次郎、第二の人生 (フェンネル)
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第二の

「......っ!」

 

男が目を覚ましたのは、野原の上───などではなかった。

 

鳥が飛んでいたり、雲がゆっくりと揺れていたりする訳でもない。

 

辺り一面が骨で埋め尽くされていた。

 

そして、寝ている男を3人の女が見ていた。

 

1人は幼く、紫の髪を片側に纏め、金の瞳を光らせる少女。

 

1人は軍服を着た成長途中といった肩までの金髪に青い目の少女。

 

最後の1人は手入れの行き届いた綺麗な長い白髪に赤い瞳の女性。

 

「......どういう事だ?」

「何で人間がこんな所で寝てるの?」

「ここらは上位悪魔が多いというのに......生身の人間じゃ勝てないだろ」

「まあ、考えても仕方ないわ。黒の所に連れていきましょう。そこの方、我々についてきて下さる?」

 

この問いかけに男はただ一言。

 

「断る」

 

女達は大して驚く様子もなく、冷静に理由を聞いた。

 

「見たこともない奴らについて行くほど、ワシは耄碌しとらんよ」

「......そう、分かったわ。それじゃ」

 

3人が帰ろうと足を進め、ふと止めて振り返る。

 

「あなた、名前は?」

 

男は少しの思考の末名乗る。

 

「次郎じゃ」

 

白髪にリーゼント、体中にボルトをはめ、腰の低いファンキーな老人の名前は次郎。

 

かつて”美食人間国宝”節乃とコンビを組み、”ノッキングマスター次郎”として世界に名を轟かせた伝説の美食屋である。

 

「......そう、私は白よ。こっちの金髪は黄、子供は紫よ。よろしく」

「おお」

「よろしくな、爺さん」

「ああ」

「よろしく、おじいちゃん」

「ホッホッホ、孫が出来たみたいじゃの」

「......呑気なものね」

「ハハハッ、面白くて良いじゃないか」

 

黄が興味深げに次郎を見て笑う。

 

「ま、ここで生きられる人間ってのも結構珍しいよね」

「結構どころか彼一人だけよ」

 

紫が軽く言うので白はため息を吐く。人間が入れば即死のこの地獄で平静を保つ目の前の老人は何なんだと。

 

「次郎さん、私達は帰るわ。後は頑張りなさい」

「ん?おお、分かった。3人とも元気での。また会えたらその時は一緒に酒でも飲もうかの」

「......そうね」

「またな!」

「バイバイ、おじいちゃん。元気でね」

 

 

 

 

 

3人が去り、次郎はこの場がどういう場所かを整理する。

 

「さっきちらっと聞こえた「悪魔」という単語......それはグルメ細胞の「悪魔」なのか......それとも......」

 

顎に手をやりしばらく考える。

そして周りに目を向ければ、黒い何かが大量に生息していることが分かる。

 

「ふむ......あいつらはグルメ細胞とは関係なさそうじゃの......だが、それなら「悪魔」と言うのは一体......」

 

するとその時、1匹の悪魔が二郎に襲いかかる───

 

 

 

 

 

───シュコン。

 

 

「ガッ......グァッ......!?」

 

どこからかそんな音が聞こえたかと思えば、悪魔はその場で崩れ落ちた。

 

周りの悪魔達が死んだと思って1匹を見るが、僅かに震えているところを見て気絶しているだけだと分かったので、1匹をどこかへ避難させた。

 

そして、目の前の男を”敵”と認識し、最大限に警戒する。

 

動きがまるで見えなかったこと、手法は分からないが悪魔を一瞬にして気絶させる力を踏まえ、数で押そうと考える。

 

悪魔達は団結力を見せ、戦闘態勢に入る。

 

「悪魔といっても、「ノッキング」は効くみたいじゃの。じゃが、ノッキングと言うよりは気絶か?」

 

次郎は指をパキ、と鳴らして自分の体をノッキングで操作する。

 

するとどうだ、白髪は黒に染まり、体躯は先程とは比べ物にならない程筋骨隆々になった。

 

「ふぅ、少しは動きやすくなったか?」

 

次郎は上着の内側に手を入れ、2つのアイテムを取り出す。

 

「さて......ノッキングライフル、ハードタイプじゃ」

 

次郎が手を動かし、ノッキングライフルの引き金を引いた。

 

すると、ドンと音が聞こえ、悪魔の一体が気絶した。

 

その一体の気絶が、開戦の合図だった。

 

 

「「「ガァアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」」」

 

 

「ふっ、若いな」

 

次郎は襲ってくる悪魔の一体一体を確実にノッキングしていく。

 

対する悪魔達は仲間が落ちていくのを見ながらも次郎を殺そうと向かっていく。

 

「それにしても多いの」

 

次郎は一時弾切れになる。

 

 

「「「!!!!!」」」

 

 

悪魔達はその隙を見て一気に向かう。

 

一瞬、弾の補充のために片手が空く、そう考えて全速力で。

 

「甘いぞ」

 

 

 

 

 

だが、次郎は片手を空ける事無く、袖の中に仕込んでいた弾を補充し、撃ち続けた。

 

悪魔達は想定外の自体に動揺する。

 

だが、それでも殺らなければ殺られる、そう考え、突撃していく。

 

 

 

だが、向かっていく傍から落ちていく。

 

 

 

その間、ライフルの音は止むことなく、ドンドンドンドンドンと悪魔達を撃ち抜いていく。

 

 

 

向かう、落ちる、向かう、落ちる、向かう、落ちる、向かう、落ちる、向かう、落ちる、向かう、落ちる───

 

 

 

 

 

「───こんなものかの」

 

全ての、数百は軽く超えている量の悪魔を気絶させ、次郎はノッキングライフルをポケットにしまい、この場から出る方法を考える。

 

「ガ、ガガ......」

「......ん?」

 

気絶した悪魔達はすぐに目を覚ました。

だがそれでも体は動かない。

 

そして、その中のリーダー格の悪魔が言葉は通じずとも、次郎に問いかける。

 

次郎は直感で悪魔の言葉を聞き取った。

 

『何故、自分達を殺すことなく気絶させたのか......教えてくれ......』

 

「......ふむ......ワシは基本、無益な殺しはしないんじゃ。ワシが殺すのは害を及ぼすもの、自分が食いたい物、そんなものだけじゃよ」

 

『な、なら......自分達も害を......』

 

「......お前達の場合は、しょうがなかったと言えるんじゃないか?殺らなければ殺られる、そう思ったんじゃろ?」

 

『あ、ああ......』

 

「それに関してお前達は悪くない。ワシが勘違いさせたのが原因だからの」

 

そう話している内に、悪魔達は起き上がりつつあった。

 

「......さて、そろそろここを去ろうか」

 

『ま、待ってくれ......!』

 

「何じゃ?」

 

『あ、貴方の名前を......』

 

「......次郎じゃ」

 

『......次郎......』

 

「それじゃあの、若いの。また会う時まで」

 

『......!ああ!』

 

リーダー格の悪魔は表情を引き締める。

次郎という男は、このリーダー格の悪魔の考え方に大きな影響を及ぼすこととなった。

 

『......最後に礼を......っ!?』

 

気づけば次郎は消えていた。

いなくなったのだ。

 

『......どこまでも、敵わない男だ』

 

リーダー格の悪魔は大勢の悪魔達に告げる。

 

次郎は自分達を殺すつもりはなかったと。

 

自分達が殺そうとしたにも関わらず、自分が悪いと謝罪をしたこと。

 

無益な殺しはしないという考え方。

 

悪魔達はその言葉を聞いて、いつか次郎の様に強く、大きくなろうと、雄叫びを上げた。

 

「......ワシの知っている悪魔とは違うの。真っ当な思考を持つタイプじゃ」

 

消えたと言うより、その場から見えない程上空に飛び上がった次郎は、悪魔達を見て少し喜んだ。

 

まるで、洞窟の砂浜でトリコと小松に会った時のように。

 

「さて、ワシもそろそろ出ないとな」

 

次郎は悪魔達と離れた地面に降り、拳を握る。

そしてその拳を地面に叩きつけた。

 

「”グランドノッキング”───」

 

そしてこの場の環境、生物、全ての動きが止まる。

 

「さて......フンッ!!」

 

そして、静止した空間を殴る。

すると、空間にヒビが入る。

 

次郎はヒビに手を突っ込み、広げた。

 

すると穴が開き、その穴を通して別の場所の景色が映る。

 

「......やはりの」

 

次郎はその穴に入り、悪魔達の世界から脱出した。

 

「ふぅ、ひとまずは出れた。ここからどうするか......まあ、酒でも探そうかの」

 

見る見る内に小さくなる次郎。

それは、先程白、黄、紫の三人娘が見たヨボヨボの状態だった。

 

次郎は低い腰のままその場を歩いていった。

 

次に彼の行く先は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決断

「......さて、目的を作ったは良いが......どうしようか」

 

次郎は行き当たりばったりで何とかしようと思っていた。

美味そうな獣がいれば食そうと思っていたが、グルメ警察のようなものがこの世界にはいるのではないか、その考えが頭から離れなかった。

 

次郎が元いた世界では食す分には問題なかった。

 

だが、この世界は?

 

もしかすれば殺せば捕まるかもしれない。

ただ、そこらの者に負けるほどやわな鍛え方はしていない。

 

「......よく分かっていない場所で無闇に動くのも良くないか......」

 

頬をかきながら辺りを散策する次郎。

 

「......まずはこの世界について知ろうか」

 

所持している物が少ない次郎は、比較的動き易かった。

拠点を持たないということは、それなりのメリットもある。

 

いつの間にか動き易いように体をノッキングで操作していた次郎は、木々の間を駆け抜け、どんどんと遠くへ行く。

 

そして森の中を突き進んでみれば、様々な動物、猛獣に会った。

 

兎もいれば、牛と鹿の混ざったような生物もいる。

そして、大きな蜘蛛もいれば大きな蟻もいる。

 

竜もいれば、緑の肌の人間のようなものや、角の生えた鬼のようなものもいた。

 

「ふむ......中々面白いのう、この世界の生態系は」

 

と、次郎はふと歩みを止める。

 

その理由は、目の前の光景にあった。

 

「......どういうことじゃ?」

 

次郎の目の前に広がる光景、それは全身が腐敗してしまった色々な種類の動物や猛獣達が体中が化膿して死んでいる光景だった。

 

焼けた痕や切られた痕、貫かれた痕から剥がれた痕まで。

色々なものがある。

さらに酷いことに、傷口から数え切れないほどの蛆が湧いていた。

 

「......この傷口を見るに、恐らく色々な方法で殺されたんじゃろ......火か?刃物か?レーザーか?それともただの拷問か?」

 

ただ1人でに問う次郎。

彼が歩みを進める度、木々は揺れ、大地は割れる。

 

この森に残る僅かな生物───否、島全体が、次郎の怒りに触れて震えているのた。

 

「......ふざけた輩もいるもんじゃの」

 

湧き出る怒りを鎮め、そこらにある大木をいくつか刈る。

そして木同士を擦り合わせ、火を起こして死骸を燃やす。

暫くしてから日を消し、地面に穴を開け、骨を入れていく。

 

「無益な殺しというのは、やはり腹が立つもんじゃ。食すこともなく、ただ殺したいから殺す......何を考えているのやら」

 

全ての骨を埋めた後、木々を地面に刺して質素な墓を作った。

 

「すまんな、材料が無かったもんでの」

 

次郎は静かにその場を去っていった。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

次郎は、1人、野原で座っていた。

そして、この世界について考えていた。

 

「ああも大量に動物を殺されると、良い気持ちはせんな」

 

そんな時、彼の頭上を大きな影が通った。

 

「何じゃ?」

 

目を向けてみれば、とんでもなく大きい怪物が空を泳いでいた。

そしてそれは魚のように見え、竜のようにも見えた。

 

「......鮫?」

 

そしてその怪物の後ろには何匹もの鮫がいた。

どれもこれも大きく、人間界にいた鰐鮫よりも数倍大きかった。

 

その時、どこからか野獣の咆哮のような音が鳴る。

 

「......何だかんだ、飯は食いたくなるのう」

 

それは、彼の腹の音だった。

次郎はその内の1匹にノッキングライフルをしかけた。

 

すると、弾が鮫に当たる寸前で落ちた。

 

「......ふむ、重力か。中々やりおるわ」

 

分析を終え、自分の体を肥大化させ、鮫の上に乗る次郎。

 

「ほっ!」

 

そして鮫の脳内に腕を侵入させる。

鮫がジタバタと動いたが、即座に意識を刈り取った。

 

「ありがとう」

 

1匹の鮫の死。それは、何てことない出来事。

だが次郎は、最大限の感謝を込めて鮫を殺した。

食に対する有難みを持つ者は、グルメ時代において多くはなかった。

 

だが、一龍や次郎、美食屋四天王のトリコ、ココ、サニー、(ゼブラ)達のように自分達の食事に有難みを持つ者は、より美味しく食すことが出来る。

 

それは、美食屋の大半が知らないことでもあった。

 

「......どんな生物も、食材として調理、口に入れたなら、自分の糧となる......当たり前、故に殆どの人間が忘れてしまったことじゃ」

 

その事実を嘆きながら、次郎は鮫を食べた。

鮫の身は柔らかく、魚特有の生臭さがなかった。

 

「......これは」

 

既に鮫を食う手が止まらなくなっていた。

それ程までに、美味いのだ。

 

「......やはり、食欲は正直じゃな」

 

気づいた時には鮫を完食していた。

骨まで残らず、頭、内蔵、全て。

 

「ご馳走様さん」

 

次郎はすっ、と立ち上がった。

彼の表情は、何かを決意した表情だった。

それと同時に、嬉しそうな顔でもあった。

 

 

 

 

 

「ワシも久々に、”美食屋”として活動しようか」

 

警察がいようがいまいが関係ない。

食いたい物は食う。

 

そして、理由もなく命を奪わせたりしない。

 

その思いを胸に抱き、次郎は歩き出した。

 

 

 

誰かが言った───

 

 

 

 

 

体中が全てお菓子で出来た竜がいると───

 

 

 

全てが脂の乗った極上の肉で出来た豚がいると───

 

 

 

美味しく旨い、”食べる”という行為をやめられなくなる、謎の食材があると───

 

 

 

1口飲めば酔いの心地良い気分がいつまでも続く、伝説の酒があると───

 

 

 

食べたい物は、食べれば良い。

 

 

 

人は、”食”を求めるのだから───

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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異変

次郎が美食屋として活動を始めた同時刻、魔国連邦にて主、リムル=テンペストは目の間の女、トライアからある話を聞いた。

 

「異常事態?」

「はい......」

「......で、何が異常事態なんだ?」

「実は、先程トレイニーから報告が入りました。暴風大妖渦が引き連れる空泳巨大鮫の1匹が、謎の男によって殺されたと」

「......それは、敵を減らしてくれたからラッキーじゃ......」

「問題はその方法なのです、リムル様。その男は、地面から空泳巨大鮫の頭に飛び乗ったそうです。空泳巨大鮫は少なからず上空にいるというのに......」

「へえー、すごい奴もいるもんだな」

「さらに、空泳巨大鮫の頭に拳を突き刺し、一瞬にして意識を刈り取ったのです」

「えぇ......」

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

俺ことリムル=テンペストは、これから暴風大妖渦と一戦始めようかという時に、トライアから驚くべき事実を告げられた。

 

「その空泳巨大鮫っていうのは、強いのか?」

「......暴風大妖渦に比べれば、やはり劣るかと思われます。ですが、一撃で殺すというのは、殆ど無理なのです。恐らく、リムル様の秘書の方でも......」

 

シオンでも無理か......ウチでは1番力が強いと思うんだけどな......。

 

「それこそ、ミリム様クラスでなければ......」

 

えっ、マジで!?それは流石にヤバくね?

 

「確か拳を突き刺したって言ってたよな......ってことは、そいつは素手で空泳巨大鮫を殺したのか?」

「......そういう事になります」

 

......ってことは、少なくとも素手でミリムと互角なのか......?そんな奴がウチに牙を向けてきたらと思うと......うう、胃が痛い......。

 

「そして、その者なら暴風大妖渦を倒せると踏んだトレイニーは、今交渉中にございます」

 

頼むぞトレイニーさん!ここで共闘してそこから仲を深めたい!!

ミリムクラスがもう1人とか完全に無理ゲーだよ!

 

と、俺は最大級の祈りをトレイニーさんに込めたのだった。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「......で、ワシにその暴風大妖渦とかいう魚を倒せ、ということで間違いないかの?」

「......はい、お願い出来ないでしょうか......?」

 

トレイニーは、次郎に賭けていた。この男ならば被害を抑えた上で、暴風大妖渦を倒すことができると。

 

「その暴風大妖渦というのは、おぬしらから何か恨みを買ったのか?」

「......そういう訳ではございません。ただ、暴風大妖渦が暴れ出せば、ここら一帯の生物が全て殺されます......」

「......それは無益な殺生か?その暴風大妖渦が殺した動物達を食うのか?」

「......暴風大妖渦は、ただ本能のままに殺戮と再生を繰り返します......」

 

この言葉に次郎は反応した。

そして何かを決断したようにトレイニーを見る。

 

「......トレイニー、だったかの?」

「はい......?」

「その暴風大妖渦というのはどこじゃ?案内を頼みたいんじゃが」

「......ありがとうございます......!では、私の手に触れてください」

「ああ」

 

トレイニーは瞬時にその場から消えた。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

暴風大妖渦との戦闘が始まってからしばらくした頃、ガゼル王からの援軍が来たことで、魔国連邦の戦力は十分以上だった。

 

だが、あまりにも早い再生と、鱗の攻撃のせいで迂闊に手が出せない。

そんな中、トレイニーさんが来た。

 

「皆様、お待たせしました!」

 

彼女の後ろにいるのは、黒髪リーゼントの男だった。

結構ムキムキで、正直ビックリした。

 

大賢者、解析頼めるか?

 

《解。解析した結果、相手に魔素は含まれていません》

 

マジで?

 

《解。マジです》

 

うわぁ......やばっ。

 

「それでは次郎様、お願いします」

「おお。凄まじい被害じゃの」

 

お、どうやら戦うらしい。情報収集しないとな。

次郎と呼ばれた男は、暴風大妖渦の前までジャンプして飛び乗ったと思えば、一瞬触れて、すぐに引き返してきた。

 

「......お」

 

......目が合った。向かってくる。

何だ何だ!?

 

「”ミリム”という名に聞き覚えはないかのう?」

 

ミリム?ミリムって......。

 

「ミリムなら、俺の後ろにいる奴のことだよ。何でだ?」

「いや、あの魚がミリムと言っているんじゃ」

「ワタシを?何で......ん?そういえばこの感じ、覚えがあるな。確かフォビオとかいう魔人なのだ」

 

てことは......もしかしなくても俺達は関係ないのでは!?

 

「......ミリム」

「ん?」

「......あれ、やっつけて良いぞ。お前の客だからな」

「......!うむ!」

「ただし、フォビオの体は残してくれ」

 

ミリムは笑顔で暴風大妖渦の方へと向かっていく。フォビオには後で色々聞きたいからフォビオが死なない程度にやって欲しい。

ただ、それでも心配になる。

 

ミリムというのは、結構力加減がバカなのだ。

 

「ワタシも最近、手加減というものを学んだからな!」

 

......それが本当に手加減と呼べるレベルなのかどうかはさておき、ミリムも学習しているようで何よりだ。

とはいえ、次郎って爺さんの力が見れないのは残念だが、またの機会を狙おう。

 

ミリムは某戦闘民族漫画のキャラが使いそうなえげつない技で暴風大妖渦をぶっ飛ばした。暴風大妖渦から煙が出た後、爆発した。

その時、煙の中から何かが地面に落下してきた。

 

......あれって、フォビオじゃね?

 

《解。対象の魔素を確認した結果、個体名:フォビオである確率、100%》

 

マジかよ......ミリムナイス!!......やべっ、とりあえず捕まえねぇと!

