戦真館×川神学園 【本編完結】 (おおがみしょーい)
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序 章  ~邯鄲~

同県にある二つの学校を交流させてみました。


・八命陣の歩美√最終決戦後からのスタートになるため、多大なネタバレを含んでおります。
・また、話の都合上原作とは違う独自解釈も含まれております。
・作者は投稿どころか、創作小説を書くのが初めてですのでお見苦しい点が多々あると思われます。



上記の点をご了承の上、お付き合いいただければと思っております.



――『夢』

 普通の人は『夢』と言われれば何を思いうかべるのだろうか。

 将来実現させたいと思ってる願望?――確かにそれは夢。

 睡眠中に脳の覚醒が見せる幻覚?――確かにそれも夢。

 どちらも正解だし、むしろ正解がある、ないの問いかけではないのだけれども、

それでも、聞かずにはいられない。

「あなたにとって『夢』っなに?」

 

 なぜなら、わたし達――千信館の7人にとっては『夢』とは『もう一つの現実』であり『思い出したくもない悪夢』でもあり『思い出すだけで胸が熱くなるような挑戦』でもあるのだ。

 

 夢の中に入って、その中で幼馴染の母親がバラバラに殺されて、それでも朝に帰るために友人達と手を取り合い、文字どおり命懸けの戦いに身を投じていく……

 わたしの大好きな漫画やアニメ、ゲームの中には、それこそ探せば山のようにあるような設定だが、そんな漫画やアニメの様な只中にわたし達7人はいたのだ。

 

 でも、そんな『夢』を見なくなって、そろそろ1ヶ月がたつ。

 

 最初はとまどった「一般的な睡眠」だけど、流石に人間、1ヶ月もすると慣れてくる、人生初めての「一般的な睡眠」を経験している、四四八くんでさえそんなことを言っていたのだ、ついこの前まで「一般的な睡眠」を経験していたわたし達はもっと順応が早かった。

 

 ただ、身体が慣れるのと、心が慣れるのは全く違う。

 現に「一般的な睡眠」に戻ったわたしは、最近よく「一般的な夢」をみる、

そしてその場面は大体いつも決まっている。

 

 おそらくそれが今のわたしの頭の――そして心の大部分を占めている場面だからそういう形で夢を見るのだと個人的に解析している。

 

 その場面とは、わたし達戦真館の仲間たちの『夢』を終わらせた最終決戦―高徳院大仏の掌で行われた仲間たちを駒にした鎌倉大将棋、檀狩摩との戦いの最終局面。

 

 今晩もその夢をわたし、龍辺歩美は見ているのだ。

 

 

―――――邯鄲六層 高徳院大仏殿―――――

 

 

「我、ここにあり。倶に天を戴かざる智の銃丸を受けてみよ」

 

「急段・顕象――」

 まったく、自分は博徒だなんてよく言ったよ。この人、ハナから将棋なんてやっちゃいない。

「犬坂毛野――胤智」

 

 瞬間、過去から飛来した弾丸が彼――檀狩摩の眉間を撃ち抜いていた。

 

「かッ――」

 跳ね上がる顎。飛散る血飛沫。それを盤上にまき散らしながら、だけどまだ彼は笑っている。

 よくやったと、意地の悪い教師が生徒を褒めるように。

「……こりゃあ、あんときの一発か?」

「そうだね。わたし自身驚いてるけど」

この一発は、かつてわたしが苦し紛れで撃った一発。

 空間跳躍という能力(ユメ)をのせた一発だが、その時は彼に事もなく防がれてしまった一発。

 でも今度は違う。

 空間の跳躍のさらに上、時間を跳躍した銃弾はさすがの盲打ちでも防げなかった。

「でも、これが、あなたの急段なんでしょ?」

 

「くくっ、ええわ……よう弁えたのォ、その通りじゃ」

「のォ、ちんまいの、おまえのことじゃ、この邯鄲の夢のことも薄々察しはついとるんじゃろうが」

 

「――うん」

「だから、この結末もあなたにとって全然負けじゃないんだね?」

「当たり前よォ」

「その意味は」

 返ってくる答えは予想できていたが、あえて聞いてみた。

「自分で考えェ…」

 予想通りの答えが返ってくる。

 

 だけど――そう答えた声は掠れてきている、いよいよかもしれない。

 

 だからわたしは今考えていることをぶつけてみた。

「これで終わりじゃない。そうだよね?」

 

 今回は単なるリハーサル。いずれやってくる本番のための手順を踏んでいるに過ぎない。なにせ目の前にいる檀狩摩が、己はまだ負けてないと言っているのだから。

 

「くくッ、まァ、あまり囚われんこっちゃ。なんせおまえら、一度は俺に手順を狂わされとるわけじゃけえのォ」

「それってどういう――」

「言ったろうが、自分で考えェ……今回のところはこれで終わる。まずはそれでよしとせえや」

 そう、清々と嘯きながら。

 

「のォ、ちんまいの。おまえはなかなか、悪ゥないで。背だけじゃのォて、乳も尻も貧相じゃがのォ……芯はええもん持っちょりやがる。もしもあの坊主に振られたら、俺んとこ来いや。貰っちゃるけぇ」

「誰が――」

 最期の最期にそんなセクハラ発言。あまりにムカついたから、わたしは舌を出してやった。

「お呼びじゃないのよ、もういい、バイバイ」

 

「くはッ、ははは――そりゃ、残念じゃのォ、はははははははははは」

 

 そして、まさにその体も消えようとする寸前――

「そォじゃ、最期に一つええこと教えちゃる」

 いつもの調子で盤面不敗の盲打ちは最大の爆弾を落としていった。

 

「おまえらの現実とやらにもどっても、能力(ユメ)はつかるけェのォ……試してみィ……」

 

「えっ……ちょっと、それおかしいじゃない、どういうことよ!」

 

 それを聞いた盲打ちは、

「くはッ、ははは、だから何度も言うたろ」

いつもの調子でニヤリと笑うと、

 

「自分で……考えェ……」

 

その一言を最後に、結局、何一つまともに答えていないまま、そして最大の謎をのこして、神祇省の首領は彼の駒ごと朝の中に消えたのだった。

 

 

―――――鎌倉 龍辺家 歩美部屋内―――――

 

 

――ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

「……ん、うぅん」

 寝起き特有の気怠さを感じながら、頭の上から耳障りな機械音を絶え間なく発している目覚まし時計に手を伸ばす。

 あの半年以上続いた戦真館での寮生活の賜物か、わたしは目覚まし時計で起きられるようになっている。

 

 こんな事で自慢したら四四八くんには、

――なにを甘えたことを……この軟弱すぎる

とか言われそうだけど、あれは毎朝5時に起きて10キロのマラソンを今でも毎朝――それこそ雨が降っても、続けている四四八くんが鉄人なのであって、こちらは生粋の現代っ子なのだ一緒にしないでもらいたい。

 

 それにしても……

 

「よりにもよって夢にでてくる男が、壇狩摩(アイツ)というのは……」

今まで見ていた夢の内容を思い出しながらつぶやく。

 

「……四四八くんならよかったのに」

 

 そして、そのあと思わず出てきた自分の独白に自分で気恥ずかしくなり、恥ずかしさ紛れに手元にあった空のペットボトル――昨晩ゲームしながら飲んでいたミネラルウォーターをゴミ箱に向けてほうり投げた、

が、

寝起きだからだろうか、投げたペットボトルは明らかにゴミ箱には入らない軌道で明後日の方向にとんでいく。

 

「――ッ!」

 

 そのペットボトルをわたしは意思を込めて睨みつけた。

――すると

 明後日の方に飛んでいったペットボトルが何かにはじかれたように軌道を変え、見事ゴミ箱の中に収まった。

 

 そう――わたし達の能力(ユメ)はまだ終わってはいないのだ。

 

 

 




如何でしたでしょうか、上にも書きましたがなにぶん初めてのことで、お見苦しい点なんかも多々あると思いますが。
自分なりに戦真館の面々と川神学園の面々を交流させられたらと思ってます。
また、大筋のキャラクターの交流は描いているのですが
このキャラとこのキャラのからみが見たい!というかたはご要望いただければ、参考にさせていただきます。

最後にまえがきで歩美√の最終決戦後となっていますが、四四八と歩美はくっついてません両方共フリーです
四四八とヒロイン達の関係は、基本、友達以上恋人未満という感じです。


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川神邂逅編
第一話  ~鎌倉~


はっ、

はっ、

はっ、

 規則正しい呼吸を意識しながら、俺は日課のランニングをこなしている、

初めは戸惑った、「一般的な睡眠」というやつにも気がつけば日常として定着している、人間は慣れの生き物だと何かで聞いたことがあるが、まさにそのとおりかもしれない。

 

 ただ、同時に慣れないものもある。

 

 そう、俺達に残された能力(ユメ)のことだ。

 

 このランニングをする際、自分は手にある能力(ユメ)を使ってはいない、

が、仮に使ったらどうなるだろうか。

 おそらく今すぐオリンピックにでても世界記録で金メダルを獲得できるだろうし、さらに言うならそのままトラック競技に出ても各種目を総なめにできるだろう、これは自意識過剰な妄想などではなく、客観的な事実として戟法、そして循法を用いた強化はその水準、否、そのさらに上の水準まで身体能力を強化することが可能だ。

 

 現代(コチラ)では試してはいないが透の解法で重力を無効化できれば、漫画のように生身で空を飛ぶことすらおそらく可能であろう。解法の才の塊である栄光(はるみつ)あたりはやろうと思えば今すぐにでもできるのではないだろうか。

 

 だが、それに一体何の意味があるのだろうか、

 

 1ヶ月前――体感時間では既に1年近く前になるのだが、俺たちは図らずも『邯鄲の夢』へと足を踏み入れてしまった。

 その『邯鄲の夢』は足を踏み入れたら最後、現実世界で意識をなくした――つまり寝ついた瞬間にもう一つの世界である『邯鄲の夢』へ強制的に送られてしまう。

 『邯鄲の夢』は普遍無意識へとつながる回廊、故に、様々な時代の勢力が、様々な思惑のもと、様々な力を使い普遍無意識の奥底にある能力(ユメ)を現実世界に持ち帰るため覇をきそいあっている。夢の中だが、そこでの死は現実での死に当たる、現に、俺の母さんはそこで……。

 

 この平和な日本で、いきなり戦地のど真ん中に立たされてしまったようなもんだ。そんな危険な夢を寝るたびに経験する。そんな異常事態に足を踏み入れてしまった俺達7人はこの現状を打破すべく、朝に帰るという誓を立て、一丸となって悪夢へと立ち向かっていったのだ。

 

 そしていろいろな事――この程度の言葉では表せないほどにいろいろな事を乗り越えて、戦いに一応の終止符を打ち、現実の朝に帰って来ることができた。

 

 そして、今、現代の朝へと帰ってきた俺達が未だ夢の中での能力(ユメ)が使えるということはどういうことだろうか、俺達は『邯鄲の夢』を完全に攻略したということなのだろうか?

 

――否、そんなことはないはずだ。檀狩摩と最後の決着をつけた歩美の話を聞く限り、あの決着が『邯鄲の夢』の決着になったとは思えないし、事実、狩摩自身が自分は負けてないと言ったのだ。

 

 だが同時に「今回はこれで終わり」とも言っていた。

 

 死に間際の負け惜しみだと切ってすても良さそうなものだが、なにせあの壇狩摩の言動だ、無視するにはあまりにアクが強すぎる。

 

 自称――盤面不敗。

 

 曰く――盲打ち。

 

 狩摩の言動は徹頭徹尾、意味が不明だが、意味がなかったこともない。

 だから、狩魔がこれで終わりじゃないということを否定しなかったのなら、本当にあれが決着ではないのだろう。

 そして同時に「今回はこれで終わり」とも言っているのであれば、またそれも、事実なのだろう。今俺たちが現代の朝に帰ってきていて、もう『邯鄲の夢』に入ることができなくなっている現状を鑑みれば、「今回は終わり」ということも実感もできるというものだ。

 

 つまりまとめてみると「今回の戦真館7人と檀狩摩との決着はついた、だが、『邯鄲の夢』そのものの決着は未だついてない」ということになるのだろう。

 

 だからこそ、不可解だ。何故俺達はこの現代で能力(ユメ)が使えるのだろうか。

 

 現代での能力(ユメ)の獲得は、『邯鄲の夢』の攻略者に与えられる景品だったはずだ。『邯鄲の夢』を完全攻略していない俺達が使える道理がない。

 

 だからこそ、そう、だからこそ、不可解なのだ。何故俺達は今、能力(ユメ)を持っているのか。

 

 考えれば考えるほど、わからない。

 

 もっというならば薄気味悪い。

 

 さらに言葉を重ねるなら、不安なのだ。

 

 現代で能力(ユメ)を持っているという現状が、また、あの『邯鄲の夢』(あくむ)への通行手形になるのではないか……と。

 

 だから、現在、俺達は暗黙の了解として能力(ユメ)を封印している。

 

 能力の封印に関しては協定や約束事をしたわけではない、むしろ「能力(ユメ)の使用は各個人に任せる」という約束事を帰ってきてそうそう仲間と話し合って決めた。

 

 それでも皆、示し合わせたように能力(ユメ)を表立っては使っていない。おそらく全員が同じ思い――不安を抱いているのだ。

 

 正直、「臭いものには蓋」という感じで甚だ不本意だし、これがなにかの対策になっているともまるで思えないのだが、こうするよりほかの選択肢を現状見いだせていない。

 

 帰ってきてしばらくした時に栄光(はるみつ)が、

「前はなんかこう、厨二的な力が欲しいぜ!とか思ってたけどよ。いざ手に入ってみると、なんだ……使いどころがまるでねぇっうか、あっても困るっつうか、微妙だな……」

と言っていたが、まったくもって同感だ。

 

 この現代でこの能力(ユメ)とどう向き合っていけばいいのだろうか、俺も含めた全員がこの能力(ユメ)を持て余している。

 

 そんなモヤモヤを抱えながら日課のランニングを終えて、千信館へ行く準備をしながら半ば強制的に意識を日常へと切り替えていく。

 

 だが、その日常の象徴である千信館で俺達の進むべき道を見つけるための新たな出会い、その切っ掛けが待っているとは、その時、俺は知る由もなかった。

 

 

―――――鎌倉 千信館―――――

 

 

「学生交流……ですか?」

 

 登校早々、いつもと同じようにジャージにサンダルという今日日、男性の体育教師ですらそうはしないであろうと思われる服装の芦角先生に呼び出された俺と世良はそんな予想外の言葉を渡された。

 

「そそ、ここ最近はちょっと疎遠になってたんだが、向こうさんがこの頃、外部の学生との交流を重視してるみたいでな、それでかつて交流もあり同じ県下で、しかも同じく文武両道を校風とする、千信館(ウチ)に白羽の矢が立ったわけ」

 その話を聞いて、隣にいた水希が不思議そうに花恵にきく。

「ねぇ、ハナちゃん。学生交流はわかったけど、それが何で私たちなの?柊くんは千信館の当代筆頭だからまぁ、当然として他の人たちはどういう……」

 その言葉に少々言いにくそうにしながら、

「まぁ、正直、柊以外は誰でもいいっちゃ誰でもいいんだけど、ほら、お前らあれだろ……修学旅行さ……」

と、言う――察してくれよと目が言っていた。

 

「あっ……」

 

 そう、俺達は学生生活最大のイベントである修学旅行を、『邯鄲の夢』おかげで半分フイにしてしまったのである。その時には、ここにいる芦角先生をはじめとする千信館の先生方には多大な迷惑をかけてしまったのだが。

 しかし、そんなことは構わず、修学旅行の代わりに、学生交流で他校へ行って交流してこいと言ってくれている。服装からは想像もできないような教師としての心配りに俺は頭を下げて感謝の意を示す、となりを見れば世良も同じく頭を下げている。

 

「お気遣いありがとうございます。芦角先生。」

「ハナちゃん、ありがと!」

「まぁ、あんまり気にすんな。てか、この7人なら、私が何もしなくても柊が責任もって引率してくれるだろうしな」

 

「……」

「……ハナちゃん、もしかしてそれが理由なんじゃ」

 

「い、いやいや、そんなことないぞ。私はお前たちにことを思ってだな……あっ!でも、勘違いすんなよ。何度も何度も言ってるがお前らみたいなジャリが、恋だの愛だの10年はえぇから、これを機に「他校の異性とラブロマンス♡」とか期待すんじゃねぇぞ!だいたい、今の若いもんは――」

 

「芦角先生!わかった――わかりましたから、とにかく他の連中にも俺から伝えておきますから、今後の予定と注意事項を教えてください」

「……ハナちゃん、これさえなきゃいい先生んだけどなぁ」

 世良がこぼした言葉に、残念ながら全面的に同意せざるを得ない。

 

「お、そうか。んじゃ、直近の予定だけど。1週間後に向こうの中間試験と同じ問題を入試試験と称して受けてもらう。点数はクラス分けの指標になるから手抜くんじゃねぇぞ。それから、あまりに悪かったら学生交流自体お流れになる可能性もあるから、龍辺や特に大杉あたりの面倒はよく見とけよ」

 

「了解しました」

 1週間か……いまから歩美と栄光には睡眠という言葉を忘れてもらわなければならないな……

「うわ……柊くんの眼鏡がキランってなってるよ……歩美と大杉くん、ご愁傷様だなぁ」

 

「向こうに行くのは、さらにその一週間後だ。通える距離かもしれないが、おそらく向こうに期間中は滞在することになるだろうから、そのつもりでいろよ。向こうに行くまでは学校とは私が話しておくけど、向こうに行ったら柊、お前がテキトーに調整してくれればいい。取り敢えず、こんなとこだがなにかほかに聞きたいことはあるか?」

 

「いえ、大丈夫です」

「OK。んじゃ、ほかの連中への連絡は頼むは、お疲れ~」

「失礼します」

「ハナちゃんじゃ~ね~」

 

 職員室からの道すがら、待ちきれないという感じで世良が話しかけてきた。

 

「ね、ね、楽しみだね!どんなとこかな?どんな人たちがいるんだろ?噂じゃ凄いトコみたいだけど」

「なんだよ、世良、子供みたいだぞ」

「なによ、い~じゃない、そうやって全部上から目線でクールに構えてると、ノリが悪いヤツってかんじで乗り遅れるんだから」

 俺のツッコミに世良は頬をふくらませて反論する。

 おまえ俺より2歳年上だろうに……

 

「悪かったな、これが素なんだよ。でも確かに楽しみではあるな」

「でしょ、最近いろいろあったから……さ。気分転換にもなるし」

「――そうだな」

 

 ああ、そうだ、世良の言うとおりだ。せっかくの修学旅行のリベンジだ、楽しまなければ損というものだろう。

 

「どんなとこかな」

「どんなとこなんだろうな」

 

「「――川神学園」」

 

 




いまだ、川神にたどり着けず・・・
次の回から舞台は川神になる予定です

お読みいただいてありがとうございます。


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第二話  ~川神~

今回は川神サイドです

川神はキャラが多くてかき分けが・・・


 青く澄み渡り、まさに秋晴れといった清々しい朝、川神学園へ登校する生徒たちの中に、いつものように一緒に登校する風間ファミリーの面々の姿がある。

 

「ね、大和、今回の中間試験の点数が大和より上だったら、ご褒美として結婚して!」

「朝かどうかはもう今更だけど、ほかの生徒がいる中でセクハラはどうなんだろう、てか、そういうのってテスト始まる前に言うもんだよね?」

「じゃあ、抱いて!!」

「京さんストレートすぎやしませんかね、お友達で」

 通常運転すぎる京のセクハラ発言を軽くいなして大和は周りに目を向ける。

 

「自分も今回はマルさんに見てもらって頑張ったからな、もしかしたら大和より上かもしれないぞ!」

「いや~、流石にそれはないだろ」

 クリスの発言に思わずキャップがツッコミを入れている。

 

「や~、中間試験が終わっただけで、こんなに朝が清々しくなるとはな~、プロテインの味が変わって感じるぜ」

「そうよね、アタシもテスト前と後じゃ景色が違って見えるもん!」

「ガクトもワン子も試験中はなんかゾンビみたいだったしね」

 ガクトやワン子はテストが終わって実に楽しそうだし、モロはモロでそんな二人を見るのが嬉しい様子だ。

 

「松風、私も今回は頑張りました、1年の皆さんは友達になってくれるでしょうか」

「な~、まゆっち。オイラ、テストの直後に自分より点数がいい奴とは友達になりたくないと思うんだ……」

「なっ!ではテストで頑張っても友達は増えないんですか?!」

 一人漫才で一人でショックを受けている由紀江、ツッコミどころが満載過ぎていっそ清々しい。

 

 そんな平常運転の会話をしながら多摩大橋の近くまでやってきた。

「あれ?ワン子、そういえば姉さんは?」

「お姉様ならテスト中に決闘を禁止されてたから、義経達への挑戦者がたまってるんで先に行くって言ってたわよ、だからそろそろ……」

 

 そういってワン子が多摩大橋、通称「変態の橋」の麓に目をやると……

 

「ぐぎゃ!!」

「ぶへっ……」

「ひでぶ」

 多摩大橋の下から、人が通常では出さないようなうめき声を上げた男たちがうず高く積まれていた。

 

「おい、なんだ、もう終わりか?あーーーもーーー、あーばーれーたーりーなーいーー」

 

 このうずたかく積まれた男達に、うめき声をあげさせた張本人――川神百代は、その死屍累々の山を前に駄々っ子の様な声を上げている。

 

「いくら世間で名の知れた強者は夏までに川神にきたんで、最近は雑魚が多いといっても流石にこれはないぞ、テスト期間中暴れられなかった分の半分も発散できてない」

「もー、もっと歯ごたえのある奴はいないのか、つまらん!」

 自分の手の中でブランと力なく垂れ下がっている最後の男を、屍の山の最上段に放り投げながら、ひとり声を上げている。

 

 そんな百代の独白を横で聞いていた執事姿の初老の男が声をかける。

 

「流石でございます、百代様。あとは私共、九鬼の従者部隊が片付けますので、このまま登校されるのがよろしいかと」

 

 声をかけられた百代は、そちらの方を一瞥して、

「……あーあ、九鬼の従者部隊が私の相手になってくれれば、欲求不満も少しは解消できるのにな~」

などと言ってみるのだが……

 

「申し訳ございませんが、それは少々、無理なご相談です。もちろん主がやれと仰れば、別ですが」

 取り合ってもくれない。

「わかってるよ、いってみただけ。あー、それにしてもつまらん、大和に癒してもらおう」

 

 そういうが早いか愛する弟分を認識した百代は、一般人が見たら瞬間移動にしか見えない速度で、風間ファミリーのもとへ文字通り飛んでいった。

「いってらっしゃいませ……それでは李、ステイシーあとは任せましたよ、私は義経様たちにつきますので」

 

「了解しました」

「ファック、派手にやりやがったな、武神のやろう」

 若手従者の愚痴を聞きながら初老の執事は少し考えるような素振りを見せる。

 

「ふむ……少々、自制が効きにくくなってるのかもしれませんね、ヒュームに相談してみますか……九鬼に被害が及んでは事ですし」

 老執事クラウディオはうずたかく積まれた死屍累々を眺めてつぶやいた。

 

 一方、そんな執事のつぶやきは知る由もなく、百代は愛すべき弟分達とじゃれあってストレスを発散しようとしていた。もちろん、それだけで自分のこの欲求不満が完全に解消されないことはわかっていたが、現状、自分の胸を熱くするような強者が現れないのも事実。

 

 燕や由紀江は本気にならないし、クローンの連中は九鬼ががっちりガードしている、従者部隊はクラウディオが言ったようにはなからやる気がない。ヒュームあたりならのってくれるかもしれないが、それでも、所詮顔見知りの戦いだ。

 

 あぁ~、誰か見ず知らずの強者が自分の前に立ちふさがってくれないだろうか……

 

 そんな年頃の乙女としては少々どころか、だいぶずれた思考をしながら武神・川神百代は愛すべき弟分達と学園へむかっていく。モンモンとする、胸の内を顔には出さずに……

 

「あ、そういえば交換学生が来るのって今日からじゃなかったっけ」

 

 そんな百代の胸の内とは別に、ファミリーの会話は続いている。

 

「お~、そうだそうだ、確か鎌倉の千信館だったよな。鎌倉最近行ってねえなぁ~、おっし、いっちょ、これから行ってみるか」

「いやいやキャップ、流石にテストも返されるし、せめて放課後にしなよ」

「え~、でも確かにどんなやつらが来るか見たいしな、それからでも遅くないか。面白そうな奴らだといいな」

 キャップは待ちきれないといった様子だ。

 

「自分は鎌倉好きだぞ、この前、マルさんと二人で行ってきた。お寺や神社がいっぱいあって日本文化を堪能できる」

「意外と近いんですよね、電車で1時間かかりましたっけ?」

「流石まゆっち、友達と行く可能性のある場所のリサーチは完璧だな……いく予定はないけど」

「なんて見事なブーメラン、自虐ネタを覚えたか……」

 川神と鎌倉は同じ県内なので、行こうと思えばそれほど苦もなく行ける、電車で40分といったところか。

 

「そんなことより、女子は来るんだろうな、鎌倉だから清楚な大和撫子だったり――んでもって、『ガクトさんって頼もしくて素敵』みたいな!うおおぉぉぉ、吼えろ俺の上腕二頭筋!!!」

「ガクトはまた無駄な妄想を……でも、鎌倉産のカワイコちゃんか、こう、古風な感じで、いかん……ムラムラしてきた」

 確かに他校の女子生徒というのはなんとも妄想を掻き立てられる存在だろう。

 

「姉さん、いきなりセクハラは勘弁だよ」

「大和ぉ、私のセクハラは挨拶みたいなもんだ。大和は私にせっかく鎌倉から来るカワイコちゃんに挨拶をするなと言うのか?」

「いや、普通に挨拶すればいいじゃん」

「まゆまゆ~、弟が冷たい~、慰めてくれ」

「ひゃぁぁぁ、モモ先輩、あの、あの」

「テスト終わったから、モモ先輩絶好調だね」

 

 と、そんな話題で盛り上がってる中、会話に入らず、う~ん、う~んと唸ってるワン子を怪訝に思い、大和が声をかける。

 

「どうした、ワン子、なんか変なモノでも食べたか」

「失礼ね!違うわよ。千信館って名前に見覚えがあって……う~ん」

「千信館って文武両道で名高いよね、倍率も高いって言うし。ワン子が知ってるってことは大会とかかもね」

「大会……あ、そうよ、大会!薙刀の大会によく出てくる、我堂鈴子がいる学校だわ」

 閃いた!という感じでワン子が声を上げる。

 

「ワン子が見るってことは県下の大きめの大会だよな、じゃあ、結構強いのか?」

「ん~、実際勝負したことはないのよね、半年前位に試合を見たときは、私と同じくらいだったと思うけど…」

「ほぉ、犬と同じくらいか。自分も是非、勝負してみたいな!」

「ダメ!ダメよクリ。同じ薙刀使いとして、アタシが先に勝負するってきめてるんだから」

「なにぃ、犬の分際で!よし、じゃあここから川神学園までどっちが早く着くか勝負だ、早く着いたほうが先に勝負する!」

「望むところよ!」

 言うが早いか、クリスとワン子は通学する生徒をかき分けて物凄いスピードで学園へと向かっていった。

 

「いや、その、我堂って人が来るかまだ決まってないじゃん……」

「ふぅ……バカばっか」

 

 冷静に突っ込んではみたものの大和自身、新たな刺激の到来に胸を躍らせていた。

 

「ホント、どんな奴らが来るんだろう」

 

 そんな期待を胸にクリスとワン子の後を追うようにファミリーの面々も学園へと向かっていった。

 

 

 




如何でしたでしょうか
まえがきにも書きましたが、まじこいはキャラが多くてかき分けが大変ですね

次はついに戦真館と川神がクロスします


お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三話  ~接触~

3話にして題名を考えるのがおっくうになってきてるという現実…


 川神学園についた大和たちが感じたのは、いつもとは違った空気だった。

 ザワついているというか、浮き足立っているというか……

 もちろん、今日から鎌倉の千信館の面々が来るということで熱が上がっているのはおかしい事ではないが、その手のイベントで言うなら6月に『源氏のクローン』という一大イベントを既に消化している、それに比べれば、交流学生などそこまで騒ぐほどのことでもないはずだ。

 

 

 だが、学園内の雰囲気は千信館の学生に対する興味で溢れているようにみえる、もちろん6月のクローン騒ぎの時ほどではないにしろ、それに近い形の興味を学園生達は感じているようだ。

 

 何かインパクトのある情報でも出回ったのだろうか。

 

 情報を重要視している大和としては少し出遅れた歯がゆさを感じながら、携帯のネットで噂をしらべようとした、ちょうどその時……

 

「あ、いた!大和ぉーー、大変、大変よー!!」

「遅いぞみんな、早くこっちに来い」

 

 先着していた一子とクリスが校門のところで手招きをしている。

 

「なんかあったのかな」

「わかんねぇけど、面白そうだから行ってみようぜ」

 

 一子とクリスに連れられてきたところは、

「テストの掲示板?」

「げぇ、なんで朝一でこんなの見なきゃなんねぇんだよ」

ガクトは露骨に嫌な顔をしている、が、ワン子はとにかく掲示板を見ろと急かす。

「なんだよワン子、もしかして順位が初めてふた桁にとどいたか?」

「そんなこと、天地がひっくり返ってもありえないわよ!そんなことより、上、上!」

 全く自慢にならないことを口走りながら掲示板の上の方を見ろと促す。

 ワン子の言うとおり掲示板の上の方を見てみると……

 

1位 葵冬馬 (2-S)

1位 柊四四八 (千信館)

 

「葵冬馬がならばれてる?」

 1年の時からただの1度も学年1位の座を明け渡すことなく守り続けてきた葵冬馬に肩を並べた千信館の柊四四八。確かにこのインパクトは相当なものだ。

 特に同じ学年である大和達2年の人間からしたらそれこそ驚愕と言っていいかもしれない、源氏のクローンより『凄さが現実的に分かる』分、『どんな奴だろう』という興味が膨れ上がっている。

 

「ひいらぎ……なんて読むんだ?よんぱち??」

「ガクト、それだと四がひとつ抜けちゃってるよ」

「よしや、じゃないかな?ひいらぎよしや」

「あ~、でもこの分じゃガリ勉っぽい奴等かなぁ。もうちょい面白そうなやついいんだけどなぁ」

「あ、でも、千信館の方々の名前結構バラついてますよ」

 

1位   柊四四八 (千信館)

5位   世良水希 (千信館)

9位   我堂鈴子 (千信館)

85位  鳴滝淳士 (千信館)

101位 真奈瀬晶 (千信館)

135位 龍辺歩美 (千信館)

201位 大杉栄光 (千信館)

 

 由紀江の言うとおり、上位の3人を除くとそれなりにバラけた感じに見える。噂の我道鈴子の名前もある、全体9位で薙刀の実力者。文武両道な千信館の生徒らしいと言えるかもしれない。

 

「ほう、これはこれは……」

「いや~、うちの若と勉強で肩を並べる奴がいるとはねぇ」

「ね~、トーマ、マシュマロあげるから、泣いちゃダメだよ」

「ありがとうございます。ユキは優しいですね」

「ふははははははははッ!我が友トーマと肩を並べる奴がいるとはな!なかなか面白そうではないか!!」

「そんなイレギュラーがいて、さらにあの忙しさの中3位をキープ、流石です英雄様♡!」

「お~、英雄と同率3位か……ん、まてよ、この場合川神水の契約はどうなるんだ……3位になってるんだから大丈夫だよな……」

「うぅ……義経は順位が下がってしまった、情けない」

「泣くんじゃねぇよ、うっとおしいな。学校の成績なんざ世に出れば塵芥なんだからよ……」

「与一……おまえは自分の順位が下がったことをもっとなげくべきなんじゃぁないのかぁ」

「や、姉御、ちょっ、ストップ!ストップ!!」

「ああ、弁慶やめてくれ。与一は義経を慰めてくれたのだ。義経は負けない、次は元に戻るように頑張る。……だから弁慶こんど勉強見てくれるか?」

「あ~、もちろんだとも。ウチの主はなんて可愛いんだ」

「……自分だって3位キープやばかったくせに」

「あっ!何か言ったか、与一……ッ!!」

「な、なんでもねぇよ」

「ふむ、葵冬馬と同率ですか……ですが、指揮官としては勉強が出来るだけではダメ。もっと総合的な知力、洞察力、判断力が必要。評価をするのはもう少し本人をみてから判断しましょう」

「にょほほほほほほ、ザマぁないの葵。いつも調子に乗ってるからじゃ」

「不二川心、あなたはS組でも下から数えたほうが早くなってきている自分の現状を鑑みなさい」

「む~~、うるさいうるさ~い。高貴な此方の実力はこんなもではないのじゃ~、今に見ておれ~~」

 

 S組の面々もやはり興味があるようだ、特に葵冬馬はなんとなく嬉しそうにも見える。

 

「どうしたんだよ。妙に嬉しそうじゃないか」

「おや?大和くんが話しかけてくれるとは珍しい、傷心の私を慰めてくれるというのですか?でしたら是非、放課後にここのホテルで……」

「いや、違うし。てか、全然傷心に見えないんだけど。さっきも言ったけど妙に嬉しそうじゃん」

「そう見えますか?そうですね、未知のライバルの出現に心が踊ってる……といったところでしょうか。勉強に関しては英雄が常に2位ですが、英雄は忙しい人ですからね。純粋に競争相手としては難しい。その点この柊四四八くんは相手にとって不足なし、です。」

「はー、そういうもんかねぇ」

「私は大和くんにも期待してるんですよ、ライバルになってくれる相手として。そろそろ本気になってくれませんかね?」

「なんだそれ、買いかぶりすぎだよ」

「そうですか、それは残念」

 

 そんな、話をしているうちに全体朝礼の時間がやってきた。

 千信館、そして葵に肩を並べた柊四四八のお披露目だ、全校生徒が興味津々といった面持ちでグランドに集まっていった。

 

 

―――――川神学園 グラウンド―――――

 

 

「皆も既に聞いていると思うが、本日より学生交流の一環として鎌倉の千信館の学生を受け入れることとなった。短い間だが共に競い合い、高め合い、切磋琢磨するように」

 学園長の話が続いている。

「編入クラスは2-Fと2-S。2-Fには真奈瀬晶、鳴滝淳士、龍辺歩美、大杉栄光の4名。2-Sには世良水希、我堂鈴子それから柊四四八の3名が入ることになる、皆仲良くな、では一人づつ壇上に上がって挨拶するように、まずはF組に編入の4人からじゃ」

 

 促されてまず金髪のスタイル抜群な少女が壇上に上がる。

「なんだよ、トップバッターかよ~。え~と、名前は真奈瀬晶。特に言う事とか考えてなかったんだけど、楽しくやれたらいいなと思ってます。よろしく!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!なんだあの胸、反則だろう!!」

「……あっ……やばい、俺、イッたかも」

 ガクトやヨンパチの様な一部の男子が騒ぎ出す。

 

 次に一番大柄な、まるで岩の様な男がのそりの壇上に上がる。

「鳴滝淳士だ。短い間だが、まぁ、よろしく頼むわ」

「ヤッベ、何あいつアタイ史上に相当高レベルなイケメンだわ……マジ喰っちまいた系だわ」

「羽黒はああいうタイプ好きだよね~。でも、ちょっと源に雰囲気にてるかも」

 

 今度は逆に一番小柄な少女がピョンピョンと飛び跳ねるように上ってくる。

「龍辺歩美、趣味はゲーム。トランプ、ボードゲーム、人狼、格ゲー、RPGにFPSなんでもゴザレ。みんなと遊べるの楽しみにしてるま~す」

「ふおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!ロリ、きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 あ、井上って朝礼だとあの辺いるのね。

 

 F組最後はお調子者を絵にかいたような少年だ。

「大杉栄光(はるみつ)。『えいこう』と書いて『はるみつ』だ、気軽にエイコーって呼んでくれよな」

「元気いっぱいですねー。ああいう子を見るとお姉さん母性本能をくすぐられちゃいますぅ。委員長としてしっかり面倒見てあげないと」

 

「続いてはS組編入の3人じゃ」

 

 そういわれてまず髪の長い少女が壇上に登ってきた。

「我堂鈴子です。名門と誉れ高い川神学園の皆さんとこうやって競い合えることを誇りに思います。短いあいだですがよろしくお願いします」

「来たわね我堂鈴子。腕がなるわ」

「ほぉ、鎌倉の我堂と言えば、あの我堂家の人間か。にょほほ、高貴な此方の対戦相手として申し分ないの」

 

 次に上がってきた少女はどこか大人びた雰囲気をまとっている。

「世良水希と言います。この中では事情があってちょっとお姉さんなんだけど、そういうことはあんまり気にせず話しかけてくれると嬉しいです」

 そう言ってニッコリと笑う笑顔に、

「おぉぉぉ……あれが鎌倉産美人か……燕どうしよう、自分はもう我慢できないかもしれない」

「学園長がちかくにいるし、やめたほうがいいと思うよー」

と、反応する者多数。

 

 そして最後に眼鏡をかけている少年――少年というにはあまりに落ち着いた振る舞いで、とても年相応には見えないのだが――が登壇した。

 2-S、葵冬馬の牙城を崩す可能性のある男、柊四四八。今まで以上に全校の視線が集まっている。

 大人でも怯みそうな大人数の不躾な視線にさらされながら、当の本人はそんな視線を真っ向から受け止めて挨拶をはじめた。

 

「当代千信館筆頭の柊四四八です。我らが千信館と同じく文武両道を標榜している川神学院の方々と、短いあいだですが競い合い、高め合えること光栄に思っています。そしてこの川神学院に千信館の人間が来たという確かな足跡が残せるように努力を惜しまぬつもりです。最後に千信館を代表してこの機会を下さった川神学園の皆様に感謝を申し上げます。ありがとうございます」

 

 全校生徒が注目する中、流れるように紡ぎだされる挨拶は一切の淀みがなく、かつ、練習を重ねてきたような嘘臭さが感じられない。優等生という概念が服を着ている……そんな第一印象さえ相手に抱かせる完璧な挨拶を柊四四八は行った。

 

「では、今日の全体朝礼はこれにて終了じゃ、千信館の皆も直接指定の教室に向かってくれ、あとは各担任の指示に従うのじゃ」

「それジャ、これにて解さ――」

 

「ちょっと、まったぁぁぁぁ!待ってくださいルー師範!!」

「ん?なんだイ一子」

「川神一子は同じ薙刀使いとして、我堂鈴子に勝負を申し込むわ!」

「え?え?!私??」

 

 いきなり名指しで指名された鈴子は目を白黒させておどろいている。向こうの方ではクリスがその光景を悔しそうに眺めている――駆けっこ勝負は一子に軍配があがったらしい。

 

「ちょ、ちょっと!学園長!!これどういうことですか?」

「事前に説明したが、この川神学園には決闘という制度がある。合法的に生徒同士が競い合い試し合う制度じゃ。もちろん双方の合意が上で行うもんじゃから断るのも自由じゃ」

「そんな……いきなりいわれても」

「なに?我堂さん、あなた逃げるつもり?」

「逃げっ!なんですって!!」

「だってアタシは正々堂々、勝負の申し込みをしたのよ。それを断るのはそれは逃げてるって事じゃない」

「逃げてないわよ!というか、断ってもいないし!!ええいいわ、やってやろうじゃないの!!!私もねあなたとは一回手合わせしてみたいと思ってたのよ、川神一子さん」

「学園長よろしいんですカ?」

「もちろんじゃ、テストで千信館の『文』のお披露目が終わったのじゃ、次は『武』のお披露目というわけじゃ」

 

 オオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!!!!!

 全校生徒のボルテージが一気に跳ね上がる。

 

 そんな生徒たちを横目に千信館の面々はあまりの展開に流れに乗り損ねてしまっていた。

「おい、柊。いいのかよ」

「良いも悪いも本人が乗ってしまったんだから、どうしようもないだろう」

「りんちゃん、相変わらず煽り耐性が低すぎーーー」

「まぁ、そこは鈴子だしねぇ」

「ったく、初日から元気だねぇあたしにゃ無理だわ」

「つーかさ、我堂のやつ勝てのか?なんか周りの反応みるに結構強そうだぜ?」

「さあな、我堂は相手のことを知ってるみたいだが――だが、こうなったら仕方ない」

 

 そう言って、四四八はよく通る声で向こうで準備をしている鈴子に声をかける。

 

「我堂!成り行きだが、やるからには勝てよ!お前の背中には千信館の名前がかかってるんだからな!!」

「任せなさいよ!勝ったらあんたを奴隷にしてあげるんだから!」

「……なんでそうなるんだよ」

「いやー、りんちゃんは今日も絶好調だねー」

 

 二人の準備が整い相対す、ここに千信館と川神の初めての交わりが切って落とされる……

 

 




ああ、やっとここまで来た
やっぱり川神の先方は一子が一番ですね~

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第四話  ~初戦~

そろそろ、ストックがなくなる~
というか戦闘描写の難しいこと難しいこと……
戦闘描写をうまく書ける方、本当に尊敬します……


「勝利条件はどちらかが『まいった』というカ、戦闘不能とこちらで判断した場合、また、規定時間内に決着がつかなかった場合は引き分けダヨ」

「ハイ!」

「わかりました」

「よし、二人共位置についテ、準備はいいかイ?」

「もちろん!」

「いつでも、大丈夫です」

 一子と鈴子はお互いに目をそらさずに相手を見据えている。

「では、川神学園 川神一子 対 千信館 我堂鈴子 薙刀勝負――はじメ!!!」

 

 まず、動いたのは一子、

「せいっ! やっ! はあぁっ!」

裂帛の気合とともに流れるような上下の3連撃を鈴子へと放つ。

 鈴子はその3連撃をその場を動かず、薙刀をつかい全て捌いてみせた。

「まだまだぁ――川神流 大車輪!!」

 最後に捌かれ弾かれた薙刀の力に逆らわず、体をそのまま一回転させて相手の力、自分の力、そして遠心力をも利用した一撃を鈴子めがけて打ち付ける。

 それを鈴子は捌かず、薙刀で受ける向きを調整し上方へと受け流す。有り余った力の一撃を受け流されて一子の体勢が崩れたところに……

 

「――はっ!!」

 

 鈴子の鋭い一撃が襲いかかる。

 

「わっ! ちょっと!! ひゃあ!!」

 

 顔を狙った突きの一撃を、海老反りになるような形で無理やり避けた一子はそのまま後方に飛んで体勢を立て直す――鈴子は試合開始と同じ場所で、同じ構えで佇んでいる。

 

 

「なぁ、鳴滝。対戦相手の彼女のこと我堂は知ってたみたいだけが、お前は何か知ってるか?」

「いや……千信館はいってからは、鈴子の言ったようにあんまり話してねぇからな、だが、半年くらい前に『県内にすごい奴がいる』って言うのを言ってた気がするから、まぁ、そいつがそうなんだろうな」

「へぇ、やっぱ相手結構強いんだなぁ。今のやつだって結構ヤバめにみえたし。我堂のヤツ涼しい顔してっけど意外と内心ドキドキだったりしてのかね」

「いやー、鈴子に限ってそれはないでしょ」

「うんうん、りんちゃん、顔に出やすいもんね~。だから顔に出てないってことは大丈夫ってことだよ」

「って事は、今はまだ鈴子は余裕なわけだな。でもあいつツメが甘いからなぁ、最後にポカしなきゃいいけど」

「ああ、それだけだな問題は。ホントにあいつはツメが甘いから……」

 口ではそう言ったものの千信館の面々は鈴子の勝利を疑っていない、この一年近く(もちろん体感時間だが)戦真館での地獄のような訓練と鋼牙や夜叉といった強敵たちと相対して乗り越えてきた仲間だ。

 越えてきた訓練と文字通りの死闘をくぐり抜けてきた経験そしてなにより、自分たちが培ってきた戦(イクサ)の真(マコト)が鈴子を勝利へと導いてくれるだろう。

 

 対決では同じようなやりとりがもう2回ほど繰り返されている――まず一子が仕掛け、鈴子が応じる、最後には鈴子のカウンターを一子がいなして仕切り直し。

 もちろん、大枠で見たときのやりとりが同じというだけで、細かな内容はもちろん違う、現に鈴子が最後にはなった一撃は一子の胸をかすめていた。それを物語るように一子の体操服は脇のあたりがザックリと切られている。

 ただ、大勢は変わっていない。

 攻める一子、受ける鈴子。

 

「ほう……なかなかに面白い」

「おや?珍しいですね、あなたが他の人間の戦いを見て興味を示すなど」

 同僚の――ヒューム・ヘルシングのつぶやきを聞いた、クラウディオは思わず問いかけた。

「ふん、内容自体は取るに足りない赤子のじゃれ合いだが……あの鎌倉から来てる赤子、なかなかにエゲつない攻撃をする。なぁクラウディオ、ヤツの3発の攻撃の意味、理解した奴は何人いると思う?」

「ふむ……そうですね。鉄心様、ルー様をはじめとした教師の方々は気づかれていると思われますな。生徒でいうと戦場経験のある、あずみ、それからマルギッテ様。剣聖黛様の娘、由紀江様もおそらく……あとは可能性があるとしたら四天王の松永様あたりでしょうか」

「まぁ、そんなとこだろうな。源氏の連中はまだヒヨっこだし、百代の奴は無理だろう、意味はわかっても理解はできまい」

「ふむ……」

「それにしても最初に顔……というか人中、そして次に首、最後のは左胸。全部一撃で相手を屠ることができるな人体の急所だ。そこを寸部狂いもなく、最短距離で攻めてきている……しかもだんだんと躱しづらい部分を狙ってな。さらに言うならあの川神の妹の攻撃からそういう急所を常に死角に置くように心がけている」

「つまり、相手を確実に倒し、そして自分はなんとしてでも生き残る――という強い覚悟をもって戦いに挑んでいる、と。確かにこういったことは習って身につくようなことではありませんからね、あの歳でそしてこの日本で、どうやったらあの様な人材が育つのか、千信館とはなかなか興味深いところですな」

「ふん、戦の真はいまだ健在か」

「戦の真……ですか?」

「かつて千信館は戦真館という名だった、俺も鉄心もかつて腕試しでそこの卒業生とは戦ったこともある、もちろん俺が勝ってるが、まぁ、面倒くさい奴等だった。そういう芯のある奴等は折れないからな」

「なるほど、戦の真で戦真館。名は変われど志は死なず、ということですか」

「なんにせよ、少しは面白い赤子たちが来たもんだ。さて、奴等は川神に何をもたらすかな」

 そんな執事たちの雑談の中でも、対決は続いている。

 

 我堂鈴子は考えていた。

 『どうすれば能力(ユメ)を使わずに目の前の相手に勝てるか』ということをだ。こんなことを戦いのさなか冷静に考えてる自分は正直好きではないが、そんなこと今はどうでもいい。

 本当にこの悩みが深くなったら、あの嫌味な眼鏡野郎に相談すればいい、自分の奴隷であるあいつなら泣いて主人の悩みを解決してくれるだろう。

 

 四四八がきたら怒鳴りつけられそうなことを考えながら、同時に現状を分析していく。

 

 今、自分は受けに回っているが本来のスタイルは一子と同じく、薙刀も自分も動きながら相手を翻弄していくスピードタイプのスタイルだ。

 ならば何故そうしなかったのか、それは一子がどのようなスタイルで来るかわからなかったからだ、もちろん、前もっての情報はあるが今回同じで来るかは未知数だ、故にまずは「見」を選択した。

 

 そしてそこでわかったことがある。

 

 おそらく単純な身体能力だけで言ったら相手の方が上であろうということ、従って、現在同じ土俵に上がる――動きながら相手と真っ向ぶつかるかる選択肢は捨てた。

 なぜなら、いま自分より素の身体能力の高いであろう一子と同じスタイルで戦って勝つには能力(ユメ)を使わざるを得ないからだ。

 もし封印して戦っても鈴子はこのスタイルを『能力(ユメ)前提で行うスタイル』として確立してしまっているため、思わず使ってしまうこともあるだろう。今はまだ、鈴子は――鈴子だけでなく他の千信館の面々もだが、この能力(ユメ)を使うことに躊躇している、仮にここで思い切っても心はそう簡単に割り切れない、そしてそこが隙になる。

 

 一部の一方的な戦いを除けば、戦いというものは隙の突き合いといってもいい。如何に隙を作らずに、相手の隙を誘い出し、その隙を突くか。乱暴に言えば戦いの大方はこういうことになる。

 

 だから、鈴子は自ら隙を作り出してしまいそうな選択肢を捨てた。

 

 では、どうするか。

 このまま受けに回り続けてもおそらく時間切れ。スタミナ切れを狙うにも相手はまだまだ元気そうだ。

 ならばこちらから動いて隙を作り出し、そこを突くしかない。

 隙を作り出すには相手の虚を突くのが常道、そして虚は相手が考えてもいないところを突くのが効果的。

 

 ならば……

 

 そう決意して鈴子は構えを変えた。

 

 

「え?」

 

 都合5度目の攻防が終わり、位置に戻った一子は相手の構えが今まで違うことに気づいた。奇妙な構えだ……

 

 鈴子は身体の右半身を一子に向けそのまま右腕を一子の方へ伸ばし、そしてそのまま薙刀も伸ばした腕から一直線になるような構えをとっている。あえて似ているものを探せばフェンシングの突きの構えだろうか。

 自分の薙刀の剣先と鈴子の薙刀の剣先交差している、交差しているがそこまでだ。剣先は間合いに入ってる、が、鈴子の腕は伸びきっているためそこから更に伸びてくることは考えにくい。

 薙刀自体が相当の長さの得物のため、片手で持っているのもなかなかの重労働のはずだ、メリットが見いだせない。

 

 と、その時鈴子が動いた。

 

 動いたが、一子には鈴子が動いたようには見えなかった。

 どういう動きをしたのだろう。

 一子には鈴子が一瞬にして膨らんだように見えた。

 

 次の瞬間、鈴子は一子の間合いに入っていた。

 

 鈴子は薙刀の剣先をそのままに、右肘を曲げながら、すっと体を前に移動させたのだ。

 薙刀の剣先というわかりやすい目標が目の前から動かなかったため一子には一瞬、鈴子が近づいたことがわからなかった。

 

 鈴子が間合いに入ってきた瞬間、今まで静止していた剣先がいきなり一子の顔めがけて飛んできた、身体をひねってなんとか躱すが、既に間合いに入ってる鈴子が体勢の崩れている一子に2擊目をはなとうとした……

 

 その時――

 

「――えっ!」

 

 運が悪いことに2撃目を放とうとした時に踏み込んだ足が、グラウンドにある穴を踏みつけたらしく、鈴子はグラリとバランスを崩す。

 

「もらったぁ! 川神流 顎!!!」

 無理矢理体勢を立て直した一子の高速の上下二段擊が今度は体勢を崩した鈴子に襲いかかる。

 あたった!っと一子が勝利を確信した瞬間……

 

 鈴子の姿が掻き消えた。

 

 そう、一子にはまるで消えたようにしか見えなかった。

 鈴子が居たはずのそこには青の二筋の閃光が残っているだけだ。

 

「ワン子何呆けてる!後ろだ!!」

 反則だとは思ったが、思わず飛び出た百代の言葉に我に返る一子。

 

 と、次の瞬間……

 

「きゃあっ!」

 死角からの薙刀の一撃で一子は吹っ飛ばされた。その一撃を放った体勢のまま鈴子佇んでいる。

鈴子の瞳は青く輝いていた。

 

「勝者、我堂鈴子!!」

 

 ウワアアアアァァァァァァァァァァァッ!!

 大歓声が巻き起こる。

 

 その歓声に我に返った鈴子は慌てて、倒れた一子の下に向かう。

「ねぇ、川神さん大丈夫!? 私、こんなつもりじゃ……」

「いてててて……そんな顔しないでよ我堂さん、アタシが無理矢理頼んだ勝負だもん、負けちゃったのは悔しいけど……楽しい勝負だったわ。受けてくれてありがとう!」

「でも、私……」

「ねぇねぇ、それより、我堂さんってなんか堅苦しいから、鈴子って呼んでいい?」

「えっ……えぇ、もちろんいいけど」

「やったー、んじゃ、アタシの事も一子って呼んでね、じゃあまた勝負しましょうね!!」

 そういうが早いか、彼女は仲間のもとに走っていってしまった。

 

 ポツンと残された鈴子の肩にポンっと手がのせられる。

「お疲れ、我堂。いい勝負だったぞ」

「柊……私、能力(ユメ)を……」

「『能力(ユメ)の使用は各人の判断に任せる』が俺たちの取り決めだぜ?おまえも覚えてんだろ」

「そうだけど、やっぱり私は……」

「まぁまぁ、気持ちはわかるけどさ。使っちゃったもんはしょうがないし、別にそのことを糾弾するつもりもないし、それ以前にする理由がないよ」

「……うん、水希、ありがと」

「それに、なにかこの学園――というか川神は少々特殊なようだ、もしかしたら、俺たちの能力(ユメ)に対する新たな戦の真、見つけられるかもしれない。だから、気にするな」

「柊……」

「てかさぁ、勝ったおまえがそんな調子だとなんか、全然違うっつうか。なんか普段の鈴子ならここで『どう、勝ったわよ柊、約束通り奴隷になりなさい』とかの発言が出てこないとなぁ」

「そう、そうよ!私、勝ったんだからあんた奴隷になりなさいよ!」

「意味がわからん、なんで俺の身の振り方が第三者の戦いで決まるんだ」

「男らしくないわよ柊、約束守りなさいよ!!」

「そもそも約束していない」

「キーーーーッ! もう、ああ言えばこう言う……あんたみたいな男絶対モテないんだから!!」

「なんだよ我堂、調子出てきたじゃん」

「いや~、やっぱ、りんちゃんはこうでなくっちゃね~」

「おう、そんなことより、そろそろ行こうぜ。他の奴らも移動してる」

「そうだな、行くか」

 

 さっき自分が鈴子に行ったように、ここでなら自分たちの能力(ユメ)と向き合う、新たな戦の真が見つかるかもしれない、そんな思いを胸に四四八は仲間たちと教室に向かっていった。

 

 




初めて戦闘描写というものをを書きました
というか改めて読んだら、ほとんど書いてないし……
人の動きを文章で説明するのは、こんなにも難しいのですね。精進します。

お付き合い頂きましてありがとうございます。


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第五話  ~基地~

ちょっと一気に載せたら長くなりすぎな感じがしたので
今回は少し短めのものを



 その夜、風間ファミリーの面々は秘密基地に集まってた。

 

 話題はもっぱら千信館の面々の話題だ。

「あ~あ、悔しいなぁ。もうちょっとだと思ったんだけどなぁ」

「次こそは自分が勝負するぞ! 今日の犬との勝負を見てわかったが、相手にとって不足なしだ」

 

「我堂鈴子も強かったけど、私は葵冬馬にならんだ柊四四八にびっくり」

「へぇ、京がほかの人に興味をしめすなんて意外だね」

「ダメなんだよ! 私の中では大和×冬馬が鉄板だったのに、新たな鬼畜眼鏡、四四八の登場で大和×冬馬×四四八の三角関係……ハァハァ」

「やめてください京さん、(俺の精神が)死んでしまいます」

 

「S組に入ったのはあと世良って奴か」

「いや~、噂だと病気か何かで2年間眠ってたんだって、だから俺らより2歳年上…あの近所の綺麗なお姉さんっぽい感じいいなぁ。よぉし! 彼女にアピールするために取り敢えずプロテインを飲もう」

「そういうのは耳早いよね、ガクト。どっから仕入れてくるのさその情報」

「ああ、大体ヨンパチだな、明日までに全員のスリーサイズまでは調べてくるって言ってたぜ」

 

「スリーサイズっていえば、2-Fにいらした真奈瀬さん、でしたっけ? 良いスタイルされてましたね」

「まゆっち~、おめぇも負けてねぇぞぉ~」

「そ、そんな、恥ずかしいですよ松風」

「なんという自画自賛……恐ろしい子」

「自画自賛だなんて。違いますよ、今のは松風が言ってただけです」

「そうだぞ~、ヤマト。あんまりまゆっち虐めんな~」

「お、おう……」

 

「あれ? そういえばキャップは? 今日バイトだっけ?」

「ああ、キャップなら大杉と話してやっぱり鎌倉行きたくなったらしくて5限の途中で鎌倉向かって出発してった」

「どうりでみないとおもったら、ただのサボリじゃなくて鎌倉いってたのね」

「流石キャップ、あきれるほどの行動力……」

 鎌倉なら近いから仮に自転車で行っても明日の学校までには帰ってくるだろう……たぶん……

 

「モロはあのちびっこい龍辺だっけ? とゲームしてたな、うまいのか?」

「いや~、龍辺さんうまいなんてもんじゃないよ、PSvataのスーパー神座大戦をスグルと3人でやったんだけど僕もスグルもボコボコ。ベイつかって三騎士に無双できるって相当強いよ。携帯ゲームだからそれなりにラグあるはずなのに、0フレコンボミスんなかったしね」

「へ~、んじゃこんどみんなでゲーセンとか行ってみるか」

「いいんじゃないかな、喜ぶと思うよ。龍辺さん鎌倉好きだけど大きいゲーセンがないって嘆いてたから」

「鎌倉観光地だしね……」

 

「そういえば、一番怖そうだった鳴滝。意外にもというか思えば最初から雰囲気似てた感じだけど、ゲンさんとなんか話してたよね」

「ダメだよ大和! そんなんじゃ葵冬馬だけじゃなく、ゲンさんまで鎌倉漢にかっさらわれちゃうよ!私の中の第二の鉄板 ゲンさん×大和にも間男鳴滝が登場……こちらもゲンさん×大和×鳴滝の三角関係が……じゅるり」

「京さん、それってあの…あの…」

「業が深すぎるぜ……京」

「京、まゆっち引いてるからそのへんにしとこうね」

「はーい」

 

 ふと、今まで会話に入らずに一人、思案に耽っている百代に気づきやまとが声をかける。

「どうしたの姉さん、何か考え事?」

「あ、うん、ちょっと……な」

 そういって見るとはなしに一子の方をチラリとみた。

 

 一子がいると、話しづらいことなんだと察した大和は、

「なぁ、ワン子。テストも終わったことだしクッキーのポップコーンだけじゃさみしいからなんかお菓子買ってきてくれよ。お金渡すから好きなの買ってきていいよ」

「え!ほんと!!いくいく!!」

犬耳がピンッ!と飛び出るほどに喜びを表して大和から3千円を受け取った。

 

「む、ずるいぞ。自分も好きなお菓子を買いたい」

「んじゃ、クリスもついてってよ。半分づつな」

「やった、了解だ」

「ついでにクッキーもついてってくれない? 喧嘩するといけないからさ」

「なんだよなんだよ、ぼくのポップコーンいらないって言ったくせにさ」

「ね、クッキー。マスター(一子)についていくのがクッキーのお仕事なんだから、わがまま言っちゃダメでしょ」

「む~、京に言われちゃしょうがないな、今回だけだよ」

 そう言って、2人と1体は買い出しに出かけていった。

 

 

「気を使ってもらって悪かったな」

「いやいや、ワン子がいたらちょっと話しづらかったのかなぁと思ってさ」

「ん~、まぁ、話しづらいというか、聞きづらいというか……うん」

 何かを決心したように百代は由紀江に向き直る。

 

「なぁ、まゆまゆ。我堂鈴子の率直な印象を聞かせてくれ。あの最後の身のこなしも含めて」

「え? 私ですか? えっと……」

 どう言おうか迷っていた由紀江だったが、百代の真剣な目を見て意を決したようだ。

 

「多分、最後の一子さんの攻撃を避けた身のこなしが本当の実力なのではないでしょうか。その前までは本気を出さないで技術だけで戦っていたように感じました」

「ふ~ん、やっぱりそうかぁ」

「うげ、あの長髪そんなに強いのか。あ~、そうなるとやっぱ水希さん一択だなぁ~」

「いや、多分あの水希ってやつも、というか、あの千信館の全員が全員かなりやるとみてるんだが。まゆまゆはどうだ?」

「私もそう思います。そしてその中でも――」

「柊四四八が別格か……」

「ええ、うまく隠してるようですが、なんというか他の6人とはランクというか、格が違う感じがします。なんとなくなんですけど……」

 

 それを聞いて百代がニヤリと壮絶な笑みを浮かべる、元が美人なだけにとても怖い笑顔だ。

「ふふふ……そうか、やっぱりそうか!いやー、最近歯ごたえのない奴らばかりだったからな。いや、楽しみだ。本当に楽しみだ!」

 ザワザワと百代の長い黒髪が動き出す、抑えきれない闘気が漏れ出しているのだ。

 

 そんな百代を見て由紀江は気付かれぬように目を伏せた。

 

 自分は川神百代が好きだし尊敬もしている、強く、自信にあふれ、武神と呼ばれ憧れを受けている身にもかかわらず年下の自分なんかにも気軽にせっしてくれて、さらに美人で何より友人が多い……

 

 ただ、この戦いに対するスタンスはやはりなじめない。

 

 自分も武士娘だ、『武』を用いた試合や戦いが嫌いなわけではない、だが、そこには自分を高めたり、お互いに高め合ったりという理想や目標があってこそのものだと自分は思っている。戦いのための戦い、自分の力をただ使いたいだけの試合、そういう快楽主義的な百代のスタンスを自分はどうしても受け入れられない。

 

 そういう意味では今日、我堂鈴子の見せたものは由紀江にとって衝撃的だった。

 一撃一撃の鋭さや、最後の一手を決めるために立てた戦術、そして外からみていいた自分ですら見失いそうな疾さで一子の一撃を躱したあの身のこなし等の能力、技術的な部分はもちろんだが、なによりあの戦い方から透ける戦いに対する心構えが由紀江の胸を打った。

 

 一子への攻撃は全段人体の急所を狙っての攻撃だ、と、同時に鈴子自身はよほどのことがない限り自らの急所を一子に晒すことはなかった。最後の奇妙な構えも、伸ばした腕への攻撃を警戒するなら利き手でない左の腕でやったほうが効果的だとも感じたが、おそらくそれでは左胸――心臓を相手に近づけてしまうため、それなら利き手を失ったほうがいいという天秤が働いたのではないだろうか。

 

 つまり、利き腕、急所を攻撃されることを常に意識しているし、どうすれば自分が少しでも長く戦えるかを想定している。鈴子自身がしたように相手も一撃必殺の急所を狙うことが当たり前の戦いが彼女にとっての――もしくは千信館にとっての当たり前の戦いなのかもしれない。

 仮に鈴子――いや、千信館の全員は何かしらの卑怯な罠にはまったとしても相手のことを糾弾することはないのではないか、むしろそれを想定してなかった自らの未熟を恥じる、そんな気がするし、さらに言うならそんな無駄なことは考えずに、まずはその状況をどうすれば打破できるかを考えるのではないだろうか。

 

 試合ではなく死合、勝負ではなく戦闘、それを常に心がけた日常。そんな極限状態の中で、自分の出来ることを最大限発揮して狂わず意志を持って相手を倒す、それが仲間のためになると信じて……

 

 そこまで考えて由紀江はブルリと体を震わせた。

 

 どうしたらそんなことをなんの違和感なくニュートラルに考えられるようになるのだろう、身体的な能力と違い、心構えや精神的な強さは今までの経験が大きく左右する。どのような経験をすれば自分と同じような年であの様な境地に到れるのか……同じような経験を自分がしたら狂わずにいられるだろうか……

 

 そんなことを考えていると、大和が声をかけてきた。

「どうしたまゆっち? なんか黙っちゃって。自分なら勝てるかなぁとか考えてる」

「いやいやいやいや、滅相もない!あの人たちは本当に強いです……本当に……」

「まゆっちがそこまで言うなら、本当に強いんだろうなぁ。ちょっと見てみたいかも」

「いや……それは……」

 

 本気のあの人たちの前に生半可な気持ちで立ったら、おそらく唯では済まない。物理的な意味だけでなく、精神的な意味で。もしかしたらもう2度と立ち上がれなくなるかもしれない――

「安心しろ大和、私が奴等の本気を引き出してやるさ」

――それが、たとえ武神・川神百代であっても……

 

 だから、次に発せられた大和の言葉はまんま由紀江の気持ちだった。

「でも、あんまり無理しないでね姉さん。油断大敵だよ?」

「あー、大和ぉ、誰にものを言ってるんだぁ」

「いや、心配くらいさせてもらってもいいじゃん」

「そうだな。可愛い弟の声援があれば100人力かもな~」

「なんだよ、適当だなぁ」

「私は大和の応援があればパワーアップできるよ、物理的に」

「京は特別だろ」

 

 外から一子とクリスの声が聞こえる、この話題もこれで終わりだろう。

 

 しかし由紀江は心配でしょうがなかった、まだそんなに長い時間を過ごしたわけではないが、この大好きな空間が仲間が千信館のために崩れてしまうのではないか、と。

 

 しかしそんな思いは口には出せない、だから由紀江は決意する。

 

 もしそんなことになるならば、この場所は仲間は自分が守るのだと、固く……固く……

 

 




頑張れまゆっち

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第六話  ~予定~

( ゚д゚) ・・・  
 
(つд⊂)ゴシゴシ
   
(;゚д゚)・・・  
 
(つд⊂)ゴシゴシ  
  _, ._
(;゚ Д゚) … 評価が赤くなってる!!!111


 早朝、秋が深くなりようやく太陽が登り始めてくる頃に、

 

はっ、

はっ、

はっ、

 規則正しい呼吸を意識して四四八は川神の川辺を走っている、日課のランニングは川神に来ても欠かしていない。

 千信館の面々は川神学園から指定された寮に7人で住んでいる。掃除、洗濯などは寮母さんがいるため任せられるが、食事は自分たちで用意する事になっている。たまに遊びに出たりもするので、正直そちらのほうが面倒くさくなくていい。

 今のところ平日4日の食事は当番制で回すことになっていて、栄光、我堂、鳴滝はあまり料理が得意ではないということで後片付け担当だ。週末の夜は出かけることもあるかと思い、各自でという形をとっている。

 

 こちら来て、そろそろ1週間がたつ。

 初日こそ我堂の勝負というイレギュラーがあったが、それ以降は比較的平和な日常が進んでいっている。

 世良、栄光、晶、歩美、もともとコミュニケーション能力の高い面々は既にクラスでも馴染んで新たな友人もできているようだし、我堂は一子の一件もあり顔を出している薙刀部ではちょっとしたヒーローだ。少々心配だった鳴滝もそれなりにうまくやっている。四四八も四四八でS組によく話す人間ができた。

 川神での生活は、まずは順調だといっていい。

 

 そして、この川神に暮らすうちに新たにわかってきたこともある。

 自分たちが『邯鄲の夢』から帰還した時、自分達が今までいた現実と世界情勢が変わっていたことは直ぐにわかっが、なにかそれ以上に変化が出ていることはこの1ヶ月特には感じなかった。

 しかし、この川神に来て変化を強く意識するようになった。

 

 『超人』の多さだ。

 

 川神学園に所属している人間だけでも川神鉄心、ヒューム・ヘルシング、ルー師範代、川神百代、松永燕、源義経、等等、通常の人間の身体能力を著しく超越した『超人』が多数いる。

 自分のかつての記憶を探ると川神という地名は思い浮かぶが、このような超人達が跋扈するような話は聞いたことがない。もっと言うなら6月に起こっている義経達の『源氏のクローン』の話題も記憶にない。

 つまりこれも『邯鄲の夢』が引き起こした世界変成の一種なのだろう、世界自体がこのように変わったのか、もともとこのような世界だった所に自分たちが紛れ込んだのか……どちらなのかは今のところ判断する材料がないから不明としか言えない。

 しかし、これが『邯鄲の夢』の影響であるなら少なくても自分たちは文句を言える立場ではない、どのような選択が今の現状に反映されているかわからないが、『邯鄲の夢』での行動は全て自分たちが行ってきたものだ、その結果がこの世界ならそれは受け入れるべきだろう。

 それが責任というものだ。

 ただ、もしも世界自体が変成している場合その責任の一端は間違いなく自分たちにあるのだからこの世界に対して自分たちに何ができるか、それは考えておくべきかもしれない。川神にきて最近四四八はそのようなことを考えるようになってきた。

 

 そして同じく考えるのは自分たちに残された能力(ユメ)の事……

 

 この川神では――いや、もしかしたらこの世界では、自分たちの能力(ユメ)はそれほど特殊なものではないのかもしれない。この1週間で川神百代を始めとした『超人』達の身体能力は幾度となく目にする機会があった、能力(ユメ)をもって特殊になってしまった自分たちが「自分たちだけじゃない」という安定を感じることもできた。

 

 しかし、やはり根本のところで能力(ユメ)に対する忌避感が残っているのも事実で、ここの折り合いはなかなかどうして難しい。

 『邯鄲の夢』には入れなくなった今、『邯鄲の夢』を思い出させるものは覚えのない世界情勢と、自身に残った能力(ユメ)だけだ。そして能力(ユメ)に関してはあまりに自分たちに馴染みすぎていて、おぞましい。『邯鄲の夢』が「お前たちの悪夢はまだ終わってはいないのだぞ」と言っているように感じてしまう。

 だから、川神百代をはじめとする『超人』達をみて思うのだ。生まれ持って能力を有している彼女たちを知ることでこの能力(ユメ)との向き合う道を見つけられるのではないか、と。

 

「ふぅ……やめだやめだ」

 

 あえて口に出すことで、堂々巡りになってきた思考を一度断ち切った。

 ランニングをしながら考えをまとめるのは自分の癖だがこんなことばかり考えていてもしょうがない。折角環境が変わっているのだもう少し前向きに楽しんだほうが健康的だ。

 そんなことを思いながらいつもの10キロを走り終えて寮に戻ってきた。

 

「あ、柊くん。おはよう」

「おかえりー、四四八。てか、毎朝毎朝よく続くなぁ」

 

 玄関を抜けて食堂の前を通ると世良と晶が朝食をとっていた。

 

「おはよう、世良、晶――晶、継続は力なり、だぞ。習慣ってのは続けてこそ意味がある。今度一緒に走るか? おまえ、最近ちょっと重くなってきたんじゃないのか」

「なっ! うっるせえな!あたしは胸に脂肪がいくようになってんだよ! 重くなったとしたら胸が重くなってんの!!」

「え? 嘘?? 晶、また胸大きくなったの?」

「え、いや、そんなマジレスされても困るんだけど……」

 

「おうおう、朝っぱらから騒がしいな」

 制服を着た鳴滝がのそりと食堂に入ってきた。

「ああ、鳴滝。おはよう」

「鳴滝くん、おはよー」

「おはよう鳴滝。朝飯準備してあるぜ」

「お、悪ぃな。ん? そういや鈴子はいねぇのか?」

「鈴子なら薙刀の朝練があるからって先に行ったわよ」

「そうか、あいつもすっかり馴染んだな」

「そうだなー、まぁ、もともと鈴子は面倒見がいいからな。千信館でも後輩にはかなりしたわれてたし」

「そうだな、あの詰めの甘さも意外と親しみやすさに影響してるのかもな」

 

 そんな朝の会話を交わしていると、晶が思い出したように声を上げた。

 

「あ、そうだ。あたし等、今日一子達とカラオケ行くことになったから帰り遅いかも」

「あたし等ってことは他は?」

「私と晶と鈴子。歩美はなんかゲーセンで大会があるからそれ終わってからくるって」

「そうか、わかった」

 

「おぉ、そうだ、俺も今日はたぶん遅ぇ。源のバイト手伝うことになってんだ」

「源っていうと、S組……じゃなくてF組の宇佐美先生の息子さんの方か」

「なんでも親父さんの方が代行屋みたいなことしてるらしい。まぁ、バイトだと思えばいい暇つぶしだ」

「わかった、だが、問題は起こすんじゃないぞ」

「わかってるよ、せっかくの休日お前の説教聞いて過ごすのはゴメンだからな」

「俺も休日を説教で過ごすなんてまっぴらだからな、頼んだぞ」

 

「そうすると、寮に残るのは俺と栄光の二人か」

「ん? そういや大杉はなんとかの宴ってのに行くって言ってたぞ? すげー真剣な顔してっから、詳細は聞いてないんだが」

「お、んじゃ予定がないのは四四八だけかぁー、なんだ四四八友達いねぇんじゃねぇの? なんだったら、ウチ混ざってもいいんだぜー、男一人だけど」

ニヤニヤと笑いながら晶が言ってくる。

「なっ! バカな! たまたまだ」

「でもさぁ、テストでいきなり首位とかとっちゃってぇ、あたし等ならいいけど、初めて見た奴とかそら引くよなぁ」

「く……ッ!」

「寮で一人とか寂しいぞぉーー」

 

「おい、真奈瀬。あんまイジってると、柊キレるぞ」

「そうだよ、晶。柊くんイジれるのが珍しいからってそろそろやめときなって」

「えー、だって悔しいじゃんー、こういう時じゃないとイジれないし……」

 

 その時、四四八両手が晶の頭をガッシリとロックした。

 

「そうか……そうか、晶。おまえそんなにかまって欲しかったのか、悪い事をした……」

 死神の様な四四八の眼に見つめられ晶の顔がドンドンと青褪めていく。

「よっ、よっ、四四八、ゴメン……じょ、ジョーダンだよ、ジョーダン」

「いや、俺に今夜の予定がないのは確かだしな……」

「ヒッ、ヒィィィィィ……」

「そういえばおまえ、俺があんなにつきっきりで教えたのに入学試験三桁にのってしまったじゃないか、そんなお前の為に『友 達 の い な い』俺が休日用におまえ専用のテストを作っといてやる、なぁに気にするな、なにせ今日は寮に一人で 暇 だ か ら な !」

 

「あ~あ、いわんこっちゃねぇ……」

「私忠告したもんね、し~らない」

「あ……あ……あた……あたし!! 栄光とあゆ起こしてくる!!!」

 一瞬の隙を突き四四八のロックを振りほどくと、晶は脱兎のごとく食堂から脱出していった。

「ふん……他愛のない……」

「柊、お前、大人げなさ過ぎだぞ……」

「柊くん、こういうとこ結構、子供だよね」

 呆れた様子で呟いた鳴滝と世良の科白は聞かないことにして、眼前の敵を完膚なきまで叩き潰した開放感を胸に浴場へと向かっていく。

 

 しかし、事実として休日の前夜、寮に一人で籠っているというのもたしかになんだ。ちょっと、街にでも繰り出してみるか。そんなことを考えていたが、そんな俺のもとに予定が舞い込んできたのは 朝、登校した直後だった。

 

 

「おはようございます、四四八君」

「ヨシヤー、おはよーー!」

 クラスに入ると葵冬馬と榊原小雪が挨拶をしてきた。

 葵冬馬はテストで自分と並んだ四四八に興味があるらしく、初日からなにかと話しかけてくる。因みにS組では世良が源氏の二人とよくつるんでいて、我堂は家柄の関係か不二川心とよく話している。

 

「葵に榊原か。おはよう、井上はどうした?」

「準はF組に行ってますよ、四四八君のお仲間が大層お気にいりなようなので」

「歩美か……趣味趣向は個人の自由だから俺がとやかく言う事じゃないが、歩美の奴はあれでなかなか侮れない奴だからな、井上も気をつけた方がいい」

「まぁ、準の場合性愛の対象ではない部分もありますからね、四四八君もあまり気にしない方がいいですよ」

「ハゲは安全なロリコンだもんねー」

「ロリコンに安全も危険もあるのか?」

「まぁ、いきなり襲ったりしないという意味では安全であることは間違いないと思いますよ、長年の付き合いである僕が保証します」

「仮に襲われても、ただで喰われるようなやつじゃないがな歩美の場合」

 

 

―――――その時 F組―――――

 

 

「真与ちゃぁぁぁぁぁぁぁん、おはよーーーー!! 今日もいい匂いだねー、クンカクンカ」

登校してまず委員長を見つけた歩美は、トライ直前のQBを阻止するラインバッカーかくやという勢いで飛びついて髪の毛に鼻をすりつけてグリグリしている。

「きゃー、龍辺さんくすぐったいですよー」

「いやー、今日も髪の毛サラッサラだねー」

「龍辺さんもふわふわじゃないですかー」

 

 そんな光景を解脱した坊さんも裸足で逃げ出すほどに清々しい顔をして眺めるハゲが一人。

「桃源郷ってこんなに近くにあったんだなぁ……」

「井上、お前葵についてなくて大丈夫なのか?」

「あっちにはユキがいるし、なにより最近、若は柊四四八にご執心だからな」

「いやー、ヤバイわよねあの二人、私別にそっち系の趣味はないけど、この前図書館で二人して本読んでるの見たら思わず見いっちゃったもん」

「はん、スイーツが……俺らが2次元のイチャイチャを話題にしてるとギャーギャーと騒ぐ癖に……なにが違うというのだ」

「そこのキモオタ! なんか言った??」

「いや、別に……ったくこれだからスイーツは……それよりモロ、今日のスーパー神座大戦EXの大会忘れるなよ」

「うん、あとで龍辺さんにもいっとかないとね」

「ふん、あの3次元め調子に乗りやがって、この前は後れを取ったが次こそは俺のザミエル卿で焼きつくしてくれるわ」

「ははは、気合い入ってるね。僕もちょっと白騎士練習してきたら、前みたいに簡単にはいかないと思うよ」

 大会には『天魔・夜刀フィギュア』(完全体)が優勝賞品として出品されるらしい。神座ファン垂涎の逸品だ。

 

「おい、大杉。例のものは持ってきたか」

「バッチシだぜ、頼むぜヨンパチ、マッジで苦労したんだからな」

「まかせろ同士、間違いなく今回の宴の目玉商品だ6月の源氏グッズ以来の高値がつく可能性すらある」

「おいおい、まさかそれって水希さん達の……」

「おおっと、そこまでだ同志ガクト。お楽しみは放課後までとっておけ」

「……悪いな、水希、晶、歩美、我堂……男にはやらなきゃいけない時ってのがあるんだ……」

 今宵の魍魎の宴はテスト終了記念の特別バージョン。ライブハウスを貸し切っての宴は夜通し続く予定だ。川神の魑魅魍魎達はついに学園を飛び出した……

 

「……ん? なんだろう、なんかすげー栄光殴りたくなってきた」

「奇遇だね晶、なんか私もなんだよね……」

「なんだ? 大杉くんが何かしたのか??」

「いや、なんかわからないんだけど。そんな気がしただけ」

「ねぇねぇねぇ!そんなことよりもさ、今日のカラオケ楽しみよね」

「最終的にあたし、水希、鈴子、歩美……は遅れてきて、一子、クリス、黛さん、小笠原さんで全員かな?」

「京は?」

「京はパスだっていってたぞ」

「いやー、最近ほんっとバタバタしてたから、カラオケとか久しぶりだー」

「鎌倉ってゲーセンだけじゃなくて、カラオケも少ないからね、私もすっごく楽しみ」

「よーし、自分も今日は歌うぞー」

 カラオケ組は朝から待ちきれない様子だ。

 

「鳴滝。これ今日の仕事内容だ、ざっと目通しといてくれ」

「おう、わかった」

「……わりぃな、なんか手伝ってもらっちまって」

「あ? 気にすんな、どうせ暇してたんだ。それに他の場所に来てまでずっとあいつらとツルんでるってのもなんだしな。それにこっちの方こそ――」

 気、使わせて悪かったな。と言おうとして鳴滝は言葉を飲み込んだ、ガラじゃないし、そんなこと言われても忠勝も困るだろう。なんとなくだが、忠勝と自分は似ている気がする。

「なんだよ?」

「――いや、なんでもねぇ。集合場所は18時に川神駅前でいいのか?」

「ああ、場所分かんなきゃこの前教えた携帯に連絡してくれ、迎えに行く」

「ガキじゃねぇんだ、大丈夫だよ」

「そうか、じゃあまたあとでな」

 短い言葉を交わして、似た雰囲気を持った二人の会話は終わった。

 

 休みの前日、クラス全体がやはり浮足立ってるようだ。

 

 

―――――再び S組―――――

 

 

「そうそう、四四八君。今夜予定はありますか?」

「ん? いや、今夜は特に何もないが」

「それなら良かった。実はお近づきの印に、今晩食事でもと思ったのですが如何でしょう?」

「ああ、でも他の奴等は別の予定が入ってるみたいだから、俺一人になるがいいか?」

「もちろんです。あ、でしたら丁度紹介したい人物がいるので彼も呼びましょう、男3人で食事と言うのも少々花がないですが、たまにはいいでしょう」

「おー。腐女子大歓喜だねー」

「ユキは難しい事を知ってますね、えらいです」

「えへへ~」

「……今のは知っていて誉められるべき文言なのか?」

「まぁいいじゃないですか。そうそう、制服ですといろいろ面倒ですから放課後着替えて――そうですね、18時に川神の駅前で如何でしょうか?」

「わかった、わからなければ携帯で連絡する」

「四四八君はこちらに来て日が浅いですから、お店は僕の方でピックアップさせていただきます、なにかお好みありますか?」

「いや、まかせるよ」

「わかりました、もう一人にもそう伝えておきます。――いや、楽しみですね。こんなの楽しみなのは久しぶりです」

「なんだ、友人と食事なんて珍しい事でもないじゃないか?」

「そうですが、好ましいと思っている人との食事となると、それはやはり心躍るイベントではないでしょうか」

「まぁ、そうだがなんだか……葵が言うといろんな意味が含まれてる気がするだが」

「ふふふ、気のせいですよ、気のせい。では後ほど」

「またねー」

「ああ、またな」

 この会話の後、そういえば、あいつら意外と食事をするのは久しぶりだ、と思い至り、やはり自分は友人が少ないのかと四四八が一人凹んだのはまた別の話……

 

 

―――――昼休み―――――

 

 

 プルルルル――、プルルルル――、

 屋上での昼食中、着信に気がついて着信画面をみた大和の顔がなんともいえない微妙な顔になる。

 

着信者

葵冬馬

×××―××××―××××

 

 警戒しながら着信ボタンを押すと、

「ああ、でてくれた、大和君こんにちは。F組に行ってみたのですが、姿が見えなかったもので携帯にかけさせてもらいました」

もちろんだが、葵冬馬本人がでた。

「何か用?」

「そんなに警戒しないで下さいよ。ちょっとお食事のお誘いをしようと思いまして」

「――切るぞ」

「まぁまぁ、ちょっと待って下さい。実は歓迎会の意味も兼ねて四四八君を食事に誘ったんですが、もしよろしければ大和君もどうかな、と思いまして。興味があるんじゃないですか、柊四四八君に……」

 ……興味がないわけがない、川神学園トップに並ぶ学力に、武神や剣聖の娘が警戒するほどの戦闘力。どんな人物なのか是非とも話をしてみたい。

「ふふふ……では18時に川神の駅前でお待ちしてます。あ、制服じゃなくて一応着替えてきて下さい。では……」

 一方的に用件だけ伝えて葵冬馬は電話を切ってしまった。

「俺、行くとも行かないとも言ってないんだけどな」

 と、こぼしてみたものの、大和は行こうと思っていた。

 人脈を重要視する大和はこういう人と会う機会を逃さないし、逃したくないと思っている。

 

 柊四四八か……どんなヤツなんだろう。

 

 大和はワクワクしながら屋上から降りて行った。

 

――大和が帰った屋上の陰から

 

「クックックッ……大和と葵冬馬、柊四四八が一つの食卓を囲む。なんという私得イベント!!これは覗かざるを得ない!!!」

 

 

 ……こうしてそれぞれの夜を迎える。

 

 




評価が赤くなってて信じられないくらいびっくりしました
評価をくれた皆様、感想をくれた皆様本当にありがとうございます

皆さんの期待に応えられたらいいなと思ってます

今回もお付き合い頂きましてありがとうございます。


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第七話  ~夜遊~

相当いろいろネタを詰め込みました

わかる人はわかると思います。


 一度寮へと戻った四四八は私服に着替えて川神駅へと向かった。

 こちらに来て部屋着以外で私服を着るのはもしかしたら始めてかもしれない。

 何かプライベートな気分が出てきて、なんとはなしにワクワクしてくる。

 

 川神駅に着いた時はもうすでに18時に近い時間だった、冬馬の姿を探していたら向こうの方から手を振りながら冬馬が近づいてきた。

「こんばんは、流石に時間通りですね。制服姿以外は初めて見ましたがよくお似合いですよ」

「来て早々に服を褒めるのか、随分と口説き文句がうまいな」

「おや? そういう意見が出てくるということは、四四八くんも見かけによらず結構遊んでいる、とか?」

「まさか、一般論だよ、一般論」

「そうですか、まぁ、遊んでたとしても驚きませんけどね。なんというか四四八くんはドキリとおもわせる言葉が多い。もう少し気遣いが出来ればハーレム築くのも可能だと、私は思いますけどね」

「葵みたいにか? 冗談だろ」

「いえいえ、十分可能だと思いますよ。ただ、とても疲れますけどね」

「そんなもの薦めるなよ……」

 

 そんな会話をしていると、大和が到着した。

 

「ああ、やっぱり来てくれましたね。こんばんは大和くん」

「興味があったのは確かだしな。はじめまして、俺2―Fの直江大和。よろしくな。」

「柊だ。話だけは晶達から聞いてるよ、川神先輩達のグループや2-Fの参謀役なんだってな」

「そう言ってんのは仲間内だけだよ。参謀ってんなら葵冬馬の方がよっぽど参謀だ」

「おや、参謀でも種類はいろいろいますからね、個人的には大和くんは敵に回すととても厄介な人物だと思ってますよ」

「そうやって人を持ち上げて、足元すくうんだぜ。柊も気をつけた方がいいよ」

「おやおや、ひどい言われようですね」

「なぁ、おい、どうでもいいけど。なんか見られてないか? どうにも居心地が悪いんだが」

 

 週末の駅前、人通りは溢れんばかりだがその中でも3人はとても目立っていた。

 3人が3人ともベクトルは違うが容姿は人並み以上だ、そんな3人が仲睦まじく話してる姿はなかなかに興味を惹く。

「ねぇ、あの3人ヤバくない?」

「合コンとかかな? いまなら声かけてもいんじゃない」

「マズいわぁ、あのハーフっぽい子ガチで好みだわ……」

「なにあのリアル鬼畜眼鏡……怒られたい……」

「あのパーカーの子めっちゃ可愛い顔してない?お姉さんが可愛がってあげたい」

「くっくっくっ……思い描いてた三角関係、大和を思うとNTRの情緒も相まって……ハァハァ」

 その中に腐った怨念の様のものもあるらしい。

 

 悪寒を感じ大和がブルリと身を震わす。

「どうした、寒いのか?」

「いや、そういうわけじゃない……と、思うんだけど」

「もう秋も深いですからね、風邪をひいたら大変です話はお店に入ってからにしましょう」

 そう言って歩き出す冬馬に四四八も大和つづいていく。

 さて、どんな食事になるか。

 

――夜は始まったばかりだ。

 

 

――――同日同時 川神某所――――

 

 

 童帝! 童帝! 童帝! 童帝! 童帝!

 

 川神市繁華街のとある地下にある中規模ライブハウスは異様な熱気に包まれていた。

 200以上入れるであろう箱は男どもで埋まっている。

 それだけなら特に珍しいことではない。地下アイドルなどのライブも行われるため客が男性だけということもままある。さらに熱気のことを言うなら女子高生等が多く集まるビジュアル系のバンドの時の方が凄い。

 

 では、何が違うのか、何が異様なのか。それは熱気のベクトルだ。

 

 地下アイドルもビジュアル系をはじめとするバンド、演劇、ミュージカルetc、ライブハウスで行われる催しの大半は多かれ少なかれプラスのベクトルを有している。作品自体がポジティブ、ネガティブは関係ない。それは自分の創作物を人前に晒すというエネルギーが基本プラスなものだからだ。

 しかし、今このライブハウスにはとにかくマイナスのエネルギーがあふれている。

 何か怨念のようなものまで感じる。

 悪魔崇拝を標榜する宗教のミサ――そんなものを思い浮かべてしまう位の異様な熱気、異様な雰囲気だ。

 

 童帝! 童帝! 童帝! 童帝! 童帝!

 

 会場のボルテージはドンドン上がっていく。

 

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!

 そして、舞台にブリーフ姿の首にカメラをかけた覆面男が現れたとき、そのボルテージは最高潮に達した。

 壇上の覆面男が手を振り、観客たちを沈める。あれほどまでに騒がしかった観客たちが瞬間に静まった。が、熱気は収まってない。むしろ声を抑えたぶん内へ内へと溜まっていっているようだ。

 

 覆面男が語りだす。

「同志諸君。今宵は魍魎の宴SP ~もう盗撮なんてしないなんて言わないよ絶対~ に集まってくれたこと、大変嬉しく思う」

そう言って覆面の男は芝居がかったように大きく手を広げる。

「今宵は新たな同志の協力で今話題の千信館のお宝も用意した。もちろん武士娘たちの新たなお宝もぬかりはない……。川神学園を飛び出した今回、時間に制限はないっ!! 諸君っ!! 宴を思う存分楽しもうではないかッ!!!!!」

 

 ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!!!!

 童帝!! 童帝!! 童帝!! 童帝!! 童帝!! 童帝!! 童帝!!

 

 今まで溜め込んでいたエネルギーを爆発させた魍魎たちにより、ライブハウスの熱気はもはや溢れんばかりだ。

 

「さぁ、同志815(エイコー)の協力により集めたニューフェイスたちの逸品だ、皆準備はいいか……?」

「おお! いきなり千信館のお宝か!!!」

「俺、真奈瀬晶のモノならなんでもいい!!」

「水希……水希……水希……ッ!!!」

「落ち着け同志ノブ、おまえ落とせなかったら腹でも切る勢いだな」

「おれ……鈴子さんの奴隷になりたいッス」

「歩美ちゃんハァハァ」

 

 魍魎たちが騒ぎ出す。

 

「まずは、真奈瀬晶の部屋着姿。あの巨乳と脚線美をタンクトップとホットパンツで包んだ日常系の一枚……俺はこれで……3杯はイケる!!!」

「5000!」

「8500!」

「10000!!!」 「決まりだ……」

 

「さあ、次はグッズ。この櫛だ。この美しい櫛は我堂鈴子が髪をとかしていたもの。もちろん証拠写真もある。セットで提供する。」

「7000!!」

「9500!!!」

「い、15000!!!」  「決まりだ……」

 

「次は龍辺歩美と甘粕真夜のツーショット……しかも、龍辺歩美は縞パンのパンチラがうt……」

 

「さん!! じゅううううううううううまああああああああああああああああん!!!」

 

 童帝の商品説明が終わらぬうちに、魍魎の宴史上最高額を絶叫する魍魎。

「ふっ……さすがだな……ほら」

「悪いな……遊ぶことすらできなかったぜ……。あ~~~、これはもう聖骸布として信仰すべきだな~~~」

 

「さぁ、それではニューフェイス最後の逸品だ……世良水希の……パンツだ!!!」

 

「なっ! まさか現物だと!!!」

「ど、童帝、まさかそこまで」

「み、水希のパンツ!水希のパンツ!!!」

「落ち着け! 同志ノブ!」

「お、おいおい。同志815(エイコー)あれは流石にヤバくねぇか?」

「い、いや、オレだって驚いてんだよ!オレは前日童帝の言われた時間に寮の鍵をあけただけなんだ。まさか童帝のヤツ、洗濯後の衣服が食堂前のBOXに入っているのを知って……お、おそろしい」

 

「さぁ、洗濯後のものだが、確実に使用済みだ……はじめるぞ……いくらだ!!」

「さ、30000」

「50000だ!」

「お、オレは100000!!」

 

「500000ッ!!!」

 

 一気に静寂に包まれる会場。これはもちろん魍魎の宴最高額だ。

 

「同志ノブおまえ……」

 競り落とした人間の友人と思われる隣の男が自らがノブと呼んだ魍魎の顔を見る。

 彼は泣いていた……

 とても清々しい顔で……

 しかし、その涙はまるで美しくなかった……

 

「ふはははは、素晴らしい魍魎の宴SPにふさわしい幕開けではないか!さぁ、今宵の宴はまだまだ続くぞ!!」

 

 うあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!

 童帝!!! 童帝!!! 童帝!!! 童帝!!! 童帝!!! 童帝!!!

 

 熱狂の坩堝の中、NO815は一人呟く。

「悪いな、晶、歩美、水希、我堂。お前たちの犠牲はオレの風火輪の血肉になってくれるぜ……」

 

 魍魎たちの宴は終わらない。狂気を孕みさらに狂乱は続いていく……

 

 

――――同日同時 川神市ゲームセンター――――

 

 

『さぁ、今宵のスーパー神座大戦EX大会決勝は、なんとニューフェイスの登場だ!鎌倉から来た‘腹筋マニア’使用キャラはなんとランダム! 対するは前回優勝者の‘天ちゃん’使用キャラは掟破りの第六天波旬だぁ! 決勝前に二人の意気込みを聞いてみましょう』

 

 決勝ということもあり、実況の店員も‘舌’好調といったところか。

 ここは川神市でも一番大きなゲームセンター、大会などもかなりの頻度で行われており、全国大会の予選なんかも行われていたりする。だから設備もなかなかのものだ。

 大会専用の筐体は舞台の上で向かい合うようになっている、その後方には大型スクリーンが有り、筐体の画面がそのまま映るようになっていてギャラリーはそれを観戦するといった具合だ。

 

 筐体の前に二人の少女が立っている。

 1P側はパンクな格好をしたツインテールの少女 板垣天使。

 2P側は龍辺愛実。

 

『さぁ、前回優勝の‘天ちゃん’どうですか、勝てそうですか?』

「あ゛、おめぇ誰に言ってんだ、ウチの第六天が負けるわけねぇし。賞品はウチのもの」

『いつも通りの反応ありがとうございました、では初参加の‘腹筋マニア’どうですか?』

「強キャラ使って勝ってもツマンナイじゃないですか。《愛》が足りないんじゃないですか?《愛》が」

『おおっと! これはいい煽り、さぁ、あったまって来たところで二人共位置についてください』

 

「おい、ちみっこいの、ウチを怒らしたらタダじゃ済まねぇからな」

「え~、始める前から脅し? ゲーセンでの脅しには屈しちゃダメだってプロゲーマーのタケハラさんもいってたもんね~」

「……ぶっ殺す!!」

 

 射殺せそうな程鋭い天使の視線をを涼しい顔で受け止めて歩美は2P側へ向かう。

 

「ねぇ、スグル。龍辺さんどうだろ?」

「まぁ、相手が波旬だからな、何が来たって一緒っちゃあ一緒だ。あれ確かダイヤで全キャラに6以上ついてんだろ」

 第六天波旬とは神座万象シリーズにおけるラスボスの一人で、原作でも憎たらしいほど強いキャラなのである。

 それの関連作品であるスーパー神座大戦EXで初登場したのだが、原作に忠実に作りすぎたのか、キャラが強すぎて公式大会では使用が禁止されている程なのだ。

 調整をかけようにも原作ファンからは「この憎らしいほどの強さがむしろ波旬」、「弱い波旬とかもう存在そのものが無駄」等の声が多く手が付けられず、現状据え置き。そのためゲーセン内では暗黙の了解として使用が禁止になっている、そんなキャラなのだ。

 

 舞台ではキャラ選択画面。天使はもちろん第六天波旬、歩美はランダム画面にカーソルをあわせる。

 

『さぁ、決勝が始まります、‘腹筋マニア’のキャラは……御門龍明!これはこれは原作的には非常に熱い対戦となりました、では第一ラウンドの開始です!!』

 

《 死闘  開戦!! 》

 画面に試合開始の合図が流れる。

 

「龍明かぁ~、どうだろ」

「まぁ、なんのキャラでも6:4以下だから形成さんとかじゃなきゃ何でもワンチャンあるっちゃああるが……」

「だよねぇ、普通にやったら厳しいもんね」

「というか、製作者は何を意図して超必を8個も持ったキャラ作っているのだ、理解ができん」

 

 モロとスグルが話してる間にも試合は進み……

 

《 勝者 第六天波旬!! 》

 

「へへ~、ウチの波旬にかてるわけねぇんだよ。ちみっこが」

「も~、チビチビチビチビ、あんたにだけは言われてたくないですよ~」

「悔しかったら勝ってみな、やれればだけどな~」

「OK~、もう動きは覚えたからね。Kick your ass!!」

 

《 死闘 開戦!! 》

 

『あとがない‘腹筋マニア’。波旬の攻撃をしのげるか!』

 

「超必一回避ければ、隙ができるんだけどね」

「ファーブラ回避した時が一番のチャンスだが、あれをかわせというのはどうなんだろうな」

「あ、でも、ファーブラくるっぽいよ」

 

『波旬のファーブラ! これで決まった……かと思ったら大焼炙の無敵で回避! そのまま波旬からダウンを奪って、起き攻めはスカして下段……画面端! 追い詰めて!! 陽の拾からの0フレコンボ、ミスらない!! 補正を切ってもう一回!!! これはいけるか? いけるか? いったぁぁぁぁぁぁッ!!!!』

 

 おおおおぉぉぉぉぉぉ……

 

 歓声ではなくどよめきが巻き起こる。それほどまでに第六天は圧倒的なのだ。

 

「おい! 今のハメだろ!! ウチのシマじゃノーカンだぞ!!!」

「うっさい、黙って。一瞬の油断が命取りだよ」

 

《 死闘  開戦!! 》

 

『なんと最終ラウンド突入。この一戦で優勝が決まります。天魔・夜刀はどちらの手に渡るのか!!』

 

「ねね、さっきの凄かったね!」

「ああ、ファーブラ回避もそうだが、コンボのあと一回補正を切って再度フルダメのコンボを叩き込みやがった」

「次も行けるかな」

「さぁな、もうファーブラは来ないだろうからどうするか……」

 

『おおっと、今回は‘腹筋’龍明が攻める攻める。起き攻め二択は……中段! 入ってそのままコンボ、止まらない! 止まらない!! いつの間にか、画面端!! 波旬の超必は――読んでいた!!! 緊急回避からの1コンボ!! 最後は大焼炙で締めたああああああああッ!!!!!!!』

 

 わあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!

 

「なっ!! ふっざけるなよ!!! あーーーーーー、もう、ウチ帰る!!!!」

 天使は筐体の1発殴ってそのまま、ずんずんと舞台袖へと引っ込んでしまった。

 

 舞台では歩美の表彰式と商品の授与が行われている。

 

「へへ~、夜刀様ゲットだゼ~」

「おめでとう龍辺さん、凄かったねぇ。とくに最後の超必避けとか普通無理でしょ、あれ」

「ああ、ありゃ相当シビアだな。というかネットで一回話題になったが、できないってことで廃れたと思ってたわ」

「へへへ、《愛》ですよ《愛》」

 歩美の優勝を二人が讃えている。

 

「んじゃ、俺はアニメの時間だからこれで帰るわ、じゃあな」

「うん、じゃあねスグル」

「ばいばい~、よ~し、優勝もしたし。このままあっちゃん達のカラオケに合流するぞ~~」

 

 そんな風に歩美喜びを全身で表してると……

 

「いっただきっ!」

 

 歩美のもっていた賞品のフォギュアの入った袋をひったくってものすごい勢いで掛けていく人影、天使だ。

 

「あーーーーー、ドロボーーーー!!」

「はっ!悔しかったら取り戻してみな!!」

 

 歩美は辺りを見回して、射的があるのを見つけ飛びついた。

「おじさん!借りるよ!!」

 返事も待たずに射的の銃を手に取ると、天使に向かって照準をあわせる。

 

 スッ――と、目を細め、集中する。

 

 カッ――!と、目を見開いたと同時に引き金を引く、その瞳は赤く光っていた。

 

 放たれた弾は射的の弾とは思えないほどの早さで天使にせまる、そしてその後頭部にあたった――かに思えた弾をまるで後ろに目が付いるかのように頭を振って天使は避けていた。

 

「フン!そんなもんに当たるかよ!!」

 後ろを向いて歩美を一瞥し言い放ったあと、再び前を向くと……

 

「フギャ!!」

 

 避けたはずの弾が軌道を変えて天使の眉間にぶち当たってきた。

「いったでしょ、一瞬の油断が命取りだよって」

 そうやって、天使を一撃で撃退した歩美は隣にいたモロの方に向き直って言った。

「みんなが心配するといけないから、今のこと四四八くん達には黙ってて欲しいんだけど。いいかな?」

 目を覗き込むようにして言う歩美はいつもよりひどく大人びて見える。

 モロはドギマギとした胸の内を隠しながら「うん」と一言こたえるのが精一杯だった。

 

「えへへ、ありがと。じゃ、またね」

 そう言って歩美は取り返した袋を手にゲーセンを出て行った。

 

モロはしばらくその場を動けなかった……

 

 

 




注:劇中のノブと信明さんとは一切関係ありません


お付き合い頂きまして、ありがとうございました



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第八話  ~歓談~

もっときわどいガールズトークをさせたかったけど
川神勢の女子力が圧倒的に足りなかったでござるの巻


「~~、いざぁーーーーー……♪」

 

「お疲れ~、水希、ほいコレ」

「いぇーい」

「水希は歌が上手いな」

「えへへ、ありがとう」

 此之命刻刹那を歌いきった水希が晶からを受け取りながら千花とクリスにお礼を言う。

 歌い始めて、大体1時間ぐらいがたっているだろうか。次の曲が入っていないこともあり、なんとなく小休憩という感じになった。

 

「ねぇねぇ、神座万象シリーズっていえばEinsatzよね?アレは歌わないの」

「あれは歩美の十八番だからとっといてるの、もうすぐ来るんじゃないかなぁ」

「あゆのヤツ、さっき賞品持ったドヤ顔のメールが来たから、そろそろ来んだろ」

「相変わらずよね歩美、ゲームとかアニメとか何が面白いのかしら」

「あ、私、我堂さんと同じ。ゲームとかアニメとか全ッ然ダメ!龍辺さんはよく師岡とか大串とかと付き合えるわよね」

「え~、小笠原さん、それは偏見だよ。見ると結構面白いよ」

「私は世良さんがそういうの見てるほうが意外だったわ。なんか全然見ない感じするもん」

「自分は見てるぞ、神座万象シリーズ。侍が好きだから宗次郎が一番好きだな」

「アタシは爾子、可愛いじゃないモフモフで」

「なんかそれは……犬つながり、って感じね」

 

「なぁ、それより黛さん?大丈夫かよ、なんか鈴子みたいな顔になってるよ?やっぱ先輩ばっかじゃ緊張しちゃうか?」

「ちょっと、晶、それどう言う意味!」

「まぁ、言葉通りの意味なんだろうけど……なんか、すごい引きつってるわよ?具合悪い?」

 

 水希達の気遣いに顔と身体をガチガチに固まらせて、両手でグラスを握りしめている由紀江が慌てて答える。

「いえ! いえいえいえいえ!! 全然そういうのではなくてですね。友人でカラオケというなんというか、リア充のイベントに慣れていないといいますか。むしろカラオケというものに来るのが初めてといいますか……と、とにかく具合とかが悪いわけではないのでご心配には及びません!!!」

「そ、そう……ならいいんだけど」

 

「でも、なんていうか、意外よねー」

「え? なにが?」

 思い出したように千花が言う。

「いや、最初鎌倉から来るっていうし。柊くんはいきなり一位でなんかバリバリ優等生!って感じだから。一緒に来る人たちももっと固いのかなぁとか思ってたんだけど、なんか全然普通だからさー」

「そりゃそうだよ、同じ世代なんだしノリなんかあんまり変わらないよ」

「それに四四八だって、全部が全部ガッチガチ! って感じでもないんだぜ」

「意外と子供っぽいのよね、アイツ」

「鈴子には言われたくないと思うけどなぁ、柊くんも……」

 

「で、でも、柊先輩の子供っぽいところとか、なんか想像できませんね」

多少雰囲気にも慣れてきたのか、由紀江が幾分固さの取れた表情で聞いてきた。

「そうそう、柊くんってなんかすっごい大人! って感じするし」

 

「負けず嫌いだったり、意地っ張りだったり、結構あるぜー」

「ふふっ、子供っぽいっていうか、なんていうか‘男の子’って感じなのよね、柊くんは。そういうとこは微笑ましいというか、可愛いところだと思うけど」

「淳士にもあるわね、そういうとこは。要するに男なんてみんなバカなのよ」

「まぁまぁ、そういうとこ解ってあげるのが女子力ってやつだよ鈴子」

 

「「はー」」

「「へー」」

 それを聞いていた川神の面々が関心したような声を上げる。

 

「な、なによあんた達、変な声出しちゃって」

「い、いや、大人な会話だなと思いまして……」

「え? いや、普通じゃないかなぁこれくらい」

「わ、私はこれくらい普通だけどさ、一子やクリスには刺激が強すぎたかもねぇ」

「エ、エロい話じゃなかった……よね?」

「今の話のどこをどう聞きゃあエロい話に聞こえんだよ!」

「自分は男の人は強いほうがいいと思うぞ、うん!」

「そ、そう……」

 

 なんとも噛み合わない会話の途中、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「はぁい! お待たせしました、あゆちゃん登場――!みんな、盛り上がってるかーい!!」

 

「おう来たか、あゆ。優勝おめでと、なんか飲むか?」

「あっちゃんありがとーー! じゃあ、取り敢えずコーラで」

「んじゃ、そろそろ再開しますか」

「よ~し、次は何を歌おうかなぁ」

「ワン子、そこにある曲表とってくれ」

 わいわいと再び歌うモードに突入しようとしたとき。

 

 Prrrrrr Prrrrr

 携帯の音が鳴る。

「あ、ゴメン、私だ。うげ、家からじゃん。ちょっとゴメンね」

 ポケットから携帯を取り出しながら千花が申し訳なさそうに電話に出る。

 

「うん……うん……え、今から?……うん、わかったー、はいは~い」

 明らかに落胆した顔で電話を切る。

 

「なんかあった?」

「なんか、あしたウチの方で急な注文入っちゃったから手伝ってくれってさ、あ~、よりにもよって今日じゃなくてもいいのにーー」

「それはしょうがねぇなぁ、どうするお開きにするか?」

「いや、龍辺さん来たばっかだからそれは悪いよ。でも、私は先にあがらせてもらうわ。お金、世良さんに渡しとくね」

「OK,また来ようね」

「ねぇ、大丈夫? なんかこの辺、あんまいい雰囲気じゃないけど……私送るわよ?」

「大丈夫大丈夫、だって私、地元だよ? 問題ないって、そんな遅くないし」

「まぁ、あなたがそう言うならいいけど……」

「いいのいいの! じゃあお先にー」

 荷物をまとめて千花は出て行った。

 

「うっし、んじゃ、気を取り直して誰からいく?」

「隊長! 自分、Einsatzいっていいでありますか!!」

「んじゃ、あゆからだな、一子、マイク渡してあげてくれ」

「はーーい、じゃあ次はアタシ!!」

「おい、ずるいぞワン子、自分も歌いたい!!」

 次の曲を入れようと二人がリモコンを取り合う中、曲は始まった。

 

「いくぜ、ヴァルハラー! ついてこいよーーッ!!」

 歩美が歌い始める。

 

「わーー、まってましたーー」

「相変わらず無駄にうまいわね……」

「ま、松風、流石に次は私も歌わなきゃダメでしょうか」

「腹を決めろー、まゆっちー。大人の階段登ろうぜ……」

「黛さんなにひとりでブツブツいってんだ?」

 ボックス内は再び賑やかしさを取り戻していった。

 

 そんな店を後ろ髪引かれる思いで出てきた千花は、

「あ~あ、もっと歌いたかったなぁ。ほんと災難だわ」

と、一人愚痴をこぼしていた。

 

 だが、千花はまだ知らない、カラオケから出てきたところを偶然見られてこんな会話がなされてたことを、

「へへっ、おい、今の女結構良くなかったか」

「ああ、いいんじゃねぇの、もうそれなりだったら何でもいいよ」

「こんな所で、女の子が一人歩きとは物騒だよなぁ、保護してやんなきゃ」

5、6人の見るからに質の悪そうな男たちが千花の後を追っていったことを、

 

千花は思い違いをしていた、本当の災難はこれからおこるのだ……

 

 

 

――――― 川神市繁華街 某所Bar ―――――

 

 

 四四八達3人は駅から少し歩いたビルの地下にあるBarにきている。

 程よく明度を調整した照明に、落ち着いた音楽、統一感のあるインテリア、中央に鎮座する大きなアクアリウムが何とも言えない非日常感を醸し出している。

 

 3人はアクアリウム付近の丸いテーブルへと通された。

「いかがですか? 時々つかうお店なのですが、結構気にいってるんです」

「時々って……こんな店、一体何に使ってんだよ」

 大和のつぶやきに四四八は全く同感だというふうに苦笑した。

 

「もちろん、いろんな方を口説き落とす時ですよ」

 そんなつぶやきに、さも当然のように冬馬は答えた。

「だとするなら、今日は連れてくる相手を間違えてるんじゃないのか」

「いえいえ、間違えてなどいませんよ。私は結構本気なんですけど」

「そういう冗談って、それを聞く第三者がいてこそ面白いと思うんだけどな」

「おやおや、つれないですね二人共」

 

 そんな話をしていると、ウェイターが音もなくやって来た。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

「ああ、そうでうすね。少々お腹にたまるものが欲しいので何点か見繕ってきていただけますか? あと、乾杯はせっかくなんで川神水にしましょうか」

「俺はいいよ、それで」

「川神水? なんだそれは?」

「ああ、四四八くんは初めてですか、えーと、まぁ、説明するより試してみたほうが早いですよ。心配しないで下さい、変なものじゃありません。弁慶さんなんていつも飲んでますしね」

 かしこまりました、と一礼してウェイターは来た時と同じく音もなく去っていった。

 

 程なくして、皿に盛られたオードブルと3人分の川神水がグラスで運ばれてきた。

 

「では、四四八くん、ようこそ川神へ。乾杯」

「「乾杯」」

 3人でチンッとグラスを鳴らし、中の液体を口に運ぶ。

 

「ん? なんだこれは?? 酒か??」

「いえ、お酒じゃないです、川神水です」

「いや、だって、これ。酒じゃないのか?直江」

「これは川神水、酒じゃないよ」

「そ、そうなのか……」

 なんとも釈然としないものを感じながらグラスの乾していく、まぁ、正体は別にしてなかなか美味しいものであることは確かだ。

 

 そこからは、運ばれてきた料理や飲み物を前に歓談が続く。四四八と冬馬はもともと知り合いだし、気遣いのできる大和もこういう席は苦手じゃない。3人の会話は盛り上がりすぎず、かと言って止まらず静かに流れていく。

 

 それなりに時間が過ぎ、直近の会話もあらかた終わったタイミングで。

「それにしても、これはちょっと意外だったな」

 大和が手にあるロンググラスのカクテルを口に運びながら言った。

「何がです?」

 葵が大和の問を耳にしてワイングラスを傾けながら聞いた。

「いや、さっき葵が酒頼んだとき。俺、てっきり柊は止めるかと思ってたからさ」

 それを聞いた四四八は手にあるショートグラスを弄びながら答える。

「これはプライベートだ、俺だってそこまで野暮じゃない」

「それが意外だって言ってんの、学園だと優等生の見本みたいになってるからさ」

「公私を分けてるだけさ、徹頭徹尾それじゃつまらんだろう」

「意外と話せる人ですよ、柊くんは」

「二人して意外と意外とって失礼だな――」

「ははは、すみません」

 

 大和が言ったように、現在は食事も大方終わり酒に移行している。葵が常連だからか、はたまた3人が大人びて見えるのか店の方も特に何も言ってこない。因みに現在は四四八がショートカクテル、冬馬が赤ワイン、大和がロングカクテルといった具合だ。

 

「むしろ僕は四四八くんがこの雰囲気に慣れてる感じが意外でしたね、さっきも言いましたが、やはりそれなりに遊んでたりしますか?」

「あ、俺もそれは思った。全然違和感ないよね」

「そうか? まぁ、そう見えるならバイトでバーテンやってるからだろうな」

「バーテンダーですか? これまた、度々になりますがなんとも意外なバイトですね」

「なんか塾の講師とか家庭教師とかその辺だとしっくりくるけどな」

「単純にバイト代が良かったんだよ。うちは母子家庭だったからな、まっ、そういうことだ」

 

 母子家庭‘だった’過去形だ。

 冬馬も大和もその部分には気付いたが、話題には上げなかった。

「悪いな――」

「いえ、こちらの方こそ――」

 最後まで言わない、この場合言わないのがお互いに礼儀だろう。

 

「でも、こうやって話してみるとやっぱり優等生というか、完璧超人! ってかんじがするよなぁ」

 大和が絶妙のタイミングで話題を変える、流石に大和はこの辺の機微にはとても聡い。

「そう感じてくれるのは正直ありがたい。俺の信念みたいなものでもあるから、その結果がそういう評価だというのなら単純に嬉しい」

「ほう、四四八君を支えている信念ですか、それは是非とも聞きたいものです、ね、大和君」

「ああ、完璧超人柊四四八の根本、是非とも知りたいな」

「なんだよ、二人して……そんな面白いもんじゃないぞ」

「面白い面白くないは、こちらが判断しますよ」

「そうそう、酒の席っつうことで、さ」

「まったく……」

 そう言って、観念したように四四八はグラスの残りを一気にあおるとその勢いのまま口を開いた。

 

「俺は強くありたい……俺の大事な人たちのために、そいつらが誇れる俺であるために……そういうふうに、考えている」

 

「……」

「……」

 

 四四八の言葉を聞いたとき、葵冬馬は理解した。自分がなぜこれほどまでに柊四四八が気になるのか。

 

 自分は憧れているのだ、この柊四四八という男に。

 自分は眩しすぎる親友・九鬼英雄へ抱いている感情と同じものを、目も眩むほどに輝かしいこの柊四四八にも感じていたのだ。

 

 自分は半年前まで悪事……いや、犯罪に手を染めていた。

 周りの環境が……親に強要されて……言い訳はそれこそ星の数ほどある、だが同時にそれを辞める理由も同じ数だけあったはずだ。だが、そこから自らの力で足を洗えなかったのは自らの弱さだったと、今では理解している。

 今、この場でこうしていられるのは九鬼の『クローン計画』の前段階である川神浄化作戦のおかげであって、自らの力で別の道を歩き始めたわけではない。

 そんな中、常に自分の傍にいてくれた準と小雪。

 二人には本当に悪いことをしたと思ってるし、どうやって償えばいいのかと思っている、が、同時に二人がそんなことを望んでいないことも十分わかっていた。

 

 だからこそ、悩んでいた、苦しんでいた。自分はどのようにすれば、二人に……いや、図らずも自分を救ってくれた英雄も含め、自分の仲間に報いることができるのだろうか……と。

 

 そして今の四四八の言葉を聞いて確信した。自分の求める答えはこれなのだろう。

 自らが変わり、準が小雪が英雄がそしてなにより自分自身が、これこそが葵冬馬だと誇れるようになる。それが、どんな道にも共に沈んでくれた仲間たちへ報いる方法なのではないか……

 

 四四八の言葉を聞いたとき、直江大和は思い出していた。川神百代と交わした約束を。

 百代の横に並ぶために総理大臣になると言い放ったあの頃。

 確かに子供の戯言だ、だが、年を経るにつれ勝手に自らに限界を作り、諦めてはいないだろうか……

 風間ファミリーという居心地のいい揺り籠の中でゆっくりと腐っていってはいないだろうか……

 今の自分は、風間ファミリーの仲間にとって誇れる直江大和なのだろうか……

 

 現状を否――と、言えるほど今の自分は強くない、

しかし、

現状を是――とするには、今の自分は柊四四八を知ってしまった。

 

 ならばどうするか。

 直江大和は踏み出そうと決意した。何に向かってかはわからない、見えていない。だからと言って今、その一歩を踏み出すことを躊躇したら、もう動けない、そんな核心があったから決意した。踏み出そうと。

 これまで漫然とした不安の中で停滞していた自分にこの言葉は楔を打ち込んでくれた。

 ならばこの機を逃すなと大和の中のなにかが言っている。

 自分はこんなに単純だったかと思いながらも、大和は何か大事なものを見つけた、そんな気分に浸っていた……

 

 二人の沈黙に耐え兼ねて四四八が口を開く。

「おいおい、言わせておいて黙るなよ。恥ずかしいだろう」

 

 その言葉に二人は我に返る。

「いや、スミマセン。とても素晴らしい言葉だったもので。少々感銘を受けてました、ねぇ、大和くん」

「ああ、なんていうか、ズシンと来たな。正直、結構耳が痛い――」

「おや、大和くんもですか、実は私もです。本当に耳が痛い……」

「うん、でも耳が痛いから塞ぐってこともしちゃいけないと思うから。自分で耳を塞がないようにちょっと宣言する」

 

 そう言って大和は四四八がしたようにグラスにのこった液体をグイッと乾して冬馬に向かって宣言した。

 

「俺、次のテストでS組を狙う。んでもってその次は葵の席を狙う」

 

 それを聞いた冬馬はビックリしたような表情を見せたあと、とても嬉しそうに笑って言った。

「ライバル宣言、と取らせていただいていいですか?では自分も――」

 

 そう言って冬馬は前の二人と同じようにグラスを乾して宣言する。

「私は学園卒業まで今の順位を一度たりとも逃しません、絶対にです」

 

「……ははっ」

「……ふふっ」

 柄にもない宣言の往復、どちらともなく思わず笑みが漏れた。

 

「おいおい、何二人で盛り上がってるんだよ」

 そんな二人を見てた四四八が呆れたように言ってきた。

 

 そんな四四八に、誰のせいだと大和と冬馬が非難の目を向けながら口々に言う。

「さっきの葵じゃないけどさ、柊って絶対知らないとこで女の子泣かせてるよな」

「ああ、大和くんもやっとわかってくれましたか。人の心を揺さぶるというのは本当に憎らしいですよね」

「わかる、わかるなぁー、しかも自分じゃ全然自覚してないんだろうしなぁ」

「そう、そうなんですよ。本当に罪深いですよね」

「おいおい、なんだよ酷い言われようだな」

「まぁまぁ、これくらいは言わせてくれよ。柊は今日、俺達にそれくらいの事をしたんだから」

「そういうことです、まぁ、甘んじて受けてください」

「なんなんだ……意味がわからん」

 

 丁度その時、ウェイターが追加のドリンクを持ってきた。

 

「そうだ、もう1回乾杯しませんか?」

 新たなグラスが手元に配られると冬馬が提案してきた。

 

「え? なんでだ?」

「いいじゃん、俺は賛成」

「直江が言うならいいが……何に乾杯する」

「そうですね、少々クサいですが『私達の未来に』というのは如何でしょう」

「ははは、いいじゃん葵、それ最高」

「ありがとうございます、じゃあ、発声は四四八くんお願いします」

「いや、なんで俺なんだ?普通言いだしっぺがやるもんだろ」

「そうなんですが、私は四四八くんに言っていただきたいんですよ」

「俺からも頼むよ、柊」

 

「はぁ、なんだかわからんがしょうがない、準備はいいか?」

「ええ」

「OK」

「よし、じゃあ」

 

「俺たちの未来に」

「「「乾杯」」」

 

 チンッと3つのグラスが鳴る。

 冬馬も大和もこの夜のことを忘れないだろう。

 

 Barの時間はゆっくりと流れていく……

 

 同じように、夜もゆっくりとふけていく……

 

 

 




千信館の女子たちとガールズトークできる川神の女性陣は
燕、清楚先輩、弁慶?、あと普通の娘枠で伊予ちゃん位かなぁ
逆に四四八達の方に「女性というのは面倒くさい」みたいな話題が出てきたら、
すげー盛り上がるんじゃないかなぁ

四四八の言葉は自分が四四八のセリフで一番気に入ってるものを使わせていただきました

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第九話  ~夜戦~

苦手な戦闘描写第二弾です

やっぱ、こう……書きなれてない感が半端なかです


「お疲れ、ブラックだけどいいか?」

 手に持った缶コーヒーを投げながら忠勝は鳴滝に声をかけた。

「あぁ問題ねぇ、悪りぃな」

 鳴滝は受け取ったブラックの缶コーヒーを空け喉をうるおす、疲れた体にコーヒーの苦さがしみる。

 

 川神の繁華街の奥、通称「親不孝通り」と呼ばれている一画で鳴滝淳士と源忠勝は話している。九鬼のクローン計画の為に「川神浄化計画」が行われたとはいえ、そこは川神。

 まだまだ街の胡散臭い部分は残っているし、こういうものはそもそも、なくそうとしても無くなりはしないものかもしれない。

 

「どうだよ、川神は。ろくでもねぇ街だろ」

「あぁ、まあな。でもこういうとこはどこも同じ様なもんだ、鎌倉だって夏になりゃ海はヤンキーであふれてるぜ」

「なるほどな……」

 

 そう言って会話は途切れた、特に話を良くする二人ではない。必然、こういう沈黙の時間が多くなる。今夜二人で巨人の代行業の手伝いをした際もこのように沈黙が流れる時間がそれなりにあった。

 だが、鳴滝自身こういう沈黙は嫌いじゃない。むしろ得意げになってペラ回してる奴は基本的に軽い奴が多い気がして好きになれない。

 

「それにしても、源。おめぇいつもこんな事してんのか?」

「あ、まぁな。親父一人じゃ流石にまわらねぇしな」

「それにしたって、学生がやるような仕事じゃねぇだろうに……」

「そればっかりは仕方ねぇ、としか言えねぇな。別に嫌々やってるわけじゃねぇし、それに今更大学って柄でもねぇからな」

「それを言えば俺だってそうだ、大学って柄じゃねぇ……そういうのは柊の領分だ」

「そういや、鳴滝、おまえ鎌倉じゃなんかバイトしてんのか?」

「ああ、柊と同じトコでな。バーテンだ」

「は?バーテン」

「なんだよ、文句あんのか?」

「いや、そのナリで接客とかできんのかよ」

「はっ、なめんな、余裕だそれくらい」

「……プッ」

「あっ!てめぇ、今、笑ったな!」

「悪ぃ、でもお前と柊が並んでバーテンやってるとか想像したらな……」

「ったく、言ってろ……」

 

 そう言うと鳴滝は飲み終わって空になった空き缶を近場のゴミ箱に放り投げた。

「今日の仕事はこれで終わりか?」

「ああ、親父から電話もねぇからこれで上がりだ。これからどうする、梅屋にでも行くか?」

「んあ?確かに腹減ったな、行くか」

「今日出たバイト代使い切るなよ?」

「あっ?さっきから思ってたけど、おめぇ、俺のこと結構バカにしてんだろ?」

「悪ぃ、なんかお前が相手だと、ついな」

「なんだそりゃ……」

 忠勝がこの手の冗談をいうのは珍しい、もしかしたら忠勝自身、自分が思っている以上にこの鳴滝という男を気に入っているのかもしれない。

 

 二人が梅屋に向かって歩きだそうとしたとき――

 

「ちょっと、やめてよ!!はなしてよ!!大声出すわよ!!」

 そんな女の声が聞こえる、

なんとはなしにそちらの方を見ると……

 

「おい、源、あいつウチのクラスの奴じゃねぇか?」

「ああ、小笠原だな。こんなとこで何やってんだアイツ……」

「アイツたしか鈴子達とカラオケ行くとか言ってたな、んじゃ帰りに……ってとこか」

「ったく、しょうがねぇな……」

 そう言って忠勝は声のする方へ行こうとする。

 

「おい、行くのか?」

「なんだよ?いかねぇのか?」

「――まさか」

「じゃあ、聞くなよ……」

 二人は小笠原の方へとかけて行く。

 

「おいっ!いい加減暴れんなって!」

「そうだって、観念しちゃいな、別に殺しゃしねぇんだからさ」

「そうそう、お互い気持ちいいことしようってだけじゃんー。むしろウィンウィンじゃん?」

「もう、部屋まで連れてかなくてもいんじゃね?」

「えー、でも外って汚れるからオレ嫌いなんだけどー」

「じゃあ、おめぇは見てろ」

 

 いよいよヤバそうな気配を感じ、千花は抵抗を激しくした。

 

「ちょっと!ほんと!!やめてよ!!!誰かーーーッ!!!」

「おい!うっるせぇぞ!!」

 気の短い一人が、千花の頬をはたこうと手を振りかぶった、

 

――その時、

 

「おい」

その手を止めた忠勝が男達に声をかける。

「――ッ! 源!鳴滝くん!!」

 千花が声を上げる。

 

「あ?何?彼氏??」

「そういうんじゃねぇけど、まぁ、知り合いだ。だから、この辺にしといてくんねぇかな?」

「はっ?意味分かんねぇ、流石にオレ等もここまで来て、はいそうですかって訳にはいかねぇんだよ!」

 

 そう言って、一人が忠勝に殴りかかっていく。

 それを――

「おらぁ!」

横から鳴滝が一撃で男の意識を刈り取る。

 鳴滝の一撃を喰らった男は糸の切れた操り人形のように道路に崩れ落ちる。

「二人でいんのに、一人を完全無視とか馬鹿じゃねぇのか」

 

「てめぇら……」

 一人やられて事態をようやく把握したのか、残りの5人は忠勝と鳴滝から離れ、対峙するような位置に下がる、

「行くぞォ!」

一人の男の声を合図に残りの4人も一斉に動き出した。

 

 忠勝に向かってきたのは2人。

 忠勝は殴りかかってきた男の拳が自分に届くより前に、ジャブを相手の顔面に拳を叩き込んだ

メチッという感触とともに相手がグラつく。

 そこを掴んでもう一人の方へと投げつける、投げつけられた男はバランスを崩して転んだ、そこへ――

「うりゃっ!!」

 その男の顔をサッカーボールを蹴る要領で蹴り上げる、歯が折れたのか白いものが道路の脇にすっ飛んでいった。

 

 が、次の瞬間、

「この野郎っ!!」

そんな声と共に忠勝は両足をガッシリと掴まれた、初めに殴った男が忠勝を転ばせようと両足を掴んできたのだ。複数人相手の時、転ばされるというのはそれだけで致命的だ、忠勝は転ばぬように下半身に力を入れる、その時――

 

「だから、二人いんのにもう一人完全に無視してんじゃねぇって、ホント馬鹿だろお前等」

 

 そんな声とともに、丸太のような足が忠勝の足を掴んでいた男に頭に踏み下ろされた。

 グシャ!っという音と共にアスファルトに男の顔が激突する。

 忠勝が周りを見ると、鳴滝に向かっていったであろう男3人が向こうの方で道路に倒れ伏してる、ピクリとも動かない。

 

 ふぅと息を吐き、鳴滝に礼を言う。

「ありがとな、助けてもらって」

「ああ、思ったより歯ごたえがなかったからな、3人で来といてなさけねぇ」

 

 なんて男だ……そんな鳴滝の言葉に苦笑しながら、今度は千花に声をかける。

「おい、大丈夫か?とりあえず家まで送ってやる、商店街の方だよな?」

 そういいながら、千花の近くに来たとき、暗闇から声が聞こえた。

 

「おいおい、小便してる間にどうするか決めてると思ったら、どうなってんだこりゃ――」

 

 暗闇から男が現れた。

 長髪の左腕に入れ墨をしたガタイのいい男だ、暴力の気配を隠そうともしていない。

 男――板垣竜兵は忠勝と鳴滝に向かって言った。

 

「パスポートがないのがバレて強制送還くらって帰ってみたら、てめぇ等見たいのと会うとわな、つくづく川神はおもしれぇ。別に女はどうでもいい、向こうに行くのに金が入用だったってだけだ。だが、いまはそれもどうでもいい」

 そう言って竜兵がニヤリと笑う、凄みを帯びた笑みだ。

 

「このまま帰れるとか思ってねぇよな……」

 竜兵は腰を落とし戦闘態勢に入る。

 

「……おい、そこの女連れて端に寄ってろ。寝てるやつらが起きるかもしれねぇ、見といてくれ」

 鳴滝が忠勝に声をかける。

「――やんのか」

「――ああ」

「……わかった」

 

 短いやりとりのあと忠勝は千花の手を引いて竜兵から十分な距離を取る。

 それを確認してから、鳴滝は竜兵に声をかけた。

 

「こいよ、相手になってやる」

 そういって、鳴滝は左足を、軽く前へ踏み出し、

左手を、ふわりと前へ出した、

右腕をたたんで、右の拳を脇の下に引いて、

そして、最後に腰を落とした。

 

「おいおい、なんだそりゃ――」

 それを見た竜兵が声をかけるが、もう鳴滝はしゃべらない、ただ竜兵を睨みつけている。

 

 竜兵の職業は傭兵だ――傭兵だったと言うべきかもしれない。川神浄化計画を嫌って海外へ飛び出し、戦地への移動の際パスポートがないのがバレて強制送還するまでの半年近く常に戦場に身を置いていた。

 だから、ヤバイやつの気配にはこの半年でとても敏感になった、そして今、目の前の男にそのセンサーがうるさいほど鳴り響いている、コイツは危険だ、と

 

 なのに、コイツの構えはなんなんだ、

構えが言っている。叫んでいる。

 俺はお前に、この右拳を打ち込むぞ、と――

自分で自分の出す技を予告するような構えだ。

 

 左手で竜兵の攻撃を払うかもしれない。

 左手で竜兵の攻撃を受けるかもしれない。

 左手で竜兵の攻撃を流すかもしれない。

 

 しかし、当てるのはこの右拳、そう構えが語っている。

 

 こんなもの普通はありえない、

出す攻撃がわかっていれば躱されてしまうからだ、受けられてしまうからだ、流されてしまうからだ。

 

 そんなことを考えていると……

 

 じりっ、っと一歩、鳴滝が前に出た。

 それに合わせて同じく一歩、竜兵が後ろに下がる――その時、竜兵の顔がさっと赤くなる。

 

 なぜ自分は今下がったのか、まだ距離は十分ある、間合いの取り合いをしてる段階ではない。確かにコイツはヤバイと警告音はなっている、しかし、ビビッてはいない。ビビッてはいないはずだ……なのになぜ下がったのか、なぜ、コイツの圧力に押されたのか。

 

 答えは出ている、自分はビビッているのだ。目の前の鳴滝と呼ばれた男に……

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 だから、それを否定するように竜兵は叫びながら鳴滝めがけて突進していった。

 考えるのはヤメだ、奴が右拳を当てたいならば当てればいい、俺はそれを耐えるなり、避けるなり、流すなりしてやつに組み付く。組み付いて倒す。

倒したあと、殴る。

 部隊でも、戦場でもこの方法で勝ってきた、だから、もう考えるのはヤメだ。

 

ヒュッ――

 

 竜兵が突進を始めたのと同時に鳴滝の側頭部めがけて何かが飛んできた。

 石だ――赤ん坊の拳ほどもあろうかという石が、鳴滝の死角から鳴滝のこめかみ付近に投げつけられていた。

 

「鳴滝!!」

 それに気づいた忠勝が鳴滝に警告のための声をかける。

 

 が、鳴滝は動かない――

いや、動いた――動いたか動かないかわからないくらい微妙に首を回し額で石を受け止める。目は竜兵からそらさない。額から血が流れてきてた。

 

 竜兵は既に鳴滝の目前まで迫ってきてる。

 鳴滝の左手が竜兵の視界を防ぐようにふっと前に出す、それを嫌って竜兵がその手を左手で払う。隙間が出来た――

 

「おらぁっ!!」

 

 鳴滝がその隙間に右拳をねじ込み、打ち抜く。入った。

 だが、竜兵は倒れずに鳴滝に組み付いた、しかし、鳴滝は倒れない、

 

 竜兵は動かない。

 

 鳴滝も動かない。

 

 ちょうど鳴滝の右脇腹のあたりに竜兵の頭がある。その頭が、鳴滝の右脇腹を滑って落ちていく。ごとりと、竜兵の身体が道路に沈んだ。

 そのまま動かなくなった。

 

――パチパチパチパチ

 

 石の飛んできた方から場違いな拍手とともに男が現れた。

 無精ひげを蓄えた男だ、竜兵と同じく暴力の気配を隠そうともしてない。

 その男――釈迦堂刑部は鳴滝に話しかける。

 

「兄ちゃんスゲェな……んでもって、怖えぇなぁ……」

 鳴滝は黙っている、額から流れる血をぬぐいもせずに今度は釈迦堂を睨みつける。

 

「そこに寝てんのは俺の弟子でな、あ、元になるか。ま、どっちでもいいや。その弟子がさ無茶な喧嘩してるみてぇだから、まぁ、師匠としちゃぁ、ちょっと援護させてもらったってわけよ。意味なかったみたいだけどな」

 石のことを言っているのだ、悪いとはまるで思っていないようだ。

 

「んで、ついでで申し訳ないんだけどさ。足元のそいつこっちに寄越しちゃくんねぇかな?弟子をそのままって訳にもいかないもんでな」

「連れて行きたきゃ、テメェが来い」

「だよなぁ、でもさ、兄ちゃんいいのかい?俺がこのまま近づいたら……始まっちまうぜ……」

 

 釈迦堂がそろりと言う、なにが?とは鳴滝は問わない。わかっているからだ。

 

「でも、こちらもあんまり派手に動きたくないんだよねぇ――でもってそこで提案なんだが……俺は5秒ごとにそちらに近づく5秒ごとに1歩づつだ、俺の提案飲んでくれるなら5秒ごとに1歩づつ下がってくれ、いいかい、んじゃ」

 

 

 

 

 

 

 釈迦堂が数を数え始める、そして丁度5の時、一歩前に出る。

 同時に鳴滝も一歩後ろに下がる。

 

 

 

 

 

5 

 

 再び釈迦堂が数を数え、一歩踏み出す。

 鳴滝が一歩下がる、ピリピリとした緊張感があたりを包む、

外から見ている忠勝でさえ息が詰まりそうだった。

 

 同じ動作を何回か繰り返して、数歩の距離をたっぷり30秒近く使って釈迦堂は竜兵のものへたどり着いた。

 

「おおぉい、生きてるか?……だめだ、完全にノビてやがる……」

 竜兵の様子を探って再び鳴滝に視線を戻す。

「さっきも言ったが、兄ちゃんすげぇな……こいつもともと頑丈だったが、戦地にいって更に堅くなってたんだがなぁ、その竜兵が一撃ねぇ……」

 感心したように呟くそして。

「んで、これもさっきも言ったが、兄ちゃん怖いねぇ……いつでも俺に飛びかかれるように準備万端じゃねぇか……」

 

 そう言いながら、釈迦堂は竜兵を肩に担ぐ。

「でも、今はあんまり目立ちたくはねぇんだ、だから今日のところはこれで帰らせてもらうぜ」

 そういってクルリと後ろを向き歩き出す――

 

 と、その瞬間――竜兵の身体が鳴滝めがけて飛んできた。

 

 釈迦堂が担いだ竜兵を鳴滝めがけて投げつけてきたのだ。

 選択肢としては避けるしかない、右か、左か……鳴滝の選択は、下。

 頭を下げて竜兵の体をくぐる。

 

 そしてその先には、竜兵の身体に隠れるように釈迦堂が空中を疾っていた。

 

「でぇえりゃ!」

 釈迦堂は低い姿勢の鳴滝めがけて踵を打ち下ろてきた。

 その踵を鳴滝は右の拳で迎え撃つ、靴を履いている踵、それは一つの凶器といってもいい、それを裸の拳で迎え撃った。

 

 踵と拳がぶつかり合う、ゴンッ!と硬いものがぶつかり合う音がする。

 時間が止まったかのような一瞬のあと、

釈迦堂は鳴滝の力を反動に使い前に飛び、地面にぶつかるスレスレで竜兵の身体を捕まえると、一気に担ぎ直して、今度は全速力で鳴滝とは逆の方へ駆けていった。

 

「……大ボラ吹きが」

 たっぷり20秒、釈迦堂が駆けていった方向を睨みつけたあと、鳴滝はつぶやいた。

 

「おい、鳴滝大丈夫か!」

「大丈夫!鳴滝くん!!」

 我に返った忠勝と千花が近づいてくる。

 

「ああ、大したことねぇ」

「でも、血がいっぱい出てる……」

 鳴滝の拳と額からは血が流れている。

 

「あ、気にすんな、なめときゃ治る」

「でも、私のせいで……ごめんなさい……」

「そう思ってんなら、もうちょい気をつけるんだな。鈴子あたりに送ってもらえりゃよかったんだ」

「……うん」

 まあ、千花が悪いわけではないのだろう、攻めても仕方ない。だから、慣れないことだと分かってはいたが、強引に話題を変えた。

 

「なぁ、源、さっきのでさらに腹が減ったわ。こいつ送ったついでに梅屋行こうぜ」

「あっ?その前に怪我の治療だろ、送ったあとに事務所いくぞ、事務所」

「はぁ、こんなもん舐めときゃ治るって言ったろ、それより腹減ってんだよ」

「ああ、わかったよ、とにかく行くぞ、ほらお前も」

 

 そういって3人は商店街に向かって歩きだした。

 

「あの…源も鳴滝くんもありがとう、助けてくれて……」

 家への道すがら、千花は何度も二人に礼をいったが返ってくる言葉は二人共一緒だった。

 

「「……気にすんな」」

 

 前にも感じてたが、この二人やっぱり似てるな……千花はそんなことを思っていた……

 

 




√が違うため未だ破段に目覚めない鳴滝を
鳴滝の戦闘CGの構えから妄想して書いてみました
某マッキーみたいになってしまったのは、自分のボキャブラリーの少なさですorz

あと、地の文の人名は基本名前なのですが
鳴滝と釈迦堂だけはどうしてもしっくりこなかったので苗字表記です

お付き合い頂きまして、ありがとうございます


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第十話  ~邂逅~

前々回で、やっべ!京だしてねぇ!!ってなったのは内緒

あと、なんでモブをこんなに喋らせな、いかんかったんや……


 夜の街を黒髪の女が歩いている。

 しっかりと見ると相当な美人なのだが、不機嫌そうな雰囲気を隠そうともしていない。

 

 そう、川神百代は不機嫌だった。

 

 休みの前だというのに、自分を除くファミリー全員予定があるとかで誰も自分にかまってはくれない。心底つまらない。

 

 キャップは千信館がきた初日鎌倉に行ったあと、江ノ島でシラス丼を食べたら、静岡のと食べ比べをしたくなった――という理由で静岡に行ったらしい、自転車で。だから未だ帰ってきてない。

 モロはゲーセンでの大会。

 ガクトはなんとかの宴。

 大和は食事に行くと言っていた。

 

 なにより妹たちがカラオケに行っているのが何とも悔しい。もちろん誘ってはくれたが、先のテストの結果と最近の素行の為に鉄心から呼び出されていたので泣く泣く断った、お説教から解放されたのが今さっき。もうこの時間だ流石にお開きの頃だろう。

 

 説教を食らったあと家に篭るという選択肢もないので街に出たのはいいもののまるで宛がない、基地に行ってもいいがどの道一人しかいないなら行ってもしょうがない。

そしてお腹もすいてきた、金さえあれば何処かに入って時間を潰せるがまずもって先立つものがない。

 

「あー、もー、つまらん!!こういう時、弟は姉を慰めるもんだぞーー、大和の薄情モノーー」

 繁華街の真ん中で百代は声を上げた。

 

 別に大和は百代をのけ者にしたわけじゃないし、大体にして今晩の面子に百代は関係がない。だから自分が言っていることが理不尽なのは理解をしているのだが、この欲求不満は何かにぶつけないと解消できそうにない。

 

 もう、関係なくてもいいから大和に電話をして会食の席に潜り込んでやろうかと、半ば本気で思い始めた時――声をかけられた。

 

「ねぇ、彼女、そんなに暇なら俺らと遊ばない?」

「そうそう、いい場所知ってんだよねー」

「なになに!よくみたら、すっげぇ美人じゃん」

 そう言って見るからに軽薄そうな男たちが声をかけてきた、人数は3人。週末ナンパ目的で街に繰り出した大学生……と、いったところか。

 

「うっとおしいな、さっさと消……」

 まで言おうとして、思い直す。

「ああ、別にいいぞ。だがお腹がすいててな、なんか食べさせてくれ」

 

「え?マジ?マジ?んじゃ俺いい店知ってんだよね」

「あのBar?高くね?」

「ばっか、そんなに飲みゃしねぇよ」

「OKOK、取り敢えず行こうぜ」

 

 そう言って、店を知っているらしい男が先導して歩いていく。

 これで飯にはありつける……

 百代の顔には笑みが張り付いていた。

 

 

――――川神某所 カラオケBOX前――――

 

 

「いやー、歌った歌ったぁ」

「はー、楽しかったー」

「自分も満足だ!」

「クリス最後歌いすぎー、マイク離しなさいよね」

「まぁまぁ、一子。楽しかったからいいじゃない」

「そうそう、鈴子もいってるけど、楽しかったからOKだよ」

「松風、私、人前で歌えましたよ……」

「よかったぞー、まゆっち、オラ「ぞうさん」きいて泣けたのはじめてだー」

 

 カラオケ組の面々は満足しきった様子で出てきた。

「おーし、んじゃこれからどうすっかなー、腹減ったしどっか食べいくか」

「おー、あっちゃんいいねー。その胸にさらに肉を付けるきかい?」

「あー?あゆ、おめぇはもうちょい肉つけたほうがいいんじゃねぇか?って、もう、つかねぇのかぁー」

「あーーー、あっちゃんいったな、言ってはならぬことなのに……この――そばもん!カール・クラフト!!」

「てめぇ、そばもんと水銀並べてんじゃねぇよ!全然ちげぇじゃねぇか!!」

 

「まったく、何二人でバカなこと言ってんのよ」

「そうだよ、ね、それよりクリス達はどうする?何か食べいく?」

 

「あー、アタシは帰るわ、お爺さまが心配してるかもしれないし」

「自分もかえるぞ、1時間ぐらい前から『早く帰ってきてください』ってマルさんからメールが来てるからな、10通位」

「じゃあ、私もクリスさんと一緒に帰ります」

 

 川神の面々とはここで解散ということになった。

「まったねー」

「またな!」

「おやすみなさい」

 

「じゃあまた、学園でね」

「じゃあなー」

「バイバーイ」

「お疲れ様」

 

「さーて、んじゃマジな話、どこ行こっか」

「向こうのライブハウスの隣にパスタ屋さんがあったからそこにしようか?」

「わたし、カルボナーラ食べた―い」

「あんた、よくあんなコテコテのもの食べられるわね……」

「りんちゃんはもうちょっと食べないとー、美味しそうな身体にならないよ?」

「あんたに言われたくないわよ!てか、晶の時と言いあんた自虐ネタにでも凝ってるの」

「でも、私も鈴子はもうちょっと食べた方がいいと思うなぁ」

「おめぇは食べすぎなんだよ、水希」

 

 千信館の面々はキャイキャイと騒ぎながら、ライブハウスに隣接したパスタ屋目指して歩いて行った……

 そのライブハウスが今、魍魎の巣窟になっているとも知らずに……

 

 

―――――川神某所 地下Bar前―――――

 

 

 四四八達3人が店に入って行ったあと、京は入口で3時間近くウロウロとうろついていた。

 

 まさか、Barに入るのは想定外だった。他の店ならともかく制服のままの京は流石にBarには入れない、地下ということもあり入口以外に様子を伺うことができないのも口惜しい。制服を着替えてこなかった事があまりに手痛い……

 

「くうぅぅ……3人が入ってから3時間……音沙汰がない……中ではどんなハッテン場が繰り広げられているのか……あぁ、大和ぉ……なんという寝とられ感!!」

 

 この調子でBarの前で3時間近く悶えている。はたから見て非常に怪しい、むしろ今まで通報されてないことが奇跡だと言ってもいい。

 

 そんな風にいつ大和達が出てきてもいいように店の周りをウロついてる時、

「あれ……?モモ先輩?」

見慣れた顔が男の集団とともにBarに入って行っていくのを見た。

 女の子を侍らせている事は多いが、男の集団といるというのは珍しい、しかもなんともいえない笑顔を張りつかせていたようにもみえる。

 

 あんまり、いい感じじゃない……

 様子を見に行きたいが、最初のジレンマに立ち戻る。学生服じゃ流石にBarには入れない……京は新たに悶々とするものを抱えながら、再びBarの入口を睨みつけるのである。

 

「俺、ここよく来んだけど、女の子連れてくんの珍しいんだぜ」

「嘘つけよ、この前だって女と来てたくせに」

「ばっか、ちげぇよ、アレは妹、妹の誕生日にここに来たんですー」

「あっれ?おまえ妹なんかいたっけ」

「ちょ、おまっ、余計なこと言ってんじゃねぇよ」

 

 なにか勝手に盛り上がりながら、男3人は百代を囲みながら地下へと降りていく。

「あ、4人だけど席ある?」

 

 ウェイターに話して席に案内してもらう、

取り敢えずヤケ食いしてコイツ等に奢ってもらおう。そして、終わったら大和に遊んでもらおう。

などと百代が考えていると。

 

「あれ?あんた達、何してんのよ?」

「げっ、お前らこそなんでいんだよ」

 

 前に座ったテーブルの3人の女が男達に声をかける、知り合いらしい。

 

「何その娘。ちょっと、まさかあんた等、彼女持ちなのにナンパとかしてんの?」

「うっせぇな、いいだろ、関係ねぇじゃん」

「はぁ?なに自分の彼女に向かって関係ないとか言ってるわけぇ?」

 

 ギャンギャンと痴話喧嘩が始まった。

 

 要約するとこの男3人組の彼女(?)たちがそこの3人組らしい。かなりの偶然だが本人たちにとっては災難だろう。まあ、まずもって自分の彼女が知っている店に、ほかの女を連れてくるという事自体が論外なわけだが……

 

 席で頬杖をついて見ていたが、この痴話喧嘩終わる気配がない。

 流石に興が削がれて帰ろうとしたとき、男の一人が性懲りもなく引き止めに来た。

 

「ちょちょちょ、まってよ、場所変えよ、場所、ね?」

「は、この期に及んであんた何言ってんの、サイッテー!」

「だーー、うっるせぇな、黙ってろよ!!」

 そう言って袖を掴んできた女の顔を、男が思いっきり叩いた。

それをきっかけに、ほかの二人も目の前の女を跳ね除け、叩いて引き剥がす。

 

「ったく、メンドくせぇなぁ、ちょっと声かけただけで彼女気取りとかねぇから」

「だからこの店やだったんだよ!」

「あー、服のびちまったじゃんー」

 女には目もくれず、好き勝手なことを言う男たち。そんな男たちの肩に百代の手がポンと、置かれた。

 

「女性にそういうことをする奴には、お仕置きが必要だなぁ……」

 振り返ったとき男が見たのは、顔に満面の笑みを浮かべた百代だった。

 次の瞬間、ゴキッ!っという音が男の右側でなった。

 男が、そちらに目をやると……そこで見たものは、通常ではありえない方向に折れ曲がっている自らの右腕だった――

 

――店内に男の絶叫が響き渡った。

 

「ん?なんか入口の方が騒がしくない?」

「ああ、痴話喧嘩でしょう。Barでは珍しいことでもありません、ねぇ四四八君」

「ん、まぁ、そうだな。お互いに酔ってることが多いから面倒臭いことこの上ない」

「あー、そりゃバーテンだもな、仲裁に入るわな」

「だから、最近はもっぱら鳴滝に任せてる。アイツがいって声かければ大抵の奴らはだまるからな」

「ははは、それはそれは、彼が仲裁に来たら辞めざるを得ませんね」

「バーテンというより、用心棒だな……」

「くはは、確かに。だけど鳴滝の前では言ってやるなよ、あれで真面目にバーテンやってんだから」

 

 痴話喧嘩を肴にそんな話をしていると……

 

ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!

 

 店内に絶叫が響き渡った。

「お、おい……」

「流石に見に行くか」

「そうですね、行きましょう」

 

 そうして悲鳴の上がった方に駆けつけた3人が見たものは――

「姉さん!!」

 手と足があらぬ方向に曲がって床に倒れふしている2人の男と、3人目の獲物と思わしき男を片手で持ち上げている川神百代の姿だった。

 

「おー、大和か。奇遇だなここにいたのか」

「そんなことより、姉さんなんだよこれ!」

「ああ、こいつら女性の扱いがなってなくてな、少々お仕置きしてる最中だ」

「それにしたって、やりすぎだ!」

「あん?大和……おまえ、私に口答えする気か?ちょっと今日は機嫌が悪くてな、たとえ大和でもちょっとお灸を据えちゃうぞ?」

「それでもヤバイって、最近姉さんちょっとおかしいよ!」

 

 そんな大和の態度が面白くないのか、大和の言葉を無視して男に目を向ける。

「ふん……取り敢えずお前で最後だ、生まれ変わったら次から女に優しくするんだな……」

 

 そう言って腕を振り上げ、その腕を振り下ろそうとしたとき――

 

「直江の言うとおり、やりすぎです川神先輩」

 四四八がその腕を掴んで止めていた。百代見つめるその目は、緑色に燦然と輝いている。

 

「ほう……私を止めるのか優等生……」

 そう言って百代は既に気絶している男を放り捨て、四四八に向かい合う。

 

「ならば、次の相手はお前がしてくれるのか?」

「断ります。此処では店に迷惑がかかる、そしてそれ以上に俺はあなたと戦う理由がない」

「ふん……ならばこれでも同じことが言えるか、なッ!!」

 

 そう言って百代は四四八の顔面に拳を繰り出した。

 

「姉さん!!!」

 それを見た大和が叫ぶ、

 

誰もが四四八の顔に拳が当たると思った直前――拳は四四八の鼻先でピタリと止められていた。

 

「……何故、避けなかった」

「この一発を喰らって騒ぎが収まるなら安いもの――そう思ったからです」

 

「フンッ……つまらん男だ……興が削がれた。帰る」

 そう言ってクルリと踵を返すと出口へと向かっていった。

 

 そんな百代と四四八を大和が交互に見比べている。

 

 四四八が大和に黙って小さく顎をしゃくり出口の方を示す。

 冬馬も小さく頷いて大和を促す。

 大和は目で礼を言い、百代のあとを追いかけていった。

 

「けが人はウチの方に連絡をしておきましたから、もうすぐ救急車が来ると思います。店の方は……まぁ、特に何かが壊れたというわけでもないみたいなので、あとで私の方から謝っておきますよ」

「すまないな、葵」

「いえいえ、四四八君が穏便に済ませてくれたので、この程度で済んだのですよ」

「直江がいなかったらもっと酷い事になってたろうさ」

「ああ、そうですね。大和君にもあとでお礼を言っておきましょう」

「というか、あいつ、マメみたいだから、向こうから謝罪の連絡がありそうだけどな」

「まぁ、あるでしょうね。その辺はとても気がききますから」

 

 店内もようやく落ち着いてきたようだ、ウエイター達が散らかったイスやテーブルを片付け始めている。

 

「時間も時間だ、俺達もそろそろ行こう」

「そうですね……申し訳ありません。最後の最後でケチがついてしまって」

「別に葵のせいじゃないさ、もちろん直江のせいでもない」

「また、お誘いしてもいいですか?仕切り直しということでまた3人で飲みましょう」

「別にお構わないが、なんか、2人に俺がいじられているようにしか感じなかったんだがな」

「ふふふ、そういうつもりはなかったのですが。まぁ、それも人徳ということで」

 そう言いながら、会計を済ませ店を出ていく。

 

 この時、柊四四八と川神百代は初めて邂逅したのだ――

 

 

―――――川神某所 ライブハウス前―――――

 

 

「はー、食った食った、うまかったな、ここのパスタ」

「晶、あんたオッサン臭いわよ」

「やー、みっちゃん相変わらず食べるよねー、どこに入ってるの?」

「んー、別腹?」

「どこに、パスタ3皿入る別腹があんだよ、牛かよ」

「あっちゃんに牛とか言われてもねぇ……」

「そうよ、あんたこそ、牛じゃない……」

 そんなことを言いながら店から出ると……

 

「うおっ!なんだこりゃ」

 そこはライブハウスから吐き出された男どもで溢れてた。

 魍魎の宴SPは第一部が終了し、第二部 ~童帝厳選レアモノAV鑑賞会~の間の休憩時間となっていた。

 二部のために体力を回復させようと、魍魎たちは散り散りにちっていく。

 

「ライブでも終わったんかね?」

「でも、男ばっかじゃない、なんなのよ」

「んー、地下アイドルとかじゃない、結構人気あったりするし」

「そうかぁ、でもさ、なんか見たことある顔多いような……キャッ!」

 

 そんな風に話していると、男の一人と水希がぶつかり二人して尻餅を付いた。

「ス、ス、スミマセン!」

「ああ、こちらこそゴメンなさい前見てなかったもんで」

「え……あ……水希……」

「え?……どこかでお会いしましたっけ?」

「いや、えっと、その……うわあああああああああああああ!!」

 

 そう言って男はいきなり叫び声を上げながら去っていった。

 男の転んでたところに、何か布のようなものが落ちているのを見つけ水希が、

「あのーーーー、何か落としましたよーーー」

と、声をかけてみたが、男の姿はもう見えなかった。

 

「水希、あんた大丈夫?」

「うん、私は大丈夫だけど……これ落とし物みたいなのよね」

「なんだ?ハンカチか?」

「広げてみたら?名前書いてあるかもしれないし」

 

 そうね――

 水希はそういって布を広げた――すると……

 

「ちょ、これパンツじゃない!」

「おいおい、あいつ下着泥棒かよ!最低だな!!」

「だからあんなに挙動不審だったんだねぇ……ってみっちゃん、どうしたの?」

 

「これ、あたしんだ……」

「へ?マジで?」

「うん、最近お気に入りのが一枚なくなって探してたんだ……」

「ねぇ、じゃあ、下着泥棒ウチの寮に潜り込んだってわけ?ちょっと寮母さんにいったほうがいいんじゃない?」

 そんな話をしていると――

 

「げっ、お前等なんでこんなとこいんだよ!」

 ライブハウスから出てきた栄光とバッタリ鉢合わせる。

 

「「「「 あっ…… 」」」」

 

「え?なに?なんだよ、なんだよ??」

 怒気を漂わせながらジリジリと詰め寄る4人に涙目になる栄光、

「栄光ぅ、ちょぉぉっと、聞きたいことがあるんだ」

「いい、大杉くん、世の中にはねやっていい事と悪いことがあるんだよ?」

「不潔!変態!!最っ低!!!あんた、これから私の半径1m以内に入ってこないでくれない」

「栄光くんさぁ、もう観念しちゃいなよ、これ以上の抵抗は罪を重くするだけだよ?」

 

「ひっ!ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

 深夜の川神に栄光の悲鳴が響き渡った。

 

 

―――――

 

 

「大杉……お前なにやってんだ?」

 

 深夜、怪我の治療と食事を済ませた鳴滝が寮に戻ってくると、

2階のベランダから首に『私はカール・クラフトです』と書かれたプレートをかけられた半裸の栄光がみのむしの様に吊るされていた……

 

 こうして、各々の川神での夜が終わっていく……

 




一番難産の回でした
前3回の夜遊び回との時間経過が違和感なく校正しようとして四苦八苦……
あと、どうやったら自然に百代と四四八を会わせられるかなと考えこんな感じになりました

お付き合い頂きましてありがとうございます。


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第十一話 ~宣戦~

今回は少々短いのですが区切りがいいのでここまで


はっ、

はっ、

はっ、

はっ、

 規則正しい呼吸を意識しながら、四四八は川沿いのいつものランニングコースを走っていた。

 休日の早朝、空は清々しい秋晴れだ。休日専門のランナーだろうか、いつもよりもランニングをしている人間も多いように見える。

 四四八はいつものように走りながら思考を巡らせる。考えるのは、もっぱら昨晩の出来ごとだ。

 冬馬と大和との会食と、武神・川神百代との邂逅。

 

 特に百代との邂逅は四四八に強い印象に残している。

 

 なぜなら、昨日四四八が見た川神百代の欲求が似ていたのだ――川神百代の戦闘衝動、対決願望、快楽主義その全てが仲間の3人を死の淵へと追いやり、自身の手で決着をつけた神祇省の鬼の一人――怪士(アヤカシ)に……

 

 怪士(アヤカシ)は、身に付けた武術、体術、殺人術をふるう機会を奪われ、そのために自身が持つ戦闘欲求、殺人欲求、快楽主義が肥大化をして最終的に神祇省の駒となった哀れな拳士の慣れの果てである。

 

 怪士(アヤカシ)は自らの技を使う事を切望し、対戦相手を打ち倒すことを熱望し、その相手の命を奪う事を渇望していた。

 

 現状の川神百代の行きつく先が怪士(アヤカシ)ではないという保証はどこにもない。

 

 だが、今の彼女には怪士(アヤカシ)とは違い仲間がいる、頼りになる保護者がいる、

怪士(アヤカシ)と同じ道にいくとも限らない。

 そして同時に、これは百代自身の人生に関わる問題でもある、自分の様なたまたま居合わせただけの人間が首を突っ込んでいい問題なのかという部分もある。

 

 かといってこのままと言う訳にも……

 

 このような堂々巡りの思考を繰り返していると、いつの間にかいつも走っているコースからハズレ、川神市の中心へと足を伸ばしていた。

 

「ここは……川神院か……」

 見慣れた建物を目にし止まってみる。

 もしかしたら百代のことを考えていたので、無意識の内にこちらの方に足が向いてしまったのかもしれない、しかし、だからと言って今ここで何ができるわけでもない。しょうがないので、寮に戻ろうとしたとき。

 

「柊!柊じゃないか!」

 

 川神院の入口の方から声がかけられた、誰かと思いそちらに目を向けると、道着姿の百代が立っていた。朝の稽古のあとだろうか、ほんのりと全身が上気している。

 

「どうしたんだ、こんなところで?」

「おはようございます、川神先輩。日課のランニングをしてたのですが、休日なんで少し足を伸ばしてみたんです」

「そうか……」

 

 そのあと、今更気付いたようにバツの悪そうな顔をして、目をそらしながら、

「なあ、昨日は……その……悪かったな、少し虫の居所が悪かったんだ。あのあとジジィと大和にこっぴどく怒られたよ」

と、謝罪の言葉を口にした。

「はは、それは災難でしたね。いえ、こちらこそ無礼な対応失礼しました」

 その言葉に四四八も口をほころばせて答える。

 

「それにしても、私の目に狂いはなかったな。柊やはりお前は強い――そうだろ」

「自分自身がどのくらい強いかというのを客観的に見たことはありません、ただ、強く有りたい、とは思ってますが」

「なんだ、受け答えが優等生だなー、つまらんぞ」

「よくいわれます」

 

 そんな会話を軽くしているとき、四四八は思った。

 これはチャンスなんじゃないか、自分たちが抱えている能力(ユメ)に対する畏れ、百代が自身の持つ能力に対する見解を知れば何か見えるかもしれない……

 

「川神先輩、一つよろしいですか?」

「なんだ?スリーサイズなら大和を通したほうが早いぞ」

「……違いますよ。川神先輩は自身のもつ能力……才能でもいいです、どう思っていらっしゃいますか?」

「どう思ってる、とは漠然としてるな」

「ああ、そうですね、スミマセン。失礼なことを聞くかもしれませんが……その能力、才能を疎ましく思ったことはありませんか?」

 

「ない」

「一度も?」

「ああ、一度も」

 百代の答えは明確だった。

 

「何故、と聞いてもよろしいですか?」

「何故、と言われてもな……せっかく親から――もしかしたらジジイからかもしれないが、からもらった力だ使わないのはもったいないだろう?」

「それはそうかもしれませんが、それによって弊害もあるのではないですか」

「まぁ、あるかもしれんが、そんなもんは考えたってしょうがない。というか私はこの力がないということを知らないからな。この力をもっているのが川神百代だ、それを以外にはなれん」

 

 それはいきなり能力(ユメ)を持った四四八には思い至らなかった思考だ、

どんなに忌むべきものでも、己が持っているのならば、それは能力(ユメ)をひっくるめて柊四四八だ。それを否定することは、自身の否定にほかならない。

 しかも、自分たちはこの能力(ユメ)によって、あの『邯鄲』より生き抜いてこれたのだ、無事に帰ってきたからもういらないとは、それは確かに不義理がすぎる。

 

「あと、これはジジイの受け売りだが、持ってるものしっかり理解してないと、いざって時に使えなくなるらしい、その理解するというのがよくわからんが……まぁ、そのいざって時は私には来る気配がないがなー」

 

 しかし、四四八は百代の言葉の後半は聞いてなかった。

『持っているものを理解し、いざという時使う』

 

 『いざというとき』――そうだ、そうだ、何を惚けているんだ柊四四八。

 自分たちで認識してるじゃないか、『もしかしたら邯鄲の夢はまだ終わってないのではないか』と。

 ならば、惚けて止まっていていいのか。

 良いわけがない。

 もし、また今度いきなり『邯鄲の夢』に呼び出されたとき、

「今と同じままの自分たち」で生きて帰れる保証などどこにもない。

 

 ならばどうするのか、鍛えるしかないではないか。備えるしかないではないか。

 

 いま現状、能力(ユメ)が自らの手にあるならば、

それを使い、体を鍛え、技を鍛えそして心を鍛え、いつなんとき我らの宿敵、『邯鄲の夢』が目の前に現れようと対処できるようにするのが戦の真のはずだ。

 

 今ある能力(ユメ)は呪いじゃない、武器だ。

 武器ならば使うものだ。縋るものでも、抱くものでも、ましてや端に置きざるものでは断じてない。

 この能力(ユメ)を受け入れ、理解し、手に持ち、心を入れて自らの意思をもって振るい、より高みを目指す。自らを守るため、仲間を守るため、大事な人を守るため……それが今、自分たちが心に刻むべき戦の真なのではないか。

 

「おい、どうした?いきなり黙ったりして、なんなんだ?」

「あっ!失礼しました、少し考え事を……川神先輩、大変参考になりました。本当にありがとうございます!」

 直立不動の体勢をつくり、腰が直角になるほどのお辞儀をする四四八をみて。

「お、おい、なんなんだよ、変な奴だな」

 百代は面食らっていた。

 

「ああ、そういえば――」

 我に返った百代が再び話しだした。

「さっき柊が言った弊害、あるな。この退屈がそうだった」

 心底つまらないという風に百代が言う。

「どんなに鍛錬しても、この力を思う存分使うことはない。はっきり言ってつまらない!ならば何故身につけなければならない!無駄だろう?」

「さきほど、川神先輩がいった、いざという時のため、じゃないのですか?」

「それを言ったのはジジイだ。さっきも言ったが、そのいざってヤツが私には起きる気配が全くない。是非とも味わってみたいもんだな『いざ』ってやつを」

 

 それを聞いて四四八は理解した。

 そうかこの人は『敗北』をしたことがないのだ。

 敗北とはただの負けではない。敗(ま)けて北(に)げる。という意味だ。

 大切なものを目の前で奪われ、その仇もうてず、仲間は蹂躙され、自らの無力さに涙する。そんな艱難辛苦を目の前に逃げず、歯を食いしばって前を向く。そうして人は成長していくのではないだろうか。事実、自分たちはそうだったし、そうしてきた。

 

 故に川神百代の本当の意味での成長は止まっているのかもしれない。

 自らの成長が自覚できないがために、日々が退屈で、つまらなく、欲求ばかりが溜まっていっているのであろう。

 

「なぁ、柊……おまえ、私の『いざ』ってヤツに挑戦してみる気はないか?」

「……俺が、ですか?」

「あぁ、おまえなら、私の『いざ』になってくれる……そう、思ってるんだがな」

 そういって百代は四四八の瞳を覗き込む。

 

 川神百代は今、悩んでいた四四八に進むべき道のヒントをくれた。

 そして、今、川神百代は自覚はないが道に迷っている――四四八は、その道に迷った先に己を失った哀れな拳士の末路を知っている。

 

 自らと戦うことでその暗闇から抜け出す手助けができるなら、やるべきではないのか。

 直江大和という新しい友人が悲しまぬよう手を打てるなら、やるべきではないのか。

 

 友のために戦うならば、是非もない――

 

 すぅっ、と小さく深呼吸をして、四四八は百代を正面から見据えていった。

 

「……わかりました」

 

「柊四四八――川神百代先輩の挑戦、謹んでお受けいたします――」

 

 戦真館と川神学園の頂上対決が今ここに決定した……

 

 




四四八と百代がようやく戦ってくれますw
対決までの流れが違和感なくかけてたらいいなぁと思ってるのですが……

能力(ユメ)を受け入れた四四八と武神・川神百代の対決は次回以降となります

お付き合い頂きましてありがとうございます。


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第十二話 ~戦前~

嘘つきました、ごめんなさい
いろいろ書いてたら戦闘まで行きませんでした……

断じて苦手な戦闘描写から逃げたわけではありません……たぶん


「~~~~♪~~~~~♪」

 

 休み明けだというのに、百代は上機嫌だった。

 もちろん柊四四八との対戦が決まったからだが、あまり騒がれたくないという四四八の意向を汲んで対戦自体は直前まで――今日の昼過ぎまで伏せることになっている。

 

「お姉さま、珍しく上機嫌だけど何かいい事でもあった?」

「あー、あったぞ、だが秘密だ。そういう約束だからな」

「なんだよーケチ!俺たちにだけ教えてくれてもいいだろー」

 一週間ぶりに川神に帰還したキャップがブーたれる。

 

「なー、大和はなんか知らないのか?どっかから情報周ってきてねーの?」

「ん、あぁ、知らないな。昨日は休みだったから学校関連の情報は動いてないぜ」

 

 ――嘘だ、

大和は知っている、何故なら四四八から昨日直接連絡を受けたからだ。

 

 ――昨日

『川神先輩と対戦することになった』

「え!姉さんと?」

『明日の午後、場所はグラウンドだ。騒がれたくはないんで川神先輩には口止めをお願いしたんだが。一応直江には言っておこうと思ってな』

「え、いや、でも……」

 

 いきなりの事で、何を言っていいかわからない。

 もっというなら、四四八が何故自分に教えたのかわからない、勝負というものは、基本的に当人同士の問題のはずだ。百代の弟分ではあってもその間には入らないのが礼儀……というか、常識だと思っている。

 

「直江。結果はどうあれ、俺は全力を尽くす。だから直江は川神先輩のことを見ててほしい。それが多分、川神先輩を立たせることになる……と、思うから」

「どういう意味だよ、それ」

「今はわからない、俺もどういう結果になるかわからないから。ただ、もし、俺の考えてる通りになったなら川神先輩を立たせるのは、直江の仕事だ、そう、思ってる……だから、頼む」

「何かそれ、勝利宣言に聞こえるんだけど。姉さんは強いよ?」

「知ってるよ」

「ん~、まぁ、わかった。正直何が何だかわからないけど、柊が言ってくるってことは、なんか意味があると思うから。まかせとけ、姉のお守は弟の仕事だって古今東西で決まってんだからさ」

「ふふ、そうか……悪いな、変なこと言って。じゃあな」

「ああ、じゃあな」

 切った後、不安が持ち上がってきた。だが、今の自分にできることはない。

自分にできる事は、四四八と百代の勝負の行く末を見守ることだけ……ならば、見届けよう。そう心に誓った。

 

 それが昨日だ。

 

 だから、大和は話題を振ってそこから話をそらす。

「まぁ、姉さんがすぐわかるって言ってんだから待ってればいいんだよ。それよりモロ、ゲーセンの大会、龍辺さんが優勝したそうじゃない」

「そうそう、彼女ほんとにすごいんだよ、特に最後の超必避けとかmytubeでupされてスゴイ再生数になってるよ!」

「なんだなんだ、そんなに強かったのか。よーし今度は俺が挑戦するぞ!!」

「てか、キャップ。千信館の人達が来てからほとんど学校いないよね……」

 うまいこと話題がうつりファミリーの面々は学園へと向かっていく。

 決戦まであと半日……

 

 

―――――川神学園 学園長室―――――

 

 

 朝の学園長室、そこには学園長である鉄心以外に四四八とルー師範大の姿がある。

「ふむ……それで、お主はモモと戦うというのじゃな」

「はい」

「私は反対でス、学園長。下手をしたら百代ハ……」

「……うぅむ」

 難しい顔で鉄心は考え込む。

 四四八は返事をした姿勢で相手の返答を待っている。

 

「いいではないか鉄心」

 その時、扉が開きヒュームとクラウディオが入ってくる。

「この赤子はお前やルーが出来なかった事をやってくれると言っているんだ。任せてみればいいじゃないか」

「でも、こういう事は慎重ニ……」

「おい、ルー。これはお前たちの責任でもあるんだぞ?お前達がちゃんと川神百代を躾ていればこんなことにはなっていない。違うか?鉄心」

 

 沈黙が学園長室を支配する。

 

 ……ふぅ。

 何かを決心したように、鉄心が息を吐いた。

「そうじゃな、ヒューム。お主の言う通りじゃ。ここまで来て顔見知りがどうこうやっても難しいじゃろう……なぁ、柊。やってくるか?」

「はい」

 四四八は先ほどと同じ姿勢で返事をした後、鉄心を見据えて口にした。

 

「武神・川神百代の息の根、必ずや止めてみせます」

 

「ご安心ください、学校側の防備は我ら九鬼の従者部隊、その中でも選りすぐりを配置しておきます。思う存分ふるって下さいませ」

 クラウディオの言葉に礼をいって四四八は退出した。

 

「よろしかったのですカ?学園長」

「いつかはせねばならぬ事じゃ。むしろ、今、柊四四八という男が来た事を幸運だと思わねばならんのかもしれん」

「学園長……」

「さて、準備を始めるぞ。まずはグラウンドの手配じゃな、ルー頼んだ」

「ハイ、わかりましタ」

「グラウンドの整備はこちらで受け持とう。まぁ、首を突っ込ん身だ最後まで付き合ってやる」

「悪いな、ヒューム」

「ふん、らしくないじゃないか、歳か?」

「馬鹿を言え、まだまだ現役じゃわい!」

「まぁ、いい。あとは全校生徒への告知だ、それはお前の仕事だろう鉄心」

「わかっておるわい」

 

 それを最後に解散となった――

 決戦まであと数時間……

 

 

―――――5限終了間際 川神学園教室―――――

 

 

ピンポンパンポーン

『あー、あー、マイクテス、マイクテス……これはいってる?あ、そう――ゴホン』

 授業終了間際、いきなり学園長の放送が始まった。

 

『あー、本日5時限目終了後よりグラウンドの使用は禁止となる。体育、部活動で使用予定の生徒は他の場所を使うように』

 

「おいおい、なんか始めるのか?」

「ねぇ、九鬼の従者部隊がいっぱいグラウンドにいるわよ」

 一気に教室がザワつく。

 

『同時に勝負の開催の告知を行う。5時限終了後、グラウンドにて川神百代 対 柊四四八の勝負を開催する、両名は5時限終了後、速やかにグラウンドに来るように』

 

 学園のザワつきが一気に加速した。

「おいおいおいおい、マジかよ、マジかよ。モモ先輩に挑戦とか松永燕以来じゃないか」

「てか、柊ってあの、鎌倉から来た柊だよな?あいつガリ勉ッぽくね」

「いや、柊君体育とか見ると運動神経ものすごくいいよ」

「いや、運動ちょっと出来たからってモモ先輩の相手にはならないだろう」

 ザワザワと、勝手な品評が飛び交う、既に授業どころではない。

 

 

―――――川神学園 2-F―――――

 

 

「お姉さまが言ってたのはこの事だったのね!」

「なぁ、大和はなんも聞いてなかったんだよな?」

「ん、あぁ……」

「そうかぁ、んじゃ、誰も知らなかったんだなぁ」

「なぁ、大杉。柊ってそんなに強いのか?」

 

 ガクトがクラスメイトである栄光に声をかける。

 だが、栄光――千信館の面々は今の放送に驚いて聞こえていないようだ。

 その時、ガラッ!とドアが開かれ水希と鈴子が飛び込んできた。

 

「ね、ねぇ!晶、今の……」

 それに我に返ったのか、水希の問いかけに晶が答える。

「い、いや知らねぇよ、てか、四四八はおまえ等のクラスだろ」

「柊の奴、昼休み終わってからずっといないのよ。朝はそんなそぶり何にも見せないで……アイツ!」

「おい……落ち着け鈴子。柊の事だ何か考えがあんだろうよ」

「で、でもよぉ、モモ先輩とやるってことは能力(ユメ)使うってことだよな……それって大丈……」

「シャラーーーープ!!」

 

 歩美の大声に一斉に視線が集まる。

 

「これは、四四八くんが決めた事。わたし達に話さなかったのは話す必要がなかったから。じゃあ、わたし達に出来る事は……四四八くんの戦いを見守る事、信じてね」

 

 そういってからガクトの方に向いて歩美はさっきの質問に答える。

 

「四四八くんはね、強いよ。ものすっごく。わたし達の中でも一番強い。わたしは四四八くんの負ける姿は正直想像できない」

 それを聞いた大和が息をのむ。

 

「龍辺の言う通りだ、俺等の大将の一戦見届けてやろうじゃねぇか」

「まったくあの馬鹿、負けたら奴隷にしてやるんだから」

「なんでお前は関係ないのに、奴隷の契約できてんだよ」

「でもよー、モモ先輩ってどれくらい強いんかな、なんか今まで圧倒的すぎて正直全然見えないんだけど」

「そうだよねー、たぶん本気でやったトコなんか、私達みてないしなぁ」

「というか、みっちゃんとりんちゃんは教室戻らなくていいの?」

「いいわよ、どうせ宇佐美先生だったし、私たちもここで観戦させてもらうわ」

「うわぁ、鈴子直球ね……」

 千信館の面々は四四八の戦いを見届ける覚悟をしたようだ。

 

 自分も彼らのように最後まで見届けよう、大和は一人そう心に誓った。

 

 

―――――川神学園 グラウンド―――――

 

 

 百代は既に位置につき、四四八の登場を待っていた。

 顔には笑みが浮かび、手にはいつもより力が入っているのか何かオ―ラの様なものまで見える。

「さぁ、来い、柊四四八……私は待ちきれないぞッ!」

 

 そんな時、待ち人・柊四四八が校門から登場した。

 皆一斉に彼の変化に気付いた、いつも着ている白ランの制服やジャージではないものを身につけている、そして手にはいつもは見慣れぬ武器……

 

「ほう――これまた懐かしいものを引っ張り出してきたな……」

 それをみたヒュームが呟く。

 

 第一印象は――軍服。

 千信館の白を基調とした制服とは真逆の黒を基調とした学ランにインバネスのコートを羽織り、今時珍しい学帽をかぶった姿は往年の帝国軍人を思い起こさせる。

 手に持つは一対の旋棍。

 見事なくらいに様になっている。

 軍服は身体に服を合わせるのではなく、服に身体を合わせるのだとよく言うがその制服はあつらえたように四四八に合っている。

 

 戦闘服に身を包んだ四四八はゆっくりと百代のもとへ向かっていく。

 

「なぁ、あれって……」

「うん、戦真館(トゥルース)の制服だね」

「つまり、四四八は能力(ユメ)を使う事を覚悟したってことか……」

「うん、そういうこと、だと思う」

 

「なぁ龍辺、あれってどういう事なんだ」

 耐えきれずに大和が歩美に聞く、歩美はグラウンドの四四八に目を向けたまま答える。

 

「あれは――戦真館(トゥルース)の制服はね、わたし達にとって戦いの象徴なの」

「……つまり?」

 初めて歩美は大和の方を向き静かに答えた。

「四四八くんは本気――って事」

 その言葉に大和は思わずつばを飲み込んだ……

 

 

―――――再び 川神学園 グラウンド―――――

 

 

 対峙する川神百代と柊四四八。

 

「戦闘服でやる気満々って事でいいのか」

「お好きなように取っていただいて結構です」

「旋棍か……なかなか珍しい獲物を使うな」

「しょうにあってますので……」

 

 交わす言葉は短い、必要もない。

 

「二人とも準備はいいか?」

「なんだ、今日はジジイ直々に審判か、珍しいな」

「そうじゃ、責任者としては見届けなければならんのでな……」

「ん?まぁ、どうでもいいがいいところで止めるなよ?」

「止めはせん……止めはせんよ……思いっきりやるがいい」

 

「くっくっくっ、そうか……そうか!!今日はずいぶんと物分かりがいいじゃないか!なぁ柊、聞いただろう!!ジジイの許しも出た、全力で楽しもうじゃなか!!!」

 そう言って百代が構える、両手を開き、鉤爪に前へ出す。獣のような構えだ。

 

「自分はいつでも構いません。あなたの全力、受け止めさせていただきます」

そう言って四四八も旋棍を構える

そして、意志を持って口にする。『邯鄲の夢』から戻ってきて、初めて使う戦闘状態の能力(ユメ)

 

「詠段、顕象――」

 

 力ある言葉と同時に、四四八の瞳が緑色に燦然と輝きだす。

 

「双方、準備がいいようじゃな――では」

 学園中が固唾を飲む。

 

「川神百代 対 柊四四八……開始(はじめ)ぇッ!!!!」

 

「はああああああああああああああああッ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 二つの力がぶつかり合う。

 ここに、戦真館と川神学園の頂上対決の火蓋が切って落とされた――

 




次は書き始めてますので、あまりお待たせしないで投稿できると思います

あと歩美マジヒロイン

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第十三話 ~開戦~

戦闘描写、戦闘描写……うーん、うーん(知恵熱)


「はあああああああああああああああああッ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 二人の裂帛がぶつかり合う。

 

 まず、手を出したのは百代。

 掌 、 脚 、 踵 、 肘 、 膝 、 額 、 拳 、 脛 、

百代のありとあらゆる部分が、凶器となって四四八の身体めがけて、動き、疾った。

 休まない。

 連続した攻撃だ。

 しかし、そのことごとくが空を切った。

 すべての攻撃を、四四八が躱し続けたのである。

 躱している。旋棍で受けたり、流したり、または足で受けたり、流したり、そういうことは一切しなかった。ただ紙一重の距離で、百代の攻撃を躱している。

 そして四四八は躱しながら百代を見ている、燦然と輝く緑色の双眸で、百代の全てを見透かすように。

 

 攻撃が始まってそろそろ一分が経とうとしている、

一分間、連続で攻撃し続けている百代はこの間、呼吸をすることはなかった。

「はっ――」

 ちょうど一分、初めて百代が息を吐いた、そこに間ができた。

 一秒の半分以下の間、間とも言えない間、だが四四八はそこを見逃さなかった。

 

 そこに合わせ一歩踏み込むと、旋棍を振るった。

 四四八の攻撃が始まった。

 

 眉間 、 人中 、 村雨 、 水月 、 月影 、 電光 、 夜光 、 丹田 、

人体の急所めがけて四四八の旋棍が振るわれる。

 休まない。

 百代と同じく連続した攻撃。

 百代はそれを、掌で脚で脛で肘で額で受け、払い、流している。

 百代の顔を笑っている、心底楽しそうに嗤っている。

 

 先ほどと同じように一分、四四八は動き続けた。

 百代と同じく一分、呼吸をしていない。

「ふっ――」

 同じようなタイミングで四四八が息を吐いた、同じように間ができた。

 先ほどと同じ一秒の半分にも満たない間、間とも言えない間、百代はやはり、そこに自らの拳をねじ込んできた。

 

 その時、四四八がすっと前に出た、速い動きではない、むしろ今までに比べれば半分以下かもしれない。前にでながら百代の攻撃を避ける。

 そのまま百代の懐に入り、拳を出したあとガラ空きになった月影――肝臓のあたりに旋棍の一撃を叩き込んだ。

 

「クッ!!」

 

 腹抑えながら、思いっきり後ろに飛び距離を取る百代。

 口には血が滲んでる、が、その口元は嗤っている。

「ふふふ……ははは……はぁーーはっはっはっはっは!!最高だ、やはりお前は最高だ!!まだだ、まだまだ、こんなもんじゃないだろう。もっとだ、もっと私を楽しませてくれ!!」

 瞬間回復で傷を癒すと、再び、四四八に襲いかかる。

 濃密な時間が再びはじまる。

 

「ふん――瞬間回復か、あんなもんに頼っているから攻防が雑なのだ、だから今の柊の攻撃にもあっさり引っかかる」

 クラウディオはヒュームが四四八の事を『柊』と呼んだ事に気づいたが、敢えては口にしなかった、つまり今の攻防が彼に柊四四八の価値を認めさせたのだろう。

 

 四四八は今、速い攻撃を繰り返したあと、ワザと動きの遅い攻撃を出したのだ。もちろん息を吐きスキを作ったのもワザと。そこに攻撃を誘い出し、さらに自らの動きを遅くすることで百代の予想を裏切ったのだ。四四八の攻撃が来るとき、百代は既に躱し終わった体勢にされていたのだ。

 

「うまく『拍子』を外しましたな。確かに百代様の様な本能で戦う方にはあのような攻撃は有効でしょうが……あの速い戦闘の最中、あえて緩急をつける。練達の域ですな柊様の体術は」

「しかも戦巧者だ、駆け引きも上手い。さらに奴は今、百代のすべてを見ようとしてる。何故だか知らんが攻撃を躱し続けてるのもそのせいだろう」

「しかしながら――」

「そう、それだけで勝てるほど武神も甘くない、さて、次はどうなるか……ふふん、他人の戦いを見て血が騒ぐなど何年ぶりだろうな――」

 

 四四八が展開してる能力(ユメ)は現在、戟法と解法。

 主に迅の戟法と透の解法を展開し百代と相対している。

 白兵戦の常道は戟法と循法の同時展開。速さと肉体を強化して、純粋に肉体の強度を上げることでアドバンテージを取る。

 しかし、四四八はあえて解法を選択した。

 

 百代の動きを見るために、百代の技を見るために、百代のクセを見るために。

 瞬間回復、致死蛍、炙り肉……百代の使った攻撃の特性は大体分かった、全部ではないが、見れた攻撃に対処できれば大きなアドバンテージになる。

 

 ただリスクもある、現状、循法を展開していないため攻撃をくらうのはとても危険だ。故にすべての攻撃を避けている。

 透の解法で動きを読んで、迅の戟法で躱す……反撃の時は同じく透の解放で動きを読み、剛の戟法で攻撃する。

 

 最初の攻防と合わせて、都合四度百代と拳を合わせた。

 四度とも最終的に四四八が一撃入れて、百代が後退するという展開だ。

 ただ、瞬間回復のためそのまま仕切り直しになってしまう。

 

「ならば……しかけるか――ッ!」

 

 そう言って四四八は初めて自ら攻撃に出た。

 この四回の攻防で見極めた、百代クセを突く。

 

「なっ――」

 

 今まで待に徹していた四四八の初めての能動的な攻撃、

そして速い、一気に距離を詰めてきた。が、何を狙ったのか旋棍を下げ頭部ががら空きになっている。

――罠だ!

 と、百代は理解した、理解したが体が反応した。百代は思考より本能のファイターだ、隙があればそこを攻撃してしまう。

 

「故に、至極読みやすい――」

 

 その攻撃を紙一重で躱すと、一撃目に与えた打撃と寸部変わらぬところに、再び旋棍の一閃を叩きつける。

 

「かはっ!」

 

 百代の身体がくの字に折れ曲がる、

百代は今までと同じように飛んで距離をとろうした、が、四四八の右手が空中にいる百代の足を掴んでいた。

 

「今回は……逃しません」

 

 四四八はそう言うと、そのまま百代を思いっきり固い地面に叩きつけた。

 

「くはっ――!」

 

 百代の肺の中の空気が強制的に吐き出される音がした、

そこに四四八は旋棍の一撃を追撃として叩き込む、

手応えがあった。

 瞬間回復される前に意識を刈り取る――

その意思を込めて最後に踵による踏みつけを百代の顔面に叩き込もうとした――その時

 

「――なめるなぁあああ!!!! 川神流 大爆発!!!!」

 

 倒れている百代の双眸が紅くギラリと光る。

 そして自身を中心として破壊の気を一気に開放した。

 

「くうっ!」

 

 回避が不可能と判断し四四八は両手の旋棍で身体をかばいつつ、崩の解法で衝撃を崩しながら同時に思いっきり後方に飛んだ。

 それでも、大爆発を躱しきれずに爆風に巻き込まれ吹っ飛ばされる。

 

 何とか両足で着地し、百代の方に目を向ける。

 百代はさっきと同じ場所に立っている、だが、今までとは明らかに違っていた。

 

 髪がザワザワと逆立ち、先ほどよりも強い笑みが顔に浮かんでいる。

 が、その笑みが奇妙だ。動かない。

 表情というものは、基本的に始まりと終わりがある。

 人が仮面を不気味だと思うのは、表情が固まっているからで、それは通常起こりえないことだから。だから人は仮面に忌避感を感じるのだ。

 

 百代はいま顔に嗤う仮面をかぶったようだ、ドキリとするほど美しく、ゾクリとするほど怖い笑顔だ……

 

「あぁ……楽しいなぁ、柊……こんなに楽しいのは始めてかもしれない……」

ビックリするほど優しい声で、百代が四四八に語りかける。

 

「だがら惜しい……本当に惜しいよ……これで終わりにしてしまうなんて、な!!!」

 

 そういった百代の姿が掻き消えた。

 瞬間、四四八は危険を察知し、素早く印を結び、戟法と循法を展開させる。

 

 展開と同時に百代が目の前に現れた、そして攻撃、四四八はそれを旋棍で受ける。

ドンッ!

 目の前で爆発が起こったような衝撃に四四八の身体が浮く。

 いままでよりも、数倍速く、数倍重い。

 

 川神百代の本領がここに発揮された。

 

「そらそらそらそらっ!!どうしたどうしたどうしたどうしたっ!!」

 

 先ほどよりも、更に荒唐無稽で強力な攻撃が四四八に襲いかかる。

 戦略、戦術、読み、思考、駆け引き、

そんなものは糞くらえとばかりに、ただただ一切、自らのチカラで相手を叩き潰す、そんな攻撃を百代は続けている。

 

 四四八はそんな攻撃を旋棍で受け、払い、流して、凌いでいる。

 しかし、現状、反撃の隙は皆無。一匹の野獣とかした川神百代に間や拍子といった機微は既に存在しない。

 ただただ、体力の続くまま相手を攻撃し続ける。

 

 隙がないなら作り出すまで……

 

 四四八は腹を決めて、反撃に出る。

 最後の攻撃を捌いて一気に後ろに飛ぶ、百代は逃すまいと同じく四四八についてくる。

 四四八はそこに咒法の一撃を放つ。

 この戦い初めて見せる咒法の一撃、不意を突かれ百代の足が一瞬止まる。

 

「そこっ!」

 

 流れる身体の向きを強引に変え、止まった百代に旋棍の一撃を一閃、

あたった――と、感じた瞬間、百代は身体を反らしてその一撃を避けていた。

 そして、二人の瞳が合う……百代がにやりと嗤った。

 

「くっそっ!」

 

 体勢が不十分のまま百代は四四八の襟をつかみ思いっきり上空に投げ捨てた。

「これで、おわりだぁあ!!」

 四四八を追いかけ、百代も飛ぶ、

そのまま四四八を空中でガッシリ掴むと、一緒に頭から急降下をはじめる。

 

「川神流 飯綱落とし!! そして 川神流 人間爆弾!!!」

 

 落下中に自らの気を爆発させて、更にそのまま四四八を地面に叩きつけた。

 地面から夥しい土煙が上がる。

 その中から百代が飛び出し、瞬間回復で回復をする。

 

「あれが、モモ先輩の本気……」

「ヤバイ、あれ、ヤバイだろ?」

 学園中が目にした百代の本気に恐怖を感じているようだ。

 

「かー、スゲェ、スゲェとは思ってたけど、モモ先輩あんなスゲェのか」

「お姉さまの本気初めて見たかも」

「……私も、モモ先輩あんなとこまでいってたんだね」

 ファミリーの面々も驚きを隠せないようだが、そんな中で、

 

「はん、女がキレて見境なくなってるだけじゃねぇか、何が本気だよ」

鳴滝の声が響く。

 

「おい鳴滝、今のモモ先輩見てなんも感じないのか」

 忠勝の問いに面倒くさいと言わんばかりに答える。

 

「だから言ってんだろ、ありゃ女がキレでヒステリーかましてるだけじゃねぇか、あれが武神ってなら、武神も大したことねぇな」

「俺も鳴滝に同感。四四八がなんでこの戦いを承諾したか。なんとなくだけどわかったわ」

 鳴滝の言葉に栄光が同意する。

 

「そんなこと言ったって、柊くん、お姉さまにやられちゃったじゃない」

「やられてないよ」

 一子の言葉を歩美が即座に否定する、それを皮切りに、千信館の面々が口を開く。

 

「ウチの大将があの程度でくたばるわけねぇだろ」

「まぁ、なんとなくはわかったけど、なんで四四八のヤツ最初っから本気でやらなかったんかね」

「それじゃあ意味がないからでしょ、これは柊お得意のスパルタなんだから」

「四四八くん、検事とかより先生になったほうがいいんじゃないかなぁ、って最近思う」

 一人、晶だけがグラウンドの土煙を凝視して耐えるように窓辺りを掴んでいる。

「晶、気持ちはわかるけど。ダメだよ手だしちゃ」

「わかってる、わかってるけどさぁ……」

 そんな晶に水希が声をかけている。

 

 千信館は全員、四四八がやられたとは思ってないのだ。

 

 と、その時、土煙の中から朗々と歌い上げる声が響く……

 

 

「わが心、奥までわれがしるべせよ、わが行く道は、われのみぞ知る」

 

 

 大僧正慈円の一首、その後、意志を持った力強い言葉が飛ぶ。

 

 

「破段、顕象――仁義八行 如是畜生発菩提心!!」

 

 

 気配を感じ取った百代が反応するより早く、土煙の中から出てきた四四八が百代の顔をアイアンクローの要領で掴み、持ち上げる。

 

「がああぁぁぁ、はな……せっ!!」

 

 百代は必死に抵抗するが、ビクともしない。

 

「何故だ――何故、あなたはそんなにも空っぽなんだ!!」

 

 百代を持ち上げたまま怒気を孕んだ声で四四八が言う。

 

「芯がない!覚悟がない!!なにより、戦の真がみあたらない!!矛を止める神を冠してその体たらく、見るに耐えない!!!」

 

 そういって持ち上げていた百代を無造作に放り投げた。

「くううっ」

 空中で体勢を立て直し百代は四四八と向かい合う。

 

「汚れた武神の金看板、俺が叩き壊してあげましょう……」

「やれるもんならやってみろ、お前に芯とやらがあるのなら、それごと叩きおってやる」

 

 戦いの第二幕が上がる――

 

 




最初はリアルっぽく、だんだん厨二っぽくっ
という感じにしてみたかったのですが……う~~ん

あと四四八の詠唱はオリジナルです
詠唱は正田作品の華なのでやらせてたげたかったんですけど
今回あるのとないのがあるんですよね……
ということで、なんともしっくりきた慈円の和歌を使わせていただきました

お付き合い頂きましてありがとうござます


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第十四話 ~終戦~

解説席のヒュームさんとクラウディオさんいつもありがとうございます
あなたたちのおかげで間が持ちます

てか盲(めくら)とか普通に使っちゃったけどいいのかな……

-追記-
能力の勘違いをしていたので、少々修正させていただきました



「はああああああああああああああッ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 再び二つの力がぶつかり合う。

 

 お互いの全力をかけた叩き合い、

百代の全力対し四四八は戟法、循法にその他の資質の全てを注ぎ応戦する。

 

 拳 、 棍 、 掌 、 棍 、 肘 、 脚 、 拳 、 棍 、 棍 、 額 、

 

お互いのありとあらゆる部分が交差する。

 

 攻防一体。

 攻撃が防御となり。

 防御が攻撃となる。

 何発か入り、何発かもらう。

 もらった攻撃はそれぞれ気と活の循法を駆使してその場を凌ぐ。

 休まない、休めない。

 時間の流れがその空間だけ違っているかのようなそんな濃縮された空間……

 

 はたして常人には元より並の達人ですら目で追うことさえ困難なほどのスピードの中、更に二人の攻防は激しさを増していく。

 

 その攻防を見守りながら、従者部隊のトップの二人が言葉を交わす。

「ふん、ようやく本気になったか。随分とゆっくりだったが、ここからが本番というところか。気が長いもんだ」

「柊様の場合、様子見という部分もあったのでしょう、しかし柊様は素晴らしい戦士ですな。能力以上に、柊様が有する鋼の理性に烈火の激情……理想的です」

「さしずめ、怒り狂った猛獣 対 冷徹なハンターといったところか」

「猛獣がハンターを喰い殺すか、はたまたハンターが猛獣を仕留めるか……どちらにせよ、戦いがあのレベルになりましたので、そろそろ我々も働かないとまずいかもしれませんな」

「ふん、鉄心の前でああいった手前、学園ぐらいは守ってやろう。在校生だしな」

「ふむ……そこは笑うところ、と判断してよろしいのですか」

「ふん――好きにしろ」

「ジョークであるなら、最近考えたとっておきがあるのですが……」

「ふう……悪かった……頼むから、あとにしてくれクラウディオ」

「おや、それは残念……お、少々動きそうですな」

 その言葉にヒュームも再び二人の戦いに集中する。

 

 百代は焦っていた、

この千日手にも近い攻防でジリジリと押され始めたのだ。

 

「不思議ですか?川神先輩」

 戦いの中、四四八語りかけてくる。

――うるさい、うるさい。余裕のつもりか、黙ってろ。

 

「同じ強さの拳なら、より重く、より意思があるのが強いが常道」

――なにをいってる、黙れ黙れ、強さとは力だ、それ以外に何がある。

 

「故に、あなたの空の拳に俺の拳が負ける道理が見当たらない」

――うるさい、黙れ。これは戦い、講義じゃない説教なんて糞くらえ。

 

「意志をのせ、心をのせ、真(マコト)をのせたこの拳(けん)であなたの獣性砕いてみせる!!」

「――黙れと言ってい――」

 

 百代は自らの言葉を最後まで言えなかった。

 言葉の途中、顔面に四四八の一撃が叩き込まれた。

 そのまま――

2!

3!

4!

5!

 流れるような連撃が次々に百代の身体に突き刺さり、

最後に一撃で吹っ飛ばされていた。

 

――しめた!距離が離れた!!この間に瞬間回復で回復できる。

 百代がそう考え、瞬間回復のための気を集めたとき……

 

「取り敢えず、そのやっかいな補給路は断ち切らせていただきます」

 

――ゾクッ……とするような静かな声が自分の耳元で聞こえた。

 

「かはっ――」

 次の瞬間、丹田に四四八の一撃をくらい、集めた気が霧散した。

 

 四四八は先の戦いで瞬間回復の仕組みを見ていた。

 何個か対策は考えていたが、四四八が選択したのは一番シンプルな方法だった。

 

 瞬間回復は気を一回丹田に貯めてそれを一気に体に流すことで瞬間的に爆発的な回復を行うというものだ。

 故にその丹田にある一瞬に崩の解法の一撃を当てれば、気は霧散し、回復は行われない。

 しかも流石に大技であるため、瞬間回復を使うためには一瞬以上の隙ができる。今の四四八ならその一瞬に透、崩の解法と迅の戟法を使い距離を詰め、一撃を当てることはそれほど難しいことじゃない。

 さらに言うなら百代とて気が無限にあるわけじゃない、攻撃技も含めもう都合20近い大技を使用している。瞬間回復もそう何回もは使えない。

 

「ふむ、地力の差がでてきましたかな」

「やはり百代は強敵との戦いが圧倒的に少ないな。致し方ないとは言え、これは決まったかもしれん……」

「ですが、今回の戦いの場合、柊様がこのまま勝利してもあまり意味がないのでしょう」

「そんなことは柊自身が一番理解してるだろう、まぁ、武神の息の根を止めると豪語したのだ、終わりまで見届けてやろうじゃないか」

 

 戦況は再び接近しての撃ち合いにもつれ込んでいる。

 だが、さきほどと違い回復ができていない百代が攻撃を貰う回数が明らかに増えている。

 

――くそっ!くそっ!クソッ!糞ッ!

 

 四四八の拳が、蹴りが、棍が、幾度となく百代の身体をうちのめす。

 

――くそっ!くそっ!クソッ!糞ッ!

 

 その度に、さきほど言われた四四八の言葉が刺さる。

 

 何を言っているのか、解らないし、解りたくもないし、解ろうとも思わない。

 今は、兎に角、この殴られている現状に腹が立って仕方がない。

 

 そう思い、自分を容赦なく打ち据えている目の前の男を見据える。

――そうだ、お前か!お前のせいか!!この耳に五月蝿い言葉も含めて、全部お前がやっている!!!

――もういい、わかった、もうやめだ。こんな戦い終わりにしてやる!!!

