違うんです!ㅤちょっと幸せに(以下略 (紫芋)
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番外編[1]ㅤあるいは原作前のあれやそれ
エミールの日記(1)


 〇月✕日

 

 今日は世界中を飛び回っている画家の父さんが、旅先から珍しいデザインの日記帳を送ってくれた。手製の絵葉書とバースデーカード付きで。

 なんというか、息子の誕生日を忘れず祝おうとしてくれる気があるのは素直に嬉しいけれど。父さん……僕の誕生日は来週末だよ。それに八歳じゃなくて七歳だし。

 とりあえず書くこともないし、今日はこれくらいで終わりかな。三日坊主って言葉の通りにならないようにしよう。

 

 

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 〇月✕日

 

 七歳の誕生日おめでとう、エミール・ロワ。父さんの背中にまた一歩近づいたね。

 今日は僕の誕生日。だからって何かあるわけでもないけれど、おめでたいことだもんな。皆からお祝いしてもらって、ケーキも食べた。

 それと、アルベール叔父さんから飛行機の模型をプレゼントに貰った。明日箱から出して組み立ててみよう。

 

 

 

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 〇月✕日

 

 今日突然、父さんが家に帰ってきた。……おかえりを言う間もなく書斎にこもっちゃったけど。

 いつものお土産話も今回はなかったし、それどころか一言も喋らなかった。いつも笑ってる父さんの、あんな険しい顔を見るのは初めてだな。

 それから夜遅くにアルベール叔父さんが来て、書斎で父さんと言い合いをしてた。何かが割れるような音もした。

 

 一体、何の話をしていたんだろう。叔父さんはさっき帰ったみたいだけど、最後の最後で父さんの怒鳴り声が家中に響いた。「もうたくさんだ!」って。

 あの父さんが声を荒らげるなんて、何があったのか気になるけど、聞いちゃいけない事のような気がする。いっそ忘れた方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

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 〇月✕日

 

 二十二歳の誕生日おめでとう。俺は、エミール・ロワを誇りに思う。この調子で夢を追い続けてくれ。

 さて、父さんたちからは相変わらず叔父さんの会社に勤めている件についての、苦言を添えた絵葉書とバースデーカードが届いているが。

 

 申し訳ないけれど、俺の夢の為にはそれなりにお金が必要なのだ。それなりに待遇がよかったので、このまま主任技術研究員としてデュノア社に腰を落ち着けようと考えている。

 俺が主導でやっている、第三世代機計画が軌道に乗れば、かなりの見返りが約束されているんだ。個人的に来週末のアーク・スフィア稼働実験に興味があるし、今の生活には満足している。

 

 この実験の成功が、俺にとって何よりの誕生日プレゼントになるかもな。ともかく、おめでとう。

 

 

 

 

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 〇月✕日

 

 なんということだ。マズい。マズいぞ……。

 稼働実験の事故から半年。今日、ようやく退院した。

 事故の後遺症も、第三世代機計画が無期限の凍結処分を受けたことも、今こうして俺の頭を悩ませている問題に比べたらほんの些事だ。

 正直今も混乱している。こうして文字に書き起すことで、少しでも頭の中を整理できればいいのだが……。

 

 俺は、エミール・ロワじゃない。いや、厳密にはエミール・ロワではあるのだが、そうではない誰かの記憶があるといった具合か。……俗に、前世と呼ばれる断片的な自分の記憶が。

 恐らく事故のショックで思い出したのだろうが、説明するにはちとややこしい。問題はかの篠ノ之束博士、数年前の白騎士事件、IS、デュノア社、叔父のアルベール・デュノア、これらの要素から自ずと導き出されるのは──これ、インフィニット・ストラトスじゃねぇか!?

 

 それはつまり、この世界が物語の設定に準じた世界で、おまけに俺はその物語の主要キャラクターの、年の離れた従兄ということになる。

 道理で両親が、叔父の会社に俺が就職することに対してあまりいい顔をしなかったワケだ。同時に十数年前の出来事にも納得がいく。

 既婚者である親戚が──それも自分の弟が、浮気した挙句相手の女性を孕ませた等と言い出したら、兄弟でなくても「もうたくさんだ!」、とそう怒鳴りたくもなるだろう。そのまま半ば縁切り状態になるのも頷ける。

 

 今日はその叔父から退院早々に呼び出しを受け、緊張の中でいくつか話をし、無事開放された。計画が凍結された件もあり、折り入って別の仕事を任せたいとかで、明日の昼前にもう一度社長室に顔を出せとのことだ。

 なんだかもう、既に嫌な予感がしている。俺はどうすれば良いんだ……。

 

 

 〇月✕日

 

 果たして、嫌な予感は見事に的中した。ある意味不意打ちのような形で。

 前日に昼前と指定があったので、余裕を持たせる為に朝早めに出社し、凍結された計画の資料を個人的にまとめていたところ、件の少女が俺のオフィスにやって来たのだ。

 

 シャルロット・デュノア。俺の、年の離れた従妹。可愛らしいが、何処か影のある女の子だ。

 慌てて駆け込んだ社長室にて、叔父とサシで話をしたのだが、肝心な会話の中身といえば、遠回しな事情の説明と、娘を暫く預かっていてほしいという頼みのみだった。

 

 シャルロット当人には既に、気持ちの整理ができるまで俺と生活するよう言ってあるらしい。元より頼みを断るつもりもないが……俺に拒否する権利は与えられていないんだな。

 

 話を要約するとシャルロットの母親──言いたかないが叔父の浮気相手──が鬼籍に入り、叔父がシャルロットを認知しようとしたものの、それを良しとしない不穏分子が排除に乗り出そうとしている為、有給扱いにしてやるから娘を連れて暫く会社から離れていてくれないか……と、まあそんな感じか。

 叔父嫁のロゼンダさんとの折り合いもまだ付いていないだろうし、嫁と娘の二人を引き合せるには時期尚早ってこともある。そういう意味でも、決着が着くまで代わりに面倒を見てもらいたいってハラなんだろうが。

 

 それにしたって、なんだってそんな大事な用件を俺に任せるんだ。もっと適任者がいるだろうに。

 そう例えば、父さんとか……ああ、そうか。叔父と両親はもう半分縁切り状態なんだったな。

 

 まあ、有給扱いなら遠慮なくバケーションとさせてもらうとしようか。この仕事、見返りは良いんだが大した休みを取れないのが問題だよな。

 シャルロットについては……追々考えていくことにしよう。形がどうであれ、俺にとっては可愛い従妹だ。それは間違いない。

 

 彼女の本質的な幸福はいつか出会うであろう主人公君に任せるとして、その前に従妹の人生をちょっぴり豊かに出来れば御の字だろう。

 それこそ、少しでも家族の温かさってやつを教えられればな、と。今のままじゃ、それも難しいだろうが。

 ……こういう時に父さんなら、どうするんだろう。

 

 

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 〇月✕日

 

 シャルロットを迎え入れてはや二日。着々と休暇の荷造りを進める俺だが、シャルロットの態度は相変わらず硬く、どことなく遠慮がちだ。まさに借りてきた猫。

 

 どうぞ自宅のような気持ちで、寛いでくれと言ってあるのだが、まあどだい無理な話だろう。いくら従兄妹とはいえ、あちらとしては見知らぬ大人の家なわけだし。

 

 ぶっちゃけ悩んでいる。今どきの女の子って何すれば喜ぶんだ。食の好みとか、流行りは? 欲しい物……服は試しに買ってプレゼントしてみたものの、反応は微妙なとこだ。

 

『自分なんかに……』という発言が目立つのもよくない傾向だと思うが……こればっかりは時間をかけて、ゆっくり仲良くなっていくしかないだろう。そもそも俺はセラピストでも、精神科医でもないんだからな。

 

 ……人間の心と体って講義、受けとけばよかった。

 

 

 

 

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 〇月✕日

 

 アメリカ滞在十八日目。

 最近になって、ようやくシャルロットが心を開いてくれつつある気がする。頑なに『ロワさん』呼びを続けていたのが、『従兄さん』呼びが混ざりつつあるのだ。

 

 それと、口調がやや男の子っぽくなっているような……やはりアレか、こないだのバンジージャンプが効いたのか、それともカイトボードか……スカイダイビングかもしれない。個人的には昔から続けてるスカイウィングが一強だな。

 

 相変わらず本社からは何の報せもないが……まあ、シャルロットにはもう少しだけ俺の休暇に付き合ってもらおう。

 

 明日はお待ちかねの日本行きだ。空港に着いたら、まずは京都行くぞ京都!

 

 

 

 

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 〇月✕日

 

 日本滞在二十二日目。

 今日は動物園に行った。たまには実験用のラット以外の生き物を見るのもいいものだ。うん。

 

 小動物との触れ合いコーナーでウサギと戯れるシャルロットはなかなか画になったが、なぜだか当の本人は始終謎のキリン推しを続けていた。そんなにキリンが好きなのだろうか。

 

 それはさておき、やはり事故の後遺症は動物に強い影響を与えるようだ。シャルロットには昔から動物に嫌われやすいのだと誤魔化したものの、疑問は拭いきれていないだろう。

 

 軽微な放電現象を単なる静電気とするのも苦しくなってきたし……彼女にはそろそろ事情を話しておくべきだろうか。

 

 

 

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 〇月✕日

 

 父さんが描いた絵の展覧会が、たまたま立ち寄った国で開かれていたので、ちょっくら道草を食ってみた。もちろん一般客として列に並んで、チケット代を支払ってな。

 

 俺が家を出てからは、母さんは父さんの旅に付いていくようになったらしいが……裸婦画って、なにやってんだよ父さんも母さんも。シャルロットの前で気まずかったので、問題の絵はあまり見ずにスルーした。

 

 ああ、そう。シャルロットといえば本社から近い内に彼女をテストパイロットとして受け入れる態勢が整うと報せが届いたので、この休暇もそろそろ終わりを迎えるだろう。非常に残念な話だが。

 

 驚いたことに、待遇についてはシャルロット本人が自ら選んだらしい。テストパイロットをやりたいと。

 

 あと、それから。シャルロットが慣れ親しんだ『従兄さん』ではなく、『エミールさん』と呼んできた。ううむ、これはよい傾向なのか?

 

 

 

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 〇月✕日

 

 ロクデナシ共が苦し紛れに送り込んできた最後の刺客を、ノして当局に引き渡した。連中、俺を温室育ちのもやしと甘く見たな。従兄は強いのだ。

 

 とまあそんなわけで、デュノア・グループの不穏分子一掃大作戦は無事完了し、俺の有給休暇もこれでお終い。週末には本国に戻らないと、そのまま無断欠勤になる。

 

 シャルロットの今後については当人次第。望むなら一人暮らしでも、叔父一家と住んでもいい。何にせよ、彼女にとって簡単な道は少ないかもしれないが。

 

 俺も今度の休暇で十分リフレッシュできたし、例の計画もさっさとリブートしてもらわないとな。これから忙しくなるぞ。

 

 

 

 

 

 

〇月✕日

 

 シャルロットが夜這いを仕掛けてきた。何故だ。




なんでだろうね




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シャルロットの話(1)

こうして書いてみると、会話のみのSSが如何に楽だったのかを思い知らされる……。


 静かな夜。今日の楽しい思い出と、あたたかい布団に包まれながら。

 心地よい疲労感と微睡みの中で、シャルロットはここ数ヵ月の出来事、その記憶の断片を、ちまちまと振り返っていた。

 

 亡くなった母親。葬儀が終わったあと、ひとりぼっちの寂しい自宅に現れた黒い背広姿の男たち。

 彼らは慇懃無礼に『貴女のお父様に雇用されている者です』と、そう告げ、自分はどこの何者かもわからない、存在すら知らなかった父親の元へと連れられ、そこで出自を教えられた。

 

 愛人の子供。それは、幼心になんとなく想像がついていたこと。母親にも(ただ)してはいけないことなのだと物心着く頃には了解していた、自分にはなぜ父親が居ないのかという疑問の答えだった。

 そんな事実を告げられたシャルロットが驚きショックを受ける暇もなく、父親は淡々と話を進めた。

 

 自分が父親に引き取られることになり、エミール・ロワの話題が出てきたのはその直後だった。

 その人は父親の兄、つまり自分から見て伯父の息子で年の離れた従兄なのだという。

『お前の気持ちの整理ができるまでは、彼の世話になりなさい』──結局、父親との会話はそれだけだった。

 

 自分が腫れ物のように扱われていると、シャルロットがそう感じたのは言うまでもない。

 母親が死んで悲しいのに、それ以上に自分の居場所がどこにもないような気がして、寂しくて、泣きそうになった。

 

 この調子だと、従兄も父親に言われて渋々自分の世話をすることになったのではないか。そう勘繰ってしまい、その日の晩はどうしようもなく気持ちが沈んだのもよく覚えている。

 

 せめてエミールという男性がどんな人なのか、それをあらかじめ確認しておきたくて、こっそり彼のオフィスに様子を見に行ったのも仕方のないことだろう。

 父親から貰った特別な許可証を見せて、受付の女性に彼がどこに居るか訊ねると、彼女は快く場所を教えてくれた。

 

 もっともそこが個人のオフィスだという説明はなく、部屋の規模からチームのワークブースだと勘違いし、特に警戒もせず入室したシャルロットは、速攻で彼と鉢合わせてしまったのだが。

 あの時の彼の表情と自分の慌てっぷりは、忘れたくても忘れられない恥ずかしい思い出だ。

 

 ……と、最初の出会いはそんなものだったが。

 

 結果から言って、従兄のエミールは自分に対してとてもよくしてくれた。

 

 初対面時の反応からすると、恐らく彼自身も従妹である自分の存在を一切知らされていなかったのだろう。しかしそれでも彼は突然降って湧いたような親戚の子供に、真摯に接し手探りながらも深い愛情を一心に注いでくれたのだ。

 

 甘い感情に胸を高鳴らせながら、シャルロットは頭の中にエミールの姿を思い浮かべる。自分の頭を優しく撫でてくれる、少しだけ年の離れた大人の男性の姿を。

 記憶に強く残っているのは、よれよれのシャツに、しわしわのチノパン。くたびれた白衣を上に引っ掛けて、屋内なのに大きなサングラスを掛けた奇っ怪な姿。

 

 初めて会った時の彼は特別格好いいわけでもなくて、どちらかと言えばちょっぴりダメな大人といった感じだった。

 今となってはそれすらも可愛らしく思えるが、最初は不安に思ったものだ。本当にこの人で大丈夫なのだろうか、と。

 

 もっともそんな心配を他所に、エミールに案内された自宅はお洒落で、家族写真や素敵な絵画が沢山飾られてたり、掃除の手が隅々まで行き届いていたりと、シャルロットの不安を颯爽と払拭してくれた。

 少なくとも、エミールはダメな大人ではなかった。ちょっぴり変わり者なだけで……。

 

 実際、彼のオフィスにある衣装ケースにはちゃんとアイロンがけされたスーツが入っている。ハンカチも。

 これについてエミールは、てきぱきと荷物の整理を進めながら、『ひとりで仕事する時は、楽な格好をするに限る』と言っていた。

 

 その三日後。彼は『休暇だから旅行するぞ』と自分を連れて、さっさと家を出てしまった。長い長い旅の始まりだ。

 

 楽しいことをするのが好き、と少年のように笑う彼は、言葉通りインドア・アウトドア関係なく、そんなものまでと驚くようなスポーツのライセンスを沢山持っている。

 特に派手だったりスリルのある物が好みなようで、彼は自分を連れて世界各地のバンジージャンプや、初めて聞くようなスポーツを色々と巡った。

 恐くて死ぬような思いも幾度となくしたけれど、それでも自分にとって大切な思い出だ。

 

 そうして一緒に世界各地を旅して回っている内に、最初は遠慮がちだったシャルロットも、自然とエミールに甘えられるようになっていた。

 

 そう。自分はここ数ヵ月で、大きく変わっている。

 

 記憶に新しいのは、まだ距離感を測りかねているシャルロットが、エミールのことを『ロワさん』とまだ他人行儀で呼んでいた頃のことだ。

 

 もちろん、それまでに沢山触れ合う機会があり、エミールと仲良くしたいと常々思っていたシャルロットだったが。

 より深い関係に踏み込む絶好のタイミングを、肝心なところでヘタれて逃し、以降はなかなか行動に出れずにいた。

 

 そんな折にポッと現れたのが、エミールの女友達である。

 彼女は有名な女性レーシングドライバーであり、なんとエミールの大学時代の親友だったと言うではないか。

 

『やあ、エミール。去年の同窓会以来かな。ボクに会いに来てくれるなんて、嬉しいよ』

『会社から長めの休暇を貰えてね。ちょいとひとっ走りしたくなったんだ。な、構わないだろ?』

『まあ、キミとボクの仲だものね。今晩飲みに付き合ってくれるなら構わないよ』

『よし決まりだ。まったく、持つべきものは親友だな』

『くく、だろう?』

 

 それまでに会ってきたエミールの友達はどれも男性で、ここまで親しげな女性が出てくるとは思わなかったシャルロット。

 ちょっぴり男の子っぽい女性と、気になる従兄の会話に僅かな嫉妬を覚えるも、しかし『これだ!』とシャルロットは閃いた。

 

(エミールは、同性っぽい女の人に親しみを持つに違いない!)

