女の子が女の子からラブレターを貰うただそれだけのお話 (クラトス@百合好き)
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女の子が女の子からラブレターを貰うただそれだけのお話

CLAMPが話題になっていたのでCCさくらを読み直しました。ええ、そういうことです。


 誰しも一度は夢に見たことがあるんじゃないだろうか? 朝の学校で何気なく下駄箱を開けてみたら、ラブレターが入っているという素敵な光景を。私もその例に漏れず、そんなことを夢見る普通の女の子だった。そう、あの日が訪れるまでは…。

 

 私はその素敵な光景を同い年の女の子にプレゼントされた。

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

「あ~あ、今日は嫌いな授業ばっかでやだなぁ~」

 

 いつもなら校門のあたりで友達の誰かしらと遭遇し、ワイワイと騒ぎながら下駄箱まで行くんだけど、今日は珍しく誰にも会わなかった。大人だったら、まぁこんな日もあるよね、と言ってそれで終わりなのかもしれない。でも小学3年生の私は分かりやすく残念がって、誰にも聞いてもらえない愚痴をこぼした。

 

 ザリッ、ザリッと校庭の土を踏みしめ下駄箱までの道を歩く。季節は6月。もうすぐ梅雨入りするから今日みたいな心地いい晴れの日は少しの間拝めなくなるかもしれない。チョロチョロと水が出ている噴水――というには物足りなさを感じる謎のオブジェを横目に進んでいると、ちょうど窪みに足を取られつまずいてしまった。

 

「うぅ…。ツイてないなぁ」

 

 手にくっ付いた砂をパンパンと払い立ち上がる。転んだのはよそ見していた自分が悪いんだけど、それをオブジェのせいだと言わんばかりに恨みたっぷりに睨みつけておく。じーっと睨んでいるとオブジェは申し訳なさそうに顔を背けた…ような気がした。仕方ない、今日はこの辺で許してやろう。

 

 気を取り直して歩き出した途端、膝にチリリッとした痛みが…。膝を見てみると擦り剝けてそこから僅かに血が滲んでいた。

 

「うわっ最悪!」

 

 許したばかりのオブジェを思わず一睨み。けれどオブジェは「何かあったんですか?」とでも言いたげに、そっぽを向いて素知らぬ顔をしていた。どうやら知らんぷりを決め込むつもりらしい。憎たらしいからあっかんべーをしてやった。

 

 いよいよ本格的にやばいかも。ぶつぶつと誰も聞いてくれない独り言を口にしながら、頭の中では今日の運勢ってどうだったっけと見逃した星座占いに思いを馳せる。

 

 この程度の事だって小学生からすればテンションが下がり切るには充分な出来事だ。本音を言えばもう家に帰りたくて仕方がない、そんな状態である。

 

「今日は何にも期待できそうにないな~」

 

 教室行く前に水道で傷を洗わなくっちゃ。膝の痛みと憂鬱な気分に顔をウニュウニュと歪ませながら自分の下駄箱の前に立った。

 

━ガチャッ━ 

 

 いつもよりも乱暴に開けた下駄箱は、少し苦しそうに語尾にキィィッと軋んだ音をプラスしながら開いた。中を確認するまでもなく無意識に動いた手が上履きに向かって伸び……伸び……あれ?

 

 指先に触れたカサッという感触。こ、これって…。

 

「ふぇえええッ!?」

 

 慌てて閉めた小さなドアが、バッターン!と大きな音を立てる。

 

(今のってアレ…だよね? う、ううん…そんなはず。私なんかにラブレターなんて。きっと見間違いだよ…見間違い)

 

 閉まるまでの僅かな瞬間。封筒らしく物体の姿を()()()()()確認しておきながら、この態度である。浅ましいかもしれないけど、これが女の子というものだ。私じゃなくたってきっとこうなるはず。口では「私なんて」と言いつつも、どこか貰って当然みたいな、どこからくるのか不思議な自信を持っていたりする。

 

