ミミック派遣会社 ~ダンジョンからのご依頼、承ります!~ (月ノ輪)
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プロローグ

廊下を小走りに、先にある部屋をノックする。返事を待たず、扉を開く。

 

「社長、依頼のお手紙が来ましたよ」

 

先程届いたばかりの手紙を手に、室内へ。だが…。

 

「あれ?社長?」

 

暖かな木漏れ日が差し込む社長室には誰もいない。しかし先程社長をこの部屋に連れてきたのは私である。トイレにでも行ったのかな……?

 

「あれ、でも箱はある…?」

 

ふと、社長椅子の上にポツンと開いて置かれた()()()()()に気づく。中に居る様子はないし、触れてみても案外冷たい。どうやら私がいなくなった直後にどこかへ移動したらしい。

 

「でも社長寝ぼけてたし…遠くに行くはずはないんだけど…」

 

思わず首を傾げる。――その時、どこからともなく耳に小さく入ってくる音が。これは……寝息。となると……。

 

「また時間稼ぎに隠れたんですね……」

 

はあ、と溜息をつき、改めて社長室内を見回す。鉄箱に木箱、樽に布袋、宝箱にトラップ箱。知らない人が見たらちょっと散らかり気味の倉庫と間違えそうなこの部屋を。

 

 

きっと社長、このどれかの箱に隠れているのだろう。なにせ、社長は()()()()だから。

 

 

 

 

 

「ここかな…いない」

 

「ここ…!違うか…」

 

ギイバタンギイバタンと箱を手当たり次第に開け閉めし、捜索を。けど、どれを開けてもハズレ。なのにそれをあざ笑うかのように寝息は静かに聞こえ続ける。というかこの音、一体どこから…。

 

「……上!!」

 

耳を澄まし、ようやく発生源を突き止めた! 書類が仕舞われている戸棚、その上に置かれた雑品入れの箱からである。全く…妙な位置から聞こえていたから混乱してしまった。

 

「もう…! また取りにくい位置に…よいしょっと!」

 

悪魔族の特徴である羽を軽く羽ばたかせ、少しだけ浮き上がる。角が天井に刺さらないように注意しつつ、その雑品入れの箱を引きずりだし、社長机の上へと降ろす。そしてちょっと呆れるように尾を揺らしながらも、箱の蓋をパカリ。

 

「起きてください、社長。かくれんぼは終わりですよ」

 

「んにゅぅ…? アストぉ…?」

 

箱の中、雑品の上に丸まって寝ていたのは白いワンピース纏ったピンク髪の少女姿な魔物。彼女こそが我が『ミミック派遣会社』の社長、ミミック族の『ミミン』なのだ。

 

そして私は『アスト』。そのミミン社長の秘書を務めている悪魔族女性である。こうしてスーツを纏い、社長の身の回りのお世話もしていたり。

 

 

 

「ほら、もう時間ですから」

 

むにゃむにゃ言っている彼女の体を優しく揺すると、ようやくむっくり体を起こしてくれた。そしてとろんとした目を擦りながら、欠伸を。

 

「ふぁふうっ…。 もう戻って来ちゃったの…? 寝足りないのにぃ…」

 

「今日は朝礼がありますからね。今の内から目を覚ましておいてください。とりあえず朝ごはん食べに行きましょうか」

 

「そうしましょ……ん、くぅうう…!」

 

「さ、早く宝箱に移ってください。……大体、どうやってあんな場所に入ったんですか全く…」

 

「んー? こうやってにゅるんって」

 

まるでスライムのように身体を滑らかに動かし、雑品箱から宝箱へと移動する社長。その姿に思わず苦笑いをしてしまう。見た目は人型だというのに、軟体生物みたいな挙動。相変わらずミミック族は特殊な身体をしている。

 

…まあ社長から言わせれば羽と角、細い尻尾が生えている私の様な悪魔族のほうが特殊らしいが。箱の中で寝られないじゃない、と笑われたこともある。無理ですし、ベッドの方が良いです……。

 

「じゃあ運びますよ。食堂に着くまでの間にこの手紙読んでおいてくださいね。とりあえず視察に来て欲しいらしいです」

 

「はいはーい。じゃあ運ぶの頼んだわね~」

 

手紙を引きずり込み、宝箱の蓋がパタンと閉じられる。そんな社長入りの箱をよいしょと抱え上げ、ようやく社長室から出る。

 

 

では今日も一日、仕事を頑張るとしよう! 

 

 



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顧客リスト№1 『ゴブリンの洞窟ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


転移魔法により到着したのはとあるダンジョンの地下。社長(入りの箱)を抱えた私を迎えてくれたのは沢山のゴブリン達だった。

 

「コッチ!」

 

案内してくれるのは有難いのだが、無造作に服を引っ張ってくるせいで思わず転びそうになる。社長の箱、結構重いのに。いや社長自体は軽いのだけど。…なんで私、日誌で予防線を張っているんだろう。

 

 

 

連れてこられた部屋にいたのは、よぼよぼのゴブリン。上位的存在なのだろう、流暢に言葉を喋り始めた。

 

「初めまして、ミミン社長。お忙しい中わざわざ足を運んでくださりありがとうございます」

 

頭を深々下げる彼に、パカンと蓋を開きひょっこり顔を出した社長は笑顔で返した。

 

「いえいえ、ダンジョンあるところに私達あり。ですから!」

 

 

 

 

岩を削り出し作られた武骨な椅子に腰かけ、同じく武骨なテーブルの上に(社長)を置く。すると社長は早速商談に入った。

 

「それで、確かご依頼というのは…」

 

「はい。ここは辺境にある我らの棲み処。集めた道具や食料を保管してあるのですが、つい先日人間どものギルドに『攻略対象』と定められたようで…」

 

丁度その時、部屋の端にある復活魔法陣が輝く。現れたのは数体のゴブリン達だった。

 

「ヤラレタ…!」

 

どうやら冒険者に倒されてしまったのだろう。ギャッギャと鳴きながら手近な武器を拾い、またもダンジョンの中に走っていった。

 

「…あのように、敗走が多くなってしまったのです。既に幾度も最深部まで到達され、宝箱の中身を盗られてしまいました。場所を変えたり警備を増やしたりと色々やっておるのですがどうにも…」

 

しょぼくれる老ゴブリン。それを見た社長は小さな胸をドンと叩いた。

 

「なるほど、それで我が社にご連絡を。お任せください!宝箱に入り冒険者達を不意打ちするのは我らミミックの最も得意とするところ。まずはこちらのカタログをどうぞ!」

 

 

 

自らが入っている箱の底を探り、よいしょとカタログを取り出す社長。それを老ゴブリンに手渡しながら、ミミックについての簡単な説明を行った。

 

「ご存知かもしれませんが、ミミックには大別して二種類となります。スライムや魔獣のような魔物と同程度の知能かつ、触手や箱そのものといった様々な形を持つ『下位ミミック』。私のように知能も人並みで姿も人型。加えて身体の一部をある程度変化させられる『上位ミミック』です」

 

ペラペラとカタログをめくりつつ、ほうほうと相槌を打つ老ゴブリン。と、社長は声を少し落とし質問をした。

 

「ちなみにご予算はどれぐらいに…?」

 

「そうですね…これぐらいです」

 

老ゴブリンが合図すると、端で待機していたゴブリンが袋を持ってくる。どちゃりと置かれたその中身は、冒険者が落としたであろう金品や掘り出した鉱物宝石が入っていた。

 

「じゃあアスト、お願い」

 

「わかりました」

社長の指示に返事し、私は電卓を取り出す。こういった計算は『鑑識眼』を持つ私の仕事である。

 

「えーと、この装飾具合だと…この鉱物の取引価格は…」

 

弾き出した金額を社長達に見せる。すると社長は口元に指を当て考える仕草。

 

「そうですね―。このご予算とダンジョンの広さを鑑みますと、上位ミミックの派遣はちょっと難しいですね…。下位ミミックならば間に合うかと思いますよ」

 

社長は箱から身を乗り出すと、老ゴブリンの持つカタログを勝手に捲る。

 

「この子達は如何でしょうか。タイプとしては下位ミミックの大口型。箱そのものがミミックという一番スタンダードな子です。冒険者が近づいたり開けたりしたら即座にバクーッと食べちゃいます」

 

「おぉ…!それで充分です。早速お願いします」

 

「商談成立ですね! ではこちらが契約書と倒された際の復活魔法式です。彼らへの報酬と我が社への手数料はここに記載されています。ご確認が終わりましたらここにサインを!」

 

またも自身の入った箱から出した書類一式を手渡し、書き終わった写しを預かる社長。最後に満面の営業スマイルを浮かべた。

 

「では戻り次第ミミック達を派遣いたします。どうか存分にお活かしくださいね!」

 

 



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人間側 酒場で潰れるとある冒険者のぼやき

今日は大変な目にあった…。

 

親の反対を押し切って村を出たのが一年前。ギルドに登録し薬草集めや簡単な魔物退治に何回も挑み死にを繰り返し、やっとまあまあな日銭を稼げるようにはなった。ようやく我慢していたお酒を飲めるようにもなった。やっぱりお酒はクエストで疲れた体を癒す最高の薬だぜ。

 

そんな酒も、今日は美味くない。理由はあれだ、つい最近ギルドがクエストを出した『ゴブリンの洞窟ダンジョン』。ゴブリン程度ならば幾度も相手しているし、最近は怪我を負うことなく倒すこともできる。だから、調子に乗って仲間達と共に意気揚々と足を踏み入れた。

 

 

元からあった自然洞窟を拡張して作っただけらしく、魔王軍や魔女、魔族達が持っているダンジョンよりも造りは粗雑。灯りこそ必須だったが、出てくるのはゴブリンやら小さいスライムやらの雑魚ばかり。こちらもパーティを組んでることもあり、時間は掛かったものの最奥に進むことが出来た。

 

流石にちょこちょこ傷を負わされて、俺達も苛立っていた。ゴブリン如きが、せめて使った回復薬代ぐらいは回収してやるってな。

 

 

そんな時に丁度宝箱を見つけた。どうせゴブリン達が俺達から盗んだもの、奪い返してやる!と全員で顔を近づけたのが悪かった。

 

「「「え…?」」」

 

思わず全員でそう声を漏らしちまったさ。だって…入っていたのは宝じゃなくて鋭い牙と真っ赤な舌だったんだもの。あれが噂に聞く『ミミック』って奴だったんだろうな。持ってた灯りに反射して意外と綺麗に光ってたよ。一瞬、これ売れるのかなって思っちまった。

 

その後?おいおい、聞かなくてもわかるだろ…。揃って頭からガブリ、骨ごとバキバキ食われたよ。

 

次に気づいた時は教会の復活魔法陣の上。持っていった武器や鎧、アイテムを全て失くしたあげく、高っかい蘇生代金まで支払わなきゃいけない羽目になっちまった。おかげで仲間全員揃って金欠だ。

 

 

気晴らしに残った金で酒を飲んでるが、気分は晴れねえ…。もうダンジョンには行きたくねえよクソッタレ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~

 

※今後の注意事項

・他複数の投稿サイトとの重複投稿となります。

・投稿話数が追いつき次第、毎週土日投稿に切り替えさせていただきます。

・季節のネタを含んでいるため、投稿が追いつくまでは温度差を感じるかもしれませんがご容赦ください。

 

・また、誤字報告やご感想がございましたらご気軽にお願いいたします。

・評価等していただけると活力となります。是非よろしくお願いします。



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顧客リスト№2 『スライムのぼよんぼよんダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

本日依頼を受け向かったのは、スライム達が棲むとあるダンジョン。人間達からは「ぼよんぼよんダンジョン」と呼ばれている。

 

その呼び名の通り、ダンジョン内の壁や床は固めのスライムの如く弾力がある素材製。ぼよんぼよんしている。よくある毒沼のようなトラップもドロドロのスライムが満ちている。

 

スライムのスライムによる、スライムのためのダンジョン。そんな中を社長は…。

 

「ぼよ~ん!」

 

宝箱に入ったまま跳ね回っていた。

 

 

 

「アスト!これ楽しいよ!」

 

「怪我しないようにお気をつけてくださいねー!」

 

ケラケラと楽しむ社長にそう声をかけ、私はちょっと溜息をついてしまった。見た目は少女だが、確か社長は私より年上のはずなんだけど…。まあ種族によって年齢云々はまちまちではあるし…。

 

 

 

「いやぁ、他種族の方に楽しんでもらえると嬉しいものだねぇ」

 

と、天井からべちょりと落ちてきた大きなスライムがクスクスと笑う。にゅるりと身体の形を変え人型となった彼女はこのダンジョンの主にして、依頼者である上位スライムの「スラリー」さんである。

 

「ゴブリンのお爺さんから話を聞いて依頼したのだけど、聞いた通り気さくな方で良かったよぉ」

 

話を聞く限り、どうやら以前お会いしたゴブリンの方が紹介してくれたらしい。こんなふうに口コミで広がっていくのを聞くと、心なしか嬉しくなる。

 

 

 

「で、どう? 私の依頼できそうかなぁ?」

 

「『このダンジョンに合うミミック』ですよね。うーん…」

 

彼女の依頼もまた、冒険者を追い払うためのミミックが欲しいというもの。だが、それには大きな壁があった。

 

「宝箱を置いてないんですものね、ここ…」

 

 

 

そう、このダンジョンには宝箱がなかった。正確に言えば、宝箱の代わりをスライムが担っている。彼らは体の中に宝を入れて縦横無尽に動き回っているのだ。

 

宝箱に潜み、冒険者の隙を突くミミックにとって、それは結構な致命傷。流石の社長も頭を悩ませ、とりあえずダンジョン内を探索してみようとなり今に至るというわけである。

 

 

これから宝箱を置くように提案する、というのもある。だけど、依頼を受けた企業(私達)側が成し遂げられないからと言ってクライアントに状態の刷新を求めるなぞ、あってはならない。そんなことをしたら会社の名折れである。

 

だが、仮に通ったとしても、このぼよんぼよんの床である。安定して宝箱を置ける場所は限られており、大した戦果は挙げられないだろう。

 

ところどころにある柔らかいスライム地面に置くとしても、今度は宝箱がズブズブと沈んでしまい冒険者に気づかれないかもしれない。

 

もはや、「我が社の力不足です」と謝り退散すべきなのか。そう悩む私の耳に聞こえてきたのは…。

 

ドプンッ!

 

「え、何ですか今の音…」

 

「多分誰かがスライムに飲み込まれた音だねぇ。でもおかしいなぁ、冒険者は今いないはずなんだけどぉ。スライム同士がぶつかったらあんな音はならないし…」

 

スラリーさんはそこで言葉を止めると、私と顔を見合わせる。そして、私達は一斉に駆けだした。そこにいたのは大きなスライム。その身体から見えていたのは…。

 

「社長!!?」

 

ミミン社長の腕だった。

 

 

 

 

「こらぁ!ペッしなさい! ペッ!」

 

スラリーさんは焦った口調でスライムに呼びかける。だがスライムはぼよんぼよんと身体を揺らし何かを訴える。まるで「食べているんじゃないよ!」と言うように。最も、その時はそんなこと気づかなかったのだけれど…。

 

「社長!ご無事ですか!?」

 

ごぷりごぷりと音を立てつつ今なお沈んでいく社長の腕を掴もうと、私はスライムの元へ駆け寄る。箱はおろか、既に顔すらスライムの中である社長が無事であるはずもないが、そう声をかけるしかなかった。だが、予想外なことが起きた。

 

「えっ…?」

 

社長の手は平然と動き、サムズアップをしたのだ。

 

 

 

「…意外と元気なんですね?」

 

混乱した私を余所に、社長の手はこっちにおいで手招きする。どうやら手を握って欲しいらしい。訝しみながらも私がその手をとると、社長は勢いよく手を引いた。

 

「ちょっ…わぷっ!」

 

まさかの行動に何もできず、私は顔面からスライムの中へ。むにゅむにゅなスライムが顔じゅうに張り付き、呼吸がままならない。このダンジョンでの冒険者の死因は窒息死らしいが、こんな感じなのか…。苦しくなった頭でそんなことを考えた時だった。

 

ゴポンッ!

 

「ぶはっ…はあっ!」

 

勢いよくスライムの外へと押し出され、呼吸が出来るように。一体誰が、いや考えなくとも答えは一つ。ぬぽっとスライムから上半身を出したのは、少女。つまり…。

 

「しゃーちょーう…」

 

「ごめんごめん、ちょっと試してみたくて!」

 

 

 

 

 

「意外と力強いんですね…」

 

再度スライムの中に潜り、自身の箱を引きずりだしてきた社長に私はそう言葉を投げる。すると社長は何を今更と鼻で笑った。

 

「私達ミミックは箱の中に獲物を引っ張りこんで仕留めるんだもの。足の力は弱いけど、手の力ならかなりのものよ?」

 

えっへんと胸を張る彼女を、スラリーさんは驚いたような顔で見つめていた。

 

「驚いたねぇ…。スライムの中で生きていけるのぉ?」

 

「ミミック種全員が…とはいきませんが、出来そうですね。私も初めて試しましたけど!何分、体の構造がスライムに近いですから」

 

「あぁ…」

 

私は社長の普段の行動を思い出し、苦笑いを浮かべる。確かにスライムみたいに体をくねらし箱移動をしているが、本当に体の構造が近いとは…。

 

 

「それより、良い案を思いついたかも! 私やスライムと近しい身体の構造を持つ子を選んで…。あ、大きさ的に下位ミミックが、それも触手型のほうがバレにくいかな…!名付けて『スライムミミック』!となると…」

 

全身をスライムで汚したまま、社長はぶつぶつと呟く。何か思いついたようだが、スイッチの入った時の社長を邪魔すると後のご機嫌取りが面倒。とりあえずやれることをやっておくことに。

 

「えっと…スラリーさん、社長がご迷惑をおかけいたしました。 …とりあえず先にご予算の確認をさせて頂きますね」

 

こういう時は社長に任せておけばなんとかなるものである。

 

 

まあでも、まさかあんなものを作る、もとい組み合わせるなんて…。確かに『宝箱に潜む』ミミックではあるのだろうけど。

 



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人間側 ある冒険者パーティーの探検録

「よーし、今日はここで稼ぐぞー!」

 

「おー!」

 

リーダーの掛け声で、私達はダンジョンに足を踏み入れる。ここは『スライムのぼよんぼよんダンジョン』。なんとも可愛らしい名前だが、内部は余すことなくスライム状の物質で覆われ、結構足をとられる。

 

ただ、それと、ところどころにあるトラップにさえ気を付けてしまえば基本的に楽なダンジョン。なにせ、ここの魔物は…

 

「出たよ!小スライムと大スライムだ!」

 

「ようし、一気に倒しちゃおう! あ、壊さないようにね!」

 

そう、スライムだけなのである。ぼよんぼよんと身体を震わし迫ってくる彼らの基本戦法は基本体当たりのみ。見つけたら後は簡単。ある程度ダメージを与え…。

 

「よいしょ!」

ヌプリ

「お!当たり!レアなネックレス入ってた!」

 

動きが鈍ったところで、回復魔法や状態異常無効の魔法とかを手にかけスライムの中に突っ込む。ここのダンジョンは宝箱が無い代わりにスライム達が宝物を隠し持っているからである。

 

だからスライムを弱らせる時も注意が必要。強い一撃や爆発魔術などを使ってしまうと中の宝物も壊れてしまうので、慎重に。結構手間ではあるが、戦果は上々。あっという間にバッグは埋まり始めた。

 

 

「そろそろ帰るー?」

 

「まだ!これならもうちょい稼げるし!」

 

調子に乗って、私達は更に奥地へと進む。と、中々に大きなスライムを見つけた。

 

「あれは良いもの持ってそう!」

 

「いくよ皆!」

 

一攫千金を狙い、総攻撃を仕掛ける。あくまでスライムを倒しきらないように、柔らかな体を崩さないように慎重に…!

 

「弱ったかな…?」

 

「ふっふー!じゃあ肝心のお宝を…」

 

パーティーの1人がスライムの中にヌプリと手を入れ、探る。だが、首を傾げた。

 

「んー?なんだこれ?」

 

「宝物ないの?」

 

「いや、なんか変なのが…」

 

その子がそう呟いた時だった。

 

 

ニュルルルッ!

 

「えっ!? きゃあっ!」

 

突然、スライムの体の中から何本もの触手が伸びる。あっという間に手を入れていた子は絡めとられ、ズポンとスライムの中に引きこまれた。

 

「なにこれ!?」

 

「助けなきゃ!」

 

急ぎスライムを倒そうとするが、下手をすれば中に連れ込まれた子を傷つけてしまう。どう攻撃すべきか考えあぐねているうちに…。

 

ニュルルッ!

ニュルルルン!

 

またも触手は伸び、私達は次々と捕まってしまう。スライムには体当たりしかないと思ってたし、そもそも弱っているからと安心して近づきすぎた。

 

「危なっ…!」

 

間一髪、戦士はいち早く反応し身を躱そうとするが…。

 

ぼよんっ

「わっ!床が…!!」

 

柔らかな床に足を取られ、ぐらりと体勢を崩してしまう。その隙に触手は伸び、一人残らずズポンズポンとスライムの中に連れ込まれ…。

 

「「「ゴボッ…」」」

 

 

全員仲良く、窒息死。目を覚ますと、ダンジョン前の復活魔法陣の上。当然アイテムは全ロス、服もスライムでぐちょぐちょに。

 

「ゲホッ…なんだったのあれ…」

 

「わかんない…ミミックみたいな触手だった気が…うぇぇ…」

 

「あんなのがスライムの中に混じっているなら迂闊に倒せないじゃん…!もー…!」

 

稼ぎ場だと思っていたダンジョンから手痛い反撃。今後暫くはここに入らない―。そう私達は心に決めたのだった。

 



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顧客リスト№3 『アルラウネの菜園ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「わー!お花綺麗!果物も美味しそう!」

 

はしゃぐ社長。本日依頼を受けたのは、アルラウネ達が管理する森の中にあるダンジョン。人間達のギルドによる登録名称は『菜園ダンジョン』である。

 

「…ここ、本当にダンジョンなんですよね?」

 

私は思わず眉を潜めてしまった。確かに植物型の魔物が至る所に徘徊し、冒険者の侵入を牽制している。それは如何にもダンジョンらしい、のだが…。

 

「なんか、どこもかしこも綺麗というか…整備されてません?」

 

 

普通のダンジョンは大抵の場合薄暗く、汚れている。そして陰気な空気が流れているものである。

 

だがここは全く違う。ダンジョンの壁や屋根を作るのは蔦や草木で象られた生垣。隙間から入ってくる木漏れ日や柔風が気持ち良く、むしろ庭園と言うに相応しい。

 

そして漂うはかぐわしき香り。咲き乱れるは美しい花々や果物。しかも―。

 

「これ、人間達の間で結構な高値で取引されるものばかりですよ…」

 

何分、私は『鑑識眼』という能力を持っているからわかってしまう。そこらへんの壁や天井から変哲もなく生えているそれらが、人間達が作る高級回復薬や魔力回復薬の素材だったり、貴族に貢がれるものだったり。ここに来る冒険者達は美しい光景が黄金の山に見えているだろう。

 

「あぁ、だから『菜園』…」

 

『森の中』でも『草木生い茂る』でも『庭園』でもなく、つけられた名は『菜園ダンジョン』。人間達はここを『魔物が管理してくれている、良い植物が実る畑』として捉えているのだろう。腹立つ。

 

 

 

 

と、開けた空間に出る。そこにあったのは同じように蔦で編まれた東屋。丸太で作られた机と椅子代わりに生えている柔らかな花が置かれているその場で、お茶を楽しんでいる女性がいた。

 

「どう?私のダンジョンは。手入れ行き届いているでしょう?」

 

彼女の髪は緑色、それどころか肌も緑である。頭頂部からは大きな葉が生えている。腰から下は鮮やかな色の巨大花に包まれているが、それは椅子ではない。彼女の下半身なのだ。

 

種族、アルラウネ。植物型と人型を併せ持つ魔物でありこのダンジョンの主、「ローゼ」さんである。

 

 

 

「すっごく綺麗ですね!感動しちゃいました!」

 

椅子代わりである花にモスンと腰かけ(正確には私が箱のまま乗せた形だが)、社長はフンスフンスと鼻息を荒くした。よほど楽しかったのだろう。かくいう私も、この空間にいるだけで癒されていた。

 

「ふふっ、ありがとうねミミン社長。はい、淹れたてのハーブティーと採れたてのフルーツで作ったタルトよ。召し上がれ」

 

木を削り出し作られたカップや皿に美しく盛られ出てきたそれらを私達は有難く頂いた。

 

「「~! 美味しい~!」」

 

新鮮だというのもあり、格別に美味しかった。訂正、やはりダンジョンだったのだろう。人だけでなく魔物ですら惹きつけるほどの「美味しいお宝」は確かにあったわけだから。

 

 

 

 

「うへへ…幸せ…」

 

美味しいもてなしを受けて、にへら顔の社長。ローゼさんに笑顔で見つめられているのに気づき、慌てて顔を振り正気を取り戻した。

 

「失礼しました!それで今回の依頼は、『生えている花や果物を守って欲しい』でしたよね」

 

「あら、可愛いお顔だったのに…。ゴホン。えぇ、そうよ。でもちょっと条件があるの」

 

「条件?」

 

「正確には、『盗り過ぎた人間達だけ捕らえて欲しい』の」

 

 

 

 

「実を言うと、人間達が花や果物を採っていくのは別に構わないのよ」

 

「「そうなんですか!?」」

 

思わず私達は声を揃えて驚いてしまった。ローゼさんは頷き、言葉を続けた。

 

「えぇ、沢山生えすぎていても植物たちには毒だから。普段は私が手入れの際に間引きをしているのだけど、このダンジョン結構広いでしょ? 同胞や眷属を使っても手が回りきらないことがあるし、間引いた花や果物が勿体なくて」

 

それならば、人間達が採っていってくれた方が良い。間違いなく捨てることなく有効活用してくれるだろうし。 そう語る彼女を見て、私は気づいた。恐らくローゼさんは『菜園ダンジョン』と言う名を気に入っているということに。

 

「でも、『盗り過ぎ』というのは…」

 

「そうね…少し昔話も交えていいかしら。タルトのおかわりはどう?」

 

「是非!」

 

社長は食い気味に了承する。ちょっと食い意地が張り過ぎなのでは…?

 

 

 

 

「このダンジョンは私の趣味で運営しているの。前まで…ギルドにダンジョンとして登録されるまでは僅かな商人や冒険者達がこっそりと来て幾つか採っていく程度だったわ」

 

お茶とお菓子のおかわりを出しつつ、ローゼさんは懐かしむように語りだす。私達も思わず聞き入ってしまった。

 

「中には律儀に肥料やお金、勝手に採ったことに対する謝罪とお礼の手紙まで残していく人達もいたのよ。魔物である私の報復が怖かったのでしょうけどね」

 

「きっとそれだけじゃありませんよー!こんな美味しい果物達ですもの、作ってくれたローゼさんにお礼がしたくて仕方なかったに違いありません!」

 

パイをもぐつきながら、社長は断言する。淑やかに喜ぶローゼさんとの対比は、失礼ながら親子に見えてしまった。…こんなこと書いたのバレないようにしないと。多分2人はほぼ同じ歳だし。

 

 

 

「でも、ギルドに登録されてしまってから大量に人が来るようになってしまって。それでも間に合うほどには成っているのだけど、中には酷い人達がいるの…」

 

ローゼさんの声が一段と沈みこむ。どうしたのかと私達が気にかけていると、彼女は机をダンと叩いた。

 

「採れるだけ片っ端から千切っていって、バッグに入らないからって捨てていく人。熟していないものまで盗っていく人。根っこごと引き抜いて盗っていく人。他にも…!」

 

罪状をあげているだけでむかっ腹が立ったのか、ローゼさんはわなわなと肩を震わす。彼女の身体から生える蔓は逆立ち、怒髪天ならぬ怒蔓天。慌てて私達が宥め、大分落ち着いた。

 

「…ふーっ、ごめんなさい。話していたらつい…」

 

今度はしょぼしょぼに萎れるローゼさん。だが怒りが完全に消えたわけではないらしく、恨みが垣間見える声で訴えた。

 

「だから、そんな彼らをとっ捕まえてほしいの。食人植物とかで対策はしているのだけど、そういう人に限ってしっかり仕留めてから盗っていくのよ。お願いミミン社長、力を貸して!あいつらを草木の栄養にしてあげるんだから…!」

 

そんな彼女に、社長は満面の笑みで答えた。

 

「お任せくださいローゼさん!ご協力は惜しみません!」

 

 

 

「でも社長、どうするんですか? 宝箱置けるような構造でもないですし…」

 

私はこそりと社長に耳打ちした。盗られるのは壁や天井になる花や果物。地面に置く宝箱とは相性が悪い。ぶら下げるという方法もあるが、綺麗な景観をぶち壊してしまうだろう。

 

「大丈夫よアスト。ローゼさん、()()は色んな場所に配置できますか?」

 

そう言い社長がポンポンと叩いたのは、座っている大きな花だった。

 

「これよりも小さく、そうですね…私の頭が入るほどの花弁があれば充分なのですが」

 

「あんな感じかしら?」

 

ローゼさんが指さした先にあったのは、そこそこ大きな花。確かに社長の条件通りである。ようやく私は気づいた。

 

「社長、もしかして…」

 

「気づいた? そう、下位ミミック『群体型』の子を派遣するわ!」

 

 

 

「群体型?」

 

首を傾げるローゼさん。社長はここぞとばかりにカタログを取り出し、該当するページを開いた。

 

「このダンジョンにはこの子がおすすめです!」

 

「あら…蜂みたいね」

 

ローゼさんの感想はほぼ的を得ている。社長が勧めたミミックの別名は『宝箱バチ』。姿こそ普通の蜂だが、赤と緑というなんとも奇妙なカラーリングをしたれっきとした魔物である。

 

「本来宝箱の中に潜んで小さな巣をつくり暮らす子達なのですが、最大の特徴はその毒針にあります。一刺しで人間を痺れさせ、丸一日は動けなくするんです!」

 

「それ良いわね!動けなくしてくれたら簡単に蔦で絞めることが出来るわ!」

 

「更に食べるのは花の蜜とかお肉ですから、ここならば勝手に調達してくるでしょう。必要以上に巣を大きくすることもありません。常に警戒飛行させて、盗り過ぎた冒険者達を狙うように教育させときますよ!」

 

「いいことずくめじゃない!その子でお願い!」

 

「毎度あり!ただ、一つ問題があって…」

 

「なにかしら…」

 

「この子達、一つの巣に住む絶対数が少ないんです。この広いダンジョンをカバーするにはそれなりの数を派遣する必要がありまして、その分お代金が…」

 

「あぁ、なら捕まえた冒険者達の装備は全部あげるわ。要らないもの。足りなければ私が育てた作物でどう?」

 

「最高です!商談成立ですね!」

 

 

 

交渉がまとまり、和やかな空気が流れる。と、社長はローゼさんにある提案をした。

 

「先程間引いた果物が残っていると仰っていましたよね?」

 

「えぇ。持っていく?」

 

「是非! …いやそうじゃなくて。多分私達が貰っても余る量でしょう。腐らすのも勿体ないですし、追加案として提案なんですが…」

 

「ふんふん…アリね、それ!」

 

「ありがとうございます! そのお代金なんですが…」

 

 

 

 

 

「ぐっ…重い…」

 

帰り道。社長入りの箱(大量の果物入り)を抱え、私はひいこら言いながら歩く。台車持ってくればと心底後悔した。

 

「頑張ってアスト!帰ったらこれでケーキ作ってあげるから!」

 

「社長料理できたんですか…。いえそれよりも、追加案で貸し出したミミックの代金、果物で貰っていいんですか?」

 

「なんかさらっと酷いこと言わなかった? 良いじゃない、美味しいんだから。これから継続的に貰えることになったし、社食が豪華になるわよ!」

 

「いやまさか、あんな大量にくださるとは…。人間達の相場に直すと、それだけで今回派遣するミミックの代金を大幅に上回りますよ」

 

「その分しっかりアフターサービスや追加無料派遣しないとね! ん、美味しい!」

 

「あ、社長ずるい!」

 

 

 

…追加案の内容を書き忘れていた。一言で言うと、それは如何にも『ミミックらしい』ものだった。

 

でも、もう頁も終わりかけだし書かなくともいいか。どうせこれ、日記のようなものだし。

 



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人間側 ある商人の護衛の視点

 

 

俺は中々に名の知れた商隊付きの護衛兵をしている。普段は魔物から馬車や商人達を守る仕事をしているのだが、今日の仕事内容はちょっと違う。重い荷物を背に、とある森の中を進んでいた。

 

「お。ここですか?商隊長」

 

急に開けた場所に出たため、俺は後ろにいる壮年の男性に声をかけた。俺と同じ護衛兵数名に囲まれた彼は、自身も背負っていた荷物を降ろし腰を伸ばした。

 

「あぁそうだ。聞いたことはあるか?『菜園ダンジョン』だ」

 

「えぇ勿論。すごいレア植物がごまんと生えている奇跡のダンジョンだと聞いています」

 

「奇跡、じゃないんだがな。まあいい、皆もうひと踏ん張り頑張ってくれ」

 

「了解です。…というか商隊長、俺達に荷物預けてくれればいいのに。最近腰が悪いんでしょう?」

 

俺は商隊長の荷物を見てそう進言する。普通の商人ならば護衛に全ての荷物を持たせ悠々自適に歩くだろう。だが彼は俺達よりも重い荷物を背負って歩いてきたのだ。

 

「そうっすよ商隊長。僕らまだ余裕ありますし、持ちますよ?」

 

同僚の1人も賛成するが、商隊長は首を横に振った。

 

「いや、これは本来俺1人が持ってかなきゃならないものだ。それを無理言ってお前達に一部を持ってもらっているんだ、気にしないでくれ」

 

まあそんな回答が返ってくるのはわかっていた。彼はたった一代で商隊を起こし、ここまで大きくした所謂「立志伝中の人」。

 

そのせいか自分のやれることは自分でやり、人の事を思いやることの出来る人物である。いや、その性格だからこそ成功したのだろう。皆から好かれており、俺もこの人のことを尊敬している。

 

そもそも護衛(俺達)は、彼を心配した他の商隊メンバーから無理やりつけられたもの。本人としては一人で来たかったらしい。

 

「しっかし…やけに人が増えたもんだ」

 

商隊長はダンジョン前の広場を見て溜息をつく。そこにいたのは数組の冒険者達。確かこのダンジョンはギルドに登録されていたはず、彼らはそこで依頼を受けて来たのだろう。

 

「ようし、少し休憩したら中に入るぞ」

 

「「「うーっす!」」」

 

 

 

蔦や茨で編まれたダンジョン入口をくぐり、中に入る。その瞬間、俺達は歓声を挙げてしまった。

 

「おぉっ!! あれ、高級薬花じゃないすか!?」

 

「あっちは一個で金貨10枚はする果物じゃないか!」

 

至る所に生えている高級素材に目を奪われる俺達を余所に、商隊長は持ってきたリストを見ながら奥へと進んでいく。魔物がいるのにも関わらずだ。後ろ髪を引かれた仲間の1人が、彼に恐る恐る伺いを立てた。

 

「しょ、商隊長…?あれ採ってかないんですか?」

 

「今回来た理由は足りなくなった素材の補充だ。必要な分だけ貰っていく。自分で食べたり使ったりする分は採って帰ってもいいが、むやみやたらに乱獲するなよ。絶対にだ」

 

「は、はあ…」

 

商隊長の強めの口調に、俺達は少し萎縮した。彼がここまで言うのも珍しいことだからだ。

 

 

とはいえ、許可は貰った。安全を確保した隙を縫って手近な物から幾つか採り、バッグに詰めていく。

 

「うーん、持ってきた荷物が邪魔で入りにくいなぁ…もっと採りたいのに…」

 

「そういえば商隊長、この荷物どこに…」

 

運ぶんですか? そう聞こうとした俺の言葉は、とある冒険者達の興奮した声に遮られた。

 

 

「おい!こっちの魔力花のほうが確か高く売れるぞ!」

 

「マジかよ!ちくしょう、もうバッグいっぱいだぜ…」

 

「バーカ、安いの捨てていけよ!」

 

彼らはギッチギチに詰まったバッグの中から大量の花や草を取り出し、無造作に投げ捨てた。そして生えている魔力花を根こそぎ千切りとっていく。

 

「チッ…あいつら…!」

 

舌打ちをした商隊長は俺達を待たず、ズンズンと冒険者達に近づいていく。急いで追いかけようとしたその時だった。

 

ブウウウン…!

 

聞こえてきたのは耳障りな羽音。ハッと俺達が見上げた先、大きめの花から出てきたのは赤と緑のカラーリングをした奇妙な蜂達だった。彼らは一直線に冒険者達へと突き進んだ。

 

 

「なんだ…!? ヒッ!蜂!?」

 

「魔物に比べれば大した事ねえ!払い落とせ!」

 

剣や杖を振り回し、対抗する冒険者達。だが蜂はそれを軽やかに躱し、肉薄。そして―。

 

ブスッ

 

「がっ…身体が…痺れ…!」

 

「うそ…状態異常回復魔法が効かない…あ、あ…!」

 

蜂に刺された冒険者達は次々と倒れこむ。ビクンビクンと悶え、声も上げられなくなっていた。商隊長も俺達も唖然として立ち止まっていると…。

 

シュルルルル…!

 

どこからともなく伸びてきたのは長い蔓。痺れる冒険者達をグルグル巻きにすると、ズルズルと引きずり何処かに消えていった。

 

「商隊長…どうしましょう…助けるべきでしたかね…」

 

理解が追いつかない俺は商隊長に指示を求める。すると彼は笑いを堪えながら答えた。

 

「いや、自業自得だ。あれでいい。どうせ死んでも教会で復活するだろ…くくっ」

 

 

 

 

 

 

 

連れ去られた冒険者達を見てから商隊長の機嫌がかなり良い。そんな猟奇的な人だっけと俺達は顔を見合わせ訝しみながらダンジョン奥へと進む。

 

「お、何だあれは」

 

道中、商隊長が何かを見つける。それは幾つか並べられた宝箱。風景に合うよう色が塗られ、蔦が巻き付いている。その全ては蓋が開いており、中には中身が詰まった麻袋が沢山入っていた。

 

「商隊長、看板がありますよ」

 

「どれどれ…『ご自由にどうぞ、ただしおひとり様おひとつまで』か…」

 

「…どう考えてもこれ罠ですよ!触らないようにしましょう!」

 

明らかに怪しい。警戒する俺達だったが、商隊長は気にすることなくひょいっと一つ手に取った。

 

「おぉ!これは凄い!見てみろ!」

 

袋の中に入っていたのは、万能薬草に魔力月光花、マンドラゴラに最高級果物。どれもこれも貴重な植物素材。売れば金貨百枚はくだらない。

 

「お前達も欲しければ貰ってけ」

 

商隊長にそう言われ、俺達も恐る恐る手にする。だが何も起きない。ほっと胸を撫でおろしたその時だった。

 

「おいおい、おっさん。それ大丈夫なのか?」

 

ぬっとあらわれたのは、先程とは別の冒険者パーティ。同じく罠だと思って隠れて様子を見ていたのだろう。

 

「初対面の人をおっさん呼ばわりか。一人ひとつまでだとよ」

 

「へえ…」

 

にやりと笑った冒険者達は、人数分採っていく。と、更に幾つか掴みだした。

 

「おいお前、1人ひとつと書いてあるだろう」

 

「あぁ?知ったこっちゃねえよ。こんな場所に置いてあるんだから幾つとっても良いだろ!」

 

商隊長の言葉にキレる冒険者。と、彼らの内1人。僧侶の女性が震える声で注意した。

 

「だ、駄目ですよ…!守らなきゃ…」

 

「んだよお前さっきからうるせえな…!お前がギャンギャン騒ぐからあの花を根っこごと持って帰るの止めてやったんだろうが! はぁ…もういい、お前クビだ!」

 

彼女に解雇宣告を出し、掴んだ幾つもの袋をバッグに詰め込もうとする冒険者達。と―。

 

ブウウウンッ!!

 

「わぁっ!?宝箱から蜂が!?」

 

又も出てきたのはあの奇妙な蜂。ブスリと刺された冒険者達は倒れ、あっという間に蔦に引きずられ消えていった。

 

「「「えぇ…」」」

 

何事もなかったかのように宝箱内へと戻る蜂を見ながら、俺達と僧侶の子は口をあんぐり。ただ一人、商隊長だけは大爆笑していた。

 

「そうか、『宝箱バチ』のミミックかこれ!ということはさっきの蜂も…良い発想してるな!」

 

 

 

 

 

 

「よし、目的地はここだ。すまないねお嬢さん、ついてきてもらって」

 

「い、いえ…私一人では帰れませんし…。あの、本当に良いんですか?雇ってもらって」

 

「あぁ。君は礼儀正しいからな」

 

パーティを首になった僧侶を連れ、俺達は商隊長の言う目的地に到着した。そこは開けた空間で、蔦で作られた建物が置かれていた。形的に東屋だろう。

 

「ようし、持ってきた荷物をここに置いてくれ」

 

その東屋に、持ってきたものを置いていく。と、僧侶の子が不思議そうに聞いてきた。

 

「これって…?」

 

「肥料に支柱、畑道具とかだよ。しかも全部結構な値段がする高級品」

 

「えっ!? なんで…」

 

「さあ…?」

 

すると、俺達の会話が耳に入ったらしく商隊長は微笑んだ。

 

「お礼だよ。貰った作物分のな。お前達、気づいているか? このダンジョンが何者かによって手入れされていることに」

 

そう言われ、俺達は周りを見渡す。確かに自然にはこの形はできない。だからこそ奇跡と呼ばれているのだろうが…確かに商隊長は『奇跡じゃない』と言っていた。

 

「その何者かって誰なんですか?」

 

「さあな、だが十中八九魔物だろう。俺達人間じゃ育てるのが難しい植物までここには生えている。ならば貰った分のお礼はするのが当然だ」

 

 

 

 

荷物を全部運び終え、よいしょと地面に腰を下ろした商隊長。懐かしむような口調で語りだした。

 

「俺がまだガキの頃、このダンジョンを見つけた。生えている作物を頂いて売ることを繰り返し、俺は商隊を持つまでになった。今の俺があるのはここのおかげなんだ。そして、ここに来るたびお礼を欠かしたことは無い。何も用意が出来ないほど困窮していた時はお礼の手紙を置いていったこともある。魔物が読んでくれたかはわからないがな」

 

商隊長の過去を知り、俺達は驚嘆する。だが一つ、わからないことがあった。

 

「でも、なんでこんな沢山の肥料とかを? 補充リストの素材の値段を合わせても、赤字ですよ」

 

「ここが明るみに出てから、お前達がさっき見たようなマナーの無い連中がこぞって来るようになった。だから、俺が『人間代表』として僅かだが謝罪の品を届けているんだ」

 

と、そこまで言って商隊長は笑い出した。

 

「だが、ここの主もどうやら対策をしてくれたらしい。盗り過ぎた者にのみ罰が下る仕組みでな」

 

 

 

 

ひとしきり笑った商隊長は、立ち上がり伸びをする。

 

「さ、帰るか。必要なものは貰ったしな。お前達もここに来るときは節度と敬意をもっておけよ」

 

彼は荷を背負うと、ダンジョンの奥へ深々と頭を下げた。俺達もそれに倣った。ありがとう。見知らぬ生産者の魔物。有難く頂きます。

 

 



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顧客リスト№4 『ヴァンパイアの吸血城ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

鮮血のように赤いカーペットが敷かれた豪奢な部屋。厚手のカーテンが引かれ、蝋燭の灯りが部屋を照らす。壁にかけられた幾枚もの絵画がおどろおどろしく映し出される。

 

「よく来てくれたな…。ミミン社長」

 

食事が配膳された長テーブルに案内された私とミミン社長は、上座に座るマントとタキシードを着こんだ男性に恭しく礼をした。

 

「お得意様ですから!いつでもかけつけますよ『ドラルク』さん」

 

 

 

ここは彼、ヴァンパイアである『ドラルク』公爵が住まう城である。地下有り、尖塔有りと中々に広大な敷地をしている。

 

その広さを活用し、彼はそこにダンジョンを作り上げた。ギルドの登録名称は『吸血城ダンジョン』。豪勢な装飾と宝箱、加えて眷属や罠、そしてミミックを至るところに備えた高難易度なダンジョンである。

 

勿論そのミミックは我が社が派遣した子たち。突然ドラルク公爵に呼び出された私達(正確には私だけだろうが)はどの子かが粗相をしたのかとおっかなびっくり来たわけだが…。

 

「こんな時間に呼び立てして済まない…。いや、君達にとってはこれが正常か…」

 

謝るドラルク公爵の声は明らかに弱弱しい。それどころか、灯りに映し出された顔もかなり蒼ざめている。それもそのはず、なにせ今は―。

 

「真昼にお呼ばれされるなんてびっくりしちゃいました!」

 

 

 

社長の言葉に、私はカーテンの隙間からほんの僅かに漏れこむ日光を見やる。そう、外は晴天。お日様が空高くで万物を照らしている。

 

だが、彼らヴァンパイアは知っての通り夜行性。それも日光に当たるだけで苦しむほどに極度の。故に太陽が出ているうちは棺桶で眠り、夜に活動するのが彼らの生活様式である。

 

 

つまり、こんな時間にドラルク公爵が起きているというのはかなりの異常事態。人間達で言い換えれば真夜中に客を招いた形である。お昼時とあって眷属に私達のご飯を作らせてくれたようだが、その眷属もかなり眠そうにしていた。

 

「一体何があったんですかドラルクさん。 …あれ、ドラルクさーん! ドラルクさーーん!」

 

社長は箱から身を乗り出し、声を張る。なんとか聞こえたらしく、彼は睡魔を払うように頭を振った。

 

「…すまない。実はこのところ寝不足でな…。吾輩だけではない、城にいる我が眷属全員がだ」

 

「そのようですね…。またお伺いし直しましょうか?」

 

「いや、少し見てもらいたいものがあるんだ…。だがまだ来ていない…。冷めないうちに料理を食べてやってくれ…」

 

 

 

 

お言葉に甘えて私達が食事を頂いていると、ドラルク公爵は説明と眠気晴らしがてら訥々と語り始めた。

 

「我らヴァンパイアは人間の血を好物としている。大半の同族は深夜人々が寝静まった時を見計らって血を頂きにいくが、吾輩は別の方法を考えた」

 

「お屋敷のダンジョン化、でしたよね」

 

もぐつきながら、社長は答える。ドラルク公爵は疲れた顔でにこりと微笑んだ。

 

「その通りだ。吾輩はある時気づいたのだ。人の血は、闘争に没入するほど濃く、欲にまみれるほど深い味わいになるということにな」

 

血の味を思い出してか、恍惚とした表情を浮かべるドラルク公爵。その顔のまま、彼は言葉を続けた。

 

「しかしそんな条件を満たす人間なぞ、碌に見当たらない。ならどうすればいいか。そして吾輩は思いついた。その条件を満たす者どもを呼び寄せればいいのだ。ミミン社長の協力もあり、今や我が城は美味な血が潤沢に手に入る格好の狩場になった!」

 

昂った彼は急に立ち上がり、天を仰ぐ。そして私達が驚いたのを見て、照れ隠しに咳払い一つして再度座った。あれが深夜テンションというものなのだろう。

 

「…だが、吾輩達は夜行性。故に日が出ている内はダンジョンの扉は固く閉じている。そうでもしなければこちらが容易く負け、赤字だからな。それだというのに…」

 

ドラルク公爵がそこまで言った時だった。

 

 

 

ボスン…! ボスン…!

 

部屋の扉に何かが当たる音。控えていたドラルク公爵の執事さん(眠そう)が扉を開けると、勢いよく入ってきたのは大きな目玉を一つ備えたコウモリ。慌てるように飛んできたその子はドラルク公爵が伸ばした手にすっぽり収まった。

 

「その子は確か…」

 

「『監視コウモリ』だ。遠くにいる番が見た映像を遠隔で見ることができる。 映してくれ」

 

ドラルク公爵の合図に、監視コウモリは空中に映像を投影する。そこに映っていたのは…。

 

「ここって冒険者達が入るための正門ですよね?」

 

 

 

来客を拒むように、結界で封じられた厚い門。なのにも関わらず、その扉が僅かに開いた。結界の力が働き即座に閉じられるが…。

 

シュンッ!

 

滑り込むように入ってくる複数の5つの影。それはなんと冒険者達であった。

 

「見た通りだ、城の至る所の結界が弱まり始めている。それで連中の様な侵入者がちょこちょこ入ってくるようになったのだ」

 

溜息をつくドラルク公爵を余所に、映し出された冒険者達はパーティーメンバーの魔法使いを囲む。すると次の瞬間―。

 

「わっ、速い!」

 

人ならざる速度で走り出す冒険者達。どうやら素早さ強化の魔法をかけたらしい。各所に仕掛られた罠が起動するより早く、控えているドラルク公爵の眷属をすり抜け宝箱を漁り始めた。監視コウモリが一生懸命追いかけてくれているからなんとか画面に映っているレベルである。

 

と、ミミン社長が何かに気づいた。

 

「眷属の方々、動きが鈍くありませんか?」

 

その言葉に、ドラルク公爵はゆっくりと頷いた。

 

「皆、今は活動時間外なのだ。無理を言って武器をとってもらっているが、戦いにすらならない。夜ならばあんな連中一捻りだというのに…!」

 

 

 

 

そんな間に、彼らは私達がいる部屋に迫る。ドラルク公爵は大きく息を吐き、眷属の執事さんに目で指示を送った。

 

「本当に済まない。ミミン社長、アストくん。彼らは吾輩を倒すためにここにくるだろう。吾輩が無様に負けて復活するまで、そっちの部屋に隠れていてくれ。そこは安全を保障する」

 

よっこいせと立ち上がり、戦闘態勢を整えるドラルク公爵。机も椅子も消え、部屋は広めの戦闘フィールドになったが、やはり本人が絶不調。フラフラである。

 

「どうします社長?」

 

「決まっているでしょ!」

 

私の問いにフンスと意気込む社長。なら仕方ないと、私は執事さんに一枚の紙を手渡した。

 

「執事さん、これ私達の復活魔術式です。もしもの時はこれでお願いします。勿論ご主人優先で構いません」

 

私の言葉に執事さんはおろかドラルク公爵も驚く。そんな彼らに向け、ミミン社長はポンと胸を叩いた。

 

「お得意様を見殺しにはできませんよ! これもアフターサービスです!」

 

 

 

 

 

バァン!と勢いよく扉が開き、4人の冒険者が現れる。彼らの1人が仁王立ちするドラルク公爵を指さし叫んだ。

 

「滅びよ! ここはお前の住む場所ではない。暗闇の中に帰れ!」

 

「また貴様か…下らん、我らの寝込みを襲い宝を狙う蛮族が何をほざく」

 

呆れ顔のドラルク公爵。冒険者達は揃ってあくどい顔を浮かべた。

 

「フッ、それが嫌ならば宝を置いて棺桶に戻るんだな!」

 

「断る」

 

「ならばこの、我が一族に伝わりし鞭を食らえ!」

 

伸縮自在の鞭が勢いよく伸び、ドラルク公爵を打とうとしたその時だった。

 

バチィン!

 

「何…!?」

 

急に飛び出してきた宝箱に、鞭は弾かれる。蓋がパカリと開き、姿を現したのは勿論我らがミミン社長である。

 

「はいはーい、貴方たちの相手は私達!」

 

ドラルク公爵を守るように、私達は冒険者達の前に立ち塞がる。彼らも私達を敵と認識したようである。

 

「ミミック…!しかも上位の! 加えて悪魔族か! 傭兵か?」

 

「まあお金の関係なのは当たりね! アスト、援護お願いね」

 

そう言うと、社長は蓋を閉じる。そしてそのまま―。

 

ギュンッ!

 

勢いよく床を滑った。上位ミミックがよく行う技、『宝箱ダッシュ』である。逃げる冒険者を追うのが本来の使い方だが、直接出向くこともできるのだ。かなり疲れるらしく、社長は普段面倒がってやらないが…

 

「うおっ…!」

 

慌てて社長に攻撃を仕掛ける冒険者達。だが彼女の箱は全てを弾き、瞬く間に彼らの足元へ。

 

「つーかまーえた!」

 

僅かに開けた蓋の隙間から手を伸ばし、鞭をもった冒険者の足を掴む社長。相手は悲鳴をあげる暇なく箱の中に引きずり込まれた。

 

暫しの間、冒険者達は沈黙する。人が入れるはずがない大きさの宝箱へ仲間が吸い込まれたことに混乱しているようだ。

 

「よいしょ!」

 

と、蓋が開き何かがべちょっと投げ出された。それは、平べったく潰され力尽きた冒険者だった。

 

「さ、お次は誰?それとも全員いっぺんに来る?」

 

にっこり笑う社長に、冒険者達は武器を捨て回れ右。脱兎のごとく扉へ向かう。が―。

 

「逃がしませんよ」

 

立ちはだかるは羽を大きく広げ手に闇の魔術を用意した私。逃げ場を無くした冒険者達はへたり込んでしまった。

 

 

 

 

 

「弱かったですね」

 

「ドラルクさん達の動きが鈍る時間に来てるんだもの、元々実力は無かったんでしょ」

 

呆気なく仕留められた冒険者達を横目に、私達は再度席についた。ドラルク公爵は面目ないと謝り、先程の話を続けた。

 

「先程も述べた通り、この城に張ってある結界がところどころ綻び始めているのだ。修復をしたいが、先程のように昼も夜も冒険者達に押し入られ休む暇がない。だが、これを見て欲しい」

 

再度、監視コウモリが映像を映し出す。そこにあったのは、城のどこかにあるミミックだった。

 

「あっ、食べてますね」

 

よくみると、先程侵入した冒険者の1人がもぐもぐと食べられている。道理で入ってきた影は5つなのに、現れたのは4人だったわけである。

 

「素早く動く冒険者達も、彼らはしっかりと仕留めてくれる。ミミックに任せておけば吾輩の眷属達もゆっくり休めるというものだ。頼む、ミミン社長。ミミックをもっと貸してくれないか?」

 

平身低頭する勢いのドラルク公爵。対して社長の答えは…

 

「えぇ、わかりました!派遣いたしましょう!」

 

当然、二つ返事。安堵したドラルク公爵が少しの間気を失ったのは、本人の名誉のためここに書く以外内緒である。

 

 

 

「差し当たり、全ての宝箱にミミックを仕込みましょう。昼間の間だけならば新規の子達のお値段は半額で構いません。お代金のお支払いも、結界が直ってからで結構です。あ、でもミミック全員分のお食事はお願いしますね」

 

商談を進めていく社長。私は少し気になり、社長にこそりと聞いた。

 

「良いんですか?そんな大盤振る舞いして…」

 

「良いのよ。ドラルクさんは踏み倒す方じゃないし。それに、こういうのは徹底的に、冒険者達が行きたくないと思えるほどじゃないとね!」

 

フフフと笑う社長の笑みは邪悪。私はただただ冒険者達に合掌するしかなかった。

 

 

 



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人間側 あるパーティーリーダーの嘆き

 

 

太陽が照り付ける真昼。普段ならば酒場で飯を食ってる時間だが、今日は違う。オイラ達が今いるのは『吸血城ダンジョン』という高難易度ダンジョンの入り口前である。

 

本来ここは深夜にしか開かない。だが、どうしたことかここ最近結界が緩んでいて、ちょっと名のある魔法使いに頼めば僅かな間扉をこじ開けることができるようになっている。

 

しかも、ここに棲むのはヴァンパイア。本人も眷属達も昼間は活動が鈍る。素早さアップの魔法をかけちまえば連中はオイラ達を捕えることすらできない。普段のオイラ達なら攻略どころか最初の広間でぶっ殺されるのにだ。

 

まさに、絶好のチャンス。いずれ障壁は治っちまうから今が稼ぎ時。既に暫くは遊んで暮らせるほど稼いだが、あんな楽なら何回でも行ってやる。

 

 

ただ、ちょっとムカつくことが。それは…。

 

「おい、まだかよ」

「早くしろよ」

 

目をつけた他の冒険者達も沢山集まってしまったということだ。その分通行料として幾らかせしめたからまあ良いが。

 

 

「そういや聞いたか、リヒダーの奴のパーティのこと」

 

「あぁ、あの鞭使いのことか。聞いたぜ、ボスであるヴァンパイアを倒しにいったら変な魔物に殺されたって。確か上位ミミックと悪魔族だったか?」

 

「ということは一族に伝わるとかいうなんとかキラーって鞭を失ったってことか。ざまぁねえな、何かにつけ自慢してきてうざかったぜ」

 

「でもその魔物、それ以降出てきてないんだろ?じゃあ安心だ」

 

暇していた連中がそう噂話をする。うるさいもんだ。

 

「よーし!門が開くよー!」

 

魔法使いの合図に、くっちゃべってた連中は一斉に黙る。ギギィと扉が僅かに開いた隙を逃さず、オイラ達は一斉に雪崩れ込んだ。

 

 

 

「まず第一段階は成功だ。魔法使い、素早さアップの魔法を頼むぞ」

 

「はいはーい」

 

魔法がかかったのを確認して、オイラ達は一斉に駆け出す。他冒険者達も素早さをあげ、追いかけてきた。

 

「おい、妙じゃねえか…?魔物の姿がほとんどないぞ?」

 

走りながら、仲間の1人が首を傾げる。いつもならば魔物で溢れかえっている廊下や広間はがらんとしている。

 

スケルトン、コウモリ、動く鎧…。普段なら勝てない相手だが、昼間は走る速度も武器を構える速度もカタツムリ並み。そんな連中をすいっと躱し宝物をゲットするのは痛快だったんだが…。まあいないに越したことは無い。

 

 

「お、宝箱見つけた!」

 

早速、遠くに1つ目の宝箱を発見した。だが…。

 

「お先!」

 

別のパーティーがオイラ達の横をすり抜ける。こいつら、誰のおかげでダンジョンに入れたと思ってるんだ…!

 

そんなことを言う暇もなく、連中は宝箱の前に到着。意気揚々と開くが…。

 

ガブウッ!

「「「ぎゃあ!」」」

 

ざまあみろ、ミミックだ。全員で覗き込んだせいで、パーティーは全滅。暫くしたら死に戻りして地団太を踏むことだろう。

 

 

「こっちにもあるぞ」

 

と、パーティーメンバーが別の宝箱を見つけた。あいつらはハズレひいて残念だった。お宝は俺達が…。

 

バクゥッ!

「がはっ…」

 

 

「えっ…?」

 

オイラが目を戻すと、蓋を開けた仲間がもぐもぐと食われてしまっていた。嘘だろ…?こいつもミミックだったのか。

 

「う、運が悪かったな。次行こうぜ」

 

呆然とする仲間にそう声をかけ、オイラは先に進む。死んだ仲間には悪いが、今は宝を回収して帰ることが弔いだ。

 

 

 

 

ガリィ!

「ぎゃっ…!」

 

シュルルッ!キュッ!

「ぐえっ…」

 

ブウウン…ブスッ!

「がががが…」

 

 

一体全体、どういうことなんだ…!開ける宝箱軒並みミミックじゃねえか…!魔法使いまで死んじまったし、オイラ一人になっちまった。

 

 

かくなる上は魔法が切れる前にボスのヴァンパイアを倒してやる…!そう意気込みボス部屋前についた。

 

「おい、お前もやられたのか?」

 

そこにいたのは僅か数名の冒険者。「も」ということは…。

 

「もしかして、ミミックか?」

 

「あぁ、そうだ。どれを開けてもミミックばっかだ。他の奴らは全員死んじまったよ」

 

「嘘だろ…合わせて数十人はいたじゃねえか!」

 

「わからねえ…昨日の夜はこんなにミミックいなかったらしいが…」

 

 

 

もう残された道は1つしかない。残った面子で仮パーティーを組み、意を決してボス部屋に入る。

 

「出てこいヴァンパイア!仲間の仇をとってやる!」

 

厚手のカーテンが引かれた部屋にどやどやと入り武器を構える。しかし、ヴァンパイアの声はおろか物音すらしない。

 

 

「おい、こんなところに棺桶があるぞ」

 

部屋の真ん中にあったのは大きな棺桶。

 

「ヴァンパイアのやつ、ダンジョンをミミックに任せて寝てるんじゃねえか!」

 

「許さねえ…ぶっ殺してやる!」

 

絶対に逃さないよう、全員で棺桶を取り囲む。オイラが音頭をとることに。

 

「いちにのさん、で開けるぞ。いちにの、さん!!」

 

ギイイ…!

 

シュルルッ!

ブウウンッ!

 

「ひいいっ!なんかえげつない数出てきた!」

 

現れたのはヴァンパイアではなく、溢れかえるほどのミミック。オイラ達は逃げる暇すらなく無惨に殺され…。

 

 

 

 

「今日は随分と死ぬ者が多いのう…」

 

オイラ達が次に聞いた音は、教会の神父の声。ハッと目を覚まし身体を起こすと、教会の中には先に死んだ冒険者達がぎっちり詰まっていた。死に戻りしたらしい。一応身体を探るが、やはり身に着けていた装備類は全て失くなっていた。

 

「チクチョウ、なんだよあのミミックの数!」

 

「宝物取れた奴、一人もいないのかよ…死に損、血の吸われ損じゃねえか…」

 

 

口々に悪態をつく冒険者達。美味しいダンジョンのはずが、何一つ旨味がなかったのだ、当然だ。

 

これでは大破産。オイラも吐き気がしてきた。行くんじゃなかった…。

 

 

 

 

 

 

…一応、その日の夜にダンジョンへ向かった強い冒険者達に話を聞いてみたんだが…。

 

「うん?宝箱の様子?別にいつも通りだったし、ボスのヴァンパイアも変わらず強かったよ。あー、でもあいつ、最近弱ってたみたいだけど調子戻ってきちゃったみたい」

 

 

とのことだった。なんだよ、ミミックまみれなの日中だけなのかよ…。ルール違反だったてことか…?

 

まあもう行かないが。何故か?決まってるだろ。宝箱が全部ミミックで、何も実入りがないダンジョンなんて、高難易度ダンジョンじゃなくてただのクソ難易度ダンジョンだ!

 

 



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顧客リスト№5 『エルフの遺跡ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「うーんっ…!気持ちがすっきりしていくぅ…!」

 

私に箱ごと抱えられながら、社長は思いっきり伸びをする。私達が今歩いているところは少し古ぼけた遺跡。しかしそこは上質な魔力に満ちており、魔族や魔物にはとんでもなく気持ちいい。

 

「ほんとに。やる気が満ちていくようです」

 

私も思わず羽と尾をピンと張ってしまう。体中を細かな快感が常に走っているようである。出来ることならずっとここに居たいものである。

 

と、私の言葉に返すように溜息交じりの声が聞こえてきた。

 

「まあそのせいで私達の里は色んな魔物から狙われているんですけどね…」

 

 

 

 

今回のお客様はエルフ。そう、ここは深い森の中にある『エルフの里』である。

 

私達の案内役をしてくれているのはこの遺跡の防衛隊長を任されているという『エリン』さん。美しい流れるような髪、整った目鼻立ち、きめ細やかな肌、絶妙な比率のスタイル、そして特徴的な尖った耳。ザ・美女である。

 

エルフの里にはこんなレベルがゴロゴロいると聞く。正直、羨ましい。

 

 

 

「とはいえここは里の端、そして魔力が一番濃い場所でもあります。ですのでこの遺跡には自然に魔物達が入り込みダンジョンのようになっています」

 

襲い掛かってきた野良の魔物を簡単な魔法で追い払ったエリンさんはそう話を続けた。

 

「私達も狩場として利用しているのですが、時たまに冒険者が入ってくるんです。目的はこの遺跡最奥にある若返りの秘薬『エルフの雫』で…」

 

「「そんなのあるんですか!!?」」

 

私と社長は思わず食い気味になる。そして互いにツッコんだ。

 

「いや社長、ただでさえ幼女体形なんですから若返る必要ないでしょう」

 

「私だって最近肌つやが気になるのー!アストだってそんなのに頼る歳じゃないでしょ!」

 

「それはそうかもですけど…これからの保険に欲しいじゃないですか」

 

傍目からみるとなんとも恥ずかしい会話である。それを苦笑いながら見ていたエリンさんは咳払い一つ、衝撃的な一言を発した。

 

「いえ、そのエルフの雫とやらは存在しないんですよ」

 

「「ええっ!!?」」

 

 

 

「一体いつからかはわかりませんが、人間達の間でそんな噂が広がりまして。一口飲めば若返り、永遠の美貌を手にすることができるとかいう謳い文句で。でも、そんな物はありはしないんです」

 

「そんなぁ…」

 

愕然とする社長。私も諦めきれず、縋ってみた。

 

「じゃあエルフの人達が綺麗なのは…」

 

「種族特有の才…要は生まれつきですね」

 

「そんなぁ…」

 

ちょっと残念、いやすごく残念である。是非欲しかった…。

 

 

 

 

「まあそういう噂が広まってまして、ここにはちょこちょこ冒険者が来てしまうんです。私達は交代制で見張りをしているのですが、昼も夜も侵入され正直疲れてしまいました…」

 

「無いと言えば…」

 

私は単純な案をそのまま口にする。しかしエリンさんは残念そうに首を振った。

 

「勿論無いと表明しています。一度はギルドに文書を届けたこともあります。ですが、やればやるほど『エルフは自分達のためだけに秘薬を隠している』とされちゃいまして…」

 

「じゃ、じゃあこの遺跡を取り壊せば…」

 

「いえ、ここは迷路にもなっています。そのおかげで魔物達が里に入ってくるのを抑えられているんですよ。それに…依頼する理由は私達が疲れたからではないんです」

 

 

 

 

「奥に秘薬はありませんが、こんなものがあるんですよ」

 

エリンさんに案内され、着いた場所は鬱蒼としたかなり広い中庭。いや、庭というより壊れた外壁で囲まれたただの森と言ったほうが相応しい。どうやら隠されたルートがあるのか、彼女について歩くと蔦や枝に引っかかることなく森の中に入ることができた。

 

「ここです」

 

急に開けた場所に出る。と、目の前に広がった光景に社長は思わず感嘆の声をあげた。

 

「ふわぁ…!幻想的!」

 

そこは滾々と湧き出す泉。真ん中には暖かな光を発する樹が生え、対するように泉の水から青い仄かな輝きが立ち昇っている。その美しさはまるで陽の光と月の光が共存しているかのようであった。

 

そしてその上をふわりふわりと飛ぶのは妖精たち。私達の姿を見止めると、こっちにおいでと誘うように手を引いてきた。

 

「私達エルフはここを『妖精の泉』と呼んでいます。ここの水は特に魔力が濃いので、勝負事や狩りの前後の沐浴に使っているのです」

 

どうぞ浸かってみてください。そう促され、私達は手を触れてみる。

 

「おおぉ…!」

「なんか力がむくむくと…!」

 

効果は抜群。触った端から気力に満ち溢れてくる。ふと、私はあることに気づいた。

 

「エリンさん、もしかして人間達が言う秘薬って…」

 

「これと勘違いしているのかもしれませんね。魔力が濃すぎて人間には毒ですけど」

 

 

 

 

「これ気持ちいいなぁ…ミミックの派遣代金としてこの水を貰っちゃいけないかな」

 

「社長のお好きにどうぞ。これ、飲むと更に効果高いですね。正直私、ここを飛び回りたいぐらい気持ち昂ってます」

 

湧き水が入ったコップを手に、私と社長は足だけ泉に浸かる。すると、それを見たエリンさんは首を傾げた。

 

「全身で浸からないんですか?」

 

「え、いや水着持ってきていませんし…」

 

「濡れた服は魔法で乾かして差し上げますよ。是非堪能してください」

 

エリンさんはお手本を見せるように服を来たままちゃぷちゃぷと泉に入っていく。元々露出の多かった彼女の服はピッタリと身体に張り付き、中々に扇情的に。私は思わず手で目を覆ってしまった。…もっとも隙間からガン見していたのだけど。

 

因みに社長はエリンさんのプロポーションをじーっと眺めていた。あれ多分、半分ぐらい嫉妬と羨望が混ざってたと思う。

 

 

「さ、ミミン社長とアストさんもどうぞこちらに。気持ちいいですよ」

 

私達に手招きをするエリンさん。私達も意を決し上着を脱ごうとした時だった。

 

「―! お二人とも、少しごめんなさい」

 

突如、エリンさんが何かを詠唱する。魔法で弓矢を作り出し、一気に引き絞り―。

 

「はっ!!」

ビュッ!

 

放たれた矢は私達の頭上を越え一直線に森の中へと。するとすぐさま悲鳴が聞こえてきた。

 

「ぐえっ…!」

 

「わっ!? なに!?」

 

驚く社長を置いて、私は急いで矢の突き刺さった場所に走る。そこに見つけたのは…頭をエリンさんの矢で打ち抜かれた男性冒険者の死体だった。何故か恍惚とした表情で死んでいたが。

 

 

 

 

「ごめんなさい…。今は冒険者が入ってこれないように警戒を強化させていたのですけど」

 

「いえ、お気になさらないでください。それよりこの人間、覗きを働いてたんですか?」

 

死んだ冒険者の頬をペチペチと叩きながら社長は問う。するとエリンさんはゆっくりと頷いた。

 

「はい、最近じわじわと増えてきているんです。泉に浸かっている間は感覚が強化されますから、人間達の下卑た視線を察知することができます。気づけばこうやって迎撃できるんですが、相手が複数や手練れだったりすると稀に逃がしてしまうんですよ…」

 

はぁ…と溜息をつくエリンさん。更に言葉を続けた。

 

「そしてここまで来た冒険者の狙いは、私達の姿を見ることだけじゃないんです」

 

「? それはどういう…」

 

私の問いにエリンさんが返すより先に、冒険者のバッグがもぞもぞと動き出す。私が警戒しながら蓋を開けると…。

 

「あっ、妖精さん…!」

 

ぷはっと顔をだしたのは妖精達。出るわ出るわ10匹ほど。怖かったのか、私達にぴったり寄り添い泣き始めた。

 

「秘薬がないと知るや、こんなふうに妖精を連れ去っていくんです。お願いしますミミン社長、妖精達は私達の友。この子達を守るためにミミックを貸してください」

 

「なるほど!ならばお任せあれ!」

 

妖精をよしよし撫でながら、社長はポンと胸を叩いた。

 

 

 

 

「依頼内容は『この泉に棲む妖精達を守るミミック』ですね。そうですねぇ…じゃあ彼女達が逃げ込めるスペースがある子にしましょうか!」

 

カタログをとりだしエリンさんに見せていく社長。

 

「宝箱型は食べられちゃうかもですし、群体型は出入りする穴が小さく、誰かが蓋を開けない限り一気に逃げ込むことができません。となるとお勧めは触手型ですけど…」

 

と、そこまで説明した時だった。

 

「しょ、触手ですか…!?」

 

突然、エリンさんの声が裏返る。更には身体を縮こませプルプルと震え始めたではないか。

 

「ど、どうしたんですかエリンさん? 触手は苦手でしたか?」

 

社長は自身と同じ目線の位置までへたり込んできたエリンさんを心配する。すると彼女は手で顔を覆いながら口を開いた。

 

「は、はい…お恥ずかしながら…。 …私達がまだ新米の時のことです。チームを組みここで狩りをしている際に触手の魔物が大量に現れまして、対処しきれず襲われ縛られて…。あのヌメヌメが身体を走る感触…思い出しただけでも怖気が…」

 

ブルルッと大きく身体を震わせたエリンさんは、突然立ち上がる。そして気つけをするようにバシャッと泉に飛び込んだ。中々の勢いであり、飛沫が私達のところにまで飛んできた。

 

「ふぅ…。すみません、取り乱してしまいまして。幸い、近くにいた他部隊が駆け付けてくれてすぐに解放されました。ですが、私を含めた当時のメンバーはあれ以降触手がトラウマで…」

 

そういう事情があるなら仕方ない。となると…、社長はそう呟きカタログを捲った。

 

「なら『上位ミミック』はどうでしょう!」

 

 

 

 

「『上位ミミック』は端的に言うと私の様な人型をしたミミックです。下位ミミックの子達と違い戦略的に動き、冒険者の捕獲率も比べ物になりません」

 

ふふん、と自慢しながら説明する社長。しかしそこまで言ったところで声のトーンを落とした。

 

「ですが、少しお高いんですよ。上位ミミックは数が少ないですから」

 

故に、私達は広いダンジョンをもつお客様には無理にお勧めしない。しかしこの場合は別である。

 

「この泉周りだけならば予算を抑えられると思いますよ」

 

今回の依頼は泉周りにいる妖精を守るためのミミック。ならば設置エリアはこの近辺だけであり、派遣数も少なく済む。

 

「金額はこちらになります」

 

私は先んじて計算しておいた代金をエリンさんに見せる。すると彼女はホッと息をついた。

 

「これぐらいなら問題ありません。実は予算は結構貰っているんです。この泉は女王陛下もたまにご使用になられますので。是非お願いします」

 

「わっかりました!あ、泉の水を定期的に頂ければお値段抑えられますけど…」

 

「確認してみます。でも、多分大丈夫だと思いますよ? いくらでも湧きますから」

 

「やった!」

 

 

 

とりあえず今日飲む分を頂き、帰路につこうとする私達。と、私は社長に今まで忘れていたことを恐る恐る伝えた。

 

「あのー…エリンさんに上位ミミックは手足を自在に変化可能…それこそ触手にもなるということお伝えし忘れてたんですけど」

 

「あー…。アスト、回れ右して」

 

 

エリンさんはほんのちょっと泣きそうな顔をしていたけど、普段は普通の手足だということをお伝えしたら了承頂けた。一応、派遣する皆にできるだけ触手を使わないように頼んでおかないと。



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人間側 ある盗賊パーティーの女頭が受けた依頼

 

 

「本当にここに行くんすか姐御」

 

「しゃあないだろ。依頼受けちまったんだから」

 

ここは森深くにあるエルフの里…の端にある古ぼけた遺跡だ。一応ギルドの登録名称は『遺跡ダンジョン』…なんだが、エルフ達から圧力がかかってるのか表のクエスト表には名前が出ない。『裏メニュー』のようなダンジョンらしい。

 

 

アタイ達が依頼を受けたのは最深部にある『エルフの若返りの秘薬』が欲しいという金持ちのため。だがそれは未だ持ち帰った奴はおらず、個人的には正直存在自体が疑わしい代物だ。

 

それでも諦めきれないのが欲望まみれの金持ちの性、いや人の性か? 確認だけでいいから行ってくれと言われた。依頼主が以前からお世話になっているパトロンであるというのもあり、渋々許諾。仲間の男2人と女一人をつれてやってきたというわけである。

 

「そういや受付のおっちゃん、なんか変なこと言ってましたけど」

 

「あー『目の保養と思って楽しんできな』ってな。死ぬ前提なのはまあ良いんだが、なんかあんのか?」

 

「秘薬が目の保養になるわけないですけどねぇ。ほら姐さんが先行っちゃいましたよ!」

 

 

 

魔物を倒し、警邏をするエルフ達をやり過ごす。朝来たはずが、もう日暮れ間近。時間は掛かったがなんとか最奥らしきところについた。が…

 

「なんだいこれ? 森?」

 

「っすよねぇ…」

 

大きな扉を抜けた先に現れたのは、鬱蒼とした森。てっきり宝物庫のようなものを期待していたアタイ達は落胆気味だった。

 

「いや、姐さん。相手は森の中で暮らすエルフです。木を隠すには森の中、秘薬を隠すのも森の中かもしれないっすよ」

 

「そんなものかね。まあここまで来ておめおめ引き下がれるわけでもなし、入ってみるか」

 

 

 

 

「うえっ口に葉っぱが入った…」

 

「きゃうっ!蔓が足に…」

 

アタイ達は苦戦しながら木の隙間を抜けていく。本当にこんな場所に何か隠されてるのか?その疑念が口に出かけた時だった。

 

「あっ!姐御!光が!」

 

「なんだって!?」

 

突然、森の奥に光が見える。警戒しながらその方向へ進むと…

 

「わぁ…!綺麗…!」

 

「こんなものが隠されていたんすね…」

 

仲間達はほうっと見惚れる。勿論アタイもだ。そこにあったのは超美しい泉。この世のものとは思えない、二種類の光が…駄目だ、アタイの語彙力じゃ上手く美しさを表せない。でも、今まで見てきたどの景色よりも綺麗なのは確かだ。

 

「誰も居なさそうですぜ、近づいてみます?」

 

「あぁ…」

 

全員揃って、ふらふらと泉に近づいていく。すると泉の上でふわふわと浮いていた光の球が幾つか近寄ってきた。

 

「わっ!姐さん、これ皆妖精ですよ!」

 

「へぇ…これが妖精か。可愛らしいもんだね」

 

アタイらに興味津々な妖精を軽く追い払い、泉の様子をしげしげと覗き込む。水の透明度はとんでもなく高く、泉の底すら見えるほど。

 

「姐御…!もしかしてこれがエルフの『若返りの秘薬』ってやつじゃないんすかね」

 

「これがかい?」

 

「きっとそうっすよ!だって森の中に隠してありますし!」

 

そう言われればそうな気がしてくる。とりあえず瓶を二つ取り出し、うち一つを女仲間に手渡した。

 

「ただの水にしては仄かに青く光ってるし、マジで秘薬なのかもねぇ。飲んでみようか」

 

「えー姐御、俺達の分は?」

 

ブー垂れる男衆。アタイはハンッと鼻を鳴らした。

 

「こういうのは女子優先だよ。男は肌とか皺とか気にしないだろ」

 

「…女子…?」

 

「殴るよ」

 

アタイ達がそう言いあっていると、女仲間がボソリと呟いた。

 

「…これ、私が飲んだら子供になっちゃったりしませんよね」

 

「噂だと、自分が最も美しいと思う歳に若返るみたいだけどねぇ。怖いなら飲まなくていいよ、アンタまだ若いしね」

 

「いえ!飲みます!」

 

そう言い切ると、女仲間は瓶の中身を一気にあおった。普段の酒盛りでも見たことのない良い飲みっぷりにアタイ達は思わず唸ってしまった。

 

「どうだい?若返ったかい?」

 

わくわくしながらアタイは聞く。しかし返ってきた答えは…。

 

「がふっ…」

ドシャッ

 

僅かな断末魔と身体が地面に崩れる音だった。

 

 

「お、おい!どうしたんだい!?」

 

慌てて抱き寄せるが、既に肉体に力はない。死んでしまっている。

 

「この水、毒ってことですかい…!」

 

「秘薬じゃなかった…!」

 

男衆も驚愕している。こんな水、持ち帰れるわけない。慌てて瓶の中身を捨てた時だった。

 

「姐御!誰か来るようですぜ!」

 

「なんだって!?」

 

 

 

 

急ぎ死んだ女仲間の死体を引きずり、近くの森の中に隠れる。それと同時に奥にある森の間からエルフ達が出てきた。

 

「おぉ…!別嬪揃いだ…」

 

「受付のおっちゃんが言っていたのはこのことか…!」

 

草木の隙間から覗きをする男衆。アタイも少し覗いてみる。

 

「男のエルフはいないのかい?」

 

「うーん、いないっすね」

 

なんだ、じゃあ興味ない。アタイは即座に首を戻した。

 

 

 

「お、エルフ達服を脱ぎ始めやがった!」

 

「この泉で水浴びする気なのか。うひょー!」

 

テンションが上がっていく男衆。アタイももう一度覗いてみる。チッ、エルフの連中、嫉妬するほどに綺麗な裸している。傷一つない艶めかしい肌だ。羨ましい。

 

「おい、もうちょっと向こう行けよ。見えねえだろうが」

 

「お前こそあっち行けよ。暑苦しい」

 

とうとう男2人で覗き場所の奪い合いを始めやがった。見兼ねたアタイが静かにしろと叱ろうとした時だった。

 

ドッ!

ドッ!

 

「「がっ…」」

 

一瞬の出来事だった。泉のほうから飛んできた、つまりエルフが放った矢が男衆の額に突き刺さったのだ。当然、即死である。

 

ヤバい…!瞬時に判断したアタイは仲間の死体をうっちゃり、その場から離れた。その背後から幾人かの足音、そして話し声が聞こえてきた。

 

「また覗き?人間って懲りないわよね」

 

「あら、この女の子は先に死んでたみたい。ははぁ…さては泉の水飲んじゃったのね。人間には魔力が濃すぎて猛毒と同じなのに」

 

同情するように、楽し気に話すエルフ達。どうやらアタイのことはバレていないようだが、癪に障る。なんとかして見返せないものか…。

 

 

と、少しの間物を探る音が聞こえる。そしてまたもエルフ達の声。

 

「どう?妖精いた?」

 

「いなーい。この人達は妖精を攫ってなかったみたい。よかったあ」

 

「しっかし、隊長が策を講じてくれたから私達も大分気が楽ね。ちょっと汚れちゃったしもう一度水浴びしない?」

 

「「さんせーい!」」

 

 

 

再度遠くで聞こえ始めた水音を聞きながら、アタイはにやついていた。

 

「そうだ…妖精がいるじゃないか」

 

あの可愛らしい小さい連中は好事家の間で高く売れる。一匹売るだけで死んだ仲間分の復活費用は回収できるほどの価値があるんだ。エルフ達がいなくなったのを見計らい、アタイは再度泉に近寄った。

 

「へっへ…。おいでー妖精ちゃん。こっちだよー」

 

にんまり笑顔を浮かべ、手招きする。だが、先程近づいてきたはずの妖精達は一向に寄ってこない。それどころか―。

 

「あっ!逃げるな!」

 

人の心の内を感じ取る能力があるのか、危険を察知した妖精達は一斉に散る。だがアタイも必死、全力で追いかけた。

 

「待てええええ!!」

 

ふわりふわりと飛ぶ妖精達は一直線にどこかへと向かう。その先に会ったのは蓋が半開きの大きい箱、彼女達は次々とその中に身を隠した。だけどそれは袋のネズミ、アタイにとっては絶好の機会だった。

 

「そんなところに隠れても無駄無駄…!もう逃がさないからね!」

 

手をパキパキ、勢いよく開けようと蓋を掴んだ。その時だった。

 

「それはこっちの台詞よ」

ガシッ

 

「はっ…!?」

 

箱の中にいる何かに、服を掴まれた。そしてそのままバクンと引き込まれてしまった。

 

「あ…あ…」

メキメキ…グルグル…

 

訳も分からないうちに身体を絨毯のように丸められたアタイは、今際の際に変なものを見た。それは箱からひょっこりと姿を現した女魔物の姿だった。

 

「はーい妖精さん達、もう大丈夫だよー。怖かったねー。…この職場良いわぁ。手足を触手に出来ないのはちょっと面倒だけど、ここにいるだけですごい力が湧いてくるし、美味しい湧き水飲み放題だし、エルフの人達優しいし。社長に感謝ね」

 

 

…そう言っていた気がする。あれが幻覚幻聴だったかはわからない。結果アタイ達は全滅、依頼主に平謝りするはめになってしまった。

 

 



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顧客リスト№6 『ミノタウロスの迷宮ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「社長…!しゃちょーう…!どこですか…!?」

 

日の光が一切入ってこない、暗い石造りの広い通路。私はランプの頼りない光を頼りに、怯えながら歩いていた。

 

「まただ…」

 

目の前に現れたのは何本もの分かれ道。何度目、いや何十度目だろうか。私はもうかれこれ幾時間かはここを彷徨っている。いや、ぶっちゃけどれほど時間が立ったのかすらわからない。周囲の壁も天井も、この分かれ道すらも同じ装いなのだ。全ての感覚が狂ってきた気分である。

 

「社長…」

 

歩き疲れた私は寂しくなり、その場に座り込む。こんなことなら、あの時あんなことを言わなければよかった…。

 

と、その時だった。

 

 

カタタ…カタタ…

 

「? ランプが…?」

 

地面に置いたランプが微かに振動する。それにより、周囲を照らす光も恐怖を煽るように揺れ始めた。

 

「…も、もしかして…!」

 

私は思わず、壁に背を寄せる。しかしその行動は振動が確実に大きく、こちらに近寄ってきていることを証明するだけだった。

 

ズゥゥン…ズゥゥン…

 

間違いない。これは、あの魔物が迫ってきている音だ。とうとう壁や床までが大きく揺れ、ランプがガランと横倒しになる。それでもなお燃え続ける灯りは、一本の道を朧気に映し出す。

 

「やっぱり…!」

 

そこに浮かび上がったのは天井までも覆う巨大なる影。猛牛のように雄々しきその身体から生えるは2本のねじ曲がった太い角。この迷宮の主、ミノタウロスである。

 

そして恐ろしき威容の彼が小脇に抱えるは小さな宝箱。そこからひょっこりと顔を出したのは…社長だった。

 

「やっと見つけた!アスト!」

 

 

 

 

 

 

「しゃちょうぅ! 怖かったですぅ!」

 

「よしよし、アスト。もう、『迷路得意なんです』とか言って私に勝負を挑むから…。ゴールで結構待ってたのだけど、こんなことならもっと早く探してあげればよかったわね」

 

泣きながら抱き着く私を宥めてくれる社長。実はどっちが先にゴールにつけるか社長と競争していたのだ。そして結果、勝手に迷う始末。我ながら情けない…。

 

するとその様子を見た巨体のミノタウロスは、角をコリコリ掻きながら少し申し訳なさそうに口を開いた。

 

「まあでも、ワイの迷宮の恐ろしさを堪能してくれてなによりだで」

 

 

 

 

 

今回依頼を受けたのは、ミノタウロスの『ミノス』さんが所有するダンジョン。ギルドの登録名称は『迷宮ダンジョン』である。中は完全な迷路であり、出てくる魔物はミノスさんの眷属であるガーゴイルのみ。

 

魔物がほとんどおらず、道中に宝箱もない。なのにここに来る冒険者は絶えない。その理由は、迷路を解けた幸運なものだけが手に入れられるものがあるからである。

 

 

「あ、ここを曲がれば良かったんですね…」

 

「いんや、この後も曲がり角はごまんとあるでな。しかも、毎日ちょこちょこ道を変えさせとるから明日はこの道無いかんもなぁ」

 

ガッハッハと笑うミノスさんに案内され、ようやくダンジョン最奥部屋の扉前。正直そこまでの道順を覚えているかと言われたら、全く覚えていない。それほどまでにこの迷宮は複雑だった。

 

「ここがゴールだで、アストちゃん。ほい、入ってみれ」

 

「おおぉ…!」

 

その部屋にあったのは金銀財宝、宝の山。床が全く見えないほどの黄金である。あまりにもキラキラ輝きすぎて目が痛くなってしまった。

 

更に部屋の端にはダンジョン入口への帰還魔法陣も完備されていた。ここに来ることが出来た冒険者は持てるだけのお宝を手に、胸を張って帰ることが出来るのである。

 

 

 

 

「よっごらしょっ!」

 

部屋いっぱいの宝の上にドスンと座るミノスさん。それでも彼は大きく、見上げなければ顔が見えない。明日首が痛くなることを覚悟しつつ、私は話を切りだした。

 

「それでミノスさん。ご依頼というのは…」

 

「おぉ、そんだそんだ。ミミックを貸してくれんか?」

 

「ちなみにどういったご事情で?」

 

「それがのぉ…」

 

ミノスさんはブフゥと息を吐く。巨体故、その勢いも強い。周囲の金貨がチャリンチャリンと転がっていくほどである。

 

「アストちゃんはこのダンジョンの目的は知っとるか?」

 

「はい、確か冒険者と追いかけっこするために作られたんですよね」

 

このダンジョンは宝を守るためのものではない。ミノスさんの楽しみのために作られたものなのだ。その楽しみとは、ずばり「鬼ごっこ」である。

 

とはいっても、鬼役はミノスさん固定。入ってきた冒険者達は時たま襲い掛かってくるミノスさんと彼の眷属ガーゴイルと戦いながら捕まらないように迷宮を攻略しなければならない。

 

捕まれば当然殺され復活魔法陣送り。しかし運よくゴールにたどり着ければ宝の山というハイリスクハイリターンなこの迷宮は人間達にも人気なダンジョンの一つなのである。

 

 

「そんだそんだ。逃げる冒険者達を追いかけるのは良い運動になるでな、いい汗をかけてご飯が美味いんだで」

 

嬉しそうに牛の顔を綻ばせるミノスさん。だがすぐに溜息をついた。今度は鎧までもガランガランと転がっていった。

 

「一体何があったんですか?」

 

私に代わり社長が再度聞く。ミノスさんはゆっくりと口を開いた。

 

「最近、挑戦する冒険者達が減ってきたんだで」

 

 

 

「あら、そうだったんですか。 でも何故…?」

 

首を傾げる社長。するとミノスさんはまたまた息を吐いた。一際大きく、今度は剣や杖がブワッと吹き飛び、私達は慌てて回避した。

 

「いやぁ、その理由はわかっとるんだ。この間冒険者を殺す前にちょいと聞いてみたんだで。そしたらな、『迷路が難しすぎて攻略できない』って言われちまった」

 

「あー…なるほど…」

 

私は思わずうんうんと頷いてしまう。つい先ほど泣きかけるほどに迷った身だから痛いほどわかってしまった。加えて冒険者達はミノスさんやガーゴイルに追われる恐怖もプラスされている。彼らの事を考えると、少し同情してしまうほどである。

 

「んだけども迷宮を簡単にしちまえばワイが楽しめない。そんでワイは考えたんだぁ、各所にお助けアイテムを配置しようとな」

 

「お助けアイテム、ですか?」

 

「んだ。えっと、この辺にあったがな…」

 

身体をのっそり動かし近くの宝の山をガラガラ掘り返すミノスさん。雪崩の如く崩れ落ちてきた宝を回避しきれず、とうとう社長と私は埋められてしまった。

 

「あ、わりいわりい」

 

ミノスさんに掘り出され、私達は口に入った金貨をケホケホと吐き出す。宝に埋もれて死にたいと冒険者はよく言うが、あんまり良いものではない…。

 

 

 

 

「これだこれだ」

 

少しの間宝の山をほじくり返していたミノスさん。引っ張り出してきたのは…。

 

「高級回復薬、光の矢、万能薬、身代わりブレスレット、魔導書…」

 

どれもこれも、冒険者達が持っている物ばかり。しかし消耗品ということもあってか、私の『鑑定眼』で見た限りお値段は周りの宝物に比べるとそう高くはない。

 

「ここに来た冒険者達は宝を持ってくためにこういうのを捨てていくんだぁ。仕留めた冒険者達の分も相まって、結構溜まってきたんだで」

 

次々と出てくる出てくる大量の道具類。聞くとあまりにも持っていかれないため、別の場所に専用の倉庫を作ったほどらしい。一体今までどれだけの冒険者が挑んできたのだろうか。

 

「これを置けば冒険者達もまあまあ楽になるだろうと思ってな。んでもなぁ、ガーゴイルは宝箱設置とかそんな細かな作業できん。それでミミックを借りたいんだで」

 

あんたら見た目宝箱だしな、と笑うミノスさん。しかし私は恐る恐る手を挙げた。

 

「あの…でもそれだとミミック達が冒険者達を仕留めてしまうんじゃ…」

 

「あっ…」

 

ミノスさんは文字通り大口を開け放心する。彼の言う通りにミミックにお助けアイテムを持たせても、彼らが冒険者を仕留めてしまえば無意味。ますます高難易度なダンジョンになるだけである。

 

「ダメなんかぁ…」

 

意気消沈するミノスさん。私がどう慰めようか迷っていると、ふっふっふー!とほくそ笑み切れていない元気な声が。社長である。

 

「いえ、ミノスさん。よく私達を選んでくださいました!」

 

 

 

 

「まず、各所に置くのは本物の宝箱にいたしましょう。アストの言う通り下位ミミック達を置いてしまうと冒険者食べちゃいますし」

 

うきうきと提案する社長。一方のミノスさんは怪訝な顔を浮かべた。

 

「お、おぉ…。んでもミミン社長、ガーゴイル達はアイテムの補充は出来んけど…」

 

おずおずと突っ込むミノスさん。社長はえっへんと胸を張った。

 

「その補充の役目こそ、『上位ミミック』が引き受けます!」

 

 

 

上位ミミック―社長のように人型をしたミミック達のことである。下位ミミックと違い、意志を持ち会話もできる存在なのだが…。

 

「このダンジョン最大の特徴は張り巡らされた迷路です。アストもさんざ迷った通り簡単には解けません。ぶっちゃけ、あの複雑さならば下位ミミック達ですら迷ってしまうと思います」

 

そこで一呼吸置いた社長。にやりと笑い言葉を続けた。

 

「ですが、私達上位ミミックは一味違います。空気の流れ、音の反響、勘…いろんなものを駆使し、瞬く間にダンジョンの造りを把握できちゃうんです!」

 

 

「えぇ…!?」

 

私は呆然とする。するとミノスさんが思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえばミミン社長、ワイより早くゴールに着いていたなぁ」

 

「そうだったんですか…!?」

 

「んだ。2人がよーいドンで迷宮に飛び込んだ後、少し遅れてワイも追いかけたんだぁ。てっきり途中で抜かしたと思ってたら、ミミン社長だけ既にこの部屋前で待っていたんだで」

 

つまり社長は迷宮の主と同等、あるいはそれ以上の迷宮踏破能力を持つということ。完全に言葉を失った私を、彼女はビシリと指さした。

 

「アスト、貴方の挑戦は無謀だったのよ!」

 

「じゃあ止めてくれても良かったじゃないですかぁ…」

 

「だって、すんごく自信満々だったんだもの。言えないわよそんなこと」

 

 

 

「と、いうことで派遣するミミック達にはアイテム補充に専念させるのはどうでしょう。それならば派遣する数は少なく済みますし、ミノスさんのお邪魔になりません。自分で裏に戻ってきて食事を摂りもします。もし道中で冒険者と出会ったら軽く戦いアイテムを落とし逃げるようにも指示できますよ」

 

「すんばらしい!頼んだで!」

 

社長の提案にミノスさんは諸手をあげて合意。商談は纏まった。代金は勿論大量にあるお宝からである。ふと、とある疑念が鎌首をもたげた私は何とは無しにミノスさんに質問してみた。

 

「そういえばミノスさん。この財宝ってどうやって集めてるんですか?」

 

「ん?そりゃ簡単だで。こうやってな…」

 

ミノスさんは大きな手でつまんでいた契約書に力を籠める。すると紙は瞬く間に黄金の板へと変貌した。

 

「ワイは触れたものを金に変える能力を持ってるんだで、足りなくなったらこうやって作ってるんだぁ。何でもご先祖のミダス、ってのが発祥らしいんだで」

 

ガッハッハと笑うミノスさん。実に羨ましい…。と、社長は私にしか聞こえない声で呟いた。

 

「私の箱も金にしてもらおうかしら…」

 

「止めてください。絶対重いですから」

 

 



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人間側 ある諦めないパーティリーダーの挑戦

 

 

「えぇ…またあそこに行くのかよ…もういい加減諦めようぜ」

 

「そうですよ!復活代金や失った装備の揃え直しで今月カッツカツなんです、大人しく薬草摘みや商人護衛に行きましょうよ」

 

仲間達が無理に止めようとしてくる。でも、僕は諦められない。だからこう返してやった。

 

「今度こそだよ!今度こそ『迷宮ダンジョン』の攻略法を思いついたんだ! …多分だけど!」

 

 

 

 

 

僕はとある冒険者パーティーのリーダーをしている。幾つかダンジョンもこなし、まあまあ中堅どこの強さだと自負してもいる。

 

そんな僕だが、今一つのダンジョンにハマっている。それがあの『迷宮ダンジョン』。巨大なミノタウロスと眷属のガーゴイルから逃げつつ迷宮を解けば山ほどのお宝が手に入るという夢のようなダンジョンである。

 

しかしその迷宮はとてつもなく難しく、最近は挑戦者が減ってきている。しかしそれは、競争相手が減っているということ。お宝を独り占めできるチャンスなのだ。

 

バッグ一杯の金銀財宝を手に入れたらどうしよう。僕は妄想しうへへと涎を垂らす。すると、パーティーメンバーの残りの1人が服をぐいっと引っ張って止めてきた。

 

「きっと宝物が無くなったから挑戦者が減ったんだ。だからやめよう?ね?」

 

「この前もインデェーのおっさんが大量の宝物を持って帰ってきたじゃん。あそこの宝部屋は際限なく宝が湧くって言ってから大丈夫大丈夫!」

 

「あの人は確かな経験と豪運の持ち主なんだから…。そもそも考古学の研究という理由で迷宮を攻略している変人さんじゃんか」

 

「てかなんでお前はそんな自信たっぷりなんだよ、俺達一度たりともクリアした試しないだろ!毎度死んで終わりじゃねえか!」

 

痛いところを突かれた。そう、実は一度たりともゴールにたどり着いたことが無いのである。でも、この間なんかは後少し(多分)のところまで行けたんだ。インデェーさんから聞いた話で攻略の策も思いついた。だから今度こそ…!

 

 

 

 

嫌がるメンバーを引きずり、着いたのは迷宮ダンジョンの入り口。いつ見ても牛の顔をあしらった巨大な門の圧が凄い。だがそんなのでへこたれる僕ではない。

 

「よっし、皆行こう!」

 

武器とランプを手に、意気揚々と足を踏み入れる。と、後ろからメンバーの苦々しい声が。

 

「なんでうちのリーダー、懲りないんですかねぇ…」

 

「…あいつ、この間カジノでも全額溶かしてたよな。次は当たる次は当たるって言いながら」

 

「ギャンブル依存症なのかもしれないね…」

 

なんか人聞きの悪い事を言われているが、気にしない。たった一回潜るだけで暫く遊んで暮らせるほどの宝を手に入れられる(かも)のだ、何度だって挑んでやる。そしてそれを元手にカジノで…!

 

 

 

 

ズシィン…!ズシィン……!ズシィン……

 

「ハァ…ハァ…もう行ったかな?」

 

「はい…ミノタウロスは通り過ぎて行きました…」

 

角に隠れ、僕達はミノタウロスをやり過ごしていた。足音が聞こえなくなったのを確認し、メンバーの1人が大きく溜息をついた。

 

「で?お前がさっき言っていた策ってあれで終わりか?」

 

足元にコロリと転がる毛糸球を指さすメンバー。僕が提案した策とは、『迷宮入口から紐を張り、目印とする』というもの。この迷宮は結界によって目印とかが書き残せないようになっている。だから無理やり目印を残そうとしたのだけど…。

 

「数十個程度あっても足りるわけないだろ!バカ!」

 

叱られた通り、途中で無くなってしまった。しかもダンジョン内を徘徊するミノタウロス達に千切られ、挙句の果てに逆手に取られていつも以上に追いかけられてしまっていたのだ。

 

「もう魔力無いです…」

 

「回復薬も底を尽きそうだよ」

 

バッグを漁り在庫確認をするメンバー達。その言葉に僕は眉を潜めた。いつもより消費が激しい気がしたからだ。そのことを指摘すると―。

 

「もうお金無いから買えなかったんですよ!」

 

「そもそも毛糸球のせいでバッグが圧迫されてたしね」

 

「このままだと下手したらガーゴイルにですら負けて殺されるぞ」

 

とうとう全員から睨まれてしまった。慌てた僕はもう一つの策を急ぎ提案した。

 

 

 

「どちらかの壁にずっと沿っていけば必ずゴールにつくだぁ?」

 

「本当だって!時間は掛かるけど確実にたどり着くらしいんだ!」

 

怪訝な顔をするメンバー達に僕は必死に説明する。張ってきた毛糸が千切られまくってしまった今、辿って帰ることもできない。仕方なしに皆は渋々乗ってきてくれた。

 

「途中まで来たから、きっとすぐにゴールにつくはず!」

 

そう皆を励まし、僕は先を歩く。すると早速―。

 

「「「行き止まりじゃんか!!!」」」

 

 

 

まあ当たり前といえば当たり前。着いた先は数多ある行き止まりの一つである。そして僕の身にはまたも痛い視線が降りかかった。

 

「どうすんだよ…」

 

「こ、こんな時も変わらず壁に沿っていくんだ!…確か…」

 

追い詰められる僕。と、メンバーの一人が行き止まりにランプを向けた。

 

「? あれ宝箱ですよね…?」

 

 

 

真っ暗で気づかなかったが、確かにちょこんと鎮座しているのは宝箱。となると冒険者として行う事はただ一つである。

 

「開けるぞ…?せーのっ!」

 

パカンと勢いよく蓋を開ける。すると中に入っていたのは…。

 

「これ高級回復薬だぞ!?」

 

「魔力回復蜜も入ってます!」

 

「こっち身代わりブレスレットと光の矢じゃねえか!」

 

残念ながらお宝ではなかったが、冒険のお供として重宝しているアイテム類が幾つか入っていた。しかも中々に良いお値段するものばかり。金欠でアイテム不足な僕達としては嬉しい限りである。思わず僕はえっへんと胸を張った。

 

「な?僕の策に乗って良かっただろ?」

 

「いやそれとこれとは違くないか…?」

 

 

 

 

「前までこんな宝箱なかったはずだけどなぁ」

 

「まあ有難く使わせて貰おうよ」

 

「数としては全然心もとないんですけどね…」

 

とりあえずの補給ができ、少し安心して探索を続ける僕達。願わくばもう一つ二つは宝箱を見つけられないかと探しながら進んでいた。そんな時だった。

 

「―! 隠れて!」

 

メンバーの1人が何かを察知し指示する。僕達は急ぎランプを消し、近場の曲がり角に身を潜めた。

 

「何かがこっちに近づいてくる。多分魔物ね」

 

「地響きしないし、ガーゴイルか?」

 

メンバーの言葉に僕はそう推測した。迷宮の主であるミノタウロスならば、地響きを伴う歩行音で否応なくわかる。だが今、周囲は静か。少なくともミノタウロスではない。

 

「ううん、それも違う。ガーゴイル特有の石同士がぶつかる音じゃないし、人の歩いている音でもない。なんだろ…床を何かが滑ってくる…?」

 

「でもこのダンジョンでミノタウロスとガーゴイル以外の魔物なんて出たことないぞ?」

 

極力声を潜め、話し合う僕達。そんな間に謎の移動音は僕にも聞こえるほど迫っていた。

 

シャアアア…

 

確かに、何かが床の上を滑っている音だ。意外と速そうである。とはいえこっちに気づいた様子はない。このまま通り過ぎるのを待っていようと思ったが…。

 

ピタッ! シャアア…

 

「えっ!こっちに来ている!?」

 

突然止まり、向きを変えた何かは明らかにこちらへと近づいてきている。僕達は急ぎ武器を構え、奇襲をかけることに。もうちょっと…後少し…!

 

「今!」

 

先手必勝、スッと現れた何かに僕達は一斉攻撃をしかける。しかし―。

 

ギィン!

 

「堅…!」

 

全ての攻撃が弾かれ、全員で尻もちをつく。僕は反射的にランプに火を灯し相手を確認した。

 

「えっ…?宝箱…?」

 

そこにいた、もといあったのは先程見たような宝箱。一体なぜ…!?混乱する僕達を余所に、その宝箱の蓋は自動でギィイと開いた。

 

「耳痛いんだけど…何?アンタら冒険者?」

 

現れたのは人型の魔物。箱に入っている魔物なぞ、一種類しかいない。

 

「もしかしてミミックか!?」

 

「しかも上位種…!」

 

思わず後ずさる僕達。本来宝箱に擬態し冒険者を狩る種族だが、上位ミミックは隠れてなくとも充分に強い。以前何度か全滅させられたこともある。

 

「冒険者なら容赦しないよ」

 

上位ミミックは手を何本もの触手へと変え、僕達をいっぺんにとっ捕まえようとにじり寄ってくる。マズい…!運の悪いことに転んだ拍子に剣が折れてしまった。安物だったからだろう。またも全滅か…!?そう思った時だった。

 

「あっ…社長からの命令忘れてた」

 

何かを思い出したかのようなミミック。触手に変えていた手を普通に戻し、宝箱の中をごそごそと漁り始めた。そして―。

 

「きゃー冒険者だー逃げろー」

 

子供でもわかるほど棒読みな驚き方をし、何かを大量にバラまいた。そして床を滑り別の道へと消えていってしまった。

 

「えぇ…?」

 

「助かったの…?」

 

こわごわ立ち上がる僕達。あのミミックが落としていった何かを拾い上げてみると…

 

「これ…!さっきと同じ回復アイテムだぞ!」

 

「こっちには古ぼけてるけど剣もありますよ!」

 

先程の宝箱以上の物資がそこかしこに。どうやらあのミミックが箱に仕舞っていてくれていたらしい。でも一体なぜ?

 

「まあなんだっていいか!これで探索を続けよう!」

 

細かい事を考えてもしょうがない。僕は新しい剣を手に、先へと進んだ。

 

 

 

ズシィン!ズシィン!!

 

「待てぇ冒険者達ぃ!逃がさないんだでぇ!」

 

「またミノタウロスだぁ!」

 

結局見つかり、全速力で逃げる僕達。いつもならば捕まってしまい復活魔法陣送りだが、今回は違った。

 

「足止めの魔法は使えるか?」

 

「はい!さっき見つけた魔力回復蜜のおかげで使えます!」

 

「光の矢も入っていたから目潰しもできる!」

 

「身代わりブレスレットがあるから一度だけなら捕まっても大丈夫だ!」

 

拾ったアイテム大活躍。それらを総動員しひたすら逃げて逃げて逃げまくる。幾度か捕まりかけた(というか捕まったけどブレスレットでなんとかなった)が、気づくとミノタウロスの足音は消えていた。どうやら撒けたみたいだ。

 

「あー…死ぬかと思った…」

 

僕達は胸を撫でおろす。アイテムに助けられなければとうの昔に殺されていただろう。と、メンバーの一人が溜息をついた。

 

「でもよぉ、大人しく殺されていたほうがよかったんじゃねえのか?」

 

「確かに。闇雲に走ったせいでどこだかわからないね。まあ元からわからないけど」

 

「ゴールが見つけられなかったらこないだのように餓死しちゃうかもしれません…」

 

他2人のメンバーも賛同し、諦めムードが漂い始める。そこで僕は再度皆を勇気づけた。

 

「きっとゴールはもうすぐだ!もしかしたらこの角を曲がった先に…あっ…」

 

「え? …あっ」

「どうかしたんですか? …あっ」

「皆して何? …あっ」

 

曲がり角の先を見て固まった僕。それに続き覗き込んだ仲間達も揃って固まる。だってそこにあったのは…巨大な扉。つまり―。

 

「「「「宝物部屋だ!!!!」」」」

 

 

 

「わぁ!すげえ量!」

 

「目がちかちかします…!」

 

「本当にあったのね…」

 

「な!今度こそたどり着けるって言ったじゃん!」

 

部屋に勢いよく飛び込んだ僕達は山の様な財宝をみて狂喜乱舞する。思わずダイブし埋もれてもみた。宝の山に埋もれるのは冒険者の一生の夢だもの。

 

「よし、持ち帰るだけ持ち帰るぞ!」

 

「「「おー!」」」

 

 

装備していた安物鎧や武器、さっき拾ったアイテム、そして余った毛糸球。バッグに入っていたものを全て捨て、宝物をこれでもかと詰め込む。とうとう夢が叶ってしまった!これだからこのダンジョンは止められない!

 

 

 

 

 

…後日談になるが、ダンジョン各所に置かれていたお助けアイテムの存在は速攻に知れ渡り、迷宮へ挑む冒険者は一気に増えた。

 

最も、そのほとんどは変わらずミノタウロスによって返り討ちになっている。それでも挑戦者は減らない。もしもの時のお助けアイテムがあるというのは大きいのだろう。困ったときはどこかを走っているミミックを探すというのが定番となっていた。

 

あ、そういえばインデェーのおっさんがまた攻略して宝物をとってきたんだけど…その中に金で出来た毛糸球があった。変な宝物もあるもんだ。

 

もう挑まないのか?勿論、あの後幾度も挑んだ。だが一回たりともゴールにたどり着けずじまい。あの時が超幸運だっただけらしい。でも、諦めないぞ!

 

 



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顧客リスト№7 『蜂女王の蜂の巣ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

ヴヴヴヴヴヴヴ…!

 

「う~ん!甘~い香り!」

 

箱から身体を覗かせた社長は周囲に立ち込める香りを吸ってご満悦。確かに凄く良い香りなのだが…。

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ…!

 

「あの、社長…?」

 

「ん? どうしたのアスト」

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…!!

 

「あのー…なんといいますか…」

 

「?」

 

全く気にしていない社長を見て、私は仕方なしに頭上を指し示した。

 

「怖いんですけど…この蜂達…」

 

 

 

今回依頼を受け向かったのは、蜂女王が主を務める『蜂の巣ダンジョン』。普通の蜂の巣にいる女王蜂、ではない。蜂姿の女王様、ビークイーン、呼び方は幾つかあるが、要は蜂魔物の上位存在である。

 

ということは、当然このダンジョン内は蜂まみれ。今私達の頭上を恐ろし気な羽音を立て飛んでいる彼らはここの蜂女王『イーブ』さんの眷属なのだ。

 

 

 

「何言ってんのアスト。蜂型の子はうちにもいるでしょ」

 

社長が笑い飛ばした通り、我が社にも蜂のミミックはいる。だが彼らはそんなに群れず、数も少ない。だから、視界を覆うほどに群れているこの蜂達はちょっと怖い。というか耳がぞわぞわする。

 

「皆歓迎しているのよ、許してあげて」

 

と、そこに現れたのは黄色い髪と触覚、透明で薄い羽、お尻から生えた蜂のぷっくりしたお腹、手足に蜂特有の黄色と黒の縞々という出で立ちの女性。彼女こそが蜂女王『イーブ』さんである。

 

「歓迎…ですか?」

 

今にも口に入りそうなほど纏わりつかれていた私は思わず眉を潜める。するとイーブさんはにこりと微笑んだ。

 

「えぇ、なにせまともな客人は久方振りだもの。ここに入ってくるのは基本的に蜂蜜を狙う魔物や人間だから」

 

 

 

イーブさんに案内され、私達は奥地に進む。流石は蜂の女王、ブンブンと飛び交う蜂達は彼女の姿を見るや否や傅くように横に控え道を作る。私に纏わりついていた蜂達も解散させられようやく一息つけた。

 

それにしても…壁も床も天井も、全ての建造物が六角形のあの形をしている。一見脆そうだが、社長を持った私の体重が乗ってもびくともしない。恐るべし、ハニカム構造。

 

 

 

「さ、ここよ」

 

到着したのは球状になっている広めの部屋。周りの壁からはトロトロと蜂蜜が染み出し、部屋の下半分をプールのように埋めている。

 

そしてその中央に浮かんでいるのは社長が入れそうなほどの大きな杯が乗った台座。そこにはクリーム色をしたゼリーのようなものがたっぷりと盛られていた。

 

「もしかしてあれって…」

 

私の鑑識眼はそれが何かをすぐさま見抜いた。だが、あんな量は見たことがない。唖然とする私に代わり、イーブさんはその名を口にした。

 

「そう、『ローヤルゼリー』よ」

 

 

 

ローヤルゼリー。それは女王蜂が食べる栄養満点の食事。だが、蜂魔物が作るローヤルゼリーは一味違う。一口食べれば体力魔力全快、二口食べれば体力魔力の限界突破、三口食べれば蘇生魔法代わりという超・貴重なアイテムである。親指ほどの小瓶に詰められた量だけでもかなりの額で取引される。

 

そんなものが、あんなに沢山…! ということは、依頼内容も想像に難くなかった。

 

「あのローヤルゼリーを守って欲しいの」

 

 

 

 

「うちの子達、優秀でね。ローヤルゼリーをかなりの量作ってくれるのよ。おかげでスタイルを維持するのが大変大変」

 

蜂達を愛でながら、イーブさんは笑う。嬉しい悲鳴と言うやつだろう。

 

「美味しそう…」

 

と、私の持つ宝箱から漏れ出る声が。勿論社長である。実は社長、このダンジョンに来てからちょこちょこ小さなお腹の音を鳴らしていたのだ。最近甘いもの絶ちとかしてるから…。

 

「良かったら食べていって。正直アタシだけじゃ余らせちゃうの」

 

イーブさんは蜂の巣を加工した器にローヤルゼリーを盛り持ってきてくれた。そういうことならと私達は有り難く頂くことに。

 

「ふおぉ…!しゅわしゅわしてる…!」

 

口に入れた瞬間、社長は頬に手を当て感動した様子に。蜂蜜を煮詰めたかのような濃い甘さながらも、ほどよい酸味とシュワシュワ感が清涼感を引き出している。これ、無限に食べられる…!

 

「も、もう一杯貰えません…!?」

 

鼻息荒く、社長はイーブさんにねだる。だがイーブさんはそれを止めた。

 

「あまり食べ過ぎない方が良いわ。元気が出すぎて夜眠れなくなるし、太っちゃうわよ」

 

その言葉に、私はハッと気づいた。身体がかなり火照っているのだ。蜂魔物を統括する女王の食事であり、たった三口で蘇生魔法の代わりとなるような代物なのだ。一体どれだけの栄養が込められているだろうか。これ以上食べたらマズい。私は目がギンギンになっている社長を慌てて引き止めた。

 

 

 

 

「コホン…。失礼いたしましたイーブさん…」

 

正気を取り戻した社長は恥ずかしそうに咳払い。未だ効果が残っているのか身体をモジモジさせているが。それを隠すように、彼女は商談に移った。

 

「このダンジョンに最も合うのは『群体型』ミミックの宝箱バチ達でしょう。色こそ普通の蜂達と違いますが、これだけの数がいればその間に混じって冒険者に奇襲をしかけられます。毒素もかなり強いですから…」

 

「あー…。ごめんねミミン社長。多分その子達じゃダメなの」

 

社長の説明を打ち切るようにイーブさんは頬を掻く。それは一体どういうことなのか、私が質問するよりも先に、イーブさんは何かを取り出してきた。

 

「これは…?」

「人間の装備…ですよね」

 

受け取ったそれをまじまじと見やる私達。それは明らかに人型をしたツナギのようなもの。頭すらも覆うフードがついており、目のところは外が見えるように透明な素材で作られていた。

 

「これはここに侵入した冒険者達が着ていたものなの。ちょっとアストちゃん着て見てくれない?」

 

「え。あはい、わかりました」

 

私はその謎の装備をゴソゴソと着こむ。悪魔族は羽角尻尾がついている以外は人間と姿が似通っているため、何とか着ることが出来た。ちょっと背中がきついけど。

 

「アスト、着心地どう?」

 

「なんか暑いし動きづらいです…」

 

ダンジョンに潜るにしてはおかしな装備である。武器はまともに持てないし、動きも制限される。生地的に防御力が高いというわけでもなく、寧ろこれ0に近い。

 

「これほんとに冒険者が着てきたんですか?」

 

私はイーブさんの方を向く。すると…。

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…!!!

 

イーブさんの周囲には大量の蜂達。凄まじいほどの羽音が響き渡る。

 

「えっ。ちょ…」

 

思わず私は後ずさりしてしまう。だがイーブさんは構わず号令を出した。

 

「ゴー!」

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!!!

 

「ひゃあああああ!!!?」

 

蜂達は一斉に私へと突撃。隙間ないほどに纏わりつき、尾の針をブスリブスリと刺していく。

 

「イーブさん!?アストに何するんですか!?」

 

さしもの社長も驚きを隠せないようで、素っ頓狂な声をあげる。するとイーブさんは直ぐに蜂を引き戻した。

 

「どうアストちゃん。針は体に刺さった?」

 

「…へっ?」

 

怖くて目を瞑っていた私はこわごわ自分の体を触ってみる。どこも痛くない。毒で麻痺している、というわけでもなさそうである。

 

「…蜂の針を通さない装備、ってことですね?」

 

察した社長はイーブさんに目配せする。彼女はゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

「ほんとですね…。至る所に貫通防止の魔法が。一つ一つはかなり弱いですけど、蜂の針ならば防げちゃいますね」

 

改めて謎の装備の鑑定をする私。描かれた魔法はまるで網のように全身を包んでおり、中々に手間がかかっている。いうなれば蜂専用の防護服と言ったところか。

 

「私の針ならば貫通して即死させられるんだけど、小さな蜂達だと幾ら刺しても効かなくて…。この間なんてローヤルゼリー全部盗まれたのよ」

 

それを盗んだ冒険者は今頃豪邸で寛いでいる頃であろう。はぁ…と溜息をつくイーブさん。そしてもう一人、溜息をついたのは社長だった。

 

「うーん、どうしよう…。群体型の子達は総じてこの装備を貫通できないだろうし…。このダンジョンの構造上隠れられる場所は少ないし…」

 

どうにか良い方法が無いかと頭を悩ます社長。私も助力するため知恵を捻るが、何も浮かばない。

 

「ん…?」

 

ふと、私の視界に入ったのは部屋の下にたっぷりと溜まっている蜂蜜。ドロドロしていて、まるで…。

 

「社長、この蜂蜜の中泳げませんか?ほら、この間のスライムみたいに」

 

先日お邪魔したスライムのダンジョン。そこで社長はスライムの中に身体を沈めるといった荒業を見つけ出したのだ。

 

そして、今目の前にある蜂蜜沼。それは見ようによってはスライムのようでもある。半分冗談めかした提案だったのだが…。

 

「…イーブさん。よろしいですか?」

 

「構わないわよ。ここに溜まっているのは作り過ぎて廃棄予定の蜂蜜だから」

 

許可を貰った瞬間、社長は箱の中から蜂蜜沼へトプンとダイブ。瞬く間に姿が見えなくなった。

 

「わっ本当に入っちゃった。大丈夫かな…。社長ー!」

 

即行動の社長に驚きつつ、私は蜂蜜沼に呼びかける。すると―。

 

「こっちこっちー!」

 

背後から聞こえてくる社長の声。そちらに顔を向けると、恍惚とした表情の社長がいた。

 

「あっま~い!」

 

文字通り浴びるほどの蜂蜜を食べてにへらにへら笑っていた。ということは…。

 

「行けそうですか?」

 

「えぇ。この手で行きましょう!あ、イーブさん。この沼の上に宝箱を置く足場みたいなのって置けます?ミミック達の休憩場所にしたいのですけど。あと、その他に移動用として導入したいものが――」

 

「――わかったわ。じゃあ足場、作るよう指示を出しとくわね。その移動用のも導入okよ」

 

あっという間に商談成立である。防御力のほぼないあの防護服。他ミミックならば絞め殺すなり溺れさせるなりなんでもできるであろう。私はほっと胸を撫でおろした。

 

 

 

 

 

「ふっふふ~ん♪」

 

「社長、いつまで身体についた蜂蜜を舐めてるんですか。行儀悪いですよ」

 

帰社道中。手や顔、箱についた蜂蜜を指で掬っては口に持っていく社長を私は諫める。帰ったらシャワー浴びさせないと…。だが当の本人は全く悪びれることなく言い返してきた。

 

「だって美味しいんだもん。ついつい手が伸びちゃって…」

 

「少し我慢してくださいよ。これから大量の蜂蜜と余り物とはいえあのローヤルゼリーが頂けるんですから」

 

「ね!まさかローヤルゼリーまで頂けるとは思わなかったわ!美味しいし、うまく運用すれば蘇生費用も浮く!良いことずくめ!これは良い子達を派遣しなければいけないわね。ん、あまぁい! はいアスト、あーん」

 

「もう…んむっ…本当、甘いですね」

 



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人間側 甘い蜜を狙った冒険者の顛末

 

 

「防護服は着たか?アイテムは杖だけにしとけ!どうせこの格好じゃ上手く使えないんだから」

 

俺は仲間の女魔法使いにそう指示を出す。装備は高い金を払って作って貰った『対蜂専用防護服』と必要な武器のみ。鎧も回復薬も、必要ない。何故なら今から黄金よりも価値がある物をバッグ一杯に盗りに行くのだから。

 

 

 

ここは『蜂の巣ダンジョン』。大きな花畑が幾つもある森の中に存在する、超巨大な蜂の巣である。

 

とはいえここを攻略しろというクエストはまず無い。あるのは『蜂蜜を採取しろ』というクエストのみ。それも、横穴からトロトロと垂れている蜂蜜を掬って持って帰るという内容である。まあ蜂蜜の甘い香りに惹かれた魔物達が集結しているため、意外と難しいクエストではあるが。

 

 

 

しかし今俺達はそこに用は無い。蜂蜜を入れる瓶を持った重装備の冒険者を横目に、俺達は蜂の巣ダンジョンの中に足を踏み入れる。と、仲間の1人が不安げな声をあげた。

 

「ねえ、情報は確かなの? ここの『ローヤルゼリー』は山のようにあるって…」

 

そう、俺達の目的はあの伝説級のアイテム『ローヤルゼリー』。貴族王族、冒険者に聖職者。ありとあらゆる人が欲してやまない最高レベルの回復薬である。

 

他のダンジョンならば主である蜂女王の食べるピッタリの分しか作られないはずだが…。訝しむ仲間に俺は勢いよく頷いた。

 

「本当だ。この間冒険者を突然辞めた『マヌカ』って奴いたろ」

 

「あぁ…いたわね。何をしたかわからないけど今は郊外の豪邸でスローライフしているって」

 

「実は俺とあいつは幼馴染でな。ちょっと教えて貰ったんだ。ここのダンジョンだけローヤルゼリーがたっぷりとあるって」

 

「えっじゃあその人がお金持ちになった理由って…」

 

「察しの通りだ。俺達もこれで大金持ちになるぞ!」

 

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!

 

「ひっ!蜂!」

 

巣に入るや否や、飛び掛かってくるのは大量の蜂魔物達。普通ならば既にここで死亡し復活魔法陣送りだろう。野良魔物達もこんなところには滅多に足を踏み入れない。仲間の魔法使いは悲鳴をあげうずくまるが、すぐに痛みが無いことに気づいたらしくこわごわ立ち上がった。

 

「…すごいわね、この服」

 

「だろ。その分他の魔物に襲われたらひとたまりもないけどな! 今の時間、蜂女王はぐっすり寝ている。さっさと盗ってずらかろう」

 

 

 

 

怒る蜂達にたかられながらも、俺達は蜂の巣内部を進む。羽が生えている魔物の棲み処だけあって、まともな足場は意外と少ない。細道、浮き足場、軽い崖。全てハニカム構造をした道を慎重に、かつ素早く移動する。ちょっと同じ模様ばかりで目が痛くなってきた。

 

 

そうこうしている内に目的の部屋に到着。中の様子を見た魔法使いは思わず目をごしごしと擦った。正確には視界確保用の透明素材部分を拭いた形だが。

 

「嘘でしょ…? あれ全部ローヤルゼリー…?」

 

蜂蜜で出来た沼の中央にある、巨大な杯にたっぷり盛られたそれを見て唖然とする魔法使い。なにせあの量があれば一生遊んで暮らせるのだ。当然の反応である。

 

「でもどうやって盗るの?」

 

ハッと正気を取り戻した彼女は俺にそう聞いてくる。ローヤルゼリーの場所に行くには沼を渡らなければならず、橋なぞ無いのだ。俺達に蜂の様な羽が生えていれば楽なのだが、ないものねだりしても仕方がない。俺は魔法使いの肩をポンと叩いた。

 

「だからお前を連れてきたんだ。お前、魔法で水の上に足場を作れるだろう?」

 

「あぁ、そういうこと…」

 

持ってきた唯一の道具、杖を取り出し詠唱を始めようとする仲間。と、何かを見つけたらしく手を止めた。

 

「ん? ねえ、あれ何?」

 

彼女が指さした方向を見やると、そこにあったのは蜂蜜沼にぷかぷかと浮かぶ平べったい蜂の巣の板。その上には何故か蓋が開いた宝箱が幾つか乗っていた。

 

「何だあれ?」

 

「よくわからないけど、真っ直ぐ足場を作ると途中で崩れるかもだからあそこに寄っていい?」

 

以外としっかりしてそうな板だったので、俺はすぐに了承した。

 

 

 

 

「…よし、出来たわよ」

 

慣れぬ服だからか数度失敗しながらも、何とか足場を作り出してくれた。

 

「暑ぅ…服脱ぎたい…」

 

「脱いだら蜂に刺されて死ぬだけだぞ」

 

魔法を使って疲れた仲間を宥め、俺は蜂蜜沼へと足を踏み出す。水と違うからか、足場はぶよぶよと不安定。まあでも歩けないほどではない。

 

ゆっくりと歩き、宝箱が乗った板に恐る恐る足を乗せる。俺達が乗っても板は沈むことはなかった。流石ハニカム構造である。

 

「宝箱の中、何も入ってないな」

 

冒険者の性でつい宝箱の中を覗き込む。まあ蓋が開いていたことから察していたが、中身は空っぽだった。何故か蜂蜜がべっとりついているのがちょっと気になるが。

 

「次の足場魔法の準備するわね」

 

全く気にしていない仲間の魔法使いは再度杖を振り、魔法発動の準備をする。と、ふと呟いた。

 

「それにしてもこれだけの蜂蜜があるとちょっと怖いわね。落ちたらと思うと…」

 

「お前、昔蜂蜜に顔を埋めるのが夢とか言ってなかったか?」

 

茶化す俺。と、聞き覚えの無い声が響いた。

 

「その夢、叶えて差し上げましょう!」

 

直後、俺達の足が何者かに掴まれる。抵抗虚しく、蜂蜜沼に引きずりこまれた。

 

「この服邪魔ねー」

 

「引ん剝いちゃおう」

 

高かった防護服は勢いよく破られ、俺達の身体は蜂蜜に包まれる。ドロドロの蜂蜜が顔中に張り付き息が…!てか甘っ…!!

 

 

 

少しして、俺達の身体は先程の板の上に投げ出される。瀕死の状態だが、俺はなんとか生きていた。仲間の魔法使いは…。あぁ駄目だ、あれは死んでる。きっと夢が叶ったから笑っている…わけないか。そもそも蜂蜜まみれで顔見えないし。

 

すると、さっきの謎の声が再度響いた。

 

「人間の蜂蜜漬け二丁あがり!」

 

ヌタリと板の上に上がってきたのは…なんだあれ。半分に切られた蜂の巣? なんで動いてんだ…?

 

……いや違う…。その蜂の巣の穴…ハニカムの中からなんか謎の女魔物が出てきたぞ…!? 蜂蜜で濡れているせいでよくわからないが、どこかで見たことあるような…。

 

「ちょっと休憩しよー」

 

そんな彼女達は俺が生きていることに気づかず、その蜂の巣から宝箱の中へにゅるんと。え…ということはあれミミックなのか…!? 驚く俺を余所に、ミミック達は世間話を始めた。

 

「ここに来てから肌つや良くなった気がするんだけど」

 

「わかるー。そうだこの子見て、触手型下位ミミック。なんかとんでもなくつやつやしてない?」

 

「ほんとだ、蜂蜜の効果なのかな。美味しいしねここの。あとちょこちょこ貰えるローヤルゼリーの効果もありそう」

 

なんだこのミミック達、ローヤルゼリー食べてるのか。勿体ない…。売れば大量の金貨になるのに。と、歯噛みしたのがまずかった。

 

「あれ?その冒険者まだ生きてない?」

 

「え?あ、ほんとだ」

 

とうとうバレてしまった。もう諦めて殺されるしかない。ミミックは俺を締め付けながら耳打ちしてきた。

 

「これに懲りたら蜂女王の食事を盗らないことね。食べ物の恨みは恐ろしいと言うし!」

 

 



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顧客リスト№8 『スケルトンのカタコンベダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「カラン♪コロン♪カタカタカタ♪」

 

私が抱える宝箱の中で、社長は楽しそうに口ずさむ。それは、このダンジョンに入ってからずっと聞こえてくる音を真似たものなのだ。

 

カラン、コロンは大きくぶつかり合った時に響く軽く透き通った音。カタカタカタは動いている時に自然と起きる駆動音。

 

何の?『骨』の、である。

 

 

 

 

今回私達が依頼を受けたのはスケルトンの『カタコンベダンジョン』。カタコンベ…いわゆる地下墓地のことだが、ここは実際に墓地というわけではない。広めの洞窟を活用したダンジョンである。

 

では何故カタコンベと言われているのか。それは、ここに居る魔物達が関係している。

 

『スケルトン』。ゴーストやゾンビと同じくアンデッド族の魔物で、その見た目は骨。それ以外に言い表せないほどに骨である。我が社の医務室にも置いてある骨格標本、それがそのまま動き出したかのような感じなのだ。どこを見ても骨、骨、骨…。墓地と言われるのも納得である。

 

 

 

「アスト、足元気を付けてね」

 

「はーい」

 

社長に返事をしながら、私は注意深く歩く。ダンジョンのそこいらには骨が乱雑に散らかっているのだ。それがただの飾りか、これからスケルトンになるのか、はたまた魔物としての生も終えたのかはわからないが、下手に踏むわけにはいかない。あとぶっちゃけ、踏むと転ぶし純粋に痛いし。

 

 

「オォ、コッチダコッチダ!」

 

と、道の先で手を振るスケルトンが。骨の身体に重厚な鎧を着こんだ彼(?)が今回の依頼者「ボン」さんである。喋る度に骨がカタカタ言っている。

 

 

「汚イトコロデ悪イナァ。足ノ踏ミ場モナイダロウ」

 

自分で言って自分で笑いながら、ボンさんはダンジョン奥へと案内してくれる…のは有難いのだが…。

 

「ま…待ってくださいボンさん…!」

 

速い…! 重厚な鎧を着ているはずのボンさんはスッスッスッと先へ進んでいく。片やこのダンジョンの住人、片や足元を気にして歩いている私という差があるとはいえ、速すぎでは…? 気づいてくれたボンさんは足を止め、カタカタ笑った。

 

「スマンスマン!何分スケルトンニナッテカラ身体ガ軽クテナ!ヤッパリ贅肉ハ無イホウガ良イ!」

 

いや、贅肉どころか必要な内臓とかまで全消失しているのだけど…。ふと私は気になり、ボンさんに質問をしてみた。

 

「そういえばボンさんは生前どんな御姿だったんですか?」

 

「ン?写真アルゾ」

 

そう言うと、ボンさんは頭蓋骨の上をパカリと開けた。開くんだそこ…。

 

「ホレ、コレダ」

 

彼が取り出したのは古ぼけた一枚の写真。そこにはかなり太った男性騎士が写っていた。

 

「騎士だったんですね。ということは死因は…」

 

魔物と戦ったことによる戦死ですか?そう聞こうとしたのだが、ボンさんはそれよりも先に首を振った。

 

「イヤ。酒ノ飲ミ過ギデ死ンダンダ!」

 

それでも飲み足りなくてスケルトンになったんだろうな、ボンさんはそう言い大爆笑。私達は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

そう、スケルトンは全て元人間。一度目の生を終え、魔物として生き返ったのが彼らなのである。中にはそれが受け入れられず人間の里に突撃したり魔物と戦い続けている者もいると聞くが、ここにいるスケルトン達は魔物としての生を享受しているようだ。

 

その証拠に、ボンさんに案内された場所には…。

 

 

「カンパーイ!」

「ソゥレ!イッキ!イッキ!」

「ブッハァ!骨身ニ染ミルゥ!モウ身ハ無イケド!」

 

 

ジョッキをガコンと打ちつけ合い、文字通り浴びるように酒を飲んでいるスケルトン達。もしかしてここは…。

 

「酒場、ですね…?」

「そうみたいね…」

 

ここはダンジョンの奥底のはず。なのに何故か存在する酒場に、私と社長は唖然としていた。

 

 

 

 

「んぐ…んぐ…んぐ…ぷっはぁ!もう一杯!」

 

「良イゾミミンチャン!良イ飲ミップリダ!」

 

まあそれも僅かな間。社長はあっという間に他スケルトン達と打ち解け飲み比べを始めていた。社長はあの見た目(少女姿)で結構な酒豪なので、挑戦者達は次々とギブアップしていった。…スケルトンが酔うのか、と言われても実際酔っているのだから仕方ない。

 

というか、飲んでいるようにも見えない。スケルトン達は口から酒を流し込んでいるが、内臓が無い彼らは骨の隙間とかからほぼほぼ垂れ流している。勿体ない。

 

中には肋骨の中に別のジョッキを仕込み、取り出しては飲み取り出しては飲みを繰り返している人もいた。まあそれでも零しまくっているのだが。

 

 

「そういえばこのお酒って人里で売っているものばかりですよね。どうしているんですか?」

 

社長はジョッキに追加を注いで貰いながら首を傾げる。確かに、カウンターに並んでいる酒の銘柄はどれもこれも人間達が作っている物である。と、ボンさん達はカタカタ笑い答えた。

 

「アレハホトンドガオ供エ物ダ。俺達ノ墓ニ定期的ニ置イテイッテクレルカラ有難ク頂戴シテイル」

 

「タマニ村ニ買イ物ニ行クコトモアルゾ。夜二厚手ノ服ヤ鎧ヲ纏ッテ行ケバ案外バレナイカラナ」

 

元が人間だけあって、人里への紛れ方は得意としているらしい。結構悠々自適な第二の人生を送っているようである。

 

 

 

 

場が和んだところでいよいよ商談開始。社長がまず切り出した。

 

「それでご依頼というのは?」

 

「アァ。実ハココニモ冒険者ガ入ッテクルヨウニナッテナ。ココヨリ奥ニ俺達ソレゾレノ個室ガアルンダガ、ソコヲ狙ワレルンダ」

 

酒場に加えて各スケルトンの個室とは。ここはダンジョンじゃなくて宿か何かの施設ではないかと私は眉を潜めてしまう。ボンさんは話を続けた。

 

「ソコニハ生前ノ遺品ガ置イテアルンダガ、人間ノ時カラ大切ニシテイタ物ダカラナ、売レバ高値ガツク物ガ結構アル。俺達ガスケルトントシテモ死ンダナラバ持ッテ行ッテモ良イガ、意識ガアルウチハ嫌ナンダ。ドコノ馬ノ骨カワカラナイ連中ニ…正確ニハ人間ノ骨ダケドナ!」

 

なるほど、シンプルな依頼である。となると、派遣するミミックも楽である。

 

「ならこちらの子達がお勧めです!下位ミミックの宝箱型、入ってきた人間達をパクリと食べちゃいます!」

 

カタログを開き紹介する社長。すると周囲にいたスケルトン達が一斉に覗き込んできた。

 

「オォ!ソレカ!」

「懐カシイ!コイツニ幾度殺サレタカ!」

「敵ダト恐ロシイケド、味方ニナルト心強イワネ」

 

かつての冒険者もいるのだろう。過去話に花を咲かせるスケルトン達。これもまた元人間ならではであろう。

 

そして彼らは、ダンジョンに入ってくる人達が復活魔法陣で復活できることを知っている。故に容赦なくミミックを購入することを決めてくれた。ボンさん達がミミックを使役する側になれた愉悦に震えているような気がするのは気のせいではないと思う。

 

 

 

「ア、ソウダボンサン。アノ僧侶達ノコトモ相談シテオカナイト」

 

「オ。忘レテタ。ミミンチャンモウヒトツイイカ?」

 

仲間に促され、ボンさんは細い指を一本立てる。社長は元気に頷いた。

 

「はい勿論!なんでしょう?」

 

「実ハ、冒険者ノ他ニ僧侶ヲ始メトシタ聖職者ガ時折入ッテクルンダ。アイツラ、俺達ガ苦シンデイルト勘違イシテイルノカ、浄化シヨウトシテキテナ。ダンジョン内ナラ幾ラデモ復活デキルンダガ、ソノ間ニ教会マデ運バレテシマウト消滅サセラレテシマウ」

 

「アノ人達ノ攻撃、私達ニ凄イ効クノヨ。オカゲデ倒スノニモ骨ガ折レテ…実際ニ折レテイルワケジャナイケドネ」

 

「死ニタケレバ自ラ教会ニ向カウサ。マダ楽シミタイカラ、コウシテダンジョンデ暮ラシテルンダヨ」

 

続々と不満を漏らすスケルトン達。よほど辟易しているのだろう。その依頼に、私達は腕を組み考えた。

 

「ということは皆さんを、骨自体を守らなければいけませんよね…」

 

「そうねー…」

 

彼らの口ぶりから察するに、倒された後バッグに詰められ教会に運ばれてしまうらしい。そこらへんにミミックを置いて警備してもらうという方法があるが、守れるかの保証はない。となると…。

 

「ねえアスト。私一つ考えがあるんだけど」

 

「奇遇ですね社長。私もです」

 

社長と目配せをし、私達は確認に移る。ボンさんに協力を仰ぎ…。

 

「「失礼します!」」

 

社長は鎧の隙間からボンさんの身体に、私は少し飛んでボンさんの頭蓋を手を入れる。

 

「ウアッハッハ!クスグッタイ!」

 

骨をカランコロン鳴らして悶えるボンさん。確認を終えた私達は彼に礼を言い再度席に戻った。

 

「どうでした社長?」

 

「問題なく行けるわね!そっちも?」

 

「えぇ。()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「アリガトヨ2人共!オカゲデユックリ骨ヲ休メルコトガ出来ル。スケルトンダケニ!」

 

ボンさん達に手を振られ私達はダンジョンを後にする。因みに今回のお代はそこらへんに転がっていた骨。実はこれ、呪薬や杖の材料として使え、意外と良いお値段になるのだ。もう死んでいるから構わないと言われたが、良いのだろうか…?

 

「ところで社長、聞きたくて聞けなかったことがあるんですけど」

 

「なぁにアスト?」

 

宝箱一杯の骨の中に身を埋め、骨同士を楽器のように打ち鳴らし遊んでいた社長はくるりと振り向く。いつの間にか頭蓋骨を被っているし。

 

「なんかボンさん達、ちょこちょこオヤジギャグのようなのを挟んできたんですけど、なんでだったんでしょう」

 

「そりゃ、オヤジだったからでしょうね。骨の質を見る限り、皆ある程度年取ってから死んだみたいだし」

 

「あぁ…そういうことですか…」

 

 



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人間側 とある決意をした僧侶の告解

 

 

「杖良し、聖水良し、聖書良し、ロザリオ良し!」

 

バッグの中身を最終確認し、私は服とベールを翻し教会を出ます。と、私の後輩達が見送りをしてくれました。

 

「お姉様、ご武運を!」

 

「えぇ。必ず助け出してくるわね」

 

 

 

 

私はスケルトンが支配する『カタコンベダンジョン』付近の教会に在籍している僧侶です。そして今、私一人でそのダンジョンへと足を運んでいる最中なのです。

 

私の目的は1つ。それはダンジョンに囚われているスケルトンの皆さんを解放することに他なりません。彼らは元人間、きっと苦しみの内に魔物へと成り果てているに違いないのですから。

 

 

 

ダンジョンに最も近いということで、教会にはギルドの指示で復活魔法陣が設置されてあります。そこで復活した冒険者達がダンジョン内部の様子を色々と教えてくれるのです。

 

暗い洞窟の中に転がる大量の人骨。時々聞こえてくるスケルトン達の狂気の声。そして彼らは人を見かけ次第切り殺さんと襲ってくる…。恐らく、彼らは苦痛に呻き暴れるしかできないのでしょう。

 

そんなこと、聖職者として見過ごせません。私は一念発起し、彼らを浄化することに決めました。既に幾人かに安寧を取り戻してあげることにも成功しているんです。

 

 

 

何故私一人なのか? それは仕方ありません。ギルドに冒険者登録をしている…つまり戦える僧侶は私の教会には私だけなのです。

 

幸い他の教会にも賛同者はおり、いつもならばその方達とパーティーを組むのですが、残念ながら今日は皆さん予定が合わず…。

 

ですがダンジョンに1人で潜るのは危険極まりない事。ということでこのような時はギルドに頼み手練れの冒険者を雇う取り決めになっています。私は今その方達と合流しに向かっているのです。

 

 

 

「おう僧侶さん。ここだ」

 

「あら、貴方がたでしたか」

 

ダンジョン前、邂逅したのは見慣れた冒険者の方々でした。たまに復活魔法陣から現れる…要はよく死んでいるということですが。とはいえギルドによるとダンジョン最奥まで何度も到達しているらしく、腕も確かだと聞いています。

 

「回復担当がいると心強いな、いっつも途中で回復薬が切れて死んじまうから。早速潜るかい?」

 

「えぇ。お願いします!」

 

 

 

 

 

「そっち行ったぞ!」

「おぉりゃ! 駄目だ、速い!」

「逃がしたか…!だがこれで奥に進める。皆、怪我は無いか?」

 

 

流石ダンジョン慣れしている冒険者の方々です。骨が散乱する劣悪な足元をものともせず、スケルトン達と戦ってくださいます。普段の僧侶のみのパーティーだと、浅層にいるスケルトン一体にひたすら聖水や聖書の文言とかをぶつけて無理やり沈黙させるという技しか使えないのですが…。

 

「僧侶さん、足元気をつけてな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

私はほぼ何もせず、冒険者の方々の後をついていくだけ。たまに彼らが負う小さな傷を治してあげるぐらいしか仕事がありません。楽で有難いです。

 

 

 

そうこうしているうちに結構な奥地まで侵入することができました。と、冒険者の方々はとある扉の前で足を止めました。

 

「僧侶さん、ここだ。前話した『スケルトンの狂気の声』が聞こえる場所は」

 

洞窟の中だというのに、そこにあった扉は木製。金属の取っ手までついており、まるで街中にある扉のような形状をしてします。そこに耳をくっつけ中の様子を窺ってみると…。

 

「ヒャッヒャッヒャッヒャ!」

「ヘッヘッヘッヘ!」

 

骨同士がこすれる音と共に聞こえてきたのは、明らかに様子がおかしい笑い声。私は思わず扉から飛び退いてしまいました。

 

「ここの中を覗いたことは…?」

 

「無いな。明らかにヤバそうだし。ダンジョン最奥に行くには他のルートがあるしな」

 

私の問いに、冒険者の方々はそう答えました。ですが私の目的はスケルトン達を苦しみから救うこと。もしかしたらこの中にその元凶があるのかもしれません。危険を承知で扉を開けてもらうことにしました。

 

「じゃあ行くぞ…ゆっくりな」

 

ギギィ…と僅かに扉を開け、全員で恐る恐る覗きます。

 

「うっ…!」

 

瞬間、鼻についたのはむせ返るほどの酒気。部屋の内部では沢山のスケルトン達が何かを浴び、狂ったように踊っていました。

 

「なんだここ…酒場か?」

 

「酒場とはこんなに狂気じみている場所なんですか?」

 

「え?僧侶さん、酒場に行ったことないのか?」

 

「私はお酒を嗜まないので…」

 

ぼそぼそと会話する私達。と、それが悪かったのでしょう。スケルトン達の首は一斉にこちらを向きました。背中を向けている者、頭をひっくり返してつけている者、頭自体を机の上に置いている者…その全ての首が。

 

そしてほぼ同時にガチャリと武器を手にしたのです。

 

「―!閉めろ!」

 

バタンッ!

 

「全力で逃げろ!」

 

私達の行動は早いものでした。即座に扉を閉め、猛ダッシュでその場を後にしました。

 

 

 

 

 

「あー…驚いた」

 

息を整える冒険者の方々。一方私は地面にへたり込んでしまっていました。

 

「どうした僧侶さん」

 

「腰が抜けて…」

 

「そりゃ大変だ。でも頑張って立ったほうがいいぞ」

 

「?」

 

首を傾げる私。すると冒険者の方は近くの壁を指さしました。

 

「ここがダンジョン最奥。スケルトン達のねぐらだ」

 

 

 

そこは地下にしては開けた空間で、壁の至るとこに横穴が掘られていました。ご丁寧に梯子や階段まで備え付けられてもいます。

 

「ほら、立てるか? ここからは慎重に行くぞ。大声を立てるなよ」

 

冒険者の方に引っ張ってもらい、私はなんとか立ち上がれました。恐怖から胸に付けたロザリオをぎゅっと握りしめた私を余所に、冒険者の方々は何かを話し合っていました。

 

「今日はどこに行く?」

 

「そうだな…前はあっち行ったし…。向こうにしよう」

 

 

抜き足差し足忍び足。壁伝いに物音を立てぬように移動していく冒険者の方々。私も遅れないよう必死でついていきます。

 

 

 

「…誰もいないな?」

 

穴の一つにたどり着いた私達はそうっと中を覗きこみます。スケルトンがいないことを確認し、足を踏み入れました。

 

「人間の部屋…みたいですね…」

 

簡素とはいえベッドがあり、机があり、服掛けがあり、ランプまでもあります。宿舎と言っても過言ではありません。

 

「スケルトンは元人間だからなぁ。生前の名残を無意識に真似しているんだろ」

 

部屋をきょろきょろ見渡しながら、冒険者の方はそう答えてくれました。死に、魔物になった後でも人間の頃と同じことをするとは…なんて可哀そうな存在なんでしょうか。早く全員を呪縛から解放させてあげないと…!

 

「お、あったぞ」

 

フンスと意気込む私でしたが、冒険者の方のその声で我に返ります。いつの間にか冒険者の方々は部屋の端に集まっていました。

 

「何をしているのですか?」

 

ひょっこりと覗き込む私。そこにあったのは宝箱でした。

 

「これは…?」

 

「スケルトン達が生前持っていた遺品さ。俺達はこれを売って金儲けしているんだ」

 

「なっ!それは墓場泥棒と同…むぅっ…!」

 

私の口は冒険者の方に塞がれてしまいました。もごもごする私に向け、冒険者の方にはしーっと指を立てました。

 

「騒ぐな、見つかったら殺されるだけだぞ。何、持ち主が分かれば全部返すさ」

 

「返したこと無いけどな」

 

静かに、下品に笑いながら冒険者の1人は宝箱に触れます。と、その時でした。

 

バカンッ!

 

「あ?」

 

突然宝箱の蓋が弾かれたように開き、更に次には…。

 

バクンッ!

 

「ぎゃっ…!」

 

一番近い冒険者の方を呑み込んだのです。

 

 

 

「「「…」」」

 

もぐもぐと蓋を動かす宝箱を私達は茫然自失に眺めていました。すると宝箱は突如軽くジャンプ、箱の向きを変え私達に飛び掛かって来たのです!

 

「ミミックじゃねえか!」

 

驚き私の口から手を離す冒険者の方。そして私はというと、思わず叫んでしまいました。

 

「きゃあああああああ!」

 

「あ!叫ぶなって!」

 

冒険者の方が止めるのも聞かず、私は即座に回れ右。全力で来た道を逃げ戻ります。残った冒険者の方々も急ぎ逃げ出しますが…。

 

「ぐあっ!」

「うげっ!」

 

私の悲鳴で事態に気づいたスケルトン達が駆け付け、全員が仕留められてしまいました。私は逃げるのに必死で彼らを置き去りにしてしまったのです。

 

最も、それに気づいたのは浅層まで戻った時なのですが…。

 

 

 

 

 

 

「どうしましょう…」

 

私はダンジョンの端で座り込んでいました。冒険者の方々を見捨ててしまったことへの罪悪感、取り残された恐怖感、様々な感情が私の心を締め付けていたのです。ですが、いつまでもそうしているわけにはいきません。

 

「ううん、諦めちゃ駄目…!一人でも救わなきゃ…!」

 

自らの頬をペチンと叩き、私は立ち上がります。ここに来た理由を忘れてはいません。手に聖水と聖書を持ち、スケルトンを探しに一歩を踏み出した時でした。

 

ガシャァン!

「きゃっ!」

 

思いっきり誰かにぶつかってしまいました。謝罪しようと顔を上げると、そこにあったのは髑髏頭。つまりスケルトンでした。

 

「きゃああああああああああああっ!!!!」

 

私は絶叫しながら手にしていた聖水の瓶を投げつけ、聖書の文言をぶつけました。更にバッグから追加を取り出し、闇雲にその全てをぶん投げました。

 

「ガッ…チョ…マッ…ギャアアアア!」

 

あまりの弾幕にスケルトンは抵抗できず、カランコロンとあたりに散らばり沈黙。どうやら無力化できたみたいです。へなへなとへたり込みながら、私は安堵の息を漏らしてしまいました。

 

「よ、よかったぁ…」

 

たった一体に持ってきた道具全てを使ってしまいましたが、なんとか勝てました。いえ、呆けている場合じゃありません。この方の骨を持ってダンジョンを後にしないと…!急ぎ私が頭蓋骨を拾い上げた時でした。

 

ブブブ…!

「へ…?」

 

謎の羽音。辺りを見回すと、地面に落ちた肋骨の陰から数匹の蜂が出てきました。こんなところで蜂なんて、嫌な予感しかしない。私は飛び逃げようとしたのですが…。

 

ブスリッ

「痛っ…!」

 

突如手に走る痛み。ゆっくりと首を戻すと、頭蓋骨の隙間から同じように数匹の蜂が湧き出していたのです。

 

「ひっ…!」

 

思わず頭蓋骨を放り捨てようとしましたが、手が動きません…!あっ…顔も…足も痺れて…倒れ…。

 

ズシャァ…

 

あ…あ…瞼が勝手に…耳も聞こえなく…。と、消えゆく意識の寸前、どこからか妙な、擦れるような声が聞こえてきました。

 

「オ。ミミック『宝箱バチ』ノ毒ハ凄イナ。骨ヲ抜カレタヨウニ倒レテルゾ。ドウスルコイツ」

 

「僧侶ヲ殺スノハ何カ嫌ダナ…毒ノ効果ハ一日ハ持ツンダロウ?深夜ニ教会ヘ運ンデヤルカ」

 

 

 

 

そして、次に気づいた時には教会のベッドの上でした。聞くと、夜中に物音がしたと思ったら私が玄関に倒れていたようです。まさか、スケルトンが運んでくれたのでしょうか…。もしかして、彼らにも人の心が残っている…?

 

なら、急いで解放してあげなければ!人の心が完全に消滅する前に!私、諦めません。スケルトンの皆さんを救うまでは!

 

 



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顧客リスト№9 『ハーピーの鳥の巣ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「アスト、あと少しだよ!頑張って!」

 

「はい…!くうう…!」

 

私は今、社長入りの宝箱を持って空高くへと飛んでいる。箱入り娘(意味が違う)の社長は当然飛べないため、私がこうして足代わり翼代わりとなるのはいつもの事。これも秘書として大事なお仕事なのだ。

 

そして、悪魔族の羽は飾りではない。当然羽ばたけば浮けるし、ある程度なら自由自在に空を翔けることもできる。

 

だけど…当然羽ばたくほどに疲れる。鳥の翼ほどに強くないのだ、限度がある。しかも背中から生えているため、使うのは肩付近の筋肉。明日、ずっと猫背になりそう…。

 

社長の箱を離さないようにぎゅっと掴みながら、私は必死に羽を動かす。と、そんな私に社長以外の応援の声がかけられた。

 

 

「頑張れ―!」

「あとちょっと!あとちょっと!」

 

私達を取り囲むようにくるくると回り羽ばたいているのは2人のハーピー。腰から下、及び腕から先が鳥の姿をした半人半鳥の魔物である。

 

今回の依頼主は彼女達。「ハー」さんと「ルピー」さんである。どうやらママ友らしい。かなり若々しい見た目をしているが。

 

これで何故私達が空を飛んでいるのかこれでおわかりだろうか。そう、彼女達の棲むダンジョン『鳥の巣ダンジョン』に向かうためなのだ。

 

 

 

 

 

「はいとうちゃーく!私達のおうちにようこそ!」

 

「ひぃ…ひぃ…」

 

ハーさんの元気な声に何も返すことはできず、私は足元に社長の箱を置き、うつ伏せになって倒れた。もう、羽が痛い…。なにせここは地上からかなりの高さがある。むしろ途中で落下せずに済んで良かった…。

 

「ありがとうアスト。帰ったら羽をマッサージしてあげるわね」

 

そんな私の羽をよしよしと撫でてくれる社長。柔らかな手つきが気持ちいい…。あわやその場で瞼を閉じそうになったが、私は慌てて立ち上がる。仕事で来たのだ、社長の秘書として恥ずかしい姿は見せられない。…もう見せているとは言わないで。

 

 

 

 

社長を再度腕の内に、私は周囲を見渡してみる。そこかしこから生えている太い木の枝や石柱の上に置かれているのは大きな鳥の巣群。その中からは親と共に小さいハーピー達がひょっこり顔を見せ、私達に手…もとい翼をパタパタ振ってくれていた。可愛い。

 

「ここが『鳥の巣ダンジョン』の最奥部…いえ、最高部…? なんて言えばいいんでしょう」

 

「うーん、とりあえず頂上で良いんじゃないかしら」

 

 

このダンジョンは珍しいタイプの形をしている。端的に言えば、縦型。巨木と岩山、太古の遺跡が入り混じった巨大な柱のようなそこが、自然の力やハーピー達の改良により狩り場兼ダンジョンと化した。地上に入口(ただの穴)があり、冒険者は内部に棲みつく魔物達を倒しつつ梯子や縄を駆使してここへとたどり着く。

 

縦の移動というのは人間にとって(私達にもだが)かなりの手間。故にこのダンジョンの攻略難易度は高く、あまり人が入ってこないとは聞いていた。

 

だから、このダンジョンからの依頼が来た時には少し驚いたのだ。ミミックを欲するということは、それほどにまで冒険者に攻め入られているということ。一体何が…。

 

 

 

 

「二人とも、虫は食べないよね。果物はどう?」

 

器用に頭や翼の上に皿を乗せ、おもてなしの食べ物を持ってきてくれるハーさん達。私達は空き部屋(巣)の中に腰かけ、それを戴くことに。

 

ちなみに私はともかく、社長は虫を食べることは出来る。まあ、せめて調理してから食べたいと漏らしているが。

 

 

「それで、ご依頼というのは何でしょう?」

 

私の問いかけに、虫をスナック菓子のようにひょいひょいと口に放り込みながらハーさんは事情を明かしてくれた。

 

「実はね、最近ここまでくる冒険者が増えちゃって。皆、私達が寝静まった後に外側から飛んでやってくるの!竜騎兵だったり、使い魔だったり、箒だったり!もう大変!」

 

なるほど。いくら高難易度のダンジョンといえども、その外側は無防備。この頂上まで来るにはよほど強い使い魔達が必要になるが、それさえ用意出来てしまえば攻撃もほとんど喰らわず、楽ちんに攻略できてしまう。

 

最も、普通のダンジョンは最奥部が地下だったり隠されていたりでそんな手段は通用しない。このダンジョンならではの攻略法であろう。

 

 

「狙われているのは私達の卵とか羽とか。卵を盗られるのはちょっと苛つくけど良いの。産まなきゃ身体の具合悪くなっちゃうし、結局は捨てなきゃいけないものだし、子供が産まれる卵は大切に守ってるから。でも…」

 

肩をわなわなと震わすハーさん。思わずゴクリと息を呑む私達は彼女の言葉を待つ。そして…ハーさんは叫んだ。

 

「でも、盗み出す時に子供達を起こしていくのは許せない!」

 

 

 

 

 

ズルッ

 

拍子抜けの理由に、私は思わずズッコケかける。社長も顔には出さないが、同じことを思っている目だった。今までの利用客は宝物を守るためにミミックを借りる魔物達がほとんど。そんな理由で…いや、子供も確かに宝物である。それも、最上級なのは間違いない。しかし…。

 

「そんなことで…?」

 

口に出してしまった。なにせ、ハーさんの様子が怒髪天を衝くと言った様子なのだ。子供達が連れ去られるならばその怒りもわかるが、寝た子を起こされるだけでわざわざ高い金を払ってミミックを雇おうとするものだろうか…?

 

「そんなこと、じゃないの!私達にとっては大変なことなの!」

 

髪ではなく、羽を逆立てるように起こるハーさん。それをルピーさんが宥め、後を引き継いだ。

 

「アタシ達にとって、というかこの場所棲んでいる仲間達にとって、子供の夜鳴きは超面倒なことなのよ。そもそも、うちの子供達は夜はぐっすりで鳴かないの。無理やり起こされた場合を除いてね。そして、鳴き出したらどうなるか…」

 

と、その時だった。

 

「ピィー!ピィー!」

 

突如響き渡るは子供ハーピーの鳴き声。すると呼応したかのように…。

 

「「「「「ピィー!!ピィー!!ピィィー!!!」」」」」

 

あちらからも、こちらからも。甲高い声が響き渡る。鼓膜が破れんばかりの大合唱に、私達は慌てて耳を塞いだ。

 

「ご飯の時間だから、子供たちに食べさせてくるね」

 

そう私達へジェスチャー交じりに伝えたルピーさん達はバサリと飛び立ち、各々の家(巣)へと戻っていく。暫くすると、一匹、また一匹と鳴き止み、周囲は静寂を取り戻した。

 

そして戻ってきたルピーさん達は一言。

 

「まあ、こうなるの」

 

 

 

 

「食べ盛りの子供達だから、起きてお腹が空いたと気づくと我慢できずああやって鳴き叫ぶわけ。一匹が鳴けば他の子が起きちゃって鳴き始めて、そして今みたいに…。それを深夜にやられると…はぁ…」

 

溜息をつくルピーさん達。静まり返った夜にそんな大合唱をされるのは…。心中お察しである。ここはダンジョンではなく正しくは集合住宅というべきなのかもしれない。子育てって大変。

 

「ということで冒険者対策にミミックを借りたいんだけど…」

 

「わっかりました!お貸しします!」

 

ポンと胸を叩く社長。しかし私は一つ気になることがあり、手を挙げた。

 

「でも、社長。ミミックが動いた音や、食べられた冒険者の悲鳴で子供達が起きてしまうんじゃ…」

 

相手の隙を突き、一瞬で仕留めるミミックと言えども、100%物音を出さず、冒険者に悲鳴をあげさせずなんてことは不可能。下手をしたらミミックのせいで子供達が目覚めてしまうということも当然あるだろう。本末転倒である。

 

ハーさん達も私の言葉を聞き複雑な顔をしている。前よりも夜鳴きが減る分マシかな…そう考えている様子である。しかし社長はカタログを取り出しながらふふんと笑った。

 

「それは問題ないわ!ハーさん、ルピーさん。今回はこの触手タイプの子を派遣したいと思います。そしてオプションとしてですね…」

 

 

 

 

 

 

「ひええ…」

 

真下にある、虫よりも小さく見える木々や岩、冒険者のキャンプに私は身体を竦ませる。変な声が漏れてしまった。

 

私は今、ダンジョンの頂上、ハーピー達の棲み処からゆっくり下降していっているのだ。しかも、自分の力ではない。私の頭上からはハーさんの声が響いた。

 

「もっと早く降ろしていーい?」

 

 

 

商談は成立し、その帰り際。酷使した翼が早くも痛み出し、無事に地上へ降りられるか怪しくなってしまった。そこで、ハーさん達に掴んでもらって降りていっているのである。

 

伸ばした両腕をハーさんの鳥足でがっちり掴まれているとはいえ、それしか支えは無い。しかも爪がちょっと身体に食い込んで痛い。それが怖くて行きは自力で登ったのだ。

 

 

一方、社長はルピーさんに運ばれていた。箱の蓋を閉じ完全な宝箱状態となっている彼女を、ルピーさんは半ば無理やり掴んでいる。一応魔法で固定しておいたとはいえ、落ちそうで怖い。これもまた、行きを自力で飛んだ理由である。もし社長を落とされたらと思うと…。

 

「アストー。見えないけど大丈夫?さっきから凄い弱弱しい声が聞こえるけど」

 

そんな状況なのに、社長の声は平然としている。不思議である。私は震える声のまま聞いてみた。

 

「なんで平気なんですかぁ…?」

 

「んー?私、この高さから落ちても問題ないから。頑丈に作ってあるのよこの宝箱」

 

「そうなんですかぁ…!?」

 

「そうよー。でも、その場合貰った卵や羽は無事じゃ済まないわね」

 

社長は宝箱状態になっているのには理由がある。代金として貰ったのは冒険者が狙っているハーピーの無精卵と抜け羽。どうせ人間達に盗られるぐらいならと私達にくれたのだ。つまり社長は今、巣の中にいるような感じになっている。

 

 

実はハーピーの卵、入手困難な激レア素材であり貴重な魔法薬の材料になるのである。

 

更に食品としても優秀。かなりの高栄養食品であり、『蜂女王のローヤルゼリー』ほどではないにしろ高値が付く貴族御用達の代物なのだ。

 

抜け羽も、強い武器や防具の材料となる非常に貴重な品。だが、今この状況。間違っても「どう使いましょうか」なんて言えない。だって生産者が私達を()まえているんだもの…。気を悪くさせたら地上へと真っ逆さまである。

 

 



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人間側 とある3人の卵泥棒の侵入

 

 

真夜中。天空が黒い布に包まれたかの如く暗い、月と星の輝きのみが地を照らしている。

 

目が効かず、一部の獣が活発になるこの時間には冒険者達もほとんど活動しない。

 

そもそも夜は寝る時間である。皆今頃宿でぐっすりであろう。だからこそ、この『鳥の巣ダンジョン』入口キャンプには誰もいない…

 

…おや?どこからともなく現れたのは3つのランプの灯火。別々の方向から飛んで来た彼らは、示し合わせたかのように鳥の巣ダンジョンの入口キャンプへと降り立った。

 

 

 

 

「おや、貴方がたもですか」

人慣れしている小型の竜から降り、他のランプの主2人へと挨拶をしたのは騎士然とした男。鎧こそ着ていないものの、服装や髪型は整っており、胸にはとある王族配下であることを示す紋章のブローチをつけていた。

 

 

「そちらこそ。また姫様のおねだりですか?」

大きな鳥からスタンと降りてきたのは、大きめのバッグを背負った軽装備の商人。よく見ると、乗ってきた鳥についている首輪には『〇×商会』と書かれた札がぶら下がっていた。

 

 

「相変わらずちょっと勿体ない事をするのね、貴方の主は」

若干引き気味なのは、箒から降りてきた女性。つばの広いとんがり帽子と闇に溶け込むかのような黒いローブを纏っている。まさに魔法使いというに相応しい姿であった。

 

 

 

三者三様、全く異なった職種であろう彼ら。その口ぶりから、彼らは以前よりの顔見知りであり、今日の邂逅は偶然であることが推測される。

 

と、騎士然とした男が溜息をついた。

 

「私は魔物の卵なぞ食べないように口を酸っぱくして叱っているのですが…。あれを食べると肌つやがよくなると言って聞かないのです…。あと、羽毛布団に使う羽も必要と言われまして…」

 

「それでまた根負けしてここに、ですか。姫様は良い忠臣を持っていらっしゃる」

 

クスクスと笑う商人と魔法使い。それに返すように、騎士は問う。

 

「貴方がたもいつもので?」

 

「えぇ。お得意様に融通しているハーピー素材の在庫が無くなっちゃいまして」

 

「私も、魔法薬の材料としてね。買うよりも自分で作った方が手軽だし」

 

 

そう、彼らのお目当てはハーピーの素材なのである。理由は違えど、目的地は同じ。彼らはいつもやっているかのように臨時のパーティーを組み、それぞれの乗り物に跨り空高くへと飛び上がっていった。

 

 

 

「相変わらずこのダンジョンは登るのが一苦労ですね…」

 

「本当すね。うちの商会もこの子しかいないんですよ、あの高さまで飛べるの」

 

「私もよ。箒魔法が一番使えるからって白羽の矢が立っているのだもの」

 

それぞれの苦労を口にしつつ、彼らは木よりも高く、崖より高く、山より高く、雲の目前へとゆっくり登っていく。

 

夜、空飛ぶ魔物ですらもほとんどが寝静まっている。空中で襲われることはまずない。ダンジョンに棲みついている魔物の一部が、壁に空いた穴から飛ぶ彼らを見つけ吼えるが、それは風により掻き消されてしまった。

 

 

 

「む、そろそろ皆さん、ランプを」

 

騎士の合図に、全員が手にしていたランプを消す。竜や鳥の羽音も出来るだけ抑えさせ、じわりじわりと上がっていく。すると、今まで聳え立っていた壁が突然消え、木や石柱が目立つ床が見えた。頂上に到着である。

 

「ゆっくりと…よし」

 

着地音をも極力抑え、3人は床に降りる。しっかりと教育されているらしく、竜や鳥は一鳴きも、唸りもせず静かに待ちの姿勢をとった。勿論箒は鳴かない。

 

そんな侵入者には誰も気づいていないらしく、そこかしこからハーピーの寝息が聞こえてくる。もし昼間、同じことをしたらたちどころにハーピー達に切り刻まれるだろう。

 

下手したら空中で殺されるかもしれない。その場合、恐ろしいことに復活魔法は適用されないのだ。だってそこは『ダンジョンの外』なのだから。

 

だからこその盗賊まがいの夜襲。3人は目を合わせ頷いた。

 

「では、いつも通りに…」

 

コソコソ声の彼らは、各々が近場の巣へと向かう。持ってきたロープや簡易梯子、はたまた音がしない魔法を使い、器用に枝や石柱を登っていった。

 

 

 

暫くし、彼らは乗り物がある地点へと戻ってくる。だが彼らの表情は沈鬱なものだった。

 

「少ないですね…」

「えぇ…」

「もうちょっと欲しいわね…」

 

彼らのバッグには、幾つかの卵や羽。幾つか…そう、採れた量が乏しいのである。

 

「やはり空き巣に残っているものだけでは厳しいですね…」

 

「とりあえず今回はこれぐらいにして引き上げるという手段もあるけど…」

 

「上役にどやされるかもしれないすね…」

 

これしか採ってこれませんでしたと言ったらどうなるか。騎士は姫に、魔法使いは仲間に、商人は上司に叱られてしまうかもしれない。

 

 

少しの間、3人の間は黙りこくる。彼らの使い魔である竜や鳥は声を出さずに主の様子を不安そうに見守っていた。当然箒は(以下略)

 

 

 

そして、その沈黙を破ったのは騎士だった。

 

「…危険ですが、寝ているハーピー達がいる巣から貰いましょう。手筈は…いつも通りで構いませんか?」

 

その言葉にコクリと頷く商人と魔法使い。騎士は音頭を取った。

 

「誰から行きましょう」

 

「私からでいいでしょうか。在庫切れはちょっとまずいので…」

 

いの一番に手を挙げたのは商人。反対意見は無い。彼は自身がとった卵や羽を騎士のバッグに移させてもらい、大きく深呼吸をした。

 

「では、行ってきます」

 

手にロープを持ち、再度巣へと向かっていく商人。騎士と魔法使いはそれを見送った。

 

 

 

彼らが言う手筈。それは『1人づつ採取を行い、待機している者は何かあったら即座に逃げる』というもの。

 

何か、とは何か。それは子供ハーピーの合唱である。巣を漁る際に最も気を付けなければいけないのは親ハーピーではない。寝ている子供ハーピーなのだ。

 

彼らを起こしてしまうとさあ大変。ピィーピィーと鳴き叫び、それは各所の巣全体に共鳴する。要は他の子供ハーピーも騒ぎ出すのだ。そうすると当然親が起き、怒り狂って襲ってくる。

 

当然の話だが、卵は少しの衝撃で割れてしまう。ハーピーに襲われながら無事に持ち帰るのなんて不可能。だからこそ彼らはこの方法をとっているのである。

 

ハーピーの鳴き声が聞こえ始めたら、待機していた者は採取に向かった者を置き去りにし帰還する。一応この頂上もダンジョンの一部。持ち物は全ロスするだろうが、殺されてしまった採取者は復活魔法陣から戻ってこられるのだから。

 

 

「今夜は鳴かないと良いのですけど…」

「どれだけ静かに漁れるかが肝よね」

 

一応使い魔に跨り、商人の帰りを待つ騎士と魔法使い。しかし、少しして妙なことが起こった。

 

「…!?」

「死んだ…わね…?」

 

パーティーを組んでいるため、ダンジョン内なら離れていても相手の生死はわかる。騎士と魔法使いが感じたのは『商人の死』だった。

 

恐らくハーピーに殺されたのだろう。だが、耳を凝らしていた騎士と魔女には子供ハーピーの鳴く声はおろか、親ハーピーが戦う音も商人の悲鳴すらも聞こえてこなかった。あまりにも謎な、突然の死である。

 

「どうしましょう…?」

「魔法使いさんはここに。次は私が行きましょう。何かあったらご帰還を」

 

怖がる魔法使いを宥め、騎士はバッグの中身を預け奥へと進む。商人の死の真相を確かめるため、彼は剣に手をかけながらゆっくりと巣へ向かっていった。

 

 

 

「ここは…」

 

そろーりと一つの巣に顔を出す騎士。いい加減夜目が効いてきたためわかる。そこには親ハーピーと数匹の子供ハーピーがすやすや寝息を立てていた。

 

「ん…あれは?」

 

そんな子供ハーピーに変なものがくっついている。いや、正確には変なものの上に子供ハーピーが寝ているというべきか。

 

一体何なのか。騎士は慎重に足を踏み入れ目を凝らす。その変なものは長い何かの集合体。その根元は巣の端にある箱へと…。

 

「まさか、触手ミミック…!」

 

正体に感づいた騎士。その驚いた声が災いした。

 

「ン…」

 

一匹の子供ハーピーがぴくり動く。目覚めてしまったらしい。と、その瞬間だった。

 

グニョン

 

触手が優しく動き、目覚めた子供ハーピーを包み込む。軽く耳を塞ぎ、更には揺り籠のようにふんわりと揺らし始めたではないか。

 

「…スゥ」

 

そのおかげで、子供ハーピーは再度夢の中。ほっとする騎士の元に、箱の中から別の触手がにゅるんと伸びてきた。

 

「むぐっ…!」

 

あっという間にグルグル巻きにされ、メキメキと締め付けられる騎士。口も塞がれ窒息死も目前。

 

(なるほど、商人を殺したのはミミックでしたか…)

 

今際の際にそう悟った騎士はそのまま―。

 

 

 

「騎士さんも死んだわね…」

 

箒に跨っていた魔法使いは、今は亡き主(なお復活はする)を待つ竜と鳥を連れ、は僅かな卵と羽が入ったバッグを抱えて静かに降下を始めた。

 

「それにしても…あの2人結構手練れなのに…。ハーピー以外にも何か恐ろしい魔物が棲むようになったのかしら…」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

所変わり、先程騎士が死んだハーピーの巣。そこで寝ていた母親ハーピーは目を擦り擦り身体を起こした。

 

「うん…? 何か来たの…?」

 

その声に応えるように、巣から伸びた触手は先程仕留めた騎士の死体を示す。

 

「わぁすごい!流石ミミック派遣会社のミミック!」

 

手…もとい翼をパサパサと叩く母親ハーピーに対し、触手ミミックは彼女の口元に一本伸ばし、しーっとさせた。

 

「あ。危ない危ない。子供達が起きちゃうとこだった」

 

声を潜めた彼女は改めて、触手の揺り籠でぐっすり眠る我が子らを見やる。

 

「まさかミミックに子守をしてもらえるなんて。ありがと!」

 

触手を撫でた母親ハーピーはあくびを一つ、眠りにつく。ミミックはそれを守るように、見張りを続けるのだった。

 

 



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顧客リスト№10 『マーメイドの海岸洞窟ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「アスト!えーい!」

 

バシャッ!

 

「わぷっ!やりましたね社長!お返しです!」

 

パシャパシャッ!

 

 

肌を焦がすほどに強く照りつける太陽。普段ならば社長はスライムのように溶けかけ(流石に比喩)、私も服を汗でぐっしょぐしょにしてしまうほどの陽気である。正直涼しい部屋から一歩も出ず、アイスを貪っていたい…と思っていただろう。普段ならば、だ。

 

だが、今回の依頼には超・最高のタイミング。外に出るのが全く苦にならない。寧ろ、この依頼を受けた日からずっとこの天気になるよう祈っていた節すらある。

 

何故か?それは周りの景色を見れば一目瞭然である。

 

 

ザザンザザンと打ち寄せるは波の音。ギラリと落ちてくる太陽光は、爽やかな青を湛えたたっぷりの水に反射しキラキラと輝いている。とぷんと身体を漬ければ熱くなった身体もきゅうっと冷やされる。

 

そう、ここは海。私と社長は今、海に来ているのだ。

 

 

 

 

私達が居るのは、人間が来れない岩礁海岸の端。とはいってもヤシの木は生えているし、砂浜もある。さながら貴族が持つプライベートビーチのようである。

 

「いやー!良い天気になったわね!」

 

波間にプカプカ。水着の社長は気持ちよさそうに腕を伸ばす。普段入っている宝箱は水に沈むため、彼女は宝箱型の浮き輪…フロートに乗っている。

 

「はい!本当に良い天気!他の皆も連れてきたかったですね」

 

その社長のフロートの横で、おろしたての水着を纏った私は全身で海を楽しむ。前に着ていた水着はサイズが合わなくなっていたから、思い切って新しいのを買ってしまった。…太ったわけではない…!多分…!胸とかが大きくなっただけ…多分…。

 

「今度の慰安旅行は海で決まりかしら。アスト、どーん!」

 

「わっ!ごぼっ…。 ぷはっ!突然飛び込んでこないでくださいよー!」

 

 

決して遊んでいるわけではない…いや、遊んではいる、うん。コホン、これは時間潰しをしているだけなのだ。 

 

今回の依頼場所はこの海岸沿いにある。依頼主は干潮時のダンジョンの様子を見て欲しいらしく、それまでは待機時間。まあこれも、社長と社長秘書の特権ということで。

 

 

 

「ところでアスト、日焼け止め塗った?」

 

「いえ、塗ってないです。でも別に大丈夫ですよ」

 

「駄目よ、塗らなきゃ。ほら、一旦パラソルの下まで戻りましょう」

 

 

無理やり砂浜へ戻らされた私。パラソルの陰にうつ伏せに寝そべらされ、上の水着を解かれる。

 

「社長、自分でやりますから良いですよ」

 

「いいのいいの、任せなさい!あっという間に塗ってあげるから」

 

嫌な予感。私はちらりと社長を見やる。すると彼女は手にたっぷりと日焼け止めを出し…。

 

「ちょっとくすぐったいわよー」

にゅるん

 

手を何本もの触手へと変化させたのだ。

 

「しゃ、社長!待っ…!」

 

慌てて私は止めるが、もう遅い。ひたりと触手が背につき…。

 

にゅるるるるるるるるっ!

 

 

 

 

「笑い死ぬかと思いました…」

 

水着をつけ直しながら、私は社長へ苦情を入れる。あんな全身をまさぐられて…駄目だ、思い出すだけで身体がぞくっとなる。

 

「ごめんごめん!アストの反応が面白くてつい遊び過ぎちゃった!」

 

「もう…なら今度は社長に塗り返してあげます」

 

「あぁ、私は良いわよ。日焼けしないから」

 

「問答無用です!えい!」

 

「わっ…きゃははははっ!」

 

戯れ合う私達。と、2人して同時に…。

 

ぐううううう…!

 

「…ご飯にしましょうか!」

 

「はーい」

 

 

 

 

作ってきたサンドイッチをもぐっと頬張る社長。その顔についたソースを拭ってあげながら、私も食べる。

 

サンドイッチの材料や水筒の水には、他ダンジョンから派遣代金として貰った果物や蜂蜜、魔力含有水を使っている。素材が良いと、当然出来上がった物もとても美味しい。

 

 

でも…もうちょっと作ってくれば良かった。海で遊ぶと予想以上にお腹が減る。なくなりかけのバスケットの中身を見ながら私がそう思っていると、とある岩礁から私達を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「ミミン社長ー!アストちゃーん!差し入れよー!」

 

その声の元に私達が赴くと、そこにいたのは一人のマーメイド。人魚とも呼ばれる、上半身人型下半身魚型の魔物である。

 

 

 

「はい、これ!近海で採れた魚と貝よ」

 

海藻で編んだ網を手渡してくれた彼女はマーメイドの「セレーン」さん。今回の依頼主である。貝殻のブラ…水着?をつけている。

 

因みにマーメイドの間では貝殻つける派、海藻を巻く派、何もつけない派があるみたいだが…まあそれはどうでも良い話か。

 

 

 

頂いた魚や貝は採れたてなため、生でも食べられる新鮮さ。でも、汗をかいて失った塩分を補充するためここは塩焼きで頂くことに。網や調味料、串も持ってきてあるし。

 

私は岩の上に魔法陣を描き、ボウっと火を起こす。その間に社長が魚を下ごしらえしてくれていた。いざ、網焼きへ。

 

ジュウウウウウッ…!

 

心地よい音が響く。美味しそうな匂いも漂い始めた。魚の皮はプスリプスリと小さく弾け、貝はパカリと身を露わにした。

 

「じゅるり…」

 

「お熱いですから気を付けてくださいねー」

 

出来上がった物から皿に移し、社長に渡していく。足を海につけながら熱々の海産物を食べ、ご満悦の様子。

 

そして、セレーンさんにも。彼女もはふはふ言いながら舌鼓を打っていた。

 

「生もいいけど、焼いたのも格別ね!良いなぁ。私達もたまには焼き魚や焼き貝を食べたいけど、陸に上がれないんだもの。火に当たると鱗乾いちゃうし」

 

バシャリと尾を振るセレーンさん。確かに、その足では陸上移動は不可能。今彼女がやっているように、岩の端に腰かけるのが精々であろう。

 

「どこかの魔女に頼むと、声と引き換えに足をくれるという話を聞いたことがありますけど…」

 

そんな私の言葉を、セレーンさんは一笑に付した。

 

「願い下げ!声が無くなったら歌うことができないもの!」

 

皿を近くに置き、セレーンさんは急に歌い始める。その声、なんと美しきことか。がっついていた社長ですら箸を止め聞き惚れるほどである。マーメイドの歌声は人を誑かすと聞くが、納得である。

 

 

「そろそろ波の引き始めね。もう少ししたら来てねー」

 

「「はーい」」

 

ポチャンと水に入り泳いでいくセレーンさんを見送る私達。と、社長が一言。

 

「じゃ、アスト。もうちょっと遊びましょう!」

 

「賛成です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―そして水は引き、干潮。水着の上に軽く上着を羽織った私は社長入りのフロートを抱え、現れた砂浜を歩いていく。足に濡れ砂がまとわりついてくるのが妙な感じである。

 

「ここね」

「みたいですね」

 

私達の目の前に現れたのは、ポカンと開いた洞窟。普段は海の中に隠されている位置にあるそれこそが、今回の依頼場所『海岸洞窟ダンジョン』その入り口なのだ。

 

 

朝から遊び通しで若干眠気も出てきたが、私は欠伸を堪え中へと踏み込む。ここからが本日のお仕事、失礼のないようにしなければ。…まあ、2人揃って水着姿ではあるのだが。マーメイド達もほぼ同じ姿だしセーフ。

 

 

内部は緩やかな下り坂になっており、ところどころに海水が出入りするであろう細長い穴がちらほら見える。また、道中の端や枝分かれする道の先には潮だまりが窺えた。

 

足元には小さな蟹や貝が転がっており、ちょっと気をつけて歩かなければ踏んじゃいそう。壁や天井、潮だまりには発光する生物がおり、歩くのには難儀しないのが幸いである。

 

 

そんな中、私達の耳に微かに聞こえてきたものが。

 

「ん…?社長、これって…」

「歌、みたいね」

 

 

それに誘われるように、そのまま私達は下り坂を下へ下へ。すると大きく開けた場所に出る。最深部のようだ。そこはまるで小さめの湖のようになっていた。

 

しかし感じ取れる匂い、そして水の味。ここの水は淡水ではなく、全て海水。洞窟の中に出来た、巨大潮だまりであろう。

 

そして、そこにいたのは…。

 

「♪~♪~♪~」

 

岩や大きな貝に腰かけ、ハープを片手に歌うマーメイド達。その様子を呆けてみていた私達に、セレーンさんの声がかけられた。

 

「ようこそ2人共、私達の集会場に!」

 

 

 

セレーンさんによるとこの巨大潮だまりの下は更に広がっており、海にも通じているらしい。マーメイド達はそこに棲み、海へと出入りしているようである。

 

もしやそこへの…海の中への出張依頼なのか?そう思った私だが、どうやら違うようである。

 

 

「この洞窟、干潮時以外は海水で満たされているのよ。その時は私達もダンジョン内を自由に泳げるんだけど、特に干潮時だと…」

 

と、セレーンさんは端の方を指さす。そこには溺死させられた冒険者が数人転がっていた。

 

「あんな風に冒険者が入ってくるの。狙いは私達が使っている楽器や鱗。ダンジョン内に水が満たされていれば私達が駆け付けられるんだけど、今みたいな状況だとねぇ…」

 

なるほど、つまり干潮時の防衛役としてミミックが欲しいらしい。しかし、それならば一つ問題が生じる。

 

「どこかにミミック達が上がれる場所はありますか?」

 

一部の種を除き、ミミックは長時間の水中行動が可能。だが、流石に永続は無理。息継ぎしたり、陸地で休憩する必要がある。私のその問いに、セレーンさんはにっこり頷いた。

 

「えぇ。作ってあるわ! 上の岩場に穴を開けて、部屋を拵えておいたわよ。人間達にバレずに外との出入りも可能な、ね」

 

ならば問題ない。即座に商談成立である。…結局、今日一日ただ海遊びに興じていただけだった。

 

 

 

契約書にサインして貰っている間、社長はセレーンさんに問いかけた。

 

「セレーンさん、他にお困りごとはないですか?」

 

「そうねー…。あ、たまに道中の潮だまりに取り残されちゃう子がいるのよ。寝ていたらいつの間にか水が引いて、とかで。まあここダンジョンだし、冒険者に殺されちゃっても復活するからあまり気にしてないけど」

 

ペンを手にしながら、セレーンさんはそう答える。と、社長は何かを思いついたのか、妙な提案をした。

 

「セレーンさん。さっき陸に上がれないと言っていましたよね」

 

「えぇ。それが出来ればさっきみたいに焼き貝とかを楽しめるんだけど…」

 

「それ、うちのミミック達なら叶えられるかもしれませんよ?」

 

 

 

 

 

 

「痛たたたた…!」

 

夕暮れの帰り際。わたしは苦痛に顔を歪ませていた。理由は赤くなってしまった肌。そう、日焼けである。日焼け止めを塗った時には既に遅く、もう焼けていたらしい。

 

ヒリヒリ、ピリピリ。服が肌を擦る度に、背負った海遊び道具や代金として貰った海産物&人魚の鱗入りの袋が食い込む度に、その痛みの波が押し寄せる。

 

「もー、だから最初に塗るべきだったのよ」

 

私に抱えられた社長はほれ見たことかと言わんばかり。社長に塗ってもらっていなければこの痛みが全身を襲っていたと考えると実に恐ろしい…。

 

「仕方ないわねー。アスト、ちょっと私の向きを変えて?」

 

社長に促されるまま、私は社長の箱をくるりと半回転。社長と私が向き合う形に。

 

「よいしょっと…」

 

すると社長は日焼け止めを塗った時のように手を幾本もの触手状に変えたではないか。

 

「何を…!?」

 

「くすぐらないわよ。ちょっと服の隙間から失礼するわね」

 

ビビる私をどうどうと宥めつつ、社長は触手をにゅるりと私の身体に這わせる。今は誰かに触れられるのですら辛い状況なのに…!思わず私は目を瞑り痛みを待つが…。

 

ひやっ

「あ、あれ…?」

 

痛む日焼け跡に感じたのは冷ややかで心地よい感触。ゲルのような、スライムのような…。いやこれ、社長の(触手)…!?

 

「気持ちいい?」

 

「はい、凄く…!」

 

「良かった。私の身体はスライムに近い流動体だからね、日焼けはしないし、こうやって冷やすこともできるのよ」

 

と、社長は欠伸を一つ。遊び疲れておねむらしい。

 

「寝ていい?アストの体温気持ち良くて…むにゃ…」

 

私は承諾する前に、社長は寝落ち。私は社長(正確には社長入りの箱だが)を抱き、社長は私の身体に張り付いた形で、揃って海を後にした。

 

 



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人間側 とある老練な漁師の心配

 

 

オラぁ、普段漁師をしとるモンだ。大海原に船を出し、網や銛などを駆使して山盛りの魚を採ってくるあの仕事だ。これでも結構腕には自信あって、古株の爺達からも一目おかれている。…まあ認められるまでにオラも中々良い歳したオッサンになっちまったが。

 

そんなオラだが、今珍しいところにいる。冒険者ギルドの集会場だ。

 

 

 

「ねえあれ…あの人も冒険者…?」

「なんかどう見てもそれっぽくないというか…。業者の人…?」

 

椅子に腰かけるオラを見て、集まっている冒険者の幾人かはボソボソと声を潜める。全部聞こえてるんだが。激しい波音の中から魚の跳ねる音を見極めるオラ達の耳の良さ、舐めてもらっちゃ困る。

 

んだけどまあ…連中の言っていることも正しい。オラの今の姿は漁用の胴付き長靴にねじり鉢巻き、武骨な銛といった普段魚を採りに行く時のスタイルそのまま。周りの冒険者のように色とりどりの鎧や装飾が綺麗な剣、オーブといった装飾品は身に着けていない。場違い感が半端ないのは流石のオラでもわかる。

 

まさかここまで注目されるとは。家を出る前、女房が思いっきり眉をひそめてこの服で行くのかとしつこく詰め寄ってきたが、このことを予見していたらしい。

 

何分、家と船、そして港との往復生活だから今どきの冒険者のとれんど?というのはわからない。それに、一回だけしか使わないのに変な鎧とか買うのも勿体ない。だから普段通りで来たんだが…こんなことなら女房の言う通り大人しく着替えてくればよかったかもしれん。

 

いやしかし…あそこの嬢ちゃん、なんというか…随分色っぽい恰好してるな…。お腹や太もも丸出しじゃないか。なのに兜はしっかり被っているし。

 

あっちの子に至ってはほぼほぼあれ水着だな…。しかも露出が多いビキニ型だ。思わず見とれて…おっと、女房にバレたら殺される。ま、あいつより良い女なんてこの世にはいないがな。

 

 

 

 

 

そもそも何で漁師のオラがここに居るのか。それには理由がある。つい最近のことだ。

 

 

オラ達の船は、マーメイドが棲む『海岸洞窟ダンジョン』の近海を通る。そのダンジョンから少し離れた位置、船はおろか人すらも入っていけない場所に岩礁と僅かな砂浜がある。視力の良いオラ達がぐっと目を凝らさなければ見えないほどに遠く小さいそこに、妙なものを見た。

 

それは、陸で蠢くマーメイド達。本当に埃粒のように小さくしか見えなかったが、あれは確かにマーメイドだった。その日だけではない。次の日、また次の日も…。

 

マーメイドとオラ達漁師は切っても切れない関係。彼女達が集まるところには魚の群れが出来ているし、その逆も然り。時には彼女達の歌に癒されることだってある。

 

あ。素人はマーメイドの歌が聞こえたらすぐに耳を塞いだほうがいい。あれには人を惑わす力がある。ぼーっと聞き惚れていたら、いつの間にか海のど真ん中で遭難。そのまま帰らぬ人となることは結構あるのだ。マーメイド達も魔物。人を助けるほど優しくはない。

 

双方、あまり関わらないという不文律。だが、先のマーメイド達は明らかに異常。長時間陸に打ち上げられたマーメイドは日光に焼かれ死んでしまうからだ。

 

これは何かあったに違いない。彼女達の行動を知ることは、オラ達漁師の稼ぎに直結する。確かめようとも、その場に行くことは不可能。ということで漁師仲間との相談の元、彼女達の棲み処であるダンジョンに潜ってみることにした。

 

 

とはいえそこはダンジョン、気軽に入れるものではない。行けるのはギルドに冒険者登録をした者のみ。

 

そこで漁師仲間の中で唯一冒険者登録をしているオラが来たというわけだ。昔戯れにとった代物だが、せっかくだからと登録更新を怠らなかったのが功を奏した。

 

 

 

 

 

流石に1人で潜るわけにはいかず、今はそのダンジョンに向かうメンバーを待っている状況。と、そんなオラに若々しい声がかけられた。

 

「おっさんか?俺達のパーティーに参加希望ってのは」

 

オラが顔を上げると、そこにいたのはチャラそうな若い男性戦士。他に2人若い女性の仲間を連れている。ギルド受付の姉ちゃんから聞いた外見と一致していることを確認したオラはそうだと答えた。

 

「おっさん本当に冒険者か?冒険者ライセンス見せてみろよ」

 

「登録証のことか?これだ」

 

明らかに訝しむ様子の男性戦士はオラが出した冒険者登録証を奪い取るように受け取る。すると、彼はブハッと吹き出した。

 

「なんだこれ!古ぼけてんな!」

 

彼の言う通り、オラの登録証はかなりボロボロになっている。なにせ登録したのが数十年前。それ以降幾度か更新はしたものの、ダンジョンに行くことはないからと新品への交換は断ってきた。

 

「その装備も笑えるぜ。なんだそれ?漁師か?」

 

ピッと登録証を投げ返してきた男性戦士は笑い声をあげる。オラが当たりだと答えると、更にその声を高らかにした。

 

「おいおいおっさん、ダンジョンは遊び場でも漁場でもねえんだぞ?戦えんのか?足を引っ張ったら即座に置いていくからな」

 

オラの顔を覗き込みながら嘲笑する男性戦士。全く、近頃の若いモンは…。オラは銛を手に取り立ち上がった。

 

「気になるんなら一つ試してみるか?」

 

オラのその言葉に一瞬怯む男性戦士。だが仲間の手前、周囲の目の手前、断るわけにもいかず剣を引き抜いた。いや、そうでなくともオラの喧嘩を買ったのだろう。何故なら彼は雑魚を相手取るかのような口調で煽ってきたからだ。

 

「おいおいおっさん、怪我しても知らねえぞ? 俺はアンタが普段採っている魚みたいに逃げないからな?」

 

にんまりと笑い、剣を構える男性戦士。簡単に勝てる相手だと踏んだらしい。周囲の冒険者達は即座にオラ達を囲み、さながら簡易的な戦闘フィールドをつくりあげた。

 

「いいぞー!やれー!」

「おっさん頑張れー!」

 

周囲からの応援が響く中、男性戦士はジリッと間合いを詰める。そして―。

 

「もらったぜ!」

 

彼はオラの元に勢いよく飛び込み、大きく剣を縦に振ってきた。

 

「ほいっと」

 

その一撃を、オラはちょいと横に避ける。そして落ちていく剣先を、逆手持ちにした銛の()()()でガキンッと止めた。

 

「は…はぁ!?」

 

「ふんっ!」

 

隙を見せた男性戦士を、オラは思いっきり蹴り飛ばす。勢いよく吹っ飛んだ彼はオラ達を囲んでいた冒険者の束にぶつかり、盛大に倒れ伏した。

 

「っくそ…! ひっ…!」

 

起き上がろうとした男性戦士の首にカチャリと銛を突きつけ、勝負あり。ついでに、ちょっと気づいたから教えといてやろう。

 

「アンタが装備しているその鎧、『アーマーシャーク』のモンだろ。あいつは釣り上げても船上で暫く暴れられる人食い鮫で、皮も鎧に使われるぐらいだからとんでもなく堅い。だが、オラ達はそいつに銛をぶっ刺して仕留めてるんだぜ。漁師を、舐めるな」

 

 

 

 

「おっちゃんすごぉい!超強かったんだ!」

 

「渋いし、カッコいい!彼女に立候補しようかなぁ」

 

「その気持ちは嬉しいが、オラぁ妻子持ちだ。すまねえな」

 

「一途~!私、おっちゃんに惚れちゃった!連絡先交換しようよ~!」

 

パーティーの若い女性メンバー達にいちゃいちゃと囲まれながら、オラはダンジョンへと向かう。

 

先頭を歩く男性戦士は明らかにイライラしているが、それも仕方ない。思いっきり恥をかいたのだ。その怒りをぶつけるかの如く、彼はオラに問いかけてきた。

 

「ところでアンタ!マーメイドは狩ったことがあるのか?」

 

「いんや、ない。あいつらはどんな魚より泳ぎが早くてな、銛を当てられん。ま、狩ろうと思ったこと自体ないが」

 

「ふん、そうか!俺達はいつも狩っている!ダンジョンでは俺のいうことを聞いてもらおうか!」

 

マウントをとろうと必死の男性戦士。が、それは女性メンバーの一人のツッコミで潰された。

 

「狩ってるマーメイドってあれでしょ、ダンジョンの潮だまりに残されて身動き取れなくなっていた…」

 

「黙っとけ!」

 

キレる男性戦士。おーこわとオラの背に隠れる女性メンバー達を庇いつつ、オラは頭を下げた。

 

「オラぁ、ダンジョンに行ったことはほとんどない。だから素人同然だ、よろしくお願いするよ先輩」

 

特に裏はないそのままのお願いだったのだが、何故か男性戦士は怒りを増し、女メンバーは更にきゃあきゃあ言い始めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい!そっちに行った…ぞ…」

 

「ふんっ!」

 

ダンジョン内部、魚や貝を狙って忍び込んできた魔物や、そもそも棲みついているらしい水陸両用の魔物達をオラは薙ぎ払っていく。

 

この程度、海上で襲ってくる魔物達に比べれば屁でもない。漁中は船を壊されないよう、漁師仲間を殺されないよう守りながら魚を採るのだ。こんな数匹の群れ程度、文字通りの雑魚だ。

 

だがオラの目的はマーメイド達の異常を確かめること。怒りを通り越して唖然としている男性戦士に頼み、更に奥地へと進んでいく。

 

 

「ここには…いないか」

 

道中にところどころある潮だまりを覗いていくオラ達。マーメイドが居れば良いが、運が悪いのか一匹もいない。だが代わりにオラが見つけた立派な真珠を作っていた魔物貝を沢山ゲットし、男性戦士も女性メンバー達もほくほく顔をしていた。

 

「流石漁師だ!連れてきて良かったぜ!」

 

男性戦士はオラの背をバシバシ叩く。現金なものである。と、その時だった。

 

♪~♪~♪~

 

「歌…?」

 

どこからか微かに聞こえてくるのは綺麗な歌。マーメイドのだろう。するとパーティーメンバーは全員一斉に耳を塞いだ。

 

「おい、アンタも耳を塞げ!」

 

男性戦士は焦ったようにオラに呼びかけるが、別にその必要はない。寧ろ、マーメイドがいる場所への案内になる。発生している方向を探るように、オラは少し先に出た。

 

「お…!」

 

とある道の先、マーメイドの尾がちらりと見えた。水に入れず逃げ遅れたマーメイドだろうか、オラは急ぎそこへと向かうが―。

 

「あれ?」

 

そこは確かに水が引いた洞窟の地面。しかし、マーメイドの姿はなかった。魚の身体でのたのた歩いていたとしても、そう遠くにはいっていないはずだが…。

 

その時、更に先の道に何かがヒュンと動いたのを捉えた。そしてオラの目はその正体をある程度掴んだ。間違いない、マーメイドだ。急ぎ追いかけようと足を踏み出した―。

 

「あ…あ…」

 

が、後ろから聞こえてくる狂ったような声にオラはピタリと足を止める。そちらを振り向くと、目が虚ろになったパーティーメンバー達がふらりふらりと歩いてきているではないか。

 

その声、その動作。一目でわかる。マーメイドの歌の虜になってしまっている。経験の浅い漁師もよくなる症状だ。仕方ない、ちょいと手荒だが…。

 

バチコンッ!

 

オラは思いっきり、全員の耳を叩く。耳がキーンとなったのか、全員悶えつつも正気にもどってくれた。

 

 

 

 

「なんでアンタ、大丈夫なんだよ…」

 

耳栓を装備し、事なきを得たパーティーメンバー達。オラはフフンと鼻を鳴らした。

 

「オラは慣れてるからな。漁師を…」

 

「舐めるな、ってな。わかったよ。それで、その話は本当なのか?」

 

オラの言葉を遮り、男性戦士は眉を潜める。オラはコクリと頷いた。

 

「あぁ。さっき、マーメイドが水の無い床を走っていった。一瞬しか見えなかったが、何か変な箱に乗っていたような…」

 

「なんだろうな…? だが、気を付けろ。もうここは洞窟最深部だ。そろそろマーメイド達が棲むエリアだぞ」

 

それぞれの武器を手に、じわりじわりと進む。と、オラ達は急に大きく開けた場所に出た。

 

 

 

湖かと見紛う広い潮だまり。そこではマーメイド達が楽しそうに歌っていた。

 

「この数相手は無理無理。帰ろ?」

 

「くそっ。なんで道中にマーメイドがいなかったんだ?いつも一匹は必ずいるのに…」

 

「おっちゃんに沢山真珠をみつけて貰ったんだから鱗は諦めようよー」

 

壁の陰から覗き見するメンバー達。ふと、オラは端っこにある箱に目がいった。

 

「あれなんだ?」

 

「? 宝箱みたい。見に行ってみる?」

 

マーメイドにバレないよう、岩陰に隠れながらオラ達はその宝箱に近づく。パカリと開けてみると…。

 

「「「「金網…?」」」」

 

中に入っていたのはお宝ではなく、そこら辺でも売っているような金網。それ以外にも調味料とかが幾つか。ただの収納箱…?

 

「とりあえず貰っていこ!」

 

女性メンバーの1人がそれに手を伸ばす。次の瞬間だった。

 

ぎゅるっ!

 

箱の中から幾本もの触手が伸び、女性メンバーをグルグル巻きに。あっという間に殺されてしまった。

 

「「ミミックだ!!」」

 

オラ以外の2人が同時に叫ぶ。が、それが災いしたのだろう。

 

ギュン!カッ!

 

オラ達の足元に飛んできたのはトライデント。ハッと飛んできた方向を見ると、マーメイド達がぎろりと睨んできていた。

 

「ダッシュで逃げろ! まだ干潮だ、今ならマーメイドは追ってこれない!」

 

男性戦士の掛け声で、オラ達は急ぎ来た道を戻る。が…。

 

「「「待ちなさぁい!」」」

 

聞こえてくるはマーメイド達の声。一体なぜ…!?オラ達が後ろを見ると―。

 

ドドドド! シャアアア!

 

音を立てながら、迫ってくるマーメイド達。しかし彼女達が走っているわけではない。彼女達は海水で満たされた謎の箱に入っており、その箱が高速で移動してきているのだ。

 

「箱が動くってまさか…!?」

「あれもミミック!?」

 

パーティーメンバーの推測で合点がいった。さっきオラが見たのは恐らくそれであろう。逃げ遅れたマーメイドが搬送されていたらしい。

 

確かによく見ると、宝箱に入ったマーメイドはそこから伸びた触手に身体を支えられている。泳げない人間が浮き輪をつけるように、陸で活動できないマーメイドの対策ということか

 

 

「くっ…!ここはオラが食い止める!アンタらは逃げろ!」

 

オラはそう言い、銛を構える。パーティーメンバー達はオラの子供と同じような年齢、守らなければならない。死ぬことは怖いが、復活が保証されているならまだ覚悟が決まるというものだ。

 

それに、この際だ。普段は暗黙の了解で言葉を交わさないが、マーメイドにあのことを直接聞いてやろう…!

 

ガギィンッ!

 

マーメイドのトライデントとオラの銛がぶつかりあう。ギリリリ…と鍔迫り合い音が響く。すると、マーメイドの1人がオラの顔に気づいた。

 

「貴方、見たことがある顔ね。確か漁師の…」

 

面識があるなら話は早い。オラは今回来た目的そのものを彼女に聞いた。

 

「アンタらここ最近、近くの隠れた海岸で何をしていた?妙な煙も上がっていたが…」

 

「煙…? あぁ!」

 

トライデントを降ろすマーメイド。そのまま彼女はポンポンと入っている箱を叩いた。

 

「この子達…ミミックに乗って陸でお魚とかを焼いてたのよ。この子達に水を張って入れば暫く陸でも活動できるの!凄くない!?」

 

「あ、あぁ…」

 

オラたちの不文律をガン無視するかのように目を輝かせるマーメイド。焼き魚食べるのか…。

 

 

「まあ顔見知りのアンタだから殺すのは許したげるわ」

 

そのままミミックに乗り、棲み処へと戻っていくマーメイド達。半ば放心状態のオラはすごすごとダンジョンを後にした。

 

「おっさん!無事だったか!?」

「良かった…!」

 

入り口で待っていたパーティーメンバーに、オラは迎えられる。彼らは顔を顰め話し合い始めた。

 

「しかし、マーメイドがあんなに動くとは…。今後簡単には入れないな…」

「ね。ミミックにあんな使い道があったなんて…」

 

2人には悪いが、オラは別の事を考えていた。要は彼女達(マーメイド達)、ただ食事をしていただけ。異常は全くなかったというわけだ。心配は杞憂に終わった。

 

…マーメイドが焼き魚を食うならば、今度棲み処に侵入した詫びとして醤油や酒を渡してみるか。意外と喜んでくれるかもしれん。もしかしたら、良い飲み友達になれるかもな

 

 



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閑話①
秘書の特別業務:ミミック紹介ムービー作成


 

 

…写ってるかなぁ。…多分大丈夫だよね。コホン…。

 

 

皆さん、初めまして!そうでない方はお久しぶりです! 私の名はアスト。『ミミック派遣会社』の社長秘書を務めています。

 

本日はこれをご覧の皆様…ダンジョンにお住まいの魔物の皆様に、我が社についてご説明させていただきます。

 

 

単刀直入に申し上げましょう。皆様、冒険者に困っておりませんか?ねぐらを荒らし、宝物を盗み、魔物である我々を倒していく…。彼らの蛮行は留まるところを知りません。皆様の中にはその対処で夜も眠れずに過ごしている方もいるでしょう。 …夜に行動される方はお昼、と変換ください。

 

 

 

そんな問題も、我らが派遣するミミックが解決してくれるでしょう!

 

よく冒険者が通る通路に置いておけばあら不思議、欲を出した冒険者が宝箱を開いた瞬間バクリと。休憩するため腰かけたところをガブリと。曲がり角で食パン咥えた冒険者と…! …あれ?

 

 

…とにかく、冒険者の隙を突くのがミミックの基本戦法。我が社の優秀なミミック達は、イキった冒険者達をたちどころに恐怖のどん底に陥れるでしょう!

 

 

 

 

 

 

それではミミックの紹介です。厳密に言うとミミックの種類はかなりの種に分かれますが、大別して二つ。下位ミミックと上位ミミックです。

 

そして下位ミミックの内、大きい括りを持つ3種を…。都合4種、今回は解説させていただきます。

 

では実際に見てもいただきましょう。おいでー!

 

 

さあ、当社特製『魔法の動く床』に乗ってきたのは3つの宝箱。 …ちなみにこの魔法の動く床、我が社の至る所に張り巡らされております。皆、基本的に箱に入っている子達ですから移動用ですね。荷物みたいだとかは言わないでください。

 

 

 

失礼、話が逸れました。ではこの子達をご覧ください。まずは下位ミミック『大口型』のご紹介です。はい皆口を開けてー。

 

どうでしょう?蓋を開いた中が丸々口となっています。獰猛な牙、毒々しいほど赤い舌、そして闇を湛える口の奥。ミミックと言えばこの子達のイメージが一般的ですよね。

 

この子達は宝箱に潜むタイプではなく、宝箱自体が魔物となっている子達なのです。故に外殻…宝箱外枠の体色や体格によって見た目の差異が激しく、従来は結構な確率で冒険者に見破られてしまっていました。

 

 

しかし我が社ならばその問題も解決!こちらに並ぶ3匹は、元々全て左端の子の様な赤と金のメジャータイプでした。

 

ですが、見てください!真ん中の子は茶色を基調にした配色、右端の子は緑をベースに花模様をあしらってあります。そう、私達は彼らの模様を変えることに成功したのです。

 

これにより宝物狙いの欲張り冒険者だけでなく、警戒心の強い冒険者までもが彼らの爪牙にかかることになりました。冒険者達、意外と『あの色の宝箱じゃないならミミックの心配がない』と警戒を解く人多いんです。

 

勿論お望みとあらばこの通り!元の配色に戻ることも可能です。カメレオンみたいですね。ただし、一度変化するともう一方への変化にはかなりの時間を要するのでご注意を…!! ひあっ!? こら!なんで私のお尻を舐めたの!?あ、お腹空いてるの!?

 

 

 

 

コホン、では仕切り直して。続いて運ばれてきたのは…。小さめの木箱や石箱、花瓶ですね。この子達はというと…手をパンパンと。

 

はい、出てきましたのは蜂やコウモリ、蛇達でございます。この子達は下位ミミック『群体型』。俗に『宝箱バチ』や『宝箱コウモリ』と言われる子達の棲み処となっています。彼らは既存の箱に巣を作り、そこを拠点として活動する種なのです。

 

そんな彼らの特徴は、ヒーラーでも回復できない特別な麻痺毒を持っていること。他のミミックと比べて殺傷能力こそ低い彼らですが、その毒を冒険者達が食らうとどうなると思いますか? なんと、丸一日はその場から動けなくなってしまうのです!

 

その隙に煮るなり焼くなり、外に追い出すなり。なんでもしたい放題!複数匹棲んでいるため、テリトリー内ならば多人数パーティー相手でも楽勝です!

 

もし自分達が噛まれたらどうするか?ご心配なく!この麻痺毒は魔物相手だとものの十分程度で解毒されま…痛ッ! 違う、噛めって意味じゃないから! あ…身体が…痺れれれれ…

 

 

 

 

 

お恥ずかしいところをお見せしました…。十分間、私の倒れた姿を晒しておりましたね…。後でカット編集をしなきゃ…。なんで噛まれたんだろう…。

 

 

またまた仕切り直しましょう。 次に運ばれてきたのは…群体型と同じような色々な箱。しかし大きさは宝箱型と同じですね。この子達は何かといいますと…。蓋をパカリ。

 

にゅるんと飛び出したるは幾本もの触手!この子達は下位ミミック『触手型』の子達となります。冒険者を縛り上げて絞め殺すこの子達ですが、急ぎ逃げようとした冒険者をもしっかりとらえて仕留めます。リーチがある触手ならではですね。

 

 

 

更に、この触手型と先に紹介した群体型。他人の手助けが必要となりますが、入っている箱を変えることができます。

 

そうすることで、たとえ火の中水の中草の中森の中、土の中やあの子のスカートの中、どこでも状況にあわせた意匠になることができるのです! 

 

……すみません、やっぱり火の中や水の中などの過酷な環境への長時間の配置は、対策をしていない限り、どのミミックでも出来るだけお止めください。流石に参ってしまうので…。

 

 

コホン、そしてこの触手にも様々な種類があります。スタンダードな触手、木の蔦のような触手、粘液をべとりと出す触手…。ご要望にあったものをお申しつけくださ― ひゃんっ!尻尾に巻き付かないで…!待って!粘液が服に…!

 

 

 

 

…またもお恥ずかしい姿を…着替えてまいりました。今日は厄日です…。いつもはこんなこと無いのに…!皆良い子なのに…ほんとなんで…?

 

 

さて、仕切り直し…何度直してるんだろ私…。ゴホン、失礼。それでは本日紹介する最後の種、『上位ミミック』のご紹介です!どうぞー!

 

 

「はーい!よろしくね!」

「私達が上位ミミックよ」

「下位の子達とは一味違うぞ!」

 

ご覧の通り、彼女達の見た目は箱に入った人型魔物。強くなさそう?侮るなかれ!ここに西瓜が3玉あります。皆さんお願いします。

 

「えい!」ズバッ!

「よいしょ!」ボゴッ!

「そら!」グシャァ!

 

あの皮が固い西瓜が両断され、風穴を開けられ、粉々に粉砕されてしまいました!これが上位ミミックの実力。手足を刃や槍、触手などに変え、力自慢の冒険者も瞬殺してしまいます。

 

しかも下位ミミックと違い、理論立てて移動や攻撃をしますのでどんな熟達した冒険者も手玉に!箱の移り変わりも自分で行うため、宝箱や武器箱、掃除箱や花瓶の中。スペースさえあればありとあらゆる場所に入ります。

 

本当に入るのか? ええ、入っちゃいます。特にこの真ん中の方、明らかに宝箱に収まるプロポーションじゃありません。羨ましいほどにボンキュッボンです。

 

ですが蓋をパタリと閉じると…。見事収まってしまいました。よいしょっと…勿論、下に穴は開いておりませんよ。人間の手品師びっくりの能力です。

 

強い、堅い、戦略的!三拍子揃った彼女達は少々お値段は張りますが…ひぃぅん!♡ なんで…皆さんも私に触手を絡ませてるんですかぁ…!?

 

「ごめん、我慢できなくて…」

「なんか今日のアストちゃん、凄く美味しそうな甘い匂いするの。ちょっと嗅がせて頂戴?」

「撮影はまた今度手伝うから、な?」

 

甘い匂い…!?  そうか!今日蜂の巣ダンジョンに…! 社長洗うついでに私も全身洗ったのに…。 

 

あ、待ってください、3人がかりで連れて行こうとしないで…!

 

さ、最後に一言だけ! 今回紹介したのはミミックの一部。それに、皆様のご要望にお応えして様々なオプションも用意してあります!

 

ダンジョンの防衛、私達にお手伝いさせてください!ぜひご一考をぉぉぉぉ…。

 

 

 

 

 

 

「…これがこの間撮影したムービーです…。どうでしょう社長…?」

 

ゲラゲラ笑う社長に、私は苦々しい顔で問う。すると、彼女は目に溜まった涙を拭いながら一言。

 

「頑張ってたけど、残念ながらボツね」

 

「ですよねー…。まあok出されても全力で拒否しますけど」

 

「でも、これ面白いわね!忘年会とかで流しましょう」

 

「嫌です!」

 

 



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顧客リスト№11 『魔獣&獣人のサファリパークダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「わー!ほんとにほんとにほんとにほんとに魔獣ばっかり!あ、見てアスト!あの魔獣角が回転してる!あっちの子は全身に雷纏ってる!あの遠くにいる子は顔が身体よりおっきい!」

 

のしりのしりと歩いていく魔獣達を、金網越しに楽しそうに見送る社長。完全に子供である。まあ、かくいう私もちょっとワクワクしてしまっているのだが。(素材目線でだけど)

 

今、私達はとある乗り物に乗っている。魔法を動力としたこれは「サファリバス」と言うらしい。面白いことにこの乗り物、側面に窓ガラスが存在せず、全て金網で出来ているのだ。

 

なんでそんな奇天烈な乗り物に乗っているのか。それは私達が今回依頼を受けたダンジョンに理由がある。ここは―。

 

「ここは『サファリパークダンジョン』だよ! 私はサバル! 皆楽しんでいってね!…あ!でも今回は2人の貸し切りだから説明いらないか!」

 

 

 

 

…ガイド役の帽子を被った少女、サバルちゃんに先に言われてしまったが、ここはギルドの登録名称『サファリパークダンジョン』と呼ばれるダンジョンである。

 

ダンジョン、といっても洞窟や建物を利用した普通のものとは違う。結界に囲まれた広大な敷地の中に、寧ろ洞窟や建物がちらほらと点在する形で構成されている場所なのだ。

 

故に森林や草原も存在する一風変わったダンジョン。その内部に棲んでいるのは数多いる魔物の中でも、獣型をした『魔獣』と呼ばれる存在達。そして―。

 

 

 

 

「そうだ!今日は人間のお客さんいないから帽子とっちゃっていいや! えーい!」

 

サバルちゃんは勢いよく帽子を外す。すると、中からぴょこんと立ち上がったのは長く大きな耳二つ。彼女は魔物の一種『獣人』である。因みに、耳や尾を隠せば人間にしか見えない毛が薄いタイプ。

 

人型をした獣、獣型をした人…まあどちらかはさておき、彼ら獣人は魔獣達の上位存在。このダンジョンにも相当数居を構えており、バスの中からでも彼らがごろ寝したり遊んでいるのが見える。

 

そんなダンジョン内をバスはゆるゆると走っていく。そう、これはそんな魔獣、獣人達の生態を人間達が安全にみられるためのツアーなのだ。

 

 

 

 

と、バスは一時停止。それを見た魔獣が草食肉食問わず幾匹かわらわらと集まってきた。

 

「さ!魔獣の皆にご飯あげタイムだよ!」

 

サバルちゃんは私達にバスケットを手渡してくれた。中に入っていたのは…。

 

「? お饅頭ですかね…?」

「ふんふん…あれ、意外と美味しそうな匂いするわね」

 

綺麗に詰められていたのは色とりどりのお饅頭。パカリと割ってみると、中にはよくわからないキラキラした具材がぎっしり入っていた。

 

「これ、私達のご飯でもあるんだよ!しかも人間達も食べることができちゃうの!食べてみて!」

 

「どれどれ…もぐっ」

 

社長は恐れることなく一口。すると頬を押さえ悶え始めた。

 

「美味ひぃ~!でもなんだろこの味、言葉で言い表すの難しいわね…。アスト、あーん」

 

社長の食べかけを私も一口。確かに美味しい。けど、確かに味の正体がわからない…。

 

 

 

 

 

「ご飯を上げる時は一応トングを使ってねー! あ、でも人間じゃないからいいのかなぁ?」

 

サバルちゃんに言われた通り備え付けのトングにお饅頭をセットし、私はそれを金網の隙間からひょいと出してみる。

 

すると、魔獣の一匹が器用に口で受け取りむしゃむしゃと。可愛い。朝、寝ぼけた社長にご飯を食べさせる時に似ている感覚である。 …社長の名誉のため言っておくが、それが発生する頻度はそう高くない。

 

「…? あ!」

 

私がそんなことを考えている横で驚くべきことが。なんと社長が素手でお饅頭を魔獣達にあげているではないか!

 

「ちょっと社長!? 危ないですよ!?」

 

「大丈夫よー」

 

慌てて諫める私をどうどうと鎮め、ご飯あげを続行する社長。ハラハラしてみていたが案の定…。

 

カプン!

「きゃー!食べられた!」

 

社長が引き戻した腕の先、手首から上が無くなっているではないか! 

 

「ひっ! ど、どうしようどうしよう…!」

 

あわあわする私。混乱しとりあえず魔法の詠唱を始めてしまう。突如漂い始めた魔法のオーラに、バスを囲んでいた魔獣達は一目散に逃げて行った。

 

「アスト、ストップストップ! 大丈夫だから!」

 

今度は社長が慌てた様子で私を止める。見ると、無くなったはずの手が復活している…!?

 

「食べられてないわよ。自分の力で手を丸めただけ」

 

「なんだ…」

 

ただの悪戯だったらしい。私はふにゃふにゃと腰を抜かしてしまう。流石に悪いと思ったのか、社長は平謝り。もう…心臓に悪い…。

 

「すごーい!なにそれなにそれ!」

 

唯一、サバルちゃんだけがテンション上がっていた。

 

 

 

 

「じゃー私はここまで! 社長、アストちゃん、またねー!」

 

ダンジョンのとある地点。私達はバスを降りる。本来、このサファリバスが途中で人を降ろすことは無い。が、今回は特別。私達は仕事の依頼を受けて来たのだから。

 

ブロロロ…と音を立てながら走り去っていくバスに手を振りながら、私は思わず一言。

 

「あれに乗ってきたんですよね。 …なんか外からみると檻みたいです」

 

「確かにねー。 見世物になっていたのはどちらかしら」

 

 

 

ここから先はいつも通り、宝箱入りの社長を抱えとことこと。しかし…。

 

「今更ですけど、ここ変わってますよね…。魔獣達が誰も戦ってない」

 

バスに乗っていた時からだったが、どこを見回しても平和そのもの。肉食魔獣が草食魔獣を襲うことも、肉食魔獣同士が縄張り争いする様子もない。獣人達に至っては、魔獣をペットのように操り楽しそうに生活を営んでいた。

 

「やっぱ食事が良いのかしら。これ」

 

「え? あ、社長お饅頭貰ってきちゃったんですか?」

 

「サバルちゃんに良いって言われたから。この中身、アストの『鑑識眼』でもわからないの?」

 

二つに割り、その片方を私の目の前に差し出す社長。まじまじと断面を見つめるが、やはり何も情報が出てこない。

 

「やっぱり駄目ですね。流通は全くしていない、このダンジョンだけの不思議物質のようです」

 

「そうなのー。あら、これ食べたいの? はいどうぞ」

 

丁度近くに寄ってきた魔獣に、社長はお饅頭を食べさせてあげる。と、思い出したかのように私の方を振り向いた。

 

「あ、そうそう。さっき手を食べられた真似したじゃない? きっとあんなことは起きないと思うのよ。魔獣達、どの子も優しく受け取って食べてくれたから」

 

「はぁ…。でも、もうあんな真似止めてくださいね?」

 

「はーい、ごめんなさーい」

 

 

 

 

「ここですね」

 

ついたのは丸太を組まれて作られたログハウス。呼び鈴を押すと、1人の獣人が出迎えてくれた。

 

「観光バスは楽しんでくれたようだな。ミミン社長、アストちゃん」

 

全身白い毛むくじゃらでガタイの良い身体、そしてふさふさで立派なたてがみを揺らす彼は本日の依頼主『レオン』さん。このダンジョンを取り仕切っている方である。他の獣人の方には『大帝』とよばれているらしい。そこまで大仰な人には見えないが。

 

 

 

「そういえば、何故あの…サファリバスでしたっけ。あれを走らせているのですか?」

 

ここでもまたお饅頭(サファリまんと呼ばれているらしい。肉食獣も草食獣も獣人も全員が大好物のようである)を戴きながら、私はレオンさんに質問する。ずっと気になっていたのだ。

 

 

本来、ダンジョンというものは外敵の侵入を拒むために作られるもの。しかし、ここではバスに乗せ人を招いている。それは大変珍しいことなのだ。

 

似たような事例としてこの間訪問したヴァンパイアのダンジョンがあるが、あれは冒険者の血を採るという目的があった。ではここも人を招く意味があるのか? それが気になった故の問いかけである。

 

 

 

すると、レオンさんは近くの戸棚から一枚のチラシを取り出してきた。そこに書かれていたのは―。

 

「サファリバスでのダンジョン内ツアー案内…?」

 

恐らく人間達に撒かれているチラシだろうか。青空をバックに軽快に走るサファリバス、そしてそれを囲む魔獣達の絵が描いてあった。楽しそうである。と、お饅頭に夢中だった社長が声をあげた。

 

「はへ? こへ…むぐむぐ、ごくん…。 これ、人間達のギルドが主催しているんですか?」

 

彼女が指さした先には確かにギルドのマーク。ダンジョンに冒険者を送り込んでいる彼らが何故…?訝しむ私達に、レオンさんは種明かしをしてくれた。

 

「ここは数あるダンジョンの中でも一般人が来ることを許されているダンジョンだ。その理由は私達がギルドに働きかけたからなんだ」

 

 

 

 

 

「ここは魔獣達や獣人達のオアシスとして造ったダンジョンだ。戦いが起きない、安全で平和な場所としてな。このサファリまんが作り出せる特殊な魔法が無ければ実現できなかった代物だが…」

 

手にした饅頭をもぐりと食べるレオンさん。魔法によって作られた食品だったらしい。まあ皆食べているなら安全ではあるか。

 

「しかしダンジョンという仕組みを採用している以上、冒険者によって荒らされるのは予測できた。だから私は人間達の商人ギルドと冒険者ギルドに働きかけ、出来る限り冒険者が入らないようにしてもらっている」

 

「えっ! ちょ、ちょっと待ってください、どうやって…!?」

 

私は思わず椅子をガタンと揺らしてしまう。するとレオンさんはにんまりと笑った。

 

「なに簡単なことだ。商人ギルドには折れて不要になった爪や角、鱗などを格安で提供。冒険者ギルドにはこのツアーの代金の大半を譲渡している。そもそもこのツアーはギルドの監視も兼ねているからな」

 

既にこちらが手を切ると言ったら人間側が契約を懇願するぐらいには癒着しているけどな。そう言いレオンさんは豪快に笑う。だが私の疑問は尽きなかった。

 

「それも凄いんですけど…!どうやって人間と商談を…!?」

 

魔物と取引する奇特な人間なんて数少ない。なのに、商人ギルドと冒険者ギルドという巨大組織と契約を結ぶレオンさんの手腕に私は脱帽していたのだ。と、彼はにんまりと白い歯を…もとい白い牙を見せた。

 

「実は私はな、子供の頃人里で暮らしていたんだ。人間社会に揉まれていた時の伝手が活きたという訳だ」

 

 

 

 

 

 

「だが、最近問題が起きた。密猟者が現れるようになったんだ。いくらギルドが牽制しても穴を見つけて入ってくる。一応ギルドには威嚇…じゃなくて圧をかけたが、流石に全員を排除することは難しいらしくてな …欲深い人間達のことだ。ギルドが黙認している可能性すらもある」

 

レオンさんは腕を組み、ギシッと椅子に沈み込む。その表情は半ば諦めも入っていた。

 

「まあならば仕方ない。癪だが自分達でなんとかすればいい。無論ここはダンジョン登録をしてあるから、たとえ殺されても復活させることは可能だ。だが、ゆっくりと暮らしている彼らに痛い思いをさせたくないんだ」

 

「だからその対策に、我が社のミミックを?」

 

「その通りだ。君達ミミックが対冒険者のプロだと見込んでお願いしたい。代金はギルドと取引した金品でどうだろうか。格安取引だが数があるから結構な金額にはなっている。どうで私達には不要の物だしな」

 

ぺこりと頭を下げるレオンさん。社長の答えは勿論―。

 

「えぇ。お引き受けしましょう! ですが…」

 

と、後半尻つぼみになる社長。その理由が分かった私は先をとった。

 

「どう配置するか、ですね」

 

 

 

そう、ここは洞窟や屋敷ではない。つまり、草原や野原など、箱を置くには相応しくない光景ばかりなのだ。

 

「建物の中とかは宝箱なり木箱なりで大丈夫だと思うんですけど、問題は外に置いておく子ですね。普通に箱を置いていても冒険者達は開けないでしょうから」

 

草原のど真ん中に置かれた宝箱を冒険者が開けるだろうか。ずっと置いてあるならばまだしも突然に設置されたそれを。答えは否であろう。そんな怪しい物、私だって開けない。

 

しかし、そういった草原に置かなければ密猟者は防げない。一体どうすればいいか。レオンさんを含めた私達は頭を悩ませる。

 

と、その時だった。

 

 

「ふぎゃぁ!ふぎゃぁ!」

 

奥の部屋から聞こえてくるのは子供の鳴き声。レオンさんはすぐさま席を立ち、そちらへと。すると―。

 

「いないいない~ばあっ!」

 

おどけた様子のレオンさんの声。どうやら子供をあやしているようだ。少しして戻ってきた彼は照れくさそうに頬を掻いていた。

 

「すまない。ぐずってしまったみたいだ」

 

「いえ、お気になさらないでください。 男の子ですか?」

 

「男の子と女の子だ。それぞれ私と妻にそっくりでな」

 

顔を綻ばせるレオンさん。と、何かに気づいたようで…。

 

「ん?どうしたミミン社長。私の顔に何かついてるか?」

 

 

私が横を見ると、社長がレオンさんの顔をじっと見つめているではないか。一体どうしたのだろうか。

 

「いないいないばぁ…たてがみに包まれた顔が隠れて…いえ…毛に包まれて正体不明に…」

 

今度はぶつぶつと何かを呟き始める社長。すると突然手をポンと打った。

 

「良い案思いつきました!レオンさん、ここに棲む皆さんの抜け毛をできるだけ沢山いただけませんか?」

 

 

 

 

 

「あんなとんでもない量貰ってどうするんですか?」

 

社長の頼みは通り、獣毛を貰えることにはなった。だが、その量は物凄い。ダンジョン中から集めたそれは小さな倉庫では収まりきらないほどであった。何に使う気だろうか。

 

「箱が外に置かれていることに違和感があるなら、違和感を隠せばいいのよ!このダンジョンに相応しく、ね」

 

社長は代金の一部として貰ったお饅頭をぱくつきながら答える。その要領を得ない回答に私は眉を潜めた。

 

「どういうことです…?」

 

「作ってからのお楽しみー! 余ったら私の分も作って貰おうかしら」

 

「だから、何をですか…?」

 

 



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人間側 とある冒険者の密猟

 

 

「ようこそサファリパークへ! 私はサバル! 楽しんでいってね!」

 

ガイドの少女の元気な声がバス内に響く。乗っていた客の内、子供達がはーい!とこれまた元気な返事を返した。耳障りだが、怒鳴り散らすわけにも行かない。

 

 

俺はギルドに登録している冒険者…なんだが、今はかの『サファリパークダンジョン』のツアーに参加している。ったく、ダンジョンというのはもっと殺伐としたもんなんだ。女子供が来るようなとこじゃない。ましてや、観光なぞ…。

 

本来こんなガキ向けなツアーなぞには参加したくもないが、これもギルド依頼の仕事。我慢するしかない。俺とその仲間の4人パーティーはこのツアーに参加している学者達の護衛を務めているからだ。

 

 

「ほう、あれはヨロイトゲマジロ…! 貴重な鎧の素材となる魔獣ですな」

 

「あれは獲物を鼻についた刃で仕留めるという肉食象、ハンターエレファント…!」

 

「おぉ!あっちは乱獲されすぎて絶滅危惧種のサーベルタイガー! 牙が名の通りサーベルとなっている…!」

 

「む、あそこにいるツギハギだらけのブタみたいなのは確かヒョウタン…なんでしたっけ?」

 

 

若者おっさん爺…そんな良い歳した連中が、子供と同じように金網に張り付き外を眺めている。シュールな光景だ。

 

 

 

このサファリパークダンジョン、普段は暴れまくっている魔獣達の貴重な大人しい生態を見ることができるとして名が知れている。しかも、『サファリバス』という変な乗り物に乗り観光、餌やり体験までできるギルド主催のツアーがあるのだ。

 

一般人もダンジョンというものに安全に入れ、貴重な魔獣達の様子を見ることが出来る。それゆえ村人達や学者達に大人気な観光スポットとなっている。

 

 

最も学者連中、村人達よりも怖がりだ。一度たりとも死人怪我人が出ていないこのツアー参加に、高い金払って俺達を護衛に雇うんだから。まあ、こっちとしては座っているだけで金は貰えるし、()()()()()()()()()()()有難い限りだが。

 

 

 

 

「さ!ご飯あげタイムだよ! みんなこれどうぞ!」

 

バスは止まり、ガイド役の少女からバスケットが配られる。中に入っていたのは饅頭。これが魔獣共の餌らしいが…。

 

「なにで出来ているのでしょうねこれ…肉食獣も草食獣も、獣人もこれを食べているみたいですし」

 

「ふむふむ…何度見ても見たことのない中身だ」

 

「人間も食べられるらしいですよ。ぱくっ…、お!かなり美味しい!」

 

「ガイドのお嬢さん、これってどう作って…? 秘密?そこをなんとか! 駄目ですか…」

 

 

うわ、魔獣の餌を食べたぞあの学者…。いくら美味しそうでも普通食うか? 

 

「はい!おにーさんもどーぞ!」

 

そんなことを思っていると、ガイド役の少女が俺達にもバスケットを渡してきた。そんなもの、あっちにいるガキにでも…。

 

お、おいお前ら…!? マジかよ…パーティーの仲間達が普通に受け取り餌やりし始めやがった…。なに楽しんでやがる…。

 

 

「ほぉ、これは楽しい…!」

「そう食べるんですねぇ…!」

 

餌やりに興じている学者連中。と、その内の1人が少し先を指さした。

 

「あの魔獣ってなんでしょうか?」

 

俺もその指先を追うと、少し奥の岩陰からのそりと出てきたのはやけに大きな毛玉。足も顔も見えないが、動いているから魔獣なのだろう。

 

「むむ…!見たことがない!もしや新種…!?」

 

「あぁ、いってしまった…モフモフで可愛らしいですな」

 

「あの動き、生物であるのは確かですね。『サファリナゾケダマ』と仮称しましょう」

 

 

…その発言に俺は思わずズッコケかける。なんだその名前、そのままじゃねえか。

 

 

 

 

 

ツアーが終わり、ダンジョン入口に到着。次々と帰っていく参加者達。

 

「では、私達はこれで。こちら約束の賃金です」

 

お金を渡し、学者達も去っていく。俺達もまた帰る…わけじゃない。

 

「行ったな?」

 

「あぁ。いつもの場所にいくぞ」

 

 

バスガイドにバレないよう、帰るふりをして移動。近くの茂みに身を隠す。そこに置いてあったのは槍やボウガン、各種回復薬。そう、ダンジョン攻略用装備である。

 

「さっきので今日の獣人達の大体の配置はわかった。おい、障壁に穴を開けろ」

 

俺は仲間に指示を出し、ダンジョンを囲む障壁に進入口を作らせる。バレないように慎重に…。

 

 

「ったく、あのギルド上役のヒゲオヤジ野郎め…。なにが『このダンジョンにツアー以外の侵入を禁ずる』だ。いつかあの禿げた頭頂部引っぱたいてやりたいぜ」

 

「そういえばあいつ、このダンジョンの主と知り合いという噂ありますけど本当ですかね?」

 

「本当だろうよ。じゃなきゃあんなツアー、許されるわけないだろう」

 

日頃の不平不満を言いながら、穴を開くのを待つ。今回は運よく見張りの獣人も姿を現さなかった。

 

「開いたぞ!」

 

「よし、侵入! 狩りの時間だ!」

 

 

 

手に武器を持ち、ダンジョンの敷地内へ。茂みに、林に、岩の陰に身を潜めながら進んでいく。

 

ギルドからはここに侵入しないよう口を酸っぱくして言われているが、はいわわかりましたと言えるわけがない。

 

なにせこのダンジョンには激レアな魔獣や絶滅危惧種がごまんといる。そいつらの素材は高値で売れるのだ。しかも普段は狂暴な魔獣達も、ここでは能天気なほど温厚。いとも簡単に狩ることができ、笑いが止まらない。

 

一応商人ギルドからも、ここの素材は取り扱わないとお達しが来てるが…。金にがめつい連中は一枚岩ではない。裏で欲しがる商人なんて幾らでもいるからな。

 

 

そして極めつけはここの存在意義にある。普通のダンジョンならば魔獣なんて生き返らせることは少ないが、ここは魔獣達のためにあるダンジョン。つまり、俺達が仕留めた奴らは復活するのだ。

 

…それが何を意味しているかわかるか? 素材が取り放題ということだ。まさにこのダンジョンは宝の山、いや宝のパークだ! …語呂悪いな。

 

 

 

 

 

とはいえ相手は獣。音や匂いには敏感。魔法使いに出来る限りの消音消臭の魔法をかけてもらい、抜き足差し足忍び足。

 

「ところで依頼主の商人、今回は何をご所望なんだ?」

 

「えっと…うわ、獣人の爪ですってよ」

 

それを聞いた仲間達はため息。当然俺も。何故かというと、面倒なのだ。

 

このダンジョンで特に気をつけなければいけないのは獣人達。あいつらは魔獣と比べて頭がいいから見つかったらすぐに囲んでくる。絶対にバレてはいけない。

 

「倒すの面倒ですね。となると、いつもの手段で?」

 

「そうするか」

 

頷き合った俺達はそのままこそこそと移動。獣人達が住むログハウスから少し離れたところにやってきた。

 

 

「よし魔法使い。手筈通り頼むぞ」

 

「あいよ」

 

その場に魔法使い1人を残し、俺達は移動。獣人にバレない位置ぎりぎりまで奴らの家に接近。と、次の瞬間―。

 

ドォンッ!

 

魔法使いがいる位置から爆音が発生する。すると、ログハウスの中で動きがあった。

 

「なんだ!?」

「敵襲か!?」

 

バンッと扉を開き、一斉に飛び出していく獣人達。他の家からもわらわらと駆け出し、音の発生源へと向かっていった。獣人達の耳の良さを逆手にとり、見に行かざるをいかない状況を作り出したというわけだ。

 

「よし、今のうちに家荒らしといこうか」

 

家主が居なくなったログハウスに俺達はお邪魔する。何をしているのか?実は獣人達の習慣なのか、奴らには外れた爪や牙、角を保存しておく癖がある。それをちょいと貰おうとしているのだ。

 

ただし家主が帰ってくるまでの短時間で探さなければいけない。だが、今回はツイていた。何故なら―。

 

「おあつらえ向きに宝箱があるじゃねえか」

 

部屋の端に置かれているのは立派な宝箱。仮に目的のものが入っていなくとも、獣人の武器を始めとした貴重な物がしまってあるのは間違いない。早速仲間の1人が開けようと手をかけるが―。

 

バクンッ!

「ぎゃっ…!」

 

「「へ…?」」

 

…一瞬何が起きたかわからなかった。宝箱の蓋が勝手に開き、仲間の1人を呑み込んだのだ。直後、ズズ…と動き出した宝箱を見て、ようやく正体に気づいた。

 

「「ミミック!?」」

 

獣人達、やけに簡単に家を離れたと思ったらこんなものを…! イチかバチか戦っても良いが、獣人達が帰ってくるかもしれない。俺達は開いていた窓から急いで逃げだした。

 

 

 

「はぁ…はぁ…。なんで…」

 

「くそっ…何も盗れなかった…」

 

ダッシュでその場を離れ、息を整える俺達。と、そこに魔法使いが戻ってきた。

 

「ん? 1人いなくないか?」

 

「ミミックにやられた。獣人共、家の中に仕掛けてやがったんだ」

 

恐らく別の家にもミミックはいるだろう。もう侵入は出来ない。先程の爆音で獣人達も警戒を強めたから、不意打ちで仕留めることも出来なくなってしまった。

 

「仕方ない…獣人の素材は諦めて、魔獣の素材を狙おう。近くに何かいるか?」

 

「そうだなぁ…。回転する角を持つ猿『マンドリル』とか、雷を全身に纏っている肉食獣『雷オン』が近くにいたぞ」

 

「両方とも激レア魔獣ですね。多少傷をつけてもその素材は数百万以上の値は固いです」

 

「ならそいつらを狩ってとんずらといこう」

 

俺が号令をかけた、その時だった。

 

モフンッ

 

 

 

 

 

「―! なんだ!?」

 

尻に当たった謎の感覚に俺は飛び上がる。急ぎ背後を見やると…。

 

「なんだこいつ…?」

 

そこにいたのは巨大な毛玉。ん? 確かこいつは―。

 

「確か学者共も新種と騒いでいた魔獣じゃないか?」

 

「あぁ。確か『サファリナゾケダマ』と言ってましたね」

 

仲間たちの言葉でツアー中のことを思い出す。確かにそんな奴がいた。近くで見ると、モフモフさが際立つ。

 

「おい、新種ならば高く売れるかもしれない。仕留めるぞ」

 

俺達は武器を構え、謎の毛玉を囲んでいく。毛玉はもそもそと身体を軽く動かしただけで逃げようとはしなかった。警戒心が薄くて助かる。

 

「怖くないぞぉ~。逃げるなよぉ~…。 今だ!」

 

合図を出し、同時に武器を突き刺す。しかし、思わぬことが起きた。

 

ボスッ ガキィンッ!

「「「なにぃ!?」」」

 

毛の中に予想以上に吸い込まれた剣が、槍が、ボウガンが、突然何かにぶつかり弾かれたのだ。

 

「これヨロイトゲマジロの外殻ですら貫く槍だぞ!どんな外皮してるんだこいつ!?」

 

あまりの硬さに戦々恐々とする俺達。しかしその一撃が功を奏したのか、毛玉は動かなくなった。

 

「死んだか…?」

 

「確かめてみるか…。ちょっと毛をむしってみろ」

 

俺の指示を聞いた魔法使いが恐る恐る毛玉に手を入れる。

 

「あ…?この手触り…宝箱…?」

 

妙な呟きが気になり、待機していた俺達も覗きこむ。すると、毛玉の一部からひょこりと出てきたのは…。

 

「はぁい♪」

 

女魔物の顔だった。

 

 

 

 

「「「なっ…!」」」

 

唖然とする俺達。その隙を突き、女魔物は手を入れていた魔法使いをズボッと毛玉の中に勢いく引き入れた。

 

「ぎゃあっ…!」

 

直後、平たく潰された魔法使いがペッと吐き出される。この倒され方…もしかしてこれも…!

 

「「ミミックだ!!」」

 

 

 

反射的に周れ右して逃げ出そうとする俺達。しかし毛玉の中から触手がびゅるると伸びて来て、一瞬で絡めとられてしまった。

 

「た、食べないでくださぁい!」

 

最後に残った仲間はサファリナゾケダマ…もといミミックに命乞い。するとミミックはケラケラと笑った。

 

「食べないわよ。まだ暫くはお饅頭楽しみたいし。でも…復活魔法陣送りにはするけどね♪」

 

ギュルッ!

 

「「ぐえっ…」」

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

…冒険者が仕留められた後。毛玉は半分に割れる。中に仕込まれていたのは宝箱。そこに入っていた上位ミミックはぐうぅっ…と伸びをした。

 

「ふぅ! お仕事完了っと♪ この毛皮装備…いや、毛玉装備か。これつけていると移動する姿を見られても怪しまれなくいいわね。でもこれ、暖かくて眠くなっちゃうのが難点ねぇ。下位ミミックの子達、たまに寝ちゃってるもの」

 

そう呟くと、上位ミミックは仕留めた冒険者達を回収し再度毛玉状態に。サファリナゾケダマはそのままモソモソと毛を揺らし、草原のどこかへと消えていった。

 

 



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顧客リスト№12 『アラクネのア巣レチックダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「うわっとっと…!」

 

手を横に広げ、平均台を歩くように。私はバランスを取りながらこわごわ歩く。そうでなければ…。ゴクリと息を呑み、私は下を見てしまう。

 

ヒュオォオオ…

 

網目状の足元から見えるは千尋の谷。底が全く見えない。落下したら間違いなく復活魔法陣送りは確定である。もし隙間から落ちてしまったらと考えると…。

 

と、そんな私にの元へ社長の無粋なツッコミが飛んできた。

 

「いやアスト、貴方羽あるでしょ?」

 

 

 

 

ビビっていた私の腕から降り、宝箱を滑らせながら先導していた社長。彼女はやれやれと肩を竦めていた。そりゃ宝箱の大きさじゃどう頑張っても網目から落ちることはないが…。

 

「いやまあそうなんですけど…。こうして見てると恐怖がこみ上げてくるというか…足がじわじわしてきません?」

 

「あー。それはわかるわね」

 

私の訴えに社長はうんうんと頷いてくれる。でも、と彼女は言葉を付け加えた。

 

「ここの床…もとい糸…いやもう紐ね、この太さだと。頑丈だから心配しなくても良いわよ。ほら、こうやって揺らしても」

 

ぼよよんっ!ぼよよよんっ!

 

「やぁあっ…! 止めてください社長!」

 

宝箱ごと飛び跳ねる社長に床をバウンドさせられ、私は生まれたての小鹿のように四つん這いとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

今回私が来ているのは、ギルド登録名称『ア巣レチックダンジョン』。深く広い渓谷に張り巡らされているアスレチックのようなダンジョンである。

 

何故『ス』が『巣』になっているか。それは、ここを構成する素材が『蜘蛛の巣』だからなのだ。

 

 

よく見る放射状のものの巨大版や、はたまた洞窟の通路のように細長く作られた道、梯子のように組み合わさり垂れているやつなど、ありとあらゆる形をした蜘蛛の巣で作られたこの場所。

 

糸という素材の利点を生かされた、ほぼ直角や一周縦回転しなければいけないルートのようなわけわからない角度の道もごまんとある。

 

つまりここは足を滑らせたら最悪奈落へ真っ逆さまという、死と隣り合わせなダンジョンとなっているというわけである。

 

 

…あ、でも、死と隣り合わせなのは他のダンジョンも同じか。魔物に食べられるか落ちて死ぬかの違いだし。

 

 

 

 

「それで、あの方はどこにいるんでしょう?」

 

ようやく慣れた私は網目を踏み抜かないように、少し注意しながら社長の後を行く。

 

実はこのダンジョンに入る前、ひょんな話から今回の依頼主に「ウチ達の『狩り』見せてあげる」といわれていたのだ。

 

そのまま先にダンジョン内へ帰っていった彼女達を探しつつ、最奥部を目指しているというわけだが…

 

「いないわねー」

 

社長は辺りをきょろきょろしながら答える。しかし見えるのは縦横無尽に張り巡らされた真っ白な蜘蛛の糸だけ。

 

触れるとわかるのだが、壁や屋根、床を構成する糸はほとんどがねばねばしていない。蜘蛛の巣はねばつくものばかりと思っていた私にとってちょっと驚きである。

 

 

 

 

 

「あ、広いとこに出たわよアスト」

 

と、社長は開けた場所を見つけたらしい。こっちこっちと私に手を振る。が…。

 

「あら…?」

 

突然社長の動きが、正確には宝箱の動きがぴたりと止まる。ぐいぐいと身体を揺らすが、箱はうんともすんとも言わないようだ。まるで何かに張り付いてしまったかのような…。

 

「どうしたんですか社長?」

 

私が駆け寄ろうとした次の瞬間だった。

 

 

「そういうことね!」

 

パタンと蓋を閉じ、宝箱形態になる社長。その直後に―。

 

ヒュルルルルッ! ベチョッ!

 

真上から飛んできた白い糸が社長の宝箱に張り付く。そして…。

 

グイッ!

「ひゃああ!」

 

箱の中にいる故くぐもった悲鳴をあげながら、社長は勢いよく引っ張り上げられてしまった。

 

 

 

 

「…えっ! ちょっ!」

 

突然視界から消え去った社長を追い、私も広間へと駆けこむ。バッと天井を見上げると…。

 

「目が…目が回るぅ…」

 

蜘蛛糸に吊られた社長(箱ごと)がぐるぐる回転していた。

 

 

 

「とりあえず助けなきゃ…!」

 

困惑しつつも、私は羽を広げ飛ぼうとする。が…!

 

「あれ‥足が…!?」

 

床の糸に張り付き動かない。ここだけ粘着糸のようである。さっき社長が引っかかったのもこれであろう。私は外そうと苦心している間に…。

 

ヒュルルルル! ベチョッ!ベチョッ!

「え…? わっ、羽に糸が…!?」

 

どこから飛んできた糸に羽を絡めとられてしまった。これじゃ飛べない…!慌てる私。外そうと背に手を伸ばすが、無情にも追加の蜘蛛糸が腕にべちゃりと。そしてそのまま…。

 

グインッ!

「きゃああああっ!」

 

社長と同じように天井へと引っ張り上げられてしまった。

 

 

 

 

「えーと…無事ですか社長…?」

 

腕と羽を吊られた状態で、私は丁度横並びとなった社長に一応聞いてみる。

 

「私は大丈夫よー。ちょっと酔ってきたけど…」

 

いまだゆっくりと回転しつづける社長は、僅かに宝箱を開けそう答えた。せめて回転を止めてあげたいとこだが、この状態ではどうにもできない。

 

すると、私達の真横にツーっと糸を垂らして降りてきた魔物が。彼女は満面の笑みを浮かべ、両手でピースをした。

 

「いえーい!『狩り』大・成・功!」

 

 

 

このダンジョンの主、それは『アラクネ』と呼ばれる上半身が人型、下半身が蜘蛛の姿をした魔物である。そして今私達の目の前にいるのが、今回の依頼主『スピデル』さんである。何故かTシャツを着ている。

 

「『狩り』って…私達が獲物ですか…」

 

吊られたままむくれる私。するとスピデルさんは社長の回転を止めてあげながらごめんごめんと謝ってきた。

 

「いやぁ、冒険者が入ってきてたら狙おうかなと思ってたんだけど、今日はいなくてねー。魔物も都合良くいないし、もう実際に体感して貰おうかなって!」

 

だからって依頼を受けた相手に罠をしかけるのはどうなのか。私はそう苦言を呈そうとしたが、それは社長の楽しそうな声で掻き消された。

 

「びょーん! 凄いですねこの糸!全然千切れません!」

 

せっかく回転を止めて貰ったというのに、社長は箱を大きく揺らしブランコのようにぐおんぐおんと動きまくっている。たわみ縮みを繰り返している蜘蛛糸はまったく千切れる様子がない。と、スピデルさんはえっへんと胸を張った。

 

「冒険者の中には、この糸を使ってバンジージャンプをさせてくれって頼み込んでくる人もいるよ! まあたまに千切れて奈落へ真っ逆さまな時あるけど」

 

 

 

 

 

 

 

スピデルさんの大きな背(お尻?)に乗せてもらい、私達はダンジョン最深部へと。流石は蜘蛛脚、糸に引っかかる様子は全くない。私は何度転びかけたかわからないのに…。

 

「ところでスピデルさん。その服って何ですか?」

 

と、社長はスピデルさんが来ているTシャツを指さす。そうだ、それが気になっていたのだ。というか、私の『鑑識眼』はその正体をしっかり暴いていた。

 

「それって、今人里で話題の…!」

 

「えっ! 知っててくれたの!」

 

私の言葉を聞くや否や、凄い勢いでぐりんと首を動かすスピデルさん。目が凄く輝いている。その勢いに若干引きながらも私は頷いた。

 

「着心地抜群動きやすさ最高、販売されるタイミングは一切不明、数量限定売り切れ御免。謎の女性たちが販売する『何故か上半身部分と大きなスカートしか売ってない』で有名な女性服ブランド『A-rakune』ですよね」

 

「大・正・解!! これ作ってるの私達なの!」

 

ほら、と腕についたブランドロゴを見せてくれるスピデルさん。確かに文字の背後には蜘蛛の巣の様な模様が。

 

 

 

よほど気づいてくれたことが嬉しいのか、スピデルさんは沢山ある足をわしゃわしゃ動かす。多分これ、スキップをしている。

 

「魔物で知ってくれてるのアストちゃんが初めて!だって服って、人型の魔物しかまず着ないじゃない?そんな人達も下着程度しか纏わなかったり、身体の一部が服の役目を果たしていたり、そもそも着なかったりなんだもん!」

 

その言葉を聞いて、私達は苦笑い。確かに魔物達はビキニ姿や腰布だけという大事な場所を隠す程度の服しか着ない人が多い。しっかり着こんでいる人も、魔法で服を作り出している場合がほとんどである。

 

因みに私はスーツを着ているが、これはオーダーメイドの魔法特注品。プライベートでも魔法で作られた服を着ている。社長が着ているワンピースも同じく魔法製である。

 

まあつまり、服に関して頓着する魔物は少ないのだ。彼女の訴えは実に正しい。そりゃ人間相手に服を売るのもわかる気がする。

 

 

「…ていうか、つまりこの服の材料って…」

 

ハッと気づいた私は恐る恐る問う。するとスピデルさんは笑顔で答えた。

 

「うん!ウチ達の糸!」

 

 

 

 

 

「実は依頼した理由、この服に関係してるんだー。あ、しっかり捕まって身を低くしててね。ここから先は粘着糸だらけだから」

 

そう言い、スピデルさんは壁を登っていく。かと思えばとんでもなく狭い通路へと入り、螺旋のように捻じれた道(勿論下は渓谷)を進んでいった。

 

およそ冒険者はこれないであろう道の奥の奥の奥、そこにあったのは巨大な厚い蜘蛛の巣。スピデルさんが近くの糸を引っ張ると、その一部がするすると開いた。カーテンみたい。

 

中に入るとそこは広い部屋のようになっていて…。

 

 

 

ギィコンバッタン ギィコンバッタン

 

そこかしこから聞こえてくるは機織りの音。そして沢山のアラクネ達。全員が全員お尻から糸を出し織物製作に勤しんでいた。

 

「みんなー、連れてきたよー!」

 

スピデルさんの呼び声に、その場にいたアラクネ全員がわしゃわしゃと寄ってくる。

 

「わーい!良いモデルさんだ!」

 

「これで服作りが捗るわ!」

 

モデル? 首を傾げる私達に、スピデルさんは説明をしてくれた。

 

 

 

「実はこのダンジョン、私のように服を作るのが好きなアラクネが集まって棲んでいるんだ!」

 

なるほど、確かに至る所にあるのは針や染料、織物機。インテリア代わりなのかショーウインドウの代わりなのか、完成した服の一部は蜘蛛糸で壁に貼り付けてあった。なんか捕まった人間みたいにも見えるが…。

 

と、スピデルさんは少し声のトーンを落とす。

 

「でも問題があって…。人間サイズの服の大きさ、特にズボンがわからないの!」

 

 

 

 

「人里で売ってるとね、毎度人間達に聞かれちゃうんだ。『これズボンやパンツ、靴下とかはないんですか』って。でも…」

 

ちらりと自分の体をみやるスピデルさん。下半身が蜘蛛の彼女達が人間の足の服を作れるわけがないのは私でもわかった。

 

なぜ『A-rakune』ブランドが上半身の服と大きいスカートしかないのか。その理由がそれである。納得せざるを得ない。

 

 

「このままだと正体怪しまれちゃうかもだし、いい加減作ろうと決めたの。でも人間を攫ってくるわけにもいかないし…。そしたらね。上位ミミックって人間体で、体の一部を自在に変えられるっていうのを聞いたんだ。サイズや体型の調整し放題のモデルなんて超魅力的!だから社長、上位ミミックをモデルとして数人貸して!」

 

アラクネ達に一斉に頼まれる私達。彼女達には悪いが、訂正しなければと私は口を開いた。

 

「いや、でも自在に変えられるのは手足だけで…」

 

「あ。一応変えられるわよ」

 

 

 

「え…!?」

 

社長の回答に驚く私。すると、社長は大きく息を吸いうーん…!と唸る。と―。

 

ポヨンッ!

 

社長のぺったん…もとい平らな胸が盛り上がった。

 

「もういっかい!」

ポヨンッ!

 

今度はお腹周りがふくよかに。直後、胸もお腹もプシュゥと音を立てしぼみ元のサイズに戻った。

 

「こんな感じね。最も、そこまで大きく変化は出来ないけど」

 

「…そんなこと出来たんですね」

 

「こんなのセールスポイントにならないからねー」

 

唖然とする私をケラケラと笑い、社長はスピデルさん達に向き合った。

 

「スピデルさん、皆さん。ご依頼の件引き受けさせていただきます。とはいえ変化にも限度がありますし、体型や身長が違う子達何人かを派遣させていただきますね! あ、因みにダンジョンの警備とかは…」

 

「あぁ、それはいいや! ここに来るのは身体を鍛えたいだけの冒険者達がほとんどだし、大体の侵入者は蜘蛛の巣で捕らえられるから!」

 

 

 

まさかの冒険者討伐用ではない、風変わりな依頼。とはいえ商談は成立した。と、スピデルさんが契約書を記入している間、他のアラクネの人達が私達ににじり寄ってきた。まるで獲物を見つけた蜘蛛のように。

 

「せっかく来てくれたんだし、2人共ちょっとモデルになってくれない?」

 

「とりあえずそのスーツ脱いで脱いで。ここには女魔物しかいないんだから恥ずかしがらなくていいよ~!」

 

あっという間に上の服を脱がしとられた私達(社長に至ってはワンピースなので全部)。すると、アラクネの1人がスピデルさんが着ているのと同じ服を持ってきた。

 

「ほらこれ着てみて! あ、そうそう。人間達がこれを着ると必ず言ってくれる言葉があるの」

 

ズボッと着せられたその服はとんでもなく軽く、肌触りも滑らか。着ていて凄く気持ちいい。まるで服の重しから解放されたかのよう。私達は、恐らく人間達が行ってしまうであろう言葉を漏らした。

 

「「あっ、楽…!」」

 

アラクネだけに、ってやかましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、色んな服を着せられたわね」

 

「さながらファッションショーでしたね。着心地とか詳しく聞かれましたし。…なんで私、途中で亀甲縛りされたんですかね…?しかもかなりぎっちりと…」

 

代金の一部として貰った服を着たまま、私達は帰社する。しかしまさか、アスレチックダンジョンの正体が服作りの工房だったとは。絶対わからない隠れ蓑である。

 

いや、ただ彼女達アラクネにとって棲みやすいダンジョンが、ただ人間にアスレチック判定を受けただけなのだろう。当の本人達は全く気にしていないようだけど。

 

 

…もし人間にダンジョンの裏がバレたら、ダンジョン名が変わるのだろうか? ううん、それよりも服を作っているのが魔物だとバレたら売れなくなってしまうかもしれない。一応、派遣するミミック達に厳命しておかなければ…。

 

…というかこの服、ほんとにすごく着心地よくて楽…!人里で人気の理由もわかってしまう。もうこれから魔法で作った服なんて着れないかも…。次のスーツ、彼女達に作って貰おうかな。

 

 



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人間側 とある女魔法使いの捜索

 

とある街、その片隅。そこに一軒の店があります。といっても、ほぼほぼ露店に近い代物ですけど。

 

ただその店、凄く変わっているんです。営業日、営業時間が全くの未定。いつ営業予定なのかとか、何時ごろ開くのかとかの張り紙すらありません。というか、十中八九閉まってます。

 

しかし、ひとたび開いているのが確認されれば―。

 

「ちょっと、押さないでよ!」

「しっかり並びなさいな!」

 

話を聞きつけてきた女性客が押すな押すなの大行列。喧騒すらも響き渡るほど。ここ、何の店かというと…。

 

「はーいいらっしゃいませー! 『A-rakune』を御贔屓にしてくださってありがとうございまーす! 本日は新作を新作を用意してありますよー!」

 

店員の元気な声が飛んでいます。そう、ここは今話題の女性服ブランド『A-rakune』を売る唯一の店なんです。

 

 

 

着心地抜群動きやすさ最高、来た時に思わず『あっ楽…!』と漏らしてしまうことで有名なこの服。街の女性たちや遠方から駆け付けた女の子達に大人気、中には商家のお嬢様や貴族の方達までお忍びで買いに来るほどなんです。

 

それを売るのは少し怪しげな雰囲気漂わせる女性店員達。全員が少し厚めのベールを被り、貴族が着るそれ並みに大きく、足が全く見えないスカートがついたドレスを着ています。

 

故に彼女達は貴族令嬢の次女三女達か貴族の未亡人達の集まりだと噂されており、半分道楽による営業だとまことしやかに囁かれています。けど、真相は定かではありません。

 

何故なら正体を確かめようと『おいた』をした場合、どこからともなく取り出された白い紐でぐるぐる巻きにされ店の外に放り出されちゃうのです。きっと彼女達は魔法に長けているのでしょう。

 

因みに、列の追い抜かしや購入点数制限を無視した場合なども同じく放り出されます。なのでお客は皆礼儀正しくしています。

 

 

 

そんな『A-rakune』ブランド、少し前まで上に着る服やブラとかしか作っていなかったのですけど…。

 

「えっ嘘! ズボンがある! ワンピースも下着も! 靴下まで!」

「作らないんじゃなかったんですか!?」

 

「えへへ…良いモデルさんを雇い…コホン、要望が多かったので頑張っちゃいました! これからはこういった服も作っていきますよ!」

 

驚いた様子の女性客達に、自慢げに胸を張る店員さん。そう、いつの間にか全身『A-rakune』コーディネートが可能になっていたのです。デザインも勿論素晴らしいものばかり。

 

そのおかげで、客足は更に苛烈に。早い時なんて、ものの数時間で店じまいになることだってあるほど。そんな状況でも店は拡大せず、委託もせずに細々と営業しています。客足は細々どころではないですが。

 

 

 

そして今、そんな盛況な店を遠目で見ているのが私なのです。

 

 

 

申し遅れました、私の名前は『アテナ』。冒険者ギルドに所属する冒険者の1人で、ジョブは魔法使い。結構な腕があると自負しています。そんな私がなぜ『A-rakune』ブランドの店を見ているかというと、一つの目的があるからなんです。

 

今着ている服を見て貰えばわかる通り、私も『A-rakune』のファン。今日も開いているのを聞くや否や飛んできました。

 

そして見事買えたのですけど、実は購入する時に店員さんにとあるお願いをしたんです。

 

 

それは、『冒険者用の装備を作って欲しい』というもの。こんな着心地の良い服、装備に転用できればどれだけ心地よく旅を出来ることか。今はインナー程度にしか使えませんが、防御力を付与できれば…!そう思い打診したのですけど…。

 

「ごめんなさい、そういった装備系は作りたくないの」

 

というのが返ってきた回答。作れない、作らないではなく、『作りたくない』。折角のお洒落な服が魔物の血や汚れにまみれるのは嫌ということなのかな…?。

 

まあそれなら仕方ありません。気持ちはわかりますし。ならばと素材を売ってもらって他の装備職人達に作ってもらおうと画策したですが、素材の詳細も企業秘密といわれてしまいました。

 

ですけど、私は諦めきれません。分厚い魔法使いのローブで旅するの、いい加減嫌気がさしているんです。暑いし蒸れるしゴワゴワだしで。

 

ということで、ダメ元で彼女達の工房に行って直接頭を下げてみようと思いました。しかし場所がわからないため、こうして店仕舞いの様子を待っているというわけなのです。

 

…因みに、私お勧めのコーヒー豆を贈り物として持っていったのですが、「飲むと気分悪くなっちゃう」といった理由で受け取ってくれませんでした。むしろそっちのほうが凄く残念です…。

 

 

 

 

「ごめんなさーい! 今日用意した分売り切れでーす! 本当にごめんなさーい!」

 

申し訳なさそうな店員さんの声が響き、並んでいた人達はすごすごと帰っていきます。そして、店にはするすると幕が。どうやら店仕舞いらしいです。

 

店員さん達がどこから出てくるのか、私は注視して待ちます。しかし…。

 

「出てこない…?」

 

いくら待っても横づけする馬車はおろか、誰一人として出てきません。おかしいなと首を捻り、店の様子を窺ってみることに。

 

「あ。ここ開いてる…」

 

鍵のかけ忘れか、少しの隙間を発見してしまいました。ゴクリと息を呑み、きょろきょろ辺りを見回します。誰も見ていないことを確認し、『おいた』認定覚悟で侵入してしまいました。 …もうただの犯罪、放り出されるだけじゃ済まないかもしれませんけど。

 

 

中の様子は至って普通。至る所に服をかけるハンガーやマネキンが置いてあります。ですが布切れ一片たりとも残ってません。

 

「すみませーん…!店員さんいますかー…!」

 

一応呼んでみますが、誰からも返答はありません。そのままゆっくりと店の奥に進むと、あるものを見つけてしまいました。

 

「これって…!ワープ魔法の!」

 

店の端に隠すように置いてあったのはワープ魔法陣。どうやらこれで出入りしていたらしいです。気づかないわけです。

 

しかし、普通の服屋にこんな魔法なんて…。やっぱり店員さん達貴族なのかな。ならお抱えの魔法使いとか居るだろうし。

 

「まあでも、良かった!これなら行き先がわかる!」

 

普通の盗賊(私は別に盗賊じゃないですけど)ならば、ここで諦めていたでしょう。ですが私は手練れの魔法使い。術式を読めばある程度のワープ先は探れます。

 

「ふむふむ…あれ? 意外に近い…?」

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…ここ…!?」

 

術式から読み取ったワープ先へと足を運んだ私。街から少し離れたそこにあったのは広い峡谷。そして―。

 

「ここ、『ア巣レチックダンジョン』じゃないですか!」

 

 

 

私は目を擦り擦り、頭に手を当て記憶を探ります。術式、見間違ったのかな…? それとも隠蔽魔法が施されていたのかな…?両方、あり得るかもしれません。

 

だってここ、アラクネの巣によって出来たダンジョンですもの。服屋がいるわけないです。

 

「ん…?巣…って糸ですよね。服の材料もきっと糸…。いやいや、まさか…」

 

あり得ないことを想像してしまいます。いや、でも…。

 

「…とりあえず潜ってみようかな…。ここ、危険は少ないらしいし…」

 

 

 

 

 

実はこのア巣レチックダンジョン、ギルドからは他の様々なダンジョンとは違う扱いを受けています。

 

深い谷の上に名の通りアスレチックじみた形で形成されているここは、宝物が何一つ無い代わりに魔物がほとんど出ず、主であるアラクネもお腹が空いた時以外は人を積極的に襲いません。

 

更に、猿も木から落ちる…もとい蜘蛛も巣から落ちるのか、谷の下までダンジョン判定が入っています。それにより、私達冒険者が落下死しても復活可能となっています。

 

そういったことから、冒険者達の間では完全に『筋トレ用ダンジョン』として名を馳せている、らしいんです。

 

なんで「らしい」のかって? だって私魔法使いですし。筋トレってあまりしたことなくて。ここに来るのは初めてです。

 

 

 

 

邪魔な装備を預け、簡易装備に。他の冒険者の様子を見ると、小さいバッグに僅かな回復薬と護身用の武器、そしてプロテインを詰め込んでいます。

 

着ているものも筋トレに相応しい動きやすい服のよう。…この『A-rakune』の服で行ってみようかな。多分これ以上に動きやすい服ありませんし。

 

 

 

 

 

「いいよぉ!広背筋が成長してきてる!逆三角形は完成間近!」

 

「ハムストリングムッキムキ!肉屋でも売ってないぞその太さ!」

 

「そのまま腕の力だけでロープを渡り切るんだ!ゴールすれば間違いなくレベルアップ!どんな魔物もワンパンだ!」

 

 

…うるさっ。 ダンジョンに入るなり聞こえてきたのは筋トレに励む冒険者達の掛け声。足場から垂れ下がり懸垂をしたり、硬い紐を足に引っ掛け持ち上げたり、足場が完全にない場所に掛かった紐を腕だけで渡ったりと皆さん中々にハードなトレーニングをしています。落ちたら即死なのに。

 

とりあえず入口でぼーっとしているわけにもいかず、とりあえず最深部を目指し私も足を踏み入れました。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…疲れたぁ…!」

 

大きめに開けたところに出た私は、床にゴロンと倒れてしまいます。峡谷から吹いてくる風と蜘蛛糸の弛みがハンモックみたいで心地よい…。

 

ここまで何時間かかったでしょうか。落下する恐怖に耐えつつ、難関アスレチックを乗り越え結構な深部まで来ました。ここまで来る冒険者は少ないらしく、あれだけうるさかった掛け声も全く聞こえません。

 

服屋の手がかり? そんなものないです。 そもそもこんなダンジョンに服屋がいるわけないですよね、はい。

 

…いや、正直アスレチックが意外と楽しくて…。ちょっと目的を忘れてたというか…。魔法しか使わないジョブだから身体を動かすのが新鮮で…。

 

 

 

 

「…帰ろ」

 

諦めと、それを上回る身体を動かしたことに寄る爽快感を胸に、私は立ち上がります。と、その時でした。

 

 

「おっ!初めて見る顔だな。新入りか!」

「アナタもバンジージャンプをしにきたの?」

 

現れたのは男女のペア。中々にマッチョです。姿こそタンクトップという軽装ですが、何故か大きめの袋を背負っています。

 

「バンジージャンプ…?」

 

首を傾げる私。すると彼らは違うのか、とちょっと驚き説明してくださいました。

 

「ここは知る人ぞ知る、バンジージャンプの名所なのよ。最も、冒険者限定だけど」

 

「まあ見せたほうが早いな。よっと…」

 

と、男性は持っていた袋を少し離れた地面に置きました。ちょっと中身が見えましたが、あれは…。

 

「食べ物…?」

 

「そうよ。依頼料といったとこかしらね」

 

女性の答えに私はますます眉を潜めてしまいます。それを余所に、男性は声を張りました。

 

「おぅい!アラクネ! いつもの頼む!」

 

すると、少しして…。

 

ヒュルルルルッ! ベチョッ!

 

どこからともなく飛んできた蜘蛛糸が食べ物入りの袋を捕らえました。そしてそのままどこかへと引き上げられていっちゃいました。

 

そして次には…。

 

ヒュルルルルッ! ベチョッ!ベチョッ!

 

再度飛んできた幾本もの蜘蛛糸が、男性の身体や足へとべったり。それがしっかり張り付いているのを確認した男性は、近くの隙間から…。

 

「いやっほぉ!」

 

谷の底へと飛び降りて行ったのです!

 

 

 

「ええええっ!? ちょっ、ええええっ!?」

 

自殺まがいの行動に、私は慌てて近くにいる女性に縋ります。すると彼女はニコニコと笑いながら「大丈夫」と答えるだけ。と―。

 

ビシッ ビョーンッ!

 

伸びていた蜘蛛糸が張り、引き戻る。すると同時に、男性の楽しそうな声が聞こえてきました。

 

「ひゃっはぁ! 最高だぜ!」

 

…本当にバンジージャンプしています…。アラクネの糸で…。

 

 

 

「おう、お前も来てたのか!」

 

と、背後から雄々しめの声が聞こえてきました。私と女性が振り返ると、そこにいたのは目出し帽にブーメランパンツという珍妙な出で立ちのムキムキ男性。

 

「あらカンダタさん。アナタも?」

 

知り合いらしく、女性は気軽に挨拶を交わしました。彼女達と同じように食べ物入りの袋を持っていることから、彼もバンジージャンプ志願者のようです。

 

「そっちのは新入りか? ちょいと見せるのは恥ずかしいが…それもまたアリだな!」

 

謎に筋肉をピクピクさせ、カンダタと呼ばれた男性は同じように食料を置きます。そして叫びました。

 

「おぅいアラクネ! 亀甲縛りで頼む!」

 

は…? 大口を開けぽかんとする私を余所に、食べ物入り袋は同じく糸でスルスルと回収されていきます。すると次の瞬間…。

 

ベチョッ グイッ!

 

カンダタさんは蜘蛛糸でどこかへと連れ去られちゃいました…!

 

「えっ…あ、あの…!?」

 

またも私は女性に縋りますが、やはり彼女は大丈夫の一点張り。すると―。

 

「はっはあっ! 快っ感っだぁ! この間より締まりが良い!」

 

…亀甲縛りにされた変態、もといカンダタさんが谷の底に落ちて行ったのです。

 

 

 

 

「…………」

 

何一つ声が出なくなる私。すると女性はよしよしと宥めてくれました。

 

「あの人は変態だから気にしないで。まあ、ああやってバンジージャンプをさせてくれるのよ。アナタもどう?」

 

いや…カンダタさんのインパクトでそれどころじゃありません。というか、魔物によるバンジージャンプなんて怖くないのでしょうか。私がそう問おうとした瞬間でした。

 

ブチィッ!

 

「「あっ」」

 

カンダタさんに繋がっていた糸が思いっきり千切れました。私達は急いで下を見ますが、彼は悲鳴なのか嬌声なのかわからない声を出しながら本当に谷底へと…。

 

「あーあ。カンダタさん、運が悪かったわね」

 

「え、いや、え。放っておいて良いんですか…!?」

 

「どうせ即死よ。知ってる?一瞬で死ねば痛みを感じないのよ。ここならば復活魔法陣で生き返れるしね」

 

「死ぬ危険を承知でやっているんだ。気にしなくて良いぞ」

 

女性の言葉に続き、男性の声。どうやら先にバンジージャンプをしていた彼が蜘蛛糸を手繰り登ってきたらしいです。なんですかこの変態集団…。私はそんなことを思ってしまいましたけど、口には出しませんでした。

 

 

 

「ところでアナタ、その服『A-rakune』ブランドよね」

 

と、女性が話を振ってきます。頷く私に、彼女はにっこりと笑った。

 

「私が着てるのもそうなの! これ本当良いわよね!いくら汗かいても全くべとつかず、ずっとさらさらを維持してくれるから重宝しているわ!」

 

「わかります!これを着て来てよかったです。…あ、そうだ。実は私、今その服を作っている人達を探しているんですけど…。このダンジョンにいると思いますか…?」

 

ハッと目的を思い出した私は、お二人にそう問います。すると2人共『何言ってるんだ?』みたいな表情を浮かべました。

 

「いやいるわけないだろ。ここにいるのはアラクネだけだぞ」

 

「そのアラクネが作っているかもしれない…とかはあり得ませんかね」

 

男性の至極真っ当な回答に、私は一応食い下がります。すると今度は女性は手をないない、と振りました。

 

「それはあり得ないわよ。だってこんなに硬くて強い糸を作る魔物が、こんな柔らかな服を織れるわけないもの」

 

「ま、仮にアラクネが作っていたとしてもだ。筋肉を鍛えさせてくれる魔物に悪いやつはいないさ!」

 

「ね!でも、確かに外のキャンプ辺りに服屋は欲しいわね。汗かいた服の代わりなら皆欲しているもの!」

 

わいわいと盛り上がる2人。 …聞く相手を間違えたかな…。いえ、誰に聞いても同じ回答が返ってくるでしょう。おかしいことを考えているのは私の方なんですから。

 

 

 

 

「あれ…? あそこにも穴が空いてますけど、奥まだ続いているんですか?」

 

そんな折、私は奥の方に通路らしきものを見つけ、お二人にそう問います。

 

「あぁ、あっちは粘着糸まみれだ。きっとアラクネの棲み処だろう」

 

「行っても食べられるだけよ」

 

軽く忠告をしてくださったお二人は、時間が惜しいとばかりにバンジージャンプを始めました。

 

もしかして、この奥に何かあるかも…!そう思い立った私は消音魔法等をかけ抜き足差し足、そちらのほうへ。女性の方が糸をつけてもらっている隙を突いて…。粘着糸でも、抵抗魔法でなんとか凌げば…!

 

 

 

 

 

 

「ひぃ…ひぃ…ひぃ…もう…動きたくない…」

 

私、頑張った…。多分今までの人生の中で一番頑張った…!というかこれからの人生分も運動した気分です…! 

 

もはや人が通れる道でない場所をひたすら進んで最深部らしきとこまで来ました。運よく、アラクネには見つからずに。ですがもう、魔力は完全に枯渇してます。目も疲れからか霞んできました。帰れないかも…。

 

しかしそんなことより、凄いものが目の前にあるんです。

 

「何…?この巨大な蜘蛛の巣…」

 

そこにあったのは、壁と見紛うほどに大きな大きな蜘蛛の巣。しかも分厚く、反対側が見通せません。まるで何かを隠してるかのような…。

 

全身パンパンになった身体に鞭打ち、半ば這いずるようにその場へ。そして適当に触れてみると…。

 

「開いた…!?」

 

なんと、巣の一部がスルスルスルと持ち上がったのです。

 

おっかなびっくり、侵入を試みます。と、中に入るやいなやー。

 

 

「良いよ〜!似合ってる!ボディライン完璧!」

 

「もうちょい胸を大きくしてくれる? おー。ちょっと過激な下着だけど、いい感じにジャストフィット!」

 

「そのタイツの履き心地どう? ズレはない? よしよし!」

 

あれ…?さっき聞いていたような筋肉的掛け声のようなのがここでも…!?でも、何か違うような…。

 

霞む目を凝らすと、そこにいたのは沢山のアラクネ達。そして…。

 

「囲まれているのは人間達…?いや魔物達…?宝箱から立ち上がってるの…?」

 

まだ微妙に垂れている蜘蛛の巣のせいでよく見えず、もうちょっと近づこうとした…その時でした。

 

「おっと」

ギュルッ!

 

瞬間、近くにあったらしい宝箱から謎の声と共に出てきたのは触手。それによって私の身体はぎっちり縛りあげられてしまいました。しかも視界が完全に塞がれて…。

 

「ぐえぇ…く、苦しい…」

 

魔力切れ、そして疲れた体ではどうすることもできず、ミシミシと締め付けられ窒息寸前。そんな今際の際、私はその触手の正体をなんとか見定めました。

 

「な…なんでこんな場所に上位ミミックが…? …ガクッ」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

冒険者を仕留めた上位ミミックは、その死体を床に置くとほっと安堵の息を漏らした。

 

「ふう!危ない危ない。アストちゃんの指示通り警戒していてよかったぁ」

 

と、騒動を聞きつけたアラクネ達、そしてモデルをしていたミミック達も彼女の元に近寄ってきた。

 

「わ、ほんとに人間じゃない!ここまで来た冒険者はこの子が初めて! あら?この子、私達が作った服を着てるわね」

 

「まさかここが工房だって気づいて? 凄い執念ですね」

 

わいわい話合う彼女達。そんな中、死んだ冒険者の顔を覗き込んでいたアラクネの1人があることに気づいた。

 

「あれこの子、店開いた直後に来た人間ね」

 

「え?…あ、ほんとだ。確か『冒険者用の装備を作ってください』って言ってきて、コーヒー豆をくれた…。ごめんねー、私達ってコーヒー飲むと酔っぱらっちゃって上手く糸編めなくなっちゃうのよ。お詫びに今度、魔法使いのローブっぽい服を作ってあげるね」

 

既に魂無き冒険者にそう謝ると、アラクネ達は何事もなかったかのようにミミック達によるファッションショーへと戻っていった。

 

 



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顧客リスト№13 『カエルの王さまの雨季雨季ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

雨雨ふれふれ母さんが♪蛇の目でお迎え嬉しいな♪

 

そんな童謡が東の方の国に合った気がする。その歌に私の今の状況を合わせると…。

 

雨雨ふれふれ社長が♪大傘で私と嬉しいな♪

 

…なんかちょっと、いや結構無理やり感がするが、気にしないことにしよう。替え歌は正しさ気にしたら負けなとこあるし。

 

 

 

私と社長は今、依頼を受けとあるダンジョンへと足を運んでいる。

 

しかし天候は雨。よって私が社長(入りの宝箱)をぎゅっと抱え、社長が大きな傘を持ってくれているスタイルで歩いているのだ。

 

余談だが、社長はこの体勢を『雨の日お出かけモード!』と呼んでる。その名の通り雨の日の外出時は大体こんな格好で出歩くのである。時折歌い合ったりで結構楽しい。

 

 

社長が少女体型であることも相まって、気分は同じく東の国の方に伝わる子連れなんとか。しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん。

 

…まあそんな小雨音ではない。ザアザア降りである。ズボンがぐしょ濡れ。社長の言うとおり、レインブーツ履いてきて良かった。

 

因みにそんな社長は水玉模様なレインコートを着ている。可愛い。

 

 

 

 

至るところに沼や池があり、寧ろ道のほうが少ないこのダンジョン。雨で視界は悪いし、結構ぬかるんでいるから転ばないよう注意して進まなければいけない。

 

雨が止んでくれれば視察もちょっとは楽なのだろうが、そうはいかない。このダンジョン近辺、ほぼ1年通して雨が降っていて基本止むことはないのだ。

 

 

冒険者ギルドによるここの登録名称。それは『雨季雨季ダンジョン』という。

 

別に魔物達がウキウキな気分というわけではない。多分強調しただけ。まあ魔物の楽しげな合唱は聞こえてはくるが。

 

 

…ところで冒頭の歌に戻るが、『蛇の目』というのは傘の一種らしい。蛇の目玉に似た模様をあしらったものだとか。

 

ここにそれを持ってこなくてよかった。何故なら、沼や道の端でのっそりと動いているのは…。

 

 

 

 

「またいた!カエルがぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ。合わせてぴょこぴょこ…あれ、これで何匹目だっけ…?」

 

はてなと首を傾げる社長。もう既に何十何百匹と数えているから忘れて当然ではあるかもしれない。というか私は忘れた。

 

結局そこで数えるのを諦めたらしく、社長はそのままゆっくり這っている別の魔物へと目を向けた。

 

「なんでカタツムリには殻があるのにとナメクジって殻がないんだろーねー」

 

「そういえば…なんででしょうね?」

 

「人間達はカタツムリ食べるっていうから、嫌がって殻を脱いだのがナメクジだったりして!」

 

冗談をかます社長。私は彼女の視線の先を追いながらツッコんだ。

 

「まあいくら人間達でも、あんな見上げなきゃいけないほど大きなカタツムリは食べないでしょうけどね」

 

 

 

 

 

ここに棲む魔物達、それはカエル、ナメクジ、カタツムリ。蛇がいたら三竦み完成である。ナメクジとカタツムリを同じ括りにしてしまっているが、まあ同じようなものだろうし。

 

でも多分彼ら、普通の蛇相手ならそんなことにはならないだろう。ここに住むカエルたちは魔物、普通のではない。身体がとても巨大なのだ。

 

私も歩いている最中、変な質感の壁だと思い迂回しようとしたら一休みしているカエルだったりカタツムリだったりした。視界の悪さも相まって本当見紛う。

 

いや、カエルたちだけではない。そこいらに生えている蓮や紫陽花までもが巨大。なんか小人になった気分に陥ってしまう。ある意味メルヘンなダンジョンである。

 

 

 

 

そんな中、私達ようやく目的地にたどり着いた。このダンジョン奥地にある、草花で作られたお城。だけど、構成する植物がこれまた巨大すぎてかなり立派な外観をしている。

 

その入口でハスの葉っぱ傘をさし待っていてくれたのは、従者を一人従えた気品溢れる…蛙だった。

 

 

 

人間大の、二足歩行な蛙。王冠を被り、豪華な装いをしている彼はこのダンジョンの主にして今回の依頼主、『フロッシュ』さん。巷では『カエルの王さま』として名が通っている。

 

因みにその横に控えている、鉄の鎧で全身を覆っている従者は『ハインリヒ』さんというらしい。

 

 

 

 

「わが城へようこそミミン社長、アスト嬢」

 

蛙の大きな目をくりりと動かし、蛙の大きな口をにこっりと曲げ笑顔を見せるフロッシュ王。と、何かを思いついたらしく彼は蛙の両手をぺちょんと合わせた。

 

「丁度良い。お二方、どちらか私を張り倒してくれまいか?体当たりでも蹴り飛ばしてでも構わない」

 

「「へ???」」

 

挨拶もそこそこに飛んできた突然の変態的謎依頼に、私と社長は眉を顰める顔を見合わせる。そして半ば正しい答えを求めるように、ハインリヒさんに視線を送った。が―。

 

「お願いしますじゃ」

 

帰ってきた答えはそれ。どうしようと躊躇する私に変わり、社長が手を挙げた。

 

「宝箱体当たりで構いませんね?」

 

「あぁ、遠慮なく!」

 

「承りました!アスト、せーので私を投げて。せーの!」

 

グォン!

 

私に投げ上げられた社長入り宝箱はふわりと放物線を描く。

 

と、社長は空中で一瞬浮遊するかのように動きを止めた。そして―。

 

「めめたぁっ!」

 

そのまま矢の如くフロッシュ王へと突撃した。

 

 

ドガァッ!

「ゲコッ!」

 

潰された蛙のような(蛙だけど)声を出しながら、フロッシュ王は近くの壁へと吹き飛ぶ。すると、思わぬことが起こった。

 

ボフンッ

 

フロッシュ王が壁にぶつかった瞬間、煙が彼を包んだのだ。そしてその中から現れたのは…。

 

「ふう…!難儀な呪いだ」

 

フロッシュ王と同じ服を纏い、蛙をあしらった王冠を被った緑髪の若いイケメンだった。

 

 

 

 

「「わっ…!格好いい…!」」

 

さっきの蛙はどこへやら。キラキラと輝かんばかりの容姿端麗さを誇る人物に私達は見惚れてしまう。

 

雨に濡れたその姿は艶っぽさすらある。これがほんとの水も滴るいい男…!

 

 

…信じられないが、今目の前で起こったことからして彼はやっぱり…。

 

「あの…フロッシュ王ですよね?」

 

おずおずと問う私に、そのイケメンはコクリと頷いた。

 

 

「如何にも。この姿が私の『人間の頃の姿』なんだ」

 

 

 

 

 

 

「私は元々人間で、とある国の王子だったんだ。とは言っても王位継承権なんてないような順位だった」

 

そう語りながら、フロッシュ王は城の中へと案内してくれる。植物城は床が柔らかく、新感覚を味わえる。

 

そして床や壁、天井の至るところにカエルやカタツムリ、ナメクジが警らをしている。そんな彼らに手を振り挨拶をし、フロッシュ王は言葉を続けた。

 

「とある時に呪いにかかってしまい、さっきのような蛙魔物となってしまった。当然私は城を追い出され、ここに落ち着いたというわけだ」

 

だが、ここの暮らしのほうが良い。王宮内の確執に巻き込まれるのはもう懲り懲りだ。そうフロッシュ王は朗らかに断言した。

 

と、社長は1つ質問を。

 

「因みにハインリヒさんもカエルなんですか?」

 

「ワシは人間ですじゃ。追い出されたフロッシュ坊っちゃまが不憫でついてきたのですじゃ。…感謝しますじゃミミン社長。久しぶりに元の姿の坊ちゃまが見られて、嬉しさで胸が張り裂けそうですじゃ!」

 

兜をガシャンと外した人間の老騎士は、冗談をついている様子なく笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

「そういえば、さっきの…ちょっとおかしな方法を使わないと呪いは解呪できないのですか?」

 

ふと、私はフロッシュ王に問う。すると彼は苦笑しながら頷いた。

 

「私にかけられた呪いは愛する者のキスによって解呪されるらしい。しかしそれとは別に、美しき者による叩きつけで一時的に元に戻れるんだ」

 

「アスト!私達、『美しき者』ですって!」

 

「いや社長、反応する場所そこじゃないです」

 

えへへと照れる社長に私はツッコミを入れる。まあ、私も正直嬉しくはあるのだけど…。面倒な呪いである。

 

「ミミン社長かアスト嬢、どちらか私の后となってくれれば…。ハハッ、勿論冗談だ。なに、呪いを解いてくれる姫君が来るまでゆっくりダンジョンで暮らしていくさ」

 

そう言い、カエルやカタツムリ、ナメクジを友とする王様はケロケロと笑った。

 

 

 

 

 

「さて、ここだ。ここが冒険者が目当てとするダンジョンの最奥、その1つだ」

 

フロッシュ王に連れてこられたのは、幾種類もの花が咲き乱れる吹き抜けなエリア。植物園みたい。雨雲の僅かな隙間から落ちてくる日光が幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

あれ。その生えている植物、よく見ると…。

 

「高級な睡眠薬となる『熟睡蓮(じゅくすいれん)』、鼻炎や花粉症などあらゆる鼻の病気に効く『鼻菖蒲(はなしょうぶ)』、紫陽花と似ているけど絶品として有名な野菜『味菜(あじさい)』…レア素材がたっくさんありますね」

 

どれもこれも超高級な魔法薬漢方薬の材料となる薬草達。冒険者が狙うのもわかる。

 

しかし、これらは普通雨季にしか咲かないはずの花達なのだが…。

 

「もう雨季も明けかけですのに、まだこんなに咲いているんですね」

 

「いいやアスト嬢。こここは1年通して咲いているんだ。このダンジョンは名の通りずっと雨季だからな。だがこれはここに棲む魔物達の食事でもある。冒険者たちに乱獲されるわけにはいかない」

 

それにハインリヒが好きな薬酒の材料でもあるからな、とフロッシュ王は付け加えた。

 

 

 

 

 

 

「とはいえ私も対策を施していないわけではない。 ゲロゲロリ」

 

突然蛙の鳴き真似を始めたフロッシュ王。すると―。

 

天井からドシャっと落ちてきたのはカエルやカタツムリやナメクジ。外にいた子達よりも小さいが、それでも牛サイズはある。ここを守る兵なのであろう。

 

「カエルが舌や体格を駆使し戦うアタッカー、カタツムリが軟体の身体と硬い殻で攻撃を吸収するタンク、ナメクジが天井から落下し押しつぶす奇襲役といったところか」

 

戦ってみるか?フロッシュ王にそう言われ、私が挑戦してみることに。

 

 

 

向かい合い、戦闘準備。しかし相手は鈍重そう、手を抜いても…。

 

「とりあえず攻撃魔法を!」

 

ボウッと大きめの火球を放ってみる。しかし、それはのっそりと進み出たカタツムリの身体がじゅうっと打ち消してしまった。

 

「わっ…!」

 

粘膜が天然の対魔法ローションとなっているらしい。そういえばこのカタツムリやナメクジの粘液を使った魔法耐性装備があると聞いたことがある。

 

ならもっと強い魔法でも良さそうだ。私は改めて魔法を詠唱しはじめる。と―。

 

ビョーンッ!

 

突然カエルがジャンプ。私を飛び越え反対側に。

 

何故タンク役のカタツムリから離れたのが気になるが、好機。私が照準をカエルに向けた…その時だった。

 

ベチャァ!

「うえっ…!?」

 

天井から落ちてきた何かが私に覆い被さってきて、一瞬にして床に押し潰されてしまった。このヌメヌメ…!

 

「ナメクジ!?」

 

無理やり首を動かし確認すると、なんと乗っかってきたのはさっきまでカタツムリの後ろに隠れていたナメクジだった。

 

「いつの間に天井に…!? あっ、まさかカエルがジャンプした時…!」

 

カエルの背に乗ってタイミングよく天井に張り付いたらしい。ナメクジは正解と言わんばかりに触角をうねうね降った。

 

「くっ…油断しちゃった…!」

 

模擬戦だから手加減してくれていたのが幸い。私はなんとか力を振り絞り、にゅぽんと這いずり出る。しかしそこにいたのは…。

 

「ケロケロ♪」

「あっ…」

 

カエル。私はオチを悟ったがもう遅い。カエルの舌はベロンと伸び、私の体を掴んだ。そして…。

 

パクンッ

 

 

 

「あーあー、アストぐちょぐちょねぇ。あっ…ちょっと臭い…」

 

カエルの口の中からペッと吐き出された私をツンツンつつく社長。体中粘液まみれな私は床に寝転がったまま。

 

帰ってシャワー浴びたい…。というか帰り際雨浴びて帰りたい…。相手を舐めた私が100%悪いんだけど…。

 

 

 

「こんな強いなら私達のミミック要ります…?」

 

むっくりと体を起こし、か細い声でそう訴える私。するとフロッシュ王は残念そうに首を縦に降った。

 

「最近冒険者達も対策を編み出してきてな…。中々に捕らえられないんだ」

 

「更には粘液や皮素材欲しさに魔物達を狩る冒険者も増えてきましたのじゃ。カエルは跳ねて逃げられるし、カタツムリは殻に篭もることができるのですじゃが、ナメクジが…」

 

深い溜め息をつくフロッシュ王とハインリヒさん。

 

と、それを聞いた社長は少し考えた後、ポンとを胸を叩いた。

 

「とりあえずこの植物園を守るミミックを派遣しますね。そして…私達ミミックの戦法、『擬態からの奇襲』。それでナメクジさんをお守りいたしましょう!」

 

 



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人間側 あるパーティーへの蝸牛

 

 

ゲロゲロゲロゲログワッグワッグワッ 至る所でカエルが鳴いている。このダンジョンは彼らにとって天国なのか、どこはかとなくウキウキした鳴き声のような気がする。

 

「雨季が終わりかけだってのに、なんでまたこんな…」

「というか今日は街で食べ歩きする予定だったじゃん…!」

「なんでリーダーこの依頼受けちゃったんですか…」

 

その一方、はああ…と大きく溜息をつくのは雨がっぱ装備なパーティメンバーの女の子達。剣士、召喚士、魔法使いの彼女達はウシガエルのようにもう…、もう…と不平不満を言っている。だってその約束忘れてたんだもん…。

 

 

 

 

俺はギルドの冒険者。4人パーティのリーダーをしている。まあ俺以外のメンバーは全員女の子だから、時たまちょっと雑な扱いを受ける。

 

今も必要な荷物をほとんど持たされている。…いや、今日に限ってはそうしないと皆来てくれなかったからなんだけど。

 

 

そんな俺達は、商人の依頼を受けて『雨期雨期ダンジョン』というダンジョンにやってきている。常に雨降りなここに来る以上、全員が雨がっぱ装備で雨を弾く魔法を付与して臨んでいる。

 

「雨の時って気分憂鬱になりません?」

「わかる。私、ここに入ってからちょっとお腹痛い」

「せっかく街でタピオカ食べようと思ってたのに…」

 

雨の中仕事をするのは誰だって嫌なことだけど、仲間達のテンションがやけに低いのはそれが理由ではなさそうだ。

 

「なんでよりにもよってこの、カエルとカタツムリとナメクジまみれのキモいダンジョンなのよ!」

 

仲間の1人の召喚士はブチギレ気味。俺は意外とカエルとか好きなんだけど、女の子達には不評中の不評。今日はここに行くと伝えた瞬間の彼女達の顔は泣き出しそうなほどだった。

 

「粘液採集は断ったから我慢してくれよ」

 

一応言い返す俺。彼女達が最も嫌う、ナメクジとかのヌメヌメなアレの回収クエストは皆の事を思って(実際は背に皆からの無言の圧を受けて)拒否したのだ。感謝してほしい。

 

「卵とかもでしょうね…!」

 

「そうだよ。ダンジョン奥地に生える薬草採集だけだよ。魔物と自主的に戦う依頼は無いから」

 

しつこく聞いてくる召喚士へ雑に返す。ん…そういえば…。

 

「なあ、お前達が好きなあのタピオカっての、カエルのた…」

 

ジャキッ!

 

「…なんで3人共武器こっちに向けるんだよ…!」

 

「それ以上言ったら」

「いくらリーダーでも殺します…!」

「なんならダンジョンの外でね…!」

 

俺何か悪い事言ったか…!? 魔物に向ける時以上の殺気出てるんだけど…!!

 

 

 

 

 

 

 

「…もう。大体リーダー、なんでこの依頼引き受けたんだ?」

 

怒り心頭の彼女達をどうにか収めた俺は、仲間の1人の剣士から白い目で問われた。

 

「最近ここのダンジョンの攻略率が著しく低くなったみたいでさ。普段の倍近くの報酬を見せられちゃって…」

 

仕方なしに正直に答える。要は金に目がくらんだのだ。他の仲間二人も、むくれたまま話に参加してくれた。

 

「なんかダンジョン内の何かが変わったんですかね?」

 

「見た感じは何も変わってないみたいだけど…」

 

辺りをきょろきょろ見回す仲間達。だが特に変わった様子は見受けられない。そもそも雨のせいでそこまで遠くまで確認できないのだけど。

 

「…気のせいか? なんだかナメクジの数が極端に少ないような…」

 

「そういえば…」

 

何か気になることを見つけたらしい剣士と魔法使いは首を捻る。言われてみれば確かに。カエルより機動力が低く、カタツムリより殻がない分倒しやすいナメクジは粘液採集の相手として一番良いのだけど…。狩られ過ぎたのか?

 

いや、きっと草木の裏に隠れているんだろう。あいつらの戦闘スタイルは奇襲が主だし。

 

 

「カタツムリのほうが可愛いから良いわよ。さっさと薬草採集して帰りましょう」

 

今回は粘液採集がないと聞いたからか、安心した様子で道をずんずんと進む召喚士。と、その直後…。

 

ボヨンッ

 

「むがっ…!?」

 

何かにぶつかったらしく、彼女は弾かれ地面へ尻もちをついた。

 

「あいたた…なんでこんなとこに壁が…あっ…」

 

顔をお尻を労わりながら立ち上がる召喚士はそこで気が付いたのだろう。パシリと慌てて口を抑える。目の前にあるのは壁ではない―。

 

「やっば…カエルじゃない…」

 

ボソリと呟く召喚士。道のど真ん中でずっしり座っているのは数mはある巨大なカエル。幸い、うとついているらしくぶつかられた事には気づいていない。

 

「…。」

「…! …。」

 

俺は皆に目だけで指示を出し、カエルの周りをぐるっと迂回させる。運の悪いことに顔の正面を通るしかないが、音を立てなければ…!

 

「ちょ、ちょっと待って…!」

 

1人乗り遅れた召喚士は少し慌てたように俺達の後を追いかけてくる。が…。

 

ズルッ

「べうっ!?」

 

顔から泥にツッコむようにすっ転ぶ召喚士。ベシャアッと酷い音も。まあそうなればどうなるかは明白で―。

 

「ゲロッ!」

ベロリッ バクンッ

 

召喚士は目覚めてしまったカエルの口の中へ連れ去られてしまった。

 

 

 

 

 

「うええええ…べとべとぉ…」

 

先程の道から少し離れた巨大な葉の下。カエルの涎まみれになった召喚士はこの世の終わりかの様な表情を浮かべていた。

 

即座に俺達がカエルの腹を叩き、無理くり吐き出させたのだ。寝起きだったからか効果は抜群だった。

 

…でもやったぜ、これが見たかったんだ。涎まみれ粘液まみれになるパーティーメンバー見たさにこの依頼を引き受けた節すらある。雨と涎のおかげで雨がっぱすらも彼女の身体に張り付いてエロい感じに…!俺の心はウキウキに。ウキウキダンジョンだ。

 

おっと平常心平常心。顔がにやけているのバレたら手ひどく引っぱたかれてしまう。俺は誤魔化すように召喚士に慰めの言葉をかけた。

 

「まあほら、泥はカエルが拭ってくれたから良いじゃないか」

 

「良くないわよ! もう帰る…」

 

「カエルなだけに?   ちょ、わかった悪かったから詠唱始めないでくれ!」

 

 

 

 

「リーダー、召喚士。時間だ」

「来ました…!」

 

と、見張りをしていた剣士と魔法使いの声が飛ぶ。俺と召喚士は急いで立ち上がりその場を離れた。このダンジョンの葉の陰は雨宿りに最適だが、気をつけなければいけないことがある。

 

ドシャァッ!

 

俺達が居た位置に、何かが押しつぶさんと落ちてくる。ここの巨大ナメクジがとる奇襲戦法である。だが警戒していればなんていうことは…。

 

「あれっ? カタツムリじゃない」

 

落ちてきたのはナメクジじゃなく何故かカタツムリ。俺達は眉を潜める。似てるから同じ戦法をとってものもおかしくはないけど…。

 

「ナメクジだったら粘液採れたかもしれないが、カタツムリだと面倒だ。リーダー、ここは…」

 

「あぁ。無視するか」

 

奇襲後で隙が出ているナメクジならまだしも、硬い殻持ちのカタツムリは倒すのが手間。俺達は回れ右して目的地であるダンジョン奥の城へと走った。

 

「なんかあのカタツムリ、殻がおかしいような…?」

 

ただ一人魔法使いだけは首を捻り続けていたが。

 

 

 

 

 

 

「ふいぃ…!やっと到着したわね」

 

襲ってくるカエルたちから逃げ続け、どうにかこうにか城の中へ。バレないようにゆっくり進み、ようやく目的の薬草が生える植物エリアにたどり着いた。

 

「ちょうど警備のカエル達はいないな」

「チャンスです…!」

「カエルに食べられかけた分、貰っていくわよ…!」

 

歩いている最中とは違いやる気満々の仲間達。我先にと駆けていく。あの薬草たちが黄金の山のようにみえているのかもしれない。

 

「そういえばここのダンジョンの主って元人間って噂よね」

「あのカエルの王さまですよね。かなりのイケメンらしいです」

「お伽噺なら愛する者のキスで呪いが解けるというのが相場だがな」

 

花や草木をひとつひとつもぎ取りながら談笑する3人。もはやここがダンジョンの奥地だということを忘れている様子である。俺も一つ乗っかった。

 

「じゃあお前達の誰かがキスしてやればいいんじゃないか?」

 

「「「……」」」

 

一斉に黙りこくった。皆嫌ということらしい。普段カエルとかに食われているくせに。

 

 

 

 

 

「ん? なんだこの宝箱?」

 

そんな中、剣士が何かを発見する。俺達も横から覗いてみると、そこにあったのは謎の宝箱。とりあえず開けてみることに。

 

「空ですね…。あれ、中に何か…?」

 

魔法使いはしゃがみ込み、箱の中を覗き込む。その瞬間―。

 

ベタァッ

「きゃあっ!?」

 

可愛らしい声をあげ、飛び退く魔法使い。何事かと思えば、彼女の顔に赤と青の毒々しい感じな小さおカエルがついていた。…いや普通サイズなんだけど、外のカエルを見てくるとどうも…。

 

「ほら落ち着いて、とってあげるから」

 

俺は手を伸ばしカエルを掴もうとする。と…。

 

「待って!触っちゃ駄目!」

 

突然召喚士が俺を抱き止める。一体何ごとなのかと問おうとした時だった。

 

「あばば…あばばばばばば…」

 

魔法使いはふらつき、バシャンと床に倒れる。見ると、顔が完全に真っ青になって泡を吹いているではないか。

 

「あの色、宝箱に生息し飛び出して攻撃…。間違いないわ!あれはミミックの一種『宝箱ガエル』! 回復魔法無効の強力な毒を分泌するヤバい奴よ!」

 

「くっ…!」

 

急ぎ剣士が剣を振るが、カエルはぴょんとジャンプし回避。宝箱の中へ。すると…

 

「ケロケロ」

「ケロケロ」

「ケロケロ」

 

更に何匹も現れたではないか。俺達は回れ右、ダッシュで逃げた。魔法使い、ごめん…。 が―。

 

 

 

ドスンッ ベシャッ ベシャッ

 

部屋を出る前に立ちふさがったのは騒ぎを聞きつけやってきたここの守護兵。大きなカエル、大きなカタツムリ、大きなナメク…

 

「む? カタツムリが二匹?」

 

剣士がハタと気づく。普通ならばカエルとカタツムリとナメクジがセットなのだけど、今回はカエルと二匹のカタツムリのセット。

 

でも、都合がいい。奇襲の心配がないということだ。こっちには秘策がある。

 

「召喚士、頼んだぞ!」

 

「任せて!」

 

俺の呼びかけに召喚士は詠唱を開始する。そして、ポーズを決めて召喚した。

 

「ジャイアントスネーク、召・喚!」

 

「シュルルルル…!」

 

呼び出されたのは巨大な蛇。牛程度ならば丸呑みできるほどに大きい。だが別に戦ってもらうために呼び出したのではないのだ。

 

「「「「―!」」」」

 

カエル、カタツムリ達、ヘビは見つめ合いビタリと動きを止める。これぞ三竦み(いやこの状況だと4竦みか?)。これでもう襲い掛かられる心配はない。

 

しかしそれだけでは足りない。カタツムリたちの身体が出口を塞いでいるのだ。だけどそれも問題ない!

 

「剣士、ほいっと!」

 

俺は背負っていたバッグから抱えるサイズの袋を取り出し剣士へと投げ渡す。そして自分の分としてもう一つ取り出し…。

 

「「そーれ!」」

バサァッ!

 

袋の中身をカタツムリたちへぶちまける。すると、彼らの身体はどろどろに溶け始めた。そう、これは塩。カタツムリたちはみるみると縮み、入口までの道は開かれた。

 

これで良し。ナメクジ枠が弱ったことで、召喚した蛇がカエルを倒すだろう。あとは魔法使いを回収して帰るだけ。死んでなきゃいいけど…そう思いながら彼女の元へ戻ろうとした、その時だった。

 

ゴロンッ

 

「「「へっ…?」」」

 

謎の異音に俺達は振り向く。なんと、一匹のカタツムリの背から殻が転がり落ちているではないか。唖然とする俺達を余所にその殻はゴロゴロと蛇の方へと向かい…。

 

ギュイッッ!!

「シャァッ…!?」

 

一瞬にして蛇を絞め殺した。そう、()()()()()のだ。…なんで殻の隙間から幾本もの触手が…!?

 

ゴロロロロロッ!

 

「こっち来たぁ!?」

 

蛇を仕留めるや否や、方向転換しこちらへと向かってくる巨大なカタツムリの殻。逃げる暇すらなく、俺達はボウリングのピンのように吹っ飛ばされた。特に俺は…。

 

バクンッ

 

カエルの口の中にストライク。野球の意味の。駄目だこれ、逃げ出せない。諦めて復活魔法陣に還るしか…。

 

でも…あの殻、なんだったんだ…? いや外れたんだから殻じゃない。殻に擬態した何か…。

 

「擬態…。ミミック…!?」

 

いやまさか、あの殻の中身はミミックだったのか!? そういえば見覚えある触手な気がする。もしかして、カタツムリのはずが片方はナメクジだったということか…?

 

ならさっき奇襲をしかけてきたカタツムリも理解できる。あれもナメクジだったのだろう。酷い、殻の有無が誤魔化されたらどっちがどっちかなんてわかるわけないじゃないか…。あ、呑み込まれ…。

 

ゴクリ ケプッ

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

冒険者を全て食べたカエルはケロケロと一鳴き。小さくなったカタツムリとナメクジを咥え近くの水辺へと。

 

巨大殻入りミミックもその横にピタリと止まり、ナメクジ達が回復するのを待つ。むくむくと元の大きさに戻ったのを確認し、ミミックはナメクジの背にペタリと張り付いた。

 

かくしてカエル、カタツムリ、そして本当はナメクジの擬態カタツムリは警備へと戻っていった。

 

 



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顧客リスト№14 『ドワーフの巨大鉱山ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

ガララララ…

 

線路を噛む車輪が盛大な音を立て転がる。それと同時に、私と社長の顔には勢いよく風が吹きつける。

 

気持ちいいんだけど、ちょっと怖い。オオオオッ…と洞窟内を反響する音も響いてくるからだ。まるで巨大な魔物の咆哮みたい…。

 

「ガタンゴトーン。次は鉄鉱脈前、鉄鉱脈前です。ですが止まらず直進いたしまーす」

 

一方の社長はところどころにある看板を見ながら車掌の物まね。子供っぽ…。なんでもないです。

 

 

 

 

今、私達はトロッコに乗っている。ここはとある鉱山内部、その中にアリの巣のように掘られたダンジョンである。名称もそのまま『巨大鉱山ダンジョン』。

 

ダンジョン主の魔物はドワーフ。身長が男女共に1mぐらいと小さく、ガタイが良い。金属を好み鍛冶作業が得意で、槌や斧で戦うあの種族である。

 

他の特徴としては…男性ドワーフの髭は顔を覆うほどもっさりしていることか。いやもう、ほんともっさり。三つ編みとかできちゃうレベルの人達がそこかしこにいる。

 

流石に女性ドワーフには髭を生やしている人は少ない。そもそも生えていないか、剃ってたり脱毛している人がほとんどである。

 

 

そんな彼らは基本的に地下を根城として暮らしている。だからこのダンジョンのようにドワーフが作った洞窟とかは結構各地に点在しているのだ。

 

その中でも、ここはかなり大きい。よほど良質な鉱脈が幾つも重なっているらしく、複数の山、そしてその地下にとんでもなく広がっている。

 

そのため、トロッコ移動は必須。だから私達も一台借りて乗っているのだが…。

 

 

 

「これ本当にトロッコなんですかね?」

 

大きな箱のような形をしたトロッコ、その周囲についている謎装置を見ながら私は首を捻る。普通トロッコと言えば手押しで動かしたり坂を利用して移動するものなはず。

 

しかし私達が乗っているこれ、自走しているのだ。カーブや上り坂なんのその。レバーを弄ればバックだってできてしまう。外面にはどこどこ行きかを示す札まで勝手にセットされている。

 

それらは全て、唸りをあげている謎装置群が成し遂げてるらしい。魔法の力も感じるし…ドワーフって凄い。流石私達の宝箱を作ってくれている人達と同じ種族。

 

 

あ、そうそう。我が社は専属の箱職人としてドワーフを何人か雇っている。大きいの小さいの、ただの木箱から芸術品のように複雑なものまでなんでもござれ。うちに無くてはならない存在だ。

 

まあそんな彼女達の話はまた今度。今はそれよりも…。

 

 

「しゃーちょーう…? なんで今、路線変更用のレバーを動かしたんですか?というか触れなくて良いって言われてましたよね?」

 

頬を引くつかせる私に、社長は自分の頭をコツンと叩き一言。

 

「つい…☆」

 

 

 

 

線路がガクンと変わり、私達の乗るトロッコは別ルートへと。しかもそこには…。

 

「『この先ゴミ捨て場』…!?」

「『谷底につきご注意』ですって」

 

明らかに危険を示す看板たち。早く脱出しようと焦る私を社長はどうどうと宥めた。

 

「まあまあ。このゴミ捨て場の仕組みはさっき聞いたし、大丈夫よ。ほらアスト、そう暴れないで。私ベルトの着用をお願いしまーす♪」

 

にゅるんと社長の手は伸び、触手へと。私の首や頭、胴に纏わりつき、まるで衝撃吸収のクッションのように。

 

「あ。最悪の場合は飛んで欲しいから、そん時はお願いね」

 

「は、はぁ…」

 

触手巻きにされたまま私は頷く。そうこうしているうちにトロッコは速度を増し、危険看板は次々と流れていく。

 

「そろそろね。アスト、舌噛まないようにねー」

 

社長の言葉に私が正面を見ると、もう線路がない。途切れているのだ。その先に見えるのは切り立った崖。トロッコは無情にも突っ込み…。

 

ガガガッ!

 

次の瞬間、トロッコが勢いよく跳ね上がる。前車輪が何かに引っかかり、90度ぐいんと持ち上がったのだ。

 

ガクンと全身を襲う衝撃と圧。社長の触手はトロッコに張り付き、何とか投げ出されずに済んだ。しかし視界は自然と真下を見る形に。

 

「ひえぇ…」

 

これまた底の見えない谷である。社長に止めて貰ってなければ思いっきり投げ出され谷底行きだったであろう。有難い。 …いやそもそも社長がレバー切り間違えたのが発端なんだけど。

 

「意外と雑よね、このゴミ捨て方式」

 

キリキリキリ…と元に戻っていくトロッコをポンポンと叩きながら、社長はそう呟く。確かに。要らない物を全部谷底に投げ捨てるスタイルとは…ドワーフは見た目通り荒々しい。

 

 

 

 

 

「今度は絶対に間違えないでくださいね…?」

 

「わかってるわよー」

 

再度目的地に向け走り出したトロッコの中で、私は社長に釘をさす。と―。

 

ゴオオ…フォン

 

突然耳に入ってきていた音が変わる。周りを囲んでいた洞窟は消えていた。

 

「わぁ!アスト凄いわよここ!」

 

はしゃぐ社長に促され顔を乗り出してみると、そこは先程投げ出されかけた大きな峡谷の上。木や鉄柱を組んで作られた、手すりがほとんどない橋の上をトロッコは通過していたのだ。ちょっとゾワゾワするけど、不思議に綺麗な景色である。

 

…今さっきここに捨てられる寸前だったのは忘れるべきか。

 

 

 

 

 

トロッコは次第に奥地へと。すると新たな音が。コンコンカンカンと小気味の良い採掘音。ドワーフ達の根城に到着である。

 

周囲の様子も大分変わってきていた。至る所につるはしやハンマーが置かれているだけではない。宝箱まで置いてある。採った鉱物のとりあえずの保管場所らしいが…。ミミックを潜ませるには最適である。

 

そしてトロッコはガタンと停車。ようやくの到着である。よいしょと降りた私達を迎えてくれたのは、一際髭が長いドワーフのおじ様だった。

 

「ガッハッハ!ちょいと遅いじゃねえか!途中でなにかトラブったか?」

 

「えぇ、ちょっと…」

 

「やっぱりか!何があったんだ? ほう!ゴミ捨て場に落ちかけたのか。よく死なずに済んだもんだぜ!」

 

またも豪快に笑う彼こそ今回の依頼主、ドワーフの『ドワルフ』さん。このダンジョンの取り仕切り役も務めているらしい。私達は彼に案内され、ダンジョンの奥地へと進んだ。

 

 

 

「あっつい…」

 

が、気づけば私は汗だく。さっきまで普通の気温だったのに何故…? ちらりと自分の服を見てみると、中に着たYシャツは濡れそぼち、肌にぺっちょり張り付いて透けてしまっている。これじゃスーツを脱ぐことすらできない。

 

「近くに鍛冶炉が幾つもあるからな!すまんな」

 

ドワルフさんが言う通り、そこかしこに並ぶ扉の向こうからはムワッとした熱気が。空間が熱で歪んでしまっている。

 

「俺らドワーフにはちょうどいいぐらいなんだが…」

 

肩を竦めるドワルフさん。確かに彼はもっさりとした髭や髪の毛、果てには厚そうな鎧を着こんでいるのにも関わらず、汗一つかいていない。強い。

 

「2人共ちょいと待っとけ」

 

と、ドワルフさんは鍛冶場の一つに入っていく。少しして何かを手にして出てきた。

 

「ほれ、これでも身に着けときな!」

 

手渡されたのはペンダント。青みがかった水晶のような鉱石がついている。

 

「『氷結石』っつぅんだ! まあ溶けない氷みたいなもんだ。首にかけてみな」

 

言われた通りつけて見ると、ひんやりとした感覚がペンダントから伝わってくる。これは気持ちいい‥!

 

「あとこれもやろう。氷結石を使ったハンディサイズの扇風機だ! 冷たい風がぶおっと来るぞ!」

 

「わぁ…!ありがとうございます! えーと…スイッチはここですかね?」

 

受け取ったそれの、出っ張りをカチリと押し込む私。すると―。

 

ブオオオオッ!

 

「強っ…!?」

 

予想以上の強風が吹き出してきた。髪が…! と、社長が…。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ わ゛れ゛わ゛れ゛は゛ミ゛ミ゛ッ゛ク゛だ」

 

「…何してるんですか社長?」

 

「こうやると声変わって面白いわよ!」

 

いや、そんなこと嬉々として言われても…。呆れる私とは対照的に、ドワルフさんはにっこり笑顔を見せた。

 

「ガッハッハ!気に入ってくれて何よりだ!」

 

 

 

 

 

 

カァンカァンと鉄を打つ鍛冶場の一つを私達は視察する。通路に比べて数段階は暑い、いや熱い。滝の様な汗を出し始めた私に扇風機の風をかけてくれながら、社長は近くにあった宝箱をを覗いていた。

 

「いやー、色々ありますねえ。武器や鎧、便利な道具。これは冒険者達が侵入してくるのもわかります」

 

質実剛健なものから、装飾がゴテゴテしたもの。そのどれもがおよそ人間では作れない質をしている。私の能力『鑑識眼』を発動し確認してみると、その箱の中身が同じ量の金貨に置き換わるほど。まさに『宝』箱である。

 

「俺らが作ったものや宝石の類は人間達に卸しているんだがな。人間は欲深だ。タダで入手しようと幾らでも侵入してくる。おかげで警備が手間で仕方ねえ」

 

ドワルフさんはそう溜息をついた。

 

 

 

 

次に案内されたのは、鉱石の採掘場。ようやく暑さから解放された私はほっとする。…なんで社長は大丈夫だったんだろ。暑い日とかは溶けてたりするのに。日光とああいうのは違うのかな。

 

「わっ…!鉱脈が光ってる!」

 

そんな私の思考を掻き消すように社長は叫ぶ。私もそちらを見やると―。

 

「おー…!」

 

ただ光っているだけではない。色とりどりである。灼熱を発するように赤く光っている鉱物もあれば、仄かに脈動する植物のように緑色な鉱物。周囲をパキパキと凍らせているあそこの鉱脈はさっき貰った氷結石のだろうか。

 

そもそも普通の鉱物は普通光なんて発さない。ここにあるのは軒並み『魔法鉱物』である。魔法剣やマジックアーマーを始めとした、特殊な武器防具の素材となる。ということは、当然値段も高い。ここもまた冒険者達が狙う場所であろう。

 

「ここは東西南北の希少な鉱物が偶然集った山でな。俺らドワーフにとっては楽園のようなもんだ。だから出来る限り人間達に荒らされたくねえんだよ」

 

「お任せあれ! ここには宝箱がも木箱もありますし問題ありません。それと念を入れて…。アレも使いましょうか」

 

ドワルフさんの言葉にそう返した社長は何かを指さす。それはそこらへんに転がっているただの大きめな岩。

 

「あれを加工し、ミミックが潜めるようにしちゃいましょう! 本来ならばその箱製造も我が社がやるのですが、ドワーフの皆さんが作って下さるのならばお値段割引いたしますよ?」

 

「そりゃあ良い。別に値段は気にしねえが面白そうだ!乗ったぜ!」

 

「よろしくお願いいたしまーす!」

 

 

 

 

 

「うぇっ!? こんなに頂いちゃって良いんですか!?」

 

場所は変わり、ドワーフ達が寛ぐ酒場。そこで商談をしていたのだが、社長は素っ頓狂な声をあげてしまった。私も言葉を失っていた。代金として提示されたのはドワーフが作った道具類やカッティング済みの大きな宝石。更に魔法鉱物まで。

 

そりゃあ広いダンジョン内に沢山ミミックを配備するから結構なお値段を頂こうとしたが…。何も提示した金額を軽々上回ってこなくても。

 

「そりゃ復活出来るたぁいえ、身体を張って戦ってもらうんだ。これぐらい支払わなきゃ罰が当たるぜ。言うても俺達にとっちゃ、余りものだったり完成しきって手の加えようが無くなったモンなだけだ」

 

ガッハッハと笑うドワルフさん。性格まで豪快である。と、彼はそこで少し声の調子を落とした。

 

「ただよ。冒険者って抜け目なくてな。いざ危険と気づいたらトロッコに乗ってさっさと帰っちまう。そうされるとおたくらのミミックも追いかけられないだろう」

 

「まあそうですね…短距離ならば追いつけたりするんですけど」

 

「だろ? トロッコを止めたり下手に乗れなくすると作業が滞るしなぁ…どうしたもんか」

 

ドワルフさんは腕を組みふぅん…と鼻息を吐く。すると社長はハイっ!と手を挙げた。

 

「一つ妙案があります!」

 

「どんなだい? ほほう…!そりゃあ良い! だがその上位ミミックは大丈夫なのか?」

 

「えぇ。スリルを求める子は沢山いますから。安全性も既に()()()()ですしね…!」

 

へっへっへと笑いあう社長とドワルフさん。ちょっと冒険者が可哀そうになってきた。

 

 



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人間側 とある冒険者クランの全滅

 

 

「確認するぞ!第一から第三パーティーはドワーフの鍛冶場へ向かえ! 第四から第六パーティ―は魔法鉱物の鉱脈だ! 第七から第十パーティーは俺と共にドワーフの牽制だ。今日は稼ぐぞ!」

 

「「「おーっ!!!!」」」

 

ドワーフの『巨大鉱山ダンジョン』前で、俺は指揮を執る。全員のやる気は充分、これは期待できそうだ。

 

 

自己紹介が遅れた。俺達は冒険者ギルドに籍を置く、そこそこ名の通ったクランの一団だ。そして俺はその団長を務めている身である。

 

今日は兼ねてから計画していた、全員でダンジョン探索の日。40人ほどの面子を勢ぞろいさせ、準備万端。いざ突撃!

 

 

 

「いいか! 行きにトロッコは使うな! 到着地点は当然ドワーフがいる、わざわざ配達されるだけだ。帰りの逃走用にだけ使え!」

 

腰に付けたカンテラを揺らしながら、武器を指揮棒代わりに振り各員を動かしていく。かなり広いこのダンジョン、歩いていくのは手間だがリスクを考えるとそっちのほうがいい。

 

 

なにせ相手はドワーフ。持ち前の剛力で大きなハンマーや戦斧を振るい、魔法すらも扱える彼らは強敵。かの弓と魔法の名手な亜人『エルフ』とどっちが強いか論争が起きるほどである。

 

そんな彼らが最も真価を発揮する場所。それは洞窟の中。小さい身体が利となるのだ。

 

つまり俺達は不利な場で戦わなければならない。…そもそも相手の棲み処に侵入しているんだから当然ではあるんだが…。警戒するに越したことは無い。

 

 

そして、だからこそのクランでのダンジョン挑戦。連携をとり、上手く攪乱して対抗すればぎりぎりなんとかなるのである。

 

特にドワーフのダンジョンは実入りが大きい。彼らの作る武器防具は冒険者にとって垂涎もの。たまに市場に並ぶが、お値段は目玉が飛び出るほど高い。

 

逆に言えば、幾つか盗み出すことが出来れば一気に大金持ち。クランを動かす価値は充分にある。

 

 

と、そうこうしているうちに―。

 

「団長、全員が配置についたらしいです」

「少し先の角にドワーフを数名確認。仕掛けられます」

 

団員の報告に俺は頷き、俺は武器をチャキリと構えた。

 

「かかれ!」

 

「「「うおおおおっー!」」」

 

 

 

 

 

「くそぉ…やっぱ強え‥」

 

「洞窟の外ならばまだ有利に戦えるのに…!」

 

奥からわらわらと現れるドワーフ達に、俺達は苦戦を強いられていた。既に幾人か敗れ、士気も下がりかけ。俺は改めて皆を鼓舞した。

 

「考え方を変えろ!俺達がドワーフ達を惹きつければ惹きつけるほど、別動隊はアイテムをゲットできるんだ。拠点に戻ってから楽しく遊びたいならもう暫く踏ん張れ!」

 

「「「くっ…! おおおおっ!」」」

 

良かった、皆やる気を取り戻した。そうほっとする俺の元へ、思いもよらぬ悲報が飛び込んできた。

 

 

 

「だ、団長…! よかった見つけられた…! 大変なんです…!」

 

突然飛び込んできたのは、ドワーフ鍛冶場へ向かったパーティーのリーダーが1人。傷まみれである。俺が落ち着かせるよりも先に、血相を変えて叫んだ。

 

「鍛冶場に向かった第一から第三パーティー…私以外全滅しました…!」

 

「なに…!? 一体どういうことだ!?」

 

「それが…」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「侵入者だ! 大量らしい! 俺達もいくぞ!」

「おう!」

 

武器を手に取り駆けていくドワーフ達。それがいなくなったのを確認し、私達はひょっこり顔を出す。

 

「団長たち、おっぱじめたみたいで」

「じゃ、始めましょうか!各パーティー、それぞれ別の鍛冶場へ向かって」

 

私は号令を出し、自身のパーティーメンバー3人を連れて静かに鍛冶場へと侵入する。炉の火がメラメラと音を立てているが、それ以外に物音はしなかった。

 

「随分あっさりいなくなったな」

「警戒心無いわねー、ドワーフ達。てかやっぱここ暑い…。 お、これかしら」

 

きょろきょろと鍛冶場内を見回すメンバーに先んじて、私は宝箱を開ける。中には武器防具、道具類がたっぷり。

 

「大漁大漁♪ 皆、バッグ出して」

 

手近なものからひょいひょいと詰め込んでいく。と、妙なものを見つけた。

 

「これなに?」

 

変な手持ち棒の先に、小さな風車みたいなのがついているそれをしげしげ眺めていると、メンバーの1人が使い方を教えてくれた。

 

「それ小型の扇風機っすよ。その横のボタンを押せば…」

 

「こう?」

カチリ ブオオオオッ!

 

「わっ風強っ…! あ、でも冷たくて気持ちいい!」

「本当っすね。やけに冷えた風が…」

 

きゃっきゃっと遊ぶ私達を余所に、パーティーメンバーの1人は物色を続ける。

 

「お、ここにも宝箱が…!」

 

新しく見つけたらしく、嬉々として蓋をパカリ。が、次の瞬間―!

 

バクンッ!

「ぎゃっ…!」

 

「えっ何!?」

 

驚いた私達が見ると、メンバーが宝箱に上半身を突っ込んでいた。いや違う!食べられている…!

 

「ミミック…!」

 

武器を引き抜き構える他メンバー。私も…!

 

カチリ フオオオォ…

 

「えっ…?」

 

使っていた扇風機が突然消えた? 勝手に消える機能とかついているの? でも、今スイッチが押された音がしたような…。私がゆっくりと顔を扇風機へとむけると…。

 

「触手…!?」

 

扇風機のスイッチに、というか手持ち棒の一部をぐるりと掴んでいたのは長い触手。どこから伸びているのかと目だけで追ってみると、宝箱の中から。つまり…。

 

「これもミミック…!!」

 

私が叫んだ瞬間、触手型ミミックは箱に入っていた剣を掴み、勢いよく振る。慌てて回避するが、私の後ろにいた、箱型ミミックの方を警戒していたメンバーがズバンと切られてしまった。

 

「リーダー、逃げ…! ぎゃうっ!」

 

残っていた一人も、挟み撃ちされ仕留められてしまった。私はバッグを掴み鍛冶場の外に。

 

「他の皆は…!」

 

急ぎ別の鍛冶場を覗き込んでみるが、唖然。死屍累々なのだ。しかもミミック達、じろりと私の方を見てきた。

 

これはマズい…!私はダッシュで逃げ出した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「と、いうことなんです…」

 

証言を聞き、俺は言葉を失う。まさかミミックが潜んでいたなんて…。

 

「はっ! もしや魔法鉱物の鉱脈にも…!」

 

嫌な予感を感じ取った俺は思わずそう呟く。そしてそれは残念ながら現実のものになってしまった。

 

「団長…! ごめんなさいぃぃ…!」

 

息せき切って現れたのは、魔法鉱物の鉱脈へ向かったパーティーリーダーの1人。予測はつくが、一応聞いてみることに。

 

「…ミミックか?」

 

「そうなんです! 僕以外、全員倒されちゃいましたぁ!」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「よし、ドワーフは一人もいなくなったみたいですね。とりかかりましょう」

 

僕達は採掘場の各地に走る鉱脈へとパーティー毎に近づく。見つからないために消したカンテラをつけ直す必要はない。なにせ鉱脈が光っているのだから。

 

「やった。丁度採掘中だったようで。これを貰っていきましょう」

 

近くの箱に大量に盛られた鉱物をバッグの中に詰めていく。楽な仕事で良かったと、安堵した瞬間だった。

 

ズズ…

「うん?」

 

妙な音を耳にし、後ろを振り返る。しかし何もおらず、ただ岩が転がっているだけ。気のせいか。

 

ズズズ…

「んんん? あの、何か引きずってたりしません?」

 

「いえ? してないですよ?」

 

メンバーに問いかけるも、帰ってきたのはその答え。改めて周りを見回してみるけど、特に変化は無いような…。

 

と、そんな時。どこからともなく、仲間の悲鳴が響き渡った。

 

「あばばばっ…!」

 

まるで麻痺したかのような声である。僕はパーティーメンバーのヒーラーに護衛をつけ、様子を見に行かせた。

 

「リーダー。そういえば商人から『氷結石』の大きめなのが欲しいと」

 

「丁度あそこにあるし、掘っていきましょうか」

 

その場に残ったメンバーからそう言われ、携帯式のノミとハンマーを取り出す。こういう時、鉱脈が光っていると解りやすい。素人でもどこを掘ればいいかわかるから。

 

カチリとノミを鉱石に当て、大きさを量る。

 

「これぐらいでいいかな? せーのっ!」

 

そして勢いよくハンマーを振りかぶった時だった。

 

 

「り、リーダー! 大変です! 『宝箱ヘビ』です! ミミックの一種の! 皆もう噛まれてて…麻痺解除できません…!」

 

岩棚の上から叫ぶ声。さっき差し向けたヒーラーのものである。と、その直後、彼女は更に大きく叫んだ。

 

「リーダー達後ろ!」

 

僕は反射的に剣を引き抜き、後ろに切り付ける。が、しかし―。

 

ギィンッ!

 

勢いよく弾かれ、剣は吹っ飛んでしまった。一体何が…!? 顔を動かし見てみると…。

 

「岩…?」

 

背後にいた、もといあったのは大きな岩。でもこの形見覚えがある。確かさっき、あそこの離れた場所に転がってたもののはず…。

 

「―! もしかして!」

 

バッと身体をのけぞらし、僕は横へ逃げる。それとほぼ同時だった。

 

パカッ

 

岩に突然亀裂が入り、上部分が蓋のように開く。そして…中から幾本もの触手が飛び出てきた。

 

「ぐえっ…!?」

 

回避が遅れたメンバーは瞬く間にグルグル巻きに。僕は慌てて吹っ飛んだ剣を拾いに行くが―。

 

「シャアアアッ!」

 

「危なっ!」

 

それよりも先に、赤と青の極彩色な蛇、『宝箱ヘビ』が飛び掛かってきた。間一髪躱すが、武器が取り返せない。しかも近くの岩の中からうじゃうじゃと湧き出してきた。

 

「り、リーダー…あああば…」

 

ハッと見ると、上にいたヒーラーと護衛メンバーも倒れていく。噛まれてしまったようだ。もう逃げるしかない…!

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ということなんです…。 あ、団長! お気を確かに!」

 

…思わず俺はふらついてしまった。麻痺毒は丸一日は効果が残る。その間にドワーフに見つからないわけはない。死んだも同然だろう。

 

復活魔法の代金、幾らになるのだろうか。それだけではない。失った装備類も結構な量になる。クラン運営資金で足りるか…!?頭を悩ます俺の元に、今度はドワーフと戦っていたメンバーの1人が報告してきた。

 

「団長…! ドワーフが一気に勢いを強めてきました…! もはや牽制役のパーティーは壊滅状態です…!」

 

「ぐぅっ…。お前達、何か盗ってこれたか?」

 

「「少しだけですが…」」

 

逃げ帰ってきたクランメンバーは自身のバッグを見せる。完全なる赤字だが、復活代金の足しにはなるだろう。

 

非常に悔しいが、残った僅かな面子で戦い続けるのは愚行。俺は全員に号令をかけた。

 

「これより帰還する! 全員自走式トロッコまで走れ!」

 

 

 

 

「待てゴラァ!」

「ドワーフ舐めるんじゃねえ!」

 

斧やハンマーを構え怒涛の勢いで追いかけてくるドワーフ達から必死に逃げる。何人かは途中でやられてしまったが、なんとかトロッコに飛び乗れた。

 

「出せ!」

「はい! えいっ!」

ガコンッ ガララララ…!

 

レバーが引かれ、トロッコは走り出す。ドワーフ達の怒声は次第に遠ざかっていった。一安心である。

 

「ふぅ…。酷い目に遭ったな…」

「まさかあんなにミミックがいたなんて…」

「でも、トロッコに乗れたからあとは入口まで一直線ですね…!」

 

戦果は芳しくないが、とりあえず助かったことに俺達は喜ぶ。が…。

 

「いいえ、お喜びのとこ悪いけど」

「行き先はダンジョン入口じゃないわよ」

 

 

謎の女声に身を震わす俺達。が、既に遅かった。トロッコに乗った全員の身体があっという間に触手絡めにされてしまったのだ。

 

「はぁい。冒険者の皆さん」

「ようやくトロッコに乗ってくれたわね。待ってたわよ」

 

嘲笑うように俺達に顔を見せたのは、上位ミミック達。トロッコ内部に既に潜んでいたらしい。だがしかし―。

 

(拘束が弱い…!)

 

幾人も同時に縛っているからか、触手の締め付けが甘いのだ。これならば抜け出せないことは無い。隙を見てミミックを倒せば…!

 

(いくぞお前達)

(はい団長、せーの…!)

 

目だけで会話し、調子を合わせ暴れ出そうとした…その時だった。

 

ガコンッ!

 

「「「わっ…!?」」」

 

突然トロッコの動きが変わる。見ると、上位ミミックの一匹が路線変更用のレバーを弄っていた。

 

「まさかドワーフ達の元に…?」

 

「ハズレ。こっちよ! 一緒にスリル味わいましょう!」

 

ガコンッガコンッ!

 

どんどんと道は変わっていく。ふと、看板が目に入る。そこに書いてあった文字は、『この先ゴミ捨て場』。そして…。

 

「「「『谷につき、落下注意』…!?」」」

 

 

 

「正解! コホン…。 えー、次はゴミ捨て場、谷底行き、谷底行きでございまーす。皆様、お忘れ物なきよう」

 

「あ、忘れてた。盗んだもの返してもらうわね」

 

せっかくゲットした武器や魔法鉱物までもミミック達に奪われ、もはや成す術無し。そんな間にもトロッコは直進し―!

 

ガガガガッ! グオンッ!

「「ひゃっほっー!」」

「「「わああああっ!!?」」」

 

車体後方が跳ね上がり、俺達は勢いよく空中へ放り出される。これ絶対死ぬ…! あれ…!触手が解けてる…!?

 

ひゅううと落下していく中、俺は捉えた。90度立ち上がったトロッコの中、上位ミミック達がぺったり張り付き吹っ飛ばされるのを堪えているとこを。

 

「じゃーね冒険者達!」

 

彼女達に手を振られ、俺達は成すすべなく谷底へ落ちていくしかなかった。

 

 



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顧客リスト№15 『土地神の縁日ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

暑かった太陽はつい先程沈み、うだるような暑さもどこかへ隠れた。代わりに明るく照らすは、そこいら中にぶら下がった色とりどりの提灯群。そして聞こえてくるはチャンカチャンカと小気味よい祭囃子と、他屋台の呼び声。

 

やっぱりこの雰囲気はどこか心をくすぐるなぁ…そう思いながら佇んでいた私の元に、男の子の声が。

 

「おねーさん、チョコバナナくださいな! この普通のやつで!」

 

「はーい!200G(ゴールド)でーす!」

 

元気に返した私は、作ってあったチョコバナナを一本抜き取る。そして少し身をかがめ、ゴブリンのデフォルメお面をつけた浴衣姿な男の子にそれを手渡した。

 

その子は楽しそうにお面をちょっとずらし、口元だけ出してパクリと頬張ってくれた。

 

「美味し~い!」

 

「ありがとうございまーす」

 

 

 

本日、私アスト…というか社長含むミミック派遣会社の有志メンバーはとあるダンジョンのお手伝いに来ている。

 

え? なのになんで屋台でチョコバナナを売っているのかって? だって、そういうダンジョンだもの。

 

 

 

ご存知の通り、ダンジョンには様々な種類がある。だが、それらは基本的に常設。魔物達が棲み処にしていたり、何か目的があって作られたものなのだからそれは当然のこと。

 

しかし中には一年の間に一回ないし数回だけ、又は数年越しに一度だけといった頻度で突然に現れる不思議なダンジョンが存在するのだ。

 

それらは俗に『期間限定ダンジョン』と呼ばれている。『イベントダンジョン』と呼ぶ人もいるけど。

 

 

そして、私達が今参加しているのは『縁日ダンジョン』。一年に一回開催型のダンジョンである。

 

ダンジョンとはいっても特に洞窟の中や建物の中ではなく、完全野外。様々な屋台や、食材や道具が入った箱や樽が壁替わりになっている一風変わった代物である。別に行こうと思えばその後ろにある土手や野原にも行ける。

 

それただのお祭りじゃ? そう思った方もいるだろう。ぶっちゃけその通り、ただのお祭りである。でも、違うところがある。それは…。

 

「ようそこのホブゴブリン達。綿あめはどうだ?」

「甘イ雲! 買ウ買ウ!」

 

「む、そこの御仁。我らがエルフ式射的を試してみないか? 使うのは勿論弓だ」

「へぇ…! 俺もそこそこ腕に自信があるんだ。試させてもらうぜ!」

 

「わっ!アンタ爪で型抜きするのかい?」

「えぇ、私は獣人ですから。この方がやりやすい…あっ」

「まあそりゃ砕けるよねぇ…」

 

「嘘! ドワーフのお爺さん、こんな綺麗なアクセサリーこんな安くて良いの!?」

「いいぞい。余った鉱石で作った物じゃからな。なんならそこで売ってるビールと交換でも構わんぞ?」

 

なんと、人魔合同なのだ。この近辺には争いを好まない魔物達が数多く棲んでおり、そんな彼らがお客や出店側として参加している。少なくとも人間と同数はいるだろうか。誰も彼も楽しそうである。

 

 

実は我が社、このダンジョン(お祭り)には臨時の日雇いという形で毎年参加している。ミミックとして、ではなく純粋な賑やかしとしての側面が強いのだけど。

 

だから私の恰好も普段のスーツとは違い法被姿。だいたい暑い日に開催されるダンジョンだからこの格好は心地よい。でもちょっとサラシきつく巻き過ぎたかも…なんか胸がキツい…。

 

因みにミミン社長はというと、あっちのほうで焼きそばを作っている。法被に加えねじり鉢巻きまで締めて。

 

「はいはーい! ミミック特製『宝箱焼きそば』は如何ですかー!美味しいですよー!」

 

遠くともその溌剌とした声が聞こえてくる。宝箱に入ったまま小さい身体ながらも健気に、時には手を長い触手状に変えて同時タスクをこなしながら豪快に焼きそばを作り上げていく様子は人間魔物問わず惹きつけ、常に人だかりが。これが社長ゆえのカリスマ…なのかな?

 

そしてこの日のためにわざわざ作った宝箱を象った使い捨て容器に盛り、次々と売り捌いていく。

 

「今年もミミンちゃんに売り上げは勝てねえなぁ」

「んだなぁ。俺らも食いたくなってきたな」

 

周りの屋台からもそんな声が聞こえてくる。流石は我らが社長である。

 

 

 

先程も述べた通り、この祭りには我が社の有志達…つまり他ミミックも参加している。上位ミミック達は1人、又は複数人で。下位ミミック達は他の人間や魔物達と協力して働いているのだ。

 

例えばあそこの串焼き屋では、触手型ミミックが串をくるくる回してお肉を焼いている。あっちの射的屋では、群体型ミミックの蜂や蛇が落ちた矢や弾を回収している。

 

宝箱クジと銘打って、本来群体型ミミックが出入りする穴から紙クジを引かせている上位ミミックもいる。なお当たり枠は私達が契約したダンジョンから貰った様々な道具類だったりする。

 

向こうの金魚すくいでは、これまた上位ミミックが手をポイ状にして実演を…いやでもわざわざ水槽の中に身を沈める必要はないのでは…?確かに広義的には水槽も箱だろうけど…。

 

 

と、少し離れた広場からアナウンスが響いてきた。

 

「はーい、ゴブリン達のえっと…『楽シイダンス!』でした。可愛らしかったですね。 お次は毎年恒例、ミミック達による『宝箱の舞い』です!」

 

アナウンサーの声に合わせ、ぴょこたんぴょこたんと現れたのはご存知宝箱型のミミック達。鳴り響く音楽に合わせぐるぐると箱…もとい身体を回転させ、蓋…もとい口をパカパカと開け閉めしながら櫓の周りを踊り回る。

 

「いいぞーミミック達!」

「いつ見てもふしぎなおどりねぇ。でもこっちまで楽しくなっちゃうわ」

 

箱が踊り狂うという珍妙さが受け、場はかなりの賑わいを見せる。出し物も大成功でなによりなにより。

 

 

 

 

 

え?いくらお祭りとはいえ、所詮は人間と魔物、争うこともあるんじゃないか? そこはご安心あれ!このダンジョンでは喧嘩、盗み、騙しといった問題行動の類はご法度なのだ。どういうことかというと―。

 

 

「あぁ? テメエぶつかってきたろ!?」

「はあ?お前が先だろ!」

 

丁度良く酔っ払いが喧嘩を始めた。と、次の瞬間…。

 

バチィッ!

 

「「あばばばっ!!!?」」

 

どこからともなく振ってきた雷に打たれ、真っ黒こげになる酔っ払い達。別に死んではいない。最も、ダンジョンという形をとっている以上死んでも復活できるが。

 

バチィッ!

 

「ぎゃあっ!」

 

と、別なところで落雷。そしてその直後に誰かの叫び声。

 

「あー! それ私の財布!」

 

どうやら盗人が天罰を食らったようである。 まあこんな感じに、人魔問わず、悪いことをしたら即座に裁かれる珍しいダンジョンとなっている。

 

そのせいか、冒険者ギルドのこのダンジョンにつけられた危険度は『ランク外』。全く危険がないと認識されており、一般の人達も出入りできるのである。

 

 

 

因みにその『裁き』を下しているのがこのダンジョンの主にして今回の依頼主、この辺りの土地神『トコヌシ』様である。

 

そう、神様。普段は近くの社で過ごしているらしいが、毎年この日には近くの人や魔物を集めお祭りを開くことを楽しみにしているのだ。

 

なにせ神様だから、自分の守護する領地内なら何でもできる。巨大な結界を張りダンジョンを作ることも、悪者を感知しひっ捕らえることも、天候を操ることだってお茶の子さいさい。今のとこ祭りの開催率は100%だと聞き及んでいる。

 

 

え、その神様はどこにいるかって?そこにいる。今チョコバナナを買ってくれて、横でもぐついているゴブリンお面をつけた浴衣姿の男の子。彼がトコヌシ様である。

 

 

 

「ご馳走様! 縁日の開催前に毒見として一通り食べてみた時も思ったけど、ミミック派遣会社の子達が作る食べ物軒並み美味しいね!」

 

「お褒めにあずかり光栄です!」

 

そう言ってくれるトコヌシ様に、私はぺこりと頭を下げる。が、それは止めてと言われてしまった。

 

そうだった、トコヌシ様は縁日を一人の村人として楽しむのが好きらしく、わざわざお面と浴衣で変装して来ていたのを忘れていた。

 

 

と、彼は口の周りについたチョコを拭いながら首を捻った。

 

「でも去年より全体的に美味しくなってる気がする。バナナとか特に」

 

「それがですね、ちょっと前に我が社と契約しましたアルラウネの方々が農園ダンジョンを営んでまして。このお祭りの話をしたら是非にと沢山果物とかを貰ったんです。ほらあそこの屋台の方です」

 

私が指さした先には、アルラウネのローゼさん達が営む屋台が。彼女達はリンゴ飴を始めとした各種果物飴を売っていた。中の果物も飴に負けない甘さと程よい酸味があると話題となり、かなり列が出来ている。

 

「他にも蜂蜜貰ったのでレモネードとか、同じく貰った海産物でイカ焼きやたこ焼きとか…」

 

「食材での取引多いんだねー」

 

出店した屋台の種類を指折り数えていた私はトコヌシ様の言葉にハッとなる。そういや最近輪にかけて多い…! そんな私の様子をケラケラと笑い、トコヌシ様はお面を被り直した。

 

「今度はミミン社長の焼きそば買いに行こうっと。じゃあねアストちゃん、いや…『魔族のおねーさん』」

 

またも村の少年を演じるトコヌシ様は、パタパタパタと別の屋台へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

楽しい時はあっという間に過ぎるように、祭りも気づけば大詰め。そんな折、私と社長は縁日を楽しむ客側に回っていた。

 

「いやー今年は2人揃ってこの時間に休憩シフト入れられて良かったわね!」

 

お祭り仕様な宝箱の中で、手にかき氷とフランクフルトを持ったまま社長はぐぐっと伸びをする。彼女はさっきまでの法被鉢巻きスタイルではなく、薄ピンクを基調とした可愛らしい浴衣を着ていた。頭につけている宝箱を模したお面も相まり子供感半端ないとは言ってはいけない。

 

かくいう私もせっかく社長と過ごすのだからと、法被から水色チックな浴衣へお着替えしている。ようやく胸の締め付けから解放され一息つけた…。

 

「はいアスト、あーん」

 

「もぐっ。うーん…!働いた後の縁日グルメはしょっぱくて効きますね!」

 

「ほんとね! 嫌というほど嗅いだソースの匂いも客側になると欲しくてたまらなくなっちゃう!」

 

私は社長の宝箱を抱っこしているため、手はほとんど使えない。だから代わりに社長が私に色々食べさせてくれるのだ。 2人分の食べ物飲み物は当然箱の中、社長の隣。そのための『お祭り仕様』な宝箱なのである。

 

 

ふと、私は思いついたことをそのまま社長に問う。

 

「でも社長、毎年思うんですけど社長特権とかでシフト弄れば良いんじゃ…」

 

「それは駄目。だって出来ることなら皆この時間に遊びたいでしょうしね。そこは平等に抽選で、よ。屋台の中で()()を見るのも乙なものだけど…やっぱり浴衣着て良いとこで観賞したいもの」

 

でも今年は持ち前のくじ運で勝ち取ったわ!と、フフンと胸を張る社長。私は思わず弄ってしまった。

 

「その割にさっき引いていたくじは…」

 

社長はそれに言葉で返さず、くじで貰った吹き戻し(ハズレ枠)をぴゅーと吹き誤魔化した。

 

 

 

 

「ところでアスト…」

 

「はい? なんですか社長、そんな神妙な顔をして…」

 

「貴方、もしかして浴衣の下に何もつけてないの? 箱に当たる貴方の胸、いつも以上にむにゅっとしてるのだけど」

 

「えっ!? だって浴衣を着る時は下着を纏わないのが正しい着方なのでは…!?」

 

「いやそんなルールないわよ。 あーホントだ、せっかく巻いていたサラシまで外してるじゃない。擦れるでしょ?」

 

「うっ…少し…。社長着ているんですか?」

 

「勿論、ほら」

 

チラリと中を見せてくれる社長。確かにスポブラみたいなのを着ていた。うう…なんか急に恥ずかしくなってきた。

 

「全くもう…誰に聞いたの?」

 

「それが着つけてくれた人間の方に…。サラシがきつかったのもあってつい…」

 

「騙されたわねー。あ、でもトコヌシ様の天罰が下ってないなら善意だったのかしら。人間はそれが普通なのかもね。 ん…? 貴方もしや下も…?」

 

「いえそれは流石に履いてますよ!」

 

頬を若干赤らめながらツッコむ私であった。

 

 

 

 

 

着崩れなければ問題ないですから!と半ばやけくそに社長を黙らせ、私達は川付近の広場に。既にそこには浴衣を着た人間や魔物達がわいわいと集っていた。

 

何故ならこの縁日ダンジョン最大のイベントを見るにはうってつけの場所だから。祭り、夜、川沿いといえばそれは…。

 

ドォーン…!

ドォーン…! パラパラパラ…

 

空気を太鼓の如く震わせるのは大きな大きな爆裂音。それと同時に夜空に輝くは極彩色に煌めく大輪華。

 

そう、花火である。

 

 

 

「綺麗…!」

 

ほうっと感動の溜息をつく社長。ふと私は思い出し、社長に話を振った。

 

「花火職人さん達が使っている打ち上げ筒も、私達が提供した物でしたよね」

 

「そうよー。どれだけ雑に扱っても壊れない我が社のミミック箱、その筒バージョンをお渡ししたわ。まあ作ったのうちのドワーフ達だけどね。今頃彼女達もどこかで花火見てるでしょ。…それにしても、混んできたわねー」

 

花火の音を聞きつけ、お客はどんどんと増えていく。その分騒がしくなり、花火もちょっと見にくくなってきた。

 

特に社長は背伸びして辛そうである。地面を這いずる他ミミック達は先頭集団に出て鑑賞を続けることも可能だが、社長は私が抱っこしているためそれが出来ない。

 

降ろしてあげるべきかと逡巡する私だったが、社長は突然振り返り私の方を見た。そしてにんまり笑った。

 

「今こそ社長特権を使うわ! アスト、打ち上げ花火、下から見るか横から見るか?」

 

「横から…あぁ!わっかりました!」

 

社長が言いたいことを理解した私は、ばさりと羽を広げ飛び立つ。ぐんぐんと高度をあげ、誰もいない空中へと止まった。

 

 

 

そこは誰もいない特等席。静かで、ゆったり。夜風が涼しく、首を上げ過ぎて痛めることもない。なにせ花火を真横から見られるのだから。

 

「あ! あれ宝箱型ミミックの形をした花火じゃない! 職人さん粋なことしてくれるわねー!」

 

次々と打ち上げられてくる花火を見てはしゃぎにはしゃぐ社長。どれだけ騒いだとこで周りの迷惑にならないのは嬉しい。と―。

 

「こんばんわ、おねーさん達!」

 

「「あ、トコヌシ様!」」

 

ふわりと横に飛んできたのは先程のお面をつけた男の子、もとい土地神のトコヌシ様。彼は目の前の空に向けて手を一振り。すると花火の煙は一瞬にして散り散りになった。流石神様。

 

 

 

「ミミン社長、アストちゃん。今日は有難う。おかげで良い一日を過ごせたよ」

 

花火の音響く中、トコヌシ様は依頼主(神様)として私達にお礼を言ってくれた。社長もそれに返した。

 

「いえいえトコヌシ様! 私達もたっくさん楽しませてもらいました!」

 

これは丁度良い機会、私はトコヌシ様に兼ねてからの疑問をぶつけてみた。

 

「そういえば、何故このお祭り…もといダンジョンって人魔合同なんですか?」

 

その言葉を聞き、トコヌシ様はお面を外す。そして眼下で花火を楽しむ人々を眺めながら微笑んだ。

 

「人間も魔物も、僕にとっては同じ大切な命。僕がこの地に神として生まれ落ちた日に、皆揃って楽しんでくれているのを見るのが一番嬉しいんだ」

 

ドォーンと一際大きな花火が炸裂し、トコヌシ様の横顔が鮮明に映し出される。それは神様らしい神秘的で、子供の様に無垢で純粋な笑顔だった。

 

 



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人間側 とある村娘の疑心

 

 

「設営用の資材は揃ったか?」

「屋台分は大丈夫だ。櫓はどうした?」

「とうに建設に取り掛かってるぞー!」

 

汗だくなおじさん達の声が響き渡る中、私は近くの木の陰からこっそりその様子を覗く。炎天下だが、ここに居れば大丈夫。

 

 

私の名前は『エマ』。近くの村に住む、どこにでもいる普通の女の子。まあ、良くお転婆って言われているけど…そんなの今はどうでもいいか。

 

今日は近くの(やしろ)におわします神様『トコヌシ様』の降誕を祝う縁日の開催日。神力により、社前の広場からぐわっと結界が張られ辺りはダンジョンに。

 

と言っても、別に目に見える形でダンジョンとなったわけじゃない。要は参加する人の安全確保のためなんだって。死んだら近くの教会で復活できるみたいだけど…そんなの試したくない。絶対痛いもの!

 

 

 

…え、何をしているのかって?そんなの見ればわかるでしょ? 見張っているの。

 

見ているのは汗蒸れなおじさん達、じゃない。そのおじさん達に紛れている…。

 

「獣人さん、そっちをもう少し引っ張ってくれ」

「こうか?」

「そうそう。よし、ゴブリン達頼むぞ」

「マカセテ! カンカンキンキンスル!」

 

そう、魔物達。ダンジョンに魔物が付き物なのが当然なように、彼らは毎年どこからともなく現れるのだ。

 

そして暴れる…ということは今まで見たことは無い。何故か皆お祭りに協力的。私の村の人達も、他の村の人達もそれを受け入れているけども…。

 

私は騙されない! 村にたまに来る冒険者の人が教えてくれるんだもん、魔物はダンジョン攻略の邪魔をする悪ーい奴らだって。

 

絶対、彼らには何か裏がある!きっと心の奥底で恐ろしいことを企んでいるに違いない…!具体的に何かと言われるとそれは…わからないけど…。

 

 

と、とにかく! その尻尾を掴むためこうやって陰から見張っているの。決してお祭りの準備手伝いから逃げてきたんじゃない。皆に配るためのおにぎり作りに飽きたわけじゃないから!

 

 

 

 

 

「暑う…」

 

太陽は気づけば真上。お昼時。いくら木の裏に隠れていても暑いものは暑い。喉乾いたしお腹も空いたけど、お母さんに怒られるから戻れな…コホン、魔物を見張らなきゃいけないから戻れない。

 

 

と、そんな時。設営に勤しんでいるおじさん達の元に、大きな袋を幾つも持った女性が空から降りてきた。尖った角、細い尻尾、背から生える羽…間違いない、悪魔族だ…! でも他の人達と同じく法被着てる…。

 

「皆さーん! 昼食をお持ちしましたよー!」

 

「おぉ!アストちゃん! ありがてえ!重かったろ!」

 

「いえ、これぐらい!いつも社長を持ってますし。…いや別に社長が重いってわけじゃないんですけど」

 

「ははっ、まあ確かにあの人?は軽そうだけど、箱は重そうだしな。 おっ!この水冷た!」

 

「魔法で冷やしときました!」

 

そんな会話が聞こえてくる。いいなぁ…私も水飲みたい。でも…。

 

ヒヤッ!

 

「きゃううっ!?!?」

 

突然頬に冷たいものが触れ、私は素っ頓狂な声を出してしまった。一体何!?そう思いバッとそちらを見やると、そこには宙に浮いた冷たい水筒…。

 

じゃない! よく見ると、ピンクの触手が巻き付いている。それを辿っていくと、少し下の方に法被を着た女性魔物の姿があった。いつの間に…!?何も音がしなかった…!

 

「エマさんですね! こちら貴方のお母さんからでーす!」

 

ちびっこのような姿の女魔物は快活な様子でお弁当を手渡してきた。おずおず受け取ってしまう私。あれ、よく見るとこの子、宝箱に入って…。

 

「もしかして…あなたミミック!?」

 

「お、正解です!私はミミン、今日はいっぱい楽しみましょう!」

 

にへっと笑うと、ミミンと名乗ったミミックはすいいっと屋台設営現場に。凄い…結構早いのに全く移動音が出てない…。

 

彼女はあっという間におじさん達に元にたどり着き、弁当を届けた魔族に膝カックンを仕掛けた。

 

「こらーアスト! 誰が重いって?」

 

「ひゃっ! 社長いたんですか!? てか聞こえてたんですか!?」

 

「箱に潜んで冒険者を狙うんだもの、ミミックの耳は地獄耳よ。舐めたら怖いわよぉ」

 

…楽しそう。 あ、このお弁当、本当にお母さんのだ。

 

うーん…ミミックって魔物の中でも人を騙してくる一番陰湿で悪い奴だって冒険者から聞いてたんだけど…。あんな朗らかなものなの…?

 

 

 

 

 

 

 

日も傾き、祭りの準備も大詰め。至る所に屋台が並び、提灯がかけられる。

 

いい加減にしなさいとお母さんに怒られ、私は荷物運びのお手伝いに戻っていた。

 

 

「よいしょっと…。えーと…スライムさん? これはここで良いんですか…?」

 

「およ?わぁ!ありがとう! お礼に一個いる?」

 

「え゛、な、何ですか?」

 

「おもちゃのスライムだよ。スライムが作ったスライムって面白いでしょ!売り物だけど内緒で一個あげるよぉ。大丈夫、服とか溶かさないから」

 

「は、はぁ…」

 

どうしよう、変なの貰っちゃった…。弟にでもあげるか…。

 

 

 

「…結構面白いかも…!」

 

貰ったスライムをいじりながら私は来た道を戻る。これ意外と手に絡まなくて楽しい…! と―。

 

「はーい通るわよー!どいたどいたー!」

 

「へ?」

 

遠くから聞こえてくる女魔物の声に、ひょいと顔をあげる。すると道の正面から…大量の箱や樽が迫ってきていた。転がって?いいや、すいいっと横移動してである。

 

「うわわ…」

 

慌てて端に逃げた私の横を次々と通過していく箱群。なんとも珍妙な絵面である。台車に乗っているわけでなく、箱に車輪がついているわけでもない。なんで動いてるの…?

 

「あっ…!」

 

チラッと見えた。それらの蓋の隙間から顔を出しているのは、さっきお弁当を届けてくれたミミンさんみたいな魔物。ということは…あれもしかして…。

 

「流石ミミックだ。どれだけ重い荷物が入っている箱でもあんな風に動かせるたあなぁ」

「腰痛める必要が無いの本当有難いよ」

 

近くにいたおじさん達がそう笑ってる。やっぱりミミックなんだ。良いんだ宝箱じゃなくても…。

 

 

 

「気をつけろー! 屋台が通るぞー!」

 

「へ??」

今度は何? えっ…嘘…!?

 

ズズズズ…!

 

「屋台が…そのまま移動してる…!?」

 

完全に組み立てられた屋台が道の真ん中を動いていってる…!! どういうことなの…!? 

 

唖然として眺めていた私を余所に、その屋台は空いていた敷地にピタリと収まった。そして、屋台の下の食材とか入れる隙間から何かがひょっこりと姿を現した。

 

「ふう! 人間さん、この辺りでいーい?」

 

「おう!ばっちりだ!ありがとよミミックちゃん!」

 

…屋台も箱判定で良いの…!? いやてか、そもそもどうやって動かしてたの!? 混乱してきた…。

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあって…」

 

「なにそれ面白!てか何かあってもトコヌシ様が守ってくれるから大丈夫でしょ」

 

日が暮れたところで、とうとう祭りの始まり。浴衣に着替えた私は友達に昼間のことを愚痴っていた。あ、幸い後半お手伝いをしっかりしたからお小遣いは充分に貰えた。

 

まあそりゃ彼女の言う通り、何かあったらトコヌシ様が何とかしてくれるだろうけど…。なーんかもやもやする。魔物なのに人間のお手伝いって…。

 

そんな私の気持ちを察したのか、友達はやれやれと言った感じに肩を竦めた。

 

「そんな心配なら魔物が作った食べ物でも食べて見ればいいじゃん!全部美味しいよ? トコヌシ様が毎回危険が無いか確認してくれてるみたいだし」

 

「えーでも…」

 

「エマったら毎年人間が作ったものしか買わないよね。ほら、今年から挑戦してみようよ!」

 

「あっちょっと…! 浴衣がズレちゃう…!」

 

 

 

友達に引っ張られ、とある屋台前に連れてこられた。そこに書かれていた文字は…。

 

「宝箱焼きそば?」

 

「そう! ここ毎年美味しくて人気なんだよ。箱も可愛いの! すぐ混んじゃうから先に頼むのが通の食べ歩き方ね。 すいませーん!二つくださいな!」

 

「はい毎度ー! あら?」

 

「あっミミンさん!」

 

なんと焼きそばを作っていたのはさっきお弁当を届けてくれたミミックのミミンさんではないか!向こうも私を覚えてくれていたらしく、嬉しそうな声をあげてくれた。

 

「エマさんじゃないですかー! お祭り楽しんでってくださいね! サービスでちょっと多めに入れちゃいます!」

 

手を複数の触手に変えたミミンさん。麺をガッシャガッシャと炒めながら、容器に出来たものを詰め紅しょうがを乗せをほぼ同時にこなしていた。

 

「本当に宝箱だ…」

 

なるほど、普通なら淡泊な使い捨て容器が宝箱のような形になっている。捨てるの勿体ない…。ミミンさんが作ったものなら多分大丈夫だし、恐る恐る口に…。

 

「! 旨っ!」

 

 

 

 

 

それから私はタガが外れたかのようにお祭りを楽しんだ。

 

魔族のお姉さんが作ったチョコバナナや、お花の魔物が作ったリンゴ飴。レモネードに串焼き、たこ焼き、かき氷。どれもこれも魔物が営んでいた屋台だったのだけど、どれもこれも外れ無し!

 

食べ物以外の屋台も勿論存分に。エルフの射的やドワーフのアクセサリー売り場、型抜きに金魚すくい! ミミックのくじ引きで箱に手を入れた瞬間触手に絡まれたのはちょっとビビったけど。

 

そしてそして、広場で魔物達の踊りを鑑賞。ついでに一緒に踊りもした。ミミックのダンス、カパンカパン蓋の音が良いリズムを奏でてつい手拍子を合わせちゃった。

 

「やっぱエルフの人はどんな服着てても艶やかだねー」

「ホントホント、エロいよねー!」

 

しまいには魔物達の浴衣姿をウォッチング。自分でも思うがやりたい放題。でも、これぞお祭り!楽しい!

 

 

 

 

 

『―これにて、本日全ての演目が終了いたしました。皆様、お気をつけてお帰りください』

 

「花火綺麗だったねー!」

「ねー! あの宝箱のやつ凄かった!」

 

興奮冷めやらぬ中、私達は家への帰路につく。もう全ての屋台は店仕舞い済み。その光景はどこか寂しく、ちょっと胸がきゅっとなる。

 

「あれ?」

 

ふと、空を見上げていた私は何かがトコヌシ様の社へと降りていくのを見つけた。あの羽は悪魔族…?何か抱えていたような…。

 

「どうしたのエマ?」

「ごめん、先帰ってて!」

 

友達が止めるのも聞かず、私は社へと向かう。社を囲むちょっとした林に身を潜め、様子を窺ってみる。

 

(えっ、あれって…)

 

そこにいたのは、祭りの実行役員を務めていたおじさん達。その向かいには、昼間昼食を運んできて、さっきはチョコバナナを売っていた魔族の女性。彼女が抱えているのは宝箱。その中には…。

 

(ミミンさん…!)

 

 

 

 

「今日はお疲れ様でした! ではこれをどうぞ!」

 

魔族女性の腕の中からトスンと降りたミミンさんは、箱の中からニョッと取り出した大きな袋を実行役員のおじさん達に渡す。その中身は…。

 

(お金…!?)

 

なんと、大量の金貨。もしかして、これは何かの裏取引現場…? やっぱり魔物は悪い奴ら…!?

 

が、受け取ったおじさん達はどこか申し訳なさそう。

 

「毎年いいのかいミミン社長? これアンタらミミック達の屋台の売り上げだろ?」

 

「良いんですよ、私達の派遣代金や道具代諸々は引いてありますから! 来年のお祭りの予算にしちゃってくださいな!」

 

「一日分の派遣代金ですからそう高くありませんし、今回は食材代もほとんど浮きましたしね」

 

悪魔族の女性もミミンさんに同調する。 …あれ、なんであの人ブラしてないんだろ。

 

あ、もしかして…!さっき魔物の浴衣着つけを手伝ってた親戚の叔母さんが『なんか胸を絞めつけ過ぎていた悪魔族の人に、良かれと思って下着外すことを勧めた』って言ってたけど…あの人のことか!

 

 

「でもなぁ…なんか悪いよ」

 

実行役員のおじさん達はまだ受け取るのを渋ってる。するとミミンさんがトドメの一言。

 

「そんなお気になさらず!ウチの子達はお金よか食べ物のほうが好むんですよ。 今頃皆さんから貰った余り食材を使って会社で二次会開いてますから!」

 

それではまた明日、お片付けの時に! そう言い残し、ミミンさんと悪魔族女性はどこかへ飛び立っていった。

 

「あー楽しかった! ところでアスト、胸だいぶはだけてるわよ」

「えっ? きゃっ! もっと早く教えてくださいよ!」

 

なんかそんな声が聞こえてきたけど。

 

 

 

 

 

おじさん達もお金の詰まった袋を手に帰り、辺りには誰もいなくなった。とりあえず私も帰ろうと踵を返そうとした、その時だった。

 

「わっ!」

 

「きゃああっ!!? だ、誰!?」

 

突然背中から声をかけられ、私は腰を抜かしてしまった。そこにいたのは、お面を被った浴衣姿の男の子。彼は楽しそうにケラケラ笑った。

 

「ひーみーつ! ねえエマちゃん、昼間からずっとミミン社長達を見張ってたみたいだけど、どう感じた?」

 

「えっ? えっと…皆悪い魔物じゃないかなって…」

 

「そう思ったなら、それが正しいよ。 勿論世の中には悪い魔物もいるだろうし、ミミン社長達もお仕事の時の顔は違うかもしれない。でも、お祭りの時だけは来た魔物達と仲良くして欲しいな。人も魔物も、僕にとっては同じ命なんだから。来年も楽しんでね」

 

「へ…あ、はい…。  えっなんで私の名前…!それに昼間のことを…!」

 

ようやく気付いた私は目をぱちくりさせる。が、そのひと瞬きの間に男の子は姿を消していた。

 

「あれっ…!? どこに!?」

 

辺りをぐるぐる見回しても、誰もいない。というか足跡すらない…!もしやお化け…!?

 

と、その時、社が仄かにボウッと光った。まるでここだよと言うかのように。もしかしてもしかして…

 

「今の…トコヌシ様…!?」

 

残念ながら社はもう光らなかったが、間違いない。私はトコヌシ様に向け、一つ誓った。

 

「来年からじゃなく、明日の片付けから魔物の皆と仲良くします!」

 

 



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閑話②
会社施設紹介:箱工房


 

 

「今日は何を作ったんでしょうね」

 

「さあねえ。でもあの興奮振り、期待できそうね」

 

社内の動く廊下に乗り、私と社長はとある場所へと移動中。向かう先は食堂でも、社長室でもない。というかさっき社長と朝ごはん食べたばっかだし。

 

動く廊下は曲がり降りを繰り返し、会社の外へと。目的地は会社の横に付設されているとある大きめの建物である。

 

そこにあるのは、通称『箱工房』。ミミックのための箱を作る専用の工場なのだ。

 

 

因みに余談だが、社長室等がある社屋も、その箱工房も外観は巨大な宝箱型をしている。社屋のほうが蓋が半開きになった派手な宝箱、箱工房のほうはしっかり閉まった黒めの宝箱といった見た目。

 

もっと言うなら、その箱工房のほうからはもくもくと煙が出ている。工房なのだから当然ではあるのだが。

 

もしあれが巨大なミミックだとするならば、間違えて爆弾とかを食べちゃった感じか。そう見てみると案外可愛らしい…?

 

 

 

話を戻そう。その箱工房で箱作りをしているのはミミックではない。ドワーフ達である。

 

流石に手先が器用な上位ミミック達とはいえども、物づくりは別。それに生半可なものを作って冒険者に簡単に負けるわけにもいかないため、社長が腕の良い職人たちをスカウトしてきたのだ。

 

…そりゃ彼らは物づくりの天才。あらゆる道具に通じているのは知ってるけど…。まさか箱状のものを作りたくて仕方ないって人達がいるとは思わなかった。

 

剣や防具ならわかるけど、箱専門て。どんな分野にも好きものはいるけど、そんなのもありだとは思わなかった。おかげで我が社は大助かりなのだけども。

 

 

 

ウィイと開く自動扉をくぐり、箱工房内へ。するとそこには―。

 

「わっ…!また数増えてる…!」

 

見渡す限りの箱、箱、箱。木箱に鉄箱宝箱。大きいものや小さいもの、中が広いものや狭いもの、装飾が華美なものや地味なものまでなんでもござれ。

 

 

勿論箱だけじゃない。花瓶や壺、樽に籠にタンスもある。巨大な花や鎧まで。

 

最もそれらは『それっぽく作られている』ものだから本物ではないのだけど。例えば花瓶を倒しても、パリンと割れることは無い。

 

因みに、あそこにある巨大な毛玉やこれまた巨大な蝸牛の殻とかはこの間依頼があったダンジョンに合わせて作った特注品。軽さと動きやすさを兼ね備えているらしい。楽しいのか、たまにそれで外を転がっているミミックを見かける。

 

 

まあ要は中にミミックが隠れられる隙間があるものならば何でも作ってしまうのだ。ドワーフ恐るべし。

 

 

 

 

 

 

「…ねえ、アスト。良い?」

 

と、うずうずした様子の社長は私をちらりと窺う。実はここに来るたび、社長はあることをやらなければ気が済まなくなるのだ。

 

「えぇ、どうぞ。その間にこの箱メンテに出しておきますね」

 

「わーい!」

 

私の言葉を聞くや否や、社長は入っていた箱をぬるんと抜け出し、近くの箱群へとダイブした。

 

「ひゃっほーっ!」

 

そしてみるみるうちにどこかへと…あっもうあんな高いところまで。目を凝らさなければわからないほどの位置だが、それでもはしゃいでいることは明確に伝わってくる。

 

 

簡単に言えば、ミミックとしての(さが)。彼女達にとって、箱はベッドであり、服であり、家である。だから、惹きつけられてしまうのだ。

 

別に社長に限った話ではない。ここにある大量の質の良い箱群は、ミミック達にとってテーマパークのアトラクションに等しい。下位ミミック上位ミミック問わず、ほとんどの子達はここを遊び場にしている。

 

…前々から思っていたのだが、宝箱の姿をしている下位ミミックがそれより一回り大きい本物の宝箱の中で寝ている姿は中々にシュール。二重箱状態である。

 

 

 

 

「おはよっ、アスト!社長はもう遊び始めちまったかい?」

 

そんな折、私の背にとある声がかけられる。そこにいたのは社長ほどじゃないけど少女のような女性。

 

ボサッとした髪を後ろで束ね、へそ出しチューブトップとダボついたズボンを履いた彼女こそが箱工房の取り仕切り役、『ラティッカ』さん。この見た目でも私よりは少し年上である。

 

「おはようございますラティッカさん。はい、あそこに」

 

「どれどれ? あー、他の子達と箱もぐり競争始めたくさいな。ありゃ暫く帰ってこないね」

 

「ですねー。じゃあ今のうちにこの箱のメンテナンスお願いします」

 

「おうともさ!」

 

 

 

 

工房の一角。他のドワーフ達がカンカンキンキンと槌を打ち鳴らしているを横目に、社長の箱を診てもらう。

 

「とはいえ、これアタシらの最高傑作品だからな。どこも壊れてないし、塗料ハゲもなさそうだ」

 

「最近割と色んなダンジョンに出向いたんですけどね。流石ラティッカさん方が作った箱です」

 

「へへっ!褒められると悪い気はしないぜ!」

 

どうやら何も異常はないらしい。良かった良かった。

 

 

あ、そうだ。来た目的忘れかけていた。

 

「ところで、今回は何を作ったんですか?」

 

「良く聞いてくれた! この間のお祭りで着想を得たんだけど…ちょっとの試験場のほうに来てくれ!」

 

 

 

 

ラティッカさんに手を引かれ、着いたのは工房の横にある広い運動場みたいな場所。ここは出来上がったミミックの箱を試す試験場なのだ。

 

簡易的ではあるが、洞窟や建物といったダンジョンらしい施設が幾つも作られている。ちょっとした街みたい。なお、そこで居眠りしているミミック達もいる。

 

 

「よいしょっと…これこれ!」

 

ラティッカさんがどこからともなく取り出したのは、かなり大きな四角い筒。まるで宝箱がぴったり収まりそうな…。

 

「この間、お祭りに参加したろ? その時アタシも花火の手伝いをしたんだ。それでピーンと来てね!」

 

そう言いながら、彼女はその筒をガシャンと台座に設置する。ん…? 

 

「なんでこの台座、車輪ついてるんですか? というか…なんでこんな斜めに設置したんですか? なんで導火線みたいなのついてるんですか…?」

 

筒先が空を向くようになっているそれに私はツッコみを入れる。なんか嫌な予感…!

 

そしてそれは的中。ラティッカさんはにんまり笑った。

 

「ふっふっふ…これぞ花火筒を改良し作り上げた、ミミック打ち出し機構。名付けて『ミミックキャノン』!」

 

 

 

 

 

「えぇ…」

 

「大丈夫だってアスト。しっかり安全確認は済んでるから! ほら、ミミック用のパラシュートも用意したしな!」

 

ドン引く私の背中をバシバシ叩いてくるラティッカさん。一応、恐る恐る聞いてみる。

 

「もしかして、これに社長を乗せようと…?」

 

「うん、勿論!」

 

いやいやいやいや…。どう見ても危険だし…。 社長秘書として止めたいが、まあ大体こんな時には…。

 

「なにそれラティッカ! 面白そうね!」

 

完全に乗り気の社長登場である。 もうどうとでもなれ。どうぜ事故って死んでも復活できるんだし…!

 

 

 

 

「よぅし!準備オッケー! ラティッカ、頼んだわよ!」

 

せめてこれつけてください…と私が渡したヘルメットをかぶり、筒の中に身を潜める社長。他のドワーフやミミック達もお披露目と聞いて集まってきた。

 

「おうよ社長! ド派手に行くぜ!」

 

いざ点火。ジジジ…と導火線は短くなる。3、2、1…!

 

 

ポゥンッ!

 

 

「いやっほーっ!」

 

小気味いい破裂音と共に、社長入り宝箱は大空へ打ち出される。工房の屋根をいとも簡単に飛び越え、見事な放物線を描き…。

 

パリィン!

 

「「「あっ」」」

 

そのまま奥にあった社屋の窓が一つに突っ込んでいった。

 

 

 

 

「ちょっ…!? 社長ー!?」

 

私は慌てて飛んでいく。 運がいいのか悪いのか、社長が落ちたのは社長室。そこに置かれていた箱の一つにホールインワンしていた。またも二重箱。

 

「だ、大丈夫ですか!!?」

 

急ぎ箱を覗き込もうとするが、それよりも先に社長がひょっこり顔を出した。 傷一つ負ってない…。

 

「ぷはっ…! アスト、これ楽しい! 空を飛ぶ感覚ってあんな感じなのね!」

 

「え、あ、はぁ…」

 

「でも着地点とか安全性とかもうちょっと練り直しが必要ね。あと個数も欲しいし…」

 

唖然とする私を余所に、社長は箱を動かし自らの机に。そして書類を出し、何かをパパパッと書いた。

 

「はい!これ回しといて!」

 

「えっ…『箱工房の予算増額』ですか?」

 

どんだけ気に入ったんだか。ミミック達の遊び道具に『ミミックキャノン』が加わるのも時間の問題だろう。

 

 



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顧客リスト№16 『妖怪たちの肝試しダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「ひぃぃぃぃ…」

 

現在、草木も眠る牛三つ時…違う、丑三つ時。午前2時頃のことで、草や木も眠ってしまうほどに夜が深いことを表す言葉らしい。

 

確かに植物魔物…アルラウネの人達とかは寝ているだろう。太陽出てないし。 え、そういうことじゃない? 勿論わかってる。

 

 

ところで、その時間帯に活動を活発化させる者達がいるらしい。それは―。

 

ヒュゥゥゥ…ドロドロドロ…

「ひぃっ!」

 

私達の目の前に突如現れたのはぼうっと発光する人魂。そして、引きつった声を出した私の首にくるりと巻き付いてきたのは…。

 

「いらっしゃぁ~い」

 

長い女性の首。耳元で囁かれ背中がぞわりとする。

 

 

「ひぇぇ…」

 

恐怖する私をあざ笑うかのように、巻き付いて来た首はするりと解け横の森へと。そこへ急に現れたのは一人の坊主な男の子。

 

「おねーちゃん達大丈夫? はい、提灯あげる」

 

「え、あ、ありがとう…」

 

流れで手渡された灯りを受け取ってしまった。瞬間…!

 

「ひひひひ…!」

 

男の子の顔が消えた…!目も鼻も口もない…! ハッと見ると、提灯が割けべろりんと舌を出したではないか!

 

「きゃああっ!」

 

思わず尻もちをつき、提灯をぶん投げる。すると提灯は高笑いしつつどこかへとふわふわ飛んでいった。気づけば少年も消えている。

 

「クククク…美味しそうなのが来た来た…」

「キキキ…もっと怖がってねぇ…」

 

おどろおどろしい声と共に、風が吹きザワザワと木々が揺れる。その揺れる枝や幹の間に鈍く光るのはこちらを見つめる『何か』の目玉。それも何十、いや何百個も。

 

更にゲッゲッゲのゲッというどこからか聞こえる謎の笑い声の合唱。あぁ…歌まで聞こえてきた。おばけにゃ会社も仕事もなんにもない♪って…。 

 

いや私達は仕事で来てるんだけども…!? まあミミックはお化けじゃないが。

 

 

 

 

もう心に余裕がないので明かすが、私達は今、とある森の中にあるダンジョンに訪れている。深夜2時なのに。何故なら、このダンジョンの本領はこの時間だからなのだ。

 

ギルド登録名称、『肝試しダンジョン』。主に深夜を営業(?)時間としているここに棲む魔物達の正体は…いや魔物ではない。だって、『妖怪』なんだもの。

 

 

「社長ぅ…もう帰りませんか…」

 

さきほどスッ転んだ時に落とした社長(入りの箱)を拾い上げながら、つい弱音を漏らしてしまう。でも当然却下された。

 

「駄目に決まってるでしょ。別に取って食われるわけじゃないんだから、もうちょい頑張りなさいな」

 

そう、社長の言う通り、ここの妖怪たちは私達を食べたりしない。いや私達だけではなく、人間達も食べられることは無い。

 

じゃあ何をするかというと、さっきみたいにただ脅かすだけなのだ。それ故、ギルドの危険度ランク指定は『安全』。本人の意思確認は要るみたいだが、一般人参加も可能となっている。

 

だから、そんなに怖くない。そう、怖くない…怖くない…怖くない…。

 

「…アスト、箱ごと震えてる震えてる」

 

「うぅ…だってぇ…」

 

「別に私降ろして構わないわよ?」

 

そう提案してくる社長。しかし私は箱ごとぎゅっと抱きしめた。

 

()です…!」

 

「もう…私、お人形代わりね。てか貴方、道中何度か私を盾代わりに使ったでしょう」

 

「それは…ごめんなさい…。 社長、怖くないんですか…?」

 

「そりゃ私だって怖…ンンッ、怖くないわよ。仮にも貴方の上司よ?」

 

「の割にお顔が青…」

 

「うっさい! ほら、早く奥に進みましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いたわね…」

 

「もうやだ…会社(おうち)帰りたい…」

 

 

ダンジョン最奥部。古ぼけたお寺のような場所についたころには社長も私も(精神的に)満身創痍。幸い、ここには妖怪が出ないようだが…。

 

 

あれ以降も何度驚かされ、叫ばされたことか。変な長い布が飛んできたと思ったら手と目がついていて、私達の顔にぐるぐる纏わりついてきたし、慌てて振り払ったところにどこからか砂が投げかけられた。

 

その場から急いで逃げると、道の真ん中にあった巨大な壁に通せんぼされてしまった。その隙に私の背中に誰かが乗ってきたのだが、まるで石のように重かった。あやうく社長の箱と挟まれぺちゃんこになるとこだった…。

 

更に途中にあった沼からは頭に皿を乗せた緑の魔物が出て来て変な勝負挑まれ、逃げようとしたら水をかけられた。丁度近くに立てかけてあった傘でガードすると、その傘の持ち手、人間の足だったし…。投げ捨てると傘が自分でどっかへぴょこぴょこ飛んでった。

 

その他にも…。ううぇ…もう思い出したくもない。頭に思い浮かべるだけで背筋がゾクッとする。これが妖怪の力…。 今日寝られるかなぁ…社長と一緒に寝ちゃ駄目かなぁ…。

 

 

 

「さて、ここで依頼主の方達と待ち合わせのはずなんだけど…」

 

流石社長、もういつも通り。私もぼやぼやしていられないと顔を振り、恐怖を払う。と―。

 

トントン

 

「―!?」

 

突然肩を叩かれ、私は反射的に振り向く。が、そこで問題が。私は社長を手にしながら体の向きを変えたのだ。当然社長はぐいっと動き、私の肩を叩いた誰かの真ん前へと…。

 

「ばあっ!!」

 

社長の鼻先数センチにあったのは、獣髭が生えた男妖怪の顔。社長はもう脅かされないと高を括っていたのだろう、余りの突然のことに―。

 

「ぴいっ!!」

 

小動物の様な悲鳴をあげた。そして瞬間的に手を触手に変え、男妖怪の顔をグルグル巻きにしてしまった。

 

「ぐえっ!? 嬢ちゃん、いや社長、社長様!タンマタンマ! 窒息死する…!!」

 

タップをする男妖怪。数秒呆けていた私はハッと意識を取り戻し、慌てて社長を止めた。

 

「社長、ストップストップ!手を出しちゃ駄目ですって!その方依頼主のお一人『ネズ()』さんですから!」

 

 

 

 

「ゲホゲホ…死ぬかと思った…」

 

「ご、ごめんなさい…!」

 

平謝りする社長。私も揃って頭を下げる。しかし、それを止める声が聞こえてきた。

 

「2人共謝んなくていいわよ。悪いのは脅かしたネズ男なんだから」

 

「うん。今のはネズ男が悪いね」

 

どこからともなく現れたのは少女と少年。と、ネズ男さんは少年の方にぶー垂れた。

 

「なんだよキタロ。酷えじゃねえか!」

 

「せっかく来てもらったんだ、あんまり怖がられるのもね。それに、ここ(最奥)での脅かしはルール違反だ」

 

 

 

本日の依頼主は謎の少年『キタロ』さん。そしてその友達だという、さっき社長を驚かせた『ネズ()』さんとキタロさんの横につきっきりな『ネコ(むす)』さん。

 

まあ、全員間違いなく妖怪であろう。それでも人型をしている分多少楽に接せられる。いやほんと、さっきまでの妖怪たちは異形で…私達も人の事言えないんだろうけど。

 

 

「そういえば…なんで皆さん脅かすだけなんですか?」

 

心を落ち着かせるため、私は気になってたことを聞いてみる。するとキタロさんは改まった口調で答えてくれた。

 

「ここにいる妖怪たちは『恐れ』…要は誰かが恐怖するときに発生するエネルギーを食べて生きています。でも、好き放題させると人と妖怪が殺し合ってしまう可能性がありました。だから、肝試しという形で人を招いているんです」

 

「『ダンジョン』というシステムを導入したのはオレだけどな! ヒヒッ、上手くギルドと掛け合って、初心者冒険者の度胸試しの場として認めさせたんだ。入場料や、参加者への物販でまあまあ儲けさせてもらってるぜ。キタロがこれ以上許してくれないのは癪だけどよ」

 

「掛け合ったって…脅しすかしたの間違いでしょ。キタロが止めてなければギルドの人にどれだけ迷惑かけたことか…」

 

胸を張るネズ男さんにそう突っ込むネコ娘さん。何されたんだろうギルドの人…。

 

 

 

 

 

「それで、何故我が社にご依頼を?」

 

今度は社長が問う。ネズ男さんは髭をビビビッと鳴らした。

 

「それがよ。最近来た客からマンネリ気味だって聞いてな。こういった意見があった以上、即座に対応していかなきゃダメなんだ。ということで依頼させてもらったんだよ。ちょいと旅行した時人を驚かすならミミックって聞いたもんでな」

 

「いつもケチでがめついネズ男にしては早い行動よね」

 

「一言余計だネコ娘。こういうのは『先行投資』っつーんだ。キタロしか見えてないお前にはわからないだろうけど…ひぃっ!止めてくれぇ!」

 

わっ…ネコ娘さんの可愛かった顔が豹変した…。目がぎょろりと、牙がシャキンと獲物を襲う獰猛な猫みたいに。そして尖った爪でネズ男さんを追いかけ始めた。まるで猫がネズミを襲ってるみたい。

 

 

そんなドッタンバッタンな背景劇に苦笑いを送り、社長は言葉を続けた。

 

「因みにどう使うかは決めておられますか?」

 

「えぇ、幾つか。ごにょごにょ…」

 

「うわぁ…流石驚かしのご同胞ですね。その入れ物製造も我が社が引き受けさせていただきます」

 

キタロさんから何を聞いたのかは知らないが、若干ドン引いた様子の社長。聞くのは明日日が昇ってからにしよう…。想像したら負けだ想像したら負けだ…本当に眠れなくなっちゃう。

 

 

 

 

 

「ところで、お代金の方はどういたします?」

 

「事前に頂いた資料に合わせ、お借りするミミック達の食料等は用意しました。借用代金は、僕達妖怪の使い古した道具や髪の毛とかでどうでしょうか?『妖力』…そちらでいう魔力のようなものが詰まっているので一部では武器や防具に加工されています」

 

「一応見せて頂いても? これですか…うわっ!これは中々に強力…」

 

受け取ったサンプルを鑑定してみると、とんでもない力が詰まっていた。上位魔物に匹敵、いや凌ぐほどのレベル。でもこの感じ、呪術とかに使った方が効率良さそうかも。

 

「あまり放っておき過ぎると、勝手に動いたり伸びたりするので時折様子を見てあげてください。あとよければこちらもどうぞ」

 

…なんかさらっと不穏なことを言いませんでした? そう突っ込むより先に、キタロさんは寺の前に置いてある箱へと。そこから何かを取り出してきた。

 

「…? これは何ですか?メダル?」

 

手渡されたそれを見てみると、きらきらと輝いている金貨みたいなもの。妖怪たちの絵が彫り込んであった。

 

「えぇ。通称『妖怪メダル』、ここに来てくれた人間達の御褒美です。これにも妖力が込めてあるのでその筋に高値で売れますし、野良妖怪への御守りにもなります。中にはこれを使って妖怪を召喚する人もいるとか」

 

 

 

 

 

 

「はい、確かに! では人を驚かすのが得意な子達を選りすぐって派遣いたしますね!」

 

契約書を受け取り、帰り際。社長はこそりと私に耳打ちしてきた。

 

「ところでアスト…。トイレ寄ってくれないかしら…? あと、貴方一応服作れたわよね…?」

 

「へっ…?」

 

首を傾げつつ、社長を見てみると…彼女は何故かもじもじしていた。我慢しているというよりかは…。

 

「あっ…社長もしかして、さっきので漏らし…」

 

「てないから! 多分…。 ううぅ…妖怪のせいよ!」

 

パタンと宝箱の中に閉じこもってしまった。やっぱり社長も怖かったようで。…私も帰り道怖いし、空から行こう…。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

バサリと羽を広げ、飛び立っていくアスト。それをキタロ達は止めようとする。

 

「あっ、お二人とも。空にも妖怪は…」

 

しかし、その声は怯え気味のアスト達には届かない。彼女達はみるみるうちに闇へと消え、数秒後。

 

「「きゃああああああっっ!!」」

 

夜の帳を切り裂くような2人の悲鳴が辺りに響き渡った。

 

 



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人間側 とある冒険者カップルの肝試

 

 

「…では、武器等はこちらで回収となります。もし怪我や死亡した場合は格安で治療や復活を―」

 

「あーいいからそういうの。聞き飽きたし」

 

職員の説明を遮ったオレ達は参加費の数百G(ゴールド)を支払い、流れるように武器を置いて受付を出る。全く、累計ここに何度足を運んだことか。もう数十回は通ってるかもしれない。

 

 

ここは東の国にある、『肝試しダンジョン』。パーティー制限は2人までで、ほとんど夜にしか開かないという珍しいダンジョンだ。全体像としては鬱蒼とした広い森に結界が張られた形で、挑戦者はその中を通る道を進み最奥を目指す。

 

道中枝分かれあり沼あり、墓あり廃墟ありと色々あるが、それを乗り越え奥地まで進むとあるのは謎のメダル。

 

それは『妖怪メダル』と言われていて、1人一枚だけ貰える謎の代物。しかし中々に強い力を秘めているため商人や職人達、一部召喚士にかなり高く売れる。絵柄が多様というのもあって、中には蒐集家がいるほどだとか。

 

 

なお、このダンジョンに対するギルドの評価は『安全』。一般人でも参加可能。実に簡単なダンジョン…そう思ってんのならすぐ考えを改めた方が良い。何故なら…。

 

「「ぎゃあああああああっっ!!!!」」

 

「「ひいいいいいいっっ!!!!」」

 

「「助けてくれぇええええ!!!」」

 

聞こえたか?あの絶叫。 発生源は察している通り、森の中…ダンジョンの中からだ。安全なはずのダンジョンで何故あんな悲鳴が響くのか。それには棲んでいる魔物が関係している。

 

 

この地独特の魔物、『妖怪』。種類も豊富で中々に怖い外見をしている。このダンジョンでは、そんな連中が挑戦者を脅してくるってわけだ。

 

そう、こちらを食べることはせず、ただ脅かすだけ。怖いが安全。怪我すら負う者は少ない。その怪我理由も、妖怪から焦って逃げて転んだ際に出来たもので、しかも気づいたら何者か(間違いなく妖怪)に治療されている。

 

だからだろう。メダルの価値も相まってそこいらに住む村人達や遠くから来た観光客が結構入っていく。大半がすぐさま出口から泣いて出てくるが、欲には勝てないのか、はたまた恐怖が病みつきになったのか、リピーターとなる奴も結構いるようだ。

 

 

 

「はーあ、まーたここか。最近来過ぎてマンネリ気味なのよね。」

 

オレの相方がぼやく。今日は依頼を受けて来たのだが、それには同感だ。

 

そりゃ始めのうちは怖かったけども、恐怖は慣れちまえば恐怖じゃなくなる。あまりにも来過ぎるとどこでどんな妖怪が脅してくるかわかってしまうからだ。

 

「ちゃっちゃと貰って帰ろうぜ」

 

「そうねー」

 

特に怖がる気もなく、相方は入口へと歩を進める。こいつも最初の頃は涙目でオレの腕に縋りついてきたっていうのに、今や淡々としている。

 

と、そんなオレ達を、聞きなじみのある売り子の声が叩いた。

 

「妖怪から身を守るネックレスだよー。しかも幸運をもたらす! 今日限りの大特価!今なら半額の5000G(ゴールド)!買った買った!」

 

「あ。あの変な鼠みたいな髭の人、また何か売ってるぞ」

 

「どうみても二束三文のネックレスだし、実際効果無かったし、詐欺よねあれ」

 

 

 

 

 

 

ヒュゥウウ…ドロドロドロドロ…

「出た出た人魂に幽霊。これも誰かの先祖なんだろうな」

 

ショキショキショキショキ

「あの音は…『小豆洗い』ね。帰ったらぜんざいでも食べようかしら」

 

「おにーちゃんおねーちゃん、提灯…」

「「要らない」」

 

 

次々と仕掛けてくる妖怪たちを流し、ズンズンと闇夜の道を進む。普通ならばただ歩いているだけで気味の悪い笑い声が響き渡るが、オレ達が余りにも無反応だからか代わりに舌打ちが聞こえてくる。

 

それにしても…本当マンネリ。まだこれならゴブリンとかの方が怖いかもしれない。そろそろちょっとは違う演出を見てみたいもんだ。

 

 

 

 

幾つかあるルートの内の一つ、廃墟内部を通過する道を選ぶ。そして至る所が朽ちかけの廊下を歩いている時だった。

 

ベチョォ…

 

「「うえっ…」」

 

突然頬に何かが押しつけられ、オレ達は顔を歪める。多分これ、『垢嘗め』とかだろう。それかコンニャクでも押しつけられたか。

 

でもこれも慣れたもの。くっついてくるのは一つだけだし、振り払うだけで…。

 

ベチョ、ベチョ、ベチョ

 

―!? もっと引っ付いてきた…!? いや違う! 手足を縛りつけられた! 