 

「まったく、この若造があんなことをしでかしたのか」

「っ!?」

 

俺が気づいた時には、フォビオは次郎が担いでいた。

速過ぎるだろ......。

まったく見えなかった......どうりでミリムと同格扱いされる訳だ。

 

「そこのお嬢さん、これが必要かの?」

「あ、ああ......ありがとう」

「ほんじゃ、ワシは帰ろうかの。トレイニーさん」

「わかりました。トライア、帰りますよ」

「はい」

「ではリムル様、また」

「またな、トレイニーさん。あんたもまたな」

「ああ、お嬢さんものう」

 

トレイニーさんと一緒に消えた次郎を見送った後、俺はその場にへたり込んだ。

この後色々やることがある。けど次郎と相対して分かった。俺じゃ絶対勝てない。

成長すれば話は別だが、ミリムと同格というのはあながち間違いでは無いらしい。

 

さらに、錯覚であれば良いと何度思ったか分からないが、次郎の中に獣を見た。それはまるで、狼の様な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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交流

暴風大妖渦を倒してから、次郎らトレイニーとよく絡むようになった。

絡むと言っても、トレイニーが次郎に魔物の討伐や捕獲を依頼しているだけである。

 

「トレイニーや」

「はい?」

「ワシによく依頼するが、そのほとんどはおぬし1人でもこなせるのではないか?」

「......たしかに、私1人でこなすことは容易ですが、樹妖精というのは結構忙しいんですよ?」

「いや、ワシに言われても......」

「......それなら、報酬を増やしましょうか?」

「いや別に───」

 

次郎自身、別にトレイニーからの依頼が気に食わない訳では無い。何なら満足している。害になるものを討伐でき、それを食せるのなら、次郎にとっては十分だった。

 

だが、何を勘違いしたのか、トレイニーは自分の依頼における報酬が次郎にとっては不満だと思ってしまい、他の報酬を考える。

 

そもそも、報酬というのが殺した魔物を自由にしていいというもので、別にトレイニーが直接何かをしなければならないという訳でもなかった。

 

「大丈夫ですよ?大方の要望なら応えられますが」

「ワシは食べるために殺してるんじゃ。それは生物としての本能。トレイニーが恩を感じる必要は無いんじゃ」

「でも……」

 

心做しか不安な表情をするトレイニー。

 

「というか、ワシの方が感謝しとるぞ?」

「え?」

「だって魔物を見つけることでそこら一帯を守れて、ワシも腹を満たせる自分から食料を探しに行く必要が無いからの」

「......そうですか。ならば、私は何も言いません。これからも、よろしくお願いしますね?」

 

トレイニーは笑いながらそう言った。

 

「ああ、任せい!ところで......」

「はい?」

「あのお嬢さんは元気かのう?」

「......ああ、リムル様ですね。変わらずお元気です」

「そうか、なら良かったわい」

「急にどうしたんです?」

「......いや、あのお嬢さんの中に、蜥蜴の気配を感じての」

「蜥蜴、ですか」

「結構強い奴だったな。まだ出てくるとは思えんが、いざという時は止めようかと思っての」

「その時は、私も」

「おお、頼もしいわい」

 

と、次郎はふと立ち上がって周りを見る。

トレイニーがどうしたのかと声をかければ、少し猛獣達を静めてくると言ってとてつもない速度で走って行った。

 

「猛獣?......っ!?これは......!」

 

瞬間、トレイニーは全身で獣の殺気を感じた。

その気配は離れているにも関わらず、全身が震えてしまう程濃密だった。

 

「はぁ......はぁ......次郎さん、大丈夫でしょうか......」

 

次郎を探してトレイニーは消えた。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「......ふむ、なるほど」

 

次郎が駆けつけた時、そこは既に荒野と化していた。

 

木々はなぎ倒され、生物の気配が目の前の獣以外に1つもない。

その獣の様子を少し見てみれば、原因はすぐに分かった。

 

「ギャアアアアアッ!!!」

「少し落ち着け」

「ギャッ......!!」

 

次郎は、その獣の四肢にノッキングガンを撃ち込む。

すると、獣は動きを止めた。

そして座り込む。

 

「どれどれ......これか......ほっ!」

 

次郎は彼の体に刺さった「針のようなもの」を抜き取る。

抜く途中に獣が吠えかけたが、次郎が諭して何とか声を抑えた。

 

「......ワシはこういった傷口の治療は出来ん。あとはおぬしに頼もうかの、トレイニー」

「......気づいていましたか」

 

木の陰から出てきたトレイニー。

獣の傷口を治療した後、野生へと返した。

獣は次郎トレイニーを、じっと見つめ、大きく雄叫びを上げた。

 

まるで礼を言っているように。

 

「もしかしたら、と思って見に来ましたが、やはり心配は無用だったようですね」

「まあ、静めると言っても、原因が原因だからの。闘わず済んだのはワシとしても楽じゃ」

「......それにしても、手際が良かったですね」

「まあ、ノッキングマスターの名は伊達じゃないってことじゃよ」

「ノッキング......マスター?」

「ああ、ノッキングというのは───」

 

次郎の話を一通り聞き、トレイニーはなるほどと深く頷いた。

 

「動きを止めるのは、そのノッキングという技術を使っていたんですか......そのノッキングガンというアイテム......凄いですね」

「まあ、やろうと思えば指でも出来るがの」

「......凄いとしか言えません」

「おぬしらも魔法が使えるじゃろ」

「でも、ノッキングを使えるのは次郎さんくらいですよ?」

「そうなのか?」

「はい。少なくとも私はそうだと思います」

「ワシのいた世界にはありふれてたけどのう」

「......次郎さんのいた世界?それはこの世界では?」

 

トレイニーが首を傾げて次郎を見る。

次郎は何と説明すれば良いのか考え、出来るだけ簡潔に説明する。

 

「ワシは死んだと思った時、別の世界にいた。そしてそこからここに移動したんじゃ」

「......別の世界?」

「何か地獄とかいう感じだったかの?悪魔が沢山いたが......」

「......悪魔って......まさか......」

 

トレイニーは胃が痛いと言いつつも、次郎をジト目で見る。

 

「ん?何か知っとるのか?」

「......コホン、良いですか?

この世界において、悪魔という種族は戦闘にとても特化した種族なのです。

ですが悪魔にも階級があります。

1番下の下位悪魔。

そこから上に上位悪魔。

そしてその上にいるのが国を滅ぼすレベルと言われている上位魔将なのです」

「物知りじゃの」

「それはどうもっ!そんなことより、悪魔が沢山いる所ってそこ冥界ですよ!何考えてるんですか!?」

 

次郎の肩を掴んで揺さぶろうとするも、ビクともしないので手を離した。

 

「気づいた時にはいたんじゃ。考えても無駄じゃないかの?」

「......次郎さんだからこそ言えることでしょうね」

「ワッハッハ!」

「笑って誤魔化してもダメですよっ!」

「ハーっハッハッハ!!」

 

次郎の笑い声は、とても大きく響いていた。

そしてその声はトレイニーの声をかき消し、無理やり誤魔化していた。

トレイニーが次郎の口を塞ごうとしたが、身長差があったので不可能に終わったりしていた。

トレイニーがぴょんぴょん跳ねていたが、服の都合上全く飛べなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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冒険

「酒が飲みたい」

「何ですか急に」

「いや、そういえばこの世界に来てから酒を飲んでいないと思っての」

 

次郎は何気ない提案をしたが、トレイニーは渋っている様子だった。

 

「お酒は体に悪いんですよ?飲むなとは言いませんが......」

「”酒は百薬の長”じゃよ」

「はぁ......」

 

トレイニーが額に手を当ててため息を吐く。

そして指を立てて次郎に詰め寄る。

 

「じゃよ、じゃないですよ。この間言ったじゃないですか。依存してしまうとダメですよって」

「いや、ワシも断つ時は断つぞ?」

「その断つ時がいつ来るかは分からないでしょう!」

「1口位良いじゃろ?」

「絶対止まらないでしょ!」

 

譲らない次郎に思わず素の口調になったが、トレイニーは構わず続ける。

 

「自分の事を”酔いどれ次郎”って言ってたでしょ!酔いどれなんて言葉、相当飲まないと付かないわ!」

「いや、でも───」

「お酒ばかり飲んでその老体に響いたらどうするの!」

「ふん!」

 

次郎はノッキングで筋骨隆々になる。

というかほぼ若返っているようにも見える。

 

「これでも老体かの?」

「ノッキングされたらもう何も言えないじゃない!」

「だから酒を───」

「もう!私は次郎が心配なの!お酒をガブガブ飲んで倒れたりしたら嫌なの!」

「安心せい、”ドッハムの湧き酒”を飲んでもアル中にはならなかったんじゃよ」

「そこはガブガブ飲まないって言ってよ!」

 

前の世界では傍から見れば明らかにアルコール中毒ぽかったが、次郎は自覚がなかった。とはいえ、あれだけ飲みながらグルメ界に行く際はしっかりと断酒している。

 

そういったメリハリをしっかりつけるのが次郎スタイルなのだ。

 

「”ドッハムの湧き酒”が何か知らないけど、飲むならお水にして!綺麗なお水を用意するから!」

「酒が良いんじゃよ酒が」

「もう!次郎の分からず屋!」

 

頬を膨らませてう〜、と唸るトレイニー。

 

「トレイニーの過保護ー」

 

次郎は少し煽りたい衝動に駆られてしまった。

 

「なっ......誰が過保護よ!心配してるのよ!?」

「おぬしはワシの母親か?」

「っ、違うけど......」

「ならそれ位は自由にさせておくれや」

「うっ......」

「ワシを育てた訳でもないだろうに、そんな事を決めんでくれよ」

「でも───」

「というか、おぬしにそこまで言われる筋合いはないぞ」

「っ......」

 

トレイニーは押し黙ってしまった。

 

次郎は少し強く言い過ぎたかと思い、チラッとトレイニーの方を見た。

そして、驚きに目を見開いた。

 

「うっ、ひぐっ.....」

「あ、あの、トレイニーや?」

 

なんとトレイニーは泣いていたのだ。

そこから次郎のことをどれだけ心配していたかが分かる。

関わって日は浅いが、彼女のこの優しさに次郎はとても申し訳なく思ってしまい、冷や汗が止めどなく流れてくる。

 

「でも、でもっ、私は次郎が体を壊さないか......心、配で......っ!」

「分かった。分かったわい」

 

次郎はトレイニーの頭を撫でて優しく告げる。

 

「すまんかったの。強く言い過ぎたようじゃ。酒は極力控えるから、泣き止んでくれないかのう?」

「うん......えぐ......ひっく......」

「すまんかった。すまんかったから」

 

あまり刺激せぬようトレイニーが泣き止むのを、彼女を優しく撫でながら待った。

 

しばらくして泣き止んだ後、トレイニーは顔を真っ赤にして次郎に謝り続けていた。

 

「私ったら本当に......本当にすみません!」

「いやいや、大丈夫じゃよ。泣かせてしまったワシにも非があるよ」

「......本当にごめんなさい......」

「とりあえず、酒については───」

「良いですよ、次郎さんの好きにして。よく考えてみれば、私にそんなことを指図する権利なんてありませんしね」

「......そうか。まあ、気が向いたらトレイニーも飲んでくれんかの?体に支障をきたさない程度に」

「はい。喜んで」

 

そう言って笑顔を見せるトレイニーは、スッキリした顔だった。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

とは言ったものの、次郎飲酒の件から2人は、互いに距離があった。

 

トレイニーは次郎に嫌われないように。

 

次郎はトレイニーを泣かさないように。

 

互いが互いに気を遣いすぎていた。

 

「あ、あの......次郎さん?」

「何じゃ?」

「......そんなに気を遣わなくて大丈夫ですよ?」

「......それなら、おぬしも前の様に接してくれんか?」

「は、はい!」

 

 

だがそれは、2人がしっかり話し合った(?)上で解決した。

その上で2人は打ち解け、トレイニーは次郎を呼び捨てで呼ぶようになり、敬語もあまり使わなくなった。

 

だが、クセが抜けきらず所々入ってしまうのはご愛嬌である。

 

「次郎」

「ん?」

「あなたが元いた世界って、色々な動物が食べられたのよね?」

「ああ。何と言っても、グルメ時代じゃからの」

「グルメ時代......メルヘンな名前ですね?」

「まあ、誰もが食を求めていたからそうなったんじゃろ」

「私には、分からないわね......まぁ、揚げ芋は美味しいけど」

「......お前さんの種族は、基本的には食事はしないんじゃろ?」

「ええ。でも、美味しいものがあれば食べたいとは思うわ」

「ふむ......」

 

次郎は顎髭に手をやり、何かを企む様子を見せる。

 

「次郎?」

「トレイニー、2ヶ月ほど待ってくれんかの?あのお嬢さんの所で」

「......2ヶ月も?」

「ああ。その代わり、おぬしに必ず美味いものを食わせると約束しよう」

「......約束」

 

トレイニーは小指を次郎に向け、指切りをした。

 

「......フッ」

「それじゃあ、2ヶ月後に会いましょう?楽しみに待ってるわ」

「ああ」

 

次郎はあっという間に遥か彼方へ走り去ってしまった。

トレイニーは次郎を見送った後、2ヶ月の間にリムルの所で何をしようかと考えながら、魔国連邦へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔王

「さて、ああは言ったものの......ここにはあまり美味そうな生物はいなさそうじゃの」

 

ジュラの大森林から抜け出したは良いものの、周りを見る限り食べられそうな生物はいない。

やはりグルメ時代に生きていない者故だろうか。

 

食用ではない生物というものも案外いるものである。

 

「随分と大きな蟻じゃの」

 

目の前の体高10mはあろうかという蟻をノッキングし、散策を続ける次郎。

だが、周りには肉食の動物というよりも、虫系統の魔物が多かった。

 

「トレイニーは虫とか食うかのう?アゲハコウモリ位美味ければ良いか......」

 

などと呟きながら美味そうな魔物を探し続けるが、中々見つからない。

魔物自体はよく見つかるが、食べられるとしても美味か分からないので、次郎が試しに食ったりしていた。

 

その殆どが食用と言うには無理のある味で、言ってしまえば不味かった。

それもそのはず、次郎が見つける魔物は全て虫系統なのだから。

 

「サソリゴキブリもビックリじゃ......遠出しようかのう」

 

ふと思いついたこの案。

そして次郎はある美食屋を思い出した。

 

《思い立ったが吉日だ》

 

「......よし、ひとまずこの森を離れるべきか」

 

ジュラの大森林から抜け出したとは言うものの、それはあくまで”離れた”というだけ。魔物がうじゃうじゃいるその場に、普通の動物が寄り付くはずもなかった。

 

「根本的に間違っていたか......こういう時、”食運”が欲しいのう......」

 

グルメ界に行けばそういった猛獣が溢れんばかりにいるので、言ってしまえば食い放題なのである。

 

だが魔物が中心として生きるこの世界。

主なエネルギーは食事によるものではななく、魔物の体を作る”魔素”というものだった。

仮に食すことが出来たとしても、美味とは言えない味なのだ。

 

「ふむ......もっと遠くか。魔物が極力いない所を目指していこうかの」

 

どんどんと足を進める次郎。

だが、心做しかジュラの大森林を離れれば離れるほど魔物が多く、強くなっているように感じる。

 

「どういうことじゃ?」

 

とりあえず思い切り飛び上がって辺りを上から見下ろす。

すると、一部凍っている場所があった。

次郎はそこで何かを掴めると踏んだ。

 

「......行ってみようか」

《誰だお前?》

 

すると、脳内に直接語り掛けてくる声があった。

 

「おぬし、あそこの主だな?」

《ああ。よく分かったじゃねぇか》

 

男とも女とも取れるその声の主は、次郎の脳内に情報を送り込む。

 

「どういうことじゃ?おぬしに会いにいけということか?」

《ああ、ちょっと会って話をしようぜ?》

「構わんが......手短に頼むぞい」

《ああ》

 

会話が終わり、次郎は送られた情報を頼りに相手のいる場所へと向かう。

途中、行き止まりがあったが、壁を破壊して進んで行った。

そして、その壁がまた塞がったことを、次郎は知らなかった。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

──氷土の大陸/白氷宮──

 

 

その玉座に座る1人の男と、隣に立つ女。

 

「ねぇ、ギィ」

「何だ?ヴェルザード」

 

会話の相手は、魔王ギィ・クリムゾン。

最強最古の魔王である。

赤い長髪、男とも女とも見て取れるその容姿に、妖しい色気すら感じてしまう。

 

その魔王に話しかけた深海色の瞳に長い白髪の女は、世界に4種のみ存在する竜種が一体、氷を司る竜種。

”白氷竜”ヴェルザード。

今は人間の姿でいるが、竜の姿になればたちまち恐ろしい強さを発揮する。

 

魔物としての危険度が最大級の”天災級”なので、正直人間態だろうが竜の姿だろうがすごく強いのである。

 

「何故急にあんな男を呼び出したの?」

「お前には分かんねぇか?」

 

首を傾げるヴェルザード。

ギィははっ、と笑って教えた。

 

「あいつ、強いぞ」

「......それだけ?」

「いや?あいつから、知ってる奴の気配がしてな」

「......随分と索敵範囲の広いこと」

「褒めるな褒めるな」

「......ええ」

 

と言った感じで会話しているが、ヴェルザードはギィの規格外さに正直引いていた。

 

それと同時に、次郎に嫉妬していた。

 

(ギィに興味を持たれるなんて......)

 

その時、壁が大きく吹っ飛んで行った。

その壁は2人の目の前で砕け、その奥の穴から白髪リーゼントのファンキーな爺さんが出てきた。

 

「お、ここかのう?」

 

次郎は、ノッキングで自分の体を最小限に抑えていた。

何故か。目の前の相手に喧嘩を売られたら面倒だからである。

 

「よう」

「その声......おぬしか」

「ああ。まあ座れよ」

「......いや、すぐに帰るから大丈夫じゃよ」

「俺が座れと言っている。座れ」

 

ギィが覇気を出しながら告げるも、次郎はその覇気をものともせず腰を押えたまま立っていた。

 

「いやいや、お構いなく」

 

軽い調子で言う次郎だが、これは結構大変な事だった。

 

(......ほう)

(彼、結構やるわね)

 

2人は覇気を出しても倒れないところを見て次郎の強さを測る。

だが、それと同時にある疑問も浮かび上がる。

そんな存在を何故、自分達は今まで認知していなかったのか。

その疑問は次郎のすぐに消え去った。

次郎に対する興味の前には、そんなことは些事だった。

 

「早速だが本題に入ろう。お前、何者だ?」

「何じゃ急に」

「とぼけるな。お前の周りからあいつらの気配がする」

「あいつら?」

「紫、黄、白を知ってるだろ」

 

この言葉に次郎はああ、と頷いた。

 

「懐かしいな。3人とも元気にしてるかのう?」

「では質問だ。何故あいつらを知ってる?」

「?地獄だったか冥界だったかで会ったんじゃよ」

「......お前、悪魔か?」

「いや、人間じゃが?」

「そうか......」

 

ギィは考え込む。その様子を見かねたヴェルザードが『思念伝達』で声をかける。

 

《ギィ、何をそんなに考え込んでいたの?》

《......冥界は俺達悪魔の住処だ。あそこには悪魔しかいねぇ。逆に言えばそれ以外の生物が住めねぇってことだ。だが、目の前のこの男は人間なのに冥界にいた》

《ええ、そうね。それがどうかしたの?》

《召喚されたと言っていないことから、それ以外の方法で脱出したってことになる。それに紫、黄、白を知ってるってことはあいつらに殺されなかったってことになる》

《彼の方が強かったんじゃない?貴方も言ってたでしょう?》

 

ギィはそうかもな、と返した。

 

《だが、あいつらは腐っても原初だ。人間に負けることはないだろう。死なないにしても、人間があの3人と会って無事で住むとも思えない。

なのにこいつは”懐かしい”と言ったんだ。表情に恐怖は見られない......好感触だったのか......あのバカ3人組が......?》

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

──冥界──

 

 

「へくちっ!」

「くしゅっ!」

「っ......んっ!」

 

噂の悪魔3人娘達は同時にくしゃみをした。

 

「何だ?3人一緒とは珍しいな」

「......なんか無性にイラッとしたんだけど......」

「......心做しかバカにされてる気が......」

 

あながち間違っていなかったりする。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

ギィは話せば話すほど疑問が増えるので言葉を無理やり終えた。

そしてヴェルザードはギィの言葉を整理してまとめる。

 

《要するに、彼は危険ってこと?》

《......そうかもしれねぇな。だが、それよりもイレギュラー、異常だ》

《あら、あなたが言うの?》

《......うるせ》

《ふふっ、ごめんなさい》

 

などと軽口を叩きながらも次郎からは目を離さない。

 

「とりあえず、お前の詳しい話についてはまた後日聞く。今日は少し会いたかっただけだ」

「ほお」

「じゃあな」

「ああ。また会う時は酒でも飲もうぞ」

「おう」

 

そして次郎は去り際に2人の方を向く。

 

「お二人さん、名前は?ワシは次郎というんじゃが......」

「ギィ・クリムゾンだ」

「ヴェルザードよ。よろしくね、次郎さん」

「おお......それじゃあの」

 

次郎は大きく空いている穴から飛び降りた。

その間に体を元に戻して動きやすいようにした。

 

そして降りた時、あることを思い出した。

 

「......トレイニーに食わせるものを探さねば。忘れとったわい」

 

氷土の大陸とは別の場所を目指して、次郎は思い切り飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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家族

「......ここは?」

 

ギィとヴェルザードと別れた後、次郎は知らない場所にいた。

それも真っ暗な空間にである。

 

彼は今の今まで、トレイニーの為に食料を探しに行っていたのだが、気づいた時には既にこの空間にいた。

 

「......おかしいのう。気配を感じなかったぞ。......”裏の世界”か?にしてはおかしいの......」

 

だが、その考えはすぐに捨て去られることになる。

何故か、目の前にこの空間に自分を招いた者が4人も居たのだ。

 

「な、何故皆がここに......」

「老けたな、”二狼”」

 

次郎に優しい目を向けるのは自分達を息子同然に育て上げ、自分に技術を教えてくれた師匠、”美食神”アカシア。

 

「おかえり、......二狼......また皆で集まれたわね!」

 

涙を浮かべて喜んでいるのは、誰が何と言おうと世界で1番優しい人。師匠と共に自分達を育て上げ、美味しい、温かい飯を食わせてくれた、”神の料理人”フローゼ。

 

「二狼、なんて顔してるんだ」

 

ニッ、と頼りになる笑顔を浮かべるその男は、自分達の兄弟子だが、本当の家族のような存在であり、最後まで世界のために自分の身を使った、世界一強い男、一龍。

 

「......とりあえず座れ」

 