 誰もいないよね? サッ、サッと辺りを見回し、誰もいないことが分かると「ふにゃ~」と腑抜けた声が漏れた。ついさっきまでは校門で誰にも会わなくて残念がってたくせに、今はもう誰にも会わなくてよかったとか思ってるんだから私ってば分かりやすい。

 

 さて…と。それじゃ誰かに見られないうちに回収しちゃお♪

 

「ラブレターさん。そのままでいてくださいね~」

 

 ウキウキ気分で再び扉を開ける。もちろん音を立てないようにこっそりとだ。これでもし本当に私の早とちりで、上履きの上に乗っかていたのが担任の先生からの連絡事項とかだったら、私はたぶん1週間くらいは立ち直れなかったに違いない。

 

 でも封筒はきちんとそこにあって、私はうるさいくらいの胸の鼓動を聞きながら()()を手に取った。

 

 うん、間違いない。ラブレター。これはラブレターだ。どこからどう見たってラブレターだ。だって『マキちゃんへ』って書かれた宛名の後ろにハートマークがあるんだもん。

 

(うわぁ。うわぁっ! ついに私も貰っちゃった…)

 

 って危ない危ない。こんなところではしゃいでないで、早く一人になれる場所に行かなくちゃ。差出人を確認したい気持ちをグッと堪え、私は丁寧に丁寧に封筒をカバンにしまい歩き出した。目的地は……うん、女子トイレにしよう。教室でカバンから出すのはリスクが大きい。見られたら大騒ぎになっちゃう。

 

 何でもないって顔して廊下を突き進む。けど早く…早くと焦る気持ちと一緒になって足まで早歩きに。自分の中では冷静なつもりでいたものの、友達が見たらバレバレだったかも。あっ! 途中から鼻歌を歌ってたのはご愛敬ってことで。

 

「ふぅ~。なんとか辿り着いたぁ~」

 

 長かったような短かったような。トイレの扉を閉めてパーソナルスペースを確保すると自然と安堵の声が漏れた。だけどこれでもう安心だ。ここなら誰かに見られる心配もない。我ながら「えへへへへ」と気持ち悪い笑みを浮かべながらカバンから()()()()を取り出した。

 

 あぁ~誰からだろう? サッカーの上手い○○くんかな? お隣のクラスの△△くんはダンスやってるって聞いたけど…。もしかしたら上級生だったりして! みんなの憧れの的の◇◇先輩とか。ううん、先生の誰かってことも…。

 

「ふみゅ~~~。たまらないよぉ~~」

 

 思い浮かべるのはいずれも女子に人気のある子ばかり。だってそりゃあそうだ。夢くらい見たっていいじゃない。女の子だもん。こんな時に下の方を想像するほど私は現実主義者(リアリスト)じゃない。

 

 それにこのくらいの年齢でも女子同士の間では結構カーストみたいなものが存在していて、誰かと付き合ってるとか、ラブレターを貰っただとか、そういったものが順位に大きく影響してる。それもただ闇雲に付き合ってればいいとかそんな簡単な話じゃなくて、お相手の男子のレベルも大切なのだ。

 

 だからカッコよくて人気者の男子を射止めれば、猛烈な嫉妬と共に発言力もアップするというわけである。しかも『自分から』よりも『相手から』の方がポイントも高いから、ラブレターを貰った私は明日からクラスの女王様という可能性だって……なくはない。 

 

「神様お願いします。どうかカッコいい男子でありますように」

 

 祈るように念じ、いざ勝負! 表を向けていた封筒を居合切りでもするかのように勢いよく裏返す。

 

「はふ~~」

 

 う~ん、外れかぁ。名前あると思ったのに~。溜息をつきながら天井を見上げる。仕方ない。中身にいきますか。後で誰かに見せるかもしれないので破かないよう慎重にっと………あっ。

 

 緊張で震えていた手はつい力が入り過ぎたのか、勢い余って封筒にはビリッと亀裂が。

 

「あ、あぁ~~~~。ううぅ~。初めて貰ったラブレターだった゛の゛にぃ~~」

 

 笑顔から一転、泣き顔になった私は未練たらしく裂けた部分を眺めていたが、残念ながら元通りになるような奇跡は起こらなかった。ごめんなさい誰かさん、と未だ不明の差出人に謝りつつ中身を取り出してみる。

 

 ふ~ん? ずいぶん可愛らしい用紙だなぁ。

 

 中から出てきたのは花柄の――桜が散りばめられたファンシーな柄のお手紙だった。淡い桜色が綺麗で可愛らしいけど、男の子が選ぶにしてはちょっと可愛すぎる気もする。

 

(もしかして私が喜ぶようにって選んでくれたのかな?)