 

 

金縛りにされることは多々あるが、こんな強硬手段に出るとは。一体何が…そう思い、オレ達を縛っているものを見てみる。

 

「触手…?」

 

垢嘗めの舌でも、コンニャクでもない。それは近くの木箱や箪笥から伸びている触手だった。これは始めて見た。

 

でも、縛るだけなら大したことは無い。しかも少し悶えたら解けるほどの拘束だ。なんだこれ…。

 

「あぁ…そういうことか」

 

ピンと思いつく節がある。大体こういった場合は、背後から何かが近づいてくるのだ。でもこういった廃墟の場合、大体が人形で…

 

ゴゴゴ…

 

「「へ…?」」

 

背後で聞こえてきた謎の音に、思わず振り向く。今歩いてきた廊下の奥、そこには今まで無かった、大きな仏壇のようなものが…。

 

いや、大きすぎないかあれ…! 廊下をぴっちり埋め尽くすほどで、高さも天井まで届いている。

 

ギィィイイ…

 

困惑するオレ達を余所に、仏壇の扉が観音開きに開く。中はまるで星無き夜のように漆黒…うん?

 

「フシュルルル…」

 

唸り声と共に扉の縁を囲むように現れたのは、何十本もの牙。そしてべろりと大きく長い舌。でも結構距離あるし、怖くは…。

 

ズザアアアアアアッ!

 

「「うわっ!?」」

 

なんと、巨大仏壇が廊下を勢いよく滑ってきた。ハッと気づくと、絡みついていた触手は勝手に解け、木箱箪笥はいつの間にか近くの部屋に引っ込んでいた。一体どうやって…!? いやそんなこと考えている場合ではない!

 

「走れ!」

「う、うん!」

 

相方の背を叩き、全速力で走る。だって背後から壁が迫ってきているようなものなんだから。てかあれ、明らかにオレ達を食べようとしている…! そういったことはナシなんじゃなかったのか…!?

 

「きゃっ…!」

 

相方が転んでしまった。助けたいが…いや仏壇のスピード上がってきてるじゃんか! 南無三…最悪死んでもダンジョンだ、復活できる。俺は彼女を見捨ててひたすらに逃げた。

 

 

 

「抜けた…!」

 

廃墟を抜け、転ぶように俺は地面に倒れる。と―。

 

ガンッ!

 

廃墟の扉からは巨大仏壇は出れないらしく、引っかかっていた。相方は食べられてしまったのだろうか。それとも轢かれてしまったのか。

 

ペッ 

 

「へ…?」

 

仏壇の中から、何かが投げ出される。それは近くに何故か置いてあった藁束ベッドにボフッと落ちた。

 

それは、オレの相方だった。半ば放心したかのように、彼女は呟いた。

 

「死んだかと思った…」

 

 

 

 

 

「最っ低、私を見捨てて逃げるなんて!」

 

「悪かったって!」

 

相方の怒りをどうどうと鎮めながら、肝試し続行。妖怪よりこっち(彼女の怒髪天)のほうが怖い。

 

でも…さっきは久しぶりに驚かされた。本当に食われるかと思ったもの。あんなの見たこと無い。何か今までとは気色が違う感じがする。ちょっと怖くなってきた。

 

 

おっと、相方の機嫌直さなきゃ。でもどうしようか。オレがそう考えていた時だった。

 

ピシッ

 

「「うっ…」」

 

今度は金縛りだ…!またさっきみたいに背後から…!? 2人揃って背後を見るが、何もいない。

 

ドシャッ

 

「「……」」

 

真ん前に何かが落ちてきた音を聞き、オレ達はギギギとゆっくり首を動かす。そこには、赤い紐で吊るされた、大きめの釣瓶(つるべ)が落ちていた。

 

「『つるべ落とし』…?」

「かな…?」

 

にしては、驚かす声がしないし、動かない。唖然としてそれを眺めていると、釣瓶はするすると上がっていき、中が良く見える地点でピタリと止まった。

 

「あれ…中になにか…」

「本当だ…。なんだ…?」

 

つい覗き込んでしまうオレ達。その時だった。

 

ボワッ…

 

突然、釣瓶の中が朧気に照らし出される。そこにあったのは…たっぷりの鮮血に浸った大量の内臓。そして血まみれの生首だった。

 

「うわあっ!」

「きゃああっ!」

 

思わずオレ達は抱き合ってしまう。スプラッタにも程がある…! と…。

 

「あ…あ…あ…」

 

生首の口がピクピクと動き出した…! まだ生きているのか…!? 思わず後ずさりするオレ達を、生首の目玉がぎょろりと睨んだ。

 

「に…逃げて…後ろ…」

 

先程より早く、首がねじ切れんばかりにバッと後ろを見る。そこには…鈍く輝く包丁を構え、舌なめずりする『山姥(やまんば)』がいた。

 

「「ぎゃあああああああああっ!!」」

 

オレ達は抱き合ったまま、死に物狂いで逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「もうやだ…」

石畳に座り込み、半べそな相方。初めてここに来た時のようになっている。

 

とはいえ、必死で走っていたらいつの間にか最奥の古ぼけた寺まで来た。あとはメダル貰って帰るだけ。…帰りも歩いていかなきゃいけないということでもある。オレだって正直嫌だ。

 

しかし、ここまでされたんだからせめて持ち帰らなきゃ。震える足を叩き、寺の前に置かれた箱に近づく。えーと、このレバーをグルグルと。

 

ガチャガチャ、コロン

 

出てきた丸い容器をパカリと開けると、中にはお目当ての『妖怪メダル』が。と、相方の怒声が響いた。

 

「…毎っ回思うんだけど、なんでこれ1人一枚なの!? 割に合わないわ!」

 

あ、いつもの様子に戻った。というか正確には怒りで恐怖を誤魔化してる感じか。オレは説明してやった。

 

「前までは一人何枚かは貰えたんだけど、蒐集家とかが欲張ったせいで一時生産が追い付かなくなったみたいなんだと。だからこんな風に制限かけられたんだ」

 

試しにもう一度レバーを回してみるが、石のように堅く動かない。一度引いた人には反応しない仕組みらしい。

 

「まあその分、希少価値として更に高値がつくようになったから良いだろ。ほら、お前も引けよ」

 

むくれながらガチャる相方。ポコンと出てきたのは…。

 

「お! 超レアじゃんか! これどう安く見積もっても10万Gは軽く超えるぞ!」

 

 

 

 

 

 

「もっと急ぎなさいよ! 置いてくわよ!」

 

大吉を引き当て、調子を完全に取り戻した相方は小走りで先に進む。それでも一人は怖いのか、彼女はそこまで遠くには行かない。

 

しかし、行きはよいよい帰りは怖いという唄もある。気をつけなきゃいけない別に行きが良かったというわけではないけども。寧ろ最悪だ。

 

ということは、下手すれば行きよりも怖いことが…。嫌な予感を感じ、身体をブルっと震わせた時だった。

 

「あうっ!」

 

先を行っていた相方が尻もちをついていた。何かにぶつかったらしい。道の先は見えるが、触ると壁の様な感触がある。

 

「『塗壁(ぬりかべ)』か」

 

相方を立たせ、俺は腕を組む。さっさと帰りたいのに…。

 

「ねぇ…」

 

うーん…叩いても退いてくれる気配がない…。

 

「ねぇって…」

 

仕方ない…別の道を通るしかないか。

 

「ねぇったら!」

 

「なんださっきから」

 

「後ろ見て!」

 

相方に首を捻られ、背後を見せられる。そこには、妙なものがあった。

 

 

「井戸…?」

 

さっき釣瓶は落ちてきたが、今度はその本体が現れた。ん…現れた…?

 

「―!?」

 

そうだよ…なんであの井戸、さっきまで俺達が通っていた道に建っているんだ…?! 何かが動く音すらしなかったぞ…生えたのか!?

 

と、そんな時だった。

 

「いちまぁい」

 

「…なんか言ったか?」

「言ってないわよ…! アンタじゃないの!?」

 

身の毛もよだつような謎の声に、オレ達は顔を見合わせる。ということは―。

 

チャリィン

 

響くメダルの落下音。オレ達が落としたんじゃない。正面にある井戸、その内部からぬぉっと手が生え、井戸の端にわざとらしくメダルを置いたのだ。

 

「にまぁい」

 

又も響く謎の声。するともう一本腕が生え、チャリィンとメダルを置いた。

 

「さんまぁい」

チャリィン

 

…!? 腕が…3本目…!? 人間じゃない、妖怪だ…! 逃げなきゃ…でも塗壁がまだ立ちはだかってる…。

 

「よんまぁい」

チャリィン

 

「ごまぁい」

チャリィン

 

「ろくまぁい」

チャリィン

 

「ななまぁい」

チャリィン

 

「はちまぁい」

チャリィン

 

…腕…次々と増えてる…枚数に合わせて…。まだ塗壁は消えないのか…!

 

「きゅうまぁい」

 

あれ…?

 

「じゅうまぁい」

 

メダルの音が…?

 

 

 

恐る恐る見やると、出てきている腕は十本。でも、メダルは8枚。と、謎の声は震えだした。

 

「二枚足りなぁい…」

 

「「へ…?」」

 

もしかして…。ごそごそとポケットを漁る。取り出したのはさっきゲットしたメダル。ここにはオレと相方2人、つまりメダルも二枚。

 

「返せ…」

 

謎の声は明らかに怒り交じり。と、井戸の中から何かがゆっくりと出てきた。

 

「「ひっ…」」

 

それは、長い髪で覆われた顔。髪の隙間から僅かに覗いた目と口は真っ赤に染まっていた。そして…。

 

「メダルを返せえええええ!」

 

そう叫びながら、十本の手で掴みかかるように井戸ごと突撃してき…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あっ。ストップっと」

 

動いていた井戸は急ブレーキ。冒険者2人の前でピタリと止まった。そして井戸の中から一本の手が伸び、()()()()()()()()彼らをちょいちょいと突いた。

 

「…やりすぎちゃった。泡吹いて気絶してる」

 

「もうちょっと解除早くても良かったかな」

 

「そうですね塗壁さん。とりあえずこの人達出口に送ってきますね。あれ、メダル落としてるし。仕舞ってあげて…と」

 

冒険者のポケットにメダルを戻してあげながら、井戸の中の顔はバサリと髪を後ろに戻し、特製のコンタクトと口紅を取る。その正体、上位ミミックの1人であった。

 

彼女は十本に分けていた手を駆使し、気絶した冒険者を井戸の…正確には井戸の形をした箱の中に連れ込む。すると、横から何者かが姿を現した。

 

 

「おぅい。 例の驚かない冒険者アベックここに来たかの? おや?なんだ、気絶したんかい」

 

その正体は山姥。手には大きめの釣瓶。すると、その釣瓶の中身がもぞもぞ動き、声を発した。

 

「山姥さん、もう擬態止めて大丈夫ですか?」

 

「おういいぞ、ミミックちゃんや」

 

山姥の答えを聞き、ちゃぷんと水音を鳴らしつつ釣瓶の中からひょっこり顔を表したのはこれまた上位ミミック。ただし、血まみれのようなメイクを施していた。彼女はグロテスクに変化させていた手足を普段通りに戻し、伸びをした。

 

「赤い水に身を沈めるのってなんか新鮮な感じ! 山姥さん私の演技どうでした?」

 

「良い感じじゃったぞ!真に迫ってた! そうそう、廃墟のミミック達も大活躍じゃったらしいぞ。流石西洋の脅かし担当じゃな!」

 

「えへへ…」

 

「今日はキタロ達も呼んでみんなで宴会かのう! ワシも腕によりをかけて料理を作るか。さっき良い猪肉が採れたんじゃ。小豆洗いの奴もおはぎ作るとよ」

 

「やったー! 楽しいな♪ 楽しいな♪」

 

妖怪たちは笑いあいながら、揃って森の中へ姿を消していった。 ゲゲゲのゲと歌いながら。

 

 



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顧客リスト№17 『クラーケンの海溝ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

本日もまた晴天。ギラギラした陽光が降り注ぐ。どこもかしこも逃げ場なく燦々と照らされ、湿度のムシムシも相まって人も魔物もゆでだこ状態。

 

でも、そんな日差しも熱も、私と社長がいる位置までは届かない。地下に潜っているのか?半分当たりである。

 

珊瑚(さんご)って色んな種類あるのね~!」

 

真下に広がるカラフルな珊瑚礁を覗き見ながら、感嘆の声をあげる社長。そう、私達は今海中にいるのだ。

 

 

あんなに暑かった気温は、周囲が完全に水なここではほぼほぼシャットアウト。身体を包む冷たさが実に心地よい。

 

眩しい日差しも、ただ透き通った碧い海水を引き立たせる照明に早変わり。ふと上…水面のほうを見上げると、まるで光のレースカーテンのよう。とても綺麗…!

 

 

 

一応言っておくが、今日も依頼で来ている。今回の依頼主は水中棲みなのである。

 

潜るという事もあって、私の服装は以前海遊び(依頼ついで)の時に来ていたビキニ姿ではなく、ダイビング用のウェットスーツ姿。着て見てわかったけど、これ結構ボディラインくっきり出ちゃう…。なんかちょっと恥ずかしい。

 

 

当然社長もウェットスーツを着用している。入っている箱も専用の特注品である。魔力を注ぎ込むことで浮いたり沈んだりする優れもので、私の重し代わりにもなってくれる。

 

しかも、わざわざ箱の外観を貝殻型にする粋な心意気。まるで社長がヴィーナスのようである。流石我が社の箱工房。

 

あ、因みに別に酸素ボンベやシュノーケルとかはつけてない。それらは魔法で代用している。結構手間がかかる魔法だけど、やっぱりああいった物があると海の中楽しめないし、何より依頼主との会話がしにくいのだもの。

 

 

 

それにしても、本当に良い景色。珊瑚やイソギンチャクの隙間からカラフルな魚が顔を覗かせ、私達の周りを自在に泳ぎ回る。と―。

 

「お魚さん…お魚さん…おいでー…」

 

「…何してるんですか社長?」

 

見ると、社長は群がる魚たちに向け手を伸ばしている。ゆらりゆらりと海藻のように緩やかに動く彼女の指先に興味を示し、何匹かの魚がちょいちょいと突きに来た。その瞬間…。

 

「えいっ!」

 

勢いよく掴みかかる社長。しかしながら流石は水中、魚たちが有利。紙一重で社長の手の中からするりと逃げた。

 

「くー!惜しい!」

 

どうやら魚のつかみ取りをしようとしていた模様。いや流石に無謀では?

 

「もう一回!」

 

懲りない。いくらなんでも相手が悪い―。

 

「捕まえたぁ! アスト見て見て!この白黒の子、背びれ?がすっごく長い!」

 

捕まえちゃったよ…。流石奇襲を生業とするミミック、ということでいいのかな?

 

 

 

 

またも遊んでしまっているが、これでも今は待ち合わせ中。目的地のダンジョンは少し遠いため、とある方の力を借りることにしたのだ。それは…。

 

「お待たせ―! ミミン社長、アストちゃん!」

 

現れたのは、以前ミミックを派遣した『海岸洞窟ダンジョン』の住人、マーメイドの『セレーン』さん。そしてそのお友達のマーメイドの方数人。彼女達に曳航…もとい道案内を頼んでいたのだ。

 

「うちのミミック達、どうですか?」

 

「バッチリよ! 乗り心地抜群だし、触手マッサージも鱗に響いて気持ちいいわ!」

 

「今じゃ三日に一回ぐらいの頻度で岩辺で海鮮バーベキューしてるの! そうそうこの間、人間の漁師さんが美味しい調味料やお酒を置いていってくれたのよ」

 

和気あいあいと盛り上がる社長達。と、セレーンさんが社長の頭を指さした。

 

「ところで、何してるのミミン社長? 可愛い髪型ね」

 

ようやくツッコんでもらえた…。実は社長、ついさっきから髪を大量の触手状に変化させているのだ。まるでイソギンチャクみたいに。

 

すると、いい隠れ家を見つけたと言わんばかりに魚たちが次から次へと吸い込まれていった。今や社長の頭は魚の棲み処と化していた。

 

「ほら社長、髪戻してください。魚獲りは帰りにしましょう」

 

「はーい」

 

ふわっと髪を戻す社長。うわっ、結構魚出てきた…!

 

 

 

 

 

 

マーメイド達に手を引かれ、私達は海の中を進む。気づけば足元の珊瑚礁は消え、砂地が次第に広く、深くなっていく。それに応じ、眩しかった日の光は徐々に薄れ、文字通りのマリンブルーに。

 

もしここで社長やセレーンさん達から手を放したら、上も下もわからぬままに沈んでいくのだろうか。更に深い青を増していく景色を見ながらそんなことを思ってしまう。

 

全身がブルっと震えてしまうのは、冷たくなっていく海水の影響だけではない。…正直、ちょっと怖い。

 

 

「さ、到着よ2人共!」

 

そんな中、セレーンの快活な声が聞こえる。私はゆっくりと下の岩場に足をつけ、そうっと覗き込む。そこは…。

 

「うっわぁ…! 噂には聞いていましたけど、ここまで暗いんですね…」

 

私の目の前には、大口を開けたかのような海底地面の巨大な地割れ。至る所からポコンポコンと酸素のあぶくが上がってくるその中は、今私達を取り囲んでいる海の色とは違い、漆黒の闇。ずうっと眺めていると、取り込まれそう。

 

最も、今からここに入っていかなければいけないのだが。なにせ、ここが目的地のダンジョンなのだから。

 

 

 

 

海の真ん中、海底にあるここは通称『海溝ダンジョン』。そこそこレベルが高いダンジョンとして名が知れている。

 

なにせ、海中だもの。生半可な装備で挑めばたちまち溺れ、水圧でぺちゃんことなってしまう。

 

故にここに挑む冒険者はよほど質の良い装備で身を固めるか、腕が立つ魔法使いをパーティーに組み込む必要があるのである。

 

「さ、飛び降りるわよアスト」

 

「その前にこれつけてください社長。 ほら、ヘッドライトです」

 

 

 

 

セレーンさん達に先導されながら、私は大穴…もとい海溝へと足を踏み出す。辺りが水で満たされているため空を飛んでいるときよりは数段落下速度は遅いが、これはこれで違った怖さがある。

 

「おぉー! あれってマリンスノーじゃない?」

 

一方の社長はかぶせてあげたヘッドライトであっちゃこっちゃを照らし実に楽しそう。恐怖なんて微塵も感じてない様子。

 

「ここ良いでしょー。私達もちょくちょくここに遊びに来るんだけど、面倒な魔物達が少ないからのんびり寛げるのよ」

 

セレーンさん達は足…もとい魚の尾をぐぅっと伸ばし伸びをした。

 

そう。実は彼女のいう通り、このダンジョンには周囲の海を泳ぎ回る狂暴な魔物達がほとんどいない。だから実のところ、手間な潜水対策さえなんとかできれば比較的楽に侵入、及び探索ができてしまうのだ。

 

何故かというと、このダンジョンの主が関係しているのだが…。

 

 

 

 

群れていた魚の数も次第に減り始め、代わりに仄かに発光する海藻やクラゲたちが辺りを包む。月の光より淡いその輝きはなんとも幻想的である。

 

と、その時だった。

 

ヌオッ

 

突如、何かがせり上がってくる。それはとても太くて赤い柱のようだが、パッと見ただけでも弾力が窺える。そして、そこについている丸い吸盤は社長がすっぽり収まるほどに大きな円をしている。

 

ズオッ

 

反対側の壁付近からも何かが。こちらも吸盤がついた、同じように太く弾力がありそうな柱だが、色は白い。

 

それらは次々と本数を増やしていく。赤は八本、白は十本。そしてそれと同時に姿を現したのは、先に上がってきた柱…もとい触手の持ち主である、巨大な生物達。

 

彼らこそ、このダンジョンの主にして今回の依頼主。クラーケンである。

 

 

 

 

 

 

「タゴのお爺ちゃん、イガのお婆ちゃん、お待たせ!」

 

セレーンさん達は二体のクラーケンにそう挨拶をする。すると、どこからともなくしわがれた声が聞こえてきた。

 

「遠路はるばる、ようけ来てくださったのぅ」

そう私達をもてなしてくれたのは、赤く丸い頭をしたクラーケンの方、名を『タゴ』さんという。

 

「セレーンちゃん達や、案内役有難うねぇ」

セレーンさん達を労ってくれているのは、白く尖った頭をしたクラーケン。名前は『イガ』さん。

 

この海溝ダンジョンは、海に棲む魔物達の中でも巨大な部類に入る彼らの棲み処でもあるのだ。何で狂暴な他魔物達が少ないのか、それはもっと強いタゴさん達に追い払われたり食べられてしまうからなのである。

 

 

「小さいのぅミミンちゃん。ワシらが大きすぎるというものあるんじゃろうけどのぅ」

 

「アストちゃん美人ねぇ。悪魔族がここまで来ること滅多にないから新鮮だわ」

 

太いタコ足イカ足の先でもにゅもにゅ弄られる私達。と、社長はテンション上がったらしく…。

 

「私もお二人のように手足を増やせますよー!」

 

にゅるんと手足を触手に変える社長。しかもしっかり吸盤付き。その後彼女がタゴさん達にめんこいめんこいと孫の如く可愛がられたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「ところで、ご依頼はなんでしょうか?」

 

さんざ楽しんだ後、社長はようやく仕事に取り掛かる。すると、タゴさんは手の一本をどこかに伸ばし、近くの突き出た岩板に乗っていた何かを掴んできた。

 

「これなんじゃよ」

 

彼が見せてくれたのは、超巨大な貝。私ぐらいのサイズがある。タゴさんが手先の吸盤を上手く使いそれをパカリと開くと、中には…。

 

「わっ!? 真珠…!?」

 

私達のヘッドライトの光を反射させ、きらきらと光沢を艶めかせるは真珠…なのかこれ? だってこれ、社長が丸まって寝ればすっぽり入りそうなサイズはある。

 

「こんな色もあるわ」

 

今度はイガさんが幾つか貝を持ってきて見せてくれる。やはり同じように大きな真珠が入っているのだが、金や銀、黒にピンクと種類が色々。

 

鑑識眼で相場を確認してみると、どれもこれも尋常じゃない高値。貴族王族とかがインテリアとして購入するものらしい。

 

「これはワシらが趣味で育てているものでのぅ。綺麗じゃろ?」

 

「えぇ!とっても!」

 

ぺたぺたと触れながら頷く社長。彼女にとっては体長と同じ大きさだが、巨大なクラーケンのタゴさん達にはこれで普通サイズなのだろう。

 

「最近やけに冒険者がやってきて、乱獲していってのぅ。何分連中ちっこいから見逃してしまうんじゃ。ワシらの老眼も進んだしのぅ…」

 

「それに冒険者達を見つけて追いかけるのは良いんだけど、壁に空いた小さな穴に逃げられてしまうのよねぇ。狭すぎて腕が上手く入らんのよ。この真珠を幾つかやるから、ミミックを貸してくれんかね?」

 

 

「そういうことならおまかせあれ! 海中に適応したミミック達を派遣させていただきます!」

 

「でも社長、箱はどうするんです?」

 

私の問いにふっふーんと笑った社長はコンコンと自分が入った宝箱をつついた。貝殻型に加工されているそれを。

 

「あぁ!なるほど!」

 

「それだけじゃないわ、私に一つ思いついたことがあるの!」

 

にんまり笑った社長はくるりとイガさん達の方を向いた。

 

「宝箱を狙う冒険者を宝箱ミミックが撃退するように、真珠貝を狙う冒険者は真珠貝ミミックが撃退してみせましょう! そして、隙間に逃げ込んだ冒険者を追いかける代物も提供させていただきます!」

 

フンスと胸を張る社長。しかしここは水の中、勢いよく出した鼻息があぶくとなる。

 

「あわわ… むっ」

 

社長は恥ずかしそうに、慌てて口と鼻を押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

帰り際、セレーンさん達に曳かれ浅瀬に舞い戻る。と、社長が一言。

 

「ねぇアスト、タコとかイカとか獲ってかない? 今日のおつまみにしましょう!」

 

「えぇ…」

 

今さっきその元締め(別にそういうわけではない)みたいな方達に会って来たというのに、その台詞は如何なものか。どう二の句を継げばいいか迷ってると、セレーンさん達が答えた。

 

「わかるわミミン社長! どうにもあの2人のとこいくとタコとか食べたくなっちゃうのよねー!」

 

まさかの同意である。唖然とする私を余所に、他のマーメイドの方達も話に乗ってきた。

 

「焼き物が出来るようになってからタコとかイカとか美味しくてしょうがなくなっちゃった!」

 

「そういえばこの間タゴのお爺ちゃんの足齧らせてもらったんだけど、あんま美味しくなかったわ。大きいから美味しいというわけでもないのねー」

 

…もはや何も言うまい。 会社に戻ったらイカスミパスタでも作って貰おうかな…。

 

 



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人間側 とある冒険者パーティーの海女

 

「よーし、ついたよー。全員命がけで頑張ってきてねー。 それじゃ、以下、よろしくー」

 

船頭の若干間延びした鼓舞が青空の下に響く。それを皮切りに、数艇の高速魔導艇から次々と乗っていた冒険者達が飛び込んでいく。勿論、私達3人も。

 

「――。――。 はい!魔法付与かんりょーう」

「装備忘れ物は無い? 船一旦帰っちゃうからね」 

「勿論、行くよ…せーの!」

 

「「「やっほー!」」」

 

パーティー揃って、船から勢いよく飛び降りる。中には空中で一回転してバシャンと着水した子も。

 

冷たい水が心地よい…が、これも楽しめるのは今だけ。唇が紫になるほど深く潜らなきゃいけないから。

 

 

 

 

私達のパーティーは今、『海溝ダンジョン』というところに来ている。正確には、その海面上だけど。

 

ここには一個回収するだけで暫く遊べるほどの超高価な巨大真珠が大量に眠っている。それを目当てにしているのだ。

 

え?そんなに沢山の同業者が同時に行って大丈夫なのか? 大丈夫、真珠は大量にあるから。いやいや、それよりも違う、危険な問題がある。

 

 

「あっ! 見て!」

 

メンバーの1人が既に遠くに消えかけの船を指さす。その真後ろから、巨大なタコの触手がザバァと上がり、追いかけているではないか。

 

普通の船ならたちどころに捕まり巻き潰されるところだが、高速艇だからギリギリのところで振り切りなんとか逃げ続けている。

 

あの触手の正体、それは『クラーケン』。巨大なタコだかイカだかの姿をしていて、航海中の船を潰して海中に引きずり込むと恐れられているあの魔物である。この海溝ダンジョンは2匹のクラーケンの棲み処なのだ。

 

剣も魔法もほとんど弾力ある身体に弾かれ効かない。というか当たっても巨大すぎてダメージとならない。そして水中の魔物だから私達冒険者は圧倒的に不利。 クラーケンの姿を見たらそそくさ逃げるのが正しい対処法だったりする。

 

 

「今がチャンスだ! 潜れ潜れ!」

 

しかし、そのうちの一匹が船にご執心中。絶好のチャンスだと周囲の冒険者達は一斉に水中へと潜っていく。私達もそれに続く、が…。

 

「いやいるじゃん!」

 

水中に顔を入れた瞬間、真下に見えたのは白いイカのクラーケン。赤いタコのクラーケンより多い手をくねらせ戦闘モードを取っている。

 

「また運試しかぁ…仕方ない、行くよ!」

 

号令を出し、パーティーを動かす。これが先に述べた『危険な問題』。相手は手足(?)の多いクラーケン、数名で挑んだらたちどころに捕まって復活魔法陣送りにされてしまう。

 

だから、挑戦者を増やし、クラーケンが対処できなくなる隙を狙うのだ。当然ほとんどは仕留められてしまうが、運が良ければ海溝の中に潜り込める。

 

 

「ぐええ…」

「くそぅ!」

 

次々とクラーケンに縛られ力尽き、ぷかぁと海面まで浮かんでいく冒険者達。それを背に、私達のパーティーはなんとか全員が触手の網を潜り抜けることができた。よかった、最近海産物食べるの止めておいて。

 

 

 

 

 

 

「…もうライトつけていいかな?」

「多分…」

 

闇雲に深く潜り、真上を見やる。どうやらクラーケンには気づかれていなかったらしい。ほっと一息つく。…海の中で一息つくって、よくよく考えれば凄い体験してる。魔法さまさま。

 

でも、ここまでくればもう成功したようなもの。真珠を拾い、クラーケンにみつからないよう静かに浮上するだけ。さて、真珠貝を探さなきゃ。

 

 

カチリとライトをつけ、暗めの水中を泳ぐ。クラーケンの棲み処とあって、狂暴な鮫とかは全くいない。気軽に探索をすることができる。

 

と―。

 

「ん? リーダー、あれ!」

 

メンバーの1人が指さした先には、ぺかっと光るライト。動いている。こちらがカチカチとライトを点滅させると、向こうも気づいたらしく、点滅させながらこっちに寄ってきた。

 

「よぅ、お前達も逃げきれたのか?」

 

それは別パーティーの一団。最も、何人かやられたのか2人しかいなかったけども。

 

とはいえ仲間が増えるのは嬉しい事。いつクラーケンが帰ってくるかわからない現状、人手は多い方が良いもの。もうここまで来たら宝の奪い合いとか必要ないしね。

 

 

 

 

「おっあったぞ。真珠貝だ」

 

早速、別パーティーの人達が見つけてくれた。私達も後ろから覗かせてもらうことに。今日は何個獲れるかな。重いけど10個はほしいな、私がそう考えていた時だった。

 

「よいしょっ!」

カパンッ   ギュルッ!

 

「へ…? ぐえっ…!?」

 

貝の蓋が開けられた直後、中から何かが飛び出してくる。それは、蛸足のような触手。蓋を開けた冒険者は一瞬で絡めとられ、絞め殺された。

 

「「「「えぇ…」」」」

 

唖然とする私達と、別パーティーのメンバー。その間に死んだ冒険者はぷかぁっと海面に向かって浮かび上がり、真珠貝はパタンと蓋を閉じた。

 

「どういうこと…?」

 

「えっと、とりあえず…えいっ!」

 

困惑しながらも、私は真珠貝に剣を突き刺してみる。しかし…。

 

ギィンッ

「堅っ!」

 

海の中で攻撃の威力が弱まっているというのもあるのだろうけど、傷すらつかない。それどころか、再度触手を伸ばしてきたため、慌てて距離を取った。

 

「もしかしてあれ、ミミック?」

 

「あいつら海中にもいるの!? 嘘ぉ…」

 

 

 

 

それでも、何も獲らず帰るわけにはいかない。とりあえずミミック真珠貝から逃げ、別のを探しに。

 

すると、運よくすぐ見つかった。警戒しながら蓋を開けると…。

 

「やった! 当たり!」

 

中にはキラキラ輝く巨大真珠。一個目確保! 早速仲間の子が拾い上げ…。

 

パカンッ

「は?」

 

え…なんで…? なんで真珠が二つに割れたの…!? なんで真珠の中身が空洞なの…!?

 

ガブッ

「痛っ…! あばばば…あばばばばば…ごぼぼっ…」

 

ぼうっとしている間に、真珠を持ち上げていた仲間の子は苦しみだす。慌ててヒール魔法をかけるが、効果なし。力なくぷかぁっと浮かんでいってしまった。

 

一方ゴトンと貝の中に落ちた、半分に割れた真珠は…いや違う、これ蓋ついた真珠型の容器だ! だって中に赤と青の明らかな毒持ちウミヘビ達が棲みついているんだもん!

 

 

 

「…これ持って帰るわけにはいかないよね…」

 

カポンと蓋を閉じたウミヘビ入り真珠もどきを見ながら、仲間の子はぼそりと呟く。

 

「いや駄目でしょ…」

 

こんなもの持ち帰っても売れるわけない。むー…真珠のベッドとは羨ましい。

 

「仕方ないですし、他のを探しましょう。あのー…パーティー入れてくださいませんか?」

 

別パーティーだった人もそう提案してくれたので、臨時パーティー結成。よし、気を取り直して探索を続けよう、そう意気込んだ時だった。

 

「ひっ! 後ろ!」

 

仲間の子の叫びに、私は反射的に飛び退く。真上からズオッと現れたのは巨大な白い柱…じゃない、イカの触手。クラーケンだ…!

 

 

 

「あそこに洞穴があります…!」

「逃げよう…!」

 

慌ててライトを消し、近場の穴に逃げ込む私達。息を潜め、外の様子を窺う。

 

ズルリズルリと壁を這いずる音、そして穴の時折覆う影。どうやらクラーケンは周囲を警戒しているらしい。

 

でも、ここに居れば大丈夫。あの太い触手じゃここまで入ってこれない…。

 

「あれ…?」

 

ふと、その場にいた3人が眉を潜める。穴の中に何かが入ってきたのだ。

 

「もしかして、私達の他にも逃げてきた冒険者が…?」

「いや、魔物かもしれません…!」

 

岩陰に隠れながら警戒を強める。すると、その何かはパッとライトを点灯させた。

 

「…魔物じゃなさそう…?」

 

様子を確認に、3人そろって恐る恐る顔を出してみる。 でも…それが悪かった。

 

「「「へ…?」」」

 

瞬間、私達のおでこに赤く細い光が当てられる。そして…。

 

バシュッ ドスッドスッドスッ!

 

「マ゛ンッ!?」

「メ゛ンッ!?」

「ミ゛ッ…!?」

 

小さく悲鳴をあげる私達。ライトの元から、何かが飛んできて頭をヘッドショットして来たのだ。

 

 

 

 

「「「…はっ!?」」」

 

気づいたら港の教会の復活魔法陣の上にいた。どうやら即死してしまったらしい。

 

「なんだったの最期のやつ…!」

「わからないです…」

 

おでこを抑えながら困惑する2人。しかし、私は僅かに正体を見ていた。

 

いやでも…なんだったのあれ…? 潜水艦…いや、宝箱…? それなのに飛んできたのは魚だったような…。

 

なんか腹立ってきた…!今日は我慢していたお刺身とか焼き魚とかたっぷり食べてやる! 特に蛸と烏賊!

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

隠れていた冒険者が仕留められた後、彼女達の頭に刺さった何かがスポンと外れ泳ぎ出す。それは通称『宝箱ダツ』と呼ばれている魚魔物であった。

 

どんな厚手の鱗ですら貫くほどの尖った口をしており、海の中に落ちている箱に隠れ、獲物が近づいた瞬間勢いよく突き刺さり仕留める生態をもっている。

 

しかし臆病な性質のため、箱から遠くに離れることはないのだが…。

 

 

 

宝箱ダツ達はライトがつく謎の箱の元へと泳ぎ戻り、次々と入っていく。すると、箱からひょこりと何かが顔をのぞかせた。

 

「うーん…もういなさそうね! お仕事終わりっ。海中移動式ミミック宝箱、帰投しまーす!」

 

それは上位ミミックが一体。彼女は首を引っ込めると、なにかをごそごそ弄る。

 

すると、宝箱はその場でぐるりと半回転。背後についたスクリューを回しながらふよふよと穴の外に泳ぎ出て行った。

 

 



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顧客リスト№18 『ラミアのくねくね洞窟ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「曲がってるわねー」

「曲がってますねー」

 

本日もまた依頼を受けてダンジョン視察。社長を抱え、私はとある洞窟の中を歩いていた。

 

しかし、このどうくつやけにくねくねしている。上へ下へ、右へ左へ、斜めに曲がり、Uターンすらもあるその道全てには、鱗の様な模様がびっしりと刻まれていたりもする。

 

 

そして、なんていうのだろう、(かど)が無いというか…。

 

勿論丁字路や十字路のように道が分かれている場所はあるのだが、カクカクしていないのだ。どの道も大きめなカーブを描くように作られており、滑らかさすら感じられる。…なんかどこ歩いているのかわかんなくなってきた。

 

四角張ってるのはそこらへんに転がっている宝箱や壺、岩だけ。いや壺は丸いの多いか。

 

 

 

 

 

そんな曲がりくねった道の先に見えるのは、幾つもの小さい光。 と…。

 

シュルルル シュルルル

 

何十にも響き渡る、独特の移動音。もっと言えば、這いずり音。もうお分かりになった方もいるだろう。

 

先程から見えている小さな光は、ギョロリとした目の輝き。私達の来訪にむっくり鎌首をもたげ、チロチロと舌を出し入れするは細く、長く、このダンジョンのようにくねくねした存在達。

 

そう、蛇である。

 

 

 

「たっくさんいるわねー。うりうり」

 

私の身体をよじ登り、自らの箱まで来た蛇の頭を社長は撫でてあげる。傍から見たら完全に蛇使いである。

 

まあ、うち(我が社)にも群体型のミミックとして蛇はいるから社長も私もそこまで恐怖は感じない。ちょっと噛まれないか心配だけど。うちにいる蛇達と違って、普通に殺してくる毒持ってる子多いし。

 

でも、その心配もぶっちゃけ杞憂ではある。なにせここの蛇達はとある魔物達の眷属。彼女達が私達を噛むなと命令している以上、しっかりその言う事を聞いてくれる。

 

その上位魔物の正体はというと…。

 

 

ズルズルズル…

 

一際大きい這いずり音が聞こえてくる。まるで大蛇のよう…まあ普通サイズの蛇と比べたら大蛇であろう。

 

「やっほ。いらっしゃい社長、アストさん」

 

二つに割れた舌先をチロリと出しつつ、私達に軽く手と尾(って言って良いんだよね?)を振ったのは、上半身が人、下半身が蛇の姿の魔物『ラミア』が1人、今回の依頼主『ナアガ』さんである。

 

 

 

 

 

「道中滑んなかった? 結構床とかつるつるしてるでしょ。私達は大丈夫なんだけどね」

 

にょろんと身体を伸ばし、壁に張り付きながらそう聞いてくるナアガさん。なるほど。通路にやけに角が無いと思ったら、彼女達が移動する際に削れて円くなっているのかもしれない。

 

「大丈夫でしたよ!」

「よかったー」

 

そう笑いあう社長達。私は気になってナアガさんの身体をしげしげ見やる。

 

上半身の2倍、いや3倍以上は間違いなくある下半身の蛇部分は太く、鱗がびっしり。今もナアガさんの尾らへんは軽くとぐろを巻いてる。

 

なのに、上半身の女性の身体は私と同じ柔らかな肌。しかもスレンダーで巨乳。同じ女性である私も羨ましくなるほど艶めかしい。

 

その半身同士の境目はどうなっているのか凄い気になるが、残念ながらスカート?ヒップスカーフ?みたいな腰布で隠されている。

 

そして、へそ出しである。もっと言えばビキニと腰布しか身に着けてない。他の魔物の女性達もへそ出し多いし、私も出すべきなのかなぁ。

 

あ、蛇の足ならば太ももの太さとか気にする必要なかったりするのかな。それなら羨ましい…。

 

 

 

 

 

ナアガさんに案内され、ダンジョンの中の開けた場所に出る。そこには他のラミアの方たちもいた。

 

「丁度私達ラミアのご飯の時間なんだ。今日多めに獲ってきたから、食べてく?」

 

そう言いながら、ナアガさんが持ってきたのはジュージューと美味しそうに焼けた大きな骨つき肉。よく漫画とかで見る、顔と同じぐらいのサイズである。

 

「わーい!いただきまーす!」

 

社長はガブリとかぶりつく。そして、美味ひい!と満面の笑みを浮かべた。

 

…しかし、少女な体の社長が持つと、お肉の大きさが凄く際立つ。私も貰ったけど、食べきれるだろうか…?

 

少なくとも、結構な時間は掛かりそうかも。そう思いながらふとナアガさんの方を見やると―

 

「あーーーむっ」

 

えっ!? 一口…!?

 

 

ナアガさんだけではない。顎が外れてるんじゃないかと見紛うほどにパカァと大きく口を開け、他のラミア達も次々と顔大の骨付き肉を食べ…もとい呑み込んでいく。

 

ぽかんとする私を余所に、彼女達の口からはポンッと骨が。綺麗にお肉だけ食べた様子である。すると、ナアガさんは一言。

 

「うん。良い喉越し」

 

焼き肉の喉越しって何…?

 

 

 

「ちょっとお腹いっぱいになってきちゃった…。凄いですね…これ一口でなんて」

 

「私達、蛇だから。自分の顔と同じ大きさぐらいの物なら簡単にいけるよ」

 

私にそう答えたナアガさんは、何か思いついたのかしゅるりと身体を動かす。次の瞬間、先程までの比較的ゆっくりとした移動速度とは比べ物にならないほどの速さで私に巻き付いてきた。

 

「ひゃぁっ!?」

 

ちょっとぼうっとしていた私は一切抵抗出来ず雁字搦めに。気づくとナアガさんの顔は真横にあり、彼女は耳元で舌なめずりしながら囁いた。

 

「こうやってね、獲物を捕まえるの。社長ぐらいならばそのまま、アストさんサイズならぎゅっと巻き潰して、頭から一気に…」

 

「ひぇっ…」

パクンッ

 

思わず目を瞑ってしまった。あれ…でも、食べられた感じでは…。手が生暖かっ!

 

「お腹いっぱいみたいだから貰っちゃった」

 

もぐもぐ声のナアガさんの言葉で気づいた。手にしていた肉が消えている。有難いんだけども、心臓に悪い…。

 

「ごちそうさまでした!」

 

社長は社長で骨付き肉食べきってるし。

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、お仕事にとりかかりましょう! ご依頼内容はなんでしょう?」

 

食事が終わり、商談モードの社長。ナアガさんも自らのとぐろを椅子代わりに座り直した。

 

「最近冒険者増えてきちゃったから、その対策にお願いしたいんだけど」

 

「あらま、因みに狙われているものとかお聞かせして頂いても?」

 

「うん」

 

と、ナアガさんは仲間に何かを持ってきてもらう。それは―。

 

「わっ。長いですね」

 

人が簡単に入れそうなほど太く、長い蛇の抜け殻。ただし胴から先がないから恐らくラミア達の抜け殻であろう。鱗の形もしっかり浮き出ており、乾いているというのに引っ張っても簡単に破れない。

 

「これは蛇皮系装備や幸運アイテムの素材となってますね。特にこれとかは質がとても良いですし、かなり高値で流通してます」

 

『鑑識眼』から見出した情報を私はそらんじる。ナアガさんはこくりと頷いた。

 

「そ。この他にも、眷属の蛇達もよく倒されちゃってる。時には私達の身体から鱗を無理やり剥ごうとする冒険者もいたりするの。あとね…この子達がよく追われちゃう」

 

と、ナアガさんは尻尾の先を動かす。近くの箱にすぽっと入れると、何か器用に掴み取り出してきた。

 

「あれって…がらがら?」

 

それはあやす時に使われるあの玩具。これが本当のガラガラヘビ…なんちゃって。

 

 

 

「皆、怖がらないで出ておいで」

ガラガラガラ

 

尻尾ふりふり、ガラガラをかき鳴らすナアガさん。すると、至る所から…。

 

「「「チー!」」」

 

可愛らしい鳴き声。そして―。

 

シュバッ!

 

「うん…?」

 

一瞬そこの岩陰を何か通過したような…。目を擦って見るけども、もう何もいない。

 

「わっ!もしかしてこの子達…!」

 

社長はやけに驚いた顔をしながら足元を見ている。一体何が…?

 

「「「チー!!」」」

 

「うそ…!」

 

そこにいたのは、蛇…だけども、全く長くない。そして、その胴部分はがずんぐりと太い。これってもしかして…

 

「「ツチノコ…!!?」」

 

 

 

 

びょ~~んと凄いジャンプをし、私達の腕の中にスポリと入ってきたツチノコ達。ナアガさんに安全だと教えて貰ったからか、やけに懐いてくる。

 

「始めて見ました…」

 

傍に寄ってきた子をころころと転がしてあげながら、目を丸くしている社長。私も初めて見た…。

 

滅多に見つからないことから、存在がほぼほぼ伝説のような魔物、『ツチノコ』。幸運の象徴とされており、多額の賞金を懸けている商人や貴族王族は結構いるのだ。

 

「この子達警戒心が強いから基本捕まらないんだけど、極稀に連れ去られちゃうの。特に最近は」

 

自分のところに飛んできたツチノコをむにんむにんと揉み撫でながら、そう説明してくれるナアガさんであった。

 

 

 

「あ。ミミックを借りるお代は私達の脱皮した皮で大丈夫? どうせ要らないものだし、いくらでも持って行っちゃっていいよ」

 

「問題ありませんよ! こちらカタログでーす!」

 

ナアガさんの言葉に胸をポムンと叩いて請け合う社長。箱から出したカタログはツチノコ達がナアガさんの元へもっていってくれた。力持ち。

 

 

 

ペラペラとカタログを捲り、目を通していくナアガさん。と、彼女の手が止まった。

 

「ふむふむ…お? この蛇は何?」

 

「それは『群体型ミミック』の一種、『宝箱ヘビ』ですね。ひと噛みで冒険者を麻痺させ、どんな回復魔法も効かない毒をもっている子で…」

 

そう説明する社長。しかし、何故かナアガさんは静かに首を横に振った。

 

「あー…多分その子は駄目かもしれない」

 

 

 

 

 

 

「へ? なんでですか?」

 

頭に?マークを浮かべ首を傾げる社長。するとナアガさんは説明し忘れてた、と残し一旦どこかへ。少しして戻ってきた彼女の手には、妙なものが握られていた。

 

「これって…」

「笛、ですね…?」

 

それは一部が球状に膨らんだ木のような材質だが、幾つかの穴が空いており、吹き口もついている。なんか珍しい形。

 

「アスト、わかる?」

「ちょっと待ってくださいね…。 えーと…『蛇使いの魔笛』…?」

 

鑑識眼が弾き出したのは、そんな名前の魔法アイテム名。因みに結構な値段がする代物っぽい。

 

ん…? 蛇使い…? もしかして…。

 

 

 

「ちょっと吹き続けてみて」

 

ナアガさんにそう言われ、私は恐る恐る息を吹き入れてみた。

 

ポ~♪ペペラァ~♪ピヒャラ~♪

 

民族楽器みたいな独特な音楽。魔法アイテムだからか勝手に指が動いて曲を奏でてくれるし意外と楽しい。

 

だが、そんな私の前では思わぬ光景が始まっていた。

 

 

 

「あぅ…やっぱ逆らえないか…」

 

突然立ち上がったナアガさん。歪み気な顔とは対照的に、蛇の尾と人のお腹がくねん、くねん。激しいベリーダンスを始めたではないか。揺れる腰布と綺麗なおへそ&胸が実に妖艶。

 

いや、彼女だけではない。食休憩として寝っ転がっていた他ラミア達、周囲にいた蛇達、社長と遊んでいたツチノコ達まで…!器用に尾で立ち、長い身体を右へ左へダンシング。

 

私が吹く笛の音楽に合わせ、その場は熱烈なダンス会場に。…社長まで踊り始めちゃった。自発的にだけど。

 

 

 

「アストさん、吹くの止めてぇ…」

 

ナアガさんの言葉に慌てて笛から口を離す。その瞬間音楽は止まり、踊っていた皆(社長以外)はその場にひょろひょろと崩れ落ちた。

 

「ご飯食べた直後だから横腹が…」

 

お腹をさすさすしながら床に潰れるナアガさん。なんか申し訳ない…。

 

「まあ…こんな感じで冒険者に操られちゃって。隠れていても思わず身体を晒しちゃうせいで上手く抵抗できないし、素早いツチノコ達も上手く逃げられないみたいなの」

 

蛇使いの魔笛の効果は絶大らしい。いくら敵をあっという間に縛り上げ、毒牙で仕留める蛇達と言えど、強制的に踊らされてしまえば何もできない。

 

もし普通のダンジョンでこんな笛なんか吹いたら忽ち他の魔物達が駆け付けるだろう。でも、ここには蛇達しかいない。まさに天敵。私達ミミックに頼ってくるのもわかる。

 

 

「自分達で遊ぶだけなら楽しいんだけど…。社長、なんとかなる?」

 

「えぇ!お任せを! 我が社には他にもミミックはいますから! いい子達を派遣させていただきます!」

 

ナアガさんのすがるような言葉に、未だ身体を揺らし踊っていた社長はピースサインを出した。

 

「あと、良い方法思いつきました! これを使いましょう!」

 

そう言い、社長が手にしたのは…。

 

「私達の抜け殻?」

 

さっきから横にあった、代金としても貰った蛇の皮。首を捻るナアガさん達に向け、社長は自信満々に言い切った。

 

「はい! ミミックは擬態するもの。それは別に動かぬ箱だけじゃありませんから!」

 

 



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人間側 とある女傭兵の潜入

 

 

「こちらスネーク。ダンジョン内に潜入した」

 

魔法の通信機に一報を入れる。すると、耳に着けた受信機から相棒の返答が帰ってきた。

 

「了解スネーク。これより、『スネークイーター作戦』を開始する!」

 

 

 

 

 

私は冒険者ギルドに所属している傭兵だ。『スネーク』という通り名を持っており、腕利きとして名を馳せている。

 

今回はとある古馴染みの依頼を受け、『くねくね洞窟ダンジョン』という場所に身を投じている。

 

 

その依頼とは、幻の存在『ツチノコ』を捕獲(キャプチャー)すること。かの存在がこのダンジョンに棲みついているという情報を受け、単身で潜入を果たした。

 

…だが、寄りにもよってその作戦名は如何なものか。食う気も食われる気もない。まあ、蛇の…特にツチノコの味には興味はあるが。

 

 

 

 

「しかし…こうも蛇が多いと進むのが難しいな」

 

このくねくね洞窟ダンジョンには蛇が大量に棲みついている。何も考えずに足を踏み入れたらたちどころに噛まれ、復活魔法陣送りとなる。

 

歴戦の傭兵である私でさえ、専用の特殊装束と訓練を積み習得した隠密技術がなければ既に終わっていただろう。

 

幸い、うまく気配を殺すこと(カムフラージュ)が出来ている。蛇達は私を敵と認識していない。この調子で奥地まで潜り、任務(ミッション)完了(コンプリート)させるとしようか。

 

 

「―!」

 

この場に接近する何者かの気配を感じ取り、私は即座に身を隠す。このダンジョンは曲がり角という角がなく、ほとんどがカーブで構成されているから少々潜むには辛い。

 

しかし、こんな時のために秘密兵器を持ってきてある。…これだ。折り畳み可能な、紙を特殊な構造で重ねた箱。どこにでもある、『段ボール箱』だ。

 

これを被れば…、完璧だ。

 

 

冒険者の天敵ミミックから着想を得て使用を始めたものだが、存外相手にバレない。特にこのダンジョンのように道端に壺や箱が置いてある場所では隠密率は100%を超える。

 

加えて、内部は案外心地よい。安らぎすら感じる。 それにこのまま移動も出来る。まさに万能の存在だ。

 

僅かに開けた段ボールの穴から外の様子を見る。と、別の道の先から現れたのは―、なんだ、同業者じゃないか。

 

 

 

 

「うええ…蛇まみれで気持ち悪いぜ…」

 

「贅沢言うな。上手く蛇皮をゲットできれば幸運のペンダントが作れるんだぞ。それに、行運が良ければあの『ツチノコ』を捕まえられるかも…!」

 

おっかなびっくり、蛇を踏まないように慎重に歩いてきたのは4人組の冒険者。少し悪いが、彼らに少し囮になってもらうことにしよう。

 

 

 

 

「ここいらでいいかな。気を抜くなよ!」

 

少し進んだ先にあったのは、開けたダンジョンのとある部屋。そこで冒険者は一斉に武器を引き抜いた。

 

瞬間、その場で寛いでいた蛇達はピクッと顔を上げる。そして―。

 

「「「シャアアア!」」」

 

一斉に冒険者パーティーへと飛び掛かった。

 

 

 

「ひっ…!?」

「怯むな! 剣をひたすら振れ!」

 

「痛っ! 噛まれた…!」

「解毒魔法、詠唱します!」

 

押し寄せる蛇達を必死に捌いていく冒険者達。しっかりヒーラーもいるからか、中々に良い勝負を繰り広げている。

 

と、そんな時だった。

 

「あ、あれ?蛇が…?」

「どこ行くんだ…?」

 

形勢不利と悟ったのか、あれだけ襲い掛かっていた蛇達が突然に逃げ始めた。そして、近くの箱へと身を潜めたではないか。

 

「それで隠れたつもりか? アレを使うぞ!」

 

ニヤリと笑ったパーティーのリーダー格は、そう仲間に号令を出す。すると、その内の1人がバッグから何かを取り出した。

 

「あれは…?」

 

それは見たことのない笛。気になるな…。魔法の通信機で相棒に聞いてみるとするか。周波数を合わせて、と…。

 

 

「あぁ、きっとそれは『蛇使いの魔笛』だね。魔力はかなり消費するけど、ほとんどの蛇魔物を踊らせることのできる優れものさ」

 

通信越しに返ってきた回答はそれ。私は思わずため息をついてしまった。

 

「そんなものがあるなら何故教えてくれなかった?」

 

「君ならナイフと麻酔矢で事足りるかと思って…ごめんよ、スネーク」

 

 

 

 

「よーし、吹くぞー…」

ポ~♪ペペラァ~♪ピヒャラ~♪

 

そうこうしているうちに冒険者が笛を吹き始めた。なんとも独特な音楽だ。すると―。

 

パカッ ニョロッ ニョロッ

 

箱や壺が開き、中から次々と蛇が身体を覗かせる。ほう、面白いじゃないか。あれならば簡単に蛇を仕留めることが出来る。

 

そして、ツチノコも簡単に捕獲できるだろう。そうだ、一旦退いて、あの笛を入手してから再度挑むとしよう。

 

 

と、私が段ボールを静かに動かし撤退しようとした時だった。

 

「ぐえっ…!」

 

聞こえてきたのは冒険者が一人の悲鳴。ピタリと足を止め背後を見やると、とんでもないことになっていた。

 

4人パーティーの内1人が、箱と壺から出てきた一際長い蛇に絞め殺されているではないか。

 

 

 

「嘘だろ…!? 笛を吹きっぱなのに何故動けるんだ…!?」

 

驚愕の様子のリーダー格冒険者。他二人も困惑している。なにせ蛇を強制的に踊らさせるはずの魔法アイテムが効かないとあっては、そう固まるのもわかる。

 

しかし…どこか違和感があるな。あの長い蛇以外は今も音楽に合わせ踊り狂っている。何故あの二匹だけ…? 箱から…

 

「…もしや、そういうことか!」

 

私は段ボールから抜け出し、素早く冒険者達の元へ。手にしていた麻酔矢を、長い蛇…もとい()()へと撃ち込んだ。

 

「お前達、離れるんだ! そいつは『ミミック』だ!」

 

私の忠告と共に、触手は地面へと落ちる。すると、まるで蛇の抜け殻のようなものが触手からずるりと外れた。

 

やはりか…。こいつら、蛇に擬態していた…!

 

 

 

 

「ゲホゲホ…死んだかと思った…」

「いや死んだのですけどね?」

 

「助かったぜアンタ…あやうく全滅するとこだった」

 

絞め殺された冒険者も蘇生し、とりあえず一段落。なし崩し的に私もパーティーに参加することになった。未だツチノコは見つかっていない、人手は多い方が良い。

 

 

だが、そんな折―。

 

「侵入者…! 出てけ…!」

 

このダンジョンの主、ラミア達が幾匹か雁首…もとい鎌首揃えてやってきてしまった。

 

 

 

…正直な話、ラミアの相手は苦手だ。

 

完全人型ならば、培った近接格闘術でいとも簡単に倒せる。しかし、あの蛇の下半身は実に厄介。関節技が効きにくく、一瞬でも隙を見せればたちどころに拘束されてしまう。

 

だからこその隠密作戦(スニーキング)だったのだが、こうなってしまえば正面突破しかない。チャキッとナイフと麻酔矢を構える私だったが、それより先にパーティーのリーダーが進み出た。

 

「まあ俺達に任せろ。ミミックを仕留めて貰った今、『蛇使いの魔笛』で!」

 

ポ~♪ペペラァ~♪ピヒャラ~♪

 

彼の合図で、笛は再度響き渡る。すると、こちらを睨みつけていたラミア達の顔つきは一転し蒼ざめた。

 

そして次には彼女達の尾がうねん、手がくねん。腰とお腹を小刻みに振り、妖艶なダンスを踊り出した。

 

 

「またその笛…!」

「酷い…!」

 

シャアアッと細長い舌を出し怒りながらも、ラミア達は華麗に舞い続ける。強制的に踊らされているとは思えないぐらい見事なものだ。

 

「ヒューッ! 見ろよやつのあの胸を! まるでスイカみてえだ!」

 

冒険者パーティーの男衆はそんなラミア達に下卑た視線を送っている。節操のない奴らめ…。ん…?

 

 

「―あれは!」

 

ラミア達の一番後ろ。太い胴体をぐねんぐねん動かし踊っている小さい蛇がいる。間違いない、ツチノコだ!

 

素早く捕えるのが困難なツチノコも、あれならば…!今が最大の好機! 急ぎラミア達の隙間を掻い潜り、捕獲を…!

 

「おっと!」

ギュルッ!

 

「…何っ!?」

 

ツチノコまであと数十センチのとこで、私の身体は何者かに縛られた。馬鹿な…ラミアは全員踊っていた、動ける者はいなかったはず…!

 

「そぅれっ!」

 

抵抗間に合わず、私は勢いよくぶん投げられ宙を舞う。なんとか着地に成功したが、冒険者達の元まで戻されてしまった。

 

「ぎゃあっ…!」

 

それと同時に、聞こえてきたのは笛を吹いていた冒険者の悲鳴。ハッと見ると、ラミアの一匹がそいつを地面に叩きつけ笛を奪い取っていた。

 

「待たせたねぇ、ラミアの皆! これでもう大丈夫!」

 

笛をバキっと折りながら、そのラミアは仲間に呼びかける。身体が自由になった彼女達は一斉に私達に襲い掛かってきた。

 

 

 

 

「「「「ぐええっ…」」」」

 

あっという間に冒険者パーティーは絞め殺され全滅。残るは私だけになってしまった。頼みの綱の笛が壊された今、圧倒的不利だ…。

 

しかし何故だ…? 何故あのラミアだけ音楽鳴り響く中を動けた?せめてその謎を解き明かすまでは死ぬことはできない…!

 

「くっ…こいつ強い…!」

「ちょこまかと…!」

 

私の動きに翻弄され、苛立つラミア達。と―。

 

「私に任せて! さあ、こい!」

 

しめた。さっきの、音楽の中動けていたラミアだ。こいつだけは仕留めてやろう。攻撃を躱し、ナイフをその胸に…!

 

「ほいっと!」

 

な…!? ラミアの上半身が消えた…だと…!?

 

「こっちよこっち」

 

その呼び声に誘われ、視線を真下に移す。そこには…蛇の胴体に引っ込み手を振るラミア(?)がいた。

 

「これで終わり!」

 

唖然とする私に、ラミアもどきから幾本もの触手が伸びてくる。その触手の形状、見覚えがある。

 

「お前…上位ミミックか!」

 

「せいかーい! いい出来でしょこの尾っぽ」

 

私を縛り上げながら、自らが入った蛇の尾…もとい蛇の尾型の箱?を動かすミミック。まさか…ミミックが箱以外に、しかも魔物に擬態するとは…!

 

暗めのダンジョン内ということもあるだろうが、ぱっと見では周りのラミア達と違いが良く分からないほど精巧にできている。恐らく、ラミアの抜け殻を使っているのだろう。

 

尾と身体の接続部も、ラミア達がつけている腰布で隠されている。どれがラミアでどれがミミックはの見分けなぞつかない。恐るべきミミック達だ…。

 

 

しまった…縛られた拍子に耳に嵌めていた魔法通信機の受信機が…!

 

「スネーク…! スネーク…!? スネエエエエエク…!」

 

相棒の悲痛な呼びかけが聞こえてくるが、もう答えられない。 再会(再開)は復活魔法陣でとなるだろう。

 

任務失敗…GAME OVER SNAKE IS DEAD …。

 

 



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顧客リスト№19 『ケンタウロスの高原ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

天は高く、青く澄み渡る。僅かに浮かぶ雲はたおやかに流れていく。

 

「すぅうう…ふいいいぃ…!」

 

そんな青空を見上げながら、私は深呼吸。青々とした芝生の香りを含んだ爽やかな空気が一呼吸ごとに体に満ち満ちていく。

 

時折吹きつける風は冷たく、心地よい。私の髪や羽、服をさらさらと揺らしてくれるそれは、残暑厳しい最近の記憶を吹き流し、忘れさせてくれるよう。

 

視線を少し下に下げると、遠くに見えるは雪を微かに纏った霊峰群。さらに下には、今いる場所と同じような草原や針葉樹林、そして日光を受けきらきら煌めく湖。山羊や羊が放牧されている様子や畑も見える。

 

ここはちょっと標高が高い位置にある『高原ダンジョン』という場所。ダンジョンなのに視界を遮るものはなく、敷地のほとんどは広がる草原や小石道。それでもここに棲む者たちには問題ない…というかこのほうが良い。

 

それにしても…海とかに行かなくてもこんな涼しい体験ができるなんて。草原にぱたりと横たわって口笛でも吹きながらひと眠りしたい気分…!

 

…ハッ! 危ない危ない…仕事で来ているの忘れかけた…。

 

 

 

 

パカラッパカラッ

 

そんな折、どこからか馬が駆けてくるような音が。それは私の背後でぴたりと止まった。

 

「姫様、お迎えに参りましたよ」

 

聞こえてきたのは乙女なら一度は憧れるシチュとセリフ。私は思わず振り向いた。ただし…半笑いで。

 

だって、そのセリフを口にしたのは『白馬に乗った王子様』じゃないんだもの。

 

 

「…王子様役、似合いませんね」

 

笑いをこらえながら、そう突っ込んでしまう。すると白馬に乗った王子…王女?いやいや、我らが社長は頬を膨らませた。

 

「じゃあアストがやりなさいよー!」

 

 

 

その正体、『白馬に乗った王子様』もとい、『白馬に乗ったミミン社長』。鞍に自らの入る箱を乗せた形で乗馬中である。

 

しかもその状態でついさっきまでその状態で草原を駆け抜けていたのだ。 転げ落ちてないの凄い。

 

 

あ、そうそう。『白馬に乗った社長』というのも間違っている。正確には―。

 

「そうか? 私は社長の王子様、似合ってると思うぞ。先ほど草原を駆けていた時、上手く私を乗りこなしていたからな」

 

随分と変わった理由で社長を褒めるのは馬の従者ではない。馬本人。というか、馬じゃない。半人半馬の魔物『ケンタウロス』なのだ。

 

そして社長を背負ってくれているのは、今回の依頼主である女性ケンタウロス『ケイロ』さん。美しい容姿によく映える白く長い髪、そしてそれと同じく純白な身体を持つ方である。

 

まあだから、正しくは『白ケンタウロスに乗った社長』というわけわからないものになってる。そりゃ半笑いにもなる。 決してケイロさんのほうが王子様っぽいと言ってはいけない。

 

 

 

 

 

「はいよーっ!」

 

掛け声一つ、ケイロさんはパカパカと歩き出す。私は他のケンタウロスの方の背に。歩かれる度に緩やかに揺れる感じが存外楽しい。

 

上半身は人で下半身は馬なケンタウロスだが、その下半身部分は馬の頸部あたりから下の胴体部全部という出で立ち。

 

そのため体の全長は結構大きく、社長はおろか私ですらその背に座れるほど。手綱がない分ちょっと掴まるのが大変だけど。

 

 

 

 

 

「そういえばケイロさん。さっき社長に『上手く乗りこなしていた』と仰っていましたけど…」

 

馬上に腰かけたまま、私は何とはなしに聞いてみる。するとケイロさんは歩調を合わせながらふふっとほほ笑んだ。

 

「あぁ。ミミン社長のロデオの腕は素晴らしい。いくら鞍の上に乗せているとはいえ、紐で縛ってもいない宝箱なんてすぐにでも滑り落ちると思っていたんだが…」

 

うん、まあ私もそう思っていた。ここに来てすぐ『背中に乗せてください!』と社長がねだったため恐る恐るケイロさんの背に乗せさせて貰ったのだが、その時の社長の箱は明らかにぐらつき気味だった。

 

しかし、それが今や鞍の上にぴったり鎮座。糊でくっつけたみたいである。

 

「いくら速度を上げても、高く跳んでも、軽く暴れてみても落ちるどころか一切ズレることすらない。素晴らしいバランス感覚だ、社長」

 

「走っているときの風を切る感触、とっても気持ちよかったですよケイロさん!」

 

ケイロさんのその言葉に、社長はにへへと笑いながらそう返した。

 

 

まさか社長に乗馬の才があったとは。普段から箱を乗り回しているからなのだろうか。それは凄い、いや本当に凄いことなのだが…。

 

「…なんで社長、ケイロさんの髪を梳いているんですか?」

 

だめだ、堪えきれずついツッコんでしまった。だって社長、なぜか手を櫛状に変えてケイロさんの髪を整えているんだもの。

 

「ケイロさんせっかく綺麗な髪しているのに、走るたびにぼさぼさになっちゃってるから…。編んであげようと思って!」

 

そう言いながらも社長の手は動き続ける。あれよあれよという間にケイロさんの髪は三つ編みに。

 

「はい!こんな感じでどうでしょう!」

 

毛先あたりに真っ赤なリボンを結び、ポンと手を打った社長。あっ、結構似合ってる…!

 

「私にこんな可愛い髪型は…」

 

社長から手渡された手鏡を見ながら、悶え気味のケイロさん。しかし内心嬉しいのか、尻尾は上がり、足がスキップ気味。

 

「似合ってるわよケイロ!」

 

私を乗せているケンタウロスの方もそう褒めちぎる。そういえば馬の(たてがみ)もお洒落に結ぶことがあるというし、似合わない道理はない。

 

「もしお邪魔だと感じましたら頭の後ろで小さくまとめることもできますよ!」

 

ふふんと胸を張る社長。楽しくなったのか、くるりと後ろを向く。そこには、ぱさぱさと動くケイロさんの尾。

 

「こっちのほうもぼさぼさ気味ですし、やっちゃいましょー!」

 

半ば許可を取らず、ケイロさんの尾に触れる社長。が、それが悪かった。

 

「ひひぃんっ!?」

 

甲高い声を上げ、突如前足をぐおっと上げるケイロさん。

 

「わっ…!?」

 

気を抜いていた社長は流石に耐え切れず箱ごところりと落馬。そこへ…。

 

ドカァッ!

 

ケイロさんの見事なる後ろ足キック。社長の箱は思いっきり宙を舞った。

 

…いや当たり前である。馬の体とはいえお尻に触れたのだもの。同じ女性とはいえ、蹴られて当然と言うしかない。

 

 

「す、すまない…!」

 

吹き飛んだ箱を慌てて回収するケイロさん。すると蓋はぱかっと空き、社長が照れくさそうに現れた。

 

「こちらこそごめんなさい…。ちょっと調子に乗りすぎました…」

 

どうやらガードは間に合った模様。まったく…社長は時折私の尻尾にもじゃれてくるけど、セクハラはせめて私だけに留めておいてほしいものである。

 

 

 

 

 

「よし…と! はい、こんなんでどうでしょう!」

 

「おぉ…!いい感じだ。動かしやすい!」

 

結局尻尾も綺麗に編み上げた社長。ケイロさんは終始くすぐったそうにしていたが、出来上がった尾をぴょこぴょこ動かしご満悦。

 

そんな間に私も自分が乗せてもらっているケンタウロスの方の髪を整えてあげた。社長の毎朝の身支度は私がやってあげること多いし、手慣れたもの。

 

 

「さてさて!ではご商談に移りましょう! 何があったのですか?」

 

こほんと咳払い一つ、社長は本題に入る。ケイロさんはコクリと頷き話始めた。

 

「ついこの頃、ちょっと面倒な冒険者が入ってくるようになってな。奴らの狙いは色々だ。私達が育てている家畜や農作物、生えている薬草や木材、そしてこれだったりする」

 

と、ケイロさんは上半身の背に背負っていた弓を取り外し装備して見せた。見た目は素朴だが、一目でかなりの魔力が宿っているのが窺える。

 

 

別に彼女だけではない。私が乗せてもらっている方の背にも、そこらへんに歩いているケンタウロス達の背にも、総じて弓と矢筒がかけられている。

 

これは、彼女達が弓術を得意とするからなのだ。その弓の腕はあのエルフに並ぶほどと言われている。

 

因みにエルフが魔法を籠めた魔法矢で戦うことが多いのに対して、彼女達ケンタウロスはその馬足のフットワークを活かし高速移動しながら矢を放つスタイルらしい。

 

 

そのためか、彼女達お手製の弓矢は非常に質が良い。それ自体も、その材料となる木材も大変高値で取引されてしまうのである。

 

他にも生えている薬草はこの高原でしか手に入らない貴重な物であり、家畜や作物もかなり珍しい種ばかり。冒険者達にとってはここは宝の山ならぬ宝の高原である。…こんな素晴らしい景色なのに。

 

 

 

いや、それよりももっと気になることがあった。ついさっき、ケンタウロスの髪の毛を弄らせてもらったからわかったことだが、事は予想以上に深刻そうだ。

 

いつそのことを切り出そうかと迷っていると、ケイロさんは自らの三つ編みをふにふにと触りだした。そしてゆっくり言葉を続けた。

 

「それとな、私達自身も狙われるんだ。狙いはこれ、私達の髪の毛や尾の毛、蹄だ」

 

 

そう。彼女達の髪の毛に、私の魔眼『鑑識眼』が思いっきし反応したのだ。それはつまり、ケンタウロスの髪とかが素材として取引されているということ。ケイロさん達の髪が荒れていたのは走った風のせいではなく、こっちの存在が大きいのかもしれない。

 

しかし、それと同時に私は気になっていた。彼女達は弓の名手であり、陸上最速格の魔物、ケンタウロス。そして視界を阻むものがないこの高原という最高のロケーション。

 

いくら冒険者が手練れでも、彼女達なら先に反応して対処できるはず。一体どういうことかと聞いてみると、ケイロさん達は顔を歪めた。

 

「冒険者の連中、足の速い召喚獣に乗り、盾を使って近づいてくる。そうされると弓では対抗できなくてな…あれよあれよと投げ縄で捕まり、毛を毟られ蹄を削られてしまうんだ」

 

「アタシもやられたわ、ブチブチって遠慮なく。せめて鋏使いなさいよね…。特に蹄削られちゃうと暫くうまく走れなくなっちゃうし…」

 

はぁ、と溜息をつく彼女達。ケイロさんは改めて社長に頭を下げた。

 

「頼む社長。私達の好物であるホースキャロットもつける!」

 

…ちなみにホースキャロットとというのは、高原でしか育たない特殊作物のこと。それを馬に食べさせればどんなじゃじゃ馬でも言う事を聞くという美味しい人参である。 やっぱりケイロさん達も馬なんだ。

 

そんな物を差し出すとは、中々に死活問題のよう。社長と私はほぼ同時に『おまかせあれ!』と胸を叩いた。

 

 

 

 

しかし、どうすればいいのだろうか。依頼は有難いが、ここはほとんどが開けた草原。岩や木はごく少数で、棲んでいる魔物もケンタウロスと彼女達が育てる家畜のみ。ミミックを置こうにも…。

 

私が頭を悩ます中、社長はカタログを取り出し、器用にケイロさんの前に回して見せてあげていた。

 

「そうですねー。畑や倉庫、おうちにはこの子達を使ってオーソドックスに行きましょう。そして、ケンタウロスの皆さんを守る方法ですが…」

 

そこで一旦言葉を切る社長。何か考えているようだが、ふと軽く首を傾けた。

 

「ケイロさん、私、重くないですか?」

 

ここに来て体重の質問? 社長にしては珍しい。私が持っても大して重くはないのだから、馬の身体を持つケンタウロス達には…。

 

「全然だ。乗っていることすらわからなくなるほどだな」

 

でしょうね、と返したくなるケイロさんの回答。社長はほうほうと相槌を打ち、くるりと私を乗せてくれているケンタウロスの方を向いた。

 

「ではアストはどうですか? 重くないですか?」

 

 

「んなっ!?」

いや何てこと聞いてるの社長…!? 変な声出ちゃった…! 

 

最近食べ過ぎ気味だったけどヨガとか運動とかやってるし…そんな太ってないはず…。あっ、今のうちにちょっと羽ばたいて浮遊すれば…。

 

「こらアスト、無駄な抵抗をしようとしないの。必要だから聞いてるんだから」

 

速攻バレた。酷い。社長は少女体形だから気兼ねなくそんな質問が出来るのだろうけど、私は結構気を遣っているのに…。

 

そうブー垂れたかったが、それより先に私を乗せてくれているケンタウロスの方が笑いながら答えた。

 

「軽いもんよ! 寧ろいい感じの重さで心地いいわね」

 

…それは痩せているという意味なのか?太っているという意味なのか?それとも適正体重という意味なのか?? 

 

「ふむふむ、つまり人1人分の重量ならば問題ないと」

 

社長は何もツッコまず頷くだけ。てかその程度なら私の体重で確かめてもらう必要は…いやあるのだろうけど…なんか腑に落ちない…もう…。

 

 

「わっかりました! では、うちの工房で()()を改良しちゃいましょう!」

 

と、何か思いついたのか社長がポンポンと何かを叩く。それは…。

 

「「「鞍?」」」

 

 



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人間側 とある騎馬部隊の疾走

 

 

「うっしゃ、このトンネルを抜ければ『高原ダンジョン』だ。テメエら、召喚獣と盾の準備は出来たか?」

 

とあるトンネルの前、俺は連れてきたクランの面々に檄を飛ばす。なにせここから先は隠れられる場所は少なく、そもそもそんな暇が無いからだ。

 

 

ここ『高原ダンジョン』は名の通りほとんどが高原で出来ているダンジョンの上、棲んでいるのはケンタウロス。普通の鎧装備で侵入すれば忽ち見つかり追いつかれ、あっという間に矢だるまにされ復活魔法陣送り。

 

そのせいか、基本的に冒険者はここに来ない。来てもちょっと入ってちょっと素材を取っていくだけだ。それなら許されたりするが…。

 

ハッ!そんな女々しいことして何になる。冒険者を名乗る以上、魔物から略奪しなけりゃあな!

 

それに、ここにあるのはそんじょそこらじゃ獲れない素材の山々だ。ケンタウロスの弓矢に、その素材となる木材。連中が育てている農作物や生えている薬草も、あまり市場に出回らない物ばかり。

 

特に『ホースキャロット』なんてのは馬を使う騎兵や馬主がこぞって欲しがる代物だ。

 

更に更に、手間こそかかるがケンタウロスの毛や蹄は速度アップの御守りや装備、強い弓の弦、敏捷のポーションの素材とかになる。まさに黄金で出来た高原だ。 綺麗な景色?そんなもの何になる。

 

 

だがだが、ケンタウロスは強い。そこで俺が対策として講じたのが、『召喚獣に乗り、バリアや盾を活用しながらの電撃戦』だ。

 

ヒーラーや重戦士、魔法使いとかは全員留守番。ここに居るのは軽装の戦士や盗賊、弓兵達。そして召喚士だけ。勿論、持ってくるアイテムは最小限。

 

そして、その召喚術士が呼び出す召喚獣はケンタウロスに対抗し馬。まさに騎兵部隊。これで準備は…。ん?

 

「おい、なんで鹿を召喚した?」

 

「回復アイテム持ってき忘れちゃって…もうMPが無くて…」

 

「馬鹿か…」

 

 

 

 

 

「オラァ行くぞぉ! 攻撃を考えるな、自分の身を守れ! 素材を盗ることだけに集中しろ!」

 

「「「しゃあああああっ!」」」」

 

ピシャンと馬(一匹だけ鹿)を叩き、一斉にトンネルへと。暗い道中を駆け抜け、ダンジョン内へと突き進む。

 

あっという間に出口にたどり着き、バァッと明るい陽射しが照り付け一際涼しい風が顔を撫でる。さあ、略奪の時間だ!

 

 

 

「そういえば…なぜいつもこの時期に挑むんですか?」

 

と、俺の横に寄ってきた鹿乗り召喚術士がそう聞いてくる。意外と鹿、早いな…。まだケンタウロスには気づかれていないし、教えといてやるか。

 

「空見て見ろ。高いだろ」

 

「へ? はぁ、澄み渡った青空ですけど…」

 

「この空模様が続くようになる季節は、連中の食欲が増す時なんだ。ようは太って比較的鈍重になる。素材も一番質が良くなるのが今だ」

 

「なるほど! つまり、天高く馬肥ゆる…」

 

ヒュッ スコンッ!

 

「あきっ!?」

 

瞬間、変な音と召喚士の変な声が聞こえる。ハッと見ると、頭に矢が突き刺さっていた。しまった…!もうバレたか!

 

「全員盾を構え散開しろ! 行け行け行け!」

 

ゴロロロンと落馬ならぬ落鹿する召喚士を横目に、全員に号令をかける。ったく、召喚士の奴早々に死にやがって…復活費用高いんだぞ…!

 

まあ最低限の仕事は果たしたから良しとするか。さぁて、費用分稼いでやるぜ!

 

 

 

 

 

 

俺を乗せた馬は草原を駆け抜ける。パカラッパカラッという蹄の音、そして―。

 

キィンッキィンッ!

「「待て―!」」

 

盾に矢が弾かれる音と、追ってくるケンタウロスの声。

 

クソッ、やっぱり矢が雨のように襲い掛かってくるな…。だが、盾さえあれば問題ねえ。

 

あいつらの弓の腕はうちの弓兵を容易く凌ぐが、一つ弱点がある。それは、今俺が乗っている馬だ。

 

 

ケンタウロスも馬鹿じゃない(いや馬ではあるが)。足、即ち乗り物を狙えば俺らを仕留められることは知っている。

 

以前巨大な狼や鳥の召喚獣で侵入した際は、たちどころにそちらを狙い撃たれあっという間に全滅してしまった。

 

どうにも上手く行かず、なかばやけくそ気味に馬を召喚し挑んだ時だったんだが、そこで思わぬことが起きた。なんと矢の攻撃が一切馬に向かなかったのだ。

 

…まあその分俺らに集中し刺さって、すぐ殺されちまったんだが。

 

 

どうやらケンタウロスの連中、召喚獣とはいえ自身と同じ身体を持つ馬には弓引けないらしい。ありがてぇ限りだ。乗り物を守る必要が無くなった今、自分の身さえ守ってしまえば完璧ガードの完成となる。

 

後はただひたすらに逃げ、ケンタウロスを撒くだけ。召喚獣だからスタミナも抜群だから、先にケンタウロスの方がへばっちまう。

 

そうすれば後は奪い放題。笑いが止まらねえ!

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう…早い…!」

「くっ…」

 

気づけば追ってきていたケンタウロスは息切れして足を止めていた。矢も振ってこない。こうなりゃこっちの番だ。さてさて、どうしてやろう。

 

倉庫に押しかけ弓を奪ってやろうか、それとも人参を盗んでやろうか。ぐへへと思案しながら走っていた時だった。

 

 

「おーい! 大変だ!やべえぞ!」

 

焦った声で俺を呼んだのは、散開した他メンバー数人か。既に何か盗んできた…といわけではなさそうだな。バッグに何も入っていなさそうだ。

 

「どうした?」

 

盾を構えつつ馬の速度を調整しながら、そう聞いてみる。すると、そのメンバーの1人は悔しそうな表情で答えた。

 

「それが…ケンタウロスの連中、どこからかミミック連れてきやがった!」

 

 

 

 

 

「ミミックだと!?」

 

馬鹿な…ここにはケンタウロスしかいないはず…。いつの間に…。眉を潜める俺に、メンバー達は次々説明し始めた。

 

「倉庫で弓とかを盗ろうと宝箱を開けたら仲間がバクンと…!」

「畑に置いてあった木箱から触手が…!」

「薬草拾おうとしたら岩に擬態したミミックがいたんだ!」

 

どうやら、今この場にいるメンバー以外は全滅らしい。やられた…! 

 

いくらケンタウロスから逃げ切れても、素材を回収するときには馬から降りなければいけない。その隙を狙われたということか…!

 

武器を碌に持ってきてないのが仇となった。いや、持っていても対処できたかは怪しい。普段暗い洞窟の中にいるはずのミミックがこんな開けた高原にいると誰が思うか。

 

「あの…これ…」

 

と、歯噛みする俺にメンバーの1人が何かを恐る恐る差し出す。

 

「『ホースキャロット』です…一本しか盗れませんでしたけど…」

 

…人参一本じゃ金の足しどころか腹の足しにもならねえ…。

 

 

 

 

 

いかんいかん、気を抜いちゃあいけない。ここは敵地ど真ん中だ。それに、まだ金儲けの方法はある。

 

「向こうに疲労したケンタウロスがいる!残った全員でとっ捕まえるぞ!」

 

聞く限り、素材がある場所にはミミックが設置されている様子。行ったところで同じ穴の狢になることは目に見えている。

 

ならば標的変更、生きてる奴から素材を剥ぎ取っちまえば良いだけだ。それならミミックなんて関係ねえ。

 

「よっしゃぁ!やってやろうぜ!」

「根こそぎ毛を刈り取ってやる…!」

 

そうやる気を取り戻したメンバー達を連れ、俺は馬を回し来た道を駆け戻った。

 

 

 

「いたぞ! まだ休んでやがる!」

 

ダカラッダカラッと一際疾く馬を走らせ、標的である二匹のケンタウロスへと迫る。

 

「「来たっ!」」

 

芝生の上にちょこんと座り休んでいたその雌ケンタウロス達は急ぎ立ち上がり、逃げ始めた。しかし、疲れているせいか足が遅い。

 

あ?それだけじゃないのか? 二匹の馬の方の背中に何か鞍みたいなのがくっついてる。いや、鞍というよりかは箱。何かの荷物か? そのせいで足が遅くなってるのか?

 

 

なんか妙だなと眉を潜める俺を余所に、メンバーの1人が舌打ちをした。

 

「チッ…! あいつら髪と尾っぽ、小さく纏めてやがる。追い抜き際に引き抜いてやることは無理っぽいぞ」

 

「どうせ蹄も貰っていくんだ。仲間と合流される前にとっ捕まえよう。おい、誰か投げ縄を持ってるか?」

 

考えるのを止め、指示を出す。すると、弓兵が名乗りを上げた。

 

「任せなぁ! 馬上で弓を打つのは出来ないが、縄投げんのなら楽だ! はいやっ!」

 

 

縄を取り出し、速度を上げていく弓兵。ぐるぐると縄の輪を頭の上で回しながら、遅くなっていたケンタウロス達に一気に近づいた。

 

「ほらよっ!」

 

ヒュンっと空を切り、縄は一匹のケンタウロスの顔へと…! が、その時だった。

 

パカンッ

「いよーっと!」

 

突然ケンタウロスの背の箱が開き、中から何かがにょーんと出てくる。そして縄を空中でキャッチしたではないか。

 

「何だあれ…!?」

 

テンガロンハットを被っているが、どう見ても魔物。だって手を触手のように伸ばしてんだから。

 

「もーらい!」

グイッ

 

「うおっ…!?」

 

その箱に入った魔物は掴んだ投げ縄を力づくで引っ張る。呆気に取られていた弓兵はそのまま落馬させられてしまった。

 

「さあ攻勢に出ましょう! ひーーはーー!」

 

奪った縄をヒュンヒュン振り回しながらそう宣言する謎魔物。するとケンタウロスはくるりと方向転換、俺達の方に怒涛の勢いで迫ってきた。

 

これはヤバい。馬の回転は間に合わない。急ぎ盾を構え横を通り過ぎる形で避けようとするが…。

 

「これももーらったっ!」

 

「はっ…? ちょっ…!?」

 

交差し際、謎魔物が放った投げ縄がメンバーの1人の盾に絡みつく。瞬間、それはもぎ取られてしまった。そしてその隙を突き…。

 

スコンッ!

 

ケンタウロスが放った矢が盾を奪われたメンバーの脳天にクリーンヒット。あっという間の早業で討ち取られてしまった。おいおいおい…!なんだそりゃ…!

 

ただでさえケンタウロスは馬と人が合わさった騎兵のようなモンなのに、もう一人乗っているなんてズリぃぞ…!

 

しかも箱に隠れてるなんて、近づかなきゃわかんねえじゃねえか。畜生、騙された…!盾を持っていてもあんな風に奪われちまうんじゃ接近できない。もはや逃げるしかない…。

 

 

パカラッパカラッ!

 

「しまった…!」

もう一匹いるのを忘れてた。ガード出来るか…!?

 

パカラッパカラッ…

 

「あ…?」

 

何だ…?弓を射るでもなく盾を奪うでもなく横を通り過ぎてった…? まあいい…助かった。一旦撤退を…。

 

ちょんちょん

 

「なんだ! 邪魔を…」

 

は…?今誰に肩を突かれた? この馬には、俺以外乗っていないんだぞ…!? 

 

 

俺はゆっくりと振り向く。そこには…先程までケンタウロスの背にあった箱がちょこんと乗り移ってきていた。そしてその中には女魔物が。

 

「正面見なきゃ危ないよ」

 

…やっとわかった。こいつら、上位ミミックじゃねえか…!

 

 

 

 

「おりゃっ」

 

「ぐえっ…」

 

あっという間に馬から引きずり降ろされ、芝生に転がされしまう。気づけば残っていた面々もとっ捕まっていた。

 

そんな俺達の前に、二匹のケンタウロスと二匹の上位ミミック。その全員が顔を見合わせ、同時に叫んだ。

 

「「「「恋路の邪魔と女性の髪を勝手に切ろうとするやつはケンタウロスに蹴られて死んでまえっ!」」」」

 

ドガガガッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おー! きりもみ回転からの頭から地面突き刺さり。これは高得点ですねぇ」

 

ケンタウロスに蹴られ吹き飛んでいった冒険者を見やりながら、テンガロンハットを被った上位ミミックは拍手。帽子を被っていない方の上位ミミックはぐぐっと伸びをした。

 

「一件落着と。 よいしょ」

 

彼女は自身が乗っていたケンタウロスの背にジャンプし飛び乗る。そして鞍の上に箱をカチリと嵌めこんだ。

 

ミミック派遣会社箱工房特製、『ミミック専用鞍』。要は馬に着ける鞍を改良し、箱を取り付けられるようにしたものである。何も知らない物が見たら、ただ馬が荷物を運んでいるだけにしか見えない。

 

これでケンタウロスはいつでもミミックを運べるようになった。更に元が箱のため、作物や薬草収穫の入れ物兼お手伝い役にもなる。

 

 

 

「あ。何か落ちてる」

 

と、テンガロンハットを被ったミミックが手をにょいっと伸ばし地面に落ちていたものを拾い上げる。それは人参だった。

 

「あいつらホースキャロット一本だけ盗んでたみたい。どうしま…」

 

ミミックが振り向くと、彼女が乗っているケンタウロスと、もう片方のケンタウロスがその人参をじーっと見つめていた。

 

「……」

 

右へひょい。左へひょい。ミミックが人参を動かすたびにケンタウロス達はそれを追う。更にはじゅるりと涎を浮かべ始めた。

 

「…止めておいた方が良いよ」

 

その様子を見ていたもう片方のミミックが忠告するが、テンガロンハットを被ったミミックはにんまりと笑う。

 

そして手を再度触手にし、ケンタウロスの顔正面、手がギリギリ届かない位置にブランとぶら下げた。

 

「「―!」」

ドドドドドッ!

 

瞬時に反応したケンタウロス達はそれを追いかけるように走り始める。馬が目の前にぶら下げられた人参を追うように。

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛! もうしません゛ん゛!」

…なお少し後、正気を取り戻したケンタウロス達により、人参をぶら下げたミミックは暫く引き回しの刑に処されていた。

 

やっぱり傍から見たら馬が荷物を引きずって走っているようにしか見えない絵面ではあったが。

 

 



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顧客リスト№20 『ローレライのビアガーデンダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「35番テーブルにジョッキ4つおねがーい!」

 

「はーい!」

 

指示を受け、元気に返事をした私は出てきたジョッキを両手に掴む。下手すると零してしまうほどに並々と中身が注がれたそれは結構重いが、これぐらいなら大丈夫。

 

膝ほどまであるスカートを翻し、ガヤガヤと賑やかなお客さん達の横をすり抜け目的のテーブルに。ゴトンとジョッキを机に置くと、盛り上がっていた泡がふわわんと揺れた。

 

「お待たせしました! ご注文のビールです!」

 

 

 

 

日が暮れかけ、藍に染まり始めた空間を煌々と照らす暖色の灯り。むせ返るほどの酒気と美味しそうな食べ物の匂い。至る所から聞こえてくる楽し気な笑い声。そう、ここは酒場なのである。

 

テーブルは丸机長机合わせて千を越え、厨房も複数存在。食材倉庫には肉や野菜がぎっちり。端に大量に重ねられているビール樽には、人が何人も入れそうなほど巨大なのもある。踊りや演奏が繰り広げられる広い演奏台も完備。

 

冒険者ギルドでも、ここまでの規模の酒場はそうは無い。まあそれも当然、ここは『ダンジョン』だし。

 

 

 

 

名称、『ビアガーデンダンジョン』。とある川沿いにある、巨大な岩山に作られたダンジョンである。

 

とはいっても、冒険者ギルドに正式に登録されているものではない。私達が勝手にそう呼んでいるだけであったりする。もし見つかったらそんな名前が付けられるかなって。

 

数週間だけの『期間限定ダンジョン』の形を取っているここだが、内部構造は岩山の下から続く数本の道と、頂上に設けられたこの巨大酒場だけ。ダンジョンというには余りにも小さい。

 

ダンジョンとなっている理由は片付けや搬入がしやすいってのと、もし誰かが喧嘩した時とかに対処しやすいかららしい。

 

 

 

そんな場所で、私、そして我が社のミミック達は給仕のお手伝い。これは毎年のこと。普段ここのダンジョン主の方達からお酒や食材を仕入れているため、その伝手で。

 

因みにミミック達はそのまま地面を滑ったり、サービングカートに乗ったりして給仕をしている。飲み物食べ物を一切零さないよう静かに移動できるから重宝されているのだ。

 

そうそう、私や上位ミミック達のために給仕服も用意して貰っている。今私が着ているのがそれ。

 

二の腕の半分ぐらいまでを包む短めの袖な、ネックラインが胸元近くまで大きめに開いた白ブラウス。その上に、更に一回り大きく胸部分が開いた袖なしワンピース。そしてその膝までスカートに、エプロンを巻いた感じの服。ディアンドルというらしい。

 

ところどころに施された刺繍やフリルが可愛い…のだけども、さっきから強調しているように意外と胸が出そうでちょっと扇情的。

 

巨乳の上位ミミック達なんか上乳がぼいんと出ているし、箱に入るミミックの性質上、スカート邪魔だからってミニスカートにして貰っている子達も多い。

 

とはいえ熱気溢れる酒場を縦横無尽に走り回らなければいけないため、これぐらいの露出度で丁度良かったりする。服の素材も薄手で汗をよく乾かしてくれるし。

 

…背中とか透けてないよね?

 

 

 

 

 

 

さてさて、ダンジョンについての話に戻そう。実はここ、とある三種の精霊達による共同作成だったりする。どんな方達かというと―。

 

「お疲れ様、アストちゃん! そだ、貴方ももう冷たいビール飲んじゃう? 今年も私のお水とおば様の麦とホップを使っているから美味しいわよ!」

 

戻ってきた私の元に厨房からひょっこり顔を出したのは、水の玉をふよふよ浮かせた美しい金髪女性。彼女は水の精『ローレライ』が1人、『ローラ』さん。

 

 

「そうさね、アストちゃんもそろそろ交代だろ? 丁度プレッツェルが焼き上がったとこだし、一番美味しいとこ食べな!」

 

と、ローラさんの横からずいっと顔を出したのは、恰幅が良く、灰髪の頭に手ぬぐいを巻いたおば様。彼女は穀物の精『コルンムーメ』が1人、『ホレ』さん。

 

 

「…ヴルストもあるぞ」

 

更に更にその横からすっと顔を出したのは、コック帽ではなく吟遊詩人が被っているような羽の装飾付き先折れとんがり帽を被った無口気味の男性。彼は家畜の精が1人『ハメルン』さん。

 

 

以上、この三人がこのダンジョンの代表である。ローラさん達が水とこの場所、ホレさん達が麦などの穀物や野菜、ハメルンさん達が畜肉を担当し、このビアガーデンは成り立っているのだ。

 

 

そういえばこのお三方、音楽隊も組んでいるらしい。女性2人が歌を担当、ハメルンさんが笛を吹き、彼の眷属の魔獣達が他楽器をかき鳴らすという感じで。人や動物を強制的に惹きつけてしまうほどに魅惑の音楽を奏でるのだ。

 

その音楽隊の名前は…なんだっけ…そうそう!確か『ブレーメンの音楽隊』! 

 

 

 

 

 

 

まだ正確には休憩時間ではないし、お酒よりも今は冷たいお水が欲しかったので、ローラさんに氷水をオーダー。プレッツェルとソーセージ片手に近くの空樽の上に腰かけ軽食をとることに。

 

「んぐ…んぐ…んぐ…ぷしゅぅ…!」

 

火照った身体にジョッキ一杯のお水がすっごく気持ちいい。何なら頭から被りたいぐらい。プレッツェルとソーセージも一口食べたら止まらないほどに美味しい。

 

ふと見やると、酒場はどの席も大盛況。その隙間をローラさん達精霊や、我が社のミミック達が動いているのが見える。よかった、人手を多めに連れてきたからまだ余裕はありそう。

 

…そういえば社長はどうしたのだろう。同じくディアンドルを着て給仕をしているはずなのだけど。んー、ここからじゃ見えない。

 

「ん…?」

 

そういえば、さっきローラさん、「貴方『も』もう」って…。確か社長も同じ時間に給仕してたし、私の周囲に休んでいるミミックはいないし…もしかして…。

 

 

 

「あのー…ローラさん、もしかして社長って…」

 

ひょっこり厨房に顔を出し、恐る恐る聞いてみる。と―。

 

「あっ、気づいちゃった?」

と、てへぺろするローラさん。

 

「ミミン社長ならちょいと前に早めの休憩に入ったよ。アンタに隠すよう言ってね」

と、アッハッハと笑うホレさん。

 

…やっぱり。いや別に構わないんだけど…。きっとビールを我慢しきれなかったのだろう。

 

はぁっと溜息をつく私の前に、どさっと食べ物が入ったバスケットと、ビールが満たされたジョッキ複数がゴトリと置かれた。

 

「…339番テーブルだ。人は足りてる、同じく早めの休憩としてくれ」

 

「わぁ!ありがとうございますハメルンさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「でねー。アストにわざとミニスカバージョンのディアンドルを渡したの。でも着替える途中で気づいちゃって…」

 

「そりゃあ残念だ! ま、でも今度社食の酒場で着て貰えばいいさ!」

 

339番テーブルもまた、他のテーブルと同じく盛り上がっている。そこに―。

 

ドンッ!

 

「ビールと盛り合わせお待たせしましたー、しゃ・ちょ・う?」

 

「へ?まだ追加は頼んでないわ…よ…。 げぇっ!? アスト!?」

 

 

 

 

 

 

「全く、別に隠さなくてもいいですのに…」

 

「ごめーん。怒られるかもって思っちゃって…」

 

釈明をする社長はディアンドルミニスカバージョン。胸がぺた…平…あれなため、胸部分は張り付き気味。体系も相まって、ただの可憐な少女みたい。ジョッキ片手だけど。

 

「まあまあ、許してくれってアスト。アタシらが無理言って一緒に飲んで貰ってたんだ」

 

そう私を宥めるのは、社長の向いに座っているドワーフ女性。ボサ髪を後ろで纏めた彼女は我が社の箱製作部署『箱工房』の取り仕切り役、ラティッカさんである。

 

彼女の普段の服装は汚れ気味のへそ出しチューブトップだが、今日はそれに加えて肩ひも付きの革製半ズボンを履いている。

 

確かあれ、レーダーホーゼンっていうやつ。でも確か、所謂ディアンドルの男性版だった気が…。まあめちゃくちゃ似合ってるからいいか。

 

『アタシら』と言った通り、箱工房の他ドワーフメンバーもその場にいる。因みに彼女達は給仕手伝いとかは無いので、要はただお酒を飲みに来ただけ。にしては全員着替えていてノリノリである。流石お酒大好きドワーフ。

 

 

 

 

「「「乾ぱーいっ!!! ごっ…ごっ…ぷっはぁっ!!!」」」

 

カキィンとジョッキをぶつけ合い、私と社長とラティッカさんで一息に。

 

「かぁあっ…!美味い…っ! キンキンに冷えてやがるっ…!」

 

唸るラティッカさん。本当その通り!やっぱこれが一番! さっきちょっと食べてたおかげで、私も火が着いてしまった。

 

酔いは最悪魔法で解除できるし、食べ過ぎに気をつければ大丈夫なはず(ただし気をつけられる保証はないけど…)。社長達はあっという間に呑み切ったみたいだし、おかわり貰ってこよう。

 

 

 

 

と、私が席を立ち、最寄の厨房に向かった時だった。

 

さわさわっ

「ひゃっ…!?」

 

誰かにお尻触られた…!? この感触は社長じゃないし…! お尻を抑えながらバッと背後を見ると、そこには酔っぱらった男オークが。

 

「げへへ…姉ちゃんええケツしてんのぅ…」

 

うわっ…。絵にかいたようなセクハラしてきた。イラっと来たが、私が手を下す必要もない。だって…。

 

♪~♪~

「おっ…?」

 

どこからともなく聞こえてきたのは笛の音。それを耳にした瞬間、オークはガタッと立ち上がり、直立に。

 

「兄ちゃん、ちょっと酒の飲み過ぎだねぇ。水でも飲みな」

 

そこに現れたのはホレさん。手にしていた水が入ったグラスを差し出した。しかし、オークはそれを拒否した。

 

「う、うっせえぞババア!」

 

その怒鳴り声に、周囲は静まる。恐怖から?いいや、違う。何故ならそこかしこから笑い声が漏れてきた。皆、この後どうなるか知っているのだ。

 

「へぇ…! そうかい、反省の色なしってわけだ。じゃあ、お仕置きだねぇ!」

 

ホレさんはオークの胸元をガシッと掴む。そしてそのまま…。

 

「そいやさッ!」

 

羽布団を大きくバサッとやるかのように…いやぶん投げるように、オークを投げ飛ばした。

 

「ひいいいっ…!」

 

哀れオークは空を飛び、酒場の外へ。耳を澄ますと…。

 

ジャボーン…。

 

と、遠い水音が。見事、水場に着水したらしい。

 

「ぴゅうっ! 流石だぜコルンムーメの姐さん!」

 

辺りから湧き上がる歓声。精霊を舐めんじゃないよ、とホレさんは豪快に笑った。

 

 

そう、実はこれがダンジョンな理由だったりする。ここの主は精霊達。喧嘩沙汰やセクハラ案件などのダンジョン内での異常を即座に検知しテレポート。あっという間に対処するのだ。

 

まずはハメルンさん達が笛を吹いて動きを止め、ホレさん達が酒場外へ投げ飛ばす。飛ばされた彼らが行きつく先は、ローラさん達が用意した池や川。そこで強制水浴びをさせられる。

 

大丈夫、溺れ死ぬことはない。なにせローラさん達は水の精霊だから。それに死んでもダンジョンだから復活できるし。

 

 

 

 

 

「助かりましたホレさん!」

 

「礼には及ばんさね。ま、アンタならあんな奴瞬殺できただろうけど! おっとパンが焦げちまう!」

 

シュンッと消えるホレさん。すると、直後にガタっと立ち上がった者達が。どうやら先程飛ばされたオークの仲間らしい。

 

「テメェ…! オデらの仲間に何しやがった!」

「詫びとして酌をしろ!」

 

先ほどまでビビって動けなかったみたいのに、ホレさん消えた途端これだ…。無視しよ…。

 

「おいどこに…。 ピギィ…!?」

「オデらを舐めてると… ブヒィッ!?」

 

突如背後からオークたちの悲鳴が。もう誰か駆け付けてくれたのかと振り向くと…。

 

「へぇ…うちのアストに難癖つけるなんて死にたいみたいねぇ…」

「その皮剥いで、箱の材料にしちまっても良いんだぞ?」

 

…オーク脅してるの、社長とラティッカさんじゃん…。いつの間に…。

 

 

ギリギリと首を絞められ、流石にオーク達も酔いが醒めた様子。真っ赤だった顔が青くなってる。そろそろ止めなきゃ…。

 

「お二人とも、もう良いですから…」

 

「アストは気にしないの。私達が怒りたくて怒ってんだから」

「そうだそうだ。こういう輩は徹底的にとっちめなきゃなぁ」

 

「いや、そうじゃなくて…」

 

♪~♪~

 

「ほら、笛の音が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっぶなー…私達まで水浴びの刑にされるとこだったわね…」

「怖えー怖えー…酔いが醒めちまった…。酔い直しだ!」

 

いや充分に酔ってると思うんだけど…。私がそうツッコむより先に、追加のビールをゴクゴク飲む社長達。ラティッカさんはともかく、社長はまだこの後お仕事残ってるんのに…。

 

「しっかし、アストも災難だったなぁ。でも美人だから仕方ねえか! その服、超似合ってるしよ!」

 

「ありがとうございますラティッカさん! あ、そうだ。さっき社長が仕掛けてきたミニスカディアンドルありますけど、着てみません?」

 

半分善意、半分好奇心でそう返す私。するとラティッカさんはひらひらと手を振った。

 

「いやサイズ合わんだろ。それに、アタシにはそんな可愛いのは似合わないよ」

 

「そうですか?案外…いやかなり似合うと思いますよ! なんならミミックの人達が着てるサイズを貰ってきましょうか」

 

「いいって! てかそんなに言うならアタシのこの服もアストに似合うと思うぜ?着て見るか?」

 

「えっ! いやでもそれ、やけに露出多いし…」

 

「良いじゃん、試しに着てみようぜ!! アンタならエロい感じに着こなせるって!」

 

「もー…! それなら社長にも…。あっ…」

 

 

そこで社長を見た私は半笑いを浮かべる。ラティッカさんも。一方の社長が首を捻った。

 

「何よ。何でそこで言葉に詰まるのよ」

 

「いや、だってよ…」

「社長が着ると大体どんな服も『可愛らしい』になりますから…」

 

ディアンドルを着ている社長は、お色気の感じ無し。可愛い少女が親のお手伝いしているようにも見えちゃう。きっとレーダーホーゼン着ても、『腕白少女!』みたいな感じになりそう…。

 

私達の視線からそれを察したのか、社長は肩を竦めた。

 

「誉め言葉として受け取っておくわ。 …社長命令。次の社食酒場での宴会時、2人でその衣装交換ね!」

 

「「えー!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「―あっ。社長、そろそろ再交代の時間ですよ。行きましょう」

 

時計を確認し、私は社長を引っ張る。しかし…。

 

「ふへへ…もう一杯だけ…!」

「もっと飲ませろぉ…!」

 

社長はおろかラティッカさんまでへべれけ状態。よくもまあ数時間でここまで仕上がったものである。

 

「もう…ほら、酔い覚ましの魔法かけてあげますから」

 

「嫌ぁ…もう一杯頂戴…!」

 

まるで見た目通り…ゴホン、子供のようにぐずる社長。んー…どうしたものか。更にお酒飲ますわけにもいかないし…。 あ、そうだ。

 

 

 

「よいしょっと。はいお二人とも、持ってきましたよ」

 

「「わーい!!」」

 

私が貰ってきたジョッキを奪い取るように受け取り、ンゴッンゴッと飲んでいく社長達。そして空になったジョッキをドンッと同時に置き、叫んだ。

 

「「これ、麦茶じゃん!!」」

 

 



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人間側 とある村の少年の乾杯

 

 

僕の住む村の近くには、大きめの川が流れている。綺麗に透き通っているから、皆お世話になっている。いつも酔っぱらっている大人達も、あの川は大切にしなきゃならないって口酸っぱくいうほど。

 

でも、ちょっと怖いとこがある。川は舟運とかにも良く使われているのだけど、村からちょっと離れた場所に大きな岩山と少し川幅が狭くなる場所があるのだ。

 

そこを船が通る時、岩山からともなく素敵な…それこそ川の水と同じように透き通った歌声が聞こえてくる。

 

それだけじゃない。時にはオペラ歌手の様な響き渡る歌声、時には笛の音、時には楽器を打ち鳴らす音、更にはそれらが全部組み合わさった音楽隊のような合唱。

 

それを聞いてしまうと、老若男女問わずまるで酔っぱらったようにぼうっと聞き惚れてしまう。熟練の船頭じゃなきゃそのせいで船を転覆させてしまうかもしれないぐらいに。

 

だから、子供達だけでそこには近づかないよういつも固く言われているのだ。

 

 

別にそこだけじゃなく、ここいらには『音楽が聞こえてくる、入ってはいけない場所』が結構ある。何故かいつでも見事な麦や野菜が生えている広大な畑とか、持ち主不明なのに家畜が沢山いる牧場とか。

 

僕も怖いもの見たさに友達と一緒に侵入を試みたことがあるけど、毎回歌や音楽が聞こえて来て慌てて退散しちゃう。そして何故か必ず大人にバレて叱られる。

 

ただ、時たまにおばちゃんやお姉さん、吟遊詩人っぽいお兄さんたちを遠くに見ることは出来た。中には「動く宝箱を見た!」っていう子もいるけど、それは多分嘘。

 

大人曰く、その人達は『精霊』らしい。川近くの岩山の歌声もそうみたい。だから怒らせるようなことをしてはいけないと常日頃から言われている。怒らせると大変だって。

 

 

 

 

 

未だ暑いが、それも収まりを見せ始めた今日この頃。一部の大人達の様子がおかしい。僕の家は酒場をやっているのだけど、おかしくなっているのはそこに来る飲兵衛の人達ばかり。

 

というか、おかしいというよりお酒を飲みに来なくなっているのだ。昼間見かけてもソワソワしている感じだし。

 

お父さんお母さんも、それが影響してか店を早く閉める。他にも飲みにくるお客さんはいるだろうに、何故だろう。でも、不思議とそれに対する不満を村の人から聞いたことは無い。

 

そして、そういう時は僕は必ず早く眠らされる。酒場の給仕のお手伝いが無いから暇だし、別に良いんだけど…。

 

実はこれ、毎年のこと。なんで?と聞いたことはあるが、お父さん達はおろか、大人達は誰も答えてくれない。ただ、「お酒を飲める歳になったらわかる」ってはぐらかされてしまう。

 

 

 

 

 

 

「…よし、あいつは寝たな?」

「えぇ。ぐっすりよ」

 

とある日の夜。ベッドから抜け出した僕はこっそり親の会話に聞き耳を立てていた。

 

今日も早めにベッドに入れられ、お母さんに子守歌まで歌われた。普段ならそのまま寝てしまうとこだが、そうはいかない。予めビールの材料の草を隠し持って、隙を見て口の中にいれたのだ。すっごく不味かった。

 

でも、おかげで起きていることが出来た。僕が寝ている間、お父さんとお母さんが何をするのか気になっていたから、今日はそれを突き止めてやる…!

 

 

「それじゃ、お母さん。留守番をよろしくね」

「あいあい。精霊さん達によろしくねぇ」

 

お父さんもお母さんも、お祖母ちゃんにそう声をかけ家を出る。こんな時間にお出かけ? 追いかけよう。

 

幸いお祖母ちゃんは耳が遠い。チラッと様子をみると、こっくりこっくり眠りかけていた。多分僕が外出しても気づかない。静かに扉をあけて、追いかけてっと…。

 

 

 

「わっ…」

 

村の広場、そこには大人達が何人も集まっていた。お父さんお母さんだけじゃなく、普段飲みに来るおじさん達も。何の集会だろうか。

 

「今日行く人は全員集まったみたいだな。行くぞー」

 

誰かの号令に、大人達はどこかへと。確かあっちは…船着き場…?

 

「この時期は楽しみで仕方ないですね」

「えぇ。私も酒場を閉めてまでですから。やっぱり精霊の方達のお酒には敵いませんや」

 

お父さんの声も聞こえてくる。楽しみ? 精霊? そう僕が首を捻っている間に大人達は船に乗り込んでいく。そして、どこかへと漕ぎ出してしまった。

 

「そんなぁ…!」

 

どうしよう…。あ、でも船の動きはゆっくりだし、歩いて追いかけられるかもしれない…。折角だから、ちょっとだけ追いかけて見よう。

 

 

 

 

 

 

バレないように慎重に。まだギリギリ灯りがなくとも歩ける暗さで良かった。近くの精霊達に加護か、夜でもあまり魔物がでないのが嬉しい。

 

 

そうこうしているうちに、何かが聞こえてくる。それは―。

 

「岩山の…! 歌…!?」

 

ハッと気づき川の先を見ると、少し先にあの岩山がある。でも、いつもならここらへんじゃ歌は聞こえてこないのに…。

 

それに、なんだか綺麗な歌じゃない。どちらかというと、酒場で酔っ払い達が歌うような…。あれ?岩山のてっぺん光ってない?

 

 

進むべきか帰るべきか、そう思い悩んでいる間に大人達を乗せた船は岩山付近で停まる。と、そこでランプが消えた。目的地らしい。

 

近づくなと言われている岩山に、精霊の歌が聞こえる岩山に、一体何の用だろうか。気になり追いかける。が…。

 

 

 

「どうしよう…」

 

目の前には、川。賑やかな岩山は反対岸。船か橋がなきゃ…。でも、近くにはなさそうだし…。

 

急流だけど、ワンチャン泳いで…。と、僕が恐る恐る足を踏み出そうとしたその時だった。

 

「あら! 人間の子供じゃん!」

「…流されて死ぬぞ」

 

「へ? え…?」

 

周り誰もいなかったのに…! 突然聞こえてきた女性と男性の声に僕は辺りを見回す。すると、目の前に…川の上に誰かいるではないか…!

 

片方は水の玉を周囲に浮かばせた金髪のお姉さん、もう片方は笛を持った吟遊詩人っぽいお兄さん。あれ…こんな見た目の人達『入っちゃいけない場所』で見たことあるような…。

 

「確か、近くの村の酒場の息子ちゃんね」

「…なるほど、親を尾行してきたか」

 

…!? なんで名乗ってもいないのに僕の家を…? 困惑する僕を余所に、その2人は何かを話し合い始めた。

 

「どうする? 入れちゃう? この子は今まで魔物を虐めたことはないし、川の水を必要以上に汚したこともないわよ」

 

「…親がいるなら構わんだろう」

 

「決まりね!」

 

と、金髪のお姉さんはこちらを向く。そして指を振ると、周りに飛んでいた水の玉が足に纏わりついた。

 

「『ローレライ』の名において、貴方に水の加護を与えます。さ、川に足を踏み出してみて!」

 

「へ…は、はい…」

 

言われた通り、こわごわ川に足を入れて見る。が、いつもは水中に沈む足が、水面に浮かんだではないか。

 

「わっ…ちょっ…!?」

 

奇妙な感じに、ぐらぐらとふらついてしまう。でも転んだら全身びしょ濡れに…! すると、今度は吟遊詩人っぽいお兄さんが笛を咥えた。

 

♪~♪~

 

鮮やかな音色が笛から出てくる。思わず聞き惚れていると…

 

「あ…あれ? 体が!?」

 

立つだけで精いっぱいだったのに、いつの間にか足が勝手にスキップし始めてる!!?

 

そのまま笛を吹きながら岩山へと向かう吟遊詩人っぽいお兄さんと、金髪のお姉さん。その後ろに続く形で、僕は川の上を渡っていった。 なにこれ…!

 

 

 

 

お兄さんお姉さんに手を引かれ、岩山を登る道を進んでいく。一歩進む度に先程から聞こえてくる酔っ払いの賑わいはどんどんと音を増していっている。

 

そして、頂上に―。

 

 

 

「わああ…!?」

 

沢山のランプと、テーブルと、酒樽と、食事とジョッキと、それを楽しんでるたっくさんの魔物達…!? 

 

ゴブリン、オーク、エルフ、ドワーフ、獣人、スライム、スケルトン、ハーピー、魔族…他にも色々。この辺りにこんなに魔物って住んでいたの…!?

 

呆然と立ち尽くす僕は、そのままとあるテーブルへと連れてかれる。そこにいたのは…。

 

「お父さん!? お母さん!?」

 

「「―ゲホッ! なんでここに!?」」

 

 

 

 

 

 

「―というわけで、ここは精霊の方達がビアガーデンを開いているんだ。俺達も毎年お邪魔させてもらってるんだよ」

 

お父さんからそう説明を受けて、ようやくちょっと落ち着いた。まあ僕達子供はお酒飲めないし、無理やり寝かせられるのも仕方ない。

 

てっきり怒られ追い返されると思ったのだが、せっかくだからとご馳走してくれるって。よかった、実は夜ご飯早く食べ過ぎてお腹空いていたところだったから。

 

ジュースとパンとソーセージ、あとフライドポテトを頼み、少し待つことに。と―。

 

「う、うっせえぞババア!」

 

少し離れた席から、怒声が。ハッと見ると、オークが立ち上がっておばちゃんを睨んでいた。辺りも一気に静まる。

 

あれ、知ってる…。酔っぱらった人が悪さして逆ギレした時の反応だ…。おばちゃんの後ろにディアンドルを来た悪魔族の人いるし、多分セクハラしたんだ。

 

でも、僕達人間と違いオークは魔物。怖さも一際違う。思わずお父さんに抱き着いたが、お父さんはくっくっくと笑い出した。

 

「まあ見てろ。面白いことが起きるから」

 

? 首を傾げる僕を余所に、おばちゃんはオークへずいっと進み出た。

 

「へぇ…! そうかい、反省の色なしってわけだ。じゃあ、お仕置きだねぇ!」

 

そう言うと、おばちゃんはオークの胸ぐらを掴み、勢いよく―、空へと投げた。

 

「ひいいいっ…!」

 

悲鳴をあげながら酒場を飛び越えていくオーク。数秒後、ジャボーンと音が聞こえてきた。

 

「ぴゅうっ! 流石だぜコルンムーメの姐さん!」

 

酔っ払いのおじさんの1人が指笛を鳴らし褒めたたえる。それに続くように辺りの魔物達もやんややんやと湧き上がった。

 

「お前も精霊の農場とかに入って悪い事すると、あんなふうにされるからな?」

 

お父さんのそんな脅しに、僕はぶんぶんぶんと首を縦に振った。

 

 

 

 

 

「お待たせしましたー! ご注文の品々でーす!」

 

と、注文しておいたご飯が届いたらしい。受け取らな…きゃ…

 

「あれれ…?」

 

そこにあったのは、沢山のご飯とかを運ぶときに使うサービングカート。なのだけれども、誰も引いている人はいないし、そもそも食べ物が乗っかってない。

 

代わりに置いてあるのは、幾つかのおっきめな箱。すると、その内の一つが勝手にパカッと開いた。

 

「はーい! 失礼しまーす!」

 

そこからひょっこり姿を出した(!?)のは、ディアンドルを着た魔物のお姉さん。明らかに箱に入るサイズじゃないんだけど…。

 

「ジュースのお客様は?」

 

「あ、はい。僕です」

 

僕が手を挙げたのを確認すると、魔物のお姉さんは箱からにょっと身体を伸ばし、横の箱を開ける。すると中からジョッキに満たされたジュースが!

 

「はいどうぞー! ビールを注文のお客様方は? あ、じゃあここに置いちゃいますねー」

 

更にお姉さんはごそごそと箱を漁る。すると十個ぐらいのジョッキを同時に引っ張り出してきたではないか!並々と注がれているのに…!

 

「お食事も失礼しまーす!」

 

更に更に、別の箱をパカリと開けるお姉さん。すると中からはお皿に盛られたパンやお肉、サラダにポテト…次から次へと、十何皿も…! 

 

絶対箱に入る量じゃない…!仮に入ったとしても、中身が零れてぐちゃぐちゃになってしまうはず…!

 

 

もしかして箱の中に秘密が…? そう思って覗かせてもらったが…。

 

「あれ…!? あれ…!?」

 

ぺたぺたと触っても、底は普通に浅い。箱によって温かかったりや冷たかったりしているぐらい。なんで…!? と驚愕する僕に、魔物のお姉さんはにっこり笑った。

 

「私達ミミックだから! 箱の中に詰め込んだり、隠したりするのは大得意なの!」

 

なにそれ…! 良いなぁ、こんなことが出来れば僕もテーブルと厨房を行ったり来たりする必要がなくなる。教えて欲しいとお願いすると―。

 

「ごめんねー、ひ・み・つ! あ、企業秘密って言った方が格好良いかしら。ま、私達も感覚でやってるからどうやってるか説明できないの!」

 

そう言って、お姉さんは箱に入ったまま手を振りカートを動かしていった。 …いや、あれもどうやってるんだろう…。

 

 

 

「あ、見て! 今登壇した魔獣達。あれは『ブレーメンの音楽隊』っていう精霊達のバンドに所属してる動物達らしいの。4本脚で演奏する様子可愛いのよ」

 

お母さんが僕の腕を引く。確かに凄い。けど、あの『ミミック』っていう魔物の方がもっと凄いと思う。

 

ちょっと、その人達を目で追ってみることに。カートで移動しているから意外と分かりやすい。

 

 

 

「はーい!焼き立てのパンはどうですかー? プレッツェル固いのも柔らかいのも取り揃えてますよー!」

 

あそこのミミックは、箱の代わりにパン籠を乗せてる。はみ出してるパンはホカホカで美味しそう。欲しがる人達は多く、どんどん配られてく…。やっぱり籠の容量以上にパンが出てきている…!

 

「よいしょっと…見た目整えてっと…」

 

減った分のパン、更に中から取り出してはみ出させた…。まだ入ってるんだ…。

 

 

 

「お皿片付けるわよぉ。出してくださいな」

 

あっちでは、別のミミックが使い終わった食器やジョッキを回収していた。…ディアンドルのせいでおっぱいの上部分丸見え…近所のお姉ちゃん達より大きい…。

 

と、そのミミックのお姉さんは用意した食器用らしき箱に次々とお皿を放り込んでいく。あんなことしたら割れちゃうんじゃ…。

 

ところが、割れる音はおろか食器同士がぶつかる音すら聞こえない。そしてやっぱり大量に入っていく。あれだけあったお皿を、何往復もする必要なく、たった一回で片付けてしまった。

 

 

 

ゴロゴロゴロ…

 

少し離れた場所から聞こえてくるは、妙な異音。そちらを振り向くと、複数の酒樽が勢いよく転がっていた。

 

大変だ…!誰かにぶつかったら大怪我してしまう…! 止めなきゃ…。

 

ゴロロロ…ピタッ

 

えぇ…勝手に止まった…。しかも全部、等間隔で。

 

よく見るとそこは、空になった酒樽を置いておく場所らしい。そこに次々と重ねられていく。そう、誰の手も使わずに…。……!?

 

酒樽が勝手に飛び上がり、重なっていく…!? 驚きすぎてジュースちょっと零しちゃった…。

 

パカッ

 

と、樽の蓋が開く。そこから何故か宝箱が飛び出してきたではないか。

 

「お母さん、あれって…!」

 

「んー? あぁ。あれもミミックって魔物よ。宝箱に擬態してるの」

 

あれも…ミミック…。そのままスーッとどこかへと去っていく宝箱を見て、僕は思った。友達が言っていた『動く宝箱』って、嘘じゃなかったんだ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、また来てねー!」

 

先程の金髪お姉さんが船頭役を果たしてくれ、船に乗り村へ。食べ過ぎたぁ…。

 

 

と、いつも店に来てくれる酔っ払いのおじさんが顔を近づけてきた。お酒臭い。

 

「おい坊主、今日のことは他の子供達には秘密だからな。せっかくの大人の楽しみなんだから、邪魔されたくねえんだ。 お前は酒場の息子なんだから、その気持ちわかるだろ?」

 

「うん!わかりました。…でも、また行きたい…」

 

秘密にするのはいいけど、もっとあそこに通いたい。食べ物も飲み物も全部美味しかったし、魔物達の様子を見ているだけですっごい楽しかったから。

 

そう思いながらお父さん達の方をちらりと見ると、2人は赤ら顔を緩めた。

 

「お前が良い子にしてたら、精霊さん達に迷惑をかけなければ、また連れてってやるよ」

「ふふっ、お酒が飲める歳になるのが楽しみね」

 

 



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閑話③
会社施設紹介:社員食堂


 

 

「むうぅ…ねむぅい…」

 

「ほら社長、朝ごはんはしっかり食べないと」

 

箱の中でごねる社長を手早く着替えさせ、いつものように抱き上げて部屋を後にする。そして向かうは、『社員食堂』である。

 

 

 

我が社には様々な設備がある。その中でも最も使われている施設といっても過言ではないのが、食堂。私やラティッカさん達のようなミミック以外のメンバーも含めた、皆のご飯を一手に担っているのだ。

 

どこにあるのか、という話だが…。以前、我が社の建物の外観は『半開きな宝箱』の形をしているとチラッとお伝えしたのを覚えているだろうか。

 

その半開き宝箱の開いた部分。そこに社員食堂はあるのだ。

 

 

 

 

「はーい、つきましたよ。どこで食べます?」

 

「窓際…」

 

「いつもの場所ですねー」

 

朝の日光が良く当たる席へと歩を進め、椅子に社長を置く。と、社長はこっくりこっくり舟をこぎ始めた。全く、相変わらず朝弱いんだから…。

 

 

窓際。そう、半開き部分には窓ガラスが一面に張られているのだ。それにより、外の景色を見ながら食事が出来るようになっている。

 

そして夜なんかは中の灯りのおかげで『中の宝物が光ってる宝箱』みたいになる。中にいるのはミミックだけど。

 

 

食堂の内装だが、ここはお洒落で明るい、開放感のあるカフェのような感じとなっている。二階席とかもあり、かなり広い。

 

それでもうちは結構大所帯だから、満席になることは稀にある。まあ、その場合ミミック達は自らが入っている蓋を机代わりにして気にせず食べてたりする。

 

一度、「なら机とか椅子とか要らないのでは?」と聞いたことがあるのだが、「景色よく見れないからやだ」「蓋が汚れるから、机も欲しい」とかの答えが返ってきた。

 

 

そうそう、机と椅子なのだが、基本的にサイズは私の様な人型が使うものとなっている。でも、それだと宝箱で床を移動しているミミック達は使いづらいのでは?という声もあるだろう。

 

そこはご安心あれ! 実はこれら、ここにあるボタンを押すと…。

 

にょんっ

 

簡単に伸び縮みするのだ。大小さまざまなミミック達でも、ドワーフ族のラティッカさん達でも好みの高さにワンタッチで変えられる。

 

これもまた、ラティッカさん達『箱工房』謹製。ドワーフって凄い。

 

…実は結構な数のミミック達がこの調整機能を使わず、ジャンプで椅子の上に乗っていたりするのだが…。まあそれはそれ。

 

 

「社長、何にします?」

 

「むにゃ…チーズリゾットとジュース…」

 

「はーい」

 

注文を受け、私は厨房へ。お盆を手に、ミミック達の列に加わる。と、ミミックの一人が問いかけてきた。

 

「社長まだおねむなの?」

 

「えぇ。まだ」

 

「いつも通りねぇ。アストちゃん何食べるの?」

 

「私はサンドイッチにしようかなと。野菜多めの」

 

「あ、もしかして最近食べ過ぎたの気にして…」

 

「うっ…いや…はい…そうです…」

 

そんな会話をしながら、順番を待つ。朝だからほとんど待つ必要はなく、すぐに回ってきた。

 

 

あ、そうだ。説明し忘れていた。ここの厨房は、よくある流れ式?を採用している。最初に注文して、横移動してご飯を受け取る、あの方式。

 

なのだけど、ここの受け取り台も人サイズの高さ。とはいっても、ドワーフがひょっこり顔を覗かせられるぐらいなのだが。

 

そうだとしても、やっぱりミミックには高い。注文すらまともにできない。しかし、机や椅子のように上げ下げするわけにもいかない。

 

なので、別の方式が取られている。それは―。

 

 

ウイィイン

 

微かな音を立て、目の前の緩やかな坂道に敷かれた魔法が動く。それは、社屋の至る所に引かれた『動く歩道』魔法と同じ。ミミック達はそれに足…もとい箱を乗せ、受け取り台より一段低い、専用の長台へと移動した。

 

要はエスカレーターである。これにより、ミミック達は高いところに安全に登れるのだ。

 

別にいちいちジャンプすればいいと考えるミミックは多いが、そうすると受け取り台が壊れるかもしれないという理由で設置された。使ってみると案外便利らしく、受け取り台にジャンプして乗るミミックはもういない。

 

あとは簡単、注文後その一段低い台の上を箱滑りして移動し、ご飯を受け取ってまたエスカレーターで降りる。背後から見ると、箱のせいでまんま流れ作業である。

 

 

 

 

「サンドイッチ野菜たっぷりとチーズリゾット、飲み物はオレンジジュース二つでお願いします」

 

私は厨房に注文を入れる。しかし、厨房の中からは返事は返ってこない。包丁や食器が動く音はしっかり聞こえるのに。

 

それもそのはず。ここを切り盛りしているのは人型魔物ではない。しかし、下位ミミックのような子達でもない。じゃあ誰かというと…。

 

 

厨房の中にふわふわと浮いているのは複数のお皿、菜箸、トング。遠くのコンロから同じく浮きながらゆっくり移動してきているのは大きなお鍋。

 

フライパンは勝手に振られ、まな板の上の食材は何本もの包丁によってリズムよく同時にカットされる。

 

おわかりだろうか。調理をしているのは『調理道具達』そのものなのだ。

 

 

 

ポルターガイスト、付喪神…呼び方は色々あるだろうけど、簡単に言えば道具に憑いた精霊、又は道具そのものが精霊となった子達。これまた社長がスカウトしてきたらしい。

 

何分調理器具だけあって、彼らが大好きなのは料理を作り、それを食べてもらう事。そしてミミック達は沢山いて、大食らいの子達も多い。まさに天職、win-winの関係。

 

この間お手伝いに行ったビアガーデンにも彼らを連れて行ったのだが、その際はその腕を奮いに振るっていた。腕ないんだけど。

 

あ、因みに、厨房の横には私達が使える調理室もある。自分で作りたければ、その調理道具精霊達を使わせてもらいなんでもできる。私もたまに社長にケーキを作って貰ったり、クッキーを焼いて食べさせてあげている。

 

 

 

 

「社長、お待たせしましたー」

 

二つのお盆を手に、席へと戻る。社長はやっぱり寝ぼけ眼。仕方ない、いつものように椅子を社長の近くに移動させて、と…。

 

出来立てで熱々のリゾットを掬い、ふーふーと吹いてあげる。口の中を火傷しないような温度まで下がったかな?

 

「はい、社長。あーん」

 

そう言いながらスプーンを近づけてあげると、社長は小さく口をパカリ。そこに優しく冷ましたリゾットを入れてあげた。

 

「熱さは大丈夫そうですか?」

 

私の問いに、社長はもぐつきながら頷く。良かった。でもこれ、子供というか鳥の雛…いや言うまい。

 

多分あと数口食べさせれば目を覚まして自分で食べ始める。…ほら、スプーンを受け取った。

 

さて、私も頂こう。あむっ…うーん、野菜シャキシャキで美味しい!

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れ、正午。今日はお昼時のダンジョン視察依頼はないため、食堂でランチタイムである。

 

「あーお腹減った!」

「ですねぇ」

 

朝とはうって変わって、普段通り快活となった社長と共に足を踏み入れる。既にご飯を食べている人達も多く、中は結構賑わっていた。

 

そうそう、勿論食堂なのでメニューは幾つかある。余裕がある時に作り置きしてあるため、それらを注文すればすぐに食べることが出来る。

 

だが、それとは別に注文すればなんでも作ってくれる。勿論時間はかかるが。だから、早めにやってきて注文する子や、ピークを避けゆっくりとコース料理じみたものを楽しむ人もいる。

 

 

なお今日の日替わりメニューは、ジャガイモグラタンとソーセージランチ。恐らく、この間のビアガーデン手伝いのお礼として貰ってきた食材だろう。

 

 

 

 

私は日替わり定食を、社長はパスタを、あと追加でデザートのプリンを注文し、いつもの席へ。外を見ながら食事をすることに。

 

今日もまた、良い天気。外を見ると、近くの野原でシートを広げピクニックしているミミック達がちらほらいる。

 

勿論、この食堂で作って貰ったランチバスケットを持って。お弁当にも対応してくれるのだ。

 

…うん? あそこのピクニックグループ、ランチバスケット4つだけ放置してどこに…。あ、違う。うち3つにミミック入って遊んでた。ピクニックランチごっこ? いやなんだそれ。

 

 

 

 

社長と雑談しながらご飯を食べていると、妙な音が聞こえてきた。

 

ポゥン ポゥン ポゥン

 

小さい砲撃音。別にお昼を知らせる空砲とかではない。それは箱工房の方から聞こえてくる。

 

実はここ最近、食堂の真ん中辺りが改造されたのだ。突然話が変わった?いいや、変わってない。 

 

どんな改造かというと、そこに窓の外に通じる扉が出来た。そして、そこから外に向けべろんと大きな足場が設けられた。外から見ると、ミミックが舌を出してるような見た目に。

 

そこはフワフワしており、衝撃を受け止めるクッションのよう。と、そこに―。

 

ボスンッ ボスンッ ボスンッ

 

何かが次々に着地する。それは、箱。…まあ察せる通り―。

 

「ごっはん♪ ごっはん♪」

 

むくりと起き上がった箱たちは、滑るように扉をくぐり食堂内へ。言うまでもなく、彼女達はミミックである。

 

 

この間箱工房に赴いた際、『ミミックキャノン』という大砲をラティッカさんから紹介され、気に入った社長はそれを作るように命令を出した。それが、この間とうとうローンチしたのだ。

 

何分この食堂は社屋の上階にある。箱工房で遊んでいた子達がここに来るのが少しだけ手間。だから、キャノンで打ち出されることであっという間に到着できるようになった。

 

精度は最高級らしく、今のとこ着地に失敗したという事例は聞かない。仮に落ちてもミミックだし、多分無事で済む。あと別に死んでも復活できる。

 

言ってしまえば片道切符の空の旅。いや箱だし片道宅配…あれ?宅配は普通片道か…? 頭こんがらがってきた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

更に更に時は流れ、夕食時…を過ぎた夜更け。食堂の灯りも僅かに。(なお、夜食受付は何時でもやってる。私は太っちゃうのが怖くてあまり利用してないけど…)

 

しかしその一方、逆に灯りがつき、騒がしくなる場所がある。それは食堂の奥、厚く防音がなされた壁の向こう側。

 

「「「かんぱーいっ!!!」」」

 

そこは酒場なのだ。

 

 

 

さっき食堂の内装をお伝えするとき、『ここは』と言葉を加えていた。それはつまりこういうこと。この社員食堂、真横に社員酒場が併設されているのである。

 

食堂のお洒落なカフェ調の様子とは違い、ここはザ・酒場。冒険者ギルドのように木や石っぽい壁や床をしている。

 

時には数人で、時には皆で集まってわいわいと。毎夜のように宴会が繰り広げられているのだ。

 

因みに、酒場の更に横の部屋には落ち着いた雰囲気のバーもある。しっとりと飲みたい場合はそちらへ。

 

 

 

「うへへ…アスト良い胸してるじゃない」

 

「きゃっ…! もう、悪いことをする手はこれですか?」

 

「やぁん!痛い!抓らないでぇ!」

 

今日は私も社長もへべれけ。その様子を見た周りのミミック達もゲラゲラ笑っている。馬鹿騒ぎ、すごく楽しい。

 

 

そして、そういうテンションの時始まるものがある。宴会の席のお供、テキトー企画だ。

 

早飲み早食い、大食い大飲み選手権。トランプ勝負や料理作りあいっこ。かくし芸大会に(コスプレ)ファッションショー。なんでもござれ。誰とは無しに提案し、気づけば開催している酔っ払いの戯れである。

 

 

あぁ、ファッションショーと言えば…。この間社長命令が炸裂して、私とラティッカさんがやることになった。

 

ビアガーデンダンジョンにいた時の服をそれぞれ交換ということで、私はラティッカさんが着ていたへそ出しチューブトップ&肩ひも付き(レーダー)革製半ズボン(ホーゼン)を。ラティッカさんは私が着させられかけたミニスカディアンドルを。

 

いやー、あれは大変だった。全員から絶賛されたが、それがまた恥ずかしくて。特にラティッカさんは普段男勝りな服しか着てないからか、顔をトマトのように真っ赤にしていた。ぶっちゃけ、とんでもなく可愛かったけど。

 

 

ところで、今日の企画は…。

 

「第…何回目か忘れた! ジョッキ何個持てるかせんしゅけーん!」

 

らしい。内容はシンプル。何個ジョッキを持ち上げ、一定距離歩けるかを競うだけである。でも結構白熱する。

 

落として割ったり、中身をぶちまけたりしないか? 大丈夫、ジョッキの道具精霊達に協力して貰うのだ。

 

彼らはふわふわ浮いているから簡単に何段も重なってくれるし、もし落としかけても自分から回避してくれる。ジョッキたちも案外スリルを楽しんでいる様子。それに割れて死んでも(以下略。

 

 

 

「れでぃー…ごー!」

 

参加した上位ミミック達幾人かが、ジョッキの中身を零さないように慎重に動き出す。それぞれ何十杯も手にして。

 

まあ使ってるの腕2本じゃないけど。手を幾本もの触手に変え、支えているのだ。

 

因みに2本腕部門では、私が一位だったりする。いつも社長を持ち歩いているから、物を持つコツがわかっているというか。

 

社長? 社長は殿堂入りである。多腕部門も二本腕部門も。だって一度、百個のジョッキを持って移動せしめたのだから。流石に数日は数センチも上がらないほど腕を痛めてたけど。

 

つまりこれは、文字通り自分の腕を鍛える修行…じゃないな、うん。

 

 

 

 

「じゃあまた明日ね社長、アストちゃん! あ、もう今日か!」

 

楽しい時間はあっという間に経ち、本日はお開き。徹夜で飲む面子もいるが、私達は先にドロンすることに。

 

既に寝息を立て始めた社長を抱え、部屋へと。寝巻を着せてあげる。こりゃ明日もねぼすけさんは確定かな。

 

ふあぁ…、私も眠くなってきた。寝よ。明日は何食べよっかな…。

 

 



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顧客リスト№21 『トレントの森林ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

時刻は昼間。本来は燦々と日が照っている時間帯。されど、今私達がいる場所は薄暗い。

 

上を見上げると、空を隠すかのように生えるは幾千の木の枝と、幾万の木の葉。左右から伸びたそれらは、私達が進む道先を覆いトンネルを作り上げている。

 

木漏れ日すらまともに入らない中、植物達の青々とした香りが強く鼻を包む。絡み合う草木のせいで空気が上手く入れ替わらず、若干空気が淀んでいるようである。

 

ザワザワ…ザワザワ……

 

木々が大きく揺れている。おかしい。風は届いていないのに。まるで自身の意志で揺れているような…。と、擦れ合う葉音に加え、おどろおどろしい声が至る所から聞こえてきた。

 

『『『立ち去れ…立ち去れ…』』』

 

枝葉のトンネル内を反響する合唱、恐ろしき化け物の如し。しかし、その声の主は姿を見せない。辺りを見回しても、隠れる人影はおろか、獣の姿すら存在しない。

 

だというのに、一歩足を踏み出すたびにその脅しは強まる。更には鞭のようなものがしなる音や、地面の揺れまで加わり始めた。

 

怖くなり、私は抱えていた社長入り宝箱を少し強く抱く。すると、社長は拾っていた枝を振り振り指示を出した。

 

「アスト、回れぇ…右!」

 

声に合わせ、私はその場で半回転。そのまま来た道を引き返し始める。すると、途端におどろおどろしい声の調子が変わった。

 

『『『待って…帰らないで…帰らないで…』』』

 

 

少し慌てた様子の声と共に、空を包んでいたトンネルはパカリと割れる。眩い日の光によって、私の背後…先程まで進んでいた道の先が照らされた。まるでそちらに進んでと言わんばかりに。

 

「はーいアスト。再度回れー、右!」

 

社長の言葉にもう一回半回転しながら、私は肩を竦めた。

 

「もう…社長、人が悪いですよ。せっかく皆さんが技を見せてくださってるのに…」

 

「ごめんなさーい! ここで他の侵入者のように帰ったらどうなるか気になっちゃって…。あ、()()()()()()()()!」

 

てへっと自らの頭を手にした枝でコツンと突く社長。上手くないですよとツッコミを入れ、私は代わりに謝る。

 

どこに? 周囲に。 と、軽く枝葉が揺れる音と共に声が返ってきた。 

 

『こっちこそごめんね…突然始めちゃって…』

『騙されちゃった…ちょっと悔しい…』

『気にしないで…木だけに…』

 

あ、社長のギャグ気に入った方がいる…。私は周囲の、並び生える木々に目を移す。

 

すると先程まで何もなかった樹皮に、木のうろの様なものが幾つか突然浮かび上がってきた。それはまるで顔のよう。

 

そう、彼らこそがここに棲む魔物達、『トレント』なのだ。

 

 

 

 

トレント、別名『じんめんじゅ』。その名の通り、人面…人の顔を持った樹木魔物のことである。とはいえそこまでリアリティある顔つきではなく、木のうろや皺、枝とかで構成されたデフォルメ顔。結構可愛い見た目。

 

そんな彼らが棲むここは勿論ダンジョン。冒険者ギルドの登録名称は『森林ダンジョン』という。これ以上ないほどぴったりな名前であろう。

 

内部は鬱蒼とした森林。勿論、その全てがトレント。魔物達はいるにはいるが、それはこの森に棲みついた住人達である。ほとんどがトレント達と仲良しらしい。

 

 

そんなこの場所に人が迷い込んだらどうなるか。魔物達に襲われるだけではない。先程私達が体験したように、トレント達が揃って脅しすかしてくるのだ。

 

聞くと、『彷徨いの森』という協力技らしい。そういえば技と枝って字が似てる…。コホン、要は怖い雰囲気を作って穏便に帰還を促すのである。

 

なにせ彼らは樹木の魔物、自らの意志で枝や根、蔦や葉を自由自在に動かせる。しかも短い距離づつではあるが、移動もできる様子。

 

道の先を塞ぐこと、帰り道を作ってやること、道をそもそも作り替えることなんでもござれ。だけど彼らは優しいのだ。帰してくれるのだから。

 

だって、彼らがやろうと思えば森の中に囚われ、養分とされてしまうのだもの…。

 

皆も、森に不用意に入らないように。もしかしたら、貴方の背後の木がトレントだったり…。

 

 

 

 

 

ダンジョン内をどんどん突き進む私達。トレント達が木漏れ日を巧みに活用し道先を教えてくれるから、迷うことはない。

 

終いには熊の魔物の背に乗せてもらい、のしりのしりと。どうやら今回の依頼主から遣わされた子らしい。

 

社長は楽しそうに枝を振りながら歌を歌ってる。それに合わせ、トレント達もコーラスを重ねて来てくれる。わ、他の動物までも集まってきた。なんともメルヘンチック。

 

 

 

そうこうしているうちにかなり開けた場所に出た。どうやら目的地のダンジョン最奥らしい。熊から降ろしてもらい、正面を見やる。

 

そこは不自然に開いた広場。そしてその真ん中には、太く大きく、沢山の枝葉を湛えた老樹がそびえていた。

 

「ふぉっふぉっ…楽しそうな歌じゅったのう…」

 

老樹はぶるぶると震える。すると、幹部分に顔が浮き出ていた。深い木の皺も相まって、まるで髭をたくわえたお爺ちゃんのような見た目。

 

彼がこのダンジョンの元締めで、今回の依頼主。『ウッズ』さんである。

 

 

 

 

 

「わーい!」

 

ウッズさんが作ってくれた蔦製のブランコで遊ぶ社長。子供みたい…いや、私も人の事言えないかも。

 

私も作って貰ったのだが、これが案外と楽しいのだ。 ちょっと恥ずかしくはあるけど…。

 

「2人共お腹は空いとらんかのぅ…? 手を皿としてちょっと前に出すんじゅ…」

 

やっぱり喋り方ちょっと独特だなと思いながら、言われた通りにしてみる。するとウッズさんの頭…もとい枝葉が揺れる。そして―。

 

ポトンッ

 

手のうちにピタリと落ちてきたのは虹色の果物。まるで宝石のよう。皮ごとシャクリと齧ってみると…。

 

「「ん~っ!! 甘~いっ!!」」

 

 

 

 

「もしかして、この果物が依頼の発端ですか?」

 

『鑑識眼』を発動しながら、私はウッズさんに問う。この果物、『老樹の宝石果』と言う名で高値の取引が行われている様子。これを狙いに冒険者が、というのはあり得る話である。

 

「その通りなんじゅよ…少し持っていくだけなら構わんのじゅが、粗方持って行こうとするからのぅ…」

 

幹についた顔をしおしおと歪めるウッズさん。やっぱり。と、彼は更に言葉を続けた。

 

「それだけじゅなくての…儂ら自体が素材になるらしく、枝を大量に折っていったり、切り倒されたりするんじゅ…」

 

あー…木だから…。全身素材のようなものだし、大変そうである。そんな中、ブランコをこいでた社長が質問をした。

 

「冒険者達との戦闘手段はどれぐらいありますか?」

 

それは気になっていた。さっきは脅して追い返す技を見せてもらったが、手慣れた冒険者には効かないだろう。もしかしてされるがまま…? そう思っていると、ウッズさんはふぉっふぉっと笑った。

 

「試しに儂と戦ってみるかの…?」

 

 

 

「良いですよ! やりましょうか!」

 

ブランコからスタンと降りた社長は私を手招き。突然のバトル開始である。大木vs宝箱(私もいるけど)という妙なマッチメークなのは気にしてはいけない。

 

「ウッズさん、私もアストも強いですから! 本気で…あ、本木(ほんき)で来てください!」

「もう良いですからそのネタ…」

 

苦い顔して私はツッコむ。と、ウッズさんは全身をミシミシと鳴らし、皺の顔をにんまりと曲げた。

 

「ふぉっふぉ…そうさせてもらうぞい…!」

 

 

ドドドドドッ!

 

瞬間、地面を割って現れたのは何本もの尖った木の根。私は急ぎ空中へ飛び上がり、回避する。既にこれだけで、生半可な装備の冒険者は貫かれ即死であろう。

 

社長は引っ張り上げなくて大丈夫かって? 心配なさらず。こういう時は、基本的に手を貸さなくて良いと言われているのだ。

 

ほら、下を見ればわかる。いくら鋭い刃であろうと、社長の箱は貫けない…あっ、根に包まれて…檻に閉じ込められちゃった…!

 

助けたほうが良いかな。とりあえず下に降りて…。

 

「―!? ゴホッ…」

 

身体が痺れて…!? 一体何が…。

 

「アスト、気を付けてー!この花粉は毒よ!」

 

社長の声にハッと気づくと、周囲には確かに細かい粉がふわふわと。慌てて息を止める。

 

しかし、花粉とわかれば話が早い。風魔法で吹き飛ばして…。

 

シュルルッ バシンッ!

「あうっ…!?」

 

突然何かが身体を強かに打った。直前に気づいてガードは間に合ったが、少し離れた位置に吹き飛ばされてしまった。痛たたた…。

 

その正体、蔓の鞭。さっきまでブランコになっていたあれである。それに思いっきりビンタされたらしい。

 

でも、ここならば根も蔦も届かない。遠距離魔法で決めてしまえる。詠唱を…!

 

ヒュウッ!ヒュウッ!

 

「―! あっぶなっ!」

 

また何か飛んできた。慌てて身をよじり回避できたが、今度は何…枝と葉っぱ!?見事に地面に突き刺さってるし…。矢とか手裏剣みたい。

 

優しそうなウッズさん、かなりの戦力持ちである。まさか対空攻撃まで持っているとは思わなかった。しかし、これだけ戦えるのに冒険者に悩まされているとは…?

 

 

バキィッ!

 

そう考えてると、何かが折れる音が聞こえてきた。社長だ。どうやら根の檻をちょっと壊して抜け出したらしい。

 

そのまま地面を素早く走り、ウッズさんに近づいていく社長。そうはさせまいと根や蔦、枝の矢が一斉に浴びせかけられるが、社長はそれを右に左に回避。当たっても箱には傷一つつかないだろうが。

 

「とうちゃーく!」

 

あっという間に社長はウッズさんに肉薄。と、ウッズさんの攻撃が急に弱まった。下手に攻撃すると自分の身を傷つけかねないのだろう。

 

「おのれ…!ならこれならどうじゅ…!!」

 

わなわなと頭の枝葉を震わすウッズさん。まだ何か隠し玉があるらしい。と―。

 

ゴロゴロゴロ…。

「わー!果物いっぱい落ちてきたー!」

 

先程頂いた宝石果が山ほど落下してきた。社長は思わず楽し気な声をあげる。するとそれでウッズさんは正気に戻ったらしく、またもしょぼくれた。

 

「しまったのう…またやってしまった…」

 

 

 

 

「そうなんじゅよ…。儂らは肉薄されると抵抗できなくての…。果物落とししか手段がないんじゅ…」

 

枝までしおしおとさせ、悲しそうな表情を浮かべるウッズさん。なるほど、普通の魔物ならば足を使ってその場から逃げることができる。しかし、彼らは木だからまともに移動できない。近づかれたら一巻の終わりなのだ。

 

しかし、果物を落としたところで冒険者を喜ばせるだけ。だから私達に依頼を寄こしたというのが顛末らしい。

 

「しかも近頃はガラの悪い鳥魔物も増えて来ての…。無駄に実を食い散らかされることも増えてきたんじゅよ…。蔓は上手く届かんし…」

 

ミミン社長のように、綺麗に美味しく平らげてくれるなら良いんじゅが。そうウッズさんは溜息をつく。

 

因みに社長、勿体ないからとさっきウッズさんが落とした果物を全部拾って自らの箱に詰め、もぐもぐしている。虹色の果物だから宝石箱みたいな見た目になってる。

 

 

 

「うーん、どうしたものですかね…。木の真下に宝箱を置きます?それっぽく偽装して」

 

とりあえず提案してみる。でも、何か物足りないというか…。少なくとも、鳥魔物の対処は出来ないであろう。

 

と、社長は口の中の果物をごくりと飲み込み、目を輝かせた。

 

「それも良いわね。でも、私良い案思いついちゃった! 木を隠すなら森の中、ミミック隠すのも森の中。これと同じにしましょう!」

 

『これ』って…宝石果? 私が首を捻るのを余所に、社長はもう一口がぶりと齧りついた。…いや食べ過ぎでは?

 

 



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人間側 とある食いしん坊冒険者と果実

 

 

おっなか空いた~♪ おっなか空いた~♪

 

森の中を私はポヨンポヨンと進む。…失礼な!ポヨポヨはお腹が揺れる音じゃない。太ってないから! これは胸が揺れる音!ただ食べた物が胸にいくだけだし!…何言わせるの!?

 

 

ケホン。気を取り直して…私はとある女冒険者。自他共に認める食いしん坊。ピンクの髪や服から変なあだ名で呼ばれることがあるけど…。今は関係ないか。

 

今日はご飯代を稼ぐためにダンジョンに…。ううん、ダンジョンに来てるのは正しいけど、ご飯代を稼ぐのが最大の目的じゃない。美味し~い果物をちょっと食べさせてもらおうと思って!

 

 

 

ここは『森林ダンジョン』。木の魔物、トレント達が棲んでいる場所。実は私、少し縁あってトレント達と懇意にさせてもらっているのだ。

 

このダンジョンは『彷徨いの森』と呼ばれることもある。ここに侵入した冒険者達は暗い木々のトンネルの中、姿の見えない化け物達に脅され追い返されるのだ。中にはさんざ歩かされ方向感覚すら失って出てくる人達もいる。

 

実は私もちょっと前、迷い込んだことがある。そして同じように『彷徨いの森』を受けたのだが…何分あの時の私はお腹が空きすぎて空きすぎて…。

 

謎の声もなんとやら、目の前に生える木の根の壁もなんのその。まるでゴーストに憑りつかれたように一目散に森の奥へと進んだのだ。

 

だって、森の奥からすっごく甘くて美味しそうな匂いがしたんだもの。あんなの空腹の人に嗅がせたら、正気を失ってしまう。 え、私だけ?そんなー。

 

 

まあ結果的に、私はダンジョン最奥にたどり着いた。最も、その瞬間空腹で倒れてしまったのだけど。

 

そしたら、目の前に虹色の宝石のような果物が一個ポトンと落ちてきた。ハッと顔を上げると、そこにはトレントのウッズ長老(勝手にそう呼んでる)がいたのだ!

 

あの時の果物は本当に美味しかった! 後で調べて見たら、『老樹の宝石果』といって老トレントしか成らすことが出来ない貴重な物だったらしい。

 

そしてどうやらトレントの長老、私の食べっぷりが気に入ったのか、その宝石果を幾つも幾つも食べさせてくれた。そうこうしている内に意気投合し、以来、時折ここを訪れさせてもらっている。

 

その恩返しに、邪魔そうな枝の剪定や暴れる魔物に「めっ」したりしてお手伝いしている。勿論長老だけじゃなく他のトレント達にも。

 

特に若トレント達には私の果物の味批評が有難いらしく、今では皆美味しい実を成らせてくれている。おかげで食べ放題!やったね!

 

 

 

…なのだけれど、最近ちょっと大変なことになってる。私の同業者…冒険者達が結構な頻度でこのダンジョンを襲っているらしいのだ。果物の質を上げちゃったのマズかったかな…。

 

責任感じるけど、冒険者同士で争うわけにも行かないし…。長老も心底困り果てているようで、私を蔦のブランコに乗せてくれながらも溜息をついていた。

 

あ、でも。この間私が「冒険者を仕留めるのが得意な魔物でもいればなぁ」と漏らした時、長老、天啓を得たという感じで賛成してくれた。それでなんか策を講じるって言ってたけど…。

 

 

 

 

とりあえず、道のところどころに落ちてる枝や葉っぱを拾いながら進んでいく。トレントの物だからちょっと良いお値段で売れる。よくある簡単クエスト『薬草集め』より遥かに効率が良いのだ。

 

と、そんな時だった。

 

ドサッ

「わっ! 何!?」

 

空から何かが落ちてきて、びっくり。結構重めの音だったけど…ん?太った鳥?

 

確かこれ、『グルマンバード』っていう大食いで有名な鳥魔物。とはいっても、作物を食べ散らかす害鳥だけど。そういえば長老、こいつにも悩まされているって言ってたっけ。

 

トレントの誰かが仕留めたのかな? 麻痺毒でやられてるみたいだし、強く縛られた跡もある。花粉と蔦のダブルコンボでやられたのかもしれない。

 

あれ?でもトレント達、木の上…もとい頭の上まで蔦とか届かないって言ってたような…。それに麻痺毒もここまで動けなくなるほどだっけか?

 

うーん。ま、良いや!この鳥、美味しいんだよね。どうせトレント達にとっても害鳥だし、持って帰って焼き鳥にしてもらお!

 

 

 

 

『あ…良いところに…こっちこっち…』

 

私が鳥を無理くりバックに詰め込んでると、どこからともなく呼ぶ声が。これは『彷徨いの森』の化け物…!

 

まあ、正体はトレントそのものなのだけど。呼ばれた方に駆け寄ると、そこには笑顔を浮かべたトレントの1人…一本?が。

 

『見て…これ…』

 

しゅるりと伸びた蔦が指し示したのは、木の横でチーンと死んでる冒険者達。斧ばっか持ってるから、どうやらトレントを切り倒そうとしたらしい。

 

「倒したんですか?」

 

『私じゃないよ…これ…』

 

蔦は再度動き、トレント自身の足元を指す。そこにあったのは…。

 

「わぁ! 宝箱!」

 

木の枝や葉が乗っかった、少し古ぼけながらも輝く宝箱。こんなところにお宝があったなんて!わくわくしながら手をかけると―。

 

パカッ ハモッ

「ぺぼっ!?」

 

視界が一瞬で暗く…!生あったか!?ヌメヌメする!?

 

『もう良いよ…出してあげて…』

 

トレントの声に合わせ、私はぺっと吐き出される。そう()()()()()()()()()。これ、宝箱じゃないじゃん…!

 

真っ赤な舌と、鋭い牙。そして漆黒の口内。ミミックじゃん! 食べるのは好きだけど、食べられるのは好きじゃないよ!!?

 

 

 

 

『ごめんね…見せたくて…』

 

トレントはゆさゆさと頭を揺らし、真っ赤で美味しそうな実を幾つか落とす。お詫びの品らしい。

 

「あっ!もしかして、これが長老の言っていた『策』!」

 

べとべとの顔を拭いながら、私をポンと手を打つ。するとトレントはにっこり微笑み頷いた。なるほど、ミミックは対冒険者最強の魔物と言ってもいいかもしれない!

 

少し冷静になれば、木の真下に宝箱があるのはちょっと不自然だとわかる。だけどここは『彷徨いの森』、そんなのがあってもおかしくないかもと思っちゃう。

 

特に欲張った冒険者は真っ先に開けちゃうだろう。…はい、欲張りましたごめんなさい!だって宝箱見つけたら開けるのは冒険者の性だもん!

 

 

貰った木の実を齧りつつ、幾つかをミミックに投げてみる。すると器用にパクリとキャッチ、嬉しそうにもぐもぐし始めた。いつもは怖い魔物だけど、こう見ると案外可愛い…!

 

『ウッズさんのとこに行くの…?』

 

「はい! あの宝石果食べさせてもらおうと思って!」

 

『なら気を付けて…。冒険者のパーティーが今さっきそっちに向かっていったみたい…』

 

「あらら…。うーん長老心配だし、ちょっと見てきますね!」

 

トレントとミミックに手を振り、奥地へと私は駆ける。最奥まで行ける冒険者ということは、トレント達の脅しが効かない手練れということ。長老、無事だと良いけど…。

 

 

グゥ…

 

う…心配すると、お腹が空く。さっき貰った果物もっと食べよっと。いっただっきま―。

 

「よお『ピンクの悪魔』! ここでも食べてるたぁなぁ!」

 

すぅ…!? 聞き覚えのある声に、バッとそちらの方を見やる。そこにいたのは冒険者パーティー。そして、その内の1人は知り合いの男冒険者だった。

 

「…その仇名で呼ぶの止めてって何度言わせるの?」

 

「んだよツレねえなぁ。しっかし、お前もここに来てるとは。飲食店荒らしはお休みか?」

 

ゲラゲラと笑う男冒険者。やっぱりコイツ嫌い…。あの仇名で呼んでくるし…。

 

―ピンクの悪魔。それは私の髪色とか好んで着てる服がピンクなのと、大分前のギルド主催大食い選手権が関係している。

 

そこで私は大差をつけて優勝したのだけど、その時の食べっぷりが語り草となっているのだ。まるで吸い込むかのように次々と食べ物を平らげた様子が悪魔的だったことから、誰とは無しについた仇名が『ピンクの悪魔』。

 

花も恥じらう乙女に悪魔って酷くない!? そりゃ、何軒か食べ過ぎで出禁食らっている飲食店はあるけど…。

 

「…ここで何してるの?」

 

そんな思いを果物で飲み下し、聞いてみる。すると彼は意気揚々と答えた。

 

「そりゃ当然、金稼ぎだ! この奥にでっかい木があるだろ?今日はそいつを切り倒しに来たんだ!」

 

 

 

「なっ…!?」

 

思わず唖然とする私を気にせず、彼は武器をガチャンと構える。いつもは大きいハンマー使いなのだが、今日の装備は全く違う。

 

「見ろよこれ! 特注品だぞ!」

 

そう言いながら、何かの紐を勢いよく引く男冒険者。と―。

 

ドルルゥンッ ヴィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!

 

煩い起動音と、それよりも大きい駆動音。それに合わせるように、武器先の横長の板についた刃は回転し始める。

 

「それって…チェーンソー!?」

 

「おうとも! グッフッフ…環境破壊って楽しいぜ!」

 

明らかな悪人セリフを吐きながら、彼はパーティーメンバーと共にズンズンと森の最奥へと。なんとかして止めなきゃ!

 

 

 

 

 

 

「だーかーら!止めてって言ってるでしょ!」

 

「うるせえなピンクの悪魔! 落ちた木の実はやるから黙ってろ!」

 

駄目だ…、いくら言っても聞いてくれない。そうこうしているうちに長老と彼ら、対峙してしまった。

 

片やトレントの長老とはいえ、巨木の魔物。片や木々を切り倒すための武器、チェーンソーを装備したパーティー。どっちが分が悪いなんて一目瞭然。

 

どうしよう、後が面倒になるけど長老の援護につくべきか…! そう思い剣を引き抜こうとしたその時だった。

 

ザワザワ…

 

長老の枝の一本が揺れる。そして、宝石果の一つが私の元に飛んできた。それはまるで、「食べながら観戦しておれ」と伝えているよう。

 

迷ってる間に、バトルは始まってしまう。大丈夫かな…。長老、というかトレント達の戦法には()()()()()のに…。

 

 

 

 

ドドドドッ!

 

開幕、長老が仕掛ける。地面の下を這わせた根の攻撃。ここから蔓の鞭や枝葉の矢による攻撃が黄金コンボなのだけど…。

 

ヴィ゛イ゛イ゛イ゛ッ!! ジジャジャジャッ!

 

突き刺さんと、取り囲まんと伸びる根をチェーンソーは容易く切り落としていく。しかも、それだけではない。

 

「切り倒せぇ!」

「「「ヒャッハー!!」」」

 

彼ら、我先にと長老に突貫していく。ヤバい!トレントって、懐に飛び込まれるのが弱点なのに!

 

移動して逃げることができず、枝や根の攻撃は角度的に届かない。密着されてしまえば、もはやなす術無い。てかバッサリと伐採されちゃう。

 

助けてあげなきゃ!私はとうとう剣を引き抜き走り寄る。が、それよりも先に妙なことが起きた。

 

 

ボトンッ

 

「あん?何だ?」

 

突然、何かがチェーンソーパーティーの前に落ちる。果物…ではない。

 

ブブブブブブッ!

 

「ひぃっ!蜂!?」

 

思わず全員が足を止める。どうやら落ちてきたのは蜂の巣。そこから出てきたのは黄色と黒の…じゃなくて赤と緑という奇妙なカラーリングの蜂だった。

 

手当たり次第にチェーンソーを振り回すパーティーだが、小さく高速飛行している蜂に当たるわけも無し。手間取っているうちに1人がぶすりと刺された。

 

「あばばばばばば…」

 

あれ?蜂に刺されただけなのに、まるで麻痺毒を食らったかのような感じで倒れた?しかも、さっき落ちてきた鳥魔物みたい。

 

「おい!早く回復魔法!」

「それが…効かないぞ…!」

 

よほど強い毒なのか、麻痺は一切解けない。そんな間に長老は蔦を伸ばし、麻痺した冒険者を空高く弾き飛ばした。ウッズ長老、ナイスショット!ファー!

 

 

 

「クソッ! 近づいちまえばこっちのもんだ!」

 

チェーンソーパーティー、蜂を無視して特攻し始めちゃった。ヤバいヤバい! 慌てて追いかけなおす私だったが、その必要は無かった。だって…。

 

ヒュウウッ ゴスッ ゴスッ

 

「「ぐえっ…!」」

 

再度落ちてきた何かが、パーティーメンバー二人の頭にクリティカルヒット。何あれ…!宝箱落ちてきたんだけど!

 

しかも中から触手が出てきて、メンバー絞め殺しちゃった! えっ、ということはあれもミミックじゃん!なんで木の上に!?いやこの上なく良い戦法だけど!

 

 

 

あっという間に残されたのはあの男冒険者ただ1人。と、彼は後ろにいた私に声をかけてきた。

 

「おい!分け前はやるから手伝ってくれ!なんなら好きなだけ飯を食べさせてやるから!」

 

「いーやーだ!」

 

べーっと舌を出し拒否してやる。私は伐採反対側だし、そもそも人の事を悪魔って呼ぶ奴の手伝いなんて、幾らご飯を並べられてもやるもんか!

 

「クソッ! うおおおおおっ!」

 

破れかぶれに突撃する男冒険者。しかし残念ながら―。

 

ヒュウウウッ ドスッ!

「ごるどっ…!?」

 

うわぁ…巨大な栗のイガ、いや巨大棘付き鉄球?みたいなのが頭に…。あれは無敵とかないと防げないわ…。

 

 

 

 

 

 

チェーンソー部隊、全滅! 見事なる全滅! いやー、一時はどうなるかと思ったけど、解決しちゃった。

 

あ、今更気づいたけどあの蜂の巣作り物だ。それに、『宝箱バチ』じゃん。ミミックの一種として扱われてる…。へえー、となると、この巨大鉄球以外全部ミミック…。

 

パカッ

「はぁあい☆ アナタがウッズさんが話してた食いしん坊冒険者ね? あ、ちょっと社長に似てるかも。髪色一緒だし」

 

「えっ…」

 

鉄球、栗のイガみたいに開いた…。しかも中に、女魔物。上位ミミックだったんだ…。しかも私並みに…ううん、私以上に胸ポヨポヨしてる…。

 

 

 

 

 

 

 

「ということでのう。ミミックを雇わせて貰ったんじゅよ」

 

「なるほどー」

 

長老から説明を受け、ようやく合点がいった。そんな変わった魔物達もいるんだなぁ。

 

「おかげで果物も無事じゅ。ほれ、ミミック達と一緒に食べていきなされ」

 

「わーい!」

 

やった!お腹ぺこぺこ! と、そんな私を上位ミミックのお姉さんがちょんちょんとつついた。

 

「なら上で食べない? ウッズさん、良ーい?」

 

「勿論じゅよ。ほいさ」

 

蔦をぶらりと垂らしてくれる長老。上位ミミックのお姉さんは落ちた蜂の巣片手に器用に登っていった。そして、その蜂の巣を木の枝の一つにピタリとくっつけた。 再利用可能なんだ…。

 

触手ミミック達もよじ登り、私もよいしょよいしょと登る。宝石果を落とさないギリギリまで手に取り、頑張って長老のてっぺんへ。ガサリと身体を出すと…。

 

「わあ!」

 

景色、超凄い! 一面に見えるトレント達の頭には色とりどりの果物がたくさん!美味しそう…!

 

あ、よく見るとちらほらと木の上に宝箱が置いてある。多分あれもミミックなのだろう。

 

 

 

「「いっただきまーす!」」

 

私と上位ミミックのお姉さん、揃って宝石果をパクリ。甘くて美味し~い!

 

しかしミミックが奇襲を生業とするとはいえ、まさか落下式の奇襲をかけてくるとは。新しい。でも、何故木の上にいるのだろう。

 

さっき見たみたいに、木の下でも効果はありそうなものだけど。もぐもぐしながらそう考えてると―。

 

「あっ。ちょっとお仕事するわね」

 

鉄球から身体を乗り出す上位ミミックのお姉さん。すると、どこからともなくバッサバッサと羽ばたき音が。

 

「あー! 『グルマンバード』!」

 

少し離れた位置に降りてきたのはあの害鳥魔物。果物を食い荒らされてたまるかと私はまたも剣を引き抜く。でもそれより先に…。

 

ギュルッ!

「ギュエッ…」

 

さっきまで私の横にいたお姉さんが手を触手にして仕留めていた。なんという早業。あっ、そっか! 木の上にいるのは鳥対策か!やるもんだ!

 

 

 

と、倒したグルマンバードを下に捨ててこようとするミミックのお姉さん。それを私は止めた。

 

「あ、その鳥要らないなら貰って良いですか? 晩御飯にします! 一羽だけじゃ足りないとこだったので!」

 

「…ウッズさん。この子、予想以上に食いしん坊ね」

 

「じゅろう? ふぉっふぉっふぉっ」

 

 

 



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顧客リスト№22 『ワイバーンの山岳ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

カラカラとところどころにある小石を踏みながら、私と社長は山道を登っていく。結構雲が近くなってきた。

 

だというのに、結構温かい。周囲の草木は意外と生い茂り、そこに棲む獣達もパッと見ただけで結構な数が窺える。

 

ここはギルドによる名称『山岳ダンジョン』。そこそこ腕の良い冒険者から挑める難易度のダンジョンである。それはここを支配する魔物が理由なのだけど―。

 

と、そんな時だった。

 

 

「フシャアアアッ!」

 

草陰から私よりも大きい獣が飛び出し、こちらを威嚇してきた。今にも襲いかかってきそう。私達を今日のご飯にするつもりだろうか。

 

でも大丈夫。今の私達には心強い護衛がいるのだ。

 

ビュウッ バサッ 

 

突如、空高くから勢いよく降りてきた何かが私達の前に着地する。それは持ち前の大きな翼を一気に広げ、鱗に包まれたいかつい顔で獣に吼え返した。

 

「ギャオオオオッ!!」

 

「キュンッ!? キャンッキャンッ…」

 

 

脱兎の勢いで逃げ去る獣。グフンッと鼻を鳴らすは私達の護衛、兼、依頼主。如何にも堅そうな皮膚と鱗…竜鱗で全身を纏い、腕代わりの大きい翼を持つ彼は、かのドラゴン種が一種『ワイバーン』である。

 

 

 

ドラゴンは色々な種類がいる。手乗りサイズの『フェアリードラゴン』や、山のように大きい『ギガントドラゴン』、蛇の様なひょろ長い身体を持つ『ワーム』、人の姿を兼ね備えた『竜族』など、実に様々。

 

その中でワイバーンはというと、下位存在にあたる。大きさは羽を閉じた状態で、私の一回り二回りほど大きいぐらい。要は人とほぼ同じサイズなドラゴンである。

 

先程も述べた通り、竜らしく鱗と厚手の皮膚、そして腕と一体化した大きい翼と鞭の様な尾を持つ。しかし火とかは吐けず、言葉を話すこともできない。

 

因みに地面も歩けるようなのだが、その時は翼を前足代わりにして這って進むか、今私達を先導してくれているように二本脚で立って移動するらしい。尻尾をふりんふりん、ぴょこたらぴょこたら歩いていく姿は恐ろしくも可愛らしい。

 

 

だが、そんな可愛い姿を見て舐めてはいけない。…誰も舐めている人はいないか。

 

彼らはその分肉体派なのだ。意外とお腹側の筋肉?が立派だし。特に獲物を見つけた時は『獰猛』という言葉が似合うほどの暴れっぷりを見せつける。

 

先程獣を一喝できたのもむべなるかな、伊達に生物最強格のドラゴン種が一角ではない。

 

 

それとワイバーンは群れで暮らすため数が多い。人間達だけじゃなく、他魔物にとっても一番目にすることが多いドラゴンといっても過言ではないだろう。

 

そのせいか、人間達にとってワイバーン討伐は一種のステータスな様子。中にはワイバーンの絵を紋章として盾や鎧に彫り込んでいる人達も結構いる。格好良いかららしい。わからないでもないんだけど…。

 

そして彼らの素材はドラゴン種の中では比較的手に入りやすく、お値段も中々に良いため、中級者以上の冒険者から常に狙われている。こういうと悪いけど、いずれ依頼が来るだろうとは思っていた。

 

 

 

え?ワイバーンは言葉が話せないのにどうやって依頼をしてきたのかって?それはあのワイバーンの方が…名前は無いみたいなので、便宜上『ギャオさん』と呼ぶことにしよう。

 

そのギャオさんが直接我が社を訪れてきたのだ。力を借りたいと。勿論二つ返事で了承し、今こうして彼らの棲み処に向かっているわけである。

 

 

へ?? そうじゃない? 話せないのにどうやって依頼を聞き出したのかって? 

 

あぁ、それは問題ない。そういう時のために翻訳魔法があるから。いやでも、今回それ使ってないのだけど…。

 

どういうことかというと―。

 

 

 

 

「グルル、ルルル!」

 

のそりのそり歩いていたギャオさんが突然振り向き喉を鳴らす。と、それに応えるように私が抱いた箱から社長が顔を出し…。

 

「ぐる! がうう、るる?」

 

と、言葉ではない言葉を発した。ギャオさんがコクリと頷いたのを見ると、社長はそのまま私の方を向いた。

 

「さっき逃げた魔獣、ご飯として捕まえてくるから先進んでてだって!」

 

 

 

…まあこのように、コミュニケーション取れちゃっているのだ。何故か。

 

因みに社長だけじゃない。他のミミック達もギャオさんの言葉がわかっていたらしく、彼が訪問してきた際に、和気藹々と歓談していた。私やドワーフのラティッカさん達だけ、蚊帳の外感半端なかったのだ。

 

「ほんと何で竜語?ワイバーン語? を話せるんですか? どこかで学んだんですか?」

 

森の奥へ飛び去っていったギャオさんを眺めながら、私は社長にそう問う。すると社長は首をきょとんと傾げた。

 

「別に正しい竜語なんて話せないわよ?」

 

「へ?」

 

「フィーリングよ。だってうちにいる下位ミミックのほとんどが言葉喋れないでしょ。でも言ってることわかるでしょう?」

 

「確かに…」

 

思わず私は頷いてしまう。さっき出かける前、宝箱型ミミックの子がぴょんぴょんしながら駆け寄ってきたのだけど、多分箱の裏辺りにオナモミでもくっついちゃったんだと思って見てあげたら案の定だったし。

 

「ほら、アストの種族だって下位悪魔とか喋れない子いるじゃない。でも何を伝えたいか明確にわかるでしょう?」

 

社長は畳みかける。確かにそういう子達もいる。使い魔とか。言われてみれば、言葉なんて基本介してないや…。

 

「ミミックは基本的に他の魔物と共生する種だからねー。他の魔物達の言葉は大体わかるし、話せるようになってるのよ。生まれつきね」

 

「へえー。あ、じゃあワイバーン語で私の名前って何て言うんですか?」

 

興味交じりに、社長にそう聞いてみる。その時だった。

 

「グルゥルゥッ!」

 

「えっ!? 他にもワイバーンが!?」

 

突如聞こえてきたワイバーンの唸り声に、私は辺りを見回す。かなり近い。ほぼ目の前…って、なんで社長ケタケタ笑って…?

 

「私よ、わ・た・し。騙されたわね! ケホッ…ちょっと喉痛めるけどね…」

 

…どうやらやろうと思えば本物同然の声まで出せるらしい。いったいミミックってなんなんだろ…。

 

 

 

 

 

ギャオさんと合流し、山道を進む。というかもう面倒なので飛んでいく。ワイバーンの棲み処は山の上、雲の中にあるらしい。 …しかしこの雲、巨大な綿菓子みたいに山を包んでいる。

 

因みにギャオさん、しっかりと獲物を仕留めてきた。足にがっしり掴んでいる。社長の翻訳が正しかったということでもある。

 

 

モスっと雲を突き抜け、中に入る。外の景色とは一転、草木はかなり少ない。ところどころにある穴の下にはマグマっぽいものが見える場所も。

 

いやそれよりも多いのが、脈動するかのように仄かに光る地の裂け目。まるで体の長い竜みたい。

 

これは『竜脈』と言い、ドラゴン種が棲む場所に必ず現れる魔力気力の奔流…いやそういった場所にドラゴンが棲むんだっけ?

 

どちらかはとりあえず置いておいて、ドラゴンが棲む場所の証明となる模様なのだ。ドラゴン種が生態系最強種なのも、それが関係あるのかもしれない。多分。

 

 

そんな山中を飛び、とある場所に到着する。山岳の崖の至る所に穴が空いており、そこには沢山のワイバーン達が巣を作っていた。

 

「ギャオオオ!」

と、ギャオさんが吼える。

 

「ぎゃおー!」

と、社長が…なんで続いた? 私もやるべきなのかな…?

 

そんなことを迷っているうちに、穴の一つからパサリパサリと何かが飛び出してくる。社長よりだいぶ小さい。猫ぐらいの大きさ。

 

「キュウ!」

「キュウキュウ!」

 

「―! 可愛っ…!」

 

現れたのは、二匹の子供ワイバーン。恐らくギャオさんの子達だろう。くりくりお目目で牙も爪もそんなに生えていない。しかも片方は産毛なのかモフモフしてる。

 

「ルルルルル」

 

ギャオさんは捕まえた獲物をドサリと置く。ご飯タイムらしい。次いでだし、私達も捌くのお手伝い。

 

 

 

「頂きまーす!」

「「「ギャウン!」」」

 

厚切りハムみたいにカットしたお肉を、社長とワイバーン達はもぐもぐ。 え、私? 私はちょっと…生肉だし…。社長はミミックだから何でも食べられるけど、私が食べたらお腹壊しそう。

 

帰社したら食堂でステーキでも食べよっと。レアなやつ。

 

 

 

「ふんふん…『冒険者が侵入してきて、鱗や牙、爪や卵を盗んでいく』ですか」

 

食べながら、お話を伺う社長。やっぱりギャオさんはグルルル唸っているようにしか聞こえないけど。

 

「ほうほう『仕留めようと近づくと、縄や魔法で捕まっちゃうことがある。追い込んでも森林に逃げ込まれると、空からじゃ探しにくくて逃がしてしまったりする』。あらら…」

 

なるほど。ただの獣ならいざ知らず、知恵を持った人間相手だと案外不利になってしまうことがあるらしい。

 

加えて、狩り場を荒らされている気がして気に入らないご様子。ギャオさんの口調、大分不満を漏らすような感じになってきてるし。

 

 

…うーん。社長が復唱してくれてるけど、やっぱり私も直接聞いた方が良いかな。翻訳魔法を―。

 

「キュルッ!」

「ルルッ!」

 

「え? あ、ご飯食べ終わったの?」

 

袖をクイクイと引っ張られ、そちらを見ると元気いっぱいな顔の子供ワイバーン達。見るからに遊んでモード。

 

「良いわよアスト、遊んであげて。こっちは商談進めとくから」

 

「はーい」

 

そうと決まれば何してあげよう。そうだ、魔法でボール作ってと…。

 

「そーれ!」

 

ひょいっと投げてあげると、子供ワイバーンは足で見事キャッチ。そのまま私の元ともう一匹の子で楽しくキャッチボール。

 

 

「うーむむ…。巣の保護は問題ないとして、そう言った場合の冒険者対策…」

 

一方、頭を悩ます社長。空を飛ぶワイバーンとミミックをどう組み合わせればいいか悩んでる様子。

 

特に、隠れた冒険者を追うのが難しそう。広い山岳森林、適当に配置しても意味がないだろうし…。

 

「キャウ!」

 

「え?」

 

社長の様子を気にしていた私は、子供ワイバーンの声にハッと気づく。とー。

 

ポコンッ!

「あうっ!」

 

余所見していたせいで、ボールが顔面ヒットしてしまった。

 

あらぬ方向に飛んでいったボールを、私は指を降って引き寄せる。こういった時魔法製は便利。

 

すると子供ワイバーンの一匹が、引き寄せている最中のボールにバシンと乗っかり捕らえた。狩りしてるみたい。

 

 

「―! あ、そっか!それで良いんだ!そうしましょう!」

 

と、一連のボール遊びを眺めていた社長が突然手をポンと打った。ギャオさん、ワイバーンの子供達、私は揃って首をハテナ?と捻る。ボール遊びから何を思いついたのだろうか。

 

「アスト、さっきやった竜の鳴き声も活用できるかもよ」

 

そう言いぐるるぅ♪と鳴き真似をする社長。子供ワイバーンもその後に合唱し始めた。

 

 



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人間側 とある中級冒険者達への降下

 

 

ガサッ 

 

とある森、厚めの茂みの中から俺は顔を出す。よしよし、周囲に魔物は無し、と…。

 

ガサッ

「どうだ?様子は」

 

「無駄に顔を出すな。せっかくここまで来たのに帰りたくないだろ」

 

横から顔を出してきた仲間を軽く窘める。するとそいつは素直に謝った。

 

「悪い悪い」

ガサッ

 

潔く引っ込んだのを確認し、俺はそのまま空を見上げる。小さい鳥が一羽パタタタと飛んでいき…。

 

「おっとマズい」

ガサッ

 

急ぎ茂み内に身を潜め、僅かな隙間から空を見る。その瞬間、厳つい翼を広げた巨大トカゲのような影が空を通過していった。

 

あれがこの『山岳ダンジョン』の支配者にして、今回の獲物。かの有名なモンスター『ワイバーン』だ。

 

 

 

他のドラゴン種に比べれば図体小さめなワイバーンだが、それでも人より一回りは大きく、羽を広げれば体格は二倍は超える。

 

火を吹かない代わりに爪や牙や尾、どれも中々に鋭く強く、討伐できれば一種のステータス扱い。中には酒一杯奢ってくれる酒場だってある。

 

さらにワイバーンをあまり傷つけずに一体狩れれば、復活魔法陣の代金を払っても大量のお釣りがくる。だから決死の覚悟で挑む冒険者は結構いたりする。

 

まあ勿論返り討ちになる連中も多いが。伊達にドラゴンじゃない。

 

 

だが、そんな文字通り命を張る必要はない。俺らはもっといい手段を思いついた。それは『巣に忍び込み、素材をかっぱらう』という方法だ。そうすればわざわざワイバーンと戦り合う必要はない。

 

このダンジョンは都合がいい。道中は鬱蒼とした密林で幾らでも身を潜める。そして目的のワイバーンの巣だが…厚手の雲に覆われているから忍び込みやすい。

 

勿論ワイバーンの方が目や鼻が利く。素人がそんなことをしたらたちどころに発見され、食われてしまうだろう。だが俺らは違う。パーティー全員が隠密の魔法や技を備えているからな。

 

 

今もこうして、空飛ぶワイバーン達から隠れながら少しずつ向かっているわけだ。時間はかかるが、上手く行けば…ふっふっふ…!

 

 

 

 

 

なんとかバレず、首尾よく雲の真下に到達できた。しかしここから先は視界がすこぶる悪くなる。隠れられる茂みは無く、岩が転がるばかりなのだ。

 

「こっからは雲の中だ。気配消しの魔法をかけるぞ」

 

俺は仲間にそう号令をかける。そう、ここで活躍するのが知恵持つ者の特権、魔法だ。ワイバーンだって、言ってしまえば言葉話せぬただの獣。魔法の対策なんてできるわけない。

 

因みにこの気配消しの魔法、完全に気配を消せるわけではない。流石にワイバーンの正面を横切ったりすればバレてしまう。

 

だが、それで充分。大体のワイバーンは巣で寝ぼけている。そこまで接近できれば、確保も討伐もなんでもござれだ。

 

 

 

「わかってると思うが、足元には気をつけろよ?」

「あいよぉ」

 

濃霧に近しいほどの雲の中を、慎重に俺らは進んでいく。時たまに穴があって、マグマが煮えたぎってる様子を遠目で確認できるからだ。

 

だが、それさえ気をつければ申し分ない。どこにワイバーンの巣があるかもわかる。

 

今、地面や壁を這っている模様?を見れば良い。これを『竜脈』という。仄かに光るこれがあればあるほど、ドラゴンの巣が近いということなのだから。

 

お、そうしている間に…。ついたついた。

 

 

 

バサリッバサリッ

 

飛び去っていくワイバーンを岩陰で見送り、奴らの棲み処である横穴が一つへと顔を覗かせる。

 

「…いるか?」

 

「…成竜はいない。子竜が二匹かな」

 

チッ、本当は寝ている成竜を仕留めて素材を剥ぐのが楽なんだが…。まあ抜けた牙や爪、鱗があるから問題ない。それに、子竜もペットとして高く売れる。連れていくか。

 

「さーて。お掃除の時間ですよっと…。おっ…?」

 

仲間の1人がニヤニヤしながら足を踏み入れる。が、何かを見つけたらしい。寝息を立てている子竜ではなく、近くにあった妙な物へと小走りで近寄っていった。

 

「なんだそれ」

 

「見ればわかるだろ、宝箱じゃないか」

 

確かにそこに置いてあったのは、ワイバーンの正面顔の紋章が描かれた宝箱。丁度箱の開く部分が口の位置になるようになっている。しかもご丁寧に目の部分には宝石のようなものが嵌めこまれていた。

 

恐らく、ワイバーンに襲われた商人のものか。ワイバーンの紋章を好む騎士や貴族は多い、少し凝った宝箱を作ったのだろう。そして、宝石が綺麗だから持ってこられてしまったのだろうな。

 

「有難く中身を貰っちゃおうぜ」

 

「その蓋についた宝石外せないか?」

 

ヒソヒソ話し合いながら、宝箱に手をかける仲間。が、その時だった。

 

パカァッ…

「はぇ…!?」

 

突然、絵のワイバーンの口が裂けた…!? いや違う。蓋が勝手に開いた…! そこにはワイバーン並みの鋭い牙が…。

 

ガブゥッ!

「ぎゃんっ!」

 

―…。仲間の1人が食われた。もぐもぐと呑み込まれていくそいつを唖然と見送ってしまった俺らは、ペッと吐き出される武器や鎧を見てようやく正気に戻った。

 

「「「ミミック!?」」」

 

 

 

なんでこんな場所にミミックが…! しかも模様をお洒落にして…。残された俺らが冷や汗を流している間に、ミミックは動き出す。マズい、標的にされた。この距離じゃ気配消しの魔法も無効化されてる…。

 

ここで戦っても良いが、子竜を起こして騒ぎになるとマズい。

 

「逃げるぞ…! 『スピードアップ』!」

 

ミミックの噛みつきを躱しながら、速度上昇の魔法を全員にかける。そのままダッシュで巣を後にした。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。クソッ、ミミックめ…」

 

幸いワイバーンに見つかることなく脱出、雲を抜け出た。だが、1人やられてしまった。

 

「どうするよ。もう一度潜ってみるか?」

 

「そうしようぜ、このままじゃ時間かけた分赤字だ」

 

「いや…大丈夫か?ミミックがワイバーンに警戒を促したら、今度は俺達すら無事で済まねえぞ」

 

「ワイバーンとミミックが共闘するってか? 馬鹿らしい、そんなわけねえだろ」

 

喧々諤々と話し合う俺ら。そんな折、ふと俺らの上に影が出来た。

 

「―! 話の途中だがワイバーンだ! 躱せ!」

 

俺の言葉に、仲間は一斉に散開。直後―!

 

バサッ ドスンッ

「ギャオウ!」

 

俺らの居た位置にワイバーンが一匹飛び降りてきた!

 

 

 

「あぶねえ…! 気配消しの魔法切れてたか…!」

「あれだけ走ればそらそうだよな!」

 

各自武器を引き抜き、迎撃態勢。しかし、都合がいい。

 

コイツを仕留めれば死んだ奴の復活費用は賄える。周囲には仲間のワイバーンもいない。当然さっきみたいなミミックも。少し不完全燃焼だが、今日はこれで我慢しよう。

 

「俺が怯ませる! 全員でロープを投げてとっ捕まえろ!」

 

魔法弾を撃ちだしながら、指示を送る。こっちだって巣に侵入するのだから相応の装備と実力は持っているんだ。

 

 

飛び立とうとするワイバーンを無理やり止め、手早く紐をかけ縛る。痛ててて…流石ドラゴン族、警戒して挑んでるってのに鋭い爪や鱗でこっちも擦り傷まみれだ。

 

だがこれで良し、あとは仕留めるだけ…。

 

ボフッ!

「ギャオオ!」

 

瞬間、雲を突き抜け何かが飛び出してくる。チッ、別のワイバーンだ。しかもこっちを狙っている。

 

「仕方ねえ。爪とか逆鱗とか高いとこだけ獲って撤収だ! 時間を稼いでおく!」

 

杖を構え、詠唱。大量の魔法弾を撃ちだす。威力は弱いが、こっちに来させなきゃ良いだけだ。羽を広げて飛んでいるから当たり判定は大きい…

 

「グルッ…」

ポイッ

 

? なんだ? 足に何かを掴んでいたらしく、飛んでるワイバーンが何かを投げてきやがった。投石攻撃か?

 

うん…?石じゃ…ない…? 四角い箱みたいだし、なんか模様が書いてあるし、宝石みたいなのが二つ…。…って

 

「さっきの宝箱…じゃねえ、ミミックじゃねえか!」

 

 

ドスッと地面に落ちた宝箱、もといミミックはそのまま滑るように勢いよく地面を駆ける。俺らの隙間を軽々抜け、ワイバーンをしまっていたロープを噛みちぎった。

 

「ギャウウ!」

 

解き放たれたワイバーンは翼を広げひと吼え。ばさりと飛び上がる。

 

「マジかよ…!」

「まだ何も剥ぎ取れてねえぞ!?」

 

背後から仲間達の驚愕の声が聞こえる。いやほんと嘘だろ…!まさかミミックを放り投げてくるなんて…!?骸骨投げてくるカラス魔物は見たことあるけど、こんなんみたことねえ!

 

 

 

 

空からの攻撃だけならまだ良い。攻撃はしにくいが躱しやすい。だが、それに地面を走る敵まで加わると大変だ。上と下、両方見なければいけないのは辛い。

 

まさか、このワイバーンのダンジョンでそんな目に遭うなんて…。ワイバーン達の爪攻撃とミミックの噛みつきを必死に避けながら俺は焦っていた。

 

このままじゃただ悪戯にやられるだけ。惜しいが、もっと退くしか…。

 

「「「ギャオオオウッ!!」」」

 

うわ、更に援軍ならぬ援竜が次々と姿を現してきた。勝てるわけはない。腹は決まった、逃げる。

 

「お前ら、来た時みたいに森に潜ってやり過ごすぞ! 『スモーク』『フラッシュ』!」

 

ボムンッ ピカッ!

 

煙幕魔法と閃光魔法を組み合わせ、ワイバーン達を攪乱する。その隙に最寄りの森林に駆け込み、息を潜めた。

 

 

 

 

空の上でバサリバサリと羽ばたくワイバーン達に見つからぬよう、茂みから茂みへと身を隠しながら移動する。

 

ここらへんは特に鬱蒼としているから、ワイバーン達が仮に降りて来ても蔦に引っかかって身動き取れなくなるだろう。ふう…なんとか全滅は免れた。あとはバレないように帰るだけ…。

 

ボスンッ ボスンッ ボスンッ

 

「!? 何の音だ…!?」

「わからん…!」

 

急に、周囲から妙な音が聞こえてくる。魔獣達が蠢く音、ではない。まるで何かが高いところから落ちてきたかのような…。果物でも落下したのか?

 

ガササッ ガササッ ガササササッ

 

……! 何かが、動いている…! 茂みの隙間から目を凝らし辺りを見回してみるが何もいな…。

 

「ひっ…!」

 

木と木の隙間、それも根元部分。何かの目がキラっと輝いた。が、すぐにどこかに消えていった。

 

一体あれはなんだったんだ…。魔獣にしてはやけに体高が低かった。それに、微かだがワイバーンの顔のようなものが見えた…。

 

「ん…?」

 

なんか既視感が…。それも、つい先程見たような…。

 

ゴスッ

 

痛っ。何かがぶつかってきた。なんだ…? ワイバーンの顔が書かれた宝箱…。そうそう、これだ…。

 

「ッハ!?」

 

仲間の首根っこを掴み、慌てて茂みから飛び出す。直後、バクンと噛みつき音が。やっぱりミミックかよ! さっきの場所からついてきたのか…!?

 

だが、あの位置から結構移動してきた。ミミックはそうスタミナがある魔物ではなかったはず。木の根や蔦が生い茂る森の中、ここまで走ってくることは…。

 

あっ、もしかしてあの落下音…。さっきみたいに、ワイバーンが投下したのか!?

 

何度か戦ったからわかる。ミミックの箱、というか外皮は剣を通さないぐらい堅い。なら落下しても大してダメージを受けないだろう。

 

しかしだからといって、そんな使い方あるか!?ボールみたいに放るなんて…!

 

 

 

と、騒ぎを聞きつけ、他にも投下されたであろうミミック達が何体か集まってきた。全員が蓋をガパンガパン言わせ戦闘態勢。

 

けど、ワイバーンじゃなくてミミックだけならなんとかなるか…? 麻痺でも睡眠でもさせて、離脱してしまおう。

 

そう思い、詠唱を試みた時だった。

 

 

パカカカンッ

 

ミミック達は一斉に口を大きく開く。弱点丸出し。チャンス…! が、次の瞬間―。

 

 

「「「グルゥアオッ!!」」」

 

響き渡るはワイバーンの声。見つかったのかと身体を竦め空を見上げる。しかし…。

 

「へ…いない…?」

 

木の隙間から見える空には、ただワイバーンの声に驚いた小さい鳥が慌てて飛んでいっただけ。一体どこにワイバーンが…。

 

姿が見えない、なのに未だ鳴き続けている。クソッ、声はどこから聞こえるんだ…!? 辺りを見回しても、やはり何もいない。ただいるのは、口をパカパカさせ叫んでいるミミック…。

 

は…!? もしかしてミミックが吼えたのか…!? ワイバーンの声を!?確かにミミックは擬態する魔物だが…声まで擬態できるのか!?

 

いやそれどころじゃない。こんな大声で叫ばれたら…。

 

 

バサッ バサッ バサッ

 

…だよなぁ…。ワイバーンが駆け付けてきた…。チクショウ!ミミックとワイバーンが協力するなんて、誰が想像できるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

冒険者パーティー全員が復活魔法陣送りにされた後、ミミック達は飛んできたワイバーン達の足元へと移動する。

 

すると、ワイバーンはそのミミック達を足で掴み、バサリと空へと飛び上がった。

 

 

彼らは『ミミック降下部隊』。頑丈さを活かし、高所から降下。ワイバーンとの連携攻撃や、彼らが捜しにくい場所への捜索を行う、ミミン社長発案のミミック部隊である。トレードマークは、箱に浮かび上がらせたワイバーンの顔紋章と、竜の眼のような宝石。

 

仕事を成し遂げた彼らは、そのままワイバーンに連れられ巣がある雲の中へと消えていった。

 

 

 



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顧客リスト№23 『バニーガールのお月見ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

そよそよと心地よい夜風が、私の顔と飾ってあるススキをサラサラと撫でていく。

 

見上げると、そこには黒い天幕に包まれたかのような夜空。散りばめられた宝石のような星々が瞬いている。そして―。

 

「本当、綺麗なまんまるお月さま…!」

 

 

 

私は今、とあるお屋敷の縁側でお月見をさせてもらっている。舞い降りてくる月光は、なんとも幻想的に辺りを照らしてくれている。

 

ただ月を見るのを楽しんでいるだけではない。月の光には魔力が大量に含まれているから、それを浴びると魔物達は元気になるのだ。よく夜に活発になる魔物、例えば狼男とかは大体月の影響だったりする。

 

きっと今頃、各地の魔物達は私と同じように月を見上げていることだろう。会社に残っているミミック達も、蓋をぱっかり開き切ってお月見中なはず。

 

 

 

 

 

 

今更言う必要もないが、今夜もまた私達は依頼を受けダンジョンに来ている。冒険者ギルドの登録名称、『お月見ダンジョン』。毎年、月が一際輝くこの時期にしか解放されないダンジョンである。

 

魔物は全くいないものの、ススキの群生地や竹やぶ、大きい池や木造家屋群などがある広い敷地で構成され、最奥には立派な和風のお屋敷。

 

そのお屋敷の裏手にある広い庭の縁側で、日光浴ならぬ、月光浴。日焼けの心配がないのが嬉しい。

 

 

と、周囲の音が程よく耳へと聞こえてくる。リーリーと鳴く鈴のような虫の声。そして―。

 

「よいしょ!」

ぺったん!

 

「はいよー!」

ぺったん!

 

「美味しくなぁれ!」

ぺったんこ!

 

という…餅つきの音。そう、目の前の庭では我が社のミミック達と兎の獣人達が餅つきをしているのだ。

 

 

 

今回の依頼主は彼女達、『バニーガール』。獣人なのだが、獣毛が生えているのは手首足首から先だけという亜人のような魔物達である。

 

トレードマークは、長くぴょこんと伸びたウサ耳、そしてフリフリと丸い尻尾。そして…バニー服。

 

 

…勿論、想像している通りの、アレ。よくカジノとかちょっとエッチなお店で見るあの服の事である。

 

足は薄いストッキング。身体は胸をある程度隠せるレオタードの上だけのような、上胸の露出と下の食い込みが激しいうえに身体のラインがぴっちり出る特製服。

 

しかし、よく見る黒や白に統一された物とは違い、今皆が着ているのは和柄が描かれた代物。中には帯や浴衣の腕袖をつけた人達もいる。上だけ見れば、着物に見えなくもない…?

 

 

聞けば、これは元々彼女達バニーガールの伝統衣装らしい。それを人間達が模倣したのが有名になったのだとか。

 

人間達は付け耳付け尻尾が必須だが、彼女達は元から兼ね備えている。だから服自体はそんなにエッチなものでは…。…いや普通にアウトだと思う。うん。

 

因みに、人型をしている上位ミミック達もバニー服を着ている。嬉々として。最も、彼女達は基本的に下半身が箱の中なので、ウサ耳つけた和服にしか見えない。なお下位ミミックの子達は箱自体にウサ耳をつけている。

 

 

そんな恰好でミミック達はバニーガール達とお餅つき。杵を振り下ろす際に勢い余って箱ごと飛び跳ねるミミック達はなんだか兎みたい。

 

中には底面に杵の先をつけた専用の箱に入り、臼の上でホッピング餅つきしているミミックも。案外楽しいらしい。

 

跳ねている際に身体が浮き上がるからか、皆だいたいレオタードの下部分がチラリズムしていたりするのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

…さて、お気づきだろうか。さっき、『この服』と述べた。 その通り、私も着せられている。あの和風バニー服を。

 

いや別に着るのは吝かではないのだけど、こんな夜更けにこんな薄手の服を着たら寒い……ことは無いのだ。びっくり。

 

しかも来るときに着てきたスーツよりあったかいのはどういうことなのか。縁側に座った時のお尻も冷たくなかったし。

 

それに、少し気になっていた胸の部分は、案外コルセットみたいにかっちりしているからポロリする心配がない。というか幾ら動いてもズレもしない。

 

そこいらで跳ね回ってるミミック達も、胸を心配している様子はない。バニーガールの人達曰く、『月の力を籠めた服だから』らしい。月って凄い。

 

 

 

 

 

え?社長? 勿論一緒に来ている。ほら、私の横に…。 箱だけだけど。

 

今ちょっと食べ物を貰いに行っているのだ。ほら噂をすれば―。

 

 

スイイイッ

 

床を滑りながらやってきたのは、団子とかを置く台。三方(さんぼう)と言うんだっけか。でも、普通の片手で持ち上げられるサイズではなく、両手で抱えなきゃいけないぐらい大きい。

 

と、その下にある台座部分。お月様のように丸く開いた穴からひょっこりと出てきたのはウサ耳。そして…。

 

ぴょこん

「アスト、お待たせー!」

 

私と同じ、和風バニー姿の社長が姿を現した。

 

 

 

 

 

「随分と持ってきましたね…」

 

三方の上に山と積まれたるは、美味しそうなお餅とお団子。色も味も色々ある。だが、いくら社長でも食べきれる量ではない。

 

「大丈夫よ、全員分だもん。 みんなー!おやつにしましょー!」

 

「「「わーい!」」」

 

社長が庭に向け呼びかけると、バニーガールもミミックもぴょんぴょんと飛び跳ねながら来た。あっという間に縁側付近は兎姿の皆でぎゅうぎゅう、うさぎゅうぎゅう。

 

 

「このお餅あんこ入りだ!あまぁい!」

「やっぱお団子は串よね~」

「磯部巻きのしょっぱさが疲れた体に効くぅ…」

「わー!こっちの団子ウサ耳の焼き印入ってる!可愛いー!」

 

 

和気藹々と出来立ておやつを食べる皆から少し離れ、私と社長もぱくり。んー美味しい!月光を蓄えたお餅とお団子だから食べるたびに力が漲ってくる感じがする。

 

…ただ、このバニー服で食べ過ぎるとお腹ぽっこりでちゃうし…。むむむ…私用の持ち帰りを多めに包んでもらうことにしよう。

 

「ところでアスト」

 

「はい?なんでしょう社長」

 

「やっぱり貴方、その服着てると属性過多よね」

 

「ですよねー」

 

ようやくツッコんで貰えた。角あり羽あり尻尾ありの魔族+ウサ耳ウサ尻尾付き和風バニーなのだもの。もう自分でも何者かわけわからなくなってきたとこだったのだ。

 

せめて付け耳と付け尻尾外そ。……これだとただのデーモンガールでは? というかサキュバスにこんな格好している人いそう…。まあいいや、深く考えなくて。

 

 

 

 

 

 

 

月を見上げながら、もぐもぐ。と、私達の背後から声が聞こえてきた。

 

(わたくし)にも頂けますかしら?」

 

そこにいたのはバニースーツ…ではなく十二単という幾重にも重なった綺麗な着物を纏った、睡魔に囚われた目すら覚めるほどに美しい女性。しかし、その頭には純白で立派なウサ耳がぴょこん。

 

「「「カグヤ様ー!」」」

 

その姿を見たバニーガール達は耳と頭をぺちょんと下げる。彼女がこのダンジョンの主で、バニーガール達の長。『カグヤ姫』なのである。

 

 

 

 

 

私達の横に流麗なる所作で座ったカグヤ姫様。そんな彼女に社長は一つ問いかけた。

 

「宜しいんですか? お客さん達は」

 

「えぇ、今はお餅やお団子を食べに来た方達しかいないようですから。妹に任せてきました。ミミックの皆様…特に群体型の子達が一生懸命お手伝いしてくれていますわ」

 

と、カグヤ姫様はひとつお餅を手に取りパクリ。にへりと笑顔を見せた。

 

「今年も良い出来で。ミミックの皆様がついてくださると一層美味しく仕上がりますわね」

 

「臼も私達にとっては『箱』のようなものですから! 的確な使い方は感覚でわかるんです!」

 

えっへんとバニースーツの胸を張りながら、お団子を頬張る社長であった。…このペースで食べてたら胸よりお腹の方が出そうなんだけど…。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

月を見上げ、溜息をつくカグヤ姫様。その横顔は少し儚げ。それもまた美人なのだが。

 

どうやら、何かに困っている様子。まあ、その内容はわかっている。

 

「また、冒険者に告白されたのですか?」

 

私の言葉に、こくりと頷くカグヤ姫様。やっぱり。

 

いくら彼女達バニーガールが魔物と言えど、亜人よりの存在。しかも月の輝きに劣らないほどの美貌の持ち主とあれば、見初める人間は幾らでもいるだろう。

 

ならば顔を見せなければ良い?そういうわけにもいかないのだ。

 

 

実はこのダンジョン、美味しいお団子やお餅を食べることができるだけではない。宝探しを楽しめるのだ。

 

広いダンジョンの敷地内には、五種類のお宝 (レプリカらしいが)。それらを持ち歩いているミミックを見つけ、貰ってカグヤ姫様に謁見すると、暫くの間幸運が訪れる加護を戴けるというシステムである。因みにお団子やお餅との無料引換券も貰える。

 

その謁見の際に告白されることがあるらしい。中には粘着してくる人や力ずくの手段に出る人もおり、追い払うのも大変だとか。

 

 

「せっかく皆さんに幸せを振りまきたいのに…。悲しいですわ…」

 

よよよ…と口元を覆い目を伏せるカグヤ姫様。すると、それを見た社長がうにょんと伸ばしていた餅を呑み込み口を開いた。

 

「そういったお猿さんみたいな人にはお仕置きが必要ですねぇ。一つ提案があります。ちょっと過激かもしれませんが…」

 

そう言い身体を伸ばし、カグヤ姫様の横顔に口を近づける社長。と―。

 

「ごめんなさいミミン社長…。私達の耳はこちらで…」

 

恥ずかしそうに、自らの頭についたウサ耳を揺らすカグヤ姫様。あっ、と気づいた社長はテヘッと誤魔化しもっと身体を伸ばした。

 

「ごにょごにょで…ごにょごにょ」

 

「ふんふん…ほうほう…まあ! それは良いかもしれません!是非お願いします!」

 

「はいはーい!かしこまりましたー!」

 

 

話は纏まったらしい。一体何をする気なのか。気になる。そういえば、気になると言えば…。

 

「カグヤ姫様、こんなことを聞くのもあれですが…バニー服は着ないのですか?」

 

思わず、ずっと疑問だったことを聞いてしまった。皆バニーガール姿なのに、彼女だけ厚着なのだもの。

 

本来はアレな服だが、彼女達にとっては伝統衣装なはず。ちょっと不思議に思っていた。すると、思わぬ答えが返ってきた。

 

「着ておりますよ? ほら」

 

シュルルと軽く帯を解き、胸元を開くカグヤ姫様。わっ、確かに中に着ていた。十二単が厚手過ぎて、履いているストッキングすら見えなかった。

 

「以前はバニー服で皆様の前に出ていたのですが…人間達の間に変な印象が広がったせいか扇情的だと仰られる人達が増えてきてしまいまして…。こうした服を着ているのです」

 

あー…。なるほど…。

 

 



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人間側 とある王様と輝夜

 

 

「ミカド様、到着いたしました。ここが噂の『お月見ダンジョン』でございます」

 

「うむ、くるしゅうない」

 

案内の付き人と共に、麻呂(まろ)は馬車から降りる。ほう…魔物共のダンジョンにしては案外手入れされている。

 

 

麻呂は小国ではあるが、日出ずる国として周辺諸国に名を馳せている国の王。だが今は日は出ていない、月輝く夜である。

 

そのような時間にやってきた場所は、とある地にある兎の獣人達によるダンジョン。とはいえ洞窟や巨大建造物ではなく、ちょっとした村のような様子ではあるらしいが。

 

この間の茶会時、配下の者達がここについて噂していたのだ。年にこの時期のみ、開くダンジョンがあると。そこでは美味な餅や団子を食せ、宝探しに成功すれば麗しき佳人に幸運の加護を与えて貰えると。

 

ならば、一度訪ねて見よう。そう考え遠路はるばるここまできたのだ。

 

 

 

 

 

「いらっしゃーい! こちらのお団子はサービスだぴょん!」

 

…開幕面食らった。敷地に足を踏み入れるや否や、ぴょんと跳ねてきたのは快活美女なる兎獣人。とはいっても毛が生えているのは手先足先、耳と尾だけの亜人風味ではある。

 

そんな彼女の手には、紙船に包んだ串団子が。

 

「―! 魔物風情が! この御方をどなたと心得る! 畏れ多くも…」

 

「これ」

 

怒声を放つ付き人を麻呂は窘める。お忍びで来ているのだ、下手に名乗り人を集めても困る。それに、魔物に人間の権力が効くわけがなかろうに。

 

「ぴょん? 誰かわからないけど、喧嘩沙汰は駄目ぴょんよ? もし何か悪さをしたら追い出しちゃうし、復活魔法陣送りにもしちゃうぴょんよ!」

 

「あぁ、心得た。ところで、ここの主に会いたいのだが…」

 

「ぴょ! お姉…ゴホン、カグヤ姫様のことぴょんね! なら『宝探し』に挑戦するぴょん!」

 

こっちこっちー!と飛び跳ね案内をしてくれる兎獣人。ついていくことにしよう。

 

しかし、貰った団子をどうすべきか。食べ物を立って食したことは無いのだが…。まあ、構わんか。どれ一口…。

 

「! ほう! 美味いではないか! 麻呂付きの菓子職人の腕を軽く超えておる!」

 

 

 

 

「美味しいお餅だよー! つきたてほやほや!」

「お団子各種揃ってるよ~。みたらし、あんこ、三色、焼き!」

 

道なりに歩いていると、まるで茶屋通りのような場所に出た。どの店も冒険者や村人、他魔物で盛況。夜だというのに昼間のようである。誰かが零した団子でも狙っているのか、パタタと鳥さえも羽ばたいている。

 

…ふむ。辺りを見回してわかった。いやもっと不可思議になったというべきか。

 

「兎獣人よ」

 

「ぴょん?」

 

前を歩く彼女に声をかけ、麻呂は一つ問うた。

 

「なぜ、そち達兎獣人達は、そんな服を着ているのだ? 確かそれ、『バニー服』というやつであろう。賭場や花街でよく着られている…」

 

どこを見ても、兎獣人達は総じて食い込みが激しいあの服を着ているではないか。兎は性欲が強いと一説に囁かれているが、もしや…。

 

と、訝しむ麻呂に向け、案内の兎獣人ははあああと強い溜息をついた。

 

「またその質問ぴょんね…。これは私達バニーガールの伝統衣装ぴょん! そんな変態な物と一緒にしないで欲しいぴょん! アンタら人間がパクッてそういう扱いにしたんぴょん!」

 

「そ、そうか…。すまなかったすまなかった。そう怒らんでくれ」

 

言われてみれば、確かに和服の腕袖や前合わせなどと組み合わさった和装の出で立ちばかり。伝統着らしさはある。

 

 

全くもうっと頬を餅のようにプクリと膨らませ怒る兎獣人。どうにか機嫌を直してもらえまいか…。

 

「詫びに団子でも奢ってやろう」

 

「ほんとぴょん!?」

 

…随分容易に機嫌治った。宮中の者達もこうだと楽なのだが…。

 

 

 

 

 

 

一軒の茶屋に入り、幾つか品を頼む。ふと空を見上げると、煌々と輝く月で玉兎が餅をついておる。今宵も良き夜だ。

 

カタン カタン

 

と、妙な音が背から聞こえてくる。気になりそちらを振り向くと…。

 

「―! なんと…!?」

 

団子が乗った三方(さんぼう)が飛び跳ねて来たではないか!?

 

 

コトンッ 

 

麻呂の隣に見事着地した三方。だというのに団子や餅の盛りが崩れていない。あな不思議。

 

「兎獣人よ、これは…?」

 

「今更だけど私の名前は『イスタ』っていうぴょん。それはね…出ておいでっぴょん!」

 

イスタがポムポムと手を叩くと、三方がカタカタと小さく揺れる。そして、下に空いている小さな穴から…。

 

「シュルルル…」

 

兎耳をつけた、赤と青の奇妙な蛇が姿を現した。

 

 

 

「なっ…!? ミカド様!お離れを! そいつは『宝箱ヘビ』! 箱に潜み人を襲う、麻痺毒持ちの魔物です!」

 

付き人は慌てた様子で刀に手を持っていく。が、イスタはまあまあとそれを止めた。

 

「大丈夫ぴょんよ。茶屋のお手伝いしてもらっているだけぴょん。ねー?」

「シュルルゥ♪」

 

仲の良い様子の兎と蛇。ふむ…ならば安全やもしれぬ。

 

「蛇よ、そちも団子食べるか?」

「シャ!」

 

おぉ…麻呂の手を噛まないように、慎重に団子を咥え呑み込んでいった。どれ、麻呂も一つ。

 

「ふぅむ…! 餅も団子も美味なり美味なり。 のぅイスタよ、これらを土産に貰うても構わぬか?」

 

「勿論ぴょん! どれくらいいるぴょん?」

 

「そうさな…。とりあえず、この茶屋にある餅やら団子やら全部は。馬車を待たせている、積んでおいてくれ」

 

「ぴょんっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがカグヤ様のお屋敷ですぴょん!」

 

明らかに敬語になったイスタに連れられ、たどり着いたのはダンジョン最奥。そこに構えられていたのは、大きな屋敷であった。…まあ麻呂の屋敷のほうが何十倍もあるのだが。

 

周囲からは高らかに歌う虫の音と、ぺったんぺったんと餅をつく音。どれ、どんなふうに餅をついて…。…!? 宝箱が臼の上で飛び跳ねておる…!?

 

「どうしましたぴょん?」

 

「…はっ。いや、あれは…?」

 

「あぁ、ミミック達ですぴょん。餅つきのお手伝いもして貰っているんですぴょん」

 

…なるほど、菓子職人が出来る技ではない。というか、宝箱の中にいる女魔物も律儀に和風バニーを纏っておるとはな。

 

 

 

 

「カグヤ様! 加護を授かりたいという方がいらっしゃいましたっぴょん!」

 

とある部屋へと案内され、御簾(みす)の仕切りは開かれる。と、そこにいたのは…。

 

「―!!!」

「…!!!」

 

麻呂も、付き人も思わず言葉を失ってしまった。そこに座っていたのは、十二単を纏った絶世の美人。月光に照らされ…否、まるで自身が輝いているかのような…!

 

一体この様相をどう形容すればよいのだろうか。そう、『屋の内は暗き所なく、光満ちたり』とすらいえるほど。人間離れした美しさ…あぁ、そうか。人間ではないのだな。魔物であった。

 

 

 

「遠路はるばる、(わたくし)のダンジョンに来ていただき感謝いたします」

 

恭しい所作で頭を下げるカグヤ。と、顔を少し戻し言葉を続けた。

 

「ですが、幸運の加護の付与には条件があります。このダンジョンに散った5つの宝物、『御石の鉢』、『金銀の玉の枝』、『燃えぬ皮衣』、『龍の首の珠』、『燕の子安貝』。それらをお集めくださいませ」

 

彼女が再度深々と頭を下げると、御簾はスルスルと降りる。その後、イスタからルール説明を受け屋敷から出るまで麻呂達は言葉を話せなかった。それほどまでに、カグヤは美しかった。

 

 

「…いかがいたしましょう、ミカド様」

 

「決まっておるだろう。探す」

 

あの麗しさ、何にも代えがたい。もう一度会えるならば、宝探しなぞ何の苦でもない。そして…魔物だろうが関係ない。あわよくば彼女を我が宮へと…!

 

「一旦本日はお帰りになって、偽物を作るという手段や、人足を集め一斉に捜索をするという方法もございますが…」

 

「ならぬ。彼女の気を損ねるのは目に見えている。それに子供もクリアできる難易度と言っていた。急ぎ見つけようではないか」

 

 

 

 

 

 

 

貰った地図を頼りに、捜索を進める。まず辿り着いたのは大量の岩が転がる岩場。

 

「ここに『御石の鉢』があるようですが…。形もわからぬものをどう探せば…」

 

「そうでもない。麻呂は聞いたことがある。昔、とある覚者が持っていた石鉢がその名であったことを。確か、葉に乗った朝露ほどに小さい光が灯っておると。いくら月が照っているとはいて、夜だ。容易に見つかろうぞ」

 

付き人を置き去りにし、岩場へと昇っていく。と、その頂上に…。

 

「おぉ、あるではないか」

 

呆気なく、僅かに光る小さな石鉢を見つけ拾い上げる。と、その時だった。

 

パカッ

「む…?!」

 

鉢が落ちていた横の岩が開く。箱のように。中から出てきたのは和風バニーを纏った女魔物であった。

 

「せいかーい! それが『御石の鉢』でーす! 持ってっちゃって!」

 

「あ、あぁ…」

 

「さ、次はどこに置こうかなー」

 

唖然とする麻呂を余所に、女魔物は岩の中から御石の鉢を一つ取り出し、器用に飛び跳ね別の岩場へと。直後、息せき切って付き人が追いついてきた。

 

「ご無事ですかミカド様!? あれは上位ミミックにございます! 見つかれば命が無い噂の、ダンジョンに棲む魔物なのです!」

 

そうだったのか。そんな恐ろしい魔物には見えなかったが…。

 

 

 

 

 

次に来たのはススキ生い茂る地。夜風にさらさらと揺れており、まるで稲穂が実った田んぼのようにも見える。

 

「ここは『金銀の玉の枝』ですが…」

 

「うむ、明らかに怪しい箇所があるな」

 

少し離れたところに、月の光をものともしないほどに輝く物が。ススキを分け入りそこへと赴くと…。

 

「おぉ、これはまさしく『金銀の玉の枝』!」

 

「…というより、『金銀の玉の低木』ではないでしょうか…?」

 

そこにあったのは、真珠の実をつけた金銀細工の枝…の集合体。針鼠に見えなくもない。

 

これを折って良いものか、そう躊躇っていると…。

 

カパッ

 

低木が…割れた…!? いや、違う。これは低木ではない。箱だ…! 枝がくっつきすぎてわからなかった。

 

と、開いた箱の中からぬるるんと出てきたのは一本の触手。それを見た付き人は麻呂の前に出た。

 

「お下がりを! これもまたミミックにござります!」

 

警戒する付き人を余所に、触手は自らの箱についた枝に手を伸ばす。内一本をスポンと抜き取ると、スッと差し出してきた。

 

「くれるのか?」

 

「罠かもしれません、僭越ながら私が…」

 

付き人は恐る恐る受け取る。すると触手は何事もなかったかのように低木化し、ススキの茂みの奥へと走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

3番目に辿り着いたのは、大きなかがり火…キャンプファイヤーが焚かれている広場。そこには―。

 

「…ミカド様、あれもミミックに…」

 

「見ればわかる…」

 

かがり火を囲むように、宝箱が踊っている。牙や舌が火に照らされ良く見える。

 

ここは『燃えぬ皮衣』のはずだが、どこに…。

 

「む…?」

 

麻呂達の姿を見止めたのか、ミミックの一体が踊りの輪から抜け、かがり火へと。そしてそのまま…。

 

「火に飛び込んだ…!?」

 

いくら箱とはいえ魔物、火にくべられたら燃え死ぬに決まっておろう。何をしているのだあれは…。

 

ピョーン トスン

 

…!? 火の中から跳躍し飛び出しただと!しかも火はおろか、焦げすらついていない。もしや…。

 

「そこなるミミックよ こちらへ」

 

軽く手招きすると、火から出てきた宝箱は嬉々として寄ってきた。と、直前で停止。くるりと後ろに1回転した。

 

すると、宝箱の周りから薄い衣のような物がフワッと脱げる。付き人がそれを拾い上げた。

 

「ミカド様、これには火を弾くまじないが施されてあるようです」

 

やはり、これが『燃えぬ皮衣』か。ミミックはカパンカパン蓋を打ち鳴らし、近場の小屋へと。少し経ち、新しい皮衣を纏って踊りの輪へと戻っていた。あ、また火の中に。あれ、楽しんでおるのか…。

 

 

 

 

 

さて、『龍の首の珠』を貰いに地図に示された池のほとりへと来たのだが…。

 

「龍、三体おりますね」

 

「あぁ。そのようだな」

 

池を囲むように石造の龍が三体、水を吐いている。そのどれもに、首には手のひら大の宝珠が。

 

「とりあえず、一つ取り外してみるとしよう」

 

手を伸ばし、宝珠を掴んでみる。するとポコンと簡単に外れた。よし、これでこの場は確保…。

 

パカッ

 

…宝珠が開いた。中には『ハズレ』と書かれた紙を咥えた赤と青の蛙が。聞くまでもないが…。

 

「のう、こやつも…」

 

「『宝箱ガエル』でござります。麻痺毒持ちの」

 

 

自ら宝珠を閉じ、チャポンと池の中に落ちる蛙。ということは後は二択。では、こちらをポコンと。

 

ブウウウウ…

 

虫のような羽音を立て、宝珠が勝手に飛び上がる。空中で浮遊し、くす玉のようにパカッと。

 

「『ハズレ』か。残念。 ちなみにこやつは?」

 

「『宝箱バチ』という種でございますね。えぇ、ミミックです」

 

 

 

 

 

 

当たりの宝珠を貰い、その場を後にする。少し見ていたが、蛙達は池の底に沈めてあった追加宝珠を引っ張り上げ、池の真ん中にある蓮の葉の上で次どこに嵌るかのシャッフルを始めていた。

 

さて、残りは一つ。『燕の子安貝』。どこにあるか、地図を確認せずともわかる。

 

 

 

 

「はーい!出来立てのお汁粉だよー!」

「大人気ウサ耳団子! 美味しいよ!」

 

戻って来たるは茶屋通り。先程ここを通った際、極彩色の青と赤をした奇妙な燕を見ていたのだ。あれがそうであろう。それに、燕ならば人の居るところに巣を構えるものである。

 

「巣は…おぉ、あったあった」

 

数多の茶屋の屋根を見上げながら歩いていると、さっそくとある軒下に一つ発見せしめた。だが…

 

「ふむぅ…。届かんなぁ」

 

当然ながら、手では届かない。幸い梯子は立てかけられている。これに登って…。

 

「あ、丁度良いところに! 旦那さん、お餅とお団子、馬車に積み込み終えましたよ!」

 

と、聞こえてきたのは聞き覚えがある声。見ると、ひょっこり顔をのぞかせていたのは先程寄った茶屋の兎獣人。

 

「あ、旦那さん宝探し中ですか? じゃあ全部買ってくれたお礼に教えてあげちゃいます!上の巣は偽物です。ハズレと下矢印が彫られた燕石しか入ってませんよ」

 

「なんと! 下矢印ということはつまり…」

 

視線をおろし、地面付近を見る。そこにあったのは古ぼけた宝箱。気づかなんだ。それを開けて見ると…。

 

「「「チュビッ!」」」

 

何羽もの燕が入っていた。子安貝を咥えて。

 

「その子達『宝箱ツバメ』といって、本来は宝箱の中を巣とする鳥みたいなんですよ。因みに外敵が箱を開けると、瞬時に飛び出して鋭い嘴で切り付ける『ツバメ返し』という技を使うみたいです」

 

なんとまあ。ミミックというのは案外種類が豊富なものだ。とはいえこれで五種の宝は揃った。いざカグヤの元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉっ!? 早いですぴょんね!」

 

再度ダンジョン最奥の屋敷。イスタは驚き耳をピンと立たせた。

 

「カグヤに合わせてくれたまえ」

 

「勿論ですぴょん。でも今、先に集めた人がカグヤ様に加護を授かっているからちょいと待っててくださいぴょん!」

 

沸き立つ気持ちを押さえつつ、屋敷の一角に腰を下ろし順番を待つ。と、その時だった。

 

ゴスンッ!!

 

「―!? 何事だ!?」

 

謎の落下音に思わず立ち上がる。音が聞こえてきたのはカグヤがいる部屋。駆け付けようと足を踏み出すが―。

 

「大丈夫ですぴょんよ。ちょーっと聞き分けの無い方がお仕置きされただけですからぴょん!」

 

イスタに止められてしまう。訝しみながらも耳を澄ますと、部屋の中ではパタパタズルズルと色んな音が聞こえてくる。少しして、それは収まった。

 

「…片付け終わったみたいぴょんね。お姉ちゃ…じゃないカグヤ様、宝物を集めた方が参りましたぴょん」

 

「入って頂いてくださいな」

 

中から聞こえてきたのはあの秋の虫の音よりも美しきカグヤの声。麻呂達は引き寄せられるように中へと進み行った。

 

 

 

「えぇ、確かに散った宝物です。よく持ってきてくださいました」

 

品を確認し、笑顔を見せてくれるカグヤ。集めた甲斐があったというもの…!

 

…うむ? どこか彼女、先程と違う。着ている十二単が少し乱れているではないか。なにかひと悶着でもあったのだろうか。

 

その隙間から見えるのは…和風バニー服…!僅かに見えるだけだというのになんとも蠱惑的な…。

 

「さ、おふた方ともこちらに来てお手を…」

 

カグヤの声に、ハッと意識がもどる。麻呂とあろうものが下卑た猿のようなことを…。

 

しかし、もし輿入りしてもらえればその美貌をいつでも…。そう思ってしまった麻呂はふらふらと進み寄り、彼女が差し伸べていた手を両手で握りしめた。

 

「カグヤよ、麻呂はミカド。日出ずる国の王である。是非、我が宮へと招かせてくれないか」

 

と、それを聞いたカグヤは目を伏せる。そしてゆっくりと横に首を振った。

 

「申し訳ありませんが、それは出来ぬご相談でございます。私は魔物でございますから」

 

「そのような垣根、何の意味があろうか。いや、ない。麻呂の共に、さあ!」

 

「お止めください…!」

 

あくまで拒否するカグヤ。だがそこまでされると、麻呂にもプライドがある。権力や財力、なんでも使って彼女を我が宮へ…!

 

「そこまでよ。嫌がる女性を無理やり口説くなんて、月に代わってお仕置きよ!」

 

…!? なんだ? どこから声が…。上…?

 

ヒュルルル…ゴスンッ!

「ヴッ!?」

 

落ちてきた何かが頭に激突。激痛が走り、その場に倒れこんでしまう。

 

「ミ、ミカド様ぁああ! おのれ魔物風情が!」

 

付き人の慌て怒る声と共に鯉口を切る音が。と、直後にカグヤのものではない別の声が。

 

「おっとっと、別に殺してないわよ。加減しといたから」

 

「なっ…!? 貴様…上位ミミック! 手が触手に!? しまっ…縛られ…」

 

付き人の悲鳴に、麻呂は痛む頭を押さえながら起き上がる。そこには、触手で雁字搦めにされた付き人と、臼に入ったまま触手を伸ばす少女魔物の姿があった。

 

 

 

「駄目よ、王様。それはクズ野郎、いいえ、お猿さんのすることよ?」

 

付き人を気絶させる片手間で、臼入りの少女は肩を竦める。あの付き人、麻呂の持つ兵の中でも最強格であったのだが…。

 

いや、それよりも臼で圧し潰されたのに軽いたんこぶで済むとはこれ如何に。いやいや、それもどうだっていい。

 

痛みのおかげで目が覚めた。少女の言う通りである。

 

「すまぬカグヤよ。麻呂が悪かった。許してくれ」

 

深々と頭を下げる。すると、カグヤは麻呂の手を優しく取ってくれた。瞬間、朧月のような仄かな光が手全体を包んだ。

 

(わたくし)は貴方様についていくことは出来ませんが、どうかこの加護をお受け取りください。貴方様に、幸運が訪れますように」

 

そう言い微笑むカグヤは、まるで天女のようであった。このまま帰るのは口惜しい…麻呂は思わず詠んでしまった。

 

「…『帰るさの行幸(みゆき)もの憂く思ほえて (そむ)きてとまるかぐや姫ゆゑ』」

 

あぁ、通じぬだろうな。臼の少女はきょとんとしている。いや、通じぬほうがいいのかもしれぬ…。 

 

「ミカド様。 『(むぐら)はふ下にも年は経ぬる身の 何かは玉の(うてな)をも見む』」

 

…!! カグヤが返してくれた…! 今宵幾度目の驚きだろうか。 あぁ、素晴らしきかなカグヤ姫!

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ミカド王達が屋敷を去っていった後。臼に入った少女…ミミン社長は首を捻っていた。

 

「カグヤ姫様、あの王様の最後の変な言葉なんだったんですか? 嬉しさと寂しさが混じった顔して帰っていきましたけど」

 

「ふふっ。あの御方、(わたくし)のせいで帰るのが辛くなったと仰ったのですよ。ですからもう一度、貴方の元にはいけません、お帰りくださいませとお伝えしたのです」

 

「へえー!」

 

感嘆の声を漏らすミミン社長。カグヤ姫はそんな彼女にお礼を述べた。

 

「ミミン社長の落下臼作戦、とても有難いです。どんな方でも一撃で鎮めてくださるとは流石でございますね」

 

「ふふーん! 先程も言った通り、私達ミミックにとって臼は箱のようなものですから!」

 

「心強いですわ。暖かくなった折も、よろしくお願いいたしますわね」

 

「えぇお任せを! イスタ姫様のダンジョンでも力を揮わせていただきますよー!」

 

そう歓談する彼女達を、月は静かに見守っていた。

 

 



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顧客リスト№24 『海賊王の宝島ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

富、名声、力。かつてこの世の全てを手に入れた伝説の海賊王がいた。彼の死に際に放った言葉は全世界の人々を海へと駆り立てた。

 

『俺の財宝か?欲しけりゃくれてやる…。探せ! この世の全てをそこに置いてきた!』

 

冒険者達は、浪漫を求め、夢を追い続ける。世はまさに―!

 

 

「はい社長、それ以上はいけません!」

 

「えー! なんでよー! カッコいいでしょー?」

 

「いや、格好いいですけども…。なんか駄目な気が…権利的に…」

 

ブー垂れる社長に、私はしどろもどろながら説明する。と、一つツッコミを加えた。

 

「というか探すも何も、場所ここじゃないですか」

 

 

 

 

 

本日私と社長が来ているのは、絶海のとある孤島。火山や岩地、ジャングルに沢山の洞窟、広く深い湖に誰が作ったかすらわからない風化した遺跡群…エトセトラエトセトラ。

 

総敷地面積はちょっとした街幾つか分ほどは間違いなくあるだろう。下手したら、小国の首都並みにはあるかも…。

 

 

当然、至る所に狂暴な魔物魔獣は沢山。周囲を囲む海にも魔物がいっぱい。さっき海が見える崖からチラリと確認してみたら、明らかに船より大きい魚みたいなのが居たし。

 

故にここは冒険者ギルドに登録されているダンジョンの中でもトップクラスの危険度に設定されている。来るのも大変、ダンジョンに入るのも大変。

 

まあそれでも皆来るから、岬の方にちょっとした冒険者村が出来ているんだけど…。

 

 

そう、ここはダンジョン。ではどんな魔物が主なのか?それは…あの島の中心に聳え立つ巨大火山の側面を見てもらえばわかる。

 

岩肌にべっとりと塗られたるは、島から離れていても見えるほどに大きな大きな白い髑髏。その真下には同じ大きさの、バッテンマークな太い骨。

 

もうお分かりだろう。皆さんご存知、『海賊のマーク』である。ここの主は、海賊。それも『海賊王』なのだ。

 

 

 

 

え? 何故私達ミミック派遣会社が人間である海賊に手を貸すのか? いやいや、色々と勘違いしている。

 

仮に依頼主が人間であろうと、しっかりと規約を守りミミックを大切にしてくれる人達ならば喜んで派遣する。その見極めのために私達がわざわざ出向いているのだから。

 

そして、海賊を生業にしているのは人間だけではない。魔族で海賊をしている者も勿論いるのだ。

 

まあその『海賊王』自身は人間だったのだけど。

 

 

話は戻るが、冒頭の社長の語りは嘘ではない。かつて、この世界には『海賊王』と呼ばれた海賊がいた。七つの海を股にかけて、他の海賊を打ち破り、海軍を嘲笑い、各地の宝物を集めに集めた伝説の存在。

 

その名を『ジョリー・ロジャー』。口を覆い胸元まである髭をカラフルに染めていたことから『虹髭』とも呼ばれていたらしい。

 

だが、彼ら虹髭海賊団はある時捕らえられ、全員が処刑された。その今際の際、放った言葉が冒頭のそれである。

 

そして、その宝が隠してある場所はすぐさま見つかった。というか周知の事実+本人達が広めたのだけど。

 

そこがここ、ギルド登録名称『宝島ダンジョン』。彼ら虹髭海賊団が拠点としていた島なのである。

 

 

 

 

…死人に口なし。海賊団は全滅しているのに、誰が私達に依頼をしたか? あぁ、それはごもっとも。だが、依頼をしてくれているのは海賊ご本人達である。

 

なに、そう複雑に考える必要はない。どういうことかというと―。

 

「ヨー ホー! いようミミン社長、アスト嬢ちゃん! 我らが島の探検は順調かい?」

 

豪放磊落な声と共に、どこからともなく私達の前に現れたのはガタイの良い男性。髑髏が描かれた海賊帽に、海賊コートを肩にかけた如何にも船長然とした人物。ズボンにはカトラスやフリントロックピストルが幾本も刺さっている。

 

そして、特徴的なのは虹色に染め上げられた髭。…で、その全身は薄く透け、宙にふわりと浮いている。

 

彼…ジョリーさんは今や『ゴースト』なのである。

 

 

 

 

別に彼だけではない。虹髭海賊団は処刑直後全員がゴーストになり、拿捕されていた愛船を奪い返し拠点であるここまで戻ってきたのだ。

 

そして今は、宝探しに来た冒険者達を相手取って楽しんでいるというわけである。

 

 

実は、ジョリーさん達は私達にとって古くからのお得意様。上位下位問わず、多数のミミック達を派遣させて貰っている。彼ら曰く、宝探しといえば宝箱、宝箱といえばミミックだからという理由らしい。

 

だから私達が今日来た理由も、契約の更新や派遣されている子達の様子見。それも特に問題なく済んだため、せっかくだから探検させてもらっているというのが事の顛末である。

 

 

 

「ピュウッ! ミミン社長、その格好似合ってるじゃねえか!」

 

「でしょー! せっかくここに来たんですし、やっぱり海賊っぽく着替えないとですもん!」

 

ジョリーさんに褒められ、社長はふふんと胸を張る。彼女はジョリーさんのような海賊船長っぽい恰好しているだけでなく、眼帯をつけ、片手をフック(触手)に変えてもいる。

 

私もそんな社長に合わせ、ボーダータオルを頭に巻き、胸結びシャツへそ出しボロ服ルックという下っ端の恰好をセレクト。流石海賊服、動きやすい。

 

そんな姿でジャングルや洞窟を幾つか巡ってきたところなのだ。結構罠とかもあって楽しかった。勿論、ミミック達もしっかり冒険者を仕留めていた。

 

 

 

しかし、私には気になることがある。正確には、一番初めにジョリーさん達と契約したときからずっと思っていた。何かというと、今社長が手にしている物である。

 

「良い宝剣ですねこれ! 宝石のカットが星みたい!」

 

「おーそれか! 確かとある南の国で、海の魔物退治の礼として貰ったモンの一つだ。俺達ゃメシを狩ってただけだったんだがな!」

 

星型の宝石による装飾が施されたその金色の短剣は、先程洞窟の奥にある宝箱から見つけた物。それはジョリーさんが言う通り、彼ら虹髭海賊団がどこかから得てきたお宝なのである。

 

 

別段凄い奥深くに隠されていたわけではない。多少手間だが、ある程度の腕を持った冒険者ならたどり着ける場所にあった。

 

因みにその洞窟だけじゃない。この島の各所の奥地、下手すれば子供でも見えやすい位置に、こんな宝物が入った宝箱が転がっているのだ。勿論、ミミック混じりで。

 

そう。彼らジョリーさん達は、このダンジョンに挑戦する者を増やすため宝物をばら撒いているのだ。ミミック達の派遣料金も、そのお宝から出しているというのに。

 

 

 

「今更ですけど…お宝無くなったりしないんですか?」

 

良い機会なので、聞いてみることに。すると、ジョリーさんは自慢の虹髭をわっさわっさと揺らし笑った。

 

「ウアッハッハ! アストちゃん、俺らを舐めちゃいけないぜ? 世界を周りに回って集めた財宝だ。まだまだ山ほど、あの火山ほどある!」

 

ビシリと自らの海賊旗が描かれた火山を指さすジョリーさん。その自信満々な彼の姿は、聳え立つ山よりも大きく見えるほどであった。

 

 

「ですけど…」

 

私は少し食い下がる。すると、ジョリーさんはニマニマと私の顔を覗き込んできた。

 

「言いてえことはわかるぜアスト嬢ちゃん。勿体ない、だろ?」

 

「う…はい…」

 

せっかく集めたお宝を、こうもばら撒いていいのだろうか。『鑑識眼』で見る限り、どれもこれも貴重な代物。それに、思い出も籠っているはず。そう考えた私を、ジョリーさんは笑い飛ばした。

 

「構わねえさ! 死んで骨だけ…どころか魂だけとなった俺らには、宝なんて何の意味もありゃしねえ! 思い出は一欠けらも残さず胸の中。なら宝はまだ生きてる連中にあげた方が役に立つってもんだ。勿論、奪いにこれる度胸があるやつにな!」

 

ウアッハッハと再度笑ったジョリーさん。と、彼は髭をさすりさすり。

 

「てかよ、ぶっちゃけると…。別に俺ら、生前から宝物にそんなに興味は無かったんだぜ?」

 

 

 

 

「そうなんですか?」

 

くねんと首を捻る社長。どうやら社長にとっても予想外の回答だったらしい。その拍子にちょっと帽子がずり落ちかけた。

 

ジョリーさんはその社長の帽子を片手で直してくれながら、「おうとも」と頷いた。

 

「俺らが心の底から欲したのは、宝の地図を確かめに洞窟に潜るあのワクワク感! 未知なる敵と交戦する時のひりつくスリル! そして、友と共にどこまでも続く蒼海を駆けるという熱く騒がしい旅路! おぉ! ヨー ホー!」

 

昂ったのか、銃を空に向け撃ちながら吼えるジョリーさん。興奮冷めやらぬ様子で彼は言葉を続けた。

 

「俺らは浪漫を追い求め続け、果たし、楽しく死んでいった。残ったのは主失くした宝物だけ。 だからゴーストとなった今はそれを活かし、他の連中に『宝探しの浪漫』を味合わせてやるのが至上の楽しみなんだぜ!」

 

 

 

 

「それによ、万一宝が無くなっても問題ない。アレが…『悪魔の果実』があるからな。浪漫ある冒険者連中はそれを目当てに来てるんだ。心配しなくとも、まだまだミミック達にはお世話になるぜ!」

 

うーん…気を利かしてくださっちゃった。我が社の心配をしたゆえの質問ではなく、純粋な疑問だったのだけど。

 

さて、今話に挙がったワードがある。『悪魔の果実』―。彼、虹髭を、ジョリー・ロジャーを『海賊王』たらしめていたものは、少年と大人の両側面を持った愉快な心、あらゆる人を虜にする度胸とカリスマ、それに惹かれた腕っぷし最強の船員達…だけではない。

 

ジョリー・ロジャーは所謂『スーパー能力』を持っていたのだ。詳細不明な謎の果物『悪魔の果実』を食べたことで身に着けた、様々な力を。

 

 

存命時はその力で迫る敵はおろか、海神すらぶっ飛ばしたと言い伝えられている(尚、事実らしい)のだが、処刑された時に能力は果実となって身体から転がりでたということらしい。それが、この島の何処かに隠されているのである。

 

そして、巷ではこう囁かれている。『見つけ、食べた者が次代の海賊王となる』と。ジョリーさんもそれを認めているらしく、豪快に肩と髭を揺らした。

 

「俺らが成仏する時は、宝が無くなり、果実を引き継いだ奴が『海賊王』に相応しい器になったのを確認し島を譲った時だ。あぁ、楽しみだな…! ヨー ホー!!」

 

「よー ほー!」

 

「お! 社長も乗ってくれるか! なら歌おう!歌と酒は海賊にはつきものだ! ヨー ホー! ウィー アー!」

 

「うぃー あー!!」

 

ほっといたら肩を組み歌い出しそうな2人。私は慌てて社長を止めた。 

 

 

 

「社長、丁度ジョリーさんが姿を見せてくださったんですし、あのことをお伝えしては?」

 

「あっ、そうだったわね! ジョリーさん、実はさっき、岬にある冒険者村で面白い物見つけたんです。ほらこれ!」

 

そう言いながら、社長は自らが入った箱から何かを取り出す。それは、先程買ったとある玩具。ジョリーさんがモデルとなっているのが一目でわかる。

 

「これ面白いですし、我が社の技術を使ってミミック箱にしてみましょうか?」

 

「ウアッハッハ! 流石社長だ、良い発想してるぜ! 頼む!」

 

「かしこまりましたー! よー ほー!」

 

「ヨー ホー!」

 

「ほら、アストも一緒に!」

 

「え! よ、 よー ほー…!」

 

「「ヨー ホー!!!」」

 

 

 



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人間側 とある海賊船長の受難

 

 

「お(かしら)ぁ! 港に係留完了しましたぜ!」

 

「遅せぇよ! もっと手早くやれクソヤロウが!」

 

使えない下っ端に怒鳴り散らしながら、甲板にのしのしと上がる。視界の目の前に広がるは、密林やボロ遺跡、そして巨大な海賊旗が描かれた火山が聳え立つ広大な島。

 

グェッヘッヘ…また到着したぜぇ…宝島! この俺様、海賊『ド・クロ髭』が宝物を根こそぎ奪ってやる!

 

 

 

 

かつて『海賊王』と呼ばれた伝説の海賊、ジョリー・ロジャー。通称『虹髭』。ヤロウが一生をかけて貯めた金銀財宝がこの『宝島ダンジョン』にはある。

 

しかも、一か所に集められているんじゃぁない。島の至る所にばら撒かれているんだ。あのちょっと離れた岩地を望遠鏡で見てみろ! ウヘッヘ…ビンゴ!宝箱が乗っかってるじゃぁねえか!

 

 

あん?なんでそんな『ド・クロ髭』って仇名なのかって? ハンッ!なら、俺様の自慢のモサモサ黒髭を見ろ!髑髏のような模様に刈り揃えてあるだろ。 虹髭のヤロウのセンスないカラフル髭なぞには負けねえ自信がマンマンだぜぇ!

 

あ゛? 誰がデブだコラ! 次言ったら口を縫い合わして鮫の餌にしちまうぞ!

 

 

 

 

 

ここに来るのは幾度目になるかわからねえが、毎回しっかり稼がせて貰っている。

 

いちいち色んな場所に船を走らせ、せせこましく宝を集めるなんて阿保なことやる必要なんてねえ。とっくのとうにおっ()んだ、しかも処刑されたマヌケの宝を奪っちまえば簡単に豪遊できるぜ。

 

死人が宝なんて持っていても、無駄なだけだ。なら、全てを俺様のものにしてやる。そうすれば、飯も女も好き放題。グヘヘヘ…! 涎が止まらねえ…!

 

ちょいとこの近海を通るのは骨が折れるが、宝のためならえんやこら。まあ、戦闘はほとんど下っ端共に任せてる。

 

だが、無事に着けたのは俺様の豪運によるものに決まっている!間違いないぜ!

 

 

 

 

 

「では…『復活魔法』のお代金を先払いで頂きます。勿論、死ななければ全額返還ですので」

 

「チッ…毎回めんどくせえ…! 『宝払い』で良いだろ? 宝取ってきたらそれで支払うからよぉ!」

 

「駄目ですよお(かしら)…。 後生ですから払っておいてくださいよぉ…」

 

島の端に備え付けられた教会で、いつもの悶着を起こす。ったく、教会の僧侶共、ボロい商売してやがる。おかげで踏み倒せねえじゃねえか。

 

 

 

ぶつくさ言いながら支払い教会の外に出ると、近場のマーケットから盛況の様子が聞こえてくる。今から宝島に潜る冒険者を狙い、回復薬やら武器鎧、雑貨が売ってる場所だ。

 

あん?あの店で物色してんのうちの船員じゃねえか。何してやがんだ?

 

「おい」

 

「へ? わっ!お頭! もう復活魔法の支払いは済んだので…?」

 

「ったりめえだろ。何見てやがんだ? なんだこれ? ガキ用のおもちゃか?」

 

「あ、あはは…」

 

苦笑いするそいつが手にしていたのは、小せえ樽に入った固い人形。 あん?この人形、虹色の髭を蓄えてやがる…。

 

「えーと…それは『虹髭危機一発』っていう玩具みたいで…。樽に開いた穴にナイフを刺し込むと人形が飛び出るっていう…」

 

「下らねえ…なっ!」

バギィ!

 

「ああっ! 壊すことねえじゃないですかお頭! 買ったばかりなのに!」

 

「チート使ってのし上がったクソヤロウの玩具なんてゴミ同然だろ。掃除してやったんだ、感謝しな!」

 

ったく、俺様の船員とあろうものが妙なモンにうつつをぬかしやがって…。せめて『ド・クロ髭様危機一髪』って名前だったら許してやったがな。

 

 

 

 

そう、あの虹髭ヤロウ…。許せねえ! ヤロウ、『悪魔の果実』という妙なマジックアイテムを食べて、チート能力を手に入れていたらしい。

 

数々の国や島を救い、巨大な魔物を一撃で打ちのめし、果ては海神をぶん殴ったのもその力のおかげだろうよ。はーああ!羨ま…許せねえヤロウだ。海賊の面汚しめ。

 

そんな力があったら問答無用でハーレム…チーレムを作れるこったろう。ホント、ズル羨ましいヤロウだ。クソが。

 

 

だが、その『悪魔の果実』は虹髭ヤロウが処刑された際に果物に戻ったらしい。そして、ヤロウはゴーストに成り果てて今でもそれを守っていると聞く。

 

ケッ、そんな未練がましいヤロウが海賊王なんて認められないぜ。海賊はもっと略奪強奪思いのまま、自由に生きなきゃ意味がない。

 

だからこそ、この俺様がその果実を奪い、『次代の海賊王』になってやる!

 

 

 

 

 

「グェッヘッヘ…! 大漁大漁!」

 

両手いっぱいの宝を手に、笑いが止まらねえ。森林や遺跡、洞窟を探検し集めに集めた。今日から暫く飲んだくれられるぜ! 『悪魔の果実』なんてどうでもいい! ウッヘヘヘ!

 

「お、お頭…。一旦退きませんか…? もう俺達ボロボロです…。仲間も結構な数やられましたし…。特にミミックに…」

 

「馬鹿ヤロウが! 大分奥までこれた。もっと良いものがあるに違いねえ。今更戻ってここまで来るなんて面倒だろうが。あんまり萎えること言うと、俺が殺すぞ」

 

弱気になる下っ端を鼓舞し、ズンズンと奥地へと進む。進言したヤツは黙りこくったが、確かに言う通り、連れてきた船員は減ってきていた。

 

 

至る所にいる狂暴な魔物魔獣の類より、最も恐ろしいのがあの『ミミック』だ。宝箱に化けていやがるけったいなヤロウだ。時折出る虹髭海賊団のゴースト並みに厄介極まりない。

 

ようやく宝を見つけた!と思い喜び勇んで宝箱の蓋を開けてみりゃあ、一瞬で食われちまう。人の心を弄びやがって…!

 

しかもまともに戦っても強いときた。カトラスも銃弾もガードされちまえば通らねえし…チートだあんな生物。

 

いいや、それだけじゃねえ。時にはそこらへんに転がっている壺や箱、岩にも化けている。気が抜けねえ…。

 

だから俺様は、箱を開ける際や探索する際は下っ端共に先を行かせている。そうすれば、俺様は傷つくことはねえからな。船長なんだ、当然だろ?

 

 

 

 

 

「あん? なんだ此処は?」

 

「浜辺…ですね…」

 

「見りゃわかるだろ。阿保かテメエは」

 

唐突に目の前に広がったのは、白い砂浜。どうやら港とは別の場所に出たらしい。しかし、面白いものがあるじゃねえか。

 

「難破船だなこりゃ」

 

その場にドンと転がるは、木造の巨大船。真ん中から裂けどこもかしこもボロボロだが、恐らく海賊船だ。

 

これがあの虹髭のヤロウの船だったらおもしれえが…確証はねえな。てか十中八九、虹髭海賊団に敗れた奴らだろ。

 

「どうしますお頭、探索していきますか?」

 

「ったりめえだ。オラてめえら! ボサっとしてねえで登れ!」

 

 

 

「こりゃかなりの年代物だな」

 

登ったは良いが、甲板もボロボロ。端に置かれた樽や木箱も日に焼けている。下手したら踏み抜いて下に落っこちそうだ。

 

だが、こういうところにこそ良いお宝が隠されている。ほら、噂をすれば…。

 

「お頭! あそこに立派な宝箱が!」

 

船員の声が響く。見ると、ひらきっぱになった船室の扉の向こうに宝石が散りばめられた宝箱が。グッヘッヘ…大当たりだ。

 

早速取りに行こうと俺様が足を動かした…その時だった。

 

「はーい 黒髭な船長捕まーえた!」

グルンッ ギュッ

 

「なっ…?!」

 

どこからともなく伸びてきた触手が、俺様の全身に纏わりついてきやがった…! う、動けねえ…!?

 

僅かに動かせた首から背後を見ると、そこにはさっきまで端に置いてあった穴だらけなボロ樽。そこから身体を覗かせてるのは…しまった、上位ミミックじゃねえか…!

 

「おいお前ら!早く俺様を助け…! ひいいっ!」

 

「まあまあ。面白いわよぉ?」

 

必至に船員共に助けを求めるが、それもむなしくミミックに引きずられる。このまま食われちまうのか…! 

 

ズポッ

「はい完成!」

 

「は…?」

 

痛く…はない。な、なんだこりゃぁ…! 樽に、押し込められちまった…! しかも顔だけ外に晒す形で…!

 

暴れて抜け出そうにも、身体が全く動かねえ。チクショウ…! …あ?この状況、どっかで見た気が…。

 

「お、お頭…。今のその姿…さっきの玩具にそっくりです…」

 

と、さっき妙なオモチャを踏み壊してやった下っ端が恐る恐る申告してくる。そういうことか…!クソッ、確かに『俺様危機一発』なら良いとは思ったが、なんで自分の身で再現しなきゃいけねえんだよ!

 

「知ってるんだ! さしずめ『虹髭危機一発』もとい、『黒髭危機一発』ね! さあ、樽に開いた穴から剣を差し込んで。当たりを引けば解放してあげるわよ」

 

樽の中から、上位ミミックの声が聞こえてくる。みると、端に置いてあった木箱がのっそりと動き、触手型ミミックが自身に入れていた剣を配り始めた。

 

「全員で一周して、駄目だったら復活魔法陣行きね。さ、正しい穴はどこかしら~!」

 

「お、おい…てめえらわかってんだろうな…!」

 

脅すように訴える俺様。船員共は若干ビビったが、すぐに剣を力強く握りしめた。

 

「お頭、行きます!」

ドスッ

 

船員の1人が勢いよく剣を突き刺してきやがった。明らかに必要以上な力みが入ってんのは気のせいだろうか。

 

思わず片目を閉じちまったが、痛みはない。だが、樽に変化も無い。

 

「ハズレー! さあお次は?」

 

このミミック、人を玩具にして楽しんでやがる…!なんて人でなしだ! …人じゃなかった!

 

 

 

「お頭、食らえ!」

ドスッ

「覚悟!」

ドスッ

 

…日頃の鬱憤を晴らすように、船員共は剣を突き刺してくる。しかし、一向に俺様が樽から出られる気配はない。どんどんと剣の数は減り、このままだとミミックに殺されちまう。

 

「…お頭、オレで最後です。すんません…壊された玩具の恨み!」

 

しかも最後はあいつかよ…! 後で覚えてろよテメエら…!

 

カチッ

「いやん♡ 当たり!」

 

「あ…?」

ボンッッッ!!!

 

 

炸裂音と共に、俺様の身体は空高くへと勢いよく打ち出される。ど、どうなってんだ…!? 

 

ひ…!た、高けえ!島が…巨大な島の全景が見えるほどに…! か、母ちゃん…! 

 

う、うわ…! 落下していく…! あああああああああああ!!!!

 

 

バッシャアンッ…

 

 

 

 

 

「お…お頭…無事でしたか…?」

 

船員共のビビり声で、俺様はハッと目覚めた。ここは…さっきの砂浜…? 横を見ると、あの難破船がある。

 

聞けば、どうやら俺様は海へと落下し一命をとりとめたらしい。そして、打ち上げられた俺様を呆然と見ている間にミミック達は姿を消していた、だと。

 

「あ、あの…これ、宝箱から見つかったモンですが…」

 

震えながら、宝石が散りばめられたカトラスを差し出す下っ端の1人。それを受け取る。ハン…美術品臭いのに中々に良い刃をしている。

 

「これなら、テメエらの首をスパっと切れるなぁ…!」

 

俺様の言葉に、船員全員が身を震わせる。フッ…だが、運がいいじゃあねえか、コイツらも、俺様も。殺すなんて手間が惜しい…!

 

「テメエら、立て! 急いで行くぞ!」

 

「! へ、へい! …あの、どこに…?」

 

恐る恐る問う下っ端の1人。俺は、島のど真ん中を指さしてやった。

 

「あの、虹髭ヤロウの海賊旗が描かれた火山だ」

 

 

 

 

 

 

「お、お頭ぁ! そろそろ何があったか教えてくだすっても良いんじゃないすかぁ…!?」

 

強風と狂暴な鳥魔物が唸る山壁をひたすらに登る俺様に、船員共がそう聞いてくる。仕方ねえ、教えてやるか。

 

「さっきミミックにぶっ飛ばされた時よぉ、この火山の中にキラキラ輝くモンが見えたんだ。あれは間違いねえ、黄金の輝きだ! 虹髭のヤロウ、火山自体を宝物庫にしてやがる!」

 

「本当すか…? 溶岩の間違いじゃ…。うわっ!船長、前!じゃなくて上!」

 

突然に焦る船員。急ぎ顔を戻すと、そこにはカトラスやピストルを持ったゴーストが。間違いねえ、虹髭海賊団の船員達だ。

 

グェッヘッヘ! むしろこいつらがここで出てくるのは『ビンゴ』というわけだ。

 

「テメエら、死んでも構わねえ! 俺様が頂上につくまでこいつらと戦っておけ!」

 

「え!そんな、お頭! おかしらー!」

 

 

 

 

 

「ゼエ…ハア…。ようやく辿り着いたぜぇ…!」

 

息も絶え絶え、傷も負いつつも何とか頂上に着いた。俺様は海賊だぞ…なんで山登りしなきゃいけねぇんだ…虹髭ヤロウめ…!

 

当然、船員達は誰一人ついて来ていない。今頃全滅している頃合いだろう。寧ろ好都合だ、俺様が宝を独占してやる。

 

グヒヒと笑いながら、俺様は煙沸き立つ火口内部へと飛び降りた。

 

 

 

 

 

ヒュウウウ…ジャリィン!

 

「いっ痛うう…! 一人でも下っ端残してクッション替わりにするべきだったぜ…」

 

ケツをさすりながら、ゆっくり立ち上がる。ん?足の感覚が妙に滑る…。

 

「お…? お! おおおおおお!」

 

溶岩、水面、土の地面…どれも違う…! これは金貨! 金貨の地面だ! いや地面だけじゃねえ!見渡す限りの金銀財宝、宝の山! やはりここが、虹髭ヤロウの宝物庫! 火山一杯に詰まってやがる!

 

そして、あの真ん中に飾ってあるのは…! 間違いない、波がうねったかのような紋様の果物…。

 

「『悪魔の果実』…!」

 

 

 

あれさえ食えば、俺様は蒼海の覇者『海賊王』に…! あと数歩で…俺様は!

 

シュルルルルッ! 

「ぐえっ…!」 

 

こ、この感覚…触手…!? ハッと辺りを見やると、そこらへんに転がっている輝く壺や宝箱からミミックがぞろぞろと。下位ミミック上位ミミック勢ぞろい。

 

「残念ね。仲間を犠牲にする人には『悪魔の果実』はあげられないわ」

「でも凄い運の持ち主じゃない?このおっちゃん。ここに落ちてくる道中にある即死罠、全部偶然掻い潜ってきたし」

 

そんな話し声が聞こえる。マジかよ、そんなモンがあったのか。 …クソッ、動けねえ…!せっかくここまで来たっつうのに(くび)り殺されちまう…!

 

俺様が俄かに焦った、その時だった。

 

「ヨー ホー! まあ待て待てミミックの皆。 運も実力の内、ここは俺が直々に見極めてやろう」

 

楽し気にボウっと姿を現したのは、虹色の髭をたくわえたゴースト。こいつは…!

 

「虹髭ぇ…!」

 

「ほー! お前も海賊だな。俺並みに良い髭持ってんじゃねえか。黒髭…いや、模様的にドクロ髭だな!」

 

ウアッハッハ!と笑う虹髭ヤロウ。いけ好かねえヤロウだぜ…! そう睨んでいたら、ヤロウ、妙な提案してきやがった。

 

「なあドクロ髭。俺と一勝負しようぜ? 俺を倒せたら『悪魔の果実』はやるよ」

 

「あ゛? 言われなくてもテメエをたたっ切って手に入れてやる!」

 

「ピュウッ! 良い野心してやがる! お、良いカトラス拾ってんじゃねえか。それはゴーストにダメージが入る霊剣だぜ? かかってきな!」

 

スラリとサーベルを抜く虹髭の言葉に合わせ、俺様を縛っていた触手は解かれる。ミミックの連中、観戦客に早変わりしやがった。

 

良いだろうよ…! この世に留まれないぐらい細切れに刻んでやる! うおおおおおっ!

 

 

 

ギィンッ!

「がっ…!」

 

嘘だろ…。一瞬の切り合いで、俺様の手にしていたカトラスが吹っ飛んでいった…!?

 

「おいおい、『悪魔の果実』の能力が無くなったからって俺が弱いとでも思ったか?」

 

勝負ありと髭をさする虹髭。クソッ…負けてたまるか…!

 

「これでも食らえ!」

ドンッ!

 

不意打ち気味に、銃をぶっ放す。ゴーストに効くかは知らんが、少しでもやり返さなきゃ気が済ま…

 

「おっと」

スパッ

 

…!?!? 弾を…切った…!? 嘘だろ…!?

 

「残念だな。鍛え直したらまた来いドクロ髭。 ミミック達、こいつを送り返してやってくれ」

 

「はいはーい! じゃあ『虹髭危機一髪』で!」

 

敗北した俺様はあっという間に縛り直され、目の前にさっきも見たような穴あき樽がゴロゴロと転がってくる。

 

ミミック達は俺様をそこへ投げ入れ、そして、楽しそうに剣を―。

 

「えーい!」

ドスッ

「ここか?」

ドスッ

「ここじゃない?」

カチッ

 

ボンッッッ!!!

 

「またかよぉ!!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 

 

――――――数分後、宝島の港にある教会付近――――――

 

 

畜生…! 結局火山の外に落下死して、集めた宝全部失ったじゃねえか…! これもそれも全部使えない船員達のせいだ…! いくら損したと思ってやがる!

 

アー…苛つくぜ…!虹髭のセンス無しヤロウが…!  …あ゛ーあ! もうやる気起きねえ。帰って下っ端共をいびって酒でもかっくらうか…。

 

 

ん? なんだあのガキ…? あいつも海賊か? にしてはやけに軽装だな。大方下っ端だろう。麦わら帽子なんて被ってよぉ。ここはカブトムシが集まる島じゃねえぜ。

 

ハァ?『海賊王に、俺はなるっ!』だぁ? ハッ、簡単に成れるなら苦労はしないさ。精々俺様みたいに泣きを見るんだな。

 

 



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顧客リスト№25 『湯の神の秘湯ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「ババンバ バンバンバン♪ ババンバ バンバンバン♪」

 

私の持つ大きめ湯桶の中で、社長は身体をくねらせ歌い踊る。あんまり動くとバスタオルがはだけてしまうんだけど…。

 

それを全く気にすることなく、社長は手を伸ばし脱衣所の先にある扉をガラッと開ける。そして、一際楽しそうな声をあげた。

 

「ここは秘湯 山奥の湯!」

 

 

 

扉が開かれた瞬間、温泉特有の匂いがほんのり鼻に入ってくる。そして、温かくも冷たい空気が。

 

温泉の湯気と外気が合わさったそれは、裸(バスタオルは纏っているが)の私達をふわっと包み込む。ちょっと寒いけども、この感覚は何故だか嫌いになれない。

 

それはきっと、その先にあるものに心奪われているからであろう。ほら、白い湯気の向こうには…!

 

「わぁ…!」

 

熱い湯の奥に望める景色はまるで綺麗な絵画のよう。赤や木に色づく木々、さらさらと流れる小川、遠くに聳える霊峰。

 

真下にかかる谷には、月明りを吸収し輝く『月下樹』という木々が生えており、夜にはライトアップされたようになるとか。

 

四六時中どんな時でも楽しめるここは、とある山奥にある露天温泉。通称『秘湯ダンジョン』である。

 

 

 

 

ダンジョン? 温泉がダンジョン? そう、ここもダンジョンなのである。

 

とはいってもその範囲は狭く、山の麓にある看板からここまでの道、そしてしっかりとした造りの湯屋の建物全体程度。あくまで事故防止のためらしい。

 

道中魔物が極稀に顔を覗かせること以外は、特に危険なことは無い。温泉内で武器を振り回す無粋な客もいない。多分。

 

だから来ようと思えば、一般の人達も来ることが出来る。階段もある山道を汗だくで登ってくれば、絶景の秘湯がお目見えなのだ。なんとも素晴らしい。

 

 

 

温泉自体はかなーり広く、露天風呂も幾つかに分かれて湧き出している。サウナまである様子。さっき脱衣所にはマッサージ機や牛乳冷蔵庫もあった。沢山人間や魔物が来ても問題なし。男湯のほうは見てないけど、大体同じ造りらしい。

 

なお、ここの温泉には強化バフ効果がある。状態異常回復、攻撃力アップ、魔力アップ、体力アップ…などなど。

 

そのため冒険者もよく利用しにくる。聞くところによると、リオなんとかというドラゴンのような巨大モンスターを狩る『ハンター』とか、サムライと言う職業の人達を始めとした多くの人が利用しているらしい。

 

 

 

 

「うー! 早く浸かりたいわね!」

 

「駄目ですよ社長。かけ湯して体洗ってからです」

 

ウズウズする社長を諌め、彼女入りの湯桶を床にヨイショと置く。そして、ザパァとお湯をかけてあげた。

 

「あったかぁ〜い」

 

にへらと笑顔になる社長。湯桶の下からは彼女の身体を温めたお湯が流れ出ていく。

 

 

 

社長が今入っているのは、ミミック用の特製湯桶。勿論『箱工房』謹製である。

 

箱に入って動くミミックにとって、お湯は案外面倒。箱の中にお湯が入ると当然溜まり、動きが鈍重になってしまうのだ。

 

まあ中にはそれを逆手に取って簡易お風呂!と言ってるミミックもいるけど、やっぱり箱が動きにくくなるのを嫌がる子もいる。

 

 

そこで作られたのがこの『ミミック湯桶』。見た目はただの大きめの湯桶だが、入ってるミミックの意思により瞬時に排水する機能を備えているのである。

 

これでいくらお湯がかかっても、普通の人と同じくただ身体を伝い床に流れていくだけ。しかも、念じれば湯の上にぷかぷか浮かぶことも沈むことも可能なのだ。

 

更に、桶の中に入れたタオルとかは濡れない…いや、それはミミック自身の力らしい。この間、お風呂に入ってきたミミックの1人が自らの箱の中から新品の本を取り出して読んでたし。

 

 

 

…因みに。ここに来る際社長はいつもの宝箱で来たのだが、あれは今、脱衣所の棚…服籠の中に押し込められている。物を入れる箱が、籠の中に詰められているのはなんとも妙な絵面だった。

 

え?湯桶はどう持ってきたのか? それは勿論社長が箱の中に入れてきた。ミミックの力を使って。大きい湯桶が入っていた宝箱が服籠に入ってる…もう何がなんだか。

 

 

 

 

 

 

「はい、次は体洗いましょうか。どこにしましょ」

 

「どこでも良いわよ。運よく貸し切り状態だし!」

 

自らの入る湯桶からスポンと、2人分の入浴セット入り小湯桶を取り出す社長。かけ湯を切り上げ、近場の洗い場へといそいそと向かっていった。

 

社長の言う通り、この広い大浴場には私達以外誰もいない。多少寂しくもあるが、それを大きく上回る解放感がある。でもバスタオルを外して騒いだりしないけど。

 

 

 

 

 

「じゃ、社長。お背中流しますよー」

 

「おねがーい」

 

社長が髪の毛を洗っている間に、いつも通りお手伝い。ボディーソープつけて泡立ててと…。

 

もこもこもこ…

 

社長の柔らかな背中を優しく洗い上げる。とはいえ、小さいからあっという間に終わっちゃう。

 

「前もやっときます?」

 

「そうねー。お願いするわ」

 

ということで後ろから手を回し、前の方も擦ってあげることに。背より優しく丁寧に…相変わらず社長は少女体形だから、引っかかりはほとんどなくコシコシコシと…。

 

「…アスト アスト?」

 

「―? なんです社長?」

 

「いやなんですじゃないわよ…。貴方、またやったわね。触り方が妙にいやらしいと思ったら…」

 

「え…? あっ!」

 

社長の身体の感触を楽し…ゴホン、洗うのに集中していたら、いつの間にか社長の身体は泡だるま。まるで羊のよう。

 

「ご、ごめんなさい…!」

 

「もー。たまにこうなるんだからー。ま、別にいいけどね」

 

そう小さく頬を膨らませ笑う社長の頭もまた、泡だるま。アフロみたい。なんかこんなふわふわモンスターいそうである。

 

 

 

 

 

「さ、じゃあ私の番ね。アスト、席こうたーい」

 

「はーい。お願いしまーす」

 

泡を全部洗い流した社長は、湯桶に乗り私の後ろに。これもいつもの事である。大体一緒にお風呂入る際は洗いっこしているのだ。

 

「貴方も羊にしてやるわ!」

 

「ふふっ、お手柔らかに」

 

もこもこと泡立てる音が背後から聞こえ、次にはコシコシと背中が擦られる音。気持ちいい。

 

「アストの背中はやっぱ大きいわねー」

 

「そりゃ社長に比べれば大きいですよー。ひゃんっ!?」

 

と…突然にゾワッと変な感覚が…!これってもしかしなくても…!

 

「しゃ、社長…! いつも言ってますけど、翼と尻尾は自分でやりますから!」

 

「あら駄目よ。悪魔族って、角と翼と尻尾の綺麗さがステータスなんでしょ? 根元付近は特に洗いにくそうだからコシコシコシ~」

 

「ひぃっん! せ、せめてもう少し優しく…!デリケートなところですから…!くすぐったいんです…!」

 

「そうだったわね。じゃ、手を触手に変えてと…ニュルニュルニュル~!」

 

「いやそれはそれで駄目…!くぅん…!」

 

口を手で押さえながら、変な声が出るのをなんとか堪え続ける。と、社長がひょっこり顔を覗き込んできた。

 

「前も私がやる?」

 

「はあ…はあ…今日は結構です!」

 

 

 

 

 

 

ふう、なんとか全身洗い終えた。時折ああして私で遊んでくるから困る。まあお互い様ではあるのだけど。

 

さて、じゃあバスタオル巻いてと…。

 

「? ちょっとアスト、早くそれとりなさいな。一旦仕舞うから」

 

「へ?」

 

クイクイとバスタオルの裾を引っ張ってくる社長に、私は首を傾げ返す。よく見ると社長、すっぽんぽん。

 

「いや、『へ?』じゃないっての。 湯上りの身体拭くために持ってきたんだから、今濡らしてどうするのよ。それに排水溝にタオルの毛クズが詰まるからやめときなさいな」

 

「え、でも…」

 

「混浴でもないし、そもそも人いないし、何も隠す必要ないでしょ。てかいつも一緒にお風呂入る時は裸っぱなのに、何今更隠そうとしてるのよ。 もしかして太…」

 

「違います!」

 

「じゃあいいじゃない。大丈夫よ、これだけ湯気が出ていれば恥ずかしいとこは隠されるから! ほら、よいではないかーよいではないかー!」

 

「いやそれ和服の帯とか解く際のセリフですよね! あっちょ!引っ張らないで…力つよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

カポーン

 

「「あ゛ぁ~~~~~♨」」

 

…なんで温かなお湯に入ると、こんな声が出てしまうのだろう。不思議不可思議。社長も私も顔がとろけてしまう。

 

あ、バスタオルは結局引っぺがされた。そして、その代わりに手ぬぐいを手渡された。頭に乗せるのが風情らしい。でも案外頭で維持するの難しい…。角で挟んどこ。

 

 

いやしかし…絶景かな絶景かな。鮮やかな紅葉を見ながら入る温泉は格別この上ない。わ、どこからともなく飛んできた赤い葉っぱが一枚、ひらひらとお湯の上に。良い…。

 

「ねえアスト。 こうも良い雰囲気だと、アレが欲しくならない?」

 

「アレ?」

 

「ふふん。こういうこともあろうかと、買っておいたのよ」

 

と、社長入りの湯桶はぷかぁと浮上してくる。中をごそごそ漁り取り出してきたのは、これまた小さめ湯桶と…

 

「! 徳利じゃないですか! もしかして…!」

 

「えぇ! 許可は頂いてるわ。冷たいのも暖かいのもあるわよ~。 一杯やりましょうか!」

 

 

 

 

 

「最高…」

 

思わず心の声が漏れ出てしまった。温泉に浸かりながら、紅葉(もみじ)見酒。天国とはこういうとこなのかもしれない。

 

社長も湯桶で半身浴しながら、お酒片手にぷかりぷかり。お風呂アヒル(持参品)と一緒に浮かんでいる。

 

 

そんな折、とあるものが目についた。

 

「そうだ、社長。サウナで我慢勝負しません? 負けた方は牛乳奢りで!」

 

「えー。やめときなさいな」

 

「もしかして負けるのが怖いんですか?」

 

「うーん、酔ってるわねー。大丈夫かしら…。ま、いいか。 よし、乗ったわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあこうなるわよねぇ。いくらバフかかる温泉とはいえ、お酒飲んだ状態でサウナ入ったらねぇ…」

 

ものの数分でのぼせた私の足先を水風呂につけ、頭を自身の膝に乗っけながら呆れ顔の社長。うぅ、無計画すぎた…。

 

タオルでパサパサ扇いでもらいながら、私はおでこに腕を当てつつ呟いた。

 

「でもなんで社長はそんな平然としているんですか…? 同じ条件なのに…」

 

「何言ってんのよ。私ミミックよ? 必要とあらばマグマ煮えたぎる地でも擬態するんだから。我慢しようと思えば、たとえマグマの中でもある程度耐えられるわよ」

 

うん、敵うはずなかった…。

 

 

 

 

「おやおや、ちょっと様子が気になって来てみれば…大丈夫かえ?」

 

と、その場にふわりと現れた方が。それは女湯の入り口にいた番台のお婆ちゃん。ただし、正座のまま宙にふわりと浮いている。

 

「あ、スクナヒコナ様。問題無いですよー。ちょっとのぼせちゃっただけみたいですから」

 

社長の説明に合わせ、私も手で大丈夫ですと伝える。お婆ちゃん…スクナヒコナ様はそうかえ、と頷いてくれた。

 

ここのダンジョンの主。それは神様である。湯の神様。女湯担当をしているのが、こちらの『スクナヒコナ』様なのだ。因みに男湯担当は『オオナムチ』様というお爺ちゃんらしい。

 

 

するとスクナヒコナ様、丁度良いと社長に一つ問いかけた。

 

「ところでミミンちゃんや、アタシらの依頼は引き受けてくれるかえ?」

 

「えぇ勿論。このミミック湯桶も正常に機能しましたし、ご依頼通りお風呂場お手伝い…『三助』のお役は果たさせていただきますね」

 

「おぉ…!有難うねえ。 最近特にやって来る人が増えての、アタシらの眷属『湯の精』だけじゃ手が回らなくなってねえ…そうだ。あの件は大丈夫かえ?」

 

お顔の皺を更に増やし心配そうに聞いてくるスクナヒコナ様。社長はタオルをパシンとやった。

 

「えぇ。『出歯亀』の対策もしっかり! 待って捕えるのはミミックの真骨頂ですから!」

 

「頼むのう。ちょこちょこ増えてきて困っていてねえ。あぁ、そうだ。アストちゃんは水風呂より温泉にいれておやりなさい。『状態異常回復』の効果もあるからの」

 

 

 

 

 

 

 

パコンッ んぐんぐんぐ…

 

「「ぷはーっ!!」」

 

風呂上り、私と社長は揃って牛乳一気飲み。 お酒とは違う、最高に美味しい一本!

 

「やっぱこれよねー!」

 

「社長、口の周りに牛乳のお髭ついてますよ。ほら、拭いてあげますから」

 

「ありがとー。 …アストのコーヒー牛乳? そっちも美味しそうねぇ」

 

「駄目ですー。あげませーん」

 

「えー。 良いもーん、もう一本飲んじゃうから! あ、フルーツ牛乳も!」

 

「いやいや…お腹壊しますよ。てか、せめて服着てからにしてください。いつまでバスタオル姿のままなんですか…風邪ひきますって」

 

「大丈夫よー。 …へ、へぷちっ!」

 

「ほら言わんこっちゃない…。もう一回温泉入ります?」

 

 



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人間側 とある社長の保養

 

 

「はあ…はあ…ふう…! ようやく着いたなぁ…!」

 

「えぇ…着きましたねモモタロ社長…! わたくし、もう足が動きませんぞ!」

 

山奥にある、とある湯屋の前でへたり込む私と秘書。普段、乗り物移動が主だから歩きだと辛いもんだ…。

 

 

 

私は『モモタロ』。ある会社の社長をしている。と言っても業務内容は多岐にわたっている。

 

今主にやってるのは…そうだな、分かりやすく言えば各地を回り、様々な店を買収して纏め上げる仕事、といえばわかりやすいかな?

 

今では各国に私の系列とした企業や店舗がいくつもある。当初1000万G(ゴールド)で始めた事業がここまで上手く行くとは思わなかった。

 

このまま50年、いや100年かけてでも世界制覇を成し遂げたい。そしてゆくゆくは、あのテーマパーク『ランド』の買い占めを…!

 

 

だが、それも今日は休憩。同業他社の連中に差をつけたということもあり、思い切って温泉に浸かりに来たのだ。

 

ここは知る人ぞ知る秘湯。入れば様々なバフが身につくという。基本冒険者や亜人が多いみたいだが、一般にも開放されていると聞きやってきたのである。

 

本当、山道を歩いてくるのは大変だったが…温泉のためならえんやこら!

 

 

 

 

 

 

「初めてかいの? 料金は一人400Gじゃよ」

 

男湯の青暖簾をくぐり、中に座っていた番台の爺さんに代金を支払う。なんでも、この爺さんは『湯の神様』らしい。とてもそんな風には見えないが。

 

脱衣所に足を踏み入れると、そこそこの人が。確かに噂通りほとんどが冒険者のようで、鎧や剣、杖が服籠に入れられていた。

 

ん? あそこに立てかけてあるのは…巨大な大剣? 人と同等、いやそれ以上の大きさがある。他にも同じぐらい大きい刀や…なんだあれ、ボウガンか?あっちは…笛…?

 

ははぁ。もしかして巨大な竜や獣を狩ることを生業にしている『ハンター』達か。そういえばそういう連中も良く来ると聞いたな。温泉好きなんだな。

 

 

 

 

 

 

「ほほう! 絶景じゃないか!」

「ええ! ここまでとは! 素晴らしいですなあ!」

 

早速浴場へ足を踏み入れる。もう日も暮れかけだが、僅かに残った夕日が紅葉を照らし、筆舌に尽くしがたい雰囲気を醸し出している。

 

因みに脱いだ服の見張り役は番頭の爺さんが務めてくれているらしい。神様なら安心だろう。こっくりこっくりしてたけど。

 

まあ代わり?に『湯の精』と呼ばれる白く小さな妖精達も見張っていたし、大丈夫かな。

 

 

 

 

 

かけ湯をし、身体を洗いに。うーむ…この秘書には長年付き添ってもらっているし、背中を流してやるべきだろう。でも、いつも「滅相も無い!」と拒否するからなぁ…。

 

私がそんなことで悩んでいると、妙な音が聞こえてきた。

 

 

シャアアアア…

 

なんだ? この何かが滑る音…というか、床を湯桶が滑る音だなこれ。誰かが投げたか、子供が遊んでいるのだろうか。後者なら注意してやらないと。

 

シャアアアア…

 

「「は…?」」

 

私も、秘書も口をあんぐりとさせる。何故なら…少し大きめの湯桶が目の前を徐行しながら滑っていったのだから。

 

 

いや、徐行しているだけではない。歩く人達を余裕をもって避け、角を曲がり、洗い場の方へと自動で動いていった。

 

思わず追いかけ、様子を窺う。すると、湯桶は腰かけているとある爺さんの近くに停止。瞬間―。

 

ニュルッ

 

湯桶の中から数本の触手が伸びてきたではないか! それだけではない。触手は体洗いタオルと石鹸を手にしている。それを器用に合わせ、もこもこと泡立たせ…。

 

ゴシゴシ…

「おぉう…気持ちええのぅ…」

 

爺さんの背を洗い始めた。

 

 

 

 

「あのー…横からすいません。これは何を…?」

 

「? 背中を洗って貰っているんじゃよ。何分、年取ってから手が上手く回らんようになって、背中が洗いにくくてのう…」

 

私が恐る恐る問うと、背を触手に洗われている爺さんはそう答える。いや、そうではなくて…。

 

「この、湯桶から出ている触手は一体…?」

 

「おぉ、これか。なんでも『ミミック』という魔物らしくてのう。つい最近オオナムチ様方(湯の神様)が雇った子達じゃと。この子らの触手、優しくも強くも自由自在で気持ちええのよ」

 

こういうのもあれじゃが、オオナムチ様方の眷属である『湯の精』に頼むと、妖精のちいこい身体で洗ってくれるのが少し気の毒で頼みにくくてのう。そう笑う爺さんだったが、私は眉を潜めた。

 

ミミック…? それってダンジョンとかの宝箱に潜む恐ろしい魔物じゃなかったか…? それが何故、こんな風呂場に…いや、確かこの温泉『秘湯ダンジョン』と言われている。なら、問題ないのか…?

 

 

…まあ、でも好都合か。私がやろうとすると遠慮される背中流しも、ミミックに頼めば秘書も受け入れてくれるだろう。よし、頼もう。

 

 

 

 

近くを飛んでいた湯の精に頼み、少し待つ。すると同じように、湯桶が滑ってきた。なんか面白い。さて、肝心の三助の腕は…。

 

「おぉお…!」

「これは…中々…!」

 

爺さんの言う通り、女性のように優しく肌を撫で、男性のように強めに痒い所を擦ってくれる。しかも、他の触手で肩や首筋、腰や腕を揉んでくれるではないか。

 

なんとも素晴らしい腕(触手だけども)だ。一体どこから雇ったのだろうか。気になる…。雇うというぐらいなのだから、金銭等のやり取りがあったはずだ。なら、私が買収を…。

 

…せっかく温泉に浸かりに来たのだ。仕事のことは今は忘れよう!

 

 

 

 

 

さてさて。身体を洗い終えたが…このまま温泉に浸かるより先に、アレに入るとしよう。サウナだ。せっかく来たのだ、全部楽しんでいこう。

 

ギギィ…

 

扉を開き中に入った瞬間、むせ返る熱気が。良い感じだ。先客も幾人かいる。

 

「ん?」

 

と、サウナ部屋の端に気になる物が。『ロウリュ』…サウナストーンに水をかけて熱い蒸気を発生させるあれのことだが、そのサウナストーンが妙なものに入っているのだ。

 

どう見ても、蓋が開いた人より大きい宝箱。そこに設置された台の上に石が置かれているという感じか。中々にお洒落である。何故宝箱なのかはよくわからないが。

 

 

 

 

 

「ふー…! じりじりと身体が煮えてきたな」

「えぇ…! わたくし、汗が滝のように出てきましたぞ!」

 

苦しくも、何故か楽しくなる熱さに揃って耐える。出た時の快感を思うと笑みが零れてきた。

 

だがまだだ、まだ耐えられる。いや、物足りないかもしれない。水を注いでもっと熱くすべきか。そう思った時だった。

 

「頼んで良いかい?」

 

サウナに入っていた一人が、サウナストーンに撒く水のところにいた湯の精に声をかける。すると妖精はひとつ頷き、飛び出していった。

 

「お、始まるか」

「丁度良かった。物足りなく感じてたとこだ」

 

嬉しそうにざわつくサウナ内。何事かと思っていると…。

 

 

ギィイ…!

 

「はーい! お待たせしました!」

 

扉を開き現れたのは、湯桶に入った魔物の女の子…!? 白い湯浴み着のような服を着ている。

 

突然の来訪に慌ててタオルをかけ直すが、彼女は全く気にしない。そのまま湯桶でスイイと滑りサウナストーンの元へ…

 

ん?湯桶で、滑る? まさか、彼女もミミックなのか? そういえば、上位ミミックという人型魔物がいると聞いたことがあるような…。

 

 

「じゃ、行きますよ~! そうれ!」

ジュウウッ!

 

そんな間に、上位ミミックはサウナストーンに水をかける。良い音と共に、熱々の蒸気が。お、一気に温度が上がってきた。これだこれだ。

 

 

…しかし、何故ミミックを呼んだのだろうか。水をかけるならば、勝手に出来るし。

 

あ、もしかして『アウフグース』…タオルでバサッと扇いで、熱風を送ってもらうためにか。それは良い。だが彼女、タオルなんて手にしてない…

 

「よいしょ!」

スポンッ

 

…!? サウナストーンが置いてある宝箱に、身体を滑り込ませ入っていった…!? 熱くないのか…!? いやいや、そこじゃなくて…!一体何を…!?

 

「じゃ、皆さーん! 覚悟は良いですか?」

 

「「「おぉーっ!」」」

 

ロウリュ宝箱の中から聞こえてくる上位ミミックの声に、周囲の皆はそう答える。と、次の瞬間だった。

 

「ほいっと!」

バタンッ!

 

勢いよく、ロウリュ宝箱の蓋が閉まった、だと…!?

 

ブオッ!

 

それにより発生した熱風は、勢いよく私達の身体に叩きつけられた。う、おお…!熱い…! 

 

「もいっちょ!」

バタンッ ブオッ!

 

「そりゃそりゃ!」

バタンッ ブオッ!

 

幾度も蓋の開閉が行われ、その度に熱風が押し寄せてくる。 こ、これは…!凄まじい…!

 

「おうい、こっちにもっと風くれー!」

 

「はーい! いよっと!」

 

なんと、依頼に応え巨大な宝箱の向きをずらし、風の方向を変えもした。ミミック…なんという変わった魔物なんだ。

 

 

 

 

 

 

「「整ったー!!」」

 

サウナを抜け、身体を冷やし思わず叫ぶ。実に良い熱風だった。人がやるより勢いがあって、ガツンと来たな。

 

さあ身体も充分に冷め、水分も補給したところでいよいよ本命の温泉だ。と、秘書がにこにこと一言。

 

「そうそう、ここの温泉お酒も頂けるようで。今さっき頼んでおきました…ぞ…」

 

後半声が止まりかける秘書。何故なら丁度、私達の目の前に湯桶が二つ重なったものが滑ってきたのだ。上にはお酒セット。下からは、とりやすいようお酒セットを高く持ち上げてくれた触手。

 

「…特急カードを使ったように早く来ましたな」

 

 

 

 

 

 

「「う゛い゛~~~~~~~~♨」」

 

…なぜ温かなお湯に入ると、こんな声が出てしまうのだろう。不思議不可思議。私も秘書も顔がとろけてしまう。

 

「社長、まま一献」

 

「お、有難う」

 

早速一杯。うーん、美味い。温泉に浸かり酒を飲めるなんて、極楽とはこういうところを言うんだろうな。

 

 

はたと周りを見てみると、どの人も顔を綻ばせ温まっている。誰一人として暴れる人はいない。温泉とは、かくも人の心を落ち着けるのか。それともこの秘湯のバフの効果なのか。

 

おや、あの特徴的な髪型は確か『サムライ』という職業の人。『思うこと…』と呟く声が聞こえる。何か思いを馳せているようだな。

 

 

 

 

 

 

 

ついつい長風呂をしてしまい、月も俄かに光り出す。すると、それに応じるように、谷が輝き始めた。『月下樹』と呼ばれる輝く木々による天然のイルミネーションらしい。

 

うむむ、これでは温泉から出るに出られない。いつまでも見ていたい気分だ。

 

すると―。

 

 

「ん? この声は…?」

 

どこからともなく楽し気な声が。きゃっきゃうふふと、これは女子の声。

 

人が減り、静かになったからだろう。少し離れた壁の向こうから鮮明に聞こえてくる。男湯もあるのだから当然女湯もあるに決まっている。

 

「…社長。恥ずかしながらわたくし、悪い心が…」

 

と、私と同じように聞き耳を立てていた秘書が耳打ちをしてくる。長い付き合いだ、何を言おうとしているかはそれだけでわかった。

 

「…酔い過ぎだぞ?」

 

「う、すみません…」

 

しゅんとなる秘書。私はにんまり笑い、耳打ちし返した。

 

「旅は道連れ世は情け。共に目の保養をしよう、女湯で!」

 

 

 

 

人が少なくなった解放感と、泥酔していたせいもあるのだろう。抜き足差し足忍び足、女湯を隔てる壁の元へ。

 

ちらりと辺りを見回すと、誰もこちらを見ていない。人も、湯の精も、ミミックも。恐らく番台の湯の神爺さんは居眠りをしている頃合いだろう。

 

今が最大のチャンス。お!おあつらえ向きにひっくり返された湯桶が組まれた山があるじゃあないか。しめしめ、これに足をかけ…滑らないように…。

 

一歩、また一歩と湯桶階段を登っていく。あと少し、あと少しで桃源郷(女湯)が目の前に…!ほら、壁が無くなって…!

 

「こら」

ガシッ

 

 

「「痛だだだだだだ!?」」

 

か、壁の向こうから何かが伸びてきて私達の目を顔ごと縛り上げてきた…!? 見えな…うおっ、足を滑らせ…!危ない…!

 

なんとか数段下の湯桶に足をつけ、事なきを得る。すると、顔を巻いていたものは少し解ける。ちょっとだけ見えるようになった視界から見えたそれは…触手…?

 

「女湯覗きなんて出歯亀、許さないわよ」

 

その声にハッと上を向くと、女湯の壁から顔を覗かせていたのは先程とは別の上位ミミック。亀って…私の名前はウラシマじゃなくモモタロなのに…。と、上位ミミックははあと溜息をついた。

 

「全く、社長の言う通り張っていてよかったわ。ホント結構現れるわね、覗き魔」

 

「社長? 私のこと…ではないよな…」

 

「あん? なに、アンタも社長なの?」

 

キッと睨みつけてくる上位ミミック。しかし私の胸には商売っ気がむくむくと。

 

「なあ、君達ミミックが所属している会社を、私に買い取らせて…」

 

「はんっ!お断りよド変態が! それ以上変なこと言うと、ここの神様にお願いしてアンタらに貧乏神擦り付けるわよ?」

 

その言葉に、私達はゾワッと身を震わせる。それだけは、それだけはマズい…!物件を売らなければいけなくなる…!

 

と、上位ミミックは触手の一本を鎌のように変え恐ろしい笑みを浮かべた。

 

「それとも…アンタらの股についているモノ、切り落としてあげましょうかぁ?」

 

「「ヒッ…!ご、ご勘弁を…!もうしませんからぁ…!」」

 

「だったら大人しく温泉に浸かってなさい。ほら皆、投げ入れてやって!」

 

 

彼女の合図で、私達の足元の湯桶から触手が伸びてくる。あっという間に固定されてしまった。

 

これ…湯桶じゃなくてミミックだったのか…! そう驚いている間に湯桶は滑り、近くの温泉へと。そして―。

 

 

ジャッパーンッ!

 

勢いよく、投げ入れられた。

 

 

 

 

「…なあ、私達何していたんだろう…」

 

「えぇ…わたくしも正気に戻りました…。帰りましょう…」

 

温泉の効力だろう。酔いや興奮が完全に消去された私達は、ぷかりと湯に浮きながらそう呟く。

 

温泉で温まった身体が恥ずかしさで更に赤く染まる前に、退散させてもらおう。今度来る時は、絶対に女湯覗きはしない。

 

 



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閑話④
会社施設紹介:プール&大浴場


 

 

さて。今日は依頼が特には無いため、通常業務…だったのだけど、妙に暑いから社長共々軽く泳ぎにいくことに。

 

まあかなり自由な会社なため、書類作業もそんなにはないから問題ない。というかほとんど処理し終わったし。

 

ということで、今回の紹介施設は『プール』としよう。

 

 

 

水着を手に、社長と地下へと向かう。そこには、煌々と灯りがついた超広大水泳施設が。

 

何故地下にこんなものがあるのか、それには理由がある。

 

実はプールというのは名ばかりで、その本質は『水槽』。水の中で暮らすタイプのミミック…『海溝ダンジョン』に派遣したタコ足ミミックや『宝箱ダツ』などの子達の家でもあるのだ。

 

横幅も縦幅もそんじょそこらのプールとは比べ物にならないほど大きく、水深も何十mかはある。ぶっちゃけプールって言ってはいけない代物ではある。

 

だが、そんなことはお構いなし。ミミック達はそこで遊ぶ。一部の子を覗き、長時間でなければどのミミックも水中行動が可能なため、良い遊び場兼修行場になっている。

 

因みに、水は真水。水中型ミミック達は海水だろうが淡水だろうが問題ないのだ。たまに温水になったりもする。

 

 

 

 

「じゃぼーん!」

ドッパァーンッ

 

早速水着に着替え、宝箱型浮き輪と共に飛び込む社長。もう、まだ準備体操してないのに…。全身流体だから別にいいのかな…?

 

とりあえず私はしっかりとやろう。いっちに、さんし…と。終わり次第、私も飛び込み台から…えいっ!

 

バッシャーンッ

 

 

ぷはっ、冷たくて気持ちいい!  そうそう、説明しそびれていた。ここ、飛び込み台がある。宝箱大の小さいやつから、数mの高さがあるタワーまで。

 

だからか時折、飛び込み選手権というのも開催される。ミミックらしく着水までに宝箱を何度回転させられるか、どれぐらい捻りを加えられるかが競われている。

 

勿論、普通と同じようにどれだけ水飛沫を上げずに落ちれるかも肝になっている。社長なんかはやろうと思えば、ほんとに小さな音しか立てず飛沫も全く出さずに着水することもできるのだ。

 

 

 

 

暫く泳いで遊んでると、パシャパシャと社長が近づいてくる。

 

「アスト~あれ、やれる? 皆から許可とったわ!」

 

手を合わせおねがーいと頼んでくる社長。私はそれを快諾した。

 

「良いですよ。でも、どんな風にします?」

 

「そーね…。じゃあ『流れるプール』で!」

 

「はーい。 よっと」

 

翼を広げ、プールから浮き上がる。別に浸かったままでも良いのだけど、ちょっと上から全体を見渡した方がやりやすいし。

 

「――。――。」

 

軽く詠唱し、手を広げる。プールの表面全体が仄かに輝く。よし、じゃあ魔法発動っと。

 

「『水よ、我が意に従え』」

 

その一言と共に、手を円状にぐいっと回転させる。すると、プールの水がゆっくりと外周を回りだした。

 

「わーい、始まったー!」

「皆浮き輪に乗れー!」

 

下では皆の楽しそうな声。もうちょっとスピード出しても良いかな。それっ!

 

ザザザザザ…!

 

「おおおおお…流れるぅ…!」

「面白ーい!」

 

 

私の眼下では、プール全体を巻き込んだちょっとした渦が。そこで社長達がぐーるぐる。浮き輪や宝箱が浮いて流されている様子は、縁日で見た水流式のスーパーボール掬いの屋台みたい。

 

実を言えば、鍛錬用としてプールに渦や波を立たせる装置は元から備わっている。だけど、それは起動してから完成までに時間がかかってしまうのだ。

 

だから時折、私がこうして作ってあげている。こっちのほうが早くできるから。たまに業務中に水着姿のミミック達からせがまれることもあったりする。勿論快諾。

 

 

さ、これぐらいで良いかな。確認のためちゃぷっと足を…おっとっと、少し足取られた。速すぎた? まあ皆楽しんでるから大丈夫か。

 

「アストー!もっと渦大きくしちゃってー!えぇぇぇ…」

 

と、右から左へ流されながら社長が追加のお願いをしてきた。ドップラー効果。既にだいぶ激流気味だけど…。

 

「アストちゃんもっとー!おぉぉぉ…」

「真ん中に大渦出来るぐらいー!いぃぃぃ…」

 

なのに、次から次へと流しミミック達がお願いを重ねてくる。『宝箱ダツ』を始めとした下位の子達もそう訴えるようにパシャリパシャリと飛び跳ねる。

 

ならば承知。カリュブディス(渦潮を作る魔物)の如く、巨大なものを作り上げて見せましょう。

 

「そー…れっ!」

 

ザザザザザザ…ゴゴゴゴゴゴッ!

 

既に一般向けではなかった速度の流れるプールは、唸りを上げどんどん勢いを増していく。あっという間にマーメイドでも避けて通るぐらいの大渦の完成。

 

「「「いえーい!」」」

 

その上を社長達は勢いよく泳…いでるんじゃなく、やっぱ流されている。楽しそう…というには激しすぎる。自分で作っておいてなんだけど。

 

そして―、渦ということは引き込まれるわけで。社長達はどんどんとプールの中心に。あっという間に水底へと消え…。

 

バッシャアアンッッ!!

 

「「「ひゃっほーっ!!」」」

 

別のところから噴出してきた。箱で守られていないと絶対真似できない遊び方である。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

その後も散々遊んだ私達。社長は『海溝ダンジョン』にも派遣した海中移動式宝箱を使い、潜って遊んでもいた。スクリューとかついているから楽に泳げるため、泳ぎ苦手なミミックにも評判の一品である。

 

 

そして気づけば日暮れ。最も、地下だったから時計で判断したのだが。ご飯を食べる前に、冷えた身体をお風呂で温めることに。

 

…お風呂の様子なんて伝えて大丈夫なのか?と思ったのだが、社長から『別に良いんじゃない?』と言われたので良しとしよう。皆からも特に反対意見は出なかったし。

 

では、いつも通り社長とお風呂に向かいながら紹介を。

 

 

 

 

 

我が社の一角には大浴場がある。女所帯&下位ミミックなので、男湯とかの仕切りはない。

 

とはいっても、下位ミミックの子達…宝箱型や触手型、群体型などの彼らは基本的にお風呂に入らない。自分で毛づくろい…ならぬ箱づくろいをしていたりする。猫や犬、鳥のような動物に近いから。いやまあ群体型には鳥とか普通にいるんだけど。魚もいるし。

 

なので、下位で自分から入る子は珍しい。大体が遊びの一環として入る子とか。あと、寒い日にはちょっと増える。

 

あ、そうそう。他によく見かける例として、汚れまみれになった下位の子達を、上位ミミックが運んできてお風呂に入れてることもある。下位ミミック達も別にお湯が嫌いなわけじゃないので、その場合は甘んじて洗われている。

 

だから派遣先のダンジョンの方に風呂入れと言われれば入るし、たとえ設備がなくとも入りたい人はワープ魔法陣から会社に戻ってきて入浴するのだ。この間派遣した『秘湯ダンジョン』からは、上位下位問わず客がいないときに温泉を楽しんでいると報告が来た。

 

 

…まあ、上位ミミックにも風呂入らないor水浴びだけな人達はいるんだけど。それなのに全く匂わず、汚れてもしない。清潔そのものだったりする。

 

聞けば、気合入れれば汚れは全部勝手にとれる様子。あらゆるところに移動し潜むミミックだからこその能力らしい。羨ましい…。

 

だがその能力もかなり体力や魔力を使うようで、「それならお風呂入った方が楽だし気持ちいい」となっているのである。

 

 

 

 

中はどんな造りになっているかだが、魔族の私が通れるぐらい普通に大きい入口に『湯』と書かれた長い暖簾(のれん)、沢山棚が並んでいる広い脱衣所など、特にここまでは変わったところはない。普通の銭湯と同じ感じである。

 

…いや、変わっているのか。服を入れる棚は宝箱が入るぐらい大きく、並んでいる洗面台は総じて低め。私やドワーフの人達が使える普通サイズも端に幾つかある。

 

あとは、『ミミック湯桶』…簡単に言えばミミックが入る大きめ湯桶が仕舞ってある小部屋が付設されている感じか。うん、十分変わってた。

 

因みに、扇風機とかはあれどもマッサージ機は置いてない。ミミック達、基本肩とか凝らないから。羨ましい…(二度目)。

 

 

 

服を脱ぎ、タオルを手に。社長もミミック湯桶を取り出して乗り換えてきた。

 

実はあのミミック湯桶、社長用特注品。別に社長に限らず、自分専用の湯桶を持っている人はちらほらいる。マイ湯桶ってやつである。

 

 

一緒にプールを楽しんでいた上位ミミック達幾人かと、わいわいと話しながら大浴場へ。扉を開け、中に入る。

 

内部の様子は、これまた基本的な銭湯と同じ。かなり広めのタイル張りで、洗い場があって、大きい浴槽がある。

 

そうそう、浴場と言えば壁に描かれた絵が特徴的であろう。普通の銭湯では山が描かれていることが多いが、ここもしっかり山が描かれている。

 

ただし、財宝の山。たっぷりな金銀宝石の山の上で、ミミックが鎮座している絵である。

 

因みに絵は定期的に変わる。この間は山を登頂した宝箱の絵であったし、その前は小船に乗ったミミック達の絵。どれもこれも爽やかに仕上げられている。

 

 

 

 

勿論お湯に浸かる前にしっかり身体を洗う。据え置きのシャンプーリンスとかはあるが、勿論持ち込みOK。皆自分の湯桶や箱から思い思いのボディーソープや泡立てスポンジ、シャンプーハットを取り出し使用している。

 

中には、ブラシと洗剤を取り出しどこかに向かうミミックも。何に使うのかって? 箱の洗浄である。

 

実は湯桶に乗り換える以外にも、宝箱そのままで浴場に入ってくるミミック達は結構いる。その理由がそれ。

 

 

端の方を見て欲しい。シャワー個室のようなものが幾つも並んでいるであろう。そこは基本的に箱洗い場となっている。シャワーの水圧や散水モードを変えられるようになっているのだ。

 

何分ミミックにとって箱とは、服であり乗り物であり大切な相棒。良く乗っている箱には愛着もひとしお。ああやってピカピカに磨く子がほとんどである。

 

先程紹介したミミック湯桶置き場は実は乾燥場も兼ねており、浴場から直に繋がっているため重宝されている。…そこをサウナ代わりにしているミミックもいるとかいないとか。

 

 

なお洗い場は『箱工房』のほうにもある。そちらには自動で全身を洗ってくれる洗車機ならぬ洗箱機があるが、何分工具洗浄や出来立ての箱の耐久試験も兼ねているため、威力が強い。それでよければ洗箱機、大切に扱いたいのならば大浴場と使い分けがされている。

 

 

 

 

 

シャンプーの泡を綺麗に流し、ちゃぽんと湯船に。ちょっと熱めの、丁度いい温度。おっと…!

 

少し端に避け、持ってきたタオルと魔法で軽くバリアを作る。と、次の瞬間―。

 

「ひゃっほー!」

「わーい!」

 

シャアアアッ バシャアンッ!

 

勢いよくタイルを滑り、ジャンピングしながら飛び込み入湯してきた社長達。桶が湯面に叩きつけられ、飛沫が飛ぶ。

 

「楽しー!」

「ねー!」

 

バリアを解除すると、社長達はプカプカと浮きながらきゃっきゃと笑っている。たまにそうやって遊んでいるのだ。横にしっかりと昇り降りする坂道はあるのに。

 

「きゅーそくせんこー!」

 

あ、浮いていた湯桶達がお湯の中に消えていく…。今度は潜水して遊んでいるらしい。さっきのプール遊びの続きだろうか。そんなことを思っていたら…。

 

 

バシャッ! ペタッ

 

「アスト、マッサージしてあげる!」

 

「わっ! いつの間に背後に…!?」

 

びっくりした…! 目の前で潜っていったはずの社長が背中付近から浮上してきた…!相変わらずの隠密術である。

 

ん?マッサージ…? 嫌な予感…。

 

「いやー…良いですよぉ。それより社長をお揉みしましょうか?」

 

「何言ってんの、私達が基本身体凝らないの知ってるでしょ。箱の中に身体収められるほど柔らかいんだから。ほら、遠慮しないで!」

 

そう言い、社長は手を触手状にして私の肩と翼に。いや、社長一人でやってもらうのなら別に有難いのだけど…。

 

「じゃあ私は腕から先を揉んであげる!」

「それじゃ私は足ね」

「尻尾やるよー!」

「そうねぇ…その綺麗なお胸をマッサージしてあげるわ~」

 

やっぱり…!あれよあれよという間に周りの上位ミミック達が寄ってきて、全員腕を触手へと。そして―。

 

「「「そうれモミモミモミ~!」」」

 

「待っ…! ひゃっ! あっ…んんっ…!」

 

逃げる暇もなく絡めとられ、全身マッサージの開始である。お湯に浮く形で半固定され、至る所を触手が這いずり回る。

 

気持ちいい…気持ちいいのだけど…!くすぐったいし変な声が出る…! 悶えても抜け出せない…!

 

てか絶対、何人か私で遊んでるし…!だって揉み方おかしいんだもの…!特に胸担当! ちょっ…おッ…♡

 

 

 

 

はー…はー…ひ、酷い目に遭った…。なんか一ヵ月に一回は必ずあのお風呂マッサージやられてる気がする…。

 

でも、断るに断れない。だって、効果が高いのだもの…。凝りは確実に全部消えるし、されてから一週間ぐらいは肌や翼や尾が確実につやもちになるから。なんか納得がいかないけど。

 

でも、温かなお風呂に入りに来たのに、触手風呂と化すのは如何なものか。…まあ、身体は火照ったけども…

 

 



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顧客リスト№26 『マイコニドのキノコの山ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「キノコノーコノコ 元気の子♪ 美味しーいキノコが山いっぱい!」

 

手に持ったキノコをふりふり、目を切れ込みいれたシイタケみたいにして歌う社長。やけにテンション爆上げである。

 

まあでも、楽しいのはわかる。あちらにもこちらにも、色んなキノコがたっくさん。採り放題でウハウハなのだ。網焼き、バターソテー、パスタにスープにお鍋…帰社するのが楽しみ!

 

 

 

勿論、ただキノコ狩りに来ているわけではない。今回もまた、とあるダンジョンの視察中である。そのついでに、至る所に生えているキノコを持って行っていいと言われたのだ。

 

そうこのダンジョン、キノコまみれ。いやいや、もっと凄い。ダンジョンの範囲である大きい山全面が全てキノコ。大樹のような巨大キノコや、岩のような見た目をしたキノコ、歩くキノコなんでもござれ。

 

ここは冒険者ギルド登録名称、『キノコの山ダンジョン』なのである。

 

 

 

普通の山は緑豊かな植物達が茂っているが、ここは違う。多少はあれどもほとんどキノコ。先程述べた大樹キノコにより日光はシャットアウトされているからである。

 

だから、この山は常に真っ暗…というわけでもない。キノコの中には仄かに発光しているものがあり、その青白い光で歩くには困らない。幻想的な雰囲気も漂い、なんか小人になった気分。

 

そのおかげで、キノコの色も様々だとわかる。黒いの白いの赤いの、紫なの斑点なの。形も色々で、傘が大きいの小さいの、細長いの触手みたいなのレパートリー豊富である。

 

 

そして、ほんのちょっとジメジメ気味。キノコにとっては最適な環境なのだろう。ほら、ちょっと空き地になったとこで動けるキノコ達が楽しそうに踊っている…

 

…んだけど、踊る真ん中には焚火が。それで色んなキノコ焼いている。それをもぐもぐ食べている。茸食キノコ。

 

どうしよ、ご一緒させてもらおうかな。

 

 

 

 

あ、このままではちょっと混乱しそうなので、先にご説明しよう。キノコ生えまくりのここには、普通の魔獣魔物の他にキノコな魔物達が2種いる。

 

その片方が、今あそこでキノコを食べているキノコ達。総称を『マタンゴ』という。

 

大きめのキノコ(それでも社長より小さいのだけど)に手足がついているもの、足だけのもの、ヤドカリみたいになっているもの多々あるが、その特徴は顔があること。しかも結構可愛らしい。口は隠れてるのか無いのかはわからないが、総じて目がくりくりしている。

 

キノコなのに目が栗栗(くりくり)…。 なんでもないです。

 

 

コホン、基本的に彼らは言葉を喋らず、鳴き声を上げたり上げなかったり。うちでいう『下位ミミック』に当たる存在らしい。

 

そういえば、さっきからずっとこちらをじーっと見ているマタンゴがいるのだけど…。傘に目があり、細く白い足を持つタイプの子…。なんかちょっと怖い…。

 

「Hi,I am an Ēgorian」

 

えっ喋っ…!? なんか凄く流暢に自己紹介してきた! え、えーごリアン…?

 

 

 

 

 

 

えっと、話を戻そう。下位ミミックと上位ミミックがいるように、下位存在であるマタンゴ達にも上位存在であるキノコ魔物が存在する。それは―。

 

「んふんふ…キノコ狩り楽しかった?」

 

どこからともなくのっそり現れたのは、人の顔よりも数回り大きいキノコの傘を被った魔物女性。彼女らは『マイコニド』と呼ばれる上位キノコ魔物なのである。

 

そして、今私達の前に現れた方が今回の依頼主。『スポア』さん。朱色に斑点がついたような傘をしており、網目な羽織ものをしている。あれは菌糸なのだろうか。

 

 

「えぇ! たっくさん取れました! ほらこんなに!」

 

社長は自らが入っている宝箱を探り、籠を取り出す。そこには色んなキノコがたっぷりと。それを見たスポアさんはふへへと笑った。

 

「たっぷりだねぇ…! じゃ、毒持ちか判別してあげるよぉ」

 

 

 

 

キノコ狩りの怖い点。それは、『毒キノコを採ってしまう』こと。楽しく集めたと思いきや、食べたら猛毒で泡吹いて病院又は墓場送りになる事例は多々ある。もっとも私達の場合、会社で食べるから復活魔法陣送りで済むけども。

 

それでも、苦しむのは嫌である。ということで、採ったキノコは専門家(ていうかキノコ本人)であるスポアさんに鑑定してもらうのだ。

 

 

え?私は魔眼『鑑識眼』を持っているんじゃないかって? その通り。能力を発動すれば、物の名前や性質、用途や市場価格はわかる。

 

ただし、実は弱点がある。この眼、『市場に出ているもの』しか鑑定できないのだ。

 

だから販売されていないものや個人間の取引しかないものを見ても、精々がおぼろげな情報しか出てこない。新種珍種とか見たら当然、何もわからない。『????』みたいな表示が出るばかりである。

 

餅は餅屋、キノコはキノコ。そういう場合は知っている人に聞くのが一番。皆さんも、付け焼刃な知識だけでよくわからないキノコを食べないようにお気をつけて。

 

 

因みにだが、社長は図鑑持参でやってきた。元からキノコ狩りする気満々だったのはツッコんではいけない。

 

 

 

 

 

 

「これはね…毒キノコ…。んふふ…キノコ魔物以外が食べたら三日三晩腹痛が襲っちゃう…。こっちも毒だけど、しっかり焼いて処理すれば美味しく食べられるよ…。このキノコも猛毒、私達以外は食べられない…でも、たまに来る魔女の人が採っていくの…なんでも惚れ薬の材料になるんだって…んふ」

 

次々と鑑定していってくれるスポアさん。やっぱり毒があるのは結構ある。良かった聞いて。

 

 

余談だが、彼女達キノコ魔物は毒キノコも平気で食べる。むしろ好んで。スパイシーで絶品らしい。

 

そう聞くと美味しそうな気もするが、流石に毒キノコ、食べたいとは…。

 

「あ、これはね…んふふふ…凄ぉく美味しいんだよ…。天にも昇るぐらい…。旨味がギュウッと詰まっていて、噛めば噛むほどジュワッて…。でも、本当に天に昇っちゃうの…毒だから」

 

「…アスト、復活魔法陣使っていいかしら」

 

「いや社長、何食べようとしてるんですか…確かにちょっと気になっちゃいましたけど…」

 

 

 

 

 

キノコの鑑定は済み、しかも有難いことに幾つか焼いて貰ってしまった。芳しい焼きキノコの匂い…!じゅるり。

 

近くにあった巨大キノコ達を椅子とテーブル代わりに、頂きながら商談開始。まずは我が社に依頼してくださった理由を聞くことに。

 

 

「それがねぇ…冒険者が乱獲を始めちゃって…。毒無し毒あり構わず手当たり次第に盗っていくし、他のマイコニドやマタンゴ達を狩っていくし…。ちょっとだけなら別に良いんだけどねぇ…んふぅ…」

 

溜息をつくスポアさん。それと同時に傘も少し萎れ、胞子も悲しそうに吐き出された。

 

「んふ…一応対策はしてあるの。冒険者を蝕む胞子を持つマタンゴ達を各所に配置してる…。でも、マタンゴも私達マイコニドも、足が遅くて…冒険者を即座に仕留めることができないの…」

 

と、丁度私達の真横を走っていくマタンゴ達が。よちよち、とことこ。そんな擬音が似合う微笑ましい速度である。

 

「あれ、最高速度…。私達も大体同じぐらいでしか移動できない…ふぅうん…」

 

あぁ、スポアさんの傘がどんどん萎びて…顔が隠れてしまった…。

 

 

 

 

「なるほど、ご事情はわかりました! 因みに、どんなキノコがよく狙われるとかありますか?」

 

「んふんふ…幾つかあるよ…。例えばこれ…」

 

そう言いながら、スポアさんは近くの地面に手を突っ込む。少しもぞもぞした後、何かを引き抜いてきた。それは―。

 

「わっ、金色!」

 

驚いた声を出す社長。それは黄金に輝く拳大の石…いや違う…!あれって…!

 

「『黄金トリュフ』…!」

 

鑑識眼を使わずともわかる。あれは王族御用達、最高級珍味が一つ、黄金トリュフ。同じ大きさの純金の塊よか高い代物である。

 

「冒険者、皆これを探すからその辺穴だらけで…せめて埋めてくれればいいのに…。これあげる…癖があるけど美味しいよぉ」

 

うわ…普通にくれた…! 彼女達キノコ魔物にとって、普通のキノコと扱い一緒なのか…。

 

 

 

 

「あと他には…あれが狙われているねぇ…」

 

次にスポアさんは、私達の斜め後ろを指さした。確かそっちは先程マタンゴ達が歩、もとい走っていった方角だが…。

 

「…? えぇ…!?」

 

「わー! なんですかあれー!」

 

驚愕する私と、シイタケ目を一層輝かせる社長。だってそこには…こちらに向け、すいいっと等速移動をしてきた赤と白のでか水玉のキノコが。

 

その後ろからマタンゴ達がてってってと。どうやらそのキノコを探し、ここまで追いこんできたらしい。

 

 

形状としてはマタンゴより一回小さく、足はおろか柄のとこはほとんど無いため丸っこいフォルムをしている。でも、その短い柄のところに目みたいな模様が。

 

するとスポアさんは立ち上がり、そのキノコを通せんぼ。拾い上げ、手渡してきた。

 

「それ…私達は『すーごいキノコ』って呼んでる…。食べると特殊なバフがつくんだよ…んふふ…」

 

試しに鑑識眼で見てみると、色々な情報が出てきた。なになに、一般通称『スーパーキノ…

 

「それ、生でも美味しいんだよぉ…食べて見たら…?」

 

「本当ですか! いただきまーす!」

 

「あっちょ!? 社長!?」

 

スポアさんの言葉に即応し、キノコを私の手からとりカプッと食べる社長。今見たけど、そのキノコのバフって…!

 

♪ピロンピロンピロン⤴♪

 

瞬間、変な音と共に、社長が煙に包まれる。すぐさま晴れたその場にいたのは…ボンキュッボンなスタイルをした大人ミミック…。

 

「お? お!? おー! アスト、私おっきくなっちゃった!」

 

え、これ社長!?!?!?

 

 

確かにピンク髪だし、声も顔も社長っぽい。それに今彼女が着ているぴっちり気味の服は、おっきいけどさっきまで社長が着ていたワンピースと同じ…。え、でもでも…社長は既に大人だったはず…!?

 

「あれぇ…? 確か身体がそのまま巨大化するだけなのに…?」

 

うん、スポアさんの言う通り、キノコのバフは『巨大化』みたいなのだけど…。なにこの妙に色っぽい姿…! まあ確かにお胸とかお尻とか巨大化してるみたいけど…!てか入ってる宝箱まで巨大化してるし!

 

「わーい! アストと同じぐらいの身長になれた!」

 

当の社長本人は喜んでるだけ。キノコなダケに。 …言ってる場合じゃない!

 

「スポアさん…これ、どうやったら戻るんですか…?」

 

「んふんー…普通なら時間経過か、ダメージを与えれば戻るけど…」

 

「失礼します!」

 

言うが早いか、私は社長にチョップ。ちょっと力強めに…!

 

「きゃうっ!」

 

♪ピコンピコンピコン⤵♪

 

またも妙な音と共に煙が出、すぐさま晴れる。と―。

 

「もーアスト、別にそのままでも良かったじゃないのよー。せっかく抱っこして帰ってあげようとおもってたのにー」

 

元通りになった社長が頬を膨らませていた。よかった…いつもの可愛らしいサイズだ…。

 

 

と、そこでスポアさんが余計…ゴホン、別のキノコの情報を追加してきた。

 

「因みに似たキノコに、食べると『死んでも一度だけ復活できる』バフがつく緑色のやつもあるよぉ…なんならお代金として渡すよぉ…んふ」

 

「え! ならさっきの美味しい毒キノコ食べられるじゃないですか!欲しいです! あとこの赤いキノコももっと!」

 

…大丈夫かな、なんか妙なキノコの力にハマっているような…。

 

 

 

 

 

「では、商談成立ということで! 聞かせて頂きましたご事情に合わせ、ここ専用に調整したミミック達を派遣させていただきますね!」

 

なんやかんやありながらも、取引完了。沢山のキノコを貰っての帰り際のことである。スポアさんは私に妙なことを言ってきた。

 

「帰ったらしっかり社長の頭洗ってあげてねぇ…。魔物にはちょっと気分を高揚させるだけで無害だし、広がらないし、美味しく食べられるけどね…んふふふふ」

 

弱冠不気味な笑いに見送られつつ、私達はダンジョンを後にする。スポアさんのその言葉の意味は、会社に戻ってからようやくわかった。

 

 

 

 

 

 

帰社後、早速貰ったキノコを食堂へ。美味しいご飯が出来るのを今か今かと心待ちにしていた時だった。

 

ポンッ!

 

「うん?」

 

妙に軽い音がどこからか響く。音の発生源は…確か社長が座っている方向から…えええっ!?!?!?

 

「しゃ、社長! あ、頭からキノコが!」

 

思わず指さす私。だって…社長の頭からピンクの水玉模様なキノコがひょっこり…!!

 

 

「え? わ、ほんとだ―! キノコ、キノコ、元気な子!」

 

さわさわと自らの頭を触り、シイタケ目で踊る社長。なにをそんな呑気に…!

 

ん…? そういえば社長の目…ダンジョンに行ってからずっとシイタケのまま…おかしい…!

 

ポンッ!ポンッ!

 

「わーまた増えたー! 美味しーいキノコはわ・た・し!」

 

「いやいやいや!喜んでる場合ですか! ほらお風呂行きましょうお風呂!」

 

社長を抱え、慌てて大浴場へと走る。そうか、これがスポアさんが最後に言っていたことで、『冒険者を蝕む胞子』の効力なのか…! 気づかぬ間に、社長の頭にくっついていたとは…。

 

 

 

 

スポン、スポン、スポン!

 

「ほっ? 何かストンと気持ちが落ち着いた感じ!」

 

頭を洗いながらキノコを抜いてあげると、社長の目は普段通りに。ふう…いつもテンション高めの人だから、全くわからなかった…。

 

「そーだアスト、このキノコって食べられるってスポアさん言ってたわよね。貴方も食べる?」

 

自分産のキノコを手に社長は私にそう問いかけてくる。うーん…ぶっちゃけ、興味はある。

 

でも…『社長のキノコ』って響き…。なんかちょっと…なんというか…卑わ…

 

「ん? どしたのアスト?」

 

「なんでもないです! 何も(よこしま)なことなんて考えてないです!」

 

「??? 何でもいいけど、早く上がってキノコ料理いただきましょう! あの残機が増える緑キノコと例の毒キノコも調理して貰ってるから!死ぬほど美味しいなんてどんな味かしらね…!」

 

…ほんとに正気に戻ってるのかな…? いや、社長普段からこんなか…。

 

 

 



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人間側 とある冒険者の茸好

「クエスト受注してきたかい?」

 

「うん、しっかり受けて来たよ。いつもの『キノコ採集クエスト』」

 

「よし。じゃ、早速行こう。『キノコの山ダンジョン』に!」

 

パーティメンバー3人を引き連れ、意気揚々と目的地へ。 もうテンション上がってきたよ!ヤッフー!

 

 

 

 

ボクはとある冒険者なんだ。 因みに赤い帽子をトレードマークにしてるけど…まあどうでもいいね!

 

いつもはパーティを組んで色々なクエストを楽しんでるんだけど、中でもボクが好きなのは、『ちょっと難易度が高いキノコ採集クエスト』というもの。

 

普通のキノコ採集クエストは知っての通り、近場の森だったりを探して採集するだけの簡単なお仕事。薬草採集と肩を並べるTHE・初心者向けクエスト。勿論報酬も安い。

 

 

でも、今メンバーが受けて来てくれたクエストはちょっと違う。キノコ採集はキノコ採集だけど、報酬金は普通の採集クエストとは文字通り桁違い。

 

それは、クエストの目的地に理由がある。近場の森ではなく、『キノコの山ダンジョン』というダンジョンなんだ。

 

 

そこはその名の通り全てがキノコで出来た山なダンジョンで、その姿は圧巻。遠くから見ても巨大キノコの群生が見えるほど。しかも青白く輝いているため、夜は中々に目立っている。

 

そんなキノコの山には、そこまで狂暴な魔物はいない。身体からキノコを生やした魔獣達や、『マタンゴ』『マイコニド』と呼ばれるキノコ型魔物がいるぐらい。彼らは足が遅いから、見つかってもさっさと逃げちゃえば戦う必要もない。

 

それなのに、なんで報酬金が高いか。まあダンジョンに潜るってだけで危険だから高くなるんだけど…最大の理由はそれじゃないんだ。

 

このダンジョン、あまり長居すると『キノコに蝕まれる』…詳しく言うとキノコに乗っ取られ、菌床にされてしまうんだよ。

 

まだ1人2人が頭にキノコを生やしたぐらいだったら抜いてあげて撤収すればいいんだけど、全員が同時にかかってしまうともう残念。復活魔法陣送りを待つしかない。

 

だから、ちゃっと侵入してちゃっと採集して帰る必要があるんだ。

 

 

ん?そんな危険な場所なのに、どうしてボクはそんなに嬉しそうなのかって? よくぞ聞いてくれたね!

 

ボク、キノコ大好きなんだ!毎日最低一回はキノコ食べなきゃ我慢できないぐらい! ちょっとの毒キノコなら、解毒魔法かけてもらって食べたりするほど。

 

お菓子もキノコ型のチョコとかあったらそれ選んじゃう! 形だけなのに、ついついね。

 

はぁー…ほんと、なんでキノコってあんなに美味しいんだろ。あの気持ち良い歯ごたえ、芳醇な味、メインにも付け合わせにもなって出汁まで取れる万能さ…。ビバ・キノコ!

 

 

だから、キノコの山ダンジョンはボクにとって夢のような場所。行くとわかるだけでテンションアゲアゲ。

 

さあ、今日も沢山採りに採っちゃおう! イィヤッフー!

 

 

 

 

 

さ、ダンジョン入口にとうちゃーく。入る前に準備だけしっかりとして、と。アイテムは極力置いて、バッグを開けとかなくちゃ。

 

なにせ、キノコまみれなだけあって質も軒並み高いものばかり。あれもこれも欲しくなっちゃうんだ。今からご飯が楽しみ…!

 

ボクがそんな風ににやけてると、メンバーの1人が何か思い出したらしく教えてくれた。

 

「あ、そうそう。さっきギルド受付の人から聞いたんだけど…。なんか最近、キノコの山ダンジョンからの冒険者帰還率が凄い低いんだって」

 

「どういうことだい?」

 

「なんか、新しい魔物が出るようになったみたい。キノコを採り過ぎたり、荒らし回ったりすると現れるとか…」

 

「ふーん…?」

 

変な魔物も出るもんだね。ま、どうせマタンゴ達と同じく足が遅いだろうし、逃げれば良いだけさ! レェッツ・ゴー♪

 

 

 

 

 

 

 

軍手をつけて、いざキノコ狩り。だけどキノコって何千何万も種類があり、毒持ちも多数。アタリもあればハズレもある。

 

なら食べて判断すればいい? それじゃあ『アタる(中毒になる)』じゃないか! ハッハッ!

 

 

冗談はさておき。ボクはキノコが好きだからね、専門家並みには種類を知ってるんだ。パーティーメンバー達も頼ってくれる。

 

例えばあそこに生えている赤い炎みたいなのは触っちゃいけない猛毒。あっちの卵から生えているような赤めのキノコは意外にも美味しいのさ。

 

他にも、変わったキノコっていっぱいあって…。お、丁度仲間達が質問しに来た。

 

 

「ね、この青いキノコってなに?」

 

「それはそのまま『青キノコ』さ! 栄養価が凄い高いんだ。それと薬草で回復薬を作れるよ」

 

 

「こっちのも青いから同じか?」

 

「そっちは使うと、シールドが5回復するよ。シールドポーションが無い時にもってこいだね!」

 

 

「ひっ…! な、なんかすっごい小さいマタンゴみたいなキノコがみっちり…! ムキムキなのとか王冠被ってるのとかいるんだけど…!」

 

「それはちょっと変わった『なめこ』。美味しいんだ。おさわりしてあげると変な声で鳴くね」

 

 

メンバー達の質問をそう捌きながら、ボクも採集をする。お、このキノコはわかりやすい。だって引き抜くと―。

 

ガタンッ

『特産キノコを入手しました』

 

…って、空中に文字が浮かび上がるんだ。

 

 

 

 

 

 

「…依頼のキノコは全部集まったみたい。結構早く済んだね。どうする?もう帰る? それとも…」

 

クエスト書を確認しながら、メンバーの1人が問いかけてくる。勿論、答えはNO!

 

「ここからは宝探しの時間だ! 召喚頼んでいいかい?」

 

「あいよ。そら、出て来い!」

 

ボクの頼みに頷き、別のメンバーが何かを召喚する。それは、ブタ。プギプギ言っている。

 

そう、今からやろうとしているのは『トリュフ探し』。見つかれば普通のトリュフでも良い稼ぎになるし、上手く行けば同量の金よりも高い『黄金トリュフ』もあるかも…!

 

他にも、『一度だけ復活できる緑キノコ』と『巨大化できる赤キノコ』っていうレアなキノコがあるんだけど、何故かそこらへんを走り回ってるから探そうにも魔物に発見されやすくなってしまう。箱にでも詰まってくれてれば楽なんだけど…。

 

だから、今日は後ろ髪を引かれる思いでトリュフ一点狙い。それでも宝くじみたいな賭けだけどね。

 

 

「プギーフゴフゴ」

 

「お、早速何か嗅ぎつけたみたいだぞ」

 

とことこと歩いていくブタを追い、進む。でも…その先には衝撃的な絵が広がっていた。

 

「「「「「なっ…!?」」」」」

 

ボクだけではなく、全員が唖然とする。だって、そこには…頭から突き刺さる形で胴体まで埋まった、他の冒険者パーティーがいたのだから。

 

 

 

 

 

「あー…こりゃ駄目だな…。全滅だ。今頃復活魔法陣で悔しがってるだろうよ」

 

「でもついさっきやられたみたいね。武器とか防具とか残ってるし。あれ、でもバッグだけ無い…?」

 

「あ、なんかここからキノコが転々と落ちていってる。引きずった跡もあるよ」

 

メンバー達が見つけてくれた情報を元に、そのキノコの後を追ってみる。すると…。

 

「わ…マタンゴ達じゃないか…」

 

奥にいたのは、幾体かのマタンゴ。先程埋められていた冒険者達のだろうけど、ぎっちりキノコが詰まったバッグからキノコを取り出し食べていた。

 

 

 

「あいつらがあの冒険者を倒したのかな」

 

「マタンゴってそんな強くなかったろ? 小さいスライムとかと同じぐらい楽な相手だ」

 

「じゃあ…さっきの冒険者達シャベルとか持ってたみたいだし、トリュフの取り分とかで喧嘩して仲間割れとか? あ、でもあんな埋め方する意味ないか…」

 

メンバーが推理してくれている中、ボクはちょっと眉を潜めていた。それは、冒険者達が持っていたであろうキノコ入りバッグについて。

 

 

マタンゴ達はスナックを食べるように取り出してはもぐついていたが、それは結構な確率で毒キノコ。しかも中には魔法薬の材料にすらならないものまで。

 

つまり、あのバッグの中には食べることも売ることもできないキノコがたっぷりだということ。恐らく、種類がわからないから手あたり次第に根こそぎ採ったんだろう。そういう人は結構いる。

 

ここで思い出すのは、ダンジョンに入る前のメンバーの言葉。『キノコを採り過ぎたり、荒らし回ったりすると、謎の魔物が襲ってくる』って。

 

もしかして、それに襲われたのかも…! でも、一体なんなんだろう…?

 

 

 

 

 

触らぬ神に祟りなし、触らぬ毒キノコに爛れなし。マタンゴ達の元からゆっくり去り、とりあえずトリュフ探しに戻ることに。そんな折だった。

 

「フゴ! フゴフゴ!!」

 

「おっ…!? ブタがいつもより強い反応をしてるぞ!」

 

場所を変えたのが功を奏した! もしかしてもしかして…! 先程の事はパッと忘れ、全員でシャベルとスコップを取り出し穴を掘る。そこには…!

 

「おぉお…! き、金だ…!」

 

「輝いてるよ…!」

 

「ね、ねえこれって…!」

 

「うん、間違いない…! 『黄金トリュフ』だ!」

 

見つけた…!見つけてしまった…! これを売れば大金が…!それでキノコを沢山買って…。

 

いやいやいやいや…このキノコ自体を、食べたい! だって、高嶺の花…高値の茸だから食べたこと無いんだもの! 

 

な、なら…もう一個見つけて売る用と食べる用に…! 近くにもっとないかな…!

 

メンバー達も同じ考えだったようで、誰とは無しに穴を掘り掘り。掘り掘り掘り掘り掘り…。

 

 

 

気づけば、その場はあっという間に大量の穴だらけに。だけど…残念ながら黄金トリュフは見つからない。

 

でも、諦めきれない。今度はあっちのほうに…!

 

トントン

 

「…? 足が叩かれた? わっ!」

 

自分の足元を見ると、そこには大きいスコップをもったマタンゴが一匹。それでボクのことを突いたみたいだ。

 

思わず剣を引き抜きかけるが、マタンゴは逃げない。それどころか、スコップを手渡そうとしてきた。

 

「え…?」

「なんだこいつ…」

 

困惑するメンバー達。と、内一人がポンと手を打った。

 

「あ、もしかして…穴を埋めろって言ってるんじゃない?」

 

あぁ、なるほど。確かに埋め戻すべきだよね。そう思いスコップを受け取ろうとしたら、メンバーの1人が吐き捨てた。

 

「急がなきゃ俺達の頭にもキノコ生えるんだぞ。穴埋めてる暇なんてあるか!そいつのことは無視しようぜ!」

 

しっしっとマタンゴを追い払おうとするメンバー。と、その時だった。

 

「んふふ…それが答えってことで良いんだねぇ…?」

 

 

 

 

木陰ならぬ茸陰からのっそりと現れたのは、朱色に斑点模様がついた巨大キノコの傘を被った魔物『マイコニド』。即座にボク達は武器を構える。

 

でも、そのマイコニドは穴だらけの地面の奥にいるから遠く、そもそもマタンゴと同じくゆっくりにしか動けないはず。だからか、穴埋めを拒否したメンバーはせせら笑った。

 

「あぁそうだぜ! やってられるかよ!」

 

「そう…。じゃあ、お願いねミミックちゃん…んふ」

 

そうマイコニドが笑った瞬間だった。

 

「はーい!」

ギュルッ

 

ボク達の背後からは違う魔物の声。そしてなんと…触手が巻き付いてきた!!?

 

 

「ぐええ…」

「く、くるしい…」

 

全身を縛られ悶えるメンバー達。僕が頑張って後ろを見ると…触手はさっきからそこにあった大きいキノコの下から生えてきている…

 

いや違う! キノコの下に、宝箱みたいなものが!そこからひょっこり顔をだしたのは…もしかしてあれ、上位ミミック!?

 

「ほーらほら! キノコを根こそぎ採ろうとしてなかったから見逃してあげてたけど、『穴を埋めます』って言わないとアンタたちの身体で穴を塞ぐわよぉ?」

 

上位ミミックはボク達をそう脅してくる。そうか、さっき頭から埋められていた冒険者達はそういうことだったんだ…! 謎の魔物の正体は、ミミックだった…!

 

というかその口ぶり、ボク達はずっと見張られていたんだ…! 辺りがキノコまみれだから、キノコに擬態されちゃったらわかるわけない…!

 

「「「「埋めますから! 許してください!」」」」

 

ボク達は口を揃えて命乞いをした。

 

 

 

 

 

ミミックとマイコニド、マタンゴに見張られながらせっせと穴埋め。だいぶ時間がかかっちゃった…。

 

「んふ…いいよぉ。もう帰っても」

 

マイコニドも納得してくれ、急ぎダンジョンを後にすることに。と、その時だった。

 

「クソォ…魔物のくせによ!」

 

従わされたのが気に食わないのか、穴埋め拒否したメンバーが去り際にミミックを殴りつけてしまった。すると―。

 

プシュ――――!

 

「うおっ…! 煙…!?」

 

キノコから勢いよく吐き出される何か。マズい、このキノコって確か…! 

 

「あーあー。せっかく逃がしてあげようとしてるのに。この私の箱についてるキノコ、『人を蝕む』胞子持ちのよ? 自業自得ねぇ」

 

ミミックはそう言い、やれやれと肩を竦める。やっぱり! 

 

「皆、離れ…! oh…マンマミーア…」

 

急ぎ指示を出そうとしたけど、遅かった。だって、仲間3人の目が…不自然にシイタケのような目に。

 

「キノコ…サイコウ…」

「イチバン…ハ…キノコ…」

「タケノコ…ホロブベシ…」

 

変なことを口走りながら、ドサドサと倒れていくメンバー達。頭からはキノコがにょきにょき。身体からもにょきにょきにょき。

 

もうここまで侵攻しちゃうと駄目…。助からない。多分ボクもすぐ…!

 

ポンッ!

 

 

 

 

「…あれ?」

「…あら?」

「…んふ?」

 

ボクだけじゃなく、ミミックもマイコニドも首を傾げる。 死んで…ない?でもなんか頭が重いような…。

 

「凄いことになったねぇ…んふふふ」

 

「手鏡持ってるけど見てみる?」

 

ミミックから鏡を渡され、自分を見てみる。すると―。

 

「あ、頭がでかキノコに…!?」

 

普通サイズの茸のようにポツンとじゃなく、頭全体が覆われる形で白地に大きい赤水玉のキノコが生えている…!! これじゃあボクもマイコニド…! ちょっと嬉しかったり…。

 

「どうしましょスポアさん。私、このパターン初めてみました!」

 

ケラケラ笑うミミック。よく見るとそのミミックも目がシイタケだし、頭から数本キノコ生えている。でも元気いっぱいだし、魔物には効果ないんだ。

 

…そんなこと考えている場合じゃないや! どうしようどうしよう…!

 

 

 

「んふ…ミミックちゃん、あれをあげて」

 

「あれ? あー! アレの事ですね! ごそごそっと…はいどーぞ!」

 

マイコニドに頼まれ、何かを取り出しボクに手渡してくれるミミック。それは…。

 

「ハテナマークのブロック…?」

 

正確には、片手に乗るぐらいの小さな箱。そこの横面に大きなハテナマークが書いてある。

 

「叩いてみて!」

 

促され、ポコンと。すると―。

 

♪デュデュデュデュ♪

 

変な音と共に、キノコが二つ出てきた。緑に白い水玉の…!

 

「これって…! 食べたら『死んでも一度だけ復活できる』というあの…!」

 

思わぬレアものに興奮してしまう。すると、マイコニドはクスクス笑った。

 

「んふ…やっぱり知ってた。君、いつもキノコを採りに来てるでしょ…?キノコ、好きなんだねぇ…。 それ、食べていいよ…。最悪死んだら、身体のキノコは絶対抜けるから…」

 

どうやら見逃してくれるということらしい。ほっ…キノコ大好きで良かったよ…。

 

 

 

「じゃあ私がダンジョンの入り口まで送ってあげる!」

 

と、ミミックがシイタケ目を輝かしながら手を挙げた。ボク仲間のバッグや装備を全部自分の箱に詰め、代わりに取り出したるはまたもやハテナマークの箱。

 

「よいしょ!」

ポコンッ

 

♪デュデュデュデュ♪

 

今度は赤くて白水玉のキノコが。ミミックはそれをパクリ。すると―。

 

♪ピロンピロンピロン⤴♪

 

ミミックは巨大化。彼女が入っていた箱もソファみたいなサイズに。あれもレアな巨大化バフキノコだ…!

 

「うーん、やっぱ社長だけ特異体質だったのね。普通に巨大化しちゃった。 さ、乗って乗って!この専用箱で上のキノコは制御してるから、叩かなければ胞子が勝手に出ることないわよ」

 

そう言われ、恐る恐るキノコ付き箱の上に腰かける。まるでキノコの傘が本物の傘のよう。

 

「しゅっぱーつ!」

 

ミミックはすいいっと動き出す。そういえばこの緑キノコや巨大化バフ赤キノコも、すいいっと地面を移動するらしい。両方ともどうなってるんだろうか。

 

 

 

あ、そうだ。ボクも貰ったこの緑キノコ食べなきゃ。これも食べたことないんだよね…!わくわく…!

 

パクッ

♪ピロリロリリ⤴♪

 

おぉ、赤キノコのと音が違う。 そして、超美味しい!

 

 



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顧客リスト№27 『ジャック・オ・ランタンのハロウィンダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

Trick(トリック) or(オア) Treat(トリート)

 

もはや知らない人はいないであろうこの台詞。『悪戯か、お菓子か』その二択を相手に迫る時に用いられる言葉である。

 

ただ、日常では全く使われない。使われるのは一年を通してただの一日のみ。

 

そう、ハロウィンである。

 

 

 

 

「今年もこの季節がやってきたわねー!」

 

手を幾つもの触手にわけ、同時に複数のボウルをカシャカシャ混ぜている社長は実に楽し気。彼女だけではなく、周囲にいる皆もとても愉快そう。まだお昼だというのに。

 

そんな室内にはとても甘い匂いが立ち込めている。美味しそうなクリーム、クッキー、ジャムにマカロン、ケーキにキャンディ、チョコレート…etc etc

 

たっくさんのお菓子の材料が混ぜられ、焼かれ、完成し、次々と包装されていく。ここはお菓子作りの工房の一つ。私達はそこでお手伝い中なのだ。

 

 

何のお菓子なのかって? 勿論『Treat』用のお菓子である。

 

 

 

 

…え? ハロウィンとは人間が魔物の仮装をし、他の人の家を訪ねてお菓子を貰うイベントだろう? 

 

確かにその通りである。でも、魔物だってハロウィンを楽しむ人は大勢いる。他の魔物、あるいは人間の仮装をし、トリック・オア・トリートするのが主流。

 

 

でも、私達が今お手伝いに来ているここは、そんな『普通』とちょっと違う。なにせ、依頼主達が…。

 

 

「カォボ!」

「まぜまぜカボカボ!」

「焼くカボ! チャッチャッチャッ!」

 

…頭に、顔が刻まれたカボチャを被った、白い霊体の魔物達。

 

彼らは皆さんご存知、『ジャック・オ・ランタン』なのだ。

 

 

 

 

 

色々とツッコミどころはあるだろうが、とりあえず一つずつご説明しよう。

 

まずここ。ここは彼らジャック・オ・ランタンが住むダンジョンなのである。シーズンオフの時、彼らは消えるわけではなく、自分自身のダンジョンで楽しく暮らしているのだ。

 

とはいっても、広大な畑や果樹園などが広がる農園のよう。とてもダンジョンとは思えない。

 

だからか、冒険者も侵入してくることは滅多にない。ただの作物泥棒になるだけだし。仮に入ってきても見回りをしているジャック・オ・ランタンや我が社のミミックが対処している。

 

…それと聞く話によると、少なくとも冒険者ギルドでは期間外のここへの侵入を固く禁じているって。ジャック・オ・ランタン達の機嫌を損ねないように、らしい。

 

 

 

さて、そんなダンジョンだが、シーズン時…今夜から、期間限定で門戸が解放される。そして、人間魔物問わず、自由に入れるようになるのだ。

 

理由は当然、ハロウィンだから。ここのダンジョンでは仮装してやってきた人々に、ジャック・オ・ランタン特製のお菓子をプレゼントするのである。

 

 

私達が今いる建物…というか、家ほどに超巨大なカボチャなのだが。それが道の各所に設置され、皆はそこを訪ねる。すると中からジャック・オ・ランタン達が現れ、トリック・オア・トリートのやりとりができるという仕組み。

 

条件はただ一つ、先程も述べた通り仮装をすること。コスプレ着ぐるみなんでもOK。ただしグロはNG。お菓子が美味しくなくなっちゃうからまあそれは当然。

 

 

ただ、来訪者がかなり沢山来るから、お菓子もいっぱい用意しておかなければ足りなくなってしまう。でも心配は要らない。材料はダンジョン内で育てているのだもの。そのための畑、そのための果樹園。

 

勿論お菓子の種類もその作物に寄る。パンプキンパイにマロングラッセ、ぶどうのタルト…。形もゴーストやミイラ、ジャック・オ・ランタンにミミック型などよりどりみどり。

 

 

そうそう、冒険者ギルドの取り決めの背景には、ここのお菓子を毎年楽しみにしている甘いもの好きの冒険者達が直談判したおかげとか。

 

まあつまり、それほどまでに美味しいのだ。食べ過ぎ注意。あと歯磨きは忘れずに。

 

 

 

 

食材は問題ない。なら次に出てくる問題は人手の問題。だがそれもご安心あれ。

 

ダンジョン一つを巻き込んだ一大イベントだけあって、私達以外にも協力する魔物は沢山いるのだ。私の隣ではエルフがクリームを絞り出しているし、離れたとこではバニーガールが生地を捏ねている。

 

扉の近くではケンタウロスが食材とお菓子の搬入搬出をしているし、外からは楽器を扱える魔物達が練習している音楽も聞こえる。

 

皆でハロウィンを楽しむため、一丸となっている。ハロウィンナイトは魔物達の夜だから。あと、お駄賃として美味しいお菓子を貰うためでもあるだろうけど。

 

 

 

 

中には私達が今までミミックを派遣してきたダンジョンの方々もいたり…。あ、噂をすれば。

 

「フー! 道中ノ飾リ付ケ、ダイタイ終ワッタゾ! コレハ『ダイタイコツ』! ナーンテナ!」

 

自らの太ももの骨をカンカン打ち鳴らしながら入ってきたのは、『カタコンベダンジョン』在住のスケルトン『ボン』さん。重厚鎧がデフォルトの彼だが、今は服装が違う。

 

上だけの鎧にはカボチャペイント、太もものところには骨に代わり顔つきミニカボチャが幾つか連なっている。仮装の準備にはまだ早いのでは?

 

あ、でもさっき…うちの箱工房のドワーフの面々は仮装してたっけ…。リーダーのラティッカさんはフランケンシュタインの恰好をしていたし。わざわざ電気バチバチいうネジ型ハンマーも作ってた。

 

 

 

まあそれはさておき、ボンさんのようなスケルトンは元が人間ということもあって、飾り付けの具合やらお菓子の味やら色々頼られている。ほら、今も―。

 

 

「ちょうどよかったかぼ! これ、今出来立ての新作なんだかぼけど、味見してもらえるかぼ?」

 

「ドレドレ…オ! 良イ酸ッパサダ! 骨身ニ程ヨク染ミル! 身ハ無イケド!」

 

全身骨のスケルトンには内臓も無い。この間訪問した際はお酒をそのまま地面に零していた人がいたから食べ物も…かとおもっていたのだけど、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 

彼らが食べたものはどっかに消える様子。それが消化なのかはわからないみたいだけど。ただし飲み物だけ、気を極度に抜くと零れ出る様子。 まあ確かに、あの時は皆さんべろんべろんだったから…。

 

 

コホン…ちょっと汚かったお話は置いといて、今ボンさんにお菓子を持っていったジャック・オ・ランタン。彼がここのまとめ役をしている『プキン』さんである。

 

他のジャック・オ・ランタン達に比べ、一際形が綺麗で鮮やかなオレンジをしたカボチャを被り、更に緑のとんがり帽子を被っている。

 

「社長とアストさんもどうぞかぼ!」

 

お言葉に甘え、一つパクリ。おー!酸っぱい…! でも、甘みもあって後引く美味しさ…!何個でもいけちゃう!

 

 

 

「オ、ソウダ! 社長達ニ、アノ一発芸見テモラウカ?」

 

「良いかぼね!」

 

目配せし合うボンさんプキンさん。いやまあ、2人共目が無いから多分なんだけど。すると―。

 

「トウッ!」

スポンッ!

 

えっ…! ボンさんの頭蓋骨が上へ射出された…!? 一体何を…!?

 

「合体かぼ!」

 

と、その隙を逃さずプキンさんが動く。首だけになったボンさんの上にガシンとドッキング。そしてくるくると落ちてきた自分の頭をキャッチし、ボンさんシャキンと決めポーズ。

 

「「完成! パンプキンならぬ『ボンプキン』!!」」

 

 

「「…ふふっ…!」」

 

しまった…私も社長も笑ってしまった…! なんか悔しい…

 

 

 

 

 

 

 

お菓子作りのお手伝いも一段落。他の人達と交代し、私達は別の場所に。その道中、私の腕の中で社長はずっと浮かれていた。

 

「なに着ようっかな~! 今年は何回脅かせるかな~!」

 

そうだ、言い忘れていた。やってきた人たちにお菓子をあげるだけじゃなく、一旦トリックを選んで悪戯してもらったり、こっちから悪戯をしかけてもいい。それがここのルールである。

 

そのため先程ボンさんがしていたように、お菓子配布側も仮装は基本。ジャック・オ・ランタン達もカボチャの代わりにカブやスイカ、キャベツを被る子達もいる。

 

そして当然、私達も。今はその衣装が取り揃えてある建物(カボチャ)へと向かっているのだ。

 

 

 

「アスト、何が良いと思う? やっぱりオーソドックスなカボチャ入りは欠かせないわよね!」

 

…別に社長はスープの話をしているのではない。ジャック・オ・ランタンみたいに、中をくりぬいたカボチャを使おうとしているのだ。ただし、『頭に被る』のではなくて『中に入る』のだけど。ミミックだから。

 

でも、なんでこんなにテンションが高いのか? それには理由がある。

 

『仮装』とはなにか。それは、『何かを真似、扮する』こと。そして、場合によっては『誰かを脅かす』こと。

 

お気づきだろうか。それは即ち、ミミックの生態とピッタリ一致しているのである。

 

 

だから、社長に限らずミミック達は全員ノリノリ。ほら今も、横を顔つきカボチャが駆け抜けていった。あれもミミック。 ん? あれは…?

 

目の前のカボチャ建物から、ジャック・オ・ランタンの1人がふよふよと出てくる。しかし、その頭頂部からはひょっこり上位ミミックの顔が。

 

「…何してるんですか?」

 

「あ、アストちゃん!社長! 見て見て、ジャック・オ・ランタンと合体してみたの! さっきボンさんのお話聞いてね、アタシ達も真似てみちゃった!」

 

いや、発想は素晴らしいのだけど…下のジャック・オ・ランタンは重くないのだろうか?

 

「全く重くないカボ! 肩車してる感じカボ!」

 

…らしい。まあ確かに、中身をくりぬいているとはいえ重いカボチャを頭に乗せているのだ。力はあるのだろう。

 

と、社長が私の顔をチラリ。

 

「…アスト、私達もあれやらない?」

 

「…前向きに考えときますね」

 

 

 

 

「「お邪魔しまーす」」

 

ということで私達も仮装を選びにカボチャの中に。既に色んな魔物がわいわい言いながら仮装を選び着替えている。

 

と、そんな私達の目の前に―。

 

「2人共、いらっしゃーい!」

 

天井からぬうっと降りてきたのは、上半身女性、下半身蜘蛛の魔物、アラクネ。社長はそんな彼女に、持ってきていたクッキーを差し出した。

 

「スピデルさん、お菓子の差し入れも持ってきましたよー!」

 

「わー! やったー!」

 

嬉しそうに受け取り、ぶら下がったまま食べ始めた彼女は『スピデル』さん。これまた私達が以前よりミミックを派遣しているダンジョンの方である。

 

 

『ア巣レチックダンジョン』と呼ばれる場所に棲む彼女達だが、実はダンジョンを隠れ蓑?に裏で服作りをしている。

 

そして仮装と言えば様々な服。社長がお誘いをかけたら二つ返事で乗ってきてくださった。魔物達にも自分達のブランドを知らしめる良い機会だって。

 

そして今はこうして、仮装用の服の準備や裾詰めを行ってくれているというわけである。しかもデザインセンスもあるからか、フェイスペイントとかも担当してくださっている。凄い。

 

 

あと、余談だが…もう一つ、アラクネ達が活躍しているところがある。それは飾り付け。

 

ハロウィン的雰囲気づくりにカボチャのランタンや黒い影なペイントは欠かせないが、そこになくてはならない名脇役はご存知だろうか? そう、蜘蛛の巣である。

 

やっぱあれがあるとないとでは雰囲気の引き締まり方が断然違う。あちらにもこちらにもアラクネ達は引っ張りだこ。でも糸は引っ張られても切れないけど。

 

 

「さー、どれにしよ! とりあえずこれとこれ!」

 

手近に並べてあった服と道具を選び、いそいそと更衣室の中へと飛び込んでいく社長。動きが素早い。その様子に笑ってしまいながらも、ふと私は辺りを見やる。

 

スライムにゴブリン、エルフドワーフハーピー獣人…様々な種族が、色んな仮装をしている様は中々に面白い。

 

例えばあそこのスライムは身体をオレンジに染めているし、モフモフの獣人はピシッとしたスーツを着ている。エルフはサキュバスのようなボンテージ衣装に身を包んでいる…やっぱりエルフって露出高い衣装が好きな気がする。

 

あそこのハーピーは…あれ、サンバの衣装では…? あっちのドワーフは赤い衣装に白い髭でサンタクロースみたいな恰好しているし、なんでもありか。

 

 

勿論我が社のミミック達も仮装中。作り物の頭蓋骨の中に入っていたり、宝箱の上におおきな蝋燭を乗せていたり、布を被ってゴーストになってみたり。中には、パンプキンと書かれた木箱の中に入っているミミックも。出荷かな?

 

おや、あそこのミミックは何も仮装を…あっ、違う。あれゴブリンが入ってる!

 

 

 

 

 

「アスト―! 早く来なさいよー!」

 

「はーい!」

 

社長に急かされ、私も同じ更衣室に。とりあえずスピデルさんに幾つか見繕って貰ったけど…。

 

「アストは何選んできたの? お、中々に攻めたの持ってきたわねー!」

 

「え? わっ!」

 

幾つもある服の一つには女性冒険者が良く着ている赤ビキニアーマーが。いやいやこれは…。

 

「良いじゃない! 貴方、スタイル良いんだから絶対似合うわよ?」

 

そう言われると悪い気はしないが、最初からこれを試すのはちょっと…。とりあえず別のを…ん?これって…。

 

眉を潜めていると、社長がびしりと言い当ててきた。

 

「ナース服ね」

 

…じゃあこれは…

「ミニスカポリスね」

 

……こっちは…

「ヒョウ柄全身タイツね」

 

………別の貰ってこよっと。

 

 

 

 

とりあえず魔女のローブと膝までスカート、とんがり帽子を新しく選び、着替えてみる。うん、やっぱりこれぐらいで良い気がする。先程までのはとりあえず保留としておこう。

 

と、その横で社長が頬を膨らましていた。

 

「駄目よアスト。せっかくの機会なんだから、もっと派手なの着なきゃ! ほら、せめてこのドロワーズでも履きなさいな!」

 

どこから持ってきたのだろうか、オレンジ色のおっきめドロワを手渡してくる社長。まあ、これぐらいなら…って。

 

「これお尻のとこにジャック・オ・ランタンの顔書いてあるじゃないですか!」

 

「良いじゃない、どうせ見えないんだから。見えてもチラリズムよチラリズム。それに、私とお揃いよ?」

 

「へ?」

 

首を傾げ社長の方を見ると、彼女が履いている…もとい入っているのはカボチャ。お揃い…?

 

「これが本当の、カボチャパンツってね!」

 

フンスと胸をはる社長。あ、さては…!

 

「それが言いたいがためにドロワ差し出してきたんですね…!」

 

「てへっ!」

 

 

 

 

とりあえず仮装は完了。結局私は先程の黒魔女装束(+中にカボチャドロワーズ)で、社長はピンクとかオレンジな派手のフリフリ魔女姿&カボチャin。

 

因みに先程のコスプレ衣装は総じて社長のカボチャの中に入っている。いつでも着替えられるように。まあ…気分が乗れば吝かではないけども…。

 

社長も何か自分用の衣装を隠しているらしい。一体なんだろうか。

 

 

そろそろ日も暮れてきた。お、丁度プキンさん達ジャック・オ・ランタンが空中をふわふわと。

 

「ハロウィンナイト、開祭だかぼー! 皆、楽しくいくかぼ! あ、でも節度は持つかぼよ?」

 

プキンさんのその言葉を合図とするように、辺りのランタンには一斉に灯る。さあ、目いっぱい楽しむとしよう!

 

 

 



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人間側 とある姉弟の仮装

 

 

「「トリック・オア・トリート!」」

 

「ひゃー! 驚いたカボ! このマシュマロをあげるカボ!」

 

カボチャの家の一つを訪ねて、ジャック・オ・ランタンから綺麗に包装されたお菓子を貰う。わぁ!ゴーストみたいな顔が書いてある!可愛い! 

 

やっぱり食べるのちょっと勿体ない…あっ!弟が一口で食べちゃった!もー! 

 

 

 

 

私はとある村に住む女の子。今日は家族…お父さんとお母さん、それと弟と一緒にとあるダンジョンに来ているの。

 

え? ううん、別に冒険者とかじゃない。お母さん達は普通のお仕事だし、私も弟はそもそもまだ子供だし。あ、でも…子供なのに冒険者をしている強い子達もいるにはいるんだっけ?

 

まあ、それはおいといて…。多分、普通の子がなんでダンジョンにいるのかが気になっているんでしょ?

 

だいじょーぶ! ここのダンジョンは魔物出ないから! …ううん、魔物はたっくさんいる。それこそ、普通のダンジョンよりもいっぱい。 その普通のダンジョンを知らないんだけどね!

 

正しく言うなら、『襲ってくる狂暴な魔物』は一匹たりともいないってこと。だってここ、『ハロウィンダンジョン』なんだもの。

 

 

 

 

とある日の夜から期間限定で解放されるここ、ハロウィンダンジョン。冒険者ギルドが『安全』とお墨付きを出すぐらい安全。

 

入口の門代わりになっている、すっごい大きいかぼちゃランタンをくぐればあら不思議。中はほんのちょっと恐ろしくも、月明かりに負けないほどの温かく明るいカボチャな街並み。

 

おどろおどろしく、でも心躍る音楽をBGMに辺りを散策するだけでも楽しい。だって、周りには私達と同じように仮装した人達。そして仮装した魔物達があちらにもこちらにもいるんだから!

 

 

 

このダンジョンに入る条件は、仮装をすること。簡単なのでも、凝ったものでもいい。私は羽根と尻尾、角をつけた悪魔の恰好をしている。フォークみたいな槍も持っているの。

 

弟は白く大きいポンチョを着て、頭に手作りの紙製カボチャを被ってジャック・オ・ランタン。私もカボチャづくりを手伝ったんだけど、うまくできたと思ってる! 皆褒めてくれたし。

 

因みにお母さん達は紫とかのお化粧をして、ゾンビみたいな恰好している…んだけど、今は近くにいない。大人向けの苦めお菓子を食べに行ったり、知り合いに会いに行っているみたい。

 

 

子供だけでも心配いらない、ギルドが安全って言ってるんだもの。それに、周りにいる仮装している人達の中には冒険者が結構いるみたい。

 

普段来ているっぽい鎧をペイントしたり飾り付けたり、ちょっとセクシーな鎧を着たりしている人もいる。んー、本当の冒険者かわかんないかもだけど、魔物達も優しいから問題なし!

 

もし悪さする人がいても、ジャック・オ・ランタン達が大きいカボチャに詰めて追い出すみたいだから。

 

 

 

それにしても…本当、魔物が多い。仮装しているから、私達まで魔物になった気分になっちゃう。あと、魔物が別の魔物の仮装しているのも結構いるみたい。

 

ヴァンパイアの恰好をしているエルフがいれば、背中に羽をつけてドラゴンのワームの仮装をしているラミアがいる。

 

あっちのケンタウロスも羽をつけてるけど…口に嘴をつけてる。なんだろ。

 

「あれ、ヒポグリフだよ! 前に図鑑で見たもん!」

 

弟が自信満々に教えてくれた。へえー、そんな魔物もいるんだ。

 

 

ん? あっちにいるアラクネは赤い仮面をつけてる。そしてポーズを決めてる。

 

「正義の使者、スパイダーウーマン!」

 

って言ってる。

 

 

 

 

 

 

実は今日、私達にはあることが許されている。それは、『好きなだけお菓子を貰って食べていい』ということ。

 

いつも『ご飯前だから止めなさい』とか『食べ過ぎ』とか言われて没収されちゃって、お腹いっぱい食べられないお菓子を、今夜に限って好きなだけ食べていいの!

 

もう、夢みたい! お母さん達と一緒にいる時間も惜しく、待ち合わせ時間と場所だけ決めて走ってきちゃった。

 

 

早速貰ったマシュマロも美味しかったし、次はどこにトリック・オア・トリートしにいこうかなー。まだまだ、無限に食べられるし!

 

「おねーちゃん、あそこは?」

 

と、弟がとあるカボチャの家を指さす。そこには結構な列が出来ていた。あれ? よく見るとそこ、口みたいなのがあって、ペロンと舌みたいなのを出してる。

 

 

気になったから、並んでみることに。前に並んでいたお姉さんに、ちょっと質問。

 

「ここは何が貰えるんですかー?」

 

「あら、可愛い仮装ね~! どうやらね、宝箱型のクッキーシュークリームが貰えるみたい」

 

宝箱の形のクッキーシュー…! なにそれ面白そ!

 

 

 

 

ワクワクしながら順番を待ち、ついに私達の番。迎えてくれたのは、魔女の仮装をした美人のお姉さん。

 

でもよく見ると、そのお姉さんには角や羽、尻尾が。私が今つけているものよりもずっと立派で、カッコいい。多分あれ、直で生えている。

 

本物の悪魔のお姉さんだ…。思わず見とれてしまう私を余所に、弟は元気に合言葉を口にした。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

「わぁ! カッコいいジャック・オ・ランタン! そっちのお姉ちゃんは、素敵な悪魔だね!」

 

悪魔のお姉さんはにっこり笑い、褒めてくれる。そしてお菓子を渡してくれ―

 

「あ、あれ? さっきので丁度品切れしちゃったんだった…」

 

手をすからせ、照れくさそうに頬を掻く悪魔のお姉さん。まさか、もう無いの…!? 

 

 

「すみませーん、社長ー! 追加お願いしまーす!」

 

と、お姉さんは家の奥に呼びかける。すると…

 

「はーい、ちょっと待っててねー」

 

そんな返答が。やった、まだあるみたい。するとお姉さん、私達の目の高さまでしゃがんでウインクしてきた。

 

「お菓子が無いから…ね?」

 

どうやらトリック…悪戯をしてもいいってことみたい。でも、こんな綺麗なお姉さんに悪戯するのは気が引けちゃう。

 

だから、弟に任せることにした。こいつ、悪戯っ子だし。

 

 

「え、えーと…えーと…」

 

と、思ったら弟も迷ってる様子。突然悪戯して良いって言われて困っちゃった感じ。いつも怒られるのに。

 

「じゃあ私から悪戯させてね。私に悪戯しないと、お菓子あげなーい」

 

見かねたおねーさんが手を差し伸べてくれた。お許しが出たからこれで安心…かと思いきや、弟はまだ唸ってる。どうやら何の悪戯をしようか必死に頭を巡らせているみたい。

 

 

「アスト、追加もってきたわよー!」

 

そうこうしているうちに、奥から誰かが。カラフルな魔女の仮装をした、弟並みに小さい子…えっ!かぼちゃに乗って移動してるんだけど!?

 

「ありがとうございます、社長」

 

それを受け取るため、軽く立ち上がりくるりと後ろを向く悪魔のお姉さん。それと同時に、弟の目がキラリと光った…気がした。

 

その時、私はすっかり忘れていた。弟の悪戯レパートリーの一つ、それは…。

 

「えーい!」

バサッ!

 

スカート捲りだということを。

 

 

 

「きゃあっ!!?」

 

甲高い声をあげる悪魔のお姉さん。…そして、私達も、後ろに並んでいる人達も見てしまった。お姉さんの黒めなスカートの下には…。

 

「「かぼちゃパンツだ…!」」

 

お尻にジャック・オ・ランタンの顔が描かれたオレンジドロワーズが…!

 

 

 

顔を赤らめ、慌ててスカートを押さえる悪魔のお姉さんに代わり、カボチャに乗った女の子が私達の前に。クッキーシューを渡してくれた。

 

「履いててよかったでしょーアスト」

 

悪魔のお姉さんをケラケラと笑う女の子。呆然としていると、私達の後ろに並んでいたカップルがこそこそと話していた。

 

「あの小さい子って…もしかしてミミックなの…?」

「あぁ、しかも上位のだ…! しかし、良いモン見れたなぁ…! 痛てて!耳引っ張らないでくれ!」

 

ミミックって、宝箱に入っている魔物じゃないの? あ、でもクッキーシュー宝箱型だし…。

 

はっ! そんなこと思ってる場合じゃない! 弟を謝らせなきゃ…! と、ミミックの女の子が人差し指を口に当ててきた。

 

「しー。気にしなくていいのよ、お菓子が無かったんだから! 誘ったのアストだしね。ねー?」

 

「うぅ…そうですけどぉ…!」

 

「地味なの着てるから悪戯が過激にされるのよ。もっと派手なの着なさいな。そろそろ交代の時間だし、私に任せて着替えてきていいわよ」

 

「うー…! わかりましたよ、はっちゃけてやりますよ!」

 

多分何着てても、スカートだったら弟は捲ってたと思うけど…。吹っ切れた様子の悪魔のお姉さんに、私はそのことを言えなかった。

 

 

 

 

 

「「美味しーい!」」

 

クッキー生地の皮で象られた宝箱の蓋には、白い砂糖だけじゃなくジャムを固めたのがちょこんと乗っていて赤い宝石のよう。そして半開きの中身には甘いクリームがたっぷり。しかも金箔までかかっていて財宝みたい。

 

まさに絶品。あっという間に食べちゃった。でも…まだまだ物足りない!

 

「おねーちゃん、もっとお菓子貰いに行こ!」

 

「うん!」

 

 

それから色んな家を周り、沢山お菓子をゲット。弟が頭に被っていたカボチャの帽子をお菓子入れにするほど。因みに悪戯も何回かされ、ほっぺたに幾つか絵を描かれた。

 

正直全部食べたいけれど、ちょっと我慢。 お母さん達にお裾分けしよ!

 

 

 

 

 

 

「「お母さん、お父さん! トリート・オア・トリート!」」

 

待ち合わせ場所であるカボチャの机へと。弟と二人で考えた言葉を、座っていたお母さん達の背にぶつける。

 

2人共揃って振り向いてくれたけど…そこにはもう一人、別の人が。

 

「オ。トリート、欲シイノカ?」

 

ちょっと変わった声なのは、スケルトンの仮装をした…ひっ!?!? 仮装じゃない…!!本物の骨…!本物のスケルトンだ…!

 

思わず後ずさりする私。弟に至ってはそんな私の背に隠れちゃった。するとそのスケルトンはカタカタと笑った。

 

「マア、ソリャア怖イヨナ!ホレ、オ菓子アゲルゾ」

 

頭蓋骨をパカッとあけ、中から個装されたクッキーを取り出すスケルトン。しっかり骨の形している。

 

それでもなお不信感を浮かべている私達に、お母さん達は笑いながら教えてくれた。

 

「この人は『ボン』さんよ。 前話したことあるでしょう?スケルトンになった親戚の話」

 

 

確かに、そんな人がいるって聞いたことがある…。でもその人が、コレ…!? よく見ると、カボチャのペイントとかで仮装しているけど…。

 

「普通にダンジョンに会いに行くのはちょっと怖いけど、こういう人魔合同のイベントの時は気兼ねなく会えるから嬉しいな」

 

お父さんもニッコニコ。悪い人じゃ…ないのかな…?

 

 

 

最初はちょっと怖かった骨の顔も、少し経ってしまえば案外見慣れてしまうもの。気づけば家族揃って、スケルトンのボンさんと一緒にお菓子を楽しんでいた。

 

と、そんな折だった。

 

 

「あ、ボンさーん! プキンさんが探してましたよ?」

 

どこかで聞いたことのある声に、振り向く。すると、そこにいたのは…。

 

「あ」

「あ」

 

声があっちゃった。だって、さっきの悪魔のお姉さんだったんだもん。

 

 

でも、先程の魔女衣装じゃなく、ピンクのナース服。ちょっとだけ描かれた血っぽい模様が、悪魔の羽や尻尾と合わさって意外とお洒落に見えちゃう。

 

そして、抱えているのは大きい救急箱…? 一体なんだろ…?

 

パカッ!

 

「がおー! お前も包帯巻きにしてやろうかー!」

 

 

「「ひゃあっ!?」」

 

突然蓋を開け出てきたのは、包帯でぐるぐる巻きの女の子。驚いちゃった…! あれ、この子…。

 

「オー、社長! 『マミー』ノコスプレカ?」

 

ボンさんが呼んだ通り、やっぱりあの時のミミックの女の子。その子はふふーんと笑った。

 

「マミーというより、包帯ぐるぐる女みたいな感じですけどね! アストに合わせたんです!」

 

 

他にもありますよ!といってパタンと蓋を閉じ箱の中に籠る社長さん。僅かな間ごそごそと揺れ…。

 

パカッ

「ポリス衣装に合わせて囚人服!」

 

再び現れた際には、黒と白の横縞服を着ていた。どうやって着替えたんだろ。そう驚いていると、またも箱の中にパタン、そしてパカリ。

 

「こっちは豹柄タイツの時用の、鹿角コス!」

 

瞬く間の早着替え。草食動物の様な角とタイツを着てる。更に更にとパタン、パカリ。

 

「じゃーん! スーツ姿!」

 

今度はシックなジャケット。小さいのに、見事に着こなしてる。バリバリ仕事できそう。

 

あれ?悪魔のお姉さん、なんか悶えてる。「全部可愛い…」って呟いてもいるんだけど。

 

 

 

「さ、まだまだハロウィンナイトは終わらないわよー! レッツゴーアスト!」

 

私達に手を振り、どこかへと去っていくミミックの社長さんと悪魔のお姉さんのコンビ。

 

あれ? ミミックの社長さん、箱からカボチャを取り出して…お姉さんの頭に被せた!? パンプキンヘッドナースだ…。

 

 



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顧客リスト№28 『シルフィードの風の谷ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「どっどど どどうど どどうど どどう…」

 

「何言ってるんですか社長?」

 

「いや、なんかそんな感じじゃない?ここ」

 

「風の音ってことですよね? まあ確かに」

 

そう頷き、周囲の音に耳を傾けてみる。このダンジョンに来てから途切れることなく吹き続けている風を、言葉に表せばそんな感じなのだろうか。

 

さわさわ、びゅうびゅう。そんな風音とは一線を画す、まさしくどどう…いや、怒涛の勢いの烈風。青いクルミや酸っぱいカリンはおろか、大きめの石ころ程度なら容易く吹き飛んでしまいそう。

 

何故そんな場所に来ているのか。何を隠そう、ここが本日の依頼先。風の精霊である『シルフィード』達が棲む、『風の谷ダンジョン』なのだ。

 

 

 

風の谷と呼称されるように、ここは大きな峡谷となっている。遥か昔は平坦な大地だったらしいのだけど、今は風の力によってゴリっと削られている様子。風の力恐るべし。

 

そんな谷底を、私達は進む。吹き付ける風が強いため、歩くことはおろか目を開けることすらままならない。ということで私の周りに球状のバリア魔法を張っていたりする。

 

風がゴウゴウと唸りをあげ、巻き上げられた細かな砂や小石が時折表面を叩くが、それ以外は快適快適。社長に至っては「らん らんらら らんらんらん♪」と鼻歌まで歌っている。

 

と、そんな折だった。

 

 

「ヒューン ヒューン♪」

 

どこからともなく、風の音とはまた違った音が。透き通った音のそれは…歌声? そう思っていると、音はどんどん大きくなり―。

 

「ヒュルルルルーン♪」

ベチッ!

 

「痛っあい!」

 

…バリアの真上に直撃してきた。顔面から。

 

 

 

 

「ふぇぇぇぇ…鼻痛いよぉ…」

 

赤くなった鼻を押さえながら、涙目気味の少女。緑色の髪、緑の瞳、緑の…ビキニ?いや、風が渦巻いたもの?な姿をしている。

 

その髪と、腕と足に巻き付いた風の(おび)みたいなものは、私のバリアの中だというのに、そよそよとたなびいている。

 

彼女こそ依頼主で、このダンジョンに棲むシルフィードの『シーフィー』さんである。

 

 

 

「社長の宝箱の中に飛び込んでやろうと思ってたのに失敗しちゃったぁ…!」

 

照れくさそうにふわふわと浮かび、てへへと舌をぺろりと出すシーフィーさん。

 

「ごめんなさい…! ちょっと風が強かったのでバリアを…。お鼻大丈夫ですか?」

 

私は謝りがてら、そう聞いてみる。すると―。

 

「気にしないで! 痛いの痛いの…どっかに飛んでいけぇ!」

 

シーフィーさんは鼻を数回撫で、その手を風に差し出す。いやいや、風に乗って飛んでいくわけが…。

 

「ほら治った!」

 

…鼻の赤み消えてるし。

 

 

 

 

「こっちこそごめんなさーい! 対冒険者用に風を強くしてるんだー!」

 

社長に誘われ、宝箱の中にスポンと入ったシーフィーさん。風の精霊だからか、全く重さを感じない。シーフィーさんの緑と社長のピンクで箱の中が少しカラフル。

 

「私達にご依頼してくださったってことは、やっぱり冒険者対策ってことですよね?」

 

肩を寄せあいながら、社長はそう問う。シーフィーさんはこくりと頷いた。

 

「そ! だけどここで話すのもなんだし…奥に行こ! アストさん、飛べるー?」

 

 

「え、はい。ですけど…」

 

バリアの外をちらりと見やると、未だ途切れること無き風の応酬。こんな場所で羽を広げたら、自分も知らないどこかへ飛ばされるのは間違いない。

 

このバリアを張りながら飛べばいいだけだが、それは結構体力と魔力を使うのだ。まあでも、依頼だ。やるしか…。

 

「あ、バリア解除しちゃって大丈夫!」

 

「へ?」

 

そんなことをしたら飛べなくなるんだけど…。でもとりあえず、言われた通りにバリアを消す。瞬間、勢いよく風が私達の身体を打ってきた。

 

「やっぱり…!バリア無しじゃ飛べないですよ!」

 

社長の箱に顔を隠すようにしながら、そう訴える。無理無理、こんな強風の中じゃ飛べない。と―。

 

「? 何してるんですかシーフィーさん?」

 

社長の声が。私も恐る恐る覗いてみると、社長の隣で両手を真上に上げ、風に身を委ねているようなシーフィーさんの姿が。

 

「えーい!」

 

ブワッ!

 

シーフィーさんの掛け声一つ。直後、風向きが変わった。先程までの私達へあらゆる方向から叩きつけてくる乱流とは違い、これは…背中を押してくる!?

 

「アストさん、飛んでー!」

 

「あ、はい!」

 

急ぎ羽を広げ、飛び上がる。おぉ…!ほとんど羽を動かさなくても、浮き上がる! 流石シルフィード、風向きを自由に変えられるとは!

 

 

 

 

 

風が歌う中を、ふわりふわり。シーフィーさんが風の道を作ってくれているおかげで、危なげなく飛べている。

 

見ると、色んなとこに他のシルフィード達も。揺蕩うような彼女達は、楽しそうに語らい遊んでいる。中には竜巻をベッド代わりに寝ている子も。

 

また、他の風の精霊らしき違う姿の子達もいる。精霊は結構種類がいるため、姿も千差万別。あそこにいる下半身がマントで包まれた謎生物も風の精霊…。…!?マントが風でたなびいて、中の身体に褌が…!?「ギップリャ」というのは鳴き声なのだろうか…?

 

 

「そういえば、シーフィーさんはどこで我が社の事を?」

 

ふと思いついたのか、にやにやしながら社長がそう聞いてみる。すると、シーフィーさんもにやり。

 

「勿論、『風の便り』!」

 

うーん、想像通りのギャグが返ってきた。わかってらっしゃる。

 

 

 

 

 

 

「ところで…こんなに風が強いのに、冒険者が侵入してくるんですか?」

 

少し間を置き、私は依頼の事情を伺う。シーフィーさんはコクコクと頷いた。

 

「そーなの! 普通の冒険者ならアタシたちがえいやってやれば吹き飛んでいっちゃうんだけど、最近身体に重しをつけた人が多くて…」

 

なるほど、風に抵抗するには良い策である。暑い太陽でもあれば脱がせられるかもしれないが、残念ながらそれは無理なこと。

 

「だから、ミミック達でばくーっ!ってやって欲しいんだ! ミミック達なら、固い鎧も盾もバリアも、壊せちゃうんでしょ?」

 

「えぇ! 壊すも奪うも呑み込むも思いのままですよ!」

 

シーフィーさんの言葉に、えっへんと胸を張る社長。と、社長はそのまま首を傾げた。

 

「そういえば…何が狙われてるんでしたっけ?」

 

冒険者が入ってくるということは、狙われる何かがあるということ。シーフィーさんは進行方向の先を指さした。

 

「もうちょっと行った奥にあるんだー! アストさん、ゴーゴー!」

 

 

 

 

 

 

 

「ここ!」

 

シーフィーさんに案内され、辿り着いたは再び谷の底。ただし、ダンジョン最奥らしき奥地。

 

当然の如く吹き荒れている風を弄ってもらいながら、スタリと着地。すると、そこには…!

 

「わぁ…!」

 

谷の側面、底面の至る所に緑に輝く鉱物が。エメラルド…いや、違う。

 

透けているその鉱物の内部には、風が渦巻いている。間違いないこれは―。

 

「『ウインドジュエル』ですね…!」

 

 

 

この世には『魔法石』と呼ばれる、特別な力を宿した宝石がある。その中の一つ、『ウインドジュエル』は名の通り風の力を宿しているのだ。

 

魔法を使う者にとっては、なくてはならない存在。魔力を籠めれば風を巻き起こすそれは、たとえ魔法の腕が未熟でも、結構強い風魔法を撃ち出せるため重宝されている。

 

よく見る使われ方は、魔法の杖や魔導書の表紙に嵌めこまれているパターンか。中にはネックレスや指輪に加工されているものも。そちらはお洒落と強さを両立したい人向け。

 

私も勿論持っている。イヤリングの。ちょっとお洒落したいときにつけてる。

 

 

 

…ただ、驚くべきはそこではない。そんな風に加工されているウインドジュエルは、精々大きさが数cm程度。その理由は石だから重めという理由もあるけど、最大の理由は『意外と貴重品』だからなのだ。

 

このウインドジュエルは風が常に逆巻き、かつ魔力が潤沢な地に生成される代物。そんな場所は滅多にない。あったとしても、このダンジョンのように過酷な地。

 

故に、一欠けらだけでもまあまあ良いお値段。魔法石をギラギラさせている人は、宝石を同じ数持っているのと同じだと言ってもいいかもしれない。

 

 

ここにはそんなウインドジュエルが大量にあるだけではない。中には私の身長を優に凌ぐほどに巨大結晶化しているものまである。

 

流石は風の精霊が棲まう地である。冒険者がこぞって入ってくるのもうなずける。と、シーフィーさんが溜息をついた。

 

「多少もってく程度だったら構わないんだけどー。中には塊全部持って行こうと爆破してくる冒険者がいるんだぁ…」

 

あぁ…ところどころにある爆破痕ってそういうこと…。確かにあんな巨大なのを岩肌から剥がすのはそう簡単にはいかないだろう。

 

それに、魔法石は基本的にある程度小さい物が重宝される。武器、装飾品、腰とかにぶら下げる宝珠(オーブ)

 

一部の貴族や名門魔術師とかなら自慢目当てで石像サイズでも買うかもしれないが、まあ砕いた方が売れやすい。一石二鳥ではあるかもしれない。

 

「ふんふん…では、冒険者が採り過ぎたり破壊行為を始め掛けたら取り締まる形でどうでしょ?」

 

「あ、それ良い! 社長さっすがー!」

 

箱の中で社長をぎゅうっと抱きしめるシーフィーさん。2人共もちもちしてる…。

 

 

 

 

「そだ!社長、ウインドジュエル試してみない? 面白いよー!」

 

と、シーフィーさんは箱からスポッと出て、近くのウインドジュエルの塊に。その一か所をパキッと折り取り、社長へと手渡してきた。

 

「どれどれー…やっ!」

ブオッ!

