仮面ライダーガングニール (露海ろみ)
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風都編
1.これが私のビギンズナイト


一話目となります。

気まぐれに書き進めたお話です。
他に連載している作品もありますので投稿頻度は低いとは思いますが、少しずつ書いていこうと思っております。

戦姫絶唱シンフォギア×仮面ライダーW。

ガングニールのガイアメモリを持つ少女の、戦いの物語となります。


風が吹いている。

路地裏に座り込む彼女の髪を揺らした。

 

家を飛び出してからどれくらい経ったのだろうか。

あの日。ツヴァイウィングライブの日。

生き残ってしまった私はその生を否定された。父は仕事を失い、母や祖母も心無い人々から迫害を受けた。味方でいてくれた親友もある日を境に引っ越して行ってしまった。

過熱する悪意の嵐にこれ以上家族を巻き込めないと思った私は一人家を飛び出した。

流れに流れて辿り着いたこの街は『風都』というらしい。

名前の通り風がよく吹く街だった。

 

風が吹いている。

見上げた先にはこの街のシンボルたる巨大な風車。今日も今日とてよく回っていた。

 

「お腹、空いた」

 

もう何日も食事をしていない。高々14の小娘には大した金もなく、路銀などとうに尽きていた。

このまま死んでしまうのもいいかもしれない。自分なんかが生きていても迷惑をかけるだけだ。それでも・・・。

 

「最後くらい未来に会いたかったな」

 

今はもう会えない彼女を思い、立花 響の目がゆっくりと閉じられた。

 

 

風の街『風都』

この街には『仮面ライダー』と呼ばれるヒーローがいる。

その片割れ、左 翔太郎は今日も依頼をこなす。彼の職業は探偵である。

 

「相変わらずウチにはこんな依頼ばっかりだな」

「文句ばっか言ってないで、早く見つけんかい! 得意でしょ、猫探し」

 

『はよせんかい!』と書かれたスリッパで翔太郎の頭を引っ叩くのは鳴海 亜樹子。彼女は翔太郎のいる鳴海探偵事務所の所長である。もとは彼女の父、鳴海 荘吉が探偵業を行なっていた事務所は今や彼女が引き継いでいた。

 

「いってーな!」

「ほれほれ、得意の猫の物真似して!」

「ったくよぉ・・・」

 

叩かれた所を摩りながらも律儀に猫の鳴き声を出す翔太郎。猫の気持ちになる事が猫探しのコツだ。しかし二人で路地に入っていくといたのは猫ではなく、人であった。

 

「翔太郎君、あれ!」

「・・・おいおい、マジかよ!」

 

壁に背をつけ座り込む少女に駆け寄ると抱き起こす。揺するとわずかだが反応があった。生きてはいる様子である。

 

「大丈夫か、お嬢ちゃん!」

「翔太郎君!」

「あぁ、とりあえず連れて帰ろう。こんな所じゃどうしようもねぇ」

 

翔太郎は少女を抱き抱えると亜樹子を促し、事務所に向かう旨を伝える。腕の中の少女は驚くほどに軽く、顔色が悪い。

二人は事務所に向かい駆け出すのだった。

 

 

身体を伝わってくる振動。それを感じた響は薄らと目を開く。どうやら自分は誰かに抱き抱えられている様だ。逆光により顔は見えないが、帽子を被っているのはわかる。その人物の口元が開かれた。

 

「しっかりしろ! 生きるのを諦めるんじゃねぇぞ!」

 

奇しくもその言葉はあの日かけられた言葉と全く同じであった。抵抗する力もなくした響はそのまま自分を抱える人物の腕の中で意識を失った。

 

 

「立花 響。この少女の名だ。数週間前から警察に捜索願が出されていた」

 

鳴海探偵事務所には三人の姿があった。

そのうちの一人、赤い服を着た男、照井 竜が続ける。

 

「調べてみたら、どうやら・・・あのツヴァイウィングライブを生き残った少女らしい」

「あのライブのか・・・」

 

聞いて思わず帽子を深く被りなおす翔太郎。

ツヴァイウィングライブの惨劇。それは認定特異災害ノイズの出現により多くの人命が失われた大事件。

だが事件はそれで終わらなかったのだ。

辛くも生き残った人々を待っていたのはマスコミによる報道だった。実はノイズによる被害数よりも将棋倒しになったり、逃げる為に半狂乱になった人からの暴行で死亡した人数の方が圧倒的に多かった。

これを受けた世間は生き残った被害者を『加害者』として捉え始める。更に言えば国が被害者に見舞金を出したのもマイナスに働いてしまった。

『人殺し』『なんでお前が生き残っているんだ』『税金泥棒』『あの人を返してよ』

『お前が死ねばよかったのに』

これらは被害者達が周囲の人間からぶつけられた言葉の一部である。

そして、生き残った人々への迫害が激化していった。

 

「確かにあの事件の被害者で人的被害の方が多かったのが事実だ。だがそれは不幸な事故や一部の心無い人間達によるもの。殆どは本当の意味での被害者だ」

「あぁ、俺もそう思う。あんな小さな子が人を殺したりするかよ・・・ふざけてやがる」

 

言いながらベッドで眠る響を見遣る。

微かな寝息が聞こえてくる。側に座る亜樹子も心配そうにその手を握っていた。

 

「家族には俺の方から連絡を入れておいた。近日中に迎えにくるらしい」

「そうか。何から何まですまねぇ、照井」

「俺は警察官だからな。これが仕事だ」

 

そう言い微笑む照井を見て、こいつも変わったもんだと翔太郎は笑い返す。

 

「うぅ・・・」

「翔太郎君!」

 

どうやら彼女が目を覚ましたらしい。亜樹子の声に二人はベッドに近づいた。目を開けた響は自分が寝かされていることに気がつく。

 

「ここは・・・どこ?」

「大丈夫⁉︎」

 

起き上がろうとする彼女だったが力が入らない様で身動ぐ事しか出来なかった。

 

「目が覚めたか、立花 響」

 

急に名前を呼ばれた響は警戒を露わにした。だがその鋭い目つきにたじろぐ事もなく、照井は警察手帳を見せる。

 

「風都署超常犯罪捜査課の照井だ。君の事は持ち物から調べさせてもらった」

「・・・警察が何の用?」

 

敵意を剥き出しにする彼女を見て、照井は過去の自分の様だと思った。かつて井坂に復讐する事だけが目的だった頃の自分とそっくりだ。その顔は憎しみに囚われ、自身を失っていた頃の自分にそっくりだった。

照井はその目を見据えながら事実を告げる。嘘はつかない。

 

「君の家族から捜索願が出ていた。連絡は済んでいる」

「・・・余計な事を!」

「今は休むといい。所長、すまないが彼女の事は頼んだ」

「まっかせて、竜君!」

 

元気良く敬礼を返す亜樹子は愛しの旦那に満面の笑顔だ。照井はそれを見て微笑むと事務所の扉を潜っていった。

その背を忌々しげに睨んだ響は此処にはいられないと身体を起こそうとするが連日の無理がたたり満足に動かす事が出来なかった。

 

「だめだよ。ちゃんと寝ていなきゃ!」

「うるさい・・・。私に構わないで」

 

亜樹子が心配から駆け寄るがその手を打ち払う響。

信用出来ない。他人を信じてたまるものか、と歯を剥き出し威嚇した。

その礼を失した行動に鳴海探偵事務所の所長の頭に血が昇る。

 

「お・と・な・し・く、しなさい!」

 

パコン、と音を立てる響の頭。衝撃に目を丸くすると涙目の亜樹子の手には『横にならんかい!』と書かれたスリッパ。口を一文字に結びながら、響の肩を掴むとその身をベッドに横たえる。

 

「怪我してる女の子を放っておける訳ないでしょ! 大人しく寝て休むの、良い⁉︎」

「え? あの・・・」

 

あまりの剣幕に圧倒された響は力強く押されるがままにその身を倒す。

 

「お願いだから、ちゃんと休んで。話なら後でちゃんと聞いてあげるから・・・」

 

響の頬に手が添えられる。触れたそこから彼女の体温を感じた。これはかつて感じた事のあるものだ。見ず知らずの自分に向けられる慈しみ。亜樹子の表情も相まって、徐々に響の警戒心は形を顰める。目蓋が重くなっていった。

 

「大丈夫だから・・・。ちゃんと眠ってね」

 

まるで母の言葉の様に響く亜樹子の言葉に久しぶりの感覚に戸惑いながらも目を閉じる。温かい掌を感じながら立花 響は安らかな眠りに落ちていった。

 

 

やり取りに口を出さずに見守っていた翔太郎は目を細めると帽子を手で押さえる。しかし抑えきれない怒りが彼の心中を支配している。

見たところ十代も前半の少女だ。しかし起き上がった彼女の目にはまるで世界全てを憎むかの様な輝きに囚われていた。

なにがこの少女をこんなに追い込んだのか。

それは・・・自分たち『大人』だ。

自分たちが彼女を、あのライブの被害者達を追い込んだ。世間が面白がるかの様な報道をして、本当の被害者を偽物の加害者として知らしめてしまった。その結果が目の前に眠る少女を形作ってしまったのだろう。

ギリリ、と左 翔太郎の歯が音を鳴らす。堪えきれなかった怒りは拳となって事務所の壁に叩きつけられた。

その左拳は、僅かに事務所を揺らした。




ご感想、ご質問などは感想欄にてお待ちしております。

基本的に全返答させて頂いております。


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2.伏せられた二文字

二話目となります。

色々と考えた結果なのですが、風都編と無印編を分けた方が読みやすいかと思いまして章を分けさせていただきました。

今回は風都編となります。


翔太郎の拳が事務所を揺らすと階下から足音がした。それは少しずつ大きくなると地下へと続いている扉が開かれる。

 

「今のは地震かい?」

 

現れた青年はさも不思議そうに事務所内を見渡すとその類稀な洞察力で瞬時に理解する。

 

「なるほど。翔太郎、格好つけるのもいいけど、そんな顔してたら締まるものも締まらないよ」

 

青年の視線の先には痛そうに手を振る相棒の姿。よく見ると若干涙も浮かべていた。その彼らしい姿に青年は苦笑する。

 

