りゅうおうのおしごと!八銀SS特別編 (しおり@活字は飲み物)
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ハロウィン仮装将棋大会
2018年10月某日、付き合いだしたばかりの二人の話題は将棋連盟から送られてきたハロウィン将棋大会についてのメールの話になって……
二人の関係は世間バレしている設定です。
秋の気配が深まり、朝晩の冷え込みから薄手のコートを羽織りたくなる頃。
平日の放課後に私の研究部屋で八一とVSをしていたら、何でもない世間話をするかのように、八一から今月末のハロウィンの話題を振られた。
「ねぇ、聞きました? 今年のハロウィンは東西対抗で将棋大会をするそうですよ?」
「ああ、午前中に将棋連盟からそんなメールが来てたわね…添付ファイルは開いてないけど」
「添付ファイル見てないの!? そっちの方に大事なこと書いてあったのに!」
「そうなの? メールの本文読む限りだと、関東と関西で将棋大会を同時開催。会場同士を中継で繋ぐとか、結構大々的にやるつもりらしいじゃない」
「最近は日本でもハロウィンが年中行事として浸透してきたからね。ユニバのハロウィンも年々盛り上がりを増してるらしいし」
「今年のユニバのハロウィンは『絶叫』『大人』『こわかわ』がテーマで、ゾンビに取り囲まれて逃げても逃げても追いかけてきて、めっちゃ怖いらしいわよ?」
「興味なさそうな割には、妙に詳しいっすね…」
「別に? クラスの女子が仮装して遊びに行く予定立ててたのが聞こえただけだもん。……ちょっとは気になってるけど、八一は今タイトル戦で忙しいし…」
私の最後の囁きは秒読みを知らせる対局時計のアラームにかき消されて、八一の耳には届いてなさそう。
集中力が切れちゃったから序盤から急戦を仕掛ける予定を変更して、定跡通りに歩を進めてパシッと対局時計を押す。
八一も今は対局よりハロウィンの話題を優先させるつもりみたいで、急戦は仕掛けずに定跡通り自陣の守りを固めている。
「詳しいことは添付ファイルに書いてありますが、今年は対局イベントだけじゃなくて、棋士や女流棋士が仮装で参加して、参加者の人気投票で東西対抗戦をするらしいですよ?」
「はぁ?? 将棋イベントで仮装!? パス! 欠席する」
「そう言うと思ってましたよ。でも特にイベント前後の対局スケジュールに余裕ある関西の棋士は強制参加って書いてあったでしょ? 会長命令ですからね?」
「くっ…去年までハロウィンなんて大したイベントしてなかったのに、なんで急にこんなことに…」
「ベストドレッサー賞とかも決めるって書いてありましたね。景品は確か、高級ホテルペア宿泊券だったかな? 全国のホテルから選べるらしいですよ」
「…………」
「仮装のテーマは『物語の登場人物』って書いてありましたけど、何にしましょうね?」
「……怪しい」
「ぎくっ!? な、な、何が!?」
「八一が連絡来たばかりのこんなイベントのこと、詳しく知ってるとか変でしょ」
「お、俺だって将棋連盟のイベントの事ぐらいチェックするけど?」
「竜王防衛戦が始まってる忙しい時期なのに、自分も出る気満々みたいだし。普段だったらタイトル戦を口実にパスするし、メールだってちゃんと読まないのに」
「す、鋭い…」
「しかも、テーマに悪意を感じるわ…」
「悪意って……はぁ〜もうバレちゃったか」
「やっぱり! なんか企んでるわね!?」
「数日前に、このイベントの件で会長に呼び出されまして。会長から直々に姉弟子に参加を促すよう依頼されてるんですよ」
会長、いい加減八一のこと使いっ走りにし過ぎじゃないかしら。
か、かのじょ…の私ですらタイトル戦中だから八一の研究の邪魔しないように、我慢して会う時間少なくしてるっていうのに!
ノコノコ呼び出しに応じる八一も八一よ。無視するなり、断るなりすればいいのに。
私が学校に行っている時間帯なんだろうけど、そんな呼び出しに応じてる暇があるなら、私だってもっと八一と一緒にいたいのに!!
でもそんなこと、言えっこないからイライラしてきて自然と駒音が荒くなる。
「また? この前も別のイベント参加を押し込まれたばっかりじゃない」
「……東京の病室の件持ち出されたら、逆らえると思う?」
「ゔっ……」
私が寝てる間に握られた弱みの件のはずなのに、思わず詰まってしまった。でも八一は鈍感だから全然気づかなかったみたい。
『目が覚めた』後で、私が寝ている間に会長と男鹿さんが来てくれたってことや付き合い出したことをなんとなく気付かれたってことは聞いたけど。
具体的に何を見られたかは、寝ていた私は知らないし。
「仕方ない。一旦止めますよ」
確かに集中力が切れて、お互い練習将棋どころじゃなくなってしまった。
八一は対局時計の主電源を切って居住まいを正すと、改めて状況の説明と私への説得を始めた。
「要は、東西対抗戦と言っても人数差もあるし、バランスが悪くて最初から勝負にならないんじゃないかって懸念があるんですよ。だから事前に関西勢のテコ入れを図りたいって考えみたいです」
「人数差なんて参加人数を調整すればどうとでもなるじゃない」
「まぁ人数差は建前で。ほら、関東には年中ハロウィンみたいな格好の一門がいるからさ」
「ああ……歩夢くん、ハロウィンで仮装対決なんて聞いたら、さらに本気の衣装で攻めてきそうね…」
「元々人数差があって仮装とか好きな人が厳選される上に、仮装させるプロみたいな人もいますからね…」
「釈迦堂先生が関東勢を本気でプロデュースしちゃったら、勝ち目ないんじゃないの?」
「そうなんですよ…一応会長がバランスを取れるよう交渉してくれるって言ってましたけど…」
「もう関東の勝ちでいいんじゃない?」
「いいや! 勝負師たる者、戦う前から勝利を諦めるなんてできないね! だから…」
「だから?」
「関西勢は《浪速の白雪姫》のリアル白雪姫仮装で勝負をかけます!!」
「勝手に人を仮装させて勝負をかけるなボケ!!」
「でも! 他に俺たちに勝てる手段なんて…」
「他にもいるでしょ? こういうの好きな人が」
「いましたっけ?」
「ほら、供御飯さんとか好きそうじゃない。前の女流棋士のイベントじゃ、嬉々としてバニーガールになってたみたいだし?」
「確かに、この前も銀子ちゃんが入院してた東京の病院にナース服で突然現れたな…」
「そう…だったの?」
危ない、危ない…
うっかり『そうだったわね』とか知ってる風なコメントをしそうになったけど、私はあの時寝てたから知らない。
知らないったら、知らない。
「でも、関東には月夜見坂さんがいますからね」
「あの人もこういうのノリノリでやりそうだもんね」
「ちなみに、関西は無難な仮装でキャラが被らないように、事前にどんな仮装するつもりかを共有することになりました。同じ仮装の希望者がいても、早い者勝ちにしようっていう方針です」
「何を着るか、事前申告するの? 余計にはずかしいんだけど」