 

「がああああああああああああっ!!!」

 

 打ち合いをいきなりやめ、後方に飛んだと思ったら百代がいきなり四四八に飛びかかってきた。

「――ッ!」

 四四八はそれに反応し、2発3発と旋棍を打ち据えるが百代はお構いなく四四八に掴みかかってくる

 

「ああああああああああああああっ!!!」

 四四八を掴むことに成功した百代は奇声をあげながら四四八を振り回し、そして力いっぱい投げつけた。

 

「ぬっ!!」

 

 流石に百代の全力の投げ、地面激突する前に、崩の解法を最大展開して止まったが、間を空けてしまった――瞬間回復されてしまったか――

 そう思い、百代の方を見ると、

百代は回復など目もくれず、今あるありったけの気を手に込めて、四四八に向けて放とうとしているところだった。

 

「くくくっ……これで終わりだ……終わらせてやる!!」

――後ろの校舎ごと吹き飛んでしまえ!!!

「 か わ か み 波 ッ ! ! ! ! ! 」

 

 膨大という言葉ですら表せないくらい膨大なエネルギー波が四四八を襲う。

 

 そんなエネルギー波を輝く双眸で睨みつけ、ギリッ!と鳴るほど歯を食いしばり、血が滲むほど旋棍を握り込む、怒気を孕んだ声で叫ぶ。

 

「川神百代ッ!あなたは――あなたは――ッ!!!」

 

 そう叫んだあと、素早く、そして淀みなく印を結ぶ。

 展開するは堅の循法に崩の解法。

 この2つに全ての資質を注ぎ込み、巨大なエネルギーの塊に単身突撃していった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 次の瞬間、轟音と衝撃波が学園全体を覆った。

 

「わっ!!」

「きゃっ!!」

 生徒たちが座り込む。

 

 校舎の大部分はヒュームや鉄心が張った結界によって無傷だが、

それが及ばなかったところは窓ガラスが割れている。

 が、その程度で済んだのはかわかみ波の大部分を四四八が相殺した結果だろう。

 四四八の相殺なければ、いくらヒュームや鉄心が守ったとしても学園のいくらかは消し飛んでいたかもしれない。

 

 撃った百代は、ゆっくりと地面に降りてきて、衝撃波で起きた砂埃が収まるのを待つ。

 

 四四八の姿はいまだ見えない。

 

 その時、砂埃の奥底でキラリと光る緑色の双眸が見える。

 四四八は立っていた、二本の足で大地を踏みしめて。よく見ると所々に焦げ跡がみえるし、口からは血が一筋流れている。

 しかし、そんなことはどうでもいいとばかりに、四四八は百代を睨みつけている。

 

「くっ――!」

 

 四四八を視界に捉えた百代が戦闘態勢に移行したとき、四四八声が響き渡る。

 

「武神とは――ここまで盲(めくら)な者なのか!!!」

 怒気……いや、既に怒りをあらわにした声だ。

 

「あなたは今の一撃が何をもたらすか想像することすらできないと!!」

 百代が怪訝そうな目で四四八を見ている。

 

「耳を塞ぐな、手をどけろ! 目を瞑るな、瞳を開け!! 顔を伏せるな、頭を上げろ!!! あなたが何に向かって攻撃したか、その心で理解しろ!!!!」

 

 そう言って四四八は後方に手を振るい、散の咒法を放つ。

 土埃が一気に晴れる。

 そして、そこで百代が見たものは……

 

「……や、まと?」

 

 校舎の2階で心配そうに自分を見つめる最愛の弟分の顔だった。

 

 百代の顔が驚愕に染まる。

 なんだ、なんだ、なんなんだ、

さっき自分はなにをした。

 自分は自分の攻撃で弟を、妹を、仲間たちを消し飛ばそうとしていたのか?

 

「――うっ!」

 

 そう考えた瞬間、吐き気がこみ上げてきた。

 だが、思考は止まらない、止めようと思っても、自分の奥の何かが止めるなと言っている。

 

――鉄心がいるから、

――九鬼の従者部隊がいるから、

 

 そんなものは関係ない、それはただの結果論だ。

 あの時、自分は戦闘に没頭するあまり何を考えた?

 思い出せ、いや、思い出すな、いいや、思い出せ。

 自分の中の何かが葛藤している、そして思い至ってしまった、自分はあの時、

 

――後 ろ の 校 舎 ご と 吹き飛んでしまえ!

 

 そう思ったのだ――

 

 そこまで来たら、もう耐えられなかった。

 

「――うっ、あっ、おっ……えっ――」

 

 自分が四つん這いで吐いていると認識したのは胃液も全部吐き出して吐くものがなくなってからだ

それでも、震えと吐き気が止まらない、どうすればいいかも分からずに百代がいまだえづいていると……

 

 百代の反吐も気にせず近づく靴が見える、それが四四八のものだと認識したとき百代は首を掴まれ持ち上げられた。

 

「くっ……あっ……」

 

「その震えが力に対する恐怖です、その吐き気が力に対する責任です。そんなものすらしらぬ人が武神だ、最強だと滑稽にも程がある。せめてもの情けです、武神・川神百代という空虚な神、俺が今日、屠ってさしあげます」

 

 そう言って、四四八は力なくぐったりとした百代を無造作に校舎の2階――2-Fに放り投げた

2-Fの教室に飛び込んできた百代は机や椅子巻き込んで壁にぶつかりようやく止まった。

 

「姉さん!!」

「お姉さま!!」

 

 大和と一子がいち早く百代に駆け寄る、百代は気を失っているらしく、ぐったりとして目を開けない。

 

「姉さん!!姉さん!!」

 大和が百代を抱き起こして必死に声をかける、そんな時、上から死神のような声が降ってきた。

 

「そこをどけ、直江」

 

 振り返るとそこには四四八が立っていた。

 その鋼の様につよい意志からは一辺の情も感じ取れない。

 

 大和は考えていた、四四八は何故自分にあんな電話をかけてきたのか、

本当に、自分が百代を立たせることができるのか……

 未だに答えは出ていない、出ていないが、夜、Barで聞いた四四八の言葉は刻み込んでいる。仲間が、自分が誇れる自分。そんな自分になるために――

 

 大和は立ち上がり、四四八の前に立つ。目は四四八の緑色に光る双眸を見つめる。

「「「「「「大和ッ!」」」」」」

 仲間たちから声が上がる。

 

「……どかない」

「――なに?」

「俺、今ここでどいたら、姉さんのこと、もう姉さんって呼べない気がするから――だから、どかない」

「それは俺たちの戦いに入ってくるということか?」

「柊が、許してくれるなら……」

「覚悟があるなら――是非もない」

 

 そういって四四八はスッと構えを取る。

「せめてもの情けだ、一撃で仕留めてやる」

 

「大和ッ!」

 京の声だろうか悲痛な声が飛ぶ。

 

 自分の行動に、意味はないのかもしれない、でも自分の選択に後悔はしたくないから最後の一瞬まで四四八の目を見つめていた。そして四四八の一撃が入る――

 

――その時

「待ってください!!」

 

 開け放たれた扉から声が聞こえる。

「まゆっち……」

 

「無礼、無粋は重々承知――ですが!!ここからは私がお相手させていただきます」

 抜身の刀を正眼に構えた由紀江がそこにいた。

 

 そんな由紀江をみて四四八は超然という、

「増援、援軍は戦場の常だ、俺は一向に構わない」

「……ありがとう、ございます」

 

 そうやって刀を正眼に構えた由紀江がじりっと前に出る、そして――

 

「大和さん、モモ先輩をお願いします」

 

 そう、四四八から目をそらさずにいうと。

 

「行きます!はあああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 裂帛の気合とともに流れるような斬撃を繰り出す。

 

 それを四四八はトン、トン、と後ろにステップを踏むように回避しながらヒラリと2階から飛び降りた、由紀江もそれを追っていく。

 

「……まゆっち」

 そんな由紀江を見送ってから、

「姉さん!姉さん!!」

大和は思い出したように、百代に声をかけた。

 

 百代は夢を見ていた。

 子供の時の夢だ。

 夕日の眩しい川神の川べり、子供の百代と子供の大和がいる。

 男の意地が言わせた可愛い約束。

 大和はこの約束を覚えているだろうか……

 いや、自分も忘れていたのだ。

 なぜ今頃になってこんな事を……そう夢の中で思っていると。

 夢の中の大和の声が現実味を帯びてくる――

 

「姉さん!姉さん!!」

 

 百代はうっすらと目を開けた。

「あ!姉さん、よかった――」

 そういって大和に抱きしめられる、いつもはこちらから抱きしめてるからあべこべだなと、呆けた頭で考えながら……

 

 現状に我に返り、

「――ッ! 大和……すまない……私は……」

百代が何かを言おうとする前に、

「姉さん!俺――」

大和が口を開く。

「俺、約束覚えてるから!いつか必ず約束守るから!だから――」

 

 だから――なんといいたいのだろう大和自身もわかってなかった。

 だから――がんばって。

 だから――無理しないで。

 どちらなのかわからないし、もしかしたら両方かもしれない、どちらでもないのかもしれない。

 

 でも、なにか伝えたくて大和は強く百代を抱きしめた。

 

――ああ、そうかヤツが言ってたのはコレのことだったのか。

 

 確かに自分は盲(めくら)だ。

 こんなにも大事なものが近くにありながら、全く目に入ってなかったのだから……

 

 自分は戦いの時何を見ていた、敵、相手……いや違う、戦いの時、自分は自分しか見てなかったのだ。

 自分の欲求は理解されないと一人目をつぶり、戦いと称して自分と踊る……ああ、確かに滑稽だ、アイツの目にはさぞかに無様に映っただろう。

 

 でも、もう、大丈夫だ。

 大事な弟が教えてくれた。こんなにも大事なものは近くにあるのだ、まずはそのために立とうじゃないか、まずはもう一度、仲間たちと並んで歩こうじゃないか。

 これが四四八の求めている答えかどうかはわからない、でも、いまあるものをぶつける、それが自分の目を開かせてくれた四四八に対する礼儀だろう。

 

 だから、今も自分を抱きしめてくれてる大和の背をポンポンと叩いて言う。

「ありがとな、大和。大和のおかげでお姉ちゃんはもう一回、立つことができそうだ」

「姉さん……」

「柊の奴は?」

「今、まゆっちが戦ってくれてる」

「……そうか」

 

 そう言って立つと、いつの間にかファミリー全員が大和と百代を囲むようにいた。

「お姉さま大丈夫!!」

「モモ先輩、痛くはないか?」

「……モモ先輩」

「おいおい、柊のやつスゲーな」

「モモ先輩……服が、でへ」

「ガクト、こんな時に何見てんの」

 

 ああ、最高じゃないか。こいつらにこんな無様な姿は見せられない。

 だから百代は胸を張って言う。

 

「ああ、大丈夫だ!それに、ここ以上無様に負けたら、もうお前たちに姉貴顔できなくなるからな。そんなことまっぴらごめんだ!」

 

 そういって駆け出すように二階から飛び降りていく。

 そんな背中に大和が声をかける。

「姉さん、俺、姉さんが最強だって信じてるから!!」

 そんな大和の言葉に、親指を立てて了解の意を示すと、まっすぐ四四八に向かっていった。

 

 

―――――川神学園 グラウンド―――――

 

 

 由紀江は四四八と対峙して、改めて百代の凄さを認識していた。

 こんな人を相手に、よくもあんなに戦っていられたと――

 

 刀を交えてまだそんなに経っていないのに、由紀江は既に詰み始めていた。

 斬撃は躱され。

 突きはいなされ。

 打突は跳ね返された。

 自らの全部を賭(と)しても一歩、届かない……

 

 そんな由紀江を見透かしたように四四八が声をかける。

「どうした黛、必勝をきする相手が必ず自分と同格以下だとでも思っているのか!」

 

 由紀江の斬撃を紙一重で躱しながら由紀江さらに言葉を投げる。

「刃が届かないのなら届かせろ!剣筋に思考をのせて、踏み込みに心を足せ!!それでも足りなきゃ魂を賭けろ!!!お前の後ろには仲間が控えているんだぞ!!!」

 

 後方に飛び距離をとった由紀江は小さく深呼吸をする。

――そうだ、その通りだ自分は仲間を守るために、無礼を承知で四四八に挑んでいるのだ。

 ならば、一矢報い無ければ受けてくれた四四八にも仲間にも顔向けができない。

 

「今の、黛由紀江の全身全霊です――行きます」

「――来い」

 

 剣先に闘気を集め、蜃気楼のように剣先をボカす、

そして――最大神速で相手に斬撃を放つ。

 

「黛流 阿頼耶(アラヤ)!!」

 

 数多の強敵を倒したこの技を、正真正銘、全身全霊で四四八に放った。

 とった――と感じた、瞬間、死角から静かな声が聞こえた。

 

「今の一撃惜しかった……だが、まだ浅い」

 

 ゾクッと全身が総毛立つ。

 振り向くことなく分かっている、次の瞬間には旋棍の一撃が自分の頭上に降るだろう、

そんな覚悟を決めた時――

 

「私の仲間に手を出すなぁああああああ!!!!」

 

 そう言ってロケットのように突っ込んできた百代の一撃を四四八は由紀江に繰り出そうとしていた旋棍で受け止める。

 

「まゆまゆ!!」

「はああああああ!」

 

 その声の意図を察し、由紀江は体勢を無理矢理立て直し斬撃を繰り出す。

 それを四四八はもう片方の旋棍で受け止めると、すっと身体を後ろにそらし両側の二人の力をお互いにぶつかるように流した。

 

 そしてそんな一瞬大勢が崩れた由紀江に足払いをして由紀江の身体を浮かすと、そのまま由紀江を百代の方へと蹴り上げた。

 

「――かはっ!」

 

 飛ばされた由紀江を百代が包み込むように抱きとめると、

そのまま由紀江をお姫様だっこするような形で百代は着地する。

 

「あの!あの!」

 蹴られた腹部の痛さも忘れ、顔を真っ赤にしている由紀江に百代が声をかけた。

「ありがとうな、まゆまゆ。まゆまゆが時間を作ってくれたおかげで、立つことができた。本当にありがとう」

「……モモ先輩」

 

「……」

 そんな姿二人の姿を見ていた四四八は、すっと構えをとき踵を返そうとした。

「お、おい!」

 百代が声をかける。

 

「生徒が答えを出したのに、それを検証しないままもっと考えろと、殴る教師はいません。川神先輩、あなたの芯見せていただきました、俺はそれがいつか、あなたの戦の真になると信じてます」

「柊……」

「学園長、勝どきはいりません。欲しい結果は見れました、自分はこの戦いここで下ります」

「……そうか」

 鉄心は満足そうに頷いた。

 

 校門の方に戻ろうとする四四八の背に声がかかる。

「柊!」

 百代だ、四四八は首だけそちらに向けて続きを待つ。

 

「ありがとう……そして、悪かったな……」

「いえ……俺は教えるのが好きなんですよ、あいつらの中ではスパルタと有名です」

「そうか、スパルタか、たしかにそうだな……なぁ、悪かったついでにお願いがあるんだが……」

「なんです?」

 

 百代は困ったように顔を伏せる。

 自分の言おうとしていることはまったくもって我侭というやつだ。

 完全に四四八に迷惑がかかる……が、ここまで迷惑をかけといて、迷惑をかけるもクソもないだろう。そう開き直って百代は意を決していう。

 

「今日、お前の手で武神・川神百代は死んだ。今日から新生・川神百代の出直しだ……だから、新生・川神百代の初めての対戦相手は柊四四八がいい、受けてくれるか?」

「いつ?どこで?」

「――今――ここで」

 

 これは完全に百代の我侭だ、普通は受けない。

 でも、この男なら――この漢なら受けてくれるという、甘えにも似た確信がある。

 我侭は美少女の特権だろう、と自分で自分を納得させて四四八の答えを待つ。

 

 それを聞いた四四八はくるりと向きを変え、百代に向かい合うと、腰を落とし構えを取る、旋棍は持っていない。

「女性にそこまで言わせて、断るとあっては男がすたる。あなたの初めての全身全霊、受け止めさせていただきます」

 

 それをみた百代は嬉しそうに礼を言う、

「ありがとう、柊……お前はホントに……」

 

なんと言えばいいのだろう、こういう時、自分の馬鹿さが嫌になる。

 京や大和の様に、本の一つでも読んでいれば気の利いた言葉が出るのだろうか。

 

――あ、思いついた。

 

 言葉自体は陳腐だが何とも柊に合っている、そう思ったのでそのまま言葉に乗せてみる。

「柊……お前はホントに……いい男だな」

 

 それを聞いて少しびっくりするような表情をした四四八が口を開く。

「ありがとうございます。その言葉、男冥利に尽きますね」

 

「……ふふふ」

「……ははは」

 どちらともなく笑いがこみ上げる。

 

 そして――名乗りが上がる。

 

「戦真館 当代筆頭 柊四四八!」

「川神院 川神百代!」

「いざ――」

「尋常に――」

 

「「――勝負!!!!」」

 

 今までと同じようだが、全く違う、都合3度目の戦いの幕が上がる。

 

 そんな戦いを鉄心が嬉しそうに眺めていた……

 

 




というわけで四四八と百代の対戦は終了です
クロス元による百代の更生という、正直ありきたりな話ですが
水銀さん的に言って

脚本はありきたりだが役者がいい

と言っていただければ幸いです

お付き合い頂きましてありがとうございます


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幕 間  ~外野~

対戦後のエピローグを書こうとして
ついでなので今まであまり書いてこなかったキャラを書いたら
それなりの分量になってので投下

-追記-
ちょっと新たな展開を思いついたので
一人分シーンを追加させていただきました(4月9日)


「なぁなぁヒューム、凄かったな!」

 九鬼紋白は帰りの車中、手をブンブンと振るって興奮を全身で表しながらヒュームに言う。

 

「そうですな、紋様」

 いつもその他大勢にかけている言葉からは想像もできないほどに優しい声でヒュームが答える。某東城会の四代目に勝るとも劣らない豹変っぷりだ。

 

「川神百代を我の計画で倒すことができなかったのは口惜しいが、それにしても凄い戦いだった……なっ、ヒューム!」

「えぇ、素晴らしい戦いでしたね、私も久々に血が滾りました」

「そうか、ヒュームほどの者でもそうなのか。それにしても凄かった……」

 

 紋白は『凄かった』を繰り返している。幼く見えるが紋白は馬鹿ではない、むしろ相当に頭のいい人間だ、その紋白が評して『凄かった』のありきたりな表現しか出てこないほど、紋白にとって今日の戦い――川神百代と柊四四八の戦いは衝撃的だったのだ。

 

「なぁ、ヒューム、あの柊四四八を九鬼にスカウトしよう!」

 とてもいいことを思いついたという様に、紋白は目を輝かせてヒュームに言う。

「素晴らしいお考えだと思います」

「そうか、ヒュームもそう思うか!」

「えぇ、私の見立てでは柊が従者部隊に入って精進すれば、序列1位も夢ではない……と思っております」

「おお! そうか!それほどか!! ヒュームが言うならそうなのであろうな!!」

 瞳をキラキラさせながら紋白がヒューム答えに反応する。

 

「よし! 明日朝一番で柊に会いにいくぞ!!」

「そうですか、では、朝遅れないよう本日は少し早目にお休みなられるのがよろしいかと……興奮されているようなので、お休みなる三〇分前に温めのミルクをお持ちするよう手配いたします」

「そうか、すまないなヒューム」

「いえ……そろそろ着きます。お座りになってください紋様」

「うん、わかった」

 紋白はヒュームの言葉に素直に頷いて、シートに座りなおす。

 

――それにしても、凄かった。

 

 紋白は最後にもう一度、車内から川神学園の方を見ながら心の中で呟いた。

 

 

―――――放課後 川神学園 屋上―――――

 

 

「あーー、マズったなぁ……」

 松永燕は屋上で一人声を上げている。

 もちろん、今日の川神百代と柊四四八の一戦のことである。

 

 燕は九鬼から川神百代の打倒を依頼されていた、もちろん、自身も百代を倒すことで名をあげようという意思もあった。

 しかし相手はあの武神・川神百代だ、バカ正直に真正面からぶつかっても勝てる見込みは薄い、故に、必勝を期すために色々な準備をしていた。

 百代の技の種類、クセ、傾向、などの下調べはもちろん、交友関係に恋愛事情、家族事情、さらにそこに対する根回し……

 なかなか思うように行かない部分と奥の手である平蜘蛛の調整遅れなどもあり、だらだらと半年近くも勝負を伸ばしていたら、まさか鎌倉から来てわずか一週間の人間に百代打倒を掠め取られるとは……

 

 しかも、決着のつき方がこれまたマズい。

 百代の大きな弱点であった精神面での弱さを完全に……とまではいかないかもしれないが、大部分で払拭されてしまった。今まで用意した百代打倒のプランが完全におじゃんだ。かえすがえすも、あの柊四四八という男が憎たらしい。

 

 百代に勝利した――四四八自身はあの勝負からは自ら降りたのだから勝負は無効だと言っていたが、あれを四四八の勝利と言って違うという人間などいないだろうし、百夜自身、負けたと思っているだろう――四四八に勝負を挑んで勝てば、必然的に百代にも勝ったことになるのだろうが……残念ながら現状、柊四四八に勝てるビジョンが浮かばない。

 

 柊四四八の強さは能力的なこと以上に、精神的な部分が大きい。燕自身、自身の能力はもちろんだが、それ以上に勝つための駆け引きや、もっと言うなら裏工作のようなものも得意としているので、ああいう精神面で文字通り隙のない人間は本当に相性が悪い。

 

 だから、

「あーーーー、ホンっト、マズったなーーーー……」

燕は屋上で一人声を上げているのだ。

 

 しかし、このまま何もしないと九鬼との契約が破棄となり、それはそれで非常にマズい。

 

「さぁて、どうしたもんか……」

 

 誰もいなくなった屋上でゴロンと寝っ転がった燕は一人思案にくれていた。

 

 

―――――放課後 川神市 多摩大橋付近―――――

 

 

 源氏の三人は一緒に帰路についていた、徒歩だ。

 通常ならば義経の笑い声や、与一の悪態、それに対する弁慶のツッコミ――物理的なものを含む―― などでそれなりに騒がしいのだが、本日に限っては三人とも無言だ。

 

 原因は明白、義経が一言も喋らないからだ。

 うつむき、なにか思案に暮れるようにして、ただトボトボと歩いている。

 

 なんといってもこの三人の中心は義経なのだ、義経が黙っていると必然、ほかの二人も口数が少なくなる。

 

「なあ、義経のヤツ、どうしちまったんだよ」

 すっすっと与一が義経の後方にいる弁慶の横まで近づいて、小声で語りかける。

「私も知らん、モモ先輩と柊の一戦を見てからずっとあの調子だ」

「まぁ、たしかにスゲェ戦いだったけどよ……もしかして凹んでるのか?馬鹿じゃねぇの、ありゃ無理だろ。二人共バケモンだぜバケモン」

「与一ぃ……主に向かって馬鹿とは何だ馬鹿とは……お前はむしろ、もうちょっと源氏の自覚を持ったほうがいいんじゃないかぁ」

「ちょっ、ちょっ、いてぇ、いてぇって姉御!てか、絞まってる、絞まってる!!」

 突如としてかけられた弁慶のスリーパーホールドに対して与一はパンパンと弁慶の腕を叩いて、ギブアップの意思を表明する。

 

 そんな時、前を歩いていた義経がいきなり立ち止まる。

 

 後ろの二人も、それに気づき立ち止まる――スリーパーホールドはとけていない……

 

 義経はクルリと後ろを向き、弁慶と与一に向かい合うと、宣言するようにいった。

 

「弁慶、与一、義経は決めたぞ! 義経は柊くんになる!!」

 

「 「……はあ? 」」

 

 あまりにも突拍子な結論だけの宣言に、弁慶も与一も思わず気のない返事をする。

 

「義経は今日の柊くんの戦いを見て思った。義経が目指すべきは柊くんなんだと、柊くんこそ、義経の目標なんだと!」

 

 つまり、義経は今日の一戦をみて、柊四四八の生き方こそが、源義経のクローンとしてこの世に生まれた自分の目指すべき生き方なのだと言っているのだ。

 確かに四四八の理と情を兼ね備え、自身の可能性を微塵も疑わず、それでいて傲慢になることもなく、仲間を何より大切にする様は武士道の理想といってもいいかもしれない。あの生き方をするためにどれだけの自問と厳しさを己に課してきたのか、想像を絶する。

 

「まぁ、気持ちはわからなくわねぇがな。んで、具体的にどうするんだ?」

「え? そ、それは……今から考える……」

 一気にシュンとしてしまった義経に与一が追い討ちをかける。

「んだよ、なんにも考えてないのかよ、んじゃ、無理じゃねぇか」

「うぅ……与一の言うとおりだ……義経は未熟だ、これじゃあ柊くんになれない……」

 義経がさらに肩を落とす。

 

「与一ぃぃぃ……もうちょっとなぁ、言い方ってもんがあるだろおおぉぉ……」

「ちょおおおお!!ギブ、ギブギブギブギブ!!!」

解けていなかったスリーパーホールドを再び絞められ、与一がパンパンパンパンと弁慶の腕を叩く。

 

 そんな中、どこからともなく現れたクラウディオが、義経に声をかける。

「義経様。僭越ながらご提案させていただきますと、まずは柊様とのご交流を深めてみてはいかがでしょうか」

「……え?」

「柊様の生き方を目指す。私も素晴らしいことかと思います。ですが柊様の境地、一朝一夕で到(いた)れるものとも思えません。ですから、柊様とご交流を深め、話を聞き、人となりを感じれば、その道筋も見えてくるかと思われます。無論、易い道ではないと思われますが……」

「そうか……そうだな! 世良さんとはよく話が、柊くんとはあまり話したことがないな! よし! 義経はまず、柊くんと友達になることからはじめる!!」

「素晴らしいお考えかと」

「よし、そうと決まれば、明日、朝一番に声をかけよう! ……でも、なんて声をかければいいんだろう……べ、弁慶、義経はどうしたら柊くんと友達になれるんだろう」

 

 涙目になって弁慶に助けをこう義経。

「よーしよしよし、主よ、私と一緒に考えようなぁ。大丈夫、主はこんなにも可愛いんだ、柊と友達になるくらいなんでもない」

 締め落とした与一を放り出し、弁慶は義経を抱きしめいかにも愛おしいというように頭を撫でる。

 

「べ、弁慶くすぐったい」

「いいじゃないか……そうだ、今日は久しぶりに一緒にお風呂に入ろう……隅々まで洗ってやるぞ、そして、そこで明日の相談をしようじゃないか」

 じゃれあう二人と、締め落とされて道路に横たわっている与一。

 

 いつもの調子を取り戻した三人をクラウディオが静かに頷きながらに見守っていた。

 

 

―――――放課後 川神学園 花壇―――――

 

 

 葉桜清楚は川神学園の一角にある花壇で日課の水やりをしている。

「ごめんね、みんな。今日はちょっとイロイロあってくるのが遅くなっちゃった」

いつもの様に、花一つ一つに語りかけるように水をやっていく。

 その姿は、その名の通り『清楚』または『可憐』という言葉をそのまま形にしたといってもいいかもしれない。

 

 そんな清楚の顔が不意に曇る――

 

 頭にあるのは、友人でもある川神百代と柊四四八との一戦、

 

あの一戦のことを思うと胸が『高鳴る』――

 そう、胸が高鳴ってしまうのだ……

 

 葉桜清楚は、源氏の三人と同じく偉人のクローンだ。

 しかし、自らが誰のクローンなのかは知らされていない。

 成人になった時に教える。その時までに精進を重ねろ、クローン4人の生みの親、母親のような存在である人物は清楚にそう言っている。

 

 自分は本が好きだし、体は鍛えているがあまり武というものに興味がない、

源氏の三人が武人なのを鑑みれば、バランス的に自分は文人の偉人なのかなと、勝手に思っていたりする。

 

 しかし――

だとするならば、あの戦いを見た自分の胸の高鳴りは何なんだろうか――

 

 ドクン――

 最後、仲間の支えで再び立った川神百代の美しさを思うと胸が高鳴る……

 

 ドクン――

 最後まで百代の全力をその身で受け止め続けた柊四四八の雄雄しさを思うと胸が高鳴る……

 

 いままで、自らの正体に疑問を持つことが全くなかったわけではない。

 ないが、自分の母親のような存在――マープルの事を信頼していたし、自分が誰であっても、自分は自分。そうも思っていた。

 

 しかし、こうまで自分が思ってもいなかった感情に出くわすと……不安になる……

 

 そういえばこの花壇の水やりを手伝ってくれる2-Fの千花や真与が川神学園には生徒の依頼を独自に解決するシステムがあるということを言ってた気がする。

 

「……依頼。してみよう……かな」

 

 夕暮れの花壇に清楚のつぶやきが吸い込まれていく……

 

 

―――――放課後 川神学園 廊下―――――

 

 

 忍足あずみとマルギッテ・エーベルバッハは川神学園の廊下を歩いていた。

 無言だ。

 別に示し合わせたわけではない、ただ教室をでるタイミングが同じで、進む方向が同じ。

 そういった感じだ。

 

 故に無言。あえて話す必要もない――

 

 そんな中、不意にマルギッテが口を開く、

「――いいですか、‘女王蜂’」

「――なんだよ、‘猟犬’」

 二人共戦場での異名で呼び合う、

視線は合わせない、二人共進行方向を向いている。

 歩みも止めない、二人共歩き続けている。

 

「先の、川神百代と柊四四八の一戦なにか思うところはありましたか?」

「――ないね」

 あずみはマルギッテの質問に即答する。

 

「アタイはもう傭兵じゃない、英雄様に仕えるメイドだ。誰が強いとか弱いとか、誰それの思想がどうとか、そういうのはもう卒業してる」

「――そうですか」

 

 また無言の時間が流れる、歩みは止まらない。

 

「お前の方こそどうなんだよ、‘猟犬’。もしかして身体が火照って止まらない、なんて言うなよ」

 あずみの下品な返しに鋭い一瞥で答えると、

「そうですね、軍人としても同じ旋棍使いとしても興味は付きません。ですが、自分は川神百代との戦闘を禁止されている身……その川神百代に勝利した柊四四八の扱いについて、軍からお達しが来てもおかしくはありません……」

 と、少々残念そうにつぶやいた。左手が無意識の内に眼帯を触っている。

 

 階段についた、どうやらここで行き先が異なるらしい。

 

「そうかい、まぁ、昔のよしみだ。もし対戦することになったら応援ぐらいはしてやるよ」

「不要のことだと心得なさい、自分にはお嬢様の声援があれば充分です」

「へっ……そうかよ」

 

 それを最後に、二人は別の方向へ歩いていく。振り返りもしないし、声もかけない。

 

 マルギッテは無性にクリスの声が聞きたくなった。

 携帯を取り出し、クリスの番号を表示しようとして――いや、いっそ会いに行ってしまおう、そんな風に考え携帯をしまう。

 

 マルギッテはクリスに持っていくお土産の事を考えながら校門を後にした。

 

 

―――――閉門前 川神学園 グラウンド―――――

 

 

 九鬼英雄はグラウンドを見ている。

 既に激闘は終わり、従者部隊による後片付けも終了している、校門が閉まる時間も近づいてる事もありグラウンドに人影はほとんどいない。

 そんなグラウンドを英雄は腕を組み、校舎を背にして仁王立ちのようにしながら見ている――いや、睨んでいると言ってもいいかもしれない。

 

 そんな英雄の背に声がかかる。

「英雄、こんなところに居たんですか。あずみさんが探していましたよ」

 冬馬だ、だが、英雄はそんな冬馬の声に振り向きはしない。

「先の柊君の一戦を考えているのですか?」

 英雄はまだ答えない。

 そんな英雄にかまわず、冬馬は続ける。

「私は、武道に関しては門外漢なのでわかりませんが、あの一戦胸にくるものがありました。柊四四八という人物は存外、人の心を揺さぶるのが得意なようです……」

 

 

 そんな中、不意に英雄が口を開く。

「柊は……凄い男だな……」

 重く、強くそして気持ちのこもった言葉が紡がれる。

「男子として生を受けた限り、柊のように生きてみたい……我は心からそう思う」

 

 そんな英雄の言葉を聞いて冬馬は英雄の隣に並び答える、

 視線は同じくグラウンドに向けられている。

 

「私は柊四四八という人間に憧れています。ですが、同時に九鬼英雄という人間にも憧れています。九鬼英雄の生き方は、決して柊四四八に劣っていない。私はそう、思っています」

「……トーマ」

 英雄ははじめて、グラウンドから視線を冬馬にうつし呟く。

 そんな英雄と視線を合わせ再び冬馬が言う。

「私は、九鬼英雄と柊四四八という世界でも類を見ない素晴らしい男に同時に交流が持てた事、本当に幸運だと思っています。本当に……」

 

「そうか……そうか……」

 眼をつぶり、冬馬の言葉を噛みしめる様にして深呼吸をすると、

今度は一転して張りのある声で冬馬に話す。

 

「我が友・トーマよ! 先だって柊と直江を伴って会食をしたようだな!」

「ええ、とても有意義な一時でしたよ」

「そうか……ならば、次は我もいくぞ!声をかけろ、予定は空けておく! 四人で朝まで語り明かそうではないか!! フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

「ええ、それはいいですね。是非実現させましょう」

 

「英雄様ーーーーーッ!! そろそろ校門が閉まってしまいますよーーーーーーっ!!」

 校門のあたりであずみが手を振っている。

「おお!あずみ、今行く!!」

 そんなあずみに大声で答えて、冬馬に向き直り言う。

 

「トーマよ。よければ送っていくぞ」

「そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきましょう」

 そして二人して校門に向けて歩き出した。

 

 こうして様々な人々に、様々な思いを残し、激闘の一日は幕を閉じた……

 

 




書いてて楽しかったのは源氏の3人
心はだそうだそうと思ったけど
友達がいないから出せなかった……
心……まゆっちより友達いない?

-追記-
清楚のシーンを追加させていただきました

お付き合いいただきまして、ありがとうございます


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第十五話 ~戦後~

前話を書いた関係でなんか分量が増えてしまいました
分割しても良かったかなぁ

あと、前話に追記をしました
まだ見てなくて、ご興味のある方はあわせてご覧ください


「おーい、四四八、大丈夫かぁ」

 もう何度目かになる仲間からの声に四四八は弱々しく答える。

「……大丈夫だ」

 しかし、そういう四四八の身体はフラフラして今にも倒れそうだ。

 

 四四八は百代との一戦を終え、寮へと帰る途中だ。珍しく千信館の仲間全員と一緒に帰っている。もちろん彼らは四四八を心配してついているのだ。

 

 最後の百代の勝負の申し出を受けて、制限時間いっぱいで引き分けになるまで戦ったあとは二人共精も根も尽き果ててグラウンドに倒れ込んでしまった。

 そして、保健室に運ばれた二人を待っていたのは鬼のような形相で涙を貯めているというとても器用な芸当をしている晶だった。

 

 そして晶の能力(ユメ)による治癒をうけ(もちろん百代は驚いていたが)、帰宅の路についているというわけだ。

 ただ、晶の治癒で怪我などは治っているが、気力や体力といったところまでは流石の晶でも戻せない、必然、現在の四四八は歩く……というか、立っているのが精一杯という感じになっている。

 クラウディオから送迎の申し出をされてはいたが丁重に断った、百代が歩いて――というかほとんど大和に引きずられてだが――帰っているのを見て、自分が送ってもらうわけには行かなかった。意地……というか、もはや痩せ我慢の境地だが、その辺が四四八の四四八たる所以であろう。

 

 そんなわけで、当然歩みは遅くなる。

 仲間たちは四四八の歩みに合わせてくれている。

 そのことについて、仲間たちに謝るのは失礼だろう。だから、四四八は傍にいてくれる千信館の仲間に素直に甘えることにしている。

 

「それにしてもホントにフラフラよ、だらしないわねぇ。いっそ淳士におぶってもらったら?」

「はぁ? なんで俺が野郎なんておぶわなきゃいけねぇんだよ」

「あら? なに淳士、女の子ならいいって言うの?スケベ!あんた意外とムッツリなのよね」

「あぁ?! 治療中の柊の上半身ガン見だった奴がよく言うぜ」

「あばばばばばばばば、ばっかじゃないの! デ、デタラメ言わないでよ。わ、私はそんな柊のゴツゴツした身体なんか……そんな、興味ない……し」

 そんなことを言いながら、顔を真っ赤にして四四八の方をチラッチラッとみている鈴子を鳴滝は呆れたように見て、嘆息する。

 

「でもモモ先輩、凄かったなぁ。まさか、四四八がここまでボロボロになるとわねぇ」

「そうね、晶なんか途中で泣いてたし」

「泣いてねーーよ!」

「いやー、流石あっちゃん。こういう時のヒロイン力は高いよね。泣いてたし」

「だから、泣いてねーーーし!!」

「だって晶。勝負終わったらスゲーダッシュで保健室いってたじゃん。泣いてたし」

「テメェ、栄光。村雨丸で頭カチ割んぞ!」

「ちょ、なんでオレだけ!!」

 

 そんな仲間の会話にツッコミを入れる気力もないが、それでも少しづつ歩を進めようやく寮までたどり着いた。

 

「ふう……おまえら、ありがとうな」

 そう礼を言って、部屋に戻ろうとする――と、寮にたどり着いた事で気が抜けたのか、四四八は足をもつれさせてしまった。

 

「うおっ!」

「キャッ!」

 

 前にいた水希を巻き込むようにして倒れこむ。

 

「お、おい四四八、水希。大丈夫か?」

「ったく、だから無理すんなって言ったろ」

「鳴滝くん、お姫様抱っこで運んであげちゃいなよ」

「あ?だから、しねぇって」

「もう、水希大丈夫?――って柊!!」

 鈴子が声を上げる。

 

「いてて……柊くん大丈夫? って――ッ!!!!!!」

 水希が息を呑む。

 

「……っつう」

 四四八が目を開いたときそこには見慣れないものがあった、周りも薄暗い、

――なんだこれは?

 脚というか太ももと、下着――パンツが見える。色は白く花が腰のあたりに散りばめてあり随分と可愛らしいデザイのモノだ、水希らしいといえば水希らしいチョイスかもしれない。

 現状を鑑みて、水希を巻き込んで倒れたときスカートに顔を突っ込んだというところか――全く器用な倒れ方をしたもんだ、そう思いながら……

 

「ああ……悪かったな世良」

 そう詫びを入れながら立ち上がり、部屋に戻ろうとする――と、

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとぉ!! 乙女のスカートに顔突っ込んどいてそれだけ?もっと他にないの!」

 我に返った水希が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

 

 そんな声に首だけ振り返り、見下したような目で四四八は言う。

「いいか、世良。俺はいま非常に疲れてるんだ……だから、お前のパンツなんて心っ底どうでもいいんだよ――」

「なっ、なっ、なっ……ッ!」

「ああ、それと、食事は冷蔵庫にでも入れててくれ。起きたとき食べれそうなら食べる、じゃあな、おやすみ」

 そう言い放つと、そのまま部屋に入りドアを閉める。

 

 四四八のあまりの言い草に口をパクパクさせていた水希が我に返り、

「乙女のパンツなんだと思ってるのよーーー! 今日私が食事当番なの忘れてるでしょ! 柊くんのご飯なんかぜーーーーーーったい作ってやんないんだから、ばかーーーーーーーッ!!!!」

水希の声が寮内に響き渡る。

 

「すげぇな、柊……。あの所業であの態度かよ」

「ある意味、男らしいっちゃあ男らしいけどなー」

「何言ってんの! 不潔よ! 不潔!!」

「まぁ、なんつうか、水希が可愛そうだわなー」

「みっちゃん、大丈夫。みっちゃんのパンツに価値を見出しくれる人もきっといるはずだよ」

 歩美の慰めにもなってない慰めを聞きながら水希は四四八の部屋を涙目で睨んでいる。

 

 柊四四八の激闘の一日はこうして幕を閉じた……

 

 

―――――川神市某所 風間ファミリー秘密基地―――――

 

 

「大和ぉー、お姉ちゃんは疲れた。ジュースを取ってくれー」

 基地内のソファーにだらしなく寝そべってる百代が大和に声をかける。

「姉さん、こぼすから飲む時はちゃんと起きて飲みなよ」

 そういって大和がペットボトルを手渡す。

「大和が口移しで飲ませてくれたらこぼさないんだけどなぁ」

 ペットボトルを受け取った百代がニヤリと笑いながら言う。

「はいはい、わかったわかった。わかったからちゃんと起きて――」

 と、そんな百代の軽口をスルーしようとした時――

「その案のったーーーーーー! 大和……私にもそれ……してッ」

 京がズズズっと詰め寄ってくる。

「いや、だから、俺スルーしようとしてたじゃん……」

 

 風間ファミリーの秘密基地。現在ファミリー全員が揃っている。

 あの激闘のあと、覆いかぶさるように大和にしなだれかかる百代をなかば引きずる様にして帰ってきた。本当は川神院に連れて変えろうと思っていたのだが、百代が基地に行きたいとダダをこねたので基地まで連れてきた。

 

 一子が鉄心に連絡を入れたところ、遅くなってもいいから二人で帰って来いという答えが返ってきた。今日の一戦に対する鉄心なりの配慮なのかもしれない。

 

「それにしても、とにかくスゲー戦いだったな」

「もうなんか、神座万象シリーズとかに片足突っ込んでるよね……」

「柊のやつ、あんなに目立ちやがって……勉強もできてあんなに強いとか反則だろう!」

「……しかもイケメン」

「だーーーー、やり直しを要求する!!」

「誰にやり直しを要求するのだ? ガクト」

「聞いてるか神様! あんたは不公平だぞおおおおお!!!!」

 そんなファミリーの会話の中に入らず一人うつむいている一子に気づき大和が声をかける。

 

「どうした、ワン子。元気ないじゃないか」

「あ……うん、ちょっと……」

「らしくねぇぞ、何かあるなら話してみろ」

「……いや、柊くんがあんなに強いってことは。鈴子ももっと強かったのかなぁ……って。アタシが弱かったから手抜かれちゃってたのかなぁ……て」

「……ワン子」

 

 そんな一子の頭に手がポンと置かれ優しく頭を撫でる、寝そべったままの百代が一子の頭を撫でている。

「まぁ、向こうにも向こうの事情があるんだろう、しょうがないさ。だがな、ワン子。悔しいのなら精進しよう、私も敗けて心底悔しい……だから一緒に強くなろう……な」

「お姉さま……うん!そうね、そうよね!落ち込んでなんかいられないわよね!! 勇往邁進!! 頑張るわよ!!」

「そうだ、その意気だ。ワン子は強いな……」

「えへへ……」

 百代の言葉に一子は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う。

 

「まゆまゆも大丈夫か?」

 もう一人会話に加わらず疲れた感じにソファーに座っている由紀江に百代が声をかける。

「え! いえ!! 大丈夫です、大丈夫です!」

 そんな声にビックリしたように声を上げる。

「……でも、まゆっち顔色悪いよ? 疲れてない」

「おー、そう言われればそうだなぁ、ホント大丈夫か?」

 京とキャップが由紀江の顔を覗き込むようにして言う。

「え……いや、いや……ホントに大丈夫です!」

 顔を近づけられて慌てたように由紀江がパタパタと手を振った。

 

「まぁ、あの柊と打ち合ったんだ、しょうがないさ。私なんかまだ一人で歩いて家まで戻れる気がしない」

「そ、それはモモ先輩はあんに長時間戦っていたのですから、私なんかほんの少しです、ほんの少ししか戦ってないのに……」

「今の自分では、柊四四八に届かないと解ってしまった……か」

「……はい」

「まぁ、それは私もだ。私も柊四四八には届かなかった、届かなかったばかりか完膚無きまでに叩き潰された。お互い修行が足りないな、まゆまゆ」

「そう……ですね……精進しなければ」

「ああ……そうだな」

 

 そんな話をしていると、寝そべっていた百代がすっと上半身を持ち上げた。

 

「外の空気を吸いたくなった、大和、屋上まで連れてってくれ」

「屋上くらいひとりで行けるだろう?」

「やだ、いけない、あー、こんな甲斐性のない弟を持ってお姉ちゃんは不幸だなぁ」

「わかった、わかったから、ったくしょうがないなぁ――ってちょ――」

 そうやって立ち上がった大和に再び覆いかぶさるようにしなだれかかる百代。

 

「さぁ、連れて行ってくれー」

「わっかったよー、てか、さっきも思ったんだけど姉さんちょっと重くなったんじゃない?」

「……大和ぉぉ、お前は女性に言っていいことと悪いことの区別もつかない馬鹿者だったかぁ……」

「いや、この体勢で首絞めるのは、マズ、マズい!」

 

 そんなことを言いながら大和は百代を屋上へと連れて行く。

 

 日はとっくに沈み、空には星が輝いている。

 秋ということもありそれなりに肌寒いが、この一日であった様々なことで興奮した頭には丁度いい涼しさかもしれない。

 

 屋上についた百代は壁に手を付き、多少よろけるようにして壁を背にして座る。

 

「本当に一人じゃ歩けないのね」

「まぁな、文字通り精根尽きはてたって感じだ。空っぽだ、私の中にある川神百代というものを根こそぎ使って戦ったからな」

 

 沈黙が降りる、ただ、苦しい沈黙じゃない――二人共空を見上げている。

 

「……なあ、大和。ありがとうな」

「なにがさ――」

「私は大和のおかげで立つことができた、大和がいなかったら今こうしていない。多分、抜け殻になってしまっていたよ」

「それ、さっきも聞いたよ」

「それでもさ、改めて礼を言いたくてな」

「じゃあ、どういたしまして。まぁ、姉の面倒を見るのは弟だって古今東西決まってるからね」

 そう軽口を叩いたあと、再び大和が口を開く。

 

「実を言うとさ、柊から電話があったんだ」

「え?」

「昨日の夜、明日姉さんと戦うって。それで、もしもの時は姉さんの事は俺がちゃんと見てろって念を押された」

「そう、だったのか……」

「正直、あのときは何言われてるかわからなかったし、今も自分がしたことがよかったのか全然わからないけど、姉さんがそう言ってくれるってことは、少しは姉さんの役に立った……かな?」

「ああ、大和がいてくれて、良かった……本当に」

 

 再び会話が途切れそうになったとき、大和が気になっていたことを告げる。

「ねぇ、姉さんは柊のことどう思ってるの?」

「は? どういうことだ?」

「いや、だって最後の勝負の申込み方、あれ聞き方によっちゃ愛の告白みたいだったよ」

「ん? そうなのか……そういうつもりはなかったんだが……はぁん、さては大和お前妬いてるなぁ。ふふ~ん、可愛い奴だなあ」

そういって大和の頭を近くに寄せると抱きかかえグリグリと頭を撫でる

「ちょっと、ちょっと!髪がグシャグシャになる」

「だったら正直にいえ~、妬いてるのかぁ」

「妬いてるよ、妬いてる。そりゃ、妬かないわけ無いでしょ」

「え? 本当に?」

 

 大和の言葉にびっくりして思わず声を上げる。

 大和はその隙に百代の束縛を振りほどくと立ち上がると手櫛で髪を直す。

 

「そりゃ、大好きなお姉ちゃんが他の男を目で追ってればヤキモチの一つも焼きたくなるでしょう」

「あ……あぁ……」

 

 予想外の対応に百代が動揺を示すが大和はなんでもないかのように先を続ける。

 

「でもさ……気持ちわからなくもないんだよね、俺も柊四四八って男に憧れちゃったからさ」

「……大和」

「俺、いつか柊みたいな男になりたい。無理かもしれないし、無茶かもしれないし、出来ないかもしれない。でもさアイツみてなにか感じなきゃ、男じゃないでしょ。だからさ、頑張ってみようと思うんだ――姉さんとの約束守るために……」

「――大和」

 

 そう言うと百代は震える足に力を入れて、大和に抱きつく。

「ちょ、どうしたの」

「いや……大和、少し見ないあいだにいい男になったな……」

「なんなんだよ、いきなり」

「まぁ、見てなかった私が悪いんだが……なぁ、大和」

「なに?姉さん」

「お互い……強くなろうな」

「――うん」

 

 血の繋がらない姉弟二人を秋の星空だけが見ている。

 

 川神百代の激闘の日はこうして幕を閉じた……

 

 

―――――翌日 川神学園正門前――――

 

 

「……不覚だ、まさか日課のランニングができない時間に起きるとは」

 昨日あれから部屋に戻り、文字通り泥のように眠って気がついたら既に朝の7時に近かった。

 ここ5年日課として続けていたランニングを外的要因以外で休んだのは初めてだ。

 それだけ、昨日の一戦の疲れがたまっていたのだろう。

 現に今も、身体の奥底には疲労が道路に落ちたガムのようにこびり付いているのがわかる。だが、まぁ、これは少しづつ剥がしていけばいい……と自分では理解している。

 

「まぁ、それでもしっかり起きるあたりらしいちゃあ、らしいけどな」

「ほんっと、鉄人だよねぇ四四八くんは」

 一緒の登校している4人が言う。

 因みに鈴子は薙刀部の朝練で先に行き、水希は何故か機嫌が悪いらしく四四八の顔をみたら先に行ってしまった。

 

「そういや、世良のやつはどうしたんだ? なんかプリプリ怒ってたが」

「いや、柊。それ、おめえが言うか?」

「いやー、ホント、これは同じ女として水希には同情するわー」

 珍しく長時間眠ったこともあり、寮に帰ってきた前後がどうにも記憶が曖昧だ……まぁ、じきに思い出すだろう。そんな風に切り替えて正門をくぐると。

 

「柊、おはよう」

「お、柊、おはよう」

 風間ファミリーの面々がいて、百代と大和がこちらに気づき近づきながら挨拶をしてきた。

「おはようございます、川神先輩、あと直江も」

「身体はどうだ? 柊」

「もうすっかり大丈夫です……とはなかなか言えませんね、疲れがこびりついてます」

「そうか、私もだ。この時間に学園にいることを心の底から褒めたい気分だ」

「姉さん珍しく俺が起こしに行っても起きなくて、最終的に学園長の技で起きたからねぇ」

「それは……また、ダイナミックな目覚まし時計だな……」

 

「まぁ、そんなことより。昨日のことはありがとうな。まだ面と向かってお礼も言ってなかったから気になってたんだ」

「いえ、俺の方こそイロイロ無礼を働いてすみませんでした」

「いや、柊のおかげで自分の足りないものが見えたきがする、だからありがとう」

そういって百代は右手を差し出す、意図を察して四四八も右手で握り返す。

「少しでもお役にたてたのなら幸いです」

「また、戦ってくれるか」

「試合でよければ喜んで」

 そんな二人を大和が満足そうに見ている。

 

 その時、黒塗りのリムジンと人力車が正門に到着する。

 

「 「フハハハハハーーーーッ! 我、顕現である!!」 」

 

 在学中の二人の九鬼が揃って現れた。

 九鬼の二人は従者を引き連れて、百代と四四八の元にやってくる。

 

「川神百代、柊四四八。昨日の一戦見事であった。我は感動したぞ!」

「我も同じです兄上、そこで柊四四八、お主九鬼に来ぬか?」

 

 そう言って紋白がピシっ!と四四八に名刺を差し出す。

 

「……え? あ、俺ですか?」

 九鬼兄妹のあまりの濃さに一瞬反応が遅れて名刺を受け取る。

「九鬼は優秀な人材にはいつでも門を開いておる!」

「柊をお前が来るなら我はいつでも歓迎するぞ」

「興味があったらいつでも我に声をかけてくれ!」

「ではまた教室でな!!」

 

「 「フハハハハハーーーーーーッ!!」 」

 

 九鬼の二人は一方的に用件だけ言うとそのまま校舎へと仲良さそうに歩いて行った。

 名刺を手に持ち、あまりの展開に呆然と立ち尽くしてる四四八に従者二人が声をかける。

 

「まぁ、お前は赤子の中でもだいぶ見込みがある方だ。九鬼に来るならオレが直々に鍛えてやろう。光栄に思うんだな」

「まぁ、来るっていうなら歓迎するぜ、優等生」

 そういってヒュームとあずみはそれぞれの主のもとへ向かっていった。

 

 それを見ていた大和がおかしそうに四四八にいう。

「いやー、柊はこれから大変だぞ」

「何がだ?」

「そりゃ、姉さん。武神・川神百代に勝ったんだ、反響がこんなもんで済むはずないさ」

「そうだな、いろんなやつからラブコールが来るかもな。甘いもんじゃないと思うが」

 そう言って大和と百代はニヤニヤと笑う。

 

 その話が終わらぬうちに、次の来客が現れた。

 

「モモちゃん、大和くん、おっはよー」

「おー、燕か、おはよう」

「燕さん、おはよう」

「うんうん、そしてそこにいるのが噂の柊四四八くんっと、はじめまして、私、松永燕。燕でいいよん」

「はじめまして、燕先輩。柊です」

「うんうん、礼儀正しいねー、んじゃご褒美に、はいコレ」

「……納豆?」

「そそ、ウチ松永納豆っていう納豆作ってるの、私も納豆小町として活躍中―、よろしくね」

「え?あぁ……はい」

 どう反応していいか困惑している四四八をよそに、

「んじゃ、モモちゃんまた教室でねー。大和くんも柊くんもまたねー」

そういって手を振りながら校舎へ入っていく。

 

「よぉし、取り敢えず、ファーストアプローチは終了。まぁ、こうなったら腹くくって柊くんをターゲットにするしかないもんねぇ」

 燕が一晩考えて出した結論がコレ、最初の紋白の意向とは少々違うが名を知らしめるという意味では問題ないだろう。

「よし、いっちょ頑張りますか」

 そういって自分に気合を入れた燕は、四四八攻略のための作戦を練っていく。

 

 燕がそんなことを考えているとは露知らぬ二人のもとには正門での最後の来客が来ていた。

「あ……モモちゃん、おはよう」

「おー、清楚ちゃん。今日も清楚だなぁ、あー清楚ちゃんマジ清楚」

「姉さん、なんか言葉遊びにみたいになってるよ」

「んー、それにしても、清楚ちゃん。ちょっと元気がないんじゃないのか?」

「え? そ、そんなことないよ……え? 柊……くん?」

 清楚はそこに四四八がいることを初めて認識して、目を見開いた。

 

「わ、わ、私もういくね、じゃあね」

 そう言って清楚は逃げるように去っていった。

「どうしちゃったんだろう、清楚ちゃん……」

「どうせ姉さんがまたセクハラしたんだろう」

「失礼だな、今日はまだしてない」

「どうでもいいが、この俺の手の中の名刺と納豆はどうすればいいんだ?」

 

 そんなやりとりの向こう側で清楚は一人激しく動く胸の動きを抑えようと必死になっていた。

「私、本当にどうしちゃったんだろう……」

 あのまま、二人のいる空間に居続けたら、もう自分が自分でいられなくなる。そんな恐怖に駆られて逃げるように――というか、逃げてきてしまった。

「やっぱり、依頼……してみよう……かな」

 清楚のつぶやきは朝の校舎の喧騒に飲まれていった……

 

 

―――――川神学園 2-S組―――――

 

 

 昨日の疲れが抜けきれてない現状で、朝から濃い面子との遭遇をなんとか終えてクラスに入ってきた四四八を待っていたのは、義経の第一声だった。

 

「柊くん! おはよう!!」

 四四八を見つけるとダダダッ!と駆け寄ってきて詰め寄るように朝の挨拶をする。

「お、おう……おはよう」

「義経は……義経は、柊くんの昨日の一戦感動した!! だから……だから……ッ!」

「ガンバレー、主、ガンバレー」

 何か言おうと必死になっている義経と、まるでやる気のない応援を後ろでしている弁慶。

 四四八が状況を把握しかねていると、意を決したように義経が声を上げる。

 

「柊くん、よ、よ、義経と友達になって欲しい!!!!」

 

「え? ああ、それは構わないが……」

「ほ、本当か! やったー、弁慶、義経はやったぞ!」

「ほーら言っただろう、柊と友達になるなんて主にとっては簡単な事なんだ」

 義経は弁慶の胸に飛び込み、弁慶はそんな義経を愛おしそうに撫でる。

「けっ、バカくせぇ……」

 与一はその光景を自分の席から眺めて悪態をつく。

 

 そんな主従をわけがわからないという感じで見ていると、今度はマルギッテが声をかける。

 

「柊四四八、校章が曲がってます。ああいった過激な一戦のあとでは気が緩むものです、改めて気を引き締めることを心得なさい!」

「はい! 了解しました!」

 昨日からの疲れと、朝からの怒涛の展開で混乱している四四八はマルギッテの軍隊口調におもわず戦真館での返事を返してしまう。しかしマルギッテ自身はそのことには触れず――

「おや、肩にホコリもついてますね」

 そう言って、四四八の肩のホコリを自ら払うと、満足そうに四四八をみて、

「うん、これで完璧です。では――」

そう言って席へと戻っていく。

 

「ふふふ、モテモテですね」

 最後に冬馬がやってくる。

「まったく、なにがなんなんだか……」

「まぁ、四四八君はそれだけのことをしたということで、甘んじて受け入れるしかありませんよ」

「直江にも同じことを言われたよ」

「ふふふ……そうですか……」

「なんだよ、その笑いは」

「いえ、まだまだ退屈せずには済みそうだなと思いまして、お、そろそろHRの時間ですね。席に着きますか」

 

 そういってお互いが席に着くと、先に席についていた水希と鈴子が声をかけてきた。

「柊くん、随分とモテモテだよねー、鼻の下伸ばしちゃって、ヤな感じー」

「ほんとよ、不潔、変態、最っ低。奴隷の分際で身の程をわきまえなさいよね」

「おいおい、お前らまでなんだんだ……」

「しーらない」

「ふん!」

 

――まったくなんだっていうだ、そう思い四四八は一人溜息をつく。

 

 川神での生活はまだ半分以上残っている、まだまだ波乱は起きそうだ――

 

 




ラッキースケベに対してあんな対応ができるキャラを
自分はほかに知りませんw

都合6話にわたって書いてきた四四八対百代の戦いはこれで終わりです


お付き合い頂きまして、ありがとうございます


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第十六話 ~友誼~

メインの話を考えついたのですが
ずっと四四八が出ずっぱりってのもなんなんで
今回は他のキャラにスポットを当ててみました

てか、展開がいい加減ワンパターンだなとか思い凹んでる今日この頃
俺の中のチャラ男の引き出しがもう空っぽです……


――おーし、次いくぞ!

カキーン

――バスッ!

 

 グローブとバットそして白球の音が七浜スタジアムに響わたる。

 現在は秋季キャンプ中の七浜ベイスターズ。

 今年はなんと万年最下位の座から脱出し――それでも5位なのだが――選手たちの顔にも例年以上にやる気が感じられる。

 とは言ってもこれはあくまで秋季キャンプ、主力の選手は休養中でグラウンドにいるのは若手と二軍上がりの選手。したがって観客はまばらだ。しかも現在は、平日の夕方近く、そろそろ練習も終わりという頃なのでそのまばらな観客も半分以上は帰る準備をしている。

 

 そんなほとんど人のいないスタジアムの席に大和田伊予は座っていた。

 

 秋季キャンプ中のスタジアムという所は、年頃の女子学生が平日の放課後訪れる場所としては、些か以上に珍しいところだが、

自他共に認める熱狂的なベイスターズファンである伊予としてはそれほど珍しいことでもない。川神から七浜まではそれほど離れていないため、学園を出て30分もあれば到着するので、この時期は若手のチェックも兼ねてそこそこ以上に足を運んでいる。

 

 因みに、千信館のある鎌倉まではそこから更に30分弱といったところだ。

 

 しかし、今日の伊予はいつもとだいぶ様子が違う。

 

 いつもなら知り合いのベイファンの人達と、今見ている若手の品評に今シーズンの愚痴、ストーブリーグの近況、来シーズンの期待などに花を咲かせることが多いのだが、今日は誰とも喋ってない。

さらに言うなら、あまり練習も見てないように見える。

 グラウンドに目を向けてはいたが、心ここにあらずといった具合で、グラウンドの中の練習は頭に入っていないようだ。

 

 今、伊予の心の大半を占めているのは、

愛する七浜ベイの黄金時代を築いた正捕手が宿敵名古屋の選手兼監督に就任したこと――ではない。

 友人である黛由紀江のことだ――

 

 先だっての川神百代と柊四四八の一戦は当然だが生徒の話題の的だ。

 そして、その中で割って入った由紀江に対して賛否が渦巻いているのだ。

 

 真剣勝負の中に割って入るなど常識はずれにも程がある――。

 嫌々、彼女は仲間の百代を助けようとしただけだ彼女の正義感こそ褒めるべき――。

 待て待て、それとこれとは話が別だそれを認めちゃ勝負自体が成り立たない――。

――etcetc、

 

 そんな勝手な外野の賛否の中、由紀江は由紀江で何か思うところがあるらしく、一人沈黙を守っている。それがまたいろんな噂や憶測などが飛び交う原因にもなっているようだ。

 

「はぁー……どうしてあげればいいのかなぁ……」

 伊予は今日何回目かの溜息をつく。

 

 一年では唯一の友人――由紀江はそろそろ冬休みが近くなる頃だというのに同学年で伊予以外の明確な友人がいない――として、何かしてあげたいと思っているのだけれど、どうしていいのか皆目見当がつかない。

 

 川神学園は確かに多くの超人的な人物が跋扈する特殊な学園だ。

 しかし、特殊な人間ばかりではない、一般の生徒も多くいる……むしろ一般の生徒の方が圧倒的に多い、伊予はその一般の生徒の中にいるのだ。

 だから、由紀江が何に悩んでいるかがわからないし、それ以前に今渦巻いている賛否がどういうものだが正確に理解していない。

 

 だから、相談にのろうにもなんといって声をかけていいのかがわからないのだ。

 

 そんな思案に暮れていると……

 

「あのー、スミマセン、そろそろ……」

「へ?ふえ?」

 係員らしき人に声をかけられた。

 その声に我に返ると、もう自分以外の観客の姿はいなく、グラウンドにも選手の影はなくなっていた。グラウンドの整備が始まっている。

 

「あ、あ、あの、スミマセンでした!」

 伊予は慌ててお辞儀をすると鞄を持って一目散に出口に向かって駆け出していった。

 

 そんな纏まらない思考で、さらに慌てて出口に向かっていったため出口付近にいた同世代らしき男子にぶつかってしまう。

 

「きゃっ!」

「おわっ!」

 

 お互い倒れはしないがよろけた感じになりながら向き合う。

 

「す、すみませんでした!ちょっと考え事してたもので」

「あぁ、オレの方もあんま周り見てなかったからきにすんなって」

 そう言ってお互いが顔を合わせると……

 

「あれ?……大杉……先輩?」

「へ?なんでオレのこと知ってんの?」

 ぶつかった相手は、今話題の柊四四八と同じ鎌倉からきている大杉栄光だった。

 

 

―――――七浜スタジアム 周辺公園―――――

 

 

「へぇ、大杉先輩ってインライスケートの大会に登録するために来てたんですか」

「そそ、七浜ってそういうののメッカでさ、七浜スタジアムも野球やってないときなんかはそう言う大会結構やってんだぜ?」

 

 七浜はそのロケーションも相まってインラインスケートやスケートボード、BMXといったストリート系のニュースポーツのメッカである。その中でもレンガ倉庫や七浜スタジアムで開催される大会は規模もそうだが、七浜の大会というステータス的部分もありかなりレベルの高いものになっている。

 

「そうなんですか……私、野球一本なんで全然知りませんでした」

「野球一本って言ってっけど、学校帰りに秋季キャンプ見学とかする相当だよな」

「えへへ……よくいわれます」

 

 二人は七浜スタジアムの公園で話している。

 寄りかかっている柵の後ろは運河になっていてためか潮の香りが強い。

 

 伊予が栄光の名前を口にしてしまった手前、あのまま別れるのもなんとなくタイミングが悪くこうして世間話をしている。

 手には二人共ペットボトルを持っている。

 

「それにしても、この前モモ先輩と派手にやらかした四四八とかならともかく、オレのことなんてよく覚えてるよな。あ、もしかしてオレのことタイプだったり!……とか?」

「ち、違いますよ!というか、千信館の人たちは皆さん有名ですから、川神学園の生徒ならだいたい知ってると思いますよ」

「あ……そう……でも、そんなに力いっぱい否定しなくても良くない?」

「あ、あ、ごめんさい!私そういうのあんまり慣れてなくて……」

「ああ、嘘、嘘。気にすんなって、冗談だからさ、冗談」

「は、はぁ……」

 

 そんな世間話をしている最中だが、伊予は別のことを考えていた。

 あの噂の柊四四八の友人なら、今の由紀江の状況についてもなにかわかるかもしれない。

 少なくても今悶々と一人で悩んでいるよりマシだろう。

 栄光が思ったよりも話しやすいことも起因して、伊予は思い切って聞いてみることにした。

 

「あ、あの!大杉先輩」

「――あん?」

「実は……」

 

 

―――――

 

 

「なるほどねぇ、あの最後に四四八に斬りかかっていった……由紀江ちゃんだっけ?が悩んでると……んでもってこれまた同時に周囲からイロイロ言われてる……と」

「そうなんです、まゆっち――黛由紀江の事ですけど、の相談にのってあげたいんですけど、私、武道とか全然わからないし、まゆっちが最後柊先輩と戦ってたのもいいのか悪いのか全然分からいからどうしたらいいか……」

「ふーむ……」

「ごめんなさい……なんかいきなりこんな相談してしちゃって……」

 そう言いながら伊予は手に持ったジュースに視線を向ける。

 もうとっくに空っぽだ。

 

「ああ、イイって、イイって。てかさ、オレその由紀江ちゃんの気持ち、ちょっとわかっちゃうんだよね……たぶんだけど」

「え!ホントですか!!」

 栄光の言葉に伊予がバッと顔を上げる。

 

 栄光は伊予を見ないで話し始める、視線は若干下を向いているようだ。

「多分さ、由紀江ちゃん。悔しいんだと思うぜ」

「悔しい……ですか?柊先輩に負けた……から?」

「うーん、たぶん違うな。由紀江ちゃんはさ、何もできなかった自分が悔しいんだと思う」

「なにもできなかった?」

「そっ、仲間のピンチに颯爽と駆けつけたのに、その相手には全然かなわなくて……逆にその仲間に助けられちゃって。情けなくて、ショボくて、悔しくて。んでもって、そんな自分が許せなくて……」

「……」

「たぶん、そういう事なんじゃないかなぁ。だから、周りの事とか多分……というか、きっと気にしてないぜ、ああいう時はもうホント、自分のことしか分かんなくなっちまうからさ……」

「大杉先輩……」

 

――大杉先輩もそうだったんですか?

 伊予は出てきそうになる言葉をグッと飲み込んだ。

 こういった会話はあまり慣れていないが、今思ったことがきいてはいけないことだという位は自分でもわかった。

 だから伊予は、次の栄光の言葉に驚いた。

 

「オレも、そうだったからさ――」

「――え?」

 

「オレも、結構イロイロあってさ。最初っからわかっちゃあいたんだけど、それでも自分が如何にビビりで、雑魚いか、改めて突きつけられた時にゃあ流石に堪えたわ……ショボくて、情けなくて、歯痒くて、苦しくて、悔しくて……もうとにかく自分が許せなくってさ、ありゃ、シンドイかったわ……」

 

「……」

 伊予が黙って聞いていると、栄光が顔を上げて言う。

 

「でもさ、そんなシンドイ時、あいつら――四四八達がいてくれたからさ、四四八達がこんなビビリな俺を信じて待っててくれたから。だったらやるしかねぇじゃん。俺はビビリで雑魚かったけど、卑怯モンには絶対なりたくなかった。四四八達が自慢してくれるようなヤツになりたくて歯食いしばって頑張った。だから、四四八が大一番で俺に言ってくれたコト、すっげぇ嬉しかった――栄光(エイコー)なんだろ、見せてみろってな――ああ、やっぱりなんも言わなくても、あいつら俺のこと本当に信じてくれてんだ……ってさ」

「大杉先輩……」

「だからさ、伊予ちゃんも――」

 

 栄光が改めて伊予の方を向いて話そうとしたとき……

 

「あっれぇー、大杉じゃーん」

 如何にもストリートという感じの男たち数人が声をかけてきた、栄光と顔見知りらしいがあまり友好的とは言えない雰囲気だ。

 見た感じガラはあまりよくない……

 

「なになに、今日ここにいるってことはあれ?スラロームの登録?」

「マジかよ、彼女連れで激アツじゃん」

「てか、マジカノ?結構カワイくね?」

 そう言いながらジリジリと栄光と伊予を囲むように近づいてくる。

 

「ちげーよ、ただの後輩」

 栄光はそういいながらそっと伊予を庇うように前に出る。

 

「てかさー、大杉、大会でんならこの前みたいなちょこちょこしたトリックやめてくんない?」

「そーそー、お前が目の前で刻むから調子狂うんだよねー」

「今回、全国の予選も兼ねてんだから、オメーみてーに遊び半分のやつとか邪魔なんだけど」

「もういっそ、ここででれなくしちゃうとか、どーよ」

「なにそれ、ひどくね?別にいいけど」

 

 男たちが勝手なことを喋る。

 伊予はあまりの展開にカバンを抱えて震えている。

 後ろは柵で、その後ろは運河だ逃げ場はない、

 栄光だけでこんな大勢のガラの悪い男たち、相手に出来るかわからない。

 

 そんな時、栄光が伊予にだけ聞こえる声で囁いてきた。

「……伊予ちゃん、カバンしっかりもってな」

 

「おい!大杉!きいてんのかよ!!!」

 そう言って一人の男が掴みかかろうとしたとき――

 

「ヒャッ!」

 栄光は腰をかがめると、伊予をお姫様抱っこの要領で抱え、トンッと柵の上に乗った。

 

 そして――

「てめぇ等みたいなノロマに捕まるかよバーーーカ、あばよォッ!!!」

そう言って伊予を抱えたまま運河に向かって身を投げた。

 

「え!え!きゃあーーーーーーーーーーーーー!!」

 先ほどよりも更に衝撃的な展開に伊予は栄光の腕の中で叫び、ギュッと目をつぶる!

 

 落ちる!!

 と思った瞬間、衝撃や水の冷たさはなかなかやってこない、

おそるおそる目を開けると……自分は運河の上を飛んでいた。

 

 そう栄光は――空中を疾ってた。

 

「え?え?え?えええええええ!!」

 あまりに衝撃的な展開の連続に目を白黒させている伊予に栄光が話しかける。

 

「さっきの話の続きだけどさ、やっぱ伊予ちゃん、その由紀江ちゃんと話したほうがいいよ」

「へ?ふぇ?」

 この展開で普通に話しかけられて、伊予は最初、栄光が何の事を言っているのかわからなかった。

 

「もしかしたらさ、伊予ちゃんは由紀江ちゃんの悩みを解決はしてあげられないかもしんない。でもさ別にそれだけが友達の出来る事じゃないと思うんだ」

 まっすぐ前を見ながら、栄光は続ける。

「話を聞いて、一緒にメシ食って、一緒に遊んで、全部出来ない時は一緒にいるだけでもありがたいもんなんだぜ……」

 

 そのあと少し間を空けて伊予の方を見ると最後に、

「なんせ、経験者は語る――だからな!」

と言って、ニカッと笑った。

 

「大杉先輩……」

 伊予はその言葉を聞いて、決意する。

 よし!今日帰ったらまゆっちに電話だ。多分長電話になるからジュースとあと、お菓子を買って帰ろう。

 週の初めから長電話というのはあまりよくないが、まぁ、今日だけは勘弁してもらおう

そう、心に決めると栄光に向かって笑顔で礼を言う。

 

「ありがとうございます!帰ったら、まゆっちに電話してみようかと思います」

「おー、してみろしてみろ。意外と待ってたりするんだぜ、なんせ――」

「経験者は語る――ですか?」

「そうそう!」

 そう言って、二人で声を上げて笑う。

 

Prrrrrrr,Prrrrrr

 

 そんな時携帯の音が鳴る。

 カバンの中からではないから栄光のだろう。

 栄光は伊予を抱えたまま器用に首からかけた携帯を肩と耳に挟む、

すると――

 

『栄光!貴様どこほっつき歩いてるんだ!!』

 抱えている伊予に聞こえるくらいの怒号が携帯から放たれる。

『栄光……お前が七浜に行く用事のついでに中華街で晩飯を買ってくるといったのだぞ、よもや忘れてなどいないだろうな……』

「え、や、わ、忘れてねぇよ?」

『……波の音?お前まさか、まだ七浜にいるとかいわないよな……』

「え、や、ちょっ、これにはイロイロわけが……」

『そうか……もういいわかった。食事はこちらで用意する……もちろんお前の分はない。七浜で中華まんでも喰らってろ!馬鹿者め!!』

「ちょ!!四四八まってくれ、俺この前、晶たちに取られて財布空っぽなn……」

ツーツーツー

 無慈悲な機械音が携帯の奥から流れている。

 

 魍魎の宴の騒動のあと、千信館の女性陣に締め上げられ童帝から受け取った売上をまるまる接収された栄光は現在ほぼ無一文、帰りの電車賃くらいはなんとかなるがそれ以上は難しい……

 もちろん皆から集めた晩飯代はもってるが、これに手をつけるなんて恐ろしくて出来ようはずがない。

 

「あーーー、マジか……」

「……プッ、フフフ」

 ガックリと肩を落とす栄光を見て伊予が耐え切れず笑い出す。

 そんな伊予をみて、栄光も諦めたように笑う。

 

「フフフ……」

「へへへ……」

 

 飛んでいる二つの影を出たばかりの月が見守っていた……

 

 




如何でしたでしょうか
戦真館でもおそらくトップクラスの人気があるであろう栄光
そんな栄光っぽさをだせてたらいいなぁ

読んだあと
「栄光爆発しろ」
って思ってくれたら幸いです

お付き合い頂きましてありがとうございます


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覇王降臨編
第十七話 ~対面~


書いていたらなんか区切りが良かったんで……
少々短いですが第二章のプロローグだと思って頂ければと思います



 既に深夜と言ってもいい時間。

 広大な九鬼の本社の一室。

 一部の人間以外は知られていない部屋に従者部隊序列2位、星の図書館の異名を持つマープルは佇んでいた。

 他に燕尾服姿の男が2人いる。

 ヒューム・ヘルシングとクラウディオ・ネエロだ。

 

 九鬼の従者部隊の0番、2番、3番が一堂に会す。

 他の従者部隊の面々がみたら、何事かと目を見張るかもしれない。

 

「それで、どうするつもりだ?」

 まず口を開いたのはヒューム、いつものように尊大な態度で問いかける。

「どうする?とは一体どういうことだい?」

 その質問にマープルが答える。

「とぼけるな、武士道プランの事だ。源氏の連中は、まぁ、あのままでもいいだろうが――葉桜清楚が目覚め始めているぞ」

「このまま予定より早く目覚めてしまいますと、精神的にも戦闘力的にも十全とはいかぬ覚醒になってしまうやも……しれませんな」

 

 ヒュームとクラウディオの言葉にわかっていると言わんばかりにマープルが答える。

「ふん、そんな事を言ってもあんな一戦を目の前でやられちゃあねぇ。あれで血が湧かなきゃそれはそれで中華の英傑の名折れだろうさ」

「……ふん」

「……確かに」

 ヒュームもクラウディオも形は違えどマープルの言葉に同意の意を示す。

 

「そうだとしても、何の手だてもせずに放置しておくつもりか?まぁ、鉄心と同じく“教育”を柊四四八に任せてしまうというのも、俺個人的には面白いと思っているがな」

 そういってヒュームがニヤリと笑う。

「まぁ、それも一つの手立てでしょう、義経様達もなかなかいい影響を受けている様ですので――与一様は……まぁ、あれは病気でございますから、治るまでゆっくり待つしかないと思われますが……」

 

 それを聞いたマープルが面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「フンっ、ヒューム・ヘルシングやクラウディオ・ネエロ程の男達が随分な入れこみ用じゃないか、そこまでの物かい?柊四四八は……」

「そうは言いましても、柊様をはじめとした千信館の方々はあなたの求めている若者たちなんじゃありませんかな?マープル」

 

 それを聞いたマープルはやれやれという様に首を振りながら答える。

「わかってない、わかってないねぇ。柊四四八をはじめとした千信館の面々が素晴らしいのはあたしも認めるよ?だがね、あの7人が眩しく光ってる現状こそが問題なんだよ」

「……ふん」

「……ふむ」

 

「千信館が眩しく見えるってことは、珍しいってことさ。珍しいってことは、まわりは全然あのレベルには達してないってことさ。つまり、あたしの憂慮はまるで解決しちゃいないんだよ」

「……」

「……」

 沈黙があたりを支配する。

 

「……話がそれたね。葉桜清楚の事は正直様子見だね。無理矢理封印を強化して抑えようとしてもそれはそれでいい影響が出るとも思えないし。まったく武神だけならまだしも、あんなのが鎌倉に隠れてたとはね……」

「ふん、これだから世の中は面白い、長生きってのはするもんだな」

「同感ですな」

「まったく……いつからそんな好々爺になったんだい、鬼のヘルシングとミスターパーフェクトの名が泣くってもんじゃないか」

「異名など勝手に泣かせておけばいい、俺は物の価値がわからぬほどに年を喰ったつもりはないんでな」

「まぁまぁ、ヒュームもマープルも……もし、葉桜清楚が覚醒してしまったら私とヒュームで事にあたりましょう。そのあとは……まぁ、流れを見極めるしかありませんな」

「……ふんっ」

「……フンっ」

 

 クラウディオのまとめで会合はお開きとなった。

 

 ヒュームとクラウディオが去った後、マープルはひとり呟いた。

「あたしだって千信館の若者見たいなモンばかりなら武士道プランなんざ立ちあげちゃいないさ……」

 

 そして、盟友である二人の男が推した人物を思い浮かべる。

 

「柊四四八に戦真館かい……まぁ、お手並み拝見といこうじゃないか……あたしに若者の可能性をみせておくれ……」

 そう言ってマープルは一人瞑想に入る。

 星の図書館はいったいどのような未来を見ているのであろうか……

 

 

―――――川神学園 食堂―――――

 

 

「いや……なんかウチの姉さんがスミマセン……」

「そんなに気にしないで、頼んだのはこっちなんだし」

「そうなんですけど……やっぱり身内のことですし、スミマセン……」

「フフフ、いい子だね、大和くんは」

 

 大和は今、葉桜清楚と食堂にいる、

――事情聴取をするためだ。

 

 川神百代と柊四四八の一戦以来自らの内から湧き上がる力と高ぶりに対する不安でいっぱいだった清楚はついに学園への依頼を決行した。

 

 競り落としたのはキャップ――風間ファミリーだ。

 

 そして依頼後初の事情聴取ということになったのだが……ここで問題が起きた。

 百代がセクハラな質問ばかりしてまったくもって核心的な質問ができないのである。

 学園長が同席してくれたおかげで、そのセクハラな質問に対する罰を百代はかされるわけなんだが、その度に話が止まってしまう。

 これじゃあ先に進まないということで、キャップが役割分担を提案して、清楚から話を聞き出すのは大和、それ以外は今ある手がかりを精査するということになった。

 

「なんか照れますね、清楚先輩にそういうふうに言われると、まぁ、とにかくお話聞かせていただきますね」

「うん、よろしくお願いするね」

「まずは――」

 

 そうやってしばらく大和と清楚が会話をしていると、

 

「あれ?直江じゃないか、珍しいなこんな時間に」

よく通る、誠実そうな声が大和に向けてかけられた――四四八だ。

 

「ん?あ、柊じゃん、そっちこそ珍しいんじゃない?こんな時間に食堂なんて」

「え?え?柊……くん?」

 四四八の存在を認識して清楚はわかりやすいほどに狼狽えた。

 

「ああ、図書室にいてな、ちょっと喉が渇いたんで寄ってみた……って、スマン。連れがいたのか邪魔したな」

 清楚の存在を確認して四四八が謝る。

「いや、気にしないで、ちょっと清楚先輩と話をね……って、あっ!柊!ちょっと待っててくんない?」

「ん?ああ、別に構わないが」

 

 いきなり何かを思いつき大和は、携帯で誰かと話してる。

 なんとなく手持ち無沙汰になり、大和の相手――清楚に目を向けると、相手もこちらを見ていたようでバッチリと目があう、

 その瞬間慌てたように清楚は目をそらす。

 

 その姿を見て、初対面の相手にこんなにも避けられるのかと、若干凹む四四八。

 最近百代との一戦の影響か『怖い人』というイメージがついたようで学園内でなんとなく遠目で見られているような気がする、そんなこともあり、四四八は今、清楚のような態度に結構敏感だったりする。

 実際のところは『怖い人』というより『凄い人』という認識の方が大きいのだが……其の辺は主観的評価と、客観的評価の違いといったところだろう。

 

 そんな気まずいやりとりをやっていると、電話が終わったようで大和が帰ってきた。

「ああ、ゴメン、ちょっとキャップとか他のメンバーに相談してたんだ、柊入れていいかって」

「は?なんのことだ?」

「いや、今ウチのファミリーで依頼を受けててさ、んで依頼主がそこの葉桜清楚先輩。知ってるでしょ?」

「まぁ、名前くらいは……」

「んでさ、その依頼をちょっと手伝ってくれないかなぁってね。柊みたいな奴が一緒なら多分早めにカタがつくと思うんだよね、そういうコトでちょっとキャップ達と相談してたんだ」

「いや、まぁ、なにか手伝うって言うんならそれは構わないんだが……」

そういって四四八はさっきの清楚の態度を思い出して

「葉桜先輩が……良いというのでしたら……」

 そう言って清楚の方を見ると……

 

「……柊くんさえよければ、私は是非お願いしたい……な」

 そう四四八とは目を合わさずに答えた。

 

「よし、んじゃ詳細から説明するな」

 そういって、大和が経緯を話し始めた。

 

 

――――――

 

 

「なるほど、ご自分のルーツを知りたいと……」

「うん、でね、ちょっとだけ補足させてもらっていい?」

 

 そう言って清楚は自分が自身が何のクローンなのか気になり始めたきっかけが百代と四四八の一戦であること、

それを思い出すたびに力が湧き上がってくること、

そして偶然ではあるがその当事者である四四八と知り合えたことで四四八と話してなにかわかるんじゃないかと思っていること。

 そういうことを説明した。

 

「だから、さっきはゴメンなさい……失礼な態度とっちゃって」

「気にしないでください、そういうことなら仕方ありませんし。それにそういう理由なら俺にも原因があるのでしょう。ご協力させていただきますよ、葉桜先輩」

「ありがとう、柊くん」

「よし!んじゃ、早速続きと行きますか」

 

 こうして事情聴取は再開された、

時折雑談も交えながら、手がかりとなるようなトピックスは四四八がメモをとっていく。

 雑談に関しては3人とも本好きということで、必然的に本の話題が多くなる。

 

「柊は文学本とか以外だとなんのジャンルを読む?」

「そうだな……歴史モノあと、推理小説なんかもよく読むな」

「わぁ、推理小説とかなんか柊くんっぽい!」

「確かになー、やっぱ本格派のアガサとかクイーンとか?」

「そうだな、あと日本だと『館シリーズ』とかかな」

「あはっ、なんかイメージどおり。推理小説って結構個性出るのよね、大和くんは?」

「俺は……そうですね、乱歩とか横溝とかその辺りが好きですね」

「これまた王道といえば王道だな、ただ、このへんは結構偏執的な話も入ってるからな。そう言う意味じゃ直江、お前Sなんじゃないか?」

「それ、柊にだけは言われなくないんだけど」

「ふふふ、そうかもね、モモちゃんによれば柊くんスパルタみたいだし」

「まぁ、否定はしませんよ、殴られて喜ぶ趣味はありませんし。それよりも推理モノなら葉桜先輩は何が好きなんですか?」

「そうね……やっぱりコナン・ドイルかしら!」

「おっと、これまたど真ん中ですね。最近だと王道過ぎてなんか敬遠されてる感じもありますけど……」

「くだらん、王道は面白いからこそ王道なんだ。最終的に歴史に残るのはすべからく王道だ」

「ふふふ、そうかもね」

 

 そういった感じで会話は食堂が閉まる時間まで続いた。

 

 

―――――川神市 帰宅路―――――

 

 

「ふふふ、怒られちゃったね」

 言葉の内容とは裏腹に嬉しそうに清楚が言う。

「だいぶ長居しましたからね」

「気がついたら周りが暗くてビックリした」

 歩きながら会話はまだ続いている。

「久しぶりに本の話したから、なんか読みたくなったな。図書室行ってみようかな。最近行ってないし」

「川神学園の図書室は蔵書量相当なもんだな、千信館もかなりあったが川神学園は規模が違う、行かないのはもったいないぞ」

「そういえば、柊くんのこと図書室でよくみるかも」

「今度からは声をかけてください、俺もそうします」

「うん、そうするね」

 

 未だ止まない会話を続けていると、分かれ道のところに出る。

 

「今日はここまでだね、ホント二人とも楽しかった、ありがとう」

「いえ、こちらこそ楽しかったです、葉桜先輩」

「そうそう、あ、清楚先輩もしよければ緊急用に番号教えてくれませんか?」

「うん、いいよ。スイスイ号お願い」

「了解しました、清楚。赤外線を半径2mに発信」

「柊もだしなよ」

「ん?あ、俺もか?」

「柊くん、いらない?」

 若干残念そうな顔で、清楚が呟く、

「清楚を悲しませるとはふてぇ野郎だ!」

 スイスイ号にも凄まれる。

「ああ、いや、そんなつもりじゃ、いただきます」

 そう言って慌てて携帯を出す。

「うふふ、よかった」

 

「じゃあ、何かわかったらお知らせします」

「直江、メモはあとでメールする」

「OK頼んだ。じゃあ清楚先輩おやすみなさい」

「葉桜先輩、おやすみなさい」

「うん、柊くんも大和くんも、ありがとう。おやすみなさい」

 

 これが、柊四四八と葉桜清楚の初邂逅、

 葉桜清楚は自らのルーツをまだ知らない……

 




ということで
マジコイ側のヒロインは一粒で二度お美味しい(?)葉桜先輩です
個人的にですがマジコイのキャラで四四八のとなりに並んで
一番しっくりきたのが葉桜先輩でした

これからはvs覇王にむけて話を作っていこうと思います

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第十八話 ~対話~

あ!自分ラブコメ(も)苦手かもしれない(白目)

てか、まずもってラブコメしてないですね……ごめんなさい……


 放課後、葉桜清楚はいつもの様に図書館にいた。

 本棚の本を手にとっては数ページ、パラパラと目を通し、戻す。

 ジャンルも傾向もバラバラで目に付いたものを取っては戻すを繰り返している。

 本を読む、というより本に触っているという具合だ。

 

……その顔はあまり冴えない。

 

 今朝、自らの力に対して不安を持っていることを揚羽の従者である小十郎に話したら自分に試してみてくれという話になり、力を振るってみた。

 そうしたら自分でも信じられないくらいの力を発揮してしまい、小十郎を稽古場の外まで吹っ飛ばしてしまったのだ。

 当の小十郎は、いつも揚羽にそういった形で鍛えられているので、ピンピンしているのだが、やはりここ数日で一気に力が湧いて――というか、開放されてきているように感じる。

 依頼を出したのは昨日だが、早く分かってくれないかなと心だけが焦っている。

 どんなに周りが清楚は清楚だと言ってくれてもやはり不安は拭えない。

 この焦燥と不安を理解できるのは多分、自分しかいないのだろう……という諦めの気持ちもどこかにある。

 とにかく清楚は今、確かなものが欲しかった。

 すがりつけるような大きく、確かなものが……

 

 そんな中で清楚が図書室を選んだのは、当然の帰結と言える。

 図書室にくると、若干だが心が落ち着く。

 『本が好きな自分』という今感じられる一番確かなものを求めて、清楚は本に囲まれた一角で特にあてもなく本を手に取り開いている。

 

 そんな風にボーッと本を眺めながらさまよっていると、トンっと本棚で本を読んでいる男子生徒とぶつかってしまった――ぶつかったというより、清楚がぶつかりに行ってしまったという感じだ。

 

「キャッ!ご、ごめんなさい。ボーッしてて」

「いえ、こちらこそ……って、葉桜先輩じゃないですか」

「え?あ、柊……くん」

 清楚は顔をあげてぶつかった相手が初めて四四八であることを認識した。

 

「昨日はお疲れ様でした、それにしても失礼ですが少し珍しいですね、女性がこのエリアにいるのは」

 そう言われて清楚が周りを見ると、そこは歴史物……特に日本史の歴史的書物を集めたエリアだった、確かに女性が本を探すところとしては少し珍しいかもしれない。

 

「あ、別に何か探してたわけじゃないの……ちょっとイロイロ……ね」

「……ふむ」

 そういって顔を伏せる清楚を見て、四四八が提案する。

 

「もしよろしければ、昨日の続きということで少し話をしませんか?昨日の今日でなにが変わるかわかりませんが、人に話すとそれだけで色々整理ができるものですよ」

「え……そう……かな?じゃあ、お言葉に甘えちゃっても、いい?」

「ええ、もちろん。図書館の中ですと話しにくいですし……外の花壇の所に行きましょうか、今日はあまり寒くもないですし」

「あ、うん、そういえば今日まだお水あげてなかったな……」

「ああ、あの花壇、葉桜先輩が管理されていたんですか。綺麗な花が咲いてますね、近くを通ると金木犀の良い香りがします」

「そうそう、そろそろ終わっちゃいそうだけど、いい香りなのよね」

「それじゃあ、ついでと言ってはなんですが水やりの方もお手伝いしますよ」

「ホント!ありがとう、じゃあ行きましょうか」

 花の話題が出て少し落ち着いたのか、さっきよりも幾分元気な声で清楚が話す。

 清楚と四四八、花の話をしながら二人は花壇へと向かった……

 

 そういえば、今話題に出た金木犀は中国原産の植物だ、昨日清楚が好きだと言っていたヒナゲシも中国からやってきている……何か関係があるのだろうか……

 四四八はそんなことを考えていたが、口には出さなかった。

 

 

―――――川神学園 花壇周辺―――――

 

 

 川神学園の花壇は今年最後であろう金木犀の香りに包まれている。

 

 そんな香りの中、清楚と四四八は花壇に水をやっている。

 無言である、いまのところ事務的なもの以外で会話は交わしてない。

 

 水をやりながら清楚は時折、目を伏せ考えるような仕草を見せる。

 何かを話そうとは思っているのだが、今の自分の胸の内をどう表現していいかわからない……だからどうしても黙ってしまう。

 

 しかしそろそろ、水やりも終わりそうだ……終わったら、流石に何か話をしないとまずいだろう。四四八は清楚のためにこの場を作ってくれたのだ、しかし、なんと言えばいいのか……

 

 そんなことを考えていると四四八が静かに語りだした。

 

「何か見えないものに操られているような感じで、自分の中に全く違う別の何かがいるような感じで、かといって全く身に覚えのないものでもない……」

 

 水をやりながら四四八は一人でしゃべっている、清楚の方は見ていない。

 

「だけど、これを認めたら一体今までの自分はどうなってしまうのだろうか?変わるのだろうか、変わらないのだろうか、それとも……消えてしまうのだろうか……」

 

 清楚がハッと口元を抑える、四四八はまだ清楚の方を向いてはいない。

 

「怖くて……不安で……だけど、不思議な程に馴染んでて……でも、それが逆におぞましくて……もう何を信じていいかわからない。本当に、自分は一体全体何なんだ。誰か、答えを知ってるなら教えてくれ、いや待て、教えないでくれ……もう、何が何だかわけがわからない……」

 

 そうして、最後に清楚の方を向いて、

「……といった所でしょうか?」

そう言った。

 

「どうして……」

 口元を抑えたまま清楚は呟いた。

 自分でも表現しきれなかった心の内が言葉にされているように思える。

 

 そんな清楚の驚きをよそに、水をやり終えた四四八はホールを片付けながら答える。

 

「俺も同じような経験がありまして……厳密に言うと違うのでしょうが……なかなかいい気分じゃないことは確かですよね、心中お察しします……」

「柊くん……」

「……聞きたいですか」

「柊くんが……良ければ」

「経緯も含めると、あまり愉快な話にはならないのですけど……それでもよければ」

「……おねがい、します」

「――わかりました」

 そういうと四四八は花壇の手頃な石の上に腰を下ろす。

「立ち話だと何ですから、座りませんか?」

 それに従い、清楚もその向かい側にある石の上に座る。

 

 清楚が座るのを確認してから、四四八はゆっくりと語り始めた。

「川神先輩との一戦を見ていただいたらわかると思うのですが、俺には――俺達には特殊な能力があります。俺達は能力(ユメ)と呼んでいますけど、これは俺達が元々持っていたものではないんですよ」

「え?」

「川神には学園長や川神先輩なんかを始めとした超人的な方々が多くいますけど、あの方々とは違い、俺達はある出来事を境に後天的に、まぁ、あえて同じ言い方をすれば超人になってしまった人間なんですよ」

 

「この能力(ユメ)を手に入れてしまった出来事は、危険で、異常で、異質で、命懸けで、血なまぐさく、そんな日常とはかけ離れたものでした。そんな世界にいきなり放り込まれたんです。そして、その出来事の発端となった事件で、俺は母を亡くしました……」

「……ッ!」

 驚きは声にもならずに、清楚は思わず息を飲んだ。

「母を亡くされ、自分と仲間は常に命の危険と隣り合わせ……そんな状況に置かれたとき、俺達が何を感じたか……わかりますか?」

 

――想像もつかない、というか想像することすら想像できない。清楚は素直に首を振る。

 

「恐怖とか……怒りとか……もちろんそういうものはありました。ですが、その中で俺たちは感じてたんですよ……高揚、喜びそして懐かしさ……そういったものを」

 清楚は黙って聞いている。

「あんな、異常な状況を前にして、ついに戻ってきた!まってました!あぁ、血が滾(たぎ)る!そんな使命感にも似た思いを俺達は感じていたんです……」

 

 そう言ったあと四四八は少し自嘲気味に笑い、先を続ける。

 

「まったく……訳がわかりませんよね。でもその思いはその出来事の決着をつけた今も能力(ユメ)と共に俺達の胸にあります。そしてその感情の答えを俺達は見つけ出せていません……見出す術がわからないというのもありますが、これの真相がわかったことで自らがどうにかなってしまうのではないかという気持ちもあります。だから少し前まではこの能力(ユメ)ごと見ないようにしてきたぐらいです。だから俺は……」

 

 そう言って清楚の方へ目を向けて、

「尊敬しているんですよ……葉桜先輩のことを……」

そう言った。

 

「え?どうして?」

 今の話の中に自分が関係する部分があったとは思えない、なので素直に疑問を口にした。

 

「葉桜先輩はその自身の中にある力と不安に一人向き合おうとしています、それはそう簡単に出来るものではない……と、思います。少なくても、俺は――俺達は一人じゃなかったからこそ向き合えました、一人だったら……どうなっていたか……」

「柊くん……」

 

「ですから、こうも思うんです。自らの心に偽りをつくらず、自らを知りわきまえようとする。それは『忠』であり、『智』です。それをしっかりと持っている葉桜先輩が自身のルーツなどに負けるはずがない……と」

「それって……あと、『仁』とか『義』とか『信』?」

「それに、『礼』、『孝』、『悌』――」

「仁義八行!八犬伝だね!」

「正解です」

「仁義八行 如是畜生発菩提心か……なんか柊くんにピッタリな感じがする、自分に厳しいところなんかが特に……」

「自分に厳しいのかどうかは、自分ではあまり分かりません……ですが、仁義八行を心に常に持ち生きていたいとは思っています……」

「強いなぁ、柊くんは……」

「俺は、葉桜先輩がとても強い……と思っています」

「そうかな……へへへ、ありがとう」

 

 そういうと、清楚はトンッ立ち上がりウーンと伸びをする。

 

「ありがとう柊くん、柊くんがそう言ってくれるなら、どうなるかわからないけど、私頑張ってみる!」

「頑張ってください、微力ながら応援させていただきます」

「ありがとう、柊くんが応援してくれれば百人力だね」

「俺の応援にそんな効果があるかわかりませんよ」

「あー、大人な対応だなぁ。女の子にそういうふうに言われたんなら素直に喜んだほうがいいよ」

「スミマセン、素なんですよ。晶達にもよく言われます、反応がつまらないって」

 

 それを聞くと清楚は眉をピクリと反応させる。

「へー……そうなんだ……よく言われるんだ……あの娘達に……ふーん」

 

 そう呟くと、清楚は少し考える素振りを見せて……

――よしっ!と小さく気合を入れる。

 

 そして、いきなり四四八の手を取るとグイッと引っ張って、そのままズンズンと歩いていく、

「ちょっ、ちょっ、なんですか、いきなり」

四四八が慌てて後を追う、手は繋がれたままだ。

「もうそろそろ、校門しまっちゃうから早く帰ろう!」

「いや、それはいいんですけど、手を……」

「ん?なにか問題でも?」

 ニッコリと笑った清楚の顔が、なんだか若干怒ったようにも見える。

「い、いえ、なんでもありません……」

 本能的に何か触れてはいけないものなのだろうと感じた四四八は言葉の後半部を飲み込んだ。

 

 四四八は清楚に手を引かれたままスイスイ号が置いてある駐輪場まで連れて行かれた、少ないがすれ違った生徒からは好奇の視線をもらってしまった。

 

 

―――――川神市某所 川神学園寮―――――

 

 

 スイスイ号のところで手は離されたが、そのまま二人は帰宅の路につき昨日と同じく九鬼のトンネル前で別れた。

 清楚は始終、照れているというか、怒っているというか、なんとも形容し難い様子だったが……まぁ、図書館で会った時のように落ち込んでいるわけじゃなさそうだったので良しとしよう。そういうふう思い、四四八は深く考えるのをやめた。

 

 昨日に引き続きそれなりに遅い時間になってしまった。

 連絡入れてあるが、もう仲間は食堂で食事をしているようだ。

 

「ただいま、悪かったな遅くなって」

 そう言いながら食堂に顔を出す。

 

「おう、お帰り四四八。今、用意するから着替えてきちゃいなよ」

「ああ、わかった、スマンな晶」

 今日は晶が食事当番だ、温かそうな天ぷら蕎麦が仲間達の前に置かれている。

 天ぷらはサツマイモ、椎茸、舞茸、それに人参のかき揚げと旬の野菜をたっぷりと使っている、蕎麦屋の娘の面目躍如といったところか。

 

「柊、あんた最近遅いじゃない。どうせ学園で変なことでもしてんでしょ、いやらしい!」

「鈴子……おめぇ、どうやったら柊が学校にのここってるってコトでそこまで発想が飛躍できるんだ……」

「はっ!だってそこにいる大杉だって、なんか最近学園の下級生に手してんじゃない、もう男なんてみんな獣よ!け・も・の!」

「へっへ~、ま、モテる男はつらいなぁ、なっ!四四八!」

「何故そこで、俺に声がかかる」

「え?だってお前、ここ昨日今日って清楚先輩と一緒に居るんだろ?」

 

――ピクッ!と女性陣の肩と耳が動く、

 

「いいよなぁ、清楚先輩。あんな人もう絶滅危惧種だぜ?ガラパゴス諸島のイグアナみたいに!!」

「お前、もうちょっとましな例えはできんのか」

 いろいろあるだろうに、トキとか……

「というか、なんで知ってんだ。お前ストーカーか?」

「ばっ!オレじゃねぇよ、ヨンパチだよ。アイツいつも放課後、目当ての女子を放課後見て回ってるから、そんとき昨日と今日と連続で清楚先輩が四四八といたって教えてくれたんだ」

「なんだそりゃ、くっだらねぇことしてんなぁ……」

 鳴滝がさもくだらんというふうに言う。

 

「まぁ、その辺はゆっくり聞くからさっさと着替えてきなよ、ゆーっくり聞くからさ……」

 晶が厨房から顔を出しながら四四八にいう、

「ほうほう、ほほへん、ふわひふひひはひほね(そうそう、そのへん、詳しく聞かないとね)」

口を天ぷらでいっぱいにした水希が頬をハムスターのように膨らましながら答える。

 二人とも調子はいつもと一緒だがなんというか目が違う、

花壇で清楚が最後に見せた視線と近い……様な気がする。

「世良……口の中身は飲みこんで話せ、はしたない」

 そういってとりあえず四四八は部屋に着替えに戻った。

 

 戻ってくると席に出来たてのそばが置いてあった。

 天ぷらは揚げたてを持ってくるつもりらしく晶はいまだ厨房に居る。

 

「ねぇねぇ、んでさ最終的にどういう事なの四四八くん」

 四四八がいただきます、と言って箸を持ったそばから歩美が聞いてくる。

「まぁ、あまり人に話すようなことじゃないから、お前達も一応ここだけの話にしておけよ。実は――」

 

 そう言って四四八は葉桜清楚の現状を仲間達に話した。

 

 

―――――

 

 

「なるほどねぇ、ま、そりゃ知りたくなるのが人情だわな」

 天ぷらを揚げている晶が厨房の方から声を出す。

「んで、ぶっちゃけた話どうなのよ、四四八は目星ついてんのか?」

 食べ終わり既にペットボトルのお茶でくつろいでいる栄光は言う。

「ああ、ザックリとは……な」

「え、ホントホント!聞かせて、聞かせて!!」

 こちらも食べ終わった歩美が身を乗り出して聞いてくる。

「駄目だ。プライベートなことだし、それに確かという確証もない。直江とも相談しなきゃならんしな」

「でも、やっぱりちょっと気になるよねぇ」

 そういう水希はまだ蕎麦を手繰っている、鳴滝にきいたら4杯目らしい……

「まぁ、外見から想像すると、文士の偉人って感じだけどね」

 鈴子はお茶を啜っている、こちらちゃんと急須から湯呑に注いだものの様だ。

「確かに、他の女どもとは毛色がちがうわな」

 鳴滝は外で買ってきた缶コーヒーを飲んでいる、無糖のブラックなのがなんとも鳴滝らしい。

 

「なによ、淳士あんたもああいうのが好みなわけ?ほんっと、男なんかみんな馬鹿よね!」

「あっ?勝手に決めてんじゃねぇよ、おめぇの方こそ何焦ってんだよ。空の急須なんか、何回動かしても茶なんて出ねぇぞ」

「ちょっ!ばっ!、馬鹿いってんじゃないわよ。これはあれよ……あれ……最後の一滴まで注がないともったいないじゃない!」

「あー、そうかよ」

 やれやれといった感じにに鳴滝がため息をつく。

「てゆーかさ、四四八的にはどうなんだよ!やっぱ一緒に居ると癒されたー、みたいになるわけ?」

「俺は知り合ってまだ2日だぞ?それに当面は葉桜先輩の悩みを解決するのが先決だ。さらに言うならこういうのは一方的な事じゃないからな、葉桜先輩にも選ぶ権利がある訳だし」

「でもでも、清楚先輩は、モモ先輩との一戦で四四八くんの事を意識しだしたって事は、四四八くんよりも意識してた期間は長いわけだし―、これはわからないよー」

 歩美がニシシといやらしい笑みを浮かべる。

「あん?なに歩美、応援しちゃうの?いいのかよお前――あでっ!」

 栄光の眉間に歩美のもっていたペットボトルの蓋が直撃した。

「栄光くーん、口は災いのもとっていう諺、覚えておいた方がいいよー」

 

「でさ、大杉くんの質問に戻る訳なんだけど。柊くん的には、清楚先輩はありなわけ?なしなわけ?」

 4杯目の蕎麦を汁まで飲み干してようやく満足したのか、水希が聞いてくる。

「それ、答えなきゃいけないのか?」

「いーじゃない、こういうの話題、学生の特権だと思うけどなー」

 水希の言葉に女性陣がウンウンとうなずく。

 

「まったく……」

 そう言って四四八は改めて考えてみる。

 容姿は……文句なく美人だろう、スタイルは……とてもいい、性格は……素晴らしい、頭も……とてもいい。

 つまり結論としては――

「あり……だろうな、普通に考えて」

 

「「「「 ふう~~~~~ん 」」」」

 女性陣4人が興味深そうに声を上げる。

 

「ま、その辺は四四八がきめることだけどなぁー。ほい、かき揚げお待ち」

 晶が厨房から出てきて、人参のかき揚げを四四八の蕎麦の上にのせる。人参のかき揚げにしては若干色が赤いようにも見える。

「ああ、ありがとう」

「今日の片付けは栄光だよな。あとよろしく、あたしは風呂入ってくるわー。四四八―、残さず食ってくれよー。愛情詰め込んであるからさ」

 そう悪戯っぽい笑いをしながら晶が食堂から出ていく。

「はー、眠い。私はそろそろ寝るわ」

「鈴子は相変わらず早いねー」

「ほんとほんと、あたしなんかこれからが本番なのにー」

「あんたはゲームしてないでさっさと寝なさいよ」

 晶の退出を皮きりに女性陣がゾロゾロと退席していく。

 

 四四八はそんな彼女たちに声をかけながら、揚げたてのかき揚げにかぶり付いた。

――すると

 口に広がったのは人参の甘み――ではなく、辛味……というかむしろ痛み……

「うっ!!――ゲッホ!!ゴッホ!!」

「おいおい、どうした柊」

「大丈夫か、ほれお茶」

 

 栄光から差し出されたお茶を礼も言わず受け取ると、一気に飲み干す。

 

「ハァハァ……いったいなんだってんだ……」

 かき揚げの断面を見るとそこには人参だけでなく唐辛子がたっぷりと練りこまれている。

「なんなんだ、晶の奴こんな子供じみた悪戯を……明日、一言言ってやらないと……」

 そんなことをブツブツと四四八がいっていると……

 

「なー、四四八、それはちょっとよしといた方がいいと思うぜー」

「ああ、俺もそう思うぜ柊、ここは甘んじて受けとけ」

「はぁ?鳴滝までどうした?」

 

「おい、大杉。さっきのお前のセリフじゃねえがモテる男はたしかに大変そうだな……」

「確かに……世の中、ほどほどが一番ってことだな」

「意味がわからんぞ、お前達まで……」

 

 釈然としない顔の四四八をなだめながら栄光と鳴滝は小さくため息をついた……

 

 

―――――川神市 九鬼本社ビル 浴場―――――

 

 

 清楚は少し熱めのお湯に身体を浸して今日の出来事を回想する。

 

 清楚は柊四四八の強さの根本を見たきがする。

 四四八の強さ、生き方は大多数の人間がまず目指そうとするものだ。

 だが、それを貫くことの難しさ、辛さ、厳しさを目の当たりにして大抵の人間はその生き方を諦めてしまう。

 だからこそ、大多数の人からはそんな生き方をしている柊四四八が眩しく映るのだろう。

 

 そんな四四八が自分のことを尊敬していると言ってくれた、強いと言ってくれた、

それだけのことで何とかなるのではないかと思っている自分がいる。

「不思議な人だなぁ……」

 四四八がそばにいると、どんな状況も何とかなってしまうような気がする。

 

 クローンであるため、父というものが自分にはいない。

 そして源氏の三人が年下ということもあり、兄というものもいない。

 九鬼の人々や従者部隊は自分にとても良くしてくれるが、やはりどこか公私がまざっている印象がある。

 そう考えると、四四八は清楚が初めて出会った『頼りになる男性』なのかもしれない。

 

 そして清楚は花壇を出るときの行動を思いだし、湯船で頭を抱える。

 

 自分は何故、最後あのような行動をとったのだろうか、

いまだに自分で自分が信じられない。

 千信館の女子生徒が四四八と一緒にいるということを考えたら、勝手に体が動いてしまった。

 

 四四八の大きくてゴツゴツした、如何にも男の人という手の感触がいまでも清楚の手に残っている。

 

 変な女だと思われてはいないだろうか――。

 はしたない女だと思われてはいないだろうか―。、

 そんなことを帰ってから今までそのような事を悶々と考えている。

 

「清楚先輩ー、はいってるー?」

 

 弁慶の声が聞こえる、考え事をしてたせいで随分と長湯をしてしまったかもしれない。

 

「あ、弁慶ちゃん。もうでるから大丈夫よ」

 そういって、湯船から上がる。

 身体が火照っているのは果たして湯船に浸かっていたからだけだろうか……

 

 そして清楚は気づく――

 朝、九鬼を出るときは押しつぶされそうなくらいだった不安や恐怖が、いまは心の片隅に置かれていることを、

原因は考えるまでもなく花壇で話したあの人だろう……

 

「やっぱり、不思議な人だなぁ……」

 

 清楚は浴場を出るとき、再びそう呟いた……

 

 




自分の中でラブコメがゲシュタルト崩壊おこしてます

九鬼のお風呂のシーンで
いや、九鬼もっと風呂いっぱいあんでしょってツッコミは無しの方向で……w

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第十九話 ~覚醒~

図らずもまた戦闘描写……
でも、真剣恋と戦真館ですもんね、戦闘描写なくちゃねぇ
(うまく書けてるかどうかは別として……白目)


「うん、うん、そうかー……実は俺もソレだと思ったんだ。んで、実はもう検証も頼んである……なんだよ、柊にそう言われると照れるな……うん、そうだよね、わかったじゃあ」

 

 会話の終わった大和はピッと携帯を切る。

 

「柊なんだって?」

「うん、やっぱり俺と京が考えたのと同じだった」

「そうかー、んじゃ、ますます信憑性が高くなったなぁ」

 

 風間ファミリーは清楚から依頼を受けた日から毎日こうして集まり、情報を出し合い検証している。それによってここ数日で一人の歴史的人物に絞られた。

 

 最初はあまり自信がなかった大和だが、情報を検証していくうちに今ではこれしかないだろうと半ば確信している。京や柊も同じ結論に達していたことも大きい。

 現在は集めた情報を、天才と名高い七浜の久遠寺未有に頼み最後の検証を頼んである、おそらく今晩中には結果が出るだろう。

 

 この結果が一致すれば、明日、葉桜清楚自身に自らのクローンがだれかを報告することになっている。

 

「うーむ、まさかの人物だったな、その場に立ち会えないのが残念だ……あのクソジジイ、仕事を私に押しつけやがって……」

 

 百代は明日、鉄心の代わりとして川神院での業務に携わることになっているので、報告には立ち会えないのだ。四四八との一戦以来、鉄心は百代に川神院の手伝いを積極的にやらせるようになったし、嫌々ながらも百代もそれをひきうけている。

 

「そういえば、柊くんも柊くんで、お爺様とルー師範代と面談だっけ?」

 

 四四八はそろそろ半分が経過する学生交流の途中経過の報告を千信館にしなければならなく、そのための学園長との面談が明日という予定だ。

 

「やっぱり、モモ先輩と柊君がいないなら、延期した方がいいのかなぁ」

 

 モロが心配そうに言うが、

 

「いや、清楚ちゃんは不安がってる、早く教えてあげた方がいい。こちらの都合で伸ばすというのは駄目だと思う」

「俺も姉さんの意見に賛成。それに柊も早く知らせてあげた方がいいってさっきの電話で言ってた。だから、明日報告しよう」

 

 百代と大和が首を横に振る。

 

「よっし決まりだ! んじゃ、セッティングは任せたぜ、大和!」

 

 キャップがまとめるように宣言すると、大和に指示を出す。 

 

「わかった、清楚先輩に連絡しておく」

 

 そう言って大和は携帯を操作し始めた。

 

「あー、それにしてもあの清楚先輩がなぁー。なんかなぁーーー」

「ガクト残念そうだね……」

「自分はあまりこの人物の事は知らない……凄い人なのか?」

「アタシもアタシも! あっちの方で知ってるの関羽? くらいだもん」

「……クリスもワン子もあとで私が教えてあげる」

「やっぱり只者じゃなかったですね……」

「流石のオイラでも騅に勝てる気はしねぇぞ……」

「いや、松風が勝てる馬とか逆にどこにいるんだよ……」

 

「OK、清楚先輩から了解もらった、明日準備をして屋上に集合だ」

 

 雑談の間に大和が連絡をして戻ってきた。

 

「よぉし、みんな忘れんなよ!んじゃ、今日は解散ーーっ!」

 

 明日、葉桜清楚のルーツが報告される。

 その事が迎える結果を、今はまだ誰も知らないでいた……

 

 

―――――川神学園 屋上―――――

 

 

「――清楚先輩は項羽のクローンです!」

 

 キャップは一切の小細工をせず、結論をいきなり清楚にぶつけていった。

 

「え? え? 項羽ってあの……中国……の」

「そうです」

「え……でも、私……そんな……」

「ショックなのはわかります……ですが、清楚先輩が本気でしたので、こちらも本気で調べました。手掛かりが全てを物語っています」

 

 そういって風間ファミリーは清楚に関する様々な事柄が、『西楚の覇王』と呼ばれた項羽と一致することを告げる。

 

「ここに、まとめた資料があります、お渡し……しますね」

 

 そう言ってショックを隠そうともしない清楚に大和は資料の束を渡す。

 

「……なんだろう……此の感覚、前も一回あった……そうだ……この歌……この歌を見た時……」

 

 夢遊病者の様にフラフラとしながら、大和の渡された資料に目を通すと、一枚の紙の前でピタリと手を止め呟きだす。

 呟きというよりは、独白……誰にむかって話しているわけでもなく唯、言葉が漏れてしまっているというそんな具合だ。

 

「力……山を抜き 気世……を蓋う 時……利あらずして 騅……逝かず」

「……垓下の歌」

 

 清楚の呟きを耳にした大和がその内容に気付く。

 楚漢戦争の最後の戦いである垓下の戦いにおいて、西楚の覇王・項羽が愛人である虞美人に送った詩だ。

 

「騅の……逝か……ざる 奈何……すべ……き……」

 

 呟きは苦しさを増して、傍から見ても明らかにおかしい。

 

「おいこれ、止めた方がいいんじゃないのか」

「……なんかヤバい感じ」

 

 空気までもじっとりと重くなったきがする。

 

「清楚先輩! 清楚先輩! 聞えますか?」

 

「虞や……虞や…… 若を……奈何……せん……」

「清楚先輩大丈夫ですか!」

 

 大和が駆け寄って肩をたたくより一瞬早く、清楚が垓下の歌を諳んじ終わる……

 

「大和!! 危ないっ!!!!!」

 

 ――次の瞬間、清楚を中心に膨大な力の暴風が巻き起こる。

 

「おっわ!」

 

 暴風に巻き込まれそうになった大和を京が素早く捕まえて既のところで屋上から飛び降りた。

 

「わあああああ」 「どわあああああ」

 

 由紀江がモロとガクトを捕まえて同じく飛びおりる。

 

「ひゃああ!」 「くううっ!」 「よおっと」

 

 ワン子、クリス、キャップはそれぞれ自分で飛び退いている。

 

 

―――――川神学園 1-S組―――――

 

 

「――失礼」

 

 突如とした力の出現を感じ取ったヒュームは紋白を抱え一気に九鬼に向けて飛ぶ。

 立て続けに3度ほど飛び九鬼の本社に到着すると、九鬼のシェルターにいる従者部隊に紋白をまかせ、今度は本社の中央部に飛んだ。

 

「おい、項羽が目覚めたぞ」

 

 ヒュームはそこにいるマープルに多少以上に非難を込めた声で言う。

 

「なんだって? まったく……早まったとは思っていたけど、これほどとはね……桐山!」

「――こちらに」

「まずは川神学園の放送をジャックしな、そして揚羽様にご連絡だ。あとオズマに至急こちらに来るよう言うんだよ」

「英雄様はどのように?」

「クラウディオとあずみがいる、英雄様は大丈夫だろう。それよりヒューム」

「ふんっ、わかっている。約束だからな」

 

 そう言ってヒュームは再び川神学園に向けて跳躍した。

 

 

―――――川神某所 川神院―――――

 

 

「――ッ!! なんだこの力……まさか清楚ちゃんか!」

 

 今日清楚に調査の報告をしているであろうファミリーの顔が浮かぶ。

 まさかこんな形になるとは――百代は川神院にいる自分を呪った、その時、

 

「百代様いってください、こちらは大丈夫です」

 

 こちらも何かを感じ取ったのだろう、高僧の一人が百代に声をかけてきた。

 

「……ありがとう」

 

 そう答えるが早いか、百代の姿はかき消える。

 百代は全速力で川神学園目指し疾った――

 

 

―――――川神学園 屋上―――――

 

 

 風間ファミリーがグラウンドへと避難した後の屋上。

 力と闘気の傍流の中心で、清楚が佇んでいる。

 ――そして清楚がカッと目を開く、その瞳は慈愛に満ちた今までの清楚の瞳ではなく真っ赤に輝く獣のような瞳だった。

 

「……んはっ!!!!」

 

 口を三日月型に開き清楚が笑う、その笑も今までの清楚のものとはかけ離れたものだ。

 

「はーっはっはっはっはっはっ!!!ようやく目覚めたぞーーーーーっ!!!!」

 

 歓喜、狂喜、喜悦、雀躍……この世のありとあらゆる喜びの感情をかき混ぜながら清楚が哄笑する。

 

「そして素晴らしいぞ!!この力ぁ!!!」

 

 清楚の内から溢れ出した闘気がユラユラと蜃気楼のように清楚の体を包んでいる。

 

「フフフ、あそこか……」

 

 そう言って屋上から風間ファミリーを見つけると、清楚はグラウンドに飛んだ。

 

「まずお前たちに礼を言っておかないとなぁ、とく俺の正体を見破り封印を解いてくれた……」

 

 音もなくファミリーの前に降り立った清楚は大和たちに言う。

 

「……清楚……先輩?」

「違う! 俺は覇王だ――覇王と呼べ!!」

「せ、清楚先輩……の人格は消えてしまったんですか……?」

 

 由紀江が恐る恐るといった感じで聞く。

 

「俺は俺。清楚は俺、項羽は清楚。全てはひとつ、俺は長いあいだ心の片隅に封じられていたが、ようやく混じりあった。こう言えばわかりやすいか?」

「いや!何言ってっか分かんねぇから、清楚先輩はだからどうなったんだよ!」

 

 ガクトが一歩前に出て思わずといったふうに口にするが、次の瞬間、ガクトはプールにむけて放り投げられていた。

 

「わ、わ、うわああああああああああああああああああ」

「お前の発言を許した覚えはない……」

 

 ガクトを天高く放り投げ、見下したような目で清楚――いや、項羽が呟く。

 

「ちょっと、あんた、何してんの――」

 

 一子が項羽に文句を言いきる前に放送が入る――聞いたことのない老婆の声だ。

 

『聞こえるかい清楚……いや項羽』

「おお!その声はマープルか!」

『目覚めちまったようだね、しょうがない一度帰ってきな』

「帰る? 何故? 俺は目覚めたばかりで元気がいっぱいなのだぞ? まぁ、見ていろ日本ぐらいなら今日中に落としてやるさ!!」

『馬鹿なこと言ってんじゃないよ、さっさ帰って来な! そしてこれからの教育カリキュラムを構築しなおしさ、勉強ももちろんやってもらうよ』

「勉強!? ボケたかマープル!! 勉強なんぞ自分の名前がかけるだけでじゅうぶんだろう!」

『まったく……こりゃ話が通じそうにないね。鼻っ柱をおる必要もありそうだ――』

 

 そう言うと放送の声――マープルは川上学園全校生徒にむけて発信をした。

 

『川上学園の皆、聞きな。3-S組の葉桜清楚が暴走した。彼女は西楚の覇王と呼ばれた項羽さね。彼女を取り押さえた者にはあたしの私財から褒美をとらせる! あたしゃ九鬼従者部隊序列2位 マープルさね!!』

 

「よろしいのですか?ここまで騒ぎを大きくしてしまって」

 

 傍らに控えている桐山が眉をひそめて聞く。

 

「バレちまったら腹をくくるさ……むしろ、強敵を次々となぎ倒す項羽のデモンストレーションにすればいい。鮮烈デビューというやつさ。桐山、映像の記録を忘れるんじゃないよ」

「かしこまりました」

「ヒュームとクラウディオに抑えられるまで派手に暴れ回ればいいさね」

「……それにしましても、あそこまで思考が変わるとは」

「はぁ……やはり、25歳くらいまで勉強させてから目覚めさせたかったね」

 

 やれやれ……といった感じで星の図書館は溜息をつく。

 

 マープルの放送後、グラウンドは早くも混沌の様相を呈していた。

 学園長とルー師範代から『教室で待機、葉桜清楚に向かっていくのはいいが、それは自己責任』という通達がまわり、大多数の生徒は教室からグラウンドの様子を見ている。

 しかし、そこは血気盛んな川神学園の生徒、かなりの人数が項羽に向かって戦いを挑んでいった。

 

「スイ!俺のところに来い!お前ならすぐに来れるだろう!」

 

 そんな生徒たちを面白そうに眺めながら、項羽は天高く手を突き上げ声を上げる。すると、その声に応えはるか向こうから大型のバイクがまっすぐ項羽のもとにやってくる――道中、項羽に向かう生徒を蹴散らしながら。

 

「お前も、俺の覚醒に伴い、真の姿に目覚めたか!」

「このようなところですが、皆様、改めてよろしくお願いいたします」

 

 自転車の時と同じくなんとも紳士的な声でスイスイ号が話す。

 

「スイ! 武器を出せ、方天画戟でいく!」

 

 項羽の呼びかけに応え、スイスイ号から一本の槍が項羽に手渡される。

 呂布が愛用したと言われる月牙が片方のみに付いた槍。それを項羽が構える。

 

「さぁ、来い、戦士達!俺に挑め!!共に武で語ろうではないか!!!」

 

 オオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!

 

 その声を合図として川神学園の生徒たちが項羽に襲いかかる。

 項羽は生徒たちを槍の一閃でなぎ倒しながら如何にも楽しげに笑う。

 

「はーーっはっはっはっはっ!!どうしたどうした、川神の戦士はこんなものか!!!腹の足しにもならんぞ!!!!」

 

 そんな傍若無人な項羽の様子を見ながら、

 

「くうぅぅ、仲間を投げられてあの態度!もう完っ全に怒ったんだからね!」

「ワン子の言うとおりだ、あの傍若無人目に余る!」

「……まったく……清楚先輩変わりすぎ」

「行きましょう……皆さん」

 

 川神一子、クリスティアーネ・フリードリヒ、椎名京、黛由紀江――風間ファミリーの4人が武器を構える。

 

「んはっ!なかなか食いごたえがありそうなのがいるじゃないか!!」

 

 そんな4人に気づいた項羽がニヤリと、口元に強い笑を浮かべる。

 

 そんな挑発的な笑に釣られるかのように、一子が突撃する。

 

「いくわよっ!川神流 山崩し!!」

 

 一子は薙刀を頭上で回し、相手の頭上ではなく足へと薙刀を走らせる。

 しかしそれを読んでいたかのように項羽はするりと躱し声を上げる。

 

「んはっ! なかなかに面白い武器じゃないか! 見ていて飽きない、褒美を取らせるぞ!! はーっはっは!!」

 

「くうう、馬鹿にしてぇえ! はあっ! たあっ! せいやっ!!」

 

 そのまま連続して薙刀を振るう、しかし薙刀独自の変幻自在の斬撃軌道も覇王にはかすりもしない。

 

「面白い!面白い武器だが……そこまでだな、もっと精進して出直すがいい!!」

 

 袈裟懸けに甘く入った最後の斬撃を手で払われ、体勢の崩れたところに項羽の蹴りが入る。

 

「きゃああ――!」

 

 その蹴りをまともにくらい、校門の方へと吹っ飛ばされる一子。

 

「やっべぇ!大丈夫か!ワン子!!」

 

 キャップが慌てて駆け寄る。

 

「貴様ァ!! クリスティアーネ・フリードリヒ!! 参るッ!!」

 

 今度はレイピアを構えたクリスが項羽に突進していく。

 クリスはレイピアを閃かせ1、2、3とリズムよく刺突を放つ、狙うは胴。

 面積が広く一番攻撃の当たりやすい部分だ。

 

「おお! 怒りを飲み込み攻勢にでるか! 声もよく通る、戦場でも聞こえそうだ! お前、兵を束ねる将たる器を持っているな!!」

 

 そんな嘲笑にも似た賞賛を完全に無視して、クリスは項羽の胴に執拗に突きの一撃を加える続ける。

 しかし当たらない、項羽はその全てを躱している。

 だが、クリスにとてもそれは想定の範囲内、本命は意識が下へ集中したあとでの顔への一撃。

 

「せやっ!!」

 

 その渾身の刺突を今までよりも深く、強い踏み込みで放つ。

 

 が、そのレイピアの一撃を項羽は片手で刃を握り鼻先で攻撃を強引に止める。

 

「なっ!」

「まぁ、そこそこ面白かった……が! 目でバレバレだ出直してこい! そしてそこのお前もな!!!」

 

 そう言うとレイピアごとグイッとクリスの身体を引き寄せると、襟を持ち上げ力任せに投げ飛ばした。

 

「――えっ?」

 

 ――その先には、隙へ矢をねじ込もうと矢をつがえていた京。

 

「「きゃあ!!」」

 

 避けるわけにも行かず、京はクリスとともに地面へと激突する。

 

「守るもののいない弓兵など唯の的だ! 未熟者がっ!」

「京! クリス!」

 

 こちらは近くにいたモロが駆け寄った。

 

 くっ! 私はまた同じ誤ちを――っ!

 ともに倒れモロに助けられているクリスと京をみて由紀江が唇を噛む。

 

「おいおい、貴様一人になってしまったぞ? どうする?」

 

 一言で連携――といっても、その種類は非常に多岐にわたる。

 多数vs多数 1vs多数 強敵vs多数 etcetc 自身の状況が2人以上だった場合、常に連携というものは取れる状況にはなる。なる、が、それが出来るかと言うとそれはそれで別の問題だ。

 相手との信頼関係、相方の特徴把握、戦術の徹底……様々な要素を集約してはじめて成果が期待できる。だが、その難易度に見合った成果が期待出来るのもまた確かであり、故に練達した軍隊は常に連携の訓練を怠らない。

 

 今回の一子達のように、4人で相対しながら結果1vs1が3回というような状況はあまり好ましくない。京だけはその特性も相まって援護の気配を見せてはいたが、潰されてしまった。

 しかしこれは一子達がこのような状況――強敵相手に仲間複数で相対す、戦闘に慣れていないという経験不足によるものなので致し方ないとも言える。

 したがって、一子とクリスがそれぞれに項羽に立ち向かっていった時点で由紀江にできることはほぼ何もなかったとは言え……やはり、先の戦い――百代 対 四四八、での悔いが心の中に残っている。

 

 その悔しさを振り払うように由紀江は名乗りを上げる。

 

「黛流 黛由紀江……まいりますっ!!!!!」

 

 疾く、鋭く、美しい斬撃が連続して項羽を襲う。

 剣を志す者なら見惚れてしまうような斬撃の連続をいとも簡単に躱しながら項羽は由紀江に向かって言い放つ、

 

「んはっ!! いい太刀筋ではないか!! 我が軍の剣術指南役として向かい入れてやっても良いぞ!!」

「お断りします!!」

 

 そんな軽口に由紀江は間髪いれずに怒ったような声で返す。

 

「なに?俺の誘いを断るというのか……この無礼者が!!」

 

 そう言って項羽はこの戦いで初めて槍を振るう。

 

「くっ!」

 

 圧倒的な力がこもった一撃に刀が払われる。

 

「今度はこちらからだ、そぉらっ! そぉらっ!! そぉらっ!!!」

 

 項羽は手に持った槍を縦横無尽にはしらせ由紀江をおそう、力強く、空気ごと相手を断つかのような重さのある連撃だ、

 

 が、

 

 ――疾やさは柊先輩ほどじゃない! ならば!

 

 由紀江はその連撃のすべてを躱す。

 四四八と打ち合ったときは四四八の鋭く疾い旋棍の連撃を、刀を使い受けて、流すことしかできなかったが、これならば躱すことができる。

 躱すことができるなら――反撃の機会がある。

 その一瞬を見逃さぬよう由紀江は全神経を項羽へと集中させる。

 

「どうした、どうした、どうした、どうしたっ! 逃げ回ってるだけじゃぁ、勝てないぞ!!」

 

 項羽の連撃は止まらない、止まらないが、項羽も機械ではない常に同じペースで攻撃はできない。

 

(――見えたっ!)

 

 その連撃に生まれた一瞬の『間』、その『間』に由紀江は剣先をねじ込んだ。

 

「そこっ!!」

 

 渾身の突きの一閃が項羽を襲う、

 

――ガキッ!という硬いものがぶつかる音がする。

 

「なっ!」

 

 由紀江が驚愕の表情を浮かべる。

 それもそうだろう、項羽は由紀江の一撃をこともあろうか歯で噛んで止めたのだ。

 

「ぺっ! やはり刀か……鉄の味しかせんわ。おい! 今の一撃、良かったぞ。褒美をやらんとなぁ……」

 

 そう言ってニタリと笑った項羽は、攻撃後で体勢の崩れた由紀江の腹に力のこもった蹴りを放つ。

 

「くっ――はっ」

 

 由紀江はその衝撃で吹き飛ばされて、グラウンドに転がる。

 

「まゆっち!」

 

 最後まで事の成り行きを見守っていた大和が由紀江に駆け寄る。

 

「ふう……まぁ、肩慣らしとしては悪くなかった、さて、次はどうしようか……」

 

 グラウンドに多数の生徒の倒れ伏した姿を見ながら覇王が少し考えるような仕草を見せる。

 

 ――その時、

 

「葉桜先輩! これは……」

 

 学園長やルーとともに、生徒の安全確保に動いていた四四八がグラウンドにやって来た。

 

「おお!柊か!お前にも礼を言わねばならんな!俺の封印を解く手伝いをしてくれたのだからな!」

 

 自慢げに胸を張り四四八に目を向ける。

 

「どうだ、西楚の覇王が俺の正体だ! さぁ、感そうを……っ! ん、くっ……!」

 

「葉桜先輩!」

 

 急に苦しみだした清楚を心配して四四八が近づこうとすると、今まで紅だった瞳が消え四四八の知る清楚の瞳が浮かび上がる。

 

「……あなたは……」

「大丈夫、大丈夫だから……柊くん。ありがとう、心配してくれて……」

 

 そう言って、力なく四四八に笑いかけると、その瞳は再び紅くなる。

 

「……フゥ……」

 

 項羽……と思われる人格が息を吐く。

 何か一瞬、人格が入れ替わったそんな感じだ。

 

 それを見た四四八は、

 

「そう……ですか、葉桜先輩は葉桜先輩……なのですね」

 

 そう、少し安堵の表情を浮かべたが――直後、厳しい顔に戻り、

 

「しかし、この暴挙さすがに黙ってはいられません。自分がこの事態を引き起こした片棒を担いでいるとなれば尚更です」

 

 そういって、すっ、と腰を落とし構えを取ろうとする。

 

「なんだ、柊! 俺と戦ってくれるのか!? これはいい、お前を見た時から身体の疼きが止まらなかったのだ!!」

 

 そう言って項羽も槍を構えようとすると、

 

 ――その時、頭上と背後からふってきた。

 

「まぁ、待て柊。これは九鬼の不始末でもある。ここは俺たちに任せてもらおう」

「という訳で、譲って頂けませんかな柊様。流石にここで仕事をしないとお給料が下がってしまいます」

 

 そういいながら、ヒューム・ヘルシングとクラウディオ・ネエロが現れる。

 いつもと同じ立ち振る舞いのはずだが……そこには隠しきれないほどの闘気が漏れ出している。臨戦態勢……といった気配だ。

 

「ほう……ヒュームにクラウディオ。おまえら俺を止められるとでも思っているのか?俺は西楚の覇王、項羽だぞ!!」

 

 そんな項羽言葉に従者二人はやれやれといったように言葉を交わす。

 

「赤子が……実力の差というものすら気づかんのか」

「この辺はおいおい教えていくしかなさそうですな……」

 

 ――そして第3の挑戦者が現れた。

 

 彼方から飛んできた百代がグラウンドに降り立ったのだ。

 百代は項羽を見ていない。

 百代の視線の先にはぐったりと倒れ、大和たちから介抱を受けている4人の武士娘たちの姿だ。

 

「なぁ、清楚ちゃん。もしあれをやったのが清楚ちゃんなら……」

 

 ここで初めて百代は項羽を真っ赤な瞳でギロリ睨みつけ、

 

「私は清楚ちゃんにお仕置きをしなきゃいけないなぁ……」

 

 そう凄みを帯びた声で言う。

 

「武神か! ああ、俺はなんでも構わない! 誰がメインディッシュでもな!!」

 

 強者4人に囲まれながらも、項羽は楽しくて仕方ないといったふうに声を上げる。

 

「おい百代、引っ込んでいろ。これは九鬼の問題だ」

「何を言ってるジジィ……私は、私の仲間に手を出したやつを許せないと言っているんだ、お前の筋など聞いてない」

「なに?」

「はん!」

 

 ヒュームと百代がにらみ合う。

 

 ぎりっ、と二人のあいだの空間の密度が一気に濃くなっていく。

 

 ――刹那、二人の右手が目にも止まらぬ速さで動いた。

 

「――ぬっ!」

「――むっ!」

 

 二人は同時に声を上げた。

 

「落ち着いてください、俺達がここでぶつかっても何の解決にもなりません」

 

 四四八の声が響く。

 ヒュームと百代の腕は二人のあいだに入った四四八によって止められていた。

 

「……ふんっ!」

「……はんっ!」

 

 その言葉に、二人は手を引く。

 

「ふむ、しかし困りましたな。三者ともそれぞれに戦う理由があります。この場合誰が戦ってもわだかまりが残ってしまう……さて……」

 

 クラウディオが考え込むような素振りを見せたとき……

 

「その役目、私たちが請負います」

 

 項羽を含めた全員が声の方に目を向けると――

 

「――おまえ達」

 

 そこには鈴子を先頭に千信館……いや、戦真館(トゥルース)の制服に身を包んだ戦真館の6人がいた。

 

「戦真館、我堂鈴子以下6名。西楚の覇王・項羽の取り押さえ、名乗りを上げさせていただきます!」

 

「ほう……」

「ふむ……」

「むっ……」

 

 それを聞き、従者2人と百代が声を上げる。

 そして、少し思案したクラウディオが口を開く。

 

「今まで、まずは川神学園の生徒との勝負を優先させてきました。そう言う意味では純粋に勝負を挑んでいる彼らとの対戦を先にさせるのがいいかと思うのですが……如何でしょう? ヒュームそれに百代様……」

 

「俺は構わん、面白いものが見れるかもしれないしな」

「私は……」

 

 百代は妹をはじめとする仲間たちが起き上がり始めたのを見て、

 

「もし、千信館のヤツらがしくじった場合。その次にやれると確約できるなら、それでいい」

 

 そう答える。

 

「では、決まりですな。よろしいですね柊様、手出しは無用ですよ」

「――はい、ですが、声はかけさせていただきます」

「どうぞ……」

 

 そういって四四八は6人の下へ向かっていく。

 

「――おまえ達」

 

 しかし何を言えばいいかわからず、先ほどと同じようなつぶやきをしてしまう。

 そんなとき鈴子を皮切りに仲間たちが次々に四四八に声をかける。

 

「柊、あんた私たちがあんたとモモ先輩の一戦見て何もわからなかったとか思ってないでしょうね。見くびらないでくれない」

「そうそう、柊くんの真(マコト)、ちゃんと届いてるよ」

「つうわけで、俺たちもリハビリしなきゃなんねぇからな」

「関羽だか張飛だかしらねぇけど、まっ、余裕っしょ!」

「栄光、それ両方ちげぇからな?」

「まぁ、復帰戦としては相手にとって不足なし! だよね」

 

 それを聞いた四四八は仲間たちにかけるべき言葉をようやく思いついた。

 

「おまえ達……葉桜先輩を――頼んだぞ」

 

 ――任せとけ! 仲間たちが異口同音の言葉を口にする。

 

 そして6人はグラウンドにならぶ。

 

「指揮は私が取るわ、文句ないわね」

「OK―、頼りにしてるよ、鈴子」

「ああ、かまわねぇ」

「私は柊ほど甘くないんだからね、わかった? 大杉!!」

「ちょ! なんでオレだけ名指しなんだよ」

「りんちゃん。りんちゃんこそ、四四八くん見てるからって張り切りすぎちゃダメだよ!」

「なっ! なんで、そこで柊の名前出てくんのよ! か、か、関係ないじゃない!!」

「おい、あゆ……なんで戦闘前に指揮官混乱させてんだよ……」

 

 いつもの変わらぬ調子で会話を交わす6人――。

 しかし、いつもとまるで違う様相の6人――。

 

 鈴子が一歩前に出て宣言する。

 

「戦真館 我堂鈴子以下6名! 葉桜先輩、お相手させていただきます!!」

 

「っんは!! 待ちくたびれたぞ!! さっきは4人で今回は6人か。人数なんぞどうでもいい!!なんせ俺は西楚の覇王だ!! 10人だろうと100人だろうと変わらぬわ!!」

 

 そうして、6人はそれぞれ武器を構える。

 項羽も槍を構える。

 

 校庭に静寂が舞い降りた。

 

 その静寂を破るように、鈴子が激を飛ばす。

 

「柊が見てるんだから、恥ずかしいトコ見せんじゃないわよ!!」

 

「「「「「 了解ッ! 」」」」」

 

「千信館が柊だけじゃないってとこ、川神の連中に見せつけてやるんだから!!!」

 

「「「「「 あたりまえッ!! 」」」」」

 

「目標 西楚の覇王・項羽 いくわよ!!!!」

 

「「「「「 オオッ!!!!! 」」」」」

 

 能力(ユメ)を持つ戦真館の6名が、中華の英傑に挑む、川神学園すべての視線がその一戦に注がれていた。

 




(個人的に)いいところ(だと思ってるの)ですが
明日からベトナムの方へ出張に行く関係で、更新はちょっと遅くなるかもしれません
ただ、向こうだと夜暇なんでネットがつながれば投稿できる……かも

戦闘描写さえあまりうまくないと思っいるところに
なんと集団戦を書くという暴挙にでた自分!はたして!!

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第二十話 ~集戦~

出張先(ベトナム)から投稿
うまく投稿出来てるといいんだけど……




 燦然と光り輝く12の瞳が、西楚の覇王を見据えている。

 

「大杉!水希!頼んだわよ!」

「了解ッ!」

「おしっ!行こう、大杉くんっ!!」

 指揮官――鈴子の言葉に、まず飛び出したのは大杉栄光と世良水希。

 それぞれ解法と戟法を展開し、常人ではありえない速度で項羽へと向かっていく。

 それを見送った他の4人も、すっすっすっとそれぞれの持ち場へ移動していく。

 

 全員、項羽から一瞬たりとも目をそらさない。

 

 二人は縦にぴたりと並んで進んでいく、

先頭は栄光、その背中に隠れるように水希。

 

「さあ、来い!坂東武者共!!我が方天画戟の錆にしてくれるわ!!!」

 項羽はそう言うと向かってくる二人に対し槍を振るい衝撃波を放つ、

幾重にも振るわれた槍によって作られた衝撃波は暴風を超え竜巻の様相を呈して二人に襲い掛かる。

 

「水希!一秒後だッ!!」

「了解ッ!」

――なにの、とは言わない、

――なにが?とも問わない。

 

 栄光は右手を突き出しながらその竜巻に突っ込んでいく。

 その後ろにピタリと水希がついて行く。

 

 栄光の右手に編むは崩の解法。

 

「関羽だか張飛だかしらねぇけどよぉ、あんまオレ達、なめてんじゃねえぇぞォ!!」

 栄光はその咆哮と共に右手を一閃、

 

――すると

 

突撃してきた二人はもちろん、その他すべてを飲み込み吹き飛ばすはずの竜巻は唯のそよ風と化して霧散し、無力化される。

 

「なにっ?!」

 項羽の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

「水希ッ!!」

「はああああああああああ!!!!」

 右手を一閃してちょうど一秒、

すべての竜巻が無力化した直後に放たれた栄光の合図に刹那の狂いもなく水希が栄光の肩に左手をのせ馬跳びの要領で一足飛びに項羽の懐へと侵入する。

 

「はああああああああっ!」

「なめるなあああぁぁぁ!」

 

 水希の刀と項羽の槍が交差する。

 先の黛由紀江を比べても遜色がないほど、疾く、鋭く、美しい斬撃と項羽の全てを叩き潰すかのような重い斬撃がぶつかり合う。

 

 竜巻を無力化された驚愕からいちはやく立ち直り水希の斬撃に対応したのは流石、西楚の覇王と言えるかもしれない。

 しかし――項羽は理解していない。

 水希の――否、戦真館の意図を理解していない。

 

「やあっ!!!」

「なにっ!」

 

 何合目かの斬撃の応酬の後、水希はその後の反撃や体勢が崩れるのも度外視して逆袈裟に全霊の力を込め、方天画戟をはねのける。

 思わぬ攻撃に片手が離れ、跳ね上げる方天画戟。

 

「鈴子ッ!」

 

 その体勢の崩れた項羽めがけて放たれた矢のように疾る青い閃光――我堂鈴子、

先の二人よりも更に、疾く、鋭く、真っ直ぐに目標めがけて突撃する。

目標は――跳ね上がった方天画戟。

 

「せやっ!!」

 ガキッ!と薙刀が方天画戟と交差する。

 

「しまっ!!」

 有り余る疾さ、その全てがのった一撃により辛うじて握っていたもう片方の手も方天画戟から離れてしまう。

 

「淳士ッ!」

 

 飛ばされた方天画戟に意識が向いた、一瞬、

項羽は自らの懐に、とんでもない質量が飛び込んできたことを知る。

 

 それは言うなれば『岩』、

荒削りだが、強く、固く、そして重い……そんな『岩』。

 

 密着にも近い超至近距離。

 『岩』の左足が自身の右足近くに置かれていた――。

 『岩』の右拳が自身の胴の直線上に置かれていた――。

 

――マズイ!!!

 反射、本能……そしておそらく恐怖も、

あらゆる感情を総動員して項羽は身体をひねり、空いている腕で胴をその右拳から防御しようとした。

 

 すると、『岩』が静かに言う、

「――遅ぇ」

 

ドンッ!

 自らの胴体付近で起こった爆発に項羽は巻き込まれ吹き飛ばされる。

 そう、もはや爆発といっていい衝撃、

なんとか拳と腹の間に挿しこめた腕の感覚はなく、その腕の上からの衝撃のはずなのに撃たれた腹に穴があいてないかその目で確認しないと信じられない。

 

「しくじんじゃねぇぞ!真奈瀬ェ!!」

 『岩』――鳴滝淳士が叫ぶ。

 

「あいよ!」

 

 その声に応えるように未だ空中にいる項羽を幾重にも重ねられた帯が飛び、そして項羽を拘束する。

 

「クッソォオオ!!こんなものォォ!!」

 このままでは本当にマズイとようやく認識した項羽は、腕の痛みも腹の痛みも二の次にして、ありったけの力で拘束を跳ね除けようとするが、ビクともしない。

 

 その帯の所有者である晶も循法を帯に最大展開しながら耐える。

「――っくう!流石にキツい、長くわもたねぇわ……あゆ!さっさと決めちまいな!!」

 

「了解、美味しいとこ、もってっちゃうよー」

 そして、戦真館最後の一人の一撃が項羽に向かって放たれようとしていた。

 

 歩美はマスケット銃の照準を合わせる……

「Bingoォ!!!」

 

 掛け声と共に放たれた射の咒法に崩の解法を編んだ弾丸が狙いたがわず項羽めがけて飛んでいく、

 

 そして――

「――かっ! ……ちっ……くしょう……」

 寸部の狂いなく眉間に直撃した弾丸は西楚の覇王の意識を完全に刈り取った……

 

 ドサリ、と帯に拘束されたままグラウンドに崩れ落ちる項羽。

 

「――お見事」

 思わず、といったふうにクラウディオが感嘆の言葉を呟く。

 

ワアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!!!

 川神学園全体から歓声が飛ぶ。

 

 

―――――川神学園 2-S組―――――

 

 

 歓声の中、英雄の警備のために2-Sに残ってグラウンドをみていたあずみが隣で同じように戦闘を見ていたマルギッテに声をかける。

 

「――おい、“猟犬”」

「――なんです?“女王蜂”」

 二人ともグラウンドを見ている。

 目を合わせてはいない、声だけ掛けている。

 

「お前んとの部隊でアレ……出来るか?」

 その問いを聞くとマルギッテはギロリと片目であずみを一瞥した後、直ぐにグラウンド目を移し自らの考えを口に出す。

「部隊から各種エキスパートを選抜隊として結成させ、敵の戦闘能力を偵察し、それを考慮したうえで作戦概要を5パターン以上検証し、そして1週間の訓練があれば……」

「なるほど、即興じゃ“出来ない”……っと」

「……」

 そのあずみの返しにマルギッテは答えない。

 

 そして逆にマルギッテが返す、

「自慢の九鬼従者部隊ならできますか?」

その問いにあずみは少々肩をすくめた感じでマルギッテをみて。

「戦闘能力の高い奴だけあつめりゃ、多分。だが、あの人数じゃ無理だ。あんなにいたら互いが邪魔して、最終的にヒューム、クラウディオあたりが単独で……みたいになるだろうな」

「……つまり“出来ない”っと」

 その言葉にあずみは今度はしっかり肩をすくめて同意の意をしめす。

 

 たとえ強敵相手と言えど、1人と戦うために6人という人数は多い……と言っていい。

 一度に襲いかかれる人数は限られているのだから、必然無駄な人員が出てきてしまう。

 もちろん、そこをうまくスイッチや役割分担をして最大限の効果を発揮するようにするのがすなわち『連携』というもので……

 

 その中でも戦真館の6人が見せたものは極上のものだ。

 

 彼ら6人が一つの個体として動いているのではないかと思われるほどの連動、

今回の一戦、世良水希が項羽の懐に入った時点で、ほぼ9割がた戦真館の勝利は確定していたのであろう。将棋で言えば『詰みまでの筋に入った』と言ったところか。

 

 そして、もし仮に、今回の一連の流れがどこかで切れたとしても、その対処も行われていたのだろうと思われる。

 何故なら先鋒を受け持った栄光、水希は自らの役目が終わった後は項羽から絶妙な距離をとり項羽の死角へ、死角へと、まわりこむような動きを見せていた。

 そういう意味でもやはり、栄光の突撃と水希の切り込みが成功した時点で戦真館の勝利だったのだ。

 

 従軍経験のあるあずみやマルギッテはもちろんだが、これを見た他の九鬼従者部隊の人間から見てもこの戦真館の見せた戦いは衝撃だろう。

 おそらく1対1で戦闘するには難しいであろう相手を6人でいともあっさり撃破する、連携、連動の妙を見せつけられた感じだ。

 

「“女王蜂”……いえ、あずみ。今回の一戦、九鬼は映像で残してはいませんか?」

「あ?マープルが出張ってきたんだ、桐山あたりが録ってるだろうさ」

「その映像、自分にも譲ってはくれませんか?」

「……ああ、いいぜ、手配しとく」

「……恩にきります」

 アルギッテのお願いなど――マルギッテからお願いをされたのなど今回が初めてだが、いつもなら軽口の2つや3つは投げて応対するのだろうが、今回に関してはマルギッテの気持ちも痛いほどわかるので、あずみは素直にマルギッテの要望に頷いた。

 

――さぁて、こっちも戻ったらミーティングだな。

 どうせ、マープルは出てこないだろう、だとするなら桐山に事情を聞かないといけない。

 余計な仕事が増えたな……とあずみは一人嘆息する。

――まったくこれだから老人が勝手に動くと面倒なんだ……

 と、いった愚痴も心の中に湧きあがるが、小さく首を振りそれを振り払うと、

――まずは英雄さまを無事に、そして確実に九鬼に届ける。今度の方針はその後だ……

そう、気持ちを入れ替え愛する主君のもとへと向かう。

 

 マルギッテはあずみがいなくなったあともグラウンドを見つめていた……

 

 

―――――川神学園 グラウンド―――――

 

 

 四四八と百代は校舎の壁の寄り掛かり、この一戦観戦していた。

「……すみませんでした」

 四四八はとなりで見ていた百代に声をかける。

「お前が謝る事じゃ、ないんじゃないか?」

「それでも……川神先輩の葉桜先輩に挑みたかったお気持ちはわかりますので……すみません」

 

 それを聞くと百代は小さく笑って答える。

「まぁ、しょうがない。清楚ちゃんの落とし前はまた次に付けるさ」

 そう言ってから、気絶した項羽を取り囲むようにして立っている6人に目を向けて、

「それにしても――見事なもんだな」

そう、四四八に言った。

 

「あの6人に束で掛かられたら俺だって勝てません」

「だろうな……だが、お前はあそこに入れるんだろう?」

「まぁ、それは……そうですね」

「……凄いな、千信館は……」

 驚き、敬意、いろんなものを込めて百代が言う。

「ありがとうございます」

 そう言うと四四八は倒れている項羽にむかって歩き出す。

 

「どうするんだ?」

 百代の問いに四四八が振り返って答える。

「葉桜先輩を保健室に連れて行きます。さきほど言いましたが俺にも責任がありますし、先輩を倒したのは俺の仲間です。俺が付き添うのが筋でしょう」

 それを聞いた百代は今度は苦笑の様なものを顔に浮かべて、

「真面目だねぇ……柊、清楚ちゃんが気がついたら百代が『次は自分だ』と言ってたと伝えてくれ」

 そういって、百代は既に立ち上がり今の一戦を観戦していた仲間たちの方へと歩いきだす。

「確かに、承りました」

 四四八はその背中に了解の言葉を投げる。

 百代は歩みを止めず首だけ振り返らせながら、手を挙げて感謝の意を示す。

 

 それを見た、四四八も再び仲間の取り囲む項羽の元へと歩き出す。

 

――そして、

「お疲れ、流石だな」

 残心をとかず未だ項羽を取り囲んでいる仲間達に声をかける。

 

「まっ、三国志にでてくる奴も俺等にかかっちゃこんなもんしょ」

「大杉くん……その辺の事はもうしゃべらない方がいいよ?折角、お近づきなれた後輩の娘もそれ聞いたら引いちゃうよ?」

「へ?え?マジ??どうして?どうしてよ!」

 水希の言葉に栄光が涙目になって聞いてくる。

 

「そんなことより!――どう?柊、わかった?私の実力。わかったら奴隷になりなさいよ!」

 そう言って鈴子は薄い胸をグッと張って四四八に言い放つ、

顎を少し上げて少々見下すような顔をしている。

 いわゆる“ドヤ顔”というやつだろう。

 そんな鈴子に少し苦笑を浮かべて四四八は、

「奴隷になるかはともかく……。この辺の指揮能力に関しては疑ってはいなかったんだが……まぁ、流石だよ、我堂」

そう、純粋な賛辞を贈る。

「え?え?な、な、なによ……あ、あんたらしくないじゃない……そ、そんなに素直に誉められると。ちょ、調子狂うのよ……ま、まぁ、いいわ……そんなに言うなら奴隷にしてあげるわよ……」

「我堂……おまえ俺の話聞いてないだろう?」

 自らの髪の毛の毛先をいじりながらモジモジと照れる鈴子に四四八が今度ははっきり呆れたようにツッコミをいれた。

 

「なぁ、鈴子の奴、何回同じ事やれば気が済むんだ?」

「まぁ、あれは顔芸とならんでりんちゃんの持ちネタだからねぇー」

 それを見ていた鳴滝と歩美がやれやれと言った感じで嘆息する。

 

「なぁ、四四八。清楚先輩の怪我……」

 そんな中、項羽の傍で様子を見ていた晶が四四八に声をかける。

 

 何を言いたいのか察した四四八は晶――だけでなく、他の仲間にも向けて話す、

「いや、葉桜先輩の治療は俺が受け持とう。俺には葉桜先輩を起こしてしまった責任がある……それに――流石に負けた相手から治療を受けるってのは先輩としても受け入れられないだろうしな」

――わかった。

 そういうふうに頷き、晶は四四八に場所を譲る。

 

 四四八はまだ拘束されたままの項羽を抱き上げると保健室に向かおうとして、

「では自分は保健室で葉桜先輩の治療をさせていただきます――よろしいですね?」

そう、いつの間にか傍に来ていたクラウディオに話しかける。

 

「ええ、よろしくお願い致します。私は校門でお待ちしております、清楚様――項羽様がお気づきになられましたら、お手数ですがお声をかけて下さい」

「治療に立ち会わなくていいですか?」

「そこまで野暮ではないつもりですし、何より柊様を信用しておりますので」

「わかりました」

「むしろ、いっその事、襲って下されば項羽様もおとなしくなるのではないかなと……」

「……ジョークとしてはあまり性質がいいものじゃないと思いますが」

「これは失礼……」

 そういって深々と頭を下げるクラウディオに四四八は背を向けて、保健室へと歩みを進める。

 

 後の方で鈴子が、

――さっきあんなこと言っておいて……この天然ジゴロ!浮気者!

――おい、鈴子。気持ちはわかるけどさぁ、しょうがねぇーじゃん。

――そうそう、柊くんあれ素だからさ。

――うんうん、いちいちドキドキしてたら心臓いくつあっても足りないよー。

 などの罵声と自らに対する不当な評価が交わされている様に聞こえたが、取りあえず無視して保健室へと急ぐ。

 

 戦真館と中華の英傑の対戦は戦真館の勝利の形で幕が閉じた……

 

 

―――――川神学園 保健室―――――

 

 

「う……うぅん……」

 なにか眩しいものが顔にあたっている様に感じ、項羽は目を覚ます。

「ここ……は……?」

 そういって上半身を起こしてあたりを見回すと、ベットがいくつか置いてありカーテンの向こう側に包帯や薬などが置いてある棚が見え、窓からは夕日が差しこんでいる、おそらく自分はこの夕日で目が覚めたのだろう――どうやら、自分は保健室に居て、しかももう夕方の遅い時間のようだ。

何故そんなところにこんな時間に居るのだろうと記憶を探り……

 

「――ッ!!」

 戦真館との一戦を思い出し慌てて身体を見回す。

 最後、鳴滝の拳を防御した腕には包帯が巻かれてあるが、他は特に何かをされた様なところはない、痛みもない。

 ただ、戦闘の後のけだるさの様なものがあるだけだ。

 脇を見ると椅子が置いてある。もしかしたら、九鬼の誰かが自分を治療してくれたのだろうか……そんなことを寝起きの頭で考えていると、

 

「おや?起きられましたか――おはようございます、葉桜先輩」

扉からペットボトルを手にした男が入ってきて、項羽に気付き声をかける。

――四四八だ。

 

「喉が乾いてると思いまして……どうぞ」

 そういって、コップにペットボトルの中身――ミネラルウォーターを注ぐと項羽へ手渡した。

 

「んっ、んっ、んっ――はぁっ!」

 手渡されたコップに入っているミネラルウォーターをみて、初めて自分は喉が渇いているという事を認識した項羽はそれを一気に飲み干す。そして、無言でグイッと空のコップを四四八へと差し出す。

 

 意図を察した四四八はそのコップに再びミネラルウォーターを注ぎながら、

「あまり一気に飲まない方がいいですよ。身体が驚いてしまいます」

 

「フンっ!」

項羽はそんな四四八の言葉に余計なお世話と言わんばかりに、視線をそらし注がれたコップを再び一気に傾ける――

 

「んっ、んっ!!――ゲッホッ!エッホッ!!」

「ああ……だから言ったんですよ」

 忠告を無視して一気に飲もうとしむせる項羽に四四八がハンカチを差し出すと、

奪い取るようにそれ受け取るとを口にあてて口拭うと、そして若干涙を浮かべたような真っ赤な瞳で四四八を睨みつける。

 

「柊、どういうつもりだ?」

「どういうつもり……とは?」

「貴様はあいつらの仲間だろう、なんでここに居る」

「確かにあいつらは俺の仲間ですが、さっきも言ったように俺には葉桜先輩を目覚めさせた責任もありますから、治療を受け持たせていただきました。どこか痛いところありませんか?服を脱がすわけにはいかなかったので取りあえず全身に治療を施しておいたのですが……」

「ああ……それは大丈夫だが、というか俺は覇王だ!清楚ではない!覇王と呼べ、覇王と!」

「ふむ……覇王先輩……でよろしいですか?」

「フンっ!本当は“様”づけが正しいのだが……まぁ、治療をしてくれたお前だ、“特別に”先輩扱いでかまわないぞ!」

 項羽は腰に手を当て豊かな胸をグイっと張って四四八に答える。

 

 そして今度は思い出したように、

「そうだ!柊!あいつらはどこ行った?!」

「あいつらって鈴子達ですか?流石にもう帰りましたよ」

「なんだと!まだ決着はついてないというのに……あの卑怯者め!6対1とか多勢に無勢だろう!!それに、俺がちょっと気を失ってる間に逃げるとは……」

項羽の言葉に流石の四四八も言葉を失う。

 

 6対1を全員の前で受け入れたのは項羽だし、

気を失って二時間以上も眠っていたのも項羽だ。

 これで流石に決着がついてないとは……傍から見たらありえないだろう。

 

 しかしこれを正しくツッコんでも同じような問答が無駄に繰り返されるだけだというのは容易に想像できたので、

「まぁ、再戦をしたければ明日以降にすれば良いんじゃないですか?今日はもう遅いですし――」

「そうか……まぁ、お前が言うならしょうがない。我慢してやるか」

「ありがとうございます、ではクラウディオさんを呼んできますね」

そう項羽をおさめると、クラウディオを呼びに再び扉を出て行こうとする、と、

 

「――ん?」

「む……なんだ?」

 四四八は項羽の顔の何かに気付き足を止める。

 

「ちょっとスミマセン」

 そういって手で項羽の前髪を上にあげ、顔を覗き込むように近付ける。

「お、おい!!なんだ!!なんだ!!」

 四四八の行動に顔を赤くしてうろたえる項羽。

 

 そんな項羽をよそに四四八は、

「ああ、やっぱりこんなところにも傷がある。髪の毛で見えませんでした。最後の歩美の一発だな……少し動かないでください」

そういうと、額に手を当てて活の循法をおくりこむ。

 

 四四八の手からなんとも心地よい光が当てられる。

 清楚の記憶にある、大きく、ゴツゴツした、何からでも守ってくれそうな、そんな手だ。

 

「ふう……これで大丈夫です、傷も残らないと思いますよ」

「あ……あぁ……ありがとう……」

 うつむき顔を赤くした項羽が初めて四四八に礼を述べる。

「いえ、ではクラウディオさんを呼んできますね」

 そう言って今度こそ、四四八は出て行った。

 

 額には未だ四四八の手の感触が残っている。

 うつむいたまま、四四八の出て行くのを見ていた項羽は、手に四四八のハンカチを未だ握りしめていることに気がつく、

クラウディオを呼んで帰ってきたところで返そうか……とも考えたが、

 

――いや、明日返せばいいだろう

 そう思いハンカチをソッとポケットの中にしまう。

 

 こうして、葉桜清楚が西楚の覇王として覚醒した一日は終わった、

覇王の完敗という結末をもって。

 しかし、その事実を項羽のみが受け入れていなかった……

 

 




というわけで、戦真館のチームとしての戦闘を書いてみました
もともと戦闘描写があまり得意ではないのですが
そこに来てこのような集団戦……

やはり戦真館の華はチーム戦かなとも思ってますので
これを皮切りに勉強していこうと思います

お付き合いいただきましてありがとうございます


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第二十一話~交流~

出張先が予想通りの夜の暇さで書きました
そしたら過去最長の文字数でしたとさ



 PLLLL,PLLLLL

 深夜といってもいい時間、携帯の音がなり四四八は目を覚ます。

 もともと睡眠というものを取らない(取れない)体質だったため、現在のように通常の睡眠をするようになっても眠りは浅い方だ……と、四四八は思っている。

 その為だろうか、物音などでも起きてしまうことがそれなりにあるのだ。

 それでも、深夜の携帯があまり心地のいいものではないのは確かで、四四八は眼鏡を外していたこともあり、ディスプレイに表示されている名前を見ずにかかってきた電話に出る。

 

「――もしもし?」

『んはっ! 柊か!! 今日はいろいろすまなかったな!!』

 

 電話口から聞こえてきたのは清楚――ではなく項羽の声、深夜に電話するにはあるまじきテンションの高さだ。

 

『怪我を直してくれたようだしな、改めて礼を言っておこうと思ってな!』

「あぁ……いえ……お気になさらずに……」

 

 寝起きが悪いということは決してないが、流石に起き抜けにこのテンションにはついていけず四四八は差し障りのない回答をする。

 ただ、聞きたかったこともあるので、頭をなんとか回転させ言葉をひねり出す。

 

「そういえば時期としては覚醒は尚早ということを聞きましたが、其の辺はどうなのですか?」

『ああ、老人たちにやかましくは言われたがな! まぁ、目覚めてしまったもんはしょうがないってスタンスだそうだ』

 

 これはまた……随分アバウトなようだ。

 

『とにかく、私闘禁止も検討されてたが、九鬼従者部隊の了解を得ればOKということになった。柊が言ってた武神の仇討ちもいつでも受けることが出来る! と、いうわけだ明日からよろしく頼むぞ!』

「……え?……は?なんのことです?」

『柊! お前は見込みがある、だから俺の軍師に取り立てやる! まぁ、范増というわけだ! 嬉しいだろう!!』

「え? いや? ちょっ!? 何を言っているんですか覇王先輩っ!!」

 

 そんな抗議の声を四四八があげたとき、電話の向こう側からかすかに声が聞こえる。

 

『項羽!! 深夜にそんなに長電話して!! 相手の迷惑考えな!!』

『ちょっ! ちょっと、待て、マープル!! 柊への話は終わってない!!』

『五月蝿い、いいから電話を切れッ! ジェノサイド・チェーンソーッ!!!』

 

 ブチっ! という音と共に流れる、ツーツーツーという、無音の反応。

 

 普通に電話が切れたのか、それとも物理的に電話が切れたのか。どちらか判別はつかないがとにかく四四八の疑問に答えることなく電話は切れた。

 四四八は既に切れた電話を手に暗闇の中、明日からの学園生活が平和――と、贅沢は言わないがせめて波風が立たないようにと、自分でも無駄であろうと感じる祈りをせずにはいられなかった……

 

 

―――――翌日 川神学園 2-S組―――――

 

 

 翌日の川神学園の話題は、項羽と、そしてそれを見事に倒してのけた千信館の面々の話題でもちきりだ。

 2-Sでは水希と鈴子が義経に捕まってイロイロと聞かれている。

 また、マルギッテからは時折二人――と、四四八に鋭い視線が送られていた。

 三人とも視線には気づいてはいるが、面倒事になりそうなので無視している……が、はたして鈴子の忍耐がどこまで持つか……と、四四八は密かに心配している。

 

 そんなとき、義経達についているクラウディオがすっと四四八の傍へとよってきた。

 

「おはようございます、柊様。昨日はお手数をおかけ致しました」

「いえ、俺は昨日、大したことはしてません。逆にこちらもイロイロご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、あれで千信館の皆様がやってくれませんでしたら、最終的には私やヒュームが出張ることにななったことでしょう……そうなりますと、百代様への義理が立ちませんでした。いや、本当に助かりました」

「そう言っていただけると、助かります」

 

 そんなふうに朝の挨拶をしていると、思い出したようにクラウディオが言う、

 

「そうそう、実は柊様におりいって一つお願いがあるのですが……」

 

 そう言って大きめの包を一つ取り出す。

 

「はぁ? なんでしょう?」

「これは実は項羽様のご昼食でして……是非とも柊様にお届けいただきたいのですが……」

「いや……でもそれは従者部隊の方々のお仕事では?」

「左様でございます。ですが、昨日マープルを始めとした人間にかなり激しく注意をされた事と、柊様への電話を途中で切られたことで、少々へそを曲げてしまわれまして……はずかしながら今朝から従者部隊の人間を近づけさせないのですよ」

 

 そう言ってクラウディオはさも困ったという顔をする。

 

「項羽様はあのご性格です。もし、お昼になった時にご昼食がないことに気づきましたら……それはそれで面倒なことになると思われますので、そうならないためにも是非ともお願いできませんでしょうか?」

 

 チラリと覗き込むように四四八の目を見ながらクラウディオは言う。

 

 クラウディオの態度から見るに、おそらく今言った事が全てではないのだろうが、四四八としても昨晩の件を直接項羽に問いただしたいということもあったので、

 

「わかりました、届けさせていただきます」

 

 そう言って包を受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

 腰を90度近く折り曲げて礼をするクラウディオを見ながら四四八は初めて、3年のクラスがある階へと向かっていった。

 

 

―――――川神学園 3-S―――――

 

 

「ん~~♪ ん~~~♪」

 項羽は鼻歌を歌いながら足を机の上に放り出したような体勢で椅子に体重をかけ斜めにしながらギシギシと揺らしている。

 前日までの清楚とはまるで正反対の所業だ。

 

「あー、貴重な文学少女枠だったのになぁ……」

「アァ……超美人なのになぁ、これじゃあ声も掛けられねぇよ」

「……清楚ちゃん、マジ西楚……」

「いやまて、清楚ちゃんが頑張って悪ぶっているという可能性もワンチャン……」

 

 流石に昨日の今日だ、項羽は好奇と恐怖の視線に晒されている。

 好奇の視線が多いのはおそらく昨日の千信館との一戦での敗北によって生徒の中で恐怖の印象がだいぶ薄れているからだろう。

 しかし当の本人はその様な視線などどこ吹く風と言うふうに、鞄からジャソプをとりだし読みながらコーラをがぶ飲みしている。

 その中で勇気ある生徒が項羽に声をかける、が、その言葉遣いは同級生への言葉としては些か以上に丁寧である。

 

「あの……つかぬことをお伺いしますが……文学少女の方の清楚ちゃんは今度いつごろいらっしゃるのでしょうか?」

「ん? なんだ? 俺では不満か? 俺は覇王だぞ、偉いんだぞ」

「い、いえ、決してそのようなことは……」

 

 そんな不毛とも言えるやりとりが交わされている中に、四四八が包を持ってクラスへと入ってくる。

 

「失礼します――ああ、いた。覇王先輩、おはようございます」

「っんは! 柊か! もしかして俺にわざわざ朝の挨拶をしに来たのか? 殊勝なやつだな、褒めてやるぞ!!」

「違いますよ……クラウディオさんから昼食を預かってきたんです。ないと困るでしょう?」

 

 そう言って四四八は手に持っている項羽の顔よりも大きな包を渡す。

 

「おお!そうか悪かったな! 昨日の電話を強制的に切られたから怒ったら従者部隊総出で取り押さえにきやがった……大人気ないと思わんか?」

「え? えぇ……まぁ……」

 

 電話切られたぐらいで従者部隊が総出になるくらいの怒り方をした項羽の方が大人気ないのでは……とは思ったが、もちろん口には出さない……

 

 電話、という単語で四四八は自分の聞きたかった事を思いだし項羽に問う、

 

「ああ、一つ聞きたかったのですが、昨日の電話の軍……」

 

 と、問いかけが終わる前に、

 

「おはよう、葉桜くん……おや、そこにいるのは柊か」

 

 そう言って京極彦一がクラスに入ってきた。

 

「おはようございます、京極先輩」

「おお! 京極か!」

 

 声をかけられた彦一は思い出したように、四四八に向き直る。

 

「そうそう、柊、ちょうど良かった。お前に渡したいものがあったんだ」

 

 そういって彦一は重そうな紙袋を四四八へと差し出す。

 四四八と彦一は図書館によく出入りするということと、彦一自身が四四八に興味があったこともあり、そこそこ以上に話をする間柄だ。

 

「なんでしょう?」

 

 そう言って受け取った紙袋の中身を覗いてみると、そこには重そうでしっかりと装幀された本が何冊か入っていた。

 それを見た四四八の瞳が驚きのあまりが大きく見開かれる。

 

「うわっ、これ全部、白秋ですか?『邪宗門』『思ひ出』『東京景物詩乃其他』最後のは歌集『桐の花』ですか……これは凄い、もしかして初版本?」

 

 珍しく興奮したように四四八が彦一に聞く、

 

「いや、流石に初版本というわけにはいかないが皆、初版装幀の物だ。叔父が古本屋を営んでいてね。柊が興味があるというので見繕ってきた」

「ありがとうございます。いや、やはり凄いですね白秋は、今読んでも全然古くない……」

「そうだな……とても鮮烈な美しさがあるな白秋の詩は」

「わかります、なんというか、ぞくっとしますね」

 

 と、男二人で日本を代表する詩人の話で盛り上がっている。

 

「あれ?最後のこれは……『豊玉発句集』ですか……土方歳三の俳句集ですね」

「ああ、珍しいものが見つかったと思ってね、ついでに持ってきてみた」

 

 そんなふうに自分を取り残し本の話題で盛り上がってる二人に、完全に忘れ去られていた項羽が癇癪を上げる。

 

「うがー!! 本の話はやめろ!! 俺の中の清楚が、本を読みたいと騒ぐではないか!!」

 

 そんな時、始業を伝えるチャイムがなる。

 

「おい、柊、戻らなくていいのか?」

「あ、はい! 京極先輩これお借りします、ありがとうございます! 覇王先輩も失礼します」

「ああ、またな」

「おい!俺はついでか!!」

 

 項羽の言葉には答えずに、四四八は慌てたように3-S組を飛び出していく。

 

 その背中に――、

 

「柊! 後で花壇にこい!! 軍師としての最初の仕事だ!!」

 

 項羽の言葉が投げられる。

 

 そんな声を聞きながら――まぁ、これも責任のうちか――と諦めて四四八は一つため息をついた。

 

 

―――――川神学園内 花壇―――――

 

 

 午後、四四八と項羽は花壇で水やりをしている、多少開花が遅かったからか未だに花壇には金木犀の香りでいっぱいだ。

 清楚の意識があるからか、項羽となった今でもこの花壇の水やりは欠かせないらしい。

 しかし、その水のやり方は、片手にホースをもってもう片方の手には自身の顔より大きなおにぎりを持ってかぶりつきながら……というとても豪快なものにはなっている。

 

 そして、そこで四四八は項羽の軍師という意味を聞いた。

 

「なるほど……九鬼従者部隊以外で生徒にお目付け役みたいなものを付けなくてはということですか……ですが何故、俺なんです?」

「昨日、そういう話になったとき誰がいいか聞かれて柊の名前を出したら誰も反対しなかったからだな……うん! やっぱりおにぎりは鮭だな!!」

「いや……本人の了解というものが取れていないのですが……」

「そんなん細かいことは気にするな! なんたって覇王の軍師だぞ!! 光栄に思え、光栄に!!」

 

 やれやれ……と思いつつも、実際これは自分が起こした種という側面もあるだけに、なかなか強く断ることができない。

 

 そんな時、項羽が水やりを終え四四八に向かっていう。

 

「というわけで我が軍師、最初の仕事だ!なにかオススメの漫画を持って来い! 小難しいのはなしな! なんかスカッとするヤツがいい!」

「は?」

「お前と京極が本のことなんか話すから清楚の『本が読みたい欲求』が凄いことになってるのだ、だから漫画だ漫画!」

「いや、本読めばいいんじゃないですか?」

「絵より字の方が多い本読んだら俺が寝てしまう!」

「あぁ……そうですか……と言っても、俺もあまり漫画なんかは読まないですからね……直江にでも聞いてみるか」

 

 そういって、携帯を取り出し四四八は大和に電話をかけた。

 

『もしもーし、柊?なんか用?』

 

 数回のコールのあと少し大きめの声で大和が出る、周りが随分騒がしい。

 

「ああ、少し聞きたいことがあってな……って、随分とうるさいな、どこにいるんだ?」

『ああ、川神学園の賭場だよ賭場。あ、もちろんお金じゃなくて食券賭けてんだけどね』

「賭場だぁ? 全く何でもあるな川神学園は……」

 

 その言葉にピクッ! と反応する項羽。

 

「まあいいや、実は……」

 

 四四八が切り出そうとしたとき、項羽が四四八の携帯をバッとむしり取る。

 

「ちょっ!」

「おい!貴様、直江か! 今、賭場とかいったな。どこでやってる? そうだ俺は覇王だ!! そうか そうか! おおわかった、今から行く!! 首を洗って待っていろ!!」

 

 そう勝手に話を進めると、携帯を切り四四八にポンと投げて返す。

 

「じゃあな、俺は賭場に行ってくる!」

 

 そう言って項羽はあっという間に花壇から出て行った。

 いきなりの行動に携帯を手に呆然と立ち尽くす四四八。

 残された四四八は今日何回目になるかわからないため息を、深く、深くついた……

 

 

―――――

 

 

 PLLLLL,PLLLLL

 花壇をあとにした四四八は図書館で本日、彦一に借りた本を読んでいた、そこに携帯の音が鳴る――大和からだ。

 

「はい、もしもし」

『あ、もしもし、柊……えっとさ、話いってる?』

 

 なんとも唐突な大和の言葉に四四八が不思議そうに返す。

 

「なんだその漠然とした問いかけは、それじゃ何もわからん」

『あー、その調子じゃ、やっぱ話いってないね……実はさ、今、柊、賭けの対象になっちゃってんだよね』

「……は?」

『まぁ、詳しいことは来てから話すよ。てか、早く来たほうがいいよ、じゃないといつの間にか身の振り方、決定されちゃうからさ。賭場は――』

 

 嫌な予感がして、大和が言ってた教室に急ぐ。

 

 入るとその教室は確かに賭場と呼んでもいいくらいの熱気に溢れていた。教室のいたるところで机を固め生徒たちが勝負に興じている。

 

「こちらですよ、四四八君」

 

 聞き覚えのある声にそちらに目を向けると、大和――と、冬馬、項羽がいた。

 

「おい、どういうことなんだ」

 

 四四八が大和を問い詰める。

 

「ああ、実はさ――」

 

 

―――――

 

 

「つまり覇王先輩がオケラになったにもかかわらず賭けを続け、その対象が俺だったと……」

「そそ、んで第三者を対象にする場合その人の了解とってないとダメなんだけど、覇王様、とってるって言うからさ……一応途中までは進めたんだけど心配になって……ね。だってこのままじゃ覇王様確実に最下位だし……」

「……フンっ!」

 

 項羽は自分は悪くないとばかりにそっぽを向く。

 

 四四八はキレそうになる理性を鋼の意思でつなぎとめ状況を確認する。

 

「覇王先輩が知ってたということでゲームは麻雀。そして、親は現在、覇王先輩。そしてこの親番が流れたらゲーム終了……」

 

 面子は項羽、大和、冬馬、3年S組の先輩。という4人だ。

 

「覇王先輩、最後の局。俺が打たせてもらいます、いいですね。自らの身の振り方他人に委ねるなどもってのほかです」

 

 四四八の有無を言わせぬ口調、項羽は口をすぼめて詰まらなそうに視線をそらす。

 

「一応システムを説明させてもらうと、1000点につき食券1枚。最下位の人が1位の人に3位の人が2位の人に点数の差額分を払う。25000点なら25枚って感じね。だから最下位だからって諦めるより少しでも他の奴の点数削ることを考えた方がいいよ」

「なるほどな」

「んでもって、払えない場合は勝者の判断に敗者は従う、これは今回のルールじゃなくて賭場全体のルールだけどね」

「そして今、このままいけば四四八君の命運は私の手の中ということです」

 

 そう言って冬馬が何とも色っぽい流し目を送ってくる。

 

「……状況は把握した」

 

 大和と冬馬の説明に四四八がうなずく。

 

 現在3位の男子生徒と4位の項羽との点差は15000点

 きつい……が、自らが親番な事を考えれば何とかならない数字でもない。

 

「よし、わかった。取りあえずこの背水。凌がせてもらう」

 

 そういうと四四八は空いている席にドカリと片膝を立てて座ると、眼鏡とクイッとあげ他の3人を睨む。

 

「やるからには、全力を尽くさせてもらいます」

「いいねー、楽しくなってきた」

「ふふふ、これは心してかからないといけませんね」

 

 オーラス、四四八の命運(?)をかけた戦いがここに切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

「ロン――先輩、それ当たりです」

「なっ!!!」

「立直 一発 一盃口 ドラ2――親の満貫12000です」

「くあーーー、マジかぁ……」

 

 2回程安手であがり、3回目で3位のS組の先輩を狙い撃ちすることが出来た。

これで、3位と逆転――たった3000点だが……

 このままの調子でいければ最下位だけはのがれることが出来る、3位なら2位の大和との差はそれほどでもないので傷は浅くて済む……のだが、前と左にいる大和と冬馬がなんとも不気味だ。

 二人とも安牌のみを切って手の内をなかなか見せない。

 

 ジャラジャラと牌をかき混ぜながら二人が言う。

 

「なんていうか、柊らしい打ち方だよね」

「そうですね……手堅く打って、いける時にいく。基本ですね」

 

 そんな言葉にも余裕が見える、事実点数としては上にいかれている――特に冬馬はほぼ一人勝ちの様相だ、だから余裕があってもおかしくないわけだが……

 

 そして4局目、冬馬が動く――

 

「ポン」

「そちらもポンです」

 

 早い段階で「撥」と「中」を鳴き、揃える。

 

 ――これはまずい――

 

 四四八は心の中で呟く。

 自身の手にある「白」がこれで切れなくなった。

 自らが親番の為、直撃だけでなくツモ上がりでも逆転で最下位になってしまう現状、自らがあがれなくなるというのは負けに等しい。

 

「ふふふ……」

 

 冬馬は余裕の笑みだ。

 

 ――ならば、まずは他を揃える!

 

 そう決意して牌を回す。

 

 ――そして、

 

「ふー……」

 

 ツモ牌をみて四四八は大きく息をする。

 このツモで立直だ……白をきれば……だが。はたして通るのか?

 未だ捨て牌に白はない、冬馬がもっていたら最悪役満の直撃だ。しかし、最下位の男子生徒が立直をしているのを考えるとここで降りても負ける可能性が高い……

 

 ――よしっ!

 

 決心して「白」を取る。ここまで来たら前進。倒れる時は前のめりだ!!

 なかばやけくそ気味に、「白」を場に投げ捨てる。

 

「――ロン」

 

 その瞬間――無慈悲な声が場に響いた。

 

 しかしそれは冬馬からではなく、大和からであった。

 

「白のみ――柊、親だから1500点ね」

 

 そういって、四四八にウィンクをしながら報告する。

 

「直江……お前……」

 

 これで終了――四四八……というか項羽の3位が決定。

 

「おやおや、大和くん。それは興ざめですよ……」

 

 冬馬が牌を倒しながら不満げに言う。ちらりと見てみるとドラが暗刻で見える……これで上がられたら大変なことになっていた……

 

「まあ、柊には借りもあるしね。というか柊と勝負するならこんなハンデ戦じゃなくてちゃんとやってみたいしさ」

「ふむ……それは確かに……」

 

 冬馬は最下位の男子生徒から食券を受け取ると、

 

「まぁ、また遊びましょう。今度は最初から……まってますよ、四四八君」

 

 そういうと、賭場から出て行った。

 

 大和は四四八から食券をうけとると、小声で耳打ちをする。

 

「覇王先輩のお守役なんて役得なんじゃない? 美人だし」

「……なんなら、代わってやろうか?」

「冗談、俺は姉さんがいるからね。一人で手いっぱいさ」

 

 そう言って大和は肩をすくめる、

 

「んじゃ、葵じゃないけど、また遊ぼうぜ。待ってるよ、柊」

 

 大和は四四八に声をかけながら賭場から出ていった。

 

 対戦相手が皆いなくなると、一人つまらなそうにしている項羽にむかって四四八は言う。聞くものが聞けば怒りを抑えた声だという事はわかるだろう。

 

「覇王先輩……なにか、俺に言う事はないんですか?」

「ん?」

 

 項羽は四四八に顔を向け少し考えた後……

 

「麻雀ってのは見てるだけじゃ詰まらんな」

 

 そう言った。

 

 ――プチッ、

 

 四四八は自分の中の何かの切れる音がしたのを感じた。

 次の瞬間、四四八は両手でガシッと項羽の頭をロックすると、鼻先が触れる位まで顔をお近づける。

 

「な、なんだ?なんだ?ご褒美に、キキキキキ、キスというのはまだ早……」

 

 などと、顔を真っ赤にして慌てている項羽の言葉には耳も貸さず、

 

「覇王先輩……俺も色々責任があると思いましてお付き合いさせていただきましたが、この様な事が続くようでしたら正直付き合っていられません。范増の役は別の誰かを探して下さい……では」

 

 そういうと、項羽を一人残してスタスタと賭場を出て行ってしまった。

 一人取り残された項羽は、四四八の行為に慌てていたこともあり言葉の意味を直ぐには理解できなかった。

 そして、ようやく四四八が自分から去っていったのだと知ると……

 

「何だというのだ無礼な奴だ!! この程度で腹を立ておって!! 別にお前がそばに居てくれなくてもなんともないのだ!! あの……鬼畜眼鏡!!」

 

 そう言うとドスドスと足音を鳴らしながら賭場を後にする。

 

 その足で廊下を歩きながらも項羽の独り言は止まらない。

 

「なんだなんだ、いいではないか。ちょっと賭けの対象にしたからと言ってあんなに怒る事ないではないか。器の小さい男め! そんなんじゃ、女にモテんぞ!」

 

 自らの言葉で清楚の記憶にある、自分を負かした千信館の女子達の姿が頭に浮かぶ。

 

「……まぁ、女にはあんまりモテんでもいいか……だがそうなると、柊は一人で寂しいかもしれんな……」

 

 だんだんと項羽の独り言のトーンが変わっていく。

 

「ふ、ふん……モテん軍師のために、主君である俺が器の大きい所を見せるというのは、それはそれでいいかもしれん……あんなことを言ったのももしかしたら寂しかっただけかもしれんからな……ふん、なんだ可愛いやつだ……」

 

 四四八の気持ちを勝手に捏造して最終的な結論に達する。

 

「ということは、今、柊のやつは自らの行いを後悔してひとり寂しく泣いているに違いない! ならばここで俺が言って許してやろうではないか!! そうすれば、柊は悔い改めて俺に忠誠を誓う……。っんは!! 流石は俺、西楚の覇王だな!!」

 

 傍から見れば希望的観測も甚だしい思考論理だが、項羽は一切の矛盾を感じてはいないようだ。

 妄想――と言ってもいいレベルの結果をもとに項羽は意気揚々と未だ校内に居るであろう四四八を探しに行くのだった。

 

 

―――――川神学園 校内―――――

 

 

 四四八は校内を歩いていた。

「……ふぅ」

 ため息が漏れる。

 

 ――流石に少し大人気なかったか、

 

 そんなような事を考えていた。

 

 相手はいうなれば生まれたての子供の様なものだ、記憶は共有しているらしいが人格は別の為、清楚の精神的な成長は項羽にまで影響はしていないようだ。

 

 ――実際のところは、清楚の影響が項羽にまったくないわけではない。四四八を項羽が気に入っているのも、清楚が四四八を意識していたから……という部分がある。しかしその辺の機微は流石に本人達にしか分からないので、四四八が気付くはずもないのだが……

 所業自体は許されざるものだが、子供のやった事だと思えばもっと言い方はあったかもしれないな……などと、四四八は考え始めていた。そういう意味では項羽の妄想――あえて妄想と呼ぶが、もあながち間違ってはいなかったのだ。

 

 そんなことを取りとめもなく考えていると、背中から声がかかる。

 

「おう、柊じゃないか。どうしたこんなところで」

 

 百代だ、その声であたりを見回して初めて3年のクラスがある階にいることを認識する……項羽の事を考えていたから足が向いてしまったのかもしれない。

 

「お疲れ様です、川神先輩。ちょっと考え事をしてたもので……」

「ほう、周りが見えないほどに考え事とは柊にしては珍しい感じもするな」

「いや、面目ないです」

「はは、相変わらず真面目だねぇ。別にからかってるわけじゃないんだが……」

 

 そんな当たり障りのない挨拶のあと、百代は思い出したように四四八に向き直る。

 

「そうだ……いい機会だから、宣言しておこう」

 

 そう言って、四四八の瞳を真正面から見詰めて口を開く。

 

「柊、私はお前がこの川神に居る間にもう一度お前に挑戦しようと思っている。この前、柊が教えてくれた事を糧に柊のいる高みにもう一度挑戦する。いや、挑戦したい……受けてくれるか?」

 

 その言葉を受け四四八は小さく口に笑みを浮かべると、

 

「その時は全力でお相手させていただきますよ。川神先輩」

 

 四四八は軽く百代に笑いかける。

 答えを聞いた百代も顔に爽やかな笑みを浮かべ礼を言う。

 

「ふふ、ありがとう。お前ならそう言ってくれると思ってたよ」

 

 そう言って見つめ合う二人、

 話している内容は非常に色気がないものだが、それを聞かなければなかなかにいい雰囲気に見える……

 

 ――そして、タイミングと言うものは大方悪い方に転がると相場が決まっていて……

 

「「――っ!!」」

 

 殺気――といっても言いものを感じ四四八と百代はサッと左右に離れるように身を翻す。

 すると、いましがた二人がいた空間に巨大な槍が突き刺ささってきた――方天画戟だ。

 飛んできた槍の方を二人が向くと、投擲が終わった体勢で項羽が二人を睨みつけていた……うっすらとだが目に涙が浮かんでいる様にも見える。

 

「なんだなんだ? いきなり、随分荒っぽい挨拶じゃないか清楚ちゃん」

「そうですよ、まったくどういうつも……」

 

 と、四四八が口を開きかけたとき、項羽の声が上がる。

 

「何だ貴様は!一人で寂しがっていると持って来てやれば、あろうことか武神なんぞとイチャイチャして! この浮気者がっ!!!」

「は、はぁ?」

 

 あまりに想定外の項羽の返答に怒りも忘れて気のない返事をする四四八。

 

「武神も武神だ! 仲間の仇を討ちたいなら正々堂々くればいい! 俺の軍師を寝取ろうなどと……見損なったぞ!!!」

「お……おう?」

 

 あまりに超理論に流石の百代もあっけにとられている。

 

「そうか……ようし、わかったぞ……柊……お前、俺の凄さをわかってないだろう……いいだろう、そこの泥棒猫を叩き潰して俺の偉大さを思い知らせてやるっ!!」

 

 そしてサッと右手を挙げると、

 

「クラウディオっ!!」

 

 九鬼の序列3位の名を呼ぶ。

 その声に答えて初老の執事が音もなく現れる。

 

「お呼びですか?項羽様」

「クラウディオ、俺はこれから百代と戦う! かまわんなっ!!」

「はい、かしこまりました。昨日も『次は百代様』というふうな取り決めであったはずですので九鬼としては問題ありません、如何ですかな? 百代様」

 

 そう言ってクラウディオは百代をチラリと見る。

 

 予想外の展開にあっけにとられていた百代だが、事の成り行きを理解して顔を引き締める。

 

「この展開は想定外だが……いいぞ……私は問題ない。昨日の仲間達の落し前つけてもらわなきゃならないしな……理由がどうあれ清楚ちゃんとやれるのならかまわない」

 

「――決まりましたな」

 

 クラウディオが頷く。

 

「いい度胸だ!! ほえ顔かくなよ!! 武神ッ!!!」

 

 闘気を爆発させて項羽は百代を睨みつける。

 

「今は武神の看板は下ろしているんだが、まぁ良いや。昨日の仲間の分もたっぷりお返しさせてもらおうか……」

 

 そんな凄まじい覇気を涼しい顔で受け流す百代。しかし瞳は同じく項羽を睨みつけている。

 

 二人の視線が絡み合い、二人の間の空間だけが熱を帯びていっているようだ。

 今にも爆発しそうな二人の横であまりの急展開に右手で眼鏡を抑え天を仰いでいる四四八。

 

 西楚の覇王の覚醒2日目、

 武神・川神百代との一戦が今、切って落とされる……

 

 

 




京極先輩のシーン入らないかなとも思ったんですが
個人的に好きなキャラなので絡めてみました
内容は完全に自分の趣味ですw

あと賭場のシーンはもっと書きたいなと思ってるので
別の機会にしっかり書こうと思ってます

お付き合い頂きましてありがとうございます


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第二十二話~対戦~

この作品初めての真剣恋のキャラ同士の戦いです。
戦闘描写ばっか最近書いてる気がする……
尚、うまくなっている手応えはない模様……



 戦闘開始の合図はガラスの割れる音だった。

 百代と項羽はお互いを睨みつけたまま横に飛びガラスを破って外に出た。

――3階である、

 しかし、二人に躊躇はない。重力に引かれ落下しながらも、壁を地面に見立てて相手に向けて突進していく。

 素手――二人とも武器は持っていない。

 

「おい!清楚ちゃん、自慢の槍はつかわないのか?」

「ふん!おまえごとき素手で十分!!ひねり潰してくれるわっ!!」

 

 落下しながら拳を出して打ち合う。

――相手の、

顔面へ 、 頭部へ 、 胸へ 、 腹へ 、 背へ 、 鎖骨へ 、 肝臓へ 、 心臓へ 、

お互いに半分は避けて、半分は身体にめり込んだ。

 

 一旦離れて息を吸い、また打ち合う。

――今度は、

拳を 、 掌を 、 指を 、 脚を 、 脛を 、 肘を 、 膝を 、 額を

己の体の武器となるあらゆる部分をお互いに交わし合う。

 半分はハズレ、半分は当たった。

 

「随分と情熱的じゃないか、私が柊に声をかけたのがそんなに悔しいか?」

「だまれ! だまれっ!! だまれぇっ!!!」

 

 百代の挑発に激昂し項羽は思わず今までよりも大振りに拳を振るう。

 百代はそれを見はからったように避けると、項羽の懐に入って襟をつかみすぐそこに近づいている地面へと思いっきり項羽を投げ飛ばした。

 

 ドンッ!という地面にぶつかる音とカハッ!という項羽の口から空気が漏れる音が重なる。

 

 百代は更にトドメをさすべく3階からの落下のスピードそのままに膝を立てて、倒れている項羽めがけてぶつかりにいった。

 

「ふっざけるなぁっ!!」

 

 その膝を倒れたまま腕を交差して受け止める項羽、そしてその腕で百代を跳ね除ける、

「お――っとっと」

跳ね飛ばされた百代はグラウンドに着地する。

 

「――ふむ、今の攻防を見ただけでも、百代様の変化がわかりますな」

 割れた窓から今のやりとりを見てクラウディオが四四八に向かって言う。

「今までは、戦いを少しでも長く伸ばすために意識的にスロースターターとなっていましたが……今回は良い意味で余裕を持って戦っているようです。これも教育のたまもの……でしょうか?」

 そう言って柊の方を見る。

 そんなクラウディオと視線を合わさずに、

「俺は唯(ただ)戦っただけです。気づき、学び、実践しているのは川神先輩自身ですよ」

そう言って百代の方を見る。

 

――その時、

 

 百代と眼があう、

すると、百代は小さくニヤリと笑って人差し指で四四八を指差した、

そして、すぐに起き上がってきた項羽へと視線を戻す。

 

――この一戦、見届けてくれ。

 

 そんな意志を受け取った四四八は、

「ふぅ……さっき再戦の申し込みをされて、受けてしまったのですが……少々早まったかなぁ」

少し苦笑気味に呟く。

「ほう、それはそれは……しかし、その早まったというのは……」

「こちらも万全を期さないと今度の川神先輩とやるのは厳しい……ということです」

「なるほど……」

 開始のやり取りをみても、百代が先の一戦より一段上の領域に足を踏み入れたのが見て取れる。

もともと、能力としてはその段階にいたはずだが、戦いに対するスタンスが、心構えが、精神がそれを邪魔していたのだ。

 そこを払拭した百代がその段階に至るというのは至極自然なことなのだろう。

 

 そしてグラウンドでは立ちあがった項羽と百代が再び素手での打ち合いを始めていた。

 拳を出し合い。

 掌を交わし。

 肘と膝がぶつかる。

 

 拳の応酬は常人では眼で追う事すら難しく。

 掌が外れた時にはそこに籠った闘気で後の校舎のガラスがビリビリ震え。

 肘と膝がぶつかりあうとそこには小さな衝撃波が生まれる。

 

 そんな戦いだ。

 

 両者とも引かない、

『意』を押し付け合う、

お互いに暴風雨のような闘気と覇気を浴びながら前へ前へと進んでいく。

 

 そして5分――動き続けて5分という通常ではありえない闘争時間流れた頃、

そんな時間や空間、熱量までも濃縮したような攻防の中で項羽が攻撃をもらう量が徐々にだが増えてきていた、

「くっ――」

「はっ――」

「かっ――」

百代の攻撃が項羽に突き刺さる度、項羽の口から息が漏れる。

 

 よく見ると項羽が攻撃をくらう回数が多くなっていると同時に、百代が攻撃をかわす数も増えている。

 

 百代は見ている。

 項羽の攻撃を余すところなく。

 この磨きぬかれた真剣を突きつけ合っているかのような攻防のさなかに、百代は項羽をみていた、

そして出した結論が――項羽は素直すぎる、である。

 

 流石に眼で攻撃場所を示すなどと言った初歩の初歩は流石にしないが、それでも、項羽の爪先の向きが、肩の方向が、肘の角度が、踵への体重が、次に来る攻撃を物語っている。

――そのことを理解した。

 

 爪先がこめかみを狙うといえば、右足が舞い上がる。

 肩が右拳だといえば、右の拳が飛んでくる。

 肘が左のフックだといえば、左の掌がかぎづめに振るわれる。

 踵が膝だといえば、あまたず膝がぶつかってくる。

 

 そしてリズムがあるのも読める、

「シッ!」

「シッ!」

「シッ!」

足と拳、そしてその他あらゆる部分が飛んできている攻撃の中で一つのリズムが出来ている。

 それが読める。

 そのリズムの間の中に、拳を、掌を、脚をねじ込んで当てている。

 今までしていなかったことではない、今まで意識しないでやっていたのだ。

 しかし、それを意識することでまた違った世界が広がった。

 

 もちろん百代とてそれを項羽相手に簡単に見ているわけでも読んでいるわけでも、考えているわけでもない。

 しかし、今まで至らなかった新たな感覚に百代は感動していた。

 

 そして一度考えだしたら止まらない、連鎖的に相手の情報を処理しながら項羽との攻撃と防御を繰り返す。

 力と力、技と技の攻防の間に生じる閃光の様な意識の疾走、その刹那に密度の濃い閃きと思考を繰り返す。

 

 

――そうかこれか、これなのか柊はこれをこの右左の掌でやっていた奴の防御をのか崩す、確かに肘これは膝素晴らしい隙だ戦いに深みいいぞがそこの隙に私の渾身の右足だ――ほうら入った……。

 

 

――項羽が百代の蹴りを食らって吹っ飛んでいく。

 

「ふん、百代の奴は確かに一皮むけたな。読みや駆け引きなんぞは元来、実力が伯仲してこそ真価を発揮する。ああも有効だと、百代は生まれ変わった気分だろうな」

 いつの間にか傍に来ていたヒュームが顎鬚を触りながら今の攻防を見て言う。

 

 『戦術、戦略、読み、思考、駆け引きなんぞは圧倒的な力の前では無意味』という考えはある意味正しい。百代はどちらかというとそちらの考えだった、というよりむしろ自らが圧倒的すぎたため、その考えにしか到れなかった。

 しかし、逆説的に言うならば『圧倒的な差がない限りそれらは常に有効』なのだ。

 そして自らより格上の相手にはこれらを使用しなければ、勝機はまずもってない。

 そのことを百代は四四八との一戦で痛感していたのだ。

 

「それに――」

 ヒュームはさらに続ける。

「戦いというものを考えだしたというものそうだが、むやみやたらと『気』を使わなくなったようだ。百代はもともと『気』の容量が多い人間だが、ああいう形で省エネを覚えたとすると……なかなかに厄介だな。なぁ、柊?」

 そう言ってにやりと笑い四四八を見る、

「まったくですな、一回の敗北であそこまで学べるのも。また、才能でしょう。ねぇ、柊様」

 そう言ってクラウディオも口に小さな笑みを浮かべて四四八を見る。

 

 そんな二人の視線に苦笑しながら、

「何度も言いますが、自分は戦っただけです。そこから学び高みへ至ったのは川神先輩のそして、先輩の仲間の力です」

そう、四四八は答える。

「ふん、謙虚なことだな。まぁ、しかし――」

 そう言ってヒュームは再びグラウンドに視線を戻す、

「そうですな、敗北を糧としない方も……いらっしゃいますな……」

そう言ってクラウディオもグラウンドに視線を戻す。

 二人の視線の先には、項羽がいた。

「……」

 四四八も無言で項羽を見る。

 

 打ち合いの最後百代からの蹴りで吹き飛ばされた項羽はなんとか両足で地面を踏みつけ、百代を睨む、

「はぁっ、はぁっ、はぁっ――くうっ!!」

そして乱れる息を、歯を食いしばって整えようとする。

 

 百代が攻撃や防御の時のみうまく気を使っているのとは反対に、項羽は常に気を全開に発散させながら戦っていた。

 必然消耗も激しい。

 

 そんな項羽を見ながら百代が口を開く。

 

「清楚ちゃん……すまなかったな。私の八つ当たりに付き合わせて」

「なんのことだっ!!!」

 自分と比べ余裕のありそうな百代の姿を悔しそうに見ながら項羽が叫ぶ。

 

「仇討ちといったが、ホントは筋違いも甚だしい……ワン子達は武士娘だ、それ相応の覚悟を持って自らの意思で西楚の覇王に向かっていった。それを倒されたから私がやり返すというのは、ワン子達に失礼だ」

 百代は静かに語っている、

「だから、これはあの時あの場にいて妹たちを守れなかった私自身への苛立ちだ。それに付き合わせてしまった、だから、すまなかった」

そう言って百代は謝罪をする。

 

 

―――――

 

 

 3階から二人の様子を見ていた四四八はクルリと踵を返すと、階段へと向かっていこうとした。

「――おい、何処に行く?」

 その背中にヒュームが声をかける。

「治療の準備へ、これでも項羽についている范増なもので」

 身体の向きは変えずに、首を回し肩をすくめながら四四八は答える。

「よろしいのですか?九鬼としましては面倒事を押し付けてしまったようで心苦しいのですが……」

 と、今度はクラウディオが申し訳なさそうに言う。

「歴史上の范増は項羽が離間の計に掛かり疑われるまで傍若無人な項羽を支えました。俺も歴史上の軍師にあやかってもう少し頑張ってみます」

「そうですか――誠にありがとうございます」

「――物好きなやつめ」

 腰を折って礼をするクラウディオとニヤリと笑うヒューム。

「――では」

そういって、四四八は階段を下りていった。

 

その姿を見ながら、

「さて、歴史上の項羽は范増に見限られて歴史から姿を消していきましたが、今回はどうなることやら……」

「かつての范増はしらんが、今回の范増は随分と面倒見がいいみたいだからな」

さも愉快そうに二人の老執事は顔に笑みを浮かべて、最終局面に向かうグラウンドに目を向ける。

 

 

―――――

 

 

はぁっ! はぁっ! はぁっ!