 

受け取った社長が力を籠めるや否や、強い風が。しかも…

 

「おー…! 右へ行ったり左へ行ったり…」

 

私は拍手を送る。目に見えるほどの奔流となった風が、自在に動いているのだ。魔法を使っているのと見まがうほど。社長の腕も凄いが、ここのウインドジュエル、質もかなり高いみたい。

 

「……」

 

「あれ? 社長どうしたんです?」

 

そんな中、社長は何故か視線を落としていた。これは…何か考え事をしている顔である。しかも、何か変なことを。

 

「…アスト、私の箱についてる宝石のどれか、取り外してもらっていい?」

 

「え? はい。好きに付け替えられるように特殊な構造になってるんですもんね」

 

「これと交換してちょうだいな」

 

そう言い、社長が渡してきたのはウインドジュエル。何を考えているのだろうか。とりあえず指示に従って…これを外して…ウインドジュエルをカチリと。

 

「出来ましたよ」

 

「ありがとー。じゃあ…私を高く投げて!」

 

 

 

やっぱりまた妙な事言い出した…。まあいいや、せーのっ!

 

「えいっ!」

 

力いっぱい、上へと高く放り投げる。すると、社長入りの箱は空中で浮遊するように数秒だけ停止した。

 

ここまでは踏ん張れば普通にできることらしい。だが直後、思わぬことが起こった。

 

ボッ!

 

「「へっ?」」

 

私とシーフィーさんは口をあんぐり。だって…社長の箱から、正確には先程取り付けたウインドジュエルから風が発生し、宝物全体を包んだのだから。

 

「そーれっ!」

 

そんな箱の中から社長の掛け声。次の瞬間…なんと宝箱は自由自在に飛び始めたではないか!

 

 

 

「わー!アタシたちみたーい!」

 

それを見たシーフィーさんは自らも飛び、社長の元へ。そのまま2人で編隊飛行。くるくる八の字に回ったり、高く上がって大きく下がったり。

 

私はそれを唖然と見守っていた。社長、飛べちゃった…。これ、私のアイデンティティーの一つ消えたんじゃ…。

 

「アストー!キャッチしてー!」

 

と、社長が私の上にゆっくり降下してくる。よいしょと受け止めると、中に入っていた社長は勢いよく蓋を開け、目を輝かせた。

 

「アスト、私ね!常々思ってたの!ミミックがなんとかして空を飛べないかって! これ、操作かなり難しいけどいけそうよ!」

 

そうまくし立てた社長は、そのままシーフィーさんの方を振り向く。そして、こんな提案をした。

 

「どうでしょう!配置したミミックの他に、直接出向いて冒険者を叩くミミックというのは!ひとつ思いついたプランがあるんです!」

 

「面白そ!どんなのー?」

 

「まずミミックにですねウインドジュエルを…あ、羽のようなのをつけたほうが操縦しやすいかな…そして、シルフィードの皆さんと協力すればこんな戦法も…」

 

テンション上がったまま、シーフィーさんと相談する社長。直後、GOサインが出てたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「風よ! 我が命に従い吹き荒れよ!」

 

帰り際。私に抱えられながら、貰ってきたウインドジュエルを手に魔法使いごっこをする社長。楽しそうにしているところ悪いが、思い切って聞いてみよう…。

 

「あのー…ご自分で飛ばなくても良いんですか? 念願適ったって感じでしたけど…」

 

あれだけ興奮していたのに、帰りはいつも通りの移動。私を思ってくれての行動ならば、遠慮してもらう必要はない。ちょっと寂しいけど…。

 

「何言ってんの。私はアストに抱っこされて移動する方が好きよ? 揺れが心地いいんだもの」

 

へ? 思わぬ答えが返ってきた。目を丸くしていると、社長はポンと手を打った。

 

「あ、さっきの気にしてるの?あれは戦力的に、ってだけよ。 それにあの飛行方法、かなり魔力使うし、周囲の環境にも大きく左右されちゃうわ。このダンジョンじゃなきゃ、日常使いは出来なさそうよ」

 

そう…なんだ…。よかったぁ…! ほぅっと息を吐く私に、社長は宣言した。

 

「ということで、これからも私を抱えてもらうわよ~? 覚悟しなさいな!」

 

「えぇ! 本望です!」

 

「え。そんな反応返ってくるとは思わなかったわ…。なんか恥ずかしいわね…」

 

 



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人間側 とある重鎧冒険者への敵機

 

 

「相変わらず歩きにくいなぁ…!」

 

ゴウゴウと吹き付ける風の中、俺らはダンジョンの奥へと進み続ける。一歩踏み出すのにもかなりの労力がいるが、そんなもの、得られるものを考えれば…!

 

 

俺らパーティ―は、今『風の谷ダンジョン』というところに来ている。常に強風で荒れているここの奥には、『ウインドジュエル』という高値がつく魔法石が大量に生成されているからだ。

 

だが、ここは風精霊シルフィードの棲み処。侵入した俺らを見つけるや否や、強風で追い出そうとしてくる。

 

 

ふっ、そうはいかない。強い風を浴びせてくるなら、耐え切れば良いだけの事。ここに来る時のパーティーは特殊編成だ。

 

ガタイが良い奴、太ってる奴…とにかく目方が重い奴を集め、重鎧や盾や重しを身に着けて侵攻する。これに尽きる。

 

ちょっと残念なのが、そういう奴は大抵戦士で、魔法使いがいないってことだ。いればウインドジュエルの爆破解体につかう爆弾代が浮くんだが…。

 

 

 

今のとこ、運よくシルフィードに見つからずに進めている。見つかると風を強くされたり、切り刻もうとしてきたり面倒だから有難い。

 

ま、その対策を兼ねた重装甲だから問題ないんだが。無視して奥まで進んでウインドジュエルの鉱脈に着いてしまえばこちらのもんだ。

 

 

「…? おい、あれなんだ?」

 

と、仲間の1人が道の端を指さす。俺も盾の後ろから顔を出し確認してみる。

 

「他の冒険者の装備だな…」

 

そこには盾やらバッグやらが転がっていた。シルフィードに襲われ、装備を捨て逃げ帰った後だろうか?

 

「ん? ここいら、焦げている…?」

 

よく見ると、周囲には爆発痕。焦げ付いた鎧とかも転がっている。ははぁ…持ってきた爆弾が誤爆でもしたのだろう。それで全滅とか悲しすぎるな。俺らも気をつけないと。

 

 

 

 

 

 

と、そんな感じで警戒しながら来たおかげが、無事に到着。ダンジョン最奥、ウインドジュエルの鉱脈。

 

どこかしこをみても、緑に輝く鉱物の絶景。俺は魔法を使わないから、エメラルドが針山のように成っている様にも見える。

 

さあ、そこらへんに転がる欠片を拾い集めるなんてせせこましいことなんかせず、持ってきた爆弾で大きいのをドカンと…!

 

と、近くのウインドジュエルの鉱脈へ駆け寄った時だった。

 

 

 

「あ…」

 

「「あ」」

 

風が巻き上げた砂で見えなかったのか、同じ緑で見えなかったか、それとも俺の不注意か。その鉱脈の前でバッタリと、シルフィード二匹と出くわしてしまった。

 

こりゃマズい…! 慌ててガチャリと武器を構える。少し遅れてきた仲間達も気づき、一斉に戦闘態勢に。

 

まさに一触即発、かかってこい。俺らはそう(りき)む。

 

…が、思わぬことが起きた。

 

 

「な、なんにもいないわ! なんにもいないったら!」

 

シルフィードの一匹が、後ろのジュエル鉱脈を隠すように立ち、そう叫んだではないか。

 

何言ってるんだこいつ…? 眉を潜めていると、もう一匹のシルフィードに引っ張られ、どこかへと逃げていった。

 

戦闘にならなかったのは有難い。相手は2匹、こちらは4人。戦力差があったのが理由だろう。とはいえ、援軍を呼ばれちゃ敵わない。さっさと回収して撤退しよう。

 

 

 

 

「うし、じゃあ爆弾しかけるぞ」

 

仲間の1人がバッグから爆弾を取り出す。ふと、俺はさっきのシルフィードの言葉が気になった。

 

『なんにもいない』? 何かが『いた』、または『いる』ってことか? 一応目を凝らして辺りを確認してみるが…うーん、何もいない。

 

まあいいか。起爆はそいつに任せて、俺らは爆弾のダメージ食らわないようにガードしないとな。

 

 

「点火…と! この瞬間がたまんないぜ…!」

 

設置した爆弾の導火線にシュッと火をつけ、いそいそとこちらに戻ってこようとする仲間。と、その時だった。

 

パカッ ニュルッ グルッ!

 

「えっ…? ぐえっ…?!」

 

な…!? 爆弾を設置したウインドジュエル鉱脈の端にある岩が開き、中から触手が伸びてきただと…!?!?

 

仲間はあっという間にグルグル巻きにされ、岩の中に。俺らはそれを盾の裏から唖然と見送るしかなかった。

 

あいつも盾を持って、重装備を着ていたんだが…しかも太ってたし…。それを、数秒かからず簀巻きにし、明らかに普通じゃ入れない小さな岩の中に引き込んだ…。まさか…!

 

「ミミックか!」

 

 

俺の声に『正解』というように、岩はすいいっと動く。ウインドジュエルを至る所に生やした…いや装飾しているのか…? ともあれ、間違いなくミミックだ。

 

その岩ミミックは再度パカッと開き、何かをペイっと吐き出す。それは、今さっき食べられた仲間の盾や鎧…。うわぁ…。

 

と、そんな間にも―。

 

 

シュウウウウウ…

 

「おい、あれ…」

「あぁ、爆弾がまだ生きている…!」

 

火がついた導火線は音を立て刻一刻と短く。しかも丁度ミミックの真横にある。仲間の仇だ、それで吹き飛んじまえ…!

 

ニュルッ ヒョイッ

 

「「「は…?」」」

 

…え、なにしてんだあいつ…? 触手で、爆弾を持ち上げた…? まさかこっちに投げてくる気か!?

 

 

慌ててガードを固める俺ら。しかし、ミミックはそれを投げることはせず―。

 

パクンッ

 

「「「ええええぇ…!?」」」

 

食べた。

 

 

 

 

ボンッ!

 

数瞬後、くぐもった爆裂音が響く。俺らは思わず再度顔を盾裏に隠した。やったか…!? 恐る恐る覗いてみると…。

 

プス…プス…

 

そこには、岩の隙間から黒煙を上げるミミックの姿が。爆散はしてないが、死んだだろう。全く、爆弾を食べるなんて馬鹿なことを…。

 

パカッ

 

…!? 岩が、また開いた…! それに、纏っているウインドジュエルも仄かに輝いたような…。

 

ブオオオッ…!

 

「わっ…! ゲホッ…!」

「なんだぁ…!? 煙がこっちに…!」

「あの野郎…! 風で…ゲホゲホッ、ウェッホッ…!」

 

ミミックが吐いた黒煙が、ウインドジュエルの風に流されて俺らのとこに…! 爆弾は煙草じゃねえんだぞ…!?

 

「一回この場から離れるぞ…!」

 

俺は慌てて指示を出し、急ぎその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…何であんな場所にミミックが…?」

 

「わからん…でも、追って来てはないみたいだな…」

 

走りに走り、道中まで戻ってきた。重い装備だったが、不思議にもあれだけ纏わりついて来ていた風が背中を押してくれた。帰れってか。

 

後ろを見ても、追いかけてくるミミックやシルフィードはいない。ふう、と息をつく。

 

 

「で、どうする…? もう一回ジュエルを取りに行くか?」

 

仲間の1人がそう提案する。確かに、復活魔法の代金ぐらいは稼いでいきたい。だが、またミミックに襲われると思うと…。

 

そんな感じにうむむと悩んでいると、別の仲間がハンッと跳ね飛ばした。

 

「なら手あたり次第に爆弾を投げちまえば良いだけだろ! 沢山持ってきてあるんだからよ」

 

そうか、その手があったか。爆弾をばら撒きまくって、混乱の内にジュエルを拾い集めればいい。よーし、それでいこう。

 

シルフィードにもミミックにも吠え面をかかせてやる。そう心に決め、またもや奥地へと一歩を踏み出した―、その瞬間…

 

 

 

 

「ん?」

「あれ?」

「風が…?」

 

ずっと耳を占めていた風の轟音が突如収まった。打ちつけてくる風も、かなり少なく。

 

何事だ…? ん…? どこからか、違う音が…。

 

 

ヒュィイイイイイ… 

 

「なんだ…?」

「シルフィードの歌声か?」

 

辺りを警戒しながら、眉を潜める仲間達。確かにこのダンジョンでは、時折シルフィードの透き通った歌声が風に乗って耳に入ってくる。

 

だが、違う。そんな音じゃない。何かの風切り音、またはサイレンのような…。

 

 

「おい、あれなんだ!?」

 

と、1人が空を指さす。太陽の光をバックに、何かが複数飛んでいるではないか。

 

「んー? カモメか?」

「こんなところにカモメが飛ぶわけないだろ…」

 

俺は的外れの予測をする仲間を窘める。だが…鳥ではあるだろう。翼っぽいのが広げられているし…

 

「お、おい…! こっちに向かってくるぞ!?」

 

は…? 空を飛んでいた推定鳥が、ぐいっと曲がってこちらに落ちてくる…!? しかも、緑色の閃光を尾のように煌めかせながら…!

 

え、いや、ちょ…! これ完全に激突コース…!

 

 

 

「飛行部隊『箱風』、とつげーき!」

 

ヒュィイイイイイ!

 

「「「うおおっ!!?」」」

 

誰かの声と共に、空から落ちてきた存在は俺らの頭上を勢いよく掠める。身を竦めていなければ、思いっきし激突していただろう。

 

「な、なんだありゃあ! 大きい…!」

 

「で、でも鳥じゃねえぞ! 竜でもねえ!」

 

仲間達が悲鳴をあげる。…俺は見てしまった。そのわけのわからない正体を。

 

 

 

鳥、じゃない。だが、なんといえばいいのだろうか…。そのまま言えば…『宝箱に、固い翼がついたもの』だった…!

 

自分でも何言ってるかわからない…。だが、確かにそうだったのだ。側面に作り物な翼をつけ、蓋には幾つものウインドジュエルが嵌めこまれた、宝箱。それが、飛んできたのだ。

 

 

 

「おいもう一回来るぞぉ!?」

 

仲間の声にハッとし見ると、飛んでいった方向から再度空飛ぶ宝箱が突撃してきている。慌てて俺は指示を飛ばした。

 

「盾でガードを固めろ!」

 

急ぎ全員で盾を構える。意味不明な敵だが、身を守ればとりあえずはやり過ご…!

 

グオッ!

 

「う、うおおっ!」

「た、盾が…!」

 

嘘だろ…!空飛ぶ宝箱が真上を通過していくと同時に、手にしていた盾が力づくで()()()()()()…!?

 

一体どうやって…。目を見開きながらどこかへと飛んでいく宝箱を見ると、盾を…咥えている…!

 

僅かにしか見えなかったが…箱が開き、中から牙や舌、触手、女魔物の姿が。まさか…あれもミミックだというのか…!? 空飛ぶミミックなんて聞いたこと無いぞ…!

 

 

 

「くっ…盾が奪われたなら剣で叩き切って…!」

 

「俺もボウガンがある…! 撃ち落としてやる…!」

 

混乱しながらも、俺らは武器を手に取る。これなら奪い取られかけても一矢報いれる。が、その時だった。

 

「シルフィード(ワン)、現着!」

 

別の方向から、何かが飛来してくる。それもまた、空飛ぶ宝箱。ただし、違うのは…宝箱の蓋の真上に手すりがついていて、そこにシルフィードが掴まっているということ…!

 

「こうげーき!」

 

飛んできながら、シルフィードは片手をこちらへと向ける。すると、風の弾丸のようなものが勢いよく撃ち出されてきたではないか。

 

 

「ひいいい…!」

 

それにより剣やボウガンは手から弾き飛ばされる。なす術無し…! こうなったら残るは…!

 

「爆弾だ! 爆弾で応戦するぞ!」

 

「お、おう! …あ、あれ…?」

 

俺の言葉に頷いた仲間が爆弾を取り出そうとするが、見つからない様子。辺りを見回しても、転がってはいない。どこに…

 

「お探しのは、これ?」

 

と、いつの間にそこにいたのか、風を纏った宝箱が目の前に浮遊していた。そこから姿をみせていたのは女魔物…上位ミミック。そして、抱えられているのは…。

 

「「「ば、爆弾…!!」」」

 

 

 

「爆破でウインドジュエルを砕こうなんて、もうしないことね。これは返すわ」

 

そう言ったミミックは、箱の端で導火線にシュっと火をつけた。嫌な予感…!

 

「とうっ!」

ブオッ!

 

そのまま勢いよくミミックは飛び上がる。そして…

 

「爆弾の痛み、その身で味わいなさいな! 急降下爆撃!」

 

ヒュィイイイイイ!

 

まるで悪魔が鳴らすのサイレンの如き降下音と共に、爆弾が投下され…! あっ…

 

 

カッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「はっっ!」

 

気がつけば、復活魔法陣の上。先に食べられた奴も合わせて、仲間全員いる。全滅したらしい。

 

そうか、今更わかった…。道中で見た爆破痕、あれは粗忽な奴が誤爆させたんじゃなく、俺らと同じ目に遭った冒険者達のものだったのか…。

 

しかし、なんだったんだ…あれは…。空飛ぶ宝箱、いや空飛ぶミミックなんて悪夢以外の何物でもないじゃないか…。

 

 

くそ…だけど…なんか格好良かった…。男の子の浪漫がくすぐられるというか…。

 

特に途中からきた、シルフィードが乗った飛行ミミック。本体も翼も純白だった。あれに乗って風の谷を駆ける…カモメ(メーヴェ)みたいに気持ち良く飛べそうだ。

 

…今から平謝りしに行ったら乗せてもらえないだろうか…。身体重いから無理かな…。てか、ミミックに食われるのがオチかも…。

 

 



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顧客リスト№29 『ロック鳥の霊峰ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「うひゃぁぁぁぁぁぁ…」

 

かなりの上昇負荷に、思わず変な声が出てしまう。地上がぐんぐんと離れていく様子は、圧巻の一言。

 

またも私と社長は空を飛んでいる。正確には掴まれて持ち上げられている。

 

 

以前、ハーピーの方々のダンジョンを訪問した時、降りる際に鳥の足に掴んで貰って降下した。今回は最初から掴んで貰い、目的地へと向かっている最中。

 

ただし、あの時とは違う。ハーピーのハーさんは私の腕をしっかり掴んでいた。しかし今は…私の身体を包み込むかのような、巨大な鳥の足にがっちり掴まれている。

 

 

自分のお腹らへんを見ると、そこには私の顔よりも大きい鳥の爪。光が反射しキラリキラリと輝いているそれは、固い魔獣の皮でも簡単に裂いてしまいそう。

 

勿論、そんな爪がついている足指?は太く、丸太みたい。それが3本。足指はもう一本あるのだが、それはなんと私が跨がれる椅子となってくれている。ジェットコースターの固定ベルトよりも安心。

 

…鷹に捕まったネズミの気持ち、わかった気がする。

 

 

 

 

さて、そんな巨大なる足の持ち主だが…上を見上げてみれば正体はよくわかる。

 

そんじょそこらの魔物よりも数倍大きい、色とりどりの翼を猛々しく羽ばたかせるその姿。爪と同じように尖り曲がった嘴、猛禽特有の鋭い瞳。

 

空の支配者が一角と言っても誰も咎める者はいないだろう、その素晴らしき威容。

 

彼女の正体は『ロック鳥』、超大型の鳥魔物である。

 

 

 

 

ロック鳥…またの名をルフ鳥。ドラゴン巨大種に並ぶほどの巨体を持つ猛禽類。最大級のサイズだと、一度に象を数匹掴みあげることが出来るらしい。怖。

 

今私達を連れていってくれている方はそこまではないが、充分大きい。翼を完全に広げたら、それこそ象数匹並べても足りないだろう。

 

 

そんな彼女が棲むのは、高い山の上。『霊峰ダンジョン』と冒険者ギルドに名前をつけられている。

 

山登りをするとなるとかなり険しく、飛んだとしてもかなり時間がかかる。ということで依頼主自ら運んでくれることに。

 

普段から大きい魔獣とかを仕留め、ご飯とするロック鳥。私達程度朝飯前のご様子。何も掴んでいないかの如く、勢いよく飛んでいっているわけである。

 

 

因みに社長はというと、もう片方の足に…ではなく、咥えられている。小さくて掴みづらかったらしい。食べられちゃわないだろうか…。

 

「わー! 高ーい!!」

 

…無邪気な社長の声聞こえてきた。大丈夫そう。

 

 

 

 

 

 

「クルルルルッ」

 

鳴き声1つ、ロック鳥は着地をする。…うーん、やっぱり名前がないのは説明しづらい。

 

彼らもまた、ワイバーン達と同じく個人名を持たない。当たり前っちゃ当たり前。特にロック鳥は集団で暮らす種ではないからというのもある。

 

ということで、少々悪いけどまたも勝手にお名前をつけさせてもらおう。『ルク』さんということで。

 

 

そんなルクさんが降り立ったここは、だだっ広い霊峰の頂上。とはいっても、岩が結構転がっている。ルクさんサイズだと小石みたいな感じかもしれないけど。

 

端には、食べ終えた獣の骨が山積み。中には私の身体よりぶっといのも。また、別の端にはベッドなのか、たっぷりの葉っぱで作られた鳥の巣。でもその総量、ちょっとした林の分ぐらいあるんじゃないだろうか。

 

 

まるで自分が小人になった気分。そんな妄想とかけ離れた、メルヘンの欠片もない場所だけども。

 

と、そんなことを考えていた時だった。

 

 

「ピヨ、ピヨ!」

「ピヨヨヨ!」

「キュピー!」

 

ボスッと音を立て、寝床から何かが飛び出してくる。私の数回りは大きいそれらは、体格に似合わずよちよちと…!

 

「ひゃ…!」

 

私は思わず口を抑える。歓喜の声が漏れそうになったからである。

 

ずんぐりむっくりとしたその身体は、真っ黄色でふわっふわな羽毛で包まれているため。嘴も爪も丸く、目までくりくりとまんまる。可愛さの塊としか言いようがない。

 

そう、やってきたのはひよこ…もとい、ロック鳥の雛たちである。

 

 

 

先程から『彼女』と呼んでいた通り、ルクさんは母ロック鳥なのだ。威厳すら感じられる親とは対照的に、子はおっきいぬいぐるみみたい。

 

そんな雛たちは私達の姿を見るや否や、怖いもの知らずに一斉に駆け寄ってきた。そして、興味深そうにつんつんとつついてくる。

 

嘴は尖ってないから、全く痛く…あっ、ちょっと痛い…! 大きいから案外力が強い…!

 

思わず横へ避けると、別の雛の嘴がこつん。更に避けると別の子の羽毛がもるん。

 

ハッ…! 今気づいた…! 囲まれている…! しかも巨ひよこ円陣はじわじわと狭まってくる…!あぁ…このままじゃ揉みくちゃに…!

 

 

「よいせっ…! はーい!みんなーおやつよー!」

 

あわや私が黄色に取り込まれかけたその時、社長の声と共にドサッと重い音が。それは、巨大なお肉が置かれた音。

 

「「「「ピヨー!」」」」

 

瞬間、雛たちはこぞってそちらに。巨大羽毛玉の中心はお肉になってしまった。ほっとしたやら、なんか悔しいやら…。社長も、このタイミングで持ってきたお肉出さなくても…。

 

「後で存分に触らせて貰いなさいな。あのモフモフ」

 

うっ…社長に内心見透かされてた…。

 

 

 

 

 

 

「よーい…ドン!」

 

食後、唐突に始まったのは何故かレース大会。腹ごなしらしい。

 

社長の号令に合わせ、おっきい雛たちが簡易トラックをとてとてぐるぐる。時折ジャンプでぽよんぽよん。ひよこレース。

 

なお、別に優勝云々とかは特にない。遊びだから当たり前だが。当然マテリ…クリスタルとかの商品もないのであしからず。

 

 

てか、ずるい…。社長、雛の頭の上に乗っかってる…羨ましい…。

 

私も背中とかに乗りたい。…背中どこだろ。羽毛モフモフでわからない。

 

 

 

「クルルル…」

 

と、私の横で座っていたルクさんが小さく唸る。本来ならば相手を射竦めるほど強い眼を、細ーくして。慈愛の眼である

 

おっと、忘れちゃいけないいけない…依頼で来てるのだ。社長が子守をしている間に、私が依頼内容を聞き出しておかないと…。

 

 

黄色毛玉に後ろ髪を引かれつつも、ようやく意識を改める。とはいえ、私は社長と違って直接はルクさん達の声はわからない。

 

ということで、翻訳魔法の出番。これさえあれば私でも言葉がわかる。詠唱してっと…。

 

 

「―ほんと、凄いもんだねぇ。アタイでも制御しきれないガキンチョ共を、こうも容易く手懐けるって。ハーピーの子らのアドバイス聞いて正解だったよ」

 

突如、誰かの声が聞こえる。しかしその声色は、ルクさんの鳴き声と同じ…。ということは―。

 

「うん? どうしたんだいアストちゃん、そんな呆けた(つら)して。キュートな顔が台無しだよ?もっとスマイルスマイル。 あ、言葉わかんないか!」

 

こっちを見て、肩を竦めるように嘴を軽く動かすルクさん。間違いない、彼女の言葉だ。翻訳は見事成功しているらしい。

 

 

…いや、うん。そんな喋り方だとは思わなかった。もっと厳かな雰囲気かと…。

 

なんだろ、これ…。なんかロックンローラーみたいな話し方…。あ、ロック(調)だけに…?

 

 

 

 

「え、じゃあハーさん達(ハーピー)が私達を推薦してくださったのですか!?」

 

「えぇそう。鳥魔物同士シンパシーが合ってねぇ。ちょくちょく顔合わせてんのよ。冒険者共の愚痴言いあったり、一緒に狩りしたり」

 

ルクさんと話してみると、まさかの事実。そこで繋がっていたとは。鳥のママ友同盟。ということは。

 

「子守オプションをつけるということで?」

 

「そのつもり。抜け羽とか折れた爪とかで代金OKなんだろ? それならたっくさんあるし」

 

ルクさんが嘴でクイっと示した先には、散らばった羽とかが山積み。中には卵の殻とかも。

 

「どうせ下に捨てるもんだから、好きなだけ持って帰っていいからね。 あ、新しいのいるかい?丁度痒かったんだ」

 

そう言いながら、羽繕いをするルクさん。私の目の前にふわさっと一本落ちてきた。

 

綺麗な色をしているそれは、私の羽よりも大きい。そして、鑑識眼に出たお値段も立派。流石。

 

 

 

「ご用命、確かに承りました。 因みに他にもご心配事があったりしますか?」

 

いつものごとく、別の問題が無いか探りを入れる。すると、ルクさんは大きく頷いた。

 

「あるある、バッドな悩みが。 てか子育てだけなら、依頼せずに自分でやってのけるよ」

 

笑いながらそう前置きをし、彼女は教えてくれた。

 

「最近、ちょこちょこ冒険者が侵入してくるようになってね。多分山を登ってきてるんだろうけど、そいつらが羽やら卵やらを盗っていくんだよ。アタイがいない時を狙ってね」

 

これまたハーピーの方々と同じ悩み。なら対処も同じで良さそう。そう思っていると、ルクさんは更に続けた。

 

「それとね…ガキンチョ共が狙われてるんだよ」

 

 

 

 

どういうことか。私が軽く首を捻っていると、それに答えるように社長の声が。

 

「こういうことよ、アスト」

 

振り向くと、社長を頭に乗せた雛がそこに。そのまま社長は、触手を伸ばしある箇所を指し示した。

 

「あれ…剥げちゃってる…!」

 

びっくり。なんと雛の身体の一部が、不自然に剥げてるではないか。というより、毟り取られたような…。

 

「あ…そういうことですか」

 

…理解した。実はロック鳥、雛の毛も高値で取引される。超高級羽毛布団とかに加工されるからだ。それを狙う冒険者もいるのだろう。

 

 

 

「うーん…。でも雛もこの巨体ですから、ミミック達の力なくとも冒険者を倒せる気がしないでも…」

 

ふと、思いついたことを口にしてしまう。すると―。

 

「ヘイ、この子にアタックかましてやんな」

 

はーい!(ピヨー!)

 

ルクさんの合図に雛は助走をつけ、たったったと私に突進してきたではないか。いや、ちょ…!こんな大きいのにぶつかられたら…!

 

モッファァ…

 

「あっ……」

 

至福のぶつかり心地…。じゃない、痛くない。うん…これは冒険者を倒せない…。

 

「ま、そういうことだよ。もうちょい成長すればイケるかもだけど、それまでにまだ何年もかかるしねぇ。ガキンチョ共に怪我させたくないし、頼んだよ」

 

「はひぃ…」

 

モフモフに埋もれた私は、そんな生返事しか返せなかった。

 

 

 

 

 

 

「ところで、おひとつ伺いたいことがあるんですけど」

 

と、社長。ひよこに押しつぶされた私を文字通り下目に、ルクさんへこんな質問をした。

 

「さっき皆にあげたおやつのお肉。毎回あんなふうに加工されて落ちてるんですか?」

 

 

社長の言う通り、さっき雛たちが美味しく食べた巨大肉は、この霊峰の麓に落ちていたもの。皮や細かい骨や内臓がとられ、お肉屋さんに卸せるような形で転がっていたのだ。

 

明らかに怪しいそれに私も社長も警戒してたのだが、ルクさんが持っていこうとしていたため、社長が箱に詰め搬送したというわけである。一応調べてみたけど、毒とか危険物の反応は全く無く、新鮮なお肉だった。

 

 

「あぁそうさ。たまに落ちてるんだ。獲物を狩る手間が省けるから有難く頂戴してるよ」

 

食物連鎖の頂点な余裕か、全く気にする様子はないルクさん。まあ確かに、ロック鳥は頑丈な魔物ではあるけど…。

 

そんな中、社長はちょっと顔を顰める。そして、問いを続けた。

 

(雛たち)に聞いたのですが、それには時折紐みたいなのが巻かれていると?」

 

「そういやそうだね。あれがあると持ち上げやすくて楽なんだ。 …あれ、でも今日は無かったね?」

 

ルクさんは首をくりんと回す。すると社長は、言いにくそうに頬を掻いた。

 

「あー…。多分冒険者達、その紐に隠れてここまで登ってきてますね…。きっと、バレる直前で降りて。さっきの間に色々見せて貰いましたけど、それっぽい痕跡幾つか見つけましたし」

 

 

 

「え…! いやいや、そんなまさか…」

 

目をぎょろんと見開き驚いた様子のルクさん。しかしすぐさま沈黙。少し後、ゆっくり口を開いた。

 

「…被害があったの、確かに大体、肉を取ってきた日だわ…」

 

 

嬉しいプレゼントが一転、まさかの罠。よほど堪えたらしく、ルクさんは羽根を垂れさがらせる。ロック鳥の威厳が一気に失われてしまった。

 

「じゃあなんだい? もうあのお肉はとらない方が良いのかい…?」

 

凄く残念そうに、彼女はそう呟く。…しかし、社長はポスンと胸を叩いた。

 

「いえ、そのためのミミックです!ご安心を! とりあえず色々試してみましょうか! まず、雛たちにはなるたけ抵抗しないようにこんな風に…」

 

 

こそこそと相談を始めるお二方。でも…もう限界…!

 

「あ、あの…流石に息苦しく…!」

 

その間ずっと黄色毛玉の下敷きだった私は床岩をタップし、ようやく解放してもらえたのだった。

 

 

…良い羽毛布団だった…。

 

 



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人間側 とある冒険者の毛刈

 

 

「急げ急げ! まだロック鳥の姿はない、さっさと肉の下に潜り込んじまえ!」

 

地面にドサッと落とした、人の十何倍かは確実にある巨大な生肉。それに太いロープをパーティ全員がかりで巻き付け、端を命綱代わりに身体に結わえる。

 

そして、地面と生肉の間に身体を滑り込ませる。重いし、なんかねとつく…。だが、これも金儲けのためだ…!

 

 

 

 

俺達はとある商団お抱えの冒険者。まあ護衛兵兼傭兵みたいなもんだ。商人連中から依頼を受けダンジョンに潜ったりとかが基本の仕事。

 

そんな俺達によく任される仕事がある。それは、ロック鳥が棲む『霊峰ダンジョン』の麓に、このお肉を置いてくることだ。

 

 

 

商団になにかと出入りしているとわかるんだが、実は魔物の肉って結構余りやすい。

 

魔物狩りを生業としてる奴は察しが付くだろ? なんで魔物を狩るかというと、それは高値がつく爪やら皮やら骨やら内臓を得るためだ。 つまり、『肉』は目的じゃない。身体のほとんどを占めるのに。

 

 

いや、勿論使い道がないわけじゃない。魔法薬や漢方薬を始めとした調合に使われることだってあるし、加工すれば冒険のお供、『干し肉』となる。魔物をおびき寄せる餌にだってなる。捨てるとこなんてない…

 

…と、言いたいとこだが、物と状況によるというのが事実。薬や魔物の餌の在庫が余っている時に無理に作っても保存コストがかかるだけだし、そもそも食べるしか使い道がない肉だってある。

 

しかしそれも、牛肉や豚肉を大量に仕入れられた時には売れなくなる。肉食魔獣の肉とか、筋張って美味しくないし仕方ない。案外それを乙だっていう輩もいるが、少数派だ。

 

 

ということで、時折この生肉のような『廃棄品』が出る。まあそこいらに転がしときゃ魔物が食って片付けてくれるのだけど、俺達の雇い主である商人達はしたたかなだけあって、変わった処理方法を思いついた。

 

 

それが、ここ『霊峰ダンジョン』に投棄すること。この麓には、結構な確率でロック鳥の羽や折れ爪とかが落ちている。巣の掃除ってことだろう。本人…もとい本鳥には体の垢みたいなゴミだが、俺達には宝だ。

 

その金づるを逃がさないため、居付いてもらうよう餌を捧げるって寸法なわけだ。

 

 

 

 

しかし、ロック鳥と言えば獰猛なる巨大魔物。人間なんて狙われたら、一口でパクリ。おぉ怖い。

 

だから肉投棄には俺達冒険者が行くことになっている。仕事は簡単、肉をぽいっと捨て帰るだけだ。

 

…だが、それを何度も続けていると、面白くなくなってくる。そもそもクソ重い肉を運んでるのに報酬安いし…。

 

それで俺達が思いついたのは、『頂上の巣に潜って、金稼ぎしよう』というアイデアだった。

 

 

 

かといって、ロック鳥にはよっぽどの腕と装備と人員がなきゃ勝てない。霊峰ダンジョン自体も、登るのはクソ面倒。

 

どうしたもんかと頭を悩ませていると、とある冒険者が書いた冒険譚が目に入った。確か…シンドバなんとかの。

 

そいつが行ったとある場所にもロック鳥はいたらしいが、そこでもここと同じく肉を投棄してたらしい。シンドバなんとかはそれに身を潜め、奇跡の脱出を…! ん…?なんか違う気が…?

 

 

まあいい。重要なのは、俺達もそれに倣うことにしたってことだ。肉に隠れ、ロック鳥に持ち上げてもらい、巣へとひとっとび。

 

正直、最初は冗談のつもりで試したんだが、これが予想外に上手くいった。好き放題取れて、ウハウハ。帰りの険しい道も、下りだから楽だった。

 

何回か前は卵も持って帰ったな…! ここの山、ロック鳥が魔物をほとんど狩ってるから狂暴なやつがいないんだ。ゆっくりと、ロック鳥にだけ気をつけて降りれば問題なかった。

 

 

そうそう、ロック鳥のやつ、子供産んでたんだ。まあ人よりでっかいひよこが何匹も何匹もぴよぴよぴよ…。あいつらの羽毛も高ーく売れるんだ。

 

そうだ、今日はあのひよこ共を丸刈りにしてやろうか。楽しみだ…!

 

 

 

 

 

 

「ケーーーーーーン!!」

 

「お…来たぞ…!」

 

天に響くかのような高らかな鳴き声に、俺達は身を固くする。と、次の瞬間…!

 

グオッ!

 

生肉ごと勢いよく身体が持ち上がり、足は地面から遠ざかる。うぐぇ…これ結構衝撃が大きいんだよ…!

 

だが…これで第一段階クリア。しめしめ、馬鹿な鳥め。もう何度もこの方法で登っているのに、気づかないと来た。やっぱり鳥は鳥頭だな。

 

 

 

 

「―お、そろそろ降りるぞ…! 気をつけろよ…!」

 

ぐんぐんと高度が上がり、気づけば雲の上。幾度か見た景色に、俺は仲間に号令を出す。

 

ロック鳥の羽ばたきが収まって、降りられる高さになった時に降下する。バレないように静かにと…。

 

スタッ

 

(おい、こっちだ! 岩伝いにあの骨の山の中にいくぞ…!)

 

ひそひそ声で、ロック鳥の様子を逐一伺いながら匍匐で隠れ場所に。案外バレないのは、ロック鳥がひよこ達の方しか見てないからだ。

 

あの恐ろしい鷹の目にも、今は子供しか入らない様子。へっ、馬鹿め…!これからその子供が丸刈りにされるというのにな。

 

 

 

 

「クルルルゥ!」

 

少しして、ロック鳥はどこかへと飛び立つ。夜飯でも取りにいくのだろう。…飛び立つ瞬間、こちらのほうを見た気がしたが…気のせいなはず。

 

あの巨体が空の彼方に消え、残るは生肉を貪るひよこ達。よし…!

 

「行くぞ、毛刈りの時間だ…あれ? 一人いなくないか?」

 

意気揚々と飛び出そうとした瞬間、とあることに気づく。一緒に来た仲間が1人いないのだ。

 

肉からの降下、そして匍匐で潜入までの間は集中していた。だから確証はないが、確か普通についてきてたはずなのに…。軽く骨山の中を探っても、いる様子はない。

 

 

少々気になるが…今は探している場合じゃない。ロック鳥が戻ってくるまでの短い間で色々回収しなければいけないため、時間との勝負。

 

まあ最悪死んでも、復活できる。碌な装備も持ってきてないしな。じゃあ改めて…

 

「ひよこ共! そのフワフワな毛を全部毟りとってやる!」

 

 

 

 

「「「ピヨ!? ピヨーピヨー!!!?」」」

 

剣やバリカンを手に、骨を散らかしながら飛び出してきた俺達を見て、ひよこ達はびっくり仰天。わっと逃げ惑い始めた。

 

だが、あの狂暴なロック鳥の成鳥とは違い、まだ雛であるこいつらは飛べないし鈍足。黄色な毛をもるんもるん揺らし、俺達が走れば簡単に追いつけるほどの遅さでとてとて。

 

正直、見てるだけでなんか楽しくなってくる。ついつい不必要に「ガオー!」と脅かしたくなってしまう。…ガオーと吼える魔物なんて、こいつらが成鳥になったら餌でしかないだろうが。

 

 

…そういえば、今日は俺達を倒そうと突撃してくるひよこはいないな。前までは、必ず何匹かはそんな奴がいたのに。

 

そういう奴は、カモ。ロック鳥だけど。 簡単にバリカンの餌食になるし、素手でも毛を毟りとることができるからだ。 あと、ふわふわがぶつかってきて気持ちいいんだが…。

 

おっと、んなこと考えてる暇はないってな。どれ、誰を禿げさせてやるか…!

 

 

 

「ピヨヨ! ピー!」

 

ズズズズズズ…

 

「ん?」

 

なんだ? ひよこの一匹が何かを嘴で押してきた。それは…え?…宝箱?

 

 

「なんでこんなとこに宝箱が?」

 

俺は眉を潜める。ロック鳥が人を襲った時の戦利品とかだろうか。 と、仲間の1人が手をポンと打った。

 

「あれじゃねえか? 『これあげるから見逃してください』みたいな?」

 

あぁ、なるほど。命乞い…ならぬ毛乞いってわけか。案外頭いいな。

 

 

「まあ、中身見てからだな…!」

 

仲間の別の奴がにやにやしながら、箱に近づく。そして蓋に手をかけた…その瞬間だった。

 

パカッ

「えっ」

バクッ!

 

…食われた。その仲間が。

 

 

唖然とする俺達をよそに、かぶりつかれた仲間は箱の中に。数秒後、ペッと吐き出された。涎まみれで気絶して。

 

「「ミミック…!」」

 

キラリと光る牙と、真っ赤な舌。間違いない、宝箱ミミック…! 何が袖の下だ、完全に罠じゃねえか!

 

 

 

「ふ、ふざけやがって…!!」

 

剣を構え、怒る仲間。そりゃそうだ…! 逃げ惑う弱いひよこしかいないと思ったら、こんなやつを仕込んでおいたとは…!

 

許さねえ…! 装備は少ないが、宝箱ミミック一体ならなんとか勝ってやる!

 

 

「ピヨピヨ!」

 

と、ひよこが鳴く。すると、臨戦態勢をとっていたミミックはカポンと蓋を閉じ沈黙したではないか。

 

なんだ…?もう一回引っ掛けようってか? そんな子供だましが成功するわけ…

 

 

ゴロゴロゴロゴロ…

 

…今度はひよこ数匹がかりで卵を転がしてきた。人間大はあるそれは、俺達の前でぴたりと止められた。

 

「…今度はこれを持っていけってか?」

 

命が宿ってるかはさておき、自分の家族にも等しいそれ()を差し出すとは。よほど俺達の怒鳴り声が堪えたと見える。

 

まあいい、卵は羽以上に高値で売れる。盗むのは一苦労だが、差し出してくれるなら有難い。それで勘弁してやるか。

 

「相変わらずでっけぇ卵だな…! オムレツにしたらどれくらいになるか…」

 

唯一無事だった残りの仲間が、ふらりと卵に近づく。おいおい、食べる気かよ。売った方が良いモン食えるだろ。

 

さて、じゃあ今のうちにミミックに気絶させられた仲間を起こして…

 

 

「…んん?」

 

…何かが、おかしい。 あの卵、何か違和感が…。 普通じゃありえないような…。

 

大きいのはそりゃ特異だが、色は普通だ。殻にヒビが入っている様子もない。立って置かれているし…。

 

…!? 待て、なんで立って置かれているんだ…!? 床は平らな岩だぞ! 普通横倒しになるだろ!

 

「おい近づくな!」

 

慌てて警告を飛ばす。が…遅かった。

 

パカッ

 

ヒビすら入ってなかった卵の頭に、突如切れ込みが。そこから勢いよく現れたのは大量の触手。近づいていた仲間は声も上げられず、キュッと締め上げられた。

 

「……嘘だろ…?」

 

触手型ミミック…。巨大卵に擬態してたのか…。だいたい、転がる卵が俺達の前で止まった時点でおかしかったじゃねえか…! クソッ、あっという間に孤立してしまった…。

 

 

冗談じゃない…!ミミック二体に勝てるかよ…! 逃げる…! 確か、あっちの方に山へと繋がる細道が…!

 

「おっと、仲間を置いてどこ行く気かしら?」

 

ゴスッ

 

「うげっ…!」

 

妙な声と共に、俺の背に重い何かがぶつけられる。こ、今度は一体…!?

 

「ひっ…!?」

 

思わず引きつった声をあげてしまう。ぶつけられたのは…最初に()()()()()()()()()()()()()()だったからだ。

 

しかも、顔の肉が全部削がれて骨だけに…!! …あ、いや違う、猿の頭蓋骨を被せられてるだけか…なんだ…気絶はしてるけど…。

 

 

 

 

「さーてさて、可愛いひよこちゃん達を虐めた罰、どうとらせようかしら?」

 

またも聞こえてきた声にそちらを見やると、大きい獣の頭蓋に入った女魔物。上位ミミックだ…。そうか、あの時既に、骨山の中に潜んでいたのか…。俺達は最初からずっと見られていたってわけか…。

 

「ピヨ!」

 

力なくへたり込む俺を余所に、ひよこの一匹が元気に鳴く。すると、上位ミミックが翻訳をした。

 

「んー?なになに? え、食べてみたいの? 踊り食いで?」

 

は…!? 俺をか…!? いや待て待て待て待て…! 嫌だ! 食べられたくない!

 

 

「じゃあちょっと待っててねー。鎧とか堅い物外しちゃうから」

 

言うが早いか、上位ミミックは触手を伸ばし俺を縛る。そして、鎧やら剣やらを次々と剥がしていく。

 

「んー。口当たり気に入らないかもだし、髪の毛も剃っちゃいましょう!」

 

と、上位ミミックは俺が持ち込んだバリカンを起動する。や、止めてくれ!それだけは…! 

 

何故かわからないけど、復活魔法陣は髪のカットを反映するんだ…! 怪我とかじゃなく、そんな床屋のようなことをしたら、復活しても禿げのまま…あ、ああ、あぁぁぁぁ…!

 

 

 

「はい、どうぞ!」

 

丸禿げにされた俺は、ひよこの前に差し出される。うぅ…黄色毛玉を丸刈りにするつもりが、俺が刈られるとは…。

 

もういい…。さっさと食べてくれ…。そして、早く復活させてカツラと毛生え薬買いに行かせてくれ…。

 

 

「ピヨ!」

カプッ  …ぺっ!

 

「うおっ…!」

 

少し口の中でモゴモゴされた後、俺は吐き出される。 た、助かった…のか?

 

「あら、どうしたの? …あんまり美味しくないって? ざんねーん、口に合わなかったのね」

 

翻訳したミミック曰く、そういうことらしい。そりゃ魔物によって美味しいと感じるものは違うだろうが…廃棄の肉よりマズいのか俺は…。

 

なんか複雑な気分になっていると、上位ミミックは腕を組み唸った。

 

「うーん…私達が食べてもいいんだけど、お腹いっぱいなのよねー…。ロック鳥のご飯って量あるから…」

 

あぁ、だから仲間誰も食われてないのか…。いや、納得してる場合か! 食われないってことは…

 

「じゃ、捨てちゃいましょうか」

 

そういうと、ミミックは俺と気絶している仲間全員を掴みズルズルと引きずる。連れてこられたのは、この場の端。つまり…。

 

「ぽいっとな!」

 

やっぱりかぁ! 霊峰の頂上から放り投げられたぁあ!

 

刈られた頭が落下の風で冷た痛いぃ! あああああああぁぁぁぁ!!!!

 

 



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顧客リスト№30 『魔王軍の初心者向けダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「―と、ここが最後のエリアです。んー、まあなんというか…簡単で迷いにくいダンジョンですね」

 

「ま、ここはこれが一番良いわよ。あくまで『初心者向け』だもの。冒険者にとっても、魔物にとっても」

 

 

私と社長は、そんな会話をしながらダンジョン内部の視察を終える。かなり広いわりに、ダンジョン慣れしている人には欠伸が出るぐらい簡素な道構成であった。

 

だが、それは致し方なし。なにせここが対象としているのは、ダンジョン慣れしていない人達なのだから。

 

そう、ここは本当にギルド登録名称が『初心者向けダンジョン』なのである。

 

 

 

 

天井や壁、床を形作っているのは綺麗に成型された石レンガや砂レンガ、または長方形に切り出された岩。きっちり並べられたそれは、THE・ダンジョン。

 

一応地下へと潜っていく仕組みなのだが、どの階層にも松明を始めとした灯りが煌々とついており、昼間並みに明るかった。

 

何も考えずに歩けば、ちょっとした観光地の遺跡にも思えてしまう。スキップできちゃうぐらい。それほどまでに、『ダンジョンのおどろおどろしさ』というのは存在し得なかった。

 

 

勿論ダンジョンだから、魔物はいる。ゴブリンに魔獣、オークにスライム、スケルトン…他沢山。

 

種類こそ豊富だが、そのどれもが下位魔物達。しかも、あどけなさや初々しさすら残る。例えるならば…ゲームとかで言う、levelひと桁台のような弱そう感。

 

それでいて、各所に置かれている宝箱にはしっかりとお宝が入っている。あまり高価ではないが、まあまあ悪くないものが。

 

 

明るい内装、弱めの魔物達、なのにしっかりあるお宝。だからここは冒険者ギルド認定の、初心者冒険者用のダンジョンとされているのだ。

 

そのためちょっと身を潜めていると、皮装備や棍棒、銅の剣などの弱い装備に身を包んだ、魔物達に負けず劣らず初々しい冒険者達が拝めたりする。 

 

…それを見るたび毎度思うのだけど、お鍋の蓋は盾にはならないと思う…。

 

 

 

 

 

そんなダンジョンだから、泣きながら私達の会社に派遣を頼んで来たのかって? ううん、そういうことではない。

 

というか、このダンジョンの難易度設定はこれで正しいのである。

 

どういうことか。それは、ここのダンジョン主の方々に会えばわかる。

 

 

 

 

「…よいしょっ」

 

ワープ魔法で到着したのは、ダンジョン…の裏にある、冒険者達が知らない隠れた空間。そこで待っていた男性が、私達へ丁寧に一礼をしてくれた。

 

「お疲れ様です。ミミン社長、アストさん。ささやかながらご休憩の用意をさせましたので、こちらへどうぞ」

 

マント付きの軽装鎧を身に着けた彼には、角や尾が。羽こそ仕舞っている様子だけど、私と同じ悪魔族である。

 

彼の名は『カチョ』さん。ここのダンジョンを任されている方である。

 

 

任されている? 誰に? その答えはカチョさんの鎧の模様が示している。

 

ワンポイントのように描かれたるは、大きな角を湛え、鋭い牙を剥き出しにした化物の貌のようなシルエットマーク。それは、『魔王軍』を示す紋章。

 

そう、ここは魔王軍が運営するダンジョンの一つなのである。

 

 

 

 

 

魔王軍―。強大なる力を持つ魔王様の指揮下にある、様々な魔物によって構成された軍隊。彼らは日夜、邪魔な人間達を滅ぼすため、その凶悪なる牙を磨き続けている…

 

…とか報じる人間達のゴシップ新聞もあるけども、別にそんなんではない。ただの国防軍である。

 

 

よく誤解されるのだが、『魔王』=『悪い存在』ではない。魔王とは即ち、魔界の王。言い換えれば、国王と同義。全ての魔王が悪い人だと思わないで欲しい。 

 

…まあ最近は、人間達の間でも『魔王』=『悪い存在』というイメージは消えかけている様子。寧ろ、『魔王』=『おっちょこちょいで愛すべき存在』になっている節が…。なんか小説や漫画だと最近そんな傾向が顕著な気がする。

 

 

え?当代の魔王様の姿? うーん、わからない…。 だって、必ずカーテン越しにしか姿を現さないから…。 影や声色的に強そうな感じはわかるんだけど…。ただ、先代はすっごい怖い顔をしていたのは覚えている。

 

 

 

 

まあそれは置いといて…。何故魔王軍が初心者向けダンジョンを経営しているか、その理由は意外と簡単。『兵である魔物の修練のため』なのだ。

 

社長がさっき、『魔物にとっても初心者向け』ということを言っていたのを覚えているだろうか。あれは即ち、そういうこと。ここにいる魔物達は、全員が魔王軍の新兵…初心者たちなのである。

 

 

魔物同士で演習はできるが、対人間だとそうはいかない。ということで編み出されたのがこの仕組み。宝物で冒険者をおびき寄せることで、自然と実戦訓練を行えるようになっている。

 

言ってしまえば、魔物と人間の初心者同士で切磋琢磨できる訓練所ということなのか。ほんと、なんとも変わったダンジョン。

 

 

 

 

 

ところで、私は先程『魔王軍は様々な魔物によって構成されている』と述べた。そしてここはダンジョン、ダンジョンといえば宝箱…もといミミック。

 

勘のいい方はもうお気づきだろう。そう、魔王軍にもミミックはいるのだ。

 

 

じゃあ何故私達が呼ばれたのか。もはや出番はないのでは?  いやいや、ミミックに特化した我が社だから出来ることがある。それは―。

 

「じゃ、少し休憩させていただきましたら、本題であるミミック達へのカウンセリング及び戦闘指南へと移らさせていただきますね!」

 

…社長に言われてしまった。 まあそういう依頼である。

 

 

 

 

 

「実は…我が軍のミミック達が上手く戦わないのです。冒険者達を倒すことはおろか、倒されることすらなく、ただポツンと隠れているだけで…」

 

休憩の席で、カチョさんは事情を話してくれる。その件で上と悶着が起きていたのか、彼の顔はどこか疲弊した中間管理職的な…。別会社の秘書の身ですが、心中お察しします…。

 

 

「いくら叱っても効果が無くて…お願いします、是非色々とご教示を!」

 

机に頭を擦りつけんばかりなカチョさん。と、社長は食べようとしていたクッキーを一旦置き、口元に手を当てた。

 

「うーん…。 とりあえずどの子かを連れてきて貰っても宜しいですか?」

 

 

 

 

 

「お待たせしました。 この子で宜しいでしょうか?」

 

兵の1人に持ってこられたのは宝箱。勿論ミミック。社長の頼みでその子は机の上に置かれ、社長自身も机の上に。ぱっと見は宝箱同士が対面しているかのよう。

 

 

と、相手の宝箱が僅かにパカリと開く。中に見えたのは幾本もの触手。どうやら触手型のミミックらしい。社長は身を乗り出し、ゆっくりと、しかし臆することなく手を伸ばした。

 

「大丈夫だよー。怖くないからねー」

 

そのまま社長の手は、触手型ミミックの中にぬぽっと。すると―。

 

「ふふっ…! くすぐったい…!」

 

どうやら手を舐められているらしく、社長はケラケラ笑う。それを見たカチョさんは目を丸くした。

 

「おぉ…! 私達がどうやっても蓋すら開けてくれなかったのに…!」

 

 

 

あー…なるほどなるほど…。その言葉で私もわかった。なんでミミックが働かなくなったかを。

 

ただ、シンプルな理由だけにどう伝えるべきかを悩んでいると、社長が先に動いてくれた。

 

「はーい、良い子良い子。クッキーあげる!  カチョさん、原因は叱り過ぎですね。すっかり怯えちゃってましたよ」

 

 

 

「うっ…。…確かに、戦果が乏しい事や変な場所に陣取っていたことを強く叱ったことが…あります…」

 

苦々しい表情を浮かべるカチョさん。そんな彼に、社長は一つ言い添えた。

 

「元来ミミックというのは臆病者や恥ずかしがり屋ばかりなんです。何分、箱に潜み隠れたがる種族ですから。我が社の子達のように慣れていると問題ないんですが、経験が浅い子とかだと、ちょっと叱りすぎちゃうと場所替えすらしなくなっちゃうんですよ」

 

ですのであまり叱り過ぎず、時折お菓子でもあげてくださいね。そう伝え微笑む社長の横で、ミミックは貰ったクッキーを嬉しそうにもぐもぐしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!みんなー! ミミンお姉さんの戦闘講座、はーじまーるよー!」

 

ということで、今度は戦闘指南のコーナー。社長の声に合わせるように、ダンジョン中から集まったミミック達が蓋をギィコンギィコン開き閉じして音を鳴らす。恐らく拍手代わり。

 

「まずは相手を捕らえるコツから行きましょう! 冒険者役をやってくれるのは…私の秘書、アスト!」

 

うん、こういう時には私がその役目を引き受けるのが常。悪魔族は人間とほぼ同じ姿ではあるし。勿論打ち合わせもしていたんだけど…。だけど…!

 

「なんで私、ビキニアーマー着なきゃいけないんですかぁ!?」

 

 

 

 

時折女冒険者が着ている、手足及び『恥ずかしいトコ』だけを隠したアレ。私はそれを何故か着させられていた。しかも真っ赤の。

 

当然、背中もお腹も太ももすらも大きく曝け出す形に。うぅぅ……会社でならまだしも、こんなとこでこんな格好…。同族であるカチョさん達の視線が…恥ずかしい…。

 

 

「良いじゃない、見た目も変えたほうがそれっぽいし! ふふっ、似合ってる似合ってる。アストはやっぱり美人ね!」

 

社長はやけにご満悦。でも納得いかない…!

 

「打ち合わせの時、こんなの着るって言ってなかったじゃないですか…!」

 

「さっきたまたま冒険者が落としていった物を見てたら発見したのよ」

 

飄々と流す社長。でも、数多ある鎧とかの中から何故これを…! あっ…!

 

「もしかして…! ハロウィンの時、結局ビキニアーマー着なかったのを…!?」

 

「何のことかしらぁねぇ? それより、そんな恥ずかしがって屈んでいると、よけい緩んで『零れる』わよ?」

 

「もう…! えーい!これでやってやりますよ!」

 

半ばヤケクソである。帰ったら覚えといてくださいよ…!

 

 

 

 

 

 

「―そして、冒険者が距離をとっている場合は攻撃するのを止めましょう。それは上級テクニックですから、先に基本をマスターしないと無謀な特攻となるだけです。 周囲の仲間が冒険者を引き付けている間に、背後を狙う程度に留めておいてくださいね」

 

幾つかの立ち回りを教える社長。私も指示に合わせ、武器を構えたり距離をとったり、社長の攻撃を弾き躱して実演してみせる。視線は気にしない気にしない…!

 

 

 

「ではお次は…肝心かなめの、蓋を開けられた時の不意打ちアタックの説明です。アストー」

 

手招きされ、私は社長の箱の前に片膝立ち。冒険者がよく宝箱を開ける時にとるポーズである。社長は箱に閉じこもった形で解説を続けた。

 

「気をつけるべきは、相手が何人いるか、そして標的がどこに武器を持っているかです。例えば剣を構えたままだと、飛び掛かってもこんな風に返り討ちですから」

 

模造剣を構えた私に向け、社長は飛び出してみる。当然、顔のど真ん中に剣がぐにっと押し付けられる形に。本身ならば、たちどころに復活魔法陣行きである。

 

 

「無理はせず、ベストな瞬間を狙ってくださいね。 相手は宝箱を見つけて気が緩んでます。多少タイミングを逃しても、大体『は?』みたいな顔になってますので、焦らずしっかり仕留めていきましょう!」

 

社長の言葉に、宝箱達は蓋を一斉にギィィと開ける。「はーい」のつもりなのだろうけど、シュールである。

 

 

 

「そして宝箱型と触手型の子たち、相手を中に引き込む際はこんな風に間髪入れず…!」

 

と、社長は一旦蓋を閉じる。直後―。

 

パカッ! シュルッ! グイッ!

 

時間にして一秒もない間に、蓋が開き、触手が巻き付き、私の身体は社長の箱の中に。しかも周りから見やすいように、上半身だけ食べられた形で。

 

見事な早業。常人ならば目で追えないほどの速度である。流石社長。

 

 

…でも、多分傍から見るとお尻丸出しな状況だから、早く戻らないと。 …あれ、なんか胸が…?

 

「…あ。 …ごめんアスト。貴方のブラ部分、外れて床に落ちちゃってるわ…。元々壊れかけだったのね…」

 

「え!?!? あ…!ひゃっ…! は、早く出して…! いやダメ! 早く舞台袖に連れてってください!!!」

 

「だ、大丈夫よ。引き込みがあまりにも高速過ぎて見られてないだろうから…」

 

「いいから早く戻ってください!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日は有難うございました。 おかげでミミック達も一気にやる気を取り戻してくれたようで…!」

 

ぺこぺこと頭を下げながら、報酬を手渡してくれるカチョさん。恥を忍んだ甲斐あって、魔王軍のミミック達は見るからに元気になってくれた。

 

 

ふと、私は悪い癖が出てしまう。気になったことをカチョさんに質問してみる。

 

「そういえば、何故我が社にご依頼を? 中級冒険者以上向けの魔王軍ダンジョンに、他のミミック達もいるはずでは?」

 

わざわざお金を払ってまで私達に頼まなくても、難易度が高いダンジョンには相応の腕を持つミミックはいるだろう。なのに何故、外部に…?

 

 

と、カチョさんは面目なさそうに額を掻いた。

 

「えぇ…それも既に色々試してみたのですが、上手くいかず…。手をこまねいている内に、ついこの間魔王様から直々に呼び出されまして…」

 

うわっ。まさかの展開。ごくりと息を呑む私へ、彼は話を続けてくれた。

 

「どうやら定期報告書をお読みになられたらしく、ミミック達の事を問われて…。無礼を承知でありのまま話しましたら、御社に依頼すれば確実だと…」

 

 

!! まさかまさかの大展開。魔王様から直々に、そんな信頼の厚いことを…! 何故…!?

 

唖然とする私だったが、社長は合点がいったと頷いた。

 

「あら、そうでしたか!  …もう、あの子ったら直接連絡してくれればいいのに…」

 

 

…ん? なんか今妙なセリフが聞こえたような…。 が、社長は何事もなかったようにポンと手を打った。

 

「なら、せっかくですので上位ミミックを数名雇いませんか? 今日の私達のようなカウンセリング兼指南役として。魔王様のご紹介ですし、お安くしておきますよ?」

 

取り出した契約書の値段項目をサラサラと書き直す社長。それをみたカチョさんは目を丸くした。

 

「お…! こんなお安く…! 良いんですか…!?」

 

「えぇ! というかあの子…じゃない。あの方、魔王様のことですから、多分こうしてくれってことでしょうしね」

 

 

 

 

 

 

 

「…社長、魔王様とお知り合いだったんですか…?」

 

帰り際、私は社長に恐る恐る聞いてみる。あの謎の言動、どう聞いても…。すると、社長は「あれ、言ってなかったっけ?」と言う感じで答えてくれた。

 

「んー? 知り合いも何も、結構な古馴染みよ? 子供の時からの付き合いだし、今もたまにお酒一緒に飲んでるし」

 

「…社長、何者なんですか…? もしかして、側近中の側近しか拝見できない魔王様のお顔を見たことも…?」

 

「あるわよ。というか呑むときは一緒のテーブル囲んでいるもの」

 

「ど…どんな顔なんです…?」

 

ずいっと顔を寄せてしまう私に対して、社長は少し考える素振り。そして、答えた。

 

「ひみつ。 …そんな頬を膨らませなくてもいいじゃないのよ。今度機会があったら会わせてあげるから」

 

 



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人間側 ある新米勇者の冒険

 

 

「グエッ…」

 

「ほいさっさ! 一丁あーがり! ちょろいちょろい!」

 

私はピッと剣を払い、軽くスキップしながらダンジョンの奥へと進む。

 

この銅の剣の威力は上々! これなら一人のまま『初心者向けダンジョン』をクリアできそう!

 

 

…でも、なんで王様、これくれなかったんだろう…。くれたの旅人の服と、棍棒だったし…。なに?野盗でもやれってことだったの? 

 

極めつけは資金としてくれたのが50G(ゴールド)って。子供のお小遣いよりも少ないし。 

 

…まあ一応、後から大臣さんが追いかけてきてくれて、相応のお金と銅の剣くれたけどさ。どうせなら兵士の人が持ってる鋼の剣が欲しかったけど。

 

 

…王様もう結構な年だし、ボケてるのかな。私、一応『勇者』だよね…?

 

 

 

 

元々私はただの村娘だった。だけどついこの間、王様の使いがやってきて王宮に呼ばれ、あれよあれよという間に『勇者』に認定されちゃった。

 

なんか、占い師が私を見定めたとか、一般人には見えない輝くオーラが出てるとか、私の攻撃には魔物への特攻効果が自然付与されているとかなんとか言ってたけど、ぶっちゃけよくわかんない!

 

まあでも…剣なんて生まれてから一度も握ったことのないのに、動かし方が手に取るようにわかるんだよね。 そういうことなのかも。

 

 

 

そんな私に王様から課された任は、『魔王を打倒する』こと。なんでも、魔界の奥地に棲むという魔物の王『魔王』は、邪知暴虐の存在らしい。 知らないけど。

 

ただ、出立する前にその魔王の映像を見せてもらった。カーテン越しだったけど、影は大きく、声も肌をビリビリ揺らすほどに恐ろしかった。

 

…ちなみに言ってた内容は、どこどこに新しいダンジョンを作るみたいなことだった。それが悪い事なのかは…うーん、どうなんだろ? 

 

 

ともあれ、王様からお仕事を貰ったということは誉れあること。家にもお金を補助してくれるみたいだし、断る必要はないかなって。

 

結局引き受け、こうして冒険者として活動を始めたというわけ。

 

 

 

 

だけど、流石に戦闘の経験もないままで魔界の奥地までいけるはずもない。ということでギルドのお姉さんからここを紹介された。

 

魔王軍が運営する『初心者向けダンジョン』というとこらしい。魔物も弱く、お宝もあると聞き勇んでやってきた。勇者だけに。

 

因みに、普通の冒険者はダンジョンで死ぬと教会とかの復活魔法陣で復活するらしいけど、私は特別に王宮で蘇る設定らしい。

 

どんな感じに復活するんだろ、ちょっと気になる。

 

 

 

 

本当はダンジョン攻略ってしっかりパーティーを組んで挑むべきなんだろうけど、人を雇うほどのお金はない。というかご飯とかお洋服とかに使っちゃった。だって王都に出てくるなんて初めてだったんだもん…。

 

ということで、腕試しも兼ねて1人で挑戦してみることにしたのである。

 

 

最初こそちょっと心臓バクバクだったけど、蓋を開けて見ればかなり楽勝。どの魔物も動きが緩慢で、武器を振るのも慣れていない感がすごかった。

 

そんな相手に、勇者こと私は無双状態。 そんな戦闘風景を見学してきた冒険者達からの羨望の眼差しが気持ちいい。

 

ついさっきなんて、「どうしてそんな強いんですか!?」って聞かれた。でも、「勇者だから」としか答えようなかった…。自分でもよくわかんないんだから。

 

そういや、冒険者を題材にした小説の中によく無双系の作品はあるけど、その主人公達もその質問にそんな答えを言ってた。なんかその気持ちわかっちゃった。

 

 

 

 

 

そうそう、ギルドのお姉さんとお話していた時に聞いたんだけど…。ここには『ミミック』という魔物もいるらしい。

 

なんでも宝箱に変装して、不意打ちを仕掛けてくる様子。本当に宝箱みたいだったり、本物の宝箱を使っていたりと、ぱっと見での判別は不可能に近いんだけど、ここのダンジョンのは比較的わかりやすいんだって。

 

例えば…あれとか。

 

 

 

 

ポツン…

 

冒険者の通りが多い、通路のど真ん中。部屋でもないそこにちょこんと落ちてるのは一つの宝箱。明らかに怪しいでしょ。

 

ほとんどの冒険者は興味を惹かれこそするものの、大きく距離をとって逃げていく。そりゃそうだよね。

 

それでも不動の宝箱に(まあ宝箱は普通勝手に動かないけど)安心し、中には開けようとする冒険者もいる。ほら、今もパーティーの一つが…。

 

パカッ パクッ!

「ふぎゃっ!」

 

「ああっ! 待てー!」

 

あー、やっぱりミミックだった。蓋を開けた冒険者を見事に咥え、ダッシュで逃げていく宝箱。それを慌てて追いかけるパーティーの仲間達。そのままどっか行っちゃった。

 

若干ほのぼの感があるのは、ここが初心者向けダンジョンだからなのかな。

 

 

 

ダンジョンの道を進めば進むほど、魔物は次々と出てくる。だけど、やっぱりそこまで強くない。

 

そう思うと、さっきのミミックとか結構やり手かも…。全く動かず耐えて耐えて、冒険者が隙を見せた瞬間に一気に食らいつくって。そこら辺にいるゴブリンやスライムよりも腕が良さそう。

 

 

そういえば…受付のお姉さん言ってた。最近、ここのミミックがやけに強くなっているらしい。ちょっと注意しとこっと。

 

 

 

 

 

 

「とりゃっ!」

 

またも容易く魔物達を蹴散らし、とある部屋へと入る。そこには―

 

「あっ! 宝箱!」

 

 

部屋の中心に置かれたのは綺麗に輝く宝箱。やった!と駆け寄ろうとした私は、慌ててピタリと足を止めた。

 

待った待った…! あの感じ、さっき、道の真ん中にいたミミックに似ている…!わざわざ部屋の真ん中で鎮座しているんだもの…!

 

 

超怪しい…! ふと見ると、部屋の端っこにも、もう一つ宝箱が。そっちは寧ろ薄汚れている感じで、如何にも長年使われているといった見た目。

 

ははぁ…読めた! きっと、ミミックが宝箱の場所を奪って擬態してるんだな…! 

 

なら、受けて立つ!

 

 

 

 

意気込んだ私は剣を構え、綺麗な宝箱の前に座り込む。片手で剣先を箱へ突きつけ、もう片方の手で蓋に手をかける。

 

パカッと開いた瞬間、剣をサクッと刺しこんじゃえ! せーの…!

 

 

パカッ! ガンッ!

 

「あ、あれ…?」

 

予想外の手ごたえに、首を傾げる。何かに刺さったんじゃなく、固いのにぶつかった感じの…。

 

恐る恐る蓋をしっかり開けて見ると、剣先は箱の奥にぶつかっていた。しかも中身は空。ミミックはおろか、宝物すらない。

 

 

「なーんだ…」

 

拍子抜け…。きっと入れ忘れか、誰かが取った後なのかも。ちょっと怖がりすぎたかな。

 

あ、そうだ、一応あっちの古い箱も見てみよう。案外お宝入ってたり。

 

 

 

 

 

汚れた箱へ近づき、しゃがむのも面倒なので、剣先で蓋を開けようとする。蓋の隙間に軽く刺して、よっと…

 

「…へ? あれ…!? 開かない…!抜けない…!?」

 

なに…! なにこれ!? 蓋は一切動かないし、その隙間に挟まった剣も、がっちり押さえられている…!

 

まるで力いっぱい噛みつかれているような…! え…あ、もしかして…!

 

 

グイッ!

「きゃっ!」

 

突然箱が動き、大きく捻られる。挟まっていた剣もそれに引っ張られ、もぎ取られてしまった。

 

「もしかして…もしかして…!」

 

ごくりと息を呑む私に応えるように、宝箱は剣をペッと吐き捨てる。その際に中に見えたのは、鋭い牙と真っ赤で大きいベロ。やっぱり…!

 

「ミミックだぁっ!!」

 

 

 

マズい!武器盗られちゃった! 勇者だけど、武器無かったら何もできないもん…!新米だから、初心者だから…!! に、逃げなきゃ…! 

 

 

ベロッ グルッ ガシッ!

 

「きゃあっ!」

 

瞬間、ミミックのベロが伸び、私の足に絡みつく。そして、勢いよく引っ張られズデンと転ばされた。

 

「や、止めて…助けて…!」

 

そのままズルズルと床を引きずられてしまう。暴れても全く無駄。

 

まさか空箱を囮に、わざと古い箱に擬態して油断を誘うなんて…! なんか他の魔物と違って、ミミックだけやけに知的じゃない!?

 

 

ドスンッ

「うえっ!?」

 

そうこうしているうちに、私のお腹にミミックが飛び乗ってくる。振り落とそうとも、びくともしない。

 

ひっ…!目の前に…宝箱からたっくさん生えてる、肉なんて簡単に裂けそうな鋭い牙が…!嫌…嫌…!!

 

「シャアアアアアアア!!」

 

「きゃあああああああっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「おお 勇者よ 死んでしまうとは なにごとだ!」

 

…う、うーん…。この声…王様!?  

 

 

ハッと目を覚ますと、私は王宮にいた。死んじゃったらしい。あっ、銅の剣が無い…!

 

「王様…。その言い方は少々…」

 

「う、うむ…。 そうだ勇者よ、前は碌に装備を渡さずに出立させてしまい悪かった。あの後大臣や娘達から絞られてな…」

 

大臣さんに窘められ、しょぼくれる王様。その詫びに、と言葉を続けた。

 

「鋼の剣と鎧、その他諸々の道具が入ったセットをやろう。持って参れ」

 

王様の指示に、兵の1人が何かを持ってくる。それを見た私は…

 

「ぴっ…!?」

 

悲鳴をあげ、身体を竦めてしまった…。 だって…()()()()()()()()()()()…! しかも、ちょっと古ぼけた…!

 

「どうしたのだ勇者よ。 受け取るがよい」

 

ヤ、ヤダ…! 宝箱怖い…!!!!! ミミック怖い!!!!!

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

場所は変わり、『初心者向けダンジョン』の裏側。そこに戻ってきたのは薄汚れを身に塗った宝箱ミミック。先程まで勇者が持っていた銅の剣を咥え、意気揚々と飛び跳ねながらどこかへ。

 

「お? わ!また仕留めてきたのね!」

 

ミミックが辿り着いた先にいたのは、初心者向けダンジョンにはいないはずの上位ミミック。勿論、ミミック派遣会社からきた子である。

 

 

そんな彼女の胸に、剣を咥えたミミックは飛び込み抱っこされる。上位ミミックはそれをよしよしと撫でてあげた。

 

「良い戦果ねー。 …ふんふん、教えた作戦が上手くいったのね。それはよかった!」

 

ゴロゴロと猫のように喉を鳴らすミミックにお菓子をあげ、上位ミミックは手を長く伸ばし壁際にある表を弄る。

 

 

『今月度の種族別戦果成績表』と書かれたそれには、ゴブリンやスライムの種族名と共に、どれだけ冒険者を仕留めたかが棒グラフ表記で示されている。

 

そしてその中の一つ、ミミックのグラフは、ほぼ0だった先月分と比べて何十倍にも伸びていた。

 

 



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閑話⑤
我が社の日常:ミミック達の訓練風景


 

 

「みーみーっくっ! そーれっ!」

 

「「「ふぁいおっ! ふぁいおっ! 1、2! 1、2!」」」

 

 

会社横にある運動場の一つ。先頭を走る社長の掛け声に合わせ、上位下位問わず、沢山のミミック達が声をあげながら後を追う。描かれたトラックの上を、ぐるんぐるんランニング。

 

走るって言っても、足でタッタッタッという普通のではない。箱に入って飛び跳ね進んだり、地面を滑るように移動するミミック独特の走法である。

 

なお、その際全く砂埃を起こさないで走ることができれば一流の証。…そんなこと出来ないって? うん、私もできない。普通出来ない。

 

出来ているのは社長を始めとした上位ミミック達がほとんど。もしかしたら、数ミリぐらい常に浮いてるのかもしれない。どっかのネコ型なんとかみたいに。

 

 

 

 

社長達がランニングしている理由は別にダイエットとかではない。れっきとした訓練である。

 

 

ご存知であろうが、我が社…『ミミック派遣会社』は名の通りミミックを様々なダンジョンに派遣することを生業としている。

 

それ故、必ず付きまとう問題があるのだ。それは、『ミミック達の腕前の強化』である。

 

 

 

冒険者殺しとして名高い魔物、ミミック。だが、彼女達も初めから最強なわけではない。当たり前といえば当たり前。

 

私だって魔法を習得するには色々頑張ったし、それこそ冒険者達だってほとんどの者は鍛錬を重ねて色んな技を習得している。

 

 

…まあ中には、生まれつきの力で無双したり、神様から授かった特殊能力でうんたらかんたらという人達もいるけども。

 

因みに、そういった連中…驕った者達はミミックにとって一番やりやすい相手だったりする。だって、警戒心ないから簡単に宝箱開けるんだもの。

 

しかも、大体その一回で心折られて引退とかするらしい。挫折を知らないというのも考えものかも。

 

 

 

コホン、閑話休題。ミミック達の話に戻ろう。

 

それと同じように、ミミック達も慣れていないと沢山の失敗をする。明らかにおかしい場所に身を置いたり、冒険者に噛みつこうとして空振りしたり、間違えて他の魔物を食べてしまったり…。そう言った失敗例をあげれば枚挙にいとまがない。

 

普通の野良の子だったらそれで良いのかもしれない。だけど、私達はそうはいかない。

 

なにせ、派遣料金を貰っているのだから。しかもそこそこ高値の。それなのに、非力な子達を送るわけにはいかないのである。

 

だからこその、クオリティ維持のための訓練。ということで、今回はミミック達の様々な訓練風景をご紹介しよう。

 

 

 

 

 

 

「はーい! 走り込み終わりー! 休憩したらそれぞれ指定の訓練に移ってねー!」

 

社長の声が聞こえる。そしてどやどやと皆がやってきた。私もお仕事お仕事。

 

「飲み物用意してありますよー。お好きなのどうぞー!」

 

食堂から貰ってきていた水やお茶、スポーツドリンクを手渡していく。勿論量が沢山あって運ぶのは大変だけど、専用のカートあるし、補給担当のミミック達がほとんど運んでくれるから楽だったり。

 

 

「アスト、お水ちょうだーい!」

 

と、社長が私の元に。ボトルを手渡してあげると、腰に手を当てコクリコクリと飲み始めた。

 

「ぷっはっー!冷たーい! そだ、結果はどう?」

 

「そうですねー。今回は特に遅れていた子もいませんので、予定通りで構わないと思います」

 

社長の問いに、手にしていた記録用紙をペラペラ捲りつつ答える。こういった役も私の仕事。なお、合格ラインに満たない子には、社長特製の特別なメニューが…。

 

 

…そう言うと若干の恐ろしさが漂うが、そもそも引っかかる子はほとんどいない。仮に引っかかっても、皆すぐにクリアして復帰する。

 

因みにどんな子が該当するかというと…

 

 

 

 

「よし!じゃ、アストはいつも通りお願い。私は特別メニューの監督に移るわね」

 

キュポンとボトルを締め、腕をぐるぐる回す社長。そしてぐいっと触手を伸ばし掴んだ先には…。

 

「ぴっ…!?」

 

ちょっとふくよかな感じになった上位ミミックが。

 

 

「太るのは構わないけど、能力を上手く使えなくなってるのはマズいわよねぇ?」

 

「ゆ、許して社長ぉ…!」

 

にっこり笑顔な社長に、震えながら命乞いをする上位ミミック。残念ながら、答えは…。

 

「だ・ぁ・め♡ てか、貴方食べ過ぎなのよ!この間なんて、寸胴のかぼちゃカレー全部ひとりで食べてたし!私もあれ食べたかったのに!」

 

少し私怨が入ってるが…。大体はあんな感じに食べ過ぎだらけ過ぎの子達。さっきダイエットじゃないとは言ったけども、ぶっちゃけダイエットである。

 

「ほら、キリキリ歩く!」

 

「ひええええええい…」

 

半ば引きずられるように社長に連れていかれる、ふくよか上位ミミック。太りにくいはずのミミックが太るっていうのは相当なので、特殊メニューを課されるのもむべなるかなと…。

 

 

 

 

 

さてと、社長が連行していったところで私も次に移ろう。私は秘書なのでミミック達みたいに鍛える必要はない。時折参加させてもらっているけど、それこそダイエットのため。

 

だから訓練時に託されている仕事は、各訓練場所の視察及び記録回収、お水配布やちょっとしたお手伝い。まあ言ってしまえば雑用係である。

 

ということで飲料カートを引きレッツゴー。あ、勿論プロテインも完備だったり。

 

 

 

 

 

「位置について…よーいスタート!」

 

運動場の一角。監督役ミミックの合図と共に、沢山のミミック達が箱から箱へと飛び移っていく。如何に迅速に、的確に箱を変えられるかの訓練である。

 

ずらっと並べられた大小形様々な箱がぴょこんパカンパタンと開き閉まりをしていく様は、まるで波のよう。速いミミックは、移動する姿すら見えない。

 

如何に早く、バレずに箱替えを行えるかは案外重要。例えば冒険者から逃げる際に、箱を即座に変えられれば逆に好機となる。

 

それだけじゃなく、身体を自在に動かす練習ともなる。蓋を開け、飛びかかり、蓋を閉める。その一連の動作は、冒険者を捕まえる際に絶対活用するものだから。

 

 

 

「もっとよ…もっと…もっと集中して…! 箱の模様をよく見て、染み一つすらも真似るのよ…!」

 

一方、箱泳ぎから少し離れた場所では、下位ミミック『宝箱型』の子達が集まり訓練している。

 

彼らは他のミミックとは違い、外殻自体が宝箱の見た目。だから、入っている箱を変えることは出来ない。最も、少し大きめの箱に無理やり入るって方法はあるけども。

 

そんな宝箱型ミミック達は、代わりに特殊な能力を持っている。それは、『表面の模様を変えられる』というもの。

 

日に制限こそあるが、カメレオンのように自在に変色可能。赤い宝箱にも、青い宝箱にも、金色宝箱にも、木目調にも竜の紋章にも。虹色に輝くことだって。

 

ただし、それは我が社オリジナルといってもいい。社長が編み出した技で結構訓練しないと使えない技なのだ。

 

 

ところで今日の箱は…大きな向日葵が描かれた宝箱。熟練の子達は見事に寸分違わぬ絵を身に浮かべている。種や花びら、端についた絵の具汚れまでくっきり。

 

 

因みに新入りの子達も参加しているのだが…。あ…!面白いことになってる…!

 

あそこの子は、クレヨンで描いたような向日葵になっているし、向こうの子は種部分がメロンパンみたいに。

 

更に奥の子は、やけにデフォルメされた丸っこい向日葵で、その横の子は…ん…!?

 

なにあの向日葵…!? やけに芸術的というか…名画というか…とある著名な芸術家の一枚と言うべき素晴らしい色使い…!タイトルはそれこそ『ひまわり』というべき…!

 

…モデルの箱とは全く違う絵だけど、将来有望な子な気がする…!

 

 

 

 

 

あ、そうそう。新入りの子達といえば、丁度あの訓練をやっているとこかな。見に行こう。

 

 

 

「そぅれ! ホップステップジャンピング! アーンド 蓋パカパカ!」

 

別の運動場。そこで行われているのはジャンピング訓練プラス、蓋開閉訓練。宝箱がぴょこぴょこ跳ね、蓋をパタコンパタコン鳴らしている様子は奇妙ながらもちょっと可愛らしい。

 

 

ミミックの攻撃方法は様々だが、その中でも王道なものがある。それが、あれ。『蓋を鳴らして脅しながら、飛び跳ね襲いかかる』技である。

 

冒険者の方ならトラウマになっている方もいるのではないだろうか。蓋と牙をガキンガキンと打ち鳴らし、食らいつかんと跳ね回る宝箱を。

 

ここはその練習中。新入りの子たちはまずそれを覚える。それさえ覚えれば、敵対魔物を追い払えるし、冒険者に噛みついてダメージを与えられるから。

 

 

 

そして、その横で平行して行われている訓練がある。全ての訓練の中で、最も重要と言っても過言ではないそれは、『相手を呑み込む』訓練である。

 

ミミック達曰く、これが最も辛く大変な様子。それもそのはず、自分より大きい相手を小さな箱の中に引きずりこまなければいけないのだ。

 

普通の魔物ならまず無理な、ミミックだからこその芸当。常に全員に向け行われる訓練であり、今も初心者熟練者入り混じって練習が行われている。

 

それでも、コツさえつかんでしまえばお茶の子さいさいらしい。どんなコツかって聞いても、「えいやっ!て言う感じ」としか答えられないぐらい感覚の話のようだけど。

 

 

食器、鎧、武器、宝箱に大岩…大小さまざまなものが用意されているが、慣れない内はあそこのミミックのように、箱の端にガンガンとぶつけてしまうだけ。

 

上手な子は…ほら、あそこでやっているように、鎧を装備したマネキンを一瞬で引きずり込んで、蓋を閉じ、全てを脱がした形で吐き出している。あそこまで行けば折り紙付きである。

 

因みに、時折外した鎧を食べちゃう子もいる。外して吐き出すのが面倒なので、そのまま消化しちゃえという流れで。 …別段問題は無く、身体に異常は全く及ぼさないらしいのだけど…。見ている方は心配で仕方がない。

 

 

 

 

「おーい、アスト! 丁度いいとこに!」

 

と、そんな折、どこからかおっきな声で呼ばれる。見ると、運動場の端に作られている人工洞窟の前で手を振る姿が。

 

「なんですかー?ラティッカさん」

 

そちらへと赴きながら、声の主の名を呼ぶ。『箱工房』のリーダー、ドワーフのラティッカさん。彼女も訓練の手伝いをしているのだけど…。

 

 

「いやそれがよ、洞窟に進ませるこいつが急に故障しちまって…。悪いんだけど、直してる間だけ代わりにやってもらっていいかい?」

 

頭をポリポリ掻くラティッカさんの背後には、剣を地面に刺し片膝をついた人型ゴーレム数体。しかも冒険者装備をしている。

 

あれは箱工房謹製の、自動で動き戦うゴーレム。ロボット…いやオートマタと言った方が正しいか。私の魔法とラティッカさん達の技術によって作り上げられた代物である。

 

なんのために作ったのか。それは、『潜み訓練』の一環として、ミミック達に襲わせるためである。

 

 

 

潜み訓練―。要は実戦に近い訓練である。洞窟内にある宝箱に違和感なく隠れて、相手を仕留める練習のこと。

 

基本その相手役…冒険者役は監督である上位ミミックが行うのだけど、何分広い洞窟内を回るのは時間がかかる。

 

それで、作られたのが通称『冒険者オートマタ』。宝箱を感知し、開け、戦闘もできる優れもの。ミミックの動きに点数評価だってつけられる。

 

…なのだけど、故障が多い。そういう時は仕方ない。私の出番である。

 

 

 

「わかりましたー。では…」

 

コホンと一つ咳払い。意識を集中させて…と。

 

「『我が眷属よ、分身よ 冒険者の如く 洞窟を探索せよ』―!」

 

そう詠唱し、指をパチン。すると、私の前に大きな魔法陣がブオンと現れた。

 

そこから光と共に現れたのは、手乗りサイズの小悪魔達と、私の姿をした顔の無い分身たち。彼女達は一斉に洞窟へと駆けこんでいった。

 

 

これは私の魔法の一つ、召喚魔法&分身魔法。命令を『探索』にしているので、勝手に宝箱を開け、ミミックに襲われ、戦ってくれる。

 

因みに情報は主である私にフィードバックされるので、各ミミック達がどんな感じに私の使い魔達を倒しているかは手に取るようにわかる。おかげで記録もとりやすい。

 

オートマタの調子が悪い時は、私がこうやってお手伝いすることもしばしばなのだ。

 

 

 

…ところで、ミミックに食べられると何が見えるか知っているだろうか? んー…なんて言うべきか…。宇宙が見えるというか…4次元空間的雰囲気というか…そんな物が写るのだ。

 

それを見ると、なんか気が発散していってしまう。いくら熟練の腕の持ち主も、チート能力持ちも、力が抜けたようにへなへなと。そうなってしまえばただご馳走様されるだけ。

 

ミミックに食べられた人が碌に抵抗できないのには、多分そのせいもあるのだろう。秘書を務めている身だけども、まだまだ謎の多い魔物である。

 

 

…なんでそんな話を突然したのかって? それは簡単。先程、呼び出した使い魔達の情報は私にフィードバックするとお伝えしたのを思い出して欲しい。

 

当然ミミックに食べられた使い魔が、消滅する前に送ってくる情報は、それ。

 

あぁ…宇宙が…時が見える…。 身体の力が…がががが……。

 

 

 

 

 

 

オートマタもなんとか直り、ラティッカさんに託しその場を後に。他にも各所を周り、気がつけば引いていたカートも空に。一回補充に戻ろっと…おや?

 

 

「ひぃ…ひぃ…もうやだ…もう食べ過ぎません…しっかり運動します…」

 

自らが入った箱を引きずり、這う這うの体で現れたのは…社長に特別メニューを課された上位ミミック。

 

先程までふっくらしていたその身は、今や完全に引き締まり元々の体型に戻っている。…というかぶっちゃけ、若干やつれ気味&燃え尽き気味。

 

ご心配はいらない。社長の特別メニューを受けたミミックは皆ああなる。あとは適度なご飯を食べて、お風呂入って、寝れば完全復活するから問題ない。

 

 

 

…え、特別メニューを『皆すぐにクリアする』ではなく、『すぐにクリアしなきゃいけないほど超スパルタ』なんじゃないかって?

 

ふふっ、ヤダナー。ソンナコトナイデスヨー。

 

 



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顧客リスト№31 『ゴーレムの基地ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

ゴオン ゴオン

 

キュイイイイイ

 

ピピピピピピ…

 

 

至るところから聞こえてくるのは、駆動音や電子音。無機質的な壁からは、光が幾何学模様の線として輝いている。

 

また、別の場所ではコードやホースのような管が大量に詰まっており、ごちゃっとした様子も見受けられる。

 

こういうのを、『近未来的』というのだっけ。んー?なんか違う? あれ、この世界の近未来ってなんだろ…?

 

というかそもそも『世界観』が……ま、いいや。

 

 

 

本日もまた依頼でとあるダンジョンを訪問中である。しかしここ、今までお邪魔させてもらったダンジョンと比べると中々な異様を誇っている。

 

 

普通ダンジョンというのは、岩や木や、土や煉瓦を始めとした壁床天井。勿論野外やお城、蜂の巣だったりと例外も沢山ある。

 

だけど、ここ『基地ダンジョン』は違う。こう言うのもあれだけど…温かみが少ないというか…。

 

 

先程述べた通り、壁も床も天井も、鉄…なのかな?を使ったのっぺりとした感じで、そこから漏れ出る人工的な光が辺りを照らしている。そのおかげで明るいのだけど、どこか暗めの印象もあるっちゃある。

 

というか、窓がないのだ。時刻は真昼だっていうのに、どこからも日光が入ってきている様子はない。

 

そんな閉鎖的空間…いやダンジョンって基本閉鎖的か。 そんな近未来的な空間にいる魔物達だが、これまた変わっている。

 

 

 

ズゥン…ズゥン…

 

「おー、立派ねぇ」

 

感嘆の声をあげる社長。目の前を歩いていくのは、巨大な人型人形『ゴーレム』。肩も足も太く、角ばっており、金属を主体にして作られている様子。

 

その他にも、マネキンのようなゴーレムや、空をプロペラで浮遊しているゴーレム、犬型を始めとした四足歩行型も。

 

勿論、冒険者がよく見かける煉瓦製の大きいゴーレムもいる。ゴールデンなのも…。

 

ん? ゴールデン二種類いるような? 片方は金ぴか人型巨大ゴーレムだけど、もう片方は…あれはどちらかというとケンタウロス…? 金ぴかだけど、ドラゴンを模した下半身だし。

 

 

 

 

さて、彼らゴーレム…『ロボット』『オートマタ』とも言われる彼らは、大きく二種類に分けられる。

 

内一つは、人形のような存在。これは製作者の命令に従い、定められた行動をする。意志は無く、道具と同義である。私達が作って訓練に使っているのもこちら側で、冒険者達にも使い手はいる。

 

もう一つ、『自分の意志を持つ』存在がいる。お肉ではない、金属や木材、機械の身体を持った『魔物』である。そちらは通称『アンドロイド』とも呼ばれている。

 

 

…まあ別に、深く考える必要はない。ゴブリン族、エルフ族、悪魔族と同じように、『ゴーレム族』という不思議な魔物だと認識して貰えれば。

 

ゴーレム達だってお肉な私達を不思議な存在だと思っているらしいし、お互い様なのであろう。

 

 

というか、ゴーレム達よりもっと不思議な魔物(ミミック)が私に抱えられているんだから、なにを今更…。

 

 

 

 

 

 

話は変わるが、普段こういったダンジョン訪問の際は私と社長がセットで行く。逆に言えば、それ以外の付き添いはいない。

 

…のだけど、今回は違う。ゴーレム達から依頼が来たと聞き、「是非同行させてくれ!」と詰め寄ってきた人達がいる。まあ、想像に難くないだろうけど…。

 

 

「いやあ! あのゴーレム外装の見事な曲線、いい仕事してんじゃないか!」

 

「むむっ…無駄を省いた合理性…それでいて美すらも感じさせる…!素晴らしいね…!」

 

「おおお! あそこの戦闘用ゴーレム、手についているのってアダマンタイトじゃないか! あっちの剣はミスリルだって!!?」

 

 

うるさっ。 私の背後で目をキラッキラ、鼻をフンスフンス、興奮しハイテンションな声をあげているのは、我が社の箱製造部門『箱工房』に勤めるラティッカさん達ドワーフの面々である。

 

 

彼女達曰く、この『基地ダンジョン』というのは、モノづくりを生業としている者達(主にドワーフ)にとって伝説的な場所らしい。ただ、アポがまともにとれないんだとか。

 

その理由は、『そういう人達は事あるごとにゴーレム達を解体しようとするから』らしい。内部構造が気になる気持ちはわからなくもないが、酷い理由である。

 

 

それ故、一応許可は貰ったとはいえ、私も社長もラティッカさん達を本当連れてきて良いか迷った。

 

でも、駄目っていったら子供の如く床に転がって駄々を捏ねそうだったから…。というか、実際床に大の字になってやりかけてたし。

 

結局、『もしゴーレム達に無理強いしたら、全員連帯責任で強制的に会社に帰すわよぉ…!』という社長の脅しの元、皆で来たわけである。

 

 

 

 

「な、なあ社長…アスト…もうそろそろ…!」

 

「「駄目 (です)!!」」

 

懇願するように私の裾を引っ張るラティッカさんに、2人揃ってぴしゃりと言い放つ。彼女達、ダンジョン内の探索をしたくて仕方がないのだ。

 

でも、まだ依頼主の方と顔合わせすらしていないのに勝手な行動をさせるわけにはいかない。もう…普段は豪放な人達なのに、ここに来てから本当に子供みたい。

 

 

 

 

 

 

グオオオオオン…

 

「「おおおー…!」」

 

各所にある様々な装置…電磁エレベーターやワープシステム、空中に浮かぶ謎のグラフを堪能しながら奥へ。なんかドワーフ達が目を輝かせる理由がわかってきた。

 

特に『動く歩道』。これは我が社にも至る所にあるが、魔法を使ったそれと比べてシステマチックでメカニカル。しかも時折ゲーミング。

 

…でも、ちょっと目が痛いかも。もしラティッカさん達が「会社をサイバーパンクにしよう!」とか言ったら止めよう。絶対チカチカする。

 

 

 

そんなこんなで最奥部に到着。かなり広く、天井もとても高い。と―。

 

「いらっしゃいませ、皆様」

 

ウィーンと音を立て、誰かがクレーンに乗って降りてくる。そして私達の前にスタンと降り、分度器で測ったような精巧な角度でお辞儀をしてくださった。

 

「私が皆様に依頼を致しました『α型ヒューマンゴーレム:タイプガイノイド:識別番号A-339』。個体名を『アミミク』と申します」

 

 

…何言っているかはちょっとよくわからないけど、こちらが今回の依頼主、アミミクさん。女性アンドロイドのゴーレムである。

 

作り物の様な美しい顔に、グラスファイバー?を使った髪が仄かに色鮮やかに煌めいている。髪留めも、四角張っていて回転していてなんか格好いい。

 

また、脚や腕は球体関節。すべすべしてる。ただ、着ている服が…。

 

 

「あのー…そちらの恰好は…?」

 

思わずツッコんでしまった。だって…やけにどぎついレオタードを着ているのだもの。そんな悪魔族でも滅多に着ないような…。しかも、関節を隠さない程度の薄手長手袋とタイツまで…。

 

「? あぁ、こちらですか。来客と面会する際は自慢の服を着るのがマナーだと他の子達から教わりました」

 

いやそりゃ機械の身体ならばアレとかソレとか隠すべきものはないかもしれないけど…。セレクトがそれなのは何故…。悪魔族でも滅多に着る人がいない服である。

 

 

せめて道中にいたアンドロイド達のように普通に服とかボディスーツみたいなのを…。そんなことを思っていると、アミミクさんは見るからにシュンと。

 

「…この格好は相応しくないのでしょうか?何分私は旧型なもので、流行がよくわからず…」

 

気づけば光っていた髪色も暗めに。どう弁解しようかと迷ってると、突然彼女は顔をあげ、髪色をパッと光らせた。

 

「なら、いっそ裸になってしまいましょう。 私達ゴーレムは特に服を着る必要はありませんから」

 

「いやいやいやいや! お似合いではありますから! ですから脱がないでください!」

 

恥ずかしさからか、ショートしたかのように突然ふっ切れたアミミクさん。私はそれをなんとか押しとどめるのであった。

 

 

 

 

 

 

とりあえず挨拶も済んだため、ドワーフの皆を解放。彼女達、まるで遊園地に来たかのように一斉に飛び出していった。口を酸っぱくして注意をしておいたから迷惑はかけないだろうけど…。

 

「…あれ? ラティッカさんは良いんですか?」

 

ふと見ると、箱工房の長であるラティッカさんだけその場に残っていた。さっきまであれだけ各所を見学したいと猛っていたのに。

 

「なに、もっと興味のあるモン見つけちまったからね!」

 

彼女はそうにんまりと微笑み、奥を顎で指す。この広い最奥部の奥には…。

 

「なんですあれ?」

「うーん? よくわからないわね…」

 

暗くてよくわからないけどなんか超巨大な何かがあるような…。私と社長が首を捻っていると、ラティッカさんが笑いながら急かした。

 

「まあその話は後で良いさ。ほら、アミミクさんがお待ちかねだよ!」

 

そうだった! 早速商談に移らないと!

 

 

 

 

 

「ざっと見た感じ、結構な箇所にトラップなりなんなりの防衛機構が組み込まれてるみたいだけど、あれじゃ冒険者を防ぎ切れないのかい?」

 

口を切ったのは結局ラティッカさん。今回は技術屋である彼女に任せた方が良さそうかも。

 

アミミクさんもそれに応えコクリと頷く。すると、髪飾りがガシャンと動き、円型になって赤くなった。当たり?

 

「はい。一般の冒険者であればそれで対処が可能ですが、少々厄介な方々が侵入してくるようになりまして」

 

 

 

「厄介?」

 

首を傾げる社長。アミミクさんは言葉を続けた。

 

「その方々は強力なバリア魔法の使い手です。電撃トラップも、レーザートラップも、火焔トラップもそれで防がれてしまい、意味を成しません。加えて―」

 

そこで一旦言葉を切る彼女。すると、髪飾りが雷のような形となりピカッと黄色く光った。

 

「私達を、強制的に『行動不能』に陥らせる特殊な魔法を使ってくるのです」

 

 

 

 

「強制的に行動不能…『麻痺』ですか?」

 

思いつく状態異常をあげてみるが、アミミクさんは横に首を振る。そして髪飾りがガシャンと変化し、緑の三角マークに。惜しいらしい。

 

「症状としてはそれに酷似していると言えます。ですが、私達ゴーレムや、設備にだけ効く特殊な魔法だと解析結果が導き出されています」

 

「なるほど、だから私達の会社に依頼を…」

 

ゴーレムしかいない此処で、そんな魔法は最凶。他の魔物に倒してもらうしかない。藁をもつかむ…ファイバーをもつかむ気持ちでの依頼であろう。

 

 

 

「因みに何かを盗られたりとかは?」

 

今度は社長が問う。すると、アミミクさんの髪飾りは今度は下矢印型へとガシャン。何にでもなるな、あれ…。

 

ん? 矢印が指しているのって…アミミクさん自身の身体?

 

「盗られるのは、私達の素体です。あの魔法を受けている間に、冒険者達は私達の身体を壊し、持って行ってしまいます。私も幾度か奪われてしまいました」

 

「えっ!? 大丈夫なんですか!?」

 

思わぬ回答にびっくり。しかしアミミクさんは意外と平然と。

 

「はい。私達は核さえあれば頭だけでも問題なく稼働できます」

 

こんな風に、と彼女は頭をカコンと外してみせる。 デュラハンみたい…。

 

「『身体を盗られても無事。そう、Androidならね。』というべきでしょうか」

 

なんかどこかで聞いたような…そしてなんか違うような…。

 

 

 

 

 

「ご事情はわかりました。今すぐにでも派遣したい…のですが、その前におひとつお聞きしたいことがありまして」

 

商談は纏まりかけ…その矢先、社長がちょっと苦い顔を浮かべた。

 

「食べ物の確保に若干の難がある気が…。 確か皆さんの食事って…」

 

そうだ、その問題があった。アミミクさんはちょっと小首を傾げながら答えた。

 

「私達ゴーレムの食事は、魔力及び機械オイルやエネルギーを充填するシステムです。ミミックの皆様はそれには対応されておりませんのでしょうか…色々食べることが出来ると聞いたのですが…」

 

「うーん…。流石に毎回それはちょっと…週数回程度ならまだしも…」

 

悩みつつ答える社長。一応大丈夫なんだ…。

 

 

するとアミミクさん、今度はとんでもない提案をしてきた。

 

「ならば専用の生産ロットを作れば、冒険者を使って缶詰を…」

 

「ちょ、ちょっと…!! それ以上は…!」

 

慌てて止めに入ってしまう。ん?…でも…ミミックは冒険者を食べるし…あれ…?良いのかな…??

 

「んんー、なんかそれはねぇ…」

 

と思ったら、社長も若干NGらしい。そして、何故か私に振ってきた。

 

「アストは食べたい?」

 

「え゛。いいえ…私は遠慮しておきます…。というか勘弁してください…」

 

 

でも、まさかここにきてそんな問題にぶち当たるとは。どうすべきか頭を捻っていると、アミミクさんは髪飾りを電球型にして光らせた。

 

「なら、ワープシステムを御社と接続いたしましょう。食事時はそれで行き来することを提案します。勿論、ワープで消費されるエネルギーは私達持ちで」

 

「それならオッケーです!」

 

社長が手を打ち、解決。良かった良かった。

 

 

 

 

 

「では、どう配置しましょうか。バリアを張って移動しているとなると、奇襲だけでは上手く倒せない可能性が高いですし…」

 

次なる問題は、ミミックの置き場所&戦い方。すると、満を持してというようにラティッカさんの自信満々な声が響いた。

 

「まーかせときなってアスト! ここからはアタシらの出番ってわけだ!」

 

 

 

ズイッと前に出たラティッカさん。奥にある巨大な何かを指さした。

 

「アミミクさん。奥のアレ、もしかしてミミックの力を使おうとしていないかい?」

 

それを聞いたアミミクさんは目を丸くし、髪飾りをビックリマークに。

 

「! お察しの通りです。私達の身体では上手く扱いきれず…。ですので、耐久力に秀で、触手による同時複数操作が可能なミミックの方々の力を借りようと思っていた所存です」

 

「良いねぇ。なら、アタシら『箱工房』のドワーフ総出でチューンアップを手伝わせてくれ!」

 

「こちらからも是非」

 

 

…よくわからぬままトントン拍子に進んでいくお話。社長と私が唖然とする中、ラティッカさんはこっちを振り向き微笑んだ。

 

「ということだ社長、アスト。ちょいとアタシらはここで居残りさせてもらうよ!ついでにうちの『冒険者オートマタ』の強化方法も教わってくるとするか!」

 

 

何はともあれ、任せてよさそうではある。社長は一つ咳ばらいをし、アミミクさんに向き直った。

 

「では、派遣決定です!アミミクさんとミミックで冒険者をミックミックにしてやりましょう!」

 

 

「…なんですそれ?」

 

謎の擬音語が気になり、聞いてみる。すると返ってきた答えは…。

 

「特に意味はないわ! 名前似てたからモジっただけよ!」

 

 

 



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人間側 ある魔法使いへのロボ

 

 

「はーいバーリア! ざんねーん、触れられませーん!」

 

張ったバリアの表面にカンカンギンギンと弾かれる攻撃に向け、私はベロベロバーと舌を出して煽ってやる。弾丸も、剣も、噛みつきも、巨大ゴーレムの拳だって、ぜーんぶ防げちゃうんだもんね!

 

 

ここはゴーレム族が棲む『基地ダンジョン』。至る所に防衛設備があり、侵入はかなり厳しいとされてる。

 

だけど、私にかかればそんなの無駄無駄!いくら苛烈な攻撃でも、全てバリアで弾いちゃえばいいだけなんだから!

 

 

 

私のジョブは『魔法使い』。でも、そんじょそこらの子たちと比べないでほしい。だって私は若くして、ある魔法を極めたんだから!

 

それは、今私が使っている『バリア魔法』。戦士の持つ盾のように、あらゆる攻撃を弾く魔法の壁。ただ…ちょっと普通の魔物とか、魔法相手には効きが悪かったりするんだけど…

 

ケホン…ううん!それも今は関係ない! 私のこのバリア魔法、何故かゴーレム達には無類の強さを発揮するの。

 

だから、ここは私にとって最高の稼ぎ場所。ゴーレム達の身体はすっごいレアな金属や鉱石素材から出来ているから、一気に大金持ちも夢じゃない!

 

…まあ、ゴーレムを砕く際に、お人形を壊すようでちょっと気が引けるけど…。慣れたらもうお金の山にしか見えなくなっちゃった!

 

 

 

ふふ…それに、ここに潜ることになってから、さらに対ゴーレム最強の魔法を覚えたの。それが…これ!

 

「食らえー! E・M・P!!」

 

バリアの内側にいたまま、杖をえいやっ!と振る。すると、杖先に紫のバチバチな珠が発生し、バシュンと撃ち出された。

 

それはバリアを抜けて、外にいた巨大ゴーレムの一体にバチンと当たる。そしたら…!

 

「ゴ…ゴゴギガ…ガ…」

ズゥン…

 

ね!見た見た? ゴーレムが突然電源が切れたようにバタンと倒れたでしょ?凄いでしょ!?

 

これが私が覚えた魔法、『EMP魔法』!意味は…

 

『【E】いい感じにゴーレムが』

『【M】全く動けなくなって』

『【P】パタンと倒れる』

 

魔法ってこと!ふふーん。ま、工学?科学?なんてよくわからないモノ、魔法の前には一捻りってことね!魔法最強!

 

 

 

「おーい…悦に入ってるとこ悪いんだけど、はやく回収しちゃおうぜ。そのいーえむなんとか?ってのも10分程度しか効果ないんだろ」

 

と、パーティーメンバーがちょいちょいと私の肩をつついてきた。もー…これだから男って…。余計な一言を言うんだから…。

 

 

 

「いっけー! EMP乱射!」

 

一気に魔法をばら撒き、襲い掛かってきていたゴーレム達や各迎撃装置も止めちゃう。ピカピカ点滅していた変な板も、グオオンと動いていた機械も全てストップ。これで良しと。

 

「じゃ、さくっと壊して素材貰っちゃお!」

 

と、バリアを解除し、倒れたゴーレムに歩み寄ろうとした時だった。

 

 

 

キュイイイイイン…!

 

「―! 何の音だ…!?」

「増援か!? おい…!」

「わかってるわよ! バリア!」

 

どこからともなく聞こえてきた異音に警戒し、再度周囲にバリアを張る。その直後―。

 

「わっ! ケホケホッ…迎撃装置で出た煙でむせるわね…」

 

「ということは侵入者が近いってことでしょ! あっ!いたいた!」

 

 

どこからともなく走ってきたのは、二本脚のゴーレム…じゃない!!なにあれ!?

 

そのゴーレム?はローラーで走っているのか、脚は動かないまま滑るようにこちらへと迫ってきている。…のだけど、上半身がおかしい。

 

だって…腰から上には宝箱が乗っかっているだけなんだもの!

 

 

 

「お、おい…あれミミックじゃないか…?」

 

「ほんとだ…上位ミミックだ…隠れてすらいない…」

 

突然の変な敵に全員で呆然としていると、あっという間にミミックは接近。そして…。

 

「「どーん!!」」

 

うええっ!? 勢いよくバリアに突撃してきたぁ!?

 

 

 

ビキキキキ…!

 

「うおっ…!? おい!バリアにヒビが入ったぞ!?」

 

慌てるメンバー。こんなの私も予想外…!だって、ゴーレム達の猛攻を凌げるはずのバリアに、一瞬にして亀裂が…!

 

「あら? 案外脆いわね。ゴーレム専用のバリアだったり?」

「もっかいぶつかれば割れそうね!」

 

キュイイイイイと駆動音を鳴らし、助走をつけるミミック。しまった…!バレちゃった…!なんとかして止めなきゃ…!

 

でも…どうしよう…!私、攻撃魔法はからっきしなのに…!

 

「あっ!そうだ! ミミックが乗っているあれって…ゴーレム?でいいんだよね! なら…」

 

あれが効くはず…! 詠唱して、チャージして…!

 

「『E・M・P』!!」

バシュンッ!!

 

バチバチと音を立てる紫の球が、勢いよく杖先から発射される。当たればきっと…!

 

「ほっ!」

「よっと!」

 

へぇ…!? ミミックのゴーレムの脚が華麗なターンを描いて、躱されちゃった…!!

 

 

 

「も、もっと発射!」

バシュンッ!バシュンッ!バシュンッ!

 

焦ってEMP魔法を打ち出しまくる。ど、どれか一個でも当たれば動きを止められるのに…!

 

ヒョイッ

「甘い甘い! 当たらなければどうということはないのよ!」

 

ヒョイッ

「またハズレー! ターンピックが冴えてるわ!」

 

だ、駄目だ…。全然当たらない…! きっと弾幕が薄いんだ…!も、もっと…もっと撃たないと…!

 

「ちょいちょい。貴方、私達だけに集中してていいのかしら?」

 

「へ…?」

 

上位ミミックにそう言われ、思わず手を止める。すると、聞こえてきたのは…

 

バラバラバラ…

 

 

プロペラの音…? ということは…上!?

 

「はーい!ドローン便でのお届け物でーす! 印鑑は要りませーん!」

 

ミミックの言葉に釣られ、ハッと上を見上げる。その直後…!

 

バギィ!

 

「「「「わああっ!?」」」」

 

空中に飛んでた小さい何かから、宝箱が投下される。それは見事にバリアを貫き、私達のど真ん中に着地し―。

 

「シャアアアアアアアッ!」

 

白く尖った牙と、赤い舌を煌めかせた。って、これ…!!!

 

「「「「ミミックだぁ!!」」」」

 

まさかまさかのバリア内部への侵入。驚き慌てた私達が取った行動は…

 

「逃げろーー!!!」

 

その場からダッシュでの逃走だった。

 

 

 

 

「待て待てー!」

「早く逃げないと追いついちゃうわよー!」

 

楽しそうに追いかけてくるミミック達から、私達は必死に逃げる。しかも空からはミミックをつけたドローンも。更に更に、ゴーレム達まで。

 

「来ないでー!!」

 

私はただひたすらにEMP魔法を乱射してまくって逃げるしかなかった。動く歩道や、床掃除している小さく平らなゴーレムに当たりはすれども、ミミック達には全く当たらない…!

 

 

「おい!あれ、エレベーターだ!」

 

と、仲間が指さした正面には下に向かう巨大電磁エレベーター。あれにさえ乗れば…!

 

 

「早く乗れ!早く!」

「扉閉めろ!!」

「どれ!?ボタンどれ!?」

「多分これ!! 押すよ!!」

 

ポチッ ウイィィン…ガコン

 

 

「「「「……ふうっ」」」」

 

扉がしまり、動き出すエレベーター。内部にゴーレムやミミックがいる様子も…ない。良かった…。

 

ミミックさえいなければ、ゴーレムだけなら、敵じゃない…!よし、仕切りなおそ!

 

 

 

 

 

 

ウイィィン

 

エレベーターの扉が開き、私達は警戒しながら外に出る。…あれ?ミミックはおろかゴーレムすら一体たりともいない…?

 

しかも、目の前には一本道があり、空中にボウっと浮かぶ矢印マークが「奥に行け」と示しているような…。

 

「…なあ、なんかおかしくないか…? まるで俺達、ここに追い込まれたような…」

 

と、メンバーの1人が呟く。確かにそうかも…。あのミミック達、本気を出せば簡単に私達に追いついてこれそうだったのに…。

 

「もしかして…罠なのかも…! 逃げよ!」

 

そう判断し、脱出口を探そうとした…その時だった。

 

 

ゴォオオオ…ガション!

 

「あ。まだここにいたの?」

「本当に食べちゃうわよぉ?」

 

「「「「ひっ!?」」」」

 

エレベーターの横から、ジェットを吹かしながら降りてきたのは先程の上位ミミック2人。そのゴーレムの脚、そんなものまでついているの…?!

 

「は、走れー!」

 

仲間の号令で、私達は一斉に目の前の道へ。罠かもしれないけど、このまま食べられちゃうよりは!!

 

 

 

 

「へ…?」

「なに…ここ…?」

「ダンジョンの…最奥部?」

「広っ…!」

 

道を突き進んだ先にあったのは、かなり広く、天井も高いドーム状の空間。感覚でわかる、ここがこのダンジョンの一番奥…!

 

…ということは、やっぱり追い込まれたってことよね! うー…!なら、戦ってやる!追い詰められた冒険者はミミックよりも狂暴だってとこ、みせてやるんだから!

 

 

キキィ!

 

と、私達が覚悟を決めたのと同時に、背後からブレーキ音。ミミック達が到着したみたい。よーし…出来る限りの攻撃を…!

 

「ふー! やっとここまで来たわねぇ」

 

「じゃ、()()の起動と行きましょうか!」

 

…え? ミミック達は襲い掛かって来るでもなく、軽く伸び。そして、自身が乗ってるゴーレム脚をポチポチと弄りだした。

 

 

ガコンッ…

 

「わっ…!? なに…!?」

 

突然真上で響いた音に、ビビッて首を竦めちゃう。もしかしてまたドローン? 警戒しながら上を見て見ると…

 

「…クレーン?」

 

動いていたのは、二本のクレーン。しかも、クレーンゲームみたいな挟むタイプの。それは私達の頭上を通り過ぎ…

 

ガシンッ

 

上位ミミックを掴みあげた。

 

 

「「「「ええ…」」」」

 

ゴーレム脚を残し、引っ張り上げられてゆくミミックを私達はあんぐり見送る。クレーンはそのまま、ミミックを連れこの部屋の一番奥へと。

 

「なにしてんだ…?」

「わかんない…」

 

そう眉を潜めてると、メンバーの1人が何かに気づいた。

 

「…ん?おいあれ! 何か奥にあるぞ!?」

 

なんだろ?ミミック達が消えていった先へ、全員で目を凝らしてみる。と、その瞬間…!

 

 

ヴー!ヴー!ヴー!

 

「ひっ…!?」

 

突如として、部屋全体にサイレンが鳴り響く。更に、赤ランプも至る所で光ってる…!

 

と、ザザッとマイクの音の次に、先程の上位ミミック達の声が聞こえてきた。

 

 

「システム起動、私達を生体コントロールユニットとして登録…完了! あ、仮面つけよ! やっぱパイロットには仮面よね!」

 

「メインゲージ、順次臨界。システム、オールグリーン。各レバーを触手で握って…と。さあ、準備オッケー!」

 

なになになになに…!?何が起こってるの…! 困惑していると、ミミック達は声を合わせ―。

 

「「ミミック、行きまーす!」」

 

グポォン…!

 

 

 

 

ひぇっ…!暗闇の中、大きな赤い一つ目が光った…! モノアイ…ううん、違う…大きなランプ…!

 

そして、その赤いランプから光の線が幾つも伸びる。それは巨大な何かの外装を浮き彫りにし…!

 

「なに…あれ…!」

 

「超巨大な…宝箱…!?」

 

 

 

 

姿を現したのは、人の何十倍もある大きさの、とんでもないサイズの宝箱。ただし木とかで出来ているよく見るものじゃない。

 

金属が用いられた、滑らか且つ厳ついSFのようなデザインで、各所に細かなディテールが彫り込んである。このメカメカしさ…まるで…!

 

 

「「すげぇ…!巨大ロボットだぁー!!!」」

 

突然興奮した声をあげる男性メンバー達。目がキラキラしてる。

 

でも…確かにあれは巨大ロボット…!あんまりそういうのに興味のない私でもわかる。つまり宝箱型ゴーレムってこと…!?

 

先程の赤いランプは、宝箱の上部に着いた宝石のよう。あっ…!よくみると、さっきのミミック達がそこに乗り込んでる…!コクピットなのあれ!?

 

 

 

 

 

「さあ冒険者達、このゴーレムに勝てるかしら!」

 

ミミックのその声を合図に、巨大宝箱ゴーレムの横からガシャンと幾本ものアームが出てくる。まるでミミックの触手みたい…!

 

「レーザー発射!」

 

って観察してる場合じゃなーい! 触手アームが一斉にレーザー撃ってきたぁ! 

 

 

「ば、バリア!」

 

間一髪、バリアを張って凌ぐ…でも、あれ…?

 

「防げてる…!」

 

当たればきっと一瞬で復活魔法陣送りの強力レーザー。それが私のバリアで防げてる!そっか、一応ゴーレムの攻撃だから…!

 

「ふ、ふふん! なら恐れることないじゃない!」

 

思わず笑みが零れてくる。これは勝ったも同然…! あんな超巨大ゴーレムの攻撃すら防ぐなんて、流石私!

 

 

 

そう思ってると、またもミミック達の声が聞こえてきた。

 

「あらー。やっぱ効かないかー。残念! じゃあ、アレを使いましょう!」

 

「えぇ、よくってよ!」

 

えー…まだなんかあるの…!? でも、このバリアさえあれば…!

 

「じゃ、操縦任せたわね。私が直々に出るわ!」

 

「はいはーい!」

 

…出る?何かする気? あれ…?コクピットにいるミミックが1人減ってるような…どこに…?

 

 

そんな疑問を吹っ飛ばすように、残っていたミミックの気合の入った台詞が。

 

「スイッチぃ…オン!」

 

 

 

 

ガコンッ ゴゴゴゴゴ…!!

 

嘘…!巨大宝箱ゴーレムの蓋部分が開いた…!? しかも中から現れたのは…おっきな大砲…!?

 

「ミミックレールガン、チャージ開始!」

 

ギュイイイイイ…!

 

強く閃光を放ちながら、チャージされていく大砲。ヤバい、明らかにヤバい…! なんか、普通のバリアじゃ防げない気がする…!

 

と、メンバーの1人がハッと手を打った。

 

「おい…!アレがロボットなら、お前のEMなんちゃらで…!」

 

そうか!その手があった…! 詠唱して…!

 

「E・M・P!」

バシュンッ!

 

撃ち出された紫の球は一直線に巨大宝箱に。的が大きいから外しようが…

 

プヘン…

 

「え…」

 

当たった。だけど…効果なし…?まさか、大きすぎて効いてないの…!? マズい…!もうチャージが終わって…!

 

「発射ぁ!」

 

ドッッッ!!!

 

 

 

 

「バ、バリア複数重ね!!」

 

反射的に、バリアを幾重にも重ねて召喚する。目にも止まらぬ速さで飛んできた砲弾はそれに直撃し…!

 

バチチチチチチッッ!!!

 

凄まじい稲妻が。うぅ…!!バリアに穴が…一枚ずつ突き抜けて…!砲弾が…中に…!このままじゃ…!

 

―ゴトンッ

 

「きゃっ…!あ…ふ、防ぎきれたの…?」

 

有難いことに、全てのバリアを突き破ってきた砲弾は力尽き、私達の足元に静かに転がる。ほっと安堵の息を吐くと、パチパチとミミックの拍手が。

 

「わー!そこまで凄いバリアだったんだ! じゃ、次弾そうてーん」

 

 

 

いやいやいや!もう一発凌げる気はしない! と、混乱したメンバーが私の身体を揺すってきた。

 

「な、なんとかならないのか!? この辺一帯バリアとか、完全無敵バリアとかは!?」

 

「できるわけないじゃない! てか何それ!?小学生じゃないんだから!」 

 

半ギレ気味に、メンバーを叱り飛ばす。さっきから男子みたいなことばっかり…!

 

でも…一つだけ策がないわけじゃない…!!

 

 

 

さっきのEMP魔法。あれはきっと威力が足りなかっただけ…!なら、全魔力を消費して…!

 

杖を構え、魔力を注ぎ込んで魔法を詠唱する。その間に、あの大砲はチャージし始めた。だけど…私の方が早い!

 

「最大出力…! E・M・Pぃいい!!!!」

カッッッ!

 

瞬間、杖先から迸った紫の雷光は部屋全体を包み、視界を真っ白にするほど弾ける。思わず瞑ってしまった目を、恐る恐る開けた時には…

 

 

 

 

 

「…やった…!」

 

周囲のランプも、動いていたクレーンも、巨大宝箱ゴーレムも、全てが黒く沈黙。EMPは見事にきまった!

 

見ると、コクピットのミミックも閃光で気絶してるみたい。やった…!私の魔法の完全勝利だ! あとはあの宝箱から素材を貰って帰…

 

「ここまで食い下がるとは思ってなかったけど…惜しかったわねぇ」

 

 

 

へ…?この声 さっきのミミックの片割れの声…。なんで…

 

「ここよここ。この距離ならバリアは張れないでしょ。ま、もう魔力切れみたいだけど!」

 

ギュルッ

 

急に触手が現れ、私達を一気に縛る。ど、どこから…え…嘘…!! さっき飛ばされてきた砲弾が、パカッて開いて、そこにミミックが…!?

 

「『ミミック』レールガンっていったでしょう? 私が入ってたのよ、この砲弾」

 

そんなの…わかるわけないじゃん…! さんざん正面に出てきてゴーレムで惹きつけておいて…!最後に限って隠れてるなんて、ミミック卑怯…!!

 

 

 

「楽しかったし、楽に復活魔法陣送りにしてあげるわね!」

 

ぐ、ぐええ…駄目だ…これ逃げられない…! で、でも…なんで…

 

「最初から私達を倒せたはずなのに…なんで…?」

 

 

思わずそう聞いてしまう。だって、最初に会敵した際、遊んでなければ簡単に私達を倒せたはずだもん…!

 

すると、それを聞いたミミックはカラカラ笑った。

 

「だって、あのロボット使って見たかったんだもの! ここまで冒険者を連れてこないと使えないし!」

 

そ、そんな理由…。そう呆れていると、そのミミックは少し照れくさそうに。

 

「でも、ちょっと不安だったのよ。あれ(巨大宝箱ロボ)を動かしたの初めてだったから。でも、問題なかったわ! ラティッカ達が良い調整してくれたというのもあるけど…」

 

と、そこでミミックは言葉を切る。そして、ふふんと胸を張った。

 

「ロボットのコクピットも、『箱』だもの! 私達ミミック(箱を使いこなす魔物)には手に取るように使い方わかっちゃった!」

 

なにそれぇ…。そんな主人公みたいな…ガクッ…

 

 



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顧客リスト№32 『魔女の家ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

本日の依頼先のダンジョンは、森の奥深くにある小さな家。お洒落な外観をしていて、こじんまりとした花壇もある。

 

 

へ? こんなところがダンジョンなのかって?まあその疑問も当然。

 

けど、それは家の中に入ればおのずとわかる。そう、目の前にある()()()()()()()()ドアをノックし、勝手に開いた扉をくぐれば…

 

 

 

 

「わぁー! 広ーい!!」

 

歓声を上げる社長。家の中に広がっていたのはなんと、暖色系な石造りの広い空間。明り取り用のステンドグラス窓が天井や壁に並べられ、手練れの職人でなければ描けなさそうな装飾が至る所に彫られている。

 

既にこの場だけで外観の家の大きさは優に超えているが、この場の端からは通路らしき道が幾本も。どうやらここはエントランスで、奥はまだまだ続いている様子。因みにガーゴイルと思しき彫像も置かれている。

 

 

それだけではない、石畳な床には緑のカーペットが引かれており、花が咲いている…。うん、これカーペット状に形成された芝生だ…。因みにそこから伸びた蔦が、壁や柱に絡まり、これまた花束のように花を咲き誇らせている。

 

空中をみれば、燭台らしきものがふわふわ浮いており、そこに妖精達が腰かけ遊んでいる。そして、烏や黒猫も飛んで…。間違いなく飛んでいる。黒猫が。空中を歩いている感じで。

 

そして、極めつけは…。

 

 

「あら、お客さん?冒険者…じゃないわね。 あ、今日来てくださるっていう『ミミック派遣会社』の方かしら?」

 

高い天井から声がする。そこには浮遊する箒に腰かけた、黒いシックなロングワンピースと黒いとんがり帽を被った女性。

 

 

もうお分かりであろう。彼女は、魔女。そう、ここは―。

 

「ようこそ、私達の『魔女の家』へ!」

 

 

 

 

ギルド登録名称『家ダンジョン』。ただそれだけだと通りが悪いからか、『魔女の家ダンジョン』と呼ばれることもしばしば。

 

外は一軒家なのに、中は王城以上の空間が広がっているというとんでもないダンジョン構造。それを成立させているのは、『魔法』である。

 

空間を捻じ曲げ、広くする魔法。それさえあれば狭い家でもこの通り。壁の装飾もステンドグラスの模様も自由に作り替えられる。

 

因みにこの魔法、我が社の建物にも使っているけど…ここまで凄くはない。恐るべし、魔女の皆さん。

 

 

 

少々話がズレるが…『魔女』とは、冒険者がよく就くジョブ『魔法使い』と何が違うかとよく議題に挙がることがある。

 

曰く、魔法を極めた者の呼称。曰く、悪魔と契約した者の仇名。曰く、人に害なす魔法使いの罪名。曰く―。

 

まあ色々言われているけど、実際何が違うのかは私達はおろか魔女本人達でさえわからない様子。案外漠然としているらしい。素性不明、というのも魔女たる要因なのだろう。

 

 

ただ少なくとも、魔法に精通し、危険なこともやってのける彼女達が恐れられている存在なのは確かである。そして、魔女たちはそれを喜んでいる。

 

…ドS的な素質も、魔女には必須なのかな…?

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、うちの家長の部屋まで案内するわね。こっちよ~」

 

箒に乗ったまま、すいいっと移動していく魔女に私たちもついていく。廊下の一つへと入ると、壁は大理石に変化した。

 

更にそこから違う通路へ進むと、今度は丸太壁。さらに行けば、モフモフ毛の壁。やりたい放題である。

 

あと…気になるのが…。

 

 

「あのー…すいません…」

 

「あら?どうしたの?」

 

先行く案内役の魔女の方は、私の呼びかけに小首をかしげる。いや、だって…。

 

「なんか、どの部屋からも変な声が聞こえるんですけど…。『ふっふっふ…』とか『ヒッヒッヒ…』とか…」

 

「あぁ!私達の口癖よ。お鍋とかで調合や錬金する時に、つい口ずさんじゃうの。あとご飯作る際に、お鍋煮る時とかも」

 

 

 

 

 

幾つかの廊下を進み、ダンジョンの奥の方に。その間も(魔女の変な声が度々漏れている)部屋がちらほら。

 

なるほど。このダンジョンは外見から『家ダンジョン』と名付けられたのだろうが、実際の内部の様子も、奇天烈さこそあるが『家』である。魔女たちの集合住宅といった感じか。

 

実際、箒や使い魔に乗って本読んだり魔法練習している魔女たちと何度もすれ違ったし、軽く挨拶も交わした。なおその度に社長は可愛がられ、お菓子やら小さな魔女服やらを貰っていた。完全に子供扱いである。

 

…当の社長本人は楽しんでる様子だからいいか…。気づけばハロウィンにする魔女コスプレみたいになってるし。

 

 

 

 

 

「―よっと。この部屋よ」

 

箒からスタリと降り、目の前にある部屋の扉を叩く案内役の魔女の方。因みに周りの風景は、古城みたい。厳かで少し恐ろしい感じ。

 

なんでも廊下とかの模様替えは、近くの部屋の魔女の趣味となっているらしい。となると、重々しさすら感じられるこの場に居を構える魔女とは一体…。

 

伝書烏による手紙で依頼が来たので、実は初対面。ただ、書かれていた文字はとても綺麗で、サイン代わりに描かれていた魔法陣に触れると、ダンジョンまでの詳細な地図が浮かび上がるという魔法付きの手紙だった。

 

さあ、どんな方が…!

 

 

 

「はぁい」

 

部屋の中から聞こえてくる返事は、妖艶なる声。案内役の魔女の方は、それに名乗り返した。

 

「ウィカです、マギお婆様。『ミミック派遣会社』の方々がいらっしゃいましたよ」

 

「あら…!もうそんな時間…!? あらほんと…!年を取ると時間感覚が狂って嫌ねぇ…。いっそ、時間固定魔法でも使おうかしら」

 

ちょっと慌てた声の後に、サラッとヤバげな台詞が聞こえた気がするけど…。 

 

と、その時であった。

 

 

 

ギィイ…

 

独りでに、重そうな扉が開く。それと同時に、中からはお香の様な煙が帯となって揺蕩ってくる。

 

しかし、部屋内の様子は見えない。光を含んだ明るい靄が、レースのカーテンのように扉奥にかかっているのだ。

 

「ごめんなさいね、直接お出迎え出来なくて…。さぁ、どうぞ中に」

 

手招きされているかのような声に従い、私は部屋へと足を踏み入れる。靄へとぶつかると―。

 

 

 

「…わっ!」

 

一転、景色ががらりと変わる。周囲は大量の魔導書が収められている本棚となった。古城の書庫という雰囲気。魔導書の幾冊かは、表紙を翼のように羽ばたかせ飛んでいるけど。

 

さらに天井には、紐で結わえられ吊り下げられているトカゲやコウモリの干物や、様々な薬草。戸棚には瓶詰の魔法薬や何かをすり潰した粉や花びら。…なにかの目玉まである…。

 

床を見ると、スクロールと思しき羊皮紙やら神やらが無造作に散らかっている。正直、綺麗とは言い難い。あ、でも…道を作るように勝手に動いて近場に片付けられていく。

 

 

本当にどんな方なんだろう…。私よりも何倍も魔法を使いこなしている。そういえば、先程案内役の魔女…ウィカさんは依頼主である『マギ』さんのことを『お婆様』と呼んでいた。

 

なら、お年をかなり召している風貌をしていてもおかしくないけど…でも声はしわがれていなかったし…。

 

そう悩みながら歩いてゆくと、社長が何かを発見したらしく声をあげた。

 

「あっ! 見てアスト! 大釜鍋よ!」

 

 

 

社長が指さした先には、ソファが輪を描くように設置され、柔らかそうなクッションが積まれた広間。リビングっぽい。

 

そしてその真ん中には、私でも簡単に身を隠せそうな大きな釜。中には緑の液体…魔法薬かな? がポコポコと音を立て煮えている。流石魔女。やっぱり必須アイテムなんだ。

 

 

「好きな場所に腰かけてちょうだい。なんならお鍋の中の、もう食べても構わないわ。ちょっと早いけどね」

 

またもどこからともなく声が。すると、近くの部屋の扉が開き、コツコツとハイヒールの音を立て誰かが現れた。

 

「ようこそ。社長、アストちゃん。私が依頼をさせてもらった『マギ』よ」

 

 

 

 

「「…わぁ…!」」

 

私も社長も思わず口を開けてしまう。そこにいたのは、黒いとんがり帽に映える、銀糸の如き長髪を湛えた艶めかしい佳人。ちょっと厚みのある唇と、長いまつ毛、そして泣きぼくろがあだっぽさを強めている。

 

加えて、肌に張り付くような黒のロングドレスのせいで、抜群のプロポーションが丸わかり。というか、胸の部分がかなり開いているから歩くたびに大きなお胸がたゆりたゆりと揺れる。

 

しかも、そこにも綺麗なほくろがぽちりと。サキュバスに負けないぐらい…凄く…官能的…。

 

 

負けた…。私がハロウィンの時にした魔女仮装、なんて貧相だったんだろ…。本物の魔女って、こんななんだ…。

 

 

 

 

 

勝手な敗北感を抱いている中、マギさんはゆったりとこちらへと。私達に隣に座るよう促しつつ、ソファに腰かけた。

 

その座り方も、なんとも妖艶。身をクッションに委ねるように、ドレスのスリットから片足をチラリと見せるように。狙ってやっているわけじゃないと思うけど…。

 

魔性の女、略して魔女。だったりして。

 

 

 

「よっこいしょっと…。 あぁ…駄目ね、年取るとやっぱり掛け声を出しちゃうわ…」

 

と、そんな彼女は自分の口から洩れた一言に溜息をつく。いや、それは若い人でも言う人は言う気が…。

 

てか、本当に年取ってるの…? たしかにうら若き、というほどではないけど、大人の女性の魅力がムンムンというか…。

 

「そう思って貰えると嬉しいわぁ。でも、本当にもう結構な年だもの…」

 

 

 

 

「えっ!?」

 

まさか、心を読…!? 

 

「まあそんなとこね。読む気は無かったのだけど…ごめんなさいね」

 

マギさんはそう謝ってくる。やっぱり心を読まれてた…!凄い…! だけど、そんな年を取ってるようには…。

 

「300は越えているわね。アストちゃんみたいな魔族や、エルフとかと比べれば超高齢というほどではないでしょうけど…私は『人間』だもの。そろそろ身体にガタがきてるのよ」

 

いっそ別の身体に転生しようかしら。そう呟くマギさんに、社長が首を捻った。

 

「えー、でもすっごいお綺麗なお身体ですし、必要あります?」

 

「そうでもないわよ。魔法で無理やりアンチエイジングしているだけ。ほら、私の肌と貴方がたの肌を比べてみてごらんなさい? はりつやが全く違うわ」

 

そう言い、マギさんは腕をスッと出してくる。いや、わからない…。充分きめ細やかで綺麗。皺ひとつない。というか私より綺麗では…?

 

…あぁ!『美魔女』ってこういう人のことを言うんだ…!

 

 

 

 

 

 

色々と談笑をし、紅茶やお菓子も頂いた。因みにその時使った机は魔法陣が組み合わさって即席に完成したし、紅茶セットはどこからともなく浮遊してきた。

 

気づけばマギさんの太ももには黒猫が丸まり、肩には烏が羽を休めている。その様子は、確かに年相応?の穏やかさと抱擁感を感じさせた。

 

 

「へぇー、ミミックって色々できるのねぇ…!」

 

小さな鼻眼鏡をかけ、手渡したミミックカタログを読みこむマギさん。彼女が読み終わった頃合いを見計らい、社長が声をかけた。

 

「因みにどのようなご用命でしょうか? やはり冒険者対策で?」

 

「そうねぇ」

 

と、マギさんは眼鏡を外し、胸の隙間(!)にむにゅんと仕舞う。そして、そのまま引っ張り出してきたのは長キセル。

 

吸っても?と目で問われ、私達は揃って頷く。ありがと、と言葉で返したマギさんが口をつけると、キセルは自然に火がついた。

 

「ふう…」

 

絵になる姿で一服するマギさん。その唇から細く漏れ出た白煙は、空中にふわりと溜まり…。あれこれ、煙草の匂いじゃなくない?

 

「わ! アスト見て!凄いわよ!」

 

突然社長がはしゃぐ。なんと、マギさんが吐いた煙が映像を描き出したのだ。色までついて…!

 

「なんですかこれ…!」

 

「投影魔法よ。面白いでしょう?」

 

 

 

「社長の言う通り、冒険者対策なのは正しいわ。だけど、ここ(ダンジョン)の防衛というよりかは…冒険者を翻弄したり助けたりする役をお願いしたいの」

 

どういうことですか? そう問うより先に、煙は動く。ダンジョン内の何処かだろうか、そこには宝箱がちょこんと。

 

「正直言うと、冒険者の侵入を防ぐだけなら簡単なのよ。ここに住む魔女たちは他の魔女たちと比べても手練れが揃っているしね」

 

でしょうね。というか、マギさん一人で何とかなりそうである。

 

 

と、彼女はキセルをもうひと吸い。そして答えた。

 

「だけど、それじゃあ刺激が足りないのよ。楽しくないの。だからわざと冒険者を招きこんで、魔法のお試し台として利用しているの」

 

ふうっとマギさんが再度煙を吹くと、パッパッパッと映像が切り替わっていく。宝箱だったり、大鍋釜だったり。その中には、沢山の瓶や丸まった紙が。それをバッグに詰めている冒険者の姿も。

 

「冒険者への餌兼ご褒美として魔法薬や魔法スクロールを用意しているのだけど、ミミック達にはその補充をお願いしたいの。転送魔法も結構疲れるから。あと、迷った冒険者を脅かして誘導する役も」

 

 

と、映像がまた変わる。そこには明らかに迷ってしゃがみ込んでいる冒険者パーティー。「もう歩けない…」と泣いている。

 

「ここって、広い上に道が勝手に変わるように作ってあるのよ。だから、私達でも慣れていないと迷うの」

 

…良かった、案内役の方がいて。まあ社長いるから大丈夫だっただろうけど。

 

 

「あとは…勝手に魔女の部屋に入ってくる不躾冒険者を追い払ったり仕留めたりとかもかしら。色々とお願いできる? お代は魔法薬とかで良いかしら?言ってくれればどんなものでも作るわね」

 

「はーい! お任せくださいな!」

 

マギさんの頼みに、小さな魔女姿の社長は胸を張った。その拍子に被ってた帽子がずるっと落ち、顔が埋まったのはご愛敬。

 

 

 

 

 

 

「ところで、話は変わるのだけど…」

 

キセルをまたも胸に仕舞い、マギさんはこちらを向く。その顔は、ちょっと真剣。

 

「つい癖で、2人の魔力を魔法で見ちゃったの。その時に間違えて心も読んじゃったのだけど…。2人共、凄い強い魔力を持っているわね…」

 

ごくりと喉を鳴らす彼女は、そのまま私達にずいっと顔を寄せてきた。

 

「社長は当代の『魔王』と同じぐらいだわ…。最も、映像越しで見ただけだから正確かは微妙だけど…」

 

えへへ、と照れる社長。しかしマギさんは表情を崩さず、今度は私の方に。

 

「そしてアストちゃん。私の目に狂いがなければ…貴方、かなり高位の悪魔族の血族よね。いいえ、最高位の1人と言ってもいい…。それこそ、魔王の腹心級の…」

 

2人共、何者なの…? そう呟くマギさんの目は、実験対象を見るかのよう。うーん…何者かって言われても…。

 

 

 

ポンッ!

 

と、急に弾けた音を立てたのは、ずっと煮えていた大釜鍋。それで正気?に戻ったのか、マギさんは立ち上がり鍋を覗き込んだ。

 

「あら、出来たみたいね」

 

そう言い彼女がパチンと指を鳴らすと、スープカップ&スプーン3セットとお玉が現れ、釜の中の液体を自動でよそっていった。

 

「はい、どうぞ。私特製『魔法のスープ』よ。ここの魔女たちはみんなこれを好きなの。瓶詰にして冒険者用のお宝にもしているわ」

 

 

 

渡された緑色のスープからは、食欲を誘う良い香りが。マギさんの自慢の一品なのか、楽しそうに解説してくれた。

 

「効能は体力増強、魔力最大回復、疲労改善、美肌効果…とかとか。勿論美味しいわよ。あと、面白要素として、混ぜれば混ぜるほど…」

 

マギさんに促され、スプーンでスープを混ぜてみる。すると…

 

 

「あっ…!色が!」

 

緑が黄色に、黄色が赤に、赤が白に、白が飴色に…!

 

「そう! 混ぜれば混ぜるほど、練れば練るほど色が変わって…! ふっふっふ…!」

 

マギさんも自分のを混ぜながらそう口ずさむ。小さいカップでも適用されるんだ、それ…。

 

 

そうこうしているうちにスープは柔らかな虹色に。もうこれ以上変わらないみたい。じゃあ、頂きます…。 ん!

 

「「うまいっ!」」

 

 




※今章で、投稿が他サイトと並びました。明後日の土日からは名実ともに最新話となります。

※それにともない、次の土日以降より『毎週土日』投稿となります。今後とも本作品をよろしくお願いいたします。


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人間側 とある冒険者達と魔女

 

 

時は深夜。月の光がうっすらと辺りを照らす森の中。

 

なのに突然、俺達の前に姿を現したのは、ぽつんと一軒家。窓からは仄かにランプの様な灯りが見えている。

 

微かな夜風に花壇の花がそよそよと揺れ、月の光を浴び佇むそこは世捨て人の棲み処。

 

その世捨て人の正体は『魔女』なんだが。

 

 

 

 

考えて見て欲しい。周りは魔物魔獣がこれでもかと出る森林地帯の深部。その中で、綺麗な家と花壇を維持している…。冷静に考えればおかしいだろう。

 

よく昔話やら伝承とかで聞くはずだ。『森に迷った人が、偶然灯りの付いた家を発見し、住人にもてなされるが、実はその住人は魔女だった』っての。

 

まさにその通り。魔女は大体こういった森奥に居を構えることが多い。たまに城とか立てて貴族然としているやつとかもいるが。

 

不用意に家に入った後、食われるか実験に使われるか無事に帰れるかはお伽噺によって様々だが、知っていればこんな妖しさ満々のところに近づこうなんて気は起きないはずだ。

 

…魔女に用がある奴と、俺達みたいな冒険者以外はな。

 

 

 

 

 

「ほ、ほんとに入るんですか…!?魔女の家なんですよ…!? 食べられちゃったり、薬の材料にされちゃったり…!」

 

「いや、今更怖気づくなよ…。『魔法使いと魔女の違い、見せてあげます!』とか言ってたろ…」

 

怖がるパーティーの女魔法使いに、肩を竦める。このダンジョンに潜るのは初めてらしい。パーティーを集める際、そんな台詞を言って加入してきたんだが…駄目かもしれない。

 

 

てか、魔法使いと魔女の違いってなんだろうなぁ…正義っぽいか悪っぽいか、か?魔物の棲み処であるダンジョンに侵入する魔法使いのほうが悪っぽいが…。黙っとこう。

 

「安心しろよ。さっきも説明した通り、ここの『魔女の家ダンジョン』には人食い魔女は住んでいない。だいたい、死んだとこで復活魔法陣で戻れるだろ」

 

「うぅ…なら良いですけど…」

 

その一言でようやく落ち着く魔法使い。まあ、死んだ後何されるかは知らないが…これも黙っておくか。死ななければいいだけだし。

 

 

 

 

武器を構えたまま、コンコンとドアをノックをする。すると、描かれていた小さい魔法陣が輝き、ギイィと開いた。

 

「行くぞ」

「「おー!」」

「おー…」

 

4人揃って、扉をくぐる。すると、中は―。

 

 

「「「「おおー!」」」」

 

歓声を上げるのも仕方なし。まるでお城の大広間のようなそこは、外の家よりも明らかに大きい。何度見ても驚いてしまう。

 

装飾も、カーペットも、シャンデリアも一級品。しかも昼間のように明るい。

 

「これが…魔女の力…! すっっっごい空間魔法…!」

 

怖がっていた魔法使いも、呆けた顔を浮かべている。 と、その時であった。

 

 

 

 

ゴ、ゴゴゴゴゴ…!

 

岩を擦る音を立てて動き出したのは、端にあった彫像。ガーゴイル。魔女の作った使い魔にして、ここの門番。

 

こいつを倒せなければ、奥に進めない。要はチュートリアルである。だが結構強いから、油断せずに…!

 

キュイイイ…ゴッ!  ドゴォオオンッ!

 

 

「「「は…?」」」

 

突然目の前で爆散したガーゴイルに唖然とする俺達。いや、正しくは後ろから大きな火球みたいなのが…。

 

「見ましたか…!『魔法使い』の力を…!!」

 

その声にハッと背後を見やると、杖からシュウウと音をあげさせている魔法使い。たった一発で、ガーゴイルを屠ったのか…! 強い…!

 

 

 

「あら! あの子を一撃で壊すなんてやるわね!」

 

と、どこからか拍手と共に褒める声が。上…! おっと…!魔女が1人飛んでいたか…!

 

その魔女は、すいいっと箒で降りてくる。そして魔法使いの前で停止し、彼女の顎をクイっと。

 

「貴方、良い魔法使いねぇ…。才能に満ち溢れてるし…私達の仲間にならない?」

 

まさかの勧誘…!魔女ってそうやって仲間を増やすのか。魔法使いの返答は如何に…

 

「あ…あぁ…あう…」

 

えぇ…。超どぎまぎしてるじゃないか…。仕方ない、助けてやるか。よっと!

 

 

「おっと、危ない!」

 

俺の剣戟をするりと躱し、空へ飛び上がった彼女は残念残念と笑った。

 

「退散しましょっと。じゃ、考えといてね~」

 

そのまま廊下の一本に、ひゅるりと消えていった。ともあれ、ダンジョン探索の開始だ。あ、その前に…

 

 

「勧誘を受けるかどうかは好きにしていいが…とりあえず今は探索に集中してくれよ?」

 

「う…。も、もう大丈夫です!次あったら魔女なんて狩ってしまいますから!」

 

ちょっと苦言を言ってやると、魔法使いはそう返してきた。いや、狩るって…。魔獣じゃないんだぞ…。

 

 

 

 

 

 

 

廊下の一本に進路を定め、進む。角を曲がる度に壁や屋根、窓やカーペットの材質は様変わりしていく。酒場風だったり遺跡だったり魚の鱗だったり荒れ地の風景だったり…相変わらず奇妙なダンジョン。

 

それだけじゃない。道中の階段もおかしい。上がったと思ったら下がる階段だったり、右に左に動いてたり、透明だったり、蛇で出来ていたり…。何人の魔女が住んでいるかはわからないが、こんな場所に住んでいて頭おかしくならないのか。

 

まぁでも…魔女だしなぁ…。イメージ的に、変でもなんかおかしくないというか…。

 

 

 

そして、道中に出てくる使い魔や魔女も結構いる。骨の兵士や、低級悪魔、巨大黒猫や烏、なんかよくわからん魔物とかとエンカウントし、何度も戦うことに。

 

その度に廊下は広場のようにぐねりと広がり、戦いやすくなるから楽だが…それでも強い魔女は強い。妙な魔法打ってくるし。

 

…さっきなんか、『魔女の一撃!』と称してぎっくり腰になる魔法をかけてきた魔女もいた…。ヒーラーが解除魔法をかけてくれたか助かったが…とんっっでもなく痛かった…。

 

くそっ…魔女、やっぱり狩ってやろうか…!

 

 

 

 

 

 

色々あったが、襲い来る全員を退けどんどん奥に。今回は強い面子が集まって助かった。なんやかんや、怖がっていた魔法使いも大活躍。

 

幾つかの宝箱を開け、魔法薬や魔法スクロールを沢山ゲットもできた。その度に魔法を使う連中は凄い物だと目を輝かせていたが…俺はよくわからん。高く売れればそれでいい。

 

…でも、そうだ、このメンバーなら…。

 

 

 

 

「「「魔女の部屋に、忍び込む!?」」」

 

俺の提案に、メンバー全員が声を揃える。そう、魔女の部屋に侵入し、もっと良いものを狙おうと持ち掛けたのだ。

 

このダンジョンは名の通り、『魔女の家』。つまり時折ある扉が、魔女の住む部屋である。だって中から「ひっひっひ…」って如何にも魔女な声が聞こえてくるしな。

 

だが、基本的にどの部屋も防護魔法っぽいのがかかっているため、魔法使いがいないと開けられない。それに、中にいる魔女の抵抗も予想される。

 

しかし、今の面子ならば…!

 

 

「魔女の強さの秘訣、見たくないか? きっと強力な魔法アイテムとかもあるぞ?」

 

そう誘うと、仲間達…特にあの魔法使いがうーんと唸りだした。

 

「まあ…見たいですけど…」

 

よし、上手くいった。やっぱり魔法への興味には勝てないらしい。…いつか魔女になるんじゃないか?この魔法使い。

 

 

 

 

 

ということで入る部屋を物色することに。できれば戦闘は避けたいから、声がしない部屋を…。お、ここが良いんじゃないか?

 

「じゃあ頼む」

「はい。 えーと…ここをこうして…こうして…詠唱は確か…」

 

魔法使いが扉を弄り出し、数分が経過。すると―。

 

 

「やった…!魔女の魔法に勝てた!」

ガコン…ギィイイイ…

 

魔法使いの声と共に、扉がゆっくり開いていく。警戒をしながら、ゆっくり静かに入っていくと…。

 

「お…!沢山の魔導書と魔法スクロール…!」

 

入った瞬間、辺りに積まれている魔法陣が描かれた大量の本や羊皮紙が目につく。これだけでも儲けものだ…! ん…?

 

「すう…すう…」

 

遠くから、小さな小さな寝息。この部屋の魔女は寝ているらしい。好都合。好きなだけ奪っていって…!

 

「ぎゃっ…!」

 

…ん? なんだ、今の断末魔みたいなの…。後ろから…

 

「!?」

「「ひっ…!」」

 

声を詰まらせてしまう俺と、小さく声をあげる魔法使いとヒーラー。

 

4人パーティーだったろ、もう一人は? だって? 

 

 

それなら…目の前で…扉横に置いてあった大釜鍋に呑み込まれてる…!

 

 

 

 

 

 

「「きゃああああああ!」」

 

悲鳴をあげる魔法使いたち。瞬間、部屋の端から烏や黒猫が怒り狂って飛んできた。ヤバい…!逃げろ…!

 

身を竦める仲間2人をひっつかみ、追いかけてくる烏と猫、宝箱から必死で逃げる。角曲がって、階段上って、降りて、カーブして…!!! うおおお…!!!

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…もういないか…?」

 

闇雲に走り回ったおかげで、気づけば追っ手はいなくなっていた。撒けたらしい。はぁ…危なかった。

 

しかし…あの釜、『ミミック』だよな…触手の…。なんであんな場所に…。魔女の使い魔なのか…?

 

「あのー…」

 

そんな考え事をしていると、魔法使いがちょんちょんと俺を突く。一体なんだ?

 

「ここ、どこなんでしょう…?」

 

 

 

 

 

 

…! し、しまった…!ここではそれを気をつけなければいけなかったんだ…!

 

空間が捻じ曲がっているせいか、元からそういう造りかは知らないが、このダンジョンはとんでもなく入り組み、あろうことか道が勝手に動くこともあるのだ。

 

そんなとこで迷子になんかなったら、もう帰れないに等しい。通りかかった魔女に殺されるか、飢え死にを待つだけ…。

 

幸い壁が色々と違うから、覚えていれば大丈夫だが…逃げるのに必死で記憶しているわけがない。

 

やらかした…。せっかくいいアイテム集められたのに…!

 

 

「お、おい魔法使い…。道がわかる魔法とか使えないのか…?」

 

「それが…さっきからナビ魔法を使ってるんですけど…。私達、小さな家の中から動いていない扱いらしいんです…」

 

魔法使いはボウっと地図を空中に浮かべる。確かに、小さな家の中に俺達がいるだけの表示しか…。

 

「ワープ魔法とかは…?」

 

「使えないです…。あと多分、ここじゃ使えないと思います…。魔力の流れがぐねぐねですし…」

 

ヒーラーの提案にも、残念そうに首を振る魔法使い。マズい…本当にマズい…!どうすれば…!

 

 

と、その時だった。

 

「そこのお困りの冒険者よ…私が手助けになろう…」

 

 

 

 

 

 

「だ、誰だ…!?」

 

突然聞こえてきた女性の声に、俺達は驚く。しかし、辺りを見回しても誰もいない。

 

「こっちだ…後ろを向くがいい…」

 

…なんかやけに芝居がかっている気がするが…。恐る恐る後ろを向くと、そこには宝箱が。

 

「さあ、開くのだ…」

 

その言葉に、思わず3人で顔を見合わせる。さっきのミミックの件があるしな…。

 

「怖がることは無い…。ふむ…ならばそこの魔女…じゃなかった。魔法使い…だよね?」

 

おい、若干キャラがブレだしたぞ、この謎の声…。まあいいか…。

 

「ご指名だぞ」

 

「うぇっ…! わ、私ですか…?」

 

びくつきながらも、じりじりと近づき宝箱に手をかける魔法使い。ゆっくり蓋を開くと…。

 

 

「あ、あれ…? 魔女帽…?」

 

中にあったのは、魔女が被っている黒いとんがり帽子。すると、声はその帽子から聞こえてきた。

 

「よくぞ私を取り出した…。私は『魔法の帽子』。さあ、被るがよい。さすれば出口までの道を明らかにしよう…!」

 

おお…!凄い好都合!  …どうでもいいんだけど、喋る魔法使いの帽子ってどっかでみたことあるような…。

 

 

 

 

 

 

「むむむ…見える…見えるぞ…来た道が…! まずは三つ目の角を右に行くのだ…」

 

魔法使いの頭にちょこんと乗っかり、ナビをする魔法の帽子。ちょっと胡散臭い気がしたが…。

 

「確かにここ、通ったような…」

「こんな壁あったよね…」

 

確かに、闇雲に走っていた時に目の端に映った壁が次々と。正しそうだ。一体なんだあのとんがり帽子…?迷った魔女用か?

 

…いや!さっきのあの台詞…! もしかしたら魔女に封印されたヤバい魔法アイテムだったりするのかも…! 

 

ならば、このまま持ち帰って…!

 

 

 

 

 

 

「あ…! ここって…!」

 

と、魔法使いが声をあげる。そこはさっき侵入した魔女の部屋の前。幸い扉は仕舞っている様子。ここまでくれば帰り道はわかる。

 

「おや…、もう場所がわかる位置なのかな? ならば私の出番はここまでだ…」

 

言うが早いか、勝手に魔法使いの頭から飛び降り地面へと落ちる帽子。そのまま元来た道を帰ろうとする。

 

逃がすか…! 急いで拾い上げようとした、その瞬間だった。

 

 

 

ギィイイイ…

 

扉が開く音。まさか、さっきの魔女が起きたのか…! 慌てて武器を構えた俺達の前に出てきたのは…。

 

「げっ…!ミミック…!」

 

まさかの、さっきの釜入りミミック。マズいの見つかった…! 思わず後ずさる俺達。すると、その後ろから―。

 

「え? 何? さっきこの人達が部屋に侵入してきたの? あらー、女性の部屋に勝手に入るなんて不躾ね。じゃ、お仕置きかしら」

 

という、明らかに口調が変わった帽子の声。…って、え?

 

 

「よいしょ!」

 

掛け声と共に、地面に落ちていたとんがり帽子はくるりと半回転。なんと尖った部分だけで地面にストンと立った。そして、ひょっこり姿を現したのは…。

 

「せっかく案内してあげたけど、ここで復活魔法陣送りよ!」

 

「「「じょ、上位ミミック…!!!?」」」

 

 

 

嘘だろ…! ミミックって宝箱に潜むモンだろ…。帽子にも隠れられるのか…!

 

ハッ!そうか…あれはとんがり帽子。形がしっかりとあるから、潜んでいてもわからなかったのか…。ひっくり返していれば…!

 

前方の釜ミミック、後方の帽子ミミック。更に扉からは使い魔らしき烏や黒猫たちがぞろぞろ。勝てるか…?

 

と、そんな折―。

 

 

「あら? さっきの魔法使いの子達じゃない。どうしたの?」

 

ふわりとそこに現れたのは、入口で会った魔女。更なる増援か…!

 

「ふぁああ…何よぉ…。寝てたのにぃ…」

 

更に、部屋の主の魔女まで寝ぼけ眼を擦り擦り出てきた。終わった…。

 

 

 

 

「実はかくかくしかじかでー」

 

上位ミミックが説明している間、俺達は正座待機させられる。烏と黒猫に睨まれながら。

 

「なるほどねぇ…別に殺すまでしなくていいわよ…ふぁふ…」

 

「んー。でも、このまま返すのも面白くないし…そうだ!」

 

ポンと手を打つ、入口で会った魔女。彼女は魔法使いを指さした。

 

「貴方、ちょっと残って私達と話さない? そうしたら、仲間の2人は安全に入口まで帰したげる。あと、もっと沢山魔法薬とかあげるわよ。ミミックちゃん、在庫まだある?」

 

「ありますよー、ウィカさん。それー!」

 

腕を軸に、倒立する上位ミミック。すると、帽子の中からドサドサドサと大量の薬瓶やスクロールが。一体どこにそんな量が…。てか、あれ魔法使いの頭の上に乗ってたんだが…。

 

「全部あげるわ。勿論、断ったら…どうなるでしょうねぇ?」

 

そうドSな表情を浮かべる魔女。もうこれ選択肢はないだろ…。仲間を売るようだけど…

 

「悪い…! 取り分多めに払うから…!」

「お願い…!」

 

 

懇願する俺達に、魔法使いは泣きそうな表情。と、そんな彼女の肩を魔女が抱いた。

 

「決まりね! 大丈夫よ、とって食べたりなんてしないから。イイコトするだけ。貴方に魔法のセンスがあるから、魔法を教えたくなっちゃっただけよ」

 

「えー…そうなのぉ…? わ、ほんとだ。良い魔力してるぅ。けど、垢抜けてないわね。磨けばかなり光るわ。うちの部屋使う?」

 

寝ぼけていた魔女も、いつの間にか魔法使いに擦り寄っていた。魔法使いも女とはいえ、両手に美女とは羨ましい…。

 

 

 

 

「はーい、じゃあ残ったお二人は入口まで配送しまーす!」

 

ボウっと眺めていた俺達を、上位ミミックが触手にした手で掴みあげる。そのまま、釜ミミックの中へと放り入れられた。食べられ―!はしない…。良かった…。

 

「じゃ、魔女釜の宅急便と行きましょう! 入口に置き配だけど!」

 

すいいっと動き出す大釜。俺が最後に見れたのは…。

 

 

「さ、じゃあお部屋に入りましょう。魔女に興味はありそうだったし、手取り足取り魔法の使い方教えてあげるわ」

 

「あ、なら明日マギお婆様に合わせてあげましょうよぉ。きっと見惚れて『魔女になりたい』って思うわよ?」

 

妖艶な魔女2人に挟まれ、部屋に連れ込まれる魔法使いの姿だった。

 

 




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顧客リスト№33 『化け狸の古屋敷ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

時は夜。とある地方にある、森の中の古く巨大なお屋敷。一面に草が這い、苔むすそこは今にも壊れそう。というか明らかに幾か所か崩れ落ちてる。

 

されど、侮るなかれ。中に入れば、まるで殿様の豪勢なお屋敷。かと思えば外面通りのボロボロであったり、そもそも大木が生えた野外であったり。

 

化かされたように感じるだろう。安心してほしい、実際化かされている。聞くところによると、数世代かけて作り上げられた幻術の類らしい。空間魔法と似て非なるものか。

 

 

さてさて、ではそんな『古屋敷ダンジョン』に棲んでいるのは…。

 

 

 

 

 

 

 

「「「月がぁ~♪出たで~た♪ 月がぁ出た~ぁ、ポンッ♪」」」

 

まんまるな月の下、屋敷の広い中庭。中央に座る私と社長を囲んで踊るは、半纏を来たタヌキ達。月に負けないぐらいにお腹を丸く膨らませ、ポコポンと叩く。

 

彼らは『化け狸』。私達に歓迎の舞を見せてくれているのだ。この絵面、なんかお伽噺とかに出てきそう。

 

 

 

 

「ま、ま!もう一(ポン)どうぞッポン!」

 

と、持っているお猪口にお酒が注がれる。注いでくれたのは、そんな化け狸の1(匹?)。二本足で立ち、前足()?で器用に徳利を傾けてくれる。

 

だけど、ちょっとやりにくそう。と、本()もそう思ったようで…。

 

「ちょいと失礼しますポン」

 

ゴソゴソと尻尾を漁ると、取り出されたのは一枚の葉っぱ。それを頭に乗っけた化け狸はムムムと唸り…。

 

「ん~~ポンッ!」

ボウン!

 

瞬間、白い煙がブワリ。それが晴れると、そこにいたのは1人の可愛らしい少女。

 

頭に葉っぱを乗せた、茶髪おかっぱのようなその子は着物を着ている。しかし、その上に纏っている半纏はお酌をしてくれていた狸のもの。いや、それよりも…

 

ピコピコ

と、丸い耳が頭の上で動いている。

 

フワンフワン

と、太い尻尾がお尻でゆらりゆらり。

 

勿論、両方とも狸。もはや言うまでもなく、()()()()()()のだ。

 

 

 

「ふー!上手く化けれたポン!」

 

自身の手や顔をぺたりぺたりと触り、ご満悦の彼女こそが今回の依頼主。化け狸の『マミ』さん。上手く化けれたと言っているなら、尻尾とか出ているのはわざと…

 

「…あれ? お尻が…尻尾がスースーするポン? あっ!」

 

そう私がそう思ってる間に、異常に気づいたマミさんは尻尾をキュッと掴む。そしてなんとか服の下に押し込めようと躍起になり始めた。気づいてなかったらしい。

 

 

 

 

 

まあ今は人を騙すわけでもなし。マミさんには耳も尻尾もそのままでいてもらうことに。見ていて可愛いので。

 

「よぉー!ポポン!」

 

と、彼女はお腹を軽く叩く。丁度踊り終わりらしく、周りのタヌキ達はそれを合図に私達の前へ勢ぞろい。モフモフ沢山…。

 

それを確認したマミさん、くるりとこちらを振り返った。

 

 

「それじゃ、ご説明させてもらうポン。ここ(古屋敷ダンジョン)には、よく冒険者が来るポン。私達も化け修行の練習台とさせて貰っているのポンけど…」

 

マミさんはそこで一旦言葉を区切る。そして、尻尾と耳をへなりと垂らした。

 

「人だったり妖怪だったり魔物だったりに化けた時は上手く驚かせられるポン。でも物に化けると、何故かすぐにばれちゃうポン…」

 

その言葉に合わせ、目の前のタヌキ達もおでこに手を当て残念がるポーズ。「なんでだろぉ…」「なんでかなぁ…」と声も。…悪いけど、凄く微笑ましい。

 

 

 

 

 

「そ・こ・でポン! 箱に化けるのが得意なミミックの皆さんに教えを乞いたいんだポン!」

 

と、マミさんは声を張り、またまたお腹をポンと叩く。なるほど、事情はわかった。

 

最もミミックは箱に化けるんじゃなく、箱に潜んでいるだけではあるが…力にはなれるはず。

 

 

 

社長も同じ考えのようで、にっこり微笑み胸を…じゃなくお腹をポン!と叩いた。真似しなくても…可愛いから良いか。

 

「承知いたしました!因みに、どんな感じかを確認したいので、なにか手ごろなものに化けて頂いても?」

 

「ぽんぽーん! おまかせあれー!」

 

そう鳴くと、マミさんは手前の狸の子達に指示を送る。すると、その全員が毛の奥から葉っぱを取り出し、頭に乗せ…

 

「「「ポンッ!!」」」

ボゥン!

 

煙と共に化ける音。そして、煙が晴れた先にいたのは…。

 

「……あー…」

「…そういうことねぇ…」

 

 

 

思わず、社長共々苦笑いを浮かべてしまう。確かに、色々なものに化けられている。宝箱に戸棚、花瓶に置き物、銅像に茶釜…そのレパートリーは流石の一言。

 

…だけど、全部が全部、何かがポロリ。宝箱には尻尾が生え、戸棚には耳や手足。花瓶や置物を包んでいるのはタヌキの髭や体毛。ふわふわな花瓶っていかがなものか。

 

銅像に至っては、考える人ならぬ考える狸。椅子に腰かけ悩む素振りの狸そのものである。…あれ?あの子寝息立てて…確かに寝てそうなポーズだけど…! これがほんとの狸寝入り?

 

 

…そして、その全ての頭の上に葉っぱが乗っかっているのは一旦置いといて…これでは確かに駄目である。

 

能動的に仕掛ける『化け物変化(へんげ)』は多少雑でも、冒険者は隙を突かれ驚き慌てるだろう。だが、受動的、またはただ隠れるだけな『物への変化(へんげ)』はちょっと勝手が違う。

 

なにせ冒険者達も警戒する。となると、些細なことまで気づいてしまうのだ。勿論緊張状態の彼ら、そこまで理性的ではないにしろ…この変化の具合ならばバレるのも致し方なし。

 

 

加えて、全員普通にぷるぷる揺れているからかなり目立つ。…あと、ツッコまないでいたが、特にあの茶釜の子、手足どころか頭も尻尾も出て、亀みたいになっている。

 

だけどその顔は自慢げ。成功していると言わんばかり。駄目だこりゃ。

 

 

 

多分この様子だと、変な場所にいるのだろう。中庭で戸棚に化けたり、畳張りの広間のど真ん中で銅像に化けたりとか。

 

一応マミさんに聞いてみると…

 

「えっ! すごいっポン! なんでわかったポン!?」

 

うん。案の定。

 

 

 

 

 

 

「ならば、ミミックに加えて、幾つか箱や箪笥、その他諸々を貸し出しましょう! 我が社謹製の一品です。隠れ方だけではなく、化けるお手本にもしっかり使えますよ?」

 

「「「おぉー!!」」」

 

社長の提案に、タヌキ達は目を輝かせる。そして腹太鼓を鳴らし小躍りし始めた。

 

「やった!やった!やったポン!」

 

「師匠だ!師匠だ!ミミック師匠だポン!」

 

「沢山学ばせてもらうポン! 隠れ方、動き方…あと、物を沢山収納できる方法も教わるポン!」

 

ポポンがポンポン ポポポンポン。 面白い音とリズムを奏でるもので…。私が手拍子交じりに楽しんでいる間に、社長はマミさんと商談進行。

 

 

「因みに、お代金の方は何でお支払いで?」

 

「ポン! 採れたて山の幸、山の硬くしなやかな木々、私達の抜け毛や『化け葉っぱ』とかでどうポン?」

 

「アストー。…アスト?」

 

「ふぇっ!? あ、はい! えっと…」

 

社長に小突かれ、私は狸踊りに見惚れていた目を慌てて擦る。そして、マミさんが持ってきてくれた素材を鑑定。うん…!

 

「木々や抜け毛には魔力…妖気?が潤沢に含まれていますね。素材としては一級品ですし、お値段も良い感じです。山の幸は言わずもがな、美味しそうです」

 

「転移魔法陣はどう?」

 

「えぇ、それも問題ないと。この山自体にかなり魔力が流れています。問題なく設置できますので、食べ物が減る冬場でも、ミミック達は会社で食事を摂れますよ」

 

そう説明すると、マミさんは嬉しそうに腹鼓。良かった良かった。…ところで。

 

 

 

 

「この葉っぱ…『化け葉っぱ』でしたっけ? 量次第では正直これだけでも代金は充分なのですけど…」

 

もさりと積まれた葉っぱの一枚を拾い上げ、『鑑識眼』で見てみる。パッと見ただの木の葉なのに、中々なお値段が付けられている。

 

「それは私達『化け狸』の特製葉っぱポン! 普通の葉っぱを集めてムムムと念じると、変身用の『化け葉っぱ』に化けるんだポン!」

 

自慢げに胸…じゃないお腹を張るマミさん。今は人間の少女姿だから、お腹を張っても着物の帯が動くだけなのだけど…。

 

 

「すっごく極めた化け狸は葉っぱ無しでも化けられるポンけど、私達はこれがないと無理ポン。冒険者はこれを取りにダンジョンに来るポン」

 

そう説明をしてくれるマミさん。と、社長がピクッと反応した。

 

「ということは、狸以外も使えるんですか?」

 

「そうポン! 使ってみるポン?」

 

そう言われたら、試さないわけはない。使い方を簡単に教わり、社長も私も葉を頭に乗せ…せーのっ!

 

「「ぽんっ!!」」

 

ボウンッ!

 

 

 

 

 

モウモウと噴き出した煙が晴れて、恐る恐る自分の姿を確かめて見る。とりあえずタヌ耳とタヌ手になるよう念じたけど…

 

「やった…!タヌ手になってる!」

 

見事、成功。普段の指が、狸の爪に。頭を触ってみると、角の代わりに耳がピコピコ。…普段あるものが消えているというのも妙な気分。

 

すると、マミさんが思い出したかのようにポンと手を打った。

 

「あ、そうそう。言い忘れてたポン。狸以外がそれ使うと、必ず狸の尾が生えるポン!」

 

「えっ!」

 

慌てて確認してみると…あぁっ! 私の尻尾の横に、ふわふわ尻尾が…!! 

 

わぁ…。両方とも自分の意志で動かせる…。すっごい違和感…。

 

 

 

 

そんな風に奇妙な感覚を楽しんでいると、横から社長の声が。

 

「私も化けるの成功したわ! 見て見てアスト!」

 

お。社長は一体、どん…な…変‥化…を…

 

「え…私…?」

 

 

そこにいたのは、私と同じ姿、スーツを着た私。…何言っているかわからないと思うが、だってそうなんだもの…。

 

「イエイ!」

 

と私らしからぬ決めポーズをとる彼女の尾は、魔族と狸の尻尾2本。頭には狸の耳はなく、角だけ。翼はちゃんとある。

 

ただ、2か所違うところが。一つは髪の色。社長と同じピンク色…。もう一つは、足元は靴ではなく、社長が入っていた宝箱…。

 

「えっ、社長ですか…?」

 

「ピン()()()!」

 

ケラケラと笑う私、もとい社長。ドッペルゲンガーってこんな気分なのだろか…。

 

 

「おー!浮ける浮ける!」

 

唖然としている私を余所に、社長は翼をはためかせ少し浮き上がる。でもしっかり足には宝箱。

 

楽しそう…私も社長に化ければ良かった。後で変化してみよう。角、翼、尻尾ありな悪魔族ミミック社長に。

 

 

 

 

 

「さてそれでは!契約が纏まったことを記念し腹太鼓一丁締めとしますっポン!」

 

マミさんがそう音頭を取ると、踊っていたタヌキ達も一斉にお腹を膨らませる。私達も変化したまま手を叩く準備を…

 

「「「いよぉ~っ ポンッッ!!」」」

 

「ぽんっ!」

 

「…社長、私の姿のままで腹太鼓鳴らさないでくださいよ…」

 

 




※今章より、最新話となります。

※それに伴い、次回以降は『毎週土日』投稿となります。ご了承くださいませ。


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人間側 とある冒険者と妖狸

 

 

「狸どもめ…今日こそ驚かねえからな…!」

 

自らの頬を叩いて、やる気を入れ直す。目の前にあるのは『古屋敷ダンジョン』。化け狸の巣窟だ。

 

この化け狸どもには、さんざん脅かされている。一つ目巨人やがしゃどくろに化けられ襲い掛かられたり、ダンジョンの中をぐるぐると回らされたり。この間は俺自身に化けられて、俺が偽物呼ばわりされた。

 

許さねえ…!馬糞を食べさせられた、隣に住むおっちゃんの無念も合わせて返してやる…!

 

 

「いや、確かそのおっさんはただ酔っぱらって馬の下に寝てただけだろ。皆見てたぞ。蹴られなかっただけ幸運だろうに…」

 

…仲間から注釈が入っちまった。良いんだよ、狸のせいにしても!じゃなきゃ、やってられねえだろ!

 

おっちゃんと顔合わせるたびに「あれは狸に化かされたからだ」って言われてるんだからよ!

 

 

 

 

 

話を戻すか。俺達はとある冒険者パーティー4人組。このダンジョンに潜る理由は、化け狸たちが持つ『化け葉っぱ』だ。

 

あれは凄い。本来高等魔法である『変化魔法』。それが誰でも出来ちまうんだ。頭に乗せて、変身したいものを思い浮かべて「ぽんっ!」と叫べば、いとも簡単に変化できる。

 

勿論、俺の様な男が絶世の美女に化けるのも朝飯前。まあそうじゃなくても、女性に変身すれば女湯に…うへへ…。

 

…まあ、必ず狸の尻尾が生えてしまうが…。その程度は無理やり誤魔化せばいい!それに、売ってもかなり高いから充分だしな。

 

 

 

 

とはいえ、捕らぬ狸の皮算用をしていてもしょうがない。さっそく俺達はダンジョン内部に侵入。すると、外のあばら家然とした見た目とは違う、綺麗な板張り畳張りの空間がお目見え。

 

 

さて、ここからだ。油断しちゃあいけない。化け狸どもがどっから脅かしてくるか…

 

「あらぁ、そこの殿方。良い男ねぇ」

 

と、横から聞こえてきたのは艶めかしい女の声。見れば、豪奢な着物を纏った花魁…。

 

「おい…」

「「「あぁ…」」」

 

他3人に目配せし、そいつらも頷く。そして、武器を構え…

 

「やれぇ!」

「「「うおりゃああ!」」」

 

一斉に飛び掛かった。

 

 

「ポンッ!?」

 

花魁はボウンと煙を出し、狸に戻って逃げていく。俺達に尻を見せ走りながら、そいつは困惑した声で聞いてきた。

 

「な、なんでバレたポン?」

 

「たりめえだろ! こんなあばら家に花魁がいるか!」

「てか、尻尾出てたんだよ! 気づけ!」

 

「ポンンンン…!!」

 

 

 

必死に逃げていく狸を追いかけ、どんどんと奥に。すると、途中でそいつは葉っぱを幾枚かひらひら落としていった。

 

「うし、もういいだろ。拾え拾え」

 

剣を収め、部屋中に散った葉っぱを回収する。多分本物だろ。どれ、一枚を頭に乗せて…ムムム…

 

「ぽんっ!」

ボウンッ!

 

「おっ…なんだ、狸に化けたのか? せっかくなら美女にでも化けろよ…」

 

残念そうな仲間の声。んだと?

 

「狸じゃねえよアライグマだ。次間違えたら噛むぞ?」

 

「…なんか性格まで若干変わってねえか? てか、手に持ってるそのでっけえのはなんだ?」

 

「これか?『レーザーキャノン』だ。逆らう奴はこれでぶっ飛ばしてやる!」

 

「巨大な武器を使う、口の悪いアライグマ…どっかで聞いたことあるような…」

 

 

…結局、顔が案外怖いという理由で葉っぱを外され、元に戻らされちまった。せっかく襲い掛かってきた狸を吹き飛ばしてやろうと思ったのに…。

 

まあいいか。どうせ世界観錯誤だし。

 

 

 

 

 

 

数枚程度の葉っぱじゃ満足できない。狸を探しに、とりあえず中庭に出る。

 

室中にいると迷わされるし、巨大な魔物に化けられると戦いにくい。あと怖い。その分、外は気楽だからな。

 

 

それに、もう一つ理由がある。庭で、たまに狸が変な家具とかに化けているのだ。下は土だってのに。

 

この間は中庭のど真ん中に箪笥が置かれていた。引っ越し中かよ。

 

 

どうやらここの狸どもは、物に化けるのが特に下手くそらしい。だから、そういうのを見つけられたら楽に…うん?

 

「「「「なんだあれ…」」」」

 

 

 

思わず俺達は足を止める。中庭のど真ん中、そこには複数の宝箱が。明らかにおかしい。いや、そりゃあ家具よりかはまだそれっぽいが…

 

と、どこからともなく狸どもの声が。

 

「「「ふっふっふー。どれが本物かわかるポン?」」」

 

どうやらこれは挑戦状か。面白え…! 一発で当てて見せてやる!

 

 

 

 

「「「「…どれだ…?」」」」

 

ああ啖呵を切ったはいいが、俺達は総じて眉を潜めてしまう。どれも本物臭いのだ。

 

おかしい…この間来た時は、ここまでうまく化けれてなかったぞ…? 尻尾とか耳とか出ていたし、全体がプルプル揺れていたはずだ…。

 

くそっ、ならば勘で…これだ!

 

パカッ ボウンッ!

「ざんねーん! はずれポンッ!」

 

なっ…! 狸に戻った…チクショウ!!

 

 

 

 

「当たりを選ぶまで開けても良いポンよ? どれか一つには『化け葉っぱ』沢山だポン!」

 

そう笑う狸。言うじゃねえかこのヤロウ…!次で当ててやる…! だが、どれがホンモノか…。

 

 

…いや、落ち着け。よく見ればわかるはずだ…。細部を見ろ…!

 

「む…!」

 

へっ…落ち着いて確かめて見れば、結構(アラ)があるじゃねえか…! 毛が数本飛び出していたり、尻尾の先らしきものが浮き上がってたり、微妙に揺れてたり。葉っぱがはみ出してたり…!

 

ちょいと難易度は上がったが、これなら簡単だ。これは違う、これも違う…これは…!

 

「おっ…!」

 

長年使われてるような傷、狸らしさは一切無く、触り心地もしっかりしている。間違いない、これだ!

 

 

「あ、そっちはポン…!」

 

俺が箱に手をかけると、止めようと手を伸ばす狸。悪いな、人間様の勝ちだ!

 

パカッ!

 

「「「「へっ…?」」」」

 

蓋を開けると、そこにあったのはタヌキの葉っぱでもお宝でもなく…刀剣の様な鋭い牙、真っ赤な舌…これって…

 

「当たりも当たり、大当たりっポン! その箱はミミック師匠だポン!」

 

ガキンッ!

 

「うおおおおっ!!?」

 

勢いよく蓋は閉じられ、あわや噛まれかける。いやいやいやいや…!なんでこんなところにミミックがいるんだよ!化け仲間か!?

 

ガキンッガキンッガキンッ!

「ひいいいっ!?」

 

俺達を食おうと飛び掛かって来るミミックから、俺達は遁走するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…もう追ってこないな…?」

 

「結局室内まで戻されちまった…」

 

 

ミミックからは逃げられたが、またも室内。古びた様子の箪笥や鏡台、机に行灯がある、灯りが淡く若干おどろおどろしい部屋。と―

 

「クスクス…」

「フフフフ…」

「ケラケラ…」

 

周囲から、不安になるような笑い声。これは…周囲の家具からか…! このやろ…!

 

ガンッ!

「!? 痛え…!」

 

力任せに近くの棚を蹴ったら、完全に木だ…! 痛がる狸の声もしねえし、本物か…!? じゃ、じゃあこの花瓶は…!と、陶器だ…!

 

ど、どういうことだ…!狸の尻尾や耳、毛が出ている家具が見当たらねえ…! いやそんなはずは…!よく見ればあるはず…!

 

 

ボウウンッ!

 

「「「時間切れぇ~!!!」」」

 

ひっ…!盛大な煙と共に、幾つかの家具が化け物に…! ん…?なんだあそこの…青狸?

 

ドラム缶のような大きさで、耳が無くて、首に鈴がついていて、腹に下半円型のポケット…

 

いや待て待て待て待て待てって!! あれはアウトだろ!色んな意味で! 

 

と、とりあえず逃げろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ…ひぃ…疲れた…」

 

とある部屋に駆け込み、全員へたり込む。あー…危なかった…。特に最後の青いの、もう少し映してたらヤバかった気がする…。

 

 

 

 

「お、丁度いいところに囲炉裏があるぞ。休憩しよう」

 

仲間の1人がそう提案する。部屋内を見回してみると、家具は一つもない。あるのは囲炉裏と、ぶら下がっている茶釜だけ。

 

確かに、丁度いいか。走り過ぎて喉も乾いた…。お湯でも沸かしてお茶でも飲もう。

 

 

 

持ってきてた水を茶釜に入れて、火をつけてと…。あれ、確か茶っ葉もどこかに忍ばせておいたんだが…あぁ、あったあった。

 

4人で囲炉裏を囲み、お湯が沸くのを待つ。こんなことなら、お茶菓子も持ってくればよかった。どら焼きとか。

 

 

と、そんなことを思ってた時だった。

 

 

 

グラグラ…

 

「ん?もう沸いたのか?」

 

予想よりかなり早く、茶釜が揺れる。うん?この揺れ方おかしくねえか? なんだか、火から逃げようとしてるような…

 

「あ…あ…熱いッポーーーン!!!」

 

「「「「うおっ!?」」」」

 

突如、茶釜が跳ね飛び、近くの畳へと着地。すると…。

 

ボウンッ!

「焼けるポン!何するポン!」

 

茶釜から、手と足と、尻尾と顔…!た、狸の茶釜だったのか…!気づかなかった…。

 

 

 

…ハッ! 一瞬戸惑っちまったが、これはチャンスだ。ここには茶釜狸だけ。とっ捕まえて『化け葉っぱ』を奪ってやる!

 

全員で示し合わせ、狸を取り囲む。もう逃がさねえ…散々脅してくれたんだ、毛まで毟ってやるからな…!

 

じりじりと迫り、武器を引き抜く。追い詰めらた茶釜狸は…叫んだ。

 

「ポーン! ミミック師匠、助けてポン!」

 

 

 

 

その言葉の直後、茶釜の蓋がパカッと開く。そして中から―。

 

ギュルッ!

 

「なっ…! 触手…!?」

「さっきそんなの入ってなかったはず…! ぐええっ…」

 

突然現れたのは、俺がいれた水でびしょびしょになった触手。狸の言葉から察するに…これもミミックなのか…! 

 

しかも、やけにキレてる感じだし…!そりゃそうか、煮られたんだから。 って、あぶねっ!

 

 

俺はあわや触手の攻撃は躱せたが、仲間三人があっという間に縊られてしまった。まだ触手は猛ってるし…た、退散だ! 

 

回れ右し、ダッシュ開始。休憩のため、全員がバッグを床に降ろしていたのが幸いだった。全部をひっつかみ、急ぎ部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どこだここ…」

 

そして数十秒後、迷った。…今襲われたらマズい…。せめて、せめてどこか安全な場所で体勢を整えなければ…。

 

そう考え、近くの部屋をガラリと開ける。と、そこは…

 

「うわ…」

 

 

明るい、畳張りの部屋。先程の囲炉裏部屋のように家具はないが、その代わり、部屋の真ん中に…デカい狸の置物が。

 

これ、明らかに狸が化けてるだろ…。てか、ムカつく顔してんな…。俺を煽るような笑み浮かべてやがる。

 

それに腹もでけえし、下の『アレ』もでけえし…。なんか見れば見るほど苛ついてきた。腹いせにぶっ壊してやろうか。よし決めた。壊す。

 

 

荷物を置き、剣を引き抜く。その白い腹を半分に叩き切ってやる!オラァ!

 

ガッ! カパンッ!

 

「は…?」

 

割れた…というか、開いた…? 置物の上半身が…。

 

「「「「ポンポンポポン!!」」」」

 

うわあああ!? 中から、中から何十匹もの狸がぁ! ぎゃあぁああああ………

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ、気絶しちゃったポン。引っ掻きすぎたポンね…」

 

全身狸に押しつぶされ、ひっかき傷まみれにされた冒険者をちょんちょんと突く化け狸が一匹。どうやらリーダー格らしく、他の狸達に命令を出した。

 

「玄関の外に置いといてあげるポン。そこの荷物も」

 

聞くが早いか、狸の一部はボウンと変化。手押し車と人間に化け、あれよあれよという間に気絶した冒険者&荷物を運び去っていった。

 

 

 

それを見送ると、リーダー格の狸は今まで入っていた狸の置物に話しかけた。

 

「すごいっポン! 私達をこんなに詰め込めるなんて…ミミックは一体どうなってるポン!」

 

「えへへ。でも、まだまだいけたわよ?」

 

狸にそう答え、置物内からひょっこり姿を出したのは上位ミミック。この狸の置物は化け狸の変化した姿ではなく、胴の真ん中で開く箱式の特製置物だったのだ。

 

 

「あ!じゃあ…」

 

と、リーダー格の狸は何かを思いついたらしく、葉っぱを取り出し頭に乗せる。そしてボウンと変化。茶髪おかっぱな女の子に姿を変えた。

 

「この姿でも、詰め込んで貰えるポン?」

 

「できるわよー。よいしょ!」

 

上位ミミックは女の子を持ち上げ、置物の中に。顔をぴょこんと出し、狸女の子は嬉しそうな声をあげた。

 

「凄いポン!凄いポン! もし冒険者が殺そうとしてきて、変化が解けてなくても、ミミック師匠に逃げ込めれば安全ポン!もう何も恐くないっポン!」

 

きゃっきゃっとはしゃぐ狸女の子。と、上位ミミックはちょっと苦笑い。

 

「喜んでくれるのは有難いんだけど…今の貴方、傍から見たら凄い絵面だと思うわよ。女の子の顔した、デブ狸の身体…。しかも『金のアレ』までついてるんだから…」

 

 




※今章より、最新話となります。

※それに伴い、次回以降は『毎週土日』投稿となります。ご了承くださいませ。


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顧客リスト№34 『邪教団の背徳ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「では、皆様ご起立を。今宵もまた讃美歌を、我らの主へ捧げると致しましょう」

 

月明りがステンドグラスを通し、妖しく教会内を包む。司祭を務める人物の掛け声に、腰かけていた参加者全員が立ち上がる。

 

直後、彼らが取り出したのは一冊の教典。表紙に触手の様な物が蠢くそれを開き、流れ出した音楽に合わせ歌い出した。

 

 

♪―――

 

我らが主よ  異形の神よ  その目覚めは高らかに

 

星辰(せいしん)は揺れ  太陰(たいいん)は笑う  喇叭(らっぱ)の音で祝福を 

 

晦冥(かいめい)の世界  救いの(ともしび)   我らの心に安寧を

 

 

Ah(アァ) Ia(イア) Ah(アァ) Ia(イア) Ah(アァ) Ia(イア)  Ia(イア)  Ia(イア)  Ia(イア)  Ia(イア)

 

信じぬ者には破滅を下し  信じる者には加護を下す

 

 

平伏せよ 敬服せよ  無辜(むこ)なる我らを救う主に

 

甘美な力に 至福の力に 我らの身を捧げたもう

 

来たれり 来たれり 我らが主 迷える我らを導きたまえ

 

―――♪ 

 

 

 

…歌詞も中々に狂気だが、音楽もかなり…。不協和音チックだし、時折響くラッパの音色が体の中をゾワゾワさせてくる。

 

しかもこれ、まだまだ続くらしい。確かあと、1時間以上…。ずっと聞いてたら、精神がゴリゴリ削られる…。

 

 

う…うぅ…駄目だ、そろそろ限界…!頭が…なんか…。

 

耐えられなかったら離脱していいって言われてたし、やっぱ抜けさせて貰おうかな…。

 

 

そういえば社長は…あっ! 箱に閉じこもって音遮断してる! ずるい…!

 

 

 

 

 

 

結局、バレないようにミサを抜けさせてもらい、終わるまで待たせてもらうことに。今のうちに、もう一度ダンジョン内を巡ってみる。

 

 

「なんか、おどろおどろしいんだけど…どこか安らかさもある気がするわよねぇ」

 

「ですねー」

 

社長とそんな会話をしながら歩いていく。このダンジョン…『背徳ダンジョン』と言われているのだが、その見た目は教会のそれである。

 

 

ただし神々しい雰囲気がある普通の教会とは違い、禍々しさが強い。内装も外装も黒く、夜に映える。空間魔法も使われているらしく、内部の空間は歪んでおり、ダンジョンらしい広さ。

 

壁の装飾も風変り。触手の様な彫刻が渦を描き、雷の如くひたすらに伸びていたり、二本の小さな棒を手にした人が並んでいるヒエログリフのような絵や、怪しい鍋のような物に様々なモノが投げ込まれた絵とかもある。

 

また、時折どこからともなく匂ってくる妙な香りがある。聞いてみると、『骨を煮込んでいる』とか。

 

 

 

そんなここを仕切っているのは、『邪教団』と呼ばれる人達。とある神を信奉している集団である。全員が全員闇に溶け込むような暗い色のローブを被り、顔を見えないようにしている。

 

その正体なのだが…私のような悪魔族や、エルフドワーフ、ゴブリンや魚人、吸血鬼といった多種多様な魔物や亜人。それに、多数の人間達。

 

しかも、老若男女問わずである。ここは『神』の名の元に、魔物と人間が手を取り合っているダンジョンなのだ。

 

 

 

 

…うん。ぶっちゃけよう。すんごーーーーーく、怪しい。こんなとこで祀る神様なんて、絶対まともな神じゃなさそうだし。

 

正直、依頼を受けようか迷った。だけど、社長の一声でとりあえず訪問してみることにしたのだ。

 

 

因みに依頼の内容だが、案外にも『侵入してくる冒険者対策』という普通のものだった。その他の文面も、宗教勧誘感は何一つなかったため、私も社長に従うことにした。

 

まあ、社長って人を見る目とか危険察知能力とかも長けてるから…多分大丈夫なはず。

 

 

 

 

近場をぐるりと一周し、さっきのミサ部屋の近くに戻ってくる。と…。

 

♪―――

 

Ah(アァ) Ia(イア) Ah(アァ) Ia(イア) Ah(アァ) Ia(イア)  Ia(イア)  Ia(イア)  Ia(イア)  Ia(イア)

 

我らの主よ その血その身で 我らの杯を満たしたまえ 

 

―――♪

 

 

…まだ歌ってた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅーー。歌った歌った! 神がお喜びになっていればよいのだが」

 

「きっと喜んでくださっているでしょう。では、この後は…ふふふふ」

 

「うっへっへっへ…だな…」

 

 

あてがわれた部屋で私達が休んでいると、丁度ミサが終わったらしい。先程の部屋からどやどやと出ていくのは、ローブの集団。

 

彼らは思い思いの場所へと消えていく。そのほとんどが名状しがたい笑みを残して。

 

…本当にミミック達、派遣して大丈夫かな…。社長は「大丈夫よ!」の一言だけど…。

 

と、そんな折―。

 

 

 

「お待たせいたしました。お二人とも」

 

私達の前に現れたのは、司祭を務めていた方。そのフードをパサリととると、現れたのは人間女性。

 

「すみません『ヌドル』さん…。途中で抜け出してしまって…」

 

私が一言謝ると、彼女はフフッと笑った。

 

「良いのですよアストさん。初めての方には刺激が強い歌ですから。これから次第に慣れていってくだされば」

 

「はい…。…えっ、いや…入信する気は…」

 

「あら残念…」

 

危ない危ない…さらりと引き入れようとしてくる…

 

 

 

 

『邪教団』の司祭が1人、「ヌドル」さん。彼女が今回の依頼主である。

 

物腰はかなり柔らかく、とても怪しい人には見えない。社長も初めて顔を合わせた時に、「対策すれば派遣しても問題ないわね!」と言っていた。

 

…でも、なんかちょっとおかしい…。特に目が…。瞳の様子が変というか…鉛筆でぐるぐる書き殴ったような…こんがらがったパスタのような…。

 

そう…狂気に包まれていて…見ていると闇に取り込まれソウナ…。

 

「アスト、瞬きしなさいな」

 

「! あ…はい…!」

 

社長の言葉で我に返り、パチパチと瞬き。あれ…なんか正気に戻れたって気がする。

 

「あっ…!すみません…! そんなつもりはなくて!」

 

と、ヌドルさんは何かに気づいたらしく、自らの目をコシコシと擦る。気づけば、彼女の目からおかしさは完全に消え去っていた。

 

「ミサの後だから少しトランスしてたようで…危うく『発狂』させてしまうところでした…」

 

無意識で失礼しました…。そう恥ずかしそうに謝るヌドルさん。わざと、という様子ではなさそう。

 

……発狂って何…?怖…。

 

 

 

 

 

 

「では、改めて…」

 

ヌドルさんはこほんと一つ咳払い。そしてゆっくり口を開いた。

 

「手紙でお伝えしました通り、冒険者…いえ、『狩人』対策としてミミックをお借りしたいのです」

 

 

「「狩人?」」

 

社長と私は同時に尋ねてしまう。と、ヌドルさんは私達間での呼称で恐縮ですが…と前置きし、続けた。

 

「見て頂いた通り、このダンジョンには野生の魔物がおりません。私達のような信徒や、信徒の一部が呼ぶ使い魔達ばかりです」

 

そこでヌドルさんは一呼吸置く。そして、辛そうに口を開いた。

 

「…そんな私達を、侵入してくる冒険者達は『狩って』くるのです」

 

 

 

 

 

「我らの主を信奉いたしますと、その証として身体の内にとある結晶ができるのです。人間、魔物、使い魔問わずに」

 

そう言うとヌドルさんは何かを取り出し、テーブルに置く。それは、小指の先ほどの大きさの結晶。琥珀色に輝き、内部では何かが常に揺れている。これは確か…

 

「『面妖なる結晶』…ですね」

 

謎の力を秘めた特殊な石、『面妖なる結晶』。黒魔術や闇魔術の補助宝石として無類の力を誇る存在である。

 

ただ、絶対数が少ないらしく、一個あたりの値段はとても高価なのだが…。

 

 

「ご存知でしたか。その通りです。これは常に私達の中に生成され、役目を終えた結晶は、時が来るごとに私達の胸から浮き出る形で排出されるのです」

 

なるほど…数が少ない理由も納得である。とある神の信徒達の肉体内にしか生成されないとは…。

 

「既に排出された物を取っていくのはまだ構わないのですが…。強欲な『狩人』達は私達を仕留め、結晶を奪っていくのです…。私も幾度やられたことか…」

 

ヌドルさんはそう嘆き、目頭をハンカチで拭う。やっぱり悪い人達ではなさそうだし、派遣してもよさそう…なのだけど…。

 

 

「あの…すごく失礼なことを聞いてしまうかもしれないのですが…」

 

この疑問を解決しないことには、派遣するか否かは決められない。そう思い立ち、私は手をあげる。そして、ヌドルさんに問いかけた。

 

「そもそも…信奉する『神様』って…どんな方なんですか?」

 

 

 

 

 

 

「ご興味がお有りで!?」

 

さっきまでの涙はどこへやら、嬉しそうにぐいっと顔を寄せてくるヌドルさん。圧が…!強い…!

 

「ちょ…ちょっと気になってしまって…」

 

「私も気になりまーす!」

 

と、私に乗じ社長も手をあげる。ヌドルさんはフンスと鼻を鳴らし、朗らかに頷いた。

 

「えぇ、えぇ! ではお教えいたしましょう!我らが主の御名は…!」

 

 

私は思わず、ごくりと息を呑む。どんな名が飛び出すのか…!高名な魔神か、歴史に名を残す邪神か、世界を外から見ているという風説がある異神か…!

 

一体、どんな…! 私達が見守る中、ヌドルさんは厳かに、その名を口にした。

 

 

「『空飛ぶラァメン・モンスター』様なのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?………んん?…………んんん??

 

「あの、今なんて…」

 

「『空飛ぶラァメン・モンスター』様です」

 

聞き違いじゃなかった…。神様の名前にしては可笑しい…いや、失礼だよね…。

 

…いやいや!なにそれ…!え、なにそれ…。それって…

 

「ラーメ…」

 

「ラ・ァ・!メンモンスター様です!」

 

「す…すみません…」

 

思いっきり訂正されてしまった。そこがやっぱり重要なんだ…。

 

 

 

「ご心配なさらず、アストさん。初めての方は皆その間違いをするのです。それで、その御姿は…安全のためデフォルメされておりますが…」

 

と、ヌドルさんは席を立ち、壁にかかっている額縁を外し持ってきた。

 

「こちらです!」

 

そこに描かれていたのは…巨大な杯に入った触手状の魔物…? 大きい目玉が二つ飛び出ているものの、どうみても…ラーメン鉢から溢れ出した伸びた麺…。

 

空飛んでいる風な絵だけど…ナルトとかメンマとか乗ってるし…。やっぱりこれ、ラー…いや、何も言うまい…。

 

 

というか、ぶっちゃけ部屋に入った時からこの絵には気づいていた。だけど新手の魔物か、子供の落書きかと思ってた…。

 

確かに、やけに上手い絵だと感じていたけど…。これが神だったとは…。そういえば『異形の神』って言ってた…。

 

 

 

 

 

幸いにも私の困惑はバレていないのか、ヌドルさんは興奮した様子で更に絵を持ってくる。

 

「因みに、空飛ぶラァメン・モンスター様には、姉妹神がおられます。それがこちらの…」

 

テーブルにゴトンと置かれたのは2枚の絵。うん…大体名前推測できた。

 

その答え合わせをするように、ヌドルさんはその名を口にした。

 

「『海泳ぐソヴァ・モンスター』様と、『地駆けるウドゥン・モンスター』様です!」

 

 

…でしょうね。片方はざる蕎麦みたいで、片方は月見うどんみたい。それが水の中を泳ぎ、陸を走ってる絵はなんともシュール。…頭痛くなってきた。

 

「あともうひと方、他の地方で名を馳せられている『空飛ぶスパゲ…」

 

「え、えっと…! その空飛ぶラァメンモンスター様は、どんなお力をお持ちなんですか!?」

 

失礼承知で、話を無理やり転換させてもらう。もうこれ以上はキャパオーバー…!

 

 

 

 

「そうですねー。色々と教義はあるのですが…。最も大きいのは、あれですね…」

 

少しむむむと唸り、ニコリと笑うヌドルさん。この異形の神の教義とは…!

 

 

「『深夜のラーメンは、背徳の存在ではない。好き放題食べるべし』ですね!」

 

…………やっぱラーメンじゃん……! ラーメンモンスターじゃん!!!ラーメンの神様ですよね…!?

 

「あ、姉妹神の方々はそれぞれ蕎麦とうどんですよ。今日の気分に合わせて、讃美歌に籠める思いを変えるんです」

 

…はぁぁ…。…なんか、体の力がどっと抜けてく…。

 

 

 

思わず、椅子からへたり落ちそうになる。そんな私に代わり、今度は社長が質問した。

 

「加護とかはあるんですかー?」

 

「えぇ勿論。この教義ですと、該当するものに限り『深夜いくら食べても太らないし、不健康にならない』っていうものです」

 

あ、それは普通に欲しい…。

 

 

…そうか。あの『面妖なる結晶』って…本当は『麺妖なる結晶』だったりして…。

 

 

 

 

 

 

 

「ご事情はわかりました! とりあえず問題はなさそうですので、派遣は滞りなく!」

 

「それは良かったです!」

 

社長のGOサインに手を合わせ喜ぶヌドルさん。と、直後…彼女の顔が少し曇った。

 

「あ、そうでした…このダンジョンで長期間活動するには、一つ決まり事がありまして…」

 

 

それは初耳。社長に促されるまま、彼女は申し訳なさそうに説明を始めた。

 

「我らが主のお言葉のどれかを、服か何かに刻み、所持していなければいけないのです。そうしないと発狂してしまうので…」

 

そう言いながら、ヌドルさんは懐から一冊の本を取り出す。それを私に手渡してくれた。

 

「こちらが教典です。中に書かれている文言のどれかを。…ですけど、初めて読む際は―」

 

彼女の説明が終わる前に、パラリと本を開いてみる。と、ヌドルさんが叫んだ。

 

「あっ! お気をつけて…!」

 

「へ? あ…ああ…アァ…ふんグルい……kアrame…maし’Mあsi…!!…イ亜…いa…Ia…Ia」

 

あ…頭が…目のマエが…歪ミユガまレ…オ…オ…ソノ名状し難キ…オ姿は…!根源ヘ…至ル…!

 

 

「よっと!」

ベシッ!

 

「あうっ! あ、あれ…? ここは…誰…私は…どこ…? 深淵への昏き道は…?」

 

「アスト、私はわかる?」

 

「ふえ…?社長…? …ハッ! 私は何を!?」

 

今…私、何をしていたの…!? 教典を開いて…そしたら変な物が見えて…そしたら社長の触手が顔面に飛んできて…。えぇ…?

 

 

そう混乱する私を見て、社長は肩を竦める。そして、ヌドルさんに向き直った。

 

「うーん、見事に精神汚染されかけてたわねー…。ヌドルさん。これならば、精神耐性魔法のオプションが必須となりますが…」

 

「はい、最大級ので構いません。すみません…注意間に合わず…。それにしても、良かったです。普通の方なら、今ので即座に発狂…精神が壊れていました。さっきもすぐには瞳に取り込まれませんでしたし…アストさん、耐性があるのですね。流石、悪魔族の方です」

 

褒められてるみたいだけど…全く状況が理解できない。私はただ頭を掻くしかなかった。

 

「…何が何だか…。ですけど、空飛ぶラァメンモンスター様のおぞましくも神々しい姿が見えたことが頭に強く…!」

 

「あら、結構覚えていらっしゃいますね、素晴らしいです! それが我らが主の、本当の御姿です!」

 

…本当、よくわからないけど…とりあえずここの神様はとんでもない存在、というのはわかった…。触らぬ神に祟りなし。あんまり気にしないようにしよう。

 

 

 

 

契約書の記入も済み、一段落。と、ヌドルさんはお誘いをかけてきた。

 

「お詫びがてら、この後一杯奢らせて頂けませんか?」

 

「それって…」

 

「勿論、ラーメンです! そろそろ、ダンジョン各地の屋台が開店する頃合いですので!」

 

…ダンジョン内で、ラーメン売ってるんだ…。…そうか、全てわかった…!

 

教典や壁の触手は全部『麺』で、絵は行列やスープ製造を描いたもの…! 

信徒達の謎の笑いは、歌い疲れ小腹が空いた後の染みる一杯を想像したから…!

 

そして、さっきの『骨を煮込んでいる』変な匂い…! あれ、トンコツスープか!

 

 

 

 

 

 

 

 

美味しいラーメンを頂き、帰社途中。社長は満腹!と伸びをした。

 

確かに、すっごく美味しかった。一瞬、これが毎夜食べられるなら入信しようかって思ったぐらい。

 

「さて、帰って派遣するメンバーを選んだら、用意しなきゃね」

 

「? 何をですか?」

 

何のことがよくわからず、首を捻る。すると社長は、そりゃ勿論と言葉を続けた。

 

「オプションの精神汚染対策の魔法よ。ガッチガチのやつ。それと一応、ちょっとした道具も持たせておこうかしら」

 

「? 道具?」

 

「『ダイス』よ。出目が全部1のとか、念じた目を出せるやつも用意しとくべきね。『SAN値チェック』用に!」

 

 



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人間側 とある狩人の狂気

 

 

フッ…良い月だ…。紅く、鈍く輝いている。今宵も素晴らしき夢が見れそうだ。

 

 

 

特別に誂えた狩装束を身に纏い、俺達4人は闇を駆ける。この先にあるのは、『背徳ダンジョン』。とある邪教を信奉する者共が身を寄せ合う場所だ。

 

その邪教の正体? 知らん。興味もない。どうで、隠れて狂気に身をやつしている連中。それはもう、人ではない。獣と同義だ。

 

獣を狩って何が悪い。それにダンジョンなんだ、狩ったところですぐさま復活するだけ。心を痛める必要なぞない。

 

 

…何のために狩りをしているのか? 当然、利のため。金のためだ。それも素晴らしいほどの。

 

奴ら…『邪教団の信徒』共の胸には、『面妖なる結晶』と呼ばれる特殊な結晶が生成される。市場に流せばかなりの高額がつく。

 

それだけじゃない。あの取り出した瞬間…血に濡れ、てらてらと光る琥珀色の結晶…素晴らしい…。アレを見るタめだったラ…俺タチは幾度でモ…!

 

…ハッ! 危ない危ない…意識が飛びかけた。…ここ最近、妙だな。時折、変な気分になる。

 

 

 

まあいい。その結晶だが…可哀そうに、信徒共はその邪教の神とやらに植え付けられているのだろう。そうでもなければ、人の身体に石なぞ出来ない。

 

つまりこの行いは、救いでもある。寧ろ感謝してほしいぐらいだ。俺達が習得した特殊技で内臓を攻撃してやれば、容易くその結晶を吐き出させてやれる。ただし、代償は命だ。

 

 

…む、そうこうしているうちに到着したか。全員、準備は良いな?

 

さあ、始めようか…!『獣狩りの』…違う、『結晶狩りの夜』を!

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を蹴り開け、銃を撃ち鳴らしながら乱入する。すると、辺りにいた信徒共は瞬く間に慌てふためき始めた。

 

「ヒッ…!狩人が来たぞー!」

 

「に…逃げろ! 戦える者は武器を取れ!」

 

 

フン…『狩人』か。良い呼称だ。最初そう呼ばれた時は困惑したものだが、今や心地いい。

 

それに合わせて服装も変えたほどだ。森で動物を狩るチャチな連中が着る粗雑なものではない。これは、夜に紛れ密かに獣を狩る、そのための装束。

 

さて…どの人ならざる獣から狩っていってやろうか…! 

 

そう俺が、舌なめずりした時だった。

 

 

 

 

 

Pu oh ooooh oh oh    Pu oh oh oh oh ooooh

 

 

「!? なんだ…!」

 

突如、辺りに響き渡るおぞましきラッパの音。ぐあ…頭の内側をなぞられるような感覚が…!

 

「! これは…合図だ!」

 

「全員、奥に逃げろ!あとは彼女達に任せるんだ!」

 

俺たちが怯んでいる隙に、信徒共は一斉に逃げ去っていく…!

 

クソッ、追いかけたいが…!駄目だ…この音は…!何かがゴリゴリ削られていく…!

 

 

 

 

「……! はぁ…はぁ…」

 

「止んだ…?」

 

気づけば異音は消え、周囲を静寂が支配する。もはや誰もいなさそうだ。

 

まあいい。一人一人探して仕留めていけばいいだけのこと。俺達に勝てる奴は、そうはいないんだからな。

 

 

 

 

 

 

「…いないな」

 

「どこまで逃げたんだ、あいつら…」

 

しかし数分歩けども、信徒共はおろか、使い魔の一匹すら見つからない。せっかく大量に稼げると思ったんだが…。

 

 

 

「…お? 見ろ、あそこを」

 

と、仲間の一人が先を指差す。そこには、松明灯る路地が。覗き込んでみると…。

 

「おぉ…!宝箱じゃないか…!」

 

安置されていたのは、大きい宝箱。と、その裏には…

 

「ひっ…!」

 

小さな声をあげ、身を潜める女がいた。逃げ遅れか。探した甲斐があった。二つも良いモノが見つかるとは。

 

 

「お、お願い…」

 

と、その女は宝箱をズズッとこちらに押し出してくる。お願い、だと?宝箱をやるから見逃せ、という意味か。

 

フン…駄目だ。追い込んだ二兎の片方を逃がすわけはない。だが、まあ…仕留めるのは後回しにしてやろう。

 

どれ、まずは…宝箱の中身を確かめて見るとするか。

 

「先に失礼するぜ」

 

チッ、がめつい奴め。仲間の1人が先に宝箱に手をかけやがった。まあいい、どうせ折半だ…。

 

肩を竦め、一歩下がる。と、何かが足にカツンと当たった。何だ…?

 

…ッ!?待て…なぜここに…ラッパが落ちている…!?

 

ゾワッと背筋に嫌な予感が走り、宝箱の方へ弾かれたように顔を向けた…その時だった。

 

 

 

ズリュ…!

 

宝箱の両側面から、長い腕が…!? いや触手が…!! そして蓋が勢いよく開き、中から鋭い牙が…!マズい…!離れ…!

 

ガシッ ガブシュッ!

 

「ぎゃああああああっ!」

 

…遅かった…! 俺が叫ぶ前に、宝箱を開けた仲間は触手の腕に掴まれ、ガジガジと呑み込まれていく。

 

何故、こんなところにミミックが…! うおっ…今度は下から出た触手で、人間のような体を作り立ち上がりやがった…!その見た目、同じ製作会社だがゲームが違うだろ…!

 

 

こんな貪欲そうな奴、いくらこっちが複数人とはいえこんな狭い路地では不利だ…! 一旦退け…退け!

 

 

 

 

 

 

 

 

うねんうねんと名状しがたい動きで追いかけてくるミミックは、ラッパを咥え吹き鳴らしながら追いかけてくる。俺達は破裂しそうな頭を抑え、ひたすらに逃げた。

 

「あそこに扉が開いた部屋があるぞ!」

 

「飛び込め!」

 

手近に見つけた部屋に急ぎ駆け込む。扉を無理やり閉じ、鍵を下ろせば…!

 

「ハァ…これで安心か…」

 

追い込まれた気もするが…ようやく一息つけた。さて、どう倒すか…。

 

ミミックは強く、タフだ。上手く立ち回らなければ…。…ん?

 

 

 

「なんだ、この匂い…」

 

「腹減ってくるな…」

 

焦っていてわからなかったが、この部屋にはやけに美味しそうな匂いが立ち込めている。この大元は…。

 

「あっちか…」

 

俺達は誘われるように、ふらふらと部屋の奥へと進んでいく。仄かに灯った何かを目印に。一体何が…。

 

「店、か…?これ…」

 

薄暗めのランプの下には、屋台然とした店。置かれている寸胴からは、湯気が上がっている。そして、その手前にはに簡素なテーブルが幾つか。そこに置かれていたのは…

 

「「「ラーメン…!?」」」

 

 

出来立ての、旨そうなラーメンだ…。変なものが入っている様子はない…。背油も浮いている…。

 

深夜のラーメン…邪教団の連中、こんなものを嗜んでいるとは…。邪悪な奴らだ…。こうも背徳的なことを…容易く行うか。

 

見れば、箸こそ割られているものの、手付かず。俺達の侵入で、慌てて逃げ出したってとこか。

 

 

ぐううううううッ

 

…全員の腹が、鳴ってしまった。こんなもの見せられて、抗えるはずがない。

 

こちとら1人復活魔法陣送りにされたんだ。腹いせに食ってやろう…!!

 

 

 

 

 

全員揃って、席に着く。割りばしを手に、いざ実食…

 

「わー、匂いに釣られてノコノコ来たわね!」

「まるで引き寄せられた虫みたい…」

「ラーメンの魔力って恐ろし…!」

 

なっ…!? ラーメンが…喋った…!? どういうことだ…!?

 

 

 

チャプンッ ギュルッ!

 

瞬間、ラーメンスープの水面が揺れ、麺が…襲い掛かってきた…!!?違う、これは…触手だと…!!しまった…身体に絡みついて…

 

「ぷはっ!へい一丁お待ち!」

「ふうっ!ラーメンのスープを浴びたいって夢、叶っちゃった!」

「ふいー!お行儀すっごく悪いけどねー! 美味し!」

 

そう叫び、ラーメン鉢の中からひょっこり顔を出したのは、上位ミミック…!? こ、こいつら…ラーメンに擬態していただと…!?馬鹿な…全く普通の、美味しそうなラーメンだったぞ…!? 

 

「「「そーれっ!」」」

バシャンッ!

 

唖然としている間に、俺達は屋台の上の寸胴へと投げ入れられ…熱っ!? ね、熱湯…!? も、もしかして…!

 

「さて、豚骨ラーメンは美味しいけれど…人骨ラーメンはどうかしらぁ!?」

 

「「「ひ、ひいいっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ…!

 

気づけば、復活魔法陣の上。死んだのか…。確か…ラーメン鉢入り上位ミミックに、思いっきり煮込まれて…。うっ…嫌な夢を…見ていた気分だ…。

 

「…気晴らしに酒でも飲みに行くか…」

 

「「「賛成…」」」

 

 

 

ふらつくまま、全員で街へと出る。どこで休もうか…バル、レストラン、ラーメン屋…ヒッ!

 

「ら、ラーメン…!!!!!」

 

あ、あぁ…! 麺が…! 麺が…! 襲ってくる…!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

狩人達が片付けられ、背徳ダンジョン内には活気が戻る。勿論、功労者であるミミック達にはラーメンが振舞われていた。

 

「うま~い!! さっき入ってたのも飲んだのに、まだスープ飲めちゃう!」

「やっぱ仕事の後の一杯は格別ねー! 何杯でもいけるわ!」

「さっきの狩人煮込んだの、不味かったわねー。狂気を煮出した、って感じ」

 

 

ちゅるちゅると麺とスープを啜る上位ミミック達。と、内一人が素朴な疑問を口にした。

 

「そういえば、狩人達が狙う『面妖なる結晶』って、なんで信徒の皆さんの身体に出来るんだろ?」

 

それに答えたのは、丁度自分のラーメンを完飲完食しきった別の上位ミミックであった。

 

「じゃあ聞いてみる?」

 

「え、誰に?」

 

「神様によ!」

 

 

 

 

「「聞けるの!?」」

 

驚く上位ミミック2人。提案者の上位ミミックは、うん!と頷いた。

 

「えーとね。社長曰く…このダンジョン内にいると、私達の『箱に自在に入れ、物を詰めこめる』っていう能力が『4次元空間』ってのと交差して、そこにいる神様とシンクロして、一時的に交信可能になる…だっけ?」

 

「「…何言ってるのかわからないんだけど…」」

 

「私もー!でも、社長は凄いから、ここに来てすぐに神様と軽くお話したみたい!だからアストちゃんが発狂?仕掛けた時にすぐ助けられたって言ってた!」

 

ケロッとした態度で笑う提案者のミミック。そのまま、彼女は続けた。

 

「アストちゃんにここの神様の文言を身体に刻んで貰ったでしょ? それのおかげで、私達でも上手くやれば交信できるみたいなの!」

 

「「やってやって!」」

 

「いいよー! あ、私の様子がおかしくなったら、触手で顔を思いっきり叩いてね!」

 

 

 

 

 

「まず、ラーメン鉢の中に入りまーす!」

 

そう言い、提案者の上位ミミックは食べ終わったラーメン鉢の中にスポリと入る。そして、自らの手を先程のようにラーメンのように変えた。

 

「そして、スープと具材を入れてもらって…と。お願いしまーす!」

 

「ホントに良いのかい…?熱いぞ? つっても、さっきも同じことやってたんだっけか…」

 

ラーメンを作っていた信徒の1人は、恐る恐る熱々のスープをラーメンミミックに注ぐ。しかし彼女は平然と。具材も乗せられ、美味しそうなラーメンが完成してしまった。

 

 

「うーん…。本当に美味そうだな…。こりゃ狩人が惹きつけられるのもわかるぜ…」

 

「えへへ…! でも、おじさんのスープが美味しいからですよ!」

 

信徒に褒められ、照れるラーメンミミック。それを誤魔化すように、最終工程へと移った。

 

 

「最後に、教典に書かれていた呪文を唱える。えーと…『いあ! いあ! らぁめん ふたぐん! やさいからめまし あぶらすくなめにんにく!  ふたぐん! ふたぐん!』」

 

「…それ、呪文なの?」

「なんか、注文っぽくない…?」

 

困惑する上位ミミック2人。しかし、その直後だった。

 

 

 

 

ふわっ…!

 

突然、ミミック入りのラーメン鉢は宙に浮く。そして、麺…もとい触手を横に垂れ下げながら辺りを飛び始めた。

 

「…! おい…!あれを…!」

 

「あ…あぁ…! あの御姿…『空飛ぶラァメンモンスター』様…!」

 

その様子を見た、周囲の信徒達は、揃いも揃って両膝をつき祈りだす。傍から見ると、もはや何が何だかわからない絵面である。

 

 

 

 

数回辺りを周ると、飛んでいたラーメン鉢は元の場所に着地。中に入っていたミミックもひょっこり顔を出した。が…

 

「あ…あ…全ての深淵は…ラーメンスープと同義…あらゆるモノの混濁により…」

 

明らかに様子がおかしい。待っていた上位ミミック2人は顔を見合わせ…

 

「「えいっ!」」

ベチンッ!

 

顔面触手ビンタを食らわせた。

 

 

 

「あいたっ! ハッ!聞いてきたわよ、結晶の正体!」

 

ダメージで意識を取り戻したラーメンミミック。彼女の口から語られた真相は…

 

「ラーメンの食べ過ぎにより身体に害をなす成分を、神の力で特殊な結晶に変換してるんだって!」

 

 

 

 

「…うーん…?つまり、『結石』的なもの…?」

「…そんな感じかしら…?」

 

再度、困惑の表情を見せる上位ミミック2人。しかし、周囲で耳をそばだたせていた信徒達は違った。

 

「おぉ…!やはり神は私達を守ってくださる…!」

「素晴らしい…!流石、空飛ぶラァメンモンスター様…!」

「毎夜の楽しみの保証を…!ありがとうございます…!」

 

一様に感謝の言葉を口にする信徒達。困惑していた上位ミミック2人は、また顔を見合わせた。

 

「…まあ、皆喜んでるなら…」

「良いのかしらね…?」

 

 

 

 

そんな仲間を余所に、自分が入っていたスープと具材をもぐついていたラーメンミミック。突如彼女は、思い出したようにポンと手を打った。

 

「あ、そうそう!言い忘れてた! 皆を守ったお礼として、私達ミミックにも『毎日一杯、好きな麺を食べても太らない』加護くれたって!」

 

「えっ! ということは…今食べた一杯はノーカンってこと!?」

 

「やった! もう一杯食べましょ! 今度は別の味!」

 

ドッと活気づくミミック達。…しかし、問題があった。

 

彼女達は元から食いしん坊。加護を貰ったことで我慢のタガが外れたらしく、気づけばあれよあれよ杯を重ねていく。

 

 

そんな毎日を続けた、食べ過ぎ太り…事情を聞き駆け付けた怒髪天社長から、神様すらドン引く訓練ダイエットメニューを課されたのは…また別のお話。

 

 



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顧客リスト№35 『サンタクロースのクリスマスダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「うぃー うぃっしゅゆあ めりーくりすます♪ 

 うぃー うぃっしゅゆあ めりーくりすます♪ 

 うぃー うぃっしゅゆあ めりーくりすます♪ 

 あんどあ はっぴーにゅーいやー♪」

 

楽しそうに歌う社長。そんな彼女の今日のお召し物は、サンタ服。赤いあの帽子もしっかり被っている。

 

入っている箱も、いつもの宝箱ではない。プレゼント箱である。そこからひょっこり身体を出し、とある作業をしているのだ。

 

何の作業かと言うと…。

 

 

 

「じんぐるべーる♪ じんぐるべーる♪ すずがーなるー♪」

 

弱冠舌っ足らず目な歌い方の社長の手元は、かなりの高速で動いている。正直、注視しなければ何やってるかわからないほどに。

 

詳しく説明しよう。社長は手を幾本もの触手に変え、箱を組み立て。その中にオモチャを入れ、蓋を閉め、綺麗な包装紙とリボンできゅっと包んでいる。

 

そう、プレゼントの箱詰めをしているのだ。

 

 

 

 

「社長、どんな感じですか?」

 

そんな彼女に寄り、そう聞いてみる。すると、社長はふふん!と笑った。

 

「ばっちりね!私のノルマ分、もう終わり近いわ! まだまだ出来るわよぉー!」

 

「さすが社長!」

 

相変わらずの凄腕である。じゃあこのエリアは問題なしと記入して…と。よし、これで定時報告可能!

 

そのまま私は社長から離れ、別の角でプレゼント作りをしている方の元に。そして、彼の名を呼んだ。

 

「サンタさん、進捗のご報告です!」

 

 

 

 

「ほっほっほっ。アストちゃん、ありがとうのう」

 

手を動かしたまま、こちらに顔を向けるは本日の依頼人。たっぷり蓄えた真っ白でふわふわな白髭は、お腹まで。皺の刻まれた優しい顔に眼鏡をかけ、気持ち良い恰幅の良さをした彼が纏うは全身赤色コーデ…というかサンタ服。

 

もはや説明は要らないであろう。彼は皆ご存知、『サンタクロース』である。

 

 

「皆はどんな感じかな?」

 

「はい。基本的に滞りありません! このまま行けば、指定の時間より一時間ほど前にはプレゼント作りは完了します。東部エリア担当の方達が若干遅れ気味ですが、手が空いたミミック達を送りましたので、恐らく大丈夫です」

 

「おぉ、そうかそうか! すまんのう、今年は量が多くて…ちょいと腰をやっちまったもんじゃから…」

 

腰をトントンと叩き、よっこいせと腰かけるサンタさん。その横では、パチパチと暖かな暖炉が燃えている。

 

 

 

 

ここは通称、「クリスマスダンジョン」。…とは言うけど、他のダンジョンとは全く毛色が違う。

 

だってここ、サンタさん達の家兼、プレゼント工房なのだから。ダンジョンと言っては失礼な気がする。

 

冒険者ギルドでも、名前こそ登録されているが秘匿扱いらしい。当然、ここに潜れなんて依頼はない。侵入することすら禁止されている。

 

因みに侵入したことがバレた場合、その冒険者には相応の罰が下るらしい…。

 

 

 

さて、そんなここの外見はかなり大きめのログハウス。雪が降る地帯にあるため、屋根には雪が積もっている。

 

だけど、中はとても暖かい。各所に石造りの暖炉があるし、多分魔法で温めている。

 

空間魔法も使っているらしく、外見以上に中はかなり広い。10mはありそうな巨大クリスマスツリーもあるし。

 

 

そんな中を今日は、我が社のミミック達が駆けずり回っている。サンタさん達のお手伝いのために。

 

 

 

 

『依頼』と言ったが、別に金銭の取引をしているわけではない。ボランティアである。毎年、サンタさんのプレゼント包装手伝いに参加しているのだ。

 

ボランティアだから、勿論参加するか否かは自由。だけど、ほとんどのミミックは勇んで参加する。だってサンタさんのお手伝いなんだから。

 

…まあ、下心がないわけではないのだけど…。

 

 

実をいうと、お手伝いしたらプレゼントが貰えてしまうのだ。子供じゃないのに。

 

しかもなんと、各ダンジョンに派遣されているミミック達にまで。その場合はダンジョンの魔物達と一緒に楽しめる物という配慮ぶり。

 

良いのかな、と思ったことはあるけど…「良い子達への報酬代わりじゃよ」とサンタさんは微笑んでくれてるから…。有難く頂戴している。

 

今年は何が貰えるんだろう。ワクワクしてしまう。…おっと、駄目駄目、欲張っちゃ。『悪い子』にはプレゼントが届かないのだから。

 

 

 

 

 

そういえば、何故我が社がサンタさん達を手伝っているのか説明していなかった。社長がサンタさんとお友達だったからというのもあるのだけど…。

 

大きいのは、やはり『ミミック』だからであろう。箱に素早く物を入れたり、箱の様子を綺麗に整えたりが本能的に出来るのが彼女達。

 

そんなミミック達が、プレゼント箱の梱包、包装をすれば―。

 

 

 

「ふいーっ! ひと段落ね! ちょっときゅうけーい!」

 

丁度みょーんと身体を伸ばした社長。瓶コーラをゴクゴク飲んで、ぷはーっ!っと唸っている。

 

そんな彼女の前には、一流店員の腕前並みに美しいラッピングがなされた大小長短様々な宝箱。下手な折り目も、リボンがズレていることも一切ない。

 

 

別にあれは、社長だからなせる技というわけではない。我が社のミミック達はどの子もあれぐらい出来るのだ。

 

上位ミミックの皆は言わずもがな、下位の子達も連携プレイで見事にやり遂げる。宝箱の子が蓋…もとい口で上手く箱を組み立て支え、群体型の子がプレゼントを詰めて、触手型の子がリボンを結ぶ、みたいな感じに。

 

 

私はそんな各所で作業中のミミック達の調整、及び伝達や報告役。ラティッカさん達ドワーフは、ちょっと調子が悪そうなオモチャの修理や、白い袋に詰め込み終わったプレゼントの搬送役をしている。

 

 

余談だが…我が社の食堂のポルターガイスト(調理器具達)は、私達が帰ってきた後の食事用の仕込みをしてくれている。

 

お手伝いが全部終わったらクリスマスパーティーをするのだ。ケーキ、七面鳥、ポットパイ…楽しみ! 

 

それをサンタさん達にもおすそ分けをするのも毎年恒例だったり。プレゼントをくれるサンタさんへのお返しでもある。

 

 

 

 

 

 

「そだ、アスト。さっき言ってた疑問、聞いてみれば?」

 

と、そんな折。ラッピングしたプレゼントを袋詰めし、自らも袋の中に入って横に滑ってきたのは社長。はい、と私にコーラを渡してきてくれた。

 

「疑問? あぁ…!」

 

シュポンと王冠を外したと同時に、思い出した。そういえば今日ここに来る前、そんな話した。いや、疑問と言ってもすっごく素朴なものなのだけども…。

 

 

「ワシで良ければ何でも答えるぞい、アストちゃん。毎年世界中の子供達から色々と質問が来るからのう」

 

ほっほっほっと笑い、軽く部屋の端を指さすサンタさん。そこにはうず高く積まれた、色とりどりの手紙。子供達からの届け物であろう。

 

きっと、その中に同じ問いがあったはずだし…じゃあ遠慮なく。

 

「サンタさんは、何故世界の子供達…人魔問わずにプレゼントを配っているのですか?」

 

 

 

実に子供っぽい質問だが、長年の疑問なのだ。実際、その詳細を知っている者はいないだろう。サンタ本人以外には。

 

「ほっほっほっ!良い質問じゃのう!しっかり物事を考えられる、『良い子』の証じゃ!」

 

嘲る様子や、またその質問かと顔を歪める様子は一切無く、にっこり微笑むサンタさん。白いお髭に包まれた口から、その答えをくれた。

 

「なに、案外と簡単なことじゃよ。ワシがプレゼントを配れば、皆が笑う。皆が笑えば、この世界中に、もっともっと幸せが広がるからの!」

 

 

うーん。サンタさんらしい答え。でもきっと、いいや絶対、適当な誤魔化しではなく、心の底からの聖なる想いなのだろう。本当、素晴らしき御方である。

 

 

 

あ、でももう一つ質問を…。

 

「なんで私に支給される服…、ミニスカサンタな服なんですか?」

 

 

 

 

これまたずっと気になっていた。最初にお邪魔させていただいた時は普通のズボンだったのに、気づけばミニスカになっているのだもの。魔法が籠められているのか、寒くはないが。

 

女性用ということなのだろうけど、社長とかはもっと丈のあるワンピース風だし、サンタさんのお弟子さん?の女性はワンピース風だったりズボンだったり。何故私だけ…?

 

と、サンタさんは何故か首を傾げた。

 

「おや?承知の上ではなかったのかの? その服を作ったのは確かにワシじゃが、アストちゃんの服をそれにしてくれって頼んできたのはミミンちゃ…」

 

「サンタさんストーップ!」

 

瞬間、目にも止まらぬ速さでサンタさんの口を触手が封じる。その主は…ミミン社長であった。

 

 

「もーサンタさんったらー。あはははは…!」

 

誰の目にも明らかな作り笑いを浮かべる社長。うん、ぶっちゃけ薄々わかってた。やっぱり、って感じである。もー…。

 

 

 

「これは…『悪い子』案件かの?」

 

触手をよいしょと外したサンタさん。ほんのちょっと意地悪な笑みを浮かべながら私に聞いてきた。お、ということは…。

 

「そんなぁ!」

 

察した社長が悲鳴をあげる。これ、私が社長を『悪い子』認定すれば、今回のクリスマスプレゼントは無しになるということだろう。

 

今、社長の命運を握っているのは私。さて、どうしてあげようか…。って―。

 

「ノーカウントで!」

 

そこまでする必要はない。いつもの事だから。正直、結構この服好きだし。

 

「よかったぁ…! アスト、ごめんなさーい!」

 

安心したらしく、社長はぴょんと私の懐に飛び込んできた。全く、現金な人である。

 

…もし、来年以降サンタビキニとかにさせられたら悪い子認定してもらおう。そういうのは酒の席か、自室程度で留めて欲しいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレゼント作りは問題なく終了。大きな白袋をソリに乗せ終わり、いよいよ本番『プレゼント配り』である。

 

「さあ皆、今年も頼むぞい。ルドルフ、お前さんの鼻、今年も輝かせてくれな」

 

「「「ブフウッ!」」」

 

サンタさんに撫でられ、鼻息を自信満々に放つのはトナカイ達。先頭の子は、鼻が赤くピカピカ光っている。

 

「よしよし。では行こうかの、ミミンちゃん、アストちゃん」

 

「「はーい!」」

 

私達はソリの後方に乗り込み、プレゼント配りのお手伝い準備。サンタさんもソリに乗ると、手綱を振った。

 

「はいよー! Ho Ho Ho!」

 

ビシンと綱がしなる音と共に、トナカイが鳴く。そして、ソリはふわりと浮き上がる。

 

「「行ってきまーす!」」

 

「「「行ってらっしゃーい!」」」

 

お留守番、又は一足先に帰るミミック達と手を振り合う。他のサンタさんやお弟子さん達のソリも浮き上がり、同じくお手伝いに乗ったミミック達も意気揚々。

 

中には手綱を握るミミックも。ソリも箱判定なのか、結構運転上手い子が多いみたい。

 

 

それじゃあ…いざ、走れソリ。風のように、雪の中を、軽く早く!

 

 

 

 

 

 

 

 

シャンシャンシャン♪ シャンシャンシャン♪ と軽やかな鈴の音を響かせ、空を駆けるサンタのソリ。

 

しかし、その速度は結構えげつない。風のように、というか突風そのものである。眼下の森や山はもはや形を留められないほど早く目の端に消えていく。

 

世界中を回るのだ、これぐらいの速度は当たり前。しかも、雲の間に入るとワープまでする。サンタさん、とんでもない力の持ち主である。

 

 

おー…月が近い。星も綺麗…! あ、ソリのスピードが落ちてきた。雲が途切れた先、地上には沢山の灯り。

 

「ふむ、街に着いたの。2人共、頼むぞい」

 

「はーい、よいしょー!」

 

サンタさんの合図に合わせ、社長と私は大きな袋の封を解く。そして…。

 

「「せーの…えい!」」

 

両方向から、袋をぐいっと押し込んだ。

 

 

 

ポンポンポンポンポンッ!

 

すると、袋から次々と飛び出すプレゼント。それは地上に向けてばら撒かれ、ふわふわと落ちていく。

 

「…ほんと、不思議ですよねー。これで皆のとこに届くのって」

 

毎年この光景を見ているが、相変わらず奇妙な図である。プレゼントを捨てている様にも見えなくない。

 

と、サンタさんはほっほっほっと声をあげた。

 

「ワシが作ったプレゼントには、子供達のそれぞれの願いが籠っておるからの。自然に皆の家に向かうのじゃよ」

 

 

そんな魔法が…!いや、魔法なのか? とにかく、凄いのは確か…! 私が唸っていると、サンタさんは更に教えてくれた。

 

「煙突をくぐって子供達の寝ている横や、クリスマスツリーの下に降りるのが基本じゃの。軒先に降りて、親御さんに引き入れて貰う場合もあるぞい」

 

へえー…!あ、でも…。

 

「それが出来ない場合とか、親がいない場合とかはどうするんですか?」

 

「心配はいらん。その場合はプレゼントに憑いたワシの分身が、家に入って届けるんじゃ。お菓子とか、お礼の手紙とかを用意してくれている子達の元にものぅ」

 

皆美味しいものを置いてくれるから、ワシも太ってしまってな。お腹をポンと叩きほっほっと笑うサンタさん。だけど、私は笑い返すよりも驚愕していた。

 

 

「え、じゃあ…私が子供の頃用意したクッキーが消えていたのって…本当に…!」

 

「勿論、ワシが美味しく戴いたぞい」

 

サンタさんは平然と頷く。てっきり、お父さんお母さんに片付けられたものとばかり…!でも、そしたら…!

 

「最初の頃の、苦くなかったですか…? 形もグズグズでしたし…」

 

思わず、そう聞いてしまう。サンタさんのためにと頑張ったが、不慣れだったためにチョコクッキーでもないのに黒ずみ、形もバラバラになってしまったのだ。でも、時間もなく作り直しは出来なくて…!

 

「ほっほっ!想いが籠っていて、絶品じゃったよ。ワシと、トナカイ達の形をしていたのもしっかりわかったぞい」

 

「…!」

 

嬉しい…!!

 

 

 

 

 

しかし…私の子供の頃の事も知っていて、分身も出来て、高速移動もワープも出来て、プレゼントを大量に作れて、それを無償で配るなんて…

 

「サンタさんって…何者なんですか?」

 

つい、そんな疑問が口に出てしまう。それに答えたのは社長であった。

 

「あらアスト、知らないの? サンタさんは『サンタクロース』よ!」

 

 

…いや、そうだけど…! 確かに、その名が免罪符というか、なんでも許されるって感じあるけども…!

 

流石に不満が残る答えだとわかっていたのか、社長はケラケラと笑った。

 

「まあ冗談は置いといて…。本当、とんでもない人達なんだから。貴方や魔女、それこそ魔王なんか目にならないほどの魔法の使い手で、全てを知り、全てを見ている。神様みたいな存在…いえ、神様よ!」

 

「ほっほっほ!そんな大層なものではないがのう」

 

そう謙遜なさるサンタさん。と、社長は更に言葉を続けた。

 

「そして、私達ミミックのお手本でもあるわ!」

 

 

 

「え?どういうことですか?」

 

「これよ、これ」

 

私が傾げた小首に答えるように、社長はポスポスと叩いたのはプレゼントが入っている白袋。

 

「これ、凄いでしょ! 世界中の子供達のプレゼントが入っているというのに、大きさは人が何人か入るぐらいの大きさに留められているじゃない!」

 

あぁ、なるほど。確かにミミックっぽいといえばミミックぽいかも。どんな狭い箱の中にでも、身体を隠せるミミックに。

 

 

 

 

 

 

月を追いかけ、太陽に追いつかれないよう空を駆け続けるソリ。次々とプレゼントを配っていく。

 

私達もたまに、プレゼント配達のお手伝い…というか体験させてもらった。人間の家に入った際、寝ていた子供が起きてしまった時は肝が冷えてしまった。なんとか誤魔化せたけど。

 

 

そして、気づけばクリスマスダンジョン、もといサンタさんの家に到着。プレゼントは一つ残らず配り終わった…!ふーっ、疲れたぁ…!

 

サンタさんと別れ、帰社。さ、これからクリスマスパーティー!張り切っていこう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むにゃ…ふああああ…」

 

身体を起こし、ぐいっと伸びをする。いやー、昨日は楽しかった。パーティー盛り上がったなぁ…。

 

ハンドベルにカラオケ、ダンスに持ち寄りプレゼント交換。トナカイになり切ってソリ引きレースとかまでやってた。トナカイの角つけたミミックがソリを引くっていうの。

 

…そしてまさか、本当にサンタビキニ着させられるとは思わなかった。しかも社長やラティッカさんといった面子まで。

 

社長達ミミックはノリノリだったけど、ラティッカさんはやっぱり顔真っ赤だった。

 

 

 

「すぅ…すぅ…」

 

ふと横を見ると、社長が寝ている。一応それぞれの部屋はあるのだけど、時折別れるのが面倒だからと一緒に寝てしまうことがある。特に、昨日のようにさんざ騒いだ後とかは。

 

起こさないようにゆっくりベッドから降りてと…。

 

ガサッ

 

と、足に何か当たる。ん…?わ! これは…!

 

 

置かれていたのは、二つのプレゼント箱。私と社長の名前札もついている。

 

間違いない、サンタさんからのプレゼントだ…! 早速開けちゃおう!ぺりぺりと…!

 

 

 

「わぁ…!やった!」

 

私の箱から出てきたのは、欲しかった魔導書!どこも売り切ればかりで買えなかったやつ!

 

「私のちょうだーい!」

 

と、いつの間にか起きていたらしく、社長がひょいと覗き込んでくる。手渡してあげると、ぴりぴりと楽しそうに包装を捲り始めた。

 

「何かな何かなー♪ お! 見て見てアスト!」

 

箱の中から何かを取り出す社長。クルクル巻かれたそれを広げると、みるみるうちに大きくなり…。え、これって…。

 

「靴下…ですか?」

 

 

 

それは、巨人が履きそうなほど大きい靴下…違う、これ…布団…?寝袋っぽい。

 

「これ欲しかったの!すかぴーって寝れそう!」

 

早速スポッと入る社長。…うん、これはまるで…

 

「アスト。プレゼントはわ・た・し♡」

 

「言うと思いましたよ…」

 

 

どう見ても、プレゼント品である。私が肩を竦めると、社長はあら、とにんまり笑った。

 

「お気に召さないかしら? アストはこっちの方が好み?」

 

言うが早いか、私に向け触手を勢いよく伸ばす社長。流れるように捕えられ、靴下の中に引きずり込まれてしまった。そして、顎をクイッとされ…。

 

「『私の一番のプレゼントは、貴方よアスト』……ってね!」

 

「――っ!! もう…!そういうの、ズルいですよ…!」

 

「にへへー! どうせ今日は会社休みにしてるし、依頼も来てないから、一緒に二度寝しましょ!」

 

ぎゅっと私を抱きしめる社長。と、何か思い出したのか、顔をあげた。

 

「あ、言い忘れてたわね。遅いけど…メリー・クリスマス!」

 

「メリー・クリスマス、社長!」

 

 



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人間側 ある男冒険者達、ある少女の聖夜

 

 

(さみ)い…」

「な…」

 

「雪、降ってんな…」

「そうだな…」

 

「ホワイトクリス…」

「「「それ以上言うんじゃねえ!」」」

 

1人がボソリと呟いた言葉を遮るように、俺を含めた他の面子は怒鳴り散らす。間違っても、『クリスマス』なんてムカつく単語は使わせねえぞ!

 

 

 

 

日が暮れゆく中、俺達冒険者パーティーは雪中行軍中。どこに向かっているかって?『クリスマスダンジョン』だ。

 

お前らも知ってるだろ?そこの存在。てか、ガキでもちょっと物知りな奴はそこに『サンタクロース』がいるってことは知ってる。手紙とか送るからな。

 

え?なんでそんな場所に潜ろうとしてるか? んなもん一つしかないだろ。プレゼントのオモチャを奪うためだ!

 

 

 

 

今、世間はクリスマスで盛り上がってる。でっけえクリスマスツリーに、イルミネーション、豪勢な飯に、サンタコスの売り子たち。

 

それは…別に良い。案外と気分が良くなるし、美味い。全部が終わった後、食い物が半額セールとかやるのも魅力だ。

 

特に女のサンタコスは、うへへへ…! クソ寒い中、堪えてミニスカやらタイツやらビキニやら着ている連中はまさに絶景だ絶景。

 

 

…だが、そんなんで喜んでいる俺達を一瞬で絶望の淵に叩きこんでくる奴らがいる。

 

…あ゛?聞くんじゃねえよ! わかるだろ!?『カップル』だよ!

 

 

 

ったく…!この時期になるとぉ…!あっちでイチャイチャ、こっちでイチャコラ、そっちでキャッキャ、向こうでウフフ!

 

あ゛ーあ!羨…!じゃねえ、ウザってえ!何がクリスマスじゃあい!!

 

こちとら万年彼女無しじゃあ!!ちくしょおおおおおお!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ハァ…ハァ…ハァ…。取り乱しちまった…。深呼吸…ゲホッ…!雪が喉に…!ゲホッゲホッ…!

 

…あぁそうだよ…!俺達は、クリスマス彼女無し予定なし何にもなしな男冒険者の集いだ。今年も良い相手に巡り合えず、傷を舐めあう予定だった…。

 

…そうだ、俺達が悪いんじゃなく、良い女がこの世に少ないから…!

 

…いや、もういい…。言ってて自分が悲しくなってきた…。

 

 

 

 

話を戻すか。そうやって集まった俺達が意気投合し、クリスマスを糾弾しまくってた。やれ無駄なイベントだの、やれカップルのための聖夜(笑)だの。

 

そして気づけば、怒りの矛先はサンタクロースに向いていた。そもそもあいつがプレゼントを配るから、みんな浮かれちまうんだろうが!

 

俺達もプレゼントを貰えなくなって久しい。なら、その分強奪してやろうと思い立ったというわけだ。要は八つ当たりだな。

 

 

 

『クリスマスダンジョン侵入パーティー』を結成したのがクリスマス数日前ぐらいか?そこから俺達は早かった。

 

出来うる限りのコネを使ってダンジョンの場所を調べ上げたんだ。ダンジョンの存在を知っている者は多いが、場所の詳細はほとんど不明だからな。ガキ共の手紙も、どっかに集められ、場所を知る僅かな配達人だけが届けるみたいだし。

 

馴染みの商人とか、ギルドの上役、裏の連中に揉み手をし、ある程度の場所まで絞ることが出来た。あとはそこを目指すだけ。ハッ、意外と簡単だったぜ。

 

…ただ、聞いた連中が軒並み「侵入するのは止めといたほうが良いぞ」って言ってたが。

 

 

 

 

 

 

 

ふと空を見上げると、いつの間にか雪雲の隙間から月と星が輝き始めた。もう夜だ。…お?

 

「おい、身体を下げろ!」

 

少し離れた先に何かを見つけ、俺は仲間に指示を出す。あれは…デカいログハウス…!

 

「見つけたぞ…!『クリスマスダンジョン』だ!」

 

思わずガッツポーズをしてしまう。と、その時…。

 

 

 

シャンシャンシャン♪ シャンシャンシャン♪

 

軽やかな鈴の音と共に、家の横から何かが飛び上がっていく。双眼鏡で見てみると…サンタクロースだ…!

 

トナカイに引かれたソリに乗った、白い大きな袋を携えたサンタが空へと消えていく。しかも助手なのか、サンタの恰好をした少女と、悪魔族っぽい女も乗っている。

 

サンタでさえ女連れかよ…クソッたれ…! てか、悪魔のサンタって…。『サンタクロース』じゃなくて『()()()クロース』ってか!

 

 

そんなクソみてえなギャグで小さく笑っていると、次々と違うサンタのソリが飛んでいく。おお、丁度いい!

 

聞いていた通りだ。『プレゼント配りの時、サンタは全員出動するから、ダンジョンは空になる』って話…! 

 

 

絶好のチャンス。さあお前ら、行くぞ! プレゼント強奪に!

 

 

 

 

 

 

 

だが当然、家の扉も窓も鍵がかかっている。当たり前か。フッフッフ…なら、ここは『サンタの真似』だ。

 

無理やり屋根に登り、煙突の元に。よし…!煙も出てないし、熱くもない。ここから侵入してやろう。

 

 

縄をかけ、ゆっくりと降りていく。上手く着地でき、中に潜り込むことが出来た。…サンタと泥棒って紙一重だな…。

 

さて、プレゼントの余りものはどこにあるか…!

 

 

 

 

 

 

 

 

早速部屋内を物色してみる。プレゼントは…ない。その代わりに、サンタの服や赤い長靴が置いてある。

 

どうやらここは縫製部屋兼、服置き場ってとこか。色んな大きさのサンタ服が大量に並んでやがる。

 

…こんな数、作る必要あるのか?さっき飛んでったサンタたちは精々が十人とかそこいら。助手らしき連中用があるとしても、絶対それ以上の服があるぞ?

 

しかも、やけに女物が多いな。まさかサンタも俺達と同類…ゴホン、変態なのか。

 

 

まあいい。サンタの作った服ならば、高く売れるだろう。とりあえず数着貰っていくか。そう思い、手を伸ばした時だった。

 

 

ガッ!

 

「痛っ!」

 

突然、脛を蹴られた。誰だ、蹴ったのは…! …ん?

 

視線を落としてみると、そこにあったのはサンタの赤い長靴。あれ、こんな場所にあったかな…。自分からぶつかっただけか。

 

……ッ!! いや、脛にぶつかるのはおかしいだろ!

 

 

そう気づき、俺は反射的に飛び退く。その瞬間だった。

 

ギュルッ!

 

長靴の中から飛び出してきたのは、幾本もの触手。それは俺の後ろにいた仲間の首へと。

 

「ぎゃっ…!」

 

そいつは絞められ悶えるが、触手は一切緩まない。それどころか、他の触手を俺達に差し向けてきた!

 

「に、逃げろ!」

 

仲間を助けている場合じゃねえ…! 俺達は勢いよく部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…来てないな…?」

 

逃げに逃げたからか、あの長靴触手は追ってくる様子はない。なんだったんだ、あれ…。

 

参ったな…。助けに行くべきなんだろうが…。あんまり行きたくねえな…。下手すりゃ、大量にあった他の長靴にも同じの入ってるかもしれねえんだ。

 

せめて、何か金目の物を回収してから様子を見に行きたいモンだが…ん?

 

 

 

少し先に、やけに開けた空間がある。灯りもついているそこに導かれてみると…。

 

「おー…」

「でっけえ…」

 

そこは入口扉から通じるエントランス。吹き抜けになっており、上に上がるための階段もある。その中央には、モミの木そのまま生やしたんじゃねえかってぐらいデカいクリスマスツリー。

 

10m以上はあるぞこれ…。屋根、どうなってんだ…?そもそもこんな広かったか、この(ダンジョン)…?

 

 

そこにつけられている飾りもデカい。近寄って見てみると、一つ一つが俺達が抱えなきゃいけないぐらいだ。

 

へえ、結構良い素材使われてんな。砕いて貰っちまうか。しっかし、形も色々あんなぁ。丸いの、星型の、リボン、雪の結晶…。

 

お、こっちは宝箱型じゃねえか!冒険者には景気の良い形だ!よし、これを砕い…て…

 

 

 

カパァッ…

 

え…?ツリーにぶら下がっていた宝箱型飾りの蓋が…開いた……って!

 

ガキンッ!

 

鋭い牙を打ち鳴らす宝箱。いやこれ、ミミックじゃねえか!!!なんでこんなところに!?

 

間一髪、回避が間に合ってよかった…! マズい、ツリーから離れなければ…!

 

 

カパンッ 

 

「ひっ!? 飾りの中から蛇が!蜂が! あば…ばばばば…」

 

背後で何かが開いた音と、仲間の1人の悲鳴が聞こえる。ハッと見ると、丸い飾りが開き、中から『宝箱ヘビ』やら『宝箱バチ』といったミミック生物が次々と出てきてるじゃねえか。

 

既に毒を受けたらしく、悲鳴をあげた奴は麻痺し倒れている。残りは俺ともう一人だけ…!

 

く、くそ…!もうオモチャなんているか!脱出を…! うわ!入口に陣取られてる…!

 

 

ガブッ!

「ぎゃあ!」

 

なっ…!さっきの宝箱ミミック、ツリーが自発的に外れてきやがった!

 

とうとう、俺だけ…!とりあえず逃げるしか…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

死ぬ気で走り、近くの部屋に閉じこもる。ギリギリセーフ…。

 

はぁ…。何が『ダンジョンは空になる』だ…!ミミックまみれじゃねえか!さっきの長靴触手も、触手ミミックだな…!

 

ったく…プレゼント箱貰ったと思ったら、びっくり箱だった気分だぜ…。とんだクソダンジョンだ…。

 

せめて、何か奪ってやる…。この部屋には何が…。 …!!ここは…!

 

 

 

やったぜ…!ここに来て大当たりだ…!置かれてるのは、幾つものプレゼント箱じゃねえか。カラフルなそれは、部屋中に沢山並べられてやがる。

 

ウキウキ気分で立ち上がり、箱の一つに手をかける。さあ、中身は…! 

 

 

 

…待て。何故ここに、プレゼント箱が置いてあるんだ…!? サンタクロースはもう出立したんだぞ…!

 

忘れ物、かもしれない。だが、サンタクロースが忘れるか…?『あわてんぼう』なら別だろうが…。

 

 

刹那、俺の頭の中に、さっきの自分の言葉が駆け巡る。『プレゼント箱が、びっくり箱』…!

 

まさか、これも…! 思わず後ずさった、その瞬間―。

 

 

パカカッ!!

 

「「「メリー…!くるしみマース!」」」

 

ダジャレと共に、周囲の箱から飛び出してきたのは幾体もの上位ミミック達。サンタ服を着ている…!

 

そ、そうか…!あのサンタ服はこいつら用の…!いやそんなこと、今更どうでもいい…!逃げ…!

 

ギュルッ

「はい確保♪」

 

ぐえっ…もう駄目だこれ…。

 

 

 

 

 

「サンタさんの家に忍び込むなんて、『悪い子』達ねえ」

 

箱に入った上位ミミック達に見下ろされながら、俺は…いや、俺達は正座させられていた。

 

そう、先にミミックに掴まった仲間達も、ここに集められていたのだ。殺されてはいなかったらしい。麻痺させられていた奴も、ほんの微量だったのか、今は回復していた。

 

 

「アンタたちみたいな侵入者、毎年少なからず来るのよねー」

 

やれやれと溜息をつく上位ミミック達。俺は恐る恐る問う。

 

「俺達を…どうする気なんだ…!」

 

すると、上位ミミック達は肩を竦めた。

 

「いつもだったら、『きゅっ』とやって復活魔法陣送りなんだけど…。サンタさんの家でそんなことするのもアレだしねー」

 

「見逃してくれるのか…?」

 

「んなわけないじゃない。しっかり苦しんでもらうわよ、『悪い子』なんだから」

 

「ど、どんな…」

 

「それは…こうするのよ!」

 

瞬間、上位ミミック達は俺達の視界と動きを塞ぐ。ひっ…!な、なんだ…!ポケットとか、バッグとかが漁られて…!

 

うわあ…!どこかに引きずられて…! うわああああああ…!

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ハッ…!?」」」」

 

ここは…教会…? 結局殺されたのか…?

 

いや、装備は全部ある…。ワープさせられたみたいだ。 バッグの中身もしっかり…。

 

「! なんじゃこりゃああああ!」

 

バッグに入っていたはずの回復薬とかが全部消えて、石炭とか、木の棒とか、ジャガイモになってるじゃねえか!

 

ああっ!ポケットからも大量にゴロゴロと…!どうやって入ってたんだこれ!

 

 

 

「そこの、冒険者達よ」

 

困惑している俺達の元に、厳かな声がかけられる。顔を上げると、そこにいたのは教会の神父やシスター達。

 

しかし様子がおかしい。普段は優し気な彼らの表情が、今は軒並み怒りを湛えている。

 

「貴方達は、『サンタクロースのクリスマスダンジョン』に足を踏み入れましたね…?」

 

「え、いや…」

 

思わず誤魔化そうとする。だがそれをさせぬように、神父の一喝が飛んできた。

 

「嘘をつくな! その石炭類が何よりの証拠、『悪い子』の証明! サンタクロース様の家へ忍び込み、荒らそうとしたのでしょう!」

 

「う…」

 

「子供達の夢を壊しかけたその行い、言語道断!貴方達に、冒険者の資格なぞない! ギルドからの特権により、暫くの間、貴方達の『冒険者ライセンス』を剥奪します!」

 

 

「なっ…!そんな勝手な…!」

 

俺は反論しようと試みるが…神父達は有無を言わせなかった。

 

「何が勝手か!これはギルドからの正式な制裁だと心得なさい! 加えて復活魔法陣の使用禁止、及びダンジョン侵入不可の制約魔法も付与します!」

 

神父の言葉と同時に、俺達はシスター達の魔法によって鎖で雁字搦めに…!う、嘘だろ…!!

 

 

罰が…罰が重すぎる…! 嫌だ…!嫌だあぁぁぁぁ…!! サンタさんごめんなさいいい…!

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

【時は同じく、聖なる夜。 ただし場所は変わる。 とある街、とある一軒の家。そこには、1人の少女とその親が住んでいた。視点は、その少女へと】

 

 

 

 

「ほら、早く寝なさい。サンタさん来ないわよ?」

 

「嘘ばっか!サンタさんなんて本当はいないんでしょ!」

 

お母さんに、そう言い返してやる。すると、今度はお父さんが何か言ってきた。

 

「いいやいるぞ? だけど、そんなこと言う悪い子の元には来ないかもな」

 

「フンッ!」

 

そう鼻を鳴らし、部屋に帰ってベッドに入ってやる。別に良いわよ、悪い子で!どうせプレゼントをくれるのは、お母さん達なんだから!

 

 

 

 

 

私は『ポーラ』。とある街の女の子。今日は聖なる夜、『クリスマス』。

 

毎年毎年この日になると、必ずプレゼントを枕元に置いていってくれる人、知ってる?それは、『サンタクロース』。

 

早く寝ないと来てくれないから、今日は私の友達も、いつもは腕白な男の子たちも、皆ベッドに駆け込むのが決まりなの。

 

 

…だけど、本当にそんな人がいるわけないじゃない。大人が私達を騙すために作った架空の存在に決まってる。

 

 

 

 

だって、友達誰もその姿を見たこと無いんだもん。そりゃ、この時期になるとサンタさんの真似をした人は沢山現れる。

 

だからサンタさんが、髭をたっくさん生やした、ふとっちょで、赤い服のお爺さんということは知ってる。

 

けど、そんなの胡散臭い。お爺さんしかいないってとこが特に! 1人で世界中を周れるわけないじゃん!

 

しかも、乙女の部屋に勝手に入ってくる『ふほーしんにゅうしゃ』なんて、信用できない!

 

 

 

 

 

ということで、今年はその正体を暴いて見せる!寝ないで待ってやるんだから!

 

嘘の手紙も書いて、枕元に置いた。近くのお店で売ってる、『100万もするダイヤのネックレス』って!

 

別に欲しくもなんともないけど、それが叶えられないならサンタさんは嘘だし、逆に本当にくれても、欲しい物じゃないからサンタさんは嘘!

 

 

絶対お母さん達に決まってるもん! あ、でも…この間、親戚のふとっちょおじさんとお母さん達、何か話してた。

 

あの人、変装したらサンタさんみたいになりそうだったし…。もしかして、そのふとっちょおじさんがサンタさんの真似して来たり…?

 

だったら、猶更信用できない…! 絶対に起きて、確かめてやる…!

 

まだかな…まだかな…! まだかな…まだ…かな…ま…だ…か…な… ま…だ…

 

 

すやぁ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか、ここの親御さんから引き入れられるとは思いませんでしたね…)

 

(ね。煙突がないから、どうしようか迷ったけど。なんか、『サンタさんが直々に届けに来て欲しい』って彼ら(親御さん)がお手紙送ってたみたいよ)

 

(え、そうなんですか…? 私達で良かったんでしょうか…?)

 

(サンタさんが大丈夫って言ってたから大丈夫よ。きっと)

 

 

んぅ……?誰の声…? 誰かが、小さな声でぼそぼそ話してるの…? あれぇ…?

 

―はっ! 寝ちゃってた! サンタさんは…!

 

 

バッと飛び起き、目を擦る。と、そこにいたのは―。

 

「「あっ」」

 

「サンタ…さん…?」

 

 

 

 

私が寝ていたベッドの横でしゃがんでいたのは、サンタさんの服を着て、白い袋を持った…お姉さん。お母さんでもお父さんでも、親戚のふとっちょおじさんでもない。

 

だけど…角とか、尻尾とか生えてる…!サンタさん…なの…!?こんななの…!?いや絶対違う!

 

「あー…えーと…」

 

困ったようなサンタ服のお姉さん。私も混乱してきた。

 

知らない人が部屋にいるんだもの…。叫んだ方がいいのかな…。そう考えた時だった。

 

 

 

「ふぉっふぉっふぉ! メリー・クリスマスじゃ!」

 

お姉さんが持っていた袋の中から、誰かがぴょこんと飛び出してくる。それは…プレゼント箱に入った…サンタさん…?

 

確かにサンタさんの服を着て、白いお髭を生やしている。だけど、声は私と同じ女の子の声だし、背も私より小さい…。

 

「社長、なにを…むぐっ」

 

その子はお姉さんの口をぺちりと押さえると、私の横にひょいと登ってきた。

 

「起こしてすまなかったのう。ポーラちゃんや」

 

「え、なんで私の名前を…!?」

 

「そりゃ勿論、私…ゴホン、ワシがサンタさんだからじゃよ! あっちのは『クランプス』と言ってな、ワシの付き人をしてる魔物じゃ」

 

サンタさんが指さすと、お姉さんは「がおーっ」と鳴きながら手を爪みたいに尖らせた。

 

 

たしか、クランプスって…悪い子にお仕置きするっていう怖い顔した魔物…!…でも、怖いというか美人な感じだけど…!ミニスカだし…!

 

「夜起きてる子は、食べちゃうぞォ…!」

 

きゃっ…!怖い…!!!  思わず私が布団に身体を埋めると、サンタさんはふぉっふぉっと笑った。

 

「クランプスや、この子はお仕置きしなくて良いぞ」

 

「がぅー…。わかりました、サンタさん」

 

 

大人しくなるお姉さん。私はおずおずと質問した。

 

「ほ、本当にサンタさんなんですか…?」

 

「そうじゃよ。 …あぁ!有名なのは、ワシの師匠じゃ。子供達は沢山いるからの、皆で手分けして配っておるんじゃよ」

 

「な…なにか本物のサンタさんってわかるものとか…」

 

「うーん…そうじゃのう…」

 

私のお願いに、頭を捻るサンタさん。数秒後、ポンと手を打った。

 

「そうじゃ、ワシの身体の柔らかさはどうじゃ?」

 

 

 

 

「サンタは煙突から来るって知っておるかの?」

 

「は、はい…」

 

それは、私も知っている。友達から聞いたのだ。サンタさんは煙突を始めとした狭い場所を通り、部屋の中に入ってくるって。

 

と、サンタさんは自身のお腹をポンと叩いた。

 

「ワシは師匠みたいに太ってないからの、あまり必要ない技じゃが…。サンタは皆、煙突をするりと降りられる技を持っているんじゃ。ポーラちゃん、手で輪っかを作ってくれるかの?」

 

「こ、こうですか…?」

 

言われるがまま、私は両手で輪を作る。でもこれ、腕ぐらいしか通らない…。

 

「よいせっと!」

ニュルンッ

 

「きゃっ!」

 

ウソ…!サンタさんが頭から入ってきて…身体の半分まで輪の中に…!?

 

「これで信用して貰えたかの?」

 

私はコクコクと頷くしかなかった。こんなの、サンタさん以外じゃできないはず…!

 

 

 

 

 

 

 

「さて、プレゼントを渡すかの」

 

身体を戻したサンタさんは、お姉さんの方を見る。私は思い出して、慌てて枕元の手紙を差し出した。

 

「あ…あの…お手紙が…」

 

「ほう! どれどれ…わっ…!」

 

中を見て、絶句するサンタさん。だけど、すぐに笑みを浮かべた。

 

「…ふぉっふぉっふぉっ! ふむ…なら、これじゃの」

 

サンタさんが合図を出すと、お姉さんが小さめの箱を手渡してくれた。ちょっと重め…。何だろう…

 

「開けても良いですか…?」

 

「構わんぞい」

 

サンタさんの頷きを見るや否や、私がビリビリと破っていく。中から出てきたのは…

 

「オルゴール…!!」

 

 

 

 

手紙に書いたのは、ダイヤのネックレス。だけど入っていたのは、綺麗なオルゴール。

 

普通なら、ハズレ。だけど…これって…もしかして…!

 

 

私はゆっくりと、ネジを回す。すると、聞こえてきたのは…遠く離れたとこに住んでる、お婆ちゃんが良く歌ってくれた子守歌…!

 

これ…そう…!これこそが…!

 

 

 

「えーと…お願いを果たせなくてすまんのう」

 

申し訳なさそうなサンタさん。だけど私は、首を横にブンブンと振った。

 

「いえ…!これが良かったんです…!これが一番、欲しかったんです! ありがとうサンタさん!」

 

 

 

 

 

「ほっ…。良かった良かった。さて、ワシらは次の子供のとこに行くかの。クランプスや」

 

「はい、サンタさん」

 

お姉さんが指を動かすと、私の部屋の窓が勝手に開く。そこから、袋を背負いサンタさん入りの箱を抱えたお姉さんは飛び出していった。

 

 

私は追いかけるように顔を外に出す。すると―。

 

 

シャンシャンシャン♪ シャンシャンシャン♪

 

オルゴールの音のように心地いい鈴が鳴り響き、空の彼方にトナカイに引かれたソリが走っていくところだった。

 

サンタさん…! 本当にいたんだ…!

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふうーっ! 危なかったわね…!」

「えぇ…! すみませんサンタさん、時間をかけてしまって…」

 

ソリに乗り込み、息を深く吐くは先程のサンタとクランプス。もとい、ミミン社長と秘書アスト。

 

ソリの手綱を握っていた本物のサンタクロースは、楽しそうに笑った。

 

「ほっほっほっ! 問題ないぞい。どうじゃったかの?」

 

 

「それが…女の子が起きてきちゃって…社長の機転でなんとか誤魔化せました…」

 

「持っててよかったわ、白いつけ髭! アストもよく無茶振りに応えてくれたわね」

 

「やけっぱちでしたけどね…。ほんと、何とかなってよかった…」

 

くたりとへたり込む秘書アスト。サンタクロースは彼女達を労った。

 

 

「ほっほっ!2人共有難うのう。コーラでも飲むと良いぞい。…あの子の元には、ワシが行っても『イメージ通りに着こんだ偽物』とか言われていたじゃろうしなぁ」

 

「だから私達に任されたんですね!」

 

髭を剥がしながら納得するミミン社長。サンタクロースはにっこり頷いた。

 

「そういうことじゃ。さて、まだ夜は長い。気張っていくぞい」

 

「「おー!」」

 

サンタ、そしてミミン社長と秘書アストを乗せたソリは、軽快に夜空を駆けていくのであった。

 

 



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閑話⑥
我が社の日常:全てを囚えし、呪いの箱


 

 

外の風は、一際強く吹いている。その証拠に、窓がガタガタと音を立て震えている。

 

きっと木を揺らし、砂を舞い上げ、ゴウゴウビュウビュウと騒がしく唸っているのだろう。

 

…今日の我が社とは、対照的に。

 

 

 

 

 

扉を開き、自室を出る。その瞬間から、私は違和感を感じ取った。

 

普段ならばこの時点で、どこからともなくミミック達賑わいの声が聞こえてくる。この会社は彼女達の住居も兼ねているのだから、それは当然の事。

 

 

だが、それが、聞こえてこない。今日は一切の声が聞こえてこないのだ。いや、それどころか物音すらも。周囲はまるで、時が止まったかのようにシンと静まり返っている。

 

 

私を残して、皆でどこかに出かけた? いいや、それならば絶対社長は一声かけてくれる。というか、全てのミミックを連れどこかに行くなんて、正直無理である。数多いから。

 

ならば、皆まだ寝ている? その可能性はありうるが…どうであろう。いつも早起きな子達の声すら聞こえないし。

 

もしかして、皆で外で訓練中かも。そう考え窓から外を見てみるが、運動場には一箱…もとい1人たりともいない。ただ訓練で使う案山子や道具、装置類が風に吹かれているだけである。

 

 

 

 

…嫌な予感が背筋を走る。そういえば昨日の社長、ううん、全てのミミック達の様子がおかしかった気がする。もしかして…。

 

 

一応確認のため、社長の部屋へ赴く。昨夜はそれぞれの部屋で寝たから、寝ぼすけの社長はぐっすりなはず。

 

すぐにたどり着き、扉をノックをして少し待つが…。

 

 

「…返事がない…」

 

その後も数回繰り返すが、やはり何も返ってこない。しかも、結構うるさめに叩いたというのに、周囲から様子を窺いに出てくるミミックもいない。

 

 

ゆっくりと、ドアノブに手をかける。クリッと回すと、何事もなく扉は開いた。…最も、社長はあまり鍵をかける人ではないので、そこは普通だが。

 

「失礼しまーす…」

 

恐る恐る中に入る。しかし…。

 

「…いない?」

 

耳を澄ませど、社長の寝息は聞こえず。部屋の内は閑かそのもの。

 

一応その辺に置かれている箱を片っ端から開けていくが…やっぱりいない。洋服ダンスの中身は…下着だ。当たり前か。

 

 

「ん…?」

 

ふと目がいったのは、社長のベッド。この間サンタさんから貰った大きな靴下型布団も敷かれているが…綺麗に整えられている。

 

もっと言えば…昨日の朝、私が社長を起こしに来た時についでにベッドメイクした状態、そのままだ。

 

 

そういえば、いつも脱ぎ散らかしているパジャマの類も落ちていない。一緒にお風呂は入ったのだけど…。

 

いや、確か昨日、私は眠かったから先に寝させてもらったのだ。だから実は、社長が部屋に帰ったかは知らない。

 

見れば、いつも入っている箱もない。ということはやはり、戻ってきていない。その場合、最もありうるのは、酒場で酔いつぶれているとか、他の子の部屋にお邪魔しているとかだけど…。

 

 

……いいや、それは違う。これは、()()だ。チラリとカレンダーを見やり、息を呑む。今年も、この時期が来てしまったということか。

 

 

恐らく、今我が社で正気を保てているのは、私だけであろう。覚悟を決めなければならない。魔に囚われた皆を、解放するために―。

 

 

 

 

 

 

とはいえ、1人だけでは心もとない。誰かの助力が欲しい…。閑散とした廊下に佇み、頭を捻る。

 

…一つだけ、当てがある。彼女達ならばまだ、侵されていないかもしれない…!

 

 

 

僅かな、ほんの僅かな希望を胸に、動く足場に乗り社屋を出る。ひゃっ…!風が強くて…凄く寒い…!

 

せめて、出る前に暖かくなる魔法をかけるか、上着着てくればよかった…。うー…でも、『箱工房』はすぐそこだし、いいか。

 

 

 

そう、目指しているのは本社屋の横にある、ラティッカさん達ドワーフが勤める『箱工房』。彼女達に助力してもらおうとしているのだ。

 

そんなことを言ってる間に、もう着いた。扉を開けて―。

 

「―! 寒っ!」

 

 

入った瞬間、ヒヤッとした空気が身を包む。嘘…!ここって年がら年中暖かいはずなのに…!まさか、炉の火を落としてあるの…!?

 

 

身をブルブル震わせながら、奥へ進む。左右に山ほど積まれている大量の箱の中に、ミミック達の気配は1人たりとも無い。

 

これもまた、異常性を示している。ここはミミック達にとって絶好の遊び場。暇さえあれば皆ここに入り浸り、箱の中を泳いで楽しんでいるのである。

 

だが、今や誰もいない。もう…()()()()()

 

 

ここに置かれている数多の箱…。綺麗な宝箱、沢山入る場所がある家具類、各ダンジョン用に合わせて作った特殊な形の箱群…。

 

そんな物よりミミック達を引き付ける箱が…『呪いの箱』が…解き放たれてしまったのだ。

 

 

 

 

「ラティッカさーん…! 皆さーん…!」

 

声をあげ、名を呼んでも返答は無し。ただ誰もいない広い空間を反響するのみ。…僅かな希望は塵にすらならず消え去ってしまった。

 

とりあえず奥の工房まで行くと、受付的な机の上には、不在を示す立札。そこに書かれていたのは…。

 

「『全員、食堂にいます』…か」

 

揃って食事…というわけでもあるまい。はぁ…。

 

…覚悟を決めよう。決戦の場は、食堂だ。私単身で、乗り込むしかない。私しか、残っていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし」

 

一旦部屋に戻り、魔導書数冊を手に、食堂へと向かう。と、ここでまた一つ、異常なことが。

 

いつもは基本開きっぱなしが多い食堂の扉が、今や完全に閉じているのだ。耳を澄ますと…中からはズリ…ズリ…という異音。

 

 

意を決し、扉を開く。と、中には―。

 

「うっ…!」

 

「んぅ…? あぁ…ー!アストちゃぁん…!へへ、ふへへへ…」

 

声を詰まらせる私に、近くにいた上位ミミックの1人が気づく。だがその声は、溶かされ、狂ったかのよう。

 

…やはり、予感は的中してしまった…。何ということだ……。今年もまた、取り込まれてしまったのか…。

 

 

 

 

 

視界に入ってきたのは、食堂中を埋め尽くす、数多の『呪いの箱』。そう、呪いなのだ。

 

近づく全ての者を引きずり込み、魅了し、囚われの身とする…。抜け出そうとも、その呪いは強く、抗う事は極めて難しい。

 

その箱の形状を説明するならば…有する四本の足を隠すように一回りは大きい衾が被せられ、それを逃さぬように硬き板が重ねられている―、というべきか。

 

 

 

しかし、恐ろしいのはそこではない。『引きずり込み囚える』と述べた通り、恐ろしきはその中にある。

 

仄かに赤く照る箱の内は、高熱を帯びている。だが…一度入れば最後、その熱は入った者を母の胎内のように優しく包み、全ての気力を削ぎ、引き剥がし、奪い去る―。

 

まさにそれは、『怠惰』の呪い。そう、かの箱の名は…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炬燵(こたつ)』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりぃ…」 

 

がっくしと肩を落とすしかなかった。この寒風吹きすさぶ季節、社長達が炬燵を出さないわけがないのだ…。

 

何でそんな悲しがってるかって…?周りを見てもらえばわかるはず…。

 

「うへえ~~」

「はあああ~~」

「すぴーー…」

 

どのミミックも、炬燵にすっぽり身体を埋め、とろけ切った表情を浮かべている。ああなったら最後、彼女達は梃子でも動かないのだ。予定していた訓練とかも、完全無視。

 

因みに食堂に炬燵を持ち込んでいる理由は、『ご飯やおやつ、そしてお酒をいつでも飲み食いできるように』である。自堕落ここに極まれり。

 

そして、その食事を注文しに行く時だが…。

 

 

 

ズリ…ズリ…

「みかん切れちゃったぁ~。ちょーだいな~」

 

私の目の前を、炬燵を背負ったまま移動していくミミック。そのまま食堂の注文受付へと。

 

 

そう、炬燵は『箱』。少なくとも、その判定が下っているのは確からしい。だから、ミミック達は炬燵に入ったまま自由自在に動けてしまう。

 

その姿は、所謂『こたつむり』。まさにこの時期、誰もが羨む夢の様な移動法…

 

…傍から見て、とんでもなく情けないという点を覗けば、だけど。

 

 

 

 

 

 

はぁ…人間も、とんでもない発明をしてくれたものである…。

 

 

『炬燵』…もう説明は不要だろう。中を暖める装置をつけた机に布団を被せた、寒い時に使うあの暖房器具のこと。

 

当然魔物側にも普及しており、恩恵を預かる者も沢山いる。しかし、そんな炬燵には呪いがかけられているのはご存知だろうか。

 

曰く「炬燵は怠惰へ誘う悪魔」。曰く「炬燵に一度入ったら出られない」。曰く「炬燵に入ると根が生える」。曰く「炬燵は四角いブラックホール」…etc.

 

 

…勿論、それらは全て冗談。それほどまでに魅力があるというのを示した言葉である。

 

―のだが、ことミミック達においては…洒落で済まなくなるのだ。

 

 

 

 

生態、身体特徴、種族詳細…あらゆる点が不思議に包まれている謎めいた魔物、ミミック。そんな彼女達にも、世界中に大きく知れ渡っている、とても有名な事実がある。

 

それは『箱に潜み、獲物を狙う』こと。それはもはや本能であり、故に彼女達が箱から出て活動していることは滅多に…いや全くない。

 

食事する時も箱のままだし、お風呂にすら普段の箱か桶に入った状態で入浴する。精々がベッドで寝る時だが…箱に入ったまま寝ることもザラだし、一応『布団に入った状態のベッド』には箱判定が下るらしい。

 

まさに寝食を共にする、というのがピッタリの存在、『箱』。愛していると言ってもあながち間違ってないかも。

 

 

 

さて、ここでクイズ。そんな箱と、どんな人も魅了せしめる魔の暖房器具が合体したものが現れたら、ミミック達はどうなるか。

 

…答えが、この惨状である。相乗効果により、炬燵の魔力は『呪い』の域へと昇華してしまうのだ。

 

 

もし、もしもだが…。今日の様な寒い日、冒険者がダンジョンに炬燵を持ち込み、宝箱の前に設置したならば、ミミックか否かの判別は実に容易にできてしまうだろう。

 

きっと…いや十中八九、炬燵に入るためにひょこひょこと動いてしまうはずだ。

 

 

 

一応我が社が派遣する子達には、過酷な環境に耐えるための補助として、耐寒魔法とかもかけてある。…だけど、多分それでも炬燵には引き寄せられる。そんな気がする。

 

こういうのもあれだが、炬燵は『ミミック特攻』を持っているといっても過言ではない。それも、最強の。

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長どこです?」

 

「う~ん…? あっちのほうで見た気がするぅ…ふわぁあ…」

 

死屍累々。そんな感じの寝ぼけたミミック達を辿り、食堂の奥へと。足場がほとんどなく敷き詰められた、大小さまざまな炬燵を跨ぎながら。

 

 

ここに集まっているのは、ほとんどが上位ミミック達。勿論下位の子達もいるが、意外と少数。

 

恐らく、残りは棲み処となっている部屋に集まっているのだろう。空間魔法で超大きく拡張した場所が下位の子達の部屋となっているのだが、そこにも超巨大な炬燵が幾つも設置されるのだ。

 

多分今頃、その中に宝箱がすし詰め状態。集合体恐怖症の方々にはちょっときつい感じの絵面となっているはず。

 

なお、地下のプールで暮らしている水中型の子達にも抜かりなし。温水化し、そこに炬燵を模した箱を入れてあげている。疑似炬燵とでも言うべきか。…いや、珊瑚の隙間とか、タコつぼ的な…?

 

 

 

 

 

 

 

と、そんな間に…。

 

「よー、アスト。起きちゃったか!」

 

こっちこっちと手を振るは、箱工房のドワーフリーダー、ラティッカさん。彼女が入っている炬燵はかなり大きく、他のドワーフの方数人と、上位下位のミミック達も同時に温まっている。

 

「もう…私が寝ている間に総出で用意したんですね…?」

 

「ご名答! だってアスト、毎年反対するじゃーん? ま、わからんでもないけどさ!」

 

そう言いながら、ラティッカさんは横で寝ている上位ミミックの1人の頬を突く。と…。

 

「うへへ…もう食べられない…」

 

と寝言を残し、鼻提灯をぷう。暫く起きないだろう。

 

 

「部屋を暖めたり、運動場周囲を快適にするぐらい、私が出来るのに…」

 

「そういうなって!炬燵はミミック達にとって魅惑の存在なんだからさ。 それに、これはアストを気遣ってのことだよ?」

 

頬を膨らませる私をそう宥めるラティッカさん。首を傾げると、彼女はにっこり笑って言葉を続けた。

 

「そうやってなんでも頼りにすると、アンタ過労で倒れちゃうじゃん。皆、それが一番嫌なのさ」

 

その言葉に合わせ、起きている面々はうんうんと頷く。皆さん…!

 

 

「炬燵で寝たせいで風邪をひいて、治してと私の元に駆け込んでくるのは誰ですかねぇ?」

 

「さ、ひと眠りするか。工房の火も落としたんだし、今日はお休みだぁ」

 

うわ、ラティッカさん達、露骨に布団に潜って顔隠した…。ひど…。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…。ところで、社長はどこです?」

 

溜息で流し、本題を訪ねる。と、元の体勢に戻ったラティッカさんはありゃ、と目を丸くした。

 

「アストとあろうものが、気づいてないのかい?」

 

「へ? 何を…あっ!」

 

ラティッカさんが軽く指さした先、机の上。そこに置かれているみかんがたっぷり詰まった箱。社長の箱である。何してるのあの人…。

 

と、いうことは…!

 

 

「確か、丁度そこらへんで寝てたっけな」

 

ラティッカさんの台詞に、ハッと視線を落とす。閉じている布団から、僅かに漏れているのは…ピンクの髪の毛。

 

恐る恐るしゃがみ込み、布団を捲ってみると…

 

「すぅ…すぅ…」

 

と寝息を立てる社長がいた。

 

 

すやすやと眠る社長の横顔、それはまさに天使のよう。いつまでも見てられる―。

 

「社長、アイス何味が良いですか?」

 

「バニラ! あっ…」

 

「狸寝入り、バレてますからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり炬燵でアイスは至高よねー!」

 

私が貰ってきてあげたアイスをもぐもぐ、ご満悦の社長。私もその横で、炬燵の中に足を入れる。わぁ…これは駄目だ、これ以上深く入ったら、抜け出せなくなる…。

 

「社長、今日は訓練をする日って言ってましたよね?」

 

足の感覚を忘れるために、社長にそう問う。わざわざ社長を探していた理由がそれである。今日はミミック達の全体訓練の日程なのだ。

 

あと一時間後には、外に出て訓練開始の予定。だが大方、炬燵に囚われているのは察せていた。だから解放…もとい引きずり出しに来たのである。

 

 

「……。」

 

と、社長は無言。それどころか、アイスを手にスススと炬燵の中に逃げ始めた。そうはさせない。ガシッと掴む。

 

「社長なんですから、もう少し節度を持ちましょうよ…」

 

滅多にしないことだが、社長へ苦言を呈す。先程私は、『炬燵に入ったミミック達は、訓練とかを完全無視する』と述べた。

 

それに拍車をかけるというか、容認するのがまさかの社長本人。訓練には基本スパルタな彼女すらも、炬燵のミミック特攻にやられこの有様。

 

だから私がしっかりするしかないのだ。そう、私が無理やりにでも…!

 

 

 

 

「…仕方ありません、強硬手段に出ます!」

 

そう宣言するや否や、私は手にしていた魔導書の一冊を開く。そして詠唱を。

 

「―――。―――。―――!」

 

この場にある炬燵を全て、宙に浮かしてしまおう。そうすれば、私以外には下ろせなくなる…!訓練が終わったら、戻してあげれば良いだけ…!!

 

と、私の魔法が発動目前に迫った時だった。

 

 

 

「「「させるか!」」」

 

ギュルッ!

 

「きゃっ…!?」

 

突如、足に手に身体に、物凄い速度で絡みついてきたのは数多の触手。魔導書まで奪われてしまった。そのせいで詠唱は途切れ、魔法は不発。

 

 

ハッと見やると、その触手達は周囲の炬燵、そして私が足を入れている炬燵の中から伸びてきている。勿論、全部ミミックのもの。

 

あっ…!てかこれ社長のも交じってる…!!横で平然とアイスを食べてるふりして…!

 

 

 

「それ以上は、させないわ…! アストちゃんといえど…私達の楽園を、奪わせはしない…!」

 

そんなおどろおどろしい声が、炬燵の中から響く。隙間からこわごわ覗いてみると…。ヒッ…!ギラリと輝く目が幾つも…!他の角で寝ていたミミック達だ…!

 

「皆、良いわよ」

 

社長の号令と共に、私の身体は炬燵の中に引きずり込まれ始める。ちょっ…!それだけは…それだけはマズい…! うわっ皆本気だ…!力強っ…!

 

でも、まだ口がある…!違う魔法を詠唱し直せば…!

 

「はい、あーん♡」

 

もごっ…! 冷たっ!甘っ! 社長がアイスを口に入れてきた…!しかもそのまま、囁いてきた。

 

「諦めなさいな。貴方もここに囚われるのよ。お蕎麦やお餅、お酒におつまみ、面白い番組もあるわ。さあ、一緒に惰眠を貪りましょ♪」

 

 

ひっ…!待っ…! あ、ちょっとラティッカさん達! 見て見ぬふりしないでくださいよ…!

 

いや、今みかんの皮で鳥とか花とか作らなくて良いですから!凄いですけど! 

 

えっ、宝箱型…!? しかも立体…! どうやって…!

 

 

あっ…しまった…!今の隙で…! やっ…駄目…あ、あああぁぁぁぁぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ~~~~…」

 

心地よい温かさが、身に染みるぅ…。起きたばっかだったのに、布団のせいで眠気が…。

 

 

…もうこんなとろけた顔じゃ説得力ないだろうけど、名誉のため言わせてほしい…。私は必死で抵抗した…。

 

だけど、本気を出したミミック達に適う訳はなかった…。もう、今日は駄目だろう…逃がしてもらえない…。

 

ぶっちゃけ、こうなる気はしてた…。だから、読書用の魔導書も一応持ってきてたし…。

 

 

 

ううん…! なら、明日こそ炬燵をなんとかしなければ…!私が心を鬼にしなきゃ…!

 

 

 

…でも、別に明日じゃなくとも…明後日…いや、一週間後…やっぱり一ヶ月後…

 

 

…………炬燵から、出たくなぁい…。

 

 



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顧客リスト№36 『天狐の神社ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

コン コン チャリン

 

賽銭箱へと投げ入れたお金が、数回跳ね落ちていく。その音が消えたのを確認し、二礼二拍手。

 

「「……。」」

 

社長共々目を瞑り、心で祈る。そして最後に、一礼…と。

 

「社長、何お願いしたんです?」

 

「そりゃ勿論、商売繫盛よ!」

 

「ふふっ、ですよねー」

 

 

 

 

日は巡り、今日は年明け。私達は例年通り、とある場所へと参拝しに来ている。初詣ってやつである。

 

服もしっかり着替えてきた。2人揃って明るい色の生地に花の模様が染め抜かれた振袖に。社長に至っては、入っている箱にしめ飾りをセットしていたりもする。

 

 

炬燵に入って動かなかったミミック達も、結構な数が参加。振り返ると、そこいらに紅白染めの箱に入ったミミック達が。

 

…中には変わり種の箱に入っている子も。おせちのお重(伊勢海老入り)や、おみくじ(大吉棒はみ出し)とか。

 

 

 

え? そんなに混んでないのかって? いやいや。ここは有名な神社、人魔問わず参拝客は多い。

 

となると、地面付近を動くミミック達は雑踏に揉まれ大変だろう。…普通ならば。

 

 

 

そこいらにミミックが、と先程述べた。だが、正しくは『ほとんどがミミック』である。

 

巫女さんや屋台の人、ミミックの友達である他魔物が幾人かはいるが、それ以外は全てミミック。我が社の子だったり、魔王軍の子や他のダンジョンの子達。

 

ミミックのための神社…というわけではない。他の場所では、色んな種族がごった返しているだろう。

 

つまりここは、ミミック達のために拵えてもらった専用の境内なのだ。

 

 

 

 

 

 

どういうことなのかと混乱している方は多いはず。なのでもう少し詳しく説明させてもらおう。

 

 

ここはギルド登録名称『神社ダンジョン』。そう、ダンジョンなのである。

 

とはいえ、一般客の出入りも自由。通年解放型でもある。道中の野良魔物もいない。

 

 

道中は朱に染められた何千もの鳥居により、長い参道が構成されているのだが…その様子はとても幻想的。別の世界に来たみたいな気分になれる。

 

そんな道の先は急に開け、境内がお目見え。白めの石畳が広がり、手水舎や像、巫女達の舞や唄が行われる舞殿や、食べ物屋台、お札御守り売り場などいろいろある。

 

そして、最奥にどんと構えられているのが、拝殿。立派なしめ縄の元、お参りをするのである。お好きな欲望…もとい、願いを。

 

 

そしてこの時期は混雑防止のため、複数境内が作られる。一部魔物にはここのような専用区画まで用意して貰えるのだ。凄い。

 

 

 

 

 

 

では、そんなとんでもないことを出来るダンジョンの主とは、一体どんな方なのか。それは…

 

 

「ミミン社長、アストちゃん。お願い事、確かに聞き届けんしたえ。最も、わっちはその助力となる加護を施すことしかできんせんけども…」

 

「充分ですよ、『イナリ』様! 結局お願い事って、自分の努力が重要になってくるんですから!」

 

背後から聞こえてきた声に、社長は振り向きにっこり答える。私も振り向くと、そこにいたのは巫女装束のようなものを纏った女性。

 

 

とはいっても、他の子達が来ている服よりずっと煌びやか。紅白を主体としたその全身至る所に色とりどりの飾り紐や金装飾が。

 

袴は足全てを覆い地につかんばかりであり、襦袢の袖のふくらみもそれに並ぶほどに長い。その双方に、一際華麗な金刺繍が幾つも施され、美しいグラデーションの染め遣いも見受けられる。

 

肩には領巾(ひれ)と言うらしい、天女の絵に良く描かれる長い帯状の半透明の布。そして髪には美しい(かんざし)。顔には朱による化粧が。

 

その妖美なる姿、花魁のよう。しかし、それと同時に厳かさも感じさせる。まるで、神様のような…。

 

 

いや、『神様の様な』ではない。神様である。このダンジョンの主であり、祀られているお方。それが彼女、イナリ様なのだ。

 

 

神様だから、各境内に分霊を置き、参拝者の願いを聞き届けることも可能。というか今も、私達の前にいるイナリ様とは別に、拝殿の奥の本殿にイナリ様の分霊がいる。

 

不思議な状況だけど、まあ気にしないのが吉…いや大吉であろう。神社だけに。

 

 

 

 

 

しかし、それだけではない。彼女は特別な姿をしているのである。

 

 

頭の上、髪の隙間からぴょっこりと伸びているのは…大きな狐耳。その中から白いふんわりした毛も見えている。

 

そして、彼女のお尻から飛び出しているのは…大きな、大きな、本人と同じくらい大きな狐の尻尾。それが、九本。もう、モッフモフ。

 

 

そう、イナリ様は九尾狐の姿をしてる『お稲荷様』なのである。

 

 

 

 

化ける力を持った狐を『妖狐』というが、その中の最高位にいるのが『天狐』。イナリ様のことである。

 

周りの巫女達も、実は全員妖狐。来訪者に挨拶をしている子も、舞を踊っている子も、御守りを渡している子も、みーんな狐耳がぴょこん。尻尾が数本モフン。

 

 

余談だが、舞担当の子達は位が高い子が選ばれるのか、四本とか五本とか尻尾が生えている。イナリ様ほどではないけど、圧巻のモフモフ具合である。

 

因みに周りの像も、全部キツネ像。可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年もお力添えいただき、感謝感激でござりんす。みんな、おかげで気が楽で…」

 

「いえいえイナリ様! 頂いた御加護のお礼なのですから!」

 

頭を恭しく下げるイナリ様に、そう返す社長。実は、ここにもミミックを配備しているのだ。代金無しで。

 

勿論、お仕事してくれた子達には私達が後でしっかりお礼をする。具体的にはお年玉増額。それに、イナリ様から強めの加護を貰えるとあって、結構やりたがる子は多い。

 

どんな仕事かと言うと…は…は…

 

「はくちゅっ!」

 

 

 

 

「あら、アスト。寒いの?」

 

「ええ…、ちょっと…」

 

社長の言葉に私は頷く。白い息で手を暖めるも、身がぶるるっと震えてしまう。

 

ちょっと耐寒魔法弱かったかな…。みんなにかけてたから、自分のはちょっと疎かになっちゃったかも…。

 

 

「今年は寒さがとりわけ厳しいでありんすからなぁ。ちょいとお待ちなんし」

 

と、イナリ様は自らの袖に手を入れる。取り出したるは…。

 

「竹筒…?」

 

鮮やかな緑をした竹である。大きさは両手で掴んでも少しはみ出るぐらい。するとイナリ様、その側面を軽く爪でコンコンと弾いた。

 

「そら『飯綱(いずな)』、お二人の首巻になってたも」

 

その言葉の直後、竹の先が仄かに輝く。そして、何かが飛び出してきた。

 

「わっ!」

 

思わずビックリしてしまう私の首に、それは素早く巻き付いてくる。一体…あれ?

 

「温かい…!」

 

首回りがホカホカしてる…!それにこの触り心地、フワフワして毛みたい…って。

 

「コン!」

 

鳴いた!?

 

 

 

無理やり首元に目を動かすと、そこには白い狐の顔。これって…!

 

「『管狐(くだきつね)』ですね!」

 

「えぇ、当たりでございんす。その子達はわっちの眷属でありんすよ」

 

にっこり頷くイナリ様。狐のマフラーとは洒落てる…!

 

「おー…!モフモフぅ…!」

 

社長も堪能している。と、彼女は更に一言。

 

「これ、ファーみたいね!」

 

確かに。白いファー付き振袖ってのもあるし。納得していると、イナリ様はクスリと笑った。

 

「お気に召して頂き、恐悦至極でありんす。命じれば、首巻だけでなく手袋にも変化いたしますえ」

 

「へー! この()達は手袋を買いに行かなくとも、自分で変身できるんですねー!」

 

…何言ってるんだろ、社長…。

 

 

 

 

よくわからない社長の台詞は置いといて、私は気になったものに目を移す。

 

「それにしても、管狐とミミックって、ちょっと似てますね…。そんな狭い筒の中に入れちゃうなんて」

 

それは、管狐が出てきた竹筒。今私達のマフラーになってくれている子達は、どう見てもそこに入れるサイズではない。

 

なのに、2匹も出てきたのだ。まるで狭い箱に身を隠すミミックみたいである。

 

 

「ふふっ。確かにそうでありんすねぇ。でも、ミミン社長には敵いんせんな」

 

そう笑い、イナリ様は筒先を社長へと向ける。察した社長は、それへと腕を伸ばし…。

 

「よいしょっ!」

 

着ている振袖、そして首に巻かれていた管狐ごと、みるみるうちに筒の中へ。あっという間にスポンと入ってしまった。

 

「流石!素晴らしき妙技で!」

 

ぱちぱちと拍手をしたイナリ様。そのまま竹筒を袖の中に…いやちょっとちょっと!

 

「連れ帰ろうとしないでください!」

 

「あら残念無念♪ 愛らしゅうから、つい。コンコン♪」

 

狐耳をひょいと折り曲げ、てへりと誤魔化すイナリ様。文字通り、女狐…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ…社長を箱に戻したとこで、話を戻そう。このダンジョンでの、ミミックの仕事である。

 

幾つかあるが、最も分かりやすいのは、あれであろう。今さっき私達がお願い事をした、拝殿の方を見て欲しい。

 

そう、そこの…賽銭箱。

 

 

 

察しの良い方ならば、もうおわかりになったはず。あれ、ミミックである。ほら、丁度…。

 

 

ズズズズ…

 

と、人がいなくなった隙を見計らい、本殿のほうへと移動していく賽銭箱。それと入れ替わるように、別の賽銭箱が同じ位置に到着した。

 

 

なにせ、この時期は参拝客が多い。ここは比較的少ないが、他の場所は押すな押すなの大行列。時折回収しないと、お賽銭が溢れかえってしまうのだ。

 

しかし、大量のお金ってとんでもなく重い。神通力が使えるイナリ様ならともかく、他の狐巫女さん達が運ぶのはかなりの重労働。

 

 

そこで、ミミックの出番なのだ。箱に容量以上に詰めることができ、賽銭箱ごと移動も出来る彼らが回収を手伝っているのである。

 

…中には、お金に埋もれる気持ちを堪能したいという不純な動機の子もいるが…。ネコババすることは絶対にないのであしからず。

 

そもそもイナリ様に見られているし、バレた時の社長によるお仕置きが怖いからする気も起きないだろうが。

 

 

 

 

 

 

他にもお仕事がある。実は狐巫女達だが…結構参拝客に狙われるのだ。

 

どうやら彼女達の尻尾の毛にご利益があると、人間達の間でまことしやかに噂されている様子。ちょくちょく狙われているらしい。特に、舞終わりで疲れた巫女が。

 

というか実際に効力はあるみたいで、御守りには毛が入っているとイナリ様から前に聞いた。だとしても、許可なく引っこ抜くのは当然ダメである。

 

ただ普段ならば、イナリ様の神通力で即座に対処が可能。なにせダンジョン内の出来事は、彼女()の手の内のようなもの。

 

 

しかし、この初詣の時期は少し様子が違ってくるのである。

 

 

まず、参拝客が一気に増える。そうすると、その分悪さを働く輩も当然増える。

 

しかも、お酒で気分が良くなった…もといおかしくなった人々もその凶行に加わることがあるため、その数はかなりの数になってしまう。

 

それでも、平時のイナリ様なら問題なく始末できるだろう。だが、この時期はそれが難しい。

 

 

山のように来る参拝客に対応するため、幾つも境内を作ると先程説明した。その全ての本殿には当然、イナリ様の分霊が。その分、力が弱まってしまうのだ。

 

それだけではない。参拝客全員へ加護与えるため、ほとんどの神通力を割いているのである。

 

故に、狐巫女達を助けることが難しくなってしまう。一時期はそのせいで皆行事に参加するのを嫌がり、仕方なしにダンジョンを閉じたことがあるほどらしい。

 

全く…一部の素行の悪い人のせいで、善良な人や狐たちが割を食うなんて迷惑な話である。

 

 

ということで、私達が力を貸すことになったのだ。狐巫女達を守り、悪さする人を懲らしめるために。

 

え?どうやって守っているのかって? それは―

 

 

「アストー! 今年もアレ、やるわよ!」

 

「今年は勝たせてもらいんすよ、アストちゃん」

 

…あっ、社長とイナリ様に呼ばれてしまった。行かなきゃ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社長達を追い、やってきたのは境内の端。そこは石畳ではなく、転んでもあまり痛くない土の地面。そして周りに建物はない、妙に広い空き地である。

 

「はい、アスト!」

 

にょっと社長が自分の箱から取り出したのは、私の丈ほどもある巨大な羽子板。雄々しい宝箱の絵が描かれている。

 

一方のイナリ様も、神通力で何かを呼び出す。それもまた、巨大羽子板。そちらには厳めしい狐の姿が。

 

そう、今からやるのは新年の風物詩、羽根つき。でも、羽子板がやけに巨大じゃないかって?それには理由がある。

 

「両者とも準備は良い? よーし…!」

 

と、社長はまた箱の中を探る。取り出したのは、色鮮やかな羽根の集まり。それを、付けていたしめ飾りと交換し、箱の中にパタンと籠り…。

 

「いざ、尋常に…勝負! そぅれっ!!」

 

ピョーンッと大きく跳び上がった。そしてそれを…

 

「わっちからでありんすね。行きんすよ~アストちゃん!」

 

カコンッ!

 

イナリ様が、羽子板で思いっきり打った。

 

 

 

ひゅるひゅるひゅる…と山なりに飛ぶ社長入り宝箱。私のところに来たので…

 

「えーい!」

 

カコンッ!

 

同じく、羽子板で打ち返す。それをまた、イナリ様がカコンッと。さあ、何回ラリーが続くかな…!

 

 

 

 

あ。説明してなかった。と言っても見てもらった通り。社長を羽根として、羽子板で打っているのである。

 

元は、普通の羽根つきじゃ飽きちゃったというイナリ様と社長による考案。箱工房の技術と、私の魔法と、イナリ様の神通力を使い作った特製羽子板を使うのである。

 

おかげで巨大なのに重さを全く感じず、普通の羽子板と同じ感じで触れる。自分の身体と同じ大きさのものを自由自在に振り回せるって結構面白い。

 

 

羽根となっている社長も、かなり楽しいらしい。時折、ひゃっほー!という声が箱から聞こえてくるし。

 

因みに社長、ランダムで空中に止まったり、急に速度上げて落ちてきたりと変則的な動きも混ぜてくるから結構スリリング…!でもそれがまた…!

 

 

「ほーれっ!」

カコンッ!

 

「なんのっ!」

カコンッ!

 

「お見事! けれども、これはどうでありんしょう!」

カッコーンッ!

 

「おっとっと…! 危なっ…!」

カコッ!!

 

 

ラリーは続きに続く。イナリ様、かなり強くなってる…!去年は勝ったとはいえ、今年は厳しいかも…!

 

 

結構集中している間に、気づけば周囲には人だかり。ミミック達も、その友達の他種族の子達も、巫女達も、皆見に来たご様子。

 

「がんばれー!イナリ様ー!」

 

「負けるなー!アストちゃーん!」

 

わいのわいので大盛り上がり。と、誰かのお友達な、エルフの女性見学者がポツリと呟いた。

 

「これは…羽根つき…なのか…?」

 

 

 

 

う…そう言われれば…羽根つきといっちゃいけない気がして来た…。

 

でも、なんて呼べばいいだろう…。羽根つきならぬ『箱つき』…。うーん…なんかしっくりこない…。

 

他に何か…。んー…。羽子板…。 あ! 羽子板ならぬ『ハコ板』とかは!?

 

 

ボスンッ!

 

え…? 真横から聞こえた異音に、ゆっくり首を動かす。

 

あっ…! 羽根が…もとい箱が落ちちゃってる…!しまった…考え事をしてたのがマズかった…! 

 

パカッ!

 

と、箱が開く。そして社長がひょっこり出てきた。墨のついた筆を手に。

 

「はーいアスト。罰ゲーム♡」 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううぅぅ…。ボロ負けしちゃった…」

 

帰り道。私の顔は、墨で〇とか×とか書かれて真っ黒け…。

 

あの後、調子づいたイナリ様にほとんど負けてしまった。悔しい…来年リベンジを…!あの綺麗なお顔を朱で真っ赤に染めてやる…!

 

「いやー!楽しかったわねー!」

 

そういう社長の顔も、ちょこちょこ墨まみれ。志願してくれたミミックを羽根とし、ハコ板をしたのだ。

 

毎年そうなのだが、これを始めるとみんなやりたがる。巨大羽子板は他にも幾本か持ってきてあり、全部置いてきた。だから今頃、ミミック同士でカコンカコンやってるはず。

 

 

「あ、そだ。はいアスト。一足先にあーげる!」

 

と、何か思い出したように箱を探る社長。そしてハイと手渡してきた。わ、やった…!

 

「お年玉!」

 

「今年もよろしくね!」

 

にへりと微笑む社長。いくら入ってるんだろ…。おおっ!? こんなに!? なんか、負けて凹んでた気分吹っ飛んじゃった!

 

 

 

 

 

ホクホク顔で参道を歩いていると、空から甲高い鳴き声が。見上げると、朱色の鳥居の隙間から青空を翔ける鷹の姿が。縁起がいい。

 

と、更にどこかで飛ばしているらしい凧も見えた。それを見た社長は、ポン!と手を打った

 

「アスト、私良い事思いついたわ。新しい遊びを!」

 

「なんです?」

 

「この間、シルフィード達から『ウインドジュエル』貰ったでしょ? あの風を発生させる魔法石」

 

「そうですね。確か倉庫にあります」

 

「それを凧に使えば、ミミックが乗っても浮き上がるんじゃない?」

 

「あー! できるかもしれませんね!」

 

「帰ったら早速ラティッカ達にお願いしてみましょ!」

 

意気揚々な社長。ふと私は思いつき、彼女の耳元で囁いた。

 

「社長、その遊びの名前は…?」

 

そう言いながら、箱をコンコンと突く。社長は「あぁ!」と声をあげ、私と同時に答えた

 

「「凧あげならぬ、『ハコあげ』!」」

 

 



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人間側 ある男冒険者2人の初詣

 

 

「いよっ!あけおめ! いやー寒いな!」

 

一際元気な友人の声。俺はそれに返す。

 

「…あけおめ」

 

 

 

 

「…ん? どしたってんだ? 風邪ひいたのか?」

 

心配してくれる友人。だが…そうじゃない…。そうじゃないんだ…。

 

「……。」

 

だけど、説明する気もない俺は黙り込む。察してくれたのか、友人は露骨に話を変えてくれた。

 

「いやーそれにしてもよ。まさか初詣の誘いに乗ってくれるとは思わなかったぜ。てっきりお前、今年は彼女と行くもんだと……あれ、彼女はどうした? この間出来たばっかって言ってた…」

 

「……。」

 

「……あっ…」

 

二度目の『察し』をする友人。…まあ…そういうことだよ…!

 

 

 

 

 

事は去年…と言っても一週間前ぐらいだが。忘年会と称して彼女と二人で飲んでるとき、俺はやらかした。ふざけすぎて、出来たばかりの彼女に嫌われてしまったのだ。

 

新年早々辛気臭いのは、そのせい。ぶっちゃけると本当は、初詣にも来たくなかった。家で塞ぎこんでたかった。

 

だが、友人に誘われて、思い立った。あんな女の事なんて、男同士の友情で一旦忘れられないかとな。

 

 

それに、今日行く神社はご利益が強いと聞く。お願い事をすれば、あるいは…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ…!凄い人手だな…!」

 

神社の入り口についた瞬間、俺は驚いた声をあげてしまう。とんでもない長蛇の列だったからだ。

 

しかも俺達人間だけじゃなく、エルフやドワーフ、魔族もいる。クソ寒い中、種族入り混じり楽しそうに並んでいる。

 

「さっきも説明したけど、ここは『神社ダンジョン』っていうダンジョンでな、珍しく一般開放されている場所なんだ。それと、ここの神様は狐の神様で稲荷様らしい」

 

「稲荷…」

 

ボソリと呟く俺。と、友人は頷いた。

 

「あぁ。稲荷寿司って料理あるだろ。ここの神様が好物だから、あやかったんだと」

 

「稲荷、か…」

 

「…?? どうした?」

 

「いや…なんでもない…」

 

首を捻る友人に、そう返す。 稲荷…稲荷寿司か…。 

 

 

 

そんな俺の様子を見て、友人は気を遣い、またも話題を変えてくれた。

 

「そうそう、巫女達も『妖狐』って狐魔物なんだが、全員美人揃いなんだ。ほら、見てみろよ!」

 

促され、ダンジョンの入り口である大きな赤い鳥居の方を見ると、人の誘導をしている巫女達が。頭に狐耳をぴょこんと生やし、赤と白の服の後ろから2、3本の狐尻尾がモフンと出ている。

 

確かに狐らしい。それに…。俺は、ボソリと呟いた。

 

「…確かに、美人だ…。俺の彼女と同じくらい…いや、『元』か…」

 

「…あー…。…こりゃ重傷だなぁ…」

 

 

 

 

 

 

「うーん…。お参りするとこを幾つも分けてるらしいんだが…。それでもこの混み具合か…すげえな、初詣」

 

「まあ加護が強いって聞いたし、皆こぞって来るんだろ」

 

友人とそんな会話をしながら、幻想的な鳥居の参道を少しずつ進む。人が多いから、列があまり動かない。ゴブリンのような小さい種族が分けられているおかげで、踏みつけてしまう危険が無いのは有難いが。

 

しかし…寒い…。もっと着こんでくれば良かった…。…もし隣にいるのがヤロウじゃなく、彼女だったら、手でも握り合って…うぅ…。

 

 

と、そんな時だった。

 

「甘酒~。甘酒は如何ですか~」

 

トコトコと歩いてきたのは、狐巫女が数人。手に箱を持っている。丁度いい…!

 

「二杯くれ!」

 

「はーい!」

 

呼び止めると、狐巫女が尻尾を揺らしながらこちらへ。箱をパカリと開ける。中から取り出したるは、やかん。…ん?入る箱に入る大きさじゃない気が…。

 

「少し温め直しますね~」

 

と、狐巫女の1人が袖から何かを出す。それは竹筒。その側面をコンコンと突くと、竹の先からボウっと火の玉が浮き上がってきた。

 

「『狐火』、甘酒温めて」

 

狐巫女の言葉に、火の玉が動く。やかんの下をチリチリと炙る。と、ふわりと甘い良い香りが漂ってきた。

 

「お待たせしました。お熱いのでお気をつけて下さ~い」

 

紙コップに注がれたそれは、確かに熱い。けど…有難い。ふぅ…温まる…!

 

 

 

 

 

「甘酒~。甘酒は如何ですか~。甘くて美味しく、栄養満点ですよ~」

 

またも売り文句を口にしながら、歩き出す狐巫女達。しかしすぐに他の人に呼び止められる。

 

こうも寒いんだ、皆欲しがるのも当たり前か。そう思い、じっと彼女達の様子を見ていると…。

 

「あ。このやかん無くなっちゃった。持ってて」

 

「はいはーい」

 

どうやら売り切れの様子。持っている箱は精々やかん一個入るか入らないかだ。すぐに無くなって当然…。

 

「よいしょ」

 

…!? や、やかんが…!? もう一個、箱の中から出てきた…!? 絶対入らないだろ…!

 

「これ片付けちゃお。お願ーい」

 

と、空やかんを受け取った狐巫女が、箱へとそれを近づける。すると…。

 

クルリ スポンッ

 

…!!? 今、触手の様な物が見えた気が…。急ぎ目を擦ると、既に見えなくなっていた。気の…せい…?

 

…この甘酒、アルコールでも入っているのか…? いや、ここ数日傷心で満足に寝れていないせいか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしている内に列は進み、気づけば境内へ。型通りに手を清め、拝殿へと進む。

 

「えーと…小銭小銭…。…えっおい!」

 

と、俺は友人に止められる。一体なんだよ…。

 

「いや、なんだよじゃねえよ…! お前1万G(ゴールド)も賽銭にする気か!?」

 

「ああそうだよ。…どうせ彼女へのプレゼント代の予定だったんだ…! もう必要ないから神様に捧げてやる!」

 

「いやいやいや…落ち着けって…! あっ…!」

 

友人が止めるのを無視し、賽銭箱に投げ入れる。そして手を合わせ…!

 

「彼女とヨリを戻せますように…彼女とヨリを戻せますように…彼女とヨリを戻せますように…彼女とヨリを戻せますように…!!!」

 

一心不乱に祈り倒す。一万も払ったんだ、これぐらい叶えてくれよ…!神様ぁ…!

 

 

 

 

 

 

「…なあ、聞かないで置いといたんだが…聞いて良いか…?」

 

お参りが終わり、ついでに巫女達の舞を見ていこうとした矢先。友人が恐る恐る聞いてくる。何だ…?

 

「あー…その…。なんで彼女と別れたのかなって…さ」

 

その申し訳なさそうな言葉に、俺はビクッと身を震わせる。そして辺りを挙動不審なまでに見回す。

 

「…あれだよ」

 

周囲に聞き耳を立てる奴も、狐巫女もいないことを確認し、俺が指さしたのはとある屋台。そこには、『稲荷寿司』の文字が。

 

「そういや、さっきも謎に反応してたよな。稲荷寿司にワサビ大量に混ぜて食べさせたか?」

 

友人の推測に、静かに首を横に振る。そして、こっそり耳打ちで伝えた。

 

 

「…ふんふん…。 はぁっ?! お前…股間の『ソレ』を、『俺のお稲荷さん』だって言って彼女に見せつけようとした、だぁ!?」

 

「パ、パンツは履いてたぞ…」

 

必死の弁解をするも、友人は大きく溜息。そして、言い放った。

 

「そりゃお前が悪いわ! バーカ!」

 

う…。仰る通り…。クソッ…ヤケ酒でもして記憶飛ばしたい…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…だからって…飲み過ぎじゃないか…?」

 

「うるへぇ…!」

 

「てかこの甘酒、アルコール入ってないだろ。なんで呂律回ってないんだよ…」

 

丁度良いところに甘酒販売が来たのが好都合。やかんごと買い、屋台の稲荷寿司を肴に、境内の端にある休憩所で管を巻く。

 

…こうでもしなきゃ、やってられない。家帰るまで心が保たないんだよ…!

 

 

 

 

幸い、ここからは舞殿の様子が窺える。そこでは、煌びやかな巫女服を纏った狐巫女達がシャランシャランと優雅に舞を披露していた。

 

それをぼーっと眺めてたら、少しは気が楽になった。ハァ…これからどうしよう…。

 

「ん…?」

 

丁度巫女の舞が終わり、盛大な拍手の音が聞こえてくる。そんな折、俺は妙なものを見つけた。

 

 

 

 

舞殿の横、周囲から身を隠すように、やけにコソコソした一団が。俺も冒険者だからわかる、あれは何かを狙ってる動きだ。

 

しかし、こんな場所でなにを…?

 

「おい、あそこのあいつらって何してるんだ? 何か狙ってるみたいだが…」

 

「ん?どこだ? …あー…。多分、狐巫女達の尻尾の毛を狙ってるんだろ…」

 

俺の問いにそう答えた友人。だが、よくわからない。どういうことだ?

 

「なんていうかな。ここの狐巫女達の尾の毛には、特別な力が籠められているらしくてな。御守りの中にも入ってるんだと」

 

「つまり、それがご利益の発生源?ってことか?」

 

「さー?そういう噂が囁かれてるってことしか知らんが…。 だから、大元である狐巫女から大量に引っこ抜いちまえば、その分願い事が叶うって言われて…おいどこ行く気だ?」

 

「良い事を聞いた…! やかん返しといてくれ!」

 

「え、ちょっと待てって! うわ、やかん一杯にあった甘酒が空になってる…!」

 

驚く友人を背に、俺はコソコソする一団の後を追う。勿論、加わるために。

 

 

「いや、だから待てってば! なんか最近、対策されてるとも聞くぞー!止めとけ―!」

 

そんな注意の声も、どこ吹く風。狐の毛を大量に集めて、願い事を成就させてやる…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「あん…? なんだお前…!」

 

「巫女の尻尾の毛を狙ってるんだろ…? 俺も参加させてくれ…!」

 

「フッ…良いだろう。仲間は多いに越したことない」

 

二つ返事で仲間に入れてもらい、そのまま舞殿の裏へ。近くの建物の影から様子を窺う。

 

すると―。

 

 

 

「ふー!疲れたぁ…! いっつも踊ってる舞だけど、お客さんが増えると途端に緊張するよね~」

 

「わかる。今日だけで十何回は披露したけど、毎回耳と尻尾が固まっちゃう」

 

「一時間は他の子に任せて休憩だし、ゆっくりしよー。甘く煮た油揚げあるよー。焼いたのも、そのままなのも!」

 

 

先程踊っていた狐巫女達が出てくる。そして舞殿にかかる階段に腰かけ、談笑を始めたではないか。

 

 

 

チャンスだ…! あいつらがどんな力を持っているかはわからないが、踊って疲れているのは確か。

 

俺達は、息を揃えて…!

 

 

「「「「その尻尾を寄こせぇ!」」」

 

勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

「「「コンッ!!?」」」

 

石畳を蹴り、敷かれている砂利を踏み越えながら迫る俺達。それを見た狐巫女達は耳も尻尾もピンと張った。

 

逃げても構わねえ…! こっちは大人数だ。無理やり力で押さえつけて、毛を毟ってやる…!どいつも五本六本は尻尾がある。1人捕まえればこっちのもの…!

 

俺達はそう意気込む。 すると…狐巫女達は妙な行動をとった。

 

「「「助けて!」」」

 

そう叫び、こちらへ尾を向けたのだ。

 

 

 

逃げないとは実に好都合…! 俺達が手を伸ばした―、その瞬間だった。

 

 

「巫女を汚そうなんて不届き者…、イナリ様に代わって罰を与えたげるわ!」

 

どこからともなく聞こえる声。直後…!

 

ギュルッ! ブゥンッ!

 

 

はっ…えっ…!? 狐巫女達の、尻尾から…尻尾が詰まった根元らへんから…!触手や蜂が飛び出してきたぁ!!!?

 

 

不意を突かれ、まず数人がその毒牙にかかる。と、蜂に刺された連中の様子がおかしい。

 

「あば…あばばばばばば…」

 

まるで麻痺したかのように、倒れだした。これはまるで…!

 

嫌な予感を感じ、ハッと空飛ぶ蜂に視線を移す。それは、黄と黒の普通の蜂ではない。赤と緑の、毒々しい色をした…!

 

「『宝箱バチ』…!」

 

 

 

「なんだって…! 群体型ミミックの、あいつか…!」

 

俺の言葉に、残りの面子も俄かに慌て出す。が、遅かった。

 

「こーんなふわっふわでもっふもふな尻尾を刈ろうなんて輩、地の果てまで追い詰めてでも(くび)ってやるわよぉ…!」

 

狐巫女の内の1人、彼女に生える複数の尾の隙間から、スポンと顔をだしたのは上位ミミック。

 

瞬間、勢いよく伸びた触手が、次々と仲間を屠っていく…!あっという間に…死屍累々…。

 

 

 

ば、馬鹿な…!ミミックって箱に棲む魔物だろ…! 宝箱じゃなくとも、木箱とか、壺とか…!なのに…なのに…!

 

 

狐の…妖狐の、複数ある尻尾の隙間って…! それもう箱じゃないだろ…!!

 

 

なんだ…!?囲まれていて、ある程度密閉されてたらどこでもいいのか…!?箱判定なのか…!? なんだそのズル…!!

 

 

 

 

 

 

「さて、残りは貴方1人ねぇ?」

 

全員をなぎ倒し、上位ミミックはギョロリとこちらを向く。他の触手ミミックや蜂型ミミックもこちらをターゲットに定めてきた。

 

か、敵うわけない…! 俺は即座に回れ右、慌てて逃走を試みる。

 

「逃がさないわよ! お願いね!」

 

「はーい!」

 

と、背後からそんな声が聞こえてくる。思わずチラリと見やると…!なっ…!

 

 

狐巫女の尻尾から出てきた上位ミミックは、さっき拝殿の天井にあったような、長い紐付きのでっかい鈴…あの鳴らすやつに入ってる……だと…!

 

狐巫女はその紐部分を掴むと、思いっきりその場で回転し…!

 

「そーれっ!」

 

ミミックが入った鈴をぶん投げたぁ!? ひっ…!こっちに…!ひいいいいっ!

 

ガラァンッ!

 

 

ぐえ…ええ…頭に直…撃……。石畳にべちゃりと倒れる俺に、上位ミミックは一言。

 

「これぞ『お年玉』ならぬ『落とし球』ってね! 鈴だけど!」

 

 

 

 

 

 

 

「音を聞きつけて来てみたら…一体何が…!?」

 

と、そこに駆け付けたのは俺の友人。狐巫女3人に囲まれ、上位ミミックに潰されている俺を見て、驚愕の表情を浮かべた。

 

「実はねー…」

 

 

 

 

 

「あー…。えーと…できれば許してやってくれませんか…。そいつ、彼女に振られたばかりで自暴自棄になっちゃって…」

 

上位ミミックから説明を受け、気まずい表情でそう伝える友人。すると、狐巫女と上位ミミックの視線が俄かに同情の目に…。うぅ……。

 

と、俺の上に乗っていた上位ミミックが降りながら肩を竦めた。

 

「うーん…まあ、ビシリと言わせてもらうけど。自分の利のためにこの子(狐巫女)達を襲おうとするような後先考えない奴、女の子が愛想つかすのは当然だと思うわよ」

 

ぐはっっ……! 今日一番のダメージ…。 うぅぅ…ほんと、仰る通りです…はい…。

 

あの時も…酔いに任せて変なことしなければ…彼女がどんな反応するかしっかり考えてれば…うぅ…うううう…ぐすっ…。

 

 

「…あのー…。なんか可哀そうですし、この人は見逃してあげても…」

 

「そーお? まあ私も、ちょっと気が引けてきたし…」

 

涙を流した俺を見兼ねて、そう言ってくれる狐巫女達。本当、すみませんでした…。

 

 

 

 

 

友人に助け起こされ、俺は帰ろうとする。と、狐巫女達から耳打ちをされていたミミックが、急に呼び止めてきた。

 

「せっかくだし、おみくじでも引いていったらどう? 100G(ゴールド)だけど」

 

そう言い、自らが入っている鈴の中からニョッとデカいおみくじ筒を取り出すミミック。明らかに入るサイズじゃないが…。

 

あぁそうか…道中の甘酒売りの箱、あれミミック入ってたんだな…。だから小さいのにやかんが幾つも入ってたわけだ。

 

「やっといたらどうだ?」

 

友人にもそう言われ、引いてみることに。ガラガラと振って…出た。

 

「339番…」

 

「えーと…確かここに…あったあった!」

 

上位ミミックはまたも鈴の中を探ると、ごそっと紙束を取り出す。その内の一枚を引き抜き、手渡してくれた。

 

その中身は…ドキドキしながら開くと…。

 

「『凶』…!」

 

 

 

 

 

…まあそうだよな。大凶じゃなかっただけ有難いと思うか…。しょぼくれながらおみくじを仕舞おうとすると、上位ミミックが指さした。

 

「恋愛運とかも見てみたら?」

 

促され、チラリと見てみる。その文面は…。

 

【今のままでは見込み無し。心を改め変えるか諦めるが吉】

 

…う…。わかっていても心に…。 …ん?まだ続きが…。

 

【但し、かつての縁に微かなる希望有り。自らの罪を贖いに行くべし】

 

…!! これは…!!

 

 

思わぬ一文に色めき立ってしまう。と、狐巫女の1人が口を開いた。

 

「ついで待ち人の欄も見ておいた方が良いと思いますよ?」

 

その言葉に、弾かれたように目を移す。何々…

 

【今傍にいる友こそ待人也。失う前に最善の礼を尽くして歓待し、引き止めよ】

 

 

「…なあ」

 

俺は友人に話しかける。と、そいつは小首を傾げた。

 

「ん?なんだ?」

 

「…今日の飯、奢らせてくれ。高いのを食いに行こう。 …ありがとよ」

 

「は? ミミックに殴られて頭おかしくなったか? 気持ち悪いぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

冒険者の2人を見送り、舞殿の裏へと戻ってきた狐巫女達と上位ミミック。階段に腰かけ、先程食べかけた油揚げをモグリ。そして談笑しはじめた。

 

「助かりました~ミミックさん。おかげで尻尾が禿げずに済みました!」

 

「いーのいーの! 私達はその尻尾に入れるだけで役得なんだから! お年玉増額とか、イナリ様の加護増大より、その天然布団に潜っていられることが気持ち良くて!」

 

「ふふっ! それぐらいで良ければいつでもどうぞ!」

 

笑いあう狐巫女とミミック達。と、今度は上位ミミックから話を振った。

 

 

 

「それにしても、やるわね貴方達。あの傷心男にぴったりのおみくじを引かせる発想、凄いわ」

 

そう言いながら、上位ミミックは先程のおみくじ筒を取り出す。すると蓋がパカリと開き、蜂型ミミックが幾体か飛び出してきた。

 

実はあの男性に筒を渡す前、こっそりと蜂型ミミックが内部に侵入。狙いの一つだけが出てくるように抑えていたのである。

 

「あの人にはあの番号のがピッタリだと思いまして!」

「ちょっと騙した形ですけど、良いですよね」

「だって私達、『狐』ですから!」

 

そう言い、揃ってコンコン♪と鳴く狐巫女達。女狐ね、と上位ミミックはケラケラ笑った。

 

 



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顧客リスト№37 『カウガールの酪農ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

突き抜けるほどの青い空、そこに僅かに浮かぶ白い雲。良い天気である。

 

見上げていた視界を下げると、緑の平原が一面に広がっている。と、そこには空にある雲のように、点在している何かが。

 

雲のように白く、そして墨を塗ったかのように黒い模様を大きな胴体につけた…動物。モオオオ~というどこか間延びした鳴き声も聞こえてくる。

 

そう、彼女達は牛。つまり、ここは牧場。いや、正しくは『酪農ダンジョン』である。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンと言えども、説明した通りの牧場風景。区切り柵があるぐらいで、特に侵入を阻む物も無し。

 

ギルドが指定する危険度は、最低ランク。ほぼ安全。一般の人も出入り可能となっている。

 

ぶっちゃけると、ただの牧場と言っちゃってもいい。最も、育てられている牛の中には、水牛とか魔獣の牛とかもいるが…。ぱっと見、どの子も大人しい。

 

それもこれも、ここの主達の育て方が良いからであろう。どんな方達かと言うと…。

 

 

 

 

 

「お~~~い! こっち~! こっち~!」

 

道の先で、ぽいんぽいんとジャンプしながら手を振る人影が。牛と同じような角を持ち、牛と同じような尻尾を持った獣人族が一種、『カウガール』。

 

そしてそこにいる方…カウボーイハットを被り、牛柄シャツとチョッキ、ショートデニムを着ていて、これまた牛のような黒白模様の髪をした彼女が今回の依頼主、『ミルキィ』さんである。

 

 

 

 

 

「ごめんねぇ~。うちらって足が遅いから~。お迎え遅くなっちゃってぇ~」

 

「いえいえ、お気になさらないでください」

 

のんびりした口調で謝ってくるミルキィさんに。私はそう返す。仕方のないことではあるのだ。

 

彼女達、カウガールと呼ばれる牛の特徴を持つ女性種族は、総じて足が遅い。その理由は幾つか考えられるけど…。

 

 

「……でかっ」

 

思わず、私は小さく言葉を漏らしてしまう。ミルキィさんの身体の一部に目が吸い寄せられてしまったからである。

 

…それは、お胸。巨乳、いや爆乳…それをも通り越したかのように大きいのだ。顔の大きさと同じ…いやそれ以上ありそう。それが、少し動くたびにたゆんたゆんぽいんぽいんと揺れている。

 

さっきも、ジャンプしている際ブルンブルン上下に揺れてたし。

 

 

別に、ミルキィさんが特別というわけではない。彼女達カウガールの特徴の一つに、胸が大きいということがあるのだ。

 

多分、それが重くて足が遅いんじゃ…。いや、のんびりした性格が多いという種族的特徴もあるけど…。

 

 

 

ふと、ゆっくりと自分の胸を見てみる。…私のは別に小さくはないけど…あそこまで圧巻のサイズを見ると、なんとなく負けた気分になってしまう。大きい分、重くて辛いというのは頭でわかってるのに…。

 

「良いなぁ…」

 

と、社長の呟き声が。チラリと様子を窺ってみると、自身の胸をぺたぺた触りながらミルキィさんの胸をガン見していた。

 

まあ社長、少女そのものの身体だから、お胸もぺったん…ゴホン、アレだから…。

 

いくら力入れればある程度膨らませるとはいえ…やっぱりあるに越したことは無いのだろう。時折私のでさえ羨ましそうに揉んでくることあるし。

 

 

 

 

 

 

「もおおぅ~。じゃあ、おうちに行きましょ~。美味しいミルク、ご馳走するからね~。ママの味だよぉ~」

 

私達の視線には一切気づかない様子で、ミルキィさんはゆらんゆらんとゆっくり道を戻っていく。私達もその後を追うことに。

 

 

…おっと、ミルキィさんのお胸の話ばかりで、ここの説明を仕切れてなかった。改めて―。

 

 

ここは先程説明した通り、ダンジョンである。なおその作成理由は『カウガールや来訪客の事故対策のため』らしい。

 

どういうことかと言うと、ここには人魔問わず、街の子達が乳しぼり体験しに来たり、他の酪農家が参考にしに来たり、業者が取引しに来ることもあるからである。

 

 

あ、そうそう。先程牛たちを『彼女達』と呼んだ通り、ここは乳牛専門の牧場。まあダンジョン名でわかった方も多いだろうが。

 

故に、カウガール達は美味しい牛乳やチーズ、ヨーグルトやバターを作ってもいる。それを目当てにやって来る人は多いのだ。

 

まあ牛の特徴を持つ種族だけあって、牛たちの馴らし方や育て方、乳の絞り方や乳製品の作り方には抜きんでているというわけである。

 

 

因みに男性種族のほうを『カウボーイ』と言うのだが…人間の職にもその名があるから混乱しそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁっ! 美味しーい!もう一杯!」

 

「ふふぅ~、良い飲みっぷりぃ~! お代わりいくらでもあるよぉ~」

 

ミルキィさん達が住む家へとお邪魔し、早速牛乳を一杯。社長は腰に手を当て、一気飲み。お風呂上り並みの勢いである。

 

私も一口飲んだら、止まらなくなってしまって飲み干してしまった。これはすっごく美味しい…!

 

濃厚で、甘さすら感じる。だというのにしつこさは皆無。それに、魔力も含まれているらしく、飲む度に力が漲ってくる。

 

ミルキィさん曰く、ここの牛乳はいくら飲んでもお腹を壊すことはなく、かなり日持ちもするらしい。なにそれ凄い。

 

 

 

 

「うへへぇ…満腹満腹…♪」

 

ミルキィさん達が次から次へと出してくる乳製品の数々を平らげた社長は、膨らんだお腹を抱えながら恍惚の表情。 …ん?

 

「すぅ…すぅ…」

 

えっ!ちょっ! 寝息立て始めた…!? 食べてすぐに寝たら牛になる…じゃない、お仕事中なのに寝ちゃ駄目ですって!

 

 

 

「ふぇっ…ハッ! 私としたことが…やっちゃった…!」

 

私に叩き起こされ、頬を抓り起き上がる社長。しかし珍しい、社長が依頼主の前で居眠りなんて…。

 

「あれぇ~、寝ちゃってもいいのにぃ~。うちの食べ物を沢山食べてくれたから、眠くなって当然だしねぇ~」

 

と、ミルキィさんは笑う。まるで社長が眠ってしまうのを承知の上のような発言である。どういうことか聞いてみると…。

 

「うちのミルクは、リラックス効果が高くてねぇ~。寝る前にホットミルクとか飲むと、ぐっすり眠れちゃうんだぁ~。眠れなくなったら、うちの牛乳に相談してねぇ~」

 

ということらしい。確かにあれだけ飲み食いすれば、その効果も出て当然かもしれない。

 

 

 

―と、ミルキィさんは「あとねぇ~」と続けた。

 

「うちで作ってる特製ミルクがあるんだけど~。それを飲むとぉ、かかっているバフデバフを全部解除する効果があるんだぁ~」

 

「え、そんなのが?」

 

「そ~。結構お高いんだけどねぇ~、冒険者が良く買ってくよぉ~。毒とか、麻痺とかの解除用にって~」

 

もしかして、群体型の子達の麻痺毒すらも解除したりするのだろうか。ちょっと後で検証してみる必要がありそう…。

 

…まあでも、即効性の全身強制麻痺の毒だ。パーティーメンバーに無理やり牛乳を流し込まれない限り、飲めないだろう。

 

多分そんなことをしている間に残りメンバー全員麻痺させられるだろうし、気にしなくていいか。

 

 

 

そんな事を考えてると、ミルキィさんは思い出したかのように話を続けた。

 

「あとねぇ~、変わった人も買ってくよぉ~」

 

「変わった人?」

 

「え~とね~、なんか、全身が四角い人ぉ~。『採掘速度低下』とかぁ、『うぃざあ』効果を打ち消すためにってぇ~」

 

「…? なんですかそれ?」

 

「わかんなぁい~」

 

 

…なんだろう、勝手な想像だけど…、その人達、モノづくり(クラフト)が得意そう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、私達へのご依頼とは?」

 

閑話休題。本筋へと入る社長。と、ミルキィさんは机の上に置いたご自身の胸を枕代わりに、ぺちゃんと顔を埋めた。…そんなこと出来るんだ…。

 

「それがねぇ~…大変なのぉ~…。最近、悪い人達が襲ってくるのぉ~」

 

心底疲れたと言わんばかりに、声を漏らすミルキィさん。詳しく窺ってみると…。

 

 

「牛を怒らせたり~、サイロの中に変なの入れたり~、ミルクとかを盗もうとしたり~、うちらを倒そうとしてきたり~…。邪魔ばっかりぃ~…」

 

とのこと。同業他社の嫌がらせだろうか。足が遅い彼女達は追うのも大変、私達に依頼が来たのもうなずける。

 

「なるほど、ならば我が社におまかせあれ! 強くて、牧歌的な雰囲気が好きな子達を選りすぐって派遣させて頂きますね! 手の空いた時は皆さんのお手伝いも出来る子を!」

 

胸でなく、膨れたお腹をポンと叩く社長。ミルキィさんは目を輝かせた。

 

「ほんとぉ~!! もぉお~嬉しい~!」

 

それと同時に、エルフのような横長な耳がパタパタと動く。…そうそう、ひとつ気になっていたのだけど…。

 

 

 

「あのー、不躾な質問かもしれないんですけど…。耳についているそれは、名札ですか?」

 

そう質問してみる。彼女だけじゃなく、ここにいるカウガール達の耳には、黄色の札らしきものが。お洒落っちゃお洒落な形だが、名前書いてあるのが不可解で…。

 

「あ~これね~。そ~名札ぁ~。業者さんと取引する時とか、名前聞かれることが多いから~」

 

「なんでそこに?」

 

「お洒落も兼ねてるんだけど~、胸につけるとね~…」

 

するとミルキィさん、そこで言葉を切り耳標…じゃない、名札をパチンと取り外す。イヤリング形式らしい。

 

そのままそれを、自らの胸に軽く止める。そして立ち上がり、軽く身体を動かし始めた。と―。

 

バツンッ!

「あ痛っ!?」

 

急に名札が弾け、私の顔面に。慌てて謝ってくるミルキィさんを止めながら、私は確信した。

 

「…こういうことなんですね?」

 

「そ~なの~。胸につけると、動いた際に結構はじけ飛んじゃって~。同じ感じで、シャツのボタンとかもブチィってぇ~」

 

…なんと羨ましい…もとい、難儀なお胸で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諸々の契約書取り交わしも完了し、私達はミルキィさんと共に外に出る。どこにミミックを配置してほしいかを聞き、正確な割り振りを決めるためである。

 

 

「牛のお世話は~基本的に全部私達がやるから~、ミミック達は普段遊んでいていいよぉ~。悪い人が良く狙ってくるのは~あっちらへ~ん。サイロは小さい扉があるから~そこから出入りしてね~」

 

「承知しました!」

 

魔法でメモを取りながら、ミルキィさんと共に牧場内を巡る。そういえばここ、全く糞臭くない。どうやら臭いが少なくなるようにご飯とか調節されているらしく、決められた場所にするように教育してある様子。

 

寝床の藁交換や牛の身体洗いも高頻度で行っているようで、ミルキィさん達が自慢げに話してくれた。牛たちも、素人目から見ても健康体でリラックスしていることがわかる。

 

 

うーん。こういうのもなんだけど…。その悪い人ってのが同業他社ならば、嫌がらせしたくなる気持ちもわかる。

 

だってそうしない限り、こんな凄い牧場に勝てるわけないだろうし…

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら歩いている時だった。

 

 

「―! アスト、気をつけなさいな」

 

「へ?」

 

突然社長から警戒を促され、何事かと辺りを窺う。と…。

 

 

ドドドドドドド…!

 

少し離れたところから響いてくる地響き。これはまさか…!

 

弾かれたようにそちらを見ると、一匹の牛が猛然とこちらへ突進して来ている…! マズい…!!

 

「離れてなさい、アスト!」

 

私の腕から飛び降り、構える社長。と、それより前に、悠然とした動作で出てきたのは…。

 

「うちに任せて~。2人共、離れててねぇ~」

 

ミルキィさんであった。

 

 

 

私達が空へと回避したのを確認し、迫る牛の進行方向正面に立つミルキィさん。ぐいっと身体を曲げ、手を前に出す。まさかその体勢…!

 

ミルキィさんのやろうとしていることに気づき、私は思わず息を呑む。そして、その推測をなぞるように…!

 

「モオオオ゛!」

「ばっちこ~い!」

 

ドゴォッ!

 

牛とミルキィさんはぶつかり合った。

 

 

 

常人なら間違いなく、復活魔法陣送り。そんな牛の突進を食らったミルキィさんは、勢いに押され数メートル後ろに押し込まれる。だが、そこでぴたりと止まった。

 

「もおおお~。駄目だよ~、今はお客さんを案内しているんだから~。後で遊んであげるからね~」

 

牛の角を掴んでいた手を離し、顔を撫でてあげるミルキィさん。全くの無傷。服のボタン、一つはじけ飛んでるけど。

 

 

「ごめんねぇ~。こんなお転婆な子もいるんだ~」

 

「いえ、お気になさらないでください! というか、凄いお力ですね…!」

 

着地しながら、私はミルキィさんへ拍手を送る。なんという膂力、腕力…。彼女達がそんな力を持っていることは聞き及んでいたけど、1t近くはあるであろう牛を素手で止めるとは…。

 

 

もはや私達要らないんじゃ。私がそう思ったのを知ってか知らずか、ミルキィさんは首を横に振った。

 

「悪い人達も、この子みたいに突進してくれれば楽に倒せるけどぉ~。武器とか持ってて、素早く動かれちゃったらどうしようもないの~…」

 

がっくしと肩(と胸)を落とすミルキィさん。突進してきた牛は悪い事をしたと感じたのか、ミルキィさんに優しく顔を擦りつけている。

 

 

 

「牛の突進…使えそうね…。それにミルキィさん達の守護もしたほうが…それに…」

 

と、何かぼそぼそと考えている社長。数秒後、何か思いついたらしく、ミルキィさんへとこそこそと耳打ちをした。

 

「ミミック達をこうしまして…あとはミルキィさん達の元に…他にも…」

 

「もうもう…。わぁ~!うちらはOKだよぉ~OK牧場だよぉ~!」

 

「決まりですね!」

 

 

恐らく、ミミック達の配置場所が決まったのだろう。さて、『悪い人』はどんな目に遭わされることやら。

 

 



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人間側 ある牧場主と荒くれの蛮行

 

 

緑のだだっ広い草原に、黒白の点々が幾つも佇んでいる。牛だ。

 

ゆっくりと草を食み、今を謳歌しているその様子は、まるでここの魔物共に飼われていることを心底有難がっていやがるみてえだ。

 

チッ…魔物風情に尾っぽ振りやがって…乳出す畜生風情が…!

 

 

 

 

 

俺はとある牧場の経営主をしている。だが、売り上げが全く伸びねえ。牛どもをこき使ってやって、多く乳絞ってるってのにだ。

 

それもこれも、ここの奴らのせいだ。『カウガール』…牛の特徴を持った、獣人魔物のメス共だ…!

 

あいつらが経営するここの『酪農ダンジョン』ってのは、どこで聞いても評判上々の牧場。悪い噂を一つも聞かねえ。冒険者ギルドでさえ一目置いてやがる。

 

ケッ…気に入らねえ…! おっぱいが牛みたいにでっけえだけの魔物が、なんで俺の牧場よりも人気なんだ。心底ムカつくぜ…!

 

 

だから、嫌がらせをしてやってるんだ。心の苛つきを晴らせるだけじゃねえ、カウガール共の評判を落とせれば、自然と俺の牧場の売り上げも上がるはずだからな。

 

まさに一石二鳥。一石二牛ってか。へっへっへ…!快感だぜぇ…!

 

 

「おい…やってこい…!」

 

こみ上げる笑いを抑えながら、俺の背後についてきた連中に合図する。こいつらは俺が雇った荒くれ共だ。

 

この『酪農ダンジョン』の至る所を、こいつらに荒らし回って貰うってわけだ。ヘッ…!俺が手を汚すなんて、牛共の糞を始末する時だけで良いからな。そん時でさえ嫌で嫌で仕方ねえってのに…!

 

 

「あん? おらっ!何ボーッと突っ立てるんだ! テメエらには高い金払ってるんだ、さっさと暴れて来いや!」

 

牛を追い立てる時のように、雇った連中のケツを蹴る。ったく、やっと行きやがった…。

 

さて、後は待ってるだけだ。あのメス魔物共がモオオオッって悲鳴をあげる様子、ここで堪能してやるよ!

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~雇われ荒くれ、一組目~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「全くよぉ、あのおっさんも物好きだよなぁ。何度目だ、これ?」

 

「あー…忘れたなぁ。でも確か…10回は越えてた気がするぜ」

 

頭を捻り、そう答える仲間。それを聞いたオレは頷いた。

 

「間違いなくそんぐらいはいってるな。…そんな金あるなら牧場の方に使えばいいのによ」

 

「違いねえ。やけに高いからな、報酬。それがありゃあ色々できるだろうに」

 

2人で笑いながら、ダンジョンの中にある建物へと近づく。一般の客で盛況のようで、カウガール達が忙しそうに動いている。

 

それを横目に、バレないように裏手へ。牛舎の中へと侵入した。

 

 

 

 

「うーし、気づかれてねえな」

 

「ブハッ!お前『うーし』って!駄洒落かよ!」

 

 

そう駄弁りながら、内部へと進む。そこにいたのは、沢山の繋がれた牛たち。そして、大量に積まれた牛乳入りのデカい缶。

 

ここは乳絞り場。オレ達の仕事は、この牛乳缶を蹴っ飛ばして地面に吸わせること。まあ要は無駄にするってことだ。

 

勿体ねえ気はするが、金貰った以上やらなきゃな。どうせカウガールを怪我させに行った連中が、次いでに完成品を奪ってくるだろうし。

 

 

さて、誰か来ない内に全部ひっくり返しちまおう。そう思い、缶の一つに触れた…瞬間だった。

 

カポンッ! カンッ!

 

「ばうっ…!?」

 

な、なんだ…!? 缶の金属蓋が、急に吹き飛んできやがった…! 顔面にヒットしちまったじゃねえか…!

 

いてて…まあいい、蓋開ける手間が減っ…た…。え…?

 

「し、触手…?」

 

 

 

牛乳が詰まってるはずの缶から、ぬうっと出てきたのは触手。この見た目って…!

 

「ミミッ…!? ぐえっ…!!」

 

茫然としていたのが悪かった。一瞬で触手はオレの首を締めあげてくる…! お、おい…助け…!

 

「ごふっ……」

 

あっ…!仲間も既に、他の缶から伸びた触手に縊られてる…だと…。一匹じゃなかった…のか…。

 

てか…なんでこんな場所に…ミミックが…ガクッ…。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~雇われ荒くれ、二組目~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「なんであの雇い主の野郎、こんな嫌がらせに精を出すんかなぁ? 牧場の仕事とかはどうしてんやろ?」

 

わては、目的のサイロへと向かいながらそう呟く。すると、相方が答えてくれた。

 

「そんがな、聞く限りやと完全にほっぽり出してるみたいやで。この間依頼を受けに尋ねた際、働いてる奴が零してたわ。安給料でこき使われてるのに、酷いってな」

 

あーあー…。そりゃ完全に頭おかしなってるなぁ…。そもそもまともな奴やとは思ってなかったけども…。

 

 

と、相方は更に言葉を続けた。

 

「そうそう、そん時に牛乳一本買ってみたんけどな。いやー…クッソ不味かったで…。売れんわ、あんなの」

 

肩を竦め、首を振る相方。あいつ、牧場主辞めた方がいいんちゃうかな?

 

 

 

 

ともあれ、サイロ前に到着。相変わらずでっかい。昇るの一苦労や。

 

さて。わてらの仕事は、このサイロの中にある牛たちの飯…サイレージとか言ったけ? に、ゴミを混ぜること。それで台無しにするって算段やな。

 

どれ…ぱっと見周囲にカウガール達はおらんし。さっと登って、持ってきたゴミとか砂とか投げ入れたろ。

 

 

 

「うっせ…うっし…よっこいせっ…!」

「ふいー。ついたついた」

 

外付けの梯子を登り、とりあえず一番上まで。さて、扉は開くか…お、錠前かかってるやん。

 

前も壊してやったから、修理追いついてないんやろな。壊しやすくて助かる…

 

「お。ちょいちょい。あっちに小さい蓋あるで」

 

と、相方が横を指さす。確かにそこには一回り小さな入口が。鍵も無しっぽい。

 

こりゃあ渡りに船。カウガール達も不用心やな、そう笑いながらパカリとそこを開き、中を覗いてみると…。

 

 

 

「は…?」

「えぇ…?」

 

…揃って、呆けた声上げちまった…。いや、そりゃそうやろ…!なんやアレ…!?

 

サイロの中には、たっぷり詰まった牧草。そこまでは普通。なんやけど、その上を…何かがドスンドスン跳ねまわってるやと…!?

 

確かにサイレージ?って潰して作るとかなんとか聞くけど…あれは…どう見ても…!

 

「「宝箱…!?」」

 

 

またも、声を揃えちまう。暗くて見にくいけども、確かに跳ねてるのは宝箱…。しかも、白黒の牛柄…。

 

「昨日飲んだ酒、残ってんのかな…」

「いやお前、昨日酒飲んでへんやろ…」

 

目を擦ってみても、やっぱり宝箱は跳ね回っとる。と、とりあえず…仕事を果たそ…。

 

思考を止め、持ってきたゴミ袋の封を解こうとした…そん時やった。

 

 

 

ボムンッ! 

 

ひぇっ…!? サイロの中の宝箱達が大きく飛び跳ねてきた…!? 中の牧草を、トランポリン代わりに…やと…!?

 

わてらの方に真っ直ぐに、矢のような勢いで迫ってくる宝箱達。瞬間、蓋がパカリと開き…中の鋭く白い牙と、真っ赤な舌が…!

 

「「あれ…ミミックやん!!」」

 

気づいた時にはもう遅い。わてらの顔面にガブリと噛みついてきて…!

 

「「ぎゃああああああっ!!」」

 

痛えええ! しまった…体勢を崩しちまって…!

 

高いサイロの上から地上へ…真っ逆さまやぁああ!!ああああぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~雇われ荒くれ、三組目~~~~~~~~~~~~~~~

 

「…あれ、今何か悲鳴のようなの聞こえた気が…」

 

「んなモンに構ってる暇ないわ! 憎きカウガール共が近くにいるんだから…!」

 

手下の言葉を遮り、アタシは武器を構える。そう、もう目の前は食料保存庫。そこにはひっきりなしに出入りしているカウガールの憎い姿が…!

 

 

おのれ…!でっかい胸をこれみよがしにブルンブルン振り回して…!こっちは絶壁だってのに…!おのれおのれおのれぇ…!

 

あの胸さえあれば…彼氏に『胸が小さいから無理』って逃げられるこたぁなかったのに…!男ってそんなに巨乳が好きかぁ…!

 

くそぉ…あの胸さえあれば…!許せない…あのでかおっぱい…!もぎ取って自分のにくっつけたい…!

 

 

報酬とか、どうでもいい…!カウガール共に鬱憤を晴らせれるなら、タダでもやってやる…!

 

そして、そのおっぱいを育てたであろう牛乳を、ありったけ盗み出してやる…!しこたま飲んでやる…!

 

もうアタシは、いくら牛乳を飲んでも成長しない年齢だって!? 聞こえない聞こえない聞こえない!!!

 

 

 

 

「ふい~。重くて肩が凝っちゃうぅ~♪」

 

と、丁度一人のカウガールが歌いながら倉庫から出てくる。牛乳瓶が大量に入った籠を手に。

 

重い…だって!!? ならその重さの原因、二つのおっきいソレ、切り落としてやるよ!!

 

 

 

ナイフを手に、アタシは物陰から飛び出す。と、カウガールもこちらに気づいた。

 

「もお゛っ!?」

 

牛乳瓶入り籠を抱えたまま、逃げようとするカウガール。けど、足が心底遅い。歩いてるんじゃないかってレベル。

 

「おっと! 逃がさないわよぉ!」

 

あっという間に追い抜き、道を塞ぐ。手下と共にナイフを突きつけ、カウガールを壁際に追いやる。

 

「も…もおおお…」

 

身を縮こまるカウガール。こいつらは腕力がかなりあるんだけど、動きが鈍いから簡単に躱せる。それに、今は籠を持ってるから殴り掛かることすら出来ない様子さね。

 

「さて、まずはその牛乳を貰おうか」

 

クイクイとナイフを動かし、近くのテーブルに籠を置かせる。ふふふっ…あれだけの牛乳があれば、数ミリ…いや十数ミリは胸囲が伸びるはず…!

 

 

「早くバッグに詰めな」

 

手下にそう指示を出す。頷いたそいつがバッグを開き、牛乳瓶を詰めこもうとした…刹那―。

 

ポンッ!

 

急に、瓶の栓が外れる音が響き渡る。直後…。

 

「シャアア!」

ガブッ!

 

「痛っ…!あ…あ…あばばばばば…」

 

突然どしゃりと崩れ落ちる手下。手にしていた瓶も地に落ちるが…。

 

コツンッ

 

と割れることなく軽い音を立て、ピタリと直立。その中からは…!

 

「へ、蛇…!?」

 

まるで蛇使いの壺のように、狭い飲み口から顔を出してるのは蛇。まさかアレ、牛乳じゃなくてハブ酒の牛乳割りとかだったり…?美味いのかいそれ…?

 

 

いや…絶対違う…!そんなわけないに決まってる。 それに、あの蛇の色…赤と青の気味悪い色…!間違いない、『宝箱ヘビ』…!群体型ミミックの一種だ!

 

白く染めた瓶に、潜んでやがったのか…! おのれ…!手下を助けようとも、近づいたら噛まれるし…。

 

 

「もううっ!」

 

「―! 危なっ!」

 

少し余所見している間に、カウガールがイチかバチかの突進を仕掛けてきていた。ハッ!だけど、のろいのろい!

 

寧ろ、ナイフが届く距離に自ら来てくれたじゃないか。その憎たらしいデカ胸をそぎ落として、改めて牛乳を盗んでやる!

 

そう意気込み、ナイフを振り下ろした…その時…!

 

「立派なお胸への嫉妬、見苦しいわよ!」

 

にゅぽんっ!

 

 

 

はぁっ…!? カウガールの恐ろしいほどデカい胸の隙間から…触手が出てきた!!?

 

振り下ろしたナイフはそれにすぐさま絡めとられ、もぎ取られる。と―。

 

「よいしょ!」

すぽんっ!

 

カウガールの胸から顔を出したのは、上位ミミック…!! な、なんでそんなとこに…!?

 

「ギュウっと締めちゃえ」

 

「ぐ…ぐええ…!」

 

首に触手が巻かれ、アタシは悶えるしか…く、苦しい…。なんで…胸の中にミミックがぁ…?

 

 

 

と、上位ミミックはカウガールの胸の中に入ったまま問いかけてきた。

 

「アンタたちのボスって来てるの? 教えてくれたら胸が大きくなるミルク売ってくれるって」

 

「えっ! ほんと…!!」

 

まさかの提案に、苦しさを忘れ返す。すると、カウガールはコクリと頷いた。

 

「うん、あるよぉ~。お胸おっきくなる女性向け特製ミルク~。それで良ければ~」

 

「ちょ、頂戴! なんでも話すから!」

 

 

そんなのあるなら、報酬なんて要らないわ!流石カウガール様!お胸大明神!

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~待ちぼうける荒くれの雇い主~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

…遅い…!…まだか…! 

 

イライラを募らせながら、俺は何本目かわからない煙草に火をつける。

 

 

雇った荒くれ達が向かってから、だいぶ時間が経った。だというのに、あのカウガール共がいる建物からは悲鳴も騒めきも何一つ聞こえてこねえ。

 

寧ろ、買い物を終えてホクホク顔の連中が帰っていくだけ。高い金払ったってのに…何してやがんだ…!!

 

 

「すみませーん。ここ、禁煙なんですよー」

 

「ああ゛ん?」

 

突然、背後からそんな声が聞こえてくる。舌打ちしながら振り返ると、牛が一匹のっしのっし。首に大きめのカウベルをつけてる奴だ。

 

「煙は牛たちに毒ですし、吸殻を草原に捨てられでもしたら危険ですから、ね?」

 

また、声が聞こえてくる。だが辺りを見回しても、牛一匹以外誰もいない。

 

…牛が、喋ったってか?ハッそんなわけないだろ。もう一回深く吸い、頭の中でさっき聞こえた言葉を牛のように反芻する。

 

 

―そうか、煙草の火で草原を燃やしちまえばいいのか。そうすれば…クックック…!

 

そうと決まれば早速、この吸殻を…ぽいっと!

 

 

 

 

 

パシッ!

 

……ん? 投げた煙草が、空中でキャッチされた…? えー…と…触手ってやつか、これ…?

 

どっから伸びてる…? …カウベルの中から…? あ?どういうことだ…?

 

 

よくわからない状況に混乱しまくってると、牛の首についてたカウベルがプチリと外れる。そしてひっくり返って…。

 

「どう見ても今の、わざとですよねぇ…。喧嘩売ってるんですかぁ?」

 

中からひょっこりと女魔物が顔を出した。

 

 

 

 

あ…あぁ…そうか。さっきの声はこいつか…。カウベルの中に隠れるなんて器用な魔物だな…。喧嘩…?

 

「あ、あぁ…。そうだ! こんな牧場、全部燃えちまえば良いんだよ!」

 

「ふぅん…。牛ちゃん、やっちゃう?」

 

「モオッ!」

 

俺の答えを聞いたカウベル入りの奇妙な女魔物は、牛と何か合図しあう。と、直後…。

 

 

「お仕置きたーいむ!」

 

グルッ ガシッ!

 

「は…?うおっ!?」

 

女魔物が伸ばした触手は俺の身体をひっつかむ。そして、そのまま柵の中に引きずり込まれてしまった。

 

 

 

「痛てて…何しやが…る…ヒッ…!」

 

立ち上がった俺は、思わず足を竦ませる。何故なら…牛がこちらにむけ、突進準備を始めていたからだ。

 

 

俺だって牧場主だ。牛の力強さは知っている。あんな巨体に突進されたら…何メートル吹っ飛ばされるか…!即死してもおかしかない…!

 

ヤベえ…逃げねえと! 急いで柵へと向かおうとした、その時だった。

 

バサッ

「かもーん!」

 

牛との間に俺を挟む形で、カウベル入り女魔物は赤い布をひらりひらり。まるで闘牛士のよう…ってはああっ!?

 

「モ゛オ゛オオッ!!」

ドドドドドッ!

 

「ひいっ!?」

 

布目掛け、一直線に突進してくる牛。間一髪、俺は避ける…!

 

「おーれっ!」

 

一方のカウベル入り女魔物は、鮮やかな動きでするりと避ける。そしてまた、俺を間に挟み…

 

「へいへーい かもーん!」

「モ゛オ゛オッ!!」

 

「ひいいいっっ!!」

 

再度牛が突進をかましてくる…! 俺はひたすらに避け続けるが…数回目でとうとう補足され…!

 

 

「モ゛オッ!!」

 

「ひええええ!」

 

スッ転び、あわや轢かれー!

 

「よっと!」

 

瞬間、俺はグイッと横にどかされる。そしてカウベル入り女魔物は飛び出して…。

 

「はーい、どうどう。どなどーな」

 

元の位置…牛の首へとくっつき、興奮するそいつを宥めた。

 

 

「さて、これで懲りました?」

 

「あ…うう……」

 

…こ、腰が……。ダンジョンだから、このっ…最悪、復活魔法陣送りになるからって…このメス共…!

 

俺は怒りに歯を鳴らす。と、その時だった。

 

 

 

 

ズズズズズ…

 

な、なんだ…!? 何かが、こっちに走ってくる…! また牛か…!? 

 

いや…牛の形してるけど…生きてるのじゃねえ…なんだ…あれ…?

 

 

 

勢いよく草原を走ってきたのは、金属?製の牛の像。馬車…じゃねえよな…。

 

その謎の牛?は、困惑してる俺の前でピタリと止まる。と、背中の部分がパカリと開き、カウベルに入ってる奴と同じ種族の女魔物が顔を出した。

 

 

「あれ?もうお仕置き済み? そいつがここを荒らしに来てた黒幕なんだってー」

 

「あ、そうだったの? うーん、まだ反省してないみたいだし、やっちゃお!」

 

牛の像とカウベル、それぞれに入ってる女魔物はそんな会話をする。嫌な予感…。ゆっくり後ずさるが…。

 

「「逃がさない!」」

 

「ひいいっ…!」

 

即座に触手に巻かれ、俺の身体は牛の像の中に。痛っ…くない…。牧草が敷いてあるのか…。

 

 

「さ、どうする?」

「まあ私に任せて、良い物持ってるから!」

 

と、カウベル入りの女魔物が俺の真横に降りてくる。そしてベルの中から取り出したのは…。

 

「じゃじゃーん。アンタがさっき捨てた吸殻でーす~!」

 

 

は…? 俺がぽかんと口を開ける中、女魔物はその僅かに火が灯ったそれを、敷かれている乾いた牧草へと近づけた…って、まさか…!!

 

「自分がやろうとした苦しみ、その身で存分に味わってもらいましょー」

 

ポトンと落とされる吸殻。じりじりと燃え始めた牧草…ひっ…!

 

…ハッ! 今、気づいた…。この牛型の像…聞いたことがある…!どっかの国に伝わる処刑道具…『ファラリスの…』!

 

 

「牛の中で、牛たちの苦痛をじーっくり噛みしめてくださいね?」

 

にっこり笑い、外へと出ていく女魔物達。パタンと蓋が閉じられ…!待っ…待って…!

 

た、助けて…! 嫌だ…焼かれたくねえ…!!! 焼かれたくない!!!

 

あ、熱い!! もうしません…もうしませんからぁ!!

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いやー。解放してあげたら泣きながら逃げていったねー、あの黒幕の人」

 

「『もう牧場主辞めるぅー』とか言いながらねー!」

 

 

酪農ダンジョンの本日の営業終了後、先程の牛の像から声が聞こえてくる。

 

湯気がホカホカ上がっているその中に入ってたのは、カウベルに入っていたのと、牛の像を持ってきた女魔物達…もとい上位ミミック達であった。しかし何故か2人共、裸である。

 

 

「しっかし、えっぐいこと考えたわね。これに火をつけるなんて」

 

「ふふーん。だって牧場に火を放とうとしてたんだもの。意趣返し!」

 

パシャリとお湯を弾き笑う、カウベルに入っていた上位ミミック。と、牛像を持ってきた方の上位ミミックが何か思い出したように手を打った。

 

「そういえば変なこと言ってたわね。これ、ファラリスのなんとかって処刑道具だって」

 

「ね!失礼しちゃう! これ私達のお風呂兼ベッド兼、お手伝い用の輸送車なのに!」

 

 

そう。彼女達が言うように、これは処刑道具でもなんでもない。箱工房謹製の、専用の像である。

 

風呂釜をセットすれば今みたいに風呂になるし、ミミックの特製を活かして牧草や牛乳缶を詰めれば輸送にも使える。

 

因みに先程入っていた乾いた牧草、あれはマットレス代わりであったのだ。燃やしても、補充すれば元通りである。

 

 

 

 

 

「それにしても…良いよねここ! 毎日牛乳風呂に入れるなんて!」

 

「ね!お肌つるっつる! そうそう、私毎食牛乳飲んでるからか、胸おっきくなった気がする!」

 

「えーほんと? どれどれー!」

 

牛型の風呂の中で、きゃっきゃと乳繰り合う上位ミミック2人。と、カウベルに入っていた方が、相手の胸を突きながらふと質問した。

 

「そだ。確かカウガールの胸の中に隠れてたんでしょ? どだった?」

 

「聞いちゃう~? …おっきくて、あったかくて、ほんのりミルクの香りがして、至福だったわよ」

 

「いいなー! 私、明日はそっちが良い!」

 

 

ケラケラと笑いあう上位ミミック達。牛舎のほうからは、モオオオ~と長閑な牛の鳴き声が響き、牧歌的な空気が辺りを包んでいた。

 

 



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顧客リスト№38 『イエティの雪山ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「はくしゅっ!」

 

私の顔に吹き付けるは凍てつく風。思わずフードを深く被る。会社を出るときも寒めだったとはいえ、ここまでとは…。

 

少し前に訪問したダンジョンから貰った魔獣達の毛、それで作ってもらった防寒着は凄くふかふか。プラス強めの耐寒魔法をかけているおかげで身体は全く寒くはないのだが…。

 

やっぱり顔は出さなきゃいけないためそこは寒い。まつ毛、凍りそう…。

 

 

 

 

私達は今、ギルド登録名称『雪山ダンジョン』というところに来ている。一年中溶けない雪で包まれた極寒の地が一つ、雪山。私の目の前に広がるのも純白な雪景色で、凄く綺麗。

 

…実はここ、本来ならばほぼほぼ雪が降っている。どんな季節でもお構いなしに。

 

 

だけど、今は晴れている。勿論、時折晴れる日はあるらしいが、別に今日はそんな日ではなかった。

 

というか私達が来てすぐは、口も開けず視界も悪いというブリザード状態。私が持っていた社長入り箱の上にも、あっという間に雪がこんもり。

 

 

流石にそれだと商談やダンジョン構造の確認等が面倒であり、依頼主の方々からも頼まれたため…私が、()()()()()()()()

 

 

 

とはいっても、一時的に雪雲を吹き飛ばしただけなのだけど。それでも、雲がかなり厚かったから結構手間取ってしまった…。

 

それに、大魔法を打ったから疲れてしまって…。今は休憩させてもらっているのだ。ダンジョンの玄関である雪洞の入口内に座って。

 

 

 

このダンジョンの構造は、山にふんだんに積もり固まった雪を掘って作られた洞窟方式。内部は縦横無尽に広がっている。

 

時折開いた屋根の隙間から洞窟内に雪が積もってたり、それを利用したのか各所に雪だるまが設置されていたりするここだが、その広さは中々のもの。

 

 

現に私が今いるこの入口も、1人暮らし用の小屋が入るぐらい大きい。…そのせいか、隙間風(もう隙間ではないが…)がビュウビュウ入って来て寒い…。

 

くしゅっ…! うぅ…やっぱりかまくら作ってもらったよかったかな…。

 

 

 

…話を戻そう。それほど大きい入口や内部があるということはどういうことか。簡単なことである。ここに住む魔物は巨体ということ。

 

ではどんな種族なのかと言うと…。

 

 

…え? 私の手元に社長がいない? ご心配なく。彼女なら―。

 

 

 

「えーい!」

ボフッ

 

「ひゃー! やったなこのー!」

ボフッ

 

…少し先で、依頼主の子供達と雪合戦に興じている。

 

 

 

 

 

 

 

勿論社長も防寒対策をしてきた。私と同じくモコモコな服を着て、宝箱にもモコモコをくっつけている、のだが…。

 

「社長、どっち陣営にいるんだろう…」

 

目を凝らしてもわからないその姿に、思わずそう呟いてしまう。だって、社長のモコモコ、白なんだもの。

 

 

あまり考えずに選んでもらったのが仇となってしまった。少し遠いと、周囲の雪、そして依頼主の子供達が纏うモコモコに混じってしまい、どこにいるのかわからない。

 

せめてもうちょっと派手な…それこそ赤とか黄色とかに染めて貰えばよかったかもしれない。社長の髪色と同じピンクとか。

 

 

…いや、本当見えない…!! 精々動いているのがわかるぐらい。雪が日光の反射でキラキラ輝いているから、長く見つめていると目が痛くなるし…。

 

…ま、いいか。魔法で探そう。えーと…あぁ、あれか。なんか一人だけ雪の上を滑走してると思ったら社長だった。

 

 

 

 

 

 

あ。依頼主の子供達がモコモコを纏っているといったが、少々語弊があるかもしれない。

 

正確にはモコモコが生えていると言ったほうが正しい。彼らの毛なのである。

 

全身に白い毛を持つ彼らの正体。それは『イエティ』なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

イエティ…『雪男』とも呼ばれる彼らは雪山に棲む魔物の一種。3m以上もある巨体であり、筋骨隆々。そして全身に白い毛を纏った姿をしている。なお子供は普通に小さい。

 

そんな彼らだが、人間達からは特殊な呼ばれ方をしている。耳にしたことのある方は多いだろう。『UMA』…未確認生物と。

 

 

 

 

あまりにも人間達に姿を見せないから、そんな仇名がついたらしい。…そういえば、前に訪問したダンジョンにいた『ツチノコ』も同じ扱いをされていると聞いた。

 

 

だけど、私達にとっては確かに珍しくはあるものの、別に未確認でも何でもない。獣人の一種のようなものである。普通に言葉話すし。

 

ぶっちゃけ、魔界の市場に普通に来てるの幾度も見ている。お猿さんの顔ロゴが入ったTシャツとかニット帽とかを着こんで。

 

 

全く、人間は見知らぬものをすぐオカルト化して騒ぎ立てる…。それ、悪い癖だと思う。

 

 

というか、生態が大体想像できる彼らイエティに比べれば、ミミックの方がよっぽどUMAな気が…。

 

 

 

 

 

 

まあそんなUMAと呼ばれるイエティたちなのだ。私達に依頼が来た理由も推測できた。

 

そして、大当たり。『好奇心でやってきて、ダンジョンを荒らす冒険者への対策』―。それが依頼内容であった。

 

だけど、一つ問題が。それは…は…は…はくちっ!

 

 

 

 

「おぉー。やっぱ寒いっけか? かまくら作ってやっけなぁ」

 

寒さでくしゃみをした直後、背後からズシンと音が響く。そして、私の顔を上から覗き込んでくる巨躯の影が。

 

外で遊ぶ子供達に負けず劣らずの白くモファモファな毛をしている、大人イエティ。彼は『アペ』さん。依頼主の方である。

 

 

「いんやぁー。雪晴らしてくれて助かった助かった! 最近晴れ間がめっきりでなぁ。おかげで滞っていた作物の収穫も、狩りも進む進む!」

 

満面の笑みを浮かべ、のっそりと出ていくアペさん。と、近くの雪を大きな手で豪快に集め、ぎゅっぎゅっとドーム型に固める。

 

そして無造作にドームの横へ手を突き刺し、ざくざくと雪を掻き出しかまくらを作り上げた。速い…!

 

 

「アストちゃんの大きさなら、これぐらいでよかっぺ。あとは…」

 

するとアペさん、身体の毛をモソモソ。そこからひょいと取り出されたのは、ござとランタン。毛に結びつけていたらしい。

 

それをかまくら内に広げて、完成。すごく手慣れた手つきだった。流石である。

 

 

 

 

「…あっ。中、案外温かいですね…!」

 

「ランタンの熱がすぐ籠っけからなぁ。心地よかんべ」

 

「はい、すごく!」

 

早速中に入らせてもらい、堪能する。これ、かなり良い。ここに炬燵とか持ち込んだら、暖かさと冷たさで書類仕事捗りそう…!

 

「んなら良かったぁ。 んー、ちょいと小腹空いてきたっけな。取ってくっか。アストちゃんも食うけ?」

 

ダンジョンへ戻ろうとしながら、そう聞いてきてくれるアペさん。私は首を傾げた。

 

「なんですか?」

 

「かき氷だぁ」

 

「…いえ、遠慮させてください…」

 

流石に無理です…。

 

 

 

 

 

 

結局暖かなお茶を頂き、まだまだ遊び続けている社長達を見守ることに。

 

と、私が入るかまくらの横に座り、サクサクとお茶漬けのようにかき氷を食べていたアペさんが笑った。

 

「やるもんだなぁ、ミミン社長。うちのガキンチョ共の体力についていけるなんて。子守もしてくれて大助かりだっけぇ」

 

 

そう。実は、晴れ間に作業をする大人イエティたちに代わり、社長がやんちゃ盛りの子達の相手を引き受けたのだ。

 

しかし、かれこれ数時間は遊び続けている。イエティの子達は大丈夫だろうけど、社長に霜焼けができないか心配…。対策魔法はかけてあるとはいえ…。

 

 

ちょっと不安になり、やきもきしてしまう。と、アペさんは思い出したかのように話しかけてきた。

 

「そだ、アストちゃん。さっき悩んでたミミック達の配置方法って思いついたのけ?」

 

―! そうだった…!!!

 

 

 

 

 

 

先程述べた、『一つの問題』。それは、ミミック達をどう配置するかということ。耐寒魔法等の必須オプションもアペさん達は快諾してくださったので、その点は大丈夫なのだが…。

 

勿論シンプルに宝箱に擬態し、開けた冒険者を屠るという方法はある。だけど、それだけだと物足りない気がしているのだ。

 

 

 

ここに来る冒険者はイエティを狩るのが目的と言う輩も多いらしい。道の端や部屋の奥に隠れるミミックだけだと、無視されてしまうこともあるだろう。

 

加えて、ダンジョン洞窟内にも雪が積もっている箇所が多い。そこについたイエティの足跡を追ってくるのが冒険者の手法らしいが、宝箱が跳ねた後とか見つけられたら勘の良い人なら気づいてしまう。

 

そもそもミミックが走った際、雪に埋もれてしまうっていうのもある。地上近くを動くミミックならではの問題である。

 

 

 

 

最悪何も思いつかなかったら、一旦そのシンプル擬態で様子見をしようと考えてはいるし、それだけでもそこそこな戦果は出せるだろうが…なにか搦め手が欲しいところである。

 

 

因みに社長も同じ考えなのだが、やっぱり浮かばずな様子。そして「何も考えず遊べば、いいアイデア降りてくるわよ!」とか言って子供の相手をしているのが現状。

 

 

うーん…やっぱり私もあの雪合戦に参加すべきかなぁ。流石にもう大技を放った疲れは取れてるし、アペさんのおかげで暖まったし。

 

 

と、そんな折だった。

 

 

 

 

「ん? アストちゃん、ミミン社長が呼んでるみたいやど」

 

「え? あ、ほんとですね」

 

アペさんに促され見ると、遠くで手をブンブンふる姿が。イエティの子供達まで。

 

どうやら一緒に遊ぼうというお誘いらしい。丁度そんな気分だったので、かまくらからよいしょと出て、社長達の方に向かった…次の瞬間―!

 

 

 

ボスンッ!

「わぷっっ!?!?」

 

見事なるストレート球、私の顔面直撃。勿論雪玉。…誰が投げてきたなんて、考えなくてもわかる…。

 

「しゃーちょーう…?」

 

「へいへいアスト! もう充分休んだでしょ?雪遊びしましょ!」

 

顔の雪を払うと、子供イエティたちに勝るとも劣らない腕白顔の社長がそこに。雪でテンション上がってる様子。

 

完全に童心に帰っている社長に肩を竦めると、彼女はにんまり笑ってある提案をしてきた。

 

 

「ね。アスト、もう魔法使える?」

 

「? えぇ。大丈夫ですけど…」

 

「なら、アレやってくれない? ほら、雪玉を撃つ…」

 

あぁ。社長のお願い事はわかった。けど、アレはちょっと危険な魔法。良いのだろうか…。

 

「見たい見たーい!」

「食らってみたーい!」

「おねえちゃん、やってやって―!」

 

と、子供イエティは乗り気。まあイエティたちは頑丈と聞くし…。あとは親御さん、代表としてアペさんに許可をもらわ…

 

 

「そーれ!総攻撃ー!」

 

「「「えーい!!」」」

 

ボスッボスッボスッ!

 

「きゃっ冷たっ!? ちょ、ちょっと待っ…!」

 

アペさんの方を向こうとした瞬間、社長の号令によって多数の雪玉が投げつけられる。有無を言わさぬ気らしい…!

 

いや…ちょっ…! 多い多い多い…!これ、私が雪だるまにされる勢い…!! すとっぷ…ストッ…わぷぅっ!!

 

 

息継ぐ暇もなく投げつけられる雪玉に、私の身体は埋まり始める。 すると、アペさんの笑い声が。

 

「アストちゃーん! 盛大に返したれー!」

 

 

…許可は貰った。ならば、お返しだ!

 

 

 

 

 

 

「――――。――――――。」

 

詠唱を開始。すると、異常を察したのか雪玉の投擲は収まる。

 

「さ、皆。来るわよぉ!」

 

社長の言葉にざわつき、嬉しそうに散開する子供イエティたち。お見せしよう。これが私の雪玉魔法!

 

「顕現せよ!『スノウヒュドラ』!」

 

 

 

 

 

詠唱完成の台詞と共に、周囲の雪がゴゴゴゴと揺れる。雪崩?いいや、違う。

 

ズズズと持ち上がる、足元の雪。それは幾本もの巨大な竜の首へと形成され―、高らかに吼えた。

 

「「「「ウオオオオオッッ!」」」」

 

「雪玉、発射ー!」

 

私の号令に合わせ、スノウヒュドラは口を開く。そして…。

 

 

ドドドドドドドドドドドッッッッ!

 

 

弾幕を張る勢いで、何千もの雪玉を撃ち出した。

 

 

 

「すげー! こえー!」

「ひゃっほー!!」

「躱し…きれなーい!」

 

イエティたちはほとんど怖がらず、襲い来る雪玉へと身を晒す。避けたり立ち向かったりするが、数の暴力には勝てず…。

 

「「「ひゃーー!!」」」

 

全員が雪玉群の中に埋め込まれた―、って…。

 

 

 

「まずっ…!」

 

やり過ぎちゃった…!? 慌ててスノウヒュドラを止め、助け出そうとする。が…

 

ボムンッ!ボムンッ!ボムンッ!

 

「おねーちゃん凄ーい!」

「カッコいい!」

「もっともっと!」

 

全く堪えた様子はなく、寧ろ元気いっぱいに雪から出てくる子供イエティたち。良かった…。

 

でも…それもそうか、吹雪の中暮らす種族だもの。これぐらい問題ないのかもしれない。

 

 

じゃあ、ご要望にお応えして続きを…。あれ?

 

「社長は…?」

 

 

 

 

 

 

白毛のイエティたちの中に、社長の姿が無い。見間違えた…ってこともない。

 

もしかして、雪の中に埋もれて出てこれなく…!? 社長に限ってそんなことは…!?

 

いや、落ち着いて…。魔法で位置を探ればいいのだ。えーと…。ん??

 

「真ん前?」

 

 

妙な反応に首を捻りつつ正面を見る。すると、そこには大きな雪玉、がぁ―!

 

「どーん!」

 

「ひゃああっ!?」

 

激突してきたぁ!!

 

 

 

 

軽く吹き飛ばされ、私は柔らかな雪の上にボスンと落ちる。あっ、気持ちいい…!

 

じゃない。やっぱりあれ社長入りの雪玉…。その推測に正解と言うように、私の身体の上に雪玉がモスリと乗ってきた。

 

「やるわねアスト! 全部回避しようと思ったけど、私が雪だるまにされちゃった!」

 

パコンと玉を割り、出てきた社長はケラケラ笑う。全く、雪だるまにされても動けるなんてミミックはほんと…。

 

………………っ!!

 

「「その手があった!」」

 

私と社長の声が同時に口にしたその言葉は、白い雪原に涼やかに響いた。

 



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人間側 とある記者達のスクープ

 

 

ゴウゴウと吹雪く山の中、身に激しくぶつかってくる雪を耐えつつ、ひたすらに進む。

 

逐一確認している方位磁針も魔法地図も乱れ無し、もう少しだ…もう少しで…噂の地点に…! 

 

 

「―! おい!あれ!!」

 

と、先頭を歩いていたメンバーが声を張る。もしかして―!

 

急ぎ顔をあげ、正面を睨む。そこには…巨大に開いた雪洞の入り口…!

 

「あった…! とうとう見つけた…!!『イエティ』の棲み処!」

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…死ぬかと思った…」

「噂、当たっていてよかった…本当にここだった…」

「歩きながら、幾度眠くなったことか…目覚めの薬を大量に持ってきて正解だ…」

 

 

雪洞入口に駆け込み、吹き付ける雪から解放され一息つくメンバー達。私もその場でベシャリと倒れこむ。

 

疲れた…でも…ふふ、これで…スクープをゲットできる…!!

 

 

 

 

 

 

 

私達は、『週刊モンスター』という魔物情報誌の記者。ここに来た理由はずばり、『イエティ』の痕跡、そして正体を激写するため。

 

 

イエティ…『雪男』とも呼ばれるUMAな魔物のことは皆知っているだろう。極寒の雪山に棲む、謎の存在。

 

私達は…いや我々は、その姿を確認すべく天候荒れ狂う雪山へと足を踏み入れたのだ。

 

 

 

 

実はこの山は、『雪山ダンジョン』という名称がついている。しかし、その内部構造を知る者はいない。

 

それもそのはず、ここは通年通して豪雪降り積もる危険な山。下手に踏み込めば、すぐさま積もった雪に囚われ冷凍漬け。

 

だから、ダンジョンではあるけど冒険者は全く近づかない。…表向きは。

 

 

 

 

 

事の発端から話そう。素材市場に妙なものが流れているという話を聞き、私達はそちらの取材に赴いた。そこで目にしたのは、少量の白い獣毛や爪の欠片のようなもの。

 

謎の素材ではあるが、秘められている氷の力はとんでもない。気になった私達は獲得主を追い、見つけ詳細を聞き出した。

 

 

そして得た情報こそ、『雪山ダンジョンにイエティが棲んでいる』というもの。その獲得主は戯れにそこに侵入し、偶然雪洞を発見。侵入し、一戦交え素材を獲ってきたらしい。

 

以来、その話を聞いた幾人かの無謀冒険者が隠れて挑みにいっているとかいないとか。そんな話であった。

 

 

 

まさか伝説の存在、『イエティ』が実在するなんて…。その獲得主が他魔物と勘違いしている可能性はあるが、にしては素材が特殊。

 

 

そこで、私達は考えた。もしイエティの存在を激写できれば、一大スクープ。…いや、一世風靡出来るほどの大大大スクープだと!

 

後は話が早い。編集長を説得し、資金を貰い、必要な道具と情報をかき集め、出立したというわけだ。

 

 

 

とはいえ普通の記者ならば、まず遭難し復活魔法陣送りになっていただろう。だが、私達は皆、冒険者ライセンスを持っている。これぐらいの悪路ならなんのその。

 

ふっ、強がりじゃないけど、寒さなんて気にならなかった。だって、私達のスクープへの情熱は雪を溶かすほどに燃えているのだから!!!

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ファイトー! いっぱーつ!!」」」」

 

持ってきた強化用ドリンクで景気づけに乾杯。一気飲みする。…ぷはっ!冷たい! けど、歩いてきた疲れは吹き飛んだ。

 

これで24時間戦える。記者はスクープを獲るためそれぐらいの覚悟は必須だ!

 

 

厳重にしまっていたカメラを取り出し、いざ雪洞の奥に。ライトも調整してと…。

 

「―! おぉっ!」

 

直後、見つけた物に興奮の声を出してしまう。そこに残されていた足跡…巨大な、私達人間の数倍以上はあるそれに。

 

「間違いない…!これは…!」

「イエティのだな…!」

 

全員でバシャバシャバシャとシャッターと切りながら、二ヘリと笑みを浮かべる。苦労した甲斐があった…!

 

 

 

 

 

 

 

実に幸先が良い。あとは、イエティの姿を間近で撮るか、イエティのものだと証明できる物をみつけるか。

 

そうだ。イエティの生活詳細を記事にするために、何か使ってる道具類とか見つけられればいいんだけど…。

 

 

そんなことを考えながら、洞窟の中を静かに進む。時折開いている天井から雪が入ってきているせいか、足元には案外雪が積もっている。

 

「…ん?なんだろこれ」

 

と、私はあることに気づき首を捻る。足元の雪にはイエティの足跡が幾つも残っている。だが、他に何かを引きずった?後の様なのが残っているのだ。

 

イエティが丸太とか箱とか引きずった跡? にしてはなんか違う気も…。

 

「多分それ、これ作った痕だろ」

 

と、メンバーの1人がくいっと顎で指す。その先にあったのは、雪だるま。人参の鼻と石の目をしている。

 

そういえばさっきからちらほら見かけてた。あぁそうか、それ作る時についた後か。結構大きめだし、間違いなさそう。

 

イエティが雪だるま作るなんて、結構子供っぽいものだ。

 

 

 

 

 

「―お。なんかこっちの細道怪しいな」

 

少し進むと、メンバーの1人が横道に興味を示す。仄かに灯りが漏れているように見えたのだ。

 

私達も頷き、静かに侵入してみる。と、そこあったのは…。

 

「「「「宝箱…?」」」」

 

 

行き止まりらしきそこには、雪に埋もれ消えかけのランタンと、うち捨てられたようなボロ木箱。

 

そしてそこに乗っかっているのが、どうみても宝箱。倉庫代わりか何かだろうか。

 

 

「周囲に揃えて水色と白に塗ってあるとは…結構センスいいな」

「中身確かめてみようぜ!」

 

意気揚々と箱に近づくメンバー達。一応冒険者でもあるから、宝箱には惹かれてしまう。勿論、私も。イエティのお宝みたいなのが入ってればいい…な…―?

 

 

ふと、気づく。この道にも少し雪が積もっているのだけど…その端らへん、目立たない位置の様子がおかしい。

 

よーく目を凝らしてみると、妙に四角な穴が均等な距離をあけて幾つも。あの大きさ…目の前にある宝箱とピッタリぐらい…?

 

となると…まるで、宝箱がそこでボスンボスン跳ね回ったかのような…。――!!

 

「宝箱に触れないで!」

 

ハッと気づき、私は叫ぶ。だが、遅かった。

 

 

 

 

パカッ!

「シャアアアア!」

 

「ひいいっ!?」

 

突如襲ってくる宝箱。勝手に開かれた蓋の内には、鋭い牙と赤い舌。やっぱり…ミミック!

 

 

 

ガブッ!

 

「ぎゃああ!」

 

一番ミミックに近かったメンバーが、頭からぱくりと呑み込まれる。しまった…イエティ対策はしてきたけど、ミミック対策なんてしてきていないのに…!

 

しかも、荷物軽量化のため武器も最低限だけだ。これは…逃げるしか…!!

 

「シャアアア!」

 

「くそっ…! これでもくらえ!」

 

慌てて逃げるメンバーの援護のため、私は雪を即座に玉にしてミミックへと投げつける。すると―。

 

 

パクンッ!

 

 

「えっ! 食べた!?」

 

箱の中…もとい大きい口の中に雪玉は消えていった。く、くそぉっ!もっとだ!

 

雪玉を幾つも作り、闇雲に投げまくる私。その全てをミミックはパクンッパクンッパクンッ。駄目だこれ…! 

 

…………ん?

 

 

「ア…シャアアア…」

 

と、ミミックの様子がおかしい。赤く長い舌で蓋を抑えて、ゴロゴロ転げまわる…。

 

あっ。もしかして…アイスクリーム頭痛…!?

 

 

「「「ちゃ、チャンス…!!」」」

 

この好機を逃すわけない。記者だからそういうとこは敏感。

 

私達は急ぎ回れ右し、ダッシュ。逃げろや逃げろ!記者は逃げ足も肝心だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…追ってこないかな?」

 

だいぶ逃げ、耳を澄ます。ミミックらしき音はおろか、イエティの声もしない。静か。

 

「ここらへん雪積もってるから、追ってこれないのかもな」

 

「あー。それはあるかも」

 

とりあえず、駄弁れるぐらいには落ち着いた。一人やられてしまったけど、復活代金諸々なら経費で落とせる。まあ叱られるだろうけど…。

 

 

とはいえ、退くわけにはいかない。記者たるもの、ネタには食らいつかなければ。さっきのミミックのように。

 

なに、宝箱に騙されたのが悪かっただけだ。今回の目的だけに集中しよう。イエティの激写及び、素材の回収だ。もう宝箱を見ても、無視すればいい。

 

さあ、やる気を取り戻した。行こう!

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても…雪だるまが結構な数…」

 

カメラを構えながら、ダンジョンの奥へと進む私達。次第にイエティの生活圏に近づいているのか、足跡の数が増えてきている。

 

それと比例するように、数を増しているのは雪だるま。しかも、形は様々。

 

オーソドックスな二段重ね、三段重ね。4段以上のものや、一つだけの物も。中には四角に固められ積まれたゴーレムっぽいもの、雪だるまというより雪像というべきものすら。

 

顔や服、手代わりに嵌めこまれているのも多種多様。石ころに野菜、木の枝に、何かの毛。狩った余りものか、鹿の皮みたいな服を着ている雪だるまも。

 

これをイエティが作ったというならば、彼らはかなり頭の良い生物だということ。てっきり、猿みたいな魔物かと思っていたけど…。

 

 

―お。こっちにも雪像が。…ってこれ…!

 

「ひっ…!?」

 

全容を見た瞬間、小さな悲鳴が漏れてしまった…。こ、これ…ヒュドラ…!!

 

 

ゴクリと息を呑み、それに指を突き刺してみる。…うん、雪製だ…。作られたただの像だ…。

 

 

あー…びっくりした…。やけに精巧だったから一瞬本物の首かと思った…。これを作ったのがイエティならば、かなりの腕前だ…。

 

…ん?横に小さな雪だるまが二つ…? なにこれ…?

 

 

片方はなんか角や羽や尻尾みたいなのがついていて、もうひとつは小さな箱の中に入ってる…。

 

あれ?ここに雪を彫って書いてあるの文字…? えーと…『あす…と…おねー…ちゃ…んとみ…みんしゃ…ちょー』?