 

 そう思うと気持ちが舞い上がってフワフワと浮かんでいってしまいそうになる。まるでお姫様にでもなった気分だ。広い世界の中で、どこぞの素敵な王子様が私のためにと選ぶ姿を想像しただけで、もうたまらない!

 

 手紙を読む前からすでに相手に好印象を抱いた私は、二つ折りにされたそれをゆっくりと開いた。

 

「え~と……突然のお手紙―――」

 

 角ばっていない丸みを帯びた文字。用紙と相まってますます男の子らしくない手紙を私は指でなぞりながら読み進めていった。

 

『突然のお手紙失礼します。驚かせてしまってごめんなさい。本当は直接手渡したかったのですが、勇気を出せず、こうして下駄箱に入れさせていただきました。マキちゃんを初めて見た時から、私はあなたのことばかり見るようになってしまいました。近くにいる時も、家に帰ってからも、思い浮かべるのはいつもマキちゃんのこと。きっとこれが恋なのでしょうね。けれど私がどんなに願っても、私とマキちゃんは恋人にはなれません。だからせめて想いだけでも伝えたくて手紙を書きました。優しくしてくれたこと、一生忘れません。傍で見守っています。大好きなマキちゃんへ』

 

「―――きなマキちゃんへ。………。………………」

 

 あれ? これで終わり? 

 

「えっ? えぇっ!? お付き合いとかそういうのは? そうだ! 名前…どこかに名前はッ!?」

 

 せめて名前だけでも。というかそこが一番知りたい情報なのに差出人はよっぽどの恥ずかしがり屋さんみたい。もう一度封筒、手紙の隅々まで探してみたけれど、残念なことにどこにも書いてなかった。

 

「書き忘れ…じゃないよね、これは…。はぁ~~~」

 

 ようやく貰えたラブレターが、まさか差出人不明だなんて。

 

「あ゛あ~~~も゛う! これじゃ誰にも自慢できないよ~~~!」

 

 頭を抱えてジタバタ。下駄箱で見つけた時はこんな展開考えもしなかった。それはそれは輝かしい未来に胸をときめかせていたのに…。

 

 まぁ、手紙の内容自体は悪くなかったけどさ。ちょっぴりドキドキしたし。うん。これで誰からなのかってのと付き合ってくださいの一言があれば、私は今頃鼻息を荒くしながら得意気に教室に戻っていたに違いない。

 

「はぁ…戻ろ……」

 

 がっくしと肩を落として呟いた声には、今学期1番の落胆が色濃く滲んでいた。

 

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 

「マキちゃん、どうかしましたの? 元気がないみたいですけど」

「あ、カヨちゃん。うん、ちょっとね」

 

 教室に戻って席に着くとすぐに親友のカヨちゃんが声を掛けてくれた。

 

 お隣の席のカヨちゃんは可愛くって成績優秀。そのうえとびっきりのお金持ちのお嬢様!  それでいて優しくて控えめな性格をしてるんだから、みんながお友達になりたいって思うのも当然だ。席が偶然お隣じゃなかったら、私なんかクラスメイトのMさんで終わっていただろう。

 

「マキちゃんたらランドセルも置かずに教室の前を素通りするんですもの。気になってしまいましたわ。どこか身体の具合でも?」

「身体は大丈夫だよ。健康だけが取り柄だもん」

「ふふふっ。ならよかったですわ」

 

 カヨちゃんなら…ラブレターのこと言っても大丈夫…かな? 変な風にみんなに喋ったりしなそうだし。誰かには言いたいんだけど、クラス全員に知られたいわけじゃない。このなんとも微妙な願いを、カヨちゃんは叶えてくれそうだった。

 

「ねぇカヨちゃん。ちょっといい?」

 

 肩にトントンと指でノックし、周りに聞こえないように小さな声で話す。するとカヨちゃんは私に声に合わせ、同じようにヒソヒソ声で答えてくれた。やっぱりカヨちゃんは信頼できる。カヨちゃん大好き!