「優しい君の事だ。きっとこの少女の境遇に憤りを覚えて、壁でも殴ったんじゃないかい? それで痛がってるあたりハーフボイルドな君らしいけどね」

「ハーフじゃねぇ! 俺は、ハードボイルドだ!」」

 

登場したばかりで自分の行動をピタリと言い当てる相棒にお決まりの言葉を返す半熟な探偵は詰め寄った。しかし犬歯を剥き出しに唸る翔太郎を尻目に青年はするりとその横をすり抜けると寝息を立てる少女、立花 響の側に膝をつく。

久方ぶりに安らかな睡眠をとっている彼女の頬を撫でる青年。その顔には優しい笑み。その顔に亜樹子は驚いた猫のような反応をする。

 

「ふ、フィリップ君⁉︎」

 

フィリップと呼ばれた青年はゆっくりと亜樹子に振り向くと笑いかけた。

 

「亜樹ちゃん、どうしたの?」

「いや、なんていうか・・・」

 

彼が様々な方面に好奇心から首を突っ込む癖があるのを亜樹子はよく知っている。だが今日初めて会った少女にこんな対応をする所を見た事が無かった。まるで慈しむというのだろうか、そんなニュアンスが彼から感じられた。

 

「さて。二人とも」

 

そんな彼女の困惑に気がつかない青年、フィリップは至極真面目な顔になると告げる。

 

「彼女の検索が『ある程度』完了した」

 

その言い回しに翔太郎が反応する。気になった事は調べ尽くさずにはいられないフィリップがそういう言い方をしている。

つまり、何かがある。

 

「・・・フィリップ、話してくれ」

「勿論だとも」

 

そう言うと立ち上がった彼は二人を地下へと促した。

 

 

鳴海探偵事務所の地下、壁面を無数のホワイトボードで囲まれたそこはリボルギャリーの格納庫兼フィリップの私室となっている。

ホワイトボードには所狭しと文字が書き殴られている。そこに一際大きく書かれた人名。

 

「立花 響」

 

本のページを捲りながら室内を巡り歩いたフィリップはまるで教鞭をとる教師の如く、ボードの前に立つ。

 

「結論から言おう。彼女には秘められた何かが、ある」

「どういうこと?」

「僕は亜樹ちゃん達が彼女をここに運び込んだ後、すぐに地球(ほし)の本棚にアクセスした」

 

『地球の本棚』

フィリップの脳内に存在する地球に刻まれたありとあらゆる事柄が納められた空間である。ここには地球上全ての知識があるのだが、あまりに膨大な為に読み切る事は困難だ。

そこで彼はキーワードを用いて対象を絞り込むことにより、検索を行なっている。

 

「幸いにして名前がわかっていたからね。本を見つけるのは容易かったよ。だが問題は、その中身だ」

 

愛用の本を掲げる。彼の持つ本は白紙だ。だがフィリップには本棚から取り出した本の内容をそこから読むことが出来る。

 

「ここには対象の人物の身体的特徴や生きてきた歴史が全て書かれている。しかし・・・彼女の本には僕にも読めない部分が存在した」

 

彼は空いたホワイトボードの前に立つとペンで何かを書き始めた。

 

「それは一年前、例のライブの日に彼女が体験した出来事のページだ。彼女はそこで胸に大きな怪我をしたらしい」

「そういえば響ちゃんを着替えさせた時、胸に傷跡があった・・・」

「それだ」

 

決め台詞よろしく、魔少年はポーズをとると亜樹子に指を指し示す。

 

「それが、彼女の謎なんだ」

 

フィリップはクルリと手を回すと人差し指を揺らしながら、自室を歩き回った。

 

「彼女のページにはその瞬間の描写が確かに存在する・・・だが」

 

遊ばれた指はボードに突きつけられる。

 

「書かれた文字は隠されている。僕でさえ読むことができないんだよ」

 

指された先にはフィリップの書き連ねた文字があった。そこには伏字となった単語の頭文字『S』と『G』の二文字が大きく書き殴れていた。

 

「この二つが何なのかはわからない・・・でも、一つだけ言えることがある。謎がある限り彼女は危険かもしれない」

 

その一言に押し黙る三人。フィリップも、亜樹子も、翔太郎でさえも声を出さなかった。沈黙に支配される空間で誰もが声を出そうとしていた。だが一人として続きを紡げない。からからと回るファンの音だけが流れていく。

 

「・・・と、まぁ。僕がそう言っても聞かないんだろう?」

 

つい今の今までの神妙な顔つきを翻し、笑顔になるフィリップ。やれやれ、といった彼の顔はハーフボイルドの相棒に向けられる。

 

「お人好しの君の事だ。僕がここまで言ってもその信念を曲げるつもりがないのは分かっている」

「よくわかってるじゃねぇか、相棒」

 

頼れる相棒に向けられるのは信頼から出る笑み。短い期間だがバディを組んだ二人にはそれ以上はいらなかった。

 

「俺はあいつを信じる。響がどんなものを抱えていようと信じ抜いてみせるぜ」

「それでこそ僕の相棒たる『ハーフボイルド』さ」

 

確かな信頼に結ばれた二人の会話。

そんな言葉に異論を唱える者が一人だけ。翔太郎をしばき倒す当事務所の所長は『教えんかい‼︎』の文字翻るスリッパで半熟な探偵をひっ叩いた。

 

「所長の私にちゃんと説明しなさい!」

「ってぇな! ・・・亜樹子ォ! お前空気読め‼︎」

「空気より大切なものがあるでしょ!」

 

狭い地下部屋で走り回る二人を眺めながら肩を竦めるフィリップは本を閉じるとホワイトボードに目を移した。

かつて鍵のかかった本はあった。

しかし塗り潰された文字というのは記憶にない。

自らが書いた二つの文字。

『S』と『G』

この頭文字から始まる二つの単語とはいったい何なのだろうか。

 

「立花 響。ゾクゾクするねぇ」

 

魔少年は久しぶりの興奮を覚えていた。




フィリップ君がログインしました。


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3.帽子の似合う男

三話目となります。

お疲れ様です。
風都編三話を投稿させて頂きます。


目を開ける。

そこは狭苦しい空間だった。

身を起こすと頭は天井を突きそうな位に近い。よく見るとベッドというよりはかつてテレビで見たカプセルホテルの様な狭さの寝床であった。

顔を横に向けると目に入ってくるのは大きな机と皮張りの1人用ソファ。机には並んだ本とレトロなタイプライターが鎮座している。

 

「ここ、どこだっけ」

 

半開きの目でキョロキョロと辺りを見回しながら思考を立ち上げる。見知らぬ部屋で目を覚ました立花 響はそこまでしてやっと自分が何処にいるのか思い出す。行き倒れた自身を保護してくれた人達の家にいる事を思い出した。

半身を起こしたままだった響はゆっくりと寝床から抜け出すと揺らぐ足取りで室内を歩く。

 

『はやく・・・出ていかないと』

 

力の入りきらない脚を交互に動かしながら、出口を探す。

凛々しいながらもどこか優しげな目の男性。

心配そうにこちらを見ていた女性。

そして、帽子の下に強い眼差しをした男性。

出会った三人の大人達。

・・・ここに居ては迷惑がかかってしまうだろう。

ハンガーにかかっていた自分のパーカーを着ると響は出口だと思われる扉に向かった。

此処を出て何処に行くのか。

そんな事はわからない。

でも。

自分は此処にいてはいけない人間だ。

そう思い、響は一歩一歩と歩みを進めた。

あと少しで目指した扉に辿り着こうとしたその時、ガチャリとそのドアは開く。

目の前で開く扉。

目の前には帽子を被ったあの男性が買い物袋片手に立っていた。

 

「お前・・・」

 

男性は響の姿を見て驚いた様に口を開いた。逃げ出そうとしていた彼女としてはどこかバツが悪く、目を逸らした。

そんな対応をする保護した少女に構わず、男は一歩駆け寄る。

 

「大丈夫か⁉︎」

 

心配げな表情と共に伸ばされる腕。身を震わせた響は思わずその手を打ち払っていた。

 

「・・・ッ」

「私に・・・これ以上関わらないで」

 

そう自分の心を伝えた響は立ち尽くす彼の横を通り、部屋を出ていこうとする。

だが半熟な探偵はそれを許さなかった。

 

「・・・待ちなよ、お転婆ガール」

 

空いた手で響の腕に手を添える。掴むのではない、添えた。格好つけてもう片方の手で帽子を押さえた探偵はそれが決め台詞だとばかりに言う。

彼の顔の横でスーパーの袋が揺れている。どこか間が抜けた光景だ。

 

「出ていくのは君の自由だ。でも、もう少しだけでいい。ここに居てくれないか?」

「・・・私の自由なら好きにしていいでしょ」

「それでも、だ」

 

それを聞いた響は身を返すと扉を背に男に向き直る。変わらず帽子を押さえた彼はその格好のままでいた。

 

「せめて君が元気になるまででいい」

「だから!」

 

言葉は優しくとも強情に引き留めようとする彼に歯を剥き出した響は拳を振り上げる。そのまま殴りつけた。

 

「よっ、と」

 

だが。その力の足りないストレートは容易く受け止められる。掴んだ拳を握りながら男は顔を近づけた。

 

「だから落ち着けって」

「離せッ!」

 

掴まれた拳を振り解こうと暴れる響だったが、その手は離されない。

しっかりと、離すまいと握られていた。

 

「今の君に必要なのは休息だ」

「うるさい!」

 

もはや叫びにも近い声をあげながら暴れ続ける。だが握られた手は離れなかった。

大きな手は響のそれを包む。

しっかりと響のそれを包む。

その感触に響の顔は歪んだ。

 

『やめて・・・。やめてよ・・・』

 

忘れようとしていた感覚に響の目が滲む。

そんな、暖かい手をしないで。

そんな、優しい顔をしないで。

そんな、慈しむ様な目を向けないで!