「そう言わないでよ! ちなみに、供御飯さんは『かぐや姫』って書いてありましたね。京都の呉服屋さんの協賛も取り付けたらしいので、和服の仮装をしたい時は協力してくれるそうです」
「……仮装してなくても色んな人に無理難題ふっかけてそうね…」
「天衣についてはさっき晶さんから連絡あって、何としてでも『シンデレラ』の仮装をさせるから、他の人に取られないようにしておいてくれって泣きつかれました」
「まあ、そうでしょうね。《神戸のシンデレラ》だっけ?」
「晶さんの気合いの入れようからすると、カボチャの馬車でイベント会場に乗り付けそうですよ」
「ふうん……小童は?」
「あいはまだ考え中みたいです。着物着てなんとか紫になるか、ドレス着てなんとかのアリスになるかの二択で真剣に悩んでました。どっちがいいか聞かれたんですが、どっちだとしても、あいが参加すれば票は集まりそうじゃないですか。だから『どっちでもいいんじゃないか』って言ったんだけど、すごく不機嫌になっちゃったんだよね。なんでだろ?」
「『源氏物語の若紫』に『不思議の国のアリス』…どっちもロリキャラじゃない…」
「ん? なんか言った?」
「なんでもない」
「何にせよ、まだ白雪姫の仮装に決めた人はいないみたいだから、早めに申告してほしいんですが…」
「申告も何も、イベントに出席するとも、仮装するとも言ってないんだけど?」
「そう言わないで、一緒に参加しましょうよ〜まぁ、申告が遅くなっても関西で姉弟子を差し置いて白雪姫の仮装をしようなんて思う猛者はいないと思いますけど」
やっぱり八一も参加するつもりなのね。一緒に出ようって誘ってくれるのは嬉しいけど、なんで私の仮装を他人に見せたがるのかしら。
大体、八一は私が《浪速の白雪姫》の異名をあんまり好きじゃないって知ってるくせに。なんでわざわざその仮装をしなきゃいけないのよ。
「なんで八一がそんなに一所懸命私に仮装させようとするのよ? 会長命令だから?」
「まあ、それもありますけど。それはきっかけでしかなくて…」
なんだか歯切れが悪くて、理由をはっきり言わないのが裏がありそうで怪しい。
仕方ないから、スマホを手に持ってチラつかせつつ、こう言ってみた。
「理由をちゃんと言わないなら、将棋連盟に『高校の行事があるから欠席します』ってメールしちゃおうっと」
「ああ、もう分かったよ! ちゃんと言えばいいんでしょ!?」
「もったいぶらずに最初から素直に言えばいいのよ」
「姉弟子がこういうイベント好きじゃないのは知ってますよ? でも、今までハロウィンなんて縁遠かったけど、せっかく将棋大会で仮装もするなら、一緒に参加したら楽しいんじゃないかなって思ったし」
「ふうん…」
「それから《浪速の白雪姫》の異名を嫌がってるのも分かってるけど、仮装するなら白雪姫の衣装を着て欲しいなって思ってて…それはなんでかっていうと…」
「なんでなのよ?」
「一番の理由は、俺が銀子ちゃんのドレス姿を見たいから!!」
「ふぇ!?」
思ってもみなかった『理由』を言われて、びっくりして変な声を出しちゃった。
心臓はバクバクいってるし、みるみる顔が熱くなっていく。
でも八一は八一で自分の言ったことが恥ずかしいみたいで、そっぽを向きながら赤い顔で捲し立ててくる。
「着物はタイトル戦で定期的に見てきたけど、銀子ちゃんのドレス姿が見られたのは、釈迦堂先生の研究会の時と去年の竜王就位式の時と去年の誕生日くらいでしょ? お姫様っぽいドレス姿とかも見てみたいな〜って思うじゃん!」
「べ、別に、二人きりの時に色々着せてるじゃない…」
「あれはコスプレでしょ? 仮装はみんなに見せるのが目的なんであって、シチュエーションが違うというか、なんというか…」
「だからって、なんで私のドレス姿を他の人にも見せたいのよ? 別に八一の前でだったら…」
「ん? なんて言ったの?」
「なんでイベントで大勢に見せなきゃいけないのかって言ったの!」
「だって、見せびらかしたいでしょ?」
「……恥ずかしいカッコしてる私を?」
「違うよ。『俺の彼女、こ〜〜んなにかわいいんだぞ!!』って自慢したいじゃん!!」
「かわっ!?」
「だから、お願い。銀子ちゃん」
「うっ……」
ず、ズルい…
私が八一の『かわいい』と『お願い』と『銀子ちゃん』に弱いのが、もうバレバレなのは分かってたけど…
コンボで使うなんて卑怯よ…!!
でも、こんなふうにお願いされたら逆らえない…
「そこまで言うなら…条件次第では、考えてあげなくも…ないけど……」
「お、もう一押し!」
このまま八一の思惑通りにばっかりなるのは悔しすぎる。八一には受け入れづらくて、私にとってメリットになる条件を何か考えなきゃ…!!
[newpage]
そもそも、人前でわざわざ白雪姫の仮装をするのなら、私だけお姫様になったって私個人としてはあんまり意味がない。
八一が、そ、そのぅ…
例えば白雪姫の王子様みたいな仮装をして、イベントの間中ずっと隣にいてくれるんなら、恥ずかしいけど我慢してあげないこともないけど……
八一に『王子様になって♡』なんて、そんなことイベントでコスプレする以上に恥ずかしくて言えないし…
それとも、私に白雪姫の仮装させたがってるからには、釣り合うように八一も王子様の衣装を着てくれるつもりでいるのかな…
「…ねぇ、八一は何の仮装するか、もう決めてるの?」
「え? 銀子ちゃんが白雪姫になるんだから、俺が何着るかなんて決まってるでしょ?」
「へ!? 決まってるの!? そ、そうよね。私と一緒に仮装するんだもん。決まってるわよね」
「そうだよ。ネットで調べてみたら、既製品もいくつかあったけど、子供用も多くてさ」
「そうね、男の子でもなりたい子もいるわよね」
「俺は子供の頃なりたいなんて思った事なかったけど、そうみたいだね」
「八一は今だってそういうの苦手そうだけど、大丈夫なの?」
「恥ずかしくないわけじゃないけど、せっかくの機会だしね」
「い、嫌じゃないの?」
「別に嫌ってほどでもないよ」
「そうなんだ…なんか、嬉しい…それなら、私も頑張ろうかな…」
「ほんとに!? やった! これで銀子ちゃんのドレス姿を拝めるぜ!」
喜びの余りガッツポーズをする八一を見ながら、やっぱり恋人同士になると今までとは違った一面が見られるようになるんだな…とドキドキしながら自分の思い込みを改めた。
「八一、私にコスプレさせるのは好きだけど、自分ではそういうの着てくれないんだと思ってた…」
「確かにこんな機会でも無ければ、着ようとは思わなかったかもな〜」
「ハロウィンなんて名前は知ってても自分が参加するなんて考えてなかったもんね」
「ハロウィンがメジャーになってきたお陰だよね。でも将棋イベントであの格好をするとなると、視界が狭まって将棋指しづらそうだなぁ〜 まぁ、いざとなったら対局中だけ頭を外せばいいか…」
「え??」
え??
アタマをハズす!?
冠を取るとかじゃなくて!?
もしかして、八一の考えてる仮装って、王子様じゃない!?