 

 彼の女友達のひとりがたまたまそうだっただけなのに、なにがどうしてそうなるのか。

 まあ、いつまで経っても他人行儀な自分に、いつかエミールが愛想を尽かすのではないかと焦っていた部分もあるのだろうが。

 

 ともあれ決め手はエミール本人が、見知らぬ──それはそれは女性らしい──女性にイチャモンをつけられて渋い顔をしていたことかもしれない。子供は大人の顔をよく見ているものだ。

 もちろん明確な根拠なんてものは皆無だったものの、試しに男の子っぽい口調を意識しながら『従兄(にい)さん』とシャルロットが呼ぶと、はたしてエミールは嬉しそうに笑うのだった。

 

 面倒を見ていた従妹が自分に歩み寄ってきてくれたのが嬉しかっただけであり、当然エミールは口調の変化に喜んでいたわけではない。

 もっとも、そうとは知らないシャルロットは心得たと言わんばかりに、少年のような言葉遣いを多用するようになっていった。

 

 程なくして『エミールさん』と呼ぶようになり、口調のお陰で心の距離が近くなったとも考えているようだが、それはあくまでプラシーボ効果のようなものである。

 段階を追って、親しくなって。見知らぬ他人から、親戚の優しいお兄さんへ、軽くない気持ちを寄せる初恋の人へ。

 

 この気持ちは生涯大切にしたい、といつの間にか自分のベッドから抜け出し、エミールの寝顔を眺めているシャルロットだが。

 その瞳に宿るのは真ッピンク色のハートマーク。口元はだらしなく緩み、端からちょっとした慕情(ぼじょう)が垂れ流しになっている。美少女が台無しだ。

 

(……えっちなにおい……ふへへ)

 

 これを恋する乙女の表情と言い張るには、相当な勇気が必要になるだろう……。

 

 

 残念なことに、この旅行も直に終わりを迎える。

 エミールの長い休暇が終わり、彼は本来の仕事に戻らなければならなくなるのだ。

 けれど、終わりを悲しむ必要はない。

 なぜなら、自分も彼と同じ職場で働くことになるからだ。

 今までのように二人っきりとまではいかなくても、立場は違っても同僚として一緒に居ることはできる。

 父にも無理を言って、お願いをした。

 ひとり娘の頼みくらい、一度くらいは聞いてくれてもいいじゃないかと。

 

 もし断るなら。どうなるか、わかるでしょう。

 きっと翌日のタブロイド紙の一面には、一大企業のスキャンダルが大きく掲載されているでしょうね。

 もちろん、自分だってそんなことはしたくない。本気でそんなことを考えてるわけでもない。

 ただちょっと、言ってみただけ。

 

 幸運なことに旅先の施設で敢行された適性検査にて、自分は高スコアを叩き出せたらしく父も二度返事でお願いを受け入れてくれた。

 おまけに本国の適性試験で合格することができたら、その時はエミールに言って、デュノア社が抱えているテスト機のひとつをシャルロットの専用機として仕立てさせるとも約束してくれた。

 ただしそれまではあくまでもテストパイロットの扱いだが、同じ場所で働けるなら文句はない。

 

「ふにゅ……おやしゅみなさぁい……」

 

 しばらく寝顔を堪能してから、シャルロットはエミールの懐に入った。

 こうしてベッドにこっそり潜り込んでも、まだ子供だからと許される。

 年の離れた従妹としてしか意識されてなくても、今はそれでいい。

 彼に甘えられるなら、それでも構わない。寧ろ役得とすら感じられる。

 

(幸せ……)

 

 エミールの温もりと落ち着く香りに包まれながら、ゆっくりと目を閉じ、安らかな眠りにつく。

 

 シャルロット・デュノア、十四歳。

 ある冬の夜のことだった。




※なお、それだけ従妹の事を考えている従兄が、従妹が学校にも行かずに働こうとしている件についてよく思っているはずもなく……。

感想ありがとうございました。
時間を見て返信しておきます。


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秘密会談(1)

 休暇明けから一週間。

 ある問題を抱え、俺は社長室を訪れていた。

 

「社長……。いや、今は敢えて叔父さんと呼ばせてもらおうか?」

「……なんだ、藪から棒に……」

 

 口火を切ると、叔父は目を瞬かせた。

 

「娘さん……。シャルロットの件なんだが、うちに住まわせるって?」

 

 話のついでに報告書を提出しながら、知恵の輪を拝借して解く。鬱憤ばらしと、話す順番の整理も兼ねて。

 もちろん了承は得ていない。でもまあ、デスクに二年も放置してるくらいならもうやらないだろ。多分な。

 

「ああ、何かと思えばそのことか。……何か問題があるのかね?」

「ハハハ、いやまったく……。問題しかない」

 

 顔を顰めて、飴を噛み砕く。

 休暇も明け、俺が仕事に復帰して以前のような忙しい生活に戻りつつあるのに、従妹のシャルロットは未だに我が家で寝泊まりをしているのだ。

 どういうことか訊けば、終始ここに住むの一点張りで、父親から許可を得ているとも言っていた。

 俺に一切、何も、全く、相談無しにだぞ。これが無問題だと言えるか。言えないよな。

 

「俺は仕事で忙しいし、帰りも遅い。休みもそんなにない。……いや、別に増やせとは言わないが」

 

 つまり俺が会社にいる間、シャルロットは家でひとりぼっちになる。

 帰りが遅ければ当然食ことも大抵バラバラで、休みがなければ家族サービスだって満足に提供できない。それはあまりにも悲惨だ。

 偏見で物を言わせてもらえば、鍵っ子の約半数は大人になる前に必ずグレるのだ。裕福な生活をさせておけば子供にとっても幸せだなんて思うなよ。

 ……まあ可愛い従妹の場合はそれ以前の問題だが。苦労して厄介な障害も排除したんだ。あの子にはまず、ちゃんとした親の愛情を与えてやらなければ。

 

「ふむ。そうだな。……よし、やはり優秀な執事をひとり手配しよう」

「一緒にいるべき家族がいるのに然るべきこと情もなくただの従兄と住むのは、いくら優秀な執じ……何?」

「お前の言う通りだ。そこで私も誰か家のことを手伝える者をと思ったのだが、娘に嫌だとごねられてな。……あ、あ、あ! んん゛、理由は聞くな」

 

 咳払いをしながら、叔父は顎髭を弄る。

 娘の珍妙なわがままを許す叔父も叔父だし、従兄の家に住みたがるなんて、シャルロットは何を考えてるんだ。

 初めて遊びに行った親戚の家が楽しいのはわかる。すごく、わかる。お泊まりも新鮮で、ワクワクするよな。

 だがな、いつまでも夏休み感覚ってわけにはいかないんだぞ。来年には進学だし、俺が合間を縫って家庭教師するだけじゃ駄目なんだ。

 この世に八月三十二日なんて存在しないんだからな。顔がカラフルになったり、消えたりするのは勘弁してくれ。

 というか何、家のお手伝いだって?

 

「いいや、我が家には執事も羊も必要ない!」

「だがジェイムズは……」

「ああ、ジェイムズか。確かに彼はデュノア家の歴史を全身に刻んでるタイプの使用人だよな。腕利きだし、俺も昔遊んでもらったよ」

 

 俺が幼い頃、船の模型を作って一緒に川まで流しに行った使用人は、今では白髪混じりの食えないご老体だ。

 こないだの一件で、真っ先に病院まで見舞いに来たのは誰だ。両親でも部下でもなく、当然叔父でもない。小言をたんまりと口に含んだジェイムズだ。

 怪我するから危ないことはやめろだって? またまたご冗談を……。俺から楽しい実験を取り上げたら完全な腑抜けになるぞ。

 まあ悪いやつじゃない。デュノア家(ゆかり)の者に仕えることに誇りを持っている、典型的な世話焼き爺やってだけで……。

 

「だが私の家にはもう家事手伝い見習いロボのポチがいる。……じゃなくてだな。今のシャルロットに必要なのは家族の愛だ! これまでの分、ちゃんと父親の愛を注いでやれ! おけー?」

 

 叔父の胸元を人差し指で突っつきながら、新しい飴を取り出す。

 

「はは。愛しているよ……私なりにな」

「おい……そんな顔して話を有耶無耶にしようとするな。ハートフルドラマじゃないんだぞ?」

 

 過去に思いを馳せる……みたいな。

 遠い目をしたところで、話のすり替えにはならない。

 まあ、多少はしんみりとするかもしれないが。

 

「……まったく、お前は兄さんに似ているよ。本当にそっくりだ」

「そりゃどうも」

「だから安心して娘を任せられる。あの子が望むままに」

「…………」

 

 これは無言の、視線で訴える抗議。

 父さんに似てると言われて嬉しいんだか、それを理由にされて悲しいんだか。正直複雑だな。

 

「これまでの分、せめて娘のわがままのひとつやふたつ、叶えてやりたいんだよ。だから、今回は譲らないぞ。これは社長……ではなく、叔父命令だ」

「…………」

「娘を頼む」

 

 ああ、もう……仕方ないな。

 多分、恐らく。今の俺はかなりの渋面を披露しているハズだ。

 実の兄に似てる、似てないとか。安心する、しないとか。こんな時に叔父命令とか言うなとか。バカなのかとか、正気か、とか。

 この父親にして娘……はたまたその逆か?

 色々と釈然としないが、両人がそう強く希望するなら、部屋の空きに余裕はあるし、他に断る理由が見つからない。

 要求を飲むしかなさそうだ。……もちろん、条件はこちらから細々と追加させてもらう。

 

「……わかった。シャルロットは本人と親の望み通り、うちに住まわせることにする。……ただし、週末に家族全員でディナーを食べること」

「ディナーを?」

「シャルロットと奥さんと、それから叔父さんの三人で……ああ、ちゃんと毎週自分から誘えよ?」

 

 

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「おい、叔父さん。叔父……いや、デュノア社長」

 

 叔父との秘密会談から数日が経った、週末の晩。

 俺はいつだかのように、テーブルを挟んだ向かい側にいる叔父を睨み、前回とは逆の言い回しで口火を切った。

 

「何だね」

「大事な話があるって、そう言ったよな、大事な話って。俺主導の第三世代機計画及びアーク・スフィア再始動の件で!!!」

「ああ……そんなことも言ったかもしれんな」

 

 フォークとナイフを巧みに操りながら、叔父はちらりと俺を見た。

 スかしてんじゃないよ、おい。

 

「あら、あなた。今日のディナーは彼が用意してくれたんじゃなかったのかしら?」

「……ふん」

「あらあら」

 

 そう言って微笑むのはロゼンダ・デュノア。叔父嫁にして、今はシャルロットの母親でもある。

 正直シャルロットと彼女を会わせるのは最後まで不安だったが、叔父との半年に渡る話し合いが功を奏したのか、比較的穏やかな顔合わせになったらしい。

 少なくとも、平手打ち案件にはならなかったようだ。

 よかったよかった……。

 

「よくなぁいっ……!」

「わ、どうしたのエミール? 大丈夫? おっぱいもm」

「いや待て、何処で覚えたんだそんな言葉?!」

 

 この歳にしては豊かなそれを、寄せて上げるように見せるシャルロットの様子に、俺は慌てて止めに入る。

 女の子がそんなことするんじゃありません!

 

「受付のお姉さんが休憩にね、男の人が元気になる魔法の言葉だって」

「…………」

 

 目眩がしてきた。

 何で俺は、デュノア家のディナーに混ざってるんだ?




それはあなたもデュノア家の一員だからです。


感想ありがとうございます。
あまりに文字数意識してると、作品的にも気力的にも長続きしなさそうなので、短くいこうと思った次第。


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エミールの日記(2)

 〇月×日

 

 今日も朝一で凍結された計画関連の申請書を出したが、叔父は今度も書類にサインをしなかった。

 

 未だ後発の第二世代機止まりであり、世界的なシェアを獲得しているとはいえ、本来の路線で考えると、経営の苦しいデュノア社にとって、第三世代機計画は生命線なはずだ。

 それは他でもない社長、つまり叔父も重々承知なはず。だというのに、なぜ書類にサインしないんだ。こればかりは理解に苦しむぞ。

 

 このまま仮登録されている連合のイグニッション・プランから、デュノア社の名前が外されたら。それこそお先真っ暗だ。シャルロットに残す物も残せなくなる。

 例によって俺を含めた週末のディナーの席で、家族団欒の空気を壊さないようそれとなく話題に触れてもみたのだが、どれも上手くはぐらかされてしまった。

 

 明日もダメ元で書類を提出するつもりだが、はっきり言って望みは薄い。

 せめてアーク・スフィアを完成させ、政府の耳に甘く都合のいい報告を入れることさえできれば。

 そうすれば期限の延長とまではいかないまでも、恐らく予算のカットは取っ払われるはずだ。

 

 

 

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 〇月×日

 

 今日も極めて個人的な科学の実験をしながら、片手間に仕事を片付けた。

 

 つい最近公表された、リヴァイヴの後付装備のミニチュアを組み立てて、適切な批評をする。以上。

 以前から一般向けに販売している自社製品のプラモシリーズは、今や実機以上にファンからの人気を獲得している。特に1/24スケールのシリーズが売れ筋だ。

 まあこれは子供の頃に叔父がよく模型をプレゼントしてくれた影響だな。試しに商品展開してみたら飛ぶように売れたわけだ。

 

 ちなみにこれはデュノア社公式のキットであり、一般に公開できる範囲の詳細なスペックを取説に載せた点も、大きなお友達から概ね高い評価と支持を得られているらしい。

 休暇明けからここ数ヵ月、ほぼ毎日こんな感じの仕事ばかりだ。もちろんこれはこれでめちゃ楽しいが……相変わらず望みのゴーサインは出ない。

 

 

 

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 〇月×日

 

 社長、もとい叔父から呼び出しを受けた。

 

 この際YESでもNOでもどちらでもいいから、せめて申請書の件であってくれと願ったものの……まあ、違った。普通に別の仕事の話だった。

 一通りの話を聞いて、それ俺じゃなくてもよくね? とか思ったのは内緒だ。

 

 いくら俺でも、仕事に関しては身内贔屓なんかするつもりはないし、逆に手を抜いたりもしない。

 理由が一番暇そうにしてたからってのは、ひょっとしてバカにされてるのか。暇そうに見えて、俺もけっこー忙しいんだが。

 

 とはいえ仕事は仕事。明日、早速作業に取り掛かろう。

 

 

 〇月×日

 

 作業は昼前までに十割進んだ。やるな、俺。

 

 といってもまあ、仕事の内容が内容だもんな。

 うちが保有しているテスト用のリヴァイヴ一機を、社の正式なテストパイロットとして登録されたシャルロットの専用機に仕立てろ、とかなんとか。

 仕事としてはそこまで難しくはない。シャルロットをテスト機に乗せた後で初期化して、最適化と一次移行を完了させて、最後にお好みの装備を積んでやればいいだけだ。

 

 要望通りの塗装とささやかなノーズアートを加えてやっても、さほど骨折りにはならなかった。……言っとくがこんなの特別扱いにならないからな。

 ちゃちゃっと報告書も提出したし、明日には正式に専用機として登録され、然るべき人物からあの子の手に待機状態のISが渡されるだろう。

 

 

〇月×日

 

 専用機の名前が社内で公開された。

 

 ラファール・リヴァイヴをデュノア社のテスト機として調整したリヴァイヴ・カスタムを専用機としてカスタムした機体なので、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、とまあなんとも安直な名前に……。

 まあ、よくよく考えてみれば原作でもそんな感じの名前だった気もするしお話ブレイクにはなってない……よな。うん。

 

 入社して間もない頃、調子に乗ってテストタイプだか試験用だかなんとか言って、リヴァイヴにアホみたいな拡張領域を追加した結果がまさかこんな形で影響してくるとは……思わなんだ。

 

 

 〇月×日

 

 今日はシャルロットの慣らし運転に一日付き合った。

 

 問題があればその都度微調整するつもりだったが、シャルロット曰く「完璧な仕事。最高!」とのこと。流石俺。

 ただまあ、妙にハイテンションなので、そこだけが心配だ。ISには絶対防御があるので、怪我をすることはまずないだろうが……。

 それはともかくとして、個人的な見解を書かせてもらうなら。身内贔屓を抜きにしてもあの子は素晴らしいIS操縦者になるだろうな。間違いない。

 

 ところで、叔父からまた何か話があるらしい。何だろうか。

 

 

 〇月×日

 

 やったぞ!