そんな事をされたら・・・私は頬に、温かいものを流しそうになってしまう。

顔を伏せながら堪える傷だらけの少女は先程とは違う意味でその身を震わせた。

 

やがて彼女の手から力が抜けて、だらりと垂れ下がった。響の身体が翔太郎の胸にもたれかかる。

少女の背に置かれた手が優しく叩かれた。

 

「無理しなくていいからよ。横になってろ」

 

家を飛び出てからは周り全てが怖かった。

どこにいても落ち着く事が出来ず、一つの場所に居続けられない。

逃げ回る日々が自分の日常だった。

 

人の優しさに触れたのはいつぶりだろう。

 

響は抱きしめてくれる男性に身を寄せる。普段の自分ならこんな大胆な事は出来ない。

でも今の自分には唯一の温かさを感じさせてくれている彼の側だけが自分の居場所だと思った。

小さく嗚咽を漏らす。

その声は少しずつ大きくなっていく。

そんな年相応な涙を流す響を翔太郎は静かに抱きしめていた。

 

 

いつの間にか泣き疲れて眠りだした響を抱えると元の寝床に連れて行く。痩せて軽いその身体を横たえると布団をかけてやる。

目元には涙の跡が流れていた。胸元から出したハンカチで拭ってやる。女の涙を受け止めるのがハードボイルドな男の役割だ。

まぁ・・・女というより少女なんだがな、と翔太郎は微笑む。

保護した少女は昨日見た時よりも落ち着いた表情で眠っていた。少しは安心してくれたらしい。

 

「ゆっくり眠れよ、お嬢さん」

「君にしてはハードボイルドな立ち振る舞いだね、翔太郎」

「うおっ⁉︎」

 

格好つけているといつの間にか横には相棒が立っていた。いつもの様に本を片手に立つフィリップが興味深そうに響の寝顔を眺めている。

 

「鳴海 荘吉が見たら驚くんじゃないかい?」

 

師の名前を出された翔太郎はつい帽子を取ると、視線をわずかに泳がせた。

 

『似合う男になれ』

 

これの似合う男に、今の自分は成っているのだろうか。

自信は・・・正直なかった。

だが、翔太郎は精一杯の虚勢を張ると相棒の顔に笑いかけた。

 

「だろ? おやっさんが見たらきっと褒めてくれるさ」

「・・・だろうね」

 

あの日の言葉を遂行するためにここまで戦ってきた。

その日々に嘘は無い。

あの日の罪を償う為に相棒と一緒に走ってきた。

その日々はかけがえの無いものだ。

その遺志を継いだ半熟な青年は瞳を輝かせる。

 

「・・・俺はこいつを見捨てないぜ」

「君がそういうなら、相棒の僕も見捨てないよ。だって・・・」

 

「僕らは”二人で一人”なのだからね」




翔太郎はハーフボイルドと言われながらも、ちゃんと彼の目指すハードボイルドに近づいているのではないでしょうか。
そんな彼が大好きな私です。


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4.私の居場所

四話目となります。

お疲れ様です。
遅ればせながら風都編を更新いたします。


「嫌だ! 私は・・・帰らない!」

「響!」

 

鳴海探偵事務所に轟くのは少女の叫びとそれを嗜める彼女の父親の声。それほど広くはない室内には探偵達、そして響とその家族が揃っていた。

 

「嫌だったら、嫌だ!」

「どうしてなんだ⁉︎」

「だって・・・」

 

続きを言いかけるが口をつぐむ彼女。響はそのまま家族の側を走り抜けると事務所を飛び出していった。

 

「響ちゃん!」

 

室内の人間達が呆然とする中、亜樹子だけが彼女を追って扉を抜けていった。残された響の父、洸は力無く追い縋る腕を下ろす。

 

「どうして・・・」

 

 

時間を少しだけ戻そう。

響の保護から二日程経ち、彼女の体調が回復した頃にその知らせはもたらされた。

 

「左、邪魔するぞ」

 

ノックと共に現れた照井 竜は愛妻に差し入れのケーキを手渡すと顔を正し、告げた。

 

「立花の家族がこの街に到着した。間も無く此処に来る手筈となっている」

 

その言葉に身を震わせる響はソファから立ち上がると赤い服の刑事に詰め寄った。しかし厳しい目で訴えかける少女に動じる彼ではない。至極冷静な目を返すと彼女の肩に手を置き、語りかける。

 

「家族に会えるのが、嬉しくないのか?」

「・・・それは」

 

顔を逸らした少女は何かを言いたげだったが、そのまま何も言わずに彼の手から逃れた。静かに元の位置に戻るとそのまま顔を伏せる。

そんな彼女の沈んだ表情に亜樹子だけが懸念を抱いていた。

 

 

「響ちゃんってば!」

 

走り続ける少女の後を追う亜樹子は何とか追いつくと彼女の肩に手をかけた。既に場所は事務所からはだいぶ遠い。そこまで逃げ出したい程に響は走り続けていた。

 

「一体どうしたの?」

 

家族に会える。

本来ならそれは喜ぶべきものだ。亜樹子自身も父である荘吉に会う為にこの街に来た。

・・・あの時はここに来れば父に会える。あの大きな手で撫でてもらえると心を躍らせたものだ。

でも。この少女の様子はおかしい。

引き止められても、顔を伏せたまま立ちすくむ彼女はやがて座り込んでしまった。

動きを止めた響。その顔を自身の着る灰色のパーカーの腕に埋めると一向に上げようとはしない。

そのまま動く事をやめた立花 響を見下ろしていた亜樹子はやがて気がついた。

 

彼女の、灰色のパーカーが色を濃くしている事を。

 

それは彼女の目元が接している、そこ。

人気の無い街外れの道路に座り込む彼女は顔を埋めて泣いている。

亜樹子にはその意図はわからない。だが彼女の側に膝をつくと亜樹子は側に寄り添った。

泣き続ける少女の頭に手を置くとゆっくりと撫でる。

その手が動く度に少女は身を震わせ続ける。

 

 

やがて。

顔を上げた響の目は真っ赤に染まっていた。泣き腫らしたその瞳は悲しみと共に少しずつその想いを発し始める。

 

「戻りたくない。ううん、私はあそこに戻っちゃいけないんだ。・・・私がいたら、お父さん達に迷惑がかかる・・・」

 

「私なんかのせいで皆に迷惑がかかっちゃう。お父さんもお母さんもお婆ちゃんも、いつもいつも辛そうな顔をしてた」

 

「・・・だから私は家を出たんだ」

 

「私さえいなければ、私なんかがいなければもっと幸せになれるから。窓を破られる事もないし、壁に落書きもされないで済む。皆が誰にも傷つけられなくて済む」

 

「もうあそこにいる権利がない」

 

「私は・・・これ以上家族に迷惑をかけたくないよ」

 

年齢よりもずっと幼く感じる彼女はいつまでもその瞳から光を流し、暗く染めていた。

呟く響の側に座った亜樹子は彼女を抱きしめた。小さなその身体は震え続けている。耳にはしゃっくりあげる声も聞こえる。

そんな少女の心中を察した亜樹子は一度ギュッと抱きしめると、その腕を離した。

そして・・・。

 

「それなら、そうと、言わんかーい!」

 

『ちゃんと話しなさい!』と書かれたスリッパで響の頭を叩いた。

 

「あいたッ!」

「なんでそれを言わないの!」

「えぇッ⁉︎」

 

叩かれた所を押さえながら見上げると涙と共に怒りを浮かべた瞳で亜樹子が口を震わせて、見下ろしていた。

 

「言わなきゃわからないこともあるんだよ! それを放棄して、どうするの⁉︎」

「・・・」

 

返す言葉は無かった。

 

「相談すればいいでしょ! 一人で抱え込んでどうしようもないんなら誰かに助けを求めるの!」

 

ボロボロと涙を流す亜樹子はそれを拭わない。みっともない顔を晒したまま、もう一度響を抱きしめた。その腕で彼女を包み込むために。

 

「誰も貴女の心はわからない。響ちゃんが隠せば尚更! でも私は、私達は響ちゃんを見捨てないよ。それはお父さん達もきっとおんなじ!」

 

腕の中で震える少女を受け止める。

 

「だから・・・ちゃんと伝えよう?」

「・・・」

 

小さかったが確かに響は返事をした。それを聞くと亜樹子は彼女を受け止め続ける。

その涙がちゃんと止まるまで。

 

 

「私は、帰らない。帰りたくない」

 

事務所に戻った響は言われた通りに自分の心を曝け出す。そうして思っている事を伝えた。

自分の存在が家族に迷惑をかけてしまっている事。それを自分自身が負担に思っている事。それが辛くて家出をした事を。

今まで隠していた胸の内を粛々と語り伝える。

それを聞いた家族は涙を流す。気がつくと響自身も泣いていた。揃った立花家全員が涙してその告白を聞く。

 

「私は・・・お父さん達に迷惑をかけたくなかった」

 

ポツリポツリと呟き出す彼女の言葉は狭い鳴海探偵事務所に響いていく。

それを壁に寄りかかり聞いていた翔太郎は背を離すと相棒に視線を送る。受け取ったフィリップも小さく頷くと彼に続いた。

 

「え?・・・え?」

 

急に部屋を出ていく二人に亜樹子が慌てていると照井は小声で言う。

 

「俺たちも行くぞ、所長」

「でも」

「ここからは家族の時間だ」

 

振り向くとそこには響達を見つめる優しい瞳。かつて両親と妹を、家族を失った彼は新しい家族の肩に手を乗せて促した。

その伴侶は彼の意図を汲み、共に部屋を出る。

その背中に聞こえてくる家族の会話を聞きながら。

 

 

事務所外ではWの二人が空を見上げていた。その片割れはもう一方に質問する。

 

「ねぇ翔太郎。もし僕の家族が普通の家族だったら・・・僕が立花 響の様な境遇に陥っていたらあんな風に泣いてくれたのかな?」

 

フィリップの家族。園崎家はかつてこの街を泣かせた組織『ミュージアム』そのものだった。父を組織の長とし、二人の姉と長姉の婿、ペットのミックでさえも幹部だった。

母は離反して組織に敵対していたが、それでもそばにいてくれたわけではない。

今はもう、実の家族と言える者が来人には誰もいなかった。

 

「僕はね。今少しだけだが、立花 響が羨ましいよ。ああやって泣いてそばに寄り添ってくれる家族がいる事が羨ましい」

「・・・そうか」

 

翔太郎は相棒の独白に相槌を打つと帽子を脱ぎ指でクルクルと回しだす。一通り回し終えると宙に浮かせ、その鍔を掴む。

そして取り損ねて落とした。

 