 息が整わない、

さっきから大きく吸って、息を止めて、吐いてを繰り返しているが、

一向に荒ぶる息が整わない。

 

 同時にこんな自分に向かってこない百代にも腹が立っている、

余裕のつもりかっ! ふざけるなっ! 俺は西楚の覇王だぞっ!!

 そんな思いとは裏腹に、肺が声として息を出してはくれない。

 

 そしてそんな自分に語りかけてくる百代の声が煩わしくてしょうがない。

 

「そして、もう一つ。清楚ちゃん、ありがとう」

 何を言っているっ? 第一俺は覇王だっ! 清楚ではないっ!! 修正しろっ!!!

「私は清楚ちゃんのおかげで。一つ上へ行けたきがする……これでまた、胸を張って柊と戦える」

 なんだとっ? 柊だとっ? あいつは俺のだっ!! お前が気安く名を呼ぶなっ!!!

 

「本当に、ありがとう――だから――」

「五月蝿い、煩い、うるさぁいっ!!!!黙っていろこの泥棒猫がぁあああっ!!!!」

 

 そう叫びながら、最後の全身全霊の一撃を放つため項羽は百代に向かって突撃した。

 百代は微動だにせず、項羽を迎え撃つ。

 

――そして、二つの拳が交わされる

 

 項羽の拳は百代の頬をかすめて空を切り、

百代の拳は項羽の顔面に刺さっていた。

 

「ち……く……しょう……」

 項羽は意識が途切れる瞬間、優しげな百代の声を聞く。

 

「だから――清楚ちゃんも早く上がって来い、待ってるぞ」

 

 この言葉を聞きながら項羽の意識は深い闇の中に落ちていった。

 

 

―――――川神学園 保健室―――――

 

 

「う……うぅん……」

 項羽は目に当たる光の眩しさにうっすらと目を開ける、

――昨日も同じようなことがあったな……

などと、寝起きのはっきりとしない頭で考えていると……。

 

「――ッ!!」

 昨日と全く同じ状況であることに気づき、上半身を起こそう……と、試みて失敗する。

力が入らないのだ。

 しかし、痛みはない、

動かせる首を巡らして周りを見ると、やはり昨日と同じように椅子が置いてある。

 

――柊が治療をしてくれたのだろうか……?

――いや、あいつは俺から離れていったのだ九鬼のだれかだろう、

――でも、柊は優しいからな……

 

 そんなことをシーツの中で考えていると、保健室のドアが開く。

 ビクッ!として慌ててシーツを頭までかぶって身を隠す項羽。

 なぜ自分がそんなことをしたのかよくわからない。でも、入ってきたのが自分の思っている人物じゃなかったとき、もしかしたら自分は泣いてしまうんじゃないか……そんなふうに項羽は思ったのだ。

 

 コツ、コツ、コツと足音がベットに近づいてくる。

 ドキ、ドキ、ドキと鼓動がなるのがわかる。

 そして、ベットの傍で立ち止まりカーテンを開く音がする――そして、

 

「あれ?気がつかれましたか?覇王先輩」

 四四八の声がした。

 

 その声に項羽はシーツを目元まで下げて目だけ出して四四八の存在を確認する。

「なんでお前がここにいるんだ、お前は范増を降りたのだろう」

 しかし自分の気持ちとは裏腹に口から出てきた言葉は憎まれ口だ。

 

 その言葉に四四八は苦笑をして、

「こちらも少々大人気なかったと思いまして……先輩がよろしければもう少し役についていてもいいですか?」

と、四四八が答える。

「……お前がそこまで言うなら、しょうがないな……まぁ、俺は覇王だからな、器も大きいんだ……許してやる」

 

 四四八はその項羽の言葉を聞きながら、

「ありがとうございます。はい、水を用意しました。飲めますか?」

そういって、手に持ったグラスを項羽へと渡す。

 四四八の手を借りてなんとか上半身を起こすと、今日は昨日の四四八のいい付けを守りゆっくりと水を喉に流し込む。

 ミネラルウォーターが身体に染み渡るようだ。

 

 そして人心地つくと、

「なぁ、武神はどこだ?」

「川神先輩ならもうとっくに帰りましたよ」

「くそっ!武神めっ!!方天画戟さえあったら、あんな泥棒猫に遅れは取らなかったのにっ!!」

そう言って悔しそうにシーツを握る。

 

 昨日と同じく敗北を受け入れていない項羽を呆れたように見ながら、四四八は話す、

「まぁ、再戦はいつでもできます。今日は覇王先輩も疲れているみたいですし、帰ったほうがよろしいですよ」

「……まぁ、柊が言うなら、しょうがないな……」

「ありがとうございます。クラウディオさん、呼んできますね」

そう言って出ていこうとする四四八の裾をキュッと項羽が握って止める。

 

「ん?なんですか?先輩」

 項羽の方に向きを変えて四四八は聞く。

 項羽は四四八と目を合わさずにブツブツとやっと聞き取れるくらいの大きさでつぶやく。

 

「俺は今……その疲れてて、力が出ない……だから……その……」

「はぁ」

「えっと……お……おんぶしてスイスイ号のところまで連れて行ってくれ……」

「はぁ?」

「だーーーーっ!何回も言わせるな、おんぶしろと言ってるんだ!!俺の軍師ならそれくらい察しろ!!!」

「いや……そんな無茶な……」

 あまりに唐突で身勝手な言い分に反論する四四八。

 しかしこうなってしまったらしょうがないか……と諦め項羽に背中を向けてしゃがむ。

 

「どうぞ、覇王先輩」

「お、おう」

 なんとか身体を起こし四四八の背中にしなだれかかる項羽。

 

「じゃあ、行きますよ。捕まっててくださいね」

「わ、わかった……」

 そう言って四四八が立ち上がる。

 自分で言ったことだったが、四四八の背中におぶわれて首に手を回していると、鼓動がどんどんと早くなっているのがわかる。

 しかし、同時に広く固い、男性を象徴するような背中におぶわれていると、安心感からか気持ちがすぅーと落ち着いてくる。

 

「ん?覇王先輩?先輩?」

 異変に気づき、四四八が背中の項羽に声をかけると、

スー、スー、スー、

規則正しい寝息の返事が返ってきた。

 

「やれやれ……まったく手のかかる主人だ……」

 四四八そう呟いて、スイスイ号のもとへとゆっくりと歩いきだす、

項羽を起こさないように、ゆっくりと。

 

 西楚の覇王が目覚めて2日、

早くも項羽は2回目の完敗を喫した……

 そして、やはり項羽のみがその事実を受け止めようとはしていなかった……

 

 




四四八対百代とはまた違った壁越え同士の戦いでした、
前の戦いとは違う表現で戦闘描写を書いてみましたが……如何でしたでしょうか?
うまく百代の成長が伝わっていればいいなと思ってます

お付き合い頂きましてありがとうございます。


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第二十三話~挑戦~

 九鬼本社ビルの一室に序列一桁の人間が集まって話し合いをしていた。

 時間は既に深夜と言ってもいい時間である。

 集まっていると言っても全員ではない、三人――第0位ヒューム・ヘルシング 第2位マープル 第3位クラウディオ・ネエロの3人だ。

 三人とも立っている、深夜だというのに背筋をピンと伸ばして。

 彼らは九鬼の従者と言う事に誇りを持っている、故に椅子などと言う軟弱なものを必要としない。たとえ主人がいない話し合いの場だとしても仕事上で集まっているのであれば立つ、それが従者と言うものだ。

 

「項羽が目覚めて二日、初日も含めてそれほど大きい混乱はなかったな。想定外と言えば、既に項羽が二回も敗北しているというくらいか……」

「初日の千信館皆様、そして本日の百代様、共に文句のつけようがない程の敗北でしたな。まさに完敗……と言った所でしょう」

「ふんっ、まったくふがいないねぇ。西楚の覇王たるものがあの様じゃ、若者なんか導けやしないよ」

 ヒューム、クラウディオ、マープルがそれぞれに項羽覚醒から今日までの事に言及する。

 

「敗北は……まぁ、目覚めたばかりだし、相手も悪い。致し方ないとも言えなくもないが……」

「そうですな……その敗北をまるで糧にされない。その辺は、天が我を滅ぼすそうとしたのだ、自分が負けたわけじゃない、と最後の最後まで自らの負けを認めなかった歴史上の項羽らしいといえばそうでなのですが……」

「その為の覚醒時期の設定であり、葉桜清楚の人格だったんだが……ふんっ、やはり覚醒時期が早すぎたね」

 ヒュームとクラウディオの言葉にマープルがやれやれと首を振る。

 

「フンっ……まさか、鼻っ柱を折られてもまた同じ長さに伸びてくるとはな……」

「まるでピノキオですな、はてさてどうしたものか……」

 そう言いながらも二人の老執事の顔は何とはなしに楽しげだ、

 それを面白くなさそうに一瞥しマープルが言う。

「随分と楽観的じゃないか。お気に入りの柊四四八が何とかしてくれると思っているのかい」

 

「適任……だとは思っている」

「はんっ!人のことは言えたもんじゃないが……九鬼の従者部隊が雁首揃えてなさけないねぇ」

「女性を変えるのは愛しい男の声、というのは古今東西、不変の真理ですからな」

「ふんっ!男だって似たようなもんじゃないのさ」

「ほほ、これは一本取られましたな……」

 マープルの手厳しい返しにクラウディオがまいったというふうに笑う。

 

「全く、武神と柊四四八との一戦がここまで影響しようとはね……」

「揚羽様には俺から伝えておこう、ここまで来たら一旦腹をくくるしかあるまい」

「そうですな。柊様でもダメなら……正直、項羽様を穏便に更正させる手立ては現状見当たりません。こちらとしましてもあまり手荒なことはしたくありませんし」

「やれやれだね……再封印や軟禁なんて手は使いたくないし……それでも最悪の場合は想定しとかなきゃならない。その時はヒュームもクラウディオも頼んだよ?」

 

「フンッ、解っている。が、そこまで来たら不始末どころか懲戒ものだな」

「そうならないように、なんとか動きましょう」

 そう言って二人の老執事は音もなく部屋から出ていった。

 

 部屋には一人マープルが残った。

 

 ふぅ。とマープルが大きくため息をつく。

「まったく……若者に絶望してあたしが立てた計画の修正がその若者頼りとはね……」

 なんていう皮肉だと力なく笑う。

――そして、

「こんな事、頼めた義理じゃないのは百も承知だが……あの娘を頼んだよ、柊四四八……あんなじゃじゃ馬でもあたしにとっちゃ娘みたいなもんだからね」

 そう一人つぶやき星の図書館は瞑想に入る。

 娘――項羽の今後を左右する大きな契機は恐らくそう遠くないだろう。

 願わくば娘にとって幸せな転機であることを……マープルはそう願わずにはいられなかった……

 

 

―――――翌日 川神学園 3-F―――――

 

 

 朝、まだ始業のチャイムには幾らか時間がある。

 クラス内はガヤガヤと生徒たちのざわめきで溢れている。

 そんな中、百代は燕と二人はPSvataのスーパー神座大戦に興じていた。

 

「ちょっ!ちょっ!燕!緊急回避って全部の超必よけられるんじゃなかったのかよ!」

「えー、それもしかして千信館の娘が大会でやったってやつ?やー、ムリムリ、あんなの100回やって1回出来ればいいほうだって」

 喋りながらも二人は携帯機の画面から目を離さない。

 百代はゲーム機を右へ左へと大きく動かしている。

 それを見たクラスメイトが――あ、川神さんそっち系(コントローラー自体を動かしてしまう)の人なのね――という目で見ている。

「くー、モロの奴がこの前練習してたからいけるもんだと思って……あーーっ!あーーーっ!!」

「ほい、ほい、ほい。一丁あがりっと」

 画面には燕の使用キャラ、遊佐司狼が『ったく……デジャヴるんだよ……』と勝利ポーズを決めている。

 

「だーー、もう1回、もう1回だ!」

 百代が画面から顔を上げて、人差し指を立てて燕に詰め寄る。

「いいけど、これでももちゃんの0勝7敗だよー」

「ふん、次こそ私の螢タンがお前の自滅因子を消滅させてやる」

 

 そう言って百代は画面に視線を戻す、それを見た燕も自機の画面に目を移しながら、

「……やっぱさ、ももちゃん、ちょっと変わったよね」

と、画面を見ながら言う。

「あん?」

 それを聞いた百代は画面から目を離して燕を見る。燕は百代の方を見ずに画面に目を向けたまま続ける。

「ちょっと前までは、なんていうか空気がパンパンに入った風船みたいであんまり余裕がない感じがしたんだけど……なんか最近いい感じに空気が抜けたというか、余裕が出来たというか……今日も私の手のタコ見てもなんにも言わないしさー。正直、いまのももちゃんには勝てる気がしないんだよねぇ」

 画面では既に対戦が始まっている。

「なんだ?一学期のうちに私の誘いに乗らなかったのを後悔してるのか?」

「後悔?してるよ、すっごいしてる。あのとき勝負してればなぁ……でも、まぁ、これ完っ全に自業自得だしねー……ほいっと!」

 一戦目は危なげなく、燕が勝利した。

 

 そして画面では二戦目が始まる。

「だからさ、私、柊くんと勝負しようと思ってるんだよね」

 司狼を手馴れた感じで操りながら、燕が言う。

「ほう……柊は私より強いぞ?」

 百代の螢は防戦一方といった感じだ。

「んー、知ってる、でも、ここまで来ててっぺん狙うなら柊くんでしょ?」

「確かに……まぁ、私も柊がこっちにいる間に再挑戦するつもりだ」

「そっか、んじゃ、どっちが先に柊くんの首あげれるか競争だね」

「ああ、いいぞ……もし、私より先に燕が勝ったら四天王筆頭の名は燕に譲ろう」

「マジで?んじゃ、頑張らないとなぁ――っと、ちょいなっ!」

「なっ――!!」

「はーい、これで8連勝ーー。ももちゃん《愛》が足りないよ、《愛》が」

「あーーー、もーーー、放課後、大和捕まえて特訓だ。また明日勝負だ、燕」

「OKー、首を洗って待ってるよー」

「くうぅ……」

 

 そんな平和な朝礼前のクラスに乱入者がやってきた――

 

「さぁ!武神!!昨日の続きだ!!」

 なんの前触れもなくガラッと戸を開いて項羽がツカツカと百代の前にやって来る。

 

「ん?あぁ、清楚ちゃんか、おはよう」

「おお!おはよう……じゃなくて!昨日の決着はまだついてない、勝負だ!武神!!」

「えー、私は今、燕に神座大戦でボッコボコにされて凹んでいるんだ、他を当たってくれ。お、それとも清楚ちゃんもやるか?神座大戦。因みに私の使用キャラはなんとなく他人とは思えない属性の黒髪美人の残念キャラ・櫻井螢タンだ」

「俺は獣殿に決まってる!覇王の俺が使うにふさわしいキャラだ!……って、違う!!そうじゃなくて、勝負だ、武神!!なんだ負けてこの川神学園No1から落ちるのがそんなに怖いのか!!」

 

 それを聞いた百代が首をかしげて項羽に問う。

「なんだ?清楚ちゃんはこの川神学園で一番になりたいのか?」

「そうだ!俺は覇王だからな、常に一番がいい。本当は今にでも日本征服、そして世界征服に乗り出したいところだがマープル達が五月蝿いからな……まずは手始めにこの川神学園を制圧する。それには学園のNo1を倒すのが一番だろう!」

 どうだ、よく考えてあるだろう。という様に項羽がググッと豊かな胸をそらす。

 

「ふーん、なるほどね。だとしたら私より適任がいるじゃないか」

 そう言って百代はニヤリと笑い、横にいる燕はアチャーというふうに顔を覆う。

「ん?誰だそれは?」

 

「――柊四四八に決まってる」

 

「柊だと?」

「ああ、今学園でウチのやヒュームのジジイ達なんかを除けば、いま学園で一番強いのは柊だ、現に私はついこの前完敗している……」

「……むっ」

「今、柊に勝てたら、自他共に認める川神学園最強の座は清楚ちゃんのものだ……」

 その言葉を聞いた項羽は少し考えて……

 

「そうか!わかった!手間をかけたな!!武神!!」

 そう言って、来た時と同じように唐突に去っていった。

 

 それを見送った燕が、

「ねぇ、いいの?」

「なにが?」

その言葉に百代が答える。

 

「だって今のまんまじゃ、負けちゃうよ?」

「清楚ちゃんがか?だろうなぁ。だが、柊と戦えば何かを掴める。そうすれば清楚ちゃんはもう1つ高見へ至ってくれる……そうしたら、またいい勝負ができる……それにそれは清楚ちゃんにとって必要なことだと思う」

「ふーん、そんなもんかねぇ。私はライバルは少ないほうがいいんだけど……」

「まぁ、燕にしたって柊の戦いは見たいだろ?」

「そりゃ確かに、データは多いにこしたことはないからねぇ」

「私も今度は柊の戦いを外から見てみたい」

「なに?ももちゃん、彼女のこと体よく使ったってこと?」

 そう言って燕が意地悪そうな笑みを浮かべる。

「そういうつもりはないんだが……それに遅かれ早かれぶつかるさ、今の清楚ちゃんは少し前までの私と同じだからな」

「ふーむ、先達は語る。というやつですか」

 その燕の言葉には答えず、百代は項羽の出て行った方に目をやる。

 

キーンコーンカーンコーン――

 始業の鐘が鳴る。

 

 早ければ今日にでも項羽は柊と戦うかもしれない。

 柊には面倒事を押し付けてしまったかもしれないが、奴なら苦笑と小言の一つか二つで了承してくれるだろう。

 

――清楚ちゃん、早く上がって来い。

 

 担任の注意事項を右から左へとながしながら、百代はかつて自分が戦った場所であるグラウンドへと目を向けていた。

 

 

―――――

 

 

 昼休み、花壇で一人胡座をかいて座り、自らの頭よりも大きいおむすびを豪快にかじりながら、項羽はひとり考えている。

 

 今、四四八が項羽の范増役を受けているのは、項羽の覚醒に自分が携わったからであり、その責任からである。

 つまり、四四八自身が項羽に心酔したわけでも、忠誠を誓ったわけでもない。

 ということは何かの拍子に、昨日の様に四四八が自分から離れていってしまうことも十分考えられる。それはイヤだ。何故だか知らないがそれを考えただけでとても嫌な気分になる。

 ならば、自らの偉大さを見せつけて四四八に忠誠を誓わせればいい。

 そのために四四八自身と戦って勝つというのはシンプルで良いのではないかと項羽は考えた。

 

「よしっ!!!」

 

 そう言って、食べかけのおむすびを一気に口の中に放り込むと、勢いをつけて立ち上がる。

――俺は柊四四八を倒して、柊四四八と川神学園を手に入れるっ!!

 そう心に決めて、花壇をあとにする。

 

 善は急げ、目指すは放送室だ――

 項羽は意気揚々と廊下を歩いていく、もちろん負けることなどその心には欠片も想像してはいない……

 

 

―――――

 

 

ピンポンパンポーン、

 昼休みも終わろうとしたとき、放送が流れる。

 

『おい、これ、もう話していいのか?……そうか、わかった。――んはっ!川神学園の皆、西楚の覇王・項羽だ』

 スピーカーから流れてきたのは項羽の声だ。

『今日は俺から皆に伝えたいことがあるっ!今日の放課後、グラウンドにて俺は柊四四八と決闘をする!!もちろん九鬼の了解もとってある!!』

 それを教室で片肘を付いて本を開き聞いていた四四八が、驚きでガクンと肘を机から落としてしまう。

 四四八はこの件については何も聞かされていない。

『今日の放課後、川神学園最強の称号はこの俺、西楚の覇王の頭上に輝き、皆は俺の偉大さを知ることになる!!はーっはっはっはっはっはっ!!!』

 その高笑いを最後に放送はブツリと切れた。

 

「ねぇ、柊あんた本当にやるの?」

 隣にいた鈴子が聞いてくる。

「ああいうふうに言われて逃げるわけにもいかないだろう。まぁ、遅かれ早かれ……とは思っていたけどな……まさか本人の了解を取らないで行われるとは思ってもみなかったが……」

 小さくため息をつきながら四四八が答える……項羽と付き合いはじめてから、ため息が増えたか……等とも考える。

「ももちゃん先輩にでも焚きつけられたんじゃない?」

 それを聞いた水希が言う。

 確かにありそうな話だ、あとで恨み言の一つでも言ったほうがいいかもしれない……

 

「私たちは唯、倒すだけだったけど。あんたならまた違う形になるんでしょう」

「頑張ってね、柊教官」

 鈴子と水希言葉に、

「人ごとだと思ってお前等……」

と、四四八が呟く。が、四四八自身既に項羽と戦うことは決意をしている。

 

あとは――

 

「眠り姫の目を覚ますにはどうしたもんか……」

――チューでもしてみたらー、等と無責任なことを言っている水希の言葉を無視して、四四八は思案にふけっていった。

 

 

―――――放課後 川神学園 廊下―――――

 

 

コッ、コッ、コッ、

 規則正しい足音を響かせて、戦真館の制服に身を包み準備を済ませた四四八はグラウンドへと向かっていた。

 気持ちの整理はついている。

 あとは結果がどうなるか……結果の出方次第では、またほかの方法を探さなくてはならない……

そんなことを考えながら歩いていると――道中に着物姿の男が佇んでいた――彦一だ。

 

 四四八が小さく頭を下げてその横を通り過ぎようとした時、

「いくのかい?」

扇子を口にあて彦一が声をかける、目は合わせてはいない。二人とも前を向いている。

 

「先輩は言わば生まれたばかりの赤ん坊の様なものです、誰かが手をひいてやらないといけない……そう思っています」

「それが自分……だと?」

「立候補したわけじゃありませんし、この役割をすべき人物が他に居ることも知っています……ですが、指名をされましたので……」

「フッ……ならば、断る訳にはいかないな」

 彦一はそう言って口に微笑を浮かべる。とても優しい笑みだ。

 

「柊、覇王君を……そして葉桜君を頼んだよ」

「はい」

 そう言って四四八は止めていた歩みを再開した。

 

 それを見送ると、彦一はつぶやく、

「しれば迷い、しらねば迷わぬ、恋の道。か。覇王君も葉桜君もとんでもない男に惚れこんだものだ」

先だって四四八に貸した『豊玉発句集』にある、新撰組、鬼の副長土方歳三が詠んだ一句を諳んじながら、口には先ほどまでと同じく優しげな微笑が浮かんでいる。

「まぁ、気になる……と言うならば俺も葉桜君と同じようなものか……まったく面白い男だ、柊四四八」

 そういうと、自らもこの一戦を見届けるためにグラウンドへと向かう。

 

 

―――――

 

 

 四四八がグラウンドについたとき、

グラウンドには既に項羽が方天画戟を手に待っていた。

 傍らにはクラウディオが佇んでいる。

 

「んはっ!待っていたぞ柊!!今日は俺の偉大さをたっぷりと教えてやる!!」

 項羽はいつものように獣のような紅い瞳を爛々と輝かせながら四四八を見ている。

 

「昨日同様本日も、僭越ながら私が仕切らせていただきます」

 クラウディオが丁寧に腰を折り、お辞儀をして四四八と項羽の間に立つ。

「お二人共、ご準備の方はよろしいですか?」

 

「ああ!もちろんだ!!いつでもいいぞ!!」

 そう項羽が言ったとき、

四四八がすっと手袋に包まれた右手を伸ばし掌を開いて項羽に突き付ける。

「ん?」

 項羽が不思議そうな顔をしていると、

 

「五回です」

四四八の静かな声が響く。

 開き突きつけている掌は『五』という数字を意味していたようだ。

「五回まで……お付き合いします」

 

 そう言って右手を下ろすと、身体を半身にして項羽に向かい合う。

 左足が前、右足が後ろ、

腕は下がり、旋棍は――もっていない。

 

「ふん!まぁいい!どうせ勝つのは俺だ!!クラウディオ!始めろっ!!!」

 

「――では」

 そういってクラウディオはすぅと息を吸う。

 

「柊四四八様 対 項羽様 ……開始(はじ)めっ!!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 その合図と共に、項羽が四四八めがけて突進する。

 

 川神学園の視線が集まる中、

四四八の二回目の戦いの幕が切って落とされた……

 

 




こう言う戦闘に至るまでの流れの回がなかなか難しいですね……

次はお解りだとは思いますが、柊鬼教官による項羽更生プログラムの発動です。
でも、百代と同じじゃつまらないので、違う感じの戦闘描写にしようと思ってます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第二十四話~更生~

バキで一番好きなキャラは渋川剛気です!(キリッ)



「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 項羽が方天画戟を両手に持ち突っ込んでくる。

 四四八は緑色に輝く瞳を項羽から逸らさずにその場を動かない。

 項羽に左肩を向けるようにして半身。

 左足が前、

右足が後ろ。

 

 四四八が方天画戟の射程範囲に入った瞬間、項羽は突きを放つ、

力強く、重い、そして疾い一撃だ。

 その突きに合わせて、四四八が左足を踏み出し、同時に左手を突き出しながらすっと前に出る。

 

 二つの影が重なった次の瞬間――

 

「――え?」

 項羽は四四八の左手に首のあたりを掴まれて、地面に倒されていた……

「一(いち)――」

 倒れた項羽を上から見下ろしながら、四四八が静かに告げる。それは何かの宣告のようだった。

 

「ほう……」

「うわ……」

「へ?」

 放送があったこともあり、百代は珍しく今回の一戦をファミリーと見ている。

 今の声は、それぞれ百代、由紀江、大和が発したものだ。

「なぁ、まゆまゆ、今の見えたか?」

「えぇ……なんとか」

 百代が由紀江に聞き、由紀江はグラウンドに目を向けたまま頷く。

「なになに、いま柊何かやった?覇王様が攻撃したと思ったら、いつの間にか倒れてるんだけど」

「アタシ、ほとんど見えなかった……」

「自分は柊くんがスパーンとやって、スコーンとやったから覇王先輩ドターンと寝てるというのはわかったぞ!」

大和の言葉に一子とクリスがそれぞれ感想を答えるが……よくわからない。

「ああ、今、柊はな……」

 そう言って百代は自分が見たことを大和達に説明する。

 四四八は突きを躱しながら一歩踏み出すと、左手の掌を項羽の顎に添えた、

打撃ではなく、添えただけ。

 そして項羽の身体が前に進んでいるところに後ろに残した右足で、項羽の脚を後ろから項羽の進行方向へ払ったのだ。

 これにより勢い余った項羽の身体は顎を中心として、空中で仰向けのような状態になる、それを四四八が添えてある左手で地面へと落としたのだ。

 この時も叩きつけてはいない、ただ落とすだけ。

 おそらくダメージは皆無であろう。

「こういう表現が適切かどうかわからんが……日本刀の様な切れ味の投げだったな」

「その表現わかる気がします、柊先輩が本気だったら今ので終わってました……一太刀で仕留める……まさに居合のような投げですね」

 そんな二人のやり取りを他の面々はポカンと口を開けて聞いている。

 

 項羽は自らに何が起こったか、正確には把握できていなかった。

 攻撃の瞬間に四四八の左手が顔に迫ってきたかと思ったら、次の瞬間には空が見えていた。

 次に背中に小さな衝撃。

 そして、いつの間にか四四八の顔が視界にいっぱいにうつっていた。

「一(いち)――」

 四四八の声が耳に入る。

「初撃に甘さがあります、相手実力がわからないのであればもっと慎重になるべきです。甘い一撃が敗北につながることは俺の仲間達が教えてくれたはずですよ」

そういうと、四四八は項羽から身体を離し、また同じ位置で同じ構えを取る。

 

「どういうつもりだっ!!!」

 起き上った項羽が四四八に叫ぶ。

 四四八はそんな覇気をほとばしらせる項羽の激昂を表情一つ変えずにいなしながら、

「五回まではお付き合いします、と言ったはずです」

そう、先ほどと変わらぬ静かな声で答える。

 

「ふっざけるなああああああっ!!!」

 それを聞いた項羽はその激昂そのままに、方天画戟を縦横無尽にはしらせて四四八を襲う、初撃の一撃よりも更に強く、重く、疾い……

 そんな掠っただけで吹き飛ばさそうな斬撃を四四八は紙一重で躱す、躱し続ける。

 

そして――

 

 暴風雨の様な連続した攻撃の最中に項羽が放った突きの一撃、

自らの横を空気を裂きながら通り過ぎていく方天画戟。

 その一撃が伸びきった瞬間、その刹那とも言える瞬間に四四八は方天画戟の柄の部分を両手で掴み、小さく引く。

 そして同時に手首を捻り柄を回転させる。

「――っ!!」

 一撃が伸びきり武器を自らの元に戻そうとしていた弛緩の一瞬に四四八によって方天画戟を引かれた項羽は前方に体勢を崩されてしまう、そして同時に柄が回転した事により、方天画戟を持つ手が一瞬緩む。

 

――トンッ

 

 そんな一瞬を見逃さず、四四八は両手をそのままに方天画戟の柄を下から右膝で打ち上げる。力はまるで籠っていないが絶妙のタイミングで放たれた膝により項羽の緩んだ手から方天画戟が逃げていく。

「――なっ!!」

 そんな自らの手から逃げていく方天画戟に目を奪われた瞬間――四四八の左足と左手がするすると項羽の懐に伸びてきた。

 四四八の左手は項羽の襟をつかみ

 四四八の左足は項羽の右足を払い。

 四四八の腰は項羽の腰を払っていた。

 一連の動作が一瞬にして行われた時、前方に体勢を崩されていた事もあり項羽は背負い投げの要領でいとも簡単に宙を舞っていた。

 

 そして次の瞬間、再び項羽の背中に小さな衝撃がはしった――

 項羽は自分が先ほどと同じように仰向けで地面に投げられたのだと理解した――そして、理解した時には既に自らの顔の横に四四八が残った右手で持っていた方天画戟が突き刺さっていた――

「二(に)――」

 四四八の静かな声が再び項羽にかけられる。

「視野が狭いので目の前の出来事に囚われすぎる、武器に目を奪われるなどは愚の骨頂です。武器は使うものです。抱くものでも、縋るものでもありません。これも俺の仲間達が教えてくれたはずです……」

 

 そう言って再び身体を離す。

 そして元の位置に戻り、元の構えを取る。

 

 再び起き上った項羽の肩が怒りでブルブルと震えている。

「ふざけるなっ、ふざけるなっ!、ふざけるなっ!!、ふざけるなっ!!!本気でやれっ!!柊っ!!!!」

「……」

 その言葉に四四八は答えない、黙って項羽を見据えている。

 

「くっそおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 激高をそして激情を隠そうともせず、突き刺さった方天画戟を手に取りその勢いのままに突っ込み大きく横に薙ぐ。

 空気を裂きながら四四八に向かう方天画戟。

 その一撃が決まる瞬間――四四八の姿が掻き消えた。

 項羽にはそう見えた。

 

 すると薙おわった方天画戟の先で声がする。

「怒りに任せた一撃、読むのはたやすい……怒りというものは、戦いにおいて重要な要素です。しかしうまくコントロールしないとそれは相手に隙を与えることになる……川神先輩が教えてくれませんでしたか?」

 方天画戟の刃の部分に乗った四四八が項羽に語りかける。

 四四八は項羽の一撃の瞬間に刃の上に飛び乗ってその攻撃を回避していたのだ。

 

 そして四四八はその刃をドンと踏みつける。

「――くっ!」

 その柄に伝わる衝撃に項羽は再び方天画戟を取り落としそうになる――既(すんで)のところで力を入れ取り落とすことはしなかったが、隙が生まれた――

 その隙を逃さず刃の上から一足飛びに項羽の懐に入った四四八は、

「力が入りすぎてます……これでは重心が崩れやすい……」

項羽の耳元でそう囁くと、

項羽の左肩を右手で押して、

項羽の腰を左手で引く、

グラリと項羽の身体が傾く。

 これで身体の重心が崩れた項羽は四四八に抱えられる様に地面へと寝かされていた。

「これで――三(さん)」

 三度(みたび)四四八の声が項羽の耳元で響く――

 

「なるほどな、柊の強さというのは傍から見るとよくわかるな」

「いや……姉さん今回の勝負、俺には全っ然わかんないんだけど」

「……大丈夫、大和。この中でわかってるのモモ先輩とまゆっち位だから」

――自分はわかってるぞシュパーンとやってザッパーンってなってるんだ!

――アタシもアタシも、ほとんど見えないけど大体分かる!たぶん!!

 京の言葉にクリスと一子が反応するが、大和は無視。

 二人の事はキャップ達がはいはい、と頷いて相手をしている。

「京でもわからない?」

 大和は京に聞く。

「うん……技をかけるのが早すぎてよくわからない。あと、ここからじゃ見えないくらい細かいこともやってそう。でもかけられてる先輩はもっとわからないかも」

「清楚ちゃん、腸(はらわた)煮えくり返ってるだろうなぁ」

 京の声をきいた百代が苦笑をしながら答える。

「それにしても本当に凄いですね……やっている事自体は基本的な技なのに……」

 感嘆の言葉を由紀江が呟く。

「そこが柊の強さ……なんだろうな、余計なことはせず基本を忠実に突き詰める――今回で言えば呼吸、姿勢、脱力、重心といったところか。そしてそれを複合的に絡ませる。これが出来れば秘技や奥義なんぞの一発芸はまるで必要ない――という感じか」

「基礎極めるは武芸百般……というわけですね」

「まったくもって耳が痛いな。ジジイの稽古、もう少し真剣にやってみないといかんなぁ」

――燕のやつも今頃、頭を抱えてるかもな。

 そんなことを思いながら、百代はグラウンドに目を移す。

 

 グラウンドでは項羽が方天画戟を放り出し、拳と蹴りで四四八に襲いかかっていた。

 休まない連続した攻撃。

 とにかく目の前の相手を倒すため、ただがむしゃらに手をだす。

 滅茶苦茶な攻撃だが……とにかく疾い、そして強い。

 武器を使わない分小回りが利いているため隙間が見当たらない。

 そんな攻撃をやはり、四四八は躱し続けている。瞳を緑色に輝かせ、全てを見透かすように項羽を見ながら。

 

 そして、四四八は項羽に語りかける。嵐の様な攻撃を躱しながら語りかける。

 

「敗北して生きているならそれはチャンスです。自らを高め、先に進むための糧となります」

 うるさいっ、うるさいっ!うるさいっ!!うるさいっ!!!

「確かに敗北は苦い……苦いですが、それを飲み込み嚥下する事が出来る者のみが先に進む機会を得ることが出来ます」

 だまれっ、 だまれっ!、 だまれっ!!、 だまれっ!!!

「それが出来ずそこにただ止まってしまうのであれば、その人の手を引き、導いてあげるのが保護者の役割です――聞いていますか?」

「わあああああああああああああああああああっ!!!」

 四四八の言葉など聞きたくもないというふうに叫びながら項羽が渾身の右拳を繰り出す。

 その右拳が四四八の顔面を捉えようとした瞬間、

四四八は身体を後ろに反らせる。

 両足はそのままの位置にある。

 四四八の顔面を項羽の右拳が追ってゆく。

 拳が届かないところまで身体を反らした四四八だが、その身体は反らせた重力に従い仰向けに倒れていく。

 その時、項羽の伸びきった右腕に四四八の両手が添えられる。

 右手で手首。

 左手で肘。

 そして四四八は両足で地面を蹴り、項羽の右腕の付け根を両脚で絡め取る。

 項羽の流れた身体に体重をのせ、宙で右に身体を捻る。

 

そして――

 

「ぐ――っ!」

 もつれ合うように倒れたあとに現れたのは、

俯せに地面に伏せる項羽と、項羽の右腕を棒の様に天に向かって極めている四四八だった。

「四(よん)」

 四四八が呟く。

 

 そして、そんな少しでも力を入れれば項羽の右腕を破壊できる、そんな状態で四四八は先ほどの言葉の続きを放つ。

「もう一度言います――聞いていますか? あなたに言っているのですよ――」

 四四八は一呼吸置いて、

 

「――『葉桜先輩』」

 

今までより力のこもった声で項羽に――否、清楚に言う。

「――っ!!!!!!!」

 俯せに組み敷かれた項羽の真っ赤な目が大きく開かれる。

 

 四四八が少し力を抜いた瞬間、項羽はバッっと身を起こし、後ろに飛ぶ。

 そして先ほどよりも大きく肩を震わせながら叫ぶ。

 

「なんなんだ……なんだというのだっ!!!」

 悲痛……にも聞こえるそんな慟哭。

「俺だっ!!今、お前の目の前にいるのは俺!西楚の覇王だっ!!清楚ではないっ!!!」

 そう言って項羽はギリギリと歯を食いしばる。

 真っ赤な瞳にはキラリと光るものも見える。

「……」

 四四八は先ほどと同じように黙している。

「俺だっ! 俺を見ろっ! 俺を見ろぉっ!!! 柊四四八あああああああああああっ!!!!」

 そんな魂から絞り出すかのような慟哭を響かせながら、項羽は四四八に突っ込んでいく。

 

 そんな暴走機関車の様に突進する項羽に向かい四四八はすっと前に進み、ふわりと包み込むように抱きかかえると、

「歴史上の項羽は己の負けを認めず『匹夫の雄』と謗(そし)られ、歴史から姿を消しました……」

そう項羽の耳元で囁くと、

優しく、今までで一番優しく地面へと落とす。

「五回――これでお終いです」

 そう言って身体を離す。

 

 そして未だ立ちあがらない項羽にむかって、

「ですが、俺は覇王先輩と葉桜先輩が手を携えれば、本物の項羽以上の指導者になれると信じています」

そういうと項羽に向かい軽く一礼して踵を返す。

 クラウディオを一瞥すると目が合う。

 クラウディオは大きく四四八に礼をする。

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 仰向けに倒れている項羽から呟きが漏れる。

「ちくしょう……ちくしょう……」

 右腕で隠した顔からグラウンドに涙がこぼれている。

 

 そんな呟きを耳にしながらも四四八は振り返らずにグラウンドを後にする。

「ちくしょう……ちくしょう……」

 戦いの後、項羽のすすり泣きだけがグラウンドに響いていた。

 

 

―――――

 

 

「いやー、こりゃまいったなぁ」

 項羽と四四八の一戦を屋上から見ていた燕は百代の予想通りに頭を抱えていた。

 百代との一戦だけではわからなかった柊四四八の強さのベクトルがこれで大分掴めた、掴めたのだが、それが今頭痛のタネとなって燕を襲っている。

「まぁ、予想通りといえば、予想通りなんだけど……こうきましたかぁ」

 

 柊四四八は万能なファイター。

 燕自身のそう見立てていて、その見立てはそれほど間違っていなかった。

 しかし、まさかここまで高次元でまとまっているとは思ってもみなかった。

 

 今回、項羽に対して全部『投げ』や『合気』の様なものを選択したのは、それが項羽に有効だったからなのだろう。もちろん、項羽を『教育』するという意味で、あの戦い方を選んだという事もあるだろうが、やはりそれ以上に項羽に対して『投げ』は有効なのだ。

 『投げ』――というものを理屈で説明するなら、『重心を高いところから低いところへ落とす』と言う事になる。重心は立っていれば高い位置にあり、しゃがめば低い位置となる。

 極論、寝ている人間は重心が地面とくっついているため事実上投げる事は厳しい、と言う事になる。項羽の様に常に全力で力の移動を行っている様な人間は重心がぶれやすい、故に『投げ』は有効なのだ。

 もちろん、項羽自身は安い相手ではないので並の相手が向かった所で蹴散らされるだけだし、燕自身あれと同じ事が出来るかと問われれば、難しいと言わざるを得ない。

 つまり百代との一戦で見せたストライカーとしての側面と同じくらいグラップの部分でも高いレベルにあるのだ。

 

 本人的にはそういうカテゴライズはしていないかもしれないが、ストライカーでもグラップラーでもなくオールラウンダー、それが柊四四八なのだろう。

 

 オールラウンダーはオールラウンダーで弱点はもちろんある。

 最大の弱点はともすれば器用貧乏と同義の為、決め手が欠ける、ということだろう。

 戦闘中、絶対的に頼る武器がないというのは想像以上に精神的にきつい。

 故にオールラウンダーは精神的に強くなくてはいけない、常に冷静に、常に相手を観察し、常に思考を繰り返していかねばならない。

 そして、柊四四八は精神的な強さで言ったら絶対的だ。

 

 つまり――文字通り現状、全方位隙なし。

 

 百代の様に一点でも打ち勝っていれば、そこから勝利をたぐり寄せることもできるかもしれないが、燕のように『隙を突く』ことを信条としている人間からすると、もはや天敵と言っていいかもしれない。

 

だから――

「いや、こりゃ本当にまいったわ」

 という声が漏れる……

 そしてうーん、うーんと唸りながら、

「これは流石に一人じゃ厳しいかもなぁ……」

という言葉を漏らす。

 

 燕は愛用のノートパソコンを叩きながら、一人思案に暮れていた。

 

 

―――――

 

 

PLLL PLLL

 項羽と一戦を終えた四四八が教室で帰り支度をしていると携帯が鳴った。

 着信ではなく、メールのようだ。

 何気なくメールを開いた四四八はとても驚き――というか、なんとも微妙な表情になる。

 

送信者 葉桜先輩

花壇で待ってます。

      清楚

 

 簡単な文面で、これ以上の情報はない。

 清楚の名前できているが、当の項羽と戦ってまだ1時間も経ってない。

 自ら項羽、そして清楚の為を思って行った一戦だったが、流石にこんな短時間でどのような顔をして会えばいいのかわからない。

が、

「流石に無視するわけには……いかないよな……」

そう一人呟き、花壇に向かう。

 途中、自分を心配して待っててくれている千信館の仲間にはその旨メールを入れておく。

 

 そして――花壇にたどり着くと、そこには花に水やりをしている項羽――清楚の姿があった。

 

 四四八の気配を感じて、項羽――清楚がクルリと振り向く。

 瞳は――紅くない。

「ねぇ、柊くん。水やり手伝ってもらっていい?」

 清楚の口から出た想定外の言葉に四四八は、

「え?あ、は、はい」

虚をつかれたように目を瞬かせたが、言葉に従い水やりの手伝いの準備をする。

「ふふふ、ありがとう」

 清楚はニッコリと笑いお礼を言う。

 

 しばらく二人とも無言で花壇に水をやる。

 先程は驚いていたということもあり気づかなかったが、少し前まではむせかえるほどだった金木犀の香りが、今日はそれほどでもないことに気づく。流石に時期も終わりだということだろう……

 そんなことを四四八が考えていると、清楚が口を開く。

 

「今日は……というか、今までごめんなさい。柊くんには迷惑ばっかりかけちゃって……」

「え?あ、いや……」

 前触れもなく飛び出した謝罪の言葉に、四四八はうまく反応できなかった。

 そんなことは気にも止めず清楚は続ける。

「それから……ありがとう。本当は柊くんの言うとおり私がしなきゃいけなかったのにね……あの子……私自身をそう言うのも変な感じなんだけど、あの子のこと真剣に受け止めてくれて、ありがとう」

「……いえ、そんなこと」

 清楚の言葉に四四八は小さく答える。

 

 しかし、このままではいけないとも思い、四四八は意を決して清楚に聞く。

「覇王先輩は……どうされてますか?」

「ふふふ、泣き疲れて奥で休んでる、よっぽど悔しかったんだと思う」

「そう……ですか……」

 その質問の意図を察した清楚は続けて言う。

「大丈夫、あの子にもちゃんと届いてるよ、柊くんの気持ち。私にも……ちゃんと届いたから……」

「……ありがとうございます」

 ほっとしたように四四八が礼を言う。

 

 水やりもそろそろ終わりだ、

二人でホースの片付けを始めたとき、今度は四四八が口を開く。

「さしむかう、心は清き、水鏡。 葉桜先輩と覇王先輩はそういう関係であるべき、なんだと思ってます」

 新選組・土方歳三の一句を諳んじながら清楚の方へと向く。

「そう……か、そうかもね……」

 その言葉を噛み締めるようにして、清楚が何度も頷く、

そしてよしっ!と小さく気合を入れると。

「今日からあの子と二人で頑張ってみる、だから応援しててね、柊くん」

 そう言って四四八の目を見て輝くように笑う。

「はい、喜んで」

 その言葉に四四八も笑顔を作る。

 

「――それにしてもなぁ」

 その後、清楚はクルリと後ろを向くと、

「新選組、鬼の副長・土方歳三の一句……女の子に贈る歌としてはどうなのかなぁ」

と、悪戯っぽい声で四四八に言う。

「あ、いや……すみません、気が利かないもので……」

「ふふ……でも、鬼教官・柊四四八くんからの一句って思うとあながち変じゃないのかも――だから、私も――」

 

 そういって再び四四八の方を向くと、

「裏表、なきは君子の、扇かな。 思ったとおり、柊くんはとっても強くて、とっても優しいね……だけど、その優しさに甘えちゃダメだと思うから。柊くんの范増役は今日でおしまい……ごめんね、任命も解任も勝手にしちゃって……」

同じく土方歳三の一句を諳んじながら、清楚が言う。

「え?それは……」

「大丈夫、これから范増役は私が務めます。この子、ちゃんと躾けるから任せておいて。それに、柊くんには別の役をやってもらおうと思ってるんだ……」

 そう言って、少し恥ずかしそうに目を逸らす。

「それって、どういう?」

 四四八が清楚の言葉に関して問いかけを行おうとした時――

 

「おーーーい、四四八ーーーっ!」

「柊くーーん」

 花壇の入口で晶と水希の声がする。

 遅いから迎えに来てくれたようだ。

「おお、すまない、すぐ行く」

 四四八がそちらを振り向き大きめの声で答える。

「すみません、葉桜先輩そろそろ――」

 そう言いながら清楚の方へ向き直ると、清楚はうつむいて小さな声でブツブツと何か呟いていた。

 

「……そう、ライバルは多いけどここでちょっとリードするのもいいと思うんだ……何恥ずかしがってるの、女は度胸なんだから。それに私がやるんだからいいでしょ?もう、そんなに恥ずかしいならそこで見てなさい」

「……葉桜先輩?」

 怪訝そうな顔で四四八が問いかける。

 その言葉にハッと顔を上げて、

「あ、いやいや、なんでもないの」

そう取り繕う。

 

「そうですか……じゃあ、俺はこれで……」

 そう言って二人のもとへ向かって歩きだした、その時――

 

「柊くん!」

 清楚の声がかかる。その声に四四八が振り向くと――

 

――チュッ

 

 小走りに近づいてつま先立ちになった清楚の唇が、四四八の頬に軽く触れる。

「――え?」

 頬を抑えて呆然と清楚を見る四四八。

「今日は本当にありがとう――またね、バイバイ」

 そういって真っ赤な顔に笑顔を浮かべると、小さく手を振り四四八を追い越して、小走りに花壇の出口に向かう。

 

 そして、四四八と同じく今の光景に呆然としている千信館の二人に、

「私達、絶対に負けないからね。これからよろしく」

そう笑顔で一方的に宣戦布告すると、小走りに廊下をかけていく。

 

――柊くんの范増役は今日で終わり。でもね、柊くんには違う役をやってもらおうと思ってるんだ、それはね――虞美人!!だからほかの人には絶対に負けないよ!!

 

 そう、心の中で宣言をして、清楚はスイスイ号のもとへとかけていった。

――清楚、随分嬉しそうですね。なにか良いことでもありましたか?

 そんなスイスイ号の言葉が想像できる。

 

 未だ四四八が立ち尽くしている花壇では、

金木犀が終わり、柊の花が咲き始めていた……

 

 




如何でしたでしょうか、これで覇王様編は終了となります。
本編には四四八がこのように戦う描写はないのですが、
それでも、こんくらいできるだろうなぁーという作者の妄想が炸裂してます。

最後は頑張ってラブコメしてみました。
うまく清楚の可愛さが出せてるといいなぁ

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第二十五話~恋敵~

真剣恋A-3をやって思ったこと
1、李さんマジサイコー
2、ステイシー、マジウルトラロック
3、甘かs……じゃなくて直江パパ、マジいいパパ
4、帝と鳴滝の中の人一緒!!帝と鳴滝の中の人一緒!!(驚愕の事実だったんで2回言いました)

※エロ描写がありますご注意ください


「あー、燕先輩と清楚先輩、両方から付き合ってと迫られたら。俺はどっちを選べばいいんだあ」

「おい、ガクト。1学期から数えてその妄想……何度目だ?」

 もはや暇なときのガクトの持ちネタになっている感すらある台詞を百代が切って捨てる。

「へっへーん、妄想するだけならタダだもんねー、柊が戦ってくれてたおかげでまた清楚先輩も出てきてくれるようになったしな」

 四四八との一戦後、項羽と清楚は交代で学園生活をおくっている。

 一日おきなこともあれば、午前と午後で交代するときもある。

 ただ両方共今までとは雰囲気が少し違うように感じる。清楚はかつてより積極的になっているようだし、項羽は随分と落ち着いた印象だ――もちろん項羽はまだまだ問題もありヒュームなどによく怒られているが……今までに比べれば可愛いものだ。

「でもさぁ、清楚先輩はともかく、覇王先輩はガクトじゃ制御しきれないんじゃないの?」

 モロがからかいながら言う。

「そこはそう、俺様の愛の力なんとでもなるだろ」

 筋肉を誇示しながら得意げに言うガクト。

「あ、そう……」

 最初の妄想と同じく何の根拠もない受け答えに、モロは呆れてそう言うしかなかった。

 

「でもさぁ……」

 そんな中で大和が口を開く。

「ガクトのセリフ、今言えるの柊だけだよねぇ」

「「「「 へっ? 」」」」

 疑問の声が各所で上がる、もちろん違う反応もある。

 京は、知っていた――というふうにニヤリと笑い、

キャップと一子、クリスは?マーク頭の上に浮かべている。

 

「どーいうー事だ大和!何を根拠にそんなこと言うんだ!!」

 ガクト慟哭と皆の疑問の声に、逆に驚いたように大和が言う。

「いや、清楚先輩見てればわかるでしょ?反応明らかに違うよ?」

「まずもってどこで会えるかわからん!大和答えろ、どこに行けば会える!!」

 ガクトが詰め寄る。

「図書室だよ図書室。俺も最近また本読みだしたからさ、行けば会えるよ」

「……大和、俺様、本に囲まれた空間に行くと意識を失うという病にかかってるんだ……」

「本屋行けないじゃん!」

 ガクトの返答に思わずというふうにモロが突っ込む。

 

「ガクトの事はどうでもいいが、それ本当か?大和?」

 興味深そうに百代が聞く。

「まぁ、清楚先輩の一連の流れの大本が姉さんと柊の一戦だしね。あの辺から意識はしてたんじゃない?そこに来て相談にのってもらって、正体わかったあとも世話してもらって、んで最後は先輩の問題を解決してくれた。まぁ、これだけ色々あれば全然不思議じゃないでしょ。まぁ、俺も直接本人に聞いたわけじゃないけど、十中八九そうだと思う」

「なるほどな、もともと柊は人に影響を与えやすい奴だし……な」

 覚えがあるのか、百代は納得したように頷いた。そして、

「なぁ、柊の奴は気付いているのか?」

と、再び大和に聞く。

「さぁ、どうかなぁ。柊って頭いいし大人な感じだけど、肝心なとこ鈍そうだし……って言うか鈍いからなぁ。気付いてないんじゃない?というか気付いてたら柊の性格的に既に付き合てるか、振るかはっきりさせてると思う」

「ああ、なるほど、それは確かに……クックックッ、それにしてもねぇ……」

 楽しいおもちゃを見つけたという様に、百代が意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「あーー、って事はもう燕先輩一択じゃないかーーー」

 そのガクトの言葉に百代がさらに反応する。

「まぁ、燕は燕で別の意味で柊のことでいっぱいだろうけどな」

 そう言って、今度はニヤリと笑う。

「それは、打倒柊先輩ということですか?」

 由紀江がおずおずといった感じに聞いてくる。

「ああ、そうだ……なぁ、まゆまゆの見立てではどうだ?燕は柊に勝てそうか?」

「え?え?私は松永先輩戦いをほとんど見たことがないので……」

「1学期、私との試合だけでもいいさ、まゆまゆの感じたままいってみてくれ」

「……そうですか、そうですね……」

 そういって由紀江は1学期、燕が転校してきた初日の百代との試合を思い出す。

「個人的な印象ですけど……松永先輩は柊先輩とは相性がよろしくないのではないでしょうか」

「ほう……その理由は?」

「モモ先輩との試合、松永先輩はいろいろと武器を変更しながら戦っていました、たぶんモモ先輩がどういう反応をするか見ていたんだと思うのですが……そうなるとおそらく松永先輩はそういう相手の反応に対してレスポンスを返すスタイル……つまり隙を突くのを得意とされている……と思うので……」

「故に、現状目立った隙のない柊とは相性が悪い……と」

「はい……」

「まぁ、私もまゆまゆと同じ意見だ。もちろん燕自身もわかっているだろうさ。でも私に打倒柊を宣言したからな、何か考えてはいるんだろう」

 そう言って百代はフッと笑うと、

「最初に千信館の奴らが来た時もこんなことを話していたが……いや、面白い。本当に面白い。柊達のおかげで学園が変わってきている」

「姉さんを筆頭に?」

 百代の言葉に大和が悪戯っぽい言葉をかける。

「……ああ、私を筆頭に……だ」

 そんな大和の言葉に、同じく悪戯っぽく答えて百代は笑う。

 

「なぁなぁ、なんか難しい話はどうでもいいから!今からファミリー内で神座大戦トーナメントやろうぜ!」

 キャップの宣言でゲーム大会の流れとなる。

「お、イイね、今度ゲーセンで全国大会の予選あるんだよね。龍辺さんもでるかなぁ」

「お、なんだモロ。お前はあのちみっこ狙いかぁ?」

「い、いや、違うよ。龍辺さんこの前も出てたし、すっごく強いから」

 ガクトの言葉にモロが顔を赤くする。

「見てくれ!自分は宗次郎で必殺技を出せるようになったんだぞ!」

「クリス……まず、コマンド全部覚えような」

「えっと……○がパンチで、×が……蹴り?」

「×は回避だワン子、蹴りは□」

「……コマンド以前の人がいた」

「んじゃ、皆ポップコーン出すね、つまみながらやりなよ」

「えー、ポップコーンはゲーム機汚れるからなぁ」

 そんなキャップの声に、

「なんだよなんだよ!人が親切に言ってやってるのにさ!」

クッキーがキレて、機械音と共に変形する。

「如何にマスターといえど私のポップコーンを侮辱することは許されない」

「わー、このロボ本気だーー」

 

 ワイワイと騒ぎ出すファミリーの面々を見ながら、

――自分も変われたのだろうか?

そんなことを、大和は思う。

 しかし直ぐに。

――変われた、じゃないな、変わらなきゃいけないんだ。

 そう思い直して心の中で気合を入れる。

 そして――

「姉さん、司狼対策したいんでしょ、付き合うよ」

百代に声をかける。

「おう!今度こそ燕をボッコボコにしてやる!」

 百代が笑って答える、その笑顔を少し前のような怖さは……ない。

「燕さん、俺よりつよいんじゃないかなぁ」

 そんな百代の笑顔を嬉しく思いながら、大和はファミリーの喧騒の中に入っていった……

 

 

―――――

 

 

 川神学園……と、思われる屋上。

 時間は……よくわからない。日中だということはわかるが、午前の休み時間なのか、昼休みなのか、もしかしたら授業中なのかもしれない……

 いるのはひと組の男女だけ、ほかに人影はない。

 しかしそのひと組の男女の様子は普通ではなかった。

 

「んっ……やっ……ちょっと……」

 女――真奈瀬晶は羞恥で顔を真っ赤にしながら苦しそうに身をよじる。

 しかし身体は思った以上には動いてくれない。

 目の前の男が、晶の両手首を両手でそれぞれ掴みながら壁に押し当てているからだ。

 手首の位置は晶の頭よりも上。

 図らずもバンザイをするような体勢になり晶の豊かな胸が前に突き出され、強調されたような形になっている。

 しかもいつの間にかワイシャツのボタンが上から3つも外れており、ワイシャツの隙間から花柄の可愛らしいデザインの下着に包まれた豊かな双丘の谷間が艶かしくチラついている。

「ちょっと……なぁ……落ち着けって」

 もう一度、晶は自分を拘束している人間に向かって言葉をかける。

 抵抗はしているが、実力行使というより言葉によるこの状況の脱出をはかっているようだ。

 本来の晶なら能力(ユメ)を使えばそこらの男どもなんぞ相手にならない、

なのに何故力による脱出を試みないのか……

 

 その答えが男の方から発せられる――

 

「晶……おまえが誘ってきたんだろう?何を今更怖気付いているんだ……ここまで来てやめろとか、おまえ、俺を馬鹿にしてるのか?」

 聞きなれた――聞きなれすぎた幼馴染の声が男の口から漏れる。

 そう、自分を拘束しているのは四四八なのだ。

 

 実は晶自身、何故このようなことになっているかよくわかっていない。

 現在の状況に頭がパニックになっているからか、記憶が曖昧なのだ。

 四四八は晶が四四八誘ったと言っているが、果たして本当にそうなのだろうか。いや、しかしあの真面目な幼馴染がいうのだから、やっぱりそうだったのかもしれない。いや、でも修学旅行の一件もあるしこういう悪ふざけをする場合もあるからやっぱり……

 などと堂々巡りのような思考を繰り返していると、再び男――四四八から声がかかる。

 

「おい――晶、おまえ聞いているのか?」

 四四八は眼鏡の奥から晶の瞳を見つめている、目は一瞬たりとも逸らされてない。

 

「ふん……まぁ、いい。ならば最後のチャンスをやろう。今から俺を拒否するなら俺の舌でも唇でもいい、噛め。しかし何もしないのであれば受け入れたと判断する」

「へ?……ちょっと、なにそ……んむっ!!」

 晶の口は最後まで言葉を紡げなかった。四四八の口が晶の唇を塞いだからだ。

 

「んっ……んんっ……」

 四四八の唾液と自分の唾液交じり合うのがわかる。

――あたし、四四八のファーストキス奪われちゃったな……

 等という、何とも乙女チックなことを考えていると……

「ん……んぅ……んんっ!!」

 晶は自らの口の中に四四八の舌が入ってきた事に驚き目を見開く。

「んん!……んむっ!……んぅんっ!」

 驚いて晶も舌を動かすがその舌を四四八の舌が絡め取りいいように弄ばれる。

 

 何秒そうしていたのだろうか、少なくても晶にとってこの数秒は悠久にも思える程の時間だった。

 不意に四四八が晶から離れる。

「はぁ……はぁ……」

 晶の口から荒い息が漏れる。

 離れた時、四四八の舌と晶の舌には今のキスの証のように細い唾液のブリッチがかかっていた。

「……噛まなかったな。では了承と捉える」

 そう言って四四八はキスで半分意識が朦朧としている晶の両手をぐいっと更に持ち上げる。

「――きゃっ!」

 その拍子に半分朦朧としている晶が覚醒する。

 四四八は晶の両手を完全に頭の上まで持ち上げて束ねて、左手一つで晶の両手首を拘束する。

男らしく力強い手の感触に、晶がドキリとする。

 先ほどより更に身体を伸ばすような体勢になりボタンが開いていることもあり晶の双丘はワイシャツからこぼれ落ちそうになっている。

 その双丘を四四八は空いた右手で荒々しく鷲掴む。

 

「あぁっ!……四四八……いたっ……いっ!」

 しかし、そんな幼馴染の言葉を完全に無視して四四八が喋る。

「晶、本当に悪かった……こんないやらしい体を持て余してたのか……抱いてくれといってくれれば喜んで抱いたものを……」

 そう晶の耳元で囁きながら右手で晶の胸を掴んだ時と同じく荒々しく揉みしだく。

 そして同時に晶の口を再び塞ぐ。前よりも優しく官能的な口づけだ。

「んっ……れろ……ちゃぷ……あっ……あぁ……んんっ」

 晶も先ほどとよりも積極的に舌を絡ませている。卑猥な水音が静かな屋上に響く。

 

 ここで止めてほしい、冗談だったと身体を離して欲しい……と、思っている反面、

逆にこのまま四四八に抱かれてしまいたい、とも晶は思っていた。

 

 このまま抱かれたら、自分は四四八のものに、四四八は自分のものになるのだろうか……

 そう思うと確かにこの状況は自分が誘ったのかもしれない。

 この手の話には結構……というか、かなり奥手な自覚があるが、もしかしたら新たに現れた強敵――葉桜清楚に触発されたのかもしれない。

 そう考えると、素直に自分で自分を褒めてやりたい気持ちにすらなってくる、よくぞ決意、実行した……と。

 そんなことをピンク色に染まりつつある頭で考えていると……

 

「んんっ!ちょっ!四四八、そこ、だめっ!……だって……」

 今まで晶の胸を弄んでいた右手がツツツと晶の脇腹をつたい、太ももまでやって来る。

 そしてなんの躊躇もなくスカートに中――足の付け根に触られる。

「ん?なんだ、おまえ……」

 四四八の言葉に晶は今まで以上に顔を真っ赤にする。

 自らの下着がどういう状態になっているか、知りすぎているほどに知っていたからだ。

 

「まぁ、準備がいいならそれでいい……柔らかい布団の上じゃないが、お前が望んだことだ、其の辺は目を潰れ」

 そう言って晶の両手を拘束していた左手を離すと、左手を肩に、右手を腰に添えて晶をそっと床に横たえる。

 

「まぁ、痛いのは最初だけ……だそうだ、俺は女じゃないからわからんが。お前はじめてだよな?」

そんな四四八の不躾な質問にも、コクコクと頷くことしかできない。

「そうか……出来る限り優しくする努力はしよう」

 そういってグッと身体を近づける。

 

――あぁ、あたし抱かれちゃうんだなぁ。ごめんな皆、こんな不意打ちにたいなことしちゃって。

 

 級友達の顔が思い浮かぶが、それも一瞬――下着を脱がされた感触に驚き頭が真っ白になる。

「――いくぞ」

 四四八の言葉にキュっと唇を噛み、空を見る。

 そして自らの大事なものを四四八が散らそうとする。

 

 その時――空から何かが落ちてきた。

 そして、それは晶の額を直撃して――

 

「フギャ!」

 晶、頭上に降ってきた何かに驚き身体を揺らす。そしてその拍子に。

「え?わっ、わっ、わっ」

 ドサリ……とかけていた布団ごとベットから滑り落ちる。

ピピピ、ピピピ、

 自らの頭の上に落ちてきたモノの正体――目覚まし時計が耳障りな音を床で鳴らし続けている。

 

「っつぅー……はぁー、なんだよ、夢かよ……」

 落ちて覚醒した晶は今の自分の状況を把握する。

 ここは川神学園が用意してくれた寮の一室。晶の部屋。

 学園の屋上ではないし、もちろん四四八もいない。

「ったく、あたし欲求不満なのかなぁ。リアルすぎだろ……」

 そう一人でぼやき今の夢の内容を思い出してボッと顔を赤くする。

 葉桜清楚が四四八の頬にキスをする場面を見てから、なんとも胸のモヤモヤが取れない。

 もちろん自分自身はそのモヤモヤの正体を知っている。

 だからと言って……

「ストレートすぎんだろ……あーーー、もーーーっ!!」

 そうやって髪をくしゃくしゃとかき混ぜると、未だ鳴り続けている目覚ましを乱暴に止めて布団に投げつける。

 

「……シャワー、浴びてくるかな」

 そういって晶はモヤモヤを抱えたまま浴室へと足を運ぶ。

 モヤモヤの正体はもちろんわかっている。しかし、わかっているだけに、晶にはそのモヤモヤを解消するすべを持っていないのだ……

 

 

―――――

 

 

「あーあ……どうすっかなぁ」

 晶は校門を出たところで、ため息をつく。

 例の一件以来なんとも調子が出なく、今日も千花達からお茶の誘いを受けたが断ってしまった。

かといってこんなに早く寮に帰ってもやる事がないし……

――今日は自分が食事当番だ、取りあえず買出しにだけ言っとくか。

 そんなことを考えながら歩いていると……

 

「真奈瀬さん」

「ん?」

 晶を呼ぶ声に振り向く、そこには――

「せ、清楚先輩?」

 思わぬ人物の登場に裏返った声を出してしまった。

「ふふふ、驚かせてごめんね」

 そう言って歩いて晶の傍までやってくる。スイスイ号は見当たらない。

「今日スイスイ号はメンテナンスでお休みなの、だから久しぶりに何処か寄って行こうかなーと思って、真奈瀬さんご一緒しない?」

「え?や?はぁ?」

 いきなりの提案になんて答えていいのかしどろもどろになる晶、

「ねぇ、ダメ?かなぁ?」

そう言って少し困ったような顔で晶の瞳を覗き込む清楚。

 同性でもドキリとするくらい可憐な佇まいの少女の問いかけに、

「あ、あぁ……少し……なら……」

「わぁ!ありがとう!」

 晶の言葉に、ぱぁと花が咲くように笑うと口の前で手を合わせて喜ぶ清楚。

「気になってたお店があったんだけど一人じゃ行きにくかったの。ほんと、ありがとう」

 そういうと晶の手をとってズンズンと歩いていく。

 そんな現状を改めて考えて、

……はぁ、あたしなにやってんだろう……

そう、清楚に聞こえないように小さく小さく晶は息を吐いた。

 

 

―――――

 

 

「わぁ、凄い!」

「お……おおぅ……これは……」

 広めのお皿にドンと盛られた甘味の山、『くず餅パフェ』を前に清楚と晶は対照的な反応を示す。

 

「紋ちゃんに言われて気になってたんだよね!いただきます!」

「……いただきます」

 勢いよくパフェスプーン動かす清楚となかなかスプーンの進まない晶。

「どうしたの?真奈瀬さん、甘いの嫌い?」

 それに気づいた清楚が晶に聞いてくる。

「あ!いや!そうじゃなくて……えっと、あたし、太りやすくてこんなの食べたらマズいなぁ……って」

 もっか自分の悩みの種である清楚先輩といるのが気まずくてスイーツどころじゃない、とは口が裂けても言えない。もちろん予想より『くず餅パフェ』が大きかったというのももちろんあるが……

「えぇ、真奈瀬さんスタイル抜群じゃない、腰細いし、胸だって……」

「いや、それ清楚先輩に言われても……」

「ふふふ、真奈瀬さんにそう言われるとちょっと嬉しいかも」

 そう言って清楚が笑う。とても可憐な笑顔だ。

 

 その笑顔を見て、晶のモヤモヤが大きくなる。

 そこで晶は意を決する。

 もともと考えたり、駆け引きをしたりするのが得意なタイプじゃない、隠し事も苦手だ。だから清楚に単刀直入に聞いてみる。

 

「ねぇ、清楚先輩。なんで今日あたしに声かけたの?」

「ん?」

 スプーンを口にくわえたまま清楚は小首をかしげる。そんな仕草も様になっている。

「だって、パフェ食べに行くなら誰だっているじゃん、なんであたしなのさ」

「んー」

 清楚は晶の言葉の意図を察して少し考える素振りを見せる。そしてくわえていたスプーンをさらに置くと晶の目を見て、

「お話……したかったんだ、真奈瀬さん達と。ライバル宣言しちゃったし。そう言う意味じゃ言い方は悪いんだけど、一番最初に見つけたのが真奈瀬さんだったって事」

と、清楚は答える。

 

「ということはやっぱり先輩、四四八のこと……」

「うん、好きだよ。自分でもビックリなんだけど、こんなに短期間で好きな人ってできちゃうもんなんだね。でも私の場合凄くイロイロ彼には迷惑かけちゃってるから其の辺は負い目もあるんだけど……」

「四四八のどんなとこが好きですか?」

「んー、強くて、優しくて、頼りになって……でも一番はこんな面倒くさい私と――私達と最後まで向き合ってくれたところ……かな」

「四四八と私達の能力(ユメ)のことって……」

「うん、聞いてる。でも詳しいことは教えてくれなかった。でも触りだけ聞いても尋常なことじゃないし、柊くんと真奈瀬さん達の間の絆の強さは半端なことじゃないんだなって思ってる」

「四四八のいいところ、10個言えます?」

「強いところ、優しいところ、頼りになるところ、守ってくれるところ、面倒見がいいところ、謙虚なところ、礼儀正しいところ、自分の意志をしっかり持ってるところ、友達を大切にしてるところ、本が好きなところ」

「逆にダメなところ、10個言えます?」

「う~ん、それは難しいなぁ。ちょっと子供っぽいところがある?私にはまだ見せてくれないけど……あ、あと朴念仁なところ!どうせ私の一世一代のキスも意趣返しくらいにしかとってくれてないんじゃないかなぁ。あの様子だと……」

 清楚の言うとおり、四四八は清楚のキスは項羽を大衆の前で完膚無きまでに負かせた事への意趣返しだと思っていた。それにはその後、晶や水希を含めた女性陣に延々とイヤミを言われ続けたということが原因としてあるわけなのだが……

 

 晶は自分の矢継ぎ早な質問にスラスラと答える清楚を見て、自らの――いや、自分たち戦真館の女性陣の甘さを認識した。

 晶自身、四四八と自分が結ばれないかもしれないという可能性をもっている、もってはいるが、その場合は戦真館の他の誰かだろうと思っていた。恐らく他の3人もそう思っているはずだ。四四八は自分たち4人の誰かと結ばれるはずだ……と。

 

 まったくもって甘すぎる。

 そんな保証がどこにあるというのだ。

 確かに自分たちの中には他の者が介入できないくらいに強く、固い絆がある。

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 この件に関して自分たちは戦真館の絆に甘えていると言ってもいいのかもしれない、それは培ってきた絆に対してとても、とても失礼なことの様に晶は思えた。

 

だから――

 

「いただきます!」

 晶は手をパシンと目の前で合わせてそう言うと、

「はむっ、はむっ、はむっ!」

おもむろにスプーンを手に取り、ほとんど手を付けなかったパフェを猛然と口の中に放り込み始めた。

「え?え?どうしたの?」

 いきなりの晶の行動に驚き声をかける、

「ありがとうございます、清楚先輩。清楚先輩と話して気合入りました。あたしも――あたしたちも負けませんよ、まあ、実際覇王先輩には勝ってますしね」

そう言って晶はスプーンをくわえたままニヤリと笑う。

「あー、いったなぁ。2回も負けないもんね。それに真奈せ……」

「あ!その真奈瀬さんって言うのやめてもらえません?なんか他人行儀であたしはちょっと……」

「じゃあ……晶ちゃん!あ、なら私も先輩って言うのちょっと苦手なのよね」

「じゃあ……清楚さん」

「なに?晶ちゃん」

 そう言って二人で顔を見合わせて笑う。

 

「ねぇ、清楚さん。四四八の子供の頃の話とか聞きたい?」

「聞きたい!聞きたい、聞きたい!!」

 ググっと前に乗り出して清楚が言う。

「じゃあ、その代わり清楚さんの子供の頃の話聞かせてよ」

「え?いいけど、あんまり面白いことないよ?」

「いいからいいから、じゃあ、順番。まずはあたしから――あたしらがまだ全然小さかった頃なんだけど……」

 そう晶が話し始める。

 二人はパフェが空になってもその喫茶店を動こうとはしなかった。

 

 

―――――

 

 

 外もだいぶ暗くなってきた頃、二人はようやく喫茶店から出てきた。

「あー、結構長くなっちゃったなぁ」

「ふふ、だって晶ちゃんの昔の話面白いんだもん」

「清楚さんと源氏のやつらの話も相当ですよ」

 そう言って、二人して笑う。そんな時不意に声がかけられる。

 

「ああ、晶じゃないか、こんな所でなにして……って葉桜先輩?二人でいたのか?」

「おう、四四八、ちょっとなそこでお茶してたんだ」

「こんばんは、柊くん。柊くんはどうしたの?」

「ええ、京極先輩に借りていた本を返しにいったら将棋を指さないかと言われて遊んでいたらこんな時間になってしまって」

 彦一と四四八が畳の上で将棋を指す姿を思い浮かべ、晶と清楚は吹き出してしまう。

「プッ、なんだよ四四八、それ狙いすぎだろ!」

「はは、そうそう、学園の女の子にしれたら大変だよ?」

「なんでそうなるんですか……というか、なんか仲良いですね、いつの間に……」

「四四八、親しい人が出るのに時間は関係ない――んですよね、清楚さん」

「ふふふ、そうだね」

 何か通じ合うものを二人のあいだに感じて、首をかしげる四四八。

 

 そんな不思議そうにしている四四八に晶がよってきて手を取る。そして晶はチラリと清楚を見ると。

「なぁ、四四八。今日あたしが食事当番じゃん?買い出し、付き合ってくれよ」

「ん?ああ、構わないぞ」

「サンキュー、お礼に今日は四四八の食べたいもん作ってやるよ、何食べたい?」

「え?いきなり言われてもなぁ……うーん……あ、時期もそろそろ終わりだし秋刀魚……かな」

 少し考えた四四八が思いついたというふうに答える。

「うへぇ。渋っいチョイスだなぁ。でもOK、今日は秋刀魚の塩焼きだな」

 そう言うと晶はクルリと清楚の方をみて、

「じゃあ、清楚さん今日はありがとう、また、付き合ってよね」

と、挨拶をする。

「うん、またね。柊くんも」

 清楚は小さく手を振り答える。

「じゃあ、葉桜先輩また――って、おい、晶引っ張るな」

 四四八の挨拶が終わる前に晶はグイグイと手を引っ張って進んでく。

 四四八の手を引きながら晶は首だけ振り向き、清楚にウィンクをする。

 清楚はそれに、口をとんがらかせてちょっと拗ねたように上を向いて答える。

 そして、最後に互いに小さく手を振りあって別れた。

 

――なんか今の会話、新婚さんみたいだったなぁ。

一人残された清楚が二人の会話を回想する、

 

そして――

 

「よーし、私も頑張ろう!ね、私!」

 自らの胸に向かって語りかける。

――フンッ!

 という声が聞こえる。

 そんな拗ねたもう一人の自分の声がおかしくて、一人でクスクス笑ってしまう。

 そんな様子を周りの人々が不審げな目で見る。

 

「あ、いや、なんでもないんです!」

 そう言って、顔を赤くしてその場を走り去る清楚。

 

――明日、図書室で柊くんにあえるかなぁ。

――あ、花壇に来てくれないかなぁ。

――会えなかったら会いに行っちゃえばいいのか、柊くん鈍感だもんなぁ。

 そんなことを考えながら清楚は九鬼の本社ビルへと走る。

 

 思わずこぼれる清楚の笑みは九鬼についても止まることはなかった……

 

 




個人的に一番ヒロイン力(りょく)の高いと思っている晶にスポットをあててみました。

エロ描写かいて読み直して……全然エロくなくね?と凹んだのは内緒。
まぁ、晶はそばもんの眷属だもんねエロいことされてもしょうがないよね。

次からは新章に入ります。
宜しくお願いします。

お付き合い頂きましてありがとうございます。


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飛燕飛翔編
第二十六話~共闘~


今回から新章突入です。
よろしくお願いします。


 夜、川神学園の屋上に男たちが集結していた。

 川神鉄心、ヒューム・ヘルシング、クラウディオ・ネエロ、鍋島正、そして元日本国総理大臣……

 そうそうたる顔ぶれだ、もし今この場で何かが起きてこの5人が消えたとするならば、日本の――否、下手をしたら世界のパワーバランスが崩れるかもしれない。

 しかし彼らはそんな自らの立場を気にせず、地べたにどかりと座りながら酒を酌み交わしている。

 秋もだいぶ深まっている、流石に夜は肌寒いが彼らの周りには熱気がうずまいるような気さえする。

 

「ふー、いい酒だ。香りも素晴らしい」

 ぐい呑を豪快に傾けながら鍋島が鼻からすぅと息を吸い酒の香りを楽しむ。

「そうじゃろ、ナベ。なんせ川神院特製の逸品じゃからな」

「しかし……あなたがこんな物を振舞うとは、なんかあるのですかい?」

「おい、総理大臣にもなると師匠の酒も素直に飲めんのか」

「元ですよ、元。まぁ、職業病だと思ってくださいよ」

 元総理の言葉に鉄心は、

「まぁ、少し相談事があるのは確かじゃがな」

そう、少々バツが悪そうに答える。

「それで?その相談事とやらはなんだ?俺たちも呼ばれたということは関係のない話でもないんだろう」

「ふぅ……この喉越し……癖になりそうですな。あぁ失礼、あまりにいいお酒でしたもので」

 遠慮なくグイグイと酒を干している九鬼の従者の零位と3位が鉄心に視線を向ける。

 

 皆の視線が集まったところで鉄心が口を開く。

「まぁ、そろそろ今年も終わる。そこでモモ以外の新たな四天王を正式に決めたいと思ってな」

「夏までだったら黛、松永このあたりは決まっていただろうな……しかし……」

 ヒュームの濁した語尾を、鍋島が引き継ぐ。

「おう、ここに来てとんでもねぇのが出てきたそうじゃないか。鎌倉の千信館だっけか?川神百代敗北はこっちまで伝わってきてるぜ」

「ああ、俺も映像で見たが。すげぇのが隠れてやがったな。しかも噂じゃ項羽も覚醒したって話じゃねぇか、なぁ九鬼の従者さんたちよ」

 元総理の言葉にクラウディオが答える。

「えぇ、つい先だってまでイロイロと騒動を繰り返していましたが……ここに来てだいぶ落ち着かれました。まぁ、これも先ほどの千信館が絡んでいるのですが……」

 

 そんな声を鉄心は聞きながら、

「そこでじゃ――」

と、本題に入る。

 

「儂は次代の四天王を決める大会をしようと思っている。かなり大掛かりな大会になる、そこでヒュームとクラウディオに来てもらったんじゃ」

「なるほど、九鬼をスポンサーにしようというわけか」

「よろしいかと思います。最近少々、九鬼は学園にご迷惑をおかけしていますので……」

 そして、鉄心は自らの案をほかの面々に語り始める。

 

「なるほど、1対1ではなく2対2。これは戦略性がグッと増すな。そして東方と西方の2回大会か……」

「参加資格は25歳以下……まぁ、若手の選抜っちゃあこの程度だわな」

「東方の開催は10日後、予定地は七浜スタジアム……か、少し厳しいがいけるか?クラウディオ」

「容易い事にございます。野球もオフシーズンですし、各種マスコミもこの時期はネタに窮しているので食いつきはよろしいと思われます」

 

「儂はこれを『若獅子タッグマッチトーナメント』と名付けることにした」

「ふん、面白いじゃないか。帝様、局様それから揚羽様には俺から伝えよう。恐らく了承は取れるはずだ」

「今年最後のどでかい花火を上げようじゃねぇか」

「西方の方は12月に入ってからだから、まずは10日後の東方大会の告知だな」

「この時間でも明日のニュースには間に合うでしょう、会場、賞品その他もろもろは私が責任をもって手配いたします。なに、ご安心ください完璧に仕上げてきますゆえ……」

「よし!では、皆よろしく頼むぞ」

 その鉄心の一言でこの場は解散となった。

 

 川神に今年最後にして最大の祭典が開かれようとしていた。

 

 

―――――

 

 

 全体朝礼のあと川神学園は喧騒に包まれていた。

 もちろん『若獅子タッグマッチトーナメント』の開催が鉄心から、そして詳細が九鬼の従者部隊から告知されたからである。

 

詳細は、

・テーマは『絆』。

・形式は2vs2のタッグマッチ。リングの上に両者が並びたち4人での戦いとなる。

・どちらか片方がKOで敗戦。リングアウトは10カウントまでに戻らないと敗北。

・出場資格は25歳以下の男女。ペアは自由。

・開催は東方、西方の二箇所。東方の開催日は10日後、西方はおって告知。

・東方だからと言って西の強者が出てはいけないということはない。ただ、東方で出場した者は西方への出場は禁止。 

・年明け、東方と西方の優勝者同士が戦い真の優勝者を決める。

・予選1日、決勝トーナメント1日の計2日間。

・刀剣類はレプリカまたは峰打ち。重火器は専用の弾を使ってもらう。       

・優勝者には九鬼より豪華な商品をプレゼント。詳細はWEBで。

・その他、細かいレギュレージョンはWEBを参照。

 

 九鬼が全面的にスポンサーになっているということもあり、間違いなく今年川神で……もしかしたら、日本で行われる武闘大会で一番の規模であろう。

 発表はテレビカメラも入っていて、凄まじいばかりの盛り上がりだった。

 川神学園内では誰とどう組めば優勝できるかというパートナー選びがすでに始まっており、朝礼の時よりもさらに熱気は膨れ上がっているように感じる。

 

 

―――――2-S組

 

 

 勉学のエリート集団であるS組もこの話題には流石に熱を上げているらしく、各所でパートナー選びが始まっていた。

 

「私なんかが出たら瞬殺でしょうからもちろん出ませんが……ユキはどうするのですか?」

「トーマが出ないなら僕もでなーい」

「そうですか、では一緒に応援しましょう」

「うえーーーい」

 冬馬の言葉に喜ぶ小雪。

 

「準は英雄と出るのですか?」

「おう!我も少し身体を動かさないといけないのでな」

「まぁ、英雄と一緒なら紋様にも注目されるしな」

 英雄は準と組むらしい、準の方の動機は甚だ以上に不純だが……

「準、英雄は肩を壊してます、気をつけてあげてください」

「ああ、わかってるって」

 冬馬の言葉に準が頷く。

「ホントに頼みましたよ!」

 メイドバージョンの声であずみが小太刀を突きつけながら準に念を押す。

「おまっ、それ人にものを頼む態度じゃねぇだろ。いくら25以上で出場資格がないからっ……」

「おい……タコ……おめぇ、今何か言ったか?」

 準の耳下で死神の声がする。

「いえ!なんでもありません!」

 

「心はリンコとでるんだー」

 二人で並んで相談している心と鈴子を発見した小雪が言う。

「まぁの、高貴な此方についてこられるのは、同じく高貴な我堂ぐらいじゃろうて」

「私は別にどっちでも良かったんだけど、不二川さんがどうしてもって言うから……」

「にょほほ。10日後、高貴な此方達の本当の力を見せようぞ」

 意外と面倒見の良い鈴子は心に捕まってしまったようだ。

 

「世良さんはどうされるつもりですか」

 そんな面々を少し遠くで見ていた水希に冬馬が声をかける。

「え?私?私は今んとこ興味ないんだけど……柊くんと出れるなら出てもいいかなとか思ってる」

「ん?そういえば柊の奴いないな、どこいった?」

「四四八君ならパートナーの誘いが面倒になって退散していきましたよ」

「武神をそして項羽を倒した男だからな、組みたいやつも多いだろう」

 

「そうなのか、柊くんは行ってしまったのか……」

 その言葉に義経がシュンとする。

「おや?義経さんも今回は出場されるのですね」

「おお!今回は我ら九鬼がスポンサーの大会だからな。義経たちクローンにも参加してもらう!」

「まぁ、九鬼には今まで世話になってるしね、ここで駄々こねるほど野暮じゃないよ……約一名を除いてだけど」

 そう言って本人のいない与一に机をギロリと睨む。

「べ、弁慶。与一は義経がちゃんと説得する、だから暴力はいけない……」

「まぁ、主がそう言うならいいけどね。今回の主のパートナーは与一なわけだし」

「おや、弁慶さんが義経さんの相方を務めるのではないのですか」

「まぁ、相性的にね。二人して前衛じゃバランス悪いでしょう。私は私でパートナーを見つけてきます」

「なるほど、考えていらっしゃる。其の辺はさすが武蔵坊弁慶という事ですか」

「とにかく、与一もだが義経は柊くんの戦いを間近で見たい、出来れば戦いたい。だから出て欲しいと頼みたかったんだが……」

「それは四四八君次第ですが、まぁ、彼は厄介事を進んで背負いますからね。出ないということはないと思いますよ」

 

「……」

 そんな会話を聞きながら水希は主のいない四四八の机に目を向けて――フンッといって目を逸らす。

 そんな水希を鈴子が心配そうに見つめていた。

 

 

―――――2-F組

 

 

「よおっし、豪華賞品めざして。誰と組むかなぁ」

 キャップが物色を始めている。

「俺様も参加するぜ!そして、賞品の中にあった『豪華温泉郷ペアチケット』で松永先輩を誘って……うおおおおおおお、やる気出てきたあああ!!」

「ガクトは誰と組むの」

「ふふん……俺様に死角はない、既に目星は付けてあるのさ」

 そう言ってモロにニヤリと笑う。

「クリはマルギッテと?」

「そうだ、自分とマルさんのペアなら無敵だ!なんたってマルさんは凄いからな!」

 クリスは得意げに胸を張る。

 

「いやー、皆元気だねぇ、あたしはパスだよ、パス」

「なんだよ晶でねえのか?」

「でないよ、面倒くさい。別に栄光たちが出るのは止めやしないけどな。まぁ、一子達も怪我したらあたしんとこ来な、治してやっから」

「大杉、そういうおめぇはでるのか?」

「ん?そりゃ、テレビも来るって言うしオレの栄光ロード的に出ないわけにはいかないっしょ」

「栄光くん、パートナーの目星付いてるの?」

「それは……いまから考える。最終的には四四八に頼むかなぁ」

「いや、四四八いまスゲー量の誘い受けてんだろ」

「だな、後でってのは厳しいんじゃねぇか……まぁ、出るかどうかも分かんねぇけどな。ここんとこ戦い続きだからな柊の奴」

 千信館の面々も出るか出ないかは別として興味はあるようだ。

 

「あー、アタシはどうしようかなぁ」

 そんな時、一子が声を上げる。

「京は出ないのよね?」

「うん、大和が出る時のために身体は空けておく……」

「うぅ……どうしよう」

 その言葉に机で寝ていた忠勝がムクリと起き上がったその時――

 

「とうっ!! 美 少 女 推 参 ! !」

 

 百代がどこからともなく現れた。

「ん?お姉さまどうしたの?」

 今回の大会はもちろん百代も出場できる。

 だから、今はパートナーの申込みで身動きが取れないと思っていたのだが……

 

 そんな百代の口から一子に驚くような提案が投げられた。

「ワン子。まだパートナーが決まっていなかったら……私と組まないか?」

「え?えぇっ?!で、でも、私とお姉さまじゃ強さが全然……」

 百代の言葉にピンっと嬉しそうに犬耳を立てたが、直ぐにシュンと垂れ下がる。

「なぁ、ワン子。確かにタイマンなら私とワン子じゃ相当差がある……でも今回はタッグ戦しかも テーマは絆だ。そこら辺のやつと組んでも私の力は半分も出せずにやられてしまうかもしれない。だから、今、私の力をしっかり引き出せるのは私が完全に動きを把握しているワン子だと思ってる。だから、どうだ組まないか?」

「お姉さま……」

 夢に思わなかった百代の提案に一子の目に思わず涙が貯まる。そして、

「うん!うん!!お姉さま、アタシ頑張る!お姉さまの足引っ張らないように頑張る!!」

「ようし、その意気だ。明日から朝の鍛錬に連携の練習を組み込むぞ。ついてこいよ」

「うん!うん!!ありがとう、お姉さま!!」

そう言って一子は百代の胸に飛び込む。

 

 それを見ていた忠勝は自分の役目はないなとばかりに睡眠の体勢に戻ろうとする。

すると、頭上から声がかかる。

 ぶっきらぼうな、言葉をちぎって投げているようなそんな声だ。

「なぁ、おい。俺はまだちょっとリハビリが必要みたいでな。悪ぃけど、付き合ってくんねぇか?」

 顔を上げると鳴滝がそっぽを向きながら忠勝に声をかけていた。

 恥ずかしいのか、少し口がとんがっている。

「あ?なんだ、仕事の依頼かよ?俺は高いぜ」

 そういって、忠勝は鳴滝に笑いかける。

「友達価格にしといてくれよ」

「考えとくよ」

 そう言うと、お互いにフッと笑って、拳をゴンと軽くぶつける。

 

 その喧騒を面白そうにそして興味深そうに眺めている大和の元にメールが来る。

 

送信者 松永燕

相談があるんで、至急、屋上まできて!

お願い(>人<;)

 

 それを見た大和は首をひねる。

――はて、自分に何のようだろう。自分と出ても何のメリットもないだろうに

 ただ、相談自体には興味があったので。

「ちょっと外すわ」

 そう仲間たちに声をかけてクラスから出て行った。

 

「……」

 その背中を京がジッと見つめていた。

 

 

―――――屋上

 

 

「ごめん!わざわざ呼び出しちゃって」

 燕は開口一番手を目の前でパンと合わせて謝ってきた。

「全然、それで相談ってなに?」

「うん、予想はしてると思うんだけどタッグトーナメントの事なんだ」

 燕は大和に向き直り言ってきた。

「タッグトーナメントって……俺じゃパートナーとしては役に立ちませんよ?」

「あ!そこまで迷惑かけられないよ、だから、手伝いして欲しいんだ」

「手伝い?何のです?」

「……打倒・柊四四八、の」

 すっと真剣な顔になると燕は真面目な声で宣言した。

「柊を倒す?本気で言ってるんですか?」

「うん、本気も本気、真剣(マジ)です。だって今回はタイマンするわけじゃないんだよ?こんなチャンス多分二度とないと思うんだよね」

「……なるほど、実力差が通常よりも開かないし、戦術、戦略の入る余地が大きい、ということですね」

「正解!頭のいい子、お姉さん好きだぞー」

 そう言って燕は大和の頭をなでなでする。

 

「ちょ、ちょっと、やめてくださいよ」

 大和はそんな燕に抵抗しながら考える。

――柊を倒す。

 改めて考えてゾクリとした。

 なんとも心揺さぶられる挑戦だ。

 直接的じゃないにしろ自分の憧れであるあの男に一矢報いることができるなら、それは自分の大きな自信になるんじゃなかと、そんなふうに大和は考えた。

 それに燕自身、本当に本気なのだろう。

 燕が転校してきた当初、大和は大分ちょっかいをかけられた。

 今からしてみればそれは百代への牽制の意味が強かったのではないだろうか。

 だから、百代が四四八に負けて自分の利用価値というのは燕の中で大分下がったはずだ、そんな自分に燕が声をかけてきたということは、なりふり構わず本気で柊を倒そうとしているのだ、そう大和は思った。

 そんな彼女を応援してあげたい気持ちもあり。

 

「わかりました、お手伝いしますよ。燕さん」

「ホントに!ありがとう!!やっぱ大和くんは頼りになるなぁ」

 そう言って今度は大和をギュウと抱きしめる。

「ちょっと、ちょっと、わかりましたから。いったん離れましょう」

「なーに、いつも、ももちゃんにはやられてるくせに意外とウブなんだから」

 そういって燕は手を口に持ってきてクスクスと笑う。

 

「もう、からかってないで話を進めましょうよ、時間あんまりないですよ」

「ごめん、そうだね」

「で、俺は具体的に何をすればいいんですか?」

「大和くんにはまず、2つお願いしたいことがあるんだ」

「お聞きしましょう」

 二人は顔を近づける。

「まず一つは柊くんを大会に出場させること。そしてその時にパートナーは千信館の人間じゃない人にすること」

「まぁ、柊が出場しないんじゃ意味ないですしね。後半の方は……せっかくタッグのデメリットが出るところなのに既に連携が完成されてる千信館の人間と出るとそのデメリットが帳消しになっちゃうってとこですかね」

「OK、わかってるじゃない」

「これ千信館の人間じゃなきゃ誰でもいいですか?」

「うん、強くないに越したことはないけど……まぁ、誰でもいいよ」

「極端な話、姉さんでも?」

「うん、極端な話ももちゃんでもいいくらい」

 燕は四四八と百代が組むよりも、四四八と千信館の誰かが組む方が難しくなると思っているようだ。

 

「わかりました、じゃあ2つめは?」

「2つめは私のパートナー探し、出来れば千信館の誰かと組みたい」

「それは、なぜ?」

「千信館の人なら、柊くんをよく知ってるし戦い慣れてると思うから。それに連携というものに慣れてるというのもある。でも私は3年で千信館の人たちとは面識がないから大和くんに仲介してもらいたいんだ」

「わかりました……なかなか難しいミッションですね」

「うん、だから大和くんに頼んでるんだ」

「最後にひとつ聞いていいですか」

「なに?」

「俺がこんなふうに動いて、それは反則になりませんか?流石に九鬼の従者の目を盗んでこの手の話ができるとは思えないんですけど」

「其の辺は大丈夫!WEBでレギュレーション確認したけど、試合以外で外部の協力を禁止した項目はなかった」

「マネージャー、セコンドに関しては特に制限はないわけですね」

「うん」

「わかりました、その2つ取り敢えず動いてみます。放課後連絡しますね」

「ありがとう、大和くん。本当に」

「お礼はこの2件と最後に柊にちゃんと勝ったら貰います」

「ご褒美用意しとくよ!」

「楽しみにしてます」

 そう言って携帯をいじりながら、大和は屋上をあとにした。

 その一部始終を京に聞かれているとも知らずに……

 

 大和は階段を下りながら携帯を操作する。

 

 ブルル、

持ってる携帯が震える。

 さっき送ったメールの返信だ。差出人は四四八……

――柊はいま図書室に避難してるのか。

 それを確認した大和は再び携帯をいじり耳に当てる。

 

「あ、もしもし、覇王先輩ですか?……あ、すみません今日は清楚先輩だったんですね。いや、トーナメントのことでパートナー探してるんじゃないかなと思って……えぇ、えぇ、ですよね。その柊ですけど今、図書室に避難してるみたいですよ。はい、はい、清楚先輩が言えば断りませんよ、大丈夫ですって。いえ、いえ、じゃあ……」

 大和は電話を切った。

 おそらくこれで四四八は覇王(清楚)先輩とトーナメントに出ることになるだろう。柊のあの性格だ清楚に押されれば十中八九折れるだろう。

――次は燕さんのパートナーだな……見たところあの人しかいないんだけど……放課後声をかけてみるか。

 

 そう考えながら、大和は教室へと戻ってく。

 

 柊四四八が項羽とタッグを組んだという報は、昼休みの川神学園に衝撃を与えた。

 

 

―――――

 

 

 放課後校門付近。

 一人の少女が少し足早に校門をくぐり抜けていった。

 なにか少しでも早く学園から離れたい、そんな意志が見て取れる。

 事実、少女――世良水希は機嫌が悪かった。

 水希自身機嫌の悪い理由は解っている。

 四四八がタッグの相手として、自分ではなく他の女性――清楚先輩を選んだからだ。

 もちろん選ぶのは四四八の自由だからいいのだが、清楚は水希が四四八にタッグを申し込むより前に図書室にいた四四八を見つけて口説き落とした。それがなんとも歯がゆい。おそらく自分が押せば四四八は一緒に出てくれただろうという半ば確信めいたものもあるだけに、悔しい。

 さらにそれが先だって四四八にキスをして、自分たちにライバル宣言をした清楚だというのも悔しさに拍車をかけている。

――あーー、なんか甘いものでも食べて帰ろう。

 そうでもしないと落ち着かない。

 

 そんなことを考えていると……

 

「世良さん!」

 水希の背中に声がかかる。

 振り向いてみると大和が息を切らせながら走ってきていた。

「直江くん?」

「はぁはぁ、いや、流石にもう帰ってるとは思ってなくて……世良さん、ちょっと話があるんだけど付き合ってもらえない?」

 その言葉に水希は少し考えて、

「いいよ、でも私いま、すっっっっごくスイーツな気分なんだ。オススメある?」

「じゃあ、商店街の『くず餅パフェ』なんてどう?結構なボリュームでだよ」

「む、それはまだ食べたことがない。OKそこにしよう」

「了解ー」

そう言って二人は商店街へと向かっていった。

 

 

―――――喫茶店内

 

 

「でさ、それで柊くんなんて言ったと思う?」

 口をくず餅とアイスでいっぱいにしながら水希がしゃべる。

「さぁ、なんて言ったの?」

 大和そんな水希の話――愚痴を聞きながらホットコーヒーをすする。

 因みにこの四四八に関する愚痴と聞き方によってはノロケにも聞こえるものを30分も大和は聞き続けている。

「俺は今疲れているんだ……だからお前のパンツなんて心底どうでもいいんだよ……ですって!」

 若干四四八の口調を真似して水希が言う。

「おぉ……それは凄いな……」

「しっつれいしちゃうよね、乙女心なっっっにもわかってないんだもん!あの朴念仁!!」

 そう言って自分の言葉に興奮したのか、再び皿のパフェを口の中に猛烈な勢いで運んでいく。

 こんな姿でもなんとも愛らしく見えるのだから、美人は得である。

 

「それでその柊は清楚先輩と組んじゃったしねぇ」

 白々しいとは思いつつ、大和はいう。

 その言葉にピクッと水希の身体が止まる。

「世良さん、今回の優勝賞品の内容みた?」

 フルフルと水希は首を横に振る。

「色々あるんだけど、目玉の一つは『豪華温泉郷ペアご招待券』」

 その言葉にバッと水希が顔を上げる。

 口はハムスターのように膨らんでいる……

「まぁ、柊も賞品がなにかはわかってなかったと思うけど。これで清楚先輩と柊のペアが優勝しちゃうと二人で温泉郷へ……なんてこともありえちゃうんだよね」

 それを聞いた水希はビクンと雷鳴にうたれたように身体を動かし、ごくんと口の中にあったくず餅を飲み込んだ。

「それ、ほんと?」

「ホントだよ、賞品内容見せようか?」

「いや、いい、後で確認してみる」

 そう言って水希が黙る。

 

 頃合だな、そう思い大和が本題を切り出す。

「そこで……こういうやり方での誘い方はあんまりよくないとは思ってるんだけど、今、本気で柊を倒そうと思っている人物がパートナーを探しているんだよね。世良さんその人のパートナーにならない?」

「え?私が?」

「うん、世良さんパートナー決まってないでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「今の聞いて、世良さんが柊のことどんな風に思ってるか大体わかったからさ。だったら指くわえて見てる訳にもいかないんじゃない?」

「……」

「こんな風に煽って悪いとは思ってるんだけど。どう?その人と話だけでもしてみない?」

「うん、わかった。一回会ってみる」

「ありがと、んじゃ呼び出すね」

 そう言って大和は携帯を手馴れた感じで操作した。

 

 数分もせずに燕がやって来る。

「松永先輩……?」

「燕でいいよん、水希ちゃん。あ、水希ちゃんでいい?」

「ええ、いいですよ」

 二人が挨拶を済ませると、横にいた大和が伝票を持って立ち上がる。

「じゃあ、あとは任せますよ燕さん。世良さんあとは燕さんと話して。俺の役目はここまで、じゃあね」

「大和くんサンキュー、いい仕事してくれたよ。また連絡する」

 そんな言葉に伝票をヒラヒラさせて大和は挨拶をする。

 

 大和がいなくなったのを確認すると、燕は水希に向き直って話をはじめる。

「大和くんから大体のことは聞いてると思うんだけど、私は今回のタッグトーナメントで柊くんを倒したい」

「それは、なんでです?」

「今や柊くんは武芸者の間じゃ注目の的だよ。武神と項羽を討ち取ったんだから。私はいろんな事情があってね家名をあげたいんだ、だからその為に打倒・柊四四八を掲げてるの」

「……」

「そして水希ちゃんも違う理由で柊くんを止めたい。違う?」

「……」

「私達の利害は一致してると思うんだけどな」

 そういって燕は水希の瞳を覗き込む。

 

 水希は花壇での清楚のキスを思い出していた。

 これで大和の言うように二人で温泉旅行などに行こうものなら、もはや取り返しがつかなくなってしまうのは明白だ。

 自分の前から四四八がいなくなる。

 千信館のほかの誰かじゃなくて、どこの馬の骨とも知らぬ女に四四八が寝取られる。

 

――絶っ対にやだっ!!

――絶っっ対にやだっ!!!

 

 だから――

「わかりました、燕……さん」

「なに?」

「私、柊くんを、止めます!」

「よっし!同盟成立!!よろしく、水希ちゃん!!」

 そういって燕は手を差し出す、

それを水希はグッと握り締める。

 

 外はもう暗くなり始めていた……

 

 




活動報告には源氏と書いたのですが、申し訳ありません。
流れ的に燕編がしっくりきたんで、燕編の開始です。

タッグトーナメントが西方、東方に分かれてるのは作者側の都合です。
統一にしてしまうと天神館が入ってきてしまい、千信館を入れた状態で、
16チームに絞ることが難しくなってしまったので二つに分けるという設定にさせていただきました。

天神館はのちのちしっかり出す予定ですので、もうしばらくお待ちください。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第二十七話~結成~

覇王様編になって感想がちょっと減ってきてて、
あーマンネリしちゃったかなぁ、とか悩んだんですが、
前々回、前回とたくさんの感想をいただいたのを見て、

……もしかして覇王様が人気な……いや、なんでもないです or2


 時間は少しもどる……

 燕と水希がペア契約を結んでいる頃、川神全体で次々と有力ペアが結成されていった。

 

 

―――――

 

 

 栄光は親しくなった大和田伊予の呼び出しを受けて指定の場所へと急いだ。

「あ、大杉先輩! こっちでーす」

 栄光を見つけた伊予が大きく手を振る。

「あ、わりぃわりぃ、やっぱまだ慣れなくってさ」

 そう言って栄光は手を縦にして謝りながら伊予のもとへやって来る。

「広いですもんねぇ、川神学園。でも、大丈夫ですよ。ねぇ、まゆっち」

「は、はい! そんなに待ってはいませんので、ご心配には及びません!!」

 伊予に話をふられこわばった顔で返事をする由紀江。

 

「まゆっちリラックス、リラックス……これからパートナーになるんだからさ」

「そうだぜ、まゆっち……生死を共にするバディ! だ……失礼があっちゃあいけねぇ」

「……なぁ、いま。その馬のおもちゃ、しゃべった?」

 松風の言葉に怪訝そうに聞く栄光。

「この子は松風っていうんです」

「そそ、松風、松風」

「オイラ、松風だ。よろしくなエイコー」

「お、おう……よろしく……な」

 由紀江と伊予の普通な返しと再びしゃべった松風にいつもの調子とはまるで違う返答しかできない栄光。

 

 深く考えてもしょうがないか、と切り替え栄光は由紀江に向き直る。

「取り敢えず伊予ちゃんの連絡できたんだけど、由紀江ちゃん?でいい?」

「あ、はい、大丈夫です」

「由紀江ちゃんタッグトーナメントでたいってことでOK?」

「はい、武芸者の大会ですし、武士娘として腕試しをしたいので……ただ……」

「ったく、タッグトーナメントなんていう、ふざけたルール考えたやつ誰だよ。クラスで『はい、好きな子どうしで班つくってー』って言って取り残されるやつの気持ち考えろってんだ」

 由紀江のあとを松風が引き継ぐ。

――あ、おまえ普通に会話に入ってくるのね、

と、若干引く栄光。

「と、とにかく、一年ではまゆっちの実力に見合うパートナーがいないんですよ。風間ファミリーの皆さんは他で組まれてしまってるそうですし」

 そこをうまい具合に伊予がフォローする。

――伊予ちゃん良い娘だねぇ、と松風が褒める。

「なるほどねぇ、んで、伊予ちゃんの知り合いのオレに声をかけてきた、と」

「ですです、大杉先輩は、あの覇王先輩撃破の一人じゃないですか! まゆっちと組めば絶対優勝できますよ!」

「で、由紀江ちゃんは? オレと組んでOK?」

「は、はい! 私も千信館の方々からは色々学べると思っていますので、大杉先輩がよろしければ、是非!」

「まー、オレに四四八とかと同じこと求められても無理だけど……」

 栄光はそう言うとすっと右手を出し、

「でも、出るからには優勝目指してば頑張ろうな! 由紀江ちゃん!!」

そういってニカッと笑う。

 それを見た由紀江も少し顔をほころばして、

「はい、ありがとうございます。黛由紀江、精一杯頑張ります!」

そういって栄光の手を取る。

「わー、まゆっちも大杉先輩も頑張って! 私、応援に行くから!ホームだし、ホームだし!!」

「大事なことだから二回言ったんだなぁ」

 伊予の声援と松風のツッコミに囲まれて、ここに大杉栄光と黛由紀江のタッグが完成する。

 

 

―――――

 

 

「与一ーー! 与一ーー!」

 義経はパートナー予定者である与一を探して歩いている。

 しかし与一は見つからず、花壇で一人途方にくれていた。

「うぅ……どうしよう、これでは義経はトーナメントに出れない……今回の大会は義経達のお披露目も兼ねてると、義経は自覚しているのに……」

 

 そんな義経にスススッと近づく影、

「お困りですか?」

京だ。

 

「椎名京さん?」

「ふふふ、話は聞かせてもらった!ここは私、天下五弓の一人、椎名京が助太刀します!」

「ほ、本当か? それはとても心強いんだが……でも、与一が……」

「もう、すぐ大会だよ? こだわってる場合じゃないんじゃないかな?」

 そんな京の言葉に考え込む義経。

 

「……うん、そうか、そうかも……」

 そして、うん!と頷いて京を見る。

「椎名さん、義経と組んでくれるか?」

「もちろん、与一には飛距離じゃ負けるけど、命中精度じゃ負けない自信がある」

「おお! 凄い! では義経が切り込んで、椎名さんは援護をお願いする」

「らじゃー」

 そういって京はビシッと敬礼をした後、口に手を当てていやらしく笑う。

「あの調子だと松永先輩が勝ったら十中八九、大和とくっついてしまう……くっくっく、大和の協力しているペアなど、私の情愛で叩き潰してやるのさ!!」

「な、なんだかわからないが、気合十分だな。よし、義経も負けないぞ!」

 こうして源氏と天下五弓のペアが完成する。

 

 

―――――

 

 

 放課後の屋上、夕日が屋上を赤く、朱く照らしている。

 そんな紅一色の屋上に与一は一人、柵に寄りかかり夕日を見ていた。

「夕方は逢瀬の時……俺の魂が疼くぜ……」

 与一は義経を避け続けて今に至る、九鬼に帰ればまた義経や弁慶と顔を合わせることになりそうなので、出来る限り学園で時間を潰している。

 

「まったく何がタッグトーナメントだ、面倒くせぇ……黄昏はこんなにも、美しいのにな……時よ止まれ、君は誰よりも美しいから……」

 黄昏と言う言葉から連想し、与一は神座大戦の中でもトップクラスに入るであろう名台詞を呟く。

 その時――

「あなたに恋をした――」

 与一の後ろから芝居がかった少女の声が聞こえる、

「あなたに跪かせていただきたい、花よ……」

自らの台詞を受けて紡がれたであろう台詞の終わりに与一が振り向くと、そこには一人の少女――龍辺歩美が立っていた。

 

 再び歩美が口を開く。

「俺達は永遠になれない刹那だ。どれだけ憧れて求めても、幻想にはなれないんだよ……」

 そう言って与一の方をチラリと見て一歩、与一へと進む。

 その視線を受けた与一は、

「飽いていればいい、飢えていればよいのだ。生きる場所の何を飲み、何を喰らおうと足りぬ。だがそれでよし……」

そう言って与一も一歩前に出る。

 

 今度は与一が口を開く、

「魅せろ新鋭――主役を気取りたいんだろうが! その何たるか、先人 (おれ)が教えてやるから掛かって来い!」

それを言い終わると一歩前に出る。

 それを受けて次は歩美が口を開く、

「信の在処は互いの裡だ。示すための言動さえ、人は容易く偽れる。与えられた言祝ぎの数々、その真贋をどうやって見極める。思い上りではないのだと、証明することができるのか……」

そう言って歩美一歩前に出る。

 

 歩美の目の前に与一がいる。

 与一の目の前に歩美がいる。

 そして――

 

 ガシッ! と二人の右手が重なる。

 固い……硬い握手だ……

 二人の視線がぶつかる。

――やるね。

――お前もな。

 そんな言葉を視線で語る。

 

 ここに、最強の遠距離タッグが完成した……

 

 

―――――

 

 

 九鬼の鍛錬所、李が床に暗器を並べて手入れをしている。

 そこにクラウディオが通りかかる。

「おや、李。暗器の手入れですか?」

「あ、こんばんは。ステイシーにタッグトーナメントに誘われましたので」

「おお、あなたも出場されるのですね、良いことです」

 直属の部下のトーナメント出場を聞き、クラウディオは相好を崩す。

「私は暗殺専門ですので、本当は人前で技を使うのはあまりよくないと思うのですが……」

「見られて防がれるようでは三流ですよ、李。それにあなたはもう、かつてのあなたではない。自らの技のことだけを考える必要もありません」

 そっと目を伏せる李に、クラウディオは諭すように言葉をかける。

「そう……ですか。そう……ですね」

「今回のタッグトーナメント、なかなかに面白い人材が集まっています。きっと良い勉強になると思いますよ」

「楽しみです」

「どれ、私も手伝いましょう。どれをやればよろしいですか?」

「ありがとうございます。ではその含針をお願いします」

 そう言って上司と部下、二人の従者は和やかに暗器の手入れに勤しんだ。

 

 その横では李の相方であるステイシーが自らの上司であるヒューム・ヘルシングに画面端に叩きつけられ、ピヨっていた……

 

 

―――――

 

 

 九鬼の大食堂。

 珍しくクローンだけでなく、九鬼の人間も混じって食事をしていた。

 豪華絢爛な食堂とは反比例して、各人に並べられている食事は白米と味噌汁におかずが数種類となんとも質素……というか家庭的だ。

 この辺が他の成金と九鬼の大きな違いなのかもしれない。

 

「おお、そういえば皆はもうタッグトーナメントのパートナー選びは終わったのか?」

 中央に座っている揚羽が秋刀魚を綺麗にほぐしながら口を開く。

「はい、姉上。我は井上と出場します」

「兄上! 我は兄上を応援します!」

「そうか!紋の声援があれば百人力だな!フハハハハーーー!」

「まぁ、確かに井上のやつは紋の声援があれば百人力だろうな、物理的に」

 英雄と紋のやりとりを聞いた弁慶は苦笑しながら呟く。

 

「義経たちはどうなのだ、タッグが決まっていないなら従者部隊の誰かを連れて行っても良いぞ」

 揚羽は次に源氏の面々に話を振った。

「義経は天下五弓の一人、椎名京さんと組みました!」

「ほう、義経と天下五弓かなかなか相性のいいペアじゃないか」

「私は板垣辰子って逸材を見つけましたよ。私、今回、結構自信あります」

「弁慶がそれほどまでに自信を見せるとはな、これは面白い」

 そして、揚羽は黙っている与一に声をかける。

「おい、与一。お前はどうなんだ。流石にペアが決まってなくて不出場などとは言わせんぞ?」

「俺は今日……同志に出会った……あのレベルの魂の邂逅は、兄貴以来だ……」

 与一は味噌汁の茶碗を持ったまま恍惚といった表情で虚空を見つめる。

「そ、そうか……ま、まぁ、ペアが組めているならそれでいい」

 

 そして揚羽は最後に清楚に、

「清楚は……百代を倒した柊四四八と組むのであったな。随分と競争も激しかったろうに」

 その言葉に、

「ふふふ、情報提供者がいたんです。私、絶対優勝しますよ。なんたって柊くんと一緒ですからね」

そう言って自信有りげに胸を張る。

「それで、清楚さん。優勝してどうするの?温泉、柊と行っちゃうわけ?」

 ニヤニヤと笑いながら弁慶が茶化す。

「そ、そんなのわからないよ、柊くん、一緒に行ってくれるか……わからない……じゃない」

 清楚はモジモジとしながら返答する。

「って事は、誘うことは決定なのねー」

「ちょ、ちょっと弁慶ちゃん!」

 その言葉に顔を真っ赤にして立ち上がる清楚。

 

「おい、清楚はしたないぞ。お前らしくもない」

「そうだぞ。それに確かに柊は強い、だがこれはタッグトーナメント。どんな不確定要素があるかわからない。皮算用をしている暇があるのか?」

「……ごめんなさい」

 揚羽と英雄の言葉に、清楚はバツが悪そうに座りなおす。

 そして、思い出したように、

「あ、そうだ、それで私、柊くんと練習するために九鬼の鍛練場を使いたいんですけど、いいですか?」

その清楚の質問に、

「ふむ……通常は九鬼の関係者しか使えないのだが……」

と、揚羽が少し考えるような素振りを見せると。

「よろしいのではないでしょうか。最近九鬼は柊様に随分とご迷惑をおかけした経緯もありますし、なにより彼の強さは従者の若手のいい刺激になると思われます」

 そう、英雄のお代わりをよそっていたクラウディオが提案をする。

「なるほど、クラウディオが言うのなら……。確かに我も噂の柊四四八、間近で見たいという気もする……よし、清楚、父上と母上には我から伝えておこう。鍛練場好きに使うといい」

「ありがとうございます!」

(なんということだ! 未だ学生の身でありながらクラウディオさんからこんなにも高い評価をもらっているとは……柊君! 俺は、俺は、君を尊敬する!!)

 扉の前に控えている小十郎が拳を握りフルフルと震わせている。

 

「なら、我も井上を呼び鍛練場に赴こう! 柊と練習というのも悪くない」

「私は手の内ばらしたくないしなぁ、どこでやろうかなぁ」

「義経は学園で練習するぞ!」

「魂と魂は惹かれ合い、そしてお互いを認識するんだ……」

 

「フハハ、皆、気合十分じゃな!」

「うむ!いい傾向だ!」

 九鬼の賑やかな食卓はこうして過ぎていく……

 

 

―――――

 

 

 川神市、工業地区にあるアパートの一室に板垣兄弟が食卓を囲んでいた。

「ふん、こんな大規模な大会がある時にリュウが帰ってきてるとはね、なかなか運がいいじゃないか」

 亜巳が茶碗を傾けながら言う。

「まぁ、パートナー探す暇はなかったからな、アミねぇと組むことになっちまったが、まぁ、変な奴と組むより良いだろう」

「リュウ、足引っ張るんじゃないよ」

「へいへい、わかってるよ」

 竜兵は亜巳の言葉に素直に頷く。

 

「わたしわねぇ、武蔵坊弁慶と組むことになったよー」

「ウチは羽黒って奴だ!結構骨のある奴だったぜ!!」

 残りの二人の姉妹もそれぞれにパートナーを決めたらしい。

 

「おう、揃ってるじゃねぇか」

 そこに無精ひげの男――釈迦堂がのそりとやってきた。

「なんだよ、師匠、飯時にきやがって!いくら師匠と言えどやるおかずはねぇぞ!」

 そう言ってがるると天使が自らの皿を抱えて威嚇する。

「ちげぇよ、ちょっとタッグトーナメントで臨時収入が入ってな、まんじゅう買って来てやったんだ」

 そう言って釈迦堂は手に持つ紙袋を掲げる。

「おう! なんだよ、それならそうと早く言えよ! ヒャッホー! 愛してるぜ、師匠!」

 目にもとまらぬ早さで釈迦堂の持つ紙袋を奪い取ると、ガサガサと中身をあさる。

「おい、天。食べ終わってからにしな」

 亜巳はそう言って天使を諌める。

 

「師匠も出場……は出来ないだろうから。審判か何かかい?」

「ああ、まぁ、審判兼観客のボディーガードだな」

「どうだい、なにか有力チームの情報とかはないのかい?」

「俺は雇われだからな、そこまで詳しい事はわからんが。まぁ、今話題の千信館の連中も出るらしいってのは知ってるぜ」

 その言葉を聞いた竜兵が、

「ほお、んじゃ、あのデカブツも出やがるのか」

そう言ってニヤリと笑う。

「むぐむぐ、んっぐ、あのちみっこ当たったらぶっ殺す!」

 天使はまんじゅうを頬張りながら顔を真っ赤にしている。

 

「おうおう、気合い十分じゃねぇか。ま、賞品目指してせいぜいガンバンな。応援ぐらいはしてやるぜ」

「えー、師匠もでよーよー」

「いや、年齢制限あるからな」

「えーー……Zzz,Zzz」

「いや、この会話の流れで寝るなよ!」

 

 板垣兄弟全員の揃ったの食卓はいつもと同じく賑やかだった……

 

 

―――――

 

 

「へー、キャップはクッキーと組むんだ……なんか意外。もうちょっと、インパクトあるところ攻めてくると思ってた」

 風間ファミリーの基地でキャップのパートナーを聞いた大和が素直な感想を述べる。

「まあ、確かにチョイスとしては面白くなかったかもしれないけど、優勝したいからな!」

「なんだよなんだよ、面白くないって酷いじゃないか!」

 その言葉にクッキーが反応して変形する。

「私の鍛え抜いたクッキー・ダイナミックの最初の餌食になりたいのかマスター」

「……クッキー、パートナーやっつけちゃだめでしょ」

 変形してライトサーベルを振り上げるクッキー2を京が諌める。

 すると、先ほどと同じく機械音をさせながらクッキーは再び変形する。

「まぁ、京がいうならしかたないけどさ……」

「キャップもさ、パートナーになるんだから仲良くしなよ」

「ヘーイ」

 大和の言葉にキャップが返事をする。

 

「それにしてもガクトのパートナーはあの長宗我部だったとはなぁ」

「ふん、筋肉と筋肉は惹かれあうのさ……」

「……やだな、その惹かれあい方」

「でも、長宗我部も男気あるよね。どう見ても姉さんいるし東方の方が厳しいのわかってるのにガクトの要請に答えたわけでしょ?」

「大和、筋肉でつながった友はそんな打算は存在しないのさ」

「……それもいやな繋がり方だな」

 

「それで、クリがマルギッテでしょ、アタシはお姉さまと、キャップがクッキー、ガクトが長宗我部くんでまゆっちが……」

「大杉くんだったな!」

 一子の整理をクリスが引き継ぐ。

「大杉かぁ、あいつどんな感じなんだろうな。強いって感じも傍から見るとしないんだけどな」

「覇王先輩の一戦見ると、なんというかトリックスターって感じだよね」

 大和は自分の持っている感想を口にする。

「いーじゃねーか、トリックスター。オンリーワン! って感じでさ!」

「……と言う事は前衛のまゆっちとは相性がいいかもね」

「はい! がんばります!!」

「テレビデビューで友達ゲットだぜ、まゆっち」

 京の感想に由紀江が嬉しそうに答える。

 

「それにしても、京さんがまさか義経さんと組むとは」

「……クックック。大和の好きにはさせないよ」

「なに? 弟、お前出場するのか?」

 京の言葉に百代が身を起こす。

「しない。出場はしないよ、ただ、燕さんのサポートさ」

 百代の質問に大和が答える。

 それを聞いた百代はクイッと眉毛を上げて、

「ほう……それで、燕は誰と組むんだ?」

「世良さん。千信館の世良水希さんだよ、たぶんね」

「なにーーーっ!!燕先輩と水希さんのペアとか最強じゃないか!! 容姿的に!! や、やばい……対戦したら俺様は自分を抑えられないかもしれんっ!!」

ガクトが鼻の下をのばしながらハァハァと荒い息を上げる。

「確かに絵になる二人だね」

 ガクトの言葉にモロが反応する。

「なるほど……燕に水希ちゃんか……そこに大和がサポートに入るという事だな。燕の奴め、本気で柊を獲りに来たな」

「あ、やっぱわかるんだ」

「まぁな、私が見た限り布陣としては隙がない。柊の相方が清楚ちゃんと言う事も考えるとチャンスはあると思う……大和、お前が動いたんじゃないのか?」

 そう言って百代は大和を見る。

「その辺はノーコメント。柊倒すだけじゃなくて優勝狙ってるからね、そうしたら姉さん達も倒さなきゃならないわけだし」

「ほう、柊だけじゃなく私も獲りに来るか。ふふ、燕らしいな」

「だからーーっ!」

 その百代の言葉の後に京がいきなり声を上げる。

「だから、私は義経と組んだのさ。クックックッ、大和、大物ばかりに目が言ってると足元すくわれるよ」

 そう言って京はニヤリと笑う。

「ご忠告ありがとう、気をつけるよ」

「え!? お礼に結婚してくれるの!! ありがとう!! 大和っ!! 私も愛してるっ!!」

「いや、言ってないからね、落ち着こうね」

 グググッと詰め寄る京から身体をそらせながら大和は逃げる。

 

「こうやってみると僕だけ完全な外野なんだね」

 少し寂しそうにモロが言う。

 それを聞いた大和は、

「いいじゃないか、完全外野。それにモロは有力ペアとこんなに近いんだ。こんな大きなイベント、内情知りながら外から見れるなんてなかなかないぜ。それにファミリー内で誰も応援がいないってのも寂しいしな」

「そっか……そうかもね。うん、皆の分も僕が応援してるから頑張ってね」

 

 はい! おう! よっしゃ! 任せとけ!

 モロの言葉に反応してファミリー内から了解の言葉が飛び交う。

 

 様々な思いが交錯しながらタッグトーナメントは近づく。

 トーナメントまであと10日……

 

 

―――――おまけ

 

 

タッグチームまとめ。

1、 柊四四八・葉桜清楚(西楚の覇王)

2、 川神百代・川神一子

3、 松永 燕・世良水希

4、 黛由紀江・大杉栄光

5、 源 忠勝・鳴滝淳士

6、 不死川心・我堂鈴子

7、 ステイシー・コナー・李静初

8、 クリスティアーネ・マルギッテ

9、 九鬼英雄・井上 準

10、 板垣辰子・武蔵坊弁慶

11、 源 義経・椎名 京

12、 島津岳人・長宗我部宗男

13、 那須与一・龍辺歩美

14、 風間翔一・クッキー

15、 板垣亜巳・板垣竜兵

16、 板垣天使・羽黒黒子

 

以上

 

 




何か足りないと思ったら四四八が2話ぶっ続けで一言も話してない……

歩美と与一のシーンは書きたくて書きたくてたまらなかったのを、
やっと書くことができました。
感想のコメントで頂いたアイディアを使わせていただいてます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第二十八話~修練~

戦真館ペアチーム発表時の皆様の反応。

四四八×清楚 → モゲロ、四四八、モゲロ
 燕 ×水希 → ほうほう、なるほどなるほど
 鳴滝×忠勝 → キターー!ベストカップル、キターーー!!
 栄光×由紀江→ これ優勝候補じゃね
 歩美×与一 → 厨二乙wwwwwwwwwww
 鈴子×心  → 無反応…… 無反応!!!!!!!!


 タッグトーナメント開催告知から数日。

 日に日に高まる期待とともに、人々の話題にのぼる割合も増えていく。

――優勝候補はやはり武神だろう。

――いやいや、武神を負かした人間も出るそうだ。

――東ではあまり知られてないが、納豆小町は西では不敗だ。

――剣聖黛11段の娘も出るらしい。

――源氏クローンの公式戦初参加も見逃せない。 Etcetc

 そんな中、タッグトーナメントの出場者は短い時間を使い、互の連携を深めたり、敵の情報を収集したり、作戦をねったりと様々な動きを見せていた。

 

 

―――――PICK UP 柊四四八・葉桜清楚―――――

 

 

 鍛練場では手の空いた九鬼の従者たちが思い思いに鍛錬をしている。

 そこにジャージ姿の清楚に連れられて四四八がやって来る。

「これは……凄いですね、大型のジムでもここまで揃ったものはなかなかないんじゃないですか?」

 九鬼に来てから驚きの連続だが、鍛練場に関してもその驚きは続いていた。

「ふふふ、九鬼の従者部隊の皆さんが鍛えるところだからね」

 驚いている四四八を見るのが楽しいのか清楚が嬉しそうに返す。

 そんな時、鍛練場の中から声をかけられる。

「フハハハハーーーー、柊か!よく来たな、遠慮するな思う存分使うがいい!」

「よお、柊、来てたのか。なぁ、つかぬことを聞くが紋様見なかったか?」

 先に鍛練場にいた英雄と準だ。

 

「ああ、九鬼。すまないな、使わせてもらって。井上、九鬼の妹ならさっき廊下ですれ違ったぞ、ヒュームさんと一緒にあとで鍛練場に来ると言ってたけどな」

「なに!紋様がくると!!休んでる場合じゃねぇ!!そして今日こそ紋様の部屋にたどり着く!!!!」

「……おい、おまえ今、物凄く不穏なこと言ってるぞ?」

「柊!何を勘違いしてる。俺は別に紋様の部屋に行って何かを取ったりはしない!変態と一緒にするな!俺はただ紋様の部屋で深呼吸するだけでいいんだ!!それで俺は生まれ変われる……」

「おい、コイツ危険だぞ、連れてきていいのか?九鬼?」

「フハハハハーーー、心配するな、九鬼のセキュリティー、井上ごときに破られるほどヌルくはない!むしろ井上は自らの心配をすべきだと思うぞ」

 そういって英雄は入口をちらりと見る、それを四四八も目で追うと……そこには井上をじっと観察するクラウディオが控えていた。

「なるほど……確かに磐石だ」

 四四八は肩をすくめてそう言うと、

「じゃあ、九鬼、遠慮なく使わせてもらうよ」

「ああ、また後でな、できればともに食事でもしよう」

「ありがとう」

そう言って清楚の方へと向き直る。

 

「んはっ!待ちくたびれたぞ、まず何からやる?」

 清楚は既に項羽と入れ替わっていた。

「そうですね……連携の練習といっても一朝一夕でできるものでもありません。取り敢えずいくつかの約束事を決めて、そこから派生する何個かの状況での動きを決める……それくらいでしょう。基本は相手を分断してからの1対1が基本で良いのではないですか?」

「なるほどな……だが、難しい話はあとで清楚とすればいい!とにかく折角の機会だ!久しぶりにやろうじゃないか柊!」

 そう言って項羽は拳を握り構える。

 それを見た四四八はヤレヤレというふうに嘆息して。

「俺達が戦っても意味はあんまりないとおもいますが……でも、戦いに慣れるという意味で組手は有効ですね……わかりました、お相手しましょう」

 そう言って四四八もすっと腰を落とす。

「んはっ!そうでなくては、な!!」

 その言葉を最後に項羽と四四八は対峙する。

 

 そして一拍間を置いた直後、先に動いたのはやはり項羽。

 真っ直ぐに動いた。

 そして項羽の右脚がうねるように跳ねた。

 次が左脚であった。

 次が右脚であった。

 次が左脚であった。

 次が右脚であった。

 今までの項羽と比べ、軽やかで華麗な攻撃であった。

 それを四四八は全て捌いていく、よけない、全て捌く。

「ふっ!」

 そこで項羽は不意に四四八の顔面に向けて右拳を放つ。

 脚の攻撃に、相手の眼と身体をなれさせておいての拳、完全に狙った攻撃だ。

 しかし――それも四四八は捌く。

「はっ!!」

 が、項羽としてもそれは想定内、流れた拳の勢いそのままに、身体を半回転させて綺麗な後ろ回し蹴りを放つ。これが本命。

 

 その蹴りを四四八は初めて避ける。

 横に最低限、避けたあとその蹴りを放った左脚を右手ですくい上げる。

「のあっ!」

 それにより、項羽の身体が空中でクルリと半回転する。

 うつ伏せの状態で床に落ちる直前、項羽は無理やり身体を捻り、片足で着地する。

「はあっ!」

 そのまま着地した脚で項羽は伸び上がるように四四八に拳を放つ。

 四四八も地面近くにいる項羽に拳を放つ。

 二つの腕が交差する。

 

 項羽の拳は四四八の顎でピタリと止まっていた。

 四四八の拳は項羽の鼻先でピタリと止まっていた。

 

――パチパチパチパチ

「うん――見事!」

 拍手の音に二人が振り返ってみれば、そこには九鬼揚羽が立っていた。

 後ろには紋白とヒューム、それから小十郎の姿も見える。

 

 拍手をしながら揚羽は鍛練場へと入ってきた。

「二人ともいい組手を見せてもらった」

 そう言いながら四四八の前に来ると、

「英雄と紋白の姉。九鬼揚羽だ。英雄が……というか、最近は九鬼自身が随分と世話になっているようで、すまないな」

そういって右手を差し出す。

「いえ、そんな……柊四四八です」

 そう四四八は名乗り差し出された右手を握る。

 

「まったく噂に違わぬ強さだな、心根(こころね)も素晴らしい。お前たちが惚れ込むわけだ、なぁ」

 そう言って控えているヒュームとクラウディオに声をかける。

「――フンっ」

「いえいえ……」

 声をかけられた二人は共に肯定の言葉は言わなかったが、口元は笑っているようにも見える。

「それにしても、惚れ惚れするような動きだったな、項羽も見事だったが……やはり、柊、お主の方が一枚上手のようだ」

 そう言って、四四八を見るとニヤリと笑い。

「私も元四天王の一人として試してみたくなった、一手付き合ってはもらえないか?柊四四八」

「え?」

 その思わぬ提案に四四八が驚く。

「何を驚く、ここは鍛練場で、我は元ではあるが四天王だ。強者を見れば挑みたくもなる」

 そんな揚羽の言葉に困惑していると。

「我からも頼む」

 英雄が横から声をかけてきた。

「姉上は強い。強いがゆえに相手を出来る人間も限られている。姉上の我侭、聞いてやってはくれないか」

「……九鬼」

 四四八はそれを聞くと、揚羽を正面から見て。

「わかりました、ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、お相手務めさせていただきます」

 揚羽は笑みを浮かべ、

「恩にきるぞ、柊」

そう言ってすぅと腰を落とす。

 四四八も同じく腰を落とす。

 

「室内だからな、加減はしてもかまわん……だが遠慮はいらん、というか、したら承知せん」

「わかりました……」

 揚羽の言葉に四四八が答える。

 そして二人は対峙する。

 

 その一瞬で鍛錬所の空気がぴんと、張り詰める。

 鍛錬所にいた人間のすべての視線が集まる。

 そして、その空気が張り詰め、切れる寸前に二人は動いていた。

 素早い動きだ。

 足をさばいて二人は次々に位置を入れ替えながら、同時に手も出していく。

 手しか出さない、足は捌くためだけに使い拳と掌を交わし合う。

 しかし、それほど動いていながら……音がしない。

 相手の身体に拳や掌があたっているのかいないのか、それが傍から見てわからない。

 相手の拳や掌を躱しているのか逸らしているのか、それが傍から見てわからない。

 既に空間に約束されている線を、二人の身体が、拳が、凄い速さでなぞっていくようであった。

 二人の身体が接するところに、眼に見えない薄紙が1枚存在しているかのようだ。

――二人の速さが一段階上がる。

 しかし、その薄紙は破れない、二人の動きがどんなに速く、鋭くなってもその薄紙は破れない。

 

 美麗な無音の舞。

 人の肉体はここまで美しく動けるものなのか……と、それを見た九鬼の従者部隊の人間は後に語っている。

 

 そんな無音が2分も続いたとき、不意に音がもどる。

 ぱん。

 と、鋭い音がはじける。

 だん。

 と、床が鳴る。

 その音と同時に、揚羽の身体が大きく後ろに吹き飛んでいた。

 四四八が掌を突き出した形で止まっている。

 

「――見事っ」

 ヒュームが小さく呟く。

 

 飛ばされ尻餅を付いていた揚羽が打たれた腹を見つめて、四四八に目を向ける。

「うむ!良き一撃であった!さす……」

 と、四四八に向けて言葉をかけようとした時、叫び声とともに一つの影が揚羽の前に飛び出してきた。

「柊君っ!君という男は、揚羽様になってことをっ!!大丈夫ですか、揚羽様?心配しないでくださいっ!!仇はこの武田小十郎、命にかえてもお取りいたしますっ!!!!」

小十郎は拳を握り締め四四八を睨みつける。

 次の瞬間、揚羽の怒号が鍛練場に響き渡る。

「主に恥をかかせる従者がどこにおるっ!!!このたわけ者がっ!!!!!!」

「ぐわあああああああああああああああ、揚羽様ああああああああああああああ」

 怒号と共に放たれた拳で鍛練場から吹き飛ばされる小十郎。

 いきなりすぎる展開に、呆気にとられる四四八。

 

「見苦しいところを見せた、すまんな、柊」

 拳を放った揚羽が四四八に向かい、言葉をかける。

「あ、いえ……そんな……」

 なんと言えばいいのか、四四八は言葉につまる。

「これに懲りずにまた来てくれ、我も歓迎するぞ」

 そう言って揚羽は出口へと向かう。

「もしよければ食事をして行ってくれ、清楚たちも喜ぶだろう。ではまたな柊……おい!小十郎いつまで寝ている、いくぞ」

「申し訳ありません!揚羽様!!」

 ピクリとも動かなかった小十郎は揚羽の一言で飛びおきて揚羽のあとに続く。

 そんな揚羽を見送りながら、

「強い……人だな、お前のお姉さんは」

四四八は英雄にそう呟く。

 その言葉に英雄が頷く。

「うむ!自慢の姉だ!」

 そう言って二人は揚羽の出て行った方を見つめていた。

 

「如何ですかな?」

 クラウディオは揚羽と四四八の組手を見ていた李に話しかける。

「あのような素晴らしい散打は初めて見ました……」

「大会には彼につらなる方々が出場されます。きっとあなたの糧になると思いますよ」

「……楽しみです」

 無表情な顔に少し笑みを浮かべて、李が呟く。

 そんな時、李の横にステイシーがやってきて待ちきれないというふうに話す。

「あんなロックな組手されちゃあ血が騒ぐじゃねぇか!おい、李、私たちもやろうぜ!」

「ええ、わかりました」

 そういって、李はパートナーのステイシーと組手をはじめる。

 それを皮切りに、再び鍛練場に活気が戻ってくる。ただ戻ってきたわけではない、先ほどよりも熱を帯びて戻ってくる。

 

「ほほ、やはり良い刺激になりましたな」

 そう言って完璧執事はそんな鍛練場の様子を嬉しそう眺めていた。

 

 

―――――PICK UP 川神百代・川神一子―――――

 

 

 川神の象徴でもある、川神院。

 秋も深い時期だというのに修行僧達の熱気であふれかえっている。

 常に修行僧の熱気で溢れている川神院だが、最近は特に稽古に力が入っているように見える。

 もちろん、要因はタッグトーナメントだ。

 若い修行僧には出場を申請している者もいる。

 しかし、単純に出場者だけでなくそれに引っ張られるような形で川神院全体の熱が上がっている。 強者の気配がこの川神に集まっているのも遠因の一つなのかもしれない。

 

 そんな川神院の一角で百代と一子の二人は稽古をしている。

 珍しく姉妹で組手をしていた。

 一子が一方的に薙刀で攻撃しているのを百代が回避を続けている。

 そして時折、激を飛ばしながら大きく隙のある所に軽い一撃を一子入れている。

 

「ワン子!攻撃が単調になってきているぞ!相手の全体を見ろ!!」

「はいっ!」

「眼で攻撃場所を追いすぎだ!もっと、身体全部を使って相手を惑わせろ!!」

「はいっ!」

「戻しが遅い!攻撃のあとは常に相手の攻撃が来ることを想定しろ!!」

「はいっ!」

 そして、タンッと軽いジャブの様な打撃が一子の肩口に入る。

「くぅ――」

「どうした!もう終わりか!!」

「まだまだぁ!! 川神流 大車輪!!!」

 その言葉と共に、一撃によって若干離れた間合いを利用に一子は思いっきり薙刀を振り回す。

 しかし、百代はその斬撃を二発目まで避けたあと下から迫ってくる三発目を片手で受け止めると、

「わ、わっ、わっ!」

 ひょいっと薙刀ごと持ち上げ投げ飛ばした。

 一子は薙刀から手を離し、空中でクルリと一回転すると、足で着地する。

「ふうー」

 大きく息を吐く一子。

 

 そんな一子に百代が声をかける。

「ワン子、少し休憩にしよう。ほらっ」

 そう言って足元にあったミネラルウォーターのペットボトルを投げる。

「ありがとう!お姉さま!」

 そういってペットボトルを受け取ると一子は中身をグビグビと喉に流し込む。

 それを優しい目で見ながら、

「最後の一撃はなかなか良かったぞ、特に少し離れた間合いを利用したのはとてもうまい」

と、一子を褒める。

「えへへ」

 と、恥ずかしそうに笑う一子。

 しかし、そこに百代は、

「ただ、その過程で攻撃をもらいすぎだな。まぁ、私も人このことは言えないが……攻撃は基本的に喰らうもんじゃない避けるもんだ。幸いワン子は眼がいい。この大会はまず攻撃を喰らわないことを第一目標として掲げるといい」

そう言って注意点を上げる。

「はいっ!」

 一子から元気の良い返事が返ってくる。

 

 少し離れたところでこの光景を見ていたルーと鉄心が言葉を交わす。

「まさか、百代が一子をパートナーに選ぶとわネ」

「じゃが、なかなか二人ともいい感じじゃないか。一子は一子でレベルの高いモモと戦えて、モモはモモで一子に教えることで、自らの身体の動きを再認識している」

「たしかニ……いい傾向ですネ」

「ついこの前まで戦いにおいてモモは自分以外興味がなかったからの。重ね重ねじゃが、柊には感謝せんとな」

「そうですネ……」

 そして、鉄心は手をポンと叩いて眉毛をクイっと上げる。

「よし!柊には儂の秘蔵のグラビアコレクションから一冊進呈しよう!」

 残念じゃがあれを手放すか……と鉄心は断腸の思いを口から漏らす。

「やめてください学園長、川神院の品位を疑われてしまいまス」

「おい、ルー、儂のコレクションになにか問題でもあるのか!」

「大アリですヨ。まぁ、とにかくあそこは百代に任せておけば大丈夫でしょう。学園長他を見に行きますよ」

「……うむ」

 そう言って川神院のトップ二人はその場を去る。

 

 そんなことを話しているとは露知らず、姉妹は二人で話している。

「ん~」

 百代が首をかしげる。

「どうしたの?お姉さま?」

「ん~、いやな、こんなにワン子と一緒にいるのに何か物足りないと思ってな」

「アタシが妹分ということだとすると……弟分!大和分が足りないのかもね!」

「おお、なるほど。最近あいつ燕のところばかり行くからな……少々、お仕置きが必要かもな……」

 そう言って、百代はニヤリと笑う。と、同時に燕にいじられる大和を思いだし、胸がチクリと痛む。

「でも、今は燕先輩と世良さんのマネージャーだしねぇ」

「ふん、マネージャーである前に私の弟だ。それは何よりも優先される!」

 そう言うと、百代は空になったペットボトルをベコリと握りつぶした。

 そして一子に向き直ると。

「ワン子!次は連携の練習だ、時計を10分にセットしろ。時計がなるまで止まるなよ」

「はいっ!お姉さまっ!!」

 そして、二人は再び鍛錬へと戻っていく。

 

 百代は身体を動かすことで、さきほど感じたチクリした心の痛みを忘れようとしていた……

 

 

―――――PICK UP 松永燕・世良水希and直江大和―――――

 

 

 コッコッコッと複数の足音が重なっている。

 大和と燕、そして水希は階段を下りていた。

 階段自体はそれほど長くなく、すぐに扉にぶつかる。その扉を先頭の大和がためらいなく開けると 壁に手をやって電気のスイッチを探し、つける。

「おおっ!」

「わあっ!」

 パチッと電気をつけて現れたホールはかなりの広さがあり、片面の壁にはガラスが一面に貼られている。

 ここは七浜のとある一角。繁華街の地下に降りたところにあるホール、大和が練習場を確保したと言って、燕と水希の二人を連れてきていた。

「ここ、通常だと大きめのダンスユニットとかバレエ団とかの練習で使われてるんだってさ。一応一週間、四時から九時まで『直江』の名前でとってあるからその時間ならいつ来ても使えるよ。時間外で使いたいときは一本連絡くれれば相談してみる」

「大和くん、こんなとこよく知ってるね」

「というか、高いんじゃないのよく知らないけど……」

 そんな二人の声に、大和は携帯をひらひらさせながら、

「人脈ってのはこういう時のために結んどくもんなの。それに、俺はマネージャーだからね、其の辺のことは気にしないでいいよ。別に無理してやってるわけじゃないし」

と言う。

「地下だから二人で何か奥の手を練習するにはいいと思うんだよね。一応どこに目があるかわからないから川神から離れて七浜にしたから万が一にも漏れることはないと思うし……」

 その言葉に、燕は大和を抱きしめながら、

「んー、大和くん最高!気遣い出来る子はお姉さん好きだぞー!!」

「ちょっと、ちょっと、燕さん恥ずかしいってば!」

「ふふ、仲いいね」

そんな大和と燕を水希は微笑ましげに見つめる。

 燕のハグをなんとか抜け出した大和は時計を見ながら、

「一応三時間後にもっかい顔出します。それまでは俺、外で有力対戦者の情報集めをしてますからなにかあったら携帯で呼んでください。じゃあ」

そういって、大和はホールから出ていく。

 その後ろ姿を見送った燕が、

「よし!んじゃ、やりますか!」

そう言って水希に声をかける。

「了解!」

 そんな燕の言葉に水希が答える。

 

 大和は地上への階段を上っていった。

 階段を上りきったところで、男に声をかけられる。

「大和ちゃーん、何今の娘達、激マブじゃね?」

 口調は軽いが、歳はそれなりにいっているように見える男だ。

「下手に手出さないほうがいいですよ、二人ともトーナメント出場者ですからね。火傷じゃすまないかも」

 そう言って男に向かって首をすくめる。

「マジで?こえーこえー……まぁ、いいや、大和ちゃん例のモノちゃんとあるの?」

「当たり前。はい、どうぞ」

 そう言って、大和は男に封筒を渡す。

 男が封筒を確認すると……そこにはタッグトーナメントのチケットが五枚ほど入っていた。

「おーおー、マジかマジか。もうこれネットとかでもプレミア付いちゃてよ、ちょっとやそっとじゃ手に入らねーんだよ」

「学園生は一人一枚支給されるからね、興味ない人もいるし。意外と集まるもんなんですよ」

「まぁ、出処はなんでもいいや。OK確かに受け取った、ホール好きに使っていいぜ。ほい、鍵。最後閉めたら前の飲み屋のマスターに渡しといてくれ」

「了解、ありがとございます」

「何言ってんだ、こっちこそプレミアチケットサンキューな」

 そう言って、ホールの管理人である男はホクホク顔で繁華街に消えていく。

「さて、俺もお仕事頑張りますか」

 そう言って、大和は携帯を操作しながらノートパソコンを手に持って落ち着ける場所を求め繁華街を歩いて行く。

「あ、そうそう直江だけど。うん、うん……え?その話マジ?ちょっと詳しく聞かせてよ……えー、この前ノート貸したじゃん。そうそう期末近いしさ、ね」

頻繁にくるメールと着信をさばきながら、大和は歩く。

 大和の仕事はこれから大会前日までが本番だ。

 

 タッグトーナメントまであと八日。

 

 




もう少し書きたいペアもあったのですが、
ダラダラ長くなりすぎかなとも思って主要の三チーム。

side分けというわけではないのですが、16チームからのチョイスということで、
場面わけにはPICK UPと付けさせていただいてます。

ここから決戦前夜>予選>トーナメントと進んでいきます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第二十九話~前夜~

こんなにポンポンかけるのは、原作をそれなりになぞってるからです。
1から10までオリジナルより数倍楽ですね。ホントに。


 告知から9日という日はあっという間に過ぎトーナメントの予選が明日という日まで近づいた決戦前夜。

 各ペアは思い思いにその夜を過ごしていた。

 

 

―――――PICK UP 大杉栄光・黛由紀江+松風and大和田伊代―――――

 

 

 川神市内のマッグの店内に栄光、由紀江、伊予の3人が小さな机を囲んでハンバーガーをかじっている。

 

「それにしてもさ――」

 チーズバーガーをかじりながら栄光が話す。

「由紀江ちゃん、マジこういうとこ来た事ないのね」

「そういえば、まゆっちとこういうとこ来た事ないね」

 自身の顔と同じくらいの大きさがあろうかというビッグマッグを美味しそうにモグモグとやりながら伊予が答える。その姿は小動物の様でなんとも愛らしい。

「い、いや、私、あまり外食しないというか、する人がいなかったというか……興味はあったんですが、一人じゃなかなか……」

「マッグに女子高生が一人とか、そりゃもう苛めだべ……」

「まぁ……そりゃ、確かに……」

 松風の言葉の絵面を想像してあまりの侘びしさに頷く栄光。もう松風との会話に違和感はないらしい。

 

「まぁ、それはともかく……その年で親元離れて、川神で剣の修行でしょ?由紀江ちゃん偉いよなぁ」

「いえいえいえ、そんなことないですよ……修行中の身ですから……」

「そんなことなくないよー。私なら出来ないなぁ……友達とはなれちゃうし」

「伊予ちゃん……オイラ達にわかれを惜しむ友達はいなかったんだぜ……」

「お……おう……なんともツッコミ辛いコメントだな……」

 わいわいと賑わう3人(?)の中、一人うつむいて由紀江が話しはじめる。

「ですけど……最近は敗北続きです……驕っていたつもりはありませんでしたが、剣は私の唯一の取り柄です。それでここまで立て続けに負けてしまうと……」

「まゆっち……」

 そんな声になんと声をかけていいか戸惑う伊予。

「あ、あ、ごめんなさい……こんなこと……すみません」

 そう言って慌てて取り繕う由紀江。

 

その時――

 

「まぁ、別にいんじゃねぇの?」

 栄光がセットのコーラを飲みながら軽めの調子で答える。

「だってさ、由紀江ちゃんさっき言ってたじゃん。自分は修業の身だって」

「そ、それは……そうですが……」

「それに、途中どんなに負けたって、最後に勝ちゃあそいつの勝ちなんだよ。オレ達だって負けに負けに負け続けて、なんとか最後に勝ち拾ったんだ」

 そう言って飲んでたコーラを飲み干すと。

「だからさ、由紀江ちゃんも今どんな負けたって、最後の最後、絶っ対ぇ負けちゃいけねぇ時に負けなきゃ良いんだよ。修行中の身なんだしさ」

「大杉先輩……」

「まぁ、連敗街道だったら、オレのが全っ然先輩だからな!何でも聞いてくれよ!」

 そう言って栄光は明るく笑う。

 

「エイコー……まゆっちの『友達なれなかった記録』……パネぇぞぉ……」

「ま、松風!!」

「ぐおっ、それは……手ごわそうだ」

 松風の声に栄光が大げさにのけぞる。

「松風、そんなこと言ったら悪いって」

 伊予がクスクスと笑う。

「まぁ、とにかく。オレ達が出来るのは力の限り頑張るってことでさ、な!」

「はいっ!」

 由紀江はさっきとはうって変わって元気よく返事をする。

「頑張ってね!明日二人にハマスタ名物、番長丼差し入れるから!」

 伊予の言葉に――それ美味しいの?と聞く栄光。

 何言ってるんですか、ハマの番長がプロデュースした丼ですよ――いいですか?……

 伊予の番長丼制作エピソードが語られはじめた。

 栄光は若干引きながらも聞いてあげている。

 

 そんな二人を見ながら由紀江は、本当に自分は川神に来てよかったとそう思っていた。

 

 

―――――PICK UP 源忠勝・鳴滝淳士―――――

 

 

 川神繁華街の『梅屋』に二人の姿はあった。

 二人並んで座っている。

 微妙な時間帯だからだろうか、客は二人以外いない。店員も注文を出し終えて奥の方へ引っ込んでいる。

 二人とも無言で丼を掻き込んでいる。

 忠勝の傍らには一つ、鳴滝の傍らには二つの丼が既に空になって置いてある。

「なぁ……」

 箸を止めずに忠勝が鳴滝に声をかける。

「あぁ?」

 鳴滝も鳴滝で箸を止めずに目だけ忠勝に向けて答える。

 

「今更聞くのもなんなんだけどよ、なんで出ようと思ったんだ?」

 鳴滝の箸がピタリと止まる。

「……」

「別に答えたくなきゃ、答えなくてもいいぜ。ちょっと気になっただけだからな」

 忠勝は鳴滝が自分を見ているのも箸を止めたのも分かってはいたがあえて無視して丼の中から視線を動かさない。

 

 沈黙が流れる、数秒だったかもしれない。もしかしたら一分近かったかもしれない。

 少なくても忠勝にはそれなりの時間に感じられた。

 『梅屋』の店内CMだけが空虚に流れている。

 

「俺はよぉ……」

 そんな時いきなり鳴滝が話し始めた。

 忠勝がチラリとそちらを向くと鳴滝は丼をテーブルに置き、視線は前に向けている。

「俺はよぉ……この前、あいつらに最後まで付きやってやれなかったんだ……」

 話し始めた言葉は固く、そして重かった。

「罠に綺麗にはまってな、一緒にいた仲間を守ってやれなかったどころか……大一番では寝たきりの役たたず……こんな図体してながら壁にすらなってやれなかった……」

「鳴滝……」

「俺ぁ……もう、まっぴらなんだよ、あんなのはっ!だから、だからっ!」

 拳をギリリと握り、何かを迸らせようとする鳴滝の肩にポンと忠勝の手が置かれる。

「なぁ……あんま気負うなよ。熱くなりすぎると、出来るもんも出来なくなるぜ」

 その言葉で、鳴滝の身体からはち切れそうになっていた何かがすぅと抜ける。

「あぁ……そうだな……すまねぇ」

「別に、俺は何もしえねぇよ」

 この時初めて二人の視線が重なる。

 二人してフッと小さく笑う。

 

 すると、店の外で何やら怒号が聞こえる。

 酔っぱらいか、もしかしたら不良どもが大会の熱気に当てられて暴れているのかもしれない。

 

 それを聞いた鳴滝が立ち上がる。

 それを見た忠勝が、

「行くのか?」

と短く聞く。

「ああ、腹ごなしと前日練習だ」

 そう言って鳴滝がニヤリと笑う。

「しゃーねぇ、付き合うか」

 そう言って忠勝も立ち上がる。

「よろしく頼むぜ、相棒」

 鳴滝が珍しく冗談めかして忠勝に言う。

「ふっ……わかったよ、相棒」

 忠勝も小さく笑って答える。

 

 外の怒号が大きくなってきている、それなりに人数がいるのかもしれない。

 

――ごっそうさん。

 

 二人は心配そうに店の外の様子を気にする店員に声をかけ店を出る。

 店を出るとき二人はゴンッと小さく拳を合わせていった。

 

 

―――――PICK UP 島津岳人・長宗我部宗男―――――

 

 

 通称:変態橋のした、島津岳人と長宗我部宗男は二人で小さな宴を催していた。

「おぉう……この寿司、独特の風味があっていいな……」

 長宗我部の持ってきた四国名産のぼうぜ寿司をほおばりながらガクトが言う。

「そうだろ、そうだろ!四国は香川のうどんだけではないのだ。この様に素晴らしい名産品で溢れている!時期が時期ならば鮎を持ってきていた」

「相変わらず郷土愛に溢れたやつだぜ……俺様も土産を用意したぜ、川神名産じゃないがな」

 そう言ってガクトは黄色い袋を取り出す。

「これは……鳩サ○レーじゃないか……なぜだ?」

「鳩サ○レーは鎌倉銘菓!千信館は鎌倉!鎌倉を喰らって何かと話題の千信館を喰らってやろうというわけさ!!」

「なるほど!流石俺の相棒、考えることが粋じゃないか!」

 そういって二人で鳩のサブレーを木っ端微塵にしながら貪り食う。

 

 そんなガクトがサブレーを食べる手を止め長曾我部に聞く。

「なぁ、長宗我部。俺様達400万パワーズはどこまで行けると思う?」

「そりゃ、もちろん優勝だろうが」

「ところが、世間のやつらは俺様達の事をかませだと思ってるぜ」

「なんだと?そんなやつは高知のカツオに呪われてしまえばいい!」

「全く同感だ、パワーがかませなのはフィクションでしたかない。ボクシングでヘビー級が最強なのはパワーがあるからだ!だからこそ、このトーナメントでパワーの……筋肉の価値を俺様達は世間に知らしめなければいけないんだよ!」

「おう!敵の全てを、俺たちの筋肉で吹き飛ばしてやろうじゃないか!!」

 そう言って二人はガシっと手を組む。

 

「……むっ」

「お?」

 二人同時に何かに気づく。

「島津……おまえ、さらに上腕二等筋に磨きをかけたな?」

「長宗我部……おまえこそ弱点だった広背筋が盛り上がってるぜ……」

 二人してニヤリと笑う。

「腹ごなしに1レスリング……やるか?」

「望むところだっ!!」

 次の瞬間二つの身体がぶつかり合う。

 

「むぬぬぬ……ぬふ……ぬおおおおお……あああああ」

「ふぬっ……ああああっ、あっ……ほおおおおおおお」

 橋の下から濃厚な男のうめき声が響き渡る。

 その晩、その橋を渡ろうとした人間は踵を返し、別の道を探した……

 

 

―――――PICK UP 龍辺歩美・那須与一―――――

 

 

 川神の繁華街にあるファミレスの一角、真剣な眼差しの歩美と与一が向かい合って話をしている。

お互いに頼んだドリンクには手をつけていない。

 それほどまでに真剣に、開かれたノートを前に語り合っている。

 時々、白熱するのか歩美の方がズズっと与一に詰め寄る時がある、与一の方は大抵肘をついて横を向いている。

 だが、痴話喧嘩をしているわけではないようだ。

 二人とも人並み以上に目立つ容姿をしているのだが、なんというか二人のあいだにその手の類いの色っぽさが感じられない。

 『男が恋人に酷い仕打ちをして、その恋人の友人が男とその件に関して話し合っている』等というシチュエーションを想像力豊かな人間なら思い浮かべるかもしれない。

 

 そして、歩美が話し出す。

「――だから!」

 歩美はバンと机をたたいて与一に詰め寄る。

「ただ、語呂のいい言葉を並べるだけじゃダメなんだよ!そこに意味を持たせないと!じゃないとせっかくのルビふりが無意味になっちゃうでしょ!!」

「んなこたぁわかってる、だが、響きってのは重要だ。何事も言葉のリズムで人に与える影響は違う。言霊……おまえも同志なら知っているだろう……」

「そりゃわかってるけど……でも言霊も意味がないとのらないんだよ?与一くんもそれくらいわかってるでしょ?」

「……まぁ、な」

 

……二人はチーム名を決めていたのだ。

 

「 「 …… 」 」

 沈黙が流れる。

 

 その沈黙を破ったのは与一、目をキラリと光らせながら言葉を放つ。

「漆黒の死者たち ―デット・トリニティ―」

「死者じゃ縁起悪くない? 優勝狙ってんだから」

 歩美は抗議のあとに自らの案をいう。

「黒棺 ―BLACK STICKER―」

「棺だって縁起わりぃじゃねぇか……血塗られた十二星団 ―ブラッティ・ゾディアック―」

「わたし達二人だよ?12人もいないじゃん……混沌の調べ ―レクイレム―」

「悪くわねぇが……もうちょいインパクトが欲しいな……闇に包まれし漆黒の堕天使―The jet black angels―」

「長いっ!!……幻 ―アヤカシ―」

「それ短すぎだろ?」

 

「うーん……」

「むー……」

 そして再び二人は考え込む。

 こんなやりとりを既にふた桁以上繰り返している。

 よく見ると目の前のノートには意味不明……否、厨二的な要素にあふれた単語がひしめいてた。

この手のことにトラウマのある――例えば大和のような人間が見たら、その場で謝罪を繰り返しながらのたうち回ってもおかしくはない。そんな禁断の書になりつつあった。

 

 そして、思いついたように歩美が話しかける。

「ねぇ、与一くん」

「なんだ?龍辺」

「ここは、いったん基本に戻ろうかと思うんだ」

「基本に戻る?」

「うん、わたし達を引き合わせてくれたのは座の導きでしょ?って事はやっぱり神座大戦系列で攻めていくべきだと思うんだ」

「ふむ……一理あるな」

 顎に手を当てて与一が考える。

「んで、考えてみたんだけど……神座大戦で一番の遠距離キャラクターっていったら誰?」

「そりゃ、おめぇ……ザミエル卿こと、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ少佐だろう」

「だよねー、んで、ザミエル卿の詠唱の元ネタは?」

「たしか……『ニーベルンゲンの指環』だよな」

「ノンノンノン、そっちじゃなくて、初期の方。与一くん程の人間なら知ってると思うんだけどなぁ」

「待て……今思い出す!!あれは……この世に狩に勝る楽しみはない~。だから……『魔弾の射手』だ!!」

「Korrekte Antwort(正解)!」

 歩美はドイツ語で答える。

「だから……」

 そう言うと、歩美はノートの新しいページにペンをはしらせて、

そしてバン!と見開きで与一の前につき出す。

「『魔弾の射手 ―ザミエル―』? いいじゃねぇか!いいじゃねぇか!!流石だぜ!俺の魂がこれが決められた真名だと叫んでるぜ!!」

「オッケー、これで決まり!!わたし達は『魔弾の射手 ―ザミエル―』!狙った獲物は逃さない!!」

 二人はパンッとハイタッチをする。

 

 そして、二人はふぅと息をして、頼んで忘れていたドリンクを口へと運ぶ。

 その顔には、

――いい仕事したぜ。

 という達成感と満足感にあふれた表情が浮かんでいた……

 

 

―――――PICK UP 我堂鈴子and真奈瀬晶―――――

 

 

 鈴子と晶は川神駅前のうどん屋で夕食をとっていた。

 本来は晶の当番の日だが、トーナメント前日ということで各々、外に出ているため今日は各自でということになっている。

 そして寮に残っていた鈴子と晶でどこか行こうということで今に至っている。

 鈴子はきつねうどん、晶は卵とじうどんをそれぞれ啜っている。

 

「なぁ、鈴子」

 隣でうどんを髪が入らないように気をつけながら啜っている鈴子に晶が声をかける。

「なによ?」

「さっきからずうううっと、思ってたんだけどよ。なんでここにいんだ?」

「はぁ?なにそれ、私がうどん食べちゃいけないってこと?」

「違う、違うって。いや、鈴子あした出場するわけじゃん?なのにパートナーと打ち合わせとかないわけ?」

 それを聞いた鈴子が『ああ』というふうに納得して口を開く。

「しょうがないじゃない。不死川さん、練習とかも全然やらないんだもん」

 そう言って鈴子は再びうどんに視線を向ける。

「まぁ、それはそうかもしれないけどさぁ。いや、いつもの鈴子ならこんなチャンス『柊!これで私が勝ったら奴隷になりなさい!』とかなんとかで四四八に喧嘩ふっかけてんじゃないかなと思ってさ」

「何今の、もしかして今の私の真似?やめてよねガサツなあんたに私の真似ができるわけないじゃない」

「うるせーよ。で、どうなのさ、そこんとこ。趣向替えでもした?」

 それを聞いた鈴子は箸をおいて晶に話す。

「見くびらないでくれない、私は私の力を柊に見せつけて、あいつを屈服させたいの。タッグトーナメントなんてそんなんで勝ったって自分の力じゃないみたいじゃない。私はね正々堂々、柊を叩き潰してやるんだから。そしてあいつを奴隷にしてやるの!」

 そう言って『どうよ』というふうに晶を見下す。

「いや、あたしにそんな顔してもしょうがないじゃん……でも、ま、なるほどね鈴子らしいっちゃあ鈴子らしいや。ま、精々、頑張れよ、応援はしてやんねぇけどな」

 そういって晶はニヤリと笑う。

「別にあんたの応援なんていらないわよ、私は私の力で柊を手に入れ……やっつけるんだから!!」

 本音が思わずこぼれそうになった鈴子の言葉に晶が吹き出す。

「プッ……ハハハ、わかった、わかった。相手は手ごわいし敵は他にもいる、お互いに頑張ろうな」

「ふんっ」

 晶の言葉の意味を理解したのか、鈴子は顔を赤くしてそっぽを向く。

 

 そうして二人は再びうどんをすすりだす。

 外が寒くなってきたのでうどんの暖かさが何とも染みる。

――トーナメント終わってみんなが帰ってきたら蕎麦作ってやるかな。

 晶はうどんをすすりながら、そんなことを考えていた。

 

 

―――――PICK UP 松永燕・世良水希and直江大和―――――

 

 

 ガンッ!!という音と共に燕の拳が弾かれる。

「――いっつぅ」

 燕は殴った拳をブラブラと揺らして、冷やす。

 ここは大和の用意した七浜の地下ホール。

 そこにホールには似つかわしくない水晶の塊が鎮座していた。

 塊といっても大きさが尋常じゃない、燕の背丈ほどもあろうか。燕は今、その水晶を殴ったのだ。

 

「燕さん大丈夫?」

 水希が心配そうに言う。

「大丈夫、大丈夫!てか、これ相当だね……これならあの人の足止めにもバッチリだと思うよ。というか、よくこんなもん作れるね」

 今、燕が殴って強度を確かめたのは水希が創法で作り上げた水晶だ。

「まぁ、それが私の能力なんです、あ、因みにですけど鈴子も出来ますよ、あと柊くんも……」

「うへぇ……聞けば聞くほど難易度が高くなってる気がするよ……ゲームでいったら……ラスボス?って感じ」

「ラスボスかぁ、その表現なんかしっくりきすぎちゃってるなぁ」

 そう言いながら水希は自身が創造した水晶を崩の解法を使い崩す。

「でも……」

 そんな水希を見ながら燕は、

「ラスボスなら対策しっかりすれば主人公が勝つ!だよね!」

そう言って水希の肩をポンっと叩く。

 

「よし!じゃあ、あとは大和くんが帰ってきたら作戦会議でOKかな?」

「了解、燕さん」

 そんなことを話していると入口の扉がトントンと叩かれる。

 

「大和くんかな?どうぞー」

 燕が声をかけると、手にイロイロと荷物を持った大和が入ってくる。

「お疲れ様、二人とも。調子はどう?」

 そう言ってついさっき買ってきたと思われるスポーツドリンクを二人に渡していく。

「ぼちぼち、かな。でもやれることはやったと思うし。あとは明日を待つのみ。ね」

「うん!」

 スポーツドリンクを受け取りながら燕の言葉に水希が元気良く頷く。

「OK、気合十分だね。決戦は明日だし最後のミーティングちゃっちゃと終わらせちゃおう」

 そう言って大和は手に持った荷物から分厚いファイルを出して二人の前に広げる。

「これ、俺が調べた限りの対戦者のリスト。んで、こっちがそのなかでも有力候補者のリスト。昨日半分は渡してあると思うけど、これが残り半分ね」

 そう言って綺麗にファイリングされた資料をまとめて二人に渡していく。

「ひょえー、頼んだこっちが言うのもなんだけど……凄いね大和くん。一週間でこんなに集めたんだ」

「凄い……危険度と……対策まで書いてあるんだ」

 燕と水希は渡されたファイルとパラパラと見ながら感嘆の声を漏らす。

「まぁ、俺は別に戦うわけじゃないからね、ここまでが俺の本番。あと、危険度と対策に関しては燕さんと世良さんの話を聞いてつけてみたけど、いかんせん素人の考えだからあまり鵜呑みにしないほうがいいかもよ」

「いや、こういうデータ的なのは参考にはなるからね。うーん、大和くんに頼んでよかったよ!」

「そうだね、そのおかげで私たちは練習と作戦に時間をかけられたから」

「美人のお姉さんたちにそう言ってもらえると俺の苦労も報われるってもんだよ、ホント」

 そう言って大和は肩に手をやりコキコキと鳴らすと、それを見た燕はニヤニヤしながら、

「相変わらず、年上殺しだねぇ大和くんは」

と言い、水希も、

「ホントホント、可愛い顔して油断も隙もないよね」

と言って大和に悪戯っぽく笑いかける。

 そんな二人の返答に大和は肩をすくめると、気を取り直してと言う感じで1本のUSBメモリーを燕に渡す。

「それ、姉さんと覇王先輩と戦った柊の映像、燕さんが持ってるのとは別のアングルのを探してきたから良ければ見てみて。世良さんは……別にいらないよね?」

「うん、柊くんの強さはイヤッてほど知ってるからね」

「至れり尽くせりだね……ありがと、大和君」

「どういたしまして。んじゃ、予選の大まかな流れだけ確認して今日は終わろう」

「了解」

「うん、あー、私もお腹すいちゃった」

 

 そんな二人を眺め大和は口をひらく。

「予選トーナメントは1チーム3試合。全部勝たなきゃダメ。ただ九鬼の見立てで有力候補者は適当に振り分けられるみたいだから強敵と当たる可能性は低いと思う」

 紙を見ながら大和が話す。

「決勝トーナメントの事を考えると平蜘蛛はもちろんだけど、出来るなら世良さんの創法も隠しておきたいから予選は時間をかけずに終わらせたい、理想は瞬殺。疲れもためたくないしね」

「うん」

「わかった」

「試合は3試合あるから出来れば役割は変えた方がいいと思う、1試合目は燕さんが牽制で世良さんがアタック。2試合目は逆にする……みたいにね」

「ふむふむ」

「うんうん」

「まぁ、あとは相手によって臨機応変ってトコかな。二人とも強いだけじゃなくて頭もいいからその辺は試合中に決めてもらえばいいと思う。敵の情報は随時、俺が燕さんの携帯に連絡します。直前はそれを参考にしてもらってもいいかも。他に質問は?」

「大丈夫!」

「こっちも大丈夫!」

 それを見た大和はウンと頷いて立ちあがる。

 

「よし、じゃあ今日はこれで終わり。ねぇ、二人ともお腹すいてません?」

「あー、すいてるすいてる」

「さっき言ったけど、私はお腹ぺこぺこー」

「中華街で飲茶の食べ放題予約してあるんだ、前夜祭ってことで今日は俺がおごります」

「わー、きがきくねー」

「もー、大和くん出来る子!!いい子いい子!!」

 そう言って燕は大和をハグして頭をなでる。

「ああ、もう、わかった、わかりましたから。早く着替えて行きましょうよ、外で待ってますから」

 

 そう言って大和は燕のハグから逃げて扉に向かう。

「大和くんなら覗いてもいいよん」

 そう言いながら燕が意地悪そうに笑う。

――私は困るんだけどー、とこちらは水希。

「はいはい、わかったから、風邪引かないようにね」

 その軽口に適当に答えて大和は外にでる。

 流石に12月も近く夜は冷えてきている。

 ブルリと一つ震えて、明日の大会に思いをはせる。

 思い浮かぶのはやはり自らが憧れる男・柊四四八の顔。

――待ってろよ、柊。

 大和は星が輝き始めた空に向かって我知らず大きく拳を突き出していた……

 

 




可愛いなぁ、歩美と与一。
個人的にこの作品の最萌キャラです、セットでw
四四八がいないのはいつもどおり、
清楚と噛み合わないイチャイチャかましてるからだと思ってください(見たい!って酔狂な人がいたら追記しますw)

人気の高い、栄光、鳴滝のそれぞれの様子を書いてみました、
らしさが出てればいいなぁ。

お付き合い頂きましてありがとうございます。


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第三十話 ~予選~

 秋晴れの七浜スタジアム。

 3万人を収容可能なスタジアムは予選にもかかわらず立ち見も含めて超満員になっていた。

「うわー、シーズン終了間際の大阪戦でもここまでは入んないよ……」

 超満員のスタジアムをぐるりと眺めて伊予が呟く。

 超満員の観客がざわつく中、大型スクリーンと放送で本日の予選の詳細が説明されている。

『さー、若獅子タッグトーナメント予選がついに始まりました。実況は私、川神TVアナウンサー稲田堤(いなだつづみ)が務めさせていただきます』

 ローカル局おなじみの女性アナウンサーがマイクを持ってニッコリと笑っている。

『解説は九鬼従者部隊、序列3位のクラウディオさんそれから西の天神館の館長、鍋島正さんにお越しいただいております』

『クラウディオと申します。僭越ながら解説を承らせていただきました、なにとぞよろしくお願いします』

『天神館の鍋島だ。若者の熱い戦いに期待している』

『リングの四方にはマスタークラスの達人を配置しております。観客の皆様に被害がおよびそうな場合、彼らが完璧に守ってくれますのでご安心ください』

 その言葉通り、リングの四方には川神鉄心、ヒューム・ヘルシング、釈迦堂刑部、ルー・イーと見るものが見れば目を見張るほどの実力者が立っていた。

 

『予選のルールも本選と同じ。どちらかが戦闘不能になれば負けです!また場外10カウントでも負けとなります!また試合時間は最大で15分、これまでに決着がつかなかった場合両チームとも敗退となりますので気をつけて下さい。さらに万が一ダブルKOとなった場合も両チームとも敗退です。両チームが敗退だった場合、次に当たる予定のチームは不戦勝となります。 本選の16枠を決めるこの予選、3回勝ってようやく通過となる厳しい条件。果たしてどのチームが残るのか。試合開始はまもなくです!』

 

 

―――――七浜スタジアム 控え室―――――

 

 

 七浜スタジアムの控え室、そこは外の秋の涼しさとは反対に選手たちの熱気であふれている。

「流石にこの人数になりますと窮屈ですね……控室は2つ用意させていただいています、チームで振り分けられていますのでお間違えの無いようお気を付け下さい。また敗退したチームは速やかにお帰り下さい。怪我をされた方は医務室がありますのでそちらまで。申し遅れました、私、九鬼従者部隊序列42位 桐山鯉と申します。選手控室全般の担当となっておりますので何かわからない事がありましたらお聞きください。円滑な大会運営にご協力よろしくお願い致します」

 そう言って桐山鯉は選手たちに慇懃に礼をする。

 

「へぇ、控室でもモニターで会場の試合がみれるんだね」

「これは、迂闊なことは出来ないよー。全部筒抜けだからね」

 水希と燕が控室に設置されているモニターをしげしげと眺めている。

「あ、あっちゃん映ったよ!あっちゃん!!あ、真与ちゃんも!!」

「ん?隣にいるのは榊原と葵か、2年はあの辺にかたまっているみたいだな」

「んはっ!後ろに京極もいたぞ。俺の雄姿をたっぷりと見せてやろう!」

 四四八や歩美は別のモニターで晶を見つけている。

「てかさー、結構知ってる顔多いんだけど」

「こちらは川神……というか日本の参加者が多いみたいね。向こうの控室は外国人がいっぱいいたわよ」

 栄光と鈴子があたりを見回しながら話している。

「そういや、鳴滝は?」

「淳士なら姿が見えないから向こうの控室かもね源くんもいないし」

 

 忠勝がトイレに行くと言って出て行ったあと、一人椅子に座り出番を待っていた。

「よお、久しぶりじゃねぇか」

 そんな鳴滝に近寄り話しかける男――竜兵だ。

「あぁ?……ああ、街でからんできた奴か、何の用だよ?まさかここでやるってのか?」

 顔だけ上げた状態で鳴滝は竜兵を見上げて言う。

「はっ!見くびんな、喧嘩で遺恨残すほど野暮じゃねぇ。だが、全部忘れるほど御目出度くもねぇ。まぁ、挨拶だよ。お前はリングでぶっつぶす!!」

 そういって竜兵はギリリと歯を食いしばり、鳴滝を睨みつける。

「……いいじゃねぇか、やれるもんならやってみろ」

 そんな視線を軽く受け流す鳴滝。

「それまで負けんじゃねぇぞ、デカブツ」

「ああ、わかってるよチンピラ」

 そういって鳴滝と竜兵は別れる。

 

 竜兵は鳴滝と別れた後、スタジアムの通路を歩いていた。

「……あのデカブツ、あの時より凄味がましてやがる」

 鳴滝から離れた竜兵の手は汗でじっとりと湿っていた。

 

 

―――――PIKU UP 予選一回戦第7試合―――――

    川神シスターズ vs 地獄兄弟

 

 

『さぁ、注目の第7試合、武神・川神百代の登場です!』

『最近、砂がついたといわれてるが、果たしてどうなったのか……そこんとこどうなんだい?クラウディオ』

『まぁ、その辺は試合を見て判断していきましょう』

『解説のお二人も注目の一戦、さあ、試合開始です!!』

 

 百代と一子の姉妹は、核戦争後の世紀末に出てきそうなモヒカン頭の男二人を前に話している。緑が兄で、赤が弟……らしい。

「おい、ワン子わかってるな。予選の目標は?」

「一撃も攻撃を喰らわない!」

「よくできました。一撃喰らうごとにうさぎ跳び30回だからな。30秒たったら私も動く。よし、行って来い!!」

「了解、お姉さま!!」

 そう言って一子が薙刀を手に突撃していく。

 

「兄ちゃん!武神が動かないよ!」

「オレ達、兄弟に恐れをなしたな……かまわねぇ、弟よあのチビを二人でやるぞ!!」

「わかったよ、兄ちゃん!」

 モヒカンの二人はお互いに言葉を交わしながらメリケンサックをはめた手で一子に襲いかかる。

縦横無尽に4個の拳が降ってくる。

 一子はそれらを足を使って躱し、薙刀をふるって捌く。

「おらおらおらおら、我ら地獄兄弟の連携に手も足も出ないか!」

「ヒャッハーーーーーっ!兄ちゃん、オレ達最強だね!!」

 

『ああっと、川神一子選手防戦一方だ!川神百代選手は何を考えているのか動きません!』

 

「よおし!この押し切るぞ、弟よ!!」

「うん、わかったよ兄ちゃん!!」

 調子に乗ったのか二人の拳激は激しさを増していく、一子はそれをひたすら避けて、捌く。

――そして30秒。

「よおし、ワン子よく耐えた」

 モヒカン頭の二人の背後から死神の声が聞こえた。

 その声に振り返ろうとした瞬間――二人の顔面に百代の拳が突き刺さる。

「ひでぶっ!!」

「あべしっ!!」

 地獄兄弟は人間が通常では発しないであろう言語を叫びながら場外へと吹っ飛ぶ。

――ゴングが鳴る。

 

『試合終了おぉぉ!決まり手は武神の一撃!やはり強い!!』

『パートナーを戦いに慣れさせての一撃、まだまだ余裕ですね』

『というか、精神的にも余裕があるみてぇだな。なるほど負けて一回り大きくなったようだ』

 

 そんな実況と解説の言葉を聞きながら、百代は一子に近づく。

「ワン子、この調子で少しでも眼を鍛えるぞ。私達の本領は本選でだ」

「はい!お姉さま!」

 そう言って二人は控え室へと戻っていく。

 そんな姉妹の様子をリングの端から見守っていた鉄心は満足そうに頷いた。

 

川神シスターズ ○ ― × 地獄兄弟

試合時間 35秒

 

 

―――――PICK UP 予選一回戦第28試合―――――

Hijo del sol(太陽の子) vs 魔弾の射手―ザミエル―

 

 

『さぁ、ここで優勝候補の一角、太陽の子・メッシ選手の試合です。対するはこちらも注目の偉人のクローン、那須与一選手!!』

『与一の組は双方とも遠距離攻撃の選手。近づかれたら厳しいかもな』

『それは本人達もわかっているでしょう。その辺をどうするか、注目ですね』

『さぁ、早くも注目選手同士の一戦です、試合開始っ!!』

 

 試合開始の合図とともに与一と歩美は後ろに飛ぶ。

 しかしメッシ達もそれは想定内なのだろう、一気に距離を詰めようとしてくる。

そこに――

 

「Triggerァ happyィィッ!!!!」

 歩美が掛け声とともに手にしたマスケット銃から銃弾を連射――そう通常ではありえない連射をする。

 だが、メッシ達も伊達に優勝候補と言われているわけではない、銃口の先を見極めてサッと横に飛ぶ。

 その時、メッシは信じられないものを見た。

 銃口から発射されまっすぐ飛んでいくであろう弾丸がいきなり四方八方に飛び散りだしたのだ。

「なっ!」

「くっ!」

 予想外の攻撃に思わず足が止まる二人。

「ヒャッッッハーーーーっ!!ドンドンいくよっ!!」

 そこに立て続けに歩美の銃から弾丸が振りそそぐ。

 そんな縦横無尽に降り注ぐ弾丸の雨にさらされ、止まる太陽の子。それはすなわち的になることを意味していた。

 

 与一の口から言葉が漏れる。

「我放つ雷神の一撃に慈悲は無く、汝を貫く光とならん」

呪文の詠唱のようだ、

「ふん、遠距離だから近づけばいい?ならば近づけなければいいだけのこと!! お前たちのそのふざけた思い上がりをぶち壊す!!」

与一が敬愛する超有名ラノベ主人公の決めゼリフとともに放たれた矢は狙いたがわずメッシの顎を打ち据えていた。

 ドサリとリングに沈む太陽の子。

――ゴングが鳴る。

 

『試合終了!注目選手同士の一戦は那須与一選手のチームに軍配が上がりました』

『那須与一のクローンもそうだが、あの千信館の小さいのは随分と面白い事をやるな』

『弾丸を自在に操る力のようですね、あの連射もそのためでしょう。いやいや、近づいたら不利ならば近づけなければいい……確かに真理ではあります、しかし言うは易し行うは難しなのですが……お見事です』

 

「ふん、雑魚が……」

「イエーイ」

 リング上二人はパンっとハイタッチをして控え室へと戻っていく。

 

Hijo del sol(太陽の子) × vs ○ 魔弾の射手―ザミエル―

試合時間 1分10秒

 

 

―――――PICK UP 予選一回戦第49試合―――――

    神の闘士達 vs タイガー&ドラゴン

 

 

「ふん、神に選ばれしキルギスの闘士、イスマイルに勝てる者などいないさ……」

精悍な顔つきの男は鍛えた筋肉を誇示しながら対戦相手でメイド姿の二人を見下したように見ている。

「二人ともよく見るとなかなか美人じゃないか、今すぐ棄権すればオレが今晩、夜のタッグマッチの相手をしてやるぞ?」

 イスマイルは両腕を前にだし何かを抱きしめるようなポーズをとる。

「彼は何を言っているのですか?」

「あ?私らの靴舐めるから許してくださいって言ってんじゃねぇの?」

「……申し訳ありませんが、私にはそういう趣味はないので……」

 そんなイスマイルに申し訳なさそうに眉をひそめる李と呆れ顔のステイシー。

「くっ、馬鹿にして。すぐにその綺麗な顔をヒーヒー言わせてやるぞビッチ共っ!!」

 

 イスマイルとそのパートナーは開始と同時に二人に突撃していく。

「はん!てめぇの粗末なモンで私ら満足させられると思ってんのかよ!!」

 そう言ってステイシーは懐から二丁のマシンガンを取り出し、

「ロックン・ロォォーーールッ!!!」

突撃する二人めがけて連射した。

「くっ、飛び道具とは! しかし実弾ではないのだ、これしき!」

 そう気合を入れて腕をクロスして顔を守りながら再びステイシーへと向かっていこうとしたその時、耳下で女の声が聞こえた。

「後ろが疎かですよ」

 何事かと振り向こうとしたその刹那、首筋にチクリとする痛みが走ったかと思うと……

「――あっ」

 次の瞬間、イスマイルの意識は深い闇の中へと落ちていた。

 

『試合終了ぉ!流石に強い九鬼の従者部隊。優勝候補ともくされていたイスマイル選手を一蹴だぁ』

『彼女たちは九鬼の従者部隊の若手でも伸び盛りの二人です、身内びいきになってしまいますが頑張っていただきたいものです』

 

神の闘士達 × vs ○ タイガー&ドラゴン

試合時間 1分5秒

 

 

―――――PICK UP 予選二回戦第10試合―――――

    GET THE GLORY vs 川神坊主`s

 

 

『さぁ、試合は早くも予選2回戦に突入、海外の有力候補が次々と倒れる波乱の中、どのチームが勝ち上がるのでしょう。試合開始です!』

 

「はあああああああああ」

「ほおおおおおおおおお」

 川神院の若手の修行僧である二人は気を練り、それを気弾として打ち出し栄光と由紀江を攻撃している。川神院の修行僧だけあり、お互いがお互いのフォローをしながら気弾を放つためなかなか飛び込む隙が見当たらない。

「おおっと、流石川神の坊さんたち一回戦の相手とはレベルが違うね」

 気弾をギリギリで躱しながら栄光が言う。

「そうですね、とても息があってます。なかなか飛び込まめません」

 同じく気弾を躱しながら由紀江が唸る。

「かといって、このままって訳にもいかないし……腹括りますか!」

「はい!」

「オレが突っ込むから。トドメは任せたよ、由紀江ちゃん!!」

「了解です!」

「かっこいいぜ、エイコー」

「当たり前のこと言うなって、松風!」

 そう言って栄光は解法を全面に押し出して修行僧に突撃していく。もちろん二人の僧は栄光めがけてありったけの気弾を叩き込むが……

「残念!効かねぇんだよ!!」

「なっ!」

「ばかなっ!」

 気弾は全て栄光に触れる直前に何かに阻まれるようにして掻き消える。

 そして栄光に隠れるように併走していた由紀江が、

「たああああああああああああああっ!!!」

 間合いに入って瞬間に飛び出して、修行僧二人を一太刀で切り捨てる。

――ゴングが鳴る。

 

『決まったぁ!パートナーとの見事な連携でGET THE GLORYが最終予選に進出です!』

『あの小僧、気を使った攻撃は全部シャットアウトできるのか?』

『達人であればあるほど気を使っての攻撃が主になってくる傾向がありますからな、気は大杉様、物理攻撃に関しては黛様がフォローをしているようですね。いいチームです』

 

「ヘーイ、お疲れ、由紀江ちゃん」

「お疲れ様です、大杉先輩」

 由紀江は栄光の労いの言葉に腰を追ってお礼をする。

「あー、一回戦の時も言ったけど、こういう時はそうじゃないだろ?」

「あ、すみませんそうでした」

 そう言って由紀江は恐る恐るといった感じで手をあげる、そこに、パンッ!と勢いよく栄光の手がぶつかる。少々ぎこちないがとても初々しいハイタッチ。

「改めてお疲れ、由紀江ちゃん」

「はい!大杉先輩!」

「エイコー、オラ夢見てんのかな?試合に勝ってハイタッチとかそんな青春、漫画の中だけだと思ってたぜ……」

 

GET THE GLORY ○ vs × 川神坊主`s

試合時間 2分38秒

 

 

―――――PICK UP 予選二回戦第30試合―――――

    飛燕飛翔 vs マッスルリベンジャーズ

 

 

『一回戦を全チーム最速の10秒で決めた、飛燕飛翔チーム。二回戦の相手はパワーが自慢のマッスルリベンジャーズだ!』

 

「ふん、小娘どもが、俺たちの筋肉はすべての攻撃を跳ね返す!」

「貴様らの細腕など恐るるに足りんのよ!」

 ボディービルダーの様に筋肉を誇示した二人の大男を前に、燕と水希は、

「攻守交代、今回は水希ちゃんね」

「えー、決まりだからしょうがないけど。あの人たちなんかテカテカしてるんですけど……じゃあ……右で」

「OKー」

という形で、試合直前の打ち合わせを終えていた。

 

「何をブツブツ言っている!いくぞ!」

 二人の大男は燕と水希にそれぞれタックルをかけに突撃を開始する。それを燕は右側の男にターゲットに決めて敢えて走って近づくとそのタックルが入る直前に、男の鼻にデコピンを放つ。

「うおっ!」

 燕の間合いの詰かたの速さと予想だにしなかった攻撃に男の足が一瞬止まる。そこに、

「せいっ!」

いつの間にか横に回りこんだ水希の回し蹴りが男の顎に綺麗に決まる。

 意識を飛ばされドサリと倒れる大男。

――ゴングが鳴る。

 

『試合終了ぉ!今回も瞬殺!!目にも止まらぬ早業でした!!これで飛燕飛翔チームも最終予選に進出決定”』

『顎に綺麗に一撃、あれじゃあいくら鍛えてたって無駄だわなぁ』

『1回戦とは攻守がというか、牽制役を逆にしてきてましたな。どちらがやっても同じクオリティの戦法が取れるというのはとても有効ですね』

 

飛燕飛翔 ○ vs × マッスルリベンジャーズ

試合時間 8秒

 

 

―――――PICK UP 最終予選第5試合―――――

     雅  vs  ザ・プレミアムズ

 

 

「お二人共名家のご出身。プッレーミアムな私の対戦相手としてふさわしい!」

「おい、此方たちとお前と一緒にするな、格が違うわ格が」

「家の格はどうでもいいから、さっさと終わらせましょう。さすがに疲れたわ」

「ふふふ、流石にオバ様たちは体力があまりないようで、プッレーミアムな私はまだピンピンしてますよ!」

「ちょ!オバさんってあんたと一つしか違わないでしょう!」

 そんなふうに言い合っていると、試合開始のゴングがなった。

 ゴングと同時に武蔵小杉と相方のS組の男子はリングの四方めがけて逃げ始めた。

「にょほー、逃げるなー、正々堂々勝負するのじゃー」

 心が腕を振り回しながら抗議をする。

 

「ふっふっふ。先ほどのやりとりで確信したわ。あの人たちはもう体力がない、このまま逃げ続けて最後の最後でクタクタになったところを狙えば勝利!なんてプッレーミアム作戦なんでしょう!」

 そんなふうに独り言をつぶやきながら全速力で逃げている武蔵小杉の耳元に聞きなれた声が届く。

「もう……さっきも言ったけど疲れてんだからあんまり走らせないでよね」

「ちょおおっ!」

 さきほどリングの中央にいたはずの鈴子が全速力でかけている自らのもとに届いてることに驚愕する武蔵小杉。そんな武蔵小杉の反応を無視して一気に鈴子は前へと回り込み、手に持った薙刀を一閃。

「ぐふっ!プッレーミアムな私の野望が……」

 崩れ落ちる武蔵小杉。

――ゴングが鳴る。

 

『試合終了ぉ!チーム雅の本選出場が決まりました!!』

 

 雅 ○ vs × ザ・プレミアムズ

試合時間 55秒

 

 

―――――PICK UP 最終予選第16試合―――――

四次元殺法コンビ vs 柊桜爛漫(しょうおうらんまん)

 

 

『さぁ、本日最後の試合、本選への最後の椅子をかけた戦いがリング上では行われております。最後の椅子はどちらのチームが手にするのでしょうか』

『ふむ、あれが武神を倒したと噂の柊四四八か、それに西楚の覇王と呼ばれた項羽のクローン……』

『ですがこの柊桜爛漫チーム、一回戦、二回戦とそれほど目立った戦いをしているわけではないんですよね。試合時間も特に早く終わってるということもありません』

実況のアナウンサーが資料を見ながら話す。

『少々失礼します……ふむ、やはりそうですか……恐らくですがこの試合、あと10秒で終わると思われます』

 クラウディオがアナウンサーのもつ資料と同じものに目を通しながら言う。

『え?クラウディオさんそれは何故……』

 と、アナウンサーがクラウディオにその理由を聞こうとしたとき。

「ごふっ!」

 四四八が投げた相手に項羽が空中で方天画戟の一撃を喰らわせ吹き飛ばした――クラウディオの言うとおり、先ほどの言葉からきっかり10秒後の出来事だった。

――ゴングが鳴る。

 

『試合終了ぉ!本選出場の最終組は柊桜爛漫チームだ! それにしてもクラウディオさんなぜ決着のタイミングがわかったんですか?』

『簡単なことにございます。この柊桜爛漫チームですが一回戦、二回戦ともきっちり二分で試合を終わらせています。これは他のチームにも言えますが、今回のタッグトーナメント、急造のチームが多いようでございます。その為、連携や意思疎通に難があるチームもありました、おそらく柊桜爛漫は実戦でお互いがどこまで連携などができるのか確認しながら戦っていたのだと思われます』

『なるほど、それで時間を最大限使ってそれでいて疲れを貯めないであろうギリギリの2分という時間で試合をコントロールしてたってことか』

『ということは、彼等にとってこの予選は練習だったと?』

『だと思われます……おそらく本気の『ほ』の字も出していないのではないでしょうか。末恐ろしいですねぇ』

 

 そして本選出場を決めた二人は、

「お疲れ様です、覇王先輩」

「んはっ!俺と柊が組めばこんなものだな!まぁ、もっと早く終わらせたかったが、柊が言うならしょうがない」

「別に、どう勝っても決勝に行けさえすればいいんですから、せっかくの実戦です有効に使わないと」

「わかった、わかった。それにしても腹が減ったな。よし、柊、中華街で中華まんを食って帰ろう!」

「ああ、いいですね、いきましょうか」

と、今しがた試合が終わったとは思えない軽さで話している。

 

四次元殺法コンビ × vs ○ 柊桜爛漫

試合時間 2分

 

こうして決勝トーナメントに残る16チームが出揃った。

 

 

―――――

 

 

試合が全て終了したリング上、一人のガッチリを体格のいい男が明日のトーナメントの組み合わせを発表していた。

 

『私、七浜で執事をしております田尻耕と申します、皆からは大佐の愛称で呼ばれております。この度ゲストとして明日の決勝、リング上での審判と実況をさせて頂くことに、あいなりました。皆様どうぞよろしくお願いいたします』

そう言うと大佐は大型のスクリーンを指差して。

「さぁ、これから明日のトーナメントの組み合わせを発表したいと思います。トーナメントは4ブロック。朱雀、青龍、白虎、玄武の組でそれぞれ2回戦を戦っていただきます。その後、朱雀の勝者と青龍の勝者、白虎の勝者と玄武の勝者が戦い、最後に勝ち残った2組が東方の優勝者の栄冠をかけて戦います!」

 そう言って大佐はリング中央で両手を大きく広げると一際大きな声で叫ぶ。

「それでは、16チーム32人若獅子たちの運命を分ける組み合わせは……これだっ!!!!」

 

スクリーンにトーナメントの組み合わせが発表される。

 

朱雀組(Aブロック)

第一試合

板垣インパルス(板垣亜巳・板垣竜兵)vs川神シスターズ(川神百代・川神一子)

第二試合

タイガー&ドラゴン(ステイシー・李静初)vs雅(不死川心・我堂鈴子)

 

青龍組(Bブロック)

第三試合

川神アンダーグラウンド(源忠勝・鳴滝淳士)vs400万パワーズ(島津岳人・長宗我部宗男)

第四試合

地獄殺法コンビ(羽黒黒子・板垣天使)vsデスミッショネルズ(武蔵坊弁慶・板垣辰子)

 

白虎組(Cブロック)

第五試合

大江戸シスターズ(クリスティアーネ・マルギッテ)vs柊桜爛漫(柊四四八・葉桜清楚)

第六試合

フラッシュエンペラーズ(九鬼英雄・井上準)vs源氏紅蓮隊(源義経・椎名京)

 

玄武組(Dブロック)

第七試合

飛燕飛翔(松永燕・世良水希)vsダイナミック・ウィンド(風間翔一・クッキー)

第八試合

魔弾の射手―ザミエル―(那須与一・龍辺歩美)vs GET THE GLORY(大杉栄光・黛由紀江)

 

第九試合

第一試合勝者 vs 第二試合勝者

 

第十試合

第三試合勝者 vs 第四試合勝者

 

第十一試合

第五試合勝者 vs 第六試合勝者

 

第一二試合

第七試合勝者 vs 第八試合勝者

 

準決勝第一試合

第九試合勝者 vs 第十試合勝者

 

準決勝第二試合

第十一試合勝者 vs 第一二試合勝者

 

決勝

準決勝勝者 vs 準決勝勝者

 

 決戦は明日、32人の戦いが始まる――

 

 

 




歩美の感じはベイの中の人と同じ人がやってる、
某燃えゲーの敵役兄弟の弟の方です(わかる人いるかなぁw)。

チーム紹介は今回やると流石に長くなりそうだったので、次に回しました。
逆に組み合わせはあるとイロイロ妄想が楽しいかなと思いまして先につけました。
本戦は短い長いはあるかもしれませんが全部の試合を書いていこうと思ってます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十一話~朱雀~

バキの地下トーナメント入場の煽り文句、
参考にしようとしたけど、ただ読みふけってあまり参考にはならなかった……w


 昨日と同じく真っ青な秋晴れの空の下、『若獅子タッグマッチトーナメント』の決勝トーナメントが行われようとしていた。

 七浜スタジアムは連日の超満員――いや、人数で言ったら同じかもしれないが観客の熱気は昨日を上回るっているように感じる。予想にだがわぬ昨日の予選をみて期待が否が応にも高まっているのであろう。

 試合開始が近づくにつれて観客のボルテージも上がってきてる。

 

 そこに昨日、トーナメントの組み合わせ発表をした大佐がマイクを持って現れた。

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 地響きのような歓声と拍手が七浜スタジアムを揺るがす。

 大佐が手を挙げ観客を沈める。さざ波が引いていくように歓声が静まる。

 完全に歓声が静まったのを確認すると、大佐はマイクを口元に持っていき話し始めた。

『皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、若獅子タッグマッチトーナメントの本選を執り行いたいと思います。まず開会に先立ちまして、私、田尻耕より関係者のご紹介をさせていただきます』

 スタジアムは静かに大佐の話を聞いている。静かだが、その熱は失っていない。内へ内へと溜まって言っているようだ。

『まず、昨日と同じくリング四方には四名のマスタークラスの達人を配置いたしております、皆様拍手でお迎えください』

 観客から拍手が巻き起こる。その拍手に鉄心、ヒューム、ルー、釈迦堂はそれぞれに手を挙げて答える。

『そして実況席にはこちらも昨日同様、川神TVアナウンサーの稲田提さん、解説のクラウディオ氏、鍋島氏の両名がいらしております。こちらも拍手でお迎えください』

 先程と同様に観客から拍手が巻き起こり、稲田、クラウディオ、鍋島は実況席から手をふり挨拶をする。

 

 拍手が終わるのを待って大佐は敢えて静かに話はじめた。

『さて、準備が出来たようです……では、これより若獅子タッグマッチトーナメント本選を開始いたします……』

 拍手はしているが観客の熱気はまだ外に出てきていない、それを爆発させるべく大佐は今までとはうって変わって張りのある大きな声を上げて観客に語りかけてきた。

 

『みんなっ!! 次代を担う若獅子達の咆哮を聞きたいかああーーーーーっ!!!!』

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!

 貯めていた熱気を一気に発散させた観客たちの歓声がスタジアムを揺らす。

 

『次代を担う若獅子達の魂を、知りたいかあああーーーーーーっ!!!』

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!