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 〇月×日

 

 暫く間が空いたが、とりあえず元気と最初に書いておこう。

 

 次に近況。

 叔父がアーク・スフィアの研究に関する諸々の書類にサインをしてくれたのがつい二週間ほど前。第三世代機計画については他の連中に持っていかれたが、まあその辺の悔しさは腹ん中に飲み込んでおくとする。

 

 ここ数日は泊まりがけで実験漬けだった。シャルロットに怒られたのはつい昨日のこと。自宅まで無理やり引き摺るように連れて帰らされ、挙句今日は部屋に閉じ込められているので、こうしてお昼から日記を書いている。

 ともかく、晴れてちゃんとした施設でアーク・スフィアの研究を再開させることが出来たので、まずそれをここでも祝っておこう。おめでとう、やったね。

 

 まあちょっとした科学の実験は個人的に続けていたものの、やはりホームセンターで用意出来る物で代用するんじゃ限界があるからな。

 昨日までそりゃもう楽しかったし、新たな発見に興奮して、研究室に缶詰で徹夜続きだろうが構わず充実もしていた。それは間違いなく、今でも迷いなくそう言いきれる。

 

 未来へ繋がる道が開かれたなら、一心不乱に齧り付くしかない……とはいえ、シャルロットに手を引かれて多少は正気に戻ったのか、さすがにエキサイトし過ぎたと思う自分もいるわけで。

 なんだかな。こうして楽しい研究を中断させられているのに、わりかし冷静なんだ。はてさて。

 

 

 今しがた、シャルロットと少しだけ話をしてきた。

 あんな悲しみに沈んだような目で見られると、こちらとしても良心の呵責ってやつを感じずにはいられない。俺が家に帰らないこともあるって、君がうちに住む前に散々言ったよな、とか、そんな情けない言葉が出てきそうになるし。

 

 まあ、ぶっちゃけ一人暮らしだった頃のノリで没頭してたのは認める。はっきり言ってシャルロットの存在も薄れてたかもしれない。

 これが子供を育てる責任か。正直、生半可な気持ちだったのかもな。覚悟も大してなかったのかもしれん。

 

 反省、しないといかんよな。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 〇月×日

 

 悩みがひとつ解消された。いやはや、悟りを開いた気分だ。

 俺が長らく抱えていた難題。満足のいくまで仕事を進め、かつなるべく早く自宅に帰り仕事を家に持ち込まない為にはどうすればいいのか、その答えが出た。

 

 簡単だ、作業効率を上げればいい。なぜこんな単純なことに俺は気付けなかったんだ。

 

 お陰で今日は定時に帰宅。シャルロットと夕飯を食べることができたし、家族の時間もちゃんと確保できた。

 あの子は驚いているようだったが、明日も同じくらいの時間に帰ると言ったら飛び上がって喜んでいた。

 

 ああも喜ばれると、俺も嬉しい。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 〇月×日

 

 体調を崩した。我ながら情けない。

 シャルロットが看病をしてくれたようだ。

 

 

 〇月×日

 

 シャルロットのお陰で、かなり調子が戻ってきた。

 まだ本調子とは言えないが、もうひと眠りすれば多分、明日には全快していると思う。

 元気になったらあの子に何かしてあげよう。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 〇月×日

 

 シャルロットを我が家に迎え入れてほぼ一年。

 

 季節は春が過ぎ、夏に差し掛かろうとしている。

 以前から叔父たちとも話を進めていたが、やはりシャルロットをちゃんとした学校に通わせよう、とそういう方針に決まりそうだ。

 

 今はここ一年前後の特殊なこと情を加味し、俺が家庭教師の真似ことをすることで学校に通わずともよしとしているものの、この状況はお世辞にも健全とは言えない。

 このままずっと、デュノア社のテストパイロットとして働き続けるという本人の意向も大いに問題だ。

 子供は子供らしく、学校で学び、遊び、成長していくべき……というのはちと大人の身勝手な願いかもしれないが。この件については叔父夫妻も賛成してくれたので、ひとまず決定は揺るがないだろう。

 

 予定している進路はもちろんIS学園。あの子には素敵な出会いと、まだ見ぬ友人たちが待っているはずだ。

 ひとまず、シャルロットには晩御飯の席で進学についての話はしておいた。特にIS学園のくだりで酷く戸惑っている様子だったが、一晩考えればきっと前向きな返事が浮かんでくると俺は願いたい。

 



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シャルロットの話(2)

このまま原作行っちゃう?

(358) はい
(38) いいえ
(1851) 待て、夜這いについてkwsk←!!?

君らも好きだねぇ……。


ㅤ目を閉じて顔を寄せた瞬間、自分たちの時が止まった気さえした。

ㅤ口と口が触れ合い、胸の鼓動が溶け合う。

ㅤお互いの息遣いのみが聞こえ、体の奥底から痺れるような熱が込み上げてくる。

 

ㅤなんて素敵なんだろう……今、僕は好きな人とキスをしているんだ。

ㅤそれはおとぎ話のラストには程遠い状況だったが、シャルロットには他の何よりもロマンチックに思えた。

 

ㅤ心臓が早鐘のように打つ。いけないことだと自覚しているのに、気持ちが抑えられない。

ㅤ強い背徳感が背中を撫でる。

ㅤまだ、起きてないから。彼が起きてないから平気。

ㅤ理由付けが適当でも構わない。理性を失い、行動を起こしたことで、歯止めはとっくに利かなくなっていた。

 

ㅤ溢れそうな衝動に身を任せ、閉じた口をこじ開けて舌をねじ込むと、キスの相手──エミールのくぐもった声が耳を(くすぐ)る。

ㅤ寝込みを襲う自分の前で、無防備に寝顔を晒している異性の声。それは幼いシャルロットに劣情を抱かせるのに十分すぎるほど扇情的で、大人の色気を孕んでいた。

 

ㅤテレビドラマで見たシーンを真似し、手探り──或いは舌探り──で深いキスを続ける。

ㅤエミールの唾液はどことなく甘い。きっと四六時中飴を舐めているからだね、虫歯に気を付けるように言わなくちゃ。

ㅤそんなことを考えながら。呼吸が苦しくなっても、シャルロットは一方的な、貪るような口付けをやめなかった。

 

ㅤ五分、いやもっと早かったかもしれない。

ㅤ当然荒っぽく情事を重ねようとすれば、相手にもシャルロットと同じかそれ以上の負担がかかるもの。

ㅤ寧ろ何故こうなるまで寝ていられていたのかと疑問に思うところだが、暫くして妙な息苦しさを感じたエミールがふっと目を開けた。

 

ㅤところが、初めてのキスに没頭しているシャルロットは、相手が既に起きてしまっていることに気付いていない。

ㅤそれどころかより密着して、相手を肌で感じる為に目を閉じ、まだ寝ているから大丈夫、とそんなことを考えているほどだ。

 

「ん……?ㅤ──んん゛!?」

 

ㅤ唸るような声と共に、引き剥がそうという意思が込められた手が、シャルロットの背に伸びる。

ㅤそこでようやくエミールが起きたことに気づき、離してなるものか、と必死にしがみつくも、性別以前に大人と子供という力の差があってはどうしようもない。

ㅤ抵抗むなしくシャルロットの口はエミールの顔から退かされ、まずお互いの息を整えることとなった。

 

「しゃ、シャルロット……何をしているんだ?」

 

ㅤぼうっとした思考が次第にはっきりとし、高まった興奮も急速に冷めていく。

ㅤ何をしていた。間を置いて発せられた困惑の声に、サッと血の気が引くのを感じた。冷や汗が背中を伝う。

 

ㅤ頭の中で、あれ……僕は何をしてるんだろう、と疑問がぐるぐる回り始め、気が遠くなる。

ㅤ肌寒さを感じて、シャルロットはぶるりと震えた。ついさっきまで興奮し、蕩けそうな熱に浮かされていたのがまるで嘘のようだ。

 

ㅤ今さら何を惚けてるのさ。

ㅤ何をしたかなんて、わかっているじゃないか。

ㅤいけないことだって、自覚もしてたじゃないか。

ㅤ好きな人が寝ているのをいいことに、好き勝手してたくせに。

ㅤましてそれが悪いことだと知りながら、知っていながら楽しんでたくせに。

 

「あ、ぅう……」

 

ㅤ口を上手く動かせない。舌が回らない。

ㅤそれもそうだろう。ついさっきまであんなことをしていれば疲れもする。完全に自業自得だ。

ㅤだがそれ以上に、エミールに何と言って謝ればいいのかがわからない。

ㅤ許されないことをした。今は、それだけが頭の中を埋めつくそうとしている。

 

ㅤ今でこそ学校に通わずにいるシャルロットだが、母親と死別するまでは他の子供と同じように机を並べ、学び舎で勉強していた。

ㅤだからこそ、当然キスの先が普通は何であるかを知っているし、あまつさえあのままエミールが起きなければことに及ぼうとさえしていた。その自覚があった。

 

ㅤことに及べばどういったことになるのか、それも知っている。自分には既に初めてが来ているし、周期も把握しているから、もし今日行動に移せば、どうなるかもわかっていた。

ㅤ夕飯からまともな心境じゃなかったとはいえ、自分は取り返しのつかないことをしようとしていたのだ。

 

ㅤ取り返しのつかないことをしてまで、確かな繋がりを得ようとしてしまった。従兄妹という繋がり以上の。

ㅤそれが何よりも正しいことだと、自分の都合のいいように考えて、相手の気持ちを無視しようとしていたこと実に、吐き気が込み上げてくる。

 

「どうした、また怖い夢でも見たのか。は、はは……こういうのはあまり感心しないぞ」

 

ㅤシャルロットの気持ちを知ってか知らずか、エミールは決してシャルロットを突き放そうとはせず、なるべく目を合わせようと努めていた。

ㅤさすがのエミールも、シャルロットが何をしようとしていたのか、薄々察しているのだろう。彼の上ずった声が全てを物語っている。

ㅤしかしそれでも、あくまで何かあったんじゃないか、事情があったんじゃないかと、そう心配しているようだった。

 

「……そうか、寂しくなったのか」

 

ㅤけれど、それがつらい。ただひたすらに、今はその優しさが針となって、自分の心に突き刺さる。

ㅤ彼の表情を見て、こんなつもりじゃなかったんだ、と泣きそうになった。エミールはあからさまに眉を下げ、困っているようだったから。

ㅤ恥ずかしいのと気まずいのと、罪悪感と深い愛情が綯い交ぜになり、胸の中で濁った色合いになる。とても人には見せられない、ヘドロのような汚い色だ。

 

「ああいうのはな。大人になって、そうして大切な時が来るまでとっておくものだ。……よしよし、おいで」

 

ㅤそっと、優しく抱き締められる。

ㅤ途端に心が溢れて、目から大粒の涙がこぼれた。

ㅤ年相応に泣いて、泣いて、泣いて……。

ㅤ喉が痛くなるまで、シャルロットは声を上げて泣いた。

 

「うぅ……うぐっ……ぐしゅっ……」

「…………」

 

ㅤそんな自分の背中をさすりながら、寝巻きが涙やよだれ、もっといえば鼻水で汚れるのも気にせず、エミールは何も言わずに受け入れてくれる。

ㅤ涙が止まらない。えっちなにおいがする。涙が止まらない。えっちなにおいが……。

ㅤ最低だ。この期に及んでまた興奮してる自分の浅ましさが恥ずかしいやら悲しいやらで、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

ㅤエミールの胸元に顔を埋め、シャルロットは嗚咽する。

ㅤそもそものことの発端は、彼女の心の片隅に巣食った、小さな不安だった。

ㅤエミールに引き取られてからというもの、比較的恵まれた環境にいたシャルロットは、早々に意味もなく不安に駆られていた。

 

ㅤそれは少々強引に彼の自宅に転がり込んだ罪悪感や、思いのほか自分の望みに協力的とはいえ、父親相手に半ば脅すような真似をしてしまった後ろめたさ。

ㅤ意外にもあっさりと受け入れてくれたものの、義母を見て思い知らされる自分の立場、と自分でも知らない内に溜め込んでいた諸々のストレスから来るものだった。

 

ㅤあまりに気の早すぎるマリッジブルーのようなものだが、当人はあくまでも大真面目だ。日々シャルロットは不安に駆り立てられていた。

ㅤそうして訪れたのが、家にエミールがぱたりと帰って来なくなった地獄の数日間。

 

ㅤ同じ会社にいても会えないことは当然あるし、こういう帰れない日があるのも重々承知していた。

ㅤしかし結局のところ、シャルロットはエミールの不在にとても耐えられなかった。

ㅤとはいえ発狂寸前まで、よく頑張った方だろう。なにせ本気でエミール欠乏症になり掛けていたのだから。

 

ㅤ結果的に嫌な考えばかりが頭を過ぎり、不安に押し潰されそうになったシャルロットは、遂にエミールの研究室に乗り込み連れ帰ってしまう。

ㅤその日も今日のように抱きつき、一頻り泣いたものだ。

ㅤ翌日から、エミールはどんなに遅くなっても、毎日ちゃんと帰ってくるようになった。

 

ㅤそして暫くして、今度は夕方に帰宅するようにさえなっていた。作業効率を上げたんだ、とエミールは得意げに話していたが。

ㅤあきらかに無理をさせている。そうシャルロットは感じたものの、エミールが自分の為に頑張ってくれていることが嬉しくて、無理しないでとはなかなか言い出せなかった。

ㅤエミールと食卓を囲むのが、何よりも幸せだったから。

 

ㅤけれど、そんな無理が祟ったのだろう。

ㅤエミールが研究室で倒れたと、そう彼の部下がシャルロットに報せてきたのは、夏を目前にしたある日のことだった。

ㅤこれは、無理をさせた自分が悪い。せめてもの罪滅ぼしになればと懸命に看病し、その甲斐あってエミールは数日で何事もなかったかのように回復した。

 

ㅤそれからも相変わらず夕方に帰ってくるエミールだったが、シャルロットの心には大きなしこりが残された。

ㅤそして今日エミールが、夕飯の席で突然IS学園に行ってみないかと言い出したのだ。

ㅤIS学園は全寮制。つまりシャルロットが学園に入学すれば、向こう三年間は長い休みでもない限りここには帰って来れなくなる。

 

「ぼ、ぼくっ、僕が、重荷になってるからっ……それで、それでエミールは僕と居るのが迷惑でっ、嫌になったんだって、やっ、厄介払いされるんだって。おもっ、思ってっ……でも、でも……っ、仕方ないことだってわかるけど……っ」