 

「実はラブレターを貰ったんだけど、誰からか分からなくて困ってるの」

「まぁ…そうでしたの。それで先程は浮かない顔を」

「カヨちゃんは…どうしたらいいと思う?」

「きっと照れ屋さんなんですわ。だからそのままにしておくのが一番ではないかと」

「そっかぁ~」

 

 カヨちゃんならもしかしてと思ったけれど、いくらカヨちゃんでもどうしようもなさそうだ。机にへにゃへにゃ~っと崩れ落ちた私は教室に入ってきた担任の先生の顔を眺めながら大きな溜息をついた。

 

「心配しなくても大丈夫ですわ。マキちゃんならまた別の方から貰えますわ。だってマキちゃん…とっても可愛いですもの」

「もぉ~。カヨちゃんに可愛いって言われても説得力ないよ~」

 

 

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 

 これは一体誰からのものなんだろう? ラブレターを手に、自分の部屋のベッドに寝っ転がって何度目分からない疑問を投げ掛ける。封筒をゆらゆらと揺らしていると、天井に張り付いてる丸~いLEDライトがそれを引っ張り上げるUFOみたいに見えてなんだか可笑しかった。

 

「名前がないのは残念だったけど、素敵なラブレターだなぁ」

 

 家へ帰って改めて読んでみて私はすっかりラブレターの虜になってしまっていた。封筒の宛名も、桜が舞い散る便箋も、何より想いを伝えてくれた言葉の一つ一つが、身体に染み込んでくるような感覚がして、胸がジワーッとあったかくなるような…そんな気持ちになった。学校のトイレで読んだ時、つい差出人のことばかりを考えてラブレターにしっかりと向き合おうとはしなかったことを後悔するほどに…。

 

「えへへ。みんなに自慢はできなかったけど、宝物にしようっと」

 

 勉強机にくっ付いてる引き出しの一番上の段。そこに隠してある大切なものを入れる秘密の宝箱がある。私はラブレターが折れ曲がったりしないよう慎重に、その箱の中へと封筒をしまい込んだ。

 

 その日から顔も名前も分からぬ『ラブレターのあの人』は私の王子様になったのである。事あるごとにラブレターのことを思い返しては、にへぇ~っと頬を緩ませたり、かと思えばジタバタと手足を動かしたりと、情緒不安定と言われてもおかしくないくらいに憧れてやまなかった。

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 ラブレターを貰ってから1週間。もしかしたら告白されるかもしれないと期待していた私だったけど、驚くほど何のイベントもないままに日々が過ぎ去って、諦めかけたある日のことだった。

 

「後でさ、ちょっと来てくんない?」

 

 クラスメイトの男子に、そう耳打ちされた。声を掛けてきたのは××くん。顔は良いけれどたまに乱暴者なところがあるので、女子からの人気は賛否両論。凄く好きって子もいれば、絶対無理って子もいて、私も普段はあまり喋ったことがない。正直ラブレターのことで頭がいっぱいのお花畑状態じゃなかったら、話しかけられて驚いていただろう。

 

(う、うっわぁ~。これってやっぱり…)

 

 そんな彼が顔を赤らめ、ぼそぼそと喋ってきたのだ。これはもう間違いない。ついに来た! ラブレターの続きだ! と自分に都合よく解釈し一気にテンションが上がるのも致し方ないことだった。気恥ずかしそうに、言い終わるなりそそくさと私から離れていった

彼に取り残されたまま、私も頬に満開の桜を咲かせこの世の春を満喫させてもらう。

 

「あれ…でも、××くんがあんなラブレター送るかな?」

 