 

『それは私も同じこと……さぁ、みなさんお待ちかねっ! トーナメントに選ばれし16チームの入場ですっ!!!』

 そういって大佐はバッを手を挙げ、選手入場口を指し示す。

 そして、大佐の熱いリングアナウンスとBGMにのって16チームが入場する。

 

『武神降臨!! 目指すは最強っ! 妹と共に取るぞ天辺っ! ご存知、川神百代&川神一子の川神シスターズッ!!』

「武神の名、今日こそ取り戻す」

「勇往邁進! 頑張るわ!!」

 

『戦場帰りの傭兵が、女王様と一緒に登場だっ! 板垣亜巳&板垣竜兵の板垣インパルスッ!!』

「優勝はいただくよ!」

「あのデカブツとやるまで負けねぇよ」

 

『メイドの土産は冥土の土産っ! 若手九鬼従者部隊の実力を見せつけろっ! 李静初&ステイシーのタイガー&ドラゴンッ!!』

「タイガー、タイガー、じれっタイガー……ぷっ!」

「おぉい、李、スゲーやる気なくなりそうなんだけど……」

 

『名家の歴史は強さの歴史っ! 高貴な威光は最強の座にて輝くかっ! 不死川心&我堂鈴子のチーム・雅ッ!!』

「にょほほ、投げて投げて投げまくってやるのじゃ」

「これに優勝して、アイツをギャフンと言わせてやるんだから」

 

『街の闇で研いだ牙、それを頼りに男は進むっ! 男二匹の二人旅っ! 源忠勝&鳴滝淳士の川神アンダーグラウンドッ!!』

「まぁ、やるだけやってみるさ」

「ふん、誰が来ても蹴散らすだけだ……」

 

『パワーこそ至高っ! 筋肉こそ頂点っ! そんな脳筋共がやって来たっ! 島津岳人&長宗我部宗男の400万パワーズッ!!』

「俺様のファンになった女子、いつでも連絡待ってるぜ!」

「四国が鍛えたこの身体、川神に知らしめてやる!」

 

『胸も、パワーも超ド級っ! サンドイッチは地獄への片道切符っ! 武蔵坊弁慶&板垣辰子のデス・ミッショネルズッ!!』

「義経とは決勝まで当たらないからね、全力で行くよ」

「Zzz、Zzz……あ、寝てない寝てない……Zzz,Zzz」

 

「私達は、強いんじゃなくて最強なんだっ! 羽黒黒子&板垣天使の地獄殺法コンビッ!!」

「アタイのデビュー戦にいい感じ系の最高系じゃない?」

「ウチの名前全部言うな!天でいい天で!!」

 

『鎌倉の勇者と中華の豪傑が手を組んだっ! 桜と柊、乱れ咲きっ! 柊四四八&葉桜清楚のチーム・柊桜爛漫ッ!!』

「出るからには、勝ちますよ」

「なんで清楚なんだ、俺は項羽だぞ! 項羽!!」

 

『この言葉以外に何がいるっ? ドイツの軍人は世界ィ一位ィィィィッ!! クリスティアーネとマルギッテの大江戸シスターズッ!!』

「マルさんと一緒なら負けないぞ!」

「ついに眼帯を外す時が来ましたか……」

 

『英雄推参! 世界を動かす男がやってきた! 九鬼英雄&井上準のフラッシュエンペラーズッ!!』

「フハハハ、九鬼だと言って遠慮はいらん! かかってこい!!」

「えー、年齢一桁の女子は試合後、俺のところまで来るように」

 

『英傑再臨! 天下五弓を引き連れて新たな伝説を作り出す! 源義経&椎名京の源氏紅蓮隊ッ!!』

「義経の名に恥じぬように義経は頑張る!」

「待ってて大和、私の愛で止めてみせるっ!!」

 

『電光石火のスピードスター、飛燕は文字通り飛翔できるかっ! 松永燕&世良水希のチーム・飛燕飛翔ッ!!』

「私が速いのは松永納豆のおかげ! 皆、よろしく!」

「えっと、頑張ります!」

 

『昨日は昨日の風が吹く、今日はどんな風が吹く? 嵐を巻き起こせっ! 風間翔一&クッキーのダイナミック・ウィンドッ!!』

「よおし!優勝目指してレッツ・ゴーっ!!」

「ふふふ、さあ、お仕置きの時間だ……クッキー・ダイナミックっ!」

 

『狙った獲物は一発必中っ! どんな的でも百発百中っ! 那須与一&龍辺歩美の魔弾の射手―ザミエル―ッ!!』

「ふん、この人の多さ……邪気が溢れてるぜ……」

「イェーイ、あゆちゃん優勝もってちゃいますよー」

 

『その名のとおり、その手に栄光を掴み取れっ! 大杉栄光&黛由紀江のGET THE GLORYッ!!』

「オレの栄光ロード、バッチシ見てくれよな!」

「と、と、と、と、友達募集中ですっ!!!」

 

16チーム32人がズラリと並ぶ。

『決勝トーナメント第一回戦は20分後に行われます!皆様、どうぞご期待下さい!! 最後にこの若獅子たちに今一度、大きな拍手をお願いいたします!!』

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!

 3万人の拍手と歓声が鳴り響く。

 若獅子タッグマッチトーナメントの火蓋が切って落とされた。

 

 

―――――決勝第一回戦 朱雀組 第一試合―――――

    川神シスターズ vs 板垣インパルス

 

 

『一回戦で早くも優勝候補、武神率いる川神シスターズの登場です』

『予選みたいに武神ものんびりはしてられねぇだろうからな、仕掛けてくるだろう』

『百代様がお強いのは相手もわかっているでしょう、どのような形で相手取るか注目ですね』

『奇しくも、兄弟ペア同士の試合となった第一試合。今、ゴングですっ!!』

 

 ゴングと同時にまず動いたのは百代。

今までの予選とはうって変わって、一気に勝負を決めるべく動く。狙うは――客観的に見て防御の薄い、板垣亜巳。

「悪いが後ろがつかえてるんでな、早々に終わらせる――川神無双正拳突きっ!!」

 突撃したスピードを下半身をフルに使ってエネルギーに変え、身体全身の関節を駆動させて放った正拳突きが亜巳を襲う。

 

 肉を打つ手応えがある。が、

「――つぅう……なんだこれ、超いてぇ!」

百代の耳に届いたのは亜巳の悲鳴ではなく、竜兵のボヤキだった。

 竜兵は百代と亜巳の間に割って入ると、百代の拳をクロスさせた腕で受け切ったのだ。

「ほう……私の拳をうけてその程度か、面白いっ!」

 その時、竜兵に亜巳の声が飛んでくる。

「挑発に乗るんじゃないよ! 竜! 打ち合わせ通りだ!」

「わかってるぜ! 亜巳姉ぇ!!」

 そう言って、竜兵は百代の横を抜けて一子へと突進する。

 百代の元には亜巳の棍から放たれた鋭い突きが放たれる。

「わざわざ、同じ間合い同士で付き合うつもりはないよっ! 私だって多少離れてれば、逃げ回る事くらいできるさ」

 そう言って亜巳はつかず離れずの距離を保ちながら適度に棍をだし百代を牽制していく、その棍からは倒すという意思は感じられない、が、入れば引き、引こうと思えば伸びてくる。非常にうっとおしい状態になっていた。

「良い腕じゃないか、お姉さん……だけど忠告しとくよ。一瞬でも気を抜いたら……獲るからね」

「はんっ! 武神相手に気なんか抜くかい!」

 綱渡りの様な亜巳の挑戦が始まる。

 

 一方、竜兵の突進を受けた一子は竜兵の拳を避けながら、薙刀をふるい応戦していた。

「おらおらおらおらおらっ!!」

「せいっ! やぁっ! はぁっ!」

一子は竜兵の拳と拳の間に薙刀を滑り込ませ竜兵を狙い打つ。打つ……が、竜兵の太く筋肉に覆われた両腕に阻まれて決定打にはなりえてない。

「はっ! 効かねぇぞ、チビっ!!」

「ムーーー……だめだめ、平常心平常心……えやっ!!」

 再び一子の薙刀が竜兵の顔を狙う、が、阻まれる。

 しかし、一子は怯まない、諦めない。その一打、一打が勝利への道筋だと信じて打ちすえる。

 真っ直ぐ、愚直に姉の教えに従って。

 まず、敵の攻撃は可能な限り避ける、無理なら捌く、そして、相手に攻撃と攻撃の合間に自らの攻撃を重ねる。打つ時は地面を踏み、力の入れ方は常に内側を意識して、眼と意識は常にまわりを俯瞰で見ながら、相手の急所を点を打つように、打ち抜く。

 

 百代は戦いとは我慢比べだと言っていた。

 息を止めて水に顔をつけて先に顔を上げた方が負ける。

――だから、早く息が上がるように突っついてやればいいのさ。

 それが布石なのだと言っていた。その後――まぁ、私も最近身にしみてわかっただけだけどな。と照れたように言った姉がなんとも可愛いと思ったのを覚えている。

 百代ほどの強さのものでも未だに新たな発見がある。

 武とはそれほどまでに奥深い、自分がいまの百代の高みに至れるかもまるでわからない。

――でも、

我慢比べなら出来る。

 耐える事なら出来る。

 だからそれを信じて今は進もうと決意した。

 

 そして、竜兵と戦い始めて5分……その一子の愚直さが実を結ぶ。

 いままでと同じように竜兵の拳をかいくぐり薙刀が飛んできてた、それを竜兵は今までと同じくガードしようとした……しかし、さっきよりも腕が上がる速度が鈍い。

 初手の百代の一撃と、5分間一子が愚直に腕のみに打ちすえてきたダメージがここにきて限界を突破した。動かなくなったわけではない、そうではないが、今までよりも明らかに1テンポ遅れた反応。そのつけはあまりに直ぐにやってくる。

「せいっ!」

一子の一撃が、

「があっ!」

綺麗に竜兵の顔面を捉える。

 

思わず後ろに下がる竜兵、そこに――

「もらったぁ! 川神流! 大車輪っ!!」

 体重とスピードののった一撃が竜兵に叩き込まれる。

「ぐっはっ!」

「竜っ!」

 姉である亜巳の声が飛ぶ。

 

「があああああああああっ!!」 

 一子の一撃を喰らっても、竜兵は立っていた。

 足を大きく開き力を込めて。己の存在意義を示すかのように立っていた。

「俺ぁ、あのデカブツにリベンジマッチ申し込んだんだ……こんなとこで倒れちゃ、カッコ悪くてしょうがねぇんだよっ!!!!」

 激昂を響かせて、再び一子を睨みつける。

 

 しかし、その時、既に決着はついていた。

 ――ゴングが鳴る。

 『それまでっ! 勝者っ! 川神シスターズっ!!』

 大佐の声が響く。

 その声に、一子と竜兵が周りを見ると、百代の拳を受けた亜巳が場外で気を失っていた……

 

 「竜っ!」

と、思わず弟を心配して出てきた言葉、その後に亜巳は取り返しのつかない事をしたことを認識した。

「気を抜いちゃ駄目だって言ったじゃないかお姉さん……」

 その言葉と共に放たれた拳は亜巳の棍を砕き、身体を綺麗に打ちすえていた。

「かっはっ!!」

 場外まで吹っ飛ぶ亜巳。

 身体に力が入らなかった。

 亜巳は竜兵の激昂を意識のもうろうとする中で聞いていた。

 

 

―――医務室

 

 

「んっ……」

「おう、気がついたか亜巳姉ぇ」

 亜巳が気がつくと、そこはベットの並べてある医務室だった。

 傍らに竜兵が座っている。

 試合の経過を思い出し、

「悪かったねぇ、竜。下手こいちまった」

と、自嘲気味につぶやいた。

「まぁ、相手は武神だ。しょうがねぇ」

 姉の言葉を受けて、竜兵が答える。

 そして、竜兵は続ける。

「なぁ、亜巳姉ぇ、悪ぃんだけどよ。海外行きはもうちょいお預けだ、やり残しちまった事があるからな……」

 それを聞いた亜巳は薄く笑って、

「そうかい、でも、食費は払ってもらうよ。タダ飯食わせる訳にはいかないからね」

と、言った。

「わかってるよ、亜巳姉ぇ」

 竜兵も薄く笑って答える。

 

「辰姉ぇと天の試合がある、俺は行くけど、亜巳姉ぇは寝てていいぜ」

「はん、見くびるんじゃないよ。可愛い妹達がやるって言うのに、おちおち寝てられるかって」

 それを聞いた竜兵は小さく肩をすくめて立ち上がる。

 亜巳もベットから降りて、立ち上がる。

「んじゃ、行こうかね」

「あいよ」

 そういって板垣兄弟は医務室から出ていった。

 医務室に砕けた棍だけが打ち捨てられていた……

 

―――――決勝第一回戦 朱雀組 第一試合―――――

   川神シスターズ ○ vs × 板垣インパルス

        試合時間 6分10秒

 

 

―――――決勝第一回戦 朱雀組 第二試合―――――

     タイガー&ドラゴン vs 雅 

 

 

『さぁ、リング上では既に第二試合、タイガー&ドラゴンと雅の準備が整っております』

『こうまで4人が4人とも違うタイプの選手と言うのも珍しいな』

『投げ、薙刀、銃火器、暗器……たしかに中々に混沌としておりますな』

『さぁ、どんな展開になるか全く予想がつかないこの一戦、今、ゴングですっ!!』

 

 試合開始の合図とともに、

「ファック……家柄、家柄って、お前ら全っ然、胸に響かねぇんだよ!!」

そう叫んだステイシーは懐から丸い物体を取り出し心と鈴子の方へ放り投げる。

「にょほっ!」

「ちょっ!!」

 それが手榴弾だと認識した時には、ステイシーのマシンガンが手榴弾ごと、雅の二人に向けて放たれていた。

「ヘーーーイッ! ロッックンロォォーーールッ!!!」

 手榴弾は打ち抜かれ、リング上にもうもうと土煙が上がる。

 

「にょほーーー、卑怯じゃろう! 銃は反則じゃ!!」

 間一髪で逃げ延びた心はマジンガンに追われながら、リング上を逃げ回る。

「あぁ? ルールは銃火器OKのはずだぜ? ファックなお嬢様は字も読めないのかい?」

「ぐうう、此方を馬鹿にしおって……ひょおっ!」

 悔しそうに顔を歪めた心の足元に、マジンガンの銃弾が降り注ぐ。

「ロック、ロック、ロック! いつまで逃げられるかなぁ」

 追いつめるステイシー。

 追いつめられる心。

 そして、その心にとどめを刺すべく、音もなく近寄る一つの影――李静初。二人の本命はこちら。ステイシーが挑発等を交えわざと派手に動いていたのも李の動きを隠すため。

 

「いただきます」

 その言葉と共に手に持った針で心をしとめようとした時――

「やらせない」

 二人の間に鈴子が滑り込む。

――疾いっ!

 李は土煙のどさくさにまぎれ、気配を消して心に近づいた。

 鈴子が見当たらなかったのが土煙の中にいたからという事を考えたら、開始位置からこの位置まで鈴子は一足飛びに駆けつけてきたことになる。

 疾い――このリング上の誰よりもこの娘は疾いと李は認識した。

 しかし、そこで思考が止まるほど李はヌルい戦士ではない。

 一瞬のうちに心を仕留めるのを諦めると、逆に後ろに飛ぶ。

 そしてそれを追う鈴子。

 

――読み通りっ!!

 

 そこに李は自身の装備するありったけの暗器を叩き込む。

 短刀が閃き、

ワイヤーがはしる。

 手裏剣が煌き、

鎖玉が襲う。

 あらゆる暗器が鈴子めがけて放たれた。

「はああああああっ!!」

 そんな暗器を薙刀で全て捌き切る鈴子。

 そんな鈴子に李は称賛にも近い驚愕を感じながら、それでも鈴子を仕留めるため――「――フッ!」本命の含針を口から放つ。

 あらゆる暗器の殺気に隠れた最後の一針。

 薙刀では捌けないであろう小さな針が鈴子の首筋めがけて飛んでいく。

 

 その時、鈴子が大きく首を振る。

 それに伴い、鈴子の長く艶やかな髪がバサリとたなびく。

「――っ!!」

 李は今度こそ驚愕した。

 自分の放った含針は鈴子の髪によって叩き落されていた。

「残念だけど、暗器使いとの戦いは――慣れてるのよっ!!」

 

 針を含めた全ての暗器を捌ききった鈴子は反撃に出る。

 暗器を捌いた鋭さそのままに、李にむかって薙刀の斬撃を縦横無尽にはしらせおいつめる。

「はあああああああああああああああああっ!!!」

 鈴子は殺気を李へと放ちながら、斬撃を繰り返す。

 そんな触れれば切れそうな殺気を受けながら鈴子の攻撃を李は躱して躱して、躱しつづける。

 そんな時――トンっと間が空いた。

 おそらく戦っている二人にしか解らないくらいの間。

 時間にしたらおそらく1秒にも満たないであろう、そんな間。

 そんな間の中で、鈴子が殺気を膨らませる。

――なにか来るっ!!

 李はそれを察し、鈴子の攻撃に備え集中する。

 

 その時――李は予想外の事を目にする。

 鈴子が自分ではなく、まるで違う方向へと身を翻したからだ。

――しまったっ!

 と、思ったときはもう遅かった。

 もう追いつけない。

 もう間に合わない。

 この一瞬を作り出すために、自らに李の全てを集中させるために、鈴子は切れそうな殺気を敢えて自分に叩きつけていたのであろう。

 

 それでも、声を上げずにはいられない。

「ステイシーッ!!!!」

 鈴子が向かう先――パートナーのステイシーの名を叫ばずにはいられなかった。

 

 マシンガンで心を追い詰めていたステイシーのもとに、パートナーの声が届く。

「ステイシーッ!!!!」

 悲痛な、叫ぶようなパートナーの声に目を向けると。

「なっ!」

 そこには真っ直ぐ矢のように自分に向かって疾しる、鈴子の姿が見えた。

 

「――ぐっ」

 鈴子の姿を認識した瞬間、ステイシーの鳩尾に鈴子の薙刀がめり込む。

 ドサリと崩れ落ちるステイシー。

――ゴングが鳴る。

 

『それまでっ! 勝者っ! 雅っ!!』

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 揺れるような歓声が上がる。

 

「お見事でした」

 李が鈴子に近づき握手を求めてくる。

「ありがとうございます」

 鈴子それを握り返す。

「まさか針まで防がれるとは思ってもみませんでした」

「さっきも言いましたけど、慣れてるんですよ、暗器使いの相手……」

「そう……ですか、凄まじい使い手だったのでしょうね……」

 そういうと李は傍らで倒れているステイシーを抱きかかえると、

「また、是非とも相手をしてください。申し遅れました私、九鬼従者部隊序列16位の李静初と申します」

「千信館の我堂鈴子です」

 二人が名乗りあった時、李の腕の中のステイシーがモゾモゾと身体を動かし、

「なんだよ李……そんな気の抜けたコーラみたいなボケじゃ、皆笑わねぇぞ……」

と、寝言を言う。

 そんな寝言に苦笑をしながら、

「まったく、こんな時まで寝ぼけて……我堂さん、ありがとうございました。失礼します」

李は鈴子に一礼すると、ステイシーをとても愛おしそうに見つめながら、そっと運んでいった。

 

 鈴子はそんな李の姿を見ながら。

――もし、何かのきっかけがあれば彼女たちも同じような未来を生きることができたのだろうか……

 と、邯鄲で生活とそして、死闘を繰り広げた姉妹について思いを馳せていた……

 

―――――決勝第一回戦 朱雀組 第二試合―――――

  タイガー&ドラゴン ○ vs × 雅 

        試合時間 3分58秒

 

 




鈴子頑張ってんじゃん!鈴子!!
え?パートナー? ソロ討伐だろ?鈴子は?
あ、アイルー(心)いたな、アイルー(心)。

このあとは鳴滝、四四八と続きます。
よろしくお願いします。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十二話~青龍~

長宗我部の動きのために、オイルレスリングを動画で調べたら、
スパ4のハカンとガチホモなAVっぽいのが出てきた。

俺はそっとプラウザを閉じた……



―――――決勝第一回戦 青龍組 第一試合―――――

  川神アンダーグラウンド vs 400万パワーズ

 

 

 リング上には既に、4人の男たちが相対していた。

 男が4人。一般の試合ではともかく、このタッグマッチトーナメントではとても珍しい組み合わせだ。多くは男女混合、または女性のみのチームも多い。決勝に残っているペアで男二人というチームは、いまリング上にいる2組と白虎組のフラッシュエンペラーのみだ。

 それだけ、川神は女性の武芸者が強いということなのだろう。

 しかし、それだけにここに残った男は、本当の強者ということにもなる。

 

「おい、貴様。敵ながら素晴らしい筋肉をしているじゃないか。そしてとなりのお前! 少し量は足りないが……しなやかないいものを持ってるな。俺の目はごまかせん!!」

 長宗我部が鳴滝にそして忠勝に向かって賞賛の言葉を投げる。

「俺様はわかってるぜ、鳴滝、源……お前達も男は筋肉っ!! だと思ってるんだよなぁ」

 ガクトもしたり顔で頷いている。

 

 そんな二人を呆れ顔で見ながら。

「なぁ、おい、あいつら何言ってんだ」

「とりあうなよ、ただの馬鹿だ……」

 などというやり取りを鳴滝と忠勝はしている。

 

 長宗我部はそんな二人の会話はまるで耳に入っていないかのように、再び語りだす。

「ここは同志に敬意を表して、特製のオキザリスの花から抽出した油を使用しよう……ヌメリが違うぞぉ」

 そう言うと長宗我部の全身が浅黒く変色しテカリが強くなる。秋の日差しを浴びてキラキラ……否、テカテカと輝いている。

「なっ! 長宗我部……それは決勝にまで取っておくつもりだった……」

「言うな、島津!! これは好敵手をみつけた俺の喜びと、相手に対する敬意の姿勢だ……そこに打算などない!!」

「長宗我部……お前……」

 見つめ合う400万パワーズ。感動のシーン……だと思われるのだが、どうにも感動の度合いが伝わってこない。

 

 そんな長宗我部を見て鳴滝が忠勝に話しかける。

「なぁ、源」

「なんだよ、鳴滝」

「俺が島津を相手にする、お前はあの油野郎を何とかしてくれ」

「あぁ? 冗談じゃねえよ、俺が島津の相手をする。油はお前がやれ」

「……」

「……」

 鳴滝と忠勝の視線がぶつかり合う。

 試合開始直前、『絶対に負けられない戦い』が一つここに開戦される。

 

 勝負は一瞬で付いた……

 

「 「 最初はグーッ! ジャン、ケン ポンッ!!! 」 」

 

 鳴滝がグー。

 忠勝がパー。

「くううぅぅっ!!」

「っしゃああっ!!」

 グーに握った自らの拳を睨み悔しがる鳴滝。

 思わず飛び出たガッツポーズで喜びを全身で表す忠勝。

「そうか、二人ともそんなに俺様と戦いたいのか!」

「このオキザリスのオイルを見て俺との対戦を避けるとはな……流石だと言っておこうっ!」

 そして何かを勘違いしている脳筋二人。

 

『さぁ、何やら早くも火花が散っているような青龍組の第一試合。解説のお二人はどのように見られますか?』

『まぁ、見てわかるとおりに全員パワーがある。そう言う意味じゃ純粋な力比べが見れるかもしれねぇな』

『駆け引きや緻密な作戦を見るのも良いですが、ただシンプルな力のぶつかり合いというのもそれはそれで見ものですからな』

『なるほど――さぁ、解説のお二人の言うような展開になるのでしょうか。いま、ゴングですっ!!』

 

 試合開始と同時に長宗我部とガクトがそれぞれ鳴滝と忠勝に向けて走る。

 迎え撃つ、鳴滝と忠勝。

 

 戦いにおいて何を重要視するかは、各人のスタイルによって決まると言って良い。

――とにかく自らの一撃を相手に叩き込む。

――スピードでかく乱して相手に反撃の隙を与えない。

――相手の一部に触りとにかく相手を投げ飛ばす。

 無論、常にニュートラルに全てに事型に対応できるようにするといった人間ももちろんいる。

 戦うもののスタイルの数だけその最重要項目というものが存在するといっていい。

 その中で『悪手をささない』こと項目としているスタイルがある。

 レスリングである。

 

 レスリングに限らず、寝技を主とする格闘技は驚く程に理論的だ。

 こう仕掛けたら相手はこうなる。

 こう来たら、こうゆく。

 ならばこれではこう。

 これなら……

 ならば……

 相手の一手に合わせて、よい手、よい手、少なくても悪手を指さぬように指さぬように……将棋にも似た理詰めの攻防。それが寝技であり、それに特化したレスリングというスタイルなのだ。

 故に、長宗我部もただ無策に鳴滝に突撃していっているわけではない。

 如何にして相手を自らのフィールドに持ち込めるか考えた上での突撃。

 

 長宗我部は鳴滝の拳の射程圏内に入る瞬間すっ上半身を起こして減速した、そして次の瞬間には先ほどよりも疾いスピードでタックルにいっていた。姿勢も、上半身を起こす前より、さらに低い。

 

「ちいっ!」

 鳴滝は長宗我部に合わせて拳を振るう。

 拳は長宗我部の顔面を捉えていた。

 手応えがある。

 が、直前の緩急による揺さぶりと長宗我部の全身を覆うオキザリスの油が一撃必殺であったはずの拳の威力を半減させてしまっていた。

 

 とん――長宗我部の胸と鳴滝の胸がぶつかる。

 鳴滝の肩にちかい右胸に、長宗我部が自分の頭部を当て、胸から腰にかけて抱きついている。

「奥歯が一本やられてしまったが……貴様相手にこの体勢を取れたと思えば安い買い物だな」

 鳴滝の肩に頭を当てながら長宗我部が不敵に笑う。

「くうっ」

 鳴滝が肘を当てようとする――届かない。

 拳を腹に当てる――浅い。

 そのまま鳴滝は長宗我部と共にリングへと倒れていった。

 ここから、鳴滝は大蛇との攻防へと移っていった……

 

 一方、忠勝に向かっていったガクトも攻めていた。

 忠勝が避けて、ガクトが仕掛けるという状況。

 二人ともある程度以上に喧嘩の経験がある。

 さらに言うならお互いの実力も、ある程度以上知っている。

 それを受けての今の状況。

 ガクトの太い腕から繰り出される打撃を忠勝が避けている。

「どうした、源! 逃げてばっかじゃ俺様には勝てねぇぞぉ」

「はん、オメェみてぇな馬鹿力、真正面から相手にするかよ……」

 避けている、避けてはいるが、忠勝はただ避けているわけではない、チャンスを待っている。

 先ほど忠勝自身が言ったように、真正面から戦うことはしない、故にチャンスを待っている、その時が来るまで待つ。根比べだ。

 ガクトが忠勝を捉えるか、忠勝がそのチャンスを見つけて活かすか……そんな攻防が繰り広げられていた。

 

 鳴滝と長宗我部の身体がリング上で絡み合う。

 長宗我部が鳴滝の関節を取ろうと動く。長宗我部の腕が手が関節を捻り、ねじり、極めようと蠢くのを鳴滝が凌ぐ。

 ヌルヌルと蠢く姿はまるで大蛇のようだ。

 身をくねらせ、鳴滝に絡みつき手や足をいやな方向に曲げようとする。

 それを鳴滝は同じく手を使い、足を使って凌いでいるが、ここでもやはり長宗我部に塗られたオイルが邪魔をする。

「ヌルヌルヌルヌと……気持ち悪ぃ」

「つれないことを言うなよ、もっと遊ぼうじゃないか」

 そう言いながら長宗我部の腕が、脚が、手が、とぐろを巻いた大蛇のように鳴滝の身体に絡みつく。

 鳴滝は関節を長宗我部の腕から、脚から、手から逃がしながら、立つ機会を待っている。

 

 そんな時、長宗我部が鳴滝の手首をひねろうとする、その一瞬、鳴滝の上半身から長宗我部の身体がズレる――その一瞬を逃さず鳴滝は上半身を持ち上げようとした。

 

 瞬間、鳴滝の首に大蛇が巻きついてきた。

 

 鳴滝の上半身を持ち上げた一瞬を狙い長宗我部の右腕が鳴滝の首を抱えていた。

 同時に長宗我部自身も鳴滝の後ろに回り込んでいる。

 裸締め。

 一度入ったら、脱出はほぼ不可能な落とし技である。

 寝技とは理論だ。

 故に、攻防は常に布石。

 長宗我部はこの一瞬を作り出すために、タックルからの一連の流れを追っていたのだ。

「わっはっはっ! 俺の締めから逃れるのは不可能! さぁ、絞め落とされるがいい!」

「くっそ!、ふっざけんなっ!!」

 長宗我部が両腕に力を入れる。

 鳴滝の頚動脈が締まる。

 鳴滝は歯を食いしばり、自らの首に巻きついている長宗我部の手首と腕を手でつかみ力を入れて強引に腕を解こうと抵抗する。

 鳴滝の常人離れした握力によってオイルをものともせずに長宗我部の手首と腕に鳴滝の指が食い込む。

 

「くううううううううううううううっ!!」

「ぬううううううううううううううっ!!」

 お互いの腕の筋肉が盛り上がる。

 顳かみに血管が浮き出る。

 

「がああああああああああああああああああああっ!!!!!」

「なああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 歯を食いしばり。

 目を剥く。

 

 混じりっけの何もない力比べ。

 互の腕力のみを頼りとした純粋な力比べ。

 

 勝ったのは――鳴滝。

 

「ああああああああっ!!! らあっ!!!」

「なにっ?! ぐほっ!!」

 鳴滝は長宗我部の締めを力によって強引に引き剥がすと、その首が動くようになった範囲で思いっきり頭を後ろに振る。

 長宗我部の顔面に鳴滝の後頭部が突き刺さる。

 その瞬間を逃さず、鳴滝は前に転がりながら立つ。

 同時に深呼吸。

 一つ。

 二つ。

 深呼吸の二つ目が終わった時に長宗我部立ち上がってきた。

 

「凄まじい男だな、貴様……」

 長宗我部は自らの腕についた真っ赤な鳴滝の手形をさすりながら呟く。

「……てめぇもな」

 鳴滝も赤く跡のついた首を撫でながら答える。

 

「おらっ! もらったぜっ!」

「くうっ! ふんぬうううううううううっ!!」

 そんな声に鳴滝と長宗我部が目をやると、忠勝がガクトの拳の一瞬の隙をついて後ろに周り、先ほど長宗我部がしてたようにガクトにチョークスリーパーを仕掛けていた。

 ガクトは立っている。その腰に両足を巻きつけ、おぶさるような形で忠勝は首を絞めている。

 しかし、長宗我部の時ほど完全には決まっていないらしく、ガクトは顎を使い頚動脈が締まらないように忠勝の腕の位置をずらし、自らの手を後ろに回しながら抵抗をしている。

 

 それを見た二人が口を開く。

「おい……あちらの決着がつきそうだぞ……」

「ああ、源の勝ちでな」

「島津をあんまり見くびるなよ、あの体勢からでも出来ることはあるし、やる根性もヤツにはある」

「そうかい……」

「で、あっちの決着がつくまで待っているか?」

「あ? 寝言言ってんじゃねぇよ……」

「ふっ……だよな」

 

 そう言って長宗我部しゃがんで、右拳をとん、と地面に置く。

 相撲の立会のような構え。

 それを見た鳴滝も同じようにしゃがみ右拳を地につける。

 同じく、相撲の立会いのうような構え。

 

「お前なら、のってくれると思っていたよ」

「……ふんっ」

「お前の口から、改めて名前を聞かせてもらえないか?」

「鳴滝淳士……てめぇは?」

「長宗我部宗男」

 

 同じ高さの二人の視線がぶつかり合う。

 

 リングの向こうではガクトが締めをほどくため、場外の壁へ忠勝をぶち当てようと咆哮をあげながらリング外へと突進していた。

「ぬあああああああああああああああっ!!」

 ガクトの声が響く。

 

 その言葉を合図に鳴滝と長宗我部はお互いに向けて動く。

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 相撲の立会そのままに、互いに頭を突き出して相手にぶつかる。

 

 ガンッ!!

 

 と、いう硬いものと硬いものがぶつかりあった音が響き渡る。

 鳴滝の額が長宗我部の額とぶつかり合っていた。

 

 ツーっ、と、ぶつかり合った額から一筋の血が流れて落ちる。

 

 長宗我部が口を開く。

「なぁ、鳴滝……筋肉の……パワーの凄さを知らしめてくれ……」

 そう言うと、長宗我部はズルリと額を滑らし、リングに頭から崩れ落ちる。

「……任せろ……長宗我部」

 崩れる長宗我部に向かって鳴滝が呟く。

 

 リングの場外でも同じくガクトが崩れる音が聞こえる。

 

『それまでっ! 勝者っ! 川神アンダーグラウンドっ!!』

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 スタジアムに歓声が響き渡る。

 

 そんな中、鳴滝はパートナーのもとへとゆっくり歩み寄っていった。

「よう、危なかったじゃねぇか」

 そう言いながら鳴滝は未だ場外で座っていた忠勝に手を出す。

 ガクトの突進が壁にぶつかる瞬間、忠勝は壁に靴底を当てて逆に壁を思いっきり蹴り、ガクトを地面へと叩きつけたのだ。

 これでKOとなっている。

「あ? おめぇの方こそ大分やられてんじゃねぇのか?」

 そう言いながら鳴滝の手を取って立ち上がる。

「カスリ傷だこんなもん」

「ああ、そうかよ」

 そう言って、二人は選手控え室へと向かう。

 

 無言で歩く。

 

 リングから通路に入ろうとした時、不意に鳴滝が口を開く。

「……お疲れ」

「おお……」

 忠勝はその言葉になんの戸惑いもなく答える。

 

 二人は視線を合わさない。

 ゴンッ、と、二人は小さく拳を合わせただけだった……

 

―――――決勝第一回戦 青龍組 第一試合―――――

川神アンダーグラウンド ○ vs × 400万パワーズ

       試合時間 10分27秒

 

 

―――――決勝第一回戦 青龍組 第二試合―――――

  地獄殺法コンビ vs デス・ミッションルズ

 

 

『青龍組の第二試合。登場するのは注目の源氏クローンの一人、武蔵坊弁慶率いるデス・ミッショネルズの登場です。前試合のパワー対決も見ものでしたが、パワーでしたらこのチームでも負けてはいません!』

『予選全試合オールKO。これだけなら決勝に残っているチームほとんどがそうだが、このチームの場合、全て同じ技で勝ってるだよな』

『弁慶様と板垣様のパワーが繰り出すダブルラリアット。来ることがわかっていても止められないという、まさに必殺技といってよろしいのではないでしょうか』

『さて、この試合も必殺のダブルラリアットが火を吹くのでしょうか。今、ゴングですっ!!』

 

 試合開始のゴングと共に羽黒と天使はそれぞれ散り散りに走り弁慶と辰子の周りをグルグルと回る。

「あんな馬鹿力系に真正面からぶつかる系とか頭悪い系だし、今日はスピード系のミステリオ系で攻める系ー」

「あー、タツねぇ起きてんじゃんー。まぁ、アミねぇの指示がねぇからキレやしないんだろうけど……」

 そのような事を言いながら、羽黒と天使は攻撃の機会をうかがう。

 

「あーうー、目が回るー」

「ウロチョロ、ウロチョロ鬱陶しいが……攻撃してこないと向こうさんも勝てないからね、ゆっくり待つよ」

 フットワークを使いかく乱する羽黒と天使、悠然と構える弁慶と辰子。

 

 そして、リングを何周か回ったとき、いきなり方向を変えた天使が弁慶の後ろからゴルフクラブで襲い掛かる。

「てりゃ!! もうらうぜ!!」

 しかし、それを知っていたかのようにクルリを振り向き迎え撃つ弁慶。

「まぁ、そりゃ私に来るよね……そおぃ!!」

 弁慶はカウンター気味に錫杖を振るい、力任せに天使の振り上げたゴルフクラブごと吹き飛ばす。

「!? ぬわっーーーーーっ!!!」

 場外まで吹き飛ばされる天使。

 弁慶は天使と辰子が姉妹であることを考慮に入れ、天使はおそらく自分に向かってくるであろうとアタリをつけていた。そして周辺を周りかく乱している時も、天使の動きのみに集中していたのだ。

 それ故の反撃、そしてカウンター。

 しかし、勝どきが上がってないことを見ると、気絶はしていないのだろう。

 

 だとすれば、デス・ミッショネルズのやることは一つ。

「あー、君一人になっちゃったねー。はさんじゃおー」

 そう言うと、今までとは見違えるような速さで、辰子は羽黒の後ろを取る。

 羽黒の前にはいつの間にか弁慶が立っていた。

 

「ダブル!」

 辰子が羽黒めがけて走り出す。

「ラリアットォッ!!」

 弁慶も羽黒めがけて走り出す。

 

 絶体絶命の羽黒は……しかし不敵に笑っていた。

「今日はスピード系のミステリオ系って言ったろ? ラリアットの躱し方見せてやるから覚えときなっ!」

 そう言って、羽黒は辰子めがけて走り出した。

 そして、辰子の下にたどり着くとピョンとジャンプして辰子の腹を蹴りながら、そこを踏み台としてさらに上に2段階でジャンプする。

「どうよ、お互いのラリアットで沈みな系―!」

 空中で勝利を確信する羽黒。

 

 しかし、そこに――

「まぁ、こういうこと想定してないわけないんだよね……」

 弁慶の声が響く。

 

「辰子! いくよっ!!」

「りょーかーい」

 辰子と弁慶はお互いに走ってきた勢いそのままに足を踏み切り、羽黒の位置までジャンプする。

 そして、空中で羽黒を二人で掴むとそのまま地面めがけて降下していく。

「ちょおおーー、なにそれ、聞いてない系っ!!」

 その言葉を最後に、羽黒が地面に叩きつけられる。

 超パワータイプの二人による、ツープラトンの奥の手。

 故に耐えられるものなどいなく……

 

『そこまでっ! 勝者っ! デス・ミッショネルズっ!!』

 

 わああああああああああああああああああああっ!!!!!

 歓声がこだまする。

 

『決着ぅーっ!! いやー、凄い技でしたねー』

『地上でのツープラトンを避けたら今度は、空中でのツープラトンか。こりゃ厄介極まりないな』

『それに至る過程における、弁慶様のパワーも相当でしたな。対戦相手はいやが応にもあの状況に追い詰められてしまう……まさに必殺技というわけですね』

 

 そんな解説をよそに、弁慶と辰子はユルユルとリングを後にする。

「ほら、辰子、寝るんなら控え室まで我慢しな」

「えー、だって眠いんだもーん」

「私だって川神水飲むの我慢してんだから、そんくらい我慢しろって」

「うー、しょうがないなー。わかったよー……Zzz……Zzz」

「いや、寝てんじゃん……たっく」

 そう言って辰子を引きずるようにしながら控え室に向かう弁慶。

 

 決勝トーナメント一回戦の半分が消化された。

 

―――――決勝第一回戦 青龍組 第二試合―――――

 地獄殺法コンビ × vs ○ デス・ミッショネルズ

       試合時間 3分10秒

 

 




活動報告に馬鹿なこと書いてないで、早く上げればよかったですね……ゴメンなさいorz

如何でしたでしょうか皆さん大好き鳴滝の登場です。
思いのほか長宗我部が頑張ってますw
鳴滝と忠勝の試合はまだ続きます。
鳴滝らしさ、出せてたかなあ、出てるといいなぁ……

次は四四八が登場です。
マルさんが戦いたくてハァハァしてます。多分w

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十三話~白虎~

前回報告し忘れていたのですが、
長宗我部 対 鳴滝も感想に書いていただいた方のアイディアです。

いつもありがとうございます。


―――――決勝第一回戦 白虎組 第一試合―――――

     柊桜爛漫 vs 大江戸シスターズ

 

 クリスとマルギッテは武舞台に向かう通用口を歩いている。

 手にはそれぞれの武器を携え、背筋を伸ばし歩いていく。

「なぁ、マルさん」

 クリスが口を開く。

「なんでしょう、お嬢様」

 マルギッテが答える。

「マルさんは柊くんと戦いたいのか?」

 思わぬクリスの言葉にマルギッテが一瞬口ごもる。

「……いえ、私はお嬢様とこの大会に優勝するために来ております。特定の誰かとの勝負を望んでいるわけではありません」

 口ごもったのは一瞬、次の瞬間には少尉としての顔に戻り毅然として前を向く。

「そうか、ふふ、マルさんらしいな」

 クリスはそんなマルギッテをみて、口に手を当てて花のように笑う。

 聞いている周りの人間も思わず微笑んでしまうような、そんな笑みだ。

 

 そんな笑みを不意に消してクリスは真剣な顔でマルギッテに話す。

「なぁ、マルさん……自分は……覇王先輩と戦いたい」

「お嬢様……」

「この前、自分はグラウンドで覇王先輩に負けてしまった……だから、もう一回戦ってみたい!……だから」

 そう言うとクリスはマルギッテの方を向いて、マルギッテの瞳を覗き込む。

 意志の強い、マルギッテを魅了してやまない瞳だ。

「だから、マルさんには柊くんの相手をしてほしい……頼めるか?」

 愛するクリスティアーヌ・フリードリッヒからのお願い。それはマルギッテにとって何よりも優先されるべき事柄、故に答えは一つしかなく。

「お任せ下さいお嬢様。柊四四八、完璧に封じ込めてみせます」

「うん、よろしく頼むぞ! やっぱりマルさんは頼りになるなぁ」

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 そういうと、マルギッテは左目にあてている眼帯を外す。

 フツフツと自らの中に闘志が湧きあがってくるのがわかる。

 マルギッテは四四八が――千信館の面々が、従軍……もしくは軍隊というものに何らかの形で触れた事のある人間であることを半ば以上に確信している。

 おそらく忍足あずみあたりもそう思っているに違いない。

 そしてその中で、四四八は隊長的な役割を担っていたのではないか。

 そう思うと、四四八とマルギッテには共通点が多い。

 軍人であり、隊長であり、そして同じ旋棍使いである。

 

 故に興味つきない。

 故に試したい。

 

 闘志と一緒に興奮が湧きあがってくる。

 

 その時マルギッテは――しまった、と思った。

 自らの中にいる獣が猛っているのがわかる、武舞台が近づくにつれて聞こえてくる歓声に引きづられるように、自らの中の猛獣が外に出せと暴れている。

 そうなって、初めてマルギッテは自分が思っている以上に自分は柊四四八と戦いたがっていたという事を知った。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!

 歓声が近付く。

 獣が猛る。

 

 通路が終わり武舞台へと出る、その時――柊が視界に入ったらそのまま飛びかかってしまいそうなほどに自身の獣が猛り狂った時。

 

「――マルさん」

――傍らで声が聞こえた。

 理性を総動員してそちらに向くと――

――パンッ!

 と、マルギッテの両頬に衝撃が走った。クリスがマルギッテの両頬を掌で勢いよく挟み込んでいたのだ。

 そして、クリスは手をマルギッテの頬にあててまま、

「うん、マルさんは今日も美人だ」

輝くように笑ってそう言った。

 

 不意に意識が鮮明になったのをマルギッテは感じた。

 マルギッテの内部で猛っていた獣が収まっていた。

 いや、収まってはいない。

 マルギッテの中で猛っていた獣がマルギッテとピタリと重なったのだ。

 

 マルギッテは自らの頬にあるクリスの手を愛おしそうに包み込み。

「ありがとうございます、お嬢様」

 そう、声をかける。

「うん! 頑張ろうな! マルさん!」

「Verständnis!! (了解)」

 

 そう声を掛け合って二人は武舞台へと飛び出していく。

 

 目標は既に武舞台の上から自分たちを見据えていた。

 四四八の視線が自らを貫いているのがわかる。

 

――ああ……ありがとうございます、お嬢様。私にこのようなチャンスをくれて……

 

 高鳴る胸を押さえながら目標と対峙する。

 さぁ、さぁ Zu jagen, wird angefangen! (狩りを始めよう!)

 

 軍人たちのミッションが始まる……

 

『さぁ、決勝トーナメントの第一回戦も後半戦に突入です。今回は白虎組の第一試合、柊桜爛漫と大江戸シスターズの対戦となっております』

『両チームとも高いレベルでまとまったチームだ、予想がしにくいな』

『柊様とマルギッテ様は使用武器が被っておりますな、この辺りもどう対応するか見ものですな』

『前評判の高い両チーム、どのような戦いが繰り広げられるのでしょうか。今、ゴングですっ!!』

 

 試合開始の合図と同時に、クリスとマルギッテはそれぞれ項羽と四四八へと向かい、二人の射程距離に入る寸前に飛びのき、武舞台の中でそれぞれ離れた位置に陣取る。

「――ふむ」

「――ほぉ」

 四四八と項羽はその意図を理解する。

「俺達に敢えて1対1を挑みますか……」

「面白い、受けてやろうじゃないか! なぁ、柊!」

 項羽が楽しそうに言う。

「ええ、売られた喧嘩です、買いましょう」

 そんな項羽を静かに見つめて四四八が頷く。

「んはっ! そうでなくてはな!」

 項羽はそれを聞いて興奮を隠くさずに笑う。

 

 四四八はマルギッテへ項羽はクリスへと向おうとした時、四四八が項羽とのすれ違いざまに、

「――、――」

項羽にだけ聞こえるように何気なく囁く。

 項羽は四四八に目を向けず方天画戟を地面に一回トンっとつけて了解の意を表す。

 何事もなかったかのように、各々の相手へと向かう二人。

 四四八がマルギッテと項羽がクリスと対峙する。

 

 そして、4つの影は同時にぶつかり合った。

 

 旋棍――とはどのような武器だろうか。

 広くアメリカや欧州の警察で使用されているのを見てもわかるとおり攻撃力だけでなく防御力、制圧力に優れた武具である。

 起源は中国そして琉球に渡る、故に動きは空手を応用したものが多い。

 打つ、突き、受け、廻し打ち、払い、絡め、蹴り。

 体術の優劣がそのまま武器の練度に直結するという武器だといっていい。

 そして、現在武舞台上に相対するは共に体術の練達者であり、熟練の旋棍使いである。

 

 そんな使い手どうしの戦いはマルギッテの裂帛から始まっていた。

 

「Hasen Jagd!! (野うさぎ、狩ってやる!)」

 力強いドイツ語の一言を合図にマルギッテは旋棍を旋回させながら、四四八へと襲い掛かる。

 掌の握りを一瞬緩めての廻しうち。

 通常の逆手握りから正拳突きの要領で出す打突。

 通常握りから旋棍を肘に沿わせた状態で打つ肘打ち。

 旋棍の長い部分を前に突き出しての一撃。

 スピートと間合いとそしてタイミングの違う旋棍での打撃をマルギッテは次々と繰り出し、四四八に浴びせかける。

 四四八はそれを同じく旋棍を使い、捌いている。旋棍と旋棍のぶつかる乾いた音が武舞台に響き渡る。

 その音の間隔がどんどんと早くなっていく。

 そんな絶え間なく続く連撃の間合いでマルギッテは右手に持った旋棍を離す。

 そしてすぐさま空中で旋棍の先端部に持ち返るとマルギッテが今まで持っていた取っ手の部分を鉤爪に見立てて強制的に四四八の足を払いにいった。

 

「――っ!」

 足を払われ空中に浮かされる四四八。

「もらうぞ! トンファー・マールシュトロームッ!!」

 マルギッテが浮いた四四八に向かい、空中での必殺の連撃を放とうとした時、四四八が空中で身を捻る。

 そして、旋棍の長い部分をトンっと地面に杖にみたてて当てると後方にバク転の要領で飛び退きながらマルギッテの追撃を回避する。

 四四八が両足で着地した瞬間、四四八は攻撃のためにマルギッテに向かって今度は自ら跳躍した。

――飛び蹴りっ!

――いいでしょう、着地の瞬間に終わらせてあげますっ!

 マルギッテは手に持った旋棍をクロスさせ四四八を迎え撃つ。

 

 跳躍の勢いそのままに四四八の右足が旋棍の防御を叩く。

――1。

 次に四四八は折り曲げていた左足を繰り出す。これも防御する。

――2。

 未だ空中にいる四四八は左足を防御された反動を使い空中でくるり身を捻ると勢いをつけて再び右足を伸ばす。タイミングを外したこれも、防御。

――3、飛距離も考えればこれで終わりっ!

 

 マルギッテが反撃にでようと前にいく瞬間、

――ゾクッ、

と、マルギッテは下からやって来る何かに反応した。

 何かわからないが自らの武芸者としての経験を信じ、頭を思いっきり後方に避ける。

 すると、いままでマルギッテの頭のあった場所に四四八の左足がマルギッテの鼻先をかすめながら持ち上げってきていた。着地の瞬間を狙われると読んでいた四四八の4擊目。

 しかし、四四八の攻撃はそこで終わりではなかった。着地した瞬間の右足をすぐさま踏切りマルギッテの逃げた頭部を追い右足を放つ、空中に残った左の踵が同時にマルギッテの頭を狙い落ちてくる。

「――くうっ!!」

 マルギッテは避けられないと悟ると、旋棍を頭の上下において備える。

 ガンッ!と獣の顎で噛まれたかのような四四八の両脚での一撃が旋棍に伝わってくる。

 そして四四八は軽やかに着地をするとトントンと二歩ほどそのまま後ろに下がる。

 お互いに体勢を立て直す。

「wunderbar……(素晴らしい)」

 マルギッテの口から感嘆の声が漏れる。

 マルギッテの口には笑みがこぼれていた。

 

 クリスと対峙した項羽はクリスに声をかける。

「久しぶりじゃないか、あれから腕はあげたか?」

「先輩の方こそあれから連敗続きみたいじゃないか」

「むっ、だが、あれを経て俺は強くなったぞ、あの時よりもなっ!」

「自分だってあの時と同じということはない!」

 そう言うと二人はお互いに武器を構える。

――そして同時に動き出す。

 「そうらっ!」

 項羽の方天画戟から繰り出される重い一撃を避けながら、

 「はっ!」

小気味のいい声と共にクリスの刺突がカウンター気味に振るわれる。

 項羽はその一撃を半身を開いて躱すと、懐に入ってきたクリスに対して再び方天画戟の一撃を放つ。

 クリスはそれをバックステップで項羽の射程距離の外まで飛び退く。

 初めから離脱を意識した動きだ。

 フェンシングの基本はヒット&アウェイ。

 クリスは前回の対戦の時の様な攻め一辺倒ではなく、防御を意識した基本的な戦い方に変えてきているようだ。

 

 しかし、項羽は今の一合のやり取りで戦法ではない別の違和感を感じとる。

 そして、武舞台の向こう側で四四八と打ち合っているマルギッテをみると、再びクリスをみて。

「ほう、なるほどな。そういうことか……」

「……」

 その声にクリスは答えない。

「部下の悲願をお膳立てか。将としては立派だが……舐められたものだな……この西楚の覇王が脇役扱いとはっ!!」

 そう言うと、項羽は方天画戟を両手で構えクリスへと突撃していく。

「そうら、そうら、そうら、そうらっ! 果たして逃げ続けられるかなっ!!」

 一気に間合いを詰めると、そのまま方天画戟を縦横無尽に振り回しクリスを攻撃する。

 クリスはその暴風雨の様な攻撃を後ろへ後ろへ回避しながら、

「マルさんは強い。自分はマルさんを信じている……それに――」

そう言うと、間隙をぬって鋭い刺突を放つ。

「ぬっ!」

 その顔面への攻撃を首をそらして躱す項羽。

「自分は……自分が勝てないとは思ってないっ!!」

 と、クリスは裂帛を轟かせる。

 それを聞いた項羽は、

「んはっ! その心意気や良しっ!!」

そう笑うと、再び方天画戟を振り回しクリスへと襲い掛かる。

「いいだろう、この西楚の覇王の首取れるものならとってみろっ!!」

「望むところっ!!」

 項羽とクリスの戦いは項羽の連撃の嵐に一瞬の閃きに似た隙をクリスが突く。

 そういった様相を呈していった。

 

 マルギッテと四四八の戦いは一進一退の攻防が続いている。

 互いに得物が同じなため、旋棍から繰り出される奇手のことごとくが読まれている、必然的に真正面からの打ち合いと蹴りによる攻撃が主となっていた。

 なにか、状況を変える一手が必要――

 そう、マルギッテが考え始めたとき、

「そろそろか……」

四四八の微かな呟きが耳に入る。

 

 四四八は目を左右に動かし状況を確認すると、今までよりも大きく後方に飛び退いた。

 四四八の呟きを聞いたマルギッテは『何かを仕掛けてくる』と考えあえて追わず、その場で構えを取る。

 と、

「はああああああああああああああああっ!!!」

四四八がこの戦い始めてあげた咆哮と同時にマルギッテに向かって四四八の旋棍の一本が飛んできた。

 そして、同時に四四八もマルギッテに向かい突進する。

「くっ!」

 若干不意を突かれた感じになったが、弾丸のように迫り来る旋棍をマルギッテは左手の旋棍で払いのける。

 そして、素晴らしい疾さで間合いを詰めてきた四四八の左手に残る旋棍の一撃を逆の右手で払う。

 その時、今の2つの攻撃を払ったことで空いたマルギッテの左胸に何も持っていない四四八の右手がするすると伸ばされ、とん、と掌が置かれた。

 肩と心臓の間に置かれた掌。

 置かれただけでなんのダメージもない。

 その掌を四四八が手首をスナップさせ投げるようにマルギッテの身体を押し出す。

 

「――っ!!!」

 

 次の瞬間、マルギッテは後ろへと吹っ飛ばされていた。

 項羽との戦いでも見せた、合気。

 あえて重心を崩して作った隙に絶妙のタイミングで力を加え、相手を飛ばす。

 

 飛ばされているマルギッテは自分に何が起きたか理解ができていなかった、いなかったが、自らに大きなダメージがないことを確認すると、瞬時に目標へと注意を集め、四四八が次に何をするのか見極めようとしていた。

――すると。

 どん、と背中に何かが当たる。

 身に覚えの有りすぎる柔らかな感触。

 それが何故、自らの背中に当たるのか皆目見当がつかなかったが間違えるわけがない。

「お嬢様っ!!」

「マ、マルさん!?」

 クリスもクリスで項羽に蹴られて後ろに吹き飛んだところにマルギッテにぶつかった為、混乱しているようだ。

 

「しまっ――」

「あっ――」

 同時に状況を把握し向き直った時には項羽と四四八がすぐそばまで迫ってきていた。

 

 開始前、四四八が項羽に言った言葉がこれ。

「5分前に、仕掛けます」

 つまり、5分間でお互いの1対1に決着がつかなければ仕掛けるということ、四四八が先ほど咆哮を上げたのは項羽への合図。

 故に、同じタイミングでそれぞれの相手をぶつける事で隙を作り出せたのだ。

 

 四四八の一撃がクリスに突き刺さった。

 項羽の一撃がマルギッテに突き刺さった。

 クリスとマルギッテはお互いがお互いをかばい合おうとして対面の敵の攻撃をくらっていた。

 

 二人同時にドサリを舞台に崩れ落ちる。

 

『それまでっ! 勝者っ! 柊桜爛漫っ!!』

 

 わああああああああああああああああああああああっ!!!!!!

 

 クリスとマルギッテはその勝鬨と歓声を消え行く意識の中で聞いていた。

 お互いの手が重なっていた。

 どちらともなくその手を握る。

 そのぬくもりを確認しながら、二人は意識を失った……

 

 

―――――

 

 

 控室へと向かう通路にて、

「美しい……絆だったな」

クリスとマルギッテが最後に見せた行為を思い出し四四八が小さく呟く。

 最後の瞬間二人は、お互いがお互いを守ろうと行動した。その動きが敗北を決定づけてしまったわけだが、四四八はそれを愚策だと笑うことなど到底できない。彼女たちの見せた絆は素晴らしい、そう感じている。

 だから、そこを思い出したとき思わずそのような言葉が独り言のように飛び出たのだ。

「ぬっ! なぬっ!!」

 しかし項羽はそれを耳ざとく聞き反応して、

「おいっ、柊! 今、美しいと言ったか? それはあの二人の事か!?」

 そう、項羽は四四八に詰め寄る。

「え、えぇ、そうですが……よく聞こえましたね……」

 いきなりの項羽の反応に驚きながら四四八が答える。

 そんな四四八に項羽が早口でまくし立てる。

「い、いいか? 欧米人と言うのはだな、今どんなに綺麗でも、れ、劣化が早いんだぞ! すぐにシワシワなんだからなっ!」

「は、はぁ?」

「そういえば貴様……最後の掌底の一撃で胸を触っていたな……そうか、胸か、胸もか!! たしかにあの赤毛は凄まじいモノを持っているようだが……あの金髪の小娘には負けんぞ!!」

 そういってグググッと四四八の方へと胸を張る。

「……何言ってるか訳がわかりませんよ……次も試合があるんです、早く控室で休みましょう」

 そう言うと四四八はスタスタと控室へと向かって再び歩き出す。

「まて! 柊! 話は終わってない!! いいかそもそも……」

 そんな四四八を項羽が慌てて追う。

 通路からは項羽の声と四四八の力のない相槌が響いていた……

 

―――――決勝第一回戦 白虎組 第一試合―――――

  柊桜爛漫 ○ vs × 大江戸シスターズ

       試合時間 5分

 

 

―――――決勝第一試合 白虎組 第二試合―――――

  フラッシュエンペラー vs 源氏紅蓮隊

 

 

 英雄と準、そして義経と京が武舞台へと上がってきた

 大きな歓声の中で一際大きな声が、英雄に掛けられた。

「兄上ええーーー、我が応援してます、頑張ってくださいっ!!!」

 紋白だ。小さい体をピョンピョンと跳ねさせ、大きく手を振って英雄を応援している。

「おお! 紋!! 任せておけ!! フハハハハーーーッ!!」

 英雄は張りのある声を上げながら紋白の声援に答える。

 後ろで何故か準も同じように手を振っている、英雄よりもさらに激しく振っている。

 おそらく準の耳には紋白の『兄上』は英雄ではなく、自分に向かって言っていると変換して聞こえているのだろう。

「幸せな人ですね、準は」

「ロリコンだからねー」

 それを見た冬馬と小雪がとても微笑ましそうに笑っているが……四四八あたりがいたら非常に鋭いツッコミが入ったであろう。

 

 そんな英雄を準をみていた義経が小さく目を伏せて呟く。

「九鬼くんは肩を痛めているらしい……九鬼くんには今までもお世話になっている、だから義経はあまり無理なことはしたくはない……どうしよう……」

 そう悩んでいると、それを聞いた京が、

「クックックッ、心配しないで源さん家の義経さん。我に秘策ありっ!!」

そういって、『100点』と書かれたプラカードをすっとだす。

「おお! 本当か椎名さん!」

「うん、だからね耳かして」

 そういって京は義経の耳元に口を近づけると。

「――で、――やって、――――」

「うん、うん、わかった」

 しかし、その作戦を聞いても今一ピンと来てないらしく、

「わかった、わかったんだが……本当に大丈夫なのか?」

「クックックッ、任せなさい絶対に成功するよ」

「そうか、義経は椎名さんを信じる!」

 そう言って義経は純粋な瞳で京を見てお礼を言う。

「……なるほど、確かにこれはちょっとイジりたくなるかも。弁慶の気持ちちょっとわかる」

「ん? なんのことだ?」

「ううん、こっちの話。頑張ろう」

「うんっ!」

 義経と京は気合を入れて開始位置に立つ。

 

『さぁ、白虎組第二試合は源氏クローンの筆頭、源義経の登場ですっ!』

『義経だけじゃなくパートナーの椎名京も天下五弓の一人としてとても優秀だ』

『非常に厳しい戦いになりそうですが、英雄様と井上様にも是非とも頑張っていただきたいですな』

『さぁ、注目選手が出場の第二試合、どのような展開になるのでしょうか。今、ゴングですっ!!』

 

 開始と同時に京は一本の矢をつがえ自分たちと相手との中間ぐらいの位置に矢を放つ。

 ボンっと小さな爆発音と共にもうもうと白い煙が立ち上る。

「おいおい、こりゃ、煙幕か?」

「おい、井上! あまり我から離れるなよ!」

 まったくの予想外の攻撃に慌てるフラシュエンペラー。

 その一人に忍び寄る二つの影。

「むっ!?」

 準が気配に気がつき周りを見渡そうとしたその時、左右の耳元でそれぞれ違う声が聞こえた。

 

「 「お兄ちゃーん、お願い……気絶して♡」 」

 

「ッ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 この武舞台の上で聞こえたからには、この声の主は義経と京のはずである、はずであるが……

煙幕とあえて幼く出された声により、準の脳には紋白に似た二人の幼女が自分のズボンを左右に引っ張りながら駄々をこねている……というストーリーまで脳内再生されてしまっていた、したがって……

 

「はい! よろこんでぇっ!!!!」

 

 そう言いながら、場外へ全速力で走っていき、壁に自らの頭を痛打させ意識を強制的に外へとはじき出すまでの一連の行動にでたことは、準の中では教義に殉じて死んだ聖職者にも似た神聖な行いであり、至極当然のことだった……

 

『そ、それまでっ! 勝者っ! 源氏紅蓮隊っ!!』

 大佐の勝鬨にも戸惑いが見える。

 

『い、今、何が起こったのでしょうか。煙幕がたかれたと思ったらその中から井上選手が飛び出してきて、自ら場外の壁にぶつかり気絶してしまいました』

『うーん、もしかしたら催眠術とかの類かもしれねぇなぁ』

『仮にそうだとしても、対象者を気絶まで追いやる催眠とはとても強力なものですね、もしかしたら源氏紅蓮隊にはまだ出していない奥の手があるのやもしれませんな』

 解説の二人も首をかしげている。

 

「すごい! 凄いな椎名さん! 言われた通りにやったら勝てたぞ!!」

 義経がピョンピョンと跳ねながら京の手を取る。

「はぁ……馬鹿ばっか……」

 京は呆れたように、倒れている準の見る。

 

 準は、

「おいおい、ちゃんと遊んでやるから引っ張るなって……あん? おっぱいが大きくなってきたって? ……お前のような奴はロリコニアには必要ない! 出て行けっ!!」

と、とても幸せそうな夢を見ていた……

 

―――――決勝第一試合 白虎組 第二試合―――――

 フラッシュエンペラー × vs ○ 源氏紅蓮隊

        試合時間 30秒

 

 




クリスが若干出来る子になってる……(こんなのクリスじゃないとかイワナイデ)
マルギッテはホントは百代の前くらいで一戦交えるのがちょうど良かったのかなと、
個人的には反省してます。

次は鳴滝・忠勝組と同様に注目度の高い第八戦を書いていきます。
みなさんのご納得のいく決着がかけてればと思ってます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十四話~玄武~

決勝トーナメント一回戦も今回で終了です。
な、長かった……
もう戦闘描写のネタがなくなりかけてます……


―――――決勝第一回戦 玄武組 第一試合―――――

  飛燕飛翔 vs ダイナミック・ウィンド

 

『さぁ、決勝トーナメント第一回戦も残すところこの玄武組の2試合のみとなります』

『飛燕飛翔チームはとにかく予選は全て瞬殺。すばらしいスピードだったな』

『スピードだけでなく、連携もなかなかのものでした。もう一つのダイナミック・ウィンドはなんというか掴みどころなないチームという印象ですね』

『さぁ、予選と同じく飛燕飛翔が瞬殺記録を更新するのか、はたまたダイナミック・ウィンドが旋風を巻き起こすのか! いま、ゴングですっ!!』

 

「よおし、作戦通りだ! 飛べっ! クッキーっ!!」

「了解だ、マイスター」

 試合開始と同時にキャップはクッキーに飛び乗り、クッキーとともに空中に飛び上がった。

 バーニアをふかし空中を飛び回るクッキー。

「うっひゃー、超高ぇー」

「フハハハハーー、空中にいる限りこのクッキーにはふれることすら出来んぞ! 空中からの高速クッキー・ダイナミックの錆にしてやろう!」

 

 そんなクッキーとキャップを地上から見上げながら、燕と水希は頷き合う。

 二人の胸中にあったのは『想定通り』という一文。

 

 試合前大和がもたらしてくれた情報。

『キャップは派手好きだから決勝の一回戦っていう美味しいところなら絶対何かやってくる。そして相方がクッキーだということを考えるとおそらく『空中浮遊』の確率が高い。空中からの攻撃は流石にイロイロ厳しいだろうから……』

 と、いって提案してくれた大和の作戦通りに二人は行動をはじめる。

 

 燕と水希はお互いに背を向けると、一気に場外まで駆ぬけそのスピードそのままに場外の壁を忍者のように駆け始めた。

 二人は壁を同方向に走りる。

 お互いに相手から一番遠い距離を意識的にとっているようだ。

『おっと、これはどういうことだ。1(ワン)』

 大佐がリング内実況とカウントを同時に開始する。

「むっ」

 それを見たクッキーが声を上げる。

「どうしたんだ? クッキー」

 その声にキャップが反応する。

「あのような形で壁を高速で移動されると、空中からの高速クッキー・ダイナミックを外したとき壁に激突してしまう」

「おいおい、んじゃ、どうすりゃいいんだよ」

「もう少し高度を下げてスピードを調整する必要があるかもしれない」

「えー、折角いい高さなのにぃー」

「仕方なかろう、勝利のためだ」

 そういって、クッキーは少しづつ高度を下げていく。

 それを確認しながら、燕と水希はアイコンタクトを交わす。

 

「未だ飛燕飛翔の壁走りが終わらないっ! 7(セブン)!」

 大佐のカウントが続く。

 

 と、その時、不意に壁を蹴り、燕と水希の二人が舞台内に戻ってくる。

 そして、舞台中央の手前で二人同時にジャンプする。

 二人の視線が空中で交差する。

 二人の身体が空中で交差する。

 

 二人の身体が交差する直前、燕が手を組み自らの胸におく。

「水希ちゃんっ!」

「はいっ!」

 水希がその燕の手に足を乗せる。

「えやっ!」

 燕がその手を思いっきり上へと水希の身体ごと投げ飛ばす。

「うおっ!」

「なっ!」

 燕と水希の上空を飛んでいたキャップとクッキーのもとに水希が届けられる。

 

「せいっ!!」

 水希が手に持った刀を一閃。

 水希はその一太刀で重力に従い落ちていく。

 だが、その一太刀で水希は目的の全てを果たしていた。

 

「ぐっ! あの小娘、一太刀でバーニアをやっただとっ!」

「ってことはどうなるんだ?」

「……落ちる」

「マジかーっ!!」

 ガクンと一瞬空中で止まりクッキーとキャップも重力に引かれて落ちていく。

 

「さらばだ……マイスター」

「クッキィィーーーーッ!!!」

 クッキーはキャップを落下の途中でリングに鎮座していて一番近場のヒュームに投げるとそのまま地面に激突した。

 キャップはヒュームに受け止められる。

 

「安心しろ、どの道そろそろメンテナンスの時期だ綺麗になって戻ってくる」

 動かなくなったクッキーを呆然と眺めていたキャップにヒュームが言う。

 

『それまでっ! 勝者っ! 飛燕飛翔っ!!』

 

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 歓声が巻き起こる。

 

「お疲れ、水希ちゃん」

 歓声の中、燕が水希に声をかける。

「燕さんこそ」

 水希も答える。

 二人の掌がパンッと軽やかに交わされる。

 

「作戦バッチリでしたね。直江くんに御礼言っておかないと」

「うんうん。よし、後でいい子いい子してあげよう!」

「それ、燕さんがしたいだけなんじゃないですか?」

「へへー、バレたか」

 

 燕と水希は予選、決勝通して未だ無傷のまま勝ち進んでいた。

 

 

―――――決勝第一回戦 玄武組 第一試合―――――

 飛燕飛翔 ○ vs × ダイナミック・ウィンド 

       試合時間 20秒

 

 

―――――決勝第一回戦 玄武組 第二試合―――――

GET THE GLOLY vs 魔弾の射手―ザミエル―

 

『さぁ、決勝トーナメント第一回戦も残すところあと1試合となっております』

『両チームともなんてぇか、トリッキーなチームだからな。今回も何が飛び出すかわからねぇ』

『千信館の生徒同士の試合も今大会初めてですな、お互い手の内を知り尽くしているでしょうし、どうなるでしょう』

『見どころもりだくさんの決勝第一回戦の最終試合。最後に立っているのは誰になるのでしょうか! いま、ゴングですっ!!』

 

「いっくよー、栄光くん! どこまで耐えられるかなぁー」

 試合開始と同時に予選と同じく歩美のマスケット銃からの連射が栄光と由紀江に浴びせられる。

 文字通りの縦横無尽。

 前面、左右は言うに及ばず後方に上下に至るまで、一切の死角なく今までで最多の弾丸の嵐を歩美は射出し続ける。

 しかもその弾丸は方向だけでなくタイミングも一定ではない、科学的な法則を一切無視した弾丸の嵐は絶え間なく栄光と由紀江を襲っていた。

「あめぇぜ、歩美! わかってんだろうけどよ!」

 そんな歩美からの咒法を込めた縦横無尽に襲い来る弾丸の嵐を、栄光は両手を広げ解法を全面に展開し由紀江ごとその中に入れて防いでいる。

 弾丸が栄光と由紀江に触れる直前に掻き消える。

 まるで栄光を中心とした周りに球体上の見えない壁が展開されているようだ。

 

「まぁ、そうなるよねぇー。ってわけで頼んだよ、与一くん」

 そう、弾丸の射出を一切ゆるめずに、歩美はパートナーへと声をかける。

 状況にまったくそぐわない、軽く、明るい声だ。

「はんっ、任せろ龍辺。撃ち貫いてやるぜっ!!」

 声をかけられたパートナー――与一は弓に矢をたがえてギリリと絞り込み、気を練る。

「乾坤一擲の一撃だ……絶っ対ぇキメてやる……」

 その猛禽類の様な瞳が栄光と由紀江を睨みつける。

 

「なぁ、由紀江ちゃん」

「はい、先輩」

 二人は相手から目を逸らさずに、前を見ながら話す。

 弾丸の嵐は一瞬の絶え間もなく降り続いている。

「歩美は一人で絨毯爆撃かましてっから、威力はそれほどでもねぇ。だからオレの解法でもなんとでもなるが……あの与一の一撃は、正直防げる自信がねぇ」

「はい」

「気だけの攻撃ならなんとでもなるけど、物理的になると5分5分だ、だから、与一の相手は由紀江ちゃんに頼む」

「――わかりました」

「あの気とかもろもろ練りに練ったミサイルみたいな与一の一撃、迎撃出来ればオレ達の勝ち。出来なきゃ負けだ」

「やります……やらせていただきますっ!」

 刀を正眼に構えて由紀江が集中の世界に入る。

「OK、おそらく動くのは同時だ。向こうも待ってるだろうからな」

「はい」

「合図はいらないぜ、読まれちまうだろうし……安心しなよ由紀江ちゃん、全っ力で援護してやっからさっ!!」

「はいっ!!」

 由紀江の瞳に力がこもる。

 いつもの自信なさげな由紀江からは想像が出来ないような鋭い視線が与一に注がれる。

 

 こめかみに銃口を突き付け合っているかのようなピリピリとした緊張感が武舞台――否、スタジアム全体を包み込む。

 歓声が徐々に小さくなる。

 歩美の放つ銃弾の音だけが武舞台に響いている。

 

 与一は動かない。

 由紀江も動かない。

 歩美は栄光を見据えている。

 栄光も歩美を睨みつけている。

 

 時間だけがゆっくりと進んでいく……

 

――――――

 

「たまらないわね……こんな試合、頼まれたってやりたくないわ」

 控室でこの戦いを観戦していた鈴子が首を振りながら言う。

「珍しいじゃねぇか、意見があったな。俺もご免だ」

 その横でモニターをみていた鳴滝が鈴子の言葉に反応してニヤリと笑う。

「こんな胃に穴のあきそうなこと、平然と出来る方がおかしいのさ」

 百代が二人の言葉を受けて言う。

「なんか、見てるだけでドキドキしちゃうね」

 何故か項羽と入れ替わっていた清楚が胸の前で手を握って答える。

「ん? 清楚ちゃんはなんで清楚ちゃんなんだ?」

「え? あの子疲れたからって言って今寝ちゃってるから、代わりに私が見てるの。もしかしたら、このチームのどちらかと戦うかもしれないからね。ね、柊くん」

 そう言って清楚は後方で腕組みをしながらモニターを眺めている四四八に声をかける。

「まだ判りませんが……可能性はありますからね」

 四四八はそう、静かに言う。

 

「それで、柊はどちらが勝つと思う?」

 百代が四四八に首だけ向けて聞いてくる。

 直前に試合をした燕と水希がメディカルチェックから帰ってきてない事を考慮しての質問の様だ。

「勝負は時の運……とまでは言いませんが、いろんな要素が入ります。このモニター越しの状況だけじゃなんとも言えません……ただ……」

「ただ?」

 四四八の言葉をうけて、百代が聞き返す。

 そんな百代の返しを受けて、四四八は少し肩をすくめると、

「ただ……俺は出来るならば栄光とも歩美とも戦いたくはありません。二人とも厄介なことこの上ない」

少しおどけたようにそう言った。

「はっ、違ぇねぇ」

 そんな四四八の言葉に鳴滝は小さく笑うとそう言い、

「まったくね……」

鈴子もやれやれといったふうに首を振る。

 それを聞いた百代は小さく笑うと、

「それを言うなら千信館の連中と戦う奴等はみんなそう思ってるさ、千信館の連中は厄介極まりないってな」

と、再び四四八に目を向けて言う。

 その言葉に四四八は再び肩をすくめて答えると、モニターに目を戻す。

 それを合図に百代もそして、他の人間もモニターに目を向ける。

 

 試合開始から既に10分が経過していた……

 

―――――

 

 ジリっ、ジリっ、と由紀江が進む。

 その度に栄光も解法を展開したまま同じだけ進む。

 与一は弓を引いたまま動かない。

 歩美は弾丸の掃射を一瞬たりともやめない。

 

 由紀江の歩みがピタリと止まる。

 おそらくその位置が与一の完全な射程距離内。

 ここから一歩でも踏み出せば与一の矢が二人めがけて放たれるであろう。

 

 由紀江が浅く呼吸をする。

 与一も呼吸を浅くする。

 

 お互いに呼吸を読み合う。

 表情を読み合う。

 眼を読み合う。

 

 由紀江の腕に鳥肌が立っていた。

 与一の腕にも鳥肌が立っていた。

 

 そして二人が動き出す。

 どちらが先に動いたか、わからない。

 同時に見えた。

 由紀江の身体が流れるようにすぅと前に出る。

 与一の右手が放される。

 一秒を刻むような刹那の時間の流れの中で、由紀江と与一の視線が交差する。

 

――次の瞬間、与一の矢は由紀江の刀によって叩き落とされていた。

 

 そして、時間が一気に流れ出す。

 

「――っ!!」

「なっ!!」

 会心の笑みを浮かべる由紀江と驚愕の表情を浮かべる与一。

 共に気力を使い果たしたのか双方ガクリと膝をつく。

 

 しかし、試合はまだ続いている。

 

「おっしゃあ! もらったぜっ! 厨二病っ!!!」

 由紀江の一撃が決まった瞬間、栄光が解法を移動にうつして膝をついた与一に向かって疾る。

「甘いよ! 栄光くん!!」

 歩美が栄光めがけて弾丸を連射する。

「きっかねぇぞ! 歩美っ!!」

 その弾丸をものともせずに突撃を止めない栄光。

 

「言ったはずだよ、栄光くん……甘いってっ!!」

 そんな栄光を見ながらニヤリと笑う歩美。

 ハッ、と栄光が気付く。

 弾幕に隠された一発の銃弾。

 その一発の銃弾が栄光をすりぬけ膝をついた由紀江めがけて飛んで行くのが見える。

――今からじゃ、間に合わない。

――ならばやる事は一つ。

――歩美の弾丸より疾く与一を倒すっ!!

 そう決意して、栄光は与一めがけて一気に疾る。

 

「 「いっけええええええええええええっ!!!!」 」

 歩美と栄光の絶叫が重なる。

 

 由紀江の眉間を歩美の弾丸が貫く。

 与一の顔面に栄光の一撃が疾る。

 

 互いに解法を込めた一撃。

 

 ドサリと、由紀江と与一が同時に武舞台に崩れ落ちる。

 

『それまでっ! ダブルノックアウトォ!!!』

 大佐の宣言が響く。

 

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!

 今日一番の歓声がスタジアムを覆う。

 

「えー、あんなに頑張ったのにー」

 大佐の宣言を聞いた歩美がマスケット銃を抱きながらペタンと座り込む。

「それ、オレのセリフなんだけど……」

 栄光も結果を聞きながらヘナヘナと座り込む。

 

 観客の惜しみない声援と拍手が倒れた4人に注がれる。

 

 死闘の末、舞台に立っていたものは誰もいなかった……

 

 

―――――

 

 

「んっ……」

 由紀江が意識を取り戻すと、そこには見慣れない天井が広がっていた。

「こ……ここは……」

 辺りを見回し、状況を把握しようと頭を巡らせる、すると、

「あ! まゆっち気がついた! ねぇねぇ大丈夫、痛いところとかない?」

「い……伊予ちゃん?」

枕元から聞きなれた友人の声が聞こえる。

 

「ああ、あんまり急に動いちゃダメだよ。今、先輩呼んでくるからね。せんぱーい、まゆっち起きましたよー」

 急に起きようとした由紀江に慌てて手を貸してベットに上半身だけ起こした形で座らせると、伊予はカーテンの外に出て行った。おそらく栄光を呼びに行ったのであろう。

 だんだんと、記憶と意識が戻ってくる。

 ヒリヒリとひりつくようなやり取りのあと、与一の矢を『黛流 阿頼耶』にて撃ち落とし、気力を使い果たし膝をついた自分の眉間になにか硬いものが当たった気がする……それ以降の記憶がない。

 

「そうですか……私、また負けてしまったんですね……」

 思わずこぼれた自分の言葉に、我知らず目頭が熱くなり、手の中にあったシーツをギュっと握る……

 

 そんな時、

「ちげぇ! 全っ然、ちげぇよ、由紀江ちゃんっ!!」

と、いつの間にか伊予に連れられてベットの近くまで来ていた栄光が由紀江の独白に答える。

「お、大杉先輩……」

 独り言にいきなり答えられて戸惑う由紀江に栄光が続ける。

「オレ等と歩美達の試合はダブルノックアウト、勝者なし。これどういうことかわかる? 由紀江ちゃん」

「えっと……だから、私達……いえ、私が負けてしまっ……」

「だから、ちげぇっての!」

 由紀江の答えを栄光が横から遮る。

「いい、由紀江ちゃん。勘違いしてるみたいだから教えてあげるけどさ、オレ達、『勝てなかった』だけなの、『負けて』ねぇの!」

「え?」

 栄光の言葉に由紀江が顔をあげる。

「由紀江ちゃんさ、連敗続きだったんだろ? でも、今日は『負けなかった』、って事は一歩前進じゃん!」

「大杉先輩……」

「だから、次は勝てるって、オレが保証してやる!」

 理論としてはまったく体をなしていない精神論だが、その前向きさが由紀江には嬉しかった。

「ありがとう……ございます」

 止まりかけてた涙が再び溢れ出しそうになる……

 

 その時、隣のカーテンからクスクスと笑い声が聞こえる。

「おい、誰だよ! って歩美?」

 栄光がカーテンを開けると、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべた歩美がいた。

 そして、後ろに隠してある右手をすぅと取り出す。なにか小さな機械のようなものが握られていた。

 不思議そうな顔をしている3人を目の前に歩美はその機械のスイッチを入れる。

『由紀江ちゃんさ、連敗続きだったんだろ? でも、今日は『負けなかった』、って事は一歩前進じゃん!』

 機械から栄光の声が再生される。機会はボイスレコーダーだったようだ。

「ちょおおおおおおおおっ!!!」

 栄光から驚きの絶叫が上がる。

「だから、次は勝てるって、オレが保証してやる! どやぁ」

 歩美がニヤリと笑いながら先ほどの栄光の言葉をリピートする。

 

「ちょっ! マジ! 歩美、それ洒落になんねぇって、マジ、頼む!! ってか、頼みます、お願いします!!」

 栄光が歩美のボイスレコーダーを奪い取ろうとするが、歩美はスルリと抜けてベットから下りると軽やかに逃げていく。

「いやー、いいもん録れましたわー、誰と最初にこの感動を分かち合おうかなぁ。みっちゃんかなぁ、りんちゃんかなぁ、やっぱここは、あっちゃんかなぁ」

「ああああーーーー、頼む頼む頼む頼む! 歩美マジ頼むからーーー、ネタにされてイジりたおされる未来しか浮かばねぇよ!! ってか、オメェ、四四八に言いつけっからなっ!!」

 逃げる歩美を追いかける栄光。

 その姿があまりにおかしく。

「あははははははは、大杉先輩、変なのー」

「ふふふ、ははは、本当に」

 伊予と二人で思わず笑ってしまう。

――こんな風に笑ったの久しぶりかも……

 由紀江はそんなふうに思いながら、伊予と二人で笑う。

 

「ったく……五月蝿くてオチオチ寝てもいられねぇじゃねぇか……」

 逆隣のベットにいた与一が寝返りをうちながら悪態をつく。

 悲鳴と笑い声と悪態が医務室に溢れていた。

 

 こうして、『若獅子タッグマッチトーナメント』の決勝第一回戦が全て終了した。

 

―――――決勝第一回戦 玄武組 第二試合―――――

GET THE GLOY △ vs △ 魔弾の射手―ザミエル―

       試合時間 12分5秒

 

 

―――――

 

 

決勝第2回戦組み合わせ

 

朱雀組決勝

川神シスターズ vs 雅

 

青龍組決勝

川神アンダーグラウンド vs デス・ミッショネルズ

 

白虎組決勝

柊桜爛漫 vs 源氏紅蓮隊

 

玄武組決勝

飛燕飛翔 vs ダブルKOによる対戦者ナシ

 

以上

 

 




決勝全八試合の中で一番注目度の高かった第八試合です。
皆様のご納得行ける決着になってたらいいなぁ

決勝第一回戦がようやく終わりました。
全チーム、全試合、
それぞれに試合経過、試合決着で、
特徴が出せればと思って四苦八苦……
なんと、予選から合わせて戦闘描写ばかり五話も書いてた自分にびっくりですw
楽しんでいただけたら幸いです。

まぁ、これ以降も続くんですけどねw戦闘描写w

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十五話~風神~

怪士、夜叉、橋姫、泥眼。
全部能面の名前だったというのを最近知りました。

という訳で今回の題名は鈴子に一番合いそうな能面からとってみました。



―――――朱雀組 決勝―――――

  川神シスターズ vs 雅

 

『さぁ、トーナメントは第二回戦、ベスト8の戦いへと移って行きます。まずは川神シスターズと雅の対戦です』

『予選、決勝通して、今んとこ川神百代を真正面から抑えた奴はいねぇ。川神百代の相手をどこまでできるかが鍵になるだろうな』

『雅には千信館の我堂様がいらっしゃいますな。この大会、川神学園と千信館の皆様はともに素晴らしい活躍をされています。今回も期待いたしましょう』

『さぁ、これに勝って準決勝一番乗りを果たすのははたしてどちらのチームになるのでしょうか。今、ゴングですっ!!』

 

 試合開始と同時に一回戦同様、百代が動く。

「さっきは失敗したが、今回は決めるよ」

「にょほっ!?」

 開始位置にいたはずの百代の声が目の前で聞こえ驚く心。

 百代は一回戦と同じく先制の一撃を与えるべく、心に一気に近づき一撃を放つ。

 一回戦と違うのは、その時より鋭く、そして疾かった。

「――川神流無双正拳突きっ!!」

 疾く、鋭く、一直線に放たれ心の胴体を穿つはずだった百代の拳は――空をきった。

「なにっ!?」

「ほう」

「ふむ」

「おおっ」

「こりゃ……」

 百代だけでなく、リング四方にいた鉄心、ヒューム、ルー、釈迦堂もそれぞれ声を上げる。

 百代には一瞬、心が消えたように見えた。

 しかし、無論のこと心が消えたわけではない。

「……ほ?」

 百代の攻撃が来ると解かり顔を防いで目を閉じていた心が目を開けると、百代は拳を出した姿勢で前方にいた。辺りを見回すと、武舞台中央付近にいたはずの自分の身体がリングの端に置かれていることを認識する。

 そして、隣には薙刀を携えて百代を見据えている鈴子がいた。

 百代の先制を察知した鈴子が心を抱えて一気に舞台の端まで飛んだのだ。

 その疾さは、それを見た四方のマスタークラスから思わず声を上げさせるほどの疾さだった。

 

 百代がニヤリと笑う。

「凄い身のこなしじゃないか……本当はワン子にリベンジの機会をあげようかと思ってたんだが……これは私が相手をするしかなさそうだ……」

 そう言いながらゆっくりと横へ移動する。

「……」

 それに合わせて鈴子も同じ方向に、同じ速度で歩く。

「ワン子! 悪いが我堂の相手は私がする。もう一人の方は頼んだぞ」

 百代は鈴子から目を離さずに一子に声をかける。

「――っ! はいっ! お姉さまっ!」

 一子は一瞬、悔しそうに顔を歪めたが、すぐに顔を引き締め未だ呆然としている心に目を向ける。

「……」

 百代は鈴子から目を離さない。

 鈴子も百代から目を離さない。

 

 二人とも、ゆっくりゆっくりと歩いている。

 

 こういう時――強敵と相対した時、何をすればいいか鈴子は知っている。

 何をすればいいのか?

――狂えばいいのだ。

――狂った人間は強い……とても強い。

 客観的に見て自分たち戦真館の人間は……狂っている。

 まだ成人にもなっていない学生が命のやり取りを経験しているのだ、狂っていないわけがない。

 だが、ただ狂っただけではそれはただの狂人だ。

 うまく狂わなければいけない。

 自分たちはうまく狂えたからこそあの悪夢から帰って来れたのだとも思う。

 日常と狂気の堺をしっかりと見極め、心を強く持ち、その上で、普通の歩幅で、普通の速度で日常から狂気へと入っていく。すっと入ってく。

 それにより人は強くなれるのだ。

 そして、鈴子は戦真館の中で日常と狂気の行き来が一番うまいのは自分だと思っている、というか確信している。

 だから、目の前の強敵を――百代を前に鈴子は少し狂うことを覚悟する……

 

 不意に二人の動きがピタリと止まる。

 

 百代が構えを取る。

 鈴子は片手で薙刀を持ったまま、特に構えは取らずトントンと爪先で地面をたたくような素振りを見せる。

 靴が整っていないわけではない。

『足を使うぞ』という意思表示。

 それを見た百代の髪がザワリと動く。

 

 百代はまだ、動かない。その紅く輝く双眸は鈴子を見ている。

 鈴子もまだ、動かない。その蒼く煌く双眸は百代を見ている。

 

 その時、舞台の端にいたヒュームが口を開く。

「ふん、切っ掛けくらい作ってやるか」

 そう言うとコインを取り出し無造作に親指で弾くと空中に放り投げた。

 コインは放物線を描いて舞台に落ちる。

 キンッ、という乾いた音が響く。

 

 その瞬間、鈴子と百代の姿が掻き消えた。

 鈴子は迅の戟法を百代は超加速を用いて動き出す。

 観客はもとより、達人と言われる人間でさえ目に負えないほどのスピードで鈴子と百代は動き始めた。

 武舞台を所狭しと二人は動き回る。

 観客は動いている二人の姿を捉えることはできない。

 観客が見えているのは武舞台を踊るように疾る、紅と蒼の光の軌跡だ。

 目にも映らないほどの疾さで行われる“鬼ごっこ”。

 常人には認識すら難しいレベルの戦いが展開されていった。

 

 百代と鈴子はお互いに死角に潜り込もうと動いている。

 もちろんお互いに存在を認識したあとに死角に入ることは基本的には不可能だ――しかし、速さにおいて相手の認識を上回ったときそれは可能となる。

 故に百代と鈴子は動く。

 相手の認識の上を行くために。

 しかし、同時にこのまま“鬼ごっこ”を続けても無意味だとも二人は感じ始めていた。

 そして、二人は速度を維持したまま駆け引きの世界へと入っていく。

 

 鈴子が仕掛ける。

 

 何十と繰り返した切り返しの最中、今までとは違う動きを見せる。

 右足の爪先は右を向いているが、左足の爪先は真正面を向いている。

 しかし、肩は左側に重心を置いたように傾いていて、目は百代の後ろを見ている。

 幾重にも張り巡らされたフェイントの数々。

 百代は全てを無視して踵を見る。

 体重がかかっている――故に、進行方向は後ろっ!!

 疾風の速さの中で行われる刹那を使った閃光の瞬きにも似たやりとり。

 

 百代の読んだ通り鈴子は後方に飛ぶ。

 百代はそれを追って前に飛ぶ。

 その時、百代の身体がガクンと前につんのめる。

 何事かと思い百代が自らの足元を見ると今まで何もなかった舞台の上に小さな水晶が現れていた。

 創法で鈴子が造りだした小さな水晶。

 鈴子の身体で作ったフェイントは次に後方に飛ぶことも含めて全てこの水晶から百代の目をそらすための布石。

 「はあっ!!」

 百代が体勢を崩した一瞬を見逃さず鈴子は一気に百代の後ろに回り込み薙刀と一閃させる、狙うは――首の弱点部、顎中。

 その攻撃を気配で感じた百代は避けることを諦め、身体をひねると、迫り来る薙刀に自らの額で受け止めた。

 鮮血が飛び、百代の顔が跳ね上がる。そして額に焼けるような痛みがはしる。

 が、痛みを感じているということは、意識を失ってはいないということ。

 百代は歯を食いしばりその痛みに耐えると、鈴子に向かって強引に蹴りを放つと、それを牽制にして一気に距離を取る。

 そして、鈴子が追撃を仕掛けてこないのを確認すると瞬間回復で傷を癒す。

 額の傷がふさがり、血が止まる。

 

 二人は再び対峙して言葉を交わす。

「噂には聞いていたんですけど、本当に厄介ですね。それ」

「優勝にはあと2試合残ってるんだ、あんまり使わせないでくれよ」

「ここで負ければ、そんなことは考えなくても良くなりますよ」

「そんな怖いこと言わないでくれ……我堂が言うと冗談に聞こえない……」

「もちろん、冗談を言ってるつもりはありませんよ」

「だと思った……」

「そうですか……」

 そろり、そろりと探るような会話が交わされる。

 話している間、一瞬たりとも二人は目をそらさない、瞬きもしない。

 

 不意に二人は同じタイミングで再び動き出した。

 何かのきっかけがあったはずだ、しかしそれがどういうきっかけであったか、外から見ていた者にはわからなかった。

 対峙している者同士にしかわからない次元のきっかけがあったであろうことは想像できる、できるが、それがどのようなきっかけだったかはわからない。

 後になって、この両者にそれを訊ねても、わからないと、言うかもしれない。そのくらい微細な機微のきっかけであったと思われる。

 

 再び紅と蒼の閃光が絡み合う。

 

 今度は百代が仕掛ける。

 右から背後へ背後へ回る気配をみせつつペースを上げていく。

 そして急に左へと方向転換――するような体重移動をしておいて、足に溜めた気を爆発させ前へと飛ぶ。

 しかし、鈴子はこれを読んでいたかのように、身体を開き百代の背後にまわろうとする動きを見せる。

 百代もそれに合わせて身体の向きを変えようとする。

 

 その時、鈴子は急に方向を変えると、今までとは全く別の方向に疾る。

 先にいるのは――川神一子。

 鈴子は一回戦同様に百代を自分の方に注意を引きつけておいてパートナーの一子へと攻撃の対象を変更したのだ。

 一子は鈴子の動きに気づいていない。

 

――とった!

 

 と、鈴子が確信したその時、横から疾って追いついてきた百代の振り上げた右足によって薙刀が跳ね上げられていた。

 

「――え?」

 その時初めて、一子は自らの近くに鈴子と百代がいる事を認識する。

「なんだよ、折角の二人っきりの『デート』なのに他の子に目移りなんて、妬けるじゃないか」

「……いい女は気が多いものなんですよ」

 この一連のやり取りの中で交わされている百代と鈴子の会話を一子は耳にする。

 二人の目には既に一子のことはうつっていない。

 百代は鈴子を見ている。

 鈴子は百代を見ている。

「さっきのお返しにせっかくイロイロ仕込んだのにな」

 少し拗ねたように百代が言う。

「ごめんなさいね、いつもつれない奴を相手にしてるから、慣れてないんですよ」

 鈴子がすました顔で答える。

 百代と鈴子はそのまま一足飛びに距離とると再び対峙した。

 

「どこを見ておるのじゃ!」

一子がよそ見をしている間に心が一気に距離を詰めて懐に入ってくる。

「くっ! えぇい!」

 そんな心を柄の方を振り上げて牽制する。

「にょわ!」

 刃よりも射程の短い柄の部分での旋回に心は慌てて距離を取る。

 

 この時、一子の心は悔しさで溢れていた。

 百代と鈴子の中に自分がまるでいないことが悔しかった。

 百代と鈴子の目に自分がまるで入っていないことが悔しかった。

 しかし、自分が今、あの高みにいないことは自分自身が一番よく知っていた。

 だからまずは、目の前にあることを一つ一つ越えて行こうと心に決める。

 目下の目標は目の前の敵に負けないこと、そして打ち勝つこと。

「いくわよっ!」

 気合も新たに一子は心と対峙する。

 いつか百代の言っていた『デート』の相手が務まるようになる為に、一子は一子の戦いを始めた。

 

 三度、鈴子と対峙した百代は考えていた。

 このまま疾さ比べをしていてもおそらく埒があかない、むしろ、一回目や二回目の駆け引きを見るに、分が悪いと言っていいかもしれない。

 ならばどうすれば鈴子を捉えることができるのか……

 考えて、百代は構えを変えた。

 

「んっ?」

 百代の変化は鈴子もすぐに気がついた。

 いままで獣の様に両手を開きは上半身を前かがみにして、獣の顎のように開いた両手を上下においた構えをしていた百代が、背筋を伸ばし腰は少しだけ落とし、両手は脇を占めて前に出している。

 足は左足が前、右足が後、体重は均等にかかっている。

 手は握らずに掌。

 だが、今までと違い鉤爪の様に開いているのではなく指先まで神経を行き届かせた綺麗な掌の形で構えている。

 そして最後に大きく鼻から息を吸いゆっくりと口から吐く。

 それとともに身体に残った余分な力が抜けていく。

 美しい、お手本のような『武』の構え。

 今まで自由に戦ってきた百代が選択した『型』。

 それを見た鉄心は万感の思いで、

「もも……」

と、孫娘の名前をつぶやいた。

 

 鈴子が百代の変化に気がつき思考したのは一瞬。

 しかし、やることは同じと腹をくくる。

 

 そして、三度、鈴子の姿が掻き消えた。

 

 百代の目の前から鈴子の姿が消える。

 蒼い双眸の軌跡と影が百代の周りを縦横無尽に飛び回る。

 目はもちろん開いてはいるが、追わない。

 目で追っても間に合わないからだ。

 鈴子は先ほどのやりとりよりさらに一段階ギアをあげたように感じる。

 だから百代は鈴子が消えた方向を向いたまま気配を追っている。

 百代は構えを取りながら心を落ち着け、自身の周りに水面をイメージする。

 鈴子の気配が現れるたびに、そのイメージした水面に波紋が起きる。

 右、左、前、後ろ、と四方に波紋が起きる。

 その時、後ろで一際大きな波紋が起こった。

「せいっ!」

「そこぉっ!」

 鈴子が薙刀を一閃させるのと同時に、百代が振り返りその薙刀を左手で跳ね除ける。

「しっ!」

「くっ!」

 左手で薙刀を払った百代は右手の拳を鈴子に叩きつける。

 鈴子はその拳を身体を大きく反らして避けると、地面を蹴り距離を取る。

 百代の拳がかすった脇腹の戦真館の制服が刃物で切ったようにパックリをわれていた。

 百代は鈴子を追わず先ほどと同じ位置で、同じ構えで鈴子を見据えている。

 

 鈴子は大きく息を吸ってゆっくりと吐いてから動き出す。

 ゆっくりと百代の周りを歩きだす。

――なるほど、今までよりも気配を読むことに全てを向けてきたか。

 鈴子は百代の周りをゆっくりと回りながら分析をはじめる。

 それに合わせて百代も正面が鈴子に向くようにゆっくりと構えを向ける。

――殺気も何もかも読まれて静から動への最小限の動きで対応されてしまうのはとても厄介だけど……

 鈴子の歩みは止まらない。

 百代の動きも止まらない。

――だが、それならそれでやりようがある。

 鈴子の歩みが止まる。

 百代の動きも止まる。

 

 そして、再び鈴子が仕掛ける。

 蒼い閃光が四度舞い踊る。

 

 雨。

 百代が感じたのは水面を叩く無数の雨。

 鈴子は殺気や気配を敢えて発散させながら百代の周りを行き交う。

 大小様々な気配が百代の周りで波紋を巻き起こす、それが無数の雨となって百代のイメージした水面をかき乱す。

――落ち着け、惑わされるな、余分なものは排除しろ。

 百代はその撹乱のなか動かず、本物の鈴子を探る為、意識を集中する。

 

 その時、頭上にひと際大きな『滴』が落ちるのを感じる。

――そこかっ!!

 

「はあっ!!」

 半眼にしていた目を開き、頭上の気配に左の拳を叩き込む。

 手応たえがあった。

 しかし、百代の拳が砕いたのは、鈴子の身体ではなく大きく岩の様な水晶だった。

「なにっ!!」

 拳を振り上げた状態で驚愕する百代。

 そこに、

「もらったっ!!」

地を這うように、身を低くした鈴子が百代の右側から薙刀の一撃を放つ。

 

――間に合わないっ!!

 百代は目だけ鈴子の姿を認識したが、避ける事は不可能だと判断した。

――右腕一本くれてやるっ!!

 瞬時にそう判断すると、鈴子が狙った首を隠すように右肩を上げる。

 百代の右肩に薙刀が突き刺さる瞬間――声が響く。

 

「それまでっ! 勝者っ! 川神シスターズっ!!」

 

 鈴子の薙刀が百代の肩の手前でピタリと止まる。

 

 二人があたりを見回すと、そこには一子の足元で、

「きゅ~」

と、のびている心の姿があった。

 

 長物を振り回す一子の懐に飛び込んだ心は一子を場外めがけて投げ飛ばした。

 それを一子は空中で身を捻り、壁に当たる直前で逆に壁に足をつけて蹴りあげると、三角飛びの要領で心の元に戻ると、その勢いのまま飛び蹴りを叩き込んだ。

 

 川神流 三角龍。

 これで一子の勝利が決まった。

 

 勝どきを聞いた鈴子は、ふぅ、と息を吐いて薙刀を収める。

 そして、

「お疲れ様でした」

 と、一子を見ていた百代に手を差し出しながら声をかける。

「ああ、ありがとう、そちらもな」

 そういうと百代は鈴子の手を握り返してきた。

「……柊のこと、止めて下さいね。あいつに大きな顔されるのごめんですから」

 鈴子は少し拗ねたように百代に言う

「ふふふ。そちらの真意はともかく……私たちも優勝目指してるからな、止めてみせるさ。それに負けっぱなしってのもしゃくだ」

 そんな鈴子の拗ねている態度と、戦っている時の冷徹さのギャップにおかしさを感じながら百代が答える。

「よろしくお願いしますよ、川神先輩」

 そう言うと鈴子はのびている心を抱きかかえて武舞台から去っていく。

 

 それを見送った百代は、

「やれやれ……千信館の連中と戦うと寿命が縮む……」

そういうと、空を見上げてため息をついた。

 

―――――

 

 勝利した百代と一子は控室へ向かう通路を歩いている。

「よくやったな、ワン子」

 百代はそう、一子に声をかける。

 しかし、いつもなら明るく答える一子が

「う、うん。ありがとう! お姉さま!」

と、ぎこちなく笑うだけであった。

 そんな一子を見て、小さくため息をついた百代は、

「そんなに悔しいか? ワン子」

そう聞いた。

 内面を見透かされた一子は思わず顔を上げる。

 そこには、優しそうに自分を見つめる姉の顔があった。

「……うん」

 その目に見つめられた一子は素直に頷く。

「かつて負けた相手が、自分より遥か先を行っていたか……確かに、悔しいな」

「……うん」

 百代の言葉に一子が再び頷く。

 そんな一子を百代はいきなり抱き締めると頭を優しく撫で始めた。

「え? え? お姉さま??」

 いきなりの姉の行動に一子は目を白黒させて驚く。

 そんな一子をよそに百代は一子に語りかける。

「だがな、ワン子。私はワン子に感謝してるんだぞ」

「え?」

 百代の言葉に一子は目を丸くする。

「最後の一瞬、私は我堂の攻撃を何とか凌ぐために右腕一本くれてやるつもりだった。だが、その寸前でワン子が試合を決めてくれたから今こうしてお前の頭を撫でる事が出来る」

「お姉さま……」

「なぁ、ワン子……先に行っている奴はしょうがない。そこにたどり着くために奴等も山の様な辛酸をなめてきたんだと思う。だから、後ろにいる奴は一歩一歩近づくしかないんだ……そして、ワン子、お前はちゃんと前に進んでいるよ」

「お姉さま……」

 一子は百代の言葉を噛みしめるように、ぎゅと百代の身体を抱きしめる。

 そして、ばっと身体を離すと、

「もう大丈夫! ありがとう! お姉さまっ!!」

そう言って太陽の様に笑った。

 それを見た百代も、

「そうか」

と、短く答える。

 再び二人は歩き出す。

「次の私達の試合まで少し時間があるな、なにか食べておくか」

「それなら、おにぎりにしましょう、お姉さま。消化が良くてすぐエネルギーになるの!」

「そうか、じゃあ、そうしよう。ワン子はよく知ってるな」

「えへへ……」

 誉められてはにかむように笑う一子。

 

 そんな仲睦まじい姉妹の様子を、通路の入り口から鉄心が満足そうにうなずきながら見守っていた。

 

―――――朱雀組 決勝―――――

川神シスターズ ○ vs × 雅

   試合時間12分58秒

 

 




今回でなんと合計37話、初期のプロットが終わってからの話の方が長くなってしまいました。
ここまで続けられたのも読んでくださり、感想を書いて下さり、評価していただいている皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。

そして今回は最近なにかと影が薄い鈴子ですw
でも、鈴子頑張ってます。
むしろもうちょいイジられてれてる感じじゃないと鈴子じゃないかなぁ、
とも思ったりしてます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十六話~仁王~

    ―――――青龍組 決勝―――――

川神アンダーグラウンド vs デス・ミッショネルズ

 

 試合開始直前、鳴滝と忠勝は武舞台へと続く通路を歩いていた。

「なぁ」

 忠勝が声をかける。

「あぁ?」

 鳴滝が短く答える。

「デス・ミッショネルズのダブル・ラリアット、なんか対策は考えてんのか?」

 忠勝が鳴滝に問いかける。

「……まぁ、あるっちゃあ、あるな……オメェは?」

 その問に歯切れ悪く答えながら、鳴滝もまた忠勝に聞く。

「あ? まぁ、おれもあるっちゃあ、ある……けど、保証はねぇ」

 と、忠勝も歯切れの悪い答えを返す。

「つまり、お互い出たとこ勝負ってとこか」

「そうだな……」

 そんな言葉に鳴滝が笑う。

「へっ、悪くねぇ。それにたとえ分が悪くても賭けなきゃ勝てねぇからな」

「ま、そりゃ、そうだ……」

 鳴滝の軽口に忠勝が肩をすくめて同意する。

「行くか」

「おお」

 鳴滝の言葉に忠勝は頷き二人は会場へと足を踏み入れる。

 浴びせられる歓声の中、二人はゴンっと拳を合わせた。

 

『さぁ、次は青龍組の決勝戦。川神アンダーグラウンドとデス・ミッショネルズの対戦です』

『デス・ミッショネルズのダブル・ラリアットまずはこれを何とかしねえと川神アンダーグラウンドは厳しいな』

『まずは出させないことが重要なのですが……さてどうなるでしょうか』

『先程勝った、川神シスターズに続くのはどちらのチームになるのでしょうか、今、ゴングですっ!!』

 

 試合開始と同時に、弁慶と辰子が鳴滝と忠勝に襲い掛かる。

「そおい」

「とーーりゃーー」

 あまり気合の入っているようには聞こえない声とともに弁慶は手に持った錫杖を下から振り上げ攻撃し、辰子は肩を前に出した状態で忠勝にぶつかっていく。しかし、その威力は声と反比例して強烈なものだ。

「ぐっ!!」

「うおっ!!」

 鳴滝は手をクロスして弁慶の錫杖を防御したが、忠勝は辰子の突進をうけて場外まで吹っ飛ばされた。

「ん?」

 忠勝を吹き飛ばした辰子は不思議そうな顔をしていた。

 手応えがあまりなかったのだ。

 忠勝は辰子が当たる瞬間、後ろに跳んでいたのだ、だから手応えがなかったし忠勝自身も場外という予想より大きな距離を吹き飛ばされていたのである。したがってダメージもほとんどない。

 

 だが、弁慶と辰子の目的は達成されていた。

 この先制はダメージを与えるものでも、ましてや仕留めるためのものではない。

 相手を孤立させるための攻撃。

 故に、今、武舞台にいる鳴滝に二人の照準は定められた。

 

「デカブツの方だ! 挟むよ! 辰子っ!」

「りょーかーい」

 弁慶の合図で辰子は移動をし、鳴滝を挟み込む。

 鳴滝は目を動かしながら二人の位置を把握している。

「いくよ! ダブルっ!!」

「ラリアットォッ!!」

 弁慶の声に、辰子が答えて鳴滝めがけて突進する。

「この状態で避けたり、躱したりは無理だよ。おとなしく寝てなって!」

 弁慶の声が鳴滝に届く。

「あぁ? 避けるだ、躱すだぁ? なめんなッ!!」

 そう言うと鳴滝は両脚に力をいれ、その場で仁王立ちする。

 そこに、弁慶と辰子が挟み込む。

 がんっ と、弁慶と辰子の腕に衝撃が走る。

 しかし、それは鳴滝を挟み込んだ衝撃ではなかった。

 

 鳴滝の右手が弁慶の腕を止めていた。

 鳴滝の左手が辰子の腕を止めていた。

 

「なっ!」

「えー」

 鳴滝は腕をいっぱいに広げ、片手だけでそれぞれの突進を止めていた。

「何が対策だよ、ただの力尽くじゃねぇか……」

 場外から這い上がってきた忠勝が鳴滝の姿を見て呆れたように呟く。

 

「おおおおりゃ!!」

「くおっ!」

 鳴滝は右手にもった弁慶の腕を強引に振り回し放り投げる。

「弁慶っ!」

 辰子は放り投げられたパートナーの名前を呼び、それを起こした張本人――鳴滝の顔を睨みつける。

 辰子の顔に怒りの色が浮かぶ。 

「よくもおおっ! あああああああああああっ!!!」

 右腕を掴まれている辰子が自由な左手で鳴滝の顔面を狙う。

「くっ!」

 鳴滝はその左拳を弁慶を投げ飛ばし自由になった右の手のひらで受け止める。

「ああああああああああああっ!!!!」

 同じタイミングで辰子は掴まれていた右腕を振りほどきこんどは右拳を鳴滝に繰り出す。

 鳴滝はその拳も離れた左手で受け止める。

 辰子は掴まれた拳を強引に開いて鳴滝の両手を掴む。

 

 手四つ。

 図らずも純粋な力比べのための型にはまる。

 お互い両手をつかみ合っての力比べ。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

「あああああああああああああああああああっ!!!!」

 鳴滝の腕が盛り上がる。

 辰子の絶叫がほとばしる。

 動かない。

 二人の力に耐え切れず、足ものと武舞台のタイルが割れて二人の足が沈む。

 

「がああああああああああああああああああっ!!!!」

「わああああああああああああああああああっ!!!!」

 二人が同時に咆哮と共に身体をそらせて、頭を前に振る。

 がんっ、という音と同時に鳴滝と辰子の額がぶつかり合う。

「がああああああああああああああああああっ!!!!」

「わああああああああああああああああああっ!!!!」

 再びの咆哮と共に二度目の額の激突。

 

 そこに、

「辰子ぉおおおッ!!」

投げから復帰した弁慶が両手で錫杖を振り上げて鳴滝に襲い掛かる。

「ちいいっ!」

 右手を離し鳴滝はその錫杖を受け止める。

「ああああああああああああっ!!!!」

 離れた左手を拳に握り辰子が鳴滝の顔面を狙う。

「――っ!」

 めきっ、という音と共に辰子の拳が鳴滝の顔面に突き刺さる。

「ああああああああああああっ!!!!」

 再び拳が振るわれる。

「――っ!!」

 拳が再び鳴滝の顔面に突き刺さる。

「ああああああああああああっ!!!!」

「――っ!!!」

 3度目、鳴滝の巨体がグラリと揺れる。

「ああああああああああああっ!!!!」

 止めを刺すために4度目の拳が振るわれる。

「――らあっ!! なめんなあああっ!!!」

 顔面めがけて繰り出された4度目の拳にタイミングを合わせて鳴滝は自らの額をぶち当てた。

 3度まで顔面への攻撃を耐えたのはタイミングを測り放つこの一撃のため。

「いっ!!」

 思いがけずに硬いものを叩き怯む辰子。

「こっち、忘れてもらっちゃ困るよ!」

 錫杖に力を入れて鳴滝の動きを封じていた弁慶が畳み掛けて鳴滝を倒すべく錫杖を片手持ちに切り替え鳴滝の無防備な顔面に拳を繰り出そうとした。

「そりゃ、こっちのセリフだっての」

 下の方から聞こえてきた言葉に目を向けると、全力で走ってきた忠勝のスライディングが弁慶の足を払っていた。

「のわっ!」

 弁慶の身体が浮く。

「おらあっ!」

その弁慶の身体を錫杖から手を離した鳴滝は捕まえ辰子と共に再び放り投げ用とする。

「くうっ! そう何度も、ただで投げられるかってっ!!」

 弁慶はそう言うと、離された錫杖を強引に振るい投げられる直前、鳴滝の頭に錫杖を叩き込む。

 

 ガンっ という音と共に鳴滝の額が割れて血が吹き出る。

 ドンっ という音と共に弁慶と辰子が地面に落ちる。

 

「がっ!」

「ぐっ!」

「わぁっ!」

 鳴滝、弁慶、辰子それぞれ武舞台に倒れこむ。

 

「あー、いってぇ……」

 鳴滝が頭を振りながらのそりと巨体を起こす。鳴滝の顔は辰子の拳と錫杖の一撃で血まみれになっていた。

「おい、おめぇ、スゲェ顔になってんぞ」

 忠勝が声をかける。

「あぁ? いつも言ってんだろ……かすり傷だ」

 その言葉に鳴滝はいつもの調子で答える。

「あー、そーかよ」

 忠勝が呆れたように返す。

 

 向こう側に倒れていた弁慶と辰子も起き上がってきている。

「なぁ、源」

 鳴滝は起き上がってきている二人に視線を合わせたまま、忠勝に問いかける。

「なんだよ」

 忠勝も二人に視線を送ったまま答える。

「試合前に言ってた、ダブル・ラリアットの対策。どんなもんだ?」

「ああ、口で言ってもな……まぁ、お前の馬鹿力よりは現実的だと思ってるぜ」

「そうかよ……」

「そうだよ……」

 二人が体勢を整えこちらへと身構えている。

 そして、二人が鳴滝と忠勝めがけて動く。

 

「取りあえずオメェは避け続けろ! 後はおれが決めてやるっ!!」

「言われなくたってそうするよっ!」

 二人の突進を前に、鳴滝と忠勝が最後の言葉を交わす。

 再び弁慶が鳴滝へ、辰子が忠勝へと向かってくる。

 

「そおい、そおいっ!」

 錫杖を振り回して弁慶が鳴滝を攻撃する。いままでのパワーに頼った攻撃じゃない、キレのある攻撃だ。

「てめぇ、猫かぶってやがったな……」

 その錫杖の攻撃を両手で捌きながら鳴滝が弁慶を睨む。

「まー、疲れるからやなんだけど。あんた相手に手抜きってのも無理だってわかったし、主の手前、本気でやらせてもらうよ」

「はっ、来いよ。武蔵坊弁慶、相手にとって不足はねぇ」

 錫杖が縦横無尽に振われる。

 その長物の間合いのために、鳴滝はなかなか踏み込めず防戦一方となっている。

 重い錫杖が鳴滝の腕を容赦なく叩く。

「ずっと、防御しててくれて構わないよ、いつか手が使い物にならなくなるからね!」

「ペラペラペラペラ……面倒臭がり屋がよく喋る」

 しかし、鳴滝自身これではジリ貧だということも理解していた。

 チラリと忠勝の様子を伺うと、辰子の攻撃をなんとか避けているのが見える。

 あちら側での決着は残念ながら難しい……

 

 故に覚悟を決める。

 この錫杖の一撃を喰らう覚悟。

 

「そうれっ!」

 声とは対照的に力と速さの込められた重い横なぎの一撃、それを鳴滝はわざと腕の防御をはずして脇腹で受け止める。

 ごりっ、っと、嫌な音が自分の脇腹でするのを鳴滝は聞いた。

 肋の1、2本位はイったかもしれない。

 が、

「……捕まえたぜぇ」

今だ、血が止まっていない顔で鳴滝がそろりと言う。

 弁慶の錫杖を鳴滝がしっかりと抱えていた。

「くっ!!」

「おせぇ!!」

 鳴滝は錫杖を力任せに引っ張ると、一歩踏み込む。

 弁慶は錫杖をすぐさま離し、両手で顔を防御する。

 

 どんっ!

 

 という、音とともに鳴滝の拳が弁慶の胴に叩きこまれる。

 弁慶の身体が一瞬、浮く。

「なにっ!」

 しかし、その直後、声を上げたのは鳴滝だった。

 鳴滝の腕は弁慶によってしっかりと抱えられていた。

 拳を喰らいながら、弁慶は鳴滝の腕を抱えにいっていた。

「ふふ、捕まえたよ……」

 弁慶が先ほどの鳴滝と同じセリフを口にする。その口からは血が一筋流れていた。

「私はあの立ち往生の弁慶。頭以外の一撃なら耐える自信はあったさ。まぁ、正直、身体に穴開くかと思ったけどね」

 そういって、弁慶は捕まえた鳴滝の腕をギリリと締め上げる。

「くう――だがよ、手ってのは二本あんだぜっ!!」

 鳴滝がもう一つの拳を振り上げた時、

「別に手を抱えるのが目的じゃないのさ、動きを封じられればね……辰子っ!!」

 その言葉と共に、横から砲弾のような何かが鳴滝の身体にぶつかってきた。

 辰子だ。

 忠勝へと攻撃を加えていた辰子が弁慶の合図で鳴滝に全力のタックルをぶちかましていた。

「ごはっ!!」

 その一撃で、肺から強制的に空気をもらしながら吹き飛ぶ鳴滝。

 

「ナイスだ、辰子!」

「うん、私、がんばってる」

 それと同時に弁慶は左右に視線を走らせる。

 鳴滝は今の一撃を喰らっても、すでに片膝で立ち上がり始めていた。

 忠勝は鳴滝を気にしながらも、こちらの様子をうかがっている。

――膝をついているとは言え、鳴滝は一回ダブル・ラリアットを力づくで止めたことを考えると、決着をつけるべきは……

 そう思考を巡らせると、

「辰子! 小さいほうだ!!」

そう、パートナーに指示を出す。

「ああー、りょーかーい」

 間延びした声ながらも辰子は弁慶の指示に従って素早く忠勝を挟むような位置を取る。

 

「ダブルっ!」

 弁慶が合図をする。

「ラリアットォッ!!」

 辰子が答える。

 

 二人は忠勝めがけて突進してきた。

 はじめの一撃よりも速い、砲弾の様な突撃。

 

「源ォッ!!」

 それを見た鳴滝が叫び立ち上がろうとするのを、

「鳴滝っ!!」

忠勝が叫び、睨んで止める。

――そこで見てろ。

 パートナーの意思表示に、

「くううっ」

むき出しの犬歯をギリギリと噛み締めながら鳴滝は耐える。

 そして、苦手である活の循法を使い少しでも回復をして待つ。

 パートナーを信じて待つ。

 このあとに忠勝が決定的な勝機を生んでくれると信じて。

 

――悪ぃな、鳴滝。

 鳴滝の事を目で止めたあと、忠勝は辰子に向かって走り出す。

――コイツは博打だ……だから失敗したら俺がケツを持つ。

 心の中でパートナーに詫びを入れながら、忠勝は辰子のもとにたどり着く。

 そして、突進してくる辰子を全身で受けながら、同時に後方へ跳んでいた。

 辰子の身体がぶち当たる寸前に、辰子の両肩に手を置きながら後方に跳んだためダメージはない。ないが、忠勝の身体が宙に浮きながら運ばれていく。

 後方からは弁慶がグングンと近づいてきている。

 このままでは弁慶と辰子のダブル・ラリアットをまともに受け忠勝が決定的なダメージを負うのは明白。

 

 しかし、だからこその、賭け。

 だからこその、博打。

 

 忠勝は宙で辰子の身体を両手で押し、自分の身体と辰子の身体との間にわずかな隙間を作る。

 弁慶との距離が1メートルをきったところで、宙を運ばれていた忠勝の左足がようやく地に触れた。

 

 ――忠勝が打った博打に勝った瞬間であった。

 

 左足がついた着いた瞬間、まだ、忠勝の身体に辰子の身体の重量が本格的に加わる前に忠勝はその左足で思いっきり地面をける。

 右へ。辰子が腕を伸ばしていない方へ。

 ほんの半身逃げることに成功した。

 辰子の身体の正中線から身体半分、横にずれた。

 しかし、まだ半分残っている。

 その半分を忠勝は辰子の肩に乗せた手を使い、くるりと身体を回転させて避けたのである。

 半回転。

 そして、辰子の身体を進行方向へ押す。

 ターゲットをインパクトの瞬間に見失い、更に一方が身体を押されたことで歯止めが利かなくなった二つの砲弾は、

 「ぐっ!!」

 「わっ!!」

どんっ、という衝撃音と共に激突する。

 

 距離の修正が効かない、タイミングでかわしたことによる相打ち。

 少しでもタイミングが早ければダブル・ラリアットを止められてしまうし、遅ければダブル・ラリアットを喰らい忠勝自身が沈んでいただろう。

 だからこその賭け、博打だった。

 忠勝の身体が宙を運ばれていたのは1秒にもみたなかったと思われる、しかし、忠勝にとっては無限にも似た時間であったかもしれない。

 もしかしたら、足が着く前に弁慶がたどり着いてしまうかもしれない。

 そんな恐怖が背後から向かってくることに耐えてただ、足がつくのを忠勝は待ったのだ。

 

 そして、忠勝はその博打に勝った。

 その博打の勝ち分を忠勝はパートナーに託す。

 

「鳴滝ィッ!!」

 忠勝の声が上がる。

「わかってるっ!!」

 鳴滝が答える。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 鳴滝が相打ちで一瞬怯んだ弁慶と辰子に向かって走る。

「おおらぁぁああああああああああああっ!!!!」

「くううっ!!」

「わああっ!!」

 その走ってきたスピードを緩めずに掌で二人の頭をそれぞれ捕まえるとそのまま鳴滝は走り抜ける。

 

「離せぇッ!!!」

「わあああああっ!!!」

 頭を捕まれ運ばれていく弁慶と辰子が暴れ、二人の拳や足が鳴滝に突き刺さる。

 腕にはみるみる痣が増え、先ほど活の循法で塞いだ額の傷からは再び血が吹き出した。

 だが、鳴滝は止まらない。

 鳴滝が吼える。

「源の奴が博打打ってまで作った勝機っ!! 逃すわきゃねぇだろおおおおっ!!!!」

 吼えながら、そして二人の攻撃を受けながら、鳴滝は少しもスピードを落とすことなくそのまま場外へと出ていく。

 そして――

 ゴンっ! という音と共に弁慶と辰子の後頭部を場外の壁にぶち当てる。

 

 鳴滝が手を離すと、壁に寄りかかるようにして弁慶と辰子がズルリと地面へと崩れ落ちる。

 

『そこまでっ! 勝者っ! 川神アンダーグラウンドっ!!』

 

 わあああああああああああああああああああっ!!!!!

 歓声と拍手が巻き起こる。

 

 二人から手を離した鳴滝は武舞台に座りこんでいる忠勝のもとへと向かう。

「なにが、俺より現実的だ。半丁博打じゃねぇか」

「あ? お前だって最初の止めれるかわからなかったんだろ? 同じようなもんじゃねぇか」

「ふんっ」

「はんっ」

 二人はそう言ってそっぽを向く。

 一瞬の沈黙の後に、忠勝が口を開く。

「傷、どうなんだ」

「……なんでもねぇ、かすり傷だ」

 二人はそっぽを向いたままだ、目を合わせない。

「そうか、でも一応、医務室は行っておけよ」

「……ああ」

 忠勝の言葉に鳴滝が素直にうなずく。

 二人はまだ、そっぽを向いている、目を合わさない。

「まぁ、次もある、戻るか」

 そういって、忠勝が立ち上がり歩き始める。

「……だな」

 鳴滝がそれに並ぶように歩く。

 そして――

 ゴンッ、と、舞台を降りるとき小さく拳を合わせた。

 

 最後まで二人は目を合わさなかった。

 

 しかし、二人の口には同じような小さな笑みが浮かんでいた……

 

      ―――――青龍組 決勝―――――

川神アンダーグラウンド ○ vs × デス・ミッショネルズ

 

 




如何でしたでしょうか。
鳴滝・忠勝ペアの第2戦です
なんか久しぶりにランキングに乗ったりしてちょっとドキドキしながら書いてましたw
ご新規様にも楽しんでいただけたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十七話~軍神~

直近3話の題名は戦真館のメンバーに厨二的な(二文字の)二つ名付いたらなんだろうな、
と考えてつけたものです。
鈴子が「風神」、鳴滝が「仁王」、四四八が「軍神」です。


―――――白虎組 決勝―――――

  柊桜爛漫 vs 源氏紅蓮隊

 

 試合会場に現れた四四八と項羽をみた観客は一様にざわめいた。

 その対象は項羽。

 項羽の携えている武器が予選から使い続けていた方天画戟ではなく、弓であったからだ。腰にはしっかりと矢筒もつけている。

「んはっ! 皆、驚いているな! 西楚の覇王たる俺は弓も扱えるのだ!」

 そう言って手に持った弓――養由基の弓をぐっと突き出し、胸を張り、パートナー――四四八にどうだと言わんばかりに得意げな顔をする。

「それは驚くでしょう、パートナーの俺ですら知らなかったんですから……」

 四四八は少し呆れ気味に呟く。

「言ってしまっては楽しみが減るじゃないか」

 四四八の言葉に項羽は少しすねたような顔をする。

「いや、そういう問題じゃなくてですね、知っていたらいろいろと練習や作戦を……ああ、もう今更言っても遅いからいいです」

 そう文句を言おうとした四四八は途中で諦めたようにガックリと肩を落とす。

「とにかく、これで相手と同じような遠近のペアとなったので相性という意味では、同じ土俵に立てました。あとは如何にうまく連携して相手を倒せるかということです」

 気を取り直して、といった感じに四四八が項羽に言うと、

「んはっ! まかせろ、今までのようにバッチリ連携してやるさ。弓では初めてだが……まぁ、なんとかなるだろうっ!!」

と、やはり先ほどと同じように得意げに答える。

 ピクッと、四四八の顳かみが震える。

 次の瞬間、項羽の頬は四四八の両手に挟まれて横に大きく引っ張られていた。

「だから初めてにならない様に、何故、俺に前もって伝えておかなかったのですかと、言っているじゃないですかっ!!」

「ひはっ――ひはひ――ひひはひ、ひはひっ」(いたっ――痛い――柊、痛い)

 頬を左右から引っ張られて、パンパンと四四八の腕をたたいてギブアップの意思表示をする項羽。目には少し涙が溜まっていた。

 それを受けて、四四八は大きく一つため息をつくと、

「ふぅ……とにかく、相手は予選と決勝を通して四試合、遠近で勝ち上がってきたチームです気を引き締めていきますよ」

そういって項羽の頬から手を離す。

「――っつう……わかってるさ。でも、俺と柊が組んでるんだ、負けるはずがない! 俺達は最強だからなっ!!」

 拘束を解かれた項羽は頬をさすりながら、四四八に目を向けて、笑いながらそう言った。

「そうだといいですね……そろそろ始まりますよ」

「おうっ!!」

 四四八と項羽はそれぞれ武器を携えて開始位置へと向かう。

 

『さぁ、熱戦が続いております。続きましては白虎組の柊桜爛漫と源氏紅蓮隊の決勝戦となります。玄武組の決勝が行われないためこの対戦が準々決勝の最終試合となります』

『項羽が武器を変えてきたな。これで、パートナーの武具の相性的には五分になったって事だな』

『さて、こうなりますと個々の実力と同じくらい連携の練度が求められる戦いとなるやもしれませんね。柊桜爛漫はここに来ての武器変更、果たして吉と出ますか凶とでますか……』

『優勝候補ともくされている両チームの一戦、果たしてどんな結果になるのでしょうか。今! ゴングですっ!!』

 

 試合開始と同時に、義経と四四八が飛びだす。

 そして同時に京と項羽の弓から矢が放たれる。

 互いの矢は、先行する二人の耳元を通り過ぎ舞台の中央付近で迎撃し合った。

「――っ!!」

「んはっ!!」

 驚きの表情を顔に浮かべた京とは対照的に、狙い通り、と言った感じで笑みを浮かべる項羽。この一連の一射で京は項羽が伊達や酔狂で弓を持ったわけではない事を知る。項羽は明らかに京の矢を狙って撃ってきていた。

(――これは侮れない)

 京はそう心の中で呟くと、義経を援護出来るようにすっすっすっと移動を開始する。

 項羽も京の移動に併せてつッつッつッと移動する。

 京は義経、四四八、項羽を常に視界に納められるように動いている。

 項羽も義経、四四八、京を常に視界に納められるように動いている。

 二人は右手に矢を携えながらいつでも矢を射れるように牽制し合っていた。

 

 義経と四四八は既に打ち合いの間合いに入っていた。

「はあああああああああああっ!!」

 日本刀と旋棍の間合いの関係上、まずは義経が日本刀の斬撃を四四八に叩き込む。

 唐竹、袈裟斬り、逆袈裟に鋭く、美しく、そして疾い斬撃が振るわれる。

 その一筋の閃光の様な斬撃を四四八は避ける、体捌きを駆使して受けずに、避ける。

「はあっ!!」

 義経がその斬撃の連続の中で、裂帛を轟かせ上段から下段に今までよりさらに鋭い一撃を放つ。

 四四八はそれを少し後ろに下がり、避ける。刀が地面すれすれまで振り下ろされる。

 振り下ろされた刀が戻る前に四四八が一歩踏み込もうとした時、未だ地面近くにある刀がするすると四四八の胸めがけて伸びあがってくる。

 義経が地面にある刀を戻さずに地面を擦るようにして突きを繰り出してきていた。

「はあああっ!!」

 しなやかな蛇が鎌首を持ち上げるような一撃。それを四四八は身体を横に開いて躱す。そして、躱すと同時に義経の刀の側面を右足の靴底で蹴り、踏みつける。

「くっ!!」

「――シっ!」

 四四八は閉じた口から鋭い息を吐きながら、刀を踏みつけた足を軸足として回し蹴りを義経の顳かみ目掛けて放つ。

「わっ」

 その蹴りを義経は上体を反らせながら義経は躱す。

 蹴りを躱された四四八はその蹴った足を義経の身体の前に落として、間合いを詰めることに成功する。

 

 攻守が入れ替わり、四四八の旋根が振るわれる。

 

 義経は四四八の突きと共に上半身へ振るわれた旋棍の打突を身体を捌いて躱す。そして、連撃の一瞬の間を使い刀を引き寄せると、その後の攻撃は刀で受けて捌く。

 そんな上半身への連撃のさなか、四四八は旋棍を空中で持ちかえると今まで持っていた取っ手の部分を使い義経の足を後ろから前に払う。

「ひゃあっ!!」

 足を強制的に払われ、背中から地面に倒れる義経。

 そこに旋棍の長い部分を使い、四四八が義経の顔を狙って追撃をかける。

「くうっ!」

 義経はその一撃を身体を転がして避ける。

 ガスッと、今まで義経の顔があったところに四四八の旋棍が突き刺さる。

 義経は旋棍を避けながら身体を半回転して、

「はあああっ!!」

身体がうつ伏せになった瞬間に刀を水平には疾らせて四四八の足を狙う。

「っ!」

 四四八はそれを上に跳躍して躱す。

 義経はそれを読んでいたかのように、身体をもう半回転させると仰向けの状態になり払った刀を身体の前に持ってくると、跳躍して自らの上にいる四四八目掛けて刀を振り上げる。

「ふっ!!」

 四四八はその刀を身体の前で旋棍をクロスさせて、受け止めた。身体は未だに空中にいる。

「まだまだっ!!」

「――っ!!」

 義経は受け止められた刀の峰を蹴り上げ強引に空中にいる四四八に刃を当てようとする。四四八はその刃を旋棍をずらして受け流す。

 

「んはっ! 寝てたら的だぞ!! 義経!!」

 その義経めがけて項羽が矢を放つ。

「やらせない」

 今度は京が項羽の矢を迎撃する。

「むっ!」

 迎撃された事に一瞬不満げな顔をした項羽は再び矢をつがえ放つ。

「本職が負けるわけにはいかない」

 京は一気に二本の矢をつがえて放つ。

 一発は項羽の放った矢。

 もう一発は空中で刃を受け流し身体が傾いた四四八へ。

 一本目の矢は項羽の矢を迎撃し、もう一本は四四八の顔めがけて飛んでいく。

 四四八は傾いた身体をその方向に思いっきりひねり空中で身体を回転させながら旋棍で飛んでくる矢を撃ち落とした。

 その隙に義経は起きあがり、トンと後ろに飛んで距離を取る。

 四四八もそのまま足で着地すると後ろに飛んで項羽の前に降り立つ。

 

 仕切り直しとなった。

 

「んはっ! どうだ柊、俺の腕前はっ!」

 弓を掲げながら項羽は得意げに胸を張る。

「正直、見直しましたよ、項羽先輩。流石に中華の英傑ですね」

 四四八は項羽に素直に称賛の言葉を投げる。

「そ、そうか……ま、まぁ、あれだ遠慮せずにもっと褒めていいんだぞ?」

 項羽は胸を張って明後日の方向を見ながらチラッチラッと四四八の事を盗み見る。顔が赤いのは試合で上気した……訳ではおそらくなさそうだ。

「はぁ……取りあえず、試合はまだ終わってないんですから油断しないで下さいよ」

 そんな項羽の変化にはまるで気付かず、ため息を一つついて四四八は義経と京に目を向ける。

「むーーー」

 そんな四四八を見てむくれる項羽。

 それを無視して四四八は話を進める。

「最初のやり取りでイロイロとわかったこともあります。いいですか……」

 そういうと四四八は少し身体を項羽の方に寄せると、項羽に囁く。

「――は、――を、――――ます」

「……ふぅん」

 項羽はそれを聞くと先ほどまでのむくれた顔を引き締めて、なるほどという感じで頷く。

「可能ならばそこを突きます」

「んはっ! 了解だっ!」

「じゃあ、いきますよ」

「おうっ!」

 四四八と項羽が臨戦体制に移るのを見て義経と京も構えをとる。

 

 四人の主役が踊る、第二幕が幕を開ける。

 

 義経と四四八は同時に前に出る。

 先程とは違い、一気に間合いを詰めない。お互いに余裕をもったゆったりとした、しかし、流れるような足取りですぅと前に出る。

 互いの間合いがギリギリまで接近した時、日本刀という旋根よりも長い間合いを持つ義経が自らの持つ刀を引き絞る。

 いつでも間合いに入ってもいいようにするためだ。

 しかし、その引き絞る動作に入る一瞬に項羽が四四八の背中を蹴った。

 四四八の身体が今までのスピードに、項羽の蹴りの勢いが加わった予想外の速さで一気に義経との間合いを詰める。

「――っ!!」

「――ッ!!」

 義経だけではなく、京もこのいきなりの接近に拍子を外され、矢を射るタイミングを逸した。

 その接近を止めるため中途半端にだが引き絞った力で刀を繰り出し四四八に一太刀入れる。

 四四八はそれを難なく旋棍で受けると、自らの間合いまで踏み込んできた。

「じゃあ、いきますよ」

「くっ!」

 緑色に輝く瞳で義経を見据えながら放った四四八の言葉を合図に、お互い間合いに入った二人の打ち合いが始まった。

「――シッ!!」

「はああああああああああああっ!!!!」

 旋根と日本刀がぶつかり合う。

 閃きのような相手の渾身の一撃を、自らの渾身の一撃をもって迎撃していく。

 そして、その合間、合間に、

「――えい」

「んはっ!」

互いの弓師の牽制や援護が入る。

 しかし、それも互いの弓師によって妨害をされながらの牽制であり援護であった。

 

 一瞬の油断も許されない、そんな四人の打ち合いが展開され続けていった。

 

 何合目かの撃ち合いと牽制のやり取りが進んだ時、義経は項羽が四四八の陰に隠れたのを見た。

――勝機っ!

 義経はそう思った。

 今ならば項羽は四四八の援護が出来ない、射線上に四四八がいるからだ。援護しようとしても四四八に当たってしまうし、何より項羽は今、京の姿が見えていない可能性すらある。

 初めての遠近のペアで戦っている祖語がここにきて出てきた。

 そう、義経は確信した。

「やあああああああああああっ!!」

 故に、義経は京に咆哮で合図をしながら下段からの攻撃を四四八に放つ。

――このタイミングなら椎名さんが必ず援護をくれる!

 今までの四試合で培ってきた連携への絶対の自信が義経の身体を行動させた。

 

 しかし、そこに京の援護はなかった。

 

「え?」

 そのことに驚き横を見ると四四八の陰に隠れていた項羽が義経の横をすり抜け一気に京に向かって走っていくのが見える。

 京は四四八と向かってくる項羽、どちらを迎撃すればいいか一瞬迷ってしまったのだ。その一瞬は一秒半分にも満たない間だっただろう。しかし、戦いにおいて迷い、そして間を作り出してしまったことは確かであった。その一瞬を逃さず、四四八と項羽は行動を開始する。

「おおおおおおおおっ!!」

 四四八は緑色の瞳を一段と強く輝かせながら、上段から旋根の一撃を義経の頭上に振り下ろす。

「くうっ!!」

 それをなんとか刀で受け止める義経。

「おおおおおおおおっ!!」

 しかし、四四八は止められたことなどかまいもせず、そのまま旋根に力を込める。

「ぐ……」

 あまりの力に受け止めた刀ごと押し込まれガクリと膝をつく義経。

「義経っ!!」

 パートナーの窮地に思わず声を上げた京だが、既にすぐそこにまで項羽が迫ってきていた。

「もらったぞ! 天下五弓っ!!」

「くううっ!!」

 弓を引くのを諦め、持っていた矢を槍に見立てて京は項羽に一歩踏み込み突きを放つ。

「んはっ! 良い突きだ! だが、この西楚の覇王を打ち取るには――」

 そう言いながら、その矢の一閃を首を振って避けると、

「足りんッ!!!!」

裂帛とともに京の懐に飛び込み拳を一閃。

「ぐっ……」

 京は項羽の一撃を腹にまともに食らい、ドサリと武舞台に崩れ落ちる。

 

「それまでっ! 勝者っ! 柊桜爛漫ッ!!」

 勝鬨が上がる。

 

 わああああああああああああああああああああっ!!!!!!!

「椎名さんっ!!」

 

 熱いシャワーのように降り注ぐ歓声の中に自分を呼ぶパートナーの声を聞きながら、京の意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 

―――――

 

 

「んっ……」

 京が薄らと目を開けると、そこには見慣れない天井が広がっていた。

「私……そうか、最後、項羽先輩の一撃で……」

 そう、自らに起こった事を口に出しながら確認していく。

 そこに、

「あっ! よかった椎名さん、気がついたんだな!」

という、パートナーの声と共に、

「あ、京、気がついたんだ。心配したぜ」

という、予想外の人物の声が聞こえた。

「え? 義経に……大和?」

「うん、大和大和。意識、しっかりしてるみたいだな。これなら心配ないかもしれないけど、一応先生呼んでこようか」

「義経が呼んでくる、直江くんは椎名さんを見ててくれ」

「了ー解」

 医務室の扉を出ていく義経に大和はそう言って声をかけた。

「ふー、でも、ホント、大したこと無さそうでよかったよ」

 大和がベットの脇に座りながら京に声をかける。

「大和、なんでここにいるの?」

「ああ、ほら俺、一応、燕さんのチームのマネージャーって事で登録してあるからさ、関係者って事で入れるんだ」

「でも、控室には……」

「それは……まぁ、控室だといろんな目があるからさ、身軽なのを利用していろいろなトコで情報収集してたんだ」

「そうなんだ……」

「いや、でもホント京が倒れた時ビックリしてさ。まゆっちの時は人がいっぱいいたから寝てる時に様子見ただけだったけど、今はもう義経くらいしかいなかったからね、ちょっとお見舞いさせてもらったんだ」

「……大和」

 大和の言葉に驚きと、そして嬉しさを顔に浮かべた京は感極まったように大和の名前を呟く。

「まぁ、心配いらないみたいだし……俺そろそろ、行くね。先生にちゃんと見てもらえよ。んじゃ、また」

 そう言って、腰を浮かした大和の腕をガシッ! と京が掴む。気絶からたった今、復帰した人間とは思えない力強さだ。

「そんなに心配してくれたんなんて……もう、これは愛っ!! だね。大和、私も愛してるっ!! 誰よりもっ!!」

 そう言って腕をぐいと引き大和の身体をベッドに引きずり込もうとする。

「え? や? は? ちょ、と、取りあえず落ち着きませんかね、ねっ、京さん」

 全力でベッドに引きずり込まれない様に抵抗している大和は、文字通り鬼気迫る京に思わず敬語になる。

「ここにはおあつらえ向きにベッドがあるっ!! これはもはや完全なるフラグっ!! さぁ、大和、抱いてッ!! というか、挿れてッ!!」

「ちょっ、ちょっ、いや、いつもながらだけどさ、情緒とか恥じらいとかないわけ?」

「そんなものは、ないっ!!!!」

 とても、漢らしく断言する京。

「や、まじ、俺ホント行かなきゃまずいから。頼む……だれかーーーー、襲われるーーーーっ!!!!」

 大和の絶叫が医務室に轟く。

 九鬼の従者部隊が医務室に辿り着くまでに30秒、大和の声は医務室に響き続けていた。

 

 

―――――

 

 

 医務室を出て医者の先生を探そうとした義経は、隣の部屋から出てきた四四八とばったりと鉢合わせをした。

「わ、わ、柊くん?」

「ん? ああ、源か。先生なら中だぞ何か用か?」

「あ、椎名さんが起きたから……って、柊くん何処か痛めたのか?」

 義経が心配そうに顔を曇らせる。

「いや、試合後のメディカルチェックだ、源も受けただろう?」

「あ、そうか、そうだった。義経は忘れてた」

 そう言って義経はえへへと恥ずかしそうに笑う。

「あ、そうだ、終わった時は椎名さんを運んでいたから言えなかったけど……お疲れ様、柊くん」

 義経そう言いながら右手を差し出す。

「ああ、そちらこそ、お疲れ様」

 四四八はその手を軽く握る。

「やはり、柊くんは強いな、それに比べて義経はまだまだ未熟だ……」

「そんなことはないさ、今回の試合を決めたのは項羽先輩だ、俺だけの力じゃない」

「それでも、やはり、パートナーとの連携を柊くん達ほど深められなかったのは、やはり義経が未熟だったからだ……」

 義経はそう言って顔を伏せる。 

「源……」

 そんな義経を見た四四八は何か声をかけるべきかと考えて、試合中の感じたことを話すことにした。

 四四八は諭すように義経に話し始める。

「なぁ、源。なんで、俺達があの瞬間、源の思考を読むことが出来たと思う?」

 いきなりの四四八の問いかけに驚いたように身体を揺らすと、

「え? ……いや、義経はわからない……」

そう、申し訳なさそうに答えた。

 それを聞いた四四八は、

「源、おまえは椎名を信用しすぎていたんだよ」

そう言った。

 

 四四八が試合中、見つけて項羽に囁いた内容が、

『源は、椎名を、完全に信用してます』

というものだった。

 

「お前は、椎名が何か援護したとき、そちらを気にするそぶりを見せなかった。おそらく援護が来て当たり前、というふうに考えていたんじゃないのか?」

「あ……うっ……そうかもしれない……」

「なぁ、源、仲間を信用するというのは悪いことじゃない。むしろ素晴らしいことだ」

 顔を伏せた義経に四四八は優しい声で語りかける。

「だから、源の行動は間違っているわけじゃ、決してない――ただ……」

「ただ?」

 義経は顔を伏せたまま四四八この言葉をきき返す。

「仲間というものは信じて、頼るものだ……しかし、縋るものではない……と、俺は思っている」

「え?」

 その言葉に義経が顔を上げる。

 四四八が口元に優しげな笑みを浮かべて義経を見ている。

「信頼と依存は近いようで決定的に違う。俺はそう思っている」

 その言葉を聞いた義経が、

「義経も……その違い、いつかわかるかな?」

不安そうな顔で四四八を見上げて聞いてきた。

「わかるさ、だって源には武蔵坊と那須っていう素晴らしい仲間がいるじゃないか」

 四四八はそう自信有りげに答えながら、義経の肩をポンポンと叩く。

「あ……そうか……うん、うんっ! そうだなっ!」

 そう言って四四八の言葉に頷くと、

「ありがとう! 柊くん、義経は柊くんと戦えてよかった!」

明るく笑って四四八に礼を言った。

「そうか、伝説の源九郎義経にそう言われると嬉しいな」

 四四八も笑って義経に答える。

 

「椎名が待っているんじゃないのか?」

「あっ! そうだった、ありがとう! 柊くん」

 四四八の言葉に思い出したようにあっ、と口を開けると扉を開き中に入ろうとする……その時、義経が振り返り、

「なぁ、柊くん……義経の事は義経と呼んでほしい。源だとF組の源くんと解らなくなってしまう……」

と、申し訳なさそうに四四八に頼む。

「ああ、わかった。早く行ってやれ、義経」

「うん! ありがとう! 柊くん」

 そう明るい声を残して義経は扉の中に消えていった。

 扉の向こうで義経は、

「うん、やはり柊くんは凄い! 義経は絶対、柊くんになるんだっ! 頑張るぞっ!!」

そう、決意を新たにしていた。

 

 それを見送った四四八は、踵を返して控室に向かおうとすると……

「またか……またなのか……」

 そこに、地の底から這い出てくるかのような声が前方から聞こえる。

 驚いて顔を上げると、そこには曲がり角から顔だけ出して、こちらを何か怨念がこもっているかのような視線で見ている項羽の姿があった。

「うわっ! っと、項羽先輩ですか脅かさないでくださいよ」

 思わず四四八が上げた声には答えず、

「戻ってくるのが遅いと思って来てみれば、なんだ、次は義経か。なんだなんだ、そんなに女が好きか、好きなのか――なぁ、どう思う、俺……」

と、四四八を三白眼で睨みながら、ブツブツをこぼしている。

「――ふむ――うむ――やはりそうか、優勝して温泉旅行。これで決めてしまうしかないのだな――うむ――わかってる……」

「なにを一人でブツブツ言っているのですか」

 四四八が近付いて、項羽に声をかける。

 すると、

「柊っ!!」

と、いきなり大きな声で四四八の名前を呼ぶと、四四八の襟を掴み顔をぐぐっと近付けて、

「絶っっっ対、優勝するぞッ!!」

と、四四八の目を睨みつけながら宣言する。

「え? あ……はい……」

 その勢いと、何をいまさらという言葉に頷きながら、気の抜けた返事をする四四八。

「――よしっ!」

 しかし、項羽的にはその答えで満足だったのか、一つ大きく頷くとズンズンと控室の方へと戻っていく。

 四四八はその後を首をかしげながらついていく。

 

 選手の少なくなった廊下には二人の足音だけが響いていた。

 

 

―――――白虎組 決勝―――――

柊桜爛漫 ○ vs × 源氏紅蓮隊

   試合時間 12分35秒

 

 

 ―――――玄武組 決勝―――――

飛燕飛翔 不戦勝 vs ダブルKOによる対戦者なし

 

 

―――――準決勝 組み合わせ―――――

 

準決勝 第一試合

川神シスターズ vs 川神アンダーグラウンド

 

準決勝 第二試合

柊桜爛漫 vs 飛燕飛翔

 

以上

 

 

 

 




(前書きの続き)
出てないキャラだと晶は「菩薩」あたりでしょうか。
水希、歩美、栄光はなかなか思い浮かばなかったので何かいいのがあったら教えてくださいw

如何でしたでしょうか、
最近、ちょっと影が薄めな四四八ペアです。
項羽の弓はSやり直してたら対燕の時に「~弓もいいが」とか言ってたんで使わせてみました。

残りの試合も少なくなってきました。
この戦闘描写の連続なんとか書き切りたいと思ってます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十八話~拳神~

 ―――――準決勝 第一試合―――――

川神シスターズ vs 川神アンダーグラウンド

 

 

 武舞台の上に準決勝を戦う四人が既に向き合っていた。

 右側に川神百代と川神一子。

 左側に鳴滝淳士と源忠勝。

 

 川神姉妹と相対しながら、鳴滝は忠勝にだけ聞こえる声で、

「よう、おめぇ、大丈夫なのか」

と、聞く。

 具体的に何がとは言わない、しかし忠勝はその真意を理解して、

「あ? 余計な気まわしてんじゃねぇよ。心配すんな」

そう答えた。

「……そうか」

 忠勝の答えを聞いた鳴滝は短く頷いた。

 

「ワン子……やれるか?」

 同じような質問を百代は一子にしていた。

「……うん、大丈夫。やれるわ、お姉さま」

 表情を固くして一子が答える。

「……そうか」

 百代も一子の答えに小さく頷いた。

 

『さぁ、試合はついに準決勝。ベスト4の激突となります』

『ここまで来たら、両チームとも実力は折り紙つきだ、あとはどこまで自分たちの試合ができるかにかかってるかもな』

『左様でございますな、何か小さなきっかけが勝敗を左右することになるかもしれません』

『さぁ、決勝戦への切符をいち早く手に入れるのはどちらのチームになるのでしょうか。今っ! ゴングですっ!!』

 

 試合開始と同時に百代と鳴滝が飛び出す。

 百代は忠勝に、鳴滝は一子へと向かっていこうとした。

 必然、百代と鳴滝の進路が交差する。

「くっ! せあっ!!」

「ぬっ! おらぁ!!」

 図らずも互の射程内に入ってしまった二人は互いに拳を出し合う。

 不意の激突だったにもかかわらず、互の拳で百代と鳴滝は後ろに飛ばされる。

 

「……なろう」

 鳴滝が体勢を立て直して、再び突撃しようとしいてたところに、

「――おい」

と、声が掛かる。そして同時に腰のあたりにドスっという、小さな衝撃があった。

 忠勝が鳴滝に声をかけると同時に鳴滝の腰に蹴りをいれていたのだ。

「あ? テメェ何しやがんだ」

 鳴滝が忠勝を睨む。

「あぁ? そりゃこっちのセリフだ。いらねぇ気回すなっつったろ」

 その視線を真正面から受け止めながら忠勝は鳴滝に言う、そして今度は視線を向こう側に投げて、

「モモ先輩も、ここまで来てそりゃねぇだろ。俺も一子も、そんなに舐められるほど弱かねぇよ」

「源……」

「タッちゃん……」

 百代達に声をかけたあと、忠勝は再び鳴滝に向けて話しだした。

「なぁ、おめぇ、大会前イロイロ言ってたよな。吐き出してぇんじゃねぇのか」

「源……」

「モモ先輩なら、たぶん、相手になってくれるぜ」

 そう言ってクイッと顎を百代の方へしゃくる。

 それを聞いた鳴滝は、

「はっ……悪ぃな、気使わせちまって」

小さく笑ってそう言った。

 それを聞いた忠勝は、

「慣れねぇ事するからだ、そういうのは俺の役回りだ」

拗ねたようにそう言う。

「そうかよ……んじゃ、まぁ、行ってくるぜ」

「……おう」

 そう言い合って二人は視線を合わせず、小さく拳をゴンッと合わせて別れる。

 

 鳴滝は忠勝から別れるとゆっくりと武舞台の中央へと向かっていく。

 そして鳴滝は武舞台の中央にたどり着くと、

「なぁ、先輩よぉ――」

百代に向かって声をかける。

「俺ぁ、最近いろいろあってな、モヤモヤしてんだ。だから、全部吐き出しちまいてぇ……俺の都合で悪ぃんだが……付き合っちゃあくれねぇかな」

 そう言って鳴滝は武舞台の中央に陣取ると足を大きく広げて腰を落とし両手を拳にして構えた。

 

 動かない。

 自分はここから動かない。

 そう言う意思表示が現れた構え。

 

 声をかけられ、一連の動作を見ていた百代は信じられないものを見るような顔で鳴滝の構えをみてから、次の瞬間――ブルリと身体を震わせた。

「本気か、この男……」

 百代の口から思わずつぶきが漏れる。

 そして、鳴滝の眼を見て確信する。

――この男は本気なのだと。

 だから、百代は大きく一つ深呼吸をすると、覚悟を決めた顔でゆっくりと鳴滝へと歩いていく。

 

 百代がゆっくりと近づく。

 鳴滝は動かない。

 百代が鳴滝の拳の射程圏内に入る。

 鳴滝はまだ、動かない。

 百代が鳴滝の目の前までたどり着いた。

 やはり、鳴滝は動かなかった。

 

「とんでもないことを言うんだな、お前は……」

 百代は目の前で構えをとっている鳴滝に向かって言う。

「へっ……先輩ならこの喧嘩のってくれると思ったんでな」

 少し恥ずかしそうに鳴滝が答える。

 百代はそれを聞きながら鳴滝と同じ構えを取る。

 百代の左足は鳴滝の左足のすぐ横に置かれ、足を大きく開き、腰を落とす、手は両手とも拳。掌ではない――つまり手で防御は一切しないという意思表示。

 手を伸ばせばなんのフェイントも使わずに拳が相手に刺さる、そんな至近距離で同じ構えをして向かい合っている。

「ああ、のってやるさ……ここに来てこんなことが出来るとは正直思ってもいなかった……お礼を言いたいくらいさ」

「まぁ、そんなとこだと思ったよ……」

 二人の会話が静かに交わされる。

 何かが始まる。

 その試合を見ているものはそんな予感を感じているが、何が始まるかわからない。

 二人の静かな会話とは対照的に、二人の周りの集まる力の密度はどんどんと高まっているのが感じられる。

「まったく、千信館というのはとんでもない奴しかいないんだな」

「ちげぇ――今の俺たちは千信館じゃなくて、戦の真と書いて、戦真館だ」

「戦の真……柊のやつも言ってたな……なるほど、それがお前たちの“根っこ”というわけか」

「まぁな」

「そして、私達はいま、その“根っこ”を比べ合おうとしてるわけだ」

「だな」

「ああ、いいぞ……最高だ! とことんやり合おうじゃないかっ! 鳴滝淳士ッ!!」

「ああ、乗ってくれてありがとな! 礼を言うぜっ! 川神百代ッ!!」

 二人の声がだんだんと大きくなる、そして二人は大きく息を吸って最期の言葉を同時に発した。

 

「源ォオオオオッ!!!!」

「ワン子ォオオッ!!!!」

 二人がパートナーの名前を絶叫する。

 

「負けんじゃねぇぞォッ!!!!」

「負けんじゃナイよォッ!!!!」

 パートナーへのメッセージを轟かせる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「ああああああああああああああああああッ!!!!」

 そして、その直後二つの咆哮が重なった。

 咆哮とともに二つの拳が振るわれる。

 疾くはない、しかし、力のこもった重い拳。

 それが互の右頬に突き刺さる、鳴滝と百代の顔が左に跳ねる。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああッ!!!!」

 両者は拳を喰らったことなど、初めからなかったかのように再び元の位置に顔を戻すと、再び咆哮を轟かせながら今度は互の左頬に拳を叩き込む。

 先程と同じく、同時に両者の顔が跳ねる。

 完全なるテレフォンパンチ。

 拳がどこを打つか解っている、わかっているが躱さない、受ける。

 

 鳴滝の拳が百代に突き刺さる。

 百代の拳が鳴滝に突き刺さる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 二人が拳の回転を上げる。

 

 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ

 

 よけない。

 さけない。

 躱さない。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ 、 打つ

 

 どんなに拳を受けても、鳴滝も百代も下がらない。

 揺るがない。

 怯まない。

 二つの足で地面を踏みしめながら、相手に向かって一直線に拳を出し続ける。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 わあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!

 二人の咆哮にスタジアムの歓声が呼応する。

 観客たちは酔っている、鳴滝淳士と川神百代に酔っている。

 

 わあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!

 会場のボルテージが一段と上がる中、二人の拳舞は激しさを増していった。

 

――

 

 一子は殴り合いを始めた二人の姿を呆然と見ていた。

 凄惨で壮絶な光景だが、何故か見ているだけで胸が熱くなり、苦しくなった。

 そんな時、

「一子っ!!」

と、自分の名前が呼ばれる。

 そちらを振り向くと、忠勝が両拳を顎の位置まで持ち上げてファイティングポーズをとっていた。

――来いっ!!

 忠勝の目が一子にそう訴えていた。

 そして、一子はようやく気づく。鳴滝と百代が、何故、忠勝と一子の名前を叫び、負けるなと訴えかけたのか。

 二人は勝敗とは別の戦いをしにいったのだろう。

 だから、勝敗はパートナーに託したのだろう。

 一子は今、あの二人の位置まではまるで至っていない。至っていないが、同じ舞台に立っている。

 ならば、惚けている場合ではない。鳴滝に百代に、そしてなにより自分と戦う覚悟をしてくれた忠勝に恥ずかしくない戦いをしなくてはいけない。

 そう、考えて、一子は自分の頬を勢いよくパンっと両手で打つ。

 そして、

「いくわよ! タッちゃん!」

薙刀を構えて忠勝に言う。

「ああ、来い! 一子!」

 忠勝が答える。

 

 大歓声の中、もうひとつの戦いがここに始まった。

 

――

 

 鳴滝と百代は休まずに拳を出し続けている。

 相手よりも少しでも多くの拳を入れようとしている、相手よりも少しでも強い拳を入れようとしている。

 しかし、二人は拳の強さを比べているわけではない。

 力の強さを比べているわけでもない。

 

 では、何を比べているのか。

 

 鳴滝淳士を比べているのだ。

 川神百代を比べているのだ。

 

 鳴滝の拳には力や強さだけではない、鳴滝淳士が込められている。

 百代の拳には力や強さだけではない、川神百代が込められている。

 鳴滝には、川神百代がぶつかっている。

 百代には、鳴滝淳士がぶつかっている。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 咆哮とともに互いに互いをぶつけ合う。

 作戦も戦略もない……

 否――ある。

 作戦は鳴滝淳士だ。

 戦略は川神百代だ。

 

 相手に叩きつけている拳も、その拳を受けている顔や身体も打ち身と血でまみれている。

 しかし、二人は打ち合うのをやめない。

 相手に拳を叩き込む、一直線に叩き込む。

 相手の拳を受ける、真っ直ぐに受ける。

 何故か……

 まだ、あるからだ。

 まだ、鳴滝淳士は空っぽになっていないからだ。

 まだ、川神百代も空っぽになっていないからだ。

 

 鳴滝はありったけを拳に込めている。

 千の信。戦の真。鎌倉で喧嘩にあけくれた日々。面倒を見てくれた鈴子のオヤジが倒れたこと。鋼牙との死闘。怪士に喰らった屈辱。いけ好かないお嬢様へのモヤモヤ。いけ好かない執事への反感。四四八としたバイトの経験。川神で出会った忠勝との仕事。川神の寮で食べた晶の作った蕎麦の記憶。大会前日、忠勝と食べた梅屋の牛めしの味……

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 鳴滝淳士を形成する、ありったけを込めて咆哮とともに拳を振るう。

 百代もありったけを拳に込めている。

 大和との邂逅。一子との出会い。鉄心との修行。釈迦堂との修行。ファミリーとの出会い。ファミリーとの思い出。揚羽との死闘。燕との出会い。四四八との決闘。項羽との戦闘。大和への燕の対応に感じた胸の痛み。抱きしめた一子のぬくもり。練習のあとにのんだ水の味。先ほど食べたおにぎりの記憶……

「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 川神百代を形成する、ありったけを込めて咆哮とともに拳を振るう。

 

――俺は、俺はまだ戦える。

――私は、私はまだやれる。

 

 鳴滝と百代、二人の存在が空っぽになるまで、この拳舞は終わらない……

 

――

 

「はあっ! せいっ! やあっ!」

 一子の掛け声と共に薙刀が振るわれる。

 それを忠勝は上半身を使って大きく避けながら、飛び込むタイミングを見定めている。

――いつ以来だろうか。

 そんなことを忠勝は考えている。

――こんな風に本気で一子と向き合うのはいつ以来だろうか。

 そんな風に忠勝は考えている。

 孤児院を出てから二人の距離は離れた。そして今の、つかず離れずの関係が出来上がった。

 このままでいい、と思っている自分がいるのと同時に、自らの中になにか燻っているものがあるのも知っている。

 おそらくだが、何かのきっかけがなければつかず離れずの関係がずっと続いていた、そんなふうに思っていた。

 しかし、今日この場でその『何か』が起きた。

 

 正直、試合開始直前まで、一子と戦う決意は出来てはいなかった。

 しかし、鳴滝が百代が自分と一子を思って放った最初のやりとりを見て決意した。

――ここまで来て、相手と相棒に気使ってもらった挙句に、チャンスを逃すなんざ、まっぴらだ。

 だから、決意した。

――本気で一子と戦おう。

 そう、決意した。 

 一子もその真意を汲み取ってくれたのか、真剣に戦いに来てくれている。

 鳴滝と百代に背中を押される形になったが、もうないであろうと思っていた『一子と向き合う』ことが今、出来ている。

 今日で何か変わるかもしれない。変わらないかもしれない。

 しかし、今この場では、ビビりな自分に機会を与えてくれた鳴滝と百代、そして全力で向き合ってくれている幼馴染にたいして、自分も全力で答えるのが礼儀だろう。

 

「おらっ! どうした、一子! そんな大振りじゃ、当たるもんも当たらねぇぞ!」

 薙刀の一瞬の間を読んで忠勝はタックルに行く。

「せぇやっ! 川神流 地の剣!」

 薙刀の間合いをくぐり抜けてきた忠勝を狙いすましたように、左足を踏み込んで貯めた力を使い綺麗な回し蹴りを放つ。

「くうっ」

 それを忠勝は両手でガードすると、薙刀の間合いまで押し戻されてしまう。

「やるじゃねぇか、一子」

 そんな言葉を一子かける、その雰囲気はどこか嬉しそうに見える。

「当たり前よ、お姉さまに頼まれたんだもの、全力で行くわよ! タっちゃんっ!」

「ああ、いいぜ、元からそのつもりだ。手なんか抜いたら承知しねぇぞ! 一子っ!!」

 二人が再び接近する。

 

 忠勝の口元にはいつからか、小さな笑が浮かんでいた。

 

―――――

 

 百代は鳴滝の拳で意識が戻った。

 

 頭部に打撃を受けると、意識が消え、次の打撃で意識がもどる。

 消えている間、私の意識はどこに行っているのであろうか。

 途切れ途切れの思考が、頭の中に残っている。

 ともかく、自分の肉体は、闘いをやめてないらしい……ということはわかっている。

 そんな途切れ途切れの思考の中で百代は探す。

――何だっていい

――何か、燃やすものはないか。

――身体をあと1ミリ動かすための燃料はないか。

――そのための体力が、どこかに残ってないか。

――そのための気力が、どこかに残ってないか。

 哀しかった記憶でもいい、嬉しかった記憶でもいい、辛い記憶でも、楽しい記憶でもいい。

 哀しくなくても、嬉しくなくても、辛くなくても、楽しくなくても、なんの感動もない記憶だっていい。

 それを思い出して、燃焼させることで、相手に拳を1ミリ出すエネルギーになればそれでいい。

 自分と鳴滝は今、生き方を比べてるんだ。

 生き方を燃やして拳を出している。

 生き方に上も下もない。

 川神百代が今まで何を見てきて、体験してきたか。

 鳴滝淳士が今まで何を見てきて、体験してきたか。

 

――闘いというのは、こういう境地があったのか。

 

 自分の中に感動がある、感謝がある。

 この男――鳴滝淳士と闘えてよかった……

 柊四四八と闘えてよかった……

 我堂鈴子と闘えてよかった……

 戦真館と出会えてよかった……

 

……ああ、身体が重くなってきた。

 燃料が底を尽きているのわかる。

 お前はどうだ、全部吐き出せたか?

 そろそろ自分は打ち止めだ……だが、あと何発かならいけるぞ。

 何発になるかは分からない……

 でも、全部燃やす、燃やしつくす。カスも残らず燃やして見せる。

 

 さぁ、行くぞ、行くぞ。

 

「あああああああああああああああああああああああっ!!!!」

「おおおおおおおおおおりゃぁああああああああああっ!!!!」

 なんだ……まだ叫べるじゃないか、いくぞ、 いくぞっ! いくぞッ!!

 

 そんな時、鳴滝じゃない誰かが自分の身体に触れて、身体を掴み止めてきた。

 鳴滝の拳も止まる。

 

 なんだ、なんだ、邪魔をするなっ! 邪魔をするなッ! あいつが、鳴滝が待ってるんだ、鳴滝が私の拳を待ってるんだ。私も鳴滝の拳を待ってるんだ。

「があああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 口から思わず絶叫が漏れる。

「らあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 鳴滝の口からも絶叫が漏れている。

 ほら、あいつだって怒っている。止められて、怒ってる。頼む、離してくれ、もうあと少しなんだ、頼む――頼むっ!!!!

 

「いい加減にしろっ!! もう勝負はついている」

 低く、有無を言わせぬヒュームの声が響いた。

 

 その言葉にハッと我に返り周りを見ると、手を上げている大佐の向こうに、肩で息をしている一子と大の字に倒れている忠勝が見えた。

 鳴滝もその状況に気付いた。

 どうやら、一子が忠勝を倒したらしい。

 冷静になって周囲を見ると、自分の所に鉄心とルーが、鳴滝の所にはヒュームと釈迦堂がそれぞれ両手で自分達を抱え込んで止めていた。

 

 歓声が渦巻いている。

 

 試合は終わったのだ……

 

「……もう大丈夫だ、離せ」

 冷静になった鳴滝が静かに言うと、ヒュームと釈迦堂の拘束を解きながら忠勝の方に向かおうとする。

 そして、思い出したように立ち止ると鳴滝は百代に、

「なあ、さっきも言ったが俺もイロイロあってな、モヤモヤしてたんだ……でも、これで随分スッキリした。付き合ってもらってすまねぇな、先輩」

ぶっきらぼうにそう言った。

「……あ、あぁ」

 百代はうまくしゃべれずにそういうのが精一杯だった。

 そんな百代の言葉など気にもせず、鳴滝は忠勝の元に向かおうとする。

 その背中に、釈迦堂が声をかける。

「なぁ、兄ちゃん……」

 その言葉に鳴滝の足が止まる、振り返りはしない。

「……やっぱ、兄ちゃんスゲェな。良い喧嘩だったぜ……いいもん見せてもらったよ……」

 そんな釈迦堂のセリフに、

「……ふんっ」

と、それだけ言って再び鳴滝は歩き出し。

 

 百代は我に返った後、自分の身体が震えている事に気がついた。

 先ほどの鳴滝の言葉にうまく返せなかったのもこのためだ。

 止めようとしても、後から後から、震え湧き出だしてくる。

 恐怖なのか、歓喜なのか、興奮なのか、感動なのか、何の震えなのかわからない。

 百代は震えを止めるために自分の腕で自分の身体を抱く。

 まだ止まらない。

 そのまま、空を見上げて、大きく息をする。

 1つ……まだ止まらない。

 2つ目の深呼吸で、ようやく震えが止まった。

 震えを止めた百代は、

「なぁ、ジジぃ……」

と、空を向き、自分を抱いたまま傍にいる鉄心に声をかける。

「何じゃ?」

 鉄心が答える。

 百代は空を見て、自らを抱きしめながら、

「闘うって……凄いな……」

そう、言った。

 それを聞いた鉄心は、

「……そうじゃな」

そう言いながら百代の肩を優しくたたく。

「良い戦いじゃったぞ……良い、戦いじゃった……」

 鉄心の言葉を聞きながら百代は、

――あとで、鳴滝にちゃんと礼を言わないとな。

そんなことを考えていた……

 

―――――

 

 忠勝が目を開けると、空が見えた。

 そして、頭上からぶっきらぼうな声が浴びせられる。

「あ? 何だ起きたのか、随分早えぇ御目覚めだな」

 言葉をちぎって投げるているようなしゃべり方だ。

「立てんのか? 運んでやろうと思ったんだが……」

「あ? いらねぇ気回してんじゃねぇよ、気色悪ぃ」

 そう言って忠勝は勢いをつけて立ち上がる。

――足が少し震えているが、まぁ、問題ねぇ。

 そう自身を判断する。

「タッちゃん……」

 そんな時、横から一子の心配そうな声がかけられる。自分で倒したのだから、大丈夫か、とも聞けず。複雑そうな顔で忠勝を見ている。

「そんな声出すな、俺は大丈夫だ。それより姉貴んとこ行ってやれ」

 それを聞いた忠勝は、親指を百代の方へ立てると腕を振って行けっというジェスチャーをする。

「でも……」

 それでも、心配そうに忠勝を見る。

「俺が大丈夫だって言ってんだから、大丈夫だ。それとも何か? おめぇは俺のこと信じられねぇのか?」

「そんなことないけど……うん、わかった。じゃあ、またねタッちゃん」

「ああ、またな」

 そう言って姉の方へ踵を返して向かう一子の背中に忠勝が思い出したように声をかける。

「一子っ!」

「え?」

 その声に振り向く一子。

「本気でやってくれて、ありがとな」

「……うんっ! 私の方こそ、ありがとう! タッちゃん!!」

 それだけ言うと、一子は百代のもとへかけて行った。

 

 忠勝は満足そうに頷くと、

「敗者はさっさとつらかろうぜ。恥の上塗りになっちまう」

鳴滝に声をかける。

「ああ、そうだな」

 今まで黙ってそのやりとりを聞いていた、鳴滝は忠勝の言葉に短く答える。

 

 そうして、二人は武舞台から去っていった。

 

――

 

 鳴滝と忠勝の二人は武舞台を出て通路を歩いている。

 無言。

 だが、何か変な雰囲気がある訳じゃない。

 ただ、しゃべる必要がないからしゃべらない、そんな沈黙だ。

 二人の足音だけが、通路に響いている。

 そんな沈黙を鳴滝がやぶる。

「なぁ、悪かったな……俺のわがままに付き合わせちまってよ」

 そう、鳴滝は忠勝の方を見ずに言う。

「あ? まぁ、気にすんな。俺だって興味がなかったわけじゃねぇしな。それに――」

「それに?」

 歩みは止めずに、鳴滝は忠勝の言葉を聞き返す。

「今日の戦いでイロイロふっきれたっつか……まぁ、ここまでこれてよかったと思ってるよ、マジでな」

「……そうかい」

 それがなにか。とは聞かない。

 忠勝がそう言ってくれるなら、それで充分だと、鳴滝は思っていた。

 

 また、少し沈黙が下りる。

 今度は、忠勝がその沈黙をやぶる。

「……腹、減ったな」

「……だな」

 鳴滝が同意する。

「……梅屋、だな」

「……だな」

 再び頷く。

「お前の奢りだぞ」

「……」

 鳴滝は答えない。

「俺はお前に付きあったんだぜ?」

「今の試合、お前がKOされたんだぜ?」

 忠勝が言って、鳴滝が返す。

「……」

「……」

 沈黙が下りたあと、

「……割り勘だな」

「……だな」

結論がだされる。

 

「源」

 鳴滝が歩みを止めて、忠勝に改めて声をかける。

「あん?」

 忠勝も止まって鳴滝を見る。

「――お疲れさん」

 そう言って拳をすっと差し出す。

「ああ、そっちもな。お疲れさん」

 忠勝も拳を出す。

 

 そして、初めて互いの目を見ながら、

ゴンッ

 と、小さく拳を合わせた。

 

「ふんっ」

「はっ」

 

 拳を合わせた二人の口元には満足そうな笑みが浮かんでいた……

 

 

  ―――――準決勝 第一試合―――――

川神シスターズ ○ vs × 川神アンダーグラウンド

      試合時間 10分15秒

 

 

 




如何でしたでしょうか、
実はこのタッグマッチを書くと決めた時に、
一番書きたくて一番あっためてきたネタでした(オイ燕どうしたw)

鳴滝らしさ、忠勝らしさ、一子らしさを詰めたつもりです。
そう感じてもらえたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第三十九話~飛燕~

少々お待たせしてしまい申し訳ありません。
ペルソナQやってたのは多分あんまり関係ない……と思います。

なんと、最長の話になってしまいました。
メイン(燕)の話だしお許し下さい。


―――――準決勝 第二試合―――――

   柊桜爛漫 vs 飛燕飛翔

 

 

 四四八、項羽、燕、水希の四人は武舞台上にで対峙する。

 

「今日の魚座は大吉! って朝のニュースでやってたけど、バカにできないね」

 燕が四四八と項羽に向かって口を開く。

「んはっ! 戯言を、占いごときで勝負が決まるか、うつけ者め!」

 そんな、燕の言葉に項羽が馬鹿にしたように答える。

「でも、ここまで、ビックリするくらい計画通りなのよね。奥の手も、出さずに済んだし」

「ほぅ、その奥の手、俺たちに見せてくれる……と?」

 燕の言葉に四四八が興味深そうに返す。

「うん、私達はこの時のために準備してきたから、ね」

「うんっ」

 燕の言葉に水希が頷く。

「じゃあ、奥の手、みせちゃうよー」

 

 そう言って燕はベルトに手を当てると、

「いくよ、装・着っ!!!!」

と、力強い声を発する。

 

 言葉と同時に、燕の全身が光に包まれる。

 そして、次の瞬間には今まで制服姿だった燕がまったく違う様相で立っていた。

 ウェットスーツのようなピッチリとしたモノで全身が覆われ、そして右手には異様とも言えるほど大きな手甲がはめられていた。

「これが、私の……私とおとんの奥の手。私のおとんが精魂込めて開発した対武神用最終武装、『平蜘蛛』だよ」

 そう言って、燕は不敵にニヤリと笑った。

 

『さぁ、準決勝第二回戦、川神シスターズと決勝で戦うのはどちらのチームとなるのでしょうか』

『いま、松永が装着したあれが噂の『平蜘蛛』ってやつだな。見ただけじゃどんな武器かわからんな』

『少なくても、松永様は奥の手を切ってきた、勝負をかけるという事なのでしょうな』

『さぁ、前試合同様、激しい試合となるのでしょうか! 今、ゴングですっ!』

 

 試合開始と同時に、燕と水希は一気に相手との間合いを詰めて、互いに1対1に持ち込む。

 試合直前、最後の最後でもたらされた大和からの情報。

『決勝トーナメントの映像見てて感じたんだけど、柊と覇王先輩の一番怖いところは試合中に臨機応変に相手への対応を変えてるところだと思う。だから、試合中は常に二人を分断してなきゃいけない。特に指示は柊が出してるみたいだから、柊に合図を出させないようにする、それがラストの作戦を遂行するための鍵だと思う』

 

 その為に、燕と水希は多少無謀であっても開始直後、まだ平蜘蛛のギミックを使ってない状態で、二人を分断しにかかったのだ。

「おっ!」

「むっ!」

 燕と水希のスピードを生かした、不意を付いた突撃。

 四四八と項羽は不意を突かれながらも対応するが、鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。

「せえええええええええええいっ!!」

「はああああああああああああっ!!」

「くっ」

「ぬっ」

 燕と水希の気合と勢い押し込まれ分断される、四四八と項羽。

「はっ!」

「んはっ!」

 力の弱まった一瞬を付き、武器を跳ね飛ばし四四八と項羽は反撃に出るが、当初の目的を果たした燕と水希は大きく飛び退いてそれを躱す。

 四四八と燕、項羽と水希がそれぞれに対峙した。

 

 

――

 

 

 項羽と対峙した水希は日本刀を油断なく構えて、項羽との間合いをジリジリと取り合う。かつて対峙した時よりも大きくなった項羽の闘気に少しづつ、少しづつ水希は武器を交わす前から押し込まれていた。

「んはっ! どうした、このままだとせっかく分断したのに合流してしまうぞ」

 その言葉に、水希の足がピタリと止まる。

「もう、この試合……先輩を柊くんの元へは行かせないっ!」

 色々な思いがこもった決意表明のような言葉。

「はああああああああああああっ!!」

 そして咆哮を響かせながら、項羽へと向かっていく。

「んはっ! さぁ来い! リベンジマッチだ!!」

 項羽の方天画戟が振るわれ、水希の刀が疾る。

 項羽のシンプルな剛撃に対して、水希は戟法を基本とした解法の攪乱と透過を織り交ぜた技の斬撃。

 互いに休まない斬撃の応酬は、激しさを増しながら展開していく。

 その中で水希は機を見ている、自らの奥の手を発動するタイミングを。

 

 

――

 

 こちらは四四八と対峙した燕。

「んじゃ、いっくよ、柊くんっ!」

「いつでもどうぞ」

 旋棍を構えたたまま、四四八が答える。

「うわっ、その余裕、可愛くないなぁ――ちょいな」

 軽口を叩きながら腰からチューブを取り出してベルトへと差し込む。

《ファイヤー》

 機械音声の声と共に、燕の手甲から炎が巻き上がる。

「メラメラッと、せいやっ!」

「――ふっ!」

 その炎をのせた燕の手甲の一撃を四四八は旋棍を使って捌くと、一歩踏み込み蹴りを放つ。

「よっ!」

 燕はその蹴りを手甲で防ぐと空いている左手で、再びチューブをベルトへと差し込む。

《フラッシュ》

 再び機械音声が流れ、それと同時に燕の手甲が光り、閃光を放つ。

「くっ」

 思わず目を覆い、光を回避する四四八。

 そこに、ぶうん、と重いものが振られるの気配を察知して、思いっきり足を折ってしゃがむ。

 四四八の頭上を燕の手甲が通りすぎる。

 目は慣れてないが、うっすらと感じる燕の気配を感じ取り、そこに向かって四四八は思いっきり旋棍を叩き込む。

「――ぐっ!」

 手応えがあった。

 手応えを頼りに、流れるように蹴りを放つ。

「――くっ!」

 再び手応えがある。

 ただの一撃ではない、戟法をしっかりと練りこんだ二連撃。並みの戦士ならここで終わっても何ら不思議ではない攻撃。

「くうっ――」

 燕は四四八の目が未だ閃光から回復してないのを確認すると、大きく後方に飛びながら、平蜘蛛のギミックを使用する。

《リカバリー》

 音声とともに、柔らかな光が燕を包む。

「……随分と、いろいろ出来るのですね」

 閃光の目くらましから回復した四四八が燕に向かっていう。

「まぁ、ももちゃんの瞬間回復みたいにはいかないけどね」

「ああ……あれは相当に厄介でしたね」

「そうそう、ああいうのホントのチートっていうんだよねー。ゲームでボスが使ってきたらクレームもんだよ」

「確かに、そうかもしれません――」

 戦いのさなかに交わされる軽口のようなやり取り、その最中に四四八の右手がすぅと持ち上がる。道端で友人に会ったときに、やぁ、と声をかけるかのように自然に持ち上がった右手。あまりに何気ない動作に燕の反応も一瞬、遅れた。

「やばっ!」

 燕が、はっ、と気づいたのと右手から咒法の一撃が放たれたのは同時だった。

《シールド》

 回避が間に合わないと判断し、平蜘蛛のギミックで四四八の咒法の一撃を受け流す。

「本当に、いろいろ器用ですね」

 その一撃を囮に一気に間合いを詰めてきた四四八が、燕に向かって言う。

「君にそんなこといわれてもね!」

 間合いを詰めて旋棍を振るってくる四四八へ言葉を返しながら、燕はその攻撃を、手甲を用いて捌く。

 燕はなんとか距離を取ろう、取ろうと動くのを四四八がそれを許さない。

「ああ、もうっ! てりゃ!」

《スモーク》

「むっ」

 手甲からで吹き出した煙幕に一瞬、四四八の動きが止まる。

 そこに、

《ポイズン》

燕の手甲の一撃がくわえられる。

「くっ!」

 その一撃を旋棍で防いだが、手甲の一部が四四八の体に触れる。その触れられた部分から痺れを感じる。

「いくよっ!」

 その一撃を機会に一気に攻めようとする燕に向かって、四四八は敢えて一歩踏み込む。

「ちょっ!」

 当然、距離を取ると思っていた四四八が踏み込んできたことによって、二人の間合いがかち合う。

「――シッ!」

「――てりゃっ!」

 四四八の蹴りと、燕の手甲がぶつかり合う。

 この激突により、互の距離がようやく離れる。

「……こんなこともできるんですか」

 距離が離れたのを確認して、四四八は活の循法を用いて身体に流し込まれた毒を浄化しながら小さな傷も直していく。

「……前言撤回。本当にクレームが来るのは君みたいに何でもかんでも出来ちゃうボスが出た時だわ」

「倒し甲斐があるんじゃないですか?」

「物事には程度ってもんがあるの」

「では、諦めて撤退しますか?」

「冗談! ラスボスは主人公に倒されるためにいるんだよ!」

 そう言って燕は平蜘蛛のギミックを発動させる。

《スタン》

 燕の手甲からバリバリと電撃が迸る。

(毒が効かないわけじゃない。ダメージの蓄積もある。ももちゃんの瞬間回復みたいに直ぐに回復されるわけでもない。となればあとは私がどこまで持つか! 頼むよ、水希ちゃん待ってるからね)

 心の内でそんなことを考えながら、再び四四八とのやり取りに戻っていく。父の生涯をかけた渾身の作である平蜘蛛と共に。

 

 

――

 

 

 項羽と水希による斬撃の応酬は、開始から一向に収まる気配を見せず続いている。

「はああああああああああっ!!」

「おおおおおおおおおおおっ!!」

 力と技がぶつかり合う。

 太さと繊細が交じり合う。

 

 しかし、これを続けていてもいつまでたっても作戦が発動できない。

 作戦発動の鍵は自分――水希がになっているからだ。

――このままじゃ、埒があかない。

 そう感じて、水希は決意する。

 そして、水希は斬撃を止めると一気に後ろに飛ぶ。

「んはっ!」

 項羽はそれを逃さず方天画戟を一閃。

「くううっ!!」

 その一撃を刀で受け止めた水希は身体ごと飛ばされる。

 が、水希の狙いはそこ。

 水希は飛ばされながらも創法で無数の弾丸創り出して、項羽に浴びせかける。

「小賢しいっ!!」

 その無数の弾丸を方天画戟で弾く。

 しかし、項羽の足が止まった。

「よしっ! いくよっ!!」

 足の止まった項羽に水希は一気に近づくと、

「はああああああああああっ!!」

項羽の周りに水晶の檻を展開する。

「なにっ!!」

 その中に閉じ込められる項羽。

「いったでしょ、もう柊くんの元へは行かせないって……」

 そう言うと、水希はそのまま踵を返し四四八と燕の方へと向かっていく。

 

「くっそおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 中が狭いため振るえない方天画戟を放り投げて、項羽は水晶の檻を力いっぱい拳で殴る。

「負けるか……負けてたまるかあああああああっ!!!!」

 拳の表面が裂けて血が滲み、叩きつけている水晶の表面にまで血が付着する。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 それでも、項羽は拳を叩きつける。

 パートナーの四四八の元へと至るために。

 

「はあああああああああっ!!」

 あらぬ方からぶつけられた気合に四四八は思わず旋棍を差し出して防御する。

 次の瞬間、四四八の旋棍は水希の刀を受け止めていた。

「世良っ!?」

 四四八が驚き、先を見ると、そこには創法の水晶に閉じ込められた項羽の姿がある。

「隙有りっ! もらうよっ!」

 その一瞬を見逃さず、燕が四四八に電撃を込めた一撃を見舞う。

「くっ!」

 それをなんとかもう片方の旋棍で防御したが、電撃が流し込まれる。

「燕さん!」

「了解! 水希ちゃんっ!」

 二人は言葉を交わし、水希が前に出て、燕が後方へと下がる。

「柊くんの相手は私だよ」

 そう言って、水希は四四八に向かって刀を振るう。

「くうっ!」

 水希の斬撃を四四八は旋棍をふるって捌き、躱す。

 しかし、先ほど叩き込まれた電撃が四四八からいつものキレを奪っていた。

 毒やダメージといったものと違い純然たる痺れの為、活の循法でうまく消し去ることができない。

 

 状況は整った。

 燕は四四八を仕留めるべく最後の切り札を切る。

 

《フィニッシュ!》

 燕の平蜘蛛から今まで聞いたことのない音声が響く。

「くっ!」

「柊くん、ダメだよ、余所見してちゃ!」

 水希の斬撃を捌きながら四四八は嫌な予感に襲われている、水希が燕の一撃への時間を稼ぐために四四八と相対しているのは明白だ。明白だが、先ほどの《スタン》によって流された電流の影響で身体が思うように動かない、この状態で水希を捌ききって燕への対処をするのは非常に難しい。

 四四八は燕の奥の手の一撃がどのようなものか、大体の予想はついていた。今まで燕は気を様々な属性に置き換えて攻撃を仕掛けてきた、故に奥の手の攻撃も気を練りこんだ最大級の一撃。かつて百代との戦いでくらった『かわかみ波』と同系統のものだろう……と、あたりをつけている。従って解法へと資質の移行をしたいのだが、その機会を水希が許してくれない。今の水希の前で戟法を解くのは愚策……というより賭けに近い。

 

 そんな時、空から巨大な何かが燕めがけて落ちてくる。

 ドンッ! という衝撃音と共に燕の傍らに巨大なマシン――平蜘蛛の本体が落ちてくる。

 その形状はまさしく蜘蛛。巨大な蜘蛛を模したマシンが空から降ってきて、燕の元へと落ちてきたのだ。そしていつの間にかそのマシンと燕のジョイントが完了している。

 

 平蜘蛛の巨大な銃口が四四八と水希に合わせられる。

 

「水希ちゃんッ!!」

「了解っ!!」

 燕の合図とともに水希が四四八の足元に水晶を展開させながら、同時に大きく飛び退いて離脱を図る。

「――くっ!」

 四四八は素早く印を結び解法の展開を試みるが……

「やらせないっ!」

 水希は飛び退きながら創法で無数の弾丸を作り出し、四四八へと浴びせかける。

「くうっ」

 弾丸の防御へと意識を裂かれ、解法への移行が一瞬遅れる。

 

「もらったっ!! いっけええええええええええっ!!!!」

 燕が渾身の一撃を放つ。

「ちいっ!」

 四四八が顔の前で腕をくみ何とか一撃を耐えようと試みる。

 

 その時――

 

「柊ぃいいいいいいいいいいいいッ!!!!!!」

 燕の裂帛と同時に、バリンっ、と何かが割る音と共に項羽の咆哮が響く。

 水希の創法で作られた水晶の檻を破壊した項羽が、四四八目掛けて飛び込んでいた。

 項羽の両拳からは皮膚が破れ、血が流れ出ているが、本人は全く意に介していない。

 

「なあああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 項羽がエネルギー波と四四八の間に身を投げる。

 

 次の瞬間、武舞台が真っ白な光で埋め尽くされた。

 そして、少し遅れて衝撃音と地響きがスタジアムを襲う。

 

 衝撃音の後、歓声が全くやんだスタジアム。武舞台は平蜘蛛の一撃による砂埃で何も見えない状態だ。

 その砂埃がゆっくりと晴れていく。

 そして、そこに現れたのは、両腕をクロスして背中に四四八をかばいながら、それでも二本の足で立っている項羽の姿だった。

 

「覇王先輩っ!」

 四四八が項羽の元へと駆け寄る。

「……柊……くん?」

 四四八の声に小さく反応して項羽が声を出す。

「葉桜……先輩?」

 その声を聞いた四四八が驚きの声を上げる、四四八の声に答えたその声は、清楚のものだった。

「よかった……無事で……」

 項羽……清楚が小さく呟く、顔を上げたその目も紅ではなく綺麗な金色をしていた。その瞳が弱々しく揺れている。

「一体全体どうして……いや、そんなことはどうでもいいです、早く手当をしないと……棄権します、いいですね」

 四四八はそう言うと、大佐に向かって棄権の意志を告げようとしたとき……

「まって!」

 今までの弱々しい様子が嘘のように清楚が強い口調で四四八を止める。

「葉桜先輩……」

「お願い……まって……」

 今度は縋るように、四四八へ頼む。

「あの子は、私に柊くんを頼んで意識を失ったの。『柊と一緒に勝ってくれ』って言ってた……」

 清楚が顔を上げて四四八の翠色の瞳を見つめる。

「匹夫の雄、婦人の仁……歴史上の私は……私達は、負けて、負けて、負け続けた……だから、だからっ!」

 清楚の目からポロポロと涙が溢れてくる。

「だから……今日は勝ちたいよ……私は……私達は、柊くんと勝ちたいよ……柊くんと一緒に勝ちたいよ……」

 心の底から溢れるような声を、涙とともに清楚は四四八へと訴える。

「葉桜先輩……」

「……ごめんね……いつも我が儘ばっかりで……」

 清楚の告白を聞いた四四八は目を閉じて、大きく一回、深呼吸をする。

 そして、

「一分……いや、三十秒、待っていてください。カタを、つけてきます……」

力強い視線で清楚に宣言した。

「ありがとう……柊くんには、甘えてばっかりだな……」

 そんな清楚の言葉には答えず、

「……行きます」

そう言って四四八は踵を変えす。

「待ってるよ……」

 清楚はその大きな背中に声をかける。

 

 振り返った四四八は素早く左右に目を走らせて状況を確認する。そして素早く印を結ぶと、次の瞬間その場から掻き消えるように移動する。

 

 四四八の姿が見えなくなった瞬間、水希はその場から前へと飛んで身を翻す。そして、一瞬前に、自分がいた場所に向かって手に持った日本刀を突き立てる。

 大佐が飛燕飛翔の勝利を宣言しないのは、項羽が未だ2本の足で立っていて意識があることが確認できているから。しかし、意識は清楚に交代したため残っているが、身体のダメージは深刻だ。

 したがって、項羽はもう戦えない。

 この現状を逆転するためには、四四八が一人で水希と燕のどちらかを仕留めなければならない。しかし、項羽があの状態であることを考えると項羽にどちらかが攻撃した時点で勝敗は決してしまう。故に現実として、四四八は両者を一挙に仕留める以外に勝利の道はない。そして、あれだけの一撃を放った燕は、すぐには動けないであろうと仮定するなら、まず狙うのは世良水希。そして、仕留める最善は透の解法で一気に死角へと潜り込んでの攻撃……

 

――と、水希は四四八の考えを読んでのこの一手。

 

 四四八のこの思考を水希が読んでいることは、四四八自身想定内だろう。と、水希は考えている。したがって、この突きで四四八が仕留められるとは思っていない。思っていないが、この突きを四四八が、躱すなり、受けるなり、捌くなりしたらそのまま連撃に持込み時間を稼ぐ。その間に燕が項羽を攻撃して試合終了。

 

 これが水希の描いたシナリオだ。

 

 水希のこの考えは半分――否、八割がた当たっていたし、その通りに四四八は動いていた。しかし、一点、水希は見誤っていた。ただの一点、だが、とても大きな一点。

 

 水希は四四八の覚悟を見誤っていた。

 

 狙いたがわず四四八は今しがた水希のいた背後に姿を現した。

 そして、同時に水希の刀が突き立てられる。

 

「――えっ?」

 驚きの声を上げたのは水希。

 

――彼ならば十分にかわせるはずだ……

 

 と、放った突きは深々と四四八の左腕の上腕部を貫いていた。生々しい手応えが手に伝わってくる。

「ここまで来て、無傷で勝てると思うほどおめでたくはないさ」

 そう言って、四四八は傷ついた左手を手に携えている旋棍ごと敢えて握り締め、左腕を硬直させると水希の刀を固定する。

「ひっ」

 水希の口から小さく息が漏れる。

 

「左腕一本だっ!! 釣りはいらんぞ、とっておけっ!!!!」

 

 そして、左腕に刀を刺したまま、予想外の事態に硬直した水希へと一歩踏み込み、胸元を右手で捕まえると一気に投げる。

 柔道や、合気の投げではない。

 人がものを一番速く投げられるフォーム――オーバースローで水希を燕の方へと投げていた。

 

「きゃあああああああああっ!!」

 力任せに投げられ飛ばされる水希。

 

「水希ちゃんっ!!」

 フィニッシュを撃ちきったあと膝をついていた燕だが、何とか身体を起こして状況を把握する。

 そして、現状を踏まえた上で出した結論は……

《ネット》

 サイドからチューブを取り出してベルトに差し込むと、平蜘蛛のギミックを発動させる。

 飛んできた水希を捕獲した上で四四八の足止めにもなる、と、考えての一手。しかし、燕は同時に考えていた、これは『選ばされた一手』、故に――

 

「もちろん、俺も読んでいます……」

 

 自分の頭上から聞こえた四四八の静かな声に思わず振り向こうとする。

「おおおおおッ!!」

 しかし、それより早く四四八は一気に下へ落ちながら、平蜘蛛と燕を結んでいるジョイントの部分を踏み潰す。

「――っ!!」

 ガシャリと嫌な音を響かせながらそして巨大マシンである平蜘蛛とのジョイントが壊れる。

 そしてマシンとの接続が離れ単独になった燕に先程まで傷ついた左手に一本だけ持っていた旋棍を右手に持ち替え、取っ手の部分で思いっきり燕の足を刈る。

 払うでもなく、すくうでもなく、刈る。

 抵抗するならば、足ごと叩き折るかのような一撃が燕を襲う。

 

「いっ!!」

 耐え切れず平蜘蛛のギミック発射前に中に浮かされる燕。

 そこに投げられた水希が飛んでくる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 そして、四四八は燕の足を刈った旋棍で二人まとめて地面へと叩き落とす。

「かっ!!」

「くっふっ!」

 重なり合うようにして地面に叩きつけられる水希と燕。

 そこに――どん、と四四八の靴底が踏みつけられる。

「まだだっ!!」

 その声と共に、四四八の踏みつけた靴底から創法で水晶が作り出し、下に重なる水希と燕を包んでいく。

「くううっ!!」

「うううっ!!」

 なんとか身をよじり水晶を破壊しようとする水希と燕だが、予想以上に強く足で押さえ込まれているためうまくいかない。

 そして、四四八はそれだけで止まらなかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」

 四四八は今日一番の咆哮を轟かせると、右手の持った旋棍を投げ捨て、左腕に刺さったままの刀を右手で握ると逆手に持って躊躇なく一気に引き抜く。

 栓がなくなった為、止められていた血が飛沫となって飛び、水希と燕の顔を濡らす。

「――っ!」

「――ッ!」

 その血の暖かさに二人の動きが一瞬止まったその時、

「かあっ!!」

 四四八は鋭い息を吐きながら、その血にまみれた刃を水希と燕の顔のすぐ横に突き立てた。

 一瞬の静寂が訪れる。

 

 そして、

「そこまでっ! 勝者っ! 柊桜爛漫っ!!」

大佐の勝鬨が上がった。

 

 わあああああああああああああああああああああっ!!!!!!!