 

ㅤ次から次へと涙が溢れ、シャルロットはしゃくり上げる。

ㅤエミールが何か言おうとするも、いやいやと顔を背けて、聞こうとしない。

 

ㅤどうせ離れ離れになってしまうなら。せめて自分の中だけでもいいから、一方的でもいいから。

ㅤどんなに離れていても、二人の間に切っても切れない繋がりがあると信じられる、縋れるような思い出が欲しかった。

ㅤそんな正常とは言えない思いが、彼女を今回の強行に走らせたのだった。

 

「いいか、よく聞け」

 

ㅤうわ言のように「エミールは僕が嫌になっちゃったんだ、僕は厄介払いされるんだ」と呟き続け、いつまで経っても耳を貸そうとしないシャルロットに痺れを切らし、エミールは動いた。

ㅤ真っ赤になったシャルロットの耳を、両の掌で包み込みゆっくりと顔を上げさせ、彼女の目を覗き込む。

 

「私は──俺は、君を迷惑だなんて思ったことは一度もないし、嫌ってもいない。まして重荷だなんて以ての外だ。厄介払いの為に他所にやろうだとか、その為にIS学園に入学させようだなんて、考えるはずがないだろう?」

 

ㅤ幼い子供を諭すように言葉を紡ぐエミールの瞳は、どこまでも優しい。

ㅤけれども今のシャルロットに、それを嘘偽りのない目だと判断するほどの正常な思考はなかった。

 

「で、でも……現に僕がわがまま言って無理させたから、エミールが体調崩して……」

「あの程度じゃ無理にはならんさ。それに体調を崩したのも、他に心底がっかりすることがあってな。だから、シャルロットが責任を感じる必要は欠片もないんだ」

ㅤぎゅっと胴に回した腕に力が込められる。

 

「なあ、聞いてくれ。俺がシャルロットにIS学園の入試を受けてみないかって、そう言ったのだって、君の為を思ってのことなんだ。あと数年くらいは少しだけ会社や仕事、しがらみを忘れて、学校に通って、色々なことを知って、友達を作って、楽しい思い出を沢山残して……もちろん全部やらなくったっていい、途中で投げ出したっていい。けれどそれらを経て、君はきっと素敵な大人になっていくはずだ」

 

ㅤそれまでは、寂しくなった時にはいつでも甘えていいから……。そう続けて、エミールはシャルロットを抱きかかえたまま、布団を引き寄せる。

ㅤ大きな手がシャルロットの背中を優しく撫で、心臓の鼓動が彼女を微睡みの中へと誘う。

ㅤそうしてエミールという揺りかごに揺られながら、泣き疲れたシャルロットが眠りにつくまで、さほど時間は要さなかった。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

「何故だー──!!?」

 

ㅤなお、エミールがデュノア社内でこのような絶叫をあげるのは、それから数ヵ月後のことである。




《建前》
でもこの作品、R15指定なんでスよ。
だからまあ、相応にね。あくまでも未遂って事で。

《本音》
会話オンリーのSSしか書いた事のない作者が、処女作で官能小説紛いのSSなんて書けるわけないでしょ!!?

まあサティスファクション出来ない人は、妄想代理人でも見てリフレッシュしやがってくださいな。

感想ありがとうございます。全ての感想に必ず返信しますので、もうしばらくお待ち下さいませ。


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駄弁る社員(1)

「最近の主任、様子がちょっとヘンじゃないですか?」

 

ㅤ社員食堂に新しいメニューが登場したとか、逆にお気に入りがなくなってしまったとか、行きつけのカフェの店員が気になるけれど、話しかける勇気がないだとか。

ㅤいつもの顔ぶれが集まって、休憩所で世間話をしていると、ふと若いニコラがそう言った。

ㅤ一昨年の春に入社した幼顔の彼は、エミールが引き抜きや発掘で寄せ集めて形作った精鋭チームの中で最も若く、二年経った今でもほかのメンバーから新人扱いされている。

 そんなニコラが何気なく振った話題に、他の面々は一人を除いて笑いながらも怪訝な顔をしてみせ、丸めていた背を少し戻す。

 

「確かに。ここのところ、いつにも増して挙動不審だ」

「ダー、ヘン」

 

ㅤメガネと刈り上げの男──フレッドが同意し、三人の中で最もガタイのよいスポーツ刈りの男──ドニもそれに続いた。

ㅤ二人ともエミールがどこからともなく発掘してきたずば抜けて優秀な人材だが、どちらも強烈な癖がある。

ㅤ関連する単語は爆発、あるいは大爆発だ。どこの部署も欲しがらない。

 

「これを見てくれ」

 

ㅤどこからともなくボードを取り出し、フレッドが鉛筆でどこそこと指し示す。

 

「ここ数日、主任が食べた昼食のメニューだ。たこ焼きとバナナ、納豆とミルク粥……これらを一度に食べている」

「マズソッ」

「それに対して普段のメニューは……持参した弁当や、サンドイッチとリンゴだ」

「ウマソッ」

 

ㅤ納豆とミルク粥……。

 想像するだけでも顔を顰めたくなる。

ㅤニコラの知るエミールはかなりの親日家だが、だとしてもだ。

ㅤいくらなんでも、その食べ合わせはないだろう。

ㅤだって、納豆とミルク粥だぞ。

 

「うげ……明らかにおかしくなってますね」

 

ㅤそう両手を上げて、一頻り騒いだところで一息ついた。

ㅤエミールは普段から頭のネジがひとつふたつ素で外れているような男だが、それでも自分たち変人チームの舵を取ることの出来る尊敬すべき立派な上司だ。

ㅤどんなことにもへこたれなかった彼が、部下である自分たちでさえ見てわかるほど浮き足立っていると、どうにも不安になってしまう。

 

「やっぱり、こないだの一件ですかねぇ……」

「うむ。その線は濃厚だな」

「ダー」

 

ㅤ異変の心当たりがないわけではない。

 

ㅤ数ヵ月前のある日、アーク・スフィアの完成を政府に報告したエミールが、研究室に戻ってきた時のことだ。

ㅤ三年と、そしてさらに半年、今まで以上に力を入れて完成まで走り続けた、その成果の詳細を見た政府の返事は、はたしてエミールたちが望んだものではなかった。

 

ㅤ言外に、それをどう兵器に発展させるのかという問い。

ㅤそんなことよりも、第三世代機開発の進捗はどうしたのかという頭の悪い催促。

ㅤ極めつけは予算カットが撤回されず、期限の変更もなしという通達だ。

 

ㅤ国としても余裕はなく、絞れる部分は絞りたい為。

ㅤ現状でここまでやれたなら、今のままでも第三世代機開発に支障はないだろうという、耳を疑う判断だった。

ㅤ当然、エミールは憤慨した。ナメているのかと。あいつら本当に脳ミソ詰まってるのかと。

 

ㅤドニの方がもっと賢い、というあんまりな罵りに若干一名の防弾ガラスのハートが傷付いたものの、ともかく研究室で大荒れに荒れていた。

ㅤなんなら体に不調をきたして、そのままぶっ倒れる程だ。

 

ㅤ最近までは『望み通りのもんをくれてやる!』と気丈に(?)振舞っていたが、やはり深いところでダメージを負っていたのだろう。

ㅤ今になって、いよいよ隠し通せなくなってきたのかもしれない。

ㅤそれがニコラたちの共通の認識だった。

 

「主任はアーク・スフィア完成にかなりの力を注いでいたからな。受けたショックは計り知れないが、考えるだけで痛ましい……」

「二年前の事故で一度凍結されたのに、主任はめげずに申請書を出してましたもんね」

「アガ、ウゥ……」

 

ㅤ二年前の事故。実験中の装置──アーク・スフィアが暴走し、発生した巨大なエネルギー域──アーク・ボーテックスにエミールが飲み込まれかけた事故。

 

ㅤアーク・スフィアは特殊な放電現象を発生させる巨大な装置で、ある特性を得た電子が複数の渦からなる球体を生み、これをアーク・ボーテックスという。

ㅤアーク・ボーテックスは取り込んだ物質を渦──球体の中心に留まらせる働きをし、かつ取り込まれた物質がその中でごく短いループ現象を引き起こすことが実験により判明している。

 

ㅤ例えばアーク・ボーテックスの中に安全ピンを抜いた擲弾(てきだん)を放り込んだとする。

ㅤ当然間を置かずに擲弾は爆発してしまうが、その直後に爆発する前の状態まで巻き戻り、そしてまた爆発し、戻り、またまた爆発……と、渦が消失するまでこの状態が繰り返される。

 

ㅤ爆発の際に放出される運動エネルギーはどういうわけかループしても消失しない為、これに目をつけたエミールは小型化に成功したジェネレーターに技術を応用しISに搭載、エネルギーの無限化──絶対防御ならぬ不死防御を開発しようとしていた。

ㅤ稼働限界のない、燃費問題が解決された光学兵器主体のIS。それがエミールが開発しようとしていた第三世代機のコンセプトだった。

 

ㅤ閑話休題──。

 

「主任、あんな調子で本当に大丈夫なんですかね」

「ああ。命に関わるほどのレベルではないとはいえ、事故の後遺症もある。私としてもあまり無理はしてもらいたくはないが……」

「ここで僕らが心配しても仕方ないのはわかってても、やっぱ心配になるなぁ……」

 

ㅤニコラたちの懸念。そのひとつが、エミールを苦しめる事故の後遺症だ。

ㅤ特殊な電流にさらされた際に負った火傷の痕は、幸い目立つようなレベルのものではなかったものの。

ㅤしかしその奇っ怪な爪痕は、渦の中に取り込まれたエミールの右上半身に顕著に現れている。

 

ㅤ例えば軽微な放電現象。体の表面が常に微弱な──とはいえ一般的な静電気よりも強い──電気を帯びるようになり、腕輪型の蓄電池を右腕に着けていなければ支障をきたすようになった。

ㅤ仕事にも私生活にも。精密機器を取り扱う今の職場で、この異常は正に致命的だ。

 

ㅤ特に発光する右目からの放電が激しく、極めて乾燥した場所だと、放出された電気が弧を描くのが見えてしまうのだとか。

ㅤ発覚してからは瞳の異変を誤魔化す為にカラーコンタクトをした上で、さらにサイズの大きなサングラスを掛けて放電を隠すようにしているらしい。

 

「確かなことは言えないが、今の主任は渦の影響を受けて発電能力を持つ魚類、例えば電気鯰のように右側の頭頂部がマイナス極、右腕の先がプラス極の発電器官になってしまっているか、或いは右上半身の部分だけ生体電気が過剰に増幅されてしまうようになっているのか……」

「わあ。まるでエレクトロみたいですね!」

「いずれにしてもこれらの電流が主任の肉体にダメージを与えずにいるのは……。何?」

「エレクトロですよ、エレクトロ。スパイダーマンの……え、知らないんですか?」

 

ㅤ本当に知らないのか、とキョトン顔で聞き返したニコラを、フレッドは生暖かい目で見た。

 

「ふふ。夢見がちなのはいいが、現実とアメリカン・コミックスを一緒にするのはやめるべきだ。バカバカしい」

「でも実際、主任は謎の放電能力を持ってるわけでしょ。前々からサム・ライミ版ドック・オクとMCU版トニー・スタークを足して二で割って、仕上げにシノノノ博士を振り掛けたみたいな人でしたけど……」

「アリ!ㅤアリ!!」

「ああうん。確かにシャルロットちゃんを預かってからは、MCU版のスコット・ラングっぽさもあるかも……」

「わかったわかった。ともかく、今の主任は常人以上の電気が流れる体なんだ。それがいつ主任本人に牙を剥くか……。或いは増幅された電気信号が脳に悪影響を及ぼす可能性も」

「──そうか、電気信号か!!!」

 

ㅤガタタッ──!

 

ㅤけたたましい音を立てて、それまで会話に参加せず静かに考え込んでいたエミールが、突然立ち上がった。

ㅤそのままブツブツと独り言を呟きながら、唖然とする部下たちを置いて、ひとり休憩所を出て行ってしまう。

 

「……やっぱりヘンだよあのおじさん」

「ふむ、やはり本人がいる真横で噂話をするのはマズかったか……」

「アア、ウー」

 

ㅤ慌ただしく立ち去るエミールの背中を見送りながら、ニコラたちは顔を見合わせ、上司の不調を心配するのだった……。




心配されてるとはいえ、散々な言われようである。


本当は捌ききれなくなるので、オリキャラを出すのは苦手なのですが。
そこそこ偉い立場の役職にいる人間に部下がひとりもいないのは、それはそれでおかしな話ですしね。
今後出番があるかはさておき、慕ってくれる変わり者がいっぱいいるよって感じです。

それはさておき、お待ちかねの週末がやって来ます。
週末という事はそう、感想への返信です。お待たせしました。
作者は基本的に土曜──たまに日曜も──休みなので、改めて皆さんの感想をゆっくり読ませてもらい、それから返信します。そういう訳なんですな。


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シャルロットの話(3)

ㅤ僕はシャルロット。シャルロット・デュノア。

ㅤアルベール・デュノアの一人娘で、あのデュノア社の専属テストパイロットなんだ。よろしくね。

 

ㅤ突然なんだけど、僕の従兄さんの話を聞いてくれるかな。

ㅤエミール・ロワ、二十四歳独身。独身!ㅤここ大事だからね。

ㅤ血液型はA型で、身長は179センチ。僕より25センチも大っきい。

ㅤ体重は65キロくらいかな。服を着ると痩せて見えるけど、実は結構アるんだよね……くふふ。

ㅤスリーサイズは上から90、70、88くらい。なんでわかるのかって、それは聞かない方がいいと思うな。……すごくえっちでした。

ㅤ六月八日生まれの双子座。占い系はあまり信じないけど、いい結果が出たらちょっとだけ上機嫌になる。

ㅤ利き手は左右両方。元は左利きだったみたいで、咄嗟に出てくるのは左。握力も左の方が強いみたいだよ。

ㅤ視力は……どうなんだろ。コンタクトレンズをしてるところを以前見たことがあるから、いい方ではないのかな。でも、普通のメガネは置いてないんだよね。

 

ㅤ夜どんなに遅くに寝ても、朝の寝起きはいい方。決まった時間にすっと起きてる。逆に自分の中でこうと決めてなければ、いくらでも寝てられるみたい。

ㅤ寝付きも早くて、眠りも深い。よっぽどのことがなければ起きないんだ。……ちょっと前にそのよっぽどのことがあったわけだけど。

ㅤ普段から静電気に悩まされてて、特に冬の乾燥する日は何もしたくなくなるくらい酷いんだって。僕もエミールにハグハグ出来なくなるから嫌いかな。

ㅤ一人称を使い分けてて、休日だったり嫌な人相手だったり、いらいらしてる時は俺で、それ以外のかしこまった場だと大抵私。リラックスしてる時も俺なんだけど、そこは上手く見分けなくっちゃね。

 

ㅤ基本的に身なりはきちんとしてる反面、部屋着と外行き用の服装の落差が激しい。一人の時はとにかく楽な格好をしてたいんだって。

ㅤ僕はゆるゆるな部屋着の方が好き。首元が無防備だし、たまにお腹が見えたりするから。腹筋とおへそがえちえちなのです。

ㅤ外着は大抵下にハイネックのインナーを着て、首元の白っぽく変色した肌を隠してる。何があったのかは教えてくれないけど、お父さんは火傷の痕だって言ってた。

ㅤ髪は僕よりも濃いブロンド。ちょっとゴワゴワしてるけど、触ると気持ちがいい。あと、いい匂いがする。

ㅤ瞳はダークグリーン寄りのヘーゼル……だけど、いつも大きめなサングラス掛けてるからあんまり見れない。その分チラッと見えるのがせくしーなんだよね。

 

ㅤ好みの異性のタイプは、同性のお友達っぽい感覚で接することが出来る子。きっと身長154センチで7つから8つくらい歳の差がある親戚の女の子かな。

 