 

 

―! えっ!文字!? もしかして…イエティの…!? 彼ら、文字まで書けるということ…!? と、撮っとかなければ!

 

 

 

夢中にシャッターを切りまくる私。と、それをメンバーが呼び止めた。

 

「おいちょっと…これみてくれないか?」

 

「? 何?」

 

促されるままそちらへ行くと、メンバー2人は一つの雪だるまを囲んでいた。大きめとはいえ、別段普通の二段式のやつだけど…。

 

 

「―! これって…!」

 

ハッと気づく。雪だるまの顔にたっぷり被せてあるのは白い毛…これ、間違いない。素材市場で見た謎の毛…イエティと思しき毛…! やはりここは、この毛の持ち主の棲み処!

 

 

またまたシャッターを切る私。と、メンバーの1人が恐る恐る聞いてきた。

 

「なあ…この毛ってかなーり高く取引されてたよな…?」

 

「確か。他の素材よりも抜きんでた氷の力を秘めているからって」

 

そう答えると、そのメンバーはゴクリと唾を呑み込む。そして、提案した。

 

「これ、持って帰らないか?」

 

 

 

なるほど、それは名案かもしれない。もう写真は撮ったし、証拠として持って帰ればいい。こんな沢山あるんだ、一部を売り捌けば遊ぶ金も増える…!

 

私ともう一人も即座に同意。後ろ盾を得た提案メンバーは、意気揚々とその毛を掴んだ…

 

…その時だった。

 

 

 

 

ボボムッ!

 

「「「へ…?」」」

 

まるで雪の中から何かが飛び出してきたような異音。私達は一斉に辺りを見回すが、何もない。聞き違いかと顔を戻すと…。

 

「…あれ?」

「…んんん?」

「…この雪だるま、こんな『手』ついてなかった気が…」

 

 

イエティの毛がカツラとなっている雪だるま。その胴体部分に見慣れない何かが。

 

さっきまで枝が刺さっていたその場所から生えてる…。そう、生えてる。それはやけにニョロニョロしていて、まるで触手みたいな…。え。

 

「「「触手!?」」」

 

 

三人同時に、叫んでしまう。それと、全くの同時だった。

 

ギュルッ!

「ぐえっ…!」

 

凄まじい速さで伸びてきた触手は、メンバーの1人を一瞬で絞める。ヤバい…!

 

「逃げよう!」

「あ、あぁ!」

 

もはやイエティの毛とか言ってる場合じゃない。死ぬ…! 私と残った1人で急ぎ逃げ出そうとするが―。

 

ひょいっ ドゴッ!

「おぐっ…!?」

 

 

「えええ…!?」

 

触手が、自らの上に乗った雪だるま頭部を掴み、投げつけてきた…! 

 

 

かなり大きかったこともあり、直撃したメンバーはその場でバタリと昏倒。その上に触手雪だるまはドスン。

 

 

何あれ…!もしかして、あれがイエティ…!? いやいやいやいや!絶対違う…!

 

けど…もしかして…もしかすると…あれ、新たなるUMA…!!か、カメラを…!

 

 

ひぇっ…!今度は明らかに私に狙いを定めてる…!撮ってる場合じゃない!逃げなきゃ!

 

 

 

 

 

焦りつつ急ぎ来た道を引き返す。くそー!…せっかくのスクープが…!

 

ゴロゴロゴロゴロ…

 

ん? 何の音…?

 

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロッッ!

 

!? 明らかに音が大きくなってる…! 後ろから…? ―!?!?

 

「嘘…」

 

…唖然とするしかなかった。さっきの触手雪だるまが、転がって追いかけてきている…!

 

しかも、物凄い勢いで大きくなっているし…!もう私より大きい…!!

 

 

あっ!後ろ見てたら足が雪に撮られて、違う取られて…! あ、あ、あ…ああああ!

 

 

 

グシャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 全滅して写真や収穫物はおろか、カメラすら失くしてきたってか?」

 

「「「「はい…」」」」

 

 

明らかにブチギレ口調の編集長の前で、イエティ捜索隊である私達は頭を下げていた。

 

ダンジョンだったから復活出来たが、その分復活代金は跳ね上がり、当然アイテム全ロスト。

 

経費で落としても余りに痛すぎる出費。寒気してきた…もう雪山じゃないのに…。

 

 

 

「それで、肝心のイエティの姿は見つけられなかったうえに、こんな記事ねぇ」

 

編集長は手にしていた紙をバサリと投げ捨てる。それは私達が反省文代わりに書いた記事。

 

「【こんなところにもいた!氷山の秘境に息を潜める、恐ろしき魔物『ミミック』!】と、【新たなる怪異!!新UMA発見か!?『触手雪達磨』!!】ねぇ」

 

つけた仮タイトルをそらんじる上司。そして一言。

 

「ボツ!」

 

 

 

 

「「「「そんな!?」」」」

 

「写真すらないんだから当たり前だろ!よもやま話で終わるわ! それになんだ?新UMAって!こんな生物いるわけないだろ!」

 

「し、しかし…!」

 

「しかしもかかしもあるか!さっさと別のネタ探してこい! でないと諸々の費用、全部お前らの給料から天引きするぞ!」

 

「「「「そ、それだけは勘弁を…! 行ってきまーす!!」」」」

 

編集長の一喝を受け、私達はミミックから逃れる時以上の速度でオフィスを飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

少し時は遡る。最後に残った記者が、巨大化した雪玉にぺしゃんこにされた直後。

 

 

パカッ!

 

そんな小気味よい音を立て、雪玉が割れる。中から現れたのは、サッカーボールより大きめな球体。

 

パカッ!

 

更にその球体が同じような音を立て割れる。中から出てきたのは、触手型のミミックであった。

 

 

この球体、箱工房謹製の特殊丸箱。雪を吸いつけるも弾くも自在にできる魔法がかけられているのだ。

 

更に中は、ふわふわのボア生地と暖房魔法が取り付けられた快適機構。外観に達磨っぽい絵が描いてあるのは遊び心。

 

 

それを利用し、ミミックは雪だるまの中に潜んでいたのだ。あとは単純、触手を出すも、転がって圧し潰すも意のままである。

 

 

 

 

 

冒険者をツンツンと突き、死亡確認をしたミミックは、雪を弾きながらコロコロと転がり元の位置へ。

 

そのまま先程ぶん投げた雪だるま頭部を掴もうとした、そんな折―。

 

「あー! やっぱりお仕事してるー!」

「すごーい! 倒してるー!」

 

どこからともなく走ってきたのは、子供イエティたち。どうやら騒ぎを聞きつけやってきたらしい。

 

「どーする?休憩するー?」

「いいの? じゃあまた新しいの作ってあげるよー!」

 

子供イエティたちのその言葉に、楽しそうな雰囲気を見せたミミック。雪だるま頭部を手放し完全な球体へと戻る。

 

「「雪だるまつくろー♪」」

 

子供イエティたちはそんなミミックをゴロゴロ。実に手慣れた動きであっという間に大きな雪玉へと変貌させた。

 

 

「らっくらくー! 雪だるまを作る時って、何か元になるもの入れるんだけど…」

「ね! ミミックちゃんがそれの代わりしてくれるから作りやすーい!」

 

 

ケラケラと笑うイエティたち。そんな中、出来上がったミミック入り雪玉はおかしな行動をとった。

 

「わ! ジャンプ!」

「今度は上が良いんだ!」

 

なんと、先程まで上に乗っけていた雪だるま頭部の上に飛び乗ったのだ。すぐに察した子供イエティたちはパーツを付け替えてあげようとする。と―。

 

「あ! これ逆立ちしてるみたいじゃない!?」

「ほんとだー! 面白ーい!」

 

ちょうど顔がひっくり返っていたため、まるで雪だるまが倒立しているように。爆笑する子供イエティたちに応えるように、雪玉のなかから触手が四本ボムッと出てくる。

 

「わー!触手が手足みたーい!」

 

「あ、やっぱり外に出してると冷たい? じゃあこのカツラをバラして…グルグルー!」

 

子供イエティの1人が触手の先にイエティ毛をクルクル巻き、即興の手袋と靴下に。嬉しいのか、ミミック触手はくねんくねん。

 

それがまた、逆立ちしている雪だるまが奇妙な踊りをしているように見え、子供イエティたちは笑い転げるのであった。

 



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顧客リスト№39 『泉の女神の清泉ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

突然だが、皆様方は『泉の女神様』を御存じだろうか? 昔話の一つである。

 

―――――

 

ある日の森の中、とある木こりが仕事に精をだしていた。しかしある時手が滑り、振っていた斧がすっぽ抜けてしまう。

 

くるりくるりと飛んでいく斧は、偶然にも近くにあった泉の中にバシャン。きこりは慌てて覗き込むも、その泉は美しく澄んでいるわりに底が見えないほど深かった。

 

商売道具を無くし、失意にくれる木こり。しかしその瞬間、奇跡が起こった。

 

 

『貴方が落としたのは、この金の斧デスか? それとも銀の斧デスか?』

 

泉のように清らかな声と共に姿を現したのは、二振りの斧を手にした女性…そう、女神様だったのだ。

 

 

しかし奇妙なことに、その斧は金製と銀製。まるで貴族が趣味で飾るような、けばけばしい物。

 

対して木こりが使っていたのは、実用的な鉄の斧。全く違う物だというのは一目瞭然。

 

 

そこで木こりは正直に伝えた。『女神様、お住まいを荒らしてしまい申し訳ございません。ですが、私が落としたのは鉄の斧なのです』

 

 

嘘をつき金の斧や銀の斧を貰い売れば、たちまち鉄の斧何本分にもなるであろう。それでも、木こりは誠実さを選んだのである。

 

その正しき心に胸打たれた女神様は、木こりに拾って来た鉄の斧に加え、金の斧と銀の斧をプレゼントしたという―。

 

―――――

 

 

『金の斧、銀の斧』というタイトルでも伝わっているお話である。正直でいれば良いことが訪れるという教訓が籠っている内容だが…。

 

 

その『泉の女神様』、実在するのだ。

 

 

 

 

 

 

ここはその女神様がおわしめす、『清泉ダンジョン』。お話通り、綺麗な森が広がっている。

 

鳥や小動物の軽やかな声が時折耳を撫で、暖かな木漏れ日が周囲を照らす。…ただ、ちょっとおかしなものもあるけど…一旦置いておこう。

 

 

そして、このダンジョンの最奥にあるのが透き通った小さな泉。水面は日光に照らされキラキラと美しく輝く。

 

まさにお伽噺に出てくるような、心安らぐ風景。女神様の棲み処となるのも頷けてしまう。

 

きっと女神様の容姿も美しく、天真爛漫な方なのだろう。…そう思っていたのだけど…。

 

 

「うぅウ…もう嫌デース…。揃いも揃ってェ…。お酒ないとやってられないデース…!」

 

 

…本当にこの方が…、私達の目の前で、泉の端に突っ伏すようにして管を巻いているこの方が、あの『泉の女神様』なのだろうか…???

 

 

 

 

 

 

コホン…。失礼なことを思ってしまった。いや、彼女は間違いなく泉の女神様である。

 

銀糸のような滑らかな長髪の先は金に染まっており、泉の水以上に煌めいている。美しい肢体に纏うは袖の無い純白のキトン。よく神様が纏っているあの服である。

 

そして頭には月桂樹の冠。そもそも彼女からは、厳かなるオーラが放たれている。老若男女誰が見ても、女神様だとわかる見た目なのだ。

 

 

それに、能力を見せてもらった。女神様が手にしているのは水筒…社長が持参してきたものなのだが、元の中身は水で、一本しかなかった。

 

それが今や三本に増えている。しかもそのうち二本には、赤ワインと白ワインが入っている。

 

 

…察した方もいるだろう。女神様の頼みにより水筒を泉の中に落とし、あの手筈…女神の力で増やしたというわけだ。で、増やしたご本人がガブガブ飲んでいるのである。

 

 

…あえてもう一度言おう。彼女…『ヘルメーヌ』様は、れっきとした女神様である。…ですよね…?

 

 

 

 

 

「―それでェ…人間の冒険者達がネェ…酷いんデス…! ゴブリン達の方が数倍礼儀があるんデース…!!」

 

「あらー。そうなんですか。どんな感じにですか?」

 

「ゴブリン達は知っていて落とした物をえらぶのデスが、しっかりお礼言って帰っていくんデース…。でも、冒険者はお礼一つ言わず、しかも『もっと良い物くれよ』と吐き捨てていくんデスよォ!!」

 

 

社長に抱きつき、ワンワンと泣きながら訴えるヘルメーヌ様。泣き上戸だったご様子。

 

そして社長はそんな彼女をよしよしと撫でている。これじゃどっちが女神だか…。

 

 

 

まあでも、ヘルメーヌ様のお気持ちもわかる。そりゃ泣いてしまうでしょう、と思えるほど酷い仕打ちを受けているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

先程、森の様子でちょっと言い淀んだことがある。それを改めて説明しよう。

 

単純に言えば、『不法投棄』。こんな森林浴が気持ち良い森の中に、ゴミを捨てていく人がいるのだ。

 

 

しかし、それはただのゴミではない。武器、回復アイテム、装備、空の宝箱…などなど。ある程度の統一性はあるものの、量が妙なのだ。

 

業者が大量に捨てていったには少なめだし、個人が捨てていくには多すぎる。当然と言えば当然だが、その全てがボロボロだったり、古臭かったり、消費期限が過ぎてたり。

 

そして極めつけなのが…濡れている物が多い。または、濡れていた形跡が窺える物ばかりなのである。

 

 

 

ここでお分かりになった方は賢い。ではその答え合わせ…の前に、泉の女神様…『金の斧、銀の斧』のお話の続きを語らせていただこう。

 

 

 

―――――

 

正直者の木こりの話を聞きつけ、泉の女神様の元に別の木こりが駆け付けた。そして、木を切ることもなく、手にしていた鉄の斧を泉へと投げ込んだのだ。

 

『貴方が落としたのは、この金の斧デスか? それとも銀の斧デスか?』

 

正直者の木こりの時と同じように、女神様は斧を手に現れる。と、その木こりは叫んだ。

 

『えぇ!その金の斧です! 私が落としたのです!』

 

涎を垂らすかのように、食い気味なその台詞。そう、その木こりは嘘をついたのだ。先に来た正直者とは違い、彼は欲張りだったのである。

 

 

その回答を聞いた女神様の答えは、こうだった。

 

『…嘘つきには、あげる斧はおろか返す斧すらありまセン!お帰りクダサーイ!』

 

ピシャリと言い放ち、泉の中に消え去る女神様。後には茫然と立ちすくむ哀れな木こりだけが残されたのだった―。

 

 

―――――

 

 

 

とまあ、こんなところである。…まあその木こりも、『欲望に正直者』ではあったのだろうけど。

 

―なんて、笑い話ではないのだ。その『欲望に正直者』達が悪さをしているのである。

 

 

 

このお話を聞いたことがある人の中には、少なからずこう思った方もいるだろう。

 

『じゃあ問われたその時だけ本当のことを言って、貴重な方も貰ってしまえばいいじゃないか』

 

と―。そう、そこが肝なのだ。

 

 

 

 

 

泉の女神ヘルメーヌ様はとても心優しき方。初めて会った私ですら、少しお話させて頂いただけでそれがわかるほどに。

 

だから、ここに来た人々が古ぼけた道具や空の宝箱をわざと泉に投げ込んでも、よりランクの高い道具や宝物がいっぱいに詰まった宝箱にして現れる。

 

そして落とし主が心に嘘をついているのを承知で、その高価な品をあげてしまっているのだ。

 

可哀そうに、この場の噂が広まるにつれ訪ねてくる人は増え、凄い時には行列すらできるほど。でもそれを無視できないのが女神様。中には本当に困って訪ねてくる人もいるらしいし…。

 

 

そのせいでヘルメーヌ様は力を使い過ぎ、心底疲れてしまっているのだ。女神の尊厳を保てないほどには。全く…げに恐ろしきや人の欲。

 

 

 

 

…え? 不法投棄の謎がまだ話されてない? それは失礼をば。

 

でも、単純な話である。ここに来る悪賢い冒険者になった気分で考えてみて欲しい。

 

 

来る時はボロな道具や箱一つ。しかし、帰りは女神様によって二つ増やしてもらい、最初の三倍。

 

いや、中身が詰まっていたりするからもっと行くだろう。その分、重量とかも割り増しである。

 

 

さて、そうなると持ち帰るのが大変だ。なんとかして減らさないと。例えば、なにか要らないものを。それこそ、泉の底に失くしても構わないような…。

 

 

…もうおわかりだろう。冒険者達は、ヘルメーヌ様から返してもらったボロ道具を森の中に投棄していっているのだ。泉から離れた位置に。

 

それが不法投棄の真相。本当、酷い話である。女神様が泣くのも致し方なし。

 

 

 

 

 

 

 

「…それで、本当に宜しいのですね?私達ミミックが介入して」

 

「勿論デース…。私自ら手を下すことはできまセンから…」

 

泣き腫らした目のまま、本物の水筒の水をコクリコクリ飲みようやく落ち着くヘルメーヌ様。

 

あぁ、気づけばワイン入り水筒二つとも空になってるし…。そこそこ大きい水筒なのだけど…。

 

 

「では、契約書にサインを。 …はい、OKです!悪ーい冒険者を仕留めるため、尽力させて頂きますね!」

 

「お願いしマース…!」

 

契約書を受理した社長に向け、ヘルメーヌ様はギュッと両手を合わせ、祈るような仕草。女神様が誰かに祈るような行動をするのは奇妙だが、それだけ辛い状況だという事でもあろう。

 

女神様をここまで悲しませたのだ、冒険者達にはしっかり報いを受けてもらうとしよう。

 

 

清らかな泉には、清らかな者だけが訪れる。そんな風にするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―で、その時アストがですね、酔っぱらって私に抱き着いてきちゃって!」

 

「アラ!まるでさっきの私みたいデース! でもミミン社長の包容力なら、納得デース!」

 

契約は終わったからと、社長達はその場で酒盛り開始。いくらダンジョンを一時閉鎖しているとはいえ、まだ昼なのだが…。

 

加えて、楽しそうな声を聞きつけた森の動物達が集まり、本当にお伽噺のような様子に。

 

ワイン入り水筒も気づけば増やされ、今やひーふーみー…10本は開いている。やりたい放題か。

 

 

 

 

と、そんな折。ヘルメーヌ様に向け、社長がある意味禁断の問いかけをした。

 

「ところでヘルメーヌ様! 斧とかお宝とかは増やせるみたいですけど、人とかは増やせるのですか?」

 

いや何その質問…。呆れる私を余所に、ヘルメーヌ様はにっこり頷いた。

 

「えぇ、一応できマスよ! でも、やったこともやる気もありまセン!」

 

「ありゃー、ちょっと残念。それが出来たら…」

 

「分身2人に任せて、自分はぐうたらしようと考えてマスね?」

 

「あははー…流石女神様、お見通しですか」

 

「皆考えることデスから。けど、そんなことをしたらドッペルゲンガーの如く互いに精神崩壊するだけデース」

 

酔っぱらった顔のまま、さらりと恐ろしい事を口にするヘルメーヌ様。とはいえ、その通りだろう。

 

自分が三人に増えたら、誰が本物か確実に喧嘩になる。しかも内2人は本物よりも立派な可能性が高い。となると、まず最初に狂ってしまうのは本物である自分自身の可能性が一番高いはずである。

 

 

でも…社長が三人か…。案外うまくやっていきそうな気が…しなくもない…?結局上手くローテーション組んで仕事しそうかも…?

 

 

…いや、その分朝の寝ぼけゴネだったり、事あるごとのセクハ…もといちょっかいだったりの奔放さが三倍に……まあそれぐらいなら…寧ろありかも…?

 

 

―ううん。やっぱり駄目。社長の抱っこ搬送が問題だ。三つ同時に持つなんてことすれば、絶対前見えなくなるし落としそうだし。

 

 

だけど…どんな社長になるかが気になりはする…。そんな私の内心を察したわけではないだろうが、ヘルメーヌ様は微笑んだ。

 

「ですガ、『泉に投げ込まれた人の、理想な姿のビジョン』はお見せできマスよ?」

 

 

 

 

 

「「え! ほんとですか!?」」

 

私と社長、同時に食いつく。見たい…!!それ絶対見たい…!!!

 

「フフッ。では、ちょっと待ってくだサイね…」

 

そう言いながら、ヘルメーヌ様はちゃぽんと泉の中に姿を消す。その数秒後―。

 

 

カッ!

 

 

突如、泉の水が強く輝く。揺蕩う光はレースのカーテンのように揺れ、木漏れ日をより際立たせた。

 

そして直後、ゆっくりと姿を見せたのは―。

 

「さぁ、準備が出来まシタ! どちらからでも構いまセンよ?」

 

先ほどまで赤ら顔が完全に消え失せ、女神のように天真爛漫な笑顔を浮かべるヘルメーヌ様がそこに。……あ、そうだ女神だった。

 

 

 

「はいはーい!! 私からでお願いしまーす!」

 

真っ先に手をあげる社長。ヘルメーヌ様はハーイ!と同じような元気で返し、私の方を見た。

 

「ではアストさん。私が泉に消えた後に、ミミン社長を放り込んでくだサーイ!」

 

「え、わかりました」

 

あ。やっぱ投げ込まなければ駄目なんだ。ヘルメーヌ様がちゃぷんと消えたことを確認してと…。

 

「じゃあ社長、行きますよ~! それっ!」

 

「ひゃっほー!」

 

 

バシャァンッ!

 

一際大きな水飛沫。そしてまたまた数秒後…。

 

 

 

カッ!

 

泉が輝き、ヘルメーヌ様が姿を現す。自身の横に、2人のミミックを従えて。

 

「貴方が落としたのは、こちらの『わがままボディを欲しいままにするエロティック社長』デスか?それとも、こちらの『仕事をバリバリこなす、知的で格好いいCEO的社長』デスか?」

 

 

 

ヘルメーヌ様にそう紹介された2人のミミックは、確かにミミン社長らしさがしっかり残っている。残っているんだけど…。

 

 

片や、明らかに丈が合っていない、白くスケスケで、胸やお尻がギリギリ隠れるぐらいのネグリジェだけを着て投げキッスをしてくる蠱惑的な社長。

 

箱に跨るようにしているその姿は、僅かに動いただけでボンキュッボンな肢体が零れだしそうなほど。いやむしろ、自分からクイっと見せようとしているのだからタチが悪い…!

 

 

 

片や、宝箱をオフィスチェア代わりに書類の束と万年筆を手にしているのは凛とした雰囲気の社長。体つきもエロティック社長ほどではないにしろ、しっかりとした大人な体型である。

 

その服装、薄グレーのピシッとしたパンツスーツ。しかし胸元はある程度はだけ、見せブラをお洒落に着こなしている。かけていた眼鏡を外し、さらりと髪をかきあげる仕草にドキッとしてしまった。

 

 

 

「…これって、どうやって選ばれたんですか…?」

 

湧き上がる気持ちを理性で無理やり封じ込め、私はヘルメーヌ様に問う。すると返ってきた回答は…。

 

「投げ込まれた人と、投げ込んだ人の想いの良いトコどりデース! 要はアストさんとミミン社長、お二人の妄想の具現化デスね!」

 

…とのこと。う、うーむ…。確かに、凄い…。ゴクリ…。

 

 

 

ハッ! いやいや。やっぱり社長は今のままが一番である。うん! そう心を決めた私だったが…一つ悪戯心を起こしてしまった。

 

「…つかぬことをお聞きしますが、これ、どちらかを選んだら…?」

 

「アラ、選んじゃうんデス? ならば…全部ボッシュートになりマース!」

 

テレッテレッテー♪と口ずさみながら泉へと沈んでいくヘルメーヌ様。社長の分身も手を振り消えていく…!

 

いやちょっ…!冗談ですから、冗談ですから…!!

 

 

 

 

 

 

「もー。私が戻ってこられなくなるとこだったじゃないの!」

 

正しいのを選び、戻ってきた社長はちょっとぷりぷり。そんな彼女のご機嫌を取りながら乾かしてあげる。

 

まあそりゃそうである。欲を出したら全没収、それはお話の中にも明確に描かれているのだから。

 

最も、ヘルメーヌ様はケラケラ笑っているから、本気でやる気はなかったのだろうけども…。

 

 

 

「さ、次はアストの番よ?」

 

「え。私もですか…?」

 

「そりゃそうよ。私の理想体?を見たんだから、アストのも…見せなさいな!」

 

「ひゃあっ!?」

 

有無を言わさない勢いで私を掴み、泉の中へと放り込む社長。バシャンと水の中に…。

 

 

「…ん? わ…!」

 

泉の中、普通に呼吸が出来る。水面を見上げれば、覗き込む社長の顔がはっきりと。

 

「ではアストさん。行きますヨー…えいッ!」

 

気づけば真横にいたヘルメーヌ様が、私のおでこをちょんと突く。すると、私の身体から光が漏れ、分身。人型となり、ヘルメーヌ様と共に水面へと上がっていった。

 

 

どんな姿になっているのだろう…。分厚いローブを纏い、片眼鏡をかけ魔法陣を幾つも浮かべる大魔導士姿とか…!

 

そうワクワクしていた思いは、ヘルメーヌ様の紹介で一瞬に打ち砕かれた。

 

 

「貴方が落としたのは、こちらの『サキュバス族になって社長を虜にしようとする小悪魔アスト』デスか?それともこちらの『ミミックになって、社長と並んで過ごしたい可愛いアスト』デスか?」

 

 

 

 

 

 

……ん?……え??……は???

 

な、何その二択…!? 『大魔導士アスト』じゃないの…!?!?

 

 

 

水面に浮かぶ私の分身、それは水中からでもしっかりと見えた。

 

 

片方は悪魔族の角こそそのままだが、羽根の内はまっピンクに染まり、尻尾の先は穴の開いたハート型に。確かにそれは悪魔族の一種、サキュバス族に見られる特徴。

 

加えて…その服が…、先程のエロティック社長を凌ぐHさ…。身体を包むのは服ではなく、もはや紐。それが恥部と、お腹周りを僅かにクロスしているだけ。

 

若干胸のとこは太いものの、数ミリぐらいの差…てかあれ、見えてない…!?端っこ見えてない…!?

 

そして、下半身のほうだけども…うぅ…あんまり口にしたくない…。…えっぐいほどに小さく、両鼠径部が完璧に見えている…。お尻の方は、完全にお肉に挟まれて紐見えなくなってるし…。

 

なのに、足は太ももまでしっかりとタイツ。透けてるけど。見事なまでのサキュバス服…。

 

 

 

そしてもう片方。私がミミックになっているみたい。社長が今入っている宝箱と同じ物に、ちょこんと入っている。

 

ただ、悪魔族の特徴である角羽根尻尾は完全に無くなっている。代わりにミミックの能力は備えているらしく、手を触手にしたり、箱の中に身を潜めたりしている。

 

また、触手でハートマーク描いたりとサキュバスの私に頑張って対抗している感じが…なんだろう、自分の姿なのにやけにいじらしい…。

 

というかあれ、若干子供っぽくない…? 私の小さいころにそっくり…。社長と同じ幼女体型な気が…。

 

 

…いやというか、なんで片方必ずH系なの!?

 

 

 

…いや…はい……正直に言います…。あの分身の姿、想像したことない…わけじゃない。寧ろ、「こうなったら良いなぁ」と思ったことは幾度かあるのは事実…。

 

だから…それだけに…すっっっっっっっっっごく恥ずかしい!! 社長、早く選んでください…!正しい方を…私を…!!

 

 

「ほぉぉぉぉう…。これは…どっちもとんでもなく魅力的ね…!!」

 

えぇっ!? 社長、そんな…!! …いや、私もさっき同じこと思ってたし…。うぅ…何も言えない…。

 

「このアスト、両方とも欲しいです!」

 

ええええっ!? ちょ、ちょっと社長…! ―あ!まさかさっきの仕返し…!まだ怒ってた…!

 

 

「良いデース! あげちゃいマース!」

 

…は  はぁぁぁぁぁっ!?!?!? ヘルメーヌ様!さっきと言ってること違うじゃないですか!うわっ!社長も喜んでるし…!!

 

酷い酷い酷すぎる!! 怒ってやる…!社長のむにむにほっぺ、千切れるほど抓ってやる…!!

 

 

そう力強く意気込み、泳いで泉の水面へ。バシャリと顔を出した瞬間―!

 

ギュルッ!

「ひゃっ!?」

 

飛んできたのは社長の触手。その力強さに抵抗できず引きずり出され、行き着いた先は…。

 

「むぎゅっ…」

 

社長の胸。つまり抱きしめられた形に。

 

 

 

「ヘルメーヌ様、やっぱり止めまーす! 私はこのアストが一番大切ですから!」

 

「ハーイ! わっかりマシター!!」

 

…へ? そんな社長ヘルメーヌ様の声に、私は無理やり顔を動かす。すると、ヘルメーヌ様はにんまり笑い、私の分身達はやれやれと肩を竦めていた。

 

 

…………してやられた。弄ばれた…!!!

 

 



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人間側 とあるあくどい冒険者と泉斧

 

 

「あん? なんだ、テメエもまた来たのか」

 

「ヘッ。そりゃ来るだろ、こんな濡れ手で粟みてえなヤベえ場所。…んだテメエ、今日はオンボロ宝箱二つもかよ。ヘボの癖に持って帰れんのか?」

 

「あ゛あ?ぶっ殺すぞ? てかテメエは何を…斧? んだぁ?冒険者止めて木こりでもする気かよ。日和ヤロウが」

 

「ハッ!よく見ろマヌケ。これは『バトルアックス』だ。ちょこちょこ使ってたが飽きてなぁ。もっと良いの貰うって腹だ」

 

 

前に並んでいた腐れ縁の冒険者仲間とそう言葉を交わし、俺も列に加わる。…結構長くなってんな…。

 

まあ、構わねえ。なにせちょいと待つだけで濡れ手で粟どころか、濡れ斧が黄金宝石ついた斧に変わるんだからよぉ!

 

 

 

 

 

 

ここは『清泉ダンジョン』とかいうダンジョンだ。だが、別に凶悪な魔物とかが棲みついているわけじゃねえ。

 

…いや、もっと面白いモンが棲みついている。『女神』だ。

 

 

 

『金の斧、銀の斧』ってお伽噺知ってるか? そう、あれだ。ガキのためのホラ話。泉に斧を落とせば女神が良い物と交換してくれるっつー胡散臭えヤツ。

 

…俺もちょいと前までそう思ってた。だがよ、本当にその女神が居たってんだから驚きだぜ。

 

しかもハナシの通り、落とした物を数倍レアな物に変えて出してきやがると来た。ヘヘッ、錬金術だってこうはいかねえだろうさ。

 

勿論、お伽噺の馬鹿木こりのようにすぐに欲出したら全部没収されちまう。だがよ、ちょいと正直者になって落とした物を選べばあら不思議ってな。

 

落とした物を返してくれるだけじゃなく、そのレアな物までくれるってんだ。頭イカレてんだろ。ヘッヘッ…!笑いが止まらねえなぁ。

 

 

女神ってとことん馬鹿だぜ。ちょっとした嘘すら見抜けねえなんて、そこいらのガキよか駄目なヤツだ。…あぁ!あれが今話題の『駄女神』ってか!! こりゃ傑作だぜ!

 

 

 

 

 

 

 

泉へと続く一本道。長蛇の列が進むのを待ちながら、俺は持参してきた酒をあおる。

 

チッ…最近来る奴が多くてムカつくぜ。俺のような冒険者の他にも、村人だったりガキだったり魔物だったり色々居やがる。

 

こんな場所頼らず、自分の足で稼げっての。正直、前の連中を蹴り飛ばしたいぐらいだ。

 

だが前にそれをやったら、女神のヤツ、流石に顔を出さなくなりやがった。泉の中にションベンでもして帰りたかったが、二度と出てこなくなるのは勘弁だし、堪えてやった。感謝して欲しいぜ。

 

 

…あー、クソッ。ちょいと不安になってきた。泉に来る奴が多いと、女神が疲れて営業終了とか抜かす時があんだ。ったく、役目ぐらいまともに果たせよクソアマが…。

 

 

てか、この酒クソ不味いな。安物買うんじゃなかったぜ。どうせ貰った一本は売り飛ばして金にするんだから。

 

―いや、これも次いでに投げ込めば、一級品のウイスキーとかになって返ってくるかもな…。ウヘヘ…飲むの我慢してみっか…。

 

 

 

 

 

 

 

酒を耐えると、一気に手持ち無沙汰になっちまった。暇だぜ…。しゃーねえ、帰っていく奴らでも見て気分誤魔化すか。

 

 

 

あれは…どっかの農民だな。ボロボロになった鍬の他に、頑丈そうなのを二本持ってやがる。

 

ハッ、それでホクホク顔たぁ惨めなもんだ。金製のとか貰えば、あんなもの幾本でも帰るだろうによ。

 

 

 

おぉ…!ありゃあエルフだ!良い顔してやがるぜ…! 交換したのは…弓か。年季が入った物以外に、新品の魔道弓と強弓を持ってやがる。装飾がほぼ無い実用的なモンだ。

 

長生きすると、欲ってもの無くなるんだろうよ。可哀そうに、ああはなりたくないぜ。

 

 

 

お。あれは同業者だ。ボロな鎧の他に、黄金の鎧と魔法が使いやすくなる高級マジックアーマーを手にしてやがる。あの目の色、上手くせしめられてご機嫌って感じか。

 

だがボロ鎧が邪魔くさそうだな。きっと捨ててくんだろう。ここにはそう言う場所が設けられてるからな。…当然女神には無断だがよ!

 

 

 

あん…?あれは…ゴブリンだな。何持ってんだ…?生肉…? それと、サシが入った高級そうな肉と、一際デカい肉の塊だな。清泉(せいせん)ダンジョンなだけに、生鮮食品ってか。

 

ハンッ!やっぱりあいつらは魔物だ。目先の食い物の事しか考えねえ。…そうだ。砂でもかけてやろうか!

 

 

暇つぶしに良い事を考え、靴を動かそうとする。と、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「た、助けてくれぇえええええっっ!!!」」」

 

道の先から上がる絶叫。次には、ドタドタドタと走り逃げてくる同業者達の姿が。な…なんだなんだ…?

 

「「「もうこんな場所、来ねえよぉお!!」」」

 

全員がその言葉と涙を零しながら、ダンジョン入口へと。…意味わかんねえぞ…。

 

だが、この先は泉で行き止まりだし…変な獣も出たって話は聞かねえ。…ますます意味不明だ。

 

 

……あ゛っ! んなこと考えてたらゴブリン達どっかに行きやがった!道避けて森の中通っていきやがったな…!チッ、せっかくの気晴らしがよッ…!

 

 

 

 

 

その後も並んで待ってみるが、結構な頻度で逃げ帰る奴がいやがる。しかも、軒並み同業者ばかりじゃねえか。

 

…やっぱり、変な魔物でも出たってか? の割には普通にスキップ混じりに帰る奴らもいるが…。

 

 

―まあいい、考えたとこで頭痛くなる。そん時に任せればいい。出たとこ勝負は得意分野だ。

 

どんな魔物が現れようと、このバトルアックスで一刀両断してやるってなぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んあ?やっと見えてきたぜ…」

 

長い列も進み、ようやく俺の番が近づく。―と、その前にあの腐れ縁の冒険者仲間が先だがよ。

 

あの馬鹿確か、まーたカジノでボロ負けしてデカい借金こさえたってな。フッ、だがここに来れば実質無限に金が増やせる。

 

 

ほんと、ここの女神って良~いヒモ女だぜ。ちょいと金が欲しくなったら、ボロ道具拾ってくれば良いんだ。あとは訳も聞かずに遊ばせてくれる。

 

しかも…超がつくほどの美人でもあっからな。出来ることなら手籠めにしたいもんだぜ…!ウヘヘ…!

 

 

 

 

「やーっと俺の番だぜ…!あーっ重かった!」

 

と、前にいる腐れ縁ヤロウがドスンと空宝箱を地面に降ろす。この阿保、ずっと抱えてやがった…。

 

「ヒッヒッヒ…カジノの借金返したら…酒と女買って…! 足りなくなったらまた来れば…!」

 

…ああいうのを、『捕らぬ狸の皮算用』って言うんだろうな。まあ、ほぼ捕ったようなもんか。

 

 

 

「そぅらよ!」

 

無造作に宝箱二つを蹴り入れる腐れ縁ヤロウ。バシャンバシャンと音を立て、泉の中へと落ちていく。

 

と、数秒後…。

 

 

カッ!

 

 

泉が光り、中から女神が出てくる。その両脇には、重なった宝箱二つずつ。計四つ。そして女神は、ゆっくり口を開いた。

 

「…貴方が落としたのは、こちらの『回復薬が満載の宝箱二つ』デスか? それとも、こちらの『野菜がたっぷり詰まった宝箱二つ』デスか?」

 

 

 

 

 

 

「「は…??」」

 

宝箱を落とした腐れ縁ヤロウはおろか、俺まで困惑しちまう。…なんで、そんな中身…。―あぁ…!

 

「おいマヌケ。お前、どっからあの空箱持ってきた?」

 

呆然としている腐れ縁ヤロウの肩をぐいっと引き、そう耳打ちする。すると、そいつは苦々し気に応えた。

 

「…街に来てた商隊から、かっぱらって来たんだよ…。チクショウ…!」

 

「ヘッ!だと思ったぜ。大方あの箱、回復薬と野菜が詰められて運ばれてたってことだな」

 

「うっせえよ…! んなこと見たらわかるわッ!!」

 

 

 

大量の宝石を期待して、頑張って運んでみたらこの有様。売り払ったところで借金のかたにもならねえな、ありゃあ…!

 

プ…プククク…!ざまあねえぜ! 見ろあいつの顔!てっきり遊びほうけられると思ったら、碌に金にならないモン渡されるとわかって絶望してやがる!

 

フッフッ…ゲホッ…やべえ、腹痛え…! 実家から金の仕送りが来ると思ってルンルン気分だったのに、箱開けたら野菜しか入ってなかった独り暮らしヤロウかよ!!

 

 

 

 

「どちらデスか?」

 

急かす女神。腐れ縁ヤロウはギリリと歯ぎしりして顔も歪めながら、悔しそうに呟いた。

 

「…何も入ってない、空箱だよ…クソったれが…!」

 

「正直な貴方には、落とした箱に加え、この回復薬と野菜入り宝箱をあげちゃいマース!」

 

ドサドサと目の前に落とされる宝箱。合計…六個…! おーおー…、後ろからでも腐れ縁ヤロウの握り拳がプルプル震えてるのわかる…!!欲張るからだぜ、バーカ!!

 

 

 

そんな奴を余所に、泉へと消えていく女神。ふと、消える瞬間…笑顔で妙なことを口にした。

 

「大切にしてくだサイね? でないと…痛い目、見マスよ?」

 

 

―!? な…今、明らかに女神がしちゃいけないような笑みだった気が…!笑ってた気分が、一瞬でゾっと冷めるほどの…!

 

いや寧ろその冷徹さ、女神っぽくはあるがよ…! なんか…嫌な予感がするぜ…!

 

 

 

冒険者としての勘がビンビン反応し、思わず一歩後ろに下がる。と、それと同時だった。

 

「…あのヘボ女神がァ! これを見越して借金負うほど遊んでたっつーのに!」

 

ブチギレた腐れ縁ヤロウ。まあ自業自得だが。すると、そいつは思いっきり足を引き―。

 

「もっと良いもんくれよ!クソが!」

ガンッ!

 

宝箱の一つを蹴りつけた。 ―その瞬間!

 

 

 

 

カパパパパパパッッッッ!!!!

 

「「はぁっ…?」」

 

また、腐れ縁ヤロウも俺もあんぐりと。だってよ…一斉に、六個の宝箱が開いたんだぜ…!触れてないのに…!

 

空っぽのも、回復薬や野菜がいっぱい詰まっているのもだ。そして中から出てきたのは…。

 

「シャアアアアッ!」

という恐ろしい咆哮と、鋭利な牙と真っ赤な舌。

 

ギュルリと伸びてきた、幾本ものおぞましい触手。

 

赤や青、緑や黄色の毒々しいほどの色づきの、蛇や蜂や蛙…!

 

――ッッ!?!?!? こいつら…!

 

「ミミックじゃねえか!!!!」

 

 

 

色んな種、勢ぞろい…! なんでこんな場所に…! いやてか、あの泉から出てきた、女神製の箱だろあれ!? なんで…!?

 

「ぎゃあっばばば…!」

 

ハッと気づくと、腐れ縁ヤロウは噛みつかれ縛られ麻痺させられ、六個の宝箱(ミミック)にどこかへと連れ去られていく。行く先は、森の奥―

 

「ばあああああぁっ……!!」

 

…断末魔だな、ありゃあ…。間違いなく、復活魔法陣送りだろ…。

 

 

 

…………え。次…俺の番か??

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で知り合いがミミックに食われたっつーのに、同じことをやれと…?いやそりゃ、あの強欲クソヤロウと比べて、俺は斧一本だけどよ…。

 

てか、ミミックって…。あいつ、クソ強いんだよなぁ…。下手すりゃ一撃貰っただけで即死だしよぉ…。

 

一応さっきのミミック六箱は、俺の方に全く興味を示さず姿を消したし…戻ってくる様子もこちらを狙っている様子もねえが…。

 

 

いや…だがよ…もし復活魔法陣送りになったら、全ロストだぜ…?一応普段の装備着て来ているから…。

 

あ゛ー!クソッ! 考えんのは苦手なんだよ。えぇい!酒瓶結び付けて…そぅら!!!

 

 

バッシャーンッ!

 

 

 

カッ!

 

「貴方が落としたのは、この『ウインドジュエルの風刃アックス&一級ウイスキー』デスか?それともこの『彫刻が刻み込まれたゴールドアックス&高級ワイン』デスか?」

 

出てきた女神の手には、その二振り(と二本)。と…とりあえず良い物にはなってるが…。

 

「どちらデスか?」

 

「……っ」

 

回答に困っちまう…。受け取って良い…のか…? クソッたれが…!さっきまでマヌケな駄女神だと思っていたのに、今や恐ろしい『女神サマ』に思えちまう…!

 

「正直に、お答えくだサイ?」

 

笑みを浮かべる女神。…ッ、あの笑みはどっちだ…!何も考えてねえ笑顔か、邪悪な含み笑いか…!

 

ナロォ…!良いだろうよ、立ち向かってやるぜ!

 

「普通の、鉄製のバトルアックスと酒瓶だ!」

 

 

 

 

「正直な貴方には、この二つも差し上げまショウ。受け取ってくだサーイ!」

 

すっと宙を飛び、俺の前に止まる合計三振りの斧と三本の酒。う…、ミミックが飛び出してくる…ことは…

 

「……! …………?」

 

ない…? そう拍子抜けする俺へ、泉に沈んでいく女神が声をかけた。

 

「落とした斧も、大切にしてくだサーイ。くれぐれも、ネ?」

 

口角を微かに上げ、トプンと消えていった…。お…終わり…で…良いんだよな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!あのクソ女神! 脅かしやがって!」

 

貰った酒をガブガブ飲みつつ、泉から引き返す。あのアマ、無駄に怖がらせてきやがっただけだったぜ…!

 

斧を幾ら殴っても、ぶつけあっても、調べても、ミミックがいる様子なんて影も形もなかった。

 

酒も、こわごわ封を切ったが…中にミミックが漬かっていることはなく、美味い酒なだけだ。

 

 

…まあ、あの腐れ縁ヤロウは欲張りすぎたってことだな、うん。程ほどが肝心ってことだな、うん。

 

 

 

 

 

 

 

…しっかし…三本も斧があると…重いなこりゃ…。酔っぱらっちまったから猶更だぜ…。

 

 

…おぉそうじゃねえか! 捨てていきゃ良いんだ! どうせこの鉄製のはもう使わねえしよ。売っても良いが、こっちの金製アックスさえありゃ充分だろ。

 

 

 

そう決めた俺は、早速道を一本ズレる。この先にあるのは、要らねえ物の捨て場。さっきみたいに泉に落とし、その後用済みになったゴミ(古い物)を捨てる場所だ。

 

いやー、楽だぜ。誰が考えたか知らねえけど、天才だな。どうせダンジョン。何捨てていっても、俺達に関係は…。

 

 

――!?

 

 

 

 

 

辿り着いた先にあった物に、俺は驚愕しちまう。そこには、古ぼけた剣や盾、鎧や宝箱、瓶とかが山積みになってるとこなんだが…

 

そこの手前に落ちているのは、明らかに誰かが女神から貰ったであろう金の鎧と、マジックアーマー…!

 

いやてかよ…! あれ、さっき俺が並んでいる最中に帰っていった同業者ヤロウの戦利品じゃねえか…!なんでこんなとこに…!?

 

捨てていったってか…!?んなわけねえだろ…!

 

 

っ…!よく見ると、そいつらが装備していたバッグっぽいのも落ちてるだと…!しかも、刃物で切り裂かれた痕まで…!

 

…なにか、潜んでいるのか…!? う…酔いが…醒めてきた…! さっさと捨ててズラかっちまえ…!

 

 

焦りながらも、持ってきた使い古しの斧と不味い酒を放り捨てる。それは軽い放物線を描いてガラクタの山に…。

 

 

パシッ!

 

 

 

…!?!? ガラクタの山の中から、触手が伸びてきて…俺が投げた斧をキャッチした…。唖然としてしまう俺の耳に、突然女魔物の声が。

 

「これ、まだ全然使えるじゃない。勿体ない…」

 

バゴッと音を立てガラクタの山から現れたのは、古ぼけた箱に入った…ヒッ…!上位ミミック!!

 

 

 

た、確かにこのガラクタの中には幾つも古宝箱があるから…ミミックにとっては絶好の潜伏場所…!

 

で…でも…なんでここに…!まるで捨てる奴を見張っているかのような…!!

 

 

 

「良い物貰ったら、元のはすぐ用済み? しかもこんな綺麗な森の中にポイ捨て? …とんだクソ野郎ねぇ?」

 

ガシャリと降りてきた上位ミミックの手は、何十本もの触手に。しかもその一本一本に、ボロボロな武器が握られて…!!

 

「捨てられた道具達の恨み、存分に味わいなさーいっ!」

 

直後、俺に向け怒涛の勢いで迫る武器群…!ひぃいいい…!!

 

む…無理に決まってるだろぉ!? いくら良い武器貰っても、数十本の同時攻撃を捌けるわけないい!

 

 

 

ギィンッ!

 

 

あぁッ! 貰った風刃アックスが、金製アックスが、俺が捨てたバトルアックスに簡単に弾かれた…!!ミミック強え…!

 

このままだと…死…死ぬぅ…! せっかく貰った武器を…ロストしちまう…!に…逃げ…!

 

 

「あと…飲みかけの酒ぐらい自分で処理しろっての!!」

 

へっ…!? 捨てた酒瓶が、眼前に…! 

 

 

パリィイイインッッッッ!!

 

 

ごっはぁああああッッ!!!割れた瓶の欠片が顔面シュートぉおお…!ハッ…しかも、斧も…閃いて…!!

 

 

ヒッ…! ぎゃぁあああああああッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

あくどい冒険者が復活魔法陣送りになり、少し経った後。女神を訪ねる人の姿もいなくなった頃合い。

 

「今、誰も来そうにないですよ~」

 

すいいっと地面を移動しながら、泉へと戻ってきたのは1人の上位ミミック。何故か金の斧と金の鎧を装備している。

 

 

と、上位ミミックの報告を聞いた泉が光る。そして、女神ヘルメーヌが姿を現した。

 

「では、食事にいたしまショーウ!!」

 

 

彼女の言葉に反応し、周囲の草むらがガサリ、泉からパシャリ。ミミック達が次々と姿を現す。そんな彼女達に向け、女神は問う。

 

「何が食べたいデスか?」

 

ミミック一同、うーんと頭を悩ます。と、幾体かのミミックが森の中へと走り、二つ宝箱を取り出してきた。

 

「オー! さっきの冒険者に出してあげたお野菜デスか! わっかりマシタ!」

 

とぷんと泉に消える女神ヘルメーヌ。それに続き、ミミック達は野菜入り宝箱を放り込む。すると―。

 

 

 

カッ!

 

「あなた方が落としたのはこの『ふんだん野菜のラタトゥイユ&ボルシチ』デスか? それともこの『新鮮野菜のバーニャ・カウダ&ガスパチョ』デスか?」

 

光と共に現れた女神の両脇には、綺麗に盛り付けられた美味しそうな食事が何セットも。代表して、金装備の上位ミミックが答えた。

 

「いいえ女神ヘルメーヌ様、私達が落としたのは野菜が入った宝箱です!」

 

「ワオ! 正直者のあなた方には両方あげちゃいマース!」

 

ミミック達の前に並べられる食事達。いただきます!の掛け声と共に、皆食べ始めた。勿論返却された宝箱の中の野菜も、寄ってきた森の動物達と共にペロリ。

 

 

どうやら泉の女神様はそんなことも出来るらしい。…もはや、やらせであるとは突っ込んではいけないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アラ? 皆サーン、誰かくるので隠れてくだサーイ!」

 

ふと、女神ヘルメーヌは何かに気づき泉の中へ。その号令の元、ミミック達は食器を持ち鮮やかな動きで身を隠す。辺りは一瞬で静まった。

 

 

 

「…ここ…?」

 

少しして、誰かが泉の元へやってきた。恐る恐る進んできたのは、村人然とした男の子。

 

躊躇する素振りを見せたその子は、意を決し泉の傍へ。そして手にしていた小さな袋を水の中へと投げ込んだ。

 

 

カッ!

 

光と共に、女神ヘルメーヌが姿を現す。その姿は荘厳そのもの。思わず傅いてしまうほどの美貌を誇っていた。

 

「貴方が落としたのは、この『難病を治す霊薬』デスか? それともこの『傷を治癒させる秘薬』デスか?」

 

女神ヘルメーヌの両手には、男の子が投げ込んだ小さな袋と同じサイズの物が。すると男の子は一瞬目を輝かせたものの、すぐに唇を噛みしめ、首を横に振った。

 

「…いいえ、女神様…。 僕が落としたのは…『小麦粉』です…」

 

 

 

「なんという正直者なのデショウ! そんな貴方には、全部差し上げマース!」

 

男の子の告白に微笑み返し、拾い上げた小麦粉入り袋を合わせた三つを差し出す女神ヘルメーヌ。

 

それに手を伸ばす男の子だったが、何故か寸でのところで引っ込めてしまった。

 

「? どうしたんデスか? これは貴方の物デスよ?」

 

「……っ…。 …う…ぅ…。やっぱり…貰えないです…」

 

女神ヘルメーヌの言葉にそう呟き返し、突如跪いて首を垂れる男の子。次の瞬間、ボロボロと涙を流し始めた。

 

 

 

「ごめんなさい女神様…!僕、嘘つきで欲張りです…!小麦粉で、お薬貰おうだなんて…! でも、お母さんは病気になっちゃって、お父さんは薬代稼ぐために無茶して大怪我しちゃって…!!」

 

 

堰を切ったかのように泣きじゃくる男の子。そんな彼を、女神ヘルメーヌは優しく抱きしめた。

 

「いいえ、貴方は立派な正直者デスよ。だって、しっかり理由を話してくれたじゃないデスか。 お薬、使ってあげてくだサイね」

 

そう慰めながら、男の子の手に薬袋を握らせる女神ヘルメーヌ。男の子はぐしゃぐしゃになった顔を拭いながら上げ…。

 

 

「…ぇ。なに…これ…?」

 

 

 

―何故か、目を丸くする。それもそのはず。何故か女神の横に、蓋がぱっかり開き切った宝箱が置かれていたのだ。さっきまで無かったというのに。

 

 

困惑する男の子に向け、女神ヘルメーヌはウインク混じりに小麦粉袋宝箱へ入れるよう促す。怖がりながらも男の子が入れると…。

 

「貴方が落としたのは、この『金の斧』かしら? それともこの『金の鎧』かしら? それともこの『鉄の斧』? それともとも、『風刃アックス』『マジックアーマー』『回復薬沢山』…えーと他にも…」

 

 

次々と出てくるは、見慣れぬ武器防具道具。それらを掲げているのは触手。直後、ひょっこり顔を出したのは…上位ミミックであった。

 

 

「さあ、どれかしら!」

 

「え…あ…あの…小麦粉の…」

 

「なんて正直者なんでしょ! 御褒美に全部あげちゃいまーす! ―あ。お家どこらへん? ふんふん…なら別にダンジョン出ても良いか!」

 

男の子の言葉を食い気味に遮り、更に住所を無理やり聞き出した上位ミミック。唐突に男の子を掴みあげ、自身が入る宝箱にスポリと入れたではないか。

 

「正直者には送り届けのオプションも追加でーす! ヘルメーヌ様、行ってきまーす!」

 

「ハーイ!簡単デスが、安全加護をかけまシタ! 行ってらっしゃいデース!」

 

女神ヘルメーヌに手を振られ、すいいっとダンジョン入口へと走る上位ミミック。目的地は勿論、男の子の家。

 

 

 

「あ…あの……!?」

 

当たり前だが、完全に混乱している男の子。自身の横から顔を出す上位ミミックにそう問いかけるしかできなかった。

 

「いーのいーの!どうせ『あくどい木こり』…もとい冒険者から返して貰ったものだから! 貴方みたいな正直者の手に渡るのが一番なのよ!」

 

またもや食い気味にそう答える上位ミミック。と、彼女は小さく呟いた。

 

 

「ま、本当はこの斧とかは会社への代金代わりなんだけど…。社長やアストちゃんなら間違いなく同じ行動とるだろうし、大丈夫でしょ!」

 

 



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顧客リスト№40 『サキュバスの淫間ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

えーと……本日もまた依頼を受けて、私と社長はとあるダンジョンに来ているわけなのだけど…。

 

「あ゛っ♡ い゛っっ♡」

 

…いつもならば、記録がてらダンジョン内部の様子や、依頼主との会話、依頼内容等を紹介をするのを習慣…としているが…。

 

「う゛っっ…♡ う゛ぅふぅっっ♡…!」

 

……うん…、まあその…今回ばかりは詳しく紹介するのを止めるべきなのかなーって…思っていて…。

 

「え゛ぇへぇ…♡」

 

………どういうことかと言うと…ちょっと説明が…あれで…。なんというべきか、その…『レーティング』というか、制限的にアウト風味というかひっかかりそうな…。

 

…………いや、わかってる。通じにくいってことはわかってる…。でも、これ以上オブラートを剥がすわけにはいかない気が…。だって…。

 

「お゛ぉおぉほぉッッッッッッ♡!♡!♡!♡!♡!♡!♡!♡!!!!」

 

 

あ゛ーーもうっ! うるさっ!!! せっかくの配慮が台無し!!

 

 

 

 

 

 

失礼…、ちょっとこの場の空気にとある問題があって…物理的にも、精神的にも…。

 

だからちょっと息苦しかったのだけど、ついに吹っ切れちゃったというか…。

 

 

…いや、もういいや…。全部明かそう…。

 

 

 

では、改めて…。ここはとある洞窟に作られたダンジョン。規模としてはちょっと小さめ。

 

 

それなのに、冒険者は次々とここへ吸い寄せ…ごほん、侵入を試みている。その数は、そんじょそこらのダンジョンを優に上回っている。

 

希少な魔物狙い? いいやそれは違う。 ならば、レアなアイテム狙い? 当たっている。…半分ほど。

 

ただ、そのレアなアイテムも強い武器防具では…いや、一応それも用意されてるらしいが…。…あー、いや、その…。

 

 

 

…はぁぁぁ…。全部明かそうって言った手前、今更渋っても仕方ない。覚悟を決めよう。

 

ここは『淫間ダンジョン』。悪魔族が一種、【淫魔】『サキュバス』が棲まう…Hな、ダンジョン…である…。

 

 

…というか、薄々察していたでしょう…? だって…周囲の至る所からずーっと、よがった喘ぎ声が聞こえてきているのだから…。

 

…構造同じだからといって、『サキュバス×女性』の場所に来たのが間違いだったかな…。いや、多分マシなのかも…きっと…。

 

 

 

 

 

では再々度仕切り直して…。

 

サキュバス―。先程も述べた通り、彼女達は私と同じ悪魔族。ただ、姿や生態はそこそこ違う。

 

 

まず姿だが、悪魔族の特徴は角、羽、尾。私にもついてるのだけど、彼女達サキュバスは形が違うのだ。

 

 

一つ目は角…そこは同じである。まあそもそもが個人個人で形状違う部位だから。

 

とはいっても、実はサキュバスの角はやけに滑らか。つやつや…いや、てらてら…?そんなのが相応しい光沢具合をしている。

 

 

二つ目、羽。悪魔族の羽はコウモリみたいなものだが、サキュバスのは色が違う。

 

羽の飛膜部分…あの薄いトコがまっピンクなのだ。赤っぽかったりショッキングピンクだったりもするけど、ピンクなのは絶対。

 

 

三つ目、尾。悪魔族の尻尾といえば、鞭のような細長いアレだが…。

 

サキュバスはその尻尾の形が、穴あきハート型になっている。それはもう、綺麗なハート型。それを上手く使って色々できるらしいが…。

 

 

加えて、サキュバス特有の特徴として、下腹部についている紋様…『淫紋』がある。それこそハート型だったり…なんていうか…説明が憚られる形だったり…。

 

 

 

 

 

…え…?もう一つ特徴があるだろうって…? …その通り。サキュバスの服装である。

 

いやもう、ご存知の方は多いだろうから、説明は割愛…。いや説明するって言ったの私ですよね、はい…。

 

 

一言でいえば、『THE・エロティック』。周りを見渡しても、私が今着ているスーツのように着こんでいるサキュバスは全くいない。

 

…例えば、ガータベルト下着だけだったり、胸の谷間が丸見えの穴あき袖なしトップスだったり、完全紐なビキニだったり、えっぐい食い込みボンテージだったり…。

 

それは、序の口。寧ろ露出を抑えている方。もっとヤバいのはあっちにいるサキュバスたち。

 

 

お分かりだろうか…、全身透けタイツ、前掛けこそあるけども横から見ると履いていないの丸わかりな服、ニップレスに前張りのみ、中にはタオルを乗せているだけとかいう強者も…。

 

 

 

…おや。あのサキュバスは私のようなスーツ……じゃないな、あれ…。明らかに丈が小さいし、ボタンは全部千切られ胸が大きく曝け出されている…。

 

むこうのは、社長と同じ白ワンピ…。…!? いや違う…! とんでもなく透けてるシースルー…てかあれ、見えてない…!? 何かとは言わないけど、絶対見えてる!!!

 

 

―と、まあ…『謎の光』とか『どこからか湧いて出た白い煙』とか『闇のような黒靄』とかが活躍しそうな服装している人達ばかり。その全員がスタイル良いし、美人だし…。…何故か悔しい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

…話を戻して、生態の方を…。サキュバスは別に普通に食事とかもするけど、その他に好むものがある。

 

それは『精気』。簡単に言えば、生物が持つ活力エネルギーという感じ。特に人間がそれを豊富に持っているらしいので、彼女達は冒険者を狙うのだけど…。

 

どう絞るか、なんて…説明……できるか! 一発アウトに決まってるでしょう!!

 

 

 

コホン…また取り乱してしまった…。まあ言うと…××とか、×××××××とか、×××とか、×××××とか、××××××××××××とか…。

 

…一応『ピー音』で掻き消してみたが、そんな感じ…。

 

 

…モザイクか『見せられないよ!』な看板が欲しくなる……。

 

 

 

 

 

 

 

そんな淫魔たちが営む『淫間ダンジョン』。その内装も中々のもの。『そっち系』という意味で、である。…いや、『えっち系』…?

 

ぱっと見ただの岩づくりだが、奥に進むと妖艶なムードの暗めピンク空間が突然現れる。

 

そして空気も変わる。ピンクの霧…媚薬がたっぷりと含まれているそれが漂い出すのである。

 

常人なら一呼吸で。耐性がある人でもそう長くは耐えられない、甘ったるぅい感じの空気。私達でさえ、魔法使わないと視察がまともにできないぐらい。もはや瘴気。

 

 

そんな中、サキュバスたちは問答無用で襲い掛かってくるのだ。

 

 

勝てれば金銀財宝だけではなく、サキュバス特製の薬だったりアイテム類を手に入れられる。…うん、その中には勿論『媚薬』も…。しかもすっっごく強力な。

 

だけど、それが出回ることは滅多にない。持ち帰れる冒険者がほとんどいないのである。大体は死に体(意味深)で脱出してくるか、復活魔法陣送りになるかだから…。

 

 

しかしその分、サキュバス薬の取引価格は跳ね上がっている。だから一攫千金を目指して、今日も冒険者達はこのダンジョンに潜ってきているのである。

 

 

…………そういうことにしといてください……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて…そんなダンジョンの主にして、私達への依頼主はどんな方かというと…。

 

「う・ふ・ふぅ♡ どうかしらぁ?アストちゃあん♡ たぁっっっっぷりナカ(内部)を、堪能して貰えたかしらぁ?」

 

「ひゅっ…?!」

 

み、耳が犯さ…!? ねっとりと囁かれた甘い声が、耳から脳に入って…全身がゾクゾクと…!!

 

 

思わず軽く跳び逃げ、背の方向…囁いた相手のいる方向へと向き直る。そこにいたのは―。

 

「あぁん♡ 逃げちゃダァメ♡ 一緒にイ・イ・コ・ト(商談)の続き、しちゃいましょうよぉ♡」

 

たわわな胸を強調するようにムギュリと寄せ、自身の指を(ねぶ)るように舌を這わせる妖しげな仕草。

 

周囲のサキュバスよりも一際抜群のプロポーションと、むせ返るほどの色香を淫蕩に発しているサキュバス。

 

 

彼女こそ依頼主。サキュバスの『オルエ』さんである。

 

 

 

 

 

 

「ほぅら♡ こっちにいらっしゃあい♡」

 

指先と腰をクイっクイっと曲げ、手招きするオルエさん。私は恐る恐るながらも、彼女へと近づく。

 

しかし…一部からは『サキュバスクイーン』とも呼ばれているオルエさんの姿はまさに妖艶そのもの。サキュバス族の特徴の角や羽、尾は(なま)めかしさすら感じられるほどに照っている。

 

体つきも…とてつもなく肉感的で蠱惑的。プルンと揺れる胸、ほどよく引き締まったお腹、むっちりとしたお尻や太もも…そのどれもがツヤめいている。コケティッシュという言葉がこれ以上似合う人はいないだろう。

 

 

そんな彼女の服装も、やはりサキュバス。上は羽の形を模したような、胸の一部しか隠せないニップレスとチョーカーのみ。そしておへそを囲むようにクロスさせられた紐…というか糸…。

 

足には黒い長タイツ。そして極めつけは、もはや局所一点しか隠せてないGストリングショーツ。ほとんど着ていないと言って差し支えないその服装は、下腹部の大きく黒ピンクな淫紋を華のように引き立たせている。

 

 

以前訪問した魔女のダンジョンの主、『マギ』さんもとてつもなく妖艶だった。だけど…オルエさんはそれを凌ぐ。正しくは、エロティック全振りというか、フェロモン増しましというか…。

 

 

だって…さっきから変な音が彼女から聞こえてくるのだ。『どたぷんっ♡』とか『ゆさゆさっ♡』とか『むちっ♡』とか…。幻聴かと思ったけど、これ本当に聞こえる…。

 

 

 

 

 

「さあ、こっちへ…♡ まずは、お互いをよぉーーーく知るところから始めましょう♡ ね…♡」

 

女である私でさえ、生唾を呑んでしまうオルエさんの媚態…。あ…あれ…? ふらふらと足が…。

 

「うふふ♡ つーかまえーた♡ じゃ、あ…♡ ハダカの付き合いと洒落こみましょ…♡」

 

そう言いながら、オルエさんは私の上着に手をかけ、ボタンをプチリ、プチリ―。

 

 

パカッ!

 

 

「いい加減に…しなさーいッ!! オルエ!最初に言ったわよね!? アストに手をかけるならブッ飛ばすって!! この子は私の!!」

 

当然、抱えていた宝箱が勢いよく開く。飛び出してきたのは社長。オルエさんを怒鳴りつけると、今度は私の両頬をパチンと叩いてきた。

 

「アストもしっかりなさい! 『チャーム(魅了)』直に食らってるんじゃないの! ほら、さっさと目を覚まして対策魔法かけ直す!」

 

「…ぇ…  ――ハッ!!?」

 

……あ、危な…!!

 

 

 

 

 

 

「いいじゃないのよぉミミン、味見ぐらいさせてくれてもぉ…♡ これだけの上玉、私でも滅多に捕まえられないんだから♡ 別に寝取るわけじゃないんだしねぇ♡」

 

「うっさいわねぇ…。やっぱりアスト連れてくるべきじゃなかったわ…。アンタが頼み込んでくるから渋々連れてきたけど…。アンタのチャーム、特別製なんだし…」

 

「うふふふふ…♡ でも、凄いわねぇアストちゃん♡ 多少の対策や耐性程度なら、最初の囁きで一発でキメられたのに♡ 流石ミミンが見初めた子…♡」

 

「はぁ、もう…。誉め言葉なんでしょうけど、快く受け取れないわよ…」

 

 

気心の知れた仲のように、笑い、肩を竦めあうオルエさんと社長。実際に2人は古馴染みらしい。

 

だからオルエさんのチャームには気をつけろって口酸っぱく言われてた。…まあ思いっきり食らってしまったのだけども…。

 

 

 

「ところで、アストはどれぐらい?」

 

「そうねぇ…♡ 90点ってとこかしらぁ♡」

 

 

ん、何? 謎の社長の問いに、オルエさんは謎の点数評価。その、どこかで微妙に聞き覚えがある品定め的な数値は…? (ハート)のせいで特に…。

 

 

「超高いわね。ほぼほぼ最高レベルじゃないの」

 

「えぇ♡ それぐらい魅力があるのよ、アストちゃんは♡」

 

「あのー…なんの話ですか…?」

 

社長達の会話に横入りし、聞いてみる。と、オルエさんはにっこり笑みを。

 

「貴女の『美味しそう度』よ♡」

 

 

…へっ!? か…狩られる…!?

 

 

 

「その引きつった顔…♡いやん、ゾクゾクしちゃう…♡!! ねえミミン、やっぱりちょっとぐらい…!」

 

「だーめ」

 

「あん♡いけずぅ♡ でもそんな冷ための返しも良いわぁ♡」

 

「相変わらず無敵ね、オルエは…」

 

ビクンビクンと身体を震わせるオルエさんを、社長はフッと笑う。…なんかよくわからない内に、無事に済んだ…?

 

 

 

「…でも、100点じゃないんですね」

 

と、ほっとした安心感もあって、私は思わず口走ってしまう。すると、オルエさんはにんまり。

 

「満点をあげたのは今まで2人しかいないのよ♡ 今の魔王と、ミミンだけ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 確かに必要になったら気軽に連絡してって言ったけど…。うちのミミック達をどんな使い方したいの?」

 

話はようやく商談に。オルエさんはポンと手を合わせた。

 

「普通に冒険者を捕まえる役割もだけど、考えていることがあるの♡」

 

いうが早いか、オルエさんは社長の耳に口を寄せる。と―

 

コショコショ…コショ…

「…んっ…。 …つっ…。 そ、んな…使い方…んくっ…!」

 

…社長が、喘いでる…。我慢しながら、囁きを聞いてる…。オルエさんの話し方的に、そうなっちゃうのか…。

 

 

とはいえ介入することもできず、そのASMRの成り行きを呆然と眺めていると…。

 

「―ひゃぅんっ!? 今なんで舐めたの!?」

 

「バレちゃった♡ 美味しそうだったから、つい♡  甘かったぁ…♡」

 

ビクッと顔を逸らす社長。明らかにてへぺろ以外の要因で舌を出してるオルエさん。社長が手玉に取られてるとこ、初めて見たかも…。

 

 

 

「どうかしらぁ? 中々イケちゃえる案でしょ♡」

 

「うーん…。まあ流石サキュバスって使い方だし…。適任な子、いるし…。『攻め』というか『責め』が大好きなミミック達が…」

 

「ほんとぉ、じゃあその子達で♡ あと群体型の子達って、毒を弱められないかしら♡ 体の感覚はあるのに、丸一日抵抗できなくなる毒なんて最高♡ 好きにねぶり尽くせちゃう♡」

 

「…まあ、出来るけど…。というか、ちょっとオプションと元薬を貰えれば媚薬毒もいけるわよ」

 

「嘘…♡♡! その子達も派遣して欲しいわぁ♡ 代金は幾らでもあるわよ♡ 私達特製アイテムだけじゃなく、ここに入ってきた人が残していった道具類や、貢がれたお金とか♡ 多めに支払っちゃう♡」

 

 

頼み込むオルエさん。社長は頭をポリポリ。

 

「いや、別にそこは気にしてないんだけど…。言うまでもないけど、定期的にしっかり浄化魔法をかけること! じゃなきゃミミック達が淫に飲まれちゃうし」

 

「勿論よぉ♡ 刺激に弱いトコに触れるように、やさしーく、大切に扱うわ♡」

 

「…相変わらず、なんか危ないわよね。アンタの発言」

 

 

 

 

 

 

 

 

契約書の記入が済み、諸々の手続きも終了。そんな折、オルエさんは私にずいいっと迫ってきた。

 

「ところでアストちゃん…♡ 貴女、もっと露出の多い服、着ないのかしらぁ♡」

 

「へ…!?」

 

「おんなじ悪魔族なんだから、着てる服わかるわよぉ♡ 私達ほどではないにしろ、お家ではそこそこなやつ、着てるでしょう?」

 

「う…!」

 

何も言い返せない…。だって、その通りだから…。実家に帰った時とか、それが顕著だったりする…。

 

だって、それが伝統着だし…着心地はかなり良いから…。実は会社でもたまに着ているけども…。

 

 

「うふふ…ふふふふ…♡」

 

と、オルエさんは艶めかしい笑みを浮かべる。瞬間―。

 

「―! 消え…!?」

 

オルエさんの姿が、ピンクの靄となって消えたではないか。どこに行ったのかと探そうとするが、それよりも先に―。

 

ふぅっ むにゅうっ

「ひゃぁっ!?」

 

耳に、生温かい息が…! 背中に、すっごく柔らかな感触が…!

 

「こぉんな立派なカラダをしているのに活かさないなんて、もったいなぁい…♡」

 

い、いつの間に…背後に…!

 

 

「オルエは魅了魔法の他に、幻惑魔法も得意とするのよ。気づいた時には時すでに遅し、それがオルエの戦法ね」

 

社長はトントンと書類を整理しながら、そう教えてくれる。助けてくれる気は…ない…!? まさか、本当に味見させる気…!?

 

 

「ほんと、良いカラダ…♡ 好き放題弄びたくなっちゃう♡」

 

つつぅ…

「ひぁっ…!?」

 

う、うなじから首筋にかけて、ゾワゾワする感覚…! オルエさんの爪で、心底柔らかく引っ掻かれている…!

 

「感度も抜群…♡ やっぱり95点あげちゃおうかしら♡」

 

いやここで点数あげられても…!! ひぅんっ…耳を甘噛みされ…!

 

「もっと…もっとよ…♡ もっとカラダの力を抜いて…蕩けて…トロトロになって…♡」

 

キュッ…

「あっ…くぅっん…!」

 

だ…駄目…! 羽の根元は…弱くて…! やっ…!尻尾はもっと…! ひゅっ…!?な、何その触り方…!手や尻尾同士を絡ませて、擦るように…! そ、それ駄目…!!

 

「えい♡」

プチッ

 

――!? ぶ、ブラが外れ…!? 服の上から、外されたの…!?

 

 

「それ♡」

スルッ

 

――――――!?!? いやそれどころか、外に引っ張り出され…!? えっ、嘘…!?早業すぎる…!?

 

 

「ふふふふ♡」

むにゅっ

 

「ひゃぁぁっっ!?」

 

ちょ、直接…! 直接、胸を触られてる…!! あっという間に、オルエさんの手が服の中に張って来てるぅ…!

 

「形も、ハリも素晴らしいわぁ♡ 感度なんて、言うまでもないわねぇ♡」

 

…っや…! 止めっ…クリクリってするのは…! んっ…うっ…! あっ…♡

 

「さて…♡ こっちは…♡」

 

―――――!!! オルエさんの手が、私のお腹を撫でながら、下に…!! 待ってそれ以上はほんとに駄目……んあっ…♡

 

 

「―あらぁ…? これって…♡ この感じって…♡」

 

…と、オルエさんは再度私の耳に顔を。そして、快感を感じるほどの声で囁いてきた。

 

「アストちゃん…? もしかして、周りの皆の喘ぎ声を聞いてただけでぇ…♡」

 

「―――ッ…!」

 

「ふふ…うふふフフ…! 貴女、Mの気質ねぇ♡それも、かなりの…♡ やっぱり、向こうで味見を…!」

 

 

ゴスンッッッ!

 

 

 

「あうっ♡」

 

突如、オルエさんの頭に宝箱のクリティカルヒット。その勢いで彼女は軽く吹き飛ばされ、私の身体をまさぐっていた手や尻尾は引き抜かれた。

 

「オぉルぅエぇええ…!! アンタ、やったわね…!私に幻惑魔法かけたわね…!!」

 

スタンと着地した宝箱…もとい社長は完全に怒声。どうやら、気づかぬ内にやられていたらしい。よかった…本当に味見に差し出されたわけじゃなかった…。

 

 

ほっと息つく私、がるると唸る社長。一方のオルエさんは楽しそうに起き上がった。

 

「あらー…♡ せっかくこの日、この瞬間のために練りに練っていた魔法、もうバレちゃったのねぇ♡ 流石、ミミンね♡」

 

「平常運転のようで安心半分、苛つき半分よ…! これ以上許可なくアストを狙うなら、本気で怒るからね…!」

 

手を幾本もの触手…それも槍や剣のように尖らせ戦闘態勢をとる社長。オルエさんはひらひらと手で降参を示し、一言。

 

「なんならミミン、貴女が相手してくれれば一番なのだけど♡」

 

「契約書、破り捨てるわよ?」

 

「ごめんなさーい♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう…!あの子ったら…! 普段は良い子なのに、時たまあんなふうに強硬手段に出るんだから…!」

 

帰り道。ぷりぷりと怒りを露わにする社長。と、申し訳なさそうに蓋の陰から顔を私の方に向けた。

 

「アスト、大丈夫だった? 怖くなかった?」

 

「えぇ。まあ未遂ではありましたし…。無理言ってついてきたの私ですしね…」

 

私が呼ばれているということを聞き、そして相手が社長の友達と知って、渋る社長を説得したのは何を隠そう私自身なのだ。

 

正直、あんな目に遭う覚悟は出来ていた。…結果、予想をはるかに上回るテクニクシャンだったけど…。

 

 

 

 

「それより、どうしますそれ?」

 

負い目を感じてしょぼくれる社長を案じ、話を無理やり変える。とはいっても、本当に気になっていることではある。

 

「あぁ、これね…。どうしようかしら…」

 

社長が取り出したのは、大きめの瓶に入ったピンク色の液体。…サキュバス特製の媚薬である。しかも、最上級の。一滴使えば、数日の間発情状態になってしまうという第一級劇薬指定な代物でもある。

 

名称を『サキュバスの露』というが…まあそれは置いておこう。なんか名付け理由は嫌な予感するし。

 

 

 

オルエさんは私へのお詫びとして、金銀財宝や色んなアイテムを大量にくれた。全部冒険者が持っていたものらしい。

 

サキュバスたちにとってお宝はそういったものじゃなく、冒険者そのもの。だから財宝は精々冒険者を釣るためだけの餌な模様。要はあんまり必要ない物みたい。

 

 

だが、それだけでは済まなかった。加えて、サキュバス特製の薬やアイテムまで半ば無理やり持たされたのだ。その一つが、その『サキュバスの露』である。

 

因みに他のサキュバスアイテムは、袋に詰め込まれ、腫れ物のように社長の箱の奥に追いやられている様子。

 

 

「売れば良いんでしょうけど…この量を一気に捌くのは色々と危険な気がするわね…」

 

「となると…それまで素材倉庫の危険物金庫に厳重保管ですかね」

 

「そうねー…。あと、これどうする?」

 

 

と、次に社長が引っ張りだしてきたのは、2着の服。…いや、服と言ってはいけない代物…。

 

『これでお洒落してね♡』とオルエさんに渡されたのだが…なんともサキュバスらしいというか…。

 

 

…『ベビードール』という、所謂ナイティランジェリー(夜用下着)なのだが…持ち上げると、反対側が綺麗に透けて見えるのだ…。

 

それが2着。社長にぴったりサイズと、私にぴったりサイズ。…さっきオルエさんが触ってきたとき、さらっと3サイズ計測されてたようで…。

 

 

「…あの媚薬もそうだけど、使いたければ自由に使って良いわよ?」

 

そう付け加える社長。私は苦笑いを浮かべ、答えた。

 

「とりあえず全部、危険物金庫の中に放り込んでおきましょう…」

 

 

 



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人間側 とある女騎士の凌辱

 

「どけ!貴様ら!」

 

ダンジョン入口に(たむろ)っている冒険者を、半ば突き飛ばすように掻き分け中に入る。どいつもこいつも、締まりのない顔を…!

 

ッ…! いけない、いけない…。義憤で興奮しすぎているな…。こういった時は、培った剣技も上手く冴えわたらないものだ。

 

一旦深呼吸を…。ふぅー…はぁー…。よし、改めて目的を確認するとしよう。

 

 

 

 

私はとある国で騎士を務めている者だ。並み居る兵や他の騎士を優に凌ぐほどの技量を持ち、国の誇りが一つとなっている。

 

…自分でそう言うのも面映ゆいが、これは自他共に認めること。幼い時から鍛えられ、努力を重ねてきた甲斐として受け入れさせて貰っている。

 

 

―なに? 女ではないか、だと? あぁ、その通りだ。女騎士で何が悪い。

 

言っておくが…女だてらに武の道を、と嘲笑っていた連中は全て実力で叩きのめした。今や私の名は、並ぶ者のないほどの実力者として周辺諸国にまで知れ渡り、慕ってくれる者も数を増している。

 

 

まあ、だからなんだと言うわけではないが。私は、私の騎士道を貫くまで。清廉潔白に生き、持ちうる技で困っている民を助ける―。それが、私の生き様だ。

 

 

 

 

そんな私が、なぜこのダンジョン…『淫間ダンジョン』に侵入を試みているか? それは勿論、ここを潰すためだ。

 

ここに棲みついているかの魔物、『サキュバス』。奴らは人を食う、恐ろしき悪魔。

 

…ただし、頭から丸かじり、という食べ方ではない。正しくは『絞る』。生物が持つ活力…『精気』というものを抽出するのだ。

 

……そして、その絞り方だが…。…くっ…、あ…あんなことやこ…んなこと…、そんなことをして…快楽、いや淫楽を与え、吸いとる…らしい。

 

なんという…なんという…破廉恥な、淫蕩な魔物だ…! 許されない…許さないぞ…!

 

 

 

この場の存在は噂にこそ聞いていたが、馴染みにしている酒場のマスターからとうとう所在を聞いた。しかも最近、やけに引き込まれる者が増えているらしい。 

 

ならば、もう聞き捨てならない。ここを、潰して見せる…! そう意気込み、やってきたのだ。

 

 

 

―あぁ。見た通り、部隊どころか、パーティーすら組んでいない単独行動だ。元よりこれは、私の独断。それに休日を使った業務外の活動だ。同胞を巻き込むわけにはいかない。

 

 

それに…サキュバスは悪魔族。かなりの力を備えている。下手に足手まといの兵を連れてくるのは危険だ。

 

なに、サキュバスと剣を交えたことは幾度かある。その全てで勝利を収めてもいる。私一人で充分だ。

 

 

あえて自らを鼓舞するために宣言しよう。サキュバスになぞ、絶対負けない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうっ……!!」

 

「うふふふふ♡ 貴女、とぉーーーっても強いわね♡ け・ど、残念でしたぁ♡」

 

床へと吹き飛ばされ歯を軋ませる私に、サキュバスのボスは愉し気な笑みを投げつけてくる…。くそっ…抜かった…!

 

 

 

…途中までは、上手くいっていた。このダンジョンには媚薬の瘴気が立ち込めているため、いくら対策を施してもそう長くは戦闘出来ないことは織り込み済み。

 

だから、即座に決戦をしかけようとした。洞窟内の風景が、暗いピンクの灯りがつく娼館のように変わったのを皮切りに攻撃。近場にいたサキュバス達数名を打ちのめし、ボスを呼び出したのだ。

 

先に戦ったサキュバスは確かに強かったが、私の敵ではなかった。それぞれ一太刀ずつで全員を沈めることができたのだから。

 

この調子ならば、ボスのサキュバスもそこまでの実力者ではない。私の冴えわたる剣技で片がつく。そう考えていた―。

 

 

それが、甘かった…! 出てきたボス…『オルエ』と名乗るサキュバスは、まさに桁違いの力を秘めていた…!

 

 

 

幾ら立ち向かおうと、ヤツの姿はピンクの靄となり消え、別の場所へと現れる。そのせいで切り付けることはおろか、一掠りすら与えることができない。

 

しかしこちらもただ手をこまねいているわけではない。動きを予測し、フェイントをしかけ、とうとうヤツを捉えた。そして、今まで数多の魔物を屠った必殺の一刀で―、両断した…!

 

 

したはずなのに…!半分になったヤツはまたも消え、その場には真っ二つになったただの木箱が。肝心のヤツは近くの机に腰かけ、「凄いテク()ねぇ♡」と拍手をしてきたのだ。

 

 

 

その後も、決定打はおろか、攪乱されるだけ。そう…攪乱されるだけ。ヤツは…オルエは一切の攻撃をしてこない。ただ、ニヤニヤと様子を窺っているだけなのだ。

 

その様子に苛立ち、私は攻勢を強めた。―だが、それがヤツの狙いだった。

 

 

私の呼吸は自ずと荒くなる。するとその分、周囲に漂う媚薬の瘴気が身を蝕んできたのだ。

 

不味い―! そう思い、退こうとした瞬間。ヤツの尾が鞭のようにしなり、強かに打ってきた。鎧越しだというのにその衝撃は凄まじく、私は床に転がってしまったのである…。

 

 

 

 

 

 

「ふ、ぅぅん…!ここまでの手練れ、久しぶり♡ つい遊び過ぎちゃった♡」

 

軽く伸びをするオルエ。ゆさっと彼女の胸が揺れ、『ぷるんっ♡』『むわっ♡』という音も…音?

 

クッ…ヤツは私を舐めている…。しかし、確かにこれ以上の戦闘続行は危険だ…。悔しいが…撤退をしよう…。

 

これでも私は抜かりが無い。脱出経路の把握と準備は済んでいる。今回は後れを取ったが、次は部隊を率い本格的に…!

 

「剣よ、輝け!」

 

カッッッッ!!

 

眩い閃光を放ち、サキュバス達への目くらましとする。暗いピンクの灯りで満たされた空間が、一瞬で白む。

 

「きゃあっ♡」

 

オルエは、悲鳴?かよくわからなぬ声を上げる。…楽しそうだし、恐らくまともには効いてないだろう。

 

だが、充分だ。逃げる数秒の隙さえ確保できれば。ここが好機、急ぎ脱出を!

 

 

 

すかさず立ち上がり、踵を返す。この部屋の入り口を抜ければ、ひとまず窮地は脱せる。オルエ以外のサキュバスなぞ、恐れるに足りない。あとは、来た道を引き返すだけ…!

 

と、入口まであと数歩の時。背後からオルエの声が聞こえた。

 

「ミミックちゃんたち♡ 手籠めにしちゃってぇ♡」

 

その刹那―。

 

 

 

チクッ

「うっ…!?」

 

首筋に、小さな痛みが。これは…、―っ!

 

「へゅっ…にゃ、にゃんや(なんだ)きょれ(これ)ぇ…!」

 

か…身体が…麻痺して…!! い、いや…それだけじゃなくて…急に火照って…くぅっ…!? 

 

ち、違う…!これ違うぅ…! いつもの…戦いの後の火照りじゃないぃ…!?

 

 

ブウゥウン…

 

 

―っ! この…虫の羽音…! 目を戦慄かせながら周りを見ると、赤と緑の奇妙な蜂…!

 

あ…あれは…!ミミックの『宝箱バチ』ぃ…!? い、入口横の木箱の中に潜んでいたのか…!?

 

で、でも…毒性…こんな弱かったか…? 全く動けなくなって、喋れも出来なくなる麻痺毒だったはず…!

 

だって…これ、一応…動ける…。這うぐらい、だが…。それに…この火照り具合…毒と言うより…媚薬…!? 

 

 

 

「流石ミミンのとこの宝箱バチ♡ いい感じに弛緩させてくれたわねぇ♡ こっちに連れてきちゃって♡」

 

ガブッ

 

―なぁ…っ!? 今度は落ちていた宝箱が動いて…!ミミックだったのか…! 頭から齧られ……ない…?

 

いや、頭から体半分呑み込まれているはいるけど、噛まれない…。咥えられている…! ひゃんっ!ミミックの牙がチクチク刺さって…!舌が首筋をぺろぺろ舐めて…!!

 

 

 

 

 

 

 

ボスンッ

 

「あうっ…!」

 

麻痺した身体のまま、どこかへと連れてこられ、ミミックから吐き出されるように放り投げられた。この感触…ベッド……!?っ…まさか…!!

 

「じゃ♡ 私はこの騎士ちゃんと遊ぶから♡ また何かあったら呼びに来てね♡」

 

手下のサキュバスにそう伝え、オルエはシャアアとカーテンを閉じる。そしてこちらを向き、ペロリと舌なめずり。

 

「うふふふふ…♡ さぁて、お楽しみタ・イ・ム♡」

 

 

 

 

 

 

「くっ…辱めを受けるなら、死んだ方がマシだ! 殺せ!」

 

「あら♡ 『くっ殺』なんて点数高いわねぇ♡ 88点♡」

 

自らもベッドに乗ってきながら、謎の評価をするオルエ。私の顎をクイっとしながら、怪し気に笑う。

 

 

おのれ…麻痺毒は多少消えてきたとはいえ…ヤツの顔面に唾を吐いてやることすらできない…! ―と、オルエのヤツは私の唇をつつぅと撫でてきた。

 

「ぷるぷるな唇を可愛くすぼめちゃって…♡もしかして、キス待ちだったり♡」

 

「…!なわけ…!」

 

「冗談よぉ♡ まあでも…本当に、自分から求めるようにし・た・げ・る♡」

 

 

「ひっ…! っく…!この…サキュバスめが…!人を誑かし、市井(しせい)を脅かす悪魔め…!」

 

ゾワッと背を駆け巡った怖気を耐え、出来うる限りの悪態を吐いてやる。しかし、オルエはカラカラと笑うだけ。

 

 

「人を誑かす、は大当たりね♡ でも、市井を脅かす、というのはハズレよぉ♡」

 

「…なんだと…?」

 

「ここの皆は、ダンジョンに来る人しか襲わないわ♡ 人里に降りて荒らしまくるなんて無粋なこと、したことないわよ♡」

 

「…だが…!」

 

「私達のお宝を狙って、やってきた冒険者を仕留めることの何が悪いのかしら♡ むしろ脅かされているのは私達♡ きゃー乱暴されちゃーう♡」

 

「―!こ、この…!屁理屈を…!」

 

「大丈夫よぉ♡ やってきた冒険者もしっかり帰してあげてるんだから♡ まあ時たまヤリ過ぎて死んじゃうんだけど、復活できるし問題ないでしょ♡」

 

「…帰す…だと…!?」

 

「だってそうしないと、ハマって再度来てもらえないでしょう♡ うふふふふ…♡あの理性と野生の葛藤に悩まされながら、体は逆らえずに悶々とした火照り顔で来る様子…たまらないわぁ♡」

 

――。こいつは…とんでもなく邪悪で、淫奔なサキュバスだ…。く…くぅ…負ける…わけには…!

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まずは…それ、良い鎧ね♡」

 

何故か私の鎧を褒めつつ、オルエは枕に手を伸ばす。そして、ポンポンと叩いた。

 

「さあ、出番よぉ触手ミミックちゃん♡」

 

すると、枕の横からニュルゥと触手が。

 

「こんな使い方、サキュバス以外はしないでしょ♡ やっちゃえ♡」

 

オルエの合図と共に、触手ミミックは枕から出て……―ッ!

 

ズルゥッ…

 

わ…私の…! 私の鎧の中に…!?

 

 

 

 

「体を守るはずの硬ぁい鎧が、ミミックのお家に早変わり♡ 『触手鎧』ってやつねぇ♡」

 

クスクスと声を漏らすオルエ。だが、私はそれどころではなっ…ぁんっ! 

 

ひぃぅっ…!! 身体の至る所を…弄られてぇ…! ひぁあっ…!やぁっ…そこは…駄目ぇ…!

 

 

僅かにしか動かない手を必死に動かし、肌をこねくり回す触手を払いのけようとする。が―。

 

「よ…鎧がぁ……!?」

 

触手を掴もうとしても、引っ掻こうとしても、堅い鎧に阻まれてしまう…。まさか…攻撃を防ぐための硬質さが、逆に働くなんてぇ…!!

 

もどかしい…!くぅぅんっ…もどかしい…! 常に共にあると言ってもいい鎧が、こんなに邪魔と思ったことは初めてだ…! やぁっ…やぁああっ…!!!

 

 

 

 

 

 

 

「これぐらいで良いかしら♡ 一旦出てきちゃって~♡」

 

少し経ち、オルエのヤツは鎧から触手ミミックを回収する。出てきたそいつは、すぐさま枕の中に帰っていった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。こ、この程度か…! 大したこと…ぅんっ…ないな…!」

 

息を必死に整えながら、私は強がる。すると、オルエのヤツは私の鎧を外しながらニヤついた。

 

「口ではそう言っても、カラダは正直ね♡ ぴくんぴくんしちゃって、可愛い♡ 90…いえ、やっぱり93点上げちゃうわ♡」

 

「ハッ…満点はくれないんだな…!」

 

「満点あげたのは今まで2人だけ♡ でも、ほぼ最高のレベルよ♡今まで食べてきた冒険者に点数つけるなら、平均50点が精々だから♡」

 

「…ッ、下種め…!」

 

「下種で結構♡ 強気で腕の立つ女騎士を蕩かしつくせるなんて、極上のフルコースがお粗末に見えるほど美味しーーーいことだもの♡ はい、ばんざーい♡」

 

あっという間に無理やり鎧を全部剥がされ、下に着ていた服だけにされてしまった…。つ、次は何を…。

 

「さぁ…! とうとう出番よ♡ かもーん♡」

 

パンパンと手を鳴らすオルエ。すると―。

 

 

 

 

ズズズズズズ…

 

「は…? ふ…風呂…?」

 

どこからともなくベッド横に滑ってきたのは、真っ白で大きめ、猫足のバスタブ。

 

と、そこから女魔物がひょこりと顔を出した。あ、あれは…上位ミミック…!!?

 

 

「待ちくたびれましたわぁオルエさん。はやく加わりたくてうずうずしてたのですから!」

 

「ふふふ、お待たせ♡ たぁっぷり、舐りつくしてあげましょ♡」

 

そう会話をし、上位ミミックは枕を拾い上げる。そして中の触手ミミックをバスタブの中に…!? い、嫌な予感がする…!

 

「さ、騎士ちゃん♡ 皆で一緒に入りましょ♡」

 

オルエのヤツにひょいと抱え上げられ、私はバスタブへと近づけられる。その中は―。ひぃっ…!?

 

「しょ…触手まみれぇ…!?」

 

「『ミミック触手風呂』よ♡ 頑張って耐えてねぇ♡ ちゃぽん♡」

 

ひっ…まっ…! いや…いや…! ひゃああああああっっっっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ…っいっ……ふぅんっ…っぅう……っあ…おぉっ……」

 

ひ…()ぬかと…おもっひゃ(思った)ぁ……。し…知らにゃい……こんな気持ちひいの…知らにゃい…。

 

にゃ…にゃんとか耐えきれたけどぉ…。もう…もう…これ以上はぁぁ…

 

 

「あらぁ…。もう終わりですかねぇ。ベッドに戻してからずっと、触らなくとも勝手に悶えちゃっていますし…」

 

「いいえ~まだまだ♡ アレ、持ってきて♡」

 

「まぁ…! まだ責められるなんて嬉しいです…!」

 

…耳には、そんな会話が入ってくる。視界の端で、バスタブが消えていく。十数秒後、ズズズ…とやってきたのは…。

 

 

「た…たきゃら()はこ()…?」

 

 

 

大きめの、ベッドより数回り小さいぐらいの宝箱。ただし中はフカフカそうな…。

 

「これはねえ♡ 『箱工房』…私の友達が持っている、箱作りの施設で作ってもらった専用ベッド♡」

 

オルエは説明しながら、私をその中に連れ込む。上位ミミックも一緒に入っているせいで、狭い…。

 

 

カパンッ

 

 

ぇ…?蓋が…閉まったぁ…? すると…オルエが、私の耳元で、全身がゾワゾワしてしまう声で囁いてきた。

 

「真っ暗で見えないと、その分感覚が鋭敏になって、感度が増すのよぉ♡ それに、全員がぺったりと密着している♡ 逃げ場のない私達の責めに、存分にエクスタシー…してねぇ♡」

 

 

…あ…あぁぁ…! い…いや…! もう…無理…! こ、これ以上は…堕ちちゃう…!

 

 

「開始カウントダウーン♡ 3♡」

 

 

「2ぃ」

 

 

「いーち♡」

 

 

や…やだぁ…! た、助けて…! サキュバスにも、ミミックにも勝てないぃ…!

 

 

 

「「ぜろぉ♡」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひゅー…… ひゅー…… ひゅー…… ひゅー…… ひゅー……

 

…………。

 

「どうかしら♡ 呼吸荒いけど…騎士ちゃん、返事できるかしら♡」

 

…………。

 

「完全に折れちゃったみたいねぇ♡ 鎧と剣、預かっておくわ♡ また来たら必ず返したげる♡」

 

…………。

 

 

「じゃ、そろそろ…クチュリ…… い・た・だ・き・まぁす♡♡♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「それで鎧も剣も奪われて、しかも最後に復活魔法陣送りってわけか。まあ…なんだ…災難だったな…」

 

とある国の酒場。カウンターに突っ伏すようにして泥酔している女性に、マスターは言葉を選び慰める。

 

その突っ伏してる女性の正体は、高名な女騎士。高潔な性格と、無双の腕を持つことで名を馳せている存在である。

 

 

普段は淑やかにグラスを傾けている彼女なのだが、珍しく…というか初めてジョッキを数杯空にし酒乱の如く。その理由を聞き出したマスターはポリポリと頭を掻いた。

 

 

「いや…まぁ…。伝えてしまった俺が悪かったんだろうけどさ…。一応言ったぞ? あの『淫間ダンジョン』のボス…サキュバスクイーンは魔王に並ぶほど強いから、ギルドも壊滅不可能認定している場所だって」

 

「…………」

 

その言葉を聞いていないのか、無視しているのか。無言を貫く女騎士。マスターは水を出してあげながら、続けた。

 

「だからよ、犬に噛まれたと思って忘れたほうがいいさ。今日の分は奢りにしてやるから、新しい鎧と剣を誂えに…」

 

「……うるひゃい…」

 

「…う…すまん…。もしかして、奪われた鎧と剣って大切なものだったりするのか…?」

 

ようやく声を発した女騎士にビビりながら、そう問うマスター。しかし女騎士は首を横に振った。

 

「じゃあ良いじゃないか。不慮の事故で壊れたとでも言ってよ。アンタならばタダで良い鎧くれる店もあるだろうし…」

 

「うるひゃいと…言っている…!!」

 

 

バンと机を叩くようにし、立ち上がる女騎士。水を一息に飲み干し、呟いた。

 

「…騎士の命たる存在を奪われたままなんて、我が名折れ…! 取り返して見せる…!」

 

 

 

「いや止めとけって! そうだ、『勇者』って呼ばれてる嬢ちゃんに託すのはどうだ? 魔物特攻持ってるみたいだし、あの子なら多分勝てるだろ!」

 

マスターはそう引き止めるが、女騎士は無視。出口へと向かっていく。と、彼女はぽつりと漏らした。

 

「リベンジを…果たしてみせる…! あのサキュバス…オルエ……『さま』…め…! もう一度…! …くぅんっ…♡」

 

 

フラつきながら、酒場を後にする女騎士。彼女が消えた後、マスターは眉間に手を当て溜息を吐いた。

 

「…ありゃあ、完全に堕とされちまってるな…。言わなきゃよかった…」

 

 



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閑話⑦
会社施設紹介:色んな倉庫


 

さて。今回の我が社の施設紹介は……んー…、施設って言っていいのだろうか…?

 

まあいいか。『倉庫』である。

 

 

 

皆様がご存知の通り、我が社のミミック派遣代金支払い方法は、何も金銀財宝だけではない。

 

例えばダンジョン内部、又は近場に自生している素材や食材、魔物達が作ったアイテム類。そういった物での支払いも問題ないのだ。

 

 

中には体毛や欠けた角や爪など、本来ならばゴミとして捨てられるはずの物でもOKだったりする。勿論その希少度によるが、魔物の素材ってかなりレアな物がほとんどなことが多い。

 

私の…悪魔族の角や翼、尻尾だってとんでもなく高額で取引される。それどころか、切った爪とか髪の毛とかすら。魔法薬の材料に使われるらしい。売ったことも、売る気もないけど。

 

 

 

 

 

話が逸れてしまった。そうして貰ったアイテム群は、私の魔眼『鑑識眼』によって市場価格から疑似的な値段を算出。派遣代金とする。それでダンジョンに行きたがるミミック達を派遣する…というのが流れである。

 

 

 

―あ。そういえば説明しそびれていたが…ミミック達は基本、ダンジョン行きを拒まない。寧ろ私が行きたいやりたいと立候補してくる場合も多く、時にはくじ引きで決めることもある。

 

 

実を言うと…彼女達ミミックはその特性上からか、ダンジョンでないと長くは暮らしていけない。ミミックといえば宝箱が思い浮かぶ事実、そして野良ミミックをあまり見ないのはそのためである。

 

だからこの『ミミック派遣会社』は、職場斡旋だけではなく『ミミック達の終の棲家探し』も兼ねているのだ。…これ、社長の受け売りである。

 

 

なので、実際に良い場所を見つけて、契約満了と共にそこへ引っ越していくミミック達も多い。そういう時は、流石にちょっと寂しくなってしまう…。

 

まあ皆ちょこちょこ顔を出してくれはするし、その場合は格安で専用箱も作ってあげるのだけど。

 

 

 

 

 

 

―っは。また話が…。いけないいけない、おっそろしく逸れた気がする…。閑話休題と。

 

 

そうやって代金として貰ったアイテム類は、市場に売ったり、ラティッカさん達箱工房が使ったり、私がちょっとした魔法薬の作成に使うが…何分量が量。

 

下手に大量に流して市場価格を下落させるわけにはいかないし、私達が全部使い切れるものでもない。ということで、保存する場所が必要となるのだ。

 

それが、我が社の倉庫である。

 

 

 

 

実は社屋や箱工房の周りに、幾つも小さめの建物(宝箱型)があるのだが…お気づきだっただろうか。

 

さして紹介する必要がないと思い、紹介していなかった。しかし、今回焦点を当てるのはそこである。

 

 

とはいっても、色々とある。素材倉庫の他に、武具倉庫やアイテム倉庫、食料倉庫や危険素材倉庫だったり。他にも、訓練道具倉庫や炬燵倉庫ってのもあったりする。

 

 

一つずつ紹介していくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ではまずはここ。『食料倉庫』から。 …なんでよりにもよってここからなのか? いやまあ、場所的にというか…。

 

他の倉庫は軒並み箱工房側だったり、訓練場側だったりするのだが、ここだけは違う。本社の建物の裏に設置されているのだ。

 

 

ここをよく使うのは当然、食堂で料理してくれている食器のポルターガイストたち。あまり遠くに倉庫を置くと、彼らが困るのである。

 

一応ワープ魔法陣を設置しており、厨房の奥からすぐに出入り可能にはしてあるが…その魔法も、距離が短ければ魔力消費がその分少なくなるから。

 

 

因みに倉庫の見た目は、お肉やお魚、野菜やお菓子などがはみ出している宝箱型。まさに食材の宝石箱。

 

 

 

では、中に…。 う、ちょっと寒い…。冷蔵庫としても機能しているから当たり前だけど…。

 

 

ここに限らず、倉庫の全てには空間魔法を使ってある。だから、外の見た目より数倍、いや数十倍はある容量を持っている。

 

腐敗防止魔法や期限管理魔法、脱臭魔法とか諸々の魔法は使ってあるけど、食料倉庫を複数に分けると管理が面倒。そのため、倉庫一つで完結できるような仕組みになっている。

 

 

具体的に言うと、内部が幾つかの区域に分かれているのだ。ここみたいな冷蔵庫、冷暗所、冷凍庫とかとか…。どんな食材も保存できるシステムが完備されているのである。

 

 

そのおかげで…見て欲しい、この新鮮な食材の数々を。つやつやな果物、しゃっきりしたお野菜、新鮮なお肉お魚、程よく冷えた牛乳、冷たーいアイス。なんでもござれ。

 

 

…そう話してたら、ちょっと小腹が空いてしまった…。ちょっとこのリンゴ、一つ貰っちゃお。

 

 

 

…あっ…今の、できれば内緒に…。ポルターガイストたち以外のここへの侵入は、食材の搬入搬出を除き、原則禁止なのだ…。まあほとんどの倉庫はそうなのだが…。

 

いや…まあ…ぶっちゃけ、ここに限っては守られてない場合が多いのだけど…。結構ゆっるゆるで、事あるごとに小腹すかせたミミック達が忍び込み、生の食材をもぐついているし…。

 

 

…えーと。ここに、変な板状の端末があるのがわかるだろうか。手で持てるサイズで、後ろに私が今持ってるようなリンゴの絵が描いてある板。

 

これは『魔法の記録端末』で、つまみ食いした物をここに記録するのが(暗黙の)ルールになっている。それさえすれば、残り食材の管理は容易いから。なお、この端末は各倉庫にある。

 

 

 

…うん、はい。もはや、なあなあな状態であるのは察して貰った通り。『一応規則が決めてある』程度の代物になっている。

 

しかし、仮にも社長秘書である私が表立って規則を破るわけには…いや社長は思いっきり侵入して色々食べてるんだけど…!

 

 

 

あ、そうだ。無理やり話を逸らすわけではないが…。たまにやらかす子がいる。冷凍庫コーナーで、氷漬けになっているミミックが稀にいるのだ。

 

アイスとかを食べてお腹いっぱいになって、遊びか訓練の疲れが出て、つい眠くなっちゃった。そしてうとうとしてたら、きづけばかっちんこっちんに……。―っ!

 

 

そういえばさっき…一匹、宝箱型のミミックがいないって報告があった…!もしかして…!!

 

 

急いで、冷凍庫コーナーに。扉を開け、中のあちこちを探して…。あぁ…

 

「いた…………」

 

キャンディアイスを咥えながらぐっすりな、カチコチに凍ったミミックが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、さっきの氷漬けミミックはお風呂に放り込んできた。あとは入ってた他のミミック達にお任せ。

 

さて、気を取り直して倉庫の紹介に移ろう。リンゴ美味しい。

 

 

 

次はここ。『訓練道具倉庫』。ラティッカさん達箱工房のドワーフ謹製、訓練道具が置いてある場所である。

 

見た目は、ボールを咥えた宝箱型。なお、その巨大ボールの模様は気分で変えられる。サッカーボールだったり、バスケットボールだったり…モ●スターボール?というものだったり。

 

この機能、必要あったのだろうか。いやまあ、一応理由があるっちゃあるのだけども…。

 

 

 

中に入って見ればわかる通り、色んな訓練道具があちらこちらに。ボールやハードル、バトンやマットとかの体育道具は当然常備。

 

他には、これまたラティッカさん達が作ったロボットである『冒険者オートマタ』とか、対策訓練で使う剣や槍などの武器。簡単な魔導書や魔法石もある。

 

因みに、訓練後の地面を(なら)すトンボという道具もあるが…。基本これは使われない。なにせ、ミミック達が自分ですいいっと地面を走り、均してしまうから。

 

 

 

 

…そして、ここにもちょくちょくミミックが閉じ込められていることがある。その頻度は、さっきみたいに食糧倉庫で眠っちゃう子達よりも段違いに多い。

 

その理由は大体同じ。お片付けの際に疲れが出て、ちょっとぐっすり。またはサボってすやすや。その間に倉庫の鍵が閉められ、あら大変ってとこである。

 

何分この倉庫は静か。用具類のちょっと独特な匂いも相まって、結構好む子はいる。というか、別に訓練も何もないのに(たむろ)していることもちょくちょく。

 

そして食糧倉庫からかっぱらって来た食べ物を、隠れてもぐもぐ。不良か。

 

 

 

 

…というか、今もいる。横の跳び箱。耳を澄ますと…中からすぅすぅと寝息が。

 

 

もう。…数段外して、と…。やっぱりいた、上位ミミックの1人が。跳び箱は『箱』だから落ち着くのだろう。

 

「ほら、起きてください」

 

「んぅ…? あぁ~アストちゃぁん。あれぇ、それ、リンゴぉ? ちょうだーい…!」

 

「食べかけでよければ。とりあえず出ましょう」

 

「はぁ~い…くぁぁ~」

 

私からリンゴを貰い、出ていく上位ミミック。まああんな感じで寝ちゃうのだ。

 

 

 

 

そんな『体育倉庫に閉じ込められる』という王道展開だが、余りにも多いため一時は鍵を無くしてしまうかという案もでた。

 

まあそれでも良かったのだろうが、社長の『それだと風情もロマンスもないわね!』的な一言で別の案に。鍵に風情とロマンスとは…?

 

 

それで考案されたのが、奥にあるトランポリン。あれには魔法がかけてあるため、予想以上に跳ねるのだ。

 

それに乗り、数回ポヨンポヨン。すると、ガッと跳び上がり、天井にある専用の穴を突き破って脱出できるのだ。箱に閉じこもって堅牢さを増すことのできる、ミミックだから出来る荒業。

 

そうすれば、辿り着く先は天井の巨大ボールの中。あとはそこから『行け、なんとか!』をすれば脱出完了。

 

因みにここの魔法陣を弄ると、巨大ボールの模様が『HELP』になる。もし何かで動けなくなったなら、それで救援を求められるのだ。

 

 

 

 

…しかし、『閉じ込められない対策』ではなく、『閉じ込められても大丈夫な脱出方法』をつけるとは奇妙な。確かに、言ってもなくなることではないが…。

 

でも、生体反応を感知する魔法とかもあるのに…一体なぜ。それにずっと気になっていたのだけど、その決定会議の時、社長やけに私の案に反対してきて…。

 

 

…………あ! そういうことか! 書類仕事の山から雲隠れする際、ここに逃げ込んでいたのかもしれない…! 

 

今日はいないけど…。ここは盲点だった。次はしっかり確認しよう…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではお次は…お待たせしました、『素材倉庫』。各ダンジョンからの頂き物や、市場から買い付けた素材を全て保管している場所である。

 

ここから先、紹介する倉庫は全て、本当に『必要無い時の出入り禁止』。もし無断で入って勝手に持ち出そうものなら、社長のお仕置き案件。

 

ので、侵入を試みる者は全くいない。いや本当に。どんなお仕置きかは…想像にお任せで…。

 

 

 

この素材倉庫の見た目は、普通の宝箱。しかし色がついている。青、黄、赤。それぞれ入っている物が違う。なお、臨時で簡易魔法倉庫を立てる場合もあったりする。

 

自由に出入りできるのは私と社長、そして箱工房のドワーフの面々。他の子達が入る場合は、事前に許可を受け、カード発行式。

 

 

そしてそれを入口にある魔法陣にかざせば扉が開くというシステム。…なお、自由出入り面子のみ、手で反応して扉が開くようになっている。

 

いやだって…ラティッカさん達、よくカード失くすのだもの…。知っての通り、あの人達ズボr…けほん、豪快な性格ばかりだから…。作る箱の装飾とかはやけに繊細なのに、謎である。

 

 

 

 

さて、まずは青の倉庫に。中に入ると―。ごらんあれ、この至る所に積まれた素材の山を。さっきの食料倉庫も凄かったが、ここは更に凄い物ばかり。

 

例えば、あそこの区域にあるのは『アーマーシャークの堅皮』、『マーメイドの虹鱗』、『人食い貝の岩殻』、『宝珠珊瑚の欠片』、『刃噴ウニの射出鋭刃棘』、『クラーケンの爪吸盤』などなど…。海の素材が集まっている。

 

 

そして更に奥の区域には…『ハーピーの柔羽毛』、『バトルホークの風斬り羽』、『ロック鳥の極彩色羽』、『風渡りの希綿毛』、『守風蝶の冥鱗粉』、『ドラゴンの鋭爪』、『ワイバーンの竜鱗』…その他色々といった、空の素材。

 

 

こんな感じに、この青の素材倉庫は『空と海の素材』が集められている。そして隣の黄色の倉庫には『地の素材』。

 

 

多種多様な『魔獣の爪や牙、骨や獣毛』、『ラミアの蛇殻』、『巨大蛙の粘液』、『妖精の祈り粉』、『ケンタウロスの蹄鉄や尾毛』、『スケルトンの朽ちかけ骨』、『イエティの白氷毛』といった魔物素材から―。

 

 

魔法樹などの『木材』、鉄鉱石などの『鋼材』、ウインドジュエルを始めとした『各種魔法石』、氷結石を始めとした『各種魔法鉱物』といった採掘採取系素材。更に―。

 

 

『高級薬花』や『魔力花』、『熟睡連』、『鼻菖蒲』、『味菜』といった薬草。様々な『特殊キノコ』、『トレントの葉や果物』といった植物素材も。

 

…なお、一部食べられる系の素材は、食料倉庫にも入っている。というかぶっちゃけ、そっち行きの分が多かったり…。

 

 

 

 

 

 

さて、素材倉庫は残り『赤』のとこだけなのだが…。先に『武具倉庫』と『アイテム倉庫』を軽く説明してしまおう。

 

とは言っても、たいしたことはない。代金として貰った冒険者のドロップ品(ロスト品)や、ダンジョン先の魔物に作ってもらった物、ラティッカさん達が暇つぶしに作った武具類が入っているだけ。

 

アイテム倉庫も同上。冒険者のアイテムや、作ってもらった魔法薬など。そして私が魔法修行がてら作るものが入っている。…私が作ったの、結構売れるのが嬉しい。

 

見た目はそれぞれ、『兜をかぶり、剣を咥えている宝箱』と、『瓶がはみ出している宝箱』である。でもそれ以外に説明することもないので、これで終わり。

 

 

 

それにしても…もしこの素材倉庫や武具アイテム倉庫の中身を全部売り捌いたならば、一瞬で大金持ちだろう。下手すれば、小国の一つを買えてしまうかもしれない。そんな量があるのだ。

 

…自分で言っておいてなんだけど、『ミミックの、ミミックによる、ミミックのための王国』って有りなのかな…? 想像がつかない…。

 

けど、王城が宝箱型しているのだけは簡単に想像ついてしまう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、赤い倉庫に行ってみよう。青倉庫が、海と空素材。黄色倉庫が地上素材。なら、赤は?

 

―――こここそが、『危険素材倉庫』である。

 

 

 

この倉庫のセキュリティはどこよりも高い。入口の魔法陣に手を触れ、顔を見せ、パスワードを入力し、声を認識させる。それで初めて扉が開くのだ。

 

入れるのは、社長、私、ラティッカさんの三人のみ。それ以外は固く禁止。かつ、入りたい場合は私に声をかける必要がある。

 

なにせ危険だから、防護魔法を多重にかける必要があるのだ。私も今、かけて…と。良し。それでは、入ろう。

 

 

 

一際重く、厚い扉を開いて中に。…ぅぇ…。一歩足を踏み入れただけで、禍々しい瘴気が身体を包んでくる…。

 

いくらしっかり保存していても、『圧』は漏れ出してくる。正直、防護魔法が無ければすぐに倒れてしまうぐらいに重苦しい。

 

さあそして…見えるだろうか。大量に重ねられている、金庫の数々を。

 

 

重厚なその金庫群は、扉部分が透明になっていて中が見える仕様。でも強度は確認済みであるから安心して欲しい。

 

箱工房の神髄とも言っていいこれは、仮に社長が中に入っても、壊して出てくるのに一時間はかかるほどの強度を持っている。…わかりにくいか。

 

うーん…山一つ簡単に破壊する爆発魔法を当てても、傷一つつかないぐらいの強度、といえばまだわかりやすいかな?

 

 

そしてこの金庫一つ一つには、入口と同じ施錠魔法だけじゃなく、計量魔法、安全確認魔法、維持魔法、盗難防止魔法etcetc…かなりの数の魔法がかけてある。

 

 

そうでもしないと、危険なのだ。さっき、『倉庫の物を全部売ったら小国一つ帰るかも』と冗談交じりで言ったが…ここにあるものを使えば、冗談抜きに一国を滅ぼすことだって可能なのである。

 

 

 

例えば…あの金庫の中の、瓶詰な紫液。『ヒュドラの極猛毒』である。一本投げ込めば、広い湖が毒沼に代わるほどの毒性を持っている。

 

 

あっちのは『呪い人形の黒呪髪』。以前訪問した妖怪たちのダンジョンから頂いたもの。放っておくと無尽蔵に伸び、周囲のあらゆるものを破壊し絞め殺すという呪いの産物。

 

 

向こうのは『邪教の栄典』。これまたミミックを派遣している邪教団から貰ったものだが、ひとページを読んだ…いや目にしただけで精神崩壊を引き起こす代物。呪い付与としては最高の黒魔術道具だが…。

 

 

ここにあるのは、『神の御札』。これまた頂き物である。全てを浄化してくれる有難いお札だが…効果が強すぎて、下手に使うと使った相手はおろか自分自身まで消滅させかねないという恐ろしくもある道具なのだ。

 

 

 

そんな感じの、第一級危険物ばかり集まっている。正直さっさと売ってしまいたい物もあるが、こんなものを市場に流したらどうなるかなんて火を見るよりも明らか。

 

だから、安全のためここで一時保存。一応社長が魔王様にかけあって、一部を買い取って貰っているのだけど…。

 

 

 

…え? この間貰った、『サキュバスの露』はどこかって…? あぁうん…確かにアレも、第一級危険物指定。一滴でどんな生物も数日は強制発情するヤバいやつ。

 

 

…いや、あるけど…。ほら、あそこの金庫に…。ワインボトルサイズで、ピンクな液体がちゃっぷちゃっぷ言っているのが…。

 

 

………一緒に貰った、スッケスケのベビードールはどこに…って…? …なんで言わなきゃいけないのだろうか…。

 

確かに金庫に入れとくとは言ったけど…勿論冗談に決まっている…。……社長と私、それぞれのタンスの奥底に入ってる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、倉庫の説明はこれにて終了。ぶっちゃけ、紹介する必要があったのかって感じは拭えないが…。

 

あぁ、因みに…。倉庫の位置は自由に変えることができる。倉庫の能力ではなく、ミミック達の力でだけど。

 

倉庫の中に多数のミミックが入り、せーので動かすのだ。倉庫自体を『箱』に見立てて。そんなことできちゃうのだからミミックはやはり奇妙な魔物である。

 

 

 

 

 

 

……はい? 『炬燵倉庫』の説明がまだだって? あー…。

 

いや、説明する必要はないかなって…。特に今は空っぽだし。

 

 

…要は、シーズン外の時に炬燵を仕舞っておく倉庫である。なんでわざわざ倉庫を作っているのかというと、ミミック達が暴走するから。

 

前にも説明した通り、炬燵はミミック達にとって天敵に等しい。しっかり仕舞って鍵をかけておかないと、いつの間にか引っ張り出して籠ってしまうのだ。

 

それ故の、専用倉庫。危険素材倉庫ほどではないけど、そこには厳重な鍵をかけてあり、私にしか開けられない。

 

…はず、だったのだけど…。

 

 

 

 

…この間の惨状(閑話)を見てもらった方ならわかると思う…。社長達、私が眠ってしまった隙に、総出で倉庫を強襲したのだ。

 

後で見にいったら、無惨な姿だった。鍵が思いっきり砕かれていたのだもの。社長が先導すると本当に手に負えない…。

 

 

 

じゃあ今も、ミミック達はこたつむり状態から出てきていないんじゃないかって? それは大丈夫である。

 

数日は黙認したが、それ以降は策を講じた。結局、『訓練時間になったら、炬燵が強制的に宙に浮く』魔法を全炬燵にかけたのである。

 

私だって、やられてばかりではいられないもの。この会社の社長秘書なのだから。

 

 

 

 

 

―さて。頃合いかな。

 

 

 

1つ、嘘をついていたのを謝罪しなければならない。『今の炬燵倉庫は空っぽ』―。そのことである。

 

 

本来ならばその通りである。炬燵は全部持ち出され、至る所で使われているはず。この間鍵を直しに行った際も、完全にがらんどうだった。

 

…だったのだが、ちょっと予感を感じ、倉庫内部に監視魔法をかけておいたのだ。その映像を、空中に映し出そう。

 

 

見えるだろうか。何もないはずの倉庫の奥に、炬燵が一つ置いてあるのが。しかも完璧にセットされ、起動もしている。

 

そして、そこから顔を出して蕩けているのは…上位ミミック数人。その内一人は、社長である。

 

 

 

私が何で、突然に各倉庫を紹介したか。それは時間つぶしのためである。

 

実は社長、今日も書類仕事が溜まっている。素材取引の見積もり書、契約更新の確認書、箱工房からの予算及び素材使用の依頼書…その他諸々。

 

それをほっぽりだして、逃げたのだ。時折やるのである。特に炬燵を出してる時期は。

 

 

でも、食堂の炬燵とかだとすぐバレる。だから隠れて秘密の炬燵を設置したのだろう。全く…。

 

でも、もうある程度は暖まらせてあげた。そろそろ引き取りに行こう。

 

 

 

 

 

歩く音や衣擦れの音を魔法で消し、炬燵倉庫前に。因みに倉庫の見た目はまんま炬燵型。

 

鍵は…簡単なものにしてたとはいえ、まーた壊されてる。ふぅ…さて、と…。

 

 

バンッ!

 

「しゃーちょーう? お仕事の時間ですよぉ?」

 

 

扉を乱暴に開け、ずかずかと中に。と―

 

「「「ひっ…!?」」」

 

奥から引きつった声が。直後…

 

「ひ、引き込んじゃって!」

 

社長の号令と共に、大量の触手が一斉に襲い掛かってくる。だけど…無駄。

 

「させませんからね?」

 

即座にシールド魔法陣を展開し、全てを弾き飛ばす。繰り返される触手連撃を意に介さず、私は炬燵に接近。手を触れ魔法をかけた。

 

 

ふわっ…

「「「あぁっ…!」」」

 

天井へと飛んでいく炬燵。中には縮こまった社長達が。その絵面はハムスターみたいでちょっと可愛い…が。

 

「もうだいぶ待ってあげたんですから。さあ、社長室に連行しますよ」

 

容赦なく、社長を拾い上げる。いやんいやんとごねる社長を無理やり宝箱の中に詰め込む。

 

 

「いいじゃないのよぉ…アストぉ…サインなんて後回しでもぉ…」

 

「そうやって逃げて、どれだけ山のようになってると思っているんですか?」

 

溜息つきながらそう説明しても、社長は嫌がり続ける。仕方ない…、彼女の耳元に口を近づけ、優しく、そして怒りの籠った口調で囁いた。

 

「いい加減にしないと、私も本気で怒りますよ?」

 

 

「…! ひゃい……ごめんなさい…」

 

一瞬にして静かになる社長。いつも負けっぱなしだが、こういう時は強く出ると聞いてくれる。…なんか若干、嬉しそうな顔してる気がしないでもないけども…。

 

 

 

こんな風に倉庫の管理から社長の管理まで、私のお仕事。では、あえてもう一度。私はこの会社の社長秘書なのだから。

 

 



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顧客リスト№41 『鬼の鬼ヶ島ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「むーむーむ♪むーむーむ♪ むーむむむ むーむっーむ♪」

 

「…なに歌ってるんですか社長? え?どこを指さして…赤い花?」

 

そう聞くと、私の背中から社長の触手がにょっと。それが指さした先、そこに咲き誇っていたのは沢山のお花…。

 

あれ? 社長の手がチッチッチッと。惜しいってことみたい。じゃあ、なんだろう…。

 

「…あぁ。『蓮の花』ってことを言いたいんですか? 綺麗な紅蓮華ですね」

 

わ。今度は〇になった。当たりらしい。やった。 ……ん?どういうこと…?曲名…?

 

 

「むーむむー♪むーむむー♪むーむむーーー♪♪」

 

 

…一気に盛り上がりだしてしまった。聞くに聞けない。 なら、今のうちに今回の訪問先を説明するとしよう。

 

 

 

 

 

 

本日訪問しているのは、ギルド登録名称『鬼ヶ島ダンジョン』。時たまにある、島丸々ダンジョンにしたタイプである。

 

遠くから見ただけだと、岩しかない大きい島にしか見えないが…中に入ると意外にも牧歌的な風景が広がっている。更に、建っている建物も立派なのが数々。和風建築というやつだろうか。

 

 

どうやら、島を取り囲む岩が天然の城壁のようになっているらしい。加えて、島の中央にある超巨大な岩山がおどろおどろしい威容を誇っているのだ。

 

天を突くように飛び出た頂上二つがまるで二本の角のように。そして山の中途の抉れ部分が厳つい表情を形成している。

 

 

恐がりな冒険者はまず入ってこないだろうこのダンジョン、棲んでいるのはどんな魔物か…。いやまあ、もう言っちゃってるんだけども…。

 

 

 

周りで盃や升を手に、良い感じに酔っぱらっている方々。毬や棍棒で遊んでいる子供達。そんな彼らの頭からにょっきり伸びてるは、島と同じような立派な角。

 

一本だったり二本だったり。色も黄色やオレンジ、白や黒だったり。見た目もざらざらだったり、つるつるだったり。

 

但し、悪魔族とは違い、角はほぼほぼ真っ直ぐ。くるんと曲がってたり、大きくぐねっている角は全く見かけない。

 

 

もう説明の必要もないだろう。ここにいるのは『鬼』達である。

 

 

 

 

 

 

 

鬼―。『オーガ族』とも言われる彼らは、筋骨隆々な者が多く、かなりの怪力を誇る。

 

それは、各々の武器…棘付きデカ棍棒をみれば一目瞭然。だって、大きい物だと持ち主を上回る大きさをしているのだから。

 

 

…ラティッカさんを始めとしたうちの力自慢ドワーフ達と腕相撲したらどっちが勝つのだろうか。あの人達もあの人達で、自分の倍はある巨大ハンマー振り回せるし。

 

 

 

因みに子供鬼は、棘もマイルドな柔らか棍棒を持っている。それで、楽しそうに辺りを走り回っている。

 

多分、遊んでいる内容は『鬼ごっこ』。あっちの子達は『凍り鬼』してる。どの子が鬼なのだろう。…いや、全員鬼ではあるのだけど。

 

 

 

 

 

 

「むーむむー。むむむむむ?」

 

「…はい? なんですか社長?」

 

「むむむむ、むむむ?」

 

「……いや、聞き取れないですよ…。いい加減咥えてるそれ、外すか食べてください…。というか、なんで今日はおんぶなんですか?」

 

そう。普段は宝箱に入った社長を私が抱える形…要は抱っこで移動しているのだが…。何故か今日の社長はおんぶをせがんできたのだ。結構珍しい。

 

しかも、用意周到に別の箱まで用意していた。なんて言えばいいのだろう、木の箱なのだけど…和風というか。結構大きめで、子供一人なら簡単に入るぐらいのサイズ。

 

更に背負い紐までついているのだ。だからおんぶと言うよりは輸送している感じ。『鬼のとこにいくなら、この格好が一番ね!』とか言ってたけど…。

 

 

あと…社長、何故か竹輪を咥えてる。紐を通し猿ぐつわのようにして。こっちに至っては本当に謎である。何で…?

 

いや、期限がヤバそうなお魚が沢山あったから、厨房のポルターガイストたちが大量の竹輪にしてて…それを貰って来たのだけど…咥える必要はあるのだろうか。

 

だって、そのせいでさっきから『むーむー』しか言えてないし歌えてもいないのだから。

 

 

 

 

「むぐむぐ…。アストも竹輪食べる、って聞いたの」

 

あ。結局食べたらしい。いや、いいです…。もうすぐ着きますし…。

 

「じゃあ、これ着る?」

 

「…なんです?この服…?」

 

社長が手渡してきたのは、羽織…? 黒と、緑の。市松模様って言うのだっけ…。

 

………いや、着るのは止めとこう。直感だが、これ以上は危ない気がする…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着しましたよ、社長」

 

「む! ひゃあ(じゃあ)ほのひふわはひゃへて(このちくわは食べて)…もぐり。さ、行きましょ!」

 

依頼主の御屋敷前につき社長に促すと、まーた咥えていた竹輪をしっかり呑み込んだ。流石に商談の時まで咥える気はないらしい。

 

さて、では中に…と。

 

 

 

 

 

 

お世話係の鬼の方に導かれ、広いお屋敷をどんどん奥に。…なんか、すごい豪奢。金造りな箇所が結構あるし。

 

流石はこのダンジョン…島の主。どんな方なのだろうか。依頼は手紙で来たので、顔合わせは初となる。

 

 

 

「オンラム様。『ミミック派遣会社』の方々がお見えになられました」

 

とある部屋の前で深々と頭を下げるお世話係の方。と、襖の奥から竦むような声…ではなく、やけにフランクな声が。

 

「お! もう来てくれたん!? 通して通してー!」

 

その島の主とは思えぬ声に私と社長は顔を見合わせる。すすッと襖が開いた先にいたのは…。

 

 

 

 

「来てくれてあんがとねー! ささ、こっち来て来て!」

 

風と雷を操る鬼神が描かれた金屏風の前で、腕置き代わりの巨大瓢箪に身体を委ねながら手招きする鬼の女性。

 

片手には顔よりも数回り大きな朱杯を手に、片膝立ちのあぐら。金色で滑らかな角を湛えた彼女の服装は、虎柄…というか虎の毛皮のみ。

 

上はワンショルダー式のビキニで、下には腰巻…なのだけど、あぐらをかいているせいでパンツが…丸見え…。そこもしっかりと虎の紐パンツ…。

 

 

すると、その姿を見たお世話係の方が彼女を叱り飛ばした。

 

「オンラム様! お客様がいらっしゃるまでお酒はお控えくださいと! それにせっかく着つけて差し上げました服はどうなされたのですか!?」

 

「ヤベッ…!」

 

慌てて姿勢を正そうとするオンラムさん。しかしその勢いで巨大瓢箪が滑り、彼女はその場ですってんころりん。ただ、杯のお酒は一滴も零してない。凄い。

 

 

「申し訳ありませんお二人とも…今お召し替えをさせますので…!」

 

「いえいえ! 私達もお話しやすい方が有難いですし!」

 

平謝りするお世話係の方をそう宥める社長。そしてすいいっとオンラムさんの前に移動し…。

 

 

「丁度、うちで竹輪を沢山作ってもらいまして…お酒のつまみに合うと思って、持ってきてみました!」

 

箱の中から大量の竹輪料理を取り出した。瞬間、オンラムさんは目をキラッキラ。

 

「マジ!? うっわ!超美味そう! 飲も飲も! アストちゃんも早く早くぅ!」

 

酒宴、開幕である。 …鬼の酒豪っぷりも中々に有名なこと。私、ついていけるかな…。

 

 

 

 

 

 

 

「〜!!んまぁっ! あーし達が作ってるチクワより美味ーい! え、どう作んのこれ??」

 

「宜しければ、うちの料理人…もといポルターガイストたちを数体派遣いたしましょうか? 上位ミミックが居れば翻訳も出来ますよ!」

 

「マ? お願いお願い!」

 

「承知しました! それにしてもこのお酒、すっごく美味しいですね! おつまみのお魚やお肉、お野菜もとっても!」

 

「でしょでしょ! このお酒、『鬼殺し』って名前ついてんの! あーし達が死んじゃうぐらい美味いって意味で! ご飯も自慢だから、美味しいって言ってくれて嬉し!」

 

 

出てきた沢山のつまみと酒入り瓢箪を前に、オンラムさんと社長は楽し気に飲み交わす。いやでも…ペースが速い…!

 

コップ代わりに渡された升で私も飲んでいるが、追いつかない…。結構飲める方だと自負してたけど…。オンラムさん、あの大きい盃でゴプゴプ飲んでくから…!

 

 

 

なんとか合わせようと、つい必死になってしまう。と―、私の升がすっと押さえられた。オンラムさんである。

 

「アストちゃん、無理しちゃダーメ。自分の速度で飲んじゃって! お酒は楽しく飲まなきゃ面白くないし!」

 

「あ…はい…! すみません…!」

 

「てかさ!その角触らしてもらっていい? あーし達とどんな風に違うのか気になり!」

 

「え。はい、勿論!」

 

「やた! おー…!なんか違う! この触り心地、鬼にはないわ~!」

 

ぐいぐいと強く、それでいて優しい触り方。なんか…、楽しい…。

 

 

 

しかし…オンラムさん、実に気さくな方である。いや、気さくと言うか…ギャル…?

 

…あぁ、『鬼ギャル』って彼女のことを言うのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んでね。最近冒険者が増えてきちゃって! ここの山からは良い鉄とか金とか銀とかがわんさか取れるし、海からは真珠とか宝珠珊瑚とか獲れるし、あーし達の角って霊薬らしいじゃん? そういったの狙ってくんの!」

 

「なるほど。それで、鬼の皆さんがやられてしまうと」

 

「そ! しかも酔っぱらってるおじんとか、遊んでる子供達とか優先的に狙ってくるからタチ悪くて~」

 

 

気づけば本題。オンラムさんはミミック派遣の理由を話してくれていた。やはり平和を乱す冒険者対策らしいが…。

 

 

「あのー…オンラムさん…」

 

「ん? どしたんアストちゃん?」

 

おずおずと手を挙げると、オンラムさんは小首を傾げる。一つ、気になることがあるのだ。

 

「その冒険者達って、鬼の皆さんでも簡単に倒せないほど強いんですか?」

 

 

そもそも鬼は怪力無双。一対一で勝てる人間はそうはいない。いやそれどころか、鬼一人vs冒険者パーティでも、簡単に薙ぎ払えるほどと聞く。

 

なのに、私達の会社に助けを求めるとは…。子供達が毎回人質にとられてしまうならばさもありなんだが…。

 

 

 

と、そんな質問をした瞬間…オンラムさんは私の手をぎゅっと握ってきた。

 

「そ! まさにそこ!ドンピシャ! アストちゃん優勝!アストちゃんぴおん!」

 

そのまま腕を引っ張り上げられ、優勝者のような感じに。一体どういうことなのか…?

 

 

 

 

「いや実はね、あいつら(冒険者達)変な道具使ってくんのよ。道具っつーか、食べ物…てか、『煎り豆』なんだけど」

 

「豆…ですか?」

 

「そ、あの美味しいやつ。酒のつまみにぼりぼり食べちゃって、気づけば袋を空にして叱られるやつ」

 

…それはオンラムさんの自業自得な気もするが…。

 

「その豆にね、変な魔法?でもかけてるくさくて、すっごい痛いの!」

 

ちょっと保存してあっから持ってきたげる! そう言い立ち上がり、ふらつきもせず奥へ消えていくオンラムさん。少し後、手にして持ってきたのは…。

 

 

 

「本当に豆ね…」

「豆ですね…」

 

社長共々呟く。それは升に入った、煎り豆。とくに不思議なところは…いや…。

 

「これって…確かに…」

 

一粒摘み上げ、よく見てみる。確かに、魔法…呪術に近い物がかけられている。効果も…『鬼特攻』といっていい。

 

こんなのをぶつけられたら、鬼ならばまず悶絶するだろう。尖った針をブスブス突き刺されるのと同じぐらいの痛みはあるはず。

 

これは、鬼とは言え手をこまねくのもわかってしまう…。 …ん?

 

「もぐっ」

ポリポリ

 

……えっ!? 社長が…豆を食べた!?

 

 

 

 

「いやちょっ!? 何食べてるんですか! ぺっしてください! ぺって!」

 

「うわぁ…それ食えんの…? あーしが食べようとしたら、唇腫れあがったんだけど…」

 

慌ててしまう私と、引き気味のオンラムさん。しかし社長は既にごくんと。

 

「―うん! 私には…ミミックにはただの煎り豆ですね! これなら問題ないです!」

 

 

…あぁ…。安全性の確認してたのか…。びっくりした…。良かった、変な効果無くて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、契約成立ということで! 酔っ払いの方や子供達の守護を中心に、皆様を御守りしますね!」

 

「ホント助かる! もう感謝感激って感じ!! 社長達マジ最っ高!」

 

幾つかのミミック潜伏手段を考案し、それに全部頷きまくったオンラムさん。もう満面の笑みである。

 

 

 

そして契約書にサインを交わし、諸々の説明。それが全て済んだ時だった。オンラムさんは思わぬ提案をしてきた。

 

 

「ね、ところで社長。強いんでしょ? あーしとちょっと闘わない?」

 

「良いですよ~!」

 

「よっしゃ! やろやろ! そこの庭先で!」

 

 

…へ。 え? なんか、凄い勢いで対戦が決まったような…。

 

 

 

私が呆然としている間に、オンラムさんは屏風の裏に。自身と同じ大きさの鬼棍棒を引っ張り出した。上に乗っかっていた、脱ぎ捨てられた綺麗な服を外しながら。…そこに隠してたんだ。

 

 

一方の社長も、木箱の中から普段の宝箱を取り出し、乗り換え。2人揃って意気揚々と庭へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーし! あーしの準備はできたよ!」

 

「私もです! いつでも良いですよ~!」

 

 

ある程度の間を空け、向き合うオンラムさんと社長。止めるのも無粋だし、私は縁側に座って見学することに。

 

…オンラムさん、明らかに目の色が変わってる。三度の飯より酒と戦いが好きって感じな顔。流石、鬼である。下手したら、私達が招かれたのってこのためなのかもしれない…?

 

 

「ちょーしこかしてもらうよ! 先手必勝! 雷よ…来い!」

 

 

先に動いたのは、オンラムさん。大きな棍棒を片手で振り上げ、天に。と―。

 

 

ゴゴゴゴ…ゴロゴロ…ゴロ…!!!

 

 

…あれは…雷雲…!? 一瞬にして、オンラムさんの直上に稲光湛える黒雲が…。直後…!

 

 

カッッッッッッッッ!!!

 

 

棍棒を通じ、落雷。オンラムさんの身体を、黄色の雷が包み込んだ。彼女の金の角も、一際強く輝いて…!

 

 

「これが、あーしの必殺技の一つ! 雨上がりの琉璃空に煌めく星のように、あーしの雷は輝き、八岐大蛇の如く襲い掛かる! これぞ、『雨琉星(うるせい)八温羅(やつぅら)』! だっちゃぁ!」

 

 

掛け声?と共に、オンラムさんは棍棒に力を籠め―、薙ぎ払う。 刹那、八本首の大蛇の如く姿を変えた雷撃は一直線に社長へ…そして…!

 

 

バチチチチィィッッッッッ!!!

 

 

直撃した!!!

 

 

 

 

 

「お…おおお…!! こ、これは中々に強力ぅ…!」

 

身に絡みついてくる雷を耐えながら、社長はそう漏らす。一方のオンラムさんは驚愕の表情。

 

「ウソ! 耐えちゃうん!? すごっ!! でも…その雷は、社長が力尽きるまで纏わりつくかんね!」

 

「ふふ…! なら、逆手にとっちゃいます! とぅっ!」

 

 

言うが早いか、社長は雷に蝕まれたままジャンピング。と、空中で一瞬止まり…箱を閉じ…。

 

 

「【箱の呼吸】壱ノ型! 『食雷月(くらいつき)』!」

 

 

宝箱型ミミックのように食らいつかんと、凄まじい勢いで雷ごと浮遊突撃していった!!!

 

 

…って。いやいやいや!そんな技名ないでしょう! しかも、またさっきのように直感だけど、なんか危ない命名な気が…!!

 

 

 

 

 

ドガァアァッッッッッッッッ!!

 

「ぐぅうう…!!」

 

 

そんな社長のレールガン?みたいな一撃を、見事に棍棒で防ぐオンラムさん。しかし―。

 

「ひゃっ!? あ、あーしが…押されてる…!?」

 

ズズズッと、彼女の身体が押し込まれていく。あっという間に壁際へと叩きつけられてしまった。

 

「ぉおお…! こんのぉっ!」

 

気合一閃、社長を弾き飛ばすオンラムさん。雷は霧散し、社長はくるくると着地した。

 

 

「やるじゃん!社長!」

 

「オンラムさんこそ!」

 

 

強者同士の笑みを湛え、次のぶつかり合いに向け構える2人。―その時だった。

 

 

 

「オンラム様! ミミン様! いい加減に…してくだいっっ!」

 

 

お世話係の方の『雷』が…落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幾度目の注意ですか!オンラム様! 無暗に雷を落としますと、轟音で皆が驚きます!それに、建物も焦げて、壁も壊れているではありませんか!」

 

「はい…すんません…」

 

「ミミン様もミミン様です! オンラム様の全力を受け止めてくださったのは有難いですが、できれば止めて頂きとうございました…!」

 

「はい…ごめんなさい…」

 

 

激怒するお世話係の前で、平伏するオンラムさんと社長。と、お世話係の方はオンラムさんへと向き直った。

 

「もう…オンラム様は昔から…!おねしょの度に雷を落とす頃からは成長なされましたが…!」

 

「ちょ…! それ今関係ないじゃん…! てか、社長の前で怒らんくても…」

 

「いいえ! これはオンラム様のことを思ってのこと! 私は心を鬼にしてお叱り申し上げておるのです!」

 

びしりと言い切るお世話係の方。…すると、オンラムさんはプスっと笑いを漏らした。

 

 

「…心を鬼って…。あーし達そもそも…」

 

「“そもそも”? 何でしょうか? 言ってみてください」

 

「まずっ…!」

 

「何がまずいのですか? 言ってみなさい! さあ!」

 

お世話係の方の怒気がみるみる膨れ上がっていく…。要らないこと言うから…。

 

 

私はそのパワハラ会議のような様を、顔を伏せるようにしながら眺めるしかなかった。全く、鬼より怖いは母親、もとい世話係…。

 

 



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人間側 ある侍冒険者の鬼退治

 

「え…っさ…ほ…ぃさ…! こ…れで…!上陸ぅ…!!」

 

掛け声を響かせながら、乗ってきた小舟は岩転がる砂浜にザザザッと乗り上げる。ふっ、やっと『鬼ヶ島ダンジョン』に到着だな。

 

「おい…! はぁ…はぁ…雇い主さんよぉ…! アンタも漕いでくれたら嬉しかったんすけどぉ…!」

 

と、決めている私の背で、連れてきたお供の1人が愚痴る。…アンタ、だと?

 

「無礼者。私のことはMr.ピーチと呼べと言っただろう。我が一族に伝わる【鬼退治】の英雄の名でもあるのだぞ?」

 

「へいへい…」

 

む。適当な返事を…ならば、脅しをかけてやろう。

 

「そんな態度をしていると、この一族秘伝『貴美(きび)団子』はやらぬぞ?」

 

「…いや、要らねっすわ…」

 

!? なんだと! 一つ食べれば私のように麗しの美貌を獲得できる、この団子を…?! 正気か!?

 

 

 

 

 

私はとある一族の出だ。今は冒険者として研鑽を積む身である。

 

しかし、私には仇敵とも言うべき魔物がいる。それは、『鬼』だ。

 

 

我が祖の一人、『タロウ・ピーチ』。彼は鬼を倒すことで英雄と呼ばれるに至った。

 

以来、我が一族は鬼狩りを目標としている。…最も、誰もまともに成し遂げられてはいないが…。

 

 

ふっ、しかし私は…『コジロウ・ピーチ』は違う。そんな一族の面汚しになる気はない。

 

この自慢の長刀を用いた剣術は正に比類なし。自惚れではない。飛ぶ燕を落としてみせたことすらある。…一度だけだが…。 

 

そして…我が髪と顔を見よ! この艷やかなキューティクル。麗しの肌。端麗なる顔立ち…!

 

正に二枚目と言うに相応しい!日輪の如き素晴らしさだ!

 

それもこれも、『貴美団子』を欠かさず食べているから……

 

 

コホン、いや失礼。少々宣伝のようになってしまった。では…いざ鬼退治!

 

 

 

 

 

 

 

身を潜めながら進み、とある地点に到着。そこには、中に入るための門の一つが。

 

「ピーチの旦那。やっぱり閉まってますぜ」

 

「しかもかなり強固になってますね…」

 

「どうすんすか、あーと…Mr.ピーチ」

 

連れてきたお供3人が、次々と聞いてくる。全く、私の供をするなら自分で考えて貰いたいものだな。

 

 

 

しかし…確かにこれは面倒そうだ。この間来た際は少し飛べる供を雇ったから、反対側から開けられた。

 

だが、今回飛べる面子はいない。それに…、僅かに開いた扉の隙間から見える鎖は雁字搦め。この様子だと反対側に飛んでも簡単には開けられないだろう。

 

ふむ…。幸い、見張り鬼はいない様子…。ならば―。

 

 

「どうします? 面倒ですけど、横の岩壁を乗り越えて…」

 

「いや、必要ない」

 

次策を提案するお供をそう止め、スラリと長刀を抜く。それを、上段で構え―。

 

「【一桃流(いっとうりゅう)】奥義―、『斬鉄』!」

 

 

カッッッッ! カキンッ…

 

 

「「「おぉ…! 鍵が切れた…!」」」

 

ふ…またつまらぬものを切ってしまった…。お供達の賛美の声が実に心地よい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首尾よく内部へと侵入する。すると、島の外観とは全く違った景色が広がりだす。

 

この鬼ヶ島は尖りに尖った岩に囲まれ、ど真ん中に鬼の顔を削りつけたかのような巨大岩山が存在する。その恐ろしき威容が故に、近づく冒険者は少ない。

 

 

しかし中に入ると、町のような賑わいようを見せる。我が一族が住む地域となんら遜色ないほどに。鬼の癖に、生意気千万。

 

さて、今日はどう襲い、金目の物と鬼の素材を奪ってみせようか。

 

 

 

おっと、その前に…。私は近場に身を潜め、ついてきた三人の方へ向き直り口を開いた。

 

「事前に話していた通りだ。お前達に『コードネーム』をつけさせて貰おう」

 

「あぁ…んなこと言ってましたねぇ…。で、なんです?」

 

そう問い返してくるお供が1人。私はそいつに命名をしてやる。

 

「お前は、『Mr.ドッグ』と名乗れ」

 

 

「…なんで犬なんですかい?」

 

「これは我が先祖であり英雄のタロウ・ピーチがお供につれていた者のコードネームだ。要はあやかろうというわけだな」

 

「はぁ…まあいいですがよ…」

 

ぶつくさ気味だが、了承するドッグ。なら次は隣だ。

 

 

「よし、ならそっちのお前は『Mr.モンキー』だ」

 

「えー…猿ですかぁ…」

 

 

またも不満気味。少々無礼だが…まあいい。残るは、さっき私をアンタ呼ばわりしていたこいつか。

 

「そっちのお前は…『Mr.…」

 

ふと、言葉を止める。そのまま名付けるのも、合っていない…。ならば…。

 

「『Mr.チキン』としよう」

 

 

 

「いやなんで(にわとり)なんすか!? 他二人は犬と猿って大きい括りなのに…!」

 

思いきり不満を吐いてくるMr.チキン。説明がいるらしい。仕方ない―。

 

 

「ピーチ・タロウのお供の名はそれぞれ犬・猿・雉だった。愚弄するのか」

 

「そういうつもりじゃ…。…いや、じゃあ雉なんじゃないすかね!?」

 

「お前は飛べないのだろう。なら、鶏が適切なはずだと考えたのだ」

 

「確かに飛ぶ魔法は使えませんけども…!…チキンだと別の意味に聞こえるんすよ…」

 

「それはお前の心の内を映しているからだ。私のお供に名乗りを上げたのならば、もっと胸を張るがいい」

 

ごねるMr.チキンにそう返してやる。そして、改めて三人を見やった。

 

 

 

「さて、全員アレはしっかり持っているのだろうな?」

 

「「「勿論」」」

 

私の言葉に応えながら、お供達はバッグを漁る。そして取り出したるは…大きめの袋。取り出した衝撃で、中からジャリジャリと小さい物同士がぶつかる音が聞こえてくる。

 

袋の中身、それは『煎り豆』。ふっ、ただの豆ではない。『鬼特攻』が付与された専用の豆なのだ。

 

 

 

 

 

 

『セツブン』という古い行事を聞いたことがあるだろうか。端的に語るとするなら、『煎った豆を、鬼にぶつけ追い払う』という代物だ。

 

その際、投げる豆には特殊な力を籠めると聞く。なんでも、呪力が籠った『緋苛犠(ひいらぎ)』という木の葉、深淵に棲む『異和嗣(いわし)』という魚の首が用いられるらしいのだが…。

 

それにより豆には、鬼を苦しめる呪術がかかる。一発当たれば、針を突き刺されたかのような痛みが走るという。

 

ふっ…これが市場に流れるようになってから、この島に侵入する冒険者の数は増している様子。それも当然、これさえあれば鬼は恐れるに足りぬ。

 

 

私の獲物を獲られてしまうのは少々不快だが…。これのおかげで戦いやすくなったのは事実。

 

相手は私でも手こずる鬼が山ほどなのだ。故に、有難く使わせて貰っている。そうしたほうが、宝の奪取も楽になるのだからな。

 

 

 

 

 

ところで…凡夫たちはただこれを手で投げているようだが、それでは効果が薄い。これは結局のところ豆。そう遠くには投げられない。それに投げつける動きの間にも鬼は迫ってくる。

 

 

そこで私は、あるものを開発させた。それがこの『豆連続射出弩』なのだ。ふふ…これに、私は命名した。

 

撃ち出された豆は、針のような魔の痛みを以て、幾多の悪鬼を負戦に追いやる―。 そう!『魔針玩(ましんがん)那悪負(なあふ)』とな!

 

ふふぅ…! 指定通りの良い色だ…。青を基調とし、橙と白のカラーリング…。美しい…!私のセンスに狂いはないな…!

 

 

 

 

 

 

お供全員に魔針玩を手渡し、使い方を説明。そして豆をザラザラと装填していく。不足した時用の交換弾倉もしっかり用意しておかねばな…。

 

 

と、少し余裕が出来たからか、お供達が豆を詰めながら談笑を始めた。

 

「お前ら、どうやって誘われたんだ?」

 

「え? どういうことです…?」

 

「あー…。あい…ごほん、Mr.ピーチの開口一番の台詞の事か?」

 

「そうそう! ピーチの旦那、変わってんなって思ってよ! 『お前も豆を投げないか?』って!」

 

「あ。それなら俺もおんなじこと言われましたよ。皆に言って回ってましたけど、ほとんどの人に『投げない』って断られてましたね…」

 

「ん? 俺は『お前も鬼を倒さないか?』って聞かれたけどな…」

 

 

 

…あぁ。確かにそう言った。Mr.モンキーに『それじゃあ何したいかわからない』と説かれ、それ以降はMr.チキンにかけたような台詞へと変えた。

 

ふっ。だが個人的には、初めのが気に入っている。誘い文句としては良い部類…名台詞だと自負もしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔針玩に豆を装填し、準備完了。茂みの中を気づかれぬように移動していく。

 

どれ、手始めに…どの鬼を狙うとするか…。 む…?

 

 

「ターッチ! 次、お前が鬼ー!」

 

「あー!やられたー! もう…。じゃあ…『貴様アアア!!逃げるなアア!!! 責任から逃げるなアア!』」

 

 

 

…なんなのだろうか。あれは…。子供の鬼が、鬼ごっこで遊んでいるようではあるが…。

 

追いかけ役となった子鬼が、絶叫しながら他の子鬼を追いかけている…。もしかして、鬼ごっこではないのか? なら、なにごっこなのだろうか…。

 

 

 

そう私が訝しんでいると、隣がガサリと揺れる。のっしのっしと出ていったのは…!? Mr.ドッグ…!?

 

 

 

 

「おい…!何を考えているのだMr.ドッグ! 早く戻れ!」

 

子鬼達にバレないよう、小声で叱る。しかし、Mr.ドッグはヘッと笑うばかり。

 

 

「あんなガキの鬼なら俺でもやれるぜ。旦那は引っ込んでな。俺は安全に素材を手に入れたいんだよ」

 

 

「だめだ、よせ…!! お前では…!」

 

そう伸ばした手を、私はピタリと止める。待てよ…? 

 

確かに子鬼にはそこまでの力はない。Mr.ドッグの言う通り、彼一人で充分だろう。それに、周囲に大人鬼がいる様子はない。

 

更に、私達も近場に控えているのだ。何かあれば手助けに入ればいいだけのこと。Mr.ドッグのお手並み拝見といこうか。

 

 

…彼の台詞、死亡フラグに聞こえたのが気がかりではあるのだが…。

 

 

 

 

 

 

「きゃー!逃げろー! ―痛っ。…?…!ひっ…!」

 

「へっへぇ…!捕まえたぜぇ!」

 

 

ほう。Mr.ドッグ、上手く子鬼にぶつかり、捕らえたな。

 

子鬼の角は柔らかめで、良い妙薬の材料となる。高価値なので、できれば大量に欲しいが…。

 

「動くなァ!ガキどもォ! 一人でも逃げたらこいつをぶっ殺すぞォ!」

 

おぉ…!良き気迫だ。悪役然としている。見事見事。

 

「テメエらの角を差し出せば、命は勘弁してやる。なに、また生えるんだろ? 早く並べオラァ!」

 

ふ。決まったな。後は角を切るだけだ。私達も手伝うと―

 

 

…む? 何か、おかしい…。子鬼達が、何か話し合っている…?

 

 

「アレ持ってるの誰…!?」

「僕…! やるよ…! お姉ちゃん、お願いします…!」

 

微かに、そんな会話が聞こえてくる。と、直後―。

 

 

 

「やああああああっ!!」

 

子鬼の一人が棍棒を振りかぶり、Mr.ドッグに突撃していった。

 

 

 

 

 

 

「ん―? 効かねぇなあ」

 

そして、それを容易く受けるMr.ドッグ。子鬼の棍棒は棘が丸く、鉄製でもない玩具のようなもの。効かないのも当たり前。

 

「へっ。ガキが。焼いて食っちまおうか?」

 

嘲笑うようにオーソドックスな冗談を口にするMr.ドッグ。―と、それに返すように、女魔物の声が響いた。

 

 

「あら!それ、良いわね! アンタをシメた後、サイコロステーキにでもしてやろうかしら!」

 

 

カパパパパパッッ!!

 

 

 

 

 

…は!?!? 子鬼が持っていた棍棒の棘が…一斉に蓋のように開いただと…!?

 

刹那―! そこから幾本もの触手が!!それは怒涛の勢いで伸び―。

 

「は…!? ぐえぇッ……」

 

 

み、Mr.ドッグぅっっー!!

 

 

 

 

 

 

い、一体何が…!?一瞬で、Mr.ドッグが負け犬に…! …言ってる場合か!

 

 

混乱する私達を余所に、触手棍棒からポンッと身体を出した魔物が…!な…あれは…!上位ミミックだと…!?

 

「ひっ…! う、撃てぇ!!」

「え!え、えーい!」

 

!? 待て、Mr.チキン!Mr.モンキー! 今、豆を撃っても…!

 

 

タタタタタタタッッ!!

 

 

 

 

動転した2人のお供は、上位ミミックに向け魔針玩を放つ。鬼特攻の豆は勢いよく放たれるが…。

 

「ん? よいしょっ!」

 

ガガガッ…!

 

 

「な…! あいつ…ドッグのヤツを…盾に…!?」

 

驚くMr.チキン。上位ミミックは子鬼の棍棒から半身を出したまま、絞めたMr.ドッグを軽々と持ち上げ…子鬼を守る盾としたのだ…!

 

「撃つのを止めろ!豆は鬼への特攻しかない…! これでは私達の居場所をバラしただけに等しい。Mr.ドッグは残念だが…この場を離れて別の鬼を狙うとしよう!」

 

私はお供2人を無理やり引っ張り、急ぎ撤退する。 しかし何故、上位ミミックがあのような場所に…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島の外に逃げようとするのは愚策。私達はあえて、鬼の町の方へと向かった。その策が幸いしたのか、先のミミックが追いかけてくる様子はない。

 

「…2人共、気分は落ち着いたか? 豆は補充したな? ならば、次はあの酔いどれ鬼達が標的だ」

 

お供2人を宥め、新たなる目標を指し示す。茶屋らしき店で、酔っぱらっている連中だ。

 

 

先程は妙な乱入者に焦ってしまったが…。私が慢心していたからでもあろう。次はそうはいかない。

 

開幕から魔針玩を使い、一気に片をつけるしよう! 行くぞ…いち、にの…さんッ!

 

 

 

「撃てーっ!」

「「おおーっ!!」」

 

タタタタタタッッッッッ!!!

 

 

「!? 痛てててて!?」

「な、なんだ!? 襲撃!?」

「ぐああっ!? 痛くてたまらねえ!! 建物の中に逃げろ…!」

 

 

鳩が豆鉄砲を食らったような反応を示し、酔いどれ鬼達は驚き慌て悲鳴をあげる。まあ実際に鬼に豆鉄砲を食らわせているのだがな!

 

これなら楽勝に違いない。さっさと距離を詰めて、角を頂いていこう。 ……ん?

 

 

「た、頼んだ…!」

ドスンッ カランカランッ

 

 

 

鬼が隠れた茶屋の中から投げ捨てられてきたのは…。宝箱と、枡&巨大な朱盃。これを渡すから、見逃せということなのだろうか。

 

ふっ…残念ながら、そうはいかないな。鬼を倒し、宝も貰う。それが『鬼退治』なのだから。

 

 

お供2人に手で指示し、意気揚々と茶屋へと向かおうとする。 ――その時だった。

 

 

 

パカッ! ギュルッ!

 

 

―!? なん…だと…!? 宝箱の蓋が勝手に開き、牙が…!? 枡から触手が伸び、大杯(おおさかづき)を構えた…!?

 

まさか…!いや間違いない…! これは…!!

 

「「「また、ミミック!!!?」」」

 

 

 

私達が叫んだのと同時に、二体のミミックは地を駆け迫りくる。お供2人だけではなく、私も慌て、魔針玩を乱射するが…。

 

 

ガポポポポポ…

 

…! 宝箱型のミミック、食べている…! 自身に当たった豆を、そのままもぐもぐ食べている…!?

 

 

カカカカカッ!

 

―! 触手型のミミック、弾いている…! 持ち上げた大杯を、盾にしている…! 結局のところ、豆の弾だから…!

 

 

 

そんな状況把握で限界なほどの余裕しかなく、あっという間に接近を許してしまう。そしてまずは―。

 

「ぎゃあっ…」

 

Mr.モンキーが、宝箱型ミミックに食べられてしまった…! Mr.チキンは…!

 

 

「ひいいいいっ!!」

 

…な…。既に私を置いて、逃げている…! やはりチキン(臆病者)ではないか…!

 

 

シュッ!

 

と、私の横を何かが掠める。それは、触手型ミミックが手にしていた大杯。まるでフリスビーの如く飛んでいき…。

 

 

ガッ!

「あだっ!」

 

Mr.チキンの頭にナイスヒット。すると―。

 

 

「シャアアア!」

「ひっ!蛇…!? あば…ばばばばば…」

 

 

…なんと…。大杯の高台部分―、あの下の出っ張り部分から蛇が出てきた…。あれは『宝箱ヘビ』…。ミミックの一種だ…。

 

 

…ここはいつの間に、『鬼ヶ島』から『ミミックヶ島』に変わったのだ…? ―ぐえっ…!?

 

し、しまった…! 余所見していたら…触手型に巻き付かれ…! くっ…刀を…抜けない…!

 

 

 

 

「痛てて…やってくれたなぁこのヤロウ…!」

 

「うわ…豆が散乱していて、まきびしみたいになってやがる…」

 

「手間増やしやがって…! ミミックちゃん達が踏み潰してくれるから、片付けはかなり楽だけどよぉ…!」

 

 

と、ぞろぞろと鬼達が出てくる。全員、怒り心頭。おのれ…!刀さえ抜ければ…!

 

 

「で、どうするこいつ?」

 

「見たとこ、今回の連中の親玉みてえだし…。とりあえずオンラム様に引き渡すか」

 

「そうすっか。ミミックちゃん、運んでもらっていいか?」

 

 

鬼の頼みに呼応するように、私を縛る触手型ミミックが動き出す…。どこに…どこに連れていく気なのだ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、こいつがそうなんだ。刀、ながっ」

 

荒縄で縛り直された私は、この島の主の前に放り出される。しかし…よもやよもや、だ。

 

まさか、島の鬼の頭領が…こんなに麗しき乙女だったとは…! 多少、素行は悪そうだが…それもまた、良し…!

 

まさに私の細君になるに相応しい…!鬼だとしても構わない…是非、求婚をしたい…!

 

 

「う~ん、別にタイプじゃないな~。 え?彼ピ候補ちゃうん? 侵入者? じゃあ問答無用でぶっ飛ばして良いじゃん」

 

……な…ぁ…。…今日一番の…ダメージが…胸に……。おのれ…鬼…。人をどこまで弄べば気が済むのだ…!

 

 

 

 

「あーし、社長から派遣して貰ったポルターガイストたちお手製の竹輪食べたいし。ちゃっちゃっと片付けちゃお」

 

そう言い、立ち上がる女鬼頭領。横に置いていた巨大棍棒を軽々構えた。

 

 

―ここでやられるわけには…いかぬのだ…! 私は必死に姿勢を正し、名乗りを上げた。

 

「我が名は『コジロウ・ピーチ』! かの鬼退治の英雄『タロウ・ピーチ』の子孫なり! 美しき頭領よ! そちらの名はなんという!」

 

 

「え!!美しいだって! きゃー!なんか嬉し! …なんとかピーチ? …あー!すんごい前に、悪党鬼の集団を潰してくれた有難い冒険者っしょ? 習ったし!」

 

記憶の手繰り寄せに成功し、嬉しそうにポンと手を打つ頭領。そして、名乗り返してくれた。

 

「あ。名前? あーしは『オンラム』っていうの!」

 

「ほう…! 見た目と同じく可憐な名だ…!」

 

「えー!この褒め上手ー!」

 

にやにやと顔をほころばす頭領…もといオンラム嬢。これならば…!イチかバチか…!

 

 

「オンラム嬢よ! 一つ頼みを聞いてくれまいか…?」

 

「ん? とりあえず聞いたげる」

 

「私と、結婚…じゃない。決闘を…! 其方に『一騎討ち』を申し込ませてほしいのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

取り巻きの鬼は反対したが、オンラム嬢は即座に了承してくれた。仕合場は、この屋敷の庭。

 

 

条件は『各々武器一つを使った真剣勝負』。褒賞は、『負けた方が勝った方のいう事をなんでも一つ聞く』というもの。

 

ふふ…! 美しき姿とはいえ、オンラム嬢は少々軽忽(けいこつ)と見える。私の申し出なぞ無視し、棍棒を振り下ろせばそれで終わりだったというのに。

 

どうで私は殺されるだけの身。なのに、私に百利あってオンラム嬢に一利なしの条件まで受け入れた。ふふふ…上手くいけば、生きて帰ることはおろか、彼女を娶ることすら可能やもしれぬ…!

 

 

 

 

一足先に庭へ立ち、スラリと長刀を抜く。たとえ手強き鬼とはいえ、一対一の状況かつ、武器が限定されていれば恐れる必要はない。 我が妙技で、切り伏せて魅せよう!

 

 

「うぇいうぇい♪ あーしと戦いたいだなんて、アンタ、ヤサ男に見えて覚悟あんじゃん!」

 

一方のオンラム嬢は、自身の身の丈もある巨大棍棒をクルクル振り回しながら出てくる。む…?もう片手には巨大瓢箪?

 

武器にする気か? …いや、少し端に降ろした。武器として使う気はないらしい。では―。

 

 

「「いざ尋常に―、勝負!」」

 

 

 

 

 

 

 

長期戦になれば、体力の多い鬼の方が有利。速攻で決めるが得策。

 

刀に、力を籠める―。精神を、集中させる―。まさに、全集中。 …と、耳にオンラム嬢の声が聞こえてきた。

 

 

「さーて、どうしよっかな~。この間社長にぶつけたヤツが最強の技なんだけど、あれ使うと怒られっし…。じゃあ、こっちで!」

 

 

……? なんだ…? オンラム嬢が、棍棒を大きく振りかぶって…?

 

 

「―この剛撃は、あまねく魔性を反し、あらゆる勇猛を除き去る狼の遠吠えの如く、空を駆ける! 行くよ~ぉ!『反魔(はんま)勇除狼(ゆうじろう)』!」

 

 

宣言と同時に、彼女は棍棒を勢いよく振り―!  刹那、私は見てしまった。彼女の…オンラム嬢の背に…(オーガ)のような貌が浮かんでいたのを…!

 

 

 

ゴッッッッッッッッッッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

直後、眼前に迫るは極大の衝撃波!!? 馬鹿な…!?棍棒を盛大に振り回しただけで、これほどの…!ひいっ…!!!

 

 

反射的に目を瞑り、尻餅をついてしまう。数秒後、背後で大きな激突音が。

 

 

「ヤッベ…!まーたやっちゃった…!」

 

 

目を微かに開けると、しどろもどろになっているオンラム嬢。私がゆっくり首を後ろに向けると…。その先にあったのは、島の中央に聳える巨大岩山。

 

そこには…目新しい抉れが…!? ま…まさか…!あの山に描かれた鬼の顔…!あれはオンラム嬢がつけた痕だというのか…!?

 

か、勝てない…! 化物だ…!

 

 

「勝負あり!」

 

 

…! な、何故…決着の知らせが…? 心が読まれ…?

 

「挑戦者ジロウ・ピーチの武器破損により、決着とします!」

 

は…? …あぁっ!!! 我が愛刀が…!!数cmの刃元を残して…先が全部消滅している!!

 

今の衝撃波にもってかれたのかぁ…。うぅ…我が愛刀…『物干し丸』ぅ…!

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~い!終わり終わり! もうちょい楽しませてくれると思ったんだけど…ちょっち残念かなぁ」

 

グイっと伸びをするオンラム嬢。―その隙を、私は見逃さなかった。

 

 

私に待つの殺される未来のみ…! ならば、やれることを全てやってやろう…!

 

 

即座に懐に手を入れ、あるものを引き出す。それは、小型の魔針玩。もしもの時のため、隠し持っていたのだ。

 

勿論、鬼特攻の豆を装填済み。 これでオンラム嬢を弱らせ、その立派な金の角を切り取ってみせよう…!

 

卑怯? 知った事か! 勝てば官軍だ! 勝てばよかろうなのだ!

 

 

 

ジャキンと構え、狙いを定める。気づいた周りの鬼が急ぎ止めに入ろうとするが、もう遅い。食らえ…鬼は外!

 

 

 

タタタタタッッッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ…! あー…びっくりしたぁ…。忠告通り、傍に置いててよかったぁ…」

 

「でしょう? ああいう奴は、絶対最後になりふり構わず何か仕掛けてくるのよ。プライドが高い、嫌な男の典型ね」

 

 

……え……?  オンラム嬢に、豆が一発も当たっていない…? というより、全部防がれた…。

 

 

何に…? 触手に…。それは、オンラム嬢が少し端に降ろした巨大瓢箪から…。って、また…!

 

「上位ミミックぅ…!?」

 

今度は、瓢箪の口から半身を覗かせている…! 何体いるのだ…!?

 

 

 

 

 

 

「決闘しかけておいて、負けたら不意打ちって…ほんと酷いわねアンタ…」

「サイテー!」

 

上位ミミックとオンラム嬢が、私に罵声を浴びせてくる…。く、くぅ…おのれ…!

 

…いやしかし、今はなんとかして逃げないと…!! どこかに逃げ道は…!

 

 

「判断が遅い!」

ギュルッ!

 

ぐぁあああ…! 死ぬ…ミミックに絞め殺される…!

 

「ただ復活魔法陣送りなんて、生ぬるいわねぇ。ちょっとお仕置きしたげる!」

 

うぁ…! 引っ張られぇ…!! 

 

「【箱の呼吸】…えーと、何の型にしよう…。…まあいいわ!『吸移込深(すいこみ)』!」

 

な、なぁぁ…!? ひょ、瓢箪に…吸い込まれぇぇえ…!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

ひっ…、ここは…どこなのだ…? 暗い…動けない…!

 

「瓢箪の中よ。この中でじっくり溶けて、お酒になりなさいな」

 

…!上位ミミックの声…! どこに…!? 酒になるってなんなのだ…!? あ、あ…!体が溶けてる気がする…!!

 

「じゃ、さよなら~」

 

ま、待ってくれ…! 瓢箪の口、明らかに私の手ぐらいしか入らない大きさだったのに、どうやって私をいれたのだ…!?

 

い、いやそれよりも…待ってくれ…! 出ていかないでくれ…! キュポンと蓋を閉めないでくれ…!

 

 

た、助けてくれ…!!  く…暗いよ、狭いよ、怖いよぉおお!!!!

 

 

 



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顧客リスト№42 『お菓子の魔女のお菓子な家ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「ちょっこれーと♪ ちょっこれーと♪ ちょこれーとーはー美味しい♪」

 

またもや社長は、私の隣で歌っている。どこかで聞いたことのあるフレーズで。ボウルの中で溶かしたチョコをテンパリングしながら。…ってちょっと…!

 

「なに味見してるんですか!」

 

「いいじゃない!温度確認がてらちょっとぐらいー! チョコだけにチョコっとぐらいー!」

 

「いやこれで何度目ですか! 一回作る度にちょこちょこ舐めて…」

 

「だって美味しいんだものー!」

 

 

…駄目だ、普通に叱ってもあんまり効かない。…仕方ない、この手段は使いたくなかったけど…!

 

 

「…社長。あんまり酷いと、今年の私からのチョコは無しにしますよ?」

 

「えっ!!? そ、それは嫌…!!!  しっかり作るから…!」

 

 

囁き効果抜群。慌ててチョコづくりに戻る社長。…はぁ…良かった…。

 

この手段、諸刃の剣だもの…。下手したら私が社長に作れなくなるし、社長が私に作ってくれなくなってしまうのだから。

 

 

 

…でも…少し可哀そうだし、ちょっとぐらいの味見なら許してあげても…。

 

 

―いや、駄目駄目。一応これ、お仕事ではあるのだから。甘くし過ぎてはいけない。

 

ビターぐらいとまではいかないまでも、せめて甘さ控えめチョコぐらいまでは抑えないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。本日もまた、依頼を受けてとあるダンジョンを訪問中。そして…連れてきたミミック達とお菓子作りのお手伝い。私と社長はお揃いのハートのエプロンつけて。

 

 

なにせ、バレンタイン目前。お菓子のご用命が増える時期。このダンジョンにも活気とお菓子の香りが溢れかえる。

 

 

…いや、一つ訂正。ここでは、常にお菓子の香りが漂っている。だって、『お菓子な家ダンジョン』なのだから。

 

 

 

 

 

 

以前、ミミックを派遣させて頂いたダンジョンの一つに、『家ダンジョン』という場所がある。ぱっと見は深い森の中にある小さな一軒家なのだが、中はとんでもなく広く、魔法に満ちているところであった。

 

そこの主達は、『魔女』。その中のリーダーであるマギさん経由で依頼が来たのだ。

 

 

…もうお分かりだろうか。この『お菓子な家ダンジョン』に住むのも、魔女たちなのである。

 

 

 

 

 

とはいえ、ぱっと見の異質さならばここの方が上な気がする。このダンジョンもまた森の中にあり、一軒家の形をしているのだが…。

 

 

…お菓子、なのだ。見た目が。クッキーのタイル壁、ドーナッツな窓、ホイップクリームの乗った板チョコの屋根、キャンディの煙突、ウエハースの扉…とかとか。

 

 

 

また、中もお菓子い。違う、おかしい。いや違くはないんだけども。

 

 

やはり空間魔法を使って幾つもの道と部屋が作り出されている。そして、お菓子。

 

ビスケットの床に、マカロンの机やマシュマロの椅子、クレープの花瓶に、グミの花(勿論お菓子の)、ケーキの部屋に、マドレーヌのベッド、カスタードの壁紙…………。

 

キリがないので、ここいらで割愛。マギさん達の家ダンジョンは色んな素材や景色の壁が広がっていた。しかし、ここはお菓子で統一らしい。

 

もっとも、色んな種類のお菓子があるのでレパートリーは負けていないだろう。色とりどりで、とても美味しそう。

 

 

因みにだが、お煎餅とかチップスとかもあるので、甘いのが苦手な人でも安心。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで。私達が呼ばれた理由だが、単純に人手不足だからである。

 

 

この時期、このダンジョンでは沢山のお菓子を販売するらしく、しかも手作りをしたい人用に料理教室も開くご様子。

 

魔女たちは分身魔法を使える者も多いのだが、何分それでも手が足らず、猫の手ですら大歓迎状態。

 

そこにお菓子作りのノウハウもある私達のことを聞きつけ、これは百人力と依頼を飛ばしてくれたというのが事の顛末のよう。

 

 

実は、ここの方々、これまた私達が懇意にさせて貰っている『ハロウィンダンジョン』のジャック・オ・ランタン…プキンさんとお知り合いだったらしい。あのダンジョンにもお菓子作り手伝いで行っているし、納得である。

 

 

 

……え。今更だが、なんでミミックがお菓子作りが得意なのかって? 随分とお菓子なことを聞く。お菓子が嫌いな人がいるのだろうか???

 

 

 

…まあ冗談はさておき。ぶっちゃけると、そこらへんは社長や私の趣味が影響しているだけである。私達につられて、自分で作ったりする子が結構いるのだ。

 

もっとも、手先が器用なミミック達。やろうと思えば、案外なんでも上手にできちゃうのであるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と社長がチョコ作成部屋で作業を続けていると、廊下をパタパタと走ってくる音が。続けて、ひょっこりと顔を出したのは、ふくよか気味でお年を召した顔の魔女の方。

 

「ごめんなさいねぇ。どなたか、こっちのお手伝いに来てくださらないかしら…?」

 

「あ。はーい! なら、私達が行きます! 丁度手元の材料が無くなりましたし!」

 

「良かったわぁ…ありがとうございます、ミミンちゃん」

 

「いえいえ!お気になさらず、『ステーラ』さん!」

 

 

社長の言葉にほっと胸をなでおろしたあの魔女のおば様。彼女がここのリーダーで、私達への依頼主である『ステーラ』さんである。

 

…何故か、おば様と呼びたくなってしまう。因みに彼女の得意お菓子はクッキーらしい。ステーラおば様のクッキー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、軽く片付け。そして社長入り箱…ではなく、社長入りのボウルを持ち上げ、ステーラおば様についていくことに。

 

 

あぁ、そう。社長は今回、箱ではなく大きめのボウルに入っている。これにはちょっとした理由がある。

 

 

 

なんとここの魔女の皆さん、ミミック達用に『お菓子の箱』を作ってくれたのだ。チョコやマシュマロ、焼き立てクッキーとかの。

 

まさかのおもてなしに、皆ご満悦。普通の箱で動き回るよりも、このダンジョンの見た目にあっているし、甘い匂いで常にやる気Max状態。

 

 

 

…なのだけど、一部ミミックの子は私の権限で差し押さえ。お仕事が終わるまで回収か、また新しく作ってもらうことにしたのだ。

 

その面子は、所謂『つまみ食い常習犯』。会社の食糧庫に勝手に侵入してもぐもぐしていることが多いメンバーである。社長もその一員。

 

箱がお菓子だと、作っている間につまみ食いと称して食べ、気づいたら箱が消滅しているってことになりかねない。

 

というか、実際なったorなりかけたからボウルに詰められているわけなのだが…。

 

因みに社長のお菓子の箱は、既に本人のお腹の中に消滅済みである。

 

 

 

 

そう言う事なので、もしお菓子を盗もうとしている冒険者はご用心。どこに、いやどのお菓子にミミックが隠れているかはしっかり確認すべき。

 

まあそんな輩を見つけ次第、問答無用で仕留めるけども。ビスケットのようにさくさくと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お菓子を作りたい方が一気に増えてきちゃって。講師役をお願いしたいのですけど…」

 

「はーいステーラさん! ちなみにどんなメニューですか?」

 

「パイ作りなのです。これがレシピですよ」

 

「ほうほう…チョコのパイにベリーパイ、アップルパイにカスタードパイ…他いろいろ! いいですねー!美味しそう…!」

 

「社長。よだれよだれ。…なんで社長が食べるわけでもないのに、よだれ出してるんですか…」

 

 

そんな風に話しながら、お菓子教室への道のりを進む。すると道中、他のお菓子作成部屋の様子が窺えた。ミミック達も色々お手伝いしている様子。

 

 

横の部屋では魔女の方と一緒に、大理石でのチョコテンパリングしているミミック。バウムクーヘンをクルクル回しているミミックが。

 

向こうでは綺麗なラッピングをしているミミック、そしてお菓子箱のように自身の箱を一杯にして、出来立てお菓子類を搬送しているミミックも。

 

 

中でも、群体型の子が大活躍な様子。カップケーキとかに使う紙容器の束や箱、その一番上に入り、スススッと各所を移動している。

 

何百と重なったまま運ぶのも、一個づつ等間隔に並べるのもお茶の子さいさい、一切れのケーキである。

 

 

 

また、魔女だから魔法でお菓子を作っている方々も沢山。魔法陣を展開し、ポンポンポンと。中には景気よくケーキを出している方も。

 

 

ん…? 

 

 

 

あの部屋…中から何か大量に零れだしているような……あれって、チョコチップクッキー…? というか、今この瞬間も凄い勢いでボコボコ増えていっている…!?

 

 

「あらま! ちょっとごめんなさいね…! 止めてこなきゃ…!」

 

と、ステーラおば様はふわりと部屋の中に。少しして、クッキーの発生?は止まった。

 

 

するとおば様。口の中にクッキーがぎっちり詰まり、明らかに気を失った宝箱型ミミックを抱っこして出てきたではないか。

 

 

「うちの子が何か悪い事しちゃいました…?」

 

恐る恐る問う社長。だがステーラおば様は、いいえ違うのですよ!と首を横に振った。

 

 

「私、もっと安く美味しいクッキーを簡単に作れないかしらって考えていて…。それで、魔法陣を叩く…クリックすると無限にクッキーができる魔法を作って見たのです」

 

 

…なに、その魔法…? そしてそれがあの有様…。

 

「もしかして、それが暴走したということで…?」

 

そう私が聞くと、ステーラおば様はコクリと頷いた。

 

「えぇ…。この子に魔法陣を踏む役をお願いしていたのですけど…。多分、溢れたクッキーの重さで魔法陣が押され続けて、ずっとクッキーが生成されていたようで…」

 

 

つまり、この宝箱型ミミックは、チョコチップクッキーの山に圧し潰されて身動き取れなくなっていたということ。…羨ましい……、いやそうでもないか…。

 

恐らく、食べることで状況を打開しようとしたのだろうが、口を開けた瞬間クッキーが雪崩れ込んできて…ということなのだろう。

 

でもこの子、なんだか嬉しそうな顔しているし…。良しとしよう。

 

 

 

というかステーラおば様、さらっととんでもない魔法を編み出しているご様子…。流石はここの魔女のリーダー…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ。ここですよ」

 

ステーラおば様に案内された先。そこには村人や冒険者、エルフとかの他種族魔物がいっぱい。

 

そしてやっぱり、女性がほとんど。私が言うのもなんだけど、皆恋する乙女の顔である。

 

 

と、ステーラおば様。講師役をしている男女へと声をかけた。

 

「ヘンゼル、グレーテル。心強い助っ人を連れてきましたよ」

 

 

 

 

 

 

「お。本当ですかステーラおば様!」

「わぁ…! 有り難いです!」

 

 

講師役を少し中断し、嬉しそうにこちらへと駆け寄ってくる2人。片や青年、片や彼よりも数歳年下の女の子。

 

 

「初めまして。僕はヘンゼルと申します。ステーラおば様達の元で、妹共々菓子職人になる修行を積んでいる者です」

 

「私はグレーテルと申します! 恋のためのお菓子ならば私にお任せください!」

 

 

自己紹介をしてくれるお二人。しかし、魔物ではない。そして、魔女でもない。お揃いのエプロンをつけた、人間の兄妹である。

 

「この子達は私の弟子でもあるんですよ。今では街の方で私達の作ったお菓子を売る仕事もしてくれているんです」

 

にっこり微笑むステーラおば様。まるでお孫さんを見ているかのよう。やはり、お菓子は人魔を繋ぐ架け橋なのだろう。

 

 

と、ステーラおば様はポンと手を打った。

 

「さ! ではお菓子作り教室に戻りましょう。皆さんを待たせてはいけませんからね」

 

 

そうだった。では、私も社長も…腕前の披露と行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「パイ生地を伸ばしましたら、型に綺麗に詰めまして…。そうそう、お上手です。では、少し休ませましょう。その時間は魔法で短縮しますね」

 

「パイを焼く時は、膨らみ過ぎないようにこの重石を乗せまして…。オーブンに入れましょう。良い感じになったら、ミミックの子が取り出して調整してくれますからご安心を!」

 

「では、フィリングを作りましょう。皆さん、作りたいパイの材料は揃っておりますか? 足りなければ横のミミックの子達に申し付けくださいな。急がず焦らず、愛情込めて作っていきましょう」

 

 

ヘンゼルくん、グレーテルちゃん、ステーラおば様。三人揃ってすいすいと教示を進めていく。素晴らしい速度である。

 

 

我が社の子達を色んな形で活用してくれているし、ヘンゼルくん達は魔法まで使えている。流石はお菓子の魔女の弟子。

 

 

おっと、見惚れている場合ではない。私も講師役として頑張らなければ。…って。

 

「なにしてるんだろ…社長」

 

 

 

 

またしても社長、何かしている。 別の机で。

 

だけど、味見しているといわけではない。幾人かの生徒達に囲まれ、チョコペンやジャムペンを振るっている。

 

 

私に割り振られた生徒達への指示を出し終わり、様子を窺いに行ってみると…。

 

 

 

「こんな感じー?」

 

「わぁー! 可愛い! 先生、絵うまっ! ミミックって凄いんだ~!」

 

「あのー、私のはハートマークの中に『大好き』って書いて欲しいのですけど…」

 

「それは自分で書いた方が気持ちいいわよ~。手取り足取り…もとい触手取りで教えてあげるわ」

 

 

 

そんな会話が聞こえてきた。なるほど、パイの上にお絵描きをしているらしい。手の幾本もの触手にし、色んな絵や文字を描いたり教えたりしている。

 

そうか。そういうのもあるんだ。私も魔法でやってみよう。 ……ん?

 

 

 

 

「あのー…社長? この長方形のパイ、なんですかこれ?」

 

あまりにも気になった物があったため、思わず問うてみる。すると社長は平然と答えた。

 

「それ? ラズベリーのパイよ?」

 

「えぇ…?」

 

あぁ、確かにラズベリージャムの香りがするし、赤いのも見えている。…のだけど、見た目の大半が緑色。抹茶のようだが…。いや、それよりも奇妙なのが―。

 

「なんかトゲトゲしているというか…チョコとかアラザンとか使ってるのはわかるんですけど、明らかに食べにくい形状ですが…」

 

変な接続口?みたいなのもあるし、なんというのだろう…精密な部品のような…。これって確か…。

 

「ラティッカさん達がたまーに持ってる『基盤』?とかいうのに見えますね…」

 

そう言うと、やっぱり社長は平然と。

 

 

「そーよ。 言ったじゃない。ラズベリーパイのラズベリーパイよ、それ」

 

 

……??? ちょっと何言ってるのかわからない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけばお客さんも減り、私達のお手伝いもそろそろ幕引き。ふー…!疲れた…!

 

 

「そういえば、ラティッカさん達は今日なんで来なかったんですかね。まあそもそも、皆さん食べる専門ではありますが…」

 

ふと思い出し、横で伸びをしながら余ったクリームを舐めている社長に問う。実は今回、我が社の施設『箱工房』に勤めるドワーフの面々が来ていないのだ。

 

まあ彼女達、技の繊細さは素晴らしいのだけど…確かにお菓子作りが得意な人達ではない。素材のグラム計量はしっかりやるのに、砂糖のグラム計量はとんでもなく雑、といえばわかりやすいか。

 

 

「あ、それね。ちょっと私がお願いしたことがあるから、そっちやってもらってるのよ」

 

「お願いしたこと? なんですか?」

 

「ふふー、それはね…。 …あら?」

 

と、社長。突然にどこかへと駆けていく。追いかけようとしたけど、待っていてと言われてしまった。

 

 

一体何を…? そう思ってステーラおば様達と待っていると―。

 

 

 

「お待たせー!」

 

と、社長の声。そして、彼女に手を引かれていたのは―。

 

「…ぇっ…! あ、あの……う…その…」

 

 

……おや? 内気そうな女の子……。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

全てが終わり、帰社後。貰ったチョコレートを使い、私達はとあるものを作成していた。それは…。

 

 

「「「わぁ……!チョコの噴水!!」」」

 

 

歓声を上げるミミック達。そう、これは超巨大なチョコレートファウンテン。高さ10メートルはある代物である。

 

食堂の屋根を一時的に大きく広げて設置した幾段もの装置には、どぽどぽとチョコレートが巡っている。まさに圧巻の一言。

 

 

 

 

どうやら社長、ラティッカさん達にこれを作ってもらっていたらしい。しっかりと噴水のようにライオンの口…もとい宝箱の噴出口が各箇所にある。なんともえげつないものを…。

 

 

そして貰って来た他のお菓子や、用意していた果物類を用い皆でチョコパ。美味しいから幾らでも入ってしまう。…鼻血にだけ気をつけなければ。

 

 

中には猛者もおり、チョコを自分の箱に掬ってチョコ風呂にしている子や、噴出口から直接箱の中に入れてる子も。

 

勿論ステーラおば様達に新しいお菓子の箱を作ってもらった子も多く、それにつけて食べている子もいる。完全にやりたい放題。

 

 

多分最後には、皆のチョコ風呂となるのだろう。そして全部食べ切る流れ。明日には綺麗に無くなっていると見た。

 

社長のダイエット特別コースに引っかかる子がいないと良いけど…。

 

 

 

 

……ところで、社長どこいったんだろう。

 

 

 

 

 

 

チョコレートファウンテンを設置し稼働確認後、ラティッカさん達数名を連れどこかに消えていってしまったのだ。

 

折角、社長用のプレゼントチョコ作ったのに…。社長の箱を模した、両手サイズの蓋つきチョコ…。カラフルな模様を描くのは、魔法でも苦心した。

 

因みに蓋を開けると、苺チョコプリンが入ってる。社長の髪色のピンクに合わせた形である。

 

 

 

ん―…このまま来ないなら、冷蔵庫仕舞っておかないと。溶けちゃうし…。 

 

―あ、戻って来た。

 

 

「社長、どこ行ってたんですか?」

 

「えへへ…内緒ー。 あ!それ私に?」

 

「えぇ! ハッピーバレンタイン!」

 

早速、プレゼントチョコを渡す。社長はラッピングリボンをシュルシュル外し―。

 

「わー! 私の箱じゃない!  お、蓋が開く…! ピンクなプリンだー!」

 

百点満点の反応。作った甲斐があった…!

 

「有難うアスト! とっとくわね!」

 

「いや食べてください…!」

 

チョコなんだから、食べてもらわないと。下手すれば一年保存しそうだから困る。

 

 

 

 

 

 

ラティッカさん達にもハンマーを模したチョコをプレゼント。皆喜んでくれた。 すると―。

 

 

「じゃあ、私達からもチョコのプレゼント!」

 

社長が言うが早いか、ラティッカさん達は食堂の入り口へ。何かをゴロゴロ引っ張って…き…て…。

 

 

……な…!!!?

 

 

 

 

台に乗って来たのは、私の…形の…!チョコの等身大像…?! スーツ姿で若干艶めかしいポージングとってるし、何故か胸とかにリボン巻かれてるし…!!!

 

え…いつの間に…!? いや、どうやって…!? 

 

 

 

そんな私の混乱を察したらしく、社長は胸を張った。

 

「ふふん! 私よ? アストの体つきなんて、よーーく知ってるわ!」

 

…その発言はなんか危ないんじゃ…。そうツッコむ前に、彼女はてへりと笑った。

 

「なんてね。アストが寝ている間に、チョコチョコ採寸してたの。それで型を作って貰って、チョコ入れて…あとはラティッカ達と一緒に細部を整えて完成!」

 

 

 

なるほど、突然にいなくなったのはこのチョコのためだったらしい。…しかし、よくできている…。羽とか尻尾とか、絶妙なバランスでくっついている。まつ毛とか、見事な細さ。

 

流石は社長とラティッカさん達。 …多分これはお菓子ではなく、彫刻扱いなのだろう。だからラティッカさん達の繊細技が光っている。

 

 

 

……そしてすっごくツッコミ辛いのだが…。 どう口にするべきが悩んでいると、社長が先に首を捻ってくれた。

 

「…で。これ、どうしましょ?」

 

「……ですよね…」

 

 

これこそとっておきたい気持ちはあるが…。正直恥ずかしさもある。早めになんとか食べちゃいたい。でも、流石に私だけでは…。

 

 

 

 

 

結局、みんなで分けることに。チョコとはいえ自分が砕かれ、食べられている姿を見るのは妙な気分。いや面白くはあるのだけど。

 

 

「アスト、明日も楽しみね~。上手くいくと良いけど…」

 

と、私のあげたチョコと、私の胸部分 (もちろんチョコの)を齧りながら呟く社長。なんでわざわざそこをチョイスしたのかというツッコミはとりあえず放棄して、と。

 

 

一体何が、上手くいく…? あぁ! わかった!

 

「あの内気な女の子のことですね。 信じましょう、『告白』の成功を!」

 

 



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人間側 ある内気な女の子とチョコ

 

 

ぁ……う……。つ、着いちゃった……。着いちゃった…けど……

 

…どう…しよう……。どうしよう……。

 

 

 

 

…あ…。ど、どうも…。初め…まして…。わ、私…近くの町に住んでいる女の子…です…。『ユノ』と言います…。

 

えっと…その…『バレンタイン』…ってあるじゃないですか…。それで…その…。

 

 

…………実は、私…あの…その…好きな…男の子が…いて……。で、でも…今まで何も伝えれてなくて……。

 

だって…私…そんなに可愛くないし…髪で目を隠しちゃってるし…。イケてる女子グループみたいなキラキラ…無いですし…。

 

 

でも…でも…今年こそはなんとか気持ちを伝えたくて……。勇気を振り絞って…みた…んですけど…。

 

 

…本当は、手作りをしたくて…。だけど…上手く作れなくて……。焦げたものや、ぐちゃぐちゃなものしかできなくて…。でも、お母さんとかに聞くのは恥ずかしくて…。

 

もうそれなら…、美味しい既製品の方が数倍喜ばれるかなって…そう思った次第で…はい…。

 

 

 

 

丁度、私の住んでいる町には『ヘンゼル&グレーテルとお菓子な魔女』っていうお菓子屋さんがあるんです…。

 

そこのお菓子はすっごく美味しくて、私も買って貰えるとすぐに全部食べちゃうぐらい…。私の好きな男の子も、そこのお菓子が大好きだって言ってたし…。

 

だから、そのお店のならいいかなって…。そう思ってたんですけど…。

 

 

 

 

実はこの時期、そのお店って閉まっているんです…。何故かと言うと…、そのお店は支店?みたいなもので、本当のお店は森の中にあるみたいで……。

 

えっと、でも…。その本店?というのもお店じゃなくて、『ダンジョン』らしくて…。『お菓子な家ダンジョン』って呼ばれている場所なんです…。

 

 

そこは『魔女』が営んでいるみたいなんですけれど…。危険性はないからって、私みたいな子供でも訪ねることができて……。美味しいお菓子を売ってくれて…。

 

そしてこの時期は、皆お菓子を買いに来るから…そのダンジョンで沢山作ってるみたいなんです…。だから、町のお店のヘンゼルさんとグレーテルさんもお手伝いに行っているらしくて…。

 

 

 

 

 

ただ、やっぱり…。人気のお菓子屋さんですから…。森の中へと長蛇の列が出来ていて……。パンくずとか小石で目印を作る必要がないほどに……。

 

私もお小遣いをかき集めて家を飛び出したんですけど…到着するまでに結構時間が…。

 

 

…いや…でも…。太陽見る限り、そこそこ時間はかかったみたいなんですけど…私としてはあっという間で…。

 

何買おうか、どんなものが良いのか、どのお菓子だったら気持ちが伝わるかなって…考えてたら…いつの間にか到着してたんです…。

 

 

 

その『お菓子な家ダンジョン』なんですけど…お菓子で出来ているんです。遠くからでも甘い匂いがする、美味しそうな…。

 

でも…それに気づかないぐらいに深く考えちゃってたみたいで…。後ろに並んでいたお姉さんに小突かれちゃってようやく着いたことがわかって…。

 

 

あの…だから…。まだ…なにを買えば良いかって決まってなくて…。ダンジョン内に入っても…何にするか決められなくて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!出来たてクッキーですよー!」

 

「チョコレート、いろんな形取り揃えてあるからねぇ。ふぇっふぇっ」

 

「今日だけの特別ケーキ、まだまだあるわよぉ」

 

 

売り場はすごい活気です…。魔女の方々や、お手伝いの魔物さんがひっきりなしに動き回っています…。

 

 

……あの魔物さん、なんだろう…。お菓子で出来た箱に入ってる、変な魔物さん…。

 

…ちょっと、羨ましいかも…。私もお菓子の箱に入ってみたい…。楽しそう…。

 

 

 

……はっ…! 違う違う…! 今はそんなことはどうでもよくて…! どのお菓子を買うかを選ばなきゃ…!

 

 

 

 

 

「これくださいな!」

「こっちにもそれを! 10個ほど!」

「このケーキ、ホールで貰えますか?」

 

 

凄いです…。お菓子、飛ぶように売れていきます…。すぐに売り切れるものもあるんですけど、すぐに補充されています…。

 

でも…私、やっぱり何が良いか決めかねていて…。色んな種類があり過ぎて迷っちゃって…。

 

それに、他の方の勢いが激しすぎて、近づけません…。ちょっと、怖い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も暫く見ているだけしかできず…。あわあわとしか言えず…。本当にどうしようかと考えていた…その時、呼び込みの声が耳に入ってきました。

 

 

「お菓子作り教室、やってまーす! 皆さんどうですかー!」

 

 

…そんなものが…!! うん…できることなら、手作りお菓子をあげたいし…。ちょっと、どんな感じか見てみるぐらい…。

 

…こっちの道かな…? えっと………あ、あれ…? こ、こっち…? …………。

 

 

 

 

 

…ここ、どこ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうでした…。ここはダンジョン…。ダンジョンって、迷路のようになっているって聞きますし…。

 

い、いえ…!迷っていると言っても、他の方々は時折歩いていますし、そんなに奥深くでもない…はず…。引き返せば、戻れるはず…多分…ぁぅ…。

 

 

 

…それにしても…。どこを見渡しても、お菓子です…。床や壁はクッキーとかビスケットとかの平らなお菓子ですし、あそこの扉は板チョコ…。

 

壁には美味しそうなパイが掛けられていますし…向こうの柱はロールケーキとタルトの組み合わせ…。

 

あっちの階段はウエハースで、手すりはエクレアみたい…。その先に見える像も、多分砂糖細工…。

 

 

 

…!?わ…! 何か降りてきた…! え…?箱の…山…? チョコとかを入れる小さめの箱が、束で重なって…。カップケーキの紙の入れ物も…!?

 

…え…?どうやって束のまま運んで…? 糊とか紐とかでくっついている様子はないのに…。

 

もしかして、魔法…で浮いているの…? …でも、なんか違うような…。なんで…。…!?

 

 

ぴっ…!? 蜂…!? 蛇…!? 鳥…!? へ、変な色の生き物たちが、一番上に入って…!!

 

 

 

きゃっ…! その後から、袋の束を咥えた宝箱が降りてきた…! 勝手に動いてる…! あっ…さっきも見た、お菓子で出来た箱も…! 包装紙のロールが何本も刺さって入ってる…!

 

 

 

…宝箱…? 確か、聞いたことがある気が…。勝手に動く、宝箱型の魔物…『ミミック』っていう…。

 

もしかして、この子達ってミミック…? あ……どっかに行っちゃった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

……そろそろ戻らなきゃ。こっち多分、お菓子作りの教室じゃないし…。…道、どっちだっけ…。

 

 

記憶を頼りに、道を進みます…。けど…どんどんと人気が減って…。

 

歩いている人はおろか、魔女の方も魔物も、さっきのお菓子の箱のミミック?も見えなくなって…。

 

 

どうしよう…本格的に迷っちゃった…? ……! 女の人達の声…!?

 

 

 

 

「おい、本当にこっちなら大丈夫なんだね?」

 

「えぇ…! 誰もいないみたいですし、壁とか扉とかのお菓子、剥がし放題ですぜ!」

「ここのお菓子、高く売れますからねぇ…! 腹いっぱい齧って、盗っていってやりますか!」

 

 

…! 明らかに、悪い人な感じが…!! ど、どうしよう…。この扉が開いた、誰もいない部屋に隠れて…!

 

 

「まずはそこの部屋から漁って見ませんか、姐御」

 

…嘘! こっちに来る…! か、隠れる場所…!!

 

 

 

「そこの子、ここにおいでー…!」

 

へ…?誰の声…? …このおっきい、フレンチクルーラーの中から…? …きゃぁっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…へ…?ここって…? 周りに壁が…。この香りと触り心地…フレンチクルーラー…? ここ、ドーナツの穴の中…?

 

 

 

「…んん? 今、誰かの声が聞こえたような…?」

 

「気のせいじゃないすか? 私にはなんも聞こえなかったっすけど」

 

「それより、どれから頂いてやりましょうか! 菓子盗賊なんてワクワクしますぜ!」

 

 

…! 穴の外から、悪い人達の声が…! どうすれば…

 

 

 

「ちょっと静かにしててね~…」

 

 

…え。 また、さっきの誰かの声…。…あれ…?私の横に、お菓子製の箱…。

 

と、とりあえず言われた通り…口に手で押さえて、耳を澄まします…。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜しかし、でっけぇ菓子ばっか。食いごたえがありそう」

 

「ほんと。あのマシュマロなんか抱えられるぐらい。…お。あの壺って、カヌレじゃねえか?」

 

「へえ…!この黄色の掛け物、レモンチョコか…! ちょいと端っこ折って…。おー、酸っぱ甘くて美味しいねぇ…!」

 

 

部屋内を物色しながらこちらへと近づいてくる悪い人達…! ど、どうしよう…!ここを覗かれちゃったら…!

 

 

 

 

「…お。これ出来たてのパイじゃねえか? 切ってあるし…、貰っちまえ!」

 

「んぐんぐ…。ん~美味い!」

 

 

私の隠れるフレンチクルーラーの前に来て、乗っていたらしいパイを食べる悪い人2人…! これ…机代わりだったんだ…。

 

 

「姐御もどうです? 激ウマですぜ!」

 

と、一人がリーダーの人を呼ぶ…。3人目もこっち来ちゃった…!

 

 

「何のパイ? …あー。いいわ。アタシ、そのパイ嫌いなのよねぇ」

 

「ありゃ。じゃあこれは、私らが…!」

 

 

そう悪い人の一人が笑った、その瞬間―!

 

 

 

カパッ!

 

 

私の横にあったお菓子製の箱が、開いた…! そして、中から…女魔物さんが…飛び出した…!?

 

「それ、私達用のパイなのだけど? 勝手に食べたアンタたちには…おみまいしてやるわ! そーれっ!」

 

 

パァンッッ!!

 

 

…私、見てしまった……!フレンチクルーラーから顔を出して…見てしまった…! 女魔物さんが、どこに隠し持っていたかわからないクリームパイを…思いっきり悪い人の1人に投げつけたのを…!!

 

 

 

 

「ぐもぉっ!?」

 

「「な、なんだ!?!?」」

 

吹っ飛ばされる、パイをぶつけられた悪い人1人。それに驚く悪い人2人。その2人が慌てながらも武器を引き抜こうとした瞬間―。

 

「かっかれー!」

 

「「「おーー!!!」」」

 

 

…!?!? へ、部屋の至る所から…!色んなお菓子から…! 触手とか、蜂とか、女魔物さん達が…!! 

 

マカロンの隙間からとか、ドーナツの穴の中からとか、切ってないバウムクーヘンの中からとか、マシュマロの中からとか…!! クッキーの真ん中のジャムとして隠れていたのも…!

 

 

 

「「「もごっ!? もごぉおお…!」」」

 

あっという間に縛り上げられる悪い人三人衆。そしてどこかへと運ばれて…。 と、私を助けてくれた女魔物さんが、パイを頬張りながら笑いました。

 

「お菓子を盗もうだなんて、食い意地の張った盗賊ね! ま、どこでも私達ミミックが潜んでいるから盗ませはしないけど…寄りにもよって、私達の休憩部屋に入ってくるなんてね~」

 

 

…やっぱり、ミミックだったんだ…。

 

「あ。食べる?美味しいわよこのパイ!」

 

「ぇ…その…。…いただき…ます」

 

 

結局、凄く美味しいパイを一切れご馳走に…。と、そのミミックさんは私に尋ねてくれました。

 

「そういえば、どうしてここに?」

 

「あ……その……迷っちゃって……。お菓子作り教室に行きたかったんですけど…」

 

「そうだったの! じゃあ案内してあげる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…案内してもらい、教室の入り口付近まで来れました。…でも、ダンジョンで迷っている間に今日の分終わってしまったのか…あんまり声が聞こえません…。

 

ミミックさんはもう戻ってしまいましたし…。どうしよう…。うう…。

 

 

少しの間、入口の戸を叩くか迷ってうろうろしてしまいます…。そして、出した答えは…。

 

「…やっぱ…止めよう…」

 

でした。どうせ私が作っても、ここのお菓子より美味しいものは出来ないし…。やっぱり、既製品を買って帰ろう…。

 

そう思って、出口の方向へと足を動かした…そんな時でした。

 

 

「ね。お菓子作り教室に興味があるのかしら?」

 

 

 

へ…? さっきのミミックさんとは違う声に、私は振り向いてしまいます。

 

そこにいたのは…何故かボウルに入っている、ハートのエプロンをつけた小さめのミミックさん…。

 

「さっきからずっと、入るか悩んでたでしょ? 今なら空いているわよ? ほらほら!」

 

「ひゃっ…!」

 

半ば無理やり手を掴まれ、引っ張られ…!

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせー!」

 

私の手を引っ張りながら、勢いよく部屋へと入っていくミミックさん。そこにいたのは…ミミックさんと同じハートのエプロンをつけた悪魔さんと…ヘンゼルさんとグレーテルさん…! そして、魔女…!?

 

「…ぇっ…! あ、あの……う…その…」

 

一斉に見られて、く、口が…開かない…!  …と、魔女の…おば様が、私へと微笑んで…。

 

「あら可愛いお嬢ちゃん。貴方も、愛する人のためのお菓子を作りに来たのかしら?」

 

 

 

「は、はい…! 好きな人に…こ、告白…した…くて… …ぁぅ……」

 

頑張って口にしてみたけど……。声が小っちゃくなっちゃって…。そのままもじもじしていたら、今度はグレーテルさんが…。

 

「町の子、よね。確か…ユノちゃん! いつもお菓子を買ってくれてありがとう! 安心して、その方はステーラおば様。私と兄様の師匠よ。こちらはアストさんで、そのミミックの方はミミンさんと言うの」

 

 

…わ…! 私の事を、知っててくれた…! そう驚いていたら、グレーテルさんが私のところに来て…目の高さを合わせてくれて…!

 

「恋のためのお菓子ならば私にお任せ! 因みに…どの子に告白したいの? お姉さんたちに教えてくれる? 勿論、絶対に内緒にするわ!」

 

ご自身の耳をトントンと叩くグレーテルさん。…恥ずかしいけど…グレーテルさんになら…!

 

 

こしょこしょと…話します…。 するとグレーテルさん、何故か微笑みながらヘンゼルさんのほうを見て、頷き合ってました…。

 

そして、今度は私のほうを見て…にっこりと…!

 

「ふふっ。じゃあ皆で一緒に作りましょう! 最高のチョコを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チョコをテンパリングする際はゆっくりと溶かして…。はい、ではこっちでちょっと冷やしましょう。そうそう、そのボウルの底を剥がすような混ぜ方で合ってますよ。温度は魔法で測って維持していますからねぇ」

 

…と、付きっきりで優しく教えてくれる魔女のステーラおば様。

 

 

 

「幾つか他の味のチョコも作ってアソートにする? 大丈夫だよ、難しい工程は僕と妹に任せて」

 

「貴方が好きな子の好みは把握していますから! 恋のお菓子職人グレーテルの本領発揮です!」

 

「…なんか、変なスイッチ入ってない?グレーテル…。 やり過ぎないようにね?」

 

「勿論です、ヘンゼル兄様。 最後に愛情を籠めるのはユノちゃんですもの」

 

…と、率先して色んなクリームやジュレとかを作ってくれるヘンゼルさんとグレーテルさん。

 

 

 

「型はどれが良い?やっぱりハート形かな? 色々あるみたいだから、幾つか作ってみる?」

 

「箱と包装紙、持ってきたわよ! シンプルなのから可愛いの。なんでもござれ!」

 

…と、色んなものを用意してくれるアストさんとミミンさん。私も頑張って作って…!!

 

 

 

 

「これで…!」

 

やった…手作りチョコが…!

 

 

「「「「「「完成!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

次の日…。私は『お菓子な家ダンジョン』で作ったチョコを受け取り、森から小走りで帰っていました。

 

家で保存しようと思っていたんですが…ステーラおば様方に託した方が美味しく冷やせると聞き…お願いしたんです…。

 

だから、出来る限りのおめかしして…。髪も、片目だけですけど…出すようにして留めて…。取りに来たんです…。

 

 

 

それにしても…昨日は凄かったです…。ステーラおば様とヘンゼルさんグレーテルさんのお菓子作りの腕…! アストさんの魔法で動くチョコペンたち…! ミミンさんの早くて綺麗な包装…!

 

 

そして、さっき…。ステーラおば様とグレーテルさんが応援して送り出してくれました…! あとは、渡すだけ…!

 

 

 

……渡すだけ…、なんですけども………。

 

 

 

 

うぅ…も、もし受け取ってもらえなかったら…。もし、会えなかったら…。もし、他の子から告白されてたら…。

 

どうしよう…どうしよう…どうしよう……。私のなんて…食べてもらえるかな…。嫌われちゃったら…!

 

 

…やっぱり、渡さない方が良かったり…。だって、怖い……。失敗した時が…怖い…!

 

 

 

……。皆さんには悪いけど…。これは私が食べちゃって……。何もしない方が…。

 

 

 

「あれ? ユノじゃん。なんでここに?」

 

 

 

 

 

 

 

……へ…!? な…なんで…!? なんで…ここ…に…、彼が…!? 私が思いを伝えようとしていた…彼が…!?

 

 

「ひゃ…その…えっと…。 そっちこそ…なんで…??」

 

「俺? 俺はお菓子買いに行ったら、ヘンゼルさんに『お菓子な家ダンジョンから忘れ物をとってきて欲しい』って」

 

…へ、ヘンゼルさん…!? いないと思ったら…!…偶然…なのかな…?  私が何も言い出せずにいると、彼は嬉しそうに笑いました。

 

「ヘンゼルさん忙しくて手が離せないみたいでさ、とってきてくれたらお菓子なんでもタダにしてくれるって!」

 

無邪気な笑顔が…眩しい…! 私なんて、彼に似合わない…。そうしょぼくれていると…彼は私の顔を覗き込んできて…!

 

 

「そういえばユノ、なんかおめかししてるじゃん! すっごく可愛いな!」

 

…ひぁっ…! そ…そんにゃ…こと…言われる…なんて…!

 

 

 

 

 

「でもなんで? 今日なんかお祭りでもあったっけ。 ……あっ」

 

ちょっと考えていた彼は、すぐに頷きました。…気のせいでしょうか…?若干悲しそうな…。

 

「…そっか…! バレンタインデー…だった! 忘れてた…!」

 

と、彼はすっと道を開けてくれました…? そして、いつもの元気な彼とは違う、ちょっと抑えたような一言を…。

 

「多分、誰かに告白するんだろ? だから、そんな綺麗な恰好なんだろ? …頑張って!」

 

 

 

「ぁ…ぅ…その…あの…」

 

貴方です…なんて言い出せず…言い淀んでしまいます…。そんな私を励ますように、彼はちょっと声の調子を上げてくれました…。

 

「早く行きなって! 相手誰か知らないけど、そういうのって急がなきゃいけないんだろ? …良いなぁ、ユノのプレゼント…」

 

「ぇ…」

 

…今、なんて…?

 

 

「んじゃ俺、ダンジョンに行くから! またな!」

 

あっ…行ってしまう…。遠くに…。 でも…私は手を小さく伸ばすことしか…

 

 

 

トンッ

 

 

 

不意に、そう背中を押された気がしました。まるで、最後のチャンスだって言うように…。……っ!

 

 

 

 

 

「ま…待って…!!」

 

「うぉっ!? な、なんだなんだ? ユノがそんな大きい声だしたの、初めて聞いたぞ…」

 

驚いて転びかけてしまう彼…。私は駆けよって、後ろ手で隠していた箱を…!

 

「こ…これ…チョコ…!」

 

「へ…? えっ…! それ、俺に…!? くれるの!?」

 

 

 

目をぱちくりさせながら、彼は箱と私の顔を交互に見てきます…。思わず、ブンブンと首を縦に振ってしまいました…。

 

彼は少しおっかなびっくりながらもガサゴソとリボンを外し、包装紙を捲り、蓋をパカリー。

 

「わぁ! 凄い色んな種類がある! これどうしたの!?」

 

「あ…えっと…。グレーテルさんとか、魔女のおば様とか、ミミンさん達とか…皆に手伝って貰って…作ったの…」

 

「ということは…手作りってこと!? すげえ! えっ食べていい!?」

 

「う…うん…!」

 

 

私が頷いたのを見て、彼はチョコの一つをパクリ。直後、唸りました。

 

 

「~~~!! 美味ぁっ! これ俺、好きなやつ!これも!こっちも! でも全部、ヘンゼルさん達のお店のよりチョコ滑らかで美味しいかも!!」

 

ひょいひょいと、次から次へチョコを口へと運ぶ彼。良かった…! 喜んでくれた…!! …この勢いで…!

 

 

「…あ、あの…。実はそれ…二段箱になっていて…。そこの留め具を外して、下をスライドしてもらうと…」

 

これは、ミミックのミミンさんから考案して貰った方法…。 彼は目を輝かせてくれました…!

 

「マジ!?  これか! こうかな…。開いた! どんなのかな~……あっ…」

 

 

 

…そこに入っているのは…。ハート形の大きめなチョコ…。アストさんやミミンさんの力を借りず、自分で『大好きです』…と書いた…のが…。

 

 

 

 

 

 

 

「…え…。ほんとう…?」

 

彼は目を丸くし、ちょっと上ずったような声…。

 

「ずっと前から…大好きでした…!」

 

私は、顔が真っ赤になるのを感じながら、気持ちを伝えます。でも……答えを聞きたいけど、聞きたくない…。そんなジレンマが、心を捻じってきて…!

 

 

「あー…えっと…」

 

……っ! 彼の漏らした声に、私は恐る恐る顔をあげ…。すると…そこには…私とおんなじぐらい顔が真っ赤になった…彼が…。

 

「実は…俺も…。ユノのことが好きで…」

 

 

 

 

 

……はぇ…? 一瞬よくわからず、ぼーっとしてしまいます…。 あ…どんどん顔が…熱く…!!

 

 

と、彼も同じだったのか…。目をぐるぐるさせて、突然、照れ隠しのように私へ提案してきました…!

 

「っそうだ! このハートチョコ大きいし、一緒に食べない? あ、でも…こういうのって割っちゃいけないのかな…」

 

「ぇ…あ……べ、別に…」

 

「じゃあ…! ちょっとユノ、目ぇつぶって…」

 

私の言葉を遮り気味に、彼はそう頼んできました…。従ってみると…。

 

「あーん…!」

 

へ…!? あ、あーん!? 言われるがままに口を開けると、入って来たのはチョコ…! そして…

 

ほ、ほ(こ、こ)うして…! えいっ!」

 

彼の声と微かな衝撃を感じ、私は目を開けてしまいます…。すると、私の口に入っていたのは…彼に半分齧られたハートチョコ…!

 

「んぐ…もぐ…。これで…割ったってことにはならないはず…!」

 

自分の分をもぐつきながら、目を逸らすように呟く彼…! これって…は…初めての間接キス…!

 

もぐ…。当たり前なのだけど…チョコの、甘い味…!

 

 

 

パシンッ

 

 

ふと、森の中から変な音が聞こえた気がしました。まるでハイタッチするような…。

 

…けど、誰も…いない…。気のせい…?  そんな折、ふと彼は思い出したように手を打ちました。

 

「…あ!そうだ! ヘンゼルさんからの頼まれごとあったんだ! ユノ、ダンジョンに行こう!」

 

すっと、手を伸ばしてくれる彼。私はそれを握り、強く頷きました…!

 

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

少女ユノが振り向いた森の中。実はそこに、数名の人と魔物がいた。その全員が口に手を当てており、ユノと男の子の足音が消えたのを確認してからふううっと息を吐いた。

 

 

「…危なかったですね…!バレてしまうところでした…! でも、魔法で背中を押してあげて良かった…!」

 

最初に口を開いたのは、社長秘書アスト。続けて、ミミン社長。

 

「ホント…! まさかあの男の子、あんなことまでするなんて…! 思わず全員でハイタッチしちゃったわね…!」

 

 

「ふふっ。苺ジャムのように甘酸っぱい告白でしたねぇ。でもヘンゼル、いつの間にあの子を呼んでいたのかしら?」

 

と、笑いながら問うは魔女ステーラ。問われたヘンゼルは頬を掻きながら答えた。

 

「実はグレーテルの発案なんです。アストさんに頼みまして、ワープ魔法で移動して…。後はやってもらった通り、ミミンさんに箱に入れてもらって、皆で音を立てずにこの場所まで、と。 ね、グレーテル」

 

「えぇ! あの男の子がユノちゃんに恋心を抱いていたのは、私も兄様も知ってましたから! ユノちゃんから告白相手を聞いた時、思わず笑みが零れちゃって…!」

 

そう話しながらも、にへりと頬を緩めるグレーテル。恋のお菓子、大成功!とVサインも作った。

 

そう…少女ユノの告白チョコを作った面子は、この告白劇を覗き見していたのである。

 

 

 

 

 

…覗きなぞ少々趣味が悪いと言われるかもしれないが、今回は許してやるべきであろう。

 

お菓子の甘い匂いに皆が惹き寄せられるように、恋の発する甘い香りも、皆を魅了するものなのだから。

 

 



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顧客リスト№43 『氷の女王の氷城ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

身体の芯まで凍えるような冷気が、常に張り詰めている。対策魔法を幾重にもかけていなければ、今頃本当に身体の芯が凍っていただろう。

 

…よかった、念には念を入れて多重掛けしておいて。社長は大丈夫かもしれないけども、私はモフモフ防寒着だけじゃ死んでたかもしれない。

 

 

視界の先全てには純白の雪が深く降り積もり、一部は雪煙となり巻きあがっている。周囲には、切り立った崖が幾つも目につく。

 

少しでも道を違えれば、奈落へ真っ逆さま。そう、ここは危険極まりない雪山―。

 

…いや、確かに雪山なのだけど…。少し違う。その崖も、この雪の下の地面も、全てが『氷』なのだ。

 

 

 

雄々しき氷山…または氷河とも言うべきこの場には、とあるダンジョンが存在するのだ。私達はそこから依頼を受け、訪問しようとしているのである。

 

 

 

 

 

 

―と、説明している間に、雪も風も…止んだ。はたと足を止め、辺りを見回してみると…。

 

「おぉー…!」

 

思わず、感嘆の声を白い息と共に漏らしてしまった。私達の頭上にあった厚い雲は消え去っており、明るい光が降り注いでくる。

 

眼下に広がるは、白を越え美しき水色となった氷の丘や崖。そこに光が注ぎ、岩肌ならぬ氷肌が煌めく様子はとても眩しく美しい。

 

また、遠くの方に視線を移すと、そちらには未だ黒き雲。しかしその隙間からは、赤くすら見える輝きがレースカーテンのように形を成し、山々を照らしている。

 

 

あらゆるものが止まりそうな、氷の世界。その様子に思わず全身がゾクッとなる。…寒いせいかもしれないけど…。 と―。

 

 

ガタッ ガタガタッ!

 

 

? 手にしている社長入りの箱が震えてる…? 次には、くぐもった社長の声。

 

「ちょっと! アスト押さえてない!? 開かないんだけど!!」

 

「…え? そんなことするわけ…。 …あっ!」

 

蓋が思いっきり…カッチンコッチンに! つららまで出来てるし! 

 

 

しまった…。箱自体はノーマークだった…!対策魔法かけ忘れた…!

 

 

 

 

 

「凍ってるんですよ! あ…開かない…!」

 

まさかのアクシデント。慌てて力を籠め、社長を助けようと試みる。…けど…! こ、これ…!力入れても…ビクともしない…!

 

ならば…火を当てて溶かすしか…! そう想い、火の魔法を唱えようとした時だった。

 

 

 

「ちょっとアスト。私をどっかに置いて」

 

「え? は、はい」

 

 

社長からの妙な指令。とりあえず近くに降ろして…と。

 

 

ガタッ ガタッ ガタタッ!

「むっ…! 結構固いわね…! こんのぉ…!」

 

 

ガタッ! ピキッ…

「せーの…! どーりゃあっ!!」

 

 

バキャアッ!

 

 

 

おー。力技でこじ開けてきた。流石社長。って…

 

 

ズルッ

「へ…? ひゃあああぁぁぁぁ!!」

 

 

あぁっ!! 勢いつけ過ぎたせいで! 雪の上を滑り落ちていっちゃった!! 

 

と、止めなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スキーした気分ね! あー楽しかった!」

 

「いやいや…あとちょっとで崖から飛び出す勢いだったじゃないですか…」

 

「ブレーキぐらいかけられるからだいじょーぶ!」

 

何とか社長を確保し、元の位置へ。と、社長は自身の蓋の氷をペキペキ折り取りながら呟いた。

 

 

「でも、まさか蓋が凍り付くなんてねぇ。この寒さ、ミミック殺しよ!」

 

「殺し…ですか?」

 

「そうよ。()の開かなくなった私達なんて、もはやただの箱に等しいわ!」

 

「あー確かに…。そこのオプションも合わせて提案した方が良さげですね」

 

 

とか話しながら、先へ進む。とはいっても、目的地は目前。暫く歩くと…。

 

 

 

 

 

 

「あ! あれね!『氷城ダンジョン』! おぉ…!これは凄いわね…!」

「綺麗…!」

 

 

突然現れたのは、巨大なるお城。しかも…全てが氷で出来ている、とんでもない宮殿である。

 

 

透明に、あるいは白に、あるいは水色に。更に光を受け、紫や緑にも輝いても見える、冷たき城。

 

氷の巨大花、いや氷の巨大結晶の上に佇んでいるそれは、幾本もの尖塔と、荘厳なる居城からなっている。

 

 

 

尖塔は巨大な氷塊から生えて…いや削り出されたかのような形。その造りや装飾は、一流の職人達が手掛けたかのように緻密。複数の氷の柱と氷の屋根、そして空を突く細い氷筍で構成されたそれは、水晶細工みたい。

 

 

そして居城。氷の煉瓦が組み合わさって作られたそれは、まさに重厚。だというのに、滑らかな美しさが一切損なわれていない。そしてやはり、全体を包むかのように繊細な装飾が。

 

 

至る所に見えるバルコニー、そして沢山の窓もまた、氷製。硝子よりも透き通っているといっても過言ではないだろう。

 

加えて中から発せられている灯りが、城全体を仄かにキラキラと輝かせている。空から落ちてくる日光と、その灯りが合わさり、幻想的な雰囲気を存分に醸し出している。

 

 

さっき見て驚嘆した景色を、優に超えてくる麗姿。正直、ずっと眺めていたい気分である。

 

 

 

…でも、そうは言ってられないのが残念。中に入らなければ。…あと、ずっと見ていたら多分凍え死ぬし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戸を叩き、中へと。小さな氷の妖精達がお出迎えしてくれた。依頼主の眷属達らしい。

 

「わぁ…!!」

「中も凄いわね…!」

 

一歩足を踏み入れた瞬間、三度目の唸りを放ってしまう。これまた、素晴らしい…!

 

 

まず、当然のように全面が氷造り。透明な床は私達の姿を鏡のように写し、壁や扉は氷細工。

 

天井には、氷のシャンデリア。中心の光を乱反射、増幅し、煌々と輝いている。

 

 

至るところにある氷像は、様々な形。魔獣、ドラゴン、ゴーレム…などなど。

 

しかも、その毛の一本、鱗の一枚、ヒビの一つすら再現されているのだからえげつない。

 

中には私のような魔族やエルフ、果ては冒険者の氷像まで。滑らかな関節、着ている服の波たちやヨレまで氷で再現されている。

 

 

 

…中に本物が入っているんじゃないかって思ってしまう完成度である。いや、基本かなり透明だから入ってるわけないってわかるんだけど…。

 

 

 

……あっ。前言撤回。入ってるのがある…。冒険者のやつだ…。侵入した見せしめにされてるみたい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他にも見どころが沢山。ついつい、キョロキョロと目を移しながら歩いてしまう。

 

…それが悪かった。失念していたのだ。床が、つるっつるの氷だということに。

 

滑る床、そしてぼーっとした足の動き。つまりは、ほぼ必然にー。

 

 

 

ツルッ!

「ひゃっ…!?」

 

すっ転んでぇええ…!!

 

 

 

 

 

 

「おっと危ない! アスト、大丈夫?」

 

瞬間的に社長が触手を床に伸ばし、私を支えて止めてくれる。た、助かった…。

 

「すみません…。ちょっと余所見していて…」

 

「まあ無理もないわね、こんな綺麗な場所なんだし」

 

体勢を立て直しながら謝ると、社長はそう返してくれた。気をつけて歩かなきゃ…

 

「あっちょ! アスト足元!」

 

「え」

 

 

ガッッ!

 

 

 

 

 

「きゃぁっ!!」

 

と、透明だから…! 段差がうまく見えなかった…! 今度は正面にズッコケ…!

 

 

「…あ、あれ…?」

 

ない…? ギリギリで…身体が止まって…。あっ…氷の妖精達が支えてくれている…。

 

 

ほっと安堵し、立ち上がる…。あれ?手の感触がおかしい。…社長の箱の感触が…ない…?

 

「…! 投げちゃった…!?」

 

つんのめった瞬間、放り投げてしまったらしい…! 私としたことが…やってしまった…!

 

 

慌てて顔をあげ、社長を探そうとした―、その時。正面から、涼やかな声が聞こえてきた。

 

 

「わらわの城へようこそ―、と言いたいとこだが…。大丈夫かの?」

 

ハッとそちらを見ると、そこには…オーロラのように鮮やかな色の氷のドレスに身を包み、蒼い氷冠をつけた、麗しき女王陛下…!

 

間違いない…。彼女がここの主にして、依頼主の…『ニヴルヘイン』様…!

 

 

…って。 社長が抱っこされている…! どうやらキャッチしてくださった様子…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わらわのガングレト達ならば、そなたぐらい運ぶことができるが…良いのか?」

 

「は、はい! 浮いて移動すればもう大丈夫です!」

 

これ以上迷惑はかけられないため、私はほんの少し浮きながら進むことに。ちょっと大変だけど、これなら滑って転ぶことも、足を引っかけて転ぶこともないから…。

 

 

…コホン。ところで、氷の妖精達はそんな名前らしい。今も私の周りを、心配そうに飛んでくれている。

 

 

 

因みに、社長の元にも何体かついているのだけど…。

 

 

 

「ひゃっほーー!」

 

氷の廊下に、響き渡る弾んだ声。社長のものである。そして―。

 

 

シャアアアアアッ!

 

 

という凄い勢いで、社長の宝箱と、そこに乗っかった妖精達が滑っていく。

 

 

…社長、廊下をスケート(といっていいかわからないが…)をしているのだ。時折優雅に回転を決めている。楽しそう。

 

「ふふっ、良いのう。わらわの城であんなに自由に動ける魔物は久しい。遊びに来るイエティたちぐらいなものよ」

 

大抵はそなたのように、転んでしまうからの。 そうニヴルヘイン様はクスクスと笑う。いやほんと…お恥ずかしいところを…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味し~い! このアイス、絶品ですね! 魔力も栄養も、ふんだんに入っているのを感じます!」

 

「そうであろう? わらわは氷菓子には一家言あっての。好きなだけ食べるがよい!」

 

 

ひとしきり滑りまくった社長と共に、ニヴルヘイン様の私室に。そこで私達は色んな種類のアイスを頂くことに。

 

…社長はともかく、私は寒いから食べるのはちょっと…。と思っていたのだが…、一つ口にしたらそんな思いはどこかへと。本当に美味しい…!

 

 

 

しかし…凄い数! 味も色も形も違うアイス類が次々と運ばれてくるのだ。シャーベットや、アイスクリーム系、バニラやフルーツフレーバー系、コーンがついているものや、最中みたいなもの、赤と緑の三角形な変わったアイスまである。

 

 

中には容れ物や名前にもこだわっているようなものも。これとかお洒落。えーと、『レディ・なんとか』と、『ハーゲン・なんとか』…。

 

ちょっと氷で名前の一部が見えなくなっているから、正式名称がよくわからないけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ニヴルヘイン様。この度はどのようなご依頼なのでしょう?」

 

並んだアイスを一通り制覇した社長。リピートを始めながら商談に。自身も楽し気にもぐついていたニヴルヘイン様もこくりと飲み込み頷いた。

 

「うむ。冒険者対策だ。わらわの城にはこのアイス類を始め、良い氷素材を使っておる。それを狙ってはるばる来る輩が結構多くてな」

 

 

…いや、アイスを狙う冒険者は…。…この質ならば、いないとは言い切れないかも…。一応『鑑識眼』を発動して…。

 

…うわぁ。結構な高値ついてる…。貴族御用達のおやつになってる…。

 

 

 

思わず、ちょっと苦笑い。そんな間にもニヴルヘイン様は更に話を続ける。

 

「特に城の奥にある氷はそのまま武器や防具に使えるようでの。特に剣は『魔剣』と呼べるほどの性能らしい。…確かなんて言っていたかの…。『アイスソード』だったか?」

 

 

あぁ…それならば知っている。強力な炎の魔物ですら恐れる氷の魔剣。それを持っている人に譲ってくれと頼む者や、『殺してでも奪い取る』といった蛮行に及ぶ者が現れるほどだとか。

 

 

 

と、ニヴルヘイン様はそこで溜息。ふぅっと吐かれた息が、ダイヤモンドダストのようにキラキラと散っていく。綺麗…。

 

「特に最近はの…。さっきの社長のように廊下を勢いよく滑ってくる輩が増えてな。わらわならば簡単に対処できるが、ガングレト達は追いつけないほど速いのだ」

 

主の言葉に呼応するようにしょぼくれる氷の妖精達。とても悲しそう…。

 

 

とはいえ、場所が場所だから少しオプションはいるだろうけど…。氷素材の質的に、代金には全く問題ないだろう。食事もこのアイスなら充分そう。派遣に問題なしと見た。

 

「わっかりましたー! ミミック派遣させていただきます!」

 

社長も二つ返事な勢い。…と、何故かちょっと声を潜めた。

 

 

「…それで、代金の方にアイスを含めて頂けませんか…?」

 

あ。食欲に負けた。一方のニヴルヘイン様は上機嫌に。

 

「ほう! わらわの氷菓子をそこまで気に入ってくれたとは! 勿論、幾らでもやろう!」

 

「「やった!」」

 

…ハッ! 私まで声を上げて喜んでしまった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商談を終え、氷の城を堪能させてもらうことに。社長は常に私の手から離れ、妖精達と滑って遊んでいた。

 

そんな間に私は、ニヴルヘイン様に誘われ氷像のモデル役もさせていただいた。やっぱりあの氷像の数々を作っていたのは彼女だったらしい。

 

 

…けど、氷像を作ってる時のニヴルヘイン様の目、ちょっと怖かった。凍て刺す瞳という表現がぴったりな。

 

それに、モフモフ防寒着姿はお気に召さなかったご様子で、『ありのままの姿を見せるのだ』と迫ってこられて…。

 

 

流石にこれを脱ぐと凍えてしまうから、ちょっと迷っていたのだが…結局『少しも寒くないぞ』と半ば無理やり脱がされた。

 

けど…そこは氷の女王様。冷気すら自在に操れるらしい。本当に寒くなかったのだから驚きである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで名残惜しいが帰社時間。 では、社長を抱えて…

 

「ちょーっと待ったアスト!」

 

と、抱え上げようとした社長からまさかのストップ。…やっぱり、さっき放り投げてしまったこと怒っているのだろうか…。

 

そう反省していると、社長は思わぬ提案をしてきた。

 

 

「私に乗りなさいな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ええっ? …ええっ!?」

 

思わず、二回驚いてしまった…! いや、乗るっていったって…。

 

「さっき妖精達と遊んだの、アストと一緒にもやってみたいのよ。 さ、こっちに乗って!」

 

ワクワク声で、蓋を最大までパカリと開く社長。…え、乗る場所って…その蓋…!?

 

 

「いや…でも…」

 

「四の五の言わず、乗った乗った!」

 

怖気ていると、社長の触手がぐるり。半ば無理やり蓋の中に…! ひゃっ…!お尻が…!はまっちゃって…!!

 

「はい!足は私を挟む形にして、私の触手は紐代わりに掴んで!  完成!『ミミックそり』!」

 

あっという間にセッティング終了…。 なんだこれ…! 箱に詰め込まれるより、なんか怖い…!

 

「じゃ、れりごー…じゃない。れっつごー!!」

 

わっ…! 動き出し…! いや速っ!? 怖っ!? 

 

 

 

 

長い氷廊下を、螺旋の氷階段を、上へ下へ物凄いスピードで駆け抜けていく…! あっちょっ…!ジャンプ回転は…! きゃあああああっ!!?

 

 

「楽しー♪ うん、これ良いわね! 派遣する子達に覚えさせましょ!」

 

「ひ、必要あるんですかぁああ!?」

 

「勿論! これは良い攻撃手段よ~!」

 

 

そ、そうとは思えないけど…! ニヴルヘイン様…!笑ってないで助け…! 

 

「高階層から落下!」

 

待っ…! それだけは…!   ひゃぁぁああああああああ!!!!

 

 



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人間側 ある冒険者パーティーのスケート

 

 

カッ…カッ…カッ…!

 

 

巨大な氷塊の側面にクライミング用のアイスアックスを打ち込み、靴の専用棘を突き刺し、登っていく。ここまでくれば、もう着いたも同然…!

 

 

しかし…やっぱりこの場所に来るには、時間がかかる…! 途中ビバークも挟んだというのに、もう日が暮れてきている。

 

勿論、高級装備及び上質アイテム類で身を固めてきたから、凍死することはない。けど…寒い…!

 

耐寒魔法重ねがけ、そして最高級のホットドリンクも飲んでるっていうのに…! ほんと、『氷城ダンジョン』は魔境だよ…!

 

冥界って寒いって聞くけど…。こんな場所のことを言うんじゃないのかな…。

 

 

 

 

「ほっ…と! ぃよーし…!妖精たちいないな…! ロープロープ…」

 

氷塊の上にある尖塔の隙間から中に入り、一息。手にしていたアックスを置き、背負っていたバッグをズシリと下ろす。

 

中からロープを出し、下へと垂らす。これで良し。 ふぅ…少し休憩しよう…。カイロ開けちゃえ。

 

 

 

 

あぁ。説明しそびれていた。僕達は三人組の冒険者パーティー。

 

今回は、とある深い氷山氷河の奥へ来ているんだ。道は危険だったし、狂暴な魔物も出たけど…ここにはその甲斐がある。

 

 

『氷城ダンジョン』―。名の通り、氷で出来た城のダンジョン。なのに、王様の居城のように綺麗な見た目をした場所なんだ。今も日の光を浴びて、赤やオレンジに輝いている。

 

 

そして、僕はその横に聳える尖塔の一つ…巨大氷塊の上に建てられたそれの中にいる。もう暫くしたら、ロープを伝ってメンバー達もここに来る。

 

 

 

 

…う~ん、ホットココアが美味しい。無理やり温め直しながらじゃなきゃ、速攻でアイスココアになってしまうのが悲しいけど。

 

あ、失礼。なんで来たかの理由を話してなかったね。

 

 

 

ここには、最高レベルの氷素材が大量にあるんだ。上手く加工すれば、氷の魔剣と呼ばれるものすらできてしまうほどの。確か…抜けば玉散る(本当の)氷の刃、とか売り文句で売ってるとこがあった。

 

実際、最強クラスの武器防具が作れる素材らしい。だから、命がけで取りに来る価値はあるんだ。

 

 

あと、何故か高級アイスもある。…そう。アイスクリームとかの、食べるアレ。ここのダンジョンの主の趣味?らしいんだけど…。それも結構高く売れるから、標的の一つだ。

 

前にそのアイスを持って帰って、一つだけ売らずに食べてみたんだけど…。それが絶品だった…!

 

なんて言えばいいのだろう、『アイスの芸術品』…いや、『幸せだけで、できている』…。とにかく、素晴らしいアイスだったんだ。

 

 

 

お。そんなことを話している間に、仲間が昇ってきた。さて、準備しよう。

 

 

 

 

 

 

 

「ダンジョン攻略に必要のない装備類はここで放棄。出来る限り身軽にいこう」

 

いつもやっているように、メンバー達にそう促す。武器も最低限。鎧は…全部装備解除。ぉお…っ、さむぅ……もう痛い、これぇ…!

 

 

か、帰り道に必要な物だけ残し…ほ、他のアイテムは予備バッグの中に詰めて…ろ、ロープにぶら下げ下に…! ダメだ、カイロ…!

 

 

…ふぃ~、ちょっとだけマシになった…。 あぁそう。高級装備類も、全部捨てていく気だ。

 

 

 

一応外に吊るしておいているから、素材ゲット後に回収もできるけど…。最悪、捨てていく。身軽さが最優先なんだ。

 

この装備とか中古でもえっらい高いんだけども、惜しまずに。なにせここの氷素材さえ持ち帰ることができたならば、お釣りどころか暫く遊んで暮らせるから。

 

 

 

 

 

さて、最終装備確認。僕達が身に着けているのは…身体に張り付いて抵抗を軽減するタイツ状の高性能耐寒装備、氷柱対策の特製ヘルメット、氷の段差等の視認性を上げる特殊ゴーグル。

 

そして…あとはこれだ。この、棘付きの靴。これにはある特殊な仕掛けがある。 ここを…こうすると…!

 

シャキンッとスケート靴に早変わり! このダンジョン攻略用の専用靴なんだ。ワンタッチで切り替えられるし、対氷魔法や転倒防止魔法とか色々かけてある超優れもの!

 

 

 

この装備を用意したのには理由がある。このダンジョンには氷の妖精達が沢山棲んでいるのだけど…そいつら、かなり強い。正面から戦うと、かなり苦戦してしまう。

 

ただでさえ足元がツルツルの氷ばかりなダンジョン。そんなの相手だといくら僕達の腕が良くても、多勢に無勢。あっという間に復活魔法陣送り。

 

 

だけど…弱点もある。あの妖精達、そこまで飛ぶのが速くないんだ。そりゃ、普通に走るぐらいじゃ追いつかれるけども。

 

このダンジョンの特性を活かせば…氷の上を滑走すれば、とんでもないスピードで移動できる。面倒な戦いは避けられて、警戒が行き渡らない内に素材回収もできるんだ。

 

 

 

それに、どうせここの主である『氷の女王』に出くわしたら、逃げの一手しかない。勝てる相手じゃないから。その点からも、速度&回避重視の装備が望ましい。

 

ただ、氷の女王…この時間は部屋に引きこもって何かしているらしい。よっぽど暴れない限り出てこない。何しているんだろう。雪だるまでもつくっているのかな。

 

 

ともあれ侵入が大きくバレない内に、氷の上を滑るようにスイーッと攻略してみせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…? !?」

「――! !!」

 

 

遊んでいる氷の妖精達が、僕達を見つけるたびに焦った表情を浮かべる。攻撃態勢に入ろうとする子もいるけど、もう遅い。

 

その準備が整うまでの間に、僕達はシャアアッと横をすり抜け、あっという間に遠くに逃げているんだから。

 

 

 

今回もスケート靴は好調。 三人縦に並んで、チームパシュートのように軽快に滑っていく。もう誰も、僕達を止められない!

 

…え? 自分達でも止められないんじゃないかって? いやいや。そこらへんの対策はしてある。

 

靴の魔法でブレーキは安全に掛けられるし、階段とかはワンタッチでスケート刃を仕舞えば対氷用の棘付き靴に元通り。

 

いいね、これは良い。この調子ならば、自己最速ベスト記録狙えるかも…! …ダンジョン攻略のね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…と、思ったのだけど…。流石に対策されてた。氷素材は城の奥の方にあるものが良質なのだけど、僕達の動きをある程度予測され、道を阻まれていた。

 

しかたない。氷の女王が出てくる様子は無いし…少し遠回りで攪乱とかして、奥へと進もう。

 

 

 

…お! その前に…良い場所を見つけた…!

 

 

 

 

 

 

 

メンバーに停止を促し、とある部屋へと侵入する。そこの中にあったのは…沢山の…冷凍庫。

 

とはいっても、正しくは氷で出来た箱って言った方が良いのだろうか。中を開けると…。よしよし…!色んな種類のアイスがギッシリ…!

 

 

 

これがさっき説明した、氷の女王製のアイス。この城の中には、至る所にこういったアイス置き場がある。彼女達寒いところに棲んでいるのに、こんな冷たい物を食べるらしい。

 

…流石に僕達は、この極寒の中でアイスは食べたくないけど…。幾つか拝借していこう。最悪これ売って足しに出来るし、美味しいから。正直、これだけでも来た価値はあるんだ。

 

 

 

 

 

ひょいひょいとアイスをバッグにつかみ取りしていく。と、メンバーの1人が首を捻った。

 

「けど、なんで冷凍庫?の中に入ってるんだろうな。どうせ氷造りな城なんだし、そこらへんに置いといても良いだろうに」

 

「んー。あ、俺聞いたことがあるぞ。寒い地方に住む奴らって、外に食材を出しとくとガッチガチに凍るから、温めるために使うって。 …ん? それ冷蔵庫だったかな?」

 

 

なんて言いあってる。でも…まあ、アイスを外に出しっぱって気が引ける感じは僕にもわかる。そういうことなのかも。

 

 

 

 

そんなことを駄弁っている間に、バッグもある程度いっぱいに。氷の妖精達は…近づいて来ている様子すらない。僕達を見失っている様子だ。

 

 

この隙に、奥に行ける道が無いか探しに出てみよう。なに、もし見つかっても大丈夫。このアイスを幾つかばら撒けば、氷の妖精達はそれを拾いに行ってしまうんだ。

 

主の作ったアイスだからか、それとも好物なのかはわからないけど…。高速で逃げる時には良いデコイになるから有難い。

 

 

 

そんな事を思いながら、三人揃って入口へと…。 おや…?

 

「鍵がかかった冷凍庫…?」

 

 

 

 

 

 

入って来る時は気が付かなかったけど、部屋の入り口付近に鍵付き…氷の錠前付きの冷凍庫がある。他のには特についてないけど…なんで?

 

「…もしかして、超レアなアイスが入ってるんじゃないか!?」

 

メンバーの1人が、ポンと手を打つ。それは…ありうるかも…! それこそ、氷の女王のみが食べられる、至高のアイスとか…!

 

なら、是非貰っていきたい。そして売って…いや食べてみたい…!

 

 

 

そうと決まれば話が早い。丁度手を打ったメンバーが開錠スキルを持っていたため、すいっと箱に。そして氷の錠前に手をかけ…。

 

「…ん?」

 

「? どうした?」

 

突然小首を傾げた開錠メンバーにそう問いかける。するとそいつは、訝しむ声を出した。

 

「いや…この錠前、閉まってないぞ? というか、鍵じゃない…」

 

 

 

パカァッ!

 

 

 

 

 

刹那―、閉まっていたはずの冷凍庫の蓋が…勝手に…開いた…!? 中から…触手と…氷の妖精達…!

 

「なっ…! ぐぇっ…!?」

 

刹那の間に、開錠をしていたメンバーは触手に縛られ、氷の妖精達と共に冷凍庫に引きずり込まれ…って…えぇ…!?

 

 

 

呆然と口を開けてしまう僕。残ったメンバーも、混乱した口調でボソリ。

 

「『蠢く触手アイス!』…とかじゃないよな…?」

 

…いや、そんなアイス食べたくない…。 じゃない! 助けなければ…!

 

 

 

カパァッ!

 

「「わっ…!?」」

 

 

再度、蓋が開く。ビクッと怯む僕達の前に、何かがゴスッと飛び出て…。…っ!

 

「こ…凍らされてる…!!」

 

今さっき、冷凍庫に捕らえられたメンバーが、アイスに…氷漬けって意味の、アイスに…!! カッチンコッチンの、氷の中に…!!!

 

 

「―――!!」

 

マズい…! 妖精達と、触手がこっちに狙いを…! あ、アイスクリームデコイ!

 

よ、よし!気が逸れた…! 逃げろ――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんとか…撒けたかな…?」

 

城の内部…どこかわからない位置で、僕ともう一人のメンバーは白い息を吐く。

 

…ま、まあ…。このダンジョンには覚悟を決めてきている。誰かが途中ではぐれたり魔物にやられても、氷のように冷たく見捨てるっ…。そうじゃなきゃ、攻略難しいから。

 

今頃、復活魔法陣に戻っているはず。なら、なんとかアイスと氷素材を確保し凱旋しなきゃ。

 

 

 

 

…それにしても。さっきの触手はなんだったんだろう…。 氷の女王の新しい眷属…? …いや、それにはなんか違うし、どこかで見たことがある気が…。

 

僕が首を捻っていると、残ったメンバーが恐る恐る口を開いた。

 

「…なあ。さっきの…ミミックじゃないか…?」

 

 

 

 

 

 

…! いやまさか…いや……うん…確かに……。

 

箱に潜んで獲物を仕留めるスタイルは、まさしくミミックのそれ。しかも、既視感の正体もピッタリ。触手型のだ…!

 

 

だけど…。いくらミミックがどんなダンジョンにも潜んでいる魔物とはいえ…。こんな普通の魔物なら凍え死ぬダンジョンにいるかな…? 

 

…ミミックが普通の魔物かと言われれば、判断に悩むけども…。 ――む!

 

 

 

 

気配を察知し、メンバーに停止と警戒の指示を送る。何か…この廊下の先にいる…。

 

武器を手に、恐る恐る様子を窺う。…が、目に入って来たのは衝撃的な…よくわからない絵面だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――…。 ~~~!!」

「「「―! ―、~!」」」

 

 

楽しそうな、妖精達の声。そんな彼女達が複数がかりで手にしているのは…。カーリングの、ブラシ…?

 

それで、コシコシコシと廊下を擦っている…。掃除しているわけでは…なさそう。 …お…?へ…!?

 

 

 

そんなブラシの後から、スイイイッと滑って来たのはカーリングストーン…ではなく、宝箱…。な、なんで…?

 

…まあ確かに、ストーン代わりに使えなくはないだろうけど…。本当に…なんで…。

 

 

ぼーっと眺めていると、ブラシはどけられ、宝箱が僕達の前の通路をスイーッと通り過…

 

 

 

ピタッ

 

 

 

え。僕達の前で止まった…。そして―。

 

 

パカッ!

「シャウウッ!!」

 

 

ひぃっ!? 蓋が開いて、鋭い牙と真っ赤な…。あれ、緑の舌…。メロンアイスを食べたかのような…! いや、どっちにしろミミックだぁ!!!

 

 

やっぱり、このダンジョンにはミミックが潜んでいる…! って、言ってる場合じゃない!逃げろ!

 

 

 

「シャウウウウッ!!」

 

…!? いや普通のミミックより速くない!? そうか!僕達と同じように、氷の廊下を滑っているのか…!ミミックも利用してくるなんて…!

 

 

―!しまった、前からも妖精達が! うぅ…勿体ないけど…! ありったけのアイスクリームデコイ! いやフレアか!? でも冷たいし…。あぁもうどっちでもいいや!

 

 

それぇっ! …よし、ちょっと隙が出来た! 今のうちに…!こっちの道へ…!シメた、この長廊下、誰もいない…!

 

逃走経路を確保し、俄かに安堵の息を吐く僕達。―と、その時だった。

 

 

 

 

「待て待てー! アイスポイ捨て犯たち!!」

 

シャアアアアアッ!!

 

 

 

 

 

 

…!誰の声…!? 僕達以外に、物凄い勢いで滑走してくる音…!?背後から!?

 

 

なっ!? あれは…上位ミミック!? は、速い!桁違いに速い!速すぎる!!

 

 

「どーんっ!」

 

「ボブスレッ!?」

 

あぁっ!! 残っていたメンバーが、上位ミミックの激突受けて、変な悲鳴上げて吹っ飛んでいった!助けられないよ、あんなの!

 

 

 

 

残りは僕一人…! くっ…もう氷素材も、アイスも諦めるしかない…! 逃げ切らなきゃ…!

 

そう決意を固め、追いかけてくる上位ミミックの動きを把握するためにチラリと後ろを。すると―。

 

 

2(ダブル)アクセル、3(トリプル)トゥループ!」

 

わっ…見事なジャンプ回転してる…!?

 

「まだまだー! 3(トリプル)アクセル、1(シングル)ループからの…3(トリプル)サルコゥ!」

 

おぉっ…!凄い…!着地も完璧…!!

 

「さらにー…! スピン!スピン!」

 

なっ…!滑りながらスピンしている…! どうやってるのあれ!? どちらかというとスリップじゃないかな!?

 

 

「最後! 蓋を完全に開き切って…イナバウアー!」

 

な、なんだあれ…! 蓋を限界まで開いて…上位ミミックがブリッジするかのように背中を逸らして…!

 

 

「からの、勢いつけて触手攻撃!」

 

 

うわぁっ!? 触手飛んできた!! 避けられない…ぐええっ…!  

 

 

も、もう…このダンジョンには…ミミックには…()()()()()()だよぉ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

冒険者を倒し終わり、丁度日も暮れ切った頃合い。氷城のてっぺん部分に、幾体かのミミック達が集まっていた。

 

上位下位問わず、彼らは天を見上げる。そして、揃って歓声をあげていた。

 

「わぁ~~!! すっっごい綺麗…! オーロラって、無限に見ていられちゃう…!」

 

 

 

そう。彼女達の視線の先には、夜空を覆う虹のような極光のカーテン。揺蕩うかの如きそれに、見惚れていたのだ。

 

 

ふと、上位ミミックはくぅっと体を伸ばす。…そして、設置した炬燵にもそもそと身体を沈めた。

 

「このダンジョン…最っ高ぉー…! 景色綺麗だし、常に寒いからって暇なときは炬燵入り放題にしてもらえたし…! それに…!!」

 

 

にゅっと触手を伸ばし、彼女は机の上を探る。そこには、アイスがたくさん詰まった箱が。そこから1つ取り出し、勢いよくかぶりついた。

 

「んむんむ…!ふへへ! アイスをもぐもぐタイムし放題! 新作も美味しいです!ニヴルヘイン様ばんざーい!」

 

 

 

「ふっ。調子が良いのぅ。とはいえ、悪い気はせん。 それにそなた達の活躍で、冒険者達にアイス造りを邪魔されることがなかった。礼を言うぞ」

 

上位ミミックの誉めそやしにそう微笑んだのは…同じ炬燵に入っている氷の女王、ニヴルヘイン。ふと、彼女は少しもぞもぞと。

 

 

「しかし…これがコタツか…。そして、ここでアイスを食すことが、伝説の『コタツデアイス』か…。何故か抗いがたく、心地よいな…!」

 

「おぉ! 嵌ってくださいました? 良いですよね~炬燵!」

 

「うむ。新作アイスのアイデアも雪のように降り注いでくる。もっと滑らかさを増やして…」

 

ぶつぶつと呟き、自分の世界へと入るニヴルヘイン。上位ミミックは彼女に笑みを向けながら、下位ミミック達とアイスを食べ、色の変わった舌を笑い、妖精達と遊び、オーロラを堪能。

 

 

 

と、暫く経った後。はぅ…とニヴルヘインが欠伸をした。

 

「しかし、炬燵とはかくも夢見心地になれるものだな…。まるで体の芯から溶けるような気分だ…」

 

「そですねぇー。気持ち良くって…。…ん?」

 

ふと、上位ミミックはガバリと炬燵布団を捲る。そして驚愕の顔を浮かべた。

 

「ちょっ! ニヴルヘイン様! 足、本当に溶けてます!」

 

「なんと! わらわの身体が…こうも容易く…。恐るべし…コタツ…!」

 

 

 



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顧客リスト№44 『ケット・シーのにゃんこダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「ひゃにゃぁぁぁぁ…!」

 

とあるダンジョン内部で、私は変な声を漏らしてしまう。先に社長を降ろしていなかったら、落としてしまってたかもしれない…!

 

 

だって…だって…! あっちににゃんこ、こっちににゃんこ…! そっちににゃんこ、向こうににゃんこ…! 

 

右にもにゃんこ、左にもにゃんこ…! 足元にもにゃんこ、高所にもにゃんこ…!!

 

短毛にゃんこに長毛にゃんこ…でかにゃんこに仔にゃんこまで…!!!

 

 

どこを見回しても、にゃんこにゃんこにゃんこにゃんこ。敷き詰められたかのように、もふもっふ。

 

これはもう、にゃんこあつめ…!

 

 

 

 

 

 

コホン…興奮しすぎてしまった。反省…。

 

一応断っておくが、私は別に猫狂いってわけではない。犬とか兎とかハムスターとかも同じぐらい好きである。

 

でも…こんな猫まみれのダンジョンを見て、誰が正気でいられるだろうか。気持ちよさそうに寝ていたり、じゃれ合っていたりする猫たちのど真ん中にいて、誰が嬌声を上げずにいられるだろうか。

 

 

だから私はおかしくない。文字通りの『猫だまし』とかにあって狂わされているわけではない。ねこによる精神汚染を受けてるわけでもない。

 

 

…ただそりゃ、見ての通り、ねこはいますけど。よろしくおねがいします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ッハ…!なんか今、変な感覚が…。…まあいいや…。

 

では改めて。ここは『にゃんこダンジョン』―。名前そのままの、猫が棲むダンジョンである。

 

 

誰が建てたのかわからないが、その外見は広いお屋敷。猫耳屋根付きで、髭みたいな模様がある。

 

そんな屋敷の至る所に猫用の小さい入口があるが、人が入るための普通の扉もある。そしてやっぱり猫マーク。

 

 

中は綺麗ではあるが、キャットタワーとかソファとかキャットウォークがそこかしこに。また、空箱や転がっているおもちゃとかで結構雑多にも見える。

 

しかし猫たちにはそれが一番心地よいらしく、悠々自適に過ごしている様子。ほら、そこの子なんて腹を思いっきり曝け出して寝ている。

 

 

ちょっと触らせて貰って…。あぁ…ぐるぐる喉を鳴らしてくれてる…!ふふふぅ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…あ。また虜にされていた…。説明の続きを…。

 

 

このダンジョンにも空間魔法がかかっており、結構広い。そして、猫のための魔法が幾つも備わっている。

 

具体的に言うと、ノミとり魔法とか水湧き魔法とか。猫好きの魔女や魔法使い達に頼んでわざわざ作って貰ったらしい。特に魔女って、黒猫が好きな人が多いから。

 

 

因みに二つ返事でOKしたどころか、寧ろ『私が私が』となったらしく、競うように思わぬ魔法まで仕込んでくれた様子。

 

 

例えば時折そこらへんを浮いているブラシ、自律式のブラッシング魔法らしい。猫が触れると暫く勝手に動き回るボール魔法とかもある。ご飯が無尽蔵に出る魔法すらも。

 

また、魔法以外にも色々と。明らかに高級志向な布団やお皿とかおもちゃとか、猫への『貢ぎ物』が沢山。もちろん、人から猫へのである。

 

 

実はこのダンジョン、一般の人の立ち入りも許可されているのだ。だから気軽に来て猫と戯れることができるし、お菓子やおもちゃを貢ぐ…もといあげることもできるとても人気な場所。

 

今も、色んな所に猫と遊んでいる…いや遊ばれている人が沢山。総じて猫撫で声で、猫のご機嫌を取っている。

 

 

猫は人を篭絡し、支配する存在と冗談混じりに言われたりもするが…これをみたら納得。流石、おネコ様。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな猫たち。毛色も種類も様々。三毛、黒、白、トラ、ペルシャ、ロシアンブルー、マンチカンにシャム、エキゾチックやetcetc…

 

中には魔獣の猫や希少種なんかもいる。最も、このダンジョンでは正に借りてきた猫状態。他の猫に混じって喧嘩もせずにぐっすり。

 

 

…しかし私達は依頼を受けてここに来たのである。猫が手紙を書いたりするだろうか。ミミックを派遣して欲しいなんて言うだろうか。

 

そう、普通の猫ならしない。そもそもこの子達、人語を理解せども、話すことはできないのだから。

 

え? 喋る猫もいる? 『ごはーん』とか、『マグロおいしい』とか? それは空耳。 …多分。

 

 

 

…いやそうじゃなくて! ここには、ふつうじゃない猫…人語を話せる猫がいるのだ。彼らから依頼を受けたのである。どんな猫かというと―。

 

 

 

 

 

「ニャスト様、お食事の準備ができにゃした。どうぞこちにゃへ!」

 

ふと、私の背後から凛々しくも可愛らしい声。振り向くと、そこにいたのはー。

 

 

騎士の羽付き帽を被り、マントを羽織り、サーベルを下げ…そして長靴を履いた…灰色ショートヘアの…にゃんこ。

 

 

うん。猫。騎士のような格好した、二本足で立つ、それでも私の膝ぐらいしかない、ブリティッシュショートヘアの、可愛らしい子である。

 

 

 

「? どうかされにゃしたか? このダルタニャンの顔に、にゃにかついておりにゃすか?」

 

思わず私が見惚れてしまっていたら、ちょっと困惑気味な表情と耳をする『ダルタニャン』ちゃん…いや、さん……

 

あぁもう…! いいや、ちゃん付けで! 本()もいいって言ってたし!

 

 

そう、このダルタニャンちゃんのような子達が、このダンジョンの仕切り役。種族名を『ケット・シー』という、猫の妖精たちである。

 

 

因みに彼ら、私の名前を『ニャスト』と呼んだりしているように、独特の猫訛り?を持っているのだけど…それもまた、良し!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、ニャスト様こちにゃへ! レストランまでご案にゃいしにゃす!」

 

先導して、ちょこちょこ歩き出すダルタニャンちゃん。……もう限界である。

 

「ちょっと失礼します!」

 

 

 

「ふにゃっ!? ニャスト様にゃにを!? おにゃめくだされ、おにゃめくだされ!」

 

歩いているダルタニャンちゃんをヒョイっと抱き上げる。柔らかくて、暖かい…!もふもふもふもふ…!

 

「にゃ…ふにゃぁぁぁ…喉はぁ…ゴロゴロゴロゴロ…」

 

もふってあげると、大きく喉を鳴らし出してくれた。騎士然としていた姿はどこへやら。とろんとした瞳で見つめてきた。

 

「ニャスト様…抱っこ、お上手ですにゃぁ…。がっちりと掴んでいるのに、気遣った優しい押さえ方…素晴にゃしく、心地よいですにゃぁ…」

 

「そうですか? あぁ、多分いつも社長を抱っこしているからですね」

 

「にゃるほど…あぁその強さで…ゴロゴロゴロゴロ…」

 

あっという間にとろけ猫。液体みたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダルタニャンちゃんを抱っこしたまま、レストランへ。その道中、ふと気付いた。

 

「そういえば社長はどこへ?」

 

 

最初にダルタニャンちゃんたちと顔合わせした後、社長とは別行動としたのだ。きっとどこかにいるのだろうけど…

 

「にゃぁ…ミミン様ならばお先に…ゴロゴロゴロ…」

 

溶けたまま、そう答えてくれるダルタニャンちゃん。なら安心である。 あ、そうこうしている内に到着した。

 

 

 

そうそう。説明しそびれていた。実はこのダンジョン、ケット・シーたちが作る食事やお茶も堪能できるのだ。言ってしまえば猫経営の猫カフェである。

 

え?猫が料理するのが不思議? どこぞでは猫が料理人をしていると聞くし、いいのではないだろうか。我が社だってポルターガイストたちだし。

 

毛が入るのではって? ご安心あれ。ケット・シーの中にも魔術師…にゃ術師がいる。そこらへんは魔法で対策済みらしい。

 

 

…あ、でも。ケット・シーや魔獣の猫たちにはともかく、普通の猫たちには人の食べ物をあげないように。あげるならばしっかり猫用のものを。売ってるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちにゃの部屋ににゃります!」

 

流石に他の客や他ケット・シーがいるレストランまで来て、抱っこされたままだといけないと思ったらしいダルタニャンちゃん。私の腕から飛び降りて、先程のされるがままを誤魔化すかのようにとある個室へと。

 

扉を潜ると、そこにあったのは猫マーク付きの豪奢な机や椅子、調度品、そして…

 

「……ん?」

 

床に置かれた、もふもふが詰まった宝箱…?

 

 

 

 

 

いやよく見ると…これ、社長の宝箱…!そして、もふもふの正体は…!

 

「にゃんこがぎっしり…!!」

 

 

みっちりと詰まっているのは、いろんな色のにゃんこたち。全匹がグルグル鳴いてリラックス状態。

 

「あ。アスト来たわね」

 

と、そんな猫まみれ宝箱の中から声が。ということは…。

 

「はーい皆どいてね~。ごめんね~」

 

猫の隙間から触手が伸び、一匹ずつ外に出していく。1…10…まだまだ出てくる…!?

 

 

私とダルタニャンちゃんも手伝い、よいしょよいしょと出していく。皆ちょっと残念そうに、別の場所へと寝直しに消えて行った。

 

えーと数は確か…合計…100匹…。いや、101匹だ…。101匹ネコちゃん。

 

 

 

「ふぅー! 重かったけど気持ちよかったぁ〜。うへへ〜」

 

直後、ポンっと出てきた社長。撫でられていた時のダルタニャンちゃんなみに顔が蕩けている。猫たちと一緒に箱の中に入れるなんて…羨ましい…!!!

 

 

…だが、それも仕方なし。なにせ猫は箱に目がない。箱に入る生態のミミックとは相性最高に決まっているのだから。

 

そう言えば出かける前に、ミミックの皆にここから依頼が来たことをぽろっと話したのだけど…速攻で誰が行くかの取り合いになってた。まだ派遣するかすら決めていないのにである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく席につき、少し待つ。すると控えていたダルタニャンちゃんの耳がピクッと動き、彼は声を張った。

 

「王様の、おにゃ〜り〜!」

 

 

直後、扉が開く。そして、何匹かの猫が引っ張る屋根なし車が。これがほんとのネコ車。なんちゃって。

 

そんな車の上に、頭に王冠を乗せ腰掛けている猫が…うわっ、とんでもなくフワッフワ…! 多分フォレストキャット系…!

 

「お待たせいたしましたニャァ。吾輩がここの王ですニャ。…勿論、名前はありますのでニャ。『ニャオウ』と申しニャす」

 

そう言い、ニャオウちゃ…いや流石に失礼かな…。ニャオウ様はにゃんにゃんにゃんと笑った。

 

 

 

 

 

 

ニャオウ様も席に飛び乗り、料理を頂くことに。並べられたのはお魚フルコース。鰹節もふんだんに使われていてとても美味しい。

 

あと、またたびティーもついてきた。のだけど…ニャオウ様はおろか、控えていたダルタニャンちゃんたちまで匂いを嗅いで酔っ払った様子になった。効果高すぎである。

 

 

それが少し落ち着いた頃合いを見計らい、社長はニャオウ様に問いかけた。

 

「ところでニャオウ様。私たちにご依頼のご用件とはなんでしょう? 少々切羽詰まった様子な文面でしたが…」

 

「ニャア…それがですニャア…吾輩たちの危機ニャのです…」

 

 

あぁ…ニャオウ様のお髭が、しな垂れて…。

 

 

 

「このダンジョンには、見ての通り人を招いておりニャす。撫でられるのが好きニャ子や、遊んでもらいたい子ニャどは結構おりますからニャ」

 

と、そこまで話してくれたニャオウ様。今度は耳までへちゃりとなった。

 

「ですが、その人のにゃか()に…吾輩たちを捕まえて、毛や皮を剥いだり売り飛ばそうとする輩がおるのですニャァ…」

 

 

 

 

 

 

 

「「なんですって!!」」

 

社長と私、全くの同時に立ち上がってしまう。そんなこと、許せるはずがない!

 

 

そんな私たちの剣幕に、若干毛を逆立てビビってしまうニャオウ様。しかしすぐに安堵し毛を戻してくれた。

 

「とはいえ、ただの悪漢程度ニャらば吾輩たちで倒せもするのです。そこのダルタニャンのように優秀ニャ戦士がおりニャすからニャ」

 

 

そうニャオウ様に示され、ダルタニャンちゃんは小さいサーベルを引き抜きシャキンと構える。…どう握っているのだろうか…。

 

他の控えている猫たちも、皆爪や牙をシャキンをだし、強さアピール。…言っちゃいけないんだろうけど…それも可愛い。

 

 

 

しかし、ということは…。

 

「何か難敵が?」

 

私がそう問うと、ニャオウ様はコクリと頷いた。

 

「その通りですニャァ…。奴ら、猫じゃらしやボールに飽き足らず…吾輩たち猫の天敵を召喚するんですニャァ…。蛇、鷲のような猛禽類、そして魔狼や魔犬を…!」

 

プルプル震えだすニャオウ様。そして、手を…もとい肉球で顔を覆った。

 

「あれを目の前にすると、身が竦んでしまうのですニャァ…。クー・シー(犬の妖精)たちや優しい犬たちとは仲が良いのですが…。吾輩たちを狩ろうとしている天敵たちは怖くて怖くて…!」

 

ダルタニャンちゃん達も想像したのか、毛を逆立たせ身を伏せ、ごめん寝的なポーズに。なるほど…事情はわかった。

 

 

 

 

「お願いですニャ!吾輩たちにミミックの皆様のお力を!」

 

四つ手をついて頭を下げるニャオウ様。…まあ、普通の猫形態に戻ったようにしかみえないのだけども。

 

「お代金として我らケット・シーの毛や爪と、レストランの売上金の半分を差し上げますニャア!」

 

わっ…!キラキラした、猫のまんまる瞳で見つめるなんて…!反則…! そんなの、どんな悪条件でも頷いてしまう…!

 

 

…まあ、提示された金額的に充分だし、断る気なんて猫の額ほどもないのだけど。というかー。

 

 

「レストランのお金、良いんですか?」

 

そっちのほうが気になり、思わず聞いてしまう。するとニャオウ様はふわふわ尻尾をぐるん。

 

「猫に金貨は不要ですニャ。食材とかを買う時に使う分以外は、基本邪魔なので奥の方に放って置いてますニャ」

 

 

……むしろ猫誘拐犯たちはそれを狙うべきなのでは…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっかりました! 我が社の選りすぐり達を派遣致しましょう!」

 

勿論社長も断る気なんてさらさらない様子。と―、何故か声を潜めた。

 

「ところで…。色んな箱、欲しくありません? 我が社にはミミックも垂涎ものなありとあらゆる箱が取り揃えてありますよ?」

 

 

「ほ、ほう…! ど、どんな…」

 

今度はニャオウ様がガタリと立ち上がる。社長はにんまりと笑みを。

 

「手始めに私の入っているような宝箱」

「ほう…!」

 

「柔らかドーム型ベッド」

「にゃ、にゃんと…!」

 

「深鍋に、壷、収納ボックス…」

「ニャァ…!? にゃにゃ…!」

 

「そして…段ボール箱!」

「ふにゃあぁん!!」

 

 

ノックアウトされたかのように、くねんくねんと身を揺らすニャオウ様。見ると、ダルタニャンちゃんたちも演劇のように派手な動きを。劇団みたい。劇団キャッツ。

 

 

「ぜ、是非! お、お幾らで…!?」

 

フスンフスンと鼻を鳴らし、社長に迫るニャオウ様。一方の社長は楽しそうにニヤついた。

 

「ふっふっふ…! 超格安で…いえ、タダで差し上げましょう!!」

 

「ニャ!? ニャンですとぉ!! あにゃた様は…神様ですか…!」

 

思わずグルングルンと大きく喉を鳴らすニャオウ様。社長はケラケラと手を振った。

 

 

「いえいえ!寧ろ神様はそちらの方じゃないですか! ほら、『ネ申』と『ネコ』って似てますし!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猫たちとの別れを惜しみながらも、帰り道。私は猫ではなくいつも通り社長を抱えながら質問を。

 

「でも、どのミミックの子を派遣しましょうか。結構争奪戦になりそうですけど」

 

「まあそうよね。じゃ、派遣枠もっと増やしましょう!」

 

即断する社長。ちょっと驚き、内心良かったと思いつつも一応聞いてみる。

 

「良いんですか、代金分超過しても? 箱もタダであげるって宣言しましたのに」

 

「良いのよ!あんなに可愛い猫たちのためですもの!」

 

 

この様子…どうやら社長も、猫に思考を支配されたらしい。やはりにゃんこは最強…。

 

 



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人間側 とある逆恨み召喚士とネコ

 

 

見渡す限り、猫。猫。猫。どこを見ても、猫まみれ。

 

そしてその中で狂っているような声をあげ、なんとか猫に好かれようと頑張っているのは、人だ。

 

 

人間魔族問わずに地面に頭を擦りつけ、猫にアピールしているその姿、まさに王に傅くがの如し。しかもそれを、皆恍惚とした表情で受け入れている。

 

全く…嘆かわしい。あいては猫だぞ?小さい毛玉ヤロウだぞ? なんでこぞって、そんなことをするのかわからない。…犬の方が凛々しくて良いだろうに…。

 

 

 

 

 

俺はとある冒険者。ジョブは『召喚士』だ。今日はパーティーを組まず単独行動中。

 

今いるのは『にゃんこダンジョン』という、猫だらけなダンジョンだ。特に狂暴な魔物がでるわけでもなく、一般村人すら出入り可能な平和な場所。

 

別に猫を愛でに来たわけじゃない。ここで、一つ暴れてやろうと思っているんだ。

 

 

 

 

 

 

俺がなんで暴れようとしているか。それには理由がある。

 

まずは、素材としてだ。知ってるか?猫の毛とかってかなりの魔力を秘めていることを。

 

 

猫は夜活動する動物なのは周知の事実。しかし何故夜行性なのかを答えられるやつは極少数だ。何でだと思う?

 

なに、ちょっと頭を働かせればわかることだ。猫と月は古くから同時に描かれるし、魔力を欲する魔女と黒猫はセット。そして、猫の集会が開かれるのは決まって深夜だ。

 

 

わかるか? …猫は、魔力の源の一つである月光を吸収してるんだよ。そのフワフワな毛でな。

 

 

 

それが、猫が高濃度の魔力を秘めている理由だ。…もしかしたら人が猫に騙され、下僕にさせられているのもそのせいなのかもしれない。

 

…まあそれはいい。俺が伝えたいのは、猫の毛は素材として至極有用であるってことだ。

 

 

 

 

ただ、飼い猫は良くない。そりゃ月の光も浴びず、家の中でぐうたらしている猫なんだから当たり前だ。

 

野良猫も、魔力量の当たり外れが大きい。それに凶暴で警戒心の強い奴が多いから狙いにくい。

 

 

その点、ここは良い。ダンジョンだから魔力が潤沢だ。猫共も気ままに欠伸をしている。

 

更に月の出る日には、猫みんなで屋根に登って月光浴までしているらしい。屋敷の屋根に猫が集まってる絵面は猫好きにはたまらないらしいが…別に俺は興味ない。

 

 

まあそんな理由で、ここの猫素材は質がいいんだ。案外金になるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

…なに? 他にも理由があるんじゃないかって?

 

あぁそうさ。ご明察だよ…! 俺は、ここのダンジョンの連中に恨みがあるんだ!

 

 

あれは忘れもしない…初めてここのレストランに行ったときだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、ここのダンジョンにはレストランなんてある。ケット・シーっていうレアな猫魔物が営んでる、な。

 

そこにはいっちょ前に高級懐石コースってのがあってよ、そこに入るために一悶着起こしたんだ。

 

 

 

 

まず入り口の扉によ、看板がかかってたんだ。どんなかって?

 

 

『どなたもどうかおはいりください。けっしてごえんりょはありません』

 

 

って感じだ。じゃあ入ってみようと扉をくぐったら、また扉があったんだ。

 

 

『けんや つえや まどうしょをここにおいてください』

 

 

って看板と台が置かれた、な。

 

 

 

 

冗談じゃない。武器を置いてダンジョンにいられるかって、そう怒鳴っちまった。

 

けど…腹は減ってたし、金はあれども近場に飯屋はない。結局迷った末、武器を置いたさ。

 

 

すると、すんなり扉は開いた。イラつきながら奥に進むと…また扉と、看板だった。

 

 

『ぼうしやろーぶはここでぬいでください』

 

 

って書かれているやつがよ!

 

 

 

 

なんて注文の多いレストランだ! そう思いながらも脱ぎ捨て、近くのハンガーにかけたさ!

 

そしたら扉はパカリ、奥へどうぞってよ。いい加減に飯を食わせてもらいたくてドスドスと足音荒くし進んだら…またまた扉だったんだよ!

 

勿論看板もな!んで、それが異常だったんだ!

 

 

『ここではきものをぬいでください』

 

 

だとよ! この期に及んで着物…着ているものすら脱げって!

 

 

 

あん時は俺もヤケだった。ムカつきながら上も下も全部脱いださ。

 

…その時だった、ゾォッと背筋に嫌な汗が流れたんだ。

 

 

武器を置かせ、二段階に渡って服を全部剥かせた…。つまり、反抗するための力を奪い、不味そうな服…皮を剥いだ…。

 

もしかして…俺を食べる気なんじゃないかって…!

 

 

おかしいと思ったんだ…!怖くなった俺は、そのままレストランを、ダンジョンを飛び出した…!置いた武器も、ローブも、服も置いたまま、全裸で…!

 

 

…そしたら、周囲の笑い者だよ…!『猫に食われると思って全裸で逃げたアホ召喚士』ってな…!おかげでパーティー組もうとするたび、笑い者にされちまう…!

 

 

 

…あ? 置いていった武器とかはどうなったってか? 俺が逃げた次の日には、冒険者ギルドの受付に届いていたよ。ケット・シーの詫びの手紙と共にな。

 

『てんのつけわすれをしてごめんなさい 【はきもの(履き物)】のつもりだったんです』

 

という文面だったぜ…畜生めが…!

 

 

 

 

 

 

 

 

謝られたって、許してやるものか…! 仕返ししてやる! そう思い立ち、今日に至るってわけだ。

 

 

因みに既に何回か、仕返しはしていてな。ここで俺が召喚士なのが役に立った。

 

普通に暴れたんじゃ、同じく猫素材を狙う別の奴らみたいに即バレしちまう。俺は、素材は二の次でよかった。

 

だから…魔犬や魔狼、蛇や鷹とかの猫が嫌がる天敵を召喚して、解き放ってやったんだ。

 

 

バレないように詠唱し、ちょっと離れたところで召喚してやれば、いくら猫でも犯人が俺とはわからない。召喚獣達がケット・シー達か他の客に退治されるかだけなんだから。

 

肝心の俺はこうして落ち着いて座り、猫共が逃げ回る姿を笑ってみれるってわけだ。全くいい気味だぜ。

 

人間様を辱めるからそうなるんだ。 ついでに、弱った猫たちから毛を刈れば金にもなる。楽しくて仕方がないぜ。

 

 

さて…じゃあ今日もそろそろ起こすとするか。俺の召喚獣と、にゃんこたちとの大戦争を…!

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは、猫がいなさそうなところに移動だ。まあ、ケット・シーがいなければ最悪良いだろう。

 

しかし…どこもかしこも箱やベッドや壺だらけだな…。この間来た時よりやけに増えてないか…?

 

まあいいか…。お、この廊下は丁度いいな。猫もいなさそうだ。

 

 

後はなるべく声を小さく…詠唱し…。あっちの部屋狙いにして…。 ヨシ…!

 

「行け…!」

 

 

 

 

「「「グルォオオオオ!!!」」」

 

俺の命に従い、姿を現す魔犬たち。唸り声が遠くの部屋から聞こえてくる。そして次には―。

 

「フギャアァアアア!?」

 

という、猫共の悲鳴。バタバタバタと暴れ逃げる音。 はははっ! やはり猫は犬に勝てないな! それ、向こうでも、そっちでも、暴れろ暴れろ…!

 

 

 

 

「フシャアアア!」

「ニャアアアア…!!」

「キュウウ…」

 

俺の召喚獣に追い立てられ、続々と逃げ惑う猫たち。ふっ…そろそろ頃合いか。弱った猫の毛を剥ぎに…。

 

 

……ん?

 

 

 

 

 

ふと、あることに気づいた。猫が暴れている音が…静まった…?

 

いや、それだけじゃない。俺が召喚した魔犬たちの唸り声も…というか、召喚した全匹が…あっという間に消滅した…だと…!?

 

まさか、そんな手練れがダンジョンに来ていたのか…? …そうだとしても…召喚して一分すら経っていないのに、全箇所ほぼ同時に…!?

 

 

 

「みんな~、もう大丈夫よ~!」

 

と、召喚獣を送り込んだ部屋の一つからそんな声が。一体どんなやつだ…!? 急ぎ部屋の中に顔を覗かせてみるが…。

 

「…!? 誰も…いない…!?」

 

 

 

 

 

 

声は確かにこの部屋からだった…。だというのに…部屋には人の姿はない…。ただ、騒動が収まり寝直す猫共しか…!

 

なら、誰が…! 俺の召喚獣達を倒したって言うんだ…!? 困惑したまま、見逃してないかと目を皿のように…獲物を狙う猫の瞳のようにして部屋内を見回す。

 

と、そんな折―。

 

 

 

「にゃにごとですか!?」

 

どこからともなく走って来たのは…ケット・シーの部隊。長靴を履いた騎士風のやつに先導され、俺の足の間をすり抜けるように部屋へと。

 

 

中々早い到着だ。だが…仮にこいつらが俺の召喚獣と相対していたら、動けなくなっていただろう。前もそうだったからな。

 

そうしたら、俺は猫の毛よりも数十倍レアなケット・シーの毛を手に入れられていたかもしれないのに…!チッ…!

 

 

しかし…本当に、誰が…。 そう眉を潜めていると、さっきの声が。

 

 

「どこかの誰かが召喚獣を呼んだのよ。とりあえず全部倒しといたわ」

 

 

 

 

 

…! やはり誰かいるじゃないか……いややっぱりいないぞ!? 部屋の中には、キャットタワーとか、爪とぎとか、猫用の箱とかしか…!

 

「にゃるほど、そうでしたか! ありがとうございにゃす!」

 

ん…? あのケット・シー、どこに頭を下げてるんだ…? そこにあるのって……箱だぞ…?猫のマークが描かれた、ただの箱…。

 

「それにしても…はんにゃん(犯人)は誰にゃんでしょう…?」

 

そう首を捻るケット・シー。―その時だった。俺の背後から、別の声が。

 

「それ、この人だよぅ! 見てたもん!」

 

 

 

 

 

 

…っ!? 見ていた、だと…!? 誰もいないことは…猫すらいなかったことは確認済みだぞ…!?

 

俺は弾かれたように背後に目を…! …!?誰もいない…!? 

 

 

振り返った先には、キャットウォーク付きの壁。このダンジョンでは普通な、それ。

 

しかしそこにも、ケット・シーはおろか猫すらいない。じゃあ今の声は……

 

 

ギュルッ!

 

「ぐえっ…!」

 

 

 

…!?!? ゆ…床から…触手…?! く、首が…が…がぁ…!

 

 

必死になりつつ、目を下に…。そこにあったのは…段ボール…! さっき、俺が召喚詠唱をしたときに、横にあったやつだ…! 

 

そして、その中にいるのは…人型の…魔物…。こ、こいつは…!

 

「上位…ミミック…!!」

 

 

 

 

 

なぜ…こんな猫だらけのダンジョンに…ミミックが…!? 客なのか…!?

 

ハッ…! そうか…つまり…さっきの声も…! あの猫マークの箱に入ってるのも…!

 

 

パカッ!

「あら。じゃあどうするダルタニャンちゃん?」

 

 

やはり…かぁ…! 蓋が開いて…ケット・シーに問うあいつも…上位ミミックだ…!

 

 

 

 

「ん? 犯人いたのぉ?」

「あ、やっぱその人だったんですね~。さっきから猫撫でる様子が変でしたし」

 

 

…!?!?!? そ、それだけじゃない…! 俺が召喚獣を放った部屋の全てから…。さっき俺がいた部屋からも…上位ミミックや、複数体のミミックがわらわらと…!?

 

 

 

な、なんで…どうして…。どうして……こうもミミックばかりなんだ…! 全員が、猫の代わりに箱に入っている…! …当たり前か…!ミミックなんだから…!

 

 

いや、それでも…おかしいだろ…! ミミックの中には、猫を頭に乗せているやつや、土鍋に一緒に詰まっているやつがいる…。

 

他にも紙袋から猫数匹と顔を出しているやつや、小型のキャットタワーの穴の中に入ってるわけやつもいる…! 

 

そして…全員猫耳つけてやがる…! なんだそりゃあ…!

 

 

は…箱が好きな者同士、相性が良いってか…!? ぐぇっ…首が更に絞まって…!

 

 

 

 

 

「とりあえず他の悪い人達と同じように、外に捨ててこよっか?」

 

俺の首を絞め続けながら、段ボール入り上位ミミックは長靴ケット・シーにそう聞く。

 

その間にも、段ボールの中に猫が次々と入っていく。あっという間に、上位ミミックは猫まみれ。

 

 

 

ク…ソッ…そんなの見てる場合じゃねえ…。このまま…やられてたまるか…! そもそも…元は…!

 

「元はといえば…お前らが…!」

 

 

 

 

 

半ばヤケクソ気味に、俺は前のレストランの騒動を洗いざらいぶちまけた。すると、長靴を履いたケット・シーは文字通り目を丸くした。

 

 

「にゃ! あの時の方でしたか! その節にゃとんだご無礼を…。にゃにぶん(何分)、寛いでもらおうとにゃっき(躍起)になってたもので…」

 

四本脚に戻り、ペコリと頭を下げるケット・シー。…このヤロウ…やけに礼儀正しいじゃねえか…!猫ってもっと気ままな生物じゃねえのか…!?

 

 

「でもダルタニャンちゃん、そいつは皆を虐めてたやつよ? 許しちゃうの?」

 

と、部屋の奥にいた猫マーク箱の上位ミミックが余計なことを。長靴ケット・シーは悩むように首を捻り、尻尾をくねんと。

 

「うーん…そうですにゃあ…。 にゃら、こうしましょう!」

 

 

ぴょんっと跳び、近くのタワーに乗る長靴ケット・シー。俺の高さへと顔を合わせ、肉球の手を差し出してきた。

 

「僕達と和解しませんかにゃ?」

 

 

 

 

 

 

 

…は? 和解…? ネコと、和解…? 

 

 

何言ってるんだコイツ、と思ったが…。それで解放されるなら万々歳。嘘でもついて乗り切ってやろう。

 

「わかったよ…。和解してやるよ…!」

 

適当に、そう言ってやる。すると、長靴ケット・シーの目は輝いた。

 

「ありがとうございますにゃ! じゃあ…おもてにゃしをしにゃすにゃ!」

 

意気揚々と、そいつはジャンプ。猫のようにくるりと回転し着地……猫か、そういえば…。そして、サーベルを引き抜き、指揮棒代わりに指示を出した。

 

 

「ミミックのみにゃさん! もてにゃしのお食事が出来るまで、この方を炬燵へとお連れしてくださいにゃ!」

 

「「「はーい!!」」」

 

 

 

 

は…?! こ、炬燵…? うわっ…止めろ…! ミミック達、俺を抱き上げてどこに…! うわっ、猫たちもついてきたぞ…!!

 

ぐぇっ…!く…黒猫が上に乗ってきたぁ…! 俺はどこに…運送されていくんだ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「そーれ!」」」

 

ズボッ!

 

「うおっ…!」

 

連れ去られ、行き着いたのはどこかの部屋。そして、なにかに寝かし入れられた…。 温かい…。これは…。炬燵……!

 

 

思わず逃げ出そうとするが…ミミック達によって押さえつけられてしまう。と、その内の1人がにんまり。

 

「アンタの内心は大体わかってるわよぉ。嘘ついて逃げる気だったでしょう?」

 

「うっ…!」

 

見透かされていた…! 言葉に詰まっていると、もう2人がケラケラと。

 

 

「でも、もう逃げられないよ! 召喚士なら動物嫌いってわけじゃないでしょ? これから猫好きに変えちゃうから!」

 

「さぁみんな、人海戦術…もとい、にゃん海戦術の時間ですよー! ねーこと炬燵で丸くなるー♪」

 

 

その言葉と共に、猫たちが続々と…!炬燵に…俺に向けて…!!!ひっ…!

 

 

や…やめろ…! 俺は犬派なんだ…! やめろ…! 近づいてくるな…! 止めろ…! 犬派なんだぁあああ……!

 

 

あ……もふぅん……。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

…後日の話である。にゃんこダンジョンに恨みを持っていた召喚士は、なおもそこを訪れ続けていた。

 

しかし召喚獣を暴れさせることは無く、寧ろ召喚した動物達と猫を共に遊ばせ、更には猫じゃらしやボールまで出していた。

 

そして、猫のお腹に顔を埋めさせてもらっているその顔は溶け気味であり、声もまた、猫なで声であったという―。

 

 



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顧客リスト№45 『魔王軍の中級者向けダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「では、お手元の資料10ページ目をご覧ください。そちらの左上に載せてありますグラフが、ここ数か月間にこのダンジョンへ挑みにきた冒険者数の推移となります」

 

そう促され、私と社長は同時に手元の書類を捲る。そこには幾つかのグラフや表が綺麗に見やすく並べられていた。

 

いや、別にこのページだけではない。この渡された書類のどこを見てもそんな感じなのだ。読みやすくわかりやすく理路整然と。時には彩色や絵も用いられ、要点が一目でわかるようにもなっている。

 

 

文句のつけようのない、素晴らしいプレゼン資料。私も見習わなければいけない、まさにお手本とすべきほどの出来栄えである。

 

 

こんな凄いのを作ったのは誰なのかというと…。今、私達にプレゼンをしてくださっている方なのだ。

 

 

 

 

「ご存知の通り、この『中級者向けダンジョン』も他ダンジョンと仕組みはほぼ変わりません。宝物を設置し、冒険者達を誘い、魔物兵に実戦を積ませるというシステムです。ですが宝物の質を高め、兵を増員かつある程度の手練れを集めることで、名称通りの『中級者』用のダンジョンとなっているのです」

 

私達の前でそう解説を続けつつ、魔法映写とレーザーポインターを駆使している彼女。私のような魔族女性である。

 

服装も私と似たスーツだが、大きく違うところがある。スーツ自体の形状やデザインもだが、一番はマントを背負っているということ。

 

そしてそのマントに大きく、スーツの胸ポケットにもワンポイントで描かれているのは『大きな角を湛え、鋭い牙を剥き出しにした化物の貌』…。そう、魔王軍の紋様である。

 

 

彼女『マネイズ』さんは魔王軍所属であり、この『中級者向けダンジョン』の取り仕切り役を務めている方なのだ。

 

 

 

 

 

 

「先にご覧になって頂いた通り、このダンジョンは巨大な遺跡のような風貌、及び構造をしています。そのため戦闘用広場や潜伏通路は多く、魔物兵達はパーティーを組み、戦略を立て動く訓練をしております。そちらの詳細は少々跳びまして、20ページ目から―」

 

 

なおもプレゼンを続けるマネイズさん。その様子に、私は思わずほうっとしてしまう。

 

だって…理想形の一つなんだもの…! マネイズさんのスーツの着こなしもさることながら、他も素晴らしい。

 

 

アンダーリム(下縁)眼鏡をかけ、濃すぎず、気品を漂わせる絶妙な化粧。時折見せる片耳を出すように髪をかきあげる仕草がまた、なんとも格好いい。

 

そして、そんな耳に光るは小さなピアス。派手ではないのに本人の綺麗さを際立たせる一品。更に、それに合った目立たなくも美しいネックレスが、少し開いた胸元でキラリと輝いている。

 

 

知的さをお洒落さを兼ね備えた、最高レベルの『仕事の出来る女性』という姿。私がこのまま年を取っていっても、こんなお姉様になれる気がしない…。そう思ってしまうほどに完成されている。

 

 

 

どうしたらこんな風になれるのだろう…。何か真似られないかな…。そう考えながら、マネイズさんの動きをじぃっと見つめてしまう。すると―。

 

「…? アストさん? どうかなされましたか?」

 

「…へ。…あっ、はい! なんでもありません!」

 

マネイズさんに少し訝しまれてしまった…。 見つめ過ぎた…!

 

「なら良いのですが…。もし体調が優れないのであれば、遠慮なくお申し出くださいね」

 

…気遣いまでできるときた。強い…。

 

 

 

 

 

 

「―さて。以上で、私が魔王様より託されました『中級者向けダンジョン』の説明を終わりにさせていただきます。そして、本題なのですが…」

 

と、そこで言葉を止めたマネイズさん。部屋の外に目配せ。私もそちらを窺ってみると、部下らしき方が手で丸を。

 

それを見とめたマネイズさんは、私達に微笑みを向けた。

 

「一旦、ご休息といたしましょうか。軽食のほうを準備させましたので、ぜひお召し上がりください」

 

 

 

その言葉を合図に、扉が開く。同じく魔王軍のエンブレムをつけた魔族やゴブリン、ミミック達が幾人か入って来て、机の前にケーキやサンドイッチの皿を並べていく。

 

 

「お飲み物はいかがいたしましょうか? 各種取り揃えてございます」

 

そうダークエルフの兵に尋ねられ、社長と私はそれぞれ注文。私は少し思いつき、ブラックのコーヒーをお願いした。

 

 

やっぱり、マネイズさんのように格好良く決めてみたいのだ。でも、碌なことも出来ないし…。

 

だから、せめてもの抵抗心?でブラックコーヒー。きっとマネイズさんも飲んでいるだろうし、これで少しぐらい、彼女に近づけるかも…?

 

 

「かしこまりました。マネイズ様はいかがいたしますか?」

 

「私はいつもので」

 

マネイズさんの注文も聞き、一旦下がるダークエルフ兵。少しして、三人分のカップをしずしずと運んできた。

 

社長のと、私のブラックコーヒーと、マネイズさんの…あれ?

 

 

「ブラックじゃない…」

 

驚きから、ついつい小さく呟いてしまった。マネイズさんのカップに入っているのは黒いコーヒーではなく、カフェオレ色…。つまり、カフェオレである。

 

 

…てっきり、マネイズさんもブラックかと思っていた。見た目から、優雅にカップやタンブラーでブラックを嗜んでそうなのに…。いや、勝手な決めつけなのだけど…!

 

 

そんな私が漏らした超失礼な一言が聞こえてしまったらしい。マネイズさんは恥ずかしそうに微かに頬を染めた。

 

「お恥ずかしながら…ブラックは飲めませんので…いつもカフェオレなのです…。……甘めの…」

 

 

 

…ぎゃ…ギャップまで兼ね備えているなんて…! マネイズさん…なんて…恐ろしいお方…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾つか話を交える間に、カップは空に。食事も済み、マネイズさんは閑話休題と切り出した。

 

「改めまして―。この度は私共の依頼に快く応じてくださり有難うございます。御社の噂は、今や軍内に急速に広まっておりまして…」

 

「そうなんですか?」

 

飲み物のお代わりに口をつけていた社長は小首を傾げる。マネイズさんはしっかりと頷いた。

 

 

「はい。以前『初心者向けダンジョン』の一つにミミックを派遣してくださったと聞いております。『カチョ』という者が担当している場所でしたが…」

 

「えぇ、よく覚えておりますとも!あちらも良いダンジョンでした! 今も、うちの子達が活躍してくれていますね~」

 

ニコリと笑う社長。それに笑み返しつつ、マネイズさんは続ける。

 

 

「おかげ様で、カチョのダンジョンは優秀なミミック達を輩出するようになりました。流石の手腕でございますね」

 

「いや~それほどでも~」

 

社長、今度はえへえへと相好を崩す。マネイズさんも同じくだったが…ふと彼女は顔を引き締め、声の調子を変えた。

 

「…そして…まさかミミン社長、貴方様が当代魔王様と知己であらせられたとは…。このような場でしか、もてなせませんことをお許しください」

 

深々と頭を下げるマネイズさん。…どうやら、知れ渡っていた様子。魔王様ご自身が話されたのか、誰かが探り当てたのかはわからないけども。

 

 

 

 

そう。社長と当代魔王様は旧友で、今も飲み友らしい。あと、この間訪問したダンジョンのサキュバス、オルエさんも。

 

…とはいっても、私もそれしか知らない。社長あんまり話してくれないんだもの。

 

 

 

 

そもそも当代魔王様は、力は揮えども、ごく一部の臣下にしか姿を見せぬ存在。普段は厚手の御簾の裏から、おどろおどろしい巨影と声だけで指示をしている感じ。

 

そんな魔王様の知り合いとあれば、噂になるのも当然。恐らくだけど…その『魔王軍の中でも噂になってる』というのも、多分そのことがメインだろう。私だって驚いたのだから。

 

現に今も、部屋の外にはマネイズさんの部下たちがたむろっているみたいだし。多分、聞き耳を立てている。残念?ながら防音はしっかりされているらしいけど。

 

 

 

一体魔王様ってどんな姿をしているのだろうか。…そういえば社長、前に会わせてくれるって約束してくれたけど…まだなのかな…。それとも立ち消えになっちゃったのかな…。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと残念に思っていると、横から社長の声が。

 

「お気になさらないでください! 私はただの、ミミック派遣会社の者なんですから!」

 

そうマネイズさんを宥める社長。と、ふふっと笑い、箱の中に座り直した。

 

「それにしても…。 あの子…じゃない魔王様には、『何かあったら気軽に頼って』って言ってるのに、直接依頼どころか個人的なお願いすら碌にしてこないんですよねぇ。ほーんと、恥ずかしがり屋」

 

 

 

 

 

「は…恥ずかしがり屋…?」

 

思いっきり眉を潜め、眼鏡の位置を直すマネイズさん。社長は気にすることなく、そうなんですよ~と頷いた。

 

「昔っからなんですよねぇ。引っ込み思案でもあるから、先代魔王様からも頼まれて、私やオルエが色々引っ張ってましたし~」

 

 

楽しそうに思い出を語り続ける社長。その間、私もマネイズさんも呆然。…本当にあの魔王様のことなのか…?

 

思いっきり私達が訝しんでいると、社長はちょっと寂し気に肩を竦めた。

 

 

「でも、魔王を受け継いでから立派になっちゃって。最近、あんまり頼ってくれなくなっちゃいまして…」

 

ま、それだけ魔王軍の皆さんが優秀って証なんでしょうけど! そう言い、社長は快活に胸を張り―。

 

「ですから、今回のご依頼も張り切って挑ませていただきますよ~!」

 

いつも以上に強めに、ドンと叩いた。 それを見ていたマネイズさんは、ふふっと笑いを漏らした。

 

 

「…なんというか、聞いてはならぬことを耳にしてしまった気もしますね…。このことは私の胸にしまっておきます」

 

「別に話しちゃっても…。あ、怒っちゃうかな? ま、お任せします!」

 

クスクスケラケラと互いに漏れる笑い声。―と、マネイズさん、またも表情を真剣なものに戻し…。

 

「…失礼ながら、もう一つ宜しいでしょうか。 アストさん」

 

 

 

「…へっ!?」

 

私の方に…!? 慌ててしまっていると、マネイズさんはうやうやしく口を開いた。

 

 

 

「…いえ、アスト“様”、とお呼びすべきでしょうか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も貴方様と同種族ではありますし、魔王軍に勤める身であります。そしてこれでも、人を見抜く才はある方だと思っております」

 

突然に語りだしたマネイズさん。この調子…そしてさっきの台詞…もしかして…。

 

「ですので、勘ではありますが、確証じみたものを感じておりまして…」

 

彼女はチラリと私の顔を窺う。あの目…やっぱり…!  私も私で確証を得ていると、その間にマネイズさんが…ってマズっ!

 

 

「アスト様、貴方様はもしや…かの『魔界大公爵』が一柱の…」

 

 

「な、なんのことでしょう!? 気のせいじゃないですか??」

 

 

 

思わず体を前に乗りだし、マネイズさんの言葉を遮るように被せてしまう。彼女はちょっとの呆けと、「やっぱり」と言わん顔。

 

う…やってしまった…。とりあえず私は椅子に座り直し…。お願いしなきゃ…。

 

 

「…別に隠すつもりがあるわけでもないんです。ですけど…今の私は、ミミック派遣会社の社長秘書な魔族です。それ以上でもそれ以下でもありません。ですので、そう扱ってください!」

 

深く頭を下げ、そう頼み込む。横で、社長も頭を下げてくれているみたい。マネイズさんは了解してくれたのか、静かに頷いてくれた。

 

「…失礼いたしました、アスト様。野暮なことを…」

 

「『さん』で良いです! いや別にそれも無くても良いんですけど…! というか、私が寧ろマネイズさんに様付けしたいほどで…!」

 

「?? は、はぁ……??」

 

あっ…。マネイズさん、本日一番の首の捻り角度に…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コホン、重ね重ねご無礼をいたしました。遅ればせながら本題に移らさせていただきます」

 

軽く咳ばらいをしたマネイズさん。改めて取引のお話に。

 

 

「ダンジョン内を案内させて頂いた際にも軽くお話いたしました通り、皆様に依頼したいのは『ミミック達の教官役』です。カチョの元で行っていることを、ここでも是非お願いしたいのです」

 

確かに、それが依頼内容だった。ただ、もう一つある。 マネイズさんはそのまま続けた。

 

「そして、このダンジョンに合った…中級者向けに合ったミミック戦法の考案をお手伝いして頂けると幸いです」

 

 

 

 

 

 

「ここに訪れる冒険者の中には、何度かミミックにやられた者も多く、故に警戒心が強い者も結構おります。例えば、このような―」

 

と、マネイズさんは詠唱し、さっきとは違う魔法映像を。そこに次々と映し出されたのは、明らかに宝箱を警戒している冒険者達。

 

 

みんな武器を構えつつ、恐る恐る箱を開けて宝を取り出している。中には飛び掛かってきたミミックを、なんとか倒しきったパーティーも。

 

「このように、私達だけでは少々行き詰まりを感じているところなのです。是非ご教授をして頂きたく…」

 

「勿論引き受けさせていただきます! 教官役に適した子を中心に、幾人か派遣いたしますね!」

 

 

二つ返事で承諾する社長。まあ結局のところ、依頼内容は普段となんら変わりはないんだし。

 

それに、この映像に映る冒険者程度なら何も…。

 

「…ん?」

 

 

 

 

 

「…あの、マネイズさん。ひとつ前のパーティーをもう一度見せて貰っても良いですか?」

 

少し気になることがあり、そう頼んでみる。マネイズさんは快諾してくれた。

 

「えぇ、承知しました。 ―あぁ、この女性4人組パーティーですね。他の冒険者達に比べて数段警戒心が強い者達です。それも、恐らくミミックに対して」

 

 

…やっぱり。宝箱を見つけるたびに身体をビクつかせ、戦闘態勢に入っているのだもの。特に前衛2人。

 

 

と、マネイズさんは少しデータがありますと、手元の別資料を捲った。

 

「私も少々気になって、調べて見ました。 なんでも、どこぞの王に『勇者』として選ばれた村娘を中心に組まれたパーティーみたいで…」

 

この子です。どうやら魔物特効?のような特殊能力を持っているようです。 そう説明してくれながら、マネイズさんはレーザーポインターで1人を指し示す。

 

 

軽装をしているその子はちょっと垢抜けてない感じ。動きもそこそこ程度。けど、軽い一撃を食らった魔物兵が、のたうち回っている。

 

 

そんな彼女を凄腕でカバーしているのが、前衛のもう一人。かなり強い女騎士みたい。

 

…というか、こっちの方がおっそろしい動きをしている…。自らの鎧に剣も矢も魔法も一切触れさせず、魔物兵を瞬く間に薙ぎ倒していっている。

 

そして…壺や木箱、樽とかにも警戒をし、時には叩き壊している。ミミックを理解している人の動きである。…些か怖がり過ぎな気もするけど…。

 

 

「そちらの騎士の女性は、かなりの名うてのようです。実力もとんでもなく、正直このダンジョンの戦力では力不足気味です。…やけに周囲を警戒していて、隙が多くなっているのが救いですが」

 

そうマネイズさんから解説を受け、よく見てみる。確かに木箱とかを気にしているせいで、ちょこちょこ不覚をとっている様子。 と、社長が首を捻っていた。

 

 

「んんー? オルエが『最近気に入った娘』って言ってた騎士と似ているわね…。そういえば来てくれなくなったってボヤいていたけど…」

 

そうブツブツと呟いている。その様子をちょっと気にしつつ、マネイズさんは後ろ2人について説明を。

 

 

「そして後衛が僧侶の女性と、魔法使いの女性です。こちらもそこそこの腕で、ミミックを警戒しています。…僧侶の方が若干暴走気質かつ、虫魔物…蜂系が少し苦手な様子。魔法使いは色んな魔法を駆使しております。こちらは『A-rakune』というブランドの魔導服を必ず着ていますね」

 

…そういえばアラクネのスピデルさん達、そんな服を作り始めたって言ってたっけ。あの魔法使いは常連さんなのかもしれない。

 

 

そんな風に前に訪問したダンジョンの方々を思っていると、社長がポンと手を合わせた。

 

 

「とりあえず幾つか、中級者向けのミミック戦法を試してみましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

「んーー……」

 

商談からの帰り道。私は頭を悩ませていた。すると、抱いてる箱の中から社長がひょっこり。

 

「どしたのアスト?」

 

「いえ…。マネイズさんみたいな、仕事がバリバリできる格好いい方になるにはどうすればいいのかなって…。眼鏡、似合いますかね?」

 

「似合うでしょうけど…。それだけじゃなれないわよ?」

 

「…わかってますよぉ…」

 

思いっきり突き刺されてしまった…。ちょっとしょぼくれてしまっていると、社長は何言ってるの。 と肩を叩いてくれた。

 

「というかそもそも、あなた今でも充分立派よ!」

 

 

 

「え…!そ、そうですか…?」

 

「えぇ。書類は見やすいし、仕事速いし、ミミックの扱いも上手だし、私のお世話してくれるし! ほんと、あなたが秘書になってくれてよかったわ!」

 

そう褒められると…嬉しくなって、顔が思わず綻んで…! 慌ててそれを抑えようとする私へ微笑み、社長はぐいっと体を伸ばした。

 

 

「なーんだ。私てっきり、あの『勇者』達について考えていたのかと思ったわ」

 

 

 

「? あの冒険者達がなにか? 確かに珍しいパーティーでしたけど…」

 

勇者の肩書は少々気になりますけど、結局はただの冒険者ですし…。そう言おうとした私だったが、社長は再度私に顔を近づけ、にやりと。

 

「…あの子たち、今後かなりの難敵になる気がするわよぉ…!」

 

 



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人間側 ある中級勇者の冒険

あっ! おひさ! みんな私のこと、覚えてる? 『初心者向けダンジョン』を攻略してる時以来かな!

 

そ、『勇者』! なんかよくわからないけど、王様からそんな存在だって言われ、魔王を倒すために旅立った村娘!

 

 

 

 

結局あの後、王様から装備類を貰って、簡単めの色んなダンジョンを周ってたんだ。

 

私が持ってるらしい『魔物にやけにダメージが入る』特効が良い感じに働いてくれて、どこでも結構戦えてる!どんな魔物も剣でズバッと!

 

 

…………え……ミミック……? やめて、その名前を出さないで…。 あの時のあれ、ちょっとトラウマ気味なんだから…!

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じで修行的なものを積んできたんだけど…いくら特効を持っていても、流石に一人じゃ大変。

 

これからもっと難しいダンジョンとか行かなきゃいけないのに、強制ソロプレイはちょっと、ね…。

 

 

 

 

ということで、パーティーを組むことにした。ギルド酒場で募集をかけたり、王様が頑張ってくれたりして、なんと3人の仲間が加わってくれました!

 

 

 

まず1人目、魔法使いさん! 名前は『アテナ』さん。

 

さっきも言った通り、ギルド酒場で募集をかけて待ってみてたんだけど…私、お酒飲める歳じゃないから居心地悪くて…。

 

そんな時に丁度現れたのがアテナさん。目を引いたのが、コーヒーを頼んでいたのと、ちょっと変わった魔法使いのローブを着ていたこと。

 

普通の魔法使い達はぶ厚めのローブを着ている人が多くて。防御力はありそうだけどゴワゴワしてそうなのを。 けど、アテナさんは違った。

 

かなり薄手で、風通しも良さそうで、滑らかそうなローブを纏っていた。その姿にちょっと惹かれちゃって、つい話しかけて見ちゃった。

 

 

そしたら、案外馬が合ったというか、すぐに仲良くなれちゃった! アテナさん、『A-rakune』という服が好きらしくて、すっごく語ってくれた。あのローブもそのブランドらしい。

 

私ずっと小さな村にいたからファッションに疎くて…。アテナさんの話は全部新鮮だった。実はこの間、コーディネートをして貰っちゃったし。

 

 

ほら、この服とかもその『A-rakune』ブランド。 見せないけど、下着もそれにしてみた! お洒落だけど軽くて肌触りよくて、思わず「あっ楽…!」って呟いちゃった! …見せないからね!?

 

 

 

 

2人目は、僧侶さん。 名前は『エイダ』さんというみたい。

 

王様が紹介してくれた、とある教会のシスターさん。私は行ったこと無いけど、『カタコンベダンジョン』というダンジョンの近くにある教会らしい。

 

なんでも、そのダンジョンに棲むスケルトン達を浄化しようと頑張っている方らしく、他の僧侶さんや冒険者とのパーティープレイも経験しているんだって。

 

 

…ただ、ちょっとそれも難航…というか最近失敗続きみたい。変な色をした蜂とか蛇とかに噛まれて、麻痺させられて追い返されているんだって。

 

アテナさん曰く、それも『ミミック』らしいけど…そんなのもいるんだ…。こわ…。

 

 

そのせいか、エイダさんと初めて会った時は、彼女ちょっと不機嫌気味だった。お話を聞いてみると、王様と神父様に命じられたとはいえ、私達に同行してしまうとスケルトン達を助けられないからって。

 

私も無理強いはしたくないけど…エイダさん優しい方だし、仲間になってくれると心強そう。だから、「魔王を倒せば、もしかしたらスケルトン達も解放されるかも」って言ってみた。

 

そしたら、「そうかもしれませんね!」って凄い勢いで食いついてきて、パーティーに加わってくれた。有難いんだけど、ちょっとチョロ…なんでもない。

 

 

 

 

 

そして最後の1人なんだけど…。凄い人が加わってくれた。『クーコ・ロセイク』さん!

 

…え、知らない? 私でも知ってるのに?? あの女騎士様を???

 

 

彼女は並み居る兵や他の騎士を優に凌ぐほどの技量を持ち、並ぶ者のないほどの実力者として名を馳せる騎士様。

 

清廉潔白、容姿端麗、なにより格好いい! 皆の憧れの(まと)な方である。

 

 

そんなクーコさんが、私の前に現れてくれただけではなく、パーティーに加わってくれるなんて…!嬉しくて仕方がなかった! アテナさんとエイダさんもすごく驚いて喜んでくれた!

 

 

…そういえば、クーコさんのことでちょっと気になってたことがあったんだ。何故か最近、急に騎士としての活動を聞かなくなってた。

 

もしかしたら体調不良とかだったのかも。なにか呪いみたいのをかけられちゃって、浄化していたとかいう噂も流れてた。

 

私が勇者になってからだったから、ちょっと残念だった。会えるかもと思ってたのに。けど、今はこうして仲間に加わってくれたんだから問題なし! 

 

 

そうそう。クーコさん、何故か『【サキュバスの淫間ダンジョン】には絶対足を踏み入れるな』って凄い形相で言ってくる。行く気は毛頭ないんだけど。サキュバスって結構強い魔物だし。

 

でもあまりにも繰り返すから、なんでですか?って聞いたこともある。そしたらいつも凛々しいクーコさんがやけにしどろもどろになって、顔を真っ赤にして「とにかく駄目だ!」って言うばかり。

 

…あと、ビクッて体を震わせて、ちょっと甲高めの声を漏らしてたけど…。なんだったんだろ。

 

 

 

 

以上3人、それに私が加わった女4人パーティー! いいメンバーが揃って良かった! それに、私達には共通点があるみたい。

 

それは、『ミミックにやられたことがある』ってこと。…まあ、あんま良いことじゃないけど。

 

私は知っての通り宝箱型のミミックにやられちゃったし、エイダさんはさっき説明した通り、蜂型のミミックとかにやられている。

 

アテナさんもミミックに復活魔法陣送りになった経験があるみたいだし、意外だけどクーコさんもミミックに不覚を取ったことがあるんだって。

 

全員がおんなじ魔物にやられたことがあるなんて、なんか仲間意識が芽生えちゃう。

 

 

 

 

…へ? 私の名前? そう言えば名前教えたことなかったっけ。「ユーシア・トンヌーレ」、覚えといてね!

 

 

……名前と、『勇者』の語感が似ている? だから勇者に選ばれたんじゃないかって? 

 

そんなこと…!ないとは言い切れない…のかな…? だって王様、最初私に棍棒と旅人の服と50Gしかくれなかったし…。

 

いや、その後に鋼の剣と良い装備くれたんだけどさ。王様としてどうなの、あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな私達は幾つかのダンジョンを巡った後、『中級者向けダンジョン』という場所に来ている。

 

ここの宝物の中に『魔王城への地図』が隠されていると聞いたからだ。ちょっと難しいけど、クーコさんを始めとした仲間がいるからなんとか…!

 

 

…けど、幾度か潜って未だに見つからない。こういう宝探しは根気がいるものらしいけど…。

 

…あと、私達がミミックを警戒し過ぎているのも問題なのかもしれない…。宝箱を見つけるたびにビビッて、一個空けるのに結構な時間がかかっちゃってるから。

 

 

まあでも、仕方ない。安全第一だよね。じゃあ今日も、ダンジョンにレッツゴー!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいさっさ! ―おっと! ちょっと掠っちゃった…!」

 

「ユーシア、一旦退け! アテナ、右を頼む! 私は左を倒す!」

 

「はい、クーコさん! エイダさん、その間に…!」

 

「えぇ!回復いたします! ユーシアさん、こちらへ!」

 

 

突撃した私を司令塔役のクーコさんが止め、スイッチするように敵を肩代わり。

 

アテナさんも攻撃魔法で支援してくれているおかげで、安全にエイダさんの元に回復に戻れた。

 

そして再び前線へ。クーコさんと肩を並べて、特効付きの攻撃を…とりゃあ!!

 

「いぇい! 一丁あがり!」

 

こんな感じであっという間に勝利! 皆とハイタッチ!

 

 

やっぱり、パーティーを組むとダンジョン攻略が楽! 皆強いし、簡単にクリア…

 

 

 

…できないのが、ダンジョン。罠は幾つもあるし、奇襲を仕掛けてくる魔物や、チームで挑んでくる魔物もいる。一筋縄ではいかない。

 

それに、皆ちょこちょこ色んな相手に引っかかるのだ。例えば…。

 

 

 

 

~~~魔法使いアテナの場合~~~

 

「うっ…!アラクネ…!」

 

「どうしたの、アテナさん?」

 

「いえ…ちょっと倒すのが忍びないかなーって…思っちゃいまして…」

 

 

 

 

~~~僧侶エイダの場合~~~

 

「! あれは…スケルトン!このような場所にも…! 魔王に囚われてしまった皆様…!今お救いいたします…!」

 

「落ち着いてエイダさん!あれは『スパルトイ』…竜牙兵ってヤツ。魔法で作られたゴーレムのような魔物らしいよ」

 

「へ…?そうなのですか…? でも…。 ―! ぴっ…!?蜂魔物…!やぁっ!来ないでください!」

 

「うわっ!落ち着いて…! 聖水瓶を手当たり次第に投げつけないで…!!」

 

 

 