 スタジアムが歓声に包まれた。

 

 その歓声の中、左腕をダラリと下げたまま四四八が清楚の下に戻ってくる。

「……お待たせしました」

「……ふふふ、時間ピッタリ、柊くんらしいな」

「歩けますか?」

「……ちょっと、無理かも。なんかボーッとしてきたし……」

「なら、俺が運びます。左腕が使えませんが、おんぶ位なら出来ますよ」

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおう……かな……」

 そう言うと、清楚はしなだれかかる様に四四八の背中におぶさってくる。

「ごめんね、柊くんも怪我してるのに……」

「いえ、俺がこうしてここに立っていられるのは葉桜先輩……覇王先輩が身を挺して守ってくれたからです」

 そういうと、四四八は清楚を背負って武舞台を降りていく。

「……ねぇ、柊くん……」

 気が緩んだのか、先ほどよりも弱い声で清楚が四四八の耳元で囁く。

「はい」

 四四八がその声に答える。

「……また、私達の我侭聞いてくれて、ありがとう」

 清楚はそう言うと、静かに目を閉じた。耳元にかかる息遣いだけが清楚の存在を意識させる。

「……いえ」

 四四八は短くそう答えると、通路へと歩いて行った。

 

 

―――

 

 

 清楚を背負いながら四四八が通路を歩いている。

 その前に見慣れた影が現れる――大和だ。

「柊……その怪我……」

 大和が心配そうに四四八に声をかける。

「気にするな、晶にかかればこれくらい何とでもなる。まぁ、裏でいろいろ手伝っていた誰かさんいなければ、もう少し楽に勝てたかもしれないんだけどな」

 四四八は大和に笑いかけると、その横を通り過ぎようとした。

 その時、

「――柊っ!!」

大和が四四八の名前を呼ぶ。

 四四八が歩みを止めて、大和の方へと振り向く。

「……俺、今回、燕さんのために……いや、俺自身が柊に一泡吹かせたくてイロイロ動いてた。柊や、他に人に迷惑がかかるようなこともした……と思う。だからっ――」

「――直江」

 大和の告白を四四八が途中で遮る。

「お前が、今日のために具体的に何をどう動いたかは、俺は知らないし、知る必要もないと思っている。少なくても俺はいま、何か迷惑を被ることがあったかと聞かれれば、ないと答える」

「でも、俺は……」

「それにな――」

 大和が再び何かを口にしようとするのを、同じように四四八が遮る。

「何か目標を達成するために、自ら進んで泥をかぶれるその気概、俺は嫌いじゃない。あの時、あれがああだったからダメだった……などと後から言うのは、負け犬の遠吠えだ」

「柊……」

「だが、それではお前の気が晴れないっていうのなら……そうだな……なんか奢れ、それでチャラだ」

 そう言って柊はふっ、と大和に笑いかける。

 それを聞いた大和は小さく息を吐いて、

「了解、今度の土曜日でどう?」

と少し嬉しそうに答える。

「ああ、それでいい。なんか美味いもの紹介してくれ」

「OK、ご期待に添えるようにするよ」

「ああ……じゃあ、またな」

 そう言うと四四八は再び大和に背を向けて歩き出す。

「うん、また」

 その背中に大和は答える。

 

 そして、大和がその背中から視線を外したとき、

「直江」

前にいる四四八から声がかかる。

 大和がそちらの方に顔を向けると。

「世良の方は晶たちがフォローしてくれる。燕先輩の方は……お前の領分だ」

 四四八が大和に背を向けたままそう言った。

「うん、わかってる」

 その言葉に大和は頷く。

「そうか……」

 それを聞いた四四八は、今度こそ医務室に向かって通路を歩いて行った。

 

 四四八が見えなくなった通路で、大和はひとり壁に背をあずけていた。

 そして、そのままずりずりと壁を伝って通路に座り込むと、天井を見ながら、

「スゲェな、柊四四八……ほんと、かなわねぇわ……」

そう呟いた。

 

 誰もいなくなった通路で、大和の呟きだけが静かに飲み込まれていった。

 

 

―――――準決勝 第二試合―――――

 柊桜爛漫 ○ vs × 飛燕飛翔

   試合時間 14分25秒

 

 

 ―――――  決勝戦  ―――――

   川神シスターズ 不戦勝 vs 棄権 柊桜爛漫

『左腕負傷によるドクターストップの為、柊桜爛漫は棄権』

 

 

―――――若獅子タッグマッチトーナメント 東方大会―――――

 

 

優勝チーム

川神シスターズ (川神百代 & 川神一子)

 

 

―――――

 

 

「おーし、皆お疲れ、じゃんじゃん食べてくれよな」

 千信館の面々が生活する寮の食堂にエプロンをした晶の声が響く。

 席には残りの6人が湯気の立つ蕎麦を手繰っている。

 試合後で腹が減っていたのだろう、6人は6人とも一心不乱に蕎麦をすすっていた。

――否、一人、食があまり進んでない人間がいた。

 水希だ。

 水希は丼に目を落としながらもチラリチラリと前に座っている四四八を見ている。四四八の左腕は包帯に巻かれて首から吊るされていた。四四八は右手だけで器用に蕎麦を手繰っている。

「ん?」

「――っ!」

 視線を感じ、顔を上げる四四八と目が合い、慌てて目を逸らす水希。

「ふぅ……」

そんな水希の態度にため息を一つ付き、

「おい、世良――」

声をかける。

 ビクリと身体を震わせる水希。

「何度も言うようだが、気にするな。傷は晶に直してもらった。明日になれば動くようになる。それにこれは自分で進んでやったもんだ、世良が気に止むことじゃない」

「……でも」

 四四八と目を合わさずに口ごもる。

「はぁ……」

 その水希の態度に再びため息を着くと、

「全く、相変わらず面倒くさい性格してるな、お前」

そう言うと、四四八は水希の丼の上にのっていた食べかけの大ぶりなエビの天ぷらをヒョイと箸でさらう。

「あっ」

 それに気づいた水希がその行方を目で追う。

「これでチャラ、ってことにしとけ」

 四四八はそう言って天ぷらを一口で口の中に放り込む。

「あっ、あっ、あっ!」

 それを見ていた水希が顔を赤くして何か言っている。

 自分が食べかけた物を、四四八が食べた事への恥ずかしさによる反応だが、四四八はそのことに気づいていない。

 四四八は好物の天ぷらを取られたコトへの怒り、程度に思っている。

 無論、他の5人水希の真意に気づいている。

「諦めなさい、水希。この男はそう言う奴よ」

 鈴子が蕎麦の汁を、音を立てずにすすりながら言う。

「そうそう、みっちゃん。四四八くんにデリカシー求める方がおかしいって、そろそろ気づこうねー」

 歩美が小さな口でかき揚げを頬張りながら言う。

「ま、元気出せよ、水希」

 晶が厨房から顔を覗かせて言う。

「……」

「……」

 鳴滝と栄光はかかわり合いにならないように、一心不乱に蕎麦だけを見ている、椅子を若干入口へと寄らせたように見えたのは気のせい……かもしれない。

「あーーー、もーーーーーっ!!!」

 仲間の言葉を聞いた水希が奇声をあげると、残っていた蕎麦を一気にかき込んで、

「晶っ! おかわりっ!!」

立ち上がって丼を、ズイッと差し出す。

「あいよ!」

 その丼を晶が受け取る。

 立ったまま、水希は拗ねたような目で四四八を見る。

 その視線に気づいた四四八が水希をみて。

「ん? そんな物欲しそうにしても天ぷらはやらんぞ、あれはお前への罰ゲームみたいなものだからな」

 といった。

「おぉぅ……」

「あー……」

 それを聞いた鳴滝と栄光が思わずうめき声を漏らす。

 3人の女性陣はそれぞれに『やれやれ……』といった反応をする。

 プチッと何かが切れる音がする。

「ひっ、ひっ、ひっ……ッ!」

 水希の肩がヒクヒクと震える。

 そして、

「柊くんの、馬鹿ァーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

千信館の寮に水希の絶叫が轟いた……

 

 

―――――

 

 

 大会が終わり、選手も観客も関係者も既に帰宅したのであろう時間帯。燕は一人、川神学園の屋上で寝転んでいた。

 特別な理由があってここに来たわけじゃない、水希を千信館のメンバーに任せて別れたあと、ただなんとなく、気がついたらここで空を眺めていた。そういえば、来た時は真っ赤な夕焼けだった空が今では星がポツリポツリと瞬いている。

――おとん、心配してるかなぁ

 そんなことが頭をよぎるが、今、どうやって久信に顔を合わせていいかもわからないため連絡も入れずにこうしてただ、寝そべっていた。

――負けた。

 という実感が、時が経つにつれてどんどんと自分の中で大きくなっていくのを感じる。

 タッグマッチだったから負けた。ともとれる反面、タッグマッチだったからこそあそこまで柊四四八を追い詰めることができた、とも思っている。つまり単純に『力及ばなかった』ということなのだろう。

「はぁー」

 大きくため息をつきながら、寝転がった状態から身体を起こす。

 今、この自分の中に渦巻いている感情をどう処理していいかわからない。というか、なんであるか今一わからない、と言ったほうがいいかもしれない。

 燕自身、自分はもっとクレバーでドライな人間だと思っていたが……ここでも『力が及んでなかった』ということなのか……

「はぁー」

 そんなことを考えながら、我知らず再び大きなため息が漏れる。

 その時、

「そんなにため息ばっかりついてると、幸せが逃げちゃいますよ」

聞きなれた声に振り返るとそこには缶コーヒーを二つ持った大和が立っていた。

 

「身体冷えてません? もうそろそろ十二月なんだから、風邪なんかひかないでくださいね」

 そう言って燕の傍にやってくると、手に持った缶コーヒを渡す。

 受け取った缶コーヒは焼けるほどに熱かったが、それが身体に心地よかった。燕は自分の体が思ってる以上に冷えてたことを初めて知った。

「ありがと、大和くん」

「いえいえ、俺、今日が終わるまでは燕さんのマネージャーですから。選手のケアはマネージャーの仕事ってね」

「ふふふ、そっか……」

 そして、沈黙が下りる。

 

 それを大和が破る。

「……どうします、一人になりたいなら俺は帰ります。久信さんには俺から連絡入れてありますから、大丈夫ですよ」

 そんな大和の言葉に、

「……ううん、ちょっと話さない、気晴らしにさ」

燕は少し考えて、答える。

「わかりました、じゃあ、失礼しますね」

 そう言って大和は燕と背中合わせに座る。

 

 背中合わせで二人は話し始める。

「ごめんね、大和くん。いろいろ動いてくれたのに、答えられなくてさ」

「そんなこと言わないでくださいよ、俺は俺で、好きでやってたわけですから」

「うん……そっか……ごめんね」

「なんか、謝ってばっかりですよ燕さん。らしくないです」

「んー、そっかぁ……らしくないか、やっぱり」

 そう言って、燕は力なく、はは、と笑うと空を見る。星が随分と増えてきた。

「でも、まぁ……」

 今度は大和が口を開く。

「やっぱり、悔しいですよね。3人であんなに頑張ったわけですし……」

「……悔しい?」

 燕が不思議そうに聞く。

「そうですよ、燕さんは悔しくありませんか? 柊に、覇王先輩に負けて」

「……悔しい……悔しい」

 燕は大和の言葉を小さく反芻する。

 

――そうか、今、自分は悔しいのか。

 

 燕は自分の感情の正体をようやく理解した。

 川神に来る前までは、燕は西で負けなし。文字通りの不敗だった。

 そして、不敗の大きな要因は『勝てる見込みが出来てから戦う』というスタンスを貫いたからでもある。

 父の為、母の為に名を上げるために負けぬ戦いを繰り返してきた。

 敗北を知らないという意味では、百代と燕は同じであったといってもいいかもしれない。

 しかし、かつての百代が文字通り『敗北を知らない』とするならば、燕は『敗北から逃げていた』ということになるのだ。

 

「そっか……私、悔しいんだ……」

 そして喫した敗北。

 燕の心に去来したのは、憤りでも悲しみでもなく、悔しさ、だったのだ。

 今ある感情の正体がわかると、その悔しさの感情が一気に溢れ出してきた。

 胸が苦しく、手に自然に力がはいり……目に涙が浮かぶ。

 助けを求めるように燕は自分に背中を向けて座っている大和に後ろから抱きついた。

「つ、燕さん?」

 いきなりの行動に、大和は驚く。

 しかし、その肩が小さく震えてるのを見ると、振り返るのをやめ力を抜く。

「ねぇ……大和くん」

「はい」

 大和の背中に額を置いたまま燕が呟き、大和が答える。

「負けるのって……こんなに……苦しいんだね」

「……そうですね」

「こんなに……痛いんだね」

「……そうですね」

「こんなに……悔しいんだね」

「……そうですね」

 燕の言葉に、大和が答える。

 沈黙がおりる。

「でも……」

 今度は大和が口を開く。

「でも?」

「姉さんはその悔しさを乗り越えたから、強くなったんだと思います。そして、多分、柊も……」

 大和が静かに言う。

「……そっか」

 再び沈黙が降りる。

「……ねぇ」

 燕が口を開く。

「はい」

「私、強くなるよ。おとんの為にも、おかんの為にも……自分の為にも、絶対、強くなってみせるよ」

「燕さんなら出来ますよ、絶対」

 大和が優しく答える。

「ありがと……」

 燕は礼を言うと、腕に力を込め大和をさらに強く抱きしめる。

「ありがと……」

 もう一回礼を言うと、燕はもう何も言わなくなった。

 ただ、肩を震わせてるだけだ。

「……いえ、全然」

 大和はそれだけ言うと、空を見上げる。

 満天の冬の星空が広がっていた。

――姉さんが負けた日も、こんな星空だったな。

 

 大和は燕の温もりを感じながら、そんなことを思い出していた……

 

 




如何でしたでしょうか。

これで燕編、飛燕飛翔編は終了です。
あまり燕が活躍してませんが、個人的に燕はとても完成されたキャラだと思ってますので、
こういう形に落ち着きました。

タッグマッチということで都合10話、戦闘描写を書き続けるよいう暴挙。
もう当分、戦闘描写書きたくありませんw
でも、今まであまりスポットの当たらなかったキャラをかけたのは楽しかったです。

個人的には
ベストバウト 川神シスターズvs川神アンダーグラウンド
MVP     鳴滝淳士
敢闘賞    川神一子

という感じです、皆様はいかがでしたでしょうか?

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第四十話 ~審判~

あの……えっと……
仕事がちょっとバタバタしてたり
サッカーみてたり
ペルソナQやってたり

えっと……
遅れてごめんなさい! or2


 十二月に入り冬の色が濃くなった朝、空気は冷たく、澄んでいる。

 そんな寒さが目立つ朝でも、川神院の広場では、修行僧達が全身から汗を流しながら鍛錬に励んでいる。修行僧達の発する熱気で川神院の広場の気温は、外気に触れているにもかかわらず高く感じる。

 そんな中を川神鉄心はゆっくりと歩きながら、修行僧達の様子を見まわっていた。

 その時、聞きなれた声が鉄心にかけられる。

「おい、ジジィ!」

 百代だ。

 百代も朝の鍛錬を一通り終えたらしく、汗こそかいていないが、うっすらと顔が上気している。

「こらっ、もも。朝の挨拶は、おはよう、じゃろう」

「あー、あー、まったく、口うるさいジジィだ……おはようございます。これでいいだろ」

 多少棒読み気味に発せられた百代の挨拶に、やれやれと鉄心はつぶやく。

「まったく、最近ようやく落ち着いてきたと思ったのじゃが……まぁ、良いわ。で、儂に何か用かの? もも」

「ああ、まぁ、ちょっとな。渡したいものがあるっていうか……」

 鉄心の言葉に急に恥ずかしがりながら、視線を外しながら口ごもる。

「なんじゃ、早く言え。ももにそんな態度を取られても嬉しかないわい。もっとこう、お淑やかな……そうじゃな、清楚ちゃんなんかが……」

「だーー、可愛くない上にスケベときた、救いようがないジジィだな」

「何を言う、可愛いギャルに心ときめかせるのは若さの秘訣じゃぞ」

「あー、そーかよ。まったく……まぁ、いいや。ホレ」

 そう言うと百代は一通の封筒を鉄心に渡す。

「なんじゃ、これは?」

 渡された封筒をしげしげと眺めながら鉄心が百代に問いかける。

「ああ、この前、優勝した大会の景品の温泉郷のチケットだ」

「な、なんじゃと!?」

 百代の言葉に鉄心が驚きの声を上げる。

「まぁ、それペアだしな。ファミリーと行くには金がかかりすぎるし、かと言って二人で行く相手のあても今んとこない、金に換えることも考えたんだが……流石にな……って事でジジィにプレゼントだ、どうだ、嬉しいだろ?」

 そう言って百代がニヤリと笑う。

「も、もちろんじゃ。いやー、孫にこんなに思われて儂は幸せ者じゃなー」

「ん?」

 表情は変わらないが、なんとなく白々しい鉄心の言葉に百代が眉をひそめる。

「ジジィ……なにかあるのか?」

「ないない、なんもないわい! そうじゃ、もも、お返しに儂からの熱いちゅーをプレゼントしよう! さぁ、儂の胸に飛び込んでくるのじゃ」

 そう言って両手を芝居がかった様に広げる鉄心に、

「はぁ? 寒さで頭の血管でも切れたか? 年末年始の葬式は面倒くさいんだ、死ぬなら考えて死んでくれ。じゃあな」

そうあきれ顔で言いながら、去っていった。

 

「……ふぅ」

 百代が去ったのを確認すると、鉄心は大きく息をついた。

 そして、百代からもらった封筒を右手に持ったまま、左手を着物の懐に差し入れる。すると、鉄心の懐から百代が渡したのと全く同じ封筒が現れる。

「まさか、二人から同じものをもらうとはの……血は繋がっておらずとも姉妹と言う事か……」

 鉄心は百代から温泉郷のチケットをもらう前、一子から同じく温泉郷のチケットをもらっていたのだ。

「なんとも、嬉しい事じゃが……さて、どうしたもんか……」

 孫娘達が激闘をくぐり抜けて勝ちとったものだ。それを自分にプレゼントしてくれたのだから行かないという選択肢はない、ないが、流石に2回も身体を開けられるほど鉄心も暇ではない。一組分を誰かに譲るというのが一番現実的な選択肢であろうが……百代と一子はお互いがよく話す姉妹だ、鉄心にチケットを渡した事は直ぐにわかるだろう。そうなると一組を誰かに譲ると言ってもそれなりに納得できる理由がなければ、百代と一子の好意を踏みにじる事になってしまう。

「さて……ルー……に渡してもいかんだろうし、スポンサー元のヒュームに渡すというのものう……」

 鉄心が顎鬚をなでながら、思案に暮れていると、一人の男の顔が思い浮かぶ。

「おお、そうじゃ、彼がいたな。これなら百代達も納得するじゃろう」

 そう言いながら満足げに頷く。

 おそらく本人にはその意識はないだろうが、鉄心自身その男にはとても世話になった、と思っている。鉄心本人がと言うよりも、孫娘である百代が、である。今日、百代が強さを成長させながら、心身共に非常に落ち着いているのはこの男と闘った事が契機となっている。身内と言う事で、どうしても踏み込めなかった百代への教育を買って出てくれたその男――柊四四八にこのチケット一組譲り渡そう。それならば百代も納得するだろう。

 鉄心は自分の考えにとても満足したように頷いた。

 

 しかし、鉄心はまだ知らない……鉄心のこの判断が、川神学園に新たな火種を生む原因となってしまう事など……

 善意で括るられる気持ち諸々、そんな良いもので選んだ道であっても、悪い方に向かう時がある……これはそんな事例だったのだ。

 

 

――

 

 

 度々、戦場にも例えられる『昼休みの学級食堂』。その例にもれず、川神学園の食堂は今日も喧騒に包まれていた。マンモス校、しかも九鬼の資本が入っていることもあり、学園の食堂はとても人気が高い。上流階級や、金持ちの多いS組のクラスも当たり前のように使っているくらいだ。

 その一角で葵冬馬と柊四四八は、向きあって食事をとっている。

 通常だと冬馬は準の作った弁当を小雪と共に3人で囲むのが普通なのだが、今朝、準が登校途中に『お弁当を忘れて泣いている幼女』と出会った為に、朝の時点で昼食を弁当以外でとる事が決定してしまった。小雪は騒がしい所はいやだというので準が購買部で購入したパンを静かなところ――屋上あたりだろうか、で食べると言って準と一緒に出て行った。本来なら冬馬もそこに混ざるつもりであったのだが、四四八が食堂に行くというのでついてきた。気まぐれと言えばそうなのだが、冬馬が準と小雪の二人と離れるというのもなかなか珍しいので、やはり、冬馬は四四八を気に入っているという事なのだろう。

「ふむ……」

 冬馬はそんな声をだしながら、注文したペペロンチーノを口に運ぶ手を止め、向かいに座り、大盛りのカツ丼を豪快にかっこんでいる四四八に目を向ける。

 その視線に気づいた四四八が、

「なんだ、葵? 俺の顔に何かついているのか?」

と、丼をかき込む手を止めて四四八が冬馬に声をかける。

「ああ、いえ、失礼しました、大したことではないんですが……」

「随分と思わせぶりじゃないか、なんなんだ」

「いえ、四四八君の食事をしている姿と言うのは、なんとも色っぽいな、と思いまして」

「……はぁ?」

 あまりの予想外の返答に四四八が困惑の色を顔に浮かべる。

「おや? そんなに意外なことですか? 食事をしている姿というものが異性を惹きつけるというのは、そんなに珍しい事ではないと思いますが」

「俺はお前の事を、同性だと認識してるんだがな」

「ふふふ……まぁ、それはそれ、という事で……」

 冬馬はクスリと笑いながら、なんとも色っぽい流し目を四四八におくる。

「まぁ、話を戻しますと、人間の根本的な欲求――食事とか睡眠ですよね、を満たしている姿というのは、異性を惹きつける事が多いという事です。例えばですが、女性の寝姿が好きという男性は世に多いのではないしょうか」

「ふむ……」

――まぁ、わからない話ではない。四四八はそう思い、冬馬の言葉に頷く。

「そこの繋がりとして、男性の食事をしている姿に魅力を感じる女性というのも、そう珍しいものでもないのですよ」

「んー、そういうものか」

 いまいちピンとこないというふうに、今度は首をかしげる。

「まぁ、本人にその気はないでしょうからね。ただ、そういう事例は珍しくもないし、四四八君が丼ものを掻き込んでいる姿はとても色っぽかったという事です」

「そう言われても、褒められている気もしないんだがな」

「男らしい男性が、男らしく食事をする姿は魅力的だということです。私や……まぁ、大和君なんかが四四八君のように食事をしても恐らく似合わないし、アンバランスになってしまうでしょう?」

「ふうん……そういうもんか」

「ふふ、そういうものです」

 そんなたわいもない会話を二人がしていると、

「えぇっ!!」

という、今しがた会話の話題に出てきた人物の驚く声が向こう側で聞こえた。

 

「えぇっ!!」

 大和は予想以上に大きく出てしまった自分の声を自覚し、慌てて周りを見る。何人かが何事かと大和の方を向くが、後が続かないのを認識すると直ぐに興味を失ったように喧噪にまぎれていった。

「……ふぅ」

 それを確認すると、ため息を一つついて気を取り直すと、今しがた驚きの声を上げてしまった事柄の事実確認を、声を潜めながら目の前の人物に行う。

「……で、ホントに学園長って柊に温泉のチケット譲っちゃったわけ?」

 問いかけられた目の前の人物――百代は、その大和の問いかけに頷く。

「ああ、今朝渡したと、さっきジジィから言われた」

「まじかぁ……」

「ああ、まさか……というか、まぁ、少し考えればそうなるだろうな、とも思ったが……ワン子も私もジジィにチケットを渡してしまっていたからな。確かにそれを柊に譲るという選択肢も解らないわけじゃないし、反対するわけでもないんだが……」

「……まぁ、タイミング、悪いよねぇ」

「……うむ」

 先だって行われたタッグマッチトーナメント。その優勝賞品の『豪華温泉郷ペアチケット』と柊四四八を巡っては様々な思惑が入り混じり、その思惑を大和自身も利用したりもした。しかし、このチケットが川神百代と一子の姉妹が手に入れたことで一応の収束をみたのだが……まさか、こんなところから問題の火種が復活するとはよもや思いもしていなかった。

「でさ、柊は受け取った……んだよね?」

「そう聞いている――もちろん最初は断ったみたいだがな」

「うーーん……」

 それを聞いた大和は腕を組んで考える。

 受け取った、という事は柊自身それを渡したい人物がいる、という事だ。大和の頭に知っている女子生徒の顔が何人も浮かんでは消える。この事が大和の頭に浮かんだ女子生徒達の誰かにでも知られたら……なんとも想像したくない事態だ。

 そして、

「ねぇ、姉さん。この事、俺以外で誰かに話した?」

と、聞く。

「見くびるな。確かに面白そうな話だとは思うが……流石になぁ……」

 その答えを聞いて、ほっと大和は胸をなでおろす。

 自分が何か手を出す事ではない、というのは重々承知してはいるが、この件を少しでも絡めてしまったという自覚があるので、なんとか穏便に済ませられないか……とも、考えている。

「でも、まぁ、今回に関しては柊次第だしなぁ……選択権はそっちにあるわけだし」

 思わずもれた言葉、そこに、

「何が俺次第、なんだ?」

と、声がかけられる。

 まさか返答があるとも思っておらず、驚いて振り返ると、そこには冬馬と、大和と百代の話題の中心人物――柊四四八が立っていた。

「お前の声が聞こえたと思って来てみたんだが、なんだ、俺の事でも話してたのか?」

「えっ! やっ……えっと」

 思わぬ登場人物に驚きを隠せない大和だが、必死に頭を働かせて、この場を取り繕う言葉を探す。そんな大和を冬馬がニヤニヤと笑いながら見ている。

「こ、今度さ、柊を食事に誘う約束してたじゃん、だけど、紹介した店を柊が好きかどうかは柊次第……だからさ」

 咄嗟にでてきた言い逃れ、点数をつければ及第点はもらえるのではないか。

「ん? そんなことを気にしてたのか。俺は特に好き嫌いがある訳じゃない、それに連れて行ってもらった店に文句を言うような野暮はしないさ」

「そ、そう? そう言ってもらえると気が楽だ」

 四四八は特に不審に思った様子はない、大和の機転の勝利、といったところか。

「おや、そんな楽しそうなイベントを企画してたのですか。私を誘ってくれないとは随分とイケズですね、二人とも」

「いや、イケズとか言われても……これ一応、経緯みたいのあるからさ……まぁ、来てもらっても全然いいんだけど」

 冬馬の言葉に大和が返答していると……

 

「あっ!!」

 

 思い出したように、大和の向かいに座っていた百代が声を上げた。

「うわっ! どうしたの、姉さん、そんな大声あげて」

 いきなりの声に驚いたように大和が百代の方を向く。

 百代はそんな大和の声が耳に入っていないような状態で、呆然としたまま口を開いた。

「大和……この件、知ってるかもしれない奴がもう一人いた」

「え?」

「……ワン子だ」

「……あ」

 当然といえば当然だろう、百代がチケットの行く末を知っているのだ、もうひとりの当事者である一子が知らないわけがない。そして、一子はこの手の会話に非常に疎い。なんの他意もなく世間話として話してしまう可能性は――とても高い……さらに間の悪いことに、最近、一子は薙刀部によく出入りをしている、つまり……

「ワン子さ……最近昼は……」

「うむ、薙刀部に顔出してること多いな」

「それって、つまり……」

「我堂と会っているということだろう……」

「だから、今日も……」

「……たぶん」

「あー……」

 百代の言葉に大和が頭を抱える。

「どうした? 我堂がなにかしたか?」

 四四八が眉をひそめて聞く。最近は随分とおとなしくなってきてはいるが、鈴子は千信館のメンバーの中でもトラブルメイカーな方だ、この交換学生の引率を任されている四四八としては未だ懸案人物であるといっていい。

 そんな、四四八に、

「ああ、そういうんじゃないだ、こっちの話だし……そいうか、そっちの話というか……ねぇ、姉さん」

「ああ……まぁ、少なくても我堂がなにか、しでかしたわけじゃないから安心しろ」

――今はな、という最後に付け加えられるべき言葉を飲み込んで百代が四四八に答える。

「ふうん……まぁ、何事もないならいいさ。川神に来てからドタバタの連続だからな、たまにはゆっくりしてみたいもんだ」

「ああ、そうね……そうだと、いいね……」

――それは無理なんじゃないかなぁ、という声は大和の心の中にとどめておく。

「じゃあ、俺はそろそろいくぞ、図書館に本を返さなきゃいけないんでな。またな」

 そう言うと四四八は食堂から出ていく。

 四四八が出ていったのを確認すると、一人様子を面白そうに伺っていた冬馬が大和の近くに寄ってきて、

「なにやら、随分と面白そうなことが起こっているみたいじゃないですか。狡いですよ大和君、こういうことは共有しないと」

と、耳下で囁く。

「はぁー……」

 そんな冬馬の声を聞きながら、大和は大きくため息をついてから、

――今日は出来るだけ四四八の動向を気にしてトラブルにならないように心がけよう

 そう、決心した。

 

 

―――――

 

 

 放課後、川神学園にある花壇。冬の色が濃くなっている花壇では、柊の白い花が満開を迎えていた。

 そこに五人の少女が集まっていた。

 集まっているのは晶、水希、鈴子、歩美、清楚の五人だ。

 五人は顔を寄せ合って、円陣を組むような形で話をしている。

 

「つまり、タッグマッチの優勝商品である温泉郷のペアチケットが学園長経由で柊くんにわたっている……と」

「ええ、そうらしいです」

 清楚の言葉に鈴子が頷く。

「柊くん、受け取ったって事は、渡す相手がいるってことだよね……」

「だねぇ」

 水希の言葉に今度は歩美が頷く。

「でもさぁ、こればっかりは四四八のチョイスだからなぁ……意外と栄光とか鳴滝を誘うかもしんないじゃん」

 そういう晶の言葉に、

「いや、それは流石にちょっと、引いちゃうなぁ……」

清楚が微妙な顔で答える。

 

「でーもさー」

 そんな会話の中で歩美が再び口を開く。

「さっきも言ったけど、今回の場合、四四八くんが決めることだからねー」

 そう言って一同をぐるりと見わたすと、

「だからー、ここにいる人たちは、誘われたら絶対に報告すること。それから恨みっこもなし! オーケー?」

そう宣言した。

「ま、四四八が選ぶんじゃしょうがねぇわな」

「でもさ……もし、もしだよ? この中の人たち以外の女の子だったりしたら……」

「うわぁ……それやられたら私、ショックで寝込んじゃうかも……え? そう……もうひとりの私もそんなことしたら柊の奴、打ち首だ! っていってる」

「そうよ! そんなことしてみなさい、一生私の奴隷にしてやるんだから!」

 そんな軽口を叩いている五人だが内心はドキドキだ。生殺与奪権のようなものを、握られているといってもいい。裁判所で刑を言い渡される直前の罪人は、こんな気分なのかもしれない……などと、見当違いなことも考えていたりしていた。

 

――そして、図らずも五人が集まっているこの時に、審判の時はやってきたのだ。

 

「おぉ、晶、こんなところにいたのか」

 不意に声がかけられる。四四八の声だ。

 花壇の入口にカバンを持った四四八が立っていた。

 その場にいた全員が、ばっ、と声のする方向に顔を向ける。

「って、みんないたのか、何してんだこんなとこで」

 何か得体の知れない迫力に若干たじろぎながら、四四八が近づいてくる。

「いやー、べっつにー、それより柊くん、晶に何か用?」

 水希が向かってくる四四八に声をかける。なんとなく声が震えているように聞こえるのは、緊張のためだろうか。

「ああ、ちょっと晶に渡したいものがあってな」

「ひぇっ!」

 四四八の言葉に、晶は意味不明な言語を口走りながらビクリと身体を震わせる。

「ななななな、なによっ! 晶に渡す物ってっ! いいい、言いなさいっ! 柊っ! 早くッ!」

 鈴子が顔を真っ赤にして四四八に指を突きつけながら問いつめる。

「いや、なんでお前に言わなきゃいけなんだ?」

「なにっ!? 人前じゃ言えないものなのっ!! この変態っ! 助平っ! 朴念仁ッ!!」

「……なんで俺は、我堂に罵倒されてるんだ?」

 呆れた顔で四四八がつぶやく。

「でもさー、もしお邪魔だったら、わたし達どくんだけど、そこんとこどうなの? 四四八くん」

「いや、別にそんなことはしなくていいが……」

 歩美の言葉に困惑しながら四四八が答える。

「まっ、晶ちゃんに用があるんでしょ、ほら、ほら!」

 清楚が四四八の背中を押して、ぐいっと晶の前に押しやる。

「え、ええ、そうなんですが……」

 清楚により無理やり晶の前に押し出された四四八を、晶はチラリチラリと見ている。顔はこれ以上ないくらいに真っ赤になっている。

「……ふぅ」

 困惑顔だった四四八だが、ひとつ息をついて気を取り直すと、晶に向かって話し始めた。

「なぁ、晶――」

「ひゃ! ひゃい!」

 完全に呂律が回ってない返事を晶が返す。

「実は学園長から、温泉郷のチケットをもらってな……」

「う……うん……」

 晶は手を胸の前でぎゅと、握って頷く。

「よければなんだが……晶」

 

「 「 「 「 ………… 」 」 」 」

 他の四人も固唾を飲んで見守る。

 

 そして、運命の一言が、四四八の口から発せられた。

 

 

 

 

 

「よければなんだが……晶、これ剛蔵さんと二人で行ってこないか?」

 

 

 

 

 

「…………………………………………………………へ?」

 

 

 晶はあまりの驚きのため、口から声を発するのに数秒を要した。

 周りの四人も同じく目を見開いて固まっている。

 

「剛蔵さんにはいつも世話になってるし、この前の母さんの葬式なんかでもいろいろ面倒を見てくれたんだが、お礼というお礼をしてないのに気づいてな」

 そんな中、四四八だけが、いつものペースで話している。

「もう十二月だし、年が明けて……そうだな、二月にでもなれば流石の鎌倉も人出が落ち着くだろう。其の辺で親子水入らずで行ってくるってのも、いいんじゃないかと思ってな。このチケット有効期限は一年もあるみたいだから、来年にまたがってもいいみたいだし」

 そう言って、四四八は晶に目を向ける。

 そして、始めて晶の肩――いや、全身がプルプルと震えていることに気がつく。

「お、おい、晶どうしたんだ?」

 四四八が心配そうに声をかける。

 その声に晶が顔を上げる。

 晶は顔を真っ赤にして、目に少し涙を浮かべながら四四八を睨みつける。

 羞恥、落胆、怒り、その他諸々……様々な感情がその表情には入り混じっていた。

 晶の身体の震えが大きくなる。

――もしかして……俺はなにか、とんでもない地雷を踏んだのか?

 さしもの四四八もここに来て、何か異変が起こっていることを察知する。

 なにか自分がやらかした、ということはなんとなくわかったが、当の晶がなんで怒っているのか、皆目見当がつかない。

 四四八が我知らず、ずりっと一歩、後ずさる。

 晶の目からジワリと涙が滲む。

 

 そして晶の感情が爆発する直前、一人の人物のが一触即発のこの場面に飛び込んできた。

「ああ! 柊、さがしたよ!」

 大和だ。

 大和は二階から花壇に集まっているメンバーに四四八が近づくのを見て、大急ぎで降りてきたのだ。そしてただならぬ周りの雰囲気をみて、飛び込んだ。

――詳細は分からないが、柊は下手を打った。

 という事だけは察したので、とにかくここは四四八の為にも、女性陣の為にも時間を作ってあげることが重要だ。

「食事のことだけどさ、お店に聞いたら今日ちょうど空いてるって言うから、急で悪いんだけど、今日いかない?」

「え? あ? 急に言われてもな……」

 大和の言葉に四四八が困ったように言う。

 それを聞いた歩美が、

「いーんじゃない。わたし達も、これからカラオケ行こうと思ってるしー。ねーー」

そう言いながら、ほかの面々に声をかける。

「そうそう、今しがただけど、すっごいストレス溜まったからねー、発散させないと爆発しちゃいそう」

 そんな水希の言葉に、

「柊! あんた男としてほんっとに、最っ低、だからね! いつか奴隷にしてやるんだから! 見てなさい!!」

鈴子が被せるように四四八に言葉を投げる。

「晶ちゃん、元気出して、ね」

 清楚は晶を慰めている。

「OK、OK、んじゃ、柊借りていきますんで、じゃ!」

「おい、直江、押すなって」

 そういうが早いか、大和は四四八の背中をグイグイと押しながら、四四八を強制的に花壇から退去させる。

 

 四四八と大和の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、清楚は晶に話しかける。

「晶ちゃん、よく我慢したね」

「本当、あの瞬間にひっぱ叩かなかっただけでも、勲章もんよ」

「でも、貯めるのも身体に悪いよ……」

「んじゃさー、カラオケ行く前に、みんなでせーので、叫んじゃおうよ。今思ってること」

 その言葉に晶がコクリと頷く。

 

「OKー、んじゃ、行くよ、せーの」

 歩美の合図でそれぞれが口を開く。

「四四八の」

「柊くんの」

「柊の」

「四四八くんの」

「柊くんの」

 五人が思い思いに四四八の名前を口に出したあと、すぅ、と大きく息を吸って。

 

 

「 「 「 「 「 馬鹿ァーーーーーーーーーーッ!!!!! 」 」 」 」 」

 

 

 五人は学園中に響き渡るかの様な声で叫ぶ。

 

 そんな乙女達の慟哭を、花壇に満開に咲いた柊の花が静かに揺れながら見守っていた。

 

 




(前書き続き)
リアルでバタバタしてたというのは本当ですが、
戦闘描写ばっかり書いてて、いざ日常書こうと思ったら、まぁ、出てこない出てこないw
そういや、自分、ラブコメ苦手だったっけかぁ……とか再認識しました。

如何でしたでしょうか。
いつもどおりの幕間ですが、活動報告でご意見聞かせていただいたら、
普通の日常書いてくれというメッセージをいくつかいただきましたので、
こんな感じになりました。
『魍魎 ノブくんの日常』はまたの機会に。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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源氏再臨編
第四十一話~源氏~


お待たせしてしますみません。

この話から新章突入です。
よろしくお願いします。


「はぁー、最近この部屋も寂しいねぇ」

 誰もいない和室、武蔵坊弁慶がゴロリと寝返りを打ちながら呟いた。

 畳に障子に襖と完全な和室の部屋だが、ここはれっきとした学園の一角だ。通常なら、文化部の活動部屋になるものだが、今は使われていない。そして、それをいいことに通称『だらけ部』が集まり、文字通りダラダラとするための部屋となっている。

 しかし、残念ながら最近は、もっぱら弁慶一人がいるだけとなっていて、残りのメンツはなかなか顔を出さない。残りのメンツは宇佐美と大和。宇佐美は期末が近づきテスト制作やら、本業の方も年末でかき入れ時らしく雑務に追われて、大和は千信館の人間たちが来てから何かと付き合いが悪い。

 宇佐美の方はどうでもいいが……大和がいないと、つまらない。川神水の肴も新たなものを調達するルートがほぼ大和経由だった為、最近は無精に拍車がかかり、もっぱら手酌の一人酒(?)となっている。

 千信館の連中が来てから、何かと学園が騒がしい。正直、怠惰を信条とする弁慶的にはあまり嬉しくない状況だが、新たな友人ができたためか義経や与一が楽しそうなのはいいことだな、とも思っている。特に主である義経に関しては、柊四四八という明確な目標が目の前にできたことで、目に見えて張り切っている。義経に影響を与えている彼らが鎌倉出身というのは、なんとも縁だなと思わなくもない。配下としては主の成長は喜ぶべきことなのだろう。

 

 そして、かく言う弁慶自身はというと……実は特に変わっていない。

 トーナメントは義理もあり出場したが、鳴滝達との試合の後は熱さよりも、やはりダルさが勝っていた。そして、それをふまえた上で、弁慶は、やはり自分は武蔵坊弁慶のクローンなのだなということを再認識した。

 弁慶は惚れた主である義経を守ることに生涯を賭して、その人生を閉じた。トーナメントで相対した鳴滝淳士は、相手にとって不足はなかった。その鳴滝との試合でも熱くなれないのであれば、やはり自分が熱くなるのは何かを『守る』時なのだろう。それは、義経であり、与一であり、まだ見ぬほかの誰か、かもしれない。

 ともかく、そんな時が来るまで、周りに流されずにマイペースに行こう。それが、弁慶の出した答えである。

 そんなとりとめのないことを考えながら、何回目かになる寝返りをうって、手元に川神水の徳利を寄せると口に運ぶ。

「……ん?」

 口に運んだ徳利から川神水が流れてこないことに気づき、徳利の口から中を眺める。無論、一滴も残ってない。追加の徳利は……カバンの中だ……

「あーー、もーー」

 そう唸ると、この口寂しさを肴で癒そうとして……それも用意してないことに気づく。こんな時の川神水の補充や肴の用意は、大抵大和がしてくれていた。ダラけていながら、根が世話焼きなのか何かと気を回してくれる。其の辺が弁慶的にとても好印象だったわけなのだが……

 

 そんな時、弁慶の携帯が鳴る。電話ではなくメールだ。

 電話なら絶対にでないが、メールだった為、気だるそうにだが携帯を取り出して画面を見る。

 大和からだ。

 この部屋に来る前に、今日はだらけ部に来るのか? という旨のメールを入れた返信だ。一時間近くメールが返ってこなかったのは大和にしては珍しい。

「んー、なになに?」

 

図書館で勉強してて、気づかなかった。

ゴメン!

大和

 

「ま、そんなことだろうとは思ったけどさー」

 そんなことを呟きながら携帯をしまう。

 しまいながら弁慶は、このまま大和がここから離れるのはとても残念だな、と考えていた。世話を焼いてくれてくれるのももちろんだが、弁慶自身、大和と波長が合うのか大和のことを気に入っている。

「んー、まだ学園いるみたいだし、いっちょ釘でもさしときますかー」

 そう言うと、弁慶は寝起きの猫がノビをするように、ウーンと身体を伸ばすとゆっくりゆっくりと和室から出て行った。

 

 和室には空になった徳利が無造作に転がっていた。

 

 

―――――

 

 

「ふぅ……やっぱ十二月にもなると寒いなぁ」

 最近、放課後の日課になりつつある図書館での復習を終えて、大和は廊下を歩いていた。四四八と冬馬に宣言したとおり、今度の期末でS組に入れるように本腰を入れて勉強を始めていたのだ。

 ただ、現在の大和は目下の目標こそS組入り、そして、その中での上位進出を目論んではいたが、本当の目的はもっと上にあった。

 

 それは政治家への夢。

 

 思い出した百代との約束、その約束を果たすため――だけでなく、新たに出会った憧れの男である柊四四八に近づけるように、負けないように、勝てるように、そんな自分になるために、この国を動かす男になってやろう――そしていつか、この国を見限って出て行った敬愛する父が戻る気になるような国を作ってやろう――そんな様な夢を現実的に抱き始めていたのだ。

 故に、まずは勉学だ。政治家、官僚、何になるにせよ現在あの世界は基本学歴が物を言う。そして、人脈。父親の教えに従い、いろいろなコネクションを築いてきた大和だが、今後はそれをさらに伸ばそうと画策している。これも政治の世界に飛び込むならば必須といっていい項目だろう。

 夢が明確になった瞬間から、やらなければならないことが一気に増えたきがする。しかし、それでいいと思っている。足りないこと、やらなければいけないこと、それを一つ一つ片付けていけば、次にやらなければいけないことが見つかるはずだ。目的を目指して明確な目標を立てて進んでいく、現在大和はそんなふうに夢を目指し始めていた。

 同時に、自分が何よりも大事にするファミリーとの時間は絶対に犠牲にしないことも心に決めている。本来ならあまり頭のいい選択ではないのだろうが、ここがブレさせることは直江大和という人間のアイデンティティの一角を崩すようなものだ、と考えているので、大和は勉強、人脈作り、ファミリーとの時間の3つの草鞋を履こうとしているのだ。 

 今まで怠けていた大和としては、この選択は厳しい道だが、あの柊四四八の様になってやると決めたのだ、草鞋の二足や三足はけなくてどうする、と、自分を鼓舞する。

 

「スタート遅れてるんだ……二股でも三股でもかけて頑張るしかないよな」

 そんな独り言が口から飛び出す。

 その独り言に、

「あっれー、なになに、その発言。大和くん、もしかしてハーレム願望あったりするの?」

と、反応が後ろから返って来た。そして声と同時に大和の身体が、後ろから勢いよく抱きしめられる。

「うわっ! と……燕さん?」

 大和は声と抱きつかれた感触で相手を判断する。

「ピーンポーン、正解。正解者は、ハイ、松永納豆をプレゼント」

 そう言って、燕は大和に抱きついたままポシェットの中から納豆を取り出し大和に差し出す。

「え、あぁ、ありがとうございます」

「うんうん。で、で、さっきの発言なんだけど、どういうこと? 大和くん、二股とかかけちゃってるの? お姉さん的にはそれはどうかなぁ、とか思うんだけど……」

 大和の首に巻かれた腕に若干力を込めて、燕が大和に囁く。

「違います、言葉のアヤってやつですよ。それに柊じゃあるまいし、俺は二人も三人も付き合えるほど女の子にモテてません」

 そんな声に、

「ふーん、そういうこと言っちゃうんだ……柊くんは別格としても……大和くんもなかなか……男の子ってみんなこんな感じなのかなぁ」

と、少し拗ねたように燕が言う。

「……なんのことです?」

「べっつにー、ちょっと水希ちゃんの気持ちもわかったかなぁ、って思っただけ」

「……よくわかんないですけど、取り敢えずこの腕といてもらえません? 身動き取れないんですけど」

「やーだよ、ニブチンの弟にはお仕置きが必要だと、お姉さんは判断しました」

 燕はそう言うと、巻きつけた腕にさらに力を込める。

「ちょっと、ちょっと、燕さん締まってますって!」

「聞っこえませーん」

「あーもー、奥の手! よっと!」

 大和はそう言うと、人差し指を立てて燕の脇腹をツン、と、つつく。

「ひゃっ!」

 ビクリと身体を震わせる燕、その一瞬の隙をついて大和は拘束から逃れると燕と向かい合う。

「伊達に毎日、姉さんに拘束されてるわけじゃないんですよ」

 それを聞いた燕は思案顔で、

「なるほど……ハグに対してあんまり反応が良くないのは、ももちゃんで耐性できてるからって事か……ふうむ」

と呟く。

「今日、キャップのとこで参考書を受け取らなきゃいけないんで、もう行きます。すみません、燕さん、また」

 そう言って、大和が踵を返そうとしたとき、

「やーまーとぉーー」

先程と同じく自分を呼ぶ声と共に、背中ほうから何かがしなだれかかってきた。

 

「だらけ部に顔を出さないで勉強してるかと思ってきてみたら……まさか、女と乳繰り合ってたとはね……こりゃ、だらけ部からも追放かなぁ」

「べ、弁慶?」

「はぁーい、武蔵坊さん家の弁慶ちゃんですよっと」

 弁慶はそう言うと腕に力を込めて、大和を拘束する。

 すぅっと、燕の目が細くなる。

「大和ぉ、最近付き合いが悪いじゃないか……宇佐美先生も来ないし、こんないい女が手酌で一人酒だぞ、もったいないとは思わないかぁ」

「ごめん、でも、俺、次のテストでS組狙ってるからさ。終わったら付き合うよ、約束」

「へぇ、じゃあ、新学期は大和と同じクラスって事か、それは……悪くない。よねぇ、先輩」

 弁慶はそう言いながら意味ありげにニヤリと笑って、燕を見る。

「確かに、楽しいかもね……でも、個人的には新学期の前には勝負賭けちゃおうかと思ってるんだけど……」

 弁慶の笑みを真っ向から受け止めて、燕も同じくニヤリと笑いながら言う。

「へぇ……それって、今月の24日辺り?」

 笑みを消して弁慶が聞く。

「おしえませーん」

 芝居がかった態度で顔を逸らす燕。

「ふうん……」

 大和を挟んで二人の女が静かなやり取りを交わす。

 挟まれている大和は、何かピリピリとして空気にたじろいでいた。

 

 そんな時、重く張り詰めた空気破る清廉な声が響く。

「あ、弁慶じゃないか、まだ学園にいたのか」

 義経だ。水希と並んでやって来た。二人で稽古でもしてたのだろうか、義経の手には得物である日本刀が携えられていた。

「世良さんと稽古をしてて、これから帰るつもりなんだ。弁慶、一緒に帰ろう!」

 そう言って、義経はニッコリと笑う。

 義経が現れたことで、つい先程まで張り詰めていた空気がものの見事に霧散していた。

 義経の笑顔を見た弁慶はふぅ、と小さく息を吐くと。

「わかった、じゃあ鞄とってくるから校門で落ち合おう」

「うん!」

 弁慶は義経の輝くような笑みを苦笑しつつ見ながら、

「松永先輩、悪かったね。ちょっと、虫の居所が悪かったんだ」

燕に向かってそう言った。

「うんうん、でも、あっちの方は、結構本気なんでしょ?」

「ご想像におまかせしますよ」

「私の方は、マジだからね。何もしないと持ってっちゃうよ」

「ご忠告、肝に銘じておきますよ、っと」

 燕とのやり取りを終えると、弁慶は大和からようやく身体を離して、

「大和、だらけ部の方の約束とS組入りの約束、両方破らないでよね」

「了解、俺のS組入が果たされたら、とっておきの竹輪と川神水で祝杯って事で」

「それいいね、まってるよ――じゃあ、またね」

「直江くん、世良さん、松永先輩もまた明日!」

 そう言って、弁慶と義経は去っていった。

 

「お邪魔でした?」

 源氏の二人が去っていくのを見ながら、水希が燕に聞いてきた。

「いや、全然。むしろ助かっちゃったよ。あのままだったらなんか起こってたかも」

「なにかって?」

「たとえば……誘拐事件」

 燕は大和の方をチラリと見ながら答える。

「わぁお、燕さん大たーん」

「今日でちょっと火付いた感じだからねー、そっちもそれくらい思い切ったほうがいいんじゃないの?」

「うーん、なんか私たちの場合、そういう抜けがけとか、サプライズとか通り過ぎてるっていうか……遅きに期してる感じなんですよねぇ」

「あー、まぁ、わからなくもないなぁ。んで、ついこの前も一悶着あったんでしょ?」

「そう! そうなんですよ!! もう、ほんっと信じられない!!」

 そう言うと水希はプーと頬をふくらませて、怒りを顔に表す、が、なんとも可愛らしく見えてしまうのは美人の特権だろうか。

「OK、んじゃ、今日はお互い愚痴の言い合いといこうよ、水希ちゃん」

「賛成! 義経の相手してお腹すいちゃったんです。くず餅パフェにしましょう、くず餅パフェ」

「了―解」

 燕はそう言うと、水希と燕の会話をなんとはなしに見ていた大和に顔を向けると、

「というわけで、またね、大和くん」

そういうと、先程とは打って変わってヒラヒラっと手を振るとあっさりと踵を返す。

「え? あ、さようなら」

 いきなり声をかけられて、虚をつかれた感じになったが、大和も燕に手を振って答える。

「じゃあ、またね、直江くん」

「ああ、世良さんも、さよなら」

 同じく、水希にも挨拶をして、廊下には大和一人が残された。

 

 残された大和は、完全においてけぼり感のあった一連のやり取りを思い出して。

――あれ? 俺ってもしかしてモテてる?

 と、自惚れそうなる。

 しかし、

――いやいや、ないだろ。柊や葵じゃあるまいし。

そう考えて即座に否定すると。

「バカなこと考えてないで、とにかく今はS組入り目指して頑張ろう」

 そう敢えて口に出しながら、キャップのバイトをしている商店街の本屋に行くために下駄箱に向かおうとした。その時――

 

「やぁぁぁあああーー、まぁぁぁああああーーー、とぉぉぉおおおおーーーっ!!」

 本日の放課後、都合3度目になる自らの名前を呼ぶ声を聞く。

 しかし、今回の声は、前の2回のものとはまるで違い、地獄の底から這い出る亡者――そう、文字通り魍魎が発するような呪詛に満ちた声だった。

「うわっ! って、ガクトにヨンパチ?」

 声のする方を振り返ると、鋭い視線を大和に向ける、ガクトとヨンパチの姿があった。

「大和、お前、この数分の間にどれだけの女の子とスキンシップないしは会話をかわした?」

「抱きつかれてたな! 燕先輩の胸が当たってたのはこの辺か? 弁慶のはこの辺りか?」

 ガクトとヨンパチは言うが早いか、大和に詰め寄り少し前まで燕や弁慶が抱きついていたあたりをまさぐり始める。

「ちょっと! ちょっと! やめろって! 流石にキモいわ!」

 大和は身体を大きく震わせると、二人を跳ね除けて距離を取る。

「燕さんも、弁慶もあの性格だよ? からかわれてるだけだって」

「はん! からかわれていようが何だろうが、あんな美人とスキンシップを取れる方がいいに決まっているだろ!」

「そのとおり! 大和! 貴様に、『その上腕二等筋素敵ですね、良ければ一緒に帰りませんか?』と誘ってくれる女子がいるかもしれないという微粒子レベルの可能性にかけて2時間下駄箱の前で立ち続けた、俺の気持ちが解るのかっ?!」

「そうだぞ! 『そのカメラで私を綺麗に撮ってくれませんか?』っていう女子がいるかもしれないという素粒子レベルの可能性にかけた、俺の気持ちもわかるのかっ?!」

 ガクトとヨンパチの二人が血の涙を流さんばかりの勢いで、大和に詰め寄る。

「……そんなものは未来永劫、解りたくもない」

 そんな二人の呪詛にも近い嘆きに大和が呆れ顔で答える。

「そうか……残念だがお前との付き合いもここまでのようだ。今後は裁判で決着をつけるっ!!」

 そう言って指を突きつけるガクトに、

「……で、罪状は?」

大和がきく。

「不公平罪だ!! 死刑だ!! 死刑ッ!!」

「そうだそうだ、爆殺刑だ!!」

 ガクトの言葉にヨンパチが賛同する。

「はぁ……呼び出し状、まってるよ」

 付き合いきれないといった様子で大和は、二人を残して下駄箱へと向かう。

 

「くそぉ……あれがリア充の余裕か……」

「大和の野郎、最近マジでモテオーラ出してやがるからなぁ。本人気づいてないみたいだが……京なんか、ピリピリしてるぜ」

「あー、でも、モテたいよなー」

「俺様、トーナメントで結構頑張ったんだけどなぁ……モテたいなぁ……」

 ヨンパチとガクトが同時にため息をつく。

 そして、一気にグラウンドに駆け出すと、

 

「 「神様ぁあーーーっ! あんたは、不公平だぞぉぉおおおーーーーーっ!!!!」 」

 

そう、大声で叫ぶ。

 

 人が少なくなったグラウンドに、魍魎の慟哭が寂しく響き渡っていった。

 

 

―――――

 

 

 義経と弁慶はゆるゆると多摩大橋を渡り、九鬼の本社目指して歩いていた。

 傍から見て特段会話が弾んでいるようには見えないが、全くないわけでもない。二人とも話題があるときに口を開き、なければ開かない。いつも一緒にいることが当たり前になっている者同士の距離感、そんな様なものが伺える。

 そんな中で、弁慶が、義経に問いかける。

「なぁ、義経、最近随分と頑張っているみたいだが、調子を崩してたりしてないか?」

「心配してくれてるのか、弁慶? 大丈夫、なんたって義経は源義経のクローンなんだから」

「それはそうなんだけどさ、歴史上の義経であると同時に、今の義経はまた別の義経だからさ」

 そんな弁慶の言葉に、

「ありがとう、弁慶。でも、義経は源義経のクローンであることを誇りに思ってる。だから頑張れる」

そういって、義経はニッコリと微笑んだ。

 見るものに安心感をそして信頼感をもたらす、そんな笑みだ。

 この見ているものを引き込むかのような魅力的な笑みを見ていると、やはり義経は源義経のクローンなのだなということ弁慶は再認識する。源義経は立場の違う数々の人間を魅了して、あの時代において比類なき集団を作り上げた人物だ。そんな『人たらし』的な部分が確実に、この義経にはある。

 だから、弁慶はその度に再確認する、

「そう……でもあんまり無茶するんじゃないよ、倒れたら……そうだ、勧進帳ごっこにしよう」

この愛すべき主は自分が絶対に守るのだと。

 

「えぇ! あれは痛い……義経は嫌いだ……」

 錫杖で殴打されることを思い出したのか、義経は眉をハの字にしてしょぼくれる。

「じゃあ、頑張らないとな。期末にはまだ千信館の奴らもいるんだ、負けっぱなしってわけにはいかないよね」

「うん! そうだな! あ……だから、弁慶……えっと……」

 義経は弁慶に何かを頼むとして、口ごもる。

「うーん?」

 弁慶は義経が何を言いたいか、察しはついているが、喋らない。義経が言ってくるのを待っている。

「あ、あの、良ければ勉強を見てもらいたいんだ……この前順位が下がってしまったから……だめ、か?」

 そう言って上目遣いで見つめてくる義経の愛らしさは、弁慶にとって何にも代え難い代物だ。これを見たいがために、義経を困らせてしまうこともある。好きな子にいじわるをしてしまう……様なものかもしれない。

 もちろん、この上目遣いを見れたなら弁慶の答えは決まっている。

「ああ、もちろんだとも義経。そうだ、いっそのこと今日は寝るまで教えてやるから、同じ部屋で眠ろうじゃないか」

 そう言いながら義経のことをぎゅう、と抱き締める。

「えぇ、いいけど……でも弁慶、寝る前に川神水はダメだぞ。この前、酔っ払った弁慶と一緒に寝たらいつの間にか布団から放り出されてて、義経は寒かった……」

「そんなことにならないように、今晩はずっと抱きしめててやるさ」

「そうすると、義経は苦しい……」

「贅沢な主だな……そんな主は……こうだ!」

 弁慶はそういうが早いか、義経の脇腹に手をやりくすぐり始めた。

「ひゃ、はははははは、弁慶! やめてくれ! 義経は、そこは、弱いん……ひゃああ、ははははははは」

「ほーれ、ほーれ、ここか? ここがいいのか?」

「ははははははは、やめ、弁慶、やめてく……はははははははははははは」

 義経の笑い声が川原の道に響き渡った。

 

 そして、義経と弁慶の影は重なりならが十二月の夕日の中へと消えていった。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

この話から源氏再臨編の開始です。
編の題名通り、源氏の三人組、というか義経にスポットを当てていきたいと思ってます。
燕編ほど長くはならないだろうとは思ってます(たぶん)。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第四十二話~河原~

お待たせしまして申し訳ありません。

源氏の話はを作るために、弁慶編とかやり直してました。
弁慶可愛いよ、弁慶。


 夕暮れの河原に数人の男女が対峙している。

「ミッレーニアムな僕らの相手をしてくれるのは、君達……ということでいいのかな?」

 その中の、眼鏡をかけた細身の、いかにもインテリといった感じの男が、目の前の男女――大和達に語りかける。その言葉には、若干以上の見下しのニュアンスが含まれていることを大和達は敏感に感じていた。

「おうっ! 店長んトコの貴重な古書は絶っ対ぇ、渡さねぇし、アンタのトコの古書も絶っ対ぇ手に入れるっ! なっ、大和!」

 キャップが大和の肩にガッシリと腕を回して大和に同意を求める。

「お、おう……」

 キャップの勢いとは若干温度差がありながらも、大和は頷く。

「おーおー、なかなかロックなメンツが揃ってるじゃねぇか。九鬼従者部隊序列15位 ステイシー・コナーだ。この決闘取り仕切らせてもらうぜ」

 豊満な肢体をメイド服で包んだ、金髪の外人が楽しくてたまらないといったふうに河原に集まった面々を見渡す。

 大和達の方に居るのが、キャップ、弁慶、義経、水希、宇佐美。

 インテリ風の男――武蔵文太の方に居るのは、与一、歩美、辰子だ。

「頼むぜぇ、おまえら……あんなイヤミな野郎に負けんじゃねぇぞ、バッキャロウ」

 キャップがバイトをしている、川神書店の店長のべらんめぇ口調を聞きながら、大和はどうしてこんなことになったのか思い起こす。

 

 この決闘の切っ掛けはついさっきの出来事だが、この問題の根本はもっと以前からあったようだ。余計な事柄を全部取っ払っていってしまえば、武蔵文太が店長の土地を買収したいらしく、ちょっかいをかけてきているのを店長が突っぱねていた。ということらしい。

 そんなことを繰り返す中で、今日、近所の知り合いから店長が貴重な古書を大量に譲り受けるという事で、宇佐美代行業経由で放課後、大和達が集められその古書を運び出しをやっていた。そんな中、例の武蔵文太が現れた。そして文太は店長をうまく煽り、あれよあれよという間にお互い古書をかけての決闘という運びになってしまったのだ。

 そしてその時に、大和が集めたバイトの面々、大和、水希、弁慶、義経――源氏のクローン達は社会を勉強するという事でバイトを推奨されている――が決闘に駆り出されてしまったのだ。宇佐美は大和達の派遣元として様子を見に来たらその場面にばったりと出くわして、巻き込まれてしまった。完全にとばっちりだ。

 大和達は巻き込まれた形だが、川神書店の店長にはキャップがバイトをしていることもあり、とても世話になっている。それにあの武蔵文太という男も正直あまりいい感じはしないし、慣れ親しんだ川神の商店街を買いたたいているというのも気分としても良くない。なので、ここは一発目に物見せてやろうと、大和は気合いを入れる。

 

「そっちは武蔵さんいれて、4人しかいないみたいだけど、どうするの?」

 大和が聞くと、

「ミッレーニアムな僕がそんなこと気付かないとでも思ったのかい? ちゃんとファーストクラスの助っ人を用意してあるのさ、もう着くころだよ」

髪をかきあげながらキザっぽく文太が答える。仕草が一々なんとも鼻につく。

「まぁ、なんでもいいけどさぁ……与一……アンタなんでそっち側にいるのさ」

「そ、そうだぞ、与一。義経は……寂しい」

 弁慶と義経が与一に向かって視線を送る。

「ふんっ……たとえ共に育った仲間であろうとも、道を違えなければならない刻がある……いいか、姐御っ! 俺は、今日こそ姐御を倒して、俺の魂魄にこびりついた呪縛から解放され、自由という名の漆黒の翼を手に入れるっ!! かっ、かっ、覚悟しとけよ、姐御っ!!」

 つまりは、弁慶に植えつけられた恐怖心を何とか克服しようと敵にまわったという事らしい。後半の言葉の震えを見ると確かに根深いレベルで弁慶への苦手意識があるようだ。

「あたしは与一くんに誘われたの。座で繋がった仲間のお願いはきかないわけにはいかないよねー」

 歩美はニコニコと笑いながら言う、暇つぶしと言ってもいいのかもしれない。

「あー、相手は大和くんだったのかぁ。断ればよかったなぁ」

 辰子は口を尖がらせて呟く。辰子は大方、高額のバイト料で雇われたといったところだろう。

 

 そんな風に両陣営が会話を交わしていると、残りの二人がやってきた。

 

「あれぇ、大和じゃん。オース! また背伸びた?」

 と、軽やかに声をかける女性が一人。

「か、母さん! いつ帰ってきたの?」

「今日の午前中。寮のお前の部屋に荷物置いといたから」

「え? あの人、大和のお母さん?」

 弁慶が驚いたように声を上げる。

「そうだよ。オッス! 咲さんっ!!」

 キャップがそれに答えると、咲に挨拶をする。

「オッス、翔ちゃん! 相変わらず元気だね」

「お前んとこの母ちゃん、お前そっくりなのな……オジサンびっくりだぜ」

「義経もビックリだ……それにこの人……強い」

「あ、やっぱそうなんだ……でも、直江くんのお母さんってことは手加減……」

 義経の言葉に水希が期待を込めて咲をみると、

「大和に会えて嬉しいけど。勝負事は別だぜ! 昔馴染みの頼みを聞いてきてみれば、相手が愛する息子……燃えるシチュエーションじゃん!」

そんな期待を真っ向否定する言葉が咲の口から発せられる。

「……ですよねー」

 それを聞いた大和が予想通りという感じでガックリと肩を落とす。

 

 しかし、咲よりも大きな驚きが待っていた。それは文太が用意した助っ人の最後の一人。

「実は僕の遠縁にあたる人、頼みますよ、おじさん」

「やれやれ、まったく何事かと思ってきてみれば……親戚付きあいも楽じゃねぇや」

 そこに立っていたのは天神館の館長、鍋島正、その人であった。

「おいおい、敵さん。マジで勝ちに来てるぜ、ありゃ」

 宇佐美が頭を抱えてこぼす。

「おいおいおい、本当に頼んだぜオメェたちよ」

 それを見た店長も不安げな顔を見せる。

「大丈夫ですよ、店長」

 そんな店長に大和が声をかける。

「今回は団体戦です。誰か一人が強いだけじゃ勝てません」

 それを聞いた店長は、

「信じてるぜ、バッキャロウ……」

頷きながら答えた。

 

「よおし、メンバーも出揃ったところでルールの確認といくぜ。決闘は1対1のタイマンだ。両チームから一人づつ名乗り出て最大6戦。名乗りがなかった場合は、こっちでダイスを振るから出た目の奴が対戦だ。制限時間は3分、勝負がつかなかった場合は引き分け。6戦して勝ち数がイーブンなら、ラストの7戦で勝負を決める。勝ち負けはKO、ドクターストップ、ギブアップのどれかだ。質問は?」

「僕の方はないです」

「俺の方もありません」

「OKー、いい感じでギャラリーも集まってきたじゃねぇか」

 そんなステイシーの言葉に促され橋の方を見ると、いつの間にか人だかりが出来ていた。その中に見知った顔もある。

 

「ほう、夕暮れの河辺で決闘とは、なんとも風流じゃないか」

「まったく、川神はとんでもないところですね。まるで時代小説の世界だ」

「あ、義経ちゃんに弁慶ちゃん! 与一くんもいるけど……敵方?」

 京極、四四八、清楚の三人が橋の上から大和達を見ていた。こうやって遠目から見てもだいぶ目立つ三人組だ。

 他にも、

「おや、咲ちゃん、さっき寮にいたと思ったらあんなとこでヤンチャしてるのかい。変わらないねぇ」

「へぇ、あれが大和の母上か。似てるなぁ」

「くうっ、私が図書館で見つけた新たなBL本にうつつを抜かしていなかったら、あの場にいて大和を助けられたのに!」

麗子、クリス、京といった面々が橋の上から観戦している。

「おい、あそこにいるの、お前の親父さんじゃねぇのか?」

「たっく、あの馬鹿オヤジ、また面倒事に巻き込まれやがって。年末年始はかきいれ時なんだから怪我して寝込んだら承知しねぇからな」

 あちらの方にいるのは鳴滝と忠勝のようだ、この二人も随分と目立つ。

 その他にも川神学園の生徒を中心に知り合いの姿が多く見える。

「観戦するのは構いませんが、私より前に行かないで下さい」

 李がそんなギャラリーの整理にあたっている。

 

「いいね、いいね、熱くなってきたじゃねぇか。よぉし、あったまってきた所で、早速初戦と行こうじゃねぇか! 名乗り出な! ロックン・ロールっ!!」

 ステイシーが決闘開始の合図として、手に持ったマシンガンを空に向かって発射する。

 

「こういうメンドイ事はさっさとすませるに限る。先鋒は私が行くよ、大和」

 ステイシーの合図の直後、弁慶が大和に声をかけながらゆらりと前に出る。

「姐御が来るなら俺が行く。俺はこのために道を違えたんだからな……」

 それを見た与一が、今日日、ビジュアル系のロックバンドのヴォーカルでも着ないような、ベルトやチェーンが大量についた真っ黒なロングコートを脱ぎ捨てながら前に出る。

 

「まぁ、今年もそろそろ終わるから。この辺でいっちょ締め直すってのもいいかもね」

 弁慶が錫杖を構えながら与一に向かって鋭い視線を投げる。

「はっ、はっ、はん! いつまでも、無力な少年だった頃の俺だと思うなよ! 少年は今日こそ、白銀の翼を手にいれ大空へと羽ばたのだっ!!」

 弁慶の視線を明らかにやせ我慢という感じで受け止めながら、与一は弓を携える。

「……翼の色は漆黒じゃなかったんかい」

 それを聞いた弁慶が、思わずツッコむ。

「弁慶……与一……」

 そんな二人を義経が不安そうに見守っている。

 

「おおー、おおー、一戦目から源氏同士の戦いとはロックじゃねぇか! そらっ! 試合開始だッ!!」

 ステイシーの号令とともに、再びマシンガンが空に向かって放たれた。

 

 

―――――

 

 

「んじゃ、ひっさびさに、本気でいこうかね」

 弁慶は手に持った錫杖を与一に向けて、与一が引き絞っている矢に集中する。

「……神威を纏いし閃光の一矢よ……常闇を照らして眼前の敵を穿て」

 与一はそんな弁慶を前に、口から詠唱のような言葉を紡ぎ出す。

(――こいつ)

 与一の詠唱に弁慶が反応する。

「これは神話の世界で星となったサジタリウスの一矢……お前に受け止められるかな……」

 その反応を見てとった与一が至極真面目な顔で、弁慶に語りかける。

 しかし、弁慶は与一の技に驚いているわけではなかった。

(この能書き……いつ終わるんだ? かといって途中で襲えばそれを言い訳にするかもしれないし……面倒だなぁ)

 弁慶はギリシャ神話におけるサジタリウスの矢について滔々と語る与一を見ながら嘆息した。

 

「……あれって結構続くのかな?」

 与一の口上を聞いていた大和が、弁慶と同じようなことを考えながら思わず口にする。

「たぶん……まぁ、麻疹みたいなもんだからな見守っててやろうぜ。相当重症だがな」

 その呟きを聞いた宇佐美が答える。口にこそ出さないが周りにいる人間の多くは大和と同じようなことを思っているだろう。

 そんな中で歩美だけが目を輝かせて、

「いやー、相変わらず与一くんはキレっキレだねー。ここまで振り切れるといっそ清々しいよね! わたしだって自分の攻撃に技名つけて語るとか、流石にできないしねー」

と、感嘆の声を上げている。

「歩美ー、いいかげんにしないと柊くんに愛想つかされちゃうよー」

 そんな様子を見た水希が向こう側の歩美に向かってやる気のない声をかける。

 

「――って事でだ……いくぜっ!!!!」

 ようやく長い長い口上が終わり、与一の矢が放たれる。

 その矢を弁慶がゆらりと躱す。

「――なっ!」

 驚愕する与一。

「あのなぁ、与一。完全アウトレンジからの狙撃ならともかく、矢の向きも殺気もバレッバレのこの距離で私にそんなん当たるわけないじゃん」

 そう言って、弁慶は一歩前にでる。

「くう……」

 そのプレッシャーに与一が一歩あとずさる。

「つうわけで、聞き分けのない坊やへのお仕置きの時間だ……」

 そう、弁慶はそろりというと、目にも止まらぬ速さで与一の後ろに回り込む。そして、回り込むと同時に与一の左腕をたたんで同時に左肩を極めながら右腕で顔を挟み込む。

「――っ!! ちょ! 姐御っ!! これは、やばっ!!」

 自分にかけられている技が何であるか察した与一は顔を青くして弁慶に声をかけようとするが、その前に口を右腕で塞がれる――技が極まった――チキンウィング・フェイスロック。初代タイガーマスクが得意とした、プロレスの関節技の中でも地味ながら一際『キク』サブミッションだ。

「源氏式ぃ――」

「ひぃっ!」

 弁慶の掛け声に与一の口から恐怖の空気が漏れる。

「チキンウィング・フェイスロォックッ!!!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ」

 与一の絶叫が夕暮れの川辺に木霊した。

 

 

川神書店 1 ― 0 駅前書店

 

 

―――――

 

 

「OK,OK! 初っ端からロックな試合だったぜっ!!」

 ステイシーがカラカラと笑いながら二戦目の仕切りに入る。

 先程まで弁慶のサブミッションで絶叫を上げていた与一は河原の向こう側で気を失って寝ている。時折、ビクリと身体を震わせながら、

「くっ! やめろ……やめろ……俺のそばに近寄るなぁあ!」

などと、声を上げている。悪夢を見ているのだろう。

「んじゃ、源氏に続くロックな奴等はどいつだ! 名乗り出な! ロックンロールっ!!」

「ひゅう! やっぱ川神は面白いわ。身体も火照ってきたし私が行くよ!」

 そう言うと、いち早く文太側の咲が前に出る。

「あ、あの、咲さん。出来れば、咲さんは後ろのほうが……」

 それを見た文太が咲に声をかけるが、

「あっ?! 泣き虫文太が私に指図するだと? 随分偉くなったじゃねぇか? あぁ?」

「ひいっ!」

往年を思わせる咲のメンチに思わず文太が尻餅をつく。

 

「凄いね、直江くんのお母さん。ここまで殺気が届いたよ」

「鎌倉にも有名な伝説の不良という人がいたみたいですけど、不良も極めるとあの域まで達することができるんですね」

「まぁ、武芸者や軍人以外で常に戦いに身をおいているのは、ヤクザと不良くらいなものだ、さもありなん、ということだろう」

 橋の上の清楚たちが咲について口にする。

 

「咲さんには色んな喧嘩技、教わったからな。師匠に成長を見せるときってことで、次は俺が行くぜ! 大和!」

 そう言ってキャップが飛び出していった。

「おー、かかってきな、翔ちゃん! 可愛がってやるよっ!!」

「しゃあ! 行くぜ! 咲さんっ!!」

 

「OKッ! んじゃ、第二戦だ! 二人とも気張りな! ロックン・ロールっ!!」

 マシンガンが空に向かって轟いた。

 

 

―――――

 

 

「ほらほらほらっ!! どこまで成長したか、見せてみなっ!!」

 咲の素早い拳が次々にキャップを襲う。

「ひょ! うおっ! わっと! 昔と全然変わってないじゃないですか! 咲さん」

 その攻撃をアクロバティックに躱しながらキャップが咲に声をかける。

「あったぼうよ! ご主人さ……あの人を守るためだ、なまってたまるかっての! そらそらそらっ!!」

 

「すげぇな、お前の母ちゃん。元ヤンなんだっけ?」

 宇佐美の問いかけに。

「うん、川神統一してた……らしいよ」

 大和が答える。

「あー、そういえば鎌倉にもいたなそんな人」

 それを聞いた水希の言葉に、

「なんか、ライバルみたいな人が鎌倉ってか湘南にいたらしいから、その人かもね」

再び大和が答える。

「そ、そうか――不良は強いんだな……そうか……」

「おーい、義経。余計なこと考えるんじゃないぞー……っと、待てよ。無理やり悪ぶってる義経というのも、それはそれで……」

 そのやりとりを聞いた義経が、なにか考え込もうとするのを弁慶が止めようとして……やめる。

 

 そんな、川神書店側の軽いやりとりに反して、キャップは咲の連撃に反撃できず防戦一方となっていた。このまま逃げ続けて引き分けというのも考えたが、この咲の猛攻を3分も凌げる自信はキャップにはなかった。

(うし! んじゃ、やるか!)

 キャップはそう、腹をくくると、攻撃を躱すと同時につま先を土の中に潜り込ませる。そしてそれを蹴り上げて砂を飛ばす。

「なっ!」

 咲の動きが一瞬止まる。

「よっしゃっ!」

 そこに、キャップが突撃しようとすると……

「なーんてな」

 咲の軽い声がキャップの耳に届く。そして、下がったと思っていた咲がいつの間にか目の前に現れたかと思うと、次の瞬間にはガッシリと頭を掴まれていた。

「翔ちゃん、それ教えたの私だぜ? 翔ちゃん、すばしっこいからなあ、いつも捕まえるのは一苦労だ」

 そう言ってニヤリと笑う。全て咲の手の内だったということだ。

「まだまだ、師匠越えなんてさせねえよっ! とっ!」

 そんな声と共に咲の額が、キャップの額にぶつかる。

 ヘッドバット、単純だが非常に威力の高い攻撃だ。

「がっ!」

 はじめの一撃で朦朧とする中、キャップはかつて――喧嘩でパンチとかキックとかあんま効かねぇよ。お互い訳分かんないでやってるからな。だから決めては頭突きと噛み付き、こんなんでも喧嘩は充分勝てるんだぜ――そんなことを言っていた咲の言葉を思い出す。

「よく耐えたけど、これで……終わりっ!!」

 3回目の額への攻撃でキャップは地面に崩れ落ちた。

 顔面ではなく額に攻撃したのは咲の優しさだろう。

「いい線いってたけど、まだまだだぜ。翔ちゃん」

 そう言ってニヤリと笑うと、咲は倒れたキャップを担ぐと、息子の方へと歩き出した。

 

 

川神書店 1 ― 1 駅前書店

 

 

―――――

 

 

「これで互いに1勝1敗だ。一歩リードするのはどっちだぁ! 3戦目だ名乗り出なっ!」

 

「んじゃ、次はおじさんが行くわ」

 ステイシーの掛け声と同時に宇佐美が前に出る。

「え? ヒゲ先生でるの?」

 その行動に驚いた大和が声をかける。

「いや、だって、多分あの鍋島って人はラス前でしょ? 武蔵文太は最後かもしれないけど、それだとおじさんの勝敗で勝負が決まっちゃうかもしれないじゃん。おじさんそんな責任取りたくないの。だから勝っても負けてもいいこの辺ででときたいのさ」

 大和の言葉に、宇佐美が答える。言っていることは最もではあるのだが……大人としては至極、格好が悪い。

「その飾らない発言、俺は好きだよ。頑張ってねヒゲ先生」

「おう、俺の勇姿、しっかりと梅子先生に伝えてくれよ」

「了解」

 それを聞くと宇佐美はゆっくりとステイシーの方へと歩いて行った。

 

「ふむ……相手はあの中年ですか……じゃあ、板垣さん今回はあなたでお願いします」

 宇佐美の姿を見た文太が辰子に声をかける。

「えー、私、大和くんとがいいー」

 それを聞いた辰子がぐずるが、

「ここで、確実に1勝しておきたいんですよ。勝ったらバイト代に勝利給を上乗せしますから、お願いします」

という文太の言葉に、

「しょうがないなぁ……天ちゃん達とご飯食べたいし、わかった」

そう言って頷く。

「ありがとうございます」

 文太は慇懃に礼をして、辰子を送り出す。

 

「OKーっ、出揃ったなっ! 異色の組み合わせの第3戦だっ! ロックン・ロールっ!!」

 ステイシーのマシンガンが空へと放たれた。

 

 

―――――

 

 

「おーし、いっくよー」

 どう聞いても人を攻撃するような掛け声ではない、ゆるい声を上げながら、辰子が宇佐美に襲い掛かる。

「うわっとっ!」

 その攻撃を宇佐美が避ける。掛け声のゆるさとは裏腹に、重さと強さののった攻撃だ。

「やーー」

 触れただけで吹っ飛びそうな一撃を避けながら、宇佐美は反撃のチャンスを待つ。

 そして――

「よっと!」

 重さと強さは相当だが、あまり早くない辰子の攻撃に合わせて、鋭いカウンターを辰子の顎へと叩きつける。見るものが見れば感嘆の声をあげてもおかしくない様な、そんな綺麗なカウンターだ。この一撃を見ても宇佐美がただのボンクラでないことがわかる。

「わっ!」

 その一撃によろける辰子。

「あんまり力を使わずに相手を倒す。おじさん結構やるでしょ」

 しかし、辰子はその一撃をうけてよろめきはしたが、倒れはしなかった。

「うー、痛いーなー」

 それどころか、ダメージもあまりないように見える。とんでもない打たれ強さだ。

「いや、こりゃ、まいったね……おんなじこと何回かやって引き分けに持ち込むのが妥当かね」

 それを見た宇佐美がボヤく。

「もーー、いくよーーー」

 体勢を立て直した辰子が再び宇佐美に襲い掛かる。先ほどよりも……疾い。

「おっと――コイツは、ちょっと避けるのに徹するかね――」

 宇佐美はそう言いながら、その辰子の突進をよけようとした時……グギッという身体の中から響く音と共に、腰に鋭い痛みがはしる。

「グアッ!」

 その痛みのため、宇佐美の動きが止まる。そこに、辰子のラリアットがぶつかってきた。

「ギャアっ!」

 辰子のラリアットをもろに受け吹っ飛ばされる宇佐美。

 そのまま、宇佐美は立ち上がることができなかった……

 

「ヒゲ先生、大丈夫?」

「宇佐美先生、大丈夫ですか?」

 倒れた宇佐美のもとに仲間が駆けつける。

「いたたた……ラリアット喰らったとこもそうなんだけど、それ以上に避けるときに腰が……グギって……いてててて」

 そういって宇佐美は立ち上がろうとして……痛みに再び腰を抑えて、芋虫のようにうずくまる。

「べ、弁慶。宇佐美先生をなんとかできないか?」

 心配そうな義経の声に弁慶が、

「ヒゲ先生、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してな」

宇佐美にそう言うと、腰の一点を錫杖の先端でグリッと思いっきり押す。

「いでででででででっ!! 痛ぇよ、弁慶、なにすんだ!」

 あまりの痛さに宇佐美が飛び起きて、弁慶に文句を言う。

「って、あれ? 腰が動く……」

 しかし、起き上がって腰が動くのを確認すると、ビックリしたように弁慶を見る。

「まぁ、関節痛みたいなもんは、こう言う応急処置でなんとかなるからね」

「そうか、サンキュー弁慶……いてて、あ、でもやっぱラリアット喰らったとこもいてぇわ」

「それは流石にどうしようもない」

「だよねー、いてててて……あー、さっきよりだいぶマシだが、やっぱ腰も痛ぇわ……」

 宇佐美はそう言いながら腰に手を当ててうめいた。

 

「おい、お前の親父さん……」

「いうな……」

 鳴滝の問いかけを途中で切る忠勝。

 倒れて起き上がれなかったときは河原に飛び出しそうになったが、その後、起き上がったのを確認すると、ホッと小さく息を吐いた。そして、クルリと踵を返して橋から離れようとする。

「おい、最後まで見ていかねぇのか?」

「俺は年末年始の仕事に影響出したくねぇから、親父がどうなるか見たかっただけだ。ダメージは受けたみてぇだが仕事できねぇほどじゃねぇし、俺はもういい」

 つまり、宇佐美が心配で見守っていた……ということなんだろう。

 そんな素直じゃない友人の言葉に可笑しさを覚えながら、

「そうか、まぁ、世良達もやるみてぇだし、俺はもうちょい見てくわ」

そう、鳴滝は言った。

「ああ、んじゃあな」

 それを聞いた忠勝はそのまま帰ろうとする。

 その背中に、

「源!」

鳴滝が声をかける。

 その声に忠勝が振り返ると、

「親父さんに伝言は?」

鳴滝が聞いてきた。

 それを聞いた忠勝は、少し顔をしかめたあと、

「シップは机の引き出しの一番下。バンテリンはその隣。寝るときはうつ伏せに寝やがれ、馬鹿オヤジ!」

そう鳴滝に答えた。

 それを聞いた鳴滝は片手を上げて了解の意を示すと、再び橋の下に目を向けた。

 それを見た忠勝も再び歩き出して、今度は振り返らなかった。

 

 決闘が始まった頃は、沈みはじめだった太陽が既に半分近く沈んでいる。

 貴重な古書をかけた決闘も半分が消化されていた。

 

 

川神書店 1 ― 2 駅前書店

 

 

 




如何でしたでしょうか。

最近、戦真館の面々があまり出てなくて申し訳ありません。
次は水希と歩美をちょろっと書こうと思ってます。

源氏編にして、主要な流れがまだゲームで出てなくて後悔しそうになったのは内緒。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第四十三話~中盤~

 川神書店と駅前の武蔵文太が経営する大型書店、この二つの本屋が持つ貴重な古書のコレクションをかけた決闘は、半分を消化した時点で川神書店の1勝2敗、駅前書店側に天神館の鍋島正がいることを考えると追いつめられた、と表現してもいい状態だ。

 

「うーん、あんまり形勢はよくないねぇ」

 川神書店側、唯一の勝ち星を決めた弁慶が、御猪口を片手に川神水を飲みながら呟く。

「こちらの残ってるのが、世良さん、義経、俺。向こうの残りが龍辺さん、鍋島さん、武蔵文太、か……俺が敢えて鍋島さんとこに出て、勝ち星計算するって手もあったんだけど……そうすると、良くて引き分け。で、最終的には無傷の鍋島さんとラストの7戦――十中八九、7戦目は鍋島さんがでてくるだろうから――をやらなきゃいけないって考えると、あんまり変わらないんだよね。だから俺は、勝ち目のある武蔵文太とやるのがいいと思う」

 大和が今の状況をまとめて自らの考えを口にする。

「そうなると世良さんと義経には、龍辺さんと鍋島さんを相手に1勝1敗以上を頑張ってほしいって思ってる。どうかな?」

 そう言って、大和は水希と義経を見る。

「了解、それでいいんじゃない」

「うん、義経は頑張る、絶対に負けない!」

 その言葉に水希と義経が力強く頷く。

「ありがと、じゃあ、次に対戦相手になるけど……」

 大和が続けて口を開くと、

「歩美は私が相手をした方がいいと思う」

水希が答える。

「理由、聞いていい?」

「タッグマッチみてたらわかると思うけど、歩美は遠距離からの射撃が得意なんだけど、実はその他にもイロイロ小技がきくんだよね。だから、手の内のわかってる私がやるのがいいと思う」

 水希の提案を聞いた大和が顎に手を当てて考えながら、

「なるほどね……でもそうすると、必然的に義経は鍋島さんとやらなきゃいけなくなるけど……いい?」

そう、義経に問いかける。

 その問いに、

「大丈夫! これも修行だ、義経は頑張る!」

義経は力強く頷いた。

 それを見た大和は、

「よし、じゃあ、これで決まりだ。世良さんは龍辺さんと、義経は鍋島さん、俺は武蔵文太とだ」

そう言って気合いを入れた。

「了解、頑張ろう!」

「うん、勝とう!」

 残りの二人も気合いいを入れる。

 

 話し合いが終わった大和に、弁慶がすっと近づいてくる。そして、大和の耳に口を近づけて呟く。

「なぁ、大和、今の感じで行くとさ、勝負の分かれ目になるのは義経だけど、必ず勝たなきゃいけないのは……」

 その呟きを聞いた、大和は弁慶を見ながら、

「うん、俺の勝利が絶対条件……だよね」

「やっぱわかってたか……いいね、自分で退路を断つその根性、やっぱり大和も男の子だね」

 弁慶はそう言うとフフフと小さく笑う。

「からかうなよ、というか、わざわざそれを言いに来たって事は、なんかあるんでしょ?」

「うーん、流石その辺も聡いよね。まぁ、裏技。使ってもいいけど反動があるから使うか使わないかは、大和が決めればいい」

 そう言うと弁慶は、一層大和の耳に顔を近づけて小さく囁く。

「――――を、――――と――――が――――する……だけど――――くらい、あと――――で大変だよ」

「ふーん……OK、ありがとう弁慶。確かにシンドそうだけど……やばくなったらね」

「頑張ってね、大和」

 弁慶は大和の肩に手をのせると、悪戯っぽくウインクをする。

 

「おー、おー、作戦会議は終わったかい? 次の一戦は重要だぞ、さぁ、4戦目だ!名乗り出なっ! ロックン・ロールっ!!」

 ステイシーが両陣営に声をかける。

 

「んー、主催とメインの後ってわけにもいかないだろうし、流れで言うならわたしだよねぇー」

 ステイシーの号令を聞いた歩美がトテトテと前に出てくる。

「って事は、私だね」

 それを見た水希が前に出る。

「えー、みっちゃんが来るんだ。やりにくいなぁ」

「手加減してくれてもいいよ」

「みっちゃんがしてくれるなら、考える」

「やーだよ」

「じゃあ、わたしもやーだ」

 軽口を交わしながら水希と歩美は対峙する。

 二人とも武器は持ってない、素手だ。

 

「おっと、源氏同士の後は千信館同士の対戦か! いいじゃねぇか、ロックじゃねぇか! 第4戦だ! 始めるぜっ! ロックン・ロールッ!!」

 ステイシーのマジンガンが空に向かって試合開始の合図を放った。

 

 

―――――

 

 

 試合開始と同時に水希が歩美との距離を一気に詰める。

 歩美は戦真館の仲間の中でも突出したアタッカーだ、集団戦闘において歩美がいるかいないかは、その戦闘における方向性を決めてしまう場合もある。しかし、その反面、防御という面においては非常に脆弱というデメリットも持っている。同じくアタッカーである鳴滝よりも、さらに攻撃に特化した尖ったアタッカー、それが龍辺歩美なのだ。

 それ故の水希の速攻。

 歩美が攻撃する前に一撃にて終わらせる、それが水希とった作戦だった。

 

 水希は放たれた矢のような速さで距離を詰めると、その速度のまま一気に歩美の懐に潜り込もうとした。

 その時、横からものすごい速度で水希の顔面めがけて飛んでくるものがあった。

 それに気づいた水希は直前で急ブレーキをかけ、さらに頭を振って飛んできたものを躱す。水希の頬を飛んできた物体――河原の石――が掠りながら飛んでいく。

「あー、おっしい。気づいてなかったら今ので勝てちゃったかなぁ、とか思ったんだけど……流石に甘くないか」

 歩美が悔しそうに言う。

 そんな歩美を中心として、先ほど水希の頬をかすって飛んでいった石が衛星のようにぐるぐると回っている。

「なるほど、そう来たか……」

 歩美の意図を察した水希が、先ほど石がかすめていった頬を撫でながら呟く。

「これで、わたしの勝ちは厳しくなったけど、みっちゃんの勝ちも厳しくなったよね。つまり引き分け。そうなると、俄然こっちが有利ってことだよねー」

 そう言うと、歩美は手にもっていた――おそらく試合前から握りこんでいたであろう――石をピンっと指で弾く。

 すると、その石も先ほどの石と同じく、歩美の周りを衛星のようにぐるぐると回り始めた。二つの石が歩美を中心に球体を描くように縦横無尽に飛び回る。歩美は自らの弾丸を操る能力を攻撃ではなく防御に使ったのだ。

 水希の突撃に対して歩美が石の弾丸で攻撃することは可能だっただろう、そして、その一撃が躱されても、その弾丸を追尾させることも可能だったはずだ。

 しかし、その場合、自分自身が完全に無防備になってしまう。これが自分のことを何も知らない相手なら返す弾丸で仕留められるが、その手の内を知っている仲間である水希には効果が薄い。ならばいっそリスクを回避して、負けぬ戦いをしようと歩美は判断したようだ。

 その理由も明白だ。なぜなら、歩美の後ろに鍋島正が控えているからだ。

 現在川神書店側は1勝2敗、この4戦目が引き分けになった場合、勝つためには『鍋島正から勝ちをもぎとる』事が絶対条件になってしまう。つまり引き分けでも川神書店側は圧倒的に不利な状況に置かれてしまうということだ。それを踏まえたうえでの歩美の選択なのだろう。

「相変わらず、いやらしいなぁ」

「戦略的って言ってほしいなぁ」

 水希の言葉に、歩美が返す。

(さて、どうしたもんかな……)

 そう思いながら、水希はゆっくり歩美の周りをまわりはじめる。それに合わせて歩美も向きを変える。

歩美から目をそらさずにゆっくりゆっくり水希が歩く。

歩美も水希から目をそらさずに同じペースで向きを変える。

 

(……これ……もしかして)

「ほらっ! 残り一分だっ!」

 ステイシーの声が響くのと、水希が何かに気づき、歩みをピタリと止めたのはほぼ同時だった。

 同じく歩美の動きも止まる。

(なら――)

 その気づきに賭けてみようと、水希はすぅと大きく息をすると、

「――よしっ!」

と、ひとつ気合を入れる。

 

 そして次の瞬間、水希はなんのためらいもなくトンッと石が縦横無尽に飛来している射程内に飛び込むと、飛来している石を掌で受け止めた。

――ガンッ!

 と、硬い物同士がぶつかり合うような音が同時に響く。

 通常ならば手を弾き水希の身体に当たっていたであろう石の弾丸は、水希の掌がしっかりと止めていた。水希の掌には創法で生み出された水晶が展開されていて、石はそこにめり込んでいる。

「あーーーーっ!!」

 歩美の声が響く。

「ごめんね、歩美」

 水希はそう言うと、再び創法で生み出したビー玉サイズの水晶を、思いっきり指で弾く。

 その水晶は真っ直ぐに歩美の方へと飛んでいき、

「ふぎゃ!」

見事に、歩美の額に直撃した。

「いったーーい、みっちゃんのバカーーーーっ!!」

 歩美は額を押さえてペタリと座り込む。

「バカってなによ、バカって」

 いつの間にか歩美の目の前まで来ていた水希が、とんッと、ごく軽く歩美の頭に手刀を落とす。

 水希の勝利が宣言された。

 

「むー、唯でさえ容量少ないわたしの頭をポコポコ叩いたら、期末のテスト大変なことになるんだからね! 四四八くんに怒られるよ!」

(それ怒られるの、歩美なんじゃないかなぁ)

 それを聞いた水希は心の中でツッコム。

 そんなふうな愚痴をぶつぶつ言いながら、歩美は立ち上がり文太達の方へ戻ろうとする。

「ねぇ、歩美――」

 そんな歩美の背中に、気になる事があった水希が声をかける。

 その声を聞いた歩美は首だけ後ろを向くと、水希だけにわかるようにウィンクをしながら、小さくペロリと舌を出した。

「――やっぱり」

 それを見た水希が小さく呟く。

 水希から見ると、歩美はこの戦い随分と“らしくない”行動が目立って見えた。能力を守りに使ったこともそうだし、操った石も二個と大分少ない、速度こそなかなかのスピードだったが動きが単調でタイミングが読みやすかった、水希が飛び込む際になんのリアクションも起こさなかったのも明らかにおかしい、なにより手の内を知り尽くしている水希を対戦相手にするあたりでかなり違和感があった。

 

 しかし、全て今の表情で解決した。

 

 歩美はわざと負けたのだ。

 

 与一に声をかけられてきてみたが、事情を察するとこちら側が勝つのは、あまりよろしくないと歩美は判断したのだろう。故に武蔵文太や他のメンバー、そして九鬼の審判が見ても違和感がないような負けをするために、水希相手にこんな“らしくない”戦いをしたのだろう。なんというか、実に歩美“らしい”聡い戦い方だ。

 向こう側に目を向けると、目があった鍋島がニヤリと笑っていた。流石に天神館の館長の目はごまかせなかったのかもしれない。しかし、この時点で物言いがついてないということは見逃すということなのだろう。もしかしたらあの豪胆な鍋島の事だ、随分とうまくやったと内心面白がっているのかもしれない。

 とにかくこれでイーブンに持ち込めた。

「さて、くず餅パフェか、テスト勉強か……いや、次の休み前で、神座大戦完徹コースかなぁ」

 歩美に払わねばならないであろう勝利の報酬を考えながら、水希は大和たちのもとへ戻っていった。

 

 

川神書店 2 ― 2 駅前書店

 

 

―――――

 

 

「おっと、ここで並んだか。じゃあ5戦目の開始だ、名乗り出な! ロックンロールッ!!」

 ステイシーの言葉がマシンガンと共に放たれる。

「まぁ、普通ならミッテーニアムな僕は大将が好ましいんだけどね。今回に関しては保険は取っておきたいし、ファーストクラスな僕がでようじゃないか」

 そう言って文太が前に出てくる。

「よし! 武蔵文太が来るなら、俺だな。いってくる」

 それを見た大和が続いて前に出る。

「大和、頑張ってなー」

「直江くん! ファイトだ! 義経は応援してるぞ!」

「直江くん、頑張って」

 自陣から、弁慶、義経、水希が声をかける。

 しかし、それだけでなく文太の側からも、

「大和ー、泣き虫文太なんかに負けんじゃねぇぞー」

「大和くーん、ガンバレー」

 咲と辰子から声がかかる。

「大和ーーー!! 愛してるーーーー!! 結婚してーーーっ!!」

 橋の方からは間違いなく京であろうという声が響く。

 

「……君、随分と人気があるんだね」

 そんな大和への声援を苦々しく聞きながら、文太が言う。

「そちらはそんなにいないんですか? 友達」

 そんな文太に大和がニヤリと笑って返す。

「……君ほどじゃ、ないかもね」

「人徳の違い――なんじゃないですか?」

 そんな文太の答えに、大和が挑発的に返す。

「……言うねぇ。まぁ、あの声援もファーストクラスな僕が、この試合の後には黙らせてあげるよ」

「俺の方もここ勝たないと形勢不利なまんまなんで、勝たせてもらいますよ」

 

「これはこれで面白そうな組み合わせじゃねぇか。おっしゃあ! 5戦目だ! 気合い入れなっ! ロックンロールッ!!」

 5戦目開始の合図が、ステイシーのマシンガンから鳴り響いた。

 

 

―――――

 

 

「あっ!」

 試合開始と同時に距離を詰めようとした大和に、文太が思いっきり足を振り上げて、砂を蹴り上げ叩きつける。大和はそれを止まって顔を腕でかばってやり過ごす。

 しかし、その隙に文太は大和に攻撃――する訳ではなく、大和に背を向けると一気に駆けて距離をとると、距離を保ったまま大和と対峙する。

 このまま距離をとって逃げ切り、引き分けに持ち込もうとしているようだ。

 確かにこの戦いで引き分けに持ち込まれた場合、次の鍋島と義経の戦いの勝者が、試合の勝者となる。川神書店としてはあまり好ましい展開ではない。

「ミッレーニアムな僕は一時の感情に流されるなんて、エコノミーな事はしないのさ。最終的に勝つために、一時的に汚名を被るなんてなんてことない」

 そう言いながら、文太は大和を見下すように見る。

「文太の野郎、昔っから逃げ足だけは速かったからなぁ……」

 咲が呆れたように呟く。

 

「くそぉ……しくじったなぁ……」

 フィールドに取り決めはなかった。3分間と言う時間で逃げようと思えばいくらでも逃げられる。

 大和は文太をプライドの高いだけの人間だと思っていた。だから試合前にあえて挑発的な言葉を投げつけたのだ。そうすれば、絶対に向こうから大和をつぶしに来てくれると考えていた。そういう展開になったら、持ち前の回避力で隙を見つけて叩く事が出来た。

 しかし大和は文太の勝利への意気込みを完全に見誤っていたようだ。今から思えば試合前の文太の言葉も、フェイクだったのだろう。

 

「でも、このまま諦めるわけにもいかないしね――勇往邁進だ! やってやる!」

 大和は気合いを入れると、文太目掛けて走り出した。

「はっ! これだけ距離があるんだから追いつけるわけないだろう! エコノミーは無駄な努力が好きだね!」

 文太はそういうと、大和に背を向けて逃げ始める。

「フャック! あんま遠く行くんじゃねぇぞー……ったく、フィールドの取り決めしとけばよかったぜ」

 それを見たステイシーがぼやく。

 そんな鬼ごっこを始めてすぐ、大和は奥の手を出した。

 それは先ほど弁慶から教えられた身体の潜在能力を強制的に開花させるツボ。

『腕のこの部分のツボを、力いっぱい押すと身体の潜在能力が一気に開花する……だけど時間は1分くらい、あと次の日は酷い筋肉痛で大変だよ』

 リスクはあるが、それはこの試合の流れを見誤った自分自身の責任だ、甘んじて受け入れよう。

 大和はそう心に決めて、教えられた部分を力いっぱい押しこんだ。

 

「な、なにぃ!」

 文太が驚愕の声を上げる。

 先ほどまで殆ど詰まらなかった二人の距離が、どんどんと近くなってきたのだ。

「馬鹿な! 何故っ!!」

 そんな不意の事態に晒されながらも走るのをやめなかった文太の対応力は、なかなかのものだと言っていいかもしれない。

 しかし、それでも大和はどんどんと近づいてくる。

 そしてついに――

「よっし! 捕まえたっ!!」

「ぐわあっ」

 大和は後ろから思いっきり文太の足にタックルをして一気に両足を捕まえると、文太を地面へと転がす。

「どう? 降参する?」

 足を抱えた大和が聞く。

「馬鹿な! ミッレーニアムな僕がこの程度でっ! ええい! 離せっ!!」

 文太はそういうと力任せに片足を抜くと、そのまま大和の顔を蹴り始める。

「そう言うと思った……」

 文太からの蹴りを、半分は喰いながら、半分は顔を振ってよけながら大和が呟く。

「じゃあ――悪いけどっ!」

 大和はそういうと、掴んでいた足を離して、一気に文太の上に覆いかぶさる。

「くっ!」

 文太も抵抗するが、潜在能力を引き出している大和の方が単純な力でも上になっている為、ついには大和に抑えられてしまった。

 マウントポジション――そんな体勢になっていた。

「もう一度聞くけど、降参は……」

「誰が、するかっ!!」

 大和の質問に即答すると、下に居る文太は地面の砂をつかみ大和の顔に叩きつける。

 それを、大和は腕で防ぐと、

「じゃあ、いくよ!」

そういって、上から文太の顔面に拳を落とす。

――1つ

――2つ

「わかった! まいった! やめてくれっ!!」

3つ目の拳が落ちる前に文太から、ギブアップの声が掛った。

 

「お疲れ、大和」

「直江くん、お疲れ様!」

「うわー、顔、血出てるよ」

 自陣に戻ってきた大和を仲間達が迎える。

「おーう、大和、凄かったじゃねぇか。なんだあれ、超サ○ヤ人みたいなやつ! 俺にも教えてくれよ!!」

 大和の試合中に気がついたのか、キャップも声をかけてきた。

「ああ、弁慶に教えてもらった裏技……いててて、なんか身体全体が痛いっていうか、熱いっていうか……」

「まぁ、完全にオーバーワークだからねー、明日大変だぞー」

 それを聞いた弁慶がおかしそうに、ツンツンと大和の身体をつつく。

「弁慶、くすぐったいって……筋肉痛は甘んじて受け入れるよ、試合の流れを読み間違えた俺の完全なミスだからね」

「それで、そのツボ押せるんだから、やっぱり大和も男の子だねぇ」

「勝つ方法があるのに使わないのはみんなに失礼だろ。ヒゲ先生なんて筋肉痛どころの騒ぎじゃなかったんだし」

 そういって大和は向こうで身体を横にして休んでいる宇佐美に目をやる。

 

「とにかく、これでリード! 次の試合引き分け以上で私達の勝ちだね!」

 水希が今の状況をまとめるように、声をかける。

「そう、だから……」

 それを引き継いで、大和が最後の人に目を向ける。

 皆もそれにつられるように最後の一人――義経に視線が集まる。

「うん! 大丈夫! 義経は頑張るっ!!」

 その視線を真正面から受け止めて、義経は力強く頷く。

 向こう側では鍋島が大きな身体をのそりと動かして前に出てくるのが見える。

 

 日は既に沈みかかり、あたりは若干薄暗くなってきていた。

 川神書店と駅前書店の貴重な古書をかけた決戦は、最後の一戦を残すのみとなった。

 

 

 川神書店 3 ― 2 駅前書店

 

 

 




如何でしたでしょうか。

この作品二回目(一回目は歩美と栄光)の戦真館同士のじゃれあいを書いてみました。

前にも書いたかもしれませんが、この源氏編での戦真館側のメインは四四八じゃありません、
てか、このままほとんど四四八でない……かも?
少々ペース落ちてきましたが、あまりお待たせしないで書けるようにします。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第四十四話~刀閃~

 み
  し
   り


    


 川神書店と駅前書店の古書をかけた決闘の最後の1戦が今始まろうとしていた。

 

「はっはっはっ! 伝説の遮那王のクローンと戦えるなんてな。メンドくせぇと思った親戚づきあいだが、来てみるもんだっ! はっはっはっ!!」

 既に位置についている、鍋島が豪快に笑う。

「義経、負けたら勧進帳ごっこだからね」

「義経、ファイトだよ!」

「おーおー、決勝で源氏のクローンと天神館の館長とか燃える展開じゃねぇか!」

「ま、怪我だけはすんなよ。担任がついててクローンが大怪我とかされちゃあ、オジサン学園にいられなくなっちまうかもしれなしな」

 弁慶、水希、キャップ、宇佐美がそれぞれ義経に声をかける。

「ガンガレよ、義経」

 最後に大和が義経の目を見ながら言う。

「大丈夫! 義経は頑張る!」

 義経は仲間の声に、力強く頷く。その瞳には、刀の切っ先のように鋭く、そして美しい眼差しが輝いている。

 そんな瞳を見たとき、大和は今まで持っていた不安がすぅっと引いていくのを感じた。

 川神鉄心の直弟子にして、元四天王、仁王の二つ名を持ち実力は文句なしのマスタークラス……そんな鍋島との戦いはたとえ源氏のクローンである義経であっても厳しいのではないか、と大和は思っていた。

だからつい先程までは、第7戦があったとき、どのようにして勝とうかを必死に考えていた。

 しかし、今、義経の瞳を見た大和の中には――義経でも厳しいのではないか――という不安が消え――義経ならやってくれるんじゃなか――という期待感が現れていた。

 なぜだかはわからない。

 もしかしたら、これが英雄・源義経のクローンである、義経の力なのかもしれない。

 だから、

「ガンバレ……義経……」

大和は歩いてゆく義経の背中にもう一度、万感の思いを込めて言葉をかけた。

 そんな仲間の期待を背に、義経は得物である日本刀を片手にゆっくりと鍋島の元へと向かっていった。

 

 鍋島の元に向かおうとしている義経を見守りながら、橋の上で観戦していた清楚が心配そうな顔で、観客の整理をしている李に声をかける。

「李さん、義経ちゃんの必殺技ってまだ未完成ですよね……大丈夫でしょうか?」

「クローン自ら望んだ決闘に関しては我々が口を出すことは出来ません。使うにしろ、使わないにしろ、彼女の意思を尊重しましょう」

 そんな二人の会話を聞いた彦一が興味深そうに聞く。

「ほう、義経君にはそんな技があるのかい?」

 その問に清楚が答える。

「義経ちゃんだけじゃないよ、弁慶ちゃんや与一くんにもちゃんとあるの」

「弁慶は金剛纏身、与一は独自に伝承技と名付けていますね、そして義経は遮那王逆鱗……しかし、義経の技は……」

 あとを継いだ李が最後は言葉を濁す。

「……そう、多分実戦では使えない」

 それを清楚が答える。

「なるほど……天神館の館長相手に必殺技が使えないと……確かに厳しいですね……」

 それを聞いた四四八が考え込むように言う。

「ふうむ……しかし、それはそうと、源氏のクローンの皆にそのような技があるというのなら、葉桜君にもあるのかい?」

 話題を変えるように彦一が清楚に問う。

「私は目覚めたのが最近だから、まだそういうのはないの。でもいつか身につけられたらいいなとは思ってる、私だけの必殺技……」

 清楚はその問に、少し残念そうに答える。

「なるほどな……しかし、こういうことは何がきっかけで覚醒するかわからない。怖いので、葉桜君はあまり怒らせないようにしよう――なぁ、柊」

 彦一は口元を扇子で隠しながら小さく笑を作ると、意地悪そうに四四八に向かってそう言った。

「そう……ですね」

 そんな彦一の言葉に四四八がひどく真面目に答える。

「あぅ……京極くんのイジワル! 京極くんにはそんなことしません」

 それを聞いた清楚が口を尖らせて彦一に抗議する。

 続けて、清楚は四四八の方を見ると、

「柊くんは……」

そう言いながら、四四八の目を覗き込む。清楚の頭に目の前の朴念仁が起こした様々な事柄が思い出される。

「――知らないっ!」

 清楚はそう言うと拗ねたように、ツーンっと首を振って四四八から目を逸らす。

「えぇっ」

 清楚の態度に驚く四四八。

「くくく……ははは――」

 そんな二人を見て、堪えきれないといった感じで彦一が笑い出す。

「もう! ほんとに! 京極くんのイジワル!」

 その笑い声を聞いた清楚が彦一に再び抗議をする。

 その顔は夕日に当たっていたからだろうか、真っ赤に染まって見えた。

 

 橋の上でそんなやりとりがされている間に、義経と鍋島は試合開始の位置につき、対峙をしていた。

「ヒョー、ゴキゲンな展開に私もワクワクだ! 二人とも、準備はいいか?」

 ステイシーがたまらないと言った表情を浮かべながら二人を見る。

「俺の方はいつでもいいぜ」

「義経も、大丈夫だ」

 鍋島と義経は互いに視線を交わしながら頷く。

「OKー、第6戦でロックな大一番がきたじゃねぇか! はじめるぞっ! 気合入れなっ! ロックンロールッ!!」

 この決闘の最大の戦いが、ステイシーの号令とともに幕を切った。

 

 

―――――

 

 

 開始と同時に義経が鍋島との距離を一気に詰める。

「やああああああああああっ!!」

 裂帛と共に斬撃を繰り出す。

「ふんっ!」

 その斬撃を鍋島は上半身を大きく動かしながら避ける。

 鍋島は両手をコートのポケットから出してはいない。

「はああああああああああっ!!」

 連続した斬撃の中で義経は、上半身の中心部に一番躱しにくい突きを放つ。

「ふんっ!」

 鍋島はポケットに入れていた手を引き抜き、その刀を狙いすましたように、大きな手で上下に挟み込む――白羽取り。義経の刀はガッチリと鍋島によって捕えられてしまった。

「くっ!」

 全力で引きぬこうとしたがビクともしない。

 刀を引きぬく事を一瞬のうちに諦めると、義経はその捕えられている刀の上にトンっと飛び乗る。そして、刀を地面に見立ててもう一度飛ぶと、両手がふさがりガラ空きになっている鍋島の顔面に蹴りを放つ。

「ぬっ!」

 鍋島はそれを刀から片手を離して防御する。

 義経は防御された手をかまわず蹴って反動で後に飛ぶと、去り際に片手が離れた自らの刀を再び手にして、クルリと一回転しながら綺麗に着地する。

 

「流石に八艘飛びの義経だ、なかなかすばしっこいじゃねぇか」

 鍋島がニヤリと笑う。

「だが……ちぃとばかし……」

 そして、蹴られた手を眺めながら、

「軽いなぁ」

義経を見ながらそう言った。

 

「はあっ!!」

 そんな鍋島の言葉には答えずに、義経は再び鍋島に向かって突撃する。

「せやっ!!」

 義経は鍋島の手前でスピードを殺さずに飛び上がると、落下の勢いそのままに刀を振り下ろす。その剣気に触れただけで肌が切れそう程の鋭い一撃。

 それを鍋島は後ろに下がって避ける。

「フッ!」

 避けられた義経は刀を振り下ろしながら両足で着地すると、そのまま片手をついてそこを軸に、着地時を狙おうと一歩踏み出そうとした鍋島の足へと水面蹴りを放つ。

「ふんっ!」

 鍋島はそれをベタ足で踏み込み力を入れて受け止める。

「――っ!!」

 足を蹴りに行った義経が顔を歪ませる。

「おい、どうした。電柱でも蹴りつけたかい?」

 鍋島の声が上から降ってくる。

「くっ!!」

 義経はすぐさま残してあった足で地面をけると、地面についていた片手を中心にバク転の要領でクルリと後ろに飛び、両足で着地する。

 そしてすぐさま、再び鍋島の様へと飛ぶ。

「ぬうっ!!」

 鍋島がそれを迎え撃つ。

 最初のやり取りよりも激しく鋭い斬撃の雨を義経が降らせる。

 鍋島が再び上半身を大きく動かしながら避ける。

 

 そんなやり取りの中、義経は左の肩を今までよりも少し――ほんの少し下げる。

 見ているものには分からない、もしかしたら対峙している人間も一定以上の実力が伴わなければ、気づかないかもしれない程の微妙な変化。

 そこに鍋島は反応した。

 初めて繰り出す鍋島の拳。

 空気も大気もまとめて鉈でぶった切るかのような太い拳の一撃が、義経の左から飛んでくる。

「ちっ!」

 しかし、声を上げたのは鍋島だった。

 義経が大きく身体を沈ませてその一撃を躱し反撃に出ようとする眼を見たとき、自らの攻撃が誘われたものであると鍋島は理解した。

 

「はああああっ!!」

 沈んだ身体を大きく伸ばしながら、攻撃後の鍋島に向かって義経が刀を繰り出す。

 避けられないと判断した鍋島は大きく足を開き体勢を整え、義経の刀に対して腕を立てて防御する。

「はあっ!!」

 避けられないタイミングでの、会心の横なぎの一閃。

 誰もが義経の勝利を確信した。

 義経の刀と、鍋島の腕がぶつかる。

 

「なっ!」

 しかし義経の手を伝わってきたのは、『何かよくわからないが、とても硬いもの』を打った、痺れるような感触だった。

 義経の刀は鍋島の腕が完璧に止めていた。

「俺はかつて『仁王』と呼ばれていたんだぜ……生半可な刃なんか通るかよ」

 そういって鍋島は口を歪める。

 おそらく気を腕に集中させ、一時的に身体を硬化させることによって刃を防いだのであろうが、並の武芸者にできる芸当ではない。しかも、相手は源義経のクローンだ。元四天王にして、マスタークラスである鍋島でこその芸当だろう。

 

「そうら、おかえしだ」

 鍋島はそういうと、空いているもう一方の手を握り、刀を繰り出した状態で固まっていた義経めがけて拳をぶつける。

 義経は刀での防御が間に合わないとみると、とんっと身体を浮かすと、身体を捻り鍋島の拳を肩で受け止める。

「くうっ」

 それでもかなりの衝撃だったのか、義経は後ろに大きく吹き飛ばされた。

 

 たっぷり1秒の半分くらいは宙に飛ばされていた義経は、ようやく両足で着地する。

「ふぅ……」

 息を吐きながら、義経は自らの状態を確認する。

 今しがた攻撃を喰らった肩は、空中に飛んだことが幸いしたのか、痛みはあるが動かないという事はない。ゆっくりと回してみたが鋭い痛みが来ることもなかった。問題はないだろう。

 身体の方は問題がない。と、するならば、次はどうやってあの鍋島の身体に有効的な一撃を与えられるか、そんなことを考え始める。

 刀を正眼に構えて、すぅっと、意識的に鼻から息をしながら義経は考える。

 現状で自らの腕力での攻撃では鍋島の防御を崩すのは難しいし、そのような腕力に頼る力攻めは義経の得意とするスタイルではない。

 

 ならばどうするか……

 

 腕力以外で攻撃に鋭さを加えるものは何か……

 疾さ、タイミング、バネ、そして瞬発力……

 そうやって思考をした義経は、今まで一回も崩したことのない、剣術の教本にのっているかのような綺麗な正眼の構えを初めて崩した。

 

「ほお……」

 構えを変えた義経のことを見た鍋島は、面白い、といった感じで口を歪める。

 義経は正眼の構えの時よりも大きく足を開いていた。左足が前、右足が後ろだ。

 刀は右手だけで持ち、その右手は背中に回るほどに大きく振り上げられている。その為、刀は義経の背中にすっぽりと隠れるようになっていて、余った左手は、腰の左側あたりにきている刀の切っ先を親指、人差し指、中指の3本で摘むように掴んでいた。

 

 剣道や剣術の常道にはない構えだ。

 敢えて言うならば、忍者が背中に背負った刀を抜き去る瞬間はこのような構えになるかもしれない。それでも左手が下に添えられることはないだろうから、やはり特殊な構えと言える。

 

 ふぅぅぅ――

 

 義経はその構えのまま、大きく吸った息を口からゆっくりと吐く。少しづつ、少しづつ体勢が沈んでいく。

 そして――

「――フッ!!」

 最後の息を鋭く吐きながら義経は後ろにあった右足を一歩大きく踏み出す。

 そして踏み出した右足を軸にして、身体をクルリと半回転させながら、その遠心力をそのままに今度は左足を大きく、そして強く踏み出した。大きく二歩進むことで一気に刀の射程範囲にまで身体を持っていく。

「ぬうっ!」

 トリッキーな義経の動きに、鍋島の動きが一瞬止まる。

「はああっ!!」

 義経は左足を踏み出すまで、右手は刀を振りだそうと力を込め、左手の指はそれを止めるために力を込めていた。背中に隠れた刀によって結ばれ、矢を放つ直前の弓のように張り詰めた右腕と左手、それを義経は一気に開放する。

 弓のように限界まで引き絞られた右腕に、更に身体を回転させた遠心力をのせた一撃。今までより数段疾く、鋭い横薙の斬撃が飛ぶ。

「くうっ!」

この一撃は危険と判断したのか、鍋島が初めて義経の斬撃を大きく飛んでかわそうとする。

「ちいっ!」

 しかし、義経の動きに躊躇した一瞬が仇となり、完璧には避けきれずに、胸元を横に大きく切られてしまう。

 飛び退き着地した鍋島の胸元はコートとシャツがパックリと切られ、その奥から逞しい胸板が見える。そしてそこには一筋の赤い血の線が刻まれていた。

 義経の刃がついに鍋島を捉えたのだ。

 

「なかなか面白れぇことするじゃねぇか……アレンジがきいちゃいるが……虎眼流かい?」

 鍋島は自らの胸を触り、血が出ているのを確認するとニヤリと笑いながら義経に声をかける。

 

 至極簡単に、そして乱暴に言ってしまえばデコピンだ。

 デコピンをするために親指で押さえつけられて解放された指は、普通に振るよりも数段高い速度と攻撃力を内包している、それを義経は刀でやってのけたのだ。そして、それを奥義とする流派が虎眼流。江戸の初めに駿河で最盛を極めた流派だ。

「腕力で攻撃力を上げられないのなら、他の部分を生かし穿つ。なるほど確かに道理だが、この実戦の最中でやれるたぁ、流石源氏の……いや、九郎義経のクローンだ」

 鍋島はそういうと、この戦い初めて両手を挙げて構えを取る。

「年甲斐もなく熱くなってきちまったじゃねぇか、責任とってくれるんだろうな、おい」

 鍋島の闘気がみるみる膨れ上がっていくのがわかる。

 それを見た義経は再び足を大きく開く。左足が前、右足が後ろ。

 そして刀を腰のあたりに持ってくると、左手を峰の方から刃の根元を摘むように添えて、そのまますぅ、と切っ先へと滑らせる。切っ先まで持っていった左手はそこで止まると、左手をそのままに刀を上段に振りかぶる。

 左手で刀を引いているためか、通常の上段の構えよりも上体が少し後ろに反ったようになっている。

 

 ふぅぅぅぅぅ――

 義経がゆっくり、ゆっくり息を吐く。

 ほぉぉぉぉぉ――

 鍋島も静かに、静かに息を吐く。

 

 ふぅぅぅぅぅ――

 義経の身体がゆっくり、ゆっくり沈んでいく。

 ほぉぉぉぉぉ――

 鍋島の身体も少しづつ、少しづつ沈んでいく。

 

 ピタリ、と、同じタイミングで呼吸が止まる。

 そして、二人の身体がすぅ、と流れるように前に出ようとした、その時――

 

「そこまでだっ!!!!」

 

 ステイシーの大きな声と共に、二人の間にマシンガンの銃弾が横切る。

「いいところで私も心苦しいんだが……ファックなことに時間切れだ。これは二人だけの戦いじゃないから、取り決め通りキッチリ区切らせてもらうぜ」

 そう言ってから、ステイシーが改めて宣言する。

「時間切れで勝負つかず! 第6戦は引き分けだっ!!」

 

「なんだよ、時間切れかよ。遊びが過ぎちまったようだな」

 鍋島が残念だと言わんばかりに肩をすくめ、両手をポケットに突っ込む。

「……ふぅ」

 それを見た義経も張り詰めた息を口から吐き出して刀を下ろす。

「なかなか楽しかったぜ、義経。機会があったらまたやろうや」

「うん! ありがとうございました!」

 鍋島の言葉に義経が大きく礼をする。

「おう、九州こい九州。歓迎するぜ」

 そう言うと、鍋島は文太達の方へ歩いて行った。

――おーおー、まったく一張羅だってのに。

 さり際にそんな独り言が聞こえた気がした。

 

「ん? ってことは……」

 息を飲んで試合の行く末を見守っていた大和がこぼすと、

「最終結果は、川神書店3勝の駅前書店2勝の1引き分け、つまり……勝者、川神書店ッ!!」

それに応えるかのようにステイシーが勝どきを上げた。

 

「なっ! 馬鹿なっ!! ミッレーニアムな僕が負けた?」

「よっしゃあ、よくやったぜ、バンダナ達! ったく、ヒヤヒヤさせやがって、バッキャロウっ!!」

 文太と店長が正反対の反応を見せている。

 

「ふう……」

 義経が仲間のもとへと戻ってくる。

「すげぇ戦い! 流石、義経! かぁー、燃えるなぁ」

「義経、凄かったよ、お疲れ様」

「義経、怪我ない? どっか痛めてたりすると、オジサンちょっと困るんだよなぁ」

「ヒゲ先生さぁ、流石に今はそれやめない?」

 キャップ、水希、宇佐美、大和がそれぞれ義経に労いの言葉をかける。

「義経、お疲れ様。流石、私たちの主、いい戦いだったよ」

 そして、最後に弁慶が義経を出迎える。

 そんな仲間たちの声に、

「ありがとうみんな、でも……義経は勝てなかった、義経は……悔しい」

そう言って言葉通り、悔しそうに唇を真一文字に結ぶ。

「いやー、そんなこと言ったって相手は、学園長の直弟子で元四天王の天神館館長、引き分けだって相当なもんなんじゃねぇの」

 と、キャップが言う。キャップは空気を読んだり、フォローをしたりというのが苦手な人間だ。だから、この言葉通り今回の義経の結果を、純粋に凄いと思っているのだろう。

「そうだよ、それにさ、なんかうまく言えないんだけど……義経、タッグマッチの時より強く……っていうか、頼もしくなった気がした」

 そんな大和の言葉を聞いた弁慶が、

「へぇ、大和もかい。実は私もなんだよ」

と、同意する。

「え? え? そうなのか?」

 大和と弁慶の思わぬ言葉に、義経がうろたえる。

「うん、正直言うと最初は不安で一杯だったんだけど、試合始まる前の義経みたら、義経なら何とかしてくれる――そんなふうに思えたんだ」

「そう……か、そうなのか……えへへ、なんか嬉しいな」

 大和の言葉を聞いた義経は、恥ずかしそうに笑う。

「あーー、もーー、何この可愛い生命体っ!」

 そのはにかむ様な笑顔に我慢しきれなかったらしく、弁慶が義経を抱きしめて頬を擦り付ける。

「べ、弁慶。よ、義経は苦しい」

 いきなりのハグに義経は目を白黒させる。

「いいじゃないか、いいじゃないか、戦勝のご褒美だよ……私のね」

「お前のかよ!」

 弁慶の言葉に思わず大和がツッコム。

「フフフ、まぁ、それは冗談としても。大和もああいってくれてるんだ。主はしっかり目標に向かって進んでるよ」

「そうか……そうだと、イイな……そうだったら、義経は嬉しい」

 弁慶の言葉に、再び義経が今度は嬉しそうに笑う。

「へー、義経にそんな目標があるのか。やっぱりあれ? 立派な指導者になるとか、剣術を極めるとかそんな感じ?」

 弁慶の言葉を聞いた大和が興味深そうに聞いた。

 

「ううん、そういうのじゃないんだ。義経は……」

 大和の問を受けた義経は、そこで一区切りつけて、自分の目標を言う。

「義経は、柊くんになりたいんだ! 柊くんみたいに強くなりたい!」

 そう言って、義経はキラキラと目を輝かせる。

「おー」

「いや、若いっていいねぇ」

「なるほどね」

 キャップ、宇佐美、大和が感嘆の声を上げる中一人、

「――えっ?」

息を呑む人物がいた――水希だ。

 

「なるほどね。わかるなその気持ち。確かに柊って、なんか武士っ! って感じするもんね」

「うん! 柊くんは義経の理想だ!」

「そっか、いいと思う。すっごくいい目標だと思う。応援してる、頑張ってな、義経」

――同じ目標を持つものとして、という言葉を大和は飲み込んだ。まだまだ、自分は義経のところにも立ててないだろうという自覚があるから、もっと今の自分が前に進めたとき、この友人に胸を張って言おうと思った――自分も柊みたいになりたいんだ……と。

「うん! ありがとう! 直江くん!」

 義経はそんな大和の言葉に、ニッコリと笑って礼を言う。女性としてはもちろんだが、それ以上に人として、とても魅力的な笑顔だ。大和はそんなふうに思った。

「なんだなんだ、主も大和も私を差し置いて妬けるじゃないか……そんなイケズな主には……脇腹つつきのお仕置きだ!!」

「ひゃああ、ダメだ! 弁慶! 義経はそこはひゃあ! 弱っ……はははははは」

「ほーれほーれ、ここかー、ここがいいんかー」

「弁慶、やめ……はははは……ダメだっ……ひゃああ、ははははは」

 それを見ていたキャップが、

「これが源氏の主従関係なのかねぇ」

と言う。

「完全に馴染みのキャバ嬢に絡んでる酔っぱらいだな」

 宇佐美はそんなキャップの言葉に、自らの感想を答える。

 

 そんな川神書店の面々の元に店長がやってくる。

「やってくれたじゃねぇ、スゲぇじゃねぇか! え? 特に義経! 最後の試合オラぁ感動したぜ! おい! バンダナ! 明日から源氏コーナーの義経の棚、もう一段増やすぜ!」

「おう! 了解だ!」

「あ、ありがとう!」

「なあに、礼をするのはこっちの方さ。こっちのゴタゴタに巻き込んじまってスマネェな、それに勝ってくれてアリガトよ。勝利を祝ってパーッ! とやろうぜ、オレのオゴリだ!」

「よっ! 店長太っ腹!」

 店長の勢いのいい声に、キャップが合いの手を入れる。

「嬉しいんですけど、俺達もうすぐテストなんですよね……テスト明けでもいいですかね?」

 そんな大和の声に、

「あー、私も今回のテストかなりマジにならないと3位いけないかもしれなし、そっちのほうがいいな」

「よ、義経も順位を元に戻したい……」

弁慶と義経が同意する。

「おー、おー、そうだよな、学生の本分は学業だもんな! バンダナ相手にしてると忘れっちまう。いいぜ、テスト明けに店に来な! パーッと盛り上がろうじゃねぇか、バッキャロウ!」

「ありがとうございます」

 店長の言葉に、大和が礼を言う。

「んー、テストを越えるモチベーションができたね。面倒だけど、頑張るか」

「うん! 義経も頑張る……だから、弁慶、勉強みてくれるか?」

 そんな義経の上目遣いに、

「あーーー、もーーー、なにこれ反則!!」

耐え切れずに弁慶が先ほどより強く頬ずりをする。

「これも主従関係の一つの形なのかねぇ」

「さぁ……」

 それを見ていたキャップと大和が呆れたように笑う。

 宇佐美と店長は今日の報酬の話をしているようだ、宇佐美の口元がほころんでいるのを見ると、謝礼でも出たのかもしれない。

 

 そんな喜びの輪から少し外れたところに一人、水希が立っていた。

 その表情は……固い。

 水希の頭の中に、友人である義経の言葉が反芻されている。

 

――柊くんのようになりたい。

――柊くんのように強くなりたい。

 

 ズキリ、と胸が痛む。

 思い出されるのは、自らが夢に閉じ込められる契機となった事件。

 叶わぬ身でありながら、強さを求め、命を絶った、水希の愛すべき○○の名前……

 

 水希は一人、自問する。

 

 自分はどうするべきなのか。

 あの悲劇を繰り返さないために、友人たちに自分のような思いをさせないようにするために、自分は何をすべきなのか。

 

 自分は……義経を止めるべきなんじゃないのか……

 

 そんなことを一人考えていた。

 

 喜びの輪の中、水希の心だけが太陽が沈み薄暗くなりつつある風景のように、暗く、昏く、沈んでいった。

 

 

 

 




またやってしまった……流派の名前は出さない方が良かったかなぁ

ここに書いた虎眼流はシグルイ本編じゃなく、
某ヒュームさんの中の人が主役張ってるゲームの最新作で、虎眼流ッポイ動きをしているキャラの動きを参考にしてます。

如何でしたでしょうか。

今回は水希がメインです。
しかも、トラウマに片足突っ込ませていただきます。
自分で書いてて、地雷踏んだかなとも思うんですけど、最終章への流れとしてこのような形にしました。
ただ、全部が全部解決しないと思います。
それはやっぱりそこは四四八の役目かなとも思ってますので。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第四十五話~自問~

遅くなりまして申し訳ありません。
こう言うつなぎの話がやはり難しいですね……

※八命陣に関する重大なネタバレがあります。お気をつけください。


 強さにかける男の人の想いは狂気だ。女の身では到底理解できない域で、彼らは強いという称号を全身全霊で求めている。弱い自分を殺したいほど憎み、恥じている。

 世良水希という少女は男というものはそういうものだ、そう思っている――いや、信じている。

 信念といっていいほどの強く水希の心に刻まれたこの考えは、水希が体験した悲劇によって形成されたものだ。

 

 これは夢だ――と、水希は理解している。

 その理由は至極簡単だ、『いるはずのない人間が目の前にいる』この一点に尽きる。

 そして、さらに言うならこれはかつて水希自身が経験した、忘れたくても忘れられない悔恨の記憶であるからだ。

 

「好きだよ、水希。僕を男として見てほしい。いつまでもあなたに守られてるだけじゃない。僕は男だ。男なんだよ」

 思いがけない人物からの、思いがけない告白。

 その告白に戸惑ったし、もっとはっきりと言うならば困った。

 だけど、相手はとても……そう、とてもとても大事な人だから。本来ならば絶対に断らなければならないこの告白に対して、水希は『本来ならば絶対にしてはいけない返答』をしてしまった。

 そしてその言葉こそが、相手を、そして水希自身を絶望に堕とし、奈落へと向かって転がり落ちる呪いの言葉となってしまうのだ。

 

「私は、強い人が好きだから――もう少し……信明が強くなったら、ね」

 

 今にして思えば、真っ赤な嘘。

 相手を傷つけないがためのとっさの逃げ口上に過ぎなかった。

 

 しかし、そうでもしないと目の前の彼――信明はきっと壊れてしまう。水希はそう、思っていた。

 長く生きられるかもわからない、そんな脆い身体に生まれた信明……日々を生きるだけで精一杯な信明。そんな信明が初めて言った、一世一代の告白を水希は切る捨てることができなかった。

 

「任せて、きっと強くなってみせるから!」

 

 脆く壊れやすい身体に反して元気よく頷いた信明の顔を、水希は見ることができなかった……

 

 そしてその後、信明と水希は、少し考えれば誰もが思いつくような悲劇的な結末に向かって全速力で転がり落ちていくのだ。

 

 信明は水希の言葉を糧として、脆い身体に鞭を打ち、今まであった信明の全てを賭して無理に無理を重ねた上に愛する水希のいる戦真館を目指した……が、その努力は報われることなく、信明は戦真館に入るという夢は叶えられなかった。

 突きつけられた現実と言う名の絶望。

 その中で信明が選択したものは『死』――自らの腹を切り裂き、自分の生に信明自身が終止符を打つという選択だった。

 腹を裂き、物言わぬただの肉体なった信明の身体を抱きながら、水希は声が枯れるほどに泣き叫び、後悔した。

 それこそ、やり直せるなら命もいらないと思うほどに後悔したのだ。

 

 そんな悲劇を経験した水希だからこそ、義経の言葉が頭から離れない。

「義経は、柊くんになりたい! 柊くんみたいに強くなりたいんだ!」

 清廉で真っ直ぐな願い。

 しかし、そんな願いだからこそ叶わなかった時の絶望は深く、昏いと水希は知っている

 そして、その行き着く先は……圧倒的な悲劇だ。

 

 逆に、もし万が一、叶ってしまったらどうだろう。

 柊四四八という雄性の象徴のような強さを持つ『女』の誕生だ。

 単に腕力だけでなく、生き方でさえ『男』を圧倒する『女』の誕生だ。

 そんなものの誕生を許せば、自分が起こした悲劇が再び起こることになる。

 自分みたいな『馬鹿で強い女』が無自覚な新たな悲劇を紡ぎ出してしまう。

 

――それはダメだ! 絶対にダメだ!!

 

 事の重大さを知っているのは自分だけだ。

 信明の悲劇を経験している自分だからこそ、友人である義経が悲劇を起こす前に食い止める事ができるはずだ。

 たとえ、新しくできた友人たちに恨まれることになったとしても、その後の悲劇を止めることができるなら、自分がやるべきなのだ。

 

 自分が、自分が、自分が……

 

 水希の思考が内へ内へと向かっていく。

 

 そんな時、一番聞きたくない、もう、二度と聞かなくてよいと思っていた声が水希の頭に響く。

「こんな近くに、こんなにいっぱい仲間がいるのに。一人で閉じこもって、一人で考えて、一人で絶望して……水希ぃ……君はほんっとに、自慰がすきだねぇ……えっへっへっ」

 悪意をタールのようにドロドロにまとわりつかせたドロリとした言葉。

「でも、そんな水希だからこそ……愛しているのさ……」

 いつの間にか水希の周りに出現した無数の蟲が水希の目の前に集まり、何かの形を作っていく。

「ああ……水希――やはり君は最高だ――本当に君は僕に最高の絶望をくれる……んー、やっぱり絶望している水希が一番……」

 キチキチと混沌と呼べるほどの大量の蟲が蠢くような声が水希に向けられる。

 そしてそんな何億とも思われる蟲で形作られた悪魔――そう、悪魔としか形容できないモノは水希に目を向けると、

「かわいいねぇぇ……」

そう言ってニタリと嗤った。

 

「きひっ、ひひはは、あーーはっはっはっはっはっはっはっ!」

 悪魔の哄笑が響き渡る。

「ははっ、ひゃはは、ひゃーはっはっはっはっはっはっはっ!」

 悪魔の嘲笑は止まらない。

 

「さんたまりーあー うらうらのーべーす さんただーじんみちびし うらうらのーべす」

 そして不意に笑い声を止めたかと思うと、今度は呪いのオラシャを朗々と歌い上げる。

「まいてろきりすてー うらうらのーべーす まいてとににめがらっさ うらうらのーべす」

 我が愛しの女神を讃えよと、悪魔が紡ぐ呪いの讃美歌が響き渡る。

 

「やめて……」

 そんな悪魔の言葉に水希は耳を塞いでうずくまる。

「やめて……」

 耳を塞いで、聞きたくないと頭を振る。

 

 そして、最後に力の限りに絶叫する。

 

「やめてぇっ!!!!」

 

 水希は声を張り上げながら身体をベッドから跳ね起きた。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 口からは荒い息が漏れている。

「夢……か……」

 そして、今起こって事が何であったか確認するように呟く。

 十二月だというのに、寝具はべったりと汗でぬれていた。

 時計を見てみると、深夜の二時。ベッドに入ってから、二時間程度しかたっていない。

「はぁー……最悪……」

 水希はそのままベッドから起き上がると、汗をかいた寝具と下着を脱ぎ捨て、綺麗にたたまれた洗濯物の中から新たなTシャツを探し当てて袖を通す。

 そしてカーテンを少し開け、何気なく外を見る。

 外は深夜という事もあり、静寂に包まれている。夕方は綺麗な夕日が見られたが、今見ている夜空には星が見えず、月もあつい雲に覆われていてぼんやりとしかその位置を把握することができなかった。もしかしたら明日は雨かもしれない。

 そんな星一つない漆黒の闇を水希が見つめる。

 そんな時――

「そんな顔するなよ、水希ィ……僕は君を愛しているよ……誰よりも……」

 耳元で虫がキチキチと蠢くような声が聞こえた……様な気がした。

「――ッ!!!!」

 バッ、とそちらを振り向くが、そこには見慣れた寮の部屋があるだけだった。

 水希はブルリと一つ身震いをすると、無意識のうちに創りだしていた日本刀を消滅させると、布団をかぶるようにしてベッドに転がりこむ。

(やっぱり、このままじゃ駄目だ……私が何とかしないと……私が……)

 ベッドの中で、水希は自らの意思の再確認をしながら目をつぶる。

 

 しかし、眠れる気は、まったくしなかった……

 

 

―――――

 

 

 昼休みの屋上、源氏の三人が昼食をとっている。

 与一もぶつくさと文句を言いながらも、食べ終わるまでは基本的に義経と弁慶と一緒にいる。与一自身、口では色々と言ってはいるが、要所要所ではしっかりと二人と行動を共にしている。表には出さないが与一も源氏の三人の絆を大事にしていると言う事なのだろう――距離感としては主人と従者というより、兄妹や家族といった表現がしっくりくる。

「あー、こりゃ一雨来るかもなぁ。一応傘は持ってきたけど雨はメンドイし、出来れば帰るまではもってほしいんだけどなぁ」

 従者部隊が作ってくれた弁当を肴に川神水の入った盃を傾けている弁慶が、昨日とは打って変わって、どんよりと澱んだ空を見上げて呟いた。

「義経も傘を持ってきている。与一は朝、傘を持ってなかったけど置き傘があるのか?」

「はんっ! 別に傘なんていらねぇよ。雨が降ったら降ったで濡れて帰ればいい。雨に濡れるってのも嫌いじゃねぇしな……」

 そんな与一の厨二的な言葉に弁慶が呆れたよう口を開く。

「あんた今いつだと思ってんだ、十二月だぞ? 別に厨二病も結構だけど、風邪ひいて迷惑かけないでくれよ」

「そ、そうだぞ与一。明日からテストだ、風邪ひいたら大変だ」

 弁慶の言葉に義経が続く。

 そして、義経はあっ、といいことを思いついたというように声を上げて、

「なら与一は義経と一緒に帰ろう! 義経の傘に入れば与一も濡れなくて済む!」

ニッコリと微笑む。

「はぁ? バッカじゃねぇの、んなこっ恥ずかしいこと出来っかよ!」

そんな義経の提案を、与一は顔をしかめて拒絶する。

「うぅ……でも、義経は与一が心配だ……」

 提案を却下された義経はしょんぼりとしながらも、心配そうに与一を見つめる。

「与一ぃぃぃ……お前はなんでそう、何度も何度も同じことを……」

「あーーーーだだだだだだ、姐御、やばい! 肩は昨日のフェイスロックで……あっ……あっ……あーーーーーーーーっ!!」

 与一が危険を察知するのと、弁慶が与一の後ろに回り込み肩固めを繰り出したのはほぼ同時であった。

屋上に与一の絶叫が響き渡る。

 

 そんな源氏の団欒(?)に一人の来客がやってきた。

 水希だ。

 水希は真っ直ぐに義経たちのもとに向かうと声をかける。付き合いの長い戦真館の面々がみれば、いつもより硬い表情をしていることを気づいたかもしれない。

「こんにちは、義経。ちょっと……いいかな?」

「こんにちは世良さん。お弁当も食べ終わったし、義経は大丈夫だ」

「ありがとう、ちょっと話したいことがあるんだけど、付き合ってもらえる?」

「いいけど。ここじゃダメなのか?」

「うん……ここは、ちょっと……ね」

 水希はそう言って、弁慶と痛みで泡を吹いている与一をチラリと見る。

「出来れば二人で話したいかな……」

「そうか……うん、わかった。今でもいいし、放課後でも義経は大丈夫だ」

「私はいつでもいい」

「じゃあ放課後は雨が降るかもしれないし、今行こう!」

「うん、じゃあ……花壇に行こっか」

「わかった」

 そう言った義経は弁慶の方を振り返ると、

「じゃあ、弁慶、また教室で」

そういうと、ニッコリと笑って屋上から出ていく。

 水希も弁慶と与一をチラリと一瞥すると、

「またね」

そう小さく言って義経とともに出て行った。

 

「……あんまり、いい感じじゃないなぁ」

 一連の流れを黙って聞いていた弁慶は、少し考え込むように呟いた。

 そして、

「よし!」

何かを決心すると、腕の中にいた与一をそのまま地面に打ち捨てて、二人の後を追っていった。

 

 屋上には泡を吹いて気絶している与一が一人床に取り残されていた。

 

 

―――――

 

 

 十二月に入った花壇には流石に咲いている花は少ないが、柊の白く小さな花があちらこちらに咲いていて、ほのかに金木犀のような香りを振りまいている。

「可愛い花だな、なんていうんだろ……清楚先輩ならしってるかなぁ」

 そんな柊の花を見ながら義経が微笑みながら呟いている。

「柊」

「え?」

 そんな義経のつぶやきに水希が答える。

「それはね、柊の花、なんだよ」

「へぇ……柊くんと同じ名前なのか」

 義経はその言葉になんとなく嬉しそうな顔をすると、柊の白く小さな花をつんつんと触る。

「柊ってね、昔から魔除けに使われてるの。鬼も逃げ出すって事で節分にも使われてる。そして花言葉は『先見の明』、『歓迎』、『用心』、『剛直』」

「ははは、なんか花言葉も柊くんみたいだな」

 水希の説明を聞いた義経が笑いながら答える。

「ふふっ……そうだね……ねぇ、話っていうのはさ……その、柊くんのことなんだ……」

「え? 柊くん?」

 義経は柊の花から目を離し水希と向き合う。

「うん、柊くん」

 水希は義経の目を見て答える。

「んー、義経に柊くんのどんな話があるんだ? 義経は……わからない……」

 そんな水希の言葉を受けて義経が考えこんでいる。

「ねぇ、義経。義経の目標、もう一度聞かせてもらえる?」

「義経の目標? 今の義経の目標は、柊くんになることだ! あっ!」

 自分で言って気づいたらしく、義経は声を上げる。

「そう、その目標について……なんだ」

「そうか……でも、その目標についてのどんな話なんだ? やっぱり、義経は良くわからない」

 閃いたという感じに、顔を上げた義経だが再び考え込む。

「うん……」

 水希はそう言って一旦目を伏せると、小さく一つ深呼吸をして、意を決すると、再び義経に向かい合って強い口調で言い放った。

 

「ねぇ、義経……柊くんになるっていう目標……諦めてくれないかな」

 

「え?」

 何を言われたかわからないというふうに、義経がポカンと口を開く。

「柊くんは確かに強いし凄い、だから憧れるって気持ちもすっごくわかる。でも、ダメ、ダメなんだよ……柊くんは特別なんだよ……あんなふうになれる人は、他にはいない……」

 水希は予想外の言葉に呆けている義経に向かって言葉を重ねる。

「え? や? た、確かに義経は未熟だ。源義経のクローンとしてはまだまだだ……だから、少しでも英雄に近づくために柊くんを見本にしたい、それはダメなのか?」

「高すぎる目標は、達成されなかった時の挫折も大きい……柊くんになるっていう義経の目標は、いつか絶対に義経をそして義経の周りの人を不幸にする」

 水希の有無を言わさない言葉が続く。

「それに、もし、仮に義経が柊くんと肩を並べるくらい、強く、そして凄い女の人になったら……それでもやっぱり、義経と……義経の大事な人が不幸になる」

「な、なんでだ?」

 水希の言葉に義経が問いかける。

「……私が、そうだったから」

 その問に対する水希の答えは、今までとはうって変わって消え入りそうなくらい小さく儚げだった。

「どちらにしろ、柊くんになるっていう義経の目標は必ず義経を苦しめる、だから……おねがい……諦めて、くれないかな」

「世良さん……」

 水希の言葉に何と答えていいのか分からず、義経が口をつぐむ。

 花壇に沈黙が落ちる。

 

「黙って聞いてれば、随分ない言いようじゃないか」

 そんな沈黙を破ったのは向かい合っている二人ではなく、花壇の入口に現れた別の人物だった。

「あんまりいい感じがしなかったから、心配になってついてきた……ホントはさ、メンドイしこのまま帰ろうかとも思ったんだけど……主の従者としては、ちょっと聞き捨てならなかったからね」

 入口に現れた人物――弁慶が二人のもとにやってきて、義経を庇う様に前に陣取る。

「さっきから聞いてれば、抽象的なことばっかで具体的なとこが何一つ言ってない。主が不幸になる? なんで? 主が挫折する? どうして? それで主の周りが不幸になる? どうやって?」

 弁慶が先ほどの水希が義経に行ったように、水希に言葉を浴びせる。

「それに、義経が柊を見本にして英雄に足り得る存在になろうとしてるのは人々を導くためだよ? それがなんで義経自身と義経の周りの人間の不幸につながるんだ? 正直、私にはわけがわからない」

 弁慶の言葉は止まらない。

「それにね、仮に、仮にね、義経が挫折したり、絶望したりしてもね。私が付いてる、私と与一がついてる。その為に私たちはいるんだ。だから義経をむざむざ潰すなんてバカなまね、絶対にさせない」

 弁慶の強い瞳が水希を射抜く。

 水希もその視線を真っ向から受け止める。

 

「それに、だいたい――」

 さらに弁慶が言葉を続けようとしたところで、すっと弁慶の前に義経が腕を差し出して言葉を止める。

「ありがとう――弁慶。心配してくれて」

 義経は腕を上げたまま、弁慶に向かって礼を言う。

 義経と弁慶の目があう。

 義経の目を見た弁慶は、何かを察したように一歩後ろに下がり、義経に場所を譲る。

――早まったかな。

 一歩後ろ下がりながら、弁慶は自らの出過ぎた行動を少し後悔した。

 なぜなら義経の瞳には、弁慶が愛してやまない強さと、純粋さと、清廉さいつものように迷いなく輝いていたからだ。

 義経は水希の言葉に揺れてはいない。そんな確信を弁慶は持ったからだ。

 

「弁慶、ありがとう――そして、世良さんもありがとう」

「え?」

 義経の思いがけない礼に水希は少し戸惑った仕草を見せる。

「世良さんの言葉の意味を、義経はやっぱりよくわからない……だけど、義経のこと考えて言ってくれてるということは、わかった。だから、ありがとう」

「義経……」

「確かに義経は未熟で、柊くんは凄い。たどり着けなくて苦しむかもしれないし、落ち込むかもしれない。でも、義経は英雄のクローンとしてこの世に生まれた、だから、英雄としての生き方には殉じたいと思ってる」

 義経の真っ直ぐな瞳が水希の瞳を見つめる。

「でも、世良さんも譲れないものがあって、義経に話をしてくれたんだと思う」

「……うん」

 義経の言葉に水希が頷く。

 

「だから――」

 そう言って義経は言葉を区切ると、小さく息をして、再び水希の目をまっすぐに見つめると。

 

「――戦おう」

 そう宣言した。

 

「お互いに引けないのなら、義経の信念と世良さんの信念ぶつけ合おう」

 そんな義経の挑戦を

「いいよ」

水希は即座に受ける。

「時間は今日の放課後、場所はグラウンド」

「いいよ」

 義経の提案に先ほどと同じように水希が即答する。

「私……負けないよ」

「義経も、負けない」

 二人の瞳が見つめ合う。

 二つの視線が絡み合う。

 互いに一歩も引かなぬと決意した、強い信念を込めた強靭な視線だ。

 

 先に視線をそらしクルリと踵を返したのは水希。

 水希は花壇の入口までくると、首だけ義経に振り返ると、

「いっとくけど、私に負けるようじゃ、柊くんになんて絶対になれないからね」

そう言って花壇から出て行った。

「義経」

 水希が見えなくなるのを確認すると、成り行きを見守っていた弁慶が義経の声をかけた。

「大丈夫だ弁慶、義経は負けない……それに――」

「それに?」

 義経の言葉に、弁慶が反応する。

 義経は少し言葉を貯めてから、

「――それに、義経はこの戦い義経のためだけじゃなくて、世良さんのためにも勝たなきゃいけない……そんな感じがする」

「そうか……大丈夫、私の可愛い主なら絶対勝てる!」

 弁慶はそう言って義経の頭を優しくなでる。

「ありがとう、弁慶」

 義経は頭を撫でられるのが気持ちいいのか、目を細めて弁慶に礼を言う。

 

 そんな二人の姿を、柊の小さく白い花が揺れながら見守っていた。

 

 




如何でしたでしょうか。

自分じゃ手に負えないだろうなと思っていた神野さんをついに文面で書いてしまった……
二次創作でも再現度の高い神野さんがいたるところにいるので、
いろんな作品の神野さんみたいに雰囲気が出てるといいんだけどなぁ……

次回は義経vs水希という刀少女同士の戦闘です。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第四十六話~活人~

 昼を過ぎたあたりからしとしとと降り出した雨は、やむことも強まることもなく、放課後になった今もしとしとと季節外れの梅雨の様に地面を濡らしていた。

 

 そんな雨とも言えない雨の中、日本刀を携えた二人の少女が対峙している。

 

 漆黒の髪に意志の強い瞳で相手を見つめる源義経。

 濃紺の髪にこちらも同じく強い決意を秘めた瞳で相手を見つめる世良水希。

 二人の艶やかな髪が雨にしっとりと濡れてなまめかしく光っている。

 

 その二人の間に九鬼従者部隊のクラウディオが立っていた。

「この試合の立ち会いを務めさせていただきます、クラウディオ・ネエロでございます。義経様、世良様、ご準備の方はよろしいでしょうか?」

「うん、義経は大丈夫」

「……はい」

 クラウディオの言葉に二人は頷く。

 この一瞬も二人は互いから目を逸らさない。

「……では、位置に御着き下さい」

 クラウディオの言葉に義経と水希は同時に背を向けると開始位置へとゆっくりと歩いてゆく。

 互いに言葉は一切、交わさない。

 

「なぁ、どう思う」

 そんな二人を二階から見ながら、栄光が同じくこの戦いを見るべく集まった仲間達に問いかける。

「どう……っうのは?」

 そんな問いかけに鳴滝が聞き返す。

「いや、なんだってテスト直前のこんな時期に水希の奴こんなことしてんのかな……てな」

 皆、同じようなことを思っていたのだろう。栄光の言葉に少し考え込むような素振りを見せて四四八が口を開く。

「ふむ……なぁ、歩美。お前昨日、世良と一緒に帰ってきたはずだよな。なんか気になることなかったか」

「うーーん、河辺でじゃれあってた時はそうでもなかったんだけどさ。帰る時、実はちょっと、モード入っちゃってたかなぁって気がしたんだよねぇ」

 四四八の質問に歩美が腕組みをしながら答える。

「モードってなによ、モードって」

 もったいぶらずに言いなさい。そんな科白が後に続くような調子で、鈴子が歩美を問い詰める。

「んーー、考え過ぎて面倒くさくなっちゃってる女の子モード」

「あぁ……」

 その答えに納得したように鈴子が頷く。

 そんな水希の姿に心当たりがあるのか、仲間のあいだに一瞬の沈黙が降りる。

「何はともあれ――さ」

 そんな沈黙をやぶり、会話をまとめる様に、いままで黙っていた晶が口を開く。

「これは水希が望んだ戦いなんだ。あたし達に出来る事は、水希の選んだ戦いを最後まで見守っててやって。結果がどうあれ何も聞かずに『お疲れ』って言ってやること、だと思うぜ」

 そんな晶の言葉に皆が一様に頷く。

「ああ、そうだな……晶の言う通りだ」

 会話を締める様に、四四八がそう言ってグラウンドに目を戻すと、仲間達もグラウンドにいる水希に目を向ける。

 

 そんな仲間達の心中を知ってか知らずか、水希は仲間達の視線に気づく様子も見せないままに開始位置に佇んでいた。

 

 

―――――

 

 

「それでは……始めっ!」

 

「はああああああああっ!!」

 クラウディオの試合開始の合図と同時に水希が飛び出す。

 ぬかるんだ地面をものともせずに、持ち前のスピードを生かして滑るように義経との距離を詰めると、手に持った日本刀から鋭い斬撃を義経に見舞う。

「ふっ!」

 そんな流水の様に淀みのない水希の斬撃を義経は同じく足を滑らせ、身体を捌きながら躱していく。

 こちらもぬかるんだ地面をものともせず、演舞を踊るかのような軽やかなステップで水希の攻撃をいなしていく。

「はっ!」

 義経の身体に届かない斬撃を繰り出しながら、水希は相手の呼吸を読み、義経が息を吸うタイミングに、後に置いた足の指で靴の中から地面を強く掴むと、今までよりも半歩深く義経の懐に飛び込んでいく。

「やあっ!」

 そして深く踏み込んだ一歩をそのまま力に換えて、義経の胴に今までよりも深い一撃を放つ。

「――っ!」

 義経はその一撃を躱そうとせずに踏みとどまると、手にある日本刀の柄頭を水希の横なぎの一撃に併せて当てると、水希の刀を弾き返す。

「たあっ!」

 刀を弾かれ一瞬体勢の崩れた水希に、今度は義経が襲いかかる。

 

 義経の閃光の様な斬撃が水希に振りかかってきた。

 水希はその斬撃を先ほど義経がやったように、身体と足を捌いて避ける。

 互いに極力、刀を合わせない。

――日本刀は斬る事に特化した為、武器としては脆い。

 そんな実戦的な暗黙をお互いに守っている為だろう。

 

 幾筋かの剣閃を放ち、水希がそのことごとくを避けた時、義経は、不意に刀を右手一本で持ち担ぐように肩に乗せる。残った左手は刀の切っ先をつまんでいる。

「さあっ!!」

 そして、同時に軸足を使ってクルリと身体を回転させると、その遠心力をそのまま刀に乗せて水希へ渾身の横なぎの一撃を放つ。

 鍋島戦で見せた虎眼流。今回は流れの中での一撃だ。

「くっ!」

 水希は先ほどよりも数段剣速が疾いことと、左手で切っ先がつままれていてタイミングがとれないことで、この戦い初めて義経の一撃を刀で受け止める。

 しかし、ただ受け止めるだけでは勢いではじかれてしまう。故に水希は片手を峰に添えて両手で義経の一撃を受け止めた。

「くっ!」

 白刃と白刃がぶつかり合い、火花が飛ぶ。

「なっ!」

 次の瞬間、声を上げたのは義経。

 水希は峰に添え手から創法で水晶を展開すると、自らの刀とともに義経の刀も水晶で包んでいた。

 義経の動きが一瞬止まる。

「はあっ!!」

 その隙を逃さず、水希は一歩踏み出すと義経の腹を思いっきり蹴り飛ばす。

「っつ!」

 蹴りをくらい吹っ飛ぶ義経。

 しかし、痛みに耐えて顔を上げる。

 と、そこには大きな水晶が義経めがけて飛んでくるのが見えた。水希が創法で作り出したものだろう。

「せあっ!」

 義経は両足を踏みしめて一瞬で体勢を立て直すと、気合一閃、水晶を一刀のもとに真っ二つに切り捨てる。

 しかし、切った水晶の間から刀を一直線に構えた水希が突っ込んできた。

「くっ!」

「はっ!」

 義経が首を横に振るのとほぼ同時に、水希の稲妻のような突きが義経の頬をかすめて繰り出されていた。

 水希の渾身の突きを、間一髪で避けた義経の耳に、カチャ、という微かな金属音が響く。

 顔を動かさず瞳を動かすと、突きを放った時は縦になっていた刃が返され、義経の顔めがけて迫ってくる。

 水希は突きを放ったすぐあとに、後ろ足を軸に身体を回転させることで、追撃の一撃を繰り出していた。

 身体をそらせるだけでは――避けられない!

 そう判断した義経は、地面を蹴る。

 そして側転の要領で迫ってくる刃を中心に頭を逃がしながらクルリと身体を一回転させると、しっかりと足で着地する。

「せやっ!」

 身体を回転させたため、後ろを向いた状態になっていた水希へ、先に体勢を整えた義経が斬撃を見舞う。

「やっ!」

 水希はその斬撃を予想していたかのように、回転を殺さず義経の方に振り向くと同時に義経の刀を弾く。

 刃と刃がぶつかり合い、火花が飛ぶ。

 義経と水希の視線が絡まり合う。

 そして、示し合わせたかのように同時に後ろに飛ぶと、互いに止めていた息を大きく吐き出す。

 

 

―――――

 

 

「ふぅ……」

 由紀江は無意識に自分が息を吐きだしたことで、先程までいつの間にか息を止めていたことを認識した。

 それ程までにピリピリとしたやり取りだった。

――互角。

 由紀江にはそう見えていた。

 互いにスピードを持ち味とする両者の特性は、ぬかるんだグラウンドであっても如何なく発揮されている。

 剣の技術だけで言えば義経の方が上だろう。

 しかし、創法を含めた総合的な戦闘経験では水希の方が上手のように見える。

 このような拮抗した勝負の場合、技術以上に精神の問題になってくることが多い。

 如何に気持ちで相手の上に行くか――つまり、相手より勝ちたいとどれだけ強く思えるか。そのような部分が勝負の分かれ目になる。由紀江はそんなふうに感じていた。

 

 それにしても――と、由紀恵は思う。

 なんて――綺麗なんだろう。

 同じく剣の道を行くものだからこそ感じる二人のやりとりは、壮絶ながらも、心が奪われそうになるくらいに美しい。

 そして同時に――とても……とても……悔しい。もっと言うなら妬ましい。更に言葉を重ねるならば羨ましい。

 このような勝負ができる二人が羨ましくてしょうがなかった。

 

 自分なら――こうする。

 あの斬撃には――こう対応する。

 え? あの一撃にそういう反応をするのか!

 二人のやり取りに自分を重ねて無意識に身体と心が動く。

 

 だから、いつか――いつか――自分もこんな勝負を。

 そのためにも、この試合一瞬たりとも目を離してはいけない。

 由紀恵は昂まる自らの鼓動を押さえつけるように、大きく一つ深呼吸をすると、改めてグラウンドに目を向ける。

 

 二人に相対する自分の姿を思い浮かべながら。

 

 

―――――

 

 

 向かい合って互いに様子を伺っていた両者だが、水希が動いた。

 水希は脇構えであった自らの構えをさらに低くして、刀を腰に当てる。

 居合抜きの様な構えだ。

「はあっ!!」

 そしてその構えから一気に一歩踏み出すと、居合抜きの様に刀を振るとそのまま義経に向かって刀を“投げた”。

「――っ!!」

 想定外の攻撃に不意を突かれる義経。

 しかしそれでも、凄まじい勢いで回転しながら飛んでくる刀を力任せに弾く。

「――え?」

 その直後、自らの下半身に何かの当たる感触がした。

 そちらに目を向けると、刀に意識を向けた瞬間に近づいてきた水希が、義経の両脚を綺麗なタックルで刈っていた。

「わっ!」

 グラウンドに転がされる義経。

「はっ!」

 水希はそのまま義経とともに地面に転がると、義経の上にかぶさるようにするりするりと、しなやかな蛇のように身体を動かす。

「くっ」

 義経も邪魔な刀を投げ捨てると、水希をただでは上にさせまいと、こちらもなめらかな蛇のように身をくねらせて応戦する。

「くっ」

「あっ」

 黒と濃紺の蛇が絡み合う。

「うっ」

「かっ」

 黒と濃紺の蛇がもつれ合う。

 泥にまみれる様に行われた、蛇の主導権争い。

 勝ったのは――水希。

 戟法で強化した力で義経の肩を強引に押さえつけると義経の腹に乗り、空いている手に短剣を創造して義経の顔めがけて突き立てる。

「――っ!!」

 義経はその一撃を、首を振って躱す。

 短剣を躱した義経は、短剣を突き立てた水希の手首を捕まえると、両手が前に出ているため重心がずれた水希の身体を腹筋で跳ね除け、両脚を開放した。

 更に今度は、義経の両足が短剣を突きたて伸ばしきった水希の腕めがけて絡みついてくる。

「ちっ!」

 このままでは極められる。そう判断した水希は短剣を離すと強引に腕を振りほどき、飛び退く。

 同時に義経も立ち上がる。

 互いに投げた刀を手に戻して、再び距離を取る形でにらみ合う。

 

 

―――――

 

 

 試合は更に数回、攻守を入れ替えながら一進一退の攻防が続いていた。

 

――流石は義経……攻めきれないな。

 この試合何度目かになる仕切り直しの中、にらみ合ったまま義経の動きに注意を払いつつ、呼吸を整えながら水希は考える。

 戦闘スタイルはお互いに手数と疾さを中心としたオールラウンダー。

 創法等による戦略を含めた幅という意味では自分に分があるように思うが、単純に剣を使った技術で言えば義経の方が優れているようだ。

 しかし、これまでのやりとりで一つ明らかに自分が優っている部分を水希は見出していた。

 それは“力”。

 迅の戟法で強化した疾さにおいては互角。だが剛の戟法で強化した膂力に関しては水希に分がある。故にこの勝負、義経の虎眼流などの技術が入る余地のない純粋な力比べに持ち込めば勝てる。

 

 そう、水希は判断した。

 

 そして勝負を決めるべく、水希が動く。

 

「はああああああああっ!」

 水希は創法で無数の弾丸を作り出すと義経の正中線より少し、ほんの少し左側をめがけて放つ。

「っと!」

 速く無数の弾丸の放射だが、距離があるため義経は弾丸を横に滑りながら躱す――水希の思惑通りに。

「はあっ!!」

 計算通りに右側に避けた義経めがけて、水希は続けざまに創法で作り出した短剣を投げつける。

「――っ!!」

 義経はこの矢のような不意の一撃を刀で払いのける――が、足が止まった。

「さあっ!!」

 短剣と同時に義経に向かって走り出していた水希は、一気に距離を詰めると足の止まっている義経に上段から鋭い一撃を放つ。

「くっ!!」

 義経はその渾身の一撃を受け止める。が、そこで止まる。水希がこれまでと違い、刀を固定したまま物凄い力で押さえつけてきたのだ。

 水希が思い描いていた状況がこれ。

 鍔迫り合い――刀の勝負において純粋な“力”が占める割合の大きいシュチューション。

 水希はこれを狙っていたのだ。

 

 思惑通り鍔迫り合いに持ち込んだ水希が戟法で強化した膂力で義経を押しこむ。

「ぐ……うぅ……」

 義経の刀が押し込まれ、水希の刃がじりじりと義経の首元に迫る。

「――ふんっ!」

 水希が力を込め押し込む。

「ぐ……っ」

 息がかかるほどに互の顔が近づく。

「――んっ!」

 更にぐいっと、水希が力を込める。

「くうっ!」

 その力に押されて、義経がガクリと片膝をつく。

 しかし義経は水希から目をそらさずに、震える両腕に力を込め抵抗する。

「そろそろ……終わりにするよ……っ!!」

 水希はそう最後通告の様に呟くと、上から押さえつける様に力を込める。

 水希の刃がじりっじりっと義経へと迫る。

 

「義経っ!!」

 戦いを見守っていた弁慶が、窓から身体を乗り出して叫ぶ。

「負けるな! 負けちゃ駄目だっ!!」

 今日の昼、主から聞いた言葉。

 義経が水希から、何を感じたかわからない。

 しかし今の水希の戦いを見ていて、弁慶には水希の中に共感するものが見えた気がした。

 それはおそらく――後悔。

 歴史上の武蔵坊弁慶は、主や仲間を助けることが出来ずに平泉で打たれ、主たちと共に果てた。

 大事なものを守れなかったという後悔は、『大事なものを守る為に真の力を発揮する』という今の弁慶の特性に表れている様に思う。

 水希も同じ様に大事なものを守れなかったという、後悔で動いているように見える。しかし、弁慶が後悔を力に変えている一方、水希は後悔が枷になっている、そんな印象を弁慶は受けた。

 弁慶は義経がいたから今の自分がいる、水希にも戦真館という素晴らしい仲間がいる、それでも払拭できない何かを抱えているのかもしれない。だとするならば其処を抉っている何かが……あるいは誰かが、いるのかもしれない。

  ならば尚の事、この戦い義経は負けてはいけない。

 水希が勝ってもこの戦い救われるものは何もない。

 義経の為にも、水希の為にもこの戦い義経が勝たねばならない。そして、自らの主ならばそれが出来ると、弁慶は信じている。信じているから、声を出す。自分が、仲間がついていると、義経に伝えるために。

 

「義経ェッ!!!!」

 

 そんな時、弁慶とは違う別な誰かの義経を呼ぶ声が聞こえる。

 屋上から聞こえるその声は、弁慶にとって聞き慣れ過ぎるほど聞きなれた仲間の声――与一の声だった。

 

「テメェ、友一人救えねぇで、何が英雄の生まれ変わりだっ!!!!」

 屋上から響く与一の声。

「相手が間違ってるなら、ぶん殴って、目覚まさせろっ!!」

 ニヒルに構えた与一の口からほとばしる、仲間へのエール。

「だから……だからっ!!」

 与一はぐっと言葉を飲み込み、今より一段と大きな声で義経に言葉を送る。

 

「因縁の鎌倉侍なんかに負けやがったらっ!! 承知しねぇからなッ!!!!」

 

 与一の心の底からあふれ出た咆哮。

 与一も弁慶と同じくクローンだ。与一は弁慶が水希に感じたものと同じものを感じて、いてもたってもいられなくなった……のかもしれない。

 弁慶と与一の視線が合う。

「……ケッ!」

 視線が合うと与一は小さく悪態をつき、ぷいっと身体ごと視線をそらして、屋上の奥へと消えていった。

 だがあんな言葉を義経に送った与一のことだ、姿が見えなくなっていてもおそらく、決着まではしっかりと見届けるだろう。

「まったく……いつまでたってもガキなんだから……」

 そんな与一の態度を弁慶は苦笑をしながら見送る。

 

 しかし、弁慶の口調はいつもよりも優しげだった。

 

 

―――――

 

 

 義経の耳に弁慶の声が届いていた。

 与一の咆哮が届いていた。

 義経の脳裏に弁慶の姿が、与一の姿が浮かぶ。

 育ててくれたマープルの、優しくしてくれた清楚の、色々な事を教えてくれたクラウディオの……九鬼従者部隊の姿が思い浮かぶ。

 

 義経が水希に感じた違和感は今、確信となっていた。

 水希は何かに囚われている。

 そして、その何かは今でも水希を蝕んでいる。

 それを友人として断ち切ってあげたい。

 その為にはこの戦い、負けてはダメだ。

 

 そして、水希が義経に言った言葉。

――自分に勝てなければ、四四八には至れない。

 

 そうだろう、その通りなのだろう。

 自らの意志を貫き、仲間も救い、勝利する。

 柊四四八なら全てをやってのけるだろうという確信がある。

 ならば負けられない。負けてはいけない。

 柊四四八を目指すというならば、やらなければならない。

 

 自分の為に、仲間の為に、自分を現代に産んでくれた人たちの為に……そして何より――

 

――水希という名の新たな友人の為に。

 

 自分は絶対に勝たなきゃならないっ!!!!!!

 

「うううう……ああああっ!!!!」

「――っ!!」

 義経は水希の刀によってギリギリまで近付けられた自らの刀の峰に肩をのせると、強引に水希の刀を押しのける。

 一瞬、水希の体勢が崩れた隙に、地面についていた片膝をたてて二本の足で立ち上がると、鍔迫り合いをしている刀を大きく上に持ち上げて、拮抗していた力を上に逃がす。

「くっ!」

 義経と水希、互いに刀を上段に振りかぶった様な体勢になる。

「はあっ!!」

「さあっ!!」

 直後、義経と水希はがら空きになっている互の胴に同時に蹴り入れていた。

 

「くううっ」

「つううっ」

 同時に蹴りを喰らって、吹き飛ぶ水希と義経。

 しかし、二人とも相手から一瞬たりとも目を離さない。

 

「はああああああああああっ!!!!」

 飛ばされた水希は体勢を立て直すと、再び鍔迫り合いに持ち込む為に裂帛の気合をほとばしらせる。その燦然と輝く紅い瞳は、殺気に満ちた視線で、射抜くように義経を睨みつけていた。

 

「義経は……義経は……っ!!」

 

 同じく飛ばされた義経も体勢を立て直すと刀を正眼に構えて柄を握りこみ、水希の射殺されるかのような視線を真っ向から受け止めると。

 

「絶対に――っ!! 柊くんに――っ!!」

 

 歯を食いしばり、息を止める。

 

 義経の脳裏に様々な人々の顔が思い浮かぶ。

 その人たちの笑顔が思い浮かぶ。

 みんなをそんな笑顔にさせる為に、目の前の水希を笑顔にするために。

 

「はあああああああああああああっ!!!!」

 水希が義経に向かって疾る。

 

「なるんだああああああああああっ!!!!」

 止めた息を一気に吐き出して、義経が咆哮を轟かせて水希を迎え撃つ。

 

――キンッ。

 

 金属と金属がぶつかり合った甲高い音が響く。

 

 水希の首元に義経の刀が添えられていた。

 水希の刀は義経の刀とぶつかり合った部分から上が喪失していた。

 

 そして次の瞬間、二人の間に水希の喪失した刀の部分であろう白刃が落ちて、地面に突き刺る。

 

「それまで――勝者、義経様」

 クラウディオが静かに勝鬨を上げる。

 

「ま……けた?」

 刀を繰り出した状態で固まっていた水希が呟く。

 そして、水希は自らの呟きでその意味を認識すると、カクリと力が抜けるように膝を折り、ぬかるんだ地面に仰向けに倒れ込んだ。

 見上げた空からしとしとと雨が水希めがけて降ってきている。

 前もこんな状態で空を見上げていた時があったきがする、なんの時だろうか……

 水希はぼんやりとした頭でそんなことを考える。

――思い出した。

 かつて神野に仲間の全てを殺され、自分は何もできずに四四八と甘粕の戦いを見上げていた、あの時だ。

 思い出したとたん、胸のあたりがジクリと痛む。

――自分はやっぱり、今回も何もできなかった。

――そうだよ、水希……君には何も変えられやしないのさ。

 そんな悪魔の囁きが聞こえた気がした。

「やっぱり、私……ダメだなぁ……」

 自らの不甲斐なさに涙が出そうになる。

 

 そんな時、自らの横に同じく何かが倒れこむような音がした。

 空を向いていた顔をそちらに向けると、そこには同じく大の字で、仰向けに倒れこむ義経の姿があった。義経は水希と頭だけを並べるように倒れ込んだため水希の目には逆さまになった義経の顔がうつっている。

 義経は自身の服も、髪も、顔も泥だらけにしながら、同じく義経の目には逆さまになっている水希に目を向けると、

「ありがとう、世良さん」

泥だらけの顔に、輝くような笑顔を浮かべて礼を言った。

「え?」

 予想していなかった義経からの感謝の言葉に戸惑いの色を浮かべる水希。

「やっぱり世良さんは、義経のことを心配してくれていたってわかったから、だから、ありがとう」

「そんな……私は……」

 続いた義経の言葉になんと返したらいいか分からず、水希は言葉を濁す。

 そんな水希の反応を気にもせず、義経は続ける。

「ねぇ、世良さん。義経は確かに未熟だ。だけど、本当は自分がいることが出来ないこの現代に産んでくれて、育ててくれた人たちがいる、支えてくれる仲間がいる、応援してくれる友人がいる。だから、義経は英雄・源義経として、歴史上の源義経に少しでも近づけるように頑張ってみる。頑張っていきたい。今でもそう、思ってる」

 そう言って義経は水希から目を離すと、空を見上げて、

「じゃないと、義経は、義経じゃなくなってしまう……そう思うから」

そう続けた。

 

「あっ……」

 その言葉を聞いて、水希は自分がとんでもない間違いをしていることに初めて気がついた。

 義経は信明ではない。

 義経は水希でもない。

 義経は義経なのだ。

 至極簡単で、そして、当たり前すぎる現実。

 義経は信明ではない。だから、信明の様に絶望しないかもしれないし、するかもしれない。

 義経は水希ではない。だから、馬鹿な自分のように周りに不幸をばらまきはしないかもしれないし、するかもしれない。

 

 それはやってみなければわからないはずなのだ。

 

 それなのに自分は、高い目標を目指す義経を信明に重ね合わせ、心も身体も強くなった義経を勝手にかつての水希自身と重ね合わせてその道を阻もうとした。なんと自己中心的で押し付けがましい親切であろうか。

 水希は片手で両目を覆った。

 堪えていた涙が溢れ出してきたからだ。

「ほんと……ほんとに私って……バカだなぁ……」

 そして水希は自嘲気味に呟いた。

 

「ねぇ。世良さん」

 そんな水希の耳に、空を見上げたている義経の声が再び届く。

「でも、上を目指すといっても、やっぱり義経は未熟だ。だから世良さんの言うように周りに迷惑をかけてしまうかもしれない……」

――そんなことはない、そんなことはないよ。

 紡ぎたい言葉があるのに、思いがあふれて言葉が喉に使えて出ていかない。

「だから……だから……世良さんにお願いがあるんだ」

 返答ができず狼狽える水希に構わず、義経が続けた。

「義経がもし今度道を間違えそうになったら、友達としてまたこうやって教えてくれないか?」

「へ?」

 思いがけぬ義経の言葉に水希が間の抜けた声を上げる。

「世良さんは義経の知らないことを知ってる、だから、義経が道を踏み外しそうになったら教えて欲しい」

「……友達として?」

 そんな水希の言葉に慌てたように義経が言う。

「よ、義経と世良さんは友達……だよ……ね?」

 子犬のように慌ててしょぼくれる義経が可愛くて水希は思わず吹き出してしまった。

「ぷっ……ふふ……ありがとう、義経。うん、私たちは友達だよ、友達」

「そ、そうか……よかった……」

 ほっと胸をなでおろす義経。

 そんな義経に目を向けていると、校舎の二階から水希を見ている仲間たちを見つけた。

 水希の視線に気づいたからだろうか、歩美が大きく手を振っている。

 

――あぁ……やっぱり、私、バカだ……

 

 そして、水希は再度気づく。

 義経はこんな自分のことを友達だと言ってくれた。そして、それ以前に、自分には誇るべき仲間がいるではないか。

 今日もこんな不甲斐ない自分を最後まで見守っていてくれている。

 だのに何故、自分は一人で考えて、一人で絶望して、勝手に行動をしているのだろう……夢に出てきた神野も同じようなことを言っていた気がする……ああ、確かにこれは面倒くさい。

「こんなことばっかやってたら、愛想つかされちゃうよね」

 自らのトラウマが未だ心の奥底に蔓延っているのは認識している。

 しかし、今日、水希は自らのトラウマが自分の一方的な価値観から来ていることを理解した。

 だから――今度は――。

 

「柊くんに、相談……してみよう……かな」

 

 そんなことを口にした途端、すっと胸が軽くなったような気がした。

 自分で勝手に背負っていた錘が一つ落ちた――そんな感じだ。

 意中の男を頼ろうとしただけでこの有様だ、自分で自分の単純さが可笑しくて、

「ぷっ……ははは……ははははは」

水希は声を出して笑い始めた。

「ふふ……へへへ……ははははは」

 それを見ていた義経もつられて笑い出す。

 

「ははははは、ははははは」

「ははははは、ははははは」

 グラウンドに二人の少女の軽やかな笑い声が響く。

 

「ふふふ、ははははは」

 何か吹っ切れたような、爽やかな笑顔で水希が笑い続ける。

「へへへ、ははははは」

 そんな水希につられるように、義経も笑い続ける。

 

 泥だらけになり、笑いながら二人が見上げた空は、先程まで降っていた雨がやみ、雲と雲の隙間から青空と、綺麗な虹が覗いていた。

 

 




如何でしたでしょうか。
今回で源氏再臨編の終了です。

義経と水希を絡めようとして原作ひっくり返したんですが、
所々にはあるのですが義経が主役になってないので話の構成に苦労してしまいました。
義経のイメージが崩れずに書けていたらいいなと思います。

次はいつもどおりに一話、幕間を挟ませていただきまして、最終章に移って行きます。
思いのほか時間が掛かってしまい少々だれてきてしまったかなという感じもしますが、
なんとか最後まで書ききりたいと思ってます。最後までお付き合いいただけたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第四十七話~魍魎~

始めて一人称を使ってみました。
三人称しか書いてなかったのでうまく書けているかどうか……




 期末テストも終わり、この交換学生も残すところこの一週間となった朝。その日の朝は、いつもと同じような朝であったが、同時に少しいつもとは違う朝でもあった。

 

「おぉーい、水希ぃー、いっちゃうぞー」

 寮の玄関から中に向かって、晶が大声で呼びかける。

「ったく、あんたたち昨日何時までゲームやってたのよ」

 鈴子が呆れたように隣にいる歩美に声をかける。

「えー、日が昇る前にはやめてた……と、思うけどなぁ」

 そんな鈴子の問いかけに、歩美が思い出すように答える。

「おいおい、昨日ってか、もう今日じゃん、つうか今朝じゃん……でも、それにしちゃあ、歩美元気だな」

 それを聞いた栄光がいつもと変わらぬ様子の歩美を見て言う。

「いやぁ、それはほら、慣れってやつですよ」

 栄光の言葉に歩美が、得意げにない胸をそらせる。

「いや、褒めてねぇからな」

 そんな歩美に最後にツッコんだのは鳴滝だ。

「まったく、水希の奴も災難だねぇ……おぉーーーい、水希ぃーーー!」

 そんな晶の呼びかけに、寮の中から――いまいくぅ――というかすかな声が聞こえた。

 

「あぁー、もぉー、やばいやばい、柊くんの小言確定だよ」

 綺麗に片づけられている部屋の中では、猛烈な勢いで部屋を動き回りながら、水希が朝の用意をしていた。

 テストが終わった週末。この前の河原での一件の清算の為、歩美に付き合って『神座万象シリーズ』で興じていたわけなのだが、水希自身もこの作品のファンという事もあり、思った以上に遊んでしまい気が付いたら……という、まぁ、学生生活の中ではよくある一幕を演じてしまった。

「えっと……ハンドクリームはもったし……リップも入れて……ブラシも……ある」

 水希が女子学生の必需品をポンポンポンと鞄の中へと放り込んでいく。

「よしっ!」

 と、準備完了の合図を口から出した時、

「おぉーーい、水希ぃー」

と、晶の二回目の呼びかけが聞こえた。

「いっけない……いまいくぅーーっ!!」

 晶の声に水希は大声で答えて、急いで部屋を出ようとする、が、何かを思い出したように、部屋の中へと戻っていく。

「っとと、ハンカチハンカチ……っと」

 水希はそう呟きながら、たたまれている洗濯物の一番上から綺麗にたたまれた布を無造作につかむと、そのままスカートのポケットに入れて大急ぎで部屋から出ていった。

 

「ごめん、皆、ごめん」

 手を合わせながら仲間のもとに走ってくる水希を出迎えたのは、予想通り、四四八の小言だった。

「テスト明けでいきなり寝坊とは……世良、お前、ちょっと弛んでんじゃないのか? 学園からの報告で芦角先生から小言を言われるのは俺なんだからしっかりしてくれよ」

「わかった、だから、ごめんって。みんなも、ほら早く行こう、ホントに遅刻しちゃう」

 四四八の小言を軽くいなして、水希が駆けだす。

「いったいだれのせいだと……おい! 世良! まだ終わってないぞ。大体お前年長者だろう、そういう立場のお前が……」

 まだ小言が足りないのか、駆け出した水希を四四八が追いかける。

「まったく……私達も行くわよ。たまの部活がない日に遅刻なんて、洒落にもならないわ」

 先行する二人を見た鈴子がやれやれというように歩き出す。

 鈴子に続くように他の仲間も歩き出す。

「でもまぁ……」

 二人に続くように歩きながら晶が、

「元気が良くて、何よりだ」

思い出したように呟く。

 その視線の先には、軽やかに走りながら爽やかに笑う水希の姿がある。

「……まったくだ」

 そんな晶の呟きが聞こえたのか、鳴滝がこちらも独り言のように相槌を打った。

 言葉にこそ出さないが、他の仲間達も同じように思っているであろうことは小さな笑みを浮かべている口元を見ればわかるというものだ。

 

 こんな、ありきたりだが爽やかな朝。

 この朝の一連の出来事の中に、よもや、一人の男のその後を変えてしまうような出来事が潜んでいたことなど、この時、誰一人として知る者はいなかった……

 

 

―――――

 

 

 川神学園に入学して2年。流石に2年もいれば、如何にマンモス校と言われる川神学園といえど構造などは把握している、と思っていたが、僕はまだまだこの川神学園というものを甘く見ていたようだ。

 川神学園のとある一室の更に一画。

 とあるというのは、場所がいまいちよくわからないからだ。某人物からの指定の場所に行くと、そこにはその人物とは別の人がいて、僕はその人の指示に従って今の教室に連れてこられたのだ。

 無数の廊下と無数の教室を無軌道にあっちにこっちに移動した(様に僕は感じた)ので、今ここが学園のどのあたりなのか皆目見当がついてない。

 12月だと言うにそこはじっとりと汗ばむような湿気であふれていた。

 原因は明らかに定員オーバーであろうと思われる人数。

 薄暗く隣の人間の顔さえわからない状況だが、肩がピタリと強制的に合わさるこの現状は『幾分ピークが過ぎた通勤列車』という表現が適当かも知れない。

 また、ここにいる全員が男性と言う事も湿気の原因だろう。もあっとした湿気の中に男性特有の臭いも立ちこめている。

 そして薄暗さに幾分慣れてくると、更に異様な光景が見えてくる。

 何故ならそこに集まっている面々は皆、覆面をかぶり顔をわからなくしているからだ。もちろん僕自身も覆面をかぶっている。

 しかしそれは、ここに集まっている意味を考えれば当然ともいえた。

 

「よく集まってくれた諸君……只今より、今年最後になるであろう『魍魎の宴』幹部会議を行う」

 そんな明らかに日常とは異なる空間の中で、初めて口を開いたのは僕の目の前にいる人物――童帝だ。僕をここに呼び出した張本人でもある。

「今年最後の会議だが、今回は新規の幹部も出席している。古参の幹部達はしっかりとフォローをしてやるように」

 そう厳かに言いながら童帝は顔を上げる。

「お前には、先月、彼女を作っていたのを黙って宴に参加をしたという裏切りの為、空席になっているNO・2を用意してある、次からは魍魎NO2と名乗れ。因みに数字に意味はない。便宜上つけているだけだから、数字が若いから偉いというふうな勘違いはしないように。皆もよろしくたのむぞ」

 童帝がそういうと、多くの視線が自分に集まるのを感じる。

 そんな視線にたじろぎながらも、

「よ、よろしくお願いします」

なんとか、挨拶をすることができた。

「まぁ、新幹部の説明はこの辺にして、本題に入ろう……」

 童帝がそういうと、他の幹部達も僕に興味を失ったかのように視線を外して、童帝の方を見る。

「今日の会議の議題はもちろん、今週末に迫った我ら魍魎にとって憎むべき一年で最凶最悪の日、クリスマスイヴに行われる今年最後にして最大の宴、『サンタ狩りでいこう』についてだ」

 童帝の言葉を聞いた幹部達は一様に、くっ……と胸を抑える。

 覆面で顔は見えないが、おそらく皆、顔を歪めているみたいだ。

「わかる……わかるぞ、その痛み……。今年こそはと告白してあえなく撃沈したもの。好きだった娘にイケメンの彼氏いると知ったもの。恋人とかいないからさぁー、とか言いながら男女数人で合コンのようなクリスマスパーティを店のアルバイトとして見せつけられたもの。友人達のクリスマスパーティの誘いを当日の夕方まで待ったものの携帯は最後まで鳴らず、声を殺してそのままベッドにもぐりこんだもの……恋人達が人生を謳歌するこの日は同時にっ! 魍魎達の怨嗟の声が渦巻く日でもあるっ! 故にっ! その痛みを共有する同志達の心を慰めるべく、我々は行動しなければならないっ!!」

 童帝はそんな幹部達を鼓舞するように声を上げる。

 童帝の激に力強く頷く幹部たち。

 僕自身もいつの間にか固く拳を握り、童帝の言葉に聞き入っていた。

「前回の宴で学園の外に出たという経験を生かし、宴は過去最大規模で行われるだろう……その辺については既に担当の幹部が動いている、詳細が決まり次第一両日中に魍魎全員に連絡がいくだろう」

 おおぉ……幹部達から称賛と感嘆のざわめきが漏れている。

「しかし! ここにきて大きな問題が発生してしまった」

 童帝の言葉に、しんっと幹部達が静まる。

「いままでカメラ目線とはいえ協力的だった燕先輩。写真等々に無頓着だったため比較的撮りやすく、尚且つ存在そのものがエロかった弁慶。頼めば優しく答えてくれた清楚先輩。おだてればのってくれた覇王先輩。この辺りの被写体のガードが非常に硬くなっている」

「なにっ?」

「どうして……」

「……いったい、何故」

 魍魎幹部達がざわめき始める。

「俺は……好きな男が出来たから……だと思っている」

「なん……だと……っ!!」

 魍魎の幹部達に今度は明確な驚愕と動揺がはしる。

 それもそのはずだろう、今上がっている生徒達は、美少女が多いと言われている川神学園においてもトップクラスに人気がある生徒たちだ。しかも全員今年入ったばかりのニューフェイスと言う事もある。自分達には関係ない、と言っておきながら心のどこかで『もしかしたら……』と思ってしまうのが人間……というより男の性(さが)だ。そこに決定的なNOがつきつけられたのだから、衝撃を受けるのは仕方がない。

 好きなアイドルの熱愛報道を聞いたファン、と言ったところだろう。

「くっ……いったい……いったいどこのどいつなんだっ!!」

 右側にいる魍魎の一人が思わず立ち上がり血を吐くような声を絞りだす。

「やめろ……っ! 我等は魍魎……そんなものを知ってもどうしようもない……違うか?」

 その言葉を聞いた童帝が魍魎を一喝して黙らせる。

「くっ……!!」

 童帝に一喝されて、立ち上がった魍魎はしぶしぶと言った感じで座り直す。

「……まぁ、今のが一つの重大懸案事項。そして、実はもう一つ……」

 童帝が続ける。

「なんだと!」

「まだ何かあるというのか」

 先ほどよりも大きいざわめきが起こる。

 僕自身もなにか嫌な予感を感じて、じっとりと汗ばんだ手をズボンで拭う。

「前回まで我らが同志であった魍魎NO815(エイコー)が、先の覇王先輩の捕獲やタッグマッチトーナメントの活躍により下級生を中心にモテはじめた為に強制的に除名処分となった」

「えっ……それってつまり……」

 童帝の言葉を聞いた、僕は思わず声を出してしまった。

 しかしそれを咎める幹部達はいない、幹部達も同じように嫌な予感に囚われていたからだろう。

「そう……その通り……前回の宴で目玉であり、今回の宴でも目玉になるはずだった『千信館モノ』の入手経路が断たれてしまった……という事だ」

「な……っ!!」

 僕は目の前が真っ暗になる様な錯覚を覚えた。

 実はこの魍魎の宴の幹部に抜擢されたのも、先の宴で千信館のある生徒の物を魍魎史上最高額で落札した事が切っ掛けとなっている。

 とある事情で、落札したものは今の僕の手元にはないのだが……だが故に、今回の宴での出品品に全てをかけていたと言っても良かった。あの宴の後から今日まで、文字通り寝る間を惜しんでバイトをした。お金を稼ぐためにその他すべての事を二の次以下にしたと言っていい。幹部になったのも少しでも出品品を手に入れる可能性を高くするため、または千信館の(ある女生徒の)情報を早く知る為だ。

 それが出品されない……と?

 あまりの事に眩暈を起こし、ふらりと身体の力がぬけ隣の古参幹部の方に頭をぶつけてしまう。

――おい、大丈夫か新人。

 そんな幹部の気づかいの言葉も、僕の耳には遥か遠くから聞こえてくるかのようだ。

「そこで! 今回幹部の皆に協力を頼みたい。今回の収集はこの依頼が主な議案となっている」

 僕は朦朧とした頭で童帝の声を聞いていた。

「協力っていっても、何をすればいいんだ? 童帝?」

「ああ、俺達には童帝の様な写真の腕とかは持ち合わせていないぜ?」

 魍魎幹部達が口々に不安をこぼす。

「案ずるな……ここにターゲット達の行動予想をまとめたレポートがある。これを元に、ターゲットとなる女子生徒の“ブツ”を手に入れるのだ。写真でも、現物でも構わない。“ブツ”を手に入れた勇者にはその“ブツ”を半額で手に入れる権利をやろう!」

「――っ!!!!」

 その言葉に僕の頭は、霧が晴れたかの様に正気に戻る。

「このレポートは俺自身が“ブツ”を手に入れる為に使っているマル秘のものだ。本来なら俺一人でやらなければならない所だが……今回ばかりは時間が足りない! しかも、これは常識と言うくだらないものに縛られた人間から見たら犯罪と言ってもいい行為かもしれない。しかし! だからこそ! 頼む! 皆の力を貸してくれ!! ゴミの様なリア充共の跋扈する性夜に入れずはぐれた、迷える魂たちの救済の為に!! 頼むっ!!!!」

 童帝の言葉に真っ先に僕は答えていた。

「僕、やります! やらせて下さい!!」

 僕に続く様に他の幹部達も口々に参加の意を口にする。

「やる! 俺もやるぞ!」

「写真だろうが、髪の毛だろうが、靴下だろうが、掻っ攫って来てやる!」

「やってやる、俺達がやらなければ、迷える魂は怨霊となって犯罪に走ってしまうかもしれない!」

「そうだ! その通りだ! 犯罪を未然に防ぐのだ! ならばこの行為は、むしろ正義と言っていいだろう!」

「そうだ、これは、正義の行いなんだ!」

「魂の救済……童帝は救世主……いや! 救”性”主だっ!!!!」

「おぉ……おぉ……っ!! 童帝!! 童帝!! 童帝!!」

 

「童帝!! 童帝!! 童帝!!」

 

 最後は童帝へのコールが巻き起こっていた。

「ありがとう……皆……ありがとう! さぁ、これが勝利への羅針盤だ! これを手に羽ばたくのだ!」

 童帝はそう言いながら幹部達にレポートを渡していく。

 僕もそのレポートを受け取り、決意する。

――必ず……必ずや、彼女――世良水希の“ブツ”を手に入れるのだ……と。

 

 ほとんど生徒の寄りつかない川神学園の第二グラウンド隅の体育用具倉庫では、今、熱く……否、暑く、生臭い決意が束となって結束していた。

 

 

―――――

 

 

「えっと、源氏のクローンたちは基本的にお昼を屋上で食べる……か」

 僕は童帝から託されたレポートを下に、まず目に付きやすい源氏のクローンの動向を見に来ていた。

「お、いたいた」

 屋上に出ると、屋上のベンチで武蔵坊弁慶と源義経が並んでお弁当を広げていた。那須与一の姿は見えない。レポートでも与一はちょくちょく一人で何処かに行くとも書いてあったので、今日はそんな日だろう。僕としてはありがたい。

 僕は購買で買ったサンドイッチを食べるふりをしながら、ゆっくりと源氏の二人の傍に近寄り耳をそばだてる。

 義経と弁慶の二人は僕のことはまるで気づかないのか、気にしないのか、昼食を食べながら会話を続けているが……義経の方が少々神妙な顔つきに見える。

 

――もしかしたら、なにか特別な情報を得られるかもしれない。

 僕は更に息をひそめながら二人の会話に聞き入った。

 

「な、なぁ、弁慶……弁慶はクリスマスの予定はどうなってるんだ?」

「あぁ? 私は義経と一緒さ。クリスマスは大和が主催してる、クリスマス兼千信館の皆の送別会パーティに出席するよ」

 

(そんなものがあるなんて! 聞いてない!!)

 ゴング直後の出会いがしらでかなりいいパンチをもらったボクサーの様に、僕の頭がぐらりと揺れる。

 いや、冷静になるんだ、僕……僕は直江大和の所属する風間ファミリーとも千信館とも特別な交流があるわけではない。そういう意味では呼ばれないのも当然だ。だから、僕が特別に避けられているわけじゃない……はずだ……。

 そんな言い訳じみたことを考えながら、気を取り直して再び二人の会話に耳を傾ける。

 

「いや、それはそうなんだけど……そうじゃなくて……」

「んー、なんだ義経、らしくないじゃないか。どうした」

「う……うん。前に義経が前日のイヴに一緒にパーティのプレゼントを買いに行こうといったら、まだわからないと弁慶は言ってたから。何か予定があるのかなぁ……と」

「あぁー……それなぁ……うーん」

「ベ、ベ、別に言いたくないならいいんだが……主として、あ、あ、相手と言うか、弁慶のこ、こ、こ、恋人というか、そういう人がいるなら知りたいなぁ……と……」

「んー? なんだ、義経。イヴに予定があるってだけで、彼氏がいるって事に直結するわけ? なんだ、義経も意外とむっつりだねぇ」

「い、い、いや! 違う! そうじゃなくて、やっぱりクリスマスイヴは特別だ! それくらい義経だって知ってる。も、もし、弁慶に好きな人がいるなら。義経は応援したい……迷惑かな?」

 義経は弁慶のからかい半分の言葉に顔を真っ赤にしながら真摯に答える。

「義経……」

 義経の言葉を聞いた弁慶は、ふぅと一つ息を吐くと、観念したように話し始める。

「実は誘おうかなって人がいたんだよね……でも、なんかタイミング逸しちゃって……ってのは言い訳で、ホントはたぶん怖がってんだと思うんだ」

「そうなのか?」

「うん、だって現に今でもどうしようかなって、悩んでるくらいだし。今の距離感が居心地良すぎて、壊したくないなぁ……ってね」

「そ、そうか……あ、あの、弁慶……誰のなか聞いても……いいか?」

 義経は遠慮がちに弁慶に聞いてきた。

「大和。与一のやつには内緒だよ」

 そう言って弁慶は恥ずかしそうに小さく笑った。

「そうか……直江くんか……うん、いいじゃないか! 弁慶は直江くんと仲がいいからな! 義経は応援するぞ!」

「ふふ、ありがと。でも、結構ライバル多いみたいなんだよねぇ……だから、イヴには頑張ってみようかなって思ってみたんだけど……なかなか……」

「大丈夫だ! 弁慶は美人だし、直江くんとも仲がいいじゃないか! 絶対大丈夫だ! 義経は応援してる!」

 珍しく弱気な態度の弁慶を義経が励ます。

「そうかな……主がそう言うなら、頑張ってみようかな……」

「うん! うん! 絶対そのほうがいい!」

 

 義経の激励に弁慶が反応し始めたその時、

「なっ、とうっ!」

屋上にある倉庫の上から一つの影が、源氏の二人の前にシュタッ、と降り立つ。

 

「ライバルその1、見参! なんてね」

 二人の前に降り立った影――燕はそう言って、二人に――否、弁慶にニヤリと笑いかける。

「ま、松永先輩。こんにちは……って、ライバルって? え? え?」

 燕のいきなりの登場と放たれた言葉に、義経は動揺して弁慶と燕の顔を交互に見る。

「そそ、そういうこと。ねー、弁慶ちゃん」

 わたわたと慌てる義経を微笑ましそうに見ながら、燕は義経の予想が正しいことを暗に告げ、弁慶に同意を求める。

「んで、いきなり何の用なのさ。松永先輩」

 そんな燕の言葉には取り合わず、弁慶は燕に質問を投げつけた。

「えー、つれないなぁ。いつもの所でお昼を食べてたら、ちょっと気になることを話しててからさ、忠告しようと思ってさ」

「別に、私がいつ、どうしようが松永先輩には関係ないんじゃないかなぁ」

「そりゃ、そうなんだけどさ。今、頑張ってる大和くんにちょかいかけるのはどうかなぁって思ってね」

 燕の挑発にも乗らなかった弁慶だが、今の燕の言葉にピクリと眉を動かす。

「大和くん、柊くんと仲が良いっていうのもあると思うけど、今回のクリスマスの送別会、結構気合入れて準備してるみたいなんだよね。私は好きな男の子が頑張ってるのに水を差すほど野暮じゃないし、クリスマス当日までアタックはお預けしとこうかなって思って。まぁ、弁慶ちゃんがそんなこと関係ないって、前日に頑張っちゃうのを止めはしないけど……ね」

 燕は弁慶の反応を見ながら一気にまくし立てた。

 燕の言葉を聞いた弁慶は少しうつむくと考え始めた。

「べ、弁慶……」

 弁慶の様子に義経が心配そうに声をかける。

 

 時間にしたら十秒程度の沈黙が降りたあと、

「――よしっ!」

と弁慶が声を上げながら勢いよく立ち上がる。

 そして、何かを決意したような目で燕を見ると、

「松永先輩、私、負けないからね」

そう宣言した。

 

「望むところ、だよ」

 燕は弁慶の宣言を真っ向から受け止めて、同じように弁慶の目を見る。

 二人の間に見えないはずの火花が散っているのがわかる。

「えっと……えっと……」

 取り残された義経が、弁慶と燕のあいだでどうしていいか分からずに右往左往している。

「義経!」

「は、はい!」

 弁慶がいきなり義経に声をかける。弁慶の声がいつもより鋭かったことと、その勢いに押され、直立不動で返事をする義経。

「今日の放課後、プレゼント買いに行くよ!」

「え? あ……う、うん」

 弁慶は義経が頷いたのを確認すると、

「じゃあね、先輩。また」

そう言って、義経を捕まえるとズンズンと屋上から去っていった。

「ちょ、ちょっと、弁慶。離して、はなし……あ、松永先輩さようならー」

 弁慶にズリズリと引きずられながらも燕に挨拶をする義経。

「はいはーい、弁慶ちゃんも、義経ちゃんもバイバーイ」

 燕はそんな二人をにこやかに送り出す。

 

「ふぅ……」

 二人の姿が見えなくなると、燕は小さく息をひとつついて、ポケットから携帯を取り出すといじりながら呟きはじめる。

「この牽制で、多分弁慶もクリスマス当日のアタックになるよね。いやー、義経の激励そのままに前日とかにコクられちゃ、ちょっと洒落になんないもんねー」

 因みに今、大和が忙しく動いているのは本当だ、千信館の皆が最後に賑やかに送り出せるようにイロイロと企画しているようだ。

「まぁ、大和くん忙しいの本当だし、今からイヴの予定を入れようとしても多分厳しいとは思うんだけど……ま、この辺は保険だよね」

 そんな事を口にしながら、燕は素早い指さばきで携帯をいじっている、メールを打っているようだ。

「大和くん、放課後、クリスマスパーティの買い出し手伝うよっと――へへっ、送信っと」

 そう言って、燕は送信ボタンをえいっと、強く押す。

 メールが送信されたのを確認すると、燕はニンマリと笑い、

「大和くん待ってなさいな。お姉さん、狙った獲物は逃がさないんだからね」

 そう言って、携帯のディプレイとツンと軽く弾くと、軽やかな足取りで屋上から出て行った。

 

 誰もいなくなった屋上で想い出したように僕は立ち上がった。いつの間にか座り込んでいたらしい。

 胸がもやもやする。

 この感情が何か、僕は知りすぎているほど知っている。

 慣れ親しんだ感情。

 これは嫉妬だ。

 誰に対して……もちろん複数の美少女から思いを寄せられている直江大和にだ。

 お門違いだというのは百も承知だ。

 彼女たちは僕とは友達はおろか、知り合いですらない。

 さらに言うなら、僕自身、彼女たちに憧れはしても恋愛という意味で好きには至っていない。

 それでも、あのような美少女から一度に好かれている直江大和を恨まないということは出来なかった。

「モテたい……っ!!」

 僕の口から呪詛のような嗚咽が漏れる。

「モテたい……僕はモテたいんだっ!!」

 生まれてから幾度となく口にした呪いのような言葉。

 狂おしいまでの激情、女には決して分からない!

 モテたいっ! 僕はモテたいんだっ!!