「あっ!」

「翔太郎・・・」

 

相変わらずの彼の行動にため息を吐くと落ちた帽子を拾う。彼のトレードマークたる黒い中折れハットの埃を払い手渡しながら、いつの間にかフィリップは笑っていた。

 

「まったく、だから君は」

「ハーフボイルドじゃないからな!」

 

反射的に答える相棒にまた笑う。

 

「まだ何も言っていないよ」

「いいや、お前絶対言うつもりだったろ!」

「さて、どうだろうね」

「フィリップ!」

 

彼女に家族がいるように、僕にも家族がいる。

 

「どうした左。またなにかやらかしたのか?」

「またカッコつけ損なったんでしょ?」

「お前らなぁ!!」

 

冷静ながら熱い心を持った仲間。

騒がしくも逞しい上司。

いつだって隣に立ってくれる頼もしい相棒。

これが僕の、今の家族だ。

 

そして自分の予想が確かなら、そこにもう一人加わるかもしれない。

新しい家族となる少女が。




なかなか描くのが難しいです。


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5.猫を探すよ、どこまでも

五話目となります。

お疲れ様でございます。
風都編をまた一話更新いたします。


「左さん」

 

響が揺り起こそうとしているのは自称・ハードボイルド探偵。彼は帽子を顔に乗せて横になっている。揺すっても揺すっても起きる気配が無い彼を更に強く揺する。

 

「ねぇ、さっさと起きて依頼を片付けないと」

「・・・んん」

 

僅かに反応はするのだが、一向に起き上がる気配のない探偵に苛立ちを覚えはじめた彼女。同じく彼を見下ろしていた亜樹子がとある物を手渡してくる。

それは一足のスリッパ。ご丁寧にも現状にぴったりな『起きんかい』と書かれている。手に取ると妙に手に馴染む感覚。

思わず亜樹子の顔を見ると、彼女は怖い顔で頷く。『やれ』ということらしい。

所長の命令なら仕方がない。響はスリッパを振り下ろした。

 

「いってぇ! って・・・おいコラ響!」

「おはようございます」

 

跳ね起きた彼の叫びにスリッパ片手に淡々と答える響。その横で腕組みしながら部下を睨みつける亜樹子はその口元を引き上げた。

 

「お・は・よ・う!」

「お前の差し金か!」

 

この事務所に居候を始めて二週間。何度となく繰り返されたやり取りを見ながら響はため息をついた。

 

 

家族と話し合った結果、響は実家に帰らなかった。自分が戻れば何が起こるかは想像にかたくない。だからこそ、今は戻る訳にはいかなかった。

だがそれでは行く場所がない。

そんなどうにもならない状況に手を挙げたのは亜樹子だった。

 

『なら響ちゃんは一時的にうちで預かります!』

 

突拍子もない宣言ではあった。

しかし彼女は響の家族を拙いながらもしっかりと説き伏せる。

家に帰りたくない響と彼女を心配する家族。すれ違う両者を取り持つ案を打ち出した亜樹子は言い放った。

 

『絶対に響ちゃんに負担はかけません。定期的に連絡もいたします。だからどうか・・・響ちゃんを預からせて下さい! お願いします!』

 

彼女の夫、照井が現役の警察官である事も味方した。妻にならい頭を下げる彼の姿に響の家族達も言葉を失う。何故彼らがそこまでするのかはわからない。でも打算も計算もなく二つの頭が下げられているのはわかった。

 

『無茶言ってるのは分かってます。でも俺からもお願いします』

『・・・なら僕も、お願いしなくてはいけませんね』

 

次いで下げられたのは帽子を外した探偵達の頭。四つの頭を見て、困惑しながら響の父は娘に問うた。

 

『響・・・お前はどうしたい?』

『私は・・・』

 

そして・・・大事な家族を守る為、立花 響は自らの意思でここに留まった。

 

 

 

「ったくよぉ。頭叩かれすぎて推理できなくなったらどうすんだ」

 

風都の街を歩く翔太郎と響。

今日の依頼はいつも通りの迷い猫探し。ここに来てから事務所来る依頼といえばこれだ。

というかこれしか来ていない。

 

「翔ちゃん! 今日も仕事かい?」

「しょーたろーにーちゃん、どこいくの?」

「お疲れ様、探偵さん」

「良い豆入ってるぜ。ほら少し持っていきな」

 

彼が街を歩くと老若男女問わず、多くの人々が親しげに語りかけてくる。その度に探偵は嬉しそうに街の住人達に会話を楽しんでいた。その中で隣を歩く自分はどこかそのノリについていけずに黙るしかない。

何人は彼の隣にいる響を見て、関係を聞いてきた。すると翔太郎はこともなげに答えるのだ。

 

「こいつは『探偵見習い』ってとこだな。ほら響、挨拶しな」

 

確かに亜樹子の家で世話になっているとはいえ、いつから自分は探偵見習いになったのだろうか。だが渋々挨拶をする響であった。

どこか釈然としないまま響は彼と共に街を進んでいく。住人達との雑談をしながらも依頼を熟すべく、聞き込みを進めていた探偵は路地裏にあたりをつけるとそこに滑り込んだ。

 

「居るとすればこの辺だな」

「・・・ホントに?」

「この街は俺の庭だぜ。絶対にここにいるさ」

 

帽子を弄びながら格好つける探偵に疑惑の視線を向ける。だが彼は確信めいた横顔で笑っている。どこからその自信が来るのだろうか。

 

「よし。いつものやるぞ」

 

いつもの。それは・・・。

 

「にゃあ〜ん。にゃんにゃん」

 

猫の物真似である。

この一週間、響は目の前でいい歳した男が猫の鳴き声を出す姿を見せられてきた。しかもジェスチャー付きである。

『猫を探すには猫の気持ちになるんだ』という謎の説明を受けたとはいえ、流石に初回はドン引いた。だが不思議な事に探していた猫はちゃんと姿を現すのだから困る。

翔太郎は自分を見つめる響に向き直ると努めて真剣な目で言った。

 

「ほら響。お前もやれよ」

「・・・嫌だ」

「『嫌だ』じゃねぇの。やるの!」

 

依頼は依頼人の笑顔の為に達成するもの。街を守る彼はその為には手は抜かない。なんだかんだ言いながらも全身全霊でぶつかるのが彼の信条だ。

そして今日もその視線に気圧され、仕方なく彼女は猫の物真似をはじめた。

 

「にゃ、にゃーん」

「違う! もっと猫の気持ちを持て!」

「にゃにゃーん。にゃーにゃー」

「そうだ、お前は友達を探してる猫だ! その気持ちで友達に呼びかけろ!」

「うぅ・・・。にゃ〜。にゃ〜?」

「にゃー!!」

「にゃにゃにゃ」

「うにゃ〜ん」

 

路地裏で成人男性と未成年の少女が猫の物真似を繰り返している。これは傍目から見れば立派な事案である。他の街でやったら翔太郎は警察にしょっ引かれるだろう。しかしここは彼の庭、風都。街の人々からしたらいつもの光景だ。誰も通報したりしなかった。

そうして。無事に目当ての迷い猫は姿を現し、無事保護する事が出来た。

 

 

「ほら。ご主人様だぜ」

 

猫を抱き抱えていた翔太郎は依頼人の少女に探し猫を渡してやる。猫は彼の腕を抜け出すと少女に飛びついた。

 

「シェリー! もう、どこに行ってたの?」

 

彼女の腕の中で一声鳴いたシェリーは嬉しそうにその身を擦り付ける。やっと帰ってきた家族を優しく撫でた少女は探偵を見上げる。

 

「ありがとう。探偵さん!」

「いいってことよ」

 

感謝の言葉にその頭を撫でながら返す翔太郎は笑みを浮かべる。

 

「困った事があったら、いつでも言いな」

「うん!」

 

大きく手を振りながら家族と一緒に事務所の扉を出て行く少女は去り際、響に告げた。

 

「お姉ちゃんもありがとう!」

「う、うん。よかったね」

 

辛うじて返答をする。

その純粋な笑顔は響が忘れてしまったもの。

その素直な眩しさは彼女が置いてきたもの。

去りゆく少女の中にかつての自分を見た響は大切な家族と家に帰る彼女を見送る。

困惑しながら、羨望しながら、戸惑いながら、沢山の感情が響を襲ってきていた。

自然に翔太郎は彼女の頭に手を置く。

 

「おつかれさん」

「お疲れ様です」

 

短く返してくる響に、探偵はその髪を少し乱暴に撫でる。すると毛を逆立てて距離を置いた。

あぁ、それはまるで猫のようだ。

それでも新しい家族に、歯を剥き出しにこちらを睨む少女に、ハーフボイルドな探偵は笑いかけた。

 

 

 

 

 

「で? 今回の依頼料は?」

「・・・すまん」

 

事務所にスリッパの音がまたもや鳴り響く。




猫!
可愛いですよね。

でも私は犬派です。


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無印編
1.Gの帰還 / 翳り咲く勇気


一話目となります。

今作は『風都編』と『無印編』の二つのお話を(大体)交互に描いていこうと思っております。
響が風都でどう成長していくのか。
そして成長した彼女が舞い戻った場所でどの様に戦っていくのか。
まだまだ見切り発車な所はございますが、のんびりとお付き合い下さいませ。


長い直線道路を一台のバイクが走っている。前後を黄色と白の二色にカラーリングされたそれはバイク特有のエンジン音を響かせながら走り続ける。

それに跨る小柄な姿。白シャツに黒のベスト。黒のパンツ。その腰に付けられた黒い中折れハットには『WIND SCALE』の文字が揺れている。

やがてバイクは街を一望できる展望台で止まった。ヘルメットが外され、そこから現れたのはまだ年若い少女の顔だ。彼女は腰のハットを被る。

『あの街』ほどではないが強い風が吹く。少女は飛ばされない様に帽子を抑える。そして眼下に広がる自分が住む街を眺めた。

 

「この街は私が守るんだ。あの街を守る『あの人達』みたいに・・・」

 

自分自身に言い聞かせるかの様に立花 響は、その手に形を変えたガングニールという小さな正義を信じて、握り締めた。

 

 

 