ぶっきらぼうながら次郎に促す最後の1人は、両目に3本ずつつ付いた傷が痛々しい。だがそれと共に懐かしさも感じる。最後に皆と共に食卓を囲むことが出来た、自分達の弟───三虎。

 

次郎は、一筋の涙を流して昔の姿にもどった。

あの、黄金に輝く時間を過ごした時の姿に。

 

5人は、トリコ達の結婚式振りにまた集まった。

結婚式の後、平和に暮らしていた5人だが、ふと二狼だけ急に居なくなってしまったので死にもの狂いで探そうとしたが、よく考えてみれば次郎だから大丈夫だろうと思っていたらしい。

 

「......解せねぇな」

「まあまあ、良いだろう」

 

はははっ、と良い笑顔を浮かべるアカシア。

とても前世で二狼を殺したとは思えない。

 

「ところで、アカシア様」

「ん?うわっ!?」

 

二狼はアカシアに思い切り拳を繰り出した。

アカシアは慌てて回避し、一龍と三虎はフローゼを守るため彼女の前に立つ。

2人はとても楽しそうに笑った。

 

「おいおい、逃げんなよ。楽しく殺ろうぜ?」

「おいおい次郎!ちょっと待て!ちょ───」

「死ねぇぇぇぇ!!!!!」

 

「ちょ、二狼、どうしたの!?」

「フローゼ様、実は───」

 

2人が生きていた頃の、グルメ界でのアカシアと次郎の戦いについて一龍から聞いたフローゼは、光の消えた目で自分の包丁”シンデレラ”を取り出し、アカシアの方へと向かっていく。

 

「ちょちょちよ、フローゼ様!?」

「落ち着けフローゼ!!それは包丁の持ち方ではない!完全に武器だ!」

「離して2人共!アカシアにお仕置きするの!」

 

一龍と三虎を振り払おうと凄まじい力を出すフローゼ。今ならブルーニトロを蹴散らせそうな程怒っていた。

一龍と三虎は正直焦っていた。

想像以上にフローゼの力が強かったから。

 

「ダメです!アカシア様が死んじまう!」

「キレた二狼相手はアカシアもタダではすまんぞ!それに加えてフローゼとシンデレラは不味い!!」

「ふんぬぬ......っ!!」

「絶対離すなよ三虎ああああああっ!!」

「兄者こそ!うおおおあああああっ!!」

 

一龍と三虎は何とかフローゼを静めようと試行錯誤する。

全力で止めている2人と、互角以上に渡り合うフローゼの怒り故のこの力。

 

案外、1番怒らせてはいけない存在は彼女なのかもしれない。

 

そしてそんな中、二狼とアカシアは───

 

 

 

 

 

「アカシアああああ!!!」

「うおおおおお!!!!!」

 

異次元の鬼ごっこを繰り広げていた。

アカシア自身、対抗は出来るかもしれないが、グルメ界で二狼に一瞬でノッキングされたので若干トラウマが残っていたのだ。

加えて、二狼自身の戦闘力。もう打つ手がなかったりする。

 

「待てコルァァァァァ!!!」

「ちょ、落ち着け二ろ───何いいいいい!?!?」

 

アカシアは驚きに目を飛び出させながらも、必死に逃げる。

 

アカシアが驚くのも無理はない。次郎は思い切り腕に力を込め、相手を一撃で宇宙までぶっ飛ばす技を使おうとしているのだ。

 

「じ、二狼!さすがにそれを私に使うわけではないよな......?な!?」

 

とりあえず話し合いをしようと思い、二狼の方に振り返るアカシア。

 

「......あれ?」

 

だが、そこに二狼はいなかった。

そして、誰かに肩を叩かれた。

 

「......ん?」

「よう」

 

アカシアが振り向いた時後ろにいたのは、既に準備万端の二狼だった。

その右腕は、誰が見ても分かるほどの高密度なエネルギーを感じさせる。

 

「...........」

「...........」

 

アカシアが無言で逃げようとするのを、肩を掴むことで止める。

 

「オラアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!」

「うぼおおおおああああああっ!!!!!!!!」

 

そして振り向いた瞬間に思い切り拳を叩き込んだ。

アカシアは遥か遠くまでぶっ飛んでいき、地面に轟音を立てて落ちた。

 

「ふう」

 

やることを終えた二狼は、晴れやかな顔でフローゼ達の元へ向かう。

 

「......心做しか、アカシアが吹っ飛んで行ったところと同じ方向だな......」

 

二狼が行こうとしているのは、フローゼ達がいる場所。

 

フローゼ”が”いる場所。そして、そんな場所にアカシアが飛んで行ったとなると───

 

 

 

 

 

「アカシアああああああああ!!!!!!!」

「うわああああああああ!!!!!!!!!」

 

フローゼに鬼のような表情で追いかけられているアカシア。

一龍と三虎は、遠い目でアカシアに敬礼していた。

 

「......どうした?2人共?」

「おう、二狼。見てみろ」

 

一龍の指差す方向に目を向けると、自分よりも怒り狂っているフローゼがアカシアを追い回していた。

 

「うわあ......」

「フローゼは怒らせてはいけないな」

「だな......」

 

ここに来て、三弟子は同じタイミングでため息を吐いた。

 

「誰か助けてくれぇぇぇぇええええ!!!!!!」

「アカシアああああああああ!!!!!」

「うぎゃあああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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異なるもの

鬼ごっこが終わり、フローゼを何とか3人で宥め、アカシアの土下座でこの1件は解決した。

そしてしばらく5人で話していた。

 

「そういや、何で急にこんな所に?」

「......ああ、お前に絶対に話さなければならない事があってな」

「話さなければならない事?」

「ああ。ここから先は一龍と三虎から聞いてくれ。フローゼ、行くぞ」

「......うん」

 

アカシアとフローゼが立ち上がり、二狼を優しく見た。

その目はまるで、”別れ”を惜しんでいるようだった。

だが、今の次郎にアカシアとフローゼの心情は分からなかった。

 

「......元気でな、二狼」

「......また、皆でご飯食べようね!」

 

アカシアとフローゼが去った後、一龍、二狼、三虎の3人だけがそこに残った。

 

「......で、話ってなんだ?」

「......お前は、”異世界”というものを信じるか?」

「オメーの口からそんな単語が出るとは思わなかったな」

「真面目に聞け」

 

二狼は一龍と三虎の2人から”異世界”というものについて聞く。

 

「異世界ってのは、人間界とグルメ界とは違うのか?」

「あれは同じ地球の中にあるだろ?俺達は簡単に行き来出来ただろ?」

「ああ」

「だが、異世界ともなると地球どうこうの話じゃなくなるんだ。今兄者が言った通り、オレ達の知る地球には人間界とグルメ界、この2つがある。

だが、今言った異世界というのは、地球も、生命も、宇宙も、何もかもが全て違う場所のことを言うんだ」

 

三虎の説明に自分のいた世界について納得した二狼。

彼自身、元々の世界と違う場所にいることは気づいていた。

 

「......なるほどな。だからあの世界にはあまり俺の知っている猛獣はいなかったのか......」

「気づいてたんだろ?」

「もしかしたら、とは思ってたけどな」

「それでな、二狼は元いた世界で死んで、結婚式の後、恐らく向こうの世界に行った。それで間違いないな?」

「おう」

「何故お前が向こうの世界に行ったかは分からないが、本来「別の世界からその世界に来る」ということは、イレギュラーの侵入を意味するんだ」

「俺がイレギュラーってか?」

 

三虎の表情に少し影が差した。

一龍も三虎の気持ちを汲み取り、俯く。

 

「そうかもしれない。ただ、広大な世界の中に1つなら問題はなかった。だが、あの世界自体が異世界から来る人間が多いんだ」

「確か......”異世界人”って呼ばれてるらしいぜ」

 

トレイニーから聞いたのだが、実際二狼はよく分かっていなかった。

だが三虎の話により、今は大体理解していた。

 

「そしてお前があの世界に行ったところで、どれだけ強かろうと膨大な数の”異世界人”の中ではその他大勢にしかならない」

「おう」

「そして、それだけ異世界人が多い世界だ。”俺達の世界”から来たのは”お前だけでは無い”のかもしれない」

 

この言葉に二狼はハッ、と何かを勘づいた様子になる。

そしてその予想は当たることとなる。

 

「......まさか」

「つまりだ、お前以外にも”別の何か”があの世界に行っていると考えても良いだろう」

「一龍」

「ん?」

「その何かってのは、ニトロとかじゃねぇよな?」

 

問うと共に、そう願う二狼。彼自身、戦う分には問題無いが、いない方が良いに決まっている。

だが、一龍としても何とも言えない。

 

「......分からない」

「......そうか」

「二狼」

「ん?」

「ニトロでなくとも、危険であることは間違いない。......気合い入れろよ」

「......わーったよ。三虎」

「何だ?」

「お前ら、”そろそろ”だろ?」

「......気づいていたか」

 

一龍と三虎は、体が消えかかっていた。

 

「......アカシア様とフローゼ様の2人も......」

 

何故なら、今は食霊としてではなく、生きている人間として話をしている。

 

だが、2人は本来死んでいる身。存在してはならない。二狼は別の世界とはいえ、生きて肉体を手にしている。故に体は消えない。

言ってしまえば、2人は魂で肉体を作り、二狼と話していた。

 

そしてそれはアカシアとフローゼも同じであり、二狼にその事を知られない為に足早に去ったのだ。

 

「......あの2人は、俺達よりずっと前から待っててくれたんだ」

「......ああ」

「......そうだな」

「......お前らもだろ?」

「......さあな」

「......フン」

 

既に2人は、体がほとんど消えていた。

一龍は肩から上までしかなく、

三虎は腕から上までしかなかった。

そしてどんどん消えていく。

生存者から、食霊に戻ろうとしているのだ。

一龍は元から決まっていた事実に乾いた笑い声を零した。

 

「......時間か。二狼」

「何だ?」

「死ぬなよ」

「あったりめーだ」

 

二狼は拳を強く握る。

守りたいものを絶対に助けるという意志を込めて。

 

「......フッ。またな、二狼」

「......ああ。またな、”兄貴”」

 

一龍が食霊としてその場から消え、残った光が昇っていく。おそらくアカシアとフローゼの元へ戻ったのだろう。

そして、その場に二狼と三虎だけが残った。

 

「......二狼」

「お、三虎も別れの挨拶か?」

「......精々余生を謳歌しとけよ」

「るせー!見た目は若いだろうが!」

「ハハハハ!語尾に「じゃ」を付けておいてよく言うな!」

「今は付けてねーだろ!」

「俺達と接しているからか?」

「ああ。それに見た目も昔に戻ってるしな。つられたんだよ」

「そうか。......楽しかったぞ、また会えて」

 

この言葉に、二狼は照れくさそうに頭をかく。

一龍には明るく接しようとも、自分には基本的に喧嘩腰だったのだ。

そして2人でよくふざけ倒したりもした。

故に、あまりにも唐突な不意打ちだった。

二狼は、ぶっきらぼうに目を逸らして短く言った。

 

「......ありがとよ」

 

この言葉に三虎は少し口角を上げた。

 

「......死んだら、また5人で一緒に飯を食おう。節乃も入れるか?」

「縁起でもねーこと言うな!さっきからちょくちょく失礼だなお前!」

「......だが、今に始まったことでもないだろ?」

「......まあな。そういや、食霊になったらまた、4人で集まってるのか?」

「......ああ。お前の世界の様子を見て楽しんでるぞ?」

 

さすがに想定外な発言に、二狼は一瞬固まった。

そかて若干くたびれながらボソリと呟いた。

 

「......マジかよ」

「ああ、お前がトレイニーという女を泣かした時、フローゼが怒っていたぞ」

「......またフローゼ様に会ったら土下座しとこ」

「まあ、その後に「仲直りしたなら大丈夫」と言っていたがな」

「お前......俺の緊張を返せ!」

 

などと軽いやり取りをしている間に、そろそろ三虎も完全に消えようとしていた。

 

 

「......じゃあな、三虎」

「......ああ。生きろよ、”兄者”」

 

三虎も消え、その光が上へ上へと昇っていき、一龍と同じ場所へ向かっていった。

 

「......いつか、5人で......」

 

次郎が三虎達の光を見ていると、何かが落ちてきた。

それを見て二狼は目を見開いた。

 

「こいつは......」

 

《ささやかな贈り物だ。デロウスから貰ってきた》

 

「誰だ......?っまさか......!」

 

《お前に託しているぞ、二狼》

 

それきり謎の声は聞こえなくなった。

そして、二狼はその贈り物をしまい、最後の挨拶を口にした。

 

「......またな、皆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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「......お、戻ってきたか」

 

三虎達と話を終え、意識を覚醒させた次郎。

そして、腰にかかってある自分の愛用していた武器と、自分の持つ袋の中にある物が入っていることに気づく。

 

「......ありがたいのう、親父や」

 

次郎はその”何か”を袋にしまい、遠い世界の住人(?)に感謝した。

そしてこれから食材を探しに行こうと足を踏み出した途端、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あれ、次郎さん?」

 

思わずずっこけかけた次郎だが、何とか踏み止まりって声の主の方を見た。それは、少女のような幼い顔をしながらも戦闘力、統率力に優れた魔国連邦の主だった。

 

その主は、見覚えのあり過ぎる白髪のリーゼントを見て驚いた。

 

「おぬしは......」

「リムル=テンペストです」

「そうじゃそうじゃ。よろしくの、リムル君」

「は、はい」

「して、リムル君は何故こんな所に?」

「大事な用があるので......」

 

リムルの表情は、どこか悲しげなものだった。恐らく誰かの頼みだろうと察した次郎は、言葉少なく告げた。

 

「そうか。頑張るんじゃぞ」

「......はい、ありがとうございます」

 

リムルとの挨拶を済ませた後、次郎はリムルとは別の方向へジャンプ飛んで行った。リムルとランガが驚きを通り越して引いていたが、次郎はそんなことを露ほども知らなかった。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

「......む、あれはどうかの?」

 

次郎はジャンプの勢いで空を飛びながら地上を見ていた。

そして、そんな彼のお眼鏡にかなったのは、体長8m程の大きな、それはそれは大きな牛と鶏、豚が合わさったような見た目の動物、と言うよりは猛獣だった。

 

「まるでワシらの世界にいそうな動物じゃの。これならトレイニーも喜ぶぞい」

 

そしてあっという間にその猛獣をノッキングし、命に感謝して狩った。

その大きな猛獣は、一般的な人間が何十人もいてようやく食べ切れるかという大きさだった。

 

「ノッキングした時に気づいたが......肉の密度が凄いの。これならトレイニーの他にも食わせてやれるぞ......ん?」

 

とりあえずギィにでもやろうかと考えていたら、目の前にある魔物が立ち塞がった。

その名は槍脚鎧蜘蛛。

 

名の通り槍のように鋭い攻撃を繰り出す脚、鎧のように硬い外骨格を持つ魔物だった。

その蜘蛛が、何匹もいた。

 

「これは......」

 

次郎は違和感を感じる。

トレイニーから聞いたが、魔物は人を襲いこそすれど群れることはあまりないらしい。そして群れるならば多くて5匹、異例中の異例で10匹だと言われた。

 

「1、2、3、4、5......多くないかのう?」

 

だが、目の前の槍脚鎧蜘蛛は明らかに10匹以上いた。

そしてその蜘蛛達が次郎達を襲う気配はない。

何故か、蜘蛛達は次郎に伏せていたからだ。

 

力量差を理解してかせずか、その全てが次郎に助けを求めているようだった。

 

「......おぬしら、腹が減ってるのか?」

 

次郎はふと違和感を感じた。

見た感じ、この魔物達は強そうだ。食事をするにしても、弱い魔物など沢山いるだろうに、何故わざわざ自分の方に来たのか、と。

 

その時、先日のある光景がフラッシュバックする。

 

「......あの時の輩か?」

 

それは、ただ無造作に動物や魔物を殺して死体を積み上げていた、あの光景だった。

 

「まさかこの蜘蛛達は、食べられるものが無くなったのか?いや、無くされたと言った方が正しいか」

 

次郎は先程の獲物を地面に置いた。

だが蜘蛛達は動かない。

次郎が動くなと言っているように感じたから。

 

「おぬしら、少し待っておれ。ワシが元凶を消してくる」

 

そう言って森の中へ進んでいく次郎の背中は、何よりも大きかった。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「やれやれ、ひどいのう」

 

森の奥へ進んでいくと、木々1本もなく、荒れ果てていた。

そして、敵の気配は奥に進むほど濃くなる。

大体の居場所を察知したところで、次郎は一気に走り抜ける。

 

「......なっ......」

 

次郎は敵の姿を見て目を見開いた。その理由は、敵の容姿にあった。長いくちばしのようなもの、全身にもっさりと生えた白い毛。

金属の体。次郎が昔よく食っていた”ニトロ”を模して造られた、あのロボットなのだから。

 

「美食會......?いや、三虎はアカシア様達といる......」

《ピーラーショット!!》

「ふん!」

 

GTロボの技は次郎に悉く弾かれる。

 

《───ッ!ヤルヤンカ!》

「おぬし、何故こうも無闇に生物を殺す?」

 

GTロボの頭を強く掴み、絶対に逃さぬよう握り締める。

 

《ガッ!何ヤ自分!?》

「答えろ」

《食技”人肉オロシ”!!》

 

尚も攻撃するGTロボに、次郎は質問を変えた。

 

「おぬし、誰にこのロボを作ってもらった?」

《ハァ!?何デソンナン───》

「......もういいわい」

 

これ以上の問答は不毛だと、次郎はGTロボの頭を勢いよく引きちぎった。そして出てきた小さな核も見逃すことなく踏み潰し、その森を守った。

 

「......どういうことじゃ」

 

だが次郎の表情は、穏やかとは言えなかった。

次郎は蜘蛛達の方へ戻り、自分の獲物を与え、すぐに森を去った。

GTロボを担いで。

 

「......ん?」

 

次郎の後を、蜘蛛達がついて来た。

恩返しとでも言わんばかりに次郎を守ろうと意気込んでいるように見えた。

 

「......ダメじゃ」

 

優しい表情をしながらも、蜘蛛達を離す。

 

「おぬしらは、魔物として生きておくれ。ワシについて来てその命を削るような真似はせんでくれ」

 

この言葉に次郎の思いを汲み取り、蜘蛛達は森の奥へと消えていった。

そして森とは逆方向に向き直る次郎。

彼は、怒っていた。

 

GTロボが何故この世界にいるか、そんなことはどうでもいい。何故無益に生物を殺したのか、その先に何があると思っているのか。

 

「奴らにも教えねばならんのう......命というものを......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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継承

「あら......ここは?」

 

トレイニーは、次郎と別れた後魔国連邦にいたのだが、気づけば真っ暗な空間にいた。

 

「ふむ......誰かの魔法でしょうか......?にしては妙ですね......気配を感じなかった......」

「お、ようやく来たかの」

「ひゃっ!?」

 

突然声がしたので思わず驚いて後ろを見ると、誰もいなかった。

 

「......あら?」

「下じゃよ、下」

「下?......あら、こんにちはお婆さん」

 

至近距離から声が聞こえたので言われた通りに下を見ると、背の低い腰の曲がった小柄な老婆がいた。

見た感じは優しそうな雰囲気だが、トレイニーは感じ取っていた。

 

自分では目の前の老婆には勝てない。そもそも勝負にすらならないと思う程の威圧感を。

次郎に少し似た感じがする、と。

 

トレイニーは老婆と視線を合わせるためしゃがみ込む。

 

「私は樹妖精のトレイニーと申します。どうぞお見知り置き下さい」

「ほっほっほ。礼儀正しい子は好きじゃよ。あたしゃは節乃。料理人じゃ」

「まあ、そんな方がどうしてこんな所に?」

「おぬしに伝えたいことがあるんじゃよ」

「伝えたいこと......ですか?」

 

先程の優しそうな表情から変わり、節乃は神妙な表情をする。

それを見てトレイニーも表情を引き締める。

 

「おぬしらの世界に、何か得体の知れないものが近づいているんじゃ」

「私達の世界......節乃さん、あなた何故それを......!」

 

節乃の発言は、明らかに異なる世界の存在を知っている言い方だった。

そして、次の節乃の言葉でトレイニーはとてつもない衝撃を受ける。

 

「まあ、”ジロちゃん”がいるから安心じゃろ」

「ジ、ジロちゃん?」

「おぬしで言うところの”次郎”じゃよ」

「何故あなたがその名を......」

「当然じゃ。前の世界であたしゃとジロちゃんはコンビだったんじゃからの」

「コンビ?」

「グルメ界では何度も助け合った仲じゃよ」

「......グルメ界、というのは次郎さ......んん”っ、次郎から聞いたことがあります。随分お強い猛獣がいられるとか」

「おお、そうかそうか」

 

節乃はトレイニーが次郎とコミュニケーションを取れていることに安心し、話を始める。

 

「向こうでのジロちゃんはどうじゃ?」

「どう......とは?」

「また酒ばかり飲んでいるかの?」

「......お酒は、私があまり飲まないように、と言い聞かせました」

「......ジロちゃんは涙に弱いからのう......」

「......涙?」

「ん?おぬし、泣いておったじゃろ?」

「な、何でその事を!?」

「三虎から教えてもらったからのう」

 

聞き覚えのある名前にああ、と合点がいく。

 

「......たしか、次郎の弟さんでしたよね?」

 