 

~~~騎士クーコの場合~~~

 

「―っ! そこかッ!」

 

「わっ…! …もう、クーコさん…。木箱とか見つけるたびに叩き壊していくの止めましょうよ…。戦闘中でも真っ先に壊しに行きますし…」

 

「うっ…。すまない…。ミミックが潜んでいないか不安になってな…」

 

「気持ちはすんごくわかりますけどぉ…。あっ!ほら!敵です!」

 

「よし、任せろ。 …む? あれは…さ、サキュバス……♡ ひぅんっ…♡」

 

「へ? なんです今のえっちな声…! なんでうずくまってるんです!?」

 

 

 

 

 

…とまあ、そんな感じにちょくちょく止まる。私がツッコミ役に回るなんて思わなかった。

 

…ぶっちゃけ私も、宝箱を見つけるたびに『初心者向けダンジョン』での出来事を思い出してビクついてるんだけども…。

 

 

 

でも、目的のために宝箱は開けなければいけない。そして今も、丁度見つけてしまったところなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、開けるよ…?」

 

「任せろ…! 全員、準備は良いな…?」

「はい。周囲にも魔物はいませんよ…!」

「回復魔法の準備も整っています…!」

 

 

私が宝箱の前にしゃがみ、他三人が有事に備えて武器を構える。もしミミックだったら、即座に吹っ飛ばすために。

 

「すー…ふー…。…いざ! えいっ!」

 

深呼吸しつつ王様から貰った鋼の剣を片手で握り、蓋の隙間へザクッと刺し入れる。もし変な動きがあったら即座に退けるように…!

 

「…だ、大丈夫そう…かな…?」

 

ツッ…と少し刺す。変な様子はない…。 更にスッと差し込む…。…!揺れた…!? ちょっと飛び退く…! ……剣刺したから揺れただけだった…。

 

 

 

ヤバ…変な汗出てきた…。もう一度戻り、剣をもっと奥に…。…あ、カツンと一番奥にぶつかった感覚。ぐいぐい動かしても、引っかかる様子はない。

 

「はあああ…。よし、行くよ…!」

 

背後に控えている三人に目配せして、剣を軸に宝箱の蓋を弾き開ける。その勢いを利用し、私は箱正面から逸れ、三人が勢いよく攻撃できるように…!

 

 

 

「…ふぅ。大丈夫だ、ミミックはいない」

 

クーコさんの合図で、全員がほっと武器を降ろす。私も大きく息を吐き、宝箱の中をひょっこり覗き込む。

 

「んーー。ハズレ! ただの剣かぁ…」

 

入っていた物は、鞘に収まった長剣。王様から貰った鋼の剣みたいなやつ。

 

地図じゃなくて残念。でも、置いていくのも勿体ないし…。貰っておこうっと。

 

 

そう思い、手にしたその剣をよいしょっと腰に差した時だった。

 

 

 

 

 

 

「アッ…!」

 

 

「「「「ん?」」」」

 

変な声が聞こえて、皆揃ってそっちを見やる。ちょっと先にいたのは、一体のゴブリン。しかも頭の上に宝箱を抱えている。

 

「逃ゲル…!」

 

1対4は流石に不利すぎると悟ったのか、回れ右して去ろうとするゴブリン。私達は頷き合い、その跡を追うことに。

 

 

 

 

 

 

 

持ってる宝箱が重いのか、ゴブリンの足は案外遅い。おかげで追跡は簡単。いつ襲い掛かってやろうかとタイミングを窺っていると…。

 

 

「―む。待て」

 

とある曲がり角で、クーコさんが手で制してくる。彼女の指示に従い、気づかれないように顔を出すと…思わぬ光景が広がっていた。

 

 

「…なにあれ…?」

「ゴブリン達と…宝箱…?」

「何か詰めているようですね…」

 

 

曲がり角の先も広めの廊下が続いていたのだけど、そのど真ん中でおかしなことをしているゴブリン達が。

 

幾つかの宝箱を開き、何かをそこに入れているのだ。それだけでもだいぶ変なのに、もっと変なものが見える。

 

 

「…ねぇ…。私の目が確かなら…あそこの壁、扉みたいに開いてるよね…?」

 

 

私が恐る恐る聞くと、三人もコクコクと頷いた。石で出来たダンジョン壁のとある箇所が、ぱっかりと開いているのだ。内部が金色に光ってるのも確認できる。

 

そしてそこから出てきたのは、またもゴブリン数匹。彼らが抱えているのは…。

 

「「「「宝物…!」」」」

 

 

 

 

思わず全員で声を揃えてしまった。ゴブリン達が取り出してきているのは、金銀財宝なのだ。それを宝箱に詰め込んでいるのである。

 

「もしかしてあそこは…宝物庫!?」

 

こんな場所にあったとは…! これは絶好のチャンス。欲しい『魔王城までの地図』もそこにあるかもしれない。なら、どう侵入するかだけど…!

 

 

「来タゾ! 冒険者来タゾ!」

 

あ。私達が追いかけてたゴブリンが、箱詰めしているゴブリン達に叫んだ。すると―。

 

 

「ホントカ!? 逃ゲロ!逃ゲロ!」

 

その場にいたゴブリンが全員逃げ出した。宝箱を放置したまま、宝物庫の扉もあけっぱで…!!

 

 

 

 

 

「やった! 行こ行こ!」

 

超幸運! 私達は急いで近づき、宝物庫の中を覗き込む。

 

「わぁ…。箱まみれ…!」

 

中には、大小さまざまな箱が並べ重ねられていた。その全部に、魔王軍の紋章みたいのがデカデカと。そして、箱から溢れる形でキラキラの宝物が…!

 

 

この中のどこかに、地図が。そうでなくとも…!

 

 

「「お宝取り放題!」」

 

 

私とアテナさんは勢いよく飛び込む。こんなの、身体が勝手に動いちゃう!

 

冒険者ならば我慢できないに決まってる。…私、冒険者になったばっかだけど…!

 

 

 

「お、おい! 不用意に入るな!」

「そうですよ…! 何があるのかわからないのですから…!」

 

クーコさんとエイダさんは警戒しているが、そんなのお構いなし! 箱の一つをガサゴソ…お!

 

「エイダさんこれ見て! すごく魔力が籠められたロザリオっぽいよ!」

 

「え…! み、見せてくださいな…!」

 

私がとりだしたお宝に、エイダさんもふらふらと引き寄せられる。クーコさんもやれやれと頭を抱えるようにし、宝物庫の中に。

 

 

――その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

ギィイイ…ドスゥンッ!

 

 

 

「「「「なっ…!?」」」」

 

 

突然宝物庫内に響き渡ったのは、扉が閉まる音。全員でハッと見ると、ぱっかり空いていた石扉が完全に閉じていた…!

 

そして、扉を掴んでいたのは…触手…!? どこから伸びているかと言うと…扉近くの箱…!?

 

「*おおっと!*  *罠のなかにいる*  ってね!」

 

そこからひょっこり顔を出し、ニヤついてるのは女魔物…!あれ…もしかして…! もしかしなくても…!!

 

 

「「上位ミミック!!」」

 

クーコさんとアテナさんが同時に叫ぶ。やっぱり、そうだよね…!私初めて見たけど、あれ、やっぱりミミックだよね!!!?

 

 

 

 

 

って…! 罠…!? これ、罠だったの…!? ということは…!

 

「さっきのゴブリン達…! 逃げたのはこのため…!?」

 

「正解! わざとアンタたちを誘って、ここにおびき寄せるのが目的だったのよ! 言わば協力技ね」

 

外に残した宝箱だけで満足すればよかったのにねー。欲張りすぎは身を亡ぼす! そう言い、上位ミミックはケラケラ笑う。

 

 

「全員戦闘態勢!」

 

と、上位ミミックの嘲笑を弾き飛ばすように、クーコさんの号令が。私達は急いで武器を構えた。

 

そうだ…! 罠ならば切り抜けてしまえば良いだけのこと! 上位ミミックは強いらしいけど…!こっちは4人だし!

 

 

 

―が、そんな私達の動きを見た上位ミミックは、慌てもせずに自身が入っている箱をゴソゴソと。剣二本取り出し…

 

「さ、皆! 教えた通りにやっちゃえ!」

 

キィンッ!と打ち鳴らした。 刹那―!

 

 

 

 

ボスンッ! ジャリンッ! ズルッ…! 

 

「へ…へぇえぇええっ!? 箱の中から…!ミミックが大量に…!?」

 

 

周囲の宝満載な箱の中から、次々と飛び出してきたのは…!ミミック達!!! も、モンスターハウス…! いやミミックハウス!?

 

 

 

 

 

 

「ぴっ…!は、蜂ミミック…! あば…あばばば…」

「ひっ…!み、ミミック触手ぅ…! ひぐっ…♡」

 

あぁっ…! エイダさんとクーコさんがトラウマが刺激されて動けなくなって…!瞬く間にミミックの山の中に…!どんだけ居るの!?

 

 

「ゆ、ユーシアさん…! 逃げ…きゃあっ…!!」

 

ああぁっ…!! アテナさんまでも…! な、なんとか助けなきゃ…! 

 

 

 

「おっと!させないわよぉ?」

 

「きゃっ…! しまっ…!剣をとられ…!」

 

一瞬の隙を突かれ、上位ミミックが伸ばしてきた触手に剣を奪われてしまった…! 武器がないと、いくら特効もってても…!

 

 

「! そうだ! さっき拾った剣を…!」

 

ふと思い出し、腰を探る。さっきの宝箱から入手した長剣がまだあったはず…!それさえあれば…! 

 

「! よし…!」

 

柄を…掴んだ! 後は勢いよく振り抜けば…!

 

「えいっ! …へ…?」

 

 

 

 

 

予想以上に軽く、スポンと抜けた剣。嫌な予感がして…ギギギッと首を動かし見てみると…!

 

「け、剣先がない…!?!?」

 

な、なんで…! そりゃ確かめてなかったけど…!そこそこ重かったのに…!

 

 

反射的に、鞘を覗き込んでみる。刃の部分が折れてたりしてないかって。―え…!?

 

 

 

ギュルンッ!

 

 

「きゃぁっ…!? 鞘の中から…!ミミックの触手が…!? モガッ…!」

 

 

剣を入れる細い隙間から湧き出したのは…!ミミックの触手…! ぎゅっと縛られて…動けなく…!

 

あまりの謎の出来事に、床に転がされながら目を白黒。すると、剣の鞘からスポンと何かが…!え゛ぇっ…!? 上位ミミック…!?

 

 

「ざ…ざんねんでした…!」

 

鞘から出てきた上位ミミックは、ちょっとこわごわ。それに代わるように、入口の箱にいたミミックが宝箱に入り直して私の近くに…。

 

「ふふふ…! アンタは既に、私達(ミミック)に引っかかっていたのよ。そのままどこかで戦闘始めてくれてたら、その剣の子、すぐに仕掛けてたのに」

 

な……! そんなの…アリ…!? お宝自体に擬態するなんて…! ズルい…ミミックズルい!

 

 

 

 

いえー大成功!と鞘入り上位ミミックとハイタッチした教官ぽい上位ミミックは、フフンと鼻を鳴らした。

 

「今後はゲットした宝物をすぐに確かめることね。私達は、どこにでも潜んでいるのよ!」

 

ひぃっ…!そ、その言葉を合図に…! 私の仲間を倒し終わったらしく…た、沢山のミミックが…全部私の方に…!! 

 

鋭い牙…! 毒を湛えた針…! そして蠢く触手…!

 

 

「さて。じゃあ死んでもらおうかしら!」

 

そして眼前には、大量のおぞましき触手をくねらせ、背筋が凍り立つ笑みを浮かべた上位ミミック二体…!

 

…ま、また…ミミックにぃ…! や…いや…いやぁあああああっっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ 勇者 たちよ  全滅してしまうとは 情けない」

 

「ですから王様…。そのような言い方は…」

 

 

聞き覚えのある王様、そして大臣の声を耳にし、私はガバッと起き上がる。ここは…王城…! 復活魔法陣の上…!

 

「くっ…またもミミックに不覚を…。 ぅっ…♡」

「私が復活魔法陣を利用する側になるなんて…主よ…」

「私の…『A-rakune』のローブぅ…。せっかく手に入れたのにぃ……」

 

横を見ると、クーコさん、エイダさん、アテナさんもいた。全員が装備を失い、ボロボロな状態。全滅しちゃったんだ…。

 

 

 

と、それを見兼ねたらしく、王様はゴホンと一つ咳払い。私達に向け口を開いた。

 

「勇者達よ。装備を失ったお前達に、とあるものを渡そう。精霊や神の加護の受けた装備一式だ」

 

 

 

「「「「え……」」」」

 

唖然とする私達。王様はそれを見て、さらに胸を張った。

 

「更に、仮にお前達が死んでも、共に復活魔法陣に戻ってくる魔法もかけておいた。喜んで受け取るが良い!」

 

明らかに自慢げな王様。……私は思わず、ポツリ。

 

「それを…」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

良く聞こえなかったと、耳を傾ける王様。すると今度は…クーコさん達も交えた私達全員で、同じ台詞を…叫んだ!

 

「「「「それを一番初めに渡してください!王様ぁ!」」」」

 

 

 

 

 

「す、すまぬ…。だって…惜しく感じて…。お前達ならばなくても大丈夫かなって…」

 

「はああぁぁ…」

 

ビクつく王様と、溜息をつき呆れる大臣。と、彼はぐさり。

 

「だから言ったでしょう…。さっさと差し上げなさいと…」

 

「うっ…」

 

大臣に睨まれ、王様は縮こまってしまう。それを誤魔化すように、兵に指示を送った。

 

「と、とにかく持っていくが良い!  おい! 箱ごとでいい、持って参れ!」

 

 

 

王様の指示に、兵の数人がよいせよいせと何かを持ってくる。それは…。

 

「「「「!! ひぃっ…!!」」」」

 

私も、クーコさんも、エイダさんも、アテナさんも、全員揃って悲鳴をあげてしまう…!

 

だって、それ…王家の紋章が描かれた…箱…! だから模様こそ違うけど…さっきのダンジョンの宝物庫、もとい罠にあった、大量のミミックが潜んでいた…箱…!!

 

 

「ど、どうしたというのだ勇者達よ。 受け取るがよい」

 

 

 

ヤ、ヤダ…! 箱、怖い…!!!!! ミミック怖い!!!!!!!!!

 

 



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閑話⑧
我が社の日常:ひと夜ひと酔に人見ごろ①


 

以前、ちょろっとだけ紹介したのだが、我が社には酒場の他にバーもある。

 

 

食堂の横に酒場があり、更にその横にあるのが、そこ。しっかりと防音設備がついているので、中に入れば酒場の喧騒は全く聞こえてこない。

 

内装は正統派スタイル。少々暗めの照明で、暖色を感じさせる高級志向な雰囲気。カウンターの他にも机は幾つかあり、ある程度の人数が同時に楽しめる。

 

かかっている音楽も、落ち着くような心地よいもの。しっとりと静かに飲みたい日は、是非こちらに。

 

 

 

 

…とはいっても、今日は貸し切り。店内には誰もいない。探偵もいない。いるわけないけど。 ただバーテンダー担当のポルターガイストたちが、静かに動いているだけ。

 

私はそんな彼らに軽く挨拶をし、カウンターの席に腰かける。社長は…まだ来てないのかな?

 

 

 

 

 

そう、貸し切りを行ったのは社長。私はそんな社長に呼ばれ、バーにやってきたのだ。

 

「たまには2人だけで飲みましょ!」って誘われたのだけど…。時間は合ってるし…。肝心の提案者が遅刻とは。

 

社長がこういう約束事に遅れるとは珍しい。まあけど…社長だし、何かしてるのだろう。

 

 

待ってる間ちょっと手持ち無沙汰なので、先に何か頼んでしまおうと思っていると…。

 

「ん…? これ、私に?」

 

 

ポルターガイストの一体が渡してきたのは、一枚の名刺サイズの紙。けど、宝箱のワンポイント模様以外、何も書かれていない。

 

眉を潜めつつ、くるりとひっくり返してみる。するとそっちには文字が書いてあった。えーと、なになに…?

 

「『あちらのお客様からです』…? …あちら?」

 

 

今は貸し切りのはずなのに、あちらとは。首を傾げていると、手紙を運んできてくれたポルターガイストが横をちょんちょんと示す。と―。

 

 

 

スイィーーーッ

 

 

 

わっ…! バーカウンターの上を宝箱が疾走してきた!? 

 

 

 

 

 

 

何事かとビビっていると、その宝箱は隣の席あたりで緩やかに停止。そして蓋がパカリ。

 

「こちら、『サイドカー』…ブランデーとホワイトキュラソー、そしてレモンジュースをシェイクした一品になります。カクテル言葉は『いつも二人で』」

 

そんなキザな台詞を言いながら、橙黄色のカクテルが入ったグラスを差し出したのは…。バーテンダー服に身を包んだ…社長。

 

 

そのグラスを受け取りつつ、私は思わずツッコミ。

 

 

「…もしかして、それがやりたかったから隠れてたんですか?」

 

「うん!」

 

 

わぁ。満面の笑み。…まあ確かに、格好よくはあったけども…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん! これ美味しいですね! 爽やかですけど、コクも感じられて」

 

「でしょ! 練習した甲斐あったわ!」

 

「あ、作ったのも社長なんですね」

 

「えぇそうよ。箱の中で隠れてシェイクして、バレないようにカウンターに乗って!」

 

「…机の上を宝箱ごと滑ってくるとは思いませんでしたよ」

 

 

そんな会話を交えつつ、楽しく過ごす夜。

 

ふと私は気になり、一つ聞いて見ることにした。

 

 

「そういえばなんで二人きりなんです?バーを貸し切りにまでして」

 

「んー? 気分よ気分。たまにはあなたと二人でしっとりしっぽり飲むのも乙でしょ」

 

そう言われてしまえば、なるほどとしか返せない。でも確かに、二人きりで飲むのは久しぶりかも。酒場や食堂で飲むと、必ずや誰かがやってくるし。

 

 

というか酒場には、ミミックの面々はともかく、ラティッカさんを始めとした箱工房のドワーフ面子が常に入り浸っている。

 

そこに加わり、気づけばバカ騒ぎ。それがいつもの流れ。

 

基本的に社長はそういう騒ぎに飛び込んでいく性格。私も好きな方ではあるので、加わっていく。

 

 

 

 

 

…実はちょっと、そこが気になっていたのだ。

 

今説明した通り、社長はどんちゃん騒ぎが好きな性格。ただ飲むだけならば、酒場でもいいはず。

 

だから質問したのだが、返ってきたのは『私と二人きりで飲みたい』という回答。それは嬉しいのだが…。

 

 

それでも、バーを貸し切りにする必要があったのか少々疑問なのである。

 

 

うちの従業員達はみんな礼節をわきまえている。酒場で騒いでも吐いたりせず、嫌がる人を無理に誘うこともしない。

 

それはバーを使う場合も同じ。その場の暗黙のマナーを守るのだ。

 

バーでは騒がず静かに、少人数で、必要以上に他人に干渉しない大人な飲み方をする。そんな感じの。

 

 

だから、二人きりで飲むにしても、貸し切りにまでする必要があったのだろうか。ただバーに来れば、その目的は果たせるはず。

 

もしそれが嫌なら、周りの席を人払いすればいい。というか、ムードをガン無視するなら部屋飲みのほうが二人きり。

 

 

だというのに、社長はわざわざ貸し切りにしたのだ。勿論、本当に私と二人きりで飲みたかったからならば良いのだけど…。

 

 

 

うん…。こういうときは単刀直入に聞いたほうがいいか。

 

 

「…社長」

 

「なぁに?」

 

自分のカクテルをクイッと傾ける社長。じゃあ、真っ直ぐに。

 

「私に何か、話すべきことがあったりしますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んぅ?」

 

ちょっとトボけた顔を浮かべる社長。だけど私は見逃さなかった。

 

ほんの一瞬だけ、社長の手にしていたグラスが小さく震えたのだ。隠し事がバレた子供のように。

 

 

どうやら図星のご様子…。仕方ない、私が場を作ろう。

 

目と指を軽く動かし、ポルターガイスト達に指示。優秀な彼らはそれで察してくれて、スッと身を隠した。

 

 

「社長らしくないですよ。何か、悩み事ですか?」

 

そう促しつつ、頭を高速回転。最近の出来事…派遣先からの連絡や社内の案件で問題があったか洗い直してみる。

 

 

…けど、特に思いつかない。クライアント及び派遣したミミック達からのクレームはなく、社内でのゴタゴタはない。

 

素材取引等のアクシデントもなく、箱工房の予算も問題なく受理。施設が壊れた報告もない。

 

まさに優良企業。…あぁ、食料倉庫のつまみ食い件数がちょっと増加傾向なぐらいか。

 

 

となると、どんな話なのか。社長が口を開くのを待つしか―。

 

 

「…別に、そんな大きなことじゃないの。個人的な、悩み…かしら」

 

「―私でよければ、ご相談に乗らせていただきますよ」

 

 

ゆっくりと答えた社長に、私は優しく返す。

 

と、社長はグラスを置き…訥々と話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この会社…。私が設立した会社じゃない…? ミミックの、ミミックによる、ミミックのための。…まあ、会社って言っていいのか怪しいのだけども…」

 

 

…なにかと思えば。社長が話しだしたのは、この会社について。それについては私も幾度か聞いている。今更説明を受けなくとも。

 

―けど、そういえば皆に詳しく解説したことはなかった。丁度いい機会かもしれない。

 

 

では、この会社の理念等について、少しお話ししよう。

 

 

 

 

 

既にご存知の通り、我が社はミミック達を各ダンジョンに派遣するのを生業としている。 …なお、別に競合他社があるわけではない。今のとこ唯一無二の存在である。

 

勿論、どなたか競いたければ是非起業を。ミミック達を御しきれる自信があるのならば。きっと食べられて終了だと思うけど。

 

 

…そして社長の言うように、会社というべきかも怪しい。どういうことかというと…。あ、社長が話してくれそう。

 

 

 

 

「そもそもここの設立はね…。ミミック達のためなのよ…。いろんなダンジョンを知ってもらい巡ってもらい、終の住処にできる場所を探してもらうための…」

 

おつまみのナッツをポリリと齧り、そう語る社長。 そう、それこそが、我が社が会社か否か怪しい点なのだ。

 

 

ぶっちゃけると、この『派遣会社』は、派遣した際の料金による儲けを第一目的とはしていない。

 

あくまでそれは副次的なもの。最たる目的は、『ミミック達の住処探し』。利は二の次なのである。

 

 

 

前にさらりとお伝えしたことを覚えているだろうか。『ミミックは、ダンジョンでなければ長く暮らしていけない』ということを。

 

生態が不明瞭な魔物ゆえに詳しくは説明できないが…彼女達ミミックはその特性上、ダンジョンに棲みつかなければいけない。

 

特に宝箱型の下位ミミック達を見ればわかりやすい。あんな魔物、森とかでは目立って仕方ない。最も、そういう野良の子達は、体色をある程度変化させてやり過ごしているみたいだけど。

 

 

一応、理由と思しきものは幾つかある。ダンジョン特有の濃密に練られた魔力が必須、獲物を狩るための戦法的問題、元来の臆病な性格故…などなど。

 

まあ、私が社長達と交流してきた中で推測したことだから、何一つとして確証はないのだけども。なにせ、ミミックを研究する専門家って存在しないから…。

 

 

いや、もしかしたらいたのかもしれない。けど、どこに潜んでいるかわからないのがミミック。研究しようにも見つけられず、気づいた時にはバクリ。そりゃ研究する気概も失せるだろう。

 

 

…あ。なら、私がミミック研究家とかになれば良いのかも? …いや、止めるべきなのかな。商売の邪魔、というかミミック達の仕事の邪魔になりそうだし。

 

 

 

 

 

こほん、閑話休題。そんなミミック達の手助けのために作られたのが、この会社。ダンジョンとミミックを繋ぐ役割を担っているのだ。

 

あくまでここは、『一時的なダンジョンの寮』のようなもの。理想のダンジョン先が見つかるまでの、仮住まい。

 

 

だから正しくは、派遣会社というより仲介及び斡旋所というべきが正しいのかもしれない。ただそれだと語呂が悪いので、あえて会社を名乗っているのである。

 

あと『会社』って名乗っていた方が、何かと信用が得られるものだし。…そもそもだけど、会社ってなんだろうか…。混乱してきた…。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと熱くなった頭を癒すため、カクテルを一口。と、横で社長も…って!?

 

「一気飲みですか…!?」

 

カクテルグラスだからそんな量は入らないとはいえ…。社長、結構度数が高そうなのをグイっとあおったではないか。

 

そしてぷふぅ…と息を細く吐き、私の言葉を気にせず続け出した。

 

 

「それでね…。私はみんなのために、色々頑張ったの…。厳しめだけど効果のある訓練メニューを組んだり、ラティッカ達のような箱作りの専門家を雇ったり、手探りで代金の調整をしたり、ミミックが大切にされる契約内容を作ったりね…」

 

 

そう言いながら、社長はにゅるんと手を幾本かの触手にし、伸ばす。それはカウンター壁のボトルを数本掴み取り…。いやいやいや…! 

 

「ちょっと社長…! そのまま飲もうとしないでくださいよ…!?」

 

「自分で作るだけよぉ…。よっと…」

 

私の注意から逃げるようにそのまま箱ジャンプをし、自らカウンター内に。バーテンダー服を着ているからピッタリだけど…。

 

「私のはこれでいいや…」

 

社長がごそりと取り出したのは……ジョッキ…。貸し切りとはいえ、暗黙のルールはどこへやら。

 

 

バーテンダーのポルターガイストたち、下がらせたのは失敗だったかな…。今からでも呼び戻すべきか。複数のシェイカーを駆使し、カシャカシャカシャカシャとカクテル作る社長を見つめていると…。

 

「はい、アストの」

 

…勝手に次のカクテルが出て来た。……美味しいし。

 

 

 

 

 

 

…じゃあ、そのついでに私も話を続けよう。今しがたの社長の台詞も交えて。

 

 

 

ただの斡旋所ならば、「はい、君はこのダンジョン。君はあっちのダンジョンね」で終わりである。細かい仲介はあれども、後は本人の…ミミック達の実力次第。

 

けど、それだけではあまり意味がないのだ。なにせ、どのダンジョンも優しいとは限らないのである。

 

 

例えばの話、ダンジョン主たちが悪い性格をしていたら? ミミックは虐められたり、使い潰される可能性があるだろう。

 

ダンジョンの難易度より、ミミック当人の実力が低かったら? 役に立たず、肩身の狭い思いをするだろう。

 

ダンジョン自体が既にボロボロだったら? 斡旋したミミック達は、すぐに路頭に迷ってしまうだろう。

 

 

 

そんな結果を未然に防ぐために、社長は幾つかの策を講じた。それは、今まで見てきて貰ったものを思い浮かべてもらえればわかるはず。

 

 

 

まず、厳しい訓練メニュー。ミミックは不意打ちの一瞬で冒険者を仕留める魔物、強いに越したことはない。

 

社長が編み出した訓練をこなした者達は、上位下位問わず相当な実力者となる。もうバンバカ冒険者を倒せるほどに。

 

 

そして、ラティッカさん達の『箱工房』がそれの補助をする。

 

彼女達の箱作りの腕にかかれば、形、大きさ、色合い、用途、どんなものでも完璧に。しかも、冒険者の攻撃を難なく受けられ、どんなに酷使しても壊れないほどに頑丈な箱を作り上げてくれる。

 

 

そんな攻防一体のミミックが派遣されてくれば、ダンジョン主も自然に敬意を払うというもの。事実、顧客満足度は満点。感謝のお手紙、沢山頂いています。

 

 

 

 

…今ほんのちょっと、営業スイッチ的なものが入った気が…。気のせいかな…?

 

 

話を戻して、と…。 社長の『ミミックのための策』は、ダンジョン主との契約等にも反映されている。

 

 

まず、派遣代金をとっていること。それも、決して安くはない金額を。それはミミックに一定のブランド(りょく)を発生させるため。

 

その代金を素材で支払えるようにしているのにも、実は意味がある。支払いしやすくして、受け入れてくれるダンジョンを増やすという意味合いもあるが…。

 

 

素材というのは、裏を返せば『冒険者が狙うもの』でもある。金になるものがあれば、冒険者達は懲りずにやってくるのだ。

 

素材での取引は、それを確認できる有用な手段。素材の質を見れば、どれぐらいの冒険者がやってくるかは容易に想像がつく。

 

 

また、大半は体毛とか鉱石とかなのだが…。それで支払うという事は、『金銭を用意するよりそっちのほうが用意しやすい』ということ。私達に渡しても、まだ余りある場合が多い。

 

ということは、冒険者の標的はたっぷりあるということでもある。ならば彼らは幾らでも侵入してくるため、ミミック達の出番がなくなるということはないのだ。

 

 

 

 

また、ダンジョン主たちにミミック達への食事を確認しているのにも、意味がある。

 

ぶっちゃけた話、食事時にいちいちワープ魔法陣を起動し、ここの食堂に繋げればいい。というか実際にそうしている子達も結構いる。

 

しかしそうすると、ダンジョンの魔力消費がゴリっと増える。そうするとダンジョンの機能低下につながる恐れがあるのだ。まあそう簡単には影響が出ないから気軽に使って良いのだけど。

 

 

そしてもう一つ。こっちのほうがメインの理由。『食事時に帰ってこれない事態が続いた場合』への対策である。

 

 

例えばワープ魔法陣が不調になった場合、冒険者がひっきりなしにやってきたりなどの理由で持ち場を離れられない場合、ダンジョンが広くて移動にえらい時間がかかり職務が果たしにくい場合etcetc…。

 

 

食事の用意をしてもらっているのは、そういった事態への保険である。ミミック達は最悪、食べ物さえあれば生きていける。

 

しかしカツカツ状態のダンジョンだと、それもままならない可能性がある。そうなると、ミミックは餓死してしまう。それは防ぎたいのだ。

 

 

だからその確認は、雇い主達に『どんな時でも、食事を用意できる余裕があるか』という問いかけでもあるのである。

 

 

 

 

そして最後に。最高責任者である社長と、その補佐である私が現地に行って、ダンジョンの調子とそこに棲む魔物達の様子をしっかりと確かめている。

 

今にも崩れてしまいそうなダンジョン、明らかに臥せっている魔物達、性格が悪いダンジョン主。そんな場所にミミックを派遣したところで、良い結果になるはずがないのだから。

 

 

それに晴れて合格したダンジョンのみ、ミミック達を派遣する。ミミックが、同族が安全に暮らせるように。そんな思いが籠められた社長の策なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…だいたいこんなところであろうか。他にも細かい点は幾つもあるが割愛で。というか、一旦切らないとヤバい。だって…。

 

 

「んぐ…んぐ…んぐ…」

 

 

ほんとうにジョッキ一杯にカクテルを作った社長が、怒涛の勢いで飲みだしているのだ。よほどの心労があるのだろうか…。

 

…だとしたら、私は秘書失格なのかもしれない。最も社長の近くにいると言うのに、そこまでの悩みに気づいてあげられなかったのだから。

 

 

「一体どうしちゃったんですか? 全部打ち明けてくださいよ」

 

無理やりジョッキをもぎ取り、社長をそう落ち着かせてみる。だけど社長はむにゃむにゃ言うだけ。

 

…かなりの重症な気がする。そこまでって…。……! もしかして…!!

 

 

 

「もしかして…ここを畳むんですか…!?」

 

 

 



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我が社の日常:ひと夜ひと酔に人見ごろ②

 

この会社を、畳む―。つまり、『ミミック派遣会社』を廃業する―。

 

 

私が口にしたのは、考えうる限りの最悪の想像。あってほしくない、悲しき結末。

 

と、カウンターの奥の方からカチャンと食器がぶつかる音が聞こえた。ポルターガイストたち、聞き耳を立てていたらしい。…耳、どこ?

 

 

 

 

いや、そんなこと気にしている場合ではない…!もしそうだったら、看板を下ろすのならば、ミミック達や、ラティッカさん達、ポルターガイスト達は…!

 

 

思わずごくりと息を呑む。―と、社長は……プスッっと噴き出した。

 

 

 

「あははははは! 違うわよ! そんなわけないじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

…なんだ、よかったぁ…。気づけば、酔いも消え去ってしまった。 わ、変な汗もかいてる…。

 

そんな汗を拭いつつ安堵の息を吐いていると、社長はとろんとした瞳で、こちらに語り掛けてきた。

 

 

「…そうやって頑張ってたけど、最初の頃は上手くできなくてね。素材の見極めとか、ワープ魔法陣の設置とか、取引や契約の書類とか…」

 

自身の宝箱にぺしゃりともたれるようになりつつ、愚痴る社長。本当に大変だったのだろう。

 

「ラティッカを連れていったり、魔王やオルエみたいな知り合いに魔法陣設置をいちいちお願いしてたけど、それだと色々迷惑かけてたし、効率悪すぎだし…。魔法を覚えようにも、私には才能ないし…。そうこうしている間に書類はどんどん山になっていくしぃ…」

 

あぁ、とうとう箱の中に消えていってしまった。大丈夫かな…。ちょっと覗き込んで…。

 

 

「そんなときに来てくれたのが、アスト。あなたなのよ!」

 

 

ひゃっ!いきなり飛び出してきた…!!

 

 

 

 

 

「あ。ごめんなさい…。脅かしちゃった…?」

 

椅子の上でわたわたする私を触手で止めてくれながら、社長は謝ってくる。私が落ち着いたのを見て、話を続けた。

 

 

「あなたが来てくれてから、どれもこれも上手くいくようになったわ。あなたの魔眼で素材の相場は即座に分かるし、魔法も使いこなしているから色々やってくれるし、書類なんてすぐに片付けてくれる」

 

 

そう面と向かって褒められると、やっぱりとても嬉しい。役に立ててるようで何より…

 

 

「何より、人柄よ。優しいし、思慮深いし、見下さないし、頭も回るし、動けるし、怒るところは怒ってくれるし、必要な時は仕切ってくれるし、ミミック達との仲も最高に良いし…」

 

 

ん…? 嬉しいのだけど…褒めすぎでは…?

 

 

「そして、可愛い。髪サラサラだし、肌すべすべだし、顔綺麗だし、スタイル良いし、無茶も聞いてくれるし、一緒にいると癒されるし、笑顔が素敵だし、時折みせる無邪気なところも良いし…」

 

 

「ちょ、ちょっと…! も、もうその辺で…!」

 

まだまだ挙げたりなさそうな社長を慌てて制する。そんな褒め殺ししてくるなんて…!

 

 

「そうやって、顔赤くして照れちゃうとこもね♡」

 

 

うっ…! 社長、にへりと笑いながらトドメを刺してきた…! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酔いが醒めたと思ったら、今度は酔いに呑まれたかのようなカラダの熱さ。火照ってきちゃった…。

 

 

社長、どうしてそんなに私を褒めちぎってくるのだろうか。なにか私を堕とす必要とかあるのだろうか。炬燵の設置時期の延長とか。

 

綻んでしまったままの顔は戻せずも、心でちょっと気を引き締める。そして社長の次の言葉を待つ。すると―。

 

 

「…ほんと、アストはこの会社になくてはならない存在なの。…ううん。私にとって、あなたは、何者にも代えがたいパートナー」

 

 

…どうやら何かの無心ではなさそう。お願いする時の猫なで声ではなく、先程よりも感極まったような、そして寂しそうな雰囲気も漂っている声。

 

何が言いたいのだろうか。更に真意を探るため、私は社長をじっと見つめる。…と、社長は、少し震えるように口を開いた。

 

 

「……だけど…アストは、あくまで雇われ秘書。いずれ、帰っちゃうんでしょ…。『アスタロト』の家に…!」

 

 

 

 

 

 

 

真に迫った、泣きかけの口調。多分、それが伝えたかったことなのだろう。バーを貸し切りにまでして、場の雰囲気とお酒に背中を押してもらう必要があったほどの。

 

しかしそれでもすぐには切り出せず、会社や自身の過去とかで回りくどく包み隠した、本当に聞きたかった質問。

 

 

 

 

…――あぁ! そう言えば正式に名乗ったことはなかった。

 

 

私のフルネームは、“アスト・グリモワルス・アスタロト”。…苗字から、察せる人は察しているかもしれない。

 

 

そう、魔界大公爵として名を馳せる、かの最上位悪魔族が一柱。アスタロト家の……娘である。

 

 

 

言ってしまうと『大貴族のご令嬢』ってやつ。自分で言うのもなんだかだけど。とはいえ、全く気にしなくていい。

 

今の私は、ミミン社長の秘書。それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

 

…え? そんな令嬢が、なんでここにいるのか? 端的に言えば社会経験。なにせ私、ミミック的ではない意味…普通に使われる意味での、『箱入り娘』だったのだから。

 

ま、その辺はまた今度詳しく。今はそれより―。

 

 

 

 

 

 

「先にお聞きしますけど…。私の両親から『辞めさせろ』的な連絡が来たんですか?」

 

顔色を窺うようにそっと、問い返してみる。すると社長は小さく、首を横に振り振り。それを見た私は…。

 

「ふ…っ。ふふっ…。ふふふふ…! あははははっ…!」

 

 

さっきの社長に負けないほどに、笑ってしまっていた。涙出るほどに。

 

 

 

「な、なによ…!」

 

ちょっと拍子抜けしたように、呆け気味の顔を浮かべる社長。私は涙を払い、込み上げる笑いを抑えながら手を振った。

 

「いえいえ…! ふふっ…。そんなことで悩んでいたんですか…。ふふふっ…!」

 

駄目だ、抑えきれない…! だって、だって…!

 

 

「『杞憂』のようなものですよ、社長。 ぷふっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

「というか何を今更、そんなことで頭を悩ませてくださってるんですか。私を秘書として雇ってから、そこそこ経ったでしょうに」

 

ようやく笑いが収まり、私はやれやれと肩を竦める。社長はちょっと恥ずかしそうに身体を箱にひっこめ、顔の半分だけ出しながら呟いた。

 

 

「…だからよ。 最近、あなたの正体に感づくお客さんも多いじゃない? それで、急に不安になってきちゃって…。アストってアスタロト家の息女だから、いつかうちを辞めて、アスタロト家に帰るんだなって…」

 

 

なるほど。確かに最近、よく聞かれる気がする。魔力の大きさとかで気づかれるパターンが増えてきた。別に隠しているわけじゃないから良いんだけども。

 

しかし、それだけでそう不安になるとは…。ちょっと過敏すぎる気がしないでもない。

 

 

 

まあともかく、社長を不安にさせたままではいけない。慰め、()()()()()を伝える必要がある。

 

「はい社長、ちょっと失礼しますよっと」

 

羽も使い、よいしょとバーカウンター内の社長に手を伸ばす。箱ごと掴むと、椅子に戻り自身の膝の上に。

 

「はい、ぎゅーーっ」

 

そしてそのまま、社長をぎゅっと抱きしめる。背中も優しく擦ってあげながら、声をかけてあげた。

 

 

「大丈夫ですよ、社長。杞憂です。私は簡単にはいなくなりませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…確かに、いずれは帰るでしょう。これでもアスタロトの名を継ぐ者ですから。いつかは爵位継承しますし、誰かと婚姻するかもしれません」

 

その事実を伝えると、社長は腕の中でピクリと震える。それをよしよしと宥め、続けた。

 

「ですけど、それは暫く先の話です。ずっとずっと、ずーっと。魔族の寿命は長いんですから、その分世代交代もゆっくりなんですよ。先代魔王様だって、任期、かなり長かったでしょう?」

 

 

問いかけに、社長はこくりと。ちょっと冗談交えてみよう。

 

 

「というか、私なんてまだまだ赤ちゃんのようなものです。おぎゃばぶです。まだまだ世間知らずです」

 

あ、ちょっと笑ってくれた。もう大丈夫そうかな。なら、あと一押し。

 

 

「この先、私にどんな『ルート()』が待ち受けているのかはわかりません。ですけど、もう心は決まっているんです」

 

 

そして、ちょっと社長の耳に、口を近づけて―。

 

 

「まだまだ社長の隣に寄り添わせていただきますよ。こんな楽しい居場所、他にはありませんから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ…! ぅ~~……。 ぅ~~…!」

 

社長、私の胸に顔を埋めたまま、くねんくねん。悶えている様子。耳真っ赤。ちょっとはいつもの仕返しできたかな。

 

…なんか、恥ずかしくなってきた。誤魔化すために、ちょっと話を戻す。

 

 

「それにしても良かったです。両親から『辞めろ』って連絡が来ていなくて」

 

「来てたら…どうしたの…?」

 

ようやく顔を少しあげ、こちらを上目遣いで訪ねてくる社長。そんな彼女に、私は言い切る。

 

「もし来ていたら、とりあえず問い質しに行きます。そして、()()()()()取り下げさせますよ。…実家、半壊するかもしれませんね。譲る気はありませんから」

 

「…ふふっ。やり過ぎよ、それ」

 

思わず笑みを零す社長。さっき、私の笑顔が綺麗と言ってくれたが…それは社長も同じ。

 

いつも天真爛漫で快活な社長には、笑っている顔が相応しいもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて! 恥ずかしいところ見せたわね。ちょっと飲み直しましょうか!」

 

照れ隠しをしながら、ぴょいっと隣の席に飛び移る社長。いつもの調子に戻ってくれたみたい。

 

「ごめんね皆! もう出てきていいわよー!」

 

社長のそんな声を合図に、奥からバーテンダーポルターガイストたちが戻ってくる。どうやら貸し切りの札も外すらしい。ちょいちょいと指示を出した社長は、声を小さくし、私に再度の謝罪を。

 

「…ごめんねアスト。変な愚痴を言っちゃって」

 

「お気になさらず!私は社長のパートナーですから。 寧ろ嬉しかったですよ、頼って貰って」

 

「やっぱり優しいわねぇ、あなたは…。好きよ」

 

 

そんな会話の後ろからは、静かにバーに入ってくるミミック達の音が。 ポルターガイスト達も、注文を取りに動き出した。

 

これで、元通り。いつもの()。いつもの()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ!」

 

 

と、社長。さっき作ったジョッキカクテルを飲みながら、思い出したかのように手を打った。

 

 

「ようやく魔王がokくれたわよ。あんの恥ずかしがり屋、私とオルエ二人がかりで説き伏せてやったわ!」

 

「え! ということは…!」

 

「そ! 直接アストと会ってくれるって! 私達との飲み会の場でだけど」

 

 

 

 

「へ…? 正直そっちの方が有難いのですけど…。良いんですか?」

 

 

流石に魔王様と、一対一で面会するなんて畏れ多い。だから、嬉しい条件なのだが…。

 

すると社長は、ふふーんと笑った。

 

 

「寧ろあの子からの頼みなのよ。恥ずかしいからって。じゃ、その日まで、なるたけ魔王のイメージを崩しといてね」

 

 

……??? どういうこと…???

 

 



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顧客リスト№46 『ネレイスの船の墓場ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

『船の墓場』というのを御存じだろうか。いや、船の解体場という意味ではなく。

 

端的に言えば、沈没船が集まる海域のことである。

 

 

暗礁が多い、海流の流れが特殊、巨大海洋魔物の棲み処、色々と理由はあるが…。航海していた船が幾つも沈んでいる場所を、ここでは指す。

 

 

そして、今回私達が訪問しているこの場も―、『船の墓場ダンジョン』もそうなのだ。

 

 

 

 

 

 

舞台は海中。私も社長もウェットスーツ姿。そして勿論魔法で呼吸可能にしてるため、ボンベやシュノーケル要らず。

 

今日の水温はかなり低く、水もかなり澄んでいる。そのおかげで…ほら、下を見て欲しい。

 

 

いち、に、さん、し、ご…海底に寝そべる船は、数え切れないほど。また、種類も豊富。

 

小舟、漁船、商船、海賊船、戦艦…大小色んな沈没船だらけ。中には豪華客船らしき姿も。夕暮れを背景に、船首で女性が両手を広げ、男性が後ろから支えている光景が目に浮かぶような。

 

 

それらが、様々な状態。海藻に包まれ緑に染まっているものから、まだ真新しいもの。船底に穴が開いているもの、真ん中から半分にねじ切られているもの。全てが役目を終え、静かに眠っている。

 

その隙間を魚たちや水棲魔物がすいすいと。まるで彼らが新たなる船員のようであり、崩れゆく海の冒険者達の見届け人のようでもある。

 

 

 

 

 

こんな風に、ここは沈没船が集まる場所。とはいえ、ここがかの悪名高い『魔の三角海域』というわけではない。

 

海流が特殊なため、どこからともなくやってくる船もあるらしい。だが、そのほとんどは魔法を使ったり、クラーケンのような大型魔物たちに頼んで運んできてもらっていると聞く。

 

 

―そう、ここの『船の墓場』は人工的なものなのだ。…そもそも墓場って、誰かが作ったものがほとんどなのでは…?

 

それに、ここダンジョンだし。人工的で当然か。いやまあ、自然生成されてるパターンもあるのだけども。

 

 

 

ちょっと話が流されてしまった。海だけに。

 

そんな、沈没船が集められている理由。それはここのダンジョン主にある。

 

あ、噂をすれば…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人とも、ようこそおいでくださいました。 海神に代わり、感謝いたします」

 

半馬半魚の魔物に腰かけ、私と社長の前にすいいっとやってきたのは、1人の精霊。

 

海のように青めの肌、足先がヒレになっており、髪はまるで渦巻く海流のよう。彼女は『オキアノス』さん。『ネレイス』と呼ばれる海の精霊である。

 

因みに、乗っている半馬半魚の魔物はヒッポカムポスという種。シーホースと言ったほうが通りは良いかもしれない。…でも、タツノオトシゴと混同されちゃうかも…?

 

 

 

 

そんなオキアノスさんだが、他のネレイスとは違う服を着ている。…いや、服なのかな? 

 

そもそもがネレイス達って精霊なので、布とか魔法とかで作られた服は着ない。というか、鱗である。鱗が胸とか腰とかを包んでいる形。

 

 

しかしオキアノスさんは、更に何かを纏っているのだ。…なんていうべきなのだろう。クラゲ?クリオネ? そんな半透明な何かを、まるで司教服のように着ているのである。スッケスケ。

 

加えて頭には、それこそクラゲのような丸くて柔らかそうな帽子(?)を被っている。きっと司教冠の代わりなのだろう。

 

なお、その帽子も服も、虹色の光が線となって仄かに輝いている。暗いとこだと一際幻想的になりそう。

 

 

聞いていた通り、彼女は『シービショップ』なのだろう。海の司教というやつ。手に、珊瑚を使った長杖も持っているし。

 

 

 

 

 

 

そしてそのシービショップというのが、沈没船が集められている理由なのだ。

 

 

彼女達は海の安寧を祈る心優しき方達。だから、供養しているのである。亡くなった船員達を、そして船を。

 

 

 

無念の内に沈んだ者の中には、悪霊や怨霊となる者がいる。それらは他の船を海中に引きずり込んだり、周囲の環境に害をなし呪いの海を作り上げることもある。

 

それこそ、あの『魔の三角地帯』というのも、実はその結果なのかもしれない。他にも幽霊船となって彷徨ったり、新たな魔物…それも狂暴な怪異に変貌することだってある。

 

 

そうならないように祈りを捧げてくれているのが、オキアノスさん達。その祈祷を効率よく行うため、沈没船を集め、ダンジョンを作っているのである。

 

 

 

 

さて。では何故私達が呼ばれたかだが…。それは言わなくてもわかるはず。沈没船と言えば―?

 

 

そう、お宝。今昔問わず、沈没船はお宝探しの代名詞。ここにもやっぱり冒険者達がこぞって押し寄せてきているらしいのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒッポカムポスの背に跨らせてもらい、私達は沈没船の近くまで。その道中、オキアノスさんから説明を受けていた。

 

 

「―といった風に、冒険者達が潜ってくるのです。宝物をとっていくのはまあ構わないのですが、その際に暴れられて、朽ちゆく船や海の者達を傷つけられるのは見過ごせないのです…!」

 

 

頬をフグのように膨らませプンスコなオキアノスさん。せっかく供養している最中だというのに、そんなことをされたら台無し。

 

眠ろうとしている魂も目覚めてしまい、中で暮らしている魚達も怯えてしまう。由々しき事態である。

 

 

「入り口や穴を塞ぐという手段もあるにはあるのですが…。中に棲みついた魚達が可哀そうですし、船霊たちも嫌がる場合が多く…。そもそも沈没船ですから、穴まみれなので…」

 

彼女はちょっと残念そうに、今から向かう沈没船を指さす。確かに、至る所に穴が。

 

それが原因で沈んだのか、沈んでから穴が開いたのかは私にはわからないけど…。全部修復はまず不可能。そうわからせるボロボロ具合。

 

 

 

と、オキアノスさんはふぅ…と溜息を。

 

 

「それにそんな対策をしても、冒険者達は破壊して侵入してきますし…」

 

 

…でしょうね…。お宝がありそうならば、強硬手段も辞さないのが冒険者達だもの…。

 

きっと船のどてっぱらを爆破なり突き破るなりして、くまなく探すだろう。仮にお宝を全部どこかに移しても、もっとないかと暴れまくるのも目に見えている。

 

 

 

そうなるのは絶対に避けたいと、オキアノスさんは我が社に連絡をくれたのだ。ミミックならば、宝を見つけて夢中になっている冒険者の隙をつけるからと。

 

それにここは既にダンジョン。冒険者を仕留めても、復活魔法陣送りになるだけ。シービショップの仕事は増えない。安心。

 

 

なお代金は、奪われるはずだったお宝。又は海の素材諸々。条件としては申し分ないため、後はダンジョンの中…沈没船の中を確認することにしたのである。

 

 

 

因みに…話して貰っている間、司教服の端を触らせてもらったのだけど…。なんかぶりゅんむにょんとしていた。やっぱりこれ、クラゲ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この船は、ここからよく侵入されていますね」

 

沈没船が一つ、その朽ちかけの扉前でヒッポカムポスを止めるオキアノスさん。それに合わせ、私は手を挙げた。

 

 

「あの。一つお聞きしたいのですが…」

 

実はオキアノスさんの司教服に夢中になってて、質問するのを忘れていたのだ…。許可を貰い、私はヒッポカムポスの背を撫でながら問いを口に。

 

「この子のような、強そうな魔物がそこそこ居そうですが…。やはりそれだけでは対処しきれないのですか?」

 

 

 

まあ、対処できないから我が社に依頼してくれているのだろうけど…。ちょっと不思議であったのだ。

 

幾ら冒険者達が水中適正の魔法をガチガチにかけてやってくるとはいえ、水棲魔物達が皆、遅れをとるとは考えにくいのである。

 

 

 

 

「そうなのです…。まだ、冒険者達が船にたどり着くまでの間とかは、色んな子達が頑張ってくれているのですけど…」

 

こくりと頷き、杖を軽く振るオキアノスさん。すると、どこからともなく…!ひゃっ…!?

 

 

「さ、サメ!?」

「わー! 立派な牙! うちの宝箱ミミック達みたい!」

 

 

 

 

ビビる私と、唸る社長。勢いよく姿を現したのは、怖い顔をした大きいサメだった。それだけじゃない、シャチとかイルカとかも。こっちは可愛い。

 

更に、トライデント装備のネレイスやマーメイドたちも幾人か。どうやら警戒部隊な様子。中々に重厚な布陣だけども…。

 

 

「広い場所ならば、この子達も活躍できるのです。ですが…狭い船室や、ターンできる広さもない場所だと、こちらが不利になってしまいまして…」

 

そう語るオキアノスさん。なるほど納得な理由。しかも舟霊が天に召されるまでは壁や床を出来る限り壊したくないのだから、無暗に突撃したり武器を揮うこともできなさそうである。

 

 

 

「特にこの大きな子達は、こんな風になってしまうのです…」

 

ふと、オキアノスさんは杖をもっとふりふり。すると、サメがすいいっと動き、船の扉に…。

 

 

モッ

 

 

…へ…? 顔面を、埋め込んだ…?

 

 

 

さっきまでの怖い顔が隠れていると、なんだか可愛らしい。ヒレとか尻尾とかが、じたばたとくねくね。…というかこれ、動けなくなっているんじゃ…?

 

「御覧の通り、奥に入れず、嵌ってしまうのです…。他の子も同様で…」

 

オキアノスさんの言葉を合図にサメが外れると、今度はシャチがモッ。その次には、ヒッポカムポスがモッ。

 

次々に扉に顔を挟み、これ以上いけないよ~と言わんばかりにお尻をばたばた。なんかやけに愛くるしい。

 

…こっちから見ると可愛いけど、反対から…顔側から見たら恐ろしそうではあるが。

 

 

 

確かにこれでは、いくら強い水棲魔物でも手をこまねく。結果的に、船が冒険者を守る形になってしまっているのだから。

 

だが…コンパクトに収まるミミックならば、内部も自由自在に移動可能。狭い船室もお茶の子さいさい。

 

これなら派遣しても大丈夫そう。そう喜んでいると―。

 

 

 

「キュー…! キュー…!」

 

 

そんな悲鳴らしき声が。どこから…? あっ! 船の扉のちょっと奥に、イルカが挟まっちゃってる…!

 

どうやら小さい分奥まで入り込めてしまって、ぎっちり嵌ってしまったらしい。大変、助けなきゃ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総がかりでイルカを助け出し、改めて沈没船の中に。どうやらこれは軍船らしい。大砲とかもあるし、勲章や軍服とかが至る所に落ちている。

 

けど、それも朽ちかけ。どこもかしこも今や漁礁。色とりどりの魚がひらりゆらり。

 

 

「ここが宝物庫だったようです」

 

先導してくれていたオキアノスさんが、とある部屋を指す。ちょっと入ってみると…。

 

「わっ。結構ありますね…!」

 

藻にまみれてはいるが、沢山の金銀財宝が。多分押収したものであろう。金貨の一枚を取って、鑑識眼で見てみる。

 

うん。今は使用されてないとはいえ、純金に近い代物。宝物的価値も、歴史的価値もある様子。しっかり綺麗にすれば一級品のお宝であろう。

 

 

「これでもだいぶ盗られた方なのですよ」

 

私の横へと来たオキアノスさんはそう補足してくれる。となるとどうやらこの軍船、かなりやり手だったらしい。

 

「なんで沈んでしまったんですかねー」

 

ちょっと気になり、軽く口にしてみる。するとオキアノスさん、しっかり教えてくれた。

 

「海賊船と戦って沈んだみたいなのです。船体の傷もそうですし、残っていた魂からも、そんな話を聞きました。確か…『虹髭』という海賊に負けたみたいですよ」

 

 

「あ。あの方ですね、社長」

 

聞き覚えのある海賊顧客の名前を聞き、思わず社長へと話しかける。けど…。

 

 

「…? あれ、社長?」

 

 

返事が返ってこない。ハッと振り向くと…姿もない。さっきまで宝箱で、ふよふよと水中移動していたというのに…!

 

 

 

「あ、あら…?」

 

オキアノスさんも困惑している様子。どこに行ったのか目を動かしていると…。

 

 

「ふっふっふ…私を見つけられるかしら?」

 

 

辺りに響く、社長の声。どうやら唐突にかくれんぼが始まったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この朽ちかけの樽の中…じゃない…」

 

「この蟹さんの下…ではないですね~」

 

私とオキアノスさんで、社長探し。色んな所を探してみるが、見つからない。隠れていた魚がこんにちはするだけである。

 

 

というか…。隠れられる場所が多すぎる! そもそもが色んな物が落ちてる沈没船だというのに、更に珊瑚や海藻が入り組み、魚達がいっぱい。

 

オキアノスさんにミミックの潜伏場所をセールスしているのなら、まず大成功であろう。彼女、楽しそうにここでもないあっちでもないと探している。 

 

 

……いやほんと、どこに隠れてるの…!?

 

 

 

 

 

「あ! もしかしてこのイソギンチャクの中ではないでしょうか!」

 

言うが早いか、思いっきりイソギンチャクの中に手を突っ込むオキアノスさん。流石は精霊、刺される心配はないらしい。

 

けど、出てきたのはクマノミだけ。いくら社長と言えど、イソギンチャクに潜むことは…。

 

…そういえば少し前に海に潜った際…。社長、髪をイソギンチャクや海藻みたいに逆立てて、魚を集めていた。

 

だからイソギンチャクに潜めるというわけではないだろうけど…擬態は出来るのかも…。というか別に、イソギンチャクに問題なく隠れられそうでもあるし…。

 

 

 

 

…駄目だ。一旦落ち着こう。深呼吸して―。…海中なのに深呼吸って妙な感覚。魔法かけてるからだけども。

 

改めて、周りをみやる。私ならば分かるはず。一流の冒険者でさえ騙せる社長の潜伏術だが、社長秘書である私ならば…!

 

 

「……っ! そこっ!」

 

意識を集中し、違和感を感じ取る。海藻が群れているそこの下にあるのは…!

 

「…やっぱり!」

 

見事にあった。沢山の海藻で完璧に偽装された、社長の箱…! みーつけた…! ……えっ!?

 

 

「い…いない…!?」

 

 

 

 

 

箱をパカッと開けると、中はまさかの空っぽ。いや、何故かウニが一つだけ入ってる。

 

…!まさか…このウニの中…!? …………違った。これ生きてるウニだった。

 

 

 

「流石アストね!それの隠蔽、結構自信あったのだけど! でも、ざんねーん! そっちはダミーのウニーよ!」

 

またも聞こえてくる社長の声。別に上手い事言えてない。ウニは美味しいけど。

 

 

 

しかし…手詰まりになってしまった。箱に入っていないとなると、どこに潜んでいるかも検討がつかない。

 

「私も降参いたします…!」

 

オキアノスさんもお手上げ。すると、どこかに潜む社長は含み笑い。

 

「ふふふふ…なら、覚悟しなさいね? ()()()()()()()め!」

 

 

 

 

 

 

…物凄く、嫌な予感がする。そして、その予感通りに―。

 

 

 

ズ…ズズズズズ…

 

 

 

「きゃっ…! 大砲が…!?」

 

声を上げるオキアノスさん。船壁に開けられた砲口から外をぼーっと眺めていた朽ち大砲の一つが、ゆっくり回転しだしたのだ。

 

 

あわあわしだすオキアノスさんに少し離れたところに移動してもらい、私は大砲の動きを待つ。それはピタリと私に照準を合わせ…。

 

 

「どーーんっ!!」

 

 

砲弾…もとい社長が飛び出してきた!

 

 

 

 

 

 

「はっ! おっとっと…!」

 

飛び込んでくる社長を抱き捕まえる。けど水中だから足に力がかかりにくく、その場でぐるりと縦一回転。

 

「きゃー捕まっちゃったー! おのれ海賊ー!」

 

私の胸の中で、社長はきゃっきゃっ。どこから見つけ出してきたのか、朽ちかけ海軍帽子まで被ってる。

 

 

「大砲の中でしたか…。外を向いていたから、気づきませんでしたよ」

 

「ふふっ、ちょっと確かめてみたいことがあったのよ!」

 

 

そう笑うと、社長は大砲の中に再度スポリ。ズズズズと大砲を元の向きに戻し、自身の宝箱の中に戻った。

 

 

 

 

 

「さて! オキアノスさん、驚かせてしまって申し訳ありませんでした」

 

「え、いえ…! 大砲が勝手に動くと思わなくて…!」

 

 

丁重に頭を下げる社長に、オキアノスさんはホッとしたように笑う。と、社長はその言葉にカッと顔をあげた。

 

 

「そう、そこです! 本来動かない兵器が勝手に動くというのは、かなり予想外なんじゃないでしょうか!」

 

 

 

確かに、それはある気がする。正直私も、動き出した瞬間ビックリしてしまった。すぐに社長が動かしているってわかったけども。

 

だって、我が社にミミックを打ち出す大砲あるし…。(閑話②参照)

 

 

 

だから、冒険者達は特に効くはず。火薬や導火線が明らかに水没していて、砲身も海藻やサンゴや貝まみれになっている大砲が起動するなんて夢にも思わないだろう。脅しとしては最適。

 

 

しかし、社長の思惑はそれだけではないらしい。ちょっと顔を真剣なものにして、話を続けた。

 

 

「オキアノスさん、一つ懸念事項が。きっと私達が中で動いて、外にサメやネレイスの方々が待ち受けていると、冒険者達はイチかバチかで暴れる可能性があります」

 

「えぇ…そのような冒険者もおりました…。私達が待機していたために、別の場所を叩き壊して出ていった方々が…」

 

「やはりですか。では、ご提案があります! 船内に潜むミミック達は少なめにし、今の大砲のように冒険者を追い立てる役目をメインに据えます。そして警戒部隊の皆様には少し離れて貰い、()()()()()()()として、これを配置しましょう!」

 

 

そうプレゼンをしながら、社長が取り出したのは…。

 

 

「ウニ…ですか…?」

 

 

私は思わず首を傾げてしまう。それは、さっき社長の箱の中に入っていたウニ。と、社長はウインク。

 

「正しくはウニに似た兵器型なミミックね!  ウニ殻に入るのも有りだけど、流石に窮屈だし、コロコロって流されちゃうし、魚に食べられかけちゃうから!」

 

 

…ウニ型の…兵器? なんだろう…。 …というか、やっぱりウニにも潜めるんだ…。

 

 



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人間側 ある冒険者達と機雷

 

「様子はどうだ?」

 

「サメ共の哨戒は丁度過ぎた頃合いっぽいな。行くなら今だぜ」

 

水中、いや海底の岩礁に身体を潜めながら、俺達は先の様子を窺う。そこには、穴ぼこだらけになって横たわる…沈没船の数々。

 

 

あれらは元はと言えば、勇猛果敢に海上を駆けていた連中なんだろう。それなのに沈んじまうなんて不幸なものだ。

 

しかし、安心して眠っていて貰いたい。共に海の底に転がってしまったお宝は、俺達が引き上げて有効活用してやるのだから。

 

 

 

 

 

 

俺達はトレジャーハンター。宝があるならどこへでも。例え火の中水の中草の中森の中、あの子のスカートの中にだって潜る覚悟の冒険者パーティーだ。

 

 

そして、今日はそんな『水の中』にやってきている。 海のど真ん中、『船の墓場ダンジョン』と呼ばれるところに。

 

 

ダンジョンとはいっても、洞窟とか遺跡とかではない。かつて誰かが乗り、何かしらの理由で沈んだ『沈没船』群によって構成された、変わったダンジョンだ。

 

 

 

沈没船…! あぁなんと浪漫溢れる響きだろうか。今や魚達の棲み処となっている、古びた船。一目見ればいにしえの船員達に思いを馳せることができる、素晴らしき存在。

 

そう、素晴らしい存在だ…!! 既に動かぬその身には、たっぷりの金銀財宝も眠っているのだから。

 

 

 

トレジャーハンターの血が騒ぐに決まっている。なにせ俺達の大好きな三大標的は、うち捨てられた古代遺跡、地中の埋蔵金、そして沈没船。これに決まりだ。

 

 

……いや、暗く静かな洞窟というのも捨てがたい…。希少鉱物が眠る鉱山を掘っていくのもたまらない…!ジャングルの奥地や絶海の孤島を指し示す宝の地図なんて最高レベル…!!

 

 

くそっ…三つになんか決められるか! 俺達トレジャーハンターは強欲なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

「おい何してんだ? 行こうぜ。早くしなきゃ見つかっちまうぜ」

 

「…あ。 あぁ…!」

 

 

頭の中でトレジャーハント的好物件選手権をしていたら、仲間達に置いていかれかけていた。サメやマーメイド、そしてネレイス…海の精霊達が来る前に船に入らなければ。

 

 

ここはあくまでもダンジョン。故に、棲んでいる魔物達が防衛に動く。まずはそれをどうにかして避けるか、下さなければいけない。ちょっと、いやとんでもなく面倒だ。

 

幾ら水中適正の魔法をかけまくってるとはいえ、海中だと勝手が違う。武器を振るのもやけに遅くなるし、炎系魔法も効果が薄い。

 

極めつけに下手に浮き上がると、着地するまで時間がかかるから力みにくい。そんな状態で水棲魔物の相手をしなければいけないのだから、本当に骨が折れる。

 

 

 

因みに、こんな海中ダンジョンに侵入する方法は二通りある。ダンジョン直上まで高速艇で来て、一気に潜るやり方。そして今の俺達のように、少し離れた場所で降りて、ゆっくり近づく方法。

 

こっちの手段の方が警戒されにくいから、出来る限り戦いを避けたい場合に向いている。それが功を奏し、魔物が来る様子は…。…ん?

 

 

「おい、なんだあれ?」

 

 

目の前にある沈没船の近くに妙なものをみつけ、仲間に声をかけてみる。 あれは…魔物…ではなさそうだ。何かが複数揺蕩っている感じか…?

 

 

「なんだぁ…?」

「超でっけえ…ウニ…?」

「にしては、棘少なさそうだし…なんか紐みたいので止まってないか?」

 

仲間達3人も首を捻りながら、更に距離を詰めてみる。ある程度近づくと…。あぁ、正体がわかった。

 

 

「『機雷』ってやつか…」

 

 

 

 

 

海底から生える海藻のようにゆらゆらと揺れているのは対船兵器、機雷。ゴンッとぶつかったらボンっと爆発するアレ。

 

それが幾つか、沈没船への侵入を防ぐように並んでいるのだ。しかし、珊瑚とか海藻とか錆とかついていて如何にも年代物。もはや兵器の役割は果たせそうにない。

 

 

 

 

「んー? この間ここに来た時、あんなものあったっけか…?」

 

「ここの沈没船群何故か位置変わるし、どこからか流れてきたんじゃねえか?」

 

 

眉を潜める仲間の1人に、他の1人がそう答える。…まあ、確かにそうだ。

 

 

ここの沈没船は、時折位置が変わる。それどころか、新しい沈没船もどこからか運ばれてもくる。多分ネレイス達が何かやっているんだろうが…。おかげで飽きなくて良い。

 

大方あの機雷も、どっかの沈没船の積み荷が漏れ出して偶然置かれたとか、ネレイス達が適当に置いたとかだろう。

 

 

…だが……。

 

 

 

「ああ並んでると、ちょっと近づくの怖いな…」

 

ボソリとそう漏らしてしまう。先に言った通り機雷は、丁度沈没船に入れそうな穴の前に鎮座しているのだ。

 

「んだよ。船用の兵器だろ? 俺達には反応しねえさ!」

 

と、仲間の1人が豪快に笑う。それでもな…と渋っていると―。

 

「しゃーねーな…おらよ!」

 

そいつは俺の装備…ハープーンガンを勝手に取り… 

 

 

 

「バシュンッ!!  ってなァ!」

 

 

はっ!?!? 撃った!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「待て待て待て! 何してんだお前!?」」」

 

慌てて三人がかりで止めるが、既に遅し。放たれた銛は水中を貫くように突き進み…。

 

 

ゴンッ!

 

 

と、機雷に…激突してしまった…!

 

 

 

 

 

「「「っ…!!」」」

 

銛を撃ったヤツ以外、揃って身を縮める。 しかし…。

 

「ほら見ろ! あれぐらいじゃ爆発しないだろうが!」

 

聞こえてきたのは、そいつの笑い声。恐る恐る顔をあげると、銛が当たった機雷は爆発することなくふわんと揺れ、元の位置に。

 

 

「全く…怖がり過ぎなんだよ! そんなんじゃ良いお宝は手に入ら…」

 

ニマニマしながら肩を竦めるそいつ。俺達はその言葉を遮るように―。

 

 

 

 

「この馬鹿! 不発で済んだから良かったものを…!」

 

「もし爆発したら船は宝ごとぶっ壊れるし、ネレイス達も駆け付けてくるだろうが!」

 

「なに速攻で死ぬタイプのトレジャーハンターフラグ立ててやがる!」

 

 

 

一斉に怒鳴り散らしていた。 いや当たり前だろ!爆弾に銛ぶち込みやがって!

 

確かに俺達トレジャーハンターはスリルを求める側面もあるが…。不必要に地雷原、もとい機雷原に飛び込んでく奴なんて、ただの馬鹿かドMだけだ!

 

 

 

 

 

 

「わ、悪い……」

 

俺達に畳みかけられ、流石にシュンとなるそいつ。全く…。

 

機雷に下手に刺激を与えてしまったのだ。これではいつ爆発するかもわからない。まず、あそこをくぐっていくのは危険だろう。

 

 

 

ということで一旦迂回し、別の沈没船を狙うことに。警戒しながら進むが、なにせ無駄な時間を使ってしまったので…。

 

 

「やべ…! 見つかったぞ!」

 

哨戒らしきサメがこちらに気づき、突撃してきてしまった。急ぎ武器を構え迎え撃とうとする。

 

と―。

 

 

「ここは俺に任せてもらうぜ!」

 

 

さっき機雷に銛を撃ちこんだやつが、誰よりも前に出る。責任を感じたのだろうか。…思いっきりフラグ重ねている気しかしないが。

 

 

「へっ! サメには、こいつだァ!」

 

そう吼えながら、武器を構えるそいつ。ドッドッドッと音を鳴らすそれはチェーンソー。水中で使える魔法武器版のだ。

 

…なんでサメにチェーンソーなのだろうか。来る前も、「絶対これが効く」って言って聞かなかったし。

 

 

「来な…サメ野郎! 竜巻でも起こさない限り、俺には勝てないぜ!」

 

やっぱり自信満々なそいつは、襲い来るサメへと突撃。 ―その瞬間だった。

 

 

 

 

ドスッ!

 

「…! なっ…!? 俺の…チェーンソーに…!?」

 

 

足を止めてしまうそいつ。俺達も絶句してしまっていた。何故なら…どこからともなく飛来したトライデントが、チェーンソーのエンジン部分を貫いたのだから。

 

 

そのせいで、チェーンソーはプスンと音を立て停止。勿論サメは容赦なく迫り―。

 

「わぁっ…! あぁっ! 返せ…!俺のチェーンソー…!」

 

 

サメにガブリと噛まれ、持ってかれてしまっていた。一体誰がトライデントを…上か!

 

 

視線を移した先には、ネレイスが一体。更に遠くからは…シャチやマーメイド達が駆け付けてきているのがわかる。

 

「マズい…! おい、一旦逃げるぞ!」

 

ここで戦うのは危険。そう判断した俺は、チェーンソーを奪われたそいつに急ぎ指示を出す。

 

 

だが、突出していたのが悪かった。先程のサメが、今度は本体に食らいつかんと接近して来ていたのだ。くっ…ハープーンの狙いが…!

 

 

「ち、畜生…! こうなりゃ、俺の拳で…サメ殴りを…! ぎゃーーーーっ!」

 

哀れ、イチかバチかサメをぶん殴ろうとしていたそいつは、逆に噛まれどこかへと連れてかれてしまった。

 

つまり、見事にフラグ成立と。…そんなこと言ってる場合じゃない!

 

 

「急いであの船に飛び込め!」

 

他の仲間にそう促し、俺達は先程機雷が置かれていた沈没船へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと泳ぐんだ! あと少し…!」

「ひぃいいいっ!」

「あ、あぶねぇ…!」

 

 

ひたすらに足をばたつかせ、牽制のように攻撃を返しつつ、なんとか沈没船へと滑り込む。

 

すると、先程まで雨(海中なのにというツッコミは無しで)のように降り注いでいたネレイス達の攻撃は、ピタリと止んだ。

 

 

 

 

「…ふぅ…! これは変わらないか…良かった…」

 

ホッと息をつく。何故だかわからないが…ここのネレイス達は、俺達が沈没船の中にいると攻撃してこない。

 

そのおかげで、船に入りさえすれば安全地帯なのだ。…あぁ、もしかしてあの機雷、船に入らせないようにする脅しだったのか。

 

 

そう考えると、ちょっとは効果があったかもしれない。迂回させられたのだから。案外やるな、ネレイス共。

 

 

 

 

ただ…沈没船に侵入したということは、脱出もしなければいけないということ。それが一番大変。

 

宝を背負い重くなったところを狙われれば、ひとたまりもない。ダンジョンを抜け出すかその前にやられて復活魔法陣送りになるか、ひたすらの攻防となる。

 

 

だから、侵入前に見つかりたくなかった。何故なら一度バレてしまうと、連中、沈没船の周りをぐるぐると警戒し続けるから―。

 

 

「…あれ? おかしいぞ…?」

 

 

と、仲間の1人が妙な声をあげる。何事かと聞くと…。

 

 

「ネレイス共、どっかに消えていくんだが…」

 

 

 

その言葉に、俺も沈没船の穴から外を窺う。確かにそこいらで泳いでいたネレイスやサメが、どこかへと去っていく。

 

いつもならこっちの魔法効果が切れるか、向こうの忍耐が折れるかの我慢比べチキンレースが始まるところだが…。

 

別の場所で俺達の同業者が暴れ出したのだろうか。とにかく好都合。今のうちにお宝を探そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

色とりどりの魚が泳いでいる中、探索開始。海藻やサンゴで滑らないように気をつけながら、船室を次々覗いていく。

 

 

「お、見ろよこれ。もうボロボロだが、サーベルっぽいな。どっかの軍船だったかもしれないぞ」

 

「向こうには大砲もあるぞ。当たりっぽいな」

 

「なら、海賊とかから回収した宝があるかもしれない。もっと奥を探してみるか」

 

 

 

そんな会話をしながら、沈没船内部を進む。少し後―。

 

 

 

「―ん? おぉっ! こっちだ!こっち! あったぞ、宝の山!」

 

1人が叫び、俺ともう一人は魚の群れを掻き分けその場に。そこには…!

 

 

「「おぉおお…!」」

 

汚れてこそいるものの、確かに金貨、彫像、壺、延べ棒、宝箱、宝石群…! トレジャーハント大成功だ!

 

 

 

 

「よし、バッグに詰めこめ詰めこめ! そしてさっさと帰るぞ!」

 

「おうとも! サメに食われたあいつの犠牲を無駄にするな!」

 

「…なんかこれもフラグっぽいが…まあ大丈夫だろ!」

 

 

三人揃って、手近な宝へと手を伸ばした。―その時だった。

 

 

 

カパァッ…

 

 

「「「うおっ…!?」」」

 

突如、山積みにされていた財宝の内、藻を被ってボロボロな宝箱が勝手に開いた。何か魚でも入っていたのか? そう訝しんでいると…。

 

 

ズルゥッ…

 

 

「うわっ…なんだ…?」

「見た目的に蛸の足か…?」

「にしては、やけに長いような…」

 

 

出てきたのは、蛸足じみた謎の長いもの。と、箱の方もガタガタ動き…こちらへと迫ってきた!? って…!

 

 

「「「ミミックじゃねえか!」」」

 

 

 

 

ここにきてまさかの水棲ミミック。あれ蛸足じゃなくて、触手か…! ぐねんぐねん動くそれに捕まらないように、俺達は急いで距離を取る。

 

 

しかし、蛸足ミミックは泳ぐようにこちらへと接近してくる。このままでは船から追い出されてしまう…。

 

ならば戦うしかない。そう決め、武器を手にしようと…。 …ん?

 

 

「なんだ…? ミミックが、大砲の方に…?」

 

 

突如、ミミックの進行方向が変わる。丁度横にあった、錆びつきまくった大砲へ近づき…ニュルンと消えた。

 

直後―。

 

 

 ズ…ズズズズズズ…

 

 

「は…? は…!?」

「大砲が…!?」

「動いた…!?」

 

 

既に使い物にならないはずの大砲が…思いっきり動いた…!? しかも、俺達へとしっかり砲口を合わせ、ズズズと更に迫ってくる…!

 

や、ヤバい…! もしかして、撃てるのか…!? それ、撃てるのか!? もし撃たれたら、機雷にも誘爆して…ひぇっ…!

 

 

「「「に、逃げろォ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く…クソォ…なんだったんだ…!」

「あのミミック、なんてことしやがる…!」

 

近場にあった穴から、俺達は慌てふためき外に飛び出した。 それで少し落ち着いたのか、仲間二人はそう悔しがる。

 

それに声をかけるより先に、俺は急ぎ周りを見渡す。…よし、ネレイス共はいない…!なら…!

 

 

「宝がある部屋はわかってるんだ。次は穴開けて入ってやろう!」

 

 

そう2人を鼓舞し、武器を構える。あの沈没船の朽ち具合なら、船体を剣で叩き壊しても、蹴破ってでも入れる。回りくどく他の隙間から入っていく必要はない。

 

 

それに突然のことで驚いてしまったが、水中であんなオンボロ大砲が撃てるわけないだろう。仮に撃てたとして、ショートカットルートを作っておけば即座に逃げられる。

 

 

そうと決まれば、ネレイス共が戻ってくる前に急ぎ済ませてしまおう。そう思い、泳いで戻ろうとした…その時だった。

 

 

 

 

 

ギャリギャリギャリギャリ!

 

 

「…? なんだぁ…? ぐへっ!」

 

下から妙な異音が。直後、激突音と共に仲間の1人が何かに突き上げられ、真上に連れていかれたではないか…!

 

 

 

一体何事だ…!? 慌てて視線を移した俺は、妙なものを見た。

 

 

 

 

 

突き上げられた仲間が居た位置にあったのは、鎖。しかも、海底から伸びてきている…。どこかで見たような…。…っ!

 

何かを察し、そのまま弾かれたように上を見る。するとそこにはやはり―、巨大なウニ…もとい、機雷…!!

 

 

 

機雷って、勝手に動くのか…!? …いや、確かにそんなのもあるって聞いたことがあるような…。

 

でもそれは、船の動きに反応して動くってやつで、人なんかに反応するわけない。じゃなきゃ、人サイズの海の生物が巻き込まれるだけだし…。

 

 

というかそもそも、船なんかいない! いや、真下とかには沈んでいるのがあるけど…! 遠くに見える海面には、小舟の影すらないのだから…!

 

 

 

 

 

 

じゃあ、一体なぜ…? …もしかして、さっきハープーンガンを撃ち込んだ機雷が、誤作動を起こして…?

 

 

ゴスッ!

「ぐあっ…!」

 

 

俺が思考を巡らせていると、再度の激突音ともう一人の仲間の悲鳴…! なっ…!? 機雷が、もう一つ…!?!?

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ…てててて…」

「大丈夫か…?!」

 

ぶつかった個所を擦る仲間を気遣いつつ、俺は()()()()()()()()()()()()()()()機雷へと目をやる。

 

 

…さっき銛をぶつけたのは一個だけ。なら、連動したとでも…? しかしそれなら何故、先に動いた機雷とは違い、こんな海中の中途半端なところで停止を…?

 

幸い、思いっきり激突したというのに爆発する気配はない。幸運だ。何はともあれ、距離を…。

 

 

 

「あば…あばばばばっ…!」

 

 

「―!?」

「なんだ!?」

 

刹那、聞こえてきたのは、上に打ち上げられた仲間の声。ハッと見上げると…麻痺の状態異常を食らい、ぷかあっと海面へと浮かんでいく姿が…!?

 

 

 

な、なんでだ…!? 機雷にブッ飛ばされて気絶したでも、機雷が爆発して巻き込まれたでもなく、麻痺…!? なんで…!?

 

思わずあんぐりと口を開け、呆ける俺達。それを嘲笑うように耳に入って来たのは…。

 

 

 

キュポポポンッ

 

 

 

という、何かが引っこ抜かれたような音だった。

 

 

 

 

 

 

「「…っ!?」」

 

それが聞こえてきたのは、俺達の真横から。つまりは…機雷から。2人揃って弾かれたように見ると…!

 

「はっ…!? と、棘?…が…」

「外れてる……」

 

 

なんと、機雷のトゲトゲが、幾つも引っこ抜けているではないか…! ど…どういうこと…?

 

 

「お、おい…。何か嫌な予感がする…。離れようぜ…!」

 

と、最後の仲間の1人が俺に声をかけた、その瞬間―。

 

 

 

 

 

ギャリギャリギャリッ! ゴインッ!

 

 

「がうんっ…!?」

 

 

 

……上にあった機雷が…降りてきて…その仲間の頭に思いっきりヒット…! しかも、俺達の横にあるのと同じようにピタリと止まり、棘も開いている…!

 

そして、その開いた場所から…。…っ!

 

 

「なっ…! ウミヘビ…!」

 

 

ぬるりと出てきたのは、赤と青のカラーリングの明らかに毒持ちなウミヘビ。そいつは俺に目をくれず、頭を打たれて混濁している仲間へと飛びつき―、がぶりと噛んだ。

 

 

「痛っ…! あ…あ…あばぼ…がぼぼ…!」

 

それで若干正気を取り戻した仲間だったが、すぐさま様子がおかしくなる。麻痺して…海面に…!

 

 

そうか…!上に吹き飛ばされて麻痺した方の仲間は、このウミヘビに噛まれたのか…! しかし、なんという麻痺毒…!

 

 

この強力さ、どこかで見たことがある…。そう、他のダンジョンに潜った時、宝箱の中から現れた、同じようなどぎついカラーリングの蛇とか蜂とかにやられた時…。

 

確かそいつら、『群体型』ってよばれているミミックの一種だった気がする。ということは、このウミヘビもか…!

 

 

 

…えっ。ということは…。こいつら、機雷を棲み処にしていたのか…!? 嘘だろ!?

 

 

 

 

 

 

1人仕留めたのを確認し、今度は俺へと動いてくるウミヘビ。俺はハープーンガンを勢いよく振り、追い払おうと試みる。

 

「こ、コッチに来るな…!」

 

そしてそのまま、ウミヘビと機雷二つから離れる。速度的にはこっちが速い。ウミヘビに追いつかれることは…。

 

 

 

ギャリンッ!

 

 

は…………? ウミヘビが出て来てない機雷の方が…勢いよくこっちに向かって来たぁ!?

 

 

 

 

 

鎖をウミヘビの如くうねらせつつ、ぐねんと真横に動く機雷。え…真横に動いている…!?

 

 

いや、それだけじゃない…! 俺の動きを追うように、下にも上にも斜めにも動いてくる…!追尾されてる…!

 

 

なんで、なんで…!? 機雷って追尾するのか…!? …そういえばそういうのもあるって聞いたことある気がするけど…! けども…!

 

 

こんな生き物みたいな動きを、兵器がするか!? おかしいだろ、常識的に考えて! 

 

 

って、やばいっ!追いつかれる…! 怖い怖い怖い! 機雷が迫ってくるの、怖すぎるだろ!

 

 

 

 

 

更に足をばたつかせ、距離を取ろうと必死に。しかし、機雷はずっと追ってくる。それどころか―。

 

 

ギュルッ!

 

 

…!? 何かが…棘の穴の中から出てきた…! なぁっ…!? こ、これって…!ミミックの…触手!?

 

 

しまっ…! 絡めとられて…! そ、そうか…。こっちのも…ミミックだったのか…!

 

 

ぐ…ぐええっ…! 首が…締まる…! あっ駄目だこれ…死ぬっ…。

 

 

 

くそぅっ…機雷…………嫌い……。 ガクッ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

冒険者を仕留めた後、ミミック入りの機雷二つは、棘をキュポリと直す。そして鎖を手繰り、最初の位置…沈没船への侵入口前へと戻った。

 

 

そう。冒険者が察した通り、この機雷はミミック。故に、爆発はしない。ダミー機雷に紛れぷかぷかとのんびり浮かび、冒険者が来るのを待っているのである。

 

冒険者が恐がり、近づこうとしないならばそれで良し。近づくのならば即座に攻撃。 もし別の場所から入っても、船内部担当のミミックが追い出し、先程のように仕留めるのだ。

 

 

 

 

おや、内一つが場所を変えるらしく、更に下へと。海底へと着地すると、鎖も重りも機雷の中に引き込み、そのままコロコロと転がりだした。

 

その姿は、まるでウニが海流に流されているようにしかみえない。…いや、巨大すぎて流石にシュールである。

 

 

 

 

ふと、そこへやってきたのは海の精霊ネレイス。そして、イルカ。

 

 

彼らは機雷ミミックと何かコミュニケーションを取っている様子だったが、すぐさまネレイスが指示を出す。

 

 

するとイルカは機雷ミミックを鼻で持ち上げ、まるでイルカショーのように運んでいく。時折ポーンポーンと弾ませてもいる。

 

それを見てネレイスは笑い、遊ばれている機雷ミミックもどこか楽しそうである。

 

 

―なお、その光景を傍から見ると、機雷を弄ぶ危険極まりない行為にしか見えない。超ヤバい。

 

 

 

 

 

少しして、イルカはとある場所で機雷ミミックを降ろす。そこは、沈没船の反対側。先程仕留められた冒険者達が、ネレイス達の猛攻から逃げ駆け込んだ場所。

 

機雷ミミックはそこで重りと鎖を出し、同じように浮かぶ。そして柔風のような海の流れを受け、そよそよと軽く揺蕩っていた。

 

 



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顧客リスト№47 『巨人のジャイアントダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「首痛くなってきました…」

 

「私もー…」

 

 

私と社長は揃って首に手を当て、ぐるぐる回してマッサージ。そして、再度見上げる。

 

 

「本当、大きいですねー」

 

「ねー」

 

 

ついぽかんと開いてしまう口で、そんな言いあう。ふと、頭をよぎった疑問を口にしてみる。

 

 

「なんでこんなに大きいんですかねー」

 

「んー。真面目にやってきたからじゃない?」

 

 

「なるほどー……へ? どういうことですか?」

 

一瞬頷きかけてしまったけど、意味不明な社長の回答。なんだそれ。

 

しかし聞き返しても、社長はアッハッハと笑うだけ。…まあ、いいや。

 

 

 

 

 

 

 

さて。私達はとあるダンジョンを訪問している。とはいっても、そんじょそこらのダンジョンとは規模が違う。

 

一つの街とか、そのレベル。下手すればもっともっと大きいか。それが、地上に広がっているのだ。

 

 

 

かといって、別に危険な施設とかがあるわけでもない。魔王軍の練兵場というわけでもない。至って普通の景色。

 

具体的に言うと、山や平地、川が広がっている牧歌的な雰囲気。野を駆ける魔物達もちょこちょこ見かける。

 

そして、ところどころにある建物。…まあそれが、異常っちゃ異常なのだけど。

 

 

遠目から見ても、どう考えても大きい。どれもこれも王城みたいな巨大さ。けど、見た目は至って簡素な家だったり。

 

なんでそんな巨大な家なのかと言えば…それは住んでいる人が大きいからに他ならない。なにせ、ここのダンジョンの住人は―。

 

 

 

「巨大さMaxね~。まさにキョダイマックス! あんな人達がズシンズシン歩いていると、なんか進撃しているみたい!」

 

……やっぱりよくわからない社長の言葉はさておいて、そういうことである。

 

 

私達の前にいるのは、その『巨大な』『人』―。即ち、『巨人』なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

この『ジャイアントダンジョン』と呼ばれる広いダンジョン。その色んな場所で寛ぎ、楽しそうにしているのは巨人。10mとか15mぐらいの背が特徴な種族。

 

 

例えば…小高い山を背もたれに、通常の大きさな羊を手に乗せ、ふわふわと愛でている者。手にした巨大斧で木々を枝の如く軽く切り取り、素材としている者。

 

中には頭を鳥の巣にしているらしく、動くたびにカラフルな鳥がパサパサ飛んでいく者まで。まさに圧巻の一言。

 

 

だから大きな建物は、彼らにとって普通サイズだということ。それどころかこのダンジョン自体も、ちょっとした村みたいな感覚なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

え? 50mとかの超大型巨人や、鎧とか獣とか? よくわからないけど、そういうのはいないと思う。

 

女型? いや女性は勿論いる。今私達の隣にいる、依頼主の方のように。

 

 

「うちらの大きさにびっくりしたかな? ちっちゃなお二人さん♪」

 

 

そう笑いつつひょいと覗き込んでくるのは、確かにスタイルの良い、巨人の女性――。

 

 

但し、2mぐらいの身長の。

 

 

 

 

 

 

 

実は巨人族って、結構魔法を使える者が多いのだ。なんでも、とある神族の末裔種だから云々。

 

だから、その身にミニマム化魔法をかけることができるらしい。まあそれでも、私達の隣にいる彼女…『テタン』さんのように、かなりの高身長になるみたいだけど。

 

 

小さくなれば食事も少し(※巨人比)で済み、服も小さいので(※巨人比)済むから、結構重宝しているらしい。ただ…

 

 

「う…ーーん…。 ね。社長さん、アストさん。うち、もう元の大きさに戻って良いかな?」

 

 

長い脚と長い腕をぐいいっと伸ばし、伸びをするテタンさん。どうやら、ミニマム化は身体が窮屈に感じる様子。

 

だから寝る時とか、ゆっくりする時は元の巨人に戻るというわけである。ということで、テタンさんも―。

 

 

 

「しゅわっち!」

 

 

片腕を力いっぱい天に衝き、もう片方の腕を胸の横で止めたポーズをとるテタンさん。どうやらそれが元に戻る魔法みたいだけど…。

 

…なんだろう、どこかで見たことあるような…。気のせいかな?

 

 

「なんか三分間しか持たなさそうね~」

 

 

と、社長ののほほんと。 さっきから若干、感想が独特な気がする…。

 

 

 

―おっと、離れておかなきゃ…! テタンさんが大きくなった際に踏みつぶされちゃう…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅっ! 開放かーん♪ やっぱりこのサイズが一番動きやすーい♪」

 

再度伸びをするテタンさん。しかし迫力はさっきのとは比べ物にならない。また首痛くなってきた…。

 

 

―あ。一応言っておくと、巨人たちが着ている服は魔法製だから、しっかり伸びて大きくなる。千切れ飛んだりしない。変なこと考えていた人、反省を。

 

 

ただ、テタンさんのように開放感を気にする方が多いのか、腰巻や胸当てだけとか、原始人っぽい格好をしている方もちらほらいる。…流石にパンツは履いているみたいだけど。

 

 

 

 

「さ、行こ! そうだ、うちの肩に乗ってって! この姿だと声聞こえにくいし」

 

身体のストレッチが終わったテタンさんは、その大きな手の平をにゅうっと伸ばしてくる。別に私は飛べるのだけど…楽しそうだから、失礼して!

 

 

「指に掴まってね~」

 

私と社長が乗り込んだのを確認し、手のひらをぐおっと動かすテタンさん…!おぉっ…!

 

なんか…凄い感覚…!身体が浮き上がる…! テタンさんは普通に腕を動かしているだけなのだろうけど、小さな私達にとっては結構なアトラクションである。

 

 

 

「はいっと♪ 滑り落ちないように気をつけて」

 

 

テタンさんの肩にたどり着き、腰かけさせてもらう。わぁ…凄く高い…! 良い景色!

 

 

「うちの頭にお掴まりになり、揺れにご注意あれー♪」

 

そのままズシンズシンと歩き出すテタンさん。すると、連動し私達の座る床…もとい彼女の肩も揺れる。っと、おっとっと…!

 

案外揺れる揺れる…! テタンさんが腕を振りながら歩いているから、猶更…! かなり衝撃があるけど…楽しい…!

 

 

 

とはいえ、ロデオのような状態。私は最悪飛べば良いだけだが、社長はちょっと危険かもしれない。

 

そう思い、横に置いた社長の方を見ると―。

 

 

「この状況、あの兄弟みたいね…。でもテタンさん、サングラスは案外似合うかもだけど…筋肉を60%とか80%とか抑えているわけないし……。それに弟じゃないし…。私、兄じゃないし…。危機感足りないわけでもないし、B級妖怪でもないから…」

 

 

すっごく小さく、何かを呟いている。…もうツッコまない方が良いのかもしれない。詳細不明だし。

 

 

けど、私の勘が告げている。さっきからの社長のそれ、なんか全体的に古めだと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがうちのうち()ー♪」

 

そのまま、テタンさんのご住居に訪問。家が大きいから、扉も超大きい。

 

 

そして、中の家具類もかなり大きい。…かと思えば、ミニマム化している時用の、小さいキッチンとかテーブル、クローゼットとかもある。

 

……いやいや。小さいって…。それが私達の通常サイズだ…。大きいもの見過ぎて、感覚麻痺してきてる…。

 

 

 

 

 

「よいしょっと! 飲み物淹れてくるね」

 

 

巨人用の大きな机の上に、ミニチュア机&椅子(※当然巨人比)を置いたテタンさん。そこに私達を降ろして、巨人用キッチンへと。

 

 

「なんか小人になった気分…!」

 

椅子に腰かけ(正しくは飛び乗り)、辺りを見渡す社長。良かった、やっと理解できる感想を聞いた。

 

 

「どんな依頼なんですかね。冒険者がらみなのは聞いてますけど…」

 

私も隣の椅子に座り、そう聞いてみる。正直、巨人相手にミミックの派遣ってちょっと考えつかなかったのだ。

 

 

なにせ、体格差がえげつない。ミミック達は箱。つまり普通の人型である私が抱え上げるぐらいの大きさが精々。

 

だから下手すれば、巨人とミミックのサイズ比は、人とハムスターみたいな大きさとなる。それで愛でるならまだしも、雇うときた。

 

 

まあ戦う相手は人間である冒険者。役に立てはするだろうけど…。

 

 

 

 

 

 

「お待たせー! 紅茶どうぞ!」

 

 

と、そんな間にテタンさんが戻って来た。私達の前に置かれたのは、紅茶が入ったティーカップ。…ただ…。

 

「あの…えっと…」

 

「あれ? どうしたのアストさん。 あ、もしかして紅茶嫌だった? ならスポーツドリンクとかもあるよ。巨人愛用のスポーツドリンク」

 

「いや、そうではなくて…」

 

「へ? ―あっ」

 

 

私が言葉を探している内に、テタンさんは気づいてくれた。…ティーカップ、お風呂みたいなのだ…。これ、巨人用のティーカップ…。

 

 

 

「うっかりうっかり!」

 

てへっと照れるテタンさん。新しいのを淹れて来てくれると言ってくれたが、この量の紅茶は流石に勿体ない。

 

なので私達サイズのカップとポットを貰い、汲んで頂くことに。消費はしきれないだろうけど。

 

 

「紅茶のお風呂…」

 

…なんだか社長が、カップの中に飛び込みたさそうにしているが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どのように冒険者が悪さをしているのですか?」

 

 

歓談の後、社長が切り出す。するとテタンさん、ちょっと待っててとどこかに行き…。

 

「これの防衛をしてほしいんだ」

 

そう言いつつ、何かを机の上にズシンと。これは…ジュエリーボックス…?とんでもなく大きいけど。

 

 

と、テタンさん蓋を開けごそごそ。中のものを幾つか、私達の前にゴトリと置い…わっ…!

 

 

「「大きい…!」」

 

 

私と社長は同時に驚いてしまう。置かれたのは指輪とかネックレスとかイヤリングといったアクセサリー系統なのだが…どれもこれも巨大なのである。

 

私の胴がすっぽり入りそうな指輪、身体を縛り上げられるぐらい長く大きいネックレスの鎖、イヤリングとかについている宝石も、抱え上げる必要があるぐらいなサイズ。

 

 

 

なるほど、狙われるのも道理。…あれ?

 

 

「このアクセサリー…傷まみれですね…?」

 

 

ふと気づいたことを口にする。よく見ると、出されたアクセサリーのどれもこれも、変な傷がついているのだ。これは…剣とかで削られたような…。

 

 

「そ! そこ!」

 

 

と、私の言葉に反応し、怒った様子で机をドンっと叩くテタンさん。その勢いで私達の身体もちょっとふわり。テタンさんは慌てて謝ってきた。

 

 

「あっ。ごめんなさい…! …そこなの、アストさん。それ、冒険者達が削っていった痕なんだ…」

 

 

 

―あぁ。読めた。巨大すぎて持ち帰るのが困難だと感じた冒険者が、端っこを削り取って持ち帰ったのだろう。確かにその欠片だけでも、充分な価値がある。

 

 

「冒険者達、小さいから追いにくくて…。物陰に隠れられると見失っちゃうし…。小さくなって捕まえようとすると、かなり手強いし…」

 

はぁぁ…と溜息をつくテタンさん。よっぽど悩んでいるらしく、かなり長い。私、思わず軽く吹き飛ばされかけた。

 

 

 

なるほど、ここでまさかの巨体のデメリット。確かに大きければ強いし、冒険者なんかプチッと潰せるだろう。

 

だがその分動きが鈍重になり、小さいものを追うのが難しくなる様子。人が虫や鼠を苦戦して追い払うのと同じ感覚なのだろう。

 

 

しかも、その鼠は知能があるし、鋭い武器も持っているときた。そりゃ面倒な相手に違いない。

 

 

 

 

 

「それで皆困ってるんだよ…。助けて、社長さん…」

 

頬を机にぺったりくっつけ、泣きそうな表情のテタンさん。それに対し社長は―。

 

 

「なるほど…。把握いたしました! ミミック派遣、問題ありません!」

 

 

左手を背に回し、そして右手で拳を作り、その底部分…小指側の方で、自身の左胸をドンと叩いた。

 

 

 

「…なんです、そのポーズ…?」

 

見たことのない社長の謎ポーズが気になり、つい聞いてしまう。すると社長は決め顔のまま、答えてくれた。

 

 

「これは『心臓を捧げる』敬礼よ!」

 

 

……??? もうツッコんだら負けなのかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

何はともあれ、商談成立。…流石に契約書は私達の持参品。つまり小さいため、再度テタンさんにはミニマム化してもらう。

 

 

「…で、ここにもダンジョン代表としてのサイン、と!」

 

よく読みこんで貰い、サインも書いて貰ってこれで完了。 やったーっ♪とパタパタ手足を動かすテタンさん。今は小さいから、いくら暴れても衝撃は来ない。

 

 

と―。

 

 

「ッ…!」

 

突然、首に手を当て痛がるテタンさん。私は慌てて駆けよった。

 

「どうしたんですか…?」

 

そう尋ねてみると、テタンさんは悲しそうに答えてくれた。

 

 

「…実はね、最近冒険者達の中に、うちら巨人を『狩ろう』とする奴らが混じって来てるんだ…」

 

 

 

 

 

「か、狩る…!?」

 

魔獣とかではなく、巨人を…!? そう驚いた私に、テタンさんはコクリと頷いた。

 

「そう…。 なんか変なのを使ってうちらの身体を登ってきて、何故か首筋にばかり勢いよく切りつけて…」

 

 

ほら、と彼女は髪をかきあげて見せてくれる。彼女のうなじには、確かに鋭い刃物による切り傷が。巨人状態の彼女達を狙うなんて、なんという命知らず…。

 

 

…巨人って首筋、弱点なのかな? ……そりゃ誰だって首は弱点か。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー…。となると、それもなんとかすべきですよねー…」

 

 

契約書を片付けつつ、テタンさんのお話を聞いていた社長は、首を捻る。と、直後何かを見つめた。

 

 

「良い手があるかも! すみませんテタンさん、もう一度巨人に戻ってもらっても?」

 

「? 勿論良いよ。  じゅわっ!」

 

 

先程とは違う掛け声で、巨人になるテタンさん。すると社長はそんなテタンさんの肩に掴まって、どんどん上に…。私も飛んで追いかけなきゃ。

 

 

 

 

 

 

「では、少し耳をお借りします!」

 

テタンさんが完全に巨人へと戻った後、社長はそんなことを。耳を借りるって…なにか話すことがあるならミニマム化状態でも充分だったんじゃ…。

 

 

「痛かったり、重かったりしたら言ってくださいね!」

 

 

 

…ん? 妙な社長の台詞に私は眉を潜める。すると―。

 

 

「そーれ!」

 

 

えっ!? テタンさんの耳にぶら下がった!?

 

 

 

 

 

 

「どうです? 変な感覚あります?」

 

そのままテタンさんの耳で、ブランコ遊びをするかのように揺れる社長。しかし、テタンさんは…。

 

「うーん、特にないかな。 普段つけているイヤリングとかとおんなじ感じ!」

 

と、全く気にする様子はない。それを聞いた社長はにっこり笑い―。

 

 

「アスト、受け止めて!」

 

 

大きめにブランコし、ジャンプ。そのまま私の腕の中へと着地してきた。

 

 

 

「一体何をしてたんですか社長?」

 

突然の奇行の意味がわからず、質問してみる。すると、社長は真下を指さした。

 

「あれよ、あれ!」

 

あれ。と言われても。とりえあず視線を下に向ける。そこにあったのは―。

 

 

「アクセサリー…ですか?」

 

 

 



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人間側 ある冒険者パーティーと巨人

 

「あぁ…やっぱりデケえ…」

 

「普通に考えたら、勝てる相手じゃねえな…」

 

「仮に紅蓮の弓矢とかあっても、効かねえだろうなぁ…」

 

 

仲間達は戦々恐々。その視線の先には、地響きの如き足音立て蠢く巨大な存在。

 

 

 

そう。その日、俺達は思い出した。ヤツらに、巨人に支配されていた恐怖を―。

 

 

 

 

 

 

 

……いや、別に支配されていない。適当いっただけだ。うん。

 

 

改めて。俺達は調査兵だ…じゃない。とある冒険者パーティー。今日はここ『ジャイアントダンジョン』という場所にやってきている。

 

ここに棲んでいるのは、巨人。あのでっかい奴ら。そいつらが、まるで集落のように暮らしている。

 

 

俺達の目標は、そんな連中が持っている貴重品だ。ヤツら、特に女巨人とかは、巨大なアクセサリーとかを持っている。

 

それには、俺達が数人でがかりでないと抱えあげられない大きさの宝石とかがついている。それを持ちかえるのが目的だ。

 

最も重すぎるしデカすぎるから、端っこを削ったり欠けさせたりして持ち帰ることが多いが。ただそれでも、結構な稼ぎになる。大きいことは良い事だ。

 

 

 

しかし当然、巨人達にバレたら戦闘となる。戦わないに越したことはないため、一応は隠れて移動する。

 

もし、気づかれたなら? フッ…寧ろ、心のどこかではそれを望んでいるのかもしれない…。

 

 

俺達は、対巨人用に作られた特殊兵装を持ってきている。この、腰につけているやつがそうだ。

 

ワイヤーを撃ち出して高いところにくっつけ、それを高速巻き取り飛び上がることで三次元的戦闘を可能にする魔法の装備。 …いや、立体的な機動を行える装置と言うべきか。

 

それで巨人の首元まで一気に駆け上がり、剣で切り付け仕留める―。最高にカッコいい戦法だ。これを考えたヤツはよほどの天才だ。有名になっていることだろう。

 

 

 

フフッ…さあ、巨人ども、進撃してこい…! 狩人(イェーガー)のように、お前らを駆逐してやる…!

 

 

 

 

 

 

 

 

―と啖呵を切ったは良いが、やっぱり戦わずに済むならそれでいい。ダンジョン内の森や山、岩陰に潜みながら進むことに。

 

決して怖くなったわけではない。勘違いして貰っては困る。

 

 

そうだ、説明しそびれていた。ここジャイアントダンジョンはかなりの規模を誇るダンジョンだが、中身はどこにでもありそうな平和で田園風な景色広がるだけの場所。

 

恐らく、ここがダンジョンだと教えられなければわからないだろう。そんなダンジョンらしからぬダンジョン。…巨人が棲んでいる時点で、瞬時にヤバいのがわかるというツッコミは無粋だ。

 

 

あぁ、でも―。とんでもなくデカい巨人用の家はある。そして、そこが俺達の目的地でもある。さて、どう行くべきか。

 

 

 

そう悩みながら、深い茂みの中を匍匐前進。なにせ巨人達は上から見下ろしてくる。少しでも身を隠さないと、すぐに見つかってしまう。

 

 

うーん…向こうの方に、巨人がかなりの数がいるな…。どうにかして通らなければいけないのに…。

 

 

お、丁度よくその手前に大木が二本生えている。ここに隠れて様子を窺おう。

 

 

 

 

 

音を立てないよう、4人全員がそこへと移動。樹の影でとりあえず休憩。ちょっと軽食をとるか。パンと、ふかした芋。

 

 

しっかしこの樹、本当に太いな…。 なんとはなしに、ペシペシと叩いてみる。…ん? なんか、やけに柔らかい…?

 

というか樹の感触じゃないな、これ。なんだ…? やけにふにふにしていて、むにむにしている。この感触、まるで生き物の足…。

 

 

他の仲間も乗じ、パシパシと。―と、その直後…。

 

 

 

「きゃあああああっ!!」

 

 

 

 

 

ッ!? 響き渡ったのは、俺達のパーティーにはいない、女性の悲鳴。 どこから…真上から…? 

 

 

「「「「は…?」」」」

 

 

見上げた俺達は、そんな声を漏らしてしまう。 は…というよりかは、『ぱ』…。 そこにあったのは、縞々の……パンツ…!?

 

 

「こ、このっ…!変態冒険者っ!」

 

 

次の瞬間、大木の片方が勢いよく引かれ―。俺達に向かって来たあっっ!?

 

 

 

ドガァッッッ!

 

 

 

瞬間、全身を襲う衝撃。俺達は勢いよく空中へ舞い上げられてしまう。

 

その時、俺は見た。顔を真っ赤にして、こちらを睨みつけている女巨人の姿を…!!

 

 

そうか…俺達が隠れていたのは…女巨人の足元だったのかぁ…! 近すぎて、気づかなかった…!

 

 

これが本当の丸太のような足…。 言ってる場合かあああああああぁっ!! ど、こまで吹き飛ばされるんだあああっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ぐへっ…!」」」」

 

 

くるくるくると宙を舞い、俺達は何かに叩きつけられる。痛たたた…。

 

「なんだこれ…」

 

「壁…?」

 

顔を上げると、そこにあったのはどでかい壁。しめた、蹴り飛ばされたことで、目標である家へと辿り着いたらしい。

 

お、表札もある。えーと…『マリア』って書いてあるな。ということはさしずめ、これはウォール・マリ…

 

 

っは! そうだ、装置は!? 立体の機動ができる装置、さっきの激突で壊れてないよな…!?

 

 

―よかった。大丈夫そうだ。……さっき女巨人に蹴り飛ばされた際、これを使って張り付けばよかったんじゃないかって? 

 

いや、そんなの無理だろ…。巨人の動きに敏感な、面構えの違う奴らとかじゃなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

「よーし…丁度不在みたいだ。急いで金目のものを探すぞ」

 

そんな装置を使い、壁をよじ登る。そして家へと侵入を果たした。幸い、ここの住人はどこかに出かけているらしい。

 

この対巨人用の装置、クライミングにも使えるから実にありがたい。なにせ巨人の家具ってサイズに合わせて馬鹿でかいばかりだから。

 

 

ただ、巨人の連中は時折小さくなるらしく、それ用のミニチュア家具もある。シル●ニアファミリーか。

 

…ミニチュアといっても、俺達サイズだが。最悪ここで暮らしていくことも出来るのかもしれない。借りぐらしして。

 

 

 

 

 

 

「お! あったぞ! アクセサリー入れ!」

 

そんなことを考えているうちに、先に家具の上に登っていた仲間が声をあげる。目的のものが見つかったらしい。

 

俺もよじ登り、ご対面。立派な超巨大宝石箱だ。これを開ければ、ビッグサイズの指輪やネックレスがたっぷりと。

 

 

よしよし、重厚な鍵はかかっていない。パチンと留めてあるやつだけだ。まあ、鍵がかかっていてもこじ開けるだけ。

 

そこが俺達と、動物が違うところ。いくらカギをかけても、カチリカチリと解除できる。寧ろ、巨大な分やりやすいまである。鍵穴に入れたりするから。

 

 

さて、では肝心のお宝の様子を…。パカリと…!

 

 

「「「「おぉおーー…!」」」」

 

金銀、ダイヤモンドにルビーにエメラルド…!それが、大石サイズでゴロゴロと! これでも、巨人にとっては欠片のようなものなのかもしれない。

 

なら、一個ぐらい貰っても構わないだろう。ど・れ・に・し・よ・う・か・な…。…ん?

 

 

「なんだあれ…?」

 

 

 

 

 

 

 

綺麗に収まっているアクセサリー群の中に、妙なものを見つけた。指輪とかを入れる場所に、すっぽり嵌っているあれは…。

 

 

「宝箱…?」

 

 

別に、巨人サイズではない。他のダンジョンでもよく見る、普通サイズの宝箱。ただ若干豪奢な見た目。

 

なんでこんなところに宝箱が? 眉を潜めていると、仲間の1人がポンと手を打った。

 

「もしかして、宝箱型のアクセサリーとかじゃねえか?」

 

 

なるほど、そういうのもありかもしれない。丁度いい、あれを貰っていくことにしよう。

 

そうと決まれば、と仲間の1人が取りに向かう。よいしょ、と力いっぱい引き抜くと―。

 

「…あ?」

 

…あの宝箱、指の輪部分も、チェーン部分も、金具部分もついていない…。これじゃ、ただの宝箱…。

 

 

カパァッ

 

 

え…? あのアクセサリー、可動式…? 勝手に蓋部分が開いたぞ…。 あぁ、そこにチェーンとかが入って…。

 

 

バクゥッ!

「ぎゃああっ!」

 

 

!? 食われた…仲間が…!? いやあれ、ミミックじゃねえか!!

 

 

 

 

 

 

 

なんでこんなところに…!? その疑問が頭をよぎる隙すらなく、仲間の1人を呑み込んだ宝箱型ミミックはこちらへと跳ねてくる。

 

こうなれば、戦うしか…! そう決め、剣を引き抜いた瞬間だった。

 

 

「あば…あばばば…!」

 

背後にいた仲間が、麻痺したかのような声をあげて倒れた。ハッと見やると、そこには麻痺毒持ちの宝箱ヘビ…!

 

一体どこから…! なっ…! アクセサリーの一つが、何故かパカリと半分に割れている…! 不良品…なわけない! あれが棲み処だったのか!

 

 

「逃げるぞ!」

「お、おう!」

 

 

あっという間に2人やられてしまったのだ、一旦退くしかない。クソ…何故ミミックが…。

 

だが…ならば別の家に潜り込めばいい。他にも巨人の住宅はある。そこで漁れば良いだけのこと。もうこんな家にいる必要はない。外に飛び出し―。

 

 

ガチャ

「ただいまー。 あっ…」

 

「「あっ…」」

 

 

 

 

 

俺達は、首を思いっきり上げる。相手―、女巨人は、首を思いっきり下に向ける。

 

…家主が、帰ってきてしまったのだ。しかも…さっき俺達を蹴り飛ばした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッこのッ…!! 変態盗賊冒険者共がッ!」

 

再度、蹴りをしてくる女巨人。俺達はそれを慌てて回避。お、パンツ見えた。…デカすぎて、あんまりパンツ感がわからないが…。

 

 

というか、そんなこと気にしている状況ではない。なんとか脱出しなければ…!ならば!

 

「この巨人を駆逐するぞ! 左から、先に飛び上がれ!」

 

「わかった!」

 

残された仲間一人に号令をかけ、装置を起動。近くの家具にワイヤーをくっつけ…今だ! おりゃああ!

 

 

 

 

「えっ! ちょっと…!?」

 

勢いよく飛び上がってきた俺達に、女巨人は困惑。その隙が命取りだ! その首筋、思いっきり削ってや―

 

 

「ぐええっ…!」

 

…!? 耳に入って来たのは、先に女巨人の首筋へと向かっていた仲間の悲鳴。弾かれたようにそいつの方と見ると…嘘だろ…!

 

 

「イヤリングが…開いている…!?」

 

 

さっきの宝箱ヘビ達の棲み処と同じか…! イヤリングの一部がパカリと開き、中から出てきた触手が俺の仲間を絞めている…!

 

くっ…! お前の犠牲は無駄にしないぞ…! 

 

 

 

 

 

イヤリングを大きく避け、見えた―。うなじ…! ネックレスのチェーンが少し邪魔だが、切り付けるだけなら問題ない…!

 

 

俺は空中で体を大きく捻じり、回転するように剣を、女巨人の首元に―!

 

 

「はーいストライク♪ バッターアウト!」

 

 

は…?

 

 

 

 

刹那、俺は見た。ネックレスのチェーン、やけに大きめの留め具が開いて、触手が伸び…!しまっ…。

 

 

ギュルッ!

「うげぇっ…!?」

 

あっという間に縛り上げられ、剣も奪われてしまう。こ、こいつは…!

 

「選手全滅によりコールドゲーム!」

 

じょ、上位ミミックだと…! が…がふっ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

気づけば、復活魔法陣の上。装置も、武具も全部ロスト…。何の成果も、得られなかった…!

 

 

あの女巨人…ミミックを身に着けるなんて…! そんなのありかよ…。ちくしょう…!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「みんなー! ご飯できたよー!」

 

「「「わーい!」」」

 

 

所は戻り、巨人のダンジョン内。先程冒険者が侵入したところとは別の家。どうやら、丁度食事時の様子。

 

 

 

キッチンから出てきた女巨人は、机の上に大きな皿を置く。その周りには、雇ったミミック達。

 

「ちょっと待っててね~。 へあっ!」

 

と、女巨人は自身にミニマム化魔法をかけ、小さく。そして巨大となった食事の前に。

 

「「「頂きまーす!」」」

 

 

 

 

小さくなった女巨人とミミック達は、料理の山から掬ってもぐもぐ。いくら食べても、簡単には減らない。

 

これぞ巨人達の食事風景。巨人状態で料理を作り、小さくなって食べる。好きな物をお腹いっぱい食べられる、至福の技。

 

 

 

「いやーミミックの皆のおかげで安心してお出かけできちゃう! ありがと!」

 

「いえいえテタンさん、私達も楽しいです! ジュエリーボックスにスポッと嵌るの気持ちいいですし、身に着けてもらえるとずっと高いところから景色見れますし!」

 

 

食事しながら歓談する、女巨人テタンと上位ミミック。ふと、女巨人テタンは思い出したように話を。

 

 

「そうそう、さっきマリアって子のところに冒険者が侵入してきたらしいんだけど…アクセサリー全部無事だったし、首を切られかけたのも防いで貰ったって! やるね~」

 

 

凄いと褒めるように、うんうんと頷く女巨人テタン。それだけでは感動が収まらないのか、更に褒め称えた。

 

「まさにミミック達はうちらのスター…。『巨人の星』ってやつだよ!」

 

 

「なんかそれ、野球っぽいですね~。…でも、合ってるのかしら。『ジャイアンツ(巨人)』だし…」

 

女巨人テタンに返しつつ、そんなことを小さく呟いた上位ミミックなのであった。

 

 



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顧客リスト№48 『バニーガールのイースターダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「ぴょーん! とうとう私の出番だぴょーん!」

 

新緑と色とりどりのお花が咲き乱れる中、高ーくジャンピングするのはバニーガールのイスタ姫様。相変わらず元気一杯なご様子。

 

それに続き、仲間のバニーガールたちや眷属の兎たちもぴょんぴょんぴょーんと。更に、それに加えて―。

 

 

「ぴょーん!」

 

 

と、ウサ耳と専用バニースーツを身につけた社長が、宝箱ごとジャンピング。そしてそして―。

 

「「「ぴょぴょぴょーん!!!」」」

 

他のミミック達も、一斉に跳ね遊ぶ。暖かな陽気は、こんなにも皆を開放的にしてくれるのだ。

 

 

…え? 我が社のミミック達はこれが平常運転? バレちゃいましたか。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。唐突だが…以前訪問したとあるダンジョンを覚えているだろうか。バニーガールの『お月見ダンジョン』という場所を。

 

月が綺麗で、涼やかな夜が訪れる季節に開くそのダンジョンは、来訪者に所謂『宝探し』をさせ、揃えたものに幸運の加護を与えるという仕組みであった。

 

 

そしてここ、『イースターダンジョン』も、同じ仕組みのダンジョンなのである。

 

 

 

 

 

 

太陽が明るく、うららかな昼が訪れる季節。そんな時分に開放されるのがイースターダンジョン。

 

因みにお月見ダンジョンとは別の場所で開かれているのだが…基本的な造りは同じ。広いダンジョン土地内に、草原あり岩場あり池あり、竹林あり。

 

その何処かに隠してあるお宝達を全種見つけ、集めることができればこれまた別種の幸運の加護を付与して貰えるのである。

 

 

 

 

ただし、お月見ダンジョンとは違う点が幾つもある。まず、建っている建物。

 

お月見ダンジョンのほうは和風という木造の家屋だったが、ここは違う。卵である。

 

…うん。卵。外観は完全にカラフルな巨大卵。因みに今私達がいる本殿は、転がった卵や立っている卵が合わさった的な形をしている。

 

 

 

 

そして、バニーガール達の服装。実はこれも、前回とはかなり違っている。

 

 

そもそもバニーガールとは、人間よりの姿をした、兎の獣亜人。長くぴょこんと生えたウサ耳、モフンと小さく揺れるウサ尻尾、そして手足首それぞれの先がウサ毛に包まれた魔物。

 

そして彼女達が着ている伝統服が、あの『バニースーツ』のモデルになったとか。人間達が着ている、ちょっとエッチな、あれ。

 

 

ご存知、足は薄いストッキング。身体は胸をある程度隠せるレオタードの上だけのような、上胸の露出と下の食い込みが激しいうえに身体のラインがぴっちり出る特製服。そして基本的に黒とか白とかが多い。

 

 

 

但し、魔物のバニーガール達が着ているのは違う。お月見ダンジョンの時の彼女達の服は和柄が描かれており、帯や浴衣の袖を身につけた和風バニーと言うべき見た目であった。

 

 

そして―。このイースターダンジョン時の彼女達の服は更に違う。その身体のレオタードとかボンテージ部分。そこが()()()()()()()で包まれているのだ。

 

 

 

ぶっちゃけ言うと、以前よりも兎っぽいっちゃ兎っぽい。いやまあ、ちょっとエッチなのには変わりないのだけど。

 

因みに中には、チューブトップとパンツ(両方ともふわふわの兎毛付き)姿のバニーガールの子も。もうそれはバニースーツではないのでは…?

 

 

 

 

そして、当然のように社長達もそのふわふわバニースーツを着ている。ウサ耳をつけて。

 

 

勿論私も。以前のように着ている。 え、ウサ耳をつけていないじゃないかって?

 

だって前もそうだったけど…。角のある私がウサ耳着けると属性過多になっちゃうから…。ふわふわデーモンガールで勘弁を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴょーん! じゃ、お団子&お餅作りと、卵の配置を頑張っちゃおぴょーん!」

 

「「「ぴょーん!」」」

 

イスタ姫様に率いられ、みんなぴょんぴょんと臼杵の元や、各所へ準備に戻っていく。やっぱり揃って跳ねている。

 

 

 

そうそう、説明しそびれていた。お月見ダンジョンの時はとある宝物のレプリカを各所に配置したが…今回配置するのは『卵』である。

 

 

とはいっても、本物ではない。作り物。カラフルなペイントをされ、赤とか黄色とか緑とか、花模様とか波模様とか、ウサギ模様とかが描かれている。変に扱っても割れないからご安心を。

 

 

 

因みにお団子とお餅は季節に合わせ調整され、お月見ダンジョンから引き続き。三色団子とかチョコ団子とか桜餅とか、とても美味しそう。

 

変わっているのだと、卵型お団子とかも。中身に黄身を模したカスタード入りな。お腹空いてきちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………へ? さっきから気になっていたけど、イスタ『姫様』というのが変? 見た感じお転婆っ子ではあるけど、姫様って言うには相応しくない?

 

 

あー…いや…うん…。まあ…うん…。 確かに…そうかもしれないのだけど…。 彼女、れっきとしたバニーガールのお姫様。なにせ、彼女の姉は…。

 

 

 

 

 

「ミミン社長、アストさん。 此度も(わたくし)達へのご助力、心よりの感謝を申し上げます」

 

と、私達へ深々と頭を下げてくださったのは、月の化身のような見目麗しさを誇る、バニーガールの女性。

 

彼女はカグヤ姫様。お月見ダンジョン時に、宝探しを完遂した者に幸運の加護を授けていた、あの御方である。

 

 

そう…イスタ姫様は、カグヤ姫様の妹君なのだ。 

 

 

 

 

 

落ち着いていて、涼やかな美しさを誇る月の如きカグヤ姫様。それに対するように、常に元気一杯で、快活な可愛らしさを誇る太陽の如きイスタ姫様。

 

そんな彼女達は、お月見ダンジョン時はカグヤ姫様、イースターダンジョン時はイスタ姫様というように、それぞれダンジョン主を交代しているのである。

 

 

 

 

なおこの間のお月見ダンジョンでは、イスタ姫様はダンジョン入口付近で客招きなど、色々動きまくっていたらしい。今回はイースターダンジョンのため、彼女は加護の授与役として本殿待機の予定。

 

 

その代わりに、カグヤ姫様が補助役としてお手伝い。…だからなのだろうけど…

 

 

 

「? どうされました? 私、何かおかしいでしょうか…?」

 

 

私の視線に、おずおずと首を傾げるカグヤ姫様。だって彼女、お月見ダンジョンの時は十二単を纏って静々とお姫様をしていた。

 

しかし今の彼女は…あのふわふわバニースーツだけを着ているのだ。イメージがすっごく違う。元が美人だから、問題なく似合ってはいるのだけど。

 

 

…あ、そういえばあの時も、十二単の下にバニースーツ着ていた。そしてその十二単はできれば着たくないとも言っていた…。

 

 

だけど、あの姿を知っている身からすると…なんていうのだろう。凄い露出度高いような…。…とんでもなく失礼だから、絶対に言うわけないけど。

 

 

因みに冒頭の皆でジャンプ、当然カグヤ姫様も元気に跳ねていた。ギャップが凄い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴょーん! 私からもお礼言わなきゃぴょん! ありがとっぴょん!」

 

 

そんな折、どこからともなくイスタ姫様の声が。直後、カグヤ姫様の真横にスタンとジャンプ着地をして現れた。

 

そんな彼女も、多少派手めの白毛バニースーツ。以前のカグヤ姫様のように厚着はしていない。

 

 

ただ、妙な物を手にしているのだが…?

 

 

 

 

「イスタ姫様、そのお持ちになっている…その、お団子?卵?が刺さった枝は何ですか? 輝いてますけど…」

 

 

恐る恐る聞いてみる。 彼女がくるくる弄っているのは、先が幾本にも細かく枝分かれした少し太めの枝。そしてその枝先には、何か丸いのが幾つもついている。

 

確かに、イースターバニーはそんな枝を持っている絵で描かれることがあるけど…。開花枝とかじゃない。

 

 

しかも私の魔眼『鑑識眼』で見ても、値段が出ないのだ。ただ、とんでもないレアものだとはわかるけど…。

 

だって、枝は金とか銀とかで出来てるし、ついている丸いのはキラキラ輝いているし、中には虹色のものもあるし…。

 

 

 

と、イスタ姫様、何も勿体ぶることなく、平然と答えた。

 

 

「これ? これが本物の『蓬莱の玉の枝』だぴょん!」

 

 

 

あぁ、これが例の…! …世界に一つしかないお宝なのに、イスタ姫様、バトンの如く振り回しているのだけど…良いのだろうか?

 

 

「これを持ってないと、私が主だってわからない人多いんだっぴょん!」

 

 

あぁうん…。そういうことで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなのぺったらぺったらこという心地よい餅つき音をBGMに、そのまま暫し歓談。と、イスタ姫様、話の流れでこんなことを。

 

 

「そうそう! この間のお月見ダンジョンの時、お姉ちゃんを抱きしめようとしてミミン社長におしおき食らった人間いるっぴょん?」

 

「いましたねー。でも、結構な人数を臼でどーんしたから、どの方でしょう?」

 

 

社長は笑いながらそう返す。 確かにあの時、ほぼひっきりなしに社長が臼落下でやらかす来訪者達をゴスッと鎮めていた。その音、外まで聞こえて来てたし。

 

 

 

もうちょっと詳しく説明しよう。絶世の美女であるカグヤ姫様に見惚れ、求婚したりする人が後を絶たなかったのだ。中には無理やり手籠めにしようとする人も。

 

その対策として、社長がカグヤ姫様の護衛を買って出たのである。臼に入って屋根裏に潜み、カグヤ姫様に危機が迫ったら、上からドーンと押し潰すという感じで。

 

成果は上々。数多の不躾な人を全て沈黙させたのであった。めでたしめでたし―。

 

 

 

まあそんな顛末であったのだが、どうやらその中の誰かについてらしい。イスタ姫様は、それもそうっぴょん!と大爆笑。

 

 

「私が案内した人っぴょんけど、なんかどっかの偉い人?みたいなので、お供も連れてた人っぴょん!」

 

「んー? あぁ! 最後に変な言葉を残して帰っていた王様ですね!」

 

 

思い出したらしく、ポンと手を打つ社長。そういえばそんな人、いたらしい。

 

 

「そうっぴょん!そうっぴょん! その人っぴょん!」

 

 

大当たりと言うように軽く跳ねるイスタ姫様。そして彼女は、そのままカグヤ姫様の肩にぴょんと抱き着いた。

 

 

「お姉ちゃん、あの人間と文通してるっぴょん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「実はあの後もお手紙を幾度かいただきまして…。そこにしたためられていた(うた)が実に美しく、つい返し詩を…。それ以降、ちょこちょこと」

 

 

雅な動作で照れくさそうにするカグヤ姫様。美し可愛い。と、イスタ姫様が羨ましそうに。

 

 

「いいなー。私もお姉ちゃんみたいに楽しい友達欲しいっぴょん!」

 

 

彼女の性格ならば、人魔問わず友達出来そうである。百人じゃ下らないぐらい。 私がそんなことを思っていると、社長がちょっと気になる様子で口を開いた。

 

 

「ご友人となれるなら良いのですが…イスタ姫様が襲われる可能性もあるのではないですか? カグヤ姫様と同じぐらい美人ですし」

 

 

 

 

そう。実はイスタ姫様、本当にカグヤ姫様とおんなじぐらいの美女なのだ。…纏ってるお転婆オーラのせいで案外わかりにくいが。

 

 

「私ぴょん? 私はお姉ちゃんみたいにおしとやかじゃないから、そんなことされたことないぴょん!」

 

当人も理解しているらしく、ケラケラと。そして、元気一杯に付け加えた。

 

 

「でも変な輩は大体うさキックで吹っ飛ばしてるから、その中にはいたのかもしれないっぴょんね!」

 

 

そう言いつつ、イスタ姫様は長い足を活かし、華麗な後ろ回し蹴り。スパンッと空気が鳴った。

 

やっぱりお転婆姫。壁とか簡単に蹴破りそうである。 かいしんのいちげきとかもよく出そう。

 

 

 

 

 

が、その直後。イスタ姫様はふと思い出したように手にした玉の枝をくるんと回す。

 

「あ、でもでも…。この枝を狙われたことはあるっぴょんね」

 

 

見るからに貴重品だもの、それも当然かもしれない。ならば、と社長は手を挙げた。

 

「一応、護衛としてお近くに潜みましょうか?」

 

 

「お! じゃあお願いしていいぴょん?」

「そうですね、私からもお願いいたします。 玉の枝より、イスタを守ってくださると幸いです」

 

 

イスタ姫様、そしてカグヤ姫様に頼まれ社長は快諾。―と、そんな折…。

 

 

 

 

 

 

 

「イスタ姫様ー! カグヤ姫様ー! ご用意できましたよー!」

 

バニーガールの1人が、ぴょんぴょんとこちらに。それを見たイスタ姫様が…。

 

 

「勝負っぴょん! ミミン社長、アストさん!」

 

 

…何故か、宣戦布告してきた…!?

 

 

 

 

 

「この間聞いたぴょん! 2人の餅つき速度、凄く速かったって! なら、私とお姉ちゃんの餅つき速度に敵うかぴょーん?」

 

 

なるほど、そういうこと。お月見ダンジョンの時は言ってなかったけど、確かにバニーガールたち顔負けの餅つきコンビネーションを披露したのだ。

 

 

それを見込んだラスボス…もとい姫様2人に挑まれたのならば、断る理由はない。私達も用意された臼の元に準備し―。

 

 

 

 

「よーいスタートっぴょん!」

 

いざ、勝負!

 

 

 

 

「いくぴょんよ! お姉ちゃん!」

「えぇ!」

 

「ぴょんっ!」「はいっ!」「ぴょんっ!」「はいっ!」「ぴょんっ!」「はいっ!」「ぴょんっ!」「はいっ!」「ぴょんっ!」「はいっ!」「ぴょんっ!」「はいっ!」「ぴょんっ!」「はいっ!」

 

 

イスタ姫様が杵をつき、カグヤ姫様が餅を捏ねる。その速度、尋常ではない…! 負けていられない!

 

 

「行くわよアスト!」

「任せてください!」

 

 

こちらも社長が杵を持ち、私が臼の傍に控え―!

 

「それっ!」「よいしょっ!」「それっ!」「よいしょっ!」「それっ!」「よいしょっ!」「それっ!」「よいしょっ!」「それっ!」「よいしょっ!」「それっ!」「よいしょっ!」「それっ!」「よいしょっ!」

 

 

バニーガールや兎、ミミック達が応援する白熱の餅つきバトル。結果は―。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむむむ…。引き分けっぴょんか…! 流石ぴょんね…!」

 

まさかの…引き分け。ただし…。

 

 

「実質、姫様チームの勝ちですよぉ…。疲れたぁ…」

 

ぐでりとなる社長。私も、疲労困憊。だというのに姫様2人、肩で息すらしてない。

 

 

「ふふん! 毎日うさぎ跳びしているから体力には自信あるっぴょん!」

 

 

胸を張るイスタ姫様。あぁ…なるほど…。毎日スクワットしているような感じなんだ…。うさぎって凄い。

 

 

 



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人間側 とある王女様と卵兎

 

「ミカド様、到着いたしました。ここが『イースターダンジョン』でございます」

 

「うむ、くるしゅうない」

 

案内の付き人と共に、麻呂(まろ)は馬車から降りる。ほう…魔物共のダンジョンにしては案外手入れされている。

 

 

それも当然、ここにはあの美姫がいるのだから…!

 

 

 

 

 

 

――なんてことを、ミカド様…もとい兄様は考えておられるのでしょう。現に、ウキウキした様子で馬車を降り、軽くスキップするようにダンジョン内へ向かっていったのですもの。

 

 

さて、ではこなた(此方)達も、後を追う事に致しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、これはとんだ失礼を。こなたとしたことが…。

 

 

こなたは、『ヒメミコ』と申します。今しがたイースターダンジョンという場所に入っていった兄様…ミカドの妹でございます。

 

ご存知やもしれませんが、兄様は一国の主。つまりこなたも、それに準ずる身と相成ります。

 

 

まあ有り体に言うとなれば、王女ということになりますね。

 

 

 

 

 

 

何故そのような身で、ダンジョンという危険な場に近づいているのか。それには理由があるのです。

 

 

以前、兄様はお忍びでとあるダンジョンへと赴きました。確か…『お月見ダンジョン』と呼ばれている、とある時期の月夜に開放されるところにございます。

 

 

正直申しますと、こなたはそのようなところがあったとは存じ上げませんでした。なにぶん、夜は眠くなってしまうので…。

 

月は見惚れるほどに綺麗なのですが、やはりこなたには暖かな太陽の方が性に合っております。

 

 

 

 

少し話が逸れてしまいました。戻すことにいたしましょう。

 

こなたが気づいたのは、兄様の様子がおかしくなったと感じてからでございます。

 

 

 

やけに手紙は来ていないかと聞いてきたり、常に詩を考えて上の空になっていたり、兎とお団子に妙な執着を見せるようになったり…。

 

明らかに前とは行動がおかしいと察しましたため、それとなく探ってみたのです。

 

 

そうしましたらなんと…! とある魔物の姫にご執心で、文を交わし合っていると判明いたしました。

 

しかも兄様のお付きを問い詰めると、次は『イースターダンジョン』なるところに向かい、その姫に会いに行くとも白状したのです。

 

 

 

魔物の姫…。どのような方かは存じ上げませんが…兄様が変な相手に囚われているやもしれません。

 

その場合は、何とかしてその篭絡の手から解放して差し上げなければいけないと思い、こっそりと後をつけてきた次第でございます。

 

 

 

 

 

「ヒメミコ様、お足元にお気をつけくださいませ」

 

「くるしゅうありません。ふふっ、こなたですもの」

 

ついて来て頂いた女従者へ微笑み、軽く馬車から飛び降りるように。そして、すたりと着地。

 

こなたは兄様のように詩は紡げませんが…蹴鞠を嗜んでいますので、足腰には自信があるのです。

 

 

さあ、向かいましょう。こなた、初のダンジョンに…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲き誇るお花にも負けない、色とりどりのお餅はいかがー?」

 

「エッグ団子、生みたて…じゃなかった、出来立てほやほや! 中にカスタード入っていて甘ぁいよー!」

 

「うさぎ団子、好評につき今回も売ってるよー!」

 

 

 

 

まあなんと…! ダンジョンなるものは恐ろしき威容だと聞き及んでおりましたが…。これではまるで城下町の賑わい。

 

暖かな日の元、バニーガールなる魔物達の売り込み口上が、そこかしこから。そしてそれにつられるような、人々の楽しそうな声も聞こえてまいります。

 

 

ダンジョンが全てこのような場所ではないとはわかっておりますが…。なかなかどうして、良きところ…! 卵型の建物が、いと(かな)し。

 

特に…恥ずかしながらこなたは、時折付き人達の目を盗み、町へと遊びに行くこともある身。故に、楽しくなってまいりました…!

 

 

 

 

そしてこの入口で頂いたお団子も、中々に格別。お抱えの菓子職人泣かせでございます。従者は諫めようとしてきましたが、代わりに彼女の口の中に突っ込んで差し上げました。

 

 

…しかし、この味。どこかで味わったことが…。  …あぁ! 前に、兄様がどこからともなく大量に買い付けてきた美味なお団子と同じ!

 

 

なるほど、あの時であらせられましたか。『お月見ダンジョン』なるところに兄様が出向いたのは。

 

確かに月が美しき巡りでありましたし、丁度兄様の様子がおかしくなった時分と一致いたしますね。

 

 

 

 

これはこなたも、大量に買い付けていかねばなりません。手頃なお店へ交渉に参りましょう。…おや!

 

 

「兄様! この茶屋におられましたか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぐっ!? ん、ん!? んぐぐ…!?」

 

こなたの顔を見るや否や、食していたお団子を喉に詰まらせた兄様…! いけません…! 誰か、お飲み物を…!

 

 

「―――! ぷはっ…! ヒメミコよ…! 何故ここに…!?」

 

「兄様が忍んで出かけるのを知り、後をつけてまいりました」

 

 

こなたの微笑みを見て暫し呆然とする兄様。直後、お付きの者をキッと睨みます。彼は可哀そうに、顔を必死に逸らして逃げようと。

 

 

「兄様、こなたが答えさせたのです。お許しくださいませ。良き場所でございますね、ここは」

 

お付きの者を助けるためにそう申しますと、兄様は一つ溜息。そして致し方なさそうに乗ってくださいました。

 

 

「うむ。『お月見ダンジョン』とはうって変わり、照るような明るさが心地よく占めている。しかしながら、同じように安らぎと朗らかさをも感じる、実に素晴らしきダンジョンであるな」

 

「まあ流石兄様。こなたも思っておりました所感を実に雄弁に。お見事にございます」

 

 

パチパチパチと兄様を褒め称えます。―と、そのついでに、気になっていたことをお聞きしてしまいましょう。

 

 

「ところで…おひとつお聞きしたいのですが…。あのバニーガールなる魔物達の、その…破廉恥な服装は何なのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

ずっと不可思議だったのは、バニーガール達の服装でございます。白や灰、黒の柔毛に包まれておりますが…あれは確か『バニースーツ』なるもの。

 

賭場やそのような場所で良く用いられていると聞く、少々ふしだらな衣装。そのようなものを、どのバニーガール達も着こんでいるのです。

 

 

 

「ほう。麻呂の妹だけあって、目の付け所は流石である。しかしなんでも、あれはバニーガールの伝統衣装が一つらしい。それを麻呂ら人間が模倣し、用いているだけなのだと」

 

「まあ、そうなのですか?」

 

「確かだ。とあるバニーガールの者から、そのような説明を受けたのでな」

 

 

別のところとはいえ一度行った経験があるために、既知の仔細を語ってくださる兄様。…はて、その教わった相手とは、もしや…?

 

 

「そのバニーガールの者とは、兄様が文を交わしている美姫とやらでございますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごほっ!? げほっ…げほっ…!!」

 

あぁ…!? 兄様、今度はお茶を喉に…! 背中を叩いてあげまして、と…! 

 

 

「…何故(なにゆえ)、それを知っているのだ…。 いや…!」

 

先程より強く、お付きの者を睨む兄様。その間に割り込むように、こなたは入ります。

 

 

「彼を責めないでくださいませ。そもそも兄様、手紙が来ていないか結構な頻度でこなたに訪ねてきたり、(まつりごと)さ中でも詩を詠むのに必死になっていたりもすれば、こなたと言えども察します」

 

 

「ぐむ…」

 

 

言葉に詰まってしまう兄様。そして次には、完全に諦めた表情へと。

 

「教わった相手は別の者だ。最も彼女は、かの美姫の…カグヤの妹御のようでな。快活さと美しき器量を兼ね備えたバニーガールであった」

 

そう解説すると、兄様は煩うかのような惚けた顔に。

 

「しかし、カグヤはそれを容易く超える撫子、まさに玉のような美人でな。十二単を纏ったその姿は、天の羽衣を纏いし月の輝きの化身とも呼ぶべき―」

 

 

 

「そこまでお褒めの言葉を頂いてしまうと、(わたくし)、かの羽衣を纏わずに参りましたことを恥じ入るばかりでございます」

 

 

 

 

 

 

兄様の台詞へ被せるように、鈴のような耳障りのよい声が。思わずそちらを見ますと―。

 

 

「…まあ!」

 

 

そこへ居られましたのは、確かに天女の如き、明眸皓歯(めいぼうこうし)にて仙姿玉質(せんしぎょくしつ)な麗しき佳人。彼女が、カグヤ姫様…。

 

しかし…お召しになっているのは十二単ではなく…その、他のバニーガールの方が纏っているふわふわバニースーツ。

 

そして少し恥じらう様子が、その服装と艶やかなギャップを構成しておりまして…。

 

 

パンッ

 

 

……?  あぁぁっ…! こなたが見惚れてしまっている間に、兄様の鼻が破裂して、血が…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ…。 先程は驚いてしまいました…。

 

 

カグヤ姫様の姿を見た兄様が、鼻から血を出して倒れまして…。今はカグヤ姫様に膝枕をしていただき休んでいるところにございます。

 

 

その間に、彼女と幾つか話をさせていただきました。カグヤ姫様、器量も宜しければ性格も宜しき淑人であらせられました。 こなたの心配、どうやら余計なお節介だったようです。

 

 

そして先程話に出てまいりました、カグヤ姫様の妹御。名をイスタ姫様と仰るようですが…、どうやら彼女が此度のダンジョンを仕切っているご様子。

 

 

しかも、幸運が訪れる加護が褒賞となるイベントを開催していると聞きました。せっかく来たのですし、兄様の介抱はカグヤ姫様に託すことにいたしまして、参加をしてみますことに。

 

 

同じ妹同士、気が合えば幸いなのですけど…。

 

 

 

 

そうそう。驚いたことがもう一つありました。 茶屋でお団子を頂いたのですが、その際、お団子の乗せた三方(さんぼう)が跳ねながら手元に参ったのです。

 

これ如何に…? と唖然としておりますと、カグヤ姫様が教えてくださいました。なんでも、中に『ミミック』なる魔物の一種が入りお手伝いしているのだと。

 

 

確かに、横の穴から奇妙な色の蛇が顔を覗かせました。お団子一つ分けてあげますと、喜んでくねりくねりと舞を見せてもくれました。なんともおもしろきかな。

 

 

そんなミミック達もまた、宝探しの仕掛け役として協力しているらしいのです。 わくわくしてまいりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そうこうしているうちにダンジョン最奥の本殿にたどり着きました。どこで受付をすれば…。

 

…はて? あれは…?

 

 

「ぴょんぴょんぴょーん! こんな良い日には~! 踊らにゃぴょんぴょん♪」

 

 

…カラフルな巨大卵がいくつもくっついた建物…。ここが本殿で相違ありません。ですが…その屋根?の上で楽しそうに踊り狂っているバニーガールの方が。

 

 

あの容姿…あの口調、そして手にしている輝く玉の枝…。間違いありません、あの方がイスタ姫様…?カグヤ姫様と、雰囲気が全く違います…。

 

 

 

「ぴょん? あなたもエッグハントの挑戦者っぴょんか?」

 

 

そんなこなたを目敏く見つけ、彼女はぴょんっと本殿より飛び降りてまいります。 …あら、確かに、カグヤ姫様と並ぶほどの美しき目鼻立ち…。常に動いているので少々分かりづらいのですが。

 

 

「私の加護、欲しいっぴょん?」

 

「…へ。 えぇ! こなたも挑戦してみたいのです!」

 

問われていたのに気づき、こなたは慌てて頷きます。するとイスタ姫様、楽しそうに笑みを。

 

 

「ふっふっふー! ならば試練を与えるっぴょん! はいこれどーぞっぴょん!」

 

 

くるりと一回転しつつ、どこからともなく紙を取り出した彼女は、それをこなたに。これは…?

 

 

「この地図に描かれている卵、五種類! 全部集めて私のところに持ってくるぴょーん!」

 

 

なるほど…! こなたの中のお転婆心が滾ってまいりました…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

担当のバニーガールの方から詳細の説明を受けまして―、いざ宝探し開始と!まずは…。

 

 

「ここの岩場にある、『岩模様の卵』でございますね…!」

 

 

 

最初にやってまいりましたのは、大小さまざまな岩転がる荒れ地。普段は特に気にも留めぬ場所ですが…。

 

「こう見ますと、至る所に隙間があるもので…」

 

 

岩々が乱雑に積まれたそこには、手が入るかわからないほど小さい隙間から、身体がすぽりとはまってしまうほどに大きい隙間がそこかしこに。この何処かに、卵が…。

 

 

「ヒメミコ様、お召し物が汚れてしまいます。どうぞ私めにお任せを…」

 

「いいえ、なりません。こなたが挑戦するのです。 …あぁでも、あなたも加護を賜りたいのであれば、共に探すことにいたしましょう!」

 

惑う従者を半ば強引に誘い、岩場に足を…おっとっと…! 

 

「こ、これは…中々に歩みづらく…!」

 

着の身着のままで来たのが災いしてしまいました。せめて、お忍び用の軽装束を纏ってくれば…。

 

…いえ! これも一興。聞くところによると、兄様も同じような宝探しを完遂したと。ならば、こなたに出来ぬわけありませぬ!

 

 

 

 

「ここには…ございませんね…。 そちらは見つかりましたか?」

 

「いえ、何も…」

 

 

少しの間、穴を覗き歩きを繰り返します。存外見つかりませんが、これもまた楽しく…! …おや!そのようなことを思っている間に…!

 

「発見いたしました! よいしょ…!」

 

とある隙間の奥に、ちょこんと置かれているのを見つけることができました。手を差し入れまして…!

 

「柄も一致しておりますね! まずは一つ目…!」

 

取り出したそれを、ウキウキと懐に忍ばせた時でございました。

 

 

カパンッ

 

 

「…!? まあ…!」

 

今しがたこなたが手を入れた隙間の真横、抱えることの出来そうな大きさの岩が開きました…! そして中から、先程もお見かけした、蛇が…!?

 

「お下がりをヒメミコ様!」

 

慌ててかけつけた従者が刀を引き抜きますが…。その蛇は何も気にすることなく、自らの入る岩の中へと顔をごそり。岩模様の卵を咥え取り出すと、隙間の奥へとすっと置いたではないですか…!

 

 

「なるほど…! ミミックがお手伝いとは、このような…!」

 

 

先のカグヤ姫様のご説明、これにて納得いたしました。…しかし全く気付けませんでした。

 

ミミックは宝箱や物に潜んで冒険者を襲う魔物だと伝え聞いておりますが…こうも擬態が上手いと、誰も彼も引っかかってしまうこと請け合いでございましょう。

 

 

…もしかして、他の卵のところにも…? 俄然、興味が湧いてまいりました…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は…『兎と時計模様の卵』でございますね!」

 

やってまいりましたのは草原。青々と茂っております。 はて…?このどこに、卵が…?

 

 

 

ジリリリリリリリンッ!

 

 

 

「あら…? どこからともなく、目覚ましの鈴の音が…」

 

その音に惹かれ、草原の中へと。 すると―。

 

 

ピョーンッ!

 

 

「まあ、兎が…!」

 

 

軽やかに跳ねたのは、一匹の兎。懐中時計を身につけ、チョッキを着ているようでございます。そして手には、卵を抱えておりました。

 

 

「捕まえろ、ということでございましょうか…? そうと決まれば…!」

 

 

追いかけさせていただきましょう…! 従者に回り込むよう指示して、一気に走り寄ります…!

 

 

「お待ちくださいませ…!」

 

駆けるこなた、逃げる兎。追いかけっこと相成りました。 ふふ、愉快にございます。

 

そうそう、そのままお進みに。その先には…!

 

 

「ハッ! 捕らえました、ヒメミコ様!」

 

こなたの従者が潜んでいますので!  これで二つ目にございます。

 

 

 

従者が抱きかかえた兎から卵を貰い、自らの懐へ。 ここは兎が仕切っているとあらば、ミミックはいないのやも…。

 

 

パカリ

 

 

…!? な、なんと…! 懐中時計の蓋が開き…触手が…!  そしてその触手は、別の卵を握って…!

 

…!?!? どうやってそのサイズが、懐中時計の中に入っていたのでしょうか…!

 

 

 

取り出された新たな卵を手に、兎は草原のどこかへと消えてゆきました。 今しがた目にした面妖な光景に目を擦りつつも…三つ目に参りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと…お次は『竹と筍模様の卵』でございますね」

 

 

辿り着いた先は、竹林。鬱蒼としているほどではなく、整備の手は入っているご様子。

 

 

しかしこれまた、ヒントがございません。とりあえず、辺りを見回しつつ―。 はて、あれは…。

 

 

「竹が、光って…」

 

 

竹の葉の隙間から入る木漏れ日の中、それを弾くほどに強い輝きを放つ竹があるのです。

 

丁度こなたの顔の位置付近でございましょうか。その節の部分がきらきらと。思わず近づき、手を触れてみますと…。

 

 

カパリ

 

 

と軽い音を立て、竹の一部が蓋のように開きます。中には…灯りと、可愛らしい燕…?

 

 

「これは…『宝箱ツバメ』という、ミミックの一種にございます。…しかし何故に竹の中に…?」

 

従者が解説を挟んでくださいましたが、彼女もまた首を捻っております。するとその燕は、灯りの裏を探り、何か小さな紙を…。

 

「「下…?」」

 

 

それは、下矢印が描かれた紙にございました。従うように視線を下げると…。そこには筍が。もしやこれが…。

 

 

スポンッ!

 

 

ま…! とても簡単に抜けてしまいました…! おや、こちらも開くようで…パカリと。

 

「卵…!」

 

 

燕の卵ではございません。竹と筍模様の卵がその中に。なんとまあ、奇々怪々な隠し方。

 

 

 

しかし、もっと奇々怪々なことが。筍を地面に置き直しますと、そのまま地面を滑り始めたのでございます。

 

宝箱ツバメなるミミックも、矢印紙を刺し直した灯りを咥え、それを追い飛び立ちます。そして少し先の竹に入り、筍もその真下に停止いたしました。

 

 

そのように位置替えもできるとは…。ミミックとは、なんとも頭が良き魔物で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

『四つ目は…。『卵模様の卵』…?』

 

地図には、カラフルに塗られた卵に、更に卵が描かれております。これはどのような…。

 

 

「エッグハントの参加者さーん? こっちこっちー!」

 

 

と、聞こえてまいりましたのはバニーガールの声。そちらに赴くと…! なんと…!

 

 

「これは…! 大きな卵にございますね…!?」

 

 

そこに鎮座しておりましたのは、カラフルに染められた、こなたの身より更に大きい卵。なにかしらの魔物の卵のようでございます。 と、従者がぽつりと。

 

「この巨大さ…。ロック鳥の卵でしょうか…」

 

はて…。こなたはそのろっく鳥は存じ上げませぬが…。よほど大きな鳥に違いないのでしょう。どうやらその殻を流用した様子にございます。

 

 

 

 

「これを転がして、あっちの道をぐるり一周したら卵あげまーす!」

 

 

バニーガールは、目的の小さい卵を手にルールの説明をしてくださいました。なるほどと頷き、卵へ手をかけようとした、そんな折でございます。

 

 

「普通に押して転がすのと、中に入って転がすの、どっちが良いですかー?」

 

 

 

バニーガールから、妙な提案。中に入るとは…? そう疑問を口にすると、彼女は耳をぴょこぴょこと。

 

「こういうこと! お願いしまーす!」

 

パカッ

「はーい!」

 

 

 

 

なんとなんと…!巨大卵の殻が開き、中から女魔物が姿を現したではないですか…! すると、従者が再度呟きを。

 

「じょ、上位ミミック…!?」

 

どうやら、ミミック達の上位存在のようで。一体どのようなことをしてくださるのでしょう。

 

 

「中に入ります?」

「えぇ!」

 

こなたが頷くと、上位ミミックはまたも快活な返事一つ。そして、手を…ひゃっ! 幾本もの触手に…!?

 

そのままこなたと従者は絡めとられ、卵の中に…! な、なんとも不思議な感覚…!

 

 

「私達はこのまま動けるのだけど…。あなたがたは前が見えないと動きにくいですよね~」

 

殻の蓋をパタンと閉じた上位ミミックは、そう言いながら端についた魔法陣へ手を触れます。すると―。

 

 

「まあ…!景色が…!」

 

 

卵の殻が透け、外の景色が良く見えるように…! これは魔法でしょうか…!

 

 

「アストちゃん特製、透視魔法! さ、動き出しますよー! 微調整は私がやるのでご安心を! れっつらごー!」

 

 

 

 

上位ミミックの号令を元に、こなたと従者は卵の壁を押しゴロゴロとっとっと…! ひゃわわ…!

 

た、卵ですから…!楕円形ですから…! 上手に転がりません…! あっちへころころこっちへころころ…!

 

 

「も、もうちょっと向こうへ動いてくださいませ…!」

 

「は、はい…!ヒメミコ様…! で、ですがこのままいくと…!わわわわ…!」

 

 

2人揃って、卵の中でわちゃわちゃ。時にはすってんころりんと転んで卵壁に張り付いてしまい、一回転してしまいます…!

 

有難いことに、こなた達の身と卵の進行方向に危険が迫る度に、朗らかな笑いと共に上位ミミックが手助けを。そのおかげで、心地よいドキドキが身を包みます…!

 

 

あわわ…! そんなことを述べている間に…! 卵がまた変な方向に…! あわわわわ…!!

 

 

 

 

 

 

「おっかえりなっさーい! どうでしたー?」

 

 

「恐らくは…一生味わえぬ痛快な気分で…! そして、ひよこになった気持ちにございます…!」

 

 

卵から降り、少々くらつく頭でバニーガールの問いかけに答えました…。 あぁ、ぴよぴよ…!

 

 

「楽しんで貰えて何より何より! はい!卵をどうぞー!」

 

 

 

これで…四つ目…! 残りは一つ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の一つは…『波模様の卵』でございますか…!」

 

楽しき卵探しもとうとう次が最後。少々寂しくもあります。

 

 

さて、残るは青く染められた卵。指し示されたのは、池にございます。

 

 

 

 

おや、あれは…! 池の真ん中の小島に、山積みにされた目当ての卵。なるほど、あれを取ってくれば良いのですね…!

 

しかし…足場がございませぬ。どこかに何か…。 ……むむむ…?

 

 

 

池を見渡していると、何かがぷかりぷかりとやってまいりました。これは…! サメ…!? いえ、ワニ…!?

 

…いえ、どちらでもございません。サメのヒレのような手すりが中央に立っている、ワニのような色と見た目の巨大な蓮…?

 

とにかく、足場らしきものが点々と動いているのです。どうやら、この上を跳ねて向かえということでしょう。

 

 

「では、行ってまいります!」

 

 

心配する従者を黙らせ、いざ八艘飛び…ならぬ、はっすぅ跳び…。少々無理がございました。

 

 

言葉遊びには失敗いたしましたが、飛び移りは好調。兎のようにぴょんぴょんと♪

 

 

―と、思いきや…。この蓮、勝手気ままに動くのです。故に、次の蓮が丁度良き位置に来るのを待つことも。どうなっているのでしょう。

 

 

 

 

「これにて…到着!」

 

なにはともあれ、危なげなく目的地へと。卵を懐に仕舞い…。

 

 

「そういえば、この蓮はどのような仕組みなのでございましょう?」

 

 

ふと興味をそそられ、しゃがみ込んで最も近い蓮へ触れてみます。ふむふむ…やはり本物の蓮ではございません。触り心地は案外固く、作り物の浮き足場にございます。

 

そして何故動いているのでしょうか。少々はしたないですが、蓮を軽く持ち上げ、裏側を…。

 

 

「まあ…!」

 

 

なんとそこにいたのは、宝箱。 もとい、宝箱型のミミックでございました。どうやら頭…蓋?部分に足場を取りつけ、泳いでくださっていたご様子。

 

 

泳ぐ宝箱とはまたまた奇天烈。ミミック、不思議な魔物でございます。

 

 

 

 

「ヒメミコ様! お早く…!」

 

と、従者から急ぎの声がかかってしまいました。あんまり不安にさせるわけにも行きません。来るまでの間でコツは掴みました。

 

では、次こそ八艘飛びで! せーの…! それっ! それっ! そっ……

 

 

ズルッ

 

 

「あ、あら…?」

 

 

 

 

バッシャーンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴょんぴょんぴょーん~♪  ぴょん? 集めてきたぴょん? …って、びっしょびしょぴょーん!?」

 

 

本殿で出迎えてくださったイスタ姫様は、こなたの姿を見るなり耳をピンと驚きの仕草…。

 

えぇ…。調子に乗ってしまいました…。 お池にバシャンでさあ大変でございます…。行きはよいよい帰りは怖い、と…。

 

 

ですが、泳いでいた宝箱ミミック達が一斉に助けに動いてくださり、すぐさま岸へと打ち上げて頂きました。

 

従者も慌てて服をかけてくださいましたが…。悪い事をしました…。彼女、今、袴とサラシだけになってしまっているのですから…。

 

 

まあ、ただ…。散々遊んで火照った身体に、心地よい冷たさでした…!

 

 

 

 

 

「風邪ひいちゃうっぴょん! 私達の服、着るぴょん? 加護かかっているから快適ぴょんよ?」

 

そう提案してくださるイスタ姫様。と、いうことはつまり…。

 

 

「ひ、ヒメミコ様…! それは流石に…!」

 

「是非!」

 

引き止めようとする従者を押しのけ、お願いいたします…! 今は四の五の言っていられませんので。

 

…というのは建前で…。実はこなた、気になっていたのです。バニースーツとやら…!

 

 

「そうっぴょん? じゃ、急いでこっちに来るっぴょん!」

 

こなたの手を引き、駆け出そうとするイスタ姫様。 ―が、その時でございました。

 

 

 

 

 

 

 

「ようエロい嬢ちゃん達…! 悪いけど襲わせてもらうぜ…!」

 

どこからともなく現れたのは、明らかに悪漢数人組。この場の雰囲気には相応しくない汚らわしさにございます。

 

 

「へへ…! どこぞの王族かは知らないが…水も滴る美女ってか?」

「そっちの女武者も、良い身体付きしてやがる…!」

「だがド本命は、そこのバニーガール…! そして、そのお宝の玉の枝だぁ!」

 

 

じりじりと迫ってくる彼ら。こなたの従者は即座に刀を抜き、応戦の気構え。しかし―。

 

 

「あぁもうっぴょん! 普段なら難なく蹴り飛ばしてやるっぴょんに…! 今は取り込み中っぴょん!」

 

 

叫んだのはイスタ姫様。そして手にした玉の枝を…。

 

 

「社長、お願いするっぴょーん!」

 

 

なんとなんと…! 放り投げました!?

 

 

 

 

 

 

 

「さ、今のうちに着替えちゃうっぴょん!」

 

「え、いえ、その…! あ、あれ…貴重な品なのでは…!?」

 

 

ぐいぐいと手を引いてくるイスタ姫様に、思わず問うてしまいます。すると彼女、即座に頷きました。

 

「そうっぴょん。大切な宝物っぴょん」

 

「で、でしたら…!」

 

「心配ないっぴょん! ほら!」

 

 

イスタ姫様が指さしたのは、くるくると宙を舞う玉の枝。悪漢たちはそれを受け取ろうと手を伸ばし―。

 

 

パカッ

 

 

「御石の鉢(※ただし、レプリカ)でぇ~! どーんっ!!」

 

 

ドゴスッッッ!!

 

 

 

 

……!?!?!? い、一体どうしたことでしょう…!? 空中から石の鉢が現れ、悪漢の1人を叩きのめしました…!

 

い、いえ…正確には…。玉の枝の先についていた、真珠のような玉の一つが割れ…その鉢が出てきたのでしょうか…!? そんな瓢箪から駒のようなこと、有り得るのでしょうか…!?

 

 

そしてその鉢の中には……バニースーツとウサ耳をつけた…上位ミミックが!! もしや、彼女の力…!?

 

 

 

「月は出ていないけど、お仕置きよ!」

 

玉の枝をキャッチし、決めポーズをとる上位ミミック。そしてそのまま暴れ始めました…!

 

 

「ひぃいいいっ!?」

「助けてくれえぇえ!」

「ぐええっ…」

 

 

悪漢達の悲鳴が上がる中、こなた達は茫然のまま、建物の中に連れられたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいっしょっぴょん! ここが一番気持ちいいっぴょん!」

 

「まあ…本当でございますね…! 暖かな光がこの身いっぱいに注いできます…!」

 

 

イスタ姫様とこなたは、卵型の本殿の上へと。冷えた体が、暖まってゆきます。それに―。

 

 

「このバニースーツ、着心地、とても良いのですね…!」

 

 

着せてもらったバニースーツを撫でつつ、感想を口にいたします。 ふわふわで、暖か。それでいて暑くはならない特殊な服でございます。ウサ耳もつけておりますが、似合っているでしょうか?

 

 

こなたの従者ですか? それが…こなたのバニースーツ姿を見たら泡を吹いて倒れまして…。寝かせております。 彼女にも似合っていると申してほしかったのですが…。というか、彼女にも着てほしかったのですが…。

 

 

 

 

 

 

「そうっぴょん! エッグハント完遂の加護、まだ授けてなかったっぴょんね! 手を出すぴょん!」

 

 

揃って日向ぼっこしていますと、イスタ姫様は思い出したようにぴょんと手を打ちました。こなたが手を差し出すと、優しく握り―。

 

 

 

「あなたに、幸運が訪れますように―。」

 

 

 

…まあ…!まあまあ…! イスタ姫様、確かにカグヤ姫様のような静やかな美しさを湛えて…!

 

 

「―はい、これで授けたっぴょん! いいことあるぴょんよー!」

 

 

あらほんのちょっと残念。先程のあっけらかんとした顔に戻ってしまいました。…そうだ、丁度良い機会ですので…!

 

 

「イスタ姫様、こなたにもう一つ幸運を授けてくださいませんか?」

 

「へ? なにぴょん?」

 

「こなたと、お友達になって欲しいのです!」

 

 

 

 

「わぁ! 勿論っぴょん!勿論っぴょん! 私にも楽しい友達が出来たっぴょん! 踊っちゃうっぴょん!」

 

「では、こなたも共に…!」

 

 

そのまま、屋根の上で2人でお転婆な舞を。 悪漢達を外に追い出した上位ミミックの方が、お団子を差し入れてくださるまで、こなた達は踊り続けたのでした。

 

 



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顧客リスト№49 『魔族達の学園ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

 

建物全体に、チャイムが響く。すると、私達に群がっていた皆は慌てたように席に戻っていく。

 

 

それからわずか後、ゆっくりと一人の女性がこの場へ入ってくる。彼女を見た担当の子は、元気に号令をかけた。

 

 

「きりーつ!」

 

 

それに合わせ、皆はガタガタと立ち上がる。私と社長も、それに合わせる。全員が揃ったのを確認すると、担当の子は再号令。

 

 

「れい! ちゃくせーき!」

 

 

一斉にお辞儀をし、再度机に着席。その手慣れた動きに合わせるようにブレザーやスカートがふわりと揺れる。

 

 

その時不意に、どこか甘酸っぱさすら感じさせる、アオハルな雰囲気がふわりと辺りを包んだ。

 

 

 

 

そう、ここは学校。若き才英達が集う、学びの場。前途ある彼らが学徒となりて過ごす、光輝く園―。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………うん…。それは良い、それは良いのだけど……!

 

 

 

 

 

 

 

「なんで私も、学生服を着せられているんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ…! 思わず叫んでしまった…! …でも、許して欲しい。

 

 

だって私、もう普通にお酒飲める歳。こういうのを着る年齢ではない。こんな、リボンに、ブレザーに、チェックのスカートなんて……。結構可愛いけど!

 

 

 

「似合ってるわよアスト~!」

 

と、横の席からはそんな社長の野次。木製の椅子にいつも通り箱を乗せ座っているのは良いのだが…何故か、男性物の学生服を着ている。

 

 

 

「そうですよ! アストさん、似合っていますよ!」

「ちょーピッタリ! 年齢わかんないし! 着こなし、うちら並みだし!」

「間違いなく学園のアイドルとかに選ばれるやつですってそれ!」

 

 

社長に乗っかる形で、周囲の皆…『学園の生徒』達が男女問わず褒めちぎってくる。いや、嬉しくはあるけども…。

 

 

 

「なら、もっとスカートとか短くしたほうが良かったんじゃな~い?」

 

ちょっと照れている私を、社長はケラケラ煽ってくる。負けじと私も言い返してやる。

 

 

「社長は初等科の服の方が良かったんじゃ? あっごめんなさいっ! 触手で胸を揉もうとしないでください! 不純異性…じゃなくて同性か…! 交遊ですって!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ…。あわや生徒達の前で揉みしだかれるところだった。危ない危ない。…ちょっと男子生徒達が残念そうな顔している気がするけど…。

 

 

まあそれはさておき…こんな格好こそしているが、今回もまた依頼を受けてやってきているのである。

 

 

 

 

ここは『学園ダンジョン』。世にも珍しい、学校とダンジョンの合わせ技。確かにダンジョンの魔力濃度は育ちざかりの生徒達には良い補助となる。魔法練習とかもしやすいし。

 

因みにだが、ここに通っているのは私のような悪魔族か、エルフやドワーフ、獣人のような亜人族。というかそもそも、学校に通うのは主に人型である上位種ばかりだけども。

 

 

そして、どうやらそこに不届き者…もとい冒険者が侵入してくるらしく、その対策として派遣依頼がきたのである。

 

 

 

 

…へ? ではなんで、私達が制服を着て授業を受けているかって?

 

 

いや、それは…なんていうか…。話の流れがそうなってしまったとしか。

 

 

 

 

 

 

実は私、学校に通ったことがないのだ。前にお伝えしたと思うが、一応、アスタロト家という大公爵の娘。

 

だからか…両親が過保護気味で…。小さい頃は基本的に箱入り娘(ミミックの意味ではない)で、勉強も家庭教師を招いていたのである。

 

 

まあその反動のような感じで、今は無理やり両親を説得しきり、こうして社長の秘書として働いているのだけど。

 

 

 

そして社長も、同じく学校経験なし。『ミミックに学校なんてないわよーだ♪』ってゲゲゲと笑ってた。

 

けど、どうやら現魔王と幼少期からの知り合いらしいので、ついでに色々教わってたらしいけど。

 

 

 

 

 

 

そんなこと(私の素性や社長と魔王の関係は隠して)をここの主である学園長先生にポロっと話したら、『なら是非、体験していきませんか?』と誘われ…今に至るのである。

 

 

最初こそ制服を用意され戸惑ったが、確かにこれは新鮮な体験。正直、学園生活に憧れたことはあるし。

 

そして物珍しさもあるのだろう。授業外の休憩時間とかは常に生徒達に囲まれ、色々と話させてもらった。皆良い子ばかり。

 

 

…そういえば社長、その時『良い学パロね!』って言ってたけど…。何それ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―教科書は次のページ、現魔王様の御父君、先代魔王様の政策についてです」

 

 

今は歴史の授業中。女性教師の言葉に合わせ、借りた教科書を捲る。写真とかあって凄く読みやすい。

 

 

…ふと気になってちらりと他生徒の様子を見てみると、彼、その写真に落書きをカリカリと。やっぱり、あるあるなんだ。

 

 

かくいう私も、家庭教師の隙を盗んで描いてたタイプ。ちっちゃいのしか描かなかったけど。

 

 

 

 

 

「―というお考えから、各所へのダンジョンの設営を強く推し進め、様々な魔物の力となっています。その政策は現魔王様にも引き継がれて…。では、スデン君!」

 

 

「っ!? は、はい!?」

 

 

あ。私が見ていた、落書きしていた男子生徒が指名されてしまった。バレてたみたい。 女性教師は、そのままビシリと問いかけた。

 

 

「昨日の授業の復習がてら、質問です。 長らく魔王様方の補佐をしている最上位悪魔族の方々の内、先代魔王様のダンジョン繁栄政策にも大きな助力となった『大主計』として名を馳せる一族の名は?」

 

 

「あ…えっと…なんだっけ…」

 

 

忘れたのか、そもそも覚えてないのかわたわたする男子生徒。女性教師は次々と遊んでいたと思しき生徒を当てていくが、誰も答えられない。

 

 

 

「もー…。テストに絶対出る名前ですよ? なんで覚えていないんですか?」

 

 

呆れている女性教師。ならばと正解を言えそうな子を探すが…。その途中に私と目があった。アイコンタクトを交わしあい、彼女は私を指名してくれた。

 

 

 

「では…アストさん。 ご存知でしょうか?」

 

 

「はい。『アスタロト一族』です。 先代魔王様のその政策の際は、『ペイマス・グリモワルス・アスタロト』が当主を務めておりました」

 

 

 

 

一切の迷いなく、ずばりと答える。すると女性教師は、満面の笑みでパチパチと拍手を。

 

「素晴らしいです! 皆さんも、アストさんのように即座に答えられるようにしましょう!」

 

 

 

…そりゃ、自分の家の話ですから即座に答えられますとも。特にそれ、お爺様…祖父のことだし。

 

 

 

 

そうそう、説明し忘れていた。我が一族は代々魔王様の主計係を務めている。だから私の魔眼も『鑑識眼』というお金に関わる能力なのだ。

 

 

…ただそんな役職でも、現魔王様の顔を見たことがないらしい。社長曰く、現魔王様は恥ずかしがり屋らしいけども…。

 

 

 

 

 

 

まあうちの話や、魔王様の話は置いといて、と。

 

 

あの女性教師の方…『プルフソラ』先生というのだが、別に私の素性は伝えていない。いや彼女に限らず、誰にも教えてないけど。

 

だから、アスタロト家の質問は偶然なのだろう。視線からもそれっぽかったし。 …けど正直、ちょっと肝が冷えてしまった。

 

 

 

 

 

そんな私の胸中いざ知らず、プルフソラ先生は授業を続ける。

 

 

「―ということで、先代魔王様の政策の一つでした。 …そういえば、超・余談になりますが…。先代魔王様在任当時、魔王様でも一目置く、『最強トリオ』なる三人組が暴れ回っていたとかいないとか…」

 

 

なにそれー! と生徒達から笑いが漏れる。 うーん…歴史ならまだしも、噂話はよく知らない…。

 

そうだ、社長なら何か知ってるかも。そう思い、横に首を向け聞いてみる。

 

 

 

「社長、知ってま…すか…。 って…あちゃー…」

 

 

「すぴぃ…」

 

 

 

 

…寝てるし。 教科書を立て、ぐっすり。暖かな日光に照らされ、プルフソラ先生の授業を子守歌にして。

 

しかも身体が小さいから、プルフソラ先生もよくわからなかったのだろう。現に今やっと、私の動きに気づいて察し、ちょっと悲しそうな顔をしている。

 

 

これはお仕置きが必要。とりあえず立っている教科書を外して、と…。

 

 

 

(プルフソラ先生…! 手のそれで…!)

 

(えっ…えっ…!? い、良いんですか…!? い、一応お客様なのに…!?)

 

(構わないです。 一発、バシンと!)

 

(えっ…で、ですが…! …わ、わかりました…!)

 

 

 

再度プルフソラ先生と、アイコンタクトでそんな会話を。生徒達もなんだなんだとこちらを見る。中には社長の寝姿を見てぷふっと噴き出す子も。

 

 

 

「…本当に、良いんですね?」

 

「授業中に寝ている社長が悪いんですから。お願いします!」

 

 

ゴクリと息を呑むプルフソラ先生へ、私はしっかり頷く。どうやらそれで覚悟を決めてくれたらしい。

 

 

 

 

 

 

「では…行きます…!」

 

 

一つ宣言した彼女は、手にしたチョークを思いっきり振りかぶり―。

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

社長に向け思いっきり、投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

ヒュルルルッ!

 

 

 

魔法もかけられたチョークは、綺麗なコースで直進。そして…。

 

 

バシンッ!

「ふにゅっ!?」

 

 

見事、社長の頭にヒットした。流石(?)教師。

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 

ちょっと涎を垂らしながら、飛び起きる社長。では、先生に代わり私が一言。

 

 

「廊下に立ってますか?」

 

 

「あぅ…ごめんなさーい…」

 

 

てへりと謝る社長。…だが、こういうひとシーンも、言ってしまえば学園の醍醐味。青春の鮮やかなページに描かれる、落書きの一つ。

 

 

それを楽しめただけでも、一日生徒として参加した価値はあったと言えるのかもしれない―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―ということで! 気を取り直して商談に移りまーす!」

 

 

授業を幾つか受け終え、お昼過ぎ。社長はモードチェンジ。お仕事のお時間である。服は学生服のままだけど。

 

 

因みにお昼ご飯は学園の食堂で頂いた。他生徒達に囲まれつつ、和気藹々と。楽しい食事だった。

 

 

なお社長は…購買のパン買い競争に参戦してみてた。小さくフットワークが軽いため、あっという間に先頭集団に紛れ込み、焼きそばパンとかを買ってきてた。

 

 

 

その後皆に学園の色んなところを案内してもらっていたが、残念ながら昼休み終了のチャイム。

 

そこで私達は皆と別れ、応接間でお爺ちゃんな学園長先生と商談を開始したのである。

 

 

 

 

 

「では、昼夜問わず冒険者がやってくると?」

 

「うむ…。その度に教員や風紀委員が倒しに向かうのですが、何分手強く…。加えて生徒達も出入りする場ですから、あまりゴーレムや罠魔法を設置することができんのです」

 

 

内情を語ってくれる学園長先生。確かに下手にトラップを仕掛けて、生徒達が引っかかってしまったら一大事。

 

中には力を揮いたがる生徒達もいるだろうが…教師としてはあんまり許可したくないはず。怪我したら親御さんに示しがつかないし、建物壊れるかもだし。

 

 

だからこそ、静かに素早く冒険者を狩ることができるミミックに白羽の矢が立ったご様子。扱いは用務員ということで。

 

 

 

 

 

「ふむふむ…。予算的に、この派遣数でどうでしょう?」

 

「おぉ、充分です! ですが…大丈夫ですかな…?」

 

社長の提案に手放しで喜んだ学園長先生であったが、直後顔に不安の色を。何故かを伺ってみると…。

 

 

「ここは他のダンジョンと比べて、構造等がかなり違いますので…」

 

 

 

 

なるほど。確かに違う。普通ダンジョンは、そこに棲む魔物達の家。だけどここは、夜になれば基本無人。

 

それに洞窟とかではなく、色んな校舎が複数並んでいる形なのだ。確かに違うっちゃ違う。―だけど…。

 

 

「ふっふっふー! 全く問題ありませんよー! 生徒さんにも色々と案内してもらいましたが、こんな隠れるところがいっぱいなダンジョン、他にはないかもしれません!」

 

 

意気揚々と言い切る社長。その通りなのだ。学園ダンジョンには隠れるところがいっぱい。靴箱、ロッカー、更衣室、机、ピアノ…なんでもござれ。

 

これだけあれば、ミミックじゃなくてもかくれんぼとか問題なくできる。リアルな鬼ごっことかも。

 

 

 

ほっとする学園長先生に向け、社長はにんまりと、ちょっと学園に相応しくなさそうな笑みを浮かべた。

 

 

「では冒険者達に、学校の怪談を味合わせてみせましょう…! フフフフ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商談は纏まり、契約書も頂いた。ふとそんな折、学園長は想わぬ提案を。

 

 

「ところでミミン社長、アストさん。折角生徒のご体験をなされたのですし、もう一つ面白い体験をなさって行きませんかな?」

 

 

「「へ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎの一時限が過ぎ、少し日が傾いてきたのがわかる頃合い。食後の眠気もようやく覚めた生徒達が、教室でわいわいと歓談している。

 

 

と、チャイムが鳴る。急ぎ席に戻る彼らと同時に教室に入っていったのは…。

 

 

「あれ? プルフソラ先生? 次は歴史の授業じゃなくて魔法学の授業では? あでも先生、魔法学も教えられるんでしたっけ?」

 

 

先程もこの教室で授業をした女性教師プルフソラ先生。生徒達の訝しむ顔に、彼女は微笑み返す。

 

 

「いいえ、私じゃありません。なんと今日の魔法学の授業は、臨時教師の方が勤めてくださることになりましたー!」

 

 

 

 

 

 

「え?」

「だれだれ?」

「なんで突然に?」

 

 

ざわつく教室内。プルフソラ先生は、満を持して、紹介を行った。

 

 

 

「なんと……! アスト先生でーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうも…!」

 

 

 

「わー! アストさんじゃん!」

「先生役もできるんだ…!?」

「へぇ…お手並み拝見…!」

 

 

おずおずと私が入ってくると、みんな多種多様な歓声を上げてくれる。 そう、今度は一日教師体験と相成ったのだ。

 

 

とりあえず教える内容を聞いて、難易度的に問題なかったので承諾。…人に魔法教えた経験そんなにないんだけど…できるかな…。緊張してきちゃった…。

 

 

あ。流石に服は学生服からチェンジ。いつものスーツに、伊達メガネをかけてみた。ついでに教鞭も持って…女教師感、出てればいいけど。

 

 

 

さて。では深呼吸して…! 授業を始めましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずは、教科書通りに。でも一応自分の感覚とも照らし合わせて、わかりやすく、と…。

 

 

「―っという感じで、この魔導書を使う際には、あらかじめ魔力を手の上で練っておくとかなり楽になります。 えーと…イメージ的には片手に宝珠を持つ感じで」

 

 

自分でもやってみせながら、そう教えてみる。よかった、結構真剣に聞いてくれている…! あ、手を挙げてる子が。

 

 

「アスト先せーい! ここの詠唱、私上手く出来ないんですけど…」

 

「どのあたりですか? ―あぁ! そこは難しいですよね。 なら、ちょっと詠唱時間は伸びてしまいますけど…舌の裏を上顎にくっつけるようにして間延びさせて、それから続きを詠唱すれば比較的楽だと思います」

 

 

私の言葉に従って試してみるその子。するとすぐできたらしく、喜んでいる様子。

 

ふと見ると、他の子達もなるほど…!と呟いている様子。

 

 

 

 

 

お、今度は向こうの子。ちょっと変な笑みな感じがする。

 

 

「下位悪魔の召喚って、何秒ぐらいで成功すべきなんでしょうか?」

 

「な、何秒…? え、えーと…早ければ早いほど…? でも、とりあえずは成功させるのを優先にしてみましょう。よっぽどの状況じゃない限り、時間はありますから。なにはともあれ、まずはそこからですし」

 

 

…そんなこと、気にしたことがなかった…。 まさかの問いに、思わずあたふた。

 

 

するとその子は、にやにやしつつ軽く返事をした。

 

 

「はーい。 …アスト先生はどれくらいで召喚できるんですか? 10秒? まさか、5秒ぐらいとか無理ですよね?」

 

 

 

 

…あ。多分試されてる、これ。 とはいっても…どんぐらいだっけ…? まあ試してみればいいか。

 

 

「えっと…。 ――。 はい」

 

 

「「「「1秒すらかかってない!?」」」」

 

 

わっ…! やって見せたら、質問した子以外も一気にざわついちゃった…。また私、何かやっちゃいました?

 

 

……とかいう冗談は置いといて。書類仕事の時にお手伝いとしてちょこちょこ出してるから速くなったのかもしれない。やはり、継続は力なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―あ。もうそろそろ時間ですね。 えっと…皆さん、どうでしたか…? 私の授業は…」

 

丁度良く区切りがついたため、ちょっと質問してみる。 個人的には結構うまくできた気がするけど…。

 

 

「分かりやすかったです!」

「なんか今日だけで、レベルアップした気分!」

「あと、魔法詠唱もとんでもなく凄かったし…」

 

 

次々と上がる、生徒達からの称賛の声。後ろで見ていたプルフソラさんも、教員顔負けでしたよ! と褒めてくださった。ほっ…良かった…。

 

 

さて、後は社長のほう。確か体育教師として一日体験しにいったはずだけど…。

 

 

 

 

 

 

ドッゴォオオンッッッッッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

「な、何ごと!?」

 

 

突然校舎を大きく震わせた爆裂音に、私もプルフソラさんもびっくり。勿論生徒達も仰天。

 

それどころか、周りの教室からも焦った様子の教師達がバタバタと。もしやこれ…!冒険者の襲撃…!?

 

 

もしそうならば、加勢しなければ! 急ぎ私も飛び出し、音が響いてきた方向へと…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…!? ここって…校庭…!?」

 

 

辿り着いたのは、まさかまさかのそこ。かなり広いその場には、異常な光景が広がっていた。

 

 

「うぅ…」

「つ、強い…」

「あんなの…化け物じゃん…」

 

 

―と、校庭の端の方で、息も絶え絶えに倒れている生徒達。

 

 

 

 

「くっ…! この僕の、ユニークスキルが効かないなんて…!」

「わたくし、魔法学の主席ですのよ…!?」

「なんで…!? 先生だって余裕で倒せる、最大の一撃を放ったのに…!!」

 

 

―と、吹き飛ばされて膝をつく、なんか強そう?なエリート生徒達。

 

 

 

「はぁ…はぁ…! まさか、ここまでの実力者でしたとは…!」

「生徒達では荷が重いと参戦したが…。あれ、教員総がかりでも勝てないぞ…!」

「無茶苦茶よ!なんなのあの方…! 教員資格、返上したくなってきたわよ!?」

 

 

―と、肩で息し倒れそうな教師の方々。

 

 

 

 

 

 

彼らが見つめる先、広い校庭のど真ん中。そこでは巨大な爆炎がゴウゴウと唸っている。およそ、何者かがいるようには思えないが…。

 

 

「―! 出てきたぞ! 構えろ!」

 

 

刹那、爆炎の中で小さく揺れる姿が。気づいた1人が警戒を呼び掛け、立てる人達は一斉に武器を構える。

 

 

そんな皆を大胆不敵に笑いつつ、魔王の如く悠然と姿を現したのは……!

 

 

 

 

「ふっふっふっふ…! まーだまだ! これぐらいなら、アストの方が何倍も強いわね!」

 

 

 

 

…………社長だった。しかも、ブルマ履いてる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!どんどん来なさい! 片っ端から揉んでやるわよ!」

 

爆炎をバックに、手を大量の触手にして吼える社長。 …揉むっていうのは胸ではなく、相手をしてやるという意味なのであしからず。

 

 

 

「いくぞッ!!」

「「「おーっ!」」」

 

掛け声と共に、一斉に飛び掛かって行く生徒&教員達。 しかし―。

 

 

 

 

 

「てりゃっ!」

 

「ぐあっ…!」

 

剣で切り付けようとした生徒を触手でデコピン。それで軽く吹っ飛ばした。

 

 

 

 

「魔法を…!」

 

「遅いっ! そーれ!」

 

詠唱しようとしていた生徒を杖ごと巻き捕まえ、そのままくるくると独楽みたいに回し戦闘不能に。

 

 

 

 

「隙あり…食らいなさい!  …なっ…!?」

 

「惜しいですね! 箱ガード!」

 

その間隙を見事に突いた教師の魔法の一撃を、箱に身を隠すことで完全ガード。身体はおろか、箱にすら傷がついていない。

 

 

 

 

「ち、ちくしょう…! 俺の攻撃ステータス…85000はあるんだぞ…!?」

 

「残念ね! 私のステータスは53万…いえ、カンスト済みよ! 知らないけど!」

 

 

更に襲い掛かってきたエリート生徒達の一撃を触手で直接ピタリと止めた。そしグーンと打ち上げ…

 

 

「せ、先生ー!」

 

ドーンッ!

 

 

 

…と、流石に爆発させることはなく、お手玉のようにポンポンポーンと。

 

 

 

 

 

 

そんな感じに千切っては投げ、千切っては投げを繰り返しまくる社長。 暴れてらっしゃる。

 

うーん。見たとこ、授業の一環で胸を貸したってとこっぽい。周りを見ると、倒れてた生徒達も座り直して見学し始めた。

 

 

社長自身は大怪我はさせないように配慮しながら戦ってるみたいだし…。まだ全然余裕ありそう。

 

じゃ、今の内に掠り傷負っちゃった子達の治療だけしとこっと。

 

 

 

 

 

「一体何が…! なっ…! あれは…!?」

 

 

そうしている間に、プルフソラ先生が到着。状況説明且つ、うちの社長がごめんなさいしたほうが良いと思い、そちらへ。

 

 

と―。

 

 

 

 

「むぅ…! あの暴れっぷり…やはり間違いない…!」

 

 

あれ、学園長先生。 どうやらずっと居たみたい。 多分戦闘許可だしたのも彼なのだろう。

 

 

「知っているのですか!? ライデン学園長!?」

 

 

そんな彼に、プルフソラ先生は驚愕して聞く。…そういえばそんな名前の学園長先生だったの、すっかり紹介しそびれてた。

 

 

そして問われたライデン学園長先生は、力強く頷いた。

 

 

「うむ…! 彼女は、かの伝説の『最強トリオ』が1人に違いありませんな!!」

 

 

 

 

 

「公的な記録には何故か残っていない、先代魔王の在任時に発生した、幹部率いる魔王軍団vs人間達の合同騎士兵団の激突…! そこにたった三人で乱入し、無傷のままに双方を壊滅させ(ボッコボコにし)た…。それが『最強トリオ』の伝説…!」

 

 

どこぞの説明キャラのように、すらすらと語りだす学園長先生。そして唸るように続けた。

 

 

「なんでもそのトリオは先代魔王により結成され、彼の命により至る所で暴れたという…。まさに、向かうところ敵なしの無双三人衆…!! その内の1人、それがミミン社長であらせられたとは…」

 

 

 

 

学園長先生の解説に、もはや言葉を失ってしまったプルフソラ先生。私は代わりに、一つ質問を。

 

 

「あ、あの…。何故そのトリオに、社長が入っていると…?」

 

 

「えぇ。そのトリオ構成は、まことしやかに噂されています。まず、圧倒的な魔法を用いる魔王の血族。そして、あらゆる相手を魅了し幻覚に包んで好き放題操るサキュバス。そしてそして…全ての攻撃を箱で弾き、触手で薙ぎ倒していく上位ミミックであったと…!」

 

 

 

…あぁそれ…。間違いなく社長達だ…。現魔王様と、オルエさんと、社長……。

 

よく三人で遊んでたって聞いたし、該当するの、多分その三人ぐらいしかいないだろうし…。

 

 

 

どうやら、結構やんちゃしていたらしい。…やんちゃの域超えている気がするけど。というか、完全に味方ボコってない…?

 

 

社長に聞いても誤魔化されそう…。今度魔王様に合わせて貰えるし、その時に聞いてみようかな…。畏れ多いかな…。

 

 

 

 



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人間側 とある冒険者達と怪談

 

「おーおー…! 楽しそうにキャッキャウフフしてやがる…」

 

「ったく…。若さを謳歌ってか? はーああ、ウザったいぜ…」

 

「世間の世知辛さを知らねえ顔で、きらきら振りまいてててよォ…」

 

「魔物とはいえ、羨ま…ゲホン! 妬ましい……!」

 

 

 

ピンクの花が咲き誇る樹の影から、俺達はチラリと様子を窺う。その先には、眩しいぐらいに楽しそうに語らい遊びあっている、学生服姿の魔物達。

 

 

ベンチに腰掛け、弁当を食べている悪魔族達。 壁に寄りかかり、ジュース片手に駄弁っているドワーフ達。 ボールを蹴ってサッカーに興じている獣人達。 遠くの方で弓の練習に励んでいるエルフ達…。

 

 

多種多様の魔族亜人達が、時には同種族同士で、時には異種族間でわいわいと。どいつもこいつも、満面の笑顔ときた。

 

 

全く、腹ただしいぜ…! ああいう奴らには、一度恐怖ってのを叩きこんでやらないとなぁ…!

 

 

 

 

 

 

 

俺らは4人組の冒険者パーティーだ。今日は『学園ダンジョン』っていう場所に来ている。

 

 

だが見てもらった通り、普通のダンジョンと全く違う。まるで良いトコの学び舎ってところだ。幾つかの綺麗な校舎と、丁寧に面倒を見られている木々や花と…魔族の学生共。

 

 

あ゛ーあ゛! 見ているだけで、なんか苛立ってくる。正直依頼が無ければ、こんなダンジョンに来たくもなかった。

 

 

 

…依頼主は、とある学者連中だ。魔界の歴史や教育体系かなんだかの研究のため、魔族の教科書とか諸々を御所望でな。

 

しかしあいつら…自身の学問のためには、魔物のとはいえ、学びの場を壊しても良いって考えてんのか? そこそこ頭狂ってそうだぜ。勉強し過ぎて常識失ってんのかもな。

 

 

 

 

まあいい。だが、俺らに依頼を出してきたのは僥倖だったかもしれない。一切の良心の呵責なく、この学園ダンジョンに挑めるんだからな。

 

 

クックック…! どうせここの連中にも…特に男子学生は、『学校にテロリストが乱入してくる』妄想しているやつ、絶対にいるだろ。あれは万民共通のようなもんだしよ。

 

 

なら、俺らがその襲う役をしてやるぜ…! ただし、学生(主人公な自分)にボロ負けする噛ませ役じゃなくて、ガチの絶望を与える役だがなぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくぞ野郎共! まずは手始めに、あそこで仲良しこよししているガキ共をブッ飛ばしてやろうぜ!」

 

 

武器を手に、一斉に飛び出す。あんなガキ共相手に策なんて必要ない。まっすぐ行って、ブッ飛ばす。それで充分だろ。

 

 

 

 

「…ん? ―! だ、誰!?」

 

「ぼ、冒険者だ! せ、先生か風紀委員呼ばなきゃ…! 防衛用ゴーレムってどこいるっけ…!?」

 

「間に合わないって! 戦うしか…! えいっ…!」

 

 

 

遅れて俺らに気づいた学生共が、焦ったように魔法や矢を仕掛けてくる。実際に妄想が現実になったら、そんな反応しかできないのはわかるぜ。 んでよ…!

 

 

 

「おっとっと! こんなもんか!」

「弱え弱え!」

「これだから素人は…!」

「まあ、ハナタレのガキどもにしては優秀じゃねえか?」

 

 

その勢い任せの攻撃を、すいすいっと躱してやる。これでも俺らは腕利きなもんでな。

 

 

面倒な敵ならまだしも、こんなちょいと毛が生えた程度の、実戦経験すら積んでねえ奴らに手こずるわけはないぜ。

 

 

へっ悪いな。テロリストへの無双妄想、これにて消滅したり、ってな! 食らえっ―…。

 

 

 

「清掃のお時間でーす!」

 

 

 

ガララララ…! ドゴゴゴォオッ!

 

 

 

 

 

 

「「「「ぐへっ!?」」」」

 

 

な…なん…だ…!? 何かが…真横から激突してきた…!? なんか…ゴミとか木の葉とか集める、でっかいカートみたいのが…!?

 

 

 

「「「あっ! 用務員さん!」」」

 

 

ふと、学生共の喜ぶ声が聞こえる。よ、用務員…? いたのかそんなやつ…。

 

 

ま、まあいい…。どうせそんな強い奴じゃないだろ。なら、速攻でぶっ飛ばしてやれば…!

 

 

 

ギュルッ!

 

「「「「ぐええっ…!?」」」」

 

 

 

 

ぐ…くるじ…い゛…! こ、これ…触手ぅ…!? 全員が…一瞬で絞められて…!

 

 

 

「ゴミはゴミ箱へ! そして焼却炉へ~!」

 

 

そのまま謎の声と共に、全員揃ってドシャッとゴミ入れカートの中にぃ…! しょ、焼却炉…!?燃やされるのか俺ら…!

 

 

 

いやてか……その前に…縊られて…し、死ぬぅ…! わけのわからない能力で、わけのわからないうちに無双されるぅ…。

 

 

―がふっ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁあああ……。昼間は酷い目に遭った…。 なんだったんだあれ…。

 

 

よくわからない内にぶっ殺され、気づけば復活魔法陣の上。あまりにも速攻でやられ過ぎて、用務員の正体すらわからないまま。女魔物の声だったってことぐらいしか。

 

 

畜生、本当に噛ませになるテロリストみたいになっちまったじゃねえか。折角学園ダンジョンに戻って来たんだ。ついでに正体ぐらいは明かして戻りたいもんだぜ。

 

 

 

 

 

……あぁそうだよ。ここは学園ダンジョン。再度、舞い戻ってきたってわけだ。

 

 

依頼主からは高い金払って貰ってたからな…。失敗したことを伝えたらネチネチネチネチと小言を食らっちまった。学者はこれだから依頼主にしたくない。

 

 

んで、流石に諦めるわけにはいかず、本日二度目の挑戦。もう深夜だが。

 

 

 

とはいえ、この学園ダンジョンには結構価値があるものがある。例えば…貴重な魔導書、マンドラゴラなどの薬草系、魔法石、空飛ぶ箒などなど。

 

恐らく授業とかで使っているものだろうが、俺らにとっては金目のもの。復活魔法の代金や失った装備分、稼がせてもらうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

締まり切った門を乗り越え、セキュリティ魔法や警邏ゴーレムとかを回避しつつ校舎の前に。…しっかし…。

 

 

「この時間だと…なんか怖えな…」

 

 

俺がボソリと呟くと、仲間三人もうんうんと頷いた。

 

 

 

 

昼間は燦々とした日に照らされ、学生共に満ちていた校舎。見た目も雰囲気も、ムカつくほどに眩しかった。

 

 

しかし今は灯りのほとんどが消え、暗闇が包んでいる。騒ぐ声も一切聞こえず、シンと静まり返る様子はまさに暗黒。

 

 

そんなホラー感満載の様子を見ていると、まるで()()が潜んでいそうな感覚に陥り、背筋がゾワッとしてしまう。

 

 

 

フゥ…だが、依頼を果たさないわけにはいかない。なに、何もいるわけがないさ。落ち着いていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分らでつけた手元の灯りを頼りに、とりあえずは侵入。誰もいないから、玄関から入ることもできる。

 

扉の鍵をカチリと開け、靴箱が大量に並んでいる中に。さて、どこから攻めようか…。

 

 

 

 

ガパンッ

「ぎゃあっ…!」

 

 

 

 

―…!? な…なんだ…今の音……? 靴箱が開いたっぽい音と…最後尾を歩いてた仲間の悲鳴……!?

 

 

 

びくりと身を震わせつつ、俺らはゆっくりと背後に目を移す。そこには―。

 

 

 

「「「ひっ…!!」」」

 

 

 

…ち、小さい靴箱の一つに…頭から引きずり込まれていく…仲間の姿が……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ぎゃああああっ!!!」」」

 

 

思わず、俺らはダッシュでその場を後にする。『走るな』と張り紙が張ってある廊下を全速力で駆け抜け、我に返ったのは校舎のど真ん中当たりだった。

 

 

「なんだよあれ…! やっぱなんかいるのかここ…!!」

 

「か、帰ろうぜ…! もうこんな場所にいたくねえよ…!」

 

 

泣き言を言い出す仲間二人。…ぶっちゃけ俺もそうしたいさ…!

 

けど、金がないのも事実…! 依頼をキャンセルするにしても、さっき失った装備分ぐらいは回収して帰んなきゃいけねえ…!

 

 

 

 

 

 

 

自分と仲間に鞭打つようにして、暗い校舎内を恐る恐る進む。…うぅ…その階段の影に、何かが潜んでないか…? 暗闇の空中に、真っ白な顔が浮かんでこねえか…?

 

それとも…後ろから青い鬼みたいな化け物が襲ってきたりは…?? 教室に達磨が現れたりとかは…!?

 

 

 

 

怯えに怯えつつ、身を縮こまらせながら捜索を開始。…そりゃ、ロッカーとかは幾らでもあるけどよ…。さっき仲間が食われたことを思い出すと…とても開ける気なんて起きねえよ…。

 

 

いっそのこと、夜明けまで潜んで…。…見つかって終わりか…。 何か…何かないか…?

 

 

 

 

 

「ひっ…!?」

 

 

そんな折、先頭を進んでいた仲間の1人が突然に小さな悲鳴をあげて尻もちを。何事かと、反射的にそちらを見ると―。

 

 

「「が、骸骨…!?」」

 

 

 

俺らの手にした灯りにボヤっと映し出されたのは…!真っ白な…骨格…! で、出た…!スケルトンが…出たぁ…!!

 

 

 

 

…………ん? 落ち着け…。スケルトンなら、ただの魔物だ…。というかあれ、動いてない…。扉の向こうにあるし…。

 

 

あぁ、あれ人体骨格の作り物か…。脅かしやがって…。よく見ると、色んな種族のが並んでる。

 

 

うわっ…! ちょっと奥には内臓とか見えてる人体模型まで…。ここは理科準備室かなにかっぽいな…。

 

 

なら、魔法薬の材料とかあるだろ。それ回収して、さっさと帰っちまおう…!

 

 

 

 

 

「よーし…お前ら、ここに入るぞ…!」

 

 

明らかに嫌がる顔を見せる仲間二人の背を押し、準備室の鍵を開けさせる。何、怖いのならば見なければ良いだけだ。そう、見ない見ない…。

 

 

 

カタッ

 

 

 

「「「……ぴっ…!?」」」

 

 

 

な、なんの音だ…!? 誰かが、何かにぶつかったのか…!?

 

 

 

 

カタッカタカタカタッ!

 

 

 

ひ、ひっ…! ち、違う…! 人体骨格が…頭蓋骨が、カタカタと音を立て…笑ってる…!!

 

 

 

ギョロッ

 

 

 

「っぁ……!?!?」

 

 

じ、人体模型の方も…!う、動いた…! 剥き出しの目玉が…! こっちをギョロリって…!

 

 

 

「あ…あばばばば…!!」

 

 

 

ッッッ…!! こ、今度は…仲間の悲鳴…!! な、何にやられ…へ、蛇…!? もしや、ホルマリン漬けから抜け出して!!?

 

 

 

「に…逃げろ!」

「ひいいいっ!!」

 

 

俺と残った仲間の1人は、たまらずその場から逃げ出すしかなかった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ…帰ろうぜ…もう帰ろうよぉ…」

 

もはや涙声な仲間と共に、再度暗闇の校舎の中を進む。…引き返すわけには…引き返すわけには…。…引き返してぇ…。

 

 

もう…何でもいい…。金目のもの…。…ん? 『音楽室』…?

 

 

 

 

防音っぽい扉を開け、恐る恐る中に。確かに、音楽室だ。楽器が奥の方に置かれている。

 

魔物が使ってる楽器だし、きっと価値が高かったりするだろう。そうだ、そうに違いない…。なら、手頃なのを幾つか奪って帰ろう…!

 

 

 

 

 

 

「お、おい…なんか…見られてねえか…? 壁の肖像画に…」

 

「気のせいだ…。多分…。 それに、動く絵を作る魔法はあるから、最悪それだろ…きっと…」

 

 

掛けられている音楽家の絵に睨まれている気がしながら、物色を始める。さっきみたいに骸骨とかホルマリン漬けとかは無い。だから、襲ってくる奴はいないはず…

 

 

 

~♪

 

 

 

「「ヒュッ…!?」」

 

 

 

…二人同時に、息を呑む。 音が…ピアノの音が…。 明らかに…誰かが弾いたかのような音が…!

 

 

手を震わせながら、そのピアノへと灯りを向ける。…ひぃっ…! 誰も座っていないどころか…!鍵盤の蓋すら開いてねえ…!

 

 

 

~~♪

~~♬

 

 

 

っぇ…! ふ、増えた…! 楽器が増えた…! リコーダーとか、笛系の…!

 

 

 

~~♪

~~♬

~~♩

 

 

 

さ、更に…増えた…! バイオリンとか…ギターとか…!? しかも…ぐぇえ…不協和音に…!

 

 

 

「だ…駄目だ…出よう…!」

「ひいい…!」

 

 

耐え切れず、逃げ出そうと。その瞬間―。

 

 

 

ヒュルルルッ ゴンッ!

 

「てぃんぱにっ!?」

 

 

 

なっ…! 背後から…打楽器のバチみたいなのがとんでもない勢いで吹っ飛んできて…!仲間の後頭部を…!!

 

 

 

やっぱり、何かいる…! ヤバいのがいるっ…!!  俺は顔面蒼白になりつつ、今の一撃で気絶した仲間を引きずり逃げ出した…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい…起きろって…!起きろよ…!」

 

「ん…ハッ! …なんだ夜じゃねえか…寝る…」

 

「現実逃避するんじゃねえ! 起きろ! 俺も心細いんだ!」

 

 

 

仲間を叩き起こし、とりあえず廊下の端に腰を降ろす。 …これからどうするか…。

 

 

やっぱり…何も獲らずに帰るべきかもしれねえ…。こんなホラーな場所、もう居たくないしよ…。けど…金も…。

 

 

 

駄目だ…喉乾いて頭回らねえ…。水…。 あぁクソ、水筒持ってくんの忘れた…。学生だけじゃなく、冒険者にも必須なモンなのに…。

 

 

 

 

…お。丁度良いところに水道が。…流石にこれは…良かった、普通の水だ。喉潤して…顔も軽く洗おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―ふぅ。少し気分がまともになった。そうさ、今までのヤツも、大方誰かが仕掛けた罠魔法とかだろ。お化けなんているわけないだろう。お化けなんて嘘さ。

 

 

 

さて。どうするか。依頼のブツをどっからか回収して、それで終わりにするか。なら、どっかの教室に入って…。

 

 

…いや…ちょいと、もよおしてきたな。丁度トイレがあるし…連れションでもしていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―と、入ったは良いが…。

 

 

「こっち女子用だったか…」

 

 

 

暗いせいもあり、入る方を間違えたらしい。個室が並んでいるだけだ。…まだ誰か学生がいる時分ならまだしも、今女子トイレに侵入したとこで面白みはない。

 

 

ここで用を足すのもなんだかだし、一回出て普通に男子用に行こう。そう思い、すぐに回れ右をした…その時だった。

 

 

 

 

「ウフ…フふフフふ…」

 

 

 

…っ…!? こ、個室の一つから…!? へ、変な、おどろおどろしい、女の声…!?

 

 

 

「そこニいるノはァ…だァれ?」

 

 

 

ヒィッ…!? も、もしかして…! こ、これ…! 噂に名だかい…『ハナコサン』…!?

 

 

 

「アぁそびぃマしょォオ…!」

 

ギィイ……

 

 

 

 

 

ぁ…ぁ…! 三番目の個室の扉が…!軋みつつ開いて…!

 

 

 

「「ぎゃあああああああッ!!!!」」

 

 

 

トイレしたい気持ちなぞ吹っ飛んだ俺らは、慌ててその場から逃げ出すしかなかった…!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん…。やっぱり帰ろう…! もうこんな場所にいられるか!俺らはギルドに帰るぞ!そうするぞ!

 

 

全てをかなぐり捨て、出口へと。 ―が、そんな時、見つけてしまった。

 

 

「灯りがついてる…」

「あれ、部屋だよな…?」

 

 

煌々と灯りがつく部屋が、目の前に。宿直室か…?

 

 

灯りがついているなら、かなり安心だ…。もうこの際、はした金で良い。何でもいいから奪っていこう。

 

 

 

そう決めた俺達が、光に引き寄せられる虫のようにそちらへと一歩踏み出した…瞬間―!

 

 

 

 

ガラ…ガラララララ…!

 

 

 

 

 

 

「「っ…!?」」

 

 

う、後ろの廊下から…何かが、走ってくる音が…! に…逃げ…!

 

 

 

ガララララララッ!

 

 

 

駄目だ…速え! 何かよくわからないが…! く、食われ…! ひっ…!

 

 

 

ドゴゴォッ!

 

 

 

「「ぐへっ…!?」」

 

 

 

 

 

 

ば、化物じゃ…ない…!? てか、この激突された感覚、どこかで…! あっ、昼間…!!

 

 

廊下にベシャンと転がされながら、必死に正体を見極める。…確かに、昼間俺達にぶつかってきた、ごみ収集カート…!

 

「あら? お昼時に倒したやった冒険者達じゃない。また来たの?」

 

 

―と、そのハンドルらへんからひょっこり顔を出したのは…用務員服を着た…!?

 

 

 

「「上位ミミック…!?」」

 

 

 

 

 

 

 

…昼間の正体は…ミミックだったのか…! 何も盗めなかったが…謎だけは解けた…。

 

 

「ぐえっ…!」

 

 

…あっ。安堵している間に、仲間が絞められて…。……いや、もういい…。変な怪異に殺されるぐらいなら…こっちのほうがマシだ…。

 

 

 

「性懲りもないわねぇ…。今度は桜の木の下にでも埋めてやろうかしら?」

 

 

縊った仲間を、カートの中にボスンと投げ込む上位ミミック。そして、俺の首にも触手を。

 

 

復活魔法陣経由だが…ようやく帰れる…。殺される直前だっていうのに、心底ほっとした気分だ…。

 

 

「―そうだ…ミミック…。幾つか聞かせてくれ…」

 

 

 

 

 

 

「ん? なに?」

 

 

俺のことをぐいっと持ち上げながら、返事をしてくれる上位ミミック。今際の際に、不安の種を取り除いておこう…。

 

 

 

「靴箱とか…人体模型とか…ピアノとか…。あれって…もしや…」

 

 

「あぁ! うちらが潜んでんのよ。 他にも、更衣室や準備室のロッカーとか、職員室や教室の机の中とか、食堂のお鍋の中とか、飾ってあるトロフィーの中とか」

 

 

 

…あぁ…やっぱりか…。よかった…。そして…そんだけ潜んでるなら…ここまで生き残れたのは幸運だったんだな…。いや、不運か…?

 

 

まあいい…。なら多分、さっきのも…。そう考え、俺はもう一つ聞いてみる。

 

 

 

「じゃあ…女子トイレにいたのも…お前らか…?」

 

 

 

 

 

 

きっと、『そうよ!』と自信満々な回答が返ってくるだろう。そう思っていたら…。上位ミミックは…何故か首を捻った…?

 

 

 

「そこには誰も潜ませてないわよ? トイレで守る物なんて、トイレットペーパーぐらいしかないじゃない。 …てか何? 女子トイレ入ったの? この覗き魔、ド変態、女の敵」

 

 

 

罵倒しまくってくる上位ミミック。だが俺は、そんなの台詞が耳に入らないぐらいに、背筋を凍らせていた。

 

 

「へ…? じゃ、じゃあ…あの女の声は…? 三番目の個室が、勝手に開いたのは…?」

 

 

目と口、いや全身を震わせながら再度問う。すると上位ミミックは少し黙り、若干引きつるように、答えた。

 

 

 

「…『本物』だったり?」

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺は、絞められて意識を失う前に心に決めた。 もう二度と、ここには…特に夜には、絶対忍び込まねえと…。

 

あぁ…そうか…。恐怖を…叩きこまれたのは…俺らの方だったか…。…がふっ……。

 

 

 

 



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顧客リスト№50 『グリモアの図書館ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「むかーし、むかし。あるところに、すごいちからをもつまおうさまがおりました。まおうさまは、そのちからでいっさつのほんをつくったのです」

 

 

 

優しい語り口調の社長は、絵本のページをぺらり。そして、やはり穏やかに続ける。

 

 

 

「そのほんは、じぶんでうごけるまどうしょ。かれは、なまえを『グリモア』といいました」

 

 

 

 

 

社長が今いる場所は、とあるダンジョンの一角。明り取りの窓からぽかぽかと日が入り、社長と…その前に座る人魔問わずの子供たち。

 

 

そんな子供たちは皆一様にカーペットに座って、社長の読み聞かせに聞き入っている。子供たちと社長、双方ちっちゃいから、なんとも愛らしい光景。

 

 

 

「―グリモアは、おじいちゃんになっても、みんなのためにたくさんのほんをあつめました。おかげで、まものもにんげんも、たくさんのほんをよめるのです」

 

 

 

できればずっと眺めていたいところだが…残念ながら絵本は最後のページに。社長は〆るように、ちょっと声色を変えた。

 

 

 

「そしてグリモアおじいちゃんは、いまも、この『図書館ダンジョン』のあるじをしているのです。めでたしめでたし」

 

 

 

 

 

 

 

 

パチパチパチと、ちっちゃな手が打ち鳴らされる。子供たちの近くに控えていた親御さんからも、優しい拍手が。

 

 

私も陰ながら拍手を送っていると…横におられる、開いた魔導書を頭に乗せ、ふわふわと空中に浮いている、社長並みに小さなお爺様が照れたように顔を掻いた。

 

 

「いやいやはやはや…。絵本とはいえ、儂の自分史を読まれるのは…やっぱり面映ゆいのぅ」

 

 

今にも本の中に戻りそうな様子のお爺様。私は思わず、クスリと。

 

 

「そう仰らずに、グリモアお爺様。 お爺様の存在と偉業は、本当に素晴らしいことなんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、初代魔王様が作り上げた一冊の魔導書がある。その名を『グリモア』。

 

 

自らの意志を持ち、老爺の姿ともなれる彼は、古今東西の数多の本を収蔵するダンジョンを作り上げた。

 

 

 

それがこの『図書館ダンジョン』。人魔問わずに来館ができる、名の通りの図書館である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ということで、本日私と社長はそこを訪れている。勿論依頼を受けてだが…正しくはちょっと違うらしい。

 

 

なんでも、依頼主は現魔王様。代金支払いも同じく。とはいっても魔王軍経由とかじゃなく、社長に直接ご依頼をくださった様子。

 

 

一応裏事情には…そろそろに控えた私交えた飲み会が関係しているらしい。私を参加させる代わりにと、しっぺ返しっぽいもの食らったんだとか。

 

 

 

 

 

そこまでしてメンバーに加えていただかなくとも…。 と思いもしたが、なんでも社長曰く―。

 

 

『ああでもしなきゃあの子、頼ってこないのよ。 寧ろ、アストの参加お願いついでに依頼として引き出せたから、得しちゃった!』

 

 

らしい。 確かに既に署名済みな契約書を見たら、社長の判断で大幅な割引等がされているものの、代金は全額魔王城持ちであった。

 

 

そういう話なら、普通はこちらが少し無いしは全額を負担するはず。だというのにこれという事は…やっぱりそういうことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ、魔王様のご依頼があって安心した。実は私も気になっていたのだ。グリモアお爺様のこと。

 

 

 

まずは改めて、グリモアお爺様のご容姿をご紹介しよう。頭に本体である魔導書を被り、目を覆うほどの長白眉と、口元を覆う長白髭。 そして宙にふわふわと浮いている、小さなお爺様。

 

 

見た目は完全に仙人。まああながち間違ってはいない。一応彼は、魔導書の精霊という扱いではあるし。

 

 

 

 

 

そんなお爺様、政治や争いからは距離を置いている方だが…。なにぶん初代魔王様に作られただけあって、様々なものを見てきている。

 

 

つまり正真正銘、言葉通り見た目通りの『生き字引』。歴代魔王様方にとって彼はご意見番であり、ご隠居様。敬意を払うべき特別な存在なのだ。

 

 

…因みにお爺様、時たまに飴をくださることもある。特別な存在だからって。

 

 

 

 

 

 

 

 

更に、私…もとい、私の一族のような魔王様に仕える最上位魔族達にとっても、お爺様は敬服すべき存在。

 

 

私の本名『アスト・グリモワルス・アスタロト』。 そのミドルネーム『グリモワルス』は、グリモアお爺様から頂いているのである。

 

 

しかし、それは私だけではない。私の先祖や、他の一族にも、その『グリモワルス』は必ず入っているのだ。

 

 

 

 

 

初代魔王様の元に集いし、最上位魔族一族の祖先たち。彼らは魔王様とその片腕であるグリモアお爺様(当時は多分若かったはず。多分…いやどうだろ…?)へ忠誠を誓った。

 

 

そしてその証のため、グリモアお爺様の名をお借りし、名前の一部としたのである。今も代替わりには、必ずお爺様にお目通りするのが習わしだったりする。

 

 

なお婚姻等で一族から離脱する際は、そのミドルネームを返上するのが決まりだったりするが…。まあ別にそこらへんは気にしなくて良いです。特に関係ないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそんな感じで、色々と縁深い存在であるグリモアお爺様。勿論魔導書であるため、魔法の腕もプロ中のプロ。

 

実を言うと私も、お爺様から魔法を色々と習っていた。だって家庭教師よりお爺様の方が優しいし、教えるの上手いんだもの。

 

 

例えば、空間魔法とかがそう。この図書館ダンジョンの蔵書数はえっらい数となっているため、グリモアお爺様が空間を歪ませ、本棚を確保しているのだ。

 

 

他にも、本の汚れや劣化を防止する魔法とか、所蔵検索魔法とか、長時間放置された本が勝手に元の本棚に戻る魔法とか、迷子のための案内魔法とか―。

 

 

挙げればキリがないほどの、沢山の魔法。それらを一手に使いこなしているのがお爺様なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……が、ここ最近ちょっとした問題が浮上してきたのだ。…ちょっと言いにくいのだけど…グリモアお爺様の様子が…。

 

 

 

「ところでアストちゃんや…。 お主は何用で来たんじゃっけ…?」

 

 

「…お爺様。先程もご説明しました通り…、お爺様の手助けとなるミミック達を派遣しにきたんですよ」

 

 

「おぉおぉ…! そうじゃったそうじゃった…! 最近、物忘れが酷くてのぅ…」

 

 

 

 

私の言葉に、グリモアお爺様はポンと頭の本を撫でる。……このやり取り、ここに来てから幾度目だろうか。十回はやってる気がする。

 

 

 

……うん。なんていうか…。 最近のお爺様、ちょっとボケてきているのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数千年は生きてきたお爺様が今更ボケるとかおかしい気がするが、寿命ということなのだろうか。

 

 

しかし、それにしては急…。私が子供の頃、というかほんの少し前まではいつも通りのお爺様だったのに。

 

 

 

 

グリモアお爺様がボケ出したという事実は、当然魔王様や最上位魔族の間を駆け巡った。なにせ、グリモアお爺様は皆にとってのお爺様なのだから。

 

 

それで色んな方々が検査したり介護したりと手を尽くしているのだが…治る気配がない。それどころか、じわじわ進行していっている節さえ窺える。

 

 

 

 

 

幸い?ボケの対象は最近の記憶が主。昔の記憶…それこそ初代魔王様から始まる歴史から、私の子供の時の話とかはしっかり覚えたままなご様子。

 

 

しかし、だからといって安心できるわけがない。いつ昔の記憶が失われるのかわからないのだ。そんなお爺様、見たくない。

 

 

 

とはいっても私は治癒魔法の専門家ではないし…。今は社長の秘書の身だから、こんなことしかできない。もどかしい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、『こんなこと』…もとい、依頼内容の説明をしていなかった。

 

 

お爺様がボケ出してしまったせいか、それより前からかは定かではないが…本を盗み出そうとする輩がちょこちょこ現れるようになったのだ。

 

 

 

なにぶん色んな本が揃っている図書館のため、とんでもない価値の本はごまんとある。歴史的に、装飾的に、魔法的に、秘術的に、素材的になどなど…。

 

 

とはいえ貸出もしているため、一定期間内に返却されなければ、本自体が飛んで帰ってくる魔法が全部にかけられている。

 

 

 

しかし…その悪い輩たちはその前にページを破り取ったり、魔法自体を解除したり、逃げないように無理やり抑えつけたりするのだ。

 

ブックカース(book curse)…本を守るための呪いもかけてあるというのに、その対策までしっかり準備して。

 

 

 

 

 

 

それでも、そんな場合はお爺様や眷属の妖精司書たちがなんとか戦って回収してきた。図書館戦争、って言うほどではない。念のため。

 

 

…けどお爺様がボケ出してしまってから、それも厳しくなりだしたらしい。

 

 

 

 

今でこそ、魔王様や最上位魔族の一門からお手伝いとして人が遣わされているが…。下手に暴れて本や図書館を傷つける訳にはいかない。

 

 

だからこそ、ダンジョン防衛を十八番とする我が社に依頼が来たのだ。 …ミミック達が役立つのはとても嬉しいのだけど…。自分自身が直接お役に立てないのが、歯がゆくて仕方ない…。

 

 

 

あ、因みに図書館は飲食禁止。当たり前。 故にミミック達の食事は、転移魔法陣で我が社に戻って摂る契約となってたりする。一応の補足でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリモアさま! お身体の調子は如何ですか?」

 

 

そんな折、読み聞かせが一段落した社長がこちらに。お爺様は軽やかに笑った。

 

 

「ほっほっほっほん。なに、元気いっぱいじゃよ。心配してくれて有難うのぅミミンちゃん」

 

 

「…なら良いのですが…」

 

 

 

お爺様の言葉にそう返しつつ、社長は私の方をチラリと。それに応えるように、静かに首を横に振ってみせた。

 

 

社長も気にしているのだ。グリモアお爺様の容態を。因みにこの体調のお話も、何回目かわからない。

 

 

 

とりあえず変化をと、お爺様がいつもやっていること…子供達への読み聞かせを社長が変わってみていたのだが…。残念ながら、この程度では何も変化がなさそう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかししかし、ミミンちゃんは本当に変わらないのぅ。姿、昔のままじゃな」

 

 

と、グリモアお爺様はしげしげと社長を見つめる。ちょっと沈痛な顔を浮かべていた社長は、ハッと気を取り直した。

 

 

 

「そうなんですよ~! この少女体型から全く変わらなくて。 オルエとかはしっかりサキュバスらしくボンキュッボンになってるのに…」

 

 

 

あそこまでじゃなくとも、アストぐらいのスタイルの良さになりたかったんですけどね~!と(ツッコミ辛い)笑いをとる社長。

 

 

それにお爺様は、今のままでも充分可愛いぞい。と微笑み、過去を偲んだ。

 

 

「懐かしきかな懐かしきかな。とはいっても儂にはまだ最近のことじゃが…。お主とオルエちゃんと魔王様の三人でよく来てくれたのが瞼ならぬ(ページ)に浮かぶのぅ」

 

 

 

社長は現魔王様と古馴染みだけあって、昔からお爺様と面識がある様子。 と、お爺様は私へ顔を。

 

 

「勿論、アストちゃんが来てくれた時もしっかり覚えておる。 家庭教師の元から逃げ出して、ここへ駆け込んできたのじゃから。 儂をペイマス公(アストの祖父)と同じぐらい慕ってくれたの」

 

 

 

子供の時の、ちょっと恥ずかしい記憶。お爺様はうむうむと頷いた。

 

 

「小っちゃくてかわいかったアストちゃんが、今やこんな美人さんとは…。月日が経つのは早いものじゃな。寂しくもあるが…それ以上に嬉しくもある」

 

 

そう思いを馳せるように呟くお爺様。そして―……ポンと頭の本に手を置いた。

 

 

 

「…ところで、そんな二人は、今日なんで来たんじゃっけか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………。」」

 

 

得も言われぬ絶望感と焦りが、私と社長を包む。どうしよう…本当にどうしよう…。このままじゃ…。

 

 

…さりとて、どうすればいいかなんてわからない。なんと切り出すべきか迷ってると…。

 

 

 

 

「ミミックのおねーちゃん! …おねーちゃん?なんだよね? 絵本、もっと読んで~!」

 

 

読み聞かせに参加していた子供たちが、幾人か社長の元に。どうやら社長の優しい朗読を気に入ってくれたらしい。

 

 

社長はちょっと迷いつつも、それを承諾。私に後を託し、再度読み聞かせ部屋に行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

…残されたのは、私とグリモアお爺様。さて…本当にどうすべきか。

 

 

というか、なんでボケ出したのかがわからない。お爺様は精霊なのだから、ボケるというのもよくわからないっちゃわからないのだけど…。

 

 

 

何か原因があるのだろうか…。例えば、頭を強く打ったとか…。

 

 

…いや…そもそもお爺様の頭、魔導書本体だ…。その理論も通じるのかわからないや…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――そうだ! どこから記憶を失い出したかを調べてみよう。きっと誰かが試しているだろうけど、やってみる価値はあるかもしれない。

 

 

けど、どのあたりに焦点を当てるべきか。うーん…。…あ。

 

 

 

「グリモアお爺様! ひとつお聞きしたいことがあったんでした!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーむふむ。ミミンちゃん達三人…『最強トリオ』の武勇伝、のぅ」

 

「はい。ちょっと前に訪問したダンジョンの学園長先生…もとい依頼主の方が、そんな話をしていたので…」

 

 

ふわふわと飛びつつ地下への階段を進むグリモアお爺様を、私は追いかける。だいぶ暗くなってきたから照明魔法を唱えて、と。

 

 

 

 

 

私がお爺様に聞いたのは、社長とサキュバスのオルエさんと、現魔王様が幼少期の時のお話。なんでも『最強トリオ』と称して、色々と暴れ回っていたとかなんとか。

 

 

そしてその逸話の一つが、『当時の幹部率いる魔王軍vs人間の合同騎士兵団の争いに三人で乱入し、無傷のままに双方フルボッコにした』というもの。

 

 

 

最も、『学園ダンジョン』の学園長先生が話してくださっただけなので、信憑性は怪しいところ。一応調べては見たのだけど…記録は残っていなかった。

 

 

でも実在はしたらしく、社長にそれとなく聞いたら『あったわねそんなこと!』って笑ってた。そしてなんやかんやはぐらかされた。

 

 

 

 

本当は魔王様に拝謁した際に聞いてみようと思ったのだが…流石に失礼かなって。丁度いいので、お爺様の記憶の確認がてら問うてみたのだ。

 

 

そうしたら…どうやら覚えがある様子。記した書物があると、地下へ探しに向かってくださっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、階段が終わった。目的地に着いたらしい。扉を開けて、私も中に…って。

 

 

「うわっ…! 何ですか…この本の数…!!」

 

 

 

 

 

扉の先にあったのは、広大な空間。やはり魔法が使われているらしく、天井も部屋幅もとんでもなく高いし広い。

 

 

そしてそこにがっしり並べてあるのは…これまた巨大な本棚群。暗いせいもあるけど…上の方も奥の方も見えない。ひと棚に入っている冊数、十万冊とかはくだらなさそうなサイズ。

 

 

 

 

「ここは閉架書庫じゃからのぅ。皆があまり読まない本は、こういった場所に仕舞ってあるんじゃよ」

 

 

「そ、そうなんですか…。 …ですけどこれ…」

 

 

解説してくださるお爺様には悪いのだけど…困惑してしまう。 だって…。

 

 

 

「私…この先に一歩も入れないんですけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、目の前には規格外に大きな本棚が大量にある。…しかし、それが問題なのだ。

 

 

その本棚ひとつひとつの間は…丁度本一冊がすり抜けられるぐらい、つまり数㎝程度しか空いてないのである。

 

 

 

 

そのせいで、もはや本棚は壁。垂直に厳然として立ち塞がる絶壁。いや、本の王国の城壁?

 

 

一応動かす用のハンドルがあるものの…横もまた先が見通せない有様なため、多分ぎっちり詰まっていて動かせない。いくら本が魔法で保護されているとはいえ…過剰収納では…?

 

 

 

 

「ここは基本的に儂か、眷属の子達しか入らんからのぅ。スペースを限界まで確保するため、こんな感じなんじゃよ」

 

 

そう説明してくださるお爺様。でしょうね…。 あとは…社長のようなミミックなら、なんとか入れるかも…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実はその無双話はの、儂も詳しくは聞かせて貰っておらんのじゃよ。魔王様方も口を噤むばかりで。まあ恥と言えば恥じゃからのぅ」

 

 

本棚の表示をひとつひとつ見ながら、そう明かしてくださるグリモアお爺様。…まあ、それはそうだろう。天下の魔王軍と騎士兵団が、三人の子供にブッ飛ばされたなんて。

 

 

「故に、人間側にも魔物側にも、公的な記録は存在しない。全部破棄されてしもうた。そして今や、噂話の類となってしまったという訳じゃ」

 

 

と、お爺様はピタリと止まる。目的の本棚に着いたらしい。

 

 

「じゃが…。人の口に戸は立てられぬ。 確か当時、どこぞの一般雑誌が、オカルト探索のように追っていたはずじゃ」

 

 

 

なんと、そんなものが。是非読んでみたい…!  するとお爺様、パタンと閉じた本の形に。

 

 

「ちょっと待っておれ…」

 

 

そしてそのまま、狭い本棚の隙間へするりと入っていった。  …しかし……。

 

 

 

 

 

 

 

ゴンッ ガンッ

 

 

 

「うーむむむ…。 やっぱりちょいと狭いのぅ」

 

 

…棚や角にぶつかっている音が…。 まあお爺様の表紙は魔王秘伝の魔法素材や、オリハルコンのような希少素材など諸々を混ぜ合わせた特殊加工。 絶対に傷つかないことは請け合い。

 

 

 

……では、あるんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガンッ ギンッ ゴスンッ

 

 

「はーれはれ…? この辺にあったと思ったんじゃが…」

 

 

 

上から下に、下から上に。手前から奥に、奥から手前に。 しまいには本棚を移動したのか、右や左に激突音が移動していく。

 

 

…なんか、申し訳なくなってきた…。探すのをストップして貰ったほうがいいかな…? そう思っていた時だった。

 

 

 

「いないと思ったら…。何してるのアスト?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつのまにか、背後に社長が。どうやら読み聞かせが終わって探しに来てくれたらしい。経緯をかくかくしかじか。

 

 

「で、グリモアさまは…あの音の場所?」

 

 

ちょっと顔を顰める社長。私が頷くと、俄かに本棚の傍へ。

 

 

「私も手伝いに行くわ。 よっと…!」

 

 

そして、数㎝の隙間に身体を滑り込ませ…。

 

 

 

 

ガンッ!

 

 

 

 

 

流石ミミック、身体はすっぽりと中に。だが、入っている宝箱が引っかかってしまった。

 

それでも社長だから、無理やりいけはするみたいだけど…。

 

 

 

「うーん、箱ごと行くのは流石に面倒ね…。 下手に入ると箱で本を傷つけそうだし…」

 

 

一旦スポンと出てきた社長はそう呟く。そして結局、宝箱から抜け出して再チャレンジすることに。私に箱を託し、再度隙間に―。

 

 

 

ゴンッ!

 

 

 

「あうっ…! 頭打ったぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか社長…!」

 

 

にゅるりんと滑り出てくる社長を、宝箱でキャッチ。痛てて…と頭を擦っていた。

 

 

「へーきよへーき…。これぐらい。 …けど、グリモアさま、大丈夫かしらね」

 

 

と、若干不安そうに目を移す社長。未だにゴンゴンとぶつかる音が。

 

 

「確かに…本棚堅い感じですものね。あれだけゴンゴンぶつかっていたら、表紙に傷がつかなくとも、なにか影…響…が……」

 

 

 

 

――瞬間、私に電流走る。も…も…!

 

 

 

「もしかして――!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後、グリモアお爺様がガンガンぶつかりながら出てきた。一冊の雑誌を後ろに従えて。

 

 

「あったあった…! アストちゃんや、見つけたぞい!これじゃこれ! 『週刊モンスター』という今も刊行している魔物情報誌での」

 

 

本形態から精霊形態に変わりつつ、その雑誌を私へと。そして、ほっほっほんと笑った。

 

 

「確かこのバックナンバーに、その戦いについての調査記事が…なんの戦いのことじゃっけ…?」

 

 

 

瞬間、何を調べていたのか忘れたらしく、ぽかんとするお爺様。

 

 

私は心配そうにしている社長に雑誌を持ってもらい…。両手でお爺様の頭…即ち本の両表紙をすっと労わった。

 

 

 

「グリモアお爺様! 『ブックカバー』つけましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~数日後、会社の社長室にて~~~~~~~~~

 

 

「いやー…! まさか、ああやってガンガンぶつかっているのが原因だったなんてねぇ~…」

 

 

先程来た手紙を手に、肩を竦める社長。と、秘書机にいる私を褒めてくれた。

 

 

「それにしてもアスト。よく気づいたわね! グリモアさまのボケ理由!」

 

 

「社長のおかげですよ。箱と頭をゴンってぶつけてくださったから、推測ができたんです」

 

 

 

思わず照れて、そう返してしまう。けど本当に、そのおかげであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

グリモアお爺様がボケかけていたのは、お年のせいではなかった。じゃあ何かというと…。

 

 

……閉架で本を探す時、自らの表紙を至る所にぶつけまくっていたからである。

 

 

 

 

 

 

普通の本なら…いや、ここは社長を使わせてもらおう。

 

 

社長と宝箱は、別の存在。だから、物である宝箱をぶつけても社長は痛がらず、頭をぶつけて初めて痛がった。

 

 

それと、グリモアお爺様はちょっと似ている。魔物部分が、精霊。箱部分が、魔導書。…()()()()()()

 

 

 

すっかり意識の外に抜けていた。グリモアお爺様は、魔導書が本体。精霊部分は後付けのようなもの。

 

 

つまり、逆。魔物部分が…ぶつけると駄目な場所が、魔導書なのである。 

 

 

 

 

 

 

…もっと簡単に説明しよう。グリモアお爺様が精霊形態の時を思い出して欲しい。仙人のような姿のお爺様の頭には…本体である魔導書。

 

 

 

つまり…魔導書はお爺様の頭そのもの。表紙をガンガンぶつけるというのは、頭をガンガンぶつけているのと同義なのである。

 

 

 

 

 

うん。そりゃ記憶も飛ぶ。なにぶんお爺様は魔導書の精霊。ページを切られたりしない限り、痛みを感じない。

 

けど、ぶつけまくった衝撃だけは確かに伝わり、しっかり頭を蝕んでいたのだ。そして、とうとうガタが。

 

 

 

なにぶん表紙がとんでもなく堅牢だから、いくらぶつかっても傷一つつかない。だから証拠が無く、誰が調べても原因不明であったというわけである。

 

 

 

 

 

 

 

―あの後、すぐさま会社へと戻り、箱工房へ。社長やラティッカさん達の力と、私の全身全霊の魔法を籠め、やわらかふわふわな特製衝撃吸収ブックカバーを作った。

 

 

それを、お爺様の頭…もとい表紙へ装着。そして社長経由で魔王様方に数日様子を見てもらったら…なんと、完全に元通りになったのである。

 

 

 

あの御手紙はその報告。お爺様の容態が直って本当に良かった…! めでたしめでたし!

 

 

 

 

 

 

 

とはいえども、病み上がりのようなもの。それに、やっぱり手があるに越したことはないので、魔王様から派遣続行の指示が。

 

 

今はその話し合い中。どんなふうにミミックを配置するかが議題なのだが…。

 

 

 

 

「…で、その潜伏案なんだけど…。 グリモアさまから思いついたのがあるの。こういうのはどう?」

 

 

と、社長は計画書を私へ。なになに……っ…。

 

 

「…怒られません? 各方面から…というか、グリモアお爺様から…」

 

 

「一応専用品は作るわよ…? ほら、見た目は似せなきゃいけないから…。 一応グリモアさまからはok貰ったし…」

 

 

「…うーん…。 なら、良いんでしょうか…?」

 

 

 

中々のマナー違反感あるが…お爺様が許可したならいいのかな…。でもなぁ…。

 

いや、そんな使い方も確かにあるっちゃあるのだけど…。うーん…。

 

 

 

 

 

…なんか妙な空気になってしまった。とりあえず、ちょっとブレイクタイム。

 

 

 

「ところで…この雑誌の記事、本当なんですか?」

 

 

ふと私がとりだしたのは、お爺様から借りてきた『週刊モンスター』の古いバックナンバー。

 

確かにそこには、あの争いについての記事が乗っていたのだけど…。

 

 

 

「事の発端が、『目玉焼きには醤油か塩コショウか』だなんて…」

 

 

 

 

書いてあった一文が、あまりにも衝撃的過ぎた。他の記事や写真も憶測やコラ画像っぽいし…。多分、嘘…。

 

 

 

「あ。それは真実よ。最後に仲直りさせるときに聞き出したから」

 

 

…社長、平然と答えた…。えぇ……。

 

 

 

…そりゃ、戦いの存在も隠すわけである。

 

 

 



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人間側 とある盗賊達と書物

 

静かだ…。

 

 

ここは、実に静かだ。街中のような雑踏も、喧騒もない。

 

 

ただ聞こえてくるのは、極わずかな靴の音と、話し声。しかしそれも長くは続かず、すぐに収まる。

 

 

そして占めるは―、本当に微かな、ページを捲る音のみに。

 

 

 

 

…その静かさが、俺達には迷惑だったりする。なにせ、本を盗み出す際、下手に音を立てられないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

おっと…! 声を上げるなよ…。図書館ではお静かに、てな…。あと、俺達の仕事の邪魔になるし。

 

 

 

さて―、俺達は4人組の冒険者パーティーだ。…まあ盗賊まがいなことしているし、ジョブ的にもそれで間違ってない。

 

 

てか今更だろ。冒険者って、魔物の棲み処に入って金目の物奪ってんだから。実質全員泥棒だ、泥棒。

 

 

 

 

 

 

 

ま、それはどうでもいいや。俺達が今来ているのは、『図書館ダンジョン』という場所。

 

変な魔導書が主をしている、人間にも開放されている立派な図書館だ。

 

 

 

そして、ここはとんでもない蔵書数を誇っている。今まで発行された本が全部揃ってるんじゃないかってぐらいのな。

 

 

…それだけあれば、今や廃刊になった古雑誌や、希少な魔導書、一点ものな超激レア書物だってある。

 

 

つまり、金目のものが沢山眠っているってことだ。

 

 

 

 

 

俺達が請け負ったクエストは、それらを盗み出すこと。…読みたければ借りれば良いと思うんだが…。依頼主はそれじゃ満足できないらしい。

 

 

自分の手元にレアな本を飾って置いときたくて仕方ないって腹みたいだ。…本をコレクションって、意味わからん。

 

 

『積ん読』とかしてんじゃねーよ。読んでやれよ。まさしく『本』末転倒じゃねーか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえそうでなくとも、本の素材的にもレアなものはあるし、魔導書なんかは魔法使い達が喉から手が出るほど欲しがるものばかり。良いもの一冊でも盗み出せたら、結構な金額になる。

 

 

だから、成功すれば割のいいクエストではあるんだ。…成功すれば。

 

 

 

案外難しいんだ。本には色んな魔法がかかっていて、解除が難しい。中にはブックカースっていう、呪いがかかっているものすらある。

 

それが実に面倒くさい。勿論ガッチガチに対策はしてきてあるが…。俺達全員即死確定かもな。

 

 

 

 

けど、それも超貴重な魔導書とかに限る。例えば…『大奥義書』とか『エノク書』とか『ゴエティア』とか。

 

他にも『ネクロノミコン』や『死者の書』とかあるし、『賢者の石の錬金本』や『予言の書』とかいうものも。

 

 

中には、『空飛ぶラァメンモンスター教の福音書』とかいう、邪教団の本まである。…お、スパゲッティってのもあるな…。

 

 

 

……ん? 何を見て話しているかって? その禁書の目録だ。インデックスってやつ。 他にも、レアな本の目録も持ってきてある。

 

 

…どちらかというと俺はレールガン(超電磁砲)派なんだがな。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそんな感じに、禁書と呼ばれるほどヤバい書物、そしてその写本とかには即死級の呪いがかけられている。そんなのは流石に狙わない。

 

 

それより幾段かはランクが落ちるが…それでも高値がつく本はごまんとある。俺達の狙いはそっちだ。

 

 

それなら…多分一人ぐらいが復活魔法陣送りになるだけで済むしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…周りに誰もいないな?」

 

「あぁ…。人はおろか、妖精司書がいる気配もない」

 

「よし…! なら、さっさと盗もうぜ…!」

 

「バカ、もっと声を抑えろ…」

 

 

図書館ダンジョン内のとある一角で、俺達は決行。良い感じに値段が付きそうな本が詰まってる棚だ。

 

 

 

2人を本棚の両端の見張りとし、俺ともう一人は本を選び出す。 えーと…目録によると…。これがそこそこ高そうか。

 

 

あとは、ブックカースの確認。その取り出した本を、呪い対策を固めた仲間に手渡す。

 

 

そいつは息を呑み、表紙をぺらりと…。

 

 

「…ぅ!」

 

 

 

 

 

 

小さく悲鳴を漏らすそいつ。やはり呪いがあったか…!

 

 

「…ハッ…! 大丈夫だ…。耐え切った…!」

 

 

と、そいつはすぐに顔を上げた。流石、教会や聖職者から買い漁った呪い消しの装備で固めているだけある。

 

 

このダンジョンは魔獣とか出ないから、呪い対策で防御力が低くなっても安心だ。一応司書から許可を貰えばブックカースは発動しないが…盗むのにそんなことしてられないからな。

 

 

 

 

さて、この類のブックカースは一度発動すれば暫く安全なはず。ならこの本を、専用の呪い対策袋の中に入れて持ち帰れば…!

 

 

「ん…??」

 

 

 

 

 

呪いの影響でちょっと意識が混濁しているのか、ブンブンと頭を振る仲間。その頭上に……なんだ…あれ…?

 

 

 

本棚の上の方の段、そこにあった厚手の一冊が、するりと抜け出して…空中に。 反対側に誰かいるのか…? いや、いない…。

 

 

改めてその本を見て見ると…盗難防止用の鎖が…。…じゃない!? 

 

 

あれ、触手か…!? しかも…本の中から出ている気が…!

 

 

 

 

 

唖然としている俺を余所に、その棚から抜け出してきた本は…仲間の頭の上に―。

 

 

 

ゴスンッ!

 

「ぶっくっす!?」

 

 

 

―勢いよく、落ちた!?

 

 

 

 

 

…いや、落ちたとか生温い…!! 厚手の重量のありそうな本の、その尖っていると言っても良い堅い角っこが…! 思いっきり、脳天に突き刺さった…!

 

 

 

そのせいで変な悲鳴をあげた仲間は、ドサリと床に。うわっ…完全に白目剥いてる…! 

 

 

 

「な、なんだ今の…! うおっ…!?」

「何があったんだ…!?」

 

 

見張りをしていた仲間二人も、慌てて駆けつける。が、その間に落ちてきた本は…触手を活用し、再度上の段に…!

 

 

なんだあいつ…!? 本に擬態しているのか…!? あんな魔物、知らねえぞ…!? 

 

 

しかも、今倒れたやつが手にしていた魔導書を、更に伸ばしてきたもう一本の触手でしっかり掴んで回収してやがる、だと…!?

 

 

 

 

―っ! しまった…!

 

 

「誰か来る…!」

 

 

ふと聞こえてきたのは、何者かの足音。それに、妖精司書の羽ばたき音も。

 

 

静かな図書館内で、思いっきり本が頭に刺さった音、そして人がバタリと倒れた音が響けば、そりゃ誰かしらが来るのも当然…!

 

 

 

マズい…! 倒れた仲間には悪いが…! 逃げろ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誰も、追ってこないな…?」

 

「あ…あぁ…」

 

「ふぅ…肝が冷えたぜ…」

 

 

気づかれないように急ぎ、そして怪しまれないように若干の小走り程度に留めて逃げてきた俺達。ある部屋付近でほっと息をつく。

 

 

 

しかし…何だったんださっきの本…。触手召喚の魔導書か…? …にしては妙か…。術者なしで勝手に召喚されるわけないし…。

 

 

あと、ふと見えたんだが…。あの本、ページが無かった気が…。表紙こそ重厚で、人の頭を叩き割れそうなほどだったが…本というよりは、本を模した作り物のような…。

 

 

 

そう俺が思案に耽っていると、仲間の1人が袖を突いてきた。

 

 

「おい…これからどうするよ…」

 

 

 

「これから…? ッチ…あぁそうか…!」

 

 

そこでようやく気付いた。俺達は、呪いに対抗する手段を失ったのも同然だってことに。

 

 

 

 

 

 

なにぶん…呪い対策の装備類って値が張るんだ。それでも、簡単な呪いならば指輪ひとつとかで済んだりするんだが…。

 

 

ここのダンジョンの主をしている魔導書が、よほどの魔法の使い手らしくてな。ブックカースのレベルがとんでもなく高い。

 

 

それに対抗するには、質の高い対呪装備を全身につけなければいけないんだ。

 

 

 

 

だから金銭的理由で全員が対策装備を持つわけにもいかず、ああやって一人に集約させている。

 

もしそいつが死に、蘇生魔法の用意が無かったら…その対呪装備を回収し、別の奴が身につける。そんな感じに使いまわすのがセオリーだ。

 

 

ほら、経験あるだろ。有用な能力を持つ武器防具が一つしかなかった場合、持ってる奴が戦えなくなったら回収して別の奴に持たせるっての。

 

 

 

 

 

…だが、さっきは失敗した。変にやられてしまったから、大きな音を立ててしまった。それで、見回りが来てしまった。

 

そして俺達は対呪装備を回収できずに逃げてきてしまった…。 やらかした…。

 

 

変な魔導書に気を取られてしまったのが悪かった。普段ならば指輪とか腕輪とか、幾つか手早く回収してこれたのに…。

 

 

 

 

 

 

とはいえ取りに戻っても、やられた奴は残ってないだろう。あんなガッチガチに呪い対策をしたヤツが倒れていれば、誰だって盗賊だってわかるしな。

 

 

 

だが、帰るわけにもいかない。対呪装備分と、復活魔法代金ぐらいは稼いで行かないと。 レア魔導書はもう狙えないが、別のもので―。

 

 

 

「…おい、ここはどうだ?」

 

 

 

 

 

 

ふと、近くの部屋を覗いていたもう一人の仲間が俺達を呼ぶ。見ると、そこは新聞が集められている場所。

 

 

確かに丁度人はいない。けど…新聞か…。 持ってきた目録に載ってたか…?

 

 

 

…お! あるある。大きな事件とか出来事が載った古新聞は、結構な値段で取引されているらしい。

 

 

魔導書ほどではないが、軽いから幾つも盗み出せる。それに、ブックカースはかかっていなさそうだ。

 

 

 

そうと決まれば、早速漁ってみるとしよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと…この年の…この月の…」

 

「こっちの新聞社は、と…」

 

「おい、あんまりバサバサ音を立てるな。一応逃げてきたんだからよ」

 

 

三人がかりで、大量の新聞を捲っていく。 結構な量があるから、一苦労だ。

 

 

しかし…どれもこれも、新品同様。何十年何百年経っているものもあるのに。

 

劣化防止魔法ってやつか。凄いもんだ。だがこれなら、かなりの高値で売ることもできるな…!

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに、レアな新聞を幾つか見つけ出す。 大きい事件が載るやつは皆見るのか、分かりやすく纏められている。

 

 

さて、後はこれを留め具から引きちぎって…。 いや、そのまま持ち帰れば良いか。じゃあ、袋の中に…。

 

 

 

「――? ――!」

 

 

 

げっ…! しまった…! 妖精司書の一匹に見つかっちまった。 しかも、丁度袋に入れようとしている現行犯を。

 

 

…だが、さっきの謎な魔導書と違って、ちっぽけな妖精一匹。俺達三人がかりなら簡単に倒せる!

 

 

 

 

 

他二人と目配せし、展開する。すると、その妖精司書は近くの戸棚にひゅいっと飛んで近づき…。

 

 

 

「…なんだあれ…?」

 

「筒…?」

 

「いや…あれって…」

 

 

唖然とする俺達。何故って…妖精司書が取り出してきたのは…。

 

 

 

「「「新聞をグルグルって丸めたやつ…?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

…いや、仮にも図書館職員がそんなことしていいのか? 大切な所蔵品だろ…? 

 

まあ盗み出そうとしている俺達が言える台詞じゃあないんだが…。

 

 

 

 

するとその妖精司書は、自分の背丈の何倍もあるその筒を、大剣のようにブンブンと振り回す。そしてそのまま仲間の1人に近づき…。

 

 

「――!!」

 

「痛っ! ちょっ…! 痛っ!」

 

 

…まるで虫を潰す時のように、思いっきりバシンバシンと叩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

傍から見ている分には、存外可愛らしい光景。正直、放っておいてもあまり害はなさそうだ。

 

 

弱い妖精が、大きくて強い俺達に勝とうとしている姿は、下剋上狙いと言っていい。本好きが下剋上…。なんて。

 

 

 

 

 

―とはいえ、今は状況が状況。そのバシバシ音は、増援を呼んでしまう。さっさと止めなければ。

 

 

「痛てっ…! 止めっ…! このっ…!」

 

 

と、ずっと叩かれている仲間が苛立った声を上げる。流石にウザったいのだろう。

 

 

「いい加減にしろっ!」

 

 

そのまま、妖精が振る新聞筒をガシッと掴む。そして、無理やりグイっともぎ取った。

 

 

 

「――! ――!!」

 

 

すると、妖精は一目散に逃げ出していった…! マズい、仲間を呼びにいかれたか…!

 

 

そうとなれば、こんな場所にいるわけにも行かない。新聞束を持って…逃げろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さりとて、すぐに入口から逃げ出すわけにも行かない。人通りが多いし、受付カウンターもある。

 

 

故にほとぼりが冷めるまで、一般来館客のように身を潜めるしかない。丁度辺りに人はいない場所に出たし…読書用に机もある。

 

 

よし、少し休憩しよう。さて、どの新聞記事が高値なんだっけな…。 うん?

 

 

「お前それ…持ってきたのか?」

 

 

「あ? あ。そういえば…」

 

 

 

 

俺が指摘したことで、さっき妖精に叩かれまくっていた仲間はハッと気づく。そいつの手には、さっき奪い取った新聞筒。

 

 

どうやらつい持ってきてしまったらしい。一応それも、金になるか調べてみるか。なになに…?

 

 

 

「『ミミック新聞』…?」

 

 

 

 

 

…なんだそりゃ? そんな新聞あったか? …目録にもないな、そんなの。

 

だいたい、あの憎っくき魔物の名前を付ける新聞社なんてあるわけないだろう。…あー、魔界の新聞の一つかもしれないか。

 

 

なら、案外良い値段がつくかもしれない。とりあえず記事内容を確かめてみよう。えーと…。

 

 

「『冒険者、ミミックに完敗。復活魔法陣送りに』…? はぁ…?」

 

 

 

 

 

大見出しを諳んじ、俺達の頭には?マークが。そんなの、記事にすることか…?

 

 

いやミミック達には大事かもしれないが…それでも、表の一面記事にするものじゃないだろう。今もどっかのダンジョンでは起きてることだろうし。

 

 

けど…こんな内容ならどう足掻いても高値はつかない。なんか気にして損した気がする…。 

 

 

 

 

 

興味を失った俺は、握っている仲間に『捨てとけ』と手で指示する。しかしそいつは握ってしまった縁なのか、まだ気になっている様子。

 

何か面白いことが書いてないか、小さい文字の詳細をしげしげと眺め出した―。 その瞬間だった。

 

 

 

 

ゴソッ…

 

 

「…ん!?」

 

 

ふと何かが蠢いた音が。慌てて俺ともう一人は辺りを見回すが…誰もいない。

 

 

なら、何の音だ…? そう思い、顔を正面に戻すと―。

 

 

「「なっ…!?」」

 

 

……なんと、ミミック新聞とやらを眺めていた仲間が…触手に首を絞められている…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ…はっ!? な…何故…!? 思わず机から飛び退き、慄いた目を正気に戻すため、頭を振る。

 

 

改めて、よく見てみる。…もう息絶えた仲間に纏わりついている触手は…新聞の筒の中から…。って、はぁ!?

 

 

 

そう…! ミミック新聞というヘンテコ新聞を丸めたあの筒から、妖精司書が叩くために持ってきたそれから、触手がニュルリと出て来ている…!

 

 

あれじゃあ…まさしくミミック…! ……いや、あれミミックか! あんな場所に潜むか、普通!?

 

 

 

うわっ! 筒の反対側の穴から、更に触手を出してきやがった…! こ、こいつ…!

 

 

 

……っあ! 待て待て待て! 俺達が盗んだ新聞を回収するな! 待てって…ああぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間一人を復活魔法陣送りにされ、さっき奪った新聞束も、ミミック新聞の筒の中にスポンと引き込まれてしまった…。相変わらず、どういう構造してんだミミックって…。

 

 

てか、くそっ…! これじゃあ、あいつが入っている新聞の見出し通り『冒険者完敗』じゃねえか…!

 

 

そうはさせじと、俺と残された1人は武器を抜こうとする―。が…。

 

 

 

「―! ――!!」

「――。 ――!」 

 

 

 

チッ…! さっき俺達が飛び退いた音を聞きつけたのか、それとも捜索の手がここまで来ただけか、複数体の妖精司書の声が聞こえてきた。

 

 

もはや逃げるしかない…。 せめて、全員の復活魔法陣送りだけは避けなければ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…参ったな…。もう手段がないぞ…」

 

「かなり警戒されてるしな…」

 

 

 

なんとか逃げ切り、またも誰もいないとある場所で息つく俺達。 人が少ない時分を狙ってきて正解だったかもしれない。この図書館自体がかなり広いってのも功を奏している。

 

 

はぁ…逃げすぎて喉が渇いた…。水を飲もう…。 図書館内は飲食禁止? 知った事かよ…。

 

 

それに、蓋がついている飲み物だったらokだってこと、案外多いだろ。…てか、なんで盗みに入っている俺達がルール気にしなきゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

本棚の陰に腰を落とし、水分補給。 そしてふと、さっきまでのことを思い返す。

 

 

 

…まさか、新聞筒の中にミミックが潜んでいるなんて…。誰が予測できるんだあんなもん。

 

 

……待てよ…? ということは、それを持ちだしてきた妖精司書…それをわかっていたってことだよな? 

 

つまり、奪われるまでがセットってことか? そして油断した隙をついて、筒内のミミックが動く、と…。

 

 

 

そういえば、見たこともない新聞だった。もしかしてあれ、ミミックが潜むための専用新聞だったりするのか…? 流石に考えすぎか…?

 

 

だが…そうだ、あれがミミックならば…。最初に仲間を仕留めた落下本の触手、あれもミミックだったのかもしれないのか…。

 

 

なんだなんだ…? ミミック達が司書手伝いでもしてるのか…? そりゃ触手使えば、本の整頓とかしやすいだろうけどよ…。

 

 

 

 

 

 

 

―と、そんな考えを打ち切って、顔を挙げる。そんなの考えていたところで、どうしようもない。2人やられ、実入りは0。酷い有様だ。

 

 

せめて、何か収穫を…。 丁度辺りを物色していた仲間に、声をかけてみる。

 

 

「何か、あるか?」

 

 

すると、その仲間は微妙そうに肩を竦めた。

 

 

「うーん…。ここ、写真集コーナーだな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…写真集か…。確かに見ると、辺りの棚は色とりどり。綺麗な風景もあれば、決め顔の人の姿も。可愛い猫の写真集ってのもある。

 

 

だが…どうなんだ…? 価値がよくわからない…。 プレミア付きのならば、そこそこ値段はするだろうが…。うーん…??

 

 

 

 

 

とはいえ、下手に動くことができない以上、そこで良いもの探しするしかない。金になりそうなもの…金になりそうなもの…。

 

 

なんだろうか…。魔界の秘境写真集とか…? 学者受けはしそうだな…。あとは…アイドル写真集とか…?

 

 

それでもなんか、高い気はしないな…。そういうのって大量に発行されている代物だしな…。

 

 

 

あと高そうなのは…エロい系のやつだが…。 こんな誰もが見に来る本棚に置いておくわけないか。

 

 

 

 

 

 

 

早々に諦めて、別の本棚に向かうのが吉。そう思い、俺は周囲の様子を窺いだす。―すると、仲間の1人がちょいちょいと俺を呼んだ。

 

 

「おい、見てみろよ…! 結構良いグラビア、見つけたぜ…!」

 

 

 

呼ばれた場所に行ってみると、確かにそこはグラビア写真集が置かれているエリア。なるほど、これぐらいならギリギリセーフなのか。

 

 

とはいえ、それでもそこまで金になる感じは…。

 

 

 

「この娘、良いなぁ…! お、こっちのは一際セクシーだ。フフフ…!」

 

 

…どうやら完全に、目的を見失った様子の仲間。完全に立ち読みしているおっさんみたいになった。

 

 

―まあでも、ちょっと休憩がてら見ていくか。良いのだったらしっかり売れるだろうし、なんなら自分の持ち物にしても良いしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー…こりゃ中々…! ウヘヘ…!」

 

「良いポーズだな…エッチぃぞ…!」

 

 

身を寄せ、潜みながら写真集を漁る。…なんか、ガキの時を思い出す。

 

あの時も、森の中に捨てられていたグラビア雑誌を見つけて、友達と読みまわしていた。懐かしい…。

 

 

 

 

 

そして、流れで次の写真集を手に取る。おや、これは…?

 

 

「魔物の写真集か…?」

 

 

 

魔物もこんなの出すんだな…。そりゃ出すか。 変なのが混じってなければ良いが…。 あぁでも、これは人型魔物に限ってるみたいだ。なら安心か。

 

 

…どうせならエルフとかのグラビアはないかな。 でもあいつら無駄にプライド高い奴多いし、少ないだろうな…。

 

 

 

 

――そうか! そういうのを探せばいいのか! それならレアだし、いい金にもなる。 そうと決まれば…!

 

 

 

 

 

 

 

早速仲間と示し合わせ、探し出す。すると…案外出てくる出てくる。これは…嬉しい収穫だ…!

 

 

早速中身を確かめてみよう。フフ…! 魔物でも、案外良い身体してるじゃないか…!

 

 

 

幾つかを読み、良さげなのを選別していく。 …すると―。

 

 

「なんだこれ?」

 

 

変な一冊にぶち当たった。 宝箱の中でセクシーポーズしている美女が表紙の…。『Me Mix』ってタイトルだ。

 

 

どれどれ…? おぉー…水着グラビア写真集だ。良い感じじゃねえか…! ちょっと詳しく見ていこう…。

 

 

 

 

 

 

これは…悪魔族の女だな。『あすと』って名前か。 中々にスタイル良いじゃねえか。美乳ってやつか。セクシーポーズも様になっている。

 

 

ただ…手で顔を隠してるのがな。なんか、恥ずかしがってる感じもするし…。…いや、寧ろそのおかげで扇情的さが超アップしてるな。 良いモデルだ。

 

 

 

 

こっちは…ドワーフだな。『らてぃっか』って。 うーん…。粗雑な印象もあるっちゃあるが、これはこれでありだな。

 

 

なんて言えばいいか。健康的なエロス? をビシビシ感じる。 汗が似合うモデルだな。

 

 

 

 

さてお次は…『みみん』というモデルか。…って、ガキじゃねえか! いっちょ前にセクシー水着を着ているが…。ガキには興味ねえよ。

 

 

…うっ。けど、決め表情だけは大人の色気が漂ってんな…。 ……けど、なんで宝箱に入ってるんだ?

 

 

 

 

……? …?? …!?!?  おいおいおい…! その次のページからのモデル、宝箱に入ってるやつ、多すぎねえか!? ほとんどそれだぞ…!? 全員エロいけどよ…!

 

 

 

表紙的に…そんな企画グラビアなのか? 『お宝は私よ?』ってか? けどよ、これじゃまるでミミックみたいだ…。…いや、というかこれ…。

 

 

 

 

「…おい。なんか後ろに付録ついてねえか?」

 

 

と、そんなことを考えていた俺へ、一緒にこの写真集を見ていた仲間がワクワク気味に声をかける。

 

 

確かに最後までページを捲ると…。そこにはちょっと膨らんだ袋とじが…!

 

 

 

『ムフフな秘密、見せちゃいます…!』

 

 

 

そんな煽り文まで書いてある。これは…是非とも確認しなければ…!

 

 

 

 

 

 

「…ん? これ開いてないな…」

 

―と、思ったが…。袋とじは未開封。なんだ、期待させやがって…。

 

 

 

「構うことはねえ! 開けちまおうぜ!」

 

ちょっと諦めていた俺だったが、仲間はやけに押せ押せ。…まあ確かに、盗人まがいのことをしている身、今更袋とじの一つや二つ勝手に切っても問題ないだろう。

 

 

 

そうと決まれば―。 ナイフを取りだし、切り口に刃を…! せーの…

 

 

 

 

「はーいアウト! 図書館のものを勝手に切っちゃダメよ!」

 

ギュルッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「へっ…? ぐえっ…!?」」

 

 

瞬間、袋とじの上下から、触手が出てきた…! またかよ…! そして成す術もなく、俺達2人は首を絞められぇ…!

 

 

「よいしょっ!」

 

 

続いて、袋とじからスポンッと身体を出す魔物が…! って、上位ミミック…!? 

 

 

そうか…既視感があると思ったら…! このグラビア写真集の宝箱入りモデル…上位ミミックだったか…! 水着に騙されて我を忘れていた…!

 

 

 

 

 

「アンタたちね? さっきから図書館内を騒がしている盗賊達って。 水着写真集に引っかかってくれる単純な奴らで助かったわ!」

 

 

そう嘲笑う上位ミミック。 …だが…ぐうの音も出ない…! くそォ…!

 

 

 

ミミック写真集なんて、超超激レアだってのに…! 気づいてたら、すぐに袋に仕舞ったのに…!!

 

 

…いや、そもそもこの写真集自体が罠か…。どうせ、すぐに同じ結末になったろな…。

 

 

 

 

 

 

もう運命を受け入れ、俺は大人しく処罰を待つ。 ―しかし、仲間は覚悟決まらぬらしく…。

 

 

「ひっ…ひいっ…! た、助けてくれよ…! た、助けてぇ!」

 

 

悲鳴をあげ出した。 おいおい…そんなうるさい声を出すなよ。 だって、ここは図書館だ。なら―。

 

 

「おっと! 図書館ではお静かに♪」

 

 

「「むぐぅっ…!」」

 

 

…そう注意を食らって、強制的に静かにさせられる(復活魔法陣送り)に決まっているからな…。

 

 

ぐふっ……。図書館のマナーは…守るべきだったぜ…。

 

 

 

 



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閑話⑨
アストの奇妙な一日:偉大なりしや魔王様①


 

「ミミック族、『ミミン』。サキュバス族、『オルエ』。そして悪魔族、『アスト』。 これよりは魔王様の御前である。 この場で膝をつき、傅き給え」

 

 

 

 

「「「はっ!」」」

 

 

 

 

厳格なる兵の声に従い、私達は揃って敬服の姿勢をとる。それを取り巻く空気は、ピシリと張り詰め荘重なる風情。

 

 

 

 

 

 

……とうとう、この日がやってきてしまった。ここは『魔王城』。魔界に住む誰もが知る、荘重にして威風堂々たる魔王様の居城。

 

 

そう、本日は待ちに待った…魔王様との飲み会なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…一応名目は飲み会なのだけど…。まさかまさかの正面拝謁。豪奢で広い謁見の間にて、床に顔を向けつつ魔王様の御成りを待っているのである。

 

 

まだ魔王様は姿をお見せにはなっておらず、奥が見通せない半透明なカーテンで仕切られた玉座の段には、人の影は見えない。でも…既にドキドキしてきた…。

 

 

 

てっきり、裏から通して貰えるものとばかり…。だって社長たち、いつもそうして貰っているって言ってたし…。

 

 

もしかしてこれ…飲み会ではなく、正式な会食だったの…? …いや、そんなはずは…。

 

 

 

 

 

 

…もし、そうだとするならば…。この状況は非常にマズい。

 

 

何故って…。私……いつも着ているスーツのままで来てしまったのだから…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、この服がフォーマルな場でも通用するのは勿論知っている。それどころか、大体どんな場でもこれを着ていけば基本的に間違いはないってのも。

 

 

だからこそ、どんなダンジョンにもこのスーツで出向いているのだし。流石に海中とか専用の装束とかがある場所では、その場にあったものに合わせるけど。

 

 

 

例えば水着とか、ディアンドルとか、ダイビングスーツとか、バニースーツとか、海賊服とか、サンタ服とか、ビキニアーマーとか…

 

 

他にも…浴衣とか、振袖とか、モコモコ防寒具とか、エプロン姿とか、学園制服とか…。温泉入るために裸になったことも。あとは……。

 

 

 

 

…………あ、あれ…? 案外私…スーツ姿じゃなかったり…? え、嘘…?

 

 

 

 

 

これじゃあまるで、各所でコスプレを披露しているのと同じなのでは…? 会社での飲み会で時折発生する、ファッションショー(コスプレ大会)と同義なのでは…??

 

 

 

というか寧ろ…。そのおかげ(?)で色んな服を着るのに抵抗がなくなったのかも…。

 

 

それに社長の秘書になる前―、箱入り娘だった頃はやけに堅っ苦しいドレスか、悪魔族伝統の(何故か露出多めな)専用装束ぐらいしか着せてもらえなかったし。

 

 

 

 

…いや待って。 ということはつまり…。元より子供の時から『色んな服を着てみたい』という思いがあって、だから社長に促されるまま、色んな服をほいほいと着ている…?

 

 

 

そんなことは…。 …うん、大いにある気がする。 毎回楽しんで着てるし。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―って、今はそんなのどうでもいい! 問題なのは、服のセレクトを間違えてしまったということ。

 

 

 

先に言った通り、確かにこのスーツはフォーマルな場でも充分通用する。もし着ている人が私ではなく普通の方だったのならば、それで何も問題ないであろう。

 

 

 

……けど、忘れないでいただきたい…。 私、これでも一応大公爵の娘なのである…。

 

 

 

 

 

 

普段の色んなダンジョンの方々相手ならばいざ知らず、長年一族が仕えている相手へ…というか今も私の両親が仕えている魔王様へ、スーツって…。何か駄目な気がする。

 

 

 

せめて会食用に仕立てたドレスか、悪魔族の伝統衣装かどちらかを纏って拝謁すべきだった。それが貴族のマナーというもの。

 

 

…というかそうしないと、もし一族の誰かにバレた際、怒涛のお叱り食らいそうで…。

 

 

 

 

 

 

 

…いや、わかっている。今日私は『大公爵アスタロト一族の娘』として来たのではなく、『ミミック派遣会社の社長秘書』として来たのだ。

 

 

 

先程の兵の号令を思い返して欲しいのだが、『悪魔族のアスト』としか呼ばれていない。あれがその事実を雄弁に示している。

 

 

もし私が公爵の娘として拝謁しに来たのならば、あんな呼ばれ方はされない。フルネームで…少なくとも『アスタロト』性を省略されることなんて、絶対にないのである。

 

 

 

 

なんでも社長が取り計らってくれ、あくまで『一介の社長秘書』として通してくれたらしい。そのご配慮は本当にありがたい。

 

 

だから、スーツで拝謁したとしてもなんら問題はないのである。……ないの…だけど…。

 

 

 

 

 

「…なあ…。あの悪魔族の…」

 

「アストって…名前だったよな…」

 

 

「…もしかして…アスタロト様の御息女では…?」

 

「いや、まさかぁ…」

 

 

「けど…角とか翼とか尾とか、かなり立派ですし…」

 

「というか、あの魔力のオーラ的に…間違いないんじゃ… いやでも…」

 

 

 

 

…謁見の間にいる兵の方々から、そんなヒソヒソ声が聞こえてくる…。 

 

 

 

 

 

一応、魔王城に勤めているうちの一族の関係者は、既に帰宅しているか休暇中らしい。その辺も社長たちが気を回してくれた様子。

 

まあそもそも飲み会なんで、仕事終わりな時間ではあるし。

 

 

 

だから、面が割れることはないかもと思ってたけど…。 まあ…バレるよね…。

 

 

 

 

 

 

 

普段ならバレたところで特に気にもしないのだが…。今回ばかりは、魔王様相手。勝手が違う、違い過ぎる。

 

 

そして近衛隊とはいえ、兵の皆さんに気づかれるのだ。魔王様が私の正体に気づかないわけがない。というか社長、普通に私の正体伝えてそう。

 

 

 

そんな状況でもし怒りを買ったら、どんな仕置きが待っているかわからない。私自身にも、一族郎党にも。

 

 

 

……どうしよう…今度は心臓バクバク鳴ってきた…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…というかそもそも! この格好に…スーツにしろって言ってきたのは、何を隠そう社長なのである!

 

 

 

事は会社出立前に遡る。私が自室でドレスを着ようとしていたところに、社長は突然乱入をかけてきたのだ。

 

 

 

そして…びっくりしてあわあわする私の、途中まで纏っていた服を無理やり剥ぎ取り、こう言い放ったのである。

 

 

 

『ラフな服か、それが嫌ならいつものスーツにしなさい! 無礼講の飲み会なんだから!』

 

 

 

―って…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…だから、それを従ってスーツを着てきたのだ。いくら無礼講とはいえ、流石にラフな格好で魔王様の御前に出る訳にもいかないから。

 

 

 

……だから、てっきり裏から通して貰えると思ったのである。社長、すっごい気軽に言ってきたから…。

 

 

 

 

もしかして…私服でokと言っておいて、実は正装しなきゃいけないっていう暗黙のマナーだったりするの…?

 

 

いや、けど…。結局社長はドレスや装束を着るの許してくれなかったし、本人たちの服装も中々…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―へ? 社長の服装? あぁうん…。私にそんなことを言うぐらいだから、当人もそれぐらい簡単な格好なんじゃないかって?

 

 

 

ご安心を。…その通り。 いつも着ている、白のワンピースである。 

 

 

 

勿論、特に凝った意匠はない、少女が良く着ているタイプの軽やかなやつ。 少なくとも、その格好で魔王様に拝謁しては失礼な感じがする…―。

 

 

 

 

当然、私は引き止めた。流石にその服はマズいんじゃないかって。そしたら…『いつもこの格好で飲んでるわよーだ!』って笑われてしまった。

 

 

…まあ社長は、魔王様と旧知の仲。私が気にするのは差し出がましいこと…多分。

 

 

 

あと一応フォローするならば、入っている宝箱はいつもの立派な宝箱だから…うん…。…うーん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてもうひと方。社長と同じく魔王様との旧知の仲な、サキュバス族のオルエさん。以前訪問した『サキュバスの淫魔ダンジョン』の主。

 

 

彼女の服装は……えっと……その……。 ま、まあ…その…いつも通りで……。

 

 

……うん……。間違いなくR指定入りそうな…サキュバス服…です…。

 

 

 

 

 

至る所に穴が開いていて、なぜかてらてらと艶めいている。しかも明らかにサイズが小さく…ただでさえ豊満な色んなところが、ポロリと零れだしそう…。

 

 

…どこかって? 絶対に言いません。

 

 

 

 

そんな明らかに露出過多な…。というかほぼ紐…というか糸…。着ているというか貼り付けてるというレベルでは…? の衣装で敬服の姿勢をしているから、もう完全に見えてもおかしくないレベル。

 

 

 

更にオルエさん自身の濃密なフェロモンも相まって…鎧で身を固めた気高き兵達が、全員鼻の下を伸ばしてしまっているのだ。男女問わず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあそんな二人は全く参考にならないので、置いといて、と…。 本当にどうしよう…。

 

 

 

やっぱり、今からでも魔法でドレスを作って、それを着るべきなのかな…? でも、社長たちが良いって言っているんだから…。

 

 

それに下手に凝ったものを着ると、社長たちを立てられないし…。…けど…魔王様にこんな格好…。公爵の娘とあろう者が…。 

 

 

どうすれば…! うぅうう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…と、そんな風に必死に悩んでいたら…。

 

 

 

「魔王様の、おなぁ~り~っ!!」

 

 

 

兵の、一際大きな宣言が…。 あぁ…もう間に合わない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚悟を決め、不安に震える心臓を抑えつつ姿勢を整える。――と、その瞬間であった。

 

 

 

「――ッ…!?」

 

 

 

何かが…全身がゾっとするかのような、何かが…! 玉座の方面から、暴風の如く放たれた…!?

 

 

 

……いや…決して風ではない…! なんと言うべきだろうか…。…オーラ…。いや、波動というべき…。

 

 

 

そう…波動…! 凍てつくような波動が、突如として私達を襲ったのである…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

すると直後、思わぬ出来事が。オルエさんに魅了されていた兵士達が、軒並み正気を取り戻し、慌てて敬礼のポーズをとりだしたのだ。

 

 

まるで先の波動で、魅了効果が打ち消されたかの如く…。 これが…魔王様の力の一端…!?

 

 

 

 

どのような方か、顔を少し動かして確認したい…! …けれども、恐ろしくて目すらまともに動かせない…! 

 

 

玉座の方へ、視線を向けられないのだ…! しかも…今しがた身を襲った感覚を思い出すだけで、全身に冷や汗が滲みだしてしまう…。

 

 

 

 

あの波動の一撃で…魔王様の恐ろしさがありありとわかってしまった…! なんという…!

 

 

…社長、魔王様のことを『恥ずかしがり屋』って称してたけど…! 絶対嘘でしょ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『三名共、面を上げよ』

 

 

 

直後、謁見の間の端から端までをビリビリと震わせる御声が。

 

 

気迫漲る男声と、威圧感極まる女声が合わさったかのようなそれは、私の汗を引っ込ませ、身を竦ませて余りあるほどの威厳を備えていた。

 

 

 

すっと顔を上げる社長とオルエさん。私も息を呑み、恐る恐る顔を上げ―。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っあ……」

 

 

 

…思わず、小さく声を上げてしまっていた…。 玉座の前にひかれた半透明のカーテン。そこに映し出されていた黒影は…紛れもなく…魔王様の御姿…!!

 

 

 

 

幾度も映像で目にした、荘厳にして畏怖を抱かせる恐るべき威容。椅子に腰かける大いなる全姿は、まさに巨躯と言うべき代物。

 

 

 

そしてその御頭(みぐし)には、魔王軍シンボル通りの巨大な悪魔角を携えておられ、まるでそれは壮麗なる王冠の如し。

 

 

 

纏っておられる御衣(ぎょい)は、燻る闇のように揺れ動き、魔王様の御身を宵闇のように包み隠している。だというのに、なお一層穎脱(えいだつ)さを際立たせてもいる。

 

 

 

…しかも、カーテンに映し出されている影だというのに、周囲全てを睥睨するかのような烈なる視線すら感じさせる。

 

 

もし無作法を働けば、指の動き一つで消し炭にされそうな雰囲気すら醸し出しているのだ。

 

 

――この御姿を目にした者ならば、誰でも口を揃えるだろう。

 

 

 

【嗚呼、偉大なりしや魔王様】

 

 

と―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『楽にせよ。 此度の来訪、大儀である』

 

 

「「「はっ…!」」」

 

 

 

再度響き渡る、おどろおどろしいまでの御声に、私達三人は頭を深々と下げる。 …すると、魔王様は私の名を口にされた。

 

 

 

『アストよ』

 

「っ!? は…はいっ!?」

 

 

 

声が裏返り気味になりながらも、なんとか返事を…。 ―と、魔王様は少し優しさを感じる声調となり…。

 

 

 

『グリモア様の件、そこなるミミンより聞いている。 魔王として、彼の友人の1人として、心より感謝しよう』

 

 

「…―!! も…勿体なきお言葉…!!」

 

 

 

 

まさかのお褒めの言葉に、平伏するかのように身を縮める。一方の魔王様は影を動かすことなく、私を宥めてくださった。

 

 

 

 

『そう畏まることはない。 誇るがよい。 さて、差し当たり何か褒美を―』

 

 

「い…いえ! 褒美などそんな…! グリモアお爺…グリモア様は、私にとっても大切な御方。 寧ろ、日頃の恩をようやく返すことができたのが嬉しいぐらいで…!」

 

 

 

貴族の言葉遣いなぞ、緊張でどっかに吹っ飛んでしまった。おたおたしながら言葉を紡いでいると、魔王様は嬉しそうに語調を上げられた。

 

 

 

『ふむ…! そなたは素晴らしく清き心の持ち主であるな。気に入ったぞ…!』

 

 

「は、ははぁ…! 身に余る光栄に存じます…!」

 

 

 

およそ私に向けられたとは思えない幸甚の御言葉の数々。私は再度膝をつき、敬服を。それを目にした魔王様は、微笑むように―。

 

 

 

『ふふふ…。 ところで聞くところによると…そなたはグリモア様から魔法を教わったとな。 我もでな。 つまりそなたは、我の妹弟子と言っても…』

 

 

 

 

 

 

 

「あーあー! 御歓談のところ悪いのですが!」

 

 

 

……魔王様を遮るように、突如口を挟んだ者が。それは…なんと社長であった。

 

 

 

「積もる話は、楽しいお酒の席でたぁっぷりと♡ ―で、如何でしょうか魔王様♡」

 

 

更に続いて、オルエさんまで。 俄かにざわつき出す近衛兵達。…だが、一方の魔王様は―。

 

 

 

 

『ふむ…。そのほうが良い、か…』

 

 

一切怒ることなく、頷いているご様子。そして、軽く手を動かした。

 

 

 

『皆、外せ。これより先は我らのみの宴席。何人たりとも干渉すること、罷り成らぬ』

 

 

 

 

 

 

 

 

その御言葉に、控えていた人々は総じて敬礼を行い、次々と謁見の間を後にしていく。残されたのは、魔王様と、社長、オルエさん、そして私のみ。

 

 

 

 

幾らご友人とはいえ…魔王様にそんな口の利き方は許されるのだろうか…? そう怯え気味の私だったが…。直後、あ然とするべきことが。

 

 

 

 

「ったく、私達言ったわよ? 下手にやり過ぎると、バレた時に寧ろ恥ずかしくなるって」

 

「ねー♡ んもう、恥ずかしがり屋なんだから♡ こういう時は、ぜぇんぶさらけ出さなきゃあ♡」

 

 

 

 

なんと、ぐいんと伸びをしつつ、更に砕けた口調となる社長たち。くらっと眩暈がする私だったが…魔王様はどこ吹く風。

 

 

『フン…。聞く耳持たんわ。 既に部屋に用意はさせている。早速宴を始めると―』

 

 

そう軽く流し、玉座から立ち上がろうとされた…その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「はいストップ魔王様!」

 

 

『…なんだ?』

 

 

またも社長の物言い。怪訝そうな魔王様に対し、社長はふっふーとにやついた。

 

 

 

「アストにご褒美あげるって言ってたでしょ? なら、しっかりくださいな!」

 

「えっ! いや社長…! 私はいいですから…! いただけませ―むぐっ…!?」

 

 

 

慌てて止めようとするが…。社長はそんな私の口を触手で塞いできた。そして、まさかの煽るような一言を。

 

 

 

「仮にも魔王様とあろう御方が、『要らない』と言われて『そうかわかった』で済ませるわけないわよねぇ?」

 

 

「そうそう♡ ゴホウビっていうのはぁ…♡ いっぱいいぃっぱい、拒むポーズを無視しちゃって、ぱんぱんになるまで注いであげなきゃ♡ じゃないと、蕩けて(忠誠を誓って)くれないわぁ♡」

 

 

 

お…オルエさんまで…。 魔王様の逆鱗に触れてもなんらおかしくはない2人の焚きつけに、私はもう戦々恐々とするしか…。 出来ることなら、気を失いたい…。

 

 

 

そして魔王様も、露骨に警戒した様子で―。

 

 

『……何が望みだ?』

 

 

―と。 それに対し、社長とオルエさんはにっこり顔を見合わせてから、魔王様へ答えた。

 

 

 

「「勿論…あなたの本当の姿!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッ! おのれ貴様らッ!』

 

 

社長達の宣戦布告を受け、憤った様子の魔王様。カーテン越しでもわかるほどに膨大な魔力を噴出させ―。

 

 

『不敬である!』

 

 

刹那、カーテンの前に多重のバリア魔法陣を形成。私がパッと見ただけでもわかるぐらいにそれは緻密にして堅牢。たとえ巨大竜であっても、易々とは砕けないだろう。

 

 

 

こんな瞬きする程度の時間で、これだけの魔法を…! 魔王様…凄い…!  私は口をあんぐりと開け、見惚れるばかり。

 

 

 

……だが。そんな開いた口が、さらにがくんと開いてしまう…いや寧ろ、泡を吹きそうなとんでも事態が、起きてしまった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ…! あくまでその路線、貫く気ね!」

 

「な・ぁ・ら♡ いつも通り私達が、身も心もくぱぁ♡って、ご開帳させてあげちゃう♡」

 

 

 

ファランクスよりも厚く、城壁のように広がるそのバリア魔法を見ても、社長達は一切意に介していない様子。

 

 

それどころか、次の瞬間…!

 

 

 

 

「オルエ! 頼んだわよ!」

 

 

「はぁい、ミミン♡ せーのっ…イッちゃえ~♡」

 

 

 

社長の合図で、オルエさんは社長を持ち上げる。そして独特な掛け声で、その社長入り宝箱を…バリアに向け、ぶん投げた!?

 

 

 

 

 

「そりゃそりゃそりゃぁ!」

 

バリバリバリバリバリンッ!

 

 

 

更に空中で回転を加え、勢いを増す社長。あの鉄壁なバリア陣をまるで薄ガラスのように貫いていく……!

 

 

 

 

「とうちゃーくっ!」

 

ボスンッ!

 

 

 

そのまま、魔王様を覆うカーテンへとぶつかり停止。すると社長、そのまま端の方へすいいっと。

 

 

「こんなカーテン、剥がしちゃえ!」

 

 

そして自分を核にするように、カーテンをぐるぐる巻きとり始めたではないか…! さしもの魔王様も焦ったご様子で…。

 

 

『ま、待てミミン! 止めろ…! 許さんぞ…!』

 

 

立ち上がり、何かを詠唱しようとする。…しかし、それは…阻止されてしまった。

 

 

 

 

「あら♡ 許されないのはどっちかしらぁ♡ ありのままなあなたでアストちゃんを迎えるって約束、破ったのは♡」

 

 

 

妖艶な影が、魔王様の御影の傍に…!? いつの間にか、オルエさんがカーテンの裏…というか魔王様の真横に移動していたのだ…!

 

 

 

『オ…オルエ…! 貴様…!』

 

 

「んもう…。たのしーいお酒の席で、そんな厚ぼったい闇の衣は似合わないわよ♡ そーれ♡ 脱ぎ脱ぎしましょ♡」

 

 

『このっ…離せ…! 衣の袖を掴むな!』

 

 

「だぁめ♡ 良い子でちゅからね~♡ ついでに…ぱふ♡ぱふ♡」

 

 

『ひぃっん…♡ う、腕を胸で…(しご)くなァ…!! だからといって角を扱こうとするなァ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私は何を見せられているのだろうか…。魔王様へ拝謁に来たら、気づけば影映り式のストリップショーに…。

 

 

何を言っているかわからないと思うけど…。そうとしか言いようがない…。 色んな意味で、頭がおかしくなりそう……。

 

 

 

 

 

――? …あれ? というか…オルエさん、大きくない? いや胸とかお尻とかじゃなく…。

 

 

影が、明らかに魔王様の同じ…いや、普通に超えている…。 ど、どういうこと…!? オルエさんが巨大化した…? それとも魔王様が小さく……?

 

 

 

 

 

「あとはここをぷちりと外しちゃえば…するするする~♡ んふ♡相変わらずすべすべお肌♡」

 

 

『ふやっ…! 貴様の撫で方はどうしていっつも官能的なのだ!? あっ止め…耳に息は…! やぁっ…♡」

 

 

 

しかも…魔王様の声が…明らかに変わってきた…。先程の気迫ある男声は完全に消滅し、威圧感のある女声も、全く違うものに…。

 

 

なんか…すっごく可愛い声になった…。オルエさんに喘がされているけども…。

 

 

 

 

 

 

「オルエ、もう良ーい?」

 

 

と、カーテンを捲るのを途中で止めていた社長が、巻き取ったカーテンの塊からひょっこり顔を出す。

 

 

 

「良いわよぉ♡ ヤッちゃって♡」

 

 

そして御衣が剥ぎ取られたせいなのか、明らかに小っちゃくなった魔王様を抱きつつ、そう返すオルエさん。

 

 

 

「じゃ、アスト! 魔王様と~念願のご対めーん!」

 

 

 

それを聞いた社長は、残ったカーテンを勢いよくガラガラガラと回収していく。

 

 

とうとうお目見えになった玉座。そこにいたのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……え…え……え…?」

 

 

私の頭の上には、今まで最多数の?マークが…。 

 

 

だって…巨躯の、恐ろしき魔王様…では全くない。 オルエさんに抱きしめられるように取り押さえられていたは―。

 

 

 

「お…女の子……」

 

 

 

そう。社長とおんなじぐらいの…可愛らしい少女が…。っっって…もしかして…も…しか…して…

 

 

 

 

「魔王様…で…あらせられますか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…信じられない…けど…。角の形は、魔王様のものと一致している…。 

 

 

おずおずと私がそう問いかけると…その少女はオルエさんを振り払い、玉座の前で仁王立ちをした。

 

 

 

「如何にも…! 我はマオ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア85世! 現魔王で…あるぞ…! …一応…」

 

 

 

―が、次の瞬間、もじもじと更に小さくなり始めた魔王様。 そして、小さくぽつりと。

 

 

 

「あ…アストよ…」

 

 

「は、はいっ!?」

 

 

「我のこの姿…秘密にしてくれまいか…。そなたの一族は、皆黙ってくれておるのだし…」

 

 

「えっ あっ は、はい…」

 

 

 

 

思わず反射的に返事をしてしまった…。 いや、別に口外する気なぞないんだけども…。

 

 

 

あっ…。もしかして…私の両親も魔王様と顔を合わせたことがあるけど…。黙っておけって言われていたということ…!?

 

 

 

 

 

 

 

矢継ぎ早に出てくる衝撃の事実に、もはや私はほぼ放心状態。魔王様も両手の指をツンツンさせて、恥ずかしそうに俯いている。

 

 

 

ただ、カーテンだるまから脱出してきた社長と、魔王様から脱がした御衣を畳みだしたオルエさんの二人だけが、ニヤニヤと満面の笑みを浮かべていた―。

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:偉大なりしや魔王様②

「なーんで意地張るのかしら。 最初から普通に姿を見せて、そのまま堂々としていれば格好良かったのに!」

 

 

「まあまあミミン♡ マオだって考えがあってのことよ♡」

 

 

ちょっとむくれ気味の社長を、どうどうと宥めるオルエさん。そんな彼女がチラリと目を横に移すと―。

 

 

 

「うぅぅ…。わ、悪いか…! 我だって…我だってぇ…」

 

 

 

……身体に見合わぬほどに大きい悪魔角を生やしている…けども、社長並みに小さい少女。そして泣きかけのような彼女こそが―。

 

 

 

「え…えっと…。魔王様…。 私が貴方様を尊崇いたします心は、全く変わっておりませんので…」

 

 

 

私は彼女を…『魔王様』をそう宥める。 そう―、彼女こそが、偉大なりし現魔王様。

 

 

『マオ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア85世』―。

 

 

かの御方ご本人なのである―。 

 

 

 

 

…………ちょっと…まだ…信じ切れてないのだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかまさか…! 魔王様が、あの魔王様が少女だったなんて…!! いや社長と同年代なんだから、私よか年上なのは確かなんだけども…!!!!

 

 

 

あんな巨躯の身を持ち、膨大なる魔力揮う、畏敬を払うべきあの御方が…!

 

 

映像では基本的に先程のような影か、大きな闇衣を纏い顔も兜で覆っておられる姿しかなかった()の御仁が…!

 

 

だから先代の魔王様と同じく、大きな体の男性だと思っていた陛下が…!

 

 

 

 

「…あ…アストよ…その言葉は有難いのだが…。そうマジマジと見つめないでくれぇ…」

 

 

 

こんな、ちっちゃく縮こまる女の子姿だったなんて…! 

 

 

 

 

……可愛い……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っあ…! 申し訳ございません…! 失礼なことを…!」

 

 

ハッと正気に戻った私は慌てて、プルプルと震えていらっしゃる魔王様に平伏しようとする。 ―が、社長にそれを止められてしまった。

 

 

「いいわよそんなことしなくて。マオだって望んでないし。 それより、驚いたでしょ!」

 

 

「え。あ、その…まあ…はい…」

 

 

 

…しまった、正直に言ってしまった…。でも…そりゃ驚くに決まっているでしょう…! 正直、人生最大級の驚きである…。

 

 

 

 

 

 

 

―けど、社長が入ってくれたおかげで少し思考が冷静になった。彼女は…間違いなく魔王様。

 

 

こんな近距離で魔力のオーラを感じれば、自ずと理解できる。魔王様御本人だということが。そして先程放たれた波動は、やはり彼女が放ったものだということも。

 

 

 

それに…。一度驚いてしまえば存外に受け入れられるものである。 ほら、我が社のミミック社長も少女姿だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅ…! ミミン! 何故あの時口を挟んだ! せっかくアストと仲を深められる好機だったのにぃ…!」

 

 

―と、急に魔王様は突然声を荒げだす。…先程までの威迫たっぷりな声はどこへやら。超失礼だけど…年頃の女の子がごねているようにしか見えない…。

 

 

 

「そりゃ口を挟むに決まっているでしょ! 今日なんのために私達来たってのよ。飲みの席で存分に語らい合えばいいじゃない。 てかそもそも…約束、破ったわよね?」

 

 

「あぅ……。だ、だってぇ……」

 

 

 

社長からそう返され、またも泣きそうな表情になる魔王様。 と、とりあえず仲裁しなきゃ…!

 

 

「あ、あの社長…! 私にはよくわかりませんけど…。とりあえずその辺で…! 魔王様より賛辞を賜ることができまして、私、幸甚の至りですし…!」

 

 

 

「あら♡ 良かったわねマオ♡  アストちゃん喜んでくれたじゃない♡」

 

 

私が社長をなんとか止めようとしていたら、闇衣を畳み終えたオルエさんが魔王様の傍に。そして後ろから抱きしめるように、身体をむにっと。

 

 

…オルエさんのオトナな体つきと魔王様の少女体という対比のせいで、もはや姉と妹…下手したら母娘みたいに見えてしまう…。

 

 

 

 

「約束破った甲斐、あったようでなによりなにより♡」

 

 

そのまま、良い子良い子と魔王様の頭を撫でるオルエさん。そんな中、私は恐る恐るに手をあげた。

 

 

 

「あ、あの…先程から口にされている、『約束』って…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オルエが言ってた通りよ。アストを私達と同じようにもてなして、マオのありのままな姿を見せるっての。…まあ、私達が無理やり取り付けた節はあるんだけど…」

 

 

そう答えたのは社長。彼女もまた、魔王様の傍へと。 そのままの姿…つまり、先程までの虚像な魔王様ではなく、今の小さな御姿ということ…?

 

 

 

「ふふ♡ 本当はいつも通り裏口から入って、飲み部屋で姿を明かしてもらうつもりだったの♡ けど直前になって、近衛兵の子がここ(謁見の間)へ案内してきてねぇ♡」

 

 

次いで、オルエさんも。 …そういえば、突然近衛兵の数人が駆けてきたことがあったような…。 でも社長たち、何も疑問を持ってなかった様子だったのに…。

 

 

 

「まあ、マオの考えは察することができたし…顔を立てて、大人しく従ったのよ。『魔王様にご拝謁をする』ことでね」

 

 

今度は社長が、やれやれと肩を竦めながら笑った。 なるほど…。急な出来事だったらしい。だから、お二人ともあんな服だったので…。

 

 

 

 

……ただ、本当に拝謁しに来たとしても、今繰り広げられている関係を見る限り、正装してきたかは怪しい気がするが…。

 

 

というか…あの二人の正装とは…???

 

 

 

サキュバスはあの変態服が正装な可能性あるし…ミミックの正装って服ではなく、入っている箱の問題な気が…。

 

 

 

 

 

 

 

…って。

 

 

「魔王様の…お考え…ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらっと社長が口にした単語を、私は復唱。 すると社長はふふんと胸を張り、答えてくれた。

 

 

「簡単な事よ! マオは、あなたの前で威厳をみせたかったのよ!」

 

 

「配下の大公爵一族の娘ちゃんだものね~♡ 魔王様として、ビシッと決めたかったんでしょう♡」

 

 

「むぅぅ…」

 

 

オルエさんにも見通され、魔王様は唸るばかり。どうやら図星のご様子。 なるほど…そういうことで…。

 

 

 

状況から推察するに…。どうやら現魔王様は『魔王たるもの貫禄がなくてはならない』というお考えの元、威厳を示すために虚像を纏っていて…それを臣民に見せていたということらしい。 

 

 

別にそんなことをなさらなくとも…。その御姿ならば皆から好かれるとは思うのだけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう私が苦笑いを浮かべていると、突然社長とオルエさんは相好を崩す。そして、魔王様をわしゃわしゃと撫で始めた。

 

 

 

「けど、強くなったわねマオも! 前だったら、恥ずかしがって私達に従っていたのに!」

 

 

「本当♡ 魔王様として、ご立派様よ♡」

 

 

 

その様子はまるで、約束を破られたことなんて些事で、魔王様のご成長を見られたのが何よりも嬉しいと言った感じ。

 

 

そしてそんな二人に、末っ子のように可愛がられている魔王様…。 …おや…?魔王様のご様子が…?

 

 

 

「う……」

 

 

俯き、身をプルプルと震わせている。…いや…あれはプルプルというより……わなわな…。

 

 

 

 

 

 

―すると、直後…。

 

 

 

「うがーっ!! アスタロトの娘の前で…! 妹弟子の前で! 我をこれ以上弄るなぁ!!」

 

 

 

ピシャアッッッ!!!

 

 

 

 

…謁見の間に…! 地獄の雷が落ちたぁ!? しかも社長たちにピンポイントで!?!? 

 

 

 

「「ごめんなさーい♡」」

 

 

 

…あっ。 社長とオルエさん、さらっと宝箱の中に逃げ込んで完全ガードしてるし…。 そして魔王様の御顔も、どことなく笑んでいる様子…?

 

 

 

 

どうやら、これがお三方の『最強トリオ』のいつも通りみたい…。 仲良し…ではありそう…。

 

 

 

 

というか…まだ飲み会始まっていないのに…なんかすっごい疲れた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…コホン…。ここで仕切り直すとしよう。 では―」

 

 

「「「乾ぱ~いっ!!」」」

 

 

「か、乾杯…!」

 

 

魔王様が音頭を取り、グラスが掲げられる。 …私は緊張してしまって、ちょっと小声になっちゃったけど…。

 

 

 

 

 

 

場所は謁見の間より移り、魔王城内のとある部屋。どうやら魔王様が三人での飲み会用に誂えている場所らしい。

 

 

 

そこそこ広いお部屋には、お洒落な調度品ばかり。高級だというのは一目でわかると言うのに、それでいて驕奢(きょうしゃ)な様子は一切無い。魔王様のセンスの素晴らしさが窺える。

 

 

 

そして壁には肖像画も飾られていたり。歴代魔王様の…ではなく、魔王様、オルエさん、そして社長のお顔。

 

 

やはり、とんでもなく仲が良いのだろう。…社長のおすまし顔、普段の顔を知っていると…少し笑いが込み上げて…。ゴホンッ。

 

 

 

 

 

また、調度品以外にも、色んな物が置かれている。身体が埋まりそうなぐらいフカフカなソファやクッション、何種類のボードゲームや本などが収められている棚、眠くなった時に倒れこめるベッド(天蓋付き)。

 

 

他にも、ジュークボックスや簡易バーカウンター、映写機などなどまで。退屈は絶対にしないと確証が持ててしまうぐらいの充実っぷり。

 

 

 

更に社長とオルエさんのためか、幾つかの宝箱や更衣室まで。 というか、必要な物があったら魔王様がなんでも喚び出してくれるらしい。 流石……。

 

 

 

 

 

 

 

 

…ただ、二つほど気になることが。まずは一つ目。

 

 

 

「社長…このお部屋の雰囲気、どこか我が社のバーに似ている気がするのですけど…」

 

 

「そりゃそうよ。ここを真似たんだから」

 

 

社長から返ってきたのはそんな回答。 なるほど、あの場のセンスの良さは魔王様が元。そして道理で、この部屋が何故か落ち着くわけで…。

 

 

 

 

 

……いやそれより、もう一つの質問なのだが…。

 

 

 

「あのー…では、あそこの壁の、半透明のカーテンかかっている場所って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の目の先には…先程謁見の間にかかっていた、魔王様の御姿を隠していたカーテンと同じものが。

 

 

しかもどうやら奥にはスペースがあるようだけど…。もしかして…。

 

 

 

 

「察しの通りじゃないかしら。もし首尾よく『威厳ある魔王様』でいられたら、あの場所で飲むつもりだったんでしょ。ね、マオ」

 

 

社長はニヤつきながら、横の席へ―。即ち、私の正面でもある席に座る魔王様へそう聞く。 

 

 

 

「そうだ…。むぅー……」

 

 

バツが悪そうな魔王様は、小さな手で指パッチン。するとそのカーテンがかかっていたスペースは、ズズズズと閉じて無くなっていった。

 

 

…わざわざ、私のために用意してくださっていたらしい。なんか、申し訳ない…。うちの社長が失礼を、とでも言いたい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―あ、今の私の説明でお気づきの方もいるかもしれないが…。そんな部屋の中で、私達4人は円卓を囲んでいる。

 

 

 

といっても、そんな巨大な代物ではない。ちょっと立ち上がって頑張って手を伸ばせば、隣に座っている人に触れられるぐらいの。

 

 

魔王城であるのだから、長大なロングテーブルとか、会議も出来る巨大円卓かと思っていたのだけど…。これではまるで、酒場の机。

 

 

 

いや、この机も椅子も凝った装飾が施されている最上の品なので、そんな言い方は良くないのだけど…。

 

 

 

因みにそれを聞いてみたら…。膝を突き合わせるように、仲睦まじく飲むためらしい。やっぱり仲良し三人組だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、本来ならば三人でトライアングルを描くように座っている机だが…。今回は四人。当然、座り方は変わる。

 

 

私の両隣りには、それぞれ社長とオルエさん。そして正面に…魔王様…!! 絶対に粗相は出来ない…。

 

 

 

 

「アストよ…。 そう緊張しないでくれまいか…? あぅ…先は驚かせてすまなかった…」

 

 

私がガッチガチに緊張していると、魔王様からそんなお言葉が…! あぁ…魔王様に謝罪の文言を口にさせてしまうなんて…なんと罪深いことを…!!

 

 

 

ちょっと横へ目を動かしてみると、社長とオルエさんは、魔王様に向けて『だから言わんこっちゃない』という感じの表情を浮かべているし…。 いや、さっきのあれがなくとも緊張はしてるけども…。

 

 

 

 

「…それとも、ワインではなく別の酒が良かったか…?」

 

 

私が内心わたわたしながら言葉を探していると、魔王様は更におずおずと…! マズいマズい…! と、とりあえず…!

 

 

 

 

「い、いえ! 私、ワインは大好きなんです! い、頂きます!」

 

 

手を震わせながら、グラスを傾け…こくりと一口。 …っわ…!

 

 

 

「美味しい…!!」

 

 

 

即座に、純粋な感想を漏らしてしまった…! だってこれ…今まで味わったことがないくらい、美しい…!

 

 

 

芳醇な葡萄の味わい、心地よく効いたスパイスの香り、そしてふわっと漂う、色とりどりに咲き乱れる花々の雰囲気―。その他にも…幾つもの緻密で繊細なテイストが…!

 

 

そのどれもが宝石の形を取り、これ以上ないほどに見栄えよく詰まっている、鮮やかなる宝箱…! まさに、そんな感覚……!!!

 

 

 

…私では、これぐらいが限度…。こんな表現しかできない…! 自分が語彙力が恨めしくなるぐらいの素晴らしいワイン…!!

 

 

 

 

「ほっ…! 喜んでくれて何よりだ…!」

 

 

目を輝かせる私を見て、魔王様は安堵の笑顔。と、社長がケラケラと補足。

 

 

「アストが来るからって、凄く良いワイン開けてくれたんだものね~!」

 

 

 

なんと…! …なら、不躾だけど…『鑑識眼』で値段を…。……わぉ…。一本で豪邸が建てられるレベル…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―それで、グリモア様がな…! 『お主の妹弟子が出来たのぅ』とな! それからずっと会って見たかったもののの、機会が無かったが…。ようやく顔を合わせられて嬉しいぞ、アスト!」

 

 

「そんな風に思って頂けていたなんて…! 私は幸せ者です…!」

 

 

 

お酒が進み酔いが回り、気づけば魔王様と私はそうやって話し合える仲に。 

 

 

どうやら魔王様、本当に私の事をそう思ってくださっていたらしい。まるで妹に見せるかのような朗らかな笑みを浮かべてくださっているのだ。

 

 

 

 

―と、それを見た社長たちが、クスクスと。

 

 

「よく言うわよ。 恥ずかしがって、ずーっとむにゃむにゃ悩んでいたくせに!」

 

 

「うふふ♡ アストちゃんがアスタロトの座を継ぐまでーとか、何かと理由つけて拝謁して貰ってから段階を踏んでーとかねぇ♡」

 

 

 

 

「ぅ…うるさい…! 我だって…次期アスタロトの座を継ぐ者に、妹弟子に嫌われないために、覚悟を決める必要があったんだぞ…!!」

 

 

社長達に煽られ、顔を赤くしつつ怒る魔王様。 そんな御姿も可愛らしい…。

 

 

 

 

 

…けど、そんな心配は杞憂である気がする。 …確かに威厳こそ、先代魔王様に比べれば少ないやもしれないが…。 カリスマは見事に振りまかれている感じがする。

 

 

 

その証拠に、魔王様の真の御姿を知る者が極端に少ないということが挙げられるであろう。大公爵の娘である私ですら知らなかったし。

 

 

勿論、魔王様の力が強大なため歯向かう気すら起きないという考えや、アスタロト家を始めとした最上位魔族一族たちは魔王様に絶対の忠誠契約を結んでいるというのもあるだろうけど―。

 

 

 

それにしては、完璧に情報統制がなされている。魔王様の口ぶりから、少なくとも今仕えている最上位魔族の家長たちはこの御姿を知っているみたいなのに。

 

 

 

きっと皆、魔王様への敬愛を胸に、秘密を遵守しているのだろう。 私も勿論、絶対に口外しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう内心決意を固めていると…社長達に弄ばれていた魔王様が、ちらりとこちらに目を。

 

 

「ぅぅうー…。 アストよ…ミミンとオルエをなんとかしてくれまいか…?」

 

 

「はい!  もう…! 社長もオルエさんも、魔王様を弄り過ぎですよ!」

 

 

 

魔王様を助けるために、社長たちを諫める。すると2人共、手をひらひらさせてすぐに逃げ出した。 …が、さらに一言ずつ。

 

 

「アストを手駒にしちゃってー…。なんか取られた気分…!」 と、社長。

 

 

「これじゃ、どっちが姉弟子でどっちが妹弟子かわからないわね♡」 と、オルエさん。

 

 

 

 

それに対し、魔王様は―。

 

 

「い、良いだろう!いずれ、我の配下となる者なのだから!…きっと…。 そ、それに我が、アストの姉弟子に決まっている!年上なのだから…! …嫌では…ないよな…?」

 

 

 

…何故か、ちょっと自信なさげ。 窺うように、こっそりと聞いてこられた。 私はそれにちょっとだけ苦笑いしつつ、しっかりと頷きを返す。

 

 

 

少し横に目をやると、社長がぷくっと頬を膨らませていたけど…。 このまま私がアスタロトを継ぐとしても、最短でも何十年後とか、なんなら百年単位で先の話になるだろうから…。

 

 

それまでは社長のお傍に、ということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

―そういえば前に…最近の創作物では、魔王の威厳が皆無で、おっちょこちょい的存在として描かれることが多いと言ったことがあった気がする。

 

 

 

けど、蓋を開けてみたら…。うち(この世界)の魔王様も、同じように愛すべき存在であったとは。

 

 

 

まあ、そっちの方が嬉しいのだけど! 世界を滅ぼそうとする邪悪な魔王よりも、何千倍も!

 

 

 

 

 

 

 

――さて、まだまだ酒宴は始まったばかり。私も節度を持って、ご相伴に預からせていただこう。

 

 

このお三方が…魔王様と、オルエさん(サキュバス)と、社長(ミミック)の『最強トリオ』がどんな会話をするのか、すっごく気になるし…!

 

 

 



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アストの奇妙な一日:偉大なりしや魔王様③

更に楽しい時は進んでゆき、酒杯は幾つも空けられていく。次々出てくる食事も、これまた美味なものばかり。

 

 

 

―へ? 今更だけど、どうやって食事とかお酒とかが出てきているかって? 

 

 

そこは魔王様のお力の見せどころ。

 

 

 

 

どうやら別の場所に専属シェフたちを待機させているらしく、何か食べたい物があれば遠隔で注文、そして魔法陣を介して出来たてデリバリー。お酒も同じく。

 

 

取り分けや配膳、お酌という作業も、食器や瓶自体が勝手に動いてやってくれる。テーブルの上に乗り切らない場合は、近くの別の机に置かれたり、ふわふわと空中で浮遊していたり。

 

 

しかも自分でそれをやりたかったり、誰かにやってあげたい時…というか普通に欲しい時は、そのお皿へ目配せ一つですっと来てくれる。

 

 

そして、空になった食器はすぐさま回収。おかげでテーブルの上は常に使いやすく綺麗。凄い。

 

 

 

 

 

なお、社長もちょっとした食べ物を持ってきていた。各ダンジョンから頂いたor買ってきたもの…レアな果物やお団子とかから、キノコやソーセージとかの食材系まで。

 

 

それらをいつも通り、自分の箱に詰めて来ていたのだ。 やっぱりこっちも凄い、ミミックの箱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば私の緊張もかなりほぐれ、場には友人同士の和やかムードが満ち満ちて。

 

そして皆の会話もその空気に相応しい、思い出話や最近の他愛もない出来事などの歓談に相応しいテーマばかりであった。

 

 

 

 

幾つか、内容を紹介するとしよう。まずは…『社長達三人の出会いのお話』―。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「―それでね。 魔王城から抜け出してきたマオは、街で私達と偶然ぶつかってね。 追っ手から逃げてるって焦っていたから、私の箱に匿ってあげたのよ」

 

 

「そして私が抱っこして、素知らぬ顔で歩いてね♡ まさかマオがちっちゃな箱の中に入っているなんて思わなかったみたいで…兵の皆、スルーだったわ♡」

 

 

 

懐かしそうに思い返す社長とオルエさん。まさか出会いが、そんな劇的&定番なものだったとは。

 

 

 

 

「そっから私達の関係が始まったってわけ! …あれ? でもなんで逃げて来てたんだったかしら?」

 

 

そう嬉しそうに言ったものの、はてなと首を傾げる社長は魔王様をチラリ。 すると魔王様は…顔を赤くなされて、か細い声を。

 

 

「うぅ……予防注射が…怖かったから…だ…!」

 

 

 

 

 

「あぁそうだったわ♡ 結局、私とミミンで説き伏せて、魔王城に送り届けたんだっけ♡」

 

 

「そうそう! いやー、あの時のマオ、ワンワン泣きまくってたわよねぇ。注射する時も、私達に手を握ってってせがんできたし! 会ったばかりだったのに!」

 

 

思い出し、クスクスと笑うオルエさんとゲラゲラ笑う社長。 ―と、社長の笑いっぷりが癇に障ったらしく…魔王様が、頬をぷくっと。

 

 

 

「むぅう…! そう笑うが、ミミン! 貴様も大概だろう! 父上(先代魔王)の厚意でついでに注射を打ってもらえるとなったら、箱をがっちり閉じて逃げた癖に!」

 

 

「なっちょっ!? それ持ち出すの!?」

 

 

まさかの暴露返しに、グラスをあわや倒しかけるほど慌てる社長。私は思わずポツリ。

 

 

 

「そうだったんですか社長…」

 

 

「違うの! 違うのアスト! いや違くないんだけど…。 今は別になにも怖くないわよ!?」

 

 

ただの相槌のつもりだったのだけど…。注射は私も怖かったし。 でも変に受け取られてしまったらしく、社長は全力で言い訳をしようと。

 

 

―と、そこに…オルエさんが追撃を加えてきた。

 

 

 

「ふふ♡ あの時のミミン、頑なだったわよねぇ♡ その場にいた大人総がかりでもぎっちり閉めたままだったし。 で・も・♡ 私がふーっ♡って息を吹き入れてあげたら、変な声あげて出てきちゃって♡」

 

 

 

「おーるーえーッ! 大体あなただって…! …いや、違うわ…」

 

 

魔王様以上に顔を真っ赤にした社長が、吼える。そして自身も暴露してやろうとするが…突如意気消沈。

 

 

「うむ…。 あの時のオルエ、率先して注射受けてたからな…」

 

 

そして呆れ笑いを浮かべる魔王様。オルエさんは、うふ♡と私へウインク。

 

 

「私、刺されるような痛みも、結構感じちゃうのよぉ♡」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

その後も少しばかり暴露合戦が続いたが…。まあ結局、不毛な争い。すぐに和解して終わってしまった。

 

 

暴露の度に社長と魔王様が顔真っ赤にするのに対して、オルエさんは恥ずかしいのが気持ちいい言わんばかりに身を少しピクつかせてたし…。 

 

 

 

因みに他の暴露内容だが…。どれもこれも、微笑ましいものばかり。

 

『何の食べ物が苦手だった』とか。

『魔王様が世間知らずだった』とか。

『かくれんぼで社長が潜んでた箱が、落とし物として届けられてしまった』とか。

 

 

 

 

 

 

さて次は、『身体の成長のお話』―。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「しっかし…相変わらずオルエのおっぱいってたゆんたゆんよねぇ…。何食べたらこうなるのよ…」

 

 

「我らは、子供の時分からほぼ身体付きが変わっていないというのに…ぐぬぬ…」

 

 

 

社長は触手でオルエさんの胸を突き、魔王様は自らの胸に手を置いて悔しそうに。

 

確かにオルエさんの身体は出るべきところは出て、締まるべきところは締まっている。まさにTHE・サキュバス。

 

 

 

 

「それは仕方ないじゃなぁい♡ 私達は持ってる力が強大過ぎて、カラダの成長が阻害されちゃってるって診断受けたでしょ♡  私はカラダが重要なサキュバス族だから、なんとかおっきくなれただ・け♡」

 

 

胸を好き放題揉まれながら、2人をあやすオルエさん。 しかし社長たちは不満顔のまま。

 

 

 

「…なーんか納得いかないわね…。 そだ! マオ、このキノコ齧って!」

 

 

「な、なんだこれは…? なに? 身体が大きくなるキノコ?」

 

 

 

社長が魔王様に渡したのは…前に訪問した『キノコの山ダンジョン』から頂いた、赤地に白水玉のスーパーなキノコ。 確かそれって…。

 

 

 

 

「もぐ……。 むっ…!?」

 

♪ピロンピロンピロン⤴♪

 

 

やっぱり謎な電子音と共に、煙に包まれた魔王様。それが晴れた後には―。

 

 

 

「おぉ!? 大きくなれたぞ!!? 我も大きくなれたぞ!!」

 

 

 

 

なんと、大人の体つきになった魔王様が。 そう…このキノコ、普通はただ巨大化するだけなのに、何故か社長が食べたら大人化したのだ。 だから魔王様にも効いたのだろう。

 

 

しかしこの変化後の御姿…! 女王様と呼ぶに相応しい威厳と貫禄に満ち溢れている…!

 

 

 

…が、当の魔王様本人が少女のように喜び過ぎて、それも半減中なのは言わざるべきか…。

 

 

 

 

「これならば…!カーテンや兜で顔を隠さなくとも臣民に姿を…! あうっ!?」

 

 

そして魔王様…喜び過ぎて、立ち上がった節にテーブルに足をゴン。 

 

…このキノコ、ダメージを受けるとすぐに効果切れするため…。

 

 

 

♪ピコンピコンピコン⤵♪

 

 

「へっ…!? あ…あぁ…小さくなってしまったぁ…そんなぁ…ふぇぇ…」

 

 

 

…と、悲しみに暮れる少女姿な魔王様へと戻ってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

「私にもミミンのキノコ、食べさせてちょうだい♡」

 

 

そこに参戦してきたオルエさん。魔王様が渡すと、それをしげしげと眺め、端を齧り…。…って…。

 

 

「んふ…♡ ぺろ…んちゅ…♡ っん…♡ 美味し…♡」

 

 

…齧るというか…舐《ねぶ》るというか…。 というか持ち方自体もどこはかとなく卑猥な気も…。

 

 

 

……まあそれはともかく、同じように電子音と煙が。――しかし…。

 

 

 

「「んんん??」」

 

「あれ…? 姿が…?」

 

 

眉を潜める社長と魔王様。私も首を捻る。だって…。

 

 

「あらあら♡ 変化無しなんて♡」

 

 

…大人化はおろか、巨大化すらしてない…。そういうパターンもあるんだ…。

 

 

 

 

「…ミミン」

 

「…えぇ。 ていっ!」

 

 

「きゃんっ♡」

 

 

 

直後、魔王様に促され、社長がオルエさんの肩に触手ビンタ。 再度下がり気味の電子音と煙がでたけど…。

 

 

「「「やっぱり変わってない…」」」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

という顛末が。…というかオルエさん、サキュバスだからって身長を縮めて少女姿になることは出来るらしく…。

 

 

そっちに関してはキノコ無しでポンっと変身してみせてくれた…。…別にサキュバスだからって、そんな能力持ってるとは限らないと思うんだけど…。

 

 

 

しかしそうなると私以外の三人が少女(偽)となり、明らかに飲み会の場としては通じなくなるので…元に戻って頂いた。

 

 

 

なおオルエさん、私に『小っちゃくなる方法知りたい?』と聞いてきた。…正直、社長と同じ高さで話してみたいという気持ちはあったため、悩んでしまった。

 

 

するとそれをイイことに、『教えてあげるわ…♡手取り足取り、そのカラダにじぃっくりと…♡』と言ってベッドへと連れていかれかけた…。 社長と魔王様が慌てて止めてくださったけど…。

 

 

 

 

 

 

 

更に話は変わり、今度は『かつての【最強トリオ】の逸話』へと。これに関しては、私が持ちだしたのだが―。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「実はグリモアお爺様にお聞きしまして、こんな雑誌をお借りしてきたんです」

 

 

そう言いつつ私が取り出したるは、『週刊モンスター』のバックナンバーが一冊。それをペラペラと捲り、とあるページを魔王様方に見せる。

 

 

 

「むむ? おぉ…! これは…! 魔王軍と人間の騎士兵団を両成敗した時のか…!」

 

「懐かしい~♡ まだ皆やんちゃだった時のひと騒動ね♡」

 

 

…さらっと仰る魔王様とオルエさんだが…。ここの書かれているのは、下手すれば戦争一歩手前なぶつかり合いの記事。片方だけでも数万じゃ効かないぐらいの兵士はいたんじゃないかって戦い。

 

 

そこに子供の頃の『最強トリオ』…社長とオルエさんと魔王様の三人が乱入し、一切の傷を負うことなく双方をボッコボコにしたという、歴史から抹消された出来事なのだ。

 

 

 

 

 

「父上や当時の人間の王達が共謀して、全ての記録を消したはずだったのに…。 こんな場所に残っていたとはなぁ…」

 

「もう都市伝説扱いされて久しいのにね~♡ アストちゃん、これよく見つけてきたわね♡」

 

 

しげしげと載っている写真や文章を眺める魔王様とオルエさん。 その魔王様の御言葉がちょっと気になり、一つ質問をさせてもらうことに。

 

 

「人間側も隠蔽に協力したのですか?」

 

 

 

 

 

「うむ、そうなのだ。なにぶん『目玉焼きには醤油か塩コショウか』から始まった、双方命令無視の大喧嘩だったからな。 しかも我らに手も足も出ず全滅したから、笑い話にもならなかったろう」

 

 

そう答えてくださる魔王様。……本当だったんだそれ…。 ―と、社長がしみじみと口を開いた。

 

 

「先代魔王様にすっごく怒られたわよねー、参加してた魔王軍兵全員。そして私達も! なにせ、魔王様に内緒で止めに行ったのだもの!」

 

 

 

「そうそう♡ 珍しくマオが提案してきたのよ♡ 次期魔王としての責任を感じちゃって♡  あわや魔王様にクビにされかけた皆を、涙でぐちゅぐちゅになりながら庇いもしてたわねぇ♡」

 

 

「私とオルエも一緒になって魔王様に頭を下げたわね~。 ほんと、懐かしい話!」

 

 

 

過去を偲び、うんうんと頷くオルエさんと社長。 そしてさらっと暴露された魔王様は、またも顔を赤らめてた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

なおその後、ついでに『最強トリオ』は他に何をしたか聞いてみると…。

 

 

 

「そうさな。暴れていた巨竜共を張っ倒して鎮めたり…」と魔王様。

 

「人質とってダンジョンに立てこもった盗賊団を全員ブッ飛ばしたり…」と社長。

 

「魔王様に挑もうとして来た冒険者を、先んじて片付けたりとか♡」とオルエさん。

 

 

 

他にも、出るわ出るわ武勇伝。 魔王様に頼まれてだったり、勝手に行動したり。やりたい放題だったご様子。

 

まあ悪い事はしていなかったようで何よりだけど…。そりゃ噂にも残るでしょうね…。

 

 

 

 

 

 

―そうそう。その流れでちょっとしたお話が続いた。どんなかというと…。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「そういえば…♡ この時指揮していた魔王軍幹部の方、まだ現役みたいじゃない♡」

 

 

私の持ってきた雑誌を指さしつつ、オルエさんがそう聞く。 すると魔王様はこくりと頷いた。

 

 

「うむ。『バサク』のやつだな。 今は『上級者向けダンジョン』の仕切り役兼、ボスを務めてもらっている。 あやつの血の気の多さは昔から変わらんから…」

 

 

「ダンジョンにねぇ…。 ねえ、マオ。何かあったら―」

 

 

そんな魔王様の言葉を聞き、社長は少し声の調子をまともに。しかし、魔王様はそれを制した。

 

 

 

「わかってるぞミミン。 既に二回も手を貸して貰っているのだ、困ったときは頼る」

 

 

「なら良かった! もー。立派になったのは嬉しいんだけど、今度は今度で頼らなすぎよ!」

 

 

いつもの元気な調子で、ちょっと不満を口にする社長。すると魔王様、ちょっと俯き、指同士をつんつんと。

 

 

「むぅ…。 だって我、魔王だもん…。いつまでも、おんぶに抱っこではいられないし…」

 

 

 

 

自信無さげに、そう呟いた魔王様。しかし社長は…それを笑い飛ばした。

 

 

「何言ってんの。友達なんだから、困ったときは助け合うもんでしょ。 ぶっちゃけ、私も助けられてるし! 市場に流しにくい危険素材の買い取りとかで!」

 

 

「あれは寧ろ我も助かってるのだが…。 格安で希少素材を手に入れられるのだから…。 …もっと高値でも良いのだぞ…?」

 

 

「今のままで充分よ! 元は取れているんだから! …ま、サキュバス素材はオルエからのほうが良いだろうけど!」

 

 

 

そう微笑み、チラリと向かいの席へ目をやる社長。するとオルエさん、待ってましたとばかりににっこり。

 

 

「うふふ…♡ この間、新しいサキュバス媚薬を作ってみたの♡ 香りを嗅いだだけで、一ヵ月は発情しっぱなしになって、感度も3000倍ぐらいに気持ち良くなっちゃうやつ♡ いる?♡ それとも…今使ってみちゃおうかしら♡」

 

 

そう言いつつ、胸の谷間から小瓶を取り出したオルエさん。 …なんか、見るからにヤバい色をしているんだけど…。

 

 

 

「「――!! 絶対開けるな!」」

 

 

瞬間、明らかに警戒しだす魔王様。 社長に至っては、自身の宝箱の中から危険物用の強化金庫を取り出して威嚇まで。持ってきてたんだ…。

 

 

 

その焦りっぷりをクスクスと笑い、再度胸の中に小瓶を仕舞うオルエさん。…ミミックの収納術とか、教わってたりするのかな…?

 

 

 

 

 

「ざーんねん♡ …けど、実はこれ、とある女騎士ちゃんに使うつもりだったの♡ アストちゃん並みに良い子が来たから、身も心も堕としてあげようと思って♡」

 

 

そう種明かしをするオルエさん。…誰かは知らないけど…気の毒に…。

 

 

「…でも、せっかく良いところまでイッてたのに…急に来なくなっちゃって…。 …クーコちゃん、どこに行ったのかしら…」

 

 

―しかし、オルエさんは至極残念そうに溜息を。どうやら上手く逃げおおせたらしい。 

 

 

と、その名前を耳にした魔王様がポンと手を打った。

 

 

「クーコ…女騎士…。 もしや、あの『勇者パーティー』の、気も力も強い女騎士か?」

 

 

 

 

それを聞いて、社長も『あ、やっぱり?』と。 何を隠そう社長と私は、少し前に訪問した『中級者向けダンジョン』でその勇者パーティーの姿を映像で見ているのだ。

 

 

そして社長、その中の女騎士を見て『オルエが気に入ったって娘に似てる』と漏らしていた。つまり、同一人物で当たっているのだろう。

 

 

 

 

すると魔王様、それで一つ思い出したらしく…社長へと顔を。

 

 

「ミミン。その勇者パーティーが、魔王軍の各ダンジョンをじわじわ攻略していっているのだ。いくら負けても、何度でも…。ちょっと怖いぐらいに……」

 

 

少し怯えた様子の魔王様。繰り返し挑むって…何しているんだろう…。 経験値を溜めているのかな…?

 

 

 

 

「いずれ上級者向けダンジョンにも到達し、ともすればここ魔王城にもやってくるだろう。狙いは我みたいだし…。だから、その時は…」

 

 

そぅっと社長と私の顔を窺う魔王様。 社長はいつものように、ドンと胸を叩いた。

 

 

「えぇ! その時は、私とアストに…『ミミック派遣会社』にお任せあれ!」

 

 

「はい! 私も微力ながら、お力になります!」

 

 

 

私も片手を胸に当て、そう宣言する。 …ついでに、オルエさんも…。

 

 

「もし魔王城に来るとわかった時は、私も呼んで♡ クーコちゃんの弱点、ぜーんぶ知ってるし♡」

 

 

…と、頼もしいんだか危ないんだかな協力表明をしてくださった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

他にも色々と話を交えたが……。これ以上はキリがないので割愛。

 

 

 

とはいえ、歓談する以外も色々と遊ばせて頂いた。ボードゲームをしたり、映画を流したり、カラオケしたり。

 

 

社長はふわふわソファに身体を沈めこんでソファミミックになってたり、ボトルシップ的なものをあっという間に作ってみせていた。

 

 

 

 

…え? ボトルシップってそう簡単に出来る物じゃない? うん、私もそう思ってた。

 

 

 

でも…彼女はミミックだというのを忘れないでいただきたい…。ボトルの中に入れる存在だっていうのを…。

 

 

 

【ミミックミミンの、簡単ボトルシップ講座♪】

 

 

1.手順は単純! まず空ボトルと入れたい物を用意します。

 

 

2.まず自分がボトルに入ります。そして手を出し、入れたい物を掴みます。

 

 

3.あとはそれをスポッと引き入れてセットして、自分が出れば完璧! ね、簡単でしょ? 

 

 

【おしまい♪ 皆も真似してやってみよう!】

 

 

 

……みたいな感じだったのだ…。真似できるわけないでしょう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

あ。あと、とあるゲームに興じた時が結構盛り上がった。それはなんと…『王様ゲーム』。

 

 

うん。魔王様がいるのに、王様ゲーム。 けど、魔王様にしてみれば命令されるのが新鮮らしく、また昔の社長達との関係を思い出せてお気に入りなご様子だった。

 

 

勿論やりすぎなお題は禁止で。…その点に関しては、オルエさんがちょっと不満げだったけど。

 

 

 

それを最後にご紹介するとしよう―。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「えいっ…! やったー!今度は私が王様ー! なんの命令しようかっしら~!」

 

 

幾度目かの挑戦で、社長が王様に。 ニヤニヤと少し考え、お題を出してきた。

 

 

 

「じゃあ…①番が③番に抱っこして貰って、わしゃわしゃーって撫でまくってもらう!」

 

 

 

……社長にとっては、誰が選ばれても面白い絵面だろう…。 けど…けど…!

 

 

 

「①番は我だ。 ③番はどっちだ?」

 

 

ひゃっ…! しかも、よりにもよって魔王様…! だって…③番って…!

 

 

 

「…あ、あの…。私、です…! ご、ごめんなさい…!」

 

 

 

 

 

 

まさかまさかの、私が抱っこするほう…! いや逆の方が失礼かも…? …どちらにしても、畏れ多い!!

 

 

「何を謝る必要がある。『王様』の命令だぞ。 我、魔王だが。 膝を借りるぞ」

 

 

おたおたしている間に、魔王様は自身の椅子から降り、こちらへトコトコと。そして平然と私の膝の上に乗り、頭を預けて……!!!!

 

 

 

「ん? どうしたアストよ。 撫でてくれ。わしゃわしゃーっとな」

 

 

「へ! は! はい! お、お任せくだひゃい!」

 

 

一緒にお酒を飲むのは大分慣れたけども…! 流石にこれは…! 手が震えて…上手く動かない…!

 

 

 

「アスト、そう緊張しないの。 普段私にやってくれているようにすればいいのよ!」

 

 

ふと、社長からそんなアドバイスが。 普段通り…普段通り…。…よし!

 

 

「では、失礼します…!」

 

 

 

 

 

魔王様の頭にそっと手を置き、優しく髪を梳くように丁寧に撫でさせて頂く…。 …髪、柔らかい…頭、ほんのり暖かい…!

 

 

 

「ほう…ふむぅ…ふへへ…。 なかなかどうして、心が安らぐ…。ミミンやオルエとはまた違った感覚だ…」

 

 

どうやら魔王様も喜んでくださっている様子。 顔を少し動かし、私へ微笑みかけてくださった。

 

 

「いつか、そなたが我の元に仕えた暁には、常にこうしてもらいたいほどだな…。 なんなら、今からでも…」

 

 

 

「ダメ―! アストは私の! 少なくとも、暫くは私のー!」

 

 

 

…またも魔王様の言葉を遮るように、社長が叫んだ。わぁ…すっごく、破裂しそうなほど頬を膨らませている…。

 

 

 

「あらあら♡可愛い焼きもち♡ 人気者は辛いわね、アストちゃん♡」

 

 

ただ一人オルエさんだけ、長姉のような慈愛の笑顔を浮かべていたのであった。

 

 

 



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顧客リスト№51 『イダテン神のレーシングダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

設置されているランプにシグナルが点灯していく。赤の光が段階を置いて、一つずつ。

 

 

それに合わせ私も、手にした大きいフラッグを握り直す。そして、出来る限りの大きい声で―。

 

 

「 3(three)

 

  2(two)

 

  1(one)

 

 ――GO!! 」

 

 

 

シグナルが青の光を灯したタイミングにピッタリ合わせ、その白と黒の市松模様な、チェッカーフラッグなるものを勢いよく振る。

 

 

瞬間―――!

 

 

 

 

 

ヴォンヴォンヴォンヴォォオオオッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

けたたましい爆音を立てながら、双陣の突風が私の真横を突き抜けてゆく。それに耐えつつ、過ぎ去った音の正体を見やると―。

 

 

「わ…もうあんな遠くに…!」

 

 

思わず、驚いてしまう。先程まで合図を待って唸りをあげていた、四輪の箱…もとい、『レーシングカー』は、既に小さくなっていたのだから…!

 

 

 

 

 

 

 

 

―さて、走っていった二台のレーシングカーが戻って来るまで、少しばかりこのダンジョンの説明を。

 

 

 

ここは『レーシングダンジョン』という場所。とはいっても、これまた普通のダンジョンとは装いがかなり違う。

 

 

 

敷地は基本的に地上なのだが、そこを構成するのは綺麗に、黒めに舗装された道路。それが長く、時には曲がり、時には坂を構成するように敷かれているのだ。

 

 

山間を縫い峠を越すルートもあるし、中には巨大なトンネルや水中ステージも。場所によっては空中を跳ぶ道すらもあるらしい。因みに観戦席とかの設備や、特殊なギミックとかもある。

 

 

 

 

これらは全て、あのレーシングカーのため。馬車よりも、鳥よりも高速で走り抜けるあの『車』のための専用コースが、幾つも用意されている特殊なダンジョンなのである。

 

 

 

 

 

 

――そう、あのレーシングカーは車。車輪を勢いよく回し、走っていくアレ。ただし、曳くための馬とか竜とかは存在せず、魔法によって搭乗者が自在にスピード調整できる代物。

 

 

ついでに、ウォータープルーフ魔法とかパラシュート魔法とか、激突防止魔法とかもたっぷりかけられてもいる。社長の箱並みに凄いかもしれない。

 

 

それに万が一に事故が起きたとしても…ここダンジョンだから復活できるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ。そんなことを言っていたら、そろそろゴールしてくるみたい。中継してくれている魔法映像の位置情報的に。

 

 

 

なら準備しなければ。私がいるスタートラインは、そのままゴールラインなのである。 再度、チェッカーフラッグを手にして……もう微かに見えてきちゃった!

 

 

 

 

「せーのっ! それっ!」

 

 

ゴールはここです!と示すように、フラッグをブオンブオンと大きく振りまくる。するとラストスパートをかけるように、レーシングカーは更に速度を上げだした。

 

 

 

 

 

って…あれ!? よく見ると…二台ほぼ横並びにで走ってきている…! これはどっちが一着かわからない…!

 

 

 

どっちだ…! どっちだ…! どっち……!? 双方一歩も引かぬまま――。

 

 

 

 

 

「GOAL!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…私の目では、どっちが先にゴールしたかわからなかった…。私の魔眼は『鑑識眼』で、物事をスローモーションで見られる力はないから…。

 

というより、視力強化の魔法とかをかけておけばよかった…。もう遅いけど…。

 

 

 

まあでも、そんな心配はいらない。しっかりと判定用魔法も備えられているのだから。 さてさて、結果はと…。

 

 

 

 

映像画面へと目を移すと、ゴールした瞬間の映像が丁度パッと映し出されたところ。 わぁ…! ほんと僅差! 指一本分ぐらい?

 

 

しかし、しっかり差があったというのが明らかとなった。ということは、この先に出ているレーシングカーの搭乗者が―。

 

 

 

『只今のレース。【イダテン神】の勝利!』

 

 

 

 

 

 

 

そんな場内アナウンスが響き渡り、観戦していた他魔物達は良いレースだった!と歓声をあげる。私としては、ちょっと残念ではあるんだけど…確かに、白熱したレースであった。

 

 

 

と―。その結果発表を聞き、勝利したレーシングカー…孔雀のような塗装が施された車の扉が、バンッと開く。そして、威勢の良い女性の声が。

 

 

 

「よっしゃああああ!! ギリギリだったけどオレの勝利だ! 神の面目、なんとか保てたぜ!」

 

 

 

 

 

ひと振りの宝剣の絵が描かれた甲冑のような柄の、ぴっちりとしたレーサースーツなる姿の彼女は、その胸をガバッと開け風を入れる。

 

 

そして、派手めの兜柄のヘルメットをスポンと外す。現れたのは、勝利の高揚と安堵で上気した、格好いい女性の顔。

 

 

 

彼女は『イダテン神』。数いる神様の、その一柱である。

 

 

 

 

 

 

 

このダンジョンの様々な特殊機構、コースやレーシングカー諸々にかけられている魔法、そして幾台もある、様々な大きさや形、模様の車たち…。

 

 

それら全て、イダテン神様のお力によるもの。 ここは彼女が作った『遊び場』なのである。

 

 

 

なんでもイダテン神様、本来は守護や戦闘などなどの加護を持つ偉大な神様らしいのだが…どうやら『走り屋』の側面があるご様子。

 

 

そのため自らの分霊を作り出し、レーシングカーという特殊な乗り物まで作成して、日夜ここを走り回っているらしい。 コースに飽きても、神様だから自由に改造できるみたい。

 

 

 

 

因みに厨房を守る神様でもあるみたいで、料理の腕も素晴らしかった。 先程、『御馳走』を作ってくださったのだ。

 

 

 

今のこれは、その腹ごなしレースということ。 …私、へそ出しで生地がつるつるな『レースクイーン』衣装を着せてもらっていたんだけど……。お腹、膨らんでないよね…?

 

 

 

 

 

 

 

 

へ?社長はどこかって? まあ大体想像できるでしょう。

 

 

イダテン神様が乗っていたレーシングカーは、孔雀柄。お気に入りの柄らしい。

 

対して、それと競っていたもう一台のレーシングカー。そちらの柄は…宝箱。

 

 

 

もうおわかりなはず。そこからバンッと扉を開けて出てきたのは――。

 

 

 

「くぅぅうう! あとちょっとでしたのにぃ!」

 

 

 

―と、悔しそうな声を上げる、子供サイズのヘルメットとスーツを着た、宝箱入りのミミック。社長である。

 

 

 

 

 

 

そう。社長とイダテン神様、レースで勝負していたのだ。 結果は先の通りだが、双方歩み寄り健闘をたたえ合う。

 

 

「流石イダテン神様! 一回もまともに追い抜けませんでしたよ!」

 

 

「へっ!よく言うぜ! 初乗りの癖にオレと並び続けるなんてヤツ、見たことねえよ!」

 

 

 

がっしりと互いの手を握り合い、談笑するお二人。その顔には一切の恨み辛みはなく、爽やかな笑顔が。

 

 

 

 

 

 

……え?『初乗りの癖に』? えぇ、はい。嘘じゃありません。

 

 

社長、あれに…レーシングカーに乗ったのは今日が初めて。なのに、あの腕前。

 

 

 

 

 

一応私もちょっと乗せてもらったのだけど…丸いハンドルとか各レバーとかの操作を全くできなくて、あわや激突事故を起こしかけた。だからレースクイーンをしているわけで。

 

 

 

 

しかし社長は違った。乗って、軽く説明を受けたらあら不思議。まるで自らの手足の如く、もとい、自分の入っている箱のようにすいすいと走り出したのだ。

 

 

そして色んな技を魅せてくれた。急な曲がり角を、車輪を横滑りさせながら走る『ドリフト走行』なるものや、車輪痕で地面に円を描く技とか。

 

 

そして片側の二つの車輪だけでレーシングカーを立たせ、片輪走行なんかも。 とんでもない荒業だっていうのは、見ただけで分かるほど。

 

 

 

その様子は私はおろか、その場にいた他の魔物達、そしてイダテン神様すらも驚いていた。なんで初めてでそんな動きが出来るのか聞いてみると――。

 

 

 

「ほら、これ(レーシングカー)って『箱』じゃない? だから、体が勝手にわかっちゃうのよ!」

 

 

 

―とのこと。 つまり、ミミックだからということ…? なら、考えるだけ負けかも…。

 

 

 

まあただ、レーシングカーを箱に置き換えて考えると…、確かに普段からやってることではあるのかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっぷっはーーっ!!  ひとっ走りした後のジュースは美味しいですね~!! お酒だったらもっと良いんでしょうけど…」

 

 

「呑むなら、もう今日は運転しないと決めてからだぜ。 酔っぱらっての運転は、いくらオレの力があっても危険だからよ!」

 

 

「はーい! 後にしまーす!」

 

 

 

コース端の休憩所で、冷たいジュースを飲みつつ語らう社長とイダテン神様…そして、私。 ということは、社長まだまだ遊ぶ気らしい。

 

 

…一応私達、依頼で来ているのだけど…。 なら今のうちに、商談を纏めておいた方が良いかな。そのほうが気兼ねなく楽しめるだろうし。

 

 

 

 

 

「イダテン神様。ご依頼内容をお聞かせいただいても?」

 

 

「お!そーだったそーだった! あまりにも社長の腕が良いモンだから、すっかり忘れかけてたぜ!」

 

 

私がそう話を切り出すと、危ない危ないと笑うイダテン神様。そして、ジュースをグイっとあおりながら教えてくださった。

 

 

「いやよ、ここって他の魔物やら人間やらにも開放してんだよ。ほら、そこら中にいるだろ?」

 

 

 

 

 

彼女にそう言われ、私は辺りを見渡してみる。確かに色んな場所に、人間達や亜人獣人など様々な人々が。

 

 

そんな彼らが、色んな車に乗って走り出している。四輪車だったり、二輪車だったり、小さいのだったり大きいのだったり。

 

 

自分の乗り物の持ち込みも問題ないらしいし、なんなら走ってコースを楽しむのもOKらしい。まさに様々な走り屋のためのダンジョンである。

 

 

 

 

 

 

おや、あそこの方は結構なご老体なお婆様だけど…。…わっ!? 凄い速度で、足で走り出した!? 時速100…いや140ぐらいは出てるんじゃないかって速さで消えていった…!

 

 

…あぁ…! そういえば聞いたことがある気が…『ターボおばあちゃん』という妖怪の方を…。もしやその御方かもしれない。

 

 

…えっ!? 他にもお爺様だったり、毬をついている女の子だったり、赤ちゃんだったり、ホッピングや棺桶を手にしていたり、ミサイル?に乗ってたり…。

 

 

なんか、すっごい妙な集団が、走っていっちゃった……。 なんか、伝説になりそう…。

 

 

 

 

 

 

気を取り直して…あちらの方には、側面に『95』と数字が描かれた、真っ赤な色のレーシングカーが…。…あれ!? なんか…正面に大きな目があるような…!? その下に、口もある!?

 

 

そこに、ちょっと古びた様子の、背の荷台にクレーン?のような物を乗せた車が…。 それにも目と口が…! しかも出っ歯!

 

 

他にも、何台か…。 何かを話しつつ、タイヤを上げたり下げたり妙な動きをしながら行ってしまった…。

 

 

レーシングカーの集団…。 レーシング『カーズ(Cars)』…? なんか可愛いかったかも…。

 

 

 

 

 

 

 

そして向こうの方には、真っ黒なピッチリスーツ…『ライダースーツ』というらしいそれに全身を包み、同じように真っ黒な二輪車に乗っている方が。人の姿である。

 

 

どうやら女性のご様子。かなりスタイルが良い。 あと、黄色なネコ耳つきヘルメットを被って…あ、外した…わ!

 

 

首が…ない…! どうやら『デュラハン』の御方らしい。 しかし、普通デュラハンの方は鎧と馬に乗っているイメージがあるが…あのような方もいるんだ。

 

 

 

お、走り出した。 …? 多分、結構離れているせいなのだろう。 駆動音が変に聞こえてきた。『ブロロロ!!』とかじゃなく、『デュラララ!!』って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっとしまった…。つい来訪者観察に夢中になってしまった。改めて、イダテン神様のお話へと。

 

 

 

 

「―んでよ! 最近ここの噂を聞きつけて遊びに来る連中が多くてな。千客万来ってやつよ! そうすると、悪いこと考える奴も増えちまって…」

 

 

そう話を進めつつ、手にしたジュースを飲み干すイダテン神様。そして面倒そうに肩を竦めた。

 

 

「勝手に賭けを始めたり、走っている奴を誰彼構わず煽ったり、中にはレーシングカーを盗もうとするヤロウもいるんだ!」

 

 

と、話していて怒り心頭に達したのか、イダテン神様は手にしたジュースの缶をぐしゃりと握り潰…というか、消滅させた…!

 

 

 

「オレぁ、そういうのは許せねえタチでよ! 見つけ次第ブッ飛ばしに行ってるんだが…。ついついやりすぎちゃってよ、車ごと『メッ』しちまうんだ」

 

 

…そのメッ、は、『滅』であろう…。まあ神様のお膝元で悪さするのがいけないし。

 

それにダンジョンなので、復活魔法陣によって復活できるから…やりすぎという事は、ない…?

 

 

 

 

 

しかしイダテン神様はそれでは納得できないらしく、あぐらをかきつつ、ずいっと顔をこちらへ。

 

 

「オレとしてもできれば、反省させて改心させたいわけだ。そのためにゃぁ、バレずに連中に迫れて、とっ捕まえられる存在が適任かと思ったんだが…」

 

 

そこで不意に言葉を切った彼女は、社長を抱え上げるようにし、あぐらをかいている足の上に乗せた。

 

 

「さっきのテクニックを見たら、別に隠れる必要もねえや! な? 車を思いっきり激突させて止めても何しても良いから、連中をふん縛る手伝い、してくんねえか?」

 

 

オレの加護がかかってるダンジョンだ、大抵のことは大事(おおごと)にはならねえしよ! そう付け加え頼み込むイダテン神様。社長は彼女のあぐらの上で、にっこりと。

 

 

 

「えぇ!おまかせあれ! 私の所感ですけど…ミミック達のほとんどは、ここを気に入りますよ! 中でも、走り屋気質な子達を派遣いたしましょう!」

 

 

 

…確かにいる。社内を宝箱で爆走している子達が結構…。 私が歩いていると脛にぶつかってきそうでちょっと怖いのだ。 適材適所とはこのことであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにはともあれ商談成立。契約書にサインも戴き、後は自由。

 

 

すると、やはりまだまだ走る気満々な社長達。しかも先程とは別のレーシングカーでバトルする気らしく……。

 

 

 

「うーし! じゃあ、こいつで勝負といこうか!!」

 

 

イダテン神様とその眷属の方が走らせてきたのは――。

 

 

 

 

「でかっ…!?」

 

 

 

 

思わず声を出して驚いてしまった…。 さっき社長達が乗っていたやつは、体高が私の胸の辺りぐらいの大きさであった。

 

 

しかしこれは…随分と巨大…! 私が縦に2人…いや下手したら3人ぐらいは並べられそうな高さをしている…!

 

 

 

「これは『トレーラー』っていう種類の一つでよ! オレは『コンボイ』って呼んでるんだ!」

 

 

高いところにある運転席の窓から顔を出し、教えてくださるイダテン神様。 というかこれ…! 煙突みたいなところからすっごい煙を吹き出してるんだけど…!? うわっ!火も…!?

 

 

大丈夫かな…? 爆発とかしないかな…?  私がそう不安がっていると、イダテン神様はケラケラと。

 

 

「だーいじょぶだって! これはギミック!格好いいだろ? けど、パワーはさっきのとはダンチだぜ?」

 

 

先程以上の爆音を鳴らし、そのトレーラー?コンボイ?はグオングオンと揺れる。 確かに、とんでもないエネルギーを感じる……。

 

 

ん? 何か書いてある…? 『使用エネルギー:エネルゴン』…。 なにそれ?

 

 

 

 

 

それはともかく。こんなじゃじゃ馬そうなのに乗って、社長大丈夫かな…。 とか思っている間に乗り込んでるし!

 

 

仕方ない。私はさっきみたいに観戦に徹することにしよう……へっ?

 

 

 

 

身体が、動かない…!? よく見ると、社長が触手を伸ばして私を捕まえていた…。な、なんで…? ―もしかして!?

 

 

 

「私にいい考えがあるの! 今度はアストも一緒に楽しみましょ!」

 

 

 

や、やっぱり!? しかも有無を言わせる気なく、助手席に引っ張られぇぇぇぇ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ社長! 準備は良いかぁ!? オレもまだ、こいつには慣れ切ってない。 勝ってみせなァ!」

 

 

「えぇ!さっきと変わらず本気で! 『掟破りのミミック走り』、お見せいたしましょう!」

 

 

 

運転席に取り付けられた通信魔法越しに、牽制し合うイダテン神様と社長。…その社長の横で、私はシートベルトをぎっちり掴んで震えてるのだけど……。

 

 

 

「そう怖がるなってアスト! オレの力で怪我しないようにはなってっから!」

 

「そうよ! 壁にぶつかってもボヨンッてなるみたいよ! ま、そんなミスする気はないけど!」

 

 

 

お二人とも、そう励ましてくださるが…。 真剣勝負みたいだし、やっぱり私は降りたほ―

 

 

 

「「3(three)! 2(two)! 1(one)!  GOッ!!!」」

 

 

「ほああああああああっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盛大に響く、地面が割れるほどの駆動音! グイッと、後ろに押し付けられる重い感覚! 勢いよく揺れ動く窓の外の景色ぃ!

 

 

動き出してしまった…! 動き出してしまった!! ひゃぁぁぁぁ!!!

 

 

 

もはや私は、椅子に縋りつくだけで精いっぱい。だというのに社長たちは――。

 

 

 

 

 

「へっ! 良いスタートダッシュじゃねえか! しかしオレの『イダテン走り』について来れるかぁ!?」

 

「ぬー!? 更に加速ですって! ならばミミック走りの神髄、今こそここに!」

 

 

そんな感じで、煽り合ってらっしゃる…! ってきゃあっ!? 席が…! いや乗り物自体が浮き上がって!?

 

 

 

 

「なんだとォ!? アクセル全開のまま、空中ジャンプ!? 『空中に描くライン』で…飛距離で稼いできやがった!?」

 

 

「へへ~! 見ましたか! ミミックですから、これ(トレーラー)を箱に見立てて自由に跳ねさせることだってできるんですよ!」

 

 

 

いや、ミミックだからって出来る技じゃないと思うのだけど…!? って!?

 

 

 

「社長、前! 前!! 壁です!!」

 

 

「へ? やっばぁ!? けどここで! インド人を…じゃない、ハンドルを思いっきり右に!!」

 

 

 

触手を複数使用し、丸いハンドルを勢いよく回す社長。 うぇぇ…! 身体が持ってかれるぅ…!?

 

 

 

「おっとっと! 危ない危ない!」

 

 

「へっ! おっさき~!」

 

 

「あー! させませんよぉ~!!」

 

 

 

更にデッドヒートを続けてゆく社長たち。 私は…私は…もう……うっぷ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気゛持゛ち゛悪゛い゛で ず ……」

 

 

 

「ごめんなさいアスト…。 つい興が乗っちゃって…」

 

「気づいてやれなくて悪かったぜ……」

 

 

 

バトル終了後…休憩ベンチにへたり込んでしまった私へ、社長とイダテン神様は申し訳なさそうに。

 

 

そりゃあれだけ目まぐるしく動くのだもの…酔うに決まってる……。 うぇぇ…。

 

 

え…? 勝負の結果ぁ…? ピッタリ同着ゴールとかだって気がぁ…。よく覚えてない……。

 

 

 

 

もう暫く、乗り物全般見たくない…。 くらくらする頭でそう思っていると…お二人が何かを話し合っている様子。そして社長が―。

 

 

「ね、アスト。 えっと…もうひとっ走りだけ、付き合って貰えないかしら…?」

 

 

 

 

 

 

…正直拒否したかったけど…社長とイダテン神様2人がかりで宥めすかされ、渋々了承。

 

 

歩けるまでには回復したため、自らの足で車まで赴くと……そこにはさっきの大きなトレーラーだかコンボイだかが。

 

 

 

そして同じように、社長が運転で、私が助手席に…。すると、社長がちょいちょいと指さした。

 

 

「アスト、そこじゃなくてね…。 その窓に腰かけて!」

 

 

 

えっ!? 窓に!? けどどうやって…?  眉を潜めていると、イダテン神様が乗り方を教えてくださった。

 

 

開けた窓から上半身を出すように…、窓枠にお尻とか太ももとかを載せるように…? なんか、少なくとも正しい乗り方じゃないような…。

 

 

そして落ちないか心配だったけど、イダテン神様が魔法をかけてくださった。社長も触手で支えを作ってくれ、お尻が痛くならないようにクッション代わりにもなってくれた。

 

 

 

 

「そんで、ここのレバーを引けば音とか振動とかを極力抑えて、ゆっくりめに走るからよ。 あ、そっちは変形(トランスフォーム)ボタンだから触っちゃダメだ」

 

 

「はーい。 それじゃ、行きまーす!」

 

 

 

 

イダテン神様から少し講釈を受け、発進させる社長。わ…速い…! …けど、気持ちいい速度…!

 

 

しかも、体を外に出しているおかげで、心地よい風が身体に…! 良い、これ…!気持ち悪さが消えてく…! そして―!

 

 

 

「イダテン神様に聞いたのだけど、それ『箱乗り』っていうんだって! アストもちょっと、(ミミック)の楽しさ味わえたらなーって…。 …どうかしら…?」

 

 

「はい! 凄く楽しいです!」

 

 

 

社長の問いに、私は元気よく答えた。 だって、本当に楽しい…!! やっちゃいけない感半端ないけど!

 

 

少し高いところから景色を見やりつつ、身に軽く叩く風を味わう。 ワクワクすら感じるこの乗り方を、私はもう暫く堪能させて貰ったのであった―。

 

 



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人間側 ある不良達のツッパリ

 

 

「“()”ってたぜェ! この“瞬間(とき)”をよォ!!」

 

 

俺様がそう吼えると、周りにいた他の客は『!?』ってマークが出そうなほどにビビりやがった。

 

 

ヘッ、腰抜け共め! 俺様達のリーゼントでも拝んで、気を改めやがれってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺様とその仲間達(ダチ)は、所謂『札付きの(ワル)』で通ってるモンでよ。地元じゃ結構、暴れてやってるぜ?

 

 

ガキ相手にカツアゲしたことは幾度もあるし、他人の家の窓を割って回ったこともある。深夜に騒ぎまくっても、誰も彼もが見て見ぬふりだ。

 

 

勿論、喧嘩も数え切れないほどな。ついついやりすぎちまって相手のアホを病院送りにしたことは片手じゃ足りねえし、メンツを潰そうとして来た冒険者を囲んでタコ殴りにしたことだってある。

 

 

 

 

そして俺様達はなァ…『走る』のがメシよりも好きでよ! 盗んだ馬車で走りだしたことは数え切れねえぐらいだ。

 

 

あん? バレたらどうすんだって? ハッ、俺様はそこいらのマヌケと違って危機管理能力が高くてよ! 追っかけてくるヘータイ(兵隊)とかがいたらパッと気づけちまうんだ!

 

 

おかげで今まで一度も捕まったことはねぇ。ま、『格』が違うんだ、『格』が。

 

 

 

 

 

 

 

 

―けどよ、んなこと繰り返してたら近場の道を制覇しちまってな。飽きてきたところだったんだ。

 

 

どうしたもんかと考えてたら…イイ場所の話を聞きつけた。

 

 

 

 

 

それがここ、『レーシングダンジョン』。なんでも、色んな形の『レーシングカー』ってのを好き放題乗り回せるってダンジョンだ。

 

 

俺様達は冒険者ライセンスってのは持ってねえが…。ここは誰でも入れるダンジョンみたいでな。勇んでやってきたってわけだ。

 

 

まあ? 俺様達の実力なら? 冒険者をボコした俺様達の力なら? んなライセンスなんて簡単に取れちまうだろうけどなぁ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

んでよ、来て早々に変な連中が乗り方を教えようとしてきたんだが…んなモン、俺様達にはいらねぇ。乗りゃあイッパツでわかるってもんだ。

 

 

事実、ちょいちょい転がしてたら動きがわかっちまった。やっぱ俺様達、天才だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

中でも、俺様達が気に入ったモンがある。『バイク』っつー名で呼ばれてる、二輪のヤツだ。

 

 

こいつで走り出すと、まさに“スピードの向こう側”に行けた気がして、ドエレーー“COOOL”な気分になれちまう。

 

 

…まあ時たまに“不運(ハードラック)”と“(ダンス)”っちまって、事故りかけちまうが…。このダンジョン、よっぽどのことがない限り怪我も死にもしねえようになっているってよ。

 

 

 

 

なんでもそれは、ここの主であるカミサマの力みてえだが…ありがてえ限りだ。 イダテン神?って言ったっけか?

 

 

遠目から見ただけだが、中々に『激マブ』な『スケ()』だったぜ。因みに俺様達に乗り方を教えようとして来たのも、そのカミサマの眷属ってヤツらしい。

 

 

チッ、ちょっとやっちまったかもな。そこで上手くやりゃあ、お近づきになれたかもしれねえのに。

 

 

 

まあいい。なら、俺様達の走りで、メロメロにさせてやりゃあ良いだけだからよォ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――と思って、そのカミサマに勝負を挑んだんだが……。 …全く勝てねえ……。なんだあれ…。

 

 

同じバイクを使っているはずなのに、トンでもねえ大差つけられて負けちまった…。ケツを眺める暇すらなく、視界からほとんど消えるぐらいの勢いで…。

 

 

ぜってえなんか改造施してやがんだろ、卑怯モンが。カミサマの癖に、そんな負けたくねえのか。

 

 

 

ケッ、興が削がれた。止めだ止め。 あんなスケに構わないで、乗り回すとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ヒャッハーッ!!」」」」

 

 

ブオンブオンと爆音を唸らせ、俺様達はバイクを走らせる。気分は風になっちまったようだ。

 

 

 

けどよ、その風を邪魔してきやがるクソ共がいる。おんなじコースをノロノロと走ってる、他のヤロウ共だ。

 

 

 

せっかく自由に動き回れるコースだってのに、邪魔くさくて仕方がねえ。だからよ…ちょっかいをかけてやった。

 

 

 

なにしたかって? 色々さ。 例えば…邪魔なヤツの前に出て、くねくね動いて妨害してやったり、逆走したりとかよ!

 

 

他にも…カーブの前で横入りして驚かせてやったり、マブいスケが運転してたから全員で協力して前後左右を囲んでやったり、クラクションってのを鳴らしまくって走りまくったりとかな。

 

 

 

 

そしたら、邪魔になる奴らは軒並みいなくなりやがった。ハッ、ビビり共だぜホントに。

 

 

まさに俺様達4人組には敵なし。気分は王様だ。バイクの王サマってか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しっかし、好き放題転がしてると…自分好みにカスタムしたくなるな。このバイクとやら。

 

 

あのカミサマに頼めば、乗ってる時だけ好みの塗装をしてくれるみてえだが…。そんなんじゃ足りねえ。もっと派手に、もっとヤバく改造してやりてえ。

 

 

 

まず、駆動音をもっと爆音を出るようにする。んで座席をデカくし、ハンドルを絞る。そして前と後ろを天を突くような形状に曲げたり、別なパーツを取り付けて…。〆に目立つようなデッケぇ旗を差して…!

 

 

ヘヘッ…! 想像しただけでカッケえじゃねえか…! …けど、んな改造許しちゃくれねえだろ、あのカミサマ。自分は好き放題改造してる(多分)ってーのに…。

 

 

 

 

 

…………あ。そーか! なんでこんな単純なコトに気づかなかったんだか! ()()()()()()良いじゃねえか! いつもみたいによ!

 

 

この馬車とは違った車で、地元の峠を走るのは格別だろうしよ。それがいい! そうと決まれば…このままどっかからダンジョンを抜けちまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……が、簡単にはいかねえ。抜けられねえんだ。どこもかしこも見えねえ壁が張られていやがる。隣接している別コースへの無理やり移動ぐらいなら出来そうだが。

 

 

魔法とか使えるすっげぇ力があればまだしも…俺様達じゃあ、ほんのちょいと無理くさい。残念だ。

 

 

 

とはいえ、諦めきれねえ。このバイク、何としても俺様達のモノにしてえ…! 俺様色に染め上げてえ!

 

 

―なら、とるべき方法は簡単。入ってきた出入口から出ていけばいいだけってな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう考えた俺様達は、すぐに自分のモンになるバイクにどんなカスタムを施すかを妄想しつつ、とりあえずコースのゴールへと。

 

 

 

「ん?」

 

 

すると、何故か妙に騒がしい。 よく見ると……なんだありゃぁ…!?

 

 

「人が…宝箱に食われてるじゃねえか…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

かなりの野次馬に囲まれた中にあったのは、人の上半身を頭から呑み込み、そのままどこかへ移動していく宝箱。

 

 

あまりにもおかしな様子が気になっちまって、そこいらに立ってるヤツに聞いてみると―。

 

 

 

「なんでも勝手に賭けをおっぱじめようとしてたらしくてな。そこをミミックに見つかって、連行されてるところらしい。ありゃ板金…じゃねえ罰金7万G(ゴールド)コースだろうなぁ」

 

 

 

って、よくわからねえことを言ってきやがった。 ミミック…? 聞いたことがあるな…魔物の一種だろ。箱とかに擬態する、シャバいヤツ。

 

 

どうせなら俺様達みたいに、逃げも隠れもせず暴れ回れっての。 あん? 馬車盗んだ時とかは、最後逃げたんじゃなかったかって? あれは快く返却してやっただけに決まってるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそんな根性なしに構っている必要はねえ。これは絶好のチャンスだ。

 

 

この騒ぎの隙をつけば、容易くダンジョンを後にすることができる。フッ、我ながら完璧な作戦だぜ。

 

 

 

なあ、盗むときのコツを知ってるか? 出来るだけ堂々と、あたかも『これは元々自分の物』と言わんばかりにパクるんだ。そうすりゃ、咎めるヤツなんてまずいねえ。

 

 

さっさとこっから出て、気づかねえだろうカミサマ共を嘲笑ってやろう。 にやりと笑いつつ、再度バイクを動かそうとした…その時だ。

 

 

 

 

「すみませ~ん! そこの方々~! そう、そこの…えっと…ハンバーグみたいな髪型の人間の方~!」

 

 

「「「「あ゛ぁ゛!? 誰の頭がサ●エさんみてェーだってェ!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ…! 自慢のヘアスタイルをけなされて、つい全員でキレちまった…! あまり注目を引くわけにゃあいかねえってのに。

 

 

 

いやてか…誰だァ! 俺様達の髪型をコケにしたのはァ! 周囲のヤロウ共にガンつけてやるが、そいつらじゃない。なら、一体どいつが…!

 

 

 

「あ、ごめんなさ~い。 怒らせちゃった~!」

 

 

 

…あん? 声が聞こえてくるのは…下の方…? 睨みを利かせたまま視線を下げると…そこには宝箱に入った、中々にマブい、魔物のスケが。

 

 

 

「ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど~」

 

 

俺様達のガン飛ばしに一切ビビらないそのスケは、平然と話を切り出してくる。…ん? 宝箱に入ってるって…。

 

 

「テメエ…ミミックか?」

 

 

「お。正解ですよ~!」

 

 

パチパチと拍手するミミック。あの箱に隠れるっつーダサい魔物にも、こんなんがいるのか。なら、話しぐらいは聞いてやっても……。

 

 

 

「―で~。 1つご質問なんですけど…。貴方がた、『煽り行為』をしてませんでしたか~?」

 

 

 

 

 

 

ッ…! チッ…何かと思えば…。 ほんの少し、鼻の下を伸ばして損したぜ…。

 

だが、こういう時も堂々としてりゃあ勝ちだ。試してやろうか。

 

 

「さあ、知らねえなぁ。俺様達じゃねえだろ」

 

 

「あら~。そうですか~」

 

 

 

 

ほら見ろ。簡単に流せた。ミミックってのは、潜んで冒険者を狙う強かな魔物だとも聞くが…案外能無しだな。

 

 

これで疑いは晴れただろう。とっととこの場をトンズラして……

 

 

 

「あ。もう一個質問があったんでした~」

 

 

…ハァ…? しゃーねえ。ここで怪しまれても仕方ねえし、ちょいちょいと終わらせて…。

 

 

 

「貴方がた、どこに行くんですかあ? そっちにあるの、返却場じゃなくて出入口ですよねえ? …バイク、盗む気ですよねえ??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!? バレてる…だと…! そしてあの目…!確信している目じゃねえか…! もう誤魔化せはしねえ…。

 

 

なら、逃げるが勝ちってな! こっちには、とんでもないスピードで走れるバイクがあるんだ。走らせちまえばこっちのモン…!

 

 

「逃がしませんよお?」

 

ドガッッ!

 

 

「うおっ!?」 

 

 

 

こ…このスケ…! 宝箱でバイクを蹴り飛ばしてきやがった…! 結構重量があるヤツに乗ってるっつーのに、イッパツで横倒しにされ…!! 

 

 

 

ズデンッ

 

「痛ってェ! なにしやがんだクソが!」

 

 

地面にゴロンと転がっちまった俺様は、ミミックにそう吼える。しかし相手は、ハッと肩を竦めた。

 

 

 

「それはこっちの台詞ですよ~。 貴方がたが悪さしていたの、色んな人から報告受けてたし、映像も残ってますからね~。 しかもその様子…反省の色なし、と~…!」

 

 

手をポキポキ…じゃなく、ぐにんぐにんと曲げつつ、ミミックは俺様へと。お仕置きをしてやろうってか…!?

 

 

 

 

「テメエ…! 俺のダチになにしやがる!」

 

 

―と、俺の仲間の1人が、ミミックへと食って掛かる。 持つべきものはダチ公だぜ。

 

 

それにあいつは、俺様達の中で一番強え。冒険者のヤロウを〆た時も、あいつが真っ先にボコボコにしていた。

 

 

ミミックなんてひ弱な魔物、あいつが蹴りイッパツ食らわせれば、ボールみてえにどっかに吹き飛んでいくだろう。ヘッ、いい気味だ!

 

 

 

 

 

「オラァ!」

 

 

早速、ミミックの顔面目掛け蹴りを繰り出すダチ公。おいおい、いくら苛立ってるからってスケ相手にハナから顔面蹴りなんてえげつないぜ!

 

 

さあ、聞こえてくるのは悲鳴が、ぐしゃりと潰された音か、それとも両方か…!?

 

 

 

「あら~。喧嘩を挑んでくるなんて~。じゃあ、買っちゃいましょうか~」

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?  聞こえてきたのは、のほほんとした台詞。そして―。

 

 

「なっ…! 俺の蹴りを…!?」

 

 

明らかに焦っているダチ公。みるとそいつ…蹴った足を、ミミックが伸ばした触手にがっちりと止められているじゃねえか…!

 

 

「は~い。仕切り直し。 スマッシュしかけてきて良いですよ~」

 

 

パッとダチ公の足を離し、くいくいと誘いをかけるミミック。メンツを潰され顔真っ赤なダチ公は、再度必殺のイッパツを…!

 

 

「くるっと回避~! そして…ファールコーン…じゃない、ミーミッーク、パ~ンチ!」

 

 

「ぐへあっ!?」

 

 

 

 

 

…あ?? ミミックのパンチを食らったダチ公が…とんでもない勢いでぶっ飛ばされた…。

 

まるで、画面外に吹っ飛んだ時みたいな、変なエフェクトが見えた気が…。…何言ってんだ俺様…?

 

 

 

「あちゃ~…。 やりすぎちゃった~。 ま、イダテン神様に()ッされるよりかはマシだし~、このダンジョンなら無事でしょうね~」

 

 

啞然とする俺様達を余所に、手をプラプラ揺らして笑うミミック…。 こいつ…ヤベえ…!

 

 

 

 

「さあ~。 次は残った貴方がたに、お仕置きをする番ですよ~」

 

 

そのままそいつは、こちらにゆらりと近づいてくる。しかも、さらっと出入口の方に陣取ってやがるし…!

 

 

俺様の勘が告げている…! こいつとは戦っちゃいけねえって! なんとかして逃げちまわなきゃ…! しかし、残された手段なんて…。 …イチかバチか…!

 

 

 

 

俺様は倒れたバイクを捨て、今しがたブッ飛ばされたダチ公のバイクにまたがる。そして仲間二人にも目で合図し、急いで動かそうとする。

 

 

 

動け…!動け…!!  …動いた! なら…!

 

 

「テメエら、一旦逃げるぞ!」

 

「「お、おう!」」

 

 

そのまま俺様達は回れ右。元来たコースへと逃げ出した。

 

 

 

 

「ふふ~。 ようやくそっちに逃げてくれましたね~。 や~っと、走れます」

 

 

…そんな、ミミックの不敵な声が聞こえた気もするが…。んなのに構ってられるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで、どうすんだよ! 今頃出入口封鎖されてんじゃねえのか!?」

 

「だからって、あの状況で出られる訳ねえだろ! ちったあ頭使えこのスカタン!」

 

 

バイクに乗って逃げる俺様の後ろで、仲間二人がそう騒ぐ。 事実、あの場からはこうして逃げることしかできなかった。 寧ろ、よく逃げられたってぐらいだ。

 

 

 

しかし、俺様も策がないわけでもない。 このダンジョンには至るところにコースがある。そのどこかからは逃げられるかもしれない。

 

 

それに、このスピードでツッコめば、封鎖されていてもブチ抜けるかもしれねえ。なら暫く走って、ほとぼりが冷めたあたりに一気に逃げればいいだけのこと。 ブッ飛ばされたダチ公は…まあなんとか逃げるだろ。

 

 

とりあえず、別のコースに逃げてみるか…。 どっかから移れないか、目を皿にして探していると―。

 

 

 

 

「ふふふ~…! “()”ってましたよォ!! この“瞬間(とき)”をォ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!? 背後から…怒涛の爆音を響かせて何かが迫ってくる…!? しかも聞こえてきた声は…さっきのミミックとやらの…!?

 

 

バイクを走らせ続けながら、恐る恐る後ろを確認してみると……ヒッ…!?

 

 

 

「ほぉら!もっともっと逃げてみてくださいな! その程度ですかァ!?」

 

 

 

やっぱり…さっき俺様達を問い詰めてきたミミック…! そいつが、俺様達が乗ってるヤツより大きなバイクに乗って、座席に宝箱を設置する形でハンドルを握って、迫って来てやがる…!!

 

 

いや速すぎんだろ!? 結構走ってたぞ俺様達!? 

 

 

てか、性格変わってねえかあれ!? さっきまでのふわふわしてる様子、どこに置いてきたんだよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ! そんなんで良く他の人を煽れましたね! ただの雑魚レベルな走りじゃないですかァ!」

 

 

そう嘲笑いながら、どんどんと迫ってくるミミック…! キレ返してえが…んな余裕ねえ…!てか、あいつ狂ってるみてえで怖え…!!

 

 

 

だって…! 俺様達も結構なスピード出してんだぞ…!? なのに、それを越える速度を普通に出してきやがる…!

 

 

しかもそれでいて、一切速度を落とさねえ…! 急カーブとかは、俺様達だって少しぐらいスピードを落としちまう…!

 

 

 

なのにあいつは…! どんな連続カーブにもそのまま突っ込み…バイクを『跳ねさせる』ことで壁やガードレールに飛び移り利用し、勢いを全く殺さねえんだ!! 

 

 

 

「これぞ社長直伝、『掟破りのミミック走り』応用編! さあさあ! もうそろ射程圏内ですよォ!」

 

 

や、ヤベぇ…! もう、真後ろに…! く、クソ…!こうなったら…!賭けるしかねえ!

 

 

 

 

 

 

「は~い! これでゲームオーバー…! …って、あらぁ?」

 

 

背後から伸びてくる触手を躱すように、俺様達はスピード全開。 丁度、目の前のカーブ…別のコースへと隣接しているそこへ、曲がらずに突撃し…!!

 

 

 

「「「おおぉりゃあああ!!」」」

 

 

怪我覚悟でタイヤを持ち上げ…!段差を利用し…!! その別コースへと飛び移ってやった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっとっ…! ッうっしゃぁ!」

 

 

盛大な着地音を立て、見事着地成功! ヘッ…! 俺様達に不可能は無えんだよ…! ミミックのヤツを、軽く煽ってやるか…!

 

 

「見たか俺様達のテク! テメエにこれが…! …ぁ……」

 

 

 

 

ドスンッ ギャリギャリギュイイッ!!

 

 

 

 

「っよっと! これぞ、『AKIRA式スライドブレーキ』ってヤツですよ~! …あら?でもこれやったのって“金田さん”でしたっけ?」

 

 

 

 

 

……何言ってるかはわかんねえけど…。俺様達の後を軽々追って、目の前でバイクを横滑りさせブレーキをかけたのは…追って来たミミック…!

 

 

「ふふふ~! 貴方がたのこと、ほんの少しだけ見直しました~! 策もなく逃げるしかできない弱虫ヤロウ共かと思っていましたから~!!」

 

 

「「「んだと…!?」」」

 

 

「やっとモーターのコイルがあったまってきたところですし、もうちょい遊ばせてくださいねェ!」

 

 

 

や、ヤベえ…! 喧嘩買ってる場合じゃねえ! あいつ噴かし出しやがった…! に、逃げろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再度、地獄のレースの再開…! けど…このままじゃ確実に捕まる…! 何か…何かしなければ…!

 

 

 

「―ん!? なんだ今の看板…!?」

 

 

必死に目を動かしていたら、変な看板が通り過ぎて行った。なんだ…?『アイテム有りコース』って書いてあったような…?

 

 

「っ! おい! 前!」

 

「避けろ!」

 

 

瞬間、仲間二人の必死な声が。俺様も弾かれたように前へ視界を移すと―。

 

 

「なっ…!? 箱…!?」

 

 

そこには…道の先には…。丁度ぶつかる位置にフワフワと浮く、『虹色で半透明な宝箱』が並んでェ!?

 

 

 

 

 

 

「「「ぎゃっ…!!」」」

 

 

回避しきれず、揃ってその宝箱に突っ込んじまう。…しかし激突の衝撃は無く、軽く割れたような音と、なんかよくわからねえ回転するような高音が…。

 

 

 

すると、直後―。

 

 

「うわっ!? なんだこれ!? キノコ!?」

 

「こっちは…こ…甲羅だぞ?」

 

「バナナの皮…!?」

 

 

……なんか、へんてこなものが手の中に収まってきた…! え、このキノコどうすんだこれ…? 握れば良いのか…。…ッ!?

 

 

「うおおっ!?」

 

「「はっ!?」」

 

 

なんかよくわからねえけど!? すっげえスピードが出たぞ!?  あっ、もう終わっちまった…。

 

 

…そうか!これがアイテムか! 上手く使えば強化とかできるんだな! 面白いじゃねえか!

 

 

 

 

「おい! おめえらもそれ使っちまえ!」

 

 

俺様の指示に従い、仲間二人はそれを使う。…てっきりなんか強化するかと思ったら、2人揃ってそれを真後ろに投げやがった。

 

 

甲羅は後ろに滑っていき、バナナの皮はその場にポトリ。すると―。

 

 

 

 

「きゃ~! 妨害してくるなんて、やりますねェ!」

 

 

それらをハンドルさばきで避けながら、笑うミミックが。 そのおかげで速度も下がった。 これは良い!

 

 

そうとわかれば、あの宝箱をもう一度確保して…! そうらっ! …ってなんだこれ、雷? とりあえず使って…。

 

 

 

「きゃ~んっ!?」

 

 

 

あっ! ミミックのバイクに雷が落ちて…すっげえ小っちゃくなっちまってる! これなら…!

 

 

 

 

「良いですねェ! ですけど~…アイテムはこちらも使えるってことをお忘れなく!」

 

 

へっ…? うおっ!? ミミックのヤツ、なんか変なの持ってやがる…! 星みたいなのを! それを使って…! ヒィッ!?

 

 

 

「ど~んッッ!!」

 

「ぎゃああっ!?」

 

 

 

あぁっ! ダチの1人が、虹色に輝き出したミミックに突き飛ばされて、バイクごとそのままどこかに連れ去られて…!!!

 

 

って…えぇ…? そもそも、何だあれ…!? 無敵状態…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にわけのわからないまま、俺様と残る一人のダチ公は取り残されちまった…。

 

 

…まてよ? これは好機なのか…? 追ってきていたミミックは、どっかに消えてったんだからよ…。

 

そうだ…!これは最大のチャンスだ! この隙を突けば、逃げ出すことは簡単なはず…!

 

 

 

とはいえこのまま走ってても、下手すりゃあいつは戻ってくる。…お、丁度良いところに、別のコースへ飛び移れそうなカーブが。

 

 

一度やりゃあ二度目なんて―っよっと!

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーし! また成功したぜ!」

 

 

ドスンッと着地し、辺りの様子を確認する。どうやら、ここは普通のコースみてえだ。 アイテム有りも楽しかったが…やっぱこっちが基本だぜ。

 

 

きっとこれで、あのミミックも俺様達を見失ったことだろう。早いトコこのバイクを盗み出さなきゃな…。

 

 

 

……ん…? …なんか…後ろから…爆走してくる音が…。…嫌な…予感が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこっちに移っていましたね~! 私ミミックですから、ダンジョンのどこに人がいるか、感覚でわかるんですよォ!」

 

 

 

…ぁ…ぁ…! き…来た…! ミミックのヤツが…来た…! しかも、乗り物変えてやがるし! 

 

 

なんだありゃあ…! 4輪っぽいけど…四角っぽいデカイ顔面に、後ろには荷台がついてやがる…!そして…。 んだとォ!?

 

 

 

「さぁさァ!! この『トラック』に轢かれて別な世界に転生したいですかァ!? それとも…お友達のように磔にしましょうかァ!?」

 

 

「「むー!? むー!!」」

 

 

 

……嘘だろおい!? 先にぶん殴られたダチ公と、虹色と化したミミックに攫われたダチ公が…!そのトラックの真正面に縛られて、磔になってやがる!?

 

 

 

なんだその拷問…! それが人間のやることかよ! …魔物じゃねーかチクショウ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを呑み込み吹き飛ばすかの如き勢いで迫ってくるそのトラック…! 俺様達はやっぱり逃げるしかなかった…!

 

 

まさにデスロードと化したコースを、ひたすらに逃げる…! な、なんとかして距離を取らなければ…!

 

 

 

「うわっ!? なんだこいつら!? 止めっ…!」

 

 

―そんな折、残っていたダチ公の悲鳴が。慌ててそっちを見ると…。…!?

 

 

 

「宝箱が乗った…バイクが…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間に現れたのか、俺様達の周りには数台のバイクが。その全てに宝箱が乗り、()()()()運転してやがる…!

 

 

 

あるヤツは、箱から出した幾本もの触手で…!

 

あるヤツは、まるで口のように牙の生えた箱内から、でけえ舌を出して…!!

 

あるヤツは、箱の中からひょっこり顔を出した蛇がハンドルを噛んで…!?

 

 

 

 

なんだこいつら…! ミミックなのか…!?  全然シャバくねえじゃねえかよ! ほぼ曲芸乗りじゃねえか!

 

 

うおっ!? しかも、俺様達の道を邪魔するように動いて…!? や、止めろ!! 追いつかれる…!!

 

 

 

 

「運転の邪魔される気持ち、わかりましたか~? もうやっちゃダメですよ~!!」

 

 

真後ろに近づいてきたトラックから、ミミックがそう言ってきやがる…! こ、この…!

 

 

 

「うるせえブス! 俺様達は風になりてえんだよ! 邪魔する奴らが悪い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…思わず、そう言い放ってやっていた。 ……けどよ…それが悪かった……。

 

 

 

「あ゛? 人が下手に出てやってたら…随分な言い草じゃないですかァ? なら…お仕置き続行!!」

 

 

 

ヒッ…?! なんか…ミミックに…『殺意』みたいのが…!? ヤベえスイッチ入れちまったみてえだ…!

 

 

 

 

 

「まっどまっくすっ!?」

 

 

あぁっ!? 唯一残ってたダチ公が…! トラックから伸びてきたミミック触手にとっ捕まって、変な悲鳴上げて磔にされた!? 

 

しかも、乗ってたバイクは荷台に放り込まれ…っひっ…! 俺にも触手が…! 嫌だ…嫌だ…!!

 

 

 

 

 

「風になりたいんですよねェ?   存分に味わえ」 

 

 

 

 

 

 

俺様達のガンつけよりも、何倍もドスの利いた声と同時に…!俺様はトラックとやらの正面にべちゃりと磔にされちまう…! ひ…ひぃっ…!

 

 

 

か、風が…怖え…! 振動が…怖え…! た、助けてくれ…助けてくれぇ!

 

 

 

 

「道端スレスレ走行!」

 

 

ひええっ…! ぶ、ぶつかる!!?  チッて…! チッて掠った…! ひいいいっ…!!

 

 

 

「五連ヘアピンカーブ!」

 

 

うげええ…!? し、死ぬ…! 身体が…持ってかれるぅ…! ゆ、赦してくれェ…!

 

 

 

「スピード全開で急下り坂!」

 

 

がほ…ぉぉぉ…! ぐ…ぐるじい……。 息が…! か、母ちゃん……。

 

 

 

 

 

「トドメは…この急カーブ! ―ではなく! 壁に正面衝突で~す!」

 

 

 

―!? いやそれはマジで死ぬ奴! 止め…! 止め…! 

 

 

あ…ああああああああああああっっっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――な~んて! ねっ!」

 

 

刹那、俺様達が磔にされているトラックは、その場で急ブレーキ急回転。 轟音を鳴らし…壁にぶつかる数cmぐらい手前で、ビタリと止まった……。

 

 

 

 

「よいしょっと~…! さ、貴方がたも、これで風の気持ち…もとい、危険運転の怖さがわかりましたよね~」

 

 

…俺様達を縛り付けたまま、トラックから降りてくるミミック…。 最初の調子に戻って…心なしか顔がつやつやしてる気が…。

 

 

 

「これに懲りましたら、周囲に迷惑をかけないように、安全な運転を心がけましょう~! …って、あら~? お漏らしさせちゃいましたか~~。やっちゃった~」

 

 

 

…テヘリと、ミミックは頭を叩く…。 …俺様達は、それにキレることはできなかった…。

 

 

 

……だって、軒並み死にかけているから…。口から泡を吹き、白目を剥き、腰は抜け、ズボンを濡らしているから…。

 

 

 

 

 

俺様…いや、俺…。もう改心する…。今日から俺は…! 真面目になって…実家の豆腐屋を継ぐ……。 

 

 

ガクッ……。

 

 

 



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顧客リスト№52 『キョンシーの長城ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

琵琶や銅鑼、琴や二胡により奏でられる、雄大且つ優雅な音楽が辺りを包む。心に響き、そして染みるような独特で綺麗な調べ。

 

 

思わず扇子や長い袖をひらめかせて、舞踊してみたい気分に駆られてしまう。けど、その両方とも手元にない。ちょっと残念。

 

 

 

……あと、これ聞いていたらなんだかお腹も空いてきちゃった…。餃子とか麻婆豆腐とか食べたい…。

 

 

ここ、美味しいお店幾つもあるみたいだし、帰り際に社長と寄っていこうかな。

 

 

 

 

 

 

 

―コホン。 説明が遅れてしまった。今回もまた、依頼を受けてダンジョンを訪ねている。因みに依頼内容は『悪漢・盗賊などへの対策』である。

 

 

そしてここの名は、『長城ダンジョン』。街のようなタイプのダンジョンを、長く大きい城壁が取り囲んでいることから名づけられた場。

 

 

 

私達が今いるのは、その城壁…長城の上部分。堅牢に作られたそこの、見張り用に作られた道や建物のあるところ。

 

 

そこから見下ろす街は、とても美しい。伝統を感じさせる赤い提灯に彩られた建物群は、威厳と絢爛さを併せ持っているよう。

 

 

音楽が聞こえてくるのは、その街からである。加えて、香炉で焚かれている心安らぐ香りまで漂ってくる。

 

 

 

更に万人に開放されている場所なため、色んな魔物や人間が訪れ、観光や食事を楽しんでいる。まさに、素晴らしいダンジョンと言うべきであろう。

 

 

 

 

では、そんなここの主は、どんな魔物かというと――。

 

 

 

 

 

 

 

ピョン ピョン ピョン ピョン

 

 

 

 

 

 

 

――丁度幾人かがこちらへ向かって来た。あれが、ここの主たち。

 

 

 

両手を真っ直ぐ前に伸ばし、直立不動の姿勢で跳ねて進んでくる、道士服を纏った青白めの肌な人型魔物。

 

 

そして変わった形の帽子……大きいどんぶりに、凄く大きいシュウマイが入ってる感じの…。…うーんなんか違う…。

 

 

そんな変わった帽子を被り、それの円形のつば部分や、おでこに御札をペタリと貼ったのが特徴な―。

 

 

 

 

―そう、彼らは『キョンシー』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骨の人型魔物スケルトンと同じように、彼らは元人間。死んだ後に色んな方法で蘇り、ぴょんこぴょんこ第二の人生…ならぬ魔物生を送っている者達なのだ。

 

 

ただスケルトンと違うのは、肉体があること。生前と比べて青白く、冷たくはなっているのだけど。暑い日には人気者?

 

 

あ、因みに。別に彼ら、臭くない。 頭に貼ってあるお札の効果で、腐敗することは無いらしい。寧ろ汗とか皮脂とか出ないので、生きてる時より清潔だとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

さて、そんなキョンシーの最大の特徴と言えば…やはりあの歩法であろう。死後硬直により固くなった身体で、ジャンピング歩き。

 

 

なんでもそれは、キョンシーになりたての者達の歩行方法らしい。ある程度キョンシー歴が長い者は、生前と同じ…いや、それよりももっと柔軟な動きが出来る様子。

 

 

 

特にそれを活かした格闘術…『クンフー』は目を見張るものがあり、4000年の歴史を重厚に感じられる。

 

 

 

 

…実際にキョンシーに4000年の歴史があるかはよくわからないんだけど…。さっき社長がそんなこと口にしてたから…。

 

 

『海王とかいるのかしら!?』とかさらによく意味不明なことも言ってたし…。ま、スルーしとくべきだろう。

 

 

 

そうそう。キョンシーのジャンピング歩法自体も、実はそのクンフー修行の一環だったりするみたい。やってみたらわかったのだけど…あれ、長時間やると結構辛い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え? 社長がどこにいるかって? 確かに今、私の傍にはいない。 だって社長、()()()()()()()ところなのだもの。

 

 

 

どういうことか? ほら、統率された一列ジャンプ移動でこちらに向かってきているキョンシーの方々。その中に…。

 

 

 

「ぴょん♪ ぴょん♪ ぴょん♪」

 

 

 

…と、箱ジャンピングで混じってる社長が。キョンシーたちと同じ服と、御札を纏って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴょん♪ ぴょん♪ ぴょーんっと!」

 

 

目の前まで来た社長は、一際大きく跳躍し私の腕の中へと。そしてキョンシーたちへ、両手を胸の前で合わせるジェスチャーでお礼を。

 

 

すると彼らも微笑み腕をギッと曲げ、同じポーズ。そのまま長城の先へと跳ねていった。 ちなみにあの方々は長城警備の兵らしい。

 

 

 

 

 

「ただいまアスト! 待たせたわね!」

 

 

「いえ、辺りを眺めているだけでも楽しかったですよ。そちらはどうでしたか?」

 

 

「バッチリよ! 盗賊達が良く来るっていう侵入経路、色々確かめてきたわ!」

 

 

 

頭の御札を揺らしながら、えっへんと胸を張る社長。―と、私の身体をしげしげと見つめてきた。

 

 

「やっぱり、その『チャイナドレス』似合ってるわね~! スタイルの良さが際立ってるじゃない!」

 

 

 

 

 

―社長の言う通り、私は此度もスーツ姿ではない。チャイナドレスという、鮮やかな色と模様が特徴の服を着ているのだ。

 

 

…けどこれ、ふんわりしたドレスとかではなく、ぴっちりと張り付くタイプのドレス。おかげでバストもウエストもヒップも全部浮き彫り状態…!

 

 

しかも、スリットがかなりえげつない…。太もも丸見えだし、ちょっと激しく動いたら中見えちゃいそうだし…!

 

 

 

社長に勧められたから着てみたのだが…。中々に恥ずかしい…。 褒められて悪い気はしないけども…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで…『チェンリン』さんはまだ来てないの?」

 

 

「はい。もうそろそろ来てくださるみたいですけど」

 

 

 

ふと飛んできた社長の質問に、私はそう答える。そのチェンリンさんというのが、今回の依頼主。勿論、キョンシーである。

 

 

私がここで待っていたのも、待ち合わせのため。決して、チャイナドレスが捲れあがることを警戒して待機していたわけではない。 

 

 

 

…いや、別に言い訳ではない。だって別に、私は跳ねる必要ないんだし。

 

 

 

 

 

話を戻そう。チェンリンさん、所用で一旦別れざるを得なかったので…その間に見学をさせてもらっていたのである。

 

 

しかしなにぶん長城は広いため、私だけ指定の待ち合わせ場所で番をしていたのだ。

 

 

 

 

私も景色を堪能できたし、結構満足。あとは待つだけ――。 へっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―突然、城壁の下から何かが跳びあがってきた。もしや盗賊…! そう警戒するが、瞬時におかしな点に気づいた。

 

 

外から…ではない、内側…つまり、街の方からなのだ。 しかも音的に…鉤縄とかで登って来たのではなく、文字通りの一足飛びで…!?

 

 

 

 

びっくりしている私を余所に、現れた影はくるくるくると回転。そして、私達の前にスタッと華麗に着地した。

 

 

 

「ハイヤ! 遅れてしまってすまないアル!」

 

 

 

私より過激…もとい動きやすいチャイナドレスをぱらりと揺らし、ピシッとした立ち姿で拱手(こうしゅ)…さきほど社長達がやっていた挨拶ポーズをとったのは1人の女性。

 

 

キョンシー特有の身ながら、躍動感を感じさせる柔らかな死体…じゃない、肢体。髪型はシニョン…お団子である。

 

 

そしてそれへ被せたシニョンカバーに、髪飾りのように御札を貼り垂らした彼女は――。

 

 

 

「チェンリン、只今参上ネ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ということで、この方がチェンリンさんである。喋り方、というか語尾が一風変わっているのも特徴。 …一風というか、唐風?

 

 

 

「いえいえ丁度なタイミングですよ~! 長城の確認をさせていただきました! やはり造り的に、この辺りは先にご提案した宝箱型ミミック達の配置が望ましいかと!」

 

 

「オー! シェシェ! 感謝感激! その様子、ちょっと楽しみアル!」

 

 

 

社長がそう伝えると、チェンリンさんは諸手を上げて喜んでくれる。私も更に補足を。

 

 

 

「街のほうも隠れる所はいっぱいですし、どこにでも潜伏可能です。そちらも問題ないと思います」

 

 

「ワォ! それもすっごく嬉しいネ! 人いっぱいな街中でカンフー使えるキョンシー、限られてるカラ!」

 

 

 

と、チェンリンさん、流麗な動作で体を動かし、足蹴りの演武を。 鞭のようなしなり具合の足から放たれる、空を切るような一撃は圧巻。とてもキョンシーとは思えない。

 

 

私と社長は絶賛の拍手。チェンリンさんは照れくさそうに拱手と一礼をし、自身の頭を指さした。

 

 

 

「後は…()()狙ってくる奴ら対策だけネ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、シニョン……ではなく、キョンシーの代名詞、御札。 実はそれも、狙われているのだ。

 

 

チェンリンさん曰く、御札を剥がされると身体が上手く動かなくなってしまうらしい。暴走してしまったり、強制的にギクシャクとした動きになってしまったり。

 

 

更に、ずっと外されたままだと魂が完全に召されてしまう。そうなると復活魔法陣も効果なし。

 

 

つまり御札の強奪は、キョンシーたちにとって死活問題なのである。…キョンシーは既に死んでるってボケはもう言いません。

 

 

 

 

 

 

では、何故御札が奪われるかというと…。あれ、とんでもない代物なのだ。

 

 

あれの表面に書かれている文字や図、それらは全て、複雑な呪術式や魔術陣、仙術紋。私でも簡単には読み解けないレベル。

 

 

要は様々な魔法が組み合わさっている、魔力の塊なのである。 そのまま武器に貼り付けて強化良し、解いて防具に編み込んで良し、溶かして魔法薬の材料に良し…。 なんでもござれ。

 

 

故によく狙われるし、高価。 だから盗賊達にとって、街の金品や骨董品、職人芸の装飾品などを凌ぐほどの標的なのだ。

 

 

 

 

 

一応、簡単に剥がされないようになっているみたいだけど…。それでも力自慢に思いっきり引っ張られたら取れてしまうらしい。

 

 

べったり貼り付けたらどうかって? 多分それでも剥がそうとする輩は現れるだろう。その場合、剥がしやすい方が肉体への損傷が少なくて済むはず。

 

 

 

あと、キョンシーたち…御札をファッションアイテムに使ってる節がある。おでこに貼ったり、帽子に貼ったり、チェンリンさんみたいに髪飾り風にしたり。結構楽しんでるみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな切実な悩みなのだが…どうやら社長に策ありな様子。

 

 

 

「それも良い案があります! 狙われるのは新人キョンシーばかりでしたよね?」

 

 

(シー)。そうアル。まだ身体が硬い子達が狙われるネ。 クンフーが足りてないから、盗賊達の素早い動きに対応できないネ」

 

 

 

頷くチェンリンさん。すると社長はふふんと、自分の着ている道士服の腕を叩いた。

 

 

「それなら寧ろ好都合かもしれません! 新人キョンシーたちの身体の硬さを活かして、道士服の袖の、ダボダボのところに入っちゃうんです!」

 

 

 

 

 

 

「そんなこと出来るアルか!?」

 

 

「はい! さっきのキョンシー兵の方で試させていただきました! 結構ひんやりしてて心地よかったですよ!」

 

 

仰天チェンリンさんにそう語る社長。先程の長城の調査の際、そんなこともしていたらしい。

 

 

でも、確かに良い案かも。腕をほぼ動かせないほどに硬ければ、袖に潜んでいても邪魔にはならないだろうし。潜むミミックもまた、変に振り回される心配がないのだから。

 

 

 

 

「後は帽子なり、それこそチェンリンさんが身につけているシニョンカバーの中とか! 無論、お嫌じゃなければですけど―」

 

 

「素晴らしいネ! 是非お願いするアル!」

 

 

食い気味に目を輝かせるチェンリンさん。社長はにっこりと。

 

 

 

「良かったです! なら、盗賊達に『孔明の罠』を…もとい、ミミックの罠を存分に味合わせて見せましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トコロデ! 社長サン……かなーり、強いデショ?」

 

 

記入し終えた契約書を頂いた際である。チェンリンさんは突然にそう振ってきた。

 

 

 

…私、気づいてしまった。チェンリンさんの瞳…それが、客とか商談相手とかを見る目じゃなく…『強敵』を見る戦士の目になってることに…。

 

 

 

 

「アタシ、元々冒険者だったネ。 それも、腕利き格闘家として有名な。 けど、ミミックに煮え湯を飲まされたこと、幾度もあるネ。 アルアルネ!」

 

 

だからミミック達を味方につけられて嬉しいヨ! と、笑うチェンリンさん。そしてやはり、戦士の目を社長へ。

 

 

 

「そんなアタシの勘が告げテル。 社長サン、どのミミックよりも強いネ…! アストサンも強そうだけど…社長サンはそれの何倍も…! ウウン、アタシが今まで見てきた魔物の、誰よりモ…!」

 

 

―どうやら本当に腕利きであったのだろう。ぱっと見、ミミック少女でしかない社長の強さを一目で見極めるとは。

 

 

 

「アタシ、キョンシーになれてから更に修行重ねたネ! クンフーと我流戦闘法を組み合わせた新技も編み出したヨ!」

 

 

そう言いつつ自らの手をパキパキと鳴らし、若干あらぬ方向へと曲げストレッチをしだしたチェンリンさん。彼女は社長へと頼み込んだ。

 

 

「お願いアル! この場でアタシと戦って欲しいネ! 勿論、手加減なしで!」

 

 

 

それに対する、社長の返事は――。

 

 

「良いですよ! やりましょう! ストリートファイト!」

 

 

 

―いつもの如く、二つ返事である。  私は端っこで…いや、背景に潜むようにして、応援でもしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長城の細めの道がファイト舞台となり、いざ試合準備。…ステージ的に、横スクロール感が凄い。

 

 

 

「コォォ…! ハァアアア…!!」

 

 

気を溜めるように呼吸を制御するチェンリンさん。そして立ち姿も、全く隙の無い構えに。一方の社長は…。

 

 

 

「オルエ…サキュバスのあの子なら、キョンシーの相手って似合うんだろうけど…。 チェンリンさんは双子でも巨大な爪装備してるわけでもないし、そもそもヴァンパイア云々は関係ないしね~」

 

 

…まーた訳の分からないことを口にしている。 とはいえ、箱を動かし手を触手に変え戻しをして、やる気充分。

 

 

 

「アスト、合図おねがーい!」

 

 

そんな社長の命に従い、私は腕を旗代わりにあげ―。

 

 

「レディー…… FIGHT!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッッッ!!」

 

 

最初に動いたのは、チェンリンさん…へっ!?消え…!?

 

 

うわっ…!彼女がいた足元、長城の岩畳が、完全に踏み砕かれてる…!! しかも当の本人は、社長の目の前に…!!

 

 

 

どうやら長城を一足で飛び上がる脚力を活かし、刹那の内に社長へ肉薄せしめたらしい…! 強い…!!

 

 

 

 

 

「ハイヤァ…! ハイハイハイハイハイ!!!」

 

 

そして間髪入れず、自慢の脚での連続襲撃…ならぬ、蹴撃…!! 

 

 

およそ一度の蹴りさえあれば、普通の宝箱は破壊できるであろうほどの威力。それを多段に…ひゃ…百裂撃…!!?

 

 

その勢い、凄まじき…! しかも死後硬直を克服した彼女の蹴りは曲がりに曲がり、あらぬ方向から社長を滅多打ちにしていく…!!

 

 

 

 

 

――が、我らの社長を舐めてはいけない。確かに直撃をしているが…ダメージはほぼ無いはず。なにせ…。

 

 

「宝箱ガード! 中々強いキックですけど、効きませんよ~!」

 

 

箱に閉じこもって防御を固めているのだ。そして隙を突き―。

 

 

「そりゃっ!!」

 

 

触手を伸ばし、チェンリンさんの身体を捕える。そして自ら跳ね上がり、チェンリンさんの頭上を越え…!

 

 

「投げ技でぇ…ドーン!」

 

 

背へと回したチェンリンさんを投げ飛ばすように、叩きつける。 わっ…!ホントに手加減なし…!また石畳が砕けて…!!

 

 

 

 

 

 

 

そんな一撃を食らって、チェンリンさんはダウンか…? あ! しっかり受け身をとってた! そして社長の拘束を解いて立ち上がり構えた!

 

 

 

「流石ネ…! 開幕で決める気だったのニ…!」

 

 

「ふっふ~! 中々手強い蹴りですね~! 全方向から蹴りが飛んでくるなんて、びっくりです!」

 

 

お世辞抜きで褒め称える社長。と、俄かに手を幾本もの触手に変えて…。

 

 

 

「でも…私も体の柔らかさなら、負けませんよ~!! 火は吹けませんけど、ヨガを凌ぐ伸び技、お見せしましょう!」

 

 

そう宣戦布告。 チェンリンさんも実に楽しそうな笑顔を浮かべ、再度ファイト再開―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フンハ! セイヤ! ハアアアッ!!」

 

 

「なんの! おっと! そりゃりゃりゃ!!」

 

 

 

互いにコマンド…じゃない。技を繰り出し、熾烈なる闘いを続けるチェンリンさんと社長。その手に汗握る死闘に、私も思わず興奮してしまう。

 

 

因みに…その戦闘音を聞きつけたらしく、長城の警備兵や街の人達も結構集まってきた。バトルの邪魔になるので私が全員を浮遊させ、安全なところで応援中。

 

 

 

 

 

 

 

――そんな中、チェンリンさんが大きめに距離をとった。そして息切れしながらも、今まで出したことのない構えを。

 

 

 

「こんなに強いナンテ…! アタシ、このままだと負けるアルネ…! だから…必殺技を使うネ!」

 

 

 

―と、チェンリンさんの周りに何かが集まっていく…!? 殺意すら感じられる、赤黒い波動のような…!しかも瞳は朱く光を放ち、頭のお札も剥がれかけて…!!

 

 

 

 

「あれは…! 危険! みんな、離れろ!」

 

 

「巻き込まれるっ!」

 

 

 

それを見た観戦キョンシーたちが、突然に慌て出す。 確かにアレは嫌な予感がする…! とりあえず、観客席に被害が出ないようにバリアを張って…!!

 

 

 

 

「社長サン! いくアルヨ!」

 

 

「えぇ! 『余裕っす!』 と煽っておこうかしら!」

 

 

 

そんなことを言いつつも、社長も真剣な表情で構える。チェンリンさんはにやりと微笑み――。

 

 

 

 

「カアッッ!!」

 

 

 

 

ゴワォッッッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

!? 瞬間、チェンリンさんが両手より打ち出したのは、巨大な衝撃球…!? いや、もしや気功波というやつ…!?

 

 

それは砲弾を超える速度で、落下防止用の煉瓦壁の悉くを砕いて突き進む…! そしてすぐさま社長へ直撃…!!

 

 

 

「おぉおおっ~…!! これはっ…凄い…!」

 

 

なんとか受ける社長。 ――しかし…チェンリンさんの必殺技はこれではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「隙あり! ここが勝機ネ!」

 

 

なんと、あの大技は…ただ社長を怯ませるだけの技…!? 即座に社長へ再接近していたチェンリンさんは、身体を翻し、足を上に向け―!!

 

 

 

 

「必殺! 『(スピニング)鳳凰(バード)(キック)』ッ!!」

 

 

 

 

 

開いた両足を、竜巻の如く疾風怒濤の回転…! 先の百裂撃など目ではないほどの勢力と波動…!! 彼女の周囲の瓦礫は、砂塵と化して…!!!

 

 

 

 

バキッッ!

 

 

 

 

っえ…? うそっ!?  私の張ったバリアに…斬られたようなヒビが!? まさか…! あの必殺技の余波!?

 

 

結構離れているし、バリアも結構強いの張ったのに…!! …って! ちょっと奥にある長城の建物の壁にも、破壊痕が!!

 

 

 

 

「マズいね! チェンリン、止めるね! 長城が崩壊するね!」

 

 

「駄目…! 波動に呑まれて、聞こえてない…!」

 

 

「あのままだと…身体が崩れるまで暴走するかも…!」

 

 

 

叫ぶキョンシーたち。けど、チェンリンさんには聞こえていない様子。私がなんとかするべきか…!

 

 

 

――…! あれは…!!

 

 

 

 

 

 

 

「肉体の死後硬直は無くなっても…! 1F(フレーム)の硬直は残ってますね~! なんて!」

 

 

…社長!! チェンリンさんが気功波から必殺技に移るほんの僅かな隙を突いて、またもガードを成功させていたらしい…!

 

 

 

 

「そろそろ…こっちの必殺技の番でーす!!」

 

 

―! 社長が、動いた…! おぉっ!!

 

 

 

 

 

 

社長が…! (チェンリンさんを)捕まえてっ!

 

 

社長が…! (チェンリンさんを)画面端…じゃない、道端にぃっ!

 

 

チェンリンさんの抵抗を読んで…! まだ入るっっ!

 

 

 

社長が…!  ―ッ近づいてっっ!! …えっ? 瞬間的に箱から出て、箱を掴んで…!?

 

 

「ひっさーつ…! 『(しょう)(りゅう)(けーん)』っっ!!」

 

 

 

 

―――社長がっ…! 決めたぁぁっっっっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイヤぁぁっ…!  ヤぁっ…  ヤぁっ…  ヤぁっ……」

 

 

 

…なんかエコー残して、やけにスローモーションで吹っ飛ばされるチェンリンさん。そのまま床にべしゃり。

 

 

「くぅううっ!!  アタシの負けアル…!!」

 

 

あ。すぐに飛び起きて悔しそうに。剥がれかけていたお札を直し…何故か再度構えた。

 

 

 

「社長サン! もうひとラウンド! もうひとラウンドお願いネ!」

 

 

「コンティニューですね! 受けて立ちましょう!!」

 

 

 

 

……そして、また楽し気にぶつかり合う両者……。 …なんと言えばいいやら…。

 

 

 

 

…とりあえずこの辺りの戦闘痕の修理が済むまでは、ミミック多めに配置できるように取り計らっておこう……。

 

 

 



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人間側 とある悪漢達と成龍

 

「おぉ! こりゃマジで美味えな! ケチなんてつけらねぇ!」

 

 

「今まで食って来た中華料理の中で一番だ…。 まさに中華一番って感じだぜ…」

 

 

「俺の背景にぶわって、美味そうなエフェクトがかかってる気がする…! 料理漫画みたいに…!」

 

 

 

…テーブルに並べられた料理の数々を口に運び、恍惚の表情を浮かべる仲間達。 ケッ、メスの顔…じゃなくて、メシの顔を浮かべやがって…!

 

 

 

…だがよ、確かに美味え…。やるじゃねえか、キョンシー共……。 腐ってもなんとやらだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は4人組の冒険者だ。ジョブは全員『盗賊』だが。 今、訳あって『長城ダンジョン』というとこに来ている。

 

 

ここの主をしてるのは『キョンシー』って魔物だ。元人間なあいつらだ。 けど、そいつらの討伐をしにきたわけじゃあない。

 

 

…いや、下手したらそんな結果になるのか?

 

 

 

俺達は盗賊らしく、ここにある金目の物を盗みに来たんだが…その標的の中に『キョンシーの御札』ってのがある。

 

 

キョンシー共の頭についてるアレのことだ。実はそれ、かなり高く売れてな。狙うにはもってこいなんだ。

 

 

ただ、それを剥がされたキョンシーは、そのまま放置されたら復活すらできずに死んじまうらしいが…。 ま、一回死んでんだから別に良いだろ。

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ腹が減っては盗みは出来ねえ。だから、こうして飯屋に入ってんだが……。

 

 

 

 

「「「美味かった……」」」

 

 

…普段荒くれな仲間共が、全員骨抜きにされてやがる。難癖つけて、店から何かせしめてやろうとも考えてたのによ…。全て平らげやがった…。

 

 

「特にこのラーメンが良い‥! 鮎の風味が素晴らしい…!」

 

 

はぁ…。ハゲの仲間が語りだしやがった。こいつ、ラーメンに関してはうるせえんだよな。ラーメンハゲめ。

 

 

ったく。いい加減目を覚まさせてやるか!

 

 

 

 

 

 

「お前ら! 目的を忘れてんじゃねえ!」

 

 

テーブルを勢いよくブッ叩いてやると、ようやく仲間達も正気に戻った様子。

 

 

「悪い…」

 

「仕方ねえ…行くか…」

 

「おーい、お愛想……」

 

 

 

 

「大馬鹿が!」

 

 

再度、バンッとテーブルを叩く。なに普通に金払おうとしてやがんだ! 盗賊なんだから食い逃げする気概でいろや!

 

 

 

「どうか、しましたか?」

 

 

 

お、音を聞きつけて丁度キョンシーの店員が来やがった。不甲斐ねえ仲間共に代わって、俺が手本を見せてやるとするか。

 

 

 

 

 

「おうおう! こんな不味い料理食わせてどういう料簡だコラ!」

 

 

ドスの効かせた声でそう怒鳴ってやる。するとキョンシーの奴はビビッて…あん? 首を捻って…?

 

 

「??? 全部食べてるのに?」

 

 

うっ……。あの馬鹿共…! 余計な事しやがって…! チッ、通すしかねえ!

 

 

 

 

「うるせえ! 不味かったモンは不味かったんだよ! だから、金は払わねえ!」

 

 

「駄目です…。 支払ってください!」

 

 

「知った事か! おいお前ら! さっさと出るぞ!」

 

 

 

店員キョンシーを押しのけるように、俺達は店を後にしようとする。 ―と、そこに…。

 

 

 

「食い逃げ? なら、許さないアルヨ!」

 

 

 

 

 

 

目の前に立ち塞がったのは、別の席で飯を食ってた女キョンシー。 へぇ…中々過激なチャイナドレス着てんじゃねえか。

 

 

良い女だが、邪魔をするなら容赦はしねえ。ぶん殴ってどかしてやるか。 おらよっ……!

 

 

 

「ハッ! ハイヤ!」

 

 

ドカッッ!

 

 

「ぐえっ!?」

 

 

 

 

 

 

こ…この女キョンシー…! 俺のパンチを弾いて…蹴りを食らわせてきやがった…!! く、くそ…!

 

 

「やっちまえ、テメエら!」

 

 

俺の号令に、一斉に武器を構える仲間達。相手のあいつは…。

 

 

「料理店で悪漢となんて、オーソドックスな戦闘シーンネ!」

 

 

…構えやがった…! なら、容赦はいらねえ! ボコボコにしてやれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイヤ! アタタタタタ!!!」

 

 

「ふぐえっ…!」

 

「こ、このっ…!!」

 

「こいつ…強え……!!!」

 

 

 

…ボコボコにされてるのは俺達のほうじゃねえか…! 武器持ちvs徒手で、なんで負けてんだよ…!

 

 

しかもこっちは、椅子とか皿とか壺とかもぶん投げてるのに…全部キャッチされやがる! 皿に至っては、厨房の方に返却されてるし…!

 

 

最初驚き怯えていた他の客も、気づけば俺達を取り囲んでやんややんや観戦してやがる…!

 

 

 

 

 

「はいよチェンリン! 加勢ね!」

 

 

…なんだ…? 厨房に居たキョンシーが、俺達と戦っている女キョンシーに何かをパスしたぞ…? ラーメン…?

 

 

「シェシェ! これ食らうネ! ソォイ!!」

 

 

そしてそれを……ハゲの仲間に向け、頭からぶっかけたァ!?

 

 

 

「熱っ!? …くない…? あれ…?」

 

 

ビビり暴れるハゲだったが、すぐになんともないのに気づいた。なんだ、こけおどしか…。…けど、何か入ってたような……。

 

 

「背徳ダンジョン直伝! ラーメンミミック! ある!」

 

 

ギュルッ!

 

 

「ぐへっ!?」

 

 

 

 

!?!? ラーメン鉢の中から、触手が!? なんだありゃ!? うおっ! しかも、その触手でもう一人絞められやがった…!

 

 

 

「隙ありネ!」

 

 

…しまっ…! 変なのに目を奪われちまってたから…! ひえっ…!

 

 

 

 

ドゴゴッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ぐへあっっ…」」」」

 

 

 

「二度と来るなアル!」

 

 

「その通りあるね! …なんて!」

 

 

 

 

…女キョンシーと変なラーメンに、俺達4人はダンジョンの外に叩きだされた…。 しっかり食った料金を財布から回収されて……。

 

 

…多分あのラーメン、上位ミミックだ…。姿的にそうだし、なんなら軽く名乗ってたしな…。

 

 

 

―クソッタレが! これで終わると思うなよ! とられた料金分、盗み返してやるからな…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり踏み倒すべきじゃなかったと愚痴る仲間共を引っぱたき、ダンジョンへの再侵入を試みる。とはいえ、入口は警戒されてやがる。

 

 

 

なら、ここを取り囲む城壁…。『長城』から忍び込めば良いだけのこと。登るための道具は持ってきてるからな。

 

 

 

それに、長城は長大だ。ということは、綻びも多いってこと。 少し探して歩けば…ほら、あったあった……。

 

 

「……なんだここ?」

 

 

 

 

見つけたのは、簡単に登れそうな砕け具合の壁…なんだが、妙だな…。 経年劣化とかじゃなく、闘いの跡みたいな壊れ具合だ…。

 

 

しかも、結構ド派手。よほど強い奴らが闘ったのだろうか。―まあいい。俺達には好都合。よいせっと―!

 

 

 

 

 

 

 

 

「―うし。へっ、良い眺めだぜ」

 

 

登り切り、街を見下ろしてみる。どこもかしこも賑わってやがる。赤い提灯もたっぷりだ。

 

 

さて、どこを狙おうかな…と。 ……ん?

 

 

 

 

 

 

ドドドドドドドドド……――

 

 

 

 

 

 

 

 

……何か、こっちに走ってきてねえか…? キョンシー…じゃねえな…。小さいのか、壁に隠れて良く見えねえ。

 

 

けど、跳ねたりもしている…?じゃあ、やっぱりキョンシーか…? んんん…?

 

 

 

 

…とりあえず、俺達の敵なのは間違いねえだろう。さっきの女キョンシー共には不覚をとったが、今度はそうはいかねえからな。

 

 

再度武器を構え、臨戦態勢。さあ…何が来る? …ん? なんだ?

 

 

 

 

 

 

ようやく見えたのは、白と黒の模様な何かと、黄色と黒の模様な何か。…察するに、パンダと虎か? キョンシー共の番犬的なヤツか?

 

 

ならちょいと面倒だが…。こちらには魔法を使える面子もいる。狭い道を一直線に走ってくるなんて、狙い撃ちしろって言ってるようなモンだ。

 

 

 

 

さあ、そろそろ接敵だ。 ブッ飛ばして、その毛皮を剥いでやるからな! ……―って……。

 

 

 

「「シャアアアアアッ!!!」」

 

 

 

「「「「げぇっ!? ミミック!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走って来たのは獣じゃねえ! パンダ柄の宝箱ミミックと、虎柄の宝箱ミミックじゃねえか!! なんでそんな紛らわしい模様なんだよ!

 

 

 

いやてか、驚いてる場合じゃねえ! 俺達も一応冒険者、ミミックの強さは知ってる…! 魔法を撃ち出しても…ほら躱しやがった! 逃げるしかねえ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「うおおおおっっ!!?」」」」

 

 

「「シャアアアアアッ!!」」

 

 

 

長城の細い道をひたすらに走り逃げる俺達、白く尖った牙をガキンガキン鳴らし追いかけてくるミミック共。

 

 

く…くそ…! 一本道でミミックから逃げるなんて無理だろ! 普通は入り組んだ道とかで攪乱するのがセオリーなんだぞ!? なのに、ここじゃあ逃げ場ねえじゃねえか!

 

 

しかもよりによって、高機動な宝箱型ミミックなんてよ…!! クソッ! お前らもっと走れ!! 

 

 

 

 

 

 

どっちが先に力尽きるか、必死の攻防。…チクショウ、さっき飯食った直後だから、横っ腹が痛え…!

 

 

けど、ここでやられてたまるか…! なんとしても盗賊の使命を全うして……っ!?

 

 

 

 

 

……俺達の正面に、何かがいやがる…!  あれは…キョンシー兵! 封鎖してやがる!

 

 

なら、蹴り飛ばしてでも突破しなければ…あん? その前に、何かが跳ねてやがる…? 緑で、髭みたいな模様もあって、青龍偃月刀(えんげつとう)を咥えて……!!

 

 

 

 

「「「「げぇっ 関羽!?……じゃねえ! またミミックかよ!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

キョンシー共の前に立っていたのは、如何にも手練れ感満載な宝箱ミミック。真っ赤な舌で青龍偃月刀をブオンブオン回してやがる!

 

 

 

前方の関羽…ならぬミミック、後方の虎&パンダ…ならぬミミック。 このままだと挟み撃ちされちまう!

 

 

どうすれば…! せめて、この一本道から、長城から逃げられれば…!! …ハッ!

 

 

 

 

……そうだ、ここは長城。下には、街。 逃走経路はこれしかない…!

 

 

 

 

「テメエら! 飛び降りるぞ!」

 

 

「「「はぁ!?」」」

 

 

明らかに狼狽する仲間達。だが、もうこれしか手段はねえ。 街の方はダンジョンだ。仮に死んでも、復活できる!

 

 

そして、もう説得する猶予はない。近くの仲間二人を無理やり掴み…!

 

 

「跳べぇっ!!」

 

 

「「はぁああ!? あああああっっっ!?!?」」

 

 

 

俺達は、ダンジョンの中へと飛び降りた―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボズンッ  ボズンッ  ボズンッ   ドサァッ…!

 

 

 

「痛てて…てて……」

 

「死ぬかと思った……」

 

 

地面にベシャリと転がりながら、ひぃひぃ言う仲間二人。だが、無事だ。勿論俺もな。

 

 

偶然、落下コースに布の屋根が幾枚もあったのが幸いした。それを突き破って落下することで、なんとか無事に済んだってわけだ。

 

 

全く、某カンフーアクションスターみてえだぜ。時計塔からじゃねえけどよ。

 

 

 

 

ところで…俺が掴めなかった仲間一人の姿がない。飛び降りることに怖気づいたくさいな。 多分今頃、ミミック共の餌食だろ。

 

 

まあ、仕方ねえ。それより一刻も早くここから離れちまおう。 追っ手が来る前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間二人を引きずり、とりあえず街角に身を潜める。さて…。復讐の時間だ。

 

 

ボコられて、金盗られて、ミミックに襲われて、仲間一人やられて…損失はデカい。となると、やっぱり狙い目は高値で売れるキョンシーの御札だが…。

 

 

 

――お。丁度良く数体のキョンシーがこっちに来るじゃねえか。しかもまだ身体が硬くて、ピョンピョン飛び跳ねることしかできねえやつだ。

 

 

 

飯屋の女キョンシーや、長城の宝箱ミミックと比べればまさに雑魚と言ってもいい。 テメエら、行くぞ!

 

 

 

 

 

 

 

「おっと待てよキョンシー共」

 

 

「その頭の御札、置いてきな。あと有り金も全部な」

 

 

「あーん? 持ってない? 嘘つけ!ちょっと跳ねてみろ! …跳ねてたわ…」

 

 

 

三人でキョンシー共を取り囲み、威圧してやる。ヘッ、案の定ビビり散らかしてやがる。まともな抵抗はしてきそうにないな。

 

 

丁度いい。さっきからボコられまくった恨み、こいつらで晴らしてや……

 

 

 

「あばばばば…!?」

 

 

 

 

 

 

 

な、なんだ…!? 仲間の1人が、突然に倒れた…!? キョンシー共、まだ動いてないぞ…!?何故だ…?

 

 

ッ…もしや…。 キョンシーは暗器を…隠し武器を使うと聞く…! まさかそれを…? 怯えているように見えたのは、こちらを油断させるための策ってか…!?

 

 

 

……ん?

 

 

 

 

 

 

ブブブ…ブウウンッ…!

 

 

 

 

 

 

 

なっ…!? 変な音が聞こえると思ったら…! 倒れた仲間に纏わりついている、あの赤青のキモい蜂は…!『宝箱バチ』じゃねえか!

 

 

あれもミミックだ…! 群体型の…!! ヤベえ…あいつにひと刺されでもされたら、丸一日麻痺するってのに…!

 

 

 

ってうおっ!? キョンシーの袖から、帽子から、数珠から、団子髪カバーの中から…!大量に湧き出て来ただと!?

 

 

死体に群がるのは普通ハエだろうが! なんで蜂なんだよ!  てか、なんでミミックなんだよ!!

 

 

 

そりゃダンジョンだ、色んな魔物が棲むモンだが…わざわざキョンシーを守るかのようにくっついてるのは異常だろ! キョンシーとミミックの共通点なんて、移動の時跳ねるぐらいじゃねえか!

 

 

 

 

 

 

 

一匹程度ならまだしも、この数は…! しかも、弱いとはいえキョンシーもいる。二人になっちまった俺達では勝てねえ…!

 

 

なら、やっぱり逃げるしかねえ…! おい、急いで走って…! ――ぁ…?

 

 

 

「ぐぇ……っ」

 

 

 

 

 

――残ってた仲間1人の悲鳴と同時に、そいつの身体が空中に引っ張り上げられた…。 何が…???

 

 

 

訳も分からず、俺は上を見上げる。そこには…ぶらんとぶら下がる仲間。その頭には、至る所に飾られている赤提灯…。

 

 

 

…っあぁ!? 提灯から、触手が出てるじゃねえか!! 間違いねえ…!触手型ミミック…!!

 

 

 

 

どうなってんだこのダンジョン…! キョンシーの中には元冒険者もいるだろ…! なのに、俺達の天敵を配置しまくってるって…裏切り者共め!

 

 

 

――決めた。 なんとしても、キョンシー共に吼え面をかかせてやる。御札越しでもわかるほどに。

 

 

 

 

だがその前に…『三十六計逃げるに如かず』!!! 逃げるが勝ちだ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はひたすら逃げに逃げる。後ろを振り返らず、必死に。 そして…観光しに来ている連中の中に飛び込んだ。

 

 

 

はっは…! 木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中だ…! これで俺がどこにいるかわからねえだろ…! 

 

 

 

さて…。今度は俺の番だ。何を盗めば連中を驚かせられるか…。 ……なんだ? 向こうの方が騒がしいな…?

 

 

 

 

 

 

興味を惹かれ、そちらへと進んでみる…。 するとそこには――。

 

 

 

「…龍…?」

 

 

 

 

 

 

見物客に囲まれた場で舞っていたのは、極彩色の龍。ワイバーンとかドラゴンじゃなく、東洋龍って呼ばれる胴が長いヤツ。

 

 

 

…いや、それも間違ってる。その龍は、作り物。胴の下らへんに棒が付いていて、それで操作されている見世物だ。

 

 

聞いたことがある。『龍舞』っていう踊りだ。中々流麗に舞っているが…チッ、金目の物じゃねえ。

 

 

 

…って、ゲッ…。 龍を動かしてるのはキョンシーと…まーたミミックだ…。どれだけいるんだよ…。

 

 

 

こんなのを見てる暇はねえし、バレない内にどっかを漁りにいこう……―。

 

 

 

「そこの人! さっき食い逃げしようとした人間あるね?」

 

 

 

 

 

 

ッ!? どっかで聞いたことがある声が…! 思わずそっちを見ると……龍舞の龍と、バッチリ目が合った…! 顔怖っ…!

 

 

「下ある!」

 

 

そう言われバッと目線を下げると…っ…! さっき俺達を追いだした、ラーメン鉢に入ってた上位ミミック…!

 

 

 

「二度と来るなって言ったあるよ! それとも、改心したあるか?」

 

 

 

ジーっとこっちを見てきやがる…! ここでまた追い出されるわけにはいかない。とりあえず嘘をついて…!

 

 

「あ、あぁ…。 もうあんなことはしな…」

 

 

「嘘あるね! さっき報告受けたある! 長城から侵入してきたあるよね!!」

 

 

 

…………。 ……三十六計、以下略!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見物客を押しのけ、俺は再度逃走する。 ―と、その後方から…。

 

 

「逃がさないある! ミミック達、出番ある!」

 

 

 

そんな、上位ミミックの号令が。 だがよ、こんな人混みの中、いくらミミックと言えども簡単には追いつけねえ……―。

 

 

 

 

 

 

『グオオオオオオンッッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

―ッ!? なんだ、今の龍の鳴き声…! 本物…!? …いや、違う!

 

 

 

「グオオオオンッ!  待て~! ある!」

 

 

 

 

龍は龍でも…さっきの作り物の龍…! そいつが、屋根の上を伝ってきている!?

 

 

 

正しくは……! ミミック共が龍を操作し、追いかけて来てやがる!!!

 

 

 

 

 

 

く…くそ…! まるで本物みたいな挙動してやがる…! こ、怖え…! 迫力が怖えっ! 威圧感ヤベえっ!! 

 

 

 

しかも、俺は混んでいる道中。相手は誰もいない屋根の上を軽々跳ねて…! 逃げられるわけ…ぐええっ!

 

 

 

 

「捕まえた! あるよ!」

 

 

 

 

獲物を仕留めるかの如く降りてきたその龍は、俺の身体をグルグル巻きにして締めてくる…! 駄目だこれ…逃げられねえ…!

 

 

「仏の顔は三度までだけど、ミミックの顔は一度まで! 復活魔法陣送りにしてやる、ある!」

 

 

そう言うと、龍の顔を操作していた上位ミミックは少しもぞもぞ。すると――。

 

 

 

 

「グオオオォオオッッ!!!!」

 

 

 

 

 

ひぃっ…! また鳴いた…!! 上位ミミック、作り物の龍の顔に入って…!顎をガキンガキンって、生きてるように動かし出しやがった…!! 

 

 

く、食われる…!!や…止めてくれ…! もう来ねえから…! その恐ろしい顔で、牙で、こっちを見るなっ!!!

 

 

 

「願い事は叶えてないけど…『では、さらばだ』!  あ~るっ、じゃなくてが~ぶっ!!」

 

 

 

 

ぁ…ぁ…! アイヤァああああああああっっっっ!!!!!

 

 



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顧客リスト№53 『ジンのアラビアンダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

―――では今宵も、私アストが、ひとつの物語を紡がせていただきましょう。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

()る地、然る砂漠の只中。そこは月と星々が冷たく微笑みを向ける、荒涼の化身。

 

 

しかしその場にありながら、寂寞の(ことわり)に反旗を翻す一画がございました。

 

 

 

 

 

昼間の太陽を内に仕舞いこんだかのように煌々と。宝石や金のように爛々と。

 

 

そんな賑わいと輝きを放つは、とある城。『アラビアンダンジョン』とも呼ばれる、巨大宮殿。

 

 

 

 

 

その不夜なる外郭(そとぐるわ)は、この地を通る商人や狩人、冒険者や魔物たちの道しるべ。

 

 

その玲瓏(れいろう)なる内郭(うちぐるわ)は、そんな彼らが安らう拠り所となっておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

不可思議な場ゆえ、蜃気楼をお疑いでしょう。又は、幻想幻惑の類ではないかと。

 

 

ご安心くださいませ、確かに存在いたします。昼夜問わず、金殿玉楼(きんでんぎょくろう)然として。

 

 

 

 

 

即ちそれは、そのダンジョンを営む『誰か』がいるということを示します。

 

 

ただしそこに居るのは王でも皇帝でもない、一風変わった者達でありました。

 

 

 

 

 

 

その種族名を、『ジン』。 精霊の一種にございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは人の姿を取っておりますが、その身は煙のようなもの。変幻自在に等しく、ランプを服とし、宮殿内を漂い戯れておるのです。

 

 

 

また、彼らは人懐こい性格。訪れた人々と語らい、遊び、知恵を貸し、時には力を与えてくれもします。

 

 

 

中には悪戯好きなジンもおるようですが…それはご愛敬というもの。 一宿の礼として甘んじて受けるのも、また存外楽しいものでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなアラビアンダンジョンなのですが…。どうやら、ある秘密を孕んでいるご様子。

 

 

 

なんでも宮殿の何処かには、数多のジンたちを全て従え、神に等しい権能を持つ存在である魔神…ならぬ、『マジン』へ至る方法があると―。

 

 

 

そしてその力を手に入れることができたならば、全ての欲望を叶えることができる、何不自由ない栄耀栄華な暮らしができると――。

 

 

 

――そのような噂が、まことしやかに囁かれているのでございます。

 

 

 

 

 

 

真偽の一切は闇の中。しかしそれを信じた強欲なる冒険者達は、日夜ジンたちの目を盗み、(まなこ)を皿にし、探り回っているのです。

 

 

 

時に協力し合い、時に蹴落とし合い。時に利用し合い、時に奪い合い―。 

 

 

 

およそ美しき御殿には相応しくない、腐り汚れた私利私欲の応酬。ダンジョン主がそんな『人』ではなく、『精霊』であるのも頷けてしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

なお、未だ『マジン』へと至れた者はおりませぬが…。貪婪(どんらん)な彼らは、それでも必死に漁り続けております。

 

 

 

まるで、砂漠の中に落ちた砂金を探すように……。

 

 

 

 

 

 

いいえ、いいえ。それこそまさに、蜃気楼を追うように――――。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

…これにて、此度はおしまい。『千夜に渡る物語』―。これもまた、それに加わる一夜のお話。

 

 

 

Alf(アルフ) Laylah(ライラ) wa() Laylah(ライラ)』―。どうか次の夜を、心待ちになさいませ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と。…こんな感じでどうでしょうか…?」

 

 

柔らかで緻密な模様の絨毯の上に腰を下ろしたまま、広げていたスクロール(巻物)を畳みつつ、私はおずおずと感想を聞いてみる。すると―。

 

 

 

 

「凄いすごーい! 私達の現状が、立派な物語になっちゃったわ!」

 

 

「ちょっとコツを伝えただけだったのにな…! アストさん、語り部の才能あるよ!」

 

 

 

パチパチと拍手をしてくれるのは、私の前に並べられた様々な形のランプ……。

 

 

ではなく、そこから煙のような姿を出している精霊、『ジン』たちである。

 

 

 

 

 

そう―。今しがた語ったお話は、全部真実。私と社長はその『アラビアンダンジョン』を訪問しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では改めて、依頼主である彼らの紹介を。

 

 

先の物語通り、煙のような姿をしているジンは、本当にランプに入ってふわふわ浮いている。それ故、一部では『ランプの精』と呼ばれることも。

 

 

なおそのランプの形は、ソースポットや水差しのような形の『オイルランプ』というもの。色や大きさ、装飾は様々だが、どれもこれも凝っている。

 

 

 

そしてそれの、油を注ぐ大きめの穴から、蓋を頭に乗せる形でひょっこり。火をつけるための小さい穴から、煙の身体を活かしてするり。

 

 

 

……なんか、ミミックに似ているかも?

 

 

 

 

 

 

 

因みに、先程私を『凄い!』って褒めてくださったのが、女ジンの『シェヘラ』さん。

 

 

『語り部の才能がある』と言ってくださったのが、男ジンの『ザード』さん。

 

 

 

そんなお二人が、ジン代表の依頼主である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、そうそう。さっきのお話で『ジンはランプを服にしている』的なことを言ったのだけど…。正確には違う。

 

 

彼ら、変幻自在なのを活かして、服を作り出して纏っているのだ。しかも、砂漠の地に相応しい衣装。

 

 

 

 

男精霊はターバンっぽいのを被り、前を閉めない緩めのチョッキと、ダボつき膨らんでいる白いズボン。

 

 

女精霊は透けたベールのついたヘッドドレスで、薄手でゆったりなへそ出しトップスと、同じく薄手な長めヒップスカーフ。

 

 

 

そしてどちらにも、各所にキラキラと輝く装飾品が。 確かに、この立派な宮殿の主に相応しい恰好である。

 

 

 

 

 

 

因みに女精霊の方の衣装は、以前訪ねた『くねくねダンジョン』のラミアたちと似ている…と思ってたら、交流があるらしい。ダンス友達だとかなんとか。

 

 

どうやら、それで我が社に依頼してきてくださったご様子。そういえばあそこ、ここから近かった気がするし。

 

 

 

 

 

 

……で、そのことをジンの皆さんに話したら…。その服がちょっと気になってたということがバレてしまって…。『ジンの悪戯』を受けてしまった…。

 

 

 

 

…はい…。私も着させられている…。そのアラビアン衣装…。いや、綺麗だし涼しいしで不満はないのだけど。寧ろ、嬉しいぐらい。

 

 

 

 

ま、お話の通り、ジンの悪戯を甘んじて受けるのも一興ということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、では肝心の依頼内容はというと…。冒頭の物語は実話。つまり、そういうこと。

 

 

 

 

真偽不明の噂、魔神…じゃない『マジンへなれる方法』。因みにシェヘラさん達曰く、そんな代物は存在しないらしい。

 

 

しかし…欲深にもそれを信じた冒険者達が、忍び込んできて暴れまくっているのである。

 

 

 

なにぶん砂漠を通る者達のオアシスとして存在するダンジョンなだけに、来訪者はかなり多い。

 

 

それに商団の護衛などに参加している冒険者もいるので、拒否するわけにもいかない。

 

 

 

そしてそんな人々に紛れて、悪い連中も入ってきてしまうらしいのだ。

 

 

 

 

 

しかしジンたちの性格上、来客を拒む気はないらしい。だけど壁や床を壊されたり、壺や絨毯を汚されるのは困ってしまう。

 

 

そして自分達で手を下すのも躊躇われるため、我が社に派遣依頼をしてくださったのである。

 

 

 

 

 

 

因みに、もう商談は成立済み。だからさっきみたいに、語り部の真似をして遊ばせてもらっていたのだけど……―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…へ? どうしてそんなことしてるのかって? そう言われましても…。ただシェヘラさん達に誘われたからとしか…。

 

 

えっと…。 一応、突然に物語を紡いだのには、理由がある。

 

 

 

 

 

またまたさっきのお話の内容についてだが、ジンたちは『来訪者たちと語らう』のだ。

 

 

勿論それは歓談という意味合いなのだけど…。実は、もう一側面ある。

 

 

 

 

 

聞いたことがあるだろうか。『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』。

 

 

千夜一夜物語とも言われている、千夜(ちよ)もの間語り続けることのできるほどの説話集のことを。

 

 

 

実はその物語を作り、語り広めたのは…彼らジンたちなのである。

 

 

 

 

 

 

 

元はここを利用する者達が、お礼の一つとして話した各地の出来事や逸話らしい。

 

 

ジンたちはそれを集め、独自に面白く改変し、訪れた者達に子守唄代わりとして話してあげているのだ。

 

 

 

今ではジンの持つ幻想的な、文字通り燻る身体と声に魅了され、お話を聞くためだけに訪ねてくる者もいるとか。

 

 

 

そして、吟遊詩人を始めとした者達が、更に各地に広めていっているのである。

 

 

 

 

因みに。その作ったお話の中に、魔神のお話とかもあったらしく…。多分それがどこかで広まって、いつの間にやら真実扱いされたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

そもそもジン自体、魔法で結構色んなことができる存在。この宮殿ダンジョンを建てたのも、彼らなのだから。

 

 

空飛ぶ絨毯や豪勢な料理、長いパレード召喚とかも、アブラカダブラお茶の子さいさい。

 

 

 

ただし願いは3つだけ……ということもない。けど、やってくれるかはジンの気分次第ではある。あまり大きな力の行使は、当然疲れちゃうみたいだから。

 

 

 

もし大それた願いを彼らに頼みたかったら、『フレンド・ラ(ボクは)イク・ミー(大親友)』って言ってくれるぐらい仲良くなれればいけるかも?

 

 

勿論、主従契約とか無しで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だいぶ話が逸れてしまった。――ということで、シェヘラさん達に『お話を作ってみない?』って誘われたのだ。

 

 

今まで体験してきた色んなことを話してもよかったのだけど…まずは小手調べ的に、このダンジョンの現状をそれっぽく仕立てあげてみたのである。

 

 

あとは話し方のコツとかを聞いて、即興仕立てで披露―。というのが事の顛末。

 

 

 

 

 

ジンたちも、自分の置かれている状況を物語にする発想は無かったらしく、目とランプを輝かせて聞いてくれた。ちょっと嬉しい。

 

 

すると、シェヘラさんとザードさんがにっこり顔を見合わせて……。

 

 

 

 

「早速これも、レパートリーに加えちゃいましょう!」

 

 

「賛成だ! 貰ってもいいかい?アストさん」

 

 

 

「へ!? は、はい…!」

 

 

 

 

 

……加わっちゃった…。本当に千夜の中の一夜に…!

 

 

事実を並べただけとはいえ…私の作ったお話が、もしかしたらどこかで語られる……。

 

 

 

…なんかちょっと、こそばゆい……!

 

 

 

 

 

 

――けど、『語り部の才がある』って言われてよかった。だってほら、私、こんな風に各地のダンジョンでの体験を語っているのだから。

 

 

 

メタい? はて、なんのことやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで…社長はどうしているかって? 勿論、他のジンたちと遊んでいる。

 

 

 

社長、どちらかと言わなくとも、悪戯っ子気質。ということで――。

 

 

 

 

「そらどけ ホラどけ じゃまだ♪」

 

 

「おい コラ♪ 社長の おなりだ♪」

 

 

「偉い方のお通りだ~♪」

 

 

 

 

――同じ悪戯好きのジンたちとともに、休息している来訪者たちから借りた(ほぼ無断)ラクダたちに乗ってバタバタのっしのっし練り歩いている…。

 

 

 

もはや勝手にパレードしているレベル。ラクダのコブの上にランプがちょこんと乗ってるのはちょっとシュール。

 

 

 

 

なおそんな社長も、既に着替え(悪戯され)済み。宝箱ではなく、ランプに入っている。

 

 

そして服は、何故か男装なんだけど…。閉じないチョッキだから、なんか色々危ない気が…。

 

 

 

 

 

……というか流石に…。

 

 

 

「その子達、いい加減返してあげてください…。 ほら、商人の方々、不安そうにこちら見てるじゃないですか」

 

 

「アストさんの言う通り! もう頃合いでしょ?」

 

 

「充分堪能しただろう?」

 

 

 

 

「「「え~!!」」」

 

 

 

私とシェヘラさん&ザードさんがそう叱ると、社長達はすっごく残念そうな顔を浮かべたのであった。 

 

 

でもすぐ返却してくれたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――と、そのすぐ後。シェヘラさん達がラクダの代わりにと、あるものを貸してくれた。

 

 

 

 

 

「ひゃ~! 風が気持ちいいわね~!」

 

 

「ですね~! それに、結構安定感ありますね。そんなに厚いものじゃないのに」

 

 

 

 

空の上で、社長と私ははしゃいでしまう。何に乗っているかというと…あの、空飛ぶ絨毯である。

 

 

 

 

…というかこれ、さっきまで私が座っていたやつ。突然アブラカダブラを唱えられ、絨毯が浮かび上がった時はびっくりしてしまった。

 

 

 

目を輝かせた社長も勢いよく飛び乗って来たのだけど…柔らかな絨毯なのに、たわむことも折れることもへこたれることもなかった。

 

 

 

そして私達を乗せ、見事に空中まで浮かび上がってくれたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

宮殿の放つ灯りを背に、ダイヤモンドのような星がきらめく紺色の夜を駆けるのは中々に心地よい。

 

 

自分の羽では堪能できない、座りながらの飛行を堪能していると―。ランプ入りの社長が、私の膝の上にぴょいんと。

 

 

 

 

「景色もいい感じ! 地平線までが一面の砂の中、豪奢な宮殿が堂々と聳えているって…なんか世界が違うみたい」

 

 

ほうっと息を吐いた社長。すると、私に身体を委ねながら、こちらを見上げてきた。

 

 

 

「プリンセス、どう? 私の秘書になってくれてから『全く新し(ア・ホール・ニュー)い世界(・ワールド)』、見れた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ!? プリンセス…!? 世界…!?」

 

 

妙な一言に、私はどぎまぎしてしまう。すると社長はケラケラと笑った。

 

 

 

「『公爵閣下の箱入り令嬢(姫君)』のままだったら知れなかった、世界の色んなとこ。…行ってるの、ダンジョンばっかりだけどね~」

 

 

「ど、どうしたんですか突然…?」

 

 

 

なにか悪いものでも食べたのか、それとも悪戯好きのジンに憑りつかれたのか。やけにしっとりとした雰囲気の社長に、そう聞いてしまう。

 

 

 

すると社長は被っていたターバン風帽子を外しつつ、少し婀娜(あだ)っぽい声を。

 

 

 

「ふふっ。こうして二人きりで魔法の絨毯に乗ってたら、ちょっとセンチな気分になっちゃって。いえ、ロマンチックて言うべきかしら」

 

 

 

そしてそのまま、私の言葉を待つように。 いじらしさすら感じられるように。

 

 

 

 

 

―――なら、答えましょう。私の想いを。

 

 

 

 

 

「えぇ。沢山。新しい世界も、抑えきれないときめきも。社長が見せて、教えてくださいました」

 

 

 

社長を後ろから抱き留めるように、ぎゅっと。そして、駄目押しにもう一言。

 

 

 

「まさに流れ星のように夢に満ちた、あっという間な日々です。――そしてどうぞ、このまま、いつまでも」

 

 

 

 

そう告げると、社長は顔を俄かに輝かせ――。

 

 

 

「ありがと…アスト…! これからも二人で一緒に、明日を…素敵な世界を、見つめていきましょう…!」

 

 

 

「えぇ、王子様。―もとい、ミミン社長♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―……。そう会話は終えたのだけど…。…なんか…恥ずかしい…。

 

 

露出の多い、薄手の服を着ているのに熱くなってきちゃった…。夜だからかなり寒くもあるはずなのに…。

 

 

 

 

そして、それは社長もおんなじらしく…耳を赤くしながら――。

 

 

 

「ねぇアスト…。さっきやってたらしい語り部口調で、ちょっと『お話』を〆てくれないかしら…?」

 

 

 

―そんな無茶振りを。うーん、語り部っぽく…語り部っぽく……。

 

 

 

 

 

 

―コホン。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

ジンの想いを受けた、ミミック達の活躍。社長と私の、2人だけの『願い事』。

 

 

 

 

それらが真となることを願い、月明りの下、栞を挟むことにいたしましょう――――。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

…………なんか、更に、すごくキザっぽくなった気がするぅ……。 

 

 

 

社長は…。…嬉しそうに顔を綻ばせている。 ま、ならいっか―。

 



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人間側 とある語り部と物語

 

~とある街。とある広場。そこにはワクワク顔の人々と、1人の吟遊詩人~

 

 

「ねぇ吟遊詩人さん! 今日はどんなお話をしてくれるの?」

 

 

~先頭に並ぶ一人の子供の声に続き、周囲の者達も次々口を開く~

 

 

 

「船乗りが世界を旅する物語は壮大だったわね」

 

 

「盗賊から主人をあの手この手で守る召使の話も良かった!」

 

 

「王のために千夜もの間、物語を紡ぐ女性の話ってのもあったな」

 

 

 

~それぞれ、和気藹々。そんな中、一人が手を挙げた~

 

 

 

「前回語ってくれた、砂漠の巨大宮殿の話、面白かったよ!」

 

 

 

 

 

~満足げに頷くその者に続き、更に幾人もが楽し気な声をあげる~

 

 

「あれは良い感じだったよね! 幻想的で!」

 

 

「しかも実話なんでしょ? 一度行ってみたいなぁ、そこ」

 

 

「『ジン』って言ったか? 精霊も大変だな、悪い連中に絡まれて」

 

 

 

~物語の内容を思い返す人々。と、微笑んでいた吟遊詩人が楽器を構えた~

 

 

 

「本日はそのお話の『続き』について。ついこの間、彼らよりその(のち)を聞いて参りました」

 

 

 

~その言葉に、皆は目を輝かせる。吟遊詩人は、高らかに題を口にした~

 

 

 

 

「では、栞を外し、語りましょう。 ――『ミミックと、40人の冒険者』」 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

遠い国のお話。 果てしない砂漠の只中。 聳えるは巨大宮殿。

 

 

豪華絢爛な装飾、金襴緞子(きんらんどんす)な絨毯に包まれたその城に住むは、どこぞの王か、皇帝か。

 

 

いいえ、いいえ。そのどちらでもなく。主であるは、精霊『ジン』たち。ランプを服とし、ふわりふわりと揺蕩う煙の精。

 

 

彼ら営む砂中の御殿『アラビアンダンジョン』は、人々のオアシスとして、拠り所として、愛されておりました。

 

 

 

 

しかし今、その宮殿を狙う、40もの刃が。それらは鈍く煌めいて、隠された秘宝…ならぬ『秘法』を我が物にせんと舌なめずりを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケッ! 今回はこれで全員か? 随分大所帯になったなぁ、おい」

 

 

 

集った同胞…39人もの冒険者達を見て、舌打ち交じりの声を上げる彼の名は、『アリゴマ』。立派な体躯をした、盗賊冒険者。

 

 

彼がここのところ執心となっているは、(くだん)の巨大宮殿が孕む『秘法』。ジンたちがひた隠しにする、とある噂。

 

 

 

手に入れることができたならば、全ての願いを欲しいまま。金も酒も女も、思うがまま。

 

 

まさに魔神と呼ぶにふさわしき権能を持つ、『マジン』という存在。それに『成る』ことができる秘密の方法。

 

 

 

彼アリゴマは、そして集った冒険者達は、真実かすらわからぬその秘法を探り続けているのでございます。

 

 

 

 

 

 

……そのような運試しとも言えぬ、見込み薄き挑戦。なにゆえ彼らは挑むのか。それは、致し方なき事やもしれません。

 

 

『冒険者』は常日頃から、一攫千金を望み、夢見るもの。例え可能性が塵芥しかなくとも、もしもに賭ける者達。

 

 

即ち、浪漫を追い求める心と、愚者ともいえる蛮勇が為せる技にございましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とはいえ、アリゴマも少々苛立ちを覚えておりました。幾ら探りを入れても、その秘法とやらが欠片すらも見つからぬからにございます。

 

 

なにぶん『アラビアンダンジョン』は広く、単独では途中でジンに見つかり、追い払われるのが関の山。事実、幾度もそうして撤退してきたのですから。

 

 

 

 

ならば、手数を増やせばいい。そう考えた彼は、同じ目的を持つ同胞を集め、繰り返し挑戦を続けてまいりました。

 

 

しかしその悉くが失敗し、抵抗するように数を増やし…と、気づけば自分含めて40人。盗賊団とも呼べる装いとなっておりました。

 

 

 

しかし嗚呼悲しきかな。彼らは同胞であって仲間にあらず。秘法を見つけ用いることができるのは、最初の発見者のみ。

 

 

つまりは、皆がライバル同然。邪魔者同然。 当然、数でジンを攪乱できますが…その分、手柄が誰かに奪われる可能性も上昇していること請け合い。

 

 

 

故に必要とあれば、蹴落とし上等。『団』とは呼べぬ、殺伐とした烏合の衆。

 

 

 

だからこそ、その秘法とやらが見つからないのやもしれませぬが…。当の本人達は、そのことに気づく素振りすらございません。

 

 

 

 

 

 

しかしそれでも、40人の荒くれは脅威。ジンたちに成す術なぞなく、ただ美しき宮殿は破壊されてしまうのか――。

 

 

 

―ご安心あれ。彼ら精霊には、とても心強い味方がついてくれていたのです――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ! ジン…さん達、ちょいとご厄介になるぜ!」

 

 

どこからか借りてきた多数のラクダとロバを率い、アリゴマはアラビアンダンジョンに。 正体が露わにならぬよう変装して。油商人に身をやつして。

 

 

勿論、残りの39の冒険者達もバレぬように。ある者は商人一味に化け、ある者は護衛兵となり、またある者は、油壷の中に身を潜めて。

 

 

 

それを知ってか知らずか、ジンたちは歓待。一宿一飯を彼らに与え、骨身を休ませようと労わりました。

 

 

嗚呼、ジンたちのなんと心優しきことか。並みの者ならその礼に報い、大なり小なり報恩をするものでしょう。

 

 

 

しかしアリゴマ達のやることは、恩を仇で返すこと。彼らは頃合いを見計らい、決起を始めました。

 

 

 

 

――最もそれが、自分達にとっての悪夢の始まりだと、誰も気が付かぬまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首尾は良いか? 行くぞテメエら…!」

 

 

ジンのもてなしが一段落したのを皮切りに、アリゴマは動き出しました。比較的信の置ける、3人の仲間を供にして。

 

 

 

他の部屋からも、変装を解いた面々が続々と。さてどこを荒らしてやろうかと、にやりにやり。一部の者は、『秘法』なぞ眼中にない様子。

 

 

 

それもそのはず。ジンたちが作り上げた宮殿内には、至る所に豪奢な壺や調度品。無論ジンの魔法で作られた代物なのですが…これもまた、高値で売り払える代物。

 

 

故に強かな者は、そちらを奪って遁走することも視野の内。夢を追う者と、目先の利を取る者。互いの思惑は違えども、行う事は同じ。

 

 

 

では、では―。いざ、大暴れの始まり始ま――…。

 

 

 

 

「あん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―と、ここでアリゴマ、とあることに気が付いたのでございます。それは―。

 

 

 

「…面子、やけに少なくねえか…?」

 

 

 

 

 

――そう。自分を含め40もいた仲間達。だというのに、部屋から顔を出しているのはその半分ほど。

 

 

 

当初立てていた計画では、全員同時に蜂起する予定。無論、数人程度がその約束を破るのは計算の内とはいえ…。

 

 

「…なんかあったか…?」

 

 

流石に半数が計画無視は、あまりにも不可思議。流石に訝しんだアリゴマは、確認へと走るのでございます。

 

 

 

仲間の2人を、油壷に潜んでいるはずの面子の様子確認に。そして自身ともう一人で、扉の開かぬ部屋の面子を窺いに。

 

 

 

 

 

 

「おい。いるのか?」

 

 

早速近場の部屋へと赴いたアリゴマ。扉をノックしますが、返事は無し。眉を潜め、少し強めにドンドンと叩きますと―。

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

ようやくゆっくりと開扉(かいひ)を。全く…と息を吐くアリゴマでしたが、その前に出てきたのは――。

 

 

 

「「しーーっ…!!」」

 

 

部屋にいた面子の、『静かにしやがれ』のサインでございました。

 

 

 

 

 

これにはアリゴマ、びっくり仰天唖然の顔。そうするうちに扉はバタンと閉まります。

 

 

 

「…………は…?」

 

 

 

そんな腑抜けた声しか出せぬアリゴマに代わり、仲間の1人が扉に手を。鍵はかけられておらず、ガチャリと言う音とともに再度――。

 

 

 

 

「――『開け、ゴマ』!」

 

 

 

 

 

中から聞こえてきたのは、燻るような声。アリゴマは名を呼ばれた気がして身を怯ませますが…どうやらそうではない様子。

 

 

 

部屋の内部は灯りが薄く、幻惑なる風情。気が呑み込まれそうなその場に居たのは、惚けた顔の冒険者面子と…麗しく物語を紡ぐ、精霊ジン。

 

 

 

事は単純。ジンの語る『お話』に、皆聞き惚れてしまっているのでございます。ここに来た目的を忘れ、少年少女のように目を輝かせ―。

 

 

 

これこそまさに、『語るに落ちる』―。いえ、『【語る】に堕とされる』と言うべきでございましょう。 

 

 

 

 

 

 

 

その有様を目にしたアリゴマは、以前口をあんぐりと。しかし、なんとか思考は動いておりました。

 

 

何してやがるんだと怒鳴り散らしたい。しかしここで騒ぐと、一気に警戒が強まるのは必定。

 

 

寧ろこの状況。ある意味、ジンを捕えたと言っても過言ではない。そう無理やり思い込み、喉元まで出かかった罵声を呑み込んだのでございました。

 

 

 

 

 

結局バタンと扉を閉じ、見なかったことに。しかしそこだけで済ませるわけにも行かず、アリゴマは他の部屋の様子を窺いに…。

 

 

 

…しかし、どの部屋もどの部屋も―。同じように突っ返されてしまいます。ジンの物語を聞くから、新荒事には参加しない。そう言わんばかりに。

 

 

 

 

さしものアリゴマも、いい加減に堪忍袋の緒が切れる直前。――と、そこに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、大変だアリゴマぁ…!!」

 

 

「仲間が…! 油壷に隠れてた仲間が…!!」

 

 

 

転びそうになりながら慌てて走ってきたのは、アリゴマが油壷へと遣わせた2人の面子。その表情は、やけに切羽詰まっているようで―。

 

 

 

「今度はどうした…!」

 

 

ジンたちに聞こえぬよう、しかし溜まっていた怒りを解き放つように、唸り問うアリゴマ。

 

 

しかし駆けてきた二人は、それ怖がることなく…いいえ、もっと恐ろしいものを見てきたかのように、叫んだのでございます。

 

 

 

 

「「油壷付近で待機してた仲間が…!全員やられちまってる…!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んだと!?」

 

 

目を慄かせ、アリゴマは駆け出します。まだ、行動には出てないはず。なのに何故…!

 

 

そして、一体誰が…! ジンたちは自分達(冒険者達)が暴れていたら対処に動くものの…何もしていなければ優しいまま。

 

 

 

それを逆手にとって一斉攻撃をしかける気だったというのに。もしや、誰かが先走ったのか…?

 

 

それか、強い野良魔物でも入り込んできたか…? どちらにせよ、問い詰めてやらなければ…。 

 

 

 

そう歯ぎしりし、アリゴマは油壷置き場へと。 しかし、そこに広がっていたのは……。

 

 

 

 

「なっ…………!?」

 

 

 

 

 

なんという惨状でしょうか。油壷に潜んでいた面々が、逆さに…。足を外に投げ出す形で、()()()()()()()()のでございます。

 

 

 

 

全員が縊られ、麻痺させられ…。煮えたぎった油を被せられた様子こそございませんが、誰も彼も、とても口が利ける状態ではありませぬ。

 

 

 

追いかけてきた生き残りの面々も、騒然と。これは何者の仕業か。戦々恐々とする中、アリゴマと共に動いていた一人が、眉を潜めたのでございます。

 

 

 

「妙っすね…。ジンがやったにしては、おかしい…」

 

 

 

 

 

――えぇ。確かにその通り。かの優しきジンたちが、このような見せしめじみたことをするでしょうか。いいえ、しないでしょう。

 

 

 

では、本当に誰が…? 眉を潜めた彼は、証拠を探しに歩を進めます。そして、偽装用に持ってきた、本物の油壷に手をかけた瞬間――。

 

 

 

 

ポンッ!  ギュルッ

 

 

「へ…! うぐえっ…!?」

 

 

 

油壷の蓋が弾かれ、中から得体のしれぬ何かが跳び出したのでございます! 

 

 

 

 

哀れ彼はそのまま捕まり壺の中。 ―これにて完成。冒険者の油漬け。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……。…はぁ…!?」

 

 

刹那の早業に、アリゴマ達は眼を擦ります。直後、自らの正体を明かすように、その『何か』は再度姿を。

 

 

 

壺の中の油でぬたりぬたりと濡れそぼるは―。幾本もの触手。そう、それは壺入り人食い触手。即ち――。

 

 

 

 

「「「ミミック、だと!?!?」」」

 

 

 

 

 

 

驚愕、茫然、致し方なき事。アリゴマ達の前に現れたるは、魔物の一種、触手型の『ミミック』にございます。

 

 

何を隠そう、そのミミック。界隈では『冒険者殺し』の異名を取り、ありとあらゆる隙間や穴、壺や宝箱に潜む、恐ろしき魔物。

 

 

そして当の冒険者達からは、『ダンジョンに出会いを求めたくない魔物NO.1』『会ったら即逃げろ』『最凶の生物』とまで言われる、まさに冒険者の天敵と呼ぶに相応しき存在。

 

 

 

えぇ、えぇ―。 もうお分かりになりましたでしょう。心優しきジンたちに味方したのは、彼らミミックなのでございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌首、ならぬ触手首を持ち上げ、アリゴマ達を威嚇するミミック。そして更に、その壺の中からは、赤と青に染まった奇妙なる蛇たち。

 

 

それもまた、ミミックが一種。噛まれたら最後、丸一日は動けなくなる麻痺毒を操る、『群体型』のミミック蛇でございます。

 

 

 

 

仲間一人を目の前で倒され、アリゴマ達もようやく合点がいった様子。どこで紛れ込んだかは定かではないが、ここにいた面子は、全員ミミックに仕留められたのだと。

 

 

武器を構えて尋常に、ならばともかく…。壺の中で待機していたところへ奇襲を受けたのならば、太刀打ちできぬも道理。

 

 

 

故にこの惨状、ただただ納得するしかございません。…しかしながら彼らとて、理解はせども承服は出来ぬもの。

 

 

 

 

 

 

「…こ、このクソミミック共がァ!!!」

 

 

 

今まで溜まりに溜まった鬱憤を解き放ち、怒髪天を衝く勢いで罵声轟かせるアリゴマ。彼が刃を引き抜いたと同時に、その場に集った皆も武器を構えます。

 

 

 

いくら相手が天敵と言えど、この世は『衆寡敵(しゅうかてき)せず』。数が多い方の有利が真理。

 

 

たかが数体程度のミミックなんのその。仲間の仇…もとい、策を未然に破壊された恨みと言わんばかりに、襲い掛からんと。

 

 

 

 

――しかし、その時でございました。面白きことが…。アリゴマ達にとっては不幸なことが、背後よりやってきたのでございます。

 

 

 

 

 

 

 

「アラビアン・ナイト~♪ 昼も夜も~♪」

 

 

「いつだって~♪ 悪い人を~♪ 退治する~♪」

 

 

 

 

――謎の歌声と共にやってきたのは…二体のラクダと、一体のロバ。三匹とも、アリゴマ達が連れてきた荷馬達。…しかし、摩訶不思議。

 

 

 

 

確かに女の陽気なる歌声が聞こえてきたというのに、のしりのしりと歩いてきたラクダたちには、誰1人乗っていないのでございます。

 

 

 

いいえ、それどころか…もっと面妖なることが。

 

 

 

 

油壷しか背負わせてなかったはずのロバの両側面には、何故か宝箱がそれぞれ吊るされているのでございます。もしや、先走った誰かの戦利品でございましょうか。

 

 

 

 

そしてラクダの方は……おや? 確かこの個体は…ヒトコブラクダ。しかしいまや、フタコブラクダ。

 

 

 

 

もう一匹の方は元々フタコブラクダ。けれどいまや、サンコブラクダ…???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はてはておかしき奇々怪々。アリゴマも、油壷ミミックを警戒しながら違和感に気づいた様子。

 

 

「んだあのコブ…? 作りモンか…?」

 

 

頭に血が上っていても、彼も熟練冒険者。その正体を即座に見定めたのでございます。

 

 

 

 

そして見事その通り。それぞれのラクダの背には、作り物のコブが一つずつ。すると、それらの頂点がパカリと開き――。

 

 

 

「どうされました~?」

 

 

「そこの人達はお仕置き済みで~す!」

 

 

 

 

――姿を現したのは、2人の女魔物。彼女達は『上位ミミック』。ミミックの中の、上位種にございます。

 

 

 

 

 

 

「て、テメエ…! よくも俺が集めた囮…じゃねえ、商隊の面子を!!」

 

 

 

アリゴマは焦りつつも、食って掛かります。しかし上位ミミック2人は、にんまりと返したのでございました。

 

 

 

「あら、幾度もここを荒らしている『悪い人達』が、よくもぬけぬけと!」

 

 

「顔、とうに割れてますよ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

――その言葉に、真っ赤だったアリゴマ達の顔は、一転蒼白。 もはや初めから、バレていたのでございますから。

 

 

 

「――逃げるぞ!  んで…! もう好きに暴れやがれ!」

 

 

周囲へ雑に号令をかけつつ、逃げ出すアリゴマ。勿論他の面子も蜘蛛の子を散らすように…いいえ、蠍の子を散らすように。

 

 

 

 

しかし、ミミック達がそれをただ見送るわけはございません。上位ミミック達はラクダの綱を引き―。

 

 

「「開け、箱!」」

 

 

―と、奇妙な号令を。…すると、ロバにぶら下がっていた二つの宝箱がぶるぶると震え…。

 

 

 

 

パカッ

 

「「シャァアアア!!」」

 

 

 

なんと、白い牙と真っ赤な舌を煌めかせる、宝箱型ミミックへと。彼らはロバから飛び降り、上位ミミックと共に逃げゆく冒険者の背へ一目散!

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあっ…!」

 

「ひぇえっ…!!」

 

「ぐええ…っ……」

 

 

 

次々と捕われ丸呑みに、あるいは縊られていく冒険者達。美しき宮殿には似つかわしくない悲鳴が響き渡ります。

 

 

…いえ、よく『宮廷の内情は血みどろ』と揶揄されますが…これもまた、それに近しいやもしれません。物理的ではございますが。

 

 

 

 

あぁ、ご安心あれ。そこは『アラビアンダンジョン』。食われし者達は、復活魔法陣により容易く蘇るのですから。

 

 

……最も、ミミックに対する拭えぬトラウマだけは、しっかり残るのでしょう。それを含めた、『お仕置き』にございます。

 

 

 

 

 

 

なお、ジンに絆された面子ですが…外の悲鳴なぞ気にすることなく、ジンの紡ぐ物語に聞き入っておりました。

 

 

その後に彼らは気持ちよく眠り、清々しき心持ちでダンジョンを後にしたのは…これまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、頁と視点を戻しましょう。次々と仲間が狩り取られていく中、アリゴマとその供をする2人はなんとか逃げ続けておりました。

 

 

 

ここだけ見るのならば、彼ら以外の37人は、しっかり囮として機能したという事にございましょう。確かに、アリゴマ達が逃げるための時間稼ぎにはなったのですから。

 

 

 

 

しかし依然、上位ミミックの駆るラクダと、白き牙の宝箱は後を追ってきております。もはや、宮殿内をあてどもなく逃げ回るわけにはいきませぬ。

 

 

 

アリゴマ達に残されていた行動は、二つでございました。一つは、徹底抗戦。もう一つは、ダンジョンからの脱出。

 

 

 

一体だけならまだしも、既に相手は複数体。そしてこちらは3人のみ。数的優位は既に逆転済み。戦うのは中々にリスクのあること。いえ、敗北必至にございましょう。

 

 

 

つまり残されたる策は、尻尾を巻いてこの場を後にすることのみ―。しかし、それは口惜しい。借りたラクダやロバの代金も馬鹿にならぬもの。せめて、何かしらを獲得する必要が…。

 

 

 

 

 

 

 

息せき切って走り逃げつつ、金目のものを探すアリゴマ達。すると、お誂え向きに並べてあったのは、宮殿に相応しき壺や、丸めて立てかけてある絨毯。

 

 

1つ売れば、少なくとも損失は打ち消せる―。それが一目でわかるほどには上質な代物。恐らく、これが強奪の最後のチャンスでございましょう。

 

 

 

瞬時に悟ったアリゴマは、それに手を伸ばします。 ―が、しかし……。

 

 

 

 

「これは…俺んだ!!」

 

 

「ならこっちは俺が貰った!」

 

 

 

嗚呼なんと言う事か。僅かばかり信の置ける面子だとはいえ、その実はやはり有象無象。

 

アリゴマを囲んでいた2人は、この期に及んで戦利品の奪い合いを始めたのでございます。

 

 

 

 

 

元々、1人しか手に入れることのできない『秘法』狙いの冒険者集団。こうなるのも自明の理。

 

 

…とはいえ、供として選んでいた者達の突然の凶行に、アリゴマは思わず立ち尽くしてしまいます。

 

 

 

――最も、彼にとってはそれが幸運にございました。 なぜなら――。

 

 

 

 

 

 

ガブッ!

 

「へびつかいっ…!? ばあばば……!」

 

 

 

――と、壺から出てきた蛇に噛まれ、麻痺する片方。

 

 

 

 

ギュルッ!

 

「くれおぱとらっ…!? おぐぇっ…!!」

 

 

――と、丸まった絨毯の穴から出てきた触手に縊られ、あぶくを吐く片方。

 

 

 

 

―――双方、独特な悲鳴をあげ、倒れ伏したのでございます。 やはり目先の欲に囚われる者には、相応の末路が待っているということでしょう。

 

 

 

…えぇ勿論、その蛇も触手も―。

 

 

 

「ミミック……!!」

 

 

 

 

 

 

最後に残った仲間も失い、取り残されたのはアリゴマ1人。ただ、目の前で蠢く魔物の名称を口にするので精一杯。

 

 

 

しかし無情にも、彼の背後からはミミック達の迫る音。このままやられたくはない―! アリゴマはその一心で、無意識的に再度走り出したのでございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さぁさぁさぁ。 一体どこを走ったのか。一体どこをくぐり、乗り越え、滑り抜けたのか。

 

 

アリゴマがハッと意識を取り戻した頃には、彼も全く知らぬ場所に一人ポツンと。少なくとも、ミミック達が追いかけてくる音は聞こえませぬ。

 

 

 

 

間違いなくその場はアラビアンダンジョン内。しかして人も精霊もおらぬ、静かな空間。

 

 

豪奢な風情はどこかへ失せ、まるで風化しかけの遺跡のような装い。こわごわ周囲を見渡していたアリゴマは、ふと気づいたのでございます。

 

 

 

 

「…もしかして…! 『秘法』があるのはここか!?」

 

 

 

 

 

 

 

幾度も足を運び、事あるごとに調べ荒らしたこのダンジョン。だというのに、今目の前にあるは未開の空間。

 

 

そしてまさに…!秘法を隠すに相応しき趣…! 世界を揺るがすお宝が、前人未到の古代遺跡にあるかの如く…!

 

 

 

 

39人がミミックに潰されたこと、比較的信頼していたお供2人の本性を垣間見たことなぞ、既に胸中になし。アリゴマは意気揚々と探索を始めたのでございました。

 

 

 

 

そして程なくして――。

 

 

 

 

 

 

 

「…―! これだ…! ぜってえこれだろ!!」

 

 

 

アリゴマが辿り着いたのは、その空間の中央。祭壇のような佇まいの場に安置されたるは、砂を被り古ぼけた様子のオイルランプ。

 

 

 

彼が求めていたのは、万能の力を持つ、ジンの上位存在『マジン』への至り方。そして、ジンたちは皆ランプに身をやつしている―。

 

 

 

ならば、マジンとやらもそれと同じであるに違いない。狂喜乱舞の心を抑え、アリゴマはランプを拾い、側面を擦り擦りと――。

 

 

 

 

「願い事をどうぞ ご主人様?」

 

 

 

 

 

 

――突如として聞こえてきたのは、謎の女声。アリゴマは驚き慌て、手にしたランプを落とし…。

 

 

 

「痛っ! …落とさないでください…」

 

 

カランっと音とともに、軽い不満声。アリゴマがハッと見やると…なんとランプの先から何かが…いいえ、何者かが姿を現しているではございませんか!

 

 

 

 

「お前は…!?」

 

 

「わたくし、『マジン』でございます」

 

 

 

マジンを名乗る彼女は、恭しく一礼を。アリゴマは思わず、問い質すのでございます。

 

 

 

「ほ…本物か…?」

 

 

「えぇ。マジンだけに、『マジ』でございます」

 

 

 

その言葉に目を輝かせたアリゴマ。彼は念願適ったと言うように、自らの願いを口にしよう…と…―。

 

 

 

 

「ぷっ……! あっはっはっは!! そんなわけないでしょう!!」

 

 

 

 

 

 

直後、その場に響き渡ったのは…マジンの大爆笑。目をぱちくりとさせるアリゴマを余所に、彼女はランプに繋がったまま笑い転げておるのです。

 

 

 

「『マジン』なんて万能の存在、いるわけありませんよ! あの青い身体で、やまちゃん声のランプの精だって、制約ありきなんだし!」

 

 

 

今宵幾度目かの茫然かはさておき、とりあえず『マジンなぞいない』という言葉は理解したアリゴマ。なんとか怒りを絞り出しました。

 

 

 

「て…テメエ…! 嘘つきやがったのか…!?」

 

 

「ふふふっ! その通りでございます(Exactly)、アリゴマ様?  よもや、私の顔をお忘れで?」

 

 

 

 

再度、恭しく頭を下げるマジンもどき。その顔をぎろりと睨んだアリゴマの声は、たちまちピキリと引きつりを。

 

 

 

「お、お前は…! さっき俺達を襲って来た…上位ミミックの…!!?」

 

 

 

 

 

 

嗚呼嗚呼なんと言う事か。彼女は先程ラクダに乗っていた、上位ミミックの片割れ。

 

 

コブの作り物からランプへと身を移し、アリゴマを嘲笑うように鎮座し待機していたのでございます。

 

 

 

 

「ま…マジンになれる『秘法』は…!?」

 

 

「だーかーら! ジンの皆が何度も言ってますでしょう? そんなものは存在しないって! あったとしても多分、強制的にランプに囚われちゃいますよ」

 

 

 

なおも食い下がるアリゴマにピシャリと言い放ち、シュルシュルと触手を伸ばし出す上位ミミック。無論、仕留める気で。

 

 

 

…と、目の前で裏切られ放心してしまったアリゴマを少々哀れに思ったのか、こんな提案をしたのでございます。

 

 

 

 

 

「仕方ありませんねぇ。 じゃあ、『ジン』の体験だけさせてあげましょう!」

 

 

 

いうが早いか、上位ミミックはアリゴマを掴み、ずるずると。そしてなんと―。

 

 

 

「ジンや私達(ミミック)と違ってあなた方は、いくら驚異の大宇宙パワーを持てたとしても、お家が狭いのは(自由が無いのは)お嫌でしょう?」

 

 

 

そのまま彼を、小さいランプの中へと引きずり込んだではございませんか! 哀れアリゴマ、抵抗虚しくすっぽりと。

 

 

 

 

 

これはある意味、望みを叶えたというべきでしょうか。暫し後に吐き出されたアリゴマの表情は、意外にも安堵に満ちた、晴れやかなものでございました。

 

 

 

それこそまさに、『どんな魔法や宝物も、自由には敵わない』と言うように―――。

 

 

 

 

 

 

…これにて、此度はおしまい。『千夜に渡る物語』―。これもまた、それに加わる一夜のお話。

 

 

Alf(アルフ) Laylah(ライラ) wa() Laylah(ライラ)』―。どうか次の夜を、心待ちになさいませ―――。

 

 

 