 だが言葉は言葉でしかなく、今現在に至る僕の人生でモテたと認識できた瞬間は一度としてない。

「リア充の……リア充の……」

 僕は魍魎の対極にいるであろう人間たちの総称を口にしたあと、一気に屋上の柵のところまで駆け寄ると、

「バカヤローーーーーーーーーッ!!!!」

自分でもびっくりするぐらい大きな声を校庭に向かって叫んでいた。

「くっ!!」

 しかし、叫んだ瞬間、自分の行為があまりにも痛々しく感じ、僕は屋上から逃げ出すようにかけだした。

 

 走りながら僕の頬は、何故か水で濡れていた……

 

 

―――――

 

 

「あれ? ここって……」

 屋上を逃げるように出てきた僕は、気がついたら花壇の端に佇んでいた。

 花というものにまるで興味のない僕は、この2年間で川神学園の花壇に来たことは一度もない。

 もしかしたら、無意識に自分が知らないところに行きたい、と思ったのかもしれない。

「ふふふ、今お水をあげるからね、待ってて」

 不意に誰かの声が聞こえて僕はビクリと身体を震わせる。

「最近めっきり寒くなったけど、みんな元気でえらいね」

 声は僕に話かけているわけではないらしい。そっと声のする方を見てドキリとする。

 そこには、冬なので花こそ少ないが、草木に囲まれながら優しく如雨露で水をあげている、清楚先輩の姿があったからだ。

 もともと接点がないクローン組のなかでも、学年が違うということで更に接点がなく、遠目で見るか、童帝の撮ったプロマイドぐらいでしか触れることができない、そんな、ある意味雲の上の存在。それが清楚先輩なのだ。

 左手で垂れた髪を耳にかきあげながら花壇に水をまく清楚先輩の仕草は、清楚さの中にも色気を感じ、僕の鼓動は否応なしにドキドキと高鳴っていた。

 

「おや? 今日はホースで水をあげないのかい」

 清楚先輩の影から別の人物の声が聞こえて、再び僕はビクリと身体を震わせた。今度は男の声だった。

「うん、冬はね温度が低いから毎日ホースで水をあげると、水をあげ過ぎちゃうから、一日おきくらいにこんな風に如雨露であげるので丁度いいんだ」

「なるほど、草木も生き物だから、季節に合わせるのは当然か。勉強になったよ」

「ふふ、京極くんにそんなこと言われると、照れちゃうな」

 僕が少し顔をずらすと、清楚先輩の奥には川神学園が誇る『エレガント・クワットロ』の一人である京極彦一先輩の姿があった。

 

『俺は……好きな男が出来たから……だと思っている』

 

 僕の脳裏に童帝の言葉が響く。

 京極先輩が清楚先輩の意中の人なのだろうか。

 しかしだとするならば、カップルのイチャイチャを自分は影から見守ることになってしまう。

 これは魍魎として拷問に等しい苦行だ。

 しかし、ここまで来て動くこともできず、僕は静かに身を潜め二人の話を聞く以外にすることが出来なかった。

 

「まぁ、冬の植物の手入れについてはこの辺にして……葉桜君なにか俺に相談事があるということだが……」

「あー……うん……実はね……」

「ふむ、何かな?」

「うん……えっと……」

 彦一は清楚に話を促すが、清楚は歯切れ悪く話を切り出すのを恥ずかしがっている様子だ。

「ふむ……」

 なかなか切り出さない清楚に彦一は、敢えて急かすことなく答えを待つ。

「えっと……うんっ!」

 モジモジといろいろ迷っていた清楚だが意を決したよに頷くと、

「ねぇ、京極くん。男の子ってさ……何貰うと嬉しかったりするの……かな?」

と、彦一に聞いてきた。

「ごめんね、いきなり。でも、同学年の男の子でこういう事聞けるの京極くんぐらいしか思いつかなくて……与一くんはあれだし……」

 清楚は立て続けに、言葉を紡ぐ。

「ふうむ……贈り物の中身か……渡す相手は、決まっているのかな?」

「う……うん、一応……」

 清楚がぎこちなく頷く。

「ならば、本人に聞くのが一番いいだろう――等と言ってしまうのは流石に意地が悪いかな」

 口元に小さく笑みを浮かべて話す彦一を、清楚は恨めしそうに睨む。

「それ出来たら京極くんには聞いてません!」

「はっ、はっ、はっ、さもありなん」

 彦一はそれを聞いて珍しく声を上げて笑った。

「まぁ、冗談はさて御置いて……普通に考えれば、渡す相手が決まっているのならば、その人物の趣味や興味があるものから選ぶのが常道になるだろうな」

「うん…うん……」

「それから、高価すぎる物も相手が気後れしてしまう可能性があるので、避けた方がいいだろう」

「なるほど……なるほど……」

「まぁ、贈り物は気持ちとよく言うが、相手の気持ちになってもらって嬉しいだろうと思えるものを渡すのが一番だということだ」

「うーん……」

 彦一の言葉を熱心に聞きながら清楚は沈黙して考え込む。

 そんな清楚を彦一は微笑ましそうに見守っている。

 

 清楚の思考による沈黙が、一分ほども経っただろうか、

「ああ、そういえば柊の奴が、白秋の全集が欲しいといっていたなぁ」

と、実にわざとらしく彦一が思い出したかのように声を上げた。

 

「――ッ!!」

 その言葉に反応してバッ! と清楚が顔を上げ彦一を見る。

「くっくっくっ……」

 顔を向けられた彦一は堪え切れないと言った感じで肩を震わせていていた。

「もうっ! 京極くんのイジワルっ!!」

 清楚は顔を真っ赤にしながら彦一に抗議する。

「ははは。だが、俺は柊の欲しがってたものを口走っただけなんだがなぁ」

 そう言って、彦一は扇子で口元を隠しながら清楚を見る。

「うーーーー」

 返す言葉がなく、真っ赤な顔のまま唸る清楚。

「いや、すまんすまん。なんとも微笑ましくてね……お詫びと言ってはなんだが、俺の知り合いに古本屋がいる、もしよければ紹介するが……どうかな」

「…………おねがい……します」

 そんな彦一の言葉に口をとがらせて拗ねながらも、清楚が頷く。

「ああ、わかった。パーティの日まではもう時間がない、今日の放課後にでも案内しよう」

「うん……ありがとう、京極くん」

「なに、気にする事はない。それよりも武運を祈ってるよ――葉桜君」

「――ありがとう、私、頑張るね」

 会話が終わったのか、二人は如雨露を片づけると花壇を出ていった。

 

 二人が見なくなってたっぷり一分は数えてから僕は身体を動かした。

 いや、動かしたというというのは、もしかしたら正しくないのかもしれない。

 僕はたっぷり一分『硬直していた』と言った方が正しい気がする。

 そう、僕は動けなかったのだ。

 何故?

 嫉妬でだ。

 今や魍魎達の間で『柊四四八』の名前は『エレガント・クワットロ』と同レベルで忌むべき名となっている。

 交換学生で来た他校の生徒、と言うだけでもかなりの話題性だが、あの男はそれだけにとどまらない。

 容姿でいえば十中八九イケメンの部類に入るであろう。しかしそんな奇麗な顔立ちに似合わず、その体躯は最近流行りの草食系などとは対極に位置する骨太の非常に男らしい身体つきをしている。だからと言って男臭さが全面に出ているわけではない、要はバランスがいいのだ。

 さらに言うなら、初日に葵冬馬とテストで同率一位をとり、学園最強のモモ先輩と互角の戦いを繰り広げ、覚醒した項羽である覇王先輩を打ち倒し、先だって行われたタッグマッチトーナメントでは準優勝、学園においても質実剛健を体現したような振る舞いで教師達の信頼も厚く、かと言って冷淡という事もなく面倒見のよさからか短期の交換学生にも関わらず生徒の中でも彼を頼る者は多い。

 

 なんなんだそれは――もう、数え役満ってレベルじゃない。

 

 もはや、お前は僕と同じ人類という枠組みの中にいるのかと問いたくなるほどの完璧超人だ。

 

 これで、モテないはずがない。

 現に川神学園の女子たちの間で『エレガント・クワットロ』を一人増やして『エレガント・シンク』にしようかという話があがっていたらしい。

 これで浮名の一つも流してくれればいいものの、これだけ目立ち、女子生徒からも黄色い声援を浴びながらも本人はいたって真面目だ。もともと唐変朴なのだろう、女子生徒からのかなり露骨なアプローチもほぼすべてスルーしている。

 これが又、魍魎たちの恨みを買っているのだ。

 四四八が特定の誰かと噂にならないということは、多数の女子が『自分にもチャンスがあるかもしれない』という淡い期待を抱く、またはそこまでいかなくても、遠慮なく柊四四八という新しいヒーローに憧れる事ができるということだ。

 つまり、四四八が特定の誰かと付き合わないことで、余った女子たちが他へ移らず、結果多数の魍魎を生み出しているといっても過言ではないのだ。

 そんな柊四四八もあと1週間で鎌倉へと帰っていく。そうすればかつての平和な川神学園が戻ってくるとも思っていたのだが……まさか最後の最後で、憎むべき怨敵・柊四四八の毒牙に、川神学園の癒しの象徴、葉桜清楚先輩がかかっていようとは……しかも、並んで歩く柊四四八と葉桜清楚を想像するとなんともお似合いの感じなのがとてもとても腹立たしい。

 

「イケメン……死すべし……ッ!!」

 神よッ!! いや、この際、悪魔でも構わないッ!! この身が欲しいならばくれてやるッ!! 僕は腹を切ったって構わないッ!! だから、だからッ!! このリア充及びイケメン達が人生を謳歌するのこの聖夜に対しての異議申し立て、並びに呪いとなるように!! 神よッ!! 神よおおおォォォォッ!!!!

 僕は心の中で、強く、強く思い、そして呪いながら走ってその場を後にした。

 そして走っている間、僕の頬が渇くことはなかった……

 

 

―――――

 

 

 放課後、僕は重い身体を引きづるように歩いていた。

 昼休みの一連のリア充の気にあてられた僕は、午後の授業を抜け殻のように過ごした。

 友人が心配そうに声をかけてくれたくらいだから、よほど悪い顔色をしてたのだろう。

 だが、同時に、思いを新たに、さらに固い決意をしたところでもある。

 僕は魍魎だ。現状、それ以上になることは不可能だ。

 ならば僕は魍魎らしく、欲望に忠実に、今、自分が一番欲しいものに全力を尽くそう。そう、決意した。

 

 今、自分が一番欲しいものは何か……それは世良水希のパンツだッ!!

 

 交換学生の紹介の時、壇上の水希を見たとき、まさに僕の身体に電流が走った。

 艶やかな髪、整った顔立ち、均整のとれた肢体、明るく笑う中にも憂いを秘めたその表情。

 すべてが僕の心をつかんで離さなかった。

 そんな折に出品された『水希のパンツ』

 僕は脇目も振らずに落とした。

 小学生の頃からコツコツと貯めてきたお年玉貯金を全て吐き出しても、まるで後悔はなかった。

 僕にとって『水希のパンツ』は聖骸布に匹敵する、すでに、信仰の対象と言ってもいいものだったからだ。

 

 しかし、それを僕は紛失してしまった……

 

 あの時の絶望は今思い出しても心が苦しくなる。

 あまりの絶望に僕は、白いTシャツにブリーフ一枚で家の畳に模造紙をひいて出刃包丁で腹を切ろうとしたくらいだ。両親が必死になって止めたので思いとどまったが、少しの切っ掛けで僕は今ここにいなかったかもしれない。

 だからこそ、僕はこの手に『水希のパンツ』を取りもどさなければならないのだ。

 故に僕は歩いている。

 どこへ? 千信館の面々が住む寮へ……だ。

 何をするつもりなのか……

 それは今の僕自身もわからない。

 もしかした水希の部屋を前にしたら、僕はとんでもない犯罪行為を犯してしまうかもしれない。

 しかし、僕は歩みを止めることは出来ない。

 なぜならそこに、僕の失った全てがあるからだ……

 そんな事を考えながら歩いていたら、後ろから僕の愛してやまない人物の声が聞こえてきた。

 

「もー、歩美ぃ、今日は絶対に付き合わないからね!」

「えー、いいじゃんいいじゃん。波旬使っていいからさぁ、今日だけ、ねっねっ」

「いーや! あれから柊くんのお説教、結構長かったんだから」

「くふふ、でも若干M入ってるみっちゃんはそれがまた癖に……」

「なりません! もう、大杉くんじゃあるまいし。怒られて喜ぶ趣味なんかないわよ」

「はは、確かに栄光くんはMっぽいよねぇ」

 

 僕は咄嗟に橋の陰に無を隠した――あまり周りに気を使ってはいなかったが、いまは変態橋のあたりにいるらしかった。

 予想通りそこを歩いていたのは、世良水希と同じく千信館の龍辺歩美だった。

 近くのコンビニで買ったのだろうか、二人とも手には湯気たっている中華まんを持っている。

――このままあとをつけてみるか。

 僕はそんなことを考えながら、二人の様子を注意深くうかがい始める。

 

「まぁまぁ、今日の夕飯の買い出し手伝うんだから、機嫌直してよー」

「だったらこの中華まん、奢ってくれてもよかったんじゃない?」

「えー、だってみっちゃんそれ3個目でしょ?」

「歩美が奢ってくれるんなら2個にしたわよ」

「……そこで1個って選択肢にいかないのが、みっちゃんだよねぇ」

 二人がそんなたわいもない談笑に花を咲かせている時、橋の向こう側から一台のバイクが物凄いスピードで橋に侵入してきた、後ろにパトカーも見える。

 大方、バイクのほうがスピード違反をとがめられて点数を切られるのを嫌ってパトカーをまこうとしているのだろう。

「ひゃあ!」

「きゃっ!」

 二人とも声を上げながら飛び退く。

 飛びのいたすぐ後を、バイクとパトカーが通り過ぎる。

 

「あーーーーーっ!」

 

 次の瞬間、水希から声が上がった。

 避けた拍子だろうか、水希の制服には中華まんの餡子がベッタリと垂れていたのだ。

「わわっ! みっちゃん大丈夫? 熱くない?」

 歩美が心配そうに声をあげる。

「熱くはないけど……あー、もー、最悪ぅー」

 そう言って、水希はポケットからハンカチを取り出して制服の餡子を拭おうとした。

 

 その時……橋の上特有の突風がふいた。

「あっ!!」

 その一陣のきまぐれな風によって、水希が手に持っていたハンカチが橋の外へと放り出されてしまった。

 

――僕はその時、奇跡を目の当たりにした。

 

 これを奇跡と言わずしてなんといえばいいのだろうか。

 僕は見た、水希が取り出したハンカチが宙を舞うのを。

 しかし、同時に僕は知った――あれはハンカチなんかではない――と。

 あの色、あの模様、あのカーブ、あのフォルム、そしてなによりあのリボンっ! ……あれは、僕が50万を出して手にいれたものの紛失した聖骸布! 『水希のパンツ』そのものだ!!

 

――今朝、遅刻寸前のため洗濯物から慌てて水希が手に取った布切れは、ハンカチではなくパンツだったようだ。

 

 認識した時には僕はもう走り出していた。

 

――走れっ!

――奔れっ!!

――疾れっ!!!

 

 僕は人生で一番速く足を動かし走る。

 

――早くっ!

――速くっ!!

――迅くっ!!!

 

 僕は心の中で唱え続ける。

 

 僕は一気に橋の柵まで駆け寄ると、足をかける。

「僕は魍魎NO2……恐れるものは何もない……」

 そう口の中で唱えて恐怖心を打ち消す。

 そして最後に、

「僕の名は、魍魎・NO(ノ)2(ブ)だああああああああああっ!!!!」

そう叫びながら『水希のパンツ』という名の奇跡に向かって跳躍した。

 

――とべっ!

――跳べっ!!

――飛べっ!!!

 

 僕は心の中で叫ぶ。

 

――届けっ!

――届けっ!!

――届けっ!!!

 

 僕は必死に手を伸ばす。

 

 そしてその願いが通じたのか、ついに僕の手が宙を逃げている『水希のパンツ』に到達した。

「……やっ……た」

 その瞬間、僕は今まで味わったことのない達成感を味わっていた。

 

――ああ……そうか……これがそうなのか。

 

 そう! 僕は今! 生 き て い る っ ! !

 

 僕がそんな人生の絶頂を味わっている時、思わぬ邪魔ものが入ってきた。

 僕の手が聖骸布という名のパンツに到達したとほぼ同時に、大きな鳥(鷲か何かだろうか……)がパンツの端を咥えて飛び立とうとしたのだ――餌だと思ったのかもしれない。

「違う! だめだ!! はなせっ!!」

 重力に引かれて落ちつつある僕は全身でパンツをもぎ取ろうとしたが、鳥のほうも咥えた嘴を放そうとはしなかった。

 

 そして、それは当然の結末への帰結を意味していた。

 

――ビリッ。

 

 僕の力と鳥の鋭い嘴によって、聖骸布であるパンツが真っ二つに裂けてしまったのである。

 

 僕の瞳の中の瞳孔が、みるみる開いていくのがわかる。

 そしてその瞳で僕は見た――餌ではないと判断したのであろう。大きな鳥は嘴に咥えていた破れたパンツの片割れをペッと吐きだすと、今までの事がなかったかのようにビル群の方へと悠然と飛んでいくのを……

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

 

 

 絶望の絶叫を口から迸らせながら、僕は重力に引かれて落ちていった。

 そして次の瞬間、僕の身体は十二月の凍えるように冷たい河の水に包まれた……

 

 

―――――

 

 

 その後、九鬼の従者部隊に助けられた、魍魎NO2・ノブは風邪をこじらせて冬休みの間、一歩も蒲団から起きることなく新学期を迎えることになった。

 故に、クリスマスイブに行われた『魍魎の宴 ~サンタ狩りでいこう~』にも、学園の体育館が借りれたことで、希望者全員参加可能になった「クリスマス&千信館のお別れパーティ」にも、さらには年末、お正月でさえ誰とも会わずに過ごすこととなってしまった。

 学園二年の冬という、いい意味でも悪い意味でも、とても思い出深いものになるであろう期間をノブは布団の中で過ごしたのである。

 

 しかも、彼がいないというこの事実に気づいたものは誰もいなかった……

 

 でも、それは致しかたないことでもある。

 

 なぜなら彼は魍魎なのだから……

 

 

 




お待たせして申し訳ありません。

如何でしたでしょうか、前回書かなかったもう一つのネタ「魍魎ノブくんの一日」です。
1人称と3人称が混ざっているのでもしかしたら読みにくいかもしれません、
ご指摘があったら教えていただけると幸いです。

次からようやく最終章です。
思いつきで始めたこのシリーズもなんとか終わりまで書ききりたいと思ってます。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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混沌襲来編
第四十八話~予兆~



今話から最終章の開始です。
よろしくお願いします。


 新しい年まで十日を切った12月23日の深夜、川神学園の屋上で5人の男達が地べたに胡坐をかいて座り、輪になり酒を飲んでいた。

 12月、星は曇っているからか見えないが、綺麗な月が輝く夜だ。既に肌寒いという段階は過ぎ去って、身を刺す様な寒さがあたりを包んでいるが、本人達はまるで意に返していない。

 むしろ彼らの身体から立ち上る闘気の様なもので、屋上全体の気温は周りよりも高いような印象すらある。実際、武芸に相当通じているものが見たら、屋上全体が蜃気楼のように揺らめくように見えていたことだろう。それほどまでに、いま、この屋上に集まっている男達は尋常ではないのだ。

 5人の男は日本酒を飲んでいる――正確には4人が酒で、残りの1人がお茶だ。

 御猪口ではない、湯呑茶碗。茶碗に手酌で一升瓶から酒を注ぎ、飲む。そして、乾したらまた注ぐ。それを繰り返している。

 一升瓶は2本が空になり輪の外に転がり、輪の中に3本が残っている。

 5人の前にはそれぞれ小鉢が置いてあり、真中には大きなお盆が置いてあった。その盆の上にはいい塩梅で焼けている、肉厚で見るからに脂ののっているホッケの開きが二枚、皿の上にのっていた。ホッケの横にはたっぷりと大根おろしが添えてある。ホッケは既に箸がついていて、それぞれ半分ほどの身がなくなっている。

 賑やかしのためだろうか、お盆の横には古めかしいラジオが置かれ、会話の邪魔にならない程度の音量でニュースが流れていた。

 

「九州にも冬の魚は山ほどあるが……流石にこの時期の北海道のホッケはものがちがうわな」

 分厚い手と指に似合わず器用に箸を操りホッケの身をほぐしながら、鍋島正が言う。

「ほっ、ほっ、ほっ。それに焼き具合も丁度いい。流石、九鬼が誇るミスターパーフェクトじゃな」

 嬉しそうにホッケの身を頬張りながら川神鉄心が隣の男に声をかけた。

「恐れ入ります。先だってもご相伴にあずからせていただきました、川神院秘伝の酒を再び開封するとの事でしたので、それに合うものを探させていただきました」

 声をかけられたクラウディオ・ネエロが鉄心の言葉に頭を下げる。

「でも、鍋島さんが持って来てくれたこの明太子も美味しいネ。総理……元総理は来れなくテ、残念だったネ」

 一人下戸の為、ウーロン茶を飲んでいるルー・イーが小鉢に入っている鍋島が持ってきた明太子をチビチビとなめながら言う。

「フン、奴は今、与党で入閣しているからな。この年の瀬、おいそれとは身体は空かんだろう」

 それを聞いたヒューム・ヘルシングが注いだばかりの酒を口に運びながらルーの言葉に答える。ヒュームは唯一この中で肴に手をつけていない、延々と酒だけを飲んでいる。

 つい昨日、タッグマッチ・トーナメントの西方大会が終わり、其処を仕切っていた鍋島が結果報告を兼ねて川神に来ると言うので、鉄心が酒に誘い、関係者を集めた。そんな経緯で、鉄心、ヒューム、クラウディオ、鍋島、ルーが集まっている。

 ルーの先ほどの言葉通り、元総理は公務の為、欠席。釈迦堂は梅屋のバイトと言う事で来ていない。

 

「俺は帝様のお付きで日本になかったからな。西の方の様子はどうだ? 面白そうな奴は出てきたか?」

 ヒュームが鍋島に問いかける。

「なめんじゃねぇよ、東にばっかいいい格好させられるか……と、言いたいところなんだが、面目ねえが東方大会に比べると、小粒感はいなめねぇわなぁ」

 ヒュームの問いかけに、鍋島がぼりぼりと頭をかきながら答える。

「でも、優勝は天神館の生徒だそうじゃないですカ」

「そのとおりでございます、優勝したあのお二人の連携はなかなかのものだと、私は思いますよ」

 鍋島の言葉にルーとクラウディオが答える。

「そうかい……そう言ってくれると、ありがたいねぇ」

 ルーとクラウディオの言葉に鍋島が小さく笑う。

「ふむ……来年の頭には東、西双方の優勝チームが対戦するが……実は優勝チームだけではもったいないという話も出ておってな」

「フン……確かに百代達は柊・項羽のチームと闘って勝ったわけではないしな。他にも東には面白い赤子共が多くいた。おしいという気持ちわからなくもない……」

 鉄心が少し困ったように言うと、ヒュームがさもありなん、と頷いた。

「かと言って、トーナメントをはじめからやる訳にもいかんしのぉ……困ったものじゃ……」

 そう言って鉄心が腕組みをして首を傾げているのを、横にいたクラウディオが少し不思議そうに見た。

「なんじゃ? 儂の顔に何かついておるかの?」

 その視線に気づいた鉄心がクラウディオに問いかける。

「これは失礼いたしました……いや、鉄心様が御言葉ほど困っているようには見えなかったもので」

 問いかけにクラウディオが頭を下げながら答えた。

「いや、困っておるよ、困っておるが……同時に嬉しくもあるんじゃよ」

「ほう、それはまたどうしてですか? 総代?」

 鉄心の言葉に、ルーが問い返した。

「鉄乙女、九鬼揚羽が引退をして橘天衣が敗れた……このまま、モモを取り巻く環境がどうなる事かとも思っていたが……今では、柊四四八をはじめ、松永燕、葉桜清楚、鳴滝淳史、源義経、世良水希、我堂鈴子、板垣辰子、黛由紀江、武蔵坊弁慶……東だけでも四天王を選抜するのも悩ましい逸材がそろっておる……若者たちの台頭と言うのはいつの時代も年寄りの心を震わせるものじゃ」

 ルーの言葉に鉄心は口を綻ばせながら答える。

「フン……どいつもこいつも、俺にとっては、まだまだ赤子よ……」

 それを聞いたヒュームは酒の入った茶碗を口に運びながら憎まれ口の様な言葉を言うが……酒を飲むその口はかすかに微笑んでいるようだ。

「おやおや……相変わらず素直ではないですねぇ」

 そんなヒュームの言葉に同僚のクラウディオが相槌をうった。

「でも、決勝のレギュレーションを変えるとなると……なかなか大仕事ですネ」

 真面目なルーは一人、年明けの決勝大会について考え込んでいるようだ。

「まぁ、それは正月のバタバタが落ち着いてからでもよいかとも思っておるが……」

と、鉄心がこの話題を締めようとしたその時。

 

――空気が変わった。

 

 最初に反応したのはヒュームとクラウディオ。

「せあっ!」

「シュッ!」

 バッ、と身を翻すと何もない虚空に向かって蹴りと糸をそれぞれ繰り出す。

 次の瞬間、蹴りと糸が通った虚空から、風船に閉じ込められていた夥しい数の黒々としたものがはじけ飛ぶように飛び出してきた。

「むっ!」

「ぬっ!」

「オオっ!」

 残りの3人も立ち上がり声を上げる。

 解き放たれた数万……もしくは億と言う数に届くかという夥しい粒子……あえて名詞をつけるなら蟲の様なものが5人の周りを意思があるかのように取り囲んで飛び回る。

 

「なんと禍々しい……こんな気配は初めてじゃ……っ!!」

 

 鉄心が油断なく周りを見ながら呟く。

 何かの意志があるかのように規則正しくグルグルと飛び回った蟲達が不意に一斉に集まって黒々とした塊を形作っていく。

 

「さんたまりあー うらうらのーべす……」

 蟲達の集まっている黒い塊から、何か歌の様なものが聞こえる。

「さんただーじんみびし うらうらのーべす……」

 賛美歌……のような物だが、聞いているだけで耳を掻き毟りたくなる様な不快な歌声だ。

「まいてろきりすてー うらうらのーべす……」

 蛆や蝿、ゴキブリや百足といった害蟲達が歌を歌えばこのような声になるかも知れない、そんな不快な歌声。

「まいてとににめがらっさ うらうらのーべす……」

 そんな声で謳われる讃美歌。最早これ自体が信仰に対する冒涜にすら思える。

 

「あんめい いえぞそまりいぃあ……」

 何か親愛を込めるようにねっとりと蟲達が謳う。

「あんめぃあ ぐろおぉぉりあぁぁぁぁすっ!!」

 害虫たちが奏でる「栄えあれ」、敬虔な教徒なら発狂してるかもしれない。

 

 そして、その言葉をきっかけに『ソレ』が現れた。

 人の形はしている、が、もはやそれは人とは呼べない……否、呼びたくない代物。

 なぜだかわかわからないが、その中に邪悪で、おぞましくて、汚らしいものがはちきれそうになるくらい詰まっているのが本能的にわかる。

 

 逆だった金髪に、紅の双眸、耳まで裂けた口からは乱杭歯がむき出しになり、その奥から血のように赤く長い爬虫類のように舌がチロチロと動いているのがわかる。肌は黒……否、漆黒と表現すべきだろうか、そんな肌を聖職者が着るようなローブで包んでいる……が、その色もまた漆黒、人が嫌悪する類の質の悪い冗談のような服装だ。

――悪魔。

 敢えて一言でくくってしまえば、これほどしっくりと嵌まる言葉もない。まさに、悪魔という存在を絵に描いたような、そんな存在が5人の前に出現した。

 

「やぁ、こんばんは、川神の皆さん……いい、夜だね」

 

 悪魔が口を開く。聞いただけで不快感が腹の底から込み上げてくるかのような、キチキチと言う蟲が顎を擦りつけるような声が乱杭歯の奥から発せられた。

「……しゃ、しゃべっタ……」

 それを聞いたルーが驚きの声を上げる。

 

「ボクの名前は神野明影……どう呼んでもらっても構わないけど、個人的にはあっきーってのがオススメなんだけよね……誰も呼んでくれないんだけどさ」

 ルーの驚愕をまるで気にもせずに、悪魔――神野は驚く程フランクに、そして自分勝手に自己紹介を始める。

「いや、酷いと思わないボクは親しみを込めて、下の名前でセージって呼んでんのに、あっきーは気恥ずかしいにしてもせめてアキカゲぐらいで呼んで欲しいと、ボクは思ってるんだけど――あ、セージってのはボクの親友なんだけどさ、これがまたいい具合に捻じ曲がっててねー。よくもまぁあそこまで捻くれられるもんだと思うよ、ほんと。でも……そこれが彼の魅力でもあるわけなんだけど」

 神野は身振り手振りを織り交ぜて身体全体を使いながら、聞いてもいないことをペラペラと勝手にまくし立てている。

 

 それを聞きながら5人は油断なく構えをとっていた。

 誰もが思っていた――隙だらけだ、と。拳でも蹴りでも楽に入りそうだ。

 しかし……動けない。

 何故だかはわからない。

 あえて言うなら……そんな気がするから。

 つまり、本能が目の前のものと真正面から戦うな、と警告しているということだ。

 

「せっかく今回も誘ったのに――くだらん、の一言しか返さないって、人としてどうかと思うんだよねぇ。いや、ボクはねセージも鎌倉って事はこの相州生まれなわけだし、たまには故郷の空気を吸うのもいいんじゃないかって声かけたんだけど……」

 

「神野明影……神野悪五郎日影……なるほど魑魅魍魎の類か……」

 神野の言葉を遮るように、鉄心が言葉を発した。

 

「大体セージは……って……へぇ、ボクを知ってる人がいるとは……流石ってところかな」

 人の話などついぞ聞かないような様子を見せていた神野だが、鉄心の言葉を耳ざとく聞きつけてニタリといやらしく笑う。

 

「皆髪逆立ちて、長上下(ながかみしも)に似たるものを服したり。常に形を変化することをなさず。種々様々な形をして半身、(ある)は三目、或は四手一足、或は無首大足、或は横面大口、或いは大頭一大目と種々変化して異形を見するなり……なるほど、まさに……ですな」

 クラウディオが神野悪五郎日影の容姿を表している異境備忘録を(そら)んじる。

「そうそう、それそれ。宮内水位ことみっちーね。いやー、彼いい線いってるよ、ボクの様子を完璧に文章にしてんだから、大したもんだ」

 いやー、懐かしい。と旧友を思い出すかのような神野の様子がまずもって、異常だ。

 宮内水位は明治時代の人間なのだから。

 

「で……地獄の棟梁の一人が一体全体こんなところでなんの用だい」

 聞いてるだけで頭がおかしくなりそうなやり取りの中、鍋島が単刀直入に神野に切り込んだ。

 そんな鍋島の問にチッチッチッと、人差し指を立てて左右に揺らしながら神野が、わかってないなぁ……といった様子で首を振る。

「悪魔に行動の理由を聞くなんて……そりゃ野暮ってもんじゃないかな。ボクの信念(教義)は公開されているんだ、ボクはその信念(教義)に従って動いているだけさ。其の辺はもうちょっと、勉強してもらいたいんだけどなぁ」

「そんな勉強、必要ないネ!」

 神野の答えに、ルーが生真面目に返す。

「あれ? ボクって嫌われてる? まっ、しょうがないか、なんたって悪魔だもんねー」

 そう言って神野は乱杭歯をむき出しにして笑う――否、嗤う。

 害虫が笑うならば、このような笑い声だろう……そんな事を思わせる嗤い声。

 

「でも――協力者になんの説明もないっていうのも、確かに職務に忠実な悪魔を自称しているボクとしては思うところがあるね」

「――協力者? 誰のことだ」

 今まで一言も口を聞かずに神野を睨みつけていたヒュームが問いかける。

「もちろん、あなたたち5人の事さ」

 神野はそう答えて仲間を自らの胸の中に向かい入れるかのように、大きく両腕を広げた。

「な、なんじゃと!?」

 驚愕の声を上げたのは鉄心だが、他の4人も一様に怪訝な顔をしている。

「薄々気がついていると思うけどさ、ボクは今この街にいる戦真館の皆と、因縁浅からぬ仲なんだよね」

 

 戦真館の名前が挙がったとき、5人は誰も驚きはしなかった。

 同時に何か納得したかのような表情をしている者もいる。

 

――彼らはこのような化物を相手に戦っていたのか。

 

 それならばあの強さ、そして、心の強さ理解できるし、逆にああでなければ今ここで生きてはいないだろう。

 そう思わせるほどの、目の前にいる神野と名乗る悪魔の禍々しさは半端ではないのだ。

 

「今回の、彼らとの戦いは本当はもう終わってるんだ。だから、本当ならボクも彼らの前に姿を現すことはなかったはずなんだけど……でも、今回の相手っていうのが、これまたいやらしい奴でさー」

 今回の、という単語何人かが反応をした。

 それに気づいたのか気づいてないのか、神野は一人でしゃべり続けてる。

「何考えてるか知らないけど――まぁ、何も考えてないんだろうけどさ――多分、死に際になんか吹き込んだんだよね、彼らに……で……さ」

 神野は目の前にいる5人を指して、

「この有様だよ」

そう続けた。

 

『おまえらの現実とやらにもどっても、ユメはつかえるけェのォ……試してみィ……』

 

 盤面不敗 盲打ち・壇狩摩が最期に龍辺歩美に残した言葉。

 この言葉で邯鄲の世界が書き変わった。

 本来ならもっと別の未来が描かれるはずだった今回の邯鄲、壇狩摩の一言で全く違うものに変化してしまったのだ。

 無理やり理屈をつけるならば――未来において自分たちが現実でも超人であるという認識を持ったが故に、同じく超人が跋扈する未来が生まれた――と、そんなあたりだろう。

 盲打ち自身、あの一言にどんな意味があるかわかって発したわけではないだろう。あの言葉で戦真館の現実が変わるだろうとも思ってなかったに違いない、むしろ、神野の言うとおり何も考えずに『なんとなく頭の中に浮かんだから言ってみた』というのが正解ではなかろうか。もし、本人にこの時のことを聞くことがあったとしても――そんな、たいぎィ事覚えとりャせんけェ――程度の答えしか返ってこないではないか。

 

「だけど、彼の一言で出来上がった邯鄲の未来はなかなかどうして……面白い」

 意味が分からずに怪訝な顔をしている5人をよそに神野はしゃべり続ける。

「本当はね、戦いを勝ち抜いた彼らには平凡で幸せな糞みたいにつまらない普通の生活、ってやつが用意されるはずだったんだよ――でも……このひっちゃかめっちゃかな世界がそれを許さなかった……」

 

 神野はそう言うと両腕を広げて天を見上げる。

 

「そしたらどうだい! 平凡な世界に埋もれるはずだった戦真館の皆が、再び輝きだしたじゃないか!!」

 神野は天を見上げたままうっとりと顔に笑を浮かべていた。

 

「あぁ……戦真館……彼らはなんて眩しいんだ……ボクはね、彼らのファンなんだよ……ボクだけじゃない、ボクの主も大ファンだ。彼らの放つ若く、青く、真っ直ぐな光が、眩しくて、美しくて、羨ましくてしょうがない」

 そういうと、天を向いていた神野は再び5人に顔を向けて口を開く。

 

「それでね……ボクとボクの主は思っちゃったんだよ。この世界で強く、強く輝く彼らの姿を、最後の最後に、もう一度みたいってさ」

 興奮からなのか神野の周辺から黒い何かが漏れ出している。それに伴うように5人の空気がぴりっぴりっと張り詰めていく。

「よくあるじゃない、小説でも漫画でも本編終了後の1年後ぐらいで主人公たちのその後、みたいなのを書いたのがさ。読者のわがままに作者が付き合った、外伝? 番外? じゃなければ蛇足……もっと言うならおまけだよね、おまけ。でも、それ面白い! それが見たい! そしてそれを作るためにボクはここまで来たんだ……だからさ」

 神野はここで言葉を切って口を大きく割ってニタリと嗤う。

「あなたたちにはその物語の演出を、手伝ってもらおうかと思って――ねっ!」

 

 言葉の最後を言い終えた瞬間、神野の瞳がぐるりと回り、瞳だけでなく目全体が真紅に染まる。

 

「ジェノサイド・チェーンソーっ!!!!」

「顕現の七 神須佐能袁命っ!!!!」

 

 いち早く動いたのはヒュームと鉄心、瞳が変わった神野に向かって、渾身の一撃を叩きつける。

 

「おおっと」

 

 ヒュームと鉄心の一擊を同時にくらった神野の身体が弾け飛ぶ。

 しかし、弾け飛んだ神野の身体はそのまま数億もの黒い粒子――蟲の大群となって5人を取り囲む。

 

「バーストハリケーンっ!!」

「吩っ!!」

 

 ルーも鍋島もそれぞれ黒々とした蟲達に攻撃を加えるが、効果があるように見えない。手応えがまるでなく、蟲達はどこからともなく湧いてくるかのようにどんどんとその数を増やして言っているようだ。もはや5人を取り囲む空間そのものが黒く塗りつぶされていた。

 

「これは……」

「むう!」

「フンッ!……小賢しいっ! 覇王咆哮拳っ!!!!」

 

 一瞬戸惑ったクラウディオと鉄心をよそに、ヒュームが膨大な気を練りこんだエネルギー波を黒く塗りつぶされた空間に叩きつける。

 一瞬、外の光景が見えるが……直ぐに蟲達がその穴を塗りつぶす。

「チッ……」

 ヒュームが舌打ちをする。

「いや、怖い怖い……これからいろいろやらなきゃいけないし、さっさと済ませちゃおう」

 どこからともなく神野の声が聞こえたかと思うと、

「コ、コレは……っ!!」

「な、なにっ!!」

 ルーと鍋島の方から声が上がった。

「ルーっ!!」

「鍋島様っ!!」

 鉄心とクラウディオがそちらを向いたときは、既にふたりは黒い蟲達の中に飲み込まれてしまっていた。

 

「んで、次は……」

 再び神野の声。その声のあと残りの三人の足元からものすごい勢いで蟲達が身体の至るところに入り込もうとなだれ込んでくる。

 

「喝っ!!」

 鉄心が全身から気を放ち、蟲達を退けようとするが飛び散ったその場で蟲達が増えているようで一向に減らない。

 そんな中、ヒュームがクラウディオを見る。

 その視線にクラウディオも気づく。

 視線に気づいたクラウディオは、両手の糸を素早く操り自らの前に糸で作った盾を編み出す。

 

「ジェノサイド……チェーンソーっ!!!!」

 

 次の瞬間、ヒュームは渾身の必殺技を同僚めがけて叩き込んだ。

「ぐうっ!」

 ヒューム・ヘルシングの必殺技を即席の盾で受け止めたクラウディオは、身体ごと空間の外へと吹っ飛ばされる。

「おっ?」

 それに気づいた神野が声を上げるがその時には既にクラウディオは屋上からも吹き飛ばされ、校庭に倒れるように着地すると、校門に向けて足を引きずる様に走っていた。

 両腕がだらりと力なく垂れていて、クラウディオの走った後にはポツポツと何かのシミのようなものが跡を作っている。

「一人逃しちゃったか……でも、まぁ、いいか」

 神野は少し残念そうに言うと、本格的にヒュームと鉄心を取り込むべく包み込む。

「むうっ!」

「くうっ!」

 抵抗をしていた二人だが、ジリッジリッと蟲達に侵食され遂には黒々とした蟲の海に沈んでいった。

 

「ふう……思ったより時間がかかっちゃったなぁ、でもまぁこれで4人ゲット」

 再び神野が人の形を作り屋上に降り立った時には、目の前にヒューム、鉄心、鍋島、ルーの4人が人形のように立っていた。

「こういう直接的なのは全然ボクの趣味じゃないんだけど、時間がないししょうがないよね」

 言い訳のようなことをブツブツと呟きながら、神野は4人へと近づいていく。

「後は記憶を覗かせてもらって使えそうなものをチョイスする……と……って、あれれ?」

 神野は怪訝そうな顔で4人の頭をペタペタと触ると、

「あちゃー、やってくれたね」

そう言って大げさに肩をすくめた。

 

「全部乗っ取られる前に、精神の方は自分で封印したか……流石このハチャメチャ世界のマスタークラス、やることが化け物じみてるねー」

 見るからに化け物じみてる自分のことは棚に上げて感嘆の声を上げる。

「身体は許しても、心は許さない! って感じ?」

 神野は一人でおどけたように、身体をくねらせる。

「使えそうなものは他から持ってくるか……想定外のトラブルにもめげずに最高の演出をするのが、プロの仕事ってやつだもんね」

 そう言うと神野は身体をフワリと浮かせて、未だ暗がりの中にある川神の街を眼下に見ながら宣言するように言い放つ。

 

「さぁっ! 待っていてくれ、戦真館の皆! ボクが最っ高の蛇足を演出してみせる! だから、いつもみたいに君たちも最高の輝きを見せてくれ!」

 宣言のあと神野は自分の言葉に酔うかのように恍惚とした表情を見せる

「あぁ……眩しい……本当に眩しいよ、戦真館……羨ましい、妬ましい……川神学園の皆みたいに、ボクもその中に入りたかった……心の底からそう思っているよ」

 戦真館がどのように戦うのか想像しているのだろうか、目をつぶり妄想に耽っている。

 そして、最後に息を吐き出すと目を開き、

「……愛しているよ水希……まっていてね……」

最後にそう言うと、夜空に溶けるように消えていった。

 いつの間にか、屋上に佇んでたはずの4人も消えている。

 

 現在時刻は12月24日、早朝4時。

 キリスト教の救世主が生まれたとされる日の前日、クリスマスイブに、川神で今年最大になるであろう混沌の一日がやってくる。

 

 屋上に取り残された古めかしいラジオから、今日の曇りの天気予報が虚しく響き渡っていた。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

最終章「混沌(べんぼう)襲来」編の開始です。

当初のプロットを超えての最終章、なんとか最後までいけるように頑張ります。

皆様、もうしばらくお付き合いいただければと思ってます。
ありがとうございます。


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第四十九話~祭開~

こんなに長くするつもりじゃなかったんですが……


 12月24日、午前5時。あずみの部屋の電話のベルが鳴り響く。

 既に起きて身支度を整えていたあずみは、怪訝そうな顔でけたたましく鳴り響いている電話を見る。

「内線? しかも門番から?」

 今や一企業の枠組みを超えて、世界的に大きな影響力を持つ九鬼財閥。当然ながら敵も多い。極端な話だが深夜にテロリストからの襲撃を受けたこともあるくらいだ。

 しかし、そのような緊急または非常事態の場合、九鬼従者部隊には携帯に連絡が入り、館内放送で緊急を知らせるようになっている。

 自分の知る限り現在、携帯も放送もない。

――年の瀬だ、性質(たち)の悪い酔っ払いでもでたか?

 不審に思いながら受話器をとる。

 

『お、忍足さん! あのっ! あのっ!!』

 

 あずみの耳に飛び込んできたのは、予想よりもずっと慌てている警備員の声だった。

「おい、どうした、深呼吸してからでいい。落ち着いて話せ」

 警備員の動揺を見てあずみの警戒心が一気に上がる。

 警備員と言っても九鬼の門を守る人間だ、それなりに腕は立つし、なにより大抵の修羅場は経験している。電話口が警備員の声以外、静かなのも逆に不安だ。

『すー……はー……申し訳ありません。ご報告します! 九鬼につながるトンネルの入り口で、クラウディオさんが血まみれで倒れています!』

「な! なにぃっ!?」

 

――クラウディオが血まみれで倒れている?

 

 冗談としても笑えない。4月馬鹿でも、もっとマシなネタがあるだろう。

 執事と言う職業を身体全体で表した様な男がクラウディオ・ネエロという男だ。あずみはクラウディオが座っているところを、酒場以外で見たことがない。寝ているなんてもってのほか、そのクラウディオが倒れている? 血まみれで?

 

――尋常じゃない事が起こった。

 

 あずみは全身のスイッチがカチリと入るのを感じた。

「わかったすぐ行く。クラウディオは生きてるんだな?」

『は、はい! 先ほど草むらからいきなり出てきて、私達の目の前で倒れこんできました。確認したところ息はあります』

「わかった……他にこれを報告した人間はいるか?」

『は、はい。相方のほうがマープルさんと、ゾズマさんにいま連絡を入れています』

「よし、なら後は李とステイシーに連絡して局様達を御起こして、いつでも動けるように準備整えとけと伝えておいてくれ。あと、医療班に連絡してないなら大至急で来いと言っておけ」

『了解致しました』

 流石は九鬼の門番を任されていた人間だ、やることが明確になって落ち着いたのか、しっかりとした返事が返ってくる。

 

――帝様は……深夜0時の時点でブラジルだったな、局様、揚羽様、英雄様、紋白様が現在いらっしゃる……現在時刻が5時だから今から羽田に連絡しても飛行機は飛ばせるな……

 

 あずみはトンネルの入り口に向かって全速力で走りながら、今後の動きを頭の中で次々と想定していった。

 

 

―――――

 

 

「なんだい、あずみ。随分ゆっくりなご到着だね」

「遅いぞ、あずみ。10秒の遅刻だ」 

 あずみが到着したとき、マープルとゾズマは既に着いていてクラウディオの様子をうかがっていた。

 クラウディオは気を失っているのか、ゾズマが様子を見ているがピクリとも動かない。

「ヘイヘイ悪かったね……で、クラウディオの様子は?」

 挨拶のような年長従者からの嫌味をいなしながら、あずみはクラウディオの様子を聞く。

「ふん……あたしとゾズマが来た時にはもうこの状態さね。話を聞こうにも目を覚まさない」

「腕が…一番ひどいな。あとは内臓もいくつか傷ついてるかもしれない。この状態でここまで走ってきたのだからよほどのことがあったのだろう……」

 ゾズマがクラウディオの負担にならないようにと言う事なのだろう、身体を極力触らないようにしながらクラウディオの容体を診ている。

「クラウディオがここまで……」

 あずみは周りに注意しながら、クラウディオのもとに跪く。

「確か今晩、クラウディオはヒュームや鉄心と酒を飲みに行くとか言ってたね……クラウディオ以外の人間が来たとか、そういうことはあったかい?」

 マープルが警備員に問いかける。

「いえ! クラウディオさんが倒れこんできた前も後も、特に人影はありませんでした。なぁ」

「はい、自分たちは認知していません」

 警備員の二人が答える。

「……ヒュームがいないのが気になるね。あと川神鉄心か……川神院ならそろそろ起きだす頃だろう、クラウディオを運んだら連絡いれてみな」

 マープルがあずみに声をかける。その声に、あずみはマープルに目を向けて黙ってうなずく。

 

「むっ!? おい! クラウディオ、大丈夫か!?」

 その時、クラウディオを診断していたゾズマが声を上げた。

「むっ!」

「クラウディオ!」

 マープルとあずみがそちらを見ると、クラウディオが薄く眼をあけて口を動かしていた。

「無理に話そうとするんじゃないよ! 話ならあとでゆっくり聞いてやる」

 苦悶の表情をうかべながら、口を動かそうとしているクラウディオにマープルが声をかける。

「つ……つ……」

「つ……なんだ?」

 ゾズマがクラウディオの口元に耳を近づける。

「つ……局様たちを……川神の外へ……」

 クラウディオの言葉に、従者3人は視線を交し合う。

「あずみ!」

「わかってる! 李とステイシーがもう動いてる!」

 マープルの言葉にあずみが素早く答える。

「あ……」

「む! まだあるのか! 無理はするな!」

 まだ何か伝えたいことがあるのか、クラウディオが再び口を開く。

「あ……悪魔が……来る」

「あ、悪魔!?」

 クラウディオの言葉を聞いたゾズマが素っ頓狂な声を上げた。

「お、おい! 悪魔ってのは、いったい全体どういう――」

 あずみが思わずクラウディオに聞き返すと同時に、再びクラディオは意識を失った。

「おい、ゾズマ」

「大丈夫だ。腕は酷いが内臓自体はそれほど深刻に傷ついてるわけじゃない。呼吸も安定してる。クラウディオ程の男だ、半日も休めば意識を取り戻すだろう」

 マープルの鋭い声に、ゾズマが答える。

 

「まずは局様達にご報告して出発の準備だ。それから今後について序列1桁を集めて緊急ミーティング。スケジューリングは6時までに決定。最優先事項は局様、揚羽様、英雄様、紋白様の安全。異論は?」

 ようやく到着した医療班にクラウディオを任せると、あずみはマープルとゾズマに向かい意見を言う。

「それで、あたしゃ構わないよ」

「俺も異論はない」

 平時ではあまりあずみ達若手に協力的ではない二人だが、今回の非常事態――もしくは異常事態と言うべきかもしれない――で対立するほど馬鹿ではない。

「よし、じゃあ5分後、食堂に集合だ」

 あずみの言葉に、マープルもゾズマも頷く。あずみも含め三人の顔には緊張の色がある。

「おい、なんか少しでも変だと思ったら、スグにアタイ等に知らせな」

「は、はい!」

「じゃあ、一時解散だ」

 あずみの言葉を合図に三人はビルに向かって駆け出す。

 今後について、三人はそれぞれ、様々なシュチュエーションを頭の中に想定していく。

――悪魔が来る。

 しかし、そんな思考の中、クラウディオが言った一言が、タールの様に頭の片隅にこびり付いて離れなかった……

 

 

―――――

 

 

 もうそろそろ正午になるというに、外はどんよりと黒い雲に覆われていた。クリスマスイヴという華やかな響きの雰囲気とはあまりにそぐわない暗く、じっとりとした天気だ。

 それでも川神学園という若者の園は、活気に満ちているように感じられた。

 冬休みに入ったという喜びもあるだろう、今日がクリスマスイヴだという高揚感もあるだろう、冬の大会に向けた部活動の部員たちの熱気もある。

 ともかくこの何とも陰湿な天候をはね飛ばす様な若いエネルギーで溢れている。

 そんな中を、千信館の7人は先導の教師に連れられて歩いていた。

 

「すまないな、わざわざ来てもらったのに」

 歩みを止めずに7人の方を振り返りながら、教師――小島梅子が申し訳なさそうな顔で四四八達に謝罪の言葉を口にする。

「いえ、自分たちもいきなり来てしまったので……事前に連絡を入れておくべきでした……申し訳ありません」

 そんな小島の言葉を受けて、四四八が慌てて答える。

「川神院の方にはいないって一子が言っていたから、絶対に学園だと思ったんだけれども……」

 鈴子が顎に指をあてて思案気に呟いた。

「まぁ、学校も休みだし、学園長も羽伸ばしたかったんじゃねぇの?」

 鈴子の呟きを聞いた栄光が、実に適当な受け答えをする。

「うーん、でもルー先生も一緒にどっかいってるんでしょ? 学園長ならなんとなくわかるんだけど、ルー先生が連絡取れないってなんか変な感じ」

 水希もどことなく心配そうな顔で言った。

「ルー先生は……もしかしたら寝込んでいるのかもしれんな」

「えっ! ルー先生、風邪とかひくんだ!?」

 小島の言葉を聞いた歩美が小さい体をいっぱいに使って驚きを表現する。ル―という人物を知っている人間ならば良いが、言葉だけ聞いたら非常に失礼な言い方である事を、歩美は気付いていないようだ。

「いや、そうではない。昨日、学園長とルー先生はヒュームさん達と飲み会をするといっていたからな。ルー先生は下戸だから酒は飲まないんが、昨日の場合相手が相手だからな、何かの拍子で飲んでしまって……」

「んで、二日酔いか……まぁ、そっちのが風邪よか全然現実的だな」

 小島の言葉を受けて、今度は鳴滝が答える。

 

 千信館の川神学園における交換学生は一昨日の、22日の終業式の時点で正式には終了している。未だに7人が川神に残っているのは、3か月弱いた寮の片づけや、大和達に25日にパーティをやるからそれまで残ってくれないかと言われたからだ。大和達から言われたパーティに関しては、千信館の面々もかなり楽しみにしている様で、全員一致でもうしばらく川神に居ようと言う事になった。

 四四八達の担任である花恵と各人の両親には既に連絡を入れてある、ただ花恵の方に関しては――あ? もしかして、川神のクリスマスで愛しのあの人とデートとかじゃねぇだろうな! んなことしたら、鎌倉の地を二度と踏めないと思えよ!――という、非常にらしいコメントをもらっている。

 そんな具合で、もう少し川神に滞在するという事を、学園長である鉄心に7人で報告とお礼の挨拶に来たのだが残念ながら不在。

 その時、職員室にいた小島が、

「今、直江達が体育館で明日の設営をしているから、顔を出してみたらどうだ? 自分も丁度、様子を見に行こうかと思ってたところだ」

 と、言った形で、千信館の7人は小島に連れられて、明日のクリスマスパーティ兼千信館の送別会の会場である体育館に向かっている。

 

「それにしても……」

 先頭を歩く小島が、不意に口を開く。

「もともとこの川神学園――いや、川神がと言ってもいいかもな――は賑やかな所だが……お前達が来てからの3ヶ月は格別だったな」

 そう言って千信館の7人に振りかえりながらニヤリと笑う。

「え? あの……申し訳ありません……」

 そんな小島の言葉に、四四八が頭を下げる。

「あぁ、いや、嫌味ではないんだ。そう聞こえたのならすまなかった。最近の若者は軟弱だからな、そういう意味では私は川神学園の賑やかさは“良い”と思っている」

 小島は四四八の謝罪の言葉を否定しながら、歩みを止めずに話し続ける。

「その中でも、お前達千信館が来てからの賑やかさは別格だったよ――なんていえばいいのか……川神の奴等がいつも以上に活き活きとしている、そんな風に私は見えた」

 小島は真っ直ぐと前を見ながら、話している。

「千信館と川神学園が互いに刺激し合い、切磋琢磨していた……私は教師として、これが若者のあるべき姿だと思っているし……正直、今のお前たちの関係をうらやましいとさえ思っているよ」

「小島先生……」

 小島の言葉になんと返せばいいのか、四四八達が答えに窮していると、小島はふっ、と小さく笑って、

「つまらんことを話したな」

 そう言って体育館のドアを開ける。

「鎌倉と川神。そう遠くもない距離だ、いつでも遊びに来るといい。歓迎するぞ」

 小島はそういうと、パーティの準備の為、喧騒にまみれている体育館に四四八達を招き入れた。

 

 

―――――

 

 体育館では風間ファミリーを中心としたメンバーが所狭しと、あわただしく動きながら、準備を進めていた。よく見ると風間ファミリーや2年だけでなく、1年や3年、S組やF組とかなりの生徒が準備に参加しているようだ。向こう側にチラリと辰子の姿も見えたので、大和のネットワークを介して学園以外の人間も声をかけているのだろう。

 当然といえば当然だが、その中心に大和がいた。

 

「おい! 大和! この飾り付け、数たんねぇぞ?」

「大和、机の数はこれでいいのか? 椅子は用意してないけど良いのか?」

「大和! 筋肉で繋がったパートナーである長曽我部が、四国から牡蠣と蜜柑を持って来てくれたぞ! どこ置く?」

「この喧噪なら言えるっ!! 大和! 結婚してっ!!!!」

 

 体育館では中央にいる主催である大和には、様々な質問が押し寄せてきていた。携帯がなっている音も聞こえる。

 

「ああ、足りないのは、まゆっちが買いに行ってるから、キャップは先につけにくい天井の方の飾り付けをお願い」

「クリスありがとう。机はそんなもんかな。参加者が多いから基本的に立食にするんで椅子は壁際に一列くらいあればいいよ。手空いてたら、マルギッテさんとテーブルクロス取りに行って来て」

「サンキュー、ガクト。料理は葵が担当してるから、葵の所、持っていってあげて。あと牡蠣は一応家庭科の先生に一言伝えてあった方がいいかもな。長曽我部もパーティ出てくれるんだよね?」

「勢いでうんとか言わないからね。京、そのボイスレコーダーしまおうね。御友達で」

「ああ、もしもし。なんか電波悪いね。クリスマスイブだから回線混んでるのかもな。連絡は基本的にメールでやろう。あと全体連絡は学園の掲示板にパーティ関係のスレッド立ててあるからそこで見て。うん、みんなに伝えといてくれると助かる。お願いねー」

 大和はそんな雨の様な質問の山を、テキパキと捌いている。この辺の調整力がものを言う部分は大和の腕の見せ所だろ。

 

「忙しそうだな、直江」

 そんな大和に小島が声をかける。

「ああ、こんにちは、梅子先生……と、柊……達じゃないか」

 振り向いた拍子に柊達を見つけ、大和は少しお驚いた様な顔をする。

「お疲れ……なんか、すまないな。俺達の為に……」

 四四八が大和に向かって申し訳なさそうに言った。

「いやいや、これは俺達が好きで勝手にやってるんだからさ、主賓に恐縮されちゃあ俺達が困っちゃうよ」

 四四八の言葉に、大和が大げさに肩を竦めて答えた。

「いや、まぁ、それはわかってはいるんだが……」

 頭ではわかっているのだが、目の前に忙殺されている人間がいて、それの原因が自分たちだと考えると、どうしても恐縮してしまう。

「大和君の言う通りですよ」

 そんなやりとりの中、冬馬がどこからともなく現れ声をかけてきた。

「私達は強制されたわけではなく、純粋に皆さんを最高の形で川神から送り出してあげたいと思っているのですよ。それに、私達もこのパーティ、とても楽しみにしています。お互い楽しもうじゃないですか」

 そう言ってニッコリと四四八に笑いかける。

「うーん……」

 友人二人に畳みかけられて四四八は言葉に詰まる。

「ねーねー、いーじゃん、皆もそう言ってんだし……四四八くんさー、真面目なのもいいけど、こういう時ちゃんと楽しまないと疲れちゃうよ?」

「そうそう、こういう時はありがたく楽しませてもらうのが、礼儀だと思うなぁ」

「四四八ー、あんま考えすぎんなって、な」

「柊。あんた、本っ当につまらない男ね! 私の奴隷なら、いっちょ裸踊りでもやってやるくらいの気概を見せなさいよ!」

 そんな千信館の女性陣に加え、騒ぎを聞きつけてやっていた百代が、

「折角のクリスマスなのだから派手にいこうというのもあるしな。まぁ、何かと祭り好きなんだよ、川神は」

 そう言って四四八の肩をポンと叩いた。

 周りを見ると、戦真館の面々の登場に気づいた皆が集まってきている。

 京極、忠勝、風間ファミリー……学園以外にも川神で親交を深めた面々がほぼ全員集まっている。

 ここまで言われて水を差すほど、四四八も野暮じゃない。

 参った、といった感じで小さく笑うと、

「楽しみにしてるよ、直江」

 と言った。

「任せとけって、今年一番盛り上がるパーティにしてみせるって、なっ!!」

 四四八の言葉に大和が答え、周りの仲間に声をかける。

 オオォーッ!! という掛け声が体育館中に響き渡った。

 

「おい! 柊はいるかっ!!」

 

 体育館の入口から緊迫した声がかかったのは、そんな時だった。

 体育館にいた全員が一斉にそちらの方を向くと、そこには九鬼英雄と九鬼従者部隊、それから、武士道プランの面々が並んでいた。

「おや? どうしたんですか英雄? そんな声を上げて」

 冬馬が話の輪から英雄に近づきながら声をかける。

「柊に……いや、柊達に聞かねばならないことがあってな……」

 冬馬の言葉にも、緊張の色を崩さない英雄。

 冬馬も何か様子が違うことを敏感に感じ取る。

「俺ならここにいる――どうした?」

 四四八も何か違った雰囲気を感じ取り、前にでる。

「……あずみ」

 四四八が前に出たのを確認すると、英雄はあずみの声をかける。

 あずみは英雄の指示に従い、一人の男を連れてくる。その男は一人で歩くのは難しいらしく、李に肩を借りていた。

「ク、クラウディオさん!?」

 その男の顔を見た四四八は思わず声あげた。

「お見苦しい姿をお見せいたしまして、申し訳ございません。少々、不覚を取りました……」

 そんな四四八の声に、クラウディオが顔を上げ言葉を発した。

「一体全体なにが……」

 

「きゃあああああああああああああああああーーーーーーっ!!!!」

「わあああああああっ!!!」

 

 その時、体育館にいた生徒達から悲鳴が上がる。

 皆がそちらを向くと、体育館の壁と言わず、床と言わず、あらゆる場所から黒い蟲の様なものが湧き出てきて、蠢いていた。

 

 蟲――の様なモノたちが粒子となって、飛び回る。

 蟲――の様なモノたちが粒子となって、這い回る。

 

「さんたまりあー うらうらのーべす……」

 不意に、どこからともなく歌声が聞こえる。

「さんただーじんみびし うらうらのーべす……」

 賛美歌……のような物だが、聞いているだけで耳を掻き毟りたくなる様な不快な歌声。

「まいてろきりすてー うらうらのーべす……」

 蝿やゴキブリ等の害蟲達が歌を歌えばこのような声になるかも知れない、そんな不快な歌声。

「まいてとににめがらっさ うらうらのーべす……」

 どこから聞こえてくるかわからない、それこそ蟲である粒子、一粒一粒が歌っているかのようだ。

 

「あんめい いえぞそまりいぃあ……」

 聞くだけで全身を舐め回されるかの様に悪寒が走る。

「あんめいあ ぐろおぉぉぉりあぁぁぁぁぁぁすっ!!」

 粒子たちが『栄あれ』と叫んだと同時に、体育館全体に散らばっていた粒子が一気に集まり人の形を形づくる。

 

 そして、『混沌』が現れた。

 

「お久しぶり、戦真館の皆。そして、はじめまして、川神学園のみなさん……初めましての人たちがいるから、一応自己紹介しておくね。ボクの名前は神野明影。気安く“あっきー”って呼んでくれると嬉しいんだけどなぁ」

 姿を現した『混沌』――神野明影は旧知の知人に挨拶するかのように戦真館と、そして川神学園の面々に声をかける。

 しかし、その声の何とおぞましい事だろう。

 聞いているだけで、耳の中に小さい蟲が這い回っているような気分になる。

 女子生徒の何人かはそれだけで気絶をして、男子生徒も何人かは体育館の隅で吐いている。

 粒子が集まって神野というものが形作られたはずなのに、この体育館全体の黒く、汚い粒子は減っている様子がなく、未だ体育館全体を黒く埋めている。

 

「本当はもっと直前に出てきてサプライズの演出をしたかったんだけど……まさか、昨日――てか、もう今朝か――に取り逃した人が、こうも早く動くとはねぇ――昨日の彼等といい、化け物じみてるよねぇ、ホント」

 神野はそんな有象無象の様子などまるで気づかないかのように、ペラペラと神野はまくしたてる。

「化け物じみてるっていえば、昨日の――」

「神野――お前、何をしようとしている――」

 神野の言葉を四四八が遮る。

 

「……クハッ――ヒャハッ――カハッ!」

 

 それを聞いた神野は口を耳まで開けて、空気を吐くように笑うと、

「まず、それを聞くってのが、流石ボクの親友、セージの息子。頭がいい」

 真っ赤な目で四四八を見つめる。

「聞きたいことは山ほどあると思うんだよね。どうやって来たのー、とか、なんでいるのー、とか――まぁ、答える気はサラサラないんだけどさ――其の辺すっ飛ばしてボクがこの川神で何をしようとしているかを聞くとはねぇ」

 そう言って神野はウンウンと勝手に納得しているように、頷いた。

 

 そして、神野は大きく腕を広げると、

「余興だよ……とても楽しそうなパーティが開かれるって言うからさ。余興をしに来たんだ! もちろん、悪魔であるボクらしくとびっきり性質(たち)の悪いヤツだけどね」

 そう言って哄笑を響かせる。

 

「ふざけないでよ! どこの誰だか知らないけど、あんたなん――」

「ワン子!」

 くってかかろうとするワン子の肩をつかみ百代が止める。

「お、お姉さま……」

 肩に置けれた手がしっとりと湿っているのを知り、一子は今、百代が緊張しているのだということを知った。

「なるほど……みんな理解が早くて助かるよ。じゃあ、余興の説明をしようか」

 

 神野はフロアにいる人間たちを見下ろすと、悠々と説明をしだした。

「ルールは簡単だ。ボクを含めたコチラの大駒である7人を倒せば君たちの勝ちだ。明日の素敵な聖誕祭のパーティの格好のネタになるだろうさ。逆に今日中に7人を倒せなければ君たちの負け……負けたらどうなるかは……お楽しみ……知りたければ何もせずに待ってればいい、あまりオススメはしないけどね」

 そう言って神野は右手を開き、左手でVサインを作る。7という意味なのだろう。

「ただ、この7人だけってのだとみんなが参加できないからね。こちらも兵隊を用意した。その辺りはそちらのバッテン印がおデコについてる彼が、説明してくれるんじゃないかなぁ」

 神野は言葉を続けて、英雄の方を見る。

「くぅっ!」

 その視線に気づいた英雄がギリリと歯を食いしばる。

「待ってるだけってのも芸がないから、ボクらも攻めさせてもらうよ。大駒のうち3人はアタッカー、4人はディフェンダーだ」

 神野は今度は右手で指を3本立てて、左手で指を4本立ててみせた。

「開始は30分後、正午きっかりからだ。この余興のために、川神にはいろいろと仕掛けをさせてもらったよ。この30分でどこまで調べられるかな」

 そう言って神野は意地悪そうに乱杭歯の奥から嗤い声を響かせる。

「じゃあ、時間もないことだし、ボクはお(いとま)するよ。頑張ってくれ、戦真館! そして、川神学園の皆!」

 

 説明はもう終わりと、神野がフワリと遠ざかろうとした時、

「何で……」

 そんな声が響いた。

 

「ん?」

 その声に反応して、神野が声の主に顔を向ける。

――水希だった。

「何で……何でこんなことするのよっ!! どうしてよっ!! 終わったんじゃないのっ!! 答えなさいよっ!! この悪魔っ!!!!」

 水希の激昂が響いた。

「クハッ!!」

 それを聞いた神野は吹き出すように嗤うと、ここに来て一番長い時間、嗤い転げていた。

 その嗤い声は何処までも不快で、誰もが嫌悪するかのような、蟲の哄笑だった。

「ヒー、ヒー……あー、お腹痛い……もう、あいっ変わらず、君は馬鹿だねぇ、水希。馬鹿は女の子の特権かもしれないけど、根っからじゃ相手から愛想つかされちゃうよ?」

 そんな神野の嘲りに水希は無言で返す。

「でも……愛する水希の為だ、特別に教えてあげるよ」

 そう言って神野はニタリと嗤う。

 

 そして、さも面白そうに口を開いた。

「羨ましいからさ! 妬ましいからさ! ボクの中にある彼が、それこそ腹を切るほどに熱望した最高の青春がココにあるからさ!! ボクの中の彼が言うんだ、ああ眩しい、ああ輝かしい……だから――」

 そこで神野は一旦区切ると、

「ぐちゃっぐちゃにしてやりたい、ってねっ!!」

 そう言い放った。

 

「神野オオォォォォォーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 神野の言葉の次の瞬間、水希は激昂を轟かせ創造した日本刀で神野を真っ二つに切り裂いていた。

 

 しかし、上半身と下半身に別れた神野はそのまま黒い粒子となって散っていく。

「ああ……いいね……それでこそ、ボクの愛してる水希だ。直情的で、馬鹿で、だからこそ愛おしい……まっている、まっているよ、水希……」

 そう言って、嗤いながら神野は消えていった。

 

 神野が消え去った後、体育館には静寂に包まれていた。

 

「つまり、そういう訳だ」

 その静寂を切り裂いたのは、英雄だった。

「クラウディオ」

 英雄はクラウディオを促す。

「はい、英雄様。順番が前後いたしましたが、昨晩我々に起こった事をご説明させていただきます」

 そう言って、クラウディオは昨晩起こった、川神学園での神野との邂逅を説明した。

 

 そしてその後、英雄からもう一つの事実が告げられる。

 

「数時間前から、川神にある九鬼のロボット技術研究所に連絡が取れない。従者部隊を行かせたが……帰ってきてない」

「そのロボット技術研究所では何を開発していたのですか?」

 英雄の話を聞いて、冬馬が問いかける。

「量産型のクッキー2だ」

「そのクッキー2には主人であるマスター護衛や自衛の為の戦闘機能が備わっているのです!」

 英雄の言葉をあずみが捕捉する。

「兵隊……」

「で、あろうな……」

 大和の呟きに、英雄が答える。

 

「それは分ったけど、九鬼は何で川神から離れなかったの?」

 話し終わった英雄に、大和が疑問をぶつける。

 事前に危機が知らされているのだ、九鬼にとって男子の跡取りである英雄を逃がさないという理由がない。

「見くびるな! 九鬼たるものが本部のある川神をおいて、全員で逃げ出すものか! それに、今回は九鬼の従者や技術が悪用されている。ならば、九鬼である我が残らずして誰が残る!」

 誰が残るかに関しては本当のところはかなり揉めた。

 しかし最後に決め手になったのは、今言った英雄の覚悟と、

「今、ヒュームたちがいない中、父上達をお守りできるのは姉上しかおりません。どうか父上達と共に行ってください」

 英雄の揚羽への言葉だった。

 故に、あずみを含めた戦闘が得意な従者部隊は英雄について川神に残っていた。

 

 

―――――

 

 

 全ての話を聞いたあと、皆に四四八は頭を下げた。

「スミマセン……俺達のせいでこんな……」

 四四八の言葉に戦真館の面々が目を伏せる。

 

 その言葉を聞いた大和が、、

「分かってない! 全然分かってない!!」

 四四八に近づき、予想以上に強い言葉で否定をしてきた。

「柊! いい? 川神ってのはね、もともとこういう所なの! 最近なんて、九鬼を襲いにきたテロリストが襲撃してきたこともあるんだぜ?」

「川神と言う土地はこういうトラブルに巻き込まれやすいのですよ。今回はその相手が四四八君達と多少の因縁があったというだけです」

 大和の言葉に冬馬が続く。

「だからね、こういう時、俺達がやる事は一つなの」

「そういう事だ、私達の愛する川神に喧嘩売ってきた奴らは、誰であろうと――ぶっ飛ばすっ!!!! そうだろうっ!!!!」

 今度は、大和に百代が続く。

 

 そして百代の声に、

「あったりめぇだ!」

「川神なめんじゃねぇよ!!」

「ふん! 四国もいるぞ!」

「悪魔か……なんとも興味深い……」

 周りの生徒達が呼応して、次々に声を上げる。

「だからさ、謝るのはいいから。このふざけた余興、ぶっ壊すことを考えようぜ、な!」

 そう言いながら肩にのせられた大和の手の暖かさが、四四八には涙が零れそうになるくらい、嬉しかった。

 

 

―――――

 

 

 その後の行動は何班かに分かれて行われた。

 そして解った事実が以下のもの。

 

・電波を飛ばす通信機器は基本的に使えない(基本的に携帯が使えない)

・逆に有線であれば連絡が取れる

・川神の外には出れるが、中に戻る事は出来ない(援軍は事実上不可能)

・川神全体が真っ黒な結界の様なもので包まれている

・電気、水道も今のところは問題なくつかえる

・先ほど大きな気が3つ現れた、場所は川神院、九鬼本社、川神工場団地付近

 

 これを踏まえたうえで、現在九鬼の従者部隊が川神全体に散って、非戦闘員の川神の外への誘導を開始している。

 

 それとは別に、体育館ではこの余興の対策について話し合われていた。

 四四八、大和、冬馬が輪になり検討している。

「あの黒い……神野だっけ? あいつの言葉から色々と解析できるところがあるね。たぶんわざと何だろうけど」

「そうですね……それに先ほどのクラウディオさんの話も合わせると、この余興? ですか……その全貌も見えてきますね」

「取り合えず気になったことを上げてみよう、そこから更に考えを詰めてみよう。時間がないが、おそらくそれが、一番効率がいい」

 四四八の言葉に大和と冬馬が頷く。

 

「アタッカーが3人、ディフェンダーが自分を入れて4人って言ってたね」

「つまり相手の大駒は神野をいれて7つという事でしょう」

「クラウディオさんの話を参考にするなら、神野、ヒュームさん、学園長、ルー先生、鍋島さんの5人が相手にいるという事だろう」

「つまりあと2人、少なくてもマスタークラスの人間が向こうにいるってことだね」

「それから兵隊がいるとも言っていましたが……これは英雄の話から考えると、量産型のクッキー2と考えるのが妥当でしょう」

「なぁ、その量産型のクッキー2ってのは何体ぐらあるんだ?」

 大和の問いかけに、

「量産型と言っても試作機だ。完成体30体程度だったはずだ」

 英雄が答える。

「なるほど、それですとあまり多くないのかもしれませんね……」

「いや――」

 冬馬の言葉を、四四八が即座に否定する。

「神野程の奴ならばクッキー2でも創法で作れるだろう。外身さえ作ってしまえば、あとはプログラムが勝手に動かしてくれる。そういう意味では大元のメインシステムを破壊しない限り無尽蔵にわくと考えて動くべきだと思う」

「それは……やっかいだね……」

 その言葉に大和が考え込む。

 

「あと、神野の言葉で重要なことがあった」

「なんでしょう?」

 四四八の言葉に冬馬が反応する。

「神野は自分を含めた大駒を全部“倒せば”勝ちだといった」

「うん……でもそれってやっぱり、すっごく厳しいでしょう。向こうにはヒュームさんとかがいるわけだし……」

「違う、そうじゃないんだ。奴は“倒せば”と言った“殺せば”とは言っていない――つまり、そういうことだ」

 その言葉を聞いた瞬間、戦真館の面々以外の人間はぎょっ、と顔を見合わせた。

 しかし、思えば意識を失い、肉体を操られているのだ。そこから解放するために息の根を止める必要はない――そんな保証はどこにもなかったはずだ。

「奴はふざけた奴だが、こういう場面で嘘は言わない。というか、俺達を困らせたいだけなら迷わず“殺したら”と言ったはずだ。恐らく殺す必要があるなら、俺達が本気を出せずにゲームにならない、と踏んだのかもしれない。ともかく、倒すという事は、気絶でもなんでもいい、相手をノックアウトしてやればいいという事だ。」

 四四八の言葉に戸惑いながらも皆が頷く。確かにこれは非常に重要な事だ。

 

 この様なやり取りを続けながら、戦真館と川神の面々は対策を練っていく。

 

「よし、じゃあ決まったところだけまとめよう」

「そうですね……四四八君、お願いしていいですか?」

「わかった、じゃあ……」

 方向が見えたところで、大和の合図をきっかけに考えをまとめる。

 

「拠点はこの川神学園そして、指令室は体育館だ。この防衛ラインは絶対死守する」

 四四八は周りにいる全員の顔を見ながら話は始める。

「ここには私と大和君が残ります。クラウディオさんと英雄もこちらに。携帯がつながらないので指示は基本的に伝達となりますので、この指令室の指示を第一に守ってください」

 その後、拠点の防衛担当が名乗り出る。

「こういうのは私の役目だ、拠点防衛は任せときな」

 まず、声を上げたのは弁慶だ。

「あたしもここにいる。怪我した人は真っ先にあたしんとこに来ればいい。完璧に直してやるぜ!」

 次に名乗り出たのは晶だ。回復役としては必然の選択だろう。

「校門は俺に任せとけ――はん、あんなガラクタ、一体も通しゃしねぇよ」

 最後に鳴滝がのそりの前に出る。

 

「次に川神に残っている市民の川神学園への誘導。ここに一番多くの人をかける必要がある」

「川神市民の安全は九鬼の義務でもある! 従者部隊はそちらに回そう。頼むぞ! あずみ!!」

「ハイ! お任せください、英雄様!!」

「それから小回が効いて川神をよく知ってるファミリーのメンツもそっちに回る、キャップとかワン子とか」

「小回りが利くという意味なら、私もそちらに行くわ。たぶんこの中で、生身で足が速いのは私だと思うし」

 と、鈴子が名乗りでる。

「速さというなら、スイスイ号がいるし、俺もそちらに回ろう! 途中で奴らの仲間を見つけたら、まとめて駆逐してやるさ!」

 項羽に入れ替わった清楚が方天画戟を手に勇ましく答える。

 

「わたし達、遠距離部隊はある程度拠点を決めて全員をサポートするね」

 歩美が与一と京の顔を見ながら手を上げる。

「それがいいけど、単独での行動は危険すぎるから、学園以外を拠点にするなら、必ず前衛の人とペアを組んだほうがいい」

「ラジャー」

 大和の言葉に京がビシッと敬礼をする。

「はん! 俺が全員まとめて射抜いてやるよ」

 言ってることはいつもと同じだが、与一の言葉にも凄味が見て取れた。

 

「最後は相手拠点攻略なのですが……」

「現状、ここにあんまり人をかけられないよね……」

「しかし、それでもやらなければならない……一つ目は九鬼の技術研究所。場所は……」

「私が案内してやる。こんなファックな事に九鬼が利用されてるとか、ムカついてしょうがねぇぜ」

 四四八の言葉にステイシーが答える。

「お願いします。それから他には……」

 そう言って、四四八は一人の仲間に向かいあう。

「恐らく、兵士である量産型クッキーを操っているメインコンピューターは神野が何かしらの細工をしたと思う。しかし、逆に言えば神野がやったという事は……、能力(ユメ)を使ったという事だ、だから……」

「OK、OK、オレの出番ってことっしょ! 任せろよ、神野が何やったか知らねぇけど、オレが根こそぎぶっ壊してやる!」

 声をかけられた仲間――栄光が掌に拳をパンッと、あてて答える。

「任せたぞ――正直、この心底ふざけた余興とやらの行方を左右するのは、お前だといっても過言じゃない」

「言っただろ、任せとけって」

 栄光は四四八の言葉に力強くうなずく。

 

「次は川神院……」

「それは、私の役目だな」

 冬馬の言葉に答えたのは百代だ。

「姉さん……」

「お姉さま……」

 大和と一子が心配そうな声を上げる。

「心配するな。身内が襲われてるんだ、助けるのが孫の役目だろう」

 百代はそう言って、大和と一子に向かい合う。

「それにな――」

「それに?」

 百代はいったん息を吸うと、

「私の身内に手出した神野って奴にも腹が立つが、それ以上にそれにみすみす操られているジジイに腹が立ってしょうがない! 一発ぶん殴って目覚まさせてやる!」

 吼える様に言い放った。

「安心しろワン子! ジジイは必ず、私が救い出す!」

 百代の力強い言葉に、

「うん……うん! アタシ信じてる! 頑張って! お姉さまっ!!」

 一子が激励の言葉を贈った。

 

「あとは九鬼の本社――」

「そこには俺が行こう」

 名乗りを上げたのは四四八。

「柊様、九鬼の本社に陣取っていますのは、恐らく……」

「えぇ……ヒュームさん……でしょうね」

「はい……」

 四四八の言葉に、クラウディオが頷く。

 ヒューム・ヘルシング――その名を聞いたとき、皆、一様に黙り込んだ。九鬼の従者たちも、である。

 常日頃から何かしらゾクリと怖いものをにじませている人物であり、実力の程がまるで読めない。そういう意味では鉄心もそうなのだが、鉄心の場合、百代という基準がいるためヒュームほどの不気味さはない。

 ここにいる中でヒュームの本当の実力を知る人間は、クラウディオだけであろう。

「柊様……」

 クラウディオが口を開く。

「ヒュームはとても強い男です」

「はい」

 クラウディオの言葉に、四四八が答える。

「恐らく……今の柊様よりも……です」

「――はい」

 続く言葉にも、四四八は同じく答え、

「ですが――これは俺達の戦いです。逃げるわけにはいきません」

 そう、続けた。

 光のように強く、真っ直ぐな、迷いのない力強い言葉だ――そして、その言葉の中に熱く、強い意志が見える。

 そんな、真っ直ぐ過ぎるほどの眼差しからクラウディオは恥ずかしそうに眼をそらす。

「……そういう眼で、あまり人を見るものではありませんよ……柊様」

 そう言って、クラウディオは小さく笑う。

「そんなに真正直な眼で人を見ては、見られた方が、心のやり場がなくて、困ってしまいます」

「す、すみません……」

 思わぬ言葉に、四四八が謝罪の言葉を口にする。

 そんな四四八をなんとも愛おしそうに見ながら、クラウディオは、

「柊様……さきほど、ああは言いましたが――私は、柊様ならば……とも、思っております」

 そう言って、包帯で肌の見えなくなっている手で四四八の手を包む。

 そして、

「どうか……私の友人をよろしくお願いいたします」

 クラウディオは深く頭を下げた。

「はいっ!」

 包まれた手を握り返しながら、四四八が答える。

 腹に響く、頼もしく、力強い声だった。

 

「じゃあ、残りは――」

「神野明影……ですね」

 その言葉にシンッとあたりが静まり返る。

 今回の騒動の中心にして、元凶。奴を倒さなければ、勝利はない。

 だが、同時に神野の禍々しさを皆、思い出している。

 

――どうしたら、神野に勝てるのだろうか。

 

 戦真館を含めた全員が、同じことを考えていた。

 

「神野は――」

 そんな沈黙を破る声――水希の声だ。

 その声は、いつもより低く低く響いていた。

「神野は、私が……やる」

 低い、感情を抑え込んでいるような声だ。

「水希……」

 仲間のだれかだろうか、水希の名を心配そうにつぶやく。

「私は……私は川神に来て、一歩、ほんの一歩だけど進めた気がした。だから、今度はちゃんと進みたい! 皆に並べるような自分になりたい! だから! お願い!! 私を神野と戦わせてっ!!」

「……」

 四四八は水希の目を見て考え込む。

 前々から感じてはいたし、さらに先ほどのやり取りを見ても、水希と神野の中に因縁があるのは明白だ。

 しかし、だからこそ、戦ってはいけないのではないか。とも強く思う。

 特に、今しがたの水希と神野の一連のやり取りを見たのならなおさらだ。

 

 水希の心情、現在の戦況いろいろな事が四四八の頭を駆け巡っている。

 大和も冬馬も黙っている。自分たちが口を開くべき場所ではないとわかっているからだ。

 

「大丈夫だ! 柊くん!」

 

 そんな緊迫した空気の中、清廉な声が飛ぶ。

「義経が水希と一緒に戦う!」

 義経が前に出てきて、水希の隣に並ぶ。

「水希は絶対に義経が守る! だから、行かせてくれ!」

 迷いのない真っ直ぐな言葉。

「義経……」

 水希は隣に並んだ友人の横顔を見る。その顔は凛々しく引き締まり、抜身の日本刀のように鋭く美しかった。

「世良……義経……」

 四四八は二人の名前を呟くと、小さく一つ息をつく。そして何かを決心したような表情をすると水希に向き直る。

 

「世良――名乗れ」

 

「え?」

 いきなりの四四八の言葉に驚いたような顔をする。

 そんな水希の表情には取り合わず、四四八は言葉をつづけた。

「神野明影はお前にまかせた……だから名乗って、そして皆の前で宣言しろ。自分は必ず帰ってくるのだと」

「柊くん……」

 四四八の言葉に水希の言葉が詰まる。

「世良っ!!」

 その言葉を――言霊を促すように四四八が再度、水希の名前を呼ぶ。

 

「せっ! 戦真館、世良水希!! 源義経と共に神野明影を打倒して、必ず帰ってきますっ!!!!」

 

 水希は高く、希望に満ちた声を上げた。

 

 

―――――

 

 

「さんたまりあー うらうらのーべす……」

 昼間だというのに、真っ暗な川神の空を背に、神野明影は歌っていた。

「さんただーじんみびし うらうらのーべす……」

 いつもの口ずさんでいる、讃美歌。

「まいてろきりすてー うらうらのーべす……」

 しかし、本当に神野明影という“モノ”を知っている人間ならば、この讃美歌がいつもと違う風であることに気づいたかもしれない。

「まいてとににめがらっさ うらうらのーべす……」

 それは――喜悦。いつもと同様に、へらへらと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべている神野だが、その声には抑えきれない喜びの感情が零れていた。

 

「あぁ……いい……やっぱり、いいね……」

 先ほど会った戦真館と川神学園の面々を思い出しながら、神野は恍惚とした笑みを浮かべた。

 なんと堪らない若者たちだろうか。

 戦真館はもちろんだが、川神学園の面々もなかなかだ。

――若く、青く、そして輝かしい。

 神野の中の核である●●が欲しくて、欲しくてたまらなかったものが、そこにあった。

 羨ましくて、妬ましくて、だからこそ――試したい。

 

 我が主の大好きな喜劇(ハッピーエンド)で終わるのか。

 自分の愛している悲劇(バッドエンド)で終わるのか。

 

 結末は演出家である神野の手から離れ、既に役者である彼らに委ねられている。タネも仕掛けもない即興劇の始まりだ。

 

「さぁ! 戦真館っ! さぁ! 川神学園っ! 力の限り、足掻(あが)いてくれ! 姥貝(もが)いてくれ! そして、輝いてくれっ!!」

 

 神野は両手を大きく広げて、天を仰ぐように上を向く。

 

救世主(イェホーシューア)の聖誕を祝う前日に、最っ高の前夜祭を楽しもうじゃないかっ!!!!」

 

 黒く、暗く覆われた川神に悪魔の嗤い声が木霊する。

 

 ここに、混沌の祭りが開幕した。

 

 




如何でしたでしょうか。

題名の祭開は、この余興の始まりと、神野との再会をかけてみました。
本格的な激突は次回以降になります。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十話 ~狼煙~

八名陣の続編ついに発表ですね!


「せえええやっ!!!!」

 由紀恵の裂帛を轟かせた剣閃が、襲い掛かってきた黒いボディーの量産型クッキー2を真っ二つに切り裂いた。

「一体何が……」

 次々に襲い掛かってくるクッキー2を撃退しながら、由紀恵がつぶやく。

 伊予と一緒に飾りつけの買い物に出ていた由紀恵は、川神学園への帰り際に量産型クッキー2の大群に襲われていた。

「ひゃあ! ひゃああっ!!」

 由紀恵の後ろでは共に買い物に出ていた伊予が、袋を抱えてうずくまっている。

 

 買い物の途中、川神全体が急に慌ただしくなった。

 退避を指導している九鬼の従者部隊に事情を聴くと、テロリストからの犯行声明が出ているため川神の外か、川神学園への退避を命じられた。

 伊予と相談した結果、大和達仲間といったん合流した方がいいという事になり、帰路の途中でクッキー2の大群と遭遇してしまったのだ。

 

「んっ?」

 今まで絶え間なく襲い掛かってきた量産型クッキー2が急に退避し、一列整列した。

「――っ!!」

 その直後、両手を前に突き出した量産型クッキー2から夥しい数のミサイルが、由紀恵とその後ろにいる伊予目がけて発射された。

「はああああああああああっ!!!!」

 目で追うのも難しい程のミサイルを由紀恵は次々に刀で叩き落とす。

 由紀恵の意識がミサイルに向かったその瞬間、爆炎に紛れて一体の量産型クッキー2が由紀恵の脇をすり抜けて行くのが見えた。

「伊予ちゃんっ!!」

 由紀恵が気づき、声を上げた時には、量産型クッキー2は既に伊予の目の前に迫っていた。

 

「きゃああああああああああああっ!!」

 伊予が買い物の袋を抱きしめて、悲鳴を上げる。

 

「させねぇよっ!!」

 伊予の悲鳴と重なるように激昂を響かせながら、一つの影が飛び出し量産型クッキー2にぶつかっていく。

 量産型クッキー2が伊予に辿り着くより一瞬早く、飛び出してきた影――大杉栄光が量産型クッキー2に“触れる”。

 殴るでも、穿つでもなく、触れる。

 その瞬間、量産型クッキー2の中の何かが壊れる“音”がした。

 実際に何か物理的な音が聞こえたわけではない。

 しかし、感覚として、量産型クッキー2の中の何か決定的なものが壊れるのを、目の前で見ていた伊予は感じていた。分厚いガラスが粉々に砕ける様に、ドでかい氷の塊がバラバラに割れる様に、量産型クッキー2を動かしている根っこの部分を、栄光は文字通り根こそぎ刈り取っているようだった。

 栄光に触れられた量産型クッキー2が次々に倒れ伏していく。

 それを危険と察したのか、残った量産型クッキー2は再び距離をとり、今度はレーザーを一斉に発射した。

 

「おらぁ!」

 栄光はそのレーザーの束に身を躍らせて、右手を一閃する。

 その一振りで、束になったレーザーが跡形もなく消し飛ぶ。

「由紀江ちゃんっ!!」

「はあああああああああああああっ!!」

 栄光から声がかかるのを分かっていたかのように、由紀江が地を駆け、距離をとっていた量産型クッキー2の前に躍り出ると刀を一閃。立っている量産型クッキー2を一刀のもとに切り捨てた。

 目の前の敵がいなくなっても戦いの音が続いているのを耳にした由紀江は、そちらを見る。そこではメイド服を着た金髪の女性と、濃い紫色のボディーのクッキー2がそれぞれ最後の量産型クッキー2を倒していたところだった。

 

「間一髪……だったかな。大丈夫? 伊予ちゃん、由紀江ちゃん」

 その戦いの行方を見ていた伊予と由紀江に、栄光が声をかけてきた。

「あ! ごめんなさい! 大杉先輩ありがとうございます」

「わっ! 私の方もすみません、助けていただいたのに」

 その言葉にようやく我に勝った、伊予と由紀江は慌てて、栄光に頭を下げる。

「ああ、いや、無事ならそれでいいんだ。ホント、運が良かったぜ、オレ達の行く途中に由紀江ちゃん達がいてさ」

 

 栄光がそんな二人のお礼に答えた時、不意に倒れていた、量産型クッキー2が跳ね起きた。

 破壊が足りなかったのだろうか、半分以上取れかかっている頭を揺らして、伊予に襲いかかってきた。

「きゃああああっ!!」

 それに気付いた伊予の悲鳴が上がる。

「くっ!」

「ちいっ!!」

 由紀江と栄光が声を上げる。

 

 由紀江と栄光が身を翻し、伊予のもとに向かおうとした瞬間、

――ひゅっ!

 という風を切る音と共に飛んできた矢によって、量産型クッキー2は伊予の目の前で商店街のシャッターに縫いつけられた。

 縫いつけられた量産型クッキー2は2度3度ビクビクと身体をふるわせていたが、すぐに動かなくなった。

 

「ふー、与一の奴かな、助かったぜ――ごめんな、伊予ちゃん大丈夫だった?」

 栄光の言葉に伊予はコクコクと無言でうなずくが、すぐに、

「ひっ!!」

 と、鋭い息を吐く。

 

 伊予は胸の前で手を握りながら、一点を凝視していた。

「あっ!!」

「うおっ!」

 伊予の視線の先に目をやった由紀江と栄光も同じく声を上げる。

 そこには――恐らく与一が放った――矢で縫いつけられた、量産型クッキー2の残骸があった。その残骸の傷口から、もぞもぞ、わらわらと黒い蟲の様な粒子が大量に這い出てきたかと思うと、空気に触れた瞬間に蒸発するように消えていく。

 そして、それが数秒続いたかと思うと、量産型クッキー2の残骸その物が消えていた。まるで、其処には最初から何もなかったかのように、ただ一本の矢のみがシャッターに突き刺さっていた……。

 

「……大杉先輩……一体何が起こってるんですか?」

「……」

 それを見届けた由紀江が、栄光に問いかける。

「さっきテロリストと聞きました。でも、これは明らかにおかしいです! 何か、とんでもなモノがこの川神に来ている――そんな気がしてなりません」

 そんな由紀江の言葉に、栄光は向こうで待っているステイシーと本物のクッキーを一瞥すると。

「悪ぃ……説明してあげたいけど、オレ達、急がなきゃならねぇんだ。そこ曲がったとこに学園に誘導してる九鬼の従者部隊の人達がいるから、その人等の誘導に従って学園で待っててくれ。終わったら全部説明すっからさ」

 そう言って、栄光は二人に頭を下げると踵を返そうとする。

 

 由紀江の頭の中に栄光の言葉が響く。

 

――どんなに負けたって、絶っ対ェ、勝たなきゃいけない時に、勝てればいいのさ。

 

 もしかしたら、今がその時なのではないか……

 

 自分が死力を尽くして戦うのは、今ではないのか……

 

「大杉先輩っ!!」

 そんなふうに考えた時には由紀江は既に、声を出して栄光を呼びとめていた。

 

「私も……私も連れてってくれませんか? いえ……連れて行って下さい!!」

「え?」

「まゆっち……」

 いきなりの言葉に驚く栄光と伊予。

「未熟ながら、私も剣聖・黛十一段の娘です。大杉先輩の助太刀、させてはいただけませんでしょうか?」

「由紀江ちゃん……」

 由紀江の申し出にどうしたら良いのか、言葉を詰まらせる栄光。

 間があいた。

 向こう側にいる二人(一人と一体)も含めて、誰も言葉を発しなかった。

 

「……いや、でも、駄目だ。今からオレ達のいくとこはマジでやべぇ……だから、由紀江ちゃんは伊予ちゃんと……」

「先輩は! 大杉先輩はっ!!」

 考えた末にだした栄光の拒絶の言葉に、由紀江には珍しく語気を強くして言葉を重ねた。

「私に言ってくれました……どんなに負けても、絶対勝たなきゃいけない時に勝てばいいって……これが、その時なんじゃないですか?」

 強い瞳で、由紀江は栄光を見つめている。

「今、これが……“絶対に勝たなきゃいけない時”、なんじゃないですか……」

「由紀江ちゃん……」

 由紀江の言葉を聞いた栄光は、驚いたように由紀江の名前を呟いた。

 

 一瞬の沈黙のあと、

「あーーーーっ!!」

 栄光はいきなり大きな声を上げると、自分の頭をクシャクシャと掻き回す。

「お、大杉先輩」

 栄光の唐突な行動に由紀江は目を丸くする。

 

「あーー、ホントにオレってば、馬鹿だよなぁ。何一人で格好つけてんだっつう話だよ。そうだよ、そうだよ、由紀江ちゃんの言う通りだ! ここは大仏ん時みてぇに、なりふり構っちゃいけねぇとこだ!」

 そう言って栄光は、由紀江に向き直ると、

「それに由紀江ちゃんだって当事者だ、この川神の住人としてこのふざけた奴等をぶっ飛ばす権利がある。蚊帳の外で待ってるなんて出来ねぇよな!」

 右手を差し出した。

「行こうぜ、由紀江ちゃん! この馬鹿げた騒動をぶっ潰す為に、力を貸してくれっ!!」

 栄光の言葉に由紀江は、

「はいっ!!」

 と、力強く頷き、栄光の右手を掴んだ。

 

「伊予ちゃん……ごめん」

 由紀江は伊予に向き直って頭を下げる。

「あ、謝らないでよ、まゆっち。私なら大丈夫、すぐそこに九鬼の従者の人達がいるんでしょ? 私、まゆっちと大杉先輩が帰ってくるの待ってるから!」

 伊予はそう言うと、荷物を抱えてタタタっと角まで駆けていく。

 そして、其処で思い出したようにクルリと振り返ると、

 

「毎年御正月に、浜スタで七浜ベイのファン感謝デーがあるの!! 来年は絶っっっ対、三人で行こうねっ!!!!」

 

 そう言って大きく手を振ると九鬼の従者部隊が待機する大通りへと向かっていった。

 伊予の姿が見えなくなるまで、栄光と由紀江はその背中を見守っていた。

 

「おいっ!」

 ステイシーから声が掛る。

「スンマセン! 今行きます!」

 栄光が大きな声で返事をする。

「行こう! 由紀江ちゃんっ!」

「はいっ!」

 栄光と由紀江は待っているステイシーとクッキー2の元へと駆け出す。

 

 目指すは川神工場地帯にある九鬼技術研究所。

 その方向は、川神市街より更に深く、暗く、黒く濁っていた。

 

 

―――――

 

 

……ふぅ。

 伊予を襲った量産型クッキー2を仕留めた与一は止めていた息を静かに吐いた。

 

「今日の風だと、あんな感じか……」

 あるマンションの屋上に陣取った与一は、身の丈と同じくらいの大きさのある弓の具合を確かめながら周りを見渡す。

 この周辺でこのマンションより高い建物はほとんどない。

 しかも、川神学園の裏口を――常人が見たれば、遥か彼方だが――視界に捉えることができるため、そちらの方にも援護ができる。まず手始めの拠点としてはこのあたりが妥当だろう。

 下ではクリスとマルギッテが、マンションの入口を警備しているはずだ。

 

 与一、歩美、京の遠距離を得意とする三人は、援護のためにそれぞれ動いている。

 与一はクリスとマルギッテの二人とペアを組みこのビルに陣取っていた。

 歩美も準と小雪の二人とペアを組んだので、ここから見えるどこかのビルに陣取って援護をしているだろう。

 京は大和が川神学園に残るということもあり、拠点で防衛にまわっている。

 

「さてと……じゃあ、続けていくぜ」

 

 与一は視線を走らせると、矢筒から矢をとりだして引き搾り――放つ。

 常人では豆粒程にも視認できない的めがけて、与一は次々と矢を放っていく。

 

 与一の得意分野は射程距離。天下五弓の中でも、際立って高いその飛距離を生かした射撃は、もはや砲台と言っていいかもしれない。

 連続して都合で十本の矢を放った与一は、ふぅ、と、再び止めていた息を吐き出す。

 

 そんな時、ゴトリと屋上の端から物音が聞こえた。

「誰だっ!!」

 与一はそちらの方を振り返ると鋭い声を上げた。

「ひっ!」

「ひゃ!」

「わっ!」

 物陰に隠れていたであろう複数の人物の驚いた声が聞こえた。

「何やってやがる……何が目的だ……出てきやがれ」

 幼い声の様だったが……この異常事態だ、何が起こるかわからない。

 与一は声を低く抑えながらゆっくりと物陰に近づく。弓は背に背負い、近接の為に矢を逆手に持って握っている。

 

 与一が物陰にたどりつくとそこには兄弟であろうか、幼い3人の子供たちが互いを守るように身を縮めて震えていた。

「おい、お前ら、何でこんなトコいんだ? 避難命令出てたろ?」

 流石に敵じゃないと判断した与一は、矢を矢筒にもどしながら問いかける。

 警戒心は解いたが、口調は荒い。これは与一の素なのだろう。

 

「わ、わたしたち、かくれんぼしてて……それで、眠っちゃって……」

 一番年長の女の子――6歳位であろうか――が恐る恐るといった感じで状況を説明する。

「ちっ……親はどうした? 何で近くにいねぇんだ?」

「パパとママは、サンタさんに手紙を届ける為に七浜にいったの……」

 続く与一の質問に答えたのは、もう一人の女の子だ。初めに話した少女と歳はあまり変わらないように見える。

 話をまとめれば、両親がクリスマスプレセントを買いに七浜に行っている間に、かくれんぼをしながら遊んでいたら疲れて寝てしまった……という事なのだろう。

 

「ったく……いいか、下に――」

 与一が再び舌打ちをして、クリスかマルギッテに子供たちを任せようと声を出したとき、与一の舌打ちに驚いたのか、少女の一人がビクリと身体を震わせ、

「うっ……うっ……」

 その大きな瞳に涙が浮かばせ始めた。

 

「お、おい……勘弁してくれよ……これだから餓鬼は――」

 少女の反応に与一が悪態をつこうとすると、

「おい! ネェちゃんたちをいじめるな! このツンツン頭!!」

 一番幼く見える今まで黙ってた少年が飛び出してきて、二人を守るように大きく手を広げた。

「あ? 苛めてねぇだろ」

 与一が少年の言葉に反応すると、

「苛めてた! だってネェちゃん泣きそうだもん!!」

 少年も言い返す。

「あぁ? てめぇ、俺に突っかかるとはいい度胸だな……」

「男だから、ネェちゃんたちはボクが守るんだ! パパに約束したんだ!」

 与一が凄んでも、少年は引かなかった。

 

 女二人に、男一人の兄弟。唯一の男として気を張る末弟。

 島にいた時の自分たち源氏の三人に重なった。

 なんとなく、毒気を抜かれた与一は頭をかきながら、

「はぁ……悪かったな……別に苛めたつもりはなかったんだ」

 そう言った。

 そして、再び避難を促すべく幼い兄弟に向かって、

「とにかくココは危ねぇ。いいからさっさと避難しやが――」

 そう言いかけた時、与一は視線をあげた先にとんでもないものを見てしまった。

 

 岩。

 与一は最初、岩が動いているだと思った。

 岩は岩でも、雨風にさらされて脆い部分が削り取られ、純粋な塊となっている岩。しかし、丸みがあるのではなくとげとげしさは残っている……そんな岩。

 そんな岩が、真っ黒い苔を纏い動いている――与一にはそんなふうに見えた。

 そして、その岩の後ろの道が真っ黒に覆われて、動いていた。

 

 歩いているのは鍋島正だ。

 トレードマークである往年のギャングの様ない出立ちと、口の葉巻まで、ついこの前河原で会った鍋島そのままだ。

 しかし決定的に違うのが、その色。

 身に纏う全てどころか、葉巻から立ち上る煙までもが黒かった。

 そして、その後ろには夥しい数の量産型クッキー2。

 道が黒く動いて見えたのは、道に隙間がないほどに量産型クッキー2が歩いているからだ。

 

 その向かう先は――川神学園裏門。

 

「ちっ!!」

 与一は舌打ちをすると、矢を携えようとして――その手をおろす。

 ここで鍋島を狙い打っても仕留められる確率は半分あるか、ないかと言うところだろう。

 逆に仕留められなかった場合、場所がばれる。

 そうなれば、あの夥しい数の量産型クッキー2が自分達の所へ雪崩をうってやってくるだろう。

 通常なら射った時点で、地上にいるクリスとマルギッテと共に場所を移動すればいいのだが、今は与一の足元に逃げ遅れた子供がいる。

 彼らを守りながらの移動は多大なリスクがあるし、今、鍋島が向かおうとしている川神学園にこの子供を連れていくという選択肢も、現実的に考えればノーだろう。

 ならば今、自分のとるべき選択肢は何か――この子供の安全を確保しつつ、川神学園を援護出来るこの位置から動かずに迅速にこの事実を学園に知らせる事――だ。

 

 そう判断した与一は、

「おい、クソガキ共! てめぇ等はさっきの物陰に隠れてじっとしてろ! 絶っ対ぇ、出るんじゃねぇぞ!! いいな!!」

 とポカンと与一を見ていた兄弟を怒鳴りつけた。

「は、はい」

「う、うん」

「わかった!」

 与一の剣幕に押されたのか、幼い兄弟は素直に頷き、最初に隠れていた屋上の隅へと戻っていく。

 

 それを見送ると次に、大きく息を吸い込むと、下に向かって、

「おい!! 3区画向こう側に大群が来てる!! こっちにも回ってくるだろうから!! そのつもりでいろ!!」

 大声で叫んだ。

「……了解だあー……っ」

 下の方からクリスの声が聞こえる。

 

 その言葉を聞き届けた与一は最後に、自らの制服の袖を破ると同時に、唇を噛んで血をにじませる。その血を指につけて、破った制服の袖に血で文字をかく。

 

――鍋島、裏口、向かっている。

 

 血で書かれた文字の入った袖を矢に巻きつけると、引き搾り――放った。

 

 放った矢は狙いたがわず、裏口にいた見張りのもとに届く。

 その矢を見て布に気付いた見張りが、慌てて学園の中に入っていくのが見えた。

 

 それを見届けた与一は、矢の本数と弓の具合を確かめる。

 鍋島の事を知らせる際に、逆サイドに同じくらい大きな”気”の存在を感じたが、そちらの一団は向こうの仲間たちに任せるしかない――与一はそう意識を切り替える。

 自分一人で戦場全てを援護できるなどと思うほど自惚れてはいない。

 今すべきなのは大駒の一人である鍋島の撃退だ。

 

 与一はギラリと猛禽類の様な双眸を光らせると、

「俺が見つけた獲物だ――絶っ対ぇ仕留めて見せるぜ……」

 そう、ボソリと呟いた。

 

 そんな思或が渦巻く中、黒く染まった鍋島はゆっくり、ゆっくり歩みを進めていた。

 岩が自ら歩くならば、この様に歩くだろうなと思わせる大きさと、速度で歩いている。

 

 鍋島の血の様に紅く染まった瞳には、川神学園の影がしっかりと映っていた。

 

 

―――――

 

 

「犯行予告のあった正午は既に過ぎています! 住民の方々は九鬼従者部隊の指示に従って速やかに、川神学園体育館へとご移動下さい!」

 李静初が大きな声を出しながら川神商店街の人々を誘導していた。

 既に正午は回っている、定例の連絡では既にいくつかの場所で交戦が報告されていた。

 しかし、基本的に電波が届かないので、一々決まった時間に川神学園へ連絡を入れないといけない為、リアルタイムで情報が受け取れない。それがなんとも、もどかしい。

 ただ、住民の誘導を九鬼の従者部隊が行ったことと、川神という地域の住民が異常事態になれているという事もあり、かなりスムーズに行われた。市の境界線に近い所から川神市の外への誘導を基本として、時間のかかる川神市中心部の住民は川神学園にというのが基本方針でほぼ予定通り行われていると言っていい。

 今は、川神商店街を中心とした人々を誘導している。島津麗子や川神書店の店長など、見知った顔も何人か混じっている。

 

「李さん、こっちの一画はもう人がいないみたいです」

「向こうの方も皆、非難したみたい!」

 別の区画を探索していた我堂鈴子と川神一子が李の元に戻り、それぞれ報告をする。

「ありがとうございます。では、一緒に川神学園まで皆さんを送り届けましょう」

「了解です」

「はい!」

 鈴子と一子は李の言葉に素直に頷き、共に住民の避難警護にうつる。

 

「……」

 川神学園への移動中、一子は時折考え込むような素振りを見せる。

「やっぱり心配よね、学園長」

 考え込んでいる一子を気遣って鈴子が声をかける。

 李が先頭で、一子と鈴子は最後尾を歩いている。

「え? ああ……うん……」

 鈴子の言葉に驚いたのか、一子はぎこちない返事をする。

「……どうしたの? 一子あなた大丈夫?」

 一子の態度に違和感を覚えたのか、鈴子が一子の顔を覗き込むようにして問いかける。

「う、うん! 大丈夫! 大丈夫! ……ちょっと、ルー師範のこと考えてたの」

「ルー先生?」

「……うん」

 一子の言葉に鈴子は思わず聞き返してしまった。

 確かにルーは川神院に住んでいるし、一子の師範でもある。しかし、血が繋がってないとはいえ養父である鉄心よりも先に一子の口から名前が挙がる事が、鈴子は理解ができなかった。

「もちろん、お爺さまのことは心配。でも、アタシはお姉さまのことを信じてるから……お姉さまがお爺さまを絶対救うって言ったんだから、絶対二人で戻ってきてくれるって信じてる」

 一子は鈴子に話すというより、自分に言い聞かせるように話している。

「でも、そうするとルー師範は誰が助けてあげられるのかなって……私はお姉さまと違って武芸の才能はない……それでもルー師範は私のことを見捨てないで指導してくれた」

 一子の独白のような言葉は続いている。

「ルー師範ってさ、今でこそ川神院の師範代の筆頭だけど、師範になるまで物凄く時間がかかったんだって……でも、ルー師範は諦めないで努力し続けて、今みたいに強くなったの……」

 一子は話しながら、手に持っている薙刀を強く握りしめる。

「ルー師範はアタシにとって、お爺さまとは別のもう一人のお父さんみたいな人だけど……それだけじゃなくてアタシの……目指すべき人であり、憧れの人なんだ……」

「一子……」

「ルー師範がいるから、アタシは諦めないで頑張れる……ルー師範がいるから、信じられる、アタシも頑張ればお姉さまに近づくことができる……って」

 そして一子は最後に、

「だから、アタシはルー師範を助けたい! 助けてあげたいっ!!」

 強く、熱い想いをのせた言葉を発した。

 

「人を助けるって……」

 一子の言葉を聞いた鈴子が不意に口を開いた。

「え?」

 一子が鈴子の方を振り向く。

 鈴子はこちらを向いた一子の目を見つめながら、

「そんなに簡単なことじゃないわよ」

 そう続けた。

「――ッ!!」

 それを聞いた一子が息を呑む。

「人が一人で出来る事というのは本当に限られてる。そしてこういう、厳しい局面立ったとき、自分で出来るのは自分の事だけ……ううん、それどころか、仲間と支えあってようやく立っていられる」

 鈴子は一子から視線を外し、前を向きながら静かに話し続ける。

「そんな中で相手を想って、戦うというのはとても難しいのよ。そんなことが出来るのは、“本当に”強い人だけ」

 鈴子の言葉は静かで、そして淡々としていた。それが逆に、この言葉が鈴子自身が経験した実体験に基づいた重みのある言葉であるように、一子には感じられた。

「……」

 鈴子の言葉を聞いた一子は、唇を噛んで沈黙する。

「――でも」

 しかし、その言葉を聞いて尚、一子は口を開こうとした。

「……それでも――」

 一子の言葉に、鈴子の言葉が重なった。

「それでも、一子がルー先生をその手で助けたいというなら……私はあなたを全力でサポートする」

「え?」

 鈴子の言葉に一子が驚きの声を上げる。

 

「私は……私たちは出来なかった。あの夢の中で、私たち以外の誰ひとりとして助けてあげることはできなかった……」

 鈴子の言葉が硬くなる。

「こんな馬鹿げたことで……こんなくだらない事で……もう、沢山なのよっ! そんなことはっ! だから、今回は……今回こそは失敗しない。私たちが巻き込んだ、この川神全部まとめて救い出す!! 救って見せる!! たぶん、柊達もそう思ってる」

 そう言って鈴子は再び一子に向き合い、瞳を合わせる。

「だから、一子――あなたがルー先生を本当に助けたいと思っているなら、私は私の力の限りそれをサポートする」

 一子は鈴子の双眸に蒼い炎が灯るのを見た。静かだが熱く煌く炎だ。

「うん……うん! ありがとうっ!!」

 その炎に感化されて、一子も力強く頷く。

 そんな一子を見た鈴子が小さく笑う。

「大丈夫よ、一子。あなたには誰にも負けない武器がある。それがあれば、ルー先生だって絶対助けられる」

「え? それってどういう――」

 一子が鈴子の言葉を聞き返そうとした時……

 

 一子の足元に“大蛇”がするりと現れた。

 

 その“大蛇”は一子の首めがけて、速く、そしてしなやかに鎌首を持ち上げる。

「一子っ!!」

「ひゃあっ!!」

 それにいち早く気づいた鈴子が、一子の襟をつかみ力任せに後ろに放り投げる。

 “大蛇”の鎌首はつい先ほど一子の首があったところを走り抜けた。

「はあっ!」

 ”大蛇”に向かって鈴子が薙刀を一閃させる。

 鈴子の一撃を“大蛇”は飛んでよけ、鈴子を向き合う。

 

 “大蛇”が飛び退いた先には、真っ黒な拳法着で身を包んだ、ルー・イーが佇んでいた。

 先ほど“大蛇”の鎌首に見えたのは、ルー・イーの蹴りだったのだ。

 

「ルー師範……」

「ルー先生……」

 一子と鈴子の声が重なった。

 

「あっ!」

 続いて、一子が声を上げた。

 鈴子がルーから視線をそらさずに、チラリと一子の方を見ると、自分たちが歩いてきた方向から、大量の量産型クッキー2が整然と列をなして行進してきた。

 

「李さんっ!! ここは私たちがっ!!」

 考えたのは一瞬だ、鈴子は前にいた李に大声で声をかける。

「わかりましたっ!!」

 その言葉に李は即座に返事をすると。

「はあっ!!」

 袖から出した無数のワイヤーを住民と鈴子達との間に張り巡らし、簡易な足止め用の網を作る。

 

「住民の皆さん! まっすぐ走ってください! もう一本先の区画にいけば、他の従者部隊と合流できますっ!!」

 その言葉に驚きながらも、住民たちは走り出す。

「一子ちゃん! 無理するんじゃないよ!」

「二人とも!! ちゃんと戻ってこいよ!! バッキャロウッ!!」

 麗子や店長が、さり際に声をかけていく。

「お二人共、無理はなさらないでください! 私もすぐに戻ってきます!! ご武運を!!」

 最後に李はそう言うと、住民を誘導すべく走り出す。

 

 いつの間にかすぐそばまで来た量産型クッキー2が歩みを止めていた。

 狙いを二人に定めたのだろう。

 

「一子……そっちのロボットの方、頼めるかしら」

「うん、わかったわ」

 鈴子と一子は背中合わせになって、言葉を交わす。

 

 鈴子はルーを見ている。

 一子は量産型クッキー2の群れを見ている。

 

「ルー先生を助けるのは、あなたの役目何だからね。それまでにそっちのガラクタ片付けときなさい」

「うん」

 互の体温を背中に感じながら、言葉を交わす。

 

「早くしないと、私が助けちゃうわよ」

「ちょ、ちょっと」

「嫌ならさっさと片付けちゃいなさい」

「……うんっ!」

 そう言うと、最後に互の薙刀の柄の部分をコツンと当てる。

 

 ルーの上半身がゆらゆらと揺れ始めた。

 量産型クッキー2の瞳に赤い光りが灯った。

 

「はああああああああああっ!!!!」

「やああああああああああっ!!!!」

 鈴子と一子は裂帛の気合を轟かせながら、互いの相手へと疾走する。

 

 ここに、即興劇の第一章が幕を開けた。

 

 

 




八名陣の続編楽しみですねー
続編が出る前には必ず終わらせるように頑張ります!

お付き合いいただきまして、ありがとうございます。


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第五十一話~混戦~

量産型クッキー2の名称を「ブラッククッキー」に変更しました。
また、ブラッククッキーの設定を冒頭にのせています。

最終章は同時多発的に戦闘が行われているため、場面がかなり目まぐるしく変わります。


ブラッククッキー 設定

 

武装

 内蔵ミサイル レーザー

 

詳細

 九鬼技術研究所にあった量産型クッキー2を神野が創法で模したもの。

 大まかな動きは技術研究所のメインコンピューターが制御しているが、“気”の動きに反応して独自の行動をとる。

 如何せん神野の作り出した人形であることには変わりなく、運動性能は高いが、戦闘力はそれほど高くなく、武芸を嗜んでいる者なら、1対1でもなんとかなる。

 ただ、数がとにかく多いため、自らの身を顧みない波状攻撃は驚異。

 イメージは火星の『じょうじ』の劣化版。

 クッキー2が持っているビームサーベルは付属品のため持っていない。

 また、バーニアによる飛行も不可。

 形はクッキー2形態で固定。変形機能もない。

 

 

―――――

 

 

「はあああああああああああっ!!!!」

 鈴子の疾風のような踏み込みからの閃光のような一撃を、ルーは腰を軸に身体を大きくブリッジのような要領で反らせて躱す。

 鈴子の薙刀がルーの身体の上を通過する瞬間に、ブリッジの様な体制であるため不安定であるはずのルーの右足が、するすると鈴子の顔めがけて蛇が鎌首を持ち上げるかのように跳ね上がってきた。

「――っ!!」

 地面についているのが左足一本だけとは思えないほどに、鋭く放たれた蹴りを鈴子は身体を大きく回転させて躱した。

「はあっ!!」

 鈴子はルーの蹴りを躱した回転をそのままに、再びルーに向かって薙刀を薙いだ。先ほどよりも、低く、深く、疾く。

 しかし、ルーはその一撃を先程と同じく身体を反らせて躱す。鈴子の横薙が先ほどよりも低いため今度は膝を軸に身体を反らせていた……もはや、反らせるというよりも、身体を倒しているといってもいいかもしれない。

 流石にそのまま地面に倒れるかと思われていたルーの上半身が、いきなりバネじかけの人形のように跳ね上がってきた。

 ルーは頭が地面についた瞬間に、首の力を使い上半身を鞭のようにしならせながら起き上がってきたのだ。

 この一連のトリッキーなルーの動きの為に、鈴子はルーの腕の射程内に入ってしまった。

()ィ!!」

 ルーは起き上がると同時に二本の腕をしならせながら、鈴子に襲いかかっる。

「くっ!!」

 あまりにめちゃくちゃ(に見える)ルーの動きに、鈴子は珍しく攻撃を躱さずに薙刀の柄でルーの攻撃を捌きながらルーの動きを観察する。

 ルーの身体は攻撃を仕掛けているにもかかわらず、ゆらゆら、ゆらゆらと揺れていた。頭や、視線、足でさえ固定をされていない。

 腕、頭、脚、肘、膝。

 ルーの身体のあらゆる部分が、あらゆる方向から飛んでくる。

 直線じゃなく、曲線。しなやかに伸びる一撃一撃は、鞭のようだ。

 そんなルーの連続した攻撃を薙刀で捌きながら、鈴子は大きく後ろに飛ぶ。

 ルーもそれを追いかけるように、大きく一歩踏み出そうとして――止まった。

 次の瞬間、先程までルーが踏み出そうとしていた空間に、どでかい水晶の塊が落ちてきて――割れる。

 鈴子が創法で生み出したものだ。

 

「……ふー」

 大きく距離をとった鈴子は、ルーを見据えながら息を吐く。

 ルーの身体は相変わらず、ゆらゆらゆらゆらと揺れている。

 始まった時よりもその揺れは大きくなっているようで、上半身だけだったその揺れも今や下半身まで及び、その姿はまるで、

「――千鳥足」

 の様だった。

 そして、鈴子は自分のつぶやきによって、ルーの揺れの正体にたどり着く。

「……酔拳……かしらね」

 

 酔拳――日本で知られている中国拳法の中でも、特に有名なものの一つではないだろうか。しかし、太極拳や八極拳といった日本でも体系が見て取れるものと違い、酔拳や蟷螂拳などはどうしても色物の気配が漂う。

 現に鈴子自身も呟いてはみたものの、酔拳の知識としては、香港の映画スターが主演したアクション映画程度の知識しかない。

 しかし相対してみてその厄介さは色物とはとても呼べぬ代物だ。

 とにかく、読めない。

 動きがあまりにも変幻自在すぎるため、攻撃、防御を予想することが非常に難しい。

 鈴子自身がスピードで相手を撹乱するタイプだが、正直相性は良くないといっていいだろう。

 

「――でも」

 鈴子はひゅん、と薙刀を一回転させると、

「泣き言言ってらんないわよね」

 そう言って薙刀を構えなおした。

 鈴子の耳には多数のブラッククッキーを相手に奮闘している、一子の声が聞こえている。

 顔は向けない。その声だけで、一子の意思が伝わってくる。

 鈴子はすぅ、と息を吸うと、

「ルー先生! 戦真館、我堂鈴子がお相手(つかまつ)ります!!」

 そう、強く叫ぶと、

「はあああああああああああああっ!!!!」

 裂帛の気合を響かせながら、ルーへと向かっていく。

 

 ルーの揺れが一層激しくなる。

 

 鈴子は再び、酔いどれ領域に踏み込んでいった。

 

 

―――――

 

 

 裏門を挟んで両陣営がにらみ合っていた。

 もしかしたら睨み合っているという表現は正しくないのかもしれない。

 鍋島たちの進軍が川神学園の裏口を目前にピタリと止まった。

 その為、迎え撃とうとしていた生徒たちも動きを止めざるを得なかった。

 裏門に集まった生徒たちは鍋島と後ろにいる、夥しい数のブラッククッキーを睨みつけている。鍋島たちはただそこに立っている。

 裏門といってもそこはマンモス高である川神学園だ。裏門の広場はちょっとした学校の校庭程度の広さがあるし、実際ここは第二グラウンドとして使われていたりもする。

 

 裏門の先頭にいるのは武蔵坊弁慶が佇んでいた。

 

「おい、直江。表の校門はどうなっている?」

 弁慶のすぐ後ろで腕組をしながらブラッククッキーを睨みつけている英雄が横にいる大和に声をかける。

「校門の方は鳴滝が、あと、援護に龍辺さん。指揮は葵に任せてる。今回のメインはこっちみたいだから、それ以外の主力はこっちに来てる」

「うむ……」

 大和の言葉に英雄が頷く。

 裏門には弁慶のほかに主だった顔ぶれでは、忠勝、ガクト、長宗我部、京極、辰子、京、あずみ。また避難をしてきた亜巳、天使といった顔も見える。そして、最後尾には晶が陣取っていた。

 他にも腕に覚えのある川神学園の生徒たちが、それぞれ武器を携えて構えている。

「あの数でこられたら多分、一気に乱戦になる。だけど、できる限りブラッククッキー1体に付き2人で当たることを心がけないと危ないと思う。それと、鍋島さんは……」

「私がやるよ」

 大和の言葉にかぶせるように、弁慶が宣言する。

「弁慶……」

 大丈夫か? とは問えない。それは弁慶を信じてないことになってしまうから。

 だから、大和は不安や心配の言葉と心を無理やり喉に飲み込むと、

「わかった、頼むよ、弁慶」

 そう言った。

「ああ、上手に出来たら……そうだな、お酌をしてもらおう、御屠蘇(おとそ)のね」

 弁慶はそう言ってニヤリと大和に笑いかける。

 そして、ふっと真顔になると、

「心配しないでよ、大和。鍋島さんは河原でウチの主と引き分けだったんだ。あのまま勝負なしじゃ、源氏の名が廃るってもんだ。源氏の名にかけて、義経の名にかけて、武蔵坊弁慶は勝ってみせるさ」

 意志を込めた強い言葉を発した。

 

「うむっ!!」

 英雄は大和と弁慶の言葉に大きく頷くと、大きく息を吸う。

 そして腹に力を込めると、学園全体に響き渡るかのように宣言した。

「川神学園の強者(つわもの)たちよッ!! 我らの学園を悪魔共に蹂躙させることまかりならんッ!!」

 英雄の声が響き渡る、学園の生徒たちの耳に、腹に、その声が届く。

「悪魔共に我ら川神の力ッ!! 見せつけてやろうではないかッ!!!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!!!!!!!』

 英雄の宣言の直後、裏門に集まった生徒たちから咆哮があがる。

 空気をビリビリと震わせる、若き咆哮だ。

 

 それに呼応するかのように、鍋島とブラッククッキーが一斉に裏門めがけてなだれ込んできた。

 

「ひるむなああっ!! 往くぞッ!!!!」

 その突撃に、英雄が声を上げながらいち早く飛び出していく。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!』

 その英雄に引っ張られるように、ほかの生徒たちもブラッククッキーの大群へとぶつかっていく。

「猛れ! 猛れ! 川神の勇者たちよ!! お前たちを阻むものは何もない!!」

 京極が後方で言霊を飛ばし、士気を更に高揚させている。

「指示は!! 英雄と!! 源さんからでるから!! 負傷者は速やかに校舎内の真名瀬さんのところへ!!!!」

 大和も可能な限りの大声で、最低限の支持を飛ばす。

 

 その中で、ブラッククッキーと同時に突撃していた鍋島の目の間に鉄の塊が飛んできた。

「――」

 鍋島はその鉄の塊――弁慶の錫杖を腕一本で受け止める。が、足が止まった。

「旦那の相手はこっちだよ」

 止められた錫杖を元に戻しながら、弁慶が構えを取る。

 その闘気に反応したように、鍋島も両手をポケットからだし、上げる。

 

「はあああああああああああああっ!!」

 弁慶が掛け声と共に闘気を発散させる。

「こおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 鍋島も弁慶に答えるように闘気を放つ。

 

「りゃあっ!!」

「かあっ!!」

 そして、弁慶の錫杖と鍋島の拳が同時にぶつかりあった。

 

 裏門は既に乱戦の様相を呈している。

 怒号と、剣撃、そして悲鳴が飛び交う中、二つの大きな鉱石はぶつかり合っていった。

 

 

―――――

 

 

 与一は屋上で先ほどよりも強い風を感じていた。

 川神学園の裏門周辺で両者がぶつかり合ったのを確認すると、矢を一本、弓につがえて引き搾った。

 狙うは鍋島正。

 下では予想通り戦いの音が聞こえ始めている。おそらく川神学園の裏門へ進軍していたうちの何体かが、下にいるクリスとマルギッテに遭遇したのだろう。

 その戦いの音を聞いて、物陰に隠れているであろう子供達の息をのむ気配も感じられる。

 与一は、その両方を意識の外へとはじき出した。

 

 クリスとマルギッテに関しては信頼……とは、少し違う。

 与一にとっていま重要なのは、狙った先の鍋島を確実に仕留める事。それ以外の事に関しては極力意識を割かない様にしている。

そこまで集中しないとマスタークラスである鍋島は仕留められない――そう、与一は思っていた。

 子供達に関しても同様だ、薄情……というべきではない。自らの一矢で鍋島を仕留められれば、相対的に彼らの安全の確保も容易くなるのだから。

 

――そんな事を考える事さえ、既に与一はやめている。

 

 与一の感じているものは、標的・鍋島正の動き、肌に当たる風の強さ、鼻に感じる湿気……

 猛禽類が一撃のもとに獲物を捕える様に、与一の集中力は細く、鋭く、研ぎ澄まされていった。

 

 

―――――

 

 

「せやっ!! 川神流・大車輪!!」

 薙刀を大きく振り回し一子はブラッククッキーの身体を両断する。

 始めはファミリーと共にいるクッキーと同じ姿をしているブラッククッキーと戦うのを躊躇したが、ブラッククッキーが市民を襲うところを見て一子は迷いを捨て去った。

 一子自身が知っているクッキーは絶対にこんな事をしないという信頼が、一子の覚悟を促したのだ。

 

 既に二桁に上るブラッククッキーが一子の薙刀によって、黒い粒子となって消えている。

 しかし、その数は一向に減った気配がない。

 それでも、一子は諦めずに薙刀を振り続ける。

 

――少し前までの自分なら既に倒れているかもしれない。

 

 そんなふうに、一子は考えていた。

 

――鈴子との最初の戦いを思い出していた。

――百代と四四八との戦いを思い出していた。

――項羽との戦いを思い出していた。

――若獅子タッグマッチトーナメントの戦いを思い出していた。

――百代と鈴子が目の前で舞っている時の悔しさを思い出していた。

――百代と鳴滝が目の前で殴り合っていた時の高鳴り思い出していた。

――忠勝と本気でぶつかり合った熱さを思い出していた。

 

 自分が前よりも強くなったという実感は――ない。

 ないが……かつての自分より成長したとは胸を張って言える気がする。

 鈴子は自分に『誰にも負けない武器がある』と言ってくれた。

 その後すぐに襲撃が来てしまった為、それがなんなのか聞く事は出来なかったが、それは恐らく自分自身がこの数カ月で成長できた所にあるのではないかと、そんな気がしている。

 

 初戦で負けて、差を見せつけられて、未だその差は微塵も詰まってはいない。

 そんな相手が自分の中のモノがあればルー師範を救えると言ってくれたのだ。

 

 ならば自分は信じればいい。

 心に『勇』の字を刻み込み、恐れずに突き進めばいい。

 それがきっと、自分の大事な人たちの為になるのだと思うから。

 

「せいやっ!!」

 薙刀を休みなく振るい、一子はブラッククッキーを蹴散らしていく。

 20体を過ぎた所で、数を数えるのはやめてしまった。

 

 

―――――

 

 

 これほど知られた酔拳だが。実は酔拳という門派自体はない。中国南北に酔拳と称される武術があるだけだ。

 その中で最も一般的と思われるのが『酔八仙拳』。

 呂洞賓(ろどうひん)鉄拐李(てっかいり)権鐘離(けんしょうり)藍采和(らんさいわ)張果老(ちょうかろう)曹国鼠(そうこくきゅう)韓湘子(かんしょうし)何仙姑(かせんこ)の八人の仙人の型からなる、象形拳である。

 ルーの酔拳も恐らくこれに属している。

 八つの型を組み合わせ、変幻自在に相手を惑わしながら、一瞬の不意をついて相手の急所に一撃を叩き込むエゲツなさは、中国拳法の真髄と言ってもいいかもしれない。

 御銚子(おちょうし)を象った手形である杯手は、そのふざけている様な形とは裏腹に一撃のもとに喉を破壊する為の手形であり、人差し指を握りこんだ鳳眼拳に移行した場合、鍛え抜かれた指で急所をつかれたら一撃で昏睡させられてしまう危険性さえあった。

 

 しかし、そんな動きを鈴子は躱し、捌き、防いでいる。

 

 最初は戸惑った船をこぐような千鳥足の動きも、よくよく観察してみると、攻撃の瞬間は基本的に強く地面を叩いている。その一瞬一瞬を逃さずに躱し、捌くという事に身体と目が慣れてきた。

 更に言うと、付き合わない。

 距離を置いて一気に踏み込み、二合、三合とやり合って深入りせずに離脱する。

 向こうが本気を出しているのかどうかは不明だが、現状、疾さに関しては鈴子の方に分があるようだ。

 しかし、それはルーの方も同じ事で、鈴子のヒットアンドアウェイに付き合わない。自分の射程に入った時のみカウンター気味に攻撃を繰り出し鈴子が離脱したら、追わない。現状、近距離での打ち合いに関しては、手の内を見せていないという事も相まって、ルーが絶対的に有利だ。

 互いに自分の得意な状況になる様に、牽制を繰り返している。

 

 しかし、このような千日手に突入した場合、不利なのは鈴子。

 ルーの方には制限時間がないが、鈴子にはある。

 このルール上の事に関してだけでなくても、体力という面で鈴子が不利だ。ルーが体力切れで動けなくなるなどと言う甘い状況を、鈴子は一切考えていない。

 

 つまり、無理にでも攻めていかねばならないのは――鈴子。

 

 鈴子の動きが変わる。

 

 今まで前後一直線に出入りをしていた動きに更に、左右の動き、更に上下の動きを加えて、疾さを増した。

 瞳から蒼い軌跡を創りながら、鈴子はルーの周りを縦横無尽に飛び回る。

 蒼い軌跡が舞い踊るように、ルーの周りを行き交う。

 ルーはルーで、その軌跡を無理に追うことはなく、相変わらず身体をゆらりゆらりと揺らしながら回っている。

 視線は鈴子を追っていないように見える……が、鈴子は時折感じる視線によって、ルーは自分を補足していると確信していた。

 そして鈴子は、ルーの死角(と思われる方向)から、爪先を僅かにルーの射程に入れた。

 真後ろからの微かな踏み込みにも関わらず、ルーは素早く反応して、振り向きざまに腕から鞭のようにしなやかな一撃が繰り出した。

 蛇が一瞬のすきを突き、獲物に襲いかかるかのような一撃。

 しかしその一撃は、鈴子の身体の手前で空を切った。

 

 鈴子は爪先を入れた時、踵にも同時に力を入れてルーの踏み込み一歩分だけ、後ろに身体を持っていっていたのである。

 もし、ルーに意識があったならば、鈴子の身体が急に遠くなったかのように見えたかもしれない。

 

「はあっ!!」

 鈴子がルーの腕が伸びきった瞬間を狙い、薙刀を振るう。

 一瞬の間を付いた一撃。

 ルーはその一撃を、あえて薙刀の方に身体を倒しながら受ける。

 鈴子の腕に、ルーの腕を叩く手応えが伝わる。

――畳み掛ける!

 鈴子が更に踏み込み、追撃を出そうとしたとき――鈴子の一撃を受けたのとは逆の腕が薙刀を掴み、鈴子の動きを止めてきた。

 鈴子は薙刀を引き、ルーの手から薙刀を開放しようとした、一瞬、

「ストリウム・ファイヤーーっ!」

 ルーは目を見開いて、赤い炎のような“気”を鈴子めがけて撃ちだしていた。

 

「くうっ!」

 鈴子は赤い炎を身体を反らして躱す。躱しきれずにその炎がかすった肩口の飾りが一瞬で消し炭になり、炎がぶち当たった商店街のシャッターはその熱でドロリと融解した。

「冗談じゃないわよ!」

 立て続けに放たれる炎を鈴子は躱し続ける。

 

「バースト・ハリケーンっ!」

 炎で鈴子を追い詰めながら、ルーは腕を振って今度は竜巻を作り出し、鈴子に投げつける。

「つうっ!」

 その風圧に耐えるため立ち止まった鈴子の目の前に、ルーが飛び込んできた。

()ィッ!!」

 杯手で喉を狙った横薙の一撃。鈴子は首を反らして避けるが、ルーはその杯手で戦真館の詰襟を掴む。

()ァッ!!」

 ルーはそのまま全体重を乗せて、鈴子を地面に叩きつけるべく身体を巻きつけた。

「くうっ!」

 鈴子は身をよじり抵抗するが、身体が密着しているため振りほどけない。

――ぶつかる!!

 鈴子が慣れない循法を総動員して地面に叩きつけられた時の衝撃に備えようとしたとき、ルーがいきなり鈴子から身体を離し飛び退いた。

 

 次の瞬間、鈴子とルーとの間の空間に、無数の苦無が飛来した。

 

 何が起こったのか瞬時に理解した鈴子は、倒れる身体をそのまま地面に倒し、クルリと地面に転がり立ち上がると、薙刀を創造してルーに斬りかかる。

「せえいっ!!」

 鈴子の斬撃の合間合間に、ルーの死角から苦無やワイヤーがルー目掛けて襲いかかる。

 その連携をルーは身体を反らし、揺らして、躱していたが耐えられなくなったように、初めて自ら飛び退き、鈴子と大きく距離をとった。

 

 ふぅ、と息を吐きながらルーと対峙する鈴子。

 そしてルーから目を逸らさずに、

「助かりました。ありがとうございます。」

 そう礼を言った。

 

「いえ、遅れてしまい申し訳ございませんでした」

 それに応えたのは、鈴子の影からすぅと現れたメイド服の女。李静初だ。

 

「住民の方々は大丈夫ですか?」

 鈴子が李の方を見ずに問いかける。

「はい、九鬼の従者部隊数名と葉桜清楚と合流できましたので、学園近くの公園で待機をしています。現在学園でも大規模な戦闘が行われているようなので」

「そう、ですか……」

「学園の方に援護に行くことも考えたのですが、ここで一人マスタークラスを仕留めることは、戦略上有利に働くと考え、戻ってまいりました」

「ありがとうございます」

 少しの沈黙のあと、鈴子が口を開いた。

「李さん」

「はい」

「こんなこと言うのは不謹慎ですけど……私、李さんと一緒に戦えるの嬉しいんです」

 鈴子の言葉に驚いたような表情を浮かべた李だが、すぐに、

「実は私もです」

 そう答えた。

 

 鈴子と李は初めてお互いに顔を合わせる。

 そして小さく笑い合うと、同時にルーへと視線を戻した。

 

「李さん! 行きます!!」

「いつでも!!」

 鈴子の後ろに李が隠れるようにすぅと入っていく。

 右手に苦無、左手に針を携えて、李は鈴子の気配に溶け込んでいく。

 

 二人の視線の先にいるルーの身体は、今までで一番大きく、ゆらり、ゆらりと揺れていた。

 

 

―――――

 

 

 岩。

 唯の岩ではない。

 山の頂に長年佇み、雨風にさらされ脆い部分が削り取られた岩。

 自然信仰をしていた古代の人間ならば、神として崇めることもあろうかと思われるほどに圧倒的な存在感を持った岩。

 そんな岩と、弁慶は打ち合っていた。

 錫杖と拳をぶつけ合いながら、互いに一歩も引かず、弁慶と鍋島は打ち合っている。

 

「はあああああああああああっ!!」

「くあああああああああああっ!!」

 

 弁慶と鍋島の周辺に、暴風雨の様な空間が出来上がっている。

 たまに乱戦の最中で吹き飛ばされたブラッククッキーが、その空間に入り込みそうになるが、そこに触れた瞬間にバラバラに破壊されていた。

 

「くっ……」

 しかしその空間の中で、ジリッジリッと弁慶が押され始めた。

 純粋な力において鍋島に分があったという事だろう。

 錫杖と拳のぶつかり合いで、少しづつ、少しづつ、弁慶が押し込まれていく。

 そして何十合目のぶつかり合いでついに、弁慶の錫杖がはじかれ、飛ばされた。

 

「ちっ!!」

 錫杖を飛ばされた弁慶は今度は、鍋島の拳を避けはじめた。

 速さや鋭さはあまりない。

 しかし、それを補って余りあるほどの力と重さを備えた拳。

 一振り一振りが鉈のように、強引に空気ごと、そこにあるもの全てのモノをぶった切っていく。そんな拳。

 一撃くらえば終わるかもしれないと思わせる拳を、弁慶は避け続ける。

「まいったね……」

 弁慶は小さく愚痴る。

 避けることは出来る、出来ているが、完全に間合いを征されてしまった。

 錫杖があって互角だった射程距離。錫杖がないこの状態で、鍋島の拳を掻い潜って懐に潜り込むのは至難……というより、不可能に近い。

 

 ならばどうするか。

 掻い潜るのが無理ならば――まっすぐに行けばいい。

 

「痛いのは好きじゃないんだけど……」

 弁慶は呟く。

 

 脳裏に義経や与一、大和の顔が浮かぶ。

 島で育ったクローン達はこんなにも大規模にクリスマスを祝うことは初めてだ。

 そう言って嬉しそうに笑った義経の笑顔を覚えている。

 悪態をつきながらも、口元が少し緩んでいる与一の顔を覚えている。

 この日のために寝る間も惜しんで動いていた大和の事を覚えている。

 まだ決心はついていないが、実は告白の準備もしてきた。

 楽しいクリスマスになるはずだった。

 思い出深いクリスマスになるはずだった。

 

――それを取り戻すためだ。

 

「そうも言ってられないか!!」

 そう言って気合いを入れる。

 

 弁慶は砕けそうなくらい歯を喰いしばると、決死の一歩を踏み込んだ。

 

 弁慶の読み通り、鍋島の岩石の様な右拳がぶち当たってきた。

 弁慶はその拳を左腕で防ぐ。

「――っ!!」

 めきり、と弁慶の左腕が悲鳴を上げる。

 べきり、と押し込まれた肋が音を立てる。

 灼熱の様な熱さが弁慶の神経を蝕む。

 予想以上の衝撃……だが、想定外ではない痛み。

 覚悟をしていたからこそ、耐えられた。

 

 弁慶は痛みも悲鳴も呑み込んで、その代わりに

「ああああああああああああああああああああっ!!」

 咆哮を轟かせる。

 

 左腕を犠牲に飛び込んだ鍋島正の懐。

 弁慶は両足に力を込めて、残った右拳を思いっきり突き上げ、下から鍋島の顎へと叩きつけた。

 

――鍋島の頭が跳ね上がった。

 

 

―――――

 

 

 鍋島の顔が跳ね上がった瞬間。

 与一はカッ! と目を見開いたと同時に、矢を放った。

 矢は一直線に鍋島の顔面めがけて一直線に飛んでいく。

 狙うは一点、弁慶が一撃を入れた顎。

 その一点めがけて、矢は飛来していく。

 

――獲った!

 

 与一は心の中で確信した。

 

 

―――――

 

 

 渾身の一撃で鍋島の頭を跳ね上げた弁慶は、遥か後方にキラリとした煌きを見た。

――与一の一撃だ。

 弁慶は確信していた。

 この一撃で終わりだと。

 那須与一が乾坤一擲で放った一撃、外れるはずがない。

 

 故に、次の瞬間起こった出来事に、弁慶の顔は驚愕に彩られた。

 

 

―――――

 

 

 与一の込めた“気”に反応したのであろうか、ブラッククッキーが次々に飛来する矢の直線上に、身を躍らせはじめた。

 飛行機能のないブラッククッキーは高さを確保するために、他のブラッククッキーに自らの身を放り投げさせたりしながら、矢の飛来を妨害したのである。

 無数のブラッククッキーを粉々に砕きながら、与一の矢は飛来を続ける。

 射撃武器は(すべか)らく、誤差との戦い。

 どんな名手であろうとも、途中に障害物があった場合、例外なく狙いから逸れる。

 幾多のブラッククッキーに阻まれながらも、その矢が鍋島正の額を穿ったのは、(ひとえ)に那須与一が放った矢であったからであり、他の何者の射撃もこれ以上の結果を残すことは難しかったであろう。

 

 しかし、それでも尚、当初思い描いていた結果とは程遠く、鍋島はグラリと大きく上半身を揺らしたものの、2本の足は地面を踏みしめたまま離れることはなかった。

 

「くうっ!!」

 鍋島が倒れないのを確認すると、弁慶はすぐに追撃の態勢に入った。

 しかし、左腕を負傷した弁慶に決定的な一打を入れれる力はなく、

「――っ!!」

 弁慶は丸太の様な腕に胸ぐらを強引に捕まれ、学園の中へと力任せに放り投げられた。

「きゃあああああっ!!」

 裏門の扉ごと下駄箱など、もろもろ巻き込んで吹っ飛ばされる弁慶。

「弁慶!!」

「おい! しっかりしろ! 今、(なお)してやる!」

 大和と晶が倒れた弁慶のもとに駆けつける。

 弁慶はピクリとも動かない。

 

 弁慶を仕留めた鍋島が再び前を向く。

 のしりのしりと、岩が再び動き始めた。

「くっ! おい!! 誰か校門から鳴滝を呼んでこ――」

 それを見た忠勝が鳴滝の救援を叫ぼうとしたとき、鍋島の前に一つの影が立ちはだかった。

 青く長い髪をなびかせて、弁慶にも負けないくらいの威圧感を纏っている――板垣辰子だ。

 辰子はどこからか持ってきたのか、バス停をズルリと引き下げ鍋島の前にゆっくりと立ちふさがる。いつもはトロンと垂れ下がっている優しげな瞳も、今は完全に据わっている。

 

 辰子は晶と大和に介抱されている弁慶の方をチラリと見る。

「よくも……よくも……」

 辰子は弁慶と共にタッグマッチを戦った相棒だ。兄弟や大和以外に初めて出来た友人と言っていいかもしれない。

 そんな弁慶を傷付けられて、辰子は怒っていた。

 身内以外が傷つけられて、初めて辰子は怒っていた。

 そこに、最後のひと押しが入る。

「いっちまいな! 辰子っ!! 遠慮はいらないよっ!!」

 姉である亜巳からの了解。

 

 板垣辰子の鎖が解き放たれた。

 

「あああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 辰子は咆哮とともに暴力的なまでの闘気を発散させる。

「かああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 それに呼応するように鍋島も叫ぶ。

 

 そして、二人は同時に、互いに向かって突進する。

 

 二つの闘気がぶつかり合い、二人の額がぶつかり合う。

 

 裏門の戦いは混沌の様相を呈してきた。

 

 

―――――

 

 

「くっそっ!!!!」

 矢を外した与一は思わず悪態をついた。

 気の練りも、距離も、完璧だった。まさかあのような形で妨害が入るとは思ってもみなかった。

 そんな時、意識から外していた聴覚の回復とともに下から微かな声が聞こえた。

「……一体いったぞぉ……きをつけろぉ……」

「何っ!」

 言葉の意味を認識したと同時に、ガチャリと屋上の柵にブラッククッキーの手がかけられた。

 

「ちっ!!」

 与一は矢筒から矢を一本引き抜くとそれを携えて、未だ身体の半分以上が屋上の外にあるブラッククッキーを仕留めるために突撃していった。

 その突撃にブラッククッキーが反応する。

 ブラッククッキーは柵に掛かっていない方の手を伸ばしレーザーを飛ばしてきた。

「――!!」

 与一は素早くそのレーザーに反応するが……避ける事ができなかった。

 なぜなら自分の避けた先には子供たちが隠れた物陰があるからだ。

 

「があああああああああああっ!!」

 ブラッククッキーのレーザーが与一の右肩を抉る。

 痛みと同時に焼きごてを押し当てられたような熱さが右肩を蝕んでいく。

「がああああああああああああああっ!!!!」

 それでも与一は突撃のスピードを緩めずに一気にブラッククッキーの元にたどり着くと、左手に持っていた矢をブラッククッキーの目に突き立てる。

 突きの勢いに押され、突き立てられた矢と共に屋上から落ちていくブラッククッキー。

 それを確認すると、

「つうう……」

 与一は右肩を抑えてうずくまった。

 

「与一!!」

 同時に屋上の扉が開き、マルギッテが飛び込んできた。

「与一! 肩をやられたのですか、すぐに手当を……」

 そう言って与一の元に駆け寄ったマルギッテは後ろの物陰の気配に気づく。

「誰だっ!!」

 マルギッテは声を上げるがすぐにその正体を知る。

「子供?」

そして同時に、与一の負傷の意味を理解した。

「与一……あなたは彼らをかばって……」

 マルギッテの言葉に、

「んなこたぁ、どうでもいい……」

 与一が口を開いた。

 

「子供がいるならなぜ早く、私達に……いや……すみません、これは私の失態でしたね」

 マルギッテは与一に抗議をしようとしたが、すぐにそれを改め謝罪をした。

 自分が与一の立場でも、あの状況ならば、このまま子供たちを匿ったであろうことに思い至ったからだ。

 それに、ブラッククッキーを壁に登らせてしまったのは自分たちのミスだ。

「何度も言わせんな……んなこたぁ、どうでもいい」

 与一はそんなマルギッテの言葉に先ほどと同じ言葉を言った。

 

「敵に場所がわれた今、兎に角ここは危険です。子供達も一緒に移動しましょう」

 そんなマルギッテの提案に、

「……断る」

 与一ははっきりと拒絶の言葉を放つ。

「なっ! 何を言っているんですか! このままではここにブラッククッキーが押し寄せてきますよ!!」

「裏門を狙える場所は、この周辺だとここだけだ。ガキ共つれて今の学園に近づく訳にもいかねぇ。だとするならここで狙撃の機会を待った方が鍋島を仕留められるし、ガキ共の安全にもつながる」

 そんな与一の言葉にマルギッテは困惑の表情を顔に浮かべる。

「狙撃って……与一、あなたは肩を怪我しているではないですか。そんな状態で弓を射るなど無……」

 マルギッテの言葉が終わる前に、

「舐めんな……」

 与一が言葉をかぶせた。

「舐めんじゃねぇよ……俺は那須与一のクローンだ。腕の一本使えなくったって、矢の一本や二本、射ってみせる」

 与一がギラリと目を光らせて、マルギッテを睨みつける。

 マルギッテも与一の目を見る。

――本気で言っている。

――那須与一は本気でこの右肩で、鍋島正を仕留めるつもりでいる。

 マルギッテは与一の瞳から、その覚悟を見てとった。

「……わかりました……同じ失敗は二度と犯さしません。私が……私とお嬢様が、ここに敵を上げないと誓いましょう」

「頼むぜ、ドイツ軍人」

Jawohl!!(ヤヴォール) (了解だ)」

 そう誓う様に返事をすると、マルギッテは屋上から降りていった。

 

 与一それを見届けると、右肩を抑えながら屋上の柵にもたれかかる。

「悪ぃな、姐御……せっかくのチャンス逃しちまって……今回ばっかは小言でもなんでも聞いてやるから……頼む……頼むぜ……もう一回、俺にチャンスをくれッ!」

 与一はそう呟きながらシャツの袖を破り、口にくわえて左手一本で、右肩を止血し固定する。

 

 その治療の途中でも、与一の瞳は裏門に固定されている。

 

 手負になっても尚、『扇の矢 那須与一』の瞳は未だ鍋島正を捕捉し続けていた。

 

 

 

 




始めに書きましたが、この章(の特に序盤)はかなりの場面変更があります。
読みにくいようでしたら、お知らせください。

今回もお付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十二話~巨石~

「アメフト部とラグビー部は前にでろ!! 一列に並んで隊列を乱すなぁっ!!」

 裏門での戦場の中、英雄の怒号が響き渡る。

「おい!! 二階の弓道部は奥の敵を狙え!! 校舎に来る敵を少しでも減らすんだっ!!」

 逆側では忠勝が大声で叫んでいる。

 大和はけが人が増えたこともあり、校舎内でけが人の救助と全体の指示回っている。

 後ろから全体を見て、薄いところに戦力を回すのは大和の役目だ。

 

 各所で川神の生徒たちが奮闘している。

「ふんぬううううううううううっ!!」

「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」

 左翼と右翼の重量級のラインにガクトと長宗我部がそれぞれいなければ、ブラッククッキーの突破を許していたかもしれない。

 

「シュッ!!」

 校庭を縦横無尽に駆け回り、味方の崩れそうなところを的確に援護していくあずみの働きがなければ、既に数体の侵入をゆるしていたかもしれない。

 

「まだだ!! まだまだ、まだまだ!! お前たちの力はそんなものではないだろうっ!!」

 彦一の言霊がなければ、既に生徒達の戦意は衰えていたかもしれない。

 

「大和の近くにはっ! 行かせないっ!!」

 なにより裏門の前で漏れた敵を(ことごと)く、一矢にて屠り続けている京の力は絶大だ。

 

 それぞれの奮闘があって、尚、戦況は――五分。

 ブラッククッキーは圧倒的な数で校舎を攻め落とそうと進軍を続けている。

 

 誰もがギリギリのところで踏ん張っている。

 故に、何かのきっかけで戦況がガラリと傾くということを、皆が理解していた。

 

 その鍵を握るのは――鍋島正。

 

 そこに現在、相対しているのは――板垣辰子。

 

「辰子っ!! やっちまいなっ!!」

「気張れよっ! 辰ねぇ!! そんな奴ワンパンだぜっ!!」

 ブラッククッキーと戦っている亜巳と天使が、辰子に向かって声をかける。

 

「あああああああああああああああっ!!!!!!」

 その声に答えるように、辰子がバス停を振り上げる。

 

 裏門の戦局を左右する戦いの幕が切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

「あ! マルさん、与一はどうだった?」

 地上に降りたマルギッテをクリスが迎える。

「――お嬢様……それは……」

 マルギッテが言葉を濁す。普段ではありえない事だ。

 しかし、意を決したようにマルギッテは口を開いた。

 

「那須与一は……要救助民を庇って負傷していました」

「えっ!?」

 マルギッテの言葉に驚くクリス。

「じゃ、じゃあ早く手当と……それからここを離れな――」

「それでも――」

 マルギッテがクリスの言葉を遮る。これも、通常では考えられないことだ。

「それでも、那須与一はここから川神学園を狙うと、言っていました」

「……」

 マルギッテの言葉を、クリスは黙って聞いていた。

「お嬢様、私は――」

「じゃあ――」

 マルギッテの続く言葉にクリスが言葉をかぶせる。

 

「じゃあ――与一の狙撃を援護するのは自分たちの役目だな」

 クリスはマルギッテの目を見ながらそう言った。

 

「はい――その通りです、お嬢様」

 マルギッテはクリスの言葉に頷く。

 

 今回の与一の負傷。色々な遠因があるが……大きな原因としては自分にあると、マルギッテは思っている。

 マルギッテは今だリミッターである眼帯をつけていた。

 ブラッククッキー自体が単体ではそれほど大きな驚異であるとは認識しなかったこと、いつ来るかもしれないマスタークラスとの戦いに備えて……理由はいくつもあるが、この場にて本気を出さなかったという事実に変わりはない。

 その意味では、マルギッテの言葉だけで、あの与一の目を見ずに、与一の覚悟を見てとったクリスの方がよほど腹を据えてここにいる。

 おそらくクリスは与一の負傷は自らのせいだと思っているだろう。

 自分が不甲斐なかったからだ、と。

 

 そうではない、と言ってあげたい。

 全てはこのマルギッテ・エーベルバッハの不徳の致すところだと、言ってあげたい。

 

 しかし、そこに意味などない。

 むしろ、親愛なるクリスティアーネ・フリードリヒの覚悟を(けが)すだけだ。

 ならばどうするか。

 自分は軍人だ。

 軍人は行動で示す。

 自らの失態は、自らの行動で取り戻す。

 

Jaaaaaaaaaaaaaaaaッ(ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア)!!!!」

 マルギッテは眼帯をむしり取りながら雄叫びをげる。

 自らの(うち)の獣が猛るのがわかる。

 

「来るぞっ!! マルさんっ!!」

 通りの向こうから無数の気配と足音が近づいてくる。

 先ほど攻めてきた数の、2倍……いや、それ以上はいるかもしれない。

Kom(来い) eine Puppes(人形ども)ッ!!」

 マルギッテはブラッククッキーの群れを睨みつける。

 

「行くぞ! マルさん!! この拠点絶対に守りきるッ!!」

Jawohl(了解です)っ!! Prinzessin(お嬢様)ッ!!」

 二人は視線を合わせると、武器を携え同時に飛び出した。

 

 金色(こんじき)の主人と赤き猟犬は、漆黒の大群にへと身を躍らせた。

 

 

―――――

 

 

 マンションの屋上。右肩の治療を終えた与一は左手一本で弓を持ち、狙撃の場所を探す。

 そしてココだと確信したところで立ち止まり、弓を構える。

 

「おい、坊主――」

 構えた与一が不意に、物陰に隠れている少年に呼びかけた。

「え? え? ボク?」

 いきなりの言葉に驚きを隠せず、与一に喰ってかかった少年はポカンと口を開ける。

 そんな少年の驚きなんぞ気にもせず、与一は少年の方に視線すら向けず言葉を続ける。

「テメェ、強くなりたいって言ったな」

「う、うん」

 与一の言葉に少年はかろうじて頷く。

「姉ちゃんたち守れるくらい、強くなりてぇって言ったな」

「うん!」

 今度は強く、頷いた。

「どうやったら強くなれるか、知ってるか?」

「うっ……ううん……」

 一転、弱々しく少年は首を振る。

 

「……戦真館と川神学園だ」

「え?」

「戦真館か川神学園、どっちでもいい、どっちでも強い奴らがいる」

「そこに行けば、強くなれる?」

 会話が始まって初めて少年の方が、与一に問いかけた。

「そいつは、テメェ次第だな……だがな、その二つには“本当に”強ぇ奴がいる。何かを守りたいんなら、ただの強さじゃダメだ。“本当に”強くなんなきゃいけねぇ」

「……」

 禅問答の様な与一の答え。おそらく少年は半分も理解してないだろう。

 しかしそれでも、

「行く」

「ん?」

「ボク、その学校行く! それで絶対、ネェちゃん達、守れるくらい強くなるんだ!」

 少年は強く与一に宣言した。

 

 その言葉に初めて与一は少年の方へと視線を向けると、

「そうかよ、じゃあ気張れよ、坊主」

 そう言うとニヤリとニヒルに笑った。

「うん!」

 与一の言葉に、少年は強く、強く頷いた。

 

「おい! 坊主っ! またここも戦いになる。大事な姉ちゃん達、そこで、しっかり守ってろよ!!」

「うん!」

 与一の言葉に、少年は物陰に戻り身を隠す。

「頑張れよ! ツンツン頭の兄ちゃん!!」

 物陰から聞こえた少年の声に、

「ツンツン頭は余計だろ……」

 与一は苦笑する。

 

 物陰が静かになったのを確認すると与一は大きく一つ深呼吸をすると、矢を一本、左手に持った。

 そして、左手一本で弓と矢を持ち上げると、矢の柄と弓の弦を()()()()()()、引き絞った。

 

 弓の向きは縦ではなく、横。

 ボウガンの様に腕と顔を一直線になるように構えて、口で弓を引きしぼる。

 

 弦の張りに負けて唇が切れ、血が滲む。

 

 それでも与一は構わず弓を引き絞る。

 

 与一の猛禽類の様な瞳は獰猛な色をたたえながら、鍋島を補足していた。

 

 

―――――

 

 

「あああああああああああああああっ!!!!」

 辰子は手に携えたバス停を振り回しながら、鍋島に襲い掛かる。

「くあっ!!」

 触れれば人の身体など紙くずのように吹き飛ばせそうな一撃を、鍋島は手近にいたブラッククッキーをむんず、と掴むと襲い来るバス停にぶち当てる。

 ぶち当たったブラッククッキーは粉々にはじけ飛ぶが、辰子の振るったバス停も同時に弾かれる。

「かあっ!!」

 その隙に、鍋島は一歩踏み込むと岩石の様な拳を辰子の身体にぶち当てる。

 めきり、辰子の中の何かが音を立てる。

 筋肉が切れたかもしれない。

 骨に亀裂が入ったかもしれない。

「ああああああああああああああああああああっ!!!!」

 しかし、その程度で板垣辰子は止まらない。

 腹のそこから雄叫びをあげながら、再びバス停を振るう。

 鍋島が懐に踏み込んだ為、最適な間合いではないが、気にせず振るう。

 思いっきり。

 力の限り。

 

「がああっ!!」

 バス停が鍋島の右肩にぶち当たる。

 しかし、鍋島はびくともしない、逆に打ち込んだバス停が「く」の字にねじ曲がっている。

「かあっ!!」

 今度は鍋島が、御返しとばかりに足元に転がったブラッククッキーを掴むと、一気に振り上げ叩きつけるように辰子の頭上に振り下ろす。

 辰子の頭に激しくぶつかり、バラバラに砕け散るブラッククッキー。

 しかしその一撃を喰らった辰子は、頭から血を流しながらも頭を微動だにせずに鍋島をにらみ続けていた。

 

「ああっ!!」

 今度は辰子の血まみれの額が、鍋島の顔面に突き刺さる。

「かあっ!!」

 鍋島は辰子の頭突きを受けながらも、左拳を辰子の脇腹にめり込ませる。

 

「ああっ!!」

 辰子が打つ――鍋島が受ける。

「かあっ!!」

 鍋島が打つ――辰子が受ける。

「ああああっ!!!」

 辰子が耐えて――打つ――鍋島が受ける。

「かあああっ!!!」

 鍋島は倒れず――打つ――辰子が受ける。

 

 校庭に肉と肉がぶつかり合う音が響き渡る。

 校庭に骨と骨がぶつかり合う音が響き渡る。

 がつん、がつんという重い響きが、軋みが響き渡る。

 

 そんなやりとりを何度繰り返していただろうか、辰子はその中で小さな、小さな違和感を感じ始める。

 何がどうという、具体的なことはまるでわからない。

 しかし、辰子の本能が“何かが違う”と叫んでいた。

 辰子は百代以上に、本能の戦士だ。言葉を選ばなければ獣といってもいいかもしれない。

 獣は相手の弱みを見つけ、攻める。

 辰子の獣の如き本能が気づき始めていた、鍋島のある一箇所を攻めるとき、鍋島が僅かに嫌がる素振りを見せるのを……

 辰子にはそこが何処なのか、具体的にはわかっていない。

 わかっていないが、感じたならばそこを攻める。

 辰子自身はそんな思考すらしていない。

 本能の赴くままに、相手を倒すために、力の限り、自らの目いっぱいを叩き込む。

「ああああっ!!!!!」

 辰子は握り締めた拳を感じたままに全力で振るう。

 

 辰子の拳は、弁慶が決死の一撃を入れた鍋島の顎へと振るわれた。

 

 

―――――

 

 

「たあっ!!」

「ハアッ!!」

 二人の口から裂帛の気合が発せられるたびに、レイピアが煌き、旋棍(トンファー)が振るわれる。

 二人合わせて、既に50体近いブラッククッキーを破壊している。

 

 しかし、一向に減る気配がない。

 どこからともなく次々にわいてくるようだ。

 

 そんな中、再び与一の気に反応したのか、壁をよじ登るブラッククッキー。

「させませんっ!! トンファー・シュートっ!!」

 マルギッテが片手の旋棍(トンファー)を投げつけ、壁にへばりつたブラッククッキーを破壊する。

 片手になったマルギッテめがけて無数のブラッククッキーが襲い来るが、

「はああっ!!」

 クリスが横から尖突を閃かせ援護する。

 

 ブラッククッキーが屋上を意識する割合が多くなってきている。

 クリスもマルギッテも与一が気を練っているのがわかる。

 

――勝負の時は近い。

 

 クリスとマルギッテはそう確信している。

 意思はないが、ブラッククッキーも何かを感じて屋上に向かおうとしているのだろう

 

「マルさんっ!!」

「ええ!! させませんっ!!」

 クリスとマルギッテは声をかけ合うと、再びブラッククッキーの群れへと突撃していく。

 

 金色と赤色はまるで一匹の獣であるかのように、漆黒を飲み込んでいった。

 

 

―――――

 

 

「ああああっ!!!!!」

 辰子の拳が鍋島の顎に迫る。

 その時、何かを感じたのか数体のブラッククッキーがいきなり辰子に向かって飛びかかってきた。

 ブラッククッキーが辰子の身体を拘束する。

「――っ!!!!」

 いきなりの外からの干渉に動きを制限される辰子。

 それでも拳は振り抜いた。

 しかし、ブラッククッキーの拘束の為、渾身の一撃は鍋島の身体を僅かに揺らすだけにとどまった。

 

「うわああああっ!!! はなせええええっ!!!!」

 辰子は身体を思いっきり伸ばして、ブラッククッキーの拘束を跳ね飛ばす。

「バカっ! 辰子っ!!」

 亜巳からそんな怒声が飛んだ時には、辰子の身体に、鍋島が辰子が跳ね飛ばしたブラッククッキーを空中でつかみ力任せに叩きつけてきた。

「ぐあっ!!」

 身体の緊張が解けた一瞬の隙を付いた一擊。

 辰子の身体がぐらりと揺れて、膝をついた。

 

「辰子ッ!!」

「辰ねぇっ!!」

 亜巳と天使の声が飛ぶ。

 

――戦況が傾いた。

 

 誰もがそう思った瞬間。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 金色の砲弾が、鍋島と辰子のあいだに割って入ってきた。

 

 

―――――

 

 

「……けい! ……ん慶! 弁慶っ!!」

 弁慶は自らを呼ぶ声で目を覚ました。

 ぼやけた視界が徐々にはっきりしてくると、自分を心配そうに覗き込んでいる大和の顔が見えた。

「……大和?」

「あぁ……よかった……気がついて」

「――!! 鍋島さんは!? ――っつう……」

 状況を思い出して、身体を起こして大和に問いかけるが、左腕に痛みがはしる。

「弁慶! 無理しちゃ駄目だよ」

 顔を歪める弁慶の肩を大和が優しく抱きとめる。

「戦況は五分かな……みんな頑張ってくれてる。鍋島さんは今、辰子さんが戦ってる」

 大和がゆっくり自分も確認するように弁慶に説明する。

「辰子が、鍋島さんと?」

「うん」

「そう……か」

 

「ああっ!!!!!」

「があっ!!!!!」

 その時、辰子と鍋島の咆哮が響き渡った。

 

「じゃあ……私もいつまでもこんなトコで寝てらんないねっ!」

「ちょっ! 弁慶」

 勢いをつけて立ち上がる弁慶に大和が慌てて声をかける。

「ありがと、大和……でもさ、私は立ち往生の武蔵坊弁慶なんだ。敵が立ってるうちは寝てるわけにはいかないよ」

 左腕は……痛みはあるが動かないという事はない。弁慶は晶の能力(ユメ)に舌を巻くと同時に、感謝をした。

「弁慶……」

 大和は心配そうに弁慶の名を言う。

 しかし、止める事はなかった。

 弁慶の瞳に映る意志が、かつて義経が鍋島に向かっていった時の瞳と被ったから。

 

 与一は絶対に、狙撃を諦めてない。

 生まれた時から一緒にいる弁慶は、その事を確信として感じている。

 義経は帰ってくる場所を弁慶に任せて、水希と共に行った。

 弁慶にはその期待に応える、使命がある。

 

 寝ていられない。いられるわけがない。

 

 弁慶は更に自らを奮い立たせるため、大和に最後のひと押しを任せる。

「ねぇ、大和……」

「え?」

「明日さ……ちょっと、話したい事があるんだ……付き合ってくれない、かな?」

 弁慶は大和に背を向けたまま問いかけた。

 弁慶の胸は跳ね上がるほどに脈打っている。

「え? ……う、うん……わかった」

 戸惑いながらの大和の了解の言葉を、弁慶は噛みしめるように聞いていた。

「ありがとう……だったら……」

 

 その言葉を聞き終わった弁慶は、すぅと息を吸うと、

 

「――ちゃんと帰ってこないと、駄目だよねっ!!!!」

 

 鋭く叫びながら、無残に壊れた校舎の門から戦場へと躍り出る。

 

「弁慶っ!! 絶っ対、勝てよっ!!」

 大和の声を背中で受け止める。

 弁慶は左腕を振り上げて大和に応える。

 

「後は、任せたからねっ――」

 弁慶は走りながら呟いた。

 誰に向けての言葉だったのだろうか。

 恐らく、誰でもない、川神の為に戦う皆に向けての言葉。

 これを使えば恐らく自分は立てないだろうという確信があるから……

 

 それでも弁慶は躊躇なく切り札を切った。

「――金剛ォ――纏身ッ!!!!」

 

 武蔵坊弁慶の奥の手。

 武蔵坊の仁王立ちが元になっているであろう、窮地の時の瞬間的で爆発的パワーアップ。

 身体の中からみしりみしりと力が湧いてくる。

 効果が絶大であるからこその、リスク。

 同時に、身体がぎしぎしぎしぎしと悲鳴を上げる。

 

――もつか……もたないか……否、もたせてみせるっ!!!!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 爆発的な気の高まりに反応して襲い来る、無数のブラッククッキーを物ともせずになぎ倒しながら、金色の闘気を纏った弁慶は鍋島正に向けて疾走する。

 

 弁慶は、鍋島と一撃を喰らって膝をついた辰子の間へと身を躍らせた。

 

 

―――――

 

 

 弓身意――通常、弓技にはこの三位一体が必要とされている。

 即ち、弓力、身体、心の三つ。

 

 しかし、現在の与一にはこの中の“身体”の部分が圧倒的に欠けている。

 ならばどうするか……

 可能な限り“身体”を使った上で、足りないものは他の二つで補うしかないではないか。

 

 与一は“矢を目標に当てる”という目的に必要のないものを排除し始めた。

 

――肩が痛い、痛覚。

 いらねぇ、邪魔だ、ほっておけ。

 

――口の中の鉄の味、味覚

 知らねぇ、馬鹿か、無視しとけ。

 

――下から聞こえる剣撃、聴覚。

 うるせぇ、かまうな、捨てておけ。

 

 こんなことを考えている余地すら、邪魔くさい。

 

 今必要なものは何だ。

 

――視覚。獲物を見ろ、目を離すな、(まばた)きすら許されない。口でつがえているから距離感が違うことを忘れるな。

 

――嗅覚。湿気を嗅げ、呼吸は鼻のみ、小さくしろ。空気を吸うたび大気のコンディション測ることを忘れるな。

 

――触覚。風を感じろ、全身で思考し、誤差をなくせ。風の強さ弱さだけでなく、風の先を読むことを忘れるな。

 

 ほかに必要なものはあるか……

 あるのなら考えろ。

 ないのなら忘れろ。

 あるかもしれない、ないかもしれないという思考自体、邪魔だ。

 思いついた限りありったけかけて、矢を放つ。

 それ以外のものに、いまの那須与一にとって価値などない。

 今の自分はただ弓から矢を放つ為だけにいる存在だ。

 

 いつ来るかもわからない一瞬の為に、那須与一は那須与一であることを捨てる。

 仲間のためにという一念のみを残し、那須与一は弓と一つになった。

 

 

―――――

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 弁慶が、膝をついた辰子と鍋島の間に割って入る。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 戦略も躊躇もなく弁慶は一気に鍋島の懐に飛び込むと、疾走した勢いそのままに 鍋島にぶつかっていった。

 踏み込んだ瞬間に、鍋島の拳が飛んでくるが――気にしない。

 真正面から受け止める。

 如何にマスタークラス鍋島正の拳といえど、一発二発で止まるほど、今の弁慶は甘くない。

 

 しかしそれでも鍋島は瞬間的なパワーアップだけで勝てるほど、甘い相手ではない。

 

 鍋島は拳を出して、体勢な不十分なところに弁慶の体当たりを受けて、二、三歩後ろに下がったが、すぐに重心を前にかけると、弁慶との力比べを五分の体勢にする。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

「くおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 額をぶつけあわせ、全身の力で互が互を押し返す。

 二人の力に負けて、地面がベコリと凹み、ぶつかりあう闘気のために二人の周囲に静電気のようなものが視認できる。

 

「辰子ォッ!!!!」

 そんな一瞬の気の緩みも許されない中、弁慶は相棒に叫ぶ。

「あんたは、そんなもんじゃないだろうっ!!!!」

 弁慶の言葉に、ピクリと辰子が反応する。

「私等二人で決めるんだっ!! 出来るだろ!!」

 確信にも近い弁慶の投げかけ。

 

 そして、

「いくよッ!! 辰子ォッ!! ダブルッ!!!!」

 弁慶は、相棒との連携の合言葉を投げる。

 

「あああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 弁慶の言葉に反応して辰子の喉から雄叫びを上げながら立ち上がる。

 

 そして、

「ラリアットォッ!!!!」

 何回と繰り返した、二人の連携の合言葉を返した。

 

 弁慶は鍋島の腹を蹴りながら一瞬だけ距離を離すと、右腕に力を込めて再び鍋島に突撃する。

 逆側から、辰子が同じく右腕にありったけの力を込めて突撃している。

 二つの力の奔流が鍋島を挟み込む。

 

「がああっ!!!!」

 鍋島はかつて鳴滝がしたように、二つの力の奔流を両手を広げて受け止めた。

 鍋島の右手は弁慶の右腕を、鍋島の左手は辰子の右腕を受け止めていた。

 

「まだだ……」

「まだまだ……」

 しかし弁慶と辰子は、

「まだだっ!!」

「まだまだっ!!」

 そこで止まりはしなかった。

 止められて尚、弁慶と辰子は両足に力込めて押し込む。

 ありったけを込めて、押し込む。

 乾いたタオルから数滴の水を絞り出すように、身体の底から、力の滴を絞り出す。

 

「まだだっ!!!」

「まだまだっ!!!」

 弁慶と辰子が押し込む。

「がああああああっ!!!!!」

 鍋島が耐える。

 

「まだだっ!!!!」

「まだまだっ!!!!」

 弁慶と辰子の足元が抉られる。

「がああああああああああああっ!!!!!」

 鍋島のコートが力に負けてはじけ飛ぶ。

 

「まだだぁぁっ!!!!!!」

「まだまだぁぁっ!!!!!」

 鍋島の腕が折れ曲がり、弁慶と辰子の腕が鍋島にぶつかった。

 

――再び、鍋島の頭が跳ね上がった。

 

 

―――――

 

 

 再び跳ね上がる、鍋島の頭。

 与一は鍋島を睨みつけたまま、口を離して、矢を放つ。

 

 口で引き絞ったとは思えないほど、与一の放った矢は先ほどと同じ軌跡で鍋島めがけて飛来する。

 

 しかし、再びその行く手をブラッククッキーの壁が遮った。

 

 かつての一撃の再現かと思われた、その時――()()()()()()()()、一発の銃弾が矢の行く手を遮るブラッククッキーの目の前に現れる。

 次の瞬間、その銃弾は縦横無尽に飛び交い、矢の道を塞いだブラッククッキーをズタズタに切り刻む。

 その刹那の間隙をぬって与一の矢が銃弾が開いた道を突き進む。

 

 そして……

「があっ!!」

 弁慶、辰子が渾身の一擊を与え続けた鍋島の顎に、与一の一撃が穿たれた。

 

 鍋島はグラリと身体を傾かせ、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

 倒れた鍋島はピクリとも動かない。

 

 それと合図にしたかのように、僅かに残ったブラッククッキーが一斉に退却を開始した。

 

「川神の皆!! 此度の戦い!! 我らの勝利だっ!!」

 それを見た英雄が勝鬨をあげる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!』

 それに呼応するように、生徒たちの咆哮が響き渡った。

 

 

―――――

 

 

 弁慶と辰子は鍋島が倒れたのと同時に、地面に倒れ伏す。

 弁慶と辰子は地面に仰向けに倒れながら、皆の咆哮を聞いている。

 

「辰子ー、生きてる?」

「うーん」

「疲れたね」

「うーん」

「今なにしたい?」

「大和くんを抱き枕にしてお昼寝したい」

「はっ、ははっ、何それ、いいね」

「うん、いいでしょ、弁慶も一緒にやろうよ」

「ああ、いいね、それ、とってもいいよ……」

「でしょー」

 

 弁慶はだらけ部の部室で、大和を挟んで昼寝をする自分と辰子を想像してクスリと笑う。

 

「それ、本当に……いいね……」

「でしょー……Zzzz Zzzz」

「って、辰子そこで寝るの!? まぁ、でも……流石に私も疲れたよ……」

 そう言いながら、弁慶も金剛纏身の影響が現れ始めたのか、瞼が重くなり、意識が遠のいてきた。

「与一……お疲れ。大和……私、頑張ったよ。義経……負けんじゃないよ……」

 そう呟きながら弁慶は意識を手放した。

 

 生徒たちの咆哮の中、二人の寝息が静かに溶け込んでいった。

 

 

―――――

 

 

「っはぁっ!!」

 鍋島が倒れるのを見届けると、与一は止めていた息を吐きながら尻餅を付くように倒れこんだ。

 息が荒い。肺が、身体が、酸素をくれと悲鳴を上げている。

 感覚が段々と戻ってきた。

 下の戦闘の音が聞こえないところをみると、先ほど見たようにブラッククッキーは一時退却したのだろう。

 

 呼吸が落ち着いてきたところで、与一は自分の放った矢を援護した、一発の銃弾に思いを馳せる。

 あの一発がなければおそらく、学園の裏門での勝利はなかっただろう。

 しかし、与一はあの援護が来ると確信していた。

 何故なら――

 

「俺“達”は、魔弾の射手(ザミエル)だ……」

 そう言いながら、無事な左手で親指と人差し指だけ伸ばして、拳銃の形にすると学園の向こう側のビルに向かって狙いを付ける。

 

「――狙った獲物は逃さないっ! ってね」

 与一が狙ったビルの屋上にはマスケット銃を肩に担ぎ、同じく左手を拳銃の形にした龍辺歩美が、与一のいるマンションの屋上へ左手で作った拳銃の照準を合わせていた。

 

 お互いの顔は遠くて見えない。

 だが、どんな顔をしているかは手に取るようにわかる。

 二人は同じタイミングでニヤリと笑うと。

 

 同時に――

 

「 「BANG(バァン)……」 」

 

 と、左手の引き金を引いた。

 

 暗く黒い空の隙間から、一瞬、陽の光がさした。

 

 




久々に、一週間以内に更新できました。
やっぱり勢いって大事ですね。

正直、戦闘描写の表現とか展開がネタ切れどころの騒ぎじゃありません。
でも、なんとか頑張ります。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十三話~酔龍~

え?モンハンですか?やってますが何か?
(訳:遅くなってホントにごめんなさい)


「せいっ、やっ!」

 裂帛の気合いと共に放たれた一子のしなやかな蹴りが、飛び込んできたブラッククッキーの首に決まる。

 現在一子は素手。薙刀は先ほどからの連戦に耐え切れず、根元から折れ曲がり向こう側に転がっている。

 それでも一子は折れずに戦い続けている。

 

 一子はかつて経験したことのない大量の敵との戦いの中で、感じている。

 ああ、この時のためにあったのか、と感じている。

 何をか――稽古が、である。

 ここにきて一子の身体を支えているものは二つだ。

 一つは心。

 川神を仲間と共に守りたいという、心。

 ルー師範を救いたいという、心

 その心が一子を支えている。

 そして二つ目は何か。

 

 それが稽古だ。

 

 毎日何キロ走ったのか。

 毎日何時間薙刀を振っていたのか。

 毎日どれだけ川神院で打ちのめさせれたのか。

 毎日どれだけの反吐(ヘド)を吐いたのか。

 毎日どれだけの悔し涙を飲み込んだのか。

 

 全てが今、自身の糧になっていることを一子は実感していた。

 

 身体は疲れている、ヘタれいる。が、まだ動ける。

 身体は傷つき、弱っている。が、まだ戦える。

 

『一子ォ! 足の先まで神経をとどかせテ。相手にぶつかるのは足の先なんだからネ!』

 尊敬する師であるルーの声が頭に響く。

――はい!

 一子は心の中で答え、同時に口からは掛け声を放つ。

「ていっ、やっ!」

 掛け声とともに一子は回し蹴りを放った後に、着地した足をさらにもう一度伸び上げ、振り上げた足を踵から勢いよくブラッククッキーの頭上に叩き落とす――川神流 天の槌。ルーから教えられた一子の得意技の一つだ。

 

『ワン子!! 相手から一瞬でも視線をそらすんだ、相手の視線と気配は常に感じて蹴り上げろ!!』

 心の底から大好きな姉である百代の言葉がよみがえる。

――はい!!

 再び一子は心の言葉に答える。

「せえぃ!」

 天の槌でブラッククッキーの頭を破壊した一子は、打ち下ろした足を再び踏切り、バク転の要領で足を振り上げながら一回転して、横にいるブラッククッキーの顎を打ち上げる――川神流 鳥落とし。俗に言うサマーソルトだが、この技は百代から教わったものだ。

 

『一子や、この技は非常に危険じゃ。じゃが、お主なら使い場所を間違えず使えると信じておる……よいか、この技のポイントは手ではなく、足元じゃ。足の指先から踏み込んだ力を身体全体を通して、手まで届かせる。拳でなくても構わん、掌でも十分効果がある』

 親愛なる義父・鉄心の教えが思い出される。

「はいッ!!!」

 最後は心の言葉を裂帛として放つ。

 鳥落としのバク転を綺麗に着地した一子は、そのまま膝を曲げて衝撃を残すと一歩大きく踏み出し伸び上がると同時にブラッククッキーの胴に掌を持ち上げるように叩きつける――川神流 蠍撃ち。これは鉄心が初めて教えてくれた、一歩間違えれば相手を普通の生活に戻れなくする程に危険な技だ。

 

 川神一子が過ごしてきた一日、一分、一秒が糧となっている。

 川神一子が経験した、一つ一つが糧となっている。

 

 一子は止まらない、動き続ける。

 一子が亀だとしたら、向こう側でルーと戦っている鈴子は新幹線、最終目標である百代はロケットだろうか。

 それでもいい、それでもかまわない。

 亀だろうがなんだろうが、歩き続ければ、いつかは彼女たちが通った地点を通過する。

 肝心なのは歩み続ける意志と覚悟だ。

 だから、一子は動き続ける。前へ、前へ……

 まずは、ルーを助けるところまで、たどり着く。

 その為の歩み、止められない、止めるわけがない。

 

「やあっ!!」

 終わりが見えずに襲い掛かってくるブラッククッキーを一人で奮闘しながら、一子は動き続ける。

 それが、ルーを救うことになると愚直に信じ、一直線に、真っ直ぐに。

 それは見るものが見れば輝くようにうつったかもしれない。

 

 この戦いの中で光るのは川神一子の(イクサ)(マコト)なのだ。

 

 

―――――

 

 

「はあっ!」

「ひゅッ!」

 鈴子の掛け声と、李の吐く息が重なる。

 ルーの左右から薙刀とワイヤーが同じタイミングで襲い掛かった。

()ァッ!」

 ルーはその左右の攻撃を、身体をぐにゃりとしならせて躱す。

「せいっ!」

「つッ!」

 鈴子と李は続けざまに攻め立てる。

 今度は若干の時間差をもって、薙刀と苦無がはしる。

()ィイッ!!」

 この連携を、ルーは思いもよらない形でさばいて見せた。

 

「ちょっ!」

 ルーは先に来た薙刀の一撃をかわすと、身体をクルリと回転させて鈴子の間合いに入ると、なんとそのまま鈴子に寄りかかるように身体を預けてきた。

 そして、そのまま鈴子に体重を預けると、足を浮かせて回転させ、襲い来る苦無を蹴りで叩き落とした。

「もうっ!!」

 鈴子がルーの身体を跳ね除けようといたときは、既にルーは自ら地面に降り立って、二人から飛びのき距離をとっていた。

 相変わらず、身体はゆらりゆらりと、揺れている。

 

「まったく……やりづらいったら、ありゃしない!」

 鈴子が毒ずくと、

「私もこれ程の酔八仙拳の使い手とまみえるのは、初めてです……」

 李も顔をしかめる。

 

 例えるならば宙に浮いた羽毛だろうか。

 ふわりふわりと掴めずに。

 ゆらりゆらりと逃げられる。

 かと思うと烈火のような一撃が、獲物を捕らえる蛇のように急所目がけて襲い掛かってくる。

 するする、ゆるゆる、ふらふら、くらくら……およそ戦いには相応しくない形容詞の付きそうな動きをしながら、刹那の瞬間に伸びてくる必殺の一撃。

 なんともやりにくく、そして……至極、エゲつない……。

 

「さてと……どうしたもんかしら」

 鈴子の思案に、

「……私が、足を止めます」

 李が答えた。

「でしたら、私が切り込みます」

「はい、お願いします」

 互いに迷いのない言葉。

 どちらが何を、どうやればいいのか、互いに最善手を提案しそれに対して返す。

 その土台にあるのは――信頼。

 互いのを信頼しているからこそ、任せるべきところを、任せられるのだ。

 鈴子は切り込むといった、具体的な事を李は問わない。

――鈴子が作った隙で標的の足を止める。それが李の役割であって、過程は関係ない。

 李は足を止めるといっていた。どうやってと、鈴子は問わない。

――鈴子が考えるべきはルーを捕捉し隙を作り出すこと。そうすればあとは李の役目だ。

 互いが互いの実力を信じているからこそ生まれる連携。

 それは即興であっても、熟練のプレイヤーが奏でるジャズの様な調和を生み出すことができるのだ。

 

――つっ、と鈴子が動き始める。

――すっ、と李が気配を消す。

――ぬるり、――ゆらり、とルーが反応する。

 

 トン、トン、トン、とリズムを刻むように、鈴子が左右にステップを踏みながら動き出す。

――トントントントン。

 鈴子の刻むリズムが、だんだんと小刻みになっていく。

――トントントントントン。

 鈴子の刻むビートが、心臓が早鐘を打つかのように高まっていく。

――トントントントントントントン。

 鈴子のリズムが最高潮に達したかと思われたと同時に、鈴子の身体がフッっと掻き消える。

 

()ィィッ!」

 次の瞬間、ルーは自らの後ろに向かって腕を振る。

 ルーの腕が鈴子の()()を切り裂さいた。

 マスタークラスのみがなし得るであろう、予知にも似た読みの境地。それすら凌駕するほどに、高めた鈴子の迅の戟法。

 一陣の風の様に凛子はルーの周りを踊り、舞う。

 そんな鈴子という名の疾風の中でルーは風に運ばれる羽毛のようにふわりふわりと身体を動かしながら、そのゆったりとした動きとは裏腹に、余りの速さに生まれてきた鈴子の残像を悉く打ち消していく。

 その狙いが、徐々に徐々に、鈴子に近づいていく。

 鈴子は全てわかったうえで動き続けている。

 そして遂に、ルーの腕が鈴子を捉えるかと思われたその時、鈴子は手に持った薙刀を思いきり地面に突き立てて、その柄を中心にポールダンスのダンサーの様にクルリと身体を回した。

 その動きでタイミングをずらされた、ルーの腕が鈴子の鼻先をかすめながら飛んでいく。

 それを目で追いながら、鈴子は回転の勢いそのままにルーに膝をぶつける。

「――っつう!!」

 今まで鈴子が溜めに溜めてきた疾さがそのまま乗った一擊。無論、鈴子の身体も無事ではないが……

 攻撃直後の刹那の瞬間を狙われ、ルーの身体が初めてグラついた。

 

「――シッ!!」

 その隙を逃さず、李がどこからともなく、すぅと現れるとルーに向かい苦無を投げつけた。

 ルーはそれを体勢を崩されながらも、上半身を大きく動かして苦無を躱した――李の()()()()に。

「――ッ!!」

 避けた苦無がルーの影に突き刺さった瞬間、ルーの顔に動揺が走り足がピタリと待った。

 

――影縫い。

 古来より日本の忍びが使っていたという忍術の一つ。

 実際は暗示の類の技だが、李が使ったのはもっと単純だ。

 李が投げた苦無には、九鬼が医療用に制作した特殊な瞬間接着剤――接着剤は元来医療用に開発されたものだ――が衝撃と同時に半径1メートルに広がるようになっている。

 この苦無が刺さった半径1メートル以内にいる物体は、瞬間的にその場に固定されることになる。

 現代の技術が生み出した、現代版の影縫い。

 鈴子の不意の一擊と、李の虚を突いた術理でルーに一瞬だが、完全な隙ができた。

 

「せええいっ!!!」

 その隙を逃さず鈴子が薙刀の一撃をルーに叩きつける。

「がっ!!」

 その一撃で吹っ飛ぶルー。

 それでも鈴子の一撃を喰らいながらも靴を脱ぎ捨て身体を浮かせ、李の影縫いから脱出したのはまさにマスタークラスの所業だろう。

 しかし、それでも大きく飛ばされ決定的な隙を晒したのも事実。

 

「――終わらせて――いただきますっ!!」

 

 そこに李が追撃をかける。

 この時、李の心にはある一つの決意があった。

 おそらくこの時の李の決意による変化は、仮にステイシー等のごく親しい人間が近くにいたとしても感じ取るのは難しかったであろう。

 いや、もし親しい人間がこの場にいたら、尚一層、隠業の奥底にその変化は隠されたかもしれない

 それ程までに微妙で、しかし重要な機微。

 

 だが、それを感じ取った者がそこにいた。

 

 何故その者がその機微を感じ取れたのか――それは李と同じ(たち)を持っていたから。

 大雑把にまとめてしまえば、同類ということだ。だからこそ、その者――鈴子は李の機微を感じ取った。

 そしてそれを感じた鈴子がとった行動は、

「――なっ!」

 李が止めを刺そうと追撃をかけようとした時、ルーと李の間に身体をねじ込み、李の止めが届く前にルーに一撃を放ったのだ。

「っせあ!!」

 強引な割り込みからの、強引な一撃。

 故に威力も十全とはいかず、鈴子の一撃を腕で受け止めたルーは吹き飛びながらも、両足で着地し体勢を立て直した。

 

 距離が空き、再び開始の時と同様にルーと二人は向き合った。

 

 鈴子はルーを見ていた。

 しかし李はルーを見ずに、鈴子の後ろ姿を見ていた。

 李には先ほどの鈴子の行動が、まったく理解ができなかった。

 

――なぜ自分の動きを邪魔したのだろうか。

 

 李と鈴子は即興のコンビである。

 したがって、意思疎通がうまくいかずお互いがお互いの動きを邪魔してしまう可能性はもちろんある。それに、今回に関しては完全に李の独断。故に、鈴子が図らずも自分の攻撃時に割り込んでしまったということは考えられなくもないのだが、やはり李は違うと感じた。

 鈴子は明確な意図があり、李の攻撃を止めた。

 李はそう感じていた。

 

「何故――私の攻……」

「ダメですよ、李さん」

 李が鈴子の行動を問おうとした時、鈴子が李に言葉をかぶせてきた。

「え?」

 自分の発言を覆われて、思わず問い返す李。

「それは、ダメですよ、李さん」

 そんな李に、鈴子は再び同じ言葉を重ねた。

「……ダメ……とは?」

 思わぬダメ出しに、李は再び鈴子に問い返した。

「私……李さんがさっき何考えたか……わかっちゃうんですよ。だから、ダメなんです」

「え?」

「同類……って言い方はあんまりいい響きじゃないんですけど……まぁ、つまりはそういうことです」

「いや……すみません、言っておられる意味がよくわからないのですが……」

 革新的な部分をぼかした鈴子の言葉に李が眉をひそめる。

「……正直、自分のトラウマみたいなものなので、あまり言葉にはしたくないんですけど……」

 李の言葉に鈴子も言葉を濁すが、意を決したように口を開く。

 

「李さん……李さんは、ルー先生のことを“殺す覚悟”がありますよね」

 

「――ッ!!」

 鈴子の言葉を聞いた李の顔に驚愕の色が浮かぶ。

「なにも、はなから殺そうと思っているわけじゃないのは知っています。だけど、結果として……一歩届かずに……そんなことが重なってルー先生の命を消してしまったとしても、李さんはそれを背負う覚悟をしてますよね……という意味です」

「どうして……」

 鈴子の言葉があまりに核心を突いていて、李は思わず言葉を詰まらせる。

 

 暗殺者に育てられ、幼い頃から暗殺を仕事として生業にしてきた、李静初。

 彼女は知っている。

 人間のどこの部分をどうすれば、静かに、速やかに目標の命の灯火を消せるのかを。

 

 殺すという事柄について特別な感情を持てない

(たち)である、我堂鈴子。

 彼女は思っている。

 殺人とは、肉体の重要器官をある一定以上破壊すれば生命活動は止まるという、ただの方程式であると。

 

 互いに、殺人という作業において稀有な才能を持つ二人。

 二人とも血に対する嫌悪感はない。

 故に、なろうと思えば阿修羅になれる

――だが。

――だが、しかし。

「でも、それじゃあ、ダメなんですよ」

 鈴子が先ほどと同じ言葉を繰り返す。

 

「李さんの気持ち……というか、覚悟みたいなものとても良くわかるんです。でも、ダメです。今回は……ダメなんです。ルー先生を殺しちゃ、ダメなんですよ」

 鈴子はの言葉は李に語りかけると同時に、自分ににも言い聞かせているようだった。

 そして、

「ここでルー先生を殺したら、私達の負けなんですよ!」

 強い瞳で言い放った。

「我堂様……」

 

「仮にルー先生を殺してしまっても、もしかしたら皆は私たちを責めないかもしれない……いや、多分責めないと思います……だけど、川神先輩は、川神院の人たちは、そしてなにより一子は自分を責めます、悔やみます。そして、私達もそれを忘れないのでしょう……それは全っ然! ハッピーエンドじゃない! そんな妥協案みたいな結末、この戦いでは選んじゃダメなんです!! それを選んだら、あのキチキチ気持ちの悪い笑い声をしてるモテなさそうなストーカー男の思う壺なんですよ!!」

 鈴子が初めて、李の顔を見て語りかける。

「甘っちょろくても、生温くても、今の私たちはご都合主義みたいなハッピーエンド以外認めちゃいけないんです」

 そして

「だから、李さんが覚悟したその気持ちは、絶対に実行しちゃ、ダメなんです……」

 鈴子は三度(みたび)同じ言葉を繰り返した。

 

 鈴子の言葉が途切れると李は、

「申し訳ありません、確かに私が浅はかでした……」

 そう言って、小さく鈴子に頭を下げた。

「甘い……と、思いますか?」

 頭を下げた李に鈴子が問いかける。

「甘い……とは思います……そして、難しいな、とも思います……ですが……」

「ですが?」

「ですが……そのお考え、私は素敵だと思います」

 そう言って、李は小さく微笑んだ。

「ありがとうございます。李さんならそう言ってくれるんじゃないかって思ってました」

 その微笑みを見た鈴子も小さく微笑む。

 

「しかし……」

 李は笑みを消すと真剣な顔で、このやり取りの間にも攻撃をしてこず、向こう側でただ二人の成り行きを静かに見ているルーに視線を投げる。

「しかし……そうなりますと、再びあのルー様から一本取らねばならなくなりました。同じ手は通用しないでしょうし……なかなか骨が折れそうです」

 そう言って李は眉をひそめる。

「でも……それでも、やらなければならないんです」

「はい」

 鈴子の言葉に、李が頷く。

 二人の気の動きに反応したからだろうか、ルーの身体がゆらりと動き始める。

 

「李さん、これ……」

 鈴子はルーから視線をそらさずに、自らの右手で李の右手に触れる。その手には何もないように見える。

「コレ……は……」

 しかし鈴子の右手に触れられた李は、驚いたように目を見開いた。

「使ってください」

「――わかりました」

 鈴子の短い言葉で全てを察したのだろう、李は確信を持って頷いた。

 そして、二人は小さく頷き合うと、

「せえやっ!!」

「はあっ!!!」

 ルーに向かって突撃した。

 二迅の風が絡まりあうようにルーという名の羽毛に躍りかかる。

 

 疾風の中で舞う不規則な羽毛を再び捕らえる事が出来るのか、鈴子と李の最後の挑戦が始まった。

 

 

―――――

 

 

 身体には粘り気の強い、泥のような疲れが蓄積している。

 身体には重い、石のような痛みが蓄積されている。

 疲れの為であろうか、痛みの為であろうか、身体の所々が熱い。まるでそこだけ火で炙られている……否、内から昇ってくる熱なので身体の中に火が点っているかのようだ。

 溜まりきれば身体の全てを動かなくするであろう、そんな確信が一子にはある。

 それでも一子は動いている。

 鈴子と薙刀を合わせた瞬間から今まで、一時の休みなく、動き続けている。

 一子を支えているものは鍛錬だ。

 今までの鍛錬があったから、動けている。

 そしてもう一つ。

 

 それは――心だ。

 

 肉体を鍛えるためには、心を磨く必要がある。

 心を磨くためには、強い肉体が必要になる。

 身体だけではない、心と身体、二つを鍛えるのが本当の鍛錬だ。

 その鍛錬を一子は一日も休まずに続けてきた。

 心と身体は不可分だ。分けることなど出来ない。

 身体が萎えれば、心が萎える。

 心が萎えれば。身体も萎える。

 

 身体が死ななければ、心は死なない。

 心が折られなければ、身体は挫けない。

 明らかにスペック以上の身体の負荷を、一子の心が、想いが支えている。

 意識は――既に所々途切れている。

 しかし、身体に染みついた反復練習がその間も一子の身体を動かしている。

 

 足を踏みしめ。

 関節を駆動させ。

 相手を打つときは必ず、撃ち抜く。

 

 倒したブラッククッキーの数はだいぶ前から数えるのをやめている。

 ただ、ただ、目の前にいる人形を歯を食いしばりながら倒していく。

 目の前にいる敵を、一つ一つ、一歩一歩、確実に……。

 

 華やかさはまるでなく、泥臭く鈍重……だが、その確かな足取りは確実に進んでいる。

 

 ルーが引き連れてきたブラッククッキーは既に10体を切っていた。

 しかし、その事実に一子は気づいていない。

 一子はただ一歩、一歩進んでいる。

 亀のように遅く、しかし、止まらず、確かな一歩を踏み出し続けている。

 

 ついに残存のブラッククッキーの数が、片手を切った。

 

 

―――――

 

 

「はあっ!!」

「しっ!!」

 ルーに向かっていってから、何度この同時攻撃の連携を試みているだろうか。

 一歩。

 一歩、届かない。

 突風に舞う羽毛のように。

 疾風にもてあそばれる花弁のように。

 ルーの動きが捉えきれない。

 

 しかし、だからといって、休まない。休めない。

 休んだら、ルーからの攻撃を許してしまう。

 故に、二人は延々と攻め続けている。

 一つ間違えれば根底から瓦解するような、綱渡りでしかも即興の連携を鈴子と李は延々と続けている。

 

「はああっ!!」

 鈴子の裂帛の斬気が迸る。

「しゅっ!!」

 李の精密な一撃が疾る。

 それら全てを、ルーは身体を揺らし、そらし、捌き、回転させて躱している。

 絡み合う三者の動きは、まるで演舞の様だった。

 己の中の全てを絞り出して舞う、壮絶な演舞だ。

 

「ひゅううう……」

 そんないつまでも続くかと思われていた三者の演舞のなか、不意に李が今までと違う息を吐く。

 口をすぼめ唇を尖らせ、笛のような息を吐く。

「しゅうう……」

 鈴子はその呼気に、同じく息を吐いて答える。

 

 次の瞬間、鈴子と李はルーを挟むように位置取り一気に距離を詰める。

「はあっ!!」

「しっ!!」

 鈴子の薙刀と、李のワイヤーが閃く。

()イィッ!!」

 ルーは今までと同じように、それを身体を捌いて避ける。

 

――読まれているな。

 と、李は感じている。

 何がか。

 それは自分の暗器の位置。

 暗殺とは戦いではない。むしろ戦いを起こさないことが、優秀な暗殺者の定義。

 したがってこのように、長時間にわたって同じ相手と戦う事というのは、まずない。

 暗器には全て有効な使い方があり、使い処がある。

 もちろんいろいろな動きにカモフラージュをかけるが、この様に長時間、同じ相手と戦うとどうしても自らの身体の何処にどの様な暗器が設置されているか相手に悟らせてしまう。

 たとえば、右手を振れば苦無が、左手を振ればワイヤーが、といった形だ。

 しかも相手はマスタークラスの使い手。

 そこに楔を打ち込むのならば、先ほどのように道具の力を最大限に使い、自らもぎりぎりの動きをする必要がある。

 

「はっ!!」

 李は先ほどまでなら攻撃がかわされた後は、距離をとりつつけん制に移っていたが、今回は一気にルーとの間合いを詰めた。

「はっ!!」

 李は右手を振るい、複数の苦無を放つ。

 ルーはそれを回転して躱し、さらに李との間合いを詰めてきた。

「はっ!!」

 李はそれには構わず、さらに一歩踏み出して、左手を振る。

 ワイヤーがルーを襲う。

 ルーは再び身体を回転させて、躱すと同時に、距離を詰める。ルーの間合いに李が入った。

()イィッ!!」

 間合いに入った途端、ルーが鋭く腕を振り、そこに発生した気弾が李へとぶつかる。

「くううっ……はあっ!!」

 李はその気弾を左腕で受け止めると再び右手を振るう。

 再び苦無が飛ぶ。

()イイィッ!!!」

 李が傷つきながらも放った至近距離の苦無を李は身体を捻って躱した……直後、

「――っ!!」

 ルーの顔に驚きの色が浮かぶ。

 李は躱したはずのルーの右半身を右手から出ているであろう()()()()()()で拘束していた。

 

『使ってください』

 そう言って渡されたモノを、李は見る事が出来なかった。

 何故ならそれは鈴子が()()()()()()()創ったから。

 形の創法で創りだした透明のワイヤー。

 何かは解らなくても、手触りでそれが何であるか李は理解した。そしてそれをどう使うかも、理解した。

 踏み込んだのも、所在がばれている暗器を使い続けたのもこの一瞬の為の布石。

 力では負けている。

 先ほど受けた気弾の影響で左腕はダラリと垂れ下がって、力が入らない。

 故に拘束は一瞬だろう。

 だが、その一瞬を作りだすことに、李は成功した。

 

「はあああああああっ!!!!」

 その一瞬を逃さずに、鈴子が拘束されていない左側から疾風の様に突っ込んでくる。

「バースト・ファイヤーーー!!」

 ルーは左手のみを使い、鈴子に向かって李と同じように拳の形をした熱線を放つ。

 シャッターを融解させた熱の光線。

 まともにくらえば循法や解法が苦手な鈴子では恐らく耐え切れないであろう強度。

 だが、この一瞬を逃せば勝機は遠のく。

 したがって、鈴子のとるべき行動は一つしかなく、また、鈴子に躊躇もなかった。

 

「はあああああああああああっ!!!!!」

 鈴子はその熱線に向かいスピードを上げる。

 そして薙刀を地面に突き立てると両腕をクロスして灼熱に飛び込んだ。

「――ッ!!!!」

 熱にうたれ、喉が渇き、悲鳴も上がらない。

 初めに熱線を喰らった両腕が文字通り焼けている。

 が、通常ならば喰らった瞬間に焼けるはずの鈴子の両腕が一瞬。まさに刹那と言える間のルーの熱線を防いでいた。

「あああっ!!!!」

 速さの世界に身を置く鈴子にとって、その一瞬で十分だった。

 腕に巻かれている()()()()()()をふり捨てると、熱線を掻い潜りルーの懐にたどり着いた。

 これも鈴子が創法で創りだした、見えない耐熱布。

 

 創法は万能ではない。

 ありえないものは作れない。

 だが、あり得るモノなら作り出せる。

『見えないワイヤー』はイメージが容易い。

『見えない耐熱布(アスベスト)』も博学の鈴子ならばイメージできる。

 

 問題は最後の攻撃が何で来るかということだっだった。

 ルーの今までの攻撃を見ていて、打撃なら問題ない。

 気弾も避けられる。

 竜巻も切り裂ける。

 そう選択肢をつぶしていったとき、熱線だけが今の自分だけでは防げなかった。

 だから、備えた。

 何が来てもいいように、何が来ても李の創りだした勝機を逃さないように。

 

「終わりにしましょう、ルー先生」

 懐に飛び込んだ鈴子が静かに言った。

 そして耐熱布を巻いていたとはいえ、大きく火傷のついた両腕をだらりと垂らしたまま、鈴子は大きく足を踏み切り、ルーの顎に膝を叩きこんだ。

「――がっ!!」

 ルーの身体が大きくのけぞる。

 そこを飛び上がったそのままに、鈴子が両足でルーの左腕を拘束する。

 

 ルーの揺れが初めて完全に止まった。

 

「終わりにしましょう、ルー先生……」

 鈴子がルーの耳元で先ほどと同じ言葉を呟き、

「彼女が……一子が来てくれましたよ」

 そう続けた。

 

「やあああああああああああああ!!!!!」

 

 その呟きが終わるか否かのタイミングで、四人目の裂帛が鳴り響く。

 

 鈴子の突き立てた薙刀を携えて、川神一子がルーに突っ込んできた。

 

「一子!! アンタの戦の真(ココロ)見せてみなさい!!!!」

 鈴子の檄が飛ぶ。

 

――駄目だよ一子! 一撃目は相手の防御を崩すんだ、防御を見極めて間を通すように薙刀を振るんだヨ。

――もっと早く!! これは二連撃じゃあないんダ。二撃で一つの攻撃なんダ。

――飛び上がるときは、魚が水面を跳ねるような意識を忘れちゃだめだヨ!