節乃は優しい表情で頷く。アカシアやフローゼ達と過ごした楽しい日々を思い出し、頬が緩んだのだ。トレイニーも自然と口が緩み、そこには平和な空気が流れていた。

だが、その空気は次の節乃の発言で消えることになる。

 

「まぁジロちゃんはかっこいいからの。そりゃ惚れるわい」

「惚れる......?......っ!?な、ななな......!!」

「おーおー、そんなに真っ赤にならんでもええじょ」

「ま、真っ赤になど......!」

 

節乃から顔を背け、座り込んで何やらブツブツと言っているトレイニー。

節乃は「若い者は良いの」とか言っていた。

 

「わ、私が次郎を......!?確かに優しくてかっこよくて頼もしくて一緒にいて楽しいとは思いますけど......す、好きだなんてそんな......!ド、樹妖精は恋なんてしないはずなのに......!」

「ほっほっほ。無理もないの。間近でジロちゃんの行動を見とれば、自然と引き込まれもするわい」

 

トレイニーは、自分の思いを見透かされたような言い方をされ、より顔を赤くした。

事実、彼女はあの世界に来てからの次郎の行動を間近で見ていた。

次郎の”殺す”という行為の中にある深い何か。それが何かは分からないが、トレイニーは2人で歩いたりしている時、気づけば次郎のことを見たりしていた。

 

「で、でも好きなんて感情は......!」

「おぬし、ジロちゃんのことをどう思う?」

「ど、どう思うって......さっきも言いましたけど、優しくて、かっこよくて......頼もしくて、一緒にいて楽しいとは思いますけど......あ、あと!」

「およ?」

 

最後の一言をトレイニーは若干渋りながら、照れながら節乃に耳打ちした。

 

「とっ、隣にいさせて欲しいなー......なんて思ったり......」

「......ほっほっ。良いじゃないか。あたしゃはそういう感情のことを”好き”と言うと思うんじゃがの」

「そ、そんなことは......!」

 

己の気持ちを自覚するのは時間の問題か、などと心の中で思いつつ、節乃はトレイニーに逸れていた本題を話し始める。

その顔は何かを危惧しているようにも見えた。

 

「トレイニーよ」

「......はい?」

「今、おぬしらの世界は平和か?」

「平和......とは言い難いですね。私達の世界は常に弱肉強食。和平を結ぶのは人間の方達だけです。ただ最近、魔物の国も作られたりしますが......」

「まあ手っ取り早く伝えるじょ。おぬしらの世界にジロちゃんとは違うものが来ておる」

「異世界人、という事ですか?」

「その見解は正解じゃ。半分な」

 

節乃は悲しそうな顔をしながらも、トレイニーに伝えるべき大事な情報を伝える。

 

「あたしゃらの世界には、三虎が作った”美食會”という組織があっての。そこには操縦者の動きに合わせて遠隔操作できるロボット、通称”GTロボ”というものがあるんじゃ」

「GTロボ......」

 

オウム返しのように繰り返すトレイニーだが、いまいち聞き覚えのない単語に頭を悩ませる。

 

恐らく節乃のいる世界ということは、次郎のいた世界。

次郎のコンビの節乃が知っているということは、次郎も知っているはず。だが、次郎からはそのGTロボについては聞いていなかった。

 

「そのGTロボがどうかしたのですか?」

「......おぬしらの世界で大量発生しておる」

「......そのGTロボを操縦しているのは、必ず悪人なのですか?」

「......いや、そんなことは無いとは思うがの......ただ、GTロボを作ることが出来るのは、美食會だけだからの。三虎が死んでいるとはいえ、その技術を悪用して生態系を乱すやもしれぬ。警戒しておきなさい」

「......分かりました。こちらの世界の方々にも伝えておきます」

「そしていざと言う時はこれを使いんしゃい」

「これは......?」

 

節乃がトレイニーに渡したものは、小さな石ころだった。

だが、それがただの石ではないことは、見て直ぐに分かった。

持ってみたところ、大きなコンドルの幻を見た。

 

「”拡音石”と言っての。あたしゃらの世界の猛獣の声帯から取れる物じゃ。この石に向かって声を出せば、数倍の大きさとなるんじゃよ。

あたしゃの知り合い達が頑張って作ってくれた、普通の拡音石の数倍の性能じゃから、使う時は気をつけい。これでジロちゃんに助けを求めたりすれば良いじょ」

「何から何まで、ありがとうございます......」

「あたしゃはそちらの世界には行けんからの。これ位はさせて欲しいんじゃ。ああ、トレイニーよ」

「はい?」

「ジロちゃんのこと、”コンビ”として支えてやって欲しいんじゃ」

「......はい!」

 

トレイニーは節乃との話を終えた後、節乃が気づいている様子はないが、後ろにいる色んな料理人達にも軽く会釈をした。

 

そして、次に目を閉じた時には、トレイニーは魔国連邦にいた。

 

「おーい、トレイニーさん?急に立ち止まってどうしたんだ?」

「......ふふっ、いえ、何でもありませんよ」

 

魔国連邦の案内をしていたベニマルは、よく分からなくて首を傾げたが、トレイニーが嬉しそうだったのでまあ良いかと流したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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異常

操縦者不明のGTロボを潰した後、次郎はその機体をよく観察していた。

 

「このGTロボの形からして、おそらく初期型......毒への耐性は出来てないと見える......そして大した汚れのないところを見るに、そう遠くで製造された物ではないな。いや、恐らく飛行して来たのだろう。ふむ......」

 

ほとんどスクラップになったGTロボの残骸を見ながら、次郎は敵の本拠地の情報を絞っていく。

 

そして大方の距離が把握出来たところで、いざ出発しようと踏み出した途端、GTロボが轟音と共に爆発した。核諸共。

 

次郎は飛び散る破片を対処し、歯噛みした。

 

「......まさか自爆機能付きとは。初期型と言っても三虎の所とは違うの」

 

自爆の規模はそう大きくないが、間近でくらうと大怪我に繋がる。

 

「......やはり、根源から潰した方がいいか。......すまんな、トレイニー。約束は遠くなりそうじゃ」

 

ひとまず食材探しのことを頭から離し、GTロボの製造場所を突き止めること”だけ”を目的として、次郎は行動を始めた。

 

「......まずこの森は100%無いな。距離を取るかの」

 

手始めにジュラの大森林から離れた場所で探そうと、森を抜け出す。そして氷土の大陸とは逆方向へ走った。

 

何故氷土の大陸とは反対に移動したかといえば、あそこ一帯は大体ギィが支配していると考えたからだ。

生物はおろか、魔物がいるかすら怪しい。

 

「......あの大陸はかなりの寒さだったの」

 

アイスヘル経験者として次郎は思った。

 

「......いや、無いか」

 

もしかしたらギィが作っているかも、と思ったが、その考えは一瞬で捨てられた。

 

何故なら、ギィ1人いればGTロボなど作らずとも大体の戦闘はすぐに終わらせられる。彼はそれ程戦闘力が高い。

かといって楽をしようとする性格にも見えない。

 

どちらかと言うと、戦闘狂の片鱗が見えた。戦うならば自分で行くだろう。

 

そして、隣にはヴェルザードもいる。

負けることはまず無いだろう。

 

という事で歩みを進めていたのだが、やたらと大きい城が見えたので足を止めてよく見る。そして気づいた。

もしかしなくとも、そこは王国だった。

 

「......む、やけに栄えとるの」

 

次郎はこれほど栄えた国ならば少しは手がかりが掴めるかもしれないと思い、王国の中へと入った。そしてふと立ち止まる。

 

「......?」

 

その時何かの視線を感じたが、すぐに消えた。

敵意は感じなかったので、少し気に留める程度にした。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

入国し、国民達を見てみれば、楽しそうに過ごしている。

次郎はこの国は楽しい場所なのだろうと思い、少し頬が緩んだ。

 

「もし、そこの婦人」

「私ですか?」

「ええ、少しお尋ねしたいことがありましてのう」

「まあ、どうされまして?」

 

目の前の優しそうな耳の尖った、所謂エルフの婦人は珍しいものを見るように次郎を見る。

それもそうだろう。この世界ではリーゼントなどという世界一イカした髪型が存在しない。

 

言ってしまえば世界初のものを目の当たりにしているのだ。

とはいえ、その眼差しは優しかった。

 

「おぬし、嘴が尖ったロボットのようなものの話を最近聞かないか?」

「ロボット......所謂金属の人形ですか?」

「まあそんなもんじゃ」

 

次郎が身振り手振り使って形を再現して見せる。

婦人は考え込むもこれと言って思いついた表情はせず、思考の末に申し訳なさそうな目で次郎を見た。

 

「......すみません。そういう話は聞いたことがありません」

「......そうか。すまないのう。時間を取って」

「いえ、楽しく話せましたわ」

「それでは」

「ええ」

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

それから、次郎は辺りの人々に聞いて回っていた。

ある時はバーのエルフに。

 

「......知らないわ」

「......そうか。時間を取ったの」

 

ある時は戦闘経験の豊富そうな戦士に。

 

「悪ぃなジイさん。俺はそういう噂は聞かねぇ」

「いやいや、時間をくれてありがとう」

「国王様なら何か知ってるかもな!」

「......ありがたい助言じゃのう」

 

それからかなりの時間歩き続けた次郎は、腰を抑えてその辺に座る。

街ゆく人々に話を聞いても、GTロボの存在すら知らないと言う。

 

その事実が次郎に奇妙な違和感を感じさせる。

 

ジュラの大森林の中ではあれ程の被害を出しておきながら、情報量の多そうな国で誰にも知られていないとはどういう事かと。

 

だが、その前に情報を掴むことが第一と次郎は聞き込みを再開した。

 

「こう、鳥みたいな頭のロボットを知らないかのう?」

 

今目の前にいる色黒の男は、かなり強いと見える。

などと思いながら同じ質問をする。

 

「すまんな。俺には分からない。ただ......」

「何じゃ?」

「そういう話はよく聞くな。確か......GTロボ......だったか?」

「GTロボ......?今、そう言ったのか?」

 

次郎は耳を疑い、男の肩を掴む。

姿を隠している男達が身構えるような音が聞こえたが、そんな事は問題ではなかった。

 

元々は自分達の世界にあったGTロボ。その名前を知っているということは、誰かから教えてもらった他ない。

GTロボの名を知っているということは間違いなく自分達の世界の人間であると次郎は思ったのだ。

 

「その名を誰から聞いた!?」

「落ち着け。興奮しすぎだ」

「......頼む、教えてくれ。ワシはその情報を知らなければならないんじゃ......!」

 

深く頭を下げて目の前の男に頼み込む次郎。

男は頭を掻き、次郎に「来い」と一言。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

城のような建物の中へと案内され、目の前で玉座に腰掛けた男。

風体で察することが出来る。目の前の男は国王だ、と。

 

「......名は?」

「ワシは次郎。美食屋じゃ」

「美食屋......聞いたことのない言葉だな」

「とは言っても、ほとんど活動しとらんがの」

「......まあ良い。それで?何を知りたい?」

 

頬杖をついて興味深げに次郎を見る王は、彼の素性を探っているようにも見える。

 

「......何故、おぬしがGTロボという名前を知っているか聞きたい」

「そうだな......だがその前に1つ聞かせろ」

「......何じゃ?」

「俺がその名を知っている事がどうなのかは知らないが、何故貴様はそのGTロボという名を知っている?」

「それは......」

 

言い淀む次郎を見て、王は鋭い眼光を向ける。

それに合わせて周りの者達も構える。

 

「知られてはならぬ訳でもあるのか?」

「......ワシは昔あのロボットと縁があっての。じゃがあのロボットは、ワシの知っているGTロボではないんじゃ」

「......貴様の知っているGTロボとは、どういう事だ?」

 

また次郎は答えに迷う。世界などという単語を出しても信じてもらえるかどうかは分からない。

もしかすれば、不審者と見られて情報は得られないかもしれない。

 

ここで次郎はふと、トレイニーの言葉を思い出した。

トレイニーは自分の様な別の世界から来た人間を”異世界人”と呼んでいた。それはつまり、この世界では案外浸透した呼び名なのかもしれない。

 

もしかすれば、目の前の王は異世界人という存在を知っているかもしれない。

 

「......その前に1つだけお聞かせ願いたい」

「構わん。申してみよ」

「異世界人という存在をご存知か?」

「......噂程度にしか聞かんな。だが、”爆炎の支配者”の異名くらいは耳に入る。それがどうした」

「ワシもその異世界人じゃ」

「それは真か?妄言か?」

「真実じゃ」

 

次郎の目は嘘をついているようにも見えない。

疑うのは愚策か、と一先ずその事実を王は信じた。

 

「......ならば信じよう。そして問う。貴様が異世界人であることと、GTロボと何の関係がある?」

「......あのロボットは、元々はワシらの世界にあった物じゃ。それがどうにかしてこの世界に来た。もしくは、GTロボを作る術を持つ者がこの世界に来た、とワシは睨んでおる」

 

この発言に周りの兵達は驚くも、王に動揺している様子はない。

 

「貴様はそれを知ってどうするつもりだ?」

「根源から潰す」

「貴様が?何故?」

「あの世界にいた者として、異物は排除せねばならん」

「......ほう」

 

次郎の中から感じる気迫に、王はニヤリ、と口角を上げた。

 

「......本音は?」

「あのロボット自体には罪があるわけではないんじゃが、操縦者が些か無粋な輩での。食う訳でもないのに生物を無差別に殺しよる。誰かが守らなければならないんじゃ」

「ふっ......ははははっ!!」

 

次郎の言葉に王は顔に手を当てて大きく笑い声を上げる。

その声を聞いてか、兵は武器を離した。

そして直立のまま動かず、次郎と王の会話が終わるのを待つ。

 

「なるほどな。自分に害がある訳でもないのに、生態系を守る、か。貴様、余程の物好きと見えるな」

「よく言われるわい」

「......良いだろう。貴様の言い分を信じる。教えよう。あのロボットについて───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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英雄王ガゼル・ドワルゴ

あれは、俺が他国との条約を結ぼうと馬と兵を連れていた時───

 

「......妙だな」

「......ええ」

 

異変に気づいているのは、俺と兵数名だけだった。

 

本来ならば豊かな緑が広がる自然そのものだったその場所。

だが、見てみれば焼け果てていた。

何かで焼かれたような跡が至る所にあり、酷いことに動物や魔物までもが大量に殺されていた。

 

「......一体誰がこんなことを......」

《ン?何デコンナトコニ人ガオンノヤロ?》

 

荒れ地を調べていると、貴様の言うGTロボが出てきた。

その手に動物たちの死骸を抱えてな。

奴は妙な喋り方で、独特の訛りがあった。

そして奴最大の驚異となる所は、戦う時の温度差が途轍もなく大きい所だ。

 

《マ、トリアエズ死ンデモラオカ!》

「っ......はあっ!!」

 

普段あれだけ飄々としているなら、戦う際に迫られれば回避しようがない。

俺は端から警戒していたから奴の初撃を受けきることが出来た。

 

だが、防御できたとはいえ奴の攻撃速度、威力共に凄まじいものだった。

 

《オッ、避ケタ!結構強イナ、アンタ!》

 

そして奴は上機嫌にこちらへ距離を詰め、五指を俺の鎧に当てた。

そして思い切り下に指先を下ろしたかと思えば、俺の鎧は奴の指が通った場所だけ、綺麗に剥がれていた。

 

《”ピーラーショット”......結構ヤルヤロ、自分!》

「鎧が......」

《今ノハピーラーショット言ウテナ、相手ノ部位ヲ剥グコトニ特化シタ技ヤ!》

「なるほど。俺の鎧を剥いだのはそういう訳か」

《マ、アレダケ近距離デ使エバ流石ニ剥ゲルワナ!》

 

俺は奴の言葉を聞いて推測を立てた。

今の”ピーラーショット”という技、近距離で使えば、と奴は言った。

ということはつまり、遠距離ならば攻略出来るのではないかと。

 

《......何考エテルンカ知ランケド、続ケテ行クデ!》

 

そう言うと奴はピーラーショットの構えに入った。

先程立てた推測通り、奴から距離を取ろうとする。

奴は少し驚いた様子を見せながらも、そのまま技を放った。

 

《ピーラー......ショットォッ!!》

 

奴が両腕を勢い良く振ったかと思えば、俺に向かって斬撃が2つ飛んできた。

そしてその斬撃を1つは剣で流し、もう1つは回避した。すると、斬撃は俺の後方へと飛んでいき、残った木々を、それもかなりの数の大木を、枝のように軽く切り裂いた。

 

「......あの切れ味なら、俺の鎧を剥げるのも納得だ」

 

奴に向き直ると、何故か大笑いしながら拍手していた。

 

《ハハハハッ!アンタヤルナ!コノロボット使ッテ戦ッタ中デ1番ヤルワ!》

 

おそらくピーラーショットを避けられるとは思っていなかったのだろう。驚きながらも楽しそうだった。

 

「それだけ余裕を残しておきながらよく言うな」

《ソラアンタモヤロ?マ、ソウ邪険ニセントイテヤ!仲良ク行コ───ヤッ!!》

「ふんっ!」

 

奴の体は随分と頑丈らしくてな。俺の剣で幾度となく斬られてもまだまだ耐えて見せた。

だが、斬れば斬るほど動きが鈍っていた。

そして、隙も大きくなっていた。

 

「かなりの耐久力だ......そしてその耐久力は体全体に行き渡っていると見た......だが、機械ならば弱点は同じ!」

 

奴自身、体が途轍もなく硬い。俺の剣と同じ位な。

そしてまだまだ奴には余裕があった。

このままでは埒が明かないと思い、奴の関節部分を狙ったんだが───

 

《ヤッパ誰デモソコハ引ッカカルカ!》

「チッ......関節までもがその硬度とは......中々の代物だな。その機体」

《機体ヤノウテ”GTロボ”ヤ!》

 

そいつはその時、狙ってか狙わずか名前を言った。

恐らくは知られても大丈夫だと思ったのだろうな。

 

「GTロボ......その名、覚えたぞ」

《マァ覚エトキヤ!忘レラレンヨウニナルデ!ンデ、オッサンハ?》

「貴様のような悪党に教える名など無い」

《......良イナアンタ。ホンマニ楽シイワ!......死ンデモ、恨マントイテヤ?》

 

そこで奴の雰囲気が一気に変わった。その感情に楽しむ様子は一切なく、殺気だけが伝わって来た。

 

「......ところで、このまま終わりでは無いだろう?」

《上等......》

 

俺は奴をどうにか破壊しようと頭を回していると、ある違和感に気づいた。

それは、奴にどれだけ斬りこんでも、微塵も怯まないことだ。

俺の剣戟が、奴にダメージを与えるに及んでいないのだろうが、あまりにも異常だった。

 

「痛覚が無いのか......?おそらく遠隔操作......となると、あの機体はかなりの技術の持ち主によって作られた物だな......」

 

遠隔操作しているということは、操作する上で必要不可欠な物を壊せば良いと考えた。

その部分を壊し、操縦不能にするというのがその時の狙いだった。、

俺は奴の核となる部分を一撃で壊さなければ勝機は無いと思い、こうげきを”斬る”から”刺す”に変えた。

やり方が出来た時に相手は急に動きを止めた。

 

《チョイチョイ、コレカラ良イトコナンヤカラ止メントイテヤ!》

「......?」

 

奴は誰かと《思念伝達》を行っているのか、外部からの者と連絡を取っているようだった。

 

《ア、オッサン。チョット待ッテナ。......ハアッ!?ホンマカイナソレ!ワカッタワカッタ!スグ戻ルワ!》

 

そして言い残して奴はその場を去っていった。

俺は仕留め損なったとその時後悔した。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

「とはいえ、今思えば、助かったのかもしれんな。

俺としても、あのまま戦い続ければ不味かったやもしれん。

やり方が出来たとは言ったものの、ほぼ賭けだったからな」

「なるほどのう。操縦している輩はワシの時と同じ......か」

 

この言葉に王は僅かに反応を示した。

 

「同じ......と言ったか?」

「ああ。ワシが会ったロボットも、おぬしが言う独特の訛った喋り方じゃった」

「もしあんな物が量産されれば、ここら一帯の魔物や動物は狩り尽くされるぞ」

「おぬしが見た機体の特徴は?」

「体毛が黒いだけだ」

「......ワシは白じゃった」

 

ここから察せる結論に、王は歯噛みした。

 

「......チッ、手遅れか......」

「......おぬしの伝えられる限りで、GTロボのことを他の国にも教えてやってくれ。ワシは魔物達に伝えてくる」

「魔物達......?」

 

王はまさかという眼差しで次郎を見た。

 

「つい最近樹妖精というのと知り合ったんじゃよ。名前は───」

「......トレイニー殿か?」

「お、知っとるのか」

「ならば、リムル=テンペストも......」

「ああ、知っとるよ」

「......なるほど、ならば信用出来るな。下がれ」

 

王は未だに武器を構えている兵達を、全員退室させた。

次郎はまだ警戒されていたのかと思い、心外だと思った。

王はすまんなと一言。

 

「そういえば、名前を言っていなかったな。俺の名はガゼル・ドワルゴ。リムルとは、同じ師に剣を習った同士でな。俺の弟弟子なんだ」

「それでは改めて。ワシは次郎。美食屋じゃ」

「そうか。よろしく頼むぞ、次郎」

「ああ」

 

2人は握手をしてから、互いについて話した。

次郎はGTロボの攻略方法、核の形、圧覚超過について。

 

ガゼル王は、この世界の人間や魔物の種族、歴史、危険度について。

 

「そういえば、さっき”天災級”という危険度の魔王がいると言っていたが......」

「ああ、それがどうかしたか?」

「ギィ・クリムゾンという魔王を知っとるか?」

 

ガゼル王の動きがピタリと止まる。

そして、何故か凄い顔をしていた。

 

「どうした?」

「......ギィ・クリムゾン......」

「知っとるのか」

「奴は、最強最古の魔王にして、魔物、ひいては魔王の頂点だ」

「で、ギィ君は”天災級”か?」

「お前が”君”付けで呼んでいる理由については問わん。そして質問の答えだが、当然”天災級”だ」

「それでは、ヴェルザードさんもか」

 

その名を聞いて思わずため息が漏れるガゼル王。

次郎は不味かったかと思ったが、先に口を開いたのは向こう側だった。

 

「......ヴェルザード......白氷竜の名を持ち、世界に4種のみ存在する”竜種”が1体......”天災級”だ」

「そうか......知らんことが多いの」

「そいつらは知らなくて良かったぞ......」

 

ガゼル王は若干窶れていた。

今2人の名前を聞いただけでここまでの反応を示すということは、どれだけ世界にとって危険な存在かを次郎に印象づけた。

 

「......ところでおぬし、先程リムル君の兄弟子と言っていたが......」

「それがどうかしたか?」

「詳しく教えてくれんかのう?」

 

次郎としては結構無理やりな話題転換なのだが、ガゼル王はリムルの名を聞くと共に元気を取り戻し、リムルのことを自慢げに語り始めた。

共に酒を飲んだ中だの、1番仲が良いだの。

その表情に、微塵も侮蔑の意は無かった。

それどころか、嬉しそうに、楽しそうにリムルのことを話している。

 

(......変わった男じゃ)

 

次郎は、魔物に対して良い感情を抱かない人間をよく見てきた。

故に目の前の男が珍しかった。

人の姿をしているとはいえ、スライムのリムルが主となっている魔国連邦と盟約を結んでいるとは驚いた。

 

(こういう男がワシらの世界にいれば、三虎はああはならなかったろうに......)