最近この街には二つの噂が流れていた。

一つは認定特異災害『ノイズ』が現れた時、何処からか流れてくる歌と共にそれらを倒す『戦姫』がいるらしい、という事。

もう一つは人々に害をなす『怪人』が現れ、それと戦う『仮面の戦士』がいるらしい、という事。

一つ目の噂は数年前から流れており、もはや都市伝説の様になっている。

だが後の一つは違う。ごく最近流れ始めた噂は瞬く間に人々に広がり、街の至る所で『仮面の戦士』の話がされていた。

曰く。

それは『怪人』が現れるとバイクに跨り、何処からともなくやってくる。

首に巻いたマフラーをはためかせながら戦うその姿は左右二色の黄色と白色。

二色の戦士は右手を突きつけながら『怪人』に問うらしい。

『さぁ、お前の罪を数えろ』と。

 

 

 

小日向 未来は街を走る。いや、背後から迫る脅威から逃げていた。元陸上部の彼女の脚を持ってしても脅威はあっという間に距離を詰めてくる。

 

「どうして、こんな事に!」

 

荒い息を吐きながらも脚は止めない。止めたら自分の命が無いことがわかっていた。

担任に頼まれて街まで買い物に出たのはいいが、思いの外遅くなってしまった彼女は学園への近道の為に路地裏を通った。

だが、それがいけなかった。

薄汚れた路地裏で目撃したのは噂の『怪人』が人を殺す瞬間。醜悪な姿のそれは人の首を意図も容易くへし折ると、目撃した自分に向かって襲いかかってきた。

 

息がきれる。どんなに逃げても奴らは追いかけてくる。そろそろ限界が近かった。

見えてきたのは街外れの廃工場。廃棄されて久しいそこは朽ちるに任せてフェンスなどは穴が開き、近所の子供達の良い遊び場となっている。誰もいない事を願いながら未来はそこに駆け込んだ。ここなら奴らをやり過ごせるかもしれない。

放置された大型機器の物陰にその身を滑り込ませ、叫び出しそうな口を手で覆う。複数人の足音が人気の無い工場に反響していく。

 

『お願い! はやく何処かへ行って!』

 

目を瞑り祈る未来は物音を立てまいとその身を縮こませた。

・・・やがて必死な彼女の祈りが届いたのだろう。足音は聞こえてこなくなっていた。

その恐怖から暫くの間動けなかった彼女はある程度の時間が経った頃、ゆっくりと顔を出す。すでに辺りの陽は落ち、灯の無い工場跡は暗闇に包まれている。

未来は恐る恐る、その身を動かし始めた。早く此処から逃げなくてはならない。出来るだけ急いで、出来るだけ音を立てずにだ。もし今度見つかったら逃げ切れる保証はない。慌てそうになる身を自制し、静かに出口を目指した。

あと少し、あと少しで抜け出せる。未来の顔がその事実に綻んだ。

 

「あれ、誰かいるのかい?」

 

そんな彼女はいきなり後ろからライトで照らされる。ビクッと身を強張らせ、後ろを振り向くと薄闇に作業着を着た男性が立っていた。

 

「困るなぁ。お嬢ちゃん、何処から入ったんだい?」

 

言葉通りの困り顔で近づいてくる男性は頭を掻きながら苦言を漏らす。

 

「この工場はそろそろ解体する予定なんだ。だから危ないよ」

「す、すみません・・・」

 

怪人では無いことに安堵しながら、持ち前の素直さで頭を下げる。すぐ側までやって来た男性はそんな未来に笑いかけた。

 

「ほらほら、君は此処には居なかったって事にしておくから・・・」

 

そう言うと男性は胸ポケットから何かを取り出した。

それは大きめなサイズのUSBメモリの様なもの。

 

「最初から『居なかった』事にね」

 

《MASQUERADE》

 

マスカレイドメモリから流れるウィスパーボイス。聞き終えた男性はそれを首筋に突き立てた。

身体に吸い込まれていくと共に男性の姿が変化していく。先程まで未来を追いかけていた怪人の姿へと。

 

「あ・・・、あぁ・・・」

 

尻餅をつき、異形の怪人を見上げる。肋骨をイメージさせるマスクをし、燕尾服に身を包んだマスカレイドドーパントはその手を未来の喉に伸ばした。太い指が彼女の細い首をへし折ろうと掴む手に力が込められていく。

 

「いけない娘だ・・・。悪い子は、処分しないといけないね。俺の悪い上司みたいに」

 

怪人の指が未来の呼吸と血の巡りを遮断していく。彼女の視界が少しずつだが狭まっていった。黒い死の気配が小日向 未来の未来を今、奪おうとしている。

だがその中で死に瀕した彼女は命乞いをしなかった。

もうあと数刻で死に至るだろう。それでも彼女の心中にあったのは生への渇望ではなかった。

あったのは、とある少女への謝罪。

 

『ごめんね、響』

 

自分が道を違わせてしまった彼女へ言葉を送る。あの日、ライブに誘わなければ彼女は今も隣で笑っていたはずだ。

でも彼女は姿を消した。それも自分のせいで・・・。

それから数ヶ月。この世界は残酷だ。もう、生きていないかもしれない。それを覚悟したあの日からどこか諦めていた。

生きる事を。

彼女を自分から奪ったのは、紛れもない自分。

彼女から平穏を失わせたのは、紛れもない自分。

きっとこれはその罰だ。だからもう抵抗はしない。未来の手から抗う力が抜けていった。

 

『私も、今から・・・いくから』

 

目を閉じると未来はその先を受け入れた。首にかかる力が彼女の抵抗力を越えようとする。

 

—だけれども小日向 未来はここでは死なない。

 

その時。唐突な音が響いた!

バイクの音が人気のない廃工場に飛び込んでくる。二人の前まで来て急停止したバイクから『彼女』は降りると腰から外した帽子を被る。

 

—小日向 未来は死ぬはずがない。

—何故なら・・・。

 

バイクのライトは煌々と輝いて、マスカレードドーパントと未来を照らした。

 

—この物語のヒロインを守る、主人公がやってくるのだから。

 

「その子を離せ、ドーパント」

 

目を開けた未来は逆光の中に立つ姿を見る。いつだったか聞いたことのある声だ。でも朦朧とした頭ではわからない。

その声の主が誰なのか。

 

「《マスカレイド》のメモリ。財団Xの置き土産は・・・私が壊す」

 

光に照らされた人物はベストから何かを取り出すと同時に腰に何かを装着するのが見えた。

誰か分からぬそれはポーズをとると、手元にあるそれを・・・ガイアメモリのスイッチを押し込む。

そして力強い声が鳴り響く。

 

《GUNGNIR》

 

「・・・変身ッ!!」

 

『彼女』は手に持ったそれを腰に巻いたベルトに押し込み、横に倒した。

その瞬間、世界は一変する。

『彼女』の周りに何処からか槍が降り注いだと思いきや、その柄が中心に立つ人物に倒れ込む。

次の瞬間、そこにはヒーローがいた。

 

その目をバイクのライト以上に赤く光らせた仮面の戦士が。

 

黄と白、二色のカラーリングに身を包んだ仮面の戦士が。

 

その首に巻いたマフラーをたなびかせた仮面の戦士が!

 

そして・・・『仮面ライダーガングニール』はその指先をマスカレイドドーパントに突きつけると自らを導いてくれた師匠の台詞を、口にする。

 

「さぁ、お前の罪を・・・数えろ!」




ストックははやくも使い切ったので、頑張って続きを書いて参ります。


なお、響がバイクに乗れる年齢ではないのは重々承知しておりますが、そこは寛大な心で許して下さい。
きっと照井あたりが手を回したに違いありません。
きっとそうなのです。


ご感想などありましたらお気軽に。
いつでもお待ちしております。


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2.Gの閃光 / 翳り咲く戦士

二話目となります。

短いですが、無印編を進めます。
仕事中、フィリップの如く「ムラムラしていた」ので書き殴りました。
勢いで書きました。反省はしています。


「貴様・・・何者だ⁉︎」

 

突如現れた謎の相手に対して問い返すドーパント。仮面の戦士は短く答える。

 

「仮面ライダー・・・ガングニール!」

 

言うが早いが戦士は駆け出すと相対する距離を難なく詰める。マスカレイドのメモリは身体機能を強化する。だがそれでも反応出来ない速度だった。

ガングニールは捕らえられた少女をその腕に抱き寄せると魔の手から引き離す。その腕の中で未来は仮面の戦士を見上げた。

彼女を包むその腕は力強く、優しい。大切なものを壊さない様にしっかりと護ろうとする意思を感じ取れる。

未来にはその感覚に何処か覚えがあった。

瞬く間に人質を奪われたマスカレイドドーパントは唖然としながら距離を置く仮面ライダーを見続ける。

 

「もう一度言う。お前の罪を、数えろ」

 

仮面ライダーガングニールは腕の中の少女を抱きとめながらも再びその台詞を口にした。

まるでそれが大切な一言の如く。

 

「・・・煩い、五月蝿い、うるさいッ!!」

 

ドーパントはその言葉に激昂するとその腕を振り回す。駄々を捏ねる子供の様な動きに動じず突きつけた指先を翻す仮面ライダーは自分の乗って来たバイクの側に少女を降ろすと言った。

 

「ここにいて。あとは私が片付ける」

 

その声に聞き覚えがあった。

だから未来は、小日向 未来は自分を救けてくれた仮面の戦士に叫んだ。

 

「貴女は、もしかして!」

「その話は後で。だから待ってて『未来』」

 

知らぬはずの彼女の名を言うと仮面ライダーガングニールはその身に宿る『魂』に従って駆け出していく。

 

 

ガングニールの主兵装はその身体だ。手に持つ武器は無く、拳と脚を駆使して相手に挑む。そしてそれは彼女、立花 響の性に嵌っていた。

殴り、蹴り、相手に挑んでいく。いくらマスカレイドメモリで強化されていても関係が無い。

そもそものポテンシャルが違うのだ。

劣勢を感じるドーパント。それでも負けるつもりはなかった。何故なら・・・。

 

「『俺はここだ!』」

 

咆哮の一声。

それを機に辺りから同じ姿をする怪人達が現れる。

囲まれたガングニールは一瞥した。目の前の一人を含めて五人はいる。

だが彼女は冷静に呟いた。

 

「一人じゃなかったのか」

「あいつに恨みを持つ奴は沢山いてな。その全員で嬲り殺してやったのさぁ!」

 

仲間を得て、大仰な仕草で応えるドーパントは現れた正義の味方を嗤う。

 

「数ってのは絶対的なアドバンテージなんだよ!」

 

高笑いを仕掛けるマスカレイドドーパントに次いで、周りの仲間達もそれに倣う。

嘲笑が支配する空間。圧倒的な人数不利。

そんな中でも仮面ライダーは、その態度を崩さなかった。

そんな事はさも当然とばかりの態度で辺りを見回す。

 

「ならかかって来なよ。そんな人数じゃ『私』は倒せない。『仮面ライダー』は倒せないから」

「吐かせ!」

 

五人のマスカレイドドーパント達は其々の位置からガングニールに襲いかかる。

 

 

それを、未来は見ていた。

自分を救けてくれたヒーローが戦う姿を。

四方から迫りくる敵を一人、また一人とその拳で制圧していく姿を。

そんなヒーローの姿を見間違えるはずがない。

口から出るのは彼女の名前。

会いたかった彼女の名前を!