――打ち下ろすときは鋭く!! 持ち上げすぎるから、二撃目が遅くなるんだヨ!!

――そうダ!! その感覚忘れちゃだめだヨ!!

――大丈夫、一子は頑張ってるからネ。努力はね報われるんだヨ。

 この技を教えてくれたルーの言葉が頭を駆け巡る。

 一子が習得している、唯一の川神流の奥義。

 

――絶対アタシが助けます。

 

――ルー先生。

 

――ルー先生!!

 

――ルー先生!!!!

 

「これがアタシの――」

 一子の身体がルーの懐に潜り込む。

 

「川神流奥義 (アギト)オオォォッーーーッ!!!!!」

 

 つがいの一撃がルーの顔面に直撃した。

「ぐっ……ふ……」

 ルーの口から呻き声がこぼれる。

 

 静寂があたりを包み込む。

 

 一瞬の間をあけて、ルーの身体からダラリの力が抜け、地面に倒れた。

 次の瞬間、ルーの身体のいたるところから黒い粒子が地面に零れだし、蒸発するように消えていく。

 

 そのあとには、いつものように濃緑の拳法服を着たルーが倒れていた。

 

「ふぅ……」

 それを見た鈴子が息を吐く。

「鈴子! ルー先生は! それに鈴子の両腕も……」

「一気に聞かないでよ、疲れてるんだから……さっきの見てたでしょ、ルー先生はもう大丈夫よ」

 そういって鈴子はそっと腕を持ち上げてみた。

「っつぅ……痛いって事は大丈夫ってことね。私自身の回復で応急処置ぐらいはできるし、私の方も学園で晶に直してもらえればたぶん問題ないわ」

「そう……よかった……よかった……」

 一子は噛みしめるように鈴子の言葉を聞いていた。

 

「お疲れ様、一子。あなたの(マコト)、見せてもらったわ」

 それを見ていた鈴子は一子に言った。

「今、握手が出来ないのが残念だけど……ルー先生を取り戻したのはあなたの一撃よ、自信を持ちなさい」

「……鈴子」

「その心があれば、あなたは絶対強くなれる。それはたとえ武の道じゃなくなったとしても、あなたの強さは変わらない。もっと自信をもっていい」

 そんな鈴子の言葉に驚いた表情を浮かべた一子だが、

「ありがとう……ありがとう、鈴子」

 その言葉の意味を理解して、鈴子に礼を言う。

 一子の瞳には微かに涙が浮かんでいた。

「そ、そうよ! なんせ、私が保証したんだから。ちゃんと強くならないと承知しないわよ!」

「うん、うん――」

 顔を赤くした鈴子の照れ隠しの言葉にも、一子はただ大きく頷く。

 

 そんな中、向こうから李がやってきて、

「怪我の治療もあります、そろそろ学園に戻りましょう」

 そういった。

「はい! あ、ルー先生は私が運びます!」

 李の言葉に、一子が元気よく答える。

 学園にたどり着いたら、一歩も動けないかもしれない。

 それほどまでに疲れているが、この役は自分がやるべきだと一子はおもっ思っている。

「御言葉に甘えさせていただきます。私も我堂様も腕を負傷してますから、そうしていただけると助かります」

 一子の言葉に李が頭を下げる。

「あー、そうと決まれば早くいきましょう。腕がヒリヒリしてしょうがないわ。晶の奴、あとなんか残したら承知しないんだから」

 鈴子がブツクサと言いながら立ち上がった時、

 

「そうですね……火傷だけに熱っち(アッチ!)にある学園で、早く治療してもらいましょう」

 

 李が口を開いた。

 

 一瞬の静寂が訪れる。

 その後、

「プッ! ハハハハ!! 李さん何それ、駄洒落ですか?」

「ちょっ!! ははは、李さん、不意討ちすぎですよ!! はははは」

 一子と鈴子が同時に笑い出した。

 

「ハッ!? ウケたッ!! これが、これが“間”なのですね……今のタイミング忘れないようにしなけば……フフフ、いい勉強が出来ました」

 

「ハハハハハハ」

「はははははは」

「フフフ……」

 

暗く沈んだような商店街の真ん中で、少女たちの明るく、軽やかな笑い声が遠くまで響いていた。

 

 

 




遅くなって申し訳ございません。
まえがきに書いたようにモンハンやってたのですが、
ちょっとそれだけではなくて、この作品のクオリティに対してちょっと考えるところがありまして……

まぁ、その辺は完結後にもし気が向いたら活動報告にでも書くかもしれません。
とても個人的な事なのでw

ルー戦の終了です。
絡ませたかった鈴子&李、鈴子&一子を絡ませることがようやくできました。
年内完結目指して、頑張っていきます。

お付き合いいただきまして、ありがとうございます。


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第五十四話~火蓋~


う~ん、詰め込みすぎたかなぁ


 九鬼総合研究所。

 川神が誇る巨大な工業団地の一角を占める、九鬼の頭脳とも呼べる場所だ。

 川神は縦に長い土地で、川神駅などの商業や住宅の中心は七浜などに近い、川神の南側に位置しており、逆に工業団地は都内などにもアクセスがいいように、川神の北側を占めている。

 車でくればそうかからない道のりだが、主要な道路はブラッククッキーの配置が多く、逆に時間がかかるという判断で、栄光、ステイシー、由紀江、クッキーの3人と1体は徒歩でここまでの道のりを進んできた。

 

「先ほどすごい数のブラッククッキーが出て行きましたね……」

 研究所を目の前にした住宅の物陰に潜みながら、由紀江が誰に言うともなく呟いた。

「さっきした定期連絡によるとアタッカーの内の2人、鍋島直とルー・イーは討ち取ったらしいから、最後の攻撃に出発したってとこだろうな」

 由紀江の言葉にステイシーが答える。

「じゃあ、つまり……」

「うむ、今が狙い時……ということだな」

 栄光の言葉を、クッキーが引き継いだ。

 

「かといっても、敵の本拠地だし。何より九鬼のセキュリティは生きてる。何もしないで気づかれずに潜り込むのは不可能だ」

 ステイシーの言葉を聞いた、由紀恵が、

「大杉先輩の透……でしたっけ? その能力で潜り込めませんか?」

 そう栄光に聞いてきた。

「できねぇってことはねぇと思うぜ。ただ、4人まとめてってのは難しいし、神野の仕掛けを壊すにはどうしても崩の解法に切り替えなきゃいけないのを考えると、忍び込むってのは難しいかもな」

 栄光は由紀江の問いかけに腕を組んで答える。

 

「ならば答えは簡単だ、研究所に潜り込みメインコンピューターを破壊する組みと、足止めをする組に分けて行動するということだ」

 現状をまとめるように、クッキーが言う。

 

 一同が黙り込む。

 

 理屈で考えるなら、そのとおりだろう。

 しかし、ここは敵の本拠地といってもいいところだ。

 先ほど大群が出て行ったとは言え、この中には夥しい数のブラッククッキーがいるであろうことは容易に想像できる。

 それにおそらくマスタークラスである人物もここにいるであろう。

 その中で4人という人数を分けるというのは自殺行為にも等しい。

 突入する班であっても、足止めをする班であっても、危険極まりないミッションであることは誰の目にも明らかだ。

 

「でも、それしかねぇなら、やるしかねぇよな」

 そう言って栄光がゆっくりと立ち上がる。

「はい」

 その言葉を受けて、由紀江も立ち上がる。

 ステイシーもクッキーも立ち上がる。

 

「班分けですね、大杉先輩は突入班に入ってないといけないですが、もう一人は……」

「クッキー、あんたが行きな」

 由紀江の言葉にステイシーが答える。

「私はコッチの方は管轄外だから、研究所の中の構造はわからねぇ。あんたのメモリーには研究所の地図はいってんだろ」

「了解した、大杉の道案内は請け負おう」

 クッキーは力強く頷く。

「じゃあ、足止め班は……」

「ステイシーさんと……私ですね」

 栄光の言葉に由紀江が答えた。

 

「由紀江ちゃん……」

 栄光が由紀江に声をかけようとしたとき、

「――大杉先輩」

 それを遮るように由紀江が栄光に声をかけてきた。

「大杉先輩、私、大杉先輩にお願い事があるんです。聞いてもらっていいですか?」

「え? お、おう、全然オッケーだけど……なに?」

 由紀江の不意の言葉に栄光は戸惑いながらも頷く。

 

「また……また、勝利のハイタッチしていただけませんか? 私、ああいうのもの凄く憧れていて、ハイタッチ出来たとき、とっても嬉しかったんです……だから、もう一度……」

 由紀江はそう言って恥ずかしそうに小さく笑う。

 

「あぁ、わかった……しようぜ、勝利のハイタッチ!」

 それを聞いた栄光は力強く頷く。

 

「その為には……」

「えぇ……その為には……」

 そう言って二人は同時に息を吸い込むと、

「絶っ対、勝とうな!」

「絶対、勝ちましょう!」

 同時に力強くいい放つと、頷きあった。

 

「行こうぜ、クッキー」

「メインコンピューターのある制御室は目の前の一番大きな建物だ」

「了解」

 栄光がクッキーに触れると、二人の姿と気配がすぅ……とかき消える。

 栄光が透の解法を展開したのだ。

 

 たっぷり一呼吸分間を置いたあと、

「じゃあ、私達も行こうか」

「はい」

 ステイシーがいって、由紀江が返事をする。

 

「派手に暴れまわってやろうじゃねぇか!! ロックン・ロール!!」

「はい!!」

 ステイシーがマシンガンを構え、由紀江が刀を構える。

 

 そして、

「らああああああああああああッ!!!!」

「はああああああああああああッ!!!!」

 二人は敢えて気合い裂帛を轟かせながら、研究所へと踊り出た。

 

 二人が研究所に足を踏み入れた瞬間、至るところに佇んでいたブラッククッキーが、一斉に襲いかかってきた。

 

「らああああああああああああッ!!!!」

「はああああああああああああッ!!!!」

 それでも二人はスピードを緩めずに一気に中央を突破する。

 

 自分達は此処にいると誇示しながら進軍する。

 

――大和さん、皆さん、伊予ちゃん……私、勝ちます!!

 

 強い決意を胸に、由紀江は終わりの見えない戦いへと身を投じた。

 

 

―――――

 

 

「はーい、ちゃんと一列に並んでくださいねー。いっぱいありますから焦らなくても大丈夫ですよー」

 真与は自分の身体よりも大きな鍋を前に、大きな声を上げていた。

「はいはーい、熱いから気を付けてくださいねー」

 千花が真与の隣で、その鍋から茶碗に豚汁を注いでいた。

 川神学園の体育館で豚汁の炊き出し行われていて、避難民や学園の防衛にあたっている生徒たちに振舞われてた。

 今は12月24日。いくら設備が整っている川神学園の体育館とはいえ、この広さでは空調もなかなか行き届かない、そういう意味では、振舞われている豚汁の様な暖をとれるモノはとてもありがたい。

 現に先ほどまで不安そうにしていた避難民の人々も、豚汁の入った茶碗を持ちながら会話をし始めていた。

 

「成程、流石は大和君。温かいものは確かに身と心を癒しますね」

 この豚汁の指揮をとった大和のもとに、冬馬がやってきて大和をほめる。

「人の心を萎えさせるのは、寒さ、暗さ、ひもじさ……暗さはどうしようもありませんが、寒さとひもじさを同時に解消できる素晴らしい案だと思いますよ」

 冬馬の言葉に近くにいたクラウディオが柔和な顔で頷いた。

「ありがとう。でも、これ発案したのは俺じゃないんだ」

「へぇ、んじゃ、どこのどいつよ」

 大和の答えに、準が意外そうに反応する。

「龍辺さん」

 大和はそういって、向こう側で自らの顔のサイズと同じぐらいあろうかという丼ぶりを両手で抱えてふーふーと豚汁に息を吹きかけている、小柄な少女に目を向けた。

 

 少し前の体育館の雰囲気は、御世辞にもいい雰囲気だったとは言い難かった。

 鍋島とルーを倒し、ブラッククッキーの大軍を迎撃した瞬間は熱気ををびていたが、避難してきた川神の人々や、負傷者の治療にあたりながら時間が過ぎていくと、どうしても不安がせり上がり、それが感染していってしまったのだ。

 鍋島と李がアタッカーの内の2人だと仮定しても、アタッカーのマスタークラスはあと一人残っているし、敵の拠点へと向かっていった者達から、勝利の連絡は入ってきていない。武芸に携わっている人間はまだしも、現在は学園の生徒も含め一般人が大勢を占めている、12月ということもあり空調だけでは補えきれない寒さも相まって、かなり危険な状態になっていた。

 そんな状態を危ないと思いながらも、決定的な何かを思いつかず大和が頭を悩ませていた時に話しかけてきたのが、歩美だった。

 

「ねぇねぇねぇねぇ、直江くん、直江くん」

「え? あ、龍辺さん、何?」

「ちょっと直江くんに頼みごとがあるんだけど……いいかな?」

「う、うん、俺に出来る事なら」

「ありがと! えっとね、直江くんにご飯を用意してもらいたいんだよねぇ」

「え? 食べるものならあそこに……」

 歩美の言葉に大和は体育館のまわしを見渡す。

 体育館のいたるところに大きなお皿が用意されており、その上にはおにぎりやサンドイッチといった手軽に食べられる軽食の様なものが大量に用意されていた。

 しかし、それらは今、あまり手を伸ばされていない。

「あー、ごめんごめん、ちょっと言葉が足りなかったね。温かいのが欲しいんだよね、温かいの、出来ればシチューみたいのがいいかなぁ」

「シチュー?」

「そそ、こういうさ、なんとなーく、どんよーりしてる時って、身体の芯からあったまるもので元気だそー、みたいな?」

「なるほど……そうか、シチューか……うん、いいかもしれない。でもシチューだと時間かかるかな……」

 大和は歩美の言葉に頷きながら、アイディアを並べる。

「シチューっぽいものだと、あと、カレーとかスープとか……あと、豚汁……とかかな?」

 そんな大和の呟きに、

「豚汁! それだよそれ!!」

 歩美がパチリと指を鳴らしながら大和にむかってウインクする。

「そうか、豚汁か……うん、うん、そうだね、そうしよう。家庭科室もつかえるし。うん、急げば30分くらいでも出来るかもしれない。確かパーティ用の豚肉があったはず……葵に聞いてみるか……」

 歩美の言葉を聞いて、大和が頭の中で計画を立てる。

「んじゃ、直江くん、豚汁たのんだよー」

 そう言って、歩美は来た時と同じようにトテトテと大和のもとから去っていった。

 

「ってな感じさ」

 事の顛末を大和から聞いた面々は、一様に頷く。

「龍辺さんは頭がいいのでしょうね、勉強が出来るという意味ではなく、頭の回転が早いという意味で」

「柊様とはまた違った形で“頭のキレる”お方ですな」

 冬馬やクラウディオが歩美を褒める。

「まぁ、当然だな! ロリだからな!!」

「ロリは関係ねぇーだろ、ハゲー」

 準と小雪の会話は……平常運転だ。

 そんな周りの声を聞きながら、大和は肝心な時、何でもない様に核心を突く歩美の言葉に畏怖に近いものを感じていた。

 

 歩美発案の豚汁で活気を取り戻した体育館の一画で、鳴滝が一人、もくもくと目の前の皿に山盛りになっているおにぎりを口に運んでいた。

 先だっての襲撃で表門のブラッククッキーの大群の殆どを歩美と二人で撃退した鳴滝は体育館に戻ってくるやいなや、ゴロリと寝転び休息に入っていた。

 そして、ついさっき不意に起きたと思ったら、目の前にあったおにぎりの山に手を出し始めたのである。

 大きな手で山のようにあるおにぎりの中から無造作に一つつかむと、口に入れ、むしゃり、むしゃりと咀嚼してのみ込む。のみ込んだら、次のに手をのばす。その速度は一定で早くもなく、遅くもない。しかし、休まない。次々に鳴滝の口の中におにぎりが消えていく。

 鳴滝は食べている間、目を閉じている。いや、本当に閉じているかは解らないが、傍から見たら閉じているように見える。故に表情があまりない。まるで岩が食事をしているかのようだった。

 もしかしたら、食事という事自体が見当違いなのかもしれない。次の戦いに備えて力を貯める……その為だけに食べ物を身体の中に入れている、鳴滝の食事の様子はそのように見える。

 

 そんなふうに皿に手を伸ばし続けていた鳴滝の手に、コツンとおにぎりとは違う感触が当たる。

「あん?」

 その感触を確かめる為に顔を上げると、そこには湯気の立った丼ぶりを二つもった忠勝が立っていた。

「なんだよ?」

 鳴滝がぶっきらぼうに忠勝に声をかける。

「豚汁、てめぇの分だってよ」

「あ? 別にいらねぇよ」

「俺ぁ、頼まれただけだ。いらねぇなら頼んだヤツに返してこい」

 鳴滝の無愛想な言葉にもひるみもせずに、忠勝が返す。

「誰だよ?」

「我堂だよ」

「ちっ……鈴子のやつか……よけいな世話掛けやがって……」

「んで、いるのか、いらねぇのか? いらねぇなら断ったって俺が我堂に返してくるぜ」

「んなことしたら、後でなに小言言われるかわかったもんじゃねぇ……よこせ」

「ほらよ……ったく、最初っから受け取っとけよ」

「ちっ……」

 忠勝から丼ぶりをうけとった鳴滝は、礼も言わずに豚汁をかき込み始めた。

 それを見た忠勝も、おもむろに鳴滝の横にどかりと座ると同じく豚汁を食べ始める。

 二人とも無言で丼ぶりを掻き込んでいる。

 

「……美味いか?」

 不意に忠勝が鳴滝に声をかけた。

「あ? あ、あぁ……」

 鳴滝は忠勝の問いかけに気のない返事をする。忠勝の方を一瞥すらしない。

「この白味噌、不二川の奴が持ってきた本場京都のやつらしいぜ」

「あぁ、そうかよ……」

 続けてされた忠勝の投げかけにも、鳴滝は適当に返す。

「豚肉は九州の黒豚、熊飼のイチオシだってよ」

「……ふーん」

 忠勝は気にせず言葉を続ける。

「ネギはお前ら……」

「おい……」

 さらに続けようとした忠勝に流石に鳴滝もイラついたらしく、声を出した。

「……お前ら千信館のある鎌倉の鎌倉野菜……」

「だからなんだってん――」

 しびれを切らして鳴滝が初めて丼から顔を上げて忠勝の方に振り向こうとしたとき、鳴滝の頬になにか木の棒のようなものを押し当てられた。

「……あん?」

 鳴滝が冷静になって見てみると、それは忠勝の箸だった。

 忠勝は自らの箸の柄の部分で鳴滝の頬をついたのだ。

「いったい全体なんだってんだ」

 その箸を払いながら鳴滝は忠勝をギロリと睨む。

「そらこっちのセリフだ、テメェこそ一体全体どうしちまったってんだ」

 忠勝は鳴滝の凄みも受け流して、逆に問い返す。

「俺? 俺がどうしたって?」

 忠勝の問いにわけがわからないといった感じで、鳴滝が聞き返した。

「おめぇ……川神に来たばっかの時みてぇになってるぜ」

「あ?」

「張り詰めすぎてパンパンになってるって言ってんだよ」

「――ッ」

 忠勝の言葉に、鳴滝がピクリと反応する。

「何気負ってるか知らねぇけど、オメェ、何の為にモモ先輩とあそこまでド突きあったんだよ」

「源……」

「それに、そんな感じで食べられてちゃ、握り飯も可愛そうだ。これは戦えない生徒たちが自分たちも何かできなかって、必死こいて作ったもんだぜ、それをゲームの回復アイテムみたいにポンポン食べられちゃあなぁ……」

「……」

 鳴滝は黙って、忠勝の言葉を聞いていた。

「こりゃあ、親父の受け売りだけどよ……『食』っていう字は『人』を『良』くするって書くらしいぜ。人を良くしないものは、食べてるって言わねぇんだってよ」

 そう言って忠勝は山の上から一つおにぎりをとって、鳴滝に差し出すと、

「だからよ、しっかり『食べて』やれよ」

 そう言った。

「……ふん」

 鳴滝はバツが悪そうにそのおにぎりを受け取ると、一口で口の中に放り込む。

 行為としては先ほどと同じだが、幾分さきほどよりも噛み締めてる、そんなふうに見えた。

 

「……ぶほっ!!」

 しかし、次の瞬間、鳴滝は口に放り込んだおにぎりを吐き出しそうになる。

「お、おい、鳴滝?」

 鳴滝の急変に忠勝が慌てて声をかける。

 だが今の鳴滝に、忠勝の言葉に答える余裕はなかった。

 味覚をしっかりと覚醒させて食べたおにぎりから送られてきた味は、到底おにぎりからは出てこないであろうと思われる、強烈な甘味であった……しかも尋常じゃない甘味だ。

「ぐっふ……」

 しかし吐き出すわけにもいかず、鳴滝は目の前にあった丼ぶりを抱え込むと、のこりの豚汁と一緒に、おにぎりにあるまじき甘味を暴力的なまでに発散させていた口の中のものを流し込んだ。

「はー……はー……」

「おい、大丈夫かよ」

 荒い息を吐く鳴滝に忠勝が声をかける。

「ったく……なんだってんだ……握り飯の中に甘くて、柔らかくて……なんだありゃマシュマロか?」

 鳴滝の感想に、

「ああ、そういやS組の榊原の奴がさっき何個か握り飯作ってたから、それかもな。あいつマシュマロ常備してるし……まぁ、災難だったな」

 忠勝が思い出したように答えた。

「てめぇ……わざとじゃねぇだろうな……」

「んな面倒なことするかよ……」

 鳴滝に睨まれるが、忠勝はどこ吹く風といったふうに返す。

 

「まぁ、災難だっただろうけど……ガスは抜けたんじゃねぇか?」

「あ?」

「オメェ、さっきまでホントに岩みたいだったぜ。いろいろ背負ってんだろうけどよ、俺達もいるんだ、一緒にこんなナメた真似してくれた奴をぶん殴ってやろうじゃねぇか」

「源……」

 鳴滝自身、戦真館の仲間はもちろん、川神学園の人間を信じていないわけではない。

 しかし、先の邯鄲の夢において怪士に遅れをとり、最終決戦に立ち合えなかった不甲斐なさは、未だに鳴滝の胸の奥で燻っている。

 故に、なんとか自分の力で……という気持ちが先走り、それが外に漏れてたのかもしれない。

 そう言う意味では、声をかけてきた忠勝だけでなく、豚汁を忠勝に渡してくれと頼んだ鈴子もおそらく鳴滝の様子を心配して、忠勝にその役を託したのだろう。

 

 まったくなんとも――

「お節介が多いこったぜ……」

 鳴滝は小さく笑いながらそう呟いた。

「だったら、そんな心配かけさすんじゃねぇよ」

 その呟きを聞いた忠勝が、鳴滝に言う。

「あぁ、悪かったな」

 そんな忠勝の言葉に、鳴滝は素直に謝った。

 鳴滝は自分の中にあった何か、大きく硬いものが軽くなった気がした。

 否、軽くなってはいない。重さはまだ自らの腹の中に溜まっている。溜まっているが、動きづらくはない。重心が定まり落ち着いた、そんな気がした。

「悪かったな」

 鳴滝は再び同じ言葉を口にした。

「別に……おれは何もしちゃいねぇよ」

 鳴滝の言葉に恥ずかしくなったのか忠勝が視線を外してそっぽを向く。

「ふん、相変わらずだな」

 その様子を見た鳴滝が小さく笑う。

「あ? テメェに言われたくねぇよ」

 それを聞いた忠勝が鳴滝に言い返す。

 

「……」

「……」

 

 一瞬の沈黙のあと。

 

「ふんっ!」

「はっ!」

 

 二人は同時に視線をそらすと、丼ぶりに残った豚汁を互いに掻き込み始めた。

 二人共視線を合わせない。

 しかし、その口元は二人共かすかに笑っているように見えた。

 

 そんな時、扉を勢いよく開けて一人の従者が文字通り転がり込むように体育館に入ってきた。

 

「おい! そんなに慌ててどうした? 深呼吸したあとで構わんしっかり報告しろ」

 それを見た英雄が駆け込んできた九鬼の従者に声をかける。

「すー……はー……すー……はー……ありがとうございます、英雄様」

 九鬼の従者は何回か深呼吸すると、英雄に礼を言う。

「うむ! それで、どうしたというのだ」

「はい……」

 英雄の言葉に従者は一瞬言葉につまるが、意を決したように報告を開始した。

 

「只今、偵察隊の定期連絡が入りまして、現在ブラッククッキーの大群が川神学園に向けて進軍を開始したとの事です! その数、先だっての襲撃の二倍以上!!」

 

――ざわり。

 

 体育館全体がざわめいた。

 川神学園防衛の最後の決戦が開かれようとしていた。

 

 

―――――

 

 

 コッ、コッ、コッ。

 

 四四八は自らの靴が鳴らす足音だけを耳にしながら、九鬼の本社ビルへと通じる地下通路を歩いていた。

 ここまで来るために街を突っ切ってくる際、ブラッククッキーの襲撃は受けたが、この通路に入ってから敵からの襲撃の気配はまるでない。

 それどころか、物音一つしなく、怒声、剣撃、大声が飛び交っていた外とは別の世界に迷い込んだかのような錯覚さえ受ける。

 

 コッ、コッ、コッ。

 

 そんな静寂に包まれた通路を四四八は一人、歩いている。

 敵の気配どころか、人の気配すらない。

 しかし、それを補って余りあるほどの巨大な気配が、自らの向かう先に存在していることを四四八は感じている。

 

 そして長い、長い通路を抜けた先に、その気配の主が立っていた。

 

 対峙して始めて四四八が感じた印象は――巨木。

 並大抵の巨木ではない。

 数千年の時を過ごし、嵐にも、地震にも、あらゆる災害に屈することなく、ふてぶてしいまでに太く、大きく地面に立っている、もはや森と同義の存在にまで成長した巨木。

 そんな巨木――ヒューム・ヘルシングは黒く変色して、そこに佇んでいた。

 獅子の鬣のような見事な金髪も、今は黒く染め上がり、眼は紅く発光し、口から吐き出される息さえも、黒かった。

 

 ヒュームはただ、立っている。

 巨木がだたそこにたっているのと同じように無造作にたっている。

 

 だが、その存在感は圧倒的であり、威圧的であった。

 樹齢千年以上の巨木がただたっているだけで他者を圧倒するように、ヒューム・ヘルシングもただ立っているだけで、圧倒的な存在感を放っていた。そして多少の武芸に通じたものであっても、彼のもとにたどり着くことなくへたり込んでしまうであろうと思われるほどの威圧感を、ヒュームは樹木が光合成をするかのように自然に周囲に発散していた。

 

 これが本気のヒューム・ヘルシングの自然体なのだ。

 

 そんな圧倒的な威圧感を真っ向から受け止めて、四四八はヒュームの前に立つ。

 

 四四八は自らの首を差し出す覚悟をしている。

 それはこの戦いで、ということではない。

 この戦いのあと、自分たちの責を問われたとき被害を受けた人々に報いるために、自らが身を賭す覚悟をしている。

 故に、目の前の人物に謝罪の言葉を掛けるのも、今ではないと知っている。

 

 四四八は印を結んで、(しゅ)を紡ぐ。

――地・水・火・風・空(オン・アビラ・ウンケン・ソワカ)……

 四四八の双眸が翠色に燦然と輝きだす。

 

「……ヒュームさん」

 四四八がゆっくりと旋棍を構える。

「しゅぅぅぅぅぅ……」

 その闘気に反応するかのようにヒュームが大きく息を吐く。

 

 それを見た四四八は、すぅ……っと息を大きく吸うと、

「戦真館! 柊四四八!! 推して参いりますっ!!!!」

 裂帛を轟かせ、駆け出した。

 

「ジャアッ!!!!」

 その動きにヒュームが反応する。

 

 直後、巨大な二つの気が、九鬼本社ビルの前で激突した。

 

 柊四四八が最強に挑む戦いの幕が今、切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

 川神百代はつい数時間前に、普段と変わらぬ様子で妹と共に出て行った門を見つめていた。

 川神に象徴とまで言われる川神院。

 その窓口である門は一種の観光スポットにもなっている。

 しかし、いつもは朱に染まっている門は今、おどろおどろしいまでの黒色で染まっていた。

 洗脳された鉄心の影響が、外部にまで及んでいるということだろうか。

「……寺のみんなは……無事みたいだな」

 気配を感じた百代が呟く。

 

 川神を突っ切ってきた時も、この川神院の前に立った時も、川神の修行僧には出くわしていない。敵に操られているかとも懸念したが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。

 気配を感じ取るという情報だけが頼りだが、どこか川神院の奥にまとめて閉じ込められているといったところだろうか。

 

 そして、その百代の予想は当たっていた。

 

 川神院の修行僧達は川神院の一室に閉じ込められている。

 一般人よりも精神操作に耐性のある川神院の修行僧達を操る時間を惜しんだ神野が、取り敢えず邪魔をされないようにと一箇所にまとめて閉じ込めてあるのだが、それは川神院の一番奥の部屋となっており、そこにたどり着く為には……

「……じじぃ」

 百代はその途中に鎮座する、桁違いに大きい気配に向けて呟いた。

 家族のように過ごしている修行僧の皆を助けたいという気持ちはあるが、その前に鎮座している鉄心がそれを許すとも思えない。

 

 ならば、選択肢は一つしかない。

 

 生きながらにして伝説的な存在となっている祖父を打倒し、川神院を取り戻す。

 

 百代は一つ大きく深呼吸をすると、意を決して、歩み始めた。

 

 見慣れた景色の見慣れない雰囲気の中を、百代は歩いていく。

 

 今、百代の中には様々な思いが渦巻いていた。

 こんな状況にした神野という悪魔への怒り――もある。

 あんな悪魔にみすみす操られている鉄心への悔しさ――もある。

 本気の鉄心と戦えるという興味――もある。

 自らが負けた時に家族は、仲間はどうなってしまうのかという恐怖――もある。

 そして言葉にはできない奇妙な感覚、違和感――と言っていいものもある。

 戦いの前にこんなに心が渦巻いたことはない。

 かつての自分は戦いの前、良くも悪くも、何も考えてはいなかった。

 

 この状況がいいか悪いか、自分では判断できない。

 だがそんなことを考えている今の自分のことが、百代は嫌ではなかった。

 これが今の自分なら、そのままひっくるめて受け入れてやろうという気になっている。

 様々な思いが渦巻いてはいるが、心は不思議と凪いでいた。

 おそらくそれは、腹をくくっているからだろう、と百代自身は感じている。

 自らの中の獣が猛っているのがわかる。

 同時にその獣を御している自分がいることもわかっている。

 とにかく今ある全てをぶつける、そういうことだけを百代は決めている。

 

 鉄心の強さは、理解している。

 おそらく自分が一番、理解している。

 だからこその決断。

 全身で、全霊で、全力で、鉄心と向き合う。

 

 ゆっくりと進めていた歩みはついに、鍛練場で止まることになった。

 

 鍛練場には百代を待ち構えているかのように鉄心が静かに佇んでいた。

 

 鍛練場の中央に、鉄心が胡座をかいたまま宙に浮かんでいる。

 その周りに纏う気が黒い。

 常に手入れを怠らなかった純白だったはずの髭が黒い。

 そして常に着用している袴までもが、黒かった。

 

 見慣れすぎた人物の、見慣れない様相。

 先程まで渦巻いていた感情が、ふつふつと煮えたぎり百代の身体を熱くしていく。

 

「じじぃ……」

 百代はつぶやくと同時にぎりりと、拳を握り締める。

 

「じじぃ――」

 同じ言葉を繰り返し、百代は歯を食いしばる。

 

「じじぃっ!!!!」

 三度目は声を張り上げて、鉄心を睨みつける。

 

 その声に反応したのか、

「喝ァーーーーッ!!!!」

 鉄心は両目が見開いて、黒い闘気を発散させた。

 

「じじぃぃぃーーーッ!!!!!」

 百代はそれに応えるように、溜め込んだ気を一気に発散しながら鉄心に向かって飛びかかる。

 

 初撃のぶつかり合い。

 それでも二人の闘気の激突で、鍛練場の大気は揺れ動き、閃光のような爆発を起こす。

 

 次の瞬間、爆発のせいか互いに衣服から小さな煙を上げながら、鉄心と百代は始めの位置に戻り視線を交わす。

 

「じじぃ――私は今日、じじぃを助けるために、じじぃを超えるッ!!!!」

 

 川神百代が伝説に挑む戦いの幕が、切って落とされる。

 

 先ほど百代が感じていた違和感は、鉄心と対峙したとき、大きく決定的なものになっていた。

 

 しかしその正体を、百代は今だ、掴めずにいた。

 

 

―――――

 

 

 川神学園の周辺は夥しい数のブラッククッキーが埋め尽くされていた。

 空からこの様子をみたら、黒い何かが学園を取り囲んでいるのではなく、黒い何かの中に、ぽっかりと学園が浮かんでいる。そんなふうに見えたかもしれない。

 

 従者部隊からの報告を受けたあと、大和、冬馬、英雄、クラウディオが相談して現状戦力を裏門と表の校門にわけた。

 現在、ブラッククッキーの大群に隠れ、マスタークラスがどこにいるか把握できていない。

 故にどちらにマスタークラスの強敵が来ても対応できるように、部隊構成をした。

 

 主な戦力としては、先ほど鍋島の襲撃を受けた裏門には、英雄を指揮官に、冬馬、晶に火傷を癒してもらった鈴子、そのフォローで歩美、あずみ、準、小雪、心、京極、亜巳、天使、腕を癒してもらった李も参戦している。

 4人の見立てで今回、マスタークラスが襲撃する可能性が高い思われている表の校門には、忠勝を指揮官として、大和、鳴滝、長宗我部、ガクト、クリス、マルギッテ、キャップ、京、戦えないが伝令役としてクラウディオが配置された。

 弁慶、辰子、与一、一子は先の戦いで負傷や力を使い果たし、今回の戦いには参加できない。

 晶は両軍からの負傷者を一挙に請け負うことになると思われるため、体育館にその他の衛生班と共に待機。

 項羽はスイスイ号という機動力と、単体でも戦える戦闘力を兼ねているということで、外からの遊撃と救助民の有無の確認、その保護が役目とされた。

 

 グラウンドを挟み、忠勝たちはブラッククッキーと対峙している。

「まさか、お前とこうやって肩を並べて戦うことになるとはな」

 長宗我部がとなりに立っている鳴滝に声を掛けた。

「ふん」

「次会う時も敵どうしでぶつかり合うと思っていたんだが……」

 長曾我部のそんな言葉に、

「つまり! 筋肉は引かれあったということだな、うん!!」

 ガクトが一人ウンウンと頷きながら納得している。

「なんだそりゃ……」

 あまりの突拍子もないガクトの返しに気の抜けたような顔をする鳴滝

 しかし、そんな鳴滝をよそに長曾我部は、

「なるほど、確かにそういうことか……」

 と腕を組みながら頷いていた。

「おい……おまえら真面目にやれよ……」

 そのやりとりを聞いた忠勝が呆れたような声をかける。

 

 その時、

「動いた!!」

 大和の鋭い声が響く。

 

 深夜の海のように、黒く広く広がっているブラッククッキーが一斉にグラウンドに雪崩込んできた。

 

「さっきより怪我人も一般人も多くいる! 学園には一匹たりとも入れんじゃねェぞ!!」

 忠勝の檄に、

『オオッ!!!!!!!!!!!!!』

 戦闘に参加している者たちから声が上がる。

 

「いくぞぉっ!!!! 突撃ぃッ!!!!」

 忠勝の言葉を合図に、川神の生徒たちも一斉にブラッククッキーへと向かっていく。

 

「この戦いが終わったら、四国のご当地サイダーで乾杯といこうじゃないか!」

「俺様はプロテインでもオーケーだ!」

 長宗我部もガクトもそれぞれ鳴滝に声をかけて駆け出していく。

「ったく、勝手なことばっか言いやがって」

 そう呟く鳴滝の口元はかすかにほころんでいた。

 

 鳴滝の前にも無数のブラッククッキーが襲いかかってきた。

 それを見た鳴滝が深く呼吸を始める。

「コオオオオオオ……」

 そこらじゅうの空気を根こそぎ吸い尽くさんばかりに深く呼吸する。

「コオオオオオオ……」

 ブラッククッキー達はもうそこまで来ている。

 急いではいる。急いではいるが、慌てない。

 その呼吸で、鳴滝は全身に力を溜める。

 温度を上げる。

 粘度を上げる。

 圧力を上げる。

 細胞の一つ一つがパンパンに膨れ上げり今にもはち切れそうになった瞬間、鳴滝は一歩足を踏み出した。

 フットワークを使うようにつま先から踏み込む一歩ではない。

 踵から、足の全体でしっかりと地面を踏みつける。

 

「らあっ!!!」

 鳴滝が拳を振るった。

 踵で生み出した力を、足首、ふくらはぎ、膝、腰、背、肩、肘、手首を通して拳に伝えた一撃は、飛びかかってきた無数のブラッククッキーをまとめて粉々に砕いた。

 

「らあっ!!!」

 鳴滝はさらにもう一歩、逆側の足を踏み出して、先程とは逆の拳を振るう。

 その一撃で、次のブラッククッキーのまとまりも粉砕する。

 

「かああっ!!!」

 鳴滝が鋭く息を吐く。

 かかってこいと、言っている。

 俺に向かって来いと、咆哮する。

 

 その意に反応してブラッククッキーが群がるように鳴滝に集まってくる。

 

 学園防衛の最終決戦の火蓋が今、切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

「せやあっ!!!」

 由紀江は日本刀を鋭く振り、飛び込んでくるブラッククッキーをまとめて一刀のもとに切り伏せる。

「ヘイ! ヘイ!! ヘイ!!! テメェ等みたいなファックなガラクダ共はスクラップになって、リサイクルされちまいな!!!」

 ステイシーが両手にもったマシンガンをブラッククッキーの群れに向けて掃射する。

 

 いうなれば、敵の本拠地だ先ほどブラッククッキーが出て行ったが、それでも大量という言葉では表せないほどのブラッククッキーが、由紀江とステイシーを取り囲んでいる。

 

「ったく、キリがねぇな」

 ステイシーがマシンガンのマガジンを交換しながらボヤく。

 由紀江とステイシーは栄光とクッキーが入っていったであろう正面玄関の扉を背にして戦っている。

 今のように少人数で大群を相手にするのであれば、通常ならば一箇所にとどまらずに分散して戦うのがセオリーなのだろうが、由紀江とステイシーの役目は、栄光達が挟み撃ちになら無いようにこの扉を守ることだ。

 

 したがって形勢は非常に厳しいと言わざるを得ない。

 

 そんなことはステイシーもわかっている、わかっているが、愚痴の一つもこぼしたくなるくらいに、周りを囲んだブラッククッキーの数は尋常じゃなかった。

「いつまでやればいいのかねぇ」

 ステイシーの口から再び愚痴が溢れる。

 いつまで、それは栄光とクッキーが研究所内の防衛網をくぐり抜けて、メイン制御室を破壊するまでだが、それはいつになるかわからない。二人が途中で敗北する可能性も、低くはない。

 独り言のような愚痴だったが、その言葉に由紀江が反応した。

 

「勝つまでです!!」

 由紀江の力強い声が響いた。

「勝つまで、続けるんです」

 自らに言い聞かせるように、再び由紀江が繰り返した。

 

――栄光がブラッククッキーを止めるまで、戦い続けるのだという決意。

 

 その言葉を聞いたステイシーは一瞬、驚いたような顔をしたが、次の瞬間ニヤリと笑い、

「いいねその言葉! ロックじゃねぇか!!」

 マシンガンを構える。

 

「んじゃ、勝つまで続けるぞ! ロックンロール!!」

「はい!!」

 その言葉を合図に、再び銃撃と剣撃がブラッククッキーに向けて放たれた。

 

 その時、今までまるで感じられなかった巨大な気が、ステイシーの頭上に現れた。

 

「ステイシーさん!!!」

 由紀江が鋭く叫ぶと、ステイシーの身体を思いっきり蹴って強引に吹き飛ばす。

「のわっ!」

「きゃしゃあ!」

 ステイシーが歩幅一歩分後ろに動かされた瞬間、獣の様な奇声をあげながら今までステイシーいたところに人が落ちてきて、その足で地面を抉りとっていた。

 そこにステイシーがいたら、頭をごと潰されていたかもしれない。

 この人物はおそらく気配を完全に消して、研究所の建物の上から襲撃してきたのであろう。

 

「はあっ!!」

 由紀江は落ちてきた人物に向かって刀を凪ぐ。

「きいぃ!」

 再び獣の様な声を上げながら、その人物は由紀江の刀を靴の底で受け止めると、由紀江の力を利用して身体をうかせて、距離をとることに成功する。

 

――そこには、瞳を赤く染めた釈迦堂刑部がたっていた。

 

「サンキューな……なるほど、ここのラスボスの登場ってわけか」

 ステイシーの言葉に由紀江も、

「強いです……攻撃の直前まで気を感じることができませんでした」

 声を固くする。

 

 しかしそれも、一瞬だった。

 由紀江はすぅっと息を吸うと、

「あの人は、私が御相手いたします」

 そう、宣言するように言い放った。

 

「出来るのか?」

 ステイシーが問いかける。

「わかりません……でも、やるんです!!」

 由紀江が答える。

「いいね、黛由紀江! アンタ、ロックだよ!!」

 由紀江の答えを聞いたステイシーは、

「ガラクタの相手は私に任せな! 一体もとおしゃしねぇよ!!」

 そう言ってマジンガンを乱射し始めた。

 

 由紀江は刀を正眼に構えて、釈迦堂を見据えている。

 釈迦堂は特に構えもせずに佇んでいる。しかしその猛獣の様な眼光が、由紀江を射抜いている。

 

 ひゅううううう……

 由紀江が口をすぼめて息を吐く。

 きぃぃぃ~~~~……

 釈迦堂の口から奇声が漏れる。

 

「ひゅっ!!」

「きぃっ!!」

 二人の闘気が交差する。

 

 黛由紀江の絶対に負けられない戦いが、今、切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

 グラウンドでは一進一退の攻防が続いていた。

 否、押しているのは学園側だ。

 もともと防衛側の方が有利と言われる中で、さらに鳴滝が獅子奮迅の活躍をしている。

 現在グラウンドの半分より先にブラッククッキーは侵入できないでいた。

 

 そんな時、()()()()()()

 地震――ではないことは、その揺れが断続的で規則正しいことでもわかる。

 

 ずしん、ずしん。

 

 揺れとともに、なにかとてつもなく大きなものが動く音も聞こえる。

 

 そして――()()()()()()()越えながら一体の巨大なブラッククッキーが姿を現した。

 

「なっ!!」

 それを見た大和が息を飲む。

「まさか……あれは……」

 隣にいたクラウディオが驚愕の表情を顔に浮かべる。

「クラウディオさん、あれはなんなんですか!」

 大和が慌てたようにクラウディオに問いかける。

「おそらく……としか言えませんが、あれは汎用高機動型兵器・クッキー5を模して作られたもの、だと思われます」

「汎用高機動型・クッキー5?」

「はい、未だ設計段階でオリジナルのクッキーにもその機能は搭載されてはいませんが、データは研究所に存在しています」

「それを見た神野がブラッククッキーをこねくり回して創り出した……あまり聞きたくないんですけど、強さはどれくらいのスペックなんですか?」

「一般人の搭乗により、マスタークラスと戦える性能にしてあります」

「……一般人が搭乗しない場合は?」

「メインコンピューターによってリミッターの設定がなされます」

「メインコンピューターが乗っ取られている場合は」

「……おそらくリミッターは解除されたものと思われます」

 クラウディオの言葉にヤマトは唇を噛む。

 

 拠点攻略にこれほど適したモノもないだろう。

 純粋にその10m近い巨体だけでもまず攻撃手段がない。

 純粋に考えれば遠距離攻撃なのだろうが、装甲を見るに生半可な弓矢や銃器などものともしないだろう。こちらの対抗手段として挙げられるのは与一か歩美ぐらいなものか。

 そして、与一はいまだ体育館で意識を失っており、歩美は裏門の攻防に回ってしまっている。

 

 そして次に防御。

 あの巨体から繰り出されるパワーは如何程のものだろうか。

 普通に考えて、絶対に当たってはいけない。

 クリスや一子程度ではいつか捉えられてしまうだろう。

 マルギッテの防御は旋棍を中心に、受けに回るからダメだ。

 一発も当たらずにスピードで翻弄するという意味ならば、由紀江、鈴子、水希、義経くらいの疾さがないと無理だろう。

 由紀江は研究所、鈴子は手負いでしかも裏門にいる、水希、義経は神野との戦い……

 故に、大和は唇を噛む。

 人選を誤った。と。

 ここまで戦闘が進んだ中、主力の交換は不可能だ。

 

 そんなとき、大和の横からのそりと巨大な岩が動く。

 

「安心しろ……あいつの相手は……俺だ」

 鳴滝が巨大なブラッククッキー――マガツクッキーを睨みつけながら言い放つ。

「鳴滝……」

「お前は源と一緒に、あのデカブツの周りにほかの奴が入らねぇように指示出しとけ」

「……うん、わかった」

 鳴滝の言葉に大和は頷く。

 鳴滝がマガツクッキーに向かって歩みをはじめる。

 

「鳴滝ィ!!」

 そんな鳴滝の背に忠勝の声がかけられる。

 鳴滝がそちらを向くと、忠勝は何も言わず自らの胸、心臓のあたりをどん、と拳で叩く。

――忘れんな、俺達もいる。

 そんな意味だろうか。

 少なくても鳴滝はそうとった。

 そして鳴滝は、

――わかってる、まかせろ。

 そんな意味を込めてドン、と自らの胸を拳で叩く。

 

 二人は同時に視線を外す。

 もう、振り返らない。

 

「いいぜ、デカブツ、相手にとって不足はねぇ」

 

 鳴滝は規格外の戦闘兵器にむけて、一歩、また一歩と歩みを進めていった。

 

 

 




 今回も様々な場面をまとめて書いてみました。
 色々な方が予想をしてくださいましたが、不明なマスタークラスは、釈迦堂とマガツクッキーです。
 八命陣の敵キャラをお望みだった方は申し訳ございません。

 なんか、書いているうちに量が増えていって、果たして年内完結できるのか、自分でもわからなくなってきましたが、確実に話は進んでますので頑張っていこうと思ってます。

 お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十五話~切迫~

目指せ週一投稿。
目指せ年内完結。
(書く事で自分を追い込むという手法)


 山がそびえていた。

 天然の山ではない。人工の山。

 鉄くずを、ガラクタを、積んで積んで積み上げた、人工の山。

 鳴滝はそんな山の前に立っていた。

 マガツクッキーは、そこにただ立っている。

 しかし高層ビルが、巨大なタワーがあるだけで自然を威圧するように、周囲の風景を一変させてしまうように、マガツクッキーの存在は余りに圧倒的だった。

 そしてマガツクッキーの足元には、大量のブラッククッキーが従者のように整然と並んでいた。

 

 鳴滝は一歩、足を踏み出す。

 ブラッククッキー達が反応する。

 鳴滝はさらに一歩、踏み出す。

 マガツクッキーも反応する。

 

 マガツクッキーの腕がギリギリ当たらないであろう間合いの外で鳴滝が構える。

 足を開き、左手を前に出し、右拳を腰にあてる。

「コオオオオオオオオオオっ!」

 身体を沈めながら、大きく大きく、息をする。

 周りの空気を吸い込み、身体の中で燃やす。

 燃やして燃やして、力にかえる。

 かえた力を身体中に溜める。

 細胞の一つ一つが弾けそうになるくらいに、パンパンに力が溜まった瞬間に、

「らあっ!!!」

 溜めた力を使い、後にある足を思い切り踏み切った。

 鳴滝の身体が一気にマガツクッキーの間合いに入り距離を詰める。

 

 鳴滝の突撃合わせて、マガツクッキーの右腕が音を立てて振るわれる。

 超重量の鉄の塊であるマガツクッキーの文字通りの鉄拳。

 例えるならば高層ビルの解体に使う破壊鉄球。そんなものが、鳴滝めがけて振るわえた。

 しかし、鳴滝は怯まない。

「らあっ!!!」

 迫りくる鉄球めがけて己の拳を叩きつける。

 

 ガキンとも、ゴキンとも聞こえる、とにかく硬いもの同士がぶつかり合う大きな音が響き渡る。

 鳴滝とマガツクッキーが互いに拳を突き出した形で止まっている。

 拳と拳がぶつかり合っていた。

 上から振り下ろされるマガツクッキーの拳を鳴滝が下から迎え打ったという具合だ。

 双方がピタリと止まっていた。

 

 しかし、次の瞬間、

「らあっ!!!」

 鳴滝が吼え、逆の拳を繰り出す。

 マガツクッキーも同じく逆の拳で迎え打つ。

 

 再び硬いものがぶつかり合う音が響き渡る。

 鳴滝とマガツクッキーは再度、拳をぶつけ合う形で止まる。

 

――互角。

 

 鳴滝とマガツクッキーの力と強度は互角。

 しかし、ここはいうなれば戦場だ。純粋な1対1の勝負ではない。

 つまりこの勝負を決する要因となるものは、本人達の実力だけでなく、それ以外に起因する可能性も高い。

 

 機械音を響かせながら周りにいたブラッククッキーが一斉に、鳴滝めがけて飛びかかってくる。

「させねぇ!! 弓隊!!」

 それを見た、忠勝が絶妙のタイミングで京をはじめとした弓隊に指令を出して鳴滝に飛びかかっていたブラッククッキーを迎撃、または牽制する。

 

「ちっ!」

 鳴滝はその援護でできた隙を使い、後ろに大きく飛びのいてマガツクッキーの間合いから出る。

 その瞬間ブラッククッキーも動きを止める。

 

 飛び退いた鳴滝は自らの拳を見つめる。

 拳の部分は赤くなり、未だにジンジンとした痺れを感じる。

 鳴滝は手を開いて、拳を一気に握りこむと、

「かああっ!!」

 と、天に向かって息を吐く。

 そして、首をゴキリと鳴らすと、

「やるじゃねぇか……」

 そう呟いた。

 

 マガツクッキーと鳴滝淳士。

 ブラッククッキーと川神学園。

 現状互角の勝負を繰り広げている。

 

 しかし、その均衡は早くも崩れようとしてた……

 

 

―――――

 

 

 栄光とクッキーは研究所の通路を地面を滑るように突き進んでいる。

 既に透の解法は解いていた。

 九鬼のセキュリティを一々気にしながら慎重に進むよりも、ここまで来たら一分、一秒でも早く目的を達した方がいい、そう言う考えからだ。

 

 通路では数体のブラッククッキーと鉢合わせたが、栄光の解法とクッキーのビームサーベルによって退けている。

 

 栄光は風火輪と崩の解法を使い飛ぶように駆けながら、クッキーはバーニアを使い文字通り飛んで進んでいた。

 

「なぁ! クッキー、目的地まであとどれくらいだ?」

 隣に飛んでいるクッキーに栄光が声をかける。

「もう半分は過ぎた! 次のホールを越えればすぐだ!」

「了解!!」

 クッキーの言葉に頷いて、栄光が勢いよくホールに飛び込もうとした時、

「待て!! 大杉!!」

 クッキーの言葉に思わず栄光がブレーキをかけて、ホールの入口で止まる。

 

 次の瞬間、栄光が飛び込んでいたであろう位置に、一筋のレーザービームが放たれていた。

 何かを溶かす様な音と共にレーザーが床を焼く。

「あっぶね……あれは」

「あれは対テロリスト用のトラップだ。通常は相手を痺れさせて動きを止める目的で使われるのだが……こちらもリミッターが解除されているようだ――」

「そう……か……でも、来るってわかってりゃ、オレのキャンセルで防げるぜ」

「確かに……だが、そう簡単には行かせてもらないらしい……」

 そう言ってクッキーがホールに目を向けると、其処には横にある扉から大量のブラッククッキーがホールになだれ込んできた。

「ちっ……そうだよな、そう来るよな」

 それを見た栄光が舌打ちをする。

「ちゃっちゃと片づけて通り抜けようぜ! クッキー!」

 栄光が隣のクッキーに声をかけると、

「いや……大杉、お前は先に行くべきだ」

 そう言ってクッキーは一歩、ホールへと踏み込んだ。

「お、おい!」

 踏み込んだ瞬間、レーザーが降り注ぐと思い、栄光は慌てて声をかけるが、ホールのセキュリティは動かなかった。

 

「私はもともと、ここで創られた。故にセキュリティにも登録されている。私に限れば、ここでどんなに暴れようとも九鬼のセキュリティは作動しない!」

 クッキーはそう言いながら、ビームサーベルをすらり、と抜き放つ。

「ここでどれだけのブラッククッキーが出てくるかわからない。ならばここは私に任せて、大杉は先に行くべきだ!」

「クッキー……」

 クッキーの言葉を聞いた栄光は、クッキーの無表情な横顔を一瞥する。

 クッキーは自律機能を兼ね備えてはいるが、機械だ。

 その感情のように見えるものは高い演算機能によってもたらされているものにすぎない。が、しかし。栄光は今のクッキーの横顔に自分達と同じような、確かな覚悟を感じた。

「わかった、頼むぜクッキー」

 栄光は力強く頷く。

「おう、任せておけ」

 クッキーも大きく頷く。

 

「これは制御室の扉のセキュリティを解除するプログラムを組んだものだ。少々時間がかかるが、これを制御室の横の端末に入れれば扉は解除される」

 そう言ってクッキーは一本のUSBを栄光に渡す。

「サンキュー、クッキー」

 栄光はそれを受け取ると、右手でしっかりと握りしめる。

 

「ならば……ゆくぞ!」

「OK!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 クッキーがバーニアを全開にしてブラッククッキーの大群に斬りかかる。

「クッキーー!! ダイナミックッ!!!」

 群がってきたブラッククッキーを一刀のもとに蹴散らす。

 一瞬、道が開ける。

「しゃああ! どけどえぇ!!!」

 クッキーの開いた道を解法で全身を覆った栄光が駆け抜けた。

 降り注ぐレーザーも栄光の足を止める事は出来ない。

 滑るように栄光はブラッククッキーをすり抜けてホールを出ていく。

 何体かのブラッククッキーが後を追おうとするが、それより一瞬早く、クッキーが栄光の出ていった扉の前に立ちふさがる。

「お前達の相手は、私だ!!」

 クッキーはそう言ってビームサーベルを構える。

 

「大杉……私の弟達を救ってやってくれ……」

 誰に言うでもなく、クッキーが小さくつぶやく。

 クッキーは解っている。今、目の前の彼ら――ブラッククッキーがしている事は、彼らの本意でない事が。

 自分達、クッキーシリーズはもともと人を助ける為に創られた存在だ。

 それが今は人に害をなすだけの存在になっている。

 操られているとはいえ、その後悔はどれほどのものだろうか……

 これは自分がクッキーシリーズのパイオニアだからこそ感じる感情。

 だからこそ、止めねばならない。

 その為に自らの弟達と戦う事になったとしても。自分達クッキーシリーズの存在意義の為に。

 

「来いっ!!」

 クッキーの声にブラッククッキーが反応し、襲いかかる。

 それを迎え打つ、クッキー。

 

 先ほどの一撃でついたものだろうか、クッキーの顔に一筋のオイルがつたっていた。

 それはまるでクッキーが流した一筋の涙のようにも見えた。

 

 

―――――

 

 

 釈迦堂刑部。

 噂は由紀江も聞いたことがある。

 川神院の師範代でありながら、素行の悪さにより野に下った達人。

 川神院在籍時には百代の師範をしていた時もあったという。

 その事実だけでも相当の実力者――マスタークラスであることは間違いないだろう。

 

 互いに息を整えた後、どちらともなく、つうっと前に出た。

「りゃあ!」

「きゃしゃあ!」

 次の瞬間、互の裂帛の気合とともに、刀と拳が交差した。

 由紀江の刀は釈迦堂の脇を通って空を切り、釈迦堂の拳は由紀江の頬を掠めて外れていた。

「りゃあ!!」

「きゃしゃあ!」

 再び裂帛の交差。

 互いに攻撃と回避を同時に行う。

 由紀江の刀は釈迦堂の肩口を通って外れ、釈迦堂の拳は由紀江の脇を抜けていた。

 常人には一枚絵の連続にしか見えないやり取り。

 そんなやり取りを、5合程続けたのち、二人は前に出たとき同様、どちらともなく後方に飛び退いた。

 

「ふぅ……」

 由紀江は息を吐く。

 ピリピリとした、神経をすり減らすが如きやりとりだったが、ついていけた。

 これならば戦える。

 

 由紀江がそのような分析をした時、釈迦堂が身体を前に倒すようにして、すぅっと近づいてきた。

 あまりに自然な動きからの前進。

 由紀江の反応が一瞬遅れる。

「けあっ!」

 釈迦堂が奇声を発しながら速度を上げた。

 ぞくりと、由紀江の首筋の毛が逆立った。

 顔に風を感じた。

 風圧のようなものが、ぱあん、と由紀江の頬を打ったのだ。しかし、それは本物の風ではない。今、まさに、由紀江の顔面に、釈迦堂の拳か足が当てられようとしたのだ。

 その瞬間、由紀江は大きく後方に跳んでいた。

 しかし釈迦堂都の距離は変わらない。

 由紀江が後方に飛ぶのと同じ速度で、釈迦堂が前に出てきたのである。

 さらに由紀江は動いた。

 動き続けるしかない。

 動かなければ、釈迦堂に捕らえられてしまう。

 それ程までに釈迦堂の攻撃は苛烈だった。

 二度、三度、四度――釈迦堂から逃げながら距離を保つ。今の状態で釈迦堂の間合いに入る訳にはいかなかった。

 

 そんなとき釈迦堂の左足が跳ね上がった。

 距離がある中での上段蹴り。

 セオリーとは余りにかけ離れた攻撃。

 故に由紀江は“ここだ”と思った。

 踏み込むならば、この瞬間。

 考えて動いたわけではない。

 考えたときには、すでに身体が動いていた。

 

「てりゃっ!!」

 由紀江が刀を突き出して一歩踏み込んだ。

 その時――

 ざわり、と自らの右半身に虫が這い回るような悪寒を感じた。

 由紀江は踏み込んだ一歩を途中で止めて、力の限り身をひねる。

 この緊急回避はもはや本能――そういってもいいものだった。

 

 次の瞬間、既に跳ね上がっていたはずの釈迦堂の左足が由紀江の右下から肩をかすめて宙に向かって伸びてきた。

「くっ!」

 由紀江は思いっきり地面を踏んで後方に飛び退く。

 かすめた肩の制服の部分がハサミで切り取られたかのように綺麗になくなっている。

 この程度で済んだのは、運が良かったというべきだろう。

 完全に読み負けていた。

 釈迦堂の動きは、読んだはずだった。

 如何にマスタークラスといえど、ここまで綺麗に読み負けるほど由紀江と釈迦堂に実力差はないはずだ。

 だとするならば、何かの“技”か、それとも“術”か……

 どちらにしても、二度目の幸運に身を任せるほど、由紀江も愚かではない。

 

――次で見極める。

 息を整えながら、由紀江は決意する。

 

 釈迦堂は由紀江の様子をゆらゆらと身体を揺らしながら見ていたが、つうっ、と、左に動き始めた。

 それに合わえて由紀江も向きを変えていく。

 そして、

「きぃっ!」

 釈迦堂は奇声と共に速度を上げた。

 由紀江の左に回り込む動きを止め、次に右に回ると見せかけて、回らずに顎を蹴り上げてきた。

 由紀江は動かない。

 顎の先すれすれのところを、釈迦堂の右足が天に向かって駆け上っていった。

 フェイント。

 当てる気のない蹴りだ、由紀江の反撃を狙っている。

 だから由紀江は動かなかった。

 それでも、今回のはわかった。

 だが、先ほど釈迦堂が使った技ではない。

 違う。

 よく見ろ、よく見ろ、見極めろ!!

 

 そこに――

「きゃしゃああ!」

 再び釈迦堂が声を上げた。

 その時、由紀江は見た。

 釈迦堂の肉体の中に動くものを。

 それは“意”だ。

 自分たちが慣れ親しんだ言葉で言うなら“気”である。

 それが、釈迦堂の肉体を動いて、由紀江にぶつかってくるのを。

 左足。

 左足が跳ね上がって、顔面に向かって深々と突き刺さってくる――そう思った。

 

「喝ぁーーーっ!!!」

 

 由紀江は雄叫びを上げた。

 雄叫びを上げることで、耐えた。

 動いてしまいそうな身体を、本能を強引にねじふせた。

 声を上げなければ、本当に動いてしまっていたであろう。実際には動いていない左足を避けるための動作をしてしまっていたいことであろう。しかし、実際には釈迦堂の左足は動いてなかった。

 幻の左足を避けるために動いていたなら、間違いなく、次の瞬間に本物の足によって、今度こそ自分の頭は蹴り潰されていたことだろう。

 釈迦堂は微細な気を敢えて見せることで、相手に身体を使わない本能に訴え掛けるフェイントを使っていたのだ。

 攻撃しようとすると気はどうしても出てしまう。上級者はそれを読み合って仕掛ける。

 由紀江も気を読むことができる実力者であるからこそ、嵌った。

 常に闘争に身を置いていた釈迦堂だからできる芸当と言えるかもしれない。

 

「さあっ!!」

 釈迦堂の術理を見破った由紀江は反撃に移る。

 由紀江の隙を狙い叩き込もうとした右足を浮かせていた釈迦堂へ、由紀江は斬撃を繰り出す。

「があっ!!」

 始めて由紀江の刀が、釈迦堂を捕えた。

 斬撃を受けて後退する釈迦堂に追撃をかけようとした由紀江の前に、ブラッククッキーが割り込む。

「くうっ!!」

 それを一刀の元に切り捨てるが、既に釈迦堂は体勢を立て直して構えをとっていた。

 

 再び開始の間合いで対峙して、

「ひゅうううう……」

「きぃぃ~~~……」

 互いに息を吐く。

 術理は見破った、が、未だ敵陣で囲まれている状況に変わりはなく由紀江の不利は変わらない。

 

――ならば。

 由紀江は一つの決意をする。

 賭け、と言ってもいいかもしれない。

 由紀江は今までよりも、大きく息を吸うと、

「ほおぉォォォォ……」

 呼吸の仕方を変える。

 大きく大きく息をしながら、力を身体の(うち)(うち)へと、溜めていく。

 身体の底へ底へと、気を練っていく。

 

「じゃああっ!!!」

 由紀江の気の動きに反応して釈迦堂が飛びかかる。

「ふぅっ!」

 由紀江は釈迦堂の攻撃を呼吸を止めないままに躱す。

 

「じゃあ!!」

 釈迦堂が打つ。

「ふぅっ!」

 由紀江が躱す。

「じゃあっ!!」

 釈迦堂が打つ。

「ふぅっ!!」

 由紀江が躱す。

 釈迦堂の連続した攻撃を、由紀江が躱し続ける。

 由紀江は回避の途中も呼吸を止めない。

 力を貯めるのをやめない。

 気を練るのやめない。

 だが、まだだ。まだまだ足りない。

 黛流、神速の一撃を放つには、まだ足りない。

 故に、由紀江は力を溜めて、気を練る。

 

「じゃああっ!!!!」

 釈迦堂の攻撃は鋭さと勢いを増しながら由紀江に降り掛かってくる。

 

 少しでも足を踏み外したら一気に敗北という名の奈落へと落ちる。

 そんな綱渡りの戦いへ、由紀江は自ら一歩、足を踏み出した。

 

 

―――――

 

 

「隊列を乱すな! けが人は後ろに下がり補充の人員を急げ!!」

 クリスのよく通る声が校庭に響き渡る。

「あのデカブツの半径5メートルには絶対入るな!! 鳴滝の援護は弓隊だ!! 剣道部と空手部は弓隊に絶対敵を近づけるな!!!」

 忠勝の指示が校庭を駆ける。

 数で圧倒的に劣っている川神学園側が、校庭での戦況が一進一退という状況で踏みとどまれているのは、鳴滝がマガツクッキーを一人で押さえているのと、クリス、忠勝の二人がうまく指示を出して学園側を統率しているからというのが大きい。

 もちろん学園側の生徒たちも、川神大戦、模擬戦と団体戦の機会が多く、指示に従うことの重要性を知っているというのもあるが、それでもやはり現場で動ける優秀な指揮官であるクリス、忠勝の存在は大きい。

「弓隊の矢が心もとない! これを渡して来たら倉庫からありったけもってきて!」

「クリスの左舷の負傷者は歩けないみたい! 君が担いでそのまま体育館へ! たのんだよ!!」

 現場に優秀な指揮官の存在があるため、大和が全体の戦況をみて、援軍、補給を迅速に行えているという側面もある。

 だが逆に言えば、このクリス、忠勝、鳴滝、大和という4人の奮闘によってギリギリ互角を保っている。

 

――そして、その均衡が崩れる。

 

「ん?」

 それに一番初めに気づいたのは対峙をしていた鳴滝だった。

 ブラッククッキーが今までにない動きを始めたのだ。

 ブラッククッキーの一団がマガツクッキーの右手近くに集まりだしている。

「あれは……」

 その異変に、大和も気づく。

 そして瞬間、最悪のシナリオが頭によぎり、よぎった時には既に叫んでいた。

「鳴滝ぃーーー!! マガツクッキーを止めて!!」

 言いたくないが、言わなければいけない。

 言えば自らの考えたシナリオが本当になりそうだから。

 しかし、言わなければならない。

 外れてくれとも思うが、ここまで来てそんな甘い考えは、既に持ち合わせていない。

「あいつら、()()()()()ブラッククッキーを送り込むつもりだ!!!」

 大和は力の限り叫んだ。

「ちいっ!!!」

 大和の言葉を聞いた鳴滝が状況を理解してマガツクッキーに突撃しようとしたとき、大量のブラッククッキーが行く手をふさぐ。

「邪魔だぁっ!!!」

 拳の一閃。

 鳴滝がブラッククッキーを蹴散らす。

 しかし足止めは完了されてしまった。

 

 ぶうん、とマガツクッキーが腕を振る。

 掌に数体のブラッククッキーを乗せて。

 

 マガツクッキーの掌から放たれたブラッククッキーは宙を飛び、川神学園の屋上に降り立った。

 

 ぶうん、ぶうん……二度、三度とマガツクッキーの腕が振るわれる。

 その度に新たなブラッククッキーが川神学園の屋上に投入される。

 

「くっそっ!!」

 大和が唇をかむ。

 自分が気づくのがもう少し早ければ、と後悔しかけるが、頭を振ってそれを消す。

 それを考えるのは、あとだ。

 いまは、この現状をどう打破するかを考えろ!

 

 現状、戦える人材は全てこの校庭と裏門に集約されされている。

 体育館の警備に何人さいているがこれを動かすわけにはいかない。

 裏門に伝令を出してもその間にブラッククッキーは校内を進むだろう。

 最悪の結末はブラッククッキーが体育館に侵入して、避難民に被害が出る事だ。

 現状を分析するに、1対1でブラッククッキーに勝てて、尚且つ臨機応変がきく少数精鋭をこの校門から送り込む、これが最善手。

 つまり人選は――

「源さん!!」

 大和は答えが出た瞬間に、

「源さんは、ガクトと長曾我部君をつれて校内に侵入したブラッククッキーの掃討に!! 源さんの部隊は今後クリスの指示にしたがって!!」

 叫んでいた。

 

「おう!!」

「了解だ!!」

 指示の意図を理解した忠勝とクリスから了解の合図が来る。

 

「行くぞ! 島津! 長曾我部!」

「おう、まかせとけ!」

「ふん、一体残らず粉々にしてくれる」

 忠勝の声がけにガクトと長曾我部が答える。

 そして忠勝が校内に入ろうとした時、

「源ォ!!」

 鳴滝が忠勝に声をかけた。

 忠勝がそちらを向くと、

「頼むぞ。もう入れさせねぇ……」

 鳴滝がマガツクッキーを睨み付けたまま言う。

「ああ、頼んだぜ……」

 忠勝はそう言って校内に入っていく。

 しかし忠勝の頭には一抹の不安が広がっていた。

 声をかけてきた鳴滝の目に、自分たちのコトがまるで映っていないように見えたからだ……

 

 鳴滝がマガツクッキーを射殺さんばかりに睨み付ける。

 犬歯をむき出しにして歯を喰いしばっている。

 怒りで、全身が沸騰しそうになっているのがわかる。

――俺が止めていれば。

 そんな怒りが渦巻いていた。

 敵に対する怒りも、もちろんある。

 しかし鳴滝の身を焦がしているのは自らの不甲斐なさへの怒り。

――また俺は同じ失敗をするのか。

 そんな思いがよぎる。

――んなこたさせねぇ!!

 そう叫ぶ自分がいる。

 

「がああああああああああああああっ!!!!」

 怒りを込めて、鳴滝が咆哮する。

「がああああああああああああああっ!!!!」

 怒れ、猛ろと自らを鼓舞する。

 

 鳴滝は怒りを力に変える。

 四四八あたりに言わせれば、過度の怒りは戦いには不要だというかもしれない。

 しかし不利だとか有利だとか、そんなことはどうでもいい。

 薪になるものなら何でもいい。

 今あるありったけを力に変える。

 それが怒りでも、後悔でも、屈辱でも、何でもいい。

 とにかくありったけを掻き集めて燃やす。

 ありったけの力を拳に込める。

 

「らああああああああああああああっ!!!!」

 鳴滝は咆哮を轟かせながらマガツクッキーに突撃する。

 ブラッククッキーが行く手を阻むが、蹴散らしながら進む。

 マガツクッキーの右拳が振り上がる。

 鳴滝の足がだんっ、と地面を叩く。

「らああああああああああああああっ!!!!」

 鳴滝は足首を、腰を、肩を、手首を、駆動させて右拳を打ち抜いた。

 

――ガツン!!

 校庭に響き渡る様な音を響かせて、再び鳴滝の拳とマガツクッキーの鉄拳が激突した。

 

 一瞬の静寂の後、べきりという音と共にマガツクッキーの拳に(ひび)が入る。

 そしてその(ひび)は徐々に大きく広がり、腕にまで浸食し、遂にはマガツクッキーの右腕を砕いた。

 

「なにっ!?」

 しかし次の瞬間に声を上げたのは鳴滝だった。

 マガツクッキーが腕を砕かれるのを見るや否や、周りにいたブラッククッキーが次々に腕の砕かれたマガツクッキーの右肩に張り付き始めた。

 そして張り付いたかと思うと、ブラッククッキーは黒い粒子になって形を変える。

 一体、また一体と、ブラッククッキーはマガツクッキーに融合するように張り付いていく。

 そして遂には鳴滝が砕いたはずのマガツクッキーの右腕が再生してしまった。

「くっ!!」

 あまりに事に目を見開く鳴滝。

 その1秒の半分もあるかないかの隙にブラッククッキーが群がる。

「しまっ――」

 ブラッククッキーの群れに拘束される鳴滝。

 そしてそこに――

「がはっ!!」

 破壊の鉄拳が飛んできた。

 群がったブラッククッキーごと鳴滝を薙ぎ払うように、マガツクッキーの腕が振るわれたのだ。

 全長10mはあろうかという鉄の塊から繰り出される一撃。それをまともにくらった鳴滝は、そのまま校舎の壁にまで吹き飛ばされて、壁に激突すると放射線状に壁に亀裂を刻みながらめり込むことでようやく止まることができた。

「ぐっ……げはっ」

 めり込んだ壁から身をおこし、地面に立った鳴滝は胃からせり上がるモノをそのまま地面にぶちまける。

 胃の中のものを全て吐いた。

 身体全体が軋みをあげている、特に腹の中では、はらわたを獣に齧られているような激痛がのたうっていた。

 

「鳴滝っ!」

 大和が鳴滝に声をかけたと同時に、

「大和! あれを!!」

 クリスから声がかかる。

 その声に振り返る。

 

 そこには黒い海が広がっていた……

 

「なっ……」

 大和の口から思わず声が漏れる。

 

 その光景はまさに黒い悪夢だった。

 校門から、いままで相手にしてきた数の倍はいると思われるブラッククッキーが津波のようになだれ込んできたのだ。

 

――どうする! 今の感じだと鳴滝を援護をしなければならない。だが、この数のブラッククッキーを抑えて同時に鳴滝の援護をするというのは正直不可能に近い。主力の一角である忠勝達を欠いているというのも痛すぎる。クリスの指示だけでは細かい所での動きが難しい……どうする、どうする……

 

 大和の沈黙に、

「直江ぇーーっ!!」

 答えたのは鳴滝だった。

「俺のことは気にすんな! あのデカブツは俺が何とかする!! てめぇはこれ以上校舎にあのガラクタ達を入れねぇことだけ考えろ!!」

 先ほどの一撃で傷が付いたのだろう、血まみれの顔で叫ぶ鳴滝を見て大丈夫だとは到底思えなかったが……現実として細かい動きができないのであれば、自分たちはこの黒い悪夢たちを押し返す事に全力を傾けるべきだ。

 大和は鳴滝に向かって大きくひとつ頷くと、

「戦える人は全員前へ!! 隊列は横一列!! 弓隊は奥の敵を狙って!! 前線の指揮はクリスに任せる!!」

 大声で指示を出す。

「了解だ!! いいか皆!! もう一体たりとも校舎に入れるな!! いくぞっ!!!」

 大和の命を受けたクリスが前線に躍り出ながら味方に激を飛ばす。

 

 『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』

 生徒たちから雄叫びが上がる。

 

 それを見た大和が息を吐く。

――大丈夫だ、まだ皆の戦意は衰えていない。

 ほっとするのも束の間、別の思考が頭をよぎる。

――だがそれはいつまで続くだろうか。

 そんな考えたくもない未来。

 いま川神の皆を支えているのは、いうなればランナーズハイのような勢いだ。

 この勢いが止まったとき。

 それはこの戦線の崩壊を意味する。

 震えそうになる自分の身体を、大和は強引にねじ伏せて前を向く。

 そこには相変わらず、ブラッククッキーの大群による黒い海が広がっていた。

 

――学園を守る為の死闘が始まった。

 

 

―――――

 

 

「ここ……か?」

 ホールを抜けた栄光は大きな扉のある、比較的広い部屋にたどり着いた。

 ソファや向こうにはコーヒーメーカー、自動販売機などが置いてあるところを見ると休憩所やラウンジの様な場所らしい。

 そしてその目の前にある大きな扉の上に『メイン制御室』というプレートが掲げられていた。

 栄光はその扉に手をかけ思いっきり力を入れてみるが、びくともしない。

「やっぱ、これ使うしかねぇよな」

 そういって手に握りこんでいたUSBを見つめる。

 

 扉の横にはパスワード入力式の開錠装置があり、その下の部分にUSBの差し込み口がある。

「ここ……だよな」

 そう呟きながらUSBを差し込んだ。差し込まれたUSBはピカピカと点滅を繰り返す。するとパスワードが映し出されるであろうディスプレイに『5:00』という数字が現れて直ぐに『4:59』に減り、そのまま数字が減り続けていった。

 おそらく5分後に開錠が完了するという意味なのだろう。

 

「5分か……ちっくしょう……なげぇな……」

 栄光はその数字を見て唇を噛む。

 この瞬間も川神のいたるところで仲間たちが奮闘している。それを考えると5分という時間を待つことが非常にもどかしい。

「頼む……早く……早く終わってくれ……」

 栄光は祈るようにカウントダウンが映るディスプレイを見つめる。

 

――その時、

 ぞわっ、

 と、栄光の首筋に寒気がはしる。

 

 感じた時には、既に、栄光は頭を思いっきり下げていた。

 

 ダンッ!!

 と、先ほど栄光の頭があった壁に靴底が叩きつけられる。

「くっそ!!」

 栄光は相手も見ずにそのまま転がるように横に移動する。

 栄光の頭を狙った人物は、壁を蹴った反動を使い、腰を中心に空中で一回転しながら足を入れ替えると栄光を追うように逆の足で蹴り上げてくる。

「なあっ!!」

 栄光はこれも転がるように避けて、地面を蹴り、ソファにダイブするように飛び込んで距離をとった。

 そして、そこでようやく顔を上げて襲撃者の顔を見る。

「あんた……九鬼の……」

 そこには燕尾服を寸部の狂いなく着こなした青髪の青年、桐山鯉が立っていた。

 

 英雄が研究所の異変を察知して送りこみ、連絡が途絶えた先発隊。

 その先発隊を指揮していたのが桐山だったのだ。

 いつもは柔和の中に鋭いものを潜ませている桐山の瞳は、今、紅く染め上がっていた。

 

 するり、するり。

 桐山が長い足を使って独特のリズムを刻む。

 するり、するり、するり。

 時折、手を地面に触れさせながら、踊るように桐山の身体が動く。

 

 脚。

 栄光は脚を見ている。

 先ほどの攻撃も桐島は脚のみを使っていた。

 おそらくそういう(たぐい)の格闘技、というか流派なのだろうと栄光は考えている。

 純粋な1対1のタイマンのようなものは、解法を操る栄光にとって一番不得手なシュチュエーションである。

 特に桐山の様に純粋に自らの身体と技のみを武器とする相手は非常に相性が悪い。

 

「でも……やるしかねぇよな! 勝つしかねぇよな!!」

 栄光は敢えて声を出して、自らを鼓舞する。

 

 桐山の後ろにかすかにディスプレイが見える。

 

 ディスプレイの数字は『3:00』を指していた……

 

 

 




まえがきで書いたように、
できる限り週1更新、年内完結を目指していきたいと思ってます。
予定ではあと6~7話で完結予定です。

なんとか最後までよろしくお願いいたします。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十六話 忠 ~凶獣~

二話同時投稿となります。
どちらから読んでいただいても大丈夫です。

こちらは「研究所サイド」となっています。


「ったく、ファック!  ファック!! ファァック!!! キリがねぇったらありゃしねぇぜ!!!」

 ステイシーはマシンガンのマガジンを交換しながら悪態をつく。

 隙間なくステイシーを取り囲んでいるブラッククッキーはまるで減る様子がない。

 

「ちぃっ……昔の戦場だってこんな……」

 口に出した瞬間に、

 しまった――

 と思った。

 しかし、そう思ったときは、既に遅かった。

 

 自らのトラウマが、ずくりずくりとせり上がってきた。

 硝煙と血の匂いが蘇る。

 仲間たちの悲鳴が蘇る。

 気分がずんずん、ずんずんと沈んでいく。

 

――ファック! ファック!! ファック!!! よりによってこんな時に、ふざけんな!!!!

 ステイシーは自分で自分を叱咤する。

――いつでもいい、でもいまはダメだ!!

 しかし、抵抗むなしく気分がどんどんと落ちていく。

――ファック! ファック!! ファック!!! 誰でもいい、助けてくれ。こんな時、助けに来てくれるのがヒーローだろう。

 そんな、なんの意味もないコトが頭をよぎる。

 

 しかし、その時、自分の思考にはっ、と我に返る。

 

――そうだ、いるじゃないか、自分専用の無敵のヒーローが!!

 全員ギリギリで戦っている。李だって、あずみだって、今目の前で奮闘している由紀江だって本気の本気だ。自分だけが本気にならないなんて、全然ロックじゃない。

 

 そう考えて、ステイシーは自分を捨てる決意をした。

 

「やってやるぜ、ご機嫌ロック!!!」

 ステイシーはトラウマで砕けそうな心を奮い立たせ、ポケットからイヤホンを取り出し強引に耳に詰め込む。

 

『私のマイヤミ』の激しいビートが流れ込んできた。

 

――さぁ、来てくれ来てくれ、私専用の無敵のヒーロー。

 AメロがおわりBメロ突入する。

――ロック星からやってきて、目の前の敵をやっつける。

 Bメロも終わりサビに入る。

――私の気づかないうちに、すべてを片付け去ってゆく。

 サビが後半に突入する。

――無敵のヒーロー、その名も――

『私のマイヤミ』の一番が終わる。

 

「ウルトラァァァァァァァァ、ロォックッ!!!!!」

 ステイシーの野生が炸裂した。

 

 むごたらしい戦場でトラウマを負ったステイシーが作り上げたもうひとつの人格。

 精神と肉体、そして心のリミッターを外して無心で暴れまわるもうひとつの人格。

 それがステイシーの奥の手、『ウルトラ・ロック』。

 

「フゥッ……はぁ……あぁ、久しぶりだこの感じ。何も痛くない、何も辛くない……だから……」

 そう言ってギロリとブラッククッキーの大群を睨みつけると、

「何も……怖くなぁあい!!!!!」

 叫びながら、ブラッククッキーの大群に飛び込んでいった。

 

 素手。

 マシンガンを捨て去り、素手のステイシーが縦横無尽に暴れまわる。

 右へ左へ、無軌道な軌跡でステイシーが動き回る。

 そのあとにはブラッククッキーの無残な残骸が山のように積まれていた。

 

「ハハハハハハ! スゴイスゴイ! お客さんがいっぱいだ!! いいぜ、今から最高のライブやってやるから!! 寝るんじゃねぇぞっ!!!!」

 ステイシーは狂ったように笑いながら、ブラッククッキーをなぎ倒していく。

 

 そんな時、

「うん?」

 鋭敏になったステイシーの感覚が、いけ好かないヤツの気配を感じとった。

 

「あぁ? てめぇ、もしかしてそんなとこに居やがんのか?」

 ブラッククッキーを砕きながら、ステイシーがメイン制御室のある建物を睨みつける。

「ククク、ハハハハ。OK! OK! ここの観客全員かたしたら、最後はてめぇを沈めてやるぜ。首洗って待ってろよ――」

 そう言ってステイシーは天を仰ぐと、

 

「桐山ァァァァァ!!!!」

 

 叫ぶように咆哮を上げた。

 

 リミッターを外し、一匹の獣となったステイシーの暴走は、獲物を狩り終わるまで止まらない。

 

 

―――――

 

 

 桐山と栄光が対峙している。

 それなりの広さがあるが、ソファやテーブルといった物が所々にあるため、実際よりも動ける範囲は狭い。

「しゃっ!」

 桐山は息を吐きながら前に出る。

 前に出ると同時に、身体を折って右手を床についた。

 右手を支点に桐山は回転した。

 左足が跳ね上がり、踵が、栄光の頭部にむかって、斜め下から駆け抜けていく。

「くっそ」

 栄光は身体ごと後ろに下がりながら、通常ではありえない軌道で迫る踵を回避する。

 ――が、

 それで桐山は止まらない。

「ふっ! しゅっ!」

 手を交互に床につきながら、桐山の身体が回転する。ほとんど逆立ちの状態から次々に桐山の足が栄光に襲い掛かっていく。

 カポエイラだ。

 アフリカから奴隷として連れてこられ、両手を鎖で繋がれた人間たちの間から生まれた足技を主体とする打撃格闘技。

 雇い主にバレぬように、歌と踊りに姿を潜ませて刻まれるカポエイラ独特のリズムは捌きにくく、避けにく。

 

 栄光は桐山の連続した攻撃を大きく距離を取りながら躱している。

 戟法が得意でない栄光は、身体能力の強化による回避などが苦手だ。

 透の解法によって攻撃を見ることはできる。読むことはできる。

 しかし、攻撃を読めたとしてもそれを紙一重で躱すという芸当ができない。

 身体がついていかない。というコトだ。

 故に必要以上に距離を取る。

 距離を取りながら栄光は桐山を見る。文字通り見透かすように。

 そして桐山の胸の中心あたりに一層黒いモヤのようなものが固まっているのを見てとった。

 

 おそらくあれが、核。

 四四八をして「解法の化け物」と言わしめた栄光だからこそ見極められた、敵の急所。

 

 攻撃力は必要ない。

 さわればいい。

 崩の解法を込めて、桐山のモヤの部分をさわれば終わる。

 ただ、しっかりと崩の解法を相手に流し込むには()れる程度ではだめだ。ちゃんと相手にさわらないといけない。

 掌。

 掌をしっかりと桐山の――恐らく神野の仕込んだであろう核のある胸に押し込む。

 栄光はその機会を伺っている。

 

 ほぼ逆立ちのまま攻撃をしていた桐山の足が、地面についた。

 次は通常の状態から攻撃を仕掛けようとしているのかもしれない。

――ここだ!

 栄光は、そう思った。

 絶え間ない攻撃が一瞬止まった、ならば、行くしかない。

 別に最高のタイミングで最高の一撃が必要なわけではない。一瞬……ほんの一瞬の隙間を付ければそれで終わる。その隙間があるならば、行く。

「オオオオッ!!!」

 栄光は雄叫びを上げながら、両腕を上げて頭を防御しながら桐山に突っ込んでいく。

 

――蹴りがくるならこい!

 

 栄光はそう思ってる。

 頭に蹴りを受けて意識を吹き飛ばされる以外なら、どんな蹴りでも受ける覚悟をしている。

 たとえそれで骨を砕かれようと、内臓を傷つけられようと、桐山の胸に触れられる。そうすれば制御室へ向かう障害はもうない。

 どんなに痛かろうと、肉体的な痛みなら――耐えられる。

 そんな覚悟をもって、桐島の懐に飛び込んだ。

 

 重力を消失しながら桐山の懐に飛び込んだ栄光が、右手を伸ばす。

――(さわ)れる!!

 と、思った瞬間、桐山の身体が、すうっと後ろに下がった。

 栄光の掌がギリギリ届かない位置で下がっていく。

――罠!!

 そんな言葉が栄光の頭をよぎった瞬間、栄光の突き出した右手の手首が桐山によって掴まれた。

 桐山は栄光の右側に身体を動かしながら栄光の手を、くんっと引く。

「しまっ――!!」

 その引手によって栄光はぐらりと前にバランスを崩してしまう。

「しゅっ!」

 バランスを崩した栄光に桐山は長い足を振り上げて、膝の裏側で栄光の腕と首を絡め取り、頭と腕をロックすると、そのまま体重をかけて倒れこもうとした。

 

――首が、折られる!!

 栄光の背にぞわり、と恐怖がふきぬける。

 死の恐怖……ではなかった。

 死の恐怖がないわけではない、しかしそれ以上の恐怖が栄光に襲い掛かっていた。

 栄光が感じた別の恐怖。

 

 それは敗北することへの恐怖だった。

 

 自分がここで死ねば、暴れまわるブラッククッキーを止めるすべはなくなる。

 それは川神学園の、戦真館の敗北を意味する。

 自分のせいで、仲間が負ける。

 こんな自分を信じて各所で奮闘している仲間たちが負ける。

 こんな自分を信じて研究所の前で身体を張っている後輩が負ける。

 こんな自分を信じて一番の大役を何の躊躇もせずに任せてくれた四四八が負ける。

 

 栄光にとって敗北は、死ぬことよりも恐ろしかった。

 

――勝てるのならば、死んでもいい。

 そう思った。

――死んでもいいが、負けない。

 そんな矛盾した思考が頭をめぐる。

 死が敗北につながるなら、どんなに無様でも逃げ回れ!

「アアアアアアアッ!!!」

 栄光は倒れこむ途中、目の前に絡みついてる桐山の足に思いっきり噛みついた。

「――っ!!」

 思わぬ反撃に、桐山のロックがわずかに緩む。

 その隙間で首を動かし、栄光は桐山の体重を肩で受け止める。

――だんっ、

 と床に人が倒れる音と共に、

――ごきり、栄光の身体から嫌な音がする。

「がああああああああああああああっ!!!」

 栄光の叫び声が響き渡る。

 しかし、叫びながら栄光は自分が叫んでいる事実に感謝した、肩から送られてくる熱さと痛みに感謝した。

――オレはまだ生きている。

 叫びながら、栄光は地面を這うように桐山から距離を置くと立ち上がる。

 先ほど音がした右腕は肩からダラリと垂れ下がり、左腕より明らかに長くなっている。

 折れているのか、外れているのか。とにかく栄光が激痛に襲われているのは想像に難くない。しかも、もう右腕は使えない。戦況は圧倒的に不利だ。

 しかしそれでも栄光の目は死んでな。

 否、先ほどよりも苛烈に燃え上っている。

 

――死んでもいい。死んでもいいから、勝つ。

 

 漠然としたものが言葉となり、栄光の胸に覚悟となって降り立った。

 

 桐山が立ち上がる。

 

 後ろのディスプレイのカウントは『1:00』を切っていた。

 

 

―――――

 

 

「クッキーダブル烈風斬!!」

 クッキーはビームサーベルで『×』字を書くように振るうことで、飛びかかってきたブラッククッキーを数体まとめて斬り捨てた。

 ホールに残ったクッキーは、次々に襲いかかってくるブラッククッキー達を斬り伏せている。しかし、ブラッククッキーの数は一向に減るようすがない。左右の扉から無尽蔵にわいてきている。

「ぬう……これではキリがないではないか……クッキー・パニッシャー!!」

 クッキーは呟きながらも、クッキーベーゴマにエネルギーを込めてビームサーベルで打ち出す。打ち出されたクッキーベーゴマは複雑な軌道を描いて次々にブラッククッキーをなぎ払っていく。

 

 間隙をぬってクッキーは左右のドアに目を走らせる。

 ブラッククッキーが入ってくるドアは、一定間隔で閉開を繰り返していた。

 おそらく一度に入るとホールがいっぱいになって身動きが取れなくなる事を危惧してのことだろう。

 

「ならば――」

 

 クッキーはホールの中央に躍り出るとタイミングを図る。

 その瞬間を狙って大量のブラッククッキーがクッキーに襲い掛かる。

 クッキーは自らの描いたシナリオを達成するために、エネルギーを温存して、ブラッククッキーの攻撃を無防備にその身に受ける。

 

 片足がもがれ、片腕が砕かれ、頭の半分がカメラごと潰された。

 それでもクッキーは動かなかった。

 

そしてホールがブラッククッキーで溢れそうになったとき、扉が閉まる。

 

「いまだ!! 体内電気!! フルパワーーーーーッ!!!!」

 

 クッキーは扉が閉まった瞬間を狙い、自分の体内にあるエネルギーを高圧電流に変換してホールいっぱいに解き放った。

 ホール内のブラッククッキーは内部回路を破壊され次々に倒れていく。

 同時にブラッククッキーが入ってきていた扉の開閉機能も、高圧電流で焼き切れる。

 

 ブラッククッキーの攻撃を敢えて受けていたのもこのためだ。

 左右の扉を確実に同時に閉めるために、ブラッククッキーの数を減らさず残しておいたのだ。

 

 30秒近く電流を放出していたクッキーは、全身から煙を上げながら、ガクリと倒れこむ。

 

「くっ……」

 

 しかし直ぐにビームサーベルを杖として、立ち上がるとバーニアを吹かして宙に浮く。

 片足が取れているためこうしないと進めないのだ。

 バーニアも一本は使い物にならないらしく、宙に真っ直ぐに浮くことができずにフラフラと揺れていた。

 それでもクッキーは栄光のくぐった扉を進む。

 

「まっていろ、兄弟たち……こんな悲しいことはもう、終わりだ。私が、私が、助けてやるぞ……」

 クッキーはうわ言のように呟きながら、メイン制御室を目指す。

 

 ホールには大量のブラッククッキーが物言わぬ残骸となって崩れ落ちていた。

 

 

―――――

 

 

「じゃああっ!!」

 釈迦堂の攻撃を由紀江が躱す。

 捌いて、躱して、()なす。

 気の(ねり)はやめていない。

 一瞬の気のゆるみで霧散してしまう様なそんな不安定なモノを一滴一滴、こぼさぬ様に溜めていく。

 そんな時、釈迦堂が今までみせなかった動きをし始めた。

 由紀江からある程度距離をとると、指でリングを作り出す。

 そして――

「けあっ!!」

 そこに気をためたかと思うと、リング状の気の塊をいくつも飛ばしてきた。

「くっ――!!」

 由紀江は身体を(よじ)って躱そうとするが、如何せん数が多い。覚悟を決めて、身体の中心部を守り、他の部分はバランスが崩れないように最小限の動きに留める。リングの幾つかが由紀江の足や腕を切りつけて取りすぎていく。

 切りつけられたところがパックリと切り開き、血が溢れてきた。

 

 溢れた血が制服を汚しながら地面にむかっ向かって垂れていく。

 

 まだ、傷は浅い。

 しかし、これが続くとまずい。

 釈迦堂はおそらく、由紀江が何かを狙っているということに気づいたのであろう。

 気づいたからこそ安全策をとり始めたのだ。

 大きく距離をとっての遠距離攻撃。

 相手が大技を狙っているのであれば、非常に有効な手段だ。

 

「けあっ!!」

 再び釈迦堂がリングを飛ばす。

「くっ!!」

 またも躱しきれずに今度は腰と頬に傷がつく。

 血が流れ、白い制服を赤く染めていく。

 12月、陽の光がないこともあり気温も一桁。

 血とともに体外に温度が流れ出していく。

 冷たくなり、動きが鈍くなりそうな自らの身体と思考を、由紀江は歯を食いしばって繋ぎ止める。

 

――なにか……なにか切っ掛けがないか。

 

 このままの状態が続けば、じわりじわりと由紀江の体力は奪われ続けてしまう。しかも、仮に気を溜めきっても、こうまで距離がひらいていると狙うべき一撃を回避されてしまう可能性もある。

 かと言って、この現状で踏み込んこともできない。

「くっ……」

 由紀江は唇を噛む。

 が、すぐに、首を振り今考えたことを打ち払った。

 

 かつて戦った柊四四八の言葉が甦ったからだ。

 

『剣筋に思考をのせて、踏み込みに心を足せ! それでも足りなきゃ魂を賭けろ!! お前の後ろには仲間が控えているんだぞ!!!』

 

 そうだ! そうだ! 何を呆けているんだ、黛由紀江!!

 自分は仲間達と共に戦っているんだ。

 仲間を信じて今ある全力だす。

 

 勝利のために、今考えうる最大限を尽くす。それ以外は考えない。

 

「ほおぉぉぉぉ……」

 乱れた呼吸を練り直し、由紀江が再び気を練り始める。

「けあっ!!!」

 釈迦堂の遠距離攻撃は絶え間なく続いている。

 

――もう少し、もう少しだ。

 執拗な釈迦堂のリングによる遠距離攻撃を傷つきながらも、由紀江は全身に力を、気を、巡らせはじめる。

 感覚を鋭く、細く研ぎ澄ませる。

 

 この短時間の溜めで、この技が成功したことはない。

 しかしそれでも、勝つためには、やらねばならない。

 

 由紀江が狙うは、黛流の秘奥義。

 その名は『涅槃寂静』。

 

 

―――――

 

 

「しゅ! しゃっ!!」

 先程とはうって変わって、桐山は今度は地面を蹴って空中に飛び上がり、飛び蹴りを中心に攻めてきている。

 距離を大きくとって逃げる栄光を追うために、距離を稼ぎやすいジャンプを多用している。

「しゃっ!!」

 空中で腰をひねり、両足を交互に旋回させるように連続して攻撃してくる。

 ジャンプが終わり空中から落ちても、すぐに足を踏み切り今度は常に空中にいるような形になっている。

「くっ!! つっ!!」

 追いすがる桐山のナイフのような切れ味の蹴りを、栄光は右手をダラリと垂らした状態で逃げている。

 右腕の感覚がない。

 身体を翻すとき、右腕がぶらんと視界を通り過ぎるのを見て未だ自分に右腕があるということを認識する。

 

 栄光は待っていた。

 

――もう少し、もう少しのはずだ。

 その待ちわびている瞬間が来ることを。

 その瞬間のために、今、自分は耐えているのだ。

 

 そして、その時が来た。

 

 ピー、という機械音と共に、ディスプレイに『OPEN』の文字が浮かぶ。

 そしてその一瞬あと、ビクともしなかった大きな扉が音もなく開いた。

 

「しゃああ!!」

 栄光は身を翻して、その扉に入ろうとする。

 桐山に背中を向けることも厭わない。

 この中のメインコンピュータにある神野の残滓を壊すこと。

 その役割以外、栄光の頭にはなかった。

 

 扉に向かおうと、栄光が地面をけろうとしたとき。

「しゅっ!!」

 桐山が足元のテーブルを栄光に向かって蹴った。

 蹴られたテーブルは地面を這うように栄光に向かっていく。

「がっ!!」

 テーブルが勢いよく栄光の足に当たり、栄光がバランスを崩して倒れる。

――そこに、

「しゅっ!!!」

 桐山が飛び込んできた。

 

――めきり。

 

 桐山の左足が栄光の左足にめり込んだ。

「がっああああああああああああああっ!!!」

 肩の時と同じ痛みが、足から全身に駆け巡る。

 靭帯がちぎれたか、骨が折られたか。どちらにしても治療をしなければ立つことすらままならないだろう。

 

 とどめを指すべく、桐山がゆらりと立ち上がる。

 

 そしてすうっ、と足を持ち上げる。

 必殺の踵を栄光の脳天に叩き込もうと、足をあげる。

 

 右手と左足を負傷している栄光に、桐山の踵を防ぐ手立てはない。

「くっそおおおおっ!!!」

 栄光の目には扉の中で青白く光る、大きなコンピューターのディスプレイがうつっている。

 その中にドス黒い何かがうごめいているのもわかっている。

 

――くそっ! くそっ!!

 あと少しだっていうのに。

――畜生! 畜生!!

 オレはやっぱりこの程度なのか。

「ちっくしょおおおおおおおおおっ!!!」

 栄光の慟哭にも何も感じることなく、桐山その足を振り下ろそうとした。

 

 その時――

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 猛烈なスピードでラウンジに何かが飛び込んできた。

 その物体はそのスピードのまま桐山にぶつかっていく。

「くっ!!」

 桐山は急遽目標を飛来してくる物体に変えて足を振り下ろす。

 ガン――という、硬いものを蹴った音がする。

 しかし、その物体は止まらずに桐山にぶち当たっていく。

 

「大杉!! ゆけぇ!!」

 

 ぶつかってきたのはクッキーだった。

 よく見るとクッキーも片足と片手は取れていて、頭の端がえぐり取られてむき出しの機械が見える。二つあるバーニアも一つが壊れているらしく火を噴いてない。

 それでも最後のエネルギーを振り絞り、クッキーは桐山を拘束して栄光に道を作った。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 栄光はクッキーに雄叫びで答えた。

 

 残った右足に力を入れて、解法を込める。

 これが終わったら、一滴の力も残らなくていい。

 そう思いながら、栄光は扉の中に飛び込んだ。

 

 飛び込んだ瞬間、中にいたブラッククッキーが次々に栄光に飛びかかる。

 栄光は避けない。

 まっすぐディスプレイを目指す。

 負傷している肩に足にブラッククッキーが飛びかかる。

 なくなったと思っていた激痛が全身を蝕んだ。

 歯を食いしばる。

 

――こんな痛み、どうってことねぇ!!

 

 なぜなら栄光は、本当の痛みを知っているから。

 自らの弱さが招いた痛みを知っているから。

 それに比べれば、怪我の痛みなど、屁でもない。

 

 飛びかかってきたブラッククッキーを引きずりながら、駆ける。

「ゆけ……大杉!! ゆけぇ!!! 私の弟たちを止めてくれぇ!!!」

 クッキーの声が背中を押した。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 栄光は雄叫びを上げながら、全ての力を振り絞る。

 

 そして――

 

「うっぜぇんだよ!!! このストーカー野郎がぁっ!!!!!!」

 栄光はディプレイの中の黒い塊に、自らの額を力の限り叩きつけた。

 

 ばりん――

 

 ディスプレイの壊れる音がする。

 しかし、それだけではない。

 何か決定的なものを栄光の頭突きが壊した音でもあった。

 

 一瞬の静寂のあと、栄光に襲いかかってきたブラッククッキーが糸の切れた人形のように次々に地面に倒れ始めた。

 そして次の瞬間、黒い粒子になったかと思うと大気に溶けるように消えていった。

 

 栄光はそれを見ながら、座り込む。

「へへっ……やってやったぜ、ざまぁみろってんだ……」

 まったく勝者のポーズとしては締まらないが、なんとも自分らしいと栄光は心の中で笑う。

「やったぜ、皆……やったぜ、四四八……」

 栄光は天井を見上げながら、満足そうにつぶやいた。

 

 しかし、その栄光の前にひとつの影――桐山鯉が迫ってきていた。

 

 

―――――

 

 

 周辺を取り囲んでいたブラッククッキーが一斉に動きを止めた。

――大杉先輩! やったんですね!

 由紀江の心に闘志が灯る。

 血が減り緩くなった握力を気力で奮い立たせて握り込む。

 

 大杉先輩は、約束を守ってくれた。次は自分の番だ。

 

 度重なる釈迦堂のリングによる攻撃で由紀江の服は大きく血で汚れている。

 更にその状態で動き回っているため、傷自体は小さいながらも出血はかなりの量になっている。

 実際視界がボンヤリとし始めている。貧血の症状が出ているのだろう。

 

 これ以上は命に関わる。

 

 故に由紀江はピタリと動きを止めた。

 それに合わせて釈迦堂も動きを止めた。

 

 気も、力も、感覚も、ギリギリに引き絞られた弓矢のようにピンと張り詰めている。

 

 仲間の助けもない。

 ブラッククッキーの介入もない。

 純然たる1対1。

 

「ひゅううう……」

 口からゆっくりゆっくり息を吐く。

 

――見ろ、見極めろ。この一刀、外すことは許されない。

 

 そんなとき釈迦堂が爪先に体重を乗せた。

 前に出るという動きではない、ただの重心の移動。

 しかしそれに由紀江は反応してしまった。

 

 由紀江は唇をかんだ。

 思わず、動いてしまった。

 釈迦堂という使い手がこのような動きの達人だと分かっていたのに、動いてしまった。

 動いた瞬間に、誘われたのだとわかった。

 しかし、わかったからといって、もう止まれなかった。

 前に出るしかない。

 どうするか、どうしたらいいのか。そういうものは、もう念頭にはなかった。

 前に出たからには、渾身の一刀を釈迦堂刑部に叩き込む。

 これしか考えなかった。

 

「じゃあっ!!!」

 釈迦堂が見計らったように拳を放つ。

 川神流・禁じ手 富士砕き。

 正拳突きにマスタークラスの力全てを乗せた、釈迦堂最凶の一手。

「黛流・秘奥義――」

 由紀江も足を踏み込むが、動かされた分、刹那のタイミング遅れている。

 

「じゃあっ!!!」

 釈迦堂の邪気をまとった拳が迫る。

 由紀江の白刃が放たれる。

 

――例えこの拳が穿かれようと、この一刀、振り抜いてみせる!!!

 

 そんな覚悟とともに、

「涅槃寂静ォォーーーーっ!!!」

 由紀江は刀を振り抜いた。

 

 刹那の交差。

 一瞬の静寂。

 

 由紀江の刀は釈迦堂の胴を穿っていた。

 釈迦堂の拳は由紀江の鼻先に触れる寸前で止まっていた。

 

 黛流の神速の一刀が、マスタークラスの拳を凌駕した。

 

 ずるり、と力が抜けるように釈迦堂が地面に崩れ落ちる。

 

「はっあ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 それと同時に由紀江も、荒い息を吐きながらガクリと膝を付き、刀で自らの身を支える。

 何度も、何度も、深呼吸を繰り返したあと、ようやく左右を見わたす余裕が出来た。

 

「あれ? ステイシーさん?」

 周りを見わたすと、一緒に戦っていたステイシーがいないことを知る。

 気配をたどってみると、

「研究所?」

 制御室のある建物に入っていったようだ。

 

「そうか……まだ、終わってないですものね」

 研究所にはまだ敵が残っているのかもしれない、ブラッククッキーは止まったが栄光たちが無事だという保証もない。

 

「大杉先輩……今、いきます」

 自分に勇気をくれた先輩と再び笑い合うために、由紀江は傷ついた身体を引きずりながら制御室を目指した。

 

 

―――――

 

 

 桐山をバーニアの勢いによって壁に押さえつけていたクッキーだが、遂にエネルギーが尽き、バーニアの勢いが弱まった所を見図られ桐山を逃してしまう。

 次の瞬間、後ろに回り込んだ桐山の靴底がクッキーを壁にたたきつける。

 壁と靴底に挟まれ、べきりとボディーに亀裂を入れられ崩れ落ちるクッキー。

 

 クッキーが動かないのを確認した桐島はゆっくりと制御室へと向かっていく。

 

「マ……マテ……」

 クッキーはノイズのかかるカメラ越しに見える桐山に向かって手を伸ばそうとするが、動かない。

「オオス……ギ……」

 クッキーは桐山の向こうでぐったりと力なく壁にもたれかかって座り込んでいる栄光の名を呼ぶ。

「ニゲ……ロ」

 届かぬとは解っていても、言葉がこぼれる。

 ブラッククッキーの停止はクッキー自身も確認した。

 自分の弟達を止めてくれた恩人に、今、最大に危機が訪れようとしているのに、自分の身体が動かない。

 動く動かない以前に、第二形態でいる事が既に奇跡と言っていい状態なのだ。

「ニゲロ……ニゲテ……クレ」

 無駄な事とは知りながら、クッキーは言葉を紡がずにはいられなかった。

 

 

 ゆっくりと近づいてくる男を他人事のように眺めながら、栄光は――そういや漫画とかで出てくるイケメンの死神って、こんな感じだなぁ――という様な事を他人事の様に考えていた。

 手足が一本づつ動かない。

 それ以前にありったけぶちまけた為、今、一滴の力だって残っちゃいない。壁に寄り掛かっていなければ恐らく座っている事も出来ない。

 

 オレ、死ぬのかな――

 

 不思議と怖さは感じなかった。

 多分それは自分の役割を全うできたからだろう。

 あとは信じる仲間達に任せておけば何の心配もない。

 クリスマスパーティーに出れないのは寂しいが、まぁ、こればっかりは許してもらおう。

 そういえば由紀江ちゃんとハイタッチの約束もしていたが……難しそうだ、というかこの手足ではハイタッチどころの話ではない。

 

 死神が一歩、一歩、近づいてくる。

 

 怖くはない、怖くはないが、イケメンに黙って殺されるというのも何だか癪なので、栄光は最後の抵抗を試みた。

 

 無事な左手を上げると中指だけを突き出して、口を開き大きく舌を出す。

 

「オレ達の勝ちだっ!! ざまぁみやがれっ!!!」

 

 見てるかどうかもわからない、これを仕掛けたヤツに思いっきり悪態をついてみせる。

 

 桐山の足がすぅ、と持ち上がった。

 

 

 クソ! 動ケ!! 動ケ!! 私ノ身体!!

 最早スピーカーすら動かない状況で、カメラだけが桐山と栄光を映している。

 何故ダ! 何故、動カナイ!!

 言葉にならない声で慟哭する。

 このまま栄光が止めてくれなかったら、ブラッククッキーはこの川神だけでなく、日本を蹂躙していたかもしれない。

 そうなればクッキーシリーズは破壊と混沌の象徴になっていただろう。

 自分達は人の為に創られた存在だ。

 人のために創られた自分たちが、人に害をなす象徴になるとは、なんと悪魔的な皮肉だろうか。

 それを止めてくれたのが栄光だ。

 クッキーシリーズの未来を救ってくれた人間を助けられずして、なにが、人の為のロボットであろうか。

 私ガ! 私ガ、助ケルノダ! 我等ノ恩人ヲ! 私ガ! 私ガ!!

 クッキーが強く、強く、思った時――異変が起きた。

 

『人間ヘノ好感度ガ規定値ヲ超エマシタ。第四形態ヘノ変形ガ可能トナリマス』

 

 クッキーのメインシステムに見慣れないメッセージが表示された。

 間髪いれずにクッキーが発光し、輝きだす。

 

 次の瞬間、今までクッキーが倒れていた所に、一人の少女が立っていた。

 

 所々にロボットである名残をつけながら、紫色の髪をした少女は目を開いた瞬間に桐山と栄光の間に身を躍らせた。

 

 

 桐山の踵が振り下ろされた、その時、

「クッキーホワイトシールド!!」

 桐山と栄光の間に飛び込んできた少女の展開するシールドによって、桐山の踵が防がれる。

「クッキー? え? クッキー??」

 死の覚悟すらしていた栄光は、予想もしていなかった乱入者に目を丸くする。

「はい、私はクッキー第四形態です」

 クッキー4は桐島の蹴りを止めながら、栄光に答える。

「第四って……いや、変わりすぎっしょ! てか、3すっ飛ばしてない?」

「でも、そうなんです」

「そうなんですって……」

 あまりに予想外の展開に栄光は、今までの状況も忘れてツッコミをいれる。

 

 そんなやり取りの最中、このままでは(とど)めをさせないと判断したのか、桐山は一旦飛びのき栄光とクッキー4から距離を取る。

「大杉さんは、私がお守りします!」

 そう言ってクッキー4は桐山の前に立ちふさがった。

「お守りしますって……君、戦えるの?」

 可憐な少女のような容姿のクッキー4にむかって栄光が問いかける。

「無理です! 私は自発的に人に危害を加えられないようにできていますので」

「ちょっ!!」

 まさかの返しに仰け反る栄光。

 

「ですが――」

 桐山がナイフのように鋭い蹴りをクッキー4の顔めがけて放つ。

 ギンッ、という耳障りな音とともに、桐山の蹴りが見えない壁に阻まれているようにクッキー4に届く直前で止まった。

「ですが、お守りすることはできます!!」

 今しがた飛び込んだ時と同じようにシールドを展開して桐島の攻撃を弾き返す。

 

「それに……」

 そう言って、クッキー4はチラリとラウンジの入口に目を向ける。

「援軍が来てくれました」

 

 栄光がその言葉に釣られてラウンジの方に目を向けたとき、

「……桐山ぁぁ……ッ!」

 通路の向こうから、桐山の名前を呼びながら超速で近づいてくる者がいることを確認する。

 

 そして――

「桐ィ山アアアァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」

 一匹の獣と化したステイシーが、咆哮とともに飛び込んできた。

 

「――!!」

 その気に反応して振り向く桐山。

 そこに、

「させません!!」

 クッキー4が更にシールドを展開して桐山の動きを止める。

 一瞬、桐山の身体が硬直した。

 しかし、その一瞬が命取りとなった。

 

「ヒューーーーーーッ!!!!!」

 全速力で駆けてきた勢いそのままに跳躍し、ステイシーが桐山の顔面に自らの膝を叩き込む。

 めきり、とステイシーの膝が桐山の顔面にめり込んだ。

 仰向けに倒れる桐山。

 ステイシーはトドめとばかりに、倒れた桐山の顔面を躊躇なく踏みつけた。

 

 びくん、と一度だけ痙攣をして、桐山は動かなくなった。

 

「Woooooooooooooooooooッ!!!!!」

 ステイシーが桐山を踏みつけたまま勝利の雄叫びを上げる。

 

「お……終わったのか?」

 あまりの急な展開に呆気にとられたように、栄光は口をポカンと開いていた。

 

 そんな時、

「大杉先輩! 皆さん!」

 由紀江がラウンジに駆け込んできた。

 駆け込んできたといっても、どこか足元がおぼつかないし、全身いたるところに血が流れ出ているのがわかる。

 由紀江の激闘を想像するには十分すぎる姿だった。

 

「――っ!! 大杉先輩……っ!!」

 由紀江は割れたディスプレイの下で力なく座り込んでいる栄光の姿を見て息を飲む。

 由紀江の姿も激闘を思わせるが、栄光の方が凄惨だ。

 右手と左足は力なく伸びきって、額からは血が流れ、それが胸にまで伝っている。満身創痍という言葉がこれほど当てはまる状態もないだろう。正直動いていなければ死んでいると思われても不思議ではない状態だ。

 

 しかし、そんな栄光から出てきた言葉は、

「よっ、お疲れ、由紀江ちゃん」

 いつものような軽い挨拶だった。

 

「――っ!!」

 そのいつもどおりの栄光の声を聞いた瞬間、由紀江の瞳から涙が溢れた。

「まぁ、お互いこんなナリだけどさ……勝てたな」

「――」

 栄光の言葉に、由紀江は口を抑えてただコクリと頷く。

「どんなにカッコ悪くても、最後に勝った奴がカッケェんだよな」

「――」

 両眼にいっぱい涙を溜めながら由紀江はコクリ、コクリと頷く。

 

 すっ、と栄光が左手を持ち上げる。

「立てねぇからさ、ハイタッチってわけにはいかねぇけど、これで我慢してくれな」

「――」

 頷きながら由紀江は、その手に一歩一歩近づいていく。

 

「お疲れ、由紀江ちゃん」

 栄光がニカリと笑って言う。

「……お疲れ……様でした……大杉……先輩……」

 その笑顔に、涙をあふれさせながら由紀江が答える。

 

 そして、

 ぱん。

 と、小さい音を立てて、二人の手が重なった。

 

 弱々しくハイタッチというには勢いのないタッチ。

 

 しかし、熱く、重く、様々な想いのこもった手合わせ。

 

 自分はこの瞬間を、一生忘れないだろう――

 

 由紀江は心の中でそんなことを思っていた。

 

 

 




栄光はボロボロになってから、輝く!(持論)

時間軸がほぼ同じなため、このような形をとりました。

戦真館でも屈指の人気を誇る栄光。
全国の甘粕大尉がこれを読んで「バンザーイ!」と言ってくれたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十六話 重 ~巨兵~

二話同時投稿です。
どちらから読んでいただいても大丈夫です。

こちらは「川神学園サイド」となります。


「絶対に1対1になるなっ!! 周りを見てフォローし合えっ!!」

 クリスのよく通る声が、戦場に響き渡る。

 

「マルさんは右翼へ、崩れそうだっ!!」

「了解ですっ! お嬢様っ!!」

 

「大和は弓隊の指揮を頼むっ! タイミングは任せたっ!」

「わかったっ!」

 

 クリスが最前線に立ちながらも的確な指示を出してくれているおかげで、持ちこたえられている。

 だが、少し、少しづつだが、ずりっ、ずりっ、と前線が押し込まれ始めている。

 

 皆、力の限り奮闘している。

 だが、数が違いすぎる。

 未だに校門からは次々にブラッククッキーが入り込んできていた。

 広さや、前回来た量を考えて、こちらには裏門の二倍近い人数が投入されている……が。

 その人数も、けが人の搬送により、半分近くまで減っていた。

 

「弓隊っ!! はなてぇっ!!」

 大和の合図で京をはじめとする弓隊が一斉に矢を放つ。

 その矢を受けて、ブラッククッキーが次々に倒れるが、その間隙をすぐさま、別のブラッククッキーが埋める。

 

「くそっ!!」

 大和が思わず悪態をつく。

「クラウディオさん!」

 大和が横にいるクラウディオに声をかける。

 

「申し訳ありません、裏門も同じタイミングで大群が押し寄せたらしく、手一杯のようです。我堂様と龍辺様のお二人でなんとか食い止めている状況です」

 クラウディオの言葉に、大和は唇を噛む。

 援軍は現状では難しい。

 あるとしたら外で戦っている項羽だろうが、この数が押し寄せているのだ、外に単騎ででている項羽がこちらに戻ってこれるかはわからない。

「――わかりました」

 再び悪態を付きそうになる口を、無理やり塞いで、大和は頷く。

「倉庫に、矢はまだ残ってましたか?」

「ほぼ残っていないと思われますが、若干なら」

「じゃあ、それ全部持ってきてください。あと硬球でもなんでもいいです、遠距離で攻撃できるものを持って、2階から力のある人は援護をおねがいします」

「確か忍術部に手裏剣と苦無があったはずです、手配いたしましょう」

「お願いします」

 クラウディオに指示を出すと、大和は再び前を向く。

 目には相変わらず夜中の海のように、黒いブラッククッキーの大群がうねっていた。

 

 大和は震えそうになる身体を、歯を喰いしばって止めると、

「キャップ!! 下駄箱に弓の予備があるから、弦が切れた人にわたしてあげて!!」

「しゃあ、了解!」

 指示を出す。

 

 クリスとマルギッテが前線で踏ん張っているのがわかる。

 

 校門から、また、ブラッククッキーの一団が投入された。

 

 ずりっ――

 戦線がまた少し、後退した。

 

 

―――――

 

 

「らあっ!!」

 鳴滝はマガツクッキーに向かって、真正面から突撃していく。

 突撃せざるを得なかった。

 

 少しでも攻撃に隙間ができると、マガツクッキーはブラッククッキーを校舎内へと投入しようとした。

 弓隊の牽制程度ではその動きを止めることはできない。

 故に、鳴滝は絶え間無い突撃を余儀なくされていた。

 

 ぶうん、という超重量の物体が振るわれる音ともにマガツクッキーの鉄拳が鳴滝に叩きつけられた。

「があっ!」

 その鉄拳を鳴滝は、腕を上げて足を開き、受け止める。

 凄まじい衝撃が鳴滝の全身を襲う。

 しかし、その痛みに耐えて、鳴滝は、

「らあっ!!!」

 拳を打ち抜く。

 

 鉄の砕ける音ともに、マガツクッキーの右足が吹き飛ぶ。

 しかし――

 瞬時に、破損部にブラッククッキーが群がり、傷が修復される。

「ちぃっ!」

 そして次の瞬間には、足の止まった鳴滝に大量のブラッククッキーが襲いかかり、鳴滝の動きを止めた。

 そんなふうに硬直した鳴滝に、

 ぶうん――

 マガツクッキーの超重量の一撃が叩き込まれる。

 

「ぐっはっ!」

 鉄拳を喰らい吹き飛ぶ鳴滝。

 先程から、同じことを続けている。

 もちろん、校舎内へのブラッククッキーの投入を阻止するため、ということもあるが、仮に、そのことがなくても鳴滝は真正面からぶつかっていっただろう。

 なぜなら、鳴滝はそれしか出来ないからだ。

 真正面から、真っ直ぐに、太く、重く。

 それが鳴滝淳士なのだ。

 

 しかし、そんな鳴滝の一撃が決定打にならない。

 腕の一本、二本砕く程度の破損では直ぐに破損部分を修復されてしまい、意味がない。

 それ以上の、それこそ頭を吹き飛ばすかのような一撃を叩き込まなければならない。

 最速の疾さで。

 最高のタイミングで。

 最良の部分を打ち抜く。

 そんな絶無のような機会を求めて、鳴滝は突撃を繰り返す。

 

 吹き飛ばされた鳴滝は、二本の足で立ち上がる。

 

 不意に異物感を感じて、口に上がったものをべっ、と吐きだした。

 地面に落ちたものは赤く染まっていて、舌には鉄の味が広がっている。

 その赤い中に白い塊が一本混じっている。

 鳴滝の奥歯が折れていた。

 

 動かすと攻撃を受け止めた左腕が、ずきりと痛む。

 少なくてもヒビが入っているだろう。

 だが折れてはいな、まだ動く。

 

 鳴滝はマガツクッキーを睨みつける。

 

 マガツクッキーは無表情でそこに佇んでいる。

 

「らああああっ!!!!」

 鳴滝は再び真正面から突撃していく。

 

 また、はね返された。

 

 

―――――

 

 

「はあああああああああああああっ!!!!」

 裏門では鈴子が一迅の疾風となって駆け抜けていた。

 広い戦場、無機質な機械の敵。

 鈴子の力が最大に発揮される状況で、その期待通りに縦横無尽に疾走する。

 

 絶え間なく無尽蔵に押し寄せてくるブラッククッキーを、切り裂く。

 穿ち、削り、抉り、断ち切る。

 両腕の負傷があって尚、この状況での我堂鈴子は圧倒的だった。

 マスタークラスが来るであろうと読んで、主力の多数は表門に配置されている。

 人数で言ったら裏門は表門の半分程度の人数で、表門と同じ数のブラッククッキーを相手にしている。

 

 その数の差を埋めているのが、鈴子。そして歩美だ。

 

「ほらほら、足元お留守だよぉ!! GUNG-HO!! GUNG-HO!! GUNG-HO!!」

 校舎の入口に一人陣取った歩美が、味方が崩れそうになる部分を的確に見抜いて援護射撃をする。

 この二人のおかげで、表門よりもさらに圧倒的に数的不利な裏門がブラッククッキーの侵入を許していない。

 

 そんな中で、鈴子が歩美の元に降り立つ。

「まったく……ゾロゾロゾロゾロ、まるで台所に出てくる黒い害虫ね」

 敢えて固有名詞を出さないあたりに、その生物に鈴子が個人的な嫌悪を抱いているのがよくわかる。

「ホントにねぇ、どっからでてくんだろうね」

 鈴子の言葉に、歩美が頷く。

 

「でも――」

「うん、でも――」

 鈴子と歩美は前を見ながら、

「あと、少しの辛抱よね」

「うん、あと少しの辛抱だよね」

 同じ言葉を口にした。

 

 鈴子も歩美も信じている。

 栄光がこの大群を止めてくれることを、一片たりとも疑っていない。

 ならば自分たちは、彼らが帰ってくる場所を全力で守りきればいい。

 

「ねー、りんちゃん」

「うん?」

「わたし達ってさぁ、いい女だよね」

「はぁ?」

 歩美のいきなりの言葉に、鈴子が(ほう)けた顔をする。

「だって、みんなが帰る場所を守るために、必死になって戦ってるんだよ? 古風な女、昔ながらの大和撫子! って感じじゃない?」

「ゲーム漬けのあんたが、昔ながらの大和撫子ねぇ」

 鈴子が呆れたように歩美の顔を見た。

 

 そんな時、

「我堂さん! 前線が!!」

 冬馬の声がかかる。

 

「おしゃべりは終わり、行くわね」

「うん」

 鈴子は前線に行こうとしたとき、振り向きざまに、

「さっきの話だけど、あんたはともかく、私は間違いなく、純然たる大和撫子でしょうね」

 先ほどの歩美の話題に答える。

「えーー、それは純然な大和撫子に謝ったほうがいいと思うよー」

「はぁ? じゃあ、これが終わったら誰が一番、大和撫子か多数決で決めましょうよ」

「いいよー」

「逃げんじゃないわよ!」

「OKー」

 鈴子は歩美の返事を聞いて、飛び出していった。

 

(私が勝つに決まってるじゃない! 私に投票しなかったら皆、承知しないんだから!!)

 

 鈴子はそんなことを考えながら、ブラッククッキーへと突っ込む。

「はあああああああああああああああっ!!!」

 そして、裂帛を響かせながら旋風と化す。

 

(だから! だから!! みんな生きて戻ってきなさいよ!! 淳士も、大杉も、柊も、水希も、生きて帰ってこなかったら全員奴隷にしてやるんだから!!!)

 

 鈴子は疾風になって戦場を駆ける。

 仲間が帰ってくるまで、いつまでだって戦う覚悟だ。

 100体だろうが、1000体だろうが、食い止めてみせる。

 

 包帯が巻かれた両腕がズキズキをいたんでいる。

 薙刀を持つ握力が落ちている。

 

 それでも鈴子は動くのをやめない。

 前しか見ない。

 後ろは歩美が守ってくれる。

 他の仲間が、食い止めてくれる。

 

 鈴子は単騎、ブラッククッキーの大群に躍り出た。

 

 裏門のブラッククッキーの数は一向に減った気配がなかった。

 

 

―――――

 

 

「――ぐっはっ」

 もはや何度目かわからない程の拳を受けて、校舎の壁に叩きつけられる。

 慣れることのない痛みと衝撃が、鳴滝を襲う。

 

 全身が悲鳴を上げていた。

 身体中の骨が軋んでいた。

 

 呼吸が荒い。口で呼吸をしているからだ。

 ごー、ごー、という自らの呼吸音が鳴滝の耳に届いている。

 何度目かの拳を腕の上から顔面に入れられたとき、鼻の軟骨が折れたかなにかして、 鼻血が止まらなかった。

 鼻をかんでもすぐにドロドロの血が溜まってしまい、それ以降、鼻で呼吸ができていない。

 

 腹の横のあたりが柔らかかった。

 下の肋が折れているのであろう。

 

 左の拳が拳の状態から、開かない。

 常に全力で握りこんでいたため、その状態で硬直してしまっている。

 

 内臓のひとつふたつは腫れ上がっているのであろう。

 肉体の中に、幾つもの熾火(おきび)(とも)っているかのように熱を持っている。

 

 額には汗と血でバンダナ越しにべったりと髪がはりついており、その血が乾きかけてどろどろになっている。

 

 満身創痍という言葉ですら片付けられないほどに、鳴滝は傷ついていた。

 

 それでも鳴滝は、前を、マガツクッキーを睨みつけている。

 否――、

 前を向いているが、鳴滝はマガツクッキーを見てはいなかった。

 

 鳴滝はマガツクッキーの向こうに、かつての自分を見ていた。

 邯鄲で何もできずに、寝ていた自分。

 怪士に目の前で仲間を倒され、一糸も報いることができなかった自分。

 鳴滝はそんな自分と、戦っていた。

 

 俺がやらなきゃ、だれがやる。

 俺がやらなきゃ、ダメなんだ。

 今度こそ――

 今度こそ――

 俺が――

 俺が――

 俺が――

 

 朦朧とした意識の中でそんなことを考えながら、鳴滝は一歩、踏み出そうとして――がくり、と膝をついた。

 

「――なっ!」

 鳴滝は敵に何かされたのかと周りを見るが、何もない。

 足に目をやると、両足がガクガクと痙攣していた。

 身体が、筋肉が、骨が、限界だと鳴滝自身に告げていた。

 

「くっそ!! ふざけんな!! ふざけんなぁっ!!」

 鳴滝は吠えながら、自分の足を拳で叩く――痛みも何も感じない。

 

 鳴滝は一歩も動けなくなった。

 

 それを確認したかのように、ずしん、とマガツクッキーが始めて歩を進めた。

 一歩、一歩、ゆっくりとだが確実に校舎へと歩を進める。

 

 またか、またなのか!

 俺はまた、何もできないままで終わるのか!

 ざけんな! ざけんな!! ざけんな!!!

「ざっけんなあああああああっ!!!!」

 鳴滝が慟哭する。

 

 しかし、その慟哭にも、鳴滝の身体は応えてはくれなかった。

 

 ずしん。

 また一歩、マガツクッキーの歩が進んだ。

 

 

―――――

 

 

 ずしん……ずしん……

 阻むものがなくなったマガツクッキーがゆっくり、ゆっくりと校舎に向かって進み始めた。

 ゆっくり、ゆっくりだが、それが死刑宣告のカウントダウンの様で、校庭にいる生徒達の心を削っていく。

「弓隊!! 放てぇっ!!!」

 大和が大声で弓兵に号令をかける。

 ありったけの矢がマガツクッキーに放たれるが……マガツクッキーの歩みは止まらない。一歩一歩確実に校舎へと歩を進めていく。

 

「くっそおおおおおっ!!!」

 ここまで来て、ここまで来てなのか。

 大和が慟哭する。

「くっ……耐えろ!!! 皆、耐えるんだっ!!!」

 崩れそうな前線でクリスが檄を飛ばすが、ずりずりと全体が押し込まれていくのを止める事が出来ない。

 

 くそ! くそ!! くそ!!!

 届かないのか。

 ここまでやっても、届かないのか。

 悪魔の挑戦に自分達は屈してしまうのか。

 

 違う!

 違う自分が心の中で叫んだ。

 断じて違う!!

 また別の自分が胸ぐらをつかむ。

 自分達が諦めてどうする。まだ、皆戦っているのだ。

 仲間達が帰ってくる場所を、守れないでどうするというのだ。

 百代に、柊に会わせる顔がないじゃないか。

 死力を尽くして戦ってくれた、弁慶に、辰子に、与一に会わせる顔がないじゃないか。

 

 心を折られるな! 前を向け!!

 歯を喰いしばって! 立ち上がれ!!

 諦めたら終わりだ。

 唱え続けろ! 叫び続けろ!!

 まだだ! まだだ!! まだだ!!!

「まだだああああああああっ!!!!!」

 大和は力の限り叫んだ。

 

「前線はクリスとマルギッテを中心に小さくまとまれ!! 弓兵は壁際まで後退して援護しろ!! 歩けない怪我人は2人以上で運び出せ!! 裏門からの援護があるまで諦めるなぁッ!!!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!!!』

 

 生徒達から最後の雄叫びがあがる。

 力の限りの最後の咆哮。

 

 その咆哮の中に、

「鳴滝ィーーーッ!!!」

 鳴滝を呼ぶ声が重なった。

 

 その声は頭上から降ってきた。

 

「――」

 鳴滝は自らの名を呼ばれた声の方向を向く。

 そこには、

「源……? 島津……?」

 校舎内の殲滅に向かったはずの、二人の仲間が立っていた。

 

「鳴滝ぃ! 今行くぞ!!」

「ぬあっはっはっは! 助っ人参上!!」

 忠勝とガクトは屋上に立っていた。

 忠勝とガクトは屋上のフェンスを乗り越て、へりの部分に離れて立っている。手には バレーボールに使うネットであろうか、太い網の様なものを二人で端を持って立っている。

「てめぇ一人で戦ってるわけじゃねぇんだ! 諦めんな!!」

「ふん! 俺様が来たのだ、逆転といこうじゃないか!!」

 そう言うと、忠勝とガクトは頷き合う。

「行くぞ! 島津!!」

「任せろぉ!!」

「なっ! 馬鹿か、テメェら!!」

 鳴滝は二人が何をしようとしてるのか気が付き、声をかけるが、その時には既に二人の身体は宙を舞っていた。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!!」

「フンヌウウウウウウウウッ!!!」

 忠勝とガクトはネットを持って屋上から何の躊躇もなく力いっぱい地面をけって、飛び降りた。

 狙うのは真下に見える、マガツクッキー。

「しゃあああああああっ!!!!!」

「ぬううううううううっ!!!!!」

 そして、流石に頭上からの攻撃は予想していなかってのであろう、見事に二人の持ったネットはマガツクッキーの頭に覆いかぶさった。

 二人とも筋肉質、二人合わせて150キロ以上はあるであろう体重が屋上から落ちてきて圧し掛かったのだ、流石のマガツクッキーも、ぐらりと上半身を揺らす。

 

 しかし、そこまでだった。まだ、足りない。

 

 その時、

「ぬりゃあああああああああああっ!!!!」

 鳴滝の横を通り抜け、一つの肉の砲弾がマガツクッキー目掛けて疾走していった。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「長宗我部!!」

 その正体を認識し、声を上げる鳴滝。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 長宗我部は雄叫びをあげながらマガツクッキーへと一直線に向かっていく。

 途中ブラッククッキーが襲いかかるが、止まらない。

 自らの鋼の筋肉と、全身に塗ったオイルを頼りにマガツクッキーに向かって疾走する。

 そして、

「ぬらああああああああああああああああっ!!!」

 頭上の二人の為にバランスを崩したマガツクッキーに辿りついた長宗我部は、足に両手をかけて力を込める。

 止まった長宗我部にブラッククッキーが群がるが、力を込めるのをやめない。

 再び、マガツクッキーがぐらりと揺らぐ。

 

 しかし、それでも、まだ……まだ、ひと押し足りない。

 

 そこに、

「おいっ!!! デカブツっ!!!!」

 最後のピースが現れた。

 

「面白れぇことしてんじゃねぇか……俺も混ぜろよ」

 鳴滝が声の方に目を向けると、校門に板垣竜兵が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 タンクトップからむき出しになっている腕はいくつもの傷があり、ズボンも所々、破けている。極めつけは、気付いているのかいないのか、腰に力尽きたであろうブラッククッキーがぶら下がっていた。

 竜兵は学園には避難してきていない、いつもたむろっている裏通りで襲いかかってくるブラッククッキーと一人、戦っていたのだ。

 

「なあああああああああああああああっ!!!」

 なんの打ち合わせもなく、竜兵はマガツクッキーに突撃していった。

 状況から判断したのか、それとも本能がそうしろと叫んだのか、いずれにしても竜兵は前を阻むブラッククッキーを蹴散らしながら、長宗我部とは逆側の足に辿り着く。

「なああああああああああああああああっ!!!!!」

 竜兵は野獣に吼えながら、マガツクッキーの足を全力で持ち上げる。

 

 忠勝とガクトが上からバランスを崩し、長宗我部と竜兵が足を持つ。

 マガツクッキーの巨体が、ついにバランスを崩し尻もちをついた。

 

「鳴滝!」

「鳴滝!!」

「デカブツっ!!」

「鳴滝ッ!!!!!」

 

 忠勝たちの呼び声に、

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

 鳴滝は咆哮で応えた。

 

 何をやってるんだ、鳴滝淳士! 

 何を寝ている、鳴滝淳士!! 

 叫べ! 絞り出せ!! 燃やしつくせ!!!

 何でもいいから掻き集めろ。

 集めて、集めて、燃やしつくせ。

 燃やして、燃やして、力に変えろ。

 この後、一滴の力だって残らなくていい。

 立てなくたって、へたりこんだって、反吐を吐いたってかまわねぇ。

 全身の筋肉が、この肉体が、この意識が、ちぎれ飛んでしまっても構わない。

 そんなもの、忠勝たちの覚悟に比べれば糞みたいなもんだ。

 忠勝達は自分を信じて、決死の突撃を成功させた。

 これに応えなくて、何が仲間だ。

 

 立てない? なめんなっ!!

 

 力がでない? ざけんなっ!!

 

 骨が逝ってる? ふざけんなっ!!!

 

 こんなもんじゃねぇ……

 

 鳴滝淳士は、こんなもんじゃねぇ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!!

 

 一本気な程の自己愛が、鳴滝の能力(ユメ)を爆発させる。

 

 全身に力を(みなぎ)らせて、

「らああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 鳴滝は咆哮を轟かしながら突撃する。

 

 次の一擊で終わらなかったら?

 これで自分の拳が砕けてしまったら?

 残ったブラッククッキーは?

 

 懸案事項は山とある。

 

 鳴滝はそれらを、

 

 知らねぇ!

 わからねぇ!!

 くだらねぇ!!!

 

 全てを切って捨てて突撃する。

 

 二の太刀など頭の片隅にも置いてない。

 

「島津!!」

「おう!!」

 鳴滝が懐に入った瞬間、忠勝の合図で忠勝とガクトがネットから手を離して飛び降りる。

 

 鳴滝が渾身の一歩を踏み込んだ。

 そこだけ、()()()()()()()()()()()()()()()、ずぶりと、鳴滝の足が地面に沈む。

 

「らああっ!!!!!!!!!」

 その重さの全てをのせて、鳴滝の拳がマガツクッキーのボディーに穿たれた。

 

 ガツンッ――

 

 という凄まじい音が、校庭に響き渡る。

 その後、ガシャンという音と共にマガツクッキーの上半身が、下半身から10mは離れた位置に落ちる。

 鳴滝の一撃によって、マガツクッキーは真っ二つに砕けていた。

 そして次の瞬間、マガツクッキーは黒い粒子になったかと思うと大気に溶ける様に消えていった。

 

「かああああああっ!!!!」

 鳴滝が勝利の雄叫びを、天に向かった上げた。

 

「やった……やったぞ!! 鳴滝達がやってくれた!!!」

 大和が声を上げる。

 そして、

「いまが勝機だ!! 押し返せぇっ!!! 」

 クリスが絶妙のタイミングで檄を飛ばす。

 怒号を上げながら生徒達がブラッククッキーを押し返す。

 

 最後の力を振り絞った生徒達の押し上げが、遂にブラッククッキーを校門付近まで押し返したその時――

 

 ブラッククッキーの動きが止まった。

 

 一体が動きを止めたかと思うと、それが伝播するように次々に糸が切れた人形のように、ブラッククッキーは地面に倒れ伏し、次の瞬間には黒い粒子となって大気へと消えていく。

 

「これは……いったい……」

 クリスの言葉に、

「ったく……おせぇぞ、大杉……」

 鳴滝が小さく笑いながら独り言のように呟く。

 

「大杉達がやってくれた? ってことは、もうブラッククッキーは動かない? 勝った……のか?」

 大和の呟きが、生徒達に伝播する。

 

「勝った……勝ったぞ!!」

「やった!! 終わったんだ!! 終わったんだ!!」

「ぐすっ……うわーん、私、生きてるよぉ……」

 ざわめきがどんどんと大きくなる。

 

 ざわめきはうねりとなって、ついには歓声になる。

 

 そして何処からともなく、

(えい)! (えい)!! (おう)!!!』

(えい)! (えい)!! (おう)!!!』

 勝ち鬨が上がった。

 

 勝ち鬨を熱いシャワーのように浴びながら、鳴滝はようやく校庭に腰を落とす。

 そんな鳴滝に、

「よう、やったな」

 忠勝が近づいてきた。

 

「ああ……お前たちのおかげだ……助かったぜ」

 鳴滝は立っている忠勝を見上げながら礼を言う。

「いったろ。別に、お前一人で戦ってるわけじゃねぇんだ。俺達は勝つために当然のことをしたってだけだ」

 忠勝は鳴滝の言葉にそっけなく返す。

「ふふん、俺様が来てからの大逆転――これはクリスマス告白ワンチャンあるな!」

「うむ! これも筋肉の導きだな!!」

 ガクトと長宗我部の言葉は、どこかずれている。

「デカブツ、てめぇを()るのは俺だ。あんなガタクタにやられてんじゃねぇよ」

 竜兵は凄みを帯びた眼で、鳴滝をギロリと睨む。

 四者四様。まるで噛み合っていない。

 しかし、そんな奴らが自分の通る道を開いてくれた。

「くっ……くはは……はは」

 そんな事実に、鳴滝は声を出して笑う。

 

「ん?」

「ぬ?」

「む?」

「あん?」

 鳴滝の笑い声に四人が怪訝そうな顔で一斉に鳴滝を見る。

「何がおかしいんだよ」

 四人を代表するように忠勝が、鳴滝に問いただす。

「いや、別に……お前らも馬鹿だが……俺も大馬鹿だと思ってな」

 そう言って鳴滝は顔を上げる。

「ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ考えたが……ガラじゃねぇ……こうやって、思いっきり、ぶつかってきゃあ良かったんだな……」

 そんな鳴滝の言葉に、

「なんだ、ようやく分かったのかよ。確かに大馬鹿だぜ」

 忠勝が答える。

「ふん」

「はっ」

 鳴滝と忠勝が小さく笑い合う。

 

 誰からともなく拳が持ち上がる。

「ふん!」

「はっ!」

「ぬん!」

「むん!」

「へっ!」

 鳴滝、忠勝、ガクト、長宗我部、竜兵の拳が輪になる。

 

 そして、

 ごん、

 と、小さく、しかし力強く、五つの拳が合わさった。

 

 川神学園全体から勝ち鬨の声が上がっている。

 誰しもが死力を尽くした戦いに終止符が打たれた。

 

 川神学園での死闘の幕が、降りた。

 

 

 

 




鳴滝はズタボロになってから、輝く!(持論)

時間軸が同じなためにこのような形を取らせていただきました。

鳴滝の司る一字がよくわからなかったので「重」の一文字。
でも、栄光の「忠」と合わせると韻が踏まれていて、個人的にいいかなと思ってます。

全国の百合香お嬢様がこれを読んで、「ヒャホーイ!」と喜んでいただけたら幸いです。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十七話~助人~

<真剣恋A-4をDLしながら>
みなとそふとさん、自分にこれ以上、ネタお提供しないでもらえますかね?(困惑)



「さんたまりーあー うららうのーべす」

 学園の生徒たちが日常の象徴である学園へと向かうために通る、多馬大橋。その上で、今日の非日常の象徴である悪魔――神野明影が謳っていた。

「さんただーじんみちびしー うらうらのーべす」

 神野明影はただ、謳っているだけだ。

 しかし、それだけで黒い何かが溢れ出し、空間そのものを穢していく。

 神野明影が祈祷(オラショ)の一節一節を謳い上げるたびに、川神全土の闇が濃くなっているようにすら見える。

「まていろきりすて うらうらのーべす」

 存在そのものが穢の権化。

 それがどうした、そのとおり。

 穢すことこそ我が全てだと誇るように、悪魔は祈祷(オラショ)を謳い上げる。

「まてろににめがらっさ うらうらのーべす」

 区切りの一節を歌い上げたとき、

「ん?」

 神野は川神を包む闇の、さらに一層深い闇が覆うこの多馬大橋に踏み込む、侵入者たちを認識する。

 

「やぁ、お二人さん、まっていたよ」

 神野はその侵入者たち――水希と義経に向かって、歓迎ともとれる笑みを浮かべて両手を広げた。

「もっと早くにお相手したかったんだけどさ、こちらもひとりで色々やっててね、忙しかったんだ。これでも仕える主がいる身、手を抜くわけにはいかないし。申し訳ない……」

 そう言って慇懃に頭を垂れる姿は、それだけで相手を馬鹿にしているようでもあった。

 

「神野……」

 水希が創法で作り出した刀を握り込む。

 様々な思いが溢れ出る。

 屈辱も、後悔も、失敗も、未だ自分の中にある不明瞭な不快感も、すべてを込めて神野の名を呼ぶ。

 

「水希、君が来てくれると思っていたよ。逆に来てくれなかったら、こちらから行くつもりだったぐらいだからね」

 神野が口を三日月型に歪めて水希を見る。

 その顔には悪魔の親愛と嘲笑が込められていた。

 

「ボクの中の彼が叫ぶんだよ。羨ましい、羨ましいってさ。ボクはこんな闇に堕ちたのに、君はあんなに輝く光の中にいる。ああ妬ましい、ああ疎ましい。ボクはこんなにも強くなったのに、君はボクのことなんか見向きもしない。君の言うとおり強くなったのに、君は光の中で友人たちと戯れている……そりゃあ、あんまりなんじゃないかなぁ」

 見え見えの挑発、しかしそれに、

「神野オォッ!!」

 水希が瞳に狂気の色を滲ませ、反応しかけた。

 

 その時、

「水希ッ!!」

 義経が水希の肩を掴んで止める。

「落ち着いて。相手の術中にハマっちゃダメだ」

 振り返った水希と義経の瞳が交差する。

「深呼吸」

 義経は短くそう言った。

「……すぅ……ふぅ……」

 水希は素直に従い、一つ深呼吸をする。

 再び開けた水希の瞳には、先ほどの狂気の色は残ってはいなかった。

 

「……ふむ、少しは成長しているってことかな? 一回見限らせてもらった()()()()がどれほどのものになったか見せてくれよ」

 神野はそう言うと両手を大きく開き、天を見上げる。

 ただそれだけの行為で、あたり一面の闇が一層深くなった。

 どこからともなく大量の羽虫が湧いて出て、わんわんと羽音の輪唱を奏で始める。

 

「ラスボスに美少女二人で挑む……なんかこの時代の娯楽作品であるよねそういうの? なんだっけ? 美少女戦士・ふたりは~なんちゃら~、みたいなやつ? って、美“少女”ってのは水希には苦しいか……だって二年も引きこもってて、そろそろ“少女”って枠じゃなくなっちゃうもんねぇーー!! ひぃっーひっひっひっひっ――きひははははははははは!!!」

 神野の嘲笑を合図に、

「はあああああああああっ!!!」

「やあああああああああっ!!!」

 水希と義経が白刃を煌めかせながら飛び出した。

 

「ああわかっていますよ、我が主。本気は出しませんが、手は抜きません。それがボクの悪魔の矜持ってやつです。(あなた)好みの輝きを演出してみせますよ」

 神野はそう言うと、二人の白刃の前に身を躍らせる。

 

「さあっ!!」

「やあっ!!」

 水希と義経の白刃が神野の身体を切り裂いた。

 水希の刃が首から上を、義経の刃が腰から上を真っ二つに断ち切った。

 

 しかし、手応えは――ない。

 まるで素振りをしているかのような手応え、(くう)に向かって刀を振り下ろしたかのような、その程度の感触。

 もちろん、神野にダメージは、ない。

 

「あんめい、まりあ――ぐろおおォりああァァす!!」

 生首となった神野の口から呪いの祈祷(オラショ)が発せられた。

 

 瞬間、神野の身体は散り散りにはじけて、無数の蟲、黒い霧、漆黒の放射能となって義経と水希を取り囲む。

 

 水希と義経が分断された。

 

「水希っ!!」

「義経っ!!」

 互の名を呼ぶが、届かない。

 

 義経の前には、いつの間にか漆黒の空間が出来上がっていた。

 神野明影には肉体という実態がない。霧のような粒子であり、放射能のような穢であり、蟲の集合めいた罪と悪意の塊なのだ。

 

 神野の穢が、義経を取り囲む。

 

「義経ちゃんは、おにんぎょう」

 次の瞬間、義経の周りでわんわんと戯れる羽虫の音がした。

 

「義経ちゃんは、おにんぎょう。かわいいかわいい、おにんぎょう。きれいなきれいな、おにんぎょう」

 義経を取り囲む空間に無数の口が存在し、聞きたくもないことを聞き漏らさせないように、全方位どこからでも言葉が耳に滑り込んでくる。

 蟲が耳の中に入ってくるかのような不快で、気味の悪い、粘着質な声と言葉が義経を取り囲む。

 

「みんなからかわいがられて、あいされて……がんばれー、義経ちゃん、がんばれー、義経ちゃん。義経ちゃんはいいこだから、そんなみんなのきたいにこたえちゃう……でもさ……」

 億の穢が義経の心の中に入り込む。心の中の一番柔らかいところを見つけ出し、問答無用に糞を擦り付ける。

 

「でもさ……それってほんとににんげんなのかなぁ! みんなからいわれたことだけやって、めざすものも、なまえすらきめられて……義経ちゃんのいしはどこにあるんだい?」

 義経自身、疑問にすら思っていなかった……否、恐らく気づいてはいたが、気づかないふりで見ないようにしていた、心の一番傷つきやすい部分を神野は綺麗に取り出して嬲ってくる。

 

「えいゆうのうまれかわりだとかいわれてるけど。みんなのためにかってにつくられて、みんなのためにかってにかたにはめられて、それってやっぱりただのおにんぎょうじゃないか!」

 義経の心の底の底にあるモノを、掻き出し、掘り出し、踏みつける。

 

「てかさぁ、源義経っておとこだよね? おんなのきみがなれるわけないじゃない! こんぽんてきにまちがってるんじゃないかなぁ……いきかたってやつが……うふふふ、ひぃっーひっひっひっ、ひゃははははははははは!」

 悪魔の嘲りと嘲笑が、億という蟲の羽音となって、義経の耳に、心に入り込む。

 

 否応なく精神が掻き毟られそうな悪魔の嘲りを、義経は真剣な眼差しで聞いていた。

 

 心がざわめく。

 疑惑や不信が沸き起こる。

 母替わりであるマープルの顔が黒く塗りつぶされていく。

 

「でも――それでも――っ!!」

 そんな感情をまるまる全て飲み込んで、義経は刀を握り、足に力を込める。

 

「義経は――義経は――っ!!」

 弁慶の笑顔を思い浮かべる。

 与一のニヒルな笑みを思い浮かべる。

 迎えてくれた川神学園の皆の顔を思い浮かべる。

 育ててくれた九鬼の関係者の笑顔を思い浮かべる。

 

 確かに自分は作られた存在だ。

 生き方も強制されたものだ。

 でも――それが一体なんだというのだ。

 その人々に応えたいと思ったのは、義経の感情だ。

 

「でも、そのかんじょうが、じぶんのいしだと、だれがしょうめいすんだい? それすらつくられたものかもしれないじゃないか」

 そんな心に声にさえ、穢は問答無用に押し入ってくる。

 

 この感情は自分のものかって?

 それを証明するのは誰かって?

 

 そんなことは簡単だ。

 

 証明するのは――自分だ。源義経自身だ。

 

 それが誘導されたものしれない、それが作られたものしれない。

 そんな事はどうでもいい。

 重要なのは選び取ったものを信じ、貫く勇気だ。その道を進み、戦う覚悟だ。

 それがいつか意志となり、確固たる生き方として柱になっていくのだ。

 

 故に、義経は迷いなく、清廉な瞳で目の前の穢の塊を見つめると。

「絶対に!! 九郎義経に、なるんだあぁぁぁぁっ!!!!」

 渾身の一閃を叩きつけた。

 

 一瞬の静寂。

 煩わしいという言葉では足りないほどにわんわんと空間を蹂躙していた蟲達がピタリとその音を止めた。

 そして次の瞬間、黒い粒子が爆ぜたかと思うと、義経を包んでいた黒い空間が消滅し、義経は先程までいた橋の上に立っていた。

 

「――お見事」

 

 純粋な賞賛の声が義経の頭上からかけられた。

 

「その歳で、その意志の強さ、生い立ちも考慮に入れれば驚嘆に値するね……まるで君たちの魯生のようだ。全然ボクの趣味じゃないけど……我が親愛なる主からすれば、君みたいな人が増えることを望んでいるんだろうねぇ」

 神野は義経に賛美の言葉を投げながら、一人でうんうんと頷いている。

「それにしても、この騒動の現状を見るに、()()()には、君みたいな子が沢山いたというわけなのかな……いや、凄まじいねぇ、()()()というものは……」

「……?」

 義経は刀を油断なく構えながらも、神野の独り言のような言葉に眉をひそめる。

 言っていることが意味不明なのは前からだが、なにかが引っかかる、自分中の何かが神野の言葉を拾って違和感に変えていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 神野明影ええェェっ!!!! 」

 そんな義経の思考を、友の絶叫が遮った。

 

 義経がその方向を見ると、そこにはドス黒い直径5メートル程あろうかという球体が佇んでいた。

「あああああああああああああああああ!!!!」

 絶叫はその中から轟いている。

 なかに水希が閉じ込められているのだろう。おそらく義経自身も先ほどまであのような形で囚われていたはずだ。

 

「ふむ……前言撤回させてもらうか。戦真館でも、こんなふうな出来損ないもいるようだ……まぁ、ボクとしてはこちらの方が好みなわけだが」

 神野はそんな球体からの絶叫を聞きながら、満足そうに頷く。

「くっ!! 水希!!」

 義経が球体へと駆け出そうとしたとき。

「おおっと」

 神野が黒い毒蛾達を(ほとば)らせ、義経の行く手を阻む。

「それは野暮ってもんじゃないかな、義経ちゃん。愛する二人の逢瀬を邪魔するもんじゃあ、ないよ」

「くっ――」

 義経は刀を振りながら前に進もうとするが、無尽蔵に湧いてくる毒蛾の壁が義経を阻む。

「くっ! 水希!! 水希ぃっ!!」

 せめて声だけでも届けようと、毒の鱗粉が口に入るのも構わずに、義経は黒い毒蛾を払いながら力の限り叫ぶ。

 

「素晴らしい、いや、本当に素晴らしいね。我が主なら君のことを、思いつく言葉の限りを使って賞賛したことだろう」

 そんな義経を見ながら神野は一人、呟く。

「そんな君の強さの、半分……いや、一〇分の一でも彼女にあったらねぇ……」

 神野は絶叫が溢れ出てきている球体に目をやりながら、呆れたような、また嬉しそうな感情をにじませる。

 

 次の瞬間、水希が閉じ込められているであろう黒い球体がポッカリと口を開いた。内側からこじ開けたわけではない、神野が作り出したであろう誘いの出口。そしてそれは罠の入口。

「神野オオォォォォォッ!!!!!!」

 その口から、絶叫を迸らせながら水希が飛び出してきた。

 目の前の神野明影に向かって、他の何にも目を向けず、目に入れず、ただ一直線に突っ込んでいく。

 その瞳は狂気の色で染まっていた。

 

「水希っ!!!」

 義経が水希の名を叫ぶ。が、届かない。

 

「おかえり、水希……まっていたよ」

 

 水希の行く先には、悪魔が両手を広げて嗤っていた。

 

 

―――――

 

 

「おーい、こっち包帯たりませーん、持ってきてくださーい!」

「ちょ、動くなっつうの。骨折れてるかもしんないんだからね」

 川神学園のグラウンド、真与や千花といった戦いに参加できなかった生徒たちが、学園をまもり、傷ついた生徒たちを治療して回っている。

 無傷なものなどいない、皆、何処かに傷を作り、顔をしかめている。

 しかし、生徒たちの顔は明るい。自分達が守りたかったものを守れたという達成感からくるものだろう、そう言う意味では、傷もどこか誇らしそうだ。

 そんな慌ただしく動いている衛生班の中で、一番ひっきりなしに動いているのが、晶だ。

 

 晶は自らの能力(ユメ)をフルに使い、生徒達を癒しいている。

 そんな中で、晶はいま、鳴滝の治療にあたっていた。

 

「ったく、相変わらずっつうか、なんつうか……ちっとは、治す方の身にもなってくれって話だけどな」

 晶は打ち身や打撲、骨折のない部分を探すのが困難なほど傷ついている鳴滝の治療をしながらボヤく。

 しかし、こんなボヤきを漏らすことができるのもの、鳴滝自身が生きて、しっかりと意識を持っているからだ。

「わりぃな……次はもうちょい、うまくやるさ」

 そんな晶のボヤきに答えた鳴滝の言葉を、

「次なんて、あってたまるかっての」

 晶は顔をしかめて切って捨てる。

「……そりゃそうだ」

 晶の言葉に少し考えるような様子をみせて、鳴滝は頷いた。

 

 そこに、

「おーい、あっちゃーん!」

 歩美と鈴子がやってきた。

 二人共、泥と埃にまみれた様相だが、大きな怪我はないようだ。

「いま、大杉たちから連絡が来たわ」

「栄光の奴から? 今何処にいるって?」

 鈴子の言葉に晶が顔を上げる。

「えっとね、黛さんと、ステイシーさんと3人で葵紋病院だって。栄光くん、肩の骨はずれてて、左足は靭帯損傷、立って歩くのも大変だけど、命に別状はないってさ」

「そっか、んじゃ、さっさと行って治してやんねんとな……」

 そう言って晶が鳴滝の治療の続きをしようとすると、

「俺ぁ、もぅいい……大丈夫だ」

 鳴滝がそれを片手で制す。

「あ? 何言ってんだよ、まだだって。栄光のやつは病院行ってんだから、多分、応急処置は終ってる。後で行ったって大丈夫だ」

 晶がそんな鳴滝の態度に少し怒ったように言い返すと、

「そうじゃねぇ……真名瀬、お前は別に行くとこがあるんじゃねぇかって言ってんだよ」

 鳴滝は静かにそう言った。

 

「はぁ? だから病院ならあとでも大丈夫だって……」

 その言葉に晶が先程の言葉を繰り返そうとしたとき、

「あー、もー、このゴリラはほんっと、物分りが悪いわねぇ!」

 鈴子が割って入った。

「あ? なんなんだよ皆して! わっけわかんねぇよ!」

 晶が鈴子の言葉に怒ったように答えたとき、ポンポンと歩美が晶の肩を叩きながら、

「あっちゃん……わたし達はね、あっちゃんは四四八くんのところに行くべきじゃないかっていってるんだよ」

 そう言った。

 

「え? 四四八の?」

 晶がはっ、とした様に目を開く。

 考えなかった訳ではもちろんない。しかし、敢えて考えないように努力していたのも事実だ。

 先の邯鄲、自分が戦闘不能になった事で、組織としての退路が塞がれてしまった。四四八もやろうと思えば晶の代わりを出来ないということはないが、それでは四四八本来の役割が出来なくなる。そうなったら、やはり戦真館はジリ貧だ。

 その様なことを理解したからこそ、晶は最後尾での治療班として、この戦いの土台を支えてきたのである。

 四四八の事が心配かそうでないかといえば、心配に決まっている。

 今、四四八が戦いでどんなに傷ついているかと思うだけで、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 だが、しかし……

「ダメだって……あたしは動いちゃダメなんだよ……だって、それでこの前、大変なことになったじゃないか……」

 何かに耐えるように下を向きながら晶がこぼす。

「あたしだって……四四八を助けに行きたいけど……ダメなんだって……それにあたしがいなきゃ、誰がみんなの怪我を治すんだよ」

 そんな晶の言葉に、

「それは、もちろん私たちです」

 戦真館の仲間以外の声が答えた。

 

「葵?」

 その言葉に晶達が振り返ると、そこには葵冬馬、葉桜清楚、クラウディオが立っていた。その後ろには準と小雪の姿も見える。

「怪我を直すのは、私たち医療従事者に携わる者の努めですよ、真名瀬さん」

「ブラッククッキーの驚異がなくなったおかげで、道路が比較的自由に使えるようになりました。もともと電気や水道が止められてたわけではありませんから、病院の機能は死んでおりません。今後のけが人は葵紋病院にお任せすればよろしいかと存じます」

 葵の言葉をクラウディオが引き継ぐ。

「いや……でも……それは……」

 いきなりの提案に戸惑う晶。

「だって、それに四四八の方だけ行くわけには……水希も戦ってるのに……」

 晶が更に言葉を続けると、

「それは大丈夫だよ、真名瀬さん」

 葵たちとは別の声が、答えた。

「直江……」

 答えたのは大和だった。

「世良さんの所にはね、もう助っ人が向かってる。とっても心強い人がさ」

 そう言って大和は手に持っている紙をヒラヒラと振ってみせた。

「これ、さっき矢文で飛んできたんだ。だした人曰く、準備に手間取ったけど、いまから世良さんを助太刀に行くってさ……だから、ね、真名瀬さん」

 大和は晶の答えを促す。

「直江……」

「真名瀬様、柊様は確かに御強い……ですが、ヒュームもまた、とてつもなく強い……私は……私もヒュームも好きなのですよ、柊様の事が。あの眩しいほどに輝く若者が、愛おしくて仕方ありません……あの輝き、失うわけにはいきません、柊様のためにも、私のためにも、ヒュームのためにも、お願い申し上げます」

 クラウディオが晶に向かって大きく頭を下げる。

「クラウディオさん……」

「ねぇ、晶ちゃん……」

 最後に清楚が前に出て、晶の手を包み込むと、

「一緒に行こう、柊くんを助けに……ううん、違うね、柊くんと一緒に戦うために。行こう、晶ちゃん」

 金色に輝く意志の強い瞳で晶を見つめてそう言った。

 

「みんな……」

 晶の心の中の傷がじくりと痛む。

 八幡宮での油断と判断ミスにより、自分は最後の戦いに参加できず、四四八達がどんなに傷ついても癒してあげることができなかった。

 全員無事に邯鄲の夢から脱出し、今という現代に戻って来れたが、これは結果論でしかない。誰かが欠けている未来というものありえただろうし、可能性としてはむしろ高かったかもしれない。

 そんな経験をした晶は自らが最前線に出ることを封じていた。それが最後仲間を助けるためになると信じて。

「真名瀬さん」

 再び冬馬が口を開いた。

「確かに真名瀬さんがここにいれば、多くの人は癒され、助かるでしょう。ですが、その場にいなければ助けられない人も、いるんですよ。そしてそれを気づいてからでは……もう、遅い」

「……」

「それに、私達の役目を奪わないでください。真名瀬さんがこのまま力を使い続けたら、葵紋病院は廃業ですよ」

 そう言って、最後はおどけるように肩をすくめた。

 

「……」

 晶は皆の言葉を噛み締めるように聞いていた。

束の間の静寂のあと、晶は、

「――よしっ!!!」

 と、気合を入れると、パンっ! と自らの頬を両手で勢いよく叩く。

 そして、目の前にいる清楚の目を見つめると、

「行こう! 清楚さん!」

 力強くそう言った。

「うんっ!」

 清楚もそれに応えるように頷く。

 

「ね、そういうわけだからさ」

 清楚は晶と頷き合うと、自分の胸めがけて、そう言った。

 すると、次の瞬間、

「んはっ!!!!」

 清楚の瞳は燃えるように赤くなり、闘気が溢れ出す。

 項羽が現れた。

「ふん、本当は俺一人でも十分なんだがな――清楚がどうしてもというし、特別に連れてってやろう!」

 項羽はそう言って大きく胸をそらすと、

「スイスイ号!!!」

 愛機を呼んだ。

 

「よし! 乗れ!」

 スイスイ号にヒラリと飛び乗ると、項羽は晶に後ろのシートに乗れと促す。

「皆、あとは頼んだぜ」

 スイスイ号に乗った晶は仲間たちに言葉をかける。

「ふん、あんたこそ、しくじんじゃないわよ」

「あっちゃーん、四四八くんのこと頼んだよー」

「こっちは任せろ。あのストーカー野郎の事だ、何しでかすかわかんねぇが、止めてみせらぁ」

 戦真館の仲間たちが頷く。

「大杉くんのことは、葵紋病院が責任をもって治療いたしますよ」

「お気を付けて」

 冬馬とクラウディオが二人に声をかける。

 

「よぉし! 飛ばすぞ!! スイスイ号!!」

「了解しました」

 項羽の合図で勢いよくタイヤを回転させ始めたスイスイ号は、その勢いのあまり何周か土埃を上げてタイヤを空回りさせたあと、一気に地面を掴んで飛ぶように校門から出発していった。

 

(まってろよ! 四四八、今行くからな)

 晶は項羽の腰にしがみつきながら、遥か向こうに見える九鬼本社ビルに目を向けた。

 

 

―――――

 

 

 大和は放たれた矢のように飛び出していくスイスイ号を、憧憬の眼差しで見送っていた。

 彼女たちは二人共、稀有な能力を宿した人間だ、必ずや柊四四八の助けとなるだろう。

 それに引き換え――そんな思考が、頭をよぎる。

 ブラッククッキーの襲撃がやみ、残すところ敵の大駒三人との決着を待つのみとなったこの状況に来て、大和は得体の知れない不安感に苛まれていた。

 大和自身その原因が何処にあるのか、まるでわからない。

 もちろんこのような非常事態だ、四四八の水希の、そして、百代の心配をするのは当然だ。当然なのだが……その中で、理解ができない感情が湧き上がってくるのを止めることが出来ない。

 

 自分は、()()()()()()()()()()――と。

 

 訳がわからない。

 大和も生まれてここまですべてが順調だったわけではない。人並みに失敗も挫折もしてきている。しかし、ここまで深刻になるほどの『何か』はない……はずだ。

 故に大和は、この感情や思考は今必要なものではないと割り切って、自らの出来ることをするべく校舎に足を向けようとした、その時、

 ポンっ――

 と、誰かの手が大和の肩に置かれて、大和の動きを止めた。

「葵……」

 大和の肩に手を置いたのは、冬馬だった。

 

「なんだよ、なんか用?」

「どうしたんですか、大和君。らしくないですよ」

 大和の問いかけに、冬馬はいつもの調子でそう答えた。

「らしくない? 何が?」

「おやおや、それを私の口から言えというのですか? そうやって、気付かないふりをするのはよろしくありませんよ?」

「だから一体全体なんなんだって!」

 流石にイラっときて、大和は声を荒らげる。

「ふぅ……やれやれ……気付いてるくせに」

 そんな大和の怒りをどこ吹く風というふうにいなして、冬馬はやれやれと肩をすくめる。

 

 そして、

「では敢えて言わせていただきますが……仲間思いの大和君らしくないのではないですか、と言っているんですよ」

 そう言って、冬馬は射抜くように大和を見つめた。

 まるで、それまで隠し持っていた刃を懐から抜いて、いきなり突きつけてくるような、冬馬の言葉だった。

 

「な……なんだよ、それ……」

「言葉通りの意味です、大和君は行きたいんじゃないですか、もも先輩のところへ」

 動揺する大和の胸に、単刀直入な冬馬の言葉が突き刺さる。

「姉さんの……トコ?」

「えぇ、もも先輩のところ」

「む、無茶言うなよ……姉さんは学園長と戦ってるんだぜ? 真名瀬さんや覇王先輩ならまだしも、俺なんか……」

「俺なんか?」

「……何もできない」

 大和は自分の発した言葉の残酷さに強く唇を噛む。振り切ろうとした思いがじゅくり、と再び頭を持ち上げてきた。

「マスタークラスの喧嘩に、どうやって俺みたいな一般人が役に立つって言うんだ……姉さんの邪魔になるのが関の山だ……」

 大和が苦しそうに胸の内を零す。

 

 そんな大和に、

「『何もできない』、という言葉はいけませんね、大和君」

 冬馬は優しく語りかけるように、

「使うのであれば、『何もできなかった』、で、あるべきです」

 そう言った。

 

「何もできなかった?」

 大和が問い返す様に冬馬の言葉を反芻する。

「えぇ、そうです。『何もできない』は何かをやってすらいません、諦めているのです。『何も出来なかった』は挑戦して、敗れた時の言葉です。結果が同じなら、私は後者を選びたい、私は四四八君に出会ってそう、思えるようになりました」

「葵……」

「大和君はどうですか? 無謀とも言える挑戦になんの躊躇もなく踏み込んだ四四八君達を前に諦めるんですか?」

「……」

「それに――」

 冬馬は大和に語りかけながら、大和の後ろに目を向ける。

「大和君のお仲間は、準備万端のようですよ?」

 

「え?」

 その言葉に驚いたように大和が振り向くと、そこにはキャップ、京、クリスの三人が立っていた。その後ろには、モロに支えられるようにして一子とガクトの姿も見える。

「みんな……」

 

「行くんだろ? 大和、助太刀するぞ」

 クリスが何の疑いも持たぬ瞳で語りかけてくる。

「大和は行くなら、たとえ火の中、水の中……でも個人的には布団の中というのが一番……」

 京の瞳は大和を信じきっている。

「大和。僕は、ここに残るよ。ガクトとワン子は安静にしてなきゃいけないみたいだから、僕が看てる。大和、頑張って」

 モロは若干悔しそうにしながらも、大和に頷いてみせた。

「くっそー、戦ってたときはそうでもなかったんだけど、終わったらいきなり痛み出して絶対安静だってよ。格好つかねぇよなぁ」

 ガクトが情けなさそうに顔を歪めるが、見える部分だけどでも打ち身と内出血が多数見える。打撲も一箇所や二箇所じゃすまないだろう。鍛えているガクトでなければ文字通り絶対安静で、ここに来ることもできなかっただろう。

 そして、最後に、モロの肩に担がれるようにしてやってきた一子が、

「大和、お姉さまの事、お願い……」

 そう言って、手を上げる。

 それにつられるように、大和の手が一子の手に重なる。

「アタシの分まで……お願い……」

 懇願する様に、一子の手が大和の手を握る。

 握力がもうないのであろう、弱々しく、傷だらけの手の一子の手を、大和は思わず両手で包み込む。

 

 そして、

「うん……わかった」

 気づいたときには、そう答えていた。

 

 大和は顔をあげて、大きく一つ深呼吸をすると、キャップと目を合わせる。

「行こう、キャップ」

 大和の力強い言葉に、キャップはニヤリと笑うと。

「しゃあ! 風間ファミリーの出陣だ!! もも先輩、ぜってぇ助け出そうぜ!!」

 腕を振り上げて号令をかけた。

 

『オオッー!!』

 

 それを合図に、京、クリス、そしてキャップが走り出す。

 大和は後ろを振り返ると、自分を焚き付けてくれた冬馬に目を向ける。

「葵……」

「大丈夫です。ここには英雄も私も、それに戦真館の皆さんもいます。もし不測の事態が起こっても、皆で守ったこの学園、守りきってみせますよ」

「ありがとう、頼んだよ」

「ええ、お任せ下さい」

 大和は冬馬と頷きあって、キャップ達の後を追って走り始めた。

 

 そんな大和の背中に、

「大和君! また四四八君と三人で食事をしましょう! 祝勝会です!」

 冬馬が珍しく大声を出して言葉を投げてきた。

 その言葉に大和は腕を振って了解の意を表明する。

 

 校門を飛び出した、一路、川神院を目指す。

 

 走りながら大和は自分の胸のあたりを強く握る。

 得体の知れないデジャブの様な不安感が、どんどんと胸を突き上げてきていた……

 

 

―――――

 

 

「水希っ!!」

 義経は水希の名を叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 水希は明らかに悪魔の懐に踏み込み過ぎていた。

「――ッ!!」

 水希自身がその事に気付いたのは、

「今日はいつになく積極的だねぇ、水希」

 自らの眼前に悪魔の顔が飛び込んできてからだった。

 

 黒い穢の粒子たちが一斉に水希を取り囲む。

「くっ!!」

「水希っ!!」

 義経が水希の元に向かおうと踏み込むが、

「つっ!」

 夥しい蟲達が行く手を阻む。

「まったくさぁ、こうも簡単にひっかかって……毎度のことながら心配になっちゃうよ」

 嘲るような、憐れむような、神野の声。

「もうここまでくると、わざとやってるんじゃないかって、疑っちゃうよ。ホント」

 そこまで言って、神野がニタリと笑う。

「でもボクは知ってるよ。君はそんなに器用じゃない……君はただ……」

 そして乱杭歯をむき出しにして、

「ただ! バカなだけだよねっ!!!」

 嘲り笑った。

 

「くうっ!」

 神野の笑い声と共に黒い粒子が一斉に水希に襲いかかる。

「やあああっ!!!」

 水希も刀を振り回すが、その斬撃は空を切る様に手ごたえがなく、黒い粒子は斬撃を物ともせずに纏わりつく。

 袖の、襟の隙間から黒い蟲達が入り込む。例えようもない位に気色悪い感触が肌を這いまわる。

「くううっ」

 水希は身を捩って抵抗するが、意味をなさない。

 

「ちょぉっと、友達に諭されたくらいで、君のその内向きの性格が変わるわけがないじゃない、なぁに勘違いしちゃってんのさ」

 神野の声が、両耳のすぐそばから、そして服の中から聞こえてくる。

 入り込んだ蟲達一つ一つが神野自身であるという事を否応なく認識させられる。

「水希……君はね、もともと未来に生きようって気概が足りないんだよ。そう言う意味じゃ生命体として、明らかに欠落してる」

 神野の声がキチキチと響き渡っている。

「だから他者に依存してるんだけど……絶望に対する耐性が低いから、この体たらくさ。ちょっと、突っついただけでボロが出る。人としての根本が甘いんだよねぇ」

「うるさい……」

 神野の言葉に水希が思わず答えてしまう。

「これじゃあ、付き合ってくれた義経ちゃんや、君を信じてくれた愛しの四四八君に申し訳がないよねぇ」

「うるさい……うるさい……」

 駄目だ! 聞くな! 答えるな! 水希の理性はそう叫ぶが、水希の奥底の本能の様なものが理性の指令を無視して答える。

「でも心配しなくていいよ……誰に見放されたって、ボクはいつでも君を見ている……だって……」

「うるさい……うるさい……うるさい……」

 

「ボクが一番、君を愛しているからね」

「うるさぁああああいっ!!!!」

 神野の告白に水希は遂に激昂して大声を上げた。

 

 その一瞬を待っていたかのように、

「――うぐっ」

 大きく開いた水希の口に、大量の黒い粒子が飛び込んできた。

 

 そしてそれはみるみる水希の目の前で形になり、次の瞬間には水希の目の前に神野が形成された。

 神野の伸ばされた右腕が水希の口に突っ込まれていた。

 

「さっきも言ったけどさぁ、ほんっと、学習しないよねぇ、君は」

 水希の口に手を突っこんだまま憐れむように水希を見る。

「水希ぃっ!!!」

 義経は水希の名を叫びながら進もうとするが、穢の壁に邪魔されて進めない。

「このまま、遊んでいたいんだけど。今回ばっかりはさすがに君だけ依怙贔屓ってわけにもいかないし……だってこの戦いのラスボスはボクなわけだから、この状態になって無事ってわけにはねぇ……」

「んーー! んーー!!」

 水希が必死に暴れて抵抗するが、何の効果も見えない。

「こんな感じで君を殺しちゃうのは、全っ然! ボクの趣味じゃないしボクの目的もでもないんだけど……今回はイレギュラーだし、君と戯れられただけでも良しとしようかな。まぁ、()()()()は既に一回見限ったわけだし、そういう意味では、ちょっとでも楽しませてくれたから、それはそれでいいかな」

 そう言うと、神野の瞳がぐるんと紅く染まる。

「じゃあね、ボクの可愛い水希……」

 悪魔がニタリと嗤った。

 

 神野の手が、ずぞっ、と水希の奥へと進む。

 

 腹を喰い破られるか。

 全身を弾け飛ばされるか。

 絶望的な未来しか思い描けない水希の目から涙があふれる。

――ごめん、皆。

――ごめんね……私、やっぱり……弱かった。

 死ぬのは、怖くない。

 だが自分の死がもたらす闇が、仲間達を蝕むのが悔しい。

 たとえこの戦いに勝利しても、其処に残るのは悔恨の記憶だろう。

 

 水希に神野を任せた、四四八の後悔は如何程になるだろうか。

 目の前で友人を殺された、義経の心の傷はどれ程深いものになるだろうか。

 

 涙が溢れる。

 あまりに不甲斐ない自分が許せない。

 しかし、この現状を打開する術を、今の水希はもっていない。

――ごめんね、柊くん。

――ごめんね、義経。

――ごめんね、みんな。

 打つ手のない水希は、ただただ涙を流す。

「またね……水希……」

 そんな水希を愉快そうに眺めながら、神野が最後の一押しを突き出そうとした、その時、

 

《ファイヤー》

 

 聞いた事のある機械音の音声が水希の耳に届いた。

 

「ちょいな! 飛んで火にいる夏の蟲!! ってね!!」

 そんな声と共に、巨大な火の玉が神野目掛けて激突した。

「お?」

 不意の巨大な火の玉の一撃に、全身粉砕されて砕ける神野。

「義経ちゃん!」

 神野が砕けた瞬間、火の玉からのばされた手が、水希を掴み義経のいる方へと投げた。

「水希っ!!」

 義経は空中で水希を受け止めると、抱きかかえたまま地面に降りる。

「――けっほ――けっほ」

 神野から解放されて、せき込む水希。

 だが、それ以外に変化は見られない。神野本体へ不意を突いた火の玉の一撃が、体内に入っていた粒子も外にはじき出したのであろう。

 

 しかしその程度で神野明影が倒れるわけがない。

 

「ちょっとさぁ……あそこまで詰んでおいて、横槍ってのはどうなのかなぁ」

 汚れの霧が集まって神野はその姿を見せながら、水希と義経の前に降り立った火の玉に向かって声をかける。

「てか、最近の美少女戦士って二人じゃないの? ふたりは~なんちゃら~みたいな」

 不満そうに口をとがらせながら神野は不満げに言った。

「いつのこと言ってるのか知らないけどさぁ」

 そんな神野の言葉に、火の玉の中の人物が答える。

「最近は二人に、途中参加の新キャラ入れて3人ってのが、美少女戦士の王道なんだよ」

 そう言って炎を纏っていた人物――松永燕が不敵に笑って、神野を見上げた。

 

「ごめんね、水希ちゃん。遅くなっちゃって」

 燕は水希を見ずに謝罪をする。

「平蜘蛛が調整中で、九鬼の研究所に取りに行ってたんだ。まぁ、黒いクッキーがわらわら襲ってきて大変だったんだけど……でもなんか急に動かなくなっちゃって――たぶん川神か戦真館の誰かが頑張ってくれたんだよね――んで、無事、平蜘蛛を装着した燕さんは水希ちゃんの元へ馳せ参じたわけです」

 そう言って燕は一人でうんうん、と頷いた。

「燕さん……どうして……」

 水希の言葉を聞いた燕は、初めて水希の方を振り向くと、

「ここで、一つ、名作ファンタスティック・ファンタジーⅨの主人公、ヅタンの名言を発表!」

 そう言うと水希の胸にとんっと人差し指を当てる。

 

 そして、

「友達助けるのに、理由がいるかい? ってね」

 そう言って燕はパチリとウィンクをした。

 

「燕さん……」

 水希の目頭が熱くなる。

 先ほどの悔しさによる涙ではなく、感謝の涙。

 それをぐっ、と飲み込んで、

「ありがとう、燕さん」

 無理やり笑顔を作り、燕に笑いかけた。

「そうそう、それそれ、苦しい時こそ不敵に笑うの。それが勝負の秘訣だよ」

 燕はそう言うと、水希を抱きかかえている義経にも声をかける。

「義経ちゃんも、お疲れ様。よく頑張ったよね。でも、もうひと踏ん張りいける?」

「はい! 義経は大丈夫!」

 燕の言葉に義経は力強く返事をした。

 

 そんな義経の腕から水希は身体を起こし、地面に立つ。

 そして、落とした刀を拾うが、その手が微かに震えていた。

 

 そして、燕はそれを見逃さなかった。

 

 燕は震えている水希の手にそっ、と自分の手を添えると、

「ねぇ、水希ちゃん……人ってさ、そんなに強くないよ」

 静かに水希に語りかけた。

「え?」

 思わぬ燕の語りかけに、水希は驚いたように顔を上げる。

「人ってさ、弱くて、ずるくて、一人じゃ何にも出来ないんだよ。何でもできる人もそりゃもちろんいるけど、そんな人は稀。だから、そんな弱い自分を信じる何て、なかなか出来ないよね」

「燕さん……」

「だから人には一緒にいてくれる人が、仲間が必要なの。私も柊くん達に負けてドン底だったとき、大和くんが言ってくれたんだ『燕さんなら絶対出来ます』って。大和くんが信じてくれるなら、信じてみようと思ったんだ。私は強くなれるってさ」

「……」

 沈黙している水希に燕は向かい合って、

「ねぇ、水希ちゃんは、自分のこと信じてる?」

 問いかけた。

「……わからない」

 不意の問いかけに、水希は首を振る。

 わからない、と、答えたが。半分以上は無理だと思っていた。

 こんな失敗だらけの自分を信じられるわけがない。

 そんな水希に、

「じゃあさ、水希ちゃんは私達の事、信じてる?」

 燕は更に問いかけた。

「うん、信じてる!」

 更なる不意の問いかけだったが、水希は淀みなく、そして力強く頷いた。

「だったらさ。水希ちゃんは私たちを信じればいいんだよ。水希ちゃんが信じる私達が信じた“世良水希”を、水希ちゃんは信じればいいの。簡単でしょ?」

 その水希の答えに満足したように、燕はにっこり笑いながらそう言った。

「うん! うん! それはいい考えだ。義経も水希を信じている! だから水希も義経を信じてくれるなら、義経が信じている“仲間の水希”を信じてくれ!」

 燕の言葉に同調するように、義経もうんうんと力強く頷きながら水希の手を取る。

「燕さん……義経……」

 水希は二人の顔を交互に見る。

 

 出来るかどうかは、わからない。

 でも大好きな仲間がこんな自分を信じてくれている。

 こんな素敵な仲間が信じてくれている自分ならば、少しは信じれるかもしれない。

 

 水希はすぅ、と一つ息を吸うと、

「ありがとう……私、頑張ってみる!」

 そう言って力強く頷いた。

 

 震えはいつの間にか、止まっていた。

 

 水希は神野に目を向ける。

 

「はいはーい。青春ごっこはそろそろ終わりでいいかな? いや、若いねー、いいよ、いいんだけどさぁ。水希……君、この中で一番年長でしょ? 諭されてどうすんのよ、もうちょい自覚ってやつを持ったほうがいいんじゃないかなぁ」

 肩をすくめながら神野は呆れたように水希を見下す。

 

「そうやって、ずけずけ女の子の歳をネタにするアンタ。絶対モテないでしょ?」

「そうだ、水希をいじめるな! 義経は怒っている!」

 そんな神野の視線から、水希を守るかのように燕と義経が前に出る。

 しかし、自分は大丈夫だと言うように、水希も二人と並ぶように前に出る。

「私はグズで弱い。でも――それでも! 私はみんなと約束した! 絶対帰ってくるって宣言した! だから、私はこの戦い! 勝って帰ってみせる!!」

 そしてそう宣言すると、手に持った刀の切っ先を神野に向かって突き立てた。

 

「……きひひ、ひひはは、あはははははははははははははは!!!!」

 神野はそんな水希の姿を見て嘲笑する。

 やれるもんなら、やってみろと、乱杭歯をむき出しにして笑い転げる。

「いいよ、遊んであげよう。第2ラウンドといこうじゃないか!!」

 神野は両手を広げると黒い穢の蟲達をばら撒き始める。

 

「燕さん、義経、行こう!」

「OKーっ!」

「うん!!」

 水希の合図に、燕と義経が頷く。

 水希と義経は刀を構え、燕は手甲を装着する。

 

「やあああああああああっ!!!!」

「はあああああああああっ!!!!」

「たあああああああああっ!!!!」

 三人は同時に裂帛を轟かせると、神野が形成を始めた黒い空間に飛び込んでいった。

 

 悪魔の闇と若き輝きが激突する。

 

 川神の命運を握る最後の戦いが、始まった。

 

 

―――――

 

 

「うわっと!」

 地震のような揺れを感じて、大和はよろめく。

 川神院に近づくに従って、地面の揺れを感じ、大気の震えを感じていた。

 川神院の頭上に二つの閃光がぶつかり合っているのが見える。

 予想外という言葉では片付けられない、もはや常人の想像の外にある戦いを二人は演じているようだ。

「おおっと!」

 川神院の門の前に来たとき、今まで一番大きな揺れを感じた。

 

――これをどうすりゃいいって言うんだよ!

 先ほどの思いが、再び鎌首を持ち上げ始めた。

 あの時は勢いで飛び出してみたが、こうやって実際にマスタークラスのなかでも最上位に位置する二人の戦いを感じていると、自分の無力さを否応なく突きつけられた気分になる。

 それでも諦めたらそこで何も起きなくなる。

 だから、諦めるのは最後だと頭を振って、周りを見渡し考える。

 

 そんな時、

「あれ?」

 京が何かに気づいた。

 

「どうした京?」

 キャップが京の声に気づき声をかける。

「うん……二人の気が大きすぎてわからなかったけど、川神院の奥の方に沢山の気配を感じるんだよね」

「あ、自分もわかったぞ! 結構いるなぁ……」

 クリスも京の言葉に同調するように頷いた

 

 そんな二人の言葉聞いて、

「あ! そうか!」

 大和が何かに気づいたように声を上げた。

 

「お、ウチの軍師がなんかに気づいたか?」

 キャップが面白そうにニヤリと笑って大和を見る。

「たぶん、京とクリスが感じた気配って、川神院の修行僧の人たちだと思うんだよね」

「川神院の?」

 大和の言葉にクリスが聞き返す。

「うん、学園にも修行僧の人たちいなかったよね? しかも、あの神野に操られて交戦したって記録もなかったはずなんだ。川神の外に出たって可能性もあるけど、全員ってこともないだろうから多分、川神院に閉じ込められてるんじゃないかな」

「でも、なんでだろう、操ればすごい戦力になるのにね」

 京が不思議そうにつぶやいた。

「んー、其の辺は予想でしかないんだけど、面倒くさかったんじゃないかな? 川神院の修行僧の人たちは一般人とか武芸者よりも精神修行をしているから操りにくい……とか。だったら敵に回るより閉じ込めちゃったほうがいい……みたいな?」

 大和が首をひねりながら可能性を言葉にする。

 大和自身、特に確証は持っていなかったが、実はその通りだったりする。

 神野は厄介な川神院の修行僧達を纏めて、川神院の奥に閉じ込めていたのだ。

 理由は大和が言ったとおり、面倒くさかったから。

 川神院の修行僧たちは鉄心の教えを受けている影響で、一般人よりも精神操作に耐性があった。もちろん操れないわけではないのだが、時間もないし、ほかにも操りやすく強い駒があったのでリスクとリターンを考えて、回避した。しかし、これが向こう側に行くというのもそれはそれで面倒だということで、一箇所にまとめて封じ込めたのだ。

 

「理由はどうあれ、川神院の人たち助ければ、もしかしたらもも先輩の助けになるかも知んねぇ! 行こうぜ!!」

 大和の言葉を聞いたキャップが話をまとめるように宣言する。

 その言葉に、4人は頷きあって駆け出した。

 道を迂回して、裏門の方へ。

 

「京! 気配はどのあたり?」

 走りながら大和が京に問いかける。

「川神院の一番奥、たぶん使われてないお堂があるところ」

「あそこか、確かに広いな」

 京の言葉に大和が頷く。

「よっしゃ、あそこのお堂に行くにはこっちの壁越えた方がは早ぇ! 行くぞ!!」

 キャップが号令したかと思うと、ひらりと目の前の壁に張り付く。物心ついた時から大和たちの遊び場となっている川神院。地理は誰よりも把握している。

――姉さん……頑張れ!!

