和風とは何だろうか。思いつくのは“さしすせそ”の言葉。ならしょうゆと味噌をベースにして……そういえば先ほどポン酢もあった。いっそ大根おろしとポン酢を合わせて…………
「さーて、今日は調理実習よー。美味しいハンバーグ~を作りましょうねー」
「はーい!」
イリヤもまた具をこね始める。イリヤが作るのは星のハンバーグだ。隣の子はハートの形にかたどっている。皆思い思いに作り始めていた。
ふと、隣の班から歓声が沸き上がる。
そこには、ごぼうのサラダ、しょうゆベースのシャルロット仕立てに味噌ポタージュと抹茶ティラミス。メインはおろしポン酢のハンバーグ。一通りの豪華なコースが取り揃えられていた。
「こ……これは……一体…………!!!」
「…………何か間違ってましたか?」
「小学校でこんな手の込んだ料理は出ないっていうの! そもそもフライパン一つでどうやってここまで作ったの!」
兄が言っていた。中華鍋一つあれば大抵何でもできると。まずはフライパン一つでできるようになろう、と言われ、美遊は言葉通りにフライパン一つでコースを作れる程度の能力を得たのであった。勿論、調味料の分量を間違えてしまったり、時間の調節を誤ってしまったこともあっただろう。
努力の数が、この料理に表れていた。
「? …………」
よく、わからなかった。料理を作って、こんな反応をされたのは初めてだ。思い浮かぶのは兄が微笑む姿、朝ごはんは霊夢が神社に行かなければということでうやむやになってしまったが、霊夢の喜ぶ姿を思い描いていた。
けれど、思っていた反応とは違った反応が返って来た。
…………何か、ダメなことをしてしまったのだろうか。
「ダー、もーだめだー! ……ん、那奈亀ちゃん!?」
「おかわり~」
「待てー! あんたは何でもう食べてんのよー!!」
ピンクの髪で糸目の少女、森山那奈亀は美遊の作り上げたポタージュに舌鼓を打っていた。
「まったく、どいつもこいつも…………はむ」
藤村は美遊の作ったハンバーグを一口ほおばる。
「…………うんめ~」
今度は、思っていたようではない別の表情をされた。自分には、二転三転するこの先生の意図がよくわからなかった。先生というイメージとはかけ離れた姿がそこにあった。
クラスから感嘆の声が上がる。もはや藤村は完全に餌付けされていた。「美遊ちゃんおかわり~」と言われた美遊は「先生うるさいです」と返している。何よりその声量が耳に残るのだ。
(か、完璧超人の天然少女……!)
イリヤは驚愕した。同時に天然少女から完璧で天然で不思議な魔法少女という構図が出来上がっていた。
なお。「先生をうならせてる……」と呟いたのは、桂美々という平凡な少女である。
(……あ、確か小学校では給食が出るって…………)
美遊は、霊夢にお弁当を渡した事を思い出していた。
◎●●●〇
「それにしても。美遊ちゃん、ってすごいよねー」
「ああ。天才少女、って本当にいるんだな」
「うんうん」
「龍子もそう思うだろ?」
「フッ、プールが俺を呼んでるぜ……」
「……何だ、その恰好は?」
「龍子ちゃん。プールはまだやらないよ」
イリヤはふと、美遊の方を見やる。美遊は体操着(ブルマ)を着終え、装いを整えていた。
美遊とは視線は合っていない。
最初は、唐突に助太刀しに来てくれた謎の魔法少女という印象だった。けれど、話を聞けばとても優しくて素直な子だったし、知的で天才の様でもあるけれど天然な一面もある。完璧だけどちょっとずれている気もするような子で。すごい人だけど、ちょっと親しみと言うか、雲の上の人みたいな感じではないようにも思える。
不思議な人。どことなく昨日の博麗霊夢その人の面影が重なる。面影があるというより、姿顔立ちが重なるというより、なんというか、どっちとも言えてしまう認識を感じるのだ。綺麗な黒髪が、より同じ印象を覚えさせる。
この人は、どんな人なんだろう。
「イリヤイリヤ」
「え……うん、何?」
意識が美遊から雀花に移り、イリヤは雀花に肩を組まれる。
「このままじゃ、あの転校生にやられっぱなしだ。せめて体育くらいは勝ちたいよな」