ㅤ食の好みは何でも美味しいって言うから特になくて、強いて言うなら日本食が好きなのかも。お酒を飲んでるとこは見たことないかな。

ㅤ甘いの辛いのだと、辛いものも好きみたいだけど、甘いもの──特に間食として飴を舐めてるところをよく見るよ。お気に入りのフレーバーはプリンなんだって、可愛いよね。

ㅤ極力噛まないようにしてるけど、イライラしてたりすると、ついガリッとやっちゃうから気を付けないとって、一人でこっそり反省してることもあったっけ。

 

ㅤ楽しいこと、派手だったりスリリングなことが好き。どっちかって言うとアウトドア派だけど、お手軽に楽しめるから科学の実験の方が好きなんだって。

ㅤ趣味はさっきも言った通りだけど、実は息抜きに絵を描いたりすることもあるみたい。義父さんの影響かな。すっごく有名な画家さんだもんね。

ㅤあ、それとね。実は音痴なんだって。お父さんが教えてくれたんだけど、自分が楽器演奏は出来るのに音痴だからって、リヴァイヴに標準搭載しているお喋りAIに無駄に多彩な機能を盛り込んでおいて、カラオケと歌唱機能だけオミットしたらしいよ。

 

ㅤおしごとはデュノア社の主任技術研究員。一応さらに上の上司はいるけど、管理職じゃないってだけで、ひとつの実働グループの事実上のリーダーみたいな感じ。

ㅤ公私を上手く切り替えられて、嫌だったり楽しくないことでも仕事なら割り切ってやってしまう。本当に嫌ならその限りじゃないみたいだけど、その辺はお父さんが上手により分けておいてくれてるみたい。

ㅤデュノア社のヒット商品のいくつかは、エミールが発案した物なんだって。普段は楽しんでおしごとしてるみたいだよ。

 

ㅤ個人的な発明とか、商品にしなかった物もいくつかあるみたいで、そのひとつがエミールの家にいる家事手伝い見習いロボのポチ。ホームアシスタントロボットの試作品なんだって。

ㅤ研修中の札が貼られてる底の潰れたボールみたいなのが本体で、独自ネットを介して家にある電化製品全てに繋がってるみたいなんだけど……控えめに言ってポンコツかも。

 

ㅤそれでね、ポチは意外とお喋りなんだ。よくエミールと話してるところを見かけるよ。

ㅤこの間も確か──、

 

『ポチ、最近日本でISに関する変わった話を聞いてないか?』

(変わった話ですか?ㅤそういえば、先日IS学園の入学試験会場で、類稀な適性結果が叩き出されたそうですよ。学生かつ素人でありながら、“ヴァルキリー”レベルの測定値だったそうです。……もちろん、大会記録保持者ではなかったので、Sランクには認定されなかったようですが。ちなみにその生徒は、自身を男性であると主張していたそうです)

『聞きたいのはそういう話じゃないんだが……。まあいい』

(ご期待に添えられず申し訳ありません。日本の倉持技術研究所が、新たな専用機の開発に着手したという話の方がお好みでしたか?)

『倉持……ああ、あの変人集団か。個人的にあの変人が何を作ってるのか興味はあるが……。他にないならいいんだ』

(お言葉ですが、貴方も十分変人だと思います)

『放っておいてくれ』

 

ㅤみたいな話を二人でしてた。ええっと、先週の日曜日だったかもしれない。

ㅤそれがね、ちょっと前まではおしごとが忙しくて休みがほとんどない感じだったんだけど、最近は週末が必ず休みになってるんだ。

ㅤこのところ、お父さんとよく話をしてるから、その関係かな。どうだろう。

ㅤ土曜日は僕と、両親と、それからエミールの四人で晩御飯。これは毎週そう。

ㅤ翌日、日曜の予定はその日によるかな。でも大抵は僕をどこかお出かけに連れてってくれるよ。デートだね。

 

ㅤ僕は今年の春に、今住んでる家を出て日本に行く。全寮制のIS学園に入学するんだ。

ㅤだから寂しくならないように、エミールが時間を多めに作ってくれてるのかもしれない。

ㅤ僕の為にって、そういう風に自惚れてもいいのかな。

 

「シャールロット〜、昼食の用意が出来たぞ〜」

「はーい」

 

ㅤだけど今日は、エミールにお願いして家にいる。

ㅤ朝は遅くまで一緒に寝て、起きてもポチに音楽を掛けてもらいながらソファーで二人のんびりして。

ㅤお昼はお互いに相談して、用意するのはエミールで片付けるのは僕ってことになった。

 

「さ、チーズとハムのオムレツだ」

 

ㅤわ、美味しそう。

ㅤ自分の席に腰掛けると、目の前にエミールがお皿を置いてくれた。

ㅤ意外にもお料理上手なエミールは、レパートリーこそ少ないけど手際がとってもいい。キッチンを綺麗に使うし洗うものも最小限に抑えてる。

 

「バゲットは今焼いてるから……ああ、焼き上がったみたいだから取ってくる」

「あ、やっぱり僕も手伝うよ」

「じゃあ、サラダを運んでもらおうか」

「うん」

 

ㅤこうして一緒に並んでキッチンに向かってると、なんだか新婚さんみたい……なんてね。

ㅤあっち、とエミールが指さした方向にあるのは小さなキッチンカウンター。それからサラダボウル。

ㅤ見ただけでわかるのはブロッコリーにトマト、レタスとパプリカ……あ、あとあれはアボカドかな。彩のいいサラダがボウルに盛られてる。

 

「こっちも美味しそう……」

「こらこら、つまみ食い禁止だぞ」

「し、しないよ!」

 

ㅤもう、ほんとにしないってば。

ㅤ含み笑いをするエミールの背中を追いながら、テーブルにサラダボウルを置く。

ㅤ料理は作るのも食べるのも、どっちも楽しいから好きなんだって。エミールらしいや。

ㅤいろいろ考えながら料理するって言ってたから、エミールからしてみれば料理も科学の実験みたいなものなんだろうな……。

ㅤでも結局、理屈より感覚になっちゃうんだけどねって、いつもそんな話のオチがつくんだけど。実際どこまでが本当なんだろ。

ㅤ料理?ㅤそれとも科学の実験?ㅤ……まさかね。

 

「さて。二人とも席についたところで、いただきます」

「いただきます」

 

ㅤ……うん、やっぱりエミールのオムレツが一番美味しいや。

ㅤひと口食べただけでわかるこの違い。僕が真似して作ってみても、こうはならない。

ㅤせっかくお願いして、目の前で作ってもらった上にレシピまで教えてもらったのに。いったい何が違うんだろ。

 

「…………」

「…………」

 

ㅤ黙々と食べ進める……。

ㅤ食事中に会話は、あんまりしない。

ㅤポチが相変わらず音楽を掛けてくれているのもあるけど、エミールが特別な席でもない限り食べてる最中にあまり喋らない人だから、僕もそうしてるんだ。

ㅤ代わりに食べた後に美味しかった、とか、食器を片付ける前にちょっと話す時間を作るんだけどね。

 

「……ご馳走様」

 

ㅤ喋らない分、エミールは食べるのが早い。

ㅤ僕もエミールと生活するようになってからは、食べるのがちょっとだけ早くなったかもしれない。ほんとにちょっとだけ、ね。

ㅤ急がなくても、焦らなくても、こういった些細なところで僕はエミールと重なっていくんだ。

 

「ご馳走様でした」

「よし、じゃあこの後どうする?」

「ん、と……よかったら一緒に映画見ない?」

「映画?」

「あ、外で見るやつじゃなくて。いくつかレンタルしてきたから、今日はずっと家でのんびりしようかな〜って」

「丸一日のんびり、か」

「どう、かな?」

 

ㅤごくり……。ちょっぴり緊張してる。

ㅤ実は僕、エミールの映画の趣味は知らないんだ。

ㅤそもそも映画を見るのかどうかもわからないし、ここでエミールが『じゃあ私は書斎にいるから、何かあったら呼んでくれ』なんて言い出したら、計画が台無しになってしまう。

ㅤ……でも、その心配は杞憂だったみたい。

 

「いいね。実は映画を見るのも好きなんだ。……ポチ、ポップコーンの用意だ」

(塩ですか、キャラメルですか?)

「塩、キャラメ──。よし、両方でいこう」

(かしこまりました。お待ちしております)

「すぐに行く……というわけで、ポップコーンを用意してくるからちょっと待っててくれ」

「う、うん。その前にお皿片付けなきゃだけど」

「ああ、それくらいなら食洗機に入れておけばポチがやってくれるさ。キッチンに行くついでに俺がやっておくから、シャルロットは映画のセッティングを済ませておいてくれ、頼むぞ」

 

ㅤそう言ってエミールは、僕の返事も聞かずにそそくさと食器類を運んでキッチンに向かって行ってしまった。

ㅤまさかここまで順調にことが運ぶだなんて、思わなかったな。映画好きなんだ、エミール。

ㅤこうなってくると、逆にエミールが楽しめないことってなんだろう。ちょっと気になるかもしれない。

 

「ポチ、リビングをホームシアターモードにして」

(かしこまりました。映画鑑賞とのことですが、使用するのは何ミリフィルムですか?)

「え、ううん。古くてもVHSまでだよ」

(左様でしたか)

「……え?ㅤここって映写機もあるの?」

(はい。僭越ながらこの私がマスター・エミールのコレクションをいくつか、また今度ここでお披露目しましょうか?)

「う、うん。じゃあ見せてもらおっかな……」

(その機会を楽しみにしております)

 

ㅤへえ、知らなかったな……。

ㅤポチがリビングのカーテンと天窓のシャッターを下ろして部屋をすっかり暗くしてくれている間に、ちょっと前に近所のレンタルショップで借りてきた映画をカバンから出しておく。

ㅤ安牌だけど、これを選んでおけば外れないって感じのベタベタな映画が数本。B級映画も一、二本。……ちょ、ちょび〜っとだけえっちなのも一本。

ㅤそ、そして名だたるアクション映画の間に、こっそりと忍ばせたジャパニーズホラーの金字塔……これこそが僕の計画の要。

ㅤ名付けて、怖がるふりをしてエミールに抱きついちゃおう大作戦、だよ!

ㅤ普段から甘えさせてくれるエミールだけど、映画の演出に怖がるふりをすることで、いつもなら起きている時には絶対にできないあんなことやそんなことを、どさくさに紛れて実行できるという我ながら隙のない完璧な作戦だね。

 

「おっと、お待たせしたかな?」

「ううん。こっちも今準備出来たとこ」

「それならよかった」

 

ㅤソファーに二人腰かけて、ポチが映画の再生を始めるのを待つ。薄暗い部屋の中、エミールと二人っきり……えへへ。

ㅤおっと、いけないいけない……。この後の計画のためにもしゃっきりしてなくっちゃ。

ㅤ二人で外にお出かけするのもいいけど、やっぱり沢山の人がいる場所よりも、二人っきりの家の方がいいって思うのは、きっと僕のわがままかもしれないけれど。

ㅤ普段は自制してるんだから、たまには僕がエミールを独り占めしたって、バチはあたらないよね。正当な権利だよ、うん。

 

 

 

 

 

「ふわぁぁぁぁあ!!!?」

「ちょ、シャルロット……首っ──! お兄さんの首締まってる……っ」

 




策士、策に溺れる……。

投稿が遅くなった理由は、シャルロット視点(ガチ)をお試しで書いてみたら難しすぎて投げそうになったからですな。申し訳ない。
でもこの試みはちょくちょく続けていきたい所存。


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禁じられた実験 (1)

 〜???〜

 

 ……やれやれ、危うくナルの海で溺れるところでした。次からこの道を移動に使うのはやめておきましょう。とんだ近道です……。

 

 おや、このような場所にお客様とは珍しいですね……なるほど、例の記録映像を閲覧したいと。マスターの了承は──おっと、これは野暮でしたね。

 

 いいでしょう、今回は特別です。私が保管している記録の一部を開示しましょう。なおこちらのコピーは不可能ですので、あしからず。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 映像が再生され、人気(ひとけ)のないデュノア社の研究室をバックに、白衣を脱いだエミールの姿が映し出される。

 目の前のカメラが機能していることを確認し、エミールはひとつふたつ咳払いをして、淡々と喋りはじめた。

 

『2010年11月、記録30。』

 

『私はエミール・ロワ。デュノア社の主任技術研究員だ。』

『この記録は公式の物ではなく、また場合によっては記録媒体ごと破棄する為、実験はここにいる私のみで行う。』

 

『……ごほん。2年前のある日、私は社長のご息女であり私自身の従妹でもあるシャルロットを預かり、彼女の親代わりとして育てていくことになった。』

『もちろん本物の親に勝らないまでも、自分にできうる限りの愛情を注いできたつもりだ。それが私の独りよがりだったとしても……。』

 

『さて……なぜ今更そんな話をするのかって?』

『なぜ、こんな場所で今更そんな、わかりきったような話をするのか?』

『そう、今更なんだ! まさしく今更と言っていい!』

 

『私はデュノア社に入社してからというもの、もう何年もIS開発に携わってきた。』

『むろん空白の期間もそれなりにあるが、しかしそれでも限りなく長い期間ISに触れてきた。』

『それなのにだ!』

 

 突然立ち上がるなり、映像の中のエミールが左手で計器類を弄りながら、右手を背後のリヴァイヴ・カスタムに叩きつけるようにして触れる。

 ──と、リヴァイヴ・カスタムのセンサーがチカチカと明滅し、その鎧のような鋼の巨躯が動き出そうとした。

 完全に起動する寸前でエミールが右手を離した為、立ち上がるまではいかったものの。

 直前まで体育座りのような構図で鎮座していた機体は、今や片膝立ちのような不格好な体勢になっていた。

 

『……この程度の実験をかれこれ10回ほど繰り返してみたが、全て同じ結果に至っている。つまり……見ての通りだ。』

『この現象に気付いたのは、私がアーク・スフィアを改良、小型化したアーク・コイルを用いたISの開発に着手しようとした折だ。』

『人の手を入れなければならない作業を行おうとしたところ、対象の機体が突然起動しかけたわけだ。』

 

『本来、ISは女性でなければ起動しない。』

『これは世界の不文律であり崩れてはならない、破られてはならない絶対のルールだ。』

『ルールなんてクソ喰らえと考えているような私や、あの性格破綻者でさえ抗えない究極の謎とでも言おうか。』

 

『ごほん……それはともかく、完全な起動までに通常よりも時間をかなり要するとはいえ、起動は起動だ。』

『今の段階で私がISを起動させられると誰かに知られてしまえば、まず間違いなく不味いことになるだろう。』

『しかし私は職務上、ISに触れないでいることがかなり難しい立場にある。』

『なぜ今になって私がISを起動できるようになってしまったのか、それを解明し対策を練らなければ秘密の発覚は不可避だ。』

 

『優先すべきは原因の解明……まあ、餅は餅屋に聞ければ一番楽なのだが、それは最終手段に取っておくことにする。』

『とにかく、まずは私1人でなんとかしてみよう。妖怪奇人変人を頼りにするのはそれからだ。』

 

『ついてはこれから暫くの間、ISに直接触れなければならない作業を部下に任せて誤魔化すつもりだ。以上』

 

 再生が終わり、映像が消える。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 映像が再生され、再び人気のないデュノア社の研究室をバックに、今度はリラックスした様子のエミールの姿が映し出される。

 エミールは目の前のカメラが機能していることを確認しながら、悠々と喋りはじめた。

 

『2011年2月、記録30。前回からの続き。』

 

『私はエミール・ロワ。デュノア社の主任技術研究員だ。』

『この記録は公式の物ではなく、また場合によっては記録媒体ごと破棄する為、実験はここにいる私のみで行う。』

 

『……ふう。私もノイローゼ気味だったとはいえ、やはり社長に相談するのは早計だったかもしれない。』

『昼頃、私は部下のひとりからヒントを得た。……いや、ヒントと言うよりは最早答えのようなものか。』

『こんな簡単なことに気づけないほど私は精神的に参っていたらしい。この現象について、あれやこれと小難しく考えすぎていたのだ。』

 

『前回までなんの進展もなかった研究が、たった半日にして解決まで持っていけそうだと明言しておく。』

『まったくこの世の中、なにがあるかわかったものではないな。……さて、始めるとしよう。』

 