「や、八一…あんた、なんの仮装をするつもり…なの……?」
「え? ドラゴンの着ぐるみ着るつもりだけど?」
「はぁああああ?」
「え!? だって銀子ちゃんが《浪速の白雪姫》にあやかって『白雪姫』になるなら、俺は名前も九頭竜で竜王なんだし『ドラゴン』しかないでしょ!?」
「なんでそうなるのよ、バカ!!」
「ええ? じゃあ、恐竜の方がいい?」
「竜から離れろ!!」
そんな感じでぎゃいぎゃい言い争いをしていたら、近くに置いてあった私と八一のスマホがほぼ同時にメールの着信を知らせてきた。
一時休戦してそれぞれスマホを手に取る。
「釈迦堂先生?」
「歩夢?」
それぞれさっき噂をしていた釈迦堂一門からの連絡らしい。十中八九、ハロウィンイベントに関する話だろう。
八一と無言で視線を合わせて、アイコンタクトでまずはお互いメールを確認しようということで意見が一致。
自分のスマホの新規メールを開いてみたら……
添付されていた写真には、ちょうど今話していた『白雪姫』っぽい本格的なドレスが、釈迦堂先生のお店で見たことのある猫足のトルソーに飾られて写っていた。トルソーの上部に宝石がたくさん付いてキラキラ輝く小さな王冠がちょこんと乗っている。
メール本文にはこう書いてあった。
『喜べ、銀子! 銀子がハロウィンで着る衣装が完成したぞ! 余ともあろう者が、今まで銀子に白雪姫の衣装を着せることを失念していたとは!! 月光さんから打診を受けた瞬間に天啓を受けたかの如くイメージが押し寄せ、その日のうちに白雪姫を含め姫君達の衣装デザインを書き上げてしまったよ。来期のコレクションのテーマは『プリンツェシン』に決まりだな」
もう一度添付画像を見てみると、ドレス以外にも見慣れた釈迦堂先生のアトリエの机とその上に所狭しと置かれている大量のデザイン画が添付されていた。
「併せて若き竜王の衣装も揃いで作ってみた。参考の為、ゴッドコルドレンが試着した画像を竜王に送っている。後で銀子の感想も聞かせてくれ』
や・ら・れ・た〜!!
会長のしてた『交渉』ってこのことだったの!?
釈迦堂先生がこんな本気のドレスを作ってくれたのに『恥ずかしいから着たくない』なんて言えるわけないじゃない。
しかも、八一の仮装もお揃いで作ったっていうことは…
当然ドラゴンでも魔王でもないわよね…
無意識に漏れる深いため息と共に、今まさにその衣装を着た歩夢くんの画像を見ているであろう、将棋盤の向こうの八一の様子を伺ってみる。
私の視線に気づいたのか、スマホを凝視していた八一が、恐る恐る私に自分のスマホ画面を見せてくる。
「あのう…銀子ちゃん…この衣装って、多分、白雪姫の王子様の仮装…だよね…」
「そうみたいね。私の方には釈迦堂先生がデザインした白雪姫風ドレスの写真が送られてきたし…」
差し出された八一のスマホを受け取って覗き込んでみると、そこには白雪姫の王子様っぽい衣装を着て、バサッと黒いマントをはためかせたポーズをキメる歩夢くんの画像が表示されていた。
八一が私の手から、釈迦堂先生のメールを表示したままの私のスマホをそっと取り上げたけど、八一も見た方が良さそうだからそのままにしておく。
続けて、歩夢くんからきたメッセージアプリのメッセージも読んでみる。
『見よ! 我がマスターの崇高なるデザインによって完成したお前の
メッセージの間に、後ろを向いてマントを翻しつつ、背中側のデザインも見えるようにポーズをキメる歩夢くんの画像が挟まる。
『此度の
スクロールしていくと、またまたバストアップの範囲で首回りの装飾が見やすいようにしつつ、厨二病っぽく手袋を嵌めた手で顔を隠すポーズをキメた歩夢くんの画像…
『イベントまでに東京に採寸に来られる日取りがあれば教えてくれ! 無ければマスターが認めた関西の仕立て屋を派遣する予定だ!』
その後は歩夢くんが着る予定の仮装の話とか写真とかが次々送られてきていた。読むべきメッセージは一通り読み終わったけど、何を言えばいいのかコメントが難しいから、無言で八一にスマホを返す。
代わりに八一から自分のスマホを受け取る。そこには八一が見ていたドレスの画像が表示されたままになっていた。
「「…………」」
二人とも無言になってしまったけれど、理由は分かってる。
お互いに一番の希望は十分過ぎるくらい叶えられているから、たとえ今ここでどっちかが『こんなの着ない』って文句を言ったとしても『だったら私(俺)も出ない』って返してきて、ヤブヘビになるだけ。
それに何より…
チラリと八一の顔を覗いてみた。
私を見返す八一の顔を見れば、私と同じことを考えてることくらいは簡単に分かる。
『お互い、無駄な抵抗をするのは諦めよう』
そう、何も言わなくったってお互い分かってる。
この状況ではいくら抵抗しても無駄なことくらいは。
それが分かるのは恋人同士だからというよりは、姉弟同然に育っている上に、同業者だから。
上下関係が厳しいこの将棋界で、ここまで根回しをされた上に、頭金を打たれて退路を断たれたら、潔く投了する以外の選択肢なんて、私たちには残されていないのだ……
「対局、再開しよっか……」
「そうっすね……」
一先ず先の問題は棚上げして、その日は練習将棋に集中することにした。お互いにポカミスばっかりで全然勉強にはならなかったけど。
でも、八一とお揃いの仮装が出来るなら、しかも出来合いのペラペラの服じゃなくて、釈迦堂先生全面プロデュースの衣装なら、普段なら恥ずかしくてできないことでも、出来てしまいそうな気がする。
だって、ハロウィンだし。
みんなでいつもとは違うことをする日なんでしょ?
*****************
ハロウィン仮装将棋大会当日、本番前の舞台袖。
控室で仮装に着替え終わった棋士たちがいつもよりも興奮気味にざわめいている。
舞台のこちら側から棋士が、向こう側から女流棋士が登壇する予定だから、近くにいるのは男性ばかり。でも奨励会に入ってからはいつもこんな感じだし、八一にまとわりつく小童達がいないだけ、気が楽かも。
舞台上の大型スクリーンには同じく準備が進む東京会場の様子が映っている。
八一は着慣れない派手な衣装に怖気付いてるみたい。横髪が少し乱れていたから直してあげることにした。
「ちょっと、髪の毛跳ねてるわよ」
「このオールバックみたいな髪型、絶対似合ってない気がする…」
「釈迦堂先生が依頼してくれた美容師さんにやってもらったんでしょ? 大丈夫よ」
少し爪先立ちをしながら後ろに撫でつけて整えてあげる。ドレスに合わせて、ビジューがたくさん付いたヒールのある靴を履いているから、いつもより目線が近くてドキッとした。
ドキドキしてるのを悟られないようにしなきゃ。
イベント慣れしているお姉ちゃんらしく、不慣れな弟の本番前の緊張をほぐしてあげる為に、ちょっとしたイタズラを仕掛けることにした。
「そういえば、ねぇ八一」
「なに?」
「白雪姫の相手役の王子様、なんて名前か知ってる?」
「王子に名前なんかあるの?」
「あら?知らないの?自分が仮装するんだもん。名前くらい知っておかないとダメじゃない」
「イヤな予感しかしないんだけど…」
「王子様の名前はね…プリンス・チャーミングっていうのよ!」
「うげぇ……」
「ふふ…変な顔…」
予想通りの反応に、人前だけど口元が緩むのが止められない。
ちょうどいいタイミングでスタッフさんからの登壇準備の合図が来たから、まだ苦虫を噛み潰したような顔をしている私の王子様に右手を差し出す。
「ほら、しっかりエスコートしてよ?『王子様』?」
「はいはい。仰せのままに『白雪姫』」
八一は私の手を取ると一歩、私に近づいた。
私の耳元に顔を寄せて、他の人に聞こえないようにそっと囁く。
「銀子ちゃん」
「なに?」
頭に乗せた王冠を落とさないように気をつけながら、八一の方に顔を向けると、目の前にある八一の耳たぶが赤く染まっていた。
「ドレス姿、すっごくかわいい」
「っ!!」
「それから、最高に似合ってる。最初は出ないって駄々こねてたのに、結局は一番を目指すの?」
言い慣れないキザなセリフを囁かれた後、さっきのお返しとばかりに煽られた。
いたずらっ子みたいな顔をしている八一に、私は余裕たっぷりの笑顔で答えてみせた。
「……当然よ! 何年『白雪姫』をやってると思ってるの? にわか仕立ての仮装なんかに負けるわけにはいかないでしょ!」
今年のハロウィンは生まれて初めて、仮装をしてみた。
しかも、八一が私の『王子様』になってくれるなんて、夢みたい。
夢じゃないよね?