 

願わくば、この男のような人間が、世を統べる者になって欲しいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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0.01秒

場面は変わり、俺、リムル=テンペストはシズさんの遺した子供達を助けるため、イングラシア王国に来ていた。

 

子供達の教師として活動している俺は、野外授業と称して模擬戦に励んでいた。

5人の子供達、ケンヤ、リョウタ、ゲイル、アリス、クロエは今はまだ子供だけど、成長すればかなり強くなる。

ハクロウに修行をつけてもらうのも良いかもな。

 

「お、ランガ!おかえり!」

「はッ!立派に使命を果たして来ました、我が主!」

 

嬉しそうにブンブンとしっぽを振るランガ。

お使いを頼んで数分......?明らかに速すぎるな。

 

「どれどれ......あー......」

「如何致しましたか、我が───っ!こ、これは......!」

 

ランガに運んでもらっていたサンドイッチは、スピードに耐えられず崩れていた。

ランガみると、申し訳なさそうに縮こまっていた。

 

「振り回しちゃだめって言ったろ?」

「面目ない......」

「ま、こうなったもんは仕方ないさ。おーい、そこまで!お昼にするぞー!」

 

子供達は模擬戦の後なのに元気に向かってきた。

本当に元気だな。

どうにか救ってやりたい。

 

「くーっ、運動の後のメシうめーっ!」

 

焼け石に水かもしれないが、少しでも魔素を発散して、暴走しようとしているエネルギーを減らすことが出来ればいいと思って定期的に模擬戦をしている。

 

今、俺に出来るのは上位精霊を探すことだけだしな。

 

「ねぇ、先生と勇者様どっちが強いかな」

「そんなの勇者様に決まってるじゃないの」

「私は先生の方が好き!」

 

勇者様?

そういやヴェルドラって勇者に封印されたんだよな......

確か300年前だって話だし、さすがに別人だと思うが。

 

「こんなのにマサユキ様が負けるはずないもん!」

 

アリスが俺を指さしてくる。

ていうかこんなのって......ん?マサユキ?

 

「マサユキってのが勇者の名前なのか?」

「先生、勇者様を知らないの!?」

 

ケンヤとゲイルが驚いて見てくる。

そんなに凄いのか?勇者ってのは。

 

「とても強いんですよ!」

「金髪でね、すっごくカッコイイんだから!」

 

ゲイルは尊敬しているのか、勇者のことを嬉しそうに話す。

アリスは......あれか、アイドルを見てる感じか。

......ていうか金髪なのか。日本人っぽい名前なのに。

 

確か前に、ミリムがヨウムに言ってたな......

 

”あれは魔王と同じで特別な存在。勇者を自称すれば因果が巡る”

 

だったか?だから「勇者」じゃなくて「英雄」を名乗れとか何とか......

ってことは、マサユキとやらは本物の───

 

「グギャアアアアアアアアア!!!!」

「っ!?」

 

そんな時、デカい叫び声が響いた。

声のした方を見ると、大きな翼を持ったある種族の魔物が飛んでいた。

 

「何だ!?ドラゴン!?」

 

今まで見た事ないぞあんなドラゴン!

おい、あれなんだ大賢者。

 

《解。天空竜です。脅威度は”災厄級”。暴風大妖渦と同じランク帯の魔物です。》

 

天空竜とやらはイングラシア王国の王都へ向かおうとしている人達に攻撃している。

......まずいな。王都に入ろうとしてた人達が狙われてるのか。

あちらこちらで悲鳴が聞こえる。

災厄級は伊達じゃないな。

 

「先生......あの人たち死んじゃうの......?」

 

そう言ってくるクロエの目には不安が見えた。

 

「......ランガ、子供達を頼む」

「はッ!」

「大丈夫だ、死なないよ。俺が行くからな」

 

そう言って俺は王都へ飛び出した───は良いものの、西方聖教会に目を付けられても困るし、素性は知られたくないんだよな。

 

「さて、どうするか......」

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

「先生、大丈夫かなぁ......」

「へーきだって!先生だぜ?」

 

不安そうなクロエに、ケンヤ達が安心したように言う。

リムルは自分達の先生だ。こんな所で死ぬわけが無いとリョウタとゲイルも笑顔で告げ、クロエの表情から不安の色は消え去った。

 

「先生だもん、大丈夫だよね!」

「へへっ、ああ!」

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

ワシの名はミョルマイル。ブルムンド王国の商人だ。

訳あって今イングラシア王国に来ているのだが、不運なことに魔物に襲われている。

 

「くっ......こんなところで死んでたまるかい」

 

せっかく手に入れた上位回復薬も先程の攻撃で幾つかダメになってしまった......せめて残りだけでも......!

 

「おかーさん......おかーさん!」

「子供......っ!!」

 

泣き叫ぶ子供の傍には、血だらけで倒れている母親と思しき女の姿があった。

 

母親が重症なのか......しかし、あのまま放っておいては......っ。

 

「......上位回復薬......」

 

これがあれば......魔国連邦で手に入れたこれがあれば......!

ええい、ままよ!

 

「ぬおおおおっ!邪魔だどけぃ!」

「わっ!」

 

ワシは子供を除け、母親に回復薬をかけた。

 

「お、おじさんだれ......?おかーさんに、なにしたの!?」

 

子供は混乱した様子でワシを見てくる。

だが今のワシは回復薬が効くことしか頭になかった。

 

「ねぇ......っ」

 

頼む......効いてくれ......頼む......っ。

その時、母親の体がぴくりと動いた。

 

「......ん......うう......」

「!」

「あ、あれ......?私......」

「おかあさん!」

「っ!」

 

親子2人はその場で抱き合った。

良かった......効いた......。

それにしても......なんという即効性だ......!

フューズ殿に聞いてはいたが、想像以上の代物だ......!そこらの上位回復薬よりも性能が良い......!

 

「おじちゃん......うしろ......」

「わかっとるわい!」

 

気づけば、後ろにドラゴンがいた。

くそ......まさかこれ程近くに来ているとは......。

 

「......ワシを誰だと思っている。こんなつまらぬ場所で死ぬ男ではないわ。貴様らは邪魔ださっさと行け!」

「......ありがとうございます!」

「おじちゃん、ありがとう!」

 

親子が去るのを見届け、深呼吸する。

 

......ワシは幸運な男なのだ。

この場でこの薬を持っているのがその証。

 

これ程の商機を前に、死を迎えるなど断じて───

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

ドラゴンの方に向かった俺だが、目の前の男が死にそうだ。

間に合うか?大賢者。

 

《解。対象との距離を計測した結果、最高速度でも0.01秒間に合いません。》

 

クソっ!

俺が諦めかけたその時、顔の横を何かの弾のようなものがとんでもない速度で飛んでいった。

 

すると───

 

 

 

 

 

───シュコン。

 

 

そんな音が聞こえた。

 

「ガ......ガガ......」

 

すると、あっという間にドラゴンは倒れた。

死んでいる訳では無い。

大賢者、さっきの弾が何かわかるか?

 

《解。僅かに見えた形を計測し、鑑定───失敗しました。》

 

マジかよ......大賢者が解析できないなんて......。

 

「ふう、間に合うたか。と、そこにおるのは......リムル君か?」

「......あんたは......!」

 

聞き覚えのある声の主は、黒髪リーゼントのファンキーな爺さんこと、次郎さんだった。

ってことは、これは次郎さんが......?

一体どうやって......。

 

「次郎さん、久しぶりです」

「そうかの?」

「それにしても......これは一体......?」

「ん?ノッキングじゃよ」

 

ノッキング......って生物分野で言えば、生物の神経に電流や針とかで刺激を与えて麻痺させるっていうあれか!?

 

「ノッキングってそんな簡単に出来るんですか......?」

「いや、これは師匠に恵まれたからの」

「......凄いです」

「そうかの?まあそれはそれとして......」

 

次郎さんは先程襲われていた男の方に向き直った。

男は深く頭を下げて礼を言った。

 

「あなた方がいなければ、今頃ワシは......!ありがとう、リムル=テンペスト殿、次郎殿!」

「ん?」

「お?」

「え?」

 

あれ、バレてた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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酔いどれ次郎

あれ?なんでバレてんだろ?

 

「......って、これウチの回復薬じゃん」

「やはり......あなたがリムル様なのですね」

「あ、やっべ......!」

 

......まぁ、今から誤魔化すのは無理......だな。

 

「ということは、あなたは間違いなく次郎さん!」

「おお、いかにもワシが次郎じゃが......おぬしとどこかで会うたかの?」

「あっ、分かった!あんたうちで回復薬買ってくれた商人だろ?名前は確か......」

「ミョルマイルです」

「やっぱりそうか」

 

ミョルマイルは、改めて頭を下げてきた。

 

「あの上位回復薬のおかげで、2人の親子を救えました。ありがとうございます」

「あー......どういたしまして......?」

 

使ったのはミョルマイルだが、俺に礼を言う必要はないと思うけど......善良な人なんだな。

 

「上位回復薬?」

「あ、次郎さんは知らなかったんですよね」

「まぁ、ワシは基本薬は必要無いからの。酒飲んどけば治るわい」

 

恐ろしい......この人ってもしかしてアルコール中毒だったりする......のか?

 

「コホン、えーと、まず回復薬っていうのは3種類あります。

一般的な物が”下位回復薬”です。多分1番馴染み深い物ですよ。安価ですけど、治せる傷には限度があります。

その上がこの”上位回復薬”。欠損した箇所以外ならばどんな傷も治せる万能薬です。

更にその上にあるのが、”完全回復薬”です。使えば、ちぎれた足とかも生えてきますよ」

「とはいえ、完全回復薬なんて殆ど存在しませんがね」

「ほう、凄いんじゃな。”療水”とは違うの」

 

次郎さんが興味深げに回復薬を見る。

療水ってのが気になるけど、これも後回しだ。

 

「ふむ......ミョルマイル君」

「はっ、はい?」

「1本貰って良いかね?」

「あ、構いませんが......」

 

次郎さんは回復薬を取ったかと思えば、自分の腕に傷をつけた。

あれくらいなら上位回復薬ですぐに治るな。

お試し的な感じか?どれくらい聴くのか、みたいな。

 

「リムル君」

「あ、はい?」

「これは飲めば良いのか患部にかければいいのかどっちじゃ?」

「どちらでも効きますけど......」

「なるほど」

 

そう言って次郎さんは回復薬を傷口にかけた。

普通ならば傷がみるみるうちに消えていく回復薬。

だが、どういう訳か次郎さんには効果がなかった。

 

「......やはり、細胞単位で違うとこうなるか......」

 

次郎さんから気になるワードが聞こえたが、今は聞き流す。

後々聞いておこう。

と、徐に次郎さんはミョルマイルを見た。

 

「そういえばミョルマイル君」

「はい?」

「何故ワシらの名前を知っとったんじゃ?」

「ええと......魔国連邦に行った時、お2人の名前をよく聞いたものです。特にトレイニーという樹妖精の方からの次郎さんの話が止まらなくて......」

「......トレイニーがすまんの」

「他にも鬼人の方々も次郎さんについてお話していましたよ」

 

まあ魔国連邦では次郎さんについての議論は度々白熱してたしな。

っていうか......あれ?トレイニーさんと次郎さんってそんなに仲良かったのか?

まぁ次郎さん連れてきたのトレイニーさんだし、交流する機会が多かったのか。

 

「次郎さん、トレイニーさんとは親しいんですか?」

「ん?トレイニーとは......どうだろうか......表現が難しいんじゃが......強いて言うなら......」

 

強いて言うなら?

 

「......”コンビ”......というか、何と言うか......」

 

コンビ?トレイニーさんと次郎さんが?

嘘だぁ。

 

「どういう事ですか?」

「いや、ワシは結構長くトレイニーと過ごしていての。色々あったんじゃが、トレイニーには隣にいて欲しいんじゃ」

「あれ?確かトレイニーさんも同じようなことを言ってた気が......」

「同じようなこと?」

「はい。コンビがどうとか言ってましたよ」

 

確かシュークリームを届けに戻った時、次郎さんに会ったか聞かれたな。会ってないって言うとヘコんでたし。

トレイニーさんも何だかんだ次郎さんのこと好きだよな。

 

「あのー......」

「ん?」

「私は商談があるのでここらでお暇させて頂きます。次郎殿、これを」

「む?」

 

ミョルマイルが話しかけてきたと思ったら王国に入れるようになっていた。

聞くところによると、次郎さんと話している間に聴取を済ませ、俺と次郎さんの事を護衛と称し、正体がバレないように手を回してくれたとか。

 

助けに来たつもりが助けられちゃったな。

 

「先生ーーーー!!」

 

いつの間にか子供達もここまで来ていた。

なるほど、ランガに乗せてもらったのか。

 

「ご苦労さん、ランガ」

「はっ!お褒め頂き光栄です!ところで......何故次郎殿がここに?」

「それは俺も知らん。でも助けて貰ったのは事実だ」

「なるほど!恩に着ます、次郎殿!」

「おお」

 

次郎に撫でられしっぽを振るランガ。

次郎さんって何かに嫌われるタイプじゃないよな。どちらかというと、何にでも好かれるような感じがする。

 

「リムル君」

「はい?」

「ミョルマイル君からこれが」

「名刺......ですね」

 

ん?裏に何か書かれてる。

 

「......住所、だな」

 

書かれている住所の地区を大賢者に脳内マップで見せてもらうと、その辺りは高級な店が並ぶ地区だった。

なるほど。随分なやり手らしい。

ガルド・ミョルマイル。善良で強かな大商人。

彼とは今後も付き合いが続きそうだ。

 

「......「是非次郎さんも一緒に!」ですって」

「......どうしようかの」

「なになに......特上の酒をご用意します......?」

「行こうか」

「え”っ」

 

次郎さんに酒を絡ませてはいけないってトレイニーさんが言ってたけど、もしかしてとんでもない酒豪なのか......?

っていうか次郎さんチョロくね?

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

という訳で、暴れていた天空竜を倒した日の夜、俺達はミョルマイルの招待を受けて王都の一等地にある高級酒処にやって来た。

 

彼の口利きで今夜は貸し切りだそうだ。

......料金表を見て思わず吹き出してしまったが、仮面のおかげでバレなかったと思いたい。

 

「いやはや、ワシとしても酒が飲めるのは嬉しいのう」

「......あれ?でも次郎さんってかなりの酒好きなんじゃ......ココ最近飲まなかったんですか?」

 

そう言うと、次郎さんは若干くたびれた様子を見せる。

何かを思い出したようで背筋を震わせたりしていた。本当に何があったんだ?

 

「......いや、飲もうとしたらトレイニーが泣きそうになるもんでな」

「えっ!?トレイニーさんって泣くんですか!?」

 

なんてこった......衝撃の事実だな。あのトレイニーさんが泣くなんて。

経緯も気になるが、次郎さんの話に耳を傾ける。

 

「ああ。......ワシは、トレイニーの涙には弱いらしいんじゃ」

「尻に敷かれるってやつですか?」

「そんなことはないと思いたいけどのう......何かこう......似とるんじゃよ......」

「......似てる?」

 

酔っているからか、はたまた別の理由か、懐かしむ表情を見せて少しだけ笑う次郎さん。思い出深い何かなんだろうか。

 

「......昔のコンビ、にのう」

「昔の......コンビ?」

 

次郎さんのコンビ......気になるな。トレイニーさんみたいな美人なのかな?

 

「本当ですか?」

「ワシは記憶力には自信があるんじゃ」

「酒を樽5つ分も飲んでおいて説得力無いですよ。?記憶が曖昧なんじゃないですか?」

 

これをトレイニーさんに言ったらどうなる事やら。

とはいえ......次郎さんは酒が好きだけど強いって訳でも無さそうだな......人並みに酔ったりしてる。

 

「そういえば次郎さん、何でトレイニーさんと行動しなくなったんですか?」

 

次郎さんはピクリと反応した。

 

「......ワシは、トレイニーに美味いものを食わせるために食材探しに出かけてるんじゃ」

「食材探し......ですか。もしかして、トレイニーさんが言ってた約束ってそれですか?」

 

酔った次郎さんはこくりと頷き、肯定の意を示した。

その後、すぐにため息を吐いた。

 

「......とはいえ、ここはグルメ界のように食材が豊富にある訳でもない......探したところでトレイニーが生で食えるかどうか......元なる食材を見つけても、そもそも調理が必要だからのう」

 

グルメ界って何だ?この世界にはそんなのもあるのか?

まだまだ世界は広いな。

っていうか、想像しただけで楽しそうだな。グルメ界......

そこら中にお菓子とか肉があったりして。

 

お菓子の家はもちろん、植物の葉がベーコンだったり......別々の甘みが何度も口の中で広がる果物とか......よだれが止まらなくなって、口に入れた瞬間に笑顔が止まらなくなるスープとか......あったらいいなぁ。

 

「リムル君?」

「......ハッ!」

 

いかんいかん。グルメ界の想像がこうも捗るとは......恐ろしい。

 

「......すみません。それで、そもそも調理が必要っていうのは......」

「いくらすごい食材を調達しても、それを”調理”できなければなんの意味もないんじゃ」

 

確かに、生で食える食材なんて殆ど無いよな。元の世界で言う果物なんてこの世界ではあんまり見ないし......他の国にはあるかもしれないけど......トレイニーさん達しか持ってる人知らないし......ドワーフ王国にもあったな。

 

「あ、ウチの国ならシュナ達が調理してくれますよ?」

「......本当かの?」

「ええ。頼んでみます」

「助かるわい」

「ああでも」

「?」

「多分トレイニーさんが譲らないと思いますよ。以前帰った時、次郎さんが持ってきた食材は自分が調理するとか言ってたんで」

 

何か見たことない包丁持ってたな。ギザギザのやつ。

カッコよかったな......あの包丁。形を自在に変えられるんだから凄いよなぁ。トレイニーさんも包丁握る姿は様になってたし。

 

まぁ、まだ料理してるとこは見たことないけど。

 

「......トレイニーって料理出来るんかのう」

「信じましょう。シオンのようにならない事を」

「シオン......ああ、紫の髪の鬼の娘か」

 

何だかんだで、飲み会は結構長く続いた。

そしていつの間にか酔いが覚めた次郎さんと、キレイなお姉ちゃんが沢山来た。

 

ミョルマイルはというと、手短に話を済ませた後、さっさと席を外した。気の利く男である。

長時間おっさんの顔を見るのはもったいない。(一緒に来ている次郎さんを除く)

あと、次郎さんがミョルマイルに何か頼んでいたけど、おそらく私的な用事なのだろう。俺はノータッチに徹した。

 

「して、リムル君よ」

「はい?」

「何故こんな所に?」

「あれ?次郎さんってこういうとこ初めてですか?」

「まあの。というか、酒を飲んで目が覚めたらこんな状況じゃ」

「元々ここはそういう店っぽいですよ」

 

しかし俺も贅沢になったもんだ。

こんなにキレイなお姉ちゃんがいるというのに、どうしてもエルフを求めてしまう。

 

「......あそこのお嬢さん、耳が長いのう」

「どこですか!?」

「お、おお、あそこの色黒の方じゃよ」

 

次郎さんの指さした方向には、ドワーフ王国で世話になったダークエルフのお姉さんがいた。

懐かしいな。あの人の占いには助けられた。

あの人がいなかったら、シズさんとの出会いも無かったんだよな......本当に感謝しないと。

 

挨拶したいけど、この姿じゃ誰かわかんないよな。

 

っていうかドワーフ王国のエルフの人が何でこんな所に?