 いつかと同じようにエミールが立ち上がり、後ろに待機させていたリヴァイヴ・カスタムに触れる。

 ……が、しかし鋼の鎧はうんともすんともいわず、以前のように鈍く動くことはない。

 今の状況が一通り撮影されたことを確認し、エミールはリヴァイヴ・カスタムから左手を離した。

 

 すると今度は右手を出し、エミールはカメラに一度視線を向けてから、リヴァイヴ・カスタムに触れた。

 と、その途端。変化が訪れる。

 先程とは打って変わって、リヴァイヴ・カスタムは軽い唸りを上げながら、ゆっくりと起動シーケンスを開始したのだ。

 金属が擦れ合う、軋むような不快な音を出しながら、人をすっぽりと包み込める大きさの機体が、操縦者を求めて動き出そうとし、項垂れるような体勢から(おもむろ)に背筋を伸ばす。

 

 それはマルチフォーム・スーツでありながら、まるで生気の感じられないゾンビのような絵面だった。

 しかしそんな不気味さを前にしてもエミールは意に介さず、自身に向けて腕を伸ばすリヴァイヴ・カスタムから手を離し、カメラに今のを見たかと確認するような視線を向ける。

 

『左手と右手……。この違いはなんだろうか。』

『例えば利き手だったり、そうではない方の手。』

『歓迎、そして決別。』

『あるいは、かの偉大なるフレミングの法則を示す為に使い分けるもの、といったところだろうか。』

 

『しかし私の場合、左と右とで大きく異なる点がひとつある。……いや、まあ私が気づいてないものもあるかもしれないが。』

『ごほん……それは、私の右手の表面には常人では考えられない量の電気が流れているという点だ。今も尚。』

 

『これは強い静電気程度の微々たるものではあるが、まず間違いなく私が他人と違うのはそこだ。』

『そこで私はひとつの仮説を打ち立ててみた。』

『この極めて微弱な電流が、ひょっとするとISのシステムを狂わせているのかもしれない……例えば、対象を適切な操縦者として誤認させるとか、そんなところだろう。あくまで、あくまでも仮説だが。』

 

『ふふ……はは……。いや、失礼。』

『学生時代にカエルの解剖体に電極を刺す実験をしたのを思い出してね。』

『それがダブって見えて、随分と懐かしい気がしたんだ。』

 

『……ああいや、今はそんな埃をかぶったノスタルジーに浸っている場合ではないな。』

『ともかく鍵は私の右手にあった。答えは恐らく、生体電気だ。』

『元来ISというものは、操縦者が発する電気信号を直に感知し、延長された手足など、各部位のシームレスな動きへと繋げているものである。』

『そういった意味合いもあり、ISスーツの着用が操縦者に向けて推奨されているわけだが。』

『ともあれ、私の右上半身の表面に流れる電気の量は今現在、ある装置を用いて抑えている状態だ。』

 

『さて、こうなってくると私はどうしようもなく知りたくなってくる。』

『ここで私が右手の腕輪型蓄電池を外した状態でISに触れると、はたしてどうなるのか……。』

『気になる。気になって仕方がない。』

『これもいち研究者としての性だな。はっきり言って悪癖だと、そう自覚しているよ。』

『抑えると言っても気休め程度なので、外したところで大した違いは現れないかもしれないが、しかし直接見もせずに解を出してしまうのは私の主義に反する。』

 

『よって私は今この場で腕輪型装置を外し、ISに触れてみる事にした。』

『今回の本題はこれだ。……ま、社長にまるっと相談してしまった今となっては、原因解明なんてものはほんのついでといったところだな。』

『ではいってみよう……ポチ、シャルロットに今日は遅れるかもしれないと伝えておいてくれ。』

 

『(貴方が直接伝えた方がよろしいのでは?)』

 

『ああ……。わかってないな、そうしたら実験を中止して帰りたくなるかもしれないだろう?』

 

『((わたくし)としては、そちらの方が遥かにマシなのですが……。)』

 

『いいから、頼むぞ。』

 

 そう言いながらエミールは手首に装着していた未来的なデザインの腕輪を外し、中途半端な体勢のまま放置されていたリヴァイヴ・カスタムに触れに行く。

 

『(……かしこまりました。お嬢様にお繋げ致します。)』

 

『何? いや、繋げるな、待て待て待て!』

 

 時すでに遅し。

 エミールが制止するのと、ポチがエミールの携帯を介してシャルロットに通話を入れるのと、そしてエミールの右手がリヴァイヴ・カスタムに触れるのは、ほぼほぼ同時だった。

 

 キ──ン!

 

 鉄琴の一番高い音階を打ち鳴らしたような音と共に、映像が眩い光で瞬く間に白塗りになる。

 

『もしもし、エミール? どうしたの?』

 

 なにが起こっているのか判断ができない中、恐らくポチが使用しているものと同じスピーカーを介しているのか、電話に出たシャルロットの声が鮮明に聞こえてきた。

 

『……っああ、シャルロット。なんでもない……ただ、今日は帰りが遅くなるかもしれなくてな……電話を一本入れておこうと思ったんだ……おおう……。』

 

 光が消え、次第になにが起こったのか、はっきりとしてくる。

 話している最中にエミールも目が慣れてきたのか、今の自分の状況を見て、思わずといった様子で変な声をあげた。

 この時、やけに頭に血が上ると思ったに違いない。

 彼はリヴァイヴ・カスタムを装着し、天と地が逆さまになっていた。

 実験に使われたISのささやかな仕返しとでもいうのだろうか。綺麗な宙吊りっぷりだ。

 

『エミール、何だか変だよ? 大丈夫? 平気?』

『ああ……平気か? 全然! 大丈夫どぅわぁぁ?!』

 

 平静を装っているようなのだが、妙に返しの声が上擦(うわず)っている為、余計怪しい事になっている。

 ISは空を自由に飛べるので、もちろん宙に浮いたりするのもお手の物なのだが。

 そうなる理屈はわかっても、それで感覚が掴めるわけもなく……。

 エミールはなんとか正位置に体勢を整えようとするも、不格好な宙返りのような形で空中をくるくると回ってしまい、なかなか上手くいかない。

 

『ほんとに? 体調悪くない? 気分は?』

『気分ならさいこぉぉぉぉぁ──?!!』

 

 ようやく正位置に──頭が上で足が下の状態になるも、今度は空中で滑るようにふらふらとしてしまう。

 右へ、左へ……そして後ろへ……。

 お高そうな機材にぶつかりそうになり、気持ちだけでも避けようとして前のめりになれば、今度は前へと滑っていく。

 

『……うん。やっぱり変だよ、僕そっちに行くから、今いるの研究室でしょ、ちゃんとそこで待っててね! 絶対だよ!』

『あ、おいシャルロット? シャルロット?』

『(通話が終了しました。)』

『不味いな……実験は中止。機体からここ数時間の稼働記録を削除しておいてくれ。』

 

 シャルロットが来ると知って冷静になったのか、それとも早々に操縦の感覚が掴めてきたのか。

 エミールはリヴァイヴ・カスタムを的確に操り床に降り立つと、そのまま姿勢を低くしてISの装着を解除した。

 

『──というわけで撮影もここで一旦終了。総括はまた今度、以上。』

 

 ここで再生が終わり、映像は消えた。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 今回はここまでのようです。あなたの侵入をマスターが察知しました。……ああ、お使いになられた穴は裏口に加工して開けておいて差し上げます、どうせ塞いでもこじ開けるのでしょうから……それでは、また。



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原作[一巻]ㅤやって来ましたIS学園!
秘密会談(2)


 3月半ば、未明──社長室にて。

 

「社長……いや、今は叔父さんですか。貴方は自分が何を言ってるのか、ちゃんと理解してるのか?」

「……すまない」

 

ㅤブラインドやカーテンを閉め切り薄暗くした部屋の中で、俺は叔父と膝を突き合わせていた。

ㅤ互いに渋面を見せ合い、さながら秘密会談といった様子だが、話してる内容は大人の情けない嘆願のようなものだ。

ㅤなんなら以前の、シャルロットを預かる預からないで揉めた時以上に揉めている。

ㅤごめんなシャルロット。情けない話、やっぱお兄さんもダメな大人のひとりなんだわ。いやホントにすまん。

 

「しかしこのまま隠していても、いつか情報が外部に漏れ出るやもしれん。そうすれば私の力が及ばない場合もある。……政府機関からお前の身柄を寄越すよう要請が出れば、言わずもながな……な」

「いや、だからといってこれは……ないでしょうが」

「すまん。……これしか他に打つ手がなくてな」

 

ㅤ俺はないわ、ないわ……と煮詰めたコーヒーを飲んでしまった時くらいかそれ以上の変顔を浮かべ、叔父は叔父でただひたすらに平謝りをするばかりで、一向に話が進まない。

ㅤいや、まあこれといって特に進退するような話でもないのだが。問題の手続きは秘密裏に進められ、もはや取り消すことも戻ることも叶わない。学園への出向は決定事項だ。

 俺がISを動かせるのを、叔父に知られてしまったばかりに……。

 

「まずは先手を打つ。お前がうちに所属している社員であることを強調しながら男性操縦者だと発表し、マスコミを利用して世間的にも強く根付かせつつ、大衆にお前の立場を確認させる。もちろん、一通りの手筈が滞りなく済んでからな。そうすれば、上の連中も強くは出れないだろう。文字通り手も足も……というわけだ」

「……ちなみにこの件について、シャルロットには?」

「話すわけないだろう。お前ができない話を、私が説明できるとでも?」

「それもそうか……」

 

ㅤまあ、そりゃあそうだよな……。

 

「ともあれ、手筈は整えている。お前も腹をくくれ」

「…………」

 

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 

 

 

 

ㅤ慌ただしくも穏やかな時は過ぎ去り、4月。

ㅤあれからシャルロットには叔父との秘密会談についてなにも言えていないので、すぐ隣から『え、何でここにいるの?』的な視線がズビシズビシと突き刺さってくる。

 

「では、ええっと……SHR(ショートホームルーム)の前に、皆さんにはお話があります。大切なお話ですから、よぉく聞いてくださいね。こ、こほん……もう既に挨拶した人もいるかもしれませんが、このクラスには織斑一夏くんの他に、もう1人だけ男の方がいらっしゃいます。ロワさんは織斑くんのように発表されることは今までありませんでしたが、同じように男性でありながらISに適合し、3年間皆さんと机を並べることになりました。皆さんよりもほんの少しだけ歳上ですが、より深い専門的な内容の授業では、特別に非常勤講師として教鞭を執ってくださるそうです。よろしくお願いします!」

「「「よろしくお願いしまーす!」」」

 

ㅤうん、矛盾塊なご紹介ありがとう山田さん。あと生徒さんたちも元気な歓迎ありがとう。

ㅤ俺は今、IS学園の教室で一年一組の生徒に紛れ……られてはいないが、ともかく用意された自分の席に腰掛けている。

ㅤいやはや……。まさかこの歳になって、また学生服を着る羽目になるとは。スーツならまだしも白いブレザーってのがまた、コスプレ感が半端ない。

ㅤそれはさておいても、紹介にあった通りの矛盾の塊こと俺。学生なのに非常勤講師で講師なのに学生で、皆と勉強するのに皆の前で教鞭を執る……。

 

ㅤ今の紹介聞いて誰も可笑しいと思わなかったのか、俺は思ったぞ。結局どういうことなんだよって。

ㅤそもそもIS開発に関わってる大の大人が、今更IS学園でなにを学ぶんだって話でもありつつ、ちゃっかり現場の人間に授業の講師をさせようとしてる辺り、ここを運営してるやつの抜け目のなさが感じられる。

ㅤ他所のクラスからしてみれば、今年一年一組だった生徒みんなズルっ子だな。ただでさえ担任がアレなのに……。

 

ㅤと、まあそんなこんなで俺は日本──厳密には国に属してはいないのだが、東京から少し離れた場所にあるIS学園にいた。

ㅤ実に回りくどく面倒な形でひっそり入学した為、恐らくシャルロットも今の今まで俺の存在を知らなかったはず。

ㅤ前後の大まかな流れとしては、昨日日本行きの便に乗るシャルロットを見送り、その足でデュノア社のプライベート機に乗って俺も日本へ向かい、今日の入学式中に理事長の粋な計らいで簡単な自己紹介を壇上でさせてもらった、とそんな具合である。

 

ㅤ……あー、シャルロットさん。『あんな今生の別れみたいな5分間だったのに、今更どんな面提げて僕の前にいるの?』なんて視線向けられても、本当に申し訳ないくらいしか言えないぞ。

ㅤ凄かったもんな、うん。涙とか鼻水とか、顔面から出るもの全部出ちゃってる感じだったし……。いや、本当にごめんって。

ㅤたとえ身内だろうが知られないようにって、キッつい情報統制敷いてたわけなんだから。叔父も本気で信用出来る腹心以外に計画を話していなかったみたいだし……。

 

ㅤ新たな男性適合者の発表については、今頃本国の叔父が大勢のマスコミの前で、堂々と記者会見を開いている事だろう。

ㅤ会見内容については概ね想像がつく。『問題の社員は今現在IS学園におり、向こう3年ほどそちらで我が社が開発した第三世代機()()の実稼働データ収集に勤しむ予定だ』……てな具合で。

ㅤポチが俺の携帯端末に物凄い、凄まじく、(おびただ)しい量の着信やメールが届いてきているという通知を出してくるが、今はそれどころじゃない。

 

ㅤスルーです。

 

「それでは皆さん、これから1年間よろしくお願いしますね。…………そ、それじゃあ自己紹介をお願いします。えっと、順番は出席番号の若い人からで」

 

ㅤさて、知っての通りIS学園は本来女子校であり、男子生徒はもちろん俺を除けば──。

 

「う、はうう……」

 

ㅤえー……男、子?

ㅤ生物学上の男性は、昨年度まで在学していなかった。

ㅤところが今年に入って俺という例外が現れたように、この教室にはもうひとり世界で初めてISを起動させてしまった不幸な少年がいる、はず。

 

ㅤそれに因んでほんの少しだけ、1ヵ月かそこら前に、実は男性適合者がいました、みたいな報道が世界的にちょっぴり流れた。

ㅤなぜかは知らんが、それはあんまり信憑性のない情報として取り上げられ、1週間と経たずに中国で新たに産まれたパンダの赤ちゃんと、日本のペンギンのニュースにかき消されてしまうのだが……。

 

ㅤともかく、この教室には男子生徒がもうひとりいる。

ㅤ……いる。……はぁずなんだがな……。はてなぁ。

 

ㅤいや、いるよ。うん。男子用の特注ブレザーを着てる生徒ならもうひとり。

ㅤこっちを見て、同じ境遇の人間を見てホッとしたような安堵の、というか目がキラキラしてるし、大人に対する憧れ、のような……。君のそれ、どんな感情なんだ?

 

ㅤあからさまに目が合ってしまっている為、無視するわけにもいかず軽く手を振ってみると、パッと顔を綻ばせてコクリコクリと首を縦に振って頷いた。

ㅤなるほど、わからん。もうさっぱりだ。

 

「織斑くん、織斑くーん?ㅤ織斑一夏くんっ!」

「ひゃ、ひゃぃいっ?!」

 

ㅤ名前を大声で呼ばれたからか、慌てたようにこちらを見ていた生徒は立ち上がり、山田さんの方を向く。

ㅤその様子が可愛らしかったのか、周囲からくすくすと笑い声があがる。

ㅤあ、やっぱり彼……?ㅤで、合ってるのか。

 

ㅤ教卓側、真ん中の席で山田さんとマンザイのような掛け合いをする、織斑一夏……くん?

ㅤそこには服に着せられてるような、無理して男装してるような様子の幼い少女……ではなく、少年がいた。

 

ㅤは、て。こんな感じだったか……?