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顧客リスト№54 『ピエロの遊園地ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

―ガタン  ガタン  ガタン

 

 

 

……と、音と振動が身を包む。私は乗せた乗り物は、それを意に介することなく平然と、ゆっくりと動き続けて…。

 

 

「…アスト? おーいアスト?」

 

 

…真横の席から、社長の声が。ちょんちょんと肩を突かれ、私は声を絞り出す。

 

 

「な、なんでしょう…社長…?」

 

 

「いくら初体験だからって、そんなビビらなくてもいいじゃない」

 

 

少し呆れたように肩を竦める社長。と、ツッコミを入れてきた。

 

 

「だいたい、あなた飛べるじゃないのよ! なのにこういう系、ちょこちょこ怖がるわよね。なんで?」

 

 

 

 

 

いや、なんでと言われましても……。ちらりと周りを見ると、既にここは、かなり()()()()

 

 

ちょっとその様子にゾクッとなりながら、社長に釈明する。

 

 

「落ちて、羽が動かせなかったら『ぐしゃっ』じゃないですか…! この状況ですし…!」

 

 

「似たこと、今までのダンジョン訪問で何回もあったじゃない。しかも、こんなのより何倍も高いの」

 

 

 

うっ…! それは…そうだけど…。特に、空を飛べる魔物のダンジョンに訪問した時とかは…。身体をがっちり掴まれて、雲よりも高い場所とかに…。

 

 

け、けど…!!

 

 

「それとは違うじゃないですか! ああいった時は、皆さん大切に扱ってくださいましたけど…!」

 

 

―そう、誰も彼も、私達を労わるようにして運んでくれた。だけど、『これ』は違う。だって…!!

 

 

 

 

「これは、『わざと』地面すれすれまで落下するじゃないですかぁ…!」

 

 

 

 

「そりゃそうでしょ。『ジェットコースター』なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何言ってんの?』みたいな感じで返されてしまった…。確かに、そりゃそうですけど……。

 

 

 

…私と社長が今乗っているのは、ジェットコースターという乗り物。アトラクションの一つ。

 

 

連結トロッコみたいな『コースター』に高いところまで連れてかれ、一気に落下するアレである。私、初めて乗ったのだけど。

 

 

 

巷では『絶叫マシン』と言われているらしいが…。…なるほど…まだ頂点に達していないのに、既に怖い…。

 

 

 

 

何が怖いかって、羽も動かせないほどにバーで固定されていること。これは落下時に吹っ飛ばされないようにするためらしいのだけど…。

 

 

飛べる能力があるのに、それを封じられて何もできないというのがほんとに怖いのだ…! これは多分、羽の生えている種族にしかわからないだろうけども……。

 

 

 

 

因みに社長は、ワクワク顔。…まあ雲の上から落下しようが、箱に籠れば無傷の(ミミック)だし…。

 

 

 

 

 

あぁ…!そんな間に、とうとう頂点に…! 私に出来ることは、身体を押さえるバーを信じ、それをがっしり掴むことだけ…―。

 

 

「な~にバー掴んでるのアスト! 手、離しなさいな!」

 

 

へっ!? 社長が手を触手にして…バーを握る私の手を剥がしてきた!?!?

 

 

 

「な、何するんですか!!?」

 

 

「落下時、両手を万歳して楽しむのが『通』ってものよ! 写真映りも良いし!」

 

 

「写真…!? や、ちょっ…! 待っ…!」

 

 

「一回味わえば病みつきよ! ほ~らええじゃないかええじゃないか!」

 

 

 

 

にゅるんにゅるんと絡みついてくる社長の手に引きずられ、私の手はバーから外されてしまう…!

 

 

――そして、その直後。 コースターは一際大きくガタンと音を立て……真っ(さか)…!

 

 

 

 

ガタタタタタタタタタタタッッッ!!

 

 

 

 

「ひゃあああああああああああああッッッッッ!?!?」

 

「ひゃっほーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って、怖がってたのが嘘みたいね」

 

 

「もう…!蒸し返さないでくださいよ! それより社長、あっちのジェットコースター、乗りに行きましょう!」

 

 

 

気づけば私はマップを握りしめるようにし、社長を抱えて目を輝かせていた。 だって…楽しすぎる…!

 

 

あんなドキドキするものだとは、思わなかった…! バーで固定されているからこその、圧迫感と浮遊感、そしてスリル…! 癖になりそう…!!

 

 

 

 

しかもここ、ジェットコースター数種の他にも、ここには色んなアトラクションが沢山…!

 

コーヒーカップやメリーゴーランド、迷路やお化け屋敷や観覧車、ウォーターライドにフリーフォール…!etcetc…!!

 

 

 

どれ乗っても良いんだし、何回でも乗れてしまう…! 喉が渇いたらジュースが売っているし、お腹が空いたらハンバーガーやポップコーンの屋台もある…!

 

 

 

凄い凄い…!! これが、『遊園地ダンジョン』…!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ。コホン…。 えっと、一応私達、依頼を受けてここへやってきたのだ。

 

 

 

ここは『遊園地ダンジョン』と呼ばれている場所。アトラクションが豊富で、危険はなく、人魔問わずに解放されている人気のダンジョンである。

 

 

 

私達はまず裏の控室とかにお邪魔させてもらい、派遣可能かの調査を。それが完了したため、表に赴こうとしていたのだけど―。

 

 

そうしたら、ダンジョン主の方々から『楽しんでって!』ってフリーパスを貰ってしまって…。ご厚意に甘えさせてもらったのである。

 

 

 

結果、年甲斐もなくはしゃいでしまって…。…あ! チュロス売ってる! 買っちゃお!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その後暫く、様々なアトラクションを堪能させてもらった。まあ実際、『暫く』なんて感じないぐらい、あっという間の時間経過だったのだけど。

 

 

 

ジェットコースターには何回も乗ったし、水にバシャンって落ちるウォータースライダーにも乗った。

 

 

あと、あの落下感が忘れられなくなっちゃって、高いところから一気に落ちるフリーフォールにも。

 

 

 

いやほんと、病みつき。自分の羽でやっても、ああはならないんだもの。 やろうと思えばあの感覚、魔法で再現できなくはないけど…。

 

 

多分、それはなんか違う。楽しくない。専用のアトラクションだから面白いのと、社長と一緒に乗るから良いのだと思う。

 

 

 

 

他にも、迷路とかお化け屋敷とかでも遊ばせてもらった。他のダンジョンでもっと規模が大きい代物を体験してはいたけど…。場所が変わればまた新鮮なもの。

 

 

因みに社長だが―。迷路では、能力で道だいたい把握できるからって、私が迷う姿をにやにやしながらだんまりを決め込んでた。

 

 

そしてお化け屋敷では、いつの間にか私の腕からするりと降りていて、お化けに混じって驚かせてもきた。それで変な声あげてしまった……。

 

 

 

 

 

因みにそんな社長によって、随一のスリルを獲得したアトラクションがあった。それは、『コーヒーカップ』。

 

 

 

巨人族が使いそうなサイズのカップを模した乗り物が、ぐるぐる回転するあのアトラクション。あれで、社長が暴走した。

 

 

 

具体的に言うと、そのコーヒーカップを『箱』に見立て、回転速度を上げるハンドルを勢いよく回し出したのである。

 

 

そしたら、明らかに乗り物の限界速度を超えて回転しだしたのだ。他が優しく回ってる中、私達のだけ超高速に。

 

 

固定するバーもベルトもないから、遠心力で外に吹き飛ばされるとこだった…! 社長が触手で押さえててくれたけども…!一番怖かった…!

 

 

 

なお社長、『観覧車のゴンドラも、同じ要領で縦回転させられるわよ!』とも言っていた。流石にそれは遠慮を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ、まだまだ遊べてしまう。カチューシャやポップコーンバケットを身につけ、次はどこ行こうか悩んでいたら…。

 

 

「お。 アスト、すとーっぷ!  依頼主の方がお見えになったわよ」

 

 

社長にブレーキをかけられ、私はハッと姿勢を正す。と、それと同時に―。

 

 

 

 

「ハハッ☆ここは遊園地!みーんな友達! だから、そんなに畏まらないでヨ!」

 

 

 

 

スキップしつつふわりと現れたのは、(マウス)の耳…は全く関係ない、カラフルアフロと数股に分かれた帽子を被った方。

 

 

服もその髪と同じように色とりどりで、かなりぶかぶかなのがわかるサイズ。靴なんて、明らかに数サイズは大きい。

 

 

そして極めつけは、そのお顔。くまなく塗った白粉(おしろい)の上に、やっぱり派手な色遣いで、『面白い化粧(フェイスペイント)』をしている。そして真ん中には、真っ赤で大きい丸付け鼻。

 

 

 

 

もう分かった方もいるのではないだろうか。彼らは『ピエロ』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ピエロは『道化師』であって、誰かの仮装だろうって? 私もそうだと思っていた。

 

 

というか、この世にいるピエロの十中八九はそれで当たっているはず。人間なり魔物なり、何者かがメイクして、道化を演じているのが常識。

 

 

実際、この遊園地ダンジョンにも、そんな人達はいる。人間ピエロだったり、エルフピエロやドワーフピエロ、獣人ピエロや悪魔族ピエロとかも見かけた。

 

 

 

メーキャップの濃さとか模様とか、髪や服の装いは様々だけど、皆おどけて、来園客を楽しませている。

 

 

 

 

……の、だけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この依頼主の方…『コルロッフォ』さんを始めとした、何割かのピエロ面子は、なんというか…その…えーと…。

 

 

 

 

……包み隠さず、そのまま言おう。『正体が掴めない』のである。

 

 

 

 

 

 

 

いや別に、悪い意味ではないのだ。纏ってる雰囲気も朗らかで優しいものだし、常にステップを刻み、ひと動作ごとがやけに大振りな姿も、見ていて楽しくなる。

 

 

 

私としても全く嫌な気は感じず、社長も『良い人達ね!』とお墨付きをだした。相手(クライアント)の本性をしっかり見極めることができる社長がそう言うんだから、間違いない。

 

 

 

事実、ちょこちょこ様子を見ていた限りでは、老若男女誰にも優しく接していた。皆を楽しませ、笑って貰えるのが何より嬉しいと言うように。

 

 

 

 

 

 

 

だから、別に問題はない。ただ、本当に、正体がわからないだけなのである。

 

 

 

どうにも妙なのだ。何かの種族が仮装している…というわけでもなさそう。感覚なのだけど…人間族でもない気がする。

 

 

それに、見たことのない魔法を使いもする。背中に手を入れパッと風船を取り出してきたり、少し余所見をしていただけで、ワープしたみたいに遠いところにいたり。

 

 

 

更に…分身でもしているのか、同じような化粧のピエロがあちこちにいたり。…いや、ピエロのメーキャップが似ているだけかな…?

 

 

 

そして、突然に来園客に向け、見えない壁を作ってみせたり……それはパントマイムか…。

 

 

 

 

 

 

 

まあとにかく、正体が不明。流石に気になって、私、聞いてみたのだ。

 

 

そしたら、『ナ・イ・ショ☆』ってウインクされて躱されてしまった。他にもそれとなく質問をしたのだけど、ぜーんぶ鮮やかに回避を。

 

 

 

 

因みに。何故か社長、コルロッフォさんに靴のサイズを聞いていた。すると、返ってきた回答は…。

 

 

『ハンバーガー四個分だヨ☆』

 

 

って、絶妙にわかりにくい、メルヘンチックな尺度で示された…。夢を壊さないように徹底しているのは流石かもしれない。

 

 

 

…もしかしたらその正体は、異星人とか異次元生命体とかなのかも…? 

 

 

――ま、深く考えないのが吉なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクたちの遊園地ダンジョン! 2人共、楽しんでくれてるカナー?」

 

 

「「はい! すっごく楽しいです!!」」

 

 

腰に手をあて、大仰な動作で顔ごと耳をこちらに向けてくるコルロッフォさんに、私と社長は同時に答える。

 

 

すると彼(多分?)は満面の笑みを浮かべてくださった。

 

 

「うんうん♪  ありがとアリガトー!  それだけ喜んでくれると、ボクたちも嬉しいヨ!」

 

 

 

そして指をパチン。それを合図にどこからか、小気味よい音楽が。…さらに、他のピエロも数人…!?

 

 

彼らは音楽に合わせ軽やかにダンシングし、ジャンジャン♪と揃ってお礼の決めポーズ。私達は思わず絶賛の拍手。

 

 

 

わ! そしたらピエロたち再度一礼をし、コルロッフォさん以外がスキップで何処かに去っていった…!これはお見事…!

 

 

 

 

「まだまだ楽しんでいってネ☆ それじゃ、また!」

 

 

そして、コルロッフォさんもくるんくるん回転しながら何処かへ…―と、社長が彼を呼び止めた。

 

 

 

「コルロッフォさん、ちょっとお待ちを!」

 

 

「待て! と言われて、待つ者はいないヨ~! な~んて! 冗☆談!」

 

 

 

 

 

大きく一回転し、ピタリと止まったコルロッフォさん。そしてやっぱり身体を小刻みに動かしながら戻ってきてくださった。

 

 

「ボクに出来ることならな~んでも! さあどうぞ!」

 

 

そして紳士のような仕草で待機する彼。社長は自らの箱を漁り……。

 

 

「これをお渡ししときますね! …あ、これさっき買ったお土産お菓子じゃん…! こっちです!」

 

 

と、遊園地を楽しみまくってる証の奥から取り出したるは――。

 

 

 

「どうぞ! ミミック派遣の契約書です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェー! シンジラレナーイ!! もうオッケー貰えちゃったノ!? ヤッター!」

 

 

妖星乱…じゃない、狂喜乱舞と言うように、独特のポーズをとるコルロッフォさん。社長もスマイルを。

 

 

「はい! この様子ならどこにでも潜めちゃいますし、ご依頼の件、しっかり果たせると思いますよ!」

 

 

「ワオ! 感謝感激! ボクたちがあんまり強く対処しちゃうと、皆怖がっちゃうから困ってたんダ~!」

 

 

「それに、うちにも陽気な子たちはいますので、キャストとしてお手伝いも出来るかもですよ!」

 

 

「アラー! ほんと!? ミミックって何でもできちゃうんダ! まさしく『切り札(The Joker)』だネ!」

 

 

 

ルンルンな様子で、コルロッフォさんは社長にお礼を。―そう、実はピエロの方々、とある問題に悩まされていたのだ。

 

 

 

 

 

 

それは、『悪漢達の迷惑行為』。ま、いつも通りといえばいつも通りである。

 

 

なにぶんここは人気なスポット。その分人も集まり、悪さする輩も増えてしまう。

 

 

 

例えば…ゴミをポイ捨てしたり、無理やりナンパしたり、カップルや家族連れに嫌がらせしたり。

 

 

酷いレベルでは、アトラクションを強制停止させたり、スリや暴力行為を働いたり、装飾品を壊したり。

 

 

更に更に、数量限定品の人形を盗んだり、ピエロの仮装を剥がそうとしたり…まあやりたい放題な様子。

 

 

 

 

 

勿論、ピエロたちも優しく注意したりと対応をしているが…。そんなんで効くわけないのが、そういう迷惑客。

 

 

一応、やり過ぎた者達には、『容赦なしのお仕置き』をしているらしいけど…。ピエロとして、出来る限りそんなことはしたくないのがコルロッフォさんたちの心情。

 

 

 

だって、笑いを提供する道化師である彼らが本気で怒り狂う様を見てしまったら…誰でも怖くなってしまう。

 

 

ひょうきんなイメージなんて容易く崩壊し、ピエロを恐怖する者達が続出してしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

皆を喜ばせることが大好きなコルロッフォさんたちにとって、それは死活問題。だからこその、ミミック派遣依頼。

 

 

ならばお任せあれ。誰にも見られぬうちに(箱の中)に引きずり込み、お仕置き代行を。場合によっては、復活魔法陣送りにも。

 

 

まさにピエロのように飄々と、道化師(ハーレクイン)のように暴れましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっという間に契約も済み、心置きなく遊園地を満喫。どうやらパレードとかもあるみたいだけど…時間的にまだみたい。

 

 

 

なら、乗ってないアトラクションへ向かうか、それとも楽しかったのをリピートするか。それとも軽食をとるかで悩んでいると……。丁度、とあるショーが開かれてるのを見つけた。

 

 

 

なにかというと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホワッホッホッホッ!! ボクちんに歯向かうやつは、み~んな黒焦げだじョ~!!」

 

 

―と、ステージに響き渡るは…明らかに悪そうだけど、どこか愛嬌のあるピエロっぽい着ぐるみの台詞。

 

 

 

 

「きゃ~! 皆気をつけてー! 悪い奴が出てきちゃった!」

 

 

―と、ちょっとわざとらしい感じの悲鳴と解説をするは、メーキャップが薄めのピエロお姉さん。

 

 

 

 

「待てい! 安心しろ!皆は俺が守ってやる! 必ずだ!」

 

 

―と、舞台袖から飛び出したのは、カッコいいスタイリッシュな…やっぱりピエロっぽい着ぐるみ。

 

 

 

 

「「「頑張ってー! やっちゃえー!」」」

 

 

―と、私達の座る客席からは、子供たちの歓声。

 

 

 

 

 

所謂、『ヒーローショー』というやつである。ちょっと覗いてみるだけだったのだが…案外、面白い。

 

 

特に社長、見た目少女なのも相まって、完全に溶け込んでるし…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タァッ! トリャッ!」

 

「エヒャ! ウヒョッ!」

 

 

戦い合うヒーローたち。着ぐるみなのに機敏なのは、中に入っているピエロの実力なのだろうか。

 

 

…というか声的に、あの悪役コルロッフォさんでは……?

 

 

 

 

 

ふと、そんな折。悪役(ヴィラン)の着ぐるみが、客席側を向いた。

 

 

「ククク…! こうなったら、誰かを人質にしちゃうゾ~!」

 

 

 

 

 

そんなことまで…! のしりのしりと客席に降りてくる悪役は、辺りを大振りな動きでキョロリキョロリ。

 

 

「ヘッヘッヘ~! ボクちんに捕まりたいのは誰かなァ~?」

 

 

 

手をワキワキさせ、誰かを選ぼうとしているが…。子供達みんな怖がっちゃって、顔を隠してしまった。

 

 

こんな場合、どうするのだろう…。 そう思っていると…。…あれ? こっち見て…。こっち来た!?

 

 

 

 

「宝箱に入ってる、君に決~めタ!」

 

 

「きゃー! 助けてアストー♡」

 

 

 

あぁ…! 社長が人質として捕まっちゃった……! いや確かに子供みたいな方だけど…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁどうする? これでお前は手出しできないだろウ!」

 

 

「くっ…!卑怯者め…!」

 

 

 

人質を抱え、ステージに戻った悪役。それに手出しが出来ず、窮するヒーロー。なお、当の人質本人(社長)は、悲劇のヒロインを演じてる(楽しんでいる)ご様子。

 

 

 

ただのショーだから笑って見てていいんだけど…。社長が囚われなんて滅多にないことだから、ちょっとドキドキ。

 

 

この後どうなるかを、固唾を呑んで見守っていると―。

 

 

 

 

 

「なら、これを受け取って!」

 

 

どこから取り出したのか、ピエロお姉さんが、お洒落で身長より長いステッキをヒーローへ。彼はそれをパシリと受け取ると、軽やかにクルクル回転させ、構えた。

 

 

「これは…! 必殺技が放てそうだ! ―けど、俺一人では、パワーが足りない…! 誰か、協力してくれ!」

 

 

 

そして今度は、ヒーローが観客へ協力を募る。…しかし、まだ怖いのか、それとも恥ずかしいのか、どの子も名乗り出ない。

 

 

ヒーローが近づいていって手を差し伸べても、みんな照れたように顔をぷいっと。どうやら今回集まった子供達は総じてシャイみたい。

 

 

 

 

―となると、さっきの流れ的に…。人質役の相方というのも使いやすいだろうし…。ほら、こっちみた…!

 

 

 

「そこの綺麗な、秘書の悪魔族お姉さん! どうか力を貸してくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ名指しを食らい、周りからも『頑張れお姉ちゃーん!』と応援されてしまえば、動かない訳にはいかない…!

 

 

こそばゆいながらも、舞台へ。そしてヒーローの横に並び立ち――。

 

 

「さあ、このステッキに一緒に力を籠めるんだ! お友達を…社長さんを助けるためニ!」

 

 

 

 

 

…へ? あれ、なんで社長が『社長』であることを…? そういえば、さっき私の事を『秘書』って…。

 

 

いやまあ、私達の来訪を知っているピエロたちなら知ってるかもだけど…。傍から見たら、種族違うとはいえ、姉妹、または親子?みたいな感じなのに…。

 

 

 

 

―ってあれ!? この魔力の感じ、この雰囲気……ヒーロー側もコルロッフォさん!?  嘘!?

 

 

声とか喋り方とか変えてるけど…間違いない…! で、でも…! 悪役側もコルロッフォさんっぽいし…。本当に分身してるの…!?

 

 

 

 

 

「さあ、力が集まってきたぞ!」

 

 

その声で、私はハッと。見ると、ステッキの先にバチバチと力が。凄いエフェクト…!

 

 

 

「みんなー! ヒーローとお姉さんを応援しよう! 頑張れー!」

 

 

「「「頑張れーーー!!」」」

 

 

 

更にピエロお姉さんの号令の下、子供達の声援が。 すると呼応するように、ステッキが光輝いて…!!

 

 

「よぅし! 充分だ! 行くぞ、秘書のお姉さん! 掛け声は、『ピエロ・アルテマ・アタック』だ! せーの…!」

 

 

 

「「ピエロ・アルテマ・アタックッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

コルロッフォさん…もとい、ヒーローに合わせて、ステッキを勢いよく振る。

 

 

すると溜まっていたエフェクトは一直線にコルロッフォさん…じゃない、悪役の元に――!

 

 

 

 

 

 

「ギャアァァァァァァー!」

 

 

 

 

光輝く球体のようなエフェクトに包まれ、悲鳴をあげる悪役。ある意味最初の台詞の通り、真っ黒こげに。

 

 

そして、ゆっくりと両膝を突き、人質(社長)を優しく降ろして……。

 

 

 

「く、クソー! これで勝ったと思うなよォ!」

 

 

 

お手本のような捨て台詞を残し、舞台裏に走り逃げていった。残された社長はこちらに走り出し、私の腕の中にジャンプイン。

 

 

「2人共、助けてくれてありがとう!」

 

 

と、まるでそういうキャストだったかのような、元気いっぱいのお礼の言葉を。 そして場は、万雷の拍手に包まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

「着ぐるみ…良い手段ね…!」

 

 

――だから、そんな社長の普段通りな企み声を聞いたのは私だけであろう。

 

 

…って、まさか……。

 

 

 

 



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人間側 とある青春男女と迷惑客

 

《遊園地ダンジョン、その入り口にて》

 

 

【~~ある『男の子』の心中(しんちゅう)~~】

 

 

…来て…しまった…! 今日が…! そして…『遊園地ダンジョン』に…!

 

 

……確かに誘ったのは僕だけど…! 下調べもして来たけど…! 緊張してきた…。

 

 

出来るかな…。彼女をエスコート、出来るかな…。 告白、出来るかな……。 

 

 

…いい返答、貰えるかなぁ……。

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある『女の子』の心中~~】

 

 

…き、来ちゃった…! 今日が…! そして…『遊園地ダンジョン』に…!

 

 

誘われたのが嬉しくて二つ返事でOKしたけど…! 予習もしてきたけど…! 緊張してきちゃった…。

 

 

大丈夫かな…。告白、して貰えるかな…。それとも、告白できるかな……。

 

 

…いいお返事、貰えるかなぁ……。

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある悪漢数人組のリーダーの心中~~】

 

 

あまりにも暇だから、また来ちまったぜ。『遊園地ダンジョン』に。

 

 

けどよ…。俺達みてえな大物には、夢だか希望だかの国を謳うような場所で、他の連中と同じようにガキくさく戯れるなんて似合わねえ。

 

 

だから、俺達流の楽しみ方で遊ばせてもらうとするぜ! ピエロ共が吠え面をかくぐらいになぁ!

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ジェットコースター、搭乗口にて》

 

 

 

【~~ある男の子の心中~~】

 

 

えっと…まずは…。ジェットコースター…! なんとってもここの花形で、カップルコースの大定番のひとつらしいし…。

 

 

観覧車も良いって聞いたんだけど…。…その……。まだ、二人きりになるのがちょっと……。

 

 

それにジェットコースターなら、隣に座れるから…ワンチャン手を繋げる…!

 

 

そうでなくとも、カッコいいところを…落下時に驚かないところを見せてみせる…!

 

 

 

そんなことを思ってたら、もう僕達の順番だ…! エスコートしなきゃ…!

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある女の子の心中~~】

 

 

じぇ…ジェットコースター……。 ど、どうしよう……!

 

 

ううん、こういう絶叫系が嫌いってことじゃないの…。寧ろ、好き。

 

 

けど…けど…! 多分隣に座るんだよね…! 心臓、耐えられるかな…。落下のドキドキと胸の高鳴りで、爆発したりしないかな…!?

 

 

あ、あと…! 多分叫んじゃうし…! それで嫌われたらどうしよう……。

 

 

 

って…!もう順番来ちゃった…! あ…! 手を差し伸べて、転ばないように引っ張ってくれて…! 優しい……!

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある悪漢数人組のリーダーの心中~~】

 

 

やぁっと順番回ってきやがった。オラッ!飛びこむように乗り込んでやるぜ!

 

 

…あ? なんだあ?前の方の若造カップル。 男も女もモジモジしやがって、見ていてムカつくなぁ…。

 

 

ちょっと邪魔しに…チッ、もうアナウンスが流れ始めたか。

 

 

 

『バーを下げ、身体を固定して下さ~い! さもないと、どこぞの探偵漫画の第一話被害者みたいになっちゃいますよ~! …あれ、違ったかしら?』

 

 

 

……はぁ? 前来た時とアナウンス変わったみてえだが…何言ってんだ?

 

 

 

ヘッ、まあいい。俺達がそんな忠告を守ると思うか? 守らねえんだなコレが!

 

 

身体を固定しちまったら、動いている最中好き放題出来ないじゃねえか! だからよ…バーの隙間に物を挟んで、ちょっと浮かせとくんだ!

 

 

これで、いつでもスルリと抜け出せるってもんだ。手慣れてるからな、確認されてもバレずに…ほら、動き出したぜぇ!

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

《ジェットコースター、コース頂上付近にて》

 

 

【~~ある男の子と女の子の、おんなじ心中~~】

 

 

た、高い…!  結構、高い!! 結構、怖い!!!

 

 

こんなの…! 驚かないのも、叫ばないのも無理…! 絶対無理…!

 

 

 

あ、あと…! すっごく胸が鳴ってる…!  これ、隣に聞こえてないよね…!?

 

 

…わっ…! 顔を窺おうとしたら…目が合っちゃった…! そして反射的に、顔背けちゃった…!

 

 

 

どうしよう…。変に思われてないよね…? で、でも…今顔を合わせちゃったら、赤くなってるのバレちゃう…!

 

 

 

――あ。手…! 変に身体を動かしたから…隣とぶつかっちゃってる…! に、握るチャンス!

 

 

で、でも……―。

 

 

 

「「「「むごぉおおおお!?!?」」」」

 

 

 

―!? な、なに!? 悲鳴!?  後ろから!? 何が……。

 

 

ハッ…! 変な声のせいで驚いて、思わず手を握り合っちゃった! って…!もう下り…―!!!

 

 

 

 

ガタタタタタタタタタタタッッッ!!!

 

 

 

「わぁあああああああああっ!!!!」

「きゃあああああああああっ!!!!」

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある悪漢数人組のリーダーの心中~~】

 

 

おぉ~登ってる登ってる! 良~い高さだ。

 

 

さて、そろそろ頃合いか。さあ、なにしてやろう。

 

 

 

コースターから降りて、支柱に飛び移るのがいいか。それとも、コースターの先頭に移動して、風を全身で感じるか。

 

 

いやいや、他の乗客に絡んで、弄り倒してやるのも捨てがたい。特に、前にいるあの初心(うぶ)カップルなら良い反応してくれそうだぜ。

 

 

 

なにはともあれ、バーを外すのが先だ。しかし、さっき仕込んでたから簡単に……―。

 

 

 

 

……あれ? 外れねえ…。 というか…身体が動かねえ…!? どういうことだ!?

 

 

 

ッ!? 足が…体が…()()()()()()()()()…だと!? うおっ! 手にも…顔にも…!

 

 

お、俺のダチ共は……全員、縛られてやがる!?  ―!?触手…コースターの席の中から出てんのか!?

 

 

て、テメエ…! 止めろ…!変に絡まるな…! うおっ…口が塞が――!?

 

 

「「「「むごぉおおおお!?!?」」」」

 

 

なんだこりゃあ…! これじゃあ、何も出来ねえ…! や、やべえ…! もう落ち――。

 

 

 

 

ガタタタタタタタタタタタッッッ!!!

 

 

 

「「「「むおおおおおおおぉ!?!?」」」」 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《とあるベンチ付近にて》

 

 

【~~ある男の子の心中~~】

 

 

凄くドキドキしたけど…楽しかった…! 偶然、手を握れたし…!

 

 

結局、落下時に驚いて声出してしまったけど…。写真を見る限り、そこまで変な顔になってなかったから良かった…。

 

 

……ただ…。その写真は買うのが躊躇われて…。…恥ずかしかったというのもあるんだけど…。

 

 

…………後ろの席に、何故か手や足や口をグルグル巻きに縛られた変な人達が写っていたから…。台無しで……。

 

 

 

 

それを見たせいかはわからないんだけど、ちょっとあの子(女の子)の様子がおかしくて…。なんか、ずっと俯いていて…。

 

 

耐え切れなくなって、僕が飲み物を買ってくるって提案したら…彼女『な、なら私、ポップコーン買ってくるっ!』って走ってっちゃって…。

 

 

一応、合流は近くのベンチにしたんだけど…。……嫌われちゃったのかな……。

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

【~~ある女の子の心中~~】

 

 

手…握っちゃった…!手…握られちゃった…!! しかも、ぎゅって…! ジェットコースターが落ちる時だったから、凄く強く…!

 

 

その感覚を思い出していたら恥ずかしくなっちゃって、彼の顔、ずっと見れなかった…。…変に思われてないよね…?

 

 

そして、急に飲み物を買ってきてくれるって言ってくれたから…慌ててポップコーン買ってくるって宣言して走ってきちゃった…。

 

 

 

…それにしても……。ジェットコースターの写真、欲しかったな…。触手?に縛られた変な人達が写ってなかったら…。

 

 

…恥ずかしくて、買えなかったかもだけど……。

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある悪漢数人組のリーダーの心中~~】

 

 

な…なんだったんだぁ…あの触手……。 ジェットコースターに、なんであんなモンがいるんだよ…。

 

 

全身雁字搦めにされて、しかも若干席から浮かせられてたから…。やけに怖…ゲホン、疲れた…。

 

 

あまりにも訳わかんなすぎて、落下の勢いもあって、まだ頭がぼうっとしてやがる…。

 

 

…あ。チッ…! ここのキャストであるピエロ共を問い詰めるの、忘れてたぜ…。…もういい、めんどくせえ…。

 

 

…だがよ、結局アレ、なんだったんだ…―

 

 

 

「…『ミミック』だ…!」

 

 

んあ? ふと、ダチの1人がそう口を開いた。なんだ? ミミック? 聞いたことがあるような…。

 

 

「ダンジョンに棲む魔物だ! 宝箱とかに隠れて冒険者を襲う、ヤベえヤツ!」

 

 

…ははあ。そういやここ、ダンジョンだったな。なるほど、ちょっと納得できたぜ。

 

 

んで、コースターの椅子の下に隠れてた理由もわかる。そういう生態ならよ。

 

 

……だが、なんで俺達を襲って来やがった…? あんな絶妙なタイミングでよ……。

 

 

おかげで気分もガタ落ちだ。もう一度乗る気は起きねえし…。しゃーねえ、別のヤツで遊ぶか。

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

《ベンチ付近、各所にて》

 

 

【~~ある男の子の心中~~】

 

 

…どうしよう…。どうやったら機嫌直してもらえるかな…。 飲み物、ジュースとかのほうが良いのかな…。

 

 

あ…。そうこうしている内に着いてしまった…。えーと、財布財布…。

 

 

―っと、あっ!? 手が滑って、お金が地面に…! ま、待って…! 

 

 

 

 

しまった……。側溝っぽいところに落ちちゃった…。深そうだし…これ無理かな…仕方な―。

 

 

 

「ハァイ、ジョージィ?」

 

 

 

―へ? うわっ!? 側溝の中に、ピエロがいる!?!? 

 

 

「オー…。 驚かせてすまなかったねェ」

 

 

…えっ。消え…。 !? い、いつの間に背後に…!?

 

 

 

「落とし物だよ、ジョージィ」

 

 

「え、あ…お金…。有難うございます…。 あの…別に僕、ジョージって名前じゃ…」

 

 

「オー! それはゴメンね! つい間違えちゃったんダ☆」

 

 

…ケラケラ笑ってるこのピエロの人…。側溝から出てきた(?)のに、汚れひとつない…。一体、何者…?

 

 

「ところで…君。好きな子、いるでしョ? ここに一緒に来てるでしョ??」

 

 

「!? 何でそれを…!?」

 

 

…本当に、何者…!?  僕が思わず後ずさると、そのピエロの人はにっこりと笑って、グッドサインを。

 

 

「ダイジョーブ☆ ボクたちは君達の味方で友達だヨ! 応援してるんダ!」

 

 

…え。 まさかの台詞に驚いていたら、ピエロの人は僕の手を取ってきた。

 

 

「この先も、良い一日になるようみんなでお手伝いするヨ! だから君も、勇気を出しちゃえ!」

 

 

その朗らかな、それでいて優しい励ましについ頷いてしまう。すると、ピエロの人はもう一度笑った。

 

 

「ハハッ☆ その意気さ! そうだ、風船いる? 黄色や赤色があるよォ?」

 

 

「…え、それは…あんまり…」

 

 

「なら、これをあげるヨ! で・も・それは帰り近くになった時、好きなその子と一緒に見てネ! ボクと約束!」

 

 

おずおずながら断ったら、代わりにピエロと宝箱が描いてある変な封筒を渡された…。 …あれ? 糊付けされてるらしいけど…とんでもなく硬い…? 

 

 

あ…。気づけばピエロの人いなくなっているし…。…まあ、約束守ろう…。

 

 

 

……飲み物買わなきゃ!!

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある女の子の心中~~】

 

 

…どうしよう……。 今更だけど、ポップコーンで良かったのかな…。 他のお菓子のほうが気に入ってくれるのかも…。

 

 

あ…。そんなことを考えてたら、ポップコーンの移動屋台の前に着いちゃった。とりあえず買っちゃおう。

 

 

 

―あれ? …店員さん、いない? でも、やってるみたいだけど…。沢山あるし、美味しそうな匂いするし…。

 

 

でも、椅子の上に、ポップコーンバケット(バケツ)が置いてあるだけ。トイレ休憩とかなのかな…―

 

 

 

「ばあっ! はぁい、お客さ~ん?」

 

 

 

きゃあっ!?  バケットの中から、何かが跳び出して!? あっ…!転んじゃう…!

 

 

「おっとっと! 驚かせちゃってごめんなさ~い!」

 

 

へ…? 何かが私を支えて…。これって…! さっき、ジェットコースターのとこでみた、触手…!?

 

 

これ、どこから伸びて…。バケットから!? って、誰かそれに入ってる!?

 

 

「あら?私の姿にびっくりしてる? 私、『ミミック』って種族でね。常に何かに入ってるのよ!」

 

 

…そう説明してくれる、バケット入りのピエロメイクのお姉さん…。ミミックって…あの、魔物の…?

 

 

「ポップコーン買いに来たのよね? サイズはどれがいい?」

 

 

「あ、えっと…―」

 

 

とりあえず二つ注文。 わっ…!この紙容器、上の方が宝箱みたいな模様になってる…!しかも、しっかりと蓋つき…!

 

 

 

そんな容器を嬉々として受け取った時、そのミミックお姉さんがにんまりと。

 

 

「一緒に来てるの、彼氏さんでしょ~?」

 

 

「へっ!? いや…その…まだ…あの…うぅ…」

 

 

…思わず、狼狽しちゃった…。 …そうなりたくは…あるんだけど……。

 

 

すると、ミミックお姉さんはちょっと笑いながら謝ってきた。

 

 

「ごめんごめん! さっき驚かせたお詫びがてら、おまけしたげる! チュロス、好き?」

 

 

私が頷くと、屋台の中からチュロスを二本取り出してくれるお姉さん。―と、再度にんまりして、内一本を戻すように…。

 

 

「一本だけにする? そしたらチュロスだけに、間接『チュッ♡』ってできるかも?」

 

 

「なっ……!!」

 

 

「冗談よ☆ はいどーぞ!」

 

 

ケラケラ笑いながら、チュロスを二本渡してくれるミミックお姉さん。そして、メーキャップ越しにもわかるほど、慈愛の籠った笑みを向けてくれた。

 

 

「安心してね。私達キャストは皆、あなた達の味方で友達。だから難しいことは考えないで怖がらないで、『彼氏さん』と存分に楽しんでいって!」

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある悪漢数人組のリーダーの心中~~】

 

 

しっかし、どれに乗って暴れたモンか。あっちも良いが、こっちも良いな。いや、この辺りにあるオブジェに登って落書きでもしてやるかな。

 

 

……お? あそこを小走りで進んでるのは…。さっきジェットコースターに乗っていた、若造カップルの女のほうじゃねえか。

 

 

手にポップコーンとチュロス二つずつ抱えて、彼氏と一緒に食うってか。ケッ、ウザったいぜ。

 

 

 

――そうだ。あいつ、ナンパしてやろう…! あのカレシよりも、俺達の方が格好良いだろうしよ!オンナってのは、悪ぶれるオトコに惹かれるって相場が決まってるからな。

 

 

なに、仮に嫌がられても、こっちは数人組。無理やり遊んじまえ!

 

 

 

 

 

「よぉよぉ、そこの嬢ちゃん!俺達と一緒に楽しもうぜ!」

 

 

走るカノジョの道を塞ぐように、俺達は立ち塞がってやる。ここでウインクでもすれば、イチコロだ…

 

 

「あ…触手に縛られてた人……」

 

 

「「「「あぁ!?」」」」

 

 

このアマ…! 優しく声をかけてやったら、俺達が一番触れたくねえとこ突きやがって…!

 

 

許さねえ…! もう選択肢なんて与えねえ…! 今更怖がり出しても、もう遅え…!無理やり俺達の凄さ、味合わせてや―…!

 

 

 

 

「や…止めてください! この子は僕の、か…友達です!」

 

 

 

あ゛? 誰かと思ったら、カレシが割って入ってきやがった。ヘッ、俺達数人がかりに無謀なこった!見ろよ!足震えてんじゃねえか!笑えるぜ!

 

 

丁度いい!こいつをボコして、名実ともにこの女を俺達のモンにしてやる…ぜ…―?

 

 

 

 

♪~~♪~~♪~~

 

 

 

 

な、なんだこの音楽…? BGMはずっとかかってはいたが…急に変わったぞ…?

 

 

は? どっからともかく、誰かがスキップでやってきた…? あれは…ピエロと、着ぐるみ?

 

 

あ?? その2人組が俺達の周りにやって来て…。ピエロの方が大仰な動作で何かを取り出した?

 

 

 

なんだあれ?でっけえ布? それを着ぐるみに渡して、2人揃って俺のダチの1人に近づいた?

 

 

そして着ぐるみが布を広げて、俺達とそのダチの1人を隔てるように持って…そいつもダチ側に行って、見えなくなっちまった。

 

 

 

なんだ?マジックでも見せようってか? ピエロは布の前でステップを刻んで踊ってやがるが…。

 

 

 

お? すぐにピエロがパンパンと手を叩いた。すると、布がスルスルと丸まって…ハァ!?!?

 

 

 

 

だ…ダチが…!? 布の裏に居たはずの俺のダチの1人が…! ()()()()()()!?

 

 

 

ど、どういうことだ!? あっちょっ! ピエロと着ぐるみがそのままスキップで逃げ出しやがった!!

 

 

おい!待てや!! 俺のダチを返せ! 返せええ! 

 

 

クソッ!追いかけるぞ!! ガキのカップルに構ってられるか! 待てコラァ!!待ちやがれぇッーー!

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《観覧車、とあるゴンドラ内にて》

 

 

【~~ある男の子の心中~~】

 

 

…とうとう、乗ってしまった……! 観覧車に……あの子(女の子)と二人きりで……!

 

 

外はもう日暮れ。だから、夕空が遊園地ダンジョン内を照らしていて凄く綺麗。

 

 

これは、僕が必死で考えたデー…えっと…。…コースの、最後の乗り物。ほとんど予定通りに入って良かった…。

 

 

 

勿論これに乗るまでに、アトラクションは幾つも乗ったし、体験した。他の絶叫系や、コーヒーカップ、メリーゴーランドとかも。

 

 

結構凄かったのは、お化け屋敷。かなり怖かったんだけど、あの子から手を掴んできてくれて…!

 

 

…ただそれでも…。井戸の作り物の中から、頭から突っ込まれたみたいに足が何本も何本も生えてて…どこからか『お前も引きずり込んでやろうかァ!』って声が聞こえてきたのがすっごく怖かった…。

 

 

なんか、やけに生々しい作り物の足で…僕もあの子も悲鳴あげてしまった…。…その時に思わず、ぎゅっと抱きあったのが…その…嬉しかった…。

 

 

 

 

そうそう、あのピエロの人が『みんなでお手伝いする』って言ってくれてたけど…あれ、本当だった。だから、予定通りに行ったんだと思う。

 

 

事あるごとに、ピエロたちが色々と助けてくれた。会話に詰まっている時とかは目立つところでショーっぽいことをしてくれてたり、アトラクションの空き具合とか教えてくれたり、時には食事のクーポンもプレゼントしてくれた。

 

 

 

 

あと…時折、宝箱に入った魔物のピエロがいた。『ミミック』って言うらしい。

 

 

ボートに乗るクルーズアトラクションがあって、そこの船長(案内)役をしていた。僕は初めて見る魔物だったんだけど…。

 

 

『こわ~いのが迫ってきたら、皆さんお近くの箱や椅子の中に隠れてやりすごしましょー! …あ、これ私達ミミックにしかできないか!』

 

 

って言って、笑いをとっていた。ただ、その後に…。

 

 

『なら、身体を小っちゃくしたり、逆に威嚇したり! お近くの方とぎゅっとくっつくのもアリですね!』

 

 

と僕達を見ながら言ってきたものだから、恥ずかしくなってしまって…。 ちなみにそこでもハプニングがあったんだけど…。それは一旦置いとこう。

 

 

 

そういえば、あの子は…彼女はミミックについて、知ってたみたい。色々と優しく教えてくれた。ポップコーンの屋台にもいたんだとか。

 

 

 

 

 

そして、そのミミックという魔物達も、ピエロと同じようにお手伝いをしてくれた。例えば…迷路でかなり長い時間迷いかけた時のこと。

 

 

あの子が見ていない内に、僕の近くにあった、飾りと思っていた宝箱が勝手に開いた。そして、中から長い舌が、音を立てずに出てきた。

 

 

……多分、あれもミミック。口をパクパクさせていたら、とある道をちょいちょいと指さして(?)パタンと戻ってしまった。 でも、とりあえずそっちに向かったら…ゴールにたどり着けた…!

 

 

そんな感じのことが何回もあった。本当、助かった…。

 

 

 

 

 

……でも、本当に助かったのはあの時。あの子が、変な人達に絡まれてた時。 …その変な人達は、ジェットコースターで触手に絡まれてたんだけど…。

 

 

 

―あの時、ピエロの人の言う通り勇気を出して間に入ったけど…。正直、怖かった。声もまともにでなかったんだもの。

 

 

ピエロと着ぐるみがよくわからない対応してくれてなかったら、どうなってたことか…。情けない…。

 

 

 

…でも、あの子が『助けてくれてありがとう!』って喜んでくれたから…。勇気を出した甲斐はあったのかな?

 

 

 

 

 

……告白、どうしよう…。 して、いいのかな…?大丈夫なのかな…?

 

 

シチュエーションも、雰囲気も、多分最高だと思う…。 これ失敗したら、あとチャンスは、ナイトパレードの時だけ…!

 

 

よし…言うぞ…! 言うぞ…! 『付き合ってください』って言うぞ…! ……ん?

 

 

……え? …………っえ!?  

 

 

 

「なにあれ……!?」

 

==============

 

 

 

 

 

 

 

【~~ある女の子の心中~~】

 

 

…とうとう、あの子(男の子)と2人きりで観覧車に乗っちゃった……! しかも…夕日で一番綺麗な時間帯に…!

 

 

すごい…! 完璧なコース設定…! まさに、デー……えっと…その…。うん…!

 

 

……顔、熱くなってきちゃった…! ちょっと、今日のこと、振り返ろう……。

 

 

 

 

 

色んなアトラクションに、あの子と一緒に乗った。本当、色々あった。

 

 

他のジェットコースターや、コーヒーカップ、メリーゴーランドとか。楽しかった……。

 

 

どれもあんまり待たずに乗れたし、偶然会ったピエロの方からご飯のクーポン貰えたし。不満なんて全くない、楽しいひと時だった…!

 

 

お化け屋敷はすっごく怖かったけど、あの子と手を繋げたし、ぎゅって出来ちゃったし…!迷路で迷いに迷ってたら、彼、急に手を引っ張ってゴールまで一気に導いてくれたし…!!

 

 

 

 

 

―そうだ。ボートに乗るクルーズアトラクションで、変なことがあったんだった。

 

 

あのアトラクション、途中でサメとかワニとか飛び出してくるビックリ系のやつで…。私、何回ビビったことか…。

 

 

 

で、それで…。 他のボートの席に、昼間私に声をかけてきた悪そうな人達がいた。消えたはずの1人もしっかりと。

 

 

そしてその人達、サメとかが飛び出してきた瞬間、ゴミを投げ入れてたの。幾ら作り物だとはいえ、酷いと思う。

 

 

船長役のミミックお姉さんがやんわり窘めても言う事聞かなくて…。寧ろ、食って掛かろうとしたその瞬間――!

 

 

「「「「あばばばっ…!?」」」」

 

 

そんな変な声出して突然にふらついて、倒れて…ボートの外に落ちて…!

 

 

バクッッ!

 

 

って、サメやワニの作り物に、食べられちゃった!! 私達や他の乗客が慌てていると、ミミックお姉さんが…。

 

 

『悪い事をする人には、相応の罰が下るもの。 ご安心を! あの子たち(サメやワニ)は結構グルメ! きっと今頃、どこかでペッと吐き出してるでしょう!』

 

 

と、至ってひょうきんに…。 でも確かに私達がボートから降りたら、離れたところで目を回しているその人達がいた……。ピエロの方に何か言われてたみたいだけど。

 

 

 

 

 

――あ。また、思い出しちゃった。今日、何度も何度も思い出して、その度に頬が緩んじゃったあの時のこと。

 

 

私が、その悪そうな人達に絡まれた時、颯爽と駆け付けてくれたあの子の…彼の姿。格好良かった…。

 

 

その後、怪我が無いかって凄く心配してくれたのも、とても嬉しかった―…。

 

 

 

 

……告白するなら、今しかないよね…! 今、凄いチャンスだよね…! 待ってるだけじゃ、駄目だよね…!

 

 

よし…言おう…! 言おう…! 『付き合ってください』って言っちゃおう…! あの…その…!

 

 

 

「なにあれ……!?」

 

 

…へ? 彼が…素っ頓狂な声を…? どこを見て…。ええっ!?

 

 

 

「なにあれぇ……!?」

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある悪漢数人組のリーダーの心中~~】

 

 

ハァ…ハァ…ハァ…。 クソッ…なんだ、ここ…! 前来た時は、こんなんじゃなかったぞ…!

 

 

 

思えば、最初のジェットコースターからおかしかったんだ…! 『ミミック』…それが全ての元凶だ…!

 

 

あの若造カップルを虐めようとしていた時、突如と現れたピエロと着ぐるみ…! 多分だが…あの着ぐるみの方、ミミックだ…!

 

 

確証はねえが…。俺達がそいつらを追った先に、消えたダチが捨てられていた…! 今でこそ調子は戻ったが、『触手が…触手が…』ってうなされてやがったし…!

 

 

 

それに、他の場所にもだ! 俺達が向かったアトラクションの数々で…!俺達が暴れようとした矢先に…!ミミック共が姿を現しやがった!

 

 

 

乗り物系は、ほぼ必ず椅子の下に隠れてやがったし…! オブジェとかの飾り付けを壊してやろうとしたら、装飾品かと思っていた宝箱が牙を剥いたり、茂みから触手が飛び出してきたり…!

 

 

更にお化け屋敷じゃあ、作り物のお化けをぶっ壊そうしたら…!井戸からまたも触手が伸びて来て、俺達全員、スケキヨ状態にされた! 

 

 

しかも暫く解放されなくてよ…!! 他の客共が、俺達の脚を見て悲鳴上げていきやがった…!

 

 

 

 

んで、極めつけはクルーズアトラクションだ! 腹いせにサメの作り物にゴミを投げ込んで調子狂わせてやろうと思ったら…! 椅子の下から蛇みたいのが出て来て俺達を噛みやがった!

 

 

そしたら、全身が痺れだして…。ボートから落ちて…サメに食われて…!気づけば搭乗口だ! 

 

 

しかも、ピエロのヤロウから、『弱めの麻痺毒にしてもらってるヨ! これに懲りたら悪さしないでネ!』とか言われて…腹立つ…!!

 

 

 

だが…どこで鬱憤を晴らそうとしても、必ずミミックやピエロが現れて邪魔してきやがる!

 

 

しまいには追いかけられて、急ぎこの観覧車に乗り込んだんだ! 並んでた乗客、押しのけてな!

 

 

 

 

 

 

―ふぅ…。しかし、とりあえず落ち着いたぜ…。ここはゴンドラ、周りには誰もいねえ。安心だ…。

 

 

さて。なら、いっちょ遊んでやるか。とりあえず扉をこじ開けるか窓を割ってかして、外の空気を吸いながら一服でも……。

 

 

 

 

「観覧車では…てか園内では禁煙となっておりまーす! ご遠慮くださーい!」

 

 

 

 

うおおっ!? ゴンドラの椅子の下から、女魔物が飛び出してきた!! って、またミミックかこいつ!!

 

 

こんなとこにも潜んでやがんのかよ! あっテメエ! 煙草返せ!

 

 

 

「聞いてますよ~! あなた方、迷惑常習犯らしいですね~。 今日も結構暴れていて、ここ(ゴンドラ)にも逃げるように入ってきましたよね~!」

 

 

コイツ…!俺達のことを知ってやがる…! 今日のことまで…!

 

 

「散々私達やピエロに諭されて、ま~だ懲りてないんですか? 今反省するなら……」

 

 

「ケッ! 誰が! 俺達を殺る度胸もねえマヌケ共の言う事なんて、聞いてやるかよ!」

 

 

ミミックの言葉を遮り、そう言い放ってやる。 ここは密室、相手は魔物とはいえ女1人。俺達総がかりで、外に捨ててやる…!

 

 

 

「はぁ~…。ほんと、馬鹿って意味で道化(ピエロ)ですねぇあなた方。赤ちゃん相手のように手加減してあげてるの、気づいてないなんて…」

 

 

…んだこの…!余裕そうな顔しやがって…! その顔、絶望に染めて―!

 

 

 

「ま、ピエロの方々に『執拗に懲らしめてやって』と言われてますし…。さあ、お仕置きの時間ですよ、ベイビー☆」

 

 

 

―あっ! 椅子の中に引っ込みやがった! 今更ビビッても遅え! 引きずり出して……―

 

 

 

「社長提案!安全検査及び許可取得済み! 食らいなさい! 『ゴンドラ大回転!』」

 

 

は…!?  ――!?!? ご、ゴンドラが動き…!? た、()()()()()()!? 

 

 

うおっ! 身体が浮く…! 遠心力で壁に圧しつけられ…! は、速いぃ…!

 

 

や、止め…! ぐえっ! や…ぐええっ!! た、助けて…! ひいいいいっ…!!

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ナイトパレードにて》

 

 

【~~ある男の子の心中~~】

 

 

…さっきの、とんでもない勢いで回転していた観覧車ゴンドラって何だったんだろう……。こっちに揺れは来なかったけど…。

 

 

でも…それを見てたら、告白するチャンスを失ってしまった…。…まあ、出来たかどうかはわからないんだけど…。

 

 

 

――残るチャンスは、今から始まるナイトパレードの時だけ…。その途中か、終わり際か…。 あぁそして…始まってしまった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

おおぉー…! 凄い…! ピエロたちを乗せた煌びやかなフロート車が、何台も何台も…!

 

 

もう日が暮れているのに、そのフロート車の輝きと、周りのライトアップで昼間みたい…!

 

 

あ。あのフロート車…宝箱型だ…! ミミック達も乗って、楽しそうに踊ってる…!

 

 

 

 

…ふと横を見ると…。彼女は…目を輝かせてパレードを見つめている…。…邪魔しちゃ悪いよな…。

 

 

 

……告白、今日じゃ、なくても…。 …ううん! あのピエロの人と約束したんだ。勇気を出すって…!

 

 

 

 

―あ、約束と言えば…。この封筒…。あれ、開けられるようになってる?

 

 

中は何が…。 ――えっ!! これって!?

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある女の子の心中~~】

 

 

…さっきの、縦回転していた観覧車ゴンドラって何だったの……? あんなの、初めて見た…。

 

 

でも…それを眺めてたら、告白するチャンスを失っちゃった…。…まあ、出来たかどうかはわからないんだけど…。

 

 

 

――残るチャンスは、今から始まるナイトパレードの時だけ…。その途中か、終わり際か…。 あぁそして…始まっちゃった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

わあぁ…! 綺麗…! 可愛くて素敵なフロート車が、いくつもいくつも…!

 

 

フロート車と周囲のライトアップで、ピエロの人達が華麗にダンスしてるのが良く見える…!

 

 

あ。あのフロート車…宝箱型だ…! ミミック達が乗って、皆に手を振ってる…!

 

 

 

 

…ほんのちょっとだけ、横を見てみると…。彼も楽しそう。…けど、どこか悩んでるみたい。

 

 

 

―あの時、ミミックの人は『怖がらないで』とも言っていた…。 私の想い、怖がらないで伝えなきゃ…!

 

 

…あれ? 彼、突然に何かを取り出して…封筒? それを開けて…。

 

 

――えっ!! これって!?

 

===============

 

 

 

 

 

 

【~~ある男の子と女の子の、おんなじ心中~~】

 

 

 

封筒から出てきたのは、写真。 それは、ジェットコースターのあの写真。

 

 

けど、綺麗にトリミングされていて、自分達のところだけに。絶叫しているのが、手を繋いでいるのが、よくわかるように。

 

 

 

それだけじゃない。一緒にチュロスを齧っている時、コーヒーカップに乗っている時、迷路で迷ってる時…―。

 

 

二人でご飯を食べている時、お化け屋敷で悲鳴をあげてる時、クルーズを堪能している時…―。

 

 

そして、観覧車で揃ってモジモジしている時…―! 

 

 

 

他にも、写真が沢山。園内を歩いているところとかも、幾つも…! そしてそれらが全部、幸せを切り取ったかのような、楽しい表情で……!

 

 

 

 

パレードを見るのも忘れて、その写真を見入ってしまう。 ―ふと、一枚の小さな手紙が入っているのに気づいた。

 

 

『親愛なるお二人へ、私達からの贈り物。  あなた方の味方で友達、ピエロとミミックより』

 

 

と、書かれているのが……!

 

 

 

 

 

もしかして…今日一日、ずっと見守られて、写真撮られていた…!?

 

 

多分、撮影したのは…ミミック。 色んな場所に潜めるあの魔物なら、きっとこんなことも出来る…!どうやって閉じた封筒の中に入れたのかはわからないけど…。

 

 

 

それより…! ここまでして貰って、なあなあで終わるわけには…いかない…!

 

 

覚悟を決めよう…! 勇気をもって、怖がらずに…! 自分の想いを、あの子に…!!

 

 

 

「「あの…!」」

 

 

えっ…! 被って…!? で、でも…! 一度口を閉じたら、もう…! このまま、行くしか…!

 

 

 

「その…えっと…! 僕…! 君のことが…!」

「あの…えっと…! 私…! 貴方のことが…!」

 

 

―!? ここまで一緒だなんて…もしかしたら…! なら、夢と希望を、信じて――!

 

 

 

「「大す―――」」

 

 

 

 

 

 

ドォーーーーーーーーーーンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ…!おっきい花火!」

「綺麗ねぇ…」

「まるで何かを祝福しているようにも見えるな」

 

 

 

…一際大きい轟音。そして周りから、他の来園客の歓声が。 見上げると、空には大輪の花束。

 

 

 

正直、花火の音のせいで、自分の声も、相手の声も掻き消されちゃった。…でも、多分、大丈夫。

 

 

 

 

だってほら、『あの子』は……―!

 

 

 

 

パレードよりも、花火よりも素敵な、満面の笑顔なんだから!

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【~~とある悪漢数人組のリーダーの心中~~】

 

 

クソッ! クソッ! クソッ! なんだあの観覧車!

 

 

えげつない回転のせいで気ぃ失って、目が覚めたらもう真っ暗じゃねえか!

 

 

 

許さねえ…許さねえぞ…ミミックとピエロ共…! もう絶対容赦しねえ…!

 

 

夢…?希望…? どこから来て どこへ行く? そんなものは…この俺達が破壊してやる!!

 

 

 

 

まずは、あのパレードをめちゃくちゃにしてやる! ぼーっと見てる客共を蹴散らしてやる!

 

 

って…!あそこにいるの、あん時の若造カップル! 丁度いい!あいつらからボコボコにして……ぐおっ!?

 

 

 

「どいたどいた! カップル成立のシャッターチャンス!」

 

 

 

痛ぇ…! 何かに押しのけられて、スッ転んじまった…。テメエ、何を…! …は?

 

 

「着ぐるみ…!?」

 

 

 

 

 

 

俺を突き飛ばしたのは、昼間ダチを消し去った着ぐるみ…! しかしそいつは、俺達をガン無視するように……。

 

 

「ハハッ☆ 完璧に良い顔取れた! あとはこれを、このマジックに使う布でちゃららららら~♪」

 

 

「何してやがんだ…?」

 

 

理解不能に陥り、ついそう聞いちまう。すると着ぐるみはくるりとこちらを向いて……。

 

 

 

「コルロッフォさんの…ピエロの力で、封筒に写真を転送してんのよ。 ピエロたち、色んなとこに即座転移出来るんだから、そりゃこんなことも朝飯前よねぇ」

 

 

 

そうにやにやしてるのは、着ぐるみの頭を軽く外した…あぁ!? ミミック!?

 

 

 

 

 

 

間違いねえ…! クルーズボートや観覧車で見た奴らと同じ感じだ…! ということはやっぱり…!

 

 

「昼間、俺達を襲ったのは…!」

 

 

「えぇそうよ!マジックに見せかけて、着ぐるみの中に引きずり込んでやってたのよ!」

 

 

ハンッ!と鼻で笑う着ぐるみミミック。と、更にしたり顔を浮かべやがった。

 

 

 

「けど、それだけじゃないわよ! 各アトラクションの椅子の下、お化け屋敷や迷路の中、あのサメやワニも! ぜーんぶ私達ミミックの擬態よ!」

 

 

「て、テメエら…! ずっと俺達を見張って…!?」

 

 

「当たり前でしょ常習犯共! 本来なら出禁なのに、ピエロの皆さんの寛大な心で見逃して貰ってたんでしょうが!」

 

 

そう怒鳴ったミミックは、今度は俺達をギロリと睨んできた。

 

 

「けど…その様子からして…まっっったく反省してないようね…! なら、本気で復活魔法陣送りに……!」

 

 

そして触手をうねらせ、こちらににじり寄り――。

 

 

「…って。あーあ…。 私の…ううん、ミミックの出番はもう必要ないみたいね。自業自得」

 

 

 

 

 

 

「「「「は…?」」」」

 

 

俺達は揃って呆ける。ミミックのヤツ、突如ピタリと止まって、触手をしまい着ぐるみ頭を装着したからだ。

 

 

「後ろ、見てみなさい。 ――最も、『それ(IT)』を見たら、終わりだけど」

 

 

そう促され、ふっと背後に目をやると――。

 

 

「ここを…。ボクたちの夢と希望を…壊そうとしたんだネ? なら―…」

 

 

っっっっ!? ピ…ピエロが…! 同じ顔した奴らが何人も…!!! そして…白塗りの顔が…!!

 

 

 

「「「「 容 赦 シ ナ イ ヨ ォ 」」」」

 

 

 

お…おぞましい…化け物の顔に……っ!?

 

 

 

 

ひぃぃっ…! た、た、助け…!! や、闇の中に…引きずり込まれ…!!

 

 

 

ぎゃ…ぎゃああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!

 



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顧客リスト№55 『サラマンドラの火の山ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

―さて。今日もまたミミック派遣のため、ダンジョンの視察に来ている…の…だが……。

 

 

「熱ぅ…」

 

 

駄目…。いくら魔法で軽減しても、暑いものは暑い。いや熱い。スーツの上、脱いじゃおう…。

 

 

 

…うん。ほぼ変わんない。これ以上脱ぐわけにもいかないし…仕方ない、もっと耐熱魔法を強くかけるとしよう。

 

 

このままだと全身汗で透けちゃうどころか、息する度に喉が焼けそう。いっそのこと、自分にだけでも熱を完全無効化する魔法をかけとくべきなのかも。

 

 

 

 

 

 

なにせ周囲には、真っ赤なマグマがぐらぐらボコボコ。さらに至る所で、火焔業炎がメラメラぼうぼう。

 

 

何も対策してこなかったら、あっという間に熱でダウン。それで済めばまだいい方で、下手すれば全身黒焦げ炭化。

 

 

だというのに、こんなところ…『火の山ダンジョン』にも、冒険者達は現れるというのだからびっくり。きっと今の私以上に、ひいひい言いながらやってきているのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

「流石に熱いわねぇ」

 

 

私が抱えている社長も、宝箱の中に引きこもり気味。とはいえ、存外平気そう。一応ダンジョン内の環境調査でもあるため、耐熱魔法の付与は控えめではあるのに。

 

 

 

 

そして…もう一人も。

 

 

 

「いやー! ほんとにな! こうも熱いと、連れてきて貰った甲斐があるってモンだ!」

 

 

熱いのを喜ぶかのような声を上げている彼女は、我が社のメンバーの1人にして、『箱工房』のリーダー。ドワーフのラティッカさん。

 

 

今回珍しく同行を希望してきたため、久しぶりに一緒にダンジョンへ来たのだ。

 

 

 

 

 

 

…それにしても…。普通に耐熱魔法をかけているとはいえ、ラティッカさんやけに元気いっぱい。背にリュックを背負って、鼻歌交じり。

 

 

その他の恰好は普段通り。ボサッと髪を後ろに束ね、へそ出しチューブトップとダボついたズボン姿。だから、比較的涼しくはあるのだろう。

 

 

けど、それにしても堪えている様子はない。やはり、火山の熱を利用し鍛冶や工匠を生業とする種族なだけある。

 

 

 

 

「どれどれ、この辺のマグマの温度はっと…! 熱ちち…! でも、もうちょい熱くて、魔力が詰まってるほうがいいな」

 

 

 

……だからといって、私の魔法があるからといって…ちょこちょこマグマに手を突っ込むのはどうなのだろう…。

 

 

いや、ダンジョンだから復活や治癒とかは簡単だけど……。見ているこっちが怖い…。

 

 

 

 

 

 

まあだから…。完全無効化魔法は私の分だけで良いかなって…。2人共、必要なさそうだから…。

 

 

別に私、熱いのに弱いわけじゃないんだけど…。どうもこの二人と一緒にいると、相対的に暑がりにみえてしまう。おかしいのは社長達のほうなのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう言えば…。

 

 

「ラティッカさん、今回は何故同行を?」

 

 

ふと理由を聞いてなかったことに気づき、何とはなしに彼女へそう聞いてみる。

 

 

「んー? いやな、実は工房の火をもうちょい工夫したくて。なんか良いのないかなって考えてたら、『火の山ダンジョン』から依頼を受けたって聞いてさ!」

 

 

指についたマグマをお湯のようにぴっぴっと払いながら、そう答えてくれるラティッカさん。…わっ!マグマ雫がこっち飛んできた!? あぶなっ!

 

 

「あ、悪い! それでさ、ここって火の精霊『サラマンドラ』の住処だろ? なら魔力が潤沢に籠った火種も、それこそ火属性の素材もあるから、ちょいとばかし貰えたら嬉しいな~って!」

 

 

 

なるほど、そういうことで。 確かに今回の依頼主は、火の精霊サラマンドラ。彼女達の操る炎は、最高レベルの質を誇ることで有名である。

 

 

だから当然、今周囲にあるマグマや火焔も同じく。ならばミミック派遣の代金として、それを頂くのがいいのだろう。

 

 

 

……ただ、商談が纏まるかはちょっと怪しいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達、今まで様々なダンジョンにお邪魔してきたが…。ここはある意味別格。

 

 

だって、どこもかしこも全てを燃やすほどの烈火に包まれている。そして更に、その火を焼き尽くすほどのマグマがたっぷり。

 

 

こんな灼熱地獄のようなところ、いくらミミックでも……。

 

 

 

「んー。これぐらいの熱さなら、ラティッカ達のおかげでイケるわね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

……ええぇ…。 そんなことを思っていた矢先、社長がそんなことを…。いや確かに前に、ミミック達は頑張れば熱いところもへっちゃらとかいってたけど……。

 

 

というか…―?

 

 

「ラティッカさん達のおかげって、どういうことですか?」

 

 

 

社長のその言葉が引っかかり、聞いてみる。なお当のラティッカさんは理解したと言わんばかりに、にんまり顔。

 

 

 

すると社長、蓋をぱかりと開け…箱の縁をちょいちょいと。

 

 

「アスト、その脱いだ上着、ここに仕舞っちゃっていいわよ」

 

 

それは願ってもないこと。じゃあ甘えさせて頂いて……って!?

 

 

 

「ひんやりっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

びっくりした…! 軽く畳んだ上着を箱に入れた瞬間、冷気が手を包んだのだもの…!

 

 

これってもしかして…! ちらりとラティッカさんの方を見ると、彼女はフフンと自慢げに。

 

 

「『氷結石』を始めとした素材で拵えた、新機能ってな! 周囲の魔力を燃料に、箱内を冷気で満たす! しかもその強さは調節可能!」

 

 

 

また凄いのを作ったもので。まさにこの『火の山ダンジョン』には必須な機能。するとラティッカさん、胸を張って―。

 

 

「名付けて!」

 

 

「名付けて…?」

 

 

どうやら命名もしているらしい。どんな名前なのか少し期待して待っていると…彼女はその名称を堂々と口にした。

 

 

 

「『クーラーボックス』だ!」

 

 

 

 

……なんか、違う気がする…。 お魚とか入ってそう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…―ということは…。もしかして、社長が平気そうだったのはこれのおかげ? そんなことを思って社長の方へ目を移すと、まるで見透かしたように笑われた。

 

 

「別にこれぐらいの熱さだったら、ちょっと気合入れれば普通に過ごせるわよ。ミミックなんだから」

 

 

さらっと言うが、常人ならば数秒でギブアップだと思うのだけど…。まあこの際、ミミックの耐久性は一旦置いといて…。社長のお話の続きを。

 

 

「けど、ずっと気合いれっぱなんて辛い…というか無理じゃない? 私だって暑い日はぐでんってなるし、プールに逃げるし!」

 

 

まあ確かに…。あと、出来れば逃げないで欲しい…。そんな私の心中を知らずか、あるいは知って無視しているかはわからないが、社長は決め台詞のように締めた。

 

 

 

「『ぐったり耐えて過ごす』のと、『ゆったり快適に過ごす』―。能率の観点から見たら、どっちのほうが良いかなんて明白でしょ?」

 

 

 

 

そう言われてしまえば返す言葉もないけども…。特にここは普通の真夏日とかの火…じゃない比ではないし。

 

 

ただちょっと気になるのが…『炬燵』騒動みたいに、必要な時に出てこなくならないかだが…。

 

 

「大丈夫よ!私達(ミミック)は場の環境にすぐ慣れる魔物だもの! 暫くここに居れば、心頭滅却しなくても火が涼しくなるわ! これはあくまで補助。特に下位の子たち用のね」 

 

 

…ということらしい。そういえば寒いダンジョンに派遣したミミック達に、専用装備()を持たせてるのだが…しっかりと活躍しているとお礼状は来ている。

 

 

なら、問題ないのであろう。……逆説的に、炬燵のおかしさが際立った気がするが。やっぱりアレ、対ミミック特効持ってる。

 

 

 

 

 

「私がこれを使ってるのは、その実用試験をしてるのと…。はい、これ!」

 

 

―と、社長は箱内をごそごそ。取り出したるは…二本のボトル。

 

 

「つめた~い、お水! アスト達のためにね! 魔法で対策してるとはいえ、水分補給はしときなさいな!」

 

 

クーラーボックスの中から、水のボトル…。 …あれ、それって案外普通のことのような……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というか…。サラマンドラの皆さんから『火の加護』を貰えば良いのでは?」

 

 

「そーよ。だから『補助』と言ったでしょ。それに宝箱型の子達は外殻が箱だから、結局はアストの魔法も頼りよ!」

 

 

「ま、快適に越したことはないってな!」

 

 

 

お水を飲みながら、ダンジョン内を進む私と社長とラティッカさん。 …しかしこうも熱いと、つめた~いお水もすぐにあったか~いに。

 

 

でも心配はいらない。だって社長の箱はクーラーボックス…というかほぼ冷蔵庫。再度入れて貰えばキンッキンに冷やして貰える。

 

 

 

ということで社長が再度蓋を開き、ボトルを仕舞おうとした…その時―!

 

 

 

 

「火山弾のようにぃ…! どーーんっ!!」

 

 

 

わっ!? 誰かが勢いよく落下して…! 社長の箱の中に…!

 

 

「きゃああっ!?!? ちべたい!!」

 

 

あっ! お尻押さえて、跳ねるように出てきた! それどちらかというと、マグマとかに落ちた時のリアクションでは…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー…。ね、私のお尻、青くなってない…? 温度下がってない…?」

 

 

 

そう言いながらソワソワしている彼女こそが、今しがた社長の箱へダイブしてきた彼女こそが、依頼主。

 

 

火の精霊サラマンドラのお一人、『サマーンド』さん。 赤く、ではなく青く、とは変わっているが…。それも当然。

 

 

 

赤い髪、赤い瞳、赤い服…炎のビキニを纏っており、手足の首も火の袖に覆われている。

 

 

というか髪もぶっちゃけ、トーチ(松明)のようにボウボウ燃え盛っている。全身真っ赤で、まさに火の化身と呼ぶにふさわしい。

 

 

 

…ただその格好も、登場の仕方も、以前依頼を受けた風精霊シルフィード達にどことなく似ている。四大精霊って案外、似た者同士?

 

 

 

 

「大丈夫そうですよ~。それに冷気は抑え気味にしたので、もう入って貰っても!」

 

 

サマーンドさんのお尻を診察し、箱の温度を調整した社長はそう招く。するとサマーンドさん、これまたお風呂の温度を確かめるようにしながら…。

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 

社長の真横にすっぽり。これまた、シルフィードの…というかあの時の依頼主、シーフィーさんとおんなじ行動。

 

 

 

ただ違うのが、あちらは風であったのに、こちらは火。さしもの社長も、真横が燃え盛ってるのは…。

 

 

「アツアツですね~! そだ!丁度マシュマロ持ってきてるんです! 一緒に食べましょ!」

 

 

…汗一つかかずに箱の奥からマシュマロを取り出して、サマーンドさんとシェアして…というかサマーンドさんの頭で炙ってる……。流石というかなんというか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ミミック派遣に関しては問題ないと思います! サマーンドさん方の加護と、我が社の箱と魔法があれば!」

 

 

「やったー!これでHOT(ホッと)一安心! 」

 

 

焼き立てマシュマロを齧りながら話し合う社長とサマーンドさん。と、そこへ、貰ったマシュマロを食べ切ったラティッカさんがすすいっと。

 

 

「それで…代金として、火種になるモノも貰いたいんだけど…。魔力濃度高めのマグマとかさ…」

 

 

「マグマ?その辺の? え、もっと奥地の? よくわかんないけど…たっぷりあるから幾らでもどーぞ!」

 

 

「よっしゃっ!!」

 

 

こちらの商談もまとまった様子。…と、なると…―。

 

 

 

「あとは、どこにミミック達を配置するか、ですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけばそろそろ、ダンジョンの奥地。そこで今更ではあるが、この『火の山ダンジョン』で狙われてるものを明かそう。

 

 

勿論ラティッカさんみたいに溶岩とかを取りに来る人は極少数。…いやそんな人、他にいるのかな…?

 

 

 

 

コホン、話を戻して…。周囲が燃え盛っていることは既に説明した通り。しかし、そのところどころ至る所に、火ではないのに紅蓮に染まっている箇所がある。

 

 

 

多数の結晶が表出したようなそれらはルビーよりも赤く美しく、透けているその内部では炎が揺らめいている。

 

 

 

あれこそが冒険者の標的。『魔法石』と呼ばれる、特別な力を宿した希少宝石が一種。炎の属性を宿した、『フレアジュエル』なのである。

 

 

 

 

 

以前、風精霊シルフィード達の元にお邪魔した際、『ウインドジュエル』というのを紹介した。それの属性違う版と思って頂ければ。

 

 

フレアジュエルは炎が常に噴き上がり、かつ魔力が潤沢な地に生成される代物。ウインドジュエルと同じく、精霊達が棲まうこういったダンジョンにできやすい。

 

 

 

そしてやっぱり宝石のような高値で売れるため、欲張り冒険者が根こそぎ壊して奪っていくのである。少しだけなら許してくれるというのに…。

 

 

 

 

 

ということで、冒険者達がフレアジュエルを盗掘なり爆破解体なりする前に追い払うのが依頼内容。ならば前と同じく、フレアジュエル自体に擬態するという手段で良いだろうけど…。

 

 

 

「ま、出来ればフレアジュエル以外のとこにも潜ませたいわよね~」

 

 

マシュマロを食べ終えた社長は、私が思っていたことをなぞってくれる。そう、先手を打つため、または逃げ帰る冒険者達へのお仕置きのため、道中にも配置しておきたいのだ。

 

 

 

しかし、周囲は炎とマグマ。下手したらミミックも足を滑らせて、あっという間に真っ黒こげな気が……。

 

 

 

そう悩んでいると…。ラティッカさんが軽く手を挙げた。

 

 

 

「アタシ、ちょいと思いついたことがあんだけど」

 

 

 

 

 

 

日頃同行してないから当然とはいえ、ラティッカさんからの提案とは珍しい。一体何を――。

 

 

「いやほら、木を隠すなら森の中、箱を隠すなら箱の山の中って言うじゃんか」

 

 

…いや、後者は初めて聞いたのですけど…。 とはいえ箱工房の様子を知っていれば、そんな慣用句も思いつく。

 

 

なにせあそこ、大きさや形、色合いなどなど様々な箱が数千数万は積まれているのだ。そこにミミックが紛れてしまえば、もうどこ行ったか分からない。

 

 

 

――ということは、そういうこと…? いやでも、箱を大量設置するなんて違和感ありまくりだし…。

 

 

なら、岩にでも擬態するという提案なのかな。そう私が思っていたら…ラティッカさん、とんでもない一言を。

 

 

 

「じゃあミミックに火を纏わせて、炎の中に隠せばイケるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

……一瞬、熱すぎて頭がおかしくなったのかと思ってしまった…。何を平然と……。

 

 

…いやでも、前、『お月見ダンジョン』で似たことをやった…。でもあれ、専用の耐火装備があったのと、少しの間だけだったから。そして何より、探索者に見つかるためだった。

 

 

流石に常に火の中に隠れて居たら、いくら環境に慣れるミミックと言えども、真っ白に燃え尽きるのでは…?

 

 

 

 

私が眉を潜め、サマーンドさんも首を捻る中、社長ただ一人が、興味深そうに問い返した。

 

 

「ラティッカのことだから、なんか『仕組み』はあるんでしょ? なーに?」

 

 

信頼されているのがわかる台詞を受け、ラティッカさんはちょっと照れたかのように話し出した。

 

 

 

 

「いやさ。アタシ…というか下手すりゃドワーフ全員なんだけど、火を見るのが案外好きでさ。つい暇な時とか、窯の火をぼーっと眺めちまうんだ」

 

 

時には酒の肴代わりに。そう付け加えた彼女に、社長とサマーンドさんは…。

 

 

「「わかるー! つい見ちゃう!」」

 

 

わかるんだ……。 ともあれ二人から同意を受けたラティッカさんは、嬉しそうに続けた。

 

 

 

「けどずっと燃やしてるとあぶねえし、燃料代も馬鹿にならない。それでこの間思い立って、ちょっとした装置を作ってみたんだよ」

 

 

流石に今手元には無いんだが…。と少し残念そうに、どこからか紙とペンを持ちだしてサラサラと絵を。

 

 

かなり上手な絵で描かれたそれは、火やランプや板やらコードやらが組み合わさったような形。…私専門外だから、そんな説明しかできないけど…。

 

 

 

「『疑似炎』っていう、周囲の魔力を使って偽物の炎を映し出す装置でさ。それを別に作った小っちゃい暖炉にセットしたら、結構ずっと見てられるんだ」

 

 

なるほど。要は幻影魔法とか投影魔法とかそんな感じのものらしい。確かにそれなら――。

 

 

 

「かなりこだわったから、それこそサラマンドラ達レベルじゃなきゃ見破れないはず。だから、それを活かせば…」

 

 

「安全に火を纏えて、どこにでも潜めるってことね! うん、採用!」

 

 

 

と、社長の鶴の一声で決定と相成った。ラティッカさん、HOT(ホッと)した様子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対策が一つ決まったところで、とりあえずラティッカさんご要望の場所へ。

 

 

「多分ここが、一番魔力が凄いマグマ!」

 

 

サマーンドさんに連れてきて貰ったのは、グツグツに煮えたぎった溶岩のプール。私の目からしても、明らかに今までのとは質が違う…!

 

 

 

「どれどれ……。 うぉおお!? 熱っちぃいいいいい!!」

 

 

早速それに手を入れたラティッカさんだったが、即座に引き抜き転げまわった…。 溶岩だってのに、ちょっと熱湯に触れちゃったレベルの反応…。 いや良いんだけど…。

 

 

 

 

と、直後、彼女はパッと立ち上がった。そして火にも負けないぐらいアツい興奮っぷりに。

 

 

「けど…これこれ!魔力も温度も申し分なし! まずはサンプルとして、ちょっと貰っていっていいかい? ―よっしゃ!」

 

 

そう頼み、許可を貰ったラティッカさん。すると背負っていたリュックを降ろし…

 

 

「よいせっと!」

 

 

取り出したるは、箱工房特製、危険素材用の専用箱。用意周到に持ってきていたらしい。確かにそれなら、溶岩程度難なく運べそう。

 

 

 

おや、そしてもう一つ何かを……えっ? バケツ…?

 

 

 

 

 

「なんですかそれ…?」

 

 

「ん?溶岩汲むように持ってきたバケツ」

 

 

…いや、バケツ溶けちゃうんじゃ…? そんな私の内心を察し、ラティッカさんはカラカラと笑った。

 

 

「おいおいアスト。ただのバケツじゃないぜ。アタシらが作った専用品だ!溶岩すら掬えちまうな!」

 

 

あぁ、なら安心。 と、ラティッカさん、ちょっとズルしたと言うように付け加え。

 

 

「ま、正しくは全身四角で構成されている変なヤツから作り方(クラフト)を教わったんだけど!」

 

 

 

……なんか、『酪農ダンジョン』でもそんな人の話を聞いたことがあるような…。 全身四角の人…一体どんな姿(スキン)なんだろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、早速屈んでマグマを掬おうとするラティッカさん。バケツをチャポンと――

 

 

 

ズルッ

 

 

「へっ?」

 

「「「あっ!」」」

 

 

 

 

ドボンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

嘘…!! バケツに力を入れてたせいか、足を滑らせたラティッカさんはマグマの中に…!!

 

 

「熱っっちゃちゃちゃちゃちゃ!!」

 

 

あっ良かった…! 私の魔法と持ち前の耐性で、無事ではありそう。骨まで燃えて無くなってしまうってことはなかった…。

 

 

…ただ、溶岩遊泳とはいかず、溺れているみたい…!  助けないと!!

 

 

 

「良いわよアスト。私が助けるから」

 

「お手伝いするよー!」

 

 

 

―私が動くより先に、社長とサマーンドさんが動いた…! って…ちょっ…!

 

 

 

「「あいるびぃばっくっ!!」」

ドボーーンッ!

 

 

 

社長達もマグマに飛び込んだ!?

 

 

 

 

 

社長には耐熱魔法を控えめにしか付与してないのに…! 幾らミミックと言えども、これマズいんじゃ…!

 

 

って、そんな間に社長がラティッカさんのとこにたどり着いて、箱の中に…けど、どんどんマグマの中に…!!

 

 

あぁ…! あっという間に沈んで…! …なんで親指立ててるの…!?

 

 

 

 

 

 

このままでは共倒れ…! やっぱり私も助けに…!  ――え…?

 

 

 

「すぴきゅぅうる! 噴火ぁ!」

 

 

 

わっ!? サマーンドさんの掛け声とともに、溶岩が火柱の如く噴き上がって…!! 

 

 

そしてその先から…! 何かがくるくる回転して飛び出してきて…! 私の前にスタンと着地した…!

 

 

「骨まで温まったわ!」

 

 

それは勿論、社長。箱の中からラティッカさんをぺいっと出して、周りについたマグマを振り落としてる…。 火傷はおろか、箱に焦げすらない…。

 

 

 

「ついでにマグマ、これに入れとくね~!」

 

 

しかもサマーンドさんに至っては、今しがた噴火させたマグマの一部を操り、箱詰めしてくれてるし…。

 

 

 

 

 

「ごめん社長…。サマーンドさんにも迷惑をかけちまって…」

 

 

一方で、しょぼくれ気味のラティッカさん。流石に火傷を負っているみたいだし、治してあげなきゃ。

 

 

「さんきゅーアスト…。 アタシとしたことがなぁ…」

 

 

若干焦げ、ボサボサ感が増した髪ごとガリガリと頭を掻くラティッカさん。と、社長は……。

 

 

 

「いいえ!寧ろいい方法思いついたわ! ラティッカ、私の入ってるこれみたいな、『溶岩でも溶けない箱』は作れるわよね?」

 

 

「え…。あ、あぁ…そりゃそれぐらいなら…」

 

 

それぐらいって…充分えげつないと思うんだけど…。私の苦笑いを余所に、社長はフフンと。

 

 

「なら、サラマンドラ達との協力技も出来ちゃうわね!」

 

 

 

…協力技…? 私達がハテナと思っていると、社長は更に一言。

 

 

「さっきのサマーンドさんみたいにするのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで戦法もある程度決まり、サマーンドさん達に見送られダンジョンを後にすることに。

 

 

ラティッカさんも気を取り直し、マグマ箱が入ったリュックを背負って意気揚々。早く工房に戻って試したいと言わんばかり。

 

 

 

――ところで……。

 

 

「なんか、変な音しません…? 『メラメラ』って…」

 

 

 

 

 

 

異音が耳に入り、思わず社長達にそう聞いてしまう。しかし…。

 

 

 

「そりゃ周囲が燃えてるんだから、そんな音するでしょ」

 

「だな。そこかしこでメラメラ言ってるし」

 

 

 

 

と、社長もラティッカさんも平然と。まあ確かにそうか…。 ……ん?

 

 

 

「なんか、変な音しません…? 『ボウボウ』って…」

 

 

 

「そりゃ周囲が燃えてるんだから、そんな音するでしょ」

 

「だな。そこかしこでボウボウ言ってるし」

 

 

やっぱり奇妙な音が耳に入ったのだけど…社長達の返答はほぼ変わらず。 あれー…?

 

 

 

…このままだと、『カチカチ』って音がなりそうな感じも……んん? 

 

 

 

なんか、やけに焦げ臭いような……。どこから……ってぇ!!?

 

 

 

「ラティッカさん!? 背中のリュック、燃えてます!!」

 

 

 

 

 

 

 

「へ? うわっ!?  嘘だろ!?一応、耐火素材使ってんのに!?  熱ちち!!」

 

 

気づかぬうちに背中が燃え上がり、悲鳴をあげるラティッカさん…! でもなんで今…!? さっきまでは火すらつかなかったのに…!!

 

 

「……ラティッカ。マグマ入れてもらった箱、ちゃんとしっかり閉めた?」

 

 

「「あっ…」」

 

 

そんな社長の一言で、ラティッカさんも私も、すぐに合点がいった。確かに、私の耐熱魔法を貫通するほどのあのマグマなら、耐火素材リュックなんて簡単に…。

 

 

…てか既にリュックに穴が開いて、マグマ漏れ出してるもの!! 間違いない!

 

 

 

 

「熱っち! 熱っち! マグマの雫が背中にあたって、お灸みたいで熱いっっっっ!!」

 

 

本日何度目かの悲鳴をあげ、慌てふためくラティッカさん…。今日は彼女にとって、厄日なのだろうか…。

 

 

…いや、厄日じゃなくて、厄『火』…? とりあえず、火属性完全無効化の魔法かけてあげよう…。

 

 



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人間側 ある冒険者達と火炎

 

「「「「(あ゛)゛っっっつ゛う゛う゛うぅ……」」」」

 

 

ひぃ…ひぃ…駄目だここ…。マジで『クソ熱い(ファッキンホット)』…。高いレベルの耐熱魔法を重ねがけしているってのに…効果薄っす…。

 

 

装備も軽装…というかインナー程度しか纏ってないんだぞ…。鎧…? 着てられるか! 蒸し焼きになるわ!

 

 

けど…普段は厚手の魔導服に身を包んでる女魔法使いの、汗だく姿が見れて眼福……って、んな余裕あるか!! 熱くてどうでもいいわ!

 

 

 

…うっ…。駄目だ…。変にキレてたら、頭がぐらぐら煮えてきた…。周りのマグマみたいに…。

 

 

み、水……。……もうこれ、お湯じゃねえか! アッツアツじゃねえか! 

 

 

 

 

 

くぅ…なんかないものか…。冷たい飲み物を冷たいまま保存できる箱みたいなのは……。それか、入れた飲み物の温度が変わらない魔法のような瓶とかはぁ……。

 

 

 

いや、もうそんなのどうだっていい…! さっさと『フレアジュエル』を大量に回収して、大金を手にして、腹壊すほどにビールや高級アイスを堪能してやる!!

 

 

 

ふへへ…そう思うと…俄然やる気がでてきた…! サウナで耐えた後に冷たいモンが美味いように…!耐えた分だけ、素晴らしい報酬が待ってる…!

 

 

見てろ…火の精霊サラマンドラ共…! こんな熱さ、俺達はものともしねえ…! お前らの『フレアジュエル』、根こそぎ奪ってやるからな!!

 

 

 

…………まさに『熱に浮かされてる』って感じもするが…。気にしたことか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハァ…ハァ…改めて…。俺達は4人組の冒険者パーティーで、ここは火の精霊『サラマンドラ』が棲む『火の山ダンジョン』。

 

 

狙うは『フレアジュエル』という、火の力を宿した魔法石。魔法を使う連中には必須級の宝石というのもあって、かなり高く売れる。

 

 

…が、そのフレアジュエルは火の力がふんだんにある場所にしか生成されねえ。特に高価な…つまり質が良いならば猶更。

 

 

だからこそ、火の力の主とも呼べる、精霊サラマンドラの棲み処に来たというわけだ。

 

 

 

 

 

 

……ただ、『火の山』という名称通り、ここは本当にえげつない。

 

 

周囲のほとんどは紅蓮の炎で包まれ、更に足元には大量のマグマがごぽりごぽり。まさに、地獄みたいなところだ。

 

 

そんな場所を、おっかなびっくり進まなければならない。時には、立っているのがギリギリな幅の道すらある。

 

 

耐熱魔法をかけているとはいえ…マグマに落ちたら一瞬で復活魔法陣送り。丸焼きになる暇すらないだろうな。

 

 

 

 

 

……そういやガキの頃、塀や道に引かれた線の上を歩いて、『落ちたらマグマだ』とかやってたなぁ…。

 

 

 

まさかこの年になって、リアルにその状況になるとは思わなかったわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな必死の行軍の甲斐あり、なんとかフレアジュエルの結晶塊の元へ到着できた…!

 

 

しかも、中々に大量…! ただ、軒並み岩壁や岩塊から生えて、簡単にはとれそうにない。どうするか…。

 

 

 

…あーくそっ!熱くて頭回んねえ! 一つ一つ時間をかけて丁寧にとってられるか! 熱中症になるわ!

 

 

どうせたっぷりあるんだ…! 思いっきり爆破して、残った欠片だけ拾い集めりゃいいわ!

 

 

 

 

 

 

と言っても…流石に火炎に包まれているこのダンジョンへ、爆弾を持ち込むわけにはいかない。死因がマグマへ落下死から、爆死になるだけだ。

 

 

 

だが、爆弾が使えなければ爆破魔術を使えば良いだけ。とはいえ頼みの綱な女魔法使いも、ほぼインナー姿。

 

 

魔導服がない分、火力は下がってしまう。…『火』力なら周囲にたっぷりあるってのにな。ま、仕方ない。何度もぶつければ…―。

 

 

 

「ねえ…今更なんだけど…。これ爆破したら、岩壁の後ろからマグマが溢れ出してくるとか…ない?」

 

 

「……あっ…」

 

 

 

 

ふと女魔法使いが呈した疑問に、俺は口をあんぐり。……確かに…。 ……でも。

 

 

「もうどうでもいいわ! どうせサラマンドラのダンジョン、壊しても俺達には関係ない! ヤバかったら逃げて、別の場所を探せば良いだろ」

 

 

「…それもそっか! じゃ、盛大にドカーンとやっちゃうよ!」

 

 

 

俺の言葉になるほど!と頷き、杖を構える女魔法使い。他二人の仲間も、やっちまえー!と賛成の声。

 

 

うーん…俺含めた全員が、熱さで暴走気味だなぁ…。 これがほんとの『熱暴走』ってか? 

 

 

 

……頭、上手く回らねえ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何はともあれ、詠唱を始める魔法使い。…そういえば、爆音でサラマンドラ達が駆け付けてくるかも…。

 

 

……いいや、もう…! こちとら冒険者、戦うのも逃げるのも慣れている。まあ普段はもうちょい賢く立ち回る…が…!

 

 

今は『こんな(熱い)ところにいられるか! 俺は部屋に戻るぞ!』って気分だ! 

 

 

 

 

さっさと採って、ダッシュで帰っちまおう。もう汗だくだから、多少汗が増えても問題ないな! そして、儲けた金で…!!

 

 

 

 

「きゃあああああああああっっっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――なんだ!?悲鳴!? 女魔法使いの…!! 別に部屋に戻ったわけではねえし…というか本人、目の前にいるぞ!?

 

 

 

何事かと思い、俺達は彼女の様子を窺う。すると―。

 

 

「み…ミミック…!!」

 

 

「なにっ…!? うおっ!?」

 

 

女魔法使いの言葉に即座に首を動かすと…なんと、フレアジュエルが生えた岩塊に擬態していた触手ミミックが、俺たちに飛びかかってきて…!!

 

 

 

「あ、危ねえッッ!」

 

 

反射的に武器で弾いて、事なきを…! どうやら、爆破予定地点に潜んでたらしいな…!危機を察し、慌てて襲いかかってきたってことか…!

 

 

 

女魔法使いが早めに気づいたのと、装備ほぼ無しの軽装だったのが功を奏した…! おかげで肝が冷えて、ちょっと涼しくなったわ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし…ミミックか…。心底面倒な魔物だ…。面と向かって戦っても結構時間かかるってのに…。

 

 

てか…なんであんな元気そうなんだ…? 俺たちは汗だくだってのに、あのミミックはヒュンヒュン触手を唸らせてる…。

 

 

まるで、今しがた冷たい部屋から出てきましたって言わんばかりだ…。コンディション最高ってか…?

 

 

 

うむむ…。この調子で戦えばどうなるかは、まさに火を見るより明らか…。

 

 

…幸い、まだ爆破もしてないし…。よし!

 

 

「一旦逃げるぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 

こんなとこで体力を無駄に削ってられるか! 俺たちはここから逃げるぞっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ひぃ……ひぃ……。必死に走ったせいで、喉が焼けるように痛え…。多分、ほんとに焼けてるわ…。

 

 

み、水……だからもう白湯じゃねえか! ……でもこの際、あるだけ有難い…。…んぐ…んぐ…

 

 

 

 

 

ふう…。とりあえず、ミミックから逃げおおせることができた。誰もマグマや炎にやられずにな。

 

 

 

だが…なぜこんなダンジョンにミミックが…。あいつらだって生物だ、熱くてたまらないだろうに…。

 

 

……いや、『冒険者あるところにミミックあり』と言われるような奴らだ。いてもおかしくねえか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、勿論同じ場所に戻るわけにはいかない。けど、問題ない。このダンジョンは広く、奥地であればフレアジュエルは至る所にある。

 

 

次は爆破前に警戒して、採掘すればいいだけのこと。では、気を取り直して――。

 

 

 

「待て…! サラマンドラ共がいる…!」

 

 

 

 

 

 

仲間の1人の喚起に、全員気を引き締める。バレたら絶対に追い返される…。バレないように通り過ぎるか、奇襲して倒すか…。

 

 

「何体だ…?」

 

 

武器に手をかけつつ、そう聞いてみる。…しかし、そいつから返ってきた答えは……。

 

 

 

「い、いや…二体なんだが…。…様子がおかしい…。何してんだアレ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る火を壁替わりに、俺達は様子を窺う。…たしかに火の精霊達はいた。…けど…。

 

 

「いやホントに何してるんだアレ…。倒れて…いや、寝ころんでる…?」

 

 

…よくわからねえことに、二体のサラマンドラが、地面にべちゃりと横になっている…。熱さでダウンした…わけはないな、火の精霊なんだから。

 

 

「…ん…? 何かあるな…」

 

 

ふとその奥を見ると…ベッドサイドテーブルぐらいのサイズの『何か』が置かれている…。どうやらサラマンドラ達、それを見つめているらしいが…あれは…。

 

 

 

「……暖炉……?」

 

 

 

 

 

 

 

…いや、なんで?  周囲はさんざん燃え盛っているというのに、わざわざ暖炉を設置する意味は…?

 

 

けどサラマンドラ達、その暖炉の火を楽しそうにボーっと眺めてるし、足パタパタもさせてるし…。…観賞用ってか?

 

 

 

…駄目だ…。考えれば考えるほど、頭がオーバーヒート…。もうなんだっていい! 構わねえ!かかれ!

 

 

 

 

 

 

 

武器を手に、一斉に飛び出す俺達。その物音でサラマンドラ達もバッと飛び起きるが…。

 

 

「んもー! 折角、火を見てリラックスしてたのにー!」

 

「なんてボヤ…じゃない、野暮な人達!」

 

 

…と、非難轟轟をこちらに。そして―。

 

 

「「じゃ、後でねー!」」

 

 

……そう言い残し、ふわっとどこかに飛んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…戦いを避けれたのは有難いんだが…。なんでこうもあっさり…? 最後の言葉が気になる…俺達に向けた台詞じゃなかったぞ…?

 

 

…ま、良いか…。じゃあフレアジュエル探しを続け……。って…。

 

 

 

「…この暖炉。良い造りしてるな…!」

 

「ホント。 …それに、なんかこの火、ずっと見てられるね…」

 

「…欲しいかも…」

 

 

 

ふと顔を動かすと、仲間達が暖炉に見入ってる。…けど、気持ちはわかる。暖炉の火を見ながら一杯やるってのは、結構良い。チーズとかのつまみも焼けるし。

 

 

フレアジュエルついでに、これ持ちかえってしまおうか。そう算段を立ててると…。

 

 

「あれ…? 中に入ってるの、フレアジュエルじゃない!?」

 

 

 

 

仲間の1人の声に、全員で火を覗き込む。確かに燃料となっているのは、フレアジュエルらしい。それも、そこそこの量。

 

 

つまりは…これを持って帰るだけでも充分な収穫。そうと決まれば――!

 

 

「頂き!」

 

 

我先にと、1人が暖炉を掴む。なんとか背負える大きさだから、そいつはそれを持ちあげようと…。

 

 

 

「井戸端…もとい暖炉端おしゃべりの邪魔するなんて…。アンタたちで(暖)炉端焼き作ったろうかしら?」

 

 

 

パカッ ギュルンッ!

 

「へっ…きゃあっ!? ()ぇっ…!?ぐへぇっ…」

 

 

 

 

 

――なっ…!? 変な声とともに…()()()()()()…!?火のところが、蓋みたいにパカッて…!

 

 

そしてそこから触手が伸びてきて…! 暖炉を掴んでた仲間が、中に引きずり込まれただと…!?

 

 

…『冷ぇっ』…て悲鳴あげた気がするんだが…。冷たいわけないし…普通に『ひぇっ』って悲鳴か…うん…。

 

 

 

 

……いや、そんなこと考えてる場合か! なんだこの暖炉…は…。…っ…!?

 

 

「それとも…。箱工房特製『クーラーボックス』機能で、アイスにしてあげましょうか!」

 

 

「「「上位ミミック!?!?」」」

 

 

 

 

 

 

ひょっこり顔を出したのは、上位ミミック…!なんで暖炉なんかに擬態して…!? アイスってなんだよ俺達が食べたいわ!

 

 

…いや、今はとりあえず……!

 

 

「「「逃げろ!」」」

 

 

仲間一人やられて、しかも上位ミミック相手なんて戦えるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てぇ! 炉端焼きもアイスも好みじゃないなら、マグマに放り込んでグツグツのシチューにしてあげるわぁ!」

 

 

「「「ひぃいいいいっ!!?」」」

 

 

しかし、上位ミミックは追ってくる…! 暖炉姿で疾走してくる…!! マグマと炎の中、暖炉が走ってくる!!!

 

 

こ、このままじゃ追いつかれる…! なんとかしなければ…!

 

 

 

 

 

「クソッ…! ここはオレに任せろ!」

 

 

――ふと、仲間の1人が、足を止める。そして…!

 

 

 

「シチューになるのはお前もだ! うおおおっ!!」

 

 

「きゃっ!? やるわね…!」

 

 

ミミックに飛び掛かり…! 掴んで…傍のマグマの中に…!!

 

 

 

「ミミック! 地獄で会おうぜ(アスタ・ラ・ビスタ)…!!」

 

 

「行き先は復活魔法陣でしょうに! でも、私は戻って(I'll be)くるわよ?(back)

 

 

 

 

ドボーーンッと、二人でマグマに落ちる音が盛大に…。 あぁ…。俺の仲間が、親指立てて沈んでく…。…なぜかミミックも親指立ててるけど…。

 

 

 

クソッ…。あいつの死は無駄にしない…。二人分の復活魔法代金、稼いで帰ってやるからな…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残されたのは、俺と女魔法使いのみ。警戒を強めて進まなければ…。

 

 

周囲にサラマンドラがいないか、ミミックがいないかを逐一確認しながら、フレアジュエル探しを続ける。

 

 

――と、そんな折…。

 

 

 

「ね、ねえ…なんか、変な音しない…? 『メラメラ』って…」

 

 

女魔法使いが、身を慄かせるように聞いてくる。俺も急ぎ辺りを窺うが…。…誰もいないし、何もない。火炎と、マグマだけ。

 

 

「…きっと、火の燃える音だろ」

 

 

少し気になりながらも、彼女をそう落ち着かせる。 そして、再度歩み出すが…。

 

 

 

 

「ね、ねえ…やっぱり、変な音しない…? 『ボウボウ』って…!」

 

 

再度、そう問うてくる女魔法使い。 もう一度周りを見てみるが…。やはり、火と溶岩だけ。

 

 

「…きっとそれも、火の燃える音じゃないか…?」

 

 

またもそう言い、鎮める。…とはいってもこいつ、仲間二人がやられたからおかしくなるというタマではない。

 

 

熱に浮かされ変になって、変に周囲の音が大きく聞こえるのか…? それとも、やはり近くに何かがいるのか…? どちらにせよ…あまり長居するわけには…。

 

 

 

「ね、ねえ…! 絶対変な音する…!! 今度は『カチカチ』って!!」

 

 

 

 

 

か、カチカチ…? なんだそれ…? メラメラ、ボウボウに続いて…カチカチ? なんか、順番おかしくねえか…?

 

 

それとも…この火の山ダンジョンは、本当は『カチカチ山』とか言う名称…。な訳無いな…うん。

 

 

 

しかし、カチカチとはおかしい。そんな火をつけるかのような音、常に燃え盛ってるこのダンジョンで鳴るはずがない。

 

 

ならば、女魔法使いの幻聴…? 俺には……。

 

 

 

 

カチ カチ カチ カチ

 

 

 

 

……!!!! 聞こえる…! 変なカチカチ音が聞こえる!! なんだ…何の音なんだ!?

 

 

 

 

慌てて武器を構え戦闘態勢をとるが…。やっぱり、何の姿もない…。ボコボコいってるマグマと、メラメラボウボウな火だ…け……へ?

 

 

 

「お、おい…なんかそこの火…やけに近くないか…!?」

 

 

 

 

 

この業炎の中、俺は奇妙なことに気づいた…。一応、安全に通れる道を選んで進んできたんだ…。

 

 

だというのに…何故か…! 女魔法使いの真後ろが…!数mの距離もない位置が…! さっき俺が歩いてきたはずのその道が…!

 

 

燃えている…だと…!?

 

 

 

 

「へ…? わっ!?」

 

 

女魔法使いもそれに気づき、俺の方へ飛び退く。 いくら耐熱魔法をかけているとはいえ、周囲が炎まみれとはいえ、その距離ならば熱さはかなり感じるはず…。

 

 

だというのに何故気づかなかった…!? 何故そこに、炎が…!

 

 

 

カチ カチ  ガチンッ! ガキンッ!!

 

 

 

…へ…? その炎から…さっきのカチカチ音が…? というか音が変わって…火の動きが変わって…下の方が消え…。

 

 

「シャアアアッ!!」

 

 

「宝箱ミミックぅ!?!?」

 

 

 

 

 

炎の中から悠然と登場したのは…宝箱姿のミミック…!! いや違う…!火を、纏っているのか…!

 

 

…って、えぇ…!? その火がパッて消えたぞ!? もしや、火の能力者…メラメラボウボウの実とかを食べた…? ―いや違う! あれ作り物の火か!?

 

 

 

 

――というか…さっきのカチカチ音は…!あの宝箱ミミックが()を鳴らしていた音ってことか!! 

 

 

だってそれを証明するかのように、今もカチカチガキンガキン言わせて、こちらに…!!

 

 

 

うおおおっ! 逃げるんだよォーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日三度目の、熱さに包まれての逃走劇。これが本当のデッドヒート(heat)…言ってる場合か!

 

 

だが…! 相手はさっきの上位ミミックより格下…! そしてさっき犠牲になった仲間が良い方法を示してくれた…!

 

 

 

「おい…! …あのミミックを、マグマに突き落とすぞ…!」

 

「あっ…! うん!」

 

 

 

そう…! さっきのように、突き落とせばいい…! 溶岩の温度は1000度(多分)! ミミックと言えども、カスまで燃えて無くなっちまうわ!

 

 

 

そして、丁度いい位置に、溶岩溜まりが…! 女魔法使いと目配せをして…せーので!

 

 

「「そりゃあ!」」

 

 

「ギャウッ…!?」

 

 

一斉に振り返り、武器を思いっきり振ってミミックの側面に叩きつけてやった…! 宝箱は空中を舞い…!

 

 

 

ドボーンッ!

 

 

 

 

 

 

「「やった…!」」

 

 

大成功だ…! 普通のダンジョンだったら、吹き飛ばしただけではすぐ追ってくるのがミミック…!

 

 

しかし、ここは全てを焼きつくすマグマまみれ。いくら頑丈なミミックと言えど……へ…?

 

 

 

 

 

「あっちゃー! やられちゃったかー!」

 

「結構やるね~。あの冒険者達!」

 

 

 

ふと聞こえてきた声の方角にバッと顔を向けると…少し離れたマグマの上を、先程見かけたサラマンドラ二体がふわりふわり。

 

 

その余裕ぶった様子がやけに癇に障り、俺はつい、煽り返してしまった。

 

 

 

「ヘッ…! じゃあお前らが置いたミミックは、『敗北者』ってか!」

 

 

 

…『冒険者』にかかるような単語を探したが…。頭が熱くてこれぐらいしか思いつかねえわ…。

 

 

まあ良いか…。それより、攻撃される前にサラマンドラ達から逃げなけ―――…。

 

 

 

「『敗北者』…? 取り消しなさい、今の言葉!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…!!! こ…この声は…! サラマンドラ達の声じゃねえ…! さっき聞いたから覚えてる…!

 

 

これは……さっきマグマに落ちていった…上位ミミックの声だ…!!

 

 

 

俺達の仲間1人を犠牲に、沈んでいったあいつが何故…! い、一体どこに…!?

 

 

 

 

 

そう焦る俺達を余所に、サラマンドラ二体はにっこり顔を合わせ…。

 

 

「別に、海を干上がらせて陸地を増やす気なんてないけど!」

 

「『とくせい;ひでり』で『じめんタイプ』なグラ何とかを復活させるとかもないけど!」

 

 

そんな訳の分からないことを口にしながら、下のマグマに手を向け…!

 

 

 

「「せーの…マグマだーん()!」」

 

 

 

って…! うおおおっ!? マグマを噴き上がらせた!?!? そんなのアリかよ!?

 

 

 

 

 

 

や、ヤベえ…! け、けど…そこそこ距離あるから逃げられ……ん…?

 

 

 

何かが…!降ってくる…!? 噴き上げられた溶岩の中から、謎の塊が…! まさか、マグマ弾…というか火山弾…―!!

 

 

 

戻って来たわよ(I'm Back)!  アンタたちの抹殺者(ターミネーター)としてね!」

 

 

 

…―はぁあっ!? 火山弾じゃねえ!? 飛んできたのは…さっきマグマに沈んだ、上位ミミック入り暖炉ぉ!?

 

 

しかも…今しがた落とした宝箱型ミミックも! そしてフレアジュエル擬態の触手ミミックも!? 

 

 

 

な、なんで…マグマに落ちても無事で…!? その入れ物、耐熱容器ってか…!?

 

 

 

――っあ…しまっ…! 逃げる隙が…!! もう、俺達に激突を…ひっ…!!

 

 

 

 

「「ぎゃああああっ!!」」

 

 

 

 

も、もうダメだ…!熱いし縊られてるし噛まれてるし、何故か冷たさも感じるし…!これは死ぬぅ…! 

 

 

 

く、クソぉ…!なんて日だっ……!! なんて『火』だぁッッ……。

 

 



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閑話⑩
我が社の日常:市場で取引お買い物①


 

本日もまた、何処かのダンジョンへ訪問……ではない。

 

 

今日はちょっと別の用事。実は、『市場』に向かっているのである。

 

 

 

 

 

我が社のミミック派遣代金は、金銭の他に『素材』でも支払いを可能としている。例えば鉱物とか、食材とか、魔物自身の毛や爪や諸々とか。

 

 

まあそのあたりは、今までを知ってもらっていればわかるだろうから省略して…。今回は、その一部を市場まで売りに行くのが目的の一つ。

 

 

 

 

『一つ』といった通り、目的は他にも色々あるのだけど…。とりあえずは、この『素材売却』についてご説明しよう。

 

 

 

 

 

 

頂いた素材類は優先的に『箱工房』で使用するのだが…当然、そこだけで使い切れる量ではない。使う素材に偏りもあるし。

 

 

だから定期的に業者や魔王様方と取引してお金に換えてるのだけど…それでも時たまに、倉庫から溢れかけることがある。

 

 

更に素材によっては競売にかける必要や、業者の都合とかで、市場に持っていかなければいけない物も数多く。

 

 

 

ということで、定期的に市場に売りに行くのである。馬車に乗って。

 

 

 

…といっても今荷馬車を引いているのは、私が召喚したドラゴンなのだけども。だから、正しくは竜車?

 

 

 

 

 

 

 

 

―え? そんな倉庫から溢れんばかりの素材、どうやって運んでいるのかって? 確かに、荷馬車数台程度で済む量ではない。

 

 

しかしそこは、我が社だから為せる解決策が。ちょっと後ろを…荷台を見て欲しい。

 

 

 

 

――さあ、どうでしょうか?中々に圧巻でしょう。 荷台いっぱいに、たっぷり詰まれた宝箱は。

 

 

 

 

 

 

察しの良い方ならば、もうお気づきになったはず。あの宝箱、全部……。

 

 

 

 

パカッ

「ねーアストちゃーん。まだ~?」

 

 

「あと少しですよー」

 

 

「はーい。じゃ、もうちょい寝てよ~」

パタンッ

 

 

 

 

 

……おわかりいただけただろうか? 今、その宝箱の一つが開いて、私と会話したことに…。

 

 

いや別にホラーでもなんでもないのだけど…。一部冒険者達から見たら、卒倒ものかもしれない。

 

 

 

 

―えぇ、その通り。この宝箱の山は…全部が、全員がミミック。上位下位問わず、山盛り状態。

 

 

そしてミミックの特徴の一つに、『明らかに見た目以上に、物を箱の中に詰め込める』というのがあるため…。

 

 

そう、ミミック達に素材を詰めて運んでいるのである。

 

 

 

 

 

 

 

あ。一応断っておくが…。別にこれ、強制じゃない。ぶっちゃけ、素材の運搬だけなら社長一人でできるらしい。面倒だからあまりやりたくないみたいだけど。

 

 

 

ではなんでこんな皆で来てるかというと…。単に『市場でお買い物したい人~!』という問いかけに、『は~い!!』って手を挙げたミミック達に協力して貰っているだけ。

 

 

つまり、この荷馬車は乗合馬車みたいな感じでもある。…まあ傍から見たら、宝箱運送業者でしかないが。

 

 

 

 

ということで、これも目的の一つ。『市場でショッピング』。素材を全部降ろしたら、後は時間まで自由行動なのだ。

 

 

 

 

因みに、今回の馬車は二台。今私と社長が乗っていると…後ろにラティッカさん達、箱工房ドワーフ勢が乗っているのが。勿論、そちらにもミミック盛りだくさん。

 

 

皆、比較的落ち着いているものの…市場が迫ってきてワクワクしてるのか、もぞもぞ動いてる子も結構いる。やっぱり傍から見たら、蠢く宝箱でホラーな図である。

 

 

 

―って、そうこうしているうちに市場が見えてきた。それでは…レッツ、ショッピング!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……とはいえ、まずは素材の売却が先。いつもの業者や競売所に、手分けして持っていく。

 

 

持ってきてくれたミミック達に吐き出し……コホン。もとい、取り出してもらい、よいせよいせと。

 

 

 

 

そして、ここで役立つのが…私の魔眼『鑑識眼』。 素材の相場が明確に確実にわかるため、あらかじめ幾らぐらいで売れるか予測がつけられるのである。

 

 

既にそれを使って目標売却価格リストを作成し、各担当者に配布済み。これさえあれば誰でもスムーズに取引が可能で、買い叩かれることもない。

 

 

このリストを作れるおかげで、何度社長に喜ばれたことか。初めて作ったときなんか、飛びつかれてぎゅううって抱きしめられたし。

 

 

 

まあ今となっては、お願いすればいつでもぎゅううって抱きしめてくれるのだけども。というかいつも私が抱っこしている形だから、ほぼほぼ…。

 

 

 

 

 

 

 

…ケホン、話を戻して…。 けど、実際のところ、足元を見られるっていうことはほとんどない。それにはとある理由がある。

 

 

…ミミックを敵に回したらどんな目に遭うかわからないから? 箱の中に詰められ、値段交渉に応じるまで閉じ込められるから?

 

 

いやまあ…そういう理由もあるかもだけど…。そうじゃなくて…。

 

 

…まあ…社長とかラティッカさんとかは案外血の気多いタイプだから、ちょっと脅し的な事もしそうっちゃしそうではあるけども……いやだから、そうじゃなくて!!

 

 

 

はぁ…そんなこと思ったのが社長にバレたら、抱きしめられるよりも、触手でにゅるにゅるされて問い詰められそう…。 …それは…それで…?

 

 

 

 

 

 

…ケホケホン!もう一回話を戻してと…。 持ってきた素材が買い叩かれない理由は、ずばり『ダンジョン産』だから、である。

 

 

 

 

ダンジョンの利点は色々あるけど…やはり、魔力がどこよりも潤沢なのが最大の特徴。場所に寄るけど、かつての魔王城よりも魔力が豊富なところすら存在する。

 

 

そんな魔力の元で成長した素材は、質がかなり高くなる。食べ物だったら美味しく、鉱物や宝石だったら綺麗にとかとか。

 

 

 

……そして、本日二度目だが…おわかりいただけただろうか…?  『素材』…それは即ち―。

 

 

 

――そう。そこに棲む魔物達の爪や牙などなども、かなり質が高くなるのである。だからこそ、私達の派遣代金として代用できるのだ。

 

 

 

 

…まあ…裏を返せば、そんな理由があるから、冒険者がダンジョンに侵入してくるのだけども…。なおそれがダンジョンの唯一の欠点…。

 

 

けど代わりに魔物優位に戦えるし、やられても即座に復活魔法陣から蘇ることができる。だから、実質帳消し?

 

 

それに、下手にダンジョンじゃないとこに棲んでいていて、冒険者に乱獲されてしまったら目も当てられないから…。ほんと、冒険者ってどこにでも湧くし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へ? そんなに高く売れる素材なら、なんで当の魔物本人が売りに行かないのかって? その疑問は最も。

 

 

かくいう私も、同じことを考えて社長に聞いてみた。すると……。

 

 

 

『そりゃ当たり前よ。いくらお金になるからって、自分の髪をバッサリ切ったり、角を削って売るのは躊躇われるでしょ?』

 

 

 

…とのこと。言われてみれば、確かに。

 

 

 

 

 

 

私は上位悪魔族なのだけど…。実は、髪や角を始めとした私の『素材』は、凄く高値で売れる。いやほんと、とんでもない価格で。

 

 

多分、『貴族産』ということでプレミアがついてるのだろうけど…。まあそれは一旦置いといて…。

 

 

 

 

幾らお金が必要だからって、文字通り身を切るような行いをするのは難しいもの。仮に売ったとしても、同族から噂されるかもだし、そもそも1人分とかでは大したお金にもならない。

 

 

しかもダンジョンに棲む魔物は、それこそ質の良い他素材を売ったり、自給自足したりして何不自由なく暮らしている。

 

 

 

だから、『ダンジョン産の魔物素材』というのは中々出回らないのである。

 

 

 

 

 

勿論、中には高値で売れることを理解していて、散髪ついでに毛を売りに来たりしてる者も。結構良い小遣い稼ぎになるみたい。

 

 

ただ、巨大魔物や市場を利用しない魔物達には、やはり縁遠い行為。そもそも売れることすら知らない者も沢山。

 

 

 

だからこそ我が社は、冒険者に困っているダンジョンへミミックを派遣し、その代金として、ダンジョン主達には廃品同然の素材を頂いて売っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

―え? (悪魔族)の素材は高く売れるのはわかったけど、ミミックの素材はどうなのか、って? あー…それは…。

 

 

 

ミミックといえば、やはり『箱』だろうけど…。別にあんまりお金にならない。だって基本、その辺に落ちてる物だから。

 

 

それをミミックの能力で強化し、やりたい放題しているだけ。たまに勘違いされる点である。

 

 

 

そういえば…必死こいてミミックから箱を奪い、意気揚々と売りに入ったらはした金で泣いたという冒険者の話も聞いたことがある。ちょっと可哀そう。

 

 

 

 

 

あ、でも…社長監修、ラティッカさん達謹製の『箱工房特製箱』は、かなり高値で売れるらしい。

 

 

この間作ってた…『クーラーボックス』だっけ?は、暇な時に作って卸したら、一瞬で完売したと聞いた。他の箱も、そのレベルの売れ行き。

 

 

 

中にはその箱の噂を聞きつけ、我が社に入社希望のミミックが来るほど。―そうそう、入社希望と言えば……。

 

 

 

もう少し後だけど、ここ(市場)でその『入社希望』なミミック達の面接もあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた! 社長、アストー! こっちは終わったぜ!全部良い値段で買って貰えたよ!」

 

 

 

売却が丁度終わった頃合い。良いタイミングでラティッカさん達が戻って来た。彼女達の手には沢山のお金の袋。

 

 

勿論、同行しているミミックの箱の中にも。…あ、数人、そのお金袋の中に入って遊んでるし…。

 

 

しかも金貨に包まれて変に笑いが漏れてしまうのか、袋入りミミック達、大体にやけている。

 

 

 

これが本当の『わらいぶくろ』…。宝石入りの袋で踊ってないだけセーフ?

 

 

 

 

 

 

 

「はーい。じゃ、アストの元に集めてね~。終わった子から、自由行動!」

 

 

自身もお金袋に包まれていた社長が、そう号令を。すると皆、わっと金貨袋を持ってきた。

 

 

 

さて、では私はまず、金庫行きの転移スクロール(呪文書)を開いてと…。よし、準備完了。

 

 

 

 

流石に素材を全部転移させるのは魔力消費とんでもないし、時間かかるし、場所無いしで手間だけど…金貨袋ぐらいなら問題なし。

 

 

そして後は売却明細書を見ながら、袋の中の金額が合っているか確認して送っていくのである。

 

 

 

 

 

…いちいち金額を確かめるのは手間じゃないかって? ふふ、そこはご心配なく。 私の魔眼『鑑識眼』の出番。

 

 

素材を見て市場価格を割り出すこの魔眼は、当然『金貨』にも反映されるのだ。

 

 

つまり…袋をパッとみるだけで、中に100G(ゴールド)入っていれば100G、10万G入っていれば10万G、339万85G入っていれば339万85Gと、しっかり教えてくれるのである。

 

 

因みにこれは『通貨』として換算であり、素材…『鉱物の金』としてみれば、また別の価格が表示される。勿論、含有されている他鉱物の価格も詳細に。

 

 

あ、勿論、袋の値段は別途表示。というか、表示オフにもできるし。

 

 

 

 

 

 

 

…売却価格リストより、この魔眼の勘定能力のほうが喜ばれたんじゃないかって? 案外そうでもない。凄く喜ばれたのは確かだけど。

 

 

いやだって…。社長…。そしてラティッカさんが……。

 

 

 

「ふむふむ…こっちは33万9000Gね。合ってるあってる。こっちは~…」

 

「えーと、この重さなら…70万と…飛んで77Gだな。 うし、当たり。次は…」

 

 

 

…と、あんな感じに…。社長は箱の中に入れただけで、ラティッカさんは手に持った重さで、瞬時に計測し終わってるのだもの…。私と同じぐらいの速さで…。

 

 

 

仕組み不明な社長はともかく、ラティッカさんは怪しい……かとおもいきや、2人共、今まで一回たりとも間違ったことが無いのだ。凄い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―これで全部かしら?」

 

「みたいだな」

 

「ひと段落ですね」

 

 

全部を片付け終え、社長とラティッカさんと私は身体を伸ばす。ふと見ると、最後に金貨袋を置いていったミミックが、ルンルン気分でぴょんぴょん跳ねてく後ろ姿が。

 

 

今回もまた、着服や金額エラーは無し。まあ社長が信用した業者にしか卸さないし、ミミック達もお金は盗まない。

 

 

ミミック達には充分な給料(お小遣い)はあげているし、もし盗んだのがバレたら…社長のお仕置きブートキャンプ(現在改心度100%、皆泣いて喜ぶ充実度)が待っているから。

 

 

 

――おっと、忘れてた。

 

 

 

「はい、ラティッカさん。金庫接続式の『魔法のお財布』です。領収書は全部忘れずにしっかり貰って来てくださいね」

 

 

「おう、さんきゅ! それじゃ、アタシらも行ってくるかね~!」

 

 

私が渡した大きめのがま口財布を受け取り、鼻歌交じりに出かけていくラティッカさん。待っていた他の箱工房ドワーフ面々と合流し、市場へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

ここで、我が社が稼いだお金についてご説明しよう。何に使っているかというと…当たり前だけど、色々である。

 

 

例えば…各設備や魔法術式の維持費。私達や各ミミック達へのお小遣いやお給料。訓練に使う道具類の購入費や新規施設への準備費用。宣伝費や食堂の食材費etcetc…。

 

 

 

その中でも最も大きいのが、ずばり『箱工房の予算』である。というか、ほとんどそれ。

 

 

 

なにせ、ミミックといえば箱。そしてその箱のクオリティは、派遣するミミック達の質や戦法に直結する。

 

 

今までを知ってもらっている方ならわかると思うが…ダンジョンの状況や用途に応じて、様々な『箱』を作っているのだ。

 

 

水中を自由に泳げる箱、棘付き箱、落下やマグマに耐える箱、飛行できる箱、スケートできる箱、巨大殻、蛇殻、機雷、餅つき、カウベル、ロボット、卵、茸、樽、棍棒、着ぐるみ…………。

 

 

キリがないからここらへんで割愛。けど、まだまだ、まだまだまだまだある。本当に、色んな『箱』が。

 

 

 

 

それを作り出せる箱工房は、まさしく我が社の生命線と言ってもいい。そしてラティッカさん達が市場に来た理由は、その箱工房で使う素材の購入のためである。

 

 

 

だからこそ、金庫から幾らでもお金を引き出せる『魔法の財布』を渡したのだ。箱工房のためなら、資金は惜しまない。

 

 

 

あ、一応付け加えておくと…不正利用らしい動きは感知して、ラティッカさん以外はお金を引き出せないような魔法をかけてあるから安心。

 

 

更に、本日中に返却が無ければ財布の効力が消滅&爆発の魔法も付与済み。 不正利用はしないだろうけど…ラティッカさん、ほんと時たま、財布落とすから……。

 

 

 

 

 

…そう考えると、ミミックが財布になるのが案外安全だったり?

 

 

 

ミミックだから中に大量にお金を入れられるし、自分で動けるから失くす心配なし。 ひったくりに遭っても、逆に相手をバクリと食べちゃう。

 

 

但し機嫌を損ねると、お金を取り出させない。それどころか、持ち主を倒しちゃう…。

 

 

 

……うん。駄目だこれ! 

 

 

 

 

 

 

 

そんなしょうもない事を考えてたら…。社長は私の膝の上にぴょいんと。

 

 

 

「さて! アスト、時間はどう?」

 

 

「はい、えっと…。 あ、頃合いですね。『面接』に向かいましょうか」

 

 

 

ということで、社長入りの箱を抱き上げ…面接会場にレッツゴー。ショッピングは()()後でと♪



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我が社の日常:市場で取引お買い物②

 

「おかみさーん!お邪魔しまーす! 集まってますか~?」

 

 

扉をカランカランと開き、社長は開口一番そう聞く。すると、奥のカウンターから返答が。

 

 

「おー!ミミンちゃんアストちゃん! 今日もいっぱい揃ってるよ~! 奥の部屋は箱で…もとい、ミミック達でぎっしり!」

 

 

 

 

 

ここは、市場の一角にある大きめの酒場。何分多くの人が行き交う地のため、その疲れを癒すここもかなりごった返す。

 

 

とはいえそれも、市場が片付く夜の話。当然昼間は、仕込みやら何やらで営業はしていない。ということは…広い店内も、今は閑散。

 

 

 

そこに目をつけた社長が、『面接会場』として時折間借りしているのである。 もっとしっかりとした会場なんて幾らでも用意できるのだけど…。

 

 

 

社長曰く、『そんなお堅い雰囲気が必要な面接じゃないし、ミミック触手みたいに柔らか~くいきましょ!』とのこと。

 

 

 

まあ確かに…我が社は会社と銘打ってはいるけど、本質はだいぶ違う。それぐらいが一番良いのかもしれない。

 

 

 

 

ということで此度の面接も、ミミックなら誰でも歓迎、服装自由な設定。 ……勿論、罠じゃない。スーツ着てなきゃ不合格とかなんてない。

 

 

というか前もツッコんだことあるけど…。ミミックの正装とは如何に…? やっぱり立派な箱とかなのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

おかみさんへ間借り代金を支払い、奥の部屋へ。社長は扉に手をかけ……。

 

 

 

バァンッ!

 

「皆さーん! こーんにちはー!」

 

 

 

…勢いよく開いて、元気な挨拶。すると中からは……。

 

 

 

パタタタタタタタタタタンッッ!

 

 

 

……と、一斉に箱の蓋が閉じる音が…。社長、またやった…。狙ってなんだろうけども…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…前にほんの少しだけお話した、ミミックの生態についてを覚えているだろうか? 

 

 

 

それは…『ミミック達は元来、臆病な性格』ということ。

 

 

 

 

まあ考えて見ればそれも当然、色んな物に隠れて生活する彼女達だもの。 寧ろ、我が社の派遣するミミック達が異常なのである。

 

 

社長達の教育、会社の環境や雰囲気、専用の訓練…などなど。様々な手段を用い、臆病っ子ミミックたちを、大胆で積極的な子に仕上げているのだ。

 

 

 

だからこそ、我が社のミミック達は強い。戦闘能力は高いけど怖がりで引っ込み思案だった子達が、能動的に動けるようになったらどうなるか? 

 

 

 

そんなの、脅威に決まっている。冒険者達は阿鼻叫喚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてでは、扉の音に驚き蓋を閉じちゃう怖がりミミック達へ、面接開始。言いそびれてたけど、集団面接である。

 

 

……いやまあ…ぶっちゃけ、面接と呼んでいいのかも怪しいのだけど。

 

 

どういう意味かは…まあ、実際に見てもらった方がわかると思う。

 

 

 

 

 

 

 

「ミミックの皆さん。本日は我が社の社長共々、よろしくお願いいたしますね」

 

 

そう私もペコリと一礼をして、誂えてもらった壇上…というか一際高い机の上に、社長をよいしょと設置。

 

 

そしてその横に魔法で大きいスクリーンを作り出して、ちょいちょいと…。ここはこれで良し。

 

 

 

あとは社長に声量拡大の魔法をかけ、目配せ。そして少し離れた横で姿勢を正す。さて、今回の面接参加者の様子は…。

 

 

 

 

 

あ。蓋を閉じていたミミック達…上位下位問わず全員が、ちょっと開けてこちらの様子を窺っている。

 

社長が開幕驚かせた直後、檀上でふふんと胸を張っているのが気になってしまっている様子。

 

 

 

やはり、ミミックとしては溌剌で破天荒な社長の性格に驚いているらしい。因みに社長、蓋を完全に開いて、仁王立ちのようにもなってる。なんかガキ大将チック。

 

 

そうそう、見た目が少女なのも大きいのだろう。『え!? こんな小さい子が!?』みたいな衝撃を受けてるのが、私にもわかる。

 

 

 

それと一応、私にもびっくりしてくれているみたい。ミミックの補佐に上位魔族なんて、珍しいにも程があるし。逆ならまだしも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。テステス。本日は晴天なり~。 後ろの方、聞こえてます~? 大丈夫そうですね。では!」

 

 

マイクチェック…もとい声のチェックをし、社長は一礼。そして自己紹介を。

 

 

「改めまして…。皆さん、初めまして! 本日は『ミミック派遣会社』の面接を受けに来てくださり、誠にありがとうございます。私が社長の『ミミン』と申します!」

 

 

これでも多分、皆さんよりは年上ですよ? とジョークを挟みつつ、今度は私の紹介を。

 

 

「こちらは『アスト』! 私の秘書で、我が社の色んな業務をバリバリこなしてくれるピチピチ美人秘書! 可愛いでしょ?」

 

 

…ちょ!? いつも変な紹介だけど…今回輪をかけて変では!? いや嬉しいけども!

 

 

 

 

 

 

恥ずかしくなりながらも、その紹介に合わせ再度礼。すると私達の正体が分かったからか、蓋を大きく開けるミミック達が増えだした。

 

 

社長はその機を逃さない。にっこりスマイルを浮かべ、トーク開始。

 

 

「皆さん、色んなところから来てくださったみたいですね。○○地方や、×△方面。◇●区域からも!」

 

 

ぱっと見で、ミミック達がやってきた場所を言い当てる社長。どうやら当たっているらしく、小さくビクッと身体を震わすミミック多数。

 

 

 

社長の経験則に寄るものなのだろうけど…。実は私もそこそこわかったり。魔眼を使えば、ミミックの箱についている泥の成分とかから探ることはできるのだ。

 

 

そして…魔眼を使わなくとも、ある程度は。 社長に各地のダンジョンへ連れていってもらっているおかげで、ミミックが漂わせている魔力が、どこ産であるか推測できるようになったのである。

 

 

こういう時、社長と一緒に居れたから成長できたなぁ、と嬉しくなっちゃう。 …おっと、集中しないと!

 

 

 

 

 

 

 

「我が社としても、遠路はるばる来て頂けて感激です! 『興味を持って一歩を踏み出す』ということは、かなり大変で覚悟の要ること。皆さん、凄いですよ!」

 

 

更にトークを続けていく社長。来てくれたミミック達に盛大に拍手を送り、その流れでポン!と手を鳴らした。

 

 

「さてでは!折角皆さんから頂いたお時間、無駄にしないようにしましょう! 話長いと、眠くなっちゃいますし! 私達(ミミック)、いつもベッドと一緒のような存在ですから、いつでも寝れちゃいますしね!」

 

 

再度の軽いジョーク。臆病ミミック達にもウケたらしく、クスクスと堪えるような笑い声が聞こえてくる。

 

 

 

そんな光景に社長は微笑みを見せ、更に大仰に身体を動かす。…勿論、お立ち台的な机の上で。

 

 

「皆さんはどこで我が社の存在を耳にしてくださいましたか? チラシ?張り紙?ムービー?風伝いの噂? それとも、我が社の箱に惹かれて?」

 

 

にんまり社長。 あ、確かによく見ると…。我が社製らしき箱に入ってるミミックもいる。だいぶ使い込んでるみたいだけど。どこからか手に入れたらしい。

 

 

 

「何はともあれ、まず我が社の…『ミミック派遣会社』の説明を致しましょう!」

 

 

そんなミミック達を順繰りに手早く見回した社長は、ビシッと横の魔法スクリーンを指さす。合わせてそこに浮かび上がったのは、我が社概要のプレゼンテーション資料。

 

 

 

…えぇ。作ったのは私。社長の希望に沿い、分かりやすく読みやすく、写真や絵を使って飽きさせない工夫を盛り込んでいる。

 

 

社長は絶賛してくれてるけど…毎度ちょっとドキドキする。皆、気に入ってくれるかなって…。

 

 

もっとスタイリッシュな方が良かったかもとか、もっとほんわかした造りの方が良かったかなとか…。

 

 

今回のミミック達は…。良かった、結構興味を持ってくれているみたい…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということでプレゼン開始。社長は箱の中からポインタを取り出し、スイッチオン。

 

 

因みにあのポインタ、先端に宝箱を模した形の特製品。半開きの宝箱の中から、標的を狙うミミックの眼光の如く光線が出るという、(社長&ラティッカさん)の遊び心満載な品となっております。

 

 

 

それをふりふり、社長はまず……。

 

 

「既に存じておられる方もいるでしょう。 我が社は『会社』と名乗っておりますが、特に書類仕事とかがあるわけではありません!」

 

 

と、勢いよく断言。表示されてる『よくある会社的な業務内容まとめ』にも、盛大にバッテンマーク。

 

 

 

「では何かというと…じゃじゃん!」

 

 

口で効果音を鳴らし、社長はプレゼンスライドを動かす。すると出てきたのは、新入りミミック達が進むべき道筋であり、『我が社の本懐』を纏めた解説フローチャート。

 

 

「この図に描かれている通り、最終目標は皆さんに『安住の地』『終の棲家』となるダンジョンを見つけてもらう事。我が社はそのお手伝いをするに過ぎないのです!」

 

 

そのゴール地点をパシリと示し、そう宣言する社長。まさしくその通りなのである。

 

 

 

 

 

―またまた前に説明したことの焼き直しで恐縮なのだが……。我が社は別に、『利益』を出すのを目的とはしていない。

 

 

我が社の本懐、それ即ち『ミミック達に安らぎの地を提供、及び見つけてあげること』。なので実は、儲け度外視なのである。

 

 

 

そもそも我が社の設立理由は、ミミックの生態…『ダンジョンでないとまともに生活できない』というのを案じた社長が、同族を慮って始めたこと。

 

 

だから『ミミック派遣会社』は会社というよりも…慈善による教育訓練所兼、斡旋所なのである。

 

 

 

じゃあ何故会社を名乗っているかというと…。そっちの方が、ダンジョン相手に都合がいいから。まずはビジネスの関係から始めたほうが、何かと綺麗に済むのだ。

 

 

 

 

―以上。社長秘書である私アストからの、誰に向けてかわからない説明でした。

 

 

では、社長のお話に戻りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―ですので、入社して貰って、やってもらうことはただ一つ! どこのダンジョンに派遣されても褒められるような、立派なミミックに成長すること!」

 

 

フローチャートの真ん中らへん、最も重要な部分を示しながら熱弁する社長。そして、少々猫なで声風味に。

 

 

「そのため、ちょーーっと厳しい修行メニューが課されますが…。ほんとそれだけです! まさに『未経験者歓迎、アットホームなのんびり職場』!」

 

 

 

 

……やっぱりあれ、すんごく怪しい謳い文句になってる気がする…。絶対内情は、ヤバ気な(ブラック的な)ところのそれだもの…。

 

 

 

――けど、我が社に関してはそれが本当だから仕方ない。未経験者に修行を積ませ強くするし、社屋自体が寮というか家というかだから、間違いなくアットホーム。

 

 

更に訓練以外は基本自由のため、のんびりできるのは間違いない。因みに暇だからなのか、私のお仕事のお手伝いを買って出てくれる子も結構いる。

 

 

 

 

…なら、修行が凄く厳しいのでは? ソンナコトナイデ…………いや厳しいのだけど。

 

 

でも、ご安心を。しっかり個々に合った訓練メニューは組むし、出来るまで幾らでも見守るので、落ちこぼれることは絶対にない。

 

 

そして当人の癖や性格、腕にピタリとはまるダンジョンが見つかり次第、『行ってらっしゃい』と優しく背中を押してあげるのである―。

 

 

 

…まあその頃合いには、『そのダンジョン行ってみた~い!』って目を輝かせて自ら手を挙げるようになっているのだけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、百聞は一見に如かず! まずは我が社の施設概要や訓練風景、そして各所のダンジョンでの私達の暴れっぷりやお礼の言葉とかを、ムービーで見ていきましょう!」

 

 

と、ここで社長。スクリーンの表示を映像に切り替える。始まったのは、我が社について纏めた紹介ムービー。

 

 

 

これの撮影編集も、勿論私……ではなく、特に撮影は社長が行っている。 因みに編集は、社長と私の協力技。

 

 

だって、ミミック相手に見せる映像だから。ミミック視点で撮らなければ意味がない。

 

 

おかげで(悪魔族)にとっては、かなり視点が低い動画となっている。勿論物理的な意味で。

 

 

 

 

…そういえば、私が前に撮っていた『ミミック紹介ムービー』はどうなったかって…? 良い感じに完成し、各所で流して貰っているから安心して欲しい。

 

 

……あれが出来上がるまでに、何度リテイクを繰り返したか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはさておき、ムービーは進んでいく。華やかで楽しく、それでいて一切の嘘偽りなく『我が社の日常』を紡ぎ出したそれに、ミミック達は気づけば蓋を完全に開き切り、食い入るように見ている。

 

 

特に、箱工房にある山積み箱群には、誰も彼も超興味津々だった。歓声すら漏れたほど。やっぱりミミック、箱大好き。

 

 

 

 

そんなこんなでムービー終了。すると、小さいながらも各所から拍手(または蓋の開閉による拍手代わり音)が。臆病なミミック達でこれは、中々に珍しい事。

 

 

「如何でしょうか? ちょっと興味が出てきました? うんうん、出てきたみたいですね~」

 

 

社長も手ごたえを感じたらしく、にこにこ頷く。――と、瞬間、声を畏まらせた。

 

 

 

「――ではここで。肝心の『面接』に入ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までとは違い、威厳が箱たっぷりな社長の様子に、ミミック達は総じてビックリ。まばらは拍手音は消え去り、パタンと蓋を閉じて隠れてしまう者すら。

 

 

そして、そんな彼女達の視線が集中する中…社長は悠然と、しかして重々しく口を開き……。

 

 

 

…………にぱっと笑い、いつもの快活な声で発表した。

 

 

 

 

「全員、合格でーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかの事態…というか面接というのをガン無視した社長の台詞に、流石のミミック達もザワザワ。それが落ち着いた頃合いを見計らい、社長はにっこりと。

 

 

「先程私は言いました。『【興味を持って一歩を踏み出す】ということは、かなり大変で覚悟の要ること』と!」

 

 

ミミック達を見渡すように、先の言葉を繰り返す社長。隠れていたミミック達も、ゆっくりと顔を出す。

 

 

そんな彼女達を目にし、社長は太陽のような温かく朗らかな笑みで、詳細を明かした。

 

 

 

「我が社に入社したい、少しお話聞いてみたいと言った想いでここまで来た―。それが、入社資格なんです!」

 

 

 

 

 

 

…ということで…。私が『面接と呼んでいいか怪しい』と行った理由がこれである。

 

 

まあ…我が社が正しく会社ではなく、ミミック達のための養成所だから通用すること。ミミックならば、来る者拒まずなのだ。

 

 

 

それに、『勇気を出して一歩を踏み出す』というのは本当に難しい事。私達だってそう簡単にできることではない。

 

 

ましてや…ダンジョンに引きこもる性質の魔物であるミミック達が、独力でここまで来たのだ。素質は充分である。

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ突然に『サクラサク』を言い渡されても、困惑するのは必定。やはりざわつくミミック達へ、社長はパチンと手を打つ。

 

 

「勿論、そんな気はなかった…。まだ不安…。という方が大多数でしょう! ご安心あれ!」

 

 

そして再度、スクリーンにスライドを表示。そこに書いてあるのは…『体験入社』の文字。

 

 

「まずは体験入社! アスト曰く…いんたーんしっぷ?というやつです! そこで一連の生活を体験してもらって、気に入ったらそのまま所属を。やっぱり合わないなーとなったら、パッと帰ることも可能!」

 

 

 

それを聞いたミミック達のざわつきが、俄かに歓喜寄りに。けど、未だ怖がる様子が散見。そこで社長は…。

 

 

「それでも今すぐは…? えぇ勿論それで構いません! 私達はいつでも皆さんの入社をお待ちしております。…ですが―。」

 

 

そこで言葉を一旦切り…。にんまりと、実に面白そうに告げた。

 

 

 

「せっかく一歩を踏み出したのですもの。是非ここでもう一歩踏み出してみると、人生…ミミック生、楽しく変わりますよ~?」

 

 

 

 

 

 

 

その一言で、なびき始めるミミック達。社長は間髪入れずに仕掛ける。 自らの箱の中を漁り…。

 

 

「さてここで…プレゼントのお時間! 体験入社を決めた子達には…この箱をあげちゃいます!」

 

 

 

にゅっと取り出したのは…箱工房謹製、ミミック用宝箱。中々に立派な造りをしているけど…。これでも、ラティッカさん達にとっては片手間仕事のレベル。

 

 

しかし、そこら辺の普通の箱に入っているミミック達にとっては、まさに『宝の箱』。宝箱型ミミックもすっぽり入ることのできるそれに、皆目を奪われている。

 

 

 

…おっと! そろそろ私も準備しないと! 魔導書を取り出し、転移魔法陣のページはと……。

 

 

 

 

 

 

「綺麗でしょ~。入りたいでしょ~。これは体験入社した方全員にプレゼント! もし入社しなくとも、これはそのまま差し上げます!」

 

 

全員に見せびらかすように、ほれほれと頭の上で振る社長。更に幾つか同じ箱を取り出し、回してあげている。

 

 

それに触れたり、試しに入ったりしているミミック達の様子は、明らかに憧れるような感じ。と、社長はスクリーンを弄り……。

 

 

「我が社に入ると、もっと良い箱を好きなだけ使えますよ~?」

 

 

映し出されたのは、箱工房の大量箱群の映像。それと、社長のその言葉が見事トドメとなった。

 

 

 

 

「…た…体験…入社…! して…みたいです…!」

 

「わ、私も…!」

 

「お願い…します…!!」

 

 

上位ミミックの数人がおずおずと。次いで、他の子達や下位の子達も。大成功である。

 

 

 

…物で釣った? まあ、どこもやってることだからセーフで…。 …あ、これが本当の『箱釣り』?

 

 

 

 

 

 

 

―って、そんなこと言ってる場合じゃない。社長から合図が来ている。 では―。

 

 

「こちらに我が社への転移魔法陣を用意しました! 後は向こうで待機している担当ミミック達が手取り足取り…いえ、箱とり…? コホン、優しく案内してくれますよ!」

 

 

そう私が呼びかけると、新入りミミック達はおっかなびっくりながらもぞろぞろ転移魔法陣へ。 この調子だと、全員体験入社かな。

 

 

 

 

 

…おや? 上位ミミックの1人が、社長の元に…。

 

 

 

「あ…あの…。社長さん…? お友達も…呼びたいのですけど……。どうすれば…」

 

 

「えぇ、問題ないですよ! 今一旦戻ってもらっても良いですし、我が社に着いてからお手紙を送るのも出来ます! 直接呼んで貰っても良いですし、次回面接に参加して貰ってもオッケー!」

 

 

それを聞いて安心したのか、安堵の表情を浮かべ転移魔法陣に入っていく新入り上位ミミック。

 

 

 

これにて全員。ようこそ我が社へ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、今日の面接はしゅうりょ~! 私達もようやく自由ね! どこ行こうかアスト!」

 

 

「そうですね~。まずはお茶しましょうか! 良いお店があるって聞いたんですよ!」

 

 

 

面接会場(酒場)を後にし、伸びをしながら市場をぶらつき出す私達。後は時間まで自由行動。

 

 

色々行きたいところはある。カフェや魔導本屋、ジュエリーショップに魔法アイテムショップ…!

 

 

 

さあ今度こそ、レッツショッピン…――。

 

 

 

 

「お…お嬢様……? アストお嬢様ではございませんか!?」

 

 

 

 

――!? ……こ、この声って…!?

 

 

 



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我が社の日常:市場で取引お買い物③

 

 

「麗しきお嬢様を見間違うはずがございません…! アストお嬢様でいらっしゃいますよね…!?」

 

 

 

―ふと背後より聞こえてきた、思わぬ台詞。そして…社長にとっては初めて聞く声であり…私にとっては、聞き馴染みのある声……!

 

 

ハタと足を止め、ゆっくりと…おっかなびっくり身体を向ける。そこに立っていたのは……。

 

 

 

(わたくし)めにございます…! お嬢様に…『アスタロト家』にお仕えしております、メイドの『ネヴィリー』にございます!」

 

 

 

 

……やっぱりぃ…。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう今更説明するのもアレなのだけど…。私アストの本名は、“アスト・グリモワルス・アスタロト”。魔界大公爵として名を馳せる『アスタロト家』の娘…。

 

 

箱入り娘だった私はある時一念発起し、両親を説得したりの紆余曲折を経て、『社会体験』としてミミック派遣会社の社長秘書をやらせて貰っている…。

 

 

 

まあ私の紹介はこれぐらいで良いとして…。今目の前にいる彼女…。ネヴィリーと名乗る、眼鏡をかけメイド服を纏った悪魔族女性は、そのアスタロト家に勤めてくれているメイドさん。

 

 

 

…というか…私の侍女として、長年身の回りの世話をしてくれたメイドの1人である。しかも、ちょっと厳しい系の、教育係長的な……。

 

 

 

 

……実に……実にマズい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何がマズいかというと…。私、社会体験のため家を出たことは伝えてあるけど……どこに勤めているかなんて、というか仕事をしていることなんて、彼女に一切伝えてないのだ。

 

 

別に彼女だけではなく、召使全員に。次期公爵である娘が、秘書役とはいえどこぞの会社で事務仕事に従事しているなんて言ったら…必ずや引き止めてくる。

 

 

 

あ、勿論家族には秘書業務をしているのは伝えてある。実はこの仕事を選んだのにも、ちょっとひと騒動あるのだけど…その辺はまた別の機会で。

 

 

 

 

 

ただ…幾ら主人の決定とはいえ、召使達にも想いはある。特に…『深窓のご令嬢として、次期当主として』をモットーに私を教育してくれたメイドたちには。

 

 

『そのようなお仕事、御身には似合いません!』とかなんとか言って、苦言を呈してくるのは読めていた。その流れがあれば、私の両親(現当主)も必ず乗ってくる。だから、秘密にしておいたのである。

 

 

 

まあ流石にその親と大喧嘩……ゴホン、説得劇を繰り広げ認めさせた末の今だから、ネヴィリー達も私が仕事をしていることぐらいは察しているだろうけども…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…本当…どうしよう…。きっと彼女のこと、事情を話しても『ミミックの下に就くなんて、公爵令嬢に相応しくございません!』と私を窘めてくるか、それとも…。

 

 

『アストお嬢様の上に立つなど、なんたる不遜! 今すぐ役職を交代なさい!』って、社長に向け言い放ちそうである。下手すれば、強硬手段にも。

 

 

 

――ただ…強硬手段に出たところで、社長が負けるはずは無い。ネヴィリーも護衛格闘術を習得しているとはいえ…戦力は蟻vs象。 いや、蟻vs巨大ドラゴン…。

 

 

 

いやいや、もっと単純で良い。一介のメイドvs魔王様と同等の実力者である。ネヴィリーに勝ち目なぞあるはずがない。

 

 

 

…というか多分、ネヴィリー相手なら私でも圧勝できちゃうし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

けど、下手に話して変に諍いになるのは避けたい。ならば、適当に誤魔化して逃げるべき…。私がそう考えていると…。

 

 

「アストお嬢様。ご健勝な御姿を拝すことができまして、私、感慨無量でございます」

 

 

ネヴィリーは恭しく、深い一礼を……あ、駄目だあれ…!

 

 

 

一瞬だけ見えた、彼女の眼鏡の奥の瞳…。あれ、私を叱る時の目…!

 

ネヴィリー、普段は優しいし色々気にかけてくれるのだけど…あの目になった時は……!

 

 

 

 

「―ですが。 …嗚呼、邂逅の名誉を頂いた身でありながら、大変不行儀で恐縮なのですが…―」

 

 

ゆっくりと顔を上げながら、そう口にするネヴィリー。そして…あぁ…怖い…。

 

 

 

「――そのお召し物は、如何なものでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

まずはそこかぁ…! …私が今着ているのは、秘書のスーツ。専用に誂えてもらったものとはいえ、社長を立てるような代物。

 

 

シックとはいえ…確かに貴族令嬢が着るようなお洒落な飾り気も、魔族伝統服のような造りもない。そこを見咎められてしまったのである。

 

 

何と答えようか迷っていると…。ネヴィリーは更に追撃を…!

 

 

 

「そして…何故(なにゆえ)、此処へ? 護衛の一人も、お付けになさらずに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひゃ…!やっぱり…凄く怒ってる…! あの眼光の前では、『逃げる』コマンドなんて消えちゃう…!

 

 

な、なんとか答えないと…! えっと…えっと…!!

 

 

「こ、これは…仕事用の服で…! 来た理由は…その…市場調査で、今は自由時間なんです!」

 

 

ほぼほぼ嘘をつけず、そのまま答えてしまう。…なんとか『魔物素材を売りに来た』とか『ミミックを雇いに来た』とかは隠せたけど…。

 

 

 

「――それは大変失礼いたしました。折角の息抜きのお時間、お邪魔する訳にはいきませんね」

 

 

あっ…よかった…! 引き下がってくれた…? よし、この流れで……―。

 

 

「では、最後に一つだけお聞きしたいことが」

 

 

―…え? 目…変わってない……!? これってまだ…問い詰められて……!

 

 

 

「お嬢様がお抱えになっておられます『宝箱』は、如何なる代物なのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うん…!そりゃツッコんでこない訳ないよね!  公爵令嬢が市場のど真ん中で宝箱持って歩いているの、変だもの!

 

 

この宝箱に居るのは、ご存知の通り社長。 空気を読んでくれてるのか、蓋をしっかり閉じて隠れてるけど…!

 

 

 

「…もしや、お嬢様。何者かに『荷物持ち』をさせられている訳ではございませんよね? もしそのようなことであれば…―!」

 

 

 

い、いや…荷物持ちというか社長持ちというか…! わ、わ…! ネヴィリーから明らかに殺気が漏れて…!明らかに『その犯人を仕置く』と言わんばかりに……!

 

 

かといって、『これ、社長です』という訳にもいかない…! というか今明かしたら、間違いなく最悪の事態になる…!

 

 

 

…って、気づいたら、周りの人達が訝しむ感じにこちらを…! と、とりあえず…!!

 

 

「ネヴィリー、こっちに!!」

 

 

社長の箱を片手で支え、空いた片手でネヴィリーの手を掴み…人目を避けるため、近くの路地裏へと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

「アストお嬢様…?」

 

 

「ネヴィリー!この場でちょっと待っていて! あと、聞き耳は絶対立てないで!」

 

 

眉を潜めるネヴィリーにそう命じると、彼女ははぁ…と頷き、遵守するように手を耳に。 それを確認し、私はもっと奥、丁度あった角を曲がった辺りへ。

 

 

 

そこで更に、ネヴィリーが不動なのを確認し…パカリと宝箱を開けた。

 

 

 

 

 

 

「しゃ、社長ぅ…! ど、どうしましょうぅぅ…!」

 

 

「いや、どうしましょうって言われても…。あなたのメイドでしょうに…」

 

 

開幕泣きつく私を撫でてくれながら、社長は呆れ声。でも…本当どうすればいいか…!

 

 

 

 

他のメイドならまだしも、寄りにもよってネヴィリー…。彼女、こういう時はしつこいのだ…。

 

 

私が小さいころ、隠れてグリモアお爺様の元に行った時…。わざわざ私の部屋で腕組みで待っていて、自白して謝るまでおやつ抜きとかしてきたのだもの…。

 

 

きっと、適当な誤魔化しでは許してくれない…。多分、いや百パーセント、さっきの私の答えも信用してない…。

 

 

なんとかして、なんとかして彼女を鎮め、帰ってもらう方法は……―。

 

 

 

「んー。じゃあもう、もてなしちゃったら? 要は、『ご機嫌とり』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いやいやいやいや! ネヴィリー、それで解放してくれるタイプじゃないんですよ!」

 

 

社長の提案に一瞬頭がフリーズしたが…即座にそう返す。すると社長は、何故か心得顔を。

 

 

「そうかしら? あの人きっと、アストの事が心配で心配で仕方ないだけよ。立派にやっているとこを見せたら満足して帰るわよ」

 

 

…そ、そんなものなのだろうか…? で、でも…。

 

 

「もてなすと言いましても…。会社に連れていくわけには…」

 

 

そんな事をしたら、まず間違いなく暴れる…。あと、私の部屋とか掃除しだす…。綺麗にはしてるけど…せっかく私流にコーディネートした部屋が…。

 

 

あと今日、新人ミミック達が来てるし…。事を荒立てるのはちょっと……。

 

 

 

そう心配をしていたら…社長はネヴィリーに聞こえぬよう、堪えた笑いを。

 

 

「それも面白そうだけど…。別に今、もてなせばいいのよ! 合流時間まではまだたっぷりあるでしょ?」

 

 

「そ、そうですけど…。 どうすれば…」

 

 

「別に気張る必要はないんじゃない? 今から巡ろうとしていた場所に、一緒に連れてってあげれば!」

 

 

 

 

 

 

えぇー…。折角社長と二人きりショッピングだったのに…。 内心ちょっと頬を膨らませていると、社長はそれを見透かしたように―。

 

 

「そんな不満がらないの。 私達はまた次回もあるし、なんならいつでも来れるじゃない。また今度楽しみましょう」

 

 

そう微笑んで、私を宥めてくれる。 と、ずずいと顔を寄せ…。

 

 

「それに、これは良い機会じゃない! 彼女、ずっとあなたを見守ってくれた方なのでしょ?」

 

 

その問いに私はコクリと頷く。それを見た社長はにっこり。

 

 

「なら、お世話になっていた召使を労うのも、『のぶれす・おぶりーじゅ』というものじゃないかしら?」

 

 

 

 

ノブレス・オ(貴族の)ブリージュ(義務)…。それを持ちだされてしまったならば、もはやなにも言い返せない。けど…。

 

 

「普段通りのアストでだいじょーぶ! そうね…後は欲しがってそうな物があったら、買ってあげたり?」

 

 

またもこっちの心を読むように励ましてくれ、しかもアドバイスまでしてくれる社長。そして、胸をドンと。

 

 

「良いわよ、『接待費』として経費扱いしたげるから! 宝石ぐらい買ってあげなさいな!」

 

 

 

……凄く頼もしい台詞だけど…。その場合は、私の自腹にしとくべきなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず作戦?は決定。社長を信じ、私も一歩を踏み出してみることに。 

 

 

…ところで。

 

 

「社長はどうします…?」

 

 

 

ネヴィリーをエスコートするとなると、必然的に社長は身を隠し続けてなければいけない。ならば、今のうちに別行動をとるのが良いと思ったのだけど…。

 

 

「あの調子だと、ここで私がいなくなっても『宝箱はどうしたのですか?』って問い詰められるわよ。『購入した商品』として付いてくわ!」

 

 

『丁度、特別な宝石や魔導書を入れる専用箱が欲しかったところだった』とでも言えば彼女も納得するんじゃない? そう助言をしてくれながら、社長は箱の中でモゾモゾ。

 

 

するとあら不思議。ぱっと見では中に誰も…もとい、何も入っていないかのように。これなら開けられても問題なし。

 

 

 

「頑張って、アスト『お嬢様』♪ 要所で手助けはしたげるわ♪」

 

 

そう言いつつ、蓋はパタリ……。…なんか悪い笑みを浮かべていた気が…。

 

 

 

……あー!! 社長、絶対この状況を楽しんでる! 私があわあわするのを、ニヤニヤしながら見物する気だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……けど、心強い味方には変わりなし。箱を抱え直し、服を整え直してと…。よし…!

 

 

 

「お待たせネヴィリー! ちょっと社ちょ…ンン、部下の人達に連絡を入れていたんです」

 

 

「まあそれは…! 私め如きがお嬢様のご迷惑となってしまって……」

 

 

「それでネヴィリー! まだ自由時間に余裕はあるし、一緒にお買い物をしません?」

 

 

小言を言われる前に、それどころか謝罪の言葉を言い切る前に被せて提案する。ついでにこの箱の事とか、見たいところが色々あることとかも付け加えて。

 

 

 

ネヴィリーはまさかの展開に目を丸くしていたが…。断るのも失礼だと思ったのか、微笑みつつ頷いてくれた。

 

 

「お嬢様からそのようなお誘いを頂けるなんて、これ以上の誉れはございません。是非に」

 

 

 

ほっ…良かった…。まずは一段階目成功と…。じゃあ早速…。

 

 

 

「ではお嬢様。その宝箱は、私めがお持ちいたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……っ!!!! そ、それは…!!!!

 

 

「だ、大丈夫! 私が持つので!」

 

 

「いえ、そうご遠慮なさらずに。 私を荷物持ちとして、存分にお使いくださいませ」

 

 

私が拒否しようとも、箱を受け取ろうとしてくるネヴィリー…! いくら社長が凄くても、ボロが出るかも…!

 

 

それに…それに…! 社長、もしもの時は手助けしてくれるって言ってたし…! 社長を抱っこするのは私の仕事…!!

 

 

 

「…お嬢様? お渡しくださいませ…!」

 

 

私が頑として手放さないと、ネヴィリーも怪しみだしたのか、目をちょっと変えだした…!多分、変なものを買わされてないかとか警戒してる…!

 

 

でも…放すわけには…! このまま、通りへ…―。

 

 

 

 

 

スポンッ!!

 

 

「「あっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘…! 狭い路地裏から出て、引っ張り合いに変に力が入ったせいで…! 私とネヴィリーの手が同時に滑って、(社長入りの)宝箱が吹っ飛んで…!!

 

 

 

――させない!!

 

 

 

 

 

 

 

「は、はぁあ…!! え…!?」

 

 

―ふと、背後らへんから、ネヴィリーの焦る声が聞こえてくる。そして、驚愕する声も続いて。

 

 

どうやら彼女も、即座に宝箱をキャッチしようと動いてくれていたらしい。 …けど。

 

 

 

「っとと…! …ごめんなさい社長…! 大丈夫ですか…?」

 

 

 

――私の方が、速かった。 瞬間的に地を蹴り、羽を広げ、箱を空中でキャッチをしたのである。ついでに小声で、中の社長の様子も窺った。

 

 

 

 

 

 

「…も、申し訳ございません…!! 大切なお品物を…!」

 

 

私がふわりと着地すると、狼狽した様子で平謝りしてくるネヴィリー。

 

 

「い、良いんです! やっぱりこの箱、ネヴィリーに一旦預けますね」

 

 

そんな彼女を止め、社長の箱を手渡す。 ネヴィリーは困惑しながらも、これ以上ないほど謹んで受け取った。

 

 

 

…実は、今しがた社長を確認した際、笑いながら『渡しちゃいなさいよ!』と言われたのだ。確かにこのまま意地張ってても不自然だし…従うことに。

 

 

 

「ささ、それじゃ行きましょう!」

 

 

そう促しつつ、私は先を歩く。―すると…。

 

 

「…装飾もとても凝っているし…。見たことが無いぐらいに立派…。…中には…何もないわね…。よかった…壊れていなくて…」

 

 

後ろから、ネヴィリーの安堵の息が。傷の確認をしてくれていたらしい。

 

 

……そして、社長は見つかっていない様子。流石。

 

 

 

 

さて、では気を取り直して…。今度こそ…レッツ、ショッピング!!

 

 



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我が社の日常:市場で取引お買い物④

 

「お待たせいたしました~。 こちら、特製ケーキセットになりま~す」

 

 

 

テーブルに運ばれてきたのは、可愛いくてお洒落なケーキと良い香り漂う紅茶のセットメニュー。噂通り、とても美味しそう…!

 

 

では早速、いただきま……―。

 

 

「…あ、あの…。本当に宜しいのでしょうかお嬢様…?」

 

 

「――もう…。何度も言わせないで、ネヴィリー。 ここの支払いは私もち。私が働いて得たお給金、貴女のために使わせてください」

 

 

向いの席に座る眼鏡でメイド服な悪魔族女性ネヴィリーにそう言い聞かせ、私は再度フォークを握り直す。

 

 

 

さて…わ、良い甘さ!当たりのお店!

 

 

 

 

 

 

 

 

――ということで。私のメイド、ネヴィリーをもてなし大作戦その第一弾。まずは気になっていたカフェ。

 

 

まあ…もてなすと言っても社長提案により、今日巡ろうとしていた場所で一緒にショッピングするだけではある。

 

 

だから、最初にここに来た理由も、ただ食べたかったから。もうちょっと格好つけるなら、お仕事終わって買い物に行く前の、英気補充のためとか?

 

 

 

 

「…で、では…。頂戴いたします…」

 

 

私がもぐつき出したのを見て、ネヴィリーも一口。あ、眼鏡の奥の瞳が輝いた。悪い意味…叱る時の目ではなく、良い意味の輝き。

 

 

それも当然。市場の一角にあるこのカフェは、そこで買い付けた新鮮果物とかを使用しているらしいのだから。私の目に狂いはなかった。…『魔眼』という意味ではなく。

 

 

 

…ほんのちょっと欲を言えば、本当は社長と一緒に来たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、一緒には来ているのだけども。ネヴィリーの真横に居るのだけども。彼女の横の椅子に、荷物然として鎮座してるのだけども。

 

 

本当は私の横に置いておきたかったのだが、下手に言い出すこともできない。ネヴィリーはあの宝箱が社長…もといミミックだとは露ほども思っていないのだから。

 

 

 

…うーん…。やっぱり、社長の正体を明かすべきかな…。…いや、仕事内容すら教えていないのにそれは…。

 

 

そして、教えたところでネヴィリーは社長に食ってかかるだろうし…。変にお説教されるのも嫌だし…。やっぱり隠し通すしか…。

 

 

 

「―の…。あの、お嬢様…?」

 

 

「へっ…? はいっ!?」

 

 

ちょっと変な声出ちゃった…!悩んでいて、ネヴィリーに呼ばれていたのに気づいてなかった…!

 

 

「何か、お悩み事が…? もしよろしければ(わたくし)めに…」

 

 

「いや違くて…! というか、別に悩んでいません!」

 

 

そして顔に出ちゃってたらしく、そう聞いてくるネヴィリー。慌てて誤魔化したけど…。ちょっと気まずい…。

 

 

ここは…無理やり話題変換!

 

 

 

 

 

 

 

「ところで…。ネヴィリーは何故ここに? うち(アスタロト家)からは結構遠いでしょう?」

 

 

「はい。実は、ご主人様からのお言いつけで参ったのです。本日ここに『流浪の魔導書商人』が来ているということで、以前より頼んであった魔導書を受け取りに…」

 

 

「あぁ! なら丁度良かった! 私もあの方に用があるんです」

 

 

 

話が合って、ちょっとホッと…。 その呼び名の通り、各地を転々としている商人さんがいるのだが…私もその方に希少な魔導書を注文していたのだ。

 

 

魔導本屋に行こうとしていたのも、それが理由。ならこの後すぐに……。

 

 

 

「――ということはお嬢様、もしかしてそれは…今のお仕事関連なのでしょうか?」

 

 

 

 

 

―っう…! 墓穴を掘ったかも…!? 良い糸口をみつけたと言わんばかりに、問われてしまった…!

 

 

「えっと…それはそうなのだけど……」

 

 

「―不躾は重々承知でございます。お許しください。 お嬢様は、どのような場にお勤めを?」

 

 

狼狽する私に、畳みかけてくるネヴィリー。さっきの美味しい目の輝きは、問い詰めの目の輝きに…。

 

 

ど、どう答えよう…。なんて答えれば…! ……って!?

 

 

 

(頑張れ♡頑張れ♡ ア・ス・トー!!)

 

 

 

社長が…箱から出て応援してくれてるぅ!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思いっきり目を見開いてしまった…!だって社長、さっきまで閉じ切っていた宝箱をパカリと開け、身体を出した社長がこちらにエールを…!

 

 

勿論声は出さずに口パクなのけど…。そこ、ネヴィリーの真横! 大胆にもほどがある…!

 

 

 

そんなことしたらネヴィリー、流石に気付いて…これ気づいてない!! 横に視線を動かすことすらしてない!!

 

 

 

 

…確かに社長、物音一切立てずに動いているから、死角ならば…ネヴィリーの位置からならば、本当に気づけないと思う。同じ状況だったら、私も気づける自信はない。

 

 

けど、こちらから見ると絵面が中々におかしい…! 私を睨む眼鏡メイドと、その横で踊るようにしてる箱入り少女…!なにこれ…!

 

 

 

 

 

 

「―? お嬢様…? こちらに何か…?」

 

 

ふと、そんな私の仰天視線に気づいてしまったのだろう。ネヴィリーが訝しむように、首を横に動かす。ヤバ…―!

 

 

「―??? やはりこの箱、私めに託されるのはご不安でしょうか…?」

 

 

「…あ…。ううん! 違いますから!」

 

 

 

――すご…。ネヴィリーが視認するより早く、というかずっと見ていた私ですら捉えられないほど速く、社長は箱の中に戻って蓋をしっかり閉じた…。

 

 

おかげで、ネヴィリーは未だ『ただの宝箱』として認識しているらしい。先程放り投げてしまったことを悔やむ様子だけで、驚きの感情は見えない。

 

 

 

…あ。ネヴィリーの視線が私に戻ったのと同時に、社長、笑顔でまた出てきた…。流石です…。

 

 

 

―あれ? 社長、何か手にしている…。あれは…魔物素材? それを自身の目の前に持っていき、まるで鑑定するかのように…。

 

 

 

あぁ…!なるほど!

 

 

 

 

 

 

「えっとネヴィリー。私が今しているのは、私の魔眼『鑑識眼』を使って、真贋とか価値を見極めるお仕事なんです。 私にしかできない仕事ですから、とても重要なポストについているんですよ」

 

 

自分の目を指さしながら、ネヴィリーにそう説明する。 嘘は全く言っていない。というか実際にやっていることだし。

 

 

「なるほど、そうでございましたか。 才気溢れるお嬢様に相応しい、素晴らしきお仕事にございますね」

 

 

…良かったぁ…。ちょっとは納得してくれたみたい…。 これでとりあえず一安心…。

 

 

 

……ん? まだひょっこり身体を出してる社長が、今度は別のジェスチャーを…。

 

 

ネヴィリーのケーキを指さして…。あ、わかった。

 

 

 

――ケーキの持ち帰り、幾つか頼むとしよう。社長の好きそうなのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということでカフェを後にし、今度は魔導本屋へ。因みに買ったケーキは、宝箱の中に。

 

 

 

この市場では様々なものを取り扱っている。そのうちの1つが、魔導書。

 

 

そしてここの魔導本屋は、中々に質の良い魔導書を仕入れている。流浪の魔導書商人さんを始めとした目利きが卸しているのもあり、この市場に来た際は必ず寄ってしまう。

 

 

そして、今日はその商人さんご本人も…いたいた。

 

 

 

 

「ご無沙汰しております、商人さん!」

 

 

「おやおや、これはアスト様。ご機嫌麗しゅう。ふぇふぇっ」

 

 

私が挨拶すると、その商人さんも丁寧に挨拶を返してくれる。 ―と、私の一歩後ろにいるネヴィリーを見て、首を傾げた。

 

 

「はて、ネヴィリーさんがご一緒で…? ということは、『アスタロト家』としてのご来店ですかねぇ?」

 

 

 

 

 

実はこの魔導書商人さん、うちと懇意な関係のため、私の正体も知っている。けど最近私は『ミミック派遣会社の秘書』としてしか来ていないため、驚かれてしまった様子。

 

 

「いえ、別々ではあるのですけど…。偶然会ったので、一緒に来たんです」

 

 

「それはそれは。 …はれな?アスト様、ミミンさんは体調不良で?」

 

 

「へ?」

 

 

商人さんから出た社長の名前に、私はポカンと。すると、商人さん宝箱を指さし…―!?

 

 

「だってそちらの…―」

 

 

「わーっ!?」

 

 

 

 

―はっ!? 思わず大声を出してしまった…! 今度は商人さんとネヴィリーがポカン。

 

 

けど商人さんも百戦錬磨な方。どうやらそれで何となく察してくれたらしく…。

 

 

「失礼失礼。お二方がご用命の魔導書、しっかり手に入っておりますよ。ふぇふぇふぇ」

 

 

特にツッコんでくることなく、笑いながら奥へと。…ご、誤魔化せた…のかな…?

 

 

 

 

 

 

「はいこちら。わざわざ取りに来て頂いてすみませんねぇ」

 

 

持ってきて貰った魔導書を受け取り、確認。 うん、流石商人さん!申し分なし。

 

 

 

「有難うございます。ご主人様も喜びます。 こちら、代金となります。お納めくださいませ」

 

 

ネヴィリーが一足先にお支払いを。お金がぎっちり詰まった袋を取り出し、商人さんへ。

 

 

私も続くとしよう。 えっと…一旦近くに降ろした、社長の宝箱の中から袋を取り出して…と。

 

 

「私の分はいつも通りこちらで! …でも、本当に良いんですか?『素材支払い』で…」

 

 

 

 

 

ネヴィリーが取り出した袋にはお金が詰まっていたが、私がとりだした袋は違う。中に入っているのは色んなダンジョンから貰った素材類。

 

 

「こんな良い素材、市場でどれだけ高い金積んでも手に入りませんからな。本当、良い職場を物にしまして…ふぇふぇ」

 

 

受け取った袋の中身を改めながら、そう笑う商人さん。確かに持ってきたのは、選りすぐりの代物ばかり。

 

 

商人さんはそれを魔導書職人へと回しているらしいのだけど…。下手な大金よりも、この素材の方が喜ばれるらしい。

 

 

だから時折、個人で素材の取引を頼んでくることすらある。というかそのために、この市場にやって来てくれている節すらあるのだ。

 

 

 

そういえばラティッカさんも、良い素材を見るとやる気が出るとか言ってた気がする。職人の性なのかもしれない。

 

 

と、そんなとりとめもない事を考えていたら……。

 

 

 

 

「お、お嬢様……!?」

 

 

聞こえてきたのは、ネヴィリーの困惑声。何かやらかしてしまったのかも…と顔を向けると―。

 

 

 

「今…その袋…どちらから…!?  先程宝箱の中身を確認した際は、何一つ入っておりませんでしたのに…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

…………しまった――!! 思いっきりやらかしちゃってた!! いつもの動きすぎて、何も考えてなかった…!!

 

 

そうだった…。さっきネヴィリーは、宝箱を調べていた…! そしてその時は、社長が上手く誤魔化して、中身を空に見せていた…!

 

 

だから彼女にとって、箱の中には精々ケーキ入りの箱しか入っていないはずだったんだ…! 

 

 

 

 

―というか社長、さっき私が素材入り袋を取り出す時、サラッと触手で手渡してくれたじゃん…! まさか、社長も気づいてなかった…?

 

 

 

そんなことより、どうしよう…! ネヴィリーの見間違い…が通じる訳ないし、今更ミミックでしたとバラすのも無理…! ど、どうすれば…!

 

 

 

「―ふぇふぇふぇ、アスト様。いつものようにチラシがございましたら、お預かりいたしますよ。 遠出する身ですから、要所に配っておきましょう」

 

 

「あ、ありがとうございます。是非…。 ……っっ!!」

 

 

 

しょ、商人さん…このタイミングで何故それを!? しかもいつも通り返事しちゃったし…!

 

 

 

 

確かに我が社の新人募集や依頼募集やらの広告チラシは、商人さんにも撒いて貰っている。だから今回も、社長が持ってきてるのだけど…!

 

 

う、うぅ…! このまま突っ立ってるわけにもいかないし…! とりあえず、チラシを…!

 

 

 

 

半ば混乱しながら、私は宝箱の元へ…。そして、蓋をパカリと開けて…―。

 

 

「えっ…?」

 

 

…目の錯覚かな…。…ううん、違う…! 箱の中身が()()()()()()()()…!?

 

 

 

もっと正しく言うと…。手帳とかの小物や化粧道具や財布、魔導書やスクロールや袋、そしてチラシの束にケーキの箱…! そんな、『箱に入っていてもおかしくない物』が…!

 

 

空だった宝箱内にどこからともなく現れて、綺麗に整頓されて入っている…!!!

 

 

 

 

 

 

 

もしかしなくとも、社長の仕業…! けど、こんなことして何を…。社長の姿は見えないし…。

 

 

あれ?これ…メモ用紙…?何か書いてある…。 …これは…!…イチかバチか!

 

 

 

 

 

「いつもすみません。今回はこれをお願いします」

 

 

「はいはい。承知いたしました」

 

 

まずはチラシ束を商人さんに渡してと…。あとは、平静を装って…―。

 

 

「そういえばネヴィリーに伝えてなかったですね。これ、『魔法の宝箱』なんです」

 

 

 

 

 

 

「魔法の…宝箱…?」

 

 

眉を潜めるネヴィリー。私は宝箱を抱え、彼女の前に。

 

 

「これに宝石や魔導書とかの貴重品を入れる予定なのは話した通りなんですけど…。防犯用に、隠蔽魔法がかけられているんですよ」

 

 

ほら、と示すように私は宝箱をオープン。そこには先程現れた箱の中身が。

 

 

「なっ…!?!?」

 

 

眼鏡をくいっと直しながら、信じられないと言った様子でそれを見つめるネヴィリー。私は箱を一度閉じ……社長、頼みましたよ…!

 

 

「そして、持ち主登録した人が、ここの装飾に触れると…。それっ!」

 

 

適当なところに手を置き数秒。再度蓋をパカリ。すると……!

 

 

「ま…! 中身が全部消えて…!?」

 

 

驚くネヴィリー。先ほどまで詰まっていた中身は、全部消えてなくなったのである。勿論、ケーキの箱も。

 

 

「こんな感じで、完全に見えなくする魔法なんです。仮に冒険者達がこれを開けても、何もないから無視するという、要は防犯機能なんですよ」

 

 

そう説明を…先程見つけたメモ用紙、『社長のお助けメモ』に書いてあった流れの通り、ネヴィリーへ説明をする。

 

 

 

――その通り。隠蔽魔法なんてかかってない。これは全部社長の力。蓋を閉じている数秒の隙で、宝箱の中身を出したりしまったりしてくれているのである。

 

 

 

 

…って、冒険者じゃなくて泥棒って言うべきだったかも…? あ…ネヴィリー、信じられないと言わんばかりに眼鏡を拭きだした…! 

 

 

もう一回、箱を閉じて嘘の動作をして…ほら、宝箱の中身が復活。もう一回閉じて……ほら、また消えた…!お願い…信じて…!

 

 

 

「…こんな宝箱があるのですね…。 私めはお嬢様ほど魔法に詳しくありませんので、ただただ驚くばかりです…!」

 

 

――良かったぁ…! なんとか信じてくれたみたい……! 疲れた……。

 

 

 

 

…それにしても、商人さんなんで突然…。 …ん!?商人さんが手に持ってるの、メモ用紙…!!

 

 

しかも、社長が私に用意してくれたお助けメモと同じ…。…ということは…。

 

 

 

社長…商人さんに渡したあの素材入り袋の中に、既にこの事態を見越して仕込んでくれていたということ…!?

 

 

『アストが追い詰められたら、チラシのことを提案してあげて』とか書いて…!? …御見それしました……。

 

 

 

 

 

 

おかげさまで一難は去り、まだもてなし大作戦は続行できそう。よし…これから先はボロを出さないように頑張ろう…!!

 

 

それこそ、貴族らしく優雅に…! えいえい、おー…!

 



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我が社の日常:市場で取引お買い物⑤

 

ということで、ネヴィリーもてなし大作戦は絶賛継続中。カフェ、魔導本屋を巡り、次の行き先は―。

 

 

「ジュエリーショップ、でございますか」

 

 

「そう! まあ買うかはわからないので…ウインドウショッピング?」

 

 

 

魔導書購入という言いつけを完遂したネヴィリーではあるが…時間の余裕はあるみたいだし、彼女も私とすぐに離れることを良しとしなかった。

 

 

まだお叱りがあるみたいでちょっと怖いけど…これ幸い。社長の提案『今までのお礼としてプレゼントを買ってあげる』の実行チャンス。

 

 

 

ということで彼女を引き連れ、目をつけていた宝石店へと向かう途中なのである。丁度、ネックレスを見たいところだったから。

 

 

 

 

 

……実を言うと…。前に訪問した『魔王軍の中級ダンジョン』で迎えてくれた『マネイズ』さん、彼女のアクセサリのつけこなしに惚れちゃって…。

 

 

それを見習おうとしたのだけど…どうも良い感じのネックレスを持ってなかったから、最近ちょこちょこ探しているのだ。

 

 

 

 

 

まあぶっちゃけると…ラティッカさん達箱工房の面々に頼めば、そういうアクセサリーも嬉々として作ってくれるし、専門店顔負けな凄いのが出来上がる。

 

 

私が時々つけているイヤリングとかも、ラティッカさん達製がちらほら。というか、今つけているのもそう。

 

 

けどやっぱり、色んなのは見たい。それにアクセサリーのプレゼントには、ある程度ブランドがあった方が良いだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても…。さっきの魔導本屋での一件で、ちょっと疲れちゃった…。カフェで一休み分の英気を使い切っちゃった気分。

 

 

というか…ちょっと小腹が…。 この辺りには市場の食材を使った屋台が多いし、美味しそうなのあるかな…―

 

 

「アストお嬢様…」

 

 

―っと…。ネヴィリーのこの口調…。何か問い詰めて来る時のだ…。今回は―。

 

 

 

 

「職場とは、如何様なところで? 私は、絵画等の真贋を見極める仕事なのかと思っておりましたが…」

 

 

私が促すと、そう口にするネヴィリー。そして、少し目を慄かせつつ続けた。

 

 

「先程魔導書商人にお渡していたあれは、『魔物素材』。 それを自由に取り扱える職場とは一体、どのようなお仕事を…?」

 

 

 

 

あー…。一難去ってまた一難。せっかくネヴィリーを誤魔化せかけたのに、また訝しまれてしまった。答えに迷っていると、彼女は更に迫ってくる。

 

 

「あの時チラシを窺えれば良かったのですが、気が動転しておりまして…。宜しければ(わたくし)めに、その内容を…!」

 

 

いや、まあ…わざと見せないように魔導書商人さんに渡したのだけど…。というかネヴィリーもしかして、私がよからぬ仕事に手を染めていると考えだしてる…? 

 

 

うーん…なんか、どんどん駄目な方向にいってる気が…。隠したの、失敗だったかなぁ…。けど、今更明かすのも…。

 

 

 

 

幸か不幸か、ネヴィリーの責め…じゃない攻めは弱め。あまりにも私が隠すからか、魔導書商人さんの反応が悪くはなかったからか、それとも私のことを信じてくれているからかわからないけど。

 

 

とはいえ何も答えずにいる訳にもいかないし…。社長、何かアドバイスくれないかな?

 

 

 

――そう思って、ネヴィリーが抱える社長入り宝箱を見やると……へっ!?

 

 

 

(あ~むっ。 むぐむぐ…美味し~い!)

 

 

 

社長、箱から身体を出してケーキ食べてるぅ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいやいや!! 今まで史上、一番絵面がおかしい!!! ネヴィリーは気づいていないんだけど…それもそのはずで…!

 

 

えっと…なんと説明したらいいか…。もうありのまま見たまま話すけど……!

 

 

 

社長、ネヴィリーにバレないようなほんの少しの隙間分だけ箱を開けて、そこからにゅるんと身体を外に()()()()()()()()()!!

 

 

 

まるで箱からはみ出す布、漏れ出るスライムみたいな感じに、とんでもなく器用にぶらんぶらん。そしてそんな状況で、先程買っておいたケーキをぱくついて…!

 

 

 

しかも、ネヴィリーからしてみれば丁度箱の死角。宝箱サイズの箱を持ってもらえればわかるのだけど…確かに外側、つまりは身体とは反対側の箇所は全く見えない。

 

 

更に、箱自体が邪魔して下の方も窺えない。そこを突き、やりたい放題。もはや曲芸の域…。

 

 

……もしかして…私が抱っこしている時も、ああやってることあるのかな…?

 

 

 

 

 

あ…。ネヴィリーが私の驚愕の顔に気づき、箱の様子を確認しようと…。…またその瞬間に、社長は超スピードで箱の中に逃げ込み蓋をパタン。

 

 

もう時とか止められて、その間に動かれているような感じ。なんか恐ろしいものの片鱗を味わっている気分…。

 

 

 

そしてやっぱり、ネヴィリーが顔を戻すと再度にゅるり。一つ目を食べ終えたらしく、もう一つケーキを取り出してもぐもぐ……。

 

 

 

…なんか、あんなに幸せそうな顔して食べてる社長を見てると…色々どうでもよくなってきた。私も何か買おう。

 

 

 

 

あ、美味しそうな串焼きの屋台。さっき甘いケーキを食べたから、丁度いいかも。

 

 

「すみませーん、3…あっと…2本くださーい」

 

 

「お…お嬢様!? 買い食いなど、はしたのうございます…!!」

 

 

―と、注文をした矢先にネヴィリーに窘められる。もう…何を今更…。

 

 

つい今しがた貴族のように優雅にいこうと宣言したけど…買い食い如きでこうも怒られるなら、やっぱり反故にしよっと。

 

 

とりあえずさっさと買って、一本を彼女に押し付けちゃえ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大体お嬢様、先程から色々おかしゅうございます! もっとアスタロト家の御息女としての自覚を…!」

 

 

「別に良いでしょう! ドレスを着ている時ならまだしも、今は関係ないんですから!」

 

 

 

…でも結局、串焼き片手にちょっと喧嘩。 私だって、高貴な場なら公爵令嬢として相応しい対応をする。

 

 

けど、こんな市場で無駄に貴族の威光を振りかざすなんて、そっちの方がマナー違反。周りの迷惑。寧ろ馬鹿らしい。

 

 

そういうのをやるのは、権力を笠に着た悪人か、そうでなければプライドを保てない匹夫だけ。そして正義の主人公とかに張り倒されるのがオチである。

 

 

 

 

 

 

 

…とはいえ…。ネヴィリーの言う事にも一理あるかも…。社長の破天荒さに感化され、『お嬢様』では出来ないことを色々やっているもの…。

 

 

まあ、それがやりたくて深窓から飛び出した令嬢な訳でして…。寧ろ心地よくはある。社長に出会えてよかった。

 

 

 

因みに当の社長、そんな隙に触手を伸ばし…自分用の串焼きと、その横にあった屋台の飲み物まで購入していた。本当に悠々自適。

 

 

 

 

 

ということで串焼きを齧りつつ、ネヴィリーに小言を言われつつジュエリーショップへの道を。

 

 

……あれ?そういえば…。ネヴィリー、私を叱るのに夢中で、職場の問い詰めをしてこなくなってる?

 

 

 

耳が痛いのには変わりないけど、変に質問責めをされるよりかは幾分もマシ。適当に返事して流せば良いのだから。

 

 

…もしかして社長、こうなることすら見越してケーキを外で…? だって食べるだけなら、箱の中で済ませられるはずだもの…。

 

 

 

…――いや、多分気のせい。多分、スリル求めているだけ……。

 

 

 

現に今、ネヴィリーがギリギリ気づかないラインを攻めるように、顔を近づけたり蓋をじわじわ開けていったりして遊んでるから……。

 

 

 

おかげでネヴィリー、周囲から奇異の目で見られているし…。そしてやっぱり私を叱るのに夢中で気づいていないし。良いんだか悪いんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにはともあれ、目的の店へ到着。気づけば社長も宝箱化。私も顔とか汚れてないことを確認して、店内に…―。あれ?

 

 

「有難うございますラティッカさん…! 無理を頼んでしまい…!」

 

 

「良いって良いって! あれぐらいならお安い御用だよ!」

 

 

丁度店員に見送られるようにして出てきたのは、うちの…ミミック派遣会社のメンバーの1人、ドワーフ女性のラティッカさん。

 

 

どうやら何かしていた様子。ちょっと声をかけてみよう。

 

 

 

 

 

「ラティッカさん、どうしたんですか?」

 

 

「お、アスト! いやな、馴染みの職人が加工の面倒な宝石にあたっちまったってボヤいててよ。買い物は他の面子に任せて、ちょいと手伝ってたんだ!」

 

 

私に気づいたラティッカさんは、豪気に笑いながらそう答えてくれる。―と、そこで気づいたらしく、私の後ろへ目を。

 

 

「ん? その…メイド? 誰だ?」

 

 

「彼女は実家で私のメイドをしてくれていたネヴィリーです。ネヴィリー、こちらは私の仕事仲間のラティッカさん」

 

 

「なるほど!初めまして、ラティッカだ! アストには常日頃、色々世話して貰ってるよ!」

 

 

「ネヴィリーと申します。宜しければお見知りおきくださいませ、ラティッカ様」

 

 

私が橋渡しとなり、双方を紹介。2人共、それぞれ挨拶を―。

 

 

 

 

「「ところで―。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…え゛…。ラティッカさんとネヴィリーの、相手に投げかけた台詞が被った…。嫌な予感…!

 

 

ちょっと驚いてしまっている二人の間に、私は急いで挟まる。そしてまずはネヴィリーの方に…!

 

 

 

「ちょっとネヴィリー! ラティッカさんに何を聞こうとしているの…!?」

 

 

「それは―。お嬢様のお仕事内容についてでございます」

 

 

ほんの少し逡巡したものの、ハッキリと答えたネヴィリー。目が、問い詰めの眼光に。

 

 

やっぱりだった…。私という牙城を崩せないから、私の同僚から話を聞きだそうとしている…!

 

 

 

 

 

「ちょっと待機! そしてその箱を渡して!」

 

 

そう命令しつつ、社長入り宝箱を無理やり回収。そしてその場で半回転し、今度はラティッカさんの方に。

 

 

「ラティッカさん…! ネヴィリーに聞こうとしていたのって…」

 

 

「あ、あぁ。それの…社長のことを…」

 

 

私の必死な剣幕にちょっとたじろぐラティッカさん。けど、質問内容はこちらも予想通り。

 

 

普段は私が抱っこしている社長を、いくら自分の召使とはいえ預けているのは不思議だったのだろう。私だって、出来ることなら自分で持っておきたかったし。

 

 

それに、社長が先程から一切顔を出していない。普段ならすぐに飛び出してくる性格の人なのに。 それで、異常を感じ取ったのだろう。

 

 

 

「まあそうですよね…。 詳細説明はお願いします…!」

 

 

そんなラティッカさんに、宝箱…もとい社長を預ける。心得たと言うように、蓋の隙間から社長触手がはみ出しくねくね。

 

 

こっちは社長に任せて大丈夫。 問題なのが…!!

 

 

 

「ネヴィリー…ちょっとこっちに…!」

 

 

 

 

 

 

 

またまた半回転し、ネヴィリーの腕をとる。そして少しばかりラティッカさんより距離をとってと…。

 

 

 

「もう…。仕事内容は説明した通り! 私の魔眼を使って、鑑定とかをしているんですって!」

 

 

「勿論それは承知しております。ですが、お嬢様の僚友からも是非お話を聞きたいのです」

 

 

説得しようとするも、言う事を聞かないネヴィリー。まあ、()()()それぐらいなら良いのだけど…。

 

 

 

 

 

……嫌な予感、というのは問いかけのぶつかり合いだけに感じたものではない。彼女から…ネヴィリーから、『最悪の流れ』を予見したのだ。

 

 

 

 

そしてそれをなぞるように、ネヴィリーは離れた場所にいるラティッカさんをジロリと睨んだ。

 

 

 

「そもそも…!お嬢様を呼び捨てなんて、なんという無礼な…! それにあの方、如何にも粗野でございます。 あのような者がいる職場なぞ、劣悪な所に決まっております…―!」

 

 

 

 

……はあぁぁぁあぁ……。 やっぱり、こうなった…。

 

 

 

 

 

 

 

…だから、職場を詳しく紹介したくなかったのだ…。だから、社長を紹介したくなかったのだ…。こうなる気しかしなかったから…。

 

 

 

ラティッカさんの今の姿はいつも通り。ボサ髪を後ろで纏め、へそ出しチューブトップとダボつき職人ズボン。しかもさっきジュエリーショップのお手伝いしていたから、少し汚れてもいる。

 

 

確かに有り体に見ても、ちょっと上品さはない。けどそんなに酷くは無いし、寧ろ、職人らしい職人姿。

 

 

 

だから、流石に言い過ぎで…―。

 

 

 

「今からでも遅くありませんお嬢様。あんな品位の欠片もないような下賤の存在がいる職場なぞ辞めて…―」

 

 

 

 

はぁ…………。  ()()()()()()()()()

 

 

 

 

「ネヴィリー。 そこに直りなさい」

 

 

 



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我が社の日常:市場で取引お買い物⑥

 

 

「ッッ…!!? お…お嬢様…!?  は、ははぁっ!!」

 

 

…私の発した一言に、『そこに直れ』という命令に、ネヴィリーは血相を変えその場に跪く。

 

 

先ほどまで誹謗の言葉を吐いていた彼女の口はこれ以上ないほどに縛られ、ラティッカさんを睨んでいた瞳は問い詰めの光を失い戦慄へと。

 

 

 

……最も、彼女は地に擦り付けんばかりに頭を垂れている。だから今それを目にしているわけではないが、その様子は手に取るようにわかる。

 

 

なにせ、蒼白と称しても良いほどに彼女の身は青ざめている。だというのに、首筋にも頬にも手の先にも汗が流れ出している。

 

 

更に…その全てが、ガクガクと震えを起こしているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

――あぁ…。きっと私の身体からは、周囲を歪ませるようなオーラ(威圧)でも出ているのだろう…。悪魔族の角も羽も尾も、これ以上ないほどに揺らめいているのだろう…。

 

 

なにせ周囲を歩く人々の視線が、平伏しているネヴィリーではなく、立っている私に向けられているのを感じる。

 

 

 

そして背後にいるラティッカさんと、箱の隙間からこちらを窺っている社長が、驚愕の目を向けていることも。

 

 

 

 

 

…それがわかるぐらいには、私の頭は冷静。今もこうして、思考することができている。

 

 

――けど、心の内は煮えたぎるマグマの如く。魔王様の落とす天雷の如く。()()()()()()()()…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネヴィリー。 そのまま聞きなさい」

 

 

「はっ……!」

 

 

先程と同じく、重々しく命じる。 更に身を震わせる彼女に、私は溜息交じりに告げた。

 

 

「貴女が私を想い、そのために私を叱り、そして先の提案をしてくれていることは、充分にわかっています。 昔から貴女は、厳しくも私を守ってくれたのですから」

 

 

「は…ははぁ…! 勿体なきお言葉を…!」

 

 

「…ですが―。」

 

 

深々と更に頭を下げるネヴィリーを、そのピシャリとした一言で硬化させる。そして、ゆっくり息を吸い…。

 

 

 

「こちらの事情を、私の考えを、彼女(ラティッカさん)達の人柄を―。何一つ知らぬ貴女が、たった一回話しただけで、たった一度姿を見ただけで…」

 

 

 

そこで言葉を一旦止め、瞬間詠唱。幾体もの槍もち下位悪魔を呼び出し、ネヴィリーを囲ませ…―。

 

 

 

――自らの胸中にある憤慨全てを叩きつけるかのように、彼女を怒鳴りつけた。

 

 

 

 

「私の朋輩(ほうばい)を…大切な人達を(けな)(そし)るなぞ、どういう料簡かッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その大喝に合わせ、ネヴィリーを囲んでいた下位悪魔は一斉に槍を突きつける。 彼女は言葉もなく、身を(ひら)に縮こませるのみ。

 

 

 

…当たり前だけど、ネヴィリーを処する気なんてない。ただそうでもしないと、私の気が収まらなかっただけ。私がどれだけ怒っているか、身をもって知らしめたかっただけ。

 

 

 

 

――それに、私にも非はあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

指を一つ鳴らし、召喚悪魔たちに槍を下げさせる。そしてネヴィリーに顔を上げさせ、私の非を懺悔した。

 

 

「―えぇ。勿論、私も悪いんです。 事業内容や業務内容の詳細を、貴女に伝えようとはしませんでした。ごめんなさい」

 

 

出来る限り深く、ネヴィリーに謝る。彼女をここまで混乱させた理由の一つは、間違いなく私の稚拙な策なのだから。

 

 

……けど―。

 

 

「けど、それはネヴィリー、貴女がそのような性格だから。 私に合わぬと判断したら、先のように食ってかかる悪い癖が、貴女にはあるからなんです」

 

 

 

 

 

 

そうピシリと言い放つと、ネヴィリーは悲痛な顔を。言い過ぎ…かもしれないけど、これは事実。

 

 

ふと私はサッと手を振り、召喚悪魔を消す。そして自らしゃがみ込み、ネヴィリーの手を取り立ち上がらせた。

 

 

 

「そのような相手に、誰が詳しくを伝えましょうか。誰が知友を紹介しましょうか。…言いたくはありませんが、『お断り』です」

 

 

 

そう口にしながら、ネヴィリーの服についた砂や汚れを払ってあげる。 彼女は狼狽し拒もうとして来たが、そんなの気にしない。

 

 

そしてメイド服が綺麗になったのを確認し…改めて彼女の目を見つめ、こう語りかけた。

 

 

 

 

「相手の人となりを理解しようとせずに、凝り固まった…『箱にハマりきった』主観のみで全てを決めつける―。それこそがまさに『驕り』」

 

 

 

そしてちょっとおどけるように…社長が時折してるように、ウインク混じりで問いかけた。

 

 

「それこそが、貴族が…いえ、人が絶対にやってはいけない行為。 でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―は…はい……っ!! お嬢様…その通りでございます…!! (わたくし)は…私は…なんという無礼を…!!」

 

 

……ネヴィリー、感動してくれたのは嬉しいのだけど…。ちょっとこれ、駄目なやつ…。下手すれば責任を取って辞するとか言い出すかも…。

 

 

…ふぅ。仕方ない、ちょっと恥ずかしいけど…。 えいっ!

 

 

 

 

 

「―!? お嬢様…!? 何を…!!」

 

 

驚くネヴィリー。 だって私、彼女をぎゅーっとハグしたのだから。

 

 

「私を心配してくれるのは感謝しかありませんが…。私だってもう立派な大人。自分で判断できますし、悪い関係に囚われているか否かの判断も正しくできます」

 

 

……まあちょっと、社長の触手に囚われているというかなんというかだけど…。それは口に出さないでと…。

 

 

「でもそれは、ネヴィリー達の教育の賜物。貴女たちのおかげで、私は健やかに成長できたんです」

 

 

ハグを続けたまま、お礼の言葉を囁く。そして離れ、彼女の両手を優しく取った。

 

 

 

「ですからネヴィリー。どうか不必要に口を出さず、私を温かく見守ってくれませんか?」

 

 

 

そう伝えつつ微笑むと…あ、ネヴィリー…泣き出して! ハンカチハンカチ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー。アストのブチギレ、久しぶりにみた…。いや、このレベルは初めてかも…」

 

 

―と、離れていたラティッカさん(&社長入り宝箱)がこちらへ。そして苦笑いを。

 

 

「面倒な書類仕事から逃げる社長を叱り飛ばす時より、何倍も怖かったよ…。 最上位悪魔族の威厳、発動すると恐っそろしいな…」

 

 

そういい、宝箱を軽く震わせるラティッカさん。…もしかしたらあれ、中の社長の震えかもしれない。ドン引きされてなきゃいいけど…。

 

 

 

 

――でも確かに、今日一の『貴族の威厳』を出したかも…。貴族の優雅さこそ出せなかったけど、貴族の義務…というか責務な『失礼な召使を叱る』というのは果たせた…?

 

 

 

……ただ、全く嬉しいものではない…。あんまり怒りたくなかったし…。

 

 

 

 

 

 

なにせ、怒った影響は大きい。空気が悪くなっちゃって、とてもプレゼント購入の雰囲気では…。

 

 

「で? アスト、ジュエリーショップに用があったんじゃないのか?」

 

 

あ…!良かった、ラティッカさんが良い感じに話を振ってくれた…! 有難い…!

 

 

「そうなんです。ちょっと見たいというのもあるんですけど…。実は、ネヴィリーにアクセサリーのプレゼントを買ってあげようと――」

 

 

 

「お、お嬢様!? それはいけません! そのような高価な品は頂けません!!」

 

 

 

 

 

 

 

…えー…。 まさかのネヴィリーが拒否してきた…。 それは予想外…。

 

 

「受け取ってください。今まで出来なかったお礼の分なんですから…」

 

 

そう説明して手を引いても、彼女はイヤイヤ。というか、尋常じゃない拒否り方。

 

 

 

「アストにお金を使わせるのが嫌ってなら、アタシが作ったげようか? 素材なら倉庫に良いの残ってるし」

 

 

そんな様子に見兼ねて、ラティッカさんもそう提案してくれる。その言葉にネヴィリーは仰天していたため、私はラティッカさん製イヤリングを外して彼女へ。

 

 

「まあ…! これは…!!」

 

 

その細工の腕前に目を丸くするネヴィリー。…あ。ラティッカさんを見る目が明らかに畏敬へ変わった。

 

 

こういうことがあるから、しっかり相手のことを知らなければいけないのである。 なーんて。

 

 

 

 

 

ま、それはさておき…。 しげしげとイヤリングを眺めるネヴィリーへ、それが良ければそのままプレゼントするとも伝える。…しかし…。

 

 

「―いえ。やはり頂けません」

 

 

ゆっくり首を振り、返却してくるネヴィリー。 なんで…?

 

 

 

 

 

 

 

こうなれば私もちょっと意地。あの手この手を提案したが……なんと、どれもダメ。

 

 

そもそも宝石とかアクセサリーとかは要らないって。その頑なさは彼女らしいのだけど…。

 

 

 

一体どうしたものか。そう考えていたら…。 宝箱をやけに高め…顔の前らへんまで持ち上げていたラティッカさんが、コホンと咳払いを。

 

 

 

「あれじゃないかアスト? 下手に高い物貰うと、後が面倒になるとか」

 

 

 

 

 

 

 

先程まで『アクセサリー作りは任せろ~!』派だったラティッカさんが、突如の推測。…というか言わされてる感あるし、社長の入れ知恵なのは確か。

 

 

 

――って、そうか…。後が面倒…! ふとネヴィリーを見やると、おずおずと頷いていた。当たりらしい。

 

 

「えーと…。あんまり高級なものを貰って帰ると、『無理にねだった』と捉えられかねないし、1人だけズルいって話になるし…。なんだっけ…あぁ!『何かの口止め料』に思われるかもって!」

 

 

……だいぶ…ボロが…。もうちょっと頑張ってラティッカさん…!!

 

 

 

 

 

 

とはいえ幸い、ネヴィリーは気づいてなさそう。その通りにございますと頭をさげ、恥ずかしそうな顔を。

 

 

「それと…。金言たる訓戒を頂いた身でありますため、これ以上良き品を頂戴する訳には…」

 

 

 

…なるほど…。叱られた矢先に、高価な物を貰うのはバツが悪いと…。…まあ…確かに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――しかし…。 だからといってネヴィリーもてなし大作戦をここで終わらせるわけにはいかない。このまま別れたら、ただ彼女に怒っただけ。

 

 

やっぱり、日頃のお礼として何かをプレゼントはしたい。けどわからないから…。こういう時は―!

 

 

 

「ネヴィリー、何か欲しいものない?」

 

 

―もう直接聞いちゃう! 普通なら空気を読んでバレない内に探るのが秘書の仕事だが…相手はネヴィリーだし。

 

 

一方の彼女も、拒否したところで私が引き下がる気はないと察したらしく、諦めたように苦笑いで考えだす。

 

 

「えっと…えーと…そうですね……。 ……あ」

 

 

少し考えた後に何かを思いついたらしい。彼女が口にしたのは…。

 

 

 

()()()のような物が欲しゅうございます」

 

 

 

 

そちら? 私が示された方向へ目を動かすと…そこにいたのはラティッカさん。…じゃなくて!?

 

 

 

 

「(社長入りの)宝箱……!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは駄目!! えっと…私の専用品だから…! いや『品物』ではないんだけど…。わ、私専用…にしたい気持ちもあったりするんだけど…!!」

 

 

思わず社長入りの宝箱を庇うように、ネヴィリーの前に立ちはだかってしまう…! これだけは…渡せない…!

 

 

…というか自分でも、何を言ってるのかさっぱり……。さっき彼女を叱った際の思考の冷静さはどこへやら…。

 

 

 

もはや私の目はグルグル。複雑な魔法陣みたいに…。 ―と、宝箱を持ってるラティッカさんに宥められてしまった。

 

 

 

 

「いやアスト落ち着けって…。社長…じゃない、この宝箱…じゃなくて。 この宝箱のような、何かしらの特殊能力持ちのが欲しいって話だろ?」

 

 

「はい、ラティッカ様。その通りにございます。何かと役立ちそうですので…。 言葉足らずにございました。混乱させてしまい申し訳ございません」

 

 

「あ…そういう…」

 

 

ほっ…よかった…。ひと安心…。取られ…ゴホン、また変な詮索を入れられるのかと思っちゃった…。

 

 

 

 

……あれ、そういえばネヴィリー…。私があんな狼狽えたっていうのに、不審に思って問い詰めてこない…。

 

 

まさに、『不必要に口を出さない』という感じ。ということはさっきのお願い、守ってくれてる…!!

 

 

 

 

 

嬉しい……なんて思っている場合じゃない! ど、どうしよう…!

 

 

 

 

 

だってその特殊能力って、社長の力…! つまり、『特殊能力持ちの宝箱』はでまかせで、そんなものを売っているお店なんて……!

 

 

 

 

「なら、アタシについてきな!」

 

 

 

…え? ラティッカさん……?

 

 



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我が社の日常:市場で取引お買い物⑦終

社長入り宝箱を持ってくれたまま、先頭を行くラティッカさん。それに連れられ、私とネヴィリー。

 

 

そして、たどり着いたのは――。

 

 

 

「魔法アイテムショップ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その名の通りここは、様々な魔法(マジック)アイテムを売っているお店。例えば『身代わりブレスレット』とか『パワーアップドリンク』とか『魔法液晶スクリーン』とか…。

 

 

まあ要は雑貨屋。ここは結構大きめみたい。 そして…わかった。なんでここに来たのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するよ~」

 

 

「いらっしゃいませ~! あれ?ラティッカじゃないか? 渡した代金、間違ってたか?」

 

 

「いや、今回は客として来たんだ」

 

 

店員さんに軽く挨拶をし、ラティッカさんは私達を招き入れる。そして店員さんに質問を。

 

 

「さっき卸した箱、もう並んでる?」

 

 

「あ、あぁ。さっき出したばかりだ。 なんか異常でもあったのか? それとも、その持ってる箱も売ってくれるのか?」

 

 

「いやいや、これは違うし。あーだから…客を連れて来てあげたってとこだよ」

 

 

 

そう話を交わすラティッカさん達。ということは…間違いない。

 

 

 

 

 

先程ちょろっと言ったけど、ラティッカさん達は『ミミック用に作った特製箱』を時折市場に流している。普通の箱から、特殊機構をつけたのまで。

 

 

勿論、箱工房の面々が暇つぶしに作ったものや数余り品などの所謂余剰品で、どれだけ売ったかは社長も私も報告を受け、大体は把握している。

 

 

けど、どこのお店に売るのかはほぼノータッチ。そもそも頼まれて卸しているみたいだし、私達もラティッカさん達を信用しているから問題ない。

 

 

 

だからパッとはわからなったけど…。この店は、その特製箱を卸しているところ。

 

 

そして今日も幾つか持ってきて、既に取引を終えていたということなのだろう。

 

 

 

 

 

 

「えーと…。アストがこれを買った店とは違うけど、ここも品揃えがいいぜ! …とでも言えばいいかな…?」

 

 

「…? なあラティッカ、お前なら買わんでも作れるんじゃ? というかその後ろの女の子、お前が話してくれる仕事仲間の子じゃあ…?」

 

 

「事情あんだよ…詮索すんな! ほら、早く売り場に案内してくれ!」

 

 

 

ネヴィリーにそう説明し、店員さんともコソコソ話し背を押し、こっちこっちと手招きするラティッカさん。

 

 

その様子に私がちょっと渋い顔を浮かべていると…流石にたまらなくなったのか、ネヴィリーが恐る恐る聞いてきた。

 

 

「お嬢様…。ラティッカ様は箱作りもなされているのですか…?」

 

 

「いや…まあ…その…。色々作れる人というか……」

 

 

「…あの…では……。お嬢様が購入なされたあの箱は……」

 

 

「えーと…なんというかそれは……。…あー…えっと…同業他社の市場調査がてら…ついでに性能確認のために…とか…なんというか……」

 

 

今しがたのラティッカさんの会話で、こっちもちょっとボロが出始めた気が…。

 

 

本当にテキトーな…というか嘘を言うしかなかった…。同業他社なんているわけないのに。

 

 

…ちょっとネヴィリーの顔を見ると…。うん、信じてはいなさそう…。さっきのことがあるから詰め寄ってくることはないけど…。

 

 

 

まあ、ラティッカさんのせいだけじゃない。そもそもが無理やりの誤魔化しだったんだもの。仕方ない。

 

 

……もうバラしちゃおうかな…。今のネヴィリーなら…。…でもなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを悩みつつ、ラティッカさんの後を。すると店の一角に、突如として大量の箱が並んでいるコーナーが。

 

 

そしてそのどれもこれもが…見覚えあり。やはり全部、『箱工房』製である。そして、各ダンジョンのミミック用に作った代物。

 

 

 

「どうだ、沢山あるだろ!」

 

 

店員さんを追い払ってから、胸を張るラティッカさん。…いやまあ、作って卸したのあなた方ですしね…。

 

 

あぁもういいや! 幸いこのコーナーにはミミックも他魔物もいないし…ちゃっちゃと選んじゃおう!

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり実用的なものとなると、この辺かなって」

 

 

「それでも色々ございますね…。こちらはどのような?」

 

 

「それはケンタウ…じゃなくて、馬の背に乗せる箱です。負担がほぼ無く、全くずり落ちないような造り…って書いてあります」

 

 

「なるほど…。あら、こちらは…?」

 

 

「それは『クーラーボックス』で…。周囲の魔力を使い、箱の内部を常に冷やし続けられる…らしいです」

 

 

「まあ!便利でございますね! おやこれは? 料理のサーブ用の…?」 

 

 

「あぁそれは中が温められるようになっていて、どんなときでも常に美味しい温度を維持できる……んですって」

 

 

「それは素晴らしい…! ……因みに、あちらの方にある箱…箱?は…? 樽やら機雷やら毛玉やら…。しかも、あちらの方が種類が多い…」

 

 

「…見なかったことにしてください……」

 

 

 

 

 

まあそんな感じに、色々と物色。そんな中、ネヴィリーが一際興味を示したのは…。

 

 

「こちらは? 見たところ、普通の箱のようですが…」

 

 

「…あれ? これって…何…?」

 

 

私でもわからない、抱えられるサイズの大きめ箱。『超大人気商品、ついに再入荷!』とPOPも張ってある。

 

 

ここに置いてあるという事は、間違いなく箱工房製なはずだけど……。あんまり見覚えがない…。

 

 

そう首を捻っていたら…ラティッカさんが説明を挟んでくれた。

 

 

 

「あぁ、それはミミ…とある魔物を参考にしたヤツだね。 ちょっと横に置いてある砂袋を入れてみな」

 

 

そう言われ横を見ると、明らかに重そうな袋が幾つも。中には箱を超えるサイズすら。 それをよいしょと持ち上げ、入れてみると…!?

 

 

「わっ!? どんどん入る!?」

 

 

まるでスポンと奥底に消えるように、砂袋が入っていく。更に幾つも幾つも入れて…ようやく箱一杯に。

 

 

なるほど…。ミミックの収納能力を参考にした一品らしい。ミミック無しでこんなのも作れちゃうんだ…。そう感心していると―。

 

 

「んで、持ち上げてみな?」

 

 

…え。 入れた砂袋の量は、私の体重を上回るぐらいにはなってるはず…。流石にそれは…。

 

 

「では、(わたくし)めが失礼いたしまして…」

 

 

と、代わりにネヴィリーが腰をかがめる。そして力をいれて…―。

 

 

「わわっ!? か、軽い!?」

 

 

立ち上がった勢いで、背後にズッコケそうになるネヴィリー。私が慌てて支え事なきを得たけど…。この箱…!

 

 

「な? 重さもかなり軽減される造りなんだ! 中も潰れることがないから、大量の買い出しとかに便利だと思うぜ?」

 

 

そう笑うラティッカさん。ネヴィリーの目は今日最高の輝きかた。中の袋を取り出し詰め直し持ち上げを何度も繰り返している。

 

 

…その隙に、私はラティッカさんに耳打ちを…。

 

 

 

「あんな箱、いつの間に…?」

 

 

「アストから教わった魔法とかを組み合わさったら偶然な。前に術式作ってって頼んだことあったろ?」

 

 

そんなこと、あったようななかったような…。けどそのレベルということは、大分前のこと。つまり、あの箱が完成したのはかなり前…。

 

 

なのになんで知らなかったんだろう? そう思っていると…。

 

 

「作ったは良いけど、ミミックが持ってる力そのものだからな…。アストも要らないだろ?」

 

 

 

…あー。そういう…。 確かにあれ、ミミック達が必ず持っている能力そのまま。それなら誰も必要としないだろう。

 

 

私も重い物持つときは魔法使うし、ラティッカさん達もあの箱を必要としない。そりゃ知らない訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その箱をお買い上げすることに。勿論、支払いは私。

 

 

因みにラティッカさんが、『一応それ、うちに在庫あるから買わなくても―』とか漏らしかけていたが…即座に社長の宝箱から触手が伸び、口封じをしてくれた。

 

 

 

……あと怖かったのが…。お会計までの途中にあった、魔法液晶スクリーン…。

 

 

性能紹介のため色んな映像を流しているのだけど…。その中に、我が社のCMが流れていて…!

 

 

流して貰えるのは凄く有難いのだけど…今回ばかりは肝が冷えた…。慌ててネヴィリーに見えないように身体で遮ったし。

 

 

 

それでも、『ダンジョンからのご依頼、承ります!』と社長と私の声で宣伝していたから…。気が気じゃなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に幾つかお店を巡り、アスタロト家の召使全員で食べられるぐらいに大量のお菓子を箱に。ついでに両親達への一筆も入れ…これで良しと。

 

 

 

「じゃあネヴィリー。また帰った時に! 皆によろしくね」

 

 

「はいお嬢様。お心のこもった戴き物、大切にいたします。 どうか、お身体にお気をつけて」

 

 

 

社長入り宝箱を抱えた私に、お菓子入り宝箱を抱えたネヴィリーが深々と一礼を。…なんともシュールな図でだけど、とりあえずお別れ。

 

 

 

 

「……教えてやっても良かったんじゃないか?」

 

 

ふと、隣を歩くラティッカさんがそう聞いてくる。それに私は肩を竦める。

 

 

「隠していた方が気が楽だと思いまして…。…まあ、どっと疲れましたけど…」

 

 

「ははっ!みたいだな。 社長に感謝しときなよ?」

 

 

「えぇ、本当に。 有難うございます、しゃちょ――」

 

 

 

 

「ケッ! どいたどいたァ! 道開けろ一般人共! うちの大将様がお通りだァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「わっと……!」」

 

 

突如として正面からやってきた変な集団に、私達は押しのけられる。しかしそれを謝ってくることなく、幾人かが更に息巻いた。

 

 

「こちらの方をどなたと心得る! 畏れ多くも先の副将軍…じゃないが、大富豪様であらせられるぞ!」

 

 

「しかも、有名貴族…の親戚筋…のはとこ…の御友人でもある! テメエら頭が高い!」

 

 

 

……なにあれ…? 荒くれオークやトロルや獣人に導かれ、無駄に華美な服を着た人物が…。

 

 

…―あ。つい魔眼で見ちゃった…。身につけている宝石とか、結構偽物混じってる…。でも周りの装飾は立派だし…多分、騙されて買っちゃったパターン。

 

 

というか『有名貴族の親戚筋のはとこのご友人』とは? 若干意味が被ってるし……最終的にただの他人では?????

 

 

 

「んー? あいつの顔見たことあんな…。成金でそこそこ大きくなった奴だった気が…」

 

 

ラティッカさんも、そう首を捻っている。どうやら『権力を振りかざす匹夫』的な存在らしい。周囲の目も冷ややか。

 

 

なんか絵にかいた悪人面と馬鹿みたいな行動だし…。 気にしないでさっさと帰ると…――。

 

 

 

 

 

 

「おいそこのメイドぉ! うちの大将がお呼びだぜ、こっち来な!」

 

 

…! その成金の人の取り巻き1人が、そんな声を上げた…。 メイドって…。まさか…!

 

 

「お止めください…! お放しくださいませ…!」

 

 

やっぱり、ネヴィリー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら成金の人がネヴィリーに一目惚れ?したらしく、無理やり連れていこうとしている様子。酷っ。

 

 

そしてネヴィリー、10人以上の悪漢に囲まれてしまっている。それでも彼女の実力ならあれぐらい切り抜け、逃げ出すことなんて簡単なはず…。

 

 

…あ…。もしかして…私があげた箱が邪魔になって…? それを大切に持ってくれているから上手く動けなくて…?

 

 

うーん…ちょっと罪悪感…。いやそんなこと思う必要が無いのはわかってるけども。

 

 

 

ま、とりあえず――。

 

 

 

 

 

 

 

「あのー…。その人、私の召使なんです。止めていただけませんか?」

 

 

私とラティッカさん(それと社長)は、すぐにネヴィリー達の元に。そしてそう交渉を試みる。

 

 

「んだテメエら!?」

 

「へぇ…? 中々…いやかなりの美女じゃねえか!」

 

「お前らもちょっと来いよ!」

 

 

 

…残念ながら、交渉にすらならない。―と、成金の人がずいっと割って入って来て…。

 

 

「ほうほう…!ではアンタ、良いトコのお嬢さんということで? そうは見えませんなあ!」

 

 

と、下卑た感じで大爆笑。まあ確かにそうは見えないような服を着てるんだけども…。 すると、その成金はにんまり。

 

 

「まあ、一応お聞きしましょうかあ? アンタ、どこの似非ボンボンで? んま、どうせ私に敵わないちょっとした金持ち程度でしょう!」

 

 

 

 

……うーん!鼻につく! 市場の道行き客に、自分以上の権力者なんていないと言わんばかりである。

 

 

さて、どうしよう。『この紋所(もんどころ)が目に入らぬか~』とでも言ってアスタロト家の紋章でも出せば飛び逃げそうではある。

 

 

けど信じないで襲い掛かってくるかもしれないし、こんな輩に正体を明かしたくもない。さてさて…。

 

 

 

…おや? ラティッカさんがずいっと一歩前でて…?

 

 

 

「ハッ! 似非ボンボンはどっちだ成金豚ヤロウ! アンタらに名乗る名前なんてないっての!」

 

 

 

あちゃー…。啖呵切っちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶひっ……!? こ、この私を…コケにするとは…!」

 

 

予想外の一言を食らい、後ずさる成金の人。そして悪い顔を更に悪くして…周囲に命令を。

 

 

「後悔してももう遅い! お前達、やってしまいなさい!」

 

 

それに従い、ポキポキ手を鳴らしてこちらへと迫る荒くれ達。総勢20人とかそれぐらい?

 

 

それに対抗するように、ラティッカさんも首をコキコキ。全くもう…。血の気が多いんだから。

 

 

 

―ま、ネヴィリーに『はしたない!』と怒られそうだけど…。 私もやりますか。

 

 

 

まずは…せーのっ!!

 

 

 

「社長、お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

開幕荒くれの集団へ、手にしていた宝箱を投げつける。すると箱は一瞬空中停止。そして勢いをつけ…砲弾のように彼らに突撃っ!

 

 

 

「「「「「ぐへえっ!?!?」」」」」

 

 

訳も分からず吹っ飛ぶ悪漢達。更に衝撃波でも出ていたのか、それとも社長の高速アタックかはわからないけど…明らかに箱から離れていた面々まで巻き込まれ、地面にばたばたダウン。

 

 

おかげで相手戦力は、半分に減少。 さてと…。

 

 

「あんまり大怪我させないでくださいよ?」

 

 

「わかってるよアスト!」

 

 

そう返事し、ラティッカさんは突っ込んでいく。 私はその場から動かず…―。

 

 

「峰打ち程度でお願いね」

 

 

使い魔達をポンポンと召喚し、攻撃を仕掛けさせる。 ここじゃあ大仰な魔法なんて使えないし、こんな相手ならばこれぐらいで充分。

 

 

「な、なんだ!? ぎゃああっ!」

 

「しょ、召喚したってのか!? ぐわああっ!」

 

「詠唱したように見えなかっ…ぐはっ…」

 

 

そして使い魔達の一閃を受け、次々と倒れていく荒くれ達。――と…。

 

 

「どりゃああっ!!」

 

 

「「「ぎゃーーーーっ!!!?」」」

 

 

一方のラティッカさんは、力自慢のトロルをねじ伏せ持ち上げ、他の荒くれ相手にぶん投げていた。それで一網打尽。

 

 

 

…―あ。というかあれで全滅らしい。えっとタイムは…。20秒ぐらい? 支度(したく)をもう一回ぐらいする余裕はあるみたい。なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な…?は…?え……?」

 

 

あっという間に取り巻きをやられ、成金の人は目をぱちくり。ラティッカさんはそんな彼に一言。

 

 

「これに懲りたら、威張るのは止めとくんだな」

 

 

カラカラと笑う彼女。周囲からは歓声も。その間に私は社長の箱を回収し、へたり込んでいたネヴィリーの元へ。

 

 

「怪我はないですか? ネヴィリー」

 

 

「は…はい…お嬢様…有難うございます…。 えっと…その…は…」

 

 

「『はしたない』とは言わないでくださいね?」

 

 

「い、いえ…そうではなく…。箱は…その箱は一体…?」

 

 

 

…まあ当然の問い。貴重品用宝箱が、筋骨隆々な荒くれ達を吹き飛ばしたのだもの。『宝箱の自衛機能です』と言っても絶対信じない。

 

 

――うん。もういいや。やっぱり真実を話しちゃおう。今のネヴィリーなら驚きこそすれ、怒ってくることはないだろうし。

 

 

「実はねネヴィリー。この箱の中には…―」

 

 

 

……と、説明しようとしたその時だった。ラティッカさんに睨まれていた成金の人が、叫んだ。

 

 

 

「な…何をしているお前ら! 高え金払って雇ってんだぞ! 早くこいつらをボコボコにしろ!じゃねえと、金を払わねえからな!」

 

 

 

本性剥き出しのようなその声に、ふらつきながら立ち上がりだす悪漢達。もう…折角優しく倒してあげたのに…。

 

 

こうなったら仕方ない。もう一度…今度はもう少しキツく…! …ん?あれは…?

 

 

 

「「「我らがアストちゃん達に、何すんのっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

…不意に飛び込んできたのは…宝箱の大群。 そのとんでもない光景に、周囲の人々や荒くれ達、ネヴィリーまでもが唖然。

 

 

 

……けど、私達には勿論わかる。えぇ、そう。あれは……―。

 

 

 

「「「『ミミック派遣会社』とっつげきーー!」」」

 

 

 

――今日一緒に市場に来た、我が社のミミックの面々…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「み、ミミックぅ!?」」」

 

 

突如の来襲に、荒くれ達は驚愕。本来ダンジョンからほぼ出てこないミミック達が、こうも大量に現れればそうなるのも当然。

 

 

「「「かっかれーー!」」」

 

 

その隙なんて逃さない。 ミミック達は次々と彼らに飛び掛かり……あーあー…!ちょっと!ちょっと待って!

 

 

……あっちゃぁ……。

 

 

 

 

 

…結果、私が止めるより早く戦闘終了。具体的には…今しがた荒くれ達が集っていたその場に、今は宝箱が山盛り。

 

 

 

つまりはミミック達、あの荒くれの面々を丸呑みしてしまったのだ…! これは少しマズい…!いや味覚的な意味じゃなく…!

 

 

 

 

「ちょっ、ちょっと皆さん! 助けてくれたことは凄く有難いんですけど…! 食べちゃダメですって!ここダンジョンじゃないんですから!」

 

 

慌ててミミック達に駆け寄り、お礼と注意をする。 ネヴィリーと社長宝箱は一旦放置…!

 

 

「蘇生魔法はありますけど、ダンジョンよりも魔力とか素材とかの用意が手間なんです! だから『ペッ』してください、『ペッ』!」

 

 

「「「は~い!」」」

 

 

素直に言う事を聞いてくれ、荒くれ達をペッと吐きだすミミック達。 …ミミック内部に詰め込まれたのがトラウマになったらしく、彼ら全員、震えている…。

 

 

「「「ひ…ひぃいいっ!!」」」

 

 

そして、雇い主を置いて散り散りに…。するとラティッカさん、成金の人の肩をポンと。

 

 

「お前もいっぺん、食われてみるか?」

 

 

瞬間、ミミック達は一斉に、成金の人へ牙をギラリと。…まあ、そんなことされたら……。

 

 

「た、助けてくれええええええ!!!」

 

 

…彼もまた、脱兎の如くどっかに逃げていった――。あの調子じゃ、今後そんなに威張らないだろう。

 

 

 

 

 

 

なにはともあれ、一件落着。そう息をつき、ネヴィリーの元に戻ると…。

 

 

「お…お嬢様…。あの方々は……一体…???」

 

 

本日最大の困惑っぷり。いくら私の職場に秘密があると察していても、まさかあれだけのミミックが同僚だとは推測できなかっただろう。

 

 

「ネヴィリー。あのミミックの皆こそが…―」

 

 

「アストに秘書を務めてもらってる、『ミミック派遣会社』のメンバー達なんですよ!ネヴィリーさん!」

 

 

 

 

 

あ。社長パカリと出てきちゃった。私には見慣れた光景だけど、当然ネヴィリーは初体験。

 

 

口をパクパクさせ、社長の姿と入っていた宝箱を凄い勢いで見比べている。と、社長はにっこりと。

 

 

「どうも! 私、アストの上役をさせてもらっている社長のミミンと申します! 今日は楽しかったですよ!」

 

 

そう言われ、完全に固まり声を失ったネヴィリー。私が、ネヴィリーが一日持っていた箱の中に、社長がずっと入っていた――。

 

 

そんな嘘みたいな事実を受け、彼女は……。

 

 

「きゅう……」

 

 

…気絶しちゃった…。とりあえずラティッカさん達と別れてと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…―はっ!?」

 

 

「あ、起きました?ネヴィリー」

 

 

近くにあったベンチで膝枕をしてあげていたら、ネヴィリーはすぐに目覚めた。良かった。

 

 

「気分はどう?おかしくないですか?」

 

 

「は、はい…。…お、お嬢様…あの…」

 

 

口ごもるネヴィリー。そこへ…。

 

 

「飲み物買って来たわよアスト! あ、ネヴィリーさん起きたの?」

 

 

三人分の飲み物を買ってきてくれた社長が。ネヴィリーの顔、『夢じゃなかった…!』という感じ。

 

 

もう隠す必要もない。では……。

 

 

「実はねネヴィリー……――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことでございましたか…」

 

「えぇ、そういうことだったんです」

 

「そういうことだったんですよネヴィリーさん」

 

 

私達は飲み物を飲みつつ、会社についての話とか諸々…隠していたことを全部話した。 なお社長は定位置…即ち私の膝の上に。

 

 

「全ては私のせいにございますね…。 ご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません…」

 

 

「いやいや!……まあそうっちゃそうなんですけど…。気にしないでください! あと、他のメイドたちには一応秘密に…」

 

 

叱ってくることもなく、寧ろ謝ってくるネヴィリーを私は宥める。とりあえずこちらも一件落着、わだかまりも無くなって…―。

 

 

「そうだネヴィリーさん! ちょっとお耳を拝借……」

 

 

ん? 社長が身体を伸ばして、ネヴィリーに何か耳打ちを?

 

 

 

「はい…えぇ!? そんな…! 嘘では…!? 本当にございますか…!? でも…。あぁ…なるほど…! それならそうと早く仰ってくだされば…!!」

 

 

…??? 何を話しているんだろう…。やけにネヴィリーが驚きまくっているけど…。

 

 

そしてコソコソ話が終わると…。ネヴィリーはまたも謝罪の礼を。

 

 

「私めが間違っておりました。 お嬢様の職場は素晴らしい職場にございます」

 

 

????? 一転…というほどでは既にないけど、何この心変わり…?

 

 

 

「社長、何を伝えたんですか?」

 

 

「ひ・み・つ!」

 

 

聞いても、社長は笑うだけ。それでちょっと頬を膨らませると、ごめんごめんと言いながらちょっと教えてくれた。

 

 

「教えたことの一つは、『私が魔王様と知り合い』ということよ。そして、既にアストを魔王様に会わせたということもね」

 

 

確かに。それは私もびっくりしたけど…。すると社長、意地悪な笑みを。

 

 

「今更だけど…。最初にその話を伝えたら、ネヴィリーさんもすぐに引き下がったんじゃない?」

 

 

 

…………あ。 あーー!!!! 確かに!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな今日一日の努力が悲しくなる台詞に打ちひしがれつつ、ネヴィリーを見送る。

 

 

と、彼女、最後に何かを思い出したかのように振り向いた。

 

 

「そういえばお嬢様。丁度お手紙をそちらへお送り直したところなのですが…。『グリモワルス女子会』開催のお知らせが届いておりました」

 

 

「え、本当? 教えてくれてありがとう!」

 

 

「いえ。それではお嬢様。またその日にお会いいたしましょう」

 

 

 

そう残し、去っていくネヴィリー。彼女の姿が見えなくなるまで見送りつつ、私は社長にお願い事を。

 

 

 

「社長、まだいつかはわからないんですけど…お休みを…」

 

 

「勿論良いけど…なにそれ? 女子会?」

 

 

「んーと…。前にも何回か休みを貰った時と同じ理由で…あ。それ以上は秘密にします!」

 

 

「あ、さっきの仕返しかしら? このこのー!」

 

 

ちょっと戯れる私と社長。そして、社長はぐいいっと身体を伸ばした。

 

 

 

「さてと…。集合時間にはもうちょっとだけあるわね。 もう一回、お茶しにでも行く?勿論私の奢りで!」

 

 

「是非!」

 

 



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顧客リスト№56 『マミーのピラミッドダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


「ほ~らアスト! 早くこっちこないと、こ・れ・踏んじゃうわよ~」

 

 

「ま…待ってくださいって社長…! ここ、飛んで逃げるとかできないんですから!!」

 

 

 

私の腕から降り、ちょっと先を進んでいる社長がそんなこと言ってくる…。周り、砂にまみれた石壁に包まれている一本道なのに…!

 

 

 

勿論ここはダンジョン。そして、社長が箱の端を軽く乗っけているのは…床の石レンガが一つだけ、ぴょこんと飛び出している場所。

 

 

明らかに目立ちにくくされてる配置で、明らかに簡単に押し込めそうなそれは、間違いなく……。

 

 

 

「じっかん切れ~! じゃ・あ…(トラップ)カードぉ おーぷん!」

 

 

カチッ    ガコンッ ゴゴゴ……

 

 

 

 

ほらぁやっぱり!! 仕掛けてある罠のスイッチ!!  社長が踏んだ瞬間、壁の裏らへんから変な音聞こえてきたもの!

 

 

 

こ、今回は一体どんな……。…はっ!?後ろから!?

 

 

 

 

ズズゥンッ ゴロロロロロッッッッ!!!

 

 

 

 

「今度は大岩ね! それ逃げろ~!」

 

 

「ちょっ社長!?  わわわわわっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー! 久しぶりに正統派ダンジョンって感じね! すっごい罠まみれ!」

 

 

「そ…そう…ですね……。 はぁ…はぁ……もう……」

 

 

その罠を、社長が見つけ次第率先して起動していくからタチが悪い…。 こういう時、無駄にテンション上がるんだから…。

 

 

 

一体幾つのトラップに遭遇したか…。落とし穴や釣り天井岩、壁から槍や矢の連射というオーソドックスなものを始めとして…。

 

 

火炎や麻痺発生の魔法発動だったり、魔獣解放だったり、砂竜巻発生だったり、さっきみたいな大岩ゴロゴロだったり…。もう本当色々。

 

 

勿論そのどれもが危険な代物。下手に当たったら、即復活魔法陣送りなんだから…。

 

 

 

 

 

…そういえば、変なトラップもあった。なんか、伏せて設置されていた大きなカード?が急に起き上がる…。

 

 

裏が変な渦巻き?みたいなので、起き上がった表面が、赤紫の色で…。そして軽く光って、そこに描かれている罠がどこからともなく発生するというかなんというか……。

 

 

そしてそれを見てから、社長がさっきみたいな台詞を口にして罠を起動させていくように…。なんだったんだろあれ…。

 

 

 

 

あ、あと――。途中、白い布を被った小さい『何か』が複数体、わーって追いかけて来た。目らしきところからビーム撃ってきたんだけど、いつの間にか消えていた…。 

 

 

あれってもしかして…………。

 

 

 

 

 

 

 

…まあとにかく、散々な目に遭っている…。社長、私のことをもうちょっと考えて欲しい…。

 

 

……そりゃ確かに、あれぐらいの罠なら私は避けられるし、防御も問題なくできる。それでも危険な場合は、社長が颯爽と駆け付けて助けてくれるとは思う。

 

 

けど…こうも立て続けだと精神が保たない…。かなり、疲れ―――

 

 

 

 

――てない。さっきまでしていた息切れも、あっという間に治ってしまった。

 

 

 

凄い…。 これが、『ピラミッドパワー』…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて改めて…。私達が今回訪問しているのは、砂漠のど真ん中にある『ピラミッドダンジョン』というところ。

 

 

その名の通り、外側の見た目はピラミッド。切り出された巨大石を積み重ねて作られた、山みたいな三角形のアレ。

 

 

 

そして私達が挑戦しているのはその内部に通じる道の一つ。と言うのも…道は無数に枝分かれして、最奥へと向かっているのだ。

 

 

恐らく、空間魔法で色々拡張されている。依頼主の方にそれを聞いたら、『ピラミッドパワーである!』としか返ってこなかったけど…。

 

 

 

そして聞くところによると、行き止まりのルートは無いらしい。けど、全ての道に私達が通ってきたようなたっぷりの罠が仕掛けられており、墓泥棒に次々と襲い掛かる仕組みとなっている様子。

 

 

 

 

…いや、このピラミッドに置いては、『墓泥棒』呼びは相応しくない。 挑戦しにやってくる冒険者達は、文字通り『挑戦者』と呼ぶべきであろう。

 

 

 

何故か? それは―。丁度今しがた辿り着いたゴール地点、最奥の岩扉を開けばわかる。せーのっ!

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 

社長と力を合わせ、扉を開く。 中の様子は……。

 

 

「やっぱり、ピラミッド内には見えないわね~」

 

「ですよね。 綺麗な水路があるし、果物なっているし、心地よい気温だし…」

 

 

 

 

 

なんと、周囲の砂漠や通ってきた石壁の一本道とは全く違い…まさしく人工のオアシス。長椅子で横になって、うたた寝したくなってしまう。

 

 

そして、罠通路の裏スペースらへんは全部こうなっているらしい。これが出来るのも…。

 

 

「流石、ピラミッドパワーね!」

 

 

…と、社長が口にした通り…。依頼主曰く、ピラミッドには『ピラミッドパワー』なる神秘の力が宿り、ピラミッドの内部ならば色々できるのだと。

 

 

空間拡張やら作物栽培やら道や水路やトラップ形成、そしてヒーリング(体力回復)効果などなど、なんでもござれ。凄い。

 

 

 

 

あと更に…。どうやらそのピラミッドパワー、ミミックと相性が良い様子。 

 

 

ピラミッドパワーは、ピラミッドの中に籠ることで得る力。そしてミミックは、何かの箱の中に籠る魔物―。

 

 

ということで、『籠る』存在同士、抜群の関係性らしい。だから社長もさっきからテンションあがってるわけで…――。

 

 

 

 

 

 

―あっと。いけないいけない。 話は、『何故ここに来る冒険者達を【挑戦者】と呼ぶか』だった…。ズレちゃった。

 

 

では、話を戻してと…。

 

 

 

 

 

そんな人工オアシスなここ最奥だが、正しくは他のオアシス箇所とは装いが違う。寛ぐスペースではないのだ。

 

 

扉をくぐり、少し先に進む。する現れたのは……広めの、石畳の広場。 いや、『戦闘フィールド』というべきか。

 

 

そして、その中央で待っていたのは……。

 

 

 

 

「フハハハ! よく辿り着いた『挑戦者』よ! 我が『闇のゲーム』を切り抜けてくるとは、中々やるではないか!」

 

 

 

 

仁王立ちをし、高笑いを響かせる謎の人物が。長杖をコンと床に突き、威風堂々と立っている彼は、金と青に輝く独特な被り物を。

 

 

そして何より…。全身余すとこなく、包帯を巻いている。最も顔には、片目を隠すように、斜めに横断させているだけではある。

 

 

 

怪我しているのではない。そういう魔物なのだ。もっと言えば、ミイラが魔物になった感じ。 ただ、ピラミッドパワーのおかげで生気溢れる姿だけど。

 

 

 

 

 

そう―。魔物名は『マミー』。スケルトンやキョンシーと同じく、死後の人間が動き出した存在。

 

 

そして目の前の彼が依頼主であり、名を――。

 

 

 

 

「えぇ!『ファラオ・ミレニアテム』! 私達を他の挑戦者と同じに見てもらっては困ります! あんな罠は『遊戯』みたいなもの!」

 

 

 

……えっちょっ!?  社長、すごくノリノリ!? そ、そう…彼の名前は『ミレニアテム(ファラオ)』いうのだけど…。

 

 

って…! そのミレニアテム王の方も、社長が乗ってきたことが嬉しいのか、楽しそうに笑って…!!

 

 

 

「ほう! ならば今度は、ドン☆ とぶつかり合うとするか!」

 

 

「望むところ! 強靭!無敵!最強! な私の力、お見せしましょう!」

 

 

 

…ファラオも、社長も、何を…!?  双方、止める間もなく構えて…!!

 

 

 

「「いざ……! 『決闘(デュエル)』ッ!!」」

 

 

 

なんか変な宣言して、戦闘始まっちゃった!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハ! 良い戦いだったぞミミン社長よ! よもや我が切り札、『封印されし最強神』すらもを打ち破るとはな!」

 

 

「いえいえ!あと一(ターン)対処が遅かったら、こっちが負けてました! それにファラオ・ミレニアテムもとんでもなかったですよ! すっごい天空竜とか巨神兵とか翼神竜とか、召喚しまくってましたし!」

 

 

 

…戦闘後、招かれた応接室でミレニアテム王からもてなしをうけつつ、談笑する社長……。さっきの戦い、とんでもなかった…。

 

 

なんか色んな種類の召喚獣やら魔法やらが、ミレニアテム王のカード?…パピルス?…パピルスカード??から、次々と飛び出してきて…。

 

 

曰く、それもピラミッドパワーらしい…。もうなんなんだろ、ピラミッドパワーって。

 

 

 

 

 

 

……あっ! また『何故ここに来る冒険者達を【挑戦者】と呼ぶか』を説明しそびれてた! この、『社長達が何かしらをしでかし、話が中断』パターン、多い気がする……。

 

 

 

こほん、えっと―。ミレニアテム王の先程の行動…最奥の戦闘フィールドで待っていたというのを思い出して貰えれば話は早い。

 

 

彼、ミレニアテム王はこのダンジョンにやってくる冒険者達を『挑戦者』として受け入れ、罠まみれの道を乗り越えてきた実力者と対峙することを愉しみとしているのだ。

 

 

 

 

 

因みに挑戦者は、力を示せれば、やはりピラミッドパワーで生成されたお宝類を持ち帰ることができる。

 

 

中には召喚術用のパピルスカードがあり、その中でもレアものは、プレミア価格で取引されるとか。

 

 

 

しかし負けてしまえば……。ミレニアテム王の臣下のマミーたちにより、包帯でぐるぐる巻きにされ外にポイッ。 まさにミイラ取りがミイラという感じに。

 

 

……まあ、その巻かれた包帯も『マミーの魔包帯』とか呼ばれる便利な魔法アイテムなため、冒険者達にとっては充分な戦利品みたいだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。そんな冒険者ホイホイなダンジョンから、なんで我が社にミミック派遣依頼が来たかと言うと…。

 

 

「して、どうだミミン社長よ。我がダンジョンへのミミック派遣は可能か? 新たなる罠として―、そして道を(なみ)し裏を通り、我が臣下を貶め神々を愚弄する不敬者共への仕置き人として!」

 

 

―と、ミレニアテム王が社長に迫っている通り。 一つ目の理由は罠のレパートリー増加のためである。

 

 

 

ピラミッドパワーとやらで色々できるミレニアテム王達ではあるが、個々では限界があるため、手は幾らでも欲しいもの。

 

 

だからこそ便利で強力なトラップとして、我が社のミミック達を採用したいということらしい。一本道でミミックに追いかけられるのは、冒険者達にはかなりのトラウマとなるだろう。

 

 

 

 

そしてもう一つの理由が……。悪賢い連中もいるもので、という案件である。

 

 

 

 

 

ピラミッドには、幾つもの隠し通路や隠し部屋が存在する―。風説されている噂ではあるが、少なくともこのピラミッドダンジョンにおいては事実。

 

 

罠の調整用だったり、移動用だったり、待機している魔物用だったり…。まあ用途は色々なのだろうけど、そこかしこにあるのだ。

 

 

多分、ピラミッドパワーによる集中力強化のおかげなのだろうけど…。私でさえ、『あ、ここのを動かしたら道がある…』ってわかるところが何か所もあった。

 

 

 

なら、無駄に目敏い冒険者連中ならば見つけてしまうだろう。なんとかほじくり返し、見つけてしまうのも目に見えている。

 

 

そして即死級の罠がわんさかの道と、ワンチャン無事で済む可能性の隠し通路、どっちを選ぶかと言われたら…。まあ、そうでしょう。

 

 

 

 

しかもそのワンチャンスは大当たりで…。ほとんどの隠し通路が、マミーたちの生活スペース(人工オアシス)に直結してしまっているのだ。

 

 

そこまで来てしまったらもうおしまい。『挑戦者』は『墓泥棒』に早変わり。お宝を盗みまくり、酷い時にはマミー達の服…もとい包帯までクルクルと剥ぎ取っていくほど。

 

 

また、マミー達もそうなってしまえば力を発揮できず、そのまま放置されれば昇天。まさに由々しき事態なのである。

 

 

 

 

しかし都合上、隠し通路を減らすわけにもいかず、そこに罠を設置するのも危ない。 と、くれば……。

 

 

「ええ! 我が社のミミック達にお任せを! 罠役も防衛役も、見事果たして見せましょう!」

 

 

ドン☆ と自信満々に胸を叩く社長。契約成立である。歓喜するミレニアテム王に、社長は更に一言。

 

 

「悪い冒険者連中は、粉砕!玉砕!大喝采!しちゃいましょ~!!」

 

 

 

……だから社長…何言ってるんですか…?

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

ピラミッドダンジョンからの帰り道。貰った『マミーの魔包帯』を何故か頭に撒いた社長は、私の腕の中でやけにワクワク調子でごそごそ。

 

 

「これ、開けちゃいましょう!」

 

 

そう言いながら取り出したのは…これまた先程ミレニアテム王から代金の一部として貰った、お宝の一部。 あの、召喚術用パピルスカードが入っている袋。

 

 

最も、袋と言うよりは包帯がグルグル巻かれて保護されている形ではあるのだが。

 

社長、それをするすると解いていく。 …あ、中には何枚か入ってるみたい。

 

 

 

「わ! みてみてアスト! これレアじゃない!? キラキラしてるわよ!」

 

 

「おー、本当ですね! えっと…『ブルーアイ…―」

 

 

「ね、これって幾らぐらいなのかしら!」

 

 

 

社長にせがまれ、私は鑑定眼を発動。どれどれ…わっ!

 

 

「かなり高価ですよそれ!」

 

 

「へー! でも格好いいし、飾るだけでも価値あるかもね!」

 

 

どうやら社長、それを気に入ったらしい。ホクホク顔してる。……あれ? 

 

 

 

 

っっっっっっっ!?!?!? あ、あのカード…ね…値段が…!!?

 

 

 

 

「しゃ…社長…。ま、まだ袋の中に入ってる一枚が……」

 

 

「ん? あ、ほんとだ。えーとこれは…。 キラキラはしてないけど、綺麗な絵ね! 黒い…蓮かしら?」

 

 

……無邪気に手に取り、鑑賞する社長……。ふと、私の顔に気づいたらしく……。

 

 

「? ちょっとアスト、どうしたの? 顔固まってるけど」

 

 

 

…………その理由は……察して欲しい……。

 

 

 



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人間側 とある盗賊の墓荒

 

ヒャハハハハハ! 来てやったぜぇ『ピラミッドダンジョン』! 噂のお宝、根こそぎかっさらってやる!

 

 

なにせオレ達4人のジョブは『盗賊(バンデッド)』! 墓泥棒なんて容易いことだからよォ!

 

 

 

 

 

 

おっと、自己紹介が遅れちまったか! オレ達は見た通り、凄腕揃いの冒険者パーティ。特にオレなんかは『賞金稼ぎの王』として名を轟かせてもいるんだぜ。……元だがな。

 

 

 

そんなオレ達が今回来たのは、砂漠のど真ん中にあるピラミッドダンジョンっつー場所。マミーが支配するダンジョンで、中はピラミッドらしく面倒な罠まみれらしい。

 

 

だが、それを切り抜け最奥にたどり着き、待っているラスボスをブッ飛ばせば―。レアな宝がたっぷり貰えるらしい。

 

 

中には、プレミア価格な召喚用カード(パピルス)とかもあるみてえだ。良い稼ぎになりそうだぜ。

 

 

 

ククク…! さぁ覚悟しな、ピラミッドダンジョン!そしてマミー共!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く…くそっ…!! なぜだ…!なぜこんなダンジョンに…俺達が…!!」

 

 

意気揚々とピラミッドに入り、挑戦を始めたは良いが…。罠多すぎんだろ…! 酷いトコにゃあ数歩進むごとにひとつぐらいのペースであるじゃねえか…!

 

 

しかもどれもこれもが、即死級の代物…! 飛んでくる矢には毒が塗ってあるし、落ちてくる岩天井の速度は速えし、乱入してくるマミー共は強えし…!

 

 

……なぜか、このピラミッドに入ってから疲れがすぐ癒されるのは有難いが…。 なんだ?このピラミッドには変なパワーでも宿ってんのか?

 

 

 

 

 

 

てか、既に仲間1人やられちまってんだ…! しかも…やけに変な罠に…!

 

 

 

どういうのかというとよ…。起動しちまったら背後に、なんかよくわからない、白い布を被ったちびっこいのが複数現れて…襲って来やがったんだ!

 

 

前、どっかで聞いたことがあったんだ。『メジェド』とかいうみょうちきりんなカミサマのこと。それと見た目が一緒だから、てっきりそれかとビビっちまった…。

 

 

 

…実際のとこ、その白布はメジェドとかじゃあなかった。 まあ、カミサマがそう簡単に出てくるわけねえしな。当たり前か。

 

 

 

……だがよ、その正体は…。オレ達冒険者にとって、もっと恐ろしいヤツだった…! ……布の中身、宝箱だったんだよ!

 

 

 

わかんだろ!!?襲い掛かってくる宝箱なんて、『ミミック』しかいねえ!! 

 

 

 

 

なんで白布を被ってたかはわからねえけど、そいつらが牙をガキンガキンならして襲い掛かってきやがったんだ!

 

 

そこがおかしいってんだ! ミミックってのはそのものが罠みたいなものなのに、なんで罠のスイッチ押したら出てくるんだよ! せめて最初から待機しとけや!

 

 

 

勿論そんなツッコミをする余裕なんてあるわけなく、正体を悟った瞬間、オレ達はわき目もふらずに走りだしたさ!

 

 

こんな罠まみれで先に進むしかない一本道で、ミミックに追いかけられるなんて悪夢以外の何物でもねえ! ひたすらに逃げるしかなかった!

 

 

 

……だが結局、1人が逃げきれず食われたわけでよ…。ミミック共もそれで満足したみてえで、気づけば消えていたってわけだ。

 

 

 

 

できればやられた仲間は、他の2人のようにラスボス戦での囮としてとっておきたかったが…。ミミックから逃れられたんだから良しとしよう。

 

 

これ以上俺の盾役を減らさないためにも、罠を今まで以上に避け――――。

 

 

 

 カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……罠のスイッチっぽいの踏んじまった。やべえ…。 外に放り出される落とし穴とかじゃないことを祈るしか…。

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴ…――

 

 

 

 

な、なんだあ? 正面の道にせり出てきたのは……棺桶?

 

 

 

しかも、ミイラとか入れる、人型のヤツだ。 っと…!閉じていた蓋がゆっくり開いていく…!

 

 

ということは、中に入ってるのは……。

 

 

「バアッッ!!」

 

 

……へっ! やっぱりマミーじゃねえか!

 

 

 

 

 

 

何を今更、たった一体のマミー如き!こちとらさっきマミー集団に襲われて、上手く逃げられてるんだ!

 

 

しかもこのマミー、上半身を伸ばしてこっちを掴もうとしてくるが、一向に棺桶の中からでてくる気配はねえ。 へっ、俺達に恐れをなして、足が震えてんのか?

 

 

 

これなら戦う必要すらねえ。無視して先に進むと……お?

 

 

 

へぇ…。よく見ると、このマミーが巻いている包帯…解けかけてんじゃねえか。まるで引っ張ってくださいと言わんばかりに、包帯の端っこがはみ出してやがる。

 

 

『マミーの魔包帯』は、中々に良い値がつくことは知っている。さっきのマミーの大群相手からは無理だったが…こいつからなら!

 

 

 

 

オレは仲間二人と目配せをし、即座に動く。ハッ!鈍い鈍い! ほ~ら簡単に包帯の端を…掴んだ!

 

 

あとは…そぅら! ひっぱって解いてやる! ヒャハハ! マミーのヤツ、棺桶の中でしどろもどろに回転させられてやがる!

 

 

お! おいおい、どうやら女マミーだったみてえだぜ。 丁度いい、どんな面か拝んでやる!

 

 

 

そらそら! もうちょっとで全部剥ぎ取れちまう……ぜ…………へ?

 

 

 

「ばあっっ!!」

 

 

…包帯を解いた中から現れたのは…。マミーじゃねえぞ…? どこかで見覚えがある魔物…。

 

 

そいつは俺達を嘲笑うように軽く脅してくると…手を幾本もの触手に…!!!?

 

 

ってこいつは!?!?

 

 

「「「上位ミミック!!」」」

 

 

「あったり~! 見事トラップに引っかかったわね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ひいいいいっ!!!」」」

 

 

「待て待て~! 逃げずにトラップの効果受けなさ~い!」

 

 

必死に逃げる俺達…!!棺桶を滑走させ追ってくる上位ミミック…!!! 棺桶を宝箱代わりってアリかよ!?

 

 

てか、人型の棺桶がこっちに勢いよく迫ってくるの、超怖え! 頭部の方向から走って来てるから、ヘッドバッドが地を這って飛んできてるみたいだしよ!

 

 

くそったれ…! かくなる上は…!

 

 

「お前、生贄になれ!」

 

「へっ!? ちょ…兄貴!? うわああっ!!」

 

 

仲間の1人を捕まえ、追ってくるミミックへと蹴り飛ばす。 すると上位ミミックもそいつを仕留めるために止まった…! 作戦成功ってな!

 

 

「まあ酷い! ダンジョン挑戦者としてのマインドを失ってるわね~」

 

 

背後から上位ミミックのそんな声が聞こえてくるが…。知った事か! 逃げろ逃げろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。 ひとまずなんとかなったか…」

 

 

ひたすらに逃げていたら、上位ミミックも追ってこなくなった。仲間一人を墓地…じゃねえ、復活魔法陣送りにした甲斐はあったか。

 

 

さてしかし…。まさかミミック登場二回目とは…。おかげで囮…いや仲間が残り1人になっちまった。

 

 

今度こそ、真剣に行かなきゃな。この先は罠を一つも起動させないで最奥まで…――――。

 

 

 

 

 ガコンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

…………やめろ…。オレをそんな顔でみるんじゃねえ…。やめろ……。

 

 

……ああそうだよ! また罠のスイッチ踏んじまったよ! トラップにハマったよ! 悪いか!

 

 

 

チッ…! いいぜ…どんな罠でも来やがれ…! 最悪、残り1人の仲間を捧げて…!

 

 

 

 

 ズズズズズ…――

 

 

 

 

…少し先の岩壁が開きやがった。出てくるのは魔獣かマミーか、ミミックか…どれだ!?

 

 

 

 

 ズズ…ズリ…ズズ…

 

 

 

…なんだ? またマミーが一体だけじゃねえか…。いやさっきのはミミックだったんだがよ…。

 

 

こいつは普通に二本足で歩いているマミーだ。……だが…やけに弱っているような…。身体を引きずってるって感じだ。

 

 

罠役として酷使されてるとかか? ハッ!だったらご愁傷様だぜ! 

 

 

 

んでやっぱりこいつだけだし、戦う必要もない。さっさと脇をすり抜けて……あ。

 

 

 

……こいつも……包帯が解けかけている…。 マミーの魔包帯…。金……。

 

 

 

 

 

 

 

いや待て待て待て! さっきのことを思い出せ! 同じことをして、上位ミミックだったんだ!

 

 

…でも、こいつは箱に入ってねえし…。上位ミミックが化けた女マミーとかでもなさそうだ…。ふらふらしているけど、人のように歩行している…。

 

 

……こちとら、二人やられている。復活魔法の代金も、結構値が張るんだ。 ラスボスに勝てなかったとしても、ミイラみたいにされて無事に脱出できるとは聞くし……。

 

 

ここで更に魔包帯を手に入れられれば、だいぶ楽になる。 よぅし…!剥ぎ取ってやる!

 

 

 

 

 

 

消極的な最後の仲間一人のケツを蹴りあげ、そのふらふらマミーを包囲。隙を窺い…今だ!

 

 

「貰った! ……あ?」

 

 

……確かに、包帯の端は掴んだ。そして、引っ張った。

 

 

勿論、マミーの包帯は解け…。中の本体が……。

 

 

 

 

 グジュル……

 

 

 

 

ヒッ…!? な、内臓が…!?腸みてえな細長いものがはみ出して…!?!? ぐ…グロ……

 

 

 

 

――いや違う!! あれは…触手!! しかも大量の…!! 人型の包帯の中に、()()()()()()()()()()()()()()()のか!?!?

 

 

 

危ねえ…良い子が視聴する、カードバトル番組とかがやってる時間帯には絶対に放送できねえスプラッタな絵面かと……。

 

 

いや、充分ヤベえ見た目だから、モザイクなり黒塗りなりで消されそうではあるんだが…。

 

 

 

 

……ってか、この触手共も、何処かでみたことある気が…――。

 

 

「ぐええっ……あ…兄貴ぃ……!」

 

 

 

 

 

 

――なっ…!? 聞こえてきたのは…オレの仲間の断末魔…! ハッと見ると…マミーもどきの中から伸びた触手に…縊られていやがる……!?

 

 

ッ! そうか…思い出した…! この触手は、『触手型ミミック』じゃねえか! ―いやおかしいだろ!

 

 

 

さっきの上位ミミックの、棺桶はわかる…。箱だしよ。 けど、このマミーもどきは意味わからねえ!

 

 

あれか!? 包帯で『包まれている容れ物』だからか!?死体を入れる容器ってか!? いや流石に反則だろうが!!

 

 

 

って、うおっ…! そんなツッコミ入れてる場合じゃねえ! 触手がこっちに伸びてきやがった!

 

 

最後の仲間までやられちまった今、戦う理由なんてねえ! 振り払って逃げるぜ! おおおおっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハァ…ハァ…ハァ…。なんとか…辿り着いたぜ…。最奥に……。

 

 

てかよ…今更だけどよ…。 現れるミミック共、どいつもこいつも他ダンジョンよりやけに生き生きしてねえか…? 

 

 

オレ達がピラミッドの謎パワーで回復できるみてえに、ミミック達にも何か変な効果あんのかもな…。まあ今更どうでも良いが…。

 

 

 

で、この扉を開けて中に入れば、ラスボスとの戦闘だが……囮役の三人、全員いなくなっちまった…。一対一の決闘ってか…。

 

 

 

なら、どんな汚い手段使ってでもボコして、お宝をせしめてやる! 今まで引っかかってきた分、相手を罠にハメてやる!

 

 

仮に負けても、殺されることは無いとは聞いている。『オレ様、死す』とかにはならねえってな。

 

 

見てろ…! ミミックはともかく、マミーの親玉なんかオレの相手にならねえってとこ、見せてやる!

 

 

無駄に長生きしてるだけのミイラ風情は、地獄に送ってやるぜ!! いざ…決闘(デュエル)!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドシャッ 

 

「もごぉ……!」

 

 

もごごごむごご…むぐぐ…! ぶはっ…!! く…クソがぁ!ミイラ取りがミイラにされちまった…!

 

 

身動きとれねえ…!! んで外に放り出されてるから熱っちい! 急いで解かなきゃ、オレまでカッピカピに干からびたミイラになっちまう!

 

 

 

…チクショウ…! あのマミーの親玉…王様?のヤロウ…とんでもなく強かった…! オレの行動を全て先読みしたかのような動きしやがって…!!

 

 

結果、ボロ負けだぜ…。 予想通り『オレ様、死す!』という展開にはならなかったけどよ…。

 

 

戦果はさっきミミックから巻き取ったのと、今オレの身体に巻き付いている『マミーの魔包帯』のみ…。仲間三人失った成果としては、ゴミのような代物…。

 

 

一時期は賞金稼ぎの王…賞金王と呼ばれたオレ様がこんな屈辱…。絶対許さねえ…!

 

 

リベンジしてやる!マミー共に『ひょ?』とでも言わせてやる! 次の機会じゃねえ…! 今すぐにだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

巻かれた魔包帯を引きちぎり、オレは一目散にピラミッドダンジョンの中に。そしてさっきと同じ道を選んで進む。

 

 

 

もう一度、ラスボスのヤロウに挑むのかって? 冗談! 勝てるわけねえだろあんな化け物に!

 

 

じゃあなんでまた挑んでるかって? それはな…攻略中に()()()()を見つけたからだ。

 

 

確かここら辺に…。あったあった! ククク…! 雑魚冒険者共の目は隠せても、百戦錬磨のオレの目は誤魔化せないぜェ!

 

 

 

なあ! 『隠し通路』ちゃんよォ!

 

 

 

 

 

 

 

オレのジョブを忘れてもらっちゃあ困る。『盗賊(バンデッド)』だぜ。今まで幾つのダンジョンに潜り、似たような代物を見つけて来たか。

 

 

こういったとこにはたまーにあるんだ。岩や煉瓦とかで隠された、魔物専用の道ってのが!

 

特にこのダンジョンは、罠まみれ。そういうギミックは幾らでも仕込めるだろうよ。

 

 

 

さて、この岩をほじくって…おりゃ!そりゃ!どりゃあ! ヘッ!予想通り、取り外せたぜぇ…!

 

 

そして…ビンゴ! 匂う匂う!奥の方から違う風を感じるじゃねえか! それじゃあ、ちょっくら荒らすとしようか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狭い通路に身体を滑り込ませ、どんどん奥へ。 水や植物の匂いも漂って来た。これは期待できそうだぜ!

 

 

お、そうこうしているうちに出口が見えてきたな。 さぁて、何があるか……な……。

 

 

 

……は…? なんだぁ…これ……?

 

 

 

 

 

隠し通路から出た先に聳えていたのは…人何人分かはある、大きな砂石像。 いや、この形は確か…。

 

 

そうだ、『スフィンクス』だ。ピラミッドといえばなヤツ。 しかし、何故ここに…?

 

 

 

 

「そこなる闖入者よ。 我が問いに答えよ。 さすれば、この場は見逃そう――。」

 

 

 

…なっ!? 石像が…スフィンクスが喋っただと!?  うおおっ…! しかも震えだして…!

 

 

 

「既に汝は、我とその仲間に包囲されている。正しき答えを導かぬ限り、命無いものと思え――。」

 

 

 

ッハ!? しゅ…周囲を…!あの白布被ったメジェドもどきミミック共が…取り囲んでやがる…!いつの間に…!?

 

 

やられた、オレとしたことが…!浮かれちまってた…! こうなったら、素直に従うしか…!

 

 

オレがそう覚悟を決めると、スフィンクスのヤロウは悠然と問いかけを…―。

 

 

 

「では、問おう。 次の存在は如何なるものか。 『朝は四本脚、昼は二本脚、夜は二本脚』――」

 

 

 

 

 

 

「っ…! く…ククク…! その答えは単純だ! 『人間』だろ!」

 

 

 

やった…!どうやらツキは俺に味方した! そのなぞなぞの答えは、今叫んだ通り『人間』だ!

 

 

朝昼夜を人生の流れに見立て…朝は生まれたてのハイハイ赤ちゃん、昼はオレのような二本足、そして夜は老人の杖付き歩きってな!

 

 

スフィンクスの問いかけのなかじゃあ、最もオーソドックスなヤツだぜ! ホラさっさと負けを認めて、谷や崖から身を投げ…――。

 

 

 

「――『でもあり、五本脚でも六本脚でも七本脚にもなり、しかしながら基本はその脚を使わず移動するのは?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

――…は? …は?? はぁ??? はああ!??? 

 

 

なんだそりゃ!? 聞いたこと無えぞ!? 間違いなく答えは『人間』ではねえし!

 

 

「ふむ…。汝の回答は『人間』か。 不正解だ。 最後まで聞いてから答えるべきであったな――。」

 

 

笑うスフィンクス…。いや最後まで聞いてもわかんねえよ…! なんだそりゃあ…!

 

 

「答えが知りたいという顔をしているな? ならば、処する前に教えてやろう。正しき答えは――…」

 

 

と、スフィンクスはそこで言葉を溜め出し…。…ん?ん!? 顔が、ガコンと開いた!? で、そこから現れたのは…!

 

 

「『ミミック』でーす!」

 

 

なああ!?!? また上位ミミックだとォ!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念でした! それじゃ、雑魚は消えなさ~い!ってね!」

 

 

スフィンクスから顔を出した上位ミミックの号令に従い、周囲の白布被り宝箱ミミックは輪を縮めてくる…! もうオレが取れる手段は…。

 

 

「ま、待て! 待ちやがれ! その答えはおかしいだろ!」

 

 

さっきのなぞなぞに物言いすることだけ。すると、どうやら言い分を聞いてくれるらしい…。じゃあとりあえず…。

 

 

「お前のような上位ミミックや触手ミミックとかはまだしも…宝箱ミミックは無理だろ! 脚になるもの存在しねえじゃねえか!」

 

 

周囲を指さしながら、思っていたことをぶちまける。 それを聞いた上位ミミックはにししと笑い…。

 

 

「やって見せて!」

 

 

と、宝箱ミミック数体に合図。 やって見せてって……なっ!?

 

 

 

き…牙で…!舌で…!曲芸するかのように()()()()()()…! 接地させる牙の本数、一本から調整可能なのかよ…!

 

 

 

「…いやズルくねえか!? 足じゃねえぞ!?」

 

 

「『脚』って言ったんでーす! 『支え』って意味もあるから間違ってないでーす! 私の勝ちデース!」

 

 

駄目だ…。何言っても聞く気ねえ…。 というか仮に正解してても、問答無用で襲ってきてそうだなこれ…。

 

 

 

仕方ねえ…。もう諦めて死ぬしか……。

 

 

 

 

 

…なーんてな! オレは往生際が悪くてな! ミミックに曲芸立ちをさせたのが運の尽きだぜ!

 

 

その隙を突いて、この輪から脱出してやる! そぅらぁ!

 

 

 

「あっ! そっちは…!」

 

 

ヒャハハ! 上位ミミックの焦る声が聞こえるぜ! もう遅い! 

 

 

このままどっかに逃げ…ぐへえっ!?

 

 

 

 

 

何かに躓いて、その場にひっくり返っ…! な、何だ…!? …白布?

 

 

ヘッ…! ということは宝箱ミミックか! 一体ぐらいなら何とかして…!

 

 

「あーあー…よりにもよって…。その御方を怒らせて……」

 

 

…あ? あの上位ミミックのヤロウ、何言ってるんだ? ……うん?

 

 

 

 

……この白布ミミック…。()()()()()()()()()()ような…。 でも宝箱ミミックは、さっき見たように牙とかで立つはずだし…。

 

 

え、じゃあこれは…??? 困惑していると、またも上位ミミックの声が…。

 

 

 

「お手間を取らせてしまい申し訳ありませんが…。その者の処罰、お願いいたしますね。『神様』」

 

 

 

…え゛。 ということはこれ…本物の…メジェ…―。 

 

 

 

 

ア゛ッ…ガフッ……――。

 

 

 



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顧客リスト№57 『ヴァルキリーの競技場ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

『On your mark...』

 

 

――準備合図の声と共に、私はスターティングブロックに足をかける。そして両手を、スタートラインの手前に。

 

 

所謂、『クラウンチングスタート』と呼ばれている手法。短距離を駆け抜けるため、蹴り、前へ飛び出すあの加速技である。

 

 

 

『Set...』

 

 

――用意合図の声と共に、姿勢を作る。体重を前へ寄せ、お尻を上げ、背筋を伸ばす。足の感覚も、問題なし。

 

 

全神経を集中させ、最後の合図を待つ。服…セパレート型ユニフォームから出ている肌に、チリチリとした『微かな痛み』を感じる。

 

 

首に、腕に、おへそに、背に、太ももに…。そして角に羽に尾に。あらゆるところに感じるそれは、照り付ける日光の強さか。

 

 

それとも、数秒足らず後に鳴り響くであろうスタート音への緊張か。 その感覚は心臓を大きく動かすものの、心地よさすら感じる。

 

 

 

しかし残念ながら、いつまでもそれを享受することはできない。 

 

 

時が、来た――。

 

 

 

 

 

 ギャリィンッッッ!!

 

 

 

 

 

――響き渡る、盾と槍がぶつかり合ったかのような衝撃音。これが、最後の合図。『走り出せ』の合図。

 

 

刹那、私の身を支配していた強張りは、霧散。そして…火薬に着火したかのように足に勢いをつけ―。

 

 

 

「っ―!」

 

 

 

――前へ。前へ。 垂れる汗、喉の渇き、周囲の景色…全てを一足ごとに、後ろに弾き飛ばすように。

 

 

何も考えないで、ただひたすらに。目に映るのは、近づいてくるゴールのみ。ただそれだけを、追い求めて…! 足を、動かす…!!

 

 

 

 

そして――――、とうとう――――、ゴールラインを―――越えっ…!!!

 

 

 

 

 

たっっっ――!!!

 

 

 

 

 

 

 

はぁ…はぁ…! さあ…結果は…! タイムは……!! 全力を出した…成果は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん! ふっつーーに遅いわね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…無茶言わないでくださいよ…。私一応、事務メインの秘書なのに…」

 

 

息切れをしながら、計測をしてくれていた社長の元へ。お水を貰いつつ、そうツッコむ。

 

 

やってみろって言われからやってみたけども…。当然の結果だと思う。

 

 

 

そりゃあ社長と色んなダンジョン行って色々巻き込まれているし、我が社の厳しめ(過酷)訓練の手伝いとかもやっているけど……。

 

 

そんな程度じゃ無理無理。 基本デスクワークの私が好記録でるわけないじゃないですかぁ…。

 

 

 

 

まあでも確かに…走って汗をかいた後に冷たい水を浴びるように飲むってのは、『チョー気持ちいい』って感じだけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、因みに社長も私とお揃いのセパレートユニフォーム姿。ただ何故か、『339』という数字が書かれたゼッケンをつけているけど。別にどこかの競技に出場するわけでもないのに。

 

 

――では、なんでこんな上下ユニフォームなのか、なんで短距離走をしていたのか。その理由をお話しよう。

 

 

 

 

 

 

ここのダンジョンの名は、『競技場ダンジョン』。人魔問わず、力ある者達が集い、競い合う場である。

 

 

かといって別に、コロシアム(闘技場)とかではない。様々な競技が開催されているのだ。

 

 

 

私が今やったみたいな短距離走を始めとして…長距離走、体操、格闘技、球技とかとか。

 

 

他にも砲丸投げやウェイトリフティング、フェンシングやアーチェリー、水泳やテニス、馬術やスケートボードなどなどなどなど……。

 

 

全部あげるとキリがないため、この辺りで割愛としよう。細かい試合内容、男女別々、魔法使用ありなしとかの分類を含めると、もっともっとあるし。

 

 

 

 

そんな競技種目の全てが出来るダンジョンのため、施設は屋内屋外なんでもござれ。しかも空間魔法で広々と。

 

 

勿論、練習しに来るのも遊びに来るのも観戦しに来るのもOK。ところどころにご飯の屋台もある。

 

 

 

また…何年に一度かだけど、大々的に大会を開催もする。その時はあらゆる選手観客が詰めかけ、鎬を削るのだ。私もその光景を中継で見たことが何度もある。

 

 

 

つまり、結構有名なダンジョンである。そして、その主は…―。

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い走りでした、アスト様。 特にフォームは、軽く教示しただけでしたのに中々の仕上がりでしたよ」

 

 

ふわりと傍へ飛んできたのは、先程スタート合図を出してくれた女性。しかし、私達みたいなスポーツ着ではない。

 

 

胸当てや腕は、美しき意匠の鎧。腰当てからたなびくは、流麗なる柔衣。そして背には、天使のような翼。

 

 

そして頭に被った兜からも、小さくも雄々しい翼が。更に手には…槍と盾。

 

 

 

まるでこの場に相応しくないような、戦装束。 とはいえそれも当然。彼女達は『戦乙女』なのだから。

 

 

 

そう、彼女……『シグルリーヴァ』さんの種族名、それは『ヴァルキリー』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルキリー。またの名を『ワルキューレ』。戦乙女とも呼ばれる、とある大神に仕える存在。

 

 

また知られているように、彼女達は本来、戦場で死した勇士英傑達の魂へ声をかけ、ヴァルハラという館へと招致する役目を持つ。

 

 

なのになぜ、このようなダンジョンを営んでいるかというと…。

 

 

 

 

「そういえばシグルリーヴァさん! 最近、勇士たち…もとい、『メダリスト』たち、良い感じに集まってるみたいですね!」

 

 

「えぇ、ミミン様。 戦争が減った今世において、このダンジョンを用いた勇士集めは実に有効な手段ですので!」

 

 

 

―と、社長達が話している通り。実はこれも、ヴァルキリー達のお仕事なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

先にも述べた通り、ヴァルキリー達のお仕事は戦場で命を落とした者達を招くというもの。しかし転じれば、戦いが無ければお役御免状態なのである。

 

 

それはヴァルキリー達も、その主である神様達も避けたいところ。とはいえ、だからといって戦いを起こすわけにもいかない。

 

 

そんな事やったら魔王様も人間達も他の神々も絶対黙ってない。まさしく『終末戦争(ラグナロク)』開戦である。

 

 

 

 

ならばどうするか―。――戦いが無いならば、()()()()()競わせればいいのである。

 

 

 

 

 

 

ということで考え出されたのがここ、競技場ダンジョン。腕自慢を集めて競わせて、勝利者…つまり勇士たちを選び出すのだ。

 

 

そしてその勇士には、ヴァルキリーの刻印が為されたメダルが渡される。これは参加者にとって最大級の栄誉となっているのだが…。実は裏事情が。

 

 

 

聞くところによると…メダルの授与主が天寿を全うした際、即座にヴァルキリー達が駆け付けてくるらしい。そして、『ヴァルハラに来ませんか?』という招致も。

 

 

 

そう、要はその『ヴァルキリーメダル』、タグ(付箋)のような役割を果たしているのである。『貴方は勇士です』とわかりやすくするための。

 

 

そうすれば、勇士が戦場に出ずに死んでもあら簡単。たちどころに本人を確保できるという訳である。

 

 

 

 

なおそのメダル、売ることも鋳つぶすこともできる。なにせヴァルキリー達が生成した貴重な金属なため、価格はえげつない。

 

 

因みに今回の派遣代金、メダル加工前のそれで支払ってくれるらしい。凄い。

 

 

 

 

…メダルの持ち主が別になっていたら、意味ないんじゃないかって? そこはご安心あれ。

 

 

そもそもメダル授与の時に、魂に契約を結びつけてあるらしく…問題なく貰った当人にヴァルキリー達が突撃&勧誘してくるとかなんとか。

 

 

 

……決して長い時間をかけた悪質勧誘とか言ってはいけない。一応断れるらしいし…。 そもそもそんなこと言ったら、ヴァルキリー達泣いちゃう。

 

 

…………ただ、断ったりすると、すっごく粘ってくるらしい。色々つけたり、チラシ渡したり、満足度グラフとか提示したりしてきて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コホン、話を戻して…。 血生臭い戦場で魂を搔き集めるよりも、こっちのほうがよっぽど楽で健康的。そんな理由で、ヴァルキリー達からもここは高評価。

 

 

中には、競技に参加しちゃう子達も。槍投げとかフェンシングとかはほぼ常連らしい。そして彼女達を打ち倒した場合、問答無用でメダル贈呈(勇士みーつけた)なのだとか。

 

 

 

 

更に更に、他の神々からも支持を得ているらしく、ちょこちょこ他の神様の姿を見かける。さらっといるから、案外気づかないぐらいに自然に。

 

 

つい先程、以前お邪魔した『レーシングダンジョン』の主、イダテン神様をお見かけした。今日は足での走りに来ているらしい。

 

 

 

そして向こうにいらっしゃる、選手たちを応援しているあの女神様。彼女、『ニケ神』という御方である。

 

 

…あんなTシャツハーフパンツ、そしてスニーカー姿の方、神様じゃないだろうって? だから自然に溶け込んでいるって言ったでしょう。

 

 

ほら、よく見なくとも背中にとんでもなく立派な御翼を湛えていらっしゃるし。言われてみれば、神様らしさがかなりあるはず。

 

 

 

 

…じゃあなんであんな俗っぽいお姿かって…? いやあれ、ニケ神様がご自分でデザインした服みたいで…。

 

 

しかもこのダンジョンに相応しい、スポーティーで通気性に優れた作りをした衣装。それ故に選手たちにも人気であり、ニケ神様も、皆に参加賞として配っているほど。

 

 

かくいう私達が今着ているこのユニフォームも、先程ニケ神様から頂いたもの。本当、着心地が良い。

 

 

 

そうそう。特徴として、ニケ神様の名が刺繍として刻まれていて…。確かここら辺に…。

 

 

あぁこれこれ! それのすぐ下には、チェックマークに似ているというか、ニケ神様の翼を軽く模したかのようなマークも…―。

 

 

 

へ? それ以上は言わない方が良い? なんで??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――まあ、そんな感じのダンジョンである。そしてそろそろ、例の『数年に一度の大会』が迫ってきているのだ。

 

 

えーと確か名称は…ヴァルキリーの名前と、彼女達が勇士を『選ぶ(pick)』ということから、『ヴァルキリンピック』という名前だったはず。 

 

 

あ、でも…長いからってちょっと略されて『ヴァリンピック』という呼び名になっている。どこかでなんとなく聞いたことがある? 気のせいだと思う。

 

 

 

 

当然、その大会のマークもある。蜂蜜酒(ミード)の杯を五個並べ、上から見たとされる図が。 それはさながら、五つの輪のような……。

 

 

……やっぱり、どこかで見たことがあるって? だから多分勘違いだと思う。

 

 

 

 

そしてその大会開催時には、数多の神々から借り受けた『聖なる火』を用い、辺りを明るく照らし出すという演出も…………。

 

 

…………絶対どこかで行われているって?  うーん…。まあ、別の世界線とかでは似たのがあるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を隠そうシグルリーヴァさん、他の世界線のヴァルキリー達が見える特殊能力を宿しているらしく…。実はこのダンジョンも、それらから得た知識から着想を得たらしい。

 

 

ダンジョン内を案内して貰いながら聞いてみたら、その事実を教えてくれた。そして中でも気になっている世界線があるらしく…。

 

 

 

「遠い遠い遠い別の世界線になりますが、私達(ワルキューレ)は神と人類の一対一の闘い(ラグナロク)を提言したとか。最もその世界は『終末』が迫り、かなり込み入った事情があるらしいのですが」

 

 

 

という話を教えてくれた。一応、このダンジョン作成の着想元になったらしい。そして他にも、参考にした世界線はあるらしく…―。ん?

 

 

 

 

 

 ゴォオオオオッッッ!

 

 

 

 

―わっ!?  なにか凄い轟音とともに、空を駆けていく影が…!? なにあれ…?

 

 

人…じゃない。魔物でもヴァルキリーでもない。もっと大きい、中型竜ぐらいのサイズ? そんな鉄の塊みたいなのが幾つか、飛んでいく。

 

 

しかも固そうな翼を翻し、雲を吐きながら…。おぉー! それで大会のマークを空を描いている…!

 

 

あれ?前に『風の谷ダンジョン』に派遣したミミック達の(乗り物)と、どこか似ているような…。

 

 

 

 

「わー! あれもしかして、『ブルーなんとか』ってやつですか?」

 

 

と、私の腕の中で歓声をあげる社長。なにか知ってるらしい。 しかしそれを聞いたシグルリーヴァさんは、微笑みながらも首を振った。

 

 

「惜しいですが、違います。あれは、私達『ヴァルキリー』の名を冠する飛行存在です。見ていただいた通り鳥のような姿ですが、可変することにより人型形態にもなることが可能なのです」

 

 

要はゴーレムのようなものだと思って頂ければ。 そう付け加えたシグルリーヴァさん。

 

私が空高くでキラッと光るそれらから目を離せないでいると、彼女は更に言葉を続けた。

 

 

 

「また、同じく私達の名を持つ音楽ユニットも結成しております。 大会を盛り上げてくれることでしょう」

 

 

「へー! それはまさに『るんぴか』ですね! …いえ、『ゾクゾク美』? それとも、『でかるちゃ』?」

 

 

……社長がまた、訳の分からないこと言ってる…。 あ、けどシグルリーヴァさんには通じているらしい…。手で何かのマーク作りあってるし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを話しつつ、様々な競技ステージを見学。と、頃合いを窺うようにシグルリーヴァさんが切り出してきた。

 

 

「ところで…ミミン様。ミミック派遣については、承諾を頂けますでしょうか…?」

 

 

「えぇ勿論!『大会のお手伝い及び、違反選手の確保役』でしたね! お任せください!」

 

 

彼女の頼みを、社長はにっこりと受諾。 そう言えば説明していなかったが…派遣依頼理由はそれである。

 

 

 

1つは、ヴァルキリー達の補佐。何分開催される競技はかなりの数で、やることも大量。

 

 

故にヴァルキリーや他神々の眷属、ボランティア参加者とかだけでは手が回らないこともしばしばらしい。

 

 

 

 

そしてもう一つの理由は…。悪い選手の取り締まりである。

 

 

 

魔法によるバフあり競技とかもあるのだが、勿論それが禁止の競技も沢山ある。しかし、それだというのにドーピングやズルをする者が一定数いるようなのだ。

 

 

隠れて薬を飲んで来ているとかなら、事前検査とかで結構弾けるみたいだけど…問題は、試合開始後に企む輩。

 

 

よーいドンの掛け声に合わせ身体を強化したり、使う道具に付与したり…。間近で見ればわかるかもしれないが、競技の都合上確認が難しいものもある。

 

 

ということで近くに潜んでいても邪魔にならず、バレることもほぼないミミックを見張り役に抜擢したい――。というのがシグルリーヴァさん達からの依頼であったのである。

 

 

 

その確認のために、各競技ステージを巡り、使う道具とかも確認させてもらった。後はその中に幾つか仕込むようにすれば…―。

 

 

「あー! 私、あれやってみたかったの! とぅっ!」

 

 

へっ!? 何かを見つけたらしい社長が、突然腕の中から飛び降りて…! どこ行くんですかー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道を滑るように何処かへと向かう社長を、私とシグルリーヴァさんは追いかける。着いた先にあったのは…。

 

 

「これは…『スケートボード』ですか?」

 

 

「はい。こちらは最近追加した競技になります」

 

 

 

そこに広がっていたのは、街中の階段や道路を模した競技場。そして、板に小さな車輪が幾つかついた代物に足をかけ滑り、技を競い合う選手たち。

 

 

「ミミン、行っきまーす!」

 

 

あ、その中に混じって、社長の姿が…。……スケートボードに箱を乗せて滑り出したのだけど…あれ、セーフなのだろうか…?

 

 

 

ともかくそのまま階段付近まで行って…おぉー!手すりにボードの端を乗っけて、グルグル横回転しながら滑り降りて…!

 

 

次の階段では普通に飛び出して…わぁ…!空中で華麗に縦一回転…! 更にもう一度跳ね、捻り加えの大技を…!

 

 

更には…! 自身とボードを全く別向きの高速回転をさせ、逆立ち式に綺麗に着地…! やりたい放題…!!

 

 

 

 

「これは…! 素晴らしい『ゴン攻め』のトリックです…!!」

 

 

シグルリーヴァさんは感嘆の声を上げ、周囲の参加者たちも絶賛の拍手を。

 

 

そんな中、社長はすいーっとスケートボードに乗りながら私の前に。輸送されてきたみたい。

 

 

「アスト、どうだった? 私のテクニック!」

 

 

「まさにスゴ技って感じでしたよ!流石社長です! ……まあ、ただ…」

 

 

 

…確かにとんでもなく凄かった。凄かったのだけども…。 言葉に迷う私だったが、それを見透かしたように、社長はにししと笑った。

 

 

「そうね! 私は普通に箱滑りしたほうが良いわね!」

 

 

……仰る通りで…。 だって社長、普段から箱で滑っているし、似たような技繰り出してるから…。

 

 

 

「ならば、次回以降『箱滑り』の競技を追加いたしましょうか?」

 

 

そこに、嬉々として提案してくるシグルリーヴァさん。いやいやいや…絶対競技人口は微々たるものになるし、間違いなくミミックがメダル総なめする結果しか見えない…。

 

 

というか…何かに『入って動かす』系の競技は、下手すればミミック最強とか有りうるかも……?

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、社長の『ミミックはあんまり目立っちゃいけませんから!』という意見もあり、その新種目の構想は一旦破棄。

 

 

「それは残念です…。 ではミミン様、こちらを差し上げます」

 

 

と、代わりにシグルリーヴァさんは何かを取り出す。そしてそれを、社長の首に…。

 

 

「わー! メダル貰っちゃった! やったー!」

 

 

無邪気に喜ぶ社長。首にかけられたのは、勝者に与えられるあの『ヴァルキリーメダル』であった。

 

 

確かに先程の圧巻のパフォーマンス、メダルを授与されても誰も咎めないだろう。あ、社長、メダルを噛んでみている。

 

 

 

 

……ん? ということは…?  あれ……?

 

 

 

もしかして社長……勇士判定されたのでは? 死んだ後に、魂連れてかれちゃうのでは???

 

 

 



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人間側 とある老観客と大会

 

競技場内に誂えられた、荘厳にして巨大な点火台。そこにヴァルキリーの代表が、槍の先に灯した眩しいほどの『聖なる火』を差し入れる。

 

 

瞬間、その点火台を中心に、周囲へ燦然と輝く光が放たれる。 更には大きく燃え上がる聖火の中より、幾つもの光弾が上空へ。

 

 

それは空を、この『競技場ダンジョン』内の至る所を、真昼の如く明るく照らす。まさに神々の火というに相応しい。

 

 

 

来場者が歓声をあげ空を見上げていると、どこからともなく巨大な鳥のような飛行ゴーレムが。照らされた空のキャンバスを塗るように、スモークで大会のマークを描いていく。

 

 

それだけでも万雷の拍手を送るべき代物ではあるが、まだまだ終わらない。続いて、心に染み入り昂らせるような歌と音楽。更に、目を奪われるようなパフォーマンスが聖なる火を囲む。

 

 

 

今年もとうとう始まったのだな―。 勇士英雄を選び出す存在であるヴァルキリー達による、競いの祭典…。

 

 

 

そう、『ヴァリンピック』が――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

儂は、かつてこの祭典に参加し、ヴァルキリーよりメダルを賜った者。 ただ…膝に矢を受けたわけではないものの、もはや老いさらばえてしまった。

 

 

しかし栄誉の『ヴァルキリーメダル』は、未だ肌身離さずだ。儂の天命が尽きたとき、ヴァルキリー達が迎えに来てくれるだろうよ。

 

 

それまではこうして観客席から、新しき世代の活躍を見守ることを何よりの楽しみとしている。今大会においても素晴らしきメダリストが…勇士が誕生することを切に祈りながらな。

 

 

 

 

あぁ…この開会の儀を見ると、かつてのことを思い出す。あの日あの時、あの聖なる火の元で胸を勇ましく張っていた時のことを…。

 

 

皆が正しく清く競い合う―。そして互いを称え合う―。 なんとも素晴らしき『戦い』だった。

 

 

 

 

 

……だが、最近は…。『近頃の若い者は』と月並みな台詞なぞ言いたくないがな…。全く…。

 

 

 

 

…昔よりも明らかに、()()()()が多い。この祭典を、ヴァルキリーを侮辱するかのように、不正を働く者が目に見えて多くなっている。

 

 

理由は明白だ。競技の勝利者に与えられるヴァルキリーメダルは、それだけで豪邸が立つほどの大金となる。

 

 

それを聞きつけた不真面目な連中が、こぞって大会に参加してきているという訳だ。一攫千金を目指してな。

 

 

 

 

 

 

フン、『儂ら』を舐めるな。 この大会のために血の滲む努力を重ね続けてきた、儂ら『選手』を。

 

 

そんな思いつきで参戦するちゃらけた奴らなぞ、敵ではない。 歯牙にもかけず競り勝つだろう。

 

 

 

 

……と、言いたいが…。その馬鹿共も無駄に頭が回る。 正攻法で勝てぬならと、邪道に手を染めだしたのだ。

 

 

『ドーピング』―。 薬や魔法を使い、身体や道具を強化する技だ。 それが認められている競技はあるが…問題はそれが禁止の競技にも、平然と使用して参加していること。

 

 

 

勿論、それはルール違反。ヴァルキリー達も見つけ次第失格とし、外に放り出してはいる。…しかし、大金がかかったあいつらはへこたれない。

 

 

 

一瞬だけ発動する術式、検査が終わった後の隙を突いた詠唱、遠目からでは証拠が分かりにくい魔法……そんなあくどい手段を使いだしたのだ。

 

 

 

全く、スポーツマンシップの欠片の無い連中め。 ……そんな手間をかける余裕があるならば、その時間を修練に当てればいいものを!

 

 

 

 

 

 

しかもその方法は年々姑息を極め、中にはヴァルキリー達の監視を容易くかいくぐる者もいる。当然判明次第、メダルの没収や勇士判定の抹消が行われるが…。由々しき事態なのに変わりはない。

 

 

儂も長年この大会を見守ってきた。だから、どんな輩が違反行為をするかはある程度見極められる。

 

 

それを活かし違反者の拿捕を手伝おうと、顔見知りのヴァルキリーに申し出もしたのだが…。思わぬ返答があった。

 

 

 

『今回より面白い対策をとったから、安心して観戦してほしい』とな。 ふむ…。かのヴァルキリーの言う事だ。信用すべきだろう。

 

 

 

はてしかし…どのような対策だろうか。 この目でそれを見ることができれば楽しかろうが…。

 

 

…いやいや。楽しいなんて口にしては駄目だな。不正は無いに越したことはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―さて、そうこうしているうちに開会の儀が終わってしまった。暫しの余韻に浸りたいところだが…。腰を上げ、移動するとしよう。

 

 

なに、いくら老いたと言えども歩行に問題はない。これこそ昔取った杵柄というもの。

 

 

では何故、足早にどこぞに向かおうとしているか…。 まあ、それは着いてのお楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――よしよし、到着した。 早く来た甲斐があった。この短距離走競技場の観客席には、儂以外の姿はない。

 

 

耳に入るのは下で準備を急ぐヴァルキリー達の声と、その動く音のみ。 ほとんどを静寂で満たしたこの空気が、たまらない。

 

 

 

……さっきは勿体ぶった言い方をしてしまった。なに、何のことはない。 儂が個人的に、この『事前準備中の競技場』が好きなだけだ。

 

 

 

此処に居ると、昔を思い出す。これから競い合うことを予見させる、雄々しいまでの静けさを。それに負けぬように、ひたすらにストレッチをしていた時のこと。

 

 

そして…刻一刻と時は過ぎ、観客が一人また一人と入ってくるたびに、引き締まってゆく身の感覚を。 ふふ…老いた身体とはいえ、身体の芯が沸々と沸き立ってくる。

 

 

 

この雰囲気を味わえるのは、この瞬間のみ。だからこそ、急いで来たという訳だ。ここで1人で目を瞑り、今と昔を繋ぎ想うというのも、楽しみの一つでな。

 

 

それにもうそろすれば、かつての儂と同じ、武者震いをさせた選手たちがここへ…――

 

 

 

 

『On your mark...』

 

 

 

―む、ヴァルキリーの声。 もう誰かしらが来たようだ。そして、最後の調整として走ってみるらしい。

 

 

体力を温存し、柔軟に勤しむ者。逸る気持ちを抑えきれず、身体を温めだす者。 ふっ…儂の時も、居たとも。

 

 

その点に関しては、今も昔も変わらない。 スポーツマンの…いや、勇士の(さが)なのだろう。

 

 

 

 

『Set...』

 

 

 

―用意合図がかかった。数瞬後には、構えている選手が全員、弾かれたように飛び出す。

 

 

そしてその最後の合図は、ヴァルキリーが持つ盾と武器が打ち鳴らされる衝撃音。 さぁ、あの音が響き…―。

 

 

 

『よーい、どんっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

――はっ……?  えっ……!?!?  なんだ、その…子供のかけっこのような掛け声は…!?

 

 

目を閉じていた儂は慌てて目を見開き、競技場内を見下ろす。 幾ら本番ではないとはいえ、少々戯れが過ぎる…!

 

 

 

―――そう眉を潜めようとしたが…その眉は別の意味で、深くしわ寄ってしまった。怒りではなく、物事の異様さに…。

 

 

 

何故ならば……『宝箱』が…………複数個並んで、疾走していたのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごーるっ! 電気(ボルト)のような速さで!」

 

 

……更に、妙ちきりんなことが…。 ゴールポイントまで辿り着いた宝箱の蓋がパカリと開き、中から女魔物が姿を現した…。

 

 

軽く白い粉を被ったようなその女魔物は、斜めに天を指すような、弓を引くかのような決めポーズを。更に遅れてゴールした宝箱も、蓋がパカリと…。

 

 

 

…なに…!? 中は、牙や触手や、小動物の類…!? あれはいったい…? 総じて、粉まみれな見た目になっているが…―。

 

 

 

 

――!!なんということだ……!あの宝箱達が走っていたトラックの道筋に…白線が…! 一切歪むことなく、()()()()()()()()()…だと…!?

 

 

 

 

…まさか…。今の疾走は、白線引きのためだと言うのか…? いやそもそも、あの魔物?は一体…。

 

 

 

 

 

 

「おー!凄いっすね~! 私達でも、こんな綺麗な白線を引くのは手間っすのに!」

 

 

儂が首を捻っていると…先程スタート合図を出したヴァルキリーが、謎の魔物達の元へ。

 

すると代表して女魔物が、一旦箱の中に引っ込んで……白粉を綺麗に落として(!?)再度出てきた。

 

 

 

うち(会社)の訓練で良くやってますから! こういう系なら、なんでもござれ!」

 

 

「いやそれでも、さっきやってたような『ハンドルを取り外した整地ローラーに入って地ならし』なんて、できるとは思いませんすよ…!」

 

 

「えへへ! ここでの一連のお手伝い、うちの『訓練道具倉庫』とかで遊んでる子ならお茶の子さいさいですよ~!」

 

 

 

……和気藹々と会話をする、女魔物とヴァルキリー…。 儂にはよくわからないが…とりあえずあの謎魔物は、ヴァルキリー達の手伝いをしているということらしい。

 

 

 

なれば、訝しむ必要もないが…。 前の大会では、一切見なかった魔物だ。口ぶりからしても、今回が初参加のよう。

 

 

……もしや、あの魔物が…? ふと頭の端に浮かんだ推測を捻じっていると―。背後より、聞き覚えのある声がかけられた。

 

 

 

 

 

「おや、こちらに居られましたか。 先の提案、誠に感謝いたします」

 

 

「おぉ…!これはシグルリーヴァ殿…!相変わらずお美しい御姿で。 儂はまだ、寿命が尽きませんで」

 

 

現れたのは、先程聖なる火を扱っていたヴァルキリーの『シグルリーヴァ』殿。 儂の顔見知りと言うのも、彼女のことだ。

 

 

 

「ふふっ。お褒めの言葉、有難うございます。 ですが、決して死に急ぐことはしないでください。勇士たる貴方様の到来を、私達はいつまでもゆっくりとお待ちしています」

 

 

「そう言っていただけると、感激の極みでございます。 …ところで…」

 

 

礼もそこそこになってしまったが…。儂はそう切り出す。そして…競技場を指さした。

 

 

 

「シグルリーヴァ殿が仰っていた『面白い対策』とは…。よもや、あの魔物のことで?」

 

 

「えぇ!よくお分かりに!彼女達は『ミミック』という魔物です。 隙間や穴あるところに潜むという魔物ですが…それを活かしてもらい、違反者対策を」

 

 

「ほうやはり…! して、どのような…?」

 

 

「それは―、見ていただければわかるかと。 既に開催している種目がありますので、そちらへご案内いたしましょう」

 

 

無邪気な悪戯っ子の如き表情のシグルリーヴァ殿は、儂に浮遊魔法をかけ手を引き、空を駆けてくださる。

 

 

死した魂となった際も、同じように招いてもらえるのだろう―。しかし今はそれを体験できた喜びよりも、ミミックとやらの『対策』が気になって仕方がない…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…?」

 

 

シグルリーヴァ殿に連れられやってきた競技場は、大きく開けている作り。そして…縦に長く、選手を包むような形の網柵。 なるほど、理解した。

 

 

『アレクサンダー選手、勢いをつけ鉄球を振り回します。そして…投げた! 良い放物線だ!』

 

 

実況が示す通り。ここは競技の一つ、『ハンマー投げ』のステージ。 今まさに、そのハンマー(鉄球)が空を…。おぉ…!全て新記録級だ!メダル間違いなしだろう。

 

 

 

「丁度良かった。次の選手が、私達が怪しいと睨んでいる者です」

 

 

儂が観戦に熱を入れてしまっていると、シグルリーヴァ殿が1人の選手を指し示す。ふむ…ははぁ…確かにあれは、不正をやらかす顔つきだ。

 

 

儂らに睨まれていることなぞ露知らず、その選手は肩をそびやかし、鉄球を手に。…既に、少々重そうに持っているが…。

 

 

 

「どの競技にも言えることですが、怪しいからと言って挑戦を拒むことは致しません。勇士となる可能性を奪いたくありませんので」

 

 

投擲位置へと入っていく選手を見つめつつ、そう口にするシグルリーヴァ殿。と、軽く溜息を。

 

 

「事前検査で弾ける違反者ならばまだ良いのですが、問題は瞬間的に詠唱、発動する魔法等を用いる者。特にこういった種目は目が届きにくくなります」

 

 

確かにこのような種目では、真横で判定を見守るわけにもいくまい。現に今も、担当ヴァルキリー達は離れた位置で審判をしている。

 

 

「そして、そういう者は往々にして痕跡を上手く隠します。故に、現行犯で確保する必要があるのですが…―」

 

 

 

シグルリーヴァ殿がそこまで説明を挟んでくれたその時―。怪しい選手は鉄球を振り回し始める。

 

 

あの動きは…十中八九、不正を働くだろう。全く…それならば魔法使用有りの競技に出れば良いものを。

 

 

最も、そちらだと取るに足らない程度の代物なのか、こちらで確実にメダルをもぎ取ろうとしているのか。どちらにせよ……。

 

 

 

 

 

……ん?待て…。 今しがた、シグルリーヴァ殿は何と言った?『現行犯で確保する』と?

 

 

ということは…それが見極められる位置に『対策』を…『ミミック』を配置せねばならない。ヴァルキリー達より近く、それこそ選手の目と鼻の先ほどに。

 

 

しかし…そのような場所は見当たらない。選手の周囲には、反対側が透けている網柵と鉄球しかない。ならば、どこに…。

 

 

『さあ大きく振り回し…おっと?急に勢いが増して…? っと、そのまま投げ――』

 

 

儂が虱潰すように探していている間に、(くだん)の選手は大回転。そして手を離し――

 

 

 

 

『「は…!?」』

 

 

 

 

 

 

……実況と、儂の声が被ってしまった。 いや、儂らだけではない。観客席からも同じ声が。更に…―。

 

 

「ぬぁああああっあああっ!?!?!?」

 

 

――選手の、悲鳴と狼狽が混じった声。それもそのはずだ…。なにせ……そやつ……。

 

 

 

……投げ飛ばした鉄球に捕まったかのように、共に空を舞っているのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、不正をしていたようですね」

 

 

予想通り、と笑うシグルリーヴァ殿。しかし儂は、丁度着地した鉄球と選手にしか目がいかなんだ…。

 

 

む…? あの位置にヴァルキリーはいなかったはずだが…いつの間にか現れている。そして、選手を拘束している…。 

 

 

 

むむ…!? 鉄球が…綺麗半分に()()()()()!?

 

 

 

 

 

 

 

「えー…。只今、ヴァルキリー様より伝達が。『身体強化魔法行使による違反行為を確認したため、当該選手を確保、失格とする』とのことです」

 

 

実況の報告を受け、ざわつく観客席。複数名のヴァルキリー達に捕らえられ、連れていかれる選手。そして割れた鉄球の…中に……あれは!?

 

 

「『ミミック』…!」

 

 

「ご明察です。鉄球の中に、ミミックと審判役のヴァルキリーを潜ませていたのです」

 

 

 

 

 

さらりと答えらしき代物を教えてくださるシグルリーヴァ殿。……ただ……。……はぁ…???

 

 

「ミミックの力を借りることで、鉄球の重さや重心、安定度等はそのままに鉄球内に潜伏。 近場での目視確認と魔力流動察知、そして先程のように荒業ながら即確保することが可能となりました」

 

 

「…いや、シグルリーヴァ殿、そうは仰りますが…。鉄球の大きさは、片手でも持てるサイズ…。どうやってその中に、ミミックとヴァルキリーを…?」

 

 

解説をしてくださる彼女には悪いが、儂はそう問いかけてしまう。 まだミミックはそういう魔物だとしても…ヴァルキリーは人間大…。入るわけが…。

 

 

「どのような仕組みかは私達でも推測不能でして…。ミミックの特性としか。 ただ、この大会のために、一流のミミック達を派遣して頂けました」

 

 

 

少し恥じらうように語ってくださるシグルリーヴァ殿…。……特性?派遣…? 

 

 

……儂が年老い、理解力が低下した…という訳ではない…のだろうな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、今度はこちらの競技場へ」

 

 

更にシグルリーヴァ殿に案内して貰い、別の場所へ。 ここは…水泳場のようだ。

 

 

 

…いやしかし…。まさか砲丸投げや槍投げ、円盤投げに至るまで…道具が軽く改造され、ミミックが仕込まれているとは…。

 

 

暇を見て、その道具類を触らせてもらったが…。確かに何一つ違和感がなかった。変わらぬ使い心地、投げ心地。 そして、シグルリーヴァ殿が中に引き込まれるのも目にした…。

 

 

どれもこれも俄かに信じがたいが…儂が引退してから、技術(?)が進化したということにしよう。 …そうでもしなければ、儂、狂い死にでもしそうだ…。

 

 

 

 バシャンッ!

 

 

 

―と、痛む頭に心地よい、涼やかな水音が。水泳競技が始まったようだ。

 

 

「こちらにも、ミミック達は潜んでいるのです」

 

 

儂の横で微笑むシグルリーヴァ殿。どこにいるか当ててみろと言う事らしい。 ふむ…まあ…先程の流れからして…。

 

 

「あの、コースロープ…。そのフロートの中ではないでしょうか?」

 

 

「ご慧眼です!」

 

 

儂がプールに張られた仕切りロープを指さすと、シグルリーヴァ殿は頷いてくださった。 ふと、その瞬間―。

 

 

「がばば…! ごぼぼぼ……」

 

 

麻痺を食らったような声と共に、独走していた選手が溺れだす。するとやはり、横のコースロープからひょっこりとヴァルキリーが姿を現し、違反選手を回収していった。

 

 

…そして…微かに見えたのは…ウミヘビの類だろうか。すぐさまフロート内に引っ込んでいったが…。水棲のミミックもいるのだな…。

 

 

 

「…因みにですが、シグルリーヴァ殿。 あのロープが無い競技の場合は…?」

 

 

「勿論、対策済みです。例えば…飛び込み台の中であったり、それこそプールの底の邪魔にならない辺りに箱を沈めて潜んだり、です」

 

 

……なんという…なんという…。儂が唖然としてしまっていると、シグルリーヴァ殿は更に提案をしてくださった。

 

 

「宜しければ、他の競技場へもお連れ致しましょう。 まだまだ彼女(ミミック)達は、潜んでいるのですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もう……もう……疲れた……。 数多のミミックを見過ぎて、頭が…。現役時代に感じた疲労感を上回った気すらする…。

 

 

彼女達、どこにでもいる…。アーチェリーの弓の中、高跳びの着地クッションの中、ラケットのグリップの中、舟の奥、自転車サドルの中、鞍の中、バトンの中、あん馬の中、重量挙げのバーベルの中…。

 

 

更には各種球技の球の中、ステージの障害物の中、様々な防具類の底、試合場の床下などなど……。無論、普通に観戦している分には気づくことができないほどに潜匿(せんとく)している。

 

 

 

 

 

――こういう大会ではよく、実力が上手く発揮できなかった時の言い訳として『魔物が潜んでいる』という言葉が用いられるのを知っているだろうか?

 

 

 

要はありもしない存在への責任転嫁だし、参加している魔物選手たちに失礼な台詞だ。……と、思っていたのだがな…?

 

 

 

 

……まさか本当に、至る所に『魔物(ミミック)』が潜んでいるとは……誰も思うまい。

 

 

 

ただ、彼女達が襲うのは不正者のみ。責任転嫁どころか感謝をしなければいけないのが、違いだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなミミック達を一通り目にし、説明を聞き、ようやく最初にいた短距離走の競技場へと舞い戻ってきたのがつい先ほど。

 

 

シグルリーヴァ殿は仕事が控えているということで別れ、今は儂1人。いやはや…疲れつつも楽しい時間ではあった。

 

 

既にここの観客席はかなり埋まっており、選手たちも顔を並べている。 ふふ…この空気も、やはり好ましい。

 

 

 

 

そういえば…この短距離走でもミミックの見張りはあるのだろうか。他競技に比べれば、あの魔法によるドーピングがしにくいはずだ。

 

 

なにせ賞味10秒あるかないか。中途で詠唱する暇もない。それに審判役のヴァルキリー達は、トラックのほぼ真横で睨みを利かせている。

 

 

―ッハ…!もしや…スターティングブロックにか…! 走り出すまでの数瞬を警戒して…。 なら上手くいけば、ミミック達の活躍を見ることができるやもしれない。

 

 

 

…む。だが…今から走る選手の面々は、総じて公明正大なる様子。不正なぞ働く気はない。

 

 

 

それは…少々残念かもしれないな。…………儂は何を言っている! 不正が無いのが一番良いのだろうが!

 

 

 

 

 

『On your mark...』

 

 

 

む…! 競技場内に響き渡ったのは、先程も聞いた…そして長年聞き慣れた、準備合図。千寿は人魔問わず全員、スターティングブロックに足をかけだす。

 

 

 

『Set...』

 

 

 

続いて、用意合図。揃って、身体を昂らせる。 皆スポーツマンシップに則り真剣に競い合う気迫が、観客席にもひしひしと伝わってくる。

 

 

儂も、固唾を飲む。 そして――!

 

 

 

 ギャリィンッッッ!!

 

 

 

 

先の時とは違い、今度こそ正しいスタート合図が響き渡る。刹那、構えていた選手面々は、己が全力をフルスロットルで…―!

 

 

 

 

――む?? それと並行するように、選手を逃さぬように、トラックの横で何かが走っている…?…なっ…!

 

 

 

 

…あれは…宝箱!! そして、先程も目にした女魔物が…ミミックが、身体を出している!!

 

 

 

 

 

しかも、重そうな魔導機材(サイドカメラ)を抱え、先頭選手と全く同じ速度で疾走しているのか…!? は、速い…!!

 

 

 

そのまま…ゴール…! ミミックが撮っていた映像は……全くブレていない…。 地面を滑るように走ることで、そのようなこともできるのか…!!

 

 

 

それに…選手面々が息切れしている中、彼女は全く疲れている様子が無い……全盛期の儂に匹敵するかのような速度だったというのに……。

 

 

 

ミミック…なんという魔物だ…。なんという…なんという……。

 

 

 

 

…もう儂、なんも言えねぇ……。

 

 

 

 



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顧客リスト№58 『おもちゃの兵隊のおもちゃ部屋ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


とあるところにある、一軒の小屋。外壁の至る所に可愛らしい落書きが施され、屋根はまるで積み木のよう。

 

 

変わった外観だが、臆する必要はない。気軽に扉に手をかけ、中に入ると……あら不思議!

 

 

 

 

 

一瞬にして、周囲の景色はがらりと変化。雰囲気はまさにメルヘン&ファンタスティック。可愛くて格好いい。

 

 

小屋の中とは信じられぬ、遠くまで見通せるほどに広いここには、山や川、丘や家、花壇や階段、滑り台などなどが色んな所に。 

 

 

 

―――けど…それらはぜーんぶ、『おもちゃ』なのである。

 

 

 

 

 

 

そう、どれもこれもが綺麗な色した作り物。 大きさは様々で、子供サイズのものから、私サイズのもの、それよりもっと大きいまで。よじ登ったりくぐったり、なんでもできちゃう。

 

 

 

足下をチラリと見てみると、そこは地面…ではなく、カラフルなジョイントマット。転んでしまっても安全設計。

 

 

しかも場所によっては絨毯になっていたり、クッションになっていたり。中には砂場やボールプールになっているところだってある。

 

 

 

今度は逆に見上げてみる。するとそこには雲や星が浮かぶ、高い空が…―。 いや、高くはあるのだが…やはり『本物の空』ではない。

 

 

正しくは、空色の壁紙。 でも、これまた場所に応じて様々な色に自在に変化している。たまに普通の空じゃ中々見れない色…ピンクや緑、虹色になっているところも。

 

 

そして浮かんでいる雲は、ふわふわの綿。輝いている星は、キラキラ光る金銀折り紙。更に、張り子の太陽と月が吊るされてもいる。

 

 

けれど、どれもこれもが本物のよう。雲は動き、星は瞬き、太陽と月は心地よい光を放っている。

 

 

 

 

そしてそして―。そんな空を、折り紙の鳥や蝶が。そんな床を、おもちゃの車たちが。色んな物の影から、ぬいぐるみやお人形たちが―。

 

 

来訪者を老若男女問わず歓迎するように動き、手を振っている―! なんとも素敵な、不思議な空間!

 

 

 

 

ここもまた、ダンジョン。その名を『おもちゃ部屋ダンジョン』というのである――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ということで、私と社長はそのおもちゃ部屋ダンジョンを訪問中。とうの昔におもちゃ離れとかしている年だとはいえ…なんだか、楽しくなってしまう…!

 

 

「アストちゃーん!ぎゅーぅ!」

「僕も僕もー!」

「「私たちも~!」」

 

 

なにせ…愛くるしい声と仕草で、ぬいぐるみたちがてこてこ寄ってきてくれるのだ。彼らは床に座る私を囲み、もふんと擦り寄ってくれる。

 

 

そんなぬいぐるみたちを恐る恐るながらもぎゅうっと抱きしめると、楽しそうに手足をパタパタさせてくれる。私の気分は子供。つい童心帰り。

 

 

 

……実家に残してきたぬいぐるみたち、ちょっと恋しくなってしまう。今度帰った時、洗ってあげようかな…。

 

 

いや、それはメイドたちが頃合いを見てやってくれてそう…。 なら…幾つか、会社の自室に連れて来てあげるのもいいかも?

 

 

 

――おっと…! 人形遊びにずっと興じている訳にもいかない。 今回もまた、依頼で来たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ『おもちゃ部屋ダンジョン』は、その名の通り見た通り、おもちゃ部屋。魔法で形作られている、広い広い広~い一部屋で構成されている感じ。

 

 

先程説明したように作り物の山や家、他にも仕切り壁とかがあるが、どれもこれもそんなに重厚なものではない。来訪者の意思でよいしょと形を変えることもできる。

 

 

 

―そう、来訪者。ここは諸人に開放されているダンジョンの一つ。故に、色んな人がやってくる。

 

 

そのメイン層はというと…。想像通り、子供達。 なにせここ、子供の楽園と言っても良いのだから。遠路はるばる遊びに来る子も沢山。

 

 

その他にも、その子供の親御さんや、私のような大人とかもやってくるらしい。かつて楽しみ、今やどこかへいなくなってしまった『過ぎ去りし時(子供時代の思い出)』を求めて。

 

 

 

 

そして、そんな人々を迎えるのが…このたっくさんのおもちゃたち。ぬいぐるみにお人形、パズルにブロック、砂場道具に変形おもちゃ、ボールにクレヨンなどなどなど!

 

 

全部が全部意思を持ち、遊んで(もてなして)くれるのだ。それこそが至上の喜びだと言うように。

 

 

 

 

彼らおもちゃは、『ポルターガイスト』『付喪神』などと呼ばれる存在に近しい、物に魂が宿った存在。

 

だから我が社の食堂担当の調理道具ガイストたちのように、『作られた目的を果たす』ことが大好き。

 

 

おもちゃは、子供達を…人を喜ばせるために作り出された代物。だからこそ、このようなダンジョンを作り、子供達に来てもらうことを生業としているのである。

 

 

 

 

 

 

―――へ? ところで社長はどこかって? それは…あそこに。

 

 

 

「おもちゃの~♪」

 

 

「「「ちゃちゃちゃ!」」」

 

 

「いえーい♪ さあ行こう!無限の彼方まで! せーの!」

 

 

「「「ひゃー!」」」

 

 

 

……近くにある滑り台から、滑り降りて遊んでる。自身の箱の中に、おもちゃたちを沢山入れて。

 

 

そのため、社長の半身は完全におもちゃの中に埋もれている状態。もう完全に宝箱というか、『おもちゃ箱』そのものである。

 

 

そして見た目が少女ゆえに、とんでもなくお似合い…というのは言っちゃいけない。完全に『おもちゃ箱の中に身体を潜ませ楽しんでいるお転婆娘』感しかないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ、それで…。一旦、子供化社長は置いとくとして…。肝心の依頼理由なのだが―。

 

 

「アスト姫様! お楽しみ頂けておりますでありますか?」

 

 

ふと、どこからともなく聞こえてきた声、そして目の前にカチャンと金属音を立てて着地する小さな音。現れたのは…手乗りサイズの、甲冑兵隊。

 

 

そして音が示した通り、その身を構成するのはスズ。つまり、『おもちゃの兵隊さん』である。

 

だから私達『姫様』付けで呼んでくれ、因みに男の子たちへは『王子様』呼びらしい。

 

 

 

名前は『ティンソルダット』さん。…大きさ的に、間違えて踏まないように注意である。

 

 

彼ら(おもちゃ)に痛覚は無いらしいが、どこかは曲がってしまうだろうし……多分、踏んだ側のダメージが最も大きい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ティンソルダットさん! すごく懐かしい気分に浸れています!」

 

 

「それは良かったであります! そのお言葉、自分らにとっては至上の喜びであります!」

 

 

私がそう返事をすると、小さい(おもちゃの)剣を構え、チャキンと敬礼を魅せてくれるティンソルダットさん。私を包んでくれているぬいぐるみたちも、わいわいきゃっきゃっと。

 

 

そんな彼らをむにむにと撫でつつ、私はティンソルダットさんへもう一つ返した。

 

 

「でも…。本当に私達で―、ミミックで良いんですか? ご依頼の件…『子供達の遊び友達兼見張り係員として、雇いたい』というのは…―」

 

 

「なーに言ってるのよ、アストったら!」

 

 

 

 

 

 

私の問いかけを遮ったのは、滑り台を遊び終えた社長。やっぱりおもちゃ箱状態のまま、こちらへと跳ねてきた。

 

 

「うちの派遣オプションに『子供達の相手をする』メニューあるの、忘れたの? 実際それを用いた派遣もしてるし!」

 

 

「いや、それはそうなのですけど…。既に他にもそういう方々は雇われているようですし……ぶっちゃけ、ミミック、怖がられません? まさしく『びっくり箱』になりません?」

 

 

私はそう不安を口に。すると社長は…笑い飛ばした。

 

 

 

「考え過ぎよ~! 今まで色んなダンジョンを訪ねて、それこそ子供達と接する機会は幾らでもあったじゃない? でも、びっくりはともかく、恐怖に慄いた子なんていなかったでしょう?」

 

 

それに、びっくり箱だっておもちゃだしね~! と、社長は一緒に箱に入っているおもちゃたちをなでなで。 …まあ、言われてみれば確かに。

 

 

 

ミミックの生態云々に驚かれこそするが、恐怖する様子の子供達はあんまり見たこと無いかも。ミミックを見て青ざめるのは彼らではなく……―。

 

 

「そ!ミミックを怖がるのは、仕置きを食らった欲深な悪漢だけ! ピュアな子供達にとって、ミミックは『おもちゃ箱』と同義。 即ち、『ドキドキが詰まった秘密の箱』ってね!」

 

 

……ミミックのドキドキ(緊張感)を、おもちゃ箱のドキドキ(高揚感)と並べていいかは怪しいとこだけど…。

 

 

「自分もミミン姫様に賛同するであります! 子供達は、結構怖いもの知らずでありますから!」

 

 

ティンソルダットさんもそう言うのならば、大丈夫なのだろう。 ぬいぐるみたちも同意してくれるみたいだし。

 

 

 

……あれ? ティンソルダットさん、急に(スズ)の輝きが鈍くなったような…?

 

 

 

「それに……派遣をお願いしたいのには、もう一つ別の理由がありまして…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おもちゃ泥棒!?」」

 

 

「はい…そうなのであります。 大人たちにも童心に帰って遊んでもらうため、入場料こそちょっと頂いてはいるものの、歓迎しているのでありますが…」

 

 

素っ頓狂な声をあげてしまう社長と私に、ティンソルダットさんは語ってくれる。そして、更に身体をくすませて…。

 

 

「中には、自分らおもちゃを誘拐し、売り飛ばそうとする輩がいるのであります…」

 

 

 

 

 

「何分自分達は、このダンジョンの魔法のおかげで命尽きるまで身綺麗のまま。端っこが折れても綿が飛び出しても汚れに汚れても、少し経てば元通りなのであります」

 

 

是非試してみて欲しいであります。 と、ティンソルダットさんは言うが…流石におもちゃを壊すのは忍びない。

 

 

 

ということで、名乗り出て?くれたスリンキー(バネのおもちゃ)と、ルービックキューブで試してみることに。

 

 

社長がスリンキーをわちゃわちゃに絡ませて…、色が揃っているルービックキューブを適当にがちゃがちゃして、放置と……。

 

 

…おー…! 本当だ、勝手に直っていく…。絡まりが解けて、揃った色に戻っていく……!

 

 

 

……ん? ルービックキューブの方はそれだとマズいんじゃ…? いや流石に遊ばれていない時に戻るのだろうけども。

 

 

 

 

 

――とにかく、凄い魔法がかけられているのはわかった。ティンソルダットさんは自慢げであったが、すぐに(Tin)鬱な様子に。

 

 

「この魔法を逆手に取られ、『プレミア価格のおもちゃが、新品同然で手に入る』とされてしまい…捕まってしまうのであります…」

 

 

なるほど…。因みに、私の魔眼を発動してみると…。わあほんとだ…。どの子も、結構な値段する…。これおもちゃの値段…??

 

 

 

流石は魂を宿すほどのおもちゃたち。貴重な存在である。 おもちゃとしても高いし、依り代や使役系の魔法の素材にもされてしまうだろう。

 

 

そんなことを聞いてしまえば、この派遣依頼…! ―と、社長がにっこりと笑い…。

 

 

 

「ふふふのふ…!ちゃちゃちゃのちゃ! それこそ我が社にお任せあれ! ――いえ…!」

 

 

何故かコホンと咳払い。そしてなんでか、言い換えて…―。

 

 

「『俺がついてるぜ!』とでも言いましょうか!」

 

 

「おぉ…! それはつまり…そういうことでありますか…!?」

 

 

金属の輝きを取り戻すティンソルダットさん。社長は…何故かカウボーイハットを取り出し、一時的に被って…。

 

 

「えぇ! まさに『君はともだち』! おもちゃの物語(Toy Story)、しっかり私達が守ってみせましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ところでアスト。 いつまでそんな、野暮ったい服着てるわけ?」

 

 

「へ? え?あ、あの…? いつものスーツなんですけど…?」

 

 

契約書を頂いた直後、不意に社長がそんな意味不明なことを。だってこれ、普段通りの秘書服……。

 

 

「ふふふ…えーとゴホン…。  あすとちゃん! 敵が迫ってるミン! 今すぐ変身するミン!」

 

 

ほえっ!? 社長が突然変な声を!? そして何かを(おもちゃ)箱の中から取り出して……。

 

 

「えっ…これ…? ステッキ?」

 

 

手渡されたのは、短杖。けど、やたらと可愛いデコレーションが施してあるし…なんか光ってる…。

 

 

「それを振りながら、『ミミッラクル☆チェーンジ!』と口にするミンよ!」

 

 

「え、いや…ちょっ…!? どういう…」

 

 

「早くしなきゃ、今月の給料無しミン☆」

 

 

えぇええ…!? よ、よくわからないけど……!

 

 

 

「み、『ミミッラクル☆チェーンジ』…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――刹那、杖から虹の光が発せられ…えっ!? ぜ、全身がその光に包まれて…!

 

 

わっ…!さ、更に…小っちゃいミミックみたいな光の宝箱が複数現れて…!足先とか手先とかからもぐもぐされて!?

 

 

で、でも食べられてるんじゃなく…そこが別の服に変わっていって…!残ってた宝箱の一つから、アクセサリーみたいのが幾つも飛び出して……!

 

 

「ちぇ、チェンジ完了!『ミミッキューティー☆アスト』! ……へっ!?」

 

 

なんか、勝手に口が動いちゃった!? って……何この服!?!?

 

 

「すっごいフリフリなんですけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

変身?が終わると、なんと着ていたスーツがたっぷりフリル付きのキュートなドレスに…! ステッキの魔法…!?

 

 

「すっごく可愛い『バンクシーン』だったわよ! ……あ、ミン!」

 

 

よくわかんないけど、社長は褒めてくれている……のかなこれ? 

 

 

「やっぱりおもちゃといえば、こういう『変身アイテム』が強いですよね~!」

 

 

「流石ミミン姫様、お目が高いであります! 子供達にも人気の一品であります!」

 

 

そして、ティンソルダットさんとそう話す社長。…あ。私が持ってるステッキ、自身満々にフンスと胸…もとい柄を張った…。

 

 

 

 

 

 

「では、ミミン姫様もご変身召されるのでありますか? それとも、アスト姫様…いえ、『ミミッキューティー☆アスト』様のマスコット的な立ち位置に?」

 

 

ふと、そんな問いかけをするティンソルダットさん。しかし社長は首を振り…。

 

 

「ううん、私は……―」

 

 

そこで言葉を切った社長。するとおもちゃ箱状態のままパタンと蓋を閉じ…さっき遊んでいた滑り台の頂上まで飛びあがり……――。

 

 

 

 パカッ!

 

 

 

「ふはははは! ミミッキューティー☆アスト! ここで会ったが百年目!(われ)、『ミミン悪総統』が倒してやるぞォ!!」

 

 

 

 

 

あっ!! 変な角みたいなのと帽子とマントみたいなのをつけて、キッズコスメでなんか顔に模様を施した社長が、明らかに悪人台詞で出てきた!?

 

 

しかも、さっきまで社長と一緒に入っていたおもちゃたちが、示し合わせたように社長…もといミミン悪総統の兵隊みたいに飛び出した!?!? 

 

 

 

「ならば…僭越ながら自分が相棒役を務めるであります!」

 

 

私が唖然としていると、ティンソルダットさんが肩にぴょいんと。そして剣を引き抜き、ミミン社長…もといミミン悪総統へ向けた。

 

 

「ミミッキューティー☆アスト様! あれこそがラスボス、ミミン悪総統であります! この『おもちゃ部屋ダンジョン』の平和のため、打ち倒しましょう!」

 

 

あ…そういうこと…! どうやら、前に『遊園地ダンジョン』で観たようなヒーローショーが始まったみたい。 なら私も……!

 

 

「えぇ!ティンソルダットさん!  今日こそ年貢の…給料の納め時! 覚悟してください、ミミン悪総統!」

 

 

「ふふふ…!良い気迫だ、ミミッキューティー☆アスト…! 今日こそ(われ)が、お前を倒す! そして自慢の触手でぐちょぐちょのぬちょぬちょに……!」

 

 

 

「…………社長、せめて全年齢版でお願いします……」

 

「自分からも、お願いするであります……」

 

 

 

「てへっ! はーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ミミッラクル♡チェーンジ』!! チェンジ完了!『ミミッキュート♡ミミン』!」

 

 

――ということで…。…何が、ということで…? えっと……。

 

 

ミミン悪総統は倒され改心し、新たなる戦士ミミッキュート♡ミミンとして生まれ変わった…のである…!

 

 

 

 

……何この茶番……。 ……いや実を言うと、結構楽しかったのだけど…。 遊びに来ていた子供達が、ピカピカ光るライト片手に応援してくれもしてたし……。

 

 

 

「ミミッキュート☆アストは、魔法をキラキラ操る美人魔法戦士! そして私、ミミッキュート♡ミミンは…初代みたいな美少女ぶん殴り戦士!」

 

 

……そして社長は、恒例の如くよく意味が分からないことを口走ってる…。あぁそして、観客の子供達を次々(ミミッラクル)(♡チェーンジ)させていってるし…!

 

 

 

 

続々と増えていく変身っ子たちと、その周りでマスコットを務め出すおもちゃたちにちょっと茫然としていると…。 社長…じゃなくてミミッキュート♡ミミンが、私の腕を引っ張った。

 

 

「さ!ミミッキュート☆アスト! たっくさ~ん遊ぶわよ~!」

 

 

「え゛。この格好のままですか!? なんか恥ずかしいんですけど…!」

 

 

「なーに言ってるの! ここは『おもちゃ部屋』!皆が子供に戻れる、不思議な空間なんだから!」

 

 

 

言うが早いかミミッキュート♡ミミンは、ブロックおもちゃたちが組み合わさって敵になってくれているステージへ、一直線。

 

 

子供達も続くように駆け出して……。…うん! 

 

 

 

「ミミッキュート☆アスト様! 自分達も追いかけるであります!」

 

 

「はい!ティンソルダットさん! おもちゃ部屋の平和は、私達みんなが守ります!」

 

 

 

恥ずかしさは全部投げ捨て、このひと時だけは『子供』として。 私も目を輝かせ、遊びに向かうのであった――。

 

 



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人間側 とある男児と玩具

 

「そーっと…そーっと…! …やった!取れたあ!」

 

 

手がぷるぷると震えたけど…それを我慢したら、すぽんと抜けた…! じゃあ…―。

 

 

「次は、ミミックさんがジェンガを抜く番!」

 

 

 

 

ぼくがそう言うと、横に座っている…座っているのかな? おもちゃ箱みたいなのに入った触手さんが、にょいんと伸びる。

 

 

そしてぼくたちの目の前にある、もうぐらぐらしてる穴あきジェンガのブロックひとつに触れて…!

 

 

「わ…わ…! 倒れる…?倒れちゃう…!?」

 

「おおお…! ちょっと抜けてきた…!」

 

 

一緒にやっている他の二人も、どきどきしながらミミックさんの動きを見つめる…! ちょっとずつ…ちょっとずつ引っ張ってって……!

 

 

 

 グラッ  ガシャン!

 

 

 

「「「あー崩れた! ミミックさんの負けー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良かったぁ、ぼくが負けなくて。次はぜったい無理だったもん! さ、ジェンガはかなり遊んだし、次は何してあそぼっかな~!

 

 

んー迷っちゃう! だってここ、おもちゃはなんでもあるし、遊び放題なんだから!

 

 

 

 

ここは、ぼくがよく来る遊び場。『おもちゃ部屋ダンジョン』って言うんだって。外の見た目は小屋なんだけど、中に入るとすっっごく広いお部屋になってるの。

 

 

そして…おもちゃたちがぜーんぶ動いてるんだ! ぬいぐるみさんも、お人形さんも、ボールさんも、積木さんも。

 

 

そして今遊んでいたジェンガさんも! ほら、ひとつひとつのブロックがふよふよ動いてる!

 

 

 

 

それが珍しいからか、ここにはお父さんお母さんや、他の大人たちもたくさん来るみたい。今日もお父さんたちと来たんだけど…別のとこ行っちゃった。

 

 

でも、寂しくなんてないよ。寧ろ、好きなだけ遊べて楽しい! 初めて会う友達がいっぱいいるし、おもちゃたちと仲良くなれるし!

 

 

 

帰りたくなっても大丈夫!そんな時はおもちゃたちが、お父さんたちのところや出口まで連れてってくれるんだ~!

 

 

でも、ぼくはずっとここに居たいから、だいたいお父さんたちが来ちゃうんだけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

他にも、一緒に遊んでくれる大人たちがいるの。エルフや獣人のお兄さんお姉さんとかは、肩車とかしてくれるんだ!

 

 

それでねそれでね! 今日初めて会った、遊んでくれる大人?がいるんだ!

 

 

 

それがあの、ミミックさん! 触手がうにょうにょしている魔物なんだけど…。初めて会った時はびっくりしちゃった!

 

 

だって、置いてあったおもちゃ箱の中からひょっこり出てきたんだもん! わあっ!?って声あげちゃった…!

 

 

でも……触手をくねくね動かしてるの、見てて面白いし、一緒に遊んでくれるし…すぐに仲良くなっちゃった!

 

 

さっき、触手をお腹に巻いて貰って、高い高いして貰ったんだ! 楽しかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでぼく、そんなミミックさんともっと遊びたいんだけど…。

 

 

「はーいミミックさん! ご飯の時間ですよ~! お味はどうですか~」

 

 

他の子とおままごと始めちゃった。 美味しいって言うように、触手をくるんくるん動かしてる。

 

 

ぼくもおままごとに参加しても良いんだけど、あんまり気分じゃない。 別の遊びしにいこーっと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、ダンジョンの中をとことこと。柔らかい床の踏み心地が気持ちいい。

 

 

さあ、なにしよう。格好いい人形さんを見つけて、闘いごっことか? 変身ごっこもいいかも!

 

 

それとも、砂場とかで山を…………あれ?

 

 

 

 

「…………へへ……!」

 

「……良い…だ…!」

 

「こいつ…………ぜ!」

 

「だな……! なら…………」

 

 

 

……なんだろ。どっかから声が聞こえてくる。なんか楽しそうな感じ? えっと、こっちのほうだ。

 

 

あ、なんかある。動かせる壁で作られた、四角い場所。なんか秘密基地みたい……! 声もこの中から聞こえているし、覗いちゃえ!

 

 

よいしょ! ぼくも仲間にいーれーて! …………へ?

 

 

 

 

「うおっ!? なんだ!?」

 

「びっくりさせやがって…!」

 

「ガキじゃねえか!」

 

「何見てやがんだ! どっか行け!」

 

 

 

中に居たのは、おじさんが四人。……なんか、怖そうな見た目…。 そして、変なことしてる……。

 

 

「…おじさんたち、なんで女の子のお人形さんをひっくり返してるの?」

 

 

 

 

 

 

 

ぼくがそう聞くと、おじさんたちはびくってなる。だって、おかしいもの。女の子が遊ぶ可愛いお人形さんをひっくり返して、スカートの中を覗いてるんだから。

 

 

もしかして…変態さん? 変態おじさん? 変なおじさん?

 

 

 

「そのお人形さん嫌がってるし、放してあげてよ」

 

 

しかも掴まれてるそのお人形さんは、すごくイヤイヤって暴れてる。だからぼくはそうお願いしたんだけど、おじさんたちは放してくれない。それどころか……。

 

 

「あ゛!? 誰が放すか! こいつはプレミアがついてる…」

 

「おい、黙ってろ! ほらクソガキ、どっか行け! じゃないとぶん殴るぞ!」

 

 

ぼくを怒ってきた…! しかも、お人形さんを持っているおじさんが、僕のことを押し出そうとこっちに……。

 

 

……今だ! えいっ!

 

 

 

「っな…!? テメエこのガキ!? それを返しやがれ!!」 

 

 

おじさんの手からお人形さんを引っ張って、外してあげた! さっきのジェンガに比べたら、すっごく簡単!

 

 

「待てゴラ! 蹴り飛ばすぞ! ガキだからって容赦すると思うな!」

 

 

わわ…! おじさんたちが全員こっちに来ちゃった! 逃げなきゃ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お人形さんを抱っこしながら、ぼくは頑張って走る…! でも、おじさんたちはすごい怖い顔で追いかけてくる……!

 

 

誰か…誰か助けて…!!

 

 

 

 

 カラカラカラカラ……!

 

 

 

 

――へ?  今、足元を何かが走っていったような…?  あれって…小さい馬車のおもちゃ?

 

 

ぼくが足を止めて見ちゃうと、その馬車のおもちゃはそのまま勢いよくおじさんたちの足の下に……!

 

 

「~~!?!?!?!? (い゛)っッッだぁあ゛あああ!?!?」

 

 

直後、おじさんの1人が悲鳴を上げて倒れた…!馬車のおもちゃ、踏んだみたい。お父さんが僕のおもちゃ踏んだ時、あんな感じだった。

 

 

でも、よかった…! 他のおじさんたちも足を止めた。今の内に……。

 

 

「く…クソッ! こいつ…ぶっ壊してやる!」

 

 

あっ! 踏んだおじさんが、馬車のおもちゃを掴んで…どっかに投げつけようと……! …ん!?

 

 

 

 

 パカッ ギュルッ!

 

「ぐえっ!?」

 

 

 

 

なにあれ…! 馬車のおもちゃの中から触手が出て来て…! おじさんを捕まえた!?

 

 

「な、なんだこれ!? わ…あああああ!」

 

 

そして、馬車のおもちゃに引っ張られて、どこかに…! 消えてっちゃった……。

 

 

 

 

 

 

 

ぼくも、残った三人のおじさんたちもぼーっとしちゃう…。なんだったんだろう…。

 

 

でもあれ、触手だったから…ミミックさん? 馬車のおもちゃの中に、ミミックさんがいたの? ぼくがそう考えていると…。

 

 

「どうしたでありますか?」

 

 

「あ! おもちゃの兵隊さん!」

 

 

近くのおもちゃな山にカシャンと着地したのは、スズで出来た兵隊のお人形さん。ぼくがさっきのことを話すと、兵隊さんは小さい剣を引き抜いた。

 

 

「なるほど、悪漢でありますか! ならばその子(女の子人形)を連れて、向こうにあるボールプールまで逃げて欲しいであります!」

 

 

「う、うん!」

 

 

「感謝するであります! では自分は…時間稼ぎするであります! とうっ!」

 

 

 

シャキンと剣を構え、格好良くジャンプする兵隊さん! そしてそのまま、ぼくに近づいて来ていたおじさんたちに……!

 

 

「おっとっとぉ! へっ!これぐらい止められねえと思ったか! これでも俺らは腕利きでよ!」

 

 

あーっ!! 兵隊さん、捕まっちゃった!!

 

 

 

 

 

 

どうしよう、助けなきゃ…! でも、逃げてって言われたし…!

 

 

「どうした安物! そのちゃちい剣で反撃しねえのか? なんなら、片足もいでやろうか?」

 

 

ぼくがあわあわしていると、おじさんが兵隊さんにそう言う。すると兵隊さんは……。

 

 

「フフフ…! 自分、これでもしっかり者で通っておりまして! 無策に飛び込んだわけではないであります!」

 

 

「あ゛あ?」

 

 

「お気づきにならぬのであれば致し方なし。 ――自分は、『囮』であります!」

 

 

兵隊さんがそう口にした、次の瞬間――!

 

 

 

「んなっ!? ぬいぐるみが!?」

 

「おもちゃのシャベル!? フライ返し!? うおっ!?」

 

「な、なんだこれ…! 他にも色々来やがった!?」

 

 

 

色んなとこから、色んなおもちゃが沢山!! 一斉におじさんたちにぽこぽこぶつかりだした!

 

 

「痛っ! この…痛っっ!」

 

「こ、この…ちょこちょことォ!」

 

「邪魔くせえ!」

 

 

…けど、おもちゃが幾らぶつかっても、柔らかいぬいぐるみとかが殴っても、おじさんたちにはあんまりダメージがないみたい…。このままじゃ……。

 

 

 

「!? あ…あばばばばばば……!?」

 

 

…え!? おじさんの1人が、びくんびくんしながら倒れた!? あれ?あのぬいぐるみの中から…なに、あの変な色の蜂!?

 

 

「は!?『宝箱バチ』だと!? なんでミミックがぬいぐるみの中に潜んでやがんだ!? ほ、他のヤツもいやがる!」

 

 

びっくりするおじさん。あれもミミックなんだ…! あ、ほんとだ! なんかおもちゃのバケツや貯金箱とかの中から、おんなじぐらい変な色のヘビとかがでてきた!

 

 

そして…あそこにいるおもちゃ箱! さっき一緒に遊んでた触手のミミックさんだ!!

 

 

 

「さ! ここは自分達に任せて、逃げるであります!」

 

 

「うん!」

 

 

おもちゃの兵隊さんに従い、ぼくはお人形さんを抱っこして走った!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーい!」

 

 ザボォンッ!

 

 

そのままぼくは、見つけたボールプールの中に勢いよく飛び込んだ! 沢山の色んな色のボールが当たって気持ちいい!

 

 

「お人形さん、大丈夫?」

 

 

そんなボールのプールからぷはっと顔を出して、抱っこしていたお人形さんに聞く。すると、とても嬉しそうにうなずいてくれた! 良かった…!

 

 

……でも、なんでさっきの兵隊さん、ここに逃げてって言ったんだろ? 他のお友達や大人たちも遊んでるみたいだし、一緒に居てってことなのかな?

 

 

それとも、誰か呼んできてってこと? 確かにさっきのおじさんたちは怖いし、おもちゃやミミックさんたちだけじゃ……―。

 

 

 

「はぁ…はぁ…! 見つけたぞ…クソガキがぁ!!」

 

 

 

 

 

 

わぁっ!? さっきのおじさんが、ここまで来ちゃった! すごくボロボロにやられていて、1人だけになってるけど…!

 

 

「さあ…早くその人形を寄こせ…! じゃねえと…痛い目みるぞ…!」

 

 

そう怒るような声で、ぼくに寄ってくるおじさん…! お人形さんがぼくの服を引っ張って、ボールプールの奥に連れていこうとしてくれる…!

 

 

けど、ぼくはおじさんの勢いが怖くて…動けなくなっちゃって…。その間におじさんも、ボールプールの中に入って来て……――。

 

 

 

「あ゛ん…? ……!? な、なんだ…!? ボールが…纏わりついてくるだと!?」

 

 

 

 

――わああ…!すごいすごい! ボールプールのボールが一斉に動いて、悪いおじさんの周りに…!

 

 

そうだ、ボールさんたちも動くんだから、こんなに沢山仲間がいるってことなんだ…! 兵隊さんがここを教えてくれたのは、そういうことなのかも!

 

 

「こ…このォ! こんな軽いボールで俺を止められると思うなァ!」

 

 

 

えっ…! おじさん、くっついてくるボールを払いながら、無理やりぼくのほうに来る…! 駄目なの…!?ボールさんたちだけじゃ、ダメなの…!?

 

 

だ、誰か…! 誰か助けて!!!!

 

 

 

 

 

 

 ボゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

 

 

 

 

……え? ボールプールの遠くから、波が……? 

 

 

違う! ボールプールの底を、何かがこっちに進んで来てる!? もぐらみたいに!? そして…!!

 

 

 

 ポコンッ!

 

 

少し離れたところに出てきたのは…おもちゃ箱!…じゃない? おもちゃ箱みたいな見た目の…宝箱? それが勝手に、パカッと蓋が開いて…?

 

 

 

 ポココンッ!

 

 

「おもちゃ泥棒&子供をいじめる悪いヤツ! 私が相手だー!」

 

 

へっ!?今度はおじさんの足元から、ボール…ううん、ちっちゃいボールに入った、魔物のお姉さんが飛び出してきた!?

 

 

「っ!? じょ、上位ミミッ…むぐっ!?」

 

 

そしてそのお姉さん、伸ばした触手でおじさんをグルグル巻きにして……!

 

 

「ボールプールで相手をゴールにシュゥゥゥーッ!!  超!エキサイティンッ!」

 

 

「もごぉっっ!?」

 

 

そのまま、蓋が開いた宝箱の中に……投げ入れた!!!!

 

 

 

 

 

 

「な…なんでこんな玩具まみれのダンジョンに、上位ミミックが…!? ってこいつも宝箱型ミミックじゃねえか! 止めっ…!呑み込もうとすんじゃねえ!?」

 

 

宝箱型ミミックさん?にもぐもぐされながら、暴れるおじさん…! すごく大変なんだろうけど、ボールプールに浮いてる宝箱に食べられてるの、なんか面白い…!

 

 

「『俺たちおもちゃは何でもお見通しだ。 だから、大事に遊ぶんだぜ』ってね! どっかのおもちゃカウボーイの名台詞だよ~!」

 

 

そうおじさんへ向け言いながら、ぼくのほうにころころ来てくれる上位ミミック?のお姉さん。そして…シャキンと決めポーズ!

 

 

「そして私達ミミックも、ずっと見張ってるもん! 悪いヤツはぁ~~許さないよ!」

 

 

すると、ぼくが持っているお人形さんも、同じくシャキンと。…じゃあぼくも! シャキン!

 

 

 

 

 

 

「反省した? 皆に迷惑かけず、仲良く遊ぶなら解放したげるよ?」

 

 

未だもごもご噛まれてるおじさんに、ミミックお姉さんはそう伝える。すると―。

 

 

「わ、わかった…! もう何もしねえから…放してくれ!」

 

 

お願いするようなおじさん。それを聞きお姉さんが合図すると、宝箱ミミックさんはおじさんをペッと吐き出した。 おじさんはボールプールの中にズボンと消えて……。

 

 

 

「……なわけねえだろ間抜けミミックがァ! テメエら全員ぶっ殺してやる!」

 

 

わぁぁああ!? 剣を引き抜いて、ぼくたちを襲いに来た!! けど、お姉さんは全くびっくりしないで…。

 

 

「ひゅー!良い感じに悪役! なら悪役を倒すのは私じゃなくて…変身ヒーローが一番!」

 

 

「何言ってやがる! この…むごぉっ!?」

 

 

あっ!おじさんが…背後からとんできた触手に縛られた…! あれは…さっきのおもちゃ箱の触手ミミックさん! 兵隊さんたちも!

 

 

「少年、あの悪役を懲らしめるヒーローになってくれるでありますか?」

 

 

ボールの上をぴょんぴょん飛んできて、ぼくの肩に乗ってきた兵隊さん。ぼくがこくんと頷くと、ミミックお姉さんが入っているボールの中から?何かをとりだした。

 

 

「じゃあ、どっちがいーい?」

 

 

それは…変身ステッキと変身ベルト! もしかして、これで変身して…! こっちが良い!

 

 

「ベルトにけってーい! じゃあ巻いて巻いて~。 せーの!」

 

 

『変身!』

 

 

 

 

 

 

――さっきのポーズで『変身』って叫ぶと、ベルトが光る! そして、ぼくの身体に鎧が…!そして、仮面が!

 

 

「変身かんりょーう! 仮面のライダー!」

 

 

ミミックお姉さんが拍手してくれる…! ―と…。

 

 

「ライダーなんだし、何かに乗らなきゃ! ということで、かもーん!」

 

 

どこから取り出したのか、宝箱に乗り換えたお姉さん。 ちょいちょいと呼ばれ、肩車する形で乗っけてもらう!

 

 

「完成!ミミックライダー! どっかにはスライムに乗るナイトもいるし、きっとアリ!」

 

 

そのまま、お姉さんはボールプールの上を器用に走りだす…! そして、近くにあったトランポリンに乗って――!

 

 

「わあああっ!  と、飛んでる!?」

 

 

「『飛んでるんじゃない、落ちてるんだ。かっこつけてな』ってねてね! じゃ、必殺技でカッコつけちゃお~!」

 

 

ぼくごとボヨンと空中に跳ねたお姉さんは、ぼくにキックのポーズをさせる。そして僕の足に触手を巻いて…

 

 

 

「いっくよ~! みみっーく! キーーーック!!」

 

 

 

そのまま、縛られてるおじさんの元に……急降下だぁ!!!

 

 

 

 

 

「なああああっっ!? ぐわあああああっ!」

 

 ボーーーーンッ!

 

 

 

おじさんの声と、色とりどりの爆発…じゃなくて、ボールプールのボールがだっぱーんって溢れた音!

 

 

あ、おじさんが吹き飛ばされて…さっきの宝箱ミミックさんにパクリって! そのまま仕舞われちゃった!

 

 

 

「おもちゃはおもちゃ箱の中に! 悪い人はミミックの中に! しっかり片付けよぉー!」

 

 

 

着地したミミックお姉さんは、また決めポーズ! ぼくももう一度ぉ…シャキーンッ!!

 

 



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顧客リスト№59 『巨大昆虫のムシムシダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

今日の訪問場所は、鬱蒼とした森の中。それでいて……。

 

 

「なんか、蒸し蒸ししますね……。汗びっちょりです…」

 

 

スーツの上着をパタパタさせて、できるだけ対処しようと頑張ってるけど…ダメ。この全身に纏わりつくような蒸し具合からは逃げられない。

 

 

このままだと、シャツが透けちゃいそう。そこそこ不快な感じだし、魔法で対策したい……。

 

 

―そう思っていると、抱っこしている社長が私のボタンをちょいちょいと外してくれた。

 

 

「そりゃねぇ。ここ、虫が暮らしやすい温度湿度だもの! ほら、上着預かるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ということで。今回の依頼場所は『ムシムシダンジョン』。その名の通り、蒸し蒸ししている虫の楽園。

 

 

一部の虫嫌いの人は悲鳴をあげて逃げそうだが…社長も私も、別段虫嫌いではない。

 

 

だって、我が社には虫型のミミック種(群体型ミミック)がいるのだもの。特によく怖がられる蜂なんて、そのミミック筆頭格だし。

 

 

……まあただ…前に訪問した『ハチの巣ダンジョン』のときみたいに、流石に何百匹以上の虫が頭の真上を跳び回るのはちょっとビビっちゃうけども…。そんなことは滅多にない。

 

 

 

虫が怖がられる理由には、『言う事を聞いてくれない』というのが大きいと思う。もしブンブン飛び回っている虫に『こっちこないで』と命令できるのなら、怖がる人はかなり減るはず。

 

 

その点に関しては、我が社の虫ミミックたちにはしっかり教育できている。そしてここのダンジョンの虫たちにも、しっかりお達しが回っているらしい。

 

 

なにせさっきから、一部の虫が興味深そうに周りを飛んでいるだけ。襲ってくることも、耳を掠めることもない。

 

 

そうなると、虫たちは一転して可愛い存在に。色とりどりの蝶が羽ばたいているのとか、とても綺麗である。

 

 

 

 

 

……因みに、これは私の話。社長はなんかまた変な遊びしている。

 

 

何かと言うと…伸ばした触手の先を止まり木として、虫たちを集めて遊んでいるのだ。しかも頭にもタマムシとかが何匹か乗っかっている。髪飾りや冠に見えなくも……ない?

 

 

まるで見た目は虫を愛ずる姫君、というべきだろうか。随分お転婆気質なお姫様なことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、一目見ればわかるぐらいに多種多様な虫が集うこのダンジョン。しかしここの主たちは、あの小さい子達ではない。

 

 

では、どんな魔物か。それは――。 私達の足元、もとい、今()()()()()のを見て欲しい。

 

 

黒曜石のように深い黒、しかしそれでいて照るような赤みも窺える、金属のような光沢をもつ装甲。

 

 

……いや、装甲ではあるが、鎧とかではない。これは、羽。虫の羽。その証拠に、のしりのしりと進んでくれている進行方向へ目を移すと―。

 

 

そこには豪槍の如き鋭さを持つ、変わった形の巨大な角が突き出すように。もうおわかりだろうか。

 

 

この虫は『巨大カブトムシ』。このダンジョンの主達は、彼のような『巨大昆虫』なのである。

 

 

 

 

 

 

なにせ魔物、巨大でもおかしくはない。他にも巨大セミや巨大ガとかも見かけた。

 

 

向こうには巨大ムカデとか巨大ミミズとか巨大テントウムシとか。あっちには巨大カマキリもいる。決して妄想の産物とかではない。

 

 

更にあそこには、巨大なアリとかクモとか…。……それぞれ金色と銀色の…。なんか凄く強そう……。酸とかサンダーとか吐きそう……。

 

 

 

いくら虫嫌いでも、人を乗せられるこれぐらい大きければ怖さは半減……え、寧ろ怖い?別の怖さが生まれた? まあ…うん…そうかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風にカブトムシの背に揺られながら、ちょっと小人になった気分で冒険者による被害と依頼内容について説明するとしよう。

 

 

とはいえ事は単純。このダンジョンには虫が豊富。それはつまり…『虫素材』が豊富ということでもあるのだ。

 

 

 

虫の素材と言うのは、一個一個は小さくとも高性能なものが多い。甲虫なら堅牢な鎧や武器に、蝶ならば美しき魔法アクセサリに、毒持ちは妙薬呪薬に……などなど。

 

 

そうでなくとも工芸品の装飾に羽を大量に使われたり、綺麗な個体を標本にしたり、とんでもない時には特殊な力を通すマフラーの素材にしたりと、使用先に事欠かないのである。

 

 

特にここには、魔法を弾き返す『ミラービートル』や、幸運を引き寄せると言われる『レインボースカラベ』、そのまま毒武器へと加工できる針を持つ『キラースピアスホーネット』。

 

 

竜のように飛び、火すら吐く『ドラゴン・フライ』、超…もとい聴能力判定に使われる『チェックモスキート』、運命すら変えると謳われる『エフェクトバタフライ』とかとか、超がつくほどにレアな虫が集っている様子。

 

 

そして、私が今乗せて貰っているこのカブトムシを始めとした巨大昆虫は更に狙われる。なにせこの前羽一枚で、ドラゴンのブレスすら凌げる最高級防具が幾つか作れてしまうほどの代物なのだから。

 

 

 

故に冒険者達は、虫取り網と剣というおかしな組み合わせを手に、子供らしさの一切無い金にくらんだ血走った眼で虫取りに来るらしいのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とは言えども、虫を舐めてはいけない。普段の日常を思い返して欲しい。彼ら、気づかぬうちに肌を噛んできたり、血を吸ってきたりするではないか。

 

 

そんなことをできる存在が、冒険者相手に後れをとるわけがない。小ささを活かし翻弄することができるし、人海戦術ならぬ虫海戦術で攻めることもできる。

 

 

そして巨大な虫たちは、その体躯と自慢の武器(角や牙や腕)を活かして敵を勢いよく薙ぎ払うのである。よく『虫が同じ大きさだったら、人に勝ち目はない』と言われるが……。

 

 

まあその通り。しっかり対策してきている相手ならいざ知らず、ちょっと金儲けがてらやって来た輩なんて木の葉の如く吹っ飛ばせるらしい。

 

 

 

……因みに、その『対策』というのは…。虫よけスプレーとかのこと。あれを撒かれると動きにくく、塗った相手には攻め辛いらしい。

 

 

とはいえ広い森の中であり、中には突風を起こせる虫とかもいるので…そんなに効果は持続しない様子。

 

 

『殺虫剤を撒けば無双可能!』とか、そんな虫のいい話はないということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそして。ここはダンジョン。ということは……そう。先程も話に出た、『虫型ミミック』も多数生息しているのである。

 

 

どうやら同族の匂い?を感じ取って気になったらしく、先程からちょこちょこ姿を見せてくれている。中には、社長の触手に乗っかり楽しそうにしている子も。

 

 

ほとんどの子が赤や青、緑という毒々しい色をしているのだが…それでも、多種多様な虫の中に紛れると案外目立たない。これならば容易く冒険者に不意打ちを与えることができるだろう。

 

 

 

つまり―。このダンジョン、私達が手を貸すまでもなく、防衛がしっかりしているということ。…だというのに、依頼が来たのだ。

 

 

当然、ミミック派遣のである。我が社に入りたいという届け出とかではない。 では、なんでかと言うと――。

 

 

 

 

(そろそろ到着するでな。そのまま吾輩の背から落ちんようになぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今の、聞こえたであろうか。頭の中に直接響いたお爺ちゃんみたいな声。幻聴…―。

 

 

「はーい! でもゆっくり歩いてくださってますし、全然大丈夫ですよ~!」

 

 

いいや、勿論幻聴ではない。社長もそう返事したのだから。そして、その声の主は――。

 

 

(そうかそうか! 吾輩は六本脚だし、二本脚のお嬢さん方に比べれば安定してるのかもなぁ)

 

 

「まあ私、箱移動なんで足ほとんど使わないんですけどね~!」

 

 

(ムッシャッシャ! それは確かになぁ!)

 

 

 

――皆さんの想像の通り。社長が話している相手は、今乗らせて貰っている巨大カブトムシ。『ブンブン』さんである。

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、正しくは名前を持っていないから、私が勝手につけさせてもらったのだけど。ブンブンと巨大な羽を震わせ現れたから…。

 

 

…安直だったかも…。でもこんなに大きければ、ハエと間違えられて叩き落される心配はないし…。 

 

 

 

……何の話しているのかって?なんの話なんでしょう…? なんか、頭に浮かんできて…。

 

うーん…。おとなもこどももおねーさんも、はてなマークが浮かんでそうな気がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっと、話を戻してと。 ブンブンさんを始めとした巨大昆虫は、とても長生き。そして中には、『特殊技』を得るものがいるらしい。

 

 

ブンブンさんが会得した能力は、なんとPSI(サイ)…じゃなかった『念力(サイコキネシス)』。それによるテレパシーで、私達と会話しているのである。

 

 

最も、虫同士ではそれを用いずとも意思疎通できるため…あんまり使わない能力みたい。それで冒険者に語り掛けても基本虫…じゃない、無視されるらしいし……。

 

 

 

ただ、サイコキネシスなんて凄い能力。だからこそ彼はバトルを勝ち抜き、当代の王者として君臨して……。

 

 

 

 

 

 

…………勝負?バトル勝ち抜き?王者? 聞き慣れぬ単語がいっぱい出てきた? それは失礼を。

 

 

けど、それが今回の依頼の理由。この先にあるのは――。

 

 

 

 

 

 ブゥウウンッ ブゥウウウンッッ  ブブブゥンッッ

 

 

 

 

 

 

――聞こえてきたのは、まるで歓声のような虫の羽音群。それと同時に、視界は急に開ける。

 

 

 

そこにあったのは、超巨大樹の切り株。家すら簡単に建てられるほどに大きなそこには、ブンブンさんと同じような巨大昆虫が二匹、向かい合っている。

 

 

そしてその超巨大切り株を中心とし、周りは大小様々の切り株や丸太が囲んでいる。そこには、様々な虫が観客のように止まったり飛んだり。

 

 

 

そう…真ん中は試合ステージ、周りは観客席。つまりここは、『闘技場』なのである。

 

 

 

何のための? それは当然……昆虫の中の王者、即ち虫の王、『ムシキ…――

 

 

 

……これ以上は割愛を…。…なんか、アウトな気がする……。

 

 

あと、正しくは『昆虫』表記じゃない気がするし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コホン。もう少し詳しく…ちょっと避けて…お伝えしよう。

 

 

虫たちはよく闘う存在。例えば、樹液争奪とかが有名であろう。 実際、私達が通ってきた道でも、虫同士が闘っているのを見た。

 

 

そしてそれは、ブンブンさんのような巨大昆虫も同じ。ただ、老練なる彼らは理性的。巨体で下手に暴れると森を壊してしまうことを知っている。

 

 

けど、時には闘う必要があるし、闘いたい気分になることもある。そのために用意されたのが、この闘技場らしい。

 

 

ルールは小さい虫たちと一緒。ナワバリ…つまりステージ(超巨大切り株)から追い出された方の負け。ただ、違うのは……。

 

 

 

 

 ドゴォオオンッッッ!

 

 

 

「わー!アスト見て見て! 凄いわよ! ダゲキわざをすり抜けて、ナゲわざが決まってる!」

 

 

 

一際大きな衝撃音と、社長の歓声。みると、片方の巨大虫がもう片方を弾き上げて…落下の瞬間を捕え、大車輪の如く回転して…切り株へと叩きつけてる!!

 

 

そう、本来虫同士ではありえぬ…というか明らかにトンデモな技を、巨大昆虫たちは繰り出すのである。その迫力、まさに必殺の一撃。

 

 

 

この闘いを観戦するため、あるいは参加するために虫たちがかなり集まってしまい、その時のみは警戒が手薄になってしまう。

 

 

その隙に虫取り冒険者達によって密猟されると被害甚大。今回の派遣依頼はその対策として、統制の取れた我が社の子たちを派遣して欲しいということなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあこのダンジョンの様子なら、派遣に何の問題も……。…あれ?社長? いつの間にか腕の中から消えてる…!?

 

 

「私も参加しまーす! 激闘!乱入バトル!」

 

 

って、えぇ!? いつの間にか闘いに参戦してるし! ご丁寧に木の枝で作った角を頭につけて!

 

 

「い、良いんですか?」

 

 

(構わんでな。寧ろ、冒険者達がああやって挑んで来る場合は、吾輩たちは歓迎しとるでなぁ!)

 

 

ブンブンさんも楽しそうな様子。そしてそうこうしているうちに…。

 

 

「バトルぅ…スタート!」

 

 

 

 

 

 

始まっちゃった…! 社長の相手は…見るからに鋭い鋏を持った巨大クワガタ……!

 

 

対する社長はどんな手で……。えっ…!

 

 

「目には目を歯には歯を! 鋏には鋏を!」

 

 

手を触手にして大きく広げて…! 巨大クワガタに対抗するように、鋏の形にしてる! それで…―。

 

 

「のこったのこった!」

 

 

そのままクワガタの鋏とがっぷり四つ。相手クワガタは最初驚いている様子だったが、すぐに不敵な笑み(多分)を浮かべ―。

 

 

「きゃー!」

 

 

力いっぱいに社長を振りほどき、次の瞬間―!

 

 

「わっ!? 煙幕!?」

 

 

嘘…!? 巨大クワガタが煙を起こして…姿を消した!? なっ…いつの間に真後ろに…!神速…! 社長、危な…!

 

 

「あっと、捕まっちゃった!」

 

 

私が声をあげる前に、社長の箱がクワガタの鋏にガチンと。そしてそのまま空中に飛び上がられ…錐もみ回転でステージに叩きつけられた!!?

 

 

 

 

 

「――ひゅ~! 見事なハサミわざ! 普通の(ミミック)だったらこれだけでギブアップかも!」

 

 

…あ、流石の社長。ピンピンしてる。驚いている様子の巨大クワガタの隙を突き…。

 

 

「そっちがチョキなら、私はグーで! とりゃりゃりゃりゃ!!!」

 

 

今度は百本ほどに変えた触手で、ヒャクレツパンチパンチパンチ! 巨大クワガタは対応できず吹っ飛ばされぇ……場外!

 

 

 

 ブゥウウンッ ブゥウウウンッッ  ブブブゥンッッ!

 

 

(ムシャシャ! 吾輩のライバルをああも簡単にとは! やるでなぁ!)

 

 

 

再度歓声のような羽ばたき群と、ブンブンさんの楽しそうな声(?)。 すると彼、ちょっと背中を揺らして…。

 

 

(ちょいと吾輩も、嬢ちゃんとこの社長嬢ちゃんと一戦交えさせて貰うでな!)

 

 

私を降ろすと、巨大で黒赤の硬羽をバサリとブンブンと。空気を雄々しく揺らし飛び上がり、ステージへズシンと舞い降りた。

 

 

(さあ嬢ちゃん! 今度は吾輩が乱入でな! 王者と呼ばれた吾輩に勝てるかぁ!)

 

 

「望むところです!」

 

 

対する社長も、触手の形をカブトムシの角のように。なんかやけに格好いい…コーカサス感がある形に。

 

 

 

(ムシャシャ…! 吾輩も全力で闘うとしよう。我が『究極必殺わざ』、受けるが良い!)

 

 

「こっちだって、簡単には負けませんよ~!! いざ…バトルぅ…スタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー! 手に汗握る闘いでしたね! 凄かったです!」

 

 

「ふふっ! アストったら、手に汗どころか全身汗まみれじゃない。 シャツが透け透け一歩手前よ」

 

 

(ムシャシャ! そこまで白熱してくれると、吾輩たち冥利につきるでな!)

 

 

あっ…。社長に指摘され、今更気づいた…。そういえば不快軽減魔法だけで、他の対策し忘れてた…。

 

 

 

 

 

とはいっても、もう遅いかも。なんやかんやで闘いも契約も纏まり、もう帰り際なのだから。 そしてまたもブンブンさんの背に乗せてもらい、出口まで向かっている最中。

 

 

因みに、勝負の結果は――。

 

 

(しっかし、惜しかったでなぁ。まさか引き分けとは)

 

 

「同時に場外落ちしちゃいましたね~。『あいこやぶり』とか『必殺ふうじ』とか覚えてたら…!」

 

 

 

――ということで、相打ち。まあ双方どこまで本気の闘いだったかはわかんないけど。

 

 

……ただブンブンさん、必殺の一撃だけじゃなく、竜巻を作り出したり隕石落としたりでとんでもなかった。サイコキネシス使いこなしてる……。

 

 

そしてその中を躱し弾きで無傷のまま突破していく社長もえげつなかった…。

 

 

場外ルールが無ければどうなってたことやら。もはや昆虫バトルとはかけ離れたナニカである。

 

 

 

 

 

「ところで!そのお力、森の中では…特に冒険者相手には案外使いづらいんじゃありませんか?」

 

 

(その通りでなぁ。吾輩だけじゃなく、巨体の仲間は大体困ってるでな)

 

 

「なら、面白い手段があるんです! ごにょごにょ…」

 

 

そんな中、何か思いついたのか、ブンブンさんに耳打ち(?)をする社長。すると―。

 

 

(そりゃあ良いでな! 寄生じゃなく、共生みたいになるのが特に!)

 

 

私にはよくわからないけど…嬉しそうなブンブンさん。多分、巨大昆虫たちの護衛をする話だとは思うのだけど…。

 

 

――まあそれは社長に任せちゃおう。私は今のうちに、汗を何とかする魔法を…。

 

 

…………そういえば……。

 

 

 

 

 

 

「…社長、私の背中、どうなってます? なんかやけにくすぐったい気が…」

 

 

「んーどれどれ?」

 

 

実はちょっと前から、背中がこそばゆかったのだ。ただ周囲の湿気具合と試合の興奮による上気、不快軽減魔法のおかげであんまり気になってなかったのだけど。

 

 

ということで、今更ながら社長に見てもらうことに――。

 

 

 

「わっ! ふふふっ! あははははっ!! すごっ!」

 

 

 

――へ? 聞こえてきたのは、社長の大爆笑。たまらずどういうことか聞くと…。

 

 

「なんで気づいてないのよアスト! あなたの背中と羽、カブトムシとかクワガタとかカナブンとか、いっぱい止まってるわよ!」

 

 

「え゛。 えっちょっ!? ほ、ほんとですか!?」

 

 

「ほんとよ、ほんと。ほら!」

 

 

社長は笑いながら、ひょいっと背中から触手を伸ばしてくる。するとその先には…羽が黄色で凄く大きい角のヘラクレス的なカブトムシが…!

 

 

「他にも色々くっついてるわよ~! ナワバリ争いまで始めちゃってる!」

 

 

「ひー!とって!とってくださいー!!」

 

 

慌てて懇願する私…! 虫は嫌いじゃないけど……背中にたっぷりくっついてるのを想像したらゾワゾワって…!!

 

 

「はいはーい。 みんな、お開きお開き~」

 

 

聞くが早いか、社長は虫たちを剥がして解き放っていく。うわぁ…結構ついてたみたい…。

 

 

「よし、これで全部ね」

 

 

背中や羽を念入りに撫で払って確認してくれた社長は、ポンポンと手を叩く。――と…。

 

 

 

「これ、あれよね。アストの汗を樹液と勘違いして寄ってきたということよね?」

 

 

「えぇ…? そうなんですか…?」

 

 

「あの調子だと多分。……アストの汗、美味しいのかしら。  …ぺろっ」

 

 

「ひぃんっ!? なにしてるんですか!? なんで首筋舐めたんですか!?」

 

 

「……イケるわね…。 フェロモンがムンムンムシムシって感じ!」

 

 

「そんな、オルエさん(サキュバス)みたいなこと…!!」

 

 

(なるほどなぁ。 フェロモンが出とるなら、チビの虫たちが寄ってくるのもわかるでなぁ)

 

 

ブンブンさんまでそんなことを…! あっちょ…だめぇっ…! 社長、蚊みたいに首を吸わないで…!! 痕残っちゃう…!!

 

 

 



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人間側 ある冒険者達と虫罠

 

「そーっと……そーっと……」

 

 

俺は息を殺し、虫網を構える。出来る限り音を出さぬように近づき…近づき……今だ!

 

 

「そらっ!」

 

 

瞬きの間よりも早く、勢いよく虫網を振る。狙いは、木に張り付いているあの虫。どうだ…!?

 

 

「――よしっ! 捕まえたぞ!」

 

 

 

 

捕まえた虫を網から出し、虫かごへと入れる。はっはっは、抵抗しても無駄だ。その小さい身体で人間様に勝てるかよ!

 

 

さて、お次は……。お。

 

 

「こっちも捕まえたぞ、綺麗な蝶だ!」

 

 

「くわぁーっ!!黄金のクワガタを捕まえたー! まっ、まぶしーっ!」

 

 

「俺も面白いのゲットしたぞ!なんか、足が車輪のヤツ! えっと確か…トムキャットなんとかカブトムシってヤツだったっけな?」

 

 

 

パーティーメンバーの三人も、続々と捕獲の声をあげる。いいぞいいぞ!捕り放題だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――冒険者の癖に、少年みたいに虫取り遊びに興じてどうすんだって? おいおい、甘いな。樹液みたいに。 樹液舐めたことないが。

 

 

ここは『ムシムシダンジョン』。多種多様の虫がたっぷりと生息している森型のダンジョンだ。そしてその虫たちの中には、金になる奴らが幾らでも混じっている。

 

 

武具用、魔法薬用、鑑賞用……使い道は様々だが、ものによっては一匹あたり数万なんてくだらない高値がつくヤツすらいる。まさに『金の虫』ってな。

 

 

だからこうして、虫網と虫かごを装備して来ているっていうわけだ。決して童心に帰っているわけではない。……まあ、結構楽しんでるんだが。

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ…ここは虫取り遊びに興じられ、なおかつ金儲けまで出来る楽なダンジョン…では決してない。

 

 

寧ろ、危険度は並大抵のダンジョンより高い。事あるごとに周囲を警戒する必要がある。 ―なんて説明しているこの瞬間とかに……!

 

 

 

  ブワヴヴヴッッッ!

 

 

 

「ほら来た! 急いでスプレーを撒け! そして逃げるぞ!」

 

 

嫌な羽音を聞くやいなや、俺はメンバーにそう命じる。一方のそいつらも俺の声を聞く前に動き、腰につけたスプレーを取り外す。そして――。

 

 

 

 プシュウウッ!!

 

 

 

勢いよく、周囲に中身を散布する。更に隙を突き、その場を即時離脱だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふぅ。この辺りで良いだろう。籠に入れた虫は…よし、問題なく生きてるな。

 

 

今しがた撒いたのは、虫よけのスプレーだ。どんな虫にも効くように魔法的調合を施した特別製の。それを撒き、迫ってきた虫が怯んでいる間に逃げる。このダンジョンで虫取りをする時の鉄則だ。

 

 

虫相手にそこまでするなんて警戒し過ぎ? 甘いな。花の蜜のように甘い。 まあ花の蜜も舐めたことは……いや、あったかな。子供の頃とか。

 

 

 

とにかく、そうだな…。 虫を倒した経験はあるか? 例えば、蚊だ。

 

 

あれを一匹パチンとやるのに、どれぐらいかかる? 運が良ければ一発だが…。大体は何回も何回も失敗するだろう。そして見失った隙に、チクリだ。

 

 

それがもし、何十匹相手だったら?それ以上だったら? 一匹ですら面倒なのに、そんな蚊柱が攻めてきたらもう太刀打ちできない。

 

 

更に虫がハチやサソリのような毒虫だったら?そしてそれも大量に迫ってきたら? もはや泣いて逃げるしかないに決まっている。

 

 

 

 

だがしかし、俺達人間は対虫最強兵器を持っているじゃないかって? そう、『殺虫剤』と言う名のな。 あれを使えば無双状態に……なんてなれるわけがない。

 

 

考えてもみろ。一直線に突っ込んでくるならいざ知らず、不規則に周りを飛び回る虫にどうやって当てられるんだ? 無茶言うな。普通の時だって、壁に止まってる隙を突くってのに。

 

 

それに、ここは森。鬱蒼としているとはいえ開けた場所だ。対策スプレーを撒いたところであっという間に霧散してしまう。あの高性能殺虫燻煙剤(バ●サン)だって、密閉空間じゃなければ意味がないんだぞ。

 

 

しかもだ。このダンジョンには、やれ火を吐く虫や突風を起こせる虫、砲弾の如き勢いで突撃してくる虫とかすらいる。そんな奴らは殺虫剤なんて容易く吹き飛ばす。

 

 

あと…虫よけ程度ならまだしも、全ての虫を殺す殺虫剤なんて俺達にも悪影響が出るだろう。虫を殺すために撒いたのに俺達まで殺されるなんて洒落にもならない。

 

 

 

 

というか…殺虫剤なんて使ったら、捕まえた虫が死んじまう。殺虫剤で死んだ虫は、質が一気に下がる。儲けるためにはあんまり使ってられない。

 

 

まあ…中にはそれ込みで殺しまくる冒険者とかいるし、かく言う俺達も最終手段として特製品を持ってきてはいる。だがな……。

 

 

……それを使えば、もっとヤバい虫が出てきてしまう。ここの支配主である、人よりも大きな巨大昆虫たちが…。そいつ狙いならまだしも、そうじゃない限りは使わぬが吉。

 

 

だからこそさっきみたいに虫よけスプレーに留めたり、今身体に塗っているような虫よけ塗り薬だけでで済ましているってわけだ。

 

 

…………なんか痒いな…。 あ゛っ…蚊に刺されてる…! 塗り残しあったか…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやしかし…今日は運が良い。なにせ、その巨大昆虫たちが少ない。

 

 

実を言うとこのダンジョン、時折その巨大昆虫たちが戦闘を繰り広げている。恐らく縄張り争いみたいなものだが…。

 

 

その闘い方が独特で、さながら剣闘士の如く、決まったステージ…超巨大切り株の上で一対一のバトルを行っている。しかもそれは、おおよそ虫とは思えないド派手戦闘。

 

 

そして幸運なことに、今日はその日のようだ。ダンジョンの中心部辺り、そのステージがあるところから衝撃波や雷とかが発生しているのが見える。…あれでも虫同士の闘いらしい。

 

 

それを観戦するために、警らしている面倒な虫たちも少ない。勿論俺達が狙うべき虫も少なくなっているが、充分な数だ。

 

 

だから虫取りが捗って仕方がない! さあ次は、どの虫をとっ捕まえて…――!

 

 

 

 

 

 ボトッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだ?何かが落ちてきたぞ? あれは…。

 

 

「セミ…だな。やけにデカいが…」

 

 

突然目の前に落ちてきたものに警戒しつつ、正体を確かめる。どうやら、大きいセミのよう。しかも…―。

 

 

「死んだ…のか?」

 

 

腹を出し、足を閉じてピクリともしない。落ちてた木の枝で軽く突いても、動きは無しと…。

 

 

「脅かしやがって…」

 

 

変に襲ってくる虫じゃなくて良かった。 俺が枝をポイっと捨てると、それと同時にメンバーの1人が進み出た。

 

 

「確かセミを魔法薬の材料に使うってヤツがいたな。死にたてならあんま価値下がらねえだろ」

 

 

どうやら拾って帰る気らしい。俺はちょっと茶化してやる。

 

 

「気をつけろよ。死んだと思って近づいたら、急に暴れ出すかもな…」

 

 

「ヘッ、足閉じてるから死んでるぜ。よっと…」

 

 

俺にそう返しながら、屈んで拾おうとするそいつ。 ――と、その瞬間だった。

 

 

 

 パカッ!

 

「シャアアッ!!」

 

 

「はぁっ!? へ、蛇!? ぐあっ…!」

 

 

 

なっ!? セミの死骸が綺麗半分に割れて…中から蛇が出てきた!?

 

 

「あばば…ばばば…」

 

 

そしてセミに近づいていたメンバーは噛まれ、麻痺状態に…!

 

 

 ブヴヴヴッッ!

 

 

―しまった…! 今の騒ぎを聞きつけ、何かが飛んでくる…! くっ…一旦逃げるしか…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…なんだったんださっきの…。なんであんなとこに蛇が…」

 

 

「蛇って『長虫』とも言うみたいだから…いてもおかしくない…か…?」

 

 

「そうなのか? …いや、それ以前の問題だろ!」

 

 

虫よけスプレーからの離脱で逃げおおせた俺達は、息を整えながらそう話合う。…いや本当に、それ以前の問題だ…!

 

 

ここはダンジョンだ。メインに棲みついている魔物以外もいるのはわかる。というか蛇なんて、下手すりゃどこにでもいる。

 

 

だが…だがな…! 何をどう間違えたら、死んだセミがパカッて開いて、中から蛇が出てくるんだ!? 気味が悪い!!

 

 

というかだ…!あの蛇の色は…『宝箱ヘビ』…! つまり、ミミックだ…! 寄生虫でもなんでもない、普通は宝箱に潜んでいる魔物だぞ…!

 

 

なんでこんなとこに…そしてなんでセミに…! セミの最後の悪あがき(セミファイナル)よりもビビっちまった…!

 

 

 

 

クソッ…。これから先は死骸にも気をつけなければいけない…。……いや、何か悪い予感がする。虫の知らせ的な…。

 

 

今回はこれ以上深入りせず、帰るべきだと告げている気がする。…だが、その前にやらなければいけないことがある。

 

 

「予定変更だ。昨日しかけていた『アレ』を先に回収しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人に減ったメンバーを連れ、俺は森の中を進む。無論、警戒しながら。

 

 

恐る恐るの進軍だが、問題はない。今から向かうところは、あらかじめ付与しておいた魔法が示してくれている。この先の…あれだあれだ。

 

 

 

見てみろ。大木にべっとり塗られた蜜を。そして幾つか仕掛けてある罠箱を。そしてそこに集まり、嵌った虫たちを!

 

 

 

ムシムシダンジョン素人は、虫網を闇雲に振り回すだけ。しかし俺達のようなベテランは、こうして前日に罠だけ仕掛けておく二段構えだ。

 

 

今日が巨大昆虫たちの剣闘日と知り、好都合だと俺達もさっきみたいに虫網を振っていたが…この罠の成果によっては、回収するだけで儲けもの。

 

 

そして今回は…大収穫だ! わんさか集まってるじゃないか! よぅし、これを回収しておさらばといこう!

 

 

 

 

 

早速俺が罠に近づき、取り外しにかかる。するとメンバーのそれぞれが、偶然にも何かを見つけた様子。

 

 

「お、あれって…虫かごか? ご丁寧におがくずまで敷いてある。しかも中に居るの、レアな虫じゃねえか!」

 

 

1人が見つけたのは、地面にポツンと落ちてた虫かご。恐らく同業者の物のようだが…。 もしかしたら、俺達の罠を見つけたヤツがちょっと盗んだのかもしれない。

 

 

全く…人が設置した罠には触れるなっていう暗黙のルールを知らないのか。 まあ虫かごを落としているということは、やられたか、慌てて逃げたかだ。ざまあみろだな。

 

 

 

「おーっ! こっちの木陰に置いてあるの、宝箱だ! 葉っぱまみれだけど間違いない!」

 

 

もう一人がみつけたのは、古ぼけた宝箱らしい。こんな虫だらけのダンジョンの宝箱なんて、精々が虫の巣になってるぐらいだと思うが……。

 

 

 

 

……ん…? 待てよ……。何かがおかしい気が…。 何か重大なことをスルーしている感じがする…。

 

 

そうだ、『何故、こんなところに虫かごが落ちているか』という点だ。 誰かが俺達の罠を荒らしたのは置いとくとして、なんで虫かごを落としていったかだ。

 

 

それはつまり…『落とさざるを得ない状況になった』ということ。恐ろしい虫か何かに襲われて、だ。

 

 

あと…昨日ここに罠を仕掛けに来た際、周囲の安全を出来る限り確かめた。その時には、宝箱なんて無かったはずだ。特にあの位置、俺が何度も調べた場所だしな…。

 

 

……。………。……―――ッ!!  ヤバいっ!

 

 

「お前ら! 今すぐそれから離れるんだ!」

 

 

「「は?」」

 

 

 

パカカンッ!

 

 

「「ぐえぇっ!?」」

 

 

 

 

…なんてことだ…やっぱりか…! 虫かごのおがくずの中から触手が…! 落ちてた宝箱が開いて牙が…!!

 

 

さっきのヘビと同じく、ミミックの擬態だったという訳だ…! やられた……っあ!?

 

 

 

 

 ブウウウウッッ!ブウウウンッ!

 

 

 

 

―な……! 俺の目の前にある、設置していた虫罠が勝手に開いて…中身の虫たちが全部飛び出していく…!?

 

 

色とりどりの羽、様々な形の昆虫たちが…次々と羽ばたいて空に…! 綺麗…だが…何故だ…!?

 

 

一体どうやって開いて…!? 虫が開けられるような仕組みでは…―。

 

 

「ばーんっ! 『飛んで火にいる夏の虫』だぁ!」

 

 

――!? 虫罠の中から、女魔物が!?  ってこいつ…!

 

 

「上位ミミック…!?」

 

 

「へっへっへぇ~! 当ったり~!」

 

 

 

 

 

髪飾り風にクワガタをくっつけたままの上位ミミックは、そう言うが早いか触手を伸ばし俺を縛る…!ぐ…苦じい……!

 

 

「君たちが置いてくれたこれ、案外心地いいね! 虫たちとずっと遊んで待ってたよ!」

 

 

ぺちぺちと俺達の罠箱を叩く上位ミミック。そして触手の一本をすいいっと伸ばし…。

 

 

「こっちも解放!」

 

 

あ゛っ!?虫かごを開きやがった! 折角捕まえた虫たちがぁ…! というかメンバー二人の虫かごも、それぞれのミミックによって器用に開けられてる…!

 

 

「さーて! お仕置きどうしてやろっかな~。 とりあえず……」

 

 

俺を縛ったままニヤニヤと笑う上位ミミックは、自分の頭に触れクワガタを剥がす。そしてそれを…。

 

 

「とりあえず~鼻にぃ、えいっ☆」

 

 

「痛だだだだだだっっ!!!?」

 

 

は…鼻に挟んできやがった!!? いだいいだいいだいいだい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ~ねぇ。また後で!」

 

 

はぁ゛…はぁ゛……。俺の鼻を挟み終えたクワガタを、上位ミミックはひらひら見送る…。…俺を復活魔法陣送りにする気はないのか…?

 

 

他二人も、縛られ噛まれてこそいるが、まだ普通に生きている。 なら、隙を見て逃げなければ…!時間稼ぎを…!

 

 

「上位ミミック…! なんでここに潜んで…!」

 

 

「だって、罠だから! ここに仕掛けたと言う事は、取りに来るってことだろ?」

 

 

チッ…それもそうか…。 俺達は虫をおびき寄せる罠として設置したが…ミミック達にとっては『必ず冒険者が回収しに来る』罠扱いか…。

 

 

だからこそ、こうして三種のミミックが潜んでいたというわけだな…。チクショウ…。

 

 

「あ~、苦虫を嚙み潰したような顔してるね! 言っとくけど、ここにはもっとミミックが潜んでるよ?」

 

 

「は…?」

 

 

俺の怪訝な声に応えるように、上位ミミックはひょいと触手を振る。すると…―!?

 

 

「!? 切り株…!? 蓑虫…!?」

 

 

近くにあった切り株が動き、木の上からは蓑虫が。その両方がパカリと動き、触手型と虫型のミミックが姿を…!

 

 

「あと、この子も!」

 

 ボトッ

 

 

「なっ…セミ…!? ……これは…作り物か…!?」

 

 

落ちてきたのは、さっきメンバー1人を倒した蛇入りセミ。しかしよく見ると…死骸じゃなく、精巧な作り物だ…。本物みたいにしかみえないが…。

 

 

……はぁ…。これだけのミミックに囲まれていたら、逃げ場なんてないな…。もういっそ…。

 

 

「おい上位ミミック…早く俺達を復活魔法陣送りにしろよ…」

 

 

諦めたように、俺は上位ミミックへそう告げる。しかしそいつは、妙な台詞を口にした。

 

 

「んー。チャンス、欲しくない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「は…?」

 

 

「いやそれがさ? この間うちの社長と闘った時に、ここの王者さん達に火がついたらしくて。そこそこまともな冒険者達と闘いたいみたい」

 

 

「??? どういうことだ? そこそこまとも…?」

 

 

「うん。 詳しく言うと、殺虫剤を使わない冒険者だって。 あれを使っていたら問答無用でぶっ飛ばすけど、そうじゃなければワンチャンあげるってさ」

 

 

……よくわからないが…とにかく、すぐにはやられないらしい…。 使わなくてよかった…。

 

 

「でも、すぐに復活魔法陣送りにされたいならゴキッ☆ってやっけど…」

 

 

「いやわかった! そのチャンス?使わせてもらう!」

 

 

触手の力を強める上位ミミックにそう頼み、なんとか切り抜ける。しかし…―。

 

 

王者が闘いたい、ということは…察するに、ここの支配者である巨大昆虫たちが行っているあのバトルのことなのだろう。

 

 

それに参戦して、勝てたなら見逃して貰えるということで…いいのか? 俺がそう首を捻っていると―。

 

 

 

 ブヴヴヴヴンッッッ!

 

 

 

一際大きな羽音と共に、何かが俺達の前にズシンと着地する。それは…巨大なカブトムシ…!

 

 

(ムシャシャシャ! 吾輩と闘うのはこいつらか! 良い顔しとるでな!)

 

 

―っへ!? 喋ったぁ!? …いや、テレパシーかこれ!?

 

 

(で、どうするボウズたち? 吾輩と闘って勝てぬまでも、いい試合をしてくれたら、虫たちの抜け殻なり取れた羽なりを褒美としてやるでな)

 

 

…それは…! 願ってもない提案だ…! ……だが…。

 

 

ミミックの触手から解放された俺は、同じく解放された二人と顔を見合わせる。 どうやら同じことを考えているようだ。

 

 

ふ…フフフ…そんな褒美をもらわなくとも…目の前に最大級のお宝があるからな!

 

 

 

 

 

「フォーメーションで囲め! 相手は巨体だ、逆に俺達に利がある!」

 

 

俺はそう叫び、巨大カブトムシへ突撃する。メンバー二人も即座に応じ続く。手にしていた虫網を投げ捨て、隠して持っていた殺虫剤を構えてだ!

 

 

この巨大昆虫の素材は、丸々売れば豪邸が立つような代物! ここで倒せれば一気に大金持ち!

 

 

普通に戦っても不意打ちしても、本来ならまともに倒せないだろうが…この特製殺虫剤をゼロ距離で吹きかければ勝ち目はある!

 

 

捕まえていた虫も逃がされた今、何も恐れる必要はない! 食らえ――!

 

 

(良い奴らだと思ったんだがなぁ…)

 

 ガパッ

 

 

 

 

 

――何…? 巨大カブトムシの羽が開いた…? 飛ぶ気か!? そうはさせるか…ぐはっ!?

 

 

「「ぐへぇっ!?」」

 

 

…俺も、メンバーも吹き飛ばされる…!? 何にだ…!? は!?ミミック触手!? 羽の内側から!?

 

 

(ムシャシャ! 良いでなぁ、このミミック達の護衛! 有難い有難い!)

 

 

テレパシーで笑う巨大カブトムシ…! いやいや…幾ら大きいからって、羽の裏とかにミミックを潜ませるってアリかよ…!

 

 

 

 

「「「うげっ…」」」

 

 

茫然のまま、地面に転がる俺達。するとそこに上位ミミックがスルリと近寄ってきて…―。

 

 

「そうか、そうか、つまり君たちはそんなやつなんだな」

 

 

と、呆れ顔で俺達を縛り、殺虫剤を没収…。やらかした……。

 

 

 

 

 

 

「どうしますか? やっぱりゴキッとやっときますか?」

 

 

ギリギリと俺達を絞めながら、巨大カブトムシに問う上位ミミック。すると―。

 

 

(ムシャシャシャ! 構わんでな! それぐらい卑怯な方が、吾輩としても張り合いが出るというもの!)

 

 

「だってさ。良かったじゃん! じゃ、ステージまで行こうか!」

 

 

(無論吾輩は、ミミックの護衛無しで闘うでな。ボウズたちも全力で面と向かってかかってこい!)

 

 

 

……もう逃げ場はない。 なら、全力で挑むしか…! やってやるぞっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………で、どうなったかって? 聞くなよ…。今の俺達の恰好見ればわかるだろ…。

 

 

 

……勝負を挑んだはいいが、あんな巨大サイズのカブトムシに勝てる訳ないに決まってる…。しかもあいつ、変な特殊能力まで使って来たし…。

 

 

で、結局ステージから勢いよく吹き飛ばされて…。ダンジョン入口付近の切り株に頭から突き刺さっている状況だ…。三人並んでな…。

 

 

 

ただ…。あの巨大カブトムシは良い闘いをさせてもらったからと、約束通り褒美をくれるらしい。…くれるらしいんだが…。

 

 

「そうそう、そこらへんに上手く引っ掛けて! 良い感じだね!」

 

 

……さっき俺達を囲んでいた上位ミミック達がその役を仰せつかったらしく…。俺達の足を木に見立て、抜け殻とかを貼り付けていって遊んでやがる…。

 

 

なんだ…?俺達はよくお遊戯会とかで見る木の役ってか…? …というかもう虫の息だから、助けてくれぇ……。

 

 

 



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顧客リスト№60 『動く絵画の美術館ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


「じゃあじゃあ……んーと…こっちの!」

 

 

抱っこしている宝箱入りの社長が、ぐいぐいと身体を乗り出す形で私を引っ張っていく。それに従い、そちらの方向へ。

 

 

――ただし、床を見たまま。前を見ないようにして。 だからちょっとだけ恐る恐るだけど、そんな距離はないから安心。

 

 

それにこのダンジョン内は綺麗なカーペットやフローリング、タイル床や大理石床で出来ている。転ぶことはまずない。

 

 

 

 

「じゃあアスト! これは?」

 

 

そう歩いているうちに、目的の場所に辿り着いたらしい。社長のそんな問いかけが。

 

 

私は顔を上げて、壁にかけられている()()を見る。 えーとこれは…。

 

 

―あ。社長、触手でちょっと私の視界を隠して説明書きを見せないようにしてる。けど、そんなことする必要は…ない!

 

 

 

「これは、『ミルクを注ぐ牛女』ですね。カウガールの日常の一幕を切り取った、『ヨハネスル・フェルメー』作の油彩画です」

 

 

「おー! 正解!」

 

 

説明書きが私に見えないようにしながら、答え合わせをする社長。 ―と、私は思いつき…。

 

 

「あと多分説明書きに書いてあるのは…『窓からの光によるはっきりとした明暗のコントラストにより、画面中央のカウガールを際立たせている』ということと、『カウガールの角、胸、体つきの豊満ながらもがっしりとした体つきを描き、たおやかさと力強さを巧みに描いている』ということ、『その身体の輪郭表現として塗られている細い白線により、仄かに輝いても見える』こと。 あと、使用されている顔料は描かれた当時としてはとても貴重な……」

 

 

「アスト、ストップ! ……うん! 全部、書いてあるわ!」

 

 

お見事!と言わんばかりに触手ガードを解除する社長。見えるようになった説明書きには、今しがた私が口にしたが記載されていた。やった。

 

 

 

 

「やるわね! 因みに、横のあれは? 落書きみたいな…」

 

 

すると社長、今度はすぐ横にかけられている絵を指さす。えーと…。

 

 

「あれは『泣くバンシー』という、『パブロ・ピクアクス』による作品ですよ。あえて幾何学的図形に還元して描く『立体派』の傑作の一つです」

 

 

その絵の説明書きを見ないようにしながら、そちらへと赴く。そして、今度は目を瞑って諳んじた。

 

 

「ピクアクスは『泣くバンシー』というタイトルの作品を100以上描いたのですけど、これは確か、その中の最後にして最高の出来と呼ばれた絵ですね。 彼はとある戦いを描いた大作も描いているんですが、それの影響があった故の作品と言われています」

 

 

「おお~! それも説明書きに書いてあるわね! さっすがアスト!」

 

 

大きな音を立てないようにしながらも、ぱちぱちと拍手してくれる社長。そして私へ顔をにゅっと近づけ、にんまりと笑顔を。

 

 

「けっこうな数の作品名当てクイズを出したけど、今のとこ全問正解! もしや、その『鑑識眼(魔眼)』を使ってるんじゃないでしょうね~?」

 

 

「もちろん使ってませんよ。使うまでもありません!」

 

 

わかってながら聞いてくる社長に、私もえっへんと胸を張って返す。なにせ…―。

 

 

「一応これでも、アスタロト家の令嬢。 そういう教育は施されてきたんですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ毎度のことながら私の実家のことは置いといて…。 今回も依頼を受けてのダンジョン訪問である。

 

 

ただし、このダンジョンを構成するのは立派な建物群や整備された広い庭。魔物の棲み処というには気色が違う。

 

 

その代わり各所に飾ってあるのは…今私達が見ているような有名な絵画や彫刻、銅像や壺や冠やオブジェ。アーティスティックな『芸術品』の数々。

 

 

 

ここの名称は『美術館ダンジョン』。歴史に名を遺す数多の名作を堪能できる、世界的に有名なギャラリーである。

 

 

 

 

 

 

とはいえ、やっぱりダンジョン。主である魔物はいる。どんな方々かというと―。

 

 

「じゃあアスト! こちらは?」

 

 

っと…。社長がまたもクイズを。どんな問題が来ても、スパッと答えてみせましょ…う…―。

 

 

「…えっ」

 

 

「どしたのアストぉ? もしかして、答えられな~い?」

 

 

…私が言葉に詰まったのを見て、ケラケラ笑う社長。もう……。

 

 

 

 

――()()()()()()()()()。この、女性の上半身の肖像画は。

 

 

人々を魅了するような、それでいてミステリアスさを湛えた微笑みを浮かべている、神秘的で霊妙な作品は――。

 

 

「時の巨匠にして『万能の天才』とも呼ばれる大魔導師、『レオ・ダビィンチ』によって描かれた、至高の傑作。 このダンジョンの…いえ、この世界に存在するどの名画よりも名画と称され、最も有名とされる天来たる一枚…!」

 

 

諳んじる―、というより、心の内の感動と想いを乗せるように説明を口ずさむ。そして最後に、その絵の瞳に問いかけた。

 

 

「ですよね? 『モナ・リーサ』さん。  …なんでここに紛れていらっしゃるんですか…」

 

 

「ふふふっ。 いえね、楽しそうだったからつい! べた褒め有難う♪」

 

 

 

私の言葉に、伝説の絵画『モナ・リーサ』は、その微笑みを一層綻ばせたのであった―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…へ? ついていけない? どういうことなのかわからない? ……まさか、あの『モナ・リーサ』を知らない!?

 

 

―コホン。では僭越ながら、少し解説を。 先に語らせて貰った通り、彼女モナ・リーサさんは、知らない人はいないと言うべき神品の名作で……―。

 

 

 

――え、そうじゃない? なんで絵が喋ったのか?

 

 

 

それはだって、『動く絵画』だもの。

 

 

 

 

 

 

 

『動く絵画』というのは、長年の時を経た絵画が魂を持った魔物。あるいは、魔法によって命を授けられた存在。

 

 

まあ、我が社にいるような動く調理器具のような『ポルターガイスト』や『付喪神』に似た、物が動く系の魔物だと考えてもらっていいと思う。

 

 

確か、どこかの魔法学校にも沢山飾られているらしい。…えーと、なんという学校名だっけ…。別に名前を呼んではいけない訳ではないはずだけど……。

 

 

 

 

ま、それは良いとして。 このモナ・リーサさんこそがこのダンジョンの主にして依頼主。というか、この美術館ダンジョンの目玉。

 

 

本来ならば、専用の飾り壁に佇んでいる御方。そして彼女の前には、毎日見物客がごった返すのである。

 

 

その凄さは中々のもの。なにせ、モナ・リーサさんの姿が見えなくなるほど。ようやく近づけたとしても、押し合いへし合いでじっくり見ることができないぐらい。

 

 

でもそのたった数秒でも心奪われてしまうので、もう一度見るためにリピーターになる人続出だとか。

 

 

 

…そんな凄い絵が、こんなとこに居ていいのかって? ご安心を。今日は休館日…休ダンジョン日のようだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょ!」

 

 

ちょっと力を入れるようにして、壁からカコンと外れるモナ・リーサさん。そしてそのまま宙をふわふわ。額縁入りのままふよふよ。

 

 

動く絵画だから、中の絵が動くだけじゃなく、こうやった移動もできる様子。因みに、そうして動けるのは彼女だけではなく…。

 

 

「リーサさんが来ちゃったら、私達の格下がっちゃうよぅ~~」

 

 

「ふぇえぇぇぇぇん…」

 

 

と、声をあげたのは、先程まで見ていた『ミルクを注ぐ牛女』と『泣くバンシー』。いやいや…!

 

 

「お二方も、モナ・リーサさんに並ぶぐらい素晴らしい絵画ですよ! いえお世辞なんて無しで本当に!」

 

 

「そう言って貰えると嬉しいねえ~!」

 

 

「ふぇええ~~ん!」

 

 

かの名画二人…二人? も、喜んでくださった様子。まあこんな感じに、他の絵も動くのである。

 

 

 

勿論、さすがに全部が全部動く絵画ではない。一部だけ。でも、動けるのは絵画だけではない。

 

 

 

「ふむ。いやしかし、素晴らしい鑑定眼だなお嬢さん。我らの名を見ずに、考える暇すらなくピタリと言い当てるのだから」

 

 

「確カニ確カニ! 見事見事!」

 

 

そう言ってくださったのは、これまた近くに合った彫像とオブジェ。それぞれ、考えるようなポーズと、巨大な蟹のような姿。

 

 

片や地獄の入り口のような門の上で座ってそうだし、片やどこかのお店の上で道楽な踊りをしてそう…? ……ん?

 

 

 

 

――ともあれ、この美術館はそんな動く美術品たちが収蔵…もとい、棲んでいる特殊なダンジョンなのである。

 

 

見に来たくなったら、是非来館を。入館料こそ必要だが、間違いなく損はしないこと請け合い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では話を戻して。何故私達が招かれたのかを解説…じゃなくて、お話するとしよう。

 

 

勿論ここには、モナ・リーサさん達が雇っている職員や清掃員、警備員とかが充分な人数勤めている。それなのに私達に依頼が来たと言う事は…のっぴきならない事情を抱えているということ。

 

 

 

…けど、大体想像はついちゃうはず。だって彼女達、名高き芸術品の数々。ならば勿論…その価値はとんでもない代物。

 

 

 

えぇ、その通り。狙われてしまっているのだ。悪い盗賊達に。もっと言えば…―。

 

 

 

「これが、その『予告状』。『怪盗』からのよ」

 

 

 

モナ・リーサさんは浮いたまま、カタカタと軽く震える。すると、額縁の隙間からぺらりと一枚のカードが。

 

 

その派手な色使いのそれには、『〇月×日の閉館後、貴方がたの友人を頂きに参ります』というキザな文面と、これまた自信たっぷりなのが分かる、お洒落なマークが。

 

 

 

そう―。このダンジョンは、怪盗に狙われてしまっているのである。

 

 

 

 

 

この美術館ダンジョン、そしてモナ・リーサさん達美術品はあまりにも有名。故に、盗みを生業としている冒険者たちからは常に羨望と熱願の(ターゲット)

 

 

だからこそちょくちょく狙われ、時には格好つけた盗賊からこういった予告状が送られる始末。なんでわざわざ犯行予告するのかわからないけど…きっと格好いいからだろう。

 

 

それでもモナ・リーサさん達は、今までなんとか凌いできたみたいなのだが…。

 

 

 

 

 

「あー…。 確かにこの予告状、今世間を騒がせている怪盗のものですね…」

 

 

モナ・リーサさんから受け取った予告状を確認させてもらい、私はそう確信を。 実は今、とある盗賊パーティーが名を轟かせているのだ。

 

 

 

 

 

―――正体不明、神出鬼没。鮮やかな手口でどこへでも侵入し、狙いを定めたオタカラをいとも容易く盗み出す。

 

 

標的になるのは人間魔物の区別なし。素晴らしき秘宝を持つ者ならば、それを頂戴いたします。

 

 

 

二十面相百面相、顔も姿も変幻自在。ある時は大人で、ある時は子供。どこぞの高校生探偵に似ていたり、モンキーなパンチ顔になったり。

 

 

かと思えば子供に大人気な戦隊ヒーロー的に化けたり、ドミノマスクな仮面(ペルソナ)被って颯爽と登場したり。

 

 

 

どんな兵士も防衛部隊も傭兵も、どんな罠も鍵も牢だって、彼らの前では無力同然。流麗な美技でノックダウン。

 

 

たった一つわかっているのは、手練れの人間数人組だということのみ。まさしく猫の目(キャッツアイ)のような目まぐるしき彼らの活躍をただ見送るしかないのである――。

 

 

 

 

 

 

…………という触れ込みな、とんでもない怪盗がいるのだ。 随分と大仰だが…それに見合うほどの『成果』を出してしまっている。

 

 

そしてとうとう、この美術館ダンジョンに手を伸ばして来たらしい。ご丁寧に、早め早めの予告状投稿をして。準備しておけということだろうけど…。

 

 

 

当然、モナ・リーサさん達は慌ててしまったらしい。だって、自分達が攫われるってことだもの。今の警備じゃ駄目だと思い、我が社に連絡をしてくれたという訳。

 

 

 

中々に大物相手のようだが…我が社にお任せあれ! 相手が変装の名手なら、こちらは潜伏の名手。ついでに色んな箱に隠れることで変装?もできちゃう。

 

 

 

モナ・リーサさん達は、良い選択をしたと言うべき…………。

 

 

―――え、なになに…?

 

 

 

 

 

 

 

私達が、その『怪盗』じゃないかって? ふふっ、やだな~。そんなわけないじゃないですか~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………警備増員の隙を突き、その枠に紛れ込むのは怪盗の常套手段? へえ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………――中々に、勘が良いことで。 嫌いではないですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――なんちゃって。 びっくりしました? 

 

 

 

ご安心を。私達はミミック派遣会社社長『ミミン』と、その秘書である私『アスト』のいつものコンビですから!

 

 

 

 

まあ残念ながら(?)、もうそのお話(疑念)は既に終わっているのである。具体的に言うと、ここに来たときに。

 

 

そりゃモナ・リーサさんたちだって、その手段については予想済み。例の怪盗は人間、となるとそちらを雇うのは危険だと。

 

 

だからこそ、唯一無二のへんてこ存在であるミミック派遣会社に依頼してきたというわけである。 流石に怪盗たちも、ミミック達のように宝箱に入って動き回れるほどの奇天烈能力はないみたいだし。

 

 

 

 

それに加えて、今日ここに来た際にも検査を受けた。 念には念を入れて。

 

 

社長は宝箱に入って軽く動いてみせるだけでokだったけど、問題は私の方。人間に角や羽や尾を生やせば悪魔族に見えちゃうから、ちょっと証明に苦労してしまった。

 

 

自分を自分だって明らかにするの、すっごく大変…。やれって言われて、的確にできるものじゃないし。

 

 

とりあえず角とか顔とかが本物だって引っ張り、悪魔族にしか使えない魔法を見せたり、あとは…実家《アスタロト家》のことを少し話したら納得してもらえた。よかった。

 

 

 

あと、社長が『間違いなくアスト!』だと断定してくれたのだ。まあ理由は勘らしいのだけど…。

 

 

でも、仮に社長に変装されていたとしても…私なら多分、いや絶対にすぐわかる気がする。 なんか、感覚的に。

 

 

 

 

――それでも、私が怪盗なんじゃないか不安? そう言われましても…。

 

 

うーん…。 なら、()()()()()()()()()()のが、私が本物(アスト)だっていう証ということで。

 

 

 

メタい? これまた失礼を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そうして決まった派遣依頼なのだが…相手は然る者。ならばこちらも、盤石の態勢で迎えるべきであろう。

 

 

幸い、予告状により決戦の日は確定している。我が社としても、その日には精鋭を追加派遣する予定。

 

 

更に、私と社長も参戦予定。社長は勿論最強の警備員として、私はそのお供兼、準備してある正体看破魔法や本人確認魔法、感知魔法などの調整役として。

 

 

 

更に更に、それだけではない。ミミック達が最高のパフォーマンスを発揮できるように……―。

 

 

 

「おーい! 社長、アスト! とりあえず出来たぜ!」

 

 

 

 

 

手を振りながら笑顔でやって来たのは、我が社箱工房のリーダー、ドワーフのラティッカさん。因みにいつも通りの服装。

 

 

実は彼女だけではなく、箱工房のドワーフ達面々にも来てもらっていたのだ。 あぁ勿論、怪盗の変装ではないことは確認済みだからご心配なく。

 

 

 

それで、なんで来てもらったかの理由は…バックヤードへ行けばわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということでラティッカさんに連れられやってきたのは、他のドワーフ達もいる裏手。絵画等の補修を行う部屋なのだが…。

 

 

「とりあえずの試作品だが、どうだこの壺! ()()()()()()だろ!」

 

 

ラティッカさんがくいっと示した机に並べられていたのは…年代ものな壺。しかし彼女が口にした通り…その横には、全く同じ見た目の壺が!

 

 

 

――その通り。この二つの壺の片方は、ラティッカさん達に作ってもらった『模造品(レプリカ)』。これで怪盗たちを騙し返す予定なのである。

 

 

でも、怪盗たちも鑑定する力があるはず。こんな即席のレプリカなんかすぐに見破られちゃうかも…? 

 

 

いや、結構いけちゃうと思う。だって……。 ……あれー……?

 

 

 

「あのー…ラティッカさん…。 これどっちが本物ですか…?」

 

 

 

 

 

……実は説明しながら、ずっと目を凝らしてるのだけど…これわかんない…。専門家ほどの見極め力はないとはいえ、結構自信があったのに…。

 

 

もはやこれ、魔眼使わないとどっちが正解かわからない。ここまでの出来とは…。ラティッカさん達、恐るべし。

 

 

「凄い完成度ね。 美術品である私ですら騙されちゃうほどに!」

 

 

モナ・リーサさんもそう褒める。少なくとも見るだけや少し触れるだけなら判別がつかない。怪盗が攻めてくるであろう閉館後の真っ暗な中では、かなりの効果があるだろう。

 

 

「社長、わかります?」

 

 

あまりにもわからな過ぎて、抱っこしている社長にそう聞く。すると―。

 

 

「んー、なんとなく!」

 

 

すぐさまそう頷いた。絵画とかに関しては素人同然だけど、壺…『箱』に対しては確かな目を持っているらしい。流石ミミック。

 

 

ただそれでもちょっと怪しいらしく…社長はミミックらしい提案を。

 

 

「けど、絶対という確証がないから…入らせてもらったらわかるわ!」

 

 

 

 

ということで、私は社長を壺に近づける。すると入っている宝箱からひょいっと飛び出し、二つあるうちの片方の壺の中にすぽん。

 

 

「ふんふん…。 やっぱりねぇ…」

 

 

含み笑いのような声が壺の中から聞こえてくる…。そして数秒足らずで、もう一方の壺へにゅるん。

 

 

「なるほどなるほど…! よっと!」

 

 

そしてひょっこり顔を出した社長は、にやにや。一方のラティッカさんもにまにま笑いながら、社長に問いかけた。

 

 

「で。どっちが本物だと思う?」

 

 

「まずはアストに聞いてみましょうか? どっちだと思う?」

 

 

「えっ…!? えっと……凄い出来なので正直わからないんですけど…。こっち、ですか…?」

 

 

突然に聞かれ、慌てながら片方を指さす。…でもぶっちゃけ、両方とも同じ物にしか…。

 

 

「その回答で良ーい? 本当に?」

 

 

「へっ…!? じゃ、じゃあ…あっち…ですか??」

 

 

「本当に~? 本当に~~?? 間違えたら、『一流』から格付け落ちちゃうわよ~?」

 

 

 

…何言ってるのだろう社長? でも、本当にどっちが本物かわからないし…!

 

 

「こっちで!」

 

 

「ふっふっふ~…。では、Bのお部屋へ…! ま、部屋なんて無いけど!」

 

 

相変わらず訳の分からないことを口走ってる社長。まあそれは良いとして、答えは……。

 

 

 

 

「ではコホン。 すぅ…! 結果発表おおおおっ!」

 

 

やけに通る声で、高らかに宣言する社長。皆の目が集まる中、ラティッカさんは溜めて溜めて……!

 

 

 

「~~~~残念! ハズレだ!」

 

 

 

あー…。残念…。ということは……。

 

 

「あっちのほうが正解ですね?」

 

 

当たり前と言えば当たり前のことを、私は聞く。 …あれ? 社長がすっごいにんまり顔で…。

 

 

 

「~~~~残念! そっちもは~ずれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え゛。 ……え??? へ?????

 

 

「これ、両方とも模造品よね。とても本物そっくりだけど」

 

 

困惑する私に代わり、モナ・リーサさんが答えてくれる。…って、両方とも偽物!?

 

 

「正解で~す! ね、ラティッカ?」

 

 

「あぁ! 本物は…これだ!」

 

 

そう言いながらラティッカさんは、隠してあった壺をよいしょと取り出してきて…えぇぇ……。

 

 

「ずっるぅ……」

 

 

私は思わず頬を膨らませてしまう。確かに魔眼で見たら、その通りだし…。

 

 

 

「ま、アストですら騙せるなら十分なクオリティだな! 他にも提案通り、色々面白いもの用意させてもらうよ!」

 

 

「ありがと!ラティッカ、皆! 流石私が見極めた凄腕ドワーフ達!」

 

 

カラカラ笑うラティッカさん達にお礼を言いつつ、ぴょいんと壺から出た社長。 そして私の抱える宝箱の中へ戻ると、お洒落にウインクをした。

 

 

 

「それじゃ、アスト! vs怪盗と洒落こみましょう! 主役の、『正義の悪役』の座は渡さないわよ~!」

 

 

 

……もうツッコまなくて、いいかな……。ツッコミの心、盗まれた気がする…。

 

 

 



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人間側 とある怪盗の盗心

 

嗚呼……実に悲しい……。幾度訪れようとも、相変わらずの衆人の姦しさよ……。

 

 

『美』を味わうには実に不適切。私語を抑えろと、入口の注意書きにも記載されていただろうに…。

 

 

 

…とはいえこれだけの群衆となれば、それぞれがただの一言だけを発せようとも、このように大きな波となるのは必然か。

 

 

それに私以外の周囲の看客(かんかく)は、その騒音を気にする素振りもない。この程度は普通気にならぬさざめきであり、私が繊細に過ぎると言われてしまえばそれまでであろうが―…。

 

 

無論、それが街中なり別のどこかなりであれば、私とて気にすることはない。だが、場所が場所なのだよ。

 

 

 

ここは『美術館ダンジョン』。優美を、壮美を、(ぜい)美を、耽美を、妖美を、機能美を、造形美を、退廃美を、自然美を、絶美を―!

 

 

数多の『美』の結晶たる美術品が集う、荘厳にして瀟洒(しょうしゃ)な殿堂。 私は今、その只中にいるのだから――!

 

 

 

 

……おっと、つい逸ってしまった。私の悪い癖だ。 顔や姿に出てはいないだろうが、気をつけなければなるまい。

 

 

この羽虫の如き騒音も、今は耐え抜こう。 ……今夜、なのだからな。

 

 

 

――そう、今夜だ。 今夜こそが決行の日取り。 

 

 

 

美しき絵画よ彫像よ、この私の迸る愛に(ほだ)され(かどわ)かされ、私だけに微笑むが良い――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…む? ほう…私に気づくとは…。中々に敏いな。 私が、何者か、だと?

 

 

フ……フフフ…! 聞いて驚くなかれ、我が正体を!

 

 

 

 

―――正体不明、神出鬼没。鮮やかな手口でどこへでも侵入し、狙いを定めたオタカラをいとも容易く盗み出す。

 

 

標的になるのは人間魔物の区別なし。素晴らしき秘宝を持つ者ならば、それを頂戴……――

 

 

 

 

 

――…何? 聞いたことあるから省略しろ、だと? …私達の触れ込みをか? 

 

 

……フフ…フフフ……フハハハ!  そうか、そうか!

 

 

 

良い事だ! いやはや、実に喜ばしい事だ! 私達も随分と有名になったものだな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、改めて―。私は『怪盗』だ。 あぁその通り、世間一般では盗賊の一種と認識されている。

 

 

だが、凡俗の徒と並べて貰いたくはない。意地汚く不細工に盗みを働く輩なぞ、下の下な部類。

 

 

私達はそれらとは比べ物にならぬほどに高尚だ。優雅に、軽妙に、賢しく―。どんな警備や警戒であれ、鮮やかに沈黙させてみせる。

 

 

とある豪商の豪邸、とある貴族の宮殿、とある王の居城。 とある魔物達の棲み処、パレス、ダンジョン―。狙いを定め、華麗に目的の品を盗み出したことは数知れず。

 

 

君も幾度か、私達の見聞きしたことがあるのではないか? 紙面や画面を席巻したことは一度や二度ではないのだから。

 

 

…名を知らぬから、思い出しようもない? これは失礼を。私としたことが。

 

 

 

――我が名は『ル・ヴァン・ザ・サード』。 覚えておいてくれたまえ。

 

 

 

どこかで聞いたことがある? フッ、であろうよ。 ……名前の由来は何か、だと?

 

 

実は隠れ蓑として、表向きはパン屋を営んでいるのでな。そこからだ。

 

 

 

おっと。このことは他言無用だ。もし誰かに口にでもしようものなら…どこぞの怪盗のタイトルロゴのような弾痕がその身に残るぞ。

 

 

 

――既に顔を見ている? ほう、脅しか。 だが……―。

 

 

私は変装の名手でもある。よもやこの顔が、この口が、真実だと思ってはいないだろうな。 君の手を噛み切ってやっても構わんよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なるほど、私達怪盗一味がこの美術館ダンジョンに予告状を送ったことを知っているか。 ならば話は早い。

 

 

ここに展示されている美術品の数々は、どれもこれも素晴らしい。一目見るたびに一度、感嘆の息が漏れ出てしまうほどに。

 

 

だがしかし…訪客が多すぎる。騒がしいし、堪能する前に円滑なる場所移動を求められてしまう。

 

 

これでは心安らかに楽しむことができない。故に、私が楽しむために()()のだ。

 

 

 

フフフ…攫う、というのがここまで適切な場面はないだろう。なにせ、ここの美術品は動く。『動く絵画』を始めとした、魔物と化した存在なのだから。

 

 

 

 

 

しかし…決行は閉館後の予定。即ち深夜。 だと言うのになぜ、こんな白昼に訪れているのか?

 

 

フッ。なに、初歩的なことだよ。 ……これは怪盗の台詞ではなく、どちらかというとそのライバル(探偵)役の台詞か。

 

 

 

そもそもだ。元よりこのダンジョンは、盗賊業に身を置く者の究極の目標。 金銭的価値としても美術的価値としても最上級なのは知っての通りだろう。

 

 

かくいう私達も、怪盗結成当初から目をつけていた。そして各所で研鑽を積み、いよいよの挑戦と相成ったのだよ。

 

 

 

そして今この場に居る理由は、その最終確認のため。警備の具合、展示品の位置、ルートの確認、その他諸々のな。 

 

 

無論、我がメンバーも変装してこのダンジョン各所に散っている。全ては、万全を期すために――。

 

 

 

 

 

――…というのは、間違いなく事実だ。だが私にとっては…少々建前でもある。

 

 

本音を言うと、居ても立っても居られなくてな。あと数時間が、非常に長いのだ。だからこそ、客に成りすまして美術鑑賞しにきているのだよ。

 

 

 

さあ見給え! 幾多の衆目に曝されようとも、一切の輝きを損なわぬ美品の数々を! 不朽の美貌称える彼らの御姿(みすがた)を!

 

 

そして…おぉ…!! その目を焼かれるが良い! かの珠玉の、至上なる名画『モナ・リーサ』に!

 

 

美しい…! 実に美しい…! つい凡庸な誉め言葉に終始してしまう自身が恨めしくなるほどに、彼女は素敵だ…!

 

 

 

…しかし、やはり場所が悪い…。幾千幾万の視線を受けるために、彼女の前で足を止めることは数秒程度しか許されていない。それが私には、酷く歯がゆい。

 

 

あぁ…やはりあの神秘で蠱惑の微笑を、私だけのものとしたい…! 今回の最大目標は、やはり彼女……―

 

 

 

 

 

 

――……む? はて…モナ・リーサが飾られているホールの一角に、妙な人だかりができている…?

 

 

確かあの場所には、何も飾られていないはずだが…。 幸い、進行方向だ。確認してみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

―……なんだ、これは…? 宝箱…? 説明書きもなく、何故床にポツンと…?

 

 

誰かの落とし物…というにはあまりに大きすぎるな。抱える必要のあるサイズだ。それに、掃除用の箒や塵取り、ハタキがそれに立てかけられている。

 

 

ふむ……この状況から察するに、掃除担当の片付け忘れと見るのが一般的であろう。 ……だが…。

 

 

 

この宝箱、造りが見事だ…。美術品としても通じる…いや、完全に美術品の域だ。 モナ・リーサと比べる気すらないが、少なくとも他の上作に比肩しうる程なのは確か。

 

 

私の審美眼に狂いはない。そして、それが示すことは…これが芸術作品であると言う事に相違ない。周囲の看客も、平俗ながらそれを理解しているのだろう。だからこそ、こうも集っているわけか。

 

 

 

そうだな…。仮にこの宝箱にタイトルをつけるならば…『箕帚(きそう)宝物(ほうもつ)』とでもしておくか。

 

 

清掃により、宝箱の輝きは維持される―。または、箒や塵取りこそが、美を守る化身にして宝物―。そんな想いが籠められた作品やもしれぬ。

 

 

――だが…これもまた、場所が悪い。 ここはモナ・リーサのための画廊。彼女の作者であるダ・ビィンチの胸像や、他の絵、用いられたとされる筆なども飾られているが……これは正直、ミスマッチだ。

 

 

敢えて目玉であるモナ・リーサの近くに設置し、美を維持する難しさを表現したのかもしれないが……このような作品は、どちらかというと向こうのオブジェ館のほうにあるべき……―。

 

 

 

「…あれ? ここにあった宝箱は?」

「え? …あっ!? 少し目を離した瞬間に消えてるぞ!?」

 

 

 

――何!? 周囲の声に気づき、私はつい動かしていた目を急ぎ戻す…! ……っっ…!? 宝箱が…消失している…!?

 

 

馬鹿な…! 私はほんの一秒足らず、オブジェ館がある方向に目を移していただけだ…! だというのに…宝箱はおろか、立てかけられていた箒や塵取り、ハタキまで消えている…だと!?

 

 

しかもだ…! 私を含め、周りの者達の中にその消失の瞬間を目にしたものはいない様子…! 一体、どういうことだ…!?

 

 

……もしや、同業者(盗賊)の仕業か…! ―いや、ありえない。私の目だけではなく、この場全員の意識が逸れた刹那を突くなぞ…不可能だ。

 

 

なれば、演出の一つ…。それもまた、不可解…。 一体、何であったのか……。

 

 

 

……フ…フフフ…! そうか。これは、新しい『標的(ターゲット)』が出来たと考えるべきか。面白い…!

 

 

この謎、私が突き留めよう。我が名にかけて――!

 

 

……これもまた、少しばかり探偵側の気がしなくもない台詞だな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――時は流れ、深夜。 とうに闇の帳は落ちきり、私達を見つめるは月明かりのみ。好ましき静寂だ。

 

 

さあ、開幕といこう。 我らの饗宴は、これより始まる――。

 

 

 

ここに集いしは、私を含め4人の面子。これが、我が一味。それぞれが端然にして清雅の装い。

 

 

かくいう私も、タキシード姿にシルクハット、ステッキにモノクルという出で立ち。…盗みに入る恰好ではない? 

 

 

フッ、怪盗を名乗っているのだ。常に綺羅を飾らなければな。 それこそが盗み出す美術品たちへの敬意であり、彼らに見合う姿をしなければいけないという不文律だよ。

 

 

さて、では…まずは軽やかに侵入を――。

 

 

 

「しかしよ、ル・ヴァン。やはり警備員が増員されている様子はないぜ」

 

 

――ふと、メンバーの1人がそう声をかけてくる。 それは私も感じていた。

 

 

知っての通り、私達は予告状を早めに送り付けた。それはダンジョンの者達に準備を促す、余裕の証明であった。

 

 

しかし、理由はそれだけではない。慌てて警備員を増員することを狙いとしていたのだよ。その増員に紛れ込むことを目的としてな。

 

 

そのために、各所の警備会社や傭兵団に網を張っていた。もし何処かに依頼があれば、警備の見取り図や裏事情が手に入るのだから。

 

 

ただ結局のところ、私達が目星をつけていた場所からは警備員を雇わなかった。まあ、そうなれば少し楽だ程度の考えであったため、特に支障はないのだが。

 

 

 

……だが、別に気になることがある。それは――。

 

 

「確かなのだな? 職員が『警備役を大量に増やした』と口にしていたのは」

 

 

 

私の問いに、その情報をもたらしたメンバーはしかと頷く。絶対に間違いはないという面持ちだ。

 

 

どうやらダンジョン側は、警備員を増やしたには増やしたらしい。 だがしかし、今こうして外回りの警備の数を見る限り、そうは増えている様には思えない。

 

 

故に、少々拍子抜けである。これでは侵入も容易い。まるで入ってくれと言わんばかりだ。…一体どんな連中をどれだけ雇ったのだろうか。

 

 

それを調べるためにも昼間ここを訪れたのだが、何も手がかりを掴めなかった。 こうなれば致し方なし。こちらも警戒を厳として動くとしよう――。

 

 

 

ではいざ…侵入開始と洒落こもう――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――停まれ。また巡回だ」

 

「数は…3。こちらに気づいてはいないわ」

 

 

メンバーの合図に合わせ、私達は身を潜める。少しして、先の道を警備員が厳戒態勢で進んでゆく―。

 

 

ほう…大した警戒だ。容易く忍び込んだは良いが、こうも警邏が多いとはな。既に幾度も足止めをさせられている。

 

 

そして……間隔が妙だ。一定の時間ごとに警備員が回ってきているのではない。これは勘だが…私達の位置がある程度把握されている、ような気がする。

 

 

恐らく、ダンジョン全体に張られている複数の魔法が原因だろう。詳細は不明だが、よほどの手練れな魔法使いがいるのは確かだ。

 

 

こちらも潜伏魔法や隠蔽魔法、反応阻害魔法やジャミング魔法等諸々を駆使してこれなのだ。並大抵の盗賊なら、即座に御用と相成るのは必定。

 

 

流石、美術館ダンジョンと言うべきだな。フフフ…相手にとって不足なしだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……この勝負、辛うじてながら私達の勝利だ。 ――辿り着いた、展示室の一画にな。

 

 

ここは『壺』の展示エリアだ。 目当ての品があるのもそうだが、ここで先にひと暴れすることにより、警備を掻き乱すのが目的でもある。

 

 

フフ…しかし、どれもこれも素晴らしき一品だよ。 叶う事なら全部盗み出したいものだ。…無論、ダンジョン中の美術品全てに言えることだが。

 

 

嗚呼、しかしたまらない…! 精巧な竜が彫られた壺に、極彩色の華が描かれた水瓶、焼き色だけで美しき紋様を浮かび上がらせた古陶磁…!魔力を帯びているアンフォラ…!

 

 

まだあるぞ…! ルビンという者が生み出した壺に、亀のような形の壺(つぼ)、あちらにあるのは実に強欲そうな表情を浮かべた壺と、貪欲そうな表情を湛えた壺…!その合わせ技もある…!

 

 

おぉ…! あれはホクソーの壺! 素晴らしい白磁の名品だ…! あれは…いい物だ…!!

 

 

 

 

―――おっと…。私としたことが…。つい見惚れてしまった。 いつ巡回が来るかわからぬ以上、急ぎ目的の品を…―。

 

 

――…何…!? こ…これは…どういうことだ…!?

 

 

 

目的の壺が…!! ()()()()()()()…だと…!?

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだこりゃ…? 全く同じじゃねえか…!」

 

「まず間違いなく、どちらかが偽物なのだろうが……」

 

「あ、見てこれ。『挑戦状!』ですって。 なになに…本物を見破ってみろ、って」

 

 

メンバーの1人が手に取ったカードを、全員で訝しみながら覗き込む。む…確かにそう書かれているな…。

 

 

これは意趣返しであろう。私達が送り付けた予告状のな。 フン、中々に粋な事をするではないか。

 

 

良いだろう。この勝負、乗らせてもらう! 我らの目を、侮るな――!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これ…とんでもなく難易度高いな…」

 

「わからぬ……」

 

「ここまでそっくりなんて…よっぽど腕のいい職人製ね…」

 

 

――クッ…。甘く見ていた、と言わざるを得ないな…。 こうも惑わされるとは…。

 

 

私達は最上級の鑑定力を持っていると自負している。だがそれを以てしても、装飾も紋様も傷すらも、寸分の狂いもないように見える。

 

 

よもや、ここまでとは……。一流の魔法使いに加え、一流の匠とは…。 流石、一流の美術館と言えよう。

 

 

 

……――しかし…。これはまたも私の勘だが…。どうも、()()()()()()ようにも見える。

 

 

記憶に残りし彼の壺と、目の前の二つの壺は確かに酷似している。…だというのに、どこか違和感が…。

 

 

そう、例えば…。作り手が籠めた想い。どうもこの二つからは、『騙してやろう』という感情が放たれているように思えるのだ。

 

 

 

…とはいえ、確証はないに等しい。今一度精査せんと、今度は少し離れた位置から確認しようとした…その時であった。

 

 

「よし!決めたぞ! 俺はこっちだと思う! なんか、照りが本物のような気がしてな!」

 

 

メンバーの1人が、半ば思考を放棄したかのように決断を下す。そして、壺の片方に近づき…。

 

 

「とりあえず持ち上げて見るとするか。 そうすれば何かわかるかもしれんしよ」

 

 

そう口にしながら、壺に手をかけ……――。

 

 

「ざんねーん! 選んだ時点で『一流怪盗』じゃなく、『普通怪盗』に降格でーす!」

 

 

 ギュルッッッ!

 

 

 

 

 

「なっ…!? ぐぁぁっ…」

 

 

――!! 何が起きた…!? 壺から触手が伸び、メンバーの1人を縊った…だと!?

 

 

それに、その直前に聞こえた声は…!? ハッ…! 壺の中から、何者かが顔を…!

 

 

「選んだのが運の尽きならぬ丑三つ時! 壺おじ…じゃない、壺ミミックがあなた方を逮捕しちゃうぞ!」

 

 

 

――なに!? ミミック、だと!? しかも上位種…!!

 

 

む…! もう一方の壺からも、触手が出てきた…! 成程…両方とも罠、偽物であったか…!

 

 

――してやられた。だが、捲土重来を期す! 食らうがいい、煙幕弾!

 

 

「わぷっ!?」

 

 

効いたようだな…! なれば、離脱する――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ふぅ。 なんとか撒けたようだな。 怪盗たるもの、引き際を見極めるのが肝心だ。

 

 

心配しなくて良い。やられたメンバーは私の息がかかった教会で復活する。そこを使うのは久しいがな。

 

 

 

……しかし、ミミックとは…。ダンジョンではたまに見かける魔物だ。ここも確かにダンジョンだが…今まで一度たりとも見たことはない。

 

 

もしや、あれが雇われた警備員だというのか…? なれば、殊更に気をつけなければなるまい…。

 

 

 

 

 

一度姿を晒してしまった以上、その情報はすぐさま知れ渡る。つまりここからは、スピード勝負だと言っても過言ではない。

 

 

警備も動いたことだろう。ならば目指すは、最大の標的。私の愛する絵画…、モナ・リーサ…!!

 

 

嗚呼、麗しの姫君よ! 只今そちらへ――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――貴方がたが、予告状の主。『ル・ヴァン・ザ・サード』が率いる怪盗一味、ね。 …流石の手際…と言うべきかしら」

 

 

「おぉ、貴女の口からそのようなお褒めの言葉を頂けるとは―! 少しばかり腕を揮った甲斐があったというもの!」

 

 

 

場所は、モナ・リーサが飾られたホール。彼女の前に立ち、私はポケットチーフで服の埃を払う。

 

 

その際、ふとチラリと目に入ったのは……今しがた()()()()()()()、床に転がる警備員達である。

 

 

 

 

やはり、美姫に拝謁するためには邪魔者は少ない方が良い。ここに来る前に各所を周り、あえて軽く暴れることによって警備員を混乱させた。

 

 

あとは悠々とこの場へ訪れ、残っていた見張りを颯爽と片付けたのだよ。 実に容易い仕事であった。

 

 

――フッ…。ようやく私達らしく、スタイリッシュに決められた。 先程の壺の一件の汚名、雪ぐことができたであろうよ。

 

 

 

「さて、モナ・リーサよ。こちらもルーク(仲間の1人)はとられたが…これにてチェックメイト(checkmate)だ。どうか、私の手を取って欲しい―」

 

 

彼女の前に跪き、姫を相手にする王子の如く手を差し出す。 嗚呼嗚呼…!どれほどこうしたかったか…! あの大衆の真中では成し得なかった、彼女への敬服姿勢を―!

 

 

無論動く絵画とはいえ、モナ・リーサが物理的に私の手を取ることはない。だが…私の心は満ち足りたようなものだ――!

 

 

「何、心配はいらない、モナ・リーサ。私達は貴女がたを愛する者。必ずや丁重に――」

 

 

「えぇ。貴方がたが私たち(美術品)を傷つけないのはわかっているわ。 盗賊だとはいえ、そこはちょっと信頼してるわよ、ル・ヴァン」

 

 

おぉ…おお…――! なんという僥倖…! いいや、日頃の行いと言うべきか―! なれば―…

 

 

 

「――けど、ひとつ間違いを犯したわね」

 

 

 

……何…? 私が顔を上げ、メンバー二人が臨戦態勢へと移ったのと同時に…モナ・リーサはその微笑を、一層妖艶なものへと――…!

 

 

「チェックメイトなのは貴方がたのほうよ、怪盗一味さん?」

 

 

 

「「「かっかれーー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

「嘘でしょ…!?」

 

 

――な…なんという…ことだ…!? モナ・リーサの号令に合わせ…ホールに置かれた美術品が全て…動き出しただと!?

 

 

違う…! 『動く絵画』に始まる美術品ではない…! そもそもこのホールにいる動く絵画系の魔物は、モナ・リーサただ一人のみ…!!

 

 

ならば…あれは…!! 動き出したショーケース、胸像、絵画…!! あれらの正体は…!!!

 

 

もしかしなくとも……!!! 

 

 

 

「ショーケースの中に収まる大きさにしてやりましょうかぁ!?」

 

「蝋人形…じゃねえ、胸像にしてやろうかあ!?」

 

「シュレッダーにかけて、バラバラに裁断してあげちゃうよお!」

 

 

 

―――ミミックっっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「待てーっ! チェックメイトじゃなく、チェックアウト(退館)させてやるー!」」」

 

 

 

一体…何が…! あれは…なんなのだ…! ひたすらに逃げながら思考を巡らすが、理解が及ばない…!!

 

 

 

 

まず…ショーケース…! 昼間まではダビィンチの筆などが飾られていた箱だ…!

 

 

だが今は…! そのショーケースの中に上位ミミックが顔を出すようにして…即ち、透明なショーケースをヘルメットのようにしている……!!!

 

 

 

 

向こうは…胸像! ダビィンチの姿を模した、石膏の像…!

 

 

それが…ダビィンチの首が外されている…! いいや、正しくは新造品ではあるのだろうが…。ダビィンチの胸だけの像になっている…!

 

 

そしてそこに穴が開けられ、上位ミミックが入っているのだ…! 首部分から顔を覗かせ、腕部分から触手を出し…! 肉襦袢ならぬ石膏襦袢だ…!!

 

 

 

 

更に、地を駆けるように迫ってきているは動く絵画…ならぬ、ミミック入り絵画!

 

 

あれに至っては、もはや美術の冒涜とも言えようよ…! これも、対私達用に誂えた代物であろうが…なんと言うべきか……。

 

 

……そう! 観光地にある『顔だしパネル』! 模造絵画の顔部分に穴を開け、そこに顔を嵌めているのだ! おのれ…やりたい放題か!!

 

 

 

 

…―――そういえば…。昼間見かけた、謎の宝箱はやはりいない…。結局、あれはいったい…。

 

 

――もしや…!!

 

 

 

「ぐはぁあっ……!」

 

「1人確保ぉ! 残りは二人ぃ!」

 

 

―――しまった…!また1人やられてしまったか…! 今は思考に耽っている場合ではない…!なんとかして身を潜めなければ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「探せ探せ~! この辺りに潜んでるはず!」

 

「さっき向こうで人影を見た? ばっかも~ん! そいつがル・ヴァンだ!」

 

 

……ミミック達に続き、他の警備員達も集合してきたか…。なんとか身を隠せたとはいえ…時間の問題だな…。

 

 

ルークに続き、ビショップまでとられた今、残るはキングとクイーン…。私と、もう一人のみ。しかも、向こうのキング、もといクイーン(モナ・リーサ)にはもう近づけないだろう。

 

 

最大のターゲットを逃した今、撤退すべきか…。私達の経歴に傷こそついてしまうが、新たなる策を練りリベンジを挑むことはできる…。

 

 

口惜しさから血の涙が出そうではあるが…それが上策であろう。 そう決めたならば、警備員にでも扮して逃走を……。

 

 

……む…? あれは……――?

 

 

 

 

 

 

 

「怪盗さ~ん!出ておいで~! 出ないと、そうね…現代アートみたいなヘンテコ姿に曲げまくるわよ~!」

 

 

「その歌、恐いんですけど…社長…」

 

 

――箱の影…? と、その後に続くは…悪魔族の羽や尾や角がついた人の影。  つまり、ミミックと悪魔族、か…。 しかし、やけに呑気そうな雰囲気の女性二人組だな…。

 

 

ふむ…この状況下であの口ぶり…。よほどの実力者か、単に天然か…。図りかねる…。

 

 

 

 

そう様子を窺っている間に、二つの影は更にこちら側へと―。私達に気づいているのか…? ……おや?

 

 

「この間のリベンジクイズよ、アスト! あの絵は?」

 

 

「えぇ…今ですか? まだ一応、怪盗一味が二人どこかにいるのに…」

 

 

どうやら杞憂であったらしい。近くの絵で、クイズを始めた。なれば後者…。天然なのかもしれぬ。

 

 

しかしクイズとは―。 ふむ…あの絵は確か、『地獄ノ――

 

 

「『地獄ノ辞典における大悪魔之図』ですね。『コラン・ド・プランシィ』、『ルイ・ル・ブルトーン』によって手掛けられた作品群のひとつです」

 

 

ほう…! いとも容易く答えを出した。その通りだ。 だが、わかるかな?そこに飾られているのは―…。

 

 

「けどあれ、レプリカですね。非常に精巧にできていますけど」

 

 

…――見事! そこまで知っているとは。 すると『社長』と呼ばれていた声も、アストとやらを褒め称えた。

 

 

「さっすが~! そんなのもわかるのね!」

 

 

「まあ、あれぐらいなら。 …というかあれの本物、うちにありますから……」

 

 

 

 

 

 

――――!? 今…なんと…!?  なんと口にした…!?!?

 

 

あの絵の真作が、家にある!? 馬鹿な…! あれを所有しているのは…!最上位悪魔族の一柱『アスタロト家』だぞ!?

 

 

私も残っているメンバーも、目と口がこれ以上ないほどに開き切ってしまったではないか…! つまり…あの悪魔族…アスタロト家の一員だというのか!?!?

 

 

 

何故、このようなところにそんな身分の者が…! いや、寧ろよく訪れてもおかしくないであろうが…。

 

 

今は閉館時間、しかも私達が侵入の予告をしたその日だ…! まさか、警備員として雇われているのか…!?

 

 

……ッハ! 裏事情はよくわからぬが、なればこのダンジョンにかけられている魔法の正体は頷ける…! アスタロト一族となれば、相当な魔法の使い手に違いないのだから…!

 

 

天然…どころではない…! 私達を凌ぐほどの実力者だ…!!

 

 

 

 

 

「―ねぇ…これ、チャンスじゃない? 彼女達に変装できればきっと…!」

 

 

私が未だ愕然としていると、最後のメンバーがそう提案してくる。なるほど…一理ある…。

 

 

それほどまでの立場であれば、警備を動かすことも容易い。そう長く化ける必要はない、逃げるまでの時間稼ぎが出来れば良いのだから。

 

 

 

ただひとつ気になるのが…アスタロト一族と共にいるミミックだ。アスタロトが『社長』と呼び、敬意を払っているとなれば相当な存在。

 

 

ミミックにそのような権力者がいると聞いたことはないが…。警戒せねばならない。 ―ともあれまずは、その二人の顔と姿を確認し……。

 

 

 

…―――なぁっ!? あれは…あの宝箱は…!! ()()()()()()()()()()()()()()()ではないか!!

 

 

ということは…つまり……。あの時から、ミミック達は警備員として配備されていたということか…!

 

 

私達怪盗よりも上手く化け、私に気づかれぬほど俊敏に動くとは…! 惚れ惚れしてしまうな…ミミック…!

 

 

 

 

 

「――へ? は、はい。 じゃあ私は、こちらの方へ」

 

「お願いね~! 私はあっち!」

 

 

 

――む? 何事だ? あの二人が…手分けして別の方向へ巡回に? 単独行動とは無警戒な…。

 

 

…いや、やはりそれほどまでの実力者と見るべきか。 変装をする際には、その相手を沈黙させておくのがセオリーだが…下手すれば、こちらがしてやられるだろう。

 

 

なれば、これは最大の好機と捉えるべき。それぞれの元へ、()()()()()()()擦り寄り…うまく誘導し活路を開く―!

 

 

この策で行くしかない―。となると、どちらがどちらに扮するかだが……。

 

 

「アタシ、ミミックに化けるなんて自信ないわよ…? あのミミック、見た目少女だし…。 ほらアタシ美女だから、美女に化けるのが楽じゃない?」

 

 

……色々と言いたいことはあるが…。その猶予はない。 仕方ない…その配役で変装といこう――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アストー! 待ってー!」

 

 

「…え!  あれ!?社長!? どうしたんですか?」

 

 

……――よし…。まずは第一段階は成功だ…。 このアストという悪魔族、不振がっている様子はない…!

 

 

私の変装魔法は、あらゆる人物魔物への模倣が可能だ。服も、装備も。 ミミックの場合は、その箱すらもしっかりとな…。

 

 

ただし弱点がある…。それは、この変装は見た目だけで、能力は真似られないということだ。 だが、普通ならば特に問題はない。

 

 

例えばだ。エルフやドワーフに化けたところで、平時ならば能力を求められないであろう? 仮に求められたとしても、私は弓術等もある程度修めているし、怪力等は魔法で欺ける。

 

 

……だが、ミミックは…。正直…不明だ…。 その能力がよくわからないのだよ……。

 

 

そもそもが遭遇しにくい魔物であり、出会ったら即死ともされる存在。故に『箱の中に潜める』という能力しか知れ渡っていない。

 

 

だからなるべく、派手な動きをしないようにしなければ…。不審がられぬようにな…。

 

 

 

「いえね、やっぱりアストが心配になっちゃった! 一応アスタロトの娘なんだから、守ってあげなきゃ、ってね!」

 

 

「それは―。ふふっ…! ありがとうございます、社長!」

 

 

……この会話も、上手く切り抜けられたな…。 しかし…どういう関係なのだろうか、この二人は…。

 

 

私…もといこのミミックを『社長』と呼ぶのだから、彼女は従業員だというのが本命だが…。アスタロト一族が、ミミックに仕える…? 俄かに信じられぬな…。

 

 

 

 

 

「じゃあ、行きましょうか! ……あれ、社長、どうしたんです?」

 

 

「―っえ! あ、そーね! しっかり探しましょー! ……っと…」

 

 

アストという娘に促され、私も動き出す……が…………くぅっ…!!

 

 

やはり…動きにくい…!箱に入ったままの移動は…! ミミックは……どうやって移動しているのだ…!?

 

 

「? どうしたんですか社長? 体調悪いんですか?」

 

 

…っ…! このままでは疑われる…! なんとか…しなければ…!

 

 

「んー…ちょっとね…! ちょっと足が痛いかもって…」

 

 

「…――なら、いつもみたいに床を滑って移動すればいいじゃないですか。 えいっ!って」

 

 

 

……なに…? そんな方法があるというのか…? え、えいっ…!?

 

 

「おぉっ…! おっとっと……!」

 

 

…案外、進むものなのだな……。 …ハッ…! しまった…変な声を発してしまった…―。訝しまれては……

 

 

「それじゃ、怪盗探し続けましょう! この辺に潜んでるみたいですし!」

 

 

……いない、な…。 助かったが…。 もしやこの娘、やはり天然でもあるのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その後、先の『社長』の行動に倣い、私も彼女(アスト)へ時たまに絵や彫刻の詳細を聞いてみもした…。

 

 

その結果……全問正解だ…。マイナーとされる絵も聞いたのだが、全く迷うことなく答え、しかも補足解説まで行った…のだ。

 

 

惜しい…な…。もし敵でなければ…我が一味に…勧誘したい…ぐらいだ…。……ふぅ…ふぅ…―。

 

 

 

この移動法…床を箱で這う移動法…! かなり…体力を消費する…! これでは…逃げる体力すら減ってしまう…!

 

 

だが、アストという娘は一切足を緩めない…! 私の後ろを三歩下がってついてきているというべきか…付かず離れずを維持しているのだ…!

 

 

これでは、隙も無い…! ……かくなる上は…。この見た目なら…一縷の望みにかけて……!

 

 

 

「ねえアスト…」

 

 

「? なんですか社長?」

 

 

私が声をかけると、首を傾げる彼女。精一杯の、困った様子とおねだり顔で…!

 

 

「抱っこしてくれない…? なんか足の痛みが増して…」

 

 

「えっ……!」

 

 

――どうだ…! 箱に入っているミミックなら、抱えやすいはず…! 少女姿でこの性格の『社長』なら、こういう頼みも通じるはず……!

 

 

「……いやいや社長、()()()()()()()()()()()じゃないですか~。 頑張ってください! ほら、回復魔法かけてあげますから」

 

 

……くっ…ダメか…。 仕方ない…。このまま進むしかないか…。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ここまで来ましたね。じゃあ、社長が行ってないあっちの方へ行ってみましょうか」

 

 

「そ、そうね…。 でもアスト…一旦戻って……」

 

 

……げ、限界が近い…。なるべく早く離脱しなければ…。 

 

 

少なくとも、向こうに行くのは危険だ…。あいつ(私の仲間)が上手くやっていたとしても、鉢合わせる危険が……―。

 

 

―………? …‥……――――っ!!!

 

 

「「あ…!」」

 

 

私と、アストという娘は同時に声をあげてしまう…! 何故ならば…!!

 

 

 

 

「いえーいアスト! 首尾はどう?」

 

 

 

……『社長』が…! あのミミックが姿を現してしまった!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは…窮地だ…! すぐさま逃げなけれ…――

 

 

「えいっ!」

 

 

――うぐっ!? な、なんだ…!? 箱の蓋が踏まれて、閉じ込められた…!? まさか…アストが…!?

 

 

「社長の提案通りでしたよ! 移動法を適当に誤魔化したら、大分疲れてくれたみたいです!」

 

 

「良い感じね! こっちもだいぶ遊んじゃった~!」

 

 

「……それは良いんですけど……。なんで私の姿をしたその人を、そんな変態的な縛り方してるんですか……?」

 

 

……!? ど、どういうことだというのだ…! …蓋との間に隙間が僅かにある…! ここから様子を…!

 

 

 

―――なっ…!! 最後のメンバーが…このアストという娘に変装した彼女が、ミミックの触手に縛られている…!!

 

 

「いえね! ちょっとそそのかしたら、あーんなことやこーんなことやってくれたの! あー楽しかった!」

 

 

「私の顔で変な事させないでくださいよ……。 私、傍から見たらそんな印象なのかな…」

 

 

……やはり、この二人の口ぶり…! 最悪の展開だ……。私達の変装は、初めから見抜かれていたのか…!

 

 

くぅっ…! やはり、相当な実力者であったか…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと…この術式なら…多分…。 ――――――。―――。――!」

 

 

「ぐっ…! 変装魔法の強制解除までできるとは……!」

 

 

アストという娘の力に舌を巻きつつも、私は追い詰められる。 …既に、一味は私一人となってしまった…。

 

 

こうなればもう、遮二無二逃げるが吉。なんとか隙を見出さなければ―。

 

 

「…いつから気づいていた…? 私達の変装は完璧だったはずだ…!」

 

 

差し当たり、そう話を持ち出す。すると彼女達は乗じてくれた。

 

 

「ほんとそっくりだったわ! 一瞬本物かと思ったもの!」

 

「ですね! 中々に社長の言いそうな言葉運びでしたし!」

 

 

…褒められて悪い気はしないが…。それはつまり――。

 

 

「やはり、初めから気づいていたか…」

 

 

「えぇ」

「そうですね」

 

 

「…後学のために、聞かせて貰えないだろうか…? 私達の変装のどこに、違和感を感じたかを」

 

 

「「えーと……。 …なんとなく?」」

 

 

「……何? なんとなく、だと? 仮に事前の打ち合わせが無くとも、わかったというのか?」

 

 

「「なんか、間違いなく違うな―って。 感覚的に…」」

 

 

 

…………声を揃えてそう言われてしまえば…私達の技術不足を認めるしかない、な…。

 

 

…―いや、違うか…。 今回に限っては、相手が悪かった…。この二人の間に割って入ったのが失策であったか…。

 

 

――嗚呼、なれば…―――。

 

 

 

「その貴重な意見、次回への訓戒として有難く頂戴するとしよう。――さらばだ!」

 

 

 ボムンッッッ!

 

 

「「わぷっ!?」」

 

 

 

 

――持ちうる全ての煙幕を撒き、全身全霊を以て離脱―! また会おう、強きふた…り…!?

 

 

「待てぇル・ヴァーン! そっちが猫の目(キャッツアイ)の如き目まぐるしい活躍をするなら、こっちはアスファルトタイヤ切りつけながら暗闇走り抜けるわよ!」

 

 

「何言ってるんですか社長…!? 確かに今は夜ですけど…!」

 

 

 

――追ってくるか…! だが、このまま進めば……ぬぁっ!?

 

 

「ふむ。考える暇すらなく、足止めをさせてもらうぞ」

 

「美術館ではお静カニ!」

 

 

ぐぅっ…!? 考えるオブジェと、蟹のオブジェ…! 展示位置はここではないはず…! 移動して来たか…!

 

 

――しまっ…! この一瞬が…命取りに……!

 

 

 

 

「やりましょアスト! 『総攻撃』よ! 背景赤くしちゃって!」

 

 

「え!? なんですかそれ!? は、背景…!?」

 

 

「いいからいいから! 仮面(ペルソナ)は無いけどお洒落に決めましょ~!」

 

 

 

 

―――何!? 周囲が真っ赤に…! 私を足止めしたオブジェや他の美術品すらも消え去った…専用空間とも言うべき様相に…!

 

 

――!? 社長とアストの決め込んだ顔が、キラリとカットインし―!

 

 

 

「総攻撃ターイムっ!!」

 

 

 

ぐあっ…ぐあああああっっ!!  黒弾と化した二人が…私に連続突撃を…ぐはああああアッッ!

 

 

 

 

「――よっと! 『Best(ミミ) regards(ック派),() Mimic's(会社を) temp(よろ) agency!(しく!)』」

 

 

「だからなんなんですかこれぇ!?」

 

 

 

 

―…が…がはっ…。私に集中砲火を食らわせた二人が華麗に着地し踊り…実に洒落たポーズを……。

 

 

…――! アストという娘…社長を抱きかかえている…! やはり…私の見立ては間違ってはいなかったか……。

 

 

 

虫の息ながら、そう独り言ちる…。と、そこへ社長と呼ばれしミミックが…。

 

 

「というか…やっぱりあなただったのねぇ、怪盗の正体。 昼間、モナ・リーサさんだけじゃなく、私のことも凄い目で見てきたでしょ!」

 

 

「…な……。変装…していた私に…気づいていたと…いうのか…?」

 

 

「まーね!明らかに視線が変だったし! 暇だったから掃除してたのだけど、変な感じしたから変装?してみたのよ!」

 

 

「変…装……?」

 

 

「良いわよね、美術館って! ちょっとおかしな物が置かれてたら、皆それがアートだと勘違いしちゃうんだから!」

 

 

……なんと……なんと…。あれは計算づくの行動であったか…。 加えて、視線を感知し誰にも気づかれぬように去ることができる……―。

 

 

 

――嗚呼、意識が遠のいてきた…。 フ…フフフ……私達をここまで手玉にとるとは…惚れてしまうな…ミミッ…―

 

 

……ガフッ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――ハッ!!」

 

 

「あ、起きた。 いつ振りの復活魔法陣送りかしらね、ル・ヴァン」

 

 

目を覚ますと、そこは私達の息のかかった教会。先に仕留められた他三人も、その場で待機していた。

 

 

「まさか俺達が全滅しちまうなんてな…」

 

 

「不覚…驕りがあったか……」

 

 

「ほんと! で、どうするのル・ヴァン? ……ル・ヴァン?」

 

 

…メンバーの呼びかけに、私はすぐに答えることができなかった。 全滅という事実に打ちひしがれていたから、ではない。

 

 

「…暫く修練を積み、頃合いを見て再度挑戦するとしよう。 ――だが…」

 

 

「「「だが?」」」

 

 

故に私は、指針の表明と共にそう付け加える。メンバー全員がこちらを見つめる中、その内容を口にした。

 

 

「次に予告状を送る際は、『ミミックとの対決を希望する』旨を記載するとしよう―」

 

 

 

 

「は…!? おいおいル・ヴァン! なに考えてやがる!?」

 

 

「今回我らを退けた以上、向こうもほぼ確実に配備するであろうが…」

 

 

「だとしてもなんでわざわざ…!? その口ぶりだと、ミミック達に紛れるという訳じゃないのよね…?」

 

 

 

口々にまくし立てる我が一味。当然の疑問ではあろうよ。だがな……私は、とんでもないものを盗まれてしまった。

 

 

 

それは…私の心―! 芸術品のみに捧げたはずの我が心の一部を、見事に盗まれてしまった!

 

 

 

何に? 無論、ミミック達にだ! 『Take Your Heart』と囁かれたと勘違いするほどに、惚れてしまったのだよ…! 

 

 

 

嗚呼…!彼女達は実に…実に素晴らしい…! どれもこれもが、私達の『理想』―! 

 

 

私達を容易く欺く手腕…! 隙を見せていたとはいえ、一撃でこちらを屠り去る技の冴え…! 奇抜ながらもその時まで正体を気づかせぬ隠密能力…!

 

 

出来うることなら、教示を受けたいほどだ…! ――しかし、それは不可能であろう。

 

 

 

私達は、オタカラを『盗む』側。彼女達は、オタカラを『守る』側―。 悲しきかな、立場は真逆に位置しているのだから。

 

 

フフ…なればこそ、対決によってその技を盗み、模倣(mimic)すべきであろう。フ…フフフフ…!

 

 

 

いずれまた会うとしよう―。 愛しきミミックの諸君よ…――!

 

 

 

 



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閑話⑪
アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動①


「「「「「お帰りなさいませ、アストお嬢様」」」」」

 

 

「只今戻りました。 皆、健勝そうで何よりです」

 

 

道を作るように列をなし、深々と頭を下げてくるメイドや衛兵たち。それに、私はそう返す。

 

 

すると即座に、数人のメイドが流れるような所作で傍へ寄ってきた。

 

 

「お荷物、お運びいたします!」

 

「お着物、お預かりいたしますね」

 

「遠路はるばるお疲れにございましょう。ご休息の準備は整えております」

 

 

そして、私が引いていたトランクや上着やらを鮮やかに受け取っていく。無理やり感は全く無く、私の指先や肩の動きの機微すら読むようにして、極々自然に。

 

 

ここに―、家に住んでた頃は必ずやってもらっていたことだけど…こう見ると、結構熟練の技……。

 

 

特に『誰かに仕える立場(秘書)』になってからだと、学ぶべきところが多いように思える。上手く参考にして、社長相手に実践してみるのも面白いかも…!

 

 

 

 

 

 

 

…――あ。コホン。 私は今、実家に帰って来ているのだ。そう、『アスタロト家』に。

 

 

 

 

 

前々からちょこちょこと明らかにしているように、私のフルネームは『アスト・グリモワルス・アスタロト』。

 

 

そしてそのアスタロト家は、魔界大公爵として名を馳せる、魔王様に仕える最上位悪魔族一族である。

 

 

それ故に手にしている権威も凄まじく、その名を聞けば人魔問わず震えあがる威風すらある。…まあ私はそれが面倒だから、今はあえて名前だけで通しているのだけど。

 

 

 

そんな英姿を示すため、我が家はとても豪華絢爛な城館宮殿。ミミック派遣会社の社屋…箱工房や倉庫群分を合わせたとしても、それを悠々と凌ぐほどの。

 

 

更に外には当然、整備が行き届いた庭園や東屋、泉や噴水とかもある造り。そして見た通り、多数の使用人を召し抱えているのだ。

 

 

 

私が小さいころは箱入り娘状態だったため、この広い家や庭で色々と遊んだもの。その度に使用人たちは優しく接してくれたり、無茶を叱ってくれたり。時には、隠れておやつなんか…!

 

 

 

――ふふっ。久しぶりに帰ってくると、なんだかちょっと懐かしくなってしまう。そう長く離れていた訳でもなく、頻度は高くないとはいえ時折戻って来ているというのに。

 

 

 

 

 

……へ? 本当に貴族のお嬢様だったんだ、って…―。 

 

 

では、この光景で信じていただけました? それなら何よりですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有難う。でも、先にお父様方に挨拶を致しますので、休むのはその後で」

 

「かしこまりました」

 

 

とりあえずメイドの1人にそう伝え、着替えのために自室へ向かおうとする。因みに今日は、いつもみたいなスーツではない。普通の服である。

 

 

前にも言った通り、両親には仕事の話を通しているが…使用人たちには誰にも詳細を教えていない。そんな状況で仕事服を着て来たら、妙な質問攻めをされちゃうから。

 

 

 

まあ、この格好のままお父様たちの元へ向かっても良いのだが…やはり貴族のマナーというものがある。余裕のない状況ならばいざ知らず、そうでなければ悪魔族の伝統装束にでも着替えるべきであろう。

 

 

最も、普段からそうしているのだが……今回は絶対にそうしなければいけないのだ。なにせ―…

 

 

 

…今日家に帰って来たのは、自分の意思ではない。……実を言うと、両親に呼び出しを受けたのである…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと前に話した『グリモワルス女子会』の開催は、まだもう少し先。その時にも色々と準備のために実家に戻る必要があるため、両親たちへの顔見せはそのタイミングで良いかと思っていたのだが…。

 

 

…ついこの間、急に呼び出しの手紙が届いたのである。そのグリモワルス女子会よりも前に、少し話をしたいという旨の…。

 

 

 

……うーん…。文面的には怒っている様子や責める様子、悲しむ様子はない、至極いつも通りのものだったのだけど…。

 

 

あでも、若干心配してくれているような感じはあったかも…? いや、楽しんでいるような…?

 

 

 

――とにかく。そんな手紙が届き、休日を利用して帰宅しにきたという訳である。何事もないと良いのだけども…。

 

 

 

 

 

え? 社長? 社長は当然ながら――…。

 

 

 

「あの…お嬢様…。 こちらの宝箱は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、荷物を預かってくれたメイドが、私が持ってきた宝箱をおずおず示す。そうそう!忘れてた!

 

 

「これはお土産の詰め合わせです。皆で食べてください」

 

 

固定していた紐を魔法で解き、浮かび上がらせパカリと開ける。中には、厳選したお菓子がたっぷり。しかも、『お菓子なダンジョン』などの各ダンジョンから買い付けたもの多数である。

 

 

「宜しいのですか!? この間も沢山頂きましたのに……」

 

 

「えぇ勿論! 特に今回は私が選び抜いたものばかりですから、是非!」

 

 

そう微笑みつつ蓋を閉じ、手すきのメイドへとそれを手渡す。あ、そうだ。

 

 

「この宝箱、ネヴィリーへあげたのと同じ箱なんです。ですから見た目以上に中身が入っていますし、お菓子を出した後は有効活用しちゃってくださいね」

 

 

「まあ…っ!! あの箱と同じにございますか! あれは大変重宝しております!」

 

 

嬉しそうな声をあげてくれるメイド。良かった、喜んでもらえて!

 

 

 

 

 

 

――前に市場で、我が家のメイドの1人であるネヴィリーに出会った時のことである。日頃の恩返し(ご機嫌取り作戦)として、とある箱を買ってあげたのだ。

 

 

それが、この『見た目の何倍もの容量があって、且つ重量も軽減される魔法の宝箱』。実はこれ、我が社の箱工房謹製品。しかもミミックの能力を模した。

 

 

 

実はあの市場での一件の後、ネヴィリーからお礼の手紙が来たのだ。あげた宝箱がとても便利で、皆で色々と使いあっていると書かれた。 ならばと思って、今回も持ってきたのである。

 

 

 

前は店でわざわざ買って渡したのだけど、今回はラティッカさんに頼んで作ってもらった。おかげで懐は痛んでいない。…そんな痛むほど懐は冷えてないけど。

 

 

更に言うと、本当は複数個持ってきたかった。けど下手に数を用意して訝しまれるわけにはいかないから、残念。

 

 

 

 

 

…――宝箱と聞いて社長だと思いました? いやいや、流石にそれは警戒し過ぎ。

 

 

 

社長は当然ながら置いてきた。ハッキリ言ってこの戦いには……―。

 

 

 

じゃなくて! 当たり前ながらお留守番?である。 ミミックをアスタロト家にあげたらなんと言われることか。

 

 

私としては、寧ろ連れて来ても良かったりはするのだが…。それこそ仕事先がバレたら大変である。社長に限って、そんなミスをするはずはないと思うが。

 

 

 

 

まあ、さしもの社長も、呼ばれてもいないのに秘書の実家に突撃するのは控えたのだろう。出かける少し前に、行ってらっしゃーい♪と声をかけてくれただけである。

 

 

ただ、直後に箱工房に遊びにでも行ったのか、社屋を出た時のお見送りにはいなかったけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、じゃあ一回自室へ…―。 あ。噂をすれば、ネヴィリーがこちらに。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様! 御挨拶が遅れてしまい大変申し訳ございません」

 

 

「ただいま、ネヴィリー。 あの宝箱、もう一つプレゼントします!」

 

 

「ま! それはそれは! (わたくし)共のために…感無量にございます!」

 

 

深々と一礼をしてくれるネヴィリー。―と、顔を上げた彼女と、つい笑いあってしまった。

 

 

なにせ、ネヴィリーだけは私の仕事場…且つ、あの宝箱の製造元をメイドで唯一知っているのだから。正しくは、知られてしまった、だけども。

 

 

ただ他のメイドの様子から、それは秘密としてしっかりと守ってくれているらしい。やっぱり優秀。

 

 

 

 

「お嬢様、ご主人様方がお集まりになっておられます。 早速、お顔を見せて欲しいと―」

 

 

「わかりました。軽く服を着替えたらすぐに向かうと伝えてください」

 

 

「かしこまりました」

 

 

再度深い一礼をし、去っていくネヴィリー。 …やっぱり揃っているよね…。

 

 

――うん! 溜息をついていても仕方ない! 着替えるついでに、気持ちも切り替えてしまおう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「では、お嬢様。 私共は外で待機しておりますので、御用がございましたら何なりと」」

 

 

トランクや綺麗にしてくれた上着を運び込んでくれた二名のメイドは、恭しく頭を下げ廊下に。

 

 

そして扉は静かに閉じられ、部屋には…私の自室には私一人。思わず、深呼吸…!

 

 

 

流石メイドたち…! 部屋の様子が全く変わっていない…! 全てが綺麗に維持されている…!

 

 

 

 

 

トランクを開けるのを後回しに、色々と見て回る。本棚や机にくすみはおろか、塵の欠片すらない…!

 

 

ぬいぐるみの山もそのまま。けどやっぱり、しっかり世話をしてくれていたらしい。汚れなんてなく、全部可愛く飾られている。

 

 

更に更に…ベッドにぃ……ぼすんっ! 柔らかく、良い香り…! 勿論、埃が舞う事もない…!

 

 

 

 

……あ…。ベッドに倒れたらちょっと眠気が…。 魔法使っても、会社と実家の距離はそこそこあるから…。

 

 

それに、緊張していたのがあるし…。それがベッドに寝ころんだらふわっと溶けちゃって…。今からが本題だと言うのに…。

 

 

 

あぁ…駄目…。瞼が……。 ……ちょっと…だけ…………。

 

 

 

 

「ダメよアスト! 寝たら、くすぐっちゃうわよ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい…社長…。 起きますから…」

 

 

耳に入ってきた声に、瞼を擦りながらそう答える…。 しかし、珍しい。基本、私が社長を起こす側な…の…に…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………ん?  んん??  んんん???!?

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ!?!?  へっ!?!?!?   はっ!?!?!?!?

 

 

 

 

 

 

「しゃ、社長!?!?!?!?!?」

 

 

 

「お目覚めのようで何よりです、アストお嬢様?」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動②

 

え、なぜ、ちょっ、えっ、どうして、えええぇっ…!? ええええええっ!?

 

 

 

なんで社長が、私の横にいるの…!? 私の実家の部屋のベッドの上に…私の真横にいるの!?!?

 

 

しっかりいつもの宝箱で、いつもの服で…! 何食わぬ笑顔でちょこんって……!!!

 

 

 

 

……あ、もしかして……。これ、夢か…! なら…えいっ! むにっ!

 

 

「むひゃ…! もーあひゅと(アスト)~! ひょれ(これ)ひふんのほおれ(自分の頬で)するもにょれしょ(するものでしょ)?」

 

 

「あ、そうですよね…! すいません動転しちゃって…!」

 

 

社長の頬をムニムニしていた手を放し、今度は気を落ち着かせるための深呼吸。すぅ…はぁ…。

 

 

……よし! じゃあ改めて……!

 

 

 

 

「なんでここに居るんですか社長!!!」

 

 

「着いてきちゃった☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、着いてきちゃった☆ じゃないですが!? 一体、どうやって……。

 

 

「あれよ、あれ」

 

 

ふと、ちょいちょいと指さす社長。そっちにあるのは、トランク……。

 

 

……――ああっ!! トランクが開いてる!! まだ開けてないはずなのに、勝手に開いてる!!

 

 

そういうことか! なんでお見送りに居なかったのかと思ったら…既にあの時、トランクに潜んで…!!

 

 

 

「ここがアストのハウスね! さっすが公爵邸、とんでもなく立派! ベッドもふっかふか~!」

 

 

って、そんなこと考えてる間に社長がはしゃぎ出した…! ベッドの上で跳ねないでくださいって…!

 

 

 

 

「「お嬢様! 何かございましたか!?」」

 

 

 

 

 

 

 

―――しまった!! 外のメイドたちに気づかれてしまったみたい…! いや、私が叫んだからなんだけど…!

 

 

「もしや、私共に不手際でもありましたでしょうか…!」

 

「差し支えなければ、扉を開けさせて頂いても宜しいでしょうか…?」

 

 

わわ…しかも、ちょっと不味い状況に…! ここで変に断るわけには…!

 

 

「とりあえず社長…! ここに隠れててください!」

 

 

「は~い!」

 

 

慌てて社長を布団の中に突っ込む。すんなり入ってくれたが……当たり前ながら、こんもり。 宝箱という大きい物を入れたんだから、膨らんで当然である…!

 

 

どうしようどうしよう……! と、とりあえず扉から膨らみが見えないように座って…! あとは羽を広げて隠して…!!

 

 

 

「「お嬢様…??」」

 

 

「こほん…! どうぞ!」

 

 

 

私が合図をすると、メイド二名は丁重に部屋の中へ。…けど、若干目が訝しんでいる気が……。

 

 

「あの…お嬢様…? 先程、声を張られていたようですが…?」

 

 

「い、いえ! 何でもありませんよ!」

 

 