将棋漬けの私の人生の中で、ハロウィンをこんなに満喫することになるなんて、それこそ夢にも思わなかった。
こんなにワクワクするイベントなら、来年も再来年も続けてもいいかも。
毎年、ずっと……
*****************
後日、ハロウィンイベントで賑わうユニバーサル・スタジオ・ジャパンで、仮面を被っていてモデルが誰かは判別できないものの、裏原宿では名の知れたブランドのものと思われる白雪姫と王子様の仮装をした男女の画像がネットで出回ったけれど、それまた別のお話……
普段pixivにて八銀SSを書いております、しおりと申します。
蛇足ですが、八一の口調が敬語だったりタメ語だったりと安定していませんが、意図的に書き分けております。
将棋関係の話で下手に出たい時は敬語、プライベートではタメ語になるイメージです。鈍感な割には三兄弟の真ん中なので、そこら辺は上手く使い分けていきそうなので。
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クリスマスなんて祝わない
隠れ銀子ファンで観る将なクラスメイトと竜王戦中でクリスマスイベントができない八銀の話。
私の高校の同じクラスには超有名人がいる。『クラスメイト』だなんて気軽に呼ぶのはおこがましいくらいの、度々雑誌やテレビのワイドショーで取り上げられる有名人。
史上初の女性プロ棋士、空銀子四段。
うちのクラスには将棋ができる人はほとんどいないから、みんな『テレビで見る珍しい業界の凄い人らしい』くらいにしか思ってないけど…
多分クラスの中では、いわゆる『観る将』の私が一番将棋界のことを知ってるから。彼女と同じ学校に入るより前から、女流二冠だった彼女の棋譜や記事を読んでいたから。
他の人より少しは分かるのだ。
彼女の凄さを。
去年亡くなったおじいちゃんが趣味で将棋を指す人で、小学生の夏休みに田舎に帰った時、従兄と一緒に駒の動かし方を教わった。従兄は結構ハマってその夏だけでもメキメキ上手くなって、次に集まった年末年始には私と指しても全然勝負にならないくらい強くなっていた。
従兄とおじいちゃんばかり将棋盤の前で向かい合っていたけれど、私はなぜか飽きもせずずっと将棋盤の横から二人の勝負を見ていた。私の予想とは全然違う場所に動く駒たちを見ているだけでも、面白かったから。
年に二回、従兄はおじいちゃんに将棋対決を挑んで、最初はおじいちゃんも余裕だったけど、段々真剣に指すようになって、いつの間にか勝率も五分五分になり、ある時から腰が痛いとか言って従兄からの将棋の誘いを受けなくなった。
多分従兄の方が強くなっちゃったんだと思うんだよね。おじいちゃん負けず嫌いだったから。その頃には部活だ受験だで親戚一同で田舎に集まる機会も少なくなってたし。
そんな感じで、私自身は将棋は知ってる程度だけど駒の動きや記譜を読むくらいはできる。
だから『同い年で同じ地域に住む女の子』である彼女には、一方的に親近感を感じて中学生の頃から注目していた。
小学生で女流のタイトルを二つも取って、その後ずっと防衛し続けるのだって凄いのに、男性だらけの奨励会で勝ち上がって段位を上げていく彼女は私のヒーローだった。
そんな将棋雑誌やテレビ画面で遠くから見ていた雲の上の存在が、同じ高校に入学して、さらには同じクラスになって、同じ教室で同じ空気を吸うことに……
今年4月の私の衝撃は、なんというか、一言では言い表せない。
遠いと思っていた存在が急に目と鼻の先に現れても、どうリアクションすればいいか分からない。
空…さんは学校内でも寡黙で、ノリのいいクラスメイトが話しかけても、テレビのインタビューみたいにリアクションが薄かったから、みんなすごく気になってるけど、遠巻きに眺めてる感じ。
私も当然、仲良くなりたい気持ちもあるけど、どう関わればいいか、関わらない方がいいのかも分からない間に三段リーグが始まってしまった。
始まっちゃったらさ、なんとなくでもその過酷さが分かるから、余計に声かけづらくなっちゃうよね。
そういえば、法事の時にお酒の入ったお父さんが私と彼女が同じクラスだとうっかり喋っちゃって、従兄から『空銀子のサインもらってきてくれ〜!!』と拝み倒されたこともあったっけ。けど、そんなこと頼める雰囲気じゃないから、カンベンして欲しい。
ちなみに学校では仲のいい友達グループにも将棋のルールが分かってることくらいは匂わせてるけど、『観る将』なことや前から彼女のファンだってことはナイショにしてる。前から言ってたなら平気だけど、彼女と同級生になった途端にそんな話をし出すのは…
なんだか媚びてて、ミーハー過ぎる気がして…
私のキャラじゃないから…
それでも、奨励会で女性初の三段リーグを戦うことになった彼女に少しでも味方がいるよって伝えたくて、励ましたいと思って、先生に提案してクラスで寄せ書きを作ってみんなで渡したんだけど…
驚いてくれてたし『ありがとう。嬉しいです。精一杯、頑張ります』とは言ってくれたけど、色素の薄い灰色の瞳はテレビで将棋とは関係のない無遠慮な質問に義務的に答える時のように、冷たいガラスみたいになんの感情も映していなかった。
余計なことをしてしまったのかもしれない。
学校では普通の女子高生でいたかったかもしれないのに、変に大々的に応援してしまったのは嬉しくなかったかもしれない。ただでさえあちこちからプレッシャーを受けていたと思うのに、学校でも持ち上げられて居心地悪くしてしまったのかもしれない…
でも今更、謝るわけにもいかないし…と、うじうじ思い悩んでいる間にも彼女は三段リーグで快進撃を続け、途中で連敗しまってからは調子を崩したのか、夏休みが開けても学校には全然来なくなってしまった。
テレビの中継で見る彼女はどんどん痩せ細っていって、とても心配だったけど…ただの女子高生である私には、ただただテレビやネットニュースからの情報を見続ける以外に、出来ることは何もなかった。
私が何もできずに遠くから見守っている間にも彼女は厳しい戦いを続け、三段リーグを勝ち抜いて、女性で初めてのプロの将棋指しになった。
昇段直後は東京の病院に緊急入院したらしいけど、大阪に帰ってきて落ち着いた頃には学校にも顔を出すようになった。
先生に頼まれたって言い訳して休んでた間のノートのコピーを渡すくらいのことしか出来なかったけど、彼女が夢を叶えて、元気になってよかった〜!! と思っていたら…
なんか週刊誌にスクープされて、ネットニュースになって、テレビのワイドショーでも『熱愛報道』がされて学校中がザワザワしてたんだけど…
とうとうゴシップ好きな二年の先輩が直接彼女に聞きにきてしまった。
「ねえねえ、空さん。テレビで特集されてたんだけど…弟弟子と付き合ってるってほんと?」
急に知らない生徒に話しかけられたのに、彼女は全然動じた様子もなく、要点だけ回答した。
「ほんとですけど? 公式発表は将棋連盟のホームページでしてるので」
と、あっさり交際宣言しちゃった!!