 夢見心地でうっとりしていたところに疑問が浮かぶ。気配り上手で繊細な印象のラブレターと、今一つ合致しない彼の乱暴な姿。いつもならもっと冷静に考えられただろうに、やはりお花畑となった私の脳は適当な理由をでっちあげて、「まぁいいか」と自分を納得させたのだった。

 

 

―――――――――

 

――――――

 

―――…

 

 

「××くん、もう来てる?」

 

 ビュウビュウと風が吹く屋上で、辺りを見回しながら控えめ声で呼びかけてみた。フェンスの近くまで行くと校庭にいる生徒が小さく見えてお人形さんみたい。クラブ活動の最中らしく、ボールが行ったり来たりするたびに元気な掛け声が聞こえてくる。

 

 な~んだ。まだ来てないのか。

 

 端っこの方にいると校庭にいる子に見つかっちゃうからと、手持ち無沙汰にふらふらと歩く。そうこうしているうちに階段を駆け上がる音がして××くんは「わりぃ、待った?」と息を弾ませながら現れた。それに対して「ううん、そんなに」な~んて答えるとデートの待ち合わせみたいでそれだけでドキドキしてしまう。

 

 そして訪れる告白タイム。夕日に照らされた屋上で男の子と二人きり。最高のシチュエーションだ。

 

「あのさ、俺と付き合ってほしいんだけど」

 

 単刀直入に彼はズバッと切り出した。度胸のある彼らしいストレートな言葉に、私はすぐには何も答えられず俯きながらチラチラと彼を盗み見た。

 

(どうしよう?)

 

 どうしようも何もない。彼がラブレターのあの人なら即OKに決まってる。だって私はずっとそれを待ち望んでいたのだから。

 

「返事の前に一つだけいい?」

 

 私の質問にぶっきらぼうに「何?」という返事が返ってくる。

 

「ラブレター、くれた…よね? あれ……凄く嬉しかった。大切にしてる」

 

 声を掛けられることが分かっていたら宝箱から持ち出していたのに。ううん、気持ちとしては今にも飛んでいって宝箱の中に入ったそれを見せて、本当であることを証明したいくらい。「ほら? 宝箱に入ってるでしょ」って彼に言いたかった。そのぐらい私はラブレターに恋していたのである。

 

 だから彼が「ああ、あのラブレター」と思い出してくれるのを期待していた。便箋選ぶのに苦労したとか、何て書くか迷ったとか、そういった言葉を聞きたくて仕方がなかった。それなのに彼といったら、キョトンとした顔をした後、首を傾げたのだ。

 

「あ~、喜んでくれたならよかったよ」

 

 なんだか曖昧な返事。1週間前のことならもっとはっきり答えてくれたっていいのに。

 

「ま、待って。あのラブレターって本当に××くんがくれたの?」

「だから俺だって」

 

 疑問に思って尋ねると苛立った大きな声が返ってきて、私はちょっぴり怖くなってしまった。でもどうしてもラブレターのことだけは確かめたくて、もう一度勇気を出してどんな便箋だったか覚えているかと聞いてみた。

 

 すると―――。

 

「うるさいなぁ。()()()()()()()早く返事しろよ」

 

 そんなこと? そんなことじゃないよ。私にとってあのラブレターは宝物なんだもん。

 

 私はようやく彼が『ラブレターのあの人』ではないことを悟り、自分の浅はかさを後悔し始めた。ラブレターを貰って、それから呼び出しされたものだから、つい××くんを憧れの人だと思い込んで早とちりしちゃったのだ。

 

「ごめん。私やっぱり××くんとは付き合わない」

 

 NOの返事に彼の顔が真っ赤に染まった。照れではなく怒った時の真っ赤な顔に。それでなんとなく分かってしまった。××くんは私のことを下に見てる。たぶん断られるなんて夢にも思ってなかったんだと思う。だから断れたことが悔しくて、信じられなくて、そんな顔になっちゃった。

 

 これ以上いたら殴られるかもしれない。そう思った私がビクビクしながら「ごめん」と呟いてその隣を通り抜けようとしたその時だ。

 

「ふざけんなブス! 調子乗んなよ!」

 