 

「響!!」

 

瞬く間に五人のドーパントを制圧した仮面ライダーガングニールは終幕の言葉を告げる。

 

「まとめて・・・メモリブレイクだ!」

 

ベルトからメモリを抜き出すと腰のマキシマムスロットに再装填した彼女はそのボタンを叩く。

 

《GUNGNIR…MAXIMUM DRIVE !!》

 

夜空に跳び上がる仮面の戦士。

その両腕からガントレットが飛び去ると、その全てが右脚に装着される。

 

「ガングニールエクストリーム!!」

 

【GUNGNIR EXTREME !!】

 

仮面ライダーガングニール、必殺の一撃が倒れ伏すドーパント達に降り注ぐ。

それは翳る夜空を切り裂く一筋の閃光だった。

 

 

激しい爆発。

その中心に立つのは一人の仮面の戦士。

燃え盛る炎の中に立つのは仮面の戦士。

彼女の周りに倒れる作業着の人物達から排出されたガイアメモリは一様にその型を維持出来ずに砕け散った。

 

炎が収まる。

そうして仮面ライダーガングニールは変身を解いた。

そこに現れたのは未来が夢見た彼女の姿。

もう会えないと涙した大切な彼女の姿だった。




一応弁明させていただきますと、ここでいう「ムラムラ」は性的な意味ではありません。
頭の中でキャラクター達が暴れ回っただけです。


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3. Gとの再会 / 陽だまりの少女

三話目となります。

無印編、更新いたします。


爆炎を背に歩く少女がいる。

腰のロストドライバーから抜き出したメモリを胸元のベストに収めた彼女は、無骨な黄色い携帯を取り出すと何処かに電話をし始める。

 

「竜兄さん? ・・・うん。やっぱりこっちでもメモリを売り捌いてる奴がいるみたい。とりあえずメモリブレイクしたよ。うん、場所は・・・」

 

通話をし終えた彼女は携帯を仕舞うと自分の側にやって来た。

座り込んだままの自分と目を合わせる為に膝を突き、手を差し伸べる少女の姿はまるで傅く騎士だ。

 

「お待たせ、未来」

「響・・・なんだよね」

 

騎士は姫の名を呼び、姫は騎士の名を呼ぶ。

恐る恐る手を伸ばし彼女の手を取った。

幻影なのではと思った。でも確かに自分の手は響の手を掴む。

温かい。

それは今や懐かしい、彼女の手だ。

 

「久しぶり、だね」

 

ぎこちないながらも微笑みかける仮面の騎士。

姿は違えど、決して見間違えない。

自身の知る彼女とは違うが、絶対に同じ人物だ。あの時。行方を見失ってしまった『立花 響』で違いない。

気がつくと未来は抱きついていた。

 

「響・・・響!!」

 

涙を流しながら彼女の存在を此処に刻みつける。離したら消えてしまうかもしれない。そんな恐怖が未来にはあった。

 

「ごめんね、ごめんね・・・」

「・・・うん」

 

泣きじゃくる彼女を抱きしめ返し、その背を優しく叩く。かつて自分がしてもらった事を泣き声をあげる彼女に施す。

大丈夫だよ、とその想いを伝えた。

 

「・・・ただいま、未来」

「おかえり・・・響」

 

そうして、二人の幼馴染は二年ぶりの再会を果たした。

 

 

バイクは走る。

それを走らせる響の後ろには大切な幼馴染がしがみついていた。

後ろからサイレンの音が聞こえてきている。どうやら先ほどまで自分達が居た場所にパトカーが集まっているらしい。

徐々に遠ざかるその音を聞きながら未来は再会した響を抱きしめる。

 

『響、なんだよね』

 

腕は響の腰に回されている。昔よりもどこか逞しくなった彼女の身体をしっかりと確かめ、その背中に顔を埋めた。流れていく風の中に彼女の香りを感じる。大好きな幼馴染の香りを。それを胸いっぱいに感じながら、未来は腕の力を込めた。

 

 

ブレーキが短く音を立てるとガンボイルダーは停車する。そこはリディアン音楽院のすぐそばだ。

 

「着いたよ」

 

ライダーから告げられた言葉に未来は名残惜しそうに頷いた。スタンドを下ろしてバイクを安定させた響は未来を抱えると、そこから降ろす。

 

「怖く、なかった?」

 

雰囲気は変わっていたが、根本は変わっていない彼女。それを感じさせる一言にヘルメットを脱いだ未来は笑いかける。

その笑みに響は彼女の髪を撫でた。

 

「今日の事は・・・忘れてとは言わない。ちゃんと説明する。でも、今はゆっくり休んで」

「うん・・・」

 

エンジン音を鳴らすバイクの横で話す二人。

そんな中、響は言った。

 

「実は・・・明日から私もここに通う事になってるんだ。その・・・お昼に、また、会えるかな?」

「そうなの⁉︎」

 

衝撃の事実に驚く未来を尻目に頬を掻きながら目を逸らした響は頬を染め恥ずかしげに続ける。

 

「私も未来と一緒にまた学校に行きたかった、から・・・」

 

その言葉は未来にとって嬉しい一言であった。赤い顔で僅かに顔を伏せながら話す幼馴染の手を握る。いきなり所在なさげな手を握られた彼女の背が伸びた。

 

「明日のお昼、必ずだからね!」

「う、うん・・・」

 

真っ赤な顔で照れた様子の響は慌てた様にヘルメットを被りなおすと、バイクに跨る。

 

「じゃ、じゃあ・・・『また明日』」

「うん! 『また明日』ね」

 

それを聞いた響はアクセルを捻るとバイクを走らせて、逃げる様に去っていく。

ガンボイルダーのテールランプを目で追いかけながら未来は言う。

 

「『また明日』」

 

二年ぶりに言えるその言葉を噛み締めながら、小日向 未来は寮への道を歩き出す。

 

 

一方。バイクを走らせる響は自身の部屋に向かいながらも彼女の笑顔を思い出していた。

その言葉はいつぶりだろう。

彼女と会えなくなり、家から逃げ、あの街に辿り着き、彼らと出逢って、やがて『力』を得た。

 

そうして今、彼女の元に戻ってきた。

 

「ただいま、未来」

 

彼女の名を呼びながら、立花 響はアクセルを吹かす。それに応えたガンボイルダーは速度を上げて、夜の街を振り切っていった。




章を分けましたが、結局二話で一話なんですよね・・・。


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4.Hの過去 / 昔話の始まり

四話目となります。

お久しぶりです。
未だ風都編四話は書き上がっていないのですがお待たせしてしまってもアレだな、と思い無印編を先に投稿いたします。


小日向 未来の朝は早い。

寮のベッドで目を覚ますと手早く身支度を整えて簡単な朝食を摂る。その際、昨晩多めに炊いておいたごはんをおにぎりにするのを忘れない。昔から「好きなものはごはん&ごはん!」と言っていた彼女のためだ。

一つ握る度に昨夜の彼女を思い出す。

自分を救けてくれた響の姿を思い返す。

正直なところわからない事は多々あった。

何故彼女は『仮面ライダー』というものになったのか。

何故彼女はその力を手にしたのか。

そもそもあれはなんなのだろうか。

疑問は尽きない。だが確かなことがひとつだけ。

また、響と会える。

それは未来の胸を支配する唯一のものだった。

 

「よし!」

 

五個のおにぎりを作り終えた彼女はその一つ一つを丁寧にラッピングすると、鞄に詰める。

彼女との約束は昼だが、それが待ちきれない未来はいつもより幾分早く寮室を後にした。

 

 

私立リディアン音楽院高等科。

未来の通うこの学校は小高い丘の上にある。

普段より早い時間ではあるが部活の朝練がある生徒達が次々に校門を潜っていく中、その少女は大切な相手を待っていた。

もしかしたら昨日の事は自分の夢だったのではないかと思うと居ても立っても居られない。未来はそわそわと所在なさげに辺りを見回す。

その時。

甲高い音が遠くから響いてきた。徐々に大きくなるその音は坂の下から近づいてきている。登校中の生徒達が驚いた顔で音の方向を向く中、未来の顔が晴れていく。

その音の正体は一台のバイクであった。前後を黄色と白色の二色に色分けた特徴的なバイクが学校へと続く坂を登ってきている。

それは校門の前でブレーキをかけると、タイヤを削りながら停車した。ライダーはヘルメットをとると、その短い髪を揺らす。

 

「ふぅ」

 

息を吐きながら若干潰れた髪を撫でるその姿を見た未来の胸が高鳴った。

嗚呼、彼女だ。

会いたかった彼女が今ここにいる。

 

「・・・響!」

 

声を上げて走り出す未来だったが、その声が彼女に届く事はなかった。

それより先に響に近づく影が一人。

 

「なにをしているんですか!!」

 

きっとこれは偶然だろう。

生徒の登校を見守るために立番をしていた教師が響に駆け寄っていた。怒りを露わにした彼女はバイクに跨ったままの響に駆け寄ると怒声をあげる。

あまりの剣幕に響は若干引いた。

 