でも、その時私は見てしまった。なんでもないことのような口調で言っていたけど、恥ずかしいのを我慢してるみたいに、彼女のいつもは真っ白な首筋が赤く染まっているのを…
長くなっちゃったけど、今年の4月から12月までの私と彼女の関係はこんな感じ。
つまり、私は彼女の隠れファン。
彼女にとっての私はその他大勢のクラスメイトの一人。便宜上同じ室内に入れられているだけの存在。
そのはず…なんだけど…
その彼女と…最近、休み時間とかに、時々一瞬だけ目が合うんだよね。
たまたま私たちのグループがいつもなんとなく集まる場所が彼女の席の前あたりだってだけなのかもしれないんだけど…
ふと気配を感じて彼女の方を見るとこっちを見てる。視線が合うとすぐ何事もなかったかのように逸らされちゃうから、最初は気のせいだと思ってたけど…何度もあるから、どうも気のせいじゃないみたいなんだよね。
気がついてからは、目が合った時に何をしてたかとか、どんな話題を話していたのか覚えておくようにしてるんだけど、大体ウチのグループのしほちゃんの彼氏とのノロケ話とか、雑誌とか本を一緒に見たり貸し借りしてる時とか、友達同士でユニバに行く話とか、スイーツとかデートスポットの話…
もしかしたら、空さんだって女子高生なんだし、スイーツとかユニバとかに興味があるのかもしれない。将棋雑誌のインタビューとかには全然書いてなかったけど、この前ファッション雑誌の対談を読んでみたら大阪のスイーツには詳しいみたいだったし。
私たちに聞きたいことがあったり、一緒に話したりしたいのかな?
でも向こうから声をかけてくれるなり、もう少しリアクションをするなりしてくれないと、話の輪には入れてあげられないんだよな〜
私はむしろ気軽におしゃべりできるようになりたいんだけど…
そんなことを考えてから、思わず声をかけちゃったんだよね。その日の、テストが終わった開放感ともうすぐクリスマスで気が緩んでいたことは否めないんだけど。
あわよくば、今年中にもう少し彼女と親しくなっておきたかったって下心ももちろんあったから、こんなことになっちゃったのかもしれない…
それは、テストが終わって、ホームルームが始まるまでにいつものグループで集まっていた時のこと。
確か、家族でどこのお店のクリスマスケーキを注文したのかとか、それとも家族とは過ごさないで友達や彼氏と過ごすのかとかの話をしてて。
いつものようにチラリと空さんと目が合ったから…
だから、思わず一歩、彼女の座ってる席に近づいて、話を振っちゃったんだ!
「あの、空…さんもクリスマスはお祝いしたりするの? ほら、竜…じゃなかった、彼氏さんとは初めてのクリスマスでしょ?」
「……わない…」
「え?」
「祝わない。まだタイトル戦中で、私も仕事で会場入りするし…」
彼女の異名の《白雪姫》みたいに感情の読み取れない、冷たい声が返ってきて、一瞬で私はパニックに陥ってしまった。
「そ、そうだったよね! 竜王戦の最終局これからだもんね! 九頭竜竜王にとっては一年で一番将棋に集中しないといけない時期だし! カレが大変な時に空さんだってクリスマスなんて気分じゃないよね! 無神経なこと言ってごめんなさい!」
「い、いえ…」
普段、表情の変わらない空さんが引いてる!!
私はどうも混乱すると思っていることをどんどん喋ってしまう厄介なクセがあるらしい。
さらにテンパった私の口は、さっきよりも早口で言わなくてもいいことを次から次へと吐き出してしまった。
「彼が社会人だとスケジュール合わせるの大変だよね。あ、でも九頭竜竜王は二個上だから学校行ってれば高三なのか。それなのに棋界の頂点の竜王なんだから凄いよね。だけどさ、社会人ならお仕事優先なのは仕方ないけど、こっちはまだ女子高生なんだから、少しくらい都合併せて欲しいところだよね! 付き合って初めてのクリスマスなんだし、当日が無理なら事前にでも1時間とか30分くらい、一緒にケーキ食べるくらいしてもいいじゃないかなとか素人は考えちゃうんだけど、そんな余裕もないのかな。でも、ちょっとでも会えたらいいね! ほら! 最近は当日祝えない人たちの為なのかなんなのか、クリスマスイブより前からクリスマスケーキを売ってるところもあるし! なんだったら、クリスマスじゃなくてもコンビニに一人用のケーキくらいは置いてあるし! 前祝い…だと味が悪いかもだから、もうすぐクリスマスだしって口実で、少しでも会えたらいいねっ!」
ハッと我に返るとグループのみんなも普段こんなに早口で話さない私が捲し立ててるからキョトンとしてるし、空さんも綺麗な目を見開いてビックリしてる。
もう何をどうすればいいのか分からないから、とりあえず謝ってみた…
「あ、あの、なんか、勝手なこと言って、ごめん…なさい…」
空さんは瞬きを一つすると、さっきよりは優しく見えなくもない表情で小さく呟いた。
「いいえ…そうね…ありがとう…」
間髪入れず、測ったみたいに予鈴がなって、先生が入ってきてしまったから、そこでもう解散するしかなかった。
やっちゃった!!!!
*******************
期末テストと補講を終え、他の生徒よりも遅れて校門を出て、最寄駅へ向かう。
補講と言ってもテストの点数が悪いからじゃない。今日の期末テストだって余裕だったし。
三段リーグに集中する為、三段リーグが終わってからは東京で入院したから、二学期前半はほとんど学校を欠席していて、その休んだ分を補填する為の補講を受けていたのだ。
義務教育だった中学までと違って、高校に入ったら最低限の出席と満たしていない場合はそれに代わる課題や補講をしないと単位が認定されないらしい。せっかく通っていても卒業出来ないんじゃ、意味がないし…
幸い学校側は入学時の約束通り、可能な限り融通を利かせてくれてるから、期末テストの後の補講で済んでいるのだと思う。
一人、最寄駅に向かって歩いていると、途中の商店街ではクリスマス仕様のイルミネーションに、クリスマスケーキの予約受付の張り紙、おまけに歩道の真ん中にデカデカと聳え立ってピカピカ光るクリスマスツリーが嫌でも視界に飛び込んでくる。
私たち棋士の暦には、クリスマスイブやクリスマスなどという軽薄な単語は存在しない。
タイトル戦だって、順位戦だって忖度されずに普段通りに対局が予定される。
大盤解説とかイベントの時候の挨拶で触れることはあるかもしれないけど、それは観戦者へのファンサービスでしかない。
あ、棋士の中には敬虔なクリスチャンの方もいらっしゃるから、その方々は当然別、例外ね。でも、私も含めて棋士のほとんどが一般の人と同じように普段宗教なんて意識してない、なんとなくの仏教徒。
だから私は、クリスマスなんて祝わない。
そもそもほとんどの日本人がクリスチャンでもなんでもないのに、なんで昔の偉人だか聖人だか神の子だかの誕生日を日本全国で祝ってやらなきゃいけないわけ?