「イリヤの足だけが、私たちの最後の希望!」
「バタフライなら俺に任せろ! バタフライはな、リズムが大事なんだぞ! こう……」
「……あ……うん」
イリヤは、四人組に絡まれている間に、美遊が校庭に向かうのを眺めた。
何か、間違っているのかな。美遊は着替えている最中も同じことを考えていた。
やりたいと思ったことを、そのままやってみた。けれど、周囲の反応と言うか、思っていた光景とは違っていた。特に想像していたわけではない。けれど、料理をした時には、兄の姿を思い浮かべていたのだ。
ここが別の世界であることはわかっている。今朝霊夢に今年の年代と日付を聞いている。自分の世界の年代は、兄から聞いた通りに、2007年。しかしこちらは2019年4月12日、テレビでは有名映画を創った監督が新しい作品を出すことで引っ切り無しだと霊夢は言っていた。
けれど、わかっていても。こことあそこは違うとわかっていても、何か齟齬を感じる。この齟齬が、集団行動の基本なのだろうか。
どことなく、胸がチクリと、痛む気がした。
◎●●●〇
体育の時間、短距離走でタイムを計るらしい。スタートピストルの銃声がこだまする。
走る。……運動不足がたたるといけないから、と言って一緒に庭の中を走り回ったことがある。他にも蹴鞠をやったり、筋トレもやっていた。いろいろなスポーツも、いつも二人でやっていた。
けれど、こんな広い場所で走ったことはない。
「はーい、次のグループ。準備してー!」
藤村が次の走者を呼ぶ。イリヤは体育座りから立ち上がって、二つのレーンの内、左側に立つ。
美遊はその右側だ。
そう言えば、美遊さんは、博麗霊夢さんの妹なんだよね。と、イリヤは思い出す。
あの三連続の足技連撃は魔法少女みが溢れていた。すごい身体能力。よくよく考えたら、針とかも投げていたし、かなり器用なのかもしれない。
なら、美遊さんもかなりすごいんじゃ……? イリヤは少し勝てるか不安になった。
大丈夫、自分の最も得意なこと、それは走ること。走ることだったら自転車にだって負けない。気を引き締めないと…………
イリヤはまっすぐとゴールを見ている時、美遊もまたゴールの先を見ていた。
確か、屈んで前に膝を立てて、もう片方の膝を地面に付けるクラウチングによるスタートが一般的と言っていた。その後は用意と言われたら腰を上げて静止、合図が鳴ったら走り出す。
そう聞いてきた。
「位置に付いて!」
クラウチングする。隣を見やれば、同じように構えているあの子がいた。
合っているようだ、ひとまず安心する。
「よーい」
息を整える。
力みすぎずに、緩みすぎずに。
負けるなんて、あり得ない! 今は、走ることに集中する。
銃声が鳴った。
蹴りだして、駆け出す。
走る。走る。互いの存在が並んでいることを肌で感じる。
合っているかどうかはわからないけれど、とにかく走る。
一番自信のあることで、負けた事なんてないんだから。
「そこだー、いけー!」
「脇を締めて打つんだ!」
二人とも同じところを目指す。
隣り合うレーンを、二人は駆けていく。
呼吸が奔る。
鼓動も強まる。
とにかく前に進む。
黒い髪が遠くに見える。
隣の銀糸が離れていく。
「あ、あり得ない…………」
先にゴールを切ったのは、美遊であった。イリヤはあとから追いついた。
イリヤは地面と向き合って、息を切らしてその現実を受けれ入れずにいる。
「ハア……ハア……」
美遊はその白い頬を赤くして、息を整える。
風を切る感覚
そこを走る感覚
後に残る高揚感
(…………涼しくて、気持ちよかった…………)
霊夢との空の旅路を、思い出していた。そこに、不安などなかったように。
今日まで書くにあたって知識とかなんだとかが足りないと思い、今日まで哲学書とか古典研究の本とかを読み漁っていたのに、自分の文章力が落ちるという本末転倒やらかしてる。
期間が開いたと思って今日中に仕上げたけれど、悲しい。
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