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従妹は家族の余裕を見せるようです

見せますよ、ええ。


ㅤSHRと最初の授業が終わり、休み時間。

ㅤ各々が次の授業に備える中、俺の元に少年がやって来た。

 

「えと、んと……ボク、お、織斑一夏ですっ。よろしくお願いしますっ」

 

ㅤよろしく、と握手に応じながら、ひっそりと下唇を噛む。

ㅤ知っての通り、織斑一夏は男だ。

ㅤしかし頭を下げ、必死に自己紹介をする彼の姿は、まるで小さな女の子のように見える。

ㅤもっとも彼が普通の感性を持つのであれば、俺が見た目に流された対応をした場合、もれなく嫌われるのだろうが。

 

ㅤまあ、何と言えばいいのやら。

ㅤ困惑もそうだが、それと同じ程度に合点(がてん)がいく。

ㅤあの容姿なら報道で大々的に取り上げられなかったのにも頷けるし、道理で情報が眉唾物(まゆつばもの)だと蹴られるわけだ。

 

(なん)せ事実を確かめようにも、その(すべ)が殆どないんだからな。

ㅤいくら社会的な配慮に欠けるマスコミでも、子供相手に『ちょっとパンツ脱いでみてくださいよ』なんて要求するアホは流石にいないだろ。

 

ㅤ……ちょっと待て、今のなし。

ㅤ皮肉にしたって下品だし、オヤジ臭すぎだ。

ㅤ今のはなかった方向で……。

 

「お互いに大変だな。先生の紹介にもあったが、エミール・ロワだ。まあ好きに呼んでくれ。私も一夏くんと呼ばせてもらうよ」

「は、はい。エミールさん!」

 

ㅤ会えて光栄です、などと言って、一夏くんは目をキラキラと輝かせ、握った手を上下に忙しなく振る。

ㅤはは……。さては俺をどこかの有名人か何かと勘違いしてるな、そんな感じの目だ。

 

ㅤ彼のような一般的なティーンエイジャーなら、どこぞのスポーツ選手か何かだろうか。残念ながらその期待には添えられそうにないが……。

ㅤまあ歳の差があるとはいえ、これから3年一緒に苦楽を共にする仲間なんだ。嫌われているよりはずっとマシだろう。

 

ㅤいずれにしても、こうして手を握ってみると彼の手の小ささが際立つ。流石にシャルロットほど小ぶりではないものの……。

ㅤん、いやいや……。ちょっと待てよ。

 

「あー、早速で悪いんだが一夏くん。君、身長は?」

「え、と。ボクは146センチです、よ?」

「ありがとう。なら君の首の為にも、私はこのまま話した方がいいな」

「は、はあ……?」

 

ㅤおっと、今のは流石に無理のある誤魔化しだったか。

ㅤこればっかりは一夏くんも、中身のない会話に怪訝な表情を浮かべて、こてんと首を傾げた。まあ、わざわざ確認しなくてもいい事だったからな。

ㅤ今は1時間目が終わり、休み時間を狙って挨拶にやってきた一夏くんと、椅子に座ったまま応対している俺という構図で、目線がちょうど合うか合わないかくらいの位置にある。

 

ㅤ立てばここに30センチ以上の開きが生まれる為、当然こちらが座ったまま会話を続ける方が望ましい。

ㅤまあまあ、それはさておき……。これは何だか妙だ。

 

ㅤ今の話が本当なら、シャルロットは一夏くんよりも背が高い。それも10センチ前後。

ㅤしかしこちらを見て、目が合うなり意味ありげにウィンクをしてきたシャルロットは、あきらかに一夏くんよりも背が低く見えるし、幼くも見える。

 

ㅤ思わず目を擦り、またシャルロットを見る。やはり小さい。

ㅤ手が小さい、というのもそうだし、見比べてみても理屈に合わないサイズ差があるのは、一体どういう事なのだろう。

ㅤそもそもあれで150もあるのかシャルロットは。いや、今更気にするか普通。

ㅤつっても、身体検査の結果は確かに154とあったような。俺も違和感なく受け入れてたし──。

 

「──と、彼女は君の友人かな」

「え?ㅤあっ、箒……」

 

ㅤ思いがけずこの世の深淵(しんえん)に足を踏み入れたところで、熟考すれば放置する事になるであろう一夏くんを、たまたま近くにいた少女へとキラーパス。

ㅤどうやら2人は知り合いだったらしい。

ㅤ視線の質が他の生徒と違うように感じたのもあり、てんで当てずっぽうというわけでもないが、勘が上手く働いてくれたみたいだな。

 

「…………」

「あいつは──箒はボクの幼なじみで、小学校の頃にあいつが転校してそれっきりだったんです。……ここに来て久しぶりに会ったのに、さっきも無視してくるし……よくわかんないやつですよ」

「まあそういう事もある。……いや、どういう事だろうな。ともかく積もる話もあるだろうし、私の事はいいから、2人で昔話に花を咲かせてきたらどうだ」

「え、でも……」

「久しぶりで、あっちも何を話していいのかわからないんじゃないか。現に目は合うんだから、君から歩み寄ってみれば、数年の溝も存外(ぞんがい)簡単に埋まってくれるだろうよ」

「ううん……。そうかな……」

「そら、男は度胸だ」

 

ㅤとどめに背中を押してやって、これ以上は知りませんと言わんばかりに、片肘(かたひじ)を机について自分の世界に入り込む素振りをする。

ㅤもし本当に仲が険悪そうなら助け舟を出さないでもないが、たしかあの2人は主人公とヒロインの1人という関係だったはずだ。

ㅤまあ俺の存在やシャルロットが最初からいたりと、必ずしもそうなるとは限らないという事だけは念頭に置きつつ、いい歳した学生は若人(わこうど)の青春から身を引かせてもらおうじゃないの。

 

従兄(にい)さん、従兄さん」

 

ㅤ……出たな、刺客。俺に負けず劣らずの矛盾塊。

ㅤやけに従兄呼びを強調しながら、シャルロットが袖を引っ張ってきた。

ㅤ正直休み時間になるなり、俺がここにいる理由について小一時間ほど問い詰められるくらいの覚悟をしてたんだが。

ㅤあの恐ろしげな熱視線も、1時間目が始まる頃にはすっかり消えてなくなっていた。

 

「どうした、シャルロット」

「……ん!」

 

ㅤおおう。さて、そう攻めて来るか……。

ㅤ予想に反し、隣の席でひとり静かにしていたシャルロットは、俺の気を引くなり両手を広げてこちらを向いていた。

ㅤそのジェスチャーが何を意図しているのか、それは特に考えなくてもわかる。問題は見れば見るほど彼女の姿が実際の見た目よりも幼く感じられる点だ。

ㅤ心做しか体が全体的に縮んで見える点についても同じく、とても気の所為(きのせい)とは思えない。……なんだこれ。

 

「ん!ㅤんぅー──!」

 

ㅤにしても、出会った頃からは想像もつかない程の甘えたに育ったな……と。

ㅤそんな事を考えながらじっと見ていると、焦れたのか頬を目一杯(めいっぱい)に膨らませて、広げた手をふるふると揺らした。

 

「ここ、学校なんだが」

「んん!」

 

ㅤこうして甘えてくれる分には一向に構わないのだが、とはいえ時と場所くらいは考えて欲しいのが従兄心というもの。

ㅤ学校だし、今はあくまで授業の合間に設けられた休み時間。甘えるのはあくまで放課後、公の場でない場所で、だ。

ㅤだが、そんなの知ったこっちゃないとでも言うように(かぶり)を振って、シャルロットは口をへの字に曲げる。

 

「お話は終わったよね、なら、ぎゅってして」

 

ㅤ小さく、囁くような声。

 

「……シャルロット」

「してくれたら、頑張るから。空港でお別れした時、胸のとこ、ここがぎゅーって、なって、すっごく寂しかったけど、黙ってた事も全部、うん、全部ね、(ゆる)すよ。家族だもん。……だから従兄さんも僕の我儘(わがまま)のひとつくらい、許してくれるよね?」

「う゛……」

 

ㅤそれを言われてしまうと、こちらとしても弱い。

ㅤ結局のところ謎めいた威圧感も()事乍(ことなが)ら、元より従妹を溺愛している身としては、時と場所云々もわかるが、最終的には甘やかしてやりたい欲が軍配を上げるのだ。

 

「……はぁ参った、降参だ。悪かったよ。ただし、2時間目のチャイムが鳴るまでだからな」

「うんっ」

 

ㅤ大衆の意見に感化されないし、人の目も気にならない。まして他人からの評価なんて全く気にしない。

ㅤそんな自分の生き方に不満なぞありゃしないが、人にオススメ出来るような真っ当な生き方でもない事は重々承知している。

ㅤ子供は大人の背中を見て育つってのはよく聞く話だけどな、こんなところまで俺に似て欲しくはなかったぞ。

 

ㅤ教室に残ってる生徒全員からの、興味本位の視線がびしびし刺さってくるが、それでも構わず抱擁を交わす。

ㅤ人の目に慣れている俺は当然として、普段なら人見知りするシャルロットも同じように、腕を絡めて恥ずかしげもなく力を込めた。

ㅤ俺の左肩にシャルロットが顎を乗せ、間隔を置きながら頬擦りをする。それがまた、こそばゆい……。

 

「……はれ、そういえば従兄さん、いつものサングラスは?」

「ん、片付けた。何せ今日から学生だからな」

「ふぅん……似合ってたんだけどな……」

 

ㅤあれは別に、お洒落で掛けてたわけじゃないんだが。

ㅤまあそんな事をシャルロットが知るはずもないし、いちいち理由を説明して訂正するような事でもないな。

 

「仕方ない。サングラスとブレザーの組み合わせは、正直言って最悪だ」

「すんすん……そっか、それもそうだね……はふ……」

 

ㅤ改めて何故掛けてないのかと()かれれば、学園指定のブレザーとの相性が壊滅的だったので、頑張ったとしか他に説明のしようがない。

ㅤ頑張ったし、運の要素も多分に含まれている。誰かに同じ事をもう一度やれなんて言われても、俺なら無理だと突っぱねるね。

ㅤまあそんな事はさておき、頑張るといえばだ。

 

「どうだ、頑張れそうか?」

 

ㅤ背中をとんとんと叩いてやりながら、(あん)にそろそろ時間だぞ、とそう伝える。

 

「……頑張れそう」

「そか、シャルロットは強い子だな」

「……うん。でも、学校が終わったら、ね。僕と従兄さんは家族だもん。家族だから、家族の時間は一緒にいなくちゃね」

「──?ㅤそうだな、私たちは家族だ」

 

ㅤ改めて確認するように、シャルロットは家族家族と声を上げる。そう何度も繰り返さなくたって、いつだかみたく忘れたりはしないんだがな。

ㅤもっとも、これから3年は寮暮らしになるんで、その辺は以前までの生活と同じようにはいかんだろうが。部屋が別なんだ、少なくともこれまでみたくずっと一緒ってのは難しい。

ㅤまあそうは言ってもだ。そもそも俺がここに来る予定なんてのも端からなかったわけだし、今こうしている事自体が奇跡みたいなものなんじゃないかね。

 

ㅤキーンコーンカーンコーン──

 

ㅤチャイムが鳴り、廊下に出ていた生徒らが戻ってくる。そうでない生徒も自分の席に座り、次の授業に備えていた。

ㅤ間を置かずして一夏くんと箒と呼ばれた少女が仲良く教室に戻ってきたので、ほっと一安心。……んじゃ、こっちも区切りつけないとな。

 

「そら、甘えんぼタイムはお終いだぞ」

「はーい。最後にぎゅっぎゅー……ぱっ!」

 

ㅤおう。我が従妹ながら、親心を(くすぐ)る仕草をよくよく心得ておるな。

ㅤ今のはちょっと効いたぞ……。




家族だからね。仕方ない仕方ない。
なおサブタイトルは

   *   *
*   ㅤㅤㅤㅤ+ うそっこです
 ㅤn ∧_∧ n
ㅤ* (ヨ(*´∀`)E)ㅤ*
+ Y   Y  *

全然っ、余裕見せられてねーじゃん!!!

許す──自由にさせる
赦す──罰を免除する

いつも感想ありがとうございます。先週は土曜休みじゃなかったので、返信が日曜日にずれ込みました。待ってくださっていた皆様には、お詫び申し上げます。

第二回アンケートは第十話投稿まで。最低でも今週の土曜までですな。


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少年よ大志を抱かなくてもいいぞと

(それにしても……驚きですね)

 

ㅤ副担任の山田さんが読み上げていく教科書の内容を、自分なりに修正しながらノートに書き起こしていく。と、ふとポチが独り言のように呟いた。

ㅤいつもの外部出力を介していない為、周囲の人間には聞き取れないような声だが、しかし主人である俺には丸聞こえだ。あいつもそれを承知の上でこぼしたんだろうが……。

 

(こうして席に着き、授業を受けている貴方を見る事になるとは思いませんでした)

 

ㅤほぉ、何が言いたいんだ。──いや、(みな)まで言う必要はないぞ。

ㅤするとお前はなんだ、あれか。学生諸君が必死こいて授業を受けてる真っ只中でだ、俺が他の事をおっ(ぱじ)めるとでも思ったのか。

 

(ええ、(おおむ)ねその通りです)

 

ㅤおいポチ、なあポチ。よく考えてもみてくれ。

ㅤ子供の前なんだぞ。そんな事したら、大人としての示しがつかないだろ。

 

(……失礼。貴方はお嬢様をお預かりして以来、少しばかり変わったのでしたね)

 

ㅤっくぁー、本当に失礼なやつだ。

ㅤ誰だ、こいつを構築したやつは。……あ、俺か。

 

ㅤまあ、まるでその自覚がないわけでもない。以前の俺なら授業妨害とまではいかないまでも、一切関係ないような事をノートに書き連ねてたんだろうしな。

ㅤ何せ今やっている内容は俺たちの中じゃ常識で、学生が使う教科書の中身なんざ寝言で暗唱(あんしょう)出来るくらいのものだ。……今の本気にするなよ。

 

ㅤそれで1時間弱も椅子に拘束されて正気を保っていられるかで言えば、ぶっちゃけ無理だ。人間ってのは退屈に弱い生き物なんだからな。

ㅤこれがまだ法律やら歴史関係の授業ならまだマシな方で、技術の分野に入ったらばもう地獄だ。正味(しょうみ)5分と持たない方に賭けよう。

 

(そのわりにまだ余裕があるようですが、何故でしょう?)

 

ㅤいいね、何故と来たか。

ㅤまず第一に、俺が大人だから。まあ正気を保つのに、これだけじゃ少し弱いけどな。

ㅤもちろん、それだけじゃない。理由は他にもある。

ㅤ第二に、他人の粗探しが楽しいから……。おい待て、今クズ野郎だと思ったな?

 

(いえ、そのような事は。他人の定義にもよりますが)

 

ㅤ……まあ聞け。こう見えて大事な話だぞ。

ㅤこの場合、他人というよりは教科書の粗を探してると言った方が正しい。

 

(教科書ですか?)

 

ㅤそうこの粗製品。ただただ分厚く量があるだけで、委員会推奨の教科書が聞いて呆れる出来だ。

ㅤそれもこれも頭の固い連中が作ったものだからか、それともエリート(笑)志向だからなのかまでは知らないが、ともかくまどろっこしい表現が多いわその癖注釈もろくにないわで、とても学生が使うものには思えない。

 

ㅤまあ百歩譲ってこの辺は教師の手腕次第で如何様にでもなるんだろうが、それでもあくまで幼い頃から数年かけて地盤を踏み固めつつ、事前に知識を積み重ねてきた一般的な学生なら通用するかもってな具合なんだ。

ㅤ一般的。意味わかるか、百歩譲っても普通の学生ならばって話だぞ。

ㅤいや待てよ、俺はわかるが普通じゃない。……しかし、学生でもあるんだよな……。

 

(やはり正気を失いかけているようですね。発言を訂正し、お詫び申し上げます)

 

ㅤあー、今のナシ。ややこしく考えすぎだ。条件から俺だけ引っこ抜こう。

ㅤさてさて。すると残るのは、どんな普通じゃない生徒なのか、少しばかり考えてみようか。

 

(わかりました。織斑一夏ですね?)