わざわざ一ヶ月くらい前から街中をクリスマス仕様にデコレーションして、ツリーなんて特別なイルミネーションスポットなるものまで用意して、当日はプレゼントからケーキまで用意して!
まったくもって、日本人はお祭り騒ぎが好き過ぎると思う。
そうは言っても、私の通う高校でも期末試験そっちのけで『クリスマスはどうする?』とか『友達同士でクリパする〜』とか、あまつさえ『イブはカレシと過ごすんだ〜うふふ…♡』などと、うらやま…ゴホン! もといチャラチャラした話題で持ちきりだ。
いくら同じ歳のクラスメイトがクリスマスに浮かれていようと、棋士が本業の私には関係ない。関係ないもん…
だって、八一が竜王である限り、もしも万が一失冠したとしても竜王というタイトルに挑戦し続ける限り、毎年12月には竜王戦の後半戦が行われるんだから。
私だってプロ棋士になったからには、毎年必ず三月は順位戦の昇降級で一喜一憂することになるんだから、お互い様。
なんだけど…
でも…
でも、なんだか、モヤモヤする…
同い年の子達がみんなクリスマスを楽しみにしてて、彼氏へのプレゼントをウキウキ選んでたり、彼氏がくれそうなプレゼントをワクワク想像してたり、イブにデートの予定を立てたりしてるのに…
本音をいうと、最終局までもつれ込むと決まった時点で、もっと言うと竜王戦の日程が発表されてからずっと、モヤモヤしてた。
この日程じゃ、もしかしたら八一と付き合って初めてのクリスマスイブにデートできないし、二人きりでも会えないし、ましてやお祝い気分なんか出せないかもしれないじゃない!って。
私だって…
私だって……
私だって、八一と恋人同士になれるように死に物狂いで戦って、三段リーグを突破してプロ棋士になったんだから!
付き合って初めてのクリスマスイブくらい、二人きりでお祝いしたかったのに!!
でも、そんなワガママなこと言えない。
『将棋のことより私を優先して欲しい』なんて、そんな面倒くさくて将棋の研究の足を引っ張るような女になりたくて、恋人になったわけじゃない。
誰よりも一番近くで、同じ景色をずっと一緒に見ていたいから。
最終局までもつれ込んで、それでも二度目の防衛を果たそうと必死で戦っているのを、私が誰よりも知ってるから。
八一が一番がんばってるんだから。
クリスマスプレゼントだって、不用意に渡したらプレッシャーになるだろうってことは、女流とはいえ長年タイトルホルダーだった私には痛いほど分かるから、あげられないし。
八一からのプレゼントが欲しくないかというと嘘になるけど、私にあげるための物でも、こんな状況でのんきにプレゼント選びなんかされてたら、逆に真面目に研究しろってど突きたくなるだろうし。
だけど、さっき高校の休み時間に話しかけてきたクラスメイトが言ってくれたように、少しくらいは時間を割いてもらっても…いいのかな?
だって、付き合って初めてのクリスマスなんだし、彼女なんだし、高校生なんだし、『社会人のカレ』に少しくらい甘えてもいいのかも…
そういえば、三段リーグの途中でサプライズで八一が料理を持ってきてくれたこともあったな…
あの時も八一は帝位戦の挑決の前で研究に集中してたはずだけど、わざわざ私の研究部屋まで来てくれて、急に来たから外で一時間近くも待たせたけどずっと待っててくれて、我慢し過ぎは良くないって忠告されたっけ…
あの時はまだ付き合ってなくて、桂香さんの作ってくれた料理を配達してくれたけど…
例えば、か、彼女の私が八一にクリスマスケーキを出前するっていうのも…アリ、なのかな?
クリスマスを祝うんじゃない。
クリスマスケーキを口実に、竜王位を死守する為、最終局に向けて一人で研究を続けてる八一の溜め込んだ心のストレスを解消してあげる為に会いに行くんだ。
私も…会いたいし……
悩みながら歩いていたら、あっという間に地下鉄の出口の前に着いてしまった。
電話をするなら今、階段を降りる前の方がいいだろう。
意を決してスカートのポケットにいれていたスマホを取り出して、発信履歴を表示する。昨日かけた母親の下、二番目にある八一の携帯番号を見つめる。
竜王戦が始まってから、私から電話をかけたことは、一度もない。だって、集中して研究してるかもしれない時に、邪魔したくないから。
タイトル戦の間、小童は清滝家に預けられてるし、多分一人でアパートで研究してると思うけど、将棋会館に行ってる可能性だってあるから、やっぱり行く前に一度電話した方が確実…
今まで八一に電話をかけた中で一番ドキドキしながら、震える指先で通話ボタンをエイッと押す。
あいつは集中してると電話の着信音なんて簡単に聞き逃すから、最悪先にケーキを買ってアパートに突撃しなきゃダメかもしれない…
もしも都合が悪かったら、去年…みたいに『邪魔』だって言われたら…どうしよう…惨めな気分でケーキを持って帰る? 家族で食べるのも余計に虚しいから、研究部屋に寄って、一人で食べる?
そんなことをうだうだと言い訳がましく考えていたら、予想よりも早く八一が電話に出た。
「もしもし? 銀子ちゃん?」
「八一、今アパート?」
「うん。研究してるよ。どうしたの?」
「ケ……」
「け??」
「ケ、ケーキを出前してあげる!」
「えっ? ケーキ?」
「クリスマスイブやクリスマスは忙しいでしょ? だから早めにクリスマスケーキを持っていってあげる!」
「これから? 今どこにいるの?」
「今高校の最寄駅。今日都合が悪いなら、明日でもいいし…」
「いいよ。今からで。ちょうどもうすぐキリよくなるし」
「そ、そう。よかった…何のケーキが食べたいとか、ある?」
「うーん。そうだな…糖分足りてないからチョコレートっぽいヤツがいいかな。そういえば、昼飯食べるの忘れてた! 腹減ったな〜そうだ、ついでになんか腹にたまるものも買ってきてくんない?」
「分かった。わ、私も夕飯、一緒に食べていっても…いい?」
「ん? むしろ食べていってよ! せっかく会えるんだし。ケーキだけ届けてさっさと帰られたりなんてしたら、余計にストレス溜まっちゃうよ? 銀子ちゃんさえよければ、さっき思いついた手が実戦でも使えるかちょっと試してみたいし」
「うん…いいよ」
「よろしく。じゃあ、待ってるから」
「うん」
通話を終えて、いつの間にか硬っていた肩の力を抜きつつ、深く息を吐き出す。
よかった。
『邪魔』じゃなかった。
八一と二人きりで会える。
クリスマスケーキを一緒に食べられる。
しかも、桂香さんみたいに手作りじゃないけど、お腹が空いてる八一に夕飯を持っていくっていう『彼女らしいこと』もできる。
どこのケーキを買っていこう?