……ちょっと声が上ずっちゃった気が…! …っっ! まずっ…! その受け答えの間にもう一人のメイドが、ベッド周りの確認に…! 連係プレー…!

 

 

これは…絶体絶命…! う、動くわけにもいかないし…! ……最悪、魔法でメイドを昏倒&記憶飛ばしでもして……!

 

 

もはやそれしかないと、ひそかに術式を練り始める…。――と…。

 

 

 

 

「…? お嬢様、やはりお疲れなのでございましょうか。 宜しければ御仮睡くださいませ」

 

「それが良いかと! ご主人様方には、私共の方からお伝えさせて頂きますので」

 

 

 

……あれ? …私の心配はされているけど、布団の膨らみを気にしている様子は…ない?

 

 

それも、わざと避けているという感じではなく、まるで存在しないかのような…! …はっ!

 

 

 

き、消えてる…!? 布団のこんもりが、社長の姿が消えている! え、嘘!どこに!?

 

 

…ん! ベッドについた手に、布団の裏から軽くちょんちょんと突くような感覚が…! もしかして…布団を『箱』として、ミミック能力で隠れたということ?

 

 

――そういえば社長、似たことちょくちょくやっている…。それにオルエさん(サキュバス)のダンジョンではそういう潜み方してるとも報告受けてるし…。

 

 

 

まあこれなら、布団を捲られない限り気づかれないだろう。とりあえず、一安心…?

 

 

 

 

 

「―いえ、休むのは後にします。お父様方を待たせるわけにはいきませんから」

 

 

ほっと息つき、改めてメイドたちにそう告げる。彼女達は承知を示すお辞儀をし、代わりにこう続けた。

 

 

 

「では、僭越ながら私共がドレスをご用意いたしましょう」

 

 

「もしよろしければ、お着替えをお手伝いいたしましょうか?」

 

 

 

「あー…。 そうですね、お願いします」

 

 

その提案に有難く乗っかることに。確かにあの装束、一人で着るのは結構手間だから…。

 

 

「かしこまりました! では失礼いたしまして…!」

 

 

「こちらへどうぞ、お嬢様!」

 

 

喜ぶようなメイド二人に連れられ、部屋角のドレッシングルームへ。そしてあれよあれよと服を脱がされて……。

 

 

「ふふっ、お嬢様、肌が一段ときめ細やかくなっておられますね。角も羽も尾も、素晴らしき輝きにございます」

 

 

「あら…! お胸も少々成長なされたようで…!」

 

 

 

 

…………これ以上は見せません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて。着替え終わり、と。 さっきの服から、今は伝統装束のドレスに。

 

 

…そういえばこの服、オルエさんは『露出が多い』と言ってたけど…。 そうでもない。

 

 

彼女の言う通り、そもそもが悪魔族の服だから、羽や尾を出すように穴が開いている。勿論それは動かす際に支障が無いように大きく、そしてお洒落に象られてもいるのだ。

 

 

まあ後は……胸元とか腰横とかがそこそこガバッと。他にも、ところどころに…。

 

 

まあこれは若者用のドレスだし、その露出も身体を駆け巡る魔力の通りを強化するためなのと、スタイルの維持を喚起するため、他諸々の理由で……。

 

 

 

……うん、多いですよね。 でも気に入っているから良いんです! これの簡易版とか、よく着ているし!

 

 

というか、サキュバスの服と露出を比べないでください! あんな全てが紐で構成されているのと!

 

 

 

 

 

 

……ゴホン。 失礼を。 少し感情的に…。

 

 

誰だって好きな服を貶され?たら怒……いや別に貶されたわけではないか…。ならいいや、うん。

 

 

 

 

 

―――話を戻して。今は両親達が集まっているリヴィングルームへ向かっている最中。さっきのメイド二人に前と後ろに従える形で。

 

 

一応、社長には隠れて『絶対に部屋から出ないでください、バレないでください』とは伝えておいた。

 

 

そしたら布団の端っこからメイドに気づかれないぐらいの触手が出て来て、okと言うように動いた。やっぱりベッドの中に居たらしい。

 

 

 

 

…っと! そんなことを話している間に到着した。じゃあ……一応深呼吸して……。すぅ…はぁ…。

 

 

――よし!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――遅くなってしまい申し訳ございません。 お父様、お母様、お祖父様、お祖母様―。不肖アスト、只今戻りました」

 

 

ドレスの裾を軽く持ち上げ、礼儀正しく挨拶を行う。リヴィングルームに座るは、4人の最上位悪魔族。

 

 

 

「よく帰ってきた。 元気そうで何よりだ」

 

「急に呼んでしまってごめんなさいね。 ささ、ママの横に座って座って」

 

 

――と、微笑む男性と手招く女性。 アスタロト家当代当主であり、魔王様に仕える現大主計。そして私の父と母。

 

 

名を『カウンテ・グリモワルス・アスタロト』、『アルテイア・グリモワルス・アスタロト』!

 

 

 

 

「ふぁっふぁっ。 少し見ない内にまた美人になったなぁ」

 

「えぇ本当に。 ついこの間までちいぃちゃかったのにねぇ」

 

 

――と、安楽椅子に腰かけ笑う老男女。 アスタロト家先代当主であり、先代魔王様以前の大主計役であった、私の祖父と祖母。

 

 

名を『ペイマス・グリモワルス・アスタロト』、『イーシタ・グリモワルス・アスタロト』!

 

 

 

 

そう―。彼らこそが名高きアスタロト一族のメンバーであり、私の大切な家族なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お父様。 この度は何故このような手紙を?」

 

 

皆に顔を見せた後、母の近くに腰かけ手紙を取り出す。無論、呼び出しの旨が書かれたそれである。

 

 

「内容を記して頂ければ、相応の答えを先に送ることができましたのに…」

 

 

「まあまあ、そう固くなる必要もない。なに、色々と談笑の話題があって、選ぶに選べなかっただけだ」

 

 

「それと、ママ達も少し寂しくなったのよ。 だってアストったら、お仕事ばかりであんまり帰って来てくれないのだから」

 

 

私をそう宥めてくれる両親。…けど、当の私は母の口にした『仕事』の単語にピクリと反応してしまった…。

 

 

 

 

 

……私が今回、一番怖がっているのは何か…。それは他でもない、『ミミック派遣会社を辞め、家に戻ってこい』と言われること。

 

 

何しろ、我が家は代々魔王様に仕える存在。故に、いつまでも社長の秘書をやっていられるわけではないのだ……。

 

 

 

前に社長が酒の席でそのことに怯えた際、私は何とか和らげ落ち着かせた。両親がまだ現役である以上、私の代継ぎは当分……悪魔族の寿命的に、とんでもなく先だと。

 

 

 

……だがそれは、家族が私に何も言わなかった場合。もし『アスタロト家長の名に置いて辞めろ』と言われたら、すぐに従わなければいけないのだ。

 

 

――ただ、あの時社長に誓ったように、私としても容易く引く気はない。他のことならいざ知らず、社長と共に居られる愉快で楽しく心弾む仕事を辞めるなんて、絶対にしたくない。

 

 

本当に、全力を以て抵抗する。宣言通り、この(城館宮殿)が半壊するまで抗戦する。その覚悟はある……!

 

 

 

…………けど…勿論、そんなことは最後の最後の手段にしたい。お父様とお母様は悲しむだろうし、お祖父様お祖母様は既にお年を召しているから巻き込みたくない。

 

 

それに、沢山いる使用人たちにも迷惑はかけられない。だから……だから……――。

 

 

 

 

 

「どうしたのかしらぁアストちゃん…? 身体の調子、悪い?」

 

 

「―あ、いえ! 元気いっぱいです、お祖母様!」

 

 

心配そうに首を傾げる祖母に、慌ててそう返す。――すると、今度は祖父がゆっくりと口を開いた。

 

 

「ふむむ…。 なれば、先に最も伝えなければならぬことを伝えるとしよう」

 

 

「――ッ!!」

 

 

祖父の、しわがれながらも威厳のあるその声に、思わず背筋を伸ばす。どうか…どうか…仕事の…会社のことではありませんように……!

 

 

内心私が祈っていると……祖父は…………――満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! お手柄中のお手柄だったなぁ! よくグリモア様を助けてくれた!」

 

 

 

 

 

 

―――ほっ……よかったぁ…。 そっちだったぁ……。

 

 

いや、軽く説明すると……。グリモア様という、初代魔王様の相棒であり、今は図書館ダンジョンにお住まいになられている長命の魔導書のお爺様がいるのだ。

 

 

私達の名の一部である『グリモワルス』はそのお爺様にあやかったものであり、魔王様に仕える最上位悪魔族一族全員がつける称号なのである。 とまあ、それはおいといて。

 

 

 

 

実はそのお爺様、最近記憶が無くなるほどボケてしまったのだ。それで魔王様や私達も不安にしていたのだけど…。

 

 

ついこの間私が社長と図書館ダンジョンを訪問した際、その原因を究明することができたのである! 更に対策を施すことで、なんと元通りに!

 

 

そのことを経過観察のお願いを兼ねて報告書とし、社長を介し魔王様へとお渡ししたのだ。ただ、魔王様は私がアスタロトの娘であることを知っていた。

 

 

だからか…他の最上位悪魔族一族、そして私の両親達には『アストが突き止めた』とお伝えになったらしい。あの後、沢山の感謝状が届いたのである。

 

 

そして魔王様から直々にお褒めの言葉を賜り…! 今はこうして、家族から…!!

 

 

 

 

つまりそれだけ、グリモアお爺様の存在が皆にとって大きいのである。かくいう私自身も、解決できて本当に嬉しくて……!!

 

 

「あの一件は、まさに青天の霹靂と言うべき出来事で…! でも、大恩あるグリモアお爺様の助力となれて何よりでした!」

 

 

「アストったら、時折屋敷を抜け出してはグリモア様に魔法を教わりに行っていたものね」

 

 

ちょっと興奮してしまう私の頭を、母が微笑みながら撫でてくれる。もう大人だとはいえ、母の温もりはいつになっても心地よい……!

 

 

「その時のお話、詳しく聞かせて頂戴な。 アストちゃんがどんな活躍をしたかをねぇ」

 

 

「はいお祖母様! あれは、魔王様より依頼を受けて社ちょ……―――」

 

 

 

 

 

――そこまで口にして、慌てて口を噤む。…このこと、迂闊に話して良いのだろうか……?

 

 

 

魔王様が他の方々にどう伝えたかは詳しくはわからないが…。少なくとも私の家族は、私の仕事先を知っている。だから、構わないはず…だけど…。

 

 

…チラリ、と周りに視線を動かす。 そこには、粛然と控えている使用人たち。彼らにこのことを聞かれるわけには…―。

 

 

 

「…―あぁ。 おい、皆、外してくれ」

 

 

と、父が気を利かせてくれ、使用人は扉の外へ。ちょっとホッとしたのも束の間、今度は…―。

 

 

「丁度いい。アスト、お前の『勤め先』についてだが……」

 

 

「――ッッ!!」

 

 

父からそう切り出され、またも身体がビクッと。 今回は周りに分かるぐらいの反応になってしまったらしく、父は一旦話すのを止めてしまった。

 

 

けど…このままで済むはずがない…。この後どうなるのか、どうすればいいか必死で思考を巡らせていると…。

 

 

「まあ、アストも疲れているだろうしなぁ。食事時までゆっくりと休むがいい。 後の話は、その時か食後にでもゆっくり話すとしよう」

 

 

 

祖父がそう口を切り、私は一旦自室へと戻ることとなった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

部屋に戻り扉を閉め、息を吐く。メイドたちには少し寝るから1人にしてと伝え、離れて貰った。

 

 

 

……とりあえず切り抜けた……じゃ、ないよね…。後回しになっただけ…。気が、重い……。

 

 

ただ、寝るという気分ではない…。なんか緊張から心拍がおかしい感じ…。でも一応、ベッドに倒れて…。

 

 

 

――そうだ社長!! まだいるよね…!? 布団を捲って……

 

 

 

――え゛!? いない!?

 

 

 

 

 

 

そんなはずは…! 流石に蓋…もとい布団を開ければ姿が見えるはず…!! でも、どこにもいない…!嘘…!!!

 

 

 

「アスト~…。 こっちこっち~…」

 

 

…え! 微かに聞こえる社長の声…! どこから……人形の山の中から!?

 

 

「よっと!」

 

 

沢山積み上げられている人形の間から、スポンと顔を出してくる社長。なんでそこに…?

 

 

「どうしたんですか社長? そんなところに隠れて…」

 

 

「えーとね…それがね……」

 

 

…? やけに言葉に詰まる社長…。なんだか、さっきまでの私みたい。 

 

 

そんなことを思っていると……社長は、とんでもない一言を口にした。

 

 

 

 

「私の宝箱、どっかに持っていかれちゃった……」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動③

 

……へ!? なぜ、えっ、どうして、えええぇっ!? ええええええっ!?!?

 

 

 

思わず、さっきとほぼ同じ驚き方をしてしまった……! いやでも、そうもなるっ!!

 

 

 

あの宝箱が…社長がいつも入っていて、さっきまでも使用していたあの宝箱が、どこかに持っていかれた!? いやなんで!?!?

 

 

 

 

 

 

 

「あのね…。アストの部屋を(たん)け…色々見てたら、このぬいぐるみの山を見つけて…。面白そうだから中に入ってたら眠くなっちゃって、ついうとうとしてたら……」

 

 

「その間にメイドの誰かが入って来て、社長が降りた宝箱を回収していった…―と?」

 

 

社長から釈明を聞き、状況はわかった。なんという……。

 

 

 

「それでアスト……。なんとかして取り戻したいんだけど……。ダメ…?」

 

 

ぬいぐるみの山に下半身を埋めたまま、おずおずと首を傾け手を合わせお願いをしてくる社長。これは中々に由々しき事態。

 

 

社長のあの箱は、ラティッカさん率いる箱工房のドワーフ達が手掛けた最高傑作品。即ち、一点もの。

 

 

性能や強度も折り紙付きで、だからこそ社長がお気に入りの服のように常日頃入っている大切な一品。それを無くした場合、悲しみもひとしおだろう。

 

 

私としても、あれを誰かにあげたくはない。もはや社長のトレードマークと化しているし、実は抱え心地も凄くいいのだ。他の箱ならまだしも……。

 

 

 

……というか、社長の箱は先程メイドにあげたような『魔法の箱』ではない。造りこそ他と一線を画すが、ミミックが入っていなければ只の宝箱なのである。

 

 

だから持っていっても、実用性には欠けるはず。そりゃ、ある程度の宝物や魔導書とかは入るだろうけども…。

 

 

 

……――ん…? あれ…? そういえば…なんで……?

 

 

 

 

 

 

 

「…アスト、疲れているところ悪いのだけど…。こっそり探しに行っていいかしら…?」

 

 

「え! いえ、ですが…!」

 

 

「心配しないで、絶対に見つからないように動くから! 自分の物は自分で見つけないと!」

 

 

少し考えこんでいた私にそう提案した社長は、任せてと言わんばかりに胸を叩く。確かに社長ならば出来るであろう。

 

 

物音を立てず、メイドに見つからず、違和感を感じさせず―。そういった移動ならばお手の物。それにミミックの特性的に、初めて来る場所でもある程度地形…もとい屋敷の構造は把握できるはず。

 

 

社長の実力をよく知っている私だから、その提案は信じていいものだとわかる。侵入しちゃいけない場所には不必要に侵入しない人だし、悪漢紛いの行動をすることも絶対にない。

 

 

だから……――。……うん、だから……。

 

 

 

 

……――()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあアスト、ゆっくり休んでなさいな!すぐに戻ってくるから! あ、箱代わりにぬいぐるみひとつ借りるわね」

 

 

そう言い、ぬいぐるみの山から抜け出そうとする社長。だがそれを…。

 

 

「待ってください、社長――。」

 

 

――ピシリと呼び止める。すると社長はピクっと小さく身体を揺らし、停止した。

 

 

……この反応、恐らく間違いないだろう…。 私の()()は、当たっているはず。ならば…畳みかけるのみ!

 

 

 

 

 

 

 

「社長、妙ですねぇ……」

 

 

「お。……何が、かしら…?」

 

 

私の意味深な切り出しに、社長も声を思わず潜める(ノッて来てくれた)。場は静まり、まるで何かの推理シーンの如く。

 

 

 

「まず、改めてお聞きしたいのですが…。宝箱は本当にメイドの誰かが持っていったのですか?」

 

 

「―えぇ。うとうとしてたから顔まではよく見てなかったけど…。メイド服を着ていたわ」

 

 

しっかり頷く社長。そう、まずは……そこがおかしい。

 

 

 

「なぜ、メイドは部屋に入って来たのでしょう。 ここには私が帰って来たばかり。事前に準備をしていた彼女達が掃除を始める訳もなく、私がトランクの中身を片付けてと頼んだ訳でもありません」

 

 

「そう…かもね……」

 

 

「特に我が家の使用人達へは、『理由なくして、部屋の主の許可なしに勝手に入らぬように』と教育が施されています。私が久し振りに帰宅し、ドレスに着替え両親達に会いに行った数十分足らず―。その間を待てない者はいません」

 

 

「ぅ……」

 

 

じり……と、ぬいぐるみの山ごと後ろに下がる社長。狼狽えるような彼女に、一つ助け船を。

 

 

 

「そうですね…あり得るとすれば、『何か大きな異音が聞こえ、確認のために入ってきた』というのが…―」

 

 

「そ、そうよ!そうなのよ! 実はね…ちょっと移動する時に、箱の端をゴンってぶつけちゃって…」

 

 

私の言葉に被せるように、食い気味に説明を始める社長。…だがそれは、助け船ではなく…罠の泥船!

 

 

 

「おやぁ? あれれ、おっかしいですねぇ~…」

 

 

「な…何が…?」

 

 

「だって社長それだと……。大きな音を立てた直後にわざわざ箱から出て、ぬいぐるみの山に入って即座にうたた寝を始めた…―ということになりますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「…! そ、それは…その…!」

 

 

俄かに慌て出す社長。音を聞きつけ、不審に思ったメイドが入室するまでは、どう考えても一分もかからないであろう。

 

 

社長がどこぞの眼鏡で青い狸と友達の小学生ならともかく、そんな素早くうとつける訳が無いのだ…!! まあ社長、寝つきは良いほうではあるのだけど。

 

 

「っ……そう!メイドさんが来るのが結構遅かったのよ! きっと、遠くにいたのかも!」

 

 

「この部屋は防音がしっかりしてます。さっき私が社長に気づいた時みたいに大きな声で叫んじゃっても、その際に近くに誰かがいないと聞こえません」

 

 

「うぐ……。じゃ、じゃあ…! そのメイドはアストに用があって、私の出した物音で帰ってきたと思って……」

 

 

「その場合は、間違いなくノックをするでしょう。そして返事が無ければ、きっと他の使用人に私の居場所を確認します。その後に、部屋の扉を開けるはずです」

 

 

――社長の誤魔化しを、即座に叩く。……まあ正直これ、推理というほどの完璧なものじゃないんだけども…。

 

 

なんか気分的には、おどろおどろしくも、少しドキドキするような専用BGMがかかっている感じ。じゃあここで、更に追撃…!

 

 

 

 

 

「社長。細かいことが気になってしまうのが、私の悪い癖。 幾つか、宜しいでしょうか」

 

 

「…へぇ…。私の相棒は…どんなことが気になっているのかしら…?」

 

 

声を震わせながら、そう聞き返してくる社長。では、まず…。

 

 

 

 

「仮に、社長の言う通りだとしましょう。うたた寝していたところに、メイドが入ってきたと」

 

 

「そ、そうなのよ! それで、宝箱が持っていかれて…」

 

 

「そこです。『許可なしに部屋に入るな』と教育されているメイドが、いくら見慣れぬ物とはいえ、私の部屋に落ちている宝箱を許可なしに回収するでしょうか」

 

 

「うっ……」

 

 

「―いえ、寧ろ見慣れぬ物だからこそ。 屋敷の一人娘が帰って来てから突如として現れた宝箱。単純に考えれば、私が持ってきた物だと思うはずです」

 

 

トランクも開いてますし、と言いながら、私は社長が出てくるために開けたそれを指さす。そして肩を竦めた。

 

 

「箱に『自由に使って』とでも書いてあるならばいざ知らず…いえそれでも少し怪しいのですが…。そうでもない限り、持ち出しはしないでしょう」

 

 

「そ、そんなの出まかせ……」

 

 

何か言いたげな社長。私はその唇を軽く押さえ、更に続けた。

 

 

 

「もう一つ。 そもそも…何故社長は、宝箱から出たのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぅ…! あの……。……ぬいぐるみの柔らかさを…堪能するため?」

 

 

「そのぬいぐるみたちはメイドたちが綺麗にしてくれているとはいえ、流石にベッドのほうが柔らかいですよ? そもそも宝箱ごと潜り込んでも良いでしょうに」

 

 

「えっと……。実は、アストを驚かせるために!」

 

 

「…それは本当っぽいですけど…。 そうだとしても、やっぱり宝箱から出る意味がわかりません。だって、トランクの中に宝箱ごと潜伏してたじゃないですか」

 

 

「ぎくっ……」

 

 

…もう明らかに、ぎくって口にした…。そろそろトドメを。

 

 

「それに、社長のことです。本当にそういう場合でも、宝箱はしっかり隠してから入ると思います。違いますか?」

 

 

「そ…れ…は……」

 

 

「あぁ。最後に、もう一つだけ」

 

 

私は指を一本わざとらしく立てる。そして、ピッと社長(犯人?)を指さした。

 

 

 

「だいたい、社長…―。 音を一切出さずに移動できますよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長のことはよく知っていますもの。普通ならば私の言う事を聞いてくれて、細心の注意を払い物音ひとつ立てず動いていたはずです。社長なら絶対そうしてくれますから。間違いありません!」

 

 

「――……!」

 

 

私の自信……社長に対する信頼に満ち溢れた台詞に、当の彼女は目と口を静かに閉じる。そんな社長へ…―。

 

 

「無論、これは全て私の憶測。社長が『うっかりしてた』とでも一言口にすれば、尻尾を巻いて退散です」

 

 

本当に自分の尻尾を丸めつつ、そう告げる。そして……。

 

 

 

「ですが、あえて聞きます。 社長、もしかして……()()()()()()()()()()に、適当な口実を作った訳ではありませんよね?」

 

 

 

最後の、問いかけ。それに対し、社長は…………――!

 

 

 

 

 

 

「―――――てへっ☆」

 

 

 

 

 

舌をペロリと出し、バレちゃった!と言うようなおとぼけポーズをとったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりですか……はあもう…」

 

 

予想していた通りの陰謀に、思わず笑いつつ溜息。と、社長は私をおだててきた。

 

 

「中々真に迫っていたわよ! 悪魔族刑事(デカ)アスト! いえ、悪魔族探偵かしら?」

 

 

「社長相手限定ですけどね~。 というか、気づかせる前提でしたよね?」

 

 

「ふふっ!ま、ねぇ。 けどアストがだいぶ疲労困憊みたいだったから、巻き込まずに1人だけで箱探し探検に行こうかなって」

 

 

ケラケラと笑う社長。…って、え?

 

 

 

「あ、宝箱は本当に持っていかれたんですか?」

 

 

「えぇ。まあほぼアストの推理通りだから、持って行かせたって感じだけど」

 

 

そう答える社長。確認のためにぬいぐるみの山を掻き分けると、中にはぺたん座りをしている社長の身体が。宝箱は確かに存在しない。

 

 

「……どこかに宝箱を仕舞っている、とかは…?」

 

 

「ううん! それはないわ!」

 

 

…目を見る限り、嘘は言ってない様子。 ということは…本当に『ご自由にお持ちください』みたいな張り紙でもして、何とかして使用人を呼んで持って行かせた…?

 

 

うーん…。仮にそうだとしても、私の許可無しに持っていくかな……?

 

 

 

 

「―で、アスト。 だいぶ顔色良くなっていたみたいだし、良かったら一緒に探してくれないかしら…?」

 

 

…と、首を捻る私の顔を、社長はおずおず覗き込んでくる。 もう…人の気も知らないで…。

 

 

 

―――でも…いつも通り感のある社長に、なんだか心が安らいだ気が。 この振り回される感じ、結構好き。

 

 

それに茶番をしたおかげで、なんだか楽しくなってしまった。気分も軽くなったことだし…!!

 

 

「えぇ! 我が家の案内がてら、探しに行きましょう!」

 

 

「やった! アスト大好き!」

 

 

歓喜の様子で、ぬいぐるみの山から飛び出し抱き着いてくる社長。あ、そういえば。

 

 

 

「ところで…。社長、何に入っていきます?」

 

 

ミミック的に、何かに入らなければ落ち着かないはず。コスメポーチやポシェットとかで手頃なのあったかな……。

 

 

……ん? 社長、私の胸元をじーーっと見てきて……。

 

 

 

 

「そのドレス、丁度いい穴が開いてるし…アストの胸の中で!」

 

 

「……………………。」

 

 

「前言撤回! ぬいぐるみの中にしまーす!」

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動④

 

「探しものはなんですか~♪ 見つけにくいものですか~♪」

 

 

「いや社長の箱でしょう…。 確かに見つけにくい状況ではありますが…」

 

 

歌うように口ずさむ社長に、思わずツッコむ。すると入っているぬいぐるみ…リビングアーマー型ぬいぐるみの首の穴からひょっこり顔を出したまま、ケラケラ笑ってきた。

 

 

「あら、じゃあ私と踊る?」

 

 

「なんでですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――えっと、そんな会話はともかく…。社長の宝箱探し、スタート。

 

 

……なんかちょっと、冒険者達みたい。いつも追い払っている彼らと似た行動をするなんて、妙な感じ。

 

 

ただ、状況は全く違う。目当ては宝箱の中身ではなく、宝箱そのものなのだから。

 

 

 

それに場所もダンジョンじゃなく、我がアスタロト家。まあ、入り組んでいる点は同じかも。流石にダンジョンほどじゃないけど。

 

 

そして私の装備も、よく冒険者が装備している鎧や剣、杖やローブとかではない。先程から着ている悪魔族ドレスと、リビングアーマーを模した大きめのぬいぐるみ。

 

 

勿論、襲ってくるミミックなんていない。たった一人、ぬいぐるみに入って楽しそうにしているミミック(社長)がいるだけである。

 

 

 

 

因みにこのぬいぐるみ、私が小さいころからずーっと持っている思い出の品。結構大きく、当時は両手で抱えるようにして家の至る所へと持ち歩き遊んでいた。

 

 

成長した今でも、片腕に抱えるようにして持った方が楽なサイズ。あとメイドたちがしっかり手入れしてくれていたおかげか、当時と変わらない柔らかな感触。

 

 

そしてリビングアーマー…『動く鎧』魔物を象っているため、首部分が蓋みたいに開き、胴体内部には空洞が設けられているのだ。社長はそこに収まっている訳で。

 

 

 

ふふっ…なんだか凄く懐かしい…! 子供の頃はここに色んな物を入れて、ポーチ代わりにしていた。お菓子とかお花とかお絵描きセットとかを詰め込んでいたのだ。

 

 

そして今は、社長を詰めて。流石ミミック、問題なくすっぽりであり。更に蓋代わりのぬいぐるみ頭部を閉じて、完全にぬいぐるみと化した。

 

 

 

…そういえば社長、さっき『一切れのパンとナイフとランプも詰めたいわね!』とか言っていたけど…なんだったんだろう。

 

 

流石に手元にそんな物はなかったので、代わりに私の魔導書や持ってきた残りのお土産お菓子とかを詰めたけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそれはともかく―。ダンジョンほどではないとはいえ、我が家は広い。せめて、どのメイドが宝箱を持っていったか分かればいいのだけど…。

 

 

「…社長、本当に箱を持っていったメイドの顔、見ていないんですか?」

 

 

「えぇ。どうせ探検するんだから、何も手がかり無く探したほうが楽しいかなーって!」

 

 

社長に聞いても、そんな回答が返ってくるばかり。やはり宝箱を落とすことで異音を立て、メイドを呼び寄せたらしいのだけど…。もう……。

 

 

 

…ただ、なーんか怪しい気がする。嘘ついている…というか、何か隠している感じ。 普段、社長が何かを企んでいる時の様子に若干似ているから。

 

 

まあ話す気はなさそうだし、今はそれでいいかも。我が家を色々と探検(紹介)して、それでみつからなかったら改めて、で。 多分何か策はあるのだろうし。

 

 

 

んー…。とはいえ、本当に目星無しでは面倒である。とりあえずメイドの誰かを捕まえ、聞いてみるとしよ…―。

 

 

 

「おや、お嬢様。 ぬいぐるみをお持ちになって、どちらへ赴かれるのですか?」

 

 

「あ、ネヴィリー!」

 

 

 

 

 

 

 

丁度出会ったのは、メイドのネヴィリー。先程振りである。ナイスタイミング、早速…!

 

 

「ネヴィリー、聞きたいことがあるのだけど。宝ば……―。 ……あっ…」

 

 

そこまで口にし、ハタと思いとどまる。彼女に話しちゃいけない気がする…!!

 

 

 

違う、ネヴィリーのお叱りが怖いのではない…! ()()()()()()()()()()()()()()のだ…! だって…。

 

 

「宝ば…? もしや、宝箱にございましょうか? 先程お嬢様から頂きました…―」

 

 

「う、ううん! それではなくて、えっと…その……!」

 

 

私の言葉から推測し、そう口にするネヴィリー。 そして私はあわあわ。

 

 

 

……ここで、箱の柄とかを伝えて聞けば、もしかしたらヒントが得られるかもしれない。けど、それはしてはいけない…!

 

 

だって、ネヴィリーと社長、顔を合わせたことがあるんだもの…! この場合は、ネヴィリーと社長の箱、だけども…。

 

 

ネヴィリー、記憶力良いし…箱の模様とか覚えている気がするのだ。 特にあの時はずっと宝箱を持った私と暫く一緒に居て色々したし、箱の中から登場した社長とかに気を失いもしたので、忘れられる出来事ではないはず。

 

 

下手に説明して、勘づかれてしまったら一巻の終わり…! 当然、『前に顔を合わせた社長の箱と同じ』とかも言えるわけがない…!!

 

 

 

 

ならそれを逆手にとって、敢えて社長の存在を明かす……。 ――いや、それは危険すぎる!

 

 

あの時は社長が謎の耳打ちをして、全てを納得したような顔で帰っていった。が、それは市場だったから。アスタロト家に社長を連れ込んだとなれば、どうなることか…!

 

 

怒涛の説教を食らうだけではない。両親たちに連絡が行ってしまえば……『元居たところに帰してきなさい』なんて、小動物を拾って来た時の反応で済むわけがない!

 

 

そう―。私が一番嫌な結末、『ミミック派遣会社を辞めさせられる』ということにもなりかねないのだ!!

 

 

 

 

 

「お嬢様…?」

 

 

まごつく私を、首を傾げるように見てくるネヴィリー…。眼鏡の奥の瞳は、訝しむというより心配する感じ…。

 

 

あの怖い、お叱りスイッチの入った時の瞳じゃなくて良かったが…変なことを口にした瞬間変化しそう…!

 

 

どうすれば…! なんて聞けば……! そうだ!

 

 

 

「えっとネヴィリー。私がお父様方へ挨拶をしに行っている間に、誰か私の部屋に入りませんでしたか?」

 

 

「――。 ……? いえ、存じ上げませんが…。 もしや、その者が何か不始末を…!」

 

 

「いいえ! 違いますから! そう言う事じゃないですから!!」

 

 

この間みたいに早とちりしかける彼女を慌てて止める。…ということは、ネヴィリーではないのは確定か。

 

 

なら次は、どう聞くべきか…。うーん…ううーん……。

 

 

 

 

 

「お嬢様。何かお困りごとであれば、このネヴィリーになんなりと。 差し当たり、お部屋に踏み込みましたメイド探しは引き受けさせていただきます」

 

 

「うん…ありがとう…。 ……あのね、ネヴィリー。私、もう一つ宝箱を持ってきていて……それがね…」

 

 

「盗み出された、と…!? なんという不届き者でしょうか! 見つけ次第仕置きを…!!」

 

 

「だからそうじゃなくて…。 自由に持ち出しできるようにしていたというか……。えーと……」

 

 

やっぱり説明に困り、口ごもってしまう…。変に説明失敗して、事が大きくなってしまえば何の意味もない。

 

 

 

……こうなったら致し方ない。社長の箱だというのは明かし、その上で秘密にして貰うしかない。便利だから借りてきたとか、寂しいから借りてきたとか、適当に言い訳をして……!

 

 

もうそれしかない…! ネヴィリーならば口も堅いし、信頼できる。そうと決まれば…!

 

 

「あの、ネヴィリー…! 実は……―」

 

 

 パカッ!

 

「お久しぶりです、ネヴィリーさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……へ!? なぜ、えっ、どうして、えええぇっ!? ええええええっ!?!?

 

 

本日三回目の、大仰天…!! なんで社長、ぬいぐるみから顔を出しちゃったの!? いや本当なんで!?!?

 

 

折角私が頑張って誤魔化し続けていたのが台無し!! …って、マズい…!ネヴィリーは…!!

 

 

 

「―――――――ッッッ…!!!!!」

 

 

ああ…!! 眼鏡を凌ぐぐらいに目を大きく見開いて…!! 口をパクパクさせて……!!

 

 

そのまま震えるように手を動かして…!! メイド服の裾を摘まんで……!!

 

 

 

「―――こちらこそ、お久しゅうございます。ミミン様」

 

 

 

わあ…。見事に挨拶を返した……。 流石ネヴィリー……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、そういうことでございましたか」

 

 

「そうなんですよ! ごめんなさい、メイドの皆さんに迷惑をおかけしてしまって…」

 

 

結局、社長の口から全てを詳らかに。さしものネヴィリーも、私の上司&(一応)来客である社長には雷を落とす気はなさそう。

 

 

多分、社長が少女の体つきだというのも関係してそうだが…。…いや、あんまり関係ないかも。だって私が社長ぐらいの身長だった時も、ネヴィリーは怒るべきところは怒ってくれたから。

 

 

 

「事情は承知いたしました。(わたくし)も各使用人達にそれとなく当たってみましょう」

 

 

「できればわかっても、暫くは秘密にしといてください! アストとの探検を楽しみたいので!」

 

 

「ふふっ。 えぇ、畏まりました」

 

 

……って社長、変なお願いしてるし…。ネヴィリーも笑いながら承諾したし…。

 

 

まあ、折角社長が我が家に来てくれたのだ。色々案内したいのは確か。リミットは恐らく食事時までだが、まだかなり時間はある。

 

 

では、改めて宝箱探しを開始。――っと、その前に…。

 

 

「ネヴィリー、社長の宝箱を誰が受け取って、それがどこに運ばれたか、目星がつきませんか?」

 

 

一番初めに聞こうとした質問をネヴィリーにぶつける。すると彼女は少し思い当たる節を探るように考え……―。

 

 

「…申し訳ございません、お嬢様。これと言った見当は……」

 

 

そう頭を下げ謝罪を。まあその分社長との探検が楽しめるし、問題は全くない。 なら、手近なところから探ってみることに…―

 

 

 

「ですが、敢えて申し上げるとなれば…。可能性としては、使用人全員が挙げられましょう」

 

 

 

 

 

 

 

…へ? そりゃ、現状はそうかもしれないけど…。 ネヴィリーのこの言い方、裏があるのは間違いない。

 

 

「どういうことですか?」

 

 

「実は今、私共使用人の間で流行りとなっているものがございまして…。 少々、ご説明にお時間を頂いても宜しいでしょうか」

 

 

私の問いに、ネヴィリーはそう伺いを。勿論と頷くと、彼女は一礼をし話始めた。

 

 

「以前お嬢様から頂きました、『魔法の宝箱』。とても素晴らしいお品物でございますので、共用品とさせて頂いているのです。 今でも使用予約が一週間以上埋まることもあるほどで」

 

 

「えっ! 貴女の手紙で人気だとは聞いていましたが…そこまでだったなんて! もう一つ持ってきて良かった…!」

 

 

思わず嬉しくなってしまう…! するとネヴィリーは微笑み、その件について再度礼を述べ、こう続けた。

 

 

「頂いてから少し後のことになります。その宝箱があまりにも便利なため、私共使用人が『是非各部署に導入を』とご主人様に切願させて頂いたのですよ」

 

 

 

 

 

「そうだったんですか!?」

 

 

まさかの展開にびっくり…! ネヴィリーはコクリと頷いた。

 

 

「はい。そしてご主人様は快諾なさってくださいました。私共はこぞって()()市場に赴き、魔法の宝箱以外の様々な『箱』も買い付けさせて頂いたのでございます」

 

 

うわあ……。良かった、鉢合わせなくて……!! 本当良かった……!!! 私がネヴィリーの二の舞を回避できたことにそう安堵していると…。

 

 

 

「しかしながら中々に値が張り、販売数が少ないこともありまして…。未だ充分に行き渡っていないのです。 ですので先程お嬢様が更におひとつ賜ってくださりました際は、思わず心が浮き立ってしまいました!」

 

 

彼女は上機嫌に感謝の意を。そこまで喜んでもらえると、持ってきた甲斐があるというもの!

 

 

 

…そして、販売数が少ないのは仕方ない。だってあれ、ラティッカさん達の暇潰しなのだから。

 

 

更に言えばラティッカさん達って、仮に貴族からの依頼が来ても気が乗らない限り断る性格。どんな大金を積まれたって、気が向かなければ無視しそう。

 

 

あぁご安心を。社長や私、ミミック達の頼みやお願いは即座に聞いてくれるので。

 

 

 

 

 

 

「――ということでございまして、ミミン様が仰る通りに『自由にどうぞ』表示があったのであれば、誰であれ喜んで頂戴した可能性があるのでございます」

 

 

「そういうこと、ね…。 社長のせいですよ? 変なことしたから、メイドの気持ちを弄ぶような結果になっているんです」

 

 

「ごめんなさーい! 会社に帰ったらすぐに、その人が欲しがる箱を用意させてもらうから!」

 

 

リビングアーマーぬいぐるみに収まったまま、てへっと謝る社長。 そしてネヴィリーに聞いた。

 

 

「ということはネヴィリーさん。その各部署とやらに向かえば…?」

 

 

「えぇ、もしかしたら見つかるかもしれません」

 

 

「だってアスト! そうと決まればレッツゴー!」

 

 

ぬいぐるみの腕を器用に動かし、社長は意気揚々と冒険開始の宣言を。

 

 

それなら我が家の紹介も出来るし、実に好都合。 それでは、出発といこう!

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑤

 

 

…と、意気込んだは良いが……やっぱり手がかりは無いに等しい。各部署を周ると言っても中々手間だし、その間にどこかへ持ち出されたらどうしようもない。

 

 

宝箱探しという名目の探検冒険だが、さっさと見つけるに越したことないのである。家の紹介は宝箱を確保してからゆっくりすればいいわけで。

 

 

 

そこでふと考えたのは、宝箱が何者かに回収されてからの経過時間。私が部屋を去り、社長が工作(悪戯)をして持っていかれ、すぐに私が戻って来てその事実を知る―。

 

 

その間はかなり短い。もしメイドの誰かが持っていったとして、下手すればまだどこかの廊下を歩いている可能性すらあるのだ。

 

 

そして『私からの贈り物』と認識しているのであれば、最初に向かう先は恐らく…――。

 

 

 

 

 

 

 

「…良いですか社長。絶対に、ぜーーーったいに、顔や手はおろか、声や物音を出さないでくださいね…! もぞもぞするのもです…!」

 

 

「はーい…! 私はぬいぐるみ~…!」

 

 

声を潜めながらも社長に強く釘を刺すと、同じく声を小さくしながら返事を。そしてリビングアーマー型ぬいぐるみの頭部を閉じ、再度完全ぬいぐるみ化。

 

 

さてと…。 では、ノックをするとしよう。ここの…『使用人控室』の扉を――。

 

 

 

 

 

我が家は広いのでこういった部屋は幾つもあるが、その中でもここは中央的な場所。使用人達のメインラウンジと言っていい。

 

 

先程渡したお菓子入り宝箱もまずはここに運び込まれているだろうし、社長の箱もきっと…!

 

 

使用人たちにもプライバシーはあるし、そもそも休憩している皆の邪魔をしたくないから本当はあんまり訪れたくはなかったのだけど…事が事。

 

 

だからちょっと遠慮がちに…ノック…!!

 

 

 

 

「はーい! 只今参ります!」

 

 

すぐに中から聞こえるは、メイドの声。そして扉は開かれ…―。

 

 

「あらっ!? お嬢様!?」

 

 

顔を出した彼女は驚いた顔を。 すると少し遅れて、控室の中からカチャカチャパタパタと慌てて物を片付ける音。…きっとゆっくり休憩中だったのだろう…。

 

 

「実は聞きたいことがありまして…。 扉の前で結構ですから…!」

 

 

「いえそんな…! お嬢様の美しきおみ足に負担はかけさせられません…! ささ、どうぞ中へ! お部屋を借り受けている身で恐縮にございますが、是非ともお寛ぎくださいませ!」

 

 

やっぱりこうなっちゃった…。断ろうにも断れず、中へと連れ込まれ…。

 

 

「申し訳ございません、私共の怠慢によってお目汚しを…!」

 

「さ、こちらのお椅子へお掛けください…!」

 

「只今お飲み物とお茶請けをお持ちいたしますね…!」

 

 

こういう時(主人の来訪時)のために用意されていた椅子に座らされ、これまたこういう時のための紅茶を淹れに走られる。

 

 

長居する気は毛頭ないので、椅子はともかくお茶はなんとか阻止。あー…その間に休憩していた衛兵が壁際で警護体制をとってるし…。

 

 

というかお目汚しとは言うけど…。控室内はかなり綺麗。流石我が家の使用人たち。多分窓のヘリとか指でなぞっても、埃は全くつかないだろう。

 

 

ぶっちゃけるなら、会社にある私の自室の方がこの何倍も汚……――。

 

 

 

 

……別に汚部屋とかじゃないですからね…! 毎朝ベッドメイクはしているし、服とかも一枚たりとも脱ぎ捨ててません! 

 

 

だって社長をよく招くのだもの。そうじゃなくとも、しっかり掃除はしてます!

 

 

 

…………まあ……その……時折、サボっちゃったりはしてますけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ゴホン。私の部屋事情なんて今はどうでもいい。忘れてください。

 

 

今は社長の箱探し。ここに届いていればいいのだけど……。

 

 

 

「先程は素晴らしいお菓子が沢山詰まった箱を有難うございました。早速幾つか堪能させて頂いております」

 

 

「それは良かったです。ごめんなさい、休憩中にお邪魔してしまって…。 実は聞きたいことって、その宝箱に関係することなのです」

 

 

恭しく礼を述べるメイドへそう伝える。 すると彼女は…突然挙動不審に。

 

 

「え! あ…あの宝箱に、ござい…ますか…! その……えっと…どのような……?」

 

 

 

それと同時に、周囲もざわつく。 な、何かあったのだろうか…。もしかして、私の部屋から社長の箱を持ち出したのは、ここの誰か…!?

 

 

私が周りの様子に息を呑んでいると、先のメイドが恐る恐る聞いてきた。

 

 

「…お嬢様…もしや……先程賜りました宝箱、ご返却いたした方が宜しいでしょうか…?」

 

 

やっぱり…!! 社長の箱を持っていったのは、彼女……!! 

 

 

 

……ん? ちょっと待って……。 えーと…。

 

 

 

「その宝箱って…お菓子を詰めた?」

 

 

 

 

 

ふと我に返り聞くと、メイドは静かに頷く。 なんだ…!

 

 

「それじゃありませんよ。 有効活用して、と言ったではないですか」

 

 

「そうでございましたか…!! ほっ……」

 

 

私がそう伝えると、安堵の息を吐くメイド。周囲の使用人も同じく。…はて?

 

 

「渡した箱になにかあったんですか?」

 

 

今度は私がそう聞く番に。するとメイドはご説明いたします、と頭を下げ、語り始めた。

 

 

 

「以前お嬢様がネヴィリーめに賜ってくださいました魔法の宝箱でございますが、実は私共使用人の共用の品とさせて頂いておるのです」

 

 

「あぁ、それはさっきネヴィリーから聞きました。なんでも、今でも使用予約が一週間以上埋まるとか…」

 

 

「お聞きになっておられましたか! その通りにございます。 そして新しく頂きました先程の箱も、既に使用予約先に…」

 

 

―なるほど、そういうこと。 きっと今頃、宝箱を借りた使用人は嬉々として重いものとかを運んでいることだろう。

 

 

そしてその際には多少なりとも汚れがつくはず。私に返すとなればそこが問題になると考え、震えたという訳で。

 

 

完全に私の説明不足。なら改めて…―。

 

 

「不安にさせてしまってごめんなさい。 実は……」

 

 

 

 

 

 

「お嬢様の部屋の宝箱、にございますか…? いえ、そのような報告は受けておりませんが…」

 

 

魔法で社長の箱の絵を描きつつ、先程までの出来事を伝える。無論、社長の存在は完全に隠してだが。

 

 

唯一、社長の箱の柄、そして社長の存在を知っているネヴィリーが協力を申し出てくれた以上、もう何も恐れる必要が無い。そのため出来る限り詳細に教えたが…―。

 

 

反応はこの通り、全く知らないという様子。周りの皆も同じく。どうやらここに持ち込まれてはいないらしい。

 

 

「この件は大事にする必要はありません。もし見つけたら私に……いえ、ネヴィリーにこっそり伝えてください。彼女にも事情は話してあるので」

 

 

そう伝えつつ、思考を巡らす。ここに無いと言う事は…やはりどこかの部署に? とはいってもどこの…。 ……あ!

 

 

「そうだ! 箱の使用予約を取っていると言ってましたよね? その記録…予約表とかはありますか?」

 

 

「えぇ、ございます! 只今お持ちいたしますね」

 

 

――と、メイドが口にした時には、他の使用人によって彼女に手渡されていた。見事な連携である。それを見せてもらうと…わあ。

 

 

「厨房担当に、書庫担当…。掃除担当に、洗濯担当…。庭園管理担当に、衛兵隊まで……」

 

 

他にも色々。多分、全ての部署が名を連ねている…。こんなに使いまわされているとは…。ミミック、戦闘面で優秀なだけじゃなく、家事でもこんなに万能だなんて。

 

 

「これだけ使われていると、すぐに壊れちゃいそうですね…」

 

 

「それがお嬢様…! 壊れることはおろか、軋みすら…いいえ、汚れすらほとんどつかないのです! 箱を次へ引き継ぐ前には洗浄と消毒、及び細部の確認を欠かしておりませんが、未だ新品同様で…!」

 

 

目を輝かせ、少し鼻息荒く称賛の言葉を伝えてくるメイド。 流石ラティッカさん達、ミミックがこぞって欲しがる箱を作る、我らが箱工房の輝かしき職人。

 

 

心なしか、抱いているぬいぐるみの中の社長も胸を張っている気がする。約束通りピクリとも動かずにいてくれているのに。

 

 

 

――とはいっても、今ばかりはそれがほんの…本当にほんのちょこっとだけ恨めしいかも。予約表から箱が持ち込まれてそうな部署を探ろうと思ったのだけど…。

 

 

まあ、とてつもなく誇らしく、凄く嬉しいのは確か。一応この予約表を元に、冒険を続けるとしよう。

 

 

 

 

……これって、冒険者がギルドの受付でダンジョンの行き先を決めるような感じ…?

 

 

ただ、存在するクエストは全部『宝箱探し』なのだけども。

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑥

「ふんふん。じゃあまずは、厨房担当のとこから行きましょうか!」

 

 

「…勝手なつまみ食いは止めてくださいね? 会社じゃないんですから」

 

 

「……やっぱり、こっちの清掃担当からで…」

 

 

「露骨にやる気なくしすぎですよ…。 家族への分以外にも多めにお菓子詰めましたから、それをどうぞ」

 

 

「やった!」

 

 

魔法で作った予約表の写しを見ながら、次に向かう場所を社長と話しあう。……早速、ぬいぐるみの中から包装を開ける音が…。

 

 

まあ社長なら食い散らかすことはしないだろう。 あ、お菓子を持った触手が出てきた。食べていいお菓子か確認兼、お裾分けということらしい。

 

 

 

 

 

 

 

――もぐもぐ…。 さて、予約表を見る限り、宝箱の次の行き先は清掃担当。なら一旦そちらに向かってみることにしよう。

 

 

 

……そういえばさっき、この予約表写しを作って仕舞う時。流れるようにぬいぐるみの中に入れたのだが、長年勤めてくれている使用人に目を細められてしまった。

 

 

確かにやってること、子供の時の行動まんま。そう言われて今更ながらちょっと恥ずかしくなってきたけど…。社長が入っている以上、手放すわけにもいかないし…。

 

 

やっぱり、化粧ポーチとかの中に入ってもらった方が良かったかも…? 

 

 

…ま、いいか!私もあの時に戻ったみたいで楽しいし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら! お嬢様、どうなされました? お部屋のお掃除にございましょうか?」

 

 

ということで、まずは清掃担当の使用人たちの元へ。その場を統括するメイド長へ軽く事情を説明すると…。

 

 

「まあ…!! 初耳にございます…! そのような話は誰も口にしておりませんし、そもそもお嬢様のお部屋の物を勝手に持ち出したりは致しません!」

 

 

とのこと。予想通りといえば予想通りの回答である。 常に私の部屋を綺麗にしてくれている彼女達だもの、そのような無作法には人一倍厳しいはず。

 

 

なら仕方ない。部屋を維持してくれていたお礼と、見つけ次第ネヴィリーに伝える旨を伝えて次の場所に…―。

 

 

「―そもそも私共の担当の都合上、『魔法の宝箱』は別途に幾つか頂いているのです」

 

 

 

 

 

「え!! そうなんですか!?」

 

 

清掃メイド長の言葉に思わず驚いた声を出してしまった…! そういえばネヴィリー言っていた…各部署が魔法の宝箱をこぞって買い付けていたって…。

 

 

「お嬢様から賜りました箱を塵芥で汚すわけにはいきませんので! 他の部署でも、汚れ物の取り扱いが多いところには配備させて頂いておりますよ」

 

 

「でも、予約表にはここの名が…」

 

 

そう言いつつぬいぐるみの中から予約表を取り出して見せる。すると清掃メイド長は私の行動に顔を綻ばせつつ、回答を。

 

 

「何分素晴らしき御箱。用途は広く、幾つあっても足りないほどなのです。ですので、時折お借りしているのでございます」

 

 

「何に使っているのですか?」

 

 

「それはですね…―。 丁度清掃場所へ向かったところですので、確認されてゆきますか?」

 

 

 

 

 

 

 

実は箱がどんな使われ方をしているか気になっていたところだったのだ。その良案に乗っからせてもらうことに。

 

 

案内され、到着したのは近くの廊下。広めのそこは天井が高く、小型のシャンデリアが幾つか並んでいる。そしてその真下では、清掃担当使用人の一組が集っていた。

 

 

「あ、あれって…!」

 

 

そんな彼女達の足元に見つけたのは、魔法の宝箱。ただ、私があげたのじゃなさそう。

 

 

清掃担当の所有を示すマーク…ハタキや箒が描かれたシールが貼ってあり、全体も地味目な色に塗り直されている様子。まさしく専用品といった雰囲気。

 

 

そんな箱の中に、使用人は手を入れる。取り出したのは、シールに描かれている通りのハタキや箒、そして他諸々の掃除用具。

 

 

わ、更にゴミ袋まで出てきた。そこそこ中身が入っているのが。 なるほど、ゴミ袋を幾つも持って歩くより、ああして箱に仕舞えば…―。

 

 

―え? 更に何か取り出して…。 バケツ!? 注ぎ口付きの蓋こそされてるものの、水がたっぷり入っているバケツが出てきた!!

 

 

しかもあれ…見るからに…!

 

 

「もしかして、あのバケツも…?」

 

 

「お気づきになられましたか! えぇ、買い付けさせて頂いた『箱シリーズ』の一つにございます。言うなれば、魔法の宝箱のバケツ版。水を多量に持ち運べるのでございます!」

 

 

やっぱり…! まごうことなき箱工房製である。常に綺麗な水を必要とする清掃担当にとって、これ以上ない有用品であろう。

 

 

 

 

そんなことを思っていると、そのバケツの水は他のバケツやモップ絞り器に移し替えられ、清掃が開始される。

 

 

魔法を使えば掃除は楽にはなるが、やはり細かいところは手でやった方が完璧に仕上がる。彼女達は手慣れた動きで窓や壁、床や花瓶を綺麗にしていく。

 

 

……ただ、(主人の娘)が見ているからか、緊張しちゃってぎこちなくなっているような…。邪魔になってるよね…。

 

 

でも、あげた箱がどうなっているのかはまだ見てないし…。あれ、そういえば―。

 

 

「私があげた箱はどこに?」

 

 

「丁度到着いたしました。あちらにございます」

 

 

 

示された先に現れたのは、清掃担当の別部隊。彼女達が抱えているのは、これまた専用品とされている宝箱と…私がネヴィリーにあげた箱!

 

 

当たり前だが、何かを入れている様子。私に対し礼を払った彼女達は廊下の真ん中に立ち、宝箱を床に置いて、蓋を開き中身を……わっ!?

 

 

にゅっ…って! にゅって何か長いのが出てきた!? しかも、人より大きい…! 

 

 

 

あれはいったい…!  あ! 脚立!!

 

 

 

 

 

しかも、一つじゃない…! 使用人たちは箱の中から脚立を幾つか取り出し、シャンデリアの下に並べてゆく。

 

 

そして清掃用宝箱の中から出した布巾を手に、それを登りシャンデリア磨きを始めたではないか…!

 

 

 

「羽を使い浮き上がることは勿論可能でございますが、やはり一点に留まり続け、且つシャンデリアのような精密な物を取り扱うのは私共には難しゅうございます」

 

 

そう説明してくれる清掃メイド長。確かにそれは私でもかなりの手間。羽は疲れるし、安定しない。屋根も近いから、下手すればぶつかってしまう。

 

 

魔法を使えば少しは安定するかもしれないが、こういったシャンデリアは我が家の至る所にある。その度に魔法を使えば、間違いなく魔力が枯渇しちゃう。

 

 

「ですがあのように脚立を使えば、あの新人メイドでも簡単に掃除が可能となるのです。 ただ問題は脚立を運ぶ際にございますが…お嬢様から頂きました箱によって、見事に解決いたしました!」

 

 

脚立に登り、ぎこちないながらも一生懸命掃除してくれている若いメイドを指しつつ、清掃メイド長はそう嬉しそうな声を。

 

 

そういえば…私が子供の頃から、ああいった脚立を移動させるのに苦労している使用人たちを見ていた。どこかにぶつけないように、慎重に慎重に運んでいた。

 

 

そんな積年の手間が解消したんだ…。私が宝箱をあげたおかげで…。…なんか、嬉しい…!

 

 

 

 

 

「ついでですし、私も掃除のお手伝いをしましょうか?」

 

 

余りのうれしさに、ついそう切り出す。すると、清掃メイド長は慌てた様子に。

 

 

「いえそんな畏れ多い…!! お嬢様の玉体を埃にまみれさせるわけにはいきません!」

 

 

半ば叱られるように止められてしまった。まあ当然の反応のかもしれないけど…。私だって会社の自室とか、社長室の掃除とかはやれるぐらいになっている。

 

 

それに埃にまみれる、というのも今更。なにせ、色んなダンジョンをこの足で巡っているのだもの。埃はおろか、汗や泥や砂、各魔物達の羽や毛に包まれることだって日常茶飯事。

 

 

時には涎や虫や蜂蜜にだってまみれたり。そして基本的に……ミミックまみれである。よく社長達の触手に絡めとられてるし…。

 

 

 

まあそんなことを口にした瞬間、卒倒されるのは間違いない。ネヴィリーだってミミックの大群を見て気絶したのだから。

 

 

だから私ができるのは、皆にお礼を言って、邪魔しないように立ち去ることだけ…――。

 

 

 

「きゃっ…!!」

 

 

 

 

 

―!? 突如響き渡った悲鳴…! 声の方向は…脚立の上!! あっ! さっきの新人メイドが落ちかけてる!

 

 

羽で飛ばない分、シャンデリアや天井を傷つけはしないけど…こういう危険がある…! ただ勿論、落ちかけたら背に力を入れ、羽を動かせばいいのだが…!

 

 

「ぁっ…! ひっ…!」

 

 

あの子、駄目っぽい…! 私が見ている故の緊張か、不慮の事態に焦ってか、羽が固まっちゃっている…! 

 

 

あ、落ち…! 危ないっ――! 

 

 

 

 

(飛びなさいな、アスト! 市場での時みたいに!)

 

 

 

 

 

 

 

――そんな声が聞こえたと錯覚するほどに、俄かに社長入りのぬいぐるみが、私の腕ごと前へと飛び出す。

 

 

それに反射的に合わせた私は、即座に羽を動かし空中へ…! そしてあわや転落寸前の新人メイドの背を…支えた!

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

「へっ…ひゃっ…お、お嬢様ぁ…! も、申し訳ございませんん……!」

 

 

涙声になりながら謝ってくる新人メイド。落ちる前に間に合ってよかった…!

 

 

―…そうそう。この間の市場では、ネヴィリーとのひと悶着で社長入りの宝箱を投げ飛ばしてしまったのだ。その時もこうやって私が飛んで、なんとかキャッチしたのである。

 

 

社長が言った(?)『市場での時』というのはそのことだろう。ただ…ちょっと違うのは…。

 

 

 

……少し…重い…! いや、新人メイドを貶しているわけじゃなくて…!

 

 

あの時は、社長の箱を両手で確保した。けど今は、社長入りぬいぐるみを片腕に抱きながら、片手でメイド1人を支えているのだ…!

 

 

せめて、両手使えれば……! …っへ…? 

 

 

 

 スルッ

 

 

 

 

あああっ!? 社長入りぬいぐるみが、腕からすり抜けて!? かなりぎゅっと押さえてたのに…!

 

 

…というか感覚的には、社長が自分から落ちていった気が…! って、そんな間に床に落ち……!

 

 

 

 スタンッ!!

 

 

 

……あ。普通に、華麗に二本足で着地した…。リビングアーマー型なのを活かし、騎士みたいなポーズまで取って…。

 

 

そして直後、ぬいぐるみらしくふにゃりと倒れこんだ…。使用人たちは偶然の動きだと認識したかもしれないけど、あれ絶対社長が動かしてる…!

 

 

 

…ま、まあ社長はとりあえずいいや…。 まずはこの子(新人メイド)を助けてと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当に申し訳ございませんお嬢様…!! 大変な失態と非礼を…! この責は私の身に変えても…!」

 

 

「気にしないでくださいって! 怪我が無くて何よりです。これからも我が家のお掃除、よろしくお願いしますね」

 

 

平謝りする新人メイドを宥め、他の使用人にも日頃のお礼を言い、メイド長には箱の件を伝え、その場を去る。これ以上いると、もっと拗れそうだから…。

 

 

 

「いやー! 真下にバケツが無くて良かったわ! 下手すればボチャンだったもの!」

 

 

「ふふっ。あったとしても軽やかに躱したでしょうに」

 

 

「へへ~! アスト思い出のぬいぐるみだもの! 汚しはしないわよ!」

 

 

社長とそんな会話をしながら、次の行き先を決める。そうだ、ぬいぐるみのお礼ついでに……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はれま、お嬢様ではないですか! お菓子、美味しゅうございました」

 

 

「それは何よりです。 実は、このぬいぐるみを綺麗に洗濯してくれていたお礼を言いたくて…!」

 

 

――ということで、やってきたのは洗濯担当の使用人たちのところ。その中でも老練で、私も幾度もお世話になった洗濯メイド長の元に。

 

 

 

 

かつての私は箱入り娘であった。ただ、我が家は広いから不自由はそんなにしなかったのである。

 

 

さっきも言った通り、ぬいぐるみを抱えて屋敷中庭園中を駆け巡り、服もぬいぐるみも汚しに汚して戻って来た時もしばしば。

 

 

そんな時に活躍してくれたのが、彼女。お腹が空いておやつを食べている間、遊び疲れて眠ってしまった間、果てはお転婆を叱られている間に綺麗に洗濯をしてくれたのだ。

 

 

そして裁縫の腕も達人級。実はこのリビングアーマー型ぬいぐるみ、腕や頭とかが幾度か千切れたことがあるのだが…その度に元通りに直してくれた。

 

 

今なおこれをぎゅっと抱きしめられるのは、更に言えば社長が入っていられるのは、彼女のおかげと言っても差し支えないのである。

 

 

 

 

 

「――はれはれはれ…! お嬢様からそんなお言葉を頂けるなんて、これ以上の幸福はありませぬよ…!」

 

 

「まだまだ言い足りないほどです! この子だけじゃなく、他のぬいぐるみもあんなに綺麗なままで…!」

 

 

昔の思い出を交えつつ、彼女と歓談を。勿論、他の洗濯担当使用人たちにも感謝である。ベッドのシーツやカーテン、ドレスを始めとした服の数々を守ってくれていたのだから。

 

 

 

でも、長居してさっきみたいなことになるのは避けたいし…名残惜しいが要件を伝えて去った方が―。

 

 

「はれ、やっぱり……。 時にお嬢様。差し支えなければそのぬいぐるみ、一度私に見せてもらって宜しゅうございますかね?」

 

 

 

 

 

 

――っ!? 洗濯メイド長から、まさかのお願い…!! ぬいぐるみを渡せって…! 社長が入っているこれを…!?

 

 

「いえ、実は…。少々違和感のようなものを感じましてね。 なにか普段と違うような…。私が耄碌した故の勘違いだとは思いますが…」

 

 

…いや、耄碌どころか冴えわたっている…! 間違いなく普段と違うもの…! 中にミミックが詰まっているんだもの…!!

 

 

どうすべきか…。恩義ある彼女の申し出を下手に拒みたくないし…。…ん?

 

 

あ…! ぬいぐるみを抱いている腕に、仄かな感触…! 社長、またも隠れて私を突いている。ということは…―!

 

 

「そんなこと仰らないでくださいよ。 はい、確認お願いします」

 

 

平然と、ぬいぐるみを差し出す。 社長に計あり。ならば、託すべき!

 

 

 

 

「有難うございます。では、失礼いたしまして……はれま!」

 

 

受け取った洗濯メイド長はリビングアーマーぬいぐるみの頭部をパカリ。すると中から現れたのは…さっきの宝箱予約表。

 

 

そして更には、社長が箱から出したであろう小物個装菓子が幾つか。それを見た彼女は、相好を崩した。

 

 

「お懐かしゅうございますね…! まさにあの時のままで…!」

 

 

なるほど、そう来たか…! あの時…このぬいぐるみをポーチ代わりにしていた子供の頃と同じような中身を見せることで、見事誤魔化した…!

 

 

「久しぶりに帰って来て、少し童心に帰ってみようかなと…」

 

 

私も即座にそれに乗っかる。すると洗濯メイド長はとても優しき笑顔を。

 

 

「お嬢様、ぬいぐるみもそのドレスも、どれだけ汚しても綺麗にいたします。ですので、あの時のようにお庭をご存分にお駆け回りくださいませ」

 

 

「――ふふっ! えぇ、そうさせて貰います!」

 

 

 

 

 

 

さて、丁度良く予約表が出たので、ここで事情を説明することに。だがやっぱり…―。

 

 

「そのような無作法は致しませんよ」

 

 

と、清掃担当と同じような反応。どうやら社長の箱の行き先はここでも無かったらしい。

 

 

代わりに見つけた際のことを言い含め、そして流れで箱をどのような使い方をしているか聞いてみると…。

 

 

「それはでございますね…洗濯し終えた衣類やシーツ等を運ぶのに用いさせて頂いております」

 

 

 

 

これまた変わった使い方である。是非見せて欲しいと頼むと、洗濯メイド長は快諾を。

 

 

彼女に連れられ、裏手へ。そこでは幾人もの使用人が洗濯を行い、アイロンをかけ、一折一折丁寧に畳んでいた。

 

 

って、ここにも箱工房製品が! これまた洗濯担当の所有を示すシールとカラーリングの宝箱。中には回収してきた洗濯物がたっぷり。

 

 

なるほど、布は数が揃えばかなりの重量となる。だけどあの魔法の宝箱なら、いくら詰めても軽々と運べるのだから。

 

 

そして多分…あそこにある洗濯籠も箱工房製品! 能力は多分宝箱と同じで、形状が違うだけっぽい。

 

 

わ、丁度使用人の1人がそれに洗い終えた洗濯物を…次から次へと大量に入れていく…! そしてひょいっと持ち上げて干しに行った…!

 

 

 

 

私…会社で一人暮らしを始めて、ようやくわかったことがある。それは……濡れた洗濯物はすっごい重いということ!!

 

 

水を吸った布って、こんなに重量が増すんだって驚いたもの…! 特に『A-rakune』ブランドの服を沢山買ってからは顕著。

 

 

私一人分でそれなのだ。屋敷中の洗濯ものとなれば……想像するだけで腰が痛くなりそう……。

 

 

 

 

「お嬢様、あちらにございますよ」

 

 

――そんな風にきょろきょろしていたら、洗濯メイド長の案内が。そちらに顔を向けると…あ! 私がついさっき渡した宝箱!

 

 

そしてその前には1人の使用人がおり、更にそれを取り囲むように大量の畳み終わった洗濯物。洗濯メイド長の合図でその使用人は一礼をし、動き始めた。

 

 

 

まず、宝箱の底に汚れ防止のためらしい敷布を敷いて……。その次に畳まれた洗濯物を……おー! ひょいひょいっと宝箱へ詰め込んでいく!

 

 

まだ入る…! まだまだ入る…!! まだまだまだ入る!!! おー…おぉお…! 全部入っちゃった…!

 

 

「あの箱に入れて運びますと、どれだけ一度に運んでも腰を痛めることなく、畳んだ洗濯物が崩れることもありません。大助かりでございますよ! 代えがたい贈り物を有難うございます、お嬢様!」

 

 

深々と頭を下げる洗濯メイド長達。本当、喜んでくれて何より!

 

 

 

 

 

 

 

 

洗濯担当の元を後にし、再び廊下をふらふら。 周囲に誰もいないことを確認し、社長がひょっこり出てきた。

 

 

「ふー! あの方、随分と勘が良いわね! 私、結構本気で潜んでたのだけど!」

 

 

流石長年このぬいぐるみを守ってきたメイドさんねぇ。と、笑う社長。そして冗談交じりに肩を竦めた。

 

 

「もしかしたら私ごと丸洗いされるんじゃないかってビクビクしちゃった!」

 

 

流石にそれは無いとは思うし、仮にそうなったとしても全力で止めるけど…。…丸洗い社長…。

 

 

…ぬいぐるみに入ったままわしゃわしゃと洗われ、物干し竿にぷらんと吊るされる社長を想像すると……なんか凄く可愛らしくて……!

 

 

「アスト、すっごい顔がにやけてるわよ。 なに想像してるの?」

 

 

「へっ!? な、なんでもないですよ!」

 

 

社長から指摘され、ハッと我に返る…! そうだ、次向かう場所を決めなきゃ…!

 

 

まあでも、洗濯メイド長からああ言われたし―!

 

 

 

「それじゃあ、庭に出ましょうか!」

 

 

「はーい! 駆け巡りましょ~っ!!」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑦

 

 

「わあああ~っ!! すっっごく綺麗(きっれぇ)~っ!」

 

 

外に出て辺りを見た社長は、そんな絶賛の声をあげてくれる。 来る時はトランクの中だったから、そんなに見えてなかったのだろう。

 

 

 

では改めて、我が家の庭をご紹介。城館より各所に伸びる見目良き石畳の道を鮮やかに彩るは、妖精すらも揺蕩う美しき庭園。

 

 

緑は時に象られ、時に自然のままに。一片の枝の飛び出しもない生垣があれば、煉瓦のアーチに絡みつく苔や蔦も。風を受け仄かに揺れる高木は、芝生に囲まれ堂々と。

 

 

そして咲き乱れるは、色とりどりの花々。赤、黄、紫、橙、白、青、黒……社長の髪色のように美しいピンク色だって勿論ある。

 

 

それらが各所に宝石のように散りばめられ、花束のように寄り合い、道に付き従うように連なって。

 

歩くたびに鼻腔をくすぐる香りに煩わしさはなく、そのまま進み楽しむか止まって愛でるか悩ましい。

 

 

 

その隙間をサラサラと流れるは、温かな日光を煌めかせる小川。水は清く透いており、元を辿れば滾々と湧かせる泉が神秘を携え佇んでいる。

 

 

それとは対照的に、別の場所には心地よい音を奏でる噴水が華々しく。艶めく肌のスタチューに見守られながら、白妙のガゼボ(東屋)にてお茶を楽しむことも。

 

 

 

他にも温室やプール、馬車用や護衛兵用の馬厩舎、衛兵のための訓練場などなど…その全てが洗練され、明媚に端然と輝いている。

 

 

今日のように晴れていても、霞がかかっていても、曇天の雨模様でも、その時特有の豊麗さを楽しむことができる――!

 

 

 

これこそが我がアスタロト家が誇る、そして沢山の使用人たちがいつも維持してくれている、最高の庭園なのである!

 

 

 

 

 

 

 

 

――コホン…。つい興奮しちゃった…。だって、自慢なのだもの…。

 

 

他の最上位悪魔族たちも立派な城館宮殿と庭園を持っているが、その中でも我が家が一番。…まあ贔屓目があるかもしれないのは否定できないけど…。幼いころは、本当にそう信じていたのだ。

 

 

 

…ただその考えは、ある時を境に大きく覆った。それは…ミミック派遣会社の社長秘書となり、各地のダンジョンを巡りだした時。

 

 

主となっている魔物、周囲の環境によって装いが大きく変わるのがダンジョン。その中には、我が家の庭園に勝るとも劣らない素晴らしいところが幾つもあった。

 

 

いや、もっと言えば…。どこもかしこも、この庭園とは全く違う、目を奪われるほどの魅力を持ったダンジョンばかりであった。刺激的で独特で新鮮で。

 

 

 

およそ箱入り娘であったら、絶対に見ることの無かった光景の数々。それらに想いを馳せながら我が家自慢の庭園を見ると、身体を包むような安らぎを覚え、各ダンジョンの『美しさ(特有さ)』と肩を並べられていることが誇らしく思えるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。先程コピーしてきた予約表を見ると、魔法の宝箱は庭園管理担当の使用人にも貸し出されている様子。

 

 

ただ庭園と言っても見た通り広く、管理する場所や手法も多いため、複数のエリアに区切られチーム分けされている。勿論そのチーム名も予約表に記載されているが…やっぱりほとんど名が乗っていた。

 

 

こういう場合は先程のように、まとめ役のところに顔を出すべきなのだが…―。

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、当時はこの道を走り抜けて、花の香りを楽しんでました! この先の道を右に曲がって暫く行くと泉があるんですが、そこにハンモックがあって、妖精と一緒に読書したり…!」

 

 

「へー!気持ちよさそう! あ、じゃああっちは? あっちは何があるの?」

 

 

「向こうには枝垂(しだ)れの花でトンネルが作ってあるんです! その真ん中でドレスの裾を持ち上げて、風が吹くたびにちらほらと落ちてくる花びらを沢山溜めて遊んでました! このぬいぐるみ一杯に集めたことも!」

 

 

「何それ可愛いわね…! ―ん? あれは?」

 

 

「え? あーっ! まだ残してくれてたんだ…!! 使用人が私のために作ってくれた簡単なアスレチックです! 日が暮れるぐらいまで飽きずに挑んでましたし、ネヴィリー達から逃げる時の障害物として使ったりも!」

 

 

「ふふふっ! 随分とお転婆なお嬢様なことで!」

 

 

 

 

――折角なので社長入りぬいぐるみを当時のように両腕で抱えながら、庭園を散歩することに。社長と話していると、子供の頃の思い出が幾らでも出て来ちゃう。

 

 

宝箱探しは、その道中出会った使用人に聞けばいいかなって。社長もそれに賛成してくれたし、ネヴィリーも動いてくれているから安心。

 

 

 

いや~しかし…あの時から大分様変わりしているとはいえ、変わっていないところも多い…! 洗濯メイド長には話を合わせるためにあんなことを言ったが、本当に童心に戻れそう…!

 

 

そうだ! あのアスレチックで思い出した。 実は他にも、私のために作ってもらった『生垣迷路』があったんだ。まだあるかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あった! ここですここ! さっき話した迷路!」

 

 

記憶を頼りに庭園を進むと、すぐに見つかった。かなりの敷地を使った、緑の壁……。

 

 

……あれ? こんな大きかったっけ…? 子供の時の印象と比べて小さく感じる、ならわかるけど…。

 

 

―いや、明らかに規模が大きい! え、これもしかして違う…? でも、場所はここだし……。

 

 

「看板あるわよ?」

 

 

と、ぬいぐるみの手を動かして先を示す社長。そこには立札が。『生垣迷路 入口』って…。やっぱりここで合ってる?

 

 

その様の変わりように首を捻ってしまう。すると――。

 

 

 

「おやお嬢様! もしや、久方ぶりにこの迷路に挑んでくださるんですかい?」

 

 

 

 

 

丁度その迷路入口から出てきた作業服姿の使用人が、私を見つけて朗らかな笑みを。彼はこのエリアの庭園管理長であり、この迷路を作ってくれたその人…!

 

 

「丁度良かった! この迷路、大きくなってませんか?」

 

 

「よくお気づきに! 実はお嬢様がここを離れられてから、少しずつ規模を広げさせて貰っているんですよ」

 

 

「何故…?」

 

 

私が居る時ならばまだしも、いなくなってから…? よくわからない説明に更に首を傾げると、エリア管理長は『一時期は取り潰しも案に合ったのですがね』と前置きして教えてくれた。

 

 

「この庭園、時折一般の方にも開放されますでしょう。その際にやってくる子供達に受けが良くて!」

 

 

あぁなるほど! 実はここ、時々皆に憩いの場として無料開放されるのだ。 貴族(ノブレス・)の義務(オブリージュ)の一つのようなものであり、庭園管理担当には腕の見せ所になり、衛兵たちにとっては良い訓練となるから。

 

 

「それで、複数の家族が同時に遊べるように巨大化させて頂いたんです。お嬢様にとっての思い出の場所を弄ってしまう結果となっちまいましたが…」

 

 

「いえいえ!そう言う事であれば是非に!  ―あ、そういえば向こうに合ったアスレチックも…!」

 

 

「同じ理由にございます。 最も、あちらは老朽化対策の手直しだけですがね」

 

 

そう朗らかに笑うエリア管理長。かつて私が楽しんだものが、時を経て皆に楽しまれているなんて嬉しくなってしまう。

 

 

 

 

 

しかし聞く限り、この生垣迷路は別物と化している様子。……当時からかなり難しかったのに…。

 

 

いや、難しいと言っても子供基準だけど。……クリアできなくて途中で泣いてへたり込み、使用人に助けてもらったことがある。

 

 

更に言えば、ある程度成長してからも簡単にはクリアできず…最後の手段、空に逃げて脱出をしたことも何度もあるのだ。

 

 

 

ただ、一般用に作り直されているのなら、もしかしたら簡単になってるかも……―!

 

 

「お嬢様、もし挑むのであればお気をつけあれ。 私共管理担当、少々興が乗っちまいまして…かつてより難易度がかなり増しておりますから」

 

 

―そんなことはなかった! 寧ろ難しくなっているって…!

 

 

「それ、一般の人達クリアできるんですか…?」

 

 

「正直申しますと……リタイア者もそこそこ…。一応詰まった時の対策は各所に用意してありますし、庭園開放時は私共使用人が上から見張っていますがね」

 

 

かく言う私も時折迷ってしまいます、と物凄い危険な台詞を付け加えるエリア管理長…。もしやこの迷路、ダンジョン並みの代物になっているんじゃ…。

 

 

「もし迷いましたら、遠慮なく空からの脱出を。 それに私は外周の確認をしていますんで、お声かけしてくだされば飛んでゆきますよ」

 

 

彼は深々と一礼し、そのまま迷路の外壁に沿って消えていく。さて……!

 

 

 

「社長、口出しは無用ですよ…!」

 

 

「あら! お手並み拝見!」

 

 

そう制し、深呼吸。社長も楽しそうに物言わぬぬいぐるみモードへと。

 

 

では、冒険者になった気分で……ダンジョン(生垣迷路)攻略開始!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あ。ゴールですねここ。看板がありますし」

 

 

「思ってたより凝ってたじゃない! 流石アスタロトの使用人!」

 

 

…なんか、普通に攻略が終わってしまった。迷路としては中々歯ごたえがある部類ではあったけど、特に迷いは…――。

 

 

 

「え゛っ!? お嬢様!? もうクリアしたんですかい!?」

 

 

――と、仰天の声が聞こえそちらを見ると…先程会ったエリア管理長。 丁度外周を確認して、ゴール付近までやってきたところらしい。

 

 

「速すぎませんかね…? ……大変無礼な問いかけでございますが…飛んでショートカットとかは…」

 

 

「しませんよそんなズルいこと」

 

 

「で、すよねぇ…! 失礼極まりない事を口にして申し訳ございません……。 ……迷路慣れしてらっしゃる……」

 

 

未だ驚愕冷めやらぬ様子の彼。別に迷路慣れするほど経験があるわけでは……。

 

 

 

――あ、そうか。私の場合、迷路慣れじゃなくて『ダンジョン慣れ』かも。

 

 

 

 

当然ながらダンジョンというものは、迷路上になっているものがほとんど。勿論、今まで訪問した各所も御多分に漏れず。

 

 

そして私達は仕事として、その中を巡っているのだ。つまり―。ダンジョンを、迷路を、何度も攻略しているのと同義なのである。

 

 

そういえば最近、どこが行き止まりになっているか感覚でわかるようになってきた気がする。まあ迷宮然としたダンジョンでは未だに迷うけど…。

 

 

それと比べれば規模が格段に小さいここ(生垣迷路)ぐらいなら、いつの間にか恐れるに足らずな腕前となっていたらしい。…魔物達の棲み処と遊具施設を比較するのは酷な気もするが。

 

 

 

因みに社長はミミックなので、多分踏み入った瞬間ゴールまでの道を把握できる。というか、明らかに把握してた。

 

 

口出しこそしてこなかったけど、正しい道を選んだ際に、時折さりげなく褒めてくれたし。

 

 

 

 

 

「いやまさか、お嬢様にこうも容易く攻略されてしまうたぁ…。しかも最短記録大幅更新で…。 もっと難易度をあげるべきか…? いやでも、既に私達でさえ地図無しじゃたまに迷うほどなのに……」

 

 

私の攻略速度が予想外過ぎたらしく、ブツブツと独り言を呟くエリア管理長。どう声をかけたものか……。

 

 

…あ、そうだった! 彼も使用人を統括する立場。本来の目的である宝箱の所在を聞いてみるチャンス!

 

 

決して、社長との庭園巡りが楽しくて忘れていたわけではない。では、コホン…。

 

 

「そういえば…宝箱を知りませんか?」

 

 

「え? あぁ…迷路の中にありますよ」

 

 

 

 

 

 

 

――あ、良かった。ここにあるんだ…。 ………………え゛。

 

 

「ここにあるんですか!?」

 

 

「うおっ!? は、はい…!!」

 

 

私が一気に詰め寄ると、ひっくり返らんばかりになるエリア管理長。そして恐々と首を傾げた。

 

 

「で、ですがお嬢様…迷路の中で見て来てはいないんで…?」

 

 

 

――??? なにか、話が嚙み合っていないような…。 私も首を傾げると、彼は何故か感服の息を。

 

 

「ということは、本当に迷わず迷路をクリアなさったと…。流石でございます」

 

 

やっぱりよくわからない…。迷路のクリアと宝箱の関係とは…? するとエリア管理長、こちらへ、と迷路の中へ手招きを……。

 

 

 

 

 

ハテナマークを頭に浮かべまま、彼についていく。彼は懐から取り出した地図を頼りに進み…え、そっちは多分行き止まり…。

 

 

眉をひそめ、ぬいぐるみ(社長)をぎゅっと抱きながら後を追う。かなり入り組んだハズレルートの行き止まりへ……―あっ!

 

 

「宝箱!!」

 

 

 

その行き止まりに置かれた台の上に、ぽつんと置かれているのは確かに宝箱。…ただ、社長の箱ではなかった。そこそこ立派だけど。

 

 

「先程、『詰まった時の対策がある』と申しましたでしょう。それがこれになります。 どうぞ、中身をご確認ください」

 

 

そう言われ、私は宝箱に近づき手をかける。…まさかミミックだなんてことは……なさそう。 触った感覚でわかる。

 

 

安心して蓋を開けると、中には…――。 あぁ、そういう…!

 

 

「地図ですね!」

 

 

 

 

束になっていたそれを一枚取り出し、よく見てみる。今の場所と迷路内の目印が幾つか示された、全部は描かれていない地図。 しかしこれがあれば、正しい道には辿り着ける。良い対策!

 

 

「迷路で行き詰った際に見つけて嬉しいものは何かと皆で考えましてね。思いついたのがこれだったんですよ。 ダンジョンみたいだって好評なんです」

 

 

御隠居様(アストの祖父)と先代魔王様による、あの著名なるダンジョン繁栄政策もありますしね。と微笑むエリア管理長。なるほど、我が家にとってはこれ以上ない方法である。

 

 

迷った末に見つけた宝箱は嬉しいだろうし、入っているお宝も攻略お助けアイテムでがっかりさせない。これは使用人たちの発想に拍手を送るべき!

 

 

 

ただ…残念ながら社長の箱ではなかった。ほんのちょっとだけ残念がっていると、エリア管理長は顔をカリカリと。

 

 

「ここで宝箱といえばそれなんですが…。お嬢様の様子から察するに、違ったみたいですね。失礼いたしました」

 

 

「いえ、説明もなく詰め寄ったこちらが悪いのです。実は――」

 

 

 

 

 

ということで、彼にも詳細を。しかし返ってきた回答は…―。

 

 

「存じ上げませんねぇ…。つい先ほど、庭園管理担当長達の定時報告会があったんですが…そんなことを匂わせた者は1人もいませんで。 それどころか、次に宝箱を借りられるのを心待ちにしているほどですよ」

 

 

私共に報告していなかったり、隠しているなら別でしょうが。と締めるエリア管理長。……やっぱり、そろそろそれを疑わねばならない…。

 

 

 

その考えは最初から端に浮かんでいた。使用人の誰かが、自分、あるいは自分達のためだけに社長の宝箱を回収したという可能性…。

 

 

その場合でも、責めるわけにはいかない。だって社長が『お好きにどうぞ』なんて張り紙でそそのかしたんだから。言うなれば自業自得。

 

 

ただもしそれが本当だった場合、捜索がとんでもなく困難。使用人一人一人を調べなければならないし、そのためには現当主である両親の命令が必要であろう。

 

 

できれば家族にこのことを明かしたくないし、そもそも使用人たちを疑うこともしたくない。…私としては、我が家の使用人がそんなことをするなんて未だに信じられないし…。

 

 

「…お嬢様…?」

 

 

…――ハッ。 いけないいけない。変な心配をかけるにはいかない。ここはとりあえず…。

 

 

「魔法の宝箱、庭園管理担当ではどんな使い方をしているんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――実は私共も幾つか箱を頂いているんですよ。それぞれのエリアごとに色々と」

 

 

欲を言えばそれでも数が足りないんですがね、と私を案内しながら頬を掻くエリア管理長。まあこれだけ広い庭園、必要数は掃除や洗濯担当とは比べ物にならないだろう。

 

 

 

どうやら丁度、その箱を使っての作業中とのこと。見せてもらうことになったのだ。迷路を抜け、少し進むと…他の庭園管理担当使用人も集まっている花畑が。

 

 

「今日はここから花を切り、または植え替え、各所へ配置するんですよ」

 

 

エリア管理長の説明通り、作業服姿の使用人が各々道具を持ちしゃがみ込んでいる。花を切り出したり剪定したり、植木鉢に移動したり。または別の場所から運んできた花をバランスよく植え直しも。

 

 

我が家の庭園が綺麗に維持されているのは、彼らの細やかな手入れがあってこそ。まさに頭が上がらない。

 

 

 

そして……ここにもあった。箱工房製魔法の宝箱。 花とシャベルが描かれたシールの貼られた、庭園管理担当専用品が!

 

 

しかもこの場だけでも、数が結構用意されている。箱ごとに番号が振られるほどに。 そして入っているものも様々!

 

 

 

使用人の1人に焦点を当てて見てみることにしよう。 まずは魔法の宝箱の一つに近づき…中から凝った装飾が施された植木鉢を引っ張り出した。

 

 

そしてそれを、横に置いてあった少々汚れ気味の宝箱に持っていき…。入っていたシャベルを持ち上げ、宝箱の中から土を掘りだしたではないか!

 

 

その取り出した土を植木鉢に一定量入れ、花畑の方に。丁寧に花を幾つか抜き、植木鉢に植え替えていく。

 

 

そして花が倒れないよう魔法で維持しつつ、再度土を少し入れて完成。今度はそれを…別の宝箱に植木鉢ごとよいしょと入れた…!!

 

 

他の使用人たちも同様の行動をし、その宝箱へ花が入った植木鉢を詰め込んでいく。ある程度入れられると、代表して1人が持ち上げ、どこかへと運んでいった――。

 

 

 

 

――その通り。植木鉢運び用、土運び用、完成した鉢の搬送用…。重量がかさみ手間がかかるタスクに、魔法の宝箱がフル活用されているのである。

 

 

いやそれだけではない。別の場所からの植え替え用の花移動にも使われているし、あそこで用いられているジョウロは、先程清掃担当で見た魔法のバケツと同じ能力とみた…!

 

 

もはや一家に一台とかいう次元ではない。庭園用だけで魔法の宝箱が何個あることやら!

 

 

 

 

……でも、私のあげた宝箱は見当たらない。一体何に使っているのか改めて聞いてみると…。

 

 

「普段は剪定した枝葉を運ぶのに使用させていただいております。長いのも硬いのも、箱に入れれば手間いらずに処理場まで持っていけますんで」

 

 

なるほど。更に細かく切断する必要も、ゴミ袋を突き破り面倒なことになることもない。便利である。

 

 

―けど、ならここへ案内するのは少し間違いなのでは…? 色んな使用法を見ることができたのは嬉しいが…。

 

 

「――ですが、今回はそれとは違う使い方になります。 あちらを」

 

 

 

 

私の考えを見越したように、手で示すエリア管理長。そこには私の箱を一つ抱えた、バトラー服とメイド服の使用人が。

 

 

作業服ではない彼らは、箱を台の上に。するとおもむろに水を入れ出したではないか!

 

 

何をしているのか注視していると、水はすぐに入れ終わった。そんなに沢山必要とするわけではないみたい。

 

 

―と、今度は剪定処理や質の確認が終えられている切り出された花を、箱の中に。どんどんと詰めていき……わぁ…!

 

 

なんと、宝箱からふんわり膨らむ形にフラワーアレンジメント! そのままどこかに飾っても良さげなそれを手に、彼らは私に一礼をして去っていった。

 

 

 

「切り出した花を屋敷内各所の花瓶へと運ぶために使っているんです。底に水を少し張り、花を優しく詰め込むと、あんな風に潰れることなく運べるんですよ」

 

 

ぼーっと眺めていた私に、エリア管理長はそう説明を。すると彼は、不思議そうに首を捻った。

 

 

「いやしかし、不思議なんですよねぇ。どれだけ大量に詰めても中身が潰れないというのもそうなんですが、底に入れた花が水に埋まることもなく、逆に上に入れた花が水に浸からないということもない。 どういう仕組みなんでしょうかね、あれ」

 

 

「すいません管理長ー! ちょっとこちらに…!」

 

 

「ん? 今行く! すいませんお嬢様、少し失礼いたします」

 

 

 

他使用人に呼ばれ、私から離れるエリア管理長。それを好機に、社長とこそこそ話を。

 

 

「社長、あの箱、どういう能力なんですか……?」

 

 

「いや私、あの箱に関してはほぼノータッチよ? というか、アストの魔法が元でしょ」

 

 

「そうですが、改良したのはラティッカさん達ですから……」

 

 

「そういえば…本人達も偶然できた産物だとか言ってなかった?」

 

 

 

…言ってた気がする…。まあ彼女達のことだから、強度検査や能力検査とかは徹底的にやってそうだけど…。恐るべし、というかもはや恐ろしき、ラティッカさん達…。

 

 

 

 

「お待たせしました。 …どうかしましたか?お嬢様」

 

 

「あ、いえ! 何でもないです!」

 

 

社長と話すために俯いてたのを不審がられたのだろう。戻って来たエリア管理長の声で慌てて顔を上げる。えーと、なんて言って誤魔化そう…。あ。

 

 

「あそこの花って…」

 

 

丁度目に入った花置き場を指し示す。そこにはこれまた剪定された花や、根の土が洗い落された花が。

 

 

「あぁ、あれは少し質の落ちたものや間引きしたもので。私共が戴き飾るか、一般の者に無料に配ります。 公爵邸の純度の高い魔力が潤沢に含まれているため、すぐに捌けますよ」

 

 

説明してくれるエリア管理長。それは私も知っているが…ちょっと思いついたことがあるのだ。すると彼も察したらしく、にっこりと表情を和ませた。

 

 

「あの時のように、作りますか? 花(かんむり)!」

 

 

「えぇ!」

 

 

そうそう! 子供の頃、間引き花を使って花冠を作ってたのだ! とはいっても簡単には作れず、彼に作ってもらったこともしばしば。

 

 

だけど今なら…迷路も簡単に攻略できる、成長した今なら! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ではお嬢様、引き続きお庭をお楽しみくださいねぇ!」

 

 

「はーい! 花冠作り手伝ってくれてありがとー!」

 

 

エリア管理長の声にそう返し、花冠を手にその場を後に。良いのが出来た…!

 

 

どの花をどこに絡ませるかのアドバイスを彼から逐一聞きつつ、お洒落で可愛いのをなんとか作り上げた。その出来栄えに満足していると、社長がひょっこり。

 

 

「お~! 凄く綺麗なの作ったじゃない! でもこれ、アストの頭にはちょっと小さくないかしら?」

 

 

褒めてくれながらも、そう指摘してくれる社長。ご慧眼である。確かに小さく作ったのだ。

 

 

「もう花冠を被る歳じゃありませんしね」

 

 

「あら、じゃあ腕輪用とか? にしてはかなり大きいけど…」

 

 

私の返しに首を傾げる社長。こういう時はちょっと鈍いんだから…。 えいっ!

 

 

「わっ…! あ、これ私に!?」

 

 

「そうですよ。プレゼントです! ―うん、社長をイメージして作った甲斐があって、よくお似合いです」

 

 

少女姿の社長に花冠はぴったりフィット。まさに可憐なる少女と言った装いに。……リビングアーマー型ぬいぐるみに入っているのは置いといて。

 

 

「…もう、一応私、アストよりもだいぶ年上よ?」

 

 

――あ、照れてる照れてる。わかりやすく言い訳して照れてる。そして…―。

 

 

「えへへ……。 ありがと、アスト」

 

 

にへっと、可愛らしい蕩けた笑顔を。二人で作り合ってたら無邪気顔を見せてくれるのだろうけど、思わぬ贈り物に怯んだこういう顔も良…――

 

 

 

「あら、アスト! 此処に居たのね!」

 

「アストちゃん、一緒にお茶頂きましょぉ~」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑧

 

 

「へっっ!?  お母様!? お祖母様!?」

 

 

背後より聞こえてきた声に、びっくりして振り向いてしまう。そこには…数人の使用人を引き連れた、母と祖母…!!

 

 

「お庭に出たと聞いたから、丁度探そうとしていたところなのよ」

 

「あらあら、そんなにぬいぐるみを抱きしめちゃってぇ」

 

 

―あっ…! つい、ぬいぐるみに力を込めてた…! 社長が潰れる心配は無いとしても、直前まで顔をだしてたし……!

 

 

「まあ、可愛い花冠! 作ったのかしら?」

 

「ぬいぐるみにピッタリねぇ」

 

 

…え。あ。 流石社長、とっくにぬいぐるみの中に身を隠してた。それに加え、視点操作&話の齟齬防止として、ぬいぐるみ頭部に先程の花冠をすぽっと嵌めてくれている。

 

 

なら安心して…―。平常通りを装って…!

 

 

「お、お母様とお祖母様はどうしてこちらに?」

 

 

「天気も良いし、外で紅茶を頂こうと思って! 一緒にどうかしら?」

 

「さっきアストちゃんがくれたお菓子も持ってきたわよぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――母と祖母のそんな誘いを断れるはずもなく。私もお茶会へ参加することに。

 

 

辿り着いたのは庭園の至る所に置かれているガゼボの一つ。柱はシンプルかつ瀟洒なもので、屋根には光取り用の美しい彫刻が各所に施されている、日光が強すぎない晴れた日専用の東屋。

 

 

周囲には飲食の邪魔とならない心地よい香りを仄かに漂わせる花々と、同じく耳障りとならない音を立てる小噴水。更に、先程植え替えられていた植木鉢も文字通り花を添えている。

 

 

 

それを目の端で楽しみつつガゼボ中央に置かれた机へ腰かけると、使用人たちが鮮やかに動きセッティングを行っていく。

 

 

机の真ん中にはケーキスタンドが置かれ、厨房特製の小さなサンドイッチやスコーン、素敵な飾り付けの一口ケーキ。

 

 

それに加え、先程両親に顔合わせした際に渡したお菓子類も綺麗に並べられた。選び抜いた甲斐があって、他のお菓子と比べても格は劣ってなさそう。

 

 

行儀悪いのは重々承知だが、どれから手を付けるかつい目移りしてしまう。 と、その邪魔をしないように、食器の音を立てないように、温かな紅茶が私達の前に。

 

 

ふと目を軽く移すと、控えている使用人の傍には幾つかのカフェワゴン。そこには菓子のおかわりだけでなく、ティーポットやカップ、各種茶葉やハーブが入ったキャニスターが複数。ミルクやカットオレンジなどの用意も万端。

 

 

紅茶の時間なためこの場に用意はないが、それこそひとつ声をかけさえすれば、コーヒーや緑茶等のセットが揃えられたワゴンがすぐさま飛んでくるだろう。

 

 

 

……というか、あのポットや菓子入れとかは箱工房製品だし…。適温の完全なる維持が出来るやつ…。

 

 

 

 

 

 

コホン。それは置いといて…。あっという間に用意が完了。ミスなんて一つもない。

 

 

流石我が家の使用人たち。後はこれを私達がマナーよく頂かせてもらうのだが…その前に。

 

 

「あらアスト。お茶を頂く前に、その子にも座って頂かないと!」

 

 

と、微笑むような母の声。祖母も懐かしむようにニコニコと。

 

 

母が指しているのは私が抱えている社長、もとい、ぬいぐるみのこと。子供の頃、今と同じようにぬいぐるみを持って遊んでいる際、お茶に呼ばれたことは幾度もある。

 

 

そしてこうして連れられ、着席をするのだが…。当然、ぬいぐるみを抱っこしたままお茶を嗜むわけにもいかない。マナー違反だし、普通に危ない。

 

 

ならどうするか。方法は二つ。 一つは、お茶の時間が終わるまでぬいぐるみを使用人に預けておくこと。もう一つは――。

 

 

「お嬢様、こちらをお使いくださいませ」

 

 

さりげなくもう一脚椅子を用意した使用人が、そう声をかけてくる。それにお礼を言い、社長入りぬいぐるみをそれに座らせた。

 

 

 

その通り―。ぬいぐるみにも、()()()()()()()()()()()のである。

 

 

 

 

――いやまあ、子供の頃の私が『一緒じゃなきゃヤダ!』とごねた結果なのだけど。まさかこの歳になってまたやることになるとは…。

 

 

ぬいぐるみが倒れないように慎重に椅子を私の横に並べた使用人は、紅茶や皿をその前にセッティング。残念ながら社長用としてではない。ぬいぐるみ用である。

 

 

勿論、魔物と化してない限りぬいぐるみが紅茶を飲むわけないので…要はおままごと。……ここまで当時を再現しなくて良いのに…。

 

 

社長にとっては生殺しであろう。美味しそうなお菓子や紅茶が目の前にあるのに手を出せないのだから。こうも見られている中、バレないとしても勝手に飲み食いはしないだろうけど。

 

 

 

……余談だが、一度『抱っこしたまま飲む!』と強行した結果、ぬいぐるみに思いっきり零して洗濯メイド長のお世話になった。以来、横に座らせる方式にしたわけで……。

 

 

 

 

 

 

 

「――あの時のアストの顔ったら、ぬいぐるみを凌ぐほど涙で濡れてしまっていましたよね」

 

 

「えぇえぇ! 可哀そうだったけど、可愛かったわねぇ。 大泣きしながら、洗濯して貰いに走っちゃって!」

 

 

…………まあ、私でさえその時のことを思い出したのだ。母や祖母が思い出さない訳が無い。そのぬいぐるみ紅茶びしょ濡れ事件(仮称)の話でひとしきり盛り上がる羽目に。

 

 

私としては恥ずかしい過去だが…親としては口元が緩む出来事。ここは耐えるしか……。

 

 

 

……あれ?社長、笑ってない…? 私以外にはわからないだろうけど…ぬいぐるみがほんの僅かに震えてる…! 絶対笑ってる!!

 

 

 

 

 

 

「気づいたらもう大人になってしまっていて、少し寂しいと感じていたのだけど…こうしてぬいぐるみを持って花冠なんて作っているのを見たら、変わらなくて安心しちゃった!」

 

 

「うふふ…! どんなアストちゃんも可愛くて仕方ないのだけどねぇ」

 

 

そして…母と祖母の懐かしみ攻撃は止まる気配がない…! なまじ帰省のスパンを開けるとすぐこれだ…!

 

 

特に今回に限ってはわざわざ手紙で呼びつけてるし、さっきの顔合わせでは私が調子悪そうに見えていたみたいだし、かと思えば懐かしのぬいぐるみを抱っこしてかつてのように庭を駆けてるしで、こうなるのも自明の理…。

 

 

それでもいつもならば、苦笑いながらも話に参加し歓談するのだが……今回はそれができない…!

 

 

 

だって、横のぬいぐるみの中に社長が居るんだもの! さっきから全部聞いているのがわかるように、笑いによる極小の震えがじわじわ大きくなってきているんだもの!!

 

 

このままいけば、母か祖母、周りの使用人に訝しまれるかもしれない…! というか、もう私の顔が熱くなってきた…! 恥ずかしさで…!!

 

 

 

……なんとかして、話を逸らさなければ…! そうだ、こういう時のために…!

 

 

 

 

「お母様、お祖母様!」

 

 

少し声を張り、無理やり話に割り込む。それと同時に、横のぬいぐるみをガッと掴む。

 

 

別に社長の存在を明かそうとしているのではない。…静かにさせるため、多少力を入れた節もあるけど…。

 

 

 

ぬいぐるみを引き寄せ、膝の上に。そして頭部をパカリと開け、手を中に。えっと、どこに…。 あ、社長が察して渡してくれた。よいしょっと…!

 

 

「先程渡しそびれていたお菓子がまだあるんです。どうぞ!」

 

 

引っ張り出した菓子箱を、使用人経由で母と祖母の元へ。因みにあれが、先程社長が食べていたお菓子と同じ物。

 

 

そもそも両親達用のお菓子は、使用人達へ渡したお菓子より更に厳選に厳選を重ねた超一級品ばかり。ただそれでも良いものばかりだったのでつい量が多くなり、渡す数やタイミングを調整していたのだ。

 

 

…だって、帰って来て早々に大量のお菓子を渡したら『お前お菓子巡りのために家を出たのか』って言われるかもしれないし…。

 

 

 

 

そんな裏事情はともあれ、受け取ってくれた母と祖母。すると2人共それを確認する前に、目を丸くしてこちらを見てきた。

 

 

「アスト…あなた今、これをどこから……」

 

「ぬいぐるみの中から……よねぇ…」

 

 

驚愕の顔を浮かべる母たち。そりゃそうである。明らかにぬいぐるみに入るサイズではないのに、箱の縁すら潰れず綺麗に出てきたのだから。

 

 

けど問題ない。言いくるめる策は考えてある。嘘をつくからちょっと心苦しいけど…。

 

 

「空間魔法の応用の一つですよ。ぬいぐるみの中を広げたんです」

 

 

完全な虚言だが…事実、空間魔法を活用すれば似たことは出来る。今まで訪問したダンジョンでも、外側は小さいのに中はとんでもなく広いという場所が幾つかあったであろう。

 

 

母も祖母もある程度魔法に精通しているため、そのことは間違いなく知っている。それを逆手に取り、『確かに可能かも』と思わせられれば私の勝ち。

 

 

あとは……少し恥ずかしいけど……!

 

 

「…こうすれば、子供の頃みたいにこのぬいぐるみをポーチ代わりに出来るかな、って…!」

 

 

照れつつ、そう呟く。猫を被ったというか…これまた母たちの思い出話を利用した形。

 

 

 

けど…案外、本音が入っていたり…! 社長がこのぬいぐるみを選んでくれた時に、そう考えて嬉しくなってしまったのだ。

 

 

もしかして社長、それを見抜いてお菓子とか入れさせた…? …いや、ただ食べたかっただけかも。

 

 

 

 

 

「とても素敵な理由よ。凄いじゃない!」

 

「グリモア様の元へお勉強しに行ってただけはあるわねぇ」

 

 

幸いなことに、策は見事に通った。母も祖母も褒めてくれる。……それが結構心に痛い…!

 

 

大丈夫…確かに今のは嘘だけど、やろうと思えばその空間魔法は行使できるし…! 結構難しいのと、ぬいぐるみに変なことをしたくないからやらないだけで…!

 

 

「あら! これもとても美味しい!」

 

「本当ねぇ、つい食べ過ぎてしまうわねぇ…!」

 

 

内心を収めていると、母たちはお菓子を堪能してくれていた。その喜びようで、大分救われ…―

 

 

 

「―けど、アストも頑張っているのね。お仕事先でも魔法習得の修練を怠っていないのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

……っと。そう来てしまったか…。 けど、父と祖父がいない分、そして雰囲気的にもまだ日常会話の流れ。

 

 

「えぇ、励んでおります! 他にも魔法薬の調合錬成や、皆さんに協力して貰い魔法付与等の鍛錬もさせていただいたりと」

 

 

ということで、嘘偽りなく答える。すると今度は祖母が。

 

 

「お仕事の様子はどう? 楽しいかしらぁ?」

 

 

「はい!とてもとても! 皆さん優しく頼りになりますし、時にはこちらが頼られたりで!」

 

 

つい興奮して、声を跳ねさせてしまう。思わずぬいぐるみ(社長)をぎゅうっと抱きしめたぐらい。

 

 

それを見た母と祖母は同時に微笑み、祖母が使用人達へ合図を出し遠ざける。そして母は私へこう切り出した。

 

 

「話せることだけで構わないわ。 お仕事先での楽しい出来事、是非聞かせて頂戴な」

 

 

「―――はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを言われたら、嬉々として話してしまう…! 両親たちは私の仕事先を知っているから遠慮なく…!!

 

 

 

「……それでですね、グリモア様の一件は偶然ながら解決しました! 稚拙ながらも保護用のブックカバーを製作し、それをお渡しいたしまして…!」

 

 

「ううん、よく気づいたと思うわよ。ママだったら気づけなかったかも……。常に皆に気を配れるアストだからよね」

 

 

「この間、グリモア様の元を訪問したのだけど…アストちゃんのブックカバー、お気に入りのご様子だったわよぉ。 それに稚拙なんてとんでもない! 魔王様お抱えの縫製部隊顔負けな性能だったわぁ」

 

 

 

と、先程話しそびれた図書館ダンジョンでの出来事や――。

 

 

 

 

「……そんな策を講じて、世間を騒がせていた『ル・ヴァン一味』を美術館ダンジョンから追い払うことに成功したんです!」

 

 

「まあ!! あの事件にアストが関わっていたなんて! 初の撃退成功として、そこかしこで話題になっていたわよ!」

 

 

「他盗賊への対策上、撃退方法は秘密にされているのだけど…。まさかアストちゃんの会社だったとはねぇ…!」

 

 

 

と、直近の仕事内容を話したり――。

 

 

 

 

「…という流れで『ミミックキャノン』というものが完成して…。今もお昼時になるとポンポンととミミック達が飛んできて…!」

 

 

「えぇぇ…! それで、怪我とかは無いの? …無いのね…。ミミックって、変わっているのね…」

 

 

「流石、頑丈ねぇ。 それにしても……今我が家に増えてきた『魔法の宝箱』、それが全部、アストちゃんの会社の『箱工房』というところ製だったなんて。 世間は狭いわねぇ……」

 

 

 

と、会社での出来事を話したり! 気づいたら紅茶が冷めてしまっていたため、私が淹れ直したぐらい。

 

 

 

 

だけど、全然語り足りない…! 聞いてくれるなら、今までの日誌分全てを話したいぐらい!

 

 

けど、そんな自分勝手はできない。母も祖母もまだまだ聞いてくれそうだが、このまま続けて辟易させてしまうのは避けたいし。

 

 

 

それに……話せないこともある。それは大体、社長のこと。

 

 

 

 

他のミミックや箱工房のドワーフ達とは違い、社長は上司。そんな彼女がふざけたことをしてると知られたら、母たちの顔が曇るのは必定。

 

 

だからこそ、話せない。 社長が朝弱く、私に抱えられて朝ごはんを食べにいくこととか…時折セクハラを仕掛けてくるとか(私は全く構わないのだけど)…お風呂には基本一緒に入っているとか…眠くなったら見た目相応の可愛い様子になるとか…。

 

 

たまに仕事を放棄してどこかに隠れだすとか…出先のダンジョンでやりたい放題始めるとか…その際に私を楽しく巻き込んでくれるとか…明らかにヤバいサキュバスクイーンの知り合い(オルエさん)がいるとか…!

 

 

 

勿論その系列で、社長がメンバーであった『最強トリオ』の伝説も口に出せない。聞く人によれば、不良の武勇伝としてとられかれないから。

 

 

それと……魔王様と旧知の仲だということもとりあえず黙っている。今しがた話した図書館ダンジョンの件についても、小さい頃の社長が魔王様と共にグリモア様の世話になっていたということはぼかした。

 

 

 

――そういえば、私が社長達を交え魔王様と飲み会をしたこと、そしてそのご尊顔を拝謁したことも家族には伝えてない。

 

 

魔王様の口ぶりから、私の両親達もかの御姿の秘密を知っているらしいが…。何分、事情が事情。 この世のどんな秘匿事項をも凌ぐ約束事なため、話題すら下手に出すわけにはいかないの…だ……。

 

 

 

 

………………ん……? あれ……? 何か……おかしい……。 何かが……引っかかる……。

 

 

 

 

なんだろう…何か()()()()()()を、()()()()()()()を、()()()()()()()()()()ような…………。

 

 

 

 

今まで考えたことの無かった思考が頭の中を駆け巡り、ふと意識を集中させてしまう…。

 

 

それがいけなかったのだろう。先程まで饒舌だったのに急に黙った私を見て、母も祖母も心配する素振り。

 

 

特に祖母は、慌てて話を変えようと話題を探し――。

 

 

 

「そういえばアストちゃん、探し物をしているみたいじゃない。 宝箱、だったかしらぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ッ!?!?  どうして……どうして――!

 

 

「どうして…そのことをご存知なのですか、お祖母様…!」

 

 

祖母の口から出た一言に、私は目を慄かせる。だってその話は…両親達には内緒だと固く口留めしているはず…!!

 

 

「あ…えっと…その、ねぇ…」

 

 

私に問い詰められ、しどろもどろになる祖母。と、それを庇い私を叱るように母が…。

 

 

「こら、アスト…! 折角心配してくださっているのに、なんてことを…!」

 

 

「――お母様も、ご存知なのですか?」

 

 

「え…。 その……えぇ……」

 

 

「―――誰からお聞きになったのですか?」

 

 

「そ……それは……」

 

 

 

……有無を言わさぬ私の口調に、母もたじろぐ。…大切な家族である二人にそんな圧をかけたくなかったし、下手すればお説教が始まるかもしれないが……誰が情報を漏らしたか知らねばなるまい…!

 

 

別にその漏らした使用人を処する気なんて毛頭ないが…一体誰が……! 空気が張り詰めだす中、回答を求めるためにキッと二人を見つめ続けると、とうとう観念したように…。

 

 

 

「…―その目、あの時を思い出すわね。 『見聞を広めるために外で仕事をしてみたい』とせがんでくる、あの時のあなたに…!」

 

 

「本当…! 頑として譲らない、強い瞳。 ふふふ…! 大人へと成長したのがわかる、意志の片鱗ねぇ」

 

 

 

……あ、あれ…? 褒められて…いるの…?  少なくとも、怒られる感じではない…。だって母も祖母も、笑ってるし……!!

 

 

 

張り詰めた空気がコミカルな音を立てて崩れていくみたいな感覚を味わい、カクンっとなってしまう。すると二人は改めて口を開き――。

 

 

 

「私達にそのことを聞かせてくれたのは…―」

 

 

「『ネヴィリー』よぉ」

 

 

 

 

 

 

 

……えっ、なぜ、どうして、えええぇっ…!? ええええええっ!?

 

 

なんで……よりにもよってネヴィリーが!? 他の使用人たちなら、まだわからなくもない…! 一応口止めはしておいたけど、主人である母たちに詳細を窺う可能性はあるのだから…!

 

 

けど、ネヴィリーは……事情を知っている! 持ち去られた宝箱は社長の物だと知っている!! そしてその社長が、このぬいぐるみの中にいるということを知っている!!!

 

 

だからこそ、絶対話を漏らさないと信じていたのに……。なんで……。

 

 

 

「…アスト、誤解がないように、ネヴィリーの名誉のために伝えておくわね。彼女はあなたとの約束を守ろうとしてくれていたのよ」

 

 

「そうそう。 けど、私達があまりにもしつこく聞いてしまったから耐え切れなくなってしまったのねぇ。 悪い事をしちゃったわぁ……」

 

 

沈鬱な表情を浮かべてしまっている私を宥めるように、母と祖母は交互に説明してくる…。……一応、聞いておかないと…。

 

 

「……どんな内容を、お聞きになりましたか…?」

 

 

「え!?  えーと……そうね……。 あなたが宝箱を家の何処かで失くしたから、それをのんびり探し歩いているって…。 それだけよ」

 

 

……ほっ……。 母の言葉に、安堵の息を吐く…。 社長のことは僅かたりとも明かしていないらしい。よかった……。

 

 

 

それに少し考えれば、彼女の努力はわかる。 主人に問われたら包み隠さず答えるのが当たり前。寧ろ、私の我が儘を守り通したネヴィリーを褒めるべきかも。

 

 

 

 

 

 

 

――ただこうなった以上、お茶会をすぐに離脱するべきだろう。 変に深掘りされると、私が誤魔化しきれないかもしれない。それに空気も悪くしてしまったし……。

 

 

母と祖母に深謝し、箱探しに戻る旨を伝えその場を離れる。 と、去り際に声をかけてくれた。

 

 

「アスト、そんなに沈んだ顔をしないで。 きっと、すぐに見つかるから」

 

「お食事時に、またゆっくりとおしゃべりしましょうねぇ」

 

 

 

そう励ましてくれる母たちへ再度礼を返し、私はまたも社長と共に庭園の散策に戻るのだった――。

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑨

 

 

はぁ…。まさかネヴィリーがそんなことをするなんて…。 なんだか、信じられない……。

 

 

別に怒りの感情を抱いている訳ではない。さっきも言った通り、彼女は良く守ってくれたと思う。社長のことは隠し通してくれたのだから。

 

 

それに見方を変えれば、母と祖母の助力を得られたともとれる。結果を見れば最良なのだろう。

 

 

 

……ただ、ちょっと困惑はしている。彼女なら、もっと上手く誤魔化せた気がするのだ。最も、その結果を見越して母たちへわざと開示したのかもしれないが…。

 

 

 

 

というか…ネヴィリー、どこを探してくれているのだろう…。 ここまで色々と回って来たけど、彼女の足跡はどこにもなかった。

 

 

勿論まだ探していないところが圧倒的に多いため、そこを捜索してくれているのかもしれない。…いや、もしかして…既に発見しているのかも? 

 

 

だからそのブラフとして、わざと母と祖母に話を……。 …いや、彼女の性格上そんな冗談はできないと思う。

 

 

 

 

 

 

まあ色々聞くため、一度ネヴィリーを探してみてもいいかもしれない。 そう考えていると、社長がそっと顔を出してきた。

 

 

「一旦、探すのをやめてみる? そうすれば見つかると言うのもよくある話よ」

 

 

「なんで他人事なんですか…」

 

 

「ごめんなさい。 でも、アストの気分を悪くしてまで無理に付き合わせるわけにはいかないもの」

 

 

「いや、別にそんな…。ただ、少し妙だなと考えていただけで…んむっ!?」

 

 

その先の思考を止めさせるように、社長は私の口を指で封じてきた。そしてぬいぐるみ頭部の花冠を取り…―。

 

 

「本当自分勝手だと思うけど…。私はアストと一緒に、楽しく探し物をしたいの。デートするみたいに、ね」

 

 

花冠を被りなおしながら、にへっと笑む社長。 その笑顔は……反則……!!

 

 

 

――うん。どうせタイムリミットは食事時まで。その時になればネヴィリーの真意もわかるし、箱の確保の有無もわかる。

 

 

そして見つかっていない場合は、社長が本腰を入れて探す予定。 正直言って、今こうしているのは箱探しが建前の我が家紹介(デート)。本気の捜索ではないのだから。

 

 

 

ならば、社長とのこの時間を楽しみ倒すのが吉。 よーし、気を取り直して!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、これだけ広いと蜂とか蛙とかもいますので、魔法で使役して遊び友達にしてました。使用人に見つかったら騒がれるので、隠れてですけど…!」

 

 

「なるほどね~。アストが最初からあんまり虫とかを怖がらなかったのは、既に慣れてたからだったのね!」

 

 

「ですね。因みにこのことは両親達にも隠し通せてました。だからさっきの母と祖母の思い出話には出てこなかったんです」

 

 

「ふふっ、あれ楽しかったわ! ぬいぐるみの中で何度も吹き出しかけちゃった!」

 

 

「あ、やっぱり笑ってたんですね! ぬいぐるみ震えてたんですから! もうちょっと堪えてくださいよ~」

 

 

「ごめんなさ~い! ね、他にもないの? アストのわんぱくエピソード!」

 

 

「直接聞きますそれ? そうですね…風魔法を習得した際、庭中の落ち葉を集めて葉っぱのベッドを作ったこととか、水魔法を学んだ時には噴水で遊んで、かなりの広範囲を水浸しにしたとか……」

 

 

「結構派手にやってるわね~!! 私も人の事言えないけど! 『箱入り』お転婆娘同士、惹かれ合う訳ね!」

 

 

 

残っていたお菓子を二人で食べつつ駄弁りつつ、庭園を再探索。時折出会う使用人にそれとなく箱の仔細を聞くことも忘れずに。

 

 

だが残念なことに、情報は無し。先程会ったエリア管理長曰く『庭園担当長達の集会ではそんな話を聞かなかった』なので、それも当然かも。

 

 

勿論、その後に誰かが持ってきていたとかもあり得るけど…。一旦置いておくとしよう。考え出せばキリがないし。その辺はネヴィリーがなんとかしてくれるはず。

 

 

 

それに甘えてこのまま庭園を遊び歩いても良いが、ここにはもう一か所探していない部署がある。そちらに向かってみるとしよう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「はいやッ! はぁッ!」」」

 

 

気勢の良い掛け声と共に響くは、馬が駆け武器がぶつかり合う音。位置するは庭園の端の方。

 

 

ここにあるのは練兵所や厩舎、他諸々の施設。そう、我が家に仕える衛兵隊の訓練場である。

 

 

 

アスタロト家の私兵である彼らは、屋敷や庭園の警備、職務中の侍従役、各地へ赴く際の護衛、他貴族達への伝令、悪漢の鎮圧、力仕事の手伝い、時には魔王軍への助勢などなど――様々な責務を果たす。

 

 

そのためには、日夜の訓練が必要不可欠。雇っている側としては、その場を設けるのは当然のことなのだ。

 

 

 

因みに、私も幾度か利用したことがある。遊びの時もあったし、魔法修行のために借りた時もあった。

 

 

遊びと言うのは…馬車や騎兵用の馬が飼われているため、それに乗せてもらったり。あとは演習を応援したことも。

 

 

そうそう、お手伝いとして飲み物やタオルを運んだことも。 まさか時を経て同じことを、訓練中ミミック達へ行うことになるとは当時夢にも思わなかったけど。

 

 

 

魔法修行というのは…言葉通り。大きな魔法を試そうにも、部屋や屋敷、整備された庭園で放つわけにはいかない。

 

 

そこで、衛兵たちの横を間借りさせて貰ったのだ。戦闘に耐えられる造りだからいくらでも試せたし。時には彼ら相手に模擬戦をさせて貰ったりもした。…やらかしたこともあるが…。

 

 

 

 

 

庭園とは違う懐かしき思い出につい浸ってしまう。――と…。

 

 

「これはこれはお嬢様。お目通りが叶いまして幸甚の至りにございます。 また一段と可憐になられましたな」

 

 

にこやかに声をかけてくれたのは、一目見ただけで背筋に芯が通っているのがわかる、立派な白髪の老紳士。鎧を身につけ騎士然とした彼は、衛兵隊の教導役も務める衛兵長である。

 

 

あ、説明しそびれていたが…今社長が入っているこのリビングアーマー型ぬいぐるみも、実は我が家の衛兵の鎧がモデルだったりするのだ。

 

 

まあそれは置いといて。 丁度いい、彼に宝箱のことを聞いてみるとしよう―。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふむ…。いえ、そのような報告は受けておりませんな。 ネヴィリー殿の往訪も同じくにございます。 申し訳ございません」

 

 

「そうですか……」

 

 

まあ想定はしていたが、私の(正しくは社長の)宝箱の件は初耳。そしてついでにネヴィリーのことも聞いたが、訪ねて来てすらいないらしい。

 

 

……ネヴィリー、本当にどこに…。サボるような性格では絶対ないから、やっぱり既に確保済みとか…?

 

 

箱と彼女の行方について、そう眉をひそめてしまう。すると、それを見兼ねた衛兵長は片膝を突きー。

 

 

「お嬢様の美しい御顔が曇り続けるのは見過ごせませぬ。 無念にもお力にはなれそうにございませんが、せめて愛らしき笑顔の一助となりましょう」

 

 

そんな口上を述べ、先程も見せてくれた紳士的で優しい笑みを浮かべた。

 

 

「乗馬など、いかがでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

いいお誘い…! 文字通り、乗ってみることに。 子供の時を思い出す…。

 

 

――当時、嫌なこととかがあったら庭園に逃げ込んだりしたのだが…。時折、捜索駆り出された衛兵長に見つかってしまっていた。

 

 

ただそんな時彼は叱らず、今しがたのような科白をさらりと言いのけ、馬に乗せてくれたのだ。

 

 

カッポカッポと庭園内を歩む馬に乗っていると、普段よりも高い視点と心地よい風や揺れに心を攫われ、ご機嫌にさせてもらった。

 

 

当時は小さかったため、衛兵長が身を支えてくれたが…。今や一人で乗れてしまう。 やろうと思えばギャロップ(早駆け)だって。

 

 

とはいえ時間や事態の都合上、それは取りやめ。そもそも今着ているドレスじゃ出来ないし。今回はスカートの裾に気を配りつつ、当時のように庭園内を闊歩闊歩。

 

 

――ところで……。

 

 

「あのー?」

 

 

「はい、お嬢様。なんなりと」

 

 

「この、鞍の後ろについているのって、もしかして…」

 

 

付かず離れずで見守ってくれていた衛兵長を呼び、さっきから気になっていた、鞍の後方にくっついている箱を指し示す。今は社長入りぬいぐるみがスポッと収まっているそれを。

 

 

……なんだか社長、自身の箱に似た安心感を感じているのか、必要以上にでろんってなってるけど……。それはともかく、彼は答えてくれた。

 

 

「ご慧眼感服いたします。お嬢様より賜った『魔法の宝箱』と同じ種で、馬用の物にございます」

 

 

 

うん、知ってる。ネヴィリーにも売っているところを見せた、箱工房製品。 ケンタウロス達の元へ派遣したミミックから着想を得て開発された箱であり、その能力は―。

 

 

「どれだけ馬を走らせようとも、全くズレず落ちず。重きものを詰めても、馬に負担がかからぬという逸品にございます」

 

 

そう説明をしてくれる衛兵長。まさにその通り。 と、彼は更に誇らしそうに続けた。

 

 

「つい先日、他の大公爵家付きの衛兵との交流試合を行いましたが…。その際にそちらの箱を含めた『魔法の宝箱』の話を持ちだしたところ、我も我もとの買い付け騒ぎとなりまして。 いやはや、お嬢様の先見の明、鋭き見識には舌を巻くばかりでございますな!」

 

 

…うわぁ…いつの間に…! それはつまり、他の最上位悪魔族(グリモワルス)達の元にもあの宝箱が浸透していっているということ…! もはや、ミミックによる侵略と言って良いのかも…!? 

 

 

ただ問題は…あれらはラティッカさん達の気まぐれで作られるから、どこまで行き渡るか。……増産、お願いしてみようかな……?

 

 

 

 

 

 

 

あっと、そういえば…――。聞きそびれていたことを思い出し、そのまま衛兵長へ質問を。

 

 

「衛兵隊では、私があげた宝箱をどう使っているんですか?」

 

 

「主に水やタオル等を運ぶ際に使用させていただいておりますな。他にも、槍や剣、弓や鎧、飼葉等の運搬にも重宝しております」

 

 

なるほど、どれもこれも数が揃えばかなりの重量となる物。ここでも今や必須級のアイテムになっているのだろう。

 

 

更に聞くところによると、やはり衛兵隊専用の宝箱もあるらしい。馬に揺られてだいぶ気分も晴れたし、戻って見せて貰おう。

 

 

――ちょっと、他に見たいものもあるし…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、馬を戻しぬいぐるみを抱えて練兵所の方へ。鍛錬に勤しむ衛兵たちの邪魔をしないように…あ、あったあった!壁端に置かれてる!

 

 

蓋が開けられ、中に様々な訓練用武器が刺さっている、衛兵隊専用品の魔法の宝箱。兵の鎧を模したカラーリングがされており、剣と盾をあしらったマークもついている。

 

 

……なんというか、今まで見てきた部署の中で一番宝箱っぽい…。訓練用とはいえ、武器が詰まってるのだから。ダンジョンに置いてあってもおかしくないかも。

 

 

 

 

――そして、話はがらりと変わってしまうが…。()()()…!!

 

 

「これを見ると…やっぱり恥ずかしくなりますね…!」

 

 

その、周囲とは微妙に色が違う壁を見ながらそう呟く。すると衛兵長は愉快そうに。

 

 

「私共は誇りに思い、励みとしておりますぞ。なにせ、お嬢様の偉大なる『戦果』でございますからな!」

 

 

「もう…。あなた相手の模擬戦でのやらかしを…この()()()()()()()()()()()()ことをそう美化しないでくださいよ…!」

 

 

 

 

 

 

……えーと…なんというか…。その……私のお転婆エピソードの追加と言うか……。

 

 

実は攻撃系の魔法を習得する度に、衛兵長を始めとした皆に相手をして貰っていたのだ。さっきも述べた魔法修行の一幕である。

 

 

それで…とある時に、爆破魔法の威力調節を失敗して…。この練兵所の壁に大穴を、というか一面きれいさっぱり消し飛ばしたことがあるのだ…。

 

 

いやー…あの時は本当に焦った。衛兵長を含めた皆が驚愕していたし、勿論両親にこってり絞られた。怪我人が出なかったのがせめてもの救い。

 

 

というか、相手が彼でなければ危なかったかもしれない。彼が爆破魔法を細かく刻んで分散縮小させてくれなければ、この練兵所丸々吹っ飛んでいたかも…。

 

 

 

まあここにはダンジョン魔法等を応用した復活魔法陣や空間魔法、治癒魔法領域や防御魔法結界とかがあるから安心ではあるのだが…危険だったのには変わりはない。猛省である。というか猛省した。

 

 

それで、壊れた壁は作り直され今に至るという訳で。個人的には恥ずかしいから建て替えて欲しかったのだけど…それは私の我が儘だし、衛兵長が今口にした通り、皆まるで勲章みたいな扱いをしてくるから…。

 

 

 

自分から見に来たというのに、そんな恥ずかしエピソードに身を悶えさせてしまう。…まあ私も心のどこかでちょっと自慢にしているのかもしれない…。

 

 

自分の内心にそう苦笑していると……思わぬことが起きた。なんと衛兵長が突然片膝をつき、首を垂れだしたのだ。

 

 

(はばか)(なが)ら、お嬢様にお願い事がございます。 ――どうか今一度、私と立ち会ってくださいませんでしょうか」

 

 

 

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

まさかの申し出にびっくり。まさか彼から模擬戦のオファーをしてくるとは…!

 

 

「私はお嬢様方を守護する剣にして盾。その身でありながらこのような懇請をするのは烏滸(おこ)の沙汰にございましょう。――ですが…」

 

 

そこで顔をあげた衛兵長。その瞳は感動に揺れているような…。

 

 

「その壁と、成長なされたお嬢様を見比べましたらつい目頭が熱くなりましてな…! 私の見立てでは、お嬢様のお力は当時より飛躍的に上昇しておりますようですが…如何ですかな?」

 

 

「まあ、魔法の鍛錬は続けていますから……。…他にも色々と…」

 

 

ちょっと誤魔化したけど…。会社では一部のミミック達に魔法を教えたり、訓練では冒険者の魔法攻撃役として仮想敵を務めたりもしている。強くなっている実感もあるし、彼の目は正しいと思う。

 

 

「実にご立派でございます。 そして不埒ながら…その一端を、お嬢様の成長の証を、我が身をもって賞翫(しょうがん)させて頂きたく存じます…!」

 

 

そう再度頼み込んでくる衛兵長。グリモアお爺様を魔法の師とするならば、彼は戦闘法の師のようなもの。成長を見せるのは吝かではないのだが……。皆見ているし…。

 

 

(やっちゃいなさいな、アスト! 雄姿を見せる絶好のチャンスよ!)

 

 

――また、社長のそんな合図が。なら良いか。期待に応えることとしよう!

 

 

 

 

 

 

 

ということでぬいぐるみの中から魔導書を取り出し、そのぬいぐるみ自体は丁度良く開いている魔法の宝箱の蓋部分に安置。

 

 

うん…!鎧姿のぬいぐるみだけあって、箱に入っている模擬武器群とベストマッチ。更に宝箱だから、普段の社長らしくもあるかも。

 

 

―おっと、一応全体に張ったバリア魔法をここだけ厚めにと…。これは流れ弾対策。社長の実力なら簡単に回避できるだろうけど、下手に動いて正体がバレたら困るし。 そもそもそんなこと無いように気をつけるが。

 

 

 

あ。そんな準備をしている間に、話を聞きつけた兵や使用人が集まってきている…! なんだか恥ずかしいというか…面映ゆいというか…。

 

 

「お嬢様、手加減は無用にございます。 あの時のような壁を吹き飛ばす一撃も、此度は全霊を以て受け止めて見せましょう!」

 

 

そんな中、離れた位置で剣を構える衛兵長。立場上彼は私の攻撃を捌くだけに留めるだろうが、中々に本気の様子。オーラ出ているし。

 

 

「流石にそこまでしないように気をつけますって…。―けど、手加減無用はそちらもです。あの時のように、その胸、お借りします!」

 

 

私も深呼吸し、魔導書を開く。こちらも負けじとオーラを放つようにし、全力詠唱―!

 

 

 

「『我が分身よ、眷属よ、召喚獣よ。その力を以てして、彼の者を圧倒せよ!』」

 

 

 

――刹那の内に呼び出したのは、戦闘モードの私の分身体、武器を手にした下位悪魔達、唸りをあげるヒュドラ。更にガーゴイルや妖精、竜牙兵(スパルトイ)などなども用意。

 

 

「「「おおぉ……!!」」」

 

 

それを見て、仰天と歓声が入り混じった声をあげる観戦中の使用人達。なにせ私の周りには、この場の兵数を優に凌ぐほどの戦力が立ち並んでいるのだから。

 

 

けど、それだけにはとどまらない。空中に複数の攻撃魔法…カリュブディスの如き渦潮を引き起こす水魔法や、ロック鳥が放つような暴風を内包する風魔法、ドラゴンブレスに匹敵する炎魔法、そして因縁?の爆破魔法も準備完了。

 

 

――なんだか、ボス気分。これでも魔王様や社長には遠く及ばないだろうけど…。中ボスぐらいなら張れるかも。ふふっ。では尋常に――。

 

 

 

「「勝負!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはやいやはや! 予想を大幅に超える腕前でございましたなお嬢様! 私、捌くので精一杯でございました!」

 

 

「よく言いますよ、全部捌き切っておいて!  まだまだですね、私も」

 

 

「いえ、私の言葉に嘘偽りはございませぬ。一瞬たりとも気を抜くことができませんでしたからな。流石お嬢様、御隠居様方や御主人様方を凌ぐ魔法の才にございます」

 

 

「過大評価ですよ。 ――まあでも、あなたの鎧に傷をつけてしまったのが嬉しいような申し訳ないような…」

 

 

「はっはっは! お嬢様、これこそが『名誉の負傷』というもの。文字通り身をもってお嬢様の実力を堪能させて頂きました!」

 

 

かいた汗をタオルで拭い、貰った水に口をつけながら衛兵長と談笑。結果は会話の通りである。とりあえず満足して貰えたようでなにより。

 

 

 

見学していた兵達も、先程の闘いの感想を口々に言い合っているみたい。 …どれどれ、ちょっと無作法だけど、聞き耳を……。

 

 

「いやしかし…お嬢様があれほどまでの力を持っていらしているなんて…」

 

「全くだ…。 これ、俺達が守る必要ないんじゃないか?」

 

 

あはは…。まあそう感じられても仕方ないかも…。 あえて言い訳をするなら、ダンジョンとかでは部下魔物よりもボスである魔物の方が何倍も強いのが普通みたいな風潮あるし…。ほら魔王様とかも、多分魔王軍総兵よりもお強いだろうから…。

 

 

 

苦笑いをしつつ、それを聞き流すことに。――が、同じく耳を傾けていた衛兵長が顔厳めしく彼らの元に…?

 

 

「馬鹿者! 我らの存在意義を履き違えるな! 我らはお嬢様方の剣にして盾、お手を煩わせぬためにいるのだ! 心せよ!」

 

 

「「はっ! 申し訳ございませんっ…!!」」

 

 

そう叱りつける衛兵長。そして戻って来た彼はその兵達に代わり私へ謝罪の言葉を。こちらもそれを許す云々のやり取りをしたのだが…。その際に衛兵長は安堵の息を吐いた。

 

 

 

「―しかし、お力を拝見し安心いたしました。 護衛兵なしでのお勤め、よもやの事態を気にかけておりましたが…あれほどであれば、何人たりとも敬意を払いましょう」

 

 

あぁなるほど…。突然の申し出の裏にはそんな想いが。要は試されていたというわけである。色々と心配させてしまって…。

 

 

「……それと同時に、私の実力不足を痛感致しました。 仮に差添えさせて頂いていたとしても、寧ろ重荷となりましたでしょう」

 

 

「今度は過小評価し過ぎですよ…」

 

 

そう口にする衛兵長にツッコミを。すると彼は感謝と面目なさが入り混じったような微笑みを浮かべた。

 

 

「そのお言葉が身に染みます。 ですが…お強きお嬢様を文句なくお守りできるのは、お嬢様より更に力のある方だけでしょうな。 最も、そうはおりませんでしょうが…」

 

 

 

 

…………いる。そういう方…。すぐ近くに…。そこのぬいぐるみに入ってる……。

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑩

 

「あの衛兵長さん、強かったわね~! 多分、魔王軍幹部並みの力はあるわよ?」

 

 

練兵所を後にし、再々度庭園でぶらり歩き。ひょっこり顔を出した社長は、もう一本貰って来た水を飲みつつそんなことを。そして、私へパチリとウインク。

 

 

「そしてそれを追い詰めたアストも、ね!」

 

 

「追い詰めさせてもらっただけですよ…!」

 

 

「またまた~! あなたも攻撃威力抑え気味だったでしょうに!」

 

 

「バレてましたか…。 当時みたいにあそこを破壊するわけにはいきませんから」

 

 

「ふふふっ! 前に私に言ってくれた、『秘書職を辞めさせられそうになったら、家を半壊させるほどの親子喧嘩も辞さない』っての、実際にできるのが改めて判ったわ!」

 

 

「茶化さないでくださいって~!」

 

 

私も水を口にしつつ、社長抱えてのんびりと。たまにそよいでくる花の香を乗せた柔風が、まだ少し汗をかいたままの体に気持ちいい。

 

 

……あ…。ちょっと、まずいかも…。なんだか、また眠くなってきちゃった…。

 

 

 

 

朝早かったのもあるし、両親達の呼び出しへの緊張もあった。さっきベッドに寝転がった時にも眠くなったが…あの時は社長の登場で目が覚めた。

 

 

そして色々あって、こうして家の各所を巡っているのだけど…。そこそこ歩いて、お菓子を歩き食べとかして、今しがたは沢山の魔法をこれでもかと放ってきた。

 

 

そのおかげで、心地よい疲労感が加わって……なんだか……ふわぁぅ…………。

 

 

「ふわあぅ…ぅ……! ふふっ、私にも欠伸うつっちゃった! ね、アスト。おすすめのお昼寝スポットとかないの?」

 

 

私に続いて欠伸をした社長は、おねむなトロン目でそう聞いてくる。もう、一応箱探し中なんだけど…。

 

 

 

「ありますよ。良い場所が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かった! ここもそのまま!」

 

 

ということでやってきたのは、庭園内のとある大木の下。よく利用していた当時のままに維持されている。

 

 

触れ心地が良い芝生の上に腰を降ろし、背をその大木に寄りかからせる。うん…! この幹の少しへこんだくぼみがフィットするのも変わらない…!!

 

 

 

子供のころ、そして成長してからも、私はここを微睡みの場所としていた。木漏れ日に身を暖められ、葉の揺れる音が心を癒してくれる。

 

 

そして周囲で戯れている妖精達が、私を見つけると寄って来てくれて、一緒にお昼寝をしてくれる。 そして今も変わらず…!

 

 

「わぁ~! ぬいぐるみに座ってきた! 可愛い~!」

 

 

妖精達に囲まれ、きゃっきゃっと笑う社長。勿論、私の周りにも。……懐かしい。そして、念願が叶ったかも……!

 

 

 

ふふ…! 実は心のどこかで、こうして社長と実家でお昼寝をしたいという思いがあったのだ。大好きな彼女と一緒に、大好きな場所で。今日、こんな形で叶うとは思わなかったけど。

 

 

それに、社長は大好きなぬいぐるみに入ってもいる…! 天気も最良だし、気持ちもこれ以上ないほど至福……!!

 

 

 

私は社長を背後からぎゅーっと抱きしめるようにして……社長は私に身体を預けるように…して……瞼を……。

 

 

 

 

…………すやぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――…嬢様。 お嬢様。 風邪をひかれますよ。起きてくださいませ」

 

 

「…ん……もう少しだけ……」

 

 

……仄かに聞こえてきた誰かの声に、微かに起きた頭でそう返す。すると、更に返答が…。

 

 

「そのようなことおっしゃらずに。 …ミミン様も御一緒なのですから」

 

 

 

 

……っへ!? そのことを知っているのは……ただ一人!!

 

 

「ネヴィリー!?」

 

 

思わず飛び起き、声の主を確認する。そこにいたのは私の傍で正座をする、眼鏡をかけた彼女…!

 

 

「お目覚めになられましたか。お食事時はまだもう少し先にございますが、そろそろ日が傾き出す頃合い。これ以上はお身体に障ります」

 

 

そう言われ、時間を確認してみる。そこそこ寝ていたみたい…。気持ち良かった……。ふわぅ…。

 

 

「ん…くぅうぅぅっ…! あ、ネヴィリーさん…おはようございますぅ…!」

 

 

と、丁度目覚めたらしい社長も伸びをし目を擦りながら顔を出す。そしてまだ若干寝ぼけた様子で、ネヴィリーに聞いた。

 

 

「私の箱…見つかりましたかぁ……?」

 

 

「それは――。 申し訳ありません、まだにございます。 お嬢様のお部屋前を通りかかった、または付近で作業中の使用人を割り出し、1人1人に探りをいれているのでございますが…」

 

 

そう頭を下げるネヴィリー。なるほど、彼女は部署にではなく、個人個人に箱の行方を尋ねてくれているらしい。ならば各所に彼女の足跡が無かったのも納得かも。

 

 

……あ、そうだ!

 

 

「ネヴィリー! 箱の件、お母様とお祖母様に話したでしょう…!」

 

 

先程の母たちとの会話を思い出し、つい持ちだしてしまう。すると彼女は土下座せんばかりに。

 

 

「大変申し訳ございません!(わたくし)めの失態にございます…! この責は、ミミン様の宝箱を見つけることで必ず…!!」

 

 

いや、そこまで咎めている訳じゃ…! どう宥めるか慌てていると、完全に目を覚ました社長が先に動いてくれた。

 

 

「本当、お手間をかけさせてしまってごめんなさい。 時間になりましたら私が解決させますから、そう気負わないでください!」

 

 

ドンと胸を叩く社長。 ――が、それと同時に……。

 

 

 

 

 ぐぅ~~っ……。

 

 

 

 

「あっ…!」

 

 

急いでお腹を抑える社長。そしてテヘッと舌を出し、おずおずと私の顔を窺ってきた。

 

 

「お腹空いちゃった…。 ねえ、アスト……」

 

 

「ふふっ! 厨房に行って、何かつまみ食いさせて貰いましょうか!」

 

 

それに笑いつつ、そう答える。宝箱探しを始める前は駄目だって注意したけど…。それはどこかに吹き飛んでしまった。

 

 

…だって、私も結構お腹が減ってしまったし…! 社長と一緒に家や庭を巡って遊んでお昼寝したら、完全に童心に戻るスイッチが押されてしまった…!

 

 

残り時間もだいぶ減ってしまったけど…『箱入り娘's』(社長と私)の暴走?は止まらない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――早速家の中へ戻り、厨房へ。そっと覗き込むと、我が家のコック達が腕を揮っている真っ最中。

 

 

特に今日は私が帰ってきたと言う事もあり、一際豪勢にする気らしい。ここからでもそれがわかる。…私もお腹の音鳴りそう……。

 

 

そして……あるある! 我が社のミミック箱、料理用バージョン!  サーブ用の保温容器…銀色でドーム型の蓋をしているクローシュとか、先程も見たポットとか。冷凍品を運ぶためのクーラーボックスも置いてある!

 

 

ここにもしっかり侵蝕しているらしい。流石我が社のミミック箱…!

 

 

 

 

……そういえば、社長の食事はどうするべきなのだろう…。この状況、席を用意するわけにはいかないし…。

 

 

当人が設定したこのデートのタイムリミットは、そろそろに迫る夕食時まで。つまり、私と共にご飯を食べる気はないということだと解釈していいはず。

 

 

無論社長の事、やろうと思えば盗み食いも出来るし、そんなことをしなくとも我が家を抜けて街へ出れば幾らでも食事処はある。

 

 

その辺の考えは聞いてみないとわからないが…。折角来てもらったのにアスタロト家の食事でもてなせないのはとても残念。

 

 

うーん…。社長次第だけど、食事後にコック長辺りに頼んで何か作ってもらおうかな……―。

 

 

 

 

「おやお嬢様! お食事の時間はもう少し先ですが……」

 

 

――そんなことを考えていると、そのコック長に見つかってしまった。それに対しちょっと照れていると……彼女はにっこりと心得たような顔に。

 

 

「ゆっくりと味わえる一品をご用意いたしましょうか。それとも、お手軽に持ち運べる品に致しましょうか?」

 

 

「持ち運べる方で…! ちょっとがっつりめで、あと、多めにお願いしていいですか…?」

 

 

「承知いたしました。 少しばかりお待ちくださいませ」

 

 

私の回答を聞き、さっと厨房内に戻っていくコック長。この時間にやってきて厨房を覗く、その真意を彼女はわかってくれている。

 

 

…というか、私、子供の頃からこうしてつまみ食い依頼をちょこちょこと…。遊びほうけたり、魔法の練習したりすると無性にお腹が空いて…!

 

 

そう言う時にコック長はすぐに応えてくれ、簡単なパスタやプリンとかを用意してくれた。その背徳の味は格別。

 

 

また、両親やネヴィリーとかに見つかりそうな際には、持ち運んで隠れて食べられる小さいライスボールとかクレープとかを用意してくれたのだ。楽しかった…!

 

 

 

……まあそんな過去を持っているため、我が社の食糧倉庫でのつまみ食いを叱れない訳で…。そして市場での食べ歩きに抵抗がない理由でもあって……。

 

 

 

…………ただそれに慣れた一番の理由は、やっぱり社長達の影響なのだけども……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。野菜クロケットにフランクフルター、そしてプチシュークリームにございます」

 

 

――と、コック長が戻って来た。手にした二つの紙袋にはそれぞれ、揚げたてサクホククロケット&焼き立てつやつやフランクフルト、口の中に入れたらじゅわんと甘く弾けそうな一口サイズシュークリーム複数個…!

 

 

流石コック長、良いセレクトだしとても美味しそう…!  ……でも…。

 

 

「あの…もうひとセットお願いできますか…?」

 

 

おそるおそるコック長に追加のお願いを。1人分としては充分だけど、二人でわけるには少し少ない。社長もお腹ぺこぺこだろうし…。

 

 

「…間食をし過ぎますと、御夕食が入らなくなる恐れがありますが……」

 

 

「大丈夫です! お腹凄く空いてますから! 倒れそうなぐらいに!」

 

 

驚くコック長にそう冗談めかして返すと、彼女はクスリと。そして一礼と共に再度厨房へ。 少しして、同じセットを作って持ってきてくれた。

 

 

「ではこちらを。 ――なんだか、嬉しいものです」

 

 

「へ?」

 

 

軽食セットを渡してくれながら、微笑みを浮かべるコック長。私が首を捻ると、彼女は懐かしみながら話してくれた。

 

 

「お嬢様が小さい頃より、こうして軽食を手掛けてまいりました。時には此度のように、沢山所望なされまして…」

 

 

う…! 確かに、増量の無心は幾度もある…。しかも今回は社長の分として増やしてもらったが、当時は全部自分で食べるため…。さっきの台詞も、その時恒例のお願い文句だったわけで…。

 

 

それだけ間食をすれば、今しがたのコック長の心配通り、ご飯食べられなくなるんじゃないかって? それは問題なかった。少なくとも記憶している限りでは――。

 

 

「そしてその際には同じように、お腹具合の心配をしたものですが…。それは杞憂に終わり、必ずや食事を完食してくださっていただけました。 料理人冥利に尽きるというものです」

 

 

喜びを嚙みしめるようなコック長。彼女の言う通りで…体調不良とかじゃない限り、食事を残したことはない。それだけ遊び回ってお腹を空かせていたという訳なのだけど…。

 

 

 

 

……なんか、そこだけ聞くと私が食いしん坊みたいだが…。ある程度体型を気にする歳になってからは運動やヨガを心掛けているし、魔法も活用している。今もスタイルを維持してるし…!!

 

 

誰に責められてる訳でもないのに、内心勝手に言い訳をしてしまう。 と、コック長は急に声の調子を下げて…。

 

 

「お嬢様がお仕事のために屋敷を離れられてから…こう言っては何ですが、作り甲斐が少々減ってしまいまして…。私共は少し寂しく…」

 

 

あー…。食べ盛り?の私がいなくなれば、残っているのは父母と祖父母。そう沢山食べる御年でもないのは確かだし…。 そう納得していたら、彼女は逆に声の調子を上げだした。

 

 

「ですが…今のお嬢様を見て、心の底より嬉しくなりました。当時と同じく、ぬいぐるみを抱えられてお腹を空かせてくださって…! きっと、この後のお食事も美味しく召し上がってくれることでしょう!」

 

 

あはは…。勿論美味しく頂く気ではあるけど…。責任重大な感じである。 ……そうだ、冗談で返すついでに、ちょっと社長の食事についても布石を…。

 

 

「もしかしたら足りないといって、夜食をお願いするかもしれませんよ?」

 

 

「おぉ…! ご心配は無用です!ご用命があれば即座に! それに、御夕食は御主人様方からの命で、多めに作ってございます。 どうぞ、お楽しみに!」

 

 

 

 

 

それは良かった。社長の食事は用意できそう。自室に運んでもらえば、気兼ねなく……え?

 

 

「お父様方が、そんなことを?」

 

 

「はい。理由は存じ上げませんが、そのような指示を頂きました。恐らくですが…お嬢様のためかと」

 

 

…私を太らせて食べる…ということはないので、もてなすためであろう。どのぐらい用意されるかわからないけど、暫く食生活に気をつけるべきかも…。

 

 

……最悪、社長主導の訓練に参加すればすぐに痩せそうだけど…。あれえげつないし……。

 

 

 

「ささ、お嬢様。冷めてしまいます。どうかお好きな場所でご堪能くださいませ」

 

 

両親たちの指示、そして今後のダイエット展開についてを考え苦笑いを浮かべていると、コック長がそう勧めてくる。

 

 

そうそう、折角出来立てを貰ったのだ、美味しいうちに頂かないと。懸念事項が一つ解決したのだから、安心して――…

 

 

 

…あっと、忘れかけてた。食べる前に……!

 

 

 

「実は、宝箱を探してまして…――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――残念ながら存じ上げませんね…。 お力になれず申し訳ございません」

 

 

「いえいえ! こんな美味しそうなおやつを頂けたのですから!」

 

 

結果としては、やっぱり行方不明のまま。もう半分諦めて社長に託す気満々だから良いのだが。…そういえば―。

 

 

「私のあげた宝箱とかはどう使っているんですか?」

 

 

「主に食材等の買い付け、及び搬入に使用させて頂いております。この厨房では各使用人の食事も作っていますため、大変助かっております」

 

 

礼を述べるコック長。確かに全員分の食材ともなれば、重量はとんでもないことになるのは必至。専属の業者に頼んだとしても、食糧庫や厨房にそれらを移動させるのは骨の折れる作業。

 

 

けど、魔法の宝箱さえあれば自由自在となる。足りない物の急な買い付けだって楽々。 因みに我が社では、ミミック達のお手伝いとしてそれが行われていたり―…。

 

 

「他にも、ピクルス等を漬け込む際に使用させて頂いておりますね」

 

 

 

 

 

 

「えっ…! ピクルスを…!?」

 

 

コック長の追加の一言に、つい驚いた声を出してしまう。彼女は嬉しそうに手を合わせた。

 

 

「はい。それがとても便利でございまして…! 使用人達の分を含めると相当量となるため、使用する瓶の数も相応に必要としていたのですが…」

 

 

そこで私に少しお待ちを、と声をかけた彼女はもう一度厨房へ。そして抱えて持ってきたのは、詰め込まれた野菜でカラフルに染まった大きな瓶。

 

 

「その魔法の宝箱シリーズにこのような巨大瓶や壺がございまして、転用してみましたところドンピシャリというか…! これ1つに必要分が全て収まり、しかも中身が全て均等に漬かるのでございます!」

 

 

そんな使用法もあるとは……! 感心していると、コック長は更に熱弁を。

 

 

「おかげで一つ一つ瓶や壺の中を確認する手間が省け、様々な種類の漬物を用意しやすくなりました! 更に重量を気にする必要もなくなり、保管庫にも大きな余裕が…!」

 

 

 

……これ、逆に我が社でも使えるかも…。 我が社に在籍するミミック達の数はアスタロト家の使用人の数を優に超えているし、漬物系を食べる子も多い。

 

 

故に、それを作るのは結構手間らしい。けど当然ながら、瓶や壺代わりにミミックの誰かを酢漬け糠漬けにして作るわけにはいかないし…。

 

 

…自分で言ってなんだけど、かなり非道な…。でも派遣先で喜んで蜂蜜漬けとかになってる子はいるか…。

 

 

――それはともかく。ピクルス宝箱(仮称)は中々に良いアイデア。社に帰ったら、早速食堂のポルターガイスト達に伝えてみようっと。

 

 

 

 

しかしまさか、ミミック箱の活用法を、ミミックの欠片も関係ない我が実家で学ぶ時が来るとは…! どこに閃きがあるかわからないものである。

 

 

別にここ(厨房)でだけではない。今まで見てきた部署全てにそれは通じる。ミミックを『便利な魔法の箱』と捉えた場合、どう活用されるかをこれでもかと見て来たし。

 

 

 

……そして逆説的に考えると…やっぱりミミックって、どこにでも潜めて活躍できるんだなって…。

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑪

 

 

「あふあひほふ…! 美味ひ~っ!! 流石アスタロト家、おやつすらも一流ね!」

 

 

熱々のクロケットをはふはふ言いながら齧る社長。私はちょっと自慢げに説明を。

 

 

「全部コック達の手作りですからね。クロケットはもとより、フランクフルターは挽肉作りから腸詰、ボイルや燻製などの全工程を厨房でやってくれていますから! シュークリームも勿論!」

 

 

「どれどれ~! ん~!皮はさくしゅわ、クリームは甘くて濃厚~っ!」

 

 

口にプチシュークリームを放り込んだ社長は、蕩けんばかりな表情に。気に入ってもらってよかった!

 

 

 

 

 

コック長に軽食を持ち運びできるようにして貰ったため、それをもぐつきながら屋敷の中をぶらつくことに。だが今は一層、使用人たちとの遭遇に気をつけなければいけない。

 

 

だって、歩き食べをしているとバレたらどれだけ叱られるか…。先程までは社長を隠すために道を選んでいたが、今回は自分のためでもある。

 

 

とはいえ、社長がセンサー役を果たしてくれるから安心。しかも触手で、軽食を入れている紙袋のホルダー役もしてくれている。

 

 

もし誰かしらが接近してきたら、余裕をもって片付けてぬいぐるみモードへと。後は私が誤魔化すだけなのだが…このぬいぐるみとそれに被せた花冠を見た使用人は、微笑ましそうに一礼をして去っていく。

 

 

有難いのだが、どことなく決まりが悪いというか…恥ずかしいというか…。 事情を話すわけにいかない現状、童心帰りしている思って貰ったほうが都合は良いのだけど……事実だし……。

 

 

 

 

 

 

――でも、そんな彼らや、今まで各所で再会してきた使用人各位を見て分かったことがある。

 

 

それは―、誰も彼もが私の帰宅を待ち望みにしてくれていたということ。そして、私の行動の悉くを懐かしんでくれたということ。

 

 

正直な話、私もいい歳。お酒を嗜むことのできる歳。だからこそ、子供の時のようにぬいぐるみを抱えて遊び歩いていたら、誰かしらには苦言を呈されると思っていた。

 

 

けど、それはなかった。勿論、私が当主の娘であるからそんなことを言えなかったのかとも思ったのだが…。

 

 

使用人たちの顔を見れば大体わかる。誰もそんな思いを持っていなかったのだ。 寧ろ、楽しいあの時が短いながらも戻って来たと言わんばかりの心躍るような表情ばかり。

 

 

そして極めつけは…母と祖母。私を存分に叱りつけられる立場の二人すらも、思い出話に花を咲かすだけであった。私の業務体験談についても、一切怒ることなく笑って聞いてくれたし。

 

 

 

……そんな反応を見て、ふと思ってしまった。私、皆を寂しい気持ちにさせていたんだなって…。

 

 

 

 

私がいなくなっても綺麗に掃除されていた部屋やぬいぐるみ、対象が代われども残されていた庭園の遊び場、懐かしむ母たち、身を案じてくれた衛兵長、そして先程のコック長の言葉……。

 

 

誰も彼も、私に並々ならぬ想いを抱いてくれているのは確か。だから、その、なんというか……。

 

 

 

…………自宅(ここ)にいないことが、()()()()()()()のように思えてきてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

――いや、わかっている。そんな感情を抱く必要なんてないことは。…わかっているのだけど…。

 

 

 

そもそも、今の仕事はかなりの我が儘を通した形。 そんなことをしなくとも、大公爵家(グリモワルス)の跡継ぎには、屋敷で魔王様に仕えるための研鑽を積むという『仕事』があるのだ。

 

 

つまり、本来私はその家業に従事する予定だったのである。勿論使用人達もそのつもりであったはず。

 

 

 

しかし私は社会経験を積みたいという理由で一旦家を出、どこの馬の骨かもわからない、格式すら不明瞭な会社の秘書職に就いたのだ。これはある意味、使用人達への()()()であろう。

 

 

身の回りのあらゆるお世話、心地よい邸宅環境づくりのために邁進してきたのに、(アストお嬢様)はそれを捨てていった―。使用人の中には、そう思っている者もいるかもしれない。…流石にそこまではないと信じたいが…。

 

 

 

とにかく、折角私を守ってくれていた使用人達の想いを無下にしてしまっている気がしてならないのである。 およそ貴族らしくない悩みと言われてしまえばその通りなのだが……。

 

 

我が社の業務内容…ダンジョンのために、そして『当のミミック達の一生のため』に彼女達を派遣していることを考えると、こういう思考にもなる。使用人達(派遣したミミック達)の気持ちを常に推し量っているのだもの。

 

 

 

 

更に、もっと理性的な懸念もある。 それは…私が社長の元を去る未来の時。

 

 

いずれ…まだかなり先なはずのいつか、私はミミック派遣会社の秘書職を辞してここへ戻ってくることとなるだろう。アスタロト家の次代主人として。

 

 

無論、大主計役の修練及び引き継ぎのために期間的余裕をもって呼び戻されるだろうが…逆に言えば、その時までは今日と同じくたまに帰宅する感じになるはず。

 

 

そして呼び戻された時には、使用人達の顔ぶれは多少なりとも変わっているだろう。先程助けた新人メイドが立派になっているかもしれない。

 

 

そんな状況で屋敷で働いている使用人たちを取り仕切る立場となればどうなるか。どこの馬の骨かもわからない会社で働いていたかもわからず、たまにしか帰ってこなかった奴に…とはならないだろうけど、多少、ギクシャクしそうである。

 

 

 

 

 

まあ有難いことに、ミミック派遣会社は…社長は『どこの馬の骨かもわからない』存在ではない。なにせ、魔王様の盟友で……――

 

 

 

 

――…あれ…? やっぱり何か、引っかかるような……。 さっき、母と祖母とのお茶会でも感じた違和感が…………。

 

 

 

 

「どうしたのアスト? 舌でも火傷した?」

 

 

 

 

「―あ、いえ。何でもないです」

 

 

社長の声にハッと我に返り、そう返事をする。まあそんな有難いことも使用人達には伝えていないからあまり意味はないのだが。

 

 

…別に明かしてもいいのだが、ネヴィリーの二の舞になることは避けたいし…。最も、彼女がうるさかったのはその事実を伝える前だけども。

 

 

 

 

――話を戻して。そんな感情や懸念を解消するためには、もっともっと長く屋敷に留まり親睦を深める必要がある。具体的には……。

 

 

「アスト、ちょっとホームシックって感じの顔ねぇ。 私の秘書辞めて、マオ(魔王)に仕える準備始めちゃう?」

 

 

「あむぅっ…!?」

 

 

―と、急に社長がプチシュークリームを口に押し込んできた…!! しかも相変わらず、私の考えを見透かしたかのような台詞とともに。流石…。

 

 

むぐもぐ…甘くてとても美味しい。なんだか、気持ちがふわっとほぐれた気分。 よし! では社長のその問いに回答を。

 

 

 

「それは当分先ですって。 まだまだ社長と一緒にいたいですから!」

 

 

 

 

 

 

確かに使用人達への憂慮はある。けど、それと社長への想いを天秤にかけると…ガタンと勢いよく上がってしまうだろう。

 

 

明言するが、別に使用人達への想いが軽いわけではない。それほどまでに社長と一緒が楽しく、社長と共に過ごすことで大きく成長でき、どんな障害でも乗り越えられる気がするのだ。

 

 

故に、この場合とるべき具体策は…―!

 

 

 

「――ただ、家にはもっと頻繁に帰ってくるべきかもしれませんね」

 

 

 

「それならいくらでも休暇だすわよ~!」

 

 

 

私のその言葉に、社長はにっこり笑ってくれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても…お嬢様な時のアストを知れて安心したわ! 良い感じの暴れっぷりエピソード山ほど聞けたし!」

 

 

「あはは……でも、来客の際は立派に『アスタロト御令嬢』としての責務を果たしていましたよ。 自分で言うのもなんですが…」

 

 

「ふふっ!それもいずれ見てみたいわね。  ……悪役令嬢だったりするのかしら?」

 

 

「悪役って…。 そんな訳ないじゃないですか…」

 

 

「そうよね~! アストって寧ろ、転生してきた人が貫禄負けしちゃいそうな感じだもの!」

 

 

「??? て、転生……? 何言っているんですか??」

 

 

 

――そんな会話(またも社長の台詞が若干意味不明気味だが)をしつつ、屋敷内の捜索を続ける。気づけば貰った軽食も食べ切ってしまった。お腹具合、良い感じ。 あ、そうだ。

 

 

「社長、食事はどうする予定なんですか?」

 

 

先程から気になっていたことを聞いてみる。すると―。

 

 

「んー? 箱が見つかってから考えるわ!」

 

 

という、なんとも適当な回答が。まあ実際、なんとかするだろうけど…。

 

 

「良ければ内内に用意しますが……」

 

 

「そーね……。 多分、その必要はないわね!」

 

 

…? やけに自信たっぷり。 何か策があるのかもしれない。まあ頼まれたらいつでも動く気けど。

 

 

 

「ところで! あと見せて貰っていない…もとい、探していない部署ってどこら辺かしら?」

 

 

「えっと、そうですね…。もうほとんど調べたのですけど……」

 

 

ふと社長に問われ、あの宝箱予約表コピーを取り出し確認。残っているところは…―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、『書庫』ですね」

 

 

ゴミをまとめ、口元や手先を綺麗にしてから到着したのはとある部屋の前。ここはその名の通り、我が家の本置き場である。

 

 

だが、娯楽小説等は基本自室に保管されているからここには少ない。では何があるかと言うと――。

 

 

各種魔導書や辞典経典歴史書、大主計として必要な典籍や書類、取り寄せた各地の資料や参考文献、様々な記録書や帳簿、各部署の勤務表写しや日誌報告書、我が家の年譜や史録とかとかとか…。蔵書は多岐にわたる。

 

 

そして書庫担当の使用人達はそれらの管理や整頓に始まり、各部署日報等の回収集約や記録、主人の命に従い本の選別や書類の処理処分、領収帳面の作成や保管までも行うのである。

 

 

 

こう並べ立てると、自分の職務内容にかなり似ている。私も社で、契約書の管理や日報の詳録、予算申請書や領収帳面や派遣代金素材受領証明などなどの作成保管を行っているし。

 

 

因みに他にも、ミミック達の健康管理補助や訓練サポートとか諸々を。要は秘書として何でもやっているだけなんだけど。

 

 

 

 

 

 

さて実は、ここを後回しにしていたのには幾つかの理由がある。

 

 

まず、この近くには家族それぞれの書斎が揃っているのである。書庫の書物を参照しやすいから。

 

 

ということは、両親祖父母の誰かに遭遇する可能性が非常に高いということ。変に問い詰められるのを避けたかったのだ。…まあ、庭園で母と祖母に出会ってしまったのだが。

 

 

 

もう一つ。今まで各部署に顔を出したのは、社長の箱探しの他に魔法の宝箱がどのような使われ方をしているか気になったからなのだが……ここは、大体想像がついたのだ。

 

 

十中八九、書物の移動に用いられている。私も業務中、溜まった紙の重さによく驚くから推測できたのである。 だからまあ、後回しで良いかなと。

 

 

 

そして最後の理由だが……これが最も大きい。ここは後回しで良いという判断に至ったのも、同じく。

 

 

 

実は――。ここ、ネヴィリーの現在の所属部署なのだ。というか、担当長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、正確に言えばちょっと違う。元々彼女はここの所属。それが私の教育係の1人として抜擢されたのである。

 

 

この部署の業務内容は先に述べた通り。そしてそれは、我が一族の大任である『大主計』の職務内容とも似ている。

 

 

勿論、当代及び先代大主計である両親祖父母がその教育を主に施してくれたが、身の回りの世話役にも詳しい者がいたほうが都合が良い。

 

 

ということで、書庫担当の中でも優秀な彼女が選ばれたのだ。実際、色々と教わったし。 そして彼女は立派に役目を果たし、今は元の部署へと戻ったという訳なのである。

 

 

 

だから以前、彼女は命を受けて市場に魔導書を受け取りにきていたのだ。その担当だから。 そして今は、書庫にある勤務表写しを確認しながら各使用人達をあたってくれているのであろう。

 

 

また、彼女のことだからきっと、自分の担当部署は手始めに調べているはず。そう考えての捜索順番だったのである。

 

 

 

 

 

 

ともあれ、今まで見つかっていないのならば仕方ない。一応自分の目と耳で確認しておくべき。では社長を仕舞い、扉を開けて中へと……。

 

 

 

「――誰だ? おぉ、アストか。 丁度良いところに来た」

 

 

 

わっ!!  お、お父様!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚いたことに、中に居たのは父…! 設置されている椅子に腰かけ、扉から顔を出した私を見てきている…!

 

 

「邪魔をいたしました…! 失礼します…!」

 

 

思わず顔を引っ込め、扉を閉めて逃げようと…! しかし……。

 

 

「待ちなさい。邪魔にはなっていない。 少し話していただけだ。ほら、こちらへ」

 

 

そう手招きされてしまったため、渋々と中へ…。 話していたって、誰と……?  ……あっ!!

 

 

「ネヴィリー…!!」

 

 

父の傍に控えているのは…ネヴィリー…! いや、ここの担当長だから戻ってきていてもおかしくはないんだけど…! まさか……!!

 

 

言っちゃ悪いが…彼女には母と祖母に宝箱探しのことを明かしてしまった()()がある。もしかして……父にも……!?

 

 

 

 

 

「向いに座ってくれ。 ほう、そのぬいぐるみは……」

 

 

父とネヴィリー、双方に少し警戒しながら、父に従い向い席へと腰かける。どうやら他の書庫担当使用人は席を外すよう命じられているらしく、他には誰もいない。 …どう口を開くべきか…。

 

 

「ネヴィリーから色々と聞いたぞ。 庭のあの木の元でうたた寝とは…ぬいぐるみも相まって、随分と懐かしい事をしている」

 

 

――幸いに、父から話し出してくれた。…が、やはりネヴィリーから私の話を聞いているらしい。もう…!

 

 

「先程は体調不良を案じたが…。童心を胸に我が家内を流れ歩いているとなると…元気にはなったようだな?」

 

 

「はい。ご心配をおかけしました…!」

 

 

とりあえず、そう答える。……あれ?

 

 

「……あの、お父様…? 私について、彼女からどう聞いたのですか…?」

 

 

「――どう、か。お前が子供の時のように、そのぬいぐるみと共に散策をしているとだが…。 間違っていたか?」

 

 

「いえ! その通りです!」

 

 

慌てて肯定して誤魔化し、父にバレないようにネヴィリーの顔を窺う。すると彼女も、小さく会釈。どうやら、今度こそ秘密を守り通してくれたらしい…!

 

 

 

 

「それは良かった。…しかし…懐古するには早い、まだつい最近の出来事のような気もするが…。 懐かしい姿だ」

 

 

私のぬいぐるみ抱っこ姿を見つめながら、しみじみ頷く父。 ふと、思い出したかのようにこう切り出した。

 

 

「そういえば…。先程、アルテイアとお母様と共に茶会を楽しんだらしいな。その際に、仕事での体験談を語ったとか…」

 

 

「ぅ…! はい…」

 

 

どうやら、母と祖母とのティータイムについては知られている様子…。そして何を話していたかも。 少し戦々恐々としていると…父はにこりと微笑みを見せた。

 

 

「是非私にも聞かせてもらいたいものだ。 しかしそろそろ夕食時。積もる話はその時にしよう。それまでに、探索は終わりにしておくといい」

 

 

「はい…」

 

 

……父のこの様子…。そして母と祖母のあの反応…。 それを見る限り、家族は私の仕事について好意的だと解釈していいのかもしれない…。

 

 

――ならば、この場が好機。どうせこのまま食事の時間と相成っても、不安で上手く喉を通る気がしないし…。先手必勝、ではないが……最大の懸念事項を、直接問う!! 

 

 

 

「お父様、お答えを求めたいことが一つ。  ……私を家へ呼び戻す考え、おありなのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は家督を継ぎ、魔王様へ仕える身。 当然、時が来れば…――」

 

 

「それは重々に承知しております! 私が聞きたいのは…今、この瞬間のことです!」

 

 

父の言葉を遮り、更にそう詰め寄る。…きっと、さっき母と祖母に指摘されたような『頑として譲らない』瞳になっているのだろう。

 

 

ともすれば、市場でネヴィリーを叱りつけた際に発した威厳のオーラ?も放たれているのかもしれない。それほどまでに、私は本気…!!

 

 

その迫力に怯んだのか、ネヴィリーは俄かに身体をビクつかせる。 しかし……父は違った。

 

 

「…………」

 

 

流石は我が父、アスタロト家現当主。全く動じることなく目を瞑り、深めの呼吸を一つし、ゆっくりとこちらを見据え……口を開いた。

 

 

 

「その考えが…『ある』、と答えたら…どうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っッッ…………!!」

 

 

――最も恐れていた……最も案じていた……最悪なる結末……! その宣告を耳にした瞬間、身体の底がギュグッと締め付けられ、総身がグシャッと潰された、感じがした……。

 

 

椅子に座っているのに、今にも倒れそうなほど視界が歪みだす……。それを堪えるために、社長を力いっぱいに抱きしめてしまう……。やだ……辞めるのは……やだ…!

 

 

 

……頭が、上手く回らない…。声も、掠れてしまっている気がする……。けど……けど……。このまま黙っている訳には絶対いかない……!

 

 

落ち着いて……。こうなることは予測の範疇だったのだから……。そう……その場合の対応策は心に決めていたのだから…!

 

 

すぅ……ふぅ…………よし。 ―――我が父に…アスタロト家当主に、示す。 反旗を……私の意志をっ!

 

 

 

「―――お父様っ! ならば私にも考えが……―」

 

 

 

バンッと机を叩くようにして立ち上がり、宣戦の言葉を口にしようとする。 ――と、父は少し狼狽したように……。

 

 

「あぁいや待て…! 落ち着いてくれアスト。 今のは、冗談交じりだ。悪かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へ……? ……えっ……? …………は??

 

 

「なんというか……出来心で、つい、な。 …そこまで慄くとは思わなかった。すまない」

 

 

呆然とする私に、そう釈明する父…。…………もう……!

 

 

「悪い……悪すぎる冗談です…!!」

 

 

椅子へボスンっと倒れるように座り直し、恨みがましい台詞を吐いてしまう。父はやらかしを隠すように苦笑いを浮かべた。全く……。

 

 

――――ハッ…! と、いうことは……。

 

 

 

「ならお父様、そのお言葉が冗談であるのならば、私の問いへの正しきご回答は……!」

 

 

私を辞めさせるというのがジョークだとするのならば…真実はその逆の可能性が高い! そう心躍らせ、改めて父に問う。すると――。

 

 

「実を言うと、今回お前を呼びつけた理由のメインはその件にある。 少しばかり家族全員で相談をしようとな」

 

 

此度の目的を明らかに。そして、次の言葉を急かすような視線を送る私を抑えるように、続けた。

 

 

「だが先も述べた通り、食事時も近い。 これもまた、その際に語らうとしよう」

 

 

そう言うと立ち上がり、私の頭を撫でに来る父。力強くも優しい手つき…。あと、さっきの冗談の謝罪も含まれているのがわかる撫で方。

 

 

「また後で、アスト。 ネヴィリー、ついて来てくれ」

 

 

「かしこまりました、ご主人様」

 

 

そのまま父は、ネヴィリーを従え出入り口へと向かう。そして扉を開けて貰い…―。

 

 

「――そうだ。 お父様がお前を探しておられた。 食事前に一度顔を見せてやってくれ」

 

 

「お祖父様が?」

 

 

「あぁ。今ならば書斎におられるはずだ。 ではな」

 

 

そう残し、書庫を後にする父。それとネヴィリー。 少しして、一時退室を命じられていたであろう他使用人達が入れ替わりで戻って来た…。

 

 

 

 

……とりあえず、会社を辞めさせられるのが『冗談』と聞けただけよかった。 この後の展開にもよるが…最悪の事態は避けられそうである…。

 

 

 

…………よかっっったぁ…!!  本当、よかった……!

 

 

 

 

気がどっと抜けてしまい、机にべちゃりと伏せてしまった…。 勢い良すぎて、使用人達が慌てて様子を窺いに来るぐらいに……。

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑫

 

 

「ふーっ!」

 

 

書庫から出た瞬間、安堵交じりの息を強く吐いてしまう。さっきの父の冗談のせい…おかげ?で、大分心が軽くなった。

 

 

結局書庫にも社長の箱は無かったが…もはやそれは些事。どうでも良くはないが、まあ予想通りだし。

 

 

因みに、魔法の宝箱の使用方法も予想通り。本や書類を運ぶ際に使用していると聞いた。……会社では魔法を使っているけど、私も事務作業に導入してみようかな。

 

 

あ、やっぱりいいや。気づいたら社長が入り込んで寝ていそうだから。 というか、社長自体を運ぶのに用いれば解決である。

 

 

 

――おっと、そうだった。 父に言われた通り、祖父の元へと向かわないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし祖父が私を呼んでいるとは、どのような要件なのだろう。母や祖母、そしてさっきの父と同じく、私の仕事の冒険譚…じゃなくて体験談を聞きたいというのならば問題ないのだけども。

 

 

先程の家族勢揃いの際、私を気遣って部屋へ戻してくれたのは祖父であった。けど当の私が元気に家中を遊び歩いているとなれば、顔を見たくなるもの当然かもしれない。

 

 

 

――そんなことを考えつつ、祖父の書斎へと。社長にはしっかり隠れて貰ってと…。……あれ…?

 

 

 

「扉が…開き切って…? 灯りも……ついてない…??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは間違いなく、祖父の書斎。 だというのに…扉は完全に開き切っており、中は真っ暗。……私の居ない間に、物置に変わったわけではないはず…。

 

 

いや仮にそうだとしても、扉開きっぱなしは問題。 …ちょっと中を覗いて…。

 

 

…――うん、間違いない。扉近くの装いからして、祖父の書斎である。 そしてどう見ても、祖父はおろか誰一人として居る気配はない。

 

 

勿論、掃除の最中という訳でもないだろう。 だって、周囲にすら使用人の気配はないのだから。

 

 

ならば祖父が一旦席を外しているだけ? でもそれなら扉は閉めていくだろうし…。こうも開き切っているとなるとわざとだとしか…。うーん…?

 

 

 

とにかく、今ここに祖父はいないことは確か。なら仕方ないし、誰か使用人を探して今度は祖父探しを……―

 

 

 

 

 ボスンッッ!!

 

 

 

 

「わっ!? どうしたんですか社長、そんな急に飛び出してきて…!!」

 

 

勢いよくぬいぐるみから顔を出してきた社長に、びっくりしてそう聞く。しかし、社長は答えない。真っ暗な祖父の書斎をじっと睨んでる……。

 

 

「社長…? 一体何が……?」

 

 

 

「……アスト、私の勘が告げてるわ…! 私の宝箱、この部屋の中にある!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?!?」

 

 

社長が身じろぎもしないままに発したまさかの一言に、私も目を見開いてしまう…! なんで、ここに…!?

 

 

説明するまでもなく、社長の勘はかなり鋭い。特にミミックであるために、地形や建物の把握や箱の存在の認識等は抜きんでている。特に今回探しているのは社長お気に入りの箱だから猶更なはず。

 

 

そんな社長がこの表情……。つまり、探し物はほぼ間違いなく、()()()()()…!!

 

 

 

あ、もしかして私を呼んだ理由って…宝箱!? 確かに祖父が持っていたならば、私やネヴィリーが見つけられなかったのも当然かも…。

 

 

……でも……本当になんで? 社長の箱が誰かに持っていかれた時には、祖父は私と話していたはずだし…。確実に間には使用人の誰かがいるはずだけど…。

 

 

 

「ね、アスト。入っちゃってもいーい?」

 

 

そう首を捻っていると、社長が私の顔を窺って来た。 …勝手に入るのは非常識ではあるのだけど…。

 

 

「そうですね。 少し、確認させて貰いましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お祖父様? アストです。 御在室でいらっしゃいますか?」

 

 

開き切った扉をノックし、暗い書斎の中に声を投げかけてみる。 しかしやはり、返答はおろか物音ひとつなし。

 

 

本来ならば、祖父を探し出して許可を得てから入室するべきなのだが…。社長もぐいぐい来てるので無作法を許してもらおう。 それに、部屋の様子もおかしいといえばおかしいんだし。

 

 

とりあえず、部屋の中のどこに社長の宝箱があるか見定めよう。広めの書斎だから、灯りつけないと奥は見えない…………あれ……?

 

 

 

「灯りが…つかない?」

 

 

 

 

 

 

灯りのスイッチを幾ら押しても、明るくなる気配がない。故障中なのかも。 なるほど、扉が開けられているのは修理のためとかなのだろう。

 

 

となると、どうしよう。少し待てば使用人の誰かが戻ってくるかもしれないが…。

 

 

「入っちゃダメ…?」

 

 

……社長がうるうる目で訴えてくる。 ということで―、お祖父様、失礼いたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっぱりよく見えませんね……」

 

 

入室したものの、扉からの光だけでは何もわからない。外はもう日が沈んでおり、窓には厚手のカーテンがひかれているため本当に真っ暗なのだ。

 

 

「灯りつけちゃいますね」

 

 

このままだと上手く探せないどころか、椅子とかに躓いて転んでしまいそうだし…。 えーと、部屋全体を照らせる光魔法は……。

 

 

「待ってアスト! 灯りは小さめにしない?」

 

 

へ? 社長からまさかの提案。 なんでかと聞くと…。

 

 

「ほら、下手に煌々と灯りをつけちゃうと使用人の人達やペイマス様(アストの祖父)に侵入がバレちゃうわよ?」

 

 

とのこと。まあ、見つかっても謝れば許して貰えるだろうけど…。 すると社長は私の考えを遮るように満面の笑みを。

 

 

 

「そ・れ・に! 小さい灯りで探したほうが、宝探し感あるわ!」

 

 

 

ふふっ! そういう理由であれば!

 

 

 

 

 

 

 

ということで光魔法の大きさを変更し、自分の傍に浮かぶ小さなウィル・オ・ウィスプのような形状に。手元足元がぼんやり見える程度の明るさである。

 

 

…うん…! これ結構、雰囲気出る…! 誰かに見つからないかというスリルも上乗せされて中々…! 冒険者っていつもこんな気分なのだろうか…!

 

 

「どこかなどこかな~! あ、これってアストの子供の頃の写真?」

 

 

そんな中、楽しそうにきょろきょろしていた社長が壁を指さす。そこに掛けられていたのは、幼少期の私の写真…!

 

 

「可ん愛い~っ!! 私とおんなじぐらいの身長ね! このぬいぐるみを頑張って抱えちゃって!」

 

 

それを見つめながら、まるで悶えるかのように弾んだ声をあげる社長。そんな社長の方が、私にとっては可愛いのですけど。

 

 

しかし、そこまで反応して貰えるとは…。そうだ、少し恥ずかしいけども…。

 

 

「あとで私の部屋にあるアルバム、見ます?」

 

 

「えっ! 見たい! 見せて見せて!! さっさと箱見つけなきゃ!」

 

 

わぁ、すっごい食いつき…!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、捜索続行。けど、中々見つからない。 祖父はミミックではないから、どこかに普通に置かれているはずだけど…。

 

 

「ん? この本何かしら?」

 

 

ふと、何かを見つけたらしい社長がそんな声を。見ると、書斎机の上に一冊の本が安置されている……って、この表紙…!!

 

 

「前にネヴィリーが市場へ受け取りに来た…魔導書!!」

 

 

 

 

 

前にネヴィリーと市場で出会った際、一緒に魔導書商人さんの所へ赴いたのだ。注文の品を受け取るために。

 

 

勿論私は自分用の魔導書だったのだけど、ネヴィリーは主人…つまり、私の両親達が依頼した魔導書を代理受け取りに来たのである。

 

 

それが、これ…! 見間違い勘違いではない。間違いない…! 今は祖父が使用している様子。

 

 

 

……そういえば…どのような内容の魔導書なのだろう…。 …えーと、周りには(社長以外)誰もいないし…。失礼して……!

 

 

 

 

 

 

 

「んー! 私にはわかんない!」

 

 

一緒に覗き込んでいた社長がギブアップというように頭をふりふり。確かにこの魔導書、かなり難しい。よっぽど魔法に精通してなければ読み解けないと思う。

 

 

「アスト、わかるの?」

 

 

「えぇ、まあ。 幾つかの魔法の展開術式、及び設営方法等が書かれてますね」

 

 

社長にそう答え、更にページを捲っていく。…うん、これはやっぱり…。

 

 

「内容としては…まず空間変化系魔法、それも歪曲系と拡張系がメインですね。そして隠蔽魔法との重ね技についても記述があります」

 

 

「へえー! 流石アスト!」

 

 

「いえ、それだけじゃないんです。後半には全く別の魔法についてが…。えーと…多分…。 『生体認証術式』系統だと思います」

 

 

「せーたい…何て?」

 

 

「生体認証術式です。要は主に『鍵』として用いられる魔法の一つです。 術者の身体情報…瞳や声や指紋や魔力形式、その他諸々を鍵として登録しておくことで、セキュリティの質を高めるといった内容ですね。 我が社の『危険物素材倉庫』の扉にもかけてある魔法ですよ」

 

 

「あー! あれね!」

 

 

首を捻った社長にそう説明すると、納得してくれたらしい。 …ただしこれ……。

 

 

 

「この魔導書のは、うちのより何倍も強固な代物みたいです…。 あの倉庫のもかなり厳重なんですけど…」

 

 

なにせあの倉庫には、使い方次第では簡単に街や国を滅ぼせる危険物がわんさか。入るだけでも多重防護魔法がいるほど。 だからこそ出来る限りの鍵をかけていたのだが…。

 

 

この魔導書に書かれているそれは、一目見ただけでも恐ろしいほど複雑なのが分かる術式と魔法陣。それに加え、侵入者対策として様々な反撃魔法…捕縛魔法や記憶改竄魔法、即死魔法と紐づけられてもいる。

 

 

なるほど、これほどの魔導書ならば魔導書商人さんを頼らなければ手に入らないのも道理。そして、このページ構成からして…。

 

 

「……この本は恐らく、『隠し部屋』を作るための代物ですね。 よほど重要な『何か』を守るための…!」

 

 

推測した内容を、社長に伝える。 何を重要に感じるかは個人差があるだろうが…。我が社の危険物素材倉庫すらをも上回るこのセキュリティは、何を守って…。

 

 

そう眉をひそめていると…社長はやけにあっけらかんとした声をあげた。

 

 

「まさに『秘密の部屋』ってわけね! 魔導書が古い日記じゃなくて良かった! …あ、もしかしたら中に恐ろしいバケモノが居たり!」

 

 

「なんですかそれ…? それに恐ろしいバケモノって…」

 

 

「そーねぇ…超巨大な蛇とか! 少なくとも、超巨大な蜘蛛じゃないのは確かね!」

 

 

 

…??? また、よくわからないことを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ、探していたものはその魔導書でも、隠し部屋でもない。社長の宝箱。 魔導書は元に戻し、捜索再開。

 

 

……しかし、一向に見つからない。広めの書斎とはいえ、宝箱ほど大きいものならばすぐにわかると思ったのだけど…。

 

 

やっぱり、灯りが小さすぎるのが問題かもしれない。 この際仕方ないし、少しだけ部屋全体を照らして―……

 

 

 

「あーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

魔法詠唱しようとしたら、突然社長が叫んだ!? もしかして、宝箱を見つけて…!

 

 

「あの絵! この間『美術館ダンジョン』でもらったやつの、本物よね!」

 

 

…違った。 興奮しながら社長が指さしていたのは、先程とは別の壁に凝然と飾られている絵画。それは怪異にして妖美、不気味さと得も言われぬ魅力を同時に放つ逸品。

 

 

「はい、そうです。『地獄ノ辞典における大悪魔之図』―。『コラン・ド・プランシィ』、『ルイ・ル・ブルトーン』によって手掛けられた同名作品群のひとつ。その真作です」

 

 

 

――以前、美術館ダンジョンにて怪盗の襲撃防衛手伝いをした時のこと。社長と絵画名当てクイズをしたのだが、この絵は偶然その中に選ばれた一枚。

 

 

私にとってはサービス問題だった。美術館ダンジョンにあるのはレプリカであり、本物は我が家にあるのだから。

 

 

そしてその絵は我が家のどこにあるかというと…御覧の通り、この祖父の書斎に飾られているのである。

 

 

 

因みに、そのクイズに答えた直後に怪盗が私の前に現れたのだっけ。社長の姿に変装して。思い返してみても、とんでもなくそっくりだった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけどこれもまた探し物ではない。宝箱探しに戻るべきだが…。

 

 

「もうちょっと近くで見せて!」

 

 

そんな社長のお願いもあって、その絵に近づくことに。けどこんな灯りじゃまともに鑑賞できないだろうし、やっぱりもっと強い光を……―

 

 

「ん? あれれ?おっかしいぞ~? この絵の下…というか裏?に何か模様描かれてなーい?」

 

 

「へ?」

 

 

 

 

ふと、社長が妙な指摘を。私も目を凝らしてみると、絵画の下…額縁よりも下の壁部分、丁度無理なく手がおける場所に何かが描かれているのがわかった。

 

 

恐らく、魔法陣。そのほとんどを絵の裏に隠しているけど。 ……どこかで見たような……あ。

 

 

「…これ、さっきの魔導書に…生体認証術式の項目に描かれていたのと一致しますね……」

 

 

つい今しがた確認した、あの隠し部屋作りの魔導書の…。ということはつまり――。

 

 

「これが、『錠前』―。つまり、ここが…」

 

 

「隠し部屋への入り口…ということね!」

 

 

 

 

 

 

もはや疑いようのない事実に、私と社長はゆっくりと頷き合う。……ここにあるとは…。

 

 

「社長、見なかったことにしましょう。 宝箱探しに戻りましょう」

 

 

奥に何があるかはわからないが、祖父の秘密に勝手に触れるべきではない。そう判断し、社長を絵から放そうとしたのだが…―。

 

 

「うーん…。 でも私の箱の雰囲気、ここらへんからするのよね…。 この奥にあるのかも…」

 

 

とのこと。ならば周囲にあるかも…と思ったが、絵画を引き立たせるためにこの壁付近には物がほとんど置かれていない。勿論宝箱なんてどこにもない。

 

 

「ここ、開けられないかしら?」

 

 

「無理ですよ! せめて祖父から許可を得ないと…!」

 

 

そうねだってくる社長にぴしゃりと。許可を貰えるかも怪しいところだが…勝手に開けられるような代物ではない。少なくとも、食事時までになんて絶対無理。数日あっても多分無理。

 

 

かくなる上は宝箱探索を切り上げて、祖父探しに移るしか他はない。 しかし社長は諦められないらしく…。

 

 

「触れたら開いたりしないかしら! えいっ!」

 

 

…って!? 無警戒に魔法陣にタッチしたぁ!?  多数の反撃魔法が備えられているみたいなのに!!

 

 

慌てて社長の手を掴み、魔法陣から引き剥がす。……が…。

 

 

「……何も起きないわね」

 

 

場はシーンと静まったまま。何かの魔法が起動した様子はない。 まあ当たり前か。ただ触れただけで変に反撃されるならば、使用人による掃除なんて行えないし。

 

 

とりあえず一安心と胸を撫で下ろす。すると社長は手を触手に変え、逆に私の手を掴み直してきて…!

 

 

「じゃあ次はアストの番! ほらほら!」

 

 

「ちょっ…!?」

 

 

有無を言わさず、私の手を魔法陣へと…! けど、きっと祖父の情報しか登録してないだろうし意味ないと…。

 

 

 

『―――承認。 認証術式、起動します―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え…なぜ、ちょっ、えっ、どうして、えええぇっ…!? ええええええっ!?

 

 

 

突如に響き渡った、私のでも社長のでもない、特殊音声…! それと同時に、魔法陣も光り出してる…!

 

 

起動した…!? 隠し部屋の鍵が、何故か動き出した!? 私が触れたから…だよね!?

 

 

 

『―――スキャン開始。そのまま手を魔法陣へ触れたままにしてください―――』

 

 

そう驚いているうちに、音声はそう続く。私が動けずにいると…魔法陣は赤色の輝きに変わった。

 

 

『―――異常感知。エラーメッセージ。 何者かの関与を認識しました。登録者単独でのスキャンをお願いします―――』

 

 

「あ、これ私のせいかしら」

 

 

気づいた社長は、私の手に巻きつけていた触手をシュルリと解く。……ここで放されると凄く不安なのだけど…!

 

 

幸いな事に、魔法陣の輝きは元通りに。そして、次の音声が流れ出した。

 

 

『―――確認。登録者名“アスト・グリモワルス・アスタロト”様と認識―――』

 

 

…やっぱり。何故か、私が登録されている…。祖父の隠し部屋なのに、何故…? 私が祖父に呼ばれた真意は、これだったり…?

 

 

不可解な状況に首を捻るしかない。それを無視するかのように、音声はまだ続きを――。

 

 

『―――第一フェーズ、クリア。続いて、第二フェーズに移行します―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だ、第二フェーズ? 今度は何が……―

 

 

 

 

 ギィイイ…ズゥンッ…!

 

 

 

 

 

――へ!? 扉が…勝手に閉じた!? 風…とかではない…! 窓は全て閉まっているし、扉は開き切っていたし、そもそも風程度で動く重さではないもの…!

 

 

「あ! 見て見てアスト! 扉の前に魔法陣が!」

 

 

なっ…! 光を完全に遮断した扉の前に、突如として巨大な魔法陣が生成されだした…! 輝きと重圧を放ち、何人たりとも(廊下)へは出さないと言わんばかり…!

 

 

――いや、扉だけではない! 窓も! カーテンごと封じるかのように、全ての窓に同じように魔法陣が…! 閉じ込められた……!!

 

 

『―――防壁魔法、展開完了。 順次、迎撃魔法展開開始―――』

 

 

しかも例の魔法群まで展開しだした!? ど、どうしよう…! これ、魔法陣から手を放したら止まる…!? それとも、エラー起こす…!?

 

 

…あっ! 手がくっついて離れない…! 駄目だこれ…!!

 

 

 

 

 

 

『―――迎撃魔法展開完了。現段階においての敵対行動、感知できず―――』

 

 

そうこうしているうちに、部屋全体にを魔法陣が埋め尽くす事態に。全ての壁、そして天井や床にも迎撃魔法陣がびっしり…。

 

 

もしここで何者かが不正しようとしていたら、全ての魔法陣から即座に飽和攻撃が始まるのだろう…。恐ろしい…。

 

 

『―――続いて、詳細スキャンに移ります。“アスト”様、表示される円より、全ての者を退避させてください―――』

 

 

と、そんな音声と共に、私の足元には光輝く円が。これもまた魔法陣みたいだけど…。 とりあえず従って、社長を降ろしてと―。

 

 

『―――退避を確認。 スキャン、開始―――』

 

 

わっ…! 足元の円から、光の輪が幾つもせり上がって来て…! 私の全身を包んでは消えていく…!

 

 

『―――身体情報、クリア。 魔力情報、クリア。 全情報、登録者名“アスト”様と一致。 変装魔法等の痕跡、なし。 御本人と確定―――』

 

 

よかった…! これで終わり……じゃなさそう…。

 

 

『―――次に、領域内詳細スキャンを開始します―――』

 

 

今度は壁、天井、床の一部迎撃魔法陣が変化。私の足元と同じようなものに。そしてそこから光を発し、部屋のサイズピッタリの幕を形成した。

 

 

そしてそのまま光の幕はスライドし、書斎全体を余すところなくスキャンしていく。それが終わると、再度音声が。

 

 

 

『―――スキャン結果。生体反応、2。 内訳報告。 1、“アスト”様。 2、“Unknown”―――』

 

 

Unknown…!? この場に居るのは、私と社長のみ…! ということは、それって…。

 

 

 

『―――確認に移ります。 敵対行動を感知した場合、即座に迎撃が行われます―――』

 

 

音声と共に、部屋中の魔法陣が社長に狙いを定める…! そして更に、社長の上下左右前後を取り囲むようにスキャン魔法陣が…!

 

 

「社長、じっとしていてくださいね…!」

 

「はーい!」

 

 

私のお願いに、床にぬいぐるみを座らせた社長は元気な返事。と、スキャン魔法陣が動き出し…。

 

 

『―――スキャン開始。  武装、感知できず。敵対魔法、感知できず。 取得情報、データベースと照合。 種族、“ミミック族”と確定―――』 

 

 

「お~~! 正解!」

 

 

楽しそうに拍手する社長。 と、今度は私の目の前に二つの小さめ魔法陣が…。

 

 

 

『―――“アスト”様にお伺いします。 “ミミック族”の者の同行を許可しますか?―――』

 

 

その音声に合わせ、二つの魔法陣にはそれぞれYESとNOの文字が。 勿論考える必要もなく…―。

 

 

『―――承認。同行の許可。 第二フェーズ、終了。 魔法陣より手を離してください―――』

 

 

あ、手が離れるようになっている。周りの迎撃魔法陣も光が薄くなっている。

 

 

「いよいよね…!」

 

「はい…!」

 

 

ぴょんっと抱っこされに戻って来た社長を抱きしめ、続いての指示を待つ。すると…。

 

 

『―――最終フェーズ。 扉を開く際は、再度魔法陣に触れてください―――』

 

 

…よし…! せーのっ、えいっ!!

 

 

 

 

『―――開錠―――』

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑬

 

 

最後の音声が響き渡った瞬間、私が手を触れていた魔法陣は急速に拡大しはじめる。それはかけられているあの絵画を中心に置くように広がり、人を凌ぐサイズに。

 

 

と、そこで拡大は終了。続いて、魔法陣内に描かれた幾つもの円陣術式がそれぞれ回転を始めた。回転方向やスピードはバラバラではあるが、それはまさにダイヤル式の鍵のよう。

 

 

それらが外側から次々と動きを止め、放つ輝きの色を変える。どうやら順次ロックが解除されていっている様子。それはそのまま絵画…『地獄ノ辞典における大悪魔之図』の裏へと進んでいき…。

 

 

「わっ…! 光った…!?」

 

 

絵画の大悪魔の瞳が、妖美な輝きを放った。その直後――。

 

 

 

 

 

 ズズズズズズズ…………――

 

 

 

 

 

「「おーー…!!」」

 

 

 

私も社長も歓声をあげてしまう。 端から消えていく魔法陣と共に、壁が()()していっているのだ。先程のロック解除と同じ順に無くなっていき…最終的には空中に浮かぶ絵画のみに。

 

 

そしてそれも天井近くの壁へと静かに上昇し、目の前には暗黒の洞窟…否、隠し部屋への暗い入り口が…――。

 

 

 

 

 ボゥッッッ!!

 

 

 

 

わぁ…! 進むべき道を示すように、その入り口の中に灯りが一斉に並んでついた…! どうやらこれは隠し部屋へと繋がる通路らしく、奥へと歩いてゆかなければならない様子…。

 

 

――と、若干不安になっていた私の手を、社長がきゅっと握ってきた。ちょっとびっくりして下を向くと、楽しそうな彼女の笑顔が。

 

 

「行きましょう、アスト! 全ての真相を確かめるために!」

 

 

「――はいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一定間隔で灯りがともされている隠し道を、おっかなびっくり進む。明るいから躓く心配はないし、一本道だから迷う必要もないのだけど……そこそこ距離がある。

 

 

それに少し怖いのが、今私の左右に並んでいる鎧群。我が家の衛兵達へ与えられているあの鎧が、列をなしているのだ。

 

 

 

入口から少し進んだところから飾られ出したこの鎧達。手にはそれぞれ武器を持ち、警護の態勢でこちらを見ている…。

 

 

勿論中に人はいないが…見るからに魔法がかけられている。恐らく、これも迎撃魔法。ここで悪いことをしたら、全ての鎧が即座に襲い掛かってくるであろう。

 

 

まさに秘密を守り通すリビングアーマーのよう。……けどこちらにも、リビングアーマー(守護の騎士)はいる。ぬいぐるみだけど……中身は誰よりも頼りになる…!

 

 

というか、別に悪いことをしなければ何も起きないだろうから…。……祖父の隠し部屋に侵入するという悪いことはしてるのだけど…。

 

 

 

「あ! とうとう着いたみたい!」

 

 

――そうこうしているうちに、社長がそんな声を。正面を見ると、道の先に扉が。着いてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……。お祖父様、アストです…。 いらっしゃい…ません…か…?」

 

 

扉へノックをし、在室の有無を聞いてみる。けどやはり…返答はなし。ただ、もうここまで来て引き下がるわけにはいかない。

 

 

ドアノブに手をかけてみると……鍵はかかっていない…! 社長と目配せを交わし……!

 

 

「ご無礼をお許しください…!」

 

 

扉に力を入れる。すると、ギィイッと音を立て開いた。 失礼します…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隠し部屋の中に入り、灯りをつける。 今度はしっかりと機能し、明るくなった。…けど、隠し部屋故か淡めの光な照明である。

 

 

まあそれでも部屋の中は見渡せるから問題ない。どうやらこの隠し部屋も、書斎のようになっている様子。

 

 

とはいえ、そんなに広くはない。壁には小さめの絵画や写真、端には彫刻や本棚、書斎机や安楽椅子やソファがあるものの、先程までの部屋と比べて大分こじんまりしている。

 

 

 

……さて。社長の勘が正しければ、宝箱はきっとこの部屋のどこ…か……に……――っ!!

 

 

 

「あ……あった…!! あった!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隠し部屋のど真ん中…! そこに設置された机の上…!! 見慣れたあの箱が……今日一日ずっと探していた社長の箱が…安置されている!!

 

 

まさか本当に祖父が持っていたなんて…!! それもこんなところに隠していたなんて…!!!

 

 

 

弾かれるように、宝箱に吸い寄せられるように、すぐさまその元へと近づく…! 間違いない…!本物の社長の箱…!!

 

 

色々と思うところ、やらなければならないことはあるけども…とりあえずはいつもの社長に戻ってもらわないと。……ちょっと名残惜しい感じはあるかも?

 

 

いやいや、もう時間でもあるし。ともかく箱を開けて、社長を中に………――

 

 

 

「――あれ…? なにこれ?」

 

 

 

 

 

 

宝箱の蓋をパカリと開けると、中に何かが入っていた。 裏返しになったこれは……写真?

 

 

三枚ほど入っているそのうちの一枚を拾い上げてみる。後ろに撮影したと思しき日付が書かれていた。つい最近みたいだけど…。

 

 

もしかして、祖父はこの箱を写真入れにしようと? けどそれにしては雑な…。数枚だけ裸で入れてあるなんて…。これ、一体どんな写真……――。

 

 

 

 

―――……えっ

 

 

 

 

 

えっ……えっえっ……? えぇえっ……!? えええっ……!?!?

 

 

 

 

 

え、なぜ、ちょっ、えっ、どうして、えええぇっ…!? ええええええっ!?

 

 

 

 

 

 

いや待って……! 本当に、どうして…!? 見間違い……じゃない!?

 

 

 

 

嘘……! 信じられない……!!  だって……だって…どうして――!!!

 

 

 

 

 

「どうして……!! お祖父様方皆(家族全員)と、()()()()()()()()()()()()()()()と…………()()が、一緒に写ってるの!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――正直、自らの口から出た引きつった声の事実も、上手く消化しきれてない…! 反射的に目が取れんばかりに勢いよく擦り、写真を伏せるようにひっくり返す…!!

 

 

……うん。改めて日付を見てみると、本当に最近。ネヴィリーと市場で会った時よりも後……。

 

 

…………胸の鼓動が全身へと響くのを息を呑むことで抑えようとしつつ、ゆっくりと、震える手で写真を表返しに……!

 

 

 

……――やっぱり、見間違いじゃない! お祖父様お祖母様、お父様お母様に囲まれる形で…! 姿隠しの御衣を羽織っておられない、素の姿の魔王様と…! 恥ずかしがられている魔王様を半ば無理やり抑えつけている社長が写っている!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………落ち着いて……。落ち着いて…私……。 深呼吸を……すぅ……はぁ……。……ふーっ……。

 

 

 

もう一回、写真を食い入るように見る。お祖父様もお祖母様も、お父様もお母様も、間違いなく本人。そしてそれは良い。

 

 

問題は……魔王様と社長。お二人とも可愛ら……コホン、美貌溢れるご尊顔であるのだが…。…とりあえず、魔王様から。

 

 

 

 

先も言った通り、この写真の魔王様は身を隠す御衣を纏っていらっしゃらない。今の愛くるし……素敵な御姿では魔王の威圧が出せない(恥ずかしい)と、他の者の前に姿をお見せになる際は巨躯の身となる魔法の御衣をお羽織りになっているのだけど…。

 

 

……この情報、実はとんでもない機密事項。市井の者はおろか、近衛兵でも知らないことなのだ。 私はこの間、社長の紹介で魔王様と同席させて頂いた際に初めてその事実を知った。

 

 

そしてその時の魔王様達の口ぶりから、それは当代の魔王様の腹心(グリモワルス)には知らされており、秘匿すべきトップシークレット事項であると判明したのである。

 

 

つまり魔王様の本当の御姿を知っているのは、お付きの一部使用人達を除けば…当代グリモワルス当主陣と……魔王様の盟友である社長とサキュバスのオルエさんぐらいなのだ。

 

 

 

だから、お祖父様方が魔王様の御姿を知っているのは間違いない。現魔王様がそのことを口にしていたし、先代魔王様(現魔王様の父)にもお仕えしていたお祖父様お祖母様と、当代当主であるお父様お母様なのだから。

 

 

だからだから、こうして顔を揃えて写真を撮っているのも、問題はない。勿論その写真は全てをかけてでも守り通さなければいけない代物だが……こんな隠し部屋に置いてあるならば安心であろう。

 

 

 

だからだからだから……! 最も問題なのは、この写真に()()()()()()()()点!!

 

 

 

 

 

 

 

社長と魔王様は竹馬の友。だから魔王様と写っていることは問題ない。 ……私の家族と写っていることが問題…!!

 

 

この写真が示すこと。それはつまり、お祖父様方と社長が()()()()であるということ。……ただの魔王様の友達として認識している可能性もあるが…。

 

 

わざわざアスタロト家二代に挟まれて、そっと魔王様の手を握り足を捕え隠れないようにしている社長を、普通の友達と認識するはずはあるまい。…というかこれ、どういう流れでの撮影…?

 

 

 

仮に社長が魔王様の友人として写真を欲しがったのならば二人だけで撮るだろうし、こんな隠し部屋に写真があるわけがない。逆に魔王様が写真を……というのも恐らくない。だって見るからに写真恥ずかしがってるのだから。

 

 

なら、お祖父様方が写真を頼んだと考えるのが妥当だが……わざわざ社長を巻き込んで、魔王様を拘束して? 魔王様にお仕えする身として有り得ぬ行動である。

 

 

 

となると…残された可能性はただ一つ。社長とお祖父様方が結託して…恐らく魔王様も賛成して、この撮影を行ったということ。

 

 

よく見るとお祖父様方、笑顔だけど少し申し訳なさそうな顔でもあるし。魔王様も頑張って堪えてらっしゃる感じだし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――では何故結託したか。何故こんな写真を撮ったのか。何故その写真がこの宝箱に雑に入れてあったのか……。

 

 

……ここは、社長とお祖父様方に焦点を当てるべきであろう。 正しくは、その関係に。

 

 

 

片や、魔王様の友人。片や、魔王様の腹心。関係しているのは魔王様ではあるが、ともすれば他人同士のままでもおかしくない。魔王様の酒飲み友達と部下なのだから。

 

 

ならば、何故繋がりが出来たか。社長とお爺様方、その間を繋ぐ関係は…――。……もう一つしか思い浮かばない!

 

 

 

双方を言いかえるならば……『私の』上司と…『私の』家族……! つまり……『私』、ア…――

 

 

 

 

 

「アスト・グリモワルス・アスタロト。 私の可愛い秘書。 そう、あなたも関係しているのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!? しゃ、社長……!?」

 

 

突如として狭い書斎内に響き渡った社長の声に、戦慄を覚える。……普段の声とは全く違う、私の心の内全てを見透かした上に、妖艶で神秘的な…身をゾクッとさせるような声風(こわぶり)のそれに…!

 

 

そして…この声の響き方…! まるで社長の手中に…あるいは箱の中に包み囚われているかのような感覚…。どこから声が聞こえてきているか、全くの判別がつかない……!

 

 

 

ゆっくりと、視線を下に向ける…。…やっぱり…! ぬいぐるみの中に、社長の姿はない…! 目の前の宝箱に移ったわけでもない……!

 

 

私が写真に驚いている間に、すり抜けてどこかに身を隠した…!! 恐らく、この隠し部屋のどこかに……!!

 

 

 

「――それって、どういうことですか…!? それに、『も』って…!!」

 

 

写真と、抜け殻となったリビングアーマーぬいぐるみをゆっくりと机へ置き、何処かにいる社長へと問う。すると――。

 

 

「ふふふ…。とうとうこの日が……この時が来てしまったのね……! 感慨深いわ…!」

 

 

全く答えになっていない、謎に訳知りっぽい台詞が。もう……!

 

 

……けど、神経を集中させていたから、今の出社長の居場所が予測がついた。伊達に社長の秘書を…仕事から逃げる彼女をとっ捕まえる役をやっているわけじゃない!

 

 

「本棚ですね…!」

 

 

急ぎ本棚へ近づき、社長を探す。と――。

 

 

「流石アスト。やるわねぇ」

 

 

上…!? ハッと見上げると、本棚の上に社長が寝ころび、顎杖をしながら見下ろしてきていた。 大まかな場所こそ頑張れば当てられそうだが…そのどこに潜んでいるかまでは……!

 

 

そう唇を噛んでいると、社長はその体勢のままクスリと笑った。

 

 

「ご褒美に、質問に答えましょうか。 私と、アスタロト家の皆さんとの関係について」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…! ……ぜ、是非…!」

 

 

その提案に、驚きながらも頷く。すると社長は優しく微笑み、本棚の奥…壁際へとコロンと転がり……えっ、消え…!?

 

 

そもそも本棚の上のスペースなんて微々たるもの。少女姿の社長が寝転がるだけでもいっぱいだったのに、コロンと動けるのもおかしい…! 慌てて羽を動かし宙に浮き、上を確認してみるが…やはりいなくなっている……!

 

 

「私とアスタロト家を繋ぐのは想像の通り、あなた自身よアスト。 アスタロト家の御令嬢であるあなたの、今の勤め先の社長。それが(ミミン)

 

 

声の元が、またも場所不明に…! 今の一瞬でどこかに移動したらしい…! 社長の言葉の内容を噛みしめ、潜伏先を特定するために耳を最大限にそばだてて…!!

 

 

 

「――けど、それだけではただの事実。これもまた、状況によっては繋がらないこともあるわ。 特に、アストの置かれている特殊な状況なら猶更。 私の事、皆さんへ詳しくは伝えてないでしょう?」

 

 

「それは……はい。 社長の存在こそ伝えてありますが……」

 

 

どこにいるかわからない社長にそう頷く。流石にミミック派遣会社で秘書業務をしていることは家族には伝えてある。…けど、実は社長については詳しく話してないのだ。

 

 

ただでさえイレギュラーの中、社長が見た目だけとはいえ少女姿なんて説明できない。だから、社長の容姿や性格などは出来る限り家族に秘密にしてきたのである。

 

 

 

……最も、我が家は大公爵アスタロト家。権力を活かせば幾らでも調査は可能。だから、社長の姿はバレているかもしれないが…。

 

 

 

「……いつの間に、あんな仲良くなったんですか…?」

 

 

机の上に置いた写真の方を見ながら、その問題の問いを口にする。そう、問題なのはそこ。両者が互いの存在を把握していたのはこの際良しとしよう。

 

 

だが……。姿を晒した魔王様を交え集合写真を撮るほどに仲が良いなんて聞いたこともなかった。一体、いつから…――

 

 

 

「いつから、いつの間に。良い着眼点ね、アスト」

 

 

 

 

 

 

 

 

クスクスと小さく笑う社長。恐らく、今いる場所は…――!

 

 

「彫刻…!」

 

 

惹かれるように部屋の端に飾られている彫刻像へ。すると……。

 

 

「じゃあ…いつ頃からか、推測できるかしら?」

 

 

彫刻におんぶするような形でひょっこり顔を出してきた。 い、いつ頃…?

 

 

「最近……ではないですよね。あの写真の様子だと…。ネヴィリーと市場で会った時よりも…?」

 

 

「そうね。もっと前ね」

 

 

とりあえず適当な出来事を挙げ探りを入れると、ヒントが。 もっと前……。

 

 

「…なら、魔王様へ拝謁させて頂いた時ですか…? それとも、グリモアお爺様の一件で…?」

 

 

 

――ふと思いついたのは、この間のこと。聞くところによると魔王様は、グリモアお爺様を助けたことを私の手柄として家族へ報告してくれたらしい。

 

 

また、晴れて私が魔王様のご尊顔を拝謁させて頂いたことを、魔王様ご自身が話していてもおかしくないかもしれない。同席者(社長達)の話も合わせて。

 

 

だから、そのタイミングで何らかの関係が構築されていても不思議ではない……が……――

 

 

「いいえ。もっともっと前よ」

 

 

 

 

返って来たのはそんな言葉。 もっともっと…? となると…―。

 

 

「社長が、私を呼んで二人だけで酌み交わしたあの時…。我が社のバーでのあの夜…?」

 

 

次に思い至ったのは、とある日の夜。社長が突然に私を我が社のバーへ呼びつけた時の事。貸し切りとなったそこで、社長はいずれ来る未来…私がアスタロト家に帰る時を想像して泣いたのだけど…。

 

 

今思えば、突然だった。 ならもしや、その時に何か――!!

 

 

 

「…忘れなさいとは言わないけど……。あんまり思い出して欲しくないわねそれ…。 あと、もっともっともーっと前よ……」

 

 

あ。社長、恥ずかしそうな表情を浮かべ、彫刻の隙間にスッと逃げ込んだ。違うっぽい。 ……更に前?

 

 

 

それも違うとなると……パッとは思いつかない。魔王軍のダンジョンに呼ばれた時とか? 特に初心者向けダンジョンに赴いた際、社長と魔王様の関係を始めて知ったのだけど……。

 

 

因みに我が社が得た危険物素材の買い取り大半は、最初から魔王様が行ってくれていたみたいなのだが…。それに関しては社長が主に動き、私は取引リストや請求書の作成等に終始していたから知らなかったのだ。まさか相手が魔王様だったとは……。

 

 

 

それにしても、それならば最初から明かしてくれればよかったのに。入社したての頃なんて、勝手を何一つ知らない、種族すらも全く違う魔物の会社だからドギマギしてたのに……―

 

 

 

 

―――ッ…! ―――ッッまさか!

 

 

 

 

も…もしかして……! もしかして……!!!

 

 

 

 

「……私が、社長の秘書になった時ですか…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今更ながら、私がミミック派遣会社に勤めることとなった経緯を話そう。あれは今よりか少し若い頃。ずっと屋敷に囚われていることに流石に辟易し、我慢の限界となった時。

 

 

沢山読んできた本やグリモアお爺様のお話、他のグリモワルスの友達との女子会が起爆剤となり、とうとう吹っ切れたのだ。『家ではなく、外で社会経験を積んでみたい』と。

 

 

当然、家族全員はおろか、使用人達にまで反対された。それでも諦めきれなかった私はあの手この手……具体的に言うとごねにごねまくったり(魔法で脅したり)、グリモアお爺様に無理やり後ろ盾になってもらったり。

 

 

そしてなんとか許可を得、いざ職場探し!と勇んでいたのだが……。どこにすればいいか全くわからなかったのだ。

 

 

自分のスキル…次代大主計としてのスキルを活かし学べもするところ。私の名前を聞いても驚かず、出来る限り普通に接してくれるところ。そして家族や使用人の介入を阻止するために、そこそこ遠いところ――。

 

 

通したい条件は中々にあり、且つ両親が納得するような場所でなければならない。色々と悩んだ挙句、とりあえず一番叶えやすい、『そこそこ遠いところ』を探しにとある市場へこっそり赴いてみたのだ。

 

 

 

それが…ミミック派遣会社に近い、今は手に入った素材を卸しに行く、あの市場なのである。そこで、その……屋台に興奮して食べ歩きとかに興じていたら……社長と出会ったのだ。

 

 

 

思い返すも懐かしい…! あの時も社長は私の内心を…目的を見透かしたように話しかけてきたのだっけ。聞きかじりで用意したレディーススーツに身を纏っていたのもあるのだろうけど。

 

 

そして新入りミミック達を面接するあの酒場に連れられ、色々と話を聞いた。 業務内容についても、手が足りなくて困っているということも。そして仕事の都合上、各地のダンジョンへ赴くことになるということも。

 

 

世界を見ることもできるまさに打ってつけの職場に、私は一も二もなく就職を希望したのだ。その際に私の家の事も話したのだが…社長は驚きこそすれ怯む様子はなかった。今となってはそれも納得だけど。

 

 

 

……ふと思えば、そんなひょいひょいと話に乗っかるのは危険だったかもしれない。けど、社長が嘘をついている様子やあくどい事を考えている様子はなく、もしそうだとしても魔法で吹き飛ばせばいいかなと考えていたから……。

 

 

 

まあ結果的に無事に済み、社長秘書として就職内定。勝手な決定ではあったが、家族全員にはどうにか納得して貰えた。あとは半ば説明から逃れるように、会社へと移り住んだ訳で。

 

 

 

 

 

――――――そこまで思い返して、ふととある疑念と推測が稲妻のように走った。街中でスカウトしてきた怪しい職場を、よく家族が許したと。

 

 

しかしもし、社長がその時からアスタロト家と知り合いであったならば……あるいは私の内定直後に魔王様経由でコンタクトを取り繋がったのであれば……その疑念は解消できるかもしれない…!

 

 

 

そう思考を巡らせての、社長へのアンサー。すると、それを受け社長は……。

 

 

 

「だいぶ良いところまではいったわね。 それじゃ……箱に入っている、二枚目の写真を御覧なさい」

 

 

 

妖艶な笑みを残しつつ、そう促す。それはつまり、ハズレを意味する気が……。

 

 

 

 

 

とりあえず従い、宝箱の元へと。中のもう一枚を手に取り、日付を……ってこれ…。

 

 

 

「だいぶ前ですね……。 私がまだ子供の頃…?」

 

 

少し古ぼけたその写真の撮影日は、私がミミック派遣会社に勤めていないどころか、庭園でぬいぐるみ抱えて遊んでいた時だが…。

 

 

……思い切って……写真を表に!! えいっ!  ――――なっ……!!

 

 

 

 

「お祖父様方皆と……魔王様と、社長と、オルエさん!?!?」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑭

 

 

社長宝箱に入っていた2枚目の写真。少し古めのそれに映っていたのは、その撮影年相応に若い私の家族。そして――。

 

 

「やっぱり、魔王様と、社長と、オルエさん……! ……見た目変わってない」

 

 

今と変わらず少女の身体な魔王様と社長。そこに加わっているのは、社長達の親友である、今は『淫間ダンジョン』を営んでいるサキュバスのオルエさん。 この時からあのとんでもない恵体らしく、普通に見れば社長と同世代だとは思えない感じ。

 

 

……なんだか、写真に『ゆさっ♡』とか書いてありそうな……え、本当に書いてある!? というかオルエさんの横にサラッと浮かんでる!?!?

 

 

 

 

 

――ゴ、ゴホン……。そのことはいいとして……。この写真には先程とは違う点が。1枚目の写真は、集合写真のように全員がキチッとしていた。

 

 

けどこれは、かなり違う。なんというか、興奮の中で撮影したというか…。 まず、私の家族は偶然通りかかったから引っ張ってこられたという様子。 事実、社長とオルエさんに手を引かれている。皆楽しそうではある。

 

 

そして魔王様は同じように顔を出し恥ずかしがっているのだが…どこか誇らしげな感じ。社長の拘束無しで、小さいながらも胸を張っている。

 

 

……違う、胸囲の話ではなくて…! 面映ゆさ故と、突然に連れてこられた私の家族に驚いたせいで、上手く張り切れていないという意味で!

 

 

 

そんなわちゃわちゃの中、社長とオルエさんは片手で何かハンドサイズ垂れ幕を手にしている。それぞれ書いてある文字が違う。えーと……。

 

 

 

……社長が『会社設立!!』で、オルエさんが『ダンジョン設営♡♡』!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これって……!」

 

 

新たなる真実を目の前にし、そう呟いてしまう。これが正しいのならば……社長と私の家族は、ミミック派遣会社()()()()()()()()()()()ということ……!!

 

 

「それは私とオルエが、長年の夢を叶えた時の1枚よ。 マオ(魔王)に力を貸してもらってね」

 

 

……また、声の発生源が捉えられない感じに。 社長、今の間に別の場所へ移動したらしい。今度はどこに……?

 

 

「――そういえば仰っていましたね。会社設立当初、私が入社する前は魔王様やオルエさんを頼っていたって」

 

 

注意深く耳を澄ませながら、思い出したことを口にする。バーでの夜、社長はそう話してくれたのだ。 すると、瞬間行方不明状態な当の彼女は、かつてを偲ぶような口調に。

 

 

「本当、前も話した通りあの時は大変だったのよ…。 いざ会社を立ち上げたは良いけど、やることいっぱいで…! マオもオルエも対価なんて無しで手伝ってくれたけど、片や魔王なりたて片やダンジョン主なりたて、気軽には頼れなくて……」

 

 

よっぽど苦労したのだろう。思いを馳せた溜息のせいか、壁の額縁がほんの僅かに揺れて…――

 

 

「今度はそこですか!」

 

 

 

 

捉えた…! 壁にかかっている小さな絵画! 手にした写真を1枚目の横に並べるように置き、そちらへと近づく。すると――。

 

 

「けど、特に苦労したのが会計事務ね。だってミミックの派遣なんて前例ない事だし、素材相場もよくわからないし! そこに諸々の経費処理が合わさって、もう絶望の一言よ!」

 

 

絵画と額縁の隙間からにゅるんと、そしてぶらんと垂れさがる形で姿を現した…! まるで逆立ちしているような……。

 

 

いや、コウモリみたいである。髪を重力に従って垂らして、着ている白ワンピースは手でしっかり押さえてる。

 

 

完全に重量オーバーで絵画ごと落下しそうな見た目だけど、その気配が一切無いのはミミックとしての才なのだろうか…。

 

 

 

 

 

「とりあえず箱に戻ってくださいって…! お祖父様の部屋なのですから…!」

 

 

そう諫めて捕まえようとするが、社長は逆さの身体を振り子のように揺らし、私の腕をひょいひょいにゅるんにゅるんと躱す…! 折角捕まえるために写真を置いてきたのに…!!

 

 

「経理担当として誰かを雇っても良かったのだけど…下手に人を雇うぐらいなら、その分入社してくれた皆へ還元してあげたかったし! そもそも、ミミックだらけのところに来てくれる人はそうはいないのよ」

 

 

しかも社長、そのまま話を続け出した…。もう……。 私が捕獲を諦めると、社長も振り子運動を停止。そしてしみじみと。

 

 

「けど、本当ならそれすら…起業すら不可能だったのよねぇ…。 私普通のミミックだから、簿記とか財務管理とか諸々、全く知らなかったしできなかったもの!」

 

 

……今まで社長を見てきた身としては、『普通』の意味を調べ直して欲しいものである。 まあミミックの普通って今でもよくわからないけど…。

 

 

 

 

「――でもね、アスト」

 

 

と、社長は急に語勢を変え、私へ一層強く語り掛けるように。逆さのまま、優しく見つめてきた。

 

 

「私にその辺りのことを教えてくれて、曲がりなりにも『社長』としていられるようにしてくれた人達がいるのよ」

 

 

「……誰ですか?」

 

 

「それはね――」

 

 

そこで一旦言葉を止めた社長は…白ワンピースを押さえていない方の手で、私をピシッと指してきた。

 

 

 

 

「グリモア様と先代魔王様と……特にアスト、あなたのご家族よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ…!? ……あぁ! 『大主計』として、ですね!」

 

 

びっくりしたが、すぐに納得。だって我が一族の任は『大主計』――。即ち、経理担当なのである。

 

 

私も昔からその教育を毎日受けており、今は会社の経理を一手に引き受けている。 まあこういうのはなんだけど……魔眼の力もあって、その程度お茶の子さいさいだったり。

 

 

そして現職前職大主計である私の家族は、当然そんな私以上の知識と技術を身につけている。まさにその分野でのプロ中のプロ。

 

 

だからこそ初心者であった社長に経理業務のいろはを教えるなんて、お茶の子さいさいを通り越すほどの容易さであろう。

 

 

 

「おかげで、なんとかやっていけるようになったわ! それでもデスマーチが続いて、あわや本当に復活魔法陣送りになりかけたこと、何度もあるけど!」

 

 

逆さのまま、ケラケラ笑う社長…。全く笑い事ではない……。 今でこそ軌道に乗っているが、設立当初というノウハウも資金も余裕もまともに無い中、よく持ちこたえたと感服してしまう。

 

 

それに……私が初出勤した際の印象だが、当時いたミミック達もラティッカさん達も、苦しんだり疲弊している様子はなかった。 皆社長を心配して手伝いを買って出てくれていたが、誰一人として先行きを憂いてはいなかったのだ。

 

 

 

きっと社長は、皆の手こそ借りはすれども、苦難の試行錯誤を出来る限り漏らさないように…余計な不安を皆に与えないように、自らの箱の中(心の内)に辛さを閉じ込めていたのだろう。鍵をかけ鎖で雁字搦めにしていると言えるほど厳重に。

 

 

 

――だから、それから解放してあげられたことが……鎖を解き鍵を開け、中の宝物(社長)を救い出す一助となれたことが、たまらなく嬉しいのである!!

 

 

 

 

つい、そんな感慨にふけってしまってしまう。すると社長はやはり私の内を覗いたかの如く、少女のように無邪気で、慈母のように柔らかい笑顔を(逆さ姿のままで)浮かべてきた。

 

 

「本当…本当に本当に、あなたが来てくれて良かった。あの時、私のスカウトを受けてくれて良かった! 感謝してもしきれないわ。 ありがとね、アスト!」

 

 

…っ! 今まで幾度お礼を言われたかはわからないけど、何回受けてもくすぐったいのには変わりない…!  照れ隠しのために、話しを戻しちゃおう…!

 

 

 

「――と、いうことは…私の家族とは、その頃からのお知り合いということですか?」

 

 

2枚目の写真へ軽く意識を向けながら、改めてそう問う。 すると社長は――。

 

 

 

 

「あら? まだ気づいていないのかしら?  アストにしては鈍いわね~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は一転、からかいの笑み。 気づいていないって、何を…?

 

 

「あの話をあなたが聞きつけてきた時は流石にビビっちゃったけど…。案外気づかないものなのね! まあ直接の関わりは話していないからかしら…っと!」

 

 

あ。社長、意味深なことを言いながら絵画の隙間にスポンッて消えていっちゃった。そしてそのまま、さっきみたいな台詞を。

 

 

 

「なら、最後よ。 3枚目の写真を御覧なさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

もう慣れた感じで従い、私は宝箱の元へ。最後の1枚……わっ、これ更に古い…!!

 

 

1枚目が最近、2枚目が私の子供の頃。傍に並べてある写真を見ながら、改めて脳内でそう復唱する。 では…それより更に過去のこれには、どんなことが……――!

 

 

「せーのっ……えいっ!!」

 

 

内心にドキドキと、そこそこのワクワクも宿しながら、思い切って写真を表へ。そこには…――!

 

 

 

「こ…これって……!! お祖父様お祖母様と…魔王様とオルエさんと社長と……()()()()()!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二度あることは三度あると言うが……三度目の驚愕…! そして、先の二枚とはこれまた違う装いの写真…!!

 

 

まず撮影場所は、私も以前招いていただいた、魔王城の玉座前。ただし誰かが拝謁しているわけではなく、近衛兵の数も極少数。

 

 

その玉座にほど近い場所に控えているのは、お祖父様お祖母様だが……二枚目の写真と比較しても格段に若い…! おじ様おば様と言うべきぐらいの……!

 

 

加えて、他の腹心の面々(グリモワルス)も幾人か揃っている様子。顔を知っている方々だらけだが…先代先々代も多く、やはり総じて若々しい。

 

 

更に、玉座にお掛けになっている、もはや背景のような巨躯なる御姿なのは……先代魔王様、サタノイア84世である。今は御隠居の身だが、この写真に置いては意気軒高といったご様子。

 

 

 

 

――ただこれ、おかしな点が…とんでもなくおかしな点がある。この写真に写る面々、見る人が見れば畏れひれ伏すような方々の顔が……奇妙なのだ。

 

 

 

偉大なりし先代魔王様、精強なる側近達、百戦錬磨の近衛兵……その全員が唖然というか呆然というか、脱帽しているというか舌を巻くというか、恐ろしさを感じ冷や汗を垂らしているというか――。

 

 

そんな、なんとも筆舌に尽くしがたい微妙な表情を浮かべているのである。 そして、その視線は総じて玉座前に注がれているではないか。

 

 

 

そこに何があるのか―。否、そこに誰が居るのはもう明白であろう。

 

 

 

そう…。当代魔王様、オルエさん、社長の三人である……!!! ……って。

 

 

 

 

「可愛い……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――っあ…。つい言葉が漏れちゃった…! だって……社長達、なんだか()()様子なのだもの。

 

 

当代魔王様と社長は、今も少女姿。この写真に写っているお二人も似たような御姿なのだが…どこか幼さが漂っている感じなのだ。

 

 

そしてあのオルエさんですら、社長達と同じいたいけな少女姿なのである。……既に若干の危なさを纏っている気がするけども。

 

 

これは間違いなく、子供時代のお三方。そんな彼女達はやり遂げたと言わんばかりの顔で写真に思い思いのポーズを取っている。 当代魔王様はやっぱり恥ずかしいのか、社長達に軽く抑えられ、おずおずながらに。

 

 

 

しかしこの写真、どんなタイミングで撮られて…。……ん?そういえば…。

 

 

「社長達、かなり汚れてる……?」

 

 

よーく見ると…三人共怪我している様子こそないものの、土汚れを全身につけ、髪もボサボサ。まるで外で散々遊んできた……というより、激しく暴れてきたというような……。

 

 

 

「まだわからないかしら、アスト助手? じゃあ…ヒントをあげましょう」

 

 

 

 

 

 

――社長の声…!  けど、先程みたいなどこにいるかわからないような雰囲気ではない。でも、壁の絵からではない…。方向的に――!

 

 

「安楽椅子…!!」

 

 

ハッと弾かれたようにそちらに顔を向けると、そこには安楽椅子にゆったり揺られながら、足を組み手を組みの姿勢でこちらへ微笑んでくる社長が。……安楽椅子探偵?

 

 

「もう一度、写真裏の日付を御覧なさいな。 私達三人、そしてその日付―。()()を見つけてきたあなたなら、自ずと答えは導き出されるはずよ」

 

 

首を捻る私へ、社長はそう助言を。 日付…? えーと、歴史的な出来事や重大な事件が起こった日ではなさそ…――

 

 

 

――ん? 重大な…事件…? そういえば、確かに見たことある気がする日付…。 でもどこで…?

 

 

日付日付…カレンダー、手帳、書類の日付欄、歴史書や年譜の記録……新聞や雑誌の記事……――雑誌? 雑誌の記事!? ――あぁっ!!!

 

 

 

「しゅ……『週刊モンスター』…!! その……バックナンバーっ!!!」

 

 

 

全身に稲妻が走るような感覚を覚えながら、私の口はその日付が書かれていた雑誌名を紡いでいた。そう、あれは…っ!!!

 

 

「あなたがグリモア様の元から借りてきた、古い魔物情報誌。その中のとある記事に書かれていた眉唾事件、その発生日。 でしょう?」

 

 

……そ、そう…! 社長の言う通り…! ただあれは、眉唾事件じゃなくて……!

 

 

電撃に曝され続けているかの如き心持でごくりと息を呑むと…社長はにっこりと決め顔を浮かべた。

 

 

 

「えぇ、その通りよアスト。 魔界人間界が結託し揉み消した、世間一般では精々が都市伝説扱いの、あの事件。 魔王軍と人間騎士合同軍がぶつかり合った、『目玉焼きには醤油か塩コショウか戦争』の日よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、いくら名前が無いからってその命名はちょっと…。本当にそれが開戦の理由みたいなのだけど……。

 

 

というか、それは戦争になる前に未然に防がれたのだ。……社長と魔王様とオルエさんの『最強トリオ』が、双方全兵士を一人残らず叩きのめすことで……。

 

 

 

「その写真、それが終わって帰還して、先代魔王様に報告した直後の一枚なのよ。全員信じられないって顔してるでしょ?」

 

 

楽しかった思い出を語るような口調の社長。そして、テヘリと。

 

 

「まあそれ撮ったすぐ後、内緒で勝手に止めに行ったことを物凄く叱られたのだけど!」

 

 

 

…………相変わらず気楽に話しているが……両部隊それぞれが数万はくだらない兵を有しており、命令無視の全面衝突が始まっていた中、たった子供三人で乱入、沈黙させたという話である。眉唾扱いもむべなるかな。

 

 

 

けど、なるほど。それならばこの写真の様子も理解できる。各側近が慌てて集合し知恵を寄せ集め、近衛兵も僅かな人員を残し事態の収拾に奔走し始めていた頃合いなのだろう。

 

 

そんな中、子供三人が戦いを終わらせてきたと報告して来たら…それも汚れ具合から嘘ではないとわかってしまったのなら、こんな表情にもなろう。

 

 

 

 

 

 

「……この頃から、私の家族と知り合いだったんですね……」

 

 

「正しくは、マオ(当代魔王)と出会った最初から…マオの友達として魔王城へあがらせて貰った時からだけどね~! でも色々と気にかけてくださるようになったのは、その事件がきっかけかしら!」

 

 

種明かし! と宣言するような様子の社長。そして、悪戯っ子みたいに肩を軽く竦めた。

 

 

「それにしても……。私とあなたの家族との関係、本当に気づいてなかったのね。 私が『最強トリオ』の一角だと聞きつけて、その『若気の至り』(戦いへの殴り込み)も知って、あまつさえマオ達から当時のエピソードを色々聞いたってのに!」

 

 

「ぅ……!」

 

 

 

――そう、なんで気づかなかったのだろう…。 いや、言い訳をさせてもらえるなら、()()()()()()()()のだ。今日、幾度かは!

 

 

何か引っかかる、何かが変。時折そう感じていた違和感の正体。それはまさに、そのことなのである。まさしく、その『最強トリオ』の話なのである!

 

 

 

 

…まず、今しがた話題に上がった、その無双について。いくら歴史の闇に葬られた出来事とは言え、当時の関係者達が知らぬわけがない。

 

 

もっと言えば、それほどの規模の隠蔽、魔王腹心全員がかりで動かなければ成し遂げられぬことであろう。その際には当然金銭のやり取りも発生するのは明白。

 

 

怪我した兵士の治療代、情報統制に必要な資金、人間界側との渉外費諸々…。……こう言っては何だが、各所へ黙秘を命じる()()()もそこそこ必要としたことだろう。

 

 

そんな大仕事に、大主計であるアスタロト家が関わらない訳がない。そして勿論、その仕事の原因…もとい、事態を解決した存在を覚えとかない訳ないのだ…!!

 

 

 

 

というか! そもそも幼き魔王様が友達として、子供とはいえ一般市民を選んだ時点で、腹心級の存在であれば一定の注意を払うのは当たり前! 変なことを吹き込まれたら大変なのだから!

 

 

それに! 社長達が『最強トリオ』とまことしやかに呼ばれるようになってから、先代魔王様の(許可)で色々派手に暴れたらしいが……それを魔王側近達が知らない訳ない! メンバーに次代魔王様が含まれてたんだし!

 

 

更に! 社長達、今なお魔王城でちょくちょく飲み会を開いているんだもの! それもまた、魔王様に仕えているのならば…! ……もういいや…。

 

 

 

 

つまり――。今まで、ヒントは幾らでもあったのだ。……はぁもう…。なんでそこまで思考が回らなかったのだろう…。

 

 

なんだか普段の社長を見ていると、『ま、いっか』みたいな感覚に陥るからかな…。または、私が社長を信頼しきってるからか…。 そもそも明確な判断材料はないに等しかったし…。

 

 

 

――いやそれよりも! 誰もそんなこと、おくびにも出さなかったのだもの! お祖父様もお祖母様も、お父様もお母様も!! いつぞやに顔を合わせた各グリモワルスの当主陣も!!!

 

 

流石、魔王様に仕える存在…。 尊敬すべき前任者の皆様方である……。

 

 

 

 

 

因みに、グリモアお爺様は詳しく教えて貰ってはいないと仰っていたが…。ただあの方は御意見番かつ、図書館ダンジョンという魔王城より離れた場所に居られる身。

 

 

伝えられてなかったのは、あの方を心配させてはいけないのと、恥の出来事でもあるからであろう。私が当事者でもそう考えるし……。 最もお爺様、あらましは当たり前のように御存じのようだけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペイマス様とイーシタ様には、マオのついでに沢山勉強を教えて貰ったわ! カウンテ様とアルテイア様も、お茶目でお優しい方で!」

 

 

……私のお祖父様お祖母様、お父様お母様の名を淀むことなくつらつら挙げる社長…。とうに疑いようは無いのだが、やはり既知の仲な様子。

 

 

 

…………社長と私の家族がここまで深い仲だったなんて……。知らなかった……。

 

 

…………そして、なんだろう…。とても……とてもモヤッとする…。

 

 

 

ずっと秘密にされていた、ということに対しての不満は多少なりともというか結構あるけども…。今はそれじゃなくて…――。

 

 

 

 

 

改めて、机に置いていた二枚の写真も手にし、三枚並べてじっと見つめてみる。どれもこれも衝撃的な絵。でも、何か引っかかる…。というより、何か忘れてる気が……。

 

 

「―――さて。その疑問(アスタロトとの関係性)がつまびらかになったところで……。次の疑問に移りましょう」

 

 

「…えっ? 声近……わっっ!?!?」

 

 

 

写真から目を離すと、いつの間にか社長が目の前の宝箱の中に!!? ……でも、見慣れた様子に戻ってくれて良かった…。

 

 

「まず明言しておくけども、私がアスタロト邸を訪れたのはこれが初めて! アストとの探検、すっごく楽しかったわ!」

 

 

そう満面の笑みを浮かべながら、社長は箱の縁に両肘をついて顎杖。――すると、突然顔に妖しさを纏い…。

 

 

 

「でもなんで……。この部屋に入った瞬間、こうも語り出したのでしょうねぇ。……不可思議じゃあない?」

 

 

 

 

 

 

――そう! 今度はそれ!!  つい社長の放つ雰囲気に呑まれてしまって、写真の衝撃が強すぎて、更には宝箱の行方推理をした時のようにノッちゃって、頭から飛んでいった疑問…!!!

 

 

 

社長の台詞は嘘ではないとわかる。本当に我が家に来たのは初なのだろう。 ならば、その疑念は更に膨れ上がる…!

 

 

 

何故社長は、『箱の中に裏返しで入っていた写真の詳細を知っていたか』…! しかもそれを元にあんなにも語って…!

 

 

 

 

「さっきと今しがた、二回も推理解決パートをやって頭を動かしたのだから、アストならもうわかるでしょ~?」

 

 

箱に入ったまま、私の顔をにんまり窺ってくる社長。 ……えぇ。ここまで情報と証拠が揃えば、私だって安楽椅子に座りながらでも推測が出来る――!

 

 

 

 

正体不明の誰かに回収された宝箱! いくら捜索しても見つからない状況! どこにもなかったネヴィリーの足跡! 

 

 

何故かネヴィリーから宝箱のことを聞き出したというお母様お祖母様! あんな部屋の状態なのに、お祖父様の書斎へ行くよう促したお父様!

 

 

そして扉が開き切り、真っ暗で明かりがつかず、周囲に誰も使用人がいない書斎! その中に安置されていた見覚えのある魔導書! 隠し部屋へのヒント!

 

 

何故か登録されてあった、私の生体情報! そしてそれで開錠した隠し扉! 奥に潜んでいたこの部屋に置かれていた、社長の宝箱!!

 

 

その中に入れられていた、不自然な三枚の写真! その全てに社長と私の家族が写っているという奇妙さ!

 

 

極めつけが……その存在を知り、語り、今こうして目の前で妖麗なる笑みを浮かべる社長っ!!!

 

 

 

 

 

 

―――もはや、真実は一つしかない。 写真を持つ手を震わせながら、私は顔を上げ……その推測を口にした。

 

 

 

 

「……全て……全て、()()()()()()()んですね…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうよ、アスト! 全ては仕組まれていたの。本当に、全てが。 今日一日のことだけじゃない。今までのことも、あなたとの出会いすらも!!」

 

 

 

私の解に、社長は両手を広げ認める。それはまさに、全ての事情を知る者やラスボス、黒幕が取るようなポーズ…!

 

 

「長かった探索パート、推理パートは終わり、残るは解決パート……謎の答えを、真相を語るのみ」

 

 

そう口にしながら、社長はぬいぐるみの花輪を取り、自らの頭に。そしてそのまま箱を動かし……えっ……! なんで入口の扉付近に移動を……!

 

 

 

「今こそ、その真相の悉くを明かすとしましょう。 そう―――」

 

 

 

っっ…!? 社長がそう宣言した瞬間、扉が勝手に開いて…!? 人影が…!! 社長は軽く飛び跳ね、その人影に抱っこされ……!

 

 

 

 

「「祖父()ッチャンの名にかけてっ!!」」

 

 

 

 

……え、なぜ、ちょっ、えっ、どうして、えええぇっ…!? ええええええっ!?

 

 

 

「お、お祖父様ぁ!?!?!?」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑮

 

 

「いやー! この決め台詞言いたくて、推理的なことさせてたんですものねー!」

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! 上手くいったなぁ!!」

 

 

 

……素っ頓狂な声を出した私を余所に、社長と、その社長入り宝箱を抱えたお祖父様は笑いあう……。え…えええぇ…………。

 

 

 

なんでお祖父様がここに…? いやそもそもここはお祖父様の隠し部屋だから、不法侵入者は私達の方で…! 怒られる…!?

 

 

というか…入ってきたタイミング的に、もしや部屋の外で待機していた…!? もう火を見るよりも明らかだけど、やはり社長とお祖父様は完全にグル…。

 

 

って、お祖父様もうだいぶ御腰が悪いのだから、社長を持たせるわけには…!! というか、なんかズルい…! お祖父様が社長を抱っこするのも、社長がお祖父様に抱っこされるのも…!!

 

 

 

なんか色々言いたいこと思うことがわんさか浮かんできて、軽くパニック状態に…! するとそんな折、お祖父様の背後よりもう一人が姿を――。

 

 

「お父様、ミミンさん、この場はもうその辺りで。 ほら、アストが困っていますから」

 

 

「お…お母様…!!?」

 

 

――その正体に、またもびっくり…! いやもう、さっき聞いた社長と私の家族との関係からして、おかしくはないのだけど…まだ頭が上手く追いついてないというか……。

 

 

 

つい口を開けっぱにしてしまう私に、お母様は少し謝るような微笑みを。そして、再度お祖父様へ語り掛けた。

 

 

「予定通り、説明…真相語りはリヴィングルームにて行いましょう。 あまりここに長居しますと、流石に使用人達に怪しまれますもの」

 

 

「ふむむ。そうだなぁ。 ――あの二人も、既に揃っているか? 堪え性のないあの二人は」

 

 

お母様の進言に、皮肉の笑みを浮かべつつそう返すお祖父様。……堪え性の無い二人? 私が首を捻っていると、お母様は軽く噴き出した。

 

 

「えぇ、勿論。 お母様もカウンテも、諸々の手回しを済ませ待機しているはずですよ。 ……今頃、ネヴィリーにこってり絞られているかと!」

 

 

 

……その二人とは、お祖母様とお父様のことらしい。 堪え性……。 そして、ネヴィリーって……。……流石に推理はつくが……。

 

 

少なくとも、今の台詞で明確になったことがひとつ。今回の『仕組み』、私の家族総ぐるみ且つ、一部においてはネヴィリーすらも関わっているということ。

 

 

――いや寧ろ…今までの動きから察するに、彼女は実働役であったのだろう。もう……。 色々なことに呆れていると、お母様がちょいちょいと手招きを。

 

 

「ということでアスト、そのぬいぐるみを持ってママ達についてきて頂戴ね。 あ、その写真は…」

 

 

「一応グリモワルス最大の機密。元に戻さんとなぁ。 ミミンや、降ろすぞ」

 

 

「はーい、ペイマス様!」

 

 

元気よく返事をし、お祖父様の腕の中からぴょんと飛び降りた社長。そのまま机の上に戻り…あ、ぬいぐるみを箱の中に仕舞ってくれた。

 

 

「これで、アストがこのぬいぐるみを保管するために宝箱を探し回っていたということになるわね!」

 

 

あぁ、なるほど…! 使用人達への良い言い訳になるかも…!  ――わ…! 手にしていた三枚の写真が浮遊しだした…!

 

 

どうやらお祖父様の魔法の様子。写真はそのまま本棚へと向かい……えっ!? 本棚の後ろに!?

 

 

「あの後ろ、更に隠し金庫があるのよ。その中にマオ(当代魔王)の正体関連の物が入ってるみたい」

 

 

……なんでか社長が説明してくれた…。 何故知ってるかを聞くと―。

 

 

「だってさっきそこ通ったもの! にゅるんって!」

 

 

……あぁ、なるほど……。さっき本棚の上から消えたと思ったら、本棚裏の僅かなスペースを移動してたらしい…。流石……。

 

 

思わず、感心と呆れが合わさった苦笑いを浮かべてしまう。 社長はそれを余所に、思いついたように手をポンと。

 

 

「そうだペイマス様! もしよろしければ、我が社で作った金庫は如何ですか? 危険素材を入れるのに使っている物ですが、強度は私を以てして折り紙付きですよ! 勿論、無償で差し上げます!」

 

 

 

……お祖父様に営業?をかけだした…。 感心呆れが止まらない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――…えーと……。 とりあえず、リヴィングルームに移動してきました……。 先程の隠し部屋は厳重に閉じられ、元通りに。

 

 

え、さっき社長が営業かけていた金庫について? 無償だし、最強トリオ一角の社長お墨付きだし、私も(現状に混乱したまま)後押ししたこともあり、晴れて贈呈決定した。 まあそれはいいとして。

 

 

 

ソファに腰を降ろし一息ついたおかげか、私もある程度落ち着きを取り戻した。……本当にある程度だけど。

 

 

ということで心と真相の整理がてら、今のこの部屋の状況を伝えていくとしよう。驚愕と興奮でついやっていた、モノローグの『私の家族への様付け』も戻してと―。

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕食時間際。 厨房から微かに美味しそうな香りが漂ってきている気がする。 因みに先程満たした小腹は、一連の出来事で既に消費してしまったみたい。

 

 

今、このリヴィングルームは完全な人払いがされており、使用人は1人以外いない。もっと言えば皆、部屋の周囲からも遠ざけられている様子。

 

 

更に、扉も窓もしっかり閉じられている。 とはいっても、隠し部屋を開けた時みたいな迎撃魔法等はないのでご安心を。

 

 

 

 

そんなこの場に集うは、この件の関係者のみ。 即ち、真相を胸に隠した『犯人達』――。

 

 

――と、仰々しくしてみせたが…もはや説明の必要はないだろう…。全く……。

 

 

 

まず、安楽椅子に腰を降ろした祖父。そしてその横には祖母も同じく。お二人は私が帰って来て早々の顔合わせ時と変わらぬ位置。

 

 

対して変わったのが、父と母の席。 最も正しくは、私が違う席に座っているのだけども。

 

 

顔合わせ時、私は促され母の傍に腰かけた。けど今は、傍ではなく向いの席に。代わりに、父が母の横へ。

 

 

加えて…その二世代の後方に控えるように、この場唯一の使用人、ネヴィリーが。粛然としたいつもの立ち姿である。

 

 

 

……さっき、母が冗談めかして、ネヴィリーが祖母と父を叱ったと言っていたが……どうやら本当らしい。だって祖母と父、明らかにしょぼんと反省している様子だもの……。

 

 

 

 

 

―――そして……犯人はもう1人。それは今、私の横の席にちょこんと座って…もとい、安置されている……。

 

 

 

「よっと!  このドレスに袖を通すの、いつ以来かしら!」

 

 

 

……宝箱の中から姿を現した、明らかに謁見用と思われるドレスに着替えた、ミミン社長…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――改めまして、皆様方。 此度はお招きいただき有難うございます。種族上の都合により、箱の中からの御挨拶となってしまいますのをお許しくださいませ」

 

 

……わ……箱に入ったまま、楚々とした所作で祖父達へ礼を捧げる社長…。こんな社長、初めて見た……。

 

 

だって、魔王様に謁見した時にすらこんな態度とってなかったもの…! それに、そのドレス…!! そんなの持ってたんだ……!

 

 

まああの時(飲み会)は謁見自体が魔王様の気随によるものだったし、社長達は魔王様とは長年の親友関係。用意もしてなかっただろうし、野暮なことは普段から省いているのだろう。

 

 

だがそうだとしても……そして我が家がアスタロト一族だとしても……社長がこのような振舞いをするなんて…。 なんだか、凄く新鮮…!!

 

 

 

 

 

「気にせず楽にしてくれ、ミミンや。 お前は我らにとっても大切な友人。 どうか、自らの家…もとい、魔王城や、会社でのようになぁ」

 

 

「そのようなお言葉を頂けまして、この上なく幸せにございます。 ですがその前に一つ。 今日にいたるまでの皆様方のお力添え、心より感謝申し上げます」

 

 

祖父の言葉に深く一礼をし、そう謝辞を述べる社長。すると今度は祖母が口を開いた。

 

 

「いえいえ、ミミンちゃん。それはこちらの台詞よぉ。 計画に乗ってくれてありがとうねぇ」

 

 

……計画、か…。 その一言に苦笑いともとれない微妙な表情を浮かべ、社長と祖母のやりとりを眺めていたら……ふと気づいた社長が微笑み、皆へ切り出した。

 

 

 

「では、その『計画』のターゲットに嫌われない内に……種明かしといきましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてアスト! 計画の詳細と真相を話す前に、まずはお浚いね!」

 

 

あ。いつも通りの社長に戻った。服はドレスのままだけども。 ――お浚いというと…。

 

 

「さっきも説明した通り、私はマ…じゃない、当代魔王様と子供の頃からの仲。それにあやかって、アスタロト家を始めとしたグリモワルスの面々に色々と面倒を見ていただいたの!」

 

 

勿論隠し部屋で聞いた、あの話の。端的に纏めてしまえば確かにそういうことである。 幼少期の頃から多岐にわたって世話を焼いてもらい――。

 

 

「おかげさまで、晴れて会社を立ち上げられるまでに育てて貰っちゃった! 本当、皆様には感謝の念が尽きません!」

 

 

改めて私の家族へと頭を下げる社長。全員が頬を綻ばせる中、祖父が一際嬉しそうに。

 

 

「儂らとしても、お前がこうも大成してくれて喜ばしい限りだとも。 それに、あれは実に楽しい日々だった。いつも城を賑やかにしてくれたからなぁ。 …色んな意味でな!」

 

 

その含みに、ネヴィリーを除く皆が笑いを漏らす。私は当時を知らないけども…想像は容易くつく。

 

 

恐らく社長は、持ち前の明るさで周囲を和気藹々とさせていたのだろう。…そして、同じく持ち前の暴れっぷりを存分に発揮していたに違いない。

 

 

それは『最強トリオ』の逸話が如実に表している。 きっとお祖父様、その収拾や隠蔽に奔走したはずである。『色んな意味』とは、それを指しているわけで。

 

 

 

だがそれも、今は笑い話。いや、当時からその活躍を笑って応援していたのかもしれない。なにせ祖父達の顔には、不快感なんて微塵も浮かんでいないし。 

 

 

 

――そう思っていると……祖父は急に、顔に僅かながら寂しさを浮かべた。

 

 

 

「ただ、ミミンや。少し…ほんの少しだけ、残念だったことがある。 お前とオルエの奴が、魔王様の近衛となってくれなかったことだ」

 

 

 

 

 

 

 

「えぇえぇ、それは本当に! あなた方ほどの強者(つわもの)が魔王様へ仕えてくれれば、魔王様だけではなく、先代様や私達も心安くあれたのだけどねぇ」

 

 

祖父の未練に、祖母が強く賛同を。更に続いて、父が。

 

 

「ミミンさんもオルエさんも、魔王軍総司令官を代々務めるバエル家から最高幹部の座を用意されていたと聞くが……まさか、蹴るとは」

 

 

そんなことが…! 確かに社長達の実力や(闇に消えた)経歴からすれば、その席が望ましい。魔王様と気心の知れた間柄でもあるのだから。

 

 

だが父の言う通り、社長達はその誘いを断ったのだろう。そして会社社長とダンジョン主という、魔王軍最高幹部に比べれば間違いなく幾十段も格下の生業を選んだと。

 

 

それは即ち、シンデレラストーリーのチャンスを逃したと言う事。だが、当の社長は――。

 

 

 

「皆様方の熱烈な想いを無下にしてしまい、申し訳ございません。 ですが…私達の夢でありましたから! 現状に何一つの後悔はありませんし、逆に幹部の座を頂いていましたら、ずっと後悔に明け暮れていたでしょう」

 

 

祖父達へ丁寧に陳謝を。そして深く息を吸い、顔を上げた。

 

 

「――この『真相を語る場』ついでに、ひとつ明かさせていただきます。 実を申しますと…私もオルエも、魔王様を守るために、そのお誘いを受けようと思っていたこともあるのです」

 

 

 

 

……!! その言葉に、私はおろか祖父達も驚愕の表情。しかし社長はその中の誰かが口を開く前に、微笑んで続けた。

 

 

「ですが…。それを押しとどめてくださったのは、他ならぬ魔王様でございました。『我のために、夢を捨てるな。 その判断こそが、我にとっては最も辛い』―。その切言で、心を決めたのです!」

 

 

なんという……! 魔王様と社長達との友情に魅せられた私達は、揃って感動の嘆息を。 すると社長、照れくさくなったのか、テヘリと肩を竦めた。

 

 

 

「まあこれ、恥ずかしいから隠しておけって言われてたことですけど! 決して私が話したと言わないでください! 雷落とされちゃいますから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アストに今回の真相を語る前に、別の真相を話してしまいました! 話を戻して、続きと参りましょう!」

 

 

コホンと咳払いし、お浚いを終わらせる社長。 正直、もっと当時のことを聞きたい気持ちもあるけど…この場にはネヴィリーもいるし、また今度聞かせてもらおう。

 

 

そう内心考えていると、社長は私へずいっと顔を近づけてきた。

 

 

「じゃあアスト! ここで選んでもらいましょうか! 『今日の真相』と、今までの真相…特に『アストとの出会いの真相』。どっちを先に話すか!」

 

 

 

 

 

――そういえばさっき社長言っていた。『全ては仕組まれていた。 今日のことも、今までのことも、アストとの出会いすらも』と。

 

 

最早この状況に至っては、どちらもある程度予想は着くのだけど……やっぱり真相が語られるとなると、ドキドキする。どっちからにしようかな…。

 

 

 

―――よし、決めた! ここはあえて、時系列順で!

 

 

 

「社長と私の出会いについての真相―。是非それからお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

セレクトしたのはそちら。両方とも凄く気になるのだが……『私との出会い』と銘打たれてる話に、興味を惹かれない訳が無い…!!

 

 

それに、たとえ今の今まで社長が私を騙し続けてきたということが語られるにしても、受け入れて見せる。 その覚悟は出来ている。

 

 

 

――だって、先程…そして今まで幾度も頂いた、社長からのお礼の言葉。私が社長秘書となったことに対する感謝のそれに、一度たりとも偽りを感じたことは無かったのだもの。

 

 

それだけじゃない。そういう時に社長が常に浮かべていた、心の底からの清らかな想いを乗せたあの笑顔…! まさしく信頼に値する表情であった。

 

 

 

……最も、私が社長について見込み違いをしている可能性もあるが……――いや、無い! 絶対にない!!

 

 

それほどまでに、私は社長を信用している…! まず間違いなく、私を食い物にする人ではないのだから!

 

 

 

フンスと鼻息強めに心を固める。 その内心を知ってか知らずか、社長はにっこりと微笑んだ。

 

 

 

「そっちからね! あれは私が起業し、暫く経った頃のことよ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会社を構えたということは、魔王城の庇護下から離れたと言う事。それでも、魔王様やグリモワルスの皆様方には素材の買い上げや魔法の付与とかで、継続して便宜を図らって頂けていたのだけど…」

 

 

そう前置きをする社長。……あ。それでふと気づいたことがある…。

 

 

何度か説明している通り、危険素材は魔王様に買い上げていただいているのだが……。当たり前だけど、魔王様との個人的な取引ではない。魔王城としての、公の取引である。

 

 

ということは……大主計アスタロト家(会計担当)は絶対に絡むわけで……。魔王様に買い上げていただいていると聞いた時に、気づくべきだった……!!!

 

 

 

――っと、自分の推理能力の無さを嘆くのは後回し。社長の話の続きを。

 

 

 

 

「自らの意思で独立の道を選んだ以上、おんぶに抱っこは避けなきゃいけない―。私もオルエもそう考えたの。 だから魔王様を通じて一定の交流は続けていたけど、グリモワルスの皆様とは少し疎遠の状態だったわ」

 

 

それを認めるように、祖父達は頷く。 なるほど、ここで何事も無ければ、社長はアスタロト家にとって『懐かしい友人の1人』となっていたのだろうが…。社長は転機を示すように、更に声を張った。

 

 

 

「そんなある日。突然に魔王様、そしてアスタロト家の皆様方の連名で手紙が届いたの。『アスタロトの娘“アスト”を、雇って貰えまいか』って!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私を……!」

 

 

つい自分に手をあて、そう呟く。 すると、祖父が社長の後を引き継いだ。

 

 

「その手紙の経緯については、儂らが話すとしよう。 事の発端は…当然アスト、お前の『お願い』にある」

 

 

ですよね!! そのお願いとは、私の我が儘……『家を出て、社会経験を積みたい』というアレ。当時を思い出すように、父と母は苦笑いを。

 

 

「お前が大切が故に、少々過保護に守っていたが……まさかその反動であんなことを言いだすとは思わなかったな」

 

 

「まあ、隙あらば家を抜け出してグリモア様の元へ赴いていたのだから……素質は抜群よね」

 

 

返す言葉もない……。そして言い合いになったりごねて暴れたりとした結果、渋々許されたわけなのだが…――。

 

 

 

「私達としては、許す許さない以前に、不安でいっぱいだったのよぉ。アストちゃんが変なことに巻き込まれないか心配で、どう解決するか皆で知恵を振り絞ってねぇ」

 

 

しみじみ語る祖母の言葉からも察せられるように、『渋々許される』までの過程こそが話の焦点。一体どのようなことがあったのか息を呑み、話に耳を傾け…――

 

 

「けど、あまり良い案はでなくて。そこで、グリモア様に相談することにしたのよぉ」

 

 

「グリモアお爺様に!?」

 

 

「えぇ、何か妙案はございませんか、とねぇ。そうしたらね、ミミンちゃんのところを挙げてくれたのよぉ」

 

 

まさかグリモアお爺様が噛んでいたとは……! この間図書館ダンジョンに行った時、聞けば……いや、あの時のお爺様、ボケてらしたんだった…。 そもそもあの時、そんな裏事情なんて欠片も知らなかったし……。

 

 

 

 

再度過去を悔やんでいると、話し手はまたも祖父へ。

 

 

「そこで儂らは急遽、魔王様にミミンの会社についてお話を伺った。 すると、事務担当の手が不足していることを明かしてくださってなぁ」

 

 

「あの頃の飲み会で、私、ちょこちょこ愚痴ってましたから……」

 

 

頬を掻きつつ、そう補足する社長。それを笑いつつ、祖父は続けた。

 

 

「これはまさしく渡りに船。ミミンであれば、信頼に足る。魔王様を含めた総意だった。 ……こう言ってはあ奴に悪いが…オルエに可愛い孫を預けるわけにはいかんしなぁ」

 

 

「いえペイマス様、そのお考えはこれ以上ないほど適切です! 種族上、あの子のとこ、不純の極みですから……!」

 

 

社長、今度は必死に。 ……あそこに訪問したことがあるし、オルエさんに色々やられたから言えるが……仮にオルエさんの元へついたならば、私は間違いなく彼女の食い物(意味深)になっていただろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――話を続けるとしよう。 ミミンの会社が候補に挙がった際、儂らは色々と調べた。 するとな…儂らにとっても、アストにとっても、かなりの優良な職場であることがわかってなぁ」

 

 

真相語りに戻った祖父は、まるで賢策を見出した老獪な軍師のような表情を。……いや、良い犯行方法を見つけた犯人みたいな…?

 

 

「まず儂らにとっては、ミミンが社長を務めていることが最大の決定要因だった。彼女が信頼に足る存在というだけではない。 魔王様を介すことで逐次アストの様子を知ることができ、万が一の用心棒としてもこの上ないからなぁ」

 

 

 

そういうこと…!! 私は家族の介入が嫌で、家から遠いミミック派遣会社に入ったのだが…結局、見張られていたらしい。

 

 

まあそれだけで済んだのは僥倖。誰かが会社に突撃してきて、私を連れ帰ろうとすることはなかったのだから。社長、上手く報告してくれていたのだろう。

 

 

 

そして用心棒、というのも今となっては納得の一言。魔王様と並ぶほどの実力を持つ社長は、まさしく最強のボディーガード。我が家の衛兵長を私につける必要もなくなる。

 

 

……入社当初とか、社長の見た目も相まって、私が護衛役をしているつもりだったのだけど……。実際は逆だったなんて、露程にも思わなかった。 

 

 

けど正直、最近は社長の護衛というよりも、暴走の歯止め役に終始しているのだが。そして止められないことがほとんどで……。

 

 

 

 

――ともあれ、その二点が両親祖父母にとっての決め手らしい。 そして――。

 

 

 

「私にとっては…『仕事の都合上、各地を周ることになる』ことと、『仕事内容が大主計の修行にもなる経理作業』ということ、その二点が決め手になった。 そういうことですね」

 

 

 

 

 

自身の分を自ら口にすると、祖父はその通りだと頷いた。 先程隠し部屋でも語った通り、その二つは私がミミック派遣会社に就職を決めた理由。こんな打ってつけの好条件があるんだと感動したものだが……。

 

 

……まさか、仕組まれていたとは……。 いや、その条件については偶然に偶然が重なった結果ではあるのだけど…。

 

 

 

…………そういうことならば、あの時社長が私に声をかけたのは、私の心を読んだからではない。私がアスタロト家の娘と知って、準備万端で誘いをかけただけ……。

 

 

 

―――なんだか…少し、残念かも。 幻滅こそしないけども……。 運命的な出会いだと思っていたのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

勝手に意気消沈してしまう私…。 一方の社長は、話の視点を自身に戻した。

 

 

「手紙を受け取り事情を知り、私も是非にとお願いしたの。まさに開いた隙間を埋めてくれるような存在だもの、当然、即諾……―――」

 

 

……? あれ、社長が何故かそこで言葉を切った。そして私の方を見たままに、指を一本立てた。

 

 

「しなかったのよ。 本当は喉から手が出るほどの気持ちだったのだけど…断腸の思いで、一つだけ条件を付けたの」

 

 

「条件…?」

 

 

「そう! それはね……会社の事情や詳細、特にミミック達のことを包み隠さず誠心誠意正面から伝えて、少しでも嫌がる素振りを見せたならば、絶対に無理強いはしないって!」

 

 

 

 

 

 

それって…。私が社長に初めて会った時、受けた説明のこと…。 あの時社長は、仕事内容や社員構成、現状抱えている問題や苦慮事まで、全てを話してくれた。

 

 

特に、ミミックという種族については事細かに。 箱入り娘であった私にとって、ミミック族の情報は書物の中に書かれていたことが全部だった。そしてミミック族の謎に包まれた性質上、まともに解説している本なんて無かった。

 

 

要は、ほとんど何も知らないに等しかったのである。だから社長の話は知らないことだらけで楽しく聞いていたのだけど―――。

 

 

 

「いくら恩人の愛孫愛娘とはいえ、ミミックを怖がる子を入社させるわけにはいかないもの。 私のような上位ミミックだけじゃない。宝箱型、群体型、触手型―。わんさかいる下位ミミック達の誰かにでも拒否反応を示すようだったら、丁重にお断りさせていただく気だったの」

 

 

そう当時の胸の内を明かす社長。そして次には…私に向け、最高の笑顔をパァッと花開かせた…!!

 

 

「けどそんなの、杞憂のまた杞憂だったわ! 私の説明に一切眉をひそめず、寧ろ常に目を輝かし続けて! 数日の体験入社中でも、恐れる様子は皆無。少しやってもらった仕事も素早く完璧にこなし、馴染みに馴染んで!」

 

 

留まること無き感激に身を包むような、興奮した語調で語る社長。そして私の手をパッと取った。

 

 

「私にとっても、アストは超優良な人材! いいえ、()()()()()()()! 本音を言えば、ずっと傍に居てもらいたいほどですもの!」

 

 

……っ!! ()()()()()()()()()()()()()と共に、ウインクを…!! もう……もうっ!!

 

 

 

相変わらずの社長の手練手管に悶えてしまう…! すると社長は更に追撃を。手をギュッと握ってきつつ、おずおずとした上目遣いに。

 

 

「けど残念ながら、そればかりは叶わぬ話。 だからせめて、その時(大主計を継ぐ時)までは私の秘書で居て欲しいのだけど……」

 

 

 

―――今までならば、両親達の手前、双方を気にかけた当たり障りのない解答で誤魔化すしかなかっただろう。そもそも、こんなシチュエーションになることすらも無かっただろうし。

 

 

だけど、今もチラリと見る限り、誰もが笑顔。アスタロト家公認の関係であると判明した今こそ、家族の前で、はっきりとしっかりと宣言しよう―!

 

 

 

「もう、何度言わせるんですか!  勿論です、社長!!」

 

 

 

「ありがとう、アスト! 大好き!!」

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑯

 

 

「えーと……。 ミミンさん、アストと仲睦まじくしてくださるのはとても喜ばしいことなのだけど……。その、ね……」

 

 

――あっ…! 私達を見つつ、母がちょっと苦言を呈するような台詞を……! 流石に家族の前でイチャイチャしすぎたのかもしれない…。 

 

 

慌てて社長との手繋ぎを離し、姿勢をピシリとお淑やかモードへ。 ここで変な風に睨まれると、元の木阿弥…!

 

 

 

……と、思っていたら、どうやら母の懸念事項はそこでは無かったらしい。そのまま社長へ、かなり心配そうに申し出た。

 

 

 

「まだ真相語りは途中なのですから。今日のことを打ち明けた後、アストが許してくれるかどうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そうだった。まだ種明かしは終わっていない。先程までに明かされたのは、社長とアスタロト家の繋がりと、私の就職裏工作。

 

 

そして残されたのは……今日一日についての話。私がアスタロト家に帰省してきてからの一件。社長によって引き起こされた、まさにお家を巻き込む騒動、その真相。

 

 

 

……この、『社長によって引き起こされた』というのが曲者。元々それは、社長がアスタロト邸宅内を探検するために、敢えて宝箱を誰かに回収させたということを意味していた。

 

 

けど、その意味は先程大きく変わってしまった。ただの社長の悪戯だと思っていたら……事は予想以上に大きく、私の家族達と力を合わせた『何かしらの謀略』らしいことが判明してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

ただでさえ今まで騙され続けてきた…まさしく『関係を隠す奸計』の的となってきた(アスト)は、今までのその秘密が明かされた上に、今日のことも許せるのか。それが母の不安な様子。

 

 

すると、父達も若干顔を曇らせ始めたではないか。……もう、そういう表情になるのならば、最初からやらなければいいのに……! 仕方ない…――

 

 

 

「――お母様、そのご心配は無用です。 どんな真相かは不透明気味な推測しかできておりませんが……きっと、そう憤慨することはないかと!」

 

 

仔細を隠されてきたことに、幾ばくかの不満は感じていますけどもね!  と、皮肉交じりに笑って母達を宥める。 別に怒りで笑顔になってるとかではないから本当にご安心を。

 

 

 

 

事実、裏工作や秘密にされてきたことに対し、驚愕や困惑、呆れはある。けどそれは、ほんのちょびっと。『もう……!』とか『全く……!』と溜息を吐く程度。

 

 

なにせ私と社長との出会いにおいて、根回しこそあったものの…最終的には私が自分の意思で受け入れ、社長とこうして心を通わせられたと明言されたのだもの。

 

 

つまり言い換えれば、両親達がただ私に仕事先の候補を提案しただけである。そう考えると、別にそんなにおかしいことではないと思う。

 

 

 

最も、なら最初から教えてくれればいいとも思うけど……。下手に当時の私に詳細を明かし、『アスタロト家の監視下にいるようだから嫌だ』と無下にされたら元も子もない。

 

 

また、働き出した後も同じ。それを聞いて『失望したから辞める』とか言い出したり、社長にずっと疑いの目を向けてしまう恐れを考慮したならば、言いだせなかったのも道理。

 

 

別に私はそんなこと言う気はなかったが…。可能性がある以上、黙っているしかなかったのだろう。ともすれば、墓場まで持っていく気だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

――なのに、何故か今日、社長達はその隠し事をカミングアウトしたのだ。一日かけて家の至る所を周るという手間をかけて。それには何かの理由があるのだろう。

 

 

だとしても、もう怖いものはない。社長達はずっと裏で繋がっていたが、その全てのことが私を想っての策。なら、今日もまたその延長線上に違いないのだ。

 

 

 

そう言う事であれば私は、ソファに深く腰を落ち着け、頬を小さく膨らませながら、詳細を聞くとしよう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ…。とうとう、最後の…今日の真相を明かすとしましょう」

 

 

あ。社長また黒幕みたいなポーズを。いや間違いなく黒幕なのだけど。 ちょっと笑ってしまっていると、社長はスッと私を指し示してきた。

 

 

「事の発端はアスト、あなたと魔王様がお酒を酌み交わした後…。というか、あの次の日の出来事なのよ」

 

 

「あの時だったんですか…!  ……――ーてっきり私、会社のバーで社長が泣いちゃった日かと…!」

 

 

「ぃ…! わ、忘れなさいっての!  ……あれはその……魔王様を説き伏せた際に、ふとあなたが大主計を継ぐ日を想像しちゃって……」

 

 

 

私の意趣返しに、顔を赤くさせながら声を小さくする社長。可愛い…! けど、ちょっとやり過ぎたかも…?

 

 

「ごめんなさい社長、少し意地悪しちゃいました! どうか続きを…!」

 

 

「むうぅ……アストには仕返しする権利があるから良いけどぉ……」

 

 

ちょっと不貞腐れつつ、咳払いして調子を取り戻す社長。そして改めて話し出した。

 

 

 

 

 

 

「宴席の翌日、魔王様はそのことをカウンテ様とアルテイア様に話したらしいのよ。とても楽しいひと時だった、って!」

 

 

それを証明するように、父と母は頷く。 …と、社長は少し含むような口調に。

 

 

「それによって、アストが魔王様へ()()()()()()()()()ということが伝わったわ。 『アスタロト家の娘』として、ね」

 

 

――その言葉のベールを剥がした意は、『最高機密である魔王様の真の姿(少女姿)を、次期当主の身として知った』というところか。ということは…――

 

 

「頃合い――。 私もアルテイアも、そう考えた。 それほどまでに成長したならば、隠していた秘密を明かしても構わない、とな」

 

 

「お父様お母様の意見も、私達と同じだったの。 と言う事で、ミミンさんに魔王様経由でコンタクトを取って頂いたのよ」

 

 

そう語る父と母。 そして、またも社長に。

 

 

「私もそれに賛成したの! 正直、そろそろ隠し通すのも限界を感じていたし、ほっといたらアスト、どこかでハタと気づいちゃっただろうし…何より、ずっと騙してるのはかなり辛かったし!」

 

 

溌剌と、それでいてようやくの安堵を交らせて。そんな様子の社長は、次には困った困ったと言わんばかりのへにょん顔に。

 

 

「けど、そこで問題が生じてね~。 どうやって真相を明かそうかって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの、普通に話してくだされば……」

 

 

「えー! 面白くないじゃない!」

 

 

私のツッコミに、ケラケラと笑いつつ返す社長。 実に社長らしい理由と納得しかけたのだが――。

 

 

「まあ冗談は置いといて! あながち冗談ではないのだけども! 色々と考えがあったのよ」

 

 

どうやら一応、他にも理由がある様子。どんなものなのかを聞いてみると…淀むことなく答えてくれた。

 

 

 

「まず、そのままサラッと真相を明かすと言うのはナシにしたの。 それだと信じて貰えない可能性が高いし、事情を明確に事細かに説明しないと不信感が生まれちゃうじゃない?」

 

 

確かに…。突然に『あ、そういえば』みたいな切り出しで話されても冗談にしか聞こえないし、今日聞いたような詳しい話が無ければ訝しみに訝しんでいたと思う。 

 

 

「更に、どちらかが単独で明かすというのも避けたかったの。 理由は今言ったのと同じよ。当事者が勢揃いをしなきゃ意味が無いもの!」

 

 

それにも納得を示すように頷く。すると社長は、この場を示すように手を動かした。

 

 

「となると、私とアスタロトの皆さんが集まる場所が必要。 すぐに挙がった候補は会社か、ここ…アスタロト家か。 事情と都合の兼ね合いで、ここに決まったわ!」

 

 

「事情と都合、ですか」

 

 

「そ! 皆さんにご足労をおかけするのは恐縮だったし、ここの方が安心して話せるだろうし、何よりも…『帰省を促す』という名目でアストに手紙を送れば、そんなに疑わずに来てくれるから!」

 

 

あー……そういう……。 確かにあの呼び出し手紙、タイミングと文面の装いにこそ違和感を覚えたけど、そんなに深く考えずに受け取った…。 

 

 

 

今にして思えばあの妙な感じ、今回の計画があった故なのだろう。 ―――でも…。

 

 

 

「そこまではわかりました。 ……ですけど、それなら帰って来て早々に明かしてくだされば終わりましたのに。 わざわざ隠し部屋まで作って、そこに社長の箱を隠すなんて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を呼びつけ、社長を招いた(トランク潜入形式で)ところまでは良い。けどそれならば、その後すぐに場を設け真相を語ればそれで終了だったはず。

 

 

だけど実際は、社長の箱探しで家の内外を周った挙句、普通ならば絶対に見つけられない隠し部屋へと誘導されたのだ。そうまでするのならば、勿論――。

 

 

「勿論、そこにも理由があるの!」

 

 

はっきり言い切る社長。そして……。

 

 

「時系列的に…まず隠し部屋からね!」

 

 

……時系列…? 首を捻る私を、まあまあ聞いて!と抑え、社長は説明を始めた。

 

 

 

 

「真相を信じてもらうには、『証拠』を見せることが一番。だけど、それは出来る限り秘密裡に済ませたくて、皆で方法を考えていたの」

 

 

『証拠』…即ち、『魔王様の真の姿が写った写真』のこと。確かにそれは、リヴィングルームの机に置いといて良いものではない。真相語りの真っ最中だとしても。

 

 

「そこで思いついたのが、隠し部屋を作るという方法! そう、まるでダンジョンみたいなね!」

 

 

……けど、なんでそんな話になるのか…。社長の入れ知恵であるのは間違いないのだろうけど……。

 

 

――と思ったら、祖父が補足を挟んできた。

 

 

「元々隠すための方法は色々あったが……どうせならもっと厳重なものに、そしてできれば洒落たものにしたいと前々から考えていてなぁ! 儂が仕切らさせてもらった」

 

 

そういうことでしたか……。それにしてもこの祖父、ノリノリである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、計画は実行。 まず手始めに、部屋作りに必要な魔導書の取り寄せをして貰った――のだけど…」

 

 

改めて語り出す社長……と思ったら、即座に失速。何事かと顔を窺うと、にんまりと笑みを。

 

 

「そこで早速、まさかの事態が起きちゃったの。 それは――」

 

 

そう口にしつつ、社長はゆっくりと首を動かす。その先に居たのは…この場唯一の使用人…! つまり――!

 

 

 

「ネヴィリーさんに、アストの仕事先が…つまり、私の存在がバレちゃった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時の…!!」

 

 

瞬時に、市場での一件が頭の中を駆け巡る。 祖父の書斎に置かれていた魔導書に見覚えがあったのは、その出来事があったから……市場で魔導書受け取りへ遣わされたネヴィリーに偶然出会ったからなのだ。

 

 

そしてその際、私はネヴィリーを誤魔化…労おうと奮戦したのである。 結果、隠していた就職先のことはおろか、社長の存在までもがバレてしまったのだが……。

 

 

「アスト、覚えてるかしら?  あの時、私がネヴィリーさんに耳打ちしたこと!」

 

 

「はい、勿論です。 それを聞いたネヴィリーは、やけに納得した表情で帰ってくれましたが……」

 

 

社長に頷き、あの日のオチを思い返す。 確か――。

 

 

「その耳打ちの内容って、社長と魔王様が知り合いだということと、社長の手引きで私が魔王様に謁見したということでしたよね?  ―――あれ、そういえば……」

 

 

 

ふと、気づいたことがある。確か社長、それを『ネヴィリーに話した内容の一部』として私に教えてくれたのだ。 そして、残りは『ひ・み・つ!』と誤魔化されてしまった。

 

 

私がその事実に至ったことを、社長も見抜いたのだろう。にっこりと微笑みつつ、あの日の裏話を。

 

 

 

「当時のアストは知る由なかっただろうけど、私とアスタロト家の皆さんの間では今日のための計画が進行中だったの。 とはいっても、ネヴィリーさんにバレた程度ならば影響はなかったのだけど…」

 

 

その通りであろう。私への計画と、ネヴィリーが社長の存在を知ることは、そこまで関係はない。即ち、ネヴィリーの存在を視野に入れることすらなく計画進行が可能…―

 

 

 

―なはずなのだが……。そこで社長は、悪戯っ子のようにテヘリと笑った。

 

 

「そこでちょっと良い事を思いついちゃって!  ネヴィリーさんを計画に引き入れることにしたの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇぇ……。 なんでですか…?」

 

 

この場に彼女が控えているからわかっていたが…やはり、ネヴィリーは巻き込まれていたらしい。けど、何故…。

 

 

「アストに訝しまれないような『駒』が丁度欲しかったのよ! 私達の手足となり、目となり、耳となり、口にもなる。 そんな存在が!」

 

 

…確かに、両親達や社長が変に動くより、ネヴィリーが動いた方が私も疑わない。事実今日、そうだったし。

 

 

「アストに抱っこされて一日様子を窺ってたことで、ネヴィリーさんが秘密をしっかり守れる方で、アスタロト家への忠誠心も最高レベルだとわかったわ。だからこそ、バレたことを逆に利用したの!」

 

 

そう語る社長は、ネヴィリーから私へ視線を戻す。そして、こそこそ話をする時のように、手を口の横へ置き続けた。

 

 

 

「あの時ネヴィリーさんに伝えた、アストに秘密にした耳打ちの内容はね……今日あなたに伝えたこと全部! つまり、一足先にネヴィリーさんに明かしちゃったの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええぇぇぇぇぇ…………」

 

 

再度困惑の声を漏らしてしまう私。 ……けど、納得である。

 

 

その話には当然、『社長とアスタロト家(私の家族)も知り合い』ということや『私の就職先決定にアスタロト家が関わっている』というのも含まれているはず。 つまり、私の就職先はアスタロト家公認と言ったも同然。

 

 

それならば、使用人であるネヴィリーが何を訝しむ必要があるか、何を叱る必要があるか。いいや、無い。 まさにいうこと無し。あの手のひら返しもむべなるかな…。

 

 

 

「更に今回の計画についても軽く伝えて、私が信用したとお墨付きを加えたうえで、皆さんへその旨を伝達して貰うことにしたの。 そうすれば、少なくとも悪いようにはならないから!」

 

 

そう続け、笑う社長。すると、祖父と祖母も笑いだした。

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! ネヴィリーが話があるとやって来て、秘密や計画のことを口にしだした際は肝が冷えたなぁ!」

 

 

「けどミミンちゃんの人の見る目は確かだし、ネヴィリーは本当に優秀な使用人だもの。だからこそ、計画に噛んで貰うことにしたのよぉ」

 

 

 

その祖母の言葉に、父と母も同意を。流石、私の教育係として抜擢されるだけある。ネヴィリーの評価は皆からも高いのだ。何故か私も誇らしい…!

 

 

そして当の本人はそれが心底嬉しいらしく、ネヴィリーは顔が崩れるのを必死でこらえるようにしながら一礼をしたのであった。 ……それでもかなり表情が綻んでいるけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、晴れてネヴィリーさんもパーティー入り!  彼女の加入はまさにお誂え向きで、どうしようか悩んでいた作戦を決行できるようになったのよ!」

 

 

場が軽く落ち着いたのを確認し、そう話を続ける社長。 しかし、作戦とは……

 

 

「これよ、こ・れ・!」

 

 

首を傾げる私に、社長は入っている箱をコンコンとつつく。あぁ、なるほど!

 

 

「宝箱探しですね!」

 

 

「当ったり~! あれ、ただ遊んでいたわけじゃないのよ?  最も、私としてはアストと一緒に探索したかったというのが最大の理由なのだけど!」

 

 

ケラケラ笑う社長。そしてそのまま、宝箱探しに隠された狙いを明かしてくれた。

 

 

 

「目的としていたのは二つ。一つは、『アストが今の仕事を続けたいかを見定める』こと。 宝箱探しの名目でアスタロト家内を巡らせることで、あなたの意思を確認しようとしたの」

 

 

「私の…意思……」

 

 

「そ! 思い出深い各所を周ることでね! もしそれで家を懐かしんで帰りたがるならば、遠慮なく職を辞させる。けどまだ社会経験を積みたいのであれば、今しばらく私の元に預けて貰う。 それが皆さんとの取り決めだったのよ」

 

 

 

……何故わざわざそんな面倒なことを、とは言えない。 だって目論見通り、先程私はまさしくその思考に陥った。 各部署の使用人達と顔を合わせ、その度に喜びの声を聞き、私は『次代当主として家に戻って来た方がいいのかも』と考えてしまったのだ。

 

 

その葛藤の沼に沈んでしまっていた時、社長は私の考えを見透かしたようにプチシュークリームを口に押し込んできたのだ。 秘書職を辞めるという選択肢を提示しながら。

 

 

 

なるほど、あれこそが宝箱探しの真の意だったとは…。気づくわけがない。――けど、それならば安心である。 だって…――

 

 

「私の意思は決まっています! 今しがた宣言しました通り、時が来る瞬間まで、社長の秘書を務めあげる所存です!」

 

 

改めて、家族全員へそう伝える。 すると皆は軽く顔を合わせ微笑み、代表して祖父が答えた。

 

 

 

「儂らもそれを認めよう。 寂しい気持ちはあるがなぁ」

 

 

 

 

――やった!!! とうとうお許しを得ることができた!!  まさに感無量……!!!

 

 

あ、そうだ!  そういうことならば、あの時社長に伝えた『具体策』を…!!

 

 

「ご安心ください、お祖父様。そしてお祖母様お父様お母様、ネヴィリーも! もっと、帰省の頻度を増やしますので!」

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! それなら良しとしよう!」

 

 

私の言葉に、嬉しそうに笑う祖父。祖母達も、零れるような笑みを浮かべてくれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、このままアストを…娘さんをお預かりさせて頂きますね! 彼女が楽しく勤めていられるように、全身全霊を傾けることを誓います!!」

 

 

社長もまた、祖父達へ頭を深々下げる。そして顔を上げ、再度宝箱探しの真相語りへと。

 

 

「さてさて! じゃ、宝箱探しの目的その2! なのだけど……ここから先はその作戦の進行についても、途中の()()()()についても話させて頂きますね!」

 

 

…? 社長、父達の方を見ながらわざとらしく…。 あれ、父と祖母が肩身狭そうな様子に…。

 

 

「存分に話してやれ、ミミンや。 堪え性のない二人のことをなぁ」

 

 

一方でそう煽る祖父と、クスクス笑う母。……なるほど、恐らく『やらかし』とは、父と祖母がネヴィリーに叱られたという話の真相……!

 

 

「それでは、不敬をお許しいただきまして!」

 

 

社長も社長で弄るように礼をし、ゆっくり話始めた。

 

 

 

 

 

「二つめの目的は『アストの心模様を把握、調整する』こと。 秘密を聞いた際に、過剰反応を起こさないようにね」

 

 

「ということは……私の機嫌とりみたいな感じですか?」

 

 

「大体そうね! 変に深刻に受け取られて、アストが自暴自棄になっちゃうのなんて、誰も望んでないもの! できるだけ平穏を維持して、隠し部屋に連れてくる必要があったのよ」

 

 

そう説明してくれる社長。そして、ポンと自身の胸を叩いた。

 

 

「その役割を仰せつかったのが、私。二つ返事で承諾…というか、発案の一端を担ったわ。 だって、アストと一緒に探検できる良い口実だったから!」

 

 

まさにwin-win! そう笑った社長は、コホンと咳払い。  語調を少し変え、今日一日を振り返るように口を開いた。

 

 

「そして作戦は開始。 まず…アストが皆さんへ挨拶に行っている隙に、ネヴィリーさんに宝箱を運び出して貰ったの!」

 

 

 

 

 

 

「やっぱりですか!!」

 

 

早速、衝撃的な種明かしが。思わず叫びネヴィリーを見やると……。

 

 

「大変申し訳ございません、お嬢様…!」

 

 

平身低頭する勢いの謝罪を。 ……まあ、薄々そうじゃないかと思ってたけども!

 

 

全く…。味方だと思っていた彼女が実行犯だったなんて…。 でも彼女の現れたタイミングや、彼女の言葉によって各部署を周ることを決めたというのを考えれば、ストンと腑に落ちる。

 

 

「ネヴィリーさんには宝箱をペイマス様に渡して貰うだけじゃなく、アストの誘導、そして使用人の皆さんのコントロールもお願いしていたの。そして全部、完璧な仕上がりだったわ!」

 

 

社長にそう褒められ、ネヴィリーはお辞儀を。 確かに彼女の立場ならば、使用人の位置調整は容易。祖父の書斎周囲を無人にしたのも彼女だろうし、きっと私が各所で聞いて回った宝箱所在の質問についても、それとなく後始末をつけてくれているのであろう。

 

 

 

 

「おかげで作戦は首尾よく進行……してたのですけどねぇ?」

 

 

 

――と、社長、そこで再度祖母と父へ視線を。そして二人がビクッとなったのを見止めると、私へ肩を竦めた。

 

 

「さっきも言った通り、宝箱探しの目的の一つは、あなたの心を平穏無事に収めておくこと。 だけどね、イーシタ様とカウンテ様ったら…!」

 

 

堪えきれなくなったのか、小さく笑いを漏らし出す社長。祖父と母も。 祖母と父が絡んだ、多分私の心を乱すような出来事……。

 

 

「――っあ!!  もしかして…! お茶をした時と、書庫での……!!」

 

 

「その通り! お二方とも我慢できず、秘密や余計な冗談を口走っちゃったのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

思い返すは、庭園でのお茶の時間。 黙りこくった私を心配した祖母は、秘密なはずの『私が宝箱を探していること』を突然に口にした。

 

 

思い返すは、書庫に辿り着いた時。 そこに居た父は、私の問いかけに対し、『仕事を強制的に辞めさせる考え』を示唆した。

 

 

最も、最終的に前者はネヴィリーが明かしてくれたと、後者は冗談だったと言い訳をして誤魔化していたが……。

 

 

 

()()()()()で、アストの心中は大荒れ。 正直申し上げますと、私、ぬいぐるみの中で顔を手で覆っていましたもの!」

 

 

社長の言う通り。それによって私の心は大きくドクンと跳ね上がり、絶望に叩き落されたのだ。 片や私を気にかけて、片や私との会話を繋ぐためとはいえ…『子の心、親知らず』と言うべきか……。

 

 

「あの時、アルテイアが割って入ってくれていなかったら、全部明かしちゃっていたかもねぇ…。 それに、それしか手が無かったとはいえ、ネヴィリーに責任を押し付けてしまって……」

 

 

「私もだ…。 ネヴィリーに事前に『その系統の冗談はお控えください』と言われていたというのに、どう答えるべきか見失ってつい……」

 

 

しょぼくれる祖母と父。母とネヴィリーは慌ててフォローを。 それを豪快に笑いつつ、祖父は私へ微笑んだ。

 

 

「それだけ皆、お前のことを気にかけていたということだ。 許してやるといい」

 

 

当然、私は苦笑いながら了承。 すると祖父は、返す刀で父に苦言を。

 

 

 

「しかし……特にカウンテ、お前は逸り過ぎだなぁ。 アストが帰って来て早々の話も、お前が単刀直入に話題を出し過ぎたためにお開きにしただろう。 加えて結末を急ぎ過ぎて、わざわざアストの行く先へ赴き、儂の書斎へと導くとは……」

 

 

そう叱られ、更に小さくなってしまう父…。私を想ってくれているのはとても嬉しいのだけど……。

 

 

――と、流石に可哀そうに思えたのか、社長が謝る形でフォローに加わった。

 

 

 

「申し訳ありません、カウンテ様。 私がもう少し早く探索を切り上げていれば……」

 

 

「いや、ミミンさんは悪くない。完全に私の非だ。 それにあの状況では、ネヴィリーの時のように飛び出しての阻止なぞ不可能だものな……」

 

 

「……ネヴィリーの時…? 飛び出して阻止…?」

 

 

ふと父の口から飛び出した言葉に、思わず眉をひそめてしまう。父はそれでハッと噤み、母達から呆れ笑いを食らう。社長も笑みつつ、説明してくれた。

 

 

 

「ネヴィリーさんと遭遇した際、私、急に飛び出したじゃない? あれ実は、アストが下手に勘ぐるのを阻止するためだったのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

??? 何かあったっけ…? よくわからずに首を捻ると、社長は『これまた杞憂だったかしら?』と笑った。

 

 

「ほらだってネヴィリーさん、アストが『誰か』が部屋に侵入したかもとしか言ってないのに、『メイド』って言い直したでしょう? 衛兵やバトラーも沢山いるのに」

 

 

「……あ!」

 

 

「そして、宝箱をどうしたと説明する前に『盗み出された』と言っちゃったでしょう? 汚されたとか壊されたとか、色々あるはずなのに!」

 

 

「あーーっ!!」

 

 

言われてみたら確かに……!!  そうか……!そこでしっかり考えていたら、ネヴィリーが黒幕の1人だったってわかったんだ……!

 

 

……けど、わかる訳ない…! 私、探偵じゃなくて社長秘書なんだもの……!! さっきも探偵(社長)の真相解説を仰天顔で聞く一般人役だったし…!!!

 

 

 

 

 

 

 

「私、そういう調律役も任されていてね~。だからネヴィリーさんとアストが揉めだしたあのタイミングで飛び出したし、要所要所で手助けしたわ!」

 

 

心当たりあるでしょ? と問うてくる社長。勿論、大ありである。何度助けられたことか…。 ――と、ネヴィリーがその件について礼を述べつつ、恥ずかしそうに付け加えてきた。

 

 

「まさか、ミミン様がぬいぐるみに隠れていらっしゃったとは思いませんでした…。 妙だとは感じていたのですが……」

 

 

 

 

どうやら、そこら辺の取り決めはしてなかったらしい。なるほど、あの時のネヴィリーの驚き方は本物で、且つメイン黒幕である社長がサラッと顔出ししてきたことにも驚愕したのであろう。

 

 

「それには私たちもびっくりしたわぁ。お茶の時、アストがぬいぐるみからお菓子を取り出した際に初めて『もしかして』と気づいたのだもの」

 

 

続いて、祖母もそんなことを。すると母も、そして父も頷いた。 なるほど…あの時の母と祖母の驚き具合は社長の存在を認識したからで、父がぬいぐるみを見て呟いたのも、同じ理由なのだろう。

 

 

「敵を騙すならまず味方から、と言いますので!」

 

 

それに返すように、社長は自信満々に胸を張って見せる。 そして私へ、テヘッと無邪気な笑顔を。

 

 

 

 

「―――以上が、今日の真相よ。 アスト、私達へ怒鳴ることはある?」

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に合わせ、祖父達全員も姿勢を直し、私の言葉を待つ素振りに。 どうやら今まで騙してきた代償を、今日一日のおふざけへの叱責を受ける気らしい。全く……。

 

 

なら被害者として、その権利を行使するとしよう。コホン…―。

 

 

 

「そうですね…。とりあえず一言失礼します。 皆、酷いです!」

 

 

 

心底からの呆れと多少の不満と、全てへの赦しを晴れやかな笑顔に乗せ、皆へ伝える。そして……。

 

 

 

「もう一つ。 皆、ネヴィリーにお礼を言ってください! 変なお家騒動に巻き込んだのですから!」

 

 

 

いくら我が家の使用人とはいえ、とんだ災難に付き合わされた彼女。 祖父達もそれを充分に理解している様子で、全員で顔を合わせ微笑み揃って…――

 

 

 

「「「「「協力有難う、ネヴィリー(さん)!!」」」」」

 

 

 

感謝と労いを込めた一言を。 ネヴィリーは慌てふためきつつも万感胸に迫らせるように、深い一礼で返してくれたのであった。

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:アストのお家(で☆)騒動⑰終

 

「ふ…ぅぅむ…! これでようやく肩の荷が下りたなぁ。 長かったような、短かったような、だ」

 

 

「えぇえぇ。 でも、これで心置きなく、楽しい食事にできますねぇ」

 

 

安楽椅子に腰かけたまま、伸びをするように身体を動かす祖父と祖母。 そういえばそろそろ夕食の支度が整う頃合い。部屋を解放したらすぐに使用人の誰かしらが声をかけにくるはず。

 

 

そしてもう終わったが、宝箱探しのタイムリミットでもある。父も母も予定通りに済んで良かったと安堵の息を吐いている様子。

 

 

真相を知った今だからわかるが、皆、私に秘密を黙ったまま、あるいは宝箱探しを途中にしたままでの食事は避けたかったのだろう。 今日の目的を果たせなかった以上、私の顔色を窺い話題を選び抜かなければいけない。おっかなびっくりでギクシャクな夕食風景となっていたのは想像に難くない。

 

 

かくいう私も、間に合ったことにホッとしている。事情を知らぬまま、単独箱探しをする社長の動向をソワソワ気にしながらの食事なんて、まともに喉を通る気しないのだもの……――

 

 

 

―――あ。 そうだ、どうしよう…!! 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…お祖父様、夕餉のことなのですけど……」

 

 

つい社長のほうをチラッと見ながら、祖父へ願い出ようとする。『社長の分の食事を用意して欲しい』と。

 

 

社長の存在を隠していたから色々と策を練ったが、こういう状況となれば直接申し出た方が早い。 ――そう考えたのだが…それよりも先に、祖父は心得ているように私と軽く目を合わせ、社長へ笑みを向けた。

 

 

「ミミンや、勿論共に囲んでくれるだろう?  最も、今日泊まっていく予定だものなぁ!」

 

 

「はーい、ペイマス様! お泊り準備は万全! お言葉に甘えさせて頂きまーす!」

 

 

 

え…! 社長、箱の中からパジャマセット取り出して…!! そんなのも持ってきてたんだ…!

 

 

 

――って…………。

 

 

 

 

 

 

 

「予定、決まっていたんですね……」

 

 

カクンとコケるように、苦笑いを浮かべる私。 考えてみれば当たり前である。

 

 

隠れてとはいえアスタロト家に招いたのだから、もてなす準備はしているに決まっている。私が真相にたどり着かなかったならまだしも、事は予定通り運んだのだから……あ!

 

 

「もしかして……コック長が『食事を多めに作るよう命じられた』と言っていましたけど…あれって!」

 

 

「そうだ。勿論アストのためもあるが…ミミンさんの分も作ってもらっていた。どんな幕引きになっても提供できるようにな」

 

 

ハッと気づいた私に対し、父がそう説明を。あれ、社長絡みでもあったんだ……。

 

 

 

……そして思い出した。そういえば社長、言っていた。『食事を用意する必要はない』って。奇妙なほど自信たっぷりに。それはこういう裏があったかららしい。

 

 

 

あの時はもう計画大詰め間近。多分社長も、半分隠す気無くなっていたのだろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何、心配しなくとも手回しはカウンテとイーシタが行っている。『旧友の1人』としてミミンを急に招いたという形をとった」

 

 

私の懸念を先んじて解消するように、祖父はそうも。先程隠し部屋で母が口にしていた『父と祖母による手回し』とはこのことだった様子。 ――と、そこで祖父は少々心苦しそうに社長へ。

 

 

「ただやはり…その宝箱に入っての食事は、使用人達から色々と訝しまれるやもしれんなぁ。儂らの策のせいとはいえ……」

 

 

 

……確かに。 急にミミック族を招いたという(設定)も少々珍しいことだが…問題はそこではない。先程までの宝箱探しにある。

 

 

社長の宝箱を家の各部署に探しに行った際、私はご丁寧に箱の絵も預けていった。だってこんな裏があるとは知らなかったのだから。

 

 

ということは…使用人の一部はその箱の柄を知っているということ。そんな彼らに、来客である社長がその宝箱に入っている姿を見られたら…真相を知られるまではいかなくとも、不審がられるのは必定。

 

 

ただ、私が周知したせいで…と自責の念にかられるのを防ぐために、祖父はそう付け加えたのだろう。それに、どうやら対処方法は用意してある様子で――。

 

 

「そこでミミンや、面倒を承知で頼むが……」

 

 

「えぇ、心得ておりますとも!」

 

 

祖父の頼みを食い気味に了承する社長。 と、そのまま私の顔を窺うように――。

 

 

「ただ…アスト、ちょっと手伝ってほしいの」

 

 

 

「え? は、はい……??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――少しの間を置き、場所は移ってダイニングルーム。テーブルに飾られた花は美しく、先に並べられた幾つかの料理からふわりと漂う香りは食欲を刺激してくる。

 

 

それを囲むは、私の家族。祖父ペイマス、祖母イーシタ、父カウンテ、母アルテイア。食前酒を傾ける皆の元へ、準備の整った社長が、私に手を引かれ登場する。

 

 

「皆様方、本日は斯様に素晴らしき晩餐にご招待いただき、まさに身に余る光栄にございます」

 

 

まるで本日初対面のような台詞と共に、社長は先程から身につけているドレスの端を摘まみ、足を軽く曲げ挨拶を。その足元には、キラリと輝くお洒落なストラップ・パンプスが……――。

 

 

 

――そう。社長、靴を履いているのである…!! 宝箱の中にいながら、ではない…!!!

 

 

 

ストッキングを履き靴を履き、()()()で立っているのである!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…社長、そうやって立つこともできたんですね……」

 

 

控えている使用人に聞かれぬよう、こそりと話を振る。正直、今日聞いたどの真相よりも驚いたかもしれない……! 

 

 

「無理やりね! 流石にずっとは嫌だけど、ご飯食べる間ぐらいなら!」

 

 

靴先を軽くトントンとしながら答える社長。もはやミミックのアイデンティティ消失。というか多分、言われてもミミックだってわからない人がほとんどな気が…。今の状況に置いてはもってこいだけども。

 

 

「箱に入ってなくて平気なんですか?」

 

 

ちょっと心配になり、思わずそう聞いてしまう。ちなみに宝箱は私の部屋に置いてきたのだが。 すると――。

 

 

「へーきよ! ストッキングも靴も履いてるもの!」

 

 

「………………ん? え、それ『箱』判定ってことですか!?」

 

 

仰天交じりの聞き返しに、社長はにっこりとYES。 ミミックって……なんなのだろう……。幾度目かわからぬその疑問に首を捻っていると、社長はケラケラと笑みを。

 

 

「ま、これが出来るミミックはそうはいないけどね~。 あと、やっぱり二本足で歩くのって慣れてないから…さっきみたいにエスコートお願い!」

 

 

そう言い、私に手を差し出してくる社長。 その前には疑問なんて吹っ飛んでしまう。私もクスリと微笑み、その手を取った。

 

 

「はい、社長! 改めて、どうか我が家をご堪能あれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで始まったディナータイム。社長は先程のように私の隣に。 ただ、ちょっとしたハプニングが。

 

 

なにせ社長、少女姿。加えて二本足歩行が不慣れ。だから、椅子にうまく座れず苦戦したのである。普段は箱でジャンプして乗るか、私に置いて貰っているかだから。

 

 

結局私の手を借り、着席。あとは使用人に椅子を押して貰って準備万端。……かと思ったらもうひとつ、少女姿ゆえにひと騒動。

 

 

見た目から子供と判断されたらしく、使用人がお酒を注ぐか逡巡したのだ。祖父達のとりなしと本人の申告もあり、問題なく注がれたが。 社長には悪いけど、可笑しなハプニング…!

 

 

 

 

 

それはさておき、食事はつつがなく進行。我が家の料理に社長は目を輝かせ、至福の舌鼓を打ってくれた。因みに食事所作も中々に上手だった。

 

 

そうそう。もう今更語るべきことでもないだろうけど……厨房から続々と運ばれてくる料理、そのほとんどが箱工房製のミミック箱である保温クローシュに入れられていた。なんだか嬉し恥ずかしの気分である。

 

 

 

 

 

 

 

次第にグラスは重なり、全員ほどよく酔いも回ってきた頃合い。今日の計画が成功したこともあり、打ち解け和やかムードに。

 

 

それを機に、使用人達には一時退室を。 私と社長によるお仕事エピソードで盛り上がることに。それがなんというか……!

 

 

 

「――それでですね…! そんな経緯で魔王様へ謁見する名誉を賜りまして…! 私のことを『妹弟子』とまで仰ってくださったんです!」

 

 

「ただ、それをあんな仰々しく言わなきゃ完璧だったんですけどねぇ~!! 全く、マオ(魔王様)ったら!」

 

 

心弾ませながら話す私に、魔王様を茶化す形で笑う社長。なんというか…とても気が楽にお喋りができちゃう…!!

 

 

ずっと隠していた会社のことや社長のこと、魔王様とのこと等々―。全てが繋がっていたと判明した今、秘書勤めを公認された今、いちいち一言一句に気を払わなくとも良くなったのだ!

 

 

 

お茶の時に母と祖母へ話したこと、帰宅早々の顔見せで話せなかったこと、今までの手紙に書けなかったこと……話したくてたまらなかった面白珍道中エピソードを社長と共に次々と語ってしまう。

 

 

それに対し、祖父達は常に満面の笑みを浮かべてくれた。私が充実した生活を送れていることを心から喜んでくれている様子である。良かった、今日帰って来て……!!

 

 

 

……あ、でも。一応社長の面子に関わる話とか、私の身に降りかかった一部ハプニングとか、両親達に眉を顰められそうなことは当然隠しましたとも。それは私と社長だけの秘密。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて、そんな楽しい食事のさ中。私が驚かされたことがある。それは話の流れで、社長と祖父との褒め殺し合戦になった折のこと。

 

 

 

祖父に会社の目的…ミミック達を守るための会社作りを褒められ、社長は身をくねらせる。そして照れ隠しついでにこう返したのだ。

 

 

「――いえいえそんな! それはペイマス様のお力添えあっての結実ですもの! なにせ私の話から、あの素晴らしき()()()()()()()を発案してくださったのですから!」

 

 

 

 

 

「ッッ!?」

 

 

丁度ワインを傾けていた私は、思わず口に含んでいたそれをあわや噴き出しかけてしまう…!! しかも、雫が変に喉に入って……!!

 

 

「? アスト大丈夫?」

 

 

ケホケホと咳をしてしまう私の背を、触手を伸ばし撫でてくれる社長…。 急ぎ口元を拭い、喉の調子を慌てて整えながら、私は社長へ問いかけを…!

 

 

「そ…その…ダンジョン政策って……! もしかして……お祖父様が先代魔王様に進言した『ダンジョン繁栄策』ですか!?!?」

 

 

「えぇそうよ!」

 

 

 

……いやそんな単純に返事を…!? で、でも…祖父も頷いてるし…! え、えぇえ…!?

 

 

 

 

 

 

―――『ダンジョン繁栄策』とは、当時の大主計である祖父の上申により、先代魔王様が施行した政策。今や歴史の教科書にすら載る代物である。

 

 

そんな政策に、明らかに社長が関わっているかのような台詞…!! 目を白黒させていると、社長はフフッと笑みを。

 

 

「確かに私は関わっているけど、そんな大それたことでもないのよ。 正しくは、ペイマス様が私の存在…ミミック族の境涯に興味を持ってくださったからなの!」

 

 

ババーンと称えるように祖父へ手をヒラヒラさせる社長。そして祖父もしみじみと語り出した。

 

 

「あの時、ミミン達からダンジョンの現状についてやミミック族について聞いてなぁ。 立錐の余地もない過密状態や、魔力循環不良や魔法陣老朽化による機能不全。それにより多数の魔物達がダンジョンを追われ、中でもダンジョンを主生息域とするミミック族が顕著な被害を受けているとな」

 

 

元より議題に上がり出していた問題。無論それ以外にも色々と起案理由はあったが…ミミンの話は大きかった。 そう続け祖父は、その意味を明らかにした。

 

 

「先代様に意見具申するにはまたとない看板でなぁ。なにせ当代様…先代様の御息女の、大切な御友人からの訴え。 その点を強く押し出すと目論見は的中し、先代様はすぐに動いてくださった!」

 

 

してやったりと言わんばかりの老獪な、それでいて憂い事が解決した和やかさを含んだ笑みを浮かべる祖父。と、社長も欣喜雀躍と言った体に。

 

 

「先代魔王様が推進し、技術や資金等を援助をしてくださったおかげで、いったい幾体のミミックが…いいえ、幾種もの魔物が救われたことか! ダンジョンは魔物にとっての天国だもの!」

 

 

そう最大級の感謝を捧げる社長。そのまま私に、パチンとウインクを向けてきた。

 

 

「そして、『ミミック派遣会社(私の夢)』にとっても! 取引先が沢山増えるということは、ミミック達へ終の棲家を手引きしやすくなるということ。でしょ?」

 

 

 

 

 

確かに社長の言う通り。あの政策施行後、ダンジョンは各地に急増した。私が訪問してきたところなんて極々、極々一部。 それほどまでに、ダンジョンというものは魔物にとって有用で理想郷なのである。

 

 

ただその分、冒険者の増加を引き起こしたが…。彼らはどちらにせよ襲ってくる。ダンジョンがなければ、それこそ『狩り』『湧き場探し』と称してどこにでも。

 

 

ならば、やられても即復活できる魔法陣があるダンジョンに誘導した方が被害は少ない。常に濃魔力に満ちるダンジョンはそれだけで魔物側の有利となるし、ミミックみたいに対冒険者特化のような種族は、引く手あまたの存在となったのだ。

 

 

 

 

とはいえまさか……そこにも社長が関わっていたなんて。もう我が家とズブズブの関係である…。

 

 

 

もう……驚きすぎて疲れた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな疲れを癒すためにお風呂に入り、あとは就寝時間間際までリヴィングルームで皆と談笑。厨房お手製お菓子と私の持ってきたお菓子を並べて。

 

 

 

因みに私は社長と一緒にお風呂に入った。会社のお風呂は大浴場のため、2人きりで入ることはあまりない。だから使用人を遠のけ、ゆっくりと堪能した。

 

 

そうそう。社長、我が社のお風呂で使っているミミック桶を持ってきていた。 一旦部屋に戻りたいと言い出したから何かと思ったら…それをいつも通り、宝箱の中からよいしょと出してきたのである。用意周到。

 

 

 

……今まで気にしないようにしていたのだけど…。ミミックの箱ってどうなっているのだろう…。

 

 

社長の宝箱、今日一日社長は入っていなかった。 だというのに、中身は保持されたままみたいなのだ。特にそのミミック桶、宝箱よりも大きいのに…。 やはりミミックは謎に包まれた魔物……。

 

 

 

 

 

まあそれもさておき、楽しい時間はあっという間に過ぎて就寝時間。各々の部屋に戻ることに。

 

 

そして薄々気づいていたが…どうやら社長、私の部屋で寝る気満々。私は大歓迎なのだけど、両親は……。

 

 

…――と思ったら問題なく許しがでた。嬉しい限りである。だって、社長と一緒にアルバム見るって約束していたのだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、これが昼間話した枝垂れ花のトンネルでの写真です。 …こう見るとなんだか恥ずかしいですね…!」

 

 

「えー! そんなことないわよ~! すっっごい楽しそうな笑顔! 可っ愛い~!!」

 

 

ということで自室のベッドで揃って横になりつつ、アルバム鑑賞。私も社長も足をパタパタさせながら。なお社長の足は宝箱の中で。

 

 

 

いや本当…こんな日が来るなんて夢にも思わなかった…!! 自分の家の自分の部屋で、こうして社長と一緒に寝転べるなんて…!!! まさに夢心地!

 

 

どうにかして、この気持ちを取っておきたい気分……。 あ、そうか!

 

 

 

「社長、写真撮りません? 今日のこと残しておきたいんです!」

 

 

「それ良いじゃない!! 賛成賛成~っ!!」

 

 

私の提案に社長もすぐさま賛同。そうと決まれば、魔法でカメラを作り出してっと……――

 

 

 

 

 ――コンコンコンコン

 

 

 

 

 

おっと…! 扉のノック音。どうやら誰かが来たらしい。 あ、社長既に宝箱ごとどこかに消えてる。

 

 

流石の早業に感服していると、扉の外の人物は名乗りを。

 

 

「お嬢様、ネヴィリーにございます。 御用向きがあるとお伺いいたしましたが……」

 

 

 

 

 

「あれ? ネヴィリーさん?」

 

 

わ! 社長、ベッドの下から顔を…!! びっくりした…! そんなところに隠れなくとも…。

 

 

「私が呼んでいたんですよ。 どうぞ、入ってください」 

 

 

社長にそう説明しつつベッド上へ戻し、ネヴィリーを招き入れる。 彼女が部屋へ入り、扉をしっかり閉めたのを確認し、私は立ち上がる。

 

 

「こんな時間に呼んでしまってごめんなさい。でも、お礼を言いたくて。 今日はお疲れ様でした」

 

 

そう労いつつ、ドレッサーへ。 と、視界の端でネヴィリーは深々と謝罪を。

 

 

「大変申し訳ございません、お嬢様…! ご主人様方からの命とはいえ、御身を欺くような真似…!」

 

 

「良いんですよ、貴女は気に病まないで。 騙していたのはお父様方と社長。貴女は私と皆の狭間で、甲斐甲斐しく動いてくれたのですから!」

 

 

彼女を宥めつつ、チラッと社長を見やる。すると社長、さっと顔をわざとらしく隠した。そしてテヘリと笑いつつ、ネヴィリーへ頭を下げた。

 

 

「本当、ご協力ありがとうございましたネヴィリーさん!  お礼と言っては何ですが、何か魔法の宝箱をプレゼントさせていただきますよ!」

 

 

「え…ですが……」

 

 

「貰ってあげてください、ネヴィリー。 きっとお父様方からも褒賞を渡されるでしょうが、これは別。欲しい種類を欲しい数だけ、存分に注文してください」

 

 

私もそう背中を押してあげると、それ以上拒むのは無粋と察し頷いてくれた。だが、何を幾つ頼むかは決めかねている様子。 まあ急に言われたらそうなるか。よし…!

 

 

「社長、契約書って持ってきていますか?」

 

 

「はーい、あるわよ~!」

 

 

一計を案じ社長に問うと、箱の中からぺらりと取り出してくれた。あとはこれを魔法で……えーと……こうして……こんな感じで良いかな?

 

 

「はい、ネヴィリー。 書式を変更しただけのもので恐縮ですが、注文書を拵えてみました。 他の使用人達と話し合って、必要数を書いて私の元に送ってくださいね。 あ、勿論自分用のも含んで構いませんけど、注文しなかったり遠慮するのは無しですからね?」

 

 

一応釘を刺し、書き換えた書類をネヴィリーへ。製作担当であるラティッカさん達にはちょっと迷惑かけちゃうかもだが…許してもらおう。

 

 

 

 

 

「――では有難く頂戴いたします、ミミン様、お嬢様。 このようなものを頂けまして、(わたくし)共使用人一同、感無量にございます!」

 

 

褒状のようにそれを恭しく受け取ったネヴィリー。さて、これで社長の分は終わった。両親達のはまたの機会に渡されるだろうから、後は……。

 

 

「そしてこれは、私から。 どうか受け取ってください」

 

 

ドレッサーの上に置いてあったイヤリングケースを手に、ネヴィリーの元へ。それを開き中を見せる形で、彼女の手にそっと握らせた。

 

 

 

「えっ…!! こ、これは……お、お嬢様……!?」

 

 

「今日私がつけてきた物ですが…ネヴィリーにきっと似合います」

 

 

困惑するネヴィリーの手を支えたまま、そう伝える。けど、ちょっと舌を出すように反省を。

 

 

「……やはり、差し上げるのだから新品を用意すべきですよね。 後日、貴女宛てに同じ物を送ります。それまではこれを」

 

 

「い、いえ! そうではなくて…!! 頂けません、このような高価な品…!!! 今しがたこちらも頂きましたのに…!!!」

 

 

狼狽しながら、注文書を示すネヴィリー。けどそれは社長からの謝礼。これから渡されるであろうお父様方からの褒賞と同じく、別の物。

 

 

何とかして返却しようとするネヴィリーを抑えつけるように、私は更に続けた。

 

 

 

「そう言わずに。 迷惑料だと思ってください」

 

 

「め、迷惑料……?」

 

 

「えぇ。 私の両親祖父母、そして社長があなたにかけた迷惑。 それを娘であり孫であり、秘書である私が詫びるのは当然のこと。 色々気を揉んでくれたお礼ですよ」

 

 

――と、適当に嘯いたが……。真実、もとい真相は少し違う。最も、今口にしたことも大きいのだけど…。

 

 

 

「…本当はですね、前に市場で会った時に渡したかったんです。だけど貴女、拒んじゃって…。 でも今回、折角良い口実が出来たんですから!」

 

 

以前の出来事を脳裏に思い返しつつ、イヤリングケースの蓋を閉じ、更にギュッと握らせる。 そして、心からの感謝をこめて――!

 

 

 

「面倒事に付き合ってくれて有難う。 今まで、そしていつも気にかけてくれて有難う。 これからもよろしくお願いしますね、ネヴィリー!」

 

 

 

渾身にして懇親の微笑みと共に、そんなお礼の言葉を。 ――と、ネヴィリーは……眼鏡の奥から…ブワッと!?

 

 

 

「お……お……お嬢様ぁぁ……! (わたくし)は……私はぁ……!!!」

 

 

「えっ、ちょっ!?  そんな泣かなくとも…!!  もう、市場での時以上じゃないですか…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きました? まさか膝から崩れ落ちるほど泣いてしまうなんて…」

 

 

「大変お見苦しいところを……。 お嬢様のお心遣いに感極まってしまいまして……!」

 

 

目を腫らしつつも眼鏡をかけ直し、恥ずかしそうな顔を浮かべるネヴィリー。この状況で聞くのもなんだけど、聞かないと。

 

 

「それで、受け取ってくれますか? さっき言った通り、新品も送りますけど…」

 

 

「いえ! 寧ろこちらのほうが…お嬢様からの下賜品のほうが嬉しゅうございます! お嬢様が身につけていた品を頂けるなんて、まさに無上の喜びで…!」

 

 

渡したイヤリングをぎゅっと抱きしめるように、彼女幸せそうな顔を。嘘ついている様子はないからいいのだけど……。

 

 

「――ですがお嬢様。 このように立派な品々を頂いてばかりではいられません。 どうか、私に何とぞ下命を…!」

 

 

ふと、急にそんなことを言いだしたネヴィリー。 とはいっても、今特に命令は…。 そう頭を捻っていると、彼女は手でスッと魔法製カメラを指し示した。

 

 

「宜しければ、お写真、お撮りいたしましょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

あぁ! 流石ネヴィリー! 状況判断が素晴らしい!  召喚下位悪魔に取ってもらおうかと思っていたのだけど、ネヴィリーに任せたほうが絶対良い。

 

 

ということでカメラを彼女に預け、ポーズを取ることに。 場所はベッドの上に座る形で良いとして…!

 

 

 

「折角ですし、変わった写真撮りません? 社長、宝箱から出ていただいて、私が抱っこします!」

 

 

「良いわね! じゃあ宝箱はアストの横に…。 あ、このぬいぐるみも一緒に写しましょ!」

 

 

「良いですね! そうだ、この花輪も被ってください!  せーの…!」

 

 

 

「「はい、チーズ!!」」

 

 

 

 

 

 

――そして撮れたのが……私が社長を背後から抱っこし、社長が今日一日入っていたリビングアーマーぬいぐるみを同じように抱っこした写真。…これ、なんというか……。

 

 

「私、アストの娘みたいね!」

 

 

…その通り…! 見た目全く違うとはいえ、この映り方はそうとしか見えない…! なんとも嬉し…面白写真が撮れたものである。楽しくなってきた…!

 

 

「社長、他にも撮りませんか?」

 

 

「撮りましょ~っ!!」

 

 

 

 

そんなこんなで、色々と写真撮影。社長とぬいぐるみを箱に入れて私が抱えた写真とか、逆に私が社長に抱っこされているような写真とか。おかげでアルバムがかなり潤った。

 

 

ついでにネヴィリーとも写真を撮りたかったのだけど……目が腫れてしまっているのを理由に断られてしまった。 まあまた別の機会に。帰ってくる頻度増やすって決めたのだから。

 

 

 

更に明日、社長と家族全員で集合写真を撮ることを計画したところで、瞼に重さを感じてきてしまった。いつもより早い時間な気がするけど……今日色々あったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

ということでネヴィリーに灯りを消して貰い、社長と揃って布団の中に。ベッド広いから全然余裕。 すると社長、私に顔を近づけにへっと。

 

 

 

「今日は大変だったわねぇ。 アストもお付き合いありがとね!」

 

 

「本当ですよ……! 手紙が届いた時からずーっと気が張ってましたし、真相知るまで内心穏やかじゃなかったんですから!」

 

 

頬をぷくっと膨らませ、社長に文句で返す。 ――ふと、昼間のネヴィリーとの会話を思い出し、冗談交じりに。

 

 

「私、ネヴィリーの前で『変な事(宝箱寄与)をしたから、メイドの気持ちを弄ぶ結果になった』と社長を叱りましたが……まさか弄ばれていたのは私の方だったとは思いませんでした! しかも初めて出会った時からなんて!」

 

 

なんとかして社長を守ってやり過ごそうとしていた一日が、そして今までが、私相手の策謀に満ちていたのだからそうも言ってしまう。 すると社長、少し照れくさそうに謝ってきた。

 

 

「ずっと秘密にしててごめんなさ~い! 確かに出会いにはそんな裏があったのは確かだけど…。今はもう、アストが大大大好き! 惹かれ合ったみたいにゾッコンよ!」

 

 

そう力強く宣言し、私の手を取ってくれる。 そして、ポンと胸を叩いた。

 

 

「ネヴィリーさんだけじゃなく、アストにもプレゼントしてあげるから許して! どんな箱欲しいかしら? ま、勿論箱じゃなくても……――」

 

 

「……箱がいいです……」

 

 

遮るように、私はそう呟く…。 社長は不思議そうにしながらokを。

 

 

「あらそう? じゃあどんな……――」

 

 

 

 

「社長の箱が……ううん、社長が良いです!」

 

 

 

 

 

 

社長の手を両手でぎゅっと握り返しながら、真っ直ぐに、瞳を潤ませながら訴える…! 他の箱もプレゼントもいらない。『社長と一緒』が一番欲しい!!

 

 

そんな想いを籠め見つめると……社長、わなわなと震えて……。

 

 

 

「~~~~っっ!!! 可ん愛いこと言っちゃってぇ!! もう、大好き!!」

 

 

 

昂ぶりを止められぬように、私の顔を胸へぎゅむっと。そして抱きしめてくれながら、先程とは違う、更に優しく蕩かし愛すような手つきで頭を撫でて……!!

 

 

 

「よしよし、愛しのアスト♪ これからも末永くよろしくね!」

 

 

 

「~~~~っっ!!!  はい、社長っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういえば、アスト気づいてた? 生垣迷路に隠し部屋あったの」

 

 

「え、あったんですか!?」

 

 

「管理用の道具置き場みたいだったけどね~。 道中に何箇所かあったわよ」

 

 

「気づきませんでした……」

 

 

「かなり見事に隠されてたから無理もないけど! でも、いずれはそれすらも見抜けるぐらいにはなってもらうわよ~!」

 

 

「ふふっ! えぇ! 精進します、社長!!」

 

 

 



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顧客リスト№61 『キキーモラのおもてなしホテルダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

さて! では久々に通常業務の日………………久々…?

 

 

 

いや、いつも通りの日程なのだけど…。何故か不意に口に出てしまった。なんというか、やけに長く間が空いたような……。

 

 

 

言うなれば、最近本編ではなく閑話がずっと続いていたかのような……あれー…?

 

 

 

 

――ま、気のせいであろう。 気にしないで、本日もお仕事お仕事!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで本日訪れたのは、こちら。『おもてなしホテルダンジョン』。一応ダンジョンではあるのだが、危険性はなく、人間も魔物も自由に出入り可能。

 

 

というか、名前の通りホテルである。フロントに入り、チェックイン。鍵を渡された部屋でくつろぎ疲れを取って、翌日チェックアウトをするあの宿泊施設。

 

 

なおここは立地が良く、多数の冒険者や商人達、時には貴族王族もよく利用する。また、各所の設備類も立派。食事処や大浴場、遊戯施設等も完備。かなり人気なお宿なのだ。

 

 

ご安心あれ、部屋数は充分にある。ダンジョンとしての特性を活かし、安価な部屋から凄く値の張る部屋まで、あらゆるルームタイプを増設できるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなおもてなし完璧なホテルの主にして従業員を務めるは、魔物。どんな種族かというと……。

 

 

「当ホテルにようこそお越しくださいました~ミミン様、アスト様。 全従業員を代表し、(わたくし)『プリイーム』がお礼申し上げます~!」

 

 

中々のおっとりさを醸し出しつつも、フロントで私達を丁寧な所作で出迎えてくれた彼女がそう。シックながらもラグジュアリなコンシェルジュ制服を着こんだ、人間サイズな妖精の方。

 

 

 

種族名を『キキーモラ』。 特徴的なのは頭の二本角と、足が鶏のような形状という点であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

キキーモラという妖精は、所謂『家憑き魔物』の一種として知られている。どこかの邸宅に入り込み、家人の手伝いやお世話をすることを楽しみとするのだ。

 

 

端的に言ってしまえば、メイドのような存在である。全体的におっとりで優しい性格の持ち主でもあるのだが……怠け者とかには厳しい一面もあるらしい。

 

 

まあ派遣予定のミミック達にはそういうサボリ魔はいないので安心。そして…もしそんな子がいたら、キキーモラ達よりも厳しく恐ろしい社長の『教育』が飛ぶので更に安心(?)

 

 

 

 

 

――では本題。何故そんな家憑き魔物である彼女達がこんなホテルを構え、そして私達に依頼をして来たのか。 前者はともかく、後者を伺うために早速ロビーの机を借りて早速お話をと思ったのだが……。

 

 

「ささ、お二方共どうぞこちらへ~。 当ホテル自慢のスーパースイートをご用意してあります~。 料金は私共持ちですので、どうか御遠慮なく~!」

 

 

 

……プリイームさん、まさかのお部屋案内!? しかも最上級の部屋へ…!?  ()()()()……!!

 

 

 

 

 

 

 

いや、実を言うと…。届いた依頼の文書には、『訪問の時間指定は午後から、そして次の日にかけて大きな予定が無い日取りが望ましい』というような旨が書かれていたのだ。

 

 

もしやと思い、日程の確認がてら探りの手紙を送ると…なんと、宿泊のご招待が届いたのである。

 

 

そんな嬉しいサプライズ、乗らない訳が無い。ということで社長共々内心ワクワクしながらやって来たのだが……まさか、最上級の部屋なんて…! 良いのかな……?

 

 

 

 

「宜しいのですか?プリイームさん。 一泊を用意してくださっただけでも嬉しいのですけど、その上更にスーパースイートなんて……!」

 

 

社長も喜びつつ、プリイームさんの顔を窺う。すると彼女は、満面の笑みで頷いた。

 

 

「はい!勿論でございます~! 私共から心ばかりのおもてなしと受け取って頂ければ~! 当ホテルを隅々まで吟味して頂くための拠点としてお使いくださいませ~」

 

 

そう頭を下げるプリイームさん。しかし直後、声を少し潜めて……。

 

 

 

「……それに、夜半まで留まって頂けた方が、依頼の理由もわかりやすいかと~……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に首を捻りつつも、とりあえずお言葉に甘えてスイートルームへ。どうやらホテル最上階にあるらしい。

 

 

そこへ繋がるエレベーター(魔導昇降機)に乗りつつ、プリイームさんはこのホテルの成り立ちについて、色々と説明をしてくれた。

 

 

「私共キキーモラは、何処かの家に憑き、お住まいの方々のお世話お手伝いをすることを至福とする妖精でございます~。 しかし、良い家を見つけるのは難しく、そう沢山住み憑くこともできません~」

 

 

小さな家では精々が1人2人、大きな家では既に使用人が役目を果たしている場合が多いのでして~。そう付け加え、彼女は名案を明かすように続けた。

 

 

「そこで私共は逆転の発想にたどり着きました~。『良い家が無いのなら、自分で良い家を作って人を呼び込めばいいじゃない!』と言った感じでございましょうか~。 そこで設営させて頂きましたのが、このホテルダンジョンにございます~!」

 

 

日ごと入れ替わるお客様…もとい、お世話相手というのは、私共にとってまさに刺激的。飽くことなくホテル業を営ませて頂いております~! そうプリイームさんが喜びを露わにした丁度その時、チンッと目的階に到着した。

 

 

 

 

 

 

「到着いたしました~。お部屋はこちらになります~」

 

 

私達をそのままお部屋に案内してくれるプリイームさん。流石スーパースイートのある階。壁も廊下も各所の花瓶等も、豪奢の一言。……あれ?

 

 

「プリイームさん、あの肖像画って……先代魔王様ですよね?」

 

 

ふと目に着いたのは、目を引く位置に飾られていた肖像画。今は王位を退いた先代魔王様である。何故ここに?

 

 

「あぁ!それはですね~! 当ホテルの成り立ちに関わりがあるのでございます~。 最も、恩義を感じた私共が勝手に飾らさせて頂いているだけなのですが~」

 

 

私の問いに、そう笑顔で答えるプリイームさん。理由を聞くと……。

 

 

「当ホテルが開業できたのは、先代魔王様による『ダンジョン繁栄策』があってのことなのでございます~!」

 

 

 

 

 

ここでもまた出てきた、『ダンジョン繁栄策』。先代魔王様の政策の一つで、私の祖父が考案したという……実は社長も関わっていたというアレである。この間、私の家でサラッと明かされた通り。

 

 

「ダンジョンという枠組みを利用することによって多くの支援を受けることができましたし、道や部屋の組み替えや増設等、ダンジョンならではの便利機能は私共にとって大助かりでございました~!」

 

 

プリイームさんは今にも小躍りしだしそうなほど。……ここで社長がその政策の起点となったことや、私がアスタロト一族の関係者だと明かしたらどうなることやら……。

 

 

 

「あ、横には当代魔王様の写真もあるんですね!」

 

 

下手なことを口走らないようにするためか、社長、少し話を逸らした。指した先は、その先代魔王様肖像画の横。

 

 

そこには当代魔王様の写真が。ただしシャイな御性格故、姿は御顔を完全に隠す厳つい兜と全身を覆う巨大マント。そして本来の少女な体つきではない巨躯の御姿に化けている。相変わらず徹底していらっしゃる……って!?

 

 

「これ、写真…!?」

 

 

びっくり…! 先代様の肖像画と並ぶように大きく引き伸ばされているけど、絵ではなく写真である…! しかも背景は恐らく、このホテルの……。

 

 

「はい!その通りにございますミミン様! 以前、魔王様がご遠征の際、当ホテルをご宿泊先として選んでくださったのです~! その時に無理を頼みまして、この一枚を…!」

 

 

「……この格好だと、普通に写真撮らせてくれるのよねぇ…」

 

 

興奮しつつ語ってくれるプリイームさんに対し、私にしか聞こえない小声でクスクス笑う社長。

 

 

と、裏事情を知らないプリイームさんは、そこでアピールポイントとばかりに微笑み……。

 

 

 

「実を申しますと……お二方に本日提供させていただくスーパースイート。魔王様がお泊りになったお部屋なのでございますよ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ささ、こちらのお部屋にございます~! どうかご堪能下さいませ~!」

 

 

まるで豪邸の扉かのような重厚なる両開きのドアが、プリイームさんによって開かれる。私達がそこへ足を踏み入れると……。

 

 

「「わぁ~~~~~っ!!!」」

 

 

豪邸のような、ではない。まさに豪邸……! 邪魔っけな柱や壁が全くない開け放たれたかのような広々ラウンジには、最高級のソファやテーブル、調度品の数々。

 

 

当然スイートらしく部屋が幾つも続いており、そのどれもがハイグレードながらも装いが違う。複数あるベッドルームやジャグジーバスを始めとし、三ツ星シェフやバーテンダーが立つであろうキッチンやバーカウンターも完備。

 

 

他にもジムやフィットネスルームやサロン、展望デッキやそこから繋がるプライベートプールも勿論。窓は全てが大窓で、曇りひとつなく磨き抜かれている。

 

 

また、照明も様々。天井には巨大シャンデリアがあったり、埋め込み照明で天井画を浮かび上がらせるような仕組みになっていたり。間接照明も、触れたら壊れそうな装飾で構成されている。

 

 

そして各所に飾ってある美術品や常備されている楽器類なんて、一級品を通り越した超級品と言うべき代物。どれもこれもが、美術館や博物館、それこそ貴族王族の館に置かれているようなものばかり。

 

 

 

ただ、そんな中でひときわ目を引くのが……。

 

 

 

 

 

「プリイームさん、この絨毯…いえ、カーテンやシーツ、タオルといったリネン類も全部…。もしかして……?」

 

 

各所に設置されている所謂『織物』に目をやりつつ、プリイームさんへひとつ問う。すると彼女は心底驚いたというような顔に。

 

 

「なんという素晴らしき眼識でございましょうか…~!! はい、実はそれら、私共が丹精込めて織りました一品なのでございます~!」

 

 

やはり…!! 少し妙だと思って魔眼で確認してみたら…! 最上級品の、『キキーモラの織物』!!

 

 

「実は私共キキーモラは、織物が得意な種族でもございまして~。家人の手伝いとして織物を選ぶこともしばしば~。 更に言えばキキーモラの『キキー』とは、織物を作る際の音からとられたのでございます~」

 

 

プリイームさんの解説通り、キキーモラはそういう能力持ちなのだ。ただ家人のために作る場合が多いので市場に出回ることはあまりないし、その中でもこれほどの質はそうはない。 彼女達の腕の良さが垣間見える…!

 

 

 

 

 

 

 

「如何でしょうか~? お気に召しましたのならば幸いにございますが~…!」

 

 

そう私達の顔を窺ってくるプリイームさん。その表情は自信に満ち溢れている。

 

 

でも、うん! 文句なんてなし! 魔王様がご宿泊なされるのも頷ける豪華さと洗練具合!

 

 

一泊いくらか聞くのが怖いぐらい、どんな貴人が泊まっても問題ない部屋。ここはまるで……!

 

 

 

「流石、スーパースイートですね! なんというか…我が家に帰ってきた気分で安心できます! 客間みたいで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ……? え……? あ、あのぉ~…。それは……えーと……なんというか…アスト様の御実家が、この広さということで……しょうか……?」

 

 

「あぁいえ、そうじゃなくて。確かにここペントハウス並みですから、一般住宅以上の広さはありますが………………あっ」

 

 

おずおずと仔細を聞いてきたプリイームさんへ答えようとして、そこで初めて口走ってしまったことに気づいた……。 が、社長は気にせず私の言葉に乗ってきた。

 

 

「そうなのよね~…。 本当、皆さんには悪いのだけど…ついこの間アストの家にお邪魔したから感覚麻痺しちゃって、このスーパースイートの凄さがちょっと霞んじゃったかも…」

 

 

そう申し訳なさそうな顔を浮かべる社長。私も社長も、先日のアスタロト家(実家)探索の余韻がどこかに残っているっぽい…。

 

 

 

一方で、プリイームさんは困惑を露わに。恐らく私達がもっと狂喜乱舞してくれると思っていたのだろうが…。予想と違うどころか、奇妙すぎる反応を返されたのだから当然かも。

 

 

「えーと…どうしましょうか社長…」

 

 

さっきの魔王様の話もあるため、どうすればいいか迷って社長を頼る。すると社長、私の腕から飛び降り、ソファにボフフンと着地しながらのほほんと。

 

 

「んー。明かしちゃっていいんじゃない? 別にひた隠しにしてる訳じゃないんだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま…まさか当代魔王様の御友人殿と、アスタロト一族の御令嬢様であらせられましたとはぁ……!! そ、そうとは露知らず~…!! 数多くの無礼、お許しくださいませ~…!!!」

 

 

平に平にと言わんばかりに深く頭を下げてしまうプリイームさん…。まあこうなるよね…。 なお、これでも止めたほう。彼女、土下座通り越して五体投地しかけたのだから。

 

 

 

とりあえず謝ることも終わりにしてもらい、普通の社長とその秘書として扱ってくれるようにお願い。しかしプリイームさん、執事役として他キキーモラ達を手配しようとしだしたため、慌てて阻止。

 

 

元々用意する気だったのかもしれないが、どちらにせよ断るつもりだった。だって今日は宿泊に来たのではなく、ミミック派遣のための事前調査なのだ。

 

 

全部このスイートルームで完結できるようにされてしまったら、ダンジョン(ホテル)内部を調べられない。もはやただ泊りに来ただけという、見事なまでの本末転倒な事となってしまうのだもの。

 

 

 

 

 

しかし……私の失言によって正体がバレたと言う事は、それまでは私達の裏事情(?)を知らなかったと言う事。 なら、もてなしとして用意する部屋はそこそこのでも良かったであろう。

 

 

私達としても、てっきり通常グレードのお部屋に案内されるとばかり思っていた。それで充分嬉しかったし、心弾ませながらやってきたのだから。

 

 

 

だというのに、こんな魔王様すら満足する最高グレードの部屋を用意されたとなると……キキーモラ達の性格を抜きにしても、ここが抱える『問題』はかなり死活的と考えて良い。

 

 

少なくとも、彼女達では解決できないのかもしれない。恐らくプリイームさんの言う通り、『夜半になればわかる』のだろうが…少し身構えておくべきか……――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――へ? 話は変わるけど……私の金銭感覚が貴族なのにおかしいって…? 貴族らしくないというか…よく言えば普通、悪く言えば一般人っぽいと…?

 

 

前々から貴族ならば簡単に購入できる値段のものに驚いたり、今も実家の客間並みと言う割にはスーパースイートをやけに褒め称えたし……。

 

 

とても大公爵の娘とは思えないって……。えぇぇ…この間、私の家(アスタロト家)を紹介したのに……?

 

 

 

うーん……。つまり、散財と放蕩が貴族の常だと思われているということなのだろうか…。確かに、中にはそういう人たちもいるかもしれない。

 

 

でもそういうのって大体、成金の人というか…この間市場でネヴィリーを手籠めにしようとしたああいう人だと思うのだけど……。 私と社長とラティッカさんに軽々やられ、手下を我が社のミミック達に食べられた(未遂)結果、悲鳴を上げて逃げ出したあの人に。

 

 

 

ともかく。少なくとも私は…私の一族はそんな下卑た貴族ではない。更に言えば、私の金銭感覚が一般人に近い理由も一応説明できる。

 

 

社長秘書として経理も行っているのもあるのだろうけど…。最たる理由はそれではない。アスタロト一族が『大主計』…即ち、『魔王様の金庫番』を務めているからである。

 

 

 

 

お金の扱いを取り仕切る以上、僅か1G(ゴールド)の価値すらをも理解していなければならない。 どれだけのお金があればどれだけの品が買え、どれだけの仕事を依頼できるか。その全てを把握しておくのがアスタロト家の責。

 

 

故に、金銭感覚はその状況に応じた『普通』に合わせるのだ。魔王様のお立場に合わせたり、貴族の立場に合わせたり、現場の立場に合わせたり。

 

 

そして必要とあれば、そこにピタリと見合った金額を動かす。それが出来なければ大主計は…そして会社の経理は務まらない!

 

 

 

今までの私を是非思い返して欲しい。大金に驚いたこととかは幾らでもあるが……必要以上に浪費したり、逆に貧乏性だった試しはないはず!

 

 

時に大貴族らしく、時に社長秘書らしく、時に楽しみ歩く女の子らしく! 私は状況に合わせ、金銭感覚を切り変えているのである!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――っと。今回の依頼に全く関係のない話をしてしまった。閑話休題……。

 

 

……閑話……うっ…頭が……。  話を……本編に……戻してと……。

 

 

 

 

 

「でも、本当にこんな凄いお部屋、泊まらせて貰っちゃって良いんですか?」

 

 

キキーモラ達自慢のカバー付きなクッションを抱っこしつつ、ソファの背からひょっこり顔を出してプリイームさんに問う社長。

 

 

すると彼女は(魔王様の御友人だとかの話を口にしかけ、慌てて呑み込んだ後に)笑顔で頷いた。

 

 

「えぇ、勿論ですとも~! 実を言いますと、こちらにご案内いたしましたのは、この場をご確認して頂くためでもございまして~」

 

 

「「確認を?」」

 

 

社長と私、揃って聞き返してしまう。ということは、件の問題はここで起きているということ…!? 

 

 

そう邪推する私を収めるように、プリイームさんはすぐその理由を明らかにしてくれた。

 

 

 

「はい~! こちらのお部屋を、派遣して頂くミミック様方の宿泊所として提供する予定なのでございます~!」

 

 

 

 

 

 

「「このスーパースイートを!?」」

 

 

同時に驚きの声をあげてしまう社長と私。そんな待遇、今まで無かった…! まあ、ダンジョンにこんな部屋がある方が珍しいのだけど。

 

 

それはともかく、ダンジョン主であるキキーモラ達よりも…というか、諸王の別荘と言っても過言ではないここをミミックへ貸し出すなんて……本当に、事態は深刻なのかも……。

 

 

「……ミミック達でこの部屋を埋めちゃって宜しいのですか?」

 

 

とりあえず探りを入れる社長。するとプリイームさんは痛くも痒くもないという風に。

 

 

「ご心配には及びません~! ここはダンジョン、拡張すればいいだけのことなのですよ~! 手間ではありますが、それもまた楽しく~…!!」

 

 

寧ろ、常駐のお世話相手が増えて嬉しさUP。そう言わんばかりの彼女は、今度こそ胸を張った自信たっぷりの顔に。

 

 

「如何でしょうか~! お気に召してくださいますと幸いなのですが~!」

 

 

先程はまさかの事態(正体)で恰好つかなかったが、これならば! そんな意気を発してくるプリイームさんには悪いのだけど……。

 

 

「「……。」」

 

 

社長と私は目を合わせ、苦笑い。そして……その提案の()退()のために、社長が口を開いた。

 

 

 

「あー…。プリイームさん、大変申し訳ないのですが…。 ミミック達のお部屋は、もっと狭いところの方が良いんです…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ……? え……? あ、あのぉ~…。  ご、ご遠慮なさらなくとも……??」

 

 

またまた予想外の返答に、先程以上に混乱してしまった様子のプリイームさん。社長はジャンピングで私の腕の中に戻り、彼女へぺこりと頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、せっかくの申し出をお断りしてしまって…。 ですが、これは遠慮とかではなく、単純に『ミミック』としての性質なんです」

 

 

「性質…でございますか…?」

 

 

「はい。私達ミミックは、この宝箱のような狭所を本能的に好む魔物。逆に、広すぎる空間はそんなに好きじゃないんですよ。 一日だけ宿泊客として楽しむことは勿論できるのですが、そこに居を構えるとなると……」

 

 

自身が入っている宝箱を軽く叩いて示すようにした社長は、そのまま『うーんと…』と辺りを見回す。そして良い例を思いついたと言うように続けた。

 

 

「仮にこのスイートルームを派遣した子全員で使うとしても…きっと皆落ち着かず、ほぼ無意味になっちゃうかと。 ベッドやソファの下とかに集まっちゃったり、自分の箱に収まったままインテリアのようにちょこんと壁端に居たりとかで!」

 

 

ま、ここに泊まる方の護衛としてなら役立つとは思いますが! そう笑う社長に、プリイームさんはおずおずと申し出た。

 

 

 

「……ということは…もっと狭いお部屋の方が宜しいのでしょうか…?」

 

 

「はい! 派遣する子の性格にも寄りますが…十中八九、狭いお部屋を希望するかと! 因みに残りは、部屋を欲しがらず現場にある『箱』で過ごすのを好むパターンです!」

 

 

ボイラー室の横とか、多少騒がしい方が好みの子もいますし! そう説明する社長に、私も頷いて補強を。本当にその通りなのである。

 

 

我が社にも部屋持ちのミミックはいるが……しっかりしたお部屋を持つ子は一部。社長を始め、会社に残ることを決めた教官職のようなミミック達がその『一部』に該当し、後は部屋を持っていても、複数人での共同部屋の場合がほとんど。

 

 

だってミミックなのだもの。通常は箱一つだけが生活圏内な存在。なんなら、廊下で宝箱に収まってぐっすりな子多数。

 

 

なお下位ミミックは特に顕著であり…広間風の部屋にすし詰め状態。もはや宝箱保管庫。因みに、上位ミミックも結構な頻度でそこに紛れ込んでいる。

 

 

勿論、それらは私達(上司)の命令ではない自発行動。寧ろ私としては狭苦しそうだから心配なのだけど…ミミック達はそれが心地よいらしいのだ。

 

 

そんな魔物が、このスーパースイートを気に入るかと言うと……まあ、拒否反応は示さないだろうけどあんまり喜ばないのは確かである。

 

 

 

 

「……そう…で……ございますかぁ~……」

 

 

サプライズが完全不発に終わり、がっくしなプリイームさん。しかし彼女はめげなかった。すぐさま顔を上げ、笑顔を。

 

 

「ままとりあえず! ここまでご足労頂いたのですから、まずはごゆっくりお身体をお癒しくださいませ~! どうか当ホテルをご堪能を~!」

 

 

半分自棄気味な感じで、プリイームさんはぐいぐい来る。落ち着いたら色々とお話を伺いたかったのだけど……。

 

 

「はーい! たっぷり堪能させていただきまーす!」

 

 

社長がそう返事してしまった。なら仕方ない。どうせ今日はここにお泊りなので、お楽しみしていくとしよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん…! ご堪能……!」

 

「しちゃいましたね……!」

 

 

キングサイズベッドに揃ってボスンと倒れこみながら、社長と私は至福の笑みを…! ホテル宿泊、満喫…!

 

 

流石、おもてなしホテル。どこもかしこも綺麗で瀟洒。キキーモラ達の対応も素晴らしい。まるで実家の使用人達みたいだもの。 夜になるまでしっかり楽しんでしまった…!

 

 

少々勿体ない気もするが…私達はこのスーパースイートの設備をほぼ利用していない。さっきも言ったように、この部屋に居ては今日来た意味がないから。

 

 

しかし問題なかった。ここと同じような施設…ジムやスパ、エステ等の大型版且つ皆が利用できるものがホテルの各所にあったのだ。他にも、幾つかの店舗と提携したショッピング&レストランエリアも。だから、探索ついでに散策を…!

 

 

そうそう! ショッピングエリアの一角で、キキーモラ製リネン類がさらっと売られていたのである! 高かったけど、思わず買ってしまった!

 

 

 

――コホン。そして食事はバイキングビュッフェを、お風呂は大浴場を利用させてもらった。なおそこでも色々な『おもてなし』を確認することができた。

 

 

例えばビュッフェでは、小さい魔物用や大きい魔物用の机や食器類は当然として、それぞれに合わせた高さや特殊機構を組み込んだ料理棚が並べられていた。

 

 

だから社長はわざわざ飛び跳ねずに料理を取れたのだ。大浴場の方も同じく気が配られており、お風呂の深さが違ったり!

 

 

 

更に言えば、先述通りここは人魔双方に人気のホテル。そこで変ないがみ合いが起きないように、基本的に人間と魔物のエリアは分けてあるのだ。

 

 

だが、互いが交流できるようなラウンジやカフェ、バー等も要所要所に。当然の如くそこにも、それぞれの種族に合わせた配慮が。

 

 

 

まさに見事な『お・も・て・な・し』。人気の秘訣もわかってしまうというもの……!!

 

 

 

 

……勿論、遊びほうけていたわけじゃないですよ?

 

 

 

 

 

 

ほとんどの時間、私達はダンジョン内の確認に勤しんでいた。プリイームさんに各所を案内してもらい、自分達で調査もした。

 

 

本来宿泊客が入れない裏方部分も隈なく検めさせてもらい、ミミック達の部屋にできそうな場所も既に確認済み。 その結果……―――

 

 

「文句なしに派遣決定ね!」

 

「ですね。普段以上に派遣枠の争奪戦になるかもしれません…!」

 

 

全くの懸念事項なし。ダンジョン調査はこれにて終了で良いだろう。となると……。

 

 

「後は、派遣依頼理由、ですね……」

 

「よねぇ。薄々察しはつきだしたけど、まだプリイームさんの口からは聞いてないものね~」

 

 

 

 

 

そうなのである。未だ依頼理由が不明のまま。ただ社長の言う通り、ある程度の推測はついた。予想通りであれば存外簡単な悩みであり、且つキキーモラ達には死活問題な『面倒事』なのだが…。

 

 

「プリイームさん曰く、そろそろ()()()()()()()()()()頃ってやつね。待ちましょうか!」

 

 

時計を見て、ごろんごろんしだす社長。探索中にプリイームさんから挙げられた、『問題』が起こりやすい時間…つまり夜半が迫っているのである。

 

 

つまりは、ここからが本番。私も社長も飲酒を控え、こうして待機しているという訳である。……おや?

 

 

 

「夜分遅くに大変失礼いたします、ミミン様、アスト様~!! やはり今夜も発生してしまいました~…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焦った様子で扉を開き現れたのはプリイームさん。通常業務再開の時間である。社長を抱っこし、彼女の案内に従って目的の場所へと。

 

 

どうやら、今回は人間側の宿泊エリアで件の問題が起きたらしい。エレベーターに乗り、一度フロントまで降りてと……あれ?

 

 

「プリイームさん、あちらでも何か騒動が起きているみたいなのですが…?」

 

 

みると、フロントにかなりの数のキキーモラ達が集い、裏方へひっきりなしに出入りしたり、慌てた様子で何かを探しているような異常な様子が。

 

 

「はい…そうなのです~…! ただあちらは他の者総出で動いておりますし、恐らく、今からお連れする部屋の方が犯人だと思われますので~…。まずはあちらへ~!!」

 

 

だがプリイームさんはそれを横目にそう説明しただけで、早歩きで私達を目的の場所へ(いざな)うのであった。 ……犯人?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらの棟になります~!!」

 

 

駆けるプリイームさんについていくと、到着したのは手頃な宿泊料金で提供されている部屋が並ぶエリア。とは言っても廊下だけでわかる通り、お値段以上の中々立派な造りではあるが。

 

 

「あ。予想大正解みたい」

 

 

ふと、社長がそう呟く。それを聞いて私も耳を傾けてみると……。

 

 

「……ですね。見事に聞こえてきます。乱痴気騒ぎの声が……」

 

 

 

 

 

 

進むにつれ少しずつ音量が上がってくるは、誰かの騒ぎ声。複数人で馬鹿笑いし、大音量で音楽や番組を流している様子が窺える。

 

 

もはや鼓膜が破れそうなレベルに達したところで、現場に到着。周囲の部屋からは宿泊客が顔を出し、耳を塞ぎ迷惑そうな顔を浮かべている。

 

 

彼らが睨むは、その音の発生源となっている一室。その部屋の前には、数人のキキーモラが。

 

 

「お客様~…! 既に夜が深まっております~…。 他のお客様のご迷惑となりますため、何卒音をお控えください~……」

 

 

その1人が扉越しに、中の客へ嘆願。しかし音は鳴りやまない。それどころか……。

 

 

「あ゛あ゛っ!? うるせえキキーモラが! 俺達は客だぞ!! それにテメエらだって『キーキー音を出して騒がしい』って理由でそんな名前つけられてる同族だろうが!」

 

 

そんな怒鳴り声と、それを褒め称えるかのような爆笑が返ってきた。あまりの酷さに私が顔を顰めていたら、プリイームさんが弁明を。

 

 

「むうぅ~…。 確かにそのような話が流布してございますが……事実は違います~! 私共が何も反論しないのをいいことに、このような方々が『騒いでいたのはキキーモラ達だ!』と罪をなすりつけてきたのです~!!!」

 

 

憤慨するプリイームさん。他のキキーモラ達も同じく頬を膨らませる。おっとりした性格故の被害なのだろう。 と、彼女は更にボソリ。

 

 

「まあ…憑いた家人からそんなことをされた場合、その通りに騒ぎ暴れ家を壊して去ったり、時には()()にするのですけど~……」

 

 

……サラッと恐ろしい事を…。普段おっとりしている人ほど、怒ったときが怖いと言うが……なんか今、ゾクッとしてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

と、とりあえずキキーモラ達の裏話は置いといて…。この『問題』は私達も予想がついていた。

 

 

実を言うと……。各所を見て回ってる際に、これほどではないとはいえ幾らかの『迷惑客』を目にしていたのだ。

 

 

飲み物を手にしてベッドに飛び込んだら零して濡れてしまったと怒る客、宴会場で騒いであわや乱闘となる客、ドライヤー等の火照る備品を持ち出そうとして止められる客……などなど。 いやほんと、そこそこな数がいた。

 

 

しかしキキーモラ達も一流のホテリエ(ホテル従業員)。決して客を責めず、どの問題をも鮮やかに解決していったのだ。だがしかし、そんな彼女達が一番手間取っていたのが……。

 

 

 

「……お察しの通りでございます~…。このように閉じ篭られてしまいますと手に負えず~…。加えて一応お客様でありますため、私共が力ずくで対処するのは躊躇われまして~…」

 

 

しょんぼりしつつ、溜息をつくプリイームさん。自分達の城であるこのダンジョンを、自分達の手で汚すのは辛いのであろう。かといって放置すれば客は来なくなってしまう。

 

 

まさに彼女達にとっては死活問題。―――しかし、ミミックにとってはどうだろうか?

 

 

 

 

「なるほど~! だから我が社に依頼をしてくださったのですね!」

 

 

合点がいったと頷く社長。一方のプリイームさんは心苦しそうに頭を下げた。

 

 

「本来は私共が対処すべき問題、しかもこのような汚れ仕事でございますが……――」

 

 

「いーえ! 寧ろ天職! ダンジョン侵入者を叩きのめすように、言う事聞かない迷惑客を黙らせてみせましょう!」

 

 

彼女に皆まで言わせぬと遮り、胸を叩く社長。 その通り。ミミックにとっては得意分野に他ならないのである!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではプリイームさん! まずは今日のおもてなしへの僅かばかりの御返礼として、この部屋を鎮めて見せますね!」

 

 

そう宣言し、私に箱を床に置くよう指示する社長。キキーモラの1人が慌ててマスターキーを取り出し渡そうとするが……。

 

 

「必要ないですよ~! 中にも箱状の物はあるでしょうし、なんならこの部屋が『箱』ですから!」

 

 

そう言うが早いか、扉の下の隙間とも言えない隙間へにゅるん。瞬く間に箱だけ残し、部屋の中に侵入していった…!

 

 

 

唖然とするプリイームさん達。すると……社長の声が突如響いた。

 

 

「こらー! アンタたち、いつまで起きてるの!」

 

 

「ゲッ…! か、母ちゃ…――誰だお前!?」

 

「魔物!? なんでここに!? どうやって入った!?」

 

「って、こいつ…! ミミック!? しかも上位種…!!」

 

 

続いて、狼狽する迷惑客のそんな声。――と、次の瞬間……!

 

 

「ぐっどないと!」

 

 

「「「ぐっ……!?」」」

 

 

小さな悲鳴と共に、声は沈黙。そしてすぐに、大音量の音楽等も止まった。辺りは見違えるほど静かに。

 

 

「ええぇ……?」

 

 

余りの早業が信じられないらしく、扉に耳を当てるプリイームさん。私もついでに……え、何か重いのを引きずって…ベッドに乗せるような音が……?

 

 

「こんなものかしら! 入って来て良いわよ~。散らかってるから気をつけてね」

 

 

更に耳をそばだたせていると、急に扉がガチャっと開いた…! 箱を抱え直し恐る恐る入ると……うわ酒臭……。

 

 

「あっ…! こ、これは~…!!」

 

 

ふと、プリイームさんが驚きの声を。私もそちらを見ると……わ!

 

 

「全員……寝てる!?」

 

 

 

 

 

 

なんと、先程まで騒いでいたであろう迷惑客が、全員きちっとベッドに潜り、眠りについている…!? 

 

 

……いやこれ違う…。社長に絞められて気絶させられたのだ…。全員目を回してるし……。

 

 

「こんな寝かしつけで宜しければ、我が社のミミック達にお任せあれ! ただ群体型の子とかは人をベッドに運ぶのは無理ですが…魔物にもしっかり効く睡眠毒を分泌できるようにさせますので、朝までぐっすり間違いなし!」

 

 

部屋のどこからか、社長の声。きょろきょろするプリイームさん達だが…知っての通り、私にはこれぐらいわかる。このワードローブの中! えいっ!

 

 

「ぐっもーにん!」

 

 

パカリと開くと、ちょこん座りで微笑む社長。そして私の抱える宝箱にひょいっと戻って来た。

 

 

「ところでプリイームさん! 先程のフロントでの騒動の理由、こちらでは?」

 

 

――と、社長、触手を伸ばしワードローブ内から何かを引っ張り出す。それは……あの迷惑客には相応しくない、高級そうな荷物…! それを見たプリイームさんは凄い勢いで頷いた。

 

 

「――っ! はい~!そうでございます~! そちらが探し物の、盗まれた『預け荷物』でございます~!」

 

 

 

 

 

 

盗まれた荷物…!? 突然の話に、私は眉を顰めるばかり。するとプリイームさんは恥じ入るように声を潜めて説明を。

 

 

「正直申しますと…大変愚かながら、稀にこうしてお客様の預け荷物が盗み出されてしまうのです~。 最も、今のところ犯人を逃がしたことはございませんし、全て無事に回収しておりますが~…」

 

 

盗みを働く『怠け者』はすぐに見抜けますので~…。ただこれも言い訳であり、全ては私共の不徳の致すところでございます~…。  そう言い、彼女は小さくなってしまう。

 

 

 

これはかなりの被害である。迷惑客に加えて盗難事件まで…。私達をスーパースイートでもてなしご機嫌を取り、ミミック派遣を確固たるものとしようとしたのもわかる実状。

 

 

「なんとか解決できているとはいえ、できれば盗み出される前に対処したいのです~…。もし可能であれば、そちらにもミミックの助力をお願いしたく~…」

 

 

プリイームさんだけでなく、その場の他キキーモラ達すらも平身低頭の姿勢に。それに対し社長は……。

 

 

「えぇ! お任せください! そちらもまた天職ですとも!」

 

 

快活に了承。そしてふと私へケラケラ笑い。

 

 

「アストの家にお邪魔した時の手段、使いましょ!」

 

 

「あぁ、アレですか! 確かに『預け荷物』にはピッタリですね!」

 

 

私も賛同するようにクスリと。――が、そこである疑念が浮かんでしまった。

 

 

 

 

「――でも社長。そちらは良いとして、寝かしつけの方は大丈夫でしょうか? 復活魔法陣送りにしないのなら、起きた客は怒り狂うんじゃ……」

 

 

「そちらはご心配なく~。そのようなお客様を宥める自信はございますし、最悪の場合はここダンジョンですので、気軽に食……まあ、はい~~」

 

 

皆様がお休みになられる夜の内さえ凌げれば良いのです~。と、変わらずおっとり且つ、やはりどこか恐ろしい台詞を口にするプリイームさん……。

 

 

 

とはいえ社長もキキーモラ達に後始末丸投げは収まりが悪いらしく、少し考える。そして何か思いついたのか……。

 

 

「そうね~。 なら、二度とここに泊まりたくないと思うほどのホラーな(怖い)思いをさせちゃえばいいんじゃない~?」

 

 

プリイームさん達の口調を若干真似た、どこか怖い笑みを……。派遣するミミック達に何を仕込むつもりなのだろう……。

 

 

 



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人間側 ある迷惑客達の一泊

「ようこそいらっしゃいました~。当ホテルでのご宿泊をご希望…――」

 

 

「じゃなきゃ来ねえだろが! ったく、気が利かねえなぁ。それでよくフロントが務まるぜ!」

 

 

無能なフロント担当のキキーモラに小言を言ってやりながら、俺は手にしていた金袋を投げつける。こっちはクエスト帰りで疲れてんだよ。

 

 

「四人部屋だ。早く鍵を寄こしやがれ」

 

 

大声で雑談しながら笑ってる仲間三人を一瞥しながら、急かすように手を出してやる。が――。

 

 

「…申し訳ございません、お客様~…。 只今四人部屋の空きが無く~……」

 

 

渡されたのは鍵じゃなく、謝罪だぁ? ふざけんじゃねえ!

 

 

 

 

「んだこの! この宿はダンジョンの流用で、部屋数が多いのが売りじゃあなかったのか!?」

 

 

「はい、その通りでございます~…。 ですが、本日は団体のお客様が多く~…」

 

 

掴みかからんばかりに詰め寄ってやったら、頭を下げたまま理由を明かしてきた。んなもん、俺達には関係ねえだろ! 

 

 

……が、泊まれねえのは問題だ。この辺の他宿からは出禁食らってるところ多いし、今日に限ってはここに止まらなきゃ()()()()()

 

 

ったく、仕方ねえな。少しぐらいは折れてやるか。

 

 

 

「じゃあ、別の部屋用意しろ。どこ空いてんだ?」

 

 

「そうでございますね~…。 四名様であれば、二人部屋がお二つ空いておりますが……それだと、頂きましたご料金では不足してございまして~……」

 

 

はあ? 折角こっちが四人部屋を諦めてやったってのに、金が足りねえだあ? 折れた甲斐がねえじゃねえか!

 

 

「ふざけんな! おいキキーモラ。お前、接客業を舐めてんじゃねえか? 泊まりたいって客が来てんだから、何としてでも泊めるのが役目だろが!」

 

 

フロントの机をダンッとブッ叩きながら叱ってやる。するとキキーモラは困ったような顔に。

 

 

「そう申されましても~……」

 

 

「申すも申さねえもねえに決まってるだろ! さっさと部屋をそれにして鍵を寄こせ! なんなら渡すまで、ずっとテメエに説教かましてもいいんだぞ?」

 

 

そう伝え、顎でくいっと仲間に合図を。さっきまで馬鹿話に花を咲かせていたそいつらは心得たようにニタニタ笑い、俺の横に並ぶ。

 

 

「まずは1時間ぐらいか? 俺達でお前の無能さを存分に教えてやるよ!」

 

 

そう軽ーく脅してやると、受付キキーモラは『少々お待ちくださいませ~』と一礼し裏へ。 逃げやがったか…? そう思っていると、すぐに戻って来た。

 

 

「お待たせいたしました~。一部サービスをオフにさせて頂きますが、ご料金このままで、二人部屋お二つご用意させていただきます~」

 

 

ヘッ! よっぽどフロントを占領されて説教されるのが嫌だったらしい。すぐに用意しやがった。なら最初からやれってんだ。

 

 

「つきましてはお部屋の用意が整うまで、オフにしたサービスのご説明をさせていただいて宜しいでしょうか~? それと、こちらの宿帳へお名前のご記入を~…」

 

 

再度頭を下げてくるキキーモラ。説明は聞いてやろう。だがよ……!

 

 

「やっぱり無能じゃねえか! 俺は何度かここに泊まったことがあるんだぞ? 名前を憶えてねえなんて…――」

 

 

「えぇ『ダニー』様、存じてございます~。しかしご本人様確認のためにございます。どうかご了承くださいませ~」

 

 

――…チッ。憶えてやがった。面白くもねえ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと…! おぉ、まあまあ良い部屋じゃねえか」

 

「流石おもてなしホテルダンジョンだな。ちょっとゴネたら無理が通るんだからよ!」

 

 

部屋に入り、仲間の1人と笑いあう。キキーモラの性格さまさまってな。とりあえずまずは冷蔵庫の飲み物を…ッチ。

 

 

「あーそうだ…。全部回収しやがったんだったな…! ケッ!」

 

 

さっきのキキーモラの説明を思い出し、乱暴に冷蔵庫の扉を閉める。安くする代わりにミニバーの提供を無くされちまったんだ。ったく、サービス悪いぜ。

 

 

他にも大半のアメニティを没収されたりとかよ。全部持ち帰ってやろうと思ってたのに出鼻をくじかれちまった。 まあいい、まずは――。

 

 

「俺こっち貰うぜ! そらぁっ!」

 

 

荷物を放り投げ、ベッドの一つに飛び込む! 壊れるぐらいの勢いでな! ハッハッ! この跳ね具合がたまんねえ!

 

 

「あっ!テメっ! じゃあ俺はこっちだ! イヤッホォ!」

 

 

仲間も思いっきりベッドに飛び乗り、そのままトランポリンの如くジャンピング。宿に泊まったのなら、まずはこれをしなきゃ始まらねえってな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーし。そろそろ始めるか」

 

暫く堪能し、よれよれになった布団から身体を起こす。…しかし、今日は珍しいぜ。いつもなら別部屋の誰がうるせえって文句言ってくるってのに。 丁度どっかに出向いてんのかもな。つまらねえ。

 

 

まあ好都合だ。今日はここに泊まりに来たわけじゃあない。理由がある。 だから出来るだけ目立たねえようにしなきゃいけねえしよ。

 

 

 

 

見た通り、俺達は4人組のパーティーだ。 んで今日、とあるクエストに参加してたんだが…クソなことに、大失敗してよ。全く儲けがでなかったんだ。

 

 

俺は自慢のナイフ捌きを披露しまくり、俺の仲間も暴れに暴れた。けどよ…他のパーティー連中が全員間抜けでな。ったく、こっちが前でてやってんだからすぐに追いかけて来いってんだ!

 

 

しかも終わっちまった後に、『お前らが先行し過ぎて、決めていた策が台無しになった』とか俺達に怒鳴りつけてきやがった! 知ったことか!ああいうのは大体突っ込めばなんとかなんだよ!

 

 

はーああ! 思い出したらまーたむかっ腹が立ってきたぜ…! そのストレスを晴らすために、何言っても碌に反論してこねえキキーモラ共を弄りに来たって訳だ。

 

 

―――嘘だ。そんなのついでに決まってんだろ! 騙されてんじゃねえよ阿保め!

 

 

 

 

 

本当の目的は……儲けが出なかった分、ここで稼いでやろうと考えてよ。あん? わからねえってか?

 

 

ちったぁ頭動かせよ。 ここのホテルは、金持ちも泊まる。だから…その金持ちから金目の物をふんだくってやろうってな!

 

 

 

とはいっても、別に金持ちが泊ってる部屋を襲おうっていう魂胆じゃあねえ。そう言う奴らは護衛をつけてることがほとんど。そんなリスクを侵してたまるか。

 

 

じゃあどうするかだぁ? ハッ馬鹿が。決まってんだろ? そういう金持ちは、大体大荷物で動く。が、それを部屋に持ち込むのは嫌がるときた。

 

 

ならそれをどこに置くか。 そうだよ。キキーモラ達に預けやがるんだ。 要は、『預け荷物』を狙うっていう算段って訳だよ!

 

 

 

場所も調べがついている。フロントの裏らへんだったか。特に面倒な罠もなく、忍び込みやすそうだったぜ。

 

 

そうそう、聞いた話だが……。俺達みたいな考えの連中は今まで幾らかいたらしいが、全員とっ捕まったらしい。荷物を盗み出した後にな。

 

 

ったく、ドジ共ばかりが。大方盗み出して安心してボロを出したに決まっている。 見てな、俺達が初の成功例になってやるよ!

 

 

 

 

 

 

 

…だが、その前にまずは全員で計画を確認しておかねえとな。しっかり自分の役割を果たしてもらわねえと、クソみてえな結果になるのはわかりきってるしよ。

 

 

誰もミスをしねえように、仲間に迷惑が掛からねえように。全く、それが出来ねえ連中が多くて参るぜ。

 

 

うーし。見取り図を広げてと…。作戦はこうだ。夜が深くなったら実行。まず、俺達四人を二手に分ける。攪乱組と、実働組だ。

 

 

まず攪乱組がフロント近くとかで騒ぎを起こして、キキーモラ共を引き付ける。俺達はその隙を突いて預け荷物置き場に侵入、手頃なものを盗み出す。

 

 

そして何食わぬ顔で攪乱組と合流し、部屋に戻り祝杯! 完璧な作戦だ! 先に酒をどっかから調達してこねえとな!

 

 

あん? 何かあったら? ケースバイケースで良いだろ。だいたい突っ込みゃなんとかなるんだ。

 

 

 

 

 

 

――さて。次は誰がどちらの担当を引き受けるかだ。そのためには……。

 

 

「おい、向こうの部屋の二人を呼んで来い」

 

 

丁度、備え付けのティーパックを全部混ぜた茶を作ろうとしていた仲間に指示を出す。そいつはカップを置き、扉へと――…

 

 

 

 ドンドンドンッ

 

 

 

「おい、ちょっと来てくれ。 なんか変なことが起きた」

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ? 扉を開けようとしたら、別部屋の仲間が先にノックしてきやがった。変なこと、だぁ?

 

 

俺も扉に向かい、そいつに手招かれるまま隣部屋へ。入ってみると……――!?

 

 

「なっ…!? 死…んで…!?」

 

 

……もう一人の仲間の手が……風呂場の扉の奥から…! 倒れているだと…!? 何が……!?

 

 

 

「いや死んでねえよ。よく見ろ」

 

 

と、案内してきた仲間が溜息交じりに否定してきた。死んでねえ? じゃあなんだ? 近づいて……はぁあ?

 

 

「んご……ごぉおお……」

 

 

んだこいつ!寝てるだけじゃねえか! この、脅かしやがって…!!

 

 

「人騒がせな…なんでこんな場所で寝てやがんだ?」

 

 

寝てるそいつを軽く蹴りつつ、俺達を呼んだ仲間に問う。すると、首を捻りやがった。

 

 

「こっちが聞きてえぐらいだよ。『とりあえずドライヤーやらタオルやらを奪ってやろう』って笑いながら風呂場に行ったと思ったらこれだもの。まるで眠らされたみたいだぜ」

 

 

なんだそりゃ? まあ今日のクエストは結構激闘だったし、どこぞで掠った睡眠魔法や睡眠毒とかが今更効果を発揮したのか? それか、心底疲れていたかだが…今はそれよりも。

 

 

「ったく…やることがあるから寝るなって言ってだろうが。 おい、起きやがれ!」

 

 

ここで寝られると作戦に支障が出ちまう。大声で呼びかけつつ、さっきより強めに蹴ってやる。が――。

 

 

「う、うー…ん…ふがぁあ……」

 

 

駄目だ。起きねえ。 仕方ねえ、どうせ作戦決行は夜だ。役割は余り物を押し付けて、起きるまで放っておくか。

 

 

 

そう―。盗みを働くのは夜だ。それまでは自由。 へっへっへ…! せっかく高え金だして泊ったんだ。堪能しまくってやるぜぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げっっふぅっあ……! 堪能……」

 

「したなぁ…! 満足したぜ…!」

 

 

揃ってそれぞれのベッドに寝っ転がりながら、俺と仲間は満面の笑みを浮かべる。高えだけあって、質は良いんだここは…!

 

 

いやぁ本当楽しんだ楽しんだ。バイキングは食いきれなくて残すほど皿にとって食いまくったし、大浴場じゃあ泳いだり飛び込んだりなアトラクションとして遊んできたぜ。

 

 

他にも売店で酒やつまみを格安で値切ってやったり、やってたよくわからねえショーに野次を飛ばしたりな。払った金分の元は取った気分だ!

 

 

 

……ただよ。幾らかイラついたこともあった。例えば飯食ってる時だ。使用済みの皿が邪魔になったってのに、キキーモラ共気づかないでやがった。一皿食い終わったらすぐ回収しに来るのが礼儀だろうが。

 

 

仕方ねえから床に捨ててやろうと放り投げたその時、丁度無人の回収カートがやってきて、それをキャッチして持っていきやがった。 信じられねえ! 無人だぁ? 客に対する誠意がなってねえ!

 

 

 

他にも、大浴場でのことだ。俺達は泡まみれで風呂に飛び込もうと考えていたんだが…誰かが勝手に操作したかの如く突然にシャワーが動きだし、全部流されちまった。 きっとコックが緩んでやがったんだ!

 

 

更に売店じゃあ酒を盗もうとしたのに、店員の奴が気づきやがった。ぼーっとしてた癖に、急にな。まるで見張りの報告を受けて慌てて飛んできたみたいだったぜ。

 

 

ショーでもだ。本当は乱入して十八番の歌でも披露してやる気だったんだぜ? だがよ、いざステージに上がろうとしたら変な置物とかが邪魔になって近づけすらしなかった。最初あんな位置に無かった気がすんだが…。

 

 

 

まあそんなイライラも、さっきキキーモラを怒鳴りつけてやることで解消した。やっぱあいつら良いぜ。いくら吼えても全く反抗してこねえから。ストレス解消にもってこいだ!

 

 

 

ああ、実にいい気分だ。このまま気持ち良ーく、眠りに……ついて…………

 

 

 

 

 

……ハッ!!

 

 

 

「やべえ! 忘れるとこだった!! 今日来た目的!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

危ねぇ…! クソっ、姑息なキキーモラ共…! このまま寝ちまったらマジで泊りに来ただけ。本末転倒じゃねえか!

 

 

さては…! 俺達の留飲を下げさせて、盗みを働く気を無くさせる魂胆か…!? そうはいくかよ!

 

 

 

 

急ぎ飛び起き、鼻提灯作り始めた同室の仲間を文字通り叩き起こす。変に音を立てないように装備は最小限に抑え…うーし、これで良し。祝杯用の酒も冷えてるな。

 

 

既にチーム分けは済んでる。実働がこの部屋のメンバー、つまり俺とこいつ。そして攪乱組が、向こうの部屋の二人だ。

 

 

―っと。そういやあいつ……。

 

 

 

 

ふと思い出し、隣の部屋へ。思いっきり扉を叩いてやったら寝ぼけ眼で1人が開けたが……。

 

 

「……おい。まだあいつ寝てやがんのか…?」

 

 

俺は顔を顰めちまう。なにせ、来て早々に風呂場への入り口で倒れるように眠りだした…というか今も倒れて寝ているままの仲間が目に入ったからだ。

 

 

「ふああ…。あー…駄目だ。色々やってみたんだが起きやしねえ。本当に睡眠毒でも打ち込まれたのかもなぁ」

 

 

あくびをしながら肩を竦める仲間。チッ、使えねえ野郎だ。まあいい、それを見越してこっちの部屋を妨害組に割り振ったんだから。

 

 

「テメエも用意しろ。なんなら寝てるそいつをダシに使っても良い。キキーモラ共をなんとか引き付けるんだぞ?」

 

 

「あいよぉ…。 ふああ……」

 

 

俺が命じると、もう一度あくびをしやがる別室仲間。ったく、先行き不安だぜ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よーし。こっちの準備は出来たぞ」

 

「客はいねえし、フロントに居るキキーモラの数も少ねえな。チャンスだ…!」

 

 

エレベーターを降り、フロント付近へ。作戦通りに目的の場所近くに潜み、実働組は準備ok。あとはあいつが攪乱を……。

 

 

「おいキキーモラ共! どういうことだ、あ゛ぁん゛!?」

 

 

お。あいつ、寝ぼけてたとは思えねえ良い説教声だ。そのままフロントにズカズカ突き進み、苦情を言い始めやがった。

 

 

「俺の仲間が急に倒れて寝たまま起きねえんだよ! テメエら、俺達相手に睡眠魔術とかでも使ったんだろ!!」

 

 

「――。 そのようなことは~…。 お仲間様、大丈夫でしょうか~? もしや、何かの御病気とか~?」

 

 

「んなわけねえだろ! グースカいびきかいてんのによォ! 今日来てすぐに風呂場の入り口でぶっ倒れて、そのままだ! どう考えてもあの部屋に何かあんだろが!」

 

 

おー良いじゃねえか。中々やるぜ。後は上手くキキーモラ共を誘導してくれれば……。

 

 

「とりあえずテメエら全員来い! 部屋を調べろ! あと、邪魔だからあいつをベッドに運べや!」

 

 

よくやった! フロントに居た全員を連れてくことに成功しやがった! 俺達の勝ちも同然だぜ!

 

 

本当、キキーモラは馬鹿しかいねえな! 誰も見張りを残さねえなんてよ! これじゃあまるで、俺達を誘い込むかのようじゃねえか!

 

 

ヘッヘッヘ…! じゃあそれに甘えて、たっぷり盗ませて貰うぜぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと…! おぉー、中々じゃねえか!」

 

 

荷物置き場に侵入し、辺りを物色する。トランクや武器袋、装備一式…。それぞれに部屋番号のタグがつけられ、綺麗に保管されていやがる。

 

中にはヘンテコな物まで預けられてるな。背負うタイプ?の掃除機や、舞踏会用の仮面なんて物とかよ。ホテル関係あんのかこれ?

 

 

お。商人も結構泊ってるみてえだ。厳重に梱包された商品箱らしきものが大量にある。良いもんあったらちょいと拝借させてもらうか。

 

 

…あん? この木箱なんだ? 『RED RUM』…? ラム酒か? 祝杯用の酒、ちょいと足りねえ気がしてたし、数本くすねていくとするか。

 

 

―――っと。それは後回しだ。まずは先に金目の物を確保してからな。

 

 

 

 

 

 

さぁて。この選り取り見取りの中、どれを盗み出してやろうか。足がつかねえようにするなら適当に良さげな物を選べばいいが…どうせなら一気に儲けてえ。

 

 

貴族の連中が預けたお宝とかがありゃあ良いんだが……。どうせキキーモラ共はすぐ戻ってくるだろうし、長居は出来ねえ。ならやはり、そこそこの物を見繕って……お?

 

 

「良さげな宝箱があるじゃねえか!」

 

 

大当たりだ! 丁度目に入ったのは、中々に豪勢な宝箱ときた! こりゃあ中身が期待できる!

 

 

鍵はかかっているが、でけえ南京錠程度。これなら簡単に開けられるだろうよ。どれどれタグは…339-85号室か。……そんな部屋番号あったか…? ――まあいい。

 

 

「おい。これにするぞ。鍵開けろ」

 

 

一緒に来ていた仲間を呼び、ピッキングを任せる。その間俺は他に手軽に持っていける物はないかを探すとしよう。

 

 

そうそう、さっき見かけたラム酒の箱を開けて、中身を―――…

 

 

 

 

 ガラガラガラガラガラ――!

 

 

 

 

「お客様~!申し訳ありませんが、こちら関係者以外立ち入り禁止となっておりま~す! どーんっ!」

 

 

「ぐへぁっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

―――な…なんだぁ!? 急に…キャスターの音が響いたと思ったら……背後から何かが勢いよく激突してきただとぉ…!?

 

 

しかも誰かの声まで…! まさか、キキーモラ!? …………は??

 

 

「トランクケース……だぁ…!?」

 

 

間違いねえ…! 俺にぶつかって来たのはこのトランクだ…! だが、一体誰がこれを…!? さっきの声は……!?

 

 

持ってきたナイフに手をかけ、辺りを睨む。――と、さっきの声がまた……!

 

 

「ここで~す! ばあっ!」

 

 

はあっ!? トランクが勝手に開いて、中から魔物が顔を…!? って、こいつは……!

 

 

「上位ミミックだと!?」

 

 

「せいか~い! これ、中々にファンタスティックな隠れ場所でしょ? さしずめ私達はビーストの如く! がおっ~!」

 

 

トランクに入ったまま、楽しそうにキャスターを動かしクルクル回り出す上位ミミック…! なんでこんなとこに……ん? 私…『達』…!?

 

 

 

「ぎゃあああああっ!!!」

 

 

 

 

 

 

―――ッ!! こ、これは……ピッキングをさせていた仲間の…悲鳴! ま、まさか……!

 

 

「なっ…!!」

 

 

嫌な予感が当たっちまった…! 南京錠がついたあの宝箱が……俺の仲間を頭からがじりがじりと…齧ってやがる…! あれも…ミミックだったのか…!!

 

 

「あの子だけじゃないですよ~! あそこにも!」

 

 

はっ…!? うおっ!? 『RED RUM』と書かれていた木箱の蓋が開いて…中から触手ミミックが…! しかも包丁を握ってやがる…! ……何故か口紅や鏡も持ってやがるけど…!!

 

 

「盗みの現行犯ですので、本当の意味でのブラックリスト(制裁対象者リスト)入りですね~! お覚悟くださいませ~!」

 

 

くっ…! ミミック共、笑いながら迫ってきやがる…! ここはもう…逃げるしかねえ!

 

 

「どけっ!」

 

「きゃ~!」

 

 

出来る限りの力を振り絞り、ミミック入りトランクを蹴り飛ばす! するとキャスターが仕事して、そこそこ滑っていきやがった!

 

 

今だ! 食われているあいつ(仲間)なんか捨てて、わき目もふらず扉へ…! ヘッ…! 馬鹿ミミック共め…! 見ろ、俺の動きについてこられねえでやが…――

 

 

 

「ふふふふ~。存分に逃げてくださいね~。 ――もう、このホテルからは逃げられませんから」

 

 

 

……っ…!? 荷物置き場から抜け出す瞬間、背筋がゾっとしちまう上位ミミックの声が……! 

 

 

う…! き、気にしてる場合か! 俺は逃げるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく荷物置き場を飛び出し、全速力で走る…! ケッ…何が逃げられないだ! 目の前にあるホテル入口から飛び出してやるよ!

 

 

そう鼻を鳴らし、暗い外へ繋がるガラスドアへと足を向けてやる。――が…!

 

 

「はぁあっ!?」

 

 

目の前に立ち塞がった連中に足を止めるしかなくなっちまった…! ふざけんな……なんで…なんでここで……!

 

 

「お客様、晩酌に先程所望なさっていた赤いラム酒(REDRUM)は如何でしょうかぁ? 逆さにして飲むと美味しゅうございますよぉ?」

 

 

飯時に見た無人カートが……いや、()()()()()()()()()()()()()()カートが…通せんぼしてやがんだ!?

 

 

 

 

いや、それだけじゃねえ…! 大浴場にあった風呂桶やら、売店にあった籠やら、ショーで邪魔だった置物共が、入口や他の道を塞ぐように動いてやがる…!? 更に、荷物運び用のカートや置いてある花瓶とかまでも…!

 

 

そしてその全てから…色んな種類のミミックが…顔を覗かせて…!! なんでこんなにミミックに溢れてんだよ…!

 

 

「お客様~! お待ちくださいませ~! お忘れ物にございま~す!!」

 

 

ひっ……! トランク入りの上位ミミックと…俺の仲間を咥えた宝箱ミミックが追いかけてきやがった!! 

 

 

って、トランク入りミミック速え!? キャスター転がして、えげつない速度でこっちに来やがる!? ど、どこに逃げりゃあ……! ―――!

 

 

「え、エレベーター…!!」

 

 

 

 

 

 

 

へ…へへへ…! 間抜け共め…! エレベーターへの道がスカスカじゃねえか…! うおおお!

 

 

うし…乗ったぞ! 扉閉まれ…さっさと閉まれ! 早く…早く!!

 

 

ボタンを連打し、急いで扉を閉めてやる…! 接近して来ていた大量のミミック共は……扉に……阻まれやがった!

 

 

やったぜ…俺の勝ちだ! はぁ…危ねえとこだった…。

 

 

 

っと。ぼーっとしちゃいられねえ。この後どうするか。1人は爆睡キメたままで、1人はミミックに食われた。そして残っている一人もキキーモラを引き付け、俺達の部屋にいるはず。

 

 

…仕方ねえ、全員見捨てて俺だけ逃げるか。そうだ、それがいい! リーダーが死んじまったら元も子もねえからな、うん。

 

 

うし、ならテキトーな階にでも降りて、なんとか脱出しちまおう。そうと決まりゃあ、ミミック共がこじ開けてくる前にエレベーターのボタンを…………は?

 

 

 

 

……おい待て……! なんでだよ…!? なんで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

 

 

 

 

扉を閉めるボタン以外、どこも触ってねえしぶつかってもいねえぞ!? 当然、俺以外誰も乗っていねえし…! このエレベーター、ぶっ壊れてんのか!? 

 

 

やべえ、動き出しやがった…!クソが…! なら、着く前に別の階のボタンを……! あ゛!?

 

 

―――んだよ! 気安く肩を叩いてくんじゃねえ! ナニモンだ………ぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

……俺以外…誰も乗っていねえはずなのに……。肩を……叩…かれた……。 ひっ……! まさか……!

 

 

「ひぃっ!? て、天井から…触手ミミックだとぉ…!?」

 

 

う、嘘だろおい…! エレベーターの扉を閉めてから何もしてこねえと思ったら……いつの間にかそこに移動してやがったってか…!? 天井の管理用だかの蓋から、ずるりと姿を現しやがった…!!

 

 

「や…止めろ! 来るな! 来るなぁ!」

 

 

ナイフを引き抜き振り回すが…ヤロウ、全部躱して、俺を虐め愉しむようにグジュリグジュリと迫ってきやがる…! 

 

 

や、やべえ…! エレベーターに乗ったのが仇になっちまった…! 密室じゃねえか…!! に、逃げ場が…! ひ…ひいっ……!!

 

 

 

 

  ――チンッ   ウィイイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐへっ!?」

 

 

急に、エレベーターの外に放り出されちまった…! 背にしていた扉が開きやがったらしい…! と、それと同時に攪乱役の仲間が俺の顔を覗き込んできた。

 

 

「どうしたんだ? んな焦って?」

 

 

どうやら、ボタンが押された階…俺達の部屋がある階に到着したみてえだ…。――って、状況把握してる場合じゃねえ!

 

 

「エレベーターから逃げろ! 早く!」

 

 

慌てて立ち上がりながら、その仲間のケツを蹴るように指示を出す。が、そいつは眉をひそめやがった。

 

 

「エレベーター? 何もいねえぞ?」

 

 

 

 

 

 

その一言を受け、俺は弾かれたように今降りたエレベーターへ目を向ける。扉がゆっくり閉まっていくその中には、触手ミミックなんて影も形もねぇ…!? 天井の蓋もきっちり閉じてやがる……!

 

 

「まあ丁度良かったぜ。キキーモラ共は入れ替わりで戻っていったところだ。……あれ? あいつはどこだ?」

 

 

俺の仕事は終了と肩を動かし、そこでようやく1人居ないことに気づいた攪乱役仲間。チッ…!俺がこんなに苦労してるってのに、能天気な顔しやがって…!

 

 

「作戦は失敗だ! あいつはやられた。何も盗れずじまいだよチクショウ!」

 

 

「はぁ!? やられたって、誰にだ? キキーモラが残ってたのか?」

 

 

「違えよ! なんであいつらがこんなホテルに居たのかわからねえ! …いや、ダンジョンだからいても良いのか…? クソッ…!」

 

 

苛立ちつつ、そう説明してやる。 …とりあえず逃げなきゃいけねえ…! 部屋に戻って、荷物を纏めるしかねえ!

 

 

「だからあいつらって何だよ!? 何があったんだ!?」

 

 

ったく…! 説明してやったのにうるせえ奴だ! わからねえのか!?

 

 

「黙って逃げる用意をしろ! あいつらが来ちまう…! ミミッ……―――ッッッ…!!」

 

 

 

 

 

……俺は攪乱役仲間を黙らせるために、あいつらのことを教えてやろうとした…。……だが、丁度廊下の角を曲がった時に…声を引き攣らせちまった……!

 

 

「嘘だろ……あ…あれは……!」

 

 

廊下の先……少し暗めの灯りが照らす中……。端に置かれていたのは……トランクと……無人カート!! い、いや……それだけじゃねえ……!

 

 

その近く……廊下のど真ん中に並んでいるのは……水色のワンピースを纏い……白靴下のような色の宝箱に入って、まるで手を繋ぐ双子の……少女のような……姿をした……!

 

 

 

「「こんばんは ダニー。  いっしょに あそびましょう?」」

 

 

 

「さっきの……上位ミミック!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げ……早く部屋に入れ! もたもたすんじゃねえ!」

 

 

反射的に俺は横にいた仲間を蹴り飛ばし、そいつの部屋へと逃げ込む…! すぐに扉を閉め、鍵をかけ……! な、ナイフを構えて……!

 

 

 

 

 ――ドンッ! ドンッドンッ!!!

 

 

 

 

ひぃっ…!! ミミック共が…扉を叩いてきやがる!! ど、どうすりゃいいんだぁ…! 思わずナイフを両手で握り、壁に張り付くしかなくなっちまう……!!

 

 

キキーモラ共は、このホテルダンジョンの主…! だから、俺達が閉じこもればなんとか話し合いで解決してこようとする甘ちゃん共だ…!!

 

 

だがよ……こいつらは違え! どんな経緯でここに居るかは知らねえけど、下手したら斧でも持ち出して扉をぶち破ってくるかもしれねえんだ…! なんとか……なんとかしねえと…!!

 

 

「――! お、おい! 急いで荷物纏めろ! 窓から逃げるぞ! 寝てる馬鹿はもうほっとけ!」

 

 

 

未だ狂人の如く扉を殴りつけてくるミミック共に怯えながら、ビクついてやがる生き残りの攪乱役仲間に指示を飛ばす。 俺や食われた奴の荷物は隣部屋で、馬鹿が一名ベッドに移動させられて寝てやがるが……んなのどうでもいい!

 

 

ここから…ここから早く逃げねえと! この扉が突破されたら、俺達は殺され…―――っ!

 

 

 

「『Here's(ミミック) mimic!!!(とうじょーう!)』  今度はこっちが『お客様』ですよぉ!!」

 

 

 

「わぁあああああああああぁあっっっっ!!!?!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

ひぃいいいいっっ!!!! ミミックが……ミミックが……!! ()()()()()()顔を出してきやがッたァああ!!??

 

 

扉!()()()()()()()()ってのに!! 斧なんか持ち出されてすらいねえ!! ドアを開閉する数ミリ程度の隙間から……にゅるりと顔を入れてきやがったんだ!!

 

 

クソが…!クソがぁ…! ミミック共にとって、こんな扉は無意味ってことかよ…! 開けっ放しになってるのと同義ってことかよお…!!!

 

 

 

―――へ……へへ…へへへ! だ、だがよぉ…!! そんな風に顔だけ出してりゃあ、格好の的じゃねえか!!

 

 

ナイフを構えていて助かったぜ…!! 食らえっ! その顔を叩き切って……むごおっ…!?

 

 

「こちら危ないので、お預かりいたしますねぇ~!!」

 

 

なぁっ……!? もう一匹の上位ミミック…!? 何故……既に部屋の中に…!? 背にしていた棚の中にぃ…!?

 

 

まさか、俺達がビビってる間に既に侵入してたってか…!? しまっ……ナイフ奪われちまって……拘束され……!! く…クソォ…! 頼みの綱は、残ってるあいつだけに……!!

 

 

「ぎゃあああっ!! だ、ダニー!! 助けてくれェ!!!」

 

 

――は…!? なんであいつもミミックに囚われ……!? ひぃっ!?

 

 

あ…あぁ…!! 窓に…!窓に!! ミミックが張り付いて…!! いやこじ開けて、中に入ってきている!!

 

 

そ、それだけじゃねえ…!ベッドの下から……ランプや棚の中から……! 風呂場の方からも、群体型のミミック共がヴワンヴワン羽音立てて…!

 

 

「よいしょ! 失礼いたしま~す!」

 

 

その惨状に目を慄かせていると、扉の鍵がカチャリと開けられ、顔を出していた上位ミミックが中に入って……! なっ……他にも、さっき道を封鎖してきたミミック共まで…!!

 

 

うおっ……!? まだあいつ、宝箱ミミックに咥えられてやがる…!! 生きてんのかあれ……!?

 

 

 

 

 

や、やべえ……! どこを見てもミミックだらけ、俺達の部屋がミミックの巣窟に……! なんてことを……なんてことをしやがる……!

 

 

ブチギレ散らかそうにも、俺は全身を拘束されたまま。それに、異常すぎるこの状況にまともに声も出ねえ……! そうこうしているうちに、上位ミミックの一匹は扉を閉じ鍵を閉め――。

 

 

「はーい、じゃあその人はそこらへんに吐き出して~! そっちの人は解毒して起こして~!」

 

 

は…? 他のミミックに命令を出しやがった…!? 宝箱ミミックは噛みついていた俺の仲間をペッと吐き捨て、爆睡かましていた奴に毒針をブスッと刺して起こした……!?

 

 

「「…はっ!? ど、どうなったんだ…!? ひっ!? ミミック…!?」」

 

 

そいつら二人も状況を理解できずに茫然と。こ、このミミック共……。

 

 

「もしや…最初からこの部屋にも潜んでやがったのか…!? それで、あいつを眠らせて…!」

 

 

声を絞り出し、何とか真相を聞き出そうとしてやる。と、二匹の上位ミミックがケラケラと嘲笑ってきやがった…!

 

 

「お客様はブラックリスト入りしてるんですよ~? 当たり前じゃないですか~?」

 

「ずっと見張っていましたとも~! そうじゃなくとも、ダクトやらで幾らでも潜入できますので~!」

 

 

 

ぐっ…全部見ていたってか…!? んで、盗みを働こうとしたら強制的に眠らせてか……! 俺達の作戦も全部バレていったってことかよ…!!

 

 

クソッたれが! プライバシーもへったくれもねえじゃねえか! マナー違反共め、恥ずかしくねえのか!

 

 

……そう怒鳴りつけてやりたいが…反論してこねえキキーモラ共とは違い、こいつらは俺達を気軽にぶっ殺してくる…!! 下手なことは……言えねえ……!!

 

 

この……! 力に物を言わせるなんて……! なんて卑怯な魔物共だ!

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ始めさせて頂きましょうか!」

 

 

――あ…? 俺が内心そう怒り狂っていたら、上位ミミックの片割れが急に訳わからねえことを言いだした…? ……嫌な予感がする…!

 

 

「何をだ…? 何を始める気だ…!?」

 

 

「ご安心くださいお客様~! 無料のルームサービスにございますから~!」

 

 

俺が聞くと、もう一匹の上位ミミックが答えやがった。る、ルームサービスだぁ? この状況で……?

 

 

「一体どんな……?」

 

 

思わず、もう一度聞いちまう。すると上位ミミック共、恐ろしい笑顔を……!

 

 

 

「『猿でも二度と忘れない! 迷惑客の身に恐怖で刻みつける、特別マナー講座!』 でございまーす!」

 

 

「朝日が眩しくなる(シャイニング)まで、みっちりとマナーを叩きこんで差し上げますよぉ!! ご安心を。周りの部屋には誰もいませんので、いくらでも悲鳴を上げて宜しいですともぉ!!」

 

 

 

ひっ……! や…やめ…!! もう盗み働かねえから…! 変なクレームつけねえから…!! た、助け……!

 

 

 

 

ぎゃああああああああああァアアアアアッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

――翌日のことである。朝日は登り、一日は始まる。

 

 

ホテリエ(ホテル従業員)であるキキーモラ達は甲斐甲斐しく動き出し、熟睡から目覚めた宿泊客は僅かとなった一泊のおもてなしを最後まで楽しむ。

 

 

そして時は満ち、チェックアウトの時間。荷物を手にフロントへ鍵を返す客の表情は様々。癒された身に喜ぶ者、大満足の笑みを浮かべる者、帰るのを名残惜しく感じる者、また来ますとお礼の言葉を残す者。

 

 

その中に、不平不満を露わにするものは全くと言っていいほど存在しない。これこそが、このおもてなしホテルダンジョンが人気だという証拠。誰も彼もが一夜を堪能したという証。

 

 

 

 

……おや。 帰っていく人々の中、見覚えのある者達が現れた。 『ダニー』という名の者が率いる4人組である。

 

 

彼らは各所で迷惑客としてブラックリスト入りしている連中。昨日はここに泊り、当然の如く色々と暴れていた。……が…。

 

 

何と表現するべきであろうか。先日までは唯我独尊と言わんばかりの悪辣な表情していた彼らが、大人しいのだ。 殊勝というか、怯えているというか、トラウマを植え付けられたというか…。もはや別人格のよう。

 

 

 

そんな彼らは自身の荷物を持ち、部屋の鍵を返却に。――と、フロント業務をしていたキキーモラが頭を下げた。

 

 

「ゆうべはおたのしみでしたね~」

 

 

「……お楽しみ、だあぁ!?」

 

 

先程の印象は勘違いだったのであろうか。一気に怒気を膨らませるダニー。…が、直後、それはスンッと収まった。

 

 

「……ほら、鍵だ。 あと、これ…。少ねえが、迷惑をかけた分のチップだ。 こっちは無理に値切った売店にでもくれてやってくれ」

 

 

彼はフロントに鍵を置き、幾ばくかの金が入った小袋も二つ置く。と、キキーモラに向けボソリと呟いた。

 

 

「……迷惑じゃなければ、次は普通の客として泊まらせて貰いてえんだが……」

 

 

「はい~! 勿論にございます~! 今後とも当ホテルをよろしくお願いいたします~!」

 

 

キキーモラのそんな言葉と微笑みを受け、ダニー達4人組は安堵の息を。そして、揃ってホテルを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

…………彼らが去ったすぐ後。ガラガラガラという音がフロントに軽く響く。どこからともなく現れたのは……キキーモラの1人が運ぶ、荷物運び用のホテルカート。

 

 

誰かの荷物なのであろうか。そこに乗っているのは、トランク一つ。そして、幾つかの宝箱。

 

 

だが、それの持ち主は現れない。いや、どこにもいない。だというのにフロント担当キキーモラは、先程の台詞を笑みながら繰り返した。

 

 

「ゆうべはおたのしみでしたね~!」

 

 

「そりゃあもう!! ビシバシ仕込んできましたよ~!!」

「もう迷惑行為は働かないと思いますよ~あの人達!」

 

 

なんとキキーモラに答えたのは、宝箱からパカリと出てきた二人の魔物。上位ミミックである。他の宝箱も開き、中から幾匹かのミミックが。

 

 

彼女達はおもてなし(サービス)大成功~!と、楽し気に笑いあうのであった―――。

 

 

 

 

「本当に助かりました~。そろそろ本当にあの方々を食べてしまおうと思ってた頃合いでして~」

 

 

 

「そしたらキキーモラによるスプラッタホラーになってましたね~! 今回の私達(ミミック)のはパニックホラーで……あれ、サイコロジカルホラー…?」

 

 

「ま、どれにしてもホテルあるあるな感じはありますけどね~!」

 

 

 

 

……そんな、恐ろし気な会話も交えて…。

 

 

 



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顧客リスト№62 『笑いの神の笑ってはいけないダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

本日依頼を受けてやって来たのは、人里から少し離れたところにポツンと作られた、洞窟遺跡型のダンジョン。中々に古びた様子で如何にも『THE・ダンジョン』という雰囲気があるが……。

 

 

見る人が見ればわかる、これは新造ダンジョン。というか、つい先日作られたばかり。 かといって棲んでいる魔物がいるわけでもないのだ。

 

 

 

そんなダンジョンの入口には誘うような大松明と、何故か置かれているヘンテコな石像。それを横目に内部へと。明るめではあるがやっぱり雰囲気はあり、道幅はそこそこ広い。

 

 

ただ…少し進むだけでわかるが、迷路になっている様子はほとんどない。魔王軍が運営する『初心者向けダンジョン』よりもわかりやすく、魔物の棲み処というよりは誰かを招くタイプのダンジョン。

 

 

というか今目の前に、来訪している魔物や人間が結構な数いるのである。おかげで中々の賑わいぶり。

 

 

しかし…誰も棲んでいないのに、様々な人が訪れてきているというのはヘンテコな話。 しかも皆、観光客ではなく仕事人。手に書類を持って右へ左に大忙しな様子。傍から見たらかなり不可思議な状況であろう。

 

 

 

 

――さて。そんな人々に軽く挨拶を交えつつ、ここでひとつ明かそう。 今回の派遣依頼、いつもの『冒険者討伐』系の依頼ではない。

 

 

一風、いいや途轍もなく変わった『オファー』を今回受けたのだ。今までも色んな依頼はあったけど…多分それらを容易く上回ると思う。

 

 

なにせ……―――。

 

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 

ダンジョンのとある一角に辿り着くと、社長は元気よく挨拶。 すると、待っていてくれた依頼主の方がにこやかに出迎えを……。

 

 

「おーう! 邪魔すんなら帰ってー!」

 

 

「ほんなら帰りまーす! アスト、回れ右~!」

 

 

 

「えっっ!? ちょ、ちょっ!? 社長!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶわっはっはっはっ! 二人とも、え~え反応するやないか! 満点大笑いや! ほれ、賞品の飴ちゃんや!」

 

 

「わーい! ありがとうございまーす! 甘ーい♪」

 

 

……あーびっくりした…。冗談だったみたい…。頂いた飴をコロコロと舐めだす社長を見てホッと胸を撫で下ろす。

 

 

すると依頼主の方、カンラカンラと笑いながら私にも飴を。

 

 

「ほれ、アストちゃんも飴食い! 大丈夫やって! さっき()うてきたパイナップル味の飴や! ぶぶ漬け味やあらへんから、たぁんとおあがりやすー!」

 

 

「あ、え、あ、有難うございます『ガーキー』様…! あ、美味しい!」

 

 

「うっはっは! 気に入ったんならもっと持っていきぃ! 髪ん中にでも入れてな! ワシは神やけど!」

 

 

え。髪の中にって……? 飴を口に入れているのもあってどう返答すればいいか迷ってると…社長が急に髪の毛を弄り出して……。

 

 

「お言葉に甘えて幾つか頂きまーす! よっトット!」

 

 

わっ!? 社長の髪、モッと玉ねぎみたいな髪型に変化した!? そしてガーキー様から幾つか飴を頂いて、その髪の中にひょいひょいと!?

 

 

なにも本当に髪の中に入れなくても…! って、ガーキー様大爆笑していらっしゃるし…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……飴を急いで舐め終わったところで、改めて。彼こそが今回の依頼主にしてこのダンジョンの主、ガーキー様。えーと……禿頭(とくとう)気味の白髪と、長く蓄えられた白髭が特徴の御方。

 

 

その御姿は入口にあった石像に似て……というかそのモデルの方である。最も、石像はかなりひょうきんに作られているのだけど。

 

 

だがしかし、決して変なおじさんだと思ってはいけない。なにせガーキー様……さっきサラッとご自分で明かされていたけども……『神様』なのである。

 

 

正しくは、『笑いの神様』。因みに笑いを司る神様はかなり沢山いるらしく……ガーキー様の他にも『ド・リフ神様』『チャ=プリィン神様』『エンタ神様』とかとかとか……。

 

 

どうやら笑いの数だけ神様が存在する様子。つまりそれほどまでに人々に近しい存在と言えるだろう。皆様、どうかお好きな笑いの神様をお祀りを。

 

 

 

 

 

――さてでは何故、そんな、笑いの神様は突然に、私達へ依頼をしてくださったのか。 どうやらなんと、今まで私達がお世話になった神様方が関係している様子。

 

 

これまで我が社は、色々な神様が運営されておられるダンジョンへミミックを派遣してきたのだが…そのご縁でガーキー様にも名前を知って頂けていたらしい。

 

 

そして今回の企画に置いては、我が社のミミックが相応しいとまさしく白羽の矢を立てて頂いたようなのである。

 

 

 

『企画』? ――その通り、企画である。

 

 

 

 

実はガーキー様、とある企画で有名な方。数人の芸人達をあらかじめ用意した舞台に招き、そこで丸一日かけて笑わせまくるという代物。それだけ聞けばただの漫才ショーみたいだが…その中身こそがガーキー様の真骨頂。

 

 

企画側が数々の仕掛けやトラップ、イベントや有名人起用によるおふざけといった多段コンボを仕掛けるのに対し、芸人側は『笑ってはいけない』という制約を課されるのである。

 

 

なお…その制約を破りし者には、恐ろしい制裁が待ち受けている…! そう―。お尻を(柔らかいゴム製の)バットで引っぱたかれるという、痛そうなお仕置きが!

 

 

 

――――そして、それらの光景は撮影及び編集され、お茶の間に放送されるのが常。視聴者は企画側のやりたい放題と芸人側の爆笑&悲鳴を見て、笑って楽しむまでがセット。

 

 

笑う門には福来る―。つまりはそれを実現するための、ガーキー様プロデュースの(各方面が身体を張る(生贄となる))人気企画なのである!

 

 

 

 

そんな企画の名物の一つが、毎度変わる舞台。学校だったり空港だったり警察だったり研究所だったりとかなり多彩。

 

 

そして今回選ばれたのは…このダンジョン。もっと言えば『ダンジョン』をテーマと決めた際に、ガーキー様が新造したのがここらしいのだ。

 

 

流石は神様、それぐらいなら容易くやってのける。撮影用の一時的なセットとはいえ、ここまで立派な物を即席で作り上げてしまうとは……!

 

 

まあ新造されたばかりなので、このダンジョンに明確な名称はない。普通は特徴や地名とかから名づけられるのだけど……。どうせここ、撮影後には解体されちゃうだろうし……。

 

 

うーんと、じゃあとりあえず企画名称に倣って。『笑ってはいけないダンジョン』と名付けることにしよう!

 

 

 

……いや実を言うと、ガーキー様がこの企画の度に用いている施設名みたいなのはあるのだけど……ちょっと私の口から言いにくくて……。今回はクライアントだし……。

 

 

 

 

 

 

 

さてさて。依頼と共に送られてきた簡易企画書を読む限り、今回芸人側は魔物に扮してダンジョンに来訪、新入りの住人として一日体験を行うと言う筋書きらしい。

 

 

そして企画側は魔物達、そしてこれまた魔物に扮した人間達が集まり、色々と笑わせていくという流れ。 つまり…今回は魔物が主役と言っても過言ではない。

 

 

 

―――なら、もう私たちが選ばれた理由はおわかりであろう。ダンジョン、そこに棲む魔物―。その通り、『ミミック』は外せないのである!

 

 

 

 

しかしミミックは能力的に気軽に変装できる魔物ではない。だから本人を呼ぶ必要があるのだが……なにせ基本的に臆病者が多い魔物。こういった企画に向いている子はあまりいないのだ。

 

 

けど、我が社のミミック達なら問題なし! 依頼主の言う事はしっかり聞くし、その上で良い感じに暴れ放題してくれる。まさにこの企画向けの人材と言うべきか。

 

 

なお、既にこの依頼についてミミック達に話したら…まあ今までで最大級の派遣枠争奪戦。私が私がの大盛り上がりであった。

 

 

 

 

――そうだ、その件で気になっていたことがあったのだ。派遣枠についてだが……結構な人数を依頼されたのである。

 

 

無論、ここが本当のダンジョンであればそれぐらいの人数で良いのだけど…。たった一日且つ、他のアシスタントや出演者が沢山いるというのを加味したらかなり大人数。

 

 

もしや大道具搬送等も仕事内容なのかなと推測しつつ、今日の打ち合わせに臨んでいるのだが……丁度いい、ガーキー様にもう聞いてみちゃおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぅそやそや! ミミックちゃん達にオモロい役をやってもらおと思ってな! ほな、ちょいとこっちこっち! ついでに色々見せたるわ!」

 

 

ふわりと浮き、手招きしながらどこかへと案内をしてくださるガーキー様。それに私達も続くことに。

 

 

 

っとその前に、社長の髪を元通りにと。なんか色々怒られそうな気がするし。もう今更遅い気がするけども。

 

 

 

 

 

「――ほれ、こういうとこが控室になっとるんやで。 実際撮影に使うとこは道と幾つかの部屋、そして外の広場やからな。それ以外はこうして隠れ場所にな」

 

 

「なるほど…! 行き止まりの有効活用ですね。 あっ…!ど、どうも…!!」

 

「ミミック派遣会社と申しまーす! よろしくお願いしまーす! 違いますよ~芸名じゃないですよ~!」

 

 

見せてもらったのは、本来のダンジョンでは行き止まり、又は誰かの寝床となっているような場所。それが控室や更衣室、練習室等に改良されている様子。

 

 

そこには沢山の機材や色んな衣装が置かれていたのだけど……あの有名人や、レギュラー出演陣まで居た……!! お笑いの軍団やデラックスな方、ジミーな方とかおにぃの方まで…! 会えるなんて!!

 

 

 

……実を言うと私、実家に居た頃はこの企画のことなんて碌に知らなかった。けど、社長秘書として過ごすようになってから始めて視聴して、結構ハマってしまったのだ。

 

 

そこから派生して、会ってみたいと思う相手も幾人か。…そりゃあ、家の権力使えば幾らでも会えるだろうけども、それだとなんか違うもの。

 

 

おっと…! 折角会えたのだから名刺を…!! あと、サインを…!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ…やったぁ…!!」

 

 

「アスト、ご満悦ねぇ~!」

 

 

「ギャグでワイのサインも書いてやろかと言うたのに、まさかホンマにせがまれるとは思わんかったで! 嬉しいもんやなぁ」

 

 

沢山の色紙を手に(正しくは社長の箱の中に)、思わず満面の笑みを浮かべてしまう…! ガーキー様のも頂けたし、最高…!!

 

 

「多分本来の立場なら逆よねぇ。アストが皆にサイン求められる立場よね~」

 

 

「いやそれ、何かしらの書類ぃ! 『署名欄にサインをお願いします』やんけ!」

 

 

そんな社長とガーキー様の掛け合いにも笑っていたら、いつの間にか目的の部屋に到着していた。どうやら、服飾用の部屋みたいだけど…。

 

 

 

「実はな、ミミックちゃん達にこの役をやってもらいたいんや!」

 

 

ガーキー様は私達を招き入れながらそんなことを。一体どんな……―っ! これって……!

 

 

「迷彩柄の服…! 赤い帽子…! そして…このバット……!」

 

 

「わーっ! 『ケツ叩き隊』やらせて貰えるんですか!?」

 

 

 

 

 

 

私も社長もびっくり仰天…! この衣装は、さっき説明した『お尻を引っぱたくお仕置き』を行う役のもの…! 芸人達の次に画面登場が多いこれを…!?

 

 

「そや! ミミック達は言ってしまえば『ダンジョンのお仕置き役』やろ? ピッタリやと思っとったんや!」

 

 

我ながらナイスアイデアやで! と笑うガーキー様。確かに…! 私が得心していると、社長は『はいはい是非やらせてくださーい!』と勇んで請け負った。

 

 

「いつも触手を鞭のようにしならせて、捕まえた相手を生かさず殺さずの力具合で抑えられる私達です! 丁度いい塩梅のケツバットを食らわせて見せちゃいます!」

 

 

「ぶはっは! え~え返事や! ごっつええ感じや! 因みにいつもは目出し帽を被って貰ってるんやが、今回はミミックとわかりやすくするようにドミノマスクの用意もあるで!」

 

 

「お! 良いですね~! 女王様みたいにベチンベチン打っちゃいます! 箱の模様には指定ございますか?」

 

 

「それもこっちで用意してあるからモーマンタイやで! ザ・宝箱な模様にさせてもろうとる。んで他にも色々と、な」

 

 

クックックと企む笑みを浮かべつつ、何かを取り出すガーキー様。あれは…真っ黒な宝箱?

 

 

それを開き、中から衣装を。それも真っ黒だけど……。―――ぇ!

 

 

「それも…ですか!? 宜しいのですか!?」

 

「わぁわぁわぁ~っ!! 楽しみになってきました!!」

 

 

また驚いてしまう私と、興奮しだす社長…! しかしガーキー様はチッチッチと指を振って……。

 

 

「まだまだやってもらいたいことは沢山あるで~! 『ダンジョンと言えばミミック』ってとこあるやろ! 知らんけど!」

 

 

「確かにあると思います! 知りませんけど!」

 

 

えぇ…どっち……? 困惑する私を余所に、ガーキー様と社長は何故かそこで意気投合のハイタッチしてるし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ガーキー様、本当に宜しいのですか…? これ、『笑ってはいけないダンジョン』ではなく『笑ってはいけないミミック』レベルなのでは……?」

 

 

「うっはっは! かまへんかまへん! 主役食いするぐらいの勢いでええんや!」

 

 

最初の部屋に戻り、全ての打ち合わせを済ませたのだが…ミミックの出番、かなりある…! 人数が必要なのもわかるぐらいに。

 

 

特に()()()()()()なんて……おっと、これ以上は秘密にしておかないと…!

 

 

 

いやしかし、ここまで関わらせて頂けるなんて…! ……私もチョイ役で出られないかな、なーんて…――。あれ、誰かがこっちに…?

 

 

 

「すいませんガーキー様。あの、しゅつつぇん…出演者の例の方々がおしょ…お揃いになりました」

 

 

 

 

 

 

「あ…! あの方って……!」

 

 

「そや! ワイの使いの1人、『フジラワ』や。 いつも参加芸人達のガイド役をやってもろうとる。あいつのサインも要るか?」

 

 

「是非! ……いや嬉しいのですけど、その前に御用件があるようですから…!」

 

 

そう言いつつも、サインを頂いてちゃってと……! それで、フジラワさんはガーキー様を呼びに来たようなのだが…。

 

 

と、ガーキー様ふわっと浮き上がって――。

 

 

「アストちゃん、ミミンちゃん、行くで! 会わせたい連中がおるんや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら『出演者の例の方々』というのは、私達のために呼んでくださった方々らしい。さっき会わせて頂いた皆さんのこともあるし、結構ワクワク……!!

 

 

「ここやここや! 邪魔すんで~!」

 

 

「「「邪魔するなら帰って~」」」

 

 

「ほな帰るわ~。 って待たんかーい!」

 

 

ガーキー様、またさっきのやり取りを。そして流石は出演する方々、当然のように返して……ぇ。

 

 

 

え、えええええっ!?  えええええええっっ!!?

 

 

 

何故…何故ここに……!!

 

 

 

「ドラルク公爵!? フロッシュ王!? サンタさん!? イナリ様!?」

 

「わー! ヘルメーヌ様! カグヤ姫様とイスタ姫様! イダテン神様! いつもお世話になっておりますー!」

 

 

 

揃っていたメンバーの名前を、驚愕と共に諳んじてしまう…! どうして、今まで私達がミミックを派遣してきたダンジョン主の方々がここに!?!?!?

 

 

 

 

 

 

ドラキュラのドラルク公爵、カエルの呪いのフロッシュ王、サンタクロースのサンタさん、天狐のイナリ様、泉の女神のヘルメーヌ様、バニーガールのカグヤ姫様とイスタ姫様、イダテン神様…!

 

 

揃いも揃って大物揃い…! 人魔両方の間で名の知れ渡っている有名人と有名神! 出演者としては文句ない知名度だけども…!!

 

 

「あらまあ、ほんまにミミン社長とアストちゃんやない♪」

 

「お久しぶりデース! プールの中から失礼しマース!」

 

「今回はオレらも出演することになってんだ! よろしく頼むぜ!」

 

 

私達の顔を見て、そう返してくれるイナリ様、ヘルメーヌ様、イダテン神様…!

 

 

「お餅とお団子、差し入れとして持って参りましたので」

「二人も食べてってぴょん!」

 

「私のダンジョンの薬草を提供させて貰ったんだが…このような草餅となるとは。身が竦むほど美味だ…!」

 

「ほっほっほっ。 プレゼントに欲しがる子が結構いるのもわかるのう」

 

 

そう差し入れを勧めてくれるカグヤ姫様&イスタ姫様、フロッシュ王、サンタさん…! ええ、えっと……!?!?

 

 

 

 

 

「皆さん…! あ、あの…! その……!?」

 

 

もはや混乱してしまって言葉がでなくなってしまう…! すると、イダテン神様が笑いを走らせた。

 

 

「いやな、折角お前達を紹介したんだからオレ達も出てみようってな! ちなみにオレはとある罰ゲームと車の提供だ!」

 

 

「私を含めた他の皆は仕掛け人デース! ミミック達に負けませんヨー?」

 

 

「ワシも今年の仕事が落ち着いたからのう。 ちょっとしたサプライズプレゼントじゃよ」

 

 

続けてヘルメーヌ様とサンタさんが共にピース。更にイスタ姫様が。

 

 

「私とお姉ちゃんとフロッシュさんはトリオで寸劇やるっぴょん!」

 

 

「ですが…本当に宜しいのでしょうか、フロッシュ王…? お身体が傷つくやも……」

 

 

「心配はいらないとも、カグヤ姫。私の体質…『呪い』を活かした芸なのだから。我が従者ハインリヒも説得済みだよ」

 

 

そうコッソリ話すカグヤ姫様とフロッシュ王。 フロッシュ王の呪いと言えばそのカエル姿そのものであり、『美しき者』の叩きつけで真の人間姿に戻るという……。

 

 

……カグヤ姫様もイスタ姫様も絶世の美女…。 ということは――!

 

 

「お二人ほど美しい女性であれば是非我が妃となって貰いたいところなんだが…。わかっているとも。 カグヤ姫は気になっているお相手がいて、イスタ姫は恋事に興味がないとね」

 

 

カエル姿のフロッシュ王は、そうカグヤ姫様達を宥める。そして、ぺトンと自らの胸を叩いた。

 

 

「だからこそ気にせず演技に集中し、映えるように蹴ってくれ!」

 

 

「わかりました…!」

「わかったぴょん!!」

 

 

やっぱり…! フロッシュ王、身体を張る気満々…!! 一体どんな寸劇を……!?

 

 

 

 

 

 

この面々がどのような仕掛け、そしてどのようなふざけっぷりを披露するのか今からドキドキが止まらない…! そう胸を躍らせていたら――。

 

 

「まさかまた昼間に会うとは。ミミン社長、アストくん。 ――いや、もう『レディ・アスタロト』とお呼びしたほうが?」

 

 

「ドラルク公爵! ――いいえ、私が襲爵を行うまでは、特に今こうしている間は、どうか今まで通りに」

 

 

公爵の一礼に貴族の礼で返し、そうお願いを。 ……今だから言える真実。ドラルク公爵は私達大公爵(グリモワルス)一族に次ぐ貴族なのである。

 

 

だから彼が我が社のお得意様と聞いた時は凄く驚いた。 そして公爵は私のことを察して『単なる社長秘書』と扱ってくれていたのだ…!

 

 

 

 

「では、そのように―。 ミミン社長、アストくん。あの時増員してくれたミミックは救世主にも等しかった。おかげで吾輩達はしっかりと休息を取ることができ、ダンジョンの修復も終えられたのだから。 感謝する」

 

 

再度礼を述べてくださるドラルク公爵。今度は改めて会社代表の社長が応対。

 

 

「いえいえ! お力になれてなによりですドラルクさん! その後、我が社の子達はどうですか?」

 

 

「どうもこうも、素晴らしいの一言に尽きる! これは吾輩だけの意ではない。この場に集った皆の総意だとも!」

 

 

彼はマントをバサリと翻し、その場全員を手で示す。そして、にこりと微笑んだ。

 

 

「何故、このような顔ぶれが…ダンジョン主である我らが揃うことができたのか。それはひとえに、君達が派遣してくれたミミック達が優秀であるからだ。 彼女達がいればダンジョンを空けても構わない、そう判断を下せたのだよ」

 

 

最も神格を持つ者は分霊を残してきてはいるだろうが、な。 そう話を落としつつ、私達を称賛してくれるドラルク公爵…! 多分、私が企画の参加者だったら今お仕置き受けていたかも……!

 

 

だって、顔が自然と綻んじゃって……! お尻叩かれたとしても止まらないぐらい……!

 

 

 

 

 

 

「――と、ところで! ドラルク公爵はどのようなご出演を?」

 

 

くすぐったくなりすぎて、ついタブーを聞いてしまう。しかしドラルク公爵は嫌な顔せず数秒だけ考える仕草。

 

 

「ふむ、秘密にしておくべきではあろうが……。二人になら明かしても構わぬだろう。耳を――」

 

 

そう言われ、私も社長も耳を向ける。ふんふん、そのタイミングで……へっ!?!?

 

 

「そ、そんな…!? フロッシュ王以上に身体を張っているのでは…!?」

 

「というか、とんでもなくキャラ崩壊ですね! 思い切りましたね~! ぷ…ふっ…!」

 

 

予想外の()()()を担当することに、驚愕と困惑を禁じ得ない…! 社長は既に笑いを堪えきれない様子だけど…。

 

 

「何、安心してくれたまえ。あの時のように睡眠不足でもなければ、今こうしているように魔法で多少の日の光には耐えられる。ここはダンジョンでもあるのだしな」

 

 

ダンジョンの宣伝にもなり、勘違いした者達程度簡単に追い返せる―。 そう懸念を取り払ってくれるドラルク公爵…。 けど、私は声を潜め……。

 

 

「で、ですが……怒られませんか…? 同族の方や…下手すれば、魔王様から……」

 

 

ドラルク公爵も私の一族と同じく魔王様に仕える身。だから正直な話…その一発芸は種族の名誉を怪我したと罰の雷霆を振らされてもおかしくない気がするのだ…。

 

 

「それこそまさに完全なる杞憂だとも、アストくん。 既に白日の下に晒されている我らの弱点、寧ろ定番の自虐芸なのでな」

 

 

が、ドラルク公爵はハッハッハッと高笑いを。そして……―。

 

 

「また同じように、魔王様から叱責を受けることもないと断言できよう。 何故なら―――」

 

 

……え? ドラルク公爵、突然に華麗な所作で跪いた…!? 私に向けて行ったものでは…ないと思う。 なら、誰に……。

 

 

 

「――余も、出演する故だ。 アスト・グリモワルス・アスタロトよ」

 

 

 

 

 

――――――――――――――ッ!!!

 

 

「―――っっっ…!?!?!? ぁ……ぁ……!?」

 

 

先程まで気にも留めていなかった背後で、瞬間的に膨れ上がった暴圧…!! 全てを従えるようなその波動は、全ての事象を…時すらをも凍てつかせるかの如く!!

 

 

この御力……!身に覚えがある! この御声……!聞き覚えがある!!

 

 

「わっ! 嘘うそっ…!?」

 

 

私だけではない、社長もかなり取り乱している……! それも当然…! だって今……背後にいらっしゃる御方って…!!!

 

 

 

「「せ………先代……!  先代魔王様!!!!!!?」」

 

 

 

 

「如何にも。余は『オウマ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア84世』である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――不敬を…! 御身の眼前での不敬をお許しくださいませ!」

 

 

身を翻し、刹那の無駄もなく、私は先代魔王様の前に平伏を。その際に社長は私の横に並べるように…!

 

 

間違いなんて、あるわけがない…! 身を反転させ首を垂れる一瞬、その畏れ多き巨いなる御姿を拝見できた…!

 

 

当代魔王様の影姿と似る、巨躯の身…! そして幾度となく様々な媒体で目にした精悍なる御尊顔…! 比喩表現なんて無しに周囲の空間を歪ませる魔力……!

 

 

オウマ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア84世……! 今は御隠居の身であるはずの先代魔王様!!!

 

 

 

「首を上げよ、楽にせよ。アスト、ミミン、ドラルク。 余は全てを許す」

 

 

「「「ははっ……!」」」

 

 

その勿体なき御言葉を受け、私は恐る恐る顔を上げる……。っ……! 先代様……私を見下ろしになられて……!!

 

 

其方(そち)がアスト、だな。こうして会うのは初か。 噂は聞いている。グリモア殿、そして我が娘が世話になった」

 

 

「は、ははぁっ…! め、滅相もございません…!」

 

 

直々の、お褒めの言葉……! 再度平伏を……! ……へ? 社長…?

 

 

「もう、先代様ったらマオ(当代魔王)みたい! 親子で似てるのは良い事ですけど、こういった時はもっとフランクにお声掛けくださいよー!」

 

 

ひっ……! 

 

 

 

 

 

 

「フッ。すまぬな、ミミンよ。 だが許せ。次代アスタロトとの初の顔合わせだ。こちらも威厳を持って接さなければ、な」

 

 

社長の不敬極まりない台詞に、先代魔王様は笑みを。そして卒倒しそうな私を立たせてくださった。

 

 

「―ということだ、アストよ。余もこの企画の愛好者にして、出演を快諾した身である。 実に良い役を貰った。笑って見るが良い」

 

 

余のサインは必要か? と……まさかの…おどけた顔を見せてくださる……先代様……! 私は……私は……あ…ちょっと過呼吸で……眩暈が……――

 

 

「ちょっとアストー!? もう、先代様!」

 

 

「む……。 笑わせる前に驚かせすぎたか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まんま書類にするヤツね、先代様のサイン」

 

 

……最初の打ち合わせ部屋に戻った後。結局頂いてしまった先代魔王様の直筆サインを眺めつつ、フッと笑う社長…。 先代様とも交流があるのはこの間知ったけども…それにしても気安すぎます……。

 

 

何故……先代様がこの企画に……。いや理由は仰っておられたのだけども……。大物中の大物過ぎて……! 当代魔王様が視聴なされたらひっくり返りそう……。

 

 

……先代様、言葉を交えて頂いて初めて分かったけど…。案外気さくな方だった……。最近放送のこの企画のお話で、盛り上がっちゃった……。

 

 

 

 

ま、まあそれは置いといて。……置いとく訳にもいかないのだけど……。 こんなに私達の顔見知りが出ているなんて思いもしなかった。

 

 

だから、ちょっとあの思いが再燃してしまった。『私も何らかの形で出演してみたい』という気持ちが…! 皆さんと共演してみたい……!!

 

 

 

――と、社長も同じ気持ちだったのであろう。フンスと鼻息荒く、はいはいはーい!とガーキー様へ手を挙げた。

 

 

「ガーキー様、私達もチョイ役で良いので出して頂けませんか? ()()()()、やってみせます!」

 

 

 

 

 

 

 

……へ? あのネタ、とは…? 首を捻る私を余所に、社長は宝箱をゴソゴソ。取り出したのは…って、お尻叩く用のバット!? 勝手に持ってきてた…!?

 

 

「じゃ、アスト!」

 

 

にんまり笑い、こっちを見てくる社長…! 嫌な予感…! 思わずお尻を押さえてしまうと、社長はケラケラと笑った。

 

 

「使うのは()()()じゃないわよ! これ、バットとして使う訳じゃないし! とりあえず耳貸して~……で、そこでこの台詞を……勿論、服は脱がなくていいわ!」

 

 

「ふぇっ…!? い、いや…でも…!! は、恥ずかしいんですけど……!」

 

 

「じゃあ役割逆でも良いわよ! はい、()()()()()代わりのバット! 思いっきりやってね!」

 

 

「えぇっ…! で、でも社長を叩くなんて……! それにそっちの方が絵面が危険な気が…!! ぅ…私がやられます!」

 

 

「あらそう? じゃ…べちんべちん!」

 

 

「ひゃっ…! なんで爪先……あ、もう始まって…!?」

 

 

こうなったら、とりあえずやり切るしか…! ご、ゴホン―――。

 

 

 

 

 

 

「社長、突然に爪先叩かないでください! 顎も止めてください! 脇もです! そこは…えと…毛細血管いっぱい詰まってるとこ、脇です!」

 

 

「?」

 

 

「いやだから…毛細血管がいっぱい詰まってるとこ、脇!です!」

 

 

「??」

 

 

「毛細血管がいっぱい詰まってるとこ、わ・き! ですって!」

 

 

「???」

 

 

「なんで聞こえないんですか!? この距離ですよ!?」

 

 

「毛細血管がいっぱい詰まってるとこ、脇って言うのが聞き取れなくて……」

 

 

「いやそう言ってるんですって! 最初から最後まで全部聞き取れてるじゃないですか! おかしいんじゃないですか!?」

 

 

「よっと」

 

 

「ふぅっ…ぁん……! ち……ちく……! 乳首ドリル…すな…! ひぃんっ……っちく…び…どりるす…な……! っひゃんっ…♡」

 

 

「―――駄目だこりゃ。 はいカットカット! 一旦終わりよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「もー駄目じゃないアスト、色っぽい声あげちゃ! まだネタの序盤中の序盤なのに!」

 

 

「いや……だってぇ……! 社長、服の上から的確過ぎるんですよ…! しかもなんか不必要にアレですし!!」

 

 

ネタはまあ見た通りの大失敗…。社長と私で互いに頬を膨らませてしまう。――が、その一方で……。

 

 

 

「ふぁ――っひゃっひゃっひゃっ! ええな、ええ! そのネタセレクトしたんも、恥ずかしがる様も、初々しさも! とっておきの飴ちゃんやるわ!」

 

 

ガーキー様には大好評……? ……いや多分温情で笑ってくださってるだけだと思うんだけども…。 ひとしきり笑ったガーキー様は、涙を拭いつつ首を横に。

 

 

「せやけど、色っぽ過ぎてお茶の間に流せんなぁ。堪忍やで」

 

 

ですよね…。というか多分だけど、この企画は有名人がふざけるのが見物。ほぼ無名()な私達がやってもそんなにウケは良くないと思う……。

 

 

……あ、社長わかりやすく肩を落としてる…。そしてなんか次のを考えてる感じの顔してる!?

 

 

このままじゃなんかもっと過激なことさせられそう…! 出演してみたいのは山々だけど、これ以上は……!

 

 

「まあまあミミンちゃん、んな身体張らんでもええ。 実はな…二人にもやってもらいたいことがあるんや! 勿論、出演という意味でやで!」

 

 

 

 

 

「「えっ!! 本当ですか!!」」

 

 

「嘘や! …いやいや嘘というのが嘘や! 怖い顔せんとって! まあ声だけの役なんやがな、この役を……―――」

 

 

私達をそう宥め、ガーキー様はコソコソと。どんな役を……っ!?

 

 

「――えええっ!? た、大役中の大役じゃないですか!」

 

「ホントのホントに宜しいんですか!? ホンマですか!?」

 

 

「ホンマやホンマ! 2人共ええ声しとっからなぁ! まあ出来ることなら()()でやって貰いたいんやが、流石にキツイやろしスポット参加で……」

 

 

「いえ! 魔法を使えば丸一日程度なんてことありません! 良いですよね、社長!」

 

「モチのロンよ! 24時間戦えますし、喋くり倒せますとも! まあこの役、台詞決まってますけど!」

 

 

寧ろやらせてくださいと二人揃って頼み込む……! 対するガーキー様の返答は……!

 

 

 

「最高にえ~え返事やないかい! それじゃ、頼むで!」

 

 

 

――やった!!!

 

 

「はい!やらせていただきます! ……笑いを堪えるのが大変そうですが…!」

 

 

「デデーンと執行させていただきまーす!」

 

 

 



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人間側 とある芸人達と使い①

 

【晴れやかな空の朝。とある広場に五人の芸人が集められる。 そう…今回もまた、あの企画が始動する――】

 

 

「はー。また来たなぁ、これ」

 

「なんなら今からケツ痛いわぁ……」

 

「今年はどんなんなんでしょうねぇ」

 

「変わらず気合入ってるとか聞きましたけど」

 

「嫌やあ……」

 

 

【揃った五人…ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、ホーセ。 彼らの前に、いつものあの使いが】

 

 

「よう揃ったな、皆。 皆のダンジョンがいっ…ガイド役を務める、先輩魔物のフジラワや。 見ての通り、悪魔族や。 今日一日、よろしくな」

 

 

「今年はそういう趣向かぁ」

 

「ダンジョン行くんすね」

 

「似合ってへんねんあの衣装……」

 

 

「さ、とりあえず正装に着替えてくれるか。 そこに着替えボックス用意があるから」

 

 

 

【悪魔族フジラワに促され、それぞれの着替えボックスに入る五人。今回はどのような衣装が用意されているのか?】

 

 

「着替え終わったみたいやな。じゃ、1人ずつ出て来てくれるか。 まずはマツトモ」

 

 

「はい。 よっと…角が…」

 

 

「ほう、マツトモは鬼族だったんやな。道理で身体ムキムキやと思ったわ。 じゃあ次、タカナ」

 

 

「はい……」

 

 

「なるほど、タカナは妖怪族のカッパやな。 頭の皿が輝いてるわ。 じゃあ次、エンドオ」

 

 

「はい。 付け耳、これでいいんすかねぇ」

 

 

「ほー。 エンドオはエルフやったんか。 道理でイケメンやと思ったわ。 じゃあ次、ハダマ」

 

 

「…………。」

 

「…フッ…!」

「ッハ…!」

「ふふっ…」

 

 

「おおー! ハダマ、希少種族のイエティやったんか! もしかしてと思ったら、もしかしてやったなぁ。 じゃあ最後、ホーセ」

 

 

「……いやあの、これヤバないすか!?」

 

 

「はー。ホーセはスライム族やったんか。しかし変わった姿やな。青い玉ねぎの着ぐるみみたいや。 しかも胴体のとこに、にやっと笑った顔が……」

 

 

「いや、その顔の目のとこ、黒線で目隠しされてるんやけど!? これ、どう見てもド……」

 

 

「ほな、そろそろ車が来るから並んでくれるかー」

 

 

「ちょっと!!」

 

 

 

 

 

 

【何はともあれ、魔物に扮した五人。するとそこに、ダンジョン行きの車がやってくる――】

 

 

「ん? あれ? いつもと違うなぁ?」

 

「でもあれですよ。『ガーキー禿げ光りダンジョン行き』って書いてありますし…」

 

「前まで乗合馬車でしたよね?」

 

 

「これはな、『バス』や。 イダテン神様にお願いして貸して貰ったんや」

 

 

「ハァッ!? あのイダテン神様に!?」

 

「……ということは…」

 

 

 

「おうとも! オレが運転だ! 安心しろって、目的地までは安全に行くからよ!」

 

 

 

「―――ぅおお!?」

 

「マジやん…! マジのイダテン神様やん…!」

 

「ここで登場って…勿体なさ過ぎません……?」

 

 

 

「まあ良いから乗れって! あ、そうそう。乗ったら『笑ってはいけない』スタートだからな? それと、フジラワ?」

 

 

 

「そうです。っあ、そや。 今回、他の先輩魔物達も参加してくれとる。 まず『ケツ叩き隊』は、ダンジョンお仕置き部隊の種族が担当してくれる。 この方々や」

 

 

「わっ!? バス?ん中から宝箱が降りてきた!?」

 

「あっ…! 僕知ってます、彼女達『ミミック』っていう種族の…」

 

「冒険者が怖い魔物№1っていうあれか……!」

 

「いつもの目出し帽やなくて、舞踏会とかの黒マスクなんやな」

 

「鞭使い上手そうっすね……。アッ怖…! バットと触手振り回しとる…!」

 

 

「そしてもう一つ。 お仕置きのためのアナウンスは、お仕置き部隊の隊長達が務めてくれとる。 このお二方や」

 

 

『どうもー! アナウンス①、隊長です!』

 

『アナウンス②、副隊長です…! 本日はよろしくお願いいたします…!』

 

 

「あら可愛い声」

 

「録音じゃないねんな。……丸一日二人でやるんか?」

 

「あれどっかで聞いたことあるような……魔界にロケ行った時…?」

 

「あーわかる。 なんか、どっかの会社のCMだっけか?」

 

「とりあえず、厳しそうじゃなくて良かったぁ…――」

 

 

\デデーン/

『ホーセ、OUT!』

 

『いや社……隊長、まだですまだです。まだ始まってません。 ですがこの後なら、存分にどうぞ』

 

 

「怖ぁ……」

 

 

 

 

 

 

【何はともあれ、五人は乗車。 横一列の席に座らされ、バスは動き出す。 笑ってはいけないダンジョン、開幕である――】

 

 

 

「……この目の前の席に色々と来るんですかね」

 

「せやろなぁ。わざとらしいもん」

 

「わざとらしいと言えば、マツトモさん、あの後ろの席の……」

 

「ん? ―――――っ。 …さっきのミミック達、なんやろけど……座席に宝箱並んでるのウケるなぁ……」

 

「あれなら今回も乗合馬車でよかったんじゃないすかね。それなら商品輸送みたいで……」

 

「「フッ……」」

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、エンドオ、OUTぉ~!!』

 

 

 

「…いや卑怯ちゃう? アゥッ!」

 

「ツッコんだら負けだったんですよ…ゥッ! あぁほら、ケツ叩き終わった宝箱が床滑ってって、席に…はい、ちょこん」

 

「「「「フフッ…!」」」」

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、ホーセ、OUT!』

 

 

「おいエンドオ…!」

 

()て! すんません!」

 

 

 

 

 

【早速洗礼を受けた五人を乗せ、バスは進む。 そして、笑いの刺客達が次々と襲い来る――】

 

 

 

「あ゛ー…この座席、柔らかくて助かったわぁ…。もう結構痛いもんケツ」

 

「この企画専用車両なんですかね。 イダテン神様に手ぇ合わせとこ」

 

「俺も…。 ―しかし、さっきのは酷かったですね。あの大物歌手が鼻にクワガタ挟みだして…」

 

「俺はその後の、あの大物アイドルがパンツ一丁で現れたのがヤバかったわぁ…」

 

「んなこと言ってたらまた停まったで。はーもう…次は誰や?」

 

 

 

【停留所に停まり、バスの扉が開く。 そこで現れたのは―――】

 

 

「おねーちゃん! 早くするっぴょん! バス行っちゃうぴょん!」

 

「待って、イスタ…! よかった、間に合って…!」

 

 

 

「おわっ…! すっごい美女二人…!」

 

「って、イスタ姫様とカグヤ姫様だ…! バニーガール族のお姫様二人ですよ…!」

 

「あぁあのダンジョンの…! あそこの団子、ごっつい美味いよな…!」

 

「ロケで何度お世話になったかわからんわー。しっかし姫様姉妹でとは…」

 

「まーたどえらい大物を……服、村娘やなぁ」

 

 

 

【なんと、絶世の美女で知られるカグヤ姫様とイスタ姫様。 普段のバニースーツではなく村娘の服を纏い、何をしでかすのか――】

 

 

「…まだ出発しないっぴょん!? 運転手さん、早く出してっぴょん!」

 

「急がないと、あの方が……!」

 

 

 

「…なんか、焦ってるみたいですね」

 

「誰かが追いかけて来てるって感じやな」

 

「お、来たみたいですよ」

 

「誰や…? ――ッ!?」 

 

「か…カエルぅ!?」

 

 

 

「おぉ間に合ったみたいだ! カグヤ、イスタ、追いついたぞ!」

 

 

 

【現れたのは、如何にも王子の恰好をした、カエル姿の男性。彼は――】

 

 

 

「フロッシュ王様……ですよね、あれ…!?」

 

「『悲劇の王子』として有名な、カエルの呪いをかけられた…あの方やんな…!?」

 

「出るんか、この企画に……!? 出てええんか……!?」

 

 

 

【呪いをかけられ国を追われ、今は雨季雨季ダンジョンの主となった、()のフロッシュ王。 まさかのコラボ、実現――!】

 

 

 

「なぜ逃げるんだ、2人共! 私の后となって欲しいと頼んでいるのに!」

 

「それは先程からお断りさせて頂いて……!」

 

「嫌ったら嫌っぴょん!」

 

 

 

「うわー…。 確かフロッシュ王様の呪いって、『愛する者のキス』で解けるんでしたっけ…? で、まだお相手がいないと…」

 

「確かな…。あと、『美しき者の叩きつけ』で一時的に、やった気がする…。 どちらにせよ、ネタにしてええんか…?」

 

「とにかく、見守ってみましょう…?」

 

 

 

「――そう言わないでくれ! 一目惚れしたんだ! 頼む、どうか私と共に!」

 

「いえ、ですから…! あの……!」

 

「嫌なものは嫌なんだっぴょん! 早くどっかいくぴょん!」

 

「何故なんだ…! 私の城には美味しい野菜が沢山ある! 勿論食べ放題だとも!」

 

「その前に湿気でウサ耳カビまくるっぴょん! あと!カエルぴょこぴょこ五月蠅いっぴょん!」

 

「いやそこはお互い様じゃないかな!?」

 

 

 

「「「ふっ…!」」」

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUTぉ~!』

 

 

「こんなくだんないので……アァッ…!」

 

「二人の独壇場やん……アゥッ…!」

 

「豪勢な舌戦ですね…イッ…!」

 

 

 

 

「――くっ…! イスタはなびいてくれないようだな……ならば…カグヤよ!」

 

「は、はい…!?」

 

「頼みの綱は君だけだ! どうか私の后に! さあ、既に式場の用意は済んでいる! すぐに向かおう!」

 

「い、いえ、ですから……その…! きゃっ……!」

 

「お姉ちゃんの手を離すっぴょん! 引っ張っていこうとするなっぴょん!」

 

 

 

「あーあー…カグヤ姫様が翻弄されとる」

 

「人気者は辛いですねぇ。 あ、とうとうフロッシュ王が立って引っ張り出して…」

 

「――お? イスタ姫様も急に立って……?」

 

 

 

「もーう許さないっぴょん! このぉ……食らうっっっぴょーんっ!!」

 

「なっ…! ゲコォッ!?」

 

 

 

「「「「「はっ!?!?!? ドロップキック!?!?」」」」」

 

 

 

 

 

「嘘やん…! ものっそい綺麗に良いの入って、吹き飛ばされたで…!?」

 

「そういえばバニーガール族は蹴りが凄く強いとかなんとか……!」

 

「うお…! おい、あのポールひんね曲がっとるぞ…!」

 

「下手すれば死んでるんじゃ……!?」

 

「――っあ…! フロッシュ王、動いて……! わっ…!?」

 

 

「「「「「えっらいイケメン!!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

「おぉ…! 呪いが解けた!! 感謝するイスタよ!」

 

「えっ…そ、それほどでも…ぴょん……?」

 

「フッ…! この姿ならば拒まないだろう! さあカグヤ、私と式場へ行こう!」

 

「あ、あの……」

 

「どうやらまだ気が向かないみたいだな。なら…これでどうだ。 ――私が顎クイすることで、喜ばぬ女はいなかった!」

 

 

 

「おぉ…! 積極的っすねぇ…」

 

「あれは流石に惚れてまうんちゃうか?」

 

「…いや、カグヤ姫様の肩が震えて……」

 

 

 

 

「――あのっ! もう…止めてくださいっ!」

 

「ぐあぁッ!?」

 

 

 

 

「うおっ!? すっごいビンタ!?」

 

「思いっきし入った…!!」

 

「うわカグヤ姫様も立ち上がって……! まさかぁ……!?」

 

 

 

 

「しつこい人は…………嫌いなんですっ!!!」

 

「ゲゴォオオオッ!?」

 

 

 

「「「「「やっぱり、ドロップキックや!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

「ハッ…! (わたくし)ったら、はしたないことを…! し、失礼いたします…!」

 

「あっ! お姉ちゃん、待ってぴょーん!」

 

 

 

「あ、降りてっちゃった…」

 

「えっぐいモン見たわぁ……。普通の馬車やったら壁貫通しとるで絶対…」

 

「あのカグヤ姫様の蹴り技って、とんでもなく貴重なんでは…?」

 

「普段、お淑やかの極みみたいな方ですのにね……」

 

「んで、フロッシュ王様が…生きてるかあれ……? あ、生きてた」

 

 

 

「く……駄目か……。これで……339回目のプロポーズ失敗…。 私の何が…駄目なんだ……」

 

 

 

「なんでやろうなぁ…」

 

「しつこいから、なんでしょうねぇ…」

 

「うわ、目の前まで来てこっち睨んでくるやん……。 なに…なに……?」

 

 

 

「――――彼女、募集中です。 ……げほっ…」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

「身体張りすぎやねん! ッァ…!」

 

「耐え切れなくてえずいとるやんもう…! ィッ…!」

 

「王族コラボのとんでもない恋愛劇でしたね…。 ッ……!」

 

「どっち側もよくオファー受けましたよ…。いっ…!」

 

「フロッシュ王様、結構今を謳歌してそうやなぁ…。 うぐっ…!」

 

 

 

 

【数多の刺客を退け、バスはようやく目的地へと。 しかしここから、ダンジョンでの長い一日が始まるのである――】

 



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人間側 とある芸人達と使い②

 

「皆、着いたで。 ここが『ガースー禿げ光りダンジョン』や」

 

 

「おおぉ~…! 趣あんなぁ」

 

「洞窟遺跡型なんですねぇ」

 

「こん中、蟻の巣みたいになってんやろな」

 

「…なんか既に、走り回れそうな広場が横に……」

 

「嫌な予感しかせんわぁ……」

 

 

 

【ダンジョンに到着した五人は、フジラワに導かれその入口へ。 まずは、いつもの――】

 

 

 

「一旦ここで止まってくれ。 この石像、誰かわかるか?」

 

 

「…ガーキー様、すよね」

 

 

「そや。 このダンジョンの創設者にして初代主、ガーキー様や。 最も、今は御隠居の身や」

 

 

「そうなんすねぇ」

 

 

「そうなんすや。 …あっ、そうなんです、いや…そうなんや!」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、タカナ、OUTぉ!』

 

 

 

 

「しょーもない噛みで笑うの止めたいわぁ…。 ッィ…!」

 

「ボーッとしてると結構キクんすよねぇ……。 いたっ…!」

 

 

「あ、見てくださいハダマさん。ほら、今ケツ叩いたミミック達が…カメラ外に出て……箱になって、ちょこん」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

「止めえ言うたろエンドオ! アゥッ!」

 

「いて…! すみません…! 痛ぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「――話戻すで。 ガーキー様が御隠居されたから、今は別の方がダンジョン主を務めてる。 まずはその方に会いに行くで…――」

 

 

「――待つがいい、フジラワ。 その者達は、貴様が言っていた新入りとやらか?」

 

 

 

「ん? 誰や…?」

 

「ダンジョンの中からでしたね」

 

「中、暗くてよく見えんわぁ…」

 

「あ、姿が」

 

「あれは……。 って、わぁっ…!?」

 

 

 

【ダンジョン内に入ろうとした彼らを止めるように、入口に何者かが。 その正体は――】

 

 

 

「新入りよ。我が名はドラルク。 見ての通り、ヴァンパイアだ」

 

 

 

「嘘やん…!! 今度は公爵閣下やん……!」

 

「大丈夫なんですかね…? 色々と……?」

 

「おっそろしい人選しとるわぁ……」

 

 

 

【なんと、魔界公爵が1人、ヴァンパイアのドラルク閣下。 普段はご自身のダンジョンにて、冒険者を迎え撃っている名うての実力者だが――】

 

 

 

「ふむ。中々の顔ぶれだ。鬼、カッパ、エルフ、イエティ、スライムか。 ならば一つ、新入りの実力試しだ。 手合わせを願おう!」

 

 

 

「えぇ…!? なんでそうなるんすか…!?」

 

「こわいこわいこわいこわい…!」

 

 

 

「止めるんや、ドラルク。 まだ一日体験の子達や」

 

 

 

「もっと言うたってぇ…!」

 

 

 

「その頼みは聞けぬな、フジラワ。 では新入り達よ、構えるがいい!」

 

 

 

「いやマジで来るんか!?」

 

「こわいこわいこわいこわいこわいっ!!」

 

「むっちゃ武闘派やん! うわ力貯めてこっち来る!!」

 

「ヤバいヤバいヤバい! ……って、あっ…!」

 

「そこ日光が照って……!」

 

 

 

 

「グワ――――――――――ッ!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

 

「一瞬で塵とコウモリになっとるやん……! イッ…!」

 

「凄く強そうに出てきたのに……。 タッ…!」

 

「やっぱりヴァンパイアだから光に弱いんすね…。 アッ…!」

 

「身体張らせすぎちゃうか…? ウッ…!」

 

「あれ生きてるんすかね…? ツッ…!」

 

 

 

「フッ…。 吾輩を日光の元に誘導して倒すとは…中々の策士。 有望な新入りのようだ」

 

 

 

「あ、良かった。元の姿に戻った」

 

「いや自分から日光に出てきただけやん…」

 

 

 

「できれば再戦を願いたいものだな。次はこうはいかんぞ。 では、さらばだ!」

 

 

「皆、凄いな。 あのドラルクを容易く退けるなんて。 見込んだだけあるわぁ」

 

 

 

「いやだから、勝手に日光の元に出てきただけやん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダンジョンの実力者ドラルクを倒し、一行はようやくダンジョンの中に。 まず案内されたのは……】

 

 

 

「皆、ここが現ダンジョン主がいる最奥の間や。まずは挨拶しとかんとな。 失礼します」

 

 

 

「失礼しますー。 うわ、ここも雰囲気あるなぁ…!」

 

「廊下?もそうでしたけど、THEダンジョンって感じですね」

 

「……で、あれなんや…?」

 

「真ん中に何かありますね……」

 

「水溜まり……いや、泉…?」

 

 

 

 

「――よく来たデース! ダンジョン主として、歓迎しマース!」

 

 

 

 

「わぁっ!? 泉が湧き立って…!?」

 

「水ん中から登場ってことか…!?」

 

「んでこの口調って…もしかして……!?」

 

 

 

「初めましてデース! 私がこのダンジョンの主の、魔女のヘルメーヌですヨー!」

 

 

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

「泉の女神様やんもう…! イダテン神様然り、神様を雑に扱い過ぎちゃうか? あぐっ…!」

 

「そもそもなんで神様にオファー出しとるん…? いやガーキー様も神様やけども…。畏れ多い…。 イァッ…!」

 

「よう祟らんでくれてますよね……。 うっ…!」

 

「というか、超ノリノリですやん……。 たっ…!」

 

「な。魔女帽まで被って杖もって……。 ッたぁ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

【なんと、登場したのはあの『泉の女神』、ヘルメーヌ様。 まさかの御出演に一同、驚愕】

 

 

 

「えート。 鬼族のマツトモさんに、カッパ族のタカナさん。エルフのエンドオさん。この禿げ光りダンジョン、楽しんでいってクダサーイ!」

 

 

 

「あ、はい」

「有難うございますー」

「よろしくお願いしますー」

 

 

 

「良いお返事デース! そして…ハダマ…さん? あなたの種族は……」

 

 

 

「…イエティ、らしいです…」

 

 

 

「oh! そうでしたカー! 私てっきり、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラな種族かトー! だって、雰囲気的にシルバーバックなボス猿さんデスシー!」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、タカナ、エンドオ、ホーセ、OUTぉ!』

 

 

 

「結局今回もそこなんやなぁ…。 いてっ…!」

 

「まあイエティの恰好で出てきた時からアレでしたけど……。 あっ…!」

 

「そこなんすよ…。 今回服女装じゃなくて毛むくじゃらイエティだから、その分…。 あゥ…!」

 

「強調されてますわぁ…。 女装以上に直視できませんわぁ……。 うぐっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

「そして最後は……スライムのホーセさんですネー! あ、でも貴方……」

 

 

 

「痛て……へ? 僕、なんかありました?」

 

 

 

「ハーイ! どうやら、今の姿が気に入らないご様子。 良かったら、別の姿に転生させてあげまショー! この泉の中に入れてクダサーイ!」

 

 

 

「別の姿…? あ、その服をヘルメーヌ様の泉に入れるってことじゃ?」

 

「えっ! てことは…泉の女神様のお力が見れるということなのでは…!?」

 

「でも脱げって、それ簡単に脱げるんか?」

 

「あぁはい。 これ見た通りの着ぐるみなんで、ここをベリッて剥がしたら…よいしょ」

 

「フッ…。 中、全身青タイツやったんか……」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、ハダマ、OUT!』

 

「「ッテァ…!」」

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…じゃあヘルメーヌ様、失礼します…。 ……これ入るんか? あ、沈んでった……」

 

 

 

「では、いきますヨ~! そ~れっ! ビビデ☆バビデ☆ブー!」

 

 

 

「おー…! ヘルメーヌ様が沈んでって、泉が光っとる…!」

 

「あ、出て来ましたよ。 何か持って……フッ…!」

 

 

 

「貴方が落としたのは、このカラフル三段タワーのスライム姿? それとも、このクラゲみたいな回復スライム?」

 

 

 

「いや結局スライムのままですやん!? 結局、両方とも目のとこ黒線引かれてますしぃ!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、タカナ、エンドオ、ハダマ、OUTぉ!』

 

 

 

「てっきり転生いうから、別種族の服にしてくれるかと…。 だっ…!」

 

「まあ確かにさっきのよりかは強そう?ですかね…? や゛っ…!」

 

 

 

 

 

 

 

「サ! ホーセさん、どっちを落としたんデス?」

 

 

 

「えぇ…。 どっちと言われましても……」

 

「正直に答えなきゃ全没収かもしれんぞ?」

 

「そやそや。 そういうルールでやっとる御方なんやから」

 

「え゛。 でも答えたら答えたで……。 あー……普通の、スライムです!」

 

 

 

「ワーオ! 貴方は正直者デース! 御褒美に、三つとも差し上げマース!」

 

 

 

「ほらやっぱりぃ!」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、タカナ、エンドオ、ハダマ、OUT!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ササ! お好きなのを着てくだサーイ!」

 

 

 

「そう言われましても…。この三段のは足まで覆って動きにくそうだし…こっちのは触手のびらびらが邪魔やし……。 じゃあ最初ので……うわやっぱ濡れとるぅ……というかなんかプルプルしとるぅ……」

 

 

 

「やっぱり基本が一番ですネー! お似合いデース! じゃ、この二つは……片付けちゃいまショー! ソーレ☆」

 

 

 

「――へ? うわあっ!?  勝手に動き出した!? なんで!?」

 

「なんやこれ…!? 人が入っとんのか!?」

 

「いやでも足とか手とか出てませんし…。 え、どういう……!?」

 

「うわ俺らの周り、ぐるぐる周り始めた…! ごっつ怖ぁ…!」

 

「人サイズだから、凄いでっかい圧が…! …あっ、三段の方から顔が出てき……――うわミミックですやぁん!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

「にゅって真顔出してくるのはズルいやろ…! しかもマスク、黒目線のになっとるやん…! 合わせんでええねん…! 痛っ…!」

 

「タワー、四段になりましたね…… あぅっ…!」

 

「宝箱だけやないんやなぁ…。 いぇっ…!」

 

「つぁっ…! あれ、じゃあ、あっちのクラゲの方は……あれ、触手増えてません…?」

 

「ホンマや…。触手型のミミックてヤツか…? うお急にスクワット始めよった!? いやむっちゃ動くやん!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、OUT!』

 

 

 

「「ったぁっ…!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーイ! じゃ、お片付けの時間デース! カモーン!」

 

 

 

「あ、ヘルメーヌ様魔女帽を取って…。 わっ!?」

 

「着ぐるみが…帽子に向かって…!?」

 

「いやぶつかるっ……! ……っえぇぇ……?」

 

「……え。どこ消えたん? は? 帽子ん中か!?」

 

「嘘やん…!? ヘルメーヌ様のお力か? それとも、ミミックの能力か…?」

 

 

 

「クルリンパ☆ それじゃ、ダンジョンを楽しんでくだサーイ!」

 

 

 

「あぁ…。帽子被り直して水ん中に沈んでった……」

 

「結局どっちの力だったんやあれ……?」

 

「ん? 何か浮かんできましたよ?」

 

「なんや? ……ハッ!? あれって…カツラか!?」

 

「色合い的に…ヘルメーヌ様の髪色ですよね…!? えっ、どういう…!?」

 

 

 

「それじゃあ皆、部屋に案内するで。 こっちや」

 

 

 

「いやアレには触れないんかい!」

 

「「「フッ…!」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、エンドオ、ホーセ、OUTぉ!』

 

 

 

「ツッコミなきゃ耐えられたんのにぃ…。 いたあっ…!」

 

「…あれ多分、また後で出る布石ですよね…。 ッア…!」

 

「本当嫌な予感しかせんなあ……。  ダァッ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダンジョン主であるヘルメーヌ様に挨拶を済ませ、五人は部屋へと。 そしてここでもまた、毎回恒例の――】

 

 

 

「はぁあ……。そりゃあるよなぁ、引き出し……」

 

「気が重いわぁ……よいしょと」

 

「でもなんか、机もダンジョンぽいっすね。年季入ってそうな…」

 

「壁もしっかり岩ですし、灯りも松明型ですし…あ、武器立てとかもありますよ」

 

「…んで、しっかり『あれ』もあるで……」

 

 

 

「あれ? うわっ……宝箱や……。しかも堂々と……」

 

「そらダンジョンやからなぁ…あるやろなぁ……」

 

「さっきからミミックにケツしばかれまくってますから、怖なってきました…」

 

「番号とか書いてませんし、多分すぐ開けられるやつですよあれ……」

 

「そして開けたらミミック飛び出してくるんちゃうか……?」

 

 

 

「「「「「…………。」」」」」

 

 

 

「…エンドオ、行け」

 

「僕ですか!? ……わかりました」

 

「うわ怖…! 距離とっとこ…」

 

「蓋に触れた瞬間、バクーっといかれるかもなぁ…」

 

「おっそろし……」

 

 

 

「――はい…! 目の前までつきました。 で、手を……あ、なんともない」

 

「もう一気に開けたほうが気が楽ちゃうかな」

 

「そうしますー…。 せーの……はいっ!  っ……あ、あれ?」

 

 

 

「――…なに? なんともないんか?」

 

「は、はい。 中、空です」

 

「なんや驚かせよってからに…。じゃあ引き出し開けよか」

 

 

「あ、じゃあ席に戻ります。 よっー―ウバババババッ!?」

 

 

 

「はっ!? どしたエンドオ!?」

 

「蓋閉めた瞬間…! 電撃が……! ビビビビッてぇ…!」

 

「あー…そりゃ災難やったな……フフッ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、ホーセ、OUT!』

 

 

 

「閉めたら起動するタイプやったかぁ…。 ツァッ…!」

 

「気が一番抜けた瞬間狙われましたね…。 イッ…!」

 

「ミミックやのうて、トラップ宝箱だったんか…。 アァッ!」

 

「そういうパターンもあんねやな……。 グッ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー痛…。 でもこれで安心して引き出し開けられますね。 誰から行きます?」

 

「ほな。俺から行くわ。 マツトモ、開きます―。 ……ここはハズレやな」

 

「まだわかりませんよ…? 何が入ってるか……」

 

「せやなぁ。 でも、ビリっと2つはないやろうから安心して――うおわっ!?」

 

 

「―!? え、どうしたんですかマツトモさん…!?」

 

「……ふっ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、OUTぉ!』

 

 

 

「いたぁっ…! …なるほど、そういうパターンだったんやなぁ……」

 

「どういうことです?」

 

「ちょっと全員こっち来てくれんか? 一回ここ閉じるから」

 

「なんです?」

 

「なんや?」

 

「何が入ってたんすか…?」

 

「ええか? そーっと…………ほら」

 

 

「「「「ふふっ…!」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、タカナ、エンドオ、ホーセ、OUT! マツトモ、OUT!』

 

 

 

「なんで引き出しん中でミミック寝とんねん…! アウッ…!」

 

「あの電撃トラップと場所入れ替わってるんすねぇ…。 いっ…!」

 

「ご丁寧に『起こさないでください』って札まで…。 った…!」

 

「朝早かったんやろなぁ…。 ムゥッ…!」

 

 

 

 

「――で、どうしますそれ?」

 

「起こすな書いてあるんだから、起こしちゃいかんやろ。 戻そ」

 

 

「「「「「フッ…!」」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

「スーッと仕舞われていくのズっルいわぁ…。 だァッ…!」

 

「ミミックのおかげで全部の引き出し怖なってきましたよ…。 マァっ…!」

 

「つあっ…! …流石ダンジョンのお仕置き部隊やなぁ。そこかしこにいるんやろうなぁ」

 

「ですねぇ…。 今後もどこで出てくるか……」

 

「――あ。耳を澄ませたら……引き出しミミックの寝息が……」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

「やめーやもう! ったぁっ…!!」

 

 

 

 

【ミミックの恐ろしさを垣間見た五人。 しかしまだまだ、魔物達の饗宴は始まったばかり――】

 



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人間側 とある芸人達と使い③

 

 

「さっきのキツかったわぁ……。ジミーの奴が酒場主人になって、魔物達の注文に応えてくやつ…」

 

「ひとっつも応えられてませんでしたけどね…。全部トンチンカンな…」

 

「コボルトに向けて犬の唸り声で返すの、酷かったっすね……」

 

「あと、アルラウネが柑橘系のカクテル欲しがっとるのに、聞き取れないでずぅっと『カンキツケ?』で返すのが……」

 

「あーダメや…! 思い出すだけで……ふふっ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

「痛ぁっ…! あとアレっすね、週刊誌の……」

 

「あーあれな。『週刊モンスター』の嘘記事…。 俺の筋トレでネタ書かれとったな。何が『鬼のような苛烈さ!!』やねん…!」

 

「あとハダマさんのネタも。まるで本当にマジもんのイエティのとこ取材に行ったんじゃないかって本気っぷりでしたね」

 

「写真の顔全部、俺やったけどな…!」

 

 

「フはッ……!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

「痛あっ! はーもうやめやめ! いつまで思い出し笑いでケツ叩かれなきゃいかんねん!」

 

 

 

 

 

【引き出しネタを存分に味わった五人。 と、そこへ―――】

 

 

 

 

 

「皆、ちょっといいか」

 

 

 

「なんやフジラワ」

 

「どうしたんすか?」

 

 

 

「今からダンジョン外の広場で、冒険者対策としての訓練を行う。 皆も参加してくれ」

 

 

 

「うわ来た……」

 

「やっぱあそこ使いますよね…」

 

「はぁ……行こかー……」

 

 

 

【フジラワに呼ばれ、全員ダンジョンの外へと。 待ち受けている訓練とは一体――?】

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、用意された服に着替えた訳やけど……」

 

「いつもの運動ジャージっすね…」

 

「僕の皿の被り物や、エンドオの付けエルフ耳、ハダマさんとマツトモさんのモサモサ被り物や付け鬼角は残したままなんすね」

 

「まあ魔法でもかけられとんのか、ずり落ちたり蒸れたりはないけどな。 あとは……フッ…」

 

「なんでこっちみて笑うんすか! 僕はデカいスライム着ぐるみ外せたから嬉しいですよ! 結局ジャージに黒目線入りのあのにやけ顔書いとりますけど!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、OUTぉ!』

 

 

 

「こっち向かんで欲しいわぁ……。 ぐぅっ…!」

 

「だぁっ…! 痛て……。 で、あそこも使えるんすかね、なんかせり出した遺跡ダンジョンみたいなとこ…」

 

「ま、せやろな。 入口何箇所かあるし。 使えってことやろ」

 

「んで、端の方には見慣れた、ドクロマーク付きの黒くてデカい表彰台みたいのありますし…。 ということは……」

 

 

「うおわっ!?」

 

 

 

「何!? あ、マツトモさんが捕まって連れてかれとる……。 んで、透明ボックスに閉じ込められてますわ……」

 

「いつものやな。 てかあれ、ミミックやん……」

 

「ですね…。 全身黒タイツで、真っ黒宝箱……。まさか……」

 

「マジで『お仕置き部隊』なんやなぁ……」

 

 

 

「皆、集まったようやな。 …マツトモ、囚われのお姫様と言ったところか」

 

 

 

「んな柄やないやろあいつ…。 あんなムキムキ爺の姫様、こっちから願い下げやぞ」

 

「「「フッ…!」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『タカナ、エンドオ、ホーセ、OUT!』

 

 

「「「ったぁ……!」」」

 

 

 

 

 

「ええか? まだ一日体験の新入りとはいえ、ダンジョンに棲む以上、冒険者と渡り歩く術を身につけんといかん。 だから、体力作りの訓練や」

 

 

 

「はぁ。そんで?」

 

 

 

「今から、ミミック達が鬼役として四人を追いかけてくる。皆はそれから逃げながら、どっかに隠してある鍵を見つけてマツトモを救出するんや」

 

 

 

「やっぱミミックがやるんすね……」

 

「そして、ミミックに捕まったら…?」

 

 

 

「勿論、お仕置きや。その内容はミミック達の服や箱に書いてある。 そうそう、訓練中は笑って構わんけど、『捕まってはいけない』からな」

 

 

 

「はあぁ……。 なんか恐ろしさ増した気がするわぁ…」

 

 

 

「因みに、時間経過でミミック達は増員されるからな。気をつけるんやで。 ほな――」

 

 

 

 

 

『『捕まってはいけない、スタート!!』』

 

 

 

 

 

 

「おぉ…! 開始の合図、アナウンスの嬢ちゃん達がするんか…!」

 

「そういえばお仕置き部隊の隊長達でしたね…。 元気いっぱいやなぁ……」

 

「って、んなこと言ってる間にミミック飛び出して来ましたよ!」

 

「『スリッパ』や! 逃げましょ!!」 

 

 

 

「待て待て待て…!! 嘘やん…!」

 

「あー駄目だ…。 早速ハダマさん捕まった…。ミミックの走り、速いなぁ……」

 

「わ、箱ん中からスリッパ取り出した…! でも箱入りで背ぇ低いのに、どうやって頭叩くんやろ」

 

「あっ、触手か! って、背もニョッて伸ばせるんか…! 何でもありやな…。 って、マズッ! 『ハリセン』も出てきた!」

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

「――鍵見つかりました?」

 

「まだや。 どこにあんねやろ」

 

「というか、そろそろ時間が……」

 

 

 

『10分経過! ミミック、増員っ!』

 

 

 

「うわ来た! なんや、何が増えた…?」

 

「えーと……『ゴブリンズバット』と『ケンタウロスキック』ですね…! なんかどっちもヤバそうな感じが…!」

 

「うわ来た来た来た!  ゴブリンの方が来た!」

 

「うわぁっ! うわあ……」

 

 

 

「あ、エンドオのヤツが捕まった。何されるんやろ」

 

「ん? わっ!? ミミックの箱の中からゴブリンが三体出てきた!?」 

 

「そんなことも出来るんやミミック…。 あ、ゴブリン達ケツバット持ってますやん。 で、それを…」

 

 

「痛たたたたたたっっ!!!?」

 

 

「うわー…。エンドオのケツ、太鼓みたいに連打されとる…。痛そ……」

 

「そやな……」

「痛そやな……」

 

「へ? なんでお二人とも離れてって……。……うわ…。『ケンタウロスキック』やん……」

 

 

 

 

「ケツ痛ったぁ……。 次、タカナですか?」

 

「ケンタウロスキックやって。 お、ミミックが……」

 

「今度は…わっ! 高跳びとかで使うマットと…でっかいキックミット出てきた…! どうやって入ってんやあれ…?」

 

 

「え、これ持つの? マジで? 嘘でしょ…?」

 

 

「うわタカナ、キックミット持たされとる…。ということは……」

 

「あ。向こうからケンタウロス走って来とるで。 って、むっちゃパカラッパカラッ言わせとるやん!」

 

「蹴り強そうっすね。 お、こっちきた。 そんで、タカナに足向けて……」

 

 

「嘘でしょ嘘でしょ!? マジでマジ…――ぐはぁっ!!?」

 

 

「うわぁ…。えっぐいキック入った…」

 

「マットに思いっきり叩きこまれたなぁ……」

 

「あれには捕まりたくないですね……」

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

『――更に10分経過。 ミミック、増員します』

 

 

 

「……また増えたと。 怖いわぁ」

 

「ここ、室内ですから逃げ場少ないですからね…」

 

「鍵あれば良いんですけど……――」

 

「あぁっ! あった! 鍵あった!!」

 

 

「あったんか!?」

 

「はい! あの宝箱の中に!」

 

「早速マツトモさん助けに行きましょ!」

 

「…いやそうも言ってられませんかも…! 新しいの来ました!」

 

 

「逃げえ逃げえ! なんて書いとる!?」

 

「えっと…! 『巨大カエル』って!」

 

「なにそれ…?? あっホーセさんが!」

 

「うわぁっ! 嫌やあ…!!」

 

 

 

 

「…で、結局外に連れ出されましたね」

 

「巨大カエルって、影も形も……うおおっ!?」

 

「すっごい勢いで跳ねてきた…!! 人なんか簡単に呑み込める大きさじゃないですか!!」

 

 

「え゛。なんで縛るん…!? なんで持ち上げるん!?」

 

 

「うわホーセさん、ミミックの触手に縛られて持ち上げられてますよ……」

 

「力持ちやなぁミミック…。えっ、そんままカエルの口元に……!?」

 

「あっ……。本当に吞み込――ー」

 

 

「うわああああっ! うぶぶぼぼ……」

 

 

「ひええ……。ガチで食われましたやん……」

 

「ミミックが掴んでくれたままやから、呑み込まれはしない…んか…?」

 

「あ、引っ張り出された。 っふ…! べっちょべちょ……!」

 

 

「……全身、臭っさいわあ…もう嫌やぁ……」

 

 

「えーと…。とりあえず鍵手に入れましたし、マツトモさんのとこ行きませんか?」

 

「せやな。 …ま、多分偽物やろうけど」

 

 

 

 