 怒りの形相を浮かべた彼が私の手首をグッと掴んできたのである。もう反対っこの手はギュッと握られていて今にも殴り掛かってきそうな

気配がひしひしと伝わってきた。

 

「やめてってば! 手を放してよ」

 

 私だって痛い目に遭うのは嫌だから手を思い切り振り回して逃げようとはしたけど、悲しいかな、彼の力の方が強くてビクともしない。誰でもいい。誰か助けて。

 

(ってこんな場所に都合よく人がいるわけ―――)

「マキちゃんっ!」

「カ、カヨちゃん!?」

 

 どうしてここに?という疑問を口にするより早く、颯爽と現れたカヨちゃんは私と××くんの間に割って入ってきて、私を解放しようと彼の手を掴み引き剥がそうと力を込める。だけどカヨちゃんは華奢だしあんまり力も強くないしでいかにも頼りなさげだった。

 

「お、おい。やめろよ!」

 

 案の定、××くんにちょっと振り払われただけでカヨちゃんはよろめくと、そのままベシャッと床に倒れ込んでしまう。それを見た私はカッとなって彼を睨みつけながら叫んでいた。

 

「カヨちゃんに何するのよ!? この乱暴者ッ!」

「こいつが勝手によろけただけだろ。何なんだよクソッ。ラブレターとか意味分かんねぇし」

 

 私の剣幕に恐れをなしたのか彼は悪態をつくと逃げるようにその場を去っていった。

 

「ごめんねカヨちゃん、私のせいで。どこか怪我したりしてない?」

「これくらい大丈夫ですわ。ちょっと転んだだけですもの」

 

 微笑むカヨちゃんの膝は、擦り剝けて血が滲んでいた。

 

「でも、膝が…」

「マキちゃんだってこの前、よそ見して転んで膝を擦りむいていたでしょう? だからへっちゃらですわ」

「う、うん……あれ? 私その話カヨちゃんにしたっけ?」

 

 あの日はラブレターを貰った日だったから鮮明に覚えてる。私は膝を水道で流すのも忘れてトイレに向かって、教室に戻った後も転んだことなんてすっかり忘れていたのだ。

 

「―――あっ」

 

 小さな「あっ」と同時に口を覆った仕草が、余計に「しまった!」と言っているみたいでちょっと微笑ましい。こんな風に慌てるカヨちゃんの姿はめったに見られない貴重なシーンだ。

 

「もしかしてカヨちゃん、私が転んだとこ見てたの?」

「いえ、その……たまたまお見掛けして…」

「声掛けてくれればよかったのに」

「そ、そうですわね。私ったら」

 

 そっか。カヨちゃんあの時近くにいたんだ。思えばカヨちゃんっていつも傍にいる気がする…。体育で班を決める時とか、教室移動、あとは校外学習とか。それに私が髪を切ったりした時も最初に気付いてくれるのはいつだってカヨちゃんだった。どんな些細な事にも気付いて褒めてくれた。

 

 今日だってカヨちゃんが気付いてくれなかったら…。

 

「あっ…」

 

 今度は私が声を漏らす番だった。

 

 『傍で見守っています』

 

 私の頭の中に不意に浮かんだラブレターの一節。傍で…傍で…傍で。『傍で』の2文字が頭から離れない。この学校で最も私の傍にいたのは誰だろう? お隣の席で、私を見つめていたのは…。

 

 なんで、なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだろう。

 

「ね、ねぇカヨちゃん。カヨちゃんはどうして私の声が聞こえたの?」

「えっと、それは……た、たまたまですわ。たまたま…」

「でもこっちの方、屋上しかないよ?」

「その…あの……」

「心配で…ついてきてくれてたの?」

「わ、私……私……ごめんなさいマキちゃん」

 

 弾かれたように走り出したカヨちゃんの背に私は精一杯呼び掛けた。

 

「待ってよカヨちゃん! カヨちゃんなんでしょ? 私にラブレターくれたの。今なら分かるよ」

 

 その声にカヨちゃんの足は徐々にゆっくりになり、やがて屋上へと繋がる階段の手前で完全に停止した。

 