阪急梅田なら、アンリ・シャルパンティエのチョコケーキがいつも美味しいから覗いてみようかな。デパ地下で夕飯も買っていけるし。
もしもうまく見つからなくても、さっきクラスメイトが『最近はクリスマスじゃなくてもコンビニに一人用のケーキくらいは置いてる』って教えてくれたから、福島駅のファミマにでも寄って買っていけばいいし。
年が明けて、三学期になったら……
あの子…確か、美原さん? にお礼を言わなくちゃ……
そう心に決めてから、ポケットにスマホをしまう。
そして、久しぶりに八一のアパートに向かうために、さっきより気持ちも足取りも軽く、地下鉄駅に続く階段を駆け降りた。
fin.
クリスマスは例年竜王戦の最終局の時期だから、カップルイベント的な話は思いつけない…とTwitterで呟いたとたんに、逆にお祝い出来ない八銀もエモいのでは!? と思い立って書き始めてしまいました。
前半の子は銀子ちゃんにも普通の恋バナとかできる友達ができたらいいな〜という願望から生まれました。
従兄とおじいちゃんの話は私の思い出をアレンジしたものです。
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将棋・デ・ショコラ
『りゅうおうのおしごと!』13巻読了後推奨。
14巻以降と一部設定が異なります。
「はい、これ」
「おお……ついに俺にもカノジョからの本命チョコを貰える日が!!」
「この鈍感クズ!!」
「なぜに罵倒!?」
「本命、チョコなら……毎年……」
「え〜? 去年とか一昨年とかにくれてたのも? もしかして本命チョコだったとか? その時から俺のことが好」
「う、うるさい!! 去年だって小童とかJSとかが手作りしたチョコをたくさん貰ってニヤニヤしてたくせに!!」
「去年は楽しかったな……JS研のみんなが研究会ついでにうちのキッチンで手作りチョコを作ってくれて……」
「そんなにロリチョコが懐かしいなら、私のなんていらないわね? 返して」
「ごめんなさい!! 欲しい! 銀子ちゃんからのチョコが世界で一番欲しい!!」
「そ、そこまで言うなら……仕方ないわね……♡」
「ふぅ……危なかった……ところで、この包みの細長い感じは……既製品、ですよね?」
「な、なによ! 悪い!? 手作りじゃなくてガッカリ、彼女なのに手抜きだとでも言いたいわけ!?」
「いえ、その逆です……」
「あ?」
「何でもありません!! とりゃ!」
「ひわ!? ちょっ……急に抱きつかないでよ……」
「分かってるよ。チョコを手作りするどころか、買いにいく暇すらないことくらい。取材やイベント出演で自由時間なんてほとんどないのに、わざわざ用意してくれたんでしょ?」
「うん……やっと自由時間ができても、その頃にはもうデパートとかは閉まっちゃってるし、通販で探そうとしてもたくさんありすぎてどれがいいか悩んでるうちに、毎回寝落ちしちゃって……」
「そこは無理しないで寝てよ」
「そしたらね? 八一にぴったりなのが、東京の将棋会館の売店に売ってたから……」
「東京の将棋会館ってこんな本格的な包装のチョコまで売るようになったの!? しかも俺にぴったりのチョコ?」
「ふふふ……早く開けてみて」
「じゃあ、ほら、後ろ向いて? 一緒に見られるように」
「ん。ひゃっ!? く、首くすぐったい!!」
「だって、銀子ちゃんをこうやって抱っこできるのも久しぶりだし、触れる時にしっかり補給しとかないと……」
「あっ! んんっ……もう! 早く開けてよ!」
「へいへい。じゃあ、開けますか…………お? 黒い箱に金色の将棋の駒のマーク?」
「ふふん。箱からして八一向きでしょ?」
「かなり上品な感じだな。箱、開けるよ?」
「うん」
「あ、なんか紙が入ってる。説明書? ショーギ、デ、チョコ……?」
「ショーギ・デ・ショコラ。フランス語よ。老舗和菓子屋さんが作ってくれたのを将棋連盟が推薦品として認定したんだって」
「へ〜すごい! 説明書も気になるけど、後でしっかり読むとして……どんなチョコなんだ?」
「ほら、はやくはやく〜」
「はいはい。いっせーのーでっ! …………うわ……凄い。彫りの入った本格的な将棋の駒の形してるチョコだ……」
「凄いよね。王将に飛車、角、金、銀、桂馬に香車と歩まで! 八種類の駒全部あるんだよ」
「一枚一枚、大きさも違うね」
「それぞれ原寸大で作ったんだって」
「色さえ気にしなければ、盤に並んでたら気づかずに将棋指し始めちゃいそうだね」
「それで、終盤になってきたら、なんか甘い匂いがするなって?」
「そうそう。指の熱で溶けてベトベトになったりしてさ」
「金か銀か分からなくなってくるのね。やってみたいね。将棋盤が汚れちゃうから出来ないけど」
「これは、食べるのもったいないくらいだね」
「チョコは賞味期限長いけど、せっかくなんだから、ちゃんと食べてよ?」
「そうだね。せっかくだし……ほら、これ持って」
「銀将?」
「俺は……飛車ね」
「え? あっ……」
「こっち向いてよ。食べさせあいっこ、しよう?」
「う、うん……」
「「あ〜ん……♡」」
fin.