「え・・・あの」

「なんですか、この派手な改造バイクは⁉︎」

「その・・・」

「当校はバイク通学を禁止してはいませんが、許可制です。申請書類のコピーと駐車場シールは?」

 

無論。今日が初登校の彼女にそんなものはない。答えに窮した響が口籠っていると目を釣り上げる教師は叫び、掌を差し出した。

 

「学生証!」

「うぅ・・・」

 

おずおずと唯一手にしていた学院の身分証を差し出す。それを受け取り、一瞥した教師は息を吸うと声を張り上げる。

 

「たぁちばなさんッッ!」

「はいッ!」

 

自分の名を呼ぶ声に背筋を正し、答える響は昨夜の活躍とは別人の如く身を縮こまらせる。そんな彼女に教師は言い放った。

 

「一緒に職員室まで来なさい!」

「・・・はい」

 

ガンボイルダーを押しながら教師の後についていく立花 響は萎縮した様にその体躯を更に小さくした。

 

「それに貴女! 指定のスカートはどうしたのですか⁉︎」

「スカートは・・・恥ずかしくって・・・」

「なんですってぇ⁉︎」

 

響はスカートを穿いていなかった。

なんというかそれが恥ずかしく、彼女の下半身を包むのは黒色のパンツスタイルだ。それは僅かにリディアンの制服にミスマッチかと思われたが、響が着るとすらりとした色気を醸し出している。

 

「兎に角! 来なさい!」

「は、はい!」

 

すごすごと教師の後を歩く響は、何処となく気を落とした表情で親鳥の後ろを歩く雛鳥の様に教師の背を追っていく。

そんな彼女を目で追いながら、未来は微笑んでいた。

雰囲気は違えど、やはり彼女は彼女だ。

それを感じ、そして苦笑しながら未来はその場を後にした。

 

 

「立花 響です。・・・よろしく」

 

唐突な転入生の挨拶にクラスメイト達は色めき立った。しかもそれが何処か男性らしい雰囲気を持っていたら尚更だ。

校則を振り切ったパンツスタイルを着こなすクールな目元の響は、女性だらけのリディアンにて異彩を放つ。時期が時期ならチョコレートが彼女の靴箱を埋め尽くしていたに違いない。

そんな事は露知らず、響の目は一人の少女に釘付けだった。

小日向 未来。

教室の後方で席に座る、大切な彼女を見据える。その視線に気がついた少女が小さく手を振るのを見て、響は微笑んだ。

そんな彼女の笑顔に黄色い声をあげる生徒達。教師がそれを押しとどめるのには少しの時間がかかってしまったのは仕方がない事だった。

 

 

時間は流れ、約束の昼がやって来る。

響の姿は食堂にあった。彼女は色々と迷った末、券売機で一枚の食券を購入していた。

『カツ丼』

それが大好きな師匠の顔を思い浮かべながらも、ついボタンを押していた響はお釣りと食券を手に列に並ぶ。

彼には風都で沢山の店に連れて行かれた。

それこそ拉麺やスイーツ、喫茶店と様々だったが生来米好きの彼女には忘れられない一店があった。

そこは路地裏にある『めしや』と書かれた小さな店だ。のれんを潜ると無愛想な主人の出迎えるそこは、響にとってパラダイス。

米の量は通常の店の三倍はあり、各種定食や丼の具は他店の更に倍。まさに米を愛する人向けの一店といったそこは彼女の心を掴んでいた。

列に並び、食券を差し出した彼女の前に見事な半熟玉子のカツ丼が出されたのは券を差し出してから僅かに五分後のことだった。

サクサクのトンカツをトロトロな卵に包み、響の前で湯気を立てる立派なカツ丼。それを見た響の腹が鳴る。

 

「いただきます」

「はいよ」

 

食堂のおばちゃんに礼を言い、トレイ片手に約束の彼女の元へ向かう。窓際の席に座る彼女は陽の光を浴び輝いて見えた。

 

「お待たせ」

 

向かいの席に座るとトレイを置く。湯気を立てる丼越しに見る未来の顔は笑っていた。目尻には光るものもある。

でも本当に泣きたいのは自分の方だ。

 

「うん」

「・・・とりあえず、食べようか」

「そうだね」

 

言うと響は割り箸を割り、目の前の丼を手にし食べ始めた。そんな彼女を見ながら未来も自作の弁当を口にする。

二人は暫し無言で目の前の昼食を摂った。食べるスピードは人それぞれだ。だけれど二人が食べ終わるのはほぼ同時だった。響と未来は箸を同じタイミングで置く。

 

「「ご馳走様でした」」

 

言うタイミングも同じ。

そうして二人は会話の機会を得た。しかし互いに遠慮しているのか、言葉を発しない。空の器を挟んだ二人はどうしたものかと視線を泳がせる。

そんな微妙な空気を破るのは可愛らしい腹の音。

 

「あ・・・」

 

鳴った腹を押さえた響は恥ずかしそうに頬を染めるとそこを押さえる。その姿に微笑んだ未来は持参したおにぎりを取り出した。

 

「・・・変わらないね」

「う・・・」

「よかったら食べて」

 

差し出されるおにぎりは大ぶり。未来が、彼女の事を想い握られたそれに響はおずおずと、だが遠慮無く手を伸ばす。包まれたラップを剥がして口にすると絶妙な塩加減が舌に響いた。味わい咀嚼して、飲み込む。

 

「未来のおにぎり、久しぶりだ」

「ふふ・・・まだあるからね」

 

口いっぱいにそれを含む彼女はまるで小さな齧歯類の様だ。

変わらない。

やはり彼女は変わっていない。

それが未来には嬉しい。

五種類の握り飯はあっという間に響の腹に収まった。

 

「・・・御馳走様、未来」

「お粗末様でした」

 

満足げな彼女の顔に未来の心も満たされていた。

 

 

二人は未だに机を挟んで座っている。

二年ぶりの再会。

何を話せばいいのだろうか。

いや、何から話せばいいのだろうか。

そう考え込んでいた響に未来は謝った。

 

「・・・ごめんね」

 

ハッ、と顔を上げると顔を伏せた少女は続ける。

 

「響が大変だったのは解ってた。でも、私は貴女の力になれなかった・・・」

 

ポツリと光の雫が落ちるのが見える。

 

「未来・・・」

「でも!」

 

顔を上げ、こちらを見つめる小日向 未来。

 

「生きていてくれて、ありがとう」

 

潤んだ瞳でこちらを見据える彼女を見て、響の目にも涙が浮かぶ。

私は、一人だと思っていた。

あの街で、あの人達と出逢うまで、一人で生きなくてはと思っていた。

 

でもそうではなかったんだ。

 

確かに一人、目の前には私の帰りを待ってくれている人がいた。

あの日の家族と同じ顔をした幼馴染の顔に自分の居場所を再確認した響は涙を拭う。そうして、自分の噺をし始める。

 

「未来。少し長くなるけど、聞いてくれる?」

「うん。響の事を、教えてほしいな」

 

涙の浮かぶ笑顔は陽に照らされ、響に光を齎した。

胸元から取り出すのは一本のガイアメモリ。

かつて彼女の身体に宿り、そして今彼女の手にある『ガングニール』のメモリ。

それを机に置くと響は語り出した。

 

「私はこの一年、ここから離れた『風都』って街で暮らしてたんだ」

 

少女の目は過去に想いを馳せる。




今話の最後で響が語り始めたのが風都編のお話となります。



お知らせ。
来たる12月27日。東京都大田区蒲田の大田区産業プラザPiOにて開催『絶唱ステージ14』に参加致します。
当サークル『キャッスルロック』の配置は『絶唱44』と相成りました。前作『僕のヒーローシンフォギア』の第二巻を販売する予定です。
こんなご時世で外出を控えていらっしゃる方も多いとは思いますが会場でお会いして、お話出来るのを楽しみにしております。


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外伝
XX.真夜中食堂


久方ぶりでございます。


一日が終わり人々が家路へと急ぐ頃、俺の一日は始まる。

メニューは豚汁定食と酒だけ。

あとは勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよってのが俺の営業方針さ。

営業時間は夜十二時から朝七時頃まで。

人は「真夜中食堂」って言ってるよ。

客が来るかって?

それが結構来るんだよ。

 

 

翔太郎と響はへとへとだった。

昨日飛び込んできた依頼はどう聞いてもガイアメモリが絡んでいる案件。翔太郎はガングニールに変身出来る様になった彼女と共に風都の街で手掛かりを探していたのだが、深夜を回ってもロクな成果を得られずにいた。

 

「師匠、今日はそろそろ帰りましょう」

 

いつの間にやら彼を『師匠』と呼ぶ様になった響の言葉に探偵は帽子を被り直す。横目で見ると彼女の顔にも疲労の色が目立った。

無理もない。昼過ぎに依頼を受けてからこの時間まで歩き回っていたのだ。ついついいつもの調子で歩き回ってしまっていた自分を、僅かに反省する。

時刻は天辺を僅かに越えた頃。今日の所は撤退すべきであろう。

その時。二人の腹の虫が同時に音を立てた。音を抑えるかの如く少し顔を赤くして腹を押さえる響。

 

「あ、いや、これは・・・」

 

恥ずかしそうに言う彼女を見て年相応だな、と笑う。その笑みを見、更に顔を染める響に対して翔太郎は弟子の頭を撫で、言う。

 

「仕方ねぇ。今日の所は飯でも食ってから帰るか!」

 

 

二人の脚は風都の歓楽街を進んでいた。煌びやかなネオンが輝く通りを二人は進む。響の年頃なら足を向けることも無いそこは彼女にとってなかなかに刺激的な空間である。

道中。街の住人達は口々に彼らに声をかけて来た。顔の広い翔太郎はその軽口に慣れたように返している。

 

「は? いや、違ぇって。こいつはそんなんじゃねぇよ! 弟子! ウチの探偵見習い!」

 

どうも話題は彼の隣を歩く自分の事みたいで、揶揄される言葉に律儀に言葉を返す師。露出の多いドレスを来た女性や酔ったサラリーマンから言われる言を翔太郎は笑い飛ばしていた。