 

「......何かこちらに来たぞい」

「お爺さん、こんばんは」

「おお、こんばんは」

「ちょっと向こうでお話ししません?スライムさん」

 

あらぁ......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪魔

ダークエルフのお姉さんに連れられて、隅の方で俺達は話を始めた。

 

なぜ俺のことが分かったのかと聞くと、エルフの直感だと言われた。

エルフすげぇ。

 

「ドワーフ王国以外で会えると思わなかったよ」

「私は他の子と違って旅人なの。ママのお店にはよくお世話になるけど、専属ってわけじゃないのよ」

 

旅人かぁ。何か良いな。

 

「そういえば、そこのお爺さん」

「ん?ワシか?」

「ええ。見覚えがあると思ったら、国王様と城に入っていった人じゃないかしら?」

「国王様......というのは、ガゼル君のことかの?」

「ええ」

 

ドワーフ王国の国王だからドワーフ王だな。

ガゼル・ドワルゴ......ガゼル君!?

っていうか次郎さんいつの間にドワーフ王国に行ってたの!?

まずそもそも行ってたのか!?

 

「まあ色々あっての。少し話してたんじゃよ」

「そうなんですか?」

「ああ。割とフレンドリーじゃったよ」

 

あの王様がフレンドリーねぇ......嘘だぁ。

 

「王様とあんなに軽く話せるなんて、そうそう無いわよ?」

「まあ王様だししょうがないの」

 

お姉さんと次郎さんはもう仲良くなっているように見えた。

お姉さんのコミュニケーション能力もそうだけど、次郎さんもエルフというものをエロい目で見ない。だから話しやすいのだろうか。

本当に男か疑ってしまうな。

 

「そうだ!ここで会えたのも何かの縁だし、占い、やってみない?初回ってことでサービスにするわ!」

「占いか......」

「次郎さん、このお姉さんの占い本当に凄いんですよ。占いって言っても、言葉だけじゃなくて、水晶になんでも映せるんですよ!」

「......自分だけが知っている場所を移すことは可能かのう?」

 

いや、それは占いじゃないんじゃ───

 

「うーん、多分できると思うけど......」

 

できるのかよ!

 

「なら頼みたいんじゃが」

「お爺さんだけが知ってる場所なら、私を通じて水晶に送るから、手を握ってくれる?」

「ああ、わかった」

 

次郎さんがお姉さんの手を握り、お姉さんは水晶に力を注ぐ。

すると、水晶には何匹かの獣が映り出した。

狼や烏、馬に猿、竜が1つの場所に集まっていた。

 

次郎さんは水晶を見た時、懐かしいものを見るような眼差しを向けたが、その眼差しはすぐに悲しげなものに変わった。

 

「もっと近くに寄れるかのう?」

「わかったわ」

 

水晶は獣達の様子を詳しく映そうと近くに寄る。

すると、一枚の大きな鱗があった。

 

「......そうか、向こうでは今日は蛇王の......」

 

恐らく蛇王というのは名の通り蛇なのだろう。そして表情を見る限り、命日なんじゃないだろうか。

そして、鱗しかないところを見ると、鱗は蛇王の形見だろうか。

 

そして水晶の視点がどんどん上空に上がっていったと思えば、獣達がいる場所の形がどんどんと見えてくる。そして全体が見えた時に水晶に映っていたのは、とてつもなく大きい大地のような鹿だった。

 

「スカイディア......相変わらずデカいのう」

 

スカイディアっていうのか。

それにしてもデカいな。小国1つ分はあるんじゃね?

都道府県何個分だよ。

 

さらに上に引いていくと、スカイディアの隣にやけに可愛い鯨がいた。

いや可愛いな。

 

と思ったら水晶の映像は消えた。

 

「......ここまでかしら」

「ありがとう。懐かしいものが見えたわい」

「ふふっ、良かった」

 

次郎さんの顔は、どこかスッキリしていた。

エルフのお姉さんも喜んで笑っていた。

最早あれは占いという領域ではないんじゃ......とか思っても異世界だしな。

 

元の世界での常識を当てはめても無駄だよな。

 

「あ、そうだ。お姉さん」

「どうかした?」

「少し占って欲しい所が───」

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

「リムル様、今度はブルムンドでお待ちしております。是非ともそちらの本店にもおいで下さいませ」

「わかった。今後とも各地での宣伝も頼むぞ」

「承りました!」

「先生、もう帰っちゃうんですね」

「生徒達が待ってるからさ。また遊びに来るよ!次郎さんも、一緒に───あれ?」

 

俺は違和感を感じて隣を見る。

 

ミョルマイル達もキョロキョロと辺りを見回している。

次郎さんが姿を消したのだ。

音も無く、その場から消えた。

全く気づかなかった。

ミョルマイル達の方から見ても気づけばいなくなっていたらしい。

 

「ま、まあでも、次郎さんって急に消えたりするとこあるから」

「......トレイニー様も言っておりましたな」

「とりあえず、俺は帰るよ。またな」

「ええ」

 

一先ず、精霊の住処に行かないとな。

次郎さんには申し訳ないけど、子供達の命を優先させてもらおう。

まあ正直、あの人なら大丈夫だろうとか思ってたりする。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

「......これはまた、随分と懐かしい場所じゃの」

 

次郎はミョルマイルの口利きで酒を大量に貰い、持って帰ってトレイニーやリムル達と飲もうと考えた。

そして帰るために店の扉を開けたと思えば、地獄にいた。

何故地獄に来たのかはこの際どちらでもいいので、とにかく出ねばと策を練る。

 

「......最近、よく別の場所に転移するのう」

「あら?あなた......」

「お?」

 

聞き覚えのある色気のある声。

振り向いて声の主を見ると、白だった。

白く長い髪を耳にかける仕草は、世の男を惑わすだろう。

 

「おお、白ちゃんじゃないか。久しぶりじゃのう」

「ええ、次郎さん、だったかしら?」

「そうじゃ」

「随分と筋骨隆々になったわね」

「少し操作しただけじゃよ」

「操作......ところで、何でまたここに?」

「気づいたらいたんじゃよ。前と同じじゃ」

「はぁ......呆れた。そう簡単に来られるものではないのよ?」

 

そこから白に地獄についての説明が始まった。

曰く、悪魔しか立ち寄れぬ場所で、人間が入って耐えられる環境ではないとのこと。

 

とはいえ、次郎はグルメ界で長く過ごしている身。

すでに環境の変化に瞬時に適応できる体になっていた。

 

「......ところで、2人はいないのか?」

「ええ。常に3人1組で行動している訳では無いのだけどね」

「なら、白ちゃんだけでもいいか」

「どうしたのかしら?」

「酒は好きかの?」

「......飲んだことはないわね。話には聞くけど」

「丁度ここにあるんじゃが、どうじゃ?」

 

白は周りをキョロキョロと見回し、酒を1本受け取った。

 

「ほれ、コップ」

「ありがとう」

 

酒を少し注ぎ、一気に口に入れた白。

すると、白い肌はみるみる内に朱に染まり、誰から見ても酔っているように見えるほど、体がフラついていた。

 

「......酒、弱かったかのう」

 

白が倒れそうになっていたので、次郎が支え、地面に座らせた。

白が頭蓋骨を椅子にしようとし、次郎が慌てて止めたのは別の話。

悪魔は恐ろしいと、次郎はつくづく思うのだった。

 

「あら、ごめんなさい」

「いやー、まさか一気飲みするとわ思わなかったわい」

「器が小さかったから、つい」

 

口調は平静を保っているように聞こえるが、体はゆらゆらと揺れており、普段は冷たく見える表情も、頬が緩んで笑顔になっていた。

気分が高揚しているのだろう。

 

これ以上飲ませるのは良くないかと思い、次郎は身を任せてくる白に肩を貸した。

そして白はいつの間にか眠った。

 

「......悪魔も酒には弱い、か」

 

そんなことを思った次郎だった。

白が寝てしばらく経った頃、黄と紫が来た。

曰く、覚えのある気配がしたので来たとのこと。

 

次郎が紫の頭を撫でてやれば、嬉しそうに目を細めた。

黄は相変わらず次郎の体に興味津々だった。

どんな風に過ごせば地獄で過ごせるようになるのかと。

 

2人が騒ぐので白は思わず起きてしまい、頭を押さえて体を起こした。

 

「大丈夫か?」

「ええ、まぁ......」

「初めての酒は思わぬ事があるからのう。辛くなったら遠慮なく言うんじゃぞ」

「......そうさせてもらうわ」

 

それからも頭を度々押さえる白。

次郎が心配していると、いきなり紫が次郎の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「ねぇねぇおじいちゃん」

「ん?」

「赤に会ったでしょ?」

「赤?」

「赤い髪の奴」

「ああ、ギィ君のことかの?」

「多分それ」

「確かに会ったが......分かるのか?」

 

それを聞いて紫は嫌そうな表情をした。

 

「どれどれ?」

「すんすん......」

 

紫に続いて黄と白も次郎の匂いを嗅ぎ始めた。

そして、2人ともシンクロして嫌な表情をした。

 

「ボクあいつ嫌いなんだよね」

「何でじゃ?」

「だって性格がいけ好かないんだもん!」

「あー、分かるぞ紫」

「ウザいという言葉を地でいくからでしょうね」

 

黄と白も紫に共感する。

次郎は別の世界にいるギィに心の中でドンマイと言った。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

──白氷宮──

 

 

「......イラッ」

「ギィ、どうしたの?」

「いや、何か無性にイラッとした」

「......そう」

(イラッ、て口に出して言うのね)

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

「ところで白ちゃん、酔いは覚めたかの?」

「ええ。中の成分を分解して、頭の痛みも引かせたの。美味しかったわ......つっ!」

 

完全に分解しきれていなかったのか、痛みに声を漏らす白。

白にとって、酔いの頭痛のような戦闘の時とは違った痛みというのは初めてで、適切に対処しきれなかったのだ。

 

「 無理はしないようにの」

「......ごめんなさい」

「おじいちゃん、何の話?」

「ん?白ちゃんに酒を少しな」

「お酒って聞いたことあるような......」

「酒ってあれか?飲んだら頭痛がするっていう」

「黄ちゃん。言い方が悪いぞ。頭痛がするのは飲み過ぎたらの話じゃよ。まぁ、白ちゃんのように酒に弱ければ話は別じゃが」

 

次郎と黄が話している隙に、酒に興味を持った紫は次郎の酒瓶に口をつけた。

次郎が少し飲んだ程度でまだまだ量のあるその酒。

次郎、黄、白が気づいても時すでに遅し。

紫は自分の手に収まりきらない程の酒瓶の半分ほどを飲んだ。

 

白の時よりも数倍多い量一気飲みしたのだ。

 

「お、おい紫!」

「白ちゃん、紫ちゃんの体の機能はまだ子供なのか?」

「そんなことはないと思うわ。私達は原初の悪魔。生きてる年数は人間には計り知れないわよ?」

「ならば大丈夫だと思いたいな......」

 

次郎は不安と緊張の目で紫を見る。

白はいつになく真面目な次郎を見てふと疑問に思った。

 

「どうかしたの?まさかあの酒は毒とか?」

「いや、そうではないよ。子供が酒を一遍に大量に体に取り入れた場合、アルコールという酒の中の成分無しでは生きられなくなるんじゃ」

「依存するということね」

 

白の言葉に次郎は重々しく頷いた。

 

「一般にはアルコール中毒と呼ばれるが......体を壊しかねない危険な症状じゃ。加えてあの酒のアルコール度数はフグ鯨のヒレ酒をも上回る。危険度は高いぞ」

「フグ何とかが何かは知らないけど、紫が危ないということなの?」

「体が子供の場合はの話じゃ。ワシも酒は好きじゃが、アルコール中毒にはなっとらんかはのう」

 

2人が話している間に紫は倒れた。

次郎が慌てて駆け寄って抱き上げると、焦点の合わぬ目でボーッとしていた。

 

「あ〜、おじいちゃ〜ん♪」

 

そして次郎の姿を見るやいなや、甘える孫のように抱きついた。

次郎はその行動に頭を撫でて対応した。

紫はかなり強い力で抱き締めているのだが、次郎には問題なかった。

 

普通ならば感じるこの異常性。だが今はそんなことを考えるほど紫の頭は回っておらず、ただただ次郎に甘えていた。

 

「普段は精神的に少し幼い時があるから、酔ったことで箍が外れたのかしらね」

「まぁまだ子供じゃからのう」

「外見は、ね」

 

次郎に甘えている間に、紫は眠りについた。

次郎は自分の服を枕にして紫を横にし、様子を伺う。

 

「......大丈夫、かのう」

「とりあえず、目を覚ますまで待ちましょうか」

「やれやれ、一気飲みするなんてな......んぐ、んぐ......ぷはっ。おっ、中々、美味い......な......」

「黄ちゃん!」

 

気づけば黄は紫が持っていた酒の残り半分を飲み干し、同じように倒れた。白は紫に呆れといで自分も一気飲みする黄にとことん呆れ果て、次郎は倒れた際に何とか受け止め、紫の横に寝かせた。

 

「まさか黄ちゃんも飲むとは思わなかったわい」

「本当よ。呆れるわ。紫を見ていなかったのかしら?」

「一気飲みに関しては人のこと言えんじゃろ」

「むぅ......飲み方ぐらい教えてくれても良かったんじゃないかしら?」

「すまんすまん」

 

次郎と白は酒の麻酔作用によって眠っている黄と紫の隣に座り、2人が目を覚ますまでの間、話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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グルメ細胞

「ねぇ、次郎さん」

「ん?」

 

最初に会話を持ちかけたのは白の方だった。

 

「あなた、1度ここを出たでしょ?」

「ああ、出たな」

「召喚されたの?」

「いや、空間を割った」

「......あなた、一体何者?」

 

彼女は、目の前の人間を理解出来ずにいた。地獄に耐えられる体を持つ人間など、未だかつていなかった。

だけでなく、召喚以外の方法で脱出したかと思えばまたいる。今の白にとって次郎は未確認生物と何ら変わりなかった。

 

「何者と言われてものう......職業は美食屋。人間としか言えんのじゃが」

「美食屋?」

「美食屋というのは、より美味いものを求め、調達する者のことじゃ。美味いものを食えば食うほど、細胞は活性化する」

 

この説明に白はなるほど、と言葉少なく応じた。

次郎としては、最後の細胞の活性化についてはまだ疑問が残っていた。

 

(......この世界にグルメ時代よりも美味いものがあれば、の話じゃが)

 

そんなことを思っていると、白がいきなり次郎の顔を間近で覗き込むようにして見てきた。

突然の行動に次郎が少し戸惑いつつも、どうしたのかと聞くと、

 

「細胞が活性化する、というのはどういうこと?」

「......一重に活性化すると言っても、幅は人それぞれじゃ。細胞の中に潜む食欲が強ければ強いほど、活性化の幅も広がる」

「細胞の中に欲がある?少しよく分からないのだけど」

「そうじゃな......まずグルメ細胞について説明しようかの」

 

次郎はそこらの骨を1つ手に取り、地面に人の体を描く。

そして両隣に注射と肉を描いた。

その2つを丸で囲み、そこから矢印を人の体に向ける。

 

「まず生まれたての、というか人間自体にグルメ細胞はない。だから外から取り入れる。細胞を含んだ食物を経口摂取するか、注入して馴染ませるか」

「その2つしか方法はないの?」

「ワシが知る限りはな」

「そう......」

「間違っても摂取しようなどと思ってはダメじゃぞ」

 

この世界にグルメ細胞は無いとは思うが、次郎は念を押した。

白はクスッと少し笑い、安心してと告げた。

 

「大丈夫よ。そんなことしないわ」

「そうか......失敗したら死ぬ危険性もあるからの」

「よくそんなもの食べてたわね」

 

次郎は明後日の方向を見て遠い目をした。

そして露骨に話を戻した。

 

「......続けるぞ。このグルメ細胞と人間の体細胞を結合させて成功した場合、さっき言ったように美味いものを食えば食うほど生物として成長する」

「どういう成長か教えてくれる?」

 

次郎は人の体の周りにオーラのようなものを描いて活性化したように見せる。

そして食欲が強すぎる場合、と付け加えて体の上にもう1つ化身のようなものを描いた。

 

「グルメ細胞を持つ者の食欲が強ければ、中に潜む悪魔が具現化する。今描いた化身のようなものがグルメ細胞の悪魔じゃ」

「悪魔......私達とは違うんでしょうね」

 

とは言うが、白の見た目はお世辞にも悪魔とは言い難い。冷たい眼光と血のように赤い瞳は悪魔のようだと言えるが、その外見は色気のある女性そのものだった。

 

「ああ、この悪魔は食欲そのもの。持つ者はグルメ細胞保有者の中でもごく一部じゃよ。この悪魔を持っているか持っていないかで、進化の幅は大きく変わる」

「差はどれくらいあるの?」

「そうじゃの......同じだけ同じものを食った場合、この髑髏をデコピンで壊せるか、拳で壊せるかくらいかの」

「ちなみに、あなたは持ってるの?」

「いや、持っとらん」

 

次郎の放った言葉に白は疑いの目を向ける。そして次郎の体全体を見てもう一度疑いの目を向けた。

 

「......その悪魔を持ってなくても、あなたみたいに強くなるのかしら?強くなくとも、ここの環境に適応できる体になるの?」

「戦闘力は、最高の師匠と家族がいたからついたものじゃよ。皆がいなければ、ワシはただの獣じゃった」

「そう......」

「まぁ、環境に適応するのに関しては慣れとしか言えんわい」

 

アカシア達のお陰とは言ったものの、次郎は幼少の頃に最強の狼に育てられた過去を持つ。その時、食事の際に濃い細胞を大量に取り込んでいた事により、細胞自体のレベルが桁違いに高くなっており、グルメ細胞の悪魔を持たずとも世界最強クラスの力を身に付けることができたのである。

 

「慣れ、ね......」

 

そして環境に関しては、前述の通りグルメ界での慣れとしか言えなかった。

アイスヘルやベジタブルスカイ、アングラの森。

そもそもグルメ界にいる時点で次郎の体は常時鍛え上げられていた。

 

「というか、見ただけで強さなどわかるものなのか?」

「私達の前で平然としている時点で十分よ。そもそも、悪魔を見て反応しないのもおかしな話だと思うわ」

「まぁグルメ細胞の話じゃが悪魔なんざ何度も見てきたからの」

「ふーん......」

 

まぁ世界の環境の差もあるが、と付け加えた。

少し面白くないと言ったら表情で唇を尖らせる白。

ふと次郎は何かを思い出した。

 

「あぁ、最後に」

「?」

「グルメ細胞が一番進化する食材のことを”適合食材”という。適合食材を食べれば、グルメ細胞は進化の壁を超える。つまり、どの食材より進化するんじゃ」

「適合食材......難しいわね、グルメ細胞って」

「また会うことがあれば教えてやるわい。外の世界でな」

「......そうね。誰かに召喚してもらったら、その時はよろしく頼もうかしら」

 

2人の話が終わった頃、紫が目を覚ました。

白と同じように頭を押さえ、起き上がった後すぐに横になった。

 

そして「う〜」と唸りながら頭を摩っている。

次郎はノッキングガンを駆使して紫の痛みを緩和させた。

 

「ありがとう、おじいちゃん。すごいね、それ」

「白ちゃんの時は持っているのをすっかり忘れとったわい」

「......私と同じで、完全にはアルコールを分解できなかったのかしら?」

「恐らくそうじゃろう。この調子でいくと黄ちゃんもそうなると思うが」

「......はぁ、まったく世話が焼けるわ」

 

初めての、未知の飲み物、酒。

2人はもう飲まないと心から誓った。

そんなことを露知らず、黄にもノッキングを施してから酒をガバガバ飲む次郎に2人は少し震えた。

紫に関してはまだ頭痛が続いているので酒を見るのも嫌になった。

 

「......ん?これ何?」

 

酒から目を逸らした紫は、目に付いた次郎が描いていた絵を指さした。

 

「ああ、それはグルメ細胞の説明をする時に使った絵じゃよ」

「グルメ細胞?」

「グルメ細胞というのは次郎さんの中にある、美味しい食べ物を食べれば食べるほど生物として進化、成長できる特殊な細胞よ」

「よくわかんないんだけど。何で人間の体からもう1つ人間が出てるの?」

「それはグルメ細胞の悪魔。細胞保有者の中でもごく一部の者しか持たない食欲そのものの存在、だったかしら?」

 

先程結構長くかかった説明をこうも短く教えられるとは、しかもそれを平然とやってのけるのだから白の学習能力は恐ろしいなどと思う次郎だった。

 

「あ、ああ。そうじゃ」

「ということよ。わかった?」

「うん、大体。要するに、おじいちゃんの体はすごいんでしょ?」

「まぁ、そんな感じよ」

「今度会ったら、紫ちゃんにも教えようか。というか、白ちゃんに教えてもらえば良いんじゃないか?」

「やだ」

 

そう言うと紫は頬を膨らませて白をジト目で見た。

次郎がどうしたのかと思って聞くと、紫は白を指さして淡々と告げた。

 