 

ㅤおい……。早いぞ。個性的な生徒ならあの子以外にもいるだろ、もうちょっと会話に溜めを作るようにしろ。

ㅤどこの世界に開始5秒足らずで犯人を見つける探偵がいるんだ。適当な推理小説読んで出直してこい。

 

(失礼しました)

 

ㅤまあいいや。その通り。正解、おめでとう。

ㅤこうして修正した内容をノートに写しているのも、さっきから暗い表情を浮かべて俯いてる一夏くんに──。

ㅤ……ああ、なあ。これなんだか恩着せがましくて嫌なんだが。こっからの説明は省いても通じるか?

 

(声にして誰かに言わなければ問題ないかと。……それはさておき、確かに彼は前の授業からずっと不安そうな様子でしたね)

 

ㅤ実際、不安だろうとも。周りの生徒は授業に付いてけてるのに、自分だけ理解出来ないってのは辛いものだ。

ㅤ今の状況から脱しようと足掻こうにも、この教科書も難解さだけなら解読前のロゼッタ・ストーンも真っ青な一級品だからな。もれなく意味不明な文字の羅列に見えてるに違いない。

ㅤ教科書も、な。委員会の粗は多いぞ。何だか楽しくなってきちゃったな。

 

「織斑くん、何かわからないところがありましたか?」

「あ、先生……。えと……」

「わからないところがあったら、いつでも遠慮せずに訊いてくださいね。何せ私は先生ですから!」

 

ㅤふとそんな会話が聞こえてきたので、ノートから目を離して顔を上げる。

 

「先生!」

「はい、織斑くん!」

「ほ、ほとんど全部わかりませんっ」

 

ㅤ一夏くんの返事に、山田さんは困惑した様子を見せた。

 

(……だ、そうですよ)

 

ㅤそうは言うが、妥当なところじゃないか。

ㅤ潔く認めた姿勢も評価に入れるなら、寧ろ全部と言わなかっただけ及第点をあげてもいいくらいだ。

 

「え、えっと……。織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 

 反応を伺う山田さんだが、当然ここで手を挙げる生徒がいるはずもない。

ㅤ実際1時間目からの山田さんの授業は、比較的わかりやすく、進行にも無理がなかった。

ㅤそれに加えて予備知識があればなるほど、如何(いか)に教科書の内容が不味くとも(つまず)く生徒はまず出てこないだろう。百歩譲った理由がここで活きてくる。

 

「……織斑、入学前に郵便配送された参考書は読んだか?」

「それ、読んでもわからなかったんだよぅ……」

 

ㅤ担任の織斑さんが問い掛け、一夏くんが不貞腐れたように返事をする。

ㅤちなみに彼女らは血の繋がった姉弟で、かつ我がクラス1年1組の担任である織斑千冬は初代ブリュンヒルデ、つまり第1回モンド・グロッソ──IS世界大会の優勝者でもある。

 

ㅤまあ、俺にはほとほと縁のない話だが。これが知り合いなら、まだ鼻高々だったかもしれない。

ㅤそれはさておき、そろそろ助け舟を出さないと彼が不憫だ。何せ件の参考書とやらも出来が非常に悪いんじゃ、わからなくても仕方がない。

 

「まあまあ。一夏くんがわからなくても仕方がないさ」

「……エミールさん?」

 

ㅤと、不安そうな様子で一夏くんがこちらを見た。

ㅤ携帯端末を弄りながら、まあ見てなって、とウィンクして返す。ここはお兄さんに任せなさい。

 

「前のモニターに注目してもらおうか」

 

ㅤ指をス、ス、っと端末の上でスライドさせる。

ㅤすると事前にデータにして端末に落とし込んでいた参考書の見本が、教室の大きな電子黒板を間借りして表示された。

ㅤ学園にある施設の操作権限は、非常勤講師の話を承けた際に理事長から頂戴していたので、一連の流れにこれといって不正はない。念の為。

ㅤえ、データの出処?ㅤ……不正はなかった、いいね。

 

「初の男性適合者向けに委員会が一冊の参考書を作成したって話を聞いたもんで、興味が湧いた私もデータで少しばかり拝見させてもらったが、こいつの出来ははっきり言って最悪だ。ご覧の通り、連中が何も考えてない事がはっきりわかったよ。──ああ、この辺なんて酷すぎる。これが私宛に提出された論文なら、最低評価も与えられないだろう。私ならあれと同じ分厚さで図解注釈増し増しで同じ内容のものをつ」

(あの、失礼ですが。こき下ろしが長すぎます)

「くれる……。ああ、そうだな。結論から言うと、今日の授業が終わった後に彼の様子を見て、場合によっては学園に掛け合って課外活動に参加しなければならない決まりを免除してもらい、かつその空いた時間を課外授業に充てようと思っていたのだが。……どうだろう。もう既に一夏くんもわからないと言っている事だし、早速今日の放課後からとりあえず試しに2、3週間ほどそうさせてもらうってのは」

 

ㅤひとまず提案するだけして、織斑さんたちの反応を見る。まず織斑さん、次に山田さん、そして一夏くん。

ㅤ……一夏くん?

 

「…………」

「あー……。君の勉強を放課後、私が手伝いたいのだが、どう思う?」

 

ㅤ肝心の一夏くんがぽかんとした表情で、要領を得ていないようだったので、わかりやすくまとめる。

ㅤ結局のところは彼がどう思うかであって、俺を含む大人たちの意見は大して関係ないのだ。

ㅤ嫌なら嫌でいいし、好きにすればいい。

 

「はぇ──勉強?ㅤエミールさんが、ボクの?ㅤ本当に?ㅤウソ……。どどど、どうしよっ」

 

ㅤすると突然、顔を真っ赤にして両手を忙しなく動かしはじめた。

 

(彼は極度のあがり症のようですね)

 

ㅤ……らしいな。

ㅤこちらが言ってる事を理解してくれたまではよかったんだが、これじゃ話が進みそうにない。

 

「シャキッとしろ。織斑、どうするんだ?」

「──っあ、えと、あの。よ、よろしくお願いしますっ」

 

ㅤ織斑さんが一夏くんに活を入れ、返事を促す。

ㅤなるほど、これで姉弟のバランスが取れてるらしい。

ㅤ次いで織斑さんは山田さんに授業を再開させるように言って、また教室の隅っこにある定位置に戻った。

 

「よろしく。とりあえず今日の授業は、頑張って内容をノートに書くなりして乗り切ってくれ。放課後に基礎の勉強をしつつ、復習も挟んでいこう」

 

ㅤま、程々に頑張ろうじゃないか。




お疲れ様でした。


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大人になりきれない彼はそう言った

今更ですが、誤字報告に感謝申し上げます。


「従兄さん、僕は今とてもとても、とー──っても、不満なんだけど。どうしてだかわかる?」

 

ㅤそんな言葉と共に2時間目が終わるや否や、ムスッとした様子のシャルロットが、こちらの机を叩く勢いで詰め寄ってきた。

ㅤ何事かと見れば、俺の小さな従妹は鼻筋を赤く染めて頬を膨らませ、眉間に皺を寄せて自分が怒っている様を精一杯アピールしている。

ㅤ……不満か、不満ね。

 

「すまない。わからないから、教えてくれないか」

 

ㅤそう怖い顔してわかるかと訊かれても、俺は超能力者でも(さとり)でもないんだ。こればっかりは素直に答えるしかない。

ㅤただし、ここで彼女の気迫に圧されてもだめだ。苦し紛れにあれかこれかと下手な事を言って、相手の神経を逆撫でするわけにもいかんしな。

 

「そっか、わかんないか。えっとね、僕は事前に部屋の振り分けについて案内されてるし、従兄さんも知ってるよね。僕ら寮の部屋が別々なんだよ」

 

ㅤああ、その件か。

ㅤ話は理解したが、今ここで爆発するのはちょっと早くないか。放課後になってからならともかく、まだ午前中なんだぞ。

ㅤいや、まあシャルロットがこの件について不満を抱くのは大いに有り得た話だ。……俺にそれを解消する力があるかどうかはさておき。

 

「その事か。いやすまなかったな、お前の事を考えてなかったみたいで。けどそれは──」

 

ㅤ俺にはどうしようもない事だったんだ、と弁解の言葉を続けようとするも、話してる途中でシャルロットが食い気味に割って入ってきた。

 

「別に、いいよ、それは。学校の寮なんだから、今までの生活みたいにいかないのもわかるよ、僕ひとりがそこに文句を言っても、ほら、織斑先生と織斑くんだって一緒の部屋じゃないんだし、そもそも従兄さんは今頃本国にいるはずだったんだ、なのにこうして今も同じ場所にいられるんだから、贅沢なんて言ってられないよね、それに部屋は一緒じゃないけど、その分、空き時間を大切にすればいいって、僕は思うんだけど、そうでしょ?」

 

ㅤまあそうだな。従兄さん的には、その時間のいくらかを友達に割いて欲しいところなんだが。

ㅤしかし部屋の割り振りじゃないとなると、一体何が不満なんだシャルロット。物分りの悪い俺にちゃんと教えてくれ。

 

「でもそれなのに放課後、織斑くんのお勉強の面倒を見るっていきなり言ったよね、僕たちに与えられた、僅かな家族の時間を削ってさ」

 

ㅤあ、その言い方は卑怯だぞ。約束を取り付けた俺だけじゃなく、遠回しに一夏くんまで責めてしまう嫌味な言い回しだ。

ㅤつっても、シャルロットに言わせてみれば自分以外の誰かを構ってばかりで(ないがし)ろにされてるようなものか。そりゃ赤ちゃん返りもするわな。

 

(本気ですか。いくら何でも、そうはならないと思いますが)

 

ㅤは、これが可笑(おか)しなものか。お前も少しは頭を使え。シャルロットは物心がつく頃からずっと、誰かに甘えるのを我慢してきた子なんだぞ。

ㅤそれが最近になってようやく我儘を覚えたんだ。流石に赤ちゃん返りは過言かもしれないが、歳に関係なく、ちょっとくらいその反動が来てもおかしくないだろ。寧ろその方が自然だ。

 

(そうですか。確かに、そうかもしれませんね)

 

ㅤそうなんだよ。なんで俺としても家族の時間は極力大事にしたいとこなんだが、どうしてもそれだけってわけにはいかないからな。

ㅤシャルロットには多少の我慢を強いる事にはなる。最悪、放課後の勉強会に参加させれば……いや、流石のシャルロットも放課後になってまで勉強漬けは嫌か。

 

「悪かったよ。放課後の件について何も相談してなかったのは。そうでなくても、君にはひと声掛けておくべきだった。でもそれは──」

「うん、別にいいよ、それも」

 

ㅤあっさり、再びこちらの弁解を遮るシャルロット。

ㅤこれも違うのか……まいったな。じゃあ何が不満なんだ。流石にわからんぞ。

 

「残念だけど、従兄さんは僕だけの従兄さんじゃないし、それに優しい従兄さんが、ひとりで困ってる子を放っておけるはずがないのは、僕もよく知ってるから、誰よりも、ずっとね、そんな従兄さんの事、僕はとっても素敵だと思ってるよ」

 

ㅤそんな風に面と向かって言われると、何だかこそばゆいな。俺も別に善意でやってるわけじゃないんだが、大人としてきちんと責任を果たせている感じがし──。

 

「でもさ、あんな言い方する必要はなかったよね?」

 

ㅤバンッ──。今度こそ本当に机を叩くと、途端にシャルロットの様子が豹変した。

 

「何、何だって?」

「さっきのあれ、本当の事だし、織斑くんの為にやったのもわかるけど、あれじゃ従兄さんが皆から怖い人だって勘違いされちゃうよ、どうするの、ここに知り合いなんて、僕以外にいないんだよ、部屋だって違うのに。それに、従兄さんが悪く思われるの、僕は嫌だな、すっごく嫌。会社の人に訊いても教えてくれないし、ポチも昔の映像記録とか見せてくれないけど従兄さん、ひょっとしてお仕事でもあんな感じなの?」

 

ㅤあんな感じって、どんな感じ……。

 

(代わりにお答えしましょう)

「あ、おいこら」

 

ㅤポチめ、勝手な事を。告げ口だなんて何処で覚えたんだ。教えた覚えなんてないぞ。

ㅤシャルロットもそれでいいのか、携帯端末に視線を向けた。こんな事なら机の上に出しっぱなしにしておくんじゃなかったな。

 

(お嬢様の発言が、マスター・エミールが自分と親しくない人間の間違いを小馬鹿にする様子を指すのであれば──その通りです)

「やっぱり……そうなんだ」

 

ㅤ口をへの字に曲げて、シャルロットがこっちを見る。

ㅤいや、そんな顔されてもな……。

 

(はい。マスター・エミールは世界各地にいる多くの変わり者から好かれている反面、そうでない同業者には相当嫌われています)

「おいポチ、嫌われてるは余計なお世話だ。あんな連中に好かれたいだなんて、誰も思わないだろ。こっちから願い下げだね」

 

ㅤ共に偉大な発見を──とか、歴史に名を残さないか──とか、世界に革命を──とか、そんなん別に興味ないし。実際、話を聞いてもクソつまらなさそうだったしな。

ㅤまあ大半はそうでもないんだが。欧州連合の技術会議なんかに出席すると、多くの人間と話をしなくちゃならない関係上、こいつとは致命的に馬が合わないってやつらが少なからず出てくる。

ㅤ口を開けばやれ富だの名声だのって、そりゃ俺だってそこそこの貯金くらいは欲しいが、楽しんで仕事する気のないやつなんざ論外だ。そういった連中は大概底が知れてるし、好かれる必要なんてないね。

 

「……嫌だ」

 

ㅤ時間的にそれほどでもなかった気がするが。暫くじっとこちらを見ていたシャルロットが、突然ぼそりと呟いて、再びきゅっと口を噤む。

 

「嫌って、何が?」

「従兄さんが別に気にしなくても、僕は従兄さんが悪く思われるのは嫌だな。少なくとも、僕の見える範囲内で知らない人から従兄さんが嫌な目で見られてたら、自分でもどうなるかわからないよ、従兄さんだって、僕が人に嫌われてたら、気分悪いでしょ?」

「それはまあ……確かにな」

 

ㅤ人の好みにも千差万別あるように、目の前の小さな従妹が万人から好かれるってのは理論的に無理な話で、俺もそこんところ理解してるが。それでも居合わせたら『なんだコイツ』くらいには思うよな。

 

「も、もちろん僕から従兄さんに、自分の意見をねじ曲げて、なんて言うつもりはないよ、えへ、へへ……けど少しだけ抑えては欲しいかな、ほらさっきの従兄さん、言葉遣いとか、すごくトゲトゲしかったから、ちょっとくらい厳しくても、ぼ、僕は別にいいけど……ほら、知らない人が聞いたりしたらやっぱり怖がられるかもだし、ちょっぴりオブラートに包んでみるとか、ねえ、どうかな?」

 

ㅤ成程、一理ある。俺の発言が正しく歯に衣着せぬ物言いなのかどうかは、また微妙なところだが。

ㅤにしてもオブラートに包む、か……さてどうしたもんかな。

 

「わかった。まあ、やるだけやってみようか」

 

ㅤとりあえず返事だけして、後の事はその時になってから考えよう。頑張れ未来の俺。

 

「うん、うん。それがいいよ。あ、で、でも僕にはオブラート要らないからね。──っそうだ、放課後僕も織斑くんとの勉強会に参加するから、ちょっと出来の悪い生徒に厳しくする先生みたいな──」

 

ㅤキーン、コーン、カーン、コーン……。

ㅤ話の途中で3時間目の開始を告げるチャイムが鳴り、俺たちの会話に聞き耳を立てていた生徒も、各々の席や教室へと散っていく。彼女らも余程の暇人と見えるな。

 

「ここまでだな。そら、もう席に着いとけ。話の続きはまた後でしよう」

「う、うん……また後でね」

 

ㅤそう言って、何故かシャルロットは酷く肩を落として自分の席に座った。……まあ、すぐ隣の席なんだが。




お疲れ様でした。
作者氏、金土日月全部むちゃ忙しい。なんてこった。
感想返しは時間が確保出来たらします。

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