 京に手を引かれて壁をよじ登りながら、大気の振動を感じて大和は心の中で百代にエールをおくる。

 そして、自分は自分の成せることを成すために、川神院の奥へと走っていった。

 

「ここか……」

 お堂の前に辿りついた4人が扉の前にやって来る。

「おーーい、誰かいますかーーー」

 大和が大声で声をかける。

 すると、

「おい! 誰かいるのか? 外はどうなってる? 凄まじい気のぶつかり合いを感じるんだが」

 お堂の中から声が聞こえた。

 4人は顔を見合わせると、

「俺、直江大和といいます。姉さん……川神百代さんの仲間です。川神院の方々ですか?」

 大和が代表して声をかける。

「おお、直江君か。ああ、そうだ我々は川神院の者だ。なにか黒い渦に飲み込まれたかと思ったら、ここに閉じ込められていた……鉄心様は、百代様はどうなっている?」

 壮年と思われる男の声が大和に答える。

 耳を澄ましてみると、大和でもこの中に大量の人が押し込まれているのがわかる。

「詳しい説明はあとでします。それよりも、ここ開かないんですか?」

「我々も中からいろいろ試したが、動くことには動くが、なにか封印のようなものがされているらしく、内からではどうしようもないんだ。外に何かそういったものはないか?」

「ええっと……」

 壮年の修行僧の声に、大和が周りを見わたすと。

「おい、大和、これじゃねぇか?」

 キャップが指さしたところには、大きな錠前がついており、その錠前が黒い霧のようなもので包まれていた。

「鍵……なんかは探してる時間はないから、これ壊すしかないけど、直接触るのはやめたほうがいいね、なにかハンマーみたいなもの探してこよう」

「しゃあ! 向こうに倉庫があったはずだ見てくるぜ!」

 大和の声に応えて、キャップが飛び出そうとしたとき、

 

「あぶない!!」

「大和!!」

 クリスがキャップを京が大和を抱きかかえて地面に伏せさせる。

「らあっ!!」

 その頭上を、何かとんでもなく速い物が通り過ぎていった。

 

「くっそ、番人がいたか。ま、そりゃそうだよな」

 悪態を付きながら大和が顔をあげると、

「なっ!! か……母さん……」

 そこには大好きな母の変わり果てた姿があった。

 

 いつも自分を見守っていてくれる瞳は赤く染まり、愛する父を守る時にしか発さない暴力のオーラを惜しむことなく発散している。

 

「なんで、母さんが……ここに……」

 大和は呆然としながら咲の姿を見る。

 帰国するという話は聞いていなかった、しかし、一昨日あたりに上海にいたはずなので川神に来れないということはない。

 そういえば、この前、咲にあったとき。クリスマスイブを過ごす恋人はいるのかとからかわれた事があった。そんなものいないと拗ねながら答えたのだが……もしかしたらあれは、イブにサプライズで遊びに来るカマを掛けていたのかもしれない。景明は取引が終わる年末まで上海から動かないと電話でいっていたので、恐らく咲だけ今日、こちらに来ていたのであろう。

 

 なんと、タイミングの悪いことだろうか……

 

「くそっ!」

 大和は思わず声を出す。

 いろいろな感情が混ざって、どうすればいいのかわからない。

 そこに、

「大和――川神院の人も、咲さんも、んでもって、もも先輩も、学園長も全員まとめて助けるぞ!」

 キャップが大和の肩に腕を回して声をかける。

 キャップの手が力強く大和の肩を掴む。

 キャップの思いが、熱さが、送り込まれた気がした。

 言葉にしたことができる確証は、キャップ自身にもないかもしれない。だが、最初から諦めるということを風間翔一という人間はしたことがない。

 やってみる、ぶつかってみる。

 それに伴う失敗なら笑って受け入れる。

 それが、風間ファミリーのリーダー、風間翔一の器のデカさだ。

 

「そうだぞ! 絶対できる! ここまで勝ってきたんだ、出来ないわけがない!」

 キャップに並ぶように、クリスがすらりとレイピアを構える。

「大和、大和は絶対、私が守る」

 京が後ろで矢をつがえる。

 

「らあああああああああああっ!!!」

 愛する息子であるはずの大和へ、咲の暴威が向けられる。

 

 大和は唇を噛み締めると、

「クリスと京は母さんの足止めを! 俺とキャップは鍵を壊す!」

 指示を出す。

 

『了解!!』

 

 クリスが、京が、キャップが、頷く。

 

「らああああああああああああっ!!!!」

 咲が飛び込んできた。

「はああああああああっ!!!」

 クリスが迎え撃つ。

 

「走れ! 大和!!」

「おう!」

 キャップと大和が倉庫に向かって走り出す。

 後ろで剣撃と打撃がぶつかる音がする。

 

 振り向かずに大和は走る。

 

 その胸の奥に潜んだ不安感は、もはや大和を押しつぶさんばかりに大きくなっていた。

 

 




はい、ようやくみんなの人気者、神野さんの登場です。
そして、大和達の存在について、ちょびちょび出てきてます。

一応、判明するのは最終話にするつもりです。

あと特に問題が出なければ四話。
よろしくお願いします。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第五十八話~最強~

今更になってですが、もうちょいタイトルひねれなかったかなぁと後悔中。
「真剣に戦の真に恋しなさい!」とか、
え? ひねれてないって?

orz



 九鬼本社ビル前の広場には、轟音と閃光が荒れ狂っていた。

 

 四四八とヒュームは初撃のぶつかり合い以降、片時も休まずに互いに攻撃を出し合っている。

 広場の中央。

 互いに一歩も引かずに打ち合っている。

 四四八とヒュームの脚が交わされるたびに、爆発が起きたかのような破裂音が鳴り響く。

 四四八とヒュームの拳がぶつかるたびに、閃光のような気の光りが弾け飛ぶ。

 しかし、それほどまでに大きな力で激しく打ち合っているのに、その周辺の景色に変化がない。

 ここまで大きな気を使って動いていれば、周辺の木々は揺れ、向こうに見える海にはかなり大きなうねりが発生していても不思議ではない。

 しかし、それが見受けられない。

 逆に、四四八とヒュームの周辺のみが蜃気楼が起こっているかのように、ぐにゃりと歪んで見えた。

 

 二人は相手を倒すためだけに力を集中しているのだ。

 同じ力でも、広い範囲に発散させるのと、一点のみに集中するのでは後者のほうが力が強くなるのは、小学生でもわかる論理であろう。

 自らの周りの景色を歪めてしまうほどの気を込めて、力を込めて、温度を込めて――そしてそれを、細く、鋭く、強靭に束ねて相手に叩き込む。

 そんな打ち合いを四四八とヒュームは展開している。

 

「はあっ!!」

「ジャアッ!」

 互いに裂帛の気合を響かせて、四四八とヒュームが交差する。

 

 拳を、旋棍を、足を、肘を、膝を、額を、踵を、指を、交差させる。

 

 最上のマスタークラスであるヒューム・ヘルシングの動きに、四四八は戟法、循法、そこに解法の切り替えを織り交ぜてついていく。

 

 四四八は特別なことをしているわけではない。基礎を土台とした積み重ね、それがヒュームとの拮抗を可能にしている。

 

 攻防の要である旋棍を編んだ形の精度。

 打撃の瞬間に旋棍に集中させる解法のコントロールとタイミング。

 循法を練り上げて、一切の無駄を排した体捌き。

 有るか、無しかの隙を見つけそこをつく判断力と決断力。

 

 どれも邯鄲で能力(ユメ)を使って戦う時の基本である。

 その基本の精度を高め、緻密につなぎ合わせる。

 基礎を高密度に極めて行けば、小技一切が不要になるのはモノの道理というものだ。

 つまりそれは、極意と呼ばれるものとなる。

 

「はあっ!」

「ジャアッ!」

 両者引かず打ち合う。

 一進一退すらない、両者はその場に踏みとどまり、全身を使い打ち合っている。

 

 そんな中、

「ジャアアアアっ!!」

 ヒュームの気が一段と膨れ上がり、この鮮烈な打ち合いに何かを捻じ入れようとした。

 ヒューム自身、この攻撃が四四八の読まれていることなど百も承知だろう。

 しかし、打つ――何故か。

 当たれば終わるからだ。

 ヒューム・ヘルシングを最強たらしめているものの一つは、間違いなくこの存在。

 文字通りの一撃必殺。

 どんな状態でも、どんな打ち合いにでもねじ込んで、相手を力まかせにねじ伏せるヒュームの代名詞とも言える必殺技。

 

 その名も、

「ジャノサイド・チェーンソーッ!!!」

 ヒュームは足を振り上げ、満月のような軌跡を描きながら、四四八めがけてぶち当ててきた。

 気を練り上げ、込める事で、歴史上の名剣、名刀にも勝るとも劣らない程の切れ味を有したヒュームの足が、超スピードで迫る。

「おおおおおおっ!!!!」

 四四八はその一撃を待っていたかのように、旋棍を交差しながら、その絶命の軌跡へと踏み込んだ。

 

 ヒュームの足と四四八の旋棍ぶつかりあった。

 

「があっ!!」

 次の瞬間、四四八は旋棍のガードごと吹き飛ばされて、広場の柵ににぶち当たり動きを止める。

「ぐっ……」

 四四八はよろめきながら、何とか立ち上がる。

 ジェノサイド・チェーンソーを受け止めた旋棍は粉々に砕けて、それを持っていた両腕は鮮血で濡れて、衝撃は体内にまで及んだのであろう、口から一筋の血が流れていた。

 だが――そこまでだった。

 四四八は堅の循法に全てを込めて、敢えてヒュームの一撃をぶつかった。

 最強の名を持つヒューム・ヘルシングと戦うのだ、その最強の攻撃を凌げずして勝利などありえない。

 故の特攻。この序盤、十全の状態で受け切れずして、重要な局面でこの攻撃を見切れるはずがない。

 そう考えての行動だが、賭けや博打だと言われてもなんの反論もできないものではある――しかし、相手は“あの”ヒューム・ヘルシングなのだ。博打の一つや二つ勝てずして届く相手ではない。

 

「ふぅぅぅ……」

 四四八は活の循法を発動して、全身の傷を癒し、再び旋棍を創造する。

 

 ヒュームはジェノサイド・チェーンソーを放った場所で佇んでいる。

 このやりとりで、ヒュームも気づいた。不十分なジェノサイド・チェーンソーでは目の前の相手は沈まないということが。

 

 この事で、戦術も、戦略も、駆け引きも何もかもが複雑化していくだろう。

 

「シュウウゥゥゥ……」

 ヒュームが口から闘気を一緒に黒い息を吐き出す。

「はあっ!!」

 それを、四四八は、呼気で受けた。

 

 先程までの打ち合いは探り合いでしかない。

 

 真の闘いはここから始まっていくのだ。

 

 

――――― 戦闘開始 一時間十五分 経過

 

 

「かあっ!」

「ジャアッ!」

 四四八とヒュームが打ち合う。

 常人には――否、武芸の達人と言われる人間ですら、今の二人の打ち合いをどれだけ見ることができるだろうか。

 全てが渾身。

 全てが全力。

 その一撃一撃を、二人は反応を超え、反射の領域で交わしあっている。

 刹那の瞬間に、幾多の駆け引きと戦略を込めて二人の拳は、脚は、膝は、肘は交わされている。

 それでも、その道の最上位者……即ちマスタークラスの人間であれば、見抜いたかもしれない。

 

 二人はこの渾身のやり取りの中でも、半歩、間合いを残していた。

 

 しかし、その半歩が、わからない。

 この半歩を踏み出す意味が、わからない。恐らく当事者である、四四八とヒュームもわかっていない。

 半歩踏み出すことが、死中に活を見出すことになるか、死中に足を踏み入れてしまうのか……

 

「かあっ!!」

 裂帛の気合とともに、四四八がその半歩を踏み出した。

 鋭い旋棍の一撃がヒュームの右肩に迫る。

「ジャアッ!!」

 その刹那、ヒュームも半歩、踏み出した。

 ヒュームの振り上げた踵が四四八の右肩に迫る。

 

「ガアッ!」

 四四八の旋棍がヒュームの右肩を横から穿った。

「ぐぅっ!」

 ヒュームの踵が四四八の右肩に撃ち落とされた。

 

 互いに一撃入れ、一撃もらった。

 そして同時に地面をけると、距離をとる。

 

 四四八の右腕が、だらりと伸びて明らかに左腕より長くなっていた。

 ヒュームの首に近い肩の部分が、異様な形に盛り上がっていた。

 

 四四八は肩を折られたか、はずされた。

 ヒュームは鎖骨を折られたか、はずされていた。

 

 四四八は左手で右腕を持ち上げて角度を決めると、

「むん」

 強引に右の肩をはめ込んだ。

 

 ヒュームは骨が肉をぼこり、と持ち上げてる部分をひと撫ですると、

「フン」

 左拳でそこを叩いて骨を元に戻す。

 

 はずれたにしても、折れたにしても、身体は嵌めたり、直したりする時の方が強い痛みがはしる。

 二人には激烈な痛みがはしったはずだ。

 だが四四八もヒュームも眉一つ動かさず、自らの身体を直してみせた

 

「かあっ!!!」

「ジャアッ!!」

 四四八とヒュームが同時に地を蹴り、再び打ち合いはじめた。

 先ほどの怪我など何もなかったかのように叩き合う。

 

 先程まであった半歩のゆとりは、既になくなっていた。

 

 

――――― 戦闘開始 二時間二十一分 経過

 

 

 四四八とヒュームが、離れて向かい合っていた。

 四四八の右まぶたの上あたりがパックリと切れてそこから骨が見えている。

 ヒュームの鼻が左に曲がっていて、鼻の穴からどろりとした血が流れ出していた。

 

 四四八は手袋で傷口を拭うように強引に傷を抑えると、活の循法で傷を塞ぐ。

 ヒュームは右手で鼻をつまむと、めちっ、とねじって、鼻の形を元に戻していた。

 

「はあっ!!」

「ジャアッ!!」

 

 何事もなかったかのように、二人は再びぶつかり合う。

 

 二人の闘気はまるで衰えてはいない。

 

 

――――― 混沌襲来 五日前 十二月十九日 夜

 

 

 千信館のメンバーが生活をしている寮。現在の時刻は夜の十時。

 夕食も終わり、他のメンバーも各自の部屋に戻ってそれぞれの時間を過ごしているであろう時間。四四八は部屋でテストの復習をしていた。

 二時間近く机に向かっていて、二科目ほど見直しが終了している。

 テストの返却が明日に迫っていた。

 手応えは――ある。

 だが、前回同じテストで同率になった冬馬も自信がありそうだった。テスト前にわざわざ『今回は、勝たせてもらいますよ』と、綺麗な顔にニッコリと笑みを浮かべて宣戦布告をしてきたのだ。あの男にしては珍しく、気合を入れてきたのであろう。

 別に四四八自身一番になる事に興味はない、興味はないが、上があるならば目指す。それは至極当然のことだと、四四八自身は思っている。

 

「うーーっん」

 区切りがついたところで、四四八は大きく伸びをした。

 集中の糸が若干だが、緩んだ。

「コーヒーでも淹れてるかな」

 そう独り言をつぶやくと、食堂に向かっていった。

 

「ん?」

 食堂の前まで来たとき、明かりがついている事に気がついた。

 微かにだが話し声も聞こえる、少なくても既に二人以上の人間が食堂の中にいるようだ。

 

「ん? オーッス、四四八」

「よう」

 食堂に入った四四八を迎えたのは、栄光と鳴滝だった。

 二人は四四八に気がつくと、右手を上げて挨拶してきた。

「なんだよ四四八、なんか飲み物か?」

「ああ、コーヒーでも淹れようかと思ってな」

「ならさっき鈴子の奴が新しい袋あけてたぜ、そこら辺に転がってんだろ」

「ありがとう……ああ、これだな」

 四四八はコーヒーメーカーに濾紙を置くと、袋の中からコーヒーの粉末をスプーンですくって入れて、お湯を沸かしはじめる。

「お前たちも、いるか?」

「おう、悪ぃな、じゃあ一杯頼むわ」

「オレはパス。四四八が淹れると苦ぇんだよなぁ……」

「コーヒーの美味さは苦味にあるんだぞ、栄光」

「へいへい、オレはお子様でいいって」

 三人は何気ないやりとりを交わす。

 

「それにしても、二人して何をしてたんだ?」

 お湯を沸かしているポットを目の前に四四八が二人に聞いてきた。

「ん? 別にさっきこの辺でばったり会ったからさ」

「ああ、ただ、ダベってただけだ」

 四四八の問に、栄光と鳴滝が答える。

「ま、こうやって一緒に下宿みたいなことすんのも、あとちょっとだからな」

「そうだな……まさか、こんな短期間で二回もするとは思わなかったけどな」

 続けた栄光の言葉に、少し口元を綻ばせながら鳴滝が答えた。

 

「そうだな……そう思うと、淋しいもんだ」

 そう言って、四四八も台所から食堂を見渡した。

 この寮で既に二ヶ月以上過ごしているのだ、あと数日でここから去ることを考えると、何とも言えない寂しさが込み上げてくる。

「でも、やっぱ楽しかったな、この交換学生」

 そんなしみじみとした思いを噛み締めるように、栄光が呟く。

「なんか、最初はさ、オレが今まで知ってた川神と全然違ぇから、とんでもねぇ事したなってのと、とんでもねぇトコ来ちまったって気がしてたんだけど……話してみたらおもしれぇ奴ばっかだし……すげぇ人達もいっぱいいるし。やることなすことぶっ飛んでるし。うまく言えねぇけど、オレ、今の川神に来て、今の川神の人たちに会えてよかったって、思ってんだよね」

 栄光が川神での思いを吐き出すように、言葉を続けた。

「ふん、そうだな……」

 栄光の言葉に鳴滝も、目をつぶり何かを思い出すかのように同意する。

「ああ……俺も、そう思うよ」

 四四八も二人の言葉を噛み締めるように、頷いた。

 

 三人の間に沈黙が降りた。

 特に息苦しい沈黙ではない、先ほどの栄光の言葉に促され、三人が三人ともこの川神での生活を思い起こしている。

 そのための沈黙だ。

 コンロにくべられているポットが、お湯を沸かす音だけが食堂に響いていた。

 

「なぁ、四四八」

 そんな沈黙を不意に栄光が破った。

「なんだ?」

 四四八は栄光の言葉に顔を上げて答える。

 

「……」

 栄光は少しためらった後、

「闘うってさ……強くなるって、どういうことだと思う?」

 そう聞いてきた。

 

「何?」

 四四八は栄光の質問の意味を測りかねて、問い返した。

「いや、別になんか深い意味があるわけじゃないんだ。ただ、この川神で会った人たちは強い人ばっかでさ、でも、もっと強くなろうとしてて、しょっちゅうあっちこっちで闘ってて……別に前のオレ達みたいに切羽詰まってるわけでもないのに、なんでそんなことすんのかなってさ」

 かつての邯鄲で栄光は強くあろうとしたが、自らの弱さを突きつけられて崩れそうになった。そんな中で、仲間たちの信頼と、自らの勇気が栄光を支えた。

 

 そんな栄光だから、思ってしまった。

 強くなるとはなんなのか。

 何の為に強くなるのか。

 強くなってどうするのか。

 強くなるだけでは意味がないのではないか。

 なんとなくは理解している、だが、言葉にできない。

 言葉にできないから、うまく消化ができない。

 だから、栄光は問いかけた。自分が一番強いと思っている、柊四四八にだ。

「……」

 鳴滝は黙ってそのやり取りを聞いていた、鳴滝自身も興味のある話題なのかもしれない。

 

「うーん……」

 四四八は少し考えるように首をひねる。

 四四八自身、強く有りたいと常々思っている。

『強くありたい……俺の大事な人たちの為に、そいつらが誇れる俺であるために……』

 そんな事をついこの前、大和達に話したこともあった。

 では、どうやったら強くなるのか。

 腕力や暴力の話では、もちろんない。

 

 強くなること、それは――

「自分に勝つこと、かな」

 そう言って、

「もしかしたらそれは答えのない問なのかもしれないから、俺もうまくは言葉にできないけれど……強くなるっていうのはそういう事なんじゃないかって、俺自身はそう思っている」

 そう付け加えた。

 

「自分に勝つ……か。しんどいな、それ」

 四四八の答えを聞いた栄光が天井を見上げながら呟いた。

「確かに、そりゃ……難儀だな」

 鳴滝も目をつむって頷いた。

 

 先ほど四四八がいったように、答えがある問ではないのかもしれない。

 しかし、栄光と鳴滝は少なくても、

「でも、なんつうか……四四八らしいな」

「ああ、まったくだ」

 そう思っていた。

 

「それにしても、自分に勝つかぁ、どうすりゃいいのかねぇ」

 栄光がイスを後ろに倒しながら、誰に言うでもなく声を出した。

「まぁ、そういうのは自分自身じゃないと解らない部分でもあるからな。個人で基準が曖昧ということもあるが……直近にいい機会があったじゃないか」

 栄光の言葉に答えるように、四四八は言う。

「ほお……なんだよ、それ」

 鳴滝が興味深そうに四四八に聞く。

 

 四四八は栄光と鳴滝を見ながら、

「もちろん――この前行われた期末テストさ。決まっているだろう」

 当然のことのようにそう言った。

「げっ――」

「ぐっ――」

 期末テスト――という単語に言葉を詰まらせる栄光と鳴滝。

 その反応を四四八が見逃すはずはなかった。

「……お前たち……あれだけ俺が徹夜で教えておいて、よもや前回より順位が落ちたなどということはあるまいな……」

 ぞくりとするほどの凄みを忍ばせて、四四八の眼鏡がキラリと光る。

「オ、オレは大丈夫だけどよ! な、鳴滝の奴は数学がマジやべぇって言ってたぜ!」

「あぁ?! 英語のテスト時間、丸々爆睡カマしてたてめぇが何言ってやがんだ!!」

「……ほぅ」

 ぞくり――四四八の声が響く。

 ぶるり――と栄光と鳴滝が身震いをした。

 栄光も鳴滝も四四八の方を見ていない。恐ろしくてそちらを向く勇気がない。

 

 PRRR、PRRR

 

 そんな時、着信音が流れる。

 鳴滝のポケットからだ。

 

「はい! もしもし!」

 鳴滝は普段では考えられないほどに素早く携帯を取り出して、耳に当てる。

「おう、いや、なんでもねぇ大丈夫だ――焦ってねぇよ! ああ……ああ……喧嘩の仲裁? いや! 行ける! すぐ行く! どこだ? 親不孝通りの……おう、わかった! じゃあな!」

 何回か頷くようにして、鳴滝は電話を切ると、

「源のバイトのヘルプが入ったから、いってくるわ」

 右手をあげて、逃げるように食堂から出て行った。

 

「ちょおお! 鳴滝ぃ!!」

 そんな鳴滝の背中に手を伸ばして助けをこう栄光。

 だが、その手は何も掴むことはできなかった。

「栄ぅ光ぅ……」

 地の底から響き渡るような声が、栄光の頭の上から降ってくる。

「よ、四四八……あ! そういえばオレ、これから歩美んとこでゲームの約束してたんだ! じゃあな! 四四八! おやすみ!!」

「おい! 待て! 栄光!!」

 四四八の声にも振り返らずに、栄光は脱兎のごとく食堂から脱出する。

 普段よりも数倍逃げ足が早い。

 もしかしたら解法を使って逃げた可能性すらある。

 

 食堂に一人取り残される四四八。

「まったく、しょうがない奴らだ……」

 そう呟きながら、四四八はコンロの火を止めると、ポットを掴み沸いたお湯をフィルターに注ぐ。

 コーヒーの香りが四四八の鼻腔をくすぐった。

 気分がすぅっと落ち着いてくる。

 

 四四八は改めて、食堂を見渡す。

 この川神での慌ただしくも、楽しい交換学生。

 これが仲間たち全員でここにいられるのも、鳴滝が身を呈して晶と水希を守り、連れ帰ってきたからだ。栄光が勇気を振り絞り最終決戦を戦い抜いてくれたからだ。

 故に四四八は知っている。

 栄光も鳴滝もしっかりと自分に勝っているのだと。

 

 同時にあの時気持ちの半分でいいから、日常生活に向けられないのものか……別の考えが頭をよぎる。

 そんなことを思ったからだろう、

「まったく……本当に、しょうがない奴らだ……」

 四四八は再び呟いた。

 

 しかし四四八の口元は微かに綻んでいるように見えた。

 

 

――――― 戦闘開始 三時間十分 経過

 

 

 ジェノサイド・チェーンソー、だけではない。

 エネルギーウェイブ。

 覇王咆哮拳。

 百式羅漢殺。

 

 ヒューム・ヘルシングが繰り出す必殺技と思しき技は、全て凌いでみせた。

 循法、解法はもちろんのこと、時には創法の術理も使い技を、防ぎ、()かし、()なした。

 

 

――――― 戦闘開始 三時間四十分 経過

 

 

「ガハッ!」

 四四八の顔に、ヒュームの口から吐き出された鮮血がかかる。

 四四八の左の旋棍がヒュームの脇腹を穿っていた。

 肋の2、3本は叩き折った手応えがある。

 

 しかし、四四八の右の腕が肘からあらぬ方向に曲がっていた。

 この一撃を入れるために踏み込んだ時、ヒュームの渾身の掌底が飛んできた。それを防いだらこうなった。

 

 収支としては、プラスかマイナスか……

 

 そのようなことは、無論、四四八の頭の中にはない。

 相手を倒せるタイミングがあれば、踏み込む。勝つために。

 

 肘を強引に正常な位置に戻した四四八は、また一歩、踏み出した。

 

 

――――― 戦闘開始 三時間四十五分 経過

 

 

 ふたりは火を噴くように呼吸を繰り返している。

 火照った身体から火を吐き出し、さらに火力をあげるため、新しい息を吸い込む。

 吸っても吸っても足りなかった。

 吐きながら吸い込み、吸い込みながら吐き出している。

 

「はあっ!!」

 四四八が声を上げる。

 声を上げ、消耗してゆく精神を上に押し上げ、まだ燃やしてない燃料を、肉体の中から掘り出すためだ。

「ジャアッ!!」

 ヒュームの声を上げた。

 四四八の声に応えるように、声を上げた。

 

 

――――― 混沌襲来 二日前 十二月二十二日 夜

 

 

「ふぅぅ……」

 地べたに座った四四八はゆっくりと息を吐きながら、伸ばした足に手を持っていくように身体全体を伸ばしていく。

 四四八は寮の前でストレッチを行っていた。

 川神での生活も残り僅かということで最近は、夜でも時間があると川神の周りをジョギングしている。

 今日もたっぷり一時間かけて川神をまわり、寮に戻ってきてから整理運動をしていた。

「ふう」

 しっかりと身体を伸ばした四四八は今度は立ち上がると、息を整え、

「よっ」

 両手を地面について倒立を始めた。

 両手から足先までまっすぐに伸びた、綺麗な倒立だ。

「ふぅぅぅ……」

 バランスが取れたことを確認すると、四四八は倒立をしたままゆっくりと左手を外していく。

 しかし、そこで止まらなかった。四四八は右手一本での倒立を完成させると、今度は、指に力を込め右手の掌を浮かせて、五本の指だけで自らの体重を支え始めた。そして、さらに、指が、一本、また一本と離れていく。ついには人差し指と親指を開いた形のみでの倒立を完成させた。

「ふっ――」

 その状態でたっぷり十秒その状態を維持すると、四四八は地面に足を付ける。

 

 パチパチパチ――

 

 不意に、上から拍手が降ってきた。

「ん?」

 そちらを見ると、そこには、

「四四八くん、なんかどんどん常人離れしてくねー」

 歩美が屋上から身を乗り出して手をたたいていた。

「あれで脳みそ筋肉じゃないんだから、どうなってんのかしら」

 その横には鈴子の姿も見える。

「ねぇねぇ、四四八くんもストレッチ終わったならこっち来なよ。星が綺麗だよぉ」

 歩美がチョイチョイと手招きをする。

「星……か……」

 四四八が歩美の言葉につられて、空を見る。

 しかし四四八の位置からでは寮の明かりと、回りの電灯の光でそれ程、星は見えなかった。

「ああ、今行く」

 四四八はそう言うと足早に寮の中へと入っていった。

 

「おお……これは……」

 屋上の扉を開いたとき四四八は思わず声を上げた。

 そこには冬の凍てつきながらも澄んだ空気の中に、満天の星が輝いていた。

 工業地帯が近い川神であるが、流石に年末が近づいている時期だからであろうか、工場も稼働を停止しているものが多いようだ。それがこの澄んだ夜の空気の要因なのだろう。

「鎌倉も海沿いに行けば深夜だとかなり綺麗に星が見えるが、ここもなかなかだな……」

 そんな事を四四八が呟くと、

「そっかぁ、鎌倉も星綺麗なんだねー。わたしはこの時間は大体ゲームしてるから空なんかみないしなぁ。徹夜して昇る朝日を見たことはいっぱいあるけどね」

 歩美がぺろりと舌を出して言い、

「こんな夜の夜中に出歩くなんて信じられない。私なんかとっくに寝てるわよ、寝、て、る」

 鈴子が無駄に偉そうに胸を張った。

「お前らなぁ……」

 なんの情緒もない二人の言葉に脱力する四四八。

 

「まぁまぁ、四四八くん、そこんとこは置いといて――さっきまで、りんちゃんと話してたんだけどさ、四四八くん進路相談どうだった?」

「進路相談? ああ、この前、芦角先生が来て面談したやつか」

 四四八達は現在、千信館二年生。年が明ければ受験生としての日々が待っている。したがって、担任の教員である花恵が進路相談にやってきたのだ――もちろん、なぜ自分が川神まで来なければいけないのかと、相当な時間、四四八は愚痴られていたわけだが……

「私はまぁ、家業が家業だからね大学行って政経の勉強することにしてるけど……さっき聞いたけど、歩美の方はビックリするわよ」

「ほう――歩美に将来なりたいものがあるとは初耳だな」

 鈴子の言葉に興味を抱いた四四八が歩美に問いかけた。

 

「えへへ……まぁ、わたしも最近決めたんだけどね」

 歩美は上目遣いに四四八を見上げて、恥ずかしそうに笑うと、

「わたしね、自衛官になろうと思ってるんだ」

 そう言った。

 

「自衛官?」

 流石に予想外の答えだったのだろう、四四八がその単語を繰り返す。

「そ、自衛隊の自衛官」

 歩美は四四八の単語を確認するように反芻する。

「わたしってさ、あんまり頭良くないし、得意なことといえば射撃……コレを活かせる事がないかなぁって考えて、見つけたのが自衛官」

 歩美は自分の頭をコンコンと軽くたたきながら言って、

「それにさ……わたし達が邯鄲から帰ってきたら、世界もなんか違う感じになってて……わたしもさ皆の役に立つことしたいなぁって思って、ね」

 そう、恥ずかしそうに付け加えた。

 

「そうか……自衛官か……いや、最初は少し驚いたが……考えれば確かに歩美にあってるきもする。そうか、自衛官か……うん、いいじゃないか、頑張れよ歩美、応援してる」

 四四八は少し考える素振りをしたが、最後は歩美に向かって激励の言葉をかけながら頷いた。

「ありがと! 四四八くんに言われると、頑張んなきゃ! って気になるね。流石、鬼教官」

「なんだそれは……俺に言われなくても頑張れよ」

「えへへ、了ー解」

 

 そんな二人のやり取りを見ていた鈴子が、

「そういえば、柊」

 不意に声をかけてきた。

「ん?」

 四四八が鈴子の声に反応してそちらを向く。

「そういえばアンタはどうなのよ。確か警察官か検事だっけ? どちらにするとか言ったの?」

「あ、そうそう、それわたしも気になってたんだよね。個人的には検事の方が四四八くんっぽいかなぁって気もしてるんだけど……」

 鈴子の言葉に歩美も反応した。

「ああ、そのことか……うーん、実は芦角先生には少し違うことを言ったんだ」

「え? 四四八くん将来の夢、変えたんだ?」

「もったいぶらずに言いなさいよ! 減るもんじゃないんだから」

 四四八の返答に歩美と鈴子は興味津々という具合で聞き返す。

 

「別にもったいぶってるわけじゃないんだが……」

 四四八は前置きしてから、

「実は会社を興そうと思ってるんだ」

 そう言った。

 

「会社を興す?」

「それって起業するってことよね?」

「ああ、そういうことだな」

 歩美と鈴子の問いかけに、いとも簡単に答える四四八。

「確かに少し前までは、検事になろうかなと思っていた。だけど、この川神にきてみて、そして世界の情勢を見ていて自分に何ができるかと考えていたとき、九鬼を見て思ったんだ。この世界に本当に貢献するならば、個人の力ではなく、その組織を作り上げる必要があるんじゃないかってな」

 四四八は星空を見上げながら話し続ける。

「この世界は、言ってしまえば俺達のせいで歪められた世界だ。ならば、その責任は果たさなければいけない……と、俺は考えている。だが、個人の力はあまりに小さい……その為に会社という組織の力を作り世界に貢献をしていく。九鬼を見てそういう道を目指してみよう。そう思ったんだ」

「会社をはじめるねぇ……いやー、流石四四八くんだね。考えることがわたしなんかの斜め上をいってるよ」

「俺はお前の自衛官にも驚いたけどな」

 歩美の感嘆の言葉を、四四八は苦笑で返す。

「あんたのことだから何をする会社かっていうのは、もう大体決まってるんでしょ?」

「ああ、まだ漠然とだが……大枠はな――例えば……」

 鈴子の言葉に四四八が答えようとしたとき、

「ああ、それは今はいいわ。こんな面白そうなこと、皆がいるところで発表してもらいましょう」

 鈴子はその言葉を遮ると、

「それに、流石に少し冷えてきたわ」

 そう言ってぶるりと身体を震わせた。

「そうだねー、そろそろ戻ろうか」

 歩美も鈴子の言葉に同意する。

「そうだな……」

 四四八の身体も既にストレッチの熱はひき、身体が冷え始めているのを認識した。

 

 三人は屋上の扉へ向かう。

 

「ねぇねぇ、四四八くん。もしわたしが職にあぶれたら。雇ってよ!」

 歩美が明るく笑いながら言う。

「あんたねぇ、自衛官は公務員なんだから、一回なれば安泰なのよ? まぁ、でも、大杉とか淳士なんかは泣きついてくるかもしれないから、覚悟しといたほうがいいかもしれないわよ」

 鈴子が意地悪そうに四四八に笑いかける。

「あはは。でもそれはあるかもねー。でもでも、皆で一緒に会社経営とかって面白いかもよ!」

「私は嫌よ、そんなリスキーなこと。あんた達だけでやりなさい」

 歩美と鈴子は賑やかに喋りながら、階段を下りていく。

 

 四四八はそんな中で、歩美の言葉を反芻していた。

『皆で一緒に会社経営とかって面白いかもよ!』

 そんな未来を頭に浮かべた四四八は、

「確かにそれは、賑やかそうだ――」

 そう言って微かに笑った。

 

 

――――― 戦闘開始 四時間十五分 経過

 

 

 力と力がぶつかり合う。

 技と技がせめぎ合う。

 ぶつかり合い、高まり行く戦意と戦意が大気を震わし、地面を揺らす。

 

 本気対本気。

 

 四四八とヒュームは極限の状態でしのぎを削っている。

 

 

――――― 戦闘開始 四時間二十一分 経過

 

 

 四四八とヒュームは動いている、動き続けている。

 

 身が裂けるほどにはりつめて、命を削るほどにひきしぼっている。

 

 限界の、極限の、さらにその上を目指し力をひり出している。

 

 ぎりぎりの戦い、命の削り合い。

 

 なのになぜだろうか――この二人の戦いはまるで、踊っているかのようだった。

 

 

――――― 戦闘開始 四時間五十三分 経過

 

 

 極限の精神状態の中、四四八を支えているものは信念、想い、戦の真。

 互いに絶命必須の一撃を繰り出し受けながらも、四四八は覚悟を決めている。

 

 死ぬ覚悟――

 殺す覚悟――

 その様な()()()()()()など、とうの昔に通り過ぎている。

 

 四四八の決めた覚悟、それは、

 生きる覚悟、

 そして、

 救う覚悟。

 

「かあっ!!」

 四四八はヒュームを救うために、そして自らが生きるために、大きく一歩ヒュームの懐に踏み込んだ。

 

「がっは」

「ゴウッ」

 両者の渾身の一撃が、互を穿った。

 

 

――――― 混沌襲来 一日前 十二月二十三日 深夜

 

 

「ん?」

 十二時になるかならないかという時間帯に四四八は人の気配を感じて、読んでいた本から顔を上げた。

 十二時はまだ十代の自分たちにとっては宵の口だ、しかも明日は学園に顔を出すといっても正午近い時間を予定しているので、この時間、誰かが起きていても何の不思議もないのだが……何か、心のざわめきを感じて四四八は読みかけの本を置くと、気配のある方――玄関へと足を向けた。

 

「晶……それに、世良?」

 玄関には晶とその傍らにうずくまるように座り込んでいる、水希の姿があった。

「おう、四四八」

 その声に気づいた晶が四四八に向かって手を上げる。

「どうしたんだ? 世良? 体調でも悪いのか?」

 そんな晶に右手を挙げて答えると、四四八はうずくまっている水希に声をかけた。

「ああ、ごめん。大丈夫。体調とかそういうんじゃないの。全然そういうのじゃないんだけど……なんか眠れなくって」

 水希が答える。

 確かに体調が悪いわけではなさそうだ、ただ、覇気はない。

 晶が四四八に小さく頷く。

 おそらく晶も水希の気配を感じて、そして何かしらのざわめきを覚えてここに来たのだろう。

 もしかしたら水希はそのざわめきを一層強く感じていたのかもしれない。

 

「なんかさ……こういう月が綺麗な夜は、不安になっちゃうんだよね……」

 水希が不気味なくらいに青白く、美しく輝く月を見上げながら呟いた。

 水希は月の向こう側に何かを感じていた。

 自分を不安にさせるなにかが、近くにあるのではないか……と。

 

 沈黙が降りた。

 クリスマス前の深夜、遠くに微かに車の行き交う音だけが聞こえている。

 

「ねぇ、柊くん」

 そんな沈黙を破り水希が不意に口を開いた。

「運命って……あると思う?」

 水希が溜め込んできた大きなものを曝け出すような、そんな水希の言葉だった。

「私達が……私達だけがあの邯鄲に入れたのは、そんな私達が出会ったのは、みんな誰かに決められていたことなのかな……もしかして、この川神に来たことも……」

 水希が言葉を続ける。途中から独白のようになっていたのは、もしかしたら、その通りに自分に自分の心の中を言い聞かせていたのかもしれない。

「それだとなんか……いやだな……」

 水希は自らの膝に顔をうずめてそう呟いた。

「水希……」

 それを見た晶が、心配そうに水希を見る。

 

「運命か……」

 四四八は不安になるほど青白く輝いている月を見上げながら考える。

 そして、

「わからない……な」

 そう呟いた。

 

「そっか……柊くんでもわからないか……」

 水希が残念そうに呟く。

「ただ――」

 そんな水希の言葉を、四四八の言葉が遮った。

「ただ――だからこそ。本気にならなきゃいけないんだと思う」

「本気?」

 四四八の言葉を今度は晶が聞き返す。

「確かに人は、自分で出会う未来や、出会う人を選べない。そう言う意味では運命ってやつはあるのかもしれない……だから、自分が、自分の意志で、その都度やれることは本気でぶつかる――って事なんだと思う」

 仮に運命といいうものがあったとして、その運命にどのような刃物をつきつけられようと、人にはできることがある。

 それが、

 本気――

 であると、四四八は言っていた。

 運命があるならあったで、なければないでいい。今ある出来事に、本気でぶつかり、真摯に取り組み、逃げない。そこで、闘う。

 過去が変えられず、未来がわからないのであれば、今を全力で生きる。

 四四八はそう言っているのだ。

 

「そっかぁ……」

 水希は膝にうずめた顔を上げながら、四四八を見上げると。

「やっぱり、柊くんは強いなぁ……」

 憧憬の眼差しでそう言った。

 

 本気――その言葉が、水希の心の奥底にある何かに触れた気がした。

 

 そんな水希の肩をポンッと晶の手が叩いた。

「あんまり気にすんなって、水希。四四八みたいにいっつも全力じゃ疲れちゃうって。普通でいいんだよ、普通でさ。な」

「晶……」

 四四八と晶の言葉が水希の中に入っていく。

 すぅ、とささくれていた気持ちが丸まっていくのがわかる。

「ありがとう……ごめんね、なんか愚痴っちゃって」

「気にするな、お前の面倒な性格は前からだ」

 四四八が水希の言葉に眼鏡を光らせて答える。

「あーー、ヒッドーイ!」

 水希が頬をふくらませてむくれる。

「四四八さぁ、もうちょい言い方あったんじゃねぇかなぁ」

 そんな二人を晶が苦笑を浮かべながら見ていた。

 

 くしゅん――

 

 気が抜けたのだろうか、水希が小さくくしゃみをした。

「うーー、寒い! そろそろ戻るか」

 晶がそのくしゃみに反応したように両手で自らの両腕をさすると全身を震わせる。

「そうだな、明日が学園に顔を出さなきゃいけないし、明後日にはクリスマスパーティーもある、風邪などひいたら目も当てられん」

 四四八も身体を伸ばしてそう言った。

「うん、そうだね」

 水希もそう答えて、勢いよく立ち上がった。

 

「なんか眠れそう! ありがとう二人共」

 そう言って水希は寮の中へと入っていく。

「戻るか」

「うん」

 四四八と晶も頷き合うと、各々部屋へと戻っていった。

 

 青白い月だけが、誰もいなくなった寮の玄関を照らしていた。

 

 

――――― 戦闘開始 ××時間××分 経過

 

 

 既に時間の感覚はない。

 どれほど目の前の相手と戦っているのか、皆目見当がつかなかった。

 まだ一時間とたっていないような気もするし、既に半日以上が経過しているようにも感じる。

 

 四四八の肉体は既に未知の場所に立っていた。

 怪士と戦った時でさえ、ここまで肉体を酷使はしていなかった。

 活の循法は常に発動してある。

 しかし、すべての怪我を治せるわけではない。

 致命的なものから治していき、動けるところはそのままにして戦っている。

 それでも肉体の損傷は時間が経るごとに増えていった。

 

 肋は3本は折れている。

 さきほど肘を受けた時、奥歯を血と共に一本吐き出した。

 左手の薬指が、折れ曲がってあらぬ方を向いている。

 邪魔でちぎって捨ててしまおうとも思ったが、時間がなかったので強引に拳の中に旋棍と一緒に握りこんだ。

 右肘の靭帯は、たぶんちぎれかかっている。

 循法で僅かに再生した筋肉が、腕の駆動を可能にしていた。

 右眼は殆ど見えていない。

 赤い簾が視界にかかっているようだ。恐らく網膜が剥離しかけているのだろう。

 血の反吐は、既に二度ほど吐いている。

 打ち身と打撲傷、出血箇所は全身にいたり、ないところを捜すことはほぼ不可能だろう。

 

 満身創痍。

 

 肉はちぎれ、骨は折れている。

 

 しかし、ちぎれていないものがあった。折れていないものがあった。

 

 それは、覚悟だ。それは、心だ。

 

 柊四四八の覚悟は、ちぎれてはいなかった。

 柊四四八の心は、折れてはいなかった。

 

 満身創痍の身体を引きずって、四四八が一歩、前に出た。

 

 

――――― 戦闘開始 ××時間××分 経過

 

 

 四四八とヒュームは打ち合い、倒れ、立ち上がる。

 それを何度も繰り返していた。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、立ち上がっていく。

 

 からっぽだった。

 四四八の身体にはもう何も残っていなかった。

 力とか、技とか、精神だとか、そういったモノは細胞のひとつずつに残っているものまで捜し尽くし、燃やし尽くした。

 それでも立ってヒュームに立ち向かっていけるのは、心が、真が、覚悟が四四八の身体を支えているからだ。

 

 しかしそれでさえ、打ち合うごとに、命と一緒に削られていく。

 

「――!!」

「ジャアッ!!」

 四四八の方はもはや喉が潰れ、声を出すことすらかなわない。

 

 そして、その時、

「ガアアアアアアアアアッ!!!」

 ヒュームの気が膨れ上がった。

 

 この気の膨らみ、何が来るかはわかっていた。

 ヒュームは必殺の一撃で断ち切ろうとしている。目の前の怨敵の支えている、心や真や覚悟を命ごと刈り取ろうとしていた。

 

「ジェノサイド――」

 ヒュームの足が死の軌跡を描く。

「――っああああああっ!!!」

 四四八は潰れた喉を振り絞り、ありったけの力を循法込めて前に出る。

「チェーンソーーッ!!!!」

 ヒュームの刃と化した足と、四四八の旋棍が激突する。

「がっはっ!」

 旋棍が砕かれ、四四八の両腕は鮮血を撒き散らし弾かれる。

 それでも相手も十全ではないのだろう、まだ、生きている。

 そう思い、体勢を立て直そうとしたとき、四四八の目に、死神の鎌が映った。

 

 ヒュームがもう一方の足を同じ軌跡を描いて振り上げてきた。

 ジェノサイド・チェーンソーの二連撃。

 

「――がっ」

 対策を打とうとした時には、ヒュームの足は四四八を穿っていた。

 身体を斜めに打たれ、鮮血が飛び散る。

 喉からせり上がってきた鉄の味がする何かを吐き出した。

 ボヤけていた視界が一層狭くなり、暗くなり始めた。

 

 それでも四四八は歯を食いしばり意識をつなぎとめようと前を睨みつける。

 

 ヒュームが追い討ちをかけようと前に出たのが見えた。

 

 視界がさらに暗くなってきて、その迫り来るヒュームの姿さえ見えなくなりそうになったとき。

 

「――――柊ぃ……!」

「――――四四八ぁ……四四八ぁ……っ!!」

 

 仲間の声が、聞こえた。

 

 

――――― 戦闘開始 六時間四八分 経過

 

 

「四四八!! 四四八!!!」

 スイスイ号から飛び降りた晶は、ヒュームの一撃を喰らい空から落ちてくる四四八に向かってはしりながら、四四八の名前を叫び続けた。

「晶ぁ!! 柊を頼んだぞっ!! おおおおおおおおおおっ!!!」

 晶のすぐ横を、項羽が方天画戟をもってヒュームに向かって飛びかかっていく。

 

「四四八!! 四四八!!!」

 晶はそんな項羽の言葉に答えることもできずに、四四八の名前を呼ぶ。

「四四八!! 四四八!!!」

 晶の目には涙が浮かんでいる。全身が血にまみれ、ボロ雑巾のようになっている幼馴染を見るだけで心が鷲掴みにされたようになる。

「四四八!! 四四八!!!」

 生きていて、生きていて。

 祈るように思いを込めながら、晶は四四八の名前を呼ぶ。

 

 晶は四四八の下までたどり着くと、飛び上がり空中で落ちてくる四四八を全身で受け止める。

 抱きしめた全身に血のぬるりとした感触が伝わる。

 身体が驚く程に冷たかった。

 

「四四八ぁっ――四四八ぁっ――」

 

 どんな怪我もあたしが癒す。

 どんな傷もあたしが直す。

 どんな痛みもあたしが取り除く。

 どんな時でもあたしが四四八を守る。

 だから――

 だから――

 

「生きて……四四八っ!!」

 

 晶の全身から生命の息吹が、四四八へと送り込まれた。

 

 

―――――

 

 

「させるかぁあああああっ!!」

 四四八に止めの一撃を見舞おうとするヒュームに項羽が躍りかかる。

「おおおおおおっ!!!」

 方天画戟を縦横無尽にはしらせながら、項羽がヒュームを圧倒する。

 

 項羽の実力というところももちろんあるが、それ以上にヒュームも長時間、四四八と全力でぶつかり合っていた事での影響がここに来て出始めている。技のキレ、力の込め、気の威圧感。全てが十全のヒューム・ヘルシングから半減している。

 しかし、それでもマスタークラスの最上級。一筋縄で行くはずもない。

「ジャアアッ!!」

 ヒュームは突っ込んでくる項羽の方天画戟に向かってカウンター気味に気をぶち当てると、

「シャアアッ!!」

「くうっ!」

 一瞬止まった方天画戟を力まかせに蹴り上げた。

 項羽の両手から離れ海へと落ちる、方天画戟。項羽の体勢も崩されていた。

 力だけではない、技だけではない、全てが兼ね備えてこその最強。

 ヒューム・ヘルシングは力が半減してなお、健在だった。

 

「ジャアッ!!」

 そんな項羽にヒュームが足を繰り出す。

「ざあっ!!!」

 項羽はそのヒュームに敢えて踏み出し、拳を握り込む。

 たとえ相打ちになろうとも、この敵に一撃与えられる機会を逃すわけには行かない。

 そう判断しての一撃。

 

「ジャアッ!!」

「ざあっ!!!」

 ヒュームと項羽の攻撃が交差しようとしたとき――下から放たれた閃光が、ヒュームを包み込んだ。

 

 

―――――

 

 

「四四八ぁっ!!」

 四四八は自分の呼ぶ声を、耳元で聞いた。

 まるで切り取られたかのように感覚がなかった手足に、血が行き渡っているのがわかる。

 痛みが、すぅ、とひいていく。

 みしり、みしり、と力が湧き上がってくる。

 

 目を開ける。

 視界が晴れていた。

 向こうにヒュームと蹴り上げられて方天画戟を飛ばされた項羽が見えた。

 

「破ぁっ!!!!」

 四四八はそれを見た瞬間、晶に全身を抱えられたまま片手を伸ばし、ヒュームに向かって咒法の一撃を放っていた。

 

 

―――――

 

 

 閃光に飲み込まれる、ヒューム。

 この四四八の放った一撃をまともに喰らい、攻撃が止まる。

「ざああああっ!!!!」

 その一瞬を逃さず、項羽の渾身の拳がヒュームの顔面に突き刺さった。

「ガアッ!」

 項羽の一撃を喰らい、地面に叩きつけられるヒューム。

「ジャアア!!」

 それでも、叩きつけられた地面からエネルギーウェイブを放ち、項羽の追撃を牽制する。

 項羽はそれを避けながら、四四八と晶の所へと降り立った。

 

「柊、無事か!」

 降り立った項羽が、二本の足で立っている四四八に聞く。

「ありがとうございます。晶と覇王先輩のおかげで、なんとか生きてます」

 四四八はそう言って軽く頭を下げる。

 しかし、直ぐに前を向くと、

「ですが、お礼はあとにさせていただきます。今は、ヒュームさんを倒す為に力を貸してください」

 そう言った。

「おう、任せろ!」

「うん!」

 項羽と晶がその言葉に頷く。

 

「時間をかければそれだけ厳しくなります。次で、決めます――」

 四四八の言葉に、

「何か策でもあるのか?」

 項羽が聞く。

「はい、策というほどのものではないですが……晶と、覇王先輩がいるなら大丈夫です」

 そう言って四四八は二人に向かって自分の考えを伝える。

 

「お、おい、それは……」

「そんなんダメだって!」

 それを聞いた項羽は戸惑い、晶は拒絶の意を示した。

「もう時間がない、頼む……それに晶。俺はお前を信じている。きついだろうが……頼む」

 晶は四四八の声を聞いて下を向いて、唇を噛む。

 違うだろう……キツイのはあたしじゃない、四四八だろう。

 いつも、そうだ。

 いつもこの幼馴染は、自分のためじゃなく誰かの為に身体を張る。

 誰かの為に笑ったり、怒ったり、頑張ったり、葛藤したり、案じたり、励ましたり、そして一緒に行こうとしてくれる……

 

 自分は、そんな四四八が好きなんだ。

 そんな四四八を守ろうと決めたんだ。

 

 だったら……

「わかった……あたしが四四八も清楚先輩も、ヒュームさんも守ってみせる」

 晶は顔を上げて手に持った包帯を握り締めた。

 

「よし! 覇王先輩いいですね」

「んはっ! 任せておけ!」

「いきます!! はあああああああっ!!!!」

「おおおおおおおおっ!!!!」

 声を合わせて、四四八と項羽は同時にヒュームに向かって駆け出した。

 

「ジャアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」

 ヒュームは二人の気に応え、全身から最後の力を振り絞る。

 この期に及んで二人を同時に相手することは難しい。

 ならばどうするか。

 最大最強の一撃で、二人同時に葬る。

 全身全霊、最大最強の、

「ジャノサイドッ――」

 ヒュームのすべての気が足へと集中する。

 かつてないほどの力を込めて、ヒュームの一撃が炸裂する。

 

 その時項羽が、すっ、と四四八の後ろに引き、四四八が、つっ、と前にでる。

 

 小賢しい――ひとりが盾になろうとも無駄だ!!!

 ニヤリと笑ったヒュームの口元が、そう言っているようだった。

「チェーーンソーーッ!!!!!!」

 絶命の軌跡が描かれた。

 

「がああっ!!!!」

 四四八がその一撃を全身で受け止める。

「うわあああああああああああああああああっ!!!!」

 その瞬間、後ろで待機していた晶が能力(ユメ)を炸裂させる。

 絶命必須の死の軌跡で受けた四四八の傷を、晶の能力(ユメ)が癒していく。

「――ッ!!」

 吹き飛ぶはずだった四四八の身体はその場で踏みとどまり、ヒュームの全身全霊の一撃を受け止めた。

「おおおおおっ!!!!!」

 そこに項羽が飛び込んでヒュームの顔面に激烈な一撃を叩き込む。

 

 ぐらり、とヒュームの身体が揺らいだ。

 

「柊っ!!!!」

「先輩っ!!!」

 項羽と四四八は揺らいだヒュームの懐に飛び込むと、全身の力を拳に込める。

「はあああああああっ!!!!!」

「おおおおおおおおっ!!!!!」

 裂帛を轟かせ活人の拳を振り上げる。

 

 フッ――ヒュームの口元が一瞬ほころんだように持ち上がった――様に見えた。

 

 四四八と項羽は同時にヒュームに渾身の拳を叩きつけた。

 

 ヒュームは二人の一撃を喰らい吹き飛び、公園にある大きな木にぶつかりそこにめり込み、ようやく止まった。

「ガッ――ハッ――」

 次の瞬間、ヒュームは黒いモヤの塊を吐き出すとその場に崩れ落ちる。

 

 倒れたヒュームの全身が漆黒から解放され、もとの姿に戻っていく。

 

 最強との戦いに、終止符が打たれた瞬間だった。

 

 

―――――

 

 

「四四八っ!!」

 晶が四四八の元に駆け寄る。

「大丈夫か? まったくホントに……馬鹿だよ四四八」

 四四八の身体に怪我がないか確認しながら、晶が言う。

「ああ、ありがとう、晶のおかげで大丈夫だ」

 声に少し弱々しさを交えながらも、四四八は晶に答える。

 

 四四八の作戦は単純だった。

 防御力のある四四八が、晶の援護でヒュームの一撃を耐え、その隙に項羽が一撃入れる。さらに追撃をかけて決着をつける。

 作戦と呼ぶにもおこがましい単純な特攻。

 しかし個々の力と、それをつなぎ合わせた絆が、最強を穿つ一撃となった。

 

「覇王先輩もありがとうございます。覇王先輩がいなければおそらく倒せませんでした」

「ふん! 大事な部下を助けるのは覇王として当然のことをしただけだが……まぁ、遠慮するな、もっと褒めていいぞ?」

 項羽は胸を張りながら得意げに四四八を見る。

「はは……ありがとうございます」

 そんな項羽の態度に小さく笑って礼を言う四四八だが、次の瞬間ぐらりとバランスを崩す。

「柊!」

「お、おい! 四四八!」

 二人がそんな四四八をあわてて支える。

「大丈夫……流石に疲れたってだけです、少し休めば立てるようになります」

 項羽と晶に覆いかぶさるように支えられながら、四四八は目をつぶる。

「そういえば、ちゃんとお礼を言っていなかったですね……俺が今生きているのは二人のおかげです……」

 図らずも四四八の口が項羽と晶の耳元にあるような体勢になっているため、四四八の言葉が耳元で囁かれているように二人には感じていた。

「お、おう……」

「いやー、ほら、これ当然のことだし……なんて……」

 項羽も晶も耳元で四四八の息づかいを感じて頬を染める。

 

 そして、

「二人がいてくれて……本当に良かった……ありがとう」

 トドメの一撃が放たれた。

 

「~~~~ッ!!!」

「ーーーーッ!!!」

 項羽と晶の顔が湯気が出そうなくらいに真っ赤に染まる。

 しかし、そんな二人のことなど気にも止めずに、四四八は目をつぶり、身体中の倦怠感に身を任せる。

 項羽と晶から送られてくる体温が、心地いい。

 

「ありがとう……本当に……ありがとう」

 四四八は感謝の言葉を紡ぐ。

 

 静けさに包まれた広場の片隅に、柊の花が一輪、静かに揺れていた。

 

 

 




すっごく久しぶりに四四八をがっつり書いた気分。
戦闘って意味だと~飛燕~が半年前……ひ、久々すぎる。

戦闘と書いてありますが、これは果たして戦闘描写なのかどうなのか……
あと二次も含めてヒュームが戦っている作品ってそんなにないんですね、ちょっとびっくりでした。

ともかく残りも少しになりました。
最後まで是非ともお付き合い、よろしくお願いいたします。

お付き合い頂きまして、ありがとうござます。


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第五十九話~伝説~

強いとわかってるキャラを強く書くというのは、思った以上に難しいということが分かりました(白目)


 川神院の鍛練場は常人には足を踏み入れることすら許されない空間が展開されていた。

 鉄心と百代の気は大地を揺らし、大気を震わせた。

 攻撃が打ち合うたびに衝撃波が巻き起こり、空気が歪む。

 

「喝ァーーッ!!」

 鉄心が顕現の弐・持国天を放つ。

 威力は小さいが、絶対必中の一撃、

「くっ!」

 百代はそれを腕一本で受け止めたが、跳ね飛ばされて宙に浮いていた身体を地面へと落とされる。

「喝ァーーーーッ!!!」

 地面に落ちた百代に鉄心は顕現の参・毘沙門天を作り出し巨大な足で百代を踏み潰す。

「川神流・無双正拳突きっ!!」

 百代は空から降ってくる巨大な足を自らの拳で迎え撃った。

 

 瞬間、閃光と爆音、爆風が吹き荒れた。

 

 しかし、そんな戦いの余波など気にもせず、いつの間にか鉄心と百代は再び空中で向かい合っていた。

「叭ーッ!!」

 鉄心の気合の声と共に、鉄心の姿がぐにゃりと歪む。

「む……」

 それを見た百代が眉をひそめる。

 周囲の気温が目に見えて上がったのを感じた。

 顕現の壱・摩利支天。自身の気を熱に変え陽炎を作り出すことで自身の姿をくらませる鉄心独自の奥義の一つだ。

 それを悟った百代は、

 すぅ――

 と、大きく息を吸い込むと。

「川神流・神風の術っ!!」

 気と共に一気に息を吐きだして周囲に突風を巻き起こす。

 

 突風により熱を逃がされ、陽炎が解けてゆく。

 百代の背後に姿を現す鉄心。

「そこぉッ!!!」

「喝アーーッ!!」

 百代の拳と、鉄心の作り出した顕現の漆・神須佐能袁命の斬撃がかち合った。

 

「くあっ!」

「がっは!」

 互いに衝撃で吹き飛ばされて、距離が離れる。

 

「喝アァァァーーーッ!!!」

 鉄心はその間を利用して、顕現の中でも最大級の攻撃を繰り出した。

 顕現の玖・天津甕星。

 巨大な隕石が鉄心の頭上に現れ動き出す。

「はあああああ……」

 それを見た百代は右手を腰に気を集中させる。

 そして、

「川神流……星砕きィーーッ!!!」

 集中させた気を一気に放って頭上から迫り来る隕石にぶち当てた。

 

 轟音と共に隕石が砕け散る。

 

「まだだ……まだまだ、こんなもんじゃあ、ないだろう」

 百代が右手を突き出した形で呟いた。

 

「こおおおおおおおお……」

 鉄心が大きく息をする。

 みしり、と鉄心の中の気の密度が上がる。

 それを感じた百代の髪がざわり、と持ち上がる。

 

「しゃあッ!!」

「喝ーーーッ!!!!」

 次の瞬間、再び二人の闘気がぶつかり合う。

 

 轟音が響き渡った。

 

 

―――――

 

 

 日輪拳・北 灰燼裂波、

 対するは地球割り。

 

 日輪拳・南 十万億土、

 迎え討つは最高出力の雪達磨。

 

 濁流槍は、炙り肉で蒸発させ。

 川神水流は万物流転で跳ね返した。

 

 川神流の秘技と奥義が惜しみなく交わされる。

 撃ち合い、消し合い、相殺する。

 その一撃、一撃が地面を揺らし、大気を震わせた。

 

 しかし、

「やっぱ、飛び道具じゃ決着つかないよなぁ」

 百代が呟いた。

 どんなに強力でも互いに知り尽くしている術理の比べ合い。出力が同じなら、千日手のように膠着するのはあまりにわかりやすい構図だ。

 

「このままいくらやっても、埒があかない……いくぞ! じじいッ!!」

 百代は鉄心に向かって叫ぶと、

「川神流・生命入魂!!」

 自身の中の気を一気に膨らませる。

「オオ……」

 細胞の一つ一つがパンパンに膨れ上がっていく。

「オオ……ッ!」

 ふつふつと身体の中から力が溢れ出してくる。

「オオっ!!」

 限界まで張り詰めた力に百代は逆らわなかった。

 力が赴くままに一気に鉄心との距離を詰めると、拳を振り上げて襲い掛かる。

「喝アァーッ!!」

 鉄心が迎え撃つ。

 

「シャアッ!!」

「喝アーッ!」

 拳が交わされる。

 

 一瞬の間。

 

 空気が焼ける匂いがした。

 

 百代の拳は鉄心の頬をかすっていた。

 鉄心の拳は百代の脇腹をかすっていた。

 次の瞬間、互の頬と脇腹が切れ味の良い刃物で切り裂いたようにぱっくりと割る。

「オオオオッ!!!」

「喝アーーッ!!!」

 しかし、そこから血があふれる前に、百代と鉄心は再び拳を交わす。

 一発ではない、無数の拳を、足を、膝を、肘を、額を、指を、掌を縦横無尽にはしらせて、相手を穿とうと手を出し合う。

「オオオオオオッ!!!!」

「喝アーーーーーッ!!!」

 二人の攻撃の回転が、どんどんと上がっていく。

 二人の周辺に紫電が走り始めた。

 紫電は見えるが、二人の拳は、脚は見えない。

 

「オオオオオオッ!!!」

「喝アーーーーッ!!!」

 百代と鉄心は二人にしか到れない境地に、足を踏み入れていった。

 

 

―――――

 

 

「オオオオオオッ!!!」

「喝アーーーーッ!!!」

 百代と鉄心は二人しかいることが許されない聖域で打ち合っていた。

 もはや相手に何発入れたか、わからない。

 相手に何発入れられたのかも、わからない。

 

 百代は鉄心と鎬を削っている。

 ()()()()()()()

 

 百代は感動を覚えていた。

 

 これほどか、これほどなのか。川神鉄心という伝説はこれほどまでのものだったのか。正直、今自分が拮抗している事に自分自身が驚いている。

 少し前までの自分だったら既に地面に倒れ伏しているのではないか、そんな確信にも近い予感がある。

 

 だとしたら、みな無駄ではなかったという事だ。

 みな、とは何か……全部だ。全部が無駄ではなかったのだ。

 

 柊と戦いが、項羽との戦いが、我堂との戦いが、鳴滝との戦いが、今、鉄心と戦う時間を延ばしてくれている。

 それだけではない。

 柊に負けた後、大和と見上げた星空が、鉄心の技をかき消すために使われてる。

 我堂と戦い、悔しさに涙している妹と食べたおにぎりの味が、鉄心を押し返すために使われている。

 もっと言ってしまえば、毎日の川神院での稽古も、かつて大和と交わした川辺での約束も、川神一子という妹ができたことも、全てが糧となっている。全てが薪となって力になっている。

 重さで言えば、一グラムの一千分の一。

 長さで言えば、一ミリの一千分の一。

 一万分の一。

 一億分の一。

 その様なものたちが重なり合って、積み重なって力となっている。

 川神百代は川神百代を根こそぎ使って鉄心と相対していた。

 この一戦のために、川神百代の今までがあったといっても過言ではないのかもしれない

 

「かぁっ!」

 百代はせわしなく呼吸を繰り返す。

 ほんの二回か三回でいい。

 ゆっくりと、深い呼吸をしたかった。

 肺が、出入りする息にこすられて、焼けるように熱くなっている。

 疲労の塊が石のように肉体の(うち)に溜まりはじめているのがわかる。

 そんなものも、深呼吸をする間さえとれれば、瞬間回復で癒せるだろうが、その間がない。

 仮にあったとしても、瞬間回復のような大味な技で気を消耗して、この戦いに勝てるのだろうかという思いもある。

 

「がっは!」

 鉄心の気弾が百代の顔面にぶち当たる。

 しかし、両手でそれを防御したところで、若干の距離があいた。

 しめた!

 すうぅぅぅ……

 この機会を逃すまいと、百代はその周辺の空気をねこそぎ吸い尽くさんばかりに息を吸う。

 瞬間回復は――しない。

 まだ動けるなら、ギリギリまで動く。

 どう転ぶかわからない、気は大事に使う。

 川神百代の全力、全身、全霊をもってしても、綱渡りのような戦い。

 

「流石だ、じじい……」

 我知らず鉄心を見上げながら、百代は呟いた。

 

 百代の顔には、いつの間にか微かな笑が浮かんでいた。

 

 

―――――

 

 

「むっ――」

「お目覚めですかな」

 全身からくる痛みに顔を歪ませながら起き上がったヒュームを出迎えたのは、同僚のクラウディオの言葉だった。

「……クラウディオ?」

「はい、九鬼従者部隊・序列三位あなたの同僚、クラウディオ・ネエロですよ。ヒューム・ヘルシング」

 ヒュームの言葉にクラウディオが丁寧に返す。

 

 クラウディオの両手の包帯。

 自身の全身の痛み。

 漆黒に染まっている空。

 そして記憶の断片。

 

「そうか、俺は操られ倒された……ということか」

「はい」

 ヒュームの言葉に、クラウディオが素直に頷く。

 

「俺を倒したのは、誰だ?」

「まずは柊様が1対1で、そして最後に援軍にこられた項羽様と真名瀬様の力を借りて、あなたをうち倒したと」

「そうか……」

「柊様と項羽様はすでに百代様の援護に向かっております、私は連絡を受けてやってきて、先ほど真名瀬様と交代して今に至る、というわけです」

「そうか……」

 ヒュームは先ほどと同じ言葉を繰り返した。

 痛みと疲労感と倦怠感。久しく感じていなかった感覚と共に、確かな充足感も存在していた。この感覚も、大分ご無沙汰なものだった。

「記憶がないのが、残念だ……」

 ヒュームが小さく呟いた。

 久しくなかった本気の戦い。全身が擦り切れるかのような闘争。

 この歳になってそんな事ができるなど想像もしていなかった。

 記憶がなくても身体が経験として此度の戦いを覚えている。そんな気がしている。

 

「奴の誘いにのったのも、あながち損ではなかったということか」

 そう言ってヒュームは皮肉そうに口を歪めた。

「はて? なんことですか?」

 ヒュームの呟きにクラウディオが首をかしげて問い返す。

「そうか、お前はあの悪魔に飲み込まれていなかったのだな……まぁ、忘れていたことに何か問題があるということなのだろうが――原因の察しはつくがな――あの悪魔に触れて、俺は思い出したこともあったということさ」

「はぁ?」

「まあいい……もしかしたら直にお前も思い出すかもしれん」

 そう言ってヒュームは立ち上がる。

 

 そんな時、向こうの空で凄まじい気のぶつかり合いを感じた。

 

「川神院――」

「おそらく鉄心様と百代様でしょう」

 ヒュームの呟きにクラウディオが答える。

「そうか……」

 自身がそうだということは、あいつもそうなのだろうか。

 自分よりも遥かに切ない思いを抱いてここにいるあいつも、今、あの残酷な思い出を思い出しているのだろうか。

 

 再び激しい気のぶつかり合いと、轟音が届く。

 

 それでも、それでも、尚、もう叶わない願いが叶い、お前は幸せなのか。

 

「なぁ……鉄心」

 ヒュームは川神院があるであろう空を見上げ、

「夢は……儚いな……」

 ヒュームは今、この想いを共にできるであろう唯一の友に向かって小さく、小さく呟いた。

 

 

―――――

 

 

「らあっ!!」

「たあっ!!」

 咲の咆哮とクリスの裂帛が交差する。

 咲の拳とクリスのレイピアが交わされる。

 

 クリスは咲の足止めという役をしっかりと遂行していた。

 しかし手数は圧倒的に咲が勝っている。

 クリスは大きなケガこそしていないが、ここまで激戦を戦い抜いてここまでやってきている。体力という意味では動けている方が不思議なくらいだといってもいい。

 それでもクリスは身体をしならせ、足を使い、咲の猛攻を凌いでいる。

 そして不利なはずのクリスが咲と渡り合えている要因それは、

「――っ!!」

 要所要所で適格に咲を牽制し、あわよくば仕留めようと狙っている、京の存在がいるからだ。

 京ももちろん十全ではない。

 それどころか今、矢筒にある矢は全て、戦場から引き抜いてきたものだ。真っ直ぐなものは一本たりともない。

 それでも命中精度において、天下五弓のなかでも屈指とうたわれる京は、矢の反りを感じ、風を読み、対象の動きを読んで矢を放つ。

「つっ!!」

 咲が首を振ったそのすぐ横を、京の放った矢が通り抜ける。

 もはや絶技といっていい集中力だ。

 

 そんな京の援護をもらいながらクリスは、状態で圧倒的に不利な立場に立たされながらも、咲を食い止めている。

 

 視線の端に倉庫から何かを抱えて出てくる大和とキャップの姿が見える。

 視線を素早く動かすと、京も小さく頷く。

 

「らあっ!!」

 咲が拳を握り飛び込んでくる。

「――っ!!」

 京が矢を放つ。

「たあっ!!」

 クリスがレイピアをまっすぐにたてて踏み込む。

 

「くっ――」

 攻撃と京の矢で体勢が崩れた咲にクリスの突きが決まる。

「かあっ!」

 咲は強く地面を蹴って距離を取る。

 

 大和とキャップがお堂のもとにたどり着くのが見える。

 クリスはお堂を背に二人を守るように立ち塞がる。

 京は十分に距離を取りながら、全ての人間が視界に入るように移動する。

 

 真っ赤に染まった咲の瞳は、目下の敵、全員を睨みつけていた。

「らあああああああああっ!!!!!」

 咲が咆える。

 

 咲の気迫はまるで衰えてはいなかった。

 

 

―――――

 

 

 ああ、楽しい……

 

 こんな状況なのに楽しくて仕方ない……

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、こんなに楽しいものだったのか。

 

 かつても戦いを楽しんでいたが、この湧きあがる感情はまた違う気がする。

 敢えて言うなら――感謝だろうか。

 それもあるが……それだけじゃない気がする。

 たぶん根底にあるのはこの戦いが始まってから、ずっと感じていた違和感なんだと思う。

 それが喜びを溢れさせてくる。

 うまく言えないが、そんな気がする。

 大和達には申し訳ないが目の前の川神鉄心といつまでも戦っていたい。

 そんなふうにも思ってしまっている。

 

 おい、だめだろう、じじい。

 そんなふうに無造作に間合いに入ってきたら打つしかないじゃないか。いいのか? いいのか? いくらじじいでも、私の拳が完全に決まったら終わってしまうぞ? 確かに楽しいし終わらせたくないとも思ってるが、決めるときにそれを打たないなんてことは出来ない。ああ、やっぱりそうきたか。それは囮で打ってきた手を壊すつもりだったんだな。流石だじじい、こわいこわい……そのかわり私の肘をくれてやる。ほら思った以上に間合いに入れてちょっとびっくりしてるんだろう。そうら、どうだ。おいおい、私の肘を受けるのに顕現をつかうのか? いいのか? そんなにばんばん使って、もう年なんだスタミナは持つのか? ん? いらぬ心配だって? ああ、そうだな、確かにそうだ。むしろ私の方が先にへばりそうだ。

 

 ほら。

 まだ動けるだろう。

 私はいける、いって見せる。

 キツイし、苦しいが動いて見せる。

 なあ、じじい。

 じじいも楽しいんじゃあないのか。

 

 だって、顔が笑っているぞ……

 

 

―――――

 

 

「よし、これでぶっ壊そうぜ!」

「うん」

 キャップと大和はそれぞれ両手で抱えるような工事用のハンマーをもって、扉の前に辿りついた。

 古いが重そうなハンマーだ。

「らあっ!!」

「はあっ!!」

 後ろでは咲とクリスの裂帛が響いている。

 咲がこちらに注意を向けると、京とクリスが連携して咲の行く手を阻んでくれたおかげで何とか無傷で扉まで往復できた。

「いくぞ、大和――せーの!」

「はっ!!」

 二人は思いっきりハンマーを錠前に打ち下ろす。

 金属同士がぶつかる耳障りな音が鳴り響く。

 

「――!!」

 咲がその音に反応するのを、

「やらせない!」

 京がその進行方向に矢を放ち出鼻をくじくことで、咲を大和たちの元へと行かせない。

「やあっ!!」

 その一瞬に間に同じくクリスが身体を滑り込ませて刺突を放つ。

「くあっ!」

 その突きを躱しきれずに肩にレイピアの一擊をもらう咲。

 二人の連携に咲に小さいながらも確実なダメージが蓄積されていく。

 しかし忘れてはならない。

 直江咲はこの二人が生まれるより前から、この川神で戦いに明け暮れていた人間だ。一筋縄で行く相手では決してない。

「ふぅぅ――」

 咲はギロリとクリスの後ろにいる京を睨みつける。

 その目はまるで獲物を捉えた獣のような瞳だった。

 

「せーの!!」

 キャップの合図に合わせてキャップと大和はハンマーを振り下ろし続ける。

 最初はびくともしなかった錠前も諦めずに振り下ろし続けるうちに、ここ何回かで、亀裂が入るような音もし出した。

「よし! あとちょっとだぜ、気合入れろ!」

「うん!」

 キャップの言葉に大和が頷く。

 腕はジンジンとしびれて震えている。

 しかし、その程度ではく弱音など、既に持ち合わせていはいなかった。

「んじゃ! いくぞ!!」

「うん!!」

 二人はハンマーを振り上げる。

「せーの!!」

「はっ!!」

 今までよりも力を込めて、めいっぱいハンマーを振り下ろす。

 

 金属のぶつかり合う大きな音。

 同時に亀裂が入るピキリという音。

 そして最後にべきり、と何かが折れる音が重なる。

 

「げっ!」

「なっ!」

 キャップと大和は同時に声を上げた。

 もともと古かったのだろう、振り下ろしたハンマーの柄が根元から折れてしまっていた。

 

 錠前は、まだ壊れては――いない。

 

 金属音に反応して、咲が向きを変えようとする。

「何度やっても――!」

 京がそれに反応して矢を放った瞬間――

 咲は獣の様に全身をしならせると、一気にクリスとの距離を縮め懐に飛び込んでいく。

 フェイント――

 基本中の基本だからこそ全てに対して有効な戦術。

 そして場数を踏んでいる咲のタイミングは絶妙だった。

「なっ!」

 咲の急な方向転換と、申し合わせの様に繰り返してきた京との連携の初動がクリスの反応を一瞬おくらせた。

「らああああああああああっ!!!」

「しまっ――」

 その一瞬が隙となりクリスは懐への咲の侵入を許してしまい、襟を掴まれる。

 そして、次の瞬間には、

「らあああああああああああっ!!!」

「きゃあああ!!」

 クリスは力まかせに投げれていた。

 

「クリス!!」

 京がクリスの名を叫ぶ。

 クリスの身体が京目掛けて吹っ飛んでくる。

 咲は目障りな牽制役である京をクリスと同時に倒そうと、クリスを思いっきり、京目掛けて投げつけてきたのだ。

「くっ!」

 京の頭に項羽との戦いの記憶が蘇る。

 あの時は二人同時に倒されたことで、由紀江を一人にしてしまった。

 かと言って、飛んでくるクリスを避ければクリスは後ろの壁に激突して、おそらく戦えなくなるだろう。

 1対1が苦手な弓兵だけでこの現状を打破できるかわからない。

 だったら――

 京は歯をかんで迫り来るクリスの身体を見据える。その無表情な顔に決意の色が浮かんでいた。

 

 次の瞬間、京は弓を投げ捨て、両手を大きく広げて凄まじいスピードで投げつけられてきたクリスの身体を抱きとめた。

「きゃああ!!」

「京!! クリス!!」

 衝撃のなかで大和の声が聞こえた気がした。

 その勢いに押されて身体ごと吹っ飛ぶ京。

「くっふ……」

 そしてそのまま京の身体は、壁とクリスに挟まれるようにして止まる。

 ずるり、と壁に寄りかかるように倒れる京。

 しかし、

「京!!」

 京が身を呈したおかげで、クリスは無傷で立ち上がった。

 これが京の決意。

 京にとって何が一番大事なのかを考えた瞬間に、京の行動は決まっていた。

 

 迫り来るクリスを見捨てることなんて、出来るはずがない。

 しかしかつての過ちと同じ行動をとることもありえない。後ろにはキャップとそして何より大和がいるのだ。自分たち二人が倒れて誰が彼らを援護するというのだ。

 そして自分は援護を得意とする弓兵。

 ならば答えは既に出ていた。

 自らが身を呈することで仲間を救えるならば、躊躇など一片たりともない。

 

「クリス……大和を……お願い」

 途切れそうになる意識の中で、京はそれだけをクリスに伝える。

「わかった――!」

 クリスは京の手を握ると短く答えた。

 京の決意(おもい)は、受け取った。

 クリスは蒼い瞳に京の決意(おもい)をのせて、再び立ち上がった。

 

「母さん!! こっちだ!!!」

 そんな時、大和の声が響いた。

 

 咲はその言葉に反応し、最愛の息子に向かって疾走していた。

 

 

―――――

 

 

 ああそうか。

 ようやくわかった。

 もはや、時間の感覚がなく程に打ち合って、戦ってようやくわかった。

 この記憶ですらない……例えるならば、魂の(うち)から湧き出るような感覚がなんであるか、ようやく言葉が見つかった。

 

 でも、だとするならば、じじいもそれを感じていていいはずだ。

 なぁ、じじい、どうなんだ。

 じじいも私と同じことを思っているのか。

 いいじゃないか、聞かせろよ。恥ずかしがっているわけじゃないだろう。

 私の喉を握りつぶそうとする前に聞かせてくれよ。

 ん? そうか、そうか、そうだよな――おっと悪いな、それは万物流転で跳ね返すよ。

 やっぱり、じじいもそうなのか。

 全く訳がわからない。

 それともじじいは分かっているのかな。

 まぁ、そんなことはどでもいい。思い出せなくて奥歯に何かがはさまってたみたいで気持ち悪かったんだ。

 

 ああ、すっきりした。

 これで私は思う存分この感情に身を任せられる。

 

 涙がこぼれそうなほどに切なくて、胸が張り裂けそうなくらいに愛おしい、この“懐かしい”という感情に……

 

 

―――――

 

 

「きゃあああああ!!」

 ハンマーが根元からへし折れたのと、クリスの悲鳴が聞こえたのは同時だった。

 大和たちがそちらに目を向けると咲に投げられたクリスが京と交差して壁にぶつかっていた。

「京!! クリス!!」

 大和の声も虚しく、京もクリスも壁にぶち当たる。

 

「くっ!」

 大和が何かを考えるより先に、キャップが大和を守るように前に出る。

「大和、咲さんは俺が何とかするから。大和は扉を!」

「キャップ!」

 現状としてはそれが最善手なのは分かってはいるが、あまりに勝算がない。

 大和が一人でこの鍵を壊すことは難しいだろうし、同時にキャップが一人で咲を相手にするのも難しいだろう。

 

 詰み――そんな考えが鎌首を持ち上げそうになったとき、大和に一つの考えが閃いた。

 

「キャップ!! 母さんは俺が相手をする!!」

「大和」

 キャップは一瞬、怪訝そうな顔で大和をみるが、

「わかった! しくじんなよ!」

 直ぐに頷き、道を開ける。

 理由は聞かない。仲間がやると言っているのだ、それを信じないで何を信じるのだ。

 根拠はない。だが、キャップの心に迷いはなかった。

 

「母さん!! こっちだ!!!」

 大和は扉の前で両手を広げて咲に向かって叫んだ。

 

「らああああああああああああああっ!!!!」

 大和の言葉に反応して、咲が一直線に突っ込んでくる。

 

 今までの人生で一度も見たことがないほどに狂気に染められた最愛の母が、拳を握り向かってくる。

 

 怖がるな――

 目をそらすな――

 見続けろ――

 

 大和は自分で自分を鼓舞する。

 ずっと感じていた得体の知れない不安感が、心を覆い隠そうと鎌首を持ち上げる。

 震えそうになる足に力を入れ、歯を食い縛り顔を上げ、目を逸らしたくなるような咲を見続ける。

 咲がどんどんと迫ってくる。

 

 かつて自分は失敗した。今度こそは……今度こそは……

 自覚もなしに大和の頭にはそんな言葉が流れている。

 記憶ではない――もっと奥の奥の、敢えて言うのであれば魂の部分から湧き出るようなそんな言葉だった。

 

「らああああああああああああああっ!!!!!!」

「――ッ!!」

 咲がすぐそこまで来た時、大和の脳裏に一瞬、何かの映像が浮かび上がる。

 襲いかかってくる咲の姿と()()()()()()()()()()()()()()の姿が重なった。

 その重なった百代の双眸も、狂気の色に染め上がっていた。

 

「らああああああああああああああっ!!!!!」

「大和ッ!!!!!」

 キャップが大和の名を叫んだ。

 あとから思えば、このキャップの叫びこそが鍵になったと言っていいかもしれない。

 このタイミングが早くても、遅くても、のちの結果が大きく変わっていたであろうことは想像に難くない。

 もちろんキャップは狙ったわけではない、それでも尚、土壇場で最高の切り札(カード)をひくこの天運は、間違いなく風間翔一が持って生まれた“才”といっていい。

「くうう――っ!!!!!」

 大和は自分を呼ぶ声に我に返り、思いっきり身体をひねり咲の拳を直前で回避した。

 あまりに急にそして強く身体を動かしたからだろう、足の方からぐぎりという嫌な音がしたが、構っていられない。

 咲の拳は大和の横を通り過ぎすぐ後ろにあった扉の錠前にぶち当たる。

 マスタークラスには遠く及ばないが、常人とは一線を画す実力者である咲が放った渾身の一擊。

 がしゃり――

 という音と共に漆黒の錠前が砕け散る。

 

「母さん!!!」

 大和は次の瞬間、咲に向かって飛びつき抱きしめる。

「咲さん!!」

 横からキャップも飛び出して、咲の腰をつかみ動きを止める。

「がああああああああああっ!!!!」

 そんな二人を振りほどこうと、咲が力任せに暴れる。

「くっ!!」

「ぐうっ!!」

 そんな咲に振り回されそうになりながらも何とかしがみつく大和とキャップ。

 

 そこに――

「たあああああああああああっ!!!!!!」

 金色の風が吹き抜けた。

 

 クリスが裂帛をほとばしらせて、咲の懐に飛び込んでくる。

「大和!!」

「おう!!」

 キャップの言葉に答えて、大和は最後の力を込めて咲を抱きしめる。

 咲の動きが一瞬止まった。

「零距離――刺突っ!!!」

 クリスはその一瞬に全身のバネをしならせて、咲の懐から伸び上がるような一擊を、咲の顎に叩き込んだ。

 

 クリスの渾身の必殺技をまともに食らった咲は、

「く……う……」

 頭を仰け反らせるようにしながら、そのまま後ろに倒れこむ。

 黒いモヤが蒸発するように咲の身体から立ち昇り、大気に溶けていった。

「母さん!!」

 大和が咲を抱き起こす。

「すー、すー」

 静かな寝息が、聞こえた。

「母さん……」

 大和の口から安堵のため息が漏れた。

 

 そんな時、

「おい! これは一体」

「鍛練場の方で凄まじい気が――」

「これは百代様……それに総代?」

 錠前を壊したことで封印が溶け、お堂から修行僧たちが飛びだしてきた。

 

 大和に先ほどの記憶はない。

 咲を目の前に一瞬見えた映像も、頭に流れた言葉も、今はもう思い出せない。

 だけど、微かに……ほんの微かにだが、想いが残っている。

 何をしようとしていたのかは、皆目見当がつかないが、その時も自分は同じ想いを胸に行動していたのだろう。

 

 そしておそらく、失敗したのだろう。

 

 だから、その切なる願いを言葉にのせた。

 

「姉さんを……姉さんを――っ! 助けてくださいッ!!!」

 

 大和の双眸から涙が溢れていた。

 

 

―――――

 

 

 自分は今、鉄心と言葉を交わしているのだ。

 拳を交わしながら、足を撃ち合いながら、言葉を交わしているのだ。

 こんなにも鉄心と語り合ったことがあっただろうか。

 

 おそらく――ない。

 

 今、この瞬間だからこそ出来た。

 相手の衣服を互の血で汚しながら、ボロ雑巾のようになりながら語り合うことができた。

 

 しかし、そんな楽しい語り合いも、そろそろ終わりが近づいてきてる。

 

 腕だけじゃなく、身体全体が鉛のように重くなっていた。

 酸素が足りていない。

 痛みなど、とうの昔に麻痺している。

 先ほど右手に力が入らないのを不思議に思い見てみて、はじめて拳が砕けていることに気がついた。

 面倒くさいから左手で拳の形で握りこませてそのままになっている。

 

 交わす力が、もう、ない。

 交わす言葉も、もう、ない。

 語り尽くした。

 充分か。

 もう、充分なのか。

 いいや、と応えるものがある。

 まだだ。

 まだ、残っているものがある。

 何か――

 それは、決着だ。

 決着だけがついていない。

 

 わかっている。

 百代はこの語り会いの中で、理解している。

 

「わかってるよじじい。止めて欲しいんだろ? ほっとけばこの川神ごと壊してしまいそうな今の自分を、止めて欲しいんだろ」

 

 わかっている、わかっているが……

 

「喝ァッ!!」

 鉄心は刹那の間隙を突いて、顕現の弐・持国天を放つ。

 巨大な掌が百代にぶち当たる

「くっ!」

 絶対必中の一撃。百代はそれを腕で受け止めたが、動きを止めてしまった。

「叭ァッ!!」

 その瞬間を見逃さず、鉄心は顕現の参・毘沙門天を創造すると、動きを止めた百代を巨大な足で地面に叩きつけ、踏みつける。

「ぐふっ……」

 毘沙門天の足が消えたあとには、地面にめり込むように倒れた百代の姿があった。

「くっ……」

 百代は身体を持ち上げようとして、失敗した。

 今まで騙し騙し動き続けてきた身体から、痛みや疲労などといった延々と溜まってきたものがここに来て一気に吹き出してきたのだ。

 

「わかってる……わかっているがな……」

 言う事を聞かない身体をなんとか動かして、百代は鉄心を見上げる。

「……私一人じゃ……しんどいぞ……」

 見上げた先には、今までで最大規模の隕石を顕現させた鉄心の姿があった。

 

 顕現の玖 天津甕星――

 

 死の流星が、百代めがけて放たれた。

 

 

―――――

 

 

「顕現の玖 天津甕星ッ!!!!」

 鉄心の叫びとともに、巨大な隕石が天から百代めがけて動き出した。

 

「くぅ……」

 百代は自由にならない身体を無理やり動かし隕石を睨みつける。

 避けることは出来ない。

 今のこの状態で迫り来る隕石のダメージを完全に回避できるとは到底思えない。

 仮に避けたとしても、隕石はこの川神院を粉微塵に吹き飛ばすであろう。

 鉄心が生涯かけて守ってきたこの川神院を見捨てることなど出来ようはずがない。そうでなくてもまだ修行僧たちが川神院の何処かに閉じ込められているのだ、半ば家族同様の彼らを無視することなど、百代には到底選択できることではなかった。

 

 迎撃するしかない――ッ!!

 そう決意して力を溜めるが……気が上手くまとまらない。

 想像以上のダメージが百代の身体を蝕んでいた。

 

「くっそ……ッ! クソォッ!!!」

 身体中からかき集めても、拳一つぶんしか気が集まらない。

 隕石はすぐそこまで迫っていていた。

「クッソオオオオッ!!!」

 それでもなおその一欠片の力を握り締め、百代が隕石を迎え撃とうとした時――

 

『川神流・陣地防衛 極技 天陣ッ!!!!』

 

 数多の声と共に細き気の線が陣となり、厚き層になって死の流星を食い止めた。

 

「なっ……?」

 目の前で隕石が止まり驚く百代。

 その耳に、

「姉さん!!」

 最愛の弟分の声が届いた。

 

「大和……それに……」

 そこには大和を先頭に川神院の修行僧たちが印を結び陣を張り、鉄心の奥義を食い止めていた。

 よく見ると技の衝撃に耐え切れず倒れている僧もいる。

 それでも残ったものは全身に汗を浮かべて、鉄心の絶命の一撃から、百代と川神院を守っていた。

「姉さん!!」

 再び大和の声が届く。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 大和の声に応えるように、百代は叫んでいた。

 

 痛んだ四肢に力を込めて立ち上がる。

 全身の傷口が開き血が滲む。

 それでも構わず、百代は天に向かって、仲間たちに向かって応えた。

 

 ありがとう、大和。

 わかっている。

 もう大丈夫だ、もう十分だ。

 私は一人じゃない。

 ならば、届く。

 届かせてみせる。

 伝説だろうとなんだろうとこの拳、届かせてみせるっ!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 咆哮と共に百代の黒く豊かな髪が逆立った。

 

 一欠片の力を砕けた拳に握り締め、鉄心に向かって飛びかかる。

 

「喝アーーーーッ!!!!」

 

 そんな百代を迎え撃つように鉄心は両手を広げると、左右にそれぞれ神須佐能袁命と毘沙門天を同時に顕現させた。

 二体の偶像が一直線に向かい来る百代に向かって襲い掛かる。

 

 しかしその時、百代は見た。鉄心の口から一筋の血が流れているのを。

 

 気を使いすぎているのだ。これ以上の顕現の使用は鉄心の命に関わる問題となるだろう。故に百代は止まらない。鉄心がこの二体を足止めに使おうとしている奥義・顕現の零 天之御中主は撃たせてはならな。

 百代は一直線に、襲いかかる二体に特攻する。

 この二体の攻撃を受けて耐えれる保証はない。

 ない、が、鉄心を救うのに必要ならば耐えてみせる。

 仲間と勝つために必要ならば、凌いでみせる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」

 残りの力を振り絞る様に百代が叫ぶ。

 

 その咆哮に、

「先輩っ!!」

「武神っ!!」

 二つの裂帛が呼応する。

 

 そして翠色の閃光と、黒の剛胆が百代の左右に飛び込んできた。

 

「かあっ!!!」

 四四八の旋棍が、毘沙門天の一撃を受け止めた。

「おおおおっ!!!」

 神須佐能袁命の斬撃を項羽の方天画戟が相殺した。

 

 鉄心への道が拓けた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 百代は咆哮を轟かせながら、好敵手たちの拓いた道を、仲間の救ってくれた拳を握り疾走する。

「叭アーーーーッ!!!!」

 鉄心は顕現の零が間に合わないと見ると、両手に気を溜め、かわかみ波を百代にむけて放つ。

 かわかみ波に突っ込み、飲み込まれる百代。

 

 次の瞬間――

「アアッ!!!」

 百代はかわかみ波を突き抜け、鉄心の懐に飛び込んでいた。

 かわかみ波を突っ切ったからだろう。百代の全身のいたるところに焼けたような焦げ目がみえ煙が出ている。

 前に出していた左腕は黒く焦げ付いていた。

 それでもなお、右手に握りこんだ拳だけは燦然と輝いている。

 

「いつまで寝てやがるんだ――」

 百代は右拳を振り上げる。

 

 拳に握りこんだ気が輝きを増す。

 

「寝坊助じじいぃーーーーーーーっ!!!!!」

 百代は全身全霊渾身の力を込めて鉄心に拳を叩きつけた。

 

 百代の拳が鉄心の顔面に触れた瞬間、

 

 つよくなったのぉ……もも……

 

 鉄心の声が、聞こえた気がした。

 

「じじいィィーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 百代が拳を振り抜いた。

 拳の衝撃が突き抜けるように、鉄心の背中から黒いモヤが弾け飛んだ。

 

 ぐらり、と体勢を崩し、互いに地面に向かって落下する百代と鉄心。

 そんな二人を僧達の陣が受け止めた。

 

「姉さん!!」

 大和は足を引き摺りながら百代のもとへ駆け寄る。

「姉さん!!」

 大和は陣から地面に軟着地した百代に向かって声をかける。

「大和……」

 上半身だけ起こした百代が大和の名を呼ぶ。

「姉さん――」

 弱々しいが、はっきりとした言葉に感極まり、大和は百代をちからの限り抱きしめた。

 また最愛の姉を抱きしめられる喜びに、感謝した。

 そんな大和の背中を百代は優しくポンポンと傷ついた手で叩く。

 首を巡らすと、向こう側に落ちた鉄心のもとに僧たちが集まっている。視線に気づいた一人が百代に向かって笑顔で大きく頷いていた。

 鉄心も無事なようだ。

 ふぅ……

 そこでようやく百代が何かを吐き出すように息をはいた。

 

「お疲れ様です、川神先輩」

「派手にやられたな、武神」

 そこに四四八と項羽がやってきた。

 飛び込んできた時にはわからなかったが、二人共、衣服には戦いの跡が見て取れた。特に四四八の戦真館の制服は血でどす黒く変色している。

「ありがとう、柊も清楚ちゃんも。お互いしんどい戦いだったなようだな」

「ええ……ですが、勝てました」

「ああ……そうだな」

 四四八たちの会話に、大和も顔を上げる。

「柊も覇王先輩もありがとう。二人がいなかったら勝てなかったかもしれない」

 そんな大和の言葉に、

「それは違うぞ、大和」

 百代が答える。

「確かに柊たちが来なければ勝てなかったかもしれない。だが、大和。お前たちが来てくれなければ、柊たちは間に合っていなかったかもしれない。みんなだよ、みんなで勝ったんだ……」

 そう言って百代は大和を包み込むように抱きしめた。

「ね、姉さん?」

 百代はそのまま大和に体重を預けるようにしなだれかかりながら目を瞑る。

 かつてないほどの充実感が百代の心を満たしていた。

 

 全力で戦えたからだろうか。

 川神鉄心という伝説に打ち勝ったからだろうか。

 仲間たちと今こうしている事ができるからだろうか。

 

 どれもそうであるように思えるが、決定的なことではない気がする。

 だが、一つ確かなことがあった。

 それを、百代は小さく独り言のようにつぶやいた。

 

「……じじい……私は幸せだ……」

 

「姉さん……」

 そんな百代の呟きを、大和だけが聞いていた。

 

 いつの間にか、川神院全体がいつもの風景を取り戻していた。

 

 伝説に挑んだ戦いの幕が閉じた。

 

 

 




鉄心の戦闘描写、やはり試合の様なものが多くてうんうんと唸っておりました。
というか、真剣恋のキャラがここまで切羽詰った状況になってる自分の作品が多分異端なんですよねw

クロスオーバー先の主人公、大和と百代の集大成です。

強くなった百代、成長した大和、そして手強い鉄心を感じていただけたら幸いです。

次はこの混沌襲来編のラストと終章の同時投稿になると思われます。

本編の更新は次で終わりになると思います。
なんとかここまできました、あと一息頑張っていきたいと思います。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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第六十話 ~混沌~

 暗闇に包まれた多馬大橋の上で、3人の少女が闇を斬りつける。

 しかし、

「はいだめー、こっちもだめー」

 手応えはまるでなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 もはやどれだけの時間をこうしているかわからない。

 

「まったくホントに、うっとおしいなっ!!」

《ファイアー》

 燕が悪態を付きながら手甲から火の玉を放ち暗闇へと放つ。

 その火の玉が、暗闇に飲まれて消える。

「やああああっ!!!」

 義経が気合を走らせながら刀を一閃する。

 一瞬闇が斬れたかのように見えたが、直ぐにもとの暗闇へと戻っていく。

 

 神野はもうずいぶん前から姿を見せていない、ただ闇に溶けて徒労に終わっている少女たちの姿を見ては嘲笑っていた。

 

 たまに姿を見せたと思っても、すぐに闇のなかに消えてゆく。

 

「いやさぁ、そろそろ諦めたら? このままやったって無駄だよ無駄。君たちも気づいているんだろう……君たちの攻撃、もしかしたら良い所まではいくかもしれないけど、今のままじゃぁボクには届かない……届かせるのは君の力が必要なんだよ、ねぇ? 聞いてる? 君に言ってるんだよ、水希?」

「あああああっ!!!!」

 そんな神野の言葉から耳を塞ぐように雄叫びを上げて、水希が神野の声がした方に斬りかかる。

 

 手応えは――ない。

 

「ほらほらそんなんじゃダメだって……もっとしっかり解法を込めないと、ねぇ。はい、いっち、に、いっち、に、って……ひゃはははははははははっ!!!!」

 無駄骨に終わっている水希の攻撃を嘲笑いながら神野の言葉が水希を弄ぶ。

「――っ!!」

 そうやって煽る神野に反応しかける水希を、

「はい! ストップ!!」

「水希! 深呼吸!!」

 燕と義経がフォローしている。

 

「……ごめん、二人共」

「ほんとほんと、ボクが何か言うたびにビキビキきてる馬鹿な娘のお守りなんて、ほんと、大変だよねぇ……って、おっと」

 水希の謝罪の言葉にさえ茶々と入れようとした、神野に燕が平蜘蛛の炎を放って言葉を遮る。

「ほんっとにもー、腹立つなぁ……」

「そうだそうだ! 義経は怒っている!」

 そう言って自らをかばうように前に出てきてくれている二人を見て、水希は唇を噛む。

 

 神野の斬っても斬れない、打っても抜けない不死の暗闇は、透の解法によるものだろう。しかしどのような応用が組み込まれてるかまでは、皆目見当がつかない。

 ならば打ち破るにはどうすれば良いのか。

 真っ向から崩の解法をぶち当てて、叩き割るのがわかりやすく、それでいて有効であろう。

 同時にそれは、現状、神野を打ち破るただ一つの道だといってもいい。

 そしてそれを可能にするのはこの場にいる人間では、世良水希ただ一人。

 故に水希は唇を噛む。

 己の不甲斐なさを噛み締めている。

 先程のようなやりとりを、もう既に数を数えることすらかなわないくらいに繰り返している。

 その都度、神野の挑発に心を乱され渾身の一太刀を入れられていない。

――いや、果たして自分が渾身の一撃を入れたとして、神野を倒せるのか……

 そんな弱気が水希の胸に持ち上がる。

 

「どうかなぁ、やってみないと……」

 そんな水希の心の弱さを敏感に感じ取り神野が水希のもとに這い寄ろうとしたとき、

「やああああっ!!!」

 義経の一閃が、神野を霧散させる。

「水希、信じるんだ! 信じなければ、出来るものも絶対にできなくなっちゃう!」

「そうそう! 義経ちゃんの言うとおり。てかさ、私、思うんだ。こいつがねちねちねちねち、水希ちゃん嬲ってるのはきっと怖いから。水希ちゃんがホントに本気になったらやられちゃうって思ってんだよ、っと!」

 そんな燕の言葉が終わらないうちに飛んできた毒蛾の大群を燕は紙一重で躱す。

「あれあれー、もしかして図星? 悪魔ともあろうものがそんなわかりやすい反応しちゃうんだ?」

 避けた燕は手で口を隠しながら、わざとらしく口をニヤけさせて、神野を挑発した。

 

「……いやいや、よくやるねぇお嬢さん。ボクはこれでもれっきとした悪魔なんだけど……それを挑発とか……怖いもの知らずというか、なんというか……よっぽどのキレ者か、よっぽどの馬鹿じゃなきゃしないよ、そんなこと……」

 そう言いながら神野は燕を見ると、

「それとも、もしかして……誘っているのかな?」

 乱杭歯を剥きだしてニヤリと口を歪ませた。

 

 そんな神野の反応に、

「ピンポーン、って言ったら、どうする?」

 燕はわざとらしくおどけて、負けずにニヤリと笑った。

 

「ま、松永先輩!!」

「燕さん!!」

 燕の行動の真意が分からず、義経も水希も声を上げる。

 そんな二人を見つめながら、燕は真面目な顔で口を開いた。

「もうさ、これ以上同じことやってても、多分意味がない。だったら勝負をかけないとダメ。時間ももう、そんなに残ってないと思うし……」

 燕は義経と水希の瞳を見つめながら言う。

「さっき近くにあった大きな気が消えたでしょ。たぶんヒュームさんと学園長だと思う。つまりここが最後……学園の皆が、戦真館の皆が、一つ一つ積み重ねてようやくここまで来た。だったら次は私たち。本当にめちゃくちゃヤバイ橋だと思ってる。でも、渡らなきゃ勝てないなら、私は渡る」

 そう言うと最後に水希の胸に拳を当てて、

「それにね、私は本当に、水希ちゃんのこと信じてるから」

 ニッコリ笑った。

 燕の言葉に反応するように、義経が一歩前に出る。

「うん! わかった! その橋、義経も渡ろう!」

 そう言って力強く頷いた。

 そして、義経も同じように水希の胸に拳を当てると、

「大丈夫、水希なら出来る。義経は信じている」

 澄んだように笑って、頷いた。

 

「燕さん……義経……」

 

「道は必ず私と義経ちゃんで作る、だから、頼んだよ!」

「行こう! 水希!!」

 二人の力強い言葉に、

「うん!!」

 水希が頷いた。

 

「……きひひ、ひひはは、あははははははははははははは!!!!!」

 そのやりとりを見た神野が腹を抱えて嗤いだす。

「なんの作戦も考えずに中央突破かい? 舐められたものだなぁ」

「だって作戦なんかかんがえても、あんたには意味ないでしょ。だったら小細工なしで行くっきゃないって腹くくっただけ!」

「義経は負けない!!」

「――ッ!!」

 三人の少女が気迫を込めて闇を見つめる。

 賭けるものは決まっていた。己の魂、命、その他もろもろありったけ。

 賭ける覚悟も決まっていた。

 問題は相手の賭け金が見えないこと。

 賭けるものが1銭でも足りなければ敗北する、そんな分の悪い賭け。

 そんな博打を打つ覚悟を三人は決めた。

 

「いいね……いいよ……このイレギュラーな“余興”の最後にふさわしイベントじゃないか!! さあ、力の限り足掻いてくれ!!」

 どこからともなく聞こえる神野の声が、いっそう耳元で聞こえたと思うと、

「あんめい、まりあ――ぐろおおォりああァァす!!!」

 暗闇が爆ぜた。

 

「――くッ!!」

「――つっ!!」

「――うっ!!」

 三人は一斉に声を上げる。

 暗闇からはいでていた夥しいまでの蟲達が一気に三人を取り囲んだかと思うと、強烈な力で締め上げていた。

 いままで実体がないかのように手応えがなかった存在とは思えないほどの質量が、三人の身体を押しつぶそうと力を込めてくる。

 

「さぁ、どこまで耐えられるかな? というか、抜けられるかな? そしてボクに届くかな? やってみてくれ、試してくれ、挑んでくれ!! ボクの主が君たちの輝きを待っている!!」

 神野の声が頭上から降り注ぐ。

 

「くうう……」

「つうう……」

「うう……」

 三人は万力に締め上げられているような力になんとか抗いながら瞳を合わせる。

 燕がこくりと頷いた。

 

《ファイヤー》

 平蜘蛛の機械音声が響く。

 

 燕の全身が炎で覆われる。

 今までで最大出力の炎が燕を包む。

 だが――足りない。

 黒き蟲の霧は未だ三人を取り囲んでいる。

 

「ああああああああああああああああっ!!!!」

 燕は雄叫びを上げながら気を炎に変えていく。

 

 ()べろ、()べろ、()べろ!

 探し出して、かき集めろ!

 燃やせ、燃やせ、燃やせ!!

 なんでもいいから力に変えろ!!

 怒りも、感謝も、嫉妬も、恋慕も、みんなまとめて燃やしつくせ!!

 素敵なクリスマスを、最高のクリスマスをぶち壊した悪魔の鼻を明かしてやれ!!

 

「ああああああああああああああああああっ!!!!!」

 炎が巨大な火柱となって燃え上がる。

 戦いにおいても、クールでドライ。そんな燕が未だかつてあげたことがなかったほどの雄叫びを、あげている。

 

 黒髪の好敵手の顔を思い浮かべる。

 恋のライバルの顔を思い浮かべる。

 そして最後に大好きな少年の顔を思い浮かべる。

 

 ()()()()()()()()()()()辿()()()()()()――

 

 胸の内から、そんな言葉が頭をよぎった。

 

「あああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

 ありったけを炎に変えながら、燕は残った手で一本のチューブをベルトに差し込む。

 焼き切れそうになっている平蜘蛛のベルトが光る。

《バースト》

 無機質な機械音が響いた。

 

 次の瞬間、燕のすべてが練りこまれた炎が爆散し、黒き蟲の群れを霧散させた。

 

「ほ――っ?」

 暗闇の中から声が漏れ聞こえた。

 

「義経ちゃん……」

 全ての気を使い果たし、ぐったりと両膝をついた燕が義経に声をかける。

「はいっ!!!」

 その言葉に、義経が力強く応える。

 

 神野にただの攻撃は通じない。それは今までのやり取りで嫌というほどわかっている。

 神野に届くための一撃は唯一ここでは水希のみ。

 では、何もできないのか?

 そんな事はない、道を拓くことは出来るはずだ。

 燕が全てを燃やして義経達に道を標した様に、義経はその標された道を拓くのだ。

 仲間が――水希がちゃんと通れるように。水希が迷わず歩けるように。

 かつてのやり取りで、義経は神野の空間を切り裂くことが出来た。

 ならば、出来る――やってみせる。

 源義経という人間がここまで生きてきた全てを込める、渾身全霊最高の一撃にて、仲間を導いて見せる。

 

 義経の瞳が闇を睨みつけた。

 闇に溶けて見えないはずの神野を見極めているように睨みつける。

 

 義経は両足を浅く曲げ、両手で握った刀を、右肩に担ぐように持ち上げる。

 切っ先が、天を刺す。

 蜻蛉(とんぼ)の構え。

 示現流――かつて薩摩藩のみ教えられた門外不出の剣技だ。

 この一刀に全てを賭けると決めた義経の一手。

 蜻蛉(とんぼ)の構えから、踏み込みざまに、真っ向から剣を打ち下ろす。

 その一太刀に全身の力と、気魂を込める。

 後のことは考えない。

 その一太刀を躱されたら、受けられたら……そういう事は考えない。

 その一太刀めを躱されたら――死ねばいい。

 そういう覚悟の一撃だ。

 しかし、今、義経は――死ねばいい――とは考えていない。

 覚悟はある――その上で、信じている。

 この一太刀が仲間を照らすと、仲間の勝利を導くと信じている。

 覚悟を込めた、『信』なる一太刀。

 それを放つと心に決める。

 

「ほおぉぉぉぉぉぉ……」

 義経の中の気が、みりみりと膨れ上がっていく。

 持ち上がっていく気配を隠さない。

 気を込める。命を込める。魂を込める。源義経を込める。

 

「ああああぁぁぁぁぁ……」

 声が急速に高まっていく。

 身体を、心を、刀を一つにする。

 

 義経の瞳が、かっ、と見開いた。

 

「ちぇええええええええええええっ!!!!」

 

 義経が雄叫びを上げて、暗闇に飛び込んだ。

 ただの一撃に、源義経のありったけを込めて。一度振り下ろしたら、魂が擦り切れても構わない――そんな思いを込めた一撃が神野の暗闇に振り下ろされた。

 

 キンっ――

 

 刀と何かが擦れる音が、聞こえた。

 

「お……? おっ……?」

 神野の驚くような声と共に暗闇がぐらりと歪んだ。

 

「水希ちゃん!!」

「水希!!」

 燕と義経が水希の名を呼ぶ。

 

「やああああああああああっ!!!!!!!」

 水希は不安を打ち消すように叫んだ。

 

 燕は自らの気の全てを平蜘蛛に注ぎ、義経と水希を助けた。

 義経は正真正銘渾身の一撃を放ち、道を示した。

 二人の決死の行動で神野が始めて揺らいでる。

 勝機――

 それなのに、身体が動かない。

 ここに来て、水希のトラウマが足を引っ張っていく。

 

『だから言ったろう? ヘタレの君がそんなに簡単に変われるわけがないじゃないか……きひひ、ひひはは、あはははははははははははははは!!!!!』

 

 悪魔の声が聞こえた。

 

 お願い――お願いッ!!

 

 その時、水希は神野の声を否定しなかった。

 

 知っている。

 自分がどれだけダメなのかは自分が一番よく知っている。

 だから水希は助けを求めた。

 背中を押してくれと、懇願した。

 

 助けて――皆!!

 助けて――柊くん!!

 私に力を貸してっ!!!

 

 親愛で、最愛な仲間たちに、助けてくれと、恥も外聞もなく願がったのだ。

 

 その時、

 

『信濃なる、戸隠山に在す神も、(あに)まさらめや、神ならぬ神』

 

 水希が心の支えにしている仲間の声が頭に響いた。

 

『破段・顕象――犬田小文吾――悌順ィッ!!』

 

 力強い破邪の言霊が、頭の中に入ってきた。

 

 四四八が編み出す『悌』の夢。

 互いに仲間を思いやり、心から信じてるからこそできる心の共有。

 仲間の意識が流れ込んできた。

 

「あんた何チンタラやってんのよ!! そんな気持ち悪いストーカー野郎にやられたら奴隷なんだからね!!」

 鈴子の声が聞こえた。

 

「みっちゃん頑張れ!! みっちゃんなら出来る!! そんな奴ぶっ飛ばしちゃえ!!!」

 歩美の声が聞こえた。

 

「水希!! 大丈夫だ!! あたし達がついてる、負けんじゃねぞ!!」

 晶の声が聞こえた。

 

「水希!! 負けたらパンツ見せてもらうからな!!」

 栄光の声が聞こえた。

 

「他の奴らが出来たんだ、お前だって、やりゃ出来る――」

 鳴滝の声が聞こえた。

 

 そして最後に、

「何をやってる、世良水希!! 自分に負けるな、奮い立て!! お前は誰だ、思い出せ!! 歯を喰いしばって、叫んでみろ!! 名乗れ!! 世良ッ!!」

 四四八の声が聞こえた。

 

 身体が芯から熱くなった。

 

「私は……」

 眸を閉じて、仲間の声を反芻する。

 

「私は――」

 手に力を込めて、心を研ぎ澄ませる。

 

「私は――ッ!!」

 思いっきり息を吸い込み、眸を開く。

 

「戦真館 特科生!! 世良水希ッ!!!!」

 

 見開いた水希の双眸は光に溢れ、燃えていた。

 

「やあああああああああああああっ!!!!!!!!」

 裂帛の気合を響かせて、水希は揺らいだ暗闇へと突っ込んでいく。

 

 一閃――

 

 手応えが――あった。

 

 水希の一刀が、暗闇を切り裂いた。

 

 暗闇を切り裂いた瞬間、残った闇が集まって神野明影が形成される。

 

 そして次の瞬間、

 ぼとり――

 と、神野の片腕が崩れるように地面に落ちた。

 

「お……? おぉ……おおぉぉ……」

 神野が再生されない傷口を見ながら声を上げる。

 嗚咽、歓喜、苦痛、喜悦……

 様々な感情が入り混じった、そんな声だった。

 

「いいね……いいね……」

 神野がニタリと笑って水希を見る。

 片腕は未だ再生されていない。つまり神野の中のなにか決定的なモノに水希の一撃が届いた証拠なのだろう。

 しかし自らの絶対的なアドバンテージである不死性を揺さぶられて尚、神野は不敵に嗤っていた。

 

「いいね……ようやく、()()()()に近づいてきたじゃないか……」

 神野のからだがふわり、と宙に持ち上がる。

「でも、まだテレが残ってるなぁ……」

 神野は水希だけを見ている。水希だけに語りかけている。

「ということは、お邪魔虫がいるということ……」

 そう言って、神野は始めて燕と義経に目を向けた。

「ここまでするのは大人気ないけど――僕と水希の逢瀬のためだ……死んでおくれよ」

 神野は燕と義経に向かってにたりと嗤った。

 

「――!!」

「――!!」

 燕と義経は構えを取る。

 

 目の前に浮かぶ神野から、今までとは桁が違う気配が溢れてきいるのを感じ取った。

 ずぶり、ずぶり、と神野の身体が少しづつ変わってく。

 百足の、ゴキブリの、蠅の、虻の、蜂の……ありとあらゆる害虫の様々な部分が神野のいたるところから生えはじめる。

 

「さぁ、混沌(べんぼう)を見せてあげよう……」

 

 神野の本性が顕現しようとした、その時、

 

「――神野明影」

 

 悪魔を呼ぶ声と共に――空が降ってきた。

 

「――ッ!!!!!」

「――つッ!!!!」

「――くっ!!!!」

 圧倒的という言葉さえ霞むほどの、想像を絶する圧力にいきなり晒された3人の少女は例外なく膝をついた。

 

 叩きつける豪雨のごとく降り注ぐ圧倒的な圧力は、ただひたすらに強大で、あきれるほどに王道だった。先ほどまで戦っていた神野の邪気瘴気とは真逆と言っていいほどに真っ直ぐで、非常なほどに公平で、あえて言え裁定者といううべきか……そのような存在が、川神の空から降りてきたのだ。

 水希の心臓が張り裂けんばかりに鼓動する。

 かつて夢に見た未来で。

 そして第四層突破、五層にたどり着いた直後に。

 絶望の思いとともに記憶の底に刻み込まれた存在――甘粕正彦が降りてきた。

 

「――神野」

 甘粕は地に伏せている少女たちには一瞥もくれずに悪魔に声をかける。

「敢えてやめろとは言わんが……少々興がのりすぎているのではないか。蛇足と言われて作った舞台で、役者は全力でその役を全うした。そうだと言うのに演出家を自称するものが終幕に出張ってきてその舞台をひっくり返すというのも、些か興がさめるというものだ……まぁ、俺個人としては嫌いではないがね」

 甘粕の言葉に神野は額をぺしりと叩いて、

「あーー……いやいや、我が主にそう言われてしまうとは……ボクとしたことが、これは一本取られたね。確かに少々はしゃぎ過ぎてしまったようです。かつての(あなた)のように……ね」

 そう言ってニヤリと笑うとくるりと向きを変える。

 

 そして失った片手をそのままに大きく手を広げて、水希たちを見下ろすと、

「ここでは敢えて川神学園と言わせていただこうかな……おめでとう! 川神学園。おめでとう! 戦真館。今宵の余興は君たちの勝利だ、祝福させてもらうよ――」

 おどけた様にそう言った。

 その意味を三人が図りかねていると、

「ああ、やはり俺の見立てに狂いはなかった。期待通りだ……否、期待以上だ、お前たちの輝きは素晴らしい……」

 甘粕からも賛辞の言葉が降ってきた。

 

「しかし――」

 甘粕は戦真館と川神学園への賛辞のあとに更に言葉を続けた。

「この戦いで見せたお前達の輝きに比べ、この時代の醜さはどうだ……やはり何度見ても反吐が出る」

 甘粕は心の底から嫌なものを吐きだすように顔を歪ませると、川神のビル群を見下した。

「建物は高くなったが人の気は短くなり、道は広くなったが視野は狭くなるばかりだ。金を使っているが得るものは少なく、持ち物は増えているが人の価値は下がっている。家の見てくれは立派だが、中身の家庭は壊れていて、長く生きる様になったが、長らく“今”を生きていない。学ぶ事、助け合う事、愛する事さえわすれ、憎み合う事ばかりが増えている――」

 甘粕は朗々と謳いあげる様に現代社会の矛盾を突いていく。

 

「俺が愛する人が、なぜこれほどまでに堕落した! これは人自身の(さが)なのか? いいや、否。断じて否ッ!! 何故ならお前達がそれを証明してくれた!! 人はこの様な腐りきった時代であっても輝く事が出来るとッ!!」

 そう言うと、甘粕は恍惚とした表情を浮かべ天を仰ぐ。

 

「仲間を信じて巨石を止め、その巨石を片腕を不能に追い込まれながらも射抜いた彼等の気概と信頼に敬意を表す。未熟と知りながら歯を食いしばり遂には師を打ち倒した少女の勇気は何物にも代えがたき宝だ。死を覚悟しながらも己の真を貫いた少年の忠とその想いに応えた剣士の覚悟には絶頂すら覚え、絶望的な大軍を前に、尚、震える足に力を込めて指揮をとり続けた少年の思いは何よりも美しかった。圧倒的な巨兵を前に紡いだ漢達の絆は目を覆わんばかりに眩しくて、悪魔の甘言にも揺れず己を貫いた侍の意志と、最強に、伝説に躊躇う事なく立ち向かった戦士達の強さには万雷の拍手を送りたい!! そう俺はこの(イクサ)を戦い抜いた光の戦士たち一人一人を心の底から讃えたいのだッ!!!!」

 甘粕は一つ一つの言葉の中にある戦いを、思い浮かべる様に眸を閉じる。

「これこそが楽園(ぱらいぞ)だ。人が永遠に輝き続ける為の楽園(ぱらいぞ)だ……」

 甘粕は自らの言葉を確認するように呟く。

 

「だが……まだだ……」

 そう言いながらゆっくりと眸を開ける。

「まだだ……まだまだ、まだまだ……こんなものではないはずだ!! 人が持つ輝きはこんな程度ではないはずだ!! もっとだ……もっともっと、戦いの中で煌めく、心の美しさを魅せてくれ!! もっともっと、絶望の中で抗う、魂の慟哭を聴かせてくれ!! 人はこんなにも輝けるのだと、強く強く、教えてくれ!! 俺に人間賛歌を謳わせてくれ!! そう、喉が枯れ果てるほどにッ!!!!」

 甘粕は両手を広げて謳いあげる。

「その為に必要ならば、俺はどんな悪にも染まってみせよう……最強最悪の魔王として君臨してみせよう」

 そして、宣言するようにそう言った。

 

 なんと真っ当に狂っているんだろう。

 

 愛に狂った人間とういうモノは少なからず存在する。しかしこの男は文字通り桁が違う。この男は全人類を愛しているのだ。人間愛に狂っている。

 この男は言っているのだ、己は人を愛している。故に人を腐らせぬ様に試練を与えると、難敵を用意すると。今日、この悪夢のようなクリスマスイブをまだまだ、まだまだ続けたいのだ……と。

 

 違う、違う!! 断じて違う!!

 こんな日が延々と続く世の中が楽園であるわけがない!!!

 この一日で一体どれほどの人が理不尽に傷ついたというのだろうか。

 それをこの男は是というのだろうか、それを延々と続けたいというのだろうか。

 水希の本能のような部分が警笛を鳴らす。

 止めなきゃいけない!

 何か言わなければいけない!!

 心の底からそう思う。

 だが、言葉が出ない。

 目の前の男の圧力に、本質に、圧倒されて息が出来ない。心臓が鷲掴みにされたような圧迫感がのしかかり、肺がしぼみ、呼吸すらも困難なほどだ。

 

 しかし、このまま負けちゃだめだと心が叫ぶ。

 ここで屈したら今までの皆の戦いがそれこそ塵芥(ちりあくた)となり下がる。

 

 皆の声はもう、聞こえない。

 おそらく甘粕の強大な存在感によって強制的に『悌』のラインが断たれてしまったのだろう。

 それでも身体の中に仲間の言葉が宿っている。

 

 柊くん――みんな――私に、力を――

 

 水希が心の底から強く強く願う。

 

「あんたなんか……」

 何かに押されるように、水希の口から言葉がもれた。

「あんたなんか――」

 手と足をガクガクと震るわせながら、水希は先ほどよりも大きな声で言葉をつぐむ。

 

 そして、

 

「あんたなんか!! 柊くんがやっつけちゃうんだからッ!!!!」

 

 水希は渾身の力を振り絞り、甘粕に向かって言葉を投げた。

 

 負け惜しみにもならないほどの稚拙な雑言。

 それでも水希は、今の瞬間、先ほど自らが神野に届いたときよりも更なる力を用いて言葉を発していた。

 

「……くっくくく、くぁはっはははははははは ハーッハハハハハハハハ!!!」

 それを聞いた甘粕は怒るでも嘲るでも見下すでもなく、心の底から嬉しそうに笑ってみせた。

「ああ、それでいい、それでこそ我が楽園(ぱらいぞ)の住人に相応しい!! ああ、そうだ。向かってこい! かかってこい!! 挑んでこい!!! それこそが俺が求める輝きだ!!!」

 甘粕の大笑と共に甘粕の圧力が膨れ上がる。

 心の底から湧きあがる歓喜を抑えられないように、甘粕の波動が発散される。

 そして、甘粕の圧倒的な力が川神全土を覆いつくそうとした時、

 

「だが……それは今ではない」

 

 そう言って甘粕は踵を返した。

 

「え?」

 あまりに拍子抜けな行動に、水希の口から思わず疑問の言葉がもれる。

「さっきも言っただろう、もっともっと人の輝きを魅せてくれと……俺はおまえ達に期待しているのだよ、おまえ達ならもっともっと、高く飛べると。それに――」

 そう言って、甘粕は口元に苦笑を浮かべると、

「今回は自ら神野を(いさ)めた手前、同じ過ちを繰り返すわけにもいかん。確かにあの時の俺は少々はしゃぎ過ぎた、と思っている」

 子供が反省しているといわんばかりに肩をすくめた。

 

 甘粕と神野の身体がすぅ、と空へと昇っていく。

「ではな、愛すべき戦真館の諸君。そちらの盧生(イエホーシュア)によろしく伝えておいてくれ」

「じゃあね、水希。今度会ったときは本気で愛し合おうよ……」

 そう言葉を残して、魔王と悪魔は川神の空に消えていった。

 

 静寂があたりを包み込んでいた。

 

「プッ――ハァ!!」

 二人が消えてたっぷり一分がたった時、その静寂を最初に破ったのは燕だった。

「なにあれなにあれ! やばいっていうか……もう、やばいってもんじゃないでしょ、あれ!! いやー、水希ちゃんよくあんなんに向かって啖呵切れたね」

「す、すごかった……義経はまだ震えが止まらない……」

 燕と義経はそれぞれに今の出来事を思い出しぶるりと身体を震わせる。

 そんな中、水希はいつの間にかペタンと地面に足と尻を付けた格好で座り込んでいた。そして、二人の友人に首だけ向けると、

「こ、こしぬけちゃって立てないや……」

 小さく笑いながらそう言った。

 

「……プッ、ハハハ、アハハハハハハ」

「……ふふふ、はははは、あはははは」

 それを聞いた燕と義経が吹き出すように笑い始めた。

「アハハハハハハハハ」

「あはははははははは」

 燕と義経も地面に座り笑い出す。

「……えへへ……ふふ、ははははははは」

 そんな二人の笑い声につられるように水希も笑い出した。

 

 激戦を終えた橋の上で3人の少女の笑い声が響く。

 

 どれほど笑い続いけていたであろうか、

「アハハハハ……ふぇ?」

 そんなんか、何かに気づいたように燕が不意に空を見上げる。

「ははは……わっ!」

「――あっ!!」

 それにつられるように、義経も水希もその事実に気づく。

 

 そして同時に、

『雪だっ!!!』

 と、顔を見合わせながら叫んだ。

 

 あたりはいつの間にか真っ暗になっていた。

 しかし先ほどの暗さとは違い、空が高い。

 そしてその空から真っ白い綿のような雪が、ふわりふわりと舞い落ちてきた。

 

「わあっ! これってホワイトクリスマスってことだよね!!」

 燕が両手を広げ、空を見上げて嬉しそうに声を上げる。

「すごい!! すごい、すごい、すごい!! 義経は雪を見るのは初めてだ!!」

 小笠原諸島から来ている義経は雪を見るのを初めてなようで拳を握って興奮している。

「……綺麗……」

 水希は空から舞い落ちる雪を見ながら小さくつぶやいた。

 

 終わったんだ、という実感がふつふつと湧き上がってきた。

 

「燕さん!! 義経!!」

 水希は目の前にいる二人に飛びつくように抱きついた。

「ちょっ、水希ちゃん?」

「わわっ!」

 いきなりの飛びつきに二人はたたらを踏むが、なんとか水希を受け止めた。

 水希はそんな二人の驚きを気付かずに腕に力を込めて二人を抱きしめる。

「燕さん、義経。私、川神に来てよかった……みんなに会えて、よかった……」

 水希は心の底から溢れる想いを言葉にのせて、燕と義経を強く強く抱きしめる。

「ありがと……私もね、川神に来て、みんなに会えて幸せだよ」

「うん! 義経もだ! 義経も川神来て本当に良かった!!」

 燕と義経もそれぞれに言葉を紡いで腕に力を込める。

 

 三人の少女が互いが互いを支えるように一つになっていた。

 

 そんな少女たちの絆を、雪が優しく包んでいた。

 

 

―――――

 

 

「まったく……どうりで寒いわけだわ……」

 屋上に出ていた鈴子はチラつく雪を見ながらつぶやいた。

「雪はお嫌いですか?」

 隣にいた李が鈴子の呟きに答えるように、問いかける。

「好きとか嫌いとかは、あまりないですね。雪ではしゃぐほど子供じゃないし。李さんはどうなんです?」

 鈴子は李の問いかけに答えながら、質問を投げる。

「私は……実はあまり好きではありません」

「へぇ、やっぱり寒いのが苦手……とか?」

 李の答えに鈴子が返すと、

「いえ、前の職の関係で……雪は足跡が残ってしまうので……」

「あぁ、なるほど……」

 鈴子は納得したように小さく頷く。

 

 そんな時、

「はやく! はやく! ガクトもモロも早く早く!!」

 校庭の方から跳ねるような元気な声が聞こえた。

 二人がそちらに顔を向けると、そこには一子がまさに雪の中を跳ねる子犬の様に全身を使ってあとに続くガクトとモロに声をかけていた。

「ワン子、無理しちゃダメだって。さっき立てるようになったばっかじゃないか」

「うーーー、さみぃーー。でも、これでホワイトクリスマス、フラグは立った!! 俺の聖夜が性夜になる日は近い!!」

 心配そうに一子に声をかけるモロと雪を見てニヤけるガクトがあとに続く。

「アタシなら大丈夫! それにお爺さまが無事だったんだもん、はやく顔見に行かなきゃ!!」

 一子の言葉に、

「まぁ、大和たちもいるしね。みんな無事みたいで、本当に良かったよ」

 モロが答え、

「いやー、俺様頑張ったもんなぁ。これはあれかな告白来るな、もしかして複数とか?! いやー、まいったなー。なぁに、俺様なら大丈夫、二人でも三人でもどーんと来い! ぬぁっはっはっはっは!!」

 ガクトはなにか見当違いの妄想にふけっている。

 

 そして三人はガヤガヤと笑いながら校門を出て行った。

 

「ふぅ……まったく元気ねぇ」

 それを屋上から眺めていた鈴子が顔に小さく苦笑を浮かべながら言う。

「えぇ、本当に」

 そんな鈴子の言葉に李がクスリと笑う。

 

「……我堂様」

 若干の沈黙のあと、李が雪を見上げながら口を開く。

「私は先ほど、雪があまり好きではない、と、言いましたよね」

「……」

 鈴子は黙って李の言葉を聞いている。

「ですが――」

「ですが?」

 鈴子の返しに李は雪から鈴子に顔を向けると、

「でも、こんなふうに皆と見る雪ならば、好きになれそうな気がします」

 そう言って小さく笑った。

 そんな李の笑顔に、鈴子も笑顔で返しながら、

「実は私もそう思ってました」

 そう言った。

 

 ふふ――と二人が笑い合う。

 

 そんな時、不意に李が雪に視線を戻すと、

「それにしても――」

 と、口を開く。

 そして無表情な顔に、微かな自信をにじませて、

「本当に綺麗な、雪ですのう(スノウ)

 そう言った。

 

 ひゅう……

 

 冷たい風が、吹き抜けた。

 

「寒くなってきたわね、戻ります」

 鈴子が李のダジャレをまるで無視して、屋上をあとにする。

「ああ、我堂様待ってください。まだ、取っておきがあるんです!」

 李は慌てたように鈴子の後を追う。

「こういう季節……それも気候限定のものは今度いつ披露出来るかわかりませんので、是非――」

 李の声が屋上に響いていた。

 

 雪はちらりちらりと、静かに降り続いていた。

 

 

―――――

 

 

「うっひゃー、寒いと思ったら雪だよ! 雪!! ね、与一くん。雪! 雪!!」

 体育館で休んでいた歩美が窓から見える雪を見て、隣にいる与一の袖を引っ張る。

「ふん、あれが空から舞い落ちる追憶の結晶か……流石の俺も、実物を見るのは初めてだぜ……」

 それにつられて外を見た与一が、雪という言葉を有り得ないくらいに装飾して言い放つ。もはや聞いている方が恥ずかしくなってしまうレベルだ。

 

 しかし、そんなモノにも歩美はもちろんついて行く。

「お、今の表現いいねー。んじゃあさ、こんなのはどうよ――全てを包み込む純白の衣……」

 どうだ、と言わんばかりに歩美が胸を張る。

「やるじゃねぇか……じゃあな……heaven's dust」

 与一も与一でどうだ、と得意げな顔を歩美に向ける。

「かー、流石与一くん、横文字できたかー! んー、でもでも、こんなんはどうだ! 降り積もる白銀の調べ――」

 歩美はにやりと笑う。

「流石だぜ――天より賜りし白の結晶 」

 与一もニヤリと笑を返す。

「神々のオトシモノ」

 歩美が言う。

「女神の流した哀しみと悦びを湛えた涙の結晶(スノウ)」

 与一が受ける。

 

「……」

「……」

 沈黙の中二人の視線が絡み合う。

 

 次の瞬間、ガシッ! と、歩美と与一の手が強く強くかさなった。

 

「流石だぜ、相棒」

「ふふ、与一くんほどじゃないよ」

 与一と歩美がにやりと笑い合う。

 

 その顔は同士と共にいる喜びに満ちていた。

 

 外の雪は白銀に光りながら、全てのものを純白に包むかのように舞い落ちていた。

 

 

―――――

 

 

「おー、由紀江ちゃん、雪だぜ! 雪!!」

 病室の窓から顔を出して栄光が空を見る。

「この時期に降るなんて、珍しいなぁ……なぁ、由紀江ちゃん!」

 栄光は振り向いて由紀江に声をかける。

 

 イスに腰掛けていた由紀江は、

「あ……や……その……そ、そうですね」

 わたわたと、なんとも曖昧な返事をした。

「ん?」

 栄光が首をかしげると、

「エイコー、まゆっちは今年の春まで北陸生まれの北陸育ち……雪なんてこの時期じゃ降らない日のほうが貴重なんだぜ……日本海側なめんなよ?」

 その疑問に答えるように松風がしゃべる。

「おぉ……そうか」

「ま、松風!!」

 松風の言葉に由紀江が慌てるが、

「でもな、エイコー。雪国の雪ってのも悪くないんだぜ? だってリア充だろうが、ボッチだろうが外に出るのが面倒だから強制的に家に引きこもりだ。つまり自分が孤独であるという事を認識しないで済むのさ……」

 松風は構わず続けた。

「なんだその、ニートは日曜日になると心が休まる、的なダメな感じ……」

「あ……う……」

 栄光の何気ないツッコミにダメージを受ける由紀江。

 

「で、でもさ。雪が降ってきてる、って事は……」

「はい、終わった……って事ですよね」

 栄光の言葉に、由紀江が頷いて答える。

 

 二人は万感の思いを抱いて、窓の外の雪を見る。

 

 そんな時、

「まゆっち!! 大杉先輩!!」

 慌てた声とともに伊予が病室に飛び込んできた。

 

「なんかまゆっちも大杉先輩も病院に運ばれたって言うから、心配で心配で……」

 そう言って息を切らせた伊予は、はぁはぁと胸を押さえて息をつく

「ああ、心配すんなって。まぁ、無傷ってわけにはいかないけど、大丈夫だぜ」

「うん、伊予ちゃん、心配してくれてありがとう」

 栄光と由紀江の言葉に安心したのか、

「ふぅー、よかったぁ……」

 伊予が大きく息をついた。

 

 なんとも、弛緩した空気が病室に広がったとき、

「あ、そうだ!」

 伊予が思い出したように声を上げた。

「私、お見舞いにシュークリーム買ってきたんだ! みんなで食べようよ!」

 そう言って袋を取り出す。

 襲撃のため店はまだ開いていないはずだ、おそらく病院内の売店で買ったものだろう、大小様々なシュークリームが袋の中にギッシリと詰まってた。

 

「お、いいね」

 栄光が笑いながら袋に手をつっこむ。

「伊予ちゃん、ありがとう」

 由紀江も袋の中の一番小さなモノを手に取る。

「伊予ちゃんも食べようぜ」

 栄光の言葉に、

「えへへ、ありがとうございます」

 伊予も袋から一つ手にとった。

 

『いただきます!!』

 

 声を合わせて、三人はシュークリームにかぶりついた。

 甘い味が口いっぱいに広がった。

 その甘さが、あまりにも先程までの戦いの苛烈さと離れすぎていて……

 

 ぷっ……ハハハ、ハハハハハ。

 

 誰とはなしに、笑い声が溢れた。

 

 ははは――ハハハ――アハハハ。

 三人の笑い声が病室内を包み込む。

 

 外の雪は何も言わず、しんしんと降り続いていた。

 

 

―――――

 

 

「んだよ……寒ぃと思ったら、雪かよ……」

 学園の見張りのためにグラウンドに出ていた忠勝が鬱陶しそうに空を見上げる。

「なんだ、雪は嫌いか?」

 そんな忠勝に向こうから歩いてきた鳴滝が声をかけた。

「ああ、嫌いだね。面倒くせぇ……雪かきなんかの依頼も来たりするし、正直この年の瀬に降ってほしくはねぇな」

 忠勝は鳴滝の言葉に眉をしかめて返した。

「まぁ、いいじゃねぇか。この辺りじゃ珍しいホワイトクリスマスだ」

 鳴滝が小さく笑って言うと、

「なんだそりゃ、おめぇがホワイトクリスマスなんてがらかよ……」

 忠勝は呆れた様に肩をすくめた。

「……たしかに、そりゃそうだ」

 少し考えて、鳴滝も小さく肩をすくめる。

 

「……」

「……」

 二人は並んで壁に寄りかかりながら雪の舞い落ちる空を眺めている。

 

 ひゅう、と風がぬける。

 ぶるり、と忠勝が身体を震わせた。

 

「ほらよ――」

 腕を抱くように身体をさすっている忠勝に、鳴滝がポケットから缶コーヒーを差し出した。

 もしかしたら、始めからこれを差し入れるために来たのかもしれない。

「悪ぃな」

 忠勝は礼を言うと缶コーヒーを受け取った。まだ焼けるように熱かったが、それが冷えた身体に心地よかった。

「おう」

 缶コーヒーを渡した鳴滝は、逆のポケットに手を突っ込むともう一本取り出して、缶の口を開け、口に運ぶ。

 熱く、そして缶コーヒー独特の甘い味が口の中に広がった。

 普通ならあまり甘いものは選ばないのだが、今はその甘さが疲れた身体になんともしみた。

 

「終わったんだな……」

 忠勝が空を見上げながら呟いた。

「そうだな……」

 忠勝の言葉に、鳴滝が頷いた。

 

「……」

「……」

 再び二人は黙って、空を見上げた。

 

「お疲れ」

 そう言って忠勝がすぅ缶を差し出してきた、

「おう、お疲れ」

 差し出された缶につられるように鳴滝も缶を差し出す。

 

 コンっ――

 と、互いの缶コーヒーを軽くぶつけた。

 

「ふっ――」

「ふん――」

 二人は同時に小さく笑って目を伏せる。

 

 雪は舞い散り、外気は凍るように冷たくなっていく。

 

 それでも二人の手の中にある缶コーヒーは、燃えるように熱かった。

 

 

―――――

 

 

「雪……か」

 川神院の鍛練場で空を見上げた四四八は誰に言うでもなく呟いた。

「へぇ、珍しいなこんな時期に」

 隣にいた晶も珍しそうに掌を上に向けて雪を見る。

「わーー、すごい!! 私、雪って初めて!! 本当にふわふわしてるんだね!」

 その中で清楚が一人目を輝かせながら舞い落ちる雪を手にとっては、はしゃいでいた。

「へー、清楚さんって雪見るの初めてなんだ?」

「うん! 私……っていうか、私たちは小笠原諸島で育ったからね。本物の雪って見たことなかったんだー。凄いな……ホワイトクリスマスだね!」

 晶の質問に答えながら、清楚がニッコリと笑う。

「そうか……ホワイトクリスマスになるのか」

 清楚の言葉に晶が思い出したように空を見上げる。

「そうだよ、ホワイトクリスマス! 素敵だよね、憧れてたんだー」

 清楚は子供のように目をキラキラさせながら空を見る。普段は大人っぽい清楚のそんな無邪気な姿は、とても新鮮だった。

 

 くしゅん――

 そんなふうに空を見上げていた清楚が、小さくくしゃみをする。

 

「覇王先輩は疲れて引っ込んでしまったのでしょう。葉桜先輩も身体は限界のはずです。あまりはしゃぎすぎると風邪をひきますよ」

 そのくしゃみを聞いた四四八が二人に近づいてくる。

「うぅ……ごめんなさい、つい、嬉しくって……」

 清楚が四四八の言葉にしゅんと小さくなる。

「いーじゃねぇーか、かてーこと言うなよ四四八。こうやってみんな無事だったんだし、ちょっと位はしゃいだっ……っしゅん!」

 そんな清楚をフォローするように晶が口をはさんだが、その言葉もくしゃみで遮られた。

 

「やれやれ……」

 それをみた四四八は、しょうがないなというふうに小さく首を振ると、自らが来ていたインバネスコートを脱いで二人の肩にかける。

 

「ひゃ!」

「わっ!」

 四四八の思わぬ行動に驚く清楚と晶。

 

「二人では狭いかもしれませんが、無いよりマシでしょう。(くる)まっていればいいです」

 そう言って、今度は向こうにいる大和たちのほうに歩きだそうとする。

「う……うん、ありがとう」

「お……おう」

 清楚と晶は四四八のコートに包まれて、しどろもどろになりながら答える。

 先程まで四四八が来ていたであろう温もりと微かにする四四八の匂いに、清楚と晶は互いに顔を見合わせて赤くする。

 

「ああ、そうだ」

 歩き出した四四八が急に止まり振り向いた。

「は、はい!」

「な、なんだよ!」

 清楚も晶もビクリとしながら反応する。

 四四八はそんな二人の様子にはまるで気づかずに、

「そのコートかなり汚れてしまってるんで、捨てていただいて大丈夫ですよ」

 それだけ言うと、踵を返す。

 

 その言葉を呆然と聞いていた清楚と晶は、

『はぁ……』

 と、同時にがっくりとため息をつく。

 そして、互いに顔を向けると、

「しょうがないねぇ」

「うん、あいかわらずだわ」

 そう言って顔を見合わせて苦笑した。

 

 ふふふ――

 ははは―――

 

 苦笑はいつしか小さな笑い声になった。

 

 清楚と晶は優しく降る雪の中で、四四八の温もりと匂いに包まれて笑い合っていた。

 

 

―――――

 

 

「先輩。学園長の様子はいかがですか?」

 四四八は百代たちのもとに来ると、鉄心の様子を尋ねる。

「ああ、すまんな心配かけて。でも、大丈夫だ真名瀬の治療もあって、今はぐーぐー寝てやがるよ。まったく……しょうがないじじいだ……」

 四四八の問いかけに百代は苦笑を浮かべながら答えた。

 それでもその中に安堵の雰囲気が見て取れる。百代もやはり心配していたのであろう。

 

「それよりも、柊、お疲れ様。これで明日から普通の川神に戻れるよ。ありがとう」

 百代の隣にいた大和が四四八に向かって礼を言った。

 そんな大和の言葉に、

「いや、礼を言うのは俺の方だ、直江」

 四四八は小さく首を振る。

 

「神野が最初に体育館に来たあと、この騒動の大元であるはずの俺たちに、共に川神のために戦ってくれと言ってくれた直江の言葉、葵の言葉、先輩の言葉。本当に嬉しかった。あの言葉が俺たちの支えになった、本当にありがとう」

 そう言って、四四八は大和と百代に頭を下げた。

「あー、そんなに恐縮されてもなぁ」

「そうだよ、柊。俺達そこまで深く考えてないし」

 四四八の態度に百代も大和も居心地がわるそうに顔を見合わせる。

 

「んー、まぁ、こっちとしても戦真館の皆には世話になったし、今回の件でも一緒に頑張った。お互い様ってことで、どう?」

 大和がなんとか言葉を捜して、四四八に言う。

「ああ、わかった……だが、嬉しかったのは本当だ、だから礼は言わせてくれ。ありがとう」

「OK。どういたしまして――なんか、柊にそう言ってもらえると、こちらも嬉しいな」

 そう言うと、四四八と大和は互いに小さく笑い合う。

 そんな二人を百代が満足そうに見ていた。

 

「おおそうだ!」

 そんな百代が思い出したように声を出した。

「ん? どうしたの? 姉さん?」

 大和が百代を振り向く。

「そういえば、明日の買い出しがまだだったな……買ってないものは何だったか? 確か飲み物が足りてなかったなよな? 今から七浜に行けば間に合うか……」

 百代が真面目な顔でそんなことを口にした。

「いや、先輩それはさすがに……」

 ここまで来てクリスマスパーティをやろうというのか? 流石に驚いて四四八がツッコもうとした時、

「いや、飲み物は足りてたはずだから……飾り付けかな? 確かまゆっちの友達の大和田さんが持ってきてくれてたけど……足りるかな?」

 大和が真面目な声で百代の言葉に答える。

「おいおい直江……まさか、本当に明日のパーティやるつもりなのか?」

 冗談だよ――という、答えを予想しながら四四八は大和に問いかけたが、その答えは、

「うん? やるよ?」

「何を言ってるんだ柊、当たり前じゃないか」

 大和から出たものも、百代から出たものも、四四八の予想を完全に裏切るものだった。

 

 それを聞いた四四八は驚きとも、呆れともつかない表情をしていたが。

 ふっ――と、小さく吹き出すと、

「ハハハ、いや、参った……凄まじいな、川神は」

 そう言って声を出して笑った。

 

「だって、明日は柊たちの送別会も兼ねてるんだよ?」

「ああ、そうだった、すまないな、本当に」

 四四八は笑いながら大和の言葉に応える。

「まぁ、そうは言っても川神と鎌倉はそれほど遠くない、来ようと思えばいつでも来れる」

 百代が大和の言葉を引き継ぐように言った。

 

「うん、そうだね、だからさ――」

 大和はそう言って四四八に向かって手を差し出しながら、

「また、会おうよ。柊」

 小さく笑う。

「ああ、そうだな、また会おう。直江」

 四四八が大和の手を握る。

 

 四四八と大和の掌が力強く結ばれた。

 

 それはまるで、この地で戦真館と川神学園が培ってきた絆のように、強く、熱い、つながりだった。

 

 空からは未だ雪がしんしんと降り続いていた。

 

 今日の襲来した黒き混沌の傷跡を隠すように、純白の雪が川神全体を優しく包み込んでいく。

 

 川神に訪れた混沌の一日の幕が静かに閉じていった。

 

 

 




四四八の破段あたりで「仁義八行」のBGMが流れる感じが理想です。
注:決して「如是畜生発菩提心」ではない……w

こちらで語ることは多くありません。
おそらく原作でも(しょうがないとは言え)一番見せ場の少なかった水希の一矢報いる姿が見せれたら幸いです。

甘粕大尉のひゃっほいを期待した方々はすみません、
これにて混沌襲来編の終了です。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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終 章  ~大正~

 大仏殿高徳院の大仏。その釈迦の掌で壇狩摩と龍辺歩美は話していた。

 

 空の彼方には空亡から逃亡するためになりふり構わず進軍する百鬼夜行の群れが、黒く空を埋め尽くす様が見えていた。

 そんな切迫した状況においても歩美と狩摩は普段と変わらぬ様子で会話をしている。

 

「直江、松永、島津、長宗我部、源、葵もそうじゃろ……あの時代の話じゃ、軍学校言うたら士族の子供がようさんいたっちゅうわけじゃ……」

 

 狩摩が煙管をくゆらせながら気怠そうに言う。

 

「なるほどねー、でもさ、義経ちゃんとか清楚さんみたいなクローンはどうなの?」

 

 狩摩の話を聞いていた歩美が小さく首をかしげながら不思議そうに問いかける。

 

「物部黄泉は神祇省復権するってんで、日本中這いずり回った男じゃ。伝承、伝説、神、仏……そんなんを探して回った男やけェ。そして源氏の没した場所は平泉、つまりは東北……ここまでいやァ、想像つくじゃろ」

「イタコ……口寄せ……神降ろし」

「ま、そんなトコじゃろうのォ」

 

 狩摩は目をつぶったまま頷いた。

 つまり川神でクローンとなっていた少女たちは、初代戦真館では物部黄泉が邯鄲の実験の一端で英雄の魂の一部を下ろした巫女たちだったというわけだ。

 

「そうすりゃ、義経達が女だちゅうのもわかるわなァ。神子は基本、女の仕事じゃ。そう言う意味じゃ、あの与一っうんが例外だったちゅうわけじゃのォ」

「そっ……か……」

 

 歩美は小さくつぶやきながら、邯鄲で出会った友人の仏頂面を思い浮かべた。

 

「英雄の選定理由はよォわからんが、神子と波長が合うか合わんかとかそんなとこじゃろう。それでも項羽っちゅうんは予想外じゃが……だから、無理が出てあんなふうに魂が二つみたいなけったいなコトになったんかもしれんのォ」

「なるほどねぇ」

 

 狩摩の言葉に歩美は川神で出会ったクローンの面々を思い出す。

 狩摩自身、初代戦真館の事件においては当事者でない。故に推論だらけの答えなのだろうが、言われてみればそれなりに筋が通ってるようにも感じる。

 

「まぁ、元々、百と同じように初代戦真館の面子は四層攻略――初代戦真館崩壊の再現のために全員人格は邯鄲に入れとった、遺品の一部は、神祇省が管理しとったからのォ。じゃけェよいよ、たいぎぃことがあって、千早を寄り代とした百以外は邯鄲の中に埋もれてしもうたちゅうわけじゃ」

「面倒って……それ全部、アンタのせいじゃない」

 

 狩摩の他人事のような言葉に、歩美が呆れたように返す。

 

「かっ、かっ、かっ――まぁ、そないにカバチたれんなや。口うるさい女は嫌われるけェのォ、くはっ、はははははははははは」

 

 狩摩はそんな歩美の視線などものともせずに呵呵と笑ってみせる。何処までも無責任かつ自由な男だ。

 

「でもさぁ、じゃあなんで『あの時』だけ川神学園……ううん……初代戦真館のみんなとわたし達はあんなふうに出会えたの?」

 

 歩美が指を口に当て狩摩に問いかける。

 

「さァのォ、俺かて邯鄲のことを全部知っちょるちゅうわけじゃのォしな。ただ、一つ考えられんのは……あんとき、ウチの盧生はお前らの誰とも乳繰り合っとらんからのォ。まぁ、それでだろうよ」

「はぁ? なにそれ? ここに来てセクハラ?」

「ちゃうわ、ボケェ! お前らのなかの誰とも乳繰り合っとらんちゅうことわじゃ、あん時、盧生と一番繋がりが深かったんわ、盧生の血を吸った俺ちゅうことじゃ……」

「あぁ……なるほどね」

 

 狩摩の言葉に歩美がなるほどと頷いた。

 先程もあったように、大和たち初代戦真館の人間を邯鄲に入れたのは狩摩だ。

 だが、狩摩自身が異物を混入したことで邯鄲の夢が予想不可能なものになった。それもあり、千早という寄り代があった百以外は四四八達の記憶に残らない所謂“完全なエキストラキャラ”になっていたのだが……あの時の邯鄲の未来は四四八と狩摩との繋がりが図らずも一番強かった。故に狩摩が入れた初代戦真館の生徒たちが確固とした人格を持って邯鄲の夢の中に存在できたのであろう。

 

 つまり、全てこの男・壇狩摩のせいであり、同時に四四八たちが川神で大和たちと邂逅できたのはこの男のおかげ、と言えるかもしれない。

 盲打ちの面目躍如といったところだろうか。

 

「おっと、ペラ回しとったら、そろそろお客さんがくる時間みたいじゃのぉ」

 

 狩摩が煙管から紫煙をくゆらせ空を見る。

 

「だねぇ」

 

 狩摩の視線を歩美も追う。

 その視線の先には、夥しいと言う言葉では言い表せないほどの大量の妖怪、妖魔、珍獣、怪獣が我先にと鎌倉めがけて進軍……否、空亡から逃走をしてきている。

 

「ほいじゃ、いっちょやっちゃるか」

 

 狩摩は立ち上がると、煙管をしまい両手を広げる。

 

「了解」

 

 歩美もマスケット銃を構えて照準を覗き込む。

 空亡を倒すための一連の作戦。歩美に課せられた役割は失敗が許されない。

 そんな中で歩美は邯鄲で一度だけ会った、白髪の友人に思いを馳せる。

 

『俺達は魔弾の射手(ザミエル)だ』

 

 時に相棒だった友人がニヒルに笑った気がした。

 

「狙った獲物は逃さない、よね」

 

 歩美は照準を覗き込みながら小さく呟いた。

 

 心がすぅ……と落ち着いた。

 

 

―――――

 

 

 幽雫宗冬は辰宮の館の一室で決戦の時を待っていた。

 否――決戦という言葉は相応しくないであろう。決戦というのならば、まさにこの館の外で堕たる龍(空亡)と、堕落の化身(神野明影)と、そしてそれを使役する稀代の盧生(甘粕正彦)と真っ向から立向かっている自分の後輩達の戦いこそが決戦と呼ぶにふさわしいものだろう。

 これは違う。これは私闘だ。

 もしかしたらその言葉すら相応しくないのかもしれない。

 

 これはただの茶番だ。

 

 この世界の方向性すら決める可能性がある戦いを前に、愚かな女に振り回された、馬鹿な二人の男が狂言回しを演じるのだ。これほどくだらない事があるだろうか。

 やはり駄目だなと宗冬は自嘲気味に口を歪める。

 こんな様じゃ、“あいつ等”の仲間など口が裂けても言えるはずがない。

 あいつ等――もちろん、共に学び、共に高め合い、そして自らが屠った初代戦真館の面々の事だ。

 

 例の邯鄲での未来に、彼等がいた事はわかっていた。

 いきいきと学園生活を送る彼らを見て、枯れたと思っていた涙が溢れそうになった。

 すぐさま赴き、力の限り抱きしめたかった。

 地面に額を擦りつけて詫びたかった。

 

 しかし――出来なかった。

 出来ようはずがなかった。

 彼らの首を刎ねたのは自らのこの左手なのだ。

 

 自分と勉学で競っていた直江大和は、あの狂気の学び舎で奇跡的に意識を取り戻していた。最愛の姉貴分である川神百代を探し彷徨い屋上で暴れ狂ってる彼女を見つける。仲間達を唯の肉塊へと変えてゆく百代へ大和は力の限り声をかけたが、最期は向かってくる百代を全身で抱きしめ、その拳に胸を貫かれ絶命した。百代は弟分の腕の中で意識を取り戻し、自らの拳が大和の命を摘み取った事を認識し大和の身体を抱きしめながら狂ったように号泣していた。

 

 その百代の首を後ろから刎ねたのが、自分。幽雫宗冬なのだ。

 今更、どのような顔をして会えばいいというのだ。

 

 源氏の魂をおろした三人は、完全に狂う前に、互いが互いの胸を貫きあって折り重なるように死んでいた。

 項羽の魂をおろした少女は、もう一人の少女の人格に全てを託して、屋上から身を投げた。

 直江に思いを寄せていた松永家の娘は、彷徨う直江を見つけて駆け寄ろうとした時、直江に飛びかかろうとした生徒達を見つけ直江を守るために立ちふさがり、喰われた。

 

 皆、狂気の中で死んでいった。

 

 自分だけが、生き残った。

 そしてそんな自分は戦の真など見向きもせずに、今、最も愚かな戦いに身を投じようとしている。

 そんな自分が、どの面下げて彼らの元にいけるというのか。

 

 目は向けないが、隣に物言わぬ人形のように微かな笑みを浮かべ静かに座っている、自らの主――元・主に意識を向ける。

 

 彼女をめぐる戦いを、今から行う。

 その戦いに、戦の真を受け継いだ自らの後輩を巻き込んで、だ。

 実に愚かで、実にくだらない。

 自分自身がそう思う。しかし、今更この生き方を曲げることなどできない。

 

 ――そんなガチガチに固まってると、貫くか、折れるかしかねぇぞ。

 

 自らにそう声をかけてきた、かつての同輩の言葉がよみがえる。

 誰よりも一番仲間の事を気にかけているのに、常に一歩引いて仲間たちを見守っていた、そんな奴だった。

 あいつの言葉は正に芯をとらえていたという事だろう。

 そういえば、今ここに向かってくる男と随分と雰囲気が似ている気がする。

 あの邯鄲で出会っていたのならば、さぞかし気が合ったことだろう。

 

 そんな事を考えた時、目の前の扉の向こうに大きな熱の塊を感じた。

 熱く、硬く、重い、自らが熱をもった巨大な岩石のようなものが、扉の向こう側に現れた。

 

 すぅ……と、宗冬は自らの温度を下げる。

 頭を冷やし、視線を冷やし、何処までも冷静に、冷酷に、冷徹に、扉の向こうの熱に当てられるように、自らの温度を下げていく。

 磨き上げられたサーベルを、傍らに座る親愛という言葉では言い表せないほどに心酔している主の喉元に付きつける。

 

 ――さぁ、茶番の始まりだ。

 

 宗冬は想いを閉ざし、心を閉ざし、真を閉ざした。

 

 友の顔を思い出す事は、もう出来なかった。

 

 

―――――

 

 

 鎌倉の中心、由比ヶ浜の海上、大破した伊吹の頭上で二人の盧生は激突していた。

 夢の波動を迸らせながら、一撃一撃は天を裂いて、海を割る。

 

 共に終段に至った盧生の戦いは余人の介入を許さない人外の領域で展開されていた。

 

 先ほど甘粕は四四八との打ち合いの間隙を突いて、鬼と化物をそれぞれ顕現させた。

 

 一つは酒呑童子。日本三大妖怪の一体で、日本の鬼の元祖と言われる程の存在。

 もう一つは蚩尤。中国の神話に登場する怪物で、兵器を発明したと言われる戦いの権化。

 

 カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

 キ゛ェ エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ン゛

 

 二体の神話が雄叫びを上げる。

 酒呑童子の雄叫びで海底から山が盛り上がり、蚩尤の雄叫びで周りが見えないほどの濃霧が発生する。

 

『流石、甘粕正彦といったところか。常人ならば小妖一匹触れただけでも脳が沸騰してしまうというのに、大技の合間でこれほどの神話と物語を顕現してみせた』

 

 四四八の頭の中に阿頼耶の声が響く。

 

『まぁ、八犬士は先ほどの軍勢(フォーモリア)の相手で手一杯なところを見ると、君も新たな物語を顕現させないといけないね。君と波長が合いやすいのは神霊、武神の他には、英雄、英霊、英傑、豪傑……人の身でありながら数多の試練を乗り越えて伝説にまで上り詰めた、そんなような存在が君の助けとなるだろうが……なにか思い当たる人物はいるかな? 君が幼少より憧れ(マコト)となっている八犬士のようなに繋がりの深い、そういうもの達が……』

 

 阿頼耶が四四八に問いかける。

 

 ああ、いるさ――とっておきのがいる。

 阿頼耶の言葉に四四八が心の中で頷いた。

 

 四四八は印を結んで、無意識(アラヤ)へと意識をつなぐ。

 四四八に憧れ、四四八になりたいと言ってくれた、英雄の魂の一部を持つ少女の事を思い浮かべる。

 強い意志のこもった清廉な瞳で、仲間(水希)の闇を振り払った黒髪の少女。

 

 なぁ、お前の助けが必要だ。俺と共に戦ってくれるか?

 

 四四八の心の中の問いかけに、

 

 ――もちろんだ!!

 

 清き泉のような声が、聞こえた気がした。

 

 四四八が眸を見開いて、裂帛の気合いを響かせる。

 

「終段・顕象――源九郎、義経ェーーーッ!!!!」

 

 蒼く燦然と輝く英雄が顕現した。

 英雄は四四八を一瞥すると小さく頷き、自らの祖先が駆逐した鬼の元祖へと躍りかかる。

 

 それを見届けた四四八は再び印を結び、無意識(アラヤ)に意識をつなぐ。

 四四八と共に勝ちたいと言ってくれた、二つの魂を持ち、豪傑の意志を持った少女の姿を思い浮かべる。

 四四八と共に戦って、四四八と共に成長した、ヒナゲシの様な清楚な想いと烈火のような激しい情熱を持った二人で一人の少女。

 

 この戦いの勝利の為に、あなた達の力、貸してくれませんか?

 

 四四八の心の中の問いかけに、

 

 ――まかせろ!! ――うん!!

 

 双子の様に重なる声が、聞こえた気がした。

 

 四四八は眸を見開いて、裂帛の気合い轟かせる。

 

「終段・顕象――西楚の覇王・項ォーー羽ッ!!!!」

 

 真紅に煌く豪傑が顕現した。

 豪傑は四四八むかって拳を振り上げると、同じく中華の帝となった怪物へと飛び込んでいった。

 

「いいぞ、流石だ、それでいい! 邯鄲での全てを賭して挑んでこい!!」

 

 眷属同士が戦い、共に丸裸になった四四八に対して、甘粕は手に持った軍刀を力いっぱい振るう。

 その一撃で下の海では津波が起こり、余波に過ぎない衝撃波で四四八の後ろに存在する鎌倉の街並みがなぎ倒された。

 

「コオォォ……」

 

 そんな絶無の一撃を前に、四四八は右手を腰に夢を編む。

 そして、

 

「波ァァーーッ!!!!」

 

 気合とともに放たれた一撃は甘粕の斬撃を砕き、その後ろの甘粕自身も飲み込んだ。

 

「ぐ……かぁッ……かはは、ははは、ハーハッハッハッ!!! ただの咒法の一撃ではないな、なぁ、何をした? いまの輝きの意味を教えてくれ!!」

 

 甘粕は顔に満面の笑みを浮かべながら四四八に問いかけた、

 

「これはな……」

 

 甘粕の問いかけに答える四四八の声は、甘粕のすぐそばから聞こえた。

 今の一撃を機会に一気に距離を詰めた四四八は渾身の力で旋棍を振るう。

 甘粕はそれを真っ向、軍刀で受け止めた。

 両者渾身の力を込めた比べ合い。

 周辺の景色がぐにゃり、と歪む。

 

「これはな――!!」

 

 四四八はそんな中で更なる力を込める。

 甘粕の身体が押し込まれる。

 

「川神流だッ!!!」

 

 力強い咆哮と共に四四八が旋棍を振り抜いた。

 

「がっ……」

 

 その一撃をまともに喰らい、吹き飛ぶ甘粕。

 しかし甘粕の顔には喜悦の相が浮かんでいた。

 

「ああ……そうか……いいぞ、いいぞ、俺にもっと見せてくれ!! 初代戦真館と共に失われたその輝きを見せてくれ!!!!」

「いわれなくてもッ!!!!」

 

 甘粕と四四八が激突する。

 

 四四八の胸に、豊かで美しい黒髪をもつ好敵手の存在が灯っていた。

 

 

―――――

 

 

 人外の戦いが交わされる鎌倉の海上、その浜辺で一人の男がその戦いを逃げようともせずに、どこか傍観者の様に眺めていた。

 白い髭を蓄えてはいたが老人――というにはまだ少し早いかもしれない。そんなふうに見える男だった。

 

「――鉄心」

 

 そんな男の背中に、男の名を呼ぶ声かけられる。

 その声の主を、男――川神鉄心は知ってはいたが、敢えて振り返る。

 そしてそこには、声の主であるヒューム・ヘルシングとその傍らにクラウディオ・ネエロが立っていた。二人とも邯鄲の夢の中と同じように燕尾服で身を固めている。

 二人とも邯鄲の未来であった時よりも幾分若い印象だ。

 

「久しぶりだな。邯鄲の未来では顔を合わせたが……こちらでは十数年ぶりか」

 

 ヒュームが鉄心に声をかける。

 

「そうか……もう、そんなにたつんじゃな……」

 

 ヒュームの言葉に、鉄心が静かに目をつぶる。

 

 その当時、軍で活躍していた川神鉄心、()()()()()()()()()()は兄に憧れ、戦真館の門をたたいたのだ。

 

 そしてその2年後、惨劇がおこった。

 

 鉄心は初代戦真館の惨劇を期に軍を辞め、表舞台から姿を消した。

 自分が軍などに参加していなかったら……川神流を妹に教えていなければ……

 そんな想いがあったのかもしれない。

 

 ヒュームとクラウディオも初代戦真館の惨劇で仕えるべき未来の主を失った。

 その名は、九鬼英雄。

 新興財閥であった九鬼財閥の御曹司は、軍につながりを持つために敢えて軍学校である戦真館に飛び込んだ。

 ヒュームもクラウディオもその時は既に九鬼の従者であったが、惨劇の日はたまたま、帝と局にそれぞれついていて、英雄についていたのは新任の忍足あずみ、李静初、ステイシー・コナー、桐山鯉の四人だった。

 そして皆、惨劇の中で物言わぬ肉塊となってしまった。

 自分がついていれば……そんな想いが二人にはあった。

 

 そんな初代戦真館と縁のある実力者を探し出し、夢界(カナン)に誘ったのが、壇狩摩だ。

 

 狩摩は自らが命を落とした時の保険として、鉄心、ヒューム、クラウディオの戦真館に縁のある3人を内密に邯鄲へと侵入させていた。

 しかし狩摩本人の手によって邯鄲に異物が交ぜられたことで、この三人の記憶も不安定になり、存在も狩摩のつながりが一番強かった邯鄲の未来でしか存在できなかったのだ。

 

 海上で盧生二人が激突し、轟音が鳴り響いた。

 

 衝撃波が三人の元にもやってくるが、三人は微動だにしない。

 

 衝撃波をやりすごしたヒュームが空を見上げて、

 

「鉄心、お前これからどうするつもりだ?」

 

 問いかけた。

 

「もし、鉄心様がよろしければ共に九鬼を盛り立てませんか? 揚羽様、紋白様は英雄様の悲しみを乗り越えて大きく羽ばたこうとしております」

 

 ヒュームの問いかけに、クラウディオが捕捉するようにつづけた。

 

「……」

 

 鉄心はしゃべらない、口をつぐみ、空を見ている。

 

「……儂は」

 

 その沈黙がどれほど続いたであろうか、鉄心が何かを吐き出すように口を開いた。

 

「儂は……学び舎を作ろうかと思っておる」

 

 鉄心の言葉は決意と想いが込められていた。

 

「なに?」

「学び舎……で、ございますか」

 

 意外な言葉にヒュームとクラウディオが戸惑いの声を上げる。

 

「そうじゃ、学び舎じゃ。その学び舎では、強き者も、そうでない者も共に手を取り合い、切磋琢磨し、磨きあい、競い合い、高めあう。そんな学び舎を作りたいと、思っておる」

 

 そして空の向こうで魔王(甘粕)と正面からぶつかっているであろう勇者(四四八)を見るかのように目を細めて、

 

「そして……そしていつか、儂の生徒たちが戦真館の生徒たちと出会い、交わり、高め合う。そんな学び舎を作りたいと、思っておる」

 

 そう言った。

 

 鉄心の目には微かに涙が浮かんでいた。

 

「そうか……」

「素晴らしきお考えだと思われます」

 

 ヒュームとクラウディオは鉄心の言葉を聞くと大きく頷いた。

 二人共、鉄心がなにを思い浮かべているか理解したのであろう。

 

「……ではな、俺たちはそろそろ帝様達の元に戻らねばならない」

「鉄心様、またお会いしましょう」

 

 ヒュームとクラウディオは鉄心の言葉を聞くと踵を返す。

 聞くべきことは聞いた、もう、交わす言葉もあまりということなのだろう。

 ヒュームが2、3歩進んだところで急に歩みをとめ、思い出したかのように、

 

「その学び舎ができたら、また屋上で酒を飲もう……あの時みたいにな」

 

 そう言った。

 

「わかった……とびっきりのモノを用意しといてやるわい……あの時みたいにな」

 

 その言葉に鉄心が大きく頷く。

 

「楽しみにしております」

 

 クラウディオが柔和な顔に笑みを浮かべて頭を下げる。

 この会話を最後に、ヒュームとクラウディオは去っていった。

 

 鉄心は再び一人、浜辺に残された。

 

 海上の激戦はさらに激しさを増したようで、ここまで衝撃波や、圧力、威圧感、悪寒、熱線あらゆるものが飛んでくる。

 

 そんな中で鉄心は空を見上げる。

 

 そして大きく一つ礼をすると、

 

「盧生よ、ありがとう……儂に再びももと出会える機会をくれて、ももと過ごす機会をくれて、ももと戦う機会を作ってくれて、本当にありがとう。これでようやく、儂も前に進める……」

 

 万感の想いを込めてそう言った。

 

 鉄心は頭を上げると海に背を向け歩き出した。

 

(なぁ、もも、随分と止まっていたが、儂もようやく歩けそうだ)

 

 鉄心は懐から出した白黒のボロボロの写真を見ながら心の中で百代に言う。

 その写真には、壮年の鉄心とまだ幼い百代の姿が写っていた。

 

 ――何やってんだ、だらしないぞ!!

 

 写真の中から百代の声が聞こえた気がした。

 鉄心の口に苦笑が広がる。

 

 ああ、そうだ、孫ができたら百代とつけよう。二人目は一子にしよう。男ならどうしようか、やはり大和にしようか……

 

 そんなことを考えながら、鉄心は歩いていく。

 

 後ろはもう、振り返らなかった。

 

 

―――――

 

 

 よく晴れた秋の日、四四八は戦真館の教室で一冊の本を眺めていた。

 

 甘粕との激闘が終わり、既に一月あまりが過ぎようとしている。

 

 甘粕との戦いに紙一重で勝利した四四八たちはこの1ヶ月、その事後処理に追われていた。

 救ったとは言え、鎌倉だけでなく、神奈川、東京の町の多くは半壊という状況で、この戦真館もつい昨日ようやくキーラと鈴子・千早の戦いによってついた爪痕を修復したばかりだった。

 

 そんな修復されたばかりの教室で四四八は本をめくっている。

 表紙には『初代戦真館 學生名簿』と書いてあった。

 

 四四八がページをめくるたびに、見慣れた名前が飛び込んでくる。

 

 葵冬馬、甘粕真与、板垣辰子、板垣竜兵、井上準、大和田伊予、岡本一子、小笠原千花、風間翔一、京極彦一、川神百代、九鬼英雄、幽雫宗冬、クリスティーアーネ・フリードリヒ(留学生)、榊原小雪、椎名京、島津岳人、長宗我部宗男、那須与一、葉桜清楚、穂積百、松永燕、黛由紀江、源忠勝、源義経、武蔵坊弁慶……

 

 教員の名前も、見覚えのあるものが多い。

 

 鍋島正、ルー・イー(招待講師)、釈迦堂刑部、小島梅子、板垣亜巳、マルギッテ・エーベルバッハ(招待講師)……

 

 皆、物部黄泉の引き起こした惨劇の被害者だ。

 

 国の為に、家族の為にと戦うことを選んだ彼らの無念は如何許りだろうか。いくら想像したところで、余人の思いが至るものではないはずだ。

 

 だが彼らの残した(マコト)は死んではいない。

 

 時を越え、四四八たち次代戦真館の面々にしっかりと受け継がれている。

 

 こんなことは彼らにとってはなんの慰めにもなりはしないのかもしれない。

 それでも、四四八たちに出来る弔いは、初代戦真館という輝かしいばかりの光を放っていた若者たちが存在したという事実を忘れないこと。

 彼らが作り上げた(マコト)を常に心に持ち続けること。

 そしてそれらを必ず、次代へと引き継がせること。

 それを続けていくことなのだと、四四八は思っている。

 

 ひとつの名前が、四四八の目に飛び込んできた。

 

 直江大和――

 

 あの邯鄲の未来を共に歩んだ仲間の一人の名前だ。

 

 四四八はその名を刻み付けるように見つめると、名簿を閉じて立ち上がる。

 

 四四八は大和と歩いた邯鄲の未来を覚えている。

 

 大和はあの未来で政治家になっていた。

 特定の政党に所属せずに数々の辛酸を舐めながらも、ついには九鬼紋白が日本初の女性総理大臣になったとき、副総理に任命されている。その後も外務相、国土交通相、財務相などの要職を兼任して九鬼総裁の懐刀とまでいわれるようになっていた。

 政治家になってそれなりにたったときに、自分の父親が、今は随分とマシになった、と言って日本に帰ってきてくれたことを嬉しそうに語っていた大和の泣き顔は忘れられない。

 四四八の中で、直江大和は……いや、あの時、川神で出会った人々は確実に生きている。

 

 しかし、本来の世界において、彼らはもうどこにもいない。

 

 だが――

 

 だが、しかし、と四四八は思っている。

 

 邯鄲の夢は、ただの夢ではない。

 いうなれば未来の可能性を見ているのだ。

 

 だから、

 

 だからこそ、いつか再び会うことができる。

 

 そう思っている。

 

 今は無理だ。

 

 だが、次の、次の次の、次の次のその次の……世代を重ねて想いをつなげれば、いつか必ず再び出会うことができる。

 四四八そう思っている――否、確信している。

 

 四四八は、大和があの戦いの最後に言った言葉を思い出す。

 

『また、会おうよ。柊』

 

 四四八は声に出してその言葉に答える。

 

「ああ、また会おう。直江」

 

 いつの日か――きっと――

 

 四四八は窓から川神があるであろう空を見上げた。

 

 見上げた空は、四四八たちが川神を訪れた初めての日のように、高く、蒼く、広く、澄んでいた……

 

 

 

 戦真館×川神学園 本編 ~完~ 

 




最後までお読みいただきましてありがとうございます。

川神学院生徒=初代戦真館のネタはぶっちゃけると後付です。
ほんとに何も考えてなくて途中でない頭ひねって考えました。
原作の流れを壊したくないというのが個人的なこだわりでしたので
こういう会話が四四八達の最終決戦の合間に交わされている可能性があるなぁ、という雰囲気にかけていれば幸いです。

矛盾とかポロポロあると思いますが、其の辺は目をつぶっていただけるとありがたいです……

本編はこれにて終わりですが、日常回があまり書けずに出ていないキャラもいますので、
その辺りを番外編として、ちょこちょこ更新していこうかなと思ってます。
辻堂さんとか天神館とかだしたいなぁ。

とにもかくにも思いつきで始めたこの拙作、まさかここまで続いて、終われるとは思ってもみませんでした。
細かいことは、活動報告に書かせていただきます。

とにかく今は、読んでいただき、励ましていただき、応援していただいた皆様に、言葉では表せないほどに感謝をしております。
皆様のお声で、書き続けることができました。

最後までお付き合い頂きまして、本当に、本当に、本当に、ありがとうございました。


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番外 東西交流編
番外 第一話 ~新年~


 ご無沙汰しております。
 新作を読んでいただいている皆様はありがとうございます。

 万仙陣の体験版、PV共に公開され、かなり戦真館熱が上がってきたこともあり、
 リハビリも兼ねて、番外編「東西交流編」を書かせていただきました。

 よろしくお願いします。


 年が明け、正月も過ぎ去り、冬休みも終って学園も動き出した、そんな時期。

 新年早々から活動している部活動もとうの昔に終わり、いつもならひっそりと静まり返っているはずの体育館の真ん中で五人の男たちが鍋を囲んでいた。

 暖房も何もつけていない真冬のだだっ広い体育館。熱源と言えば鍋を上にのせているカセットコンロの火ぐらいなものだ。そんな状況の中でも、この体育館には熱気があふれていた。

 鍋を囲んでいる男たちからあふれ出てくる熱の為だ。

 男たち――川神鉄心、ヒューム・ヘルシング、クラウディオ・ネエロ、ルー・イー、鍋島正――から自然とこぼれ出てくる“気”が全校生徒を収容できるほどの広さを持つ川神学園の体育館を覆い、熱しているのだ。

 しかし、本人たちは特に特別に“気”を発しているわけではない。ただただ、鍋をつついている。

 だが、ただそれだけのことで、この体育館は五人の“気”で覆われてしまっている。

 それ程までに此処にいる男たちは尋常ではないのだ。

 

「ほう……これはまた見事なフグだな」

 

 鍋の中から一際大きな切り身を箸でつまんだヒュームが、にやり、と笑いながら感嘆の声を上げる。

 

「あ、こら、ヒューム。それは儂が狙っておったやつじゃぞ!」

「ふん――名前でも書いてあるのか? 早い者勝ちに決まってるだろう」

 

 ヒュームの持ち上げた切り身を目敏く眼咎めた鉄心が抗議の声を上げるが、ヒュームに軽く往なされた。

 

「むむむ……」

「総代、やめてくださいよ、恥ずかしい……ワタシのフグのから揚げあげますから」

 

 そんな鉄心を弟子であるルー・イーがなだめる様に声をかける。

 

「はっはっはっ! 冬の下関で取れた一級品だ。そこらのとはものがちがわあなぁ。山ほど持ってきたからどんどん喰ってくれ」

 

 それを見た鍋島が豪快に笑いながら傍らに置いてある発泡スチロールから新たなフグの切り身を皿に盛った。

 

「ほほ、これはまた見事ですな――ヒューム、フグばかり取らないで、そちらの豆腐もさらってしまってください。鉄心様もですよ、白菜が溶けそうですのでお取りください。鍋をきれいにしましたら味を整えて新たにフグをお入れしますので……」

 

 皿に盛られたフグを嬉しそうに見つめたクラウディオがテキパキと指示を出し、鍋の塩梅を整える。

 クラウディオは今回の鍋を最初から最後まで一手に引き受けていた。所謂、鍋奉行というやつだ。

 最初の頃、クラウディオの指示に従わず鍋の蓋を取ろうとしたヒュームに射殺さんばかりの殺気と鋼糸が飛んできて以来、だれも鍋には手を出さなくなった。

 新たな材料を入れ、鍋が静かになったと同時に会話も一旦落ち着く。

 

 静寂に包まれた体育館の中に、ことことと、鍋の音だけが静かに響いていた。

 

「そういえば、お身体の方は大丈夫ですか?」

 

 その静寂を破るように、クラウディオが鍋島に問いかけた。

 

「ん? ああ、完全に元通りだ……と、まではいかねぇが――八割がた治ってる。こうやって酒も飲めるしな。()()からまだ二週間ちょっとしか経ってねぇことを考えるなら上出来だ。あの真名瀬って娘に感謝しなきゃな」

 

 鍋島は目の前にある茶碗に注いだ冷酒をグイッと飲み干しながら答えたあと――ああ、うめぇ――としみじみと言う。

 

「そういうことでしたら我々だって同じようなものです。我々を含め多くの人々が御正月をベッドで過ごすことにならなかっのは、真名瀬様や葵様達のお力添えあってのことですから」

「本当に、いくら感謝してもし足りないネ」

 

 鍋島の言葉にクラウディオとルーが小さく頷く。

 鉄心とヒュームは何も言わず、静かに冷酒の入った茶碗を傾けているが、内心は同じ気持ちだろう。

 

 アレ――去年のクリスマスイヴに川神を襲った、神野明影の襲来のことだ。

 

 あの一件はテロリストによる九鬼兵器部門の乗っ取りと川神襲撃――ということになっている。実際、神野は――その存在はどうあれ――愉快犯的なテロリストであったことは確かだし、九鬼の兵器部門が乗っ取られてしまったことも事実だ。そのことに加え、死者が出なかったこと、九鬼財閥が責任をもって被害の100%の補填を発表したこと、それよりなにより“川神”という地域の特異性もあって、世間的には上記の説明でかたがついている。

 しかし、それはあくまで第三者たちの認識。

 そこで戦っていた当事者たちはまた違う影響が出ていた。

 

「小耳に挟んだのですが……新学期になって部活動をやめる生徒が少々出てきたとか――」

「そうですネ。この前の一件で、戦うことが怖くなってしまった生徒の幾人かが、部活を休んでいるネ。特に武芸をする部活かラ……」

「そうですか……それは、また……」

 

 ルーの答えを聞いたクラウディオがなんと答えたらいいのか分からずに、言葉をのむ。

 不思議なことではない。

 一般の学生が行っている部活は学校活動の一環でしかない。

 如何に川神学園が特殊だといってもそこに大きな違いはないのだ。

 そこに来てあの非日常的な一連の事件。

 あれを経験したために、自らの携わっている武芸に対して恐怖や疑問を持ってしまったとしても何ら不思議ではないし、むしろそう思うのが普通なのかもしれない。

 

「じゃが――」

 

 そんな中、鉄心が言葉を挟む。

 

「じゃが、その一方で、自らの不甲斐なさを嘆いて部活動の門をたたく者もいる。そして、部活に残っている面々は、かつてよりも一層強く活動に取り組むようにもなっている。お主が最近、直江大和の鍛錬を見てやっているのもその一つじゃろう」

「ふむ……なるほど」

 

 鉄心の言葉にクラウディオが頷く。

 鉄心の言ったように、あの戦いの中で意識が変わったものも多くいる。

 特に、あの事件で中心となって戦っていた面々にはその傾向が強い。

 一子、義経といったもともと真面目な面々はもちろんのこと、今までは鍛錬をサボりがちだった弁慶、与一、項羽また百代、燕といった面々も新年明けてから、かなり積極的に鍛錬に取り組んでいる。京あたりも最近はしっかりと弓道部に参加をしているほどだ。

 大和も身体を本格的に鍛えようと思い、弁慶の鍛錬に参加したところ(弁慶は新年早々、大和と一緒にいたかったというだけなのだが……)をそこに居合わせたクラウディオに大和が頼み込んだのだ。

 クラウディオとしては、あの事件を中心となって終わらせた若者の頼みということもあり、快く受けただけなのだが、最近は大和の中に自らと同じ“糸”の特性を見出したことでその鍛錬にも熱が入り始めている。

 

「フン――“本気で戦う”ということは概してそういうものだ……当事者たちには大きな影響がでる。良しにつけ、悪しきにつけ――な」

「そうじゃな……」

 

 今まで友たちの話を黙って聞いていたヒュームが、まとめるように言葉を発する。

 全員そのことに思い当たることがあるのだろう、皆静かに頷いている。

 

「――で、お前が今日ここに来たのも、そのへんのことが関係しているのだろう?」

 

 そう言って続けるように、ヒュームは鍋島に視線を投げる。

 

「はっはっ、なんだ、お見通しかよ」

 

 ヒュームの視線を受けた鍋島がその言葉を肯定するように、大きく笑った。

 

「どういうことですカ? 鍋島さん」

「なぁに、あの一件を通じて一皮むけた川神学園に胸を借りようと思ってな」

「胸を借りル? ですカ?」

「ああそうだ、単刀直入にいやあ、“東西交流戦”をもう一回やっちゃあもらえねぇかと思ってるんだ」

「ふむ――」

 

 そう言って鍋島は師である、鉄心に目を向ける。

 

「俺ぁ、この前の一件で成長した東の実力を天神館(ウチ)の奴らにも味わわせてやりてぇ。ぶつかることで、見えてくるものも、わかるものもある」

「……お主たち……負けるぞ?」

 

 鉄心が鋭く鍋島を見据える。

 

「百も承知だ。負けや失敗には意味があるとは言うが、ありゃちいとばかし違う。負けや失敗に意味があるのは“本気でやって、本気で負けた”ときにこそ意味がある。本気で悔しがってこそ意味がある。そんな経験こんな時じゃねぇとなかなか出来るもんじゃねぇ……それに――」

「――それに?」

「そっちも、持て余してんじゃねぇのかい? ここまで高まった若い奴らのエネルギーをどうやって発散させるのか」

「ふうむ――」

 

 鍋島の言葉に、鉄心が腕を組んで目をつぶる。

 

「折角、若ぇ奴等がやる気になってんだ。俺達年寄りにできることは、若ぇ奴等が本気でやりあえる場を作ってやることじゃねぇかなぁ」

「なるほどのお――」

 

 若者が持つエネルギーというモノは、凄まじい。

 爆発的と言ってもいい。言ってもいいが――爆発的であるが故に、刹那的でもある。

 あの一件で高まった川神の気運だが、このまま平穏な日常が続けばいつの間にか萎み、その日常にのまれてしまうかもしれない。

 そうならないように、競い合う場を、時を作るのは、確かに鉄心たち教育者の仕事なのだろう。

 

「よしっ! ナベよ、その提案受けよう」

 

 鉄心は膝を叩いて了承の意を示す。

 

「しかし、前回と同じように学年別にするとあまり結果は変わらないのでハ?」

「むしろ、実力が離れ始めてるから西の全敗――という事もあり得るな」

「はっ! ウチの奴等をなめんじゃねぇよ!! っと言いたいところだが……そん可能性はまぁ、あるわな」

「でしたら、この様な感じはいかがでしょうか? こちら――東は川神学園を中心として学年混合で3チームを作る。西は天神館を中心に選抜で1チーム。計4チームでの対戦というのは?」

 

 クラウディオの提案に、

 

「まぁ、俺達は前回負け越してるんだ。体裁的にも実力的にもそんなもんだろう」

 

 鍋島が頷く。

 

「規模は……前回と同じだと1チーム200人程度か……箱を選定しないとならんな。あてはあるか? クラウディオ」

「前回と同じですと地理が完全にばれていますので……ふむ、年末の一件で、九鬼の研究所はいったん別の場所に動かす予定ですので、あそこがよろしいかと。研究所全体にカメラもありますので、放送にも適してます」

「多少苦しいが、タッグマッチトーナメントの決勝はこれに含めてしまった方がいいかもな。『みなさんの東西2組以外の対戦が見たいとの声を考慮して、東と西の多くの若者を集めた団体戦を開催する』といったところか」

「本人たちが了承すればいいじゃろ。モモと一子はなんも言わんだろう」

「ウチの石田と島にも言っておこう。まぁ、石田あたりはうるさく言うかもしれんが、何とかするさ」

「構成はどうされるんですカ? 天神館と川神学園だけ?」

「年齢はタッグマッチトーナメントと同じでいいじゃろう、構成の基本は天神館、川神学園、しかし助っ人枠を20人ほどつける。というのはどうじゃ?」

「いいお考えかと、交渉力、政治力、交友関係という戦前の戦略にも幅が持たせられますので」

「まぁ、それもそうじゃが……」

 

 鉄心はそう言って、全員を見据えると、

 

「彼らが呼べるじゃろう?」

 

 にやり、と笑った。

 

「総代、それってもしかしテ……」

「ああ、そうだな……奴らがいなければ始まらんな」

「彼らを抜いて頂上決戦など、川神学園の皆様に怒られてしまいます」

「あいつらがいてくれなきゃ、こっちも出張る意味がなくなっちまうからな」

 

 鉄心の言う“彼等”が誰なのか、他の四人も同じ若者たちを思い浮かべている。

 年末の一件の中心――否、この秋からの川神の騒動の中心だったといってもいい。“戦”の“真”を奉じる鎌倉から来た若者たち。

 

「のう戦真館――儂らにまた“本物の輝き”を見せてはくれまいか……」

 

 

―――――

 

 

「うー、寒いねぇ」

 

 早朝、いつものように川神学園への道を歩いている風間ファミリーの面々。

 声を出したのはモロだ。

 モロは厚手のダッフルコートにマフラーまでしているのに、身体を縮こまらされブルりと震える。

 

「モロ、だらしないぞ。今日はお日様がてっているからまだ暖かいだろ」

「いや、クリスはドイツ生まれだから寒さに強いんだよ」

 

 センスのいい白いコートに身を包んだクリスの言葉にモロは小さく反論する。

 

「俺はそんなに寒くねぇぞ。風邪もひいたことないしな!」

「あ、アタシもアタシも風邪とかひいたことないよ!」

「いや、むしろ二人はもうちょっと厚着したほうがいいんじゃないかなぁ。特にワン子は見てるこっちが寒くなっちゃうよ」

 

 キャップと一子は共にこの時期にしては薄着だ。

 キャップは制服に薄手のジャンパーを羽織っただけだし、一子に至ってはこの一月の寒空の下で体操服にブルマというかなり非常識な格好だ。

 

「ほら、まゆっち。今こそ北陸生まれの強さ見せる時だぞ」

「――っ!! 豪雪の北陸地方でも過ごせるウール100%の手編みのセーターをプレゼントしたら、友達ができるということですね、松風」

「いやー、それ重すぎだと思うけどなぁ」

「そうだぜ、まゆっち……せめて、マフラーからにしときな……」

「いや、それも重いからね」

 

 北陸生まれの由紀江はあまり寒さのほうは堪えてはいないようだが――やはり、友達の数の伸びは気温と同じく低空飛行を続けているようだ。

 

「あー、手編みのマフラーとかもらいてぇー。清楚な女の子から頬を染めながら“これ島津さんのために一生懸命縫ったんです”とか、いわれてー。ちっくしょー、なんでクリスマスイヴの大活躍があったのに俺様は未だ独り身なんだ? 全く世の中、間違ってるぜ」

「それはガクトが、クリスマスパティーの時に勢い余って裸踊りとかしちゃったからじゃないかなぁ」

「くうぅ……やっぱそれだよなぁ。もうぜってぇ、酒なんか飲まねぇぞぉ……」

 

 ガクトは相変わらずのぼやきを続けている。

 今の会話で全方位にツッコミを入れているのはモロだ。

 通常ならば大和もツッコミ役に回るのだが、今はメールの返信に忙しいのか、携帯を忙しそうに動かしながらもくもくと歩いている。

 

「ねぇ、大和ぉ、私寒い――あっためてぇ」

「あー、んー」

「そうだぞ、大和。お姉ちゃんは寒い。弟よ、あっためてくれ」

「あー、多分、妹の方が体温高いよ」

 

 京と百代の言葉にもおざなりな返事しかしない大和。

 そんな大和に、

 

「大和! 私はもう待つ女はやめたんだ! そうやって大和が冷たい反応をするならば、その冷たさ私の情愛で溶かしてみせる!!」

「おーい、美少女相手にその反応はないだろうー。まさか、女じゃないよなぁ、お姉ちゃんに携帯の相手を見せてみろ、と」

「ちょ! わっ! 京なに抱きついて――って姉さんも! 携帯返してよ!!」

 

 京が、がばっ、と大和に抱きつき、その隙に百代が大和の携帯を奪い取る。

 

「お?」

「ん?」

 

 同時に、京と百代から小さく驚きの声が上がる。

 

「ああ、もう、二人ともいいかげんにしてよ!」

 

 その一瞬の隙をついて、大和は京の拘束から逃れると、百代から携帯も奪い返す。

 

「久しぶりに柊から返信があって、メール返してるとこなんだからさ」

「みたいだな――どうだ、あいつら元気にしてるのか?」

「まぁ、鎌倉に戻ってまだ二週間ぐらいだからね。あんまり変わってないらしいよ。てか、みんなでお正月に鶴ヶ岡八幡様で初詣したからホントにそんなに経ってないんだよね」

「そうそう、その後。晶のお店行ったのよね。あー、晶の実家のお蕎麦美味しかったなぁ」

 

 晶の店で食べたお蕎麦の味を思い出したのか、一子がキラキラと目を輝かせながら会話に入ってくる。

 

「そうですか……まだ、みなさんが鎌倉に帰ってそれくらいしか経ってないんですね……」

「それにしちゃあ、随分たった気もするな」

「やっぱ、あいつらがいた時はいつも以上に騒がしかったからなー」

 

 由紀江、ガクト、キャップもそれぞれ去年の出来事を思い出すように呟く。

 

「まぁ、でも、行こうと思えばいつでも行けるしね。鎌倉片道30分ぐらいだし。向こうは川神院の節分を皆で観に来るって言ってたよ」

「そうか、それは楽しみだな」

 

 そんなふうに、ファミリーの皆ががやがやと四四八達の話題で盛り上がってる中、京だけが、じっ、と大和を見ていた。

 

「ん? 京なに?」

 

 その視線に気づいた大和が京に問いかける。

 

「え? うん……大和……ちょっと逞しくなった?」

「え? そう?」

「うん、間違いない。私は大和の生態を一週間ごとにチェックしてノートにまとめてるけど、ここ最近、明らかに筋肉量が増えている」

「いや、なんでそんな堂々とストーカー発言してるんですかね? 京さん……」

 

 いつものことだとは知りながらも、あからさまなカミングアウトに若干引く大和。

 

「ほう、それは姉としても調べなきゃならんな。そおれ」

「ちょっ、わっ、姉さん」

 

 それを聞いた百代が大和に抱きついてくる。

 

「ほう……ほうほう……なるほどな……」

「ちょ、ちょっと、姉さん」

「はは、動くな動くなー。ふうん、まだまだ絶対量は足りてないが、なかなかしなやかな筋肉がついてきてるじゃないか。素人の独学ではなかなか短期間でこうはならない、誰かに教えてもらっているのか?」

「え? うん、弁慶の鍛錬につきあった時に、クラウディオさんに頼んでみたら、良いって言ってくれてさ」

「なるほど、あの爺さんなら納得だ……それに弁慶ちゃん――だけじゃないが、いろいろな奴らがやる気を出してきている……ふふ、いい傾向じゃないか」

 

 今の熱気を帯びた川神が気に入っているのか百代が小さく笑う。

 

「でも、姉さんが戦いたいのは別にいるんでしょ?」

「ふふ、わかってるじゃないか大和」

「まぁ、そりゃあねぇ」

 

 そんな大和の言葉を肯定するように頷いて、

 

「そう、私は柊四四八ともう一度戦いたい」

 

 百代はそう言った。

 

 初めて柊四四八と戦ったあの日から、自分の中の様々なものが変わっていった。

 項羽との戦いも、

 我堂鈴子との戦いも、

 鳴滝淳士との戦いも、

 川神鉄心との戦いも、

 全て百代の中で忘れられない記憶として刻みつけられているが、その中でもやはり、柊四四八との戦いは別格だ。

 自らを見つめ直す契機となったあの戦いは、この濃密な三ケ月間の中でも特別なものとして百代の中に存在している。

 故に、見せたい、と百代は思っている。

 お前のおかげで、自分はここまで強くなれたのだ、

 お前のおかげで、自分はあの戦いを生き抜いて来れたのだ、

 お前が気づかせてくれたものは、こんなにも大きなものとして自分の中にあるのだ、と、

 拳で、身体で、思いっきり語り合いたいと思っている。

 

「私の卒業まで、そうそう時間がない。向こうも受験があるとも言っていた。何かいいチャンスがあればいいんだが……」

 

 百代はそう言って突き抜けそうに青い冬の空を残念そうに見上げた。

 

 しかし、その機会はすぐそこまで来ていることを、大和たちは学園について知ることになるのだった。

 

 

―――――

 

 

 大和たちが学園の校門にたどり着くと、校門の入口に大きな立て看板が置いてあり人だかりができていた。

 突発イベントの多い川神学園はこういったふうに唐突にイベントを発表しては、生徒たちの話題にとなるのだが今回はまた随分と大掛かりのようだ。

 

「なんだなんだ? 新年早々なんかあんのか?」

 

 お祭り好きのキャップが人だかりを見つけると、ひょいっひょいっ、と人集を抜いながら立て看板の前へと進んでいく。

 

「ちょ、ちょっとキャップ、早いって……あ、ちょっと、ごめん」

 

 キャップを追うように大和達も人ごみをかき分ける。

 なんとか看板の前に来たとき、

 

「おはようございます。そろそろ来る頃だろうと思ってましたよ。大和君」

 

 声をかけられた。葵冬馬だ。

 

「おはよう、葵。早いね」

「おやおや、クラスメイトになった暁に、親愛を込めて“冬馬”と呼んでくれ言っているのに、なかなか焦らしてくれますねぇ大和君は……」

「絶っ対! 呼ばないからね」

 

 先だって行われた期末考査で見事S組の仲間入りをした大和は現在、冬馬とはクラスメイトだ。

 前はなんとなくぎこちなかった冬馬との関係も、今はかなり打ち解けてきている。こんな朝のやりとりも、もはや慣れたものだ。

 

「で? 三学期バタバタの中で何やろうっていうのさ、川神学園は」

「ふふふ、それはご自分の目で確かめてみてください。なかなか面白い趣向だと思いますよ」

 

 冬馬の声に導かれるように大和は看板に目を向ける。

 

「えーと、“東西交流戦開催のお知らせ――この冬、再び東西因縁の対決をここ川神にて開催。九鬼財閥の全面協力もあり、優勝チームには豪華賞品も用意”か。ふーん、また天神館とやるのか」

 

 細かい要項は別として主題のところだけを読み上げた大和は頷く。

 

「おや? 大和君、あまりノる気ではないですね?」

「いや、そんなことないけどさ。天神館とは一回やってるし。なによりこっちはあれからいろいろあったからさ……」

 

 冬馬の言葉に、大和は言葉を濁す。

 天神館とは去年の夏前に学年別で対戦をしており、川神学園の2勝1敗。残念ながら1年生組は負けてしまったが、2年、3年は勝利をしている。

 あの交流戦から、3年には葉桜清楚、松永燕が加入しているし、1年には九鬼紋白がいる。2年に関しては武蔵坊弁慶、那須与一があの交流戦には参加していない上に、秋に戦真館と共に過ごした日々で2年の武芸者は爆発的に伸びている。もちろん天神館とてかつてのままではないというのは重々承知の上だが、流石に自分たち以上の経験をしていたとは思えない。

 そう考えると、天神館に対しては申し訳ないが、役者不足の印象がぬぐい去れない。

 

「まぁ、言いたいことはわかりますよ。ですが、学園長たちもそのあたりはわかっているのでしょう、ほらそこに――」

 

 そう言って冬馬が指差した部分を見てみると、

 

「対戦は天神館選抜チーム1チーム。川神学園選抜チーム3チームの計4チームによって行う――ああ、なるほど、川神学園同士で戦うこともあるわけか」

「ふふ、共にあの年末を乗り越えた方々との真剣勝負……なかなかに面白いとは思いませんか? それに――ここにもっと素敵な一文があるんですよ」

 

 そう言って冬馬は更に指を横にずらす。

 

「1チーム、20人まで学園外の人間を助っ人として呼ぶことが可能。尚、呼ぶことができる助っ人は前年のタッグマッチトーナメントの出場要件と同じ……あれ? これってつまり」

「ふふ、そうです。学園長は“彼等”を呼べと言っているんですよ」

「それって、やっぱり……」

「ええ――四四八君たち、戦真館の皆さんですよ」

 

 それだけ言うと、冬馬は抑えきれないように、口元をほころばせる。

 

「また彼等と共に戦えるんです。もしかしたら、彼等を相手に戦えるかもしれない。そう考えただけでワクワクしませんか?」

 

 柊と共に戦う? 柊を相手に戦う?

 言葉が実感となって大和の胸に降りてきた。

 

 ――ワクワクしませんか?

 

 ――する。

 ――するに決まっている。

 彼らと過ごした、あの濃密という言葉すら薄くなるほどの時間を再び経験できるのか。

 そう思うだけで、ゾクゾクと身体の裡から熱いものがこみ上げてきた。

 

 そして、それを喜んだのは大和だけではないようだった。

 

「はっはーっ!!」

 

 大和の後ろでそんな笑い声とともに、風が吹き抜けた。

 自然の風ではない、笑い声をあげた人物の闘気が風となってあたりを吹き抜けたのだ。

 無意識のうちに風を起こした張本人――川神百代は笑っていた。

 

「ああ、ああ! じじぃの奴、粋なことをしてくれるじゃないか! このチャンスは逃さない!! 待っていてくれ柊、私は必ずお前のところまで上りつめる!!」

 

 百代の身体から、喜びという名の闘気が溢れ出していた。

 

 その闘気に当てられたように川神学園各所で、強者達が動き出す。

 

「さあて、今回はチーム戦かぁ。私が大将になるのもいいけど、誰かと一緒っていうのも悪くないなぁ。大和くんと同じチームってのもイイけど、多分ももちゃんが一緒だろうから、ももちゃんと対戦できないなぁ。うーん、ちょっと様子見かなぁ」

 

 松永燕は屋上でノートパソコンをたたきながら思案に暮れている。

 

「んはっ! これでまた柊の奴と戦うことができる! これで俺の素晴らしさを教えてやろう、なっ、清楚!! ――ん? 一緒のチームになって頼りになるところを見せたほうがいい……む、なるほど、確かにそれは一理あるな……うーん、どちらがいいか……」

 

 項羽と葉桜清楚は腕組みをしたまま一人で二人の会議を行っている。

 

「水希達も来るのかな? また一緒に戦えるのか? うん! 義経は楽しみだ!」

「そうだねぇ、私は主がいるチームに行くけど……主を相手にするっていうのも悪くないなぁ」

「ふん、風が俺を呼んでるぜ……相棒、こんなにも早くお前との再度の邂逅を果たすなんてな……因果律が暴走してるのかもしれねぇ……気をつけるとしようか」

 

 源氏の面々は三者三様に思いを馳せる。

 

「今度こそ、活躍してみせます!」

「そうだなぁ、この前何かする前にムサコっすが自滅したからなぁ」

 

 由紀江は刀を握りしめて決意を新たにし、松風がそれを生暖かく見守っている。

 

「ふははははーーー! 中々に面白い趣向じゃないか! この戦いに勝利して、我こそが東西の頂きであると証明しようではないか」

「流石です! 英雄様!!」

「ふははははーー! 兄上! 我も大将として立候補いたします! 全身全霊で兄上をぶつかり、越えてみせます!」

「はは! その意気や良し! 流石、我が妹だ! 遠慮などするな、全力でぶつかって来い!」

「はい! 兄上!!」

「 「ふははははーーーっ!!!」 」

 

 九鬼兄妹の笑い声が、校庭に響き渡っている。

 

 川神学園に真冬の寒さを吹き飛ばす熱気が渦巻いていた。

 

 

―――――

 

 

「ふん、舐められたものだな」

 

 天神館の校門に張られた“お知らせ”を読みながら、石田三郎が不機嫌そうに呟く。

 

「そうは言いましても御大将。我々は先の交流戦で負け越した側、それを考えますと……」

「そんな事は解っている、解っているが……気に食わんと言っているのだ」

 

 石田をフォローするような副将である、島右近の言葉を石田は解っているといわんばかりに切って捨てる。

 

「あれ? そういえば……ほむは東の子とメル友だったよね? 何か聞いてる?」

「直江だな! 向こうからは何もないが、マメな奴だからな多分今日中にメールがくると思う。くうう! また再び東の強者たちと渡り合えるのか! 大友の火力を増した“国崩し”が火を噴くぞ!」

 

 褐色の肌をした中性的な少女――尼子晴が大友焔と談笑している。

 

「ゲホッ、ゴホッ……そういえば長宗我部は秋口からかなり東に行っていたな。なにか相手の情報はあるかい? ゲホッ、ゴホッ」

「ぬはははは、ああ、あるぞ。一番は、今、東には川神学園だけでなく戦真館という強者たちがいるという事だ。奴らは……強いぞ、とてつもなくな」

「ほう、最近よく耳にする名前だな――探りを入れてみるか」

「なるほど、鉢屋の情報網にかかっているという事は調べてみる価値はありそうだな……ゲホッ、ゴホッ!」

 

 長宗我部の話に興味深そうに大村と鉢屋が目を光らせる。

 

「ふっ、私の美しさに勝る人間がいるとも思えないが……まぁ、再び東の地に降り立つとしようか」

「さぁ、銭儲けの時間やでぇ。この前は後れを取ったけど、次こそは川神いてまって、宇喜多の名、川神に轟かせてやるさかいな」

「東の女は最近食ってないな……というか、川神というとあの黒い悪夢の記憶が――うっぷ」

 

 毛利、宇喜多、龍造寺は相変わらずという感じだ。

 

 そんな中、石田がすっ、と大村の傍へとやってくる。

 

「ヨッシー、少し相談がある」

「なんだ御大将」

「ヨッシーは中国地方の古流武術の使い手だから、こいつ等に聞き覚えがないか?」

 

 そう言って石田が一枚の紙を差し出す。

 その紙に書かれた名前を見て、大村の顔色が変わる。

 

「御大将!? これを何処で――」

「俺の親父は石田鉄鋼の頭取だ。そのあたりの裏の事情も知っている……俺は敗けるのが嫌いだ。しかも、同じ相手に二度も敗けるなどプライドが許さない! だから今回は形振りをかまっていられない。ヨッシー、何とか連絡が取れないか?」

「御大将……」

「頼む……ヨッシー……」

 

 プライドの高い石田が大村に頭を下げた。

 

「……わかった、伝手をたどってみよう」

「――!! 恩にきるぞ、ヨッシー」

「いや、いいって事だ。俺だって、二度も同じ相手に負けたくはない――場合によっては……俺も本気を出す」

「ヨッシー……」

 

 瞳を鋭く光らせた大村の言葉に石田は一瞬驚くような素振りを見せたが、すぐに力強く頷いた。

 

「少し実家に連絡してみる、一両日中には結果が出るだろう……」

「頼んだぞ、ヨッシー」

「まかせろ、御大将」

 

 大村はノートパソコンを片手に石田から渡された紙の組織へのコンタクトを模索していく。

 

 紙には綺麗な字で“梁山泊”と書いてあった。

 

 

―――――

 

 

 中国、深山幽谷の奥地にある梁山泊。

 そこはかつて――否、宋の時代から今に至るまで、英雄達の集う場所である。

 ここは人知れず……しかし、一部の人間には名の轟いた特異な場所であった。

 世界最高の傭兵集団・梁山泊。

 世界が動くときには、必ず彼女たちの暗躍があった……とまで言われている存在である。

 

 そんな梁山泊の一室で、4人の少女が話し合っていた。

 

「――というわけで、西の天神館より依頼が参りました」

 

 美しく流れるような黒髪を持つ少女――林冲が4人を代表するように首領・宋江から託された指令書を読み上げる。

 

「相手は川神学園か……武神に川神院――ふふ、熱くなれそうじゃないか」

 

 赤く燃えるような髪を後ろに束ねた少女――武松が無表情な顔の中にごく薄く喜悦の色をにじませながら呟いた。

 

「武士娘の園、川神か……ふふ、パンツ楽園だな、ハァハァ」

 

 色素の薄い青い髪をした眠そうな表情の少女――陽志が息を荒くしてにやり、と笑う。

 

「まー、でもさー。わっち等4人に……さらにまさるまで連れてくんだろ? 流石に大掛かりすぎねぇか?」

 

 小柄な少女――史進が腰に手を当てて胸を張る。ぐぐっと、張られた胸が突き出るが……なんとも動きが不自然だ。

 

「そうとも言えません、この依頼の指定レベルは“天”ですから」

「“天”!? 最高難易度じゃん、なんでそこまで」

「まずは、今、武の中心と言われる川神を相手にするという事。そこには武神をはじめとした壁を越えたものが幾人もいると聞きます」

「ふふ、いいじゃないか熱くなれそうだ」

 

 林冲の言葉に、武松がふふ、と笑う。

 

「まずってことは、まだあるってことだよねぇ」

「ええ、そうです。もう一つの相手は戦真館。この秋から台頭してきた鎌倉の若者たちです」

「戦真館? 昔、日本軍の軍学校として作られたのに、そんなようなものがあったような……」

「そこに所属している柊四四八は武神・川神百代に土を付けたそうですよ」

「なに!?」

「まじ?」

「ほお~」

 

 林冲の告げる事実に武松、陽志、史進がそれぞれ感嘆の声を漏らす。

 

「さらに言うならば、梁山泊の例の部門から、川神には玉麒麟・盧俊義(ろしゅんぎ)の資質を持つものがいるという調査結果が出ています」

「梁山泊、第二位・盧俊義か……確か武士娘を管理する資質だったか?」

「そうですね。名前は直江大和。武神・川神百代の弟分らしく、その意味ではその片鱗が見えるといってもいいかもしれません」

「写真で見ると、そんなに大物って感じはしないんだけどねぇ」

 

 林冲から手渡された写真を見ながら陽志が眠そうな目をしょぼしょぼと瞬かせながら言う。

 

「そして、最後にもう一つ」

「なんだよ、まだあんのかよ……」

 

 史進がげんなりと林冲に目を向ける。

 

「それだけ多くの要項があるという事です――前段で出ました戦真館の柊四四八。彼については大刀・関勝(かんしょう)の資質があるという調査結果が出ています」

「関勝! 梁山泊・五虎将の筆頭……林冲の上の存在だということか」

「ふぅん、面白いじゃない。そいつら全員なぎ倒して、直江大和と柊四四八が本物かどうか見極めるのが、わっち等の指令か……なるほど確かに“天”かもね」

「ほうほう、戦真館は男だけじゃないのか――じゅるり……この日本刀の彼女のパンツは楽に手に入りそうな気がする……」

 

 指令書をすべて読み終わると林冲は居住まいを正す。

 

「この指令は、現在“武”の中心とされている川神で、我々、梁山泊の名の健在を示すとともに、直江大和、柊四四八の資質も見抜かねばなりません。勿論、曹一族の動きには細心の注意を払いながら、です」

「いやいや、なかなか厳しい任務だね」

「ふ、いいじゃないか、熱くなってきた」

「よおっし! んじゃ、まさる呼んできて、詳細な打ち合わせしとこうぜ。目ぼしい敵の情報はあるんだろ?」

「ええ、ここに」

「おっしゃ、じゃあ、わっちが起こしてくるわ。武松が行っても甘いものにつられるだけだろうしな」

「――シュークリームは美味しい」

 

 史進が部屋を出ていくと同時に、林冲が後ろに会った分厚いファイルを取り出し、皆の前に出す。

 そのファイルに群がるように、3人が真剣な顔でファイルを読み始める。

 

(直江大和、柊四四八……果たしてどのような男なのでしょうか)

 

 林冲はそんなことを考えながら調査部門からあげられてきた四四八の写真を眺める。

 梁山泊、五虎将の筆頭たる大刀・関勝の資質を持つ青年。

 それ程のものなのか、武神を倒した実力は本物か、どんな男なのか……興味は尽きない。

 

 ――とくん。

 

 林冲の胸が、大きく跳ねた。

 

 




 久しぶりにマジ恋の面々を書いたのですが、大丈夫かな、忘れてないかなぁと手探り状態です。

 A-4をプレイしたこともあり、天神館、梁山泊も出させていただきます。
 また、番外編は途中で、クリスマスパーティやバレンタインといったイベントも挟む予定となってますので、よろしくお願いします。

 お付き合い頂きまして、ありがとうございます。


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