そんなやり取りをしながら二人は路地を曲がったとある店の前で足を止める。

そこは良く言えば古風な、悪く言えば古ぼけた佇まいの定食屋だろうか。響がそこを定食屋と判断したのは店先にかけられた暖簾の文字だ。

『めしや』

極めてシンプルな三文字が書かれた暖簾が風に揺れていた。

響の師は暖簾をくぐると、店の扉を開く。

 

「いらっしゃい。・・・翔ちゃんじゃないか、久しぶりだな」

 

扉を潜ると馬蹄型のカウンターの向こうで店主であろう男性が煙草の煙を吐きながら声をかけてくる。年頃四十程で顔に大きな疵をつけた彼は探偵を見て驚いた顔をした。

 

「暫くだな、マスター」

「元気そうで何よりだ」

 

手で空いてる席に促すマスターはそこでやっと彼の同行人に気がついた。途端、怖い顔に変わる。

 

「だけどな翔ちゃん。流石にそれは不味いだろ」

「は?」

「年頃の女の子をこんな時間まで連れ回してるなんて、荘吉さんがいたら拳骨じゃ済まんぞ」

「おいおい! マスターまでかよ!」

 

道中散々に言われた言葉に辟易していた翔太郎はカウンターに突っ伏した。彼の師、鳴海 荘吉は風都の顔だ。ある程度の年齢の大人なら誰でも知っている。この店の店主もその一人であった。

 

「だから違うんだっての!」

 

彼はそう叫びつつも彼女が自分の弟子である事をなんとか説明する。

店には何人かの客がいた。OLであろう三人組や、どうみても堅気とは思えない男性。そしてその隣に座る女性みたいな、そこそこいい年齢の男性・・・オカマさんがいる。

彼らも翔太郎と馴染みなのであろう。彼の言い訳、もとい説明に聞き入っていた。

 

「・・・てなわけで! こいつはうちの探偵見習いなの! やましい事はないの!」

 

身の潔白を晴らす為に事情を説明した探偵は演説者の如く立ち上がって熱弁を奮い終えた。荒く息を吐く彼に響はそっと水の入ったグラスを差し出す。それを一気に飲むと腰を下ろす翔太郎。

彼は響の事を話す際に本当の事を語るのを避けていた。彼女が家を離れた理由を詳しくは語らず、うまく誤魔化す。そんな気遣いに響は小さく感謝をした。

 

「あら。あたしったらてっきり翔ちゃんが悪い道に堕ちちゃったんだと思ったわ」

「小寿々(こすず)さん⁉︎」

 

響の隣に座るオカマに翔太郎は異義を唱える。そんな剣幕も何処へやら。飄々とした仕草で小寿々と呼ばれた彼は柔らかい仕草で響に顔を向けた。

 

「響ちゃん、だっけ?」

「は・・・はい」

「あたしは小寿々。この近くでゲイバーのママをやってるの。よろしくね?」

「は・・・はい」

 

本物の女性よりも女性らしく微笑む小寿々に驚き半分小さく頭を下げて答えた。

 

「マスター。あたしのツケでこの子にジュースでも出してあげてよ」

「いいのかい?」

「お酒って年じゃないでしょ」

「そりゃそうか」

 

マスターは苦笑いすると冷蔵庫から瓶のオレンジジュース一本を取り出すと響の前に置いた。勿論、程良く冷えたグラスも一緒にだ。

 

「さ。響ちゃん。乾杯」

「か、乾杯」

 

掲げられたお猪口に慣れぬ仕草でグラスを当てる。小さな音を立てたそれをクイっと煽る小寿々と、おずおずと口にする響。それはきっと歳の差なのだろう。

そんな常連と珍しい客のやり取りを眺めていたマスターは、店主らしく『いつもの言葉』を放った。

 

「で、注文は?」

「いつものやつをもらえるかい」

「・・・あいよ。このお嬢ちゃんには?」

「こいつにも同じやつを」

「わかった」

 

短く通じ合った会話。響にはそれだけで翔太郎がこの店によく通っているのがわかった。

店主が何かの料理を作るために動き出す。

 

「おい。小皿、もらえるか」

「・・・あぁ。これでいいかな」

 

店主の手が僅かに止まった瞬間を見計らって、どう見ても堅気とは思えぬ男性が声を上げた。その声に反応したマスターは棚から一枚の皿を彼の前に置く。

すると男性は自分が食べていた料理を少し取りよそうと響の前に押し出した。

そこに乗っていたのは赤いウインナー。しかもタコの形に切り焼かれた、俗に言うタコさんウインナーだった。突然の事に驚く響がタコのウインナーと目を合わせていると男は短く言った。

 

「食べなよ」

 

サングラスをかけた男性はそれだけ言うと、それ以上何も言わずにビールの入ったグラスを傾ける。

 

「やっぱり竜ちゃんは優しいんだから。じゃああたしの卵焼きもお裾分け。甘いのは好き?」

 

小寿々が軽口を叩くが気にした様子もなく、竜と呼ばれた男性は平然としていた。

響の目の前には赤いウインナーと卵焼きの乗った皿。

好意をおいそれと無碍にするわけにもいかず、彼女は箸を割ると手を伸ばした。先に手に取るのは卵焼き。柔らかなそれは難なく箸で千切られると響の口に運ばれた。噛み締めると甘いそれはホロホロと崩れていく。

その味はかつて母が作ってくれたものによく似ていた。

 

「美味しい・・・」

「でしょ? マスターの料理って美味しいのよ」

 

咀嚼する少女の様子に満足げに微笑む小寿々は手酌で酒を注ぐとまた一杯と飲み干した。続いて赤いタコウインナーを口にする。その味は決して特別ではない。でもその形はよく知っていた。遠足の際に母が弁当に入れてくれたそれを思い出させる。

幼い日。彼女の弁当箱を埋めた二品がその皿には確かにあった。

 

「なんかわりぃな」

「気まぐれだ」

 

竜と呼ばれた男性に笑いかけた翔太郎が礼を言うと彼は仏頂面のまま答えた。目前のビール瓶をグラスに傾けるが雫が一滴溢れるだけ。それを見た探偵は声を上げた。

 

「マスター、竜さんに一本頼むぜ。俺の奢りだ」

「・・・おい」

「可愛い弟子に良くしてもらったからな」

 

嬉しそうに応える翔太郎は店主から差し出されたビール瓶を受け取り竜のグラスに注ぐ。黄金色の液体が細かい泡とともにそこを満たしていった。竜はグラスを豪快に傾けると一息に呑み干す。

 

「すまねぇ」

「気にせずにやってくれよ、竜さん」

 

空いたグラスに酒を注ぎながら翔太郎は笑った。対した竜の表情に一切変化は無い。だが静かに好物の赤ウインナーを口にした。その口元は、見る人が見ればわかる位に僅かながらに上がっているのだった。

 

 

「腹減ってると思って、大盛りにしといたよ」

 

マスターの両手には二つの丼。

その一つ一つが翔太郎と響の前に置かれた。

響の目前には湯気をあげるカツ丼が置かれている。黄色く半熟の卵とまだふやけ切っていない豚カツ。上に添えられた三つ葉が憎い。三色のコントラストは四色目の白米の上に行儀良く乗せられていた。

 

「翔ちゃんの”いつもの”・・・特製のカツ丼だ。お待ちどうさん」

 

笑顔の店主はそれだけ言うと奥に引っ込み、煙草に火をつけた。一仕事した後のそれは美味いのだろうか。深々と一息吸い込むと、大きく煙を宙に吐き出した。響が白煙が消えていくのを眺めていると隣の翔太郎は彼女の背を叩いた。

 

「ほら響! 食うぞ!」

 

その言葉に視線を落とすと彼と自分の目の前に置かれた湯気を上げる料理があった。

サクリと揚げられたであろう豚カツに絡められたのは黄色と白色をした卵の鎧。そうしたそれは輝かんばかりの白米の上に乗せられている。

 

美事なカツ丼である。

 

腹が鳴った。

暫しの間その芸術品に見惚れていた彼女は自分が奏でた音で我に返る。慌てて辺りを見ると客達には聞こえていたのだろう。微笑ましいものを見た、と笑顔が揃っている。そんな中、本日二度目の遭遇の師匠だけが爆笑していた。笑い続ける彼の背をお返しとばかりに強めに叩いてやる。

赤い顔を隠す様に響は箸を取った。

 

「頂きます」

 

店主への感謝の言葉もそこそこに、腹が空いていたので気持ち大きめに口に運ぶ。火傷しそうな口内に旨味が弾けた。

見た通り揚げられたカツは所々衣の歯ごたえを残しながらも、ツユによって煮られた箇所はしんなりとしている。たまにある味の染み込んだ玉葱の食感が嬉しい。そして何よりも卵だ。あえて混ぜ切らなかった二色のコントラストが全てを纏めている。響は気がつけば手を止めることなく丼を空にしていった。

その様に隣に座った翔太郎も自身の丼を取り、口に運んだ。

変わらない、いつもの味。

昔。自分が師に連れてきてもらった時と同じ味を噛み締めながら、彼もまた箸を止めることはなかった。

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

師弟揃って手を合わせると箸を置く。

米粒一つ無く空になった丼が並んだ。

他の客に料理を出していた店主は思う。

 

『荘吉さん。あんたの弟子も、その孫弟子もそっくりだ』

 

弟子の前では頑なに頼まなかったが、一人の時は同じ料理を頼んだ彼は同じように丼を綺麗に食べてくれたものだ。

 

『あんたの魂はちゃんと引き継がれているんだな』

 

口元を緩めた店主は新しい常連客にサービスの豚汁と新しいジュースを出しながら、嬉しそうに笑った。

 

 

 

なお二人が請け負った事件だが。

その日同卓した竜からの情報提供により、翌日には解決した。蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。

その後。二日連続で店に訪れた翔太郎とその弟子は、事件解決祝いで常連客と朝まで騒いだ結果・・・朝帰りを亜樹子と照井、加えてフィリップに怒られたそうな。

ハーフボイルドとはよく言ったものだ。




ふと書き上げられたので、投稿させていただきました。
今作は戦姫絶唱シンフォギア✖︎仮面ライダーダブル✖︎深夜食堂の三作クロスオーバーとなります。

なかなか今作や『僕のヒーローシンフォギア』の続きなどを描かずにゲームばかりしております。
許してください、とは言いません。
ですがのんびりとやらせていただきます。


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