「マキちゃんには知られたくありませんでしたわ。だって女の子が女の子にラブレターを送るなんて変ですもの」

 

 こちらを見ることなく、背を向けたままでカヨちゃんはそう言った。

 

「私…あのラブレター素敵だって思ったよ。毎晩眺めて、王子様は誰なんだろうって考えてた。宝箱にちゃ~んとしまって大切にしてるんだ」

「気を遣わなくたっていいですわ。誰からのものか分からないないラブレターなんて、気味悪いでしょうし。それに私からだと分かった今は、なおさら…」

「そんなことないよ! そんなこと…ない。差出人が分かってよかったし、それがカヨちゃんでよかったって思ってる。カヨちゃんは優しくて気配り上手だもん。あの桜の舞い散る便箋とか、むしろカヨちゃんらしいなってなんだか納得しちゃった」

 

 嘘偽りのない言葉だった。たとえ断頭台に掛けられたとしても、堂々と言い切れる自信があった。

 

「××くんなんかよりカヨちゃんの方がずっといいよ。私…カヨちゃんのこと大好きだよ」

「でも……でもマキちゃんはラブレターが女の子からのものだとは考えもしなかったでしょう? それが…答えですわ」

「カヨ…ちゃん…」

 

 悲しそうな笑顔というものが存在するのだと私は初めて知った。それから私とカヨちゃんの間には、大きな…それはそれは大きな壁があるのだということを。

 

「ごめんね…。ごめん。ごめん…カヨちゃん」

 

 まるで『何か』を分かった気になって謝る私を、カヨちゃんは寂しそうに見つめ続けていた…。

 

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

<エピローグ>

 

 あれから1年。ラブレターは今も宝箱の中にあって、時折取り出してみては、ぼんやりと眺める夜もあったりする。『ラブレターのあの人』――つまりカヨちゃんとはクラス替えを経ても相変わらず一緒で、ついでに席もお隣さん。昨日だって仲良くお喋りしたりお昼ご飯を一緒に食べたり、ず~っと傍にいた。

 

「え~っと忘れ物は……よしっ! 大丈夫」

 

 この1年間私なりにカヨちゃんとのことを考え続けた。1年前のあの日、屋上で見た悲しそうな笑顔が忘れられなくて。

 

 男子から付き合わないかという告白も2件ほどあったけど、どっちも断ってしまった。以前の私なら喜んで飛びついただろうに不思議な感じだ。

 

「あとは……」

 

 机の上に置かれた真新しい便箋をクシャクシャにならないようにそっとランドセルにしまう。これで準備万端だ。お母さんに日直だからと嘘をついて普段よりも1時間以上早く朝ご飯を用意してもらったおかげで時間もバッチリ。この時刻ならまだ生徒はほとんど来ていないだろうけど、下駄箱に入れるところを人に見られないようにしないと。

 

「カヨちゃん驚いてくれるかな?」

 

 1年前のあの日と同じ日付の今日。私はカヨちゃんにラブレターを渡すことにした。誕生日にねだって買ってもらったスマホは今回はお休み。だって『送信』ってするだけじゃ物足りないから。

 

 下駄箱にラブレターが入っている光景を今度は私がプレゼントする番だ。宛名はもちろん『大好きなカヨちゃんへ』。ハートのシールでデコレーションもしてる。そして裏面にはしっかりと()()()を。私からだとすぐに分かるよう大きな字で書いてある。

 

カヨちゃん。いつも傍で見守ってくれてありがとう。

時間が掛かっちゃったけど、これが私の返事だよ。

 

 

~~~Fin~~~

 

 

 

 

 

 




■後書き
 たまにはキスとか肉体関係の絡まない、ついでに言えばドロドロしてない感じの百合が書きたいと思いこんな形に。前書きにありますけどモチーフは思いっきり桜ちゃんと知世ちゃんです。恋愛と言うには未熟な、淡い雰囲気が出てたらいいなぁと。

 ラブレター、良いですよね。やっぱスマホにはない独特な味があると思います。文化としていつまでも消滅しないで欲しいですね。

 それでは今回はこの辺で~♪


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