「白はボクより知識があるのを良いことにやたら上から話してくるもん」

「あら、それは知識不足が悪いのではなくて?」

「......何?喧嘩売ってる?教えてもらうんだから知識不足は当たり前でしょ?」

「頼む側にも態度というものがあるのではないかしら?」

「そんなこと言ってないでさっさと教えてよババア」

 

ピキ、と青筋を浮かべながらも耐える白。

すぐに落ち着いて息を吐き、こう言葉をかけた。

 

「あら、すぐにつっかかって。これだから”お子様”は......」

「死ね!!」

 

お子様の部分を強調しながら言ったことで紫はキレた。

そして白目掛けて思い切り蹴りを放った。

白は容易に避け、周りの髑髏が吹き飛んだ。

次郎は眠っている黄を抱き上げて少し離れた場所に移動させた。

 

「おぉ〜、結構やるのう」

 

黄を避難させた後、次郎は2人の戦いを見ていた。喧嘩とはいえ、実力は悪魔の中でも頂点。規模は凄まじいものだった。

拳を撃ち合うだけで風が吹き荒れ避けられたパンチの風圧で竜巻ができていた。

 

「女とは、恐ろしいもんじゃのう」

 

軽く言いながら酒を飲もうとした時、誰かに瓶を取られた。

 

「お?」

 

次郎が振り向いた先には、ゴクゴクと美味しそうに酒を飲む黄の姿が。

 

「まだ飲むのか?」

「ん?ああ、美味いからな」

「酔うぞ」

「大丈夫だ。眠くなるだけだからな!」

「はぁ......」

 

3人の中で1番の酒飲みは黄だった。調子よく”だけ”などと言う黄だが、今は次郎のノッキングで痛みを緩和しているに過ぎない。

また飲み始めたことに驚きこそしなかったが、飲むなら飲むで瞬時に酔わないで欲しいと思う次郎なのだった。

 

そして次郎の言った通り、黄は秒で酔った。

顔が赤くなり、目が潤み、次郎の方へ歩み寄ってくる。

次郎は黄の頬に指をあてて、ノッキングを解除した。

 

「はれ?あたみゃがくらくりゃしゅるじょ......?」

 

すると、黄の顔はさらに赤くなり、立つことすらままならなくなった。子鹿のように震える黄だが、プライドでもあるのか、どうにか立ち続けようとしている。

 

そして次第に限界を迎え、体が傾いた。

 

「呂律が回っとらんぞ。というかこれ......」

「......ふにゃ?」

 

倒れかける黄を受け止めその辺に座らせる。

だが、意識があるのかないのか、黄は次郎の方へ寄り、腿に頭を乗せて寝た。酒を飲む時に立つのはどうにかならないものかと思ったが、黄が離れない。次郎は眠っている黄を前に動くに動けなかった。

 

「......どうしたものか......ん?」

「クフフフ......あなた達は毎度毎度学習しませんねぇ」

 

1人の男が、白と紫をボコボコにして担いできた。

男は服に汚れこそあるものの、外見的なダメージは無かった。

そして、何故か次郎はこの男に初めて会う気がしなかった。

 

「......ふむ、なるほど」

「どうかしましたか?”次郎”さん?」

「おぬし、ワシのことをここから見ていたことがあるだろう」

「おや、気づいていましたか」

「敵意はなかったからのう」

 

軽く言う次郎に男はクフフ、と笑った。その目は黄とは似て非なる興味深さ故に向けられる視線だった。

男は2人を地面に落とし、「起きなさい」と告げた。

 

「むむむ......まさか”黒”に出会うなんて......」

「当然でしょう。あなた達のじゃれ合いの余波が、私の所まで響くのです。喧しくて仕方ありませんよ」

「すまんの」

「いえいえ、悪いのはこれですよ」

 

ボコボコにされながらも瞬時に再生する2人の体。

紫は次郎の後ろに隠れ、白も寄る。

黒から確実に距離を取る2人。

 

黒は怪しく笑ってすぐに踵を返した。

 

「まぁ、今は見逃してやりますよ。私は”あの方”を見るので忙しいので」

 

黒はいつの間にか闇と共に消え、紫と白の喧嘩ムードもすっかり治まっているようだつた。

 

「ていうか、黄ってこんな風に笑うんだね」

 

次郎の腿の上で気持ちよさそうに眠る黄を見て、紫は本物かどうか疑った。

それは白も同じで、普段の黄とは似ても似つかぬ様子に若干戸惑っていた。

 

「......これもお酒の力かしら?」

「眠る時は無防備になるからの。普段見ない姿も出るじゃろう」

「それにしても、安心しきった顔してるね」

 

黄の顔は、普段見せるような好戦的な表情ではなく、見た目相応の少女のような寝顔だった。

 

「ここまで来ると、逆に怖いわね」

「......ていうか、おじいちゃん動けないんじゃない?」

「......そうなんじゃよ」

 

黄自身も、起きる気配は無く、次郎は身動きが取れないので地獄から出ようにも出られない。

 

「どうしようかしら」

「ワシも手の打ちようが無いんじゃが......」

「待つしかないような気もするけど......」

「......確かにそうかものう......」

 

3人は何とか黄を次郎から離れさせる方法を絞り出す。だが、いくら考えても出てこず、紫は最終手段に頼ることにした。

 

「黒に起こしてもらう?」

「それよ!」

「こらこら」

「だってそれしかないじゃん!」

 

紫と白は黒を呼ぼうとどうにか彼の方へ向かおうとするが、ただ眠っているだけの黄がボコボコにされてはたまったものではないと、次郎は2人を掴んで止める。

2人はかなりの力で進もうとするが、次郎が腕を引いたならばすぐ引き寄せられる程度には筋力の差はあった。

 

「それか、私達で黄を起こす?」

「いや、多分じゃが、黄ちゃんが怒る→喧嘩が始まる→黒君が来る→またボコボコにされる、という風になると思うぞ」

「じゃあおじいちゃんが起こしたら良いんじゃない?」

「......それじゃ」

 

次郎は早速黄の肩を叩いて起きるように促す。

 

「黄ちゃん、起きてくれ」

「......ん」

 

僅かに反応を示した黄。

もう一度声をかければ目を僅かに開いた。次郎はその瞬間を見逃さず瞬時に起こした。

 

「ふぅ」

「なんだ?何をしているんだ?」

「黄、あなたが眠ってしまったせいで、次郎さんはろくに動けなかったのよ」

「そうなのか?ならば済まない。なんだか急に眠くなってしまってな......」

「まぁノッキングを解除したから、酒の麻酔作用が一気に押し寄せたんじゃろ。さて、黄ちゃんも起きたことだしワシはそろそろここから出る」

 

次郎の脱出の手つきは慣れたもので、空間にヒビを入れて世界を割った。悪魔3人娘が有り得ないものを見るかのように驚いていたが、気にせず次郎は穴に片足を通した。

 

「それじゃあの、3人とも」

「え、ええ」

「またお話しようね」

「...........」

 

なにやら言いたげな様子の黄に次郎は問うた。

 

「黄ちゃん、酒が欲しいか?」

「......ああ」

 

そこまでハマったのかと、白と紫は驚きすぎて完全に固まった。

 

「そうかそうか。ならばこれをやろう。皆で分けて飲むといい」

 

次郎はリムルとミョルマイルに頼んで作ってもらったまぼろ酒に限りなく近いものを3人に樽ごと渡した。

黄は花が咲いたような笑顔になり、白はありがとうございますとお礼を言い、紫はまたお酒かと頭を悩ませていた。

次郎が脱出する瞬間、黄は小さな声で呟いた。

 

「また会おうな、次郎」

 

その言葉を最後に次郎は地獄から脱出し、穴が閉じるのを見守った。

悪魔3人娘も、最後まで次郎を見送っていた。

 

「さて......リムル君と合流せねばの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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リーゼントはかっこいい

お姉さんに頼んで精霊の住処を占ってもらった。

その場所は予想通りだった。俺じゃなくてお姉さんの予想だけど。

 

聞くところによると、ウルグレイシアという精霊信仰のさかんな国があり、国民は十歳で精霊と契約する決まりらしい。

所謂契約の儀式をするのだ。

つまり、子供達に上位精霊を宿すってのもあながち突拍子のない話じゃなかったわけだ。

 

お姉さんは占う直前、俺にこう言ってきた。

 

「精霊の住処へ向かって、帰ってきたも者はいないの」

 

必ず帰ってくるという条件付きでお姉さんに占ってもらった。

水晶に映ったのは、木と同化しているような神々しい扉だった。

 

お姉さんが言うに、ウルグレイシアの国民が契約の儀式を行うのは大抵が待ちの中央にある祭壇だという。

そしてその祭壇に上位精霊が現れることは無いのだとか。

上位精霊と契約を結びたいのならば、精霊の住処に行くしかない。

トレイニーさんも魔素を制御するなら上位聖霊でなければダメだと言っていたし、行かない理由はない。

 

「精霊の住処に行くのは、私はおすすめしないわ。でも、それはスライムさんにとって、とても大切なことなんでしょ?だから、どうしても行くのなら見せてあげる。でも、必ず帰ってきて」

 

そういえば、あの後お姉さんが気になること言ってたな。

しかも、結構何かを心配してるみたいだった。

 

「スライムさん、あのお爺さんも精霊の住処に行くのかしら?」

「......俺としては来てくれると心強いかなって。なんで?」

「あのお爺さん、すごく強いでしょ?」

「......まぁ、うん」

 

空泳巨大鮫を一撃で倒して食べてたらしいしな。すごすぎて言葉が出ない。

トライアさんもミリム級って言ってたな。

考えただけで恐ろしい。

 

ミリム級というのは、あくまで魔王級ということかもしれない。まぁ、ミリムくらい強くても、魔王並みに強くてもヤバいけどな。

 

「多分、スライムさんが思ってるよりもずっと強いわよ」

「......マジで?」

「うん、マジで」

 

てことは、そこらの魔王よりも強いってことか?少なくとも、手加減してる時のミリムよりは強そうだな。

いや、ヤバいって。

 

「次郎さんは良い人だから、いたずらに力を振りかざしたりしないと思うよ。お姉さんは何かを心配してるみたいだけど、大丈夫だ」

「そうだと良いけど......」

 

あの言葉が気になったな。次郎さんが今よりもっと強いっていうのは、すごい話だと思うけど......人助けをする次郎さんがそんな悪人みたいなことしないと思いたいな。

 

だが、それよりも気になるのはあれだ。

暴風大妖渦戦の時に見えた狼のようなものは、次郎さんの中に眠る何かなのか......?

 

まぁ、考えても仕方ないか。

 

「さて、下見も終わったことだし帰るか」

 

その日はベスターから教わった「拠点移動」の魔法陣を設置してひとまずイングラシアに戻った。

 

帰ったあと、自由学園の寮にて読書をしていると、部屋のドアがノックされた。

 

「はい......?」

 

人型に戻ってドアを開けると、アリスとクロエが不安そうな眼差しで俺を見ていた。

 

「どうしたんだ、こんな夜中に」

 

なんてこった。まさか人生初の夜這いがされる側で、しかもこんな幼女2人からとは。

 

「先生、私たち......明日も大丈夫......だよね?」

 

「明日も大丈夫か」何が言いたいのかはもちろん分かっている。

 

「明日も生きていられるか」だ。仕方ない。2人はまだ子供だ。元々死ぬために召喚されたようなものだし、大丈夫だと言われても、そう簡単に信用出来ないだろう。

 

「食堂に行こう」

 

まずは安心させるところからだな。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

2人を食堂へ連れて行き、ホットコーヒーを出した。

牛鹿の乳を温めたものに、ヨシダ店長からもらったチョコもどきを溶かして混ぜたものだ。

 

2人はふーふーと覚まして口に入れると、衝撃が走ったように跳ね、コクコクと飲んでいた。不安な夜はホットチョコレートに限るな。

 

ドアの裏に隠れているゲイルとケンヤとリョウタにもホットチョコレートを注いだカップを渡した。

3人とも気に入ってもらえたようで何よりだ。

 

「皆、飲みながら聞いてくれ」

 

そう言うと皆はしっかり俺の方を見てくれる。

 

「明日の課外授業について」

「明日はどこで?」

「ウルグレイシア王国、ウルグ自然公園」

 

ゲイルは突然の言葉に混乱した様子を見せた。そりゃそうだ。俺も初めて聞いたら訳が分からなくなるようなややこしい名前だ。

 

「ウルグ......え?外国ですか?」

「ケンちゃん知ってる?」

「知らね」

 

リョウタは少し関心を示してはいるが、ケンヤは課外授業よりホットチョコレートに夢中だ。少しくらい興味持ってくれても良いだろ。

 

「先生、そこに行って何をするんですか?」

「ああ、精霊の住処だ」

 

さて、明日はこいつらの運命が決まる日だ。

ああ言った手前、必ず成功させて見せる。見ててくれ、シズさん。

 

俺はそう思いながら、子供達を寝かせた後、形見の仮面に思いを馳せた。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

翌日、俺は子供達とランガと共に、精霊の住処と言われる迷宮に足を踏み入れた。

 

特に何事もなく足を進めていると、俺は目の前の人を見て驚いて開いた口が塞がらなかった。

その人は、酒を飲みながらボーッとしており、白髪リーゼントに小柄という、見覚えのありすぎる風体だった。

 

「じ、次郎さん」

「おお、リムル君、待っておったぞ」

 

待ってた?ってことは......俺達がここに来るのを知っていたってことか?

 

「どういうことですか?」

「実は色々あってのう、地獄にいたんじゃ」

「地獄?」

「たしか冥界とも言ったかの」

「すごく軽く言いますね」

「とは言っても、悪魔がいるだけじゃよ」

「俺も少し前に下位悪魔と戦ったことありますけど、あまり強くなかったですよ」

 

とはいえそれは下位の話だ。地獄ともなればもっと強いやつもいるだろう。それを軽く済ませるのは強さ故か、はたまた危機感の無さか。

 

「先生、このお爺さんは?」

「ああ、この人は次郎さん。訳あってたまに行動したりする人だ」

「こんなヨボヨボのじいさんと?」

「ほほ、言ってくれるの」

 

次郎さんはおもむろにノッキングガンというアイテムを出し、自分の体に突き刺した。すると、体は大きくなり、筋肉も膨れ、白髪は黒髪へと変わり、若々しくなった。

 

「すっげぇ!」

「あ、そういえばこのお爺さん前に見た覚えがあります!」

「天空竜からおじさんを助けてくれた人だ」

 

男子達は次郎さんの変化を変身のように捉え、目を輝かせている。

 

「その髪型はどうにかならないの?」

 

クロエは少しかっこいいと思っているのか、キラキラした目で次郎さんを見ている。女の子としては珍しいな。

だが、アリスのような意識の高い女の子となるとリーゼントヘアは気に食わないらしい。

 

「かっこいいじゃろ?」

「ダサいわよ」

 

アリスはいつも正直だな。今回はそれが裏目に出たか。次郎さんはメンタルをやられてる。やれやれ、女は怖いな。

 

「俺はかっこいいと思いますよ」

「私もそう思う」

「......リムル君はええ子じゃのう。黒髪の君も」

「まぁアリスも年頃ですから、しょうがないですよ。あとこの子はクロエです」

 

などとやり取りをしていると、

 

『うふふ......』

『おやおや───』

 

という風にどこからか声が聞こえた。しかも1つや2つじゃない。いいな。いかにも迷宮ぽくて結構好きだ。

 

「聞こえるか?こちらに敵意はない。用が済めばすぐに立ち去る」

 

こちらの話を聞いているのかいないのか、迷宮の中の精霊か妖精が話していると思われる声はずっとからかう様に笑い声を出しており、クスクスと聞こえる。

 

「良ければどこに上位聖霊がいるか教えてもらえないか?」

『あはは、おもしろい』

『いいよ、教えてあげても。ただし───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───試練に打ち勝ったらね』

 

ズズン、と思い足音が聞こえた。頑強そうな外殻を持ち、子供達より何倍も大きなサイズの魔人形が食い気味に俺達を殺そうと攻撃を仕掛けてきた。一撃で地面は割れ、周りにもヒビが入った。

 

初撃は俺と次郎さんで子供達を庇い、何とか怪我をさせずに済んだ。

まぁ初撃を避ければあとはこっちから攻撃するだけだ。

 

粘鋼糸で相手を縛り、体に亀裂を入れ、ベニマルの”黒炎獄”のように黒炎をドーム状に放ち、魔人形を焼き尽くした。

 

『う、うそ!?アタシの精霊の守護巨像がたった一撃で......!?』

「子供達に怪我させたくないんでな」

 

黒炎獄が消え、魔人形は灰になった。これにて一件落着かと思われたが、その後すぐに地面から手のようなものが出てきた。

その手は飛び出してきたアリクイのような姿形をしたロボットの物らしく、地面から出てきた後、体をほぐしていた。

 

『ハァ〜、待チ伏セシテタハ良イガヨ、来タノガコンナガキンチョトハヨ〜......』

 

今この瞬間において相手の情報は少なかったが、一目見て途轍もない殺気がビシビシと伝わってきた。

どうやら、俺達を殺すつもりらしい。

どういうつもりか知らないが、向かってくるなら戦うまでだ。

 

そう思い身構えた瞬間、凄まじい速度で俺の横を何かが通って行った。

 

その後人影と思しきものもロボット目掛けて飛び出して行った。

 

『ハァ〜、今日ハ───ッ!?』

 

途端にロボットの動きが止まる。いや、止められた。

 

『ナ、何───』

 

 

───バゴッ、ブチッ、ベキベキベキッ!!!

 

 

『テ、テメェ......』

「誰にこのロボットを与えられた?」

『シ、知ルカ!!』

「......ふむ」

 

 

───ズンッ!メキッ、バキャッ!!

 

 

気づいた時には、あのロボットは次郎さんの手で粉々にされた。

あまりにも一瞬の出来事だったので俺もよく分からなかったが、『思考加速』と大賢者のお陰で何とか状況について行くことができた。

 

大賢者の解析によると、あの瞬間で次郎さんはノッキングで動きを止め、ロボットの顔を殴って開かないようにさせた後、首を引きちぎったらしい。

あのブチッという音はロボットの線がちぎれた音だったのか。

 

そしてその後、四肢を握り潰して体中のあらゆる場所をへし折ったと。

 

最後に砕いたものは、あのロボットの核と思われる物......らしい。

あれだけ一瞬でロボットを潰した上に、核まで粉々にするなんて......どう考えても次郎さんはあのロボットと戦闘経験があるとしか思えないな。

 

ただ、あの場で子供達でも、大賢者でもなく、俺だけが見た次郎さんの顔は、本気で怒っているようだった。

正直物凄く恐ろしかったし、子供達と一緒にランガと逃げたかった。

 

「じ、次郎さん」

「ん?」

 

でも、ロボットを倒した後に俺達に見せてくる次郎さんの顔は、裏表のない優しい表情をしていた。

 

次郎はロボットを壊した時、どんな気持ちで動いたのか、どんな理由で怒っていたかなど、今の俺には知る由もなかった。

 

「そのロボット、貰っていいですか?」

「構わんが......」

「ありがとうございます」

 

捕食してロボットの”鑑定・解析”を大賢者に頼むと、驚くべきことが判明した。

 

《解。解析した結果、素材はチタン合金です。頭部に大口径のレーザーが搭載されており、開くことで発射可能になります。また、指先から針の様な物を出現させることが出来ます。》

 

「チタン合金だって!?」

「......ん?リムル君、どうかしたかの?」

「......次郎さん、落ち着いて聞いてください」

「あ、ああ」

 

ちょっと息荒過ぎたかな?次郎さんが戸惑ってた。失敬失敬。

ふぅ、深呼吸だ。すーはーすーはー、よし。

 

「次郎さん、チタン合金って知ってますか?」

「そのロボットの素材じゃろ」

「そうです。まさか次郎さんって......異世界人ですか?」

「そうじゃが」

「......やっぱり!」

 

思った通りだ。この世界にチタン合金なんて物があるなんて聞いたことがないし、そもそもリーゼントヘアはこっちの世界の髪型だ!

次郎って名前を聞いて薄々感じてたけど、そんな名前日本人以外には考えられない!

 

「どうしたんじゃ......?まさかリムル君もワシと同じ......」

「はい!刺されて死んでスライムに転生しました。見てくださいこれ!日本人にはバカウケですよ!」

 

シズさんにもユウキ受けたスライムギャグ、とくと見よ!