14巻読了後の衝撃緩和リハビリみたいな感じの掌編です。
「Shogi de Chocolat」は一心堂本舗さんから冬季限定で発売されているチョコレートです。2021年はあいにく発売見送りになってしまったそうですが、八銀にぴったりのチョコレートだと思ったので、題材にさせて頂きました。
いつか、実際に食べてみたいです。
「Shogi de Chocolat」
https://www.isshin-do.co.jp/smartphone/detail.html?id=000000000075
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ホワイトデー翌日
13巻読了後推奨。14巻以降と一部設定が異なります。
バレンタインを書いたんだから、ホワイトデーも書かないと…は言い訳で、新作が煮詰まってるから、リハビリ第二弾です…
「はい、これ。一日遅れちゃったけど」
「……ふ〜ん。覚えてたんだ。今週はお互い仕事が忙しかったとはいえ、メールでも電話でも、な〜んにも言ってこないから、例年通りスルーされたのかと思ってたわよ?」
「いやいや! 毎年スルーしてないでしょ!? 去年までは銀子ちゃんが食べたい高いスイーツを無理矢理奢らせてたくせに!」
「なによ、今更文句? 気の利かない弟弟子の負担を減らす為に、こっちからリクエストしてあげてたんじゃない。高いって言っても、そもそも姉弟子へのホワイトデーのお返しなんだから、10倍返しは当たり前でしょ?」
「当たり前なんすか……」
「当たり前よ」
「……百歩譲って、弟弟子だったら10倍返しだとして。彼氏からのホワイトデーのお返しは、いらないの?」
「…………いる」
「ふふ。素直な銀子ちゃんはかわいいな〜」
「うるさい、バカ! それと、急に抱きつくな!」
「いてて……そんな全力で押しのけなくても……まあ、テレる銀子ちゃんもかわいいけど」
「て、テレてないもん! それにしても何この薄い……封筒? 」
「ほら、プレゼント開けるならこっち来て、俺の膝に座って」
「わわっ! ちょっと、引っ張らないでよ」
「はい。定位置に収まった? それじゃあ、開けてみてよ」
「封筒……チケット? ホテルの名前……レストランの……招待券?」
「そう! 京都センチュリーホテルのイタリアンレストランディナー券!」
「ここって、タイトル戦とかの会場にもなる高級ホテルじゃない?」
「ここのレストランはスイーツも美味しいんだって。個室もあるからゆっくりできるかなと思ってさ」
「高級ホテルの、レストランの個室で、ディナー?」
「銀子ちゃん、前から恋人らしいデートしたいって言ってたでしょ?」
「やいち……」
「お、銀子ちゃんからハグしてくれるなんて珍しい。そんなに感動してもらえ……ぐぇ!?」
「吐け」
「なんで、また急に!? く、くびが……絞め……」
「誰の入れ知恵?」
「ぐっ……な、なんの……ごどっ……」
「こんな気の利いたプレゼント、あんた一人で考えられるわけない。誰にアドバイスしてもらった? 京都ってことは、まさか……」
「ち、ちがっ……」
「じゃあ、どうやって思いついたのよ!?」
「ぜぇ、はぁ……ほら、女王戦の、神戸の、結婚式場……招待券、みたいなのがっ! ホテルでも!できるかなと思って……!」
「ふ〜ん……でもなんでわざわざ京都なのよ?」
「げほっ……大阪、だと、近すぎて、人目が気になるでしょ!? でも、時間的にあんま、遠くには、行けないから、京都ならと思って……」
「…………そう……」
「はぁ、はぁ……苦しかった……(やばい……供御飯さんにそれとなくお勧めホテルを聞いたことは内緒にしておこう……)」
「高級ホテルでディナーデート……ホワイトデーのお返しとしてはまずまずね」
「ちょっと、せっかく色々考えてプレゼント選んだのに、首絞められたんですけど?」
「ゔっ……ごめん……」
「お詫びのしるしも欲しいな〜銀子ちゃんからキスしてくれたら、許しちゃうんだけどな〜」
「む〜〜いっかい、だけだからね?」
「はいはい。一回だけね」
「…………そんな、じっと見ないでよ!」
「だーめ。恥ずかしがってる銀子ちゃんが俺にキスしてくれるまでを眺めるのも、お詫びに含まれてるから」
「この! ヘンタイ!」
「ヘンタイですがなにか? ほらほら、早くしないと恥ずかしがってる姿をず〜っと見られちゃうよ? 俺はそれでもいいけど」
「バカ!……んっ………………ふッ……んんッ!?……だめぇ……もう……いっかい、した!……のに!」
「はぁ……なんで? 銀子ちゃんからの、キスは一回でも……俺からするなら、いい、でしょ?」
「耳元でっ! 喋っちゃ……だめっ!…………あっ!! ちょっと! ひゃん! どこ触ってるのよ!」
「いてて……だって、やわらかいな〜と思うとさ、つい……」
「まったく! まだ招待券の裏面とかちゃんと読めてないし、今はダメ!!」
「ふぅ……そうだったね。じゃあ、行こっか」
「へ? 行くって、どこに?」
「どこって、京都」
「えっ!? 今から!?」
「うん。レストラン予約してあるし」
「よやく!? これから!?」
「だから、一日遅れのホワイトデーだって」
「でも、今から行ってもご飯食べて帰ってくるだけになっちゃわない?」
「大丈夫だよ。ホテルに部屋も取ってあるし」
「へへへへ、部屋!?」
「だって、一緒になんか食べるだけじゃ弟弟子の時と同じでしょ? 銀子ちゃんの理論でいくと、彼氏からのお返しとしてはそれだけじゃ足らないでしょ?」
「うぐ……確かにそうだけど、でも!」
「俺からのホワイトデーのお返しは京都のホテルディナーとホテルステイです!」
「も、もしかして、だから八一、今日はいつもよりちゃんとしたカッコしてるの!? 先に言ってよ! ホテルに着ていくような服は実家の方にあるんだから!」
「先に言ったらサプライズにならないじゃん。今着てるのも十分かわいいから大丈夫だよ?」
「か、かわいいから大丈夫とか、そういう問題じゃないの! 大体! そ、外で泊まるなら、泊まる準備とか、色々あるし……」
「一泊って言っても今から行ってご飯食べて、のんびりして明日帰って来るだけだし。荷物なんて下着くらいで……」
「気楽な男子と一緒にするな! 女の子がその、お泊まり……する時には色々準備や持ち物があるの!」
「そうなのかもしれないけど……だって二人の予定、中々合わないし。でも明日は夕方まで一緒にいられるんでしょ?」
「いられるけど……」
「今春休みだし、高校もないでしょ?」
「ないけど……」
「閑散期の今のうちに二人でゆっくりしたいって言ってたじゃん」
「ゔっ……言ったけど、ほ、ホテル泊まるなんて……心の、じゅんびが……」
「いまさら? 早くしないとレストランの予約時間に遅れちゃうよ?」
「もう! あとどれくらい余裕あるの?」
「そうだな…ここから電車で向かうとして、到着がギリギリでよければ、1時間くらい?」
「………………タクシー」
「えっ? タクシー?」
「タクシー呼んで。いつものこのマンションからちょっと離れた交差点に」
「京都のホテルまでタクシーで行くの? その方が時間かかるよ? 渋滞もあるかもだし」
「違うわよ。一旦実家に寄って、一昨年の誕生日に釈迦堂さんからもらった黒いドレスに着替えてから行くから! 早くアプリで配車依頼して!」
「えっ!? あ、はい……」
「えっと、鞄はここにあるのでよくて、靴は……家で履き替えて……明日の京都観光用の服と靴も……明日の天気は……タイツ、どれ持っていこう……あっ! 京都で人気のカフェ特集の雑誌、どこに置いてあったっけ? もう! こうなるなら、前々から準備したのに!」
「銀子ちゃん」
「なに?」
「ホワイトデーのプレゼント、喜んでくれた?」
「当たり前じゃない! 早く行くわよ! クズ!」
「はいはい」
fin.
●京都センチュリーホテル
https://www.keihanhotels-resorts.co.jp/kyoto-centuryhotel/
京都のホテルでスイーツビュッフェを物色してたら時期は違うけど美味しそうだったので詳細検索。歴史あるホテルだし、内装も和風モダンで素敵。ざっと調べたら、以前は中原名人の通算1000局目の第22期十段戦七番勝負第5局でも対局会場になっているとのこと。
個室もあったのでディナーデートに方針転換しました。プロポーズプランとかもあるので、するかどうかはともかく、色々融通をきかせてくれそうだなと思いまして。こちらのホテルが招待券的なものを発行しているかは不明ですが、リクエストすればそれらしいもの渡してくれそうな気もします。
あとは、18歳と16歳じゃ保護者の同意書が……とかも考えましたが、その辺はまあ、業界特権ということで気にしないことにしました!
一番リーズナブルなスーペリアルームでもソファーというかカウチがあるので、そこでもイチャイチャしやがれ。
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