 

「悪いスライムじゃないよ!」

「......何をやっとるんじゃ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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精霊女王

渾身のスライムギャグがスベり、俺は傷心の身だった。

だが、教師としてそういう所は子供達に見せないようにせねばと思う。

 

というかウケるスベるというより、そもそも次郎さんはスライムギャグを知らなかったらしく、前の世界でもゲームというものとも無縁だったらしい。

 

何と、グルメ時代という食を探求する時代を生きてきたのだとか。

しかも、宇宙が5つ存在し、地球の直径が22万km、しかもそれは人間が暮らす『人間界』という場所だけでらしい。

 

『人間界』というワードが気になったので聞いてみたが、次郎さんのいた世界では『グルメ界』と『人間界』に分けられているらしく、人間界の大きさは地球の3分の1にも満たないらしい。

 

その話を聞いて俺は恐らく......いや、確実に俺と次郎さんの前の世界は違うところだと思った。

そもそも、次郎という名前にも関わらず日本を知らないこと。

 

前の世界での有名な場所を教えてもらったが、全く知らないものばかりだった。

まずはIGO。こんな名前は聞いたことがない。

 

さらに、ジダル王国にウール大陸、アイスヘルにリーガル高原。

ネルグ街にバロン諸島、洞窟の砂浜にベジタブルスカイ、モルス山脈などなど。

 

俺の知る場所は1つもなかった。

 

俺のいた世界ではグルメ時代など無かったし、歴史上存在しなかった。

未来にはあるのかもしれないが、正直信じ難い。

 

そもそも、占いのお姉さんの水晶に映った七体の獣。あんな化物は俺の世界には存在していない。

 

だがテレビやマンション、カジノやビル、ヤクザはいるという、何とも奇妙な共通点もある。

この時点で同郷だと思う方が無理というものだ。

その辺の詳しいところは後々じっくり聞くとして......今はあそこに隠れてる奴だな。

 

「......おい、さっさと姿を現せ」

「隠れとる場所はバレてるぞい」

『はいっ!はいはいはい!恥ずかしながらやって参りました!』

 

瓦礫の中から出てきたのは金髪の妖精のような羽の生えた女だった。

そいつは次郎さんを見た後、手を伸ばして顔に触れた。

そして優しい笑顔を向け、次郎さんの肩に乗った。

 

「どうかしたかの?」

「っ、ううん。なんでもないの......ごめんなさい」

 

そしてすぐに離れて悲しげに目を伏せた。そして、気を取り直して俺の方に向いた。

 

「我こそは偉大なりゅ───」

 

そして早々に噛んだ。

舌を押さえて震えてる。いやー、あれは痛いな。

同情する。

 

「......大丈夫か?」

 

そう聞くと妖精は問題なさそうに手を振り、茶目っ気のあるポーズをして名乗り出した。

 

「我こそは偉大なる十大魔王が一柱!”迷宮妖精”のラミリスである!さあ、跪くがいい!」

 

アリスとクロエは少し興奮した目で見ているが、男子達はUMAを見ているようだった。

俺は正直ハエかと思った。

 

次郎さんに至っては座ったままランガと話してる。

 

このラミリスだっけ?が周りの小さい妖精たちに何やらもてはやされてポージングしているのを他所に、ケンヤが捕まえようとしたりしていた。

ゲイルとリョウタが止め、クロエとアリスがそのラミリスを守っている。

 

っていうか......

 

「お前が十大魔王の一柱?もっとマシな嘘つけよ」

「はあああーーーーーっ!?何ですってー!?......ああ、はいはい!いるのよねー!よく知らないからとりあえず否定するやつぅー!」

 

腕を組んでプンプンと怒るラミリス。

 

 

「あのな、確かに十大魔王のことはよく知らないけど、友達にいるんだよ。ミリムって魔王が。あいつのデタラメさを見てるとどうもな......」

 

ラミリスの方をチラッと見ると、あわわわわと震えてこっちを見ていた。

 

「ミ、ミリムの友達......!?ももももしかしてアンタ、魔国連邦だとかいう国を興したリムルとかいうスライム!?」

 

ラミリスは有り得ないものを見る目で引きながらこっちを見る。

スライムで悪いか。

 

「......そうだけど」

 

その言葉を皮切りに、ラミリスはタガが外れたように叫びまくった。

周りの妖精達に宥められるが、治まる様子はない。

 

「あああやっぱり!!この前久々に来て友達が出来たとか自慢しやがったから鼻で笑って追い返したのに!!」

 

キッ、とこちらを睨み、耳に向かって大声を上げてきた。

 

「ばぁーーか!バカバカバカ!!アンタはバカじゃ───」

 

ふんっ!

 

パンと小気味いい音を立ててラミリスはダウンした。

とりあえずその辺に放置しておこう。

 

「何すんのよ!」

 

復帰早っ!

 

「あ、そろそろ時間だな。そうだ、お前もおやつ食うか?」

「......毒とか入ってないでしょうね」

「あっそ、じゃいらないな」

「あぁぁぁ嘘嘘!いるっ、いるからあ!」

 

5分後。

 

「ってわけで、アタシとミリムじゃジャンルが全然違うの!」

「でも同じ「魔王」なんだろ」

「そうだけど全っ然違うの!ドラゴンとスライムくらい違う!っていうか魔王全員が力自慢だったらキャラ立たないでしょ!そんなの1人で良いじゃない!」

「わかったわかった。じゃあ君は何に特化した魔王なんだ?」

「知恵と美貌!」

 

ドヤ顔でそう言ってきた。

そして思いっきり叩こうとしたが空振った。ちっ、すばしっこいヤツめ。

 

「何すんのよ!」

「いや、ドヤ顔にイラついた」

 

ドヤ顔も含め、さっきからなんか妙にイラつくんだよな。

 

《解。個体名ラミリスの「精神支配」に抵抗している影響です。》

「......精神支配?」

「ギクッ!!」

 

こんにゃろ......そういう事だったのか。

 

「や、やめまーす......」

 

舌を出し、目を逸らしながら距離をとるラミリス。そうは問屋が卸さないんだ。

 

「そもそもお前、魔人形で俺達を殺そうとしてたよな?」

「ちょっとちょっとまだ怒ってんの!?驚かせようとしただけだって!妖精の可愛いイタズラだって!!」

「精霊の住処に行って帰ってきた者はいないって聞いたが?」

「迷子にでもなってんじゃないの?」

 

遠い異国の出口に放り出してるから、と付け加え軽い調子で言う。

そりゃ戻ってこられないわけだ。

まあ、それはそれでヒドイ話だけどな。

 

「だいたいねぇ、アタシばかり責められるってひどくない?アンタが壊した魔人形ってアタシの最高傑作だったんですけど!?」

 

チビ妖精がそーよそーよと野次を飛ばしてくる。

ラミリスに比べて見れば可愛いもんだ。

 

「あのな、そっちが試練とか言い出して襲ってきたんだろ」

「なにも消し去ることないじゃん!相手の気持ちも考えなさいよね!」

 

誰が言ってるんだ誰が。こっちの気持ちも考えず魔人形で問答無用で殺そうとしてきたのはどこのラミリスだ。まったく。

 

「そういえば、あのロボットもお前が?」

「いや、あれは違うわ。どうやら随分前から紛れてたみたい。待ってたって言ってたから、誰かを殺すつもりだったのかもね」

「そうか......」

 

次郎さんはあのロボットを知ってるようだったし、後で聞いてみようかな。

 

「そういえば、ラミリスは次郎さんを知ってるみたいだけど......」

「......いや、知らないわよ」

「本当に?」

「しつっこいわね!本当よ!」

「なら信じるけど......」

 

ラミリスは次郎さんと昔に会ったことがあるんじゃないだろうか。

さっきからチラチラ次郎さんを見てるし、出てきた時すごく驚いてたようにも見えた。でも次郎さんはラミリスのこと知らなさそうだったしな。さっきの一瞬、ラミリスが次郎さんに触れてから俺の方に向き直るまで、ラミリスの顔は泣きそうに見えたんだけどな。

 

まあ、そんなことないだろうけど。

そのラミリスは地面にへたり込み、あの外殻が手に入ったのはラッキーだのと呟いている。

 

「なんだ、最高傑作とか言ってる割に外殻はどっかから盗ってきたのか」

「ちょっ......人聞きの悪いこと言わないでくれる!?あれはドワーフ王国の研究所で作られた魔装兵ね試作品だったの!残骸が捨てられてたからアタシが再利用してあげたわけ!」

 

なるほど。資源ゴミ泥棒か。

それにしても「魔装兵」か。そういえば前にカイジンが言ってたな。

ベスターが項を焦ってポシャった計画もそんな名前だったはず。

 

......ってことはドワーフの技師ですら失敗した「魔装兵計画」を自己流で完成させたのか。この自称魔王は。

 

「胴体はいい線いってたけどね、心臓部の精霊魔導核がもーだめだめ。あれの動力は火の精霊が制御してるんだけど、そもそも通常の鋼材じゃ精霊に耐えられないわけよ」

 

やけに詳しいみたいだし......ひょっとして本当に賢いのか?

ちょこちょこ自慢を挟むのがうっとうしいけど。

 

「なぁラミリス。そんなすごい君を見込んで頼みがある」

「はぁ?何でアタシがアンタなんかの頼みを───」

 

ボウッ!

 

少し黒炎を見せれば、後ろの妖精共々敬礼をしてきた。

 

「聞いてもいい気がしてきたのであります!」

「いやぁ、助かるよ。あ、もちろんタダとは言わない。協力してくれたら俺が新しい魔人形を用意しよう」

「......聞こうじゃないの」

 

目に見えてわくわくしている。

フッ、チョロいな。ゼネコン勤務をナメるなよ!!

 

「それで、何で上位聖霊を求めてるの?」

「ああ、それは───」

 

とりあえずは子供達について説明しなきゃな。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

一通り説明を終わらせると、ラミリスは子供達をジロジロ見て大変だったね、と労った。

 

「この子達も苦労してるんだね。勝手に召喚されてあとは死ぬだけってバカみたい」

「そんなわけでどうしても上位聖霊の協力が必要なんだよ。そのために精霊女王に取り次いでもらいたい」

 

そう言うとラミリスはきょとんとした顔で俺を見た。

そして忘れてたかのように言葉を続ける。

 

「あれ?言ってなかったっけ?精霊女王ってアタシのことだよ?」

「アタシ?」

「うん、アタシ」

「いやいやいや、子供達の現状話したよな!?そんな冗談言ってる場合じゃないんだけど!?」

「冗談じゃありませーん、本当ですー!」

 

精霊女王って見た目じゃないだろ!

てか、自分で妖精って言ってたくせに!

 

「そもそも魔王って設定はどこいったんだよ!欲張ってると信用無くすぞ!?」

「設定じゃありませんー!精霊の女王が堕落して魔王になっちゃったんですー!!」

「堕落!?」

 

堕落......そう聞くとなんか説得力あるな。自分で言ってていいものなのかとは思うが......堕落してそうだもんな、こいつ......ひとまずは信じるしかないよな。

 

「わかった。......いや、正直よくわからんけど。とりあえず飲み込むことにする」

「ふふん、よろすぃ!」

「で......?協力してくれる気はあるのか?」

 

ラミリスが少し離れたかと思ったら、彼女の体が少し光る。

 

「......精霊女王は聖なる者の導き手。勇者に精霊の加護を授ける役目も担ってるの」

 

精霊の加護?

 

「いいよ」

「ん?」

「召喚に協力してあげる」

 

ラミリスはふわふわと浮かびながら子供達の体を明るく優しい光で照らした。

 

「せいぜいスゴい精霊を呼び出すといいさ」

 

......どうやら、本当に精霊女王らしい。

さっきまでの子供みたいな態度とは別に、今はしっかりと役目をこなしているように見える。

 

「頑張ってね」

 

この時、ラミリスの姿を見て俺は一瞬、ほんの一瞬だけドキッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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狼と狼

「アカシア」

「どうした?三虎」

 

あの世にて、次郎の様子を見守っているアカシア家は今日も平和だ。

雲の上にてのどかに暮らし、フローゼの料理を毎日食べ、笑顔が溢れている。

 

そんな時、末っ子三虎はある疑問を思い浮かべた。

 

「さっきのラミリスという女は、昔次郎に会ったことがあるような雰囲気だったが......知ってるか?」

「......いや、私は知らないな。フローゼは知っているか?」

「知らないわね......一龍は?」

「知りません」

「私もだ」

 

次郎をも含めた全員が知らないというのもおかしな話である。

アカシア達が知らずとも、次郎だけでも知っていれば納得がいった。

だが、次郎自身もラミリスとは初対面の様子だった。

 

「......三虎」

「兄者、どうした?」

「次郎がワシらの前から消えたのは何時だった?」

「......確か、かなり前だった気がするが......」

「......ああ、数百......もしかすれば数千年前かもしれん」

「食霊として過ごしていれば時間が無限のように感じていたから、それ程意識することは無かったが......」

 

考えれば考えるほど謎は深まるばかり。

 

「そういえば、私達が次郎を見ることが出来るようになったのは、最近だろ」

「そうじゃな」

「そこでどんな力が働いているのかは知らないが、少なくとも邪なものでは無いと私は思う」

「......三虎、お前の今言おうとしていることは、恐らくワシと同じじゃ」

「......ああ。そしてこれは仮説だが───」

 

そんな時、ぐぎゅるるるるる、ごるるるる、と轟音が聞こえた。

一龍と三虎、アカシアまでもが腹を押さえて蹲っている。

 

「ど、どうしたの皆!?」

「は、腹が減った......」

「フローゼ、料理を......」

「い、急いでください......!」

「分かったわ!」

 

急いでキッチンに駆け込むフローゼ。かくして、次郎とラミリスの接点に対する疑問は、3人の空腹により、秒で忘れられたのだった。

フローゼは覚えていたが、まぁいいかと思い、水に流した。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「へぶしっ!」

「次郎殿、どうかされましたか?」

「どこかで誰かが噂でもしとるんじゃないか?」

 

ズビーと鼻をすすり、風邪か?などと思う次郎。

隣にはランガがおり、リムルや子供達と少しばかり距離をとっていた。

特に理由はなく、単純に次郎が壁際で休んでいたらランガが来ただけだった。

 

「そういえば、次郎殿」

「ん?」

「あの妖精と面識がある様に見受けられましたが......」

「いや、ワシは覚えとらんよ。ただ、初対面の気がしないんじゃがな......どうにも思い出せんのじゃよ」

「思い出せない、ですか......」

「どうしたものかのう......」

「そういえば、それとは別なのですが、我は次郎殿とお話したかったのです」

「話?」

 

ランガは体のサイズを小さくし、次郎の掌から肩へ、肩から頭へと場所を移し、頭上に落ち着いた。

 

「前々からここに座りたいと思っておりました。ですが、ここは聖域のような気がしてならないので、降ります」

 

ぶるりと身を震わせて飛び降りるランガ。次郎としては別に構わなかったが、特に乗せる理由も無いので流した。

そしてランガは元の少し大きいサイズに戻り、次郎に少し真面目な雰囲気で話しかけた。

 

「リムル様からも聞いているかと思われますが、我らの国では次郎殿を受け入れようという話が出ています」

「ほう、それはそれは」

 

初耳の情報にへっへっと笑う次郎。

 

「理由としては、主に3つ。

1つ、リムル様がいない際、あなたに緊急時に指揮を執って頂きたい。

2つ、トレイニー殿が次郎殿に会いたがっており、日に日にその感情は増しているようです。こちらも少し冷や冷やしています」

 

ミョルマイルと同じく、ランガは若干トラウマを負っている様子だった。

一体トレイニーが何をしたというのか。次郎は想像しないようにした。

 

「そして3つ、単純に魔国連邦の者達は次郎様に会いたいと言っていました。

関わった時間こそ短くとも、あなたの人間性やその優しさは皆を惹きつけるは充分です。特に、鬼人の者は何故か次郎殿をとても慕っています」

 

ランガが言うに、暴風大妖渦の件が解決した後、しばらく魔国連邦は復興に時間を費やしており、その時次郎が来た際に手を貸してくれたことや、警備隊に少しだけ訓練したこと、狩りの部隊に食への感謝を教えたこと、それら全ての行動は、次郎が皆に慕われるには充分だったらしい。

 

理由を述べ終えたランガは、次郎からの返答を待つ。

次郎はいまいち納得しきれていない様子だった。

 

「関わった時間か......ワシはトレイニーが凄まじく推すから行った、いわば旅行なんじゃがな......それに、おぬしらが思う程ワシは出来た人間ではないし、とても指揮を執る器にはなれんよ」

「......そうですか。ひとまず、この話はここまでにします。ですが、気が変わった場合はこのランガにいち早く報告を!」

「気が変わったらの。というか、リムル君の許可は得とるのか?」

「ご心配なく。この提案をされたのは誰あろうリムル様ですので!」

 

リムルとしては、次郎と敵対するのを避けたかったので体のいい理由を作っただけなのだが、魔国連邦の面々の反応が想像以上に好意的だった為、その理由で押し切った、というのが事の顛末である。

 

「リムル君も物好きじゃのう」

「ですが、我らはそんな所に惹かれました!」

 

どさくさに紛れて惚気け出すランガの様子を見て、リムルは本当に好かれているのだなと次郎は思った。

 

「そうだ、次郎殿にお聞きしたいことがあるんでした」

「聞きたいこと?」

「先程申しましたが、鬼人の者達をご存知ですか?」

「確か......ベニマル君にシュナちゃん、シオンさんとソウエイ君、クロベエとハクロウ......じゃったか?」

「ええ、そうです。その者達は、次郎殿が暴風大妖渦と合間見えた際、こんなことを言っていました」

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「ランガ......あの方は......?」

 

次郎殿が魔国連邦へ来た時、一番最初に反応を示したのはシオンでした。

最初は見間違いかと思ったのか、何度も目を凝らして見ていました。

そして見間違いでないと気づいた時、涙を流していました。

 

「良かったっ......生きて......いたのですね......!」

「......どうかしたのか?」

「......いえ、何でも......ありませっ......!」

 

空泳巨大鮫を倒した後、我らはリムル様と暴風大妖渦の一騎打ちを見守っていたので、偶然近くにベニマル達も集まっていました。

 

クロベエ殿はあの時いなかったので知らなかったと思われますが、ベニマルとソウエイは無反応のように思えました。

ですが、よく見ると口角が僅かに上がっていました。

 

「信じられん......まさかあの人が......」

「あの状況からよく逃れられたな......流石だ」

 

シュナは袖で口を押さえ、シオンと同じく涙ながらに嬉しんでいました。

 

「次郎様......!」

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「といったことがあったのですが、次郎殿は鬼人、ひいては大鬼族と面識があったのですか?仮にあったとして、それ程の力をお持ちなら豚頭族に遅れを取るとはとても......」

「確か、ベニマル君達以外の大鬼族は豚頭族に蹂躙されたと聞いたが......」

「ええ。それは豚頭帝が軍を率いたのが大きいかと。そして、その豚頭帝はゲルミュッドという魔人が名付けしたもので誕生したと思われます」

「......ワシは、ベニマル君達とはトレイニーと初めて魔国連邦に行った時が初対面だったと思うぞ」

「そうですか......」

「......妙じゃな」

 

次郎は考える。

ラミリスといい、ランガが言ったベニマル含め鬼人勢。

自分の記憶が正しければ初対面のはずなのに、ラミリスは遠い昔に、ランガによれば鬼人達は最近に会ったような態度を見せている。

 

「ワシが出会った記憶はないのに、向こうにはある......一体どう言うことじゃ?」

「確かに......」

「ワシがこの世界に来てすぐに会ったのはあの魚じゃ。大鬼族の里や豚頭族など知らん」

「暴風大妖渦です」

「だが、ベニマル君達の里が壊されたのは魚が来るより随分前と聞いたが......」

「暴風大妖渦です。ええ、我の記憶が正しければ、大鬼族の里が壊された後、リムル様から名を貰い、豚頭族の軍勢と戦いました。そしてその件が終わり、平和な日々を過ごしている時に暴風大妖渦は来ました」

「ということは、ワシとベニマル君達には時系列の食い違いがあるの」

 

話に聞いた限りでの鬼人達の時系列

 

里が壊滅させられる→リムルに出会う→名を貰う→豚頭族の軍勢と戦う→その件が終わる→暴風大妖渦襲来

 

次郎の時系列

 

アカシアに殺される→トリコ達の結婚式出席→食霊として過ごす→気づいた時には異世界→トレイニーと出会う→暴風大妖渦と対峙

 

「といった感じかの」

「......先程は聞き流しましたが、次郎殿は異世界から......」

「まあ色々あっての」

 

次郎は、自分とは鬼人達の主であるリムルも暴風大妖渦の時に自分と初対面であることも含め、里が壊滅してからリムルに出会うまでの間に自分と出会ったことになると推測を立てた。

 

この際自分が鬼人達に会った記憶が無いのは除外して考える。

 

「たしか、あの状況から逃れられたと言っていました」

「あの状況......」

「恐らく、死を覚悟するような状況でしょう。ベニマルは信じられないと言っていましたし、シオンも生きていたことに驚いていました。生きていることを知っていたら、あのような反応にはならないはず」

「......ふむ。だが、ワシがこの世界に来た時間とはどうも噛み合わん......」

 

追求すればする程、結論は絞られていく。

次郎は、最初にその結論が浮かんだ時、有り得なさすぎる、突拍子もなさすぎると候補から消し去った。

 

だが、段々とその結論なのではないかと思い始めてきた。

いや、そうとしか思えないほど、この謎と結論は辻褄があっていた。

 

「ランガ君」

「はい?」

「こう考えるのはどうじゃろう?ワシが───」

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「あ、ラミリス」

「ん?」

「子供達はまだおやつ食べてるから、ちょっと待ってくれ」

「......アンタね、これから召喚する流れだったでしょうが!」

「いやあ、俺としてもこのお菓子が美味しくてついな」

「まったく、召喚させないでやろうかしら......」

「次郎さんと話してきたらどうだ?」

「......初対面の人間に何でわざわざ話しかけなきゃなんないのよ」

 

今露骨に間が空いたな。やっぱりこいつ、次郎さんのこと気になってるだろ。

 

「リムル君、少しいいかの?」

「あ、はい?」

「少しこの子を借りたいんじゃが」

「うぇ!?アタシ!?」

 

次郎さんはそう言ってラミリスを摘み、離れていった。

さて、俺達はもう少しお菓子食べとくか。

 

「ランガも一緒にどうだ?」

「喜んで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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