~~~~~

 

 

「マツトモさん、鍵手に入れてきましたよ」

 

「ホンマか。 開けてくれ!」

 

「はい。 ……うん、鍵穴に入りませんね」

 

 

 

『偽鍵を確認! 牢の中にお仕置き投入~!』

 

 

 

「うわアナウンスめっちゃ楽しそうやん…!」

 

「何が始まるんでしょう…。 あ、カーテンの裏から…」

 

「またミミックですやん…! うわっ、宝箱型…!」

 

「怖っ! 牙ギラッギラ光っとるやん! えっ、どうすんの…!?」

 

 

「なになになに…!? うわっ…! うおっ…! 止め…べほっ…! 頭が…チクチクす…ごぶっ…!」

 

 

「アッハハッ! マツトモ、むっちゃくちゃミミックに舐められて、頭まで齧られとるやん!」

 

「うわホーセさん以上に顔べっちゃべちゃ…。 しかもまだ終わんないし」

 

「これ、俺のとどっちがマシなんかなぁ……」

 

「どっちもキツそうですね……」

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

『――再度10分経過。 ミミック、更に増員します』

 

 

 

「まーた増えましたよ……。 二体です……」

 

「今度はなんや…? …『着ぐるみ』? んで…なんやあれ? 『商人』?」

 

「なんですか商人って?」

 

「こっちが聞きたいわ……」

 

「――ああっ! ありました! 宝箱です!」

 

 

「ホンマかタカナ!?」

 

「はい! ほら!」

 

「おおー! じゃ、早速鍵を…!」

 

「よいしょ! …………は?」

 

 

「え」

「ええっ…!?」

「嘘やろ……!?」

 

 

 

「「「「ミミックやんかあ!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

「うわぁ…もう…! 心臓に悪いわぁ……! あー優しく優しく…!」

 

 

「せやったなぁ…。ミミックだもんなぁ…。 ああして宝箱に擬態してるのが普通なんやろなぁ……」

 

「見事に引っかかっちゃいましたね…。ただまあ、中に居たのがハリセンで良かった気が」

 

「開けたのがタカナだったのもな。 うわ痛そ…! って、うわっ! 『着ぐるみ』こっち来とる!!」

 

 

 

 

 

「――結局捕まるのは俺かいな…」

 

 

「よっしゃ…! ハダマさんが捕まった!」

 

「『着ぐるみ』ってなんでしょうかね?」

 

「痛ってて……。あ、ミミックが箱から何かを……――!? ふふはっ…!」

 

 

「うわそれかい…。 さっきヘルメーヌ様がホーセに選ばせたスライムの……。 どっちか選べってえ…? じゃあ、こっちのクラゲので……」

 

 

 

「は、ハダマさん…! ふふふ……ふははっ…!」

 

「なにわろてんねんこの…。でもホーセ、案外これ、動きやすいぞ。触手のびらびら邪魔やけど」

 

「そうなんすよ。僕の着てたのも案外心地よくて。でも流石に身体を動かす時は…」

 

「せやなぁ…。絶対ハンデやもんこれ。今回のその枠、俺かぁ……」

 

「って、そんな悠長なこと言ってられないみたいです…! 『商人』のミミック、走って来とります!」

 

 

 

 

 

 

「―――で、なんで捕まるの俺やねん! ハダマさん狙う絶好のチャンスやん! なんでぇ!?」

 

 

「あー。ホーセさんが捕まりましたね…」

 

「ざまみろ」

 

「どっか連れていかれますよ? なんか部屋に入れられて……」

 

 

 

 

「あ、出てきた…なんやあれ? 青い付け髭つけられとる。んで、服着替えさせられとるな」

 

「みたいっすね。青縦縞柄の長い服に、赤紫のチョッキと帽子…。んで、商人みたいな背負子も」

 

「あ! 背負ってるの、宝箱です! しかも何個も…! ……あれ、それだけじゃなくて……ふふはっ…!」

 

「うわ…! 腰に沢山紐結わえられて、大量の宝箱引きずらされとる……!」

 

 

 

 

「……どうも」

 

「確かに商人みたいな格好っすね。 いやしかしこれは邪魔ですね……」

 

「重くないんですか?」

 

「重くはない。重くはないんよ…。背中のも、この引きずっとるのも。軽いというか、なんというかな……?」

 

「なんや煮え切らん言い方やな。 なんかあるんか?」

 

「いやそれがですねハダマさん…。 この宝箱、実は―――うわっ!」

 

 

「うわなになになに煩さ!? 宝箱の蓋がガキンガキン開いて閉じて!?」

 

「えっ嘘でしょ…! この宝箱、全部ミミックですよ!!」

 

「とんでもないもんつけられたなぁ…。 うおっ!音聞きつけて鬼来とるやん!!?」

 

 

「あっ! 待ってくださいハダマさん!」

 

「知るか! ホーセこっちくんな!」

 

「何でですかぁ! そないな恰好しとるのに! 僕がピンク鎧の戦士じゃないからですかぁ!?」

 

「何言うとんねんお前!」

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

「――あ゛ぁあ……疲れたぁ……」

 

「お仕置き、沢山種類ありましたね……。『ハーピーブランコ』とか言って、ハーピーの空に吊るされるやつとか……」

 

「『自爆ゴーレム』って頭の上に爆発ゴーレム乗せられたん怖かったですわ……。あと他にも、色々と他芸人や大物が魔物に扮して出て来て……」

 

「マツトモさんも触手ミミックに呼吸困難になるまでくすぐられたりされてましたね……。でも、そろそろ終わりなんじゃ―――」

 

 

 

『訓練終了まで、残り10分!』

 

 

 

「あぁほら、アナウンスもそう言って……」

 

 

 

『最後のお仕置き役、増員します――!』

 

 

 

 

 

 

「―――なんて?」

 

「最後とかどうとか……。 うわ出てきましたよ!」

 

「…えっ!? ミミックじゃないですよ!? 人の姿…!? 『走り屋』って書いてあります…!」

 

「すんごい嫌な予感……! とりあえず逃げましょ! ―――って、は、ハァッ!?」

 

 

 

 

「「「「は……速ぁっ!?!?」」」」

 

 

 

 

 

「嘘でしょ嘘でしょ!? 人の速さじゃないですよあれ!?」

 

「ミミックの速さとか優に超えとるやん!? 誰あれ!?」

 

「あれもう突風とか竜とかの次元ちゃうんか!? いや無理無理! 逃げられへん!」

 

「うわ標的俺やん! た、助け……!!」

 

 

 

「うっし! 捕まえたぞ!」

 

 

 

「エンドオが捕まった! ってあいつ、一番遠いトコに居たよな?」

 

「は、はい…。 なんかあの鬼役、走るためにわざと一番距離ある人を狙ったような…」

 

「……というか、あの声聞き覚えあるんやけど……まさか……」

 

 

 

「――よっと! オレだぜオレ! さっき振りだな!」

 

 

 

「「「「ゲッ…!! イダテン神様!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「ゲッ、たぁはなんだ! ゲッ、たぁ! 『(メッ)』するぞ?」

 

 

 

「ヒェッ…! いやごめんなさいイダテン神様…! 許してください…!」

 

 

 

「ヘッ、許してやるさ! だが、お仕置きは執行するぜ? こっちだこっち! お前達も来な!」

 

 

 

 

「うわぁ……エンドオ連れてかれた…。南無三……」

 

「ついていくべき…ですよね…?」

 

「呼ばれたんだから、そりゃなぁ…。神様のお仕置きとか、おっそろしいわぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

「よし、エンドオ! これに乗れ!」

 

 

 

「え゛…。 これって……イダテン神様の……」

 

 

 

「おう! 『レーシングカー』だ! オレがいっつも自分のダンジョンで乗り回してるやつ!」

 

 

 

「いや乗れって言われましても…」

 

 

 

「遠慮するなって! ほら助手席に! ……ん? なんだ? あ、そっか。一応防具つけねえとな!」

 

 

 

 

「うわなにここ…! すっごい一直線の広い道路や…!?」

 

「ほんでエンドオ、ミミック達に何か着せられとるし……ヘルメットとかか安全ベストとかか?」

 

「で、イダテン神様に車に乗せられて、イダテン神様も乗り込んで――うわすっごい爆音!?」

 

 

 

 

 

「よぅし! 準備は良いかエンドオ!」

 

 

 

「は、はい…! 防具つけましたし、ベルト締めましたし…! ……なにするんですかぁ…!?」

 

 

 

「勿論、ブッ飛ばすに決まってんだろ! 舌噛むから喋んなよ!?」

 

 

 

「え!? は、は――うわああああああっ!?!?!?」

 

 

 

 

 

「うおおっ!? えっらい勢いで走り出したでアレ!?」

 

「イダテン神様のレーシングカーっすね…! うわ車輪から火ぃ撒き散らしとる…」

 

「…って、もう点になったで……。砲弾の速度超えてるんちゃうか…? っわぁ!? えっらい勢いで戻って来た!!」

 

 

 

 

 

「あ゛ああああああああ゛ああっっ!!!」

 

 

 

「ハッハッハァ!! そらそらそらァ!」

 

 

 

 

「うわあのレーシングカー、ものっそい勢いで回転しだした……地面に車輪の焦げ跡…というか火炎、何個も残っとるやん…」

 

「えっぐぅ……。 あれ下手したら死ぬんちゃいます…?」

 

「神様、おっそろしいわあ……。 よかった、俺じゃなくて……」

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

「――うし! こんなもんか! まだまだ走らせたいとこだが……」

 

 

 

「うぉお゛……お゛ぉえ゛……」

 

 

 

「これ以上は駄目だな! ほら、降りな!」

 

 

 

 

「大丈夫かエンドオ…?」

 

「……だいじょぶに……見えますぅ……? お゛ぶっ……」

 

「ふふっ……。 まあ、生きてて良かったな」

 

「最後の最後にえっらいお仕置きが待ってたなぁ……。イダテン神様がしっかり活躍なされた……」

 

 

 

 

「あ。イダテン神様、ぎょきょ…ご協力、有難うございます」

 

 

 

「おーフジラワ! オレも楽しかったぜ! お? その手に持ってるのなんだ?」

 

 

 

「あ、そやそや。 皆、すまんかった。 マツトモの檻の鍵、持ったままだったわ」

 

 

 

「うわやっぱり……」

 

「そうだと思いましたよ……」

 

「しんどぉ……」

 

「……う゛ぇ゛っ……」

 

 

 

 

【フジラワの手違いもあり、訓練はこれにて終了。 しかしまだまだ、ダンジョンでの一日は折り返し地点にもなっていないのだ――】

 

 

 



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人間側 とある芸人達と使い④

 

 

「ものごっつ疲れたわぁ……」

 

「とりあえず終わって良かったですけど……腹減りましたよ……」

 

「なんやいつもよりキツさ増してへんかったか…?」

 

「増してたと思います……」

 

「俺……まだ酔ってますわ……うぇっぷ……」

 

「「「「ふっ…!」」」」

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、ホーセ、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

【『捕まってはいけない』訓練を何とか凌ぎ、部屋で休息をとる五人。 と、そこへ――】

 

 

 

 

「――ん!? なんやこの音…!?」

 

「えっなにっ…!」

 

「す、鈴の音っすよね…!? 神社とかにある……」

 

「なんも祈ってませんよ!?」

 

「良い音やけど、何が起こるか怖いわぁ…!」

 

 

 

【突如響き渡る、霊験あらたかな鈴の音。 清らかなその響きは、そのまま少し鳴り続け――】

 

 

 

「……あ。止まった」

 

「なんだったんですか?」

 

「えーと、ひぃふぅ………12回鳴りましたね」

 

「12回? ……そういや昼時やな」

 

「えっ、じゃあ今のって時報ですか?」

 

 

 

「その通りどすえ。 正しゅうは、お食事時を知らせる鈴でありんすよ♪」

 

 

 

 

 

 

「んっ!? 今の声…!?」

 

「あ、入って来て…………えっ! 嘘ぉ…!!」

 

「イナリ様やん!!」

 

「泉の女神様にイダテン神様に続いて、イナリ様まで…!?」

 

「マジやん……! 神様級、酷使し過ぎやろ…!!」

 

 

 

 

【姿を現したのは、神社ダンジョンの主、天狐のイナリ様。 神様である彼女が今回もたらすのは御加護ではなく――】

 

 

 

「さぁさ。御新参の皆さん方。 わっち達厨房担当が腕によりをかけてこさえた料理、召し上がっておくんなんし!」

 

 

 

「イナリ様に給仕なんて、何畏れ多い事させとんねん……」

 

「割烹着、えっらい似合ってますね……。 九尾の尻尾もふもふで…!」

 

「わ、妖狐のお巫女さん達がカート運んできた…!」

 

「あれ、でも一つだけですねカート…。乗ってるのも箱一つだけ……」

 

「うわまさか、昼食取り合いの勝負とか……?」

 

 

 

「嫌やわぁ。そんな浅ましい真似、わっちがするとでも?」

 

 

 

「あ、いえ…! すんません失言でした…!」

 

 

 

「宜しおす♪ わっちは吝嗇坊(けちんぼう)でも、ましてや守銭奴でもござりんせん。寧ろ、世話焼きな天狐でありんす。 御承知でありんしょう?」

 

 

 

「それはもう存分に…! 毎年お世話になっています…!」

 

 

 

「コンコン♪ 清らかなる祈りあれば、わっちの加護を授けたも♪ ただし此度授けるんは、美味しい御膳にござりんす♪」

 

 

 

「……イナリ様もノリノリですね……」

 

「な。 あ、箱から料理を……おぉー!」

 

「豪華や…! お刺身にお肉に天ぷら、煮しめに(なます)、焼き物にお漬物、茶わん蒸しにお吸い物、ちっちゃい鍋まで…!」

 

「稲荷寿司やきつねうどん、デザートに竹筒羊羹や団子まで…! 美味しそ…!!」

 

「わぁ嬉し…!! イナリ様、本当に頂いて宜しいんですか…!?」

 

 

 

「えぇ勿論。 ――と、言いたいところでありんすが…………皆さんの顔を見ていたら、わっちの悪戯心がコン!と鳴いちゃいんした♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅわ……。 やっぱなんかあった…」

 

「マジすかぁ……。 なんやろ……」

 

「取り合いの勝負ではないと仰ってくださいましたし、まぁ……」

 

「なんかそんな大変じゃないものを…! 頼んます…!!」

 

「さっきエンドオが受けたイダテン神様のお仕置きよりも軽く……!!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、ホーセ、OUT!』

 

 

「もぅええねんホーセその話は! だァッ…!」

 

 

 

 

 

「――そうでありんすねぇ。 ひとつ、皆さんにはわっちの遊戯に付き合って頂きんしょう♪」

 

 

 

「痛てて……。 どんな、遊びなんですか?」

 

 

 

「題して…『間違ってはいけない! 目利き格付けチェック』でござりんす~♪」

 

 

 

 

 

 

 

「うわもう……!」

 

「は、ハダマさん…! あ、笑っちゃった…!」

 

「め、目利き…?」

 

「すご…! イナリ様も巫女さん達も、尻尾で拍手しとる…! モッフモフや…!」

 

「ふふっ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、タカナ、OUTぉ!』

 

 

「「だぁっ……!」」

 

 

 

 

「――ま、言うて格付け要素はありんせん。要は目利き遊戯でありんす」

 

 

 

「いや無いんかい!」

 

「「「「ふっ…!」」」」

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、タカナ、エンドオ、ホーセOUT!  全員、OUT!』

 

 

「「「「「ぐぁっ……!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて説明に移りんしょう。 これより三問、座ったままで料理の目利きをしてもらいんす。片方は本物、片方は偽物。 偽物を選んだ場合は食べる価値無しと御膳から取り上げ……――」

 

 

 

「「「「「えぇっ!?」」」」

 

 

 

「―――なんてことはいたしんせん♪ ただ、今のようにお尻をペチンと叩いて頂きんしょう♪」

 

 

 

「あぁ…まあそれなら……」

 

「良かった、比較的楽ですね……」

 

「安心したわぁ……」

 

 

 

「因みに、終わるまで笑ってはいけないのも継続でありんす。 さ、用意してたも」

 

 

 

「あぁ…料理が一旦箱に仕舞われてく……」

 

「で、箱の中からAとBの札と、小皿に乗せられた何かが出てきたで…。 あれは……」

 

「竹筒…っすね。 羊羹の……」

 

 

 

「では、第一問! ココン♪  片方は羊羹。もう片方は、わっちの眷属、管狐。 さあ、本物はどちらでありんしょう?」

 

 

 

「うわ…! そう来たかぁ……!」

 

「管狐って、普段竹に入ってる狐ですよね…。 うわ難し…!」

 

「えぇ…! わっかんなぁ…!」

 

「ちょっと遠いからわからん……いやこれ近の席でもわからんな…」

 

「動け…! 動け…! …動いてくれませんよねぇ……」

 

 

 

「制限時間は、わっちの九尾が全部ぴんと立つまでにいたしんしょう。 そぉれ、ぴんっ♪」

 

 

 

「「「「「ふふふっ…!!!」」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

「「「「「ぐぁっ…!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――(ここの)つ、ぴんっ♪ さぁさ、時間になりんした。 お答えは……ハダマさん、マツトモさんがA。タカナさん、エンドオさん、ホーセさんがBでありんすね」

 

 

 

「「頼んます……!」」

 

「「「合っててください……!!」」」

 

 

 

「はてさて、正解は~~。 ほれ飯綱(いづな)、出て来てたもれ」

 

 

 

「お…!? お!! よし正解Aや! Bから狐がにゅるんって出てきたぞ!」

 

「よっしゃぁ!」

 

「「「あー……」」」

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

「「は!? なんで!? 正解したやろ!?」」

 

「「「いや思いっきし喜んで笑ってたやないすか!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほほ♪ 本末転倒いと可笑し♪ 続けて第二問に参りんしょう。 お次は稲荷寿司でありんす」

 

 

 

「ったた……。 これは、どのような……?」

 

 

 

「片方は本物。片方は……カグヤ姫イスタ姫率いるバニーガール特製の細工団子でござりんす。 そぉれ尻尾ぴんっ♪」

 

 

 

「ふふっ…! あっ!  痛あっ……!」

 

「はー…! カグヤ姫様達のお団子かぁ…! 流石やなぁ…!」

 

「うわ精巧ですね…! わかんない…!!」

 

「じゃあどっちかは甘いんやな……」

 

「……いや稲荷寿司も甘くないですか?」

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

「んなツッコミで笑っちゃうのイラつくわぁ…。 うぁっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――こんちきちん♪ お時間でござりんす。 此度の解答は……ホーセさん以外がAでありんすね」

 

 

 

「え゛っ…!?」

 

「「いやわからんから……」」

「「正直、勘です……」」

 

 

 

「では答え合わせと参りんしょう! ではちょいと恥ずかしながら――」

 

 

 

「おぉお…!?」

 

「イナリ様が…胸元から匕首を…!?」

 

「すご……! 格好いい…!!」

 

 

 

「そぉれ! ココン、コン♪」

 

 

 

「そんで、見事な太刀筋…! 両方ともスパッと両断されて…!!」

 

「達人やん…!  あ、で正解は……。 うわマジかぁ…!」

 

 

 

「見ての通り、正解はB! Aは黒餡入り団子でありんした♪」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、OUT!』

 

 

 

「嘘でしょ…! だぁっ…!」

 

「わからないもんですね…! うっ…!」

 

「いやぁすごいなぁ……。 はうっ…!」

 

「がぁっ…! ……あ。 ちょっとお仕置き隊長さぁん? あいつ笑っとりますよぉ?」

 

 

 

 

\デデーン/

『ホーセ、OUTぉ!』

 

 

「ちょっとハダマさん密告は無しで…あぐぅっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――とうとう楽し寂しの最終問題♪ 最後はこの、きつねうどんでござりんす」

 

 

 

「おーほっかほか…!」

 

「良い匂いするわぁ……」

 

「……今んとこ、料理全部あの箱から出てるんですけど…どうなってるんすか?」

 

「わからん…。 イナリ様の力ちゃうか?」

 

「因みにこちらは、偽物は何を……」

 

 

 

「それは……秘密でありんす♪」

 

 

 

「えーそんなぁ!」

 

「既にわからんのに……!」

 

 

 

「仕方ないでありんすねぇ。 ならばちょいと尻尾を見せんしょう。 具材やお出汁、器はどちらも本物どすえ♪」

 

 

 

「え、ということは…うどん?」

 

「はぁ…? 違うんか……?」

 

「使われてる小麦粉の産地が違うとか…?」

 

「いや流石に無茶やろ…。 せめて麺の種類が違うとかちゃうか?」

 

「えー…? いやそんな感じも……」

 

 

 

 

 

 

 

「……――こん、こん、こん、こぉんっ♪ これにて刻限、終了♪ 答えは……あら、全員Bでありんすか」

 

 

 

「いや全くわからへん……」

 

「勘で全員揃っちゃいましたね……」

 

「もはや一蓮托生やなぁ……」

 

「正解するか、ケツ叩かれるか……」

 

「神様イナリ様、どうか当たりますように……!」

 

 

 

「さあ答えが出揃ったところで発表を。 ――あ、そうそう折角でありんすから…」

 

 

 

「「「「「???」」」」」

 

 

 

「コホコンコン。すぅっ……!  けっかはっぴょーっっっ!!!  なんし♪」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

「ずるいやろそこでそれはぁ…! あがぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――では改めて、答え合わせと洒落こみんしょう。 ささ、正体を見せておくんなんし」

 

 

 

「へ? 正体? ――うおっ!?」

 

「Bのうどんが……勝手に持ち上がった!?」

 

「しかもうねんうねんいっとるぅ…! なんやあれぇ……!」

 

「は、え!? 触手かあれ!? どういう……!?」

 

「……あ゛。 触手…そんでうどんに擬態……もしかして…!?」

 

 

 

「残念全員大外れ! Bはなんと…白粉(おしろい)はたいたミミックちゃんでありんすよ♪」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

「うどんにも擬態出来るんかミミックって……。 ぐあっ…!」

 

「もうミミック、何でもありですね本当……。 ひぐっ…!」

 

「わかる訳ないやろ……。 なぁっ…!」

 

「お出汁のお風呂感覚なんすかね…? じぁっ…!」

 

「かもなぁ…。 あ、ミミック油揚げ食っとらんかあれ…? むう゛っ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふっふっふ♪ 遊んでいただいて、わっちも満足でありんす♪ さあそのお礼に、特製御膳を……と、その前に」

 

 

 

「なんやねん……。 まだ何かあるんですかぁ…?」

 

「また悪戯心発動っすかね……」

 

「もうお預けはキツイです……」

 

 

 

「さっきからお尻をペシンペシン、痛そうでありんすねぇ。 どれぐらいの痛みなんでございんしょう?」

 

 

 

「うわようわからんこと言い出したで……」

 

「一体何を……?」

 

 

 

「『百聞は一見に如かず』がこの世の常。 ちょいと、お仕置き部隊が副隊長さん。わっちにもペシンと一発、宜しくたもれ♪」

 

 

「「「「「は!?」」」」」

 

 

『へっ!?!?』

 

 

 

 

 

 

「いやいやイナリ様! そんなことをされなくとも…!」

 

 

 

「ココンコン♪ 一度興味に狐火つけば、容易に消えぬ性質でありんして♪ ささ副隊長さん、命令をお早う♪」

 

 

 

『えっ…! は…あ、あの……えっ!?』

 

 

 

「ふふっ…! 副隊長の嬢ちゃん、明らかに聞いとらんって感じやん…!」

 

「すっごい困惑しとる…! はははっ…!」

 

「い、イナリ様のアドリブなんすかね…?」

 

「かなぁ…? もうしどろもどろやんけ…!」

 

「大変そやなぁ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

「うわ隊長の方は容赦ないんかい! ぼぁっ…!!!」

 

 

 

 

 

「さぁさ、アストちゃ…もとい、副隊長さん。 ほれほぉれ、隊長さんみたいに『ででーん!』と♪」

 

 

『え…え……あ…うぅ……。 ――は、はい!』

 

 

 

\デデーン/

『い、イナリ様、OUTっ…!!』

 

 

 

 

「おー…! 言っちゃった!」

 

「神様相手によう頑張った!」

 

「で、来たでお仕置きミミック…!」

 

 

 

「あらまあ。皆さん方にお尻を向ける形でと? 流石に恥ずかしゅうござりんす…!」

 

 

 

「ええっ…!? イナリ様、こっちに背中を向けなはって…!?」

 

「……いやでもあれ……」

 

 

 

「容赦は無用なんし。 さぁせぇので――! あら、もふん?」

 

 

 

「ふふふっ…! ほらやっぱり…! 立派な九尾が邪魔で叩けてないじゃないすかぁ!」

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

「「「「「いでっ…!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

「もうミミックちゃん、これでは当たっていないも同義でありんす。 ほれ、もっとペシンペシンと……もふんもふん!」

 

 

 

「ふっ…! 尻尾ガードはズルいやん……!」

 

「モッフモフだからダメージ全部無効化されとるなぁ…」

 

「うわっ!? お仕置きミミック触手とバットを増やして、連撃を…!」

 

「……でも全部吸い込まれとるやん……!」

 

「って、あっ!? ミミックが…!」

 

 

 

「コンコン♪ あら失礼♪ 可愛らしゅうて、ついついぱくり♪」

 

 

 

「九尾の隙間に…ミミック取り込まれていってるんすけど!?」

 

「うわ器用に尻尾お動かしになって…! ミミックの触手に負けてないですやん…!」

 

「無効化どころか吸収されとるやんけ…!!」

 

「あぁとうとうすぽって中に…! そんで、ミミックがなんか幸せそうに震えて…くたぁって力尽きた……」

 

「モフモフ羨ましいなぁ……。なんか勝手に顔にやけて来るわぁ」

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

 

「ではわっちはこれにてコンコン♪  お食事、ご堪能たもれ♪」

 

 

 

「やりたい放題して帰っていきはったなあ…。 たァッ…!」

 

「妖狐の巫女さんに後任せて、ミミック尻尾で捕えたまま行きましたね…。 のぅっ!」

 

「あれ!? 全員分の御膳、あの箱ん中から全て出てきてるんすけど!?  マゥっ…!」

 

「えぇ…なにあの箱どんな容量してんねん……。 でも冷めたりしてる様子すら無いやん…。 エぁっ…!」

 

「なんや、狐につままれた気分やわあ……。 も゛ぁっ…!」

 

 

 

 

【狐の嫁入りの如く気まぐれなイナリ様の遊戯をかいくぐり、ようやく食事にありつけた五人。 しかし、これは束の間の休息に過ぎない――】

 

 

 



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人間側 とある芸人達と使い⑤

 

 

「いやぁ、メシ、とんでもなく美味かったなぁ……」

 

「でしたねえ…! なんか、疲れが吹っ飛んだ気分ですわ…!」

 

「美味いだけじゃなかったわ。温かいのはしっかり温かくて、冷たいのはしっかり冷たくて、でもどれも乾いてなくて…」

 

「まるで、出来立てをすぐ頂けたって感じでしたね。 運んできたあの箱が凄いんかな…?」

 

「おかげでこの後のやる気も漲ってきたわ。頑張るかぁ」

 

 

 

 

【食事を終え、暫しの休息を堪能する五人。 と、そこへ――】

 

 

 

 

「皆、ちょっとええか?」

 

 

 

「うわまた来た…」

 

「なんかやる気が一気に消費された気分やわ…」

 

「今度は何ですか?」

 

 

 

「そろそろ、ダンジョンの各施設を紹介しておこうと思ってな。 ついて来てくれ」

 

 

 

「しゃーない。行くかぁ」

 

「はーい」

 

 

 

 

 

【ということで、五人はフジラワに誘われ部屋を離れる。 待ち受けているのは、一体どのような刺客達なのか――】

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほな、最初はここにしよか。 ここは『憩いの広場』や」

 

 

 

「おっ。色んな魔物が寛いどんなぁ」

 

「わー! 立派な噴水や!」

 

「天井、吹き抜けみたいになっとんのやな」

 

「日差しが暖かくて気持ち良いですねぇ」

 

「ここで飲み物片手にのんびりできたらどんだけ嬉しいか……」

 

 

 

 

【五人がまず連れてこられたのは、多数の魔物達が憩う安らぎの空間。最初に仕掛けてくるのは、一体誰なのか――】

 

 

 

 

 

「ま、ここで寛ぐんは、このダンジョンにしぇい…正式に仲間入りしてからのお楽しみやな。 ほな、次に――…うわぁっ」

 

 

 

「わっ!? 噴水が光り始めた!?」

 

「なんやなんや!?」

 

「……ってこれ…!」

 

「なんか見たことある光り方っすね……」

 

「そうかぁ…噴水も『泉』みたいなものやしなぁ…」

 

 

 

 

「う~~ンッ!! 腹ごなしの運動は、やっぱりここが一番デース!!」

 

 

 

 

「「「「「やっぱりヘルメーヌ様やん!!」」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

【なんとここに来て再登場。泉の女神、ヘルメーヌ様。 ダンジョン主の魔女(という設定)である彼女は、何故か噴水の中に…?】

 

 

 

 

「ちょっとヘルメーヌ様。 ここで泳がんといてくださいって何度も言うてるでしょ」

 

 

「ワォ! フジラワと新入りの皆サンじゃないデスカー! さっき振りデース!」

 

 

「いや聞いてますか? ここの噴水で、泳がんといてくださいって!」

 

 

「ン~??」

 

 

「聞こえてないんですか?」

 

 

「ここの噴水で泳がんとイテ~、とシカ……」

 

 

「いや聞こえてるやないですか…! きこえちぇ……聞こえてるやないですか!」

 

 

 

「「「「「フッ……!」」」」」

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

 

「ヘルメーヌ様になに言わせとんねん……。 ダァッ…!」

 

「ほんで、なんで噛んどんねんフジラワは…! あぐっ…!」

 

「わざわざ二回目言ったのに……。 ぶぃッ…!」

 

「そこで噛んでるからタチ悪いっすよね。 どぉっ…!」

 

「……まだヘルメーヌ様、髪と魔女帽、普通やな…。 ばぅっ!」

 

 

 

 

 

 

「あーもう。ここはプールじゃないって何度言うたら…」

 

 

「ごめんなサ~イ! でも、ここで泳ぐのは譲れまセーン!!」

 

 

「なんでなんすか。はあ……。じゃあせめて、この水泳帽を被ってください。 その魔女帽だと周りに水、飛び散りますから」

 

 

 

「なんで持ち歩いとんねん……」

 

 

 

「仕方ないデスネー。じゃあクルリンパ☆」

 

 

 

 

「――!?」

 

「フッ…!!」

 

「帽子外した…はずみで……!」

 

「ヘルメーヌ様のカツラ?がずり落ちて……!」

 

「頭、泉の表面並みにピッカピカやんもぅ!」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

「いやな…。 さっきので予想出来てたとは言ってもな……。 うぐっ…」

 

「そっすね…。予測できた分、食後のお腹には少し優しいのかもしれませんけど…。 だぅっ…!」

 

「そんでも笑うに決まっとりますよ! 本当に禿げ光らせるなんて…! あがっ!」

 

「マジでホンマに、女神様に何やらせとんねんっ!!  ずぁっ…!」

 

「もうスタッフ全員、一度祟られた方がええんちゃいます…? はぅっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、水泳帽をスポッ☆と……アレ? アレレ!? 髪がありまセーン!?」

 

 

 

「あ、お気づきになられたみたいです……」

 

「そいやカツラ、どこ行ったんや? あ…ふふっ…!」

 

「噴水の中、ゆらゆら流れていっとる…!!」

 

「クラゲみたいに優雅に流されとるやん……」

 

「どうしましょ…? 教えて差し上げた方が……?」

 

 

 

「アッ! 見つけマシター! 新入りの五人サン、とってくだサーイ!」

 

 

 

「そう来たか……。 ふはっ…!」

 

「駄目ですわ……。 ヘルメーヌ様の頭見ちゃうと笑いが……」

 

「なんでこのネタを許可してくれたんやろなぁ……」

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

「「「「「ぐあっ……!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で。とってくれと言われましても……」

 

「掴んで持ってく……ぐらいですかね……」

 

「とりあえず、もうとっちゃっても――あれっ!?」

 

「どしたん?」

 

 

「いや…! 掴もうとしたらするっとすり抜けて…!」

 

「んなわけ……うわっ!? ホンマや!?」

 

「このカツラ、魚みたいに逃げるんすけど…!!」

 

「いや何してんねん…! は!?マジやん! 生きてるみたいに動いとるぞ!?」

 

 

 

「早く返してくだサーイ! 頭寒いデース!」

 

 

 

「ふっ…! いやそう言われましても…!」

 

「魚みたいにするする逃げてくんすよ…!」

 

「俺達、熊じゃないんすけどぉ…!」

 

「そこやっ! あぁっ…駄目や……」

 

 

「……なんで俺ら、噴水取り囲んでカツラの掴み取りしてんねん……」

 

 

「「「「「ふふっ……!」」」」」

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

「「「「「だぁっ…!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ててて…。 ん?」

 

「あ、ハダマさん! 手に…手に!」

 

「フッ…!カツラくっついて来とるやん!   あぐっ…!」

 

「あっ! てかあれ、よく見るとミミックじゃないすか…!?」

 

「だからカツラが泳いだんや…! ホンマに何にでもなるなミミック……」

 

 

 

「ハダマさん、ナイスデース! 返してくだサーイ!!」

 

 

 

「あぁ、はい…! えっらいビショビショなんすけど……」

 

 

 

「ありがとデース! それじゃ、とってくれたお礼をしなきゃいけませんネ~!」

 

 

 

「えっ。 いや別に……」

 

 

 

「これを……スッポ~ン☆」

 

 

 

「はっ!?」

 

「ふふっ…!」

 

「ハゲ頭がすぽんって外れて……!」

 

「あれもカツラやったんや……」

 

「よかったぁ……。神様の髪、剃らせた訳じゃなかったんやなあ……」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

「「「「「はぁぅっ…!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さてハダマさん! お礼にこのカツラ、どちらか差し上げまショ~!」

 

 

 

「はっ!? ふっ…! い、いえ、要らないっす…。 もうイエティの、被っとりますし…」

 

 

 

「そんなこと仰らずニ~! ササ!」

 

 

 

「いやちょっとあんまり……。 びちょびちょですし……」

 

 

 

「アラそうデスカ~…。 フフ~ン! 正直者デスネ~!! そう言う方には――」

 

 

 

 

「うわっ!? 噴水また光った…!?」

 

「もしかして……! 二つ物並べられて、正直に答えたから…!?」

 

「えっ! 泉の女神様の力、発動したってことか!?」

 

「多分そうだと……! ということは、全部渡され――」

 

「――ん? なんか、水の中から出てきたで…? あれは……」

 

 

 

 

「正直なハダマさんには、この『おかっぱカツラ』をあげちゃいマース!」

 

 

 

「いやそれいつも俺が被らされとるヤツやんけ!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

 

「見事にツッコミ引き出されましたね…。 うぁっ…!」

 

「やられたわぁ…。 気ぃ抜いてたもん…。 ばあっ…!」

 

「あ。見てください、ハゲカツラとおかっぱカツラ…! ぐあっ…!」

 

「だあっ…! ん? ふっ…! カツラ三つとも、ぱちゃぱちゃ泳いどるやん!」

 

「全部ミミック入りってことですかね……。 シュールやなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くもう…。 しゃーない。ヘルメーヌ様は置いといて、案内の続きしよか。ほな、次はこっち……―――」

 

 

 

「待つがいい、フジラワよ!」

 

 

 

「ううわこの声…」

 

「ここで来るかぁ…」

 

「再登場の合わせ技ですね…」

 

 

 

「新入りの五人よ、吾輩のことは覚えているな? このドラルクが、再戦を希望しに来た!」

 

 

 

「おぉぉ…沢山のコウモリが集まって…!」

 

「ドラルク公爵になったぁ…!」

 

 

 

 

 

 

「先のダンジョン入り口での戦いでは不覚をとった。だが、今回はそうはいかぬ」

 

 

 

「いや自分から日光の元に踏み出してきたんやん…」

 

「それで思いっきし致命傷食らってましたよね…」

 

「というかここも、外ほどじゃないにしろ日光照ってるんすけど……」

 

 

 

「ほう。日が差しているここでは、吾輩は上手く戦えぬ―。そう言いたいのだな?」

 

 

 

「えっ、いやまあその…まあはい……」

 

 

 

「吾輩がそのようなミスを繰り返すとでも思ったか。 見上げてみるがいい!」

 

 

 

「なんや…? おおっ…!?」

 

「天井の明かり取りの穴が…!?」

 

「全部闇で埋まっていくやん…!?」

 

「うわかなり暗く…!」

 

「これヤバいんちゃいますかね…!?」

 

 

 

「やめるんや、ドラルク!  こんなことしたらどうなるか……!」

 

 

「止めてくれるな、フジラワ! さあ構えよ五人共。 先の汚名、見事返上して見せようぞ!」

 

 

 

「うわ今度こそマジちゃうんか!?」

 

「また力溜め始めてますやん…!」

 

「怖い怖い怖い怖いっ…!!」

 

 

 

「さあその身でとくと味わうがいい! 我が必殺の一撃を! はぁああアア―――」

 

 

 

 

「う・る・さ・い・デ――――スッ!!!! そ~れバッシャーンッ☆」

 

 

 

 

「グワ――――――――――ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

 

「いや…いやいや……そこでヘルメーヌ様介入してくるとは思わんやろ…。 だぅっ…!」

 

「しかも思いっきり水かけられて消滅ってどういうことやねん…!! あぐぅっ…!」

 

「そういえば、ヴァンパイアって流水にも弱いとかなんとか……。 はぁっ…!」

 

「女神様のかけた水やし、『聖水』にでもなってるんでしょうねぇ…。 おうっ…!」

 

「なんちゅう合わせ技を……。 べぁっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ…! 予めヘルメーヌ様を味方につけておくとは…やはり策士! 見事だ新入り達よ!」

 

 

 

「いや勝手に暴れて、水泳の妨害したからやないですかね…?」

 

「ほらヘルメーヌ様…とカツラ三つ、不満そうやん」

 

 

 

「これは更に策を練る必要があるか…。 決着は次に持ち越させて貰おう。さらばだ!」

 

 

 

「またコウモリになってどっか行ってもうた…」

 

「また来るんかぁ……」

 

「あ。天井の闇取れて、明るくなってきましたよ」

 

 

 

「OH! 明るくなりまシタ~! これで気持ち良く泳げマ~スッ!!」

 

 

 

「ヘルメーヌ様悠々自適やなぁ…。――って…ふははっ…!」

 

「カツラミミックと共に、噴水でシンクロナイズドスイミングしだしたんすけど…!!」

 

「もうやりたい放題やん!!」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

 

「だぁっ…! もう行こ行こ…! はよここから離れよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、色々周ったなぁ……」

 

「だいぶ見て回りましたね…。訓練部屋に戦闘場、食堂に食糧庫、資材保管部屋に宝物庫とかとか……」

 

「やっぱりダンジョンだけあって迷路感あんな。まあ、本物はもっともっと入り組んどるんやろうけど」

 

「俺これ以上難しいと迷う自信ありますわ……」

 

「同じく……」

 

 

 

「そんで、色んなゲストが出てきたなぁ…。今回もまあよく集めたって感じに」

 

「せやなぁ。ほんま色々現れたで。ヴァルキリー達から金メダル貰った選手達とか、こぞってな」

 

「俺の身内も魔物に扮して出てきましたし……。どうかと思いますよちょっと……」

 

「ふっ…。 あ。――痛ぁっ!  ……んで、サラッとイナリ様も再登場なされてましたね…」

 

「まだ尻尾にミミック捕まったままやったな…。やっぱり食堂を切り盛りする人は強いんやなぁ…」

 

 

 

 

「さ。皆お疲れやで。少し部屋で休むとええ」

 

 

 

 

【幾多もの笑いを尻で耐え抜き、五人はようやく部屋へと。しかし、そこにあったのは――】

 

 

 

 

 

「うわぁ…。『引き出しの中身は全て入れ替えられています』って書いてあるやんか……」

 

 



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人間側 とある芸人達と使い⑥

 

「……で。今度は誰から開ける?」

 

「タカナ、行け」

 

「えぇ…僕からですかぁ…?」

 

 

 

【部屋に戻った五人は早速、入れ替えられた引き出しに挑むことに。今回、中に入っているのは――】

 

 

 

 

 

「――えいっ…!  ……あれぇ?」

 

「なんや。何も入っとらんやんけ」

 

「いやまだ大きいとこ一つ残っとりますから…」

 

「それでも珍しい気がするなぁ。いつもはもっと何か…」

 

「そっすよね。いつもは映像再生用のアレがポンと入ってるパターンで…」

 

 

「とりあえず最後の開けますよ……! それっ! ――ん!?」

 

 

「なんか入ってたんか? …なんやそのようわからん顔」

 

「はよ出せって。 ……なんやそれ? マスクか?」

 

「ケツ叩きミミック達が被っとる、舞踏会マスクみたいなやつっすね……」

 

「でもなんか上部分に豪華なんくっついとりますね。 宝箱の絵のでっかいの…」

 

 

 

 

 

【出てきたのは、煌びやかな宝箱を模した装飾付きのドミノマスク。 更に加えて、手紙も入っていたようだが――】

 

 

 

 

 

「……開けちゃいますか? この手紙……」

 

「んー……。 とりあえず全員の開けてからにしよか」

 

「ほな、今度は俺がいくわ。 マツトモ、開きますぅ―」

 

「もうええねんてそのネタ…。 わ。鍵や…」

 

 

「あそこの棚のですね……」

 

「とりあえず保留やな」

 

「じゃあ次は、僕が――アヴッ!?」

 

「ふっ…! まーたエンドオに電撃トラップ仕込まれとる…!」

 

「さっきのはエンドオ相手のとは限らんけどなぁ。俺が行け言うたんやから…! ふはっ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、OUT!』

 

 

「「だぁっ…!」」

 

 

 

 

【ということで五人はそれぞれの引き出しを開き、中身を確認していく。 そして…地獄のネタ消費タイムが幕を開ける――】

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁぁああ……! もうそろケツが限界な気がするわあ…!」

 

「いやぁ…いつも通りと言うかなんというか……エグイすねぇ…」

 

「……きっつぅい……」

 

「どれもこれも、かなりのでしたね……」

 

「なんやねん今回……。 俺のとこのこれ、酷かったわぁ……」

 

 

 

「あぁ、『召喚魔導書』っすね…。書かれてた指示通りにやったらホンマに魔法陣出てきたやつ…」

 

「それはまだええねん! でもなんでそっから出てきたのが、おにぃのあいつやねん!」

 

「ふっ…! 今回もアレでしたねぇ…。で、その後魔導書回収に入ってきたのが……」

 

「デラックスのあいつな! なんやねん『ヘルメーヌ様の魔女友』って!」

 

「そりゃ確かに、いつも魔女っぽい服着とりますけどあの人…。 ふふはっ……!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

 

「だぁっ……! ほんで次はあれですよ、『笑い袋』……」

 

「あれもなぁ……。いつも通りの勝手に笑うヤツかと思ったら一味違ったなぁ…」

 

「思いっきりミミック入ってましたね…。 そして、勢いよく飛び跳ねまくって……」

 

「まあ笑いながら逃げ回るせいで大惨事やったなぁ…。今ケツ痛いの、大体それが原因やもん…」

 

「ミミックは捕まえられませんわ…。 …さっきの泳ぐカツラ然り……。 ふふっ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

 

「あぐぁっ…!  ててて……。後は僕のとこ入ってた鍵の、『宝の地図』っすね…」

 

「あの『カワサキ』って書いてあるロッカーの中に入ってたヤツよな」

 

「『伝説の武具』が隠されてるって言うから、ちょっと期待して探したのに……」

 

「なんでそれがマツトモの筋トレ道具一式やねん! ごっつ腹立つ…!」

 

「ふっ…! これな。 よう持ってきた――ア゛ア゛ッ!?」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

 

「ハンドグリップにビリビリ魔法付与されてたんすね…! どぁっ…!」

 

「癖で握るからや…! おゔっ…!」

 

「ごっつぅ腹立つぅう…!  だあっ…!」

 

「ぐぁっ…! あれそういえば…さっきからずっと、アナウンス役1人になっとりません?」

 

「ててて…。 あ、ホンマや。 えーと…隊長の方、おらんくなっとる? 副隊長だけやな……」

 

 

 

 

『隊長は只今所用で席を外しております。ですのでその間は、私1人で担当させていただきます!』

 

 

 

 

「お。答えてくれた」

 

「所用ってなんでしょ…? なんか怖いわぁ……」

 

「いやけど、そういえば凄いっすね。 ずっとアナウンスしてくれとりますけど、全然めんどくさがる様子無いの」

 

「確かに。なんというか常に生き生きしとるというか…。 元気一杯やから、元気貰えてる気がしますわ」

 

「わかるわぁ。この声で今回結構癒されとるもん。 何か笑顔になってまうな――」

 

 

「「「あ…! マツトモさん…!」」」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、OUT!』 

 

 

 

 

「嘘やん!? にやけただけやん! てか褒めたやん!! 褒めただけやぁん!!! あばぅっ!」

 

 

 

「副隊長も容赦ないわぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと…。とりあえず残りの二つ、処理します?」

 

「そうするかぁ。 えーと、マツトモのと、タカナのやな」

 

「マツトモさんのが鍵で、タカナのが手紙付きの…お仕置き部隊のマスクの強化版みたいな?っすね」

 

「あ。じゃあ僕、とりあえず手紙を開けてみますわ」

 

「頼むわぁ」

 

 

「よいしょっと…開いた」

 

「特に仕込まれてる様子は……ないな。鍵とか入ってる様子も……ない」

 

「で、なんて書いてあるん?」

 

「――えぇ…!? あ、そういう…! だから…!」

 

「何独り言ちとんねん! 見せろや!」

 

 

「えーと何々…? 『このドミノマスクはお仕置き部隊隊長の証です』ぅ!?」

 

「『これを被れば、ミミック達は貴方の言う事を聞くでしょう』やって…!?」

 

 

「なんやそれ!? とりあえずタカナ、被ってみ?」

 

 

 

「あ、はい。 えーと……こうすかね?」

 

「「「「フッ…!!」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、ホーセ、OUT!』

 

 

 

 

 

「ダメやなぁ…。タカナがつけるとただの変態やもん…! ぐぁっ!」

 

「中々にアカンなぁあれは…。 あぶっ…!」

 

「誰がつけても駄目でしょうけど、でもあれは……。 づぁっ…!」

 

「ぶぁっ…!  ……タカナ、ちょっとそこに鏡あるから見てみ?」

 

 

「はぁ。 ふはははっ…!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『タカナ、OUT!』

 

 

 

「まあそりゃ笑うわなぁ…」

 

「あ、ミミック入って来て……あれ?」

 

「おぉ…! ミミックの動き止まったやん!」

 

「そんでタカナに仕えるように待機しとる…!?」

 

 

「え、え…!? ええっと……叩かずに、帰って! ……くれますかね?」

 

 

「おー! タカナの命令に従って帰ってった!」

 

「効力バッチリですね!」

 

「すごぉ…!」

 

「ずっこぉ……」

 

 

「良いですねこれ…!」

 

 

「うわタカナ、酷くニヤけとるやん……」

 

「ちょっと副隊長さーん? タカナ笑っとりますよー?」

 

 

 

 

\デデーン/

『タカナ、OUT!』

 

 

 

 

「またお仕置きミミックが来ました」

 

「けど……。 おー」

 

「タカナが手で制しただけで帰ってった…!」

 

「無敵やん……! ……ちょっと貸してくれへん?」

 

 

 

「えっ。嫌ですよ! なんでホーセさんに…」

 

「ええやんちょっとぐらい…! 俺もケツ痛いねん…!」

 

「それは僕もですって…!」

 

「頼むからぁ…! 一生に一度のお願い…!」

 

「いやでも……」

 

 

「…タカナ。お前今お仕置き隊長なんやから、ホーセにお仕置き出来るんちゃうか?」

 

 

「えっ。 あっ…! そ、そうかも…!」

 

「え゛。 ちょっとハダマさん…!? タカナ待っ……」

 

 

 

 

\デデーン/

『ホーセ、OUT!』

 

 

 

 

「嘘ぉ!? 笑ってへん! 笑ってへんよ!? 止めっ……ぼああっ!」

 

 

 

「「「「ふっははっ!!」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、OUT!』

 

 

 

 

 

「いや流石隊長の仮面やなぁ…。 だぁっ…!」

 

「ホンマに通るとは思わんかったわ…。 ほぅおっ…!」

 

「づぁっ…! んでやっぱり叩かれませんね…」

 

「ててて……タカナ、ちょっと耳を……マスク別に取らんから!」

 

 

「なんですかホーセさん…。 ……えっ。それは……」

 

「聞いてみたらええんちゃうか? 丁度そこに居るし」

 

「わ、わかりました。 えーと…ミミック…さん?」

 

 

 

「…なんか企んどるなあれ……」

 

「おいホーセ、変な入れ知恵すんなや」

 

「ミミックに何を聞く気なんでしょ?」

 

 

 

「僕の分のケツ叩き、他の人にやることってできます?」

 

 

 

 

 

 

 

「―!? 何聞いとるねんあいつ!?」

 

「うわしかもミミック、しっかり頷きましたよ!?」

 

「勢いよくケツバット振り回し始めたやん! やる気満々やんか!」

 

 

「ハダマさんや…! ハダマさん狙え…!」

 

「おいホーセぇ!! …タカナ、わかっとるやろな? さっき教えてやったん俺やぞ?」

 

「で、す、よ、ね……じゃあ、えーと……。 …………ランダムって…できます…か?」

 

 

「ん!? なんか急に画面が点いたぞ?」

 

「うわ…! ルーレット表示されとるぅ…!」

 

「タカナ抜きのや…! 用意周到やなぁ……」

 

「うわうわうわ回転しだした…! 誰に止まる……――」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、OUT!』

 

 

 

 

「なんで俺やねん!!!  だブあっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くっそぉ……。 タカナ、好き放題しおって…」

 

「あいつニヤけるたびに誰かにケツ叩き回ってくるの辛いわぁ…」

 

「というかさっきから延々とにやけ続けてるの止めて欲しいっすね…。 ああほらまたアナウンスが……」

 

「で、タカナが指示する度に……」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、OUT!』

 

 

 

「今度は俺かいな…。 がっ…! あいつ絶対許さへんからな…!」

 

「あっ駄目ですってハダマさん…! そないなこというたら…!!」

 

 

「副隊長さん、ハダマさんにもう一回お願いしますわー」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、OUT!』

 

 

 

 

「はぁああ!?!?  あいつマジで許さへんからな!! ばあっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃそろそろ、マツトモさんの鍵、開けましょうよ」

 

 

「うわあいつ仕切り始めよったで…」

 

「とりあえずニヤけんのやめーや!」

 

 

「え???」

 

 

「ウザぁ…! ほらまたアナウンス鳴って…――」

 

「今度は俺かい! あうっ…! もうその仮面外せって!」

 

 

「嫌ですぅー」

 

 

「なんやあの態度ごっつ腹立つ…!!」

 

「このままじゃ話進まへんねん!」

 

「本物の隊長の方がまだマシっすよ……!」

 

「どこ行ったんすかあの方……!!」

 

 

 

 

『ただいまー、副隊長』

 

『あ、お帰りなさい。隊長』

 

 

 

 

「「「「あっ」」」」

 

「えっ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『探し物は見つかりましたか?』

 

『それがまだ見つかってないのよ。私の隊長用マスク…。 どこ行っちゃったんだろ……』

 

 

 

「あ…!!」

 

「それや! タカナの!! それや!!」

 

「タカナなんて顔しとんねん! ぶふっ…!」

 

「まさに吠え面って感じや…! はははっ…!」

 

 

 

『――ん? あれ? あーーっ! タカナ、そのマスク私の!! なんで勝手につけてるの!?』

 

 

 

「ゔっ…! いやこれはその……! 引き出しに入ってて…!」

 

 

「ふふははっ…! しどろもどろや…!」

 

「今更外しても遅いやろ…!!」

 

「ざまぁみさらせ!」

 

「相手はお仕置き部隊隊長やしなぁ。なら当然――」

 

 

 

『人の物を盗むなんて泥棒! お仕置き執行よ!!』

 

 

 

「いやちょっと待って…!!」

 

 

 

『問答無用! えいっ!』

 

 

 

 

\デデーン/

『タカナ、タイキックぅっ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘ぉ! 嘘嘘嘘嘘嘘嘘…! ちょっと待って隊長さん…!? 違うんですって!」

 

 

「何が違うねん」

 

「もう諦めとけ。ほら音楽流れ出したで」

 

「あ、入ってきましたよいつもの方」

 

「このためのネタ振りやったんやなぁ……」

 

 

 

「いや嘘嘘嘘…! 勘弁してくださいって! あぁっ…! せめて優しく…優しく……!!  あ゛あ゛あ゛ゔっっあ゛っっ!!」

 

 

 

「「「「ふふはははっ!」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、ホーセ、OUT!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ま。自業自得やなぁ」

 

「おー悶えとる悶えとる」

 

「あ、隊長マスク、回収されていきましたね」

 

「……ん?」

 

 

「痛ったぁ……。 勘弁してくださいよもぉ……」

 

「おいタカナ」

 

「――な、なんですかハダマさん…?」

 

「なんかお前、今回そんなに痛がってないんちゃうか?」

 

 

 

 

「……っ! い、いや…そんなことは……」

 

 

「そういえば確かに……。いつもはもっと痛がるよな」

 

「しかもそれでも、『実は痛くない疑惑』あるのに……」

 

「今回すぐに起き上がりましたよね……」

 

「もしかせんでも、今回のあんま痛くなかったんちゃうか?」

 

 

「そ、そんなことありませんよ!! ケツ肉取れるぐらい痛かったですから!! うん!!」

 

 

「ふっ…! 言い訳下手かいな…!」

 

「そう言いながら普通に立ってるし……」

 

「もう痛がってる素振りないやん」

 

「タカナ、正直に言え。 そしたらさっきのヤツ許したるから」

 

 

 

「……………………実は、そんなに……」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、ホーセ、OUT!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「自白しよったでこいつ! あうっ…!」

 

「言わなきゃええのに…。 ぐぅっ…!」

 

「ハダマさんの圧に負けたなぁ…。 どぅっ…!」

 

「やっぱりなぁ……。 だうっ…!」

 

 

「いや違うんですって! なんかいつもより明らかに弱かったというか…思いっきり手加減されてる感じが……!!」

 

 

「だから何が違うねん!」

 

「寧ろ自白の内容、強化してますね……」

 

「もうアカンなあれ…」

 

「ですってよ隊長さん方ぁ。 弱かったみたいですよお」

 

 

「ちょっ!? ハダマさん何言って――」

 

 

 

 

『なんですってえ!? なら、もっと強いお仕置きが必要ね!』

 

 

 

 

「いやちょっ…! ちょ、ちょっと…! 隊長さん待ってくださいって! 痛かったですから!!」

 

 

 

 

『問答無用、パート2! えいっ!』

 

 

 

 

\デデーン/

『タカナ、ウサキックぅっ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「――は? ウサキック???」」」」」

 

 

「…って、なんやそれ?」

 

「え。あれのことですよね…。兎の……」

 

「兎のキックってことか?」

 

「――あ。 あ!! 俺わかったわ!!」

 

「な、なんです…? うっ…! 扉が開いて……――」

 

 

 

「ぴょぉお~~ん!  ぴょおおお~~~んっ!!」

 

 

 

「――!?」

 

「―――えっ!?!?」

 

「あ、そういう…!!」

 

「ふふふっ……ふふふはは…!!」

 

「え。嘘マジで!? いやいや…! いやいやいや!!」

 

 

 

「そう、私っぴょん! ある時は村娘、ある時はお仕置き執行兎! その正体は――!」

 

 

 

「「「「「イスタ姫様やん!!!!」」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

 

 

【なんとバス以来の再登場、バニーガール族の妹姫様。 今回は村娘の服ではなく、バニー服型のお仕置き部隊制服でのお出まし――。】

 

 

 

 

「まさかまた現れるとはなぁ……」

 

「しっかりお仕置き部隊の仮面被って……」

 

「ものっそいノリノリっすね……」

 

「あ。タカナ震えてるわ」

 

 

「いやいや!だって! さっきフロッシュ王様を思いっきり蹴って軽々吹き飛ばしてらっしゃったじゃないですか!! 手すりのポールがあらぬ方向にひん曲がるぐらいに!!」

 

 

「せやなぁ…」

 

「えっぐいドロップキック嚙ましてましたね」

 

「姉妹共々な」

 

「岩程度なら砕けんちゃうかってレベルでしたね」

 

 

 

「あ。岩ぐらいなら簡単に蹴り砕けるっぴょんよ?」

 

 

 

「!!? ま、マジですかぁ……!?」

 

 

 

「マジっぴょん! さ、お尻を出すっぴょん!」

 

 

 

「いやいやいやいや! 無理無理無理無理!! 死にますって!! 僕死にますって!!!」

 

 

 

「大丈夫っぴょんよ、本気で蹴る訳じゃないんだし! おーい、お手伝いミミック達~!」

 

 

 

「うおっ…! ミミックも入ってきよった!」

 

「あ、ふっ…!! 全員ウサ耳付けとりますね…!」

 

「そんで皆触手を出して、タカナ捕えて……」

 

「ケツ向ける態勢で押さえて…! うわうわうわ…!」

 

 

 

「さー、いくっぴょんよぉ~!!  せぇのっっ――! ぴょオんッッ!!」

 

 

 

「――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

「うーわぁえっぐい蹴り!!」

 

「とんでもない破裂音が……!!」

 

「タカナ、声すら出せず倒れたで」

 

「あー。あれはマジの苦悶顔っすね。 ……フッ…!」

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、ホーセ、OUT!』

 

 

 

 

「「「「あ゛うっ……!」」」」

 

 

「あ゛あ゛ゔ ゔ…………ゔああ゛……!」

 

 

 

「これに懲りたら隊長の真似はしちゃいけないっぴょん! じゃあねっぴょ~ん!」

 

 

 

 

【勝手に隊長を名乗った罰を受けたタカナ。 しかし、まだ引き出しネタは残っている―――】

 

 

 



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人間側 とある芸人達と使い⑦

 

 

「タカナ、もうケツ大丈夫か?」

 

「……だいじょう…ぶじゃないすけど…。 なんとか椅子には座れますわ……」

 

「いやぁ見事なキックだったわぁ……」

 

「逆らっちゃいけませんね、バニーガールにも、ミミックにも……」

 

「じゃ、落ち着いたところで俺の分の鍵、開けるとするかぁ」

 

 

 

 

【タカナへのお仕置きが一段落したところで、マツトモは最後の引き出しネタに挑む。そこには何が入っているのか――】

 

 

 

 

「えーと…どこや?」

 

「番号的に、そこの小さい棚のですね」

 

「ほなさっさと開けて終わりにしてくれや……」

 

「中に何が入ってるんでしょうね」

 

「……また罠仕掛けられてたり…」

 

 

「余計な事言わんでやもう……――えいっ。 あ、普通に開いた……んん??」

 

 

「何入ってたんですか?」

 

「もう一個鍵と……これ」

 

「え? ちっちゃい…プレゼント箱っすか?」

 

「リボンとラッピングまでしっかりされとるし…」

 

「んーと…その鍵の番号は向こうのちょっと大きめの棚のっすね」

 

 

 

「とりあえずこの鍵も開けてみよかぁ。 …こっちも普通やな。で…え、もう一個?」

 

「うわ、またプレゼント箱や…!」

 

「しかも長方形でおっきめの……!」

 

「リボンの向き的に、縦置きっすね……」

 

「箱と言うだけでもう怖いのに……!」

 

 

 

 

 

【マツトモが見つけたのは、大小二つのプレゼントボックス。これは一体――?】

 

 

 

 

 

「……じゃ、開けてみるで…?」

 

「はい…!」

 

「お願いします…!」

 

「なんか飛び出してくるかもな…」

 

「…気をつけてください…! ハッピーボーイとかかもしれませんよ……!」

 

「「「ふっ…!」」」

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUTぉ!』

 

 

 

「余計な事言うなってのホーセぇ! だぁっ…!」

 

「入ってる訳ないでしょこんな小さい箱に…! おぅっ…!」

 

「いや逆に入っててほしいわぁ…。そっちの方が安全やもん。 うぐっ…!」

 

 

「あ。お仕置き隊長のアナウンス再開したんすねぇ」

 

「うわホーセさんわざとらし…。 ……僕、ちょっと彼女の声怖なってきましたわ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――じゃ、改めて…。 小さいほうのプレゼント開けるで?」

 

「お願いしますー」

 

「ひと思いにぜひ…!」

 

「……特にリボン取っても包装外しても何もないな」

 

「それで、肝心の中身は……?」

 

 

 

「……これや」

 

「……? なんやそれ? 星か?」

 

「星…ですね。けどこれって…」

 

「あれじゃないですか? クリスマスツリーの上につける…!」

 

「あぁ、あの星飾り! ……なんでそんなもんが…?」

 

 

 

「――ということは、こっちの縦長のプレゼントの中身は…」

 

「お? あー! ツリーやん!」

 

「机に置けるサイズのクリスマスツリーや…!」

 

「しかも色々と綺麗に装飾されとりますね」

 

「あでも、一番上の星飾りだけ無いなぁ」

 

 

 

 

 

【なんと入っていたのは、クリスマスツリーとその星飾り。 この二つが示すのは――】

 

 

 

 

 

「……付けろ、ってことやんな…?」

 

「……で……すよねぇ…?」

 

「絶対なんかあるやろ……」

 

「ハッピーボーイ……」

 

「もうそれは良いですって……」

 

 

「―よし、乗せるで…! せーの…よいしょ!」

 

 

「うわっ! ツリー光り出したぞ!?」

 

「え!? なんですこれ!? なんですこれ!?!?」

 

「星とか、オーナメントとかがピカピカって…!」

 

「―ん!? 音が…! シャンシャンシャンって音がどっからか!?」

 

 

 

 

 

【ツリーをセットした瞬間、突如巻き起こった異常現象。すると直後――】

 

 

 

 

 

「……あれ? シャンシャン音が収まった…?」

 

「どう聞いてもクリスマスの鈴?の音でしたよね…?」

 

「――ん!? 待ってください…! なんか廊下から聞こえて…!」

 

「ホンマやな…! けど、何の音やこれ…?」

 

「色々ぶつかりながらな…なんか慌ててるような感じで……あ、扉が!」

 

 

 

 

「ほっ…ほっ…ほおっ…! め、メリー、クリスマス!! はあ…はあ…ほおぅっ……」

 

 

 

「うえっ!?」

 

「は、えっ!?」

 

「嘘やん…!?」

 

「え、本物…!?」

 

「んなわけ……ない訳ないんか…?? えぇえ…!?」

 

 

 

 

「「「「「サンタクロースさん!?!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

【なんと、息せき切って入ってきたのは、かの聖なる存在、サンタクロース。 しかしその格好は――】

 

 

 

 

「…マジもん…よな…? 誰かのコスプレってことないよな…?」

 

「いや違うと思います…! 御顔そうですし、雰囲気も凄く清らかで優しい感じで…!」

 

「それは確かに俺も感じんねん…。 ……けど、あの恰好…」

 

「そこなんすよ…。赤いサンタ服に白い大袋持ってるんですけど、なんか乱れてるというか…」

 

「髭もボサボサですし、帽子に至っては思いっきり外れかけてますし……」

 

 

 

「ほぅ…ほぅ…ふう…。 いやぁ、悪いのぅ。 ワシ、少しあわてんぼうでの。見苦しい姿を見せてしまったわい」

 

 

 

「服を直し始めましたね…」

 

「あ、凄い…! 髭、撫でただけでふわっふわに…!」

 

「やっぱり本物なんかな…?」

 

「本物やとしたら、サンタさんにマジで何させとんねん…! あのサンタさんやぞ…!?」

 

「……あわてんぼうというか一周回って遅すぎるというか……」

 

 

 

 

 

 

「ほっほっほ。どうやらワシが本物か疑っているみたいじゃのう。どれ、信じてくれるかわからんが……これに見覚えがあるかの?」

 

 

 

「え。 サンタさん、袋の中を探って…」

 

「五個、なんか取り出しましたよ…?」

 

「……紙束…??」

 

「古ぼけてるのと新しめなのが混ざってる感じで…?」

 

「……なんか見覚えがあるなぁ…」

 

 

 

「これがハダマ家、こっちがマツトモ家じゃな。それでこれが――」

 

 

 

「あ、どうも…。 えっ!? うわこれ…!!」

 

「願い事書いたクリスマスカードですやん!? 僕が子供の頃に書いたヤツ…!!」

 

「うわわ! ウチの子供が書いたんのもしっかり入っとりますよこれ!」

 

「マジやん…! 書いた記憶あるし、欲しいモン貰った記憶あるでこれ!?」

 

「本物や……! 本物のサンタさんや!!!」

 

 

 

「ほっほっほっ!信じてくれて何よりじゃよ! ところで、何か食べたいおやつはあるかの?」

 

 

 

「えっ…? じゃ、じゃあ……ケーキ……?」

 

 

 

「ほっほっ! これかの?」

 

 

 

「あっ!? それ、お気に入りの店の!! しかも、今食べたいって思ってたヤツ…!」

 

 

 

「ほれ、召し上がれ! さ、他の皆は何が欲しいかの?」

 

 

 

「「「「……本物やぁ……!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほっほっほっ、さてな。おやつが行き渡ったところで、プレゼントを渡すとするかの」

 

 

 

「えっ。今頂いたこれがそれじゃ……」

 

 

 

「それはお詫びじゃよ。慌てた姿を見せてしまったからのぅ」

 

 

 

「えぇ…! そんなええですのに…!」

 

「そうですよ…! 毎年有難いプレゼントをくださってるのに…!」

 

 

 

「ほっほっほっ。大人になってもええ子達じゃのぅ。 追加でコーラをあげるとしようかの!」

 

 

 

「ふっ…! いやなんで…! ……あっ…」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、OUT!』

 

 

 

 

「うわサンタさんの前でも続行なんですね…」

 

「サンタさんにケツ叩かれるの見られるのは恥ずいわぁ…」

 

「…ん? あれミミック来ないですね…?」

 

「ホントや…。 ――へっ? サンタさんの袋がモゾモゾって…わぁっ!?」

 

 

「嘘やろ!? なんでそっから…袋の中からミミックが出て来るねん!? ばぁっ!?」

 

 

 

 

\デデーン/

『マツトモ、タカナ、エンドオ、ホーセ、OUTぉ!』

 

 

 

 

「ホントになんであそこから出てくるねん…! あぐっ!」

 

「しかもミミック、クランプス(罰担当のサンタ従者)みたいな角つけてますし…。 どぉっ…!」

 

「そして箱じゃなくて、ソリにはいっとりますやん! ばぅっ…!」

 

「はぅっ…! そんで袋の中にすいーって戻ってくし……。なんですかあれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――普段は年に一度の子供達へのプレゼントなんじゃがな。 五人共今日は頑張っておるし、そのクリスマスツリーも灯して貰ったのじゃから、特別じゃよ」

 

 

 

「うわ嬉しい…!」

 

「プレゼント貰うのなんていつ以来やろ…!」

 

「懐かしー…!」

 

「……サンタさん、クランプスミミックに関してはノーコメントなんすね…」

 

「あの袋の中、どうなってんやろなあ……」

 

 

 

「よっこいせと。 …しかしのぅ。慌てていたせいか、何を入れたか忘れてのぅ。 全部一緒だった気がするんじゃが……」

 

 

 

「……うわ急に怖なってきた…!」

 

「サンタさんお茶目ですわぁ……」

 

「変な物入ってませんように…!」

 

 

 

「まあ、開けてみてのお楽しみじゃのぅ。 ほれ、メリー・クリスマスじゃ!」

 

 

 

「おー立派なプレゼント箱…!」

 

「何入ってるんでしょ…?」

 

「ミミックやったらヤバいなぁ…」

 

「中身は全部一緒だって仰ってましたよね…?」

 

「…じゃあ、せーので開けるか? ええか……せーのっ!」

 

 

 

「――ん!?」

 

「あ、これっ…!」

 

「フッ…!」

 

「いやちょっとぉ…!」

 

「――?」

 

 

 

「「「「さっきのお仕置き隊長マスクやんかぁ!!!」」」」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、OUT!』

 

 

 

 

「「「「痛ぁっ…!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、それじゃったそれじゃった。 早速、被ってみるかの?」

 

 

 

「ふっ…! いや…。 あ。 だぁっ…!」

 

「ちょっと…被りたくないっすね……」

 

「せやなぁ…。 だってこれ被ったら……」

 

「僕みたいになりますよ…! ケツキック……!」

 

 

「いやでも、折角サンタさんがくれた物ですし……」

 

「被んなきゃ失礼ちゃうか? なあタカナ」

 

「いやまた僕ですかぁ…!? 勘弁してくださいよぉ…!」

 

「でも今回は違うかもしれへんよ。 隊長、見逃してくれるかも」

 

 

「で、す、か、ね……? じゃ、じゃあ……よっと…――」

 

 

 

 

\デデーン/

『タカナ、ウサキックっぅ!!!』

 

 

 

「いややっぱりじゃないですか!!? 勘弁してくださいって!!  待ってイスタ姫様…!! 嫌です嫌嫌嫌―――ァッッッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、ホーセ、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ててて…。 ケツ真っ赤になってる気がするわぁ…」

 

「タカナは顔も真っ赤ですけどね……」

 

「そや。 おいホーセ、お前さっきこのマスク欲しがってたやろ。つけてみい」

 

「え゛っ。 嫌ですっ!」

 

 

「ふっ…! 即答やなぁ。 …あ、またやったわ…。  痛あっ…!」

 

「なんやお前、サンタさんのプレゼントを無下にするんか?」

 

「プレゼントでも嫌なモンは嫌ですよ! というか……」

 

「…あれ? ホーセさん、マスクないじゃないですか?」

 

 

「いやそうなんよエンドオ。 俺にだけ別なの入ってて……」

 

「そういえばさっき、ホーセだけ反応おかしかったな」

 

「何入ってたん?」

 

「え? なんですそれ? チケット?」

 

 

 

「ようわからんけど……『世界の半分をあげる券』って書いとりますわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何やそれ?」

 

「僕にもさっぱり…。サンタさん、これって……?」

 

 

 

「はて? なんじゃろうなそれ? 見覚えがないがの……」

 

 

 

「えぇ…? サンタさんでも知らない物って……」

 

「なんか怪しいわぁ……」

 

 

 

「よくわからんが、一度プレゼントしたものじゃからのぅ。 そのまま貰ってくれんかの?」

 

 

 

「はぁ。じゃ、頂きますー。 …ぶっちゃけ、隊長マスクよりかは良い物っぽいですし」

 

「っぁ…はぁ……はぁ……。 ホーセさん……このマスクと…交換しませんか……?」

 

「あ。タカナ復活したで」

 

「そんで早々にマスク押し付けようとするなや!」

 

「ふっ…! 道連れ増やそうと必死か……ぶふっ…!!」

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、ホーセ、OUT!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほっほっ…。 ふぅむ、プレゼントはお気に召さなかったようじゃのぅ…」

 

 

 

「い、いえいえサンタさん! 充分堪能させて頂きました!」

 

「そうですそうです! 美味しいおやつも頂けましたし…!!」

 

「懐かしいカードも見せてもらえましたし……!!」

 

 

 

「優しいのぅ。 じゃが、ここで終わってしまえばサンタクロースの名折れ。 もっと面白いプレゼントを…!」

 

 

 

「良いですってもう…!」

 

「既にアカン予感しかしないんすよぉ…!」

 

 

 

 

「ごほん。ではいくぞい……! これならどうじゃハダマくん! 『カツラ三点セット』!」

 

 

「いやそれヘルメーヌ様のやないすか…! 結局俺用のおかっぱ交っとるし!」

 

 

 

「これは如何か、ホーセくんや! 『お着替え二着セット』!」

 

 

「うわちょこちょこ出てるスライム着ぐるみ……色、なんで金ピカ銀ピカなんです!? 経験値多そうな…!」

 

 

 

「マツトモくんや、ならこれは! 『伝説の武具付属、身体強化薬』!」

 

 

「僕が常用してるプロテインじゃないすかぁ! 名前書いてありますもん!」

 

 

 

「むむ…タカナくん、これなら! 『今回引き出しに入れるか迷ったVTRシリーズ』!」

 

 

「それ絶対ケツキック関係じゃないですかね!? 絶対要らないです!!」

 

 

 

「エンドオくん…! 『㊙、女性遍歴…――』」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!? 僕のだけ別ベクトルのヤバさしてませんか!?!?」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

「「「「「だぁあっっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

「―――ほぅむ…。 これらも駄目とはのぅ…。 どうやら慌ててきたせいで、ワシの力が鈍ってしまっているようじゃな…」

 

 

 

「多分そうですよ…!」

 

「一回お帰りになって、ゆっくり休んでくださいって…!」

 

 

 

「これが最後じゃ…! 最後にチャンスを…!」

 

 

 

「いやもう勘弁してくださいって…!!」

 

「うわ袋の中がモゾモゾって…!? 何を――」

 

 

 

 

 

「―――フハハハ! 新入りの五人よ、とうとう決着の時が来た!」

 

 

 

 

 

「……えっ!? この声……!」

 

「もしかしなくとも……!」

 

「「「ドラルク公爵!!?」」」

 

 

 

 

「如何にも、吾輩である! さあ五人共、いざ勝負を―――むごっ!!」

 

 

 

 

「これは流石にプレゼントにならんのぅ。ナシじゃな」

 

 

 

 

 

 

「――へ? ……ふふっ…!」

 

「今、ドラルク公爵が顔を出そうとした瞬間…サンタさん…!」

 

「思いっきり袋の奥に押し込んで黙らせたやん…!!」

 

「流石サンタさん、強いわぁ…」

 

「公爵可哀そう……。 ふっ……!」

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUT!』

 

 

 

「「「「「だぅっあっ……!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……。本当に調子が悪いのぅ……。 ―ん? ルドルフ、どうしたんじゃ? あぁ! そういえばこの後予定があったんじゃった!」

 

 

 

「あ…。扉から赤鼻のトナカイさんが…」

 

 

 

「すまんのう五人共、ワシはもう行かなきゃならんのじゃ。大した事できずに悪いのぅ。 次に会う時までには本調子に戻しておくからの」

 

 

 

「あー…。帰ってしまわれたわ……」

 

「なんというか……嵐みたいな勢いでしたね…」

 

「だとしたらブリザードやなぁ…。サンタさんの季節的に。……ふふっ…!  あっと…ぐあっ!」

 

「いや、というかな……。サンタさんに…子供達の夢に、何をさせとんねん!!! 泣くで皆!!」

 

「これマジで関係各所に土下座せえへんとマズい奴ちゃうすかね…?」

 

 

 

 

 

【こうしてあわてんぼうのサンタクロースは去っていった。 しかし……このプレゼントの一つが、この後とんでもない事態を引き起こすことは、まだ誰も知らない――】

 

 

 

 



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人間側 とある芸人達と使い⑧

 

 

「――あ゛あ゛うぁぁ……。 ちょっと眠なってきたわ……」

 

「ふぁあうぅぅ……。 そっすねぇ……」

 

「うわもうこんな時間すか……」

 

「だいぶ経ったなぁ……」

 

「もうかなりこなしましたよねぇ……」

 

 

 

【―――時は刻々と進み、夜の帳が下りた頃合い。五人もあらゆるイベントをこなし、お疲れムード】

 

 

 

「いやしかし、色々ありましたねぇ…」

 

「ホンマな。各所のネタ披露はもとより……」

 

「今回もやりたい放題やったなぁ…。 芸人対抗のバトルあったし…」

 

「恒例の身体張り合戦もありましたね……」

 

「僕達の秘密暴露もありましたわ……しんどぉ……」

 

 

 

 

【先程までを振り返る彼らだが……ここに来て、あのイベントが五人を…もとい、()を襲う――!】

 

 

 

 

 

『――緊急連絡! 緊急連絡ぅ!! ダンジョン内の全ての魔物に連絡!』

 

『只今、全魔物に向け招集命令がかけられました。各員、速やかにホールへ集合してください。 繰り返します、只今―――』

 

 

 

「うわなになになに!?!?」

 

「急にサイレン鳴りだしたやん!?」

 

「隊長と副隊長のアナウンスが……!」

 

「何が起きたんすか!?」

 

「集合しろって…!?」

 

 

 

「――皆、今の聞いたな? どうやら何か重大事件が起きたらしい。 集まるで」

 

 

 

「あ。フジラワさん…!」

 

「え、怖っ…。何が起きたんすか…?」

 

「とりあえず行くかぁ……」

 

「せやな……」

 

「嫌な予感するんすけどぉ……」

 

 

 

【ということで、五人はホールへと。 そこで待ち受けているものとは――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おわー…。えっらい数集まっとるわ…」

 

「んで、厳戒態勢やん…」

 

「ほんとっすね…。ピリピリしてますわ…」

 

「お、ミミック達も綺麗に整列してますね」

 

「…どっちかというと、整頓って感じやなあれは…」

 

 

 

「じゃ、五人共順番にそこに座って貰えるか」

 

 

 

「当然の如く一番前の席やな」

 

「これは……」

 

「あれっすね……」

 

「あれやな……」

 

「嫌やあ!」

 

 

 

 

 

【フジラワに指示された席に渋々座る五人。次の瞬間、急に辺りは暗くなり――――】

 

 

 

 

「――ガァッデムッッッ!!!」

 

 

 

 

「うわぁ出た!!」

 

「やっぱ出たぁ!」

 

「災難やなぁホーセ。 ……ホーセ?」

 

「…………」

 

「言葉失ってますねこれ……」

 

 

 

 

【盛大なスポットライトやスモークと共に姿を現したのは、もはやホーセの天敵、『チョノ』。今回も御多分に漏れず、ビンタが飛ぶのか――?】

 

 

 

 

「……ん? なあおい、チョノの恰好……あれって……?」

 

「へ? いつものサングラス姿じゃ…?」

 

「服装の方やろ。お仕置き部隊の服…じゃ、ないな」

 

「そういえば……。それに普段なら、チョノさんこそお仕置き部隊隊長とかの肩書持ってそうですのに」

 

「隊長も副隊長も、アナウンス役やもんな…?」

 

 

 

「全員集まっているようだな! 俺はチョノ、魔王軍所属の者だ!」

 

 

 

「……ですってよ…!」

 

「魔王軍…!? そういえばあのエンブレムはそうやな…!」

 

「ええんかそんな名乗って…!?」

 

「あでも、ドラルク公爵でてはりますし…!?」

 

「……絶対なんかあんなぁ……」

 

 

 

「お前達に集まって貰ったのには理由がある! 実は先程、俺達が守る宝物庫から、ある物が無くなった!」

 

 

 

「なんや…?」

 

「なんでしょ…?」

 

「んー…?」

 

「ある物…?」

 

「…………」

 

 

 

「だが付与されていた追跡魔術により、それがこのダンジョンに、もっと言えばこの中の誰かが持っていることが判明した!! …そこの五人! 何か覚えはあるか?」

 

 

 

「いや…ないっす」

 

「ないですわ…」

 

「特に心当たりは…」

 

「わからないっす…」

 

「…………」

 

 

 

「ん? おい、そこのスライム。 お前だお前、ホーセとか言ったな。 何か様子がおかしいなぁ」

 

 

 

「い、いや……僕も、特に、何も……!」

 

 

 

「あー? にしては目が泳いでるんじゃないかぁ?」

 

 

 

「そん…わけ…ないじゃないですかぁ! 何言うてはるんすかぁ!?」

 

 

 

「ふっ…! 必死か…!」

 

「ガン見しあわなくとも…!」

 

「目ぇ逸らしたら負けやと思ってるんちゃうか?」

 

「頑張りますね……ふふっ…!」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、OUTぉ!』

 

 

 

 

「「「「あ゛だっ…!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふん、まあいいだろう。すぐにわかることだからな。 まずは何が無くなったかを明かしてやろう!」

 

 

 

「あ、大きめのフリップ運ばれてきましたよ」

 

「布かけて隠してあんな」

 

「何が書いてあんねやろなぁ」

 

「なんでしょうねぇ…。ふふっ…! あ。 痛っあっ!」

 

「………………」

 

 

 

「白を切る犯人のために、探し物の図を見せてやる! これだ!!!」

 

 

 

「お、布が外されて……ふははっ!」

 

「あー…! そういう…! ふっふふっ…!」

 

「変だと思ったら……! あははっ…!」

 

「盛大に巻き込みましたね…! ふふふっ…!」

 

「嘘やん……嘘やあん…!!」

 

 

 

 

「「「「「『世界の半分をあげる券』やんか!!!」」」」」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、OUT!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛てて…なるほどなぁ…。サンタさん巻き込んでたんかぁ…。 何させとんねんマジで……」

 

「まあ薄々そんな気はしてましたけども……」

 

「言われてみれば、確かにサンタさんらしくなかったしなぁ…」

 

「それにやけに仰々しい代物でしたしねぇ。何ですか、世界の半分をあげるって」

 

「………………」

 

 

 

「なんだ? おいそこの五人! 今これを見て、やけに反応したな? 明らかに知っている素振りだったな? そうだろう!?」

 

 

 

「あー…えー……いやまあ、そうっすね…」

 

「心当たりはありますわなぁ……」

 

「バリバリにあります……」

 

「というか、持っとるでしょうし……」

 

「ちょっと…!! こっち見ないでくださいっ…! 前向いたままで…!!」

 

 

 

「やっぱりお前達の中に犯人がいるのか! どいつだ!?」

 

 

 

「……探されとるでホーセ」

 

「だから今、話振らないでくださいって…! でも今回は大丈夫です…!」

 

「? やけに自信満々じゃないですか?」

 

「だって俺、そのチケット部屋に置いてきたんやもの…! 証拠は無い…!」

 

「えっ!? それ大丈夫なんですか…!?」

 

「俺がビンタされないことが一番大丈夫な結果に決まっとるやろ…! フフフ…俺の勝ちや…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ホーセ、OUTぉ!』

 

 

 

「うっ……! だぁっ…! けど、ビンタに比べればこんぐらいぃい……!!」

 

 

「ふっ…! そこまでかいな…!」

 

「どうなりますかねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうやらお前達のいずれかが持っているらしいな。チェックさせてもらうぞ。 まずは…鬼族のマツトモからだ」

 

 

 

「うわめっちゃ近い……持ってませんてば」

 

 

 

「ふぅむ。どうやら本当に持ってなさそうだな。 なら次は、イエティ族のハダマだ」

 

 

 

「同じく持っとりませんわ。…毛の下に隠してもいないですって!」

 

 

 

「まあ良いだろう。次は…河童族のタカナだ」

 

 

 

「お二人と同じく持ってませんよ…。 別に皿は捲れませんから」

 

 

 

「そうか。 その次は…エルフ族のエンドオだな」

 

 

 

「僕も持ってません。 ……ですけど」

 

 

 

「皆まで言わなくていい。 ――スライム族のホーセ。どうせ、今回もお前だろ」

 

 

 

「なんで僕にだけそないな聞き方なんですか!? 他の人が持っているかもしれないでしょお!?」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUTぉ!』

 

 

 

 

「狙いはしっかり定められとるなぁ…。 あぐっ…!」

 

「だあっ…!  逃がしはしないって感じですねぇ…」

 

「まあでも、策?というか、現物はここにないみたいですから…」

 

「もうはよ諦めて叩かれてくれんかなぁ…」

 

 

 

 

「――と、お仲間は言っているが?」

 

 

 

「いいや知りませんね!! あんなチケット、見たことも聞いたこともありません!」

 

 

 

「本当か? 嘘を言ったらただじゃおかないぞ?」

 

 

 

「本当ですとも! 特にあのフリップの図みたいな、でっかいチケットは知りません!」

 

 

 

「馬鹿かお前。見やすくするために大きく描いてあるだけに決まっているだろ。 …待て、つまり小さいチケットは見たことあるということか?」

 

 

 

「…………ッッ!! …み、見たことありませんねっ!! ええ見たことないです!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUT!』

 

 

 

「いやだから……睨み合うなって…! だぅっ…!」

 

「しかもテンパったのか、変な事口走りましたね…。 あがっ…!」

 

「もう目が震えまくってますわぁ…。 うっ…!」

 

「はよ降参しぃよ……。 づぁっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このまま続けても良い事はないぞホーセ。早くゲロれば、そのぶん早くお仕置きが終わるんだぞ?」

 

 

 

「だから僕は皆目見当もつきませんよーだあ! そんなチケットのことなんて! なんなら、身体検査でもしてみればいいじゃないですか!!」

 

 

「お。とうとう伝家の宝刀引き抜いたで」

 

「わぁすっごいしたり顔…! まあそのせいでケツ叩かれとんの、本末転倒すけど……」

 

「……部屋に探しに行かれたらどうすんでしょ?」

 

「あー…。そん時は俺らに頑張って(なす)り付けようとすんかもなぁ」

 

 

 

 

 

「――なら、望み通り身体検査をしてやろう! 先に聞くが…もし出てきたらどうする!?」

 

 

 

「そん時は…………大人しく罰を受けますよ! ええ受けてやりますわあっっ!!!」

 

 

「怒鳴るなやもう……」

 

「売り言葉に買い言葉っすねぇ…」

 

「もし出てきたらどうすんねやろ」

 

「さあ……。でも間違いなく置いてきたみたいですし……」

 

 

 

「よし! 言ったな! そのへらへらした顔で言ったな! 男に二言は無いぞ!」

 

 

 

「へらへらしてるのはこのスライム着ぐるみの顔だけですよ! しかも目線引かれてるからそんな―――」

 

 

 

「おいなんだこれはァ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

「え゛っ!?」

 

 

「なんや…!?」

 

「チョノさんどうしたんすか…!?」

 

「あ゛っ! ホーセさんの着ぐるみのチャック部分…!」

 

「どこや…? ――あ。 ぶふはははっ!!」

 

 

 

 

「どういうことだホーセェ! お前の中からミミックが出て来て、『世界の半分をあげる券』を差し出してきたじゃないか!!!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、タカナ、エンドオ、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そーかぁ……そういうことかぁ…!」

 

「確かにアレなら、どう足掻いてもホーセさんに責任負わせられますね…」

 

「あ、てか…! 最初ヘルメーヌ様に会った時の、別のスライム着ぐるみ……!」

 

「あー! あん時ミミック入ってたわ! あれも伏線やったんか…!?」

 

 

 

「スライムの身体の中にチケットを潜ませ隠すなんて、良い度胸してるじゃないか! なあホーセ!!」

 

 

 

「へ……へぇ…??  えっ…確かに部屋に置いて来たのに……なんでぇ……???」

 

 

「ふっ…! あまりに予想外過ぎて、放心気味っすよホーセさん…」

 

「いつから潜んでたんやろなぁ、あのミミック…」

 

「恐ろしい種族っすねぇ……」

 

「おぅホーセ、もう逃れられへんのちゃうか?」

 

 

 

「そういうことだ。 大人しく檀上まで来てもらおうか!」

 

 

 

「いやちょっ…! 待って待って! 違うんすよこれはぁ! 違うんですって!!」

 

 

 

「何が違うんだ? あぁ?」

 

 

 

「いやそれは…貰いもんなんです! サンタさんから貰ったんです!」

 

 

「あー…言いおったで」

 

「サンタさんに責任押し付けましたね」

 

「いやまあ事実ではあるんですけど……」

 

「でも無駄ちゃうか。 どうせ――」

 

 

 

「お前、子供じゃなくて結構なオッサンだろ! それに今日サンタクロースが来るわけないだろうが! もっとまともな嘘をつけ!!」

 

 

 

「ほんとなんですってぇっ!!!!」

 

 

「まあそうなるわなぁ……」

 

「そのための配役でしょうしねぇ…」

 

「突然にあわてんぼうのサンタクロースが現れた言われても…」

 

「信用されんわなぁ……ふふっ…」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUT!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ったく。なあホーセ、お前さっき言ったな? この『世界の半分をあげる券』が出てきたら、大人しく罰を受けるって? なあ?」

 

 

 

「……言ってません……!」

 

 

 

「あ゛?」

 

 

 

「言ってません! 聞き違いじゃないですかあ!?」

 

 

「うわ無駄な抵抗しくさって…」

 

「こっから長いですよ……」

 

「今回はどんぐらいごねるんでしょうね……」

 

「……――ん? あれでも……チョノのヤツ、笑ってへんか?」

 

 

 

「クックック……。 そうか、そういう態度をとるのか。 そうかそうかァ」

 

 

 

「……な、なんですか…!?」

 

 

「えっらい怪しいんやけど……」

 

「すごいニヤリって感じですわ…」

 

「なんかあるんですね…対策……」

 

「怖ぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

「実を言うと、そのチケットは然る御方の宝物でな。だから俺が動いてるんだが――」

 

 

 

「おっ? チョノ、檀上に戻っていったで?」

 

「ホーセさんはおろか、チケットまでそんままで……」

 

「……何故か、心臓バクバクしてきたわ……」

 

「タカナ、このチケットはよ受け取れ! さっき交換したいって言ってたやろ!」

 

「いやそれは…! あ、待ってください…! チョノさんが…跪いて……!?」

 

 

 

「その御方が、今この場にいらっしゃっている! ホーセ、面と向かって言い訳してみろ!! ――お願い致します!」

 

 

 

「は…!? なんでそんな恭しい態度……――っぁ…!?」

 

「な、なんですこの地響き…!? いや…震え…!? み、耳鳴りが……!」

 

「ダンジョン全体が…波動で揺らされているような……!? 身体が…重い…っ!?」

 

「うわっ…!? なんか厳かで、恐ろし気な音楽まで聞こえ始めたで…!? 怖怖怖…っ!!!」

 

「あぁっ! 見てください! 壇の奥の壁全体が……とんでもなく歪んで……―――!」

 

 

 

 

 

 

「『God damn!!(ガァッッッデムッ)』――とな。  そこなる五人の魔物達よ、余の顔に覚えはあるか―?」

 

 

 

 

 

 

「……は……?」

 

「…………へ……?」

 

「……え……え……え……!!!!?」

 

「嘘…………やん………!???」

 

「………………ッッッッッッ!!!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「せ…先代……先代魔王様ぁ!?!?!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……へ…………え……へぇ……????」

 

「え…幻覚とか見せられとる訳……ない……よな……?」

 

「いやですけどあの御姿……! それにこの潰されそうな圧……凍てつくような波動というか……!」

 

「身体とか心とか魂とかに、えげつなくビシビシ突き刺さってきとるわ……!」

 

「本物……じゃない、御本人……ご、御前様?? ですよね間違いなく…!!」

 

 

 

「如何にも。余は『オウマ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア84世』。知っての通り、今は隠居の身であるが、な――」

 

 

 

「こ、答えてくださって……! は、はい…! 勿論存じておりますぅ……!」

 

「どうすればええんやこれ…!? とりあえず敬服の姿勢とるべきやろ…!!」

 

「――って! ビビり過ぎて気づいとらんかったけど…周り皆、跪いとります…!」

 

「ミミックに至っては、宝箱の姿に戻って震えとりませんか…!?」

 

「はよ…! はよ傅きましょ…!!!」

 

 

 

「無用だ。皆、首を上げ先の通り席につくが良い――。 私語を含めた会話も、構わぬ」

 

 

 

「は、ははあっ!!!」

 

「有難うございますぅ…!!」

 

「……先代魔王様まで出演なさるって…今回えげつなくないか……?」

 

「はい本当に…! 神様方の出演もヤバかったですけど……!」

 

「もう笑いごとやないで……。……アカン、ちびってもうた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということだホーセェ! その『世界の半分をあげる券』は彼の御方、先代様の宝物だ! さあ、申し開きをしてみろ!」

 

 

 

「ヒッ……!?」

 

 

「無茶いうなや……!」

 

「うわホーセさん、口から泡吹いとりませんか…?」

 

「そりゃそうなるわなぁ……」

 

「本当によかったぁ……あのチケット貰わんといて……」

 

 

 

「ホーセよ。今しがたチョノが口にした通り、それは余の宝。 それが何故、其方(そち)の手元にあるか―、克明なる釈明を求める」

 

 

 

「っあ……えっ……どっ……そ、その……あっ…あっ……」

 

 

「可哀そうなぐらいどもっとるなぁ……」

 

「というか…今回ばかりはマジで可哀そうかもしれへんわ…」

 

「相手がとんでもなさすぎますものね……」

 

「下手な回答したら跡形もなく消されそうですし……」

 

 

 

 

「そ……そんのですね……あの……実は……さ……サン……が……」

 

 

 

「――ふむ…?よく聞こえぬ。 もっと声を張るが良い」

 

 

 

「ふえぁぅっ…!? え、へえっと…! そ…そひょのですねぇ…!!」

 

 

 

「……ふぅむ。 まだよく聞こえぬ。 なれば、余も――、よっと、な」

 

 

 

「ふぁっ!?」

 

 

「―え゛っ!?!? ……ふっ…!」

 

「魔王様が……巨躯の御身をお曲げになられて…!?」

 

「身を乗り出すような感じで…耳、こっちに傾けてくれとるやん!!」

 

「や……優しい……!!」

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、OUTぉ!』

 

 

 

「はっ!? 嘘やんこれ継続なんか!? ばあぁっ!」 

 

「魔王様にケツ向ける形で叩かれんのかぁ……」

 

「うわぁ…恐ろしい……」

 

「言うて笑って良い雰囲気じゃないですよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたホーセ! もっと先代様に伝わるように話せ!」

 

 

 

「そ、そないなこと言われてもぉ……!」

 

 

「はよ言えってホーセ……!」

 

「ほら先代魔王様、ずぅっと耳を傾けてくれたままやん…! 不敬やぞ…!」

 

「ホーセさん…! マジで頼んます…!」

 

「――あ…!? 先代魔王様が体勢お戻しになられて……!?」

 

 

 

「余の耳が遠くなった故か、其方(そち)が口を噤んでいる故か、どうにも聞こえぬな――」

 

 

 

「い、いえ…! ぼ、僕が口を噤んでいるんで…! あいえ、そ、その……!」

 

 

 

「このままでは埒が明かぬ。 どれ――」

 

 

 

「へ…!? うわわわっ!?!?」

 

 

「うおっ!? ホーセの身体が浮き上がった!?」

 

「魔王様のお力ですよ…! 指先ひとつで…!」

 

「そんで招くように、クイッて…!!」

 

「あぁっ! ホーセさんが壇上に引っ張られて…魔王様の目の前に!!」

 

 

 

 

「これで聞き取りやすくなったか。 さて、ホーセよ――」

 

 

 

 

「大変申し訳ございませんでした魔王様ぁああ!!  お返しいたしますぅううう!!」

 

 

 

 

 

 

「―ぶふははっ! 速攻で土下座して返却したであいつ!」

 

「いやまあそうっすよねぇ…。 チョノさん相手のいつものとは違いますし……」

 

「綺麗な土下座やなぁ…。 ふっふふ…!」

 

「こっち睨んできとりますやんホーセさん…! ははっ…!」

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUT!』

 

 

「「「「づぁあっ…!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホーセよ。余の宝、確かに我が手に。 ――して、仔細を聞こう」

 

 

 

「は、ははぁっ!! そ、それが……僕にもわからないのですけど…! サンタさんが間違えて持ってきてらしく……! それで僕にプレゼントとして…!! 魔王様の宝物とは露知らず…!! 盗む気なんて更々なくて……!」

 

 

「ふっ…! さっきまでのモゴモゴはなんだったってぐらいの早口やな……」

 

「頭床に打ちつけながらよう言うで…」

 

「魔王様相手だとこうも正直なんすね……」

 

「あれ? ホーセさん、こっち向きましたよ?」

 

 

 

「そんで! その場にはあの四人もいました! 証人です! いえ、連帯責任です! どうか僕を処すのであれば、あいつらも、一緒に頼みますぅっ!!!!」

 

 

「はああアア!!?」

 

「うーわ…いつも通りとはいえ……」

 

「最低最悪な道連れの方法選びおったなぁ……」

 

「――あれ…? 魔王様、さっきみたいに御身体を縮めて…耳をホーセさんに向けて…!?」

 

 

 

「ふぅむ…。 やはり余が年老いた故か…。 すまぬがホーセ、よく聞き取れなかった故、もう一度頼む――」

 

 

 

「へ…へぇ…? は、はぁ…わ、わかりました…。 えっと……」

 

 

 

「サンタクロースが其方(そち)にプレゼントをし、その目撃者たる四人も同じく処して欲しい――。とまでは聞こえたのだが、な」

 

 

 

「いや全部聞こえてらっしゃるやないですかぁ!!?」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUTぉ!』

 

 

 

 

「もーまた、もーまたぁ…!! だぅっ…!!」

 

「ヘルメーヌ様に続いて、またぁ…!  あがっ…!」

 

「だからぁ…! 何させとんねんよ!! づぅっ…!」

 

「色々アカンくないすかね、魔王様のそのネタ…! でぁっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ…。 ホーセよ。余が今しがた繰り返した内容は、まごうこと無き事実であろうな?」

 

 

 

「えっ、あっ、はいぃっ!! 事実です! 事実でございます! ですから、どうか罰は…――」

 

 

 

(おもて)を上げよ、ホーセ。 ―――処を下す」

 

 

 

「ヒッ…! は、ははぁ…! どうか…どうかお許しを―――」

 

 

 

 

「――――許そう。 全てを、許す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ…?」

 

 

「は…?」

 

「へっ…!」

 

「おっ…!」

 

「おおおっ…!?」

 

 

 

「余の名を以て、此度の一件、水に流す。 そう宣告をしたのだ」

 

 

 

「えっ…えっ…!? よ、宜しいのですか!? 水に流して頂いて、宜しいのですか!?!?」

 

 

 

「構わぬ。其方(そち)に嘘をついている様子はない故な。 かのサンタクロースがなされたことだ。凡そ悪事の意思の欠片もなく、何かの手違いであろうよ」

 

 

 

「っ……っ……よ…よかったぁ……! さ、流石魔王様ぁ……!」

 

 

「ホーセ、今度は倒れ伏したで。寧ろ失礼ちゃうかあれ」

 

「いやしかし、良かったです…! こっちも思わず安堵しちゃいましたもん」

 

「――なら、今回はビンタ無しっちゅうことか?」

 

「……いや……控えていたチョノさんが動き出しましたよ…」

 

 

 

 

 

 

「先代様! 寛大な御心遣い、敬服するばかりでございます! ということは、仕置きは無しということで?」

 

 

 

「無論だ」

 

 

 

「なれば! 僭越ながらおひとつご提案がございます! この者に、ホーセに! ()()()()として、『禊のビンタ』を与えてやっては如何でしょうか!!」

 

 

 

「ふむ、良い案だ。 ……ということだホーセよ。覚悟を決めるが良い」

 

 

 

「………………はぇえ……??????????????????」

 

 

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は…え……はぁあああ!? ちょっとぉ!? チョノさん!? 何ちゅうこと言うんですかあ!?」

 

 

「痛てて…。そーくるんかぁ…! それは読めんかったなぁ……」

 

「結局ビンタは変わらないんすね…。 ふっふ…!」

 

「……いやてか、流れ的に魔王様がビンタ役やるんか…!?」

 

「という…ことっすよね…!? そもそも、禊って……?」

 

 

 

「先代様。先程この者は、釈明のついでに仲間を売りました! しかもここ最近は毎回、巻き添えを増やそうと画策しております!」

 

 

 

「うむ。余としても、その様は毎度視聴し、把握しておる。 そろそろ一度、性根を清める時であろう」

 

 

 

「……えっ! 今、さらっとエライ事言わへんかったか…!?」

 

「先代魔王様…これをいつも見てくださってたんですね…!?」

 

「マジか…! お見になられるんか……!」

 

「ご出演なされた理由、分かった気がしますわ…! …ホーセさん、今それどころじゃないですけども……」

 

 

 

 

 

 

「ま…待ってください魔王様!! ビンタって…その、大きな御手で、です…よねぇ!?」

 

 

 

「如何にも。さあ、『気をつけ』の姿勢を取るが良い――」

 

 

 

「まままま待ってください待ってくださいぃ…! サイズ的にお力的に、ビンタされたら僕の頭吹っ飛ぶと思うんですけど…!!?」

 

 

 

「フッ…。安心するが良い、ホーセよ。既に其方(そち)の身には、余が防御魔法をかけておる。 痛みはチョノのビンタ……よりかは多少痛いぐらいで済む」

 

 

 

「いつの間に……!? い、いやそういうことじゃなく…!」

 

 

 

「ふむ。加えて、身体ごと大きく宙を舞うであろうが…華麗に着地ができる魔法も付与しておる故な」

 

 

 

「はぇ……!? で、ですからそれ以前の話で…!」

 

 

 

「ホーセ、先代様の御前でこれ以上の狼藉を働くんじゃあない! では先代様、宜しくお願い致します!」

 

 

 

「チョノさんは黙っててくれませんかねえ!? あっ…! 身体が…勝手に……気をつけの姿勢にぃ……!」

 

 

 

「では―。 ホーセよ、我が一撃、その身に受けるが良い」

 

 

 

「ひぃいいいっ!!?  待って待って待ってえ! 嫌です嫌です嫌イヤイヤ!!」

 

 

 

 

「『このビンタを禊とし、彼の者を悪たるスライムの道から引き戻さん――。』 ―――いざ参ろう。 ハァアアア――!」

 

 

 

 

「イヤアアアアアアアアッッッッッ!!!! 僕…僕ぅっ!!! 悪いスライムじゃないですよおおおおっっッッ―――!!!」

 

 

 

 

「喝ッッッ!!!」

 

 

 

 

「――グッッッッッバッハアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッああ…!! と…とんでもないビンタ……ホンマにビンタなんかあれ!?」

 

「うわうわうわぁ!! マジでホーセが宙舞っとるやんか!?」

 

「ひぇええっ……!!  ――あ、あ…! おおっ…! スタッて着地した…!!」

 

「けどそのまま倒れましたよ!?」

 

 

 

 

「ではこれにて、先代様はお帰りになられる!  ガァッッッデム!!」

 

 

God damn!!(ガァッッッデムッ) 余は我がむす…我が子、当代魔王85世に叱られてくるとしよう。 さらばだ、皆の衆。 フッフッフ…ハッハッハッハ!!」

 

 

 

 

「先代魔王様、チョノと一緒に帰っていかれはった……」

 

「えっ…当代魔王様に内緒で御出演なされってことですかあれ…?」

 

「これの放送、本当に出来るんか……?」

 

「……っと、ホーセさんは……。 ふっ…! 這いながらこっちに……!」

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

「あーと…。大丈夫ですかホーセさん?」

 

「今まで史上一番キツイビンタでしたよね多分……」

 

「まあほらあれやろ。直々にビンタされるなんてある意味名誉やろ……ぶふっ…!」

 

「わかったからその恨みがましい顔やめーやもう! 禊、なんも意味なしてないやん!」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『ハダマ、マツトモ、エンドオ、OUT!』

 

 

 

 

 

 

【ということで、まさかの先代魔王様御参加の恒例行事もこれにて終了。 そろそろ、大詰めが迫っている――】

 

 

 

 

 

 



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人間側 とある芸人達と使い⑨

 

 

「いっっっやぁ……! まさかのご登場だったなぁ……!」

 

「ホンマですよ! 先代の魔王様なんて! あー恐ろしかった……!」

 

「ドラルク公爵のあのネタ、魔王様に許可頂いてやってるんでしょうねぇ……」

 

「正直、漏らさんようにするので精一杯やったわ……!」

 

「あと御覧になってくださってるの嬉しいねんけど…ほんま畏れ多いわぁ…!」

 

 

 

 

 

【夜も更け、普段ならば眠気が襲う時間帯。しかし五人は興奮冷めやらぬ様子】

 

 

 

 

 

「でも流石に、ドラルク公爵様以外の貴族の方々は出演されないんすね。…出たら出たでこっちの身が保ちませんけど」

 

「どうもお忍びっぽいしなぁ。 あでも、ちょい前にグリモワルス(魔王配下の大公爵陣)の娘さん方登場したことあったよな」

 

「あぁ、『レオナール家』と『エスモデウス家』の! あん時も散々暴れていかれましたわ……」

 

「今回トップの方(魔王様)が御出演なされたんですし、また今度、あのお二方みたいにどなたかが…?」

 

「そういうこと言うとマジで出してくるから言うなって…。恐縮過ぎて、胃がものごっつ痛くなんねん…!」

 

 

 

 

 

【彼らには珍しく、時と欠伸を忘れるようにお喋り。 と、そこへアナウンスが――】

 

 

 

 

 

『皆さん、そろそろ当ダンジョン1日体験も終了間近です。 色々とトラブルもございましたが、お疲れ様でした』

 

 

 

「あ。副隊長さん」

 

「本当にお疲れですよぉ…」

 

「そうかもうそんな時間なんやなぁ」

 

「なんか気づいたら急に眠なってきたわ…。 ふああぁ……」

 

「副隊長も隊長も、お疲れ様ですわ」

 

 

 

『有難うございまーす! そだ。ここまでお供させて頂いた身としてちょっと聞かせてくださいな! 当ダンジョンは如何でしたか?』

 

 

 

「如何…と言われたら…そりゃあ」

 

「あれやな。見事に『やりたい放題』って感じやな!」

 

「ふふっ…! 本当そうっすね…! …あやばッ…!」

 

「…あ、今は許してくれるんか。良かったな」

 

「ふっ…! まあ確かに言う通りやりたい放題でしたけど…案外楽しかったですよ隊長さん」

 

 

 

『そう言って頂けると幸いでーす! 今日一日、つきっきりのアナウンスをしていた甲斐がありました!』

 

 

 

「あ、そうそう! それマジで凄くないすか?」

 

「丸一日ずぅっとケツ叩き宣告してくれて…。他にも色々アナウンスしてだもんなぁ」

 

「下手すりゃ俺らより過酷っすよね……」

 

「な。笑ってるのを見逃さないようにせんといかんから…。本当、お疲れ様です」

 

「大丈夫なんですか? 体力とか喉とか……」

 

 

 

『ご心配には及びませんとも! うちの副隊長は色々と魔法が使えるので、その辺はちょちょいのちょいって!』

 

『はい! それに、全く苦ではありませんでした。 皆さんの雄姿を楽しく拝見できましたから!』

 

 

 

「フハハッ! 雄姿て!!」

 

「ケツしばかれて蹴られて頬ビンタされて、悲鳴上げてんのは雄姿言わんのちゃうかなぁ…ふふっ…!」

 

「まあ喜んでくださってるなら何よりですけれども」

 

「そうっすねぇ。叩かれた甲斐がありますよ」

 

「じゃなきゃやっとられんもん……!」

 

 

 

『副隊長ったら今朝の自己紹介ではガッチガチに緊張していたのに、以降ずっとご機嫌ですもの! アナウンスも常に溌剌でしたでしょう?』

 

 

 

「わかりますー! 昼ぐらいにも言ったんですけど、常に生き生きしとる様子だから元気貰えてる気がしますわ」

 

「俺あん時は無慈悲にケツシバかれたけど、ホンマに癒されとりますよお」

 

「それは全面的に同意やなぁ。 なんつぅか、良い感じに清涼剤になってくれとるわ」

 

「ホントそうっすね。 いつものフジラワさんの録音音声なんか目じゃないっすもの」

 

「まあその分手間でしょうけども…正直、すっごく助かってました。副隊長さん」

 

 

 

『えっ…! そんなことを言って頂けるなんて…っ!! そんな、有難うございます!!』

 

 

 

「あー照れてる照れてる…!」

 

「嬉しそうやなぁ」

 

「なんかこっちまで嬉しくなってしまいますね」

 

「勿論隊長さんのアナウンスもですよ。無邪気で天真爛漫って感じで!」

 

「ちょっとSっぽさもあってな。 良いコンビよなぁ」

 

 

 

『あら!私にまでどうも! で・す・け・ど…私よりも副隊長を、もーっと褒め殺してくださいな!』

 

 

『…へっ? 隊長? 何を仰って…???』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?? ……あ、もしかして…。 ―――いやぁ、ホンマな! 次回以降もアナウンス役やって欲しいぐらいやわ!」

 

「??? まあ、ハダマさんの言う通りですよね。毎回これなら楽しく乗り切れそうですし」

 

「それなぁ。 声綺麗やしハキハキやし、聞いていて不快感全くないですわ」

 

「寧ろ、お二方の声が聞こえてきたら『おっ!』と思っちゃいますよね」

 

「わかるわぁ。可愛いもん」

 

 

 

『え…え…!!! そ、そんな…! え、えっと…! 皆さん、別にそんな、その……!』

 

『どうやら足りないみたいなので、もっともーっとお願いしまーすっ!』

 

『し…隊長!!? なんでそんな…!?』

 

 

 

「やっぱりそういうことやな…!  ―――お世辞とかじゃ全くないよなぁ。 なぁ?」

 

「そりゃあもう! 澄んだ声で、キュートさとセクシーさが合わさったような感じで!」

 

「しかもこうして良い反応してくれるのがまた…!」

 

「初々しさもあるんやろうけど、なんか小気味良いんよな。逸材やわ」

 

「ちょっと本当に次回以降も出演考えてくださりませんか…? 大変なのはわかっとるんですけど……!」

 

 

 

『え…! あ、あの……そ、その……! え…えっと……! そんな……!   …………ふふふっ…!』

 

 

 

『皆さんお見事! えーいっ☆』

 

 

 

 

 

\デデーン/

()()()、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………へっ!?!?!?』

 

 

 

「「「「えっ…!?」」」」

 

「ふっ…! やっぱりかい…!」

 

 

 

 

『ということで副隊長、お仕置きよ! さ、お尻出しなさい!』

 

 

『えっ、ちょっ、ええっ!? き、聞いてませんよ!?』

 

 

『聞いてないも何も、【笑ってはいけない】のよ? 知ってるでしょう?』

 

 

『勿論存じてますけどもぉ! アナウンスOFF状態の時、笑っても何も…!』

 

 

『でも今はアナウンスON状態! 笑い声はしっかり響いたわ! ということはぁ…お仕置き対象よ!』

 

 

『ちょ、ちょっとにやけちゃっただけで…!』

 

 

『あらぁ? さっきそれでお仕置き執行したの、どこの誰かしらぁ?』

 

 

『それは隊長がやれって……!』

 

 

『もんどうむよーう☆ たいちょうめいれーい☆ ようぎしゃかくほー!!』

 

 

『ひゃあっ!? ちょっと待ってくださいっ…社……隊長っ!! 待っ―――!』

 

 

『せーのっ! ばーんッ!』

 

 

 

 

『ひぃんっッ!!!?』

 

 

 

 

『そしてもういっちょ!』

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやそら笑ってまうって!! だあっ…!」

 

「さんざ褒め殺してからのオトシって…。策士ですねぇ隊長…。 あぐぁっ…!」

 

「そのための褒めてあげてアピールやったんやなぁ…。 ずぁっ…!」

 

「やっぱ怖いわ隊長! だぅっ…!」

 

「ばぅっ…! ――いや、だと思ったんよなぁ。 やっぱそういう流れやったかぁ」

 

 

 

『やはりお気づきでしたか! 流石希少種族イエティ!』

 

 

 

「やかましいねん! なんか今日ちょいちょいおかしいと思ってたし…。 なんなら副隊長から、俺らと同じ『仕掛けられる側』の匂いしてたもん」

 

 

「てててて……。 あー…確かにわかりますわ…」

 

「そういや昼もアドリブやらされてましたしね……」

 

「なるほどなぁ。逆ドッキリやったんやなぁ…」

 

「今日一日、この機会を虎視眈々と狙ってたんすかねぇ…」

 

 

 

『そういうことで、ということよ副隊長! どうだったかしら?』

 

『うぅぅ……。 嬉しいやら悲しいやらですよ、隊長…!』

 

 

 

「ふっ…! 因みに副隊長の嬢ちゃん、嘘は一切言ってないかんな? マジで良いアナウンスやと思っとるで?」

 

「それは本当の本当です!」

 

「ホンマにええ声だって思ってます!」

 

「次回も出て欲しいって本気で思ってますよぉ!」

 

「いよっ、名コンビ!  ……褒め言葉に…なっとるよな多分…?」

 

 

 

『――っ! あ…有難うございます…!  ……ふふっ…!』

 

 

 

\デデーン/

『副隊長、OUTぉ!』

 

 

 

『え゛っ!? い、一回だけじゃないんですか!!? 待ままままま……!! ――ひゃあんっッ!!!』

 

 

 

「見事に二度目を引き出されましたね…。 ふふっ…!」

 

「流石にちょっと可愛そうな気も……ふふはっ…!」

 

「隊長容赦ないっすねぇ…ふっふ…!」

 

「でもホンマええコンビしとるなぁ」

 

「な。 さて、立っとこか」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『全員、OUTぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

【そう、和気藹々のムードに包まれる一行。  しかし、事態は急転をみせる――!】

 

 

 

 

 

 

『――ん? わっ!? きゃあっ!!』

 

『えっ? わわわっ…!  何を…―――っ……;/@[..#!$/......』

 

 

 

 

「―!? なんや急に…!?」

 

「隊長達のアナウンスが急にノイズまみれに…!?」

 

「わっっ!?!? 急に真っ暗になったで!?」

 

「うわぁっ!? 誰!? うわ何す……もごごごっ!!」

 

「なんですか!??? なんですかこれぇ!????  助けてええぇぇぇぇぇ……―――」

 

 

 

「なんや…!? おい、ホーセ!? エンドオ!? …返事ない…」

 

「どっか連れてかれたんや……!」

 

「あっ! 見てください画面!」

 

 

 

 

「ヘッヘッヘッ……!  ヘェッポッポ…!!  ヘェッ―――ポッポッ!」

 

 

 

 

「なんやこの笑い声…?」

 

「というか、この声…!」

 

「ガーキー様の使いの1人の……『ヘェポォ』さんっすよね!?」

 

 

 

「ヘッヘッヘ…! その通りだぁ! 俺はヘェポォ。フジラワと同じく、このダンジョンに棲む魔物の1人だぁ!」

 

 

 

「うわ悪魔族の恰好のヘェポォや…!」

 

「どこやあれ…! 金ぴかの宝の山に囲まれとる…!」

 

「エンドオとホーセさんをどうしたんですか!?」

 

 

 

「なに、ちょっと監禁させて貰っただけさぁ。 我が計画の邪魔となるからなぁ」

 

 

 

「計画…?」

 

「――あ! 見てくださいヘェポォさんの後ろ…!」

 

「ん…? うわっ…! フジラワ、とっ捕まっとるやん!?」

 

 

 

「気づいたようだなぁ! こいつは人質だぁ。俺が新たなるダンジョン主になるためのなぁ!」

 

 

 

「「「ダンジョン主…?」」」

 

 

 

「そうだぁ! このダンジョンの創設者であるガーキーのヤツは、この俺をダンジョン主に選ばなかったぁ! ならば、反旗を翻すまでだぁ!」

 

 

 

「野心たっぷりやなぁ…」

 

 

 

「大体、ダンジョンの名前がダサいんだよぉ! なんだ『ガーキー禿げ光りダンジョン』ってぇ! 『ヘェポォおまめダンジョン』の方が格好いいだろうがぁ!」

 

 

 

「いや変わらんわぁ……」

 

 

 

「俺は今日のために色々と準備をして来たぁ。 使えるかもと思って、『世界の半分をあげる券』なるものも盗っても来たぁ! ……いつの間にかどっかに無くなってしまったがなぁ…」

 

 

「あぁあれ…! ホーセさん聞いたらキレそうっすね……」

 

 

 

「そしてとうとうダンジョン乗っ取りの時だぁ! 既に俺の部下や使い魔達が暴れ出しているぅ! お前達も仲間二人のようになりたくなければ、そこを動かないことだなぁ! ヘェ――ポッポォ!」

 

 

 

 

 

 

 

「あ…画面消えてもうた…」

 

「ここを動くなって言われたけど……」

 

「どうします…?」

 

 

 

『...お...応答......応答してください…! 皆さん、応答してください!』

 

 

 

「おっ! アナウンス! 灯りも戻った…!」

 

「副隊長さん…!」

 

「なんか、ヘェポォつぅヤツが反乱起こしたみたいやけど……」

 

 

 

『その通りです…! 私達も今しがた襲撃を受けて…!』

 

『とりあえず叩きのめしましたけどね~!』

 

 

 

「うわ強ぉ…!」

 

「流石お仕置き部隊の隊長副隊長やな…!」 

 

「俺らどうすればいいんすかね? 二人捕まってもうたんやけど」

 

 

 

『そうですねぇ…。私達が助けに行く! と言いたいところなんですが、他の皆の救援にも向かわなきゃいけなくて……。 ですから――』

 

『――発見しました、隊長。 捕まったお二人は【食糧庫】に監禁されている模様です!』

 

『彼らの救出は皆さんにお願いして良いでしょうか? 聞いての通り、食糧庫に囚われてるそうですから!』

 

 

 

「しゃーないなぁ」

 

「わかりましたぁ」

 

「そちらも頑張ってください…!」

 

 

 

『くれぐれもお気をつけて…! 既に通路はヘェポォの一味によって占領されてるも同然です…!』

 

『ここからは【笑ってはいけない】は解除しますが、【驚いてはいけない】ですよ~! さ、急ぎましょ副隊長! ではでは!――――――』

 

 

 

「…切れてもうたな……」

 

「すー…ふー…! よし、行くかぁ!」

 

「行きましょ! ちょっと怖いですけど…!」

 

 

 

 

 

【突如の緊急事態。これより、『驚いてはいけない』開幕である―――】

 

 



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人間側 とある芸人達と使い⑩終

 

 

「うわあ…! 部屋の外、真っ暗ですよ…!」

 

「松明とかまでほとんど消えとるやん……」

 

「ダンジョンの雰囲気と合わさって超怖いわぁ……」

 

 

 

 

【攫われたエンドオとホーセを救出するため、部屋を出る三人。しかし通路はどこもかしこも闇に包まれている――】

 

 

 

 

「えーと…『食糧庫』言うてたよな監禁場所…?」

 

「つーことは、昼間もちょっと行ったあの場所よな…?」

 

「わ…! 道、矢印型の岩で制限されとりますよ…! こっち行けばええんですかね…?」

 

 

 

 

【おっかなびっくりの様子で順路を進んでいくハダマ、マツトモ、タカナ。 まずは――】

 

 

 

 

 

「いやでも、今回このコーナーどうなんねやろ。さっきのインパクトに負けるんちゃうか?」

 

「さっきと言うと、先代魔王様のことですよね…! 確かに…!」

 

「あの御方にはえっらい驚かされたからなぁ…。 もうそう簡単に驚けない気がするわあ――うおわっ!?」

 

 

 

「なに!? なにぃ!? 何ですか今の!?」

 

「なんか落下してきたで…!?」

 

「え、何や…? あれは……うっ!宝ば――!」

 

 

 

 

「シャアアアアアッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

「「「うわああああっ!?」」」

 

 

 

 

 

「こっっっっっわぁ…! 宝箱型のミミックやん…!」

 

「牙、ギラッギラに輝いてましたね…! おっそろし…!」

 

「そんで勢いよく跳ねて飛び掛かってきたやん…! 頭から噛みちぎられるかと思たわ…!」

 

 

「マジでな…。そんまま俺らにはぶつからずにぴょんぴょんどっか行ったけども…」

 

「丸一日ずっと見てきたミミックですけど……暗いダンジョン内だと怖さひとしおっすね……」

 

「昼間あれに頭噛まれてたんやけど…あれよっぽど手加減してくれてたんやな……。これ普通に怖いやん…!!」

 

 

 

 

 

【――早速、深夜の洗礼を浴びた三人。しかし当然、ここからが本番――!】

 

 

 

 

 

 

「―――なんやなんやなんやあれ!? こっわぁ…!」

 

「あっぶな! あっぶなぁ!」

 

「こ…転んだせいで…腰がぁ……!」

 

 

「なんやあの大岩! タカナ、お前が罠のスイッチ押したからやぞ!」

 

「す、すいませぇん…! でも『押せ』書いてあって、押せ言うたのハダマさん……!」

 

「あーびっくりした…。 これもやけど、さっきのも殺しにかかってきとるわ…」

 

 

「あぁ…。『ここで待て』って書いてあるから待ったら、道の先に置いてあった宝箱にスポットライト当たったやつな……」

 

「そんで勝手に宝箱の蓋空いて、中からワイバーン飛び出してきましたね……」

 

「ビックリどころの騒ぎやないわぁ……マジやん…。マジのトラップばっかやん……」

 

 

 

 

 

【幾多のダンジョンらしい(?)トラップを潜り抜け進むハダマ、マツトモ、タカナ。そしてなんとか――】

 

 

 

 

 

 

「ようやく着いたわぁ……『食糧庫』……」

 

「もうさっさと助けて……そいやこの後どうするんやろ…?」

 

「そう言えば…! …………と、とりあえず…。無事ですかー…?」

 

 

 

「おー! ようやく来てくれたぁ…! 助かったぁ…!」

 

「こっちは若手のネタを見せられてましたわ……」

 

 

 

「ふはっ…! まあ無事で何よりやな。で、この後は……」

 

「さあなぁ…。 ん!? なんかあそこに映ったで!?」

 

「あっ! ヘェポォさん…!!」

 

 

 

 

 

【エンドオとホーセを助け出した瞬間、再度ヘェポォの姿が映し出される――】

 

 

 

 

 

「ヘッヘッヘ……! 中々やるじゃないかぁお前達…! もう助け出したとはなぁ…!」

 

 

 

「あ、今回の黒幕ヘェポォさんなんすね」

 

「―え゛! ビンタの黒幕でもあるん!? ちょっとぉ…!」

 

 

 

 

「ヘッヘッ…! 少しばかり、舐めていたぜぇ…! 正直、形勢は不利だぁ…! クソォ…!」

 

 

 

「ふっ…! 知らん間に負けかけとるんやんか」

 

「そりゃあ、あのお仕置き部隊がいますし……」

 

「…ん? あれそういえば、後ろにあった宝物全部消えとるやん?」

 

 

 

「こうなれば仕方ないぃ…! 俺は宝物庫の宝を全て持ち出して、とんずらさせてもらうぜぇ…!」

 

 

「た、助けてぇ!!」

 

 

「おっと! フジラワ、お前は逃走準備が整うまでの人質になってもらうぜぇ! ヘッヘッヘ…! ヘェ――――ポッポォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……あ。消えてもうた」

 

「既に逃げ出す準備始めてるっぽいっすね」

 

「……次はフジラワ救出か?」

 

 

 

『新入りの皆さん、ご無事ですか? 応答してください…!』

 

 

 

「おっ! 副隊長さんアナウンスや」

 

 

 

『どうやら救出に成功なされたみたいですね~! 良かったです!』

 

 

 

「隊長さんもおるみたいで。 そっちはどうですか?」

 

 

 

『それが…。 抵抗勢力の鎮圧と各所の安全確保に手間取っていまして…!』

 

『ヘェポォも追い詰めはしたんですけど、逃げられちゃったんですよぉ』

 

 

 

「あらまぁ」

 

「つーことはやっぱり……」

 

 

 

『そこで皆さんにもう一つお願いがあるんです! どうか、フジラワを助けてくださいませんか?』

 

『ヘェポォは彼を捕えたまま、既にダンジョンの外に。宝を積み込んで逃げ出す準備をしている模様です。 宜しければ、是非助力を……!』

 

 

 

「そうなりますよねぇ」

 

「せやなぁ。じゃあ――」

 

「任せてください!フジラワさん救出してみせます!」

 

「宝も回収してみせますわ! そして、ヘェポォさんにもお仕置きを…!」

 

「ちゅうことで引き受けたわ。そっちも気をつけてなー」

 

 

 

『わーい! 助かりまーす!』

 

『私達も片付き次第、そちらへ向かいます! では、一旦失礼します!――――――』

 

 

 

 

 

「――さて、じゃあ外に向かうかぁ」

 

「そうですね」

 

「何が待ってんねんやろなぁ」

 

「外にはどう行くんでしたっけ?」

 

「廊下にでればわかるんちゃう…―――うわっ!?」

 

 

 

 

「ここに居たか、新入り達よ!」

 

 

 

 

「「「「「ど…ドラルク公爵ぅ!!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【食糧庫を離れようとする五人の前に突如姿を現したのは、まさかのドラルク公爵。一同唖然とする中、彼は笑みを浮かべ―――】

 

 

 

 

「これで3度目…いや、4度目となるな。ヘェポォによる突如の狼藉に多少混乱はしたが……そちらの一日ダンジョン体験が終了する前に発見できて良かった」

 

 

 

「へ…!? ちょ、ちょっとドラルク公爵…! 何を……!」

 

 

 

「無論、リベンジマッチの所望に決まっていよう! 正真正銘、最後のな!」

 

 

 

「いやここで…!? あの僕達、フジラワさんを助けに行かなきゃいけなくて…!」

 

「ドラルク公爵、フジラワさんと仲が良かったみたいですし…! 僕らと戦うよりもそっちを…」

 

 

 

「フッ。奴はしぶとい、そう心配する必要もあるまい。 それに今の吾輩にとっては、こちらの方が重要だ!」

 

 

 

「ちょっ…! そんな扉を塞ぐように立たれたら…!」

 

「これマズくないか…!? 逃げ場が…!!」

 

 

 

「既に日は落ち、吾輩達ヴァンパイアが昂る月夜!  明言した通り、これが最後だ。我が渾身の力、見せるとしよう! ハァアア――!」

 

 

 

「えっ! うわわっ!? ドラルク公爵のオーラが…! なんかえげつなく禍々しく!!」

 

「嘘やん…! この食糧庫全体もビリビリ震え始めたで…!?」

 

「ヒェッ…! 怖い怖い怖い怖い怖い!」

 

 

 

「覚悟は良いか! 今度こそ食らうがいい、必殺の一撃を――! コォオオ――!!」

 

 

 

「ど、ど、ど、ど、どうすれば!? え、ちょっ…! ……あっ、公爵の頭上…!」

 

「吊り下げられとるニンニクの束が…! 振動で落ち―――――あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グワァ――――――――――――――ッッッッッッ!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブ…フっ……! フッフッフフ……! フフハハハハッ…!!!」

 

「なるほど……。最後の最後でニンニク責めなんすねぇ……ふふふっ…!」

 

「もー…。ドラルク公爵の塵とコウモリとニンニク混じった山ができとるやん……」

 

「ご、ご無事ですか…? 公爵様…? ふっふふ…!」

 

「あ。姿が元に…フラフラですやん!」

 

 

 

「す、素晴らしい…! 見事だ…! まさか、ここで吾輩が闘いを挑むことすら予想していたというのか……!」

 

 

 

「いや…全く……」

 

「閉じ込められただけですしね…」

 

「というかニンニク落ちてきたのも……」

 

「ドラルク公爵の自業自得というか……」

 

「もはやコミカル度合いは、ドラルク『くん』と呼ぶべきと言うか…すぺしゃるな…」

 

 

 

「ふ…フフフ…。吾輩は…満足だ……。 ヘェポォを打ち倒し……フジラワを……救って…くれ……! ガフッ……」

 

 

 

「あぁっ…! また塵の山に…!」

 

「コウモリたちもなんかしんなりに…!」

 

「えーと……これもう外出てええんすかね……?」

 

「多分……。 じゃあ、失礼しますドラルク公爵……」

 

「……ヴァンパイア、よく死ぬなぁ……」

 

 

 

 

 

【なんとかドラルク公爵による最終試練をも乗り越え、フジラワの救出を託された五人。 向かう先は――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…! ようやく外や…!」

 

「やっと出れましたね……」

 

「ホントどんだけ仕掛けて来るねん……!」

 

「サキュバスに扮したあの美人姉妹とか……あの写真撮りまくる夫妻とか……」

 

「なんやねんピンクモンスターって…。いつもの恰好なだけやろあれ!」

 

 

 

 

【文句を言いつつも、なんとかダンジョン入口まで辿り着いた五人。と、そこへ――】

 

 

 

 

「――で、どこやフジラワ達は?」

 

「あっち……なんですかね……?」

 

「というか、どうやってフジラワさんを解放すれば…?」

 

「そいやそやな…。 ヘェポォ倒せ言われても……――」

 

「――んん? あれ!? ちょっとこのシャンシャンシャンって音…!」

 

 

 

 

 

「ほっほっほっ! 数時間振りじゃのう!」

 

 

 

「「「「「サンタさん!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

【なんと、ゆったりと現れたのはサンタクロース。しかし、先程のようなあわてんぼうの様子はなく――】

 

 

 

「いやはや、さっきはすまなかったのぅ。 幾ら慌てていたといえ、ワシらしくもなかったわい」

 

 

 

「まあ……それは、そうでしたねぇ…」

 

「変なプレゼントばっかりやったしなぁ…」

 

「ホント言えば、俺が変に呼んだせいでもあるんやけども…」

 

「――ということは、調子お戻りに…?」

 

「多分そやろ…。もう髭とか服とか乱れとらんし…」

 

 

 

「あの後色々と迷惑かけたようじゃしな。皆へお詫びの品を持ってきたんじゃよ。どうか受け取ってくれんかの?」

 

 

 

「えっ…! それって……!」

 

「……もう変なチケットとかじゃないですよね…?」

 

 

 

「ほっほっほっ! 大丈夫じゃよ。今の君達の役に立つ物じゃ。 ほれ!」

 

 

 

「じゃ、じゃあ……頂きます…!」

 

「今回は普通サイズのプレゼント箱やな…」

 

「これ、ここで開けて見ても…? ――良いですか? じゃ……えいっ!」

 

「うわっ!? なんか箱の中から光が!!?」

 

「眩し!!?」

 

 

 

「……あれ、何か入ってますよ…!」

 

「眩しくてよく見えんわ…!」

 

「ちょっと取り出してみ…!」

 

「は、はい…! なにこれ…? 棒状の…いや、柄…?」

 

「おぉ…! どんどん引っ張り出されて……! えぇ…!? これって――!」

 

 

 

「「「「「け…剣!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

「すっごい綺麗な剣っすね…!」

 

「なんか森の奥とかに封印されてそうな…!」

 

「まさに『聖剣』って感じや…!」

 

「箱の大きさ無視して出てきたけどな……」

 

「サンタさんの力なのか、箱にミミックでも入っとんのか…もう考えんの疲れたわ……」

 

 

 

「ほっほっ! その剣はどんな相手でも一振りで鎮める力を秘めておる。今から悪い子へお仕置きをしに向かうのであれば、必要じゃろうよ!」

 

 

 

「流石サンタさん、お見通しで…!」

 

「有難く頂きますわ!」

 

「これでフジラワさんを助けられます!」

 

「……券やなくて、剣や…………!」

 

「ふはっ……! もうええねん!」

 

 

 

 

 

「ほっほっほっほっ! さて、ワシはもう行かないといけんのぅ。 おーい、ルドルフや」

 

 

 

「え? あ、またシャンシャンシャンって…!」

 

「わわっ! 赤鼻のトナカイがソリ曳いて、空から!」

 

「サンタさん乗り込んで…!」

 

「おー…! まごうことなきサンタさんスタイルや…!」

 

「ホント、本物なんやなぁ……」

 

 

 

「ではのぅ! ――五人共、これからも頑張るんじゃぞ。 ワシは子供達にプレゼントを贈り、五人は皆へ笑いを贈る―。 そんな夢の存在なんじゃからのう!」

 

 

 

「えっ!!」

 

「サンタさん直々に……!」

 

「そんなことを言って頂けるなんて…!!」

 

「うわ嬉し……!」

 

「頑張ります、これからも!」

 

 

 

「Ho Ho Ho! ハッピーホリデー!」

 

 

 

「おー! 飛んで…!」

 

「速いなぁソリ…!」

 

「流石、全ての子供達にプレゼントを贈る方…!」

 

「あ、月の影になって…! 綺麗っすねぇ……!」

 

「サンタさぁん…!!!」

 

 

 

 

 

 

【サンタクロースからの嬉しいプレゼントを携え、準備は万端。ようやく一行は、黒幕ヘェポォの元へ――!】

 

 

 

 

 

 

 

「――あ。いましたいました…! あそこです…!」

 

「やっとかぁ…。途中ちょこちょこどっきりネタ仕掛けて来よってからに……」

 

「けど、この剣振る良いリハーサルにはなりましたよね」

 

「そやなぁ。出てくる相手、皆これでぺたんって鎮まったんやもの。長いあるあるもカットできたし」

 

「じゃ、本番といきましょか…! ――見つけましたよ、ヘェポォさん!」

 

 

 

 

「ヘェ!? お前達、何故ここにぃ!?」

 

 

 

「フジラワさんを助けに来たんです! あとお宝も返してください!」

 

「そんで俺達みたいにお仕置きを受けてくれませんかねえ!?」

 

「……というか凄いなアレ。ヘェポォの後ろのえらいでっかい荷車……」

 

「そっすね…! 何百…いえ、千個ぐらいあるんじゃないすか、あの宝箱の山…!! もうでっかい壁っすよ…!」

 

「あれ全部持ち出して逃げようとしてたんか。もうちょい減らせば逃げられたやろに」

 

 

 

「助けてくれぇ皆ぁ…! 助けてくださいぃ…!!」

 

 

 

「んでフジラワは何に乗せられとんねん…」

 

「一人乗りの……なんですかあれ?」

 

「なんやどっかで見覚えあるエキセントリックな車やなぁ…」

 

「ヘェポォさん! 大人しくお仕置き部隊に捕まってください!」

 

「じゃないと、この剣でたたっ切りますよぉ!!」

 

 

 

「何ぃ…!? なぁっ!? それはぁ…どんな相手でも一振りで鎮める力を秘めている、聖剣ん!? 何故それをお前達がぁ!?」

 

 

 

「ふっ…! 説明口調やなぁ……」

 

「もうええわ。はよトドメさしてやりいや」

 

「あ、はい。 じゃあ掛け声行きますよぉ…せーのっ!」

 

「「えいっっっ!」」

 

 

 

 

 

 

「ぐわァ―――――――――――――っっっ!! あぁぁぁぁ……あふんっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わったか?」

 

「みたいですね…。ヘェポォさん、ぺたんって倒れましたし」

 

「どうします?」

 

「とりあえずフジラワ助けよか」

 

「そっすね。フジラワさーん、大丈夫ですかー?」

 

 

 

「だ、大丈夫や…! ありがとな皆…!」

 

 

 

「いえいえ。災難でしたねぇ」

 

「立てますか? …あ、縄で雁字搦めっすね」

 

「ということは、この乗り物ごと引っ張っていけってか」

 

「お。案外軽いっすよ。五人で引っ張れば簡単に」

 

「んじゃ、はよ連れ帰るで。 ヘェポォは――」

 

 

 

「いや……ヘェポォは一旦置いといてかまへん…! それより早くここを離れるんや…!!」

 

 

 

「へっ? フジラワさん、それは…どういう……?」

 

 

 

「あの宝箱や…! 無理に積んだせいでグラグラしてるのもあるんやけど…それだけやないんや…!」

 

 

 

「はあ? 何言うとるんや…?」

 

 

 

「ヘェポォは気づいてなかったんや…!! あぁマズい…崩れる! はよ引っ張って逃げてくれ!!」

 

 

 

「え?え?え? は、はあ…。 い、行きましょう!」

 

「何をそないに怖がって……」

 

「あぁっ!! 宝箱が…! 宝箱の山というか壁と言うかが……!」

 

「は? ヤバっ!? 雪崩れみたいに崩れ始めとるやん!」

 

「走って走ってっ!! 巻き込まれ……って、うわあああっ!!?」

 

 

 

「えっ!?」

 

「うおおっ!?」

 

「はぇっ!?」

 

「マジかい!?」

 

「嘘でしょぉ!?」

 

 

 

 

「「「「「シャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャガアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャキアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャッアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャカアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

「「「「「あれ全部ミミックなんかい!?!?!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って嘘嘘嘘嘘噓噓噓噓噓噓噓噓っっ!!!」

 

「マジで全部ミミックやん!? マジでミミック大行進やんっっ!?」

 

「おっぞましい数の大量の宝箱が! 怒涛の勢いでぇ!! 怖い怖い怖い怖い怖い!!!」

 

「死ぬっ! これ死ぬて! 巻き込まれたら間違いなく死ぬて!!!!」

 

「うわあっ! 爆発までぇっ!  ひぃっ! ひぃいいいいっっ!!!」

 

 

 

 

 

「「「「「シャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

「「「「「シャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

「ひぇえええええええっ!!  えええぇ……あー…! よ、よかったぁ……逸れてったぁ…!」

 

「ホンマに食われるかと思たわ……怖……」

 

「うーわ……。ミミック達えっらい勢いでどっか消えてくわ……」

 

「よく見ると、大量の宝物を咥えてますね……」

 

「……あ。ヘェポォさんも咥えられて…!  どっか連れ去られましたよ…」

 

 

 

「ふぅ、危なかったなぁ。 ヘェポォのやつ、宝箱の中にミミックが紛れているの気づいてなかったんや」

 

 

 

「いやそんなレベルですかねぇあれ……」

 

「全部やんもう……」

 

「一個二個じゃなく、全部ミミックだったら気づかんもんなんかなぁ…」

 

「というかミミックどんだけいるねん…!」

 

「流石色んなとこに居ただけありますねぇ……びっくりしたぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

【何はともあれ、フジラワの救出に成功した五人。 いそいそとダンジョン入口へと戻る彼らだが、そこには――――】

 

 

 

 

「おーう! こっちや、五人共!!」

 

 

 

「あ! あなたは…!」

 

「「「「「ガーキー様!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん! 初代ダンジョン主として労いしにきたで! これでダンジョン一日体験は終わりや!」

 

 

「そういえばそういう話でしたね……」

 

「あぁようやく……!」

 

「ホントお疲れですよぉ…!」

 

「フジラワ、助け出しましたよ」

 

「ヘェポォはどっか連れてかれましたけど」

 

 

 

 

「いやいや感謝感謝やで! ヘェポォの奴についてはお仕置き部隊が後を引き継ぐから、気にせんでええ! な、副隊長!」

 

 

「はい、お任せください!」

 

 

 

 

「ん? あ、誰かいると思ったら…!」

 

「もしかして、あなたが副隊長さん…!?」

 

「悪魔族の女の子やったんやなぁ…」

 

「しっかりお仕置き部隊のマスクつけてはりますねぇ」

 

「――で。宝箱を抱えてるっちゅうことは……」

 

 

 

「はーい! どうも、わたす…もとい、私が隊長でーす!」

 

 

 

「わわっ! ミミック出て来たぁ!」

 

「あら可愛い! 小っちゃいなあ」

 

「可憐な少女って感じですね。……やってきたことドギツイですけど…」

 

「ふっ…! しっかり隊長用のマスクつけとるやん…!」

 

「でも2人共、仮面被ってても美人てわかりますねぇ」

 

 

 

「あらお上手!  皆さんのおかげで、ガーキー様達の救出に成功しましたよ!」

 

「他の方々も勿論無事です。ご協力ありがとうございました!」

 

 

 

「あーこれはこれはご丁寧にどうも…!」

 

「そちらも今日一日ご協力ありがとうございました~」

 

「いやあ……! やっと終わりかぁ……!」

 

「長かったっすねぇ……」

 

「副隊長さん、ケツ無事か? そうかぁ、それなら良かったわ」

 

 

 

「そや! さっき隊長達が聞いたけど、もう一度聞いとこかー! どやった、今回?」

 

 

 

「いやぁ、それこそ繰り返しますけど…やりたい放題にも程がありません?」

 

「姫様王子様公爵様神様魔王様―…えっらい人選過ぎて、頭おかしくなりましたわ…!」

 

「色々と大掛かりですし……力入れ過ぎですよぉ……」

 

「というかぶっちゃけ、ミミックが主役っつうレベルやないですかね!?」

 

「……まあ、楽しくはあったけどもな……!」

 

 

 

 

「ぶわっはっはっはっ! え~え反応や! なら良し全て良しやで!  じゃ、最後に〆とくか! 頼んだで2人共!」

 

 

 

「「はーい!  せーのっ!」」

 

 

 

 

 

\デデーン/

『『全員、OUTぉ!!!』』

 

 

 

 

 

 

「「「「「いやなんでやねんっ! あ痛ぁっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

【これにて、『笑ってはいけないダンジョン』終幕―。 なんともダンジョンらしい、魔境な舞台であった――】

 

 



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顧客リスト№63 『タイガーガールの虎穴道城ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

今回の派遣依頼先について早々なのだけれど……少し気を引き締めたほうが良いのかもしれない。今までの経験上。

 

 

入口の黄と黒にそまった雄々しき門を抜けると、そこから続くは細めの一本道。しかしそれを包むのは、鬱蒼とした竹林。その一本道を包みこむように茂っているため光を遮り、まるで洞穴のようにも見える。

 

 

サク…サク…と枯草を踏む自分の足音。風を受けザザザザ……と蠢く竹の葉と竹藪。響く鳥の声。まるで何か恐ろしいものが潜んでいるかのような怖さを感じさせる。

 

 

――いや、実際に潜んでいる。時折それらの音に紛れて聞こえるのは、猛る獣の唸り声。こちらを虎視眈々と狙っているようだが、当の私達からはその姿は見えない。竹林に覆い隠されているのだから。

 

 

もう始まっているのだろう。『試練』が。門に書いてあった通り、このダンジョンに足を踏み入れた者が必ず受ける『第一の試練』が。

 

 

私達が警戒をちょっとでも解いた瞬間、唸っている彼らが勢いよく襲いかかってくるのだ。それに対処できなければ、奥へと進むことは許されない。

 

 

まさしくこの道はダンジョンの『虎口(こぐち)』であり『虎口(ここう)』。狭き入口であり、危険極まりない場所。――そう、入口と言う事は……。

 

 

 

 

「あ! アスト、見えてきたわよ!」

 

 

ふと社長が指さした先には、竹林洞穴の終着点。鬱蒼さは消え失せ、広がった視界に堂々と聳えるは、門と同じく黄と黒を主体とした巨大な道場。

 

 

ううん、これほどの規模と装いとなれば、道場ではなく道『城』と称するのが適切かも。まさしく、こここそがこのダンジョン―。『虎穴道城ダンジョン』の本丸。もとい本体。

 

 

そして、ここに棲んでいる魔物こそは――わわわっ!?

 

 

「――ぐはあっ!」

「きゃあっ……!」

「がふっ……」

「っっあぅ!」

 

 

その道城の中から、冒険者達が飛んできたぁ!!?

 

 

 

 

 

 

いや違う、吹き飛ばされてきた!! そしてそのまま……私と社長の傍の地面に…ベシャリと。

 

 

「く…くそっ! なんだよあれ!」

「意味わかんない! 関係ないじゃん!」

「何が…試練だ…! あんなもん、試練と呼べるか…!!」

「こっちを弄ぶだけ弄んでぇ…! 最っ低!」

 

 

多分パーティーであろう4人は、ふらつき立ち上がりながら口々に不平不満を。どうやら『試練』を受け、それに失敗して放り出されてきた様子。と、彼らは声を揃え――。

 

 

「「「「『虎の巻』、渡す気なんてないじゃんか!!」」」」

 

 

せめて一矢報いるように、そんなことを。ただ、試練を与えた相手ではなく、物言わぬ道城に向けて叫んでいるのがなんとも…。

 

 

 

――ちょっと話題が前後してしまうが、このダンジョンの仕組みをご説明。とある魔物達の棲み処でもあるのだけど、あの冒険者パーティーのような『挑戦者達』を招き入れもしているらしい。

 

 

そして挑戦者達には幾つか試練が課せられ、見事全てを勝ち抜いた者にはあるアイテムが与えられる。そのアイテムこそが、今彼らが口にしていた『虎の巻』という巻物。

 

 

実はその虎の巻にはとんでもない効果があり…なんとそれを使えば、自らの力が永続的に限界突破されるのだという。最高レベルの強化アイテムと言っても過言ではないだろう。

 

 

だからこそ彼らのような挑戦者が後を絶たないらしいのだが……どうもその『試練』とやらが難解なようで、完全攻略ができるのは一握りの強者達のみ。ほとんどの者は復活魔法陣送りにされるか、こうして追い出されて――あっ!?

 

 

 

またもう一人、もっと高いところから落ちて来て!!?

 

 

 

「はいやっ!」

 

 

――お~…! 4人パーティーと違い、スタンと見事な着地。一目見ただけでベテランとわかる風貌の男性冒険者だが――。

 

 

「無念……! 未だ力及ばず、か…!」

 

 

どうやら彼もまた試練に失敗したらしい。歯噛みをしつつ、ついさっきまで振るっていたと思しき武器を収めた。すると、それを見ていた4人パーティーの1人が……。

 

 

「おっさんも俺達と同じく負けた口か? どんなアホな試練で?」

 

 

丁度いい傷の舐めあい相手を見つけたとばかりにベテラン冒険者へ声を。しかし一方の彼は、その4人パーティーを一瞥し――。

 

 

「フッ…。確かに奇妙な試練ばかりではあるが、それを切り抜けられないと言うなら未熟の証拠。最も、私もだが、な」

 

 

自嘲も込めた冷笑で返したではないか。が、それが4人の勘に障ったらしく……。

 

 

「は……はああっ!?」

「どういう意味よ!」

「じゃあそういうおっさんはどこまで行ったんだ!」

「どうせ大したこと無いんでしょ!?」

 

 

揃いも揃ってベテラン冒険者を問い詰めだした…。うーん……。どう見てもそういうとこ……――

 

 

「そういうところを言っている! 自らの未熟を認められず、文句しか言えぬその精神が何よりの証拠! 臆病な自尊心や尊大な羞恥心なぞ、かなぐり捨てろ!」

 

 

わっ、すごい一喝…! さっきまで青筋立てていた4人が、一瞬で黙らされた…! ベテラン冒険者はハァと息吐き、叱るように続けた。

 

 

「見たところお前達は、最終試練―、このダンジョンの主たる者との一騎打ちにはたどり着きすらしていないようだな。ならば仮に虎の巻を手にしようと、限界突破は不可能だ。()()に認められる者とならない限りは」

 

 

「……ということは、おっさん……」

「もしかして、最後まで……!?」

 

 

「あぁ。もう幾度目かの挑戦となる。 だが見ての通り、今回も全く歯が立たずに追い返されたという訳だ」

 

 

城の天守を親指で指し示し、肩を竦めるベテラン冒険者。そして、やれやれと首を振った。

 

 

「復活魔法の料金が浮いただけ得と考えるべきだろう。修行のやり直しだな。手合わせぐらいなら付き合うぞ? 負け戦の私で良ければ、だが」

 

 

気迫はおろか、実力も度量も遠く及ばないと理解したのだろう。4人パーティーは半ば呆けつつも、是非と言うようにコクコクと頷いた。

 

 

何はともあれ、次回挑戦へ向けての意欲は高まった様子。ベテラン冒険者を先頭に、彼らは竹林の道を引き返していく。

 

 

 

とりあえずは良かった良かった。さ、私達も中に入らないと! 依頼主の方はどうも城の一番上にいるらしいし。

 

 

まあ私達は彼らと違って、試練を受けに来たのではなくミミック派遣の依頼を受けてきた身。竹林の道を飛んで回避することもできたのだけど、ダンジョンの確認も仕事の一つだし、何より社長が『試練やってみたーい!』って。

 

 

あ。 ということはこの後の試練も? 冒険者達があれほど苦戦する試練なんだし、私も参加させられちゃうかはわからないけど、やっぱり気を引き締めていこ―――。

 

 

「アスト、すとーっぷ!」

 

 

――っとっと。社長が停止合図を。そのまま回れ右を指示され、帰っていく冒険者達の背を見るように……。

 

 

 

「そこにいるのは、我が依頼主、『コチョウ』さんではありませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ。社長、急に何を? いやどう見ても彼らは普通の冒険者達なのだけど……。

 

 

「「「「?」」」」

 

 

そんな彼らも、眉をひそめてこっちを見てきた。うん、そんな反応になると思う。――あれ。でもベテラン冒険者だけ、武器を手にかけ周囲を警戒し出して……?

 

 

 

「ニャバハハハッ! よくアタシに気づいたなぁ、ミミン社長! 噂通り、天晴さね!」

 

 

 

―――!? なっ……!? その冒険者達のさらに奥…! 竹林の小道の先に…! ()()が、現れた…!?

 

 

さっきまで、誰もいなかったはず…! 獣の唸り声も消えていたほどだったのに…!! それなのに…それなのに…!!

 

 

ズシャリ、ズシャリという足音と共に、周囲の竹林竹藪が全てのけ反り圧し曲がっていく…!! ううん、違う! そう見えてしまうほどの風格を放っている…! そして、あの姿!

 

 

門やこの道城と同じ()()に染め抜いた重厚な羽織を肩掛けにし、立派な煙管を手に。手足、獣耳、尾は、ホワイトタイガーのように雄々しき白と黒。そして顔に、勇猛なる黒縁の虎模様を浮かべる彼女は――!!

 

 

 

「如何にも。アタシは依頼主にしてダンジョン主の、コチョウである!」

 

 

 

間違いない…! このダンジョンに棲む魔物、獣人族が一種『タイガーガール』の長、コチョウさん!

 

 

 

 

 

 

 

 

「気配を完全に消していたつもりだったんだがねぇ。ミミン社長、いつから気づいていたんだい?」

 

 

そう問いながら、ズシャリズシャリと私達へ歩み寄ってくるコチョウさん。その途中にいた冒険者達は、思わず身を引いて道を作る。まさしく、虎を前にした小動物のように。

 

 

「あの方が落ちて来た時、合わせて降りて来てましたよね! 誰も気づいてませんでしたけど!」

 

 

けど、社長は全く怯えることなくベテラン冒険者を指し示した……って、あのタイミングで!? 全くわからなかった……!

 

 

「ニャバハハッ! こりゃあ見事! その通りだよ! うちの子達も全く手が出せなかったというし、大したもんだ!」

 

 

コチョウさんは大正解と言うように笑い、軽く合図を。すると竹林の奥から、大柄な虎が何匹も。そう、先程までこちらを狙い唸っていたのはあの子達。その程度なら私もわかっていたけど……。

 

 

「潜伏したアタシに気づけるなんてヤツ、そうはいないさね。これだけで虎の巻あげても良いほどだ!」

 

 

コチョウさんの言う通り。彼女が近場に隠れていたなんて露程も考えつかなかった。冒険者の落下を見てて警戒が解けてしまっていたのは間違いないが、そうでなくとも多分、いや絶対に気づいていなかった悪い自信はある。

 

 

あの冒険者達だって私と同じ。コチョウさんが隠れていたのは、彼らが戻ろうとしていた道の先。つまり、私と社長よりも彼女の近くにいたのだ。それなのに全く気付いていなかった。

 

 

最もベテラン冒険者だけは社長の言葉で察し、警戒を厳にしだしたのだけど。流石、最終試練への到達者。

 

 

 

 

 

 

「ま、立ち話もなんだ! 酒でも酌み交わしながら、商談といこうじゃないか!」

 

 

豪放磊落に笑いながら、私達を道城の中へ案内しようとするコチョウさん。が――。

 

 

「……ちょっと待てえ!」

 

 

そこでまたもストップが。しかし今度は社長ではなく……。

 

 

「お前が最終試練の相手なんだろ?」

「つまりアンタを倒せば、虎の巻を貰えるってことじゃないの!?」

「まさしく降って湧いたチャンスだ…!!」

「変な試練でボロ負けして、タダで帰れるかってーの!」

 

 

なんと、4人パーティーの冒険者達。武器を引き抜き臨戦態勢。有無を言わさずコチョウさんへ襲い掛かろうとする気満々。

 

 

どう見ても無謀なそれをベテラン冒険者は止めようとし、虎たちはコチョウさんを守るように威嚇を。私達も加わろうとしたが――。

 

 

「ニャバハハァ! その意気や良し! 一縷の望みをかけた無鉄砲、嫌いではないねぇ!」

 

 

コチョウさんは私達を優しく横へと追いやり、煙管をひょいと一振り。すると虎たちは下がり、端の方でお行儀よくお座りを。ベテラン冒険者もそれを確認し、静観の姿勢に。

 

 

一騎打ち…正確には一対四ではあるが、申し出は受け入れられた様子。コチョウさんは煙管に口を付け、大きくひと吸い。

 

 

「スゥー…、ブハァ!! さぁ、かかっておいで! 虎の強さ、教えてやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「はぁああああっっ!!!」」」」

 

 

息を揃え、突撃する4人。一応彼らも、竹林の第一の試練を越えてきた者達。なかなか良い動きである。しかし……。

 

 

(しず)かなること林の如く――。」

 

 

コチョウさんは一歩たりとも動かない…!? すぐに4人は接近し、攻撃を――!

 

 

「動かざること山の如く――。」

 

 

「「「「なぁっ……!?」」」」

 

 

わっ…! その攻撃を全部、やはりほとんど動かないまま煙管で止めた!? そして4人を容易く弾き飛ばしつつ、その煙管を上空へ放り投げ――。

 

 

(はや)きこと風の如く――。」

 

 

「「「「――!? 消えっ……!?」」」」

 

 

コチョウさんの姿が……消えた!? 気配を消した…!? それとも、高速移動!? ――って、あ! 4人の…後ろ!!

 

 

「侵掠すること―――」

 

 

「「「「っ!? しまっ……!」」」」

 

 

「虎の如し!!」

 

 

「「「「――ぐああああぁっっ!!!」」」」

 

 

 

うわあ……!! コチョウさんの一撃で、4人が宙を舞って……! それと代わるように、投げていた煙管が彼女の手の内に着地を。

 

 

「スゥー…、ブハァッ! これぞまさしく『風林()山』。アタシに勝ちたいのであれば、破ってみるが良いさ!」

 

 

一服するのと同時に、冒険者4人もべしゃべしゃべしゃべしゃと地面に。嘘偽りなく、強い……!!

 

 

「アンタももう一度戦うかい? アタシは構わないよ?」

 

 

コチョウさんは気を失った4人を虎に回収させながら、ベテラン冒険者へ不敵な笑みを。対して彼は…首を横に振った。

 

 

「……いや。今の私では貴方には到底敵わない。 再度精進を重ね、また挑ませて頂きたい」

 

 

「ニャバハハッ! それもまたよし! 委肉虎蹊(いにくこけい)を避けられるのは強者の証さね。いつでも待ってるよ。 ほら、これやるよ」

 

 

「これは…!」

 

 

「知ってるだろ? アタシらお手製の軟膏だ。そいつらにも塗ってやんな」

 

 

「感謝する…!!」

 

 

頭を深々と下げたベテラン冒険者は、虎に引きずられる4人と共に出口への道に。コチョウさんは彼らが見えなくなるまで見送り、改めて私達の方へ。

 

 

「どら、待たせたね! ああいう連中の面倒みてやんのも楽しくてねぇ。折角来てくれたのに悪い事したよ」

 

 

「いえいえ! コチョウさんのお力と貫禄、そして試練の難しさをしかと魅せて頂きました!」

 

 

「ンニャバハハッ! よく言うよ! さっきアンタに言った『虎の巻をあげても良い』っての、冗談じゃないさ。やろうか?」

 

 

懐を漁りつつ社長の感想を豪快に笑い飛ばすコチョウさんだが、目が……! 獲物を…いや、強敵を見つけた猛虎のような目に……!

 

 

しかし社長はそれに気づかず……ううん、間違いなく気づいてはいるけど平然と流すように、辞退を。

 

 

「試練まともに受けてないんですからいただけませんよ~! 貰うのならば正式な手順を踏んで、で!」

 

 

「お! じゃあ、試練、挑むかい?」

 

 

「ぜひ!!」

 

 

待ってましたと言わんばかりにしゅしゅしゅと拳を振るう社長。予想通りである。

 

 

さて、一体どんな試練が待ち受けて……! 私も虎穴に踏み込む覚悟で道城の中へ…!! せーのっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バッター、ミミン。 背番号、85』

 

 

……。

 

 

「よーし! かっとばすわよー!」

 

 

…………。

 

 

「ニャバハハハ! ぶちかませぇ社長!」

 

 

………………。

 

 

「33-4ぐらいのスコアでV決めてみせますよ~! アスト、応援しててね!」

 

 

……………………。

 

 

「アスト~?」

 

 

「…………………………あ…は、はい…! えーと…頑張ってくだ……いやいやいや!」

 

 

「んにゃ? どうしたんだい?」

「どうしたのよ~?」

 

 

「これ、試練ですよね……? ですけど、どう見ても……」

 

 

「別にどう見なくとも――」

「これ、野球よ?」

 

 

「ですよね!?」

 

 

 

 

 

いや、うん……。いやうん…! どう見ても野球! 空間魔法で道城の中が広げられてるのは当然として、何故……。

 

 

とりあえず、かなり変則的なのは間違いない。バッターは社長で、ピッチャーとキャッチャーはタイガーガール。守備はおらず、ボードゲームの野球盤のような感じ。

 

 

そして私とコチョウさんは観客席でそれを見ていて……これなに……?

 

 

「ま、野球みたいな試練と思ってくれればいいさね! 多く打って多く抑えたほうの勝ちってことよ!」

 

 

そう教えてくれるコチョウさん。にんまりと笑って、更なるルール説明を。

 

 

「ただし、『何でもあり』さ。剣で打とうが、魔法で投げようが、突然に仕掛けてアタシら(タイガーガール)を倒そうが。 その場合、こっちも容赦なしになるがね!」

 

 

なるほど…。なるほど…? 

 

 

「因みにさっきいた4人組、ここで失敗したらしくてねぇ。 訳も分からずボロ負けして、破れかぶれに飛び掛かったら逆にバットで打たれて場外って訳だ!」

 

 

あー…。それならあの愚痴っぷりも納得かも……。ちょっと同情……。こんな野球みたいな試練、混乱するに決まっているもの……。 

 

 

 

で、それは百歩譲って良いとして――。

 

 

 

「なんで私、ビールの売り子の恰好を??? 樽も大きい……」

 

 

「ニャバハハハ! 虎は大酒飲みだからねぇ! 社長の言った通り、似合うじゃないか!」

 

 

……とりあえず、社長の入れ知恵なのはわかった。まあならば――。

 

 

「駆け付け一杯、お注ぎしますね!」

 

 

「お! 手慣れてるねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ま、要はアタシらに認められれば良いってことよ! 倒したり、降参させたり、喜ばせたり、唸らせたり。試練は色々とあるけど、ルールはこれと同じ。まともに勝つか、搦め手で勝つか、さ!」

 

 

「なるほど…! この野球勝負以外にどのような試練があるんですか? はいもう一杯!」

 

 

「そりゃあ担当のタイガーガールの得意分野によるねぇ。普通に闘うヤツから、レスリングを挑むヤツ、知恵比べを挑むヤツやオタクコンテンツ談義を望むヤツ、飲み比べするヤツとかもいるね!」

 

 

「本当、多種多様ですね! はいどうぞ!」

 

 

「ニャバハハッ! アンタ酌が上手いねぇ! 飲み比べ試練だったら、その手練で突破できるよ!」

 

 

 

――――カキーンッ!

 

 

 

「そんで社長の方も良い腕だ! 今んとこ全部ホームランじゃないか!」

 

 

コチョウさんのお相手をしながら、暫し野球観戦。流石は社長、やりたい放題。普通に打つだけでなく、バット大量持ちで打ったり、手を地面について入っている箱で蹴り打ちしたりとなんでもあり。

 

 

そしてちょっと飽きたタイミングでわざと攻守交替。今度は触手のようにうねるボールを投げたり、ミミックのように擬態する球種を投げたり、もはや自分がボールとなったり。

 

 

タイガーガールの方も容赦なしモードとなって、ボール複数連続投げや爪でボールを切り割ろうと試みているが……全て社長にいなされている。完全に野球じゃなくなってるのはご愛敬。

 

 

私も楽しくなって応援を。かっとばせー!ミ・ミ・ン! と叫んでみたり。そしてそんな中で――。

 

 

 

 

「――それでねぇ。結構アタシら交流が多いんだよ。カウガールや巨人族、ハーピーとかね。アンタたちのとこに依頼をしたのも、知り合いから勧められてさ」

 

 

「そうだったんですか!? 因みに、どなたから……?」

 

 

「鬼ヶ島ダンジョンのオンラムのやつとか、キョンシーのチェンリンとか、バニーガールのカグヤとイスタとかからさね! 評判すこぶる良いんだよ、アンタたちのとこ!」

 

 

「本当ですか! 嬉しいです!」

 

 

 

――と、かつて依頼を受けた他ダンジョンの方々のお話を聞いたり……。

 

 

 

「やっぱり同じ試練ばかりじゃアタシらも挑戦者も飽きちまうだろ? だから、ミミックをちょいと借りてみようってね!」

 

 

「と、言いますと…試練のお手伝いのご依頼でしょうか?」

 

 

「そういうこった! けど、別にアタシらのお手伝いに限る必要はないよ。状況に応じて、冒険者へ加勢も頼みたいんだ。そんで面白おかしく引っ掻き回してくれ!」

 

 

「それはまた…! えぇ、それならばお力になれると思います! 社長があの調子ですから!」

 

 

 

――と、サラッと商談が始まったり……。

 

 

 

「そんで代金なんだけど、アンタの腰に商品みたいにぶら下げといたそれでどうだい?」

 

 

「えっ! あ、これですか!? 何かと思ってたら……! えーと、あ、これって…!」

 

 

「さっきあいつに渡した軟膏さね! そっちの瓶は、アタシら印の魔法の瓶。そんでそれはバターだよ!」

 

 

「色々とお作りになっているんですね! ……もしかして、これらを作ることを試練としてる方が?」

 

 

「察しが良いねぇ! あとこれも…虎の巻もつけるよ!」

 

 

「え!? よ、宜しいのですか!?」

 

 

「なぁに、アタシの認定無しにゃあ限界突破の効果は発揮しないさ。 けど、武器とか他アイテムの素材にはなるから高値がついてるんだと!」

 

 

「えーと……わっ! 本当ですね! かなりのお値段……! ではこれで計算いたしまして、このような感じに」

 

 

「ニャバハハッ! 気に入ったねぇ! 肉球の判、ペタリだ!」

 

 

 

――契約が纏まっちゃった! 因みにそうこうしてる間に、社長の試練も終了。33-4どころか、334-0…。違う、339-0という無茶苦茶なスコアを叩き出して圧勝していた。ビール、かけてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして契約が纏まったということは、ここでのお仕事終了ということ。あとは心置きなく遊…もとい、他の試練にも挑戦。

 

 

その中にはさっきコチョウさんが例に挙げたような試練も幾つかあったのだが、そこは社長、虎を狩るかのような勢いで次々突破。

 

 

因みに私も時々参戦を。魔法勝負とか、魔法薬作り勝負とか。あと、コスプレ勝負とか……。

 

 

虎柄ビキニは……まあわかる。タイガーガールだから。けど、なんでブルマ…? タイガーの道場だからじゃない? と社長言ってたけど……。私が着るより社長の方が似合う気がするし、かなり恥ずかしくて……。

 

 

……結構楽しんでいたって? ま、まあ……そうなのだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

こ、コホン。そうして試練を乗り越えていき、とうとう道城の天守、最終試練へ。そこで待ち受けているのは勿論――!

 

 

「ニャッバハハッ!! ようやくアタシの番ってねぇ! さあ社長、手合わせ願おうか!!」

 

 

煙管を私へ投げ渡し、爪牙と先程のような重気迫を露わにしたコチョウさん…! 勝負内容は勿論、一騎打ち!

 

 

「失礼のないよう、真っ向勝負でいかせていただきますよ~!」

 

 

手と触手をぷらぷら振って、首をコキンコキン鳴らして社長も準備万端。それでは…最終試練、スタート!

 

 

 

 

「――ねぇミミン社長。 虎はなにゆえ強いと思う?」

 

 

「えー? 何故ですか?」

 

 

「それは――。元々強いからよォ!!」

 

 

最初に仕掛けたのはコチョウさん! これで勝敗を決そうという気概すら見て取れる、鋭剛爪の一撃! しかし、社長は……宝箱の蓋で受け止めてる!!

 

 

「――ではコチョウさん。 ミミックはなにゆえ強いと思いますか?」

 

 

「ほう。何故だい?」

 

 

「それは――。 私にもわかりません☆  てりゃあっ!」

 

 

今度は社長の番。コチョウさんの爪を弾くどころか砕かんばかりの勢いで箱を回転させ突撃! コチョウさんもそれに対抗し、更に攻撃を!!

 

 

これぞまさに、竜虎相搏(あいう)つ――! 正しくは、箱虎相搏つ、だけども…! そんな強者同士の激しいぶつかり合いの中…社長が動いた!

 

 

「隙ありぃ! ひっさーつ! (しょう)・竜・けーんっ!」

 

 

あれは…! 長城ダンジョンで、キョンシーのチェンリンさんを倒した必殺技! これで決まる――!?

 

 

「ンニャッバハハァ! 甘い! その技、チェンリンのヤツから聞いててねぇ!」

 

 

…えっ!? ガードされた…!? そういえばチェンリンさんとお知り合いだったんだ……! ――って、あの構えは…!

 

 

「――(しず)かなること林の如く、動かざること山の如く――。」

 

 

「あっとっと…!?」

 

 

(はや)きこと風の如く――!」

 

 

「きゃー!」

 

 

あっ! 社長が宙に弾き上げられて……! これは……マズい!! ――っ! コチョウさんが!!

 

 

「侵掠すること、虎の如し! お返しだよ、ミミン社長! 『風林虎山』、その極致! 『タイガーガール・アッパーカット』ォオッ!!!」

 

 

宙に浮かされたままの社長の真下から……空を裂き、相手を噛み砕き潰すかのような必殺の……! しゃ、社長――!

 

 

 

 

―――ガキィイン!!!

 

 

 

 

「――えっ……!?」

 

「――んにゃ……!? にゃにぃ!? アタシの…必殺技が……止められただと!?」

 

 

 

冒険者達を容易く空高くに吹き飛ばせる膂力を持つコチョウさん。その彼女による必殺の一撃で……社長が、飛んでいかない!?

 

 

まるで乗っかるように、コチョウさんの拳の上にピッタリと……!! すご……。――っえ!?

 

 

 

「――(しず)かなること、『箱』の如く。動かざること、『箱』の如く――。」

 

 

「ッニャ!? それは!?」

 

 

「コチョウさんの……!」

 

 

「――(はや)きこと『箱』の如く――!」

 

 

「「消えた!?」」

 

 

風林虎山と同じように……社長が姿を消した――! コチョウさんは即座に周囲を探すけど――…遅い!!

 

 

「侵掠することぉ、『ミミック』の如しぃ!  どーーーんっ!!!」

 

 

「ニ゛ャアアアアッ!?」

 

 

社長の一撃で、今度はコチョウさんが宙に! そして――。

 

 

「さあ、決めましょう! ミミミミミミミミミミミミミミンッ!!!」

 

 

「くぅっ、やるねえ!! トラトラトラトラトラトラトラトラッ!!!」

 

 

地を削り襲い来る竜(箱)と、大きく跳ね爪牙を振り下ろす虎。ラストスパートラッシュをかける社長とコチョウさんの姿は、まるで壮烈たる図屏風のよう……!!

 

 

決着が……近い……!! 勝負の勝利者となるのは―――!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニャバハハァッ!! 天晴天晴! 社長、文句なくアンタの勝ちさね! 外に吹き飛ばされちまった!」

 

 

壊れた屋根からひょいっと戻ってきながら、痛快そうに笑うコチョウさん。虎は自ら跳ねたのではなく、竜(箱)に跳ね上げられたのだ。その不利が決め手となり、そりゃあもうどかんと勢いよく。

 

 

「しっかし、アタシの技を真似るたぁ驚いた! やるねぇ!」

 

 

「ふふふふ~! 私、ミミックですから! 模倣(mimic)は得意分野ですとも! それにミミックの特性上、ダンジョン内のどこに敵味方が潜んでいるか丸わかりなんですよ!」

 

 

最も、コチョウさんほどの潜伏を見極められる子はそんないませんけどね~! と社長は補足。コチョウさんはそりゃあ敵わん訳だよ! と褒め返して懐を探り……。

 

 

「ほら! 受け取っとくれ!」

 

 

さっき私に見せてくれた虎の巻を社長に。 が――。

 

 

「ま、多分必要ないだろうよ!」

 

 

コチョウさんはそんなことを。首を傾げる私を余所に、社長は巻物をくるくるオープン。……あれ?

 

 

「何も……起きませんね。 社長、御身体に変化は?」

 

「なんにも~」

 

 

「やっぱりねぇ。ちょいと見せてみな」

 

 

ということで、コチョウさんに煙管も合わせて返却。その虎の巻を確認したコチョウさんはフンフンと頷き……。

 

 

「ニャバハハハッ! そうだろうと思ったよ! この虎の巻、しっかり機能はしてるよ」

 

 

「えっ。じゃあなぜ社長は?」

 

 

「なに、単純なことさね。独力で限界突破しているか、最初から限界なんて無いか。どっちかだね!」

 

 

なんと……! けど、普段の社長を見てれば納得。そんな感じするもの。そして当の社長は――。

 

 

「あらざ~んねん☆」

 

 

全く気にする様子は無い。それどころか……。

 

 

「ところでコチョウさん、ここの端っこに積まれている巻物、虎の巻の蓄えですよね? あれ、奪って逃げようとする人いるんじゃないですか?」

 

 

「あー結構いるねぇ! アタシに認められなくとも大金になるからって、狡い狐みたいな連中が!」

 

 

「その対策として、ちょっと思いついたことがあるんですよ!」

 

 

……と、またまた新たなるミミック活用法を提案しだした。 ふふっ! 本当、限界なんてなさそう!

 

 



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人間側 ある4+1人パーティーの騎虎

 

「全員、今回こそ『虎の巻』を手に入れるぞ! いいな!」

 

「「「おーーっ!!」」」

 

 

俺がそう号令をかけると、仲間三人は気合を露わに。よし……!今回こそいけるかもしれねえ! そうそう、臨時のメンバーであるこの人にも声をかけとかないと。

 

 

「おっさん、リベンジといきましょう!」

 

 

「フッ、私がどこまで力になれるかはわからないが…鍛えた成果、見せる時だな」

 

 

そのおっさんの一言に、更にやる気が漲ってくる…! いくぞ!打倒タイガーガール!今回こそあのアホで意味不明な試練を切り抜け、最後まで到達してやるからな!

 

 

 

 

 

暫くぶりだな。俺達は前にこの『虎穴道城ダンジョン』に挑んで、ボロ負けしたパーティーだ。虎の巻っていう貴重なアイテムを取りに来たはいいけど、ここに棲むタイガーガール共の試練を前に追い出された、あの4人組だよ。因みに男2人、女2人だ。

 

 

というか…なんだよあの試練! なんで野球やらされるんだよ! 意味わからねえうちにどうしようもなくなって相手のタイガーガールに飛び掛かったら、逆に場外ホームランで道城の外まで吹き飛ばされるって!

 

 

……まあそれで、このおっさんと出会えたのは幸運だったけど。俺達の直後に落ちてきたこのおっさんはかなりの実力者らしく、最終試練であるダンジョン主のタイガーガールである『コチョウ』との一騎打ちにまで持ち込んでいたらしい。

 

 

そんなおっさんに叱られ、偶然にもそのコチョウと戦ったことでわかった。俺達はまだまだ実力不足だって。それでダンジョンから出た後、おっさんの誘いに乗って修行することにしたんだ。

 

 

そしてとうとう今日、俺達4人とおっさん一人でパーティーを組み、リベンジに訪れたってわけだ!

 

 

 

 

 

 

 

――さて、まずは第一関門。この巨大な門をくぐり、タイガーガール共が待ち受ける道城にたどり着くまでの小手調べだ。

 

 

細い道の周囲に茂る、鬱蒼とした竹林。ここにはタイガーガール共の眷属である虎が大量に潜んでいる。気を抜いた瞬間、そいつらが牙を剥いてくるという普通に危険な試練だ。

 

 

前の俺達はビビりながらやっとのことで切り抜けた。そしてこんな試練が続くのかと怯えながらも武器を握りしめ挑んだら……マジでなんだよ野球って! 虎要素どこだよッ!!

 

 

……はっ! いや、おっさん曰く、『奇妙な試練ばかりではあるが、それを切り抜けられないと言うなら未熟の証拠』だったっけ。落ち着こう……。

 

 

それに、そういう試練を切り抜けるためにおっさんと一緒に修行を重ねたんだ!臆病な自尊心や尊大な羞恥心とかは捨てて、挑んでやる! せーのっ!!

 

 

「――っ!?」

「わっ……! これって……!」

「わかる……!? わかるぞ!?」

「虎がどこに隠れているか、なんとなくわかる!!」

 

「どうやら、早速修行の成果が出ているみたいだな」

 

 

おっさんの言うとおり…! 竹林の道に一歩足を踏み入れた瞬間、気配を感じられた…!

 

 

目では見えない茂みの奥で、虎が舌舐めずりをしているのが!こちらを睨んでいるのが!尾を揺らし狙いを定めているのが!

 

 

朧気ながらだけど、肌で感じることができる!間違いない、俺達、格段に成長して――!

 

 

「ガルルルルァッ!!」

 

 

「「「「わぁあっ!!?」」」」

 

「はいやっ!」

 

 

――あ、あ、危ない…!虎が急に飛び出してきて…!おっさんが割って入ってくれなかったら危なかったかも…!

 

 

「気を抜くな。もう試練は始まっている。ここから先は騎虎の勢いで挑むしかないぞ」

 

 

おっさんの言葉に、俺達はコクコクと。や、やってやる!

 

 

 

 

 

 

 

「――来る! 右側!」

「警戒!」

「来たぞ!」

「はぁああっ!」

 

「ガルッ!? グルルルル……」

 

気を抜かず、竹林を進んでいく俺達。強くなったからか、前よりも危なげなく動けている…!

 

 

それにこういうのもなんだが、おっさんの力がデカい。俺達だけじゃ気づかなかった虎の動きにすぐ反応して、あっという間に対処してくれる。

 

 

でも、この際おんぶに抱っこでも構わない。おっさんの力もフル活用し、ダンジョン攻略をしてみせ……。

 

 

「待て」

 

 

……? 急におっさんが停止の合図を。あと少しで道城につくのに、なんで……?

 

 

「……何かいる」

 

 

え? ……いや、俺達にはわからない。でもおっさんの言う事だから信じとくべきなんだろう。一応、武器を構えて――茂みが揺れた!?

 

 

やっぱり何かいるのは間違いないんだ。さあ、かかってこい…! どんな虎でも、いいや、矢でも鉄砲でもかかってこ――!

 

 

 

 ―――キュラキュラキュラキュラ……。

 

 

 

「……は?」

「へ?」

「なに?」

「なんなの?」

 

 

茂みを小さく揺らしながら出てきたのは……その…なんだあれ? 自走する……宝箱? なのか?? は?????

 

 

いやえっと……もっと詳しく説明するとするなら、なんというか……。虎の色に染められた、宝箱っぽいのがこっちへゆっくり進んできているんだ。いやホントに。

 

 

しかもよくみると、足?に変な細長い車輪……キャタピラ?とか言ったっけ? を二つつけて、更に変な筒?みたいなのを咥えて……咥えて!? は? どういう!?

 

 

「あれはもしや……? でもあれは小さくとも馬車並みの大きさで、あれはどう見ても宝箱……」

 

 

よくわからない代物に困惑していると、おっさんがボソリ。一体何なのかを聞いてみると……。

 

 

「どうも『戦車』というものに似ている。砲台を乗せて動くあれにな……」

 

 

あぁ…言われてみればそんな感じ……。 …………ん? 砲台? ――ってヤバいんじゃ!?

 

 

 

 ―――ポンッ!

 

 

 

「ぐへっ!?」

 

 

うわやっぱり!? なんか撃ちだしてきたぁ!? 仲間の一人の顔面に直撃し……あれ?

 

 

「痛ってえ!!? なんだこれ!? ……竹!?」

 

 

飛んできたのは砲弾……じゃなくて、竹を節で切ったみたいなやつ…? なら別にあんまり警戒する必要は……ぼへぁっ!?

 

 

「な……筍ぉ!?」

 

 

そっちもあるのかよ!! 痛てて……このっ! ヘンテコ戦車?め、虎関係な――。

 

 

「構うな! 周りを見ろ!」

 

 

怒りに任せて戦車を叩きに行こうとした瞬間、おっさんの声でハッとなった。見ると……嘘だろ…いつの間に!?

 

 

「グルルルル…!」

「ガルルルル…!」

「ミャアヴヴ…!」

 

 

周囲が完全に虎に囲まれている!? まさか、このヘンテコ宝箱戦車は囮だってことか!?

 

 

「もう大して距離はない! 強行突破して道城へ向かうぞ!」

 

 

おっさんの号令に、俺達は一斉に駆け出す! 勿論それに呼応して虎共も追ってくるし……!

 

 

 ―――ポンッ! ポンッ! ポンッ!

 

 

「きゃーっ!?」

「ちょっ……アブなっ!?」

「くっ…!」

 

ヘンテコ宝箱戦車も竹の砲弾を勢いよく撃ち出してくる! くそっ…! 竹なんて周囲に幾らでもあるから尽きることなんて無……えっ!?

 

 

「ちょっ…! あのヘンテコ、跳ねて来てるんだけど!?」

 

 

さっきのゆっくり登場はなんだったんだよ! キャタピラとかガン無視でぴょんぴょん跳ねて来てやがる! なんだあいつ! ミミックか何かなのか!? 大砲ならぬ吹き矢?装備のミミックってか!?!?

 

 

って、気にしてる場合じゃねえ! 逃げろ逃げろっ!!

 

 

 

 

 

「――ふぅ…! 危ないとこだったぁ……」

 

 

なんとか道城前に到着すると、虎もヘンテコ戦車もさっさと引き揚げていきやがった。あいつら…絶対俺達を玩具としてしかみてないな……!

 

 

「おじ様、さっきのなんだったんですか……?」

 

「わからない…。だが、前にここを訪れた時から様子が変わっているのは確かだ。皆、ここから先も…いいや、ここから先こそが本番だ。何があっても、冷静に対処するぞ!」

 

 

女メンバーの問いに檄で返したおっさんへ、俺達は改めて頷く。そうだ、まだスタート地点に立ったばかりなんだよな。この先幾つもの試練を乗り越え、最後まで突き進まなくちゃいけないんだ。

 

 

すぅっ……ふぅっ! よし、なんでも来い! 野球とかヘンテコ宝箱戦車を経験したんだ。おっさんとの修行にも明け暮れたんだし、何が来ても冷静に勝ち進んでやるからな――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――青コーナーぁ! 挑戦者ぁ! 今回は五人だ!さあ、どんな試合を見せてくれるのかぁ!?」

 

 

……いや、あの…………。

 

 

「対するは赤コーナーぁ! おなじみ試練の主、『タイガーガールマスク』だぁ! 今日も見事に相手を叩きのめしてくれるのかぁ!?」

 

 

……いや、だから…………。

 

 

「さあ、両者気合十分! いざいざいざ! レディィイイイ……ファイッッ!」

 

 

 

 ―――カーンッ!

 

 

 

「いやカーンッ!じゃなくてっ!!!」

 

 

「落ち着け。冷静に闘えば良いだけだ」

 

 

「いや無茶言わないでくださいよ! なんでプロレス始まってんすか!?」

 

 

おっさんにツッコミ、改めて相手のタイガーガールへ目をやる。大体、タイガーマスクガールってなんなんだ!虎模様の毛を持ったタイガーガールが虎模様のマスク被ってもほぼ意味ないだろ!

 

 

「なんだい? ルール説明はしただろ? 武器無しの肉弾戦勝負がオレの試練。煩わしいルールは特になく、オレに勝てば良いだけだ!」

 

 

「いやそれは聞いたけどさ……」

 

 

「んで、何人がかりで挑んで来ても良いんだが……武器を手にした瞬間、俺も爪や牙を解放するからそのつもりでいろよ。 あぁでも、凶器攻撃はOKだ! 楽しいからな!」

 

 

タイガーマスクガールが示した先、リングの外には、机の上に沢山並べられた道具類が。バットに竹刀、杖に鞭、一斗缶やパイプ椅子とかとかとか……。

 

 

あとアレはなんだ…?毒薬…?? 変な色してる液体とかもある…。あっちは……なんでランドセル? 更に向こうは……なんで宝箱!?

 

 

 

……落ち着け、俺! おっさんの言う通り、冷静に考えるんだ。よくよく見れば、これは野球よりもまとも。ただ闘うだけなんだから、一番良い試練なのかもしれない……!

 

 

うん、そう考えれば気が楽になってきた!あいつは何人がかりでも良いって言ってたが、この先もっとアホな試練が出てくる可能性はかなり高い。戦力は出来る限り温存しておきたいし……。

 

 

なに、最悪おっさんがなんとかしてくれるだろ! よぅし、じゃあ改めて……!

 

 

「ゴング鳴らせ! やってやるっ!!」

 

 

 

 

 

 

「――どりゃあ! タイガー・キック! タイガー・チョップゥ!」

 

 

「うおわっ! あ、アブねぇっ……! こ、このっ!」

 

 

「ヘッ! 中々やるじゃないか!」

 

 

いざ試合開始となったは良いが……強い……! 武器が使えないから、思うように戦えない……! 回避中心の動きになってしまう……!

 

 

いくら修行の成果があるとはいえ、一人じゃキツイ……! やっぱり誰かに助力を――。

 

 

「やれぇ! そこだぁっ!」

「気をつけて! 来てるよ!」

「気合入れ直して! もっともっと!」

 

 

――あいつらぁ! リング横に控えてこそいるけど、完全に観戦ムードじゃんか! クソっ…! 頼みの綱はおっさんだけど……!

 

 

「いけぇ! 隙を見せるな前を見ろ! 16文のキックか闘魂籠めたキックでもお見舞いしてやるんだ!!!」

 

 

おっさんの方が白熱観戦してないか!?!? 冷静さどこに放り投げたんだよ一体――!

 

 

「「「あっ! 危ないっ!!」」」

 

 

「隙ありぃ! 毒霧食らいな!」

 

 

「わぷぁっ!?」

 

 

ど、毒霧!? マズい、顔に思いっきり――! ……あれ、これただの色水じゃ……。

 

 

「それは目潰しだ! 本命はその後! 回避しろ!」

 

 

……おっさんの声! と、とりあえずその通りに―――うわわわっ!?

 

 

「おっともう遅い!」

 

 

えっ…!? ど、どういう……俺、肩車されてるのかこれ!? ――嫌な予感…!

 

 

「必殺! タイガー・ドロップ!!」

 

 

「受け身をとれ!! 教えたあれだ!」

 

 

「うおわああっ――くぅうっ!!」

 

 

背中から急降下していく中、微かに聞こえたおっさんの指示に反射的に従い……ぐはぁっっ!!!

 

 

「ピュウッ! これで気絶しないなんてな! けど、トドメを刺させてもらうぜ!」

 

 

リングの床で動けなくなっている俺を笑いながら、タイガーマスクガールは凶器を取りに。持ってきたのは……パイプ椅子……!!

 

 

「さあ、覚悟を決めな! せーのっ!」

 

 

「今だッ! 動けッ!」

 

 

――! 再度おっさんの指示に合わせ身体を動かす! 受け身のおかげで、もう動けるようになっているんだ!

 

 

「おおおっ!?」

 

 

よし、パイプ椅子の一撃を寸前で回避に成功! 更に相手は振り下ろす際に勢いをつけすぎたせいで隙が! チャンス!

 

 

「全員でかかるぞ! 入ってこい!」

 

 

タイガーマスクガールを蹴り飛ばしつつ合図を送ると、メンバー全員が慌ててリングイン。ハッ、最初からこうすれば良かったんだ! 良いって言われてるんだからな! それに俺はもう充分頑張ったし!

 

 

だけど別に休むわけじゃない。皆に一旦任せ、凶器置き場へと。お返しを食らわせてやるってな! どれにしようかなとっ――。

 

 

――ん!? 今、宝箱が動いたような……? 気のせいか? ……いや、気になるな。中には何が入って……っうわぁ!?

 

 

こ、これは!! ……え、使って良いのか……? というか、使えるのか??? え、本当に大丈夫なのか……!?

 

 

「――コブラツイスト、とくと味わえ!」

 

 

「ぐああっ! つ、強い…!!」

 

 

ふとリング上を見ると、おっさんがタイガーマスクガールに変な技をかけてる。……今がチャンス! これ、いやこいつを試してやろう!

 

 

ということで宝箱を抱え、再度リング上に。そして――。

 

 

「おっさん、どけぇ!」

 

 

「――む! とぁっ!」

 

 

即座に反応し、タイガーマスクガールを解放するおっさん。俺はその隙を逃さず――!

 

 

「凶器攻撃の仕返しだ! 食らえ!」

 

 

「くっ……! ――あっ! それはヤバ…!!」

 

 

 

 ―――ガブゥッ!

 

 

 

「ミ゛ャアアッッ!?!?!?」

 

 

「「「うわあ……!?」」」

 

 

タイガーマスクガールは悲鳴をあげ、入ってきたは良いがリングの端でずっと身を潜めていた仲間三人は唖然と。それも当然だろうな。

 

 

だって俺がタイガーマスクガールの顔面に叩きつけた宝箱、ぶつかる寸前に勝手にパカッと開いて、顔をパクリと呑み込んだんだから。見てみろ、タイガーマスクガールがタイガー宝箱マスクガールになってる。

 

 

「これは……ミミック、か?」

 

 

悶えるタイガー宝箱マスクガールに眉を潜めながら、おっさんは聞いてくる。あぁ、その通り!

 

 

よくわからないけど、あれは何故か凶器の一つに収まっていた宝箱型ミミックだ。蓋…もとい口を開いても襲い掛かってくることなく、寧ろ出番を待ってましたと言わんばかりの待機状態だった。

 

 

なんでこんなところにミミックがいるのかは本当意味不明だけど……。あ、となるとさっきの戦車?も予想通りミミックだったのか……?

 

 

「――ぶへっ…! ちょっ…! もういい…もう舐めるなって……! やめべべべべ……!」

 

 

なんてことを考えてたら、タイガー宝箱マスクガールはリングに転がってジタバタ。なんか本当、よくわからないけど……。

 

 

「トドメ、刺してやりますか……」

 

「そうだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――とりあえず、第一試練は突破だ! さて、次はどんな試練が待ち受けて……。

 

 

「みゅふふフフぅ……! ようこそいらっしゃいませ、『虎のあな』へ……!」

 

 

…………またなんかアホっぽい試練だろこれ……。

 

 

 

 

これは…さっきよりも酷いな……。試練の間に足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできたのは大量のキャラクター……。小説とか漫画とかに出てくる、色んなキャラの絵だ。

 

大量に貼られているポスター、至る所に飾られているフィギュアやぬいぐるみ、ぎっしり棚に詰まっている本、なんか爆音で流れているキャッチ―なBGM……。他諸々……。

 

 

そしてその中央に鎮座している机には、ここの担当らしいタイガーガールが。若干気味の悪い笑みを浮かべ続けながら、手招きを。

 

 

「早速ですが、貴方がたの中に『語れる』方はいらっしゃいますかねぇ? どの作品でも構いませんし、妄想バッチ来いです…! NL、BL、GL、TS、異種――、勿論ブロマンスやロマンシスもアリですし、リバも夢も可、お望みであれば()()()の話でも…! おっと鼻血が……!」

 

 

…………やべぇ……。さっきのなんか目じゃないほどやばい……。どうやら何かを語れれば試練を突破できるみたいだけど……怖え……。

 

 

「もしいらっしゃらないのなら仕方なく直接勝負に移行させて頂きますが……。あ、その場合は向こうに戦闘フィールドを用意していますから、そちらの方に移動を……」

 

 

動けないでいると、タイガーガールは何故かしょんぼりした様子で奥のドアを指さした。できれば関わりたくないし、そっちを選択して……。

 

 

「「待って!」」

 

 

と、戦闘フィールドに向かおうとしたら、うちのパーティーの女メンバー二人に止められた。というか、立ちはだかられた。そして何か口を開く前に――。

 

 

「ここは私達に任せて! ね! ね!! ね!!!?」

 

「三人はそっちのソファでゆっくり休んでいていいから! 良いから休んでろ!!」

 

 

……なんか怒涛の剣幕で端の休憩スペースらしき場所に追いやられた……。なんであいつら、目をそんな輝かせて……?

 

 

ま、まあ良いか…。無駄な消耗を避けられるなら特に抵抗する必要もないし……。さっきのプロレスの疲労もあるから、任せるとするか。何するのかわからないけど。

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、この20巻と21巻の間には物語的にちょっとした空白時間があるのは知っての通りですけど、その間にこの二人に進展があったと私は考えてるんですよぉ…! お二人はどう思います?」

 

「わかる! 超わかる! 絶対裏でデキてる! 確実!! だってそこの後から明らかに二人の距離感近くなってるし! 作者後書きでも匂わせてるもん!」

 

「ほんとそれ! 明言こそされてないけど絶対裏エピあったって! 多分前後の展開的に――!」

 

 

…………『語る』って、本当に語る、話すってことなのか……。なんかとんでもなく盛り上がってるのが聞こえてくる…。

 

 

というか、いつまで話してんだよ……。もう何時間か経ってるぞ……? なのに一向に終わる気配が無いし……。

 

 

見ろ、蚊帳の外の俺達を。やることなくてソファに転がってるだけだ。あまりにも暇すぎて、もう一人の男メンバーは居眠りしだしたぞ。なんかのキャラつきの抱き枕抱えて。

 

 

そしておっさんの方は……ん??

 

 

「なにしてんすか?」

 

 

「これか? 向こうの子達が盛んに話している作品らしい。タイトルや登場人物の名前、展開が一致しているから間違いないだろう」

 

 

ふと見るとおっさん、やけに真剣な表情で漫画読み耽ってるし……。しかもあいつらの話に聞き耳を立てながらとか……。

 

 

いや、おっさんも暇してる証拠か。俺もそれに倣ってなんか読んで――。

 

 

「ふむ…。良い作品だった」

 

 

――と、おっさん、漫画をパタンと閉じて立ち上がった。え、読破したのか? 結構な巻数あるんだけど……。

 

 

「確か……これと、これと、これか」

 

 

そして数冊だけを手に取り、残り全てを本棚に。そのまま……えっちょっ…そっちは……。

 

 

「少し構わないか?」

 

 

「へっ? わぁああぁっ!? お、おじ様!?」

 

「な、なんでこっちに!? ちょ、ちょ、もう少し向こうで待っててください……!」

 

 

語っているあいつらの元。おっさんの突然の乱入に、女メンバー二人はアワを食ってる様子。

 

 

「おやぁ? もしかして貴方も『語れる』口ですかぁ?」

 

 

一方のタイガーガールは鼻息荒く。おっさん、よくあんな虎穴に飛び込んでいけるなぁ……。

 

 

「いや、語れるというほどではないのだがな。これも今しがた初めて読ませて貰った。素晴らしい作品だった」

 

 

が、当のおっさんは全く怯むことなく会話に参戦を。席にもついたらしい。怖いもの知らずか。

 

 

「だが、三人の会話を聞いていてふと思ったことがあってな。少々意見を伺いたいんだが……」

 

 

「え˝。いや…その……おじ様…その……いま私達が話していたのは……なんというか……妄想の類で……実際には描かれているんだけど描かれていないといいますか……」

 

「そ、そうそう……! おじ様には…あの……目の毒耳の毒で……あんまり関わるのはちょっと……危険というか、ヤバいというか……沼というか……」

 

 

「気を害したのならばすまない。やはり引っ込んでおこうか」

 

 

「「いやいやいやいやいやいや!!」」

 

 

あくまで冷静なおっさんと、しどろもどろの女メンバー二人。と、そこにタイガーガールの救いの手が。

 

 

「まあまあまあ~! ご質問であればお聞きしますよぉ。どういった内容で?」

 

 

「では、失礼させて頂こう。今三人が話しているのは、この20巻と21巻の、この二人の関係性についてで間違いないか?」

 

 

「そうですよぉ。そのカプについて盛り上がっていましたぁ…!」

 

 

「カプ……?」

 

 

「カップリングの略称のことでして…! 因みにおじ様、そのお二人、どっちが攻めでどっちが受けだとお考えで?」

 

 

「攻め……? 受け……?」

 

 

……おっさん、やっぱり無謀だったんじゃ……? タイガーガールに圧されている気がする。大丈夫か……?

 

 

「すまない、勉強不足でな。そういったことはよくわからん」

 

 

ああ…謝った。いくらおっさんでも無理があったか。仕方ない、端に追いやられた身同士、慰め合いでも……――。

 

 

「だが、三人の会話中に出てこなかった、この二人の関係の進展を補強する証拠……いや、そう確かなものではないから解釈と言うべきか? を見出した気がしてな」

 

 

「「「え゜ぁっ!?!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

……な、なんだ…? とんでもなく表現しづらい素っ頓狂な声が……!? その破裂音、いや爆発音的な発声に、寝ていた男メンバーも飛び起きたぞ……!?

 

 

「どどどどどどどどどこですかそれどこですがどの巻のどの話のどのページですか!?!?!?」

 

「おじ様落ち着いて聞かせてくださいどんな点がですかどこからそう判断したんですかどうやってみつけたんですか!?!?!?」

 

「まままままままって落ち着くのは私達のほうでしょ絶対そうでしょ!?!?!?!ひっひっふーっひっひっふーっ!!!!!!」

 

 

しかしタイガーガールを含む女三人の混乱困惑興奮っぷりはそれだけに収まらない。明らかに我を忘れておっさんに詰め寄っているのが、見えないここからでもわかる。

 

 

「まずはこの巻のこの頁なんだが……やはりこの二人が主役として描かれているこの一連のシーンは、構図こそ違えど20巻のこのシーンに似せて描かれているのではないか? 幕間の内容の薄いシーンであり、且つ立ち位置や周囲の環境を弄り気づかれないように隠蔽されてはいるが」

 

 

「ふぁっ!? ……ほ、ホントだ……! 言われてみれば……!!!!」

「た、確かに……! 気づかなかった……!!!!」

「嘘……! いやでも、この先生ならやりかねない……!!!!」

 

 

「となると比較検証ができるのだが……気になるのはここの部分の台詞回しだ。状況が一致するのはこの数コマに当たるが、比べてみるとこの巻のほうには違和感を感じる。ストーリーの流れを加味したとしてもだ」

 

 

「こぁっ……! こ、これは……!」

「た…し…か…に……。 前に似た状況を経験したこの子だったら、もう少し言葉を選ぶはず……」

「けどこれ…………! 明らかに親密さがえげつなく……! 前後の会話で騙されてた……!」

 

 

淡々と説明していくおっさんの一言一言にいちいち唸る三人。雲行きが変わってきたな……。

 

 

「更に話は変わるが、この巻の質問コーナー。例の二人に関する質問に対し、この時の作者の回答は中々に長文だったが……これ、よく見ると一部がキャラクター二人のそれぞれの名前となるアナグラムになってはいないか?」

 

 

「「「て゜ぃが゛っ!?!?」」」

 

 

うるさっ!! またヘンテコな叫び声をあげやがった……! でもおっさんは相変わらず冷静沈着だし……。

 

 

「この予測が正しいとするならば、その二人のアナグラムの間にとある文字列が浮かび上がってくる。その中の数字部分を話数だと考えてみると、やはり例の二人が中心となっている話だ。そして、その話の扉絵に奇妙な隙間群があるのに気づいた。意識しなければわからなかったが」

 

 

「「「こ……こ……こ…………こ………………」」」

 

 

「試しにその隙間にアナグラムの残りの文字を一つずつはめ込み、扉絵が仄かに示唆している通りに回転させてみた結果……この通りだ」

 

 

「「「~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」」」

 

 

……一体何が起きてるんだ……? 今度は声なき叫び声が……。覗いてみたいけど……怖え……。おっさん、とんでもねえな……。

 

 

「まあこれら全ては確証のない想像。私の読み違い、あるいは偶然と断じられればそれまでだが……どうか?」

 

 

「いえおじ様……! これは……これは……!」

「そんな伏線が張られていたなんて……! 一生の不覚……!」

「先生……! そうだったんですね……! 先生の心が今わかりました……!」

 

 

おっさんの問いに、虎の如く唸る三人。そして次には―――。

 

 

「おじ様! 今一回読んだだけなんですよね!?!?」

「それでこれなんて……! 洞察力の化物……いいえ、貴方が洞察神……!?」

「顔や立ち振る舞いだけじゃなく、思考もイケオジなんて……!! 最高ですか!?!?!?」

 

 

まるでおっさんを祀り上げるかのような持ち上げっぷりに。しかもそのままおっさんを交えて語り合いの続きに入りやがった……!!?

 

 

くそっ…! あいつら、きゃっきゃうふふと……!! 今回の目的を忘れてるんじゃないか!? 目的は虎の巻の入手だろ!? なのにアホな試練に何時間かけてやがんだ! もう待ってるのも飽きたわ!

 

 

……とはいえ、何もできないけどさ…。今変に動けば、タイガーガールどころか女メンバー二人まで敵に回ってしまう予感しかしないし。虎が三人に増えた気分だ。

 

 

勿論そんな中に飛び込んでいく気にもなれない。あーあ、暇だ暇だ! おっさんの真似がてら、ちょっとそこら辺物色してやろうか! 

 

 

 

 

 

つーことで、再度寝ようとしていた男メンバーを叩き起こして試練の間をふらふら。しっかし、色々あるな……。フィギュアとか等身大?のも大量に並べられてるし……夜怖くないのか?

 

 

「すげえな……。確かこういうの、一体で最低百万はくだらないぞ。それがこんなに……!」

 

 

マジかよ……! ……これ、奪えたらいい儲けになるか? ――いや、無理か。かなり厳重に保護されているし、盗み出せたとしても傷つけずに運ぶのは無理だろうな。虎三人いるし。

 

 

まあここでは見るだけにしとくか。他には何か面白いものは……お?

 

 

 

なんだあそこ? ヘンテコな暖簾が扉代わりにかかっている部屋? 戦闘用の広場に繋がっているという訳でもなさそうだけど、中には一体何が……――。

 

 

「「うわっ……!」」

 

 

……見なかったことにしよう。軽く見ただけでもヤバいのがわかったし……。ここ、あのタイガーガールが言っていた『アッチ』系の作品置き場だ間違いなく……。モザイクが必要な……。

 

 

「……でも、ああいうのも結構値が張るって聞いたことがあるぞ。しっかり細部まで作ってあるから……」

 

「へぇ……」

 

 

いや、興味が無いわけじゃないんだが……あそこまで並んでいると狂気を感じるというか……。……うん……。

 

 

…………やっぱり、もう一回中を覗いて……。どうせあいつらもおっさんもまだ暫くは動かないだろうし、こっちは男二人で楽しんでも良いだろ……。

 

 

そうと決まれば今度は中に……――うん?

 

 

「なんだこれ?」

 

「フィギュアの箱じゃないのか?」

 

 

 

ヤバい部屋に一歩踏み入りふと目に入ったのは、ぽつんと転がっているフィギュア箱。他のは棚に飾られているのに、なんでこれだけ? 片付け忘れとかか?

 

 

とりあえず拾い上げて見てみる。…ここ少し照明ピンクがかってて見にくいな…。外に出よう。えぇとなになに…『ニュルニュル♡しょくしゅ』???

 

 

……これ本当にフィギュアか? 一応側面にはなんかのキャラの絵は描いてある。なんというか……男女問わずの色んなキャラが触手に全身絡まれてるヤバ気な絵だけど。

 

 

それは良いとして、肝心の中身がよくわからない。中の物が見えるように半透明になっている部分から見えるのは、明らかに箱の大きさに見合わない小さい宝箱のフィギュア。

 

 

中身を詰め替えたとかか? なんで? ……気になるな…。ちょっと中身を確認し――……。

 

 

 

 ―――パカッ!!

 

 

 

「「へっ?」」

 

 

 

 ―――ニュルニュルルルルルルルッ!!!!

 

 

 

「「え゜あっ!?!?」」

 

 

 

 

 

「―――何事だ!?」

 

 

俺達が出した素っ頓狂な声に反応してくれたらしく、目にも止まらぬ速さで臨戦態勢のおっさんが……! 

 

「あ! あぁあ~…!! だ、駄目です…! その子良い子ですから、倒さないでくださいぃ…!」

 

 

そして少し遅れてタイガーガールが駆け付けておっさんに制止を。その後に続くは、女メンバー二人なんだが……。

 

 

「うわっ!? 触手!?」

 

「なんで2人共捕まってんの!? しかも……なんかアウトな絡まれ方で……!」

 

 

……こいつら…! 驚きと笑いを合わせた顔しやがって……! あぁそうだよ! 俺達、フィギュア箱から飛び出してきた触手に拘束されてんだよ! ド変態みたいにな!!

 

 

「実はその子、もし勝負になった際協力してくれるミミックちゃんでしてぇ…。それが無い時は箱の中でお休みして貰っていましてぇ…。あ、その箱は手作りなんですよぉ……!」

 

 

モジモジと説明をするタイガーガール。それはこの際どうでもいいんだけどさ……!

 

 

「なんで俺達縛られたんだよ!? んでなんでこんな変態的に絡んできているんだ!?」

 

 

説明なんてしたくねえけど……! この触手、俺達の手足ににゅるにゅる纏わりついて拘束してきてる……! そのせいで大股開きみたいになってるし、更にそこにも這って来てるし……!!

 

 

「いやぁ……なんと言いますか……。ちょっと言いにくいんですけど……時折フィギュアに絡んで貰って、触手プレイ的な遊びを…いえ、資料を……! えっと……はい……だからそのお部屋にいてくれて……多分出番だと思って……」

 

 

は……?何言ってんだこいつ……? そう眉を潜めていると、女メンバー二人が俄かに反応を。

 

 

「……! ということは、もしかしてあの暖簾の部屋……!」

 

「例の、『アッチ』系のが集められている……?」

 

 

「そうですよぉ。アッチ系の、アウアウでモザモザでグフフフなのが……!」

 

 

タイガーガールの説明に、顔を合わせる女メンバー二人。そして同時に捕まっている俺達を睨みつけ――。

 

 

「「最っっっっっ低っっっ……!!!」」

 

 

「はぁ!? なんでお前らから罵倒受けなきゃいけないんだよ! てかお前らだっておっさんが話に入ってく前、なんかそんな猥談系で盛り上がってたろ! 聞こえてんだぞ!!!?」

 

 

白い目がムカついたからそう返してやると、二人ともグッと言葉に詰まりやがった! そして流れで火花を散らしていると、おっさんが割って入ってきた。

 

 

「とりあえず解放してやってくれないか?」

 

 

「はい勿論~……あっ」

 

 

「――む? ……何故私にまで触手が…?」

 

 

……なんでか、交渉に入ってくれたおっさんにまで触手が絡みだした…。なんか動きが優しいのと、倒すなって言われたからかおっさんは無抵抗で縛られて……!

 

 

「あぁあぁあぁ…!! ご、ごめんなさいぃ……! 多分楽しくなっちゃったんだと…! だ、駄目だよぉ……!」

 

 

慌てて触手ミミックを怒ろうとするタイガーガール。――が、次の瞬間ピタリと動きが止まり……。

 

 

「……イケオジの触手絡み……! グフ……グルフフフフゥ……!」

 

 

どんどん触手に囚われていくおっさんへキモ……恍惚な視線を!? って、女メンバー二人もか!?!?

 

 

「これはちょっと……! 結構、ヤバいかも……!!」

 

「ナマモノは避けなきゃいけないんだろうけど……おじ様は……!」

 

 

 

「「「イケる……ッ!!!」」」

 

 

 

なんだあのアホ三人!! 俺ら相手と態度違うじゃねえか!! って、んなことはどうでもいい! 早く解放しろよッ!!!!

 

 

見ろおっさんの顔! とうとう冷静さが消えてとんでもなく困惑してんじゃねえか!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……―――はあ…はあ……ったくよぉ! ヘンテコなオタク試練が終わったは良いが……。その後もアホな試練ばっかだ!!

 

 

まともに戦わせてくれる奴なんて稀にしかいねえ! 最初のプロレスがどれだけ有難かったか! 魔法アイテムづくりとかコスプレとかは試練って言って良いのかよ!?

 

 

そしてその中でもヘンテコなものは更にヘンテコだ! なんでバターづくりの試練で、木の周りをぐるぐるしながら虎に追い回されなきゃいけないんだよ! バターできてたし!

 

 

 

んで更に、どこかしこにもミミックがちょこんといやがる! 全く襲ってこなかったり、時には普通に襲ってきたり! もう展開が読めねえ!

 

 

例えばさっきの酒の飲み比べの試練! 他の参加者もいたんだが……酔っぱらって暴れ出した連中がいた。

 

 

するとどこからともなく虎模様をした宝箱型ミミックが現れ、そいつらをとっ捕まえてった! 『虎箱』だとか言ってたけど意味分かんねえ…!

 

 

そしてさっきの知恵比べの試練! 最後に少しボロ目の屏風が運ばれてきたと思ったら、『屏風の虎を捕まえろ』ってアホなこと言いだしやがった!

 

 

だからこっちも知恵を捻って、『じゃあ追い出してくれたら捕まえてやるよ』と言い返してやったら――本当に飛び出してきやがったんだ!!!

 

 

いや、屏風に描かれていた虎はそのままだったんだけど……ちょっと破れていた穴の奥…枠組み?らへんから虎が急にニュルンって飛び出してきやがったんだ!! ビビり過ぎて身体が固まったわ…!!

 

 

おっさんが対処してくれなかったら、俺達はそこで全滅していたかもしれねえ……! ハッと気づいて見てみたら、その虎が飛び出してきた穴から上位ミミックが顔を覗かせていたし……! 知恵比べってなんだよ!! ズルかよ!!

 

 

……けど、そうキレたところで『この程度の奇襲すら捌けぬなぞ未熟の証拠!』とかおっさんに言われちまうだろうし……あぁムカつく!

 

 

そんな怒りを溜め込みながら、次の試練の間の扉を開く。――と、そこで待っていやがったのは……!

 

 

 

「ニャバハハハハッ! ようやくアタシの元に来たねぇ! 待ちくたびれたよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「コ、コチョウ……!」」」」

 

 

試練の間のど真ん中で悠然と煙管を吹かしていたのは、このダンジョンの主にして最終試練担当タイガーガール、コチョウ…!!

 

 

どうやらいつの間にか道城の最上部、天守にまで辿り着いていたみたいだ。しかも誰一人欠けることなく。一つの目の試練で追い返されていた前回とはえらい違いだ…!

 

 

「さて、折角ここまで来れたんだ。どうでもいい会話は無用だろうさ。一騎打ちでも、総がかりでも構わない。準備ができ次第、遠慮なしにかかってきな!」

 

 

バサリと羽織を揺らし、臨戦態勢をとるコチョウ。爪も牙も露わにし……うおわ……! なんだこの気迫……!? 空間が揺れて……!?

 

 

「ここまで来れたことは僥倖――いや、それぞれが力を発揮した成果だ。最後の一戦、持ちうる全てを叩きこむぞ!」

 

「「「おーーっ!!!!」」」

 

 

だけど冷静なおっさんの檄により、ビビっていた俺達はまたも正気を取り戻す。そうだ、ここまで来たんだ! どんな手を使ってでも勝ってやる!!

 

 

「コチョウ殿、今回はこの五人で挑ませて頂きたい」

 

 

おっさんのその言葉を号令とするように、俺達は武器を構える。すると、コチョウはカラカラと笑みを。

 

 

「おうともさ! 群羊を駆って猛虎を攻むにしても、連携がなければ木っ端同然。どれだけやれるか見物さね!」

 

 

「感謝する。 ――そうだ、戦いの前にひとつ聞いておきたいことがある」

 

 

「んあ? なんだい?」

 

 

「前回までとは違い、試練の各所にミミックの姿があった。あれは一体…?」

 

 

「あぁ、ただの遊び心さね。アタシら(タイガーガール)アンタら(冒険者達)、どちらにも加勢可能なお手伝い兼引っ掻き回し役として雇ったんだ。楽しかったろ?」

 

 

楽しくないわ!!! そうツッコみたかったが……堪えた…! 勿論俺のそんな内心なんて知らず、コチョウのヤツは煙管を剣か槍の如く振り回し、こちらにピタリと合わせた。

 

 

「ま、アタシとの勝負では出てこないさ! 最後の最後は完全に実力のみの試合ってねぇ!」

 

 

それに対し、おっさんはフッと笑い――。

 

 

「あぁ。では…いざ尋常に、挑ませて頂こう!」

 

 

――勝負、開始だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――侵掠すること、虎の如しィ!!」

 

 

「「「「わわわああっ!!」」」」

 

 

「へえ! やるじゃないか! 『風林虎山』を回避するなんて!」

 

 

はぁ……はぁ……くぅ……! この、余裕綽々と……! こっちはおっさん以外、傷まみれだってのに!

 

 

というより、やっぱりおっさんが都度間に入ってくれなけりゃあ、開始数秒で外に弾き出されてたわ! 

 

 

駄目だ、勝てねえ…! 勝ち目が全く見えねえ……! 試練の疲労が無かったとしても無理だこれ…!!

 

 

「さて、もう一度さね! 同じように躱してみせなァ!」

 

 

ってマジかよ!? もう次は回避なんて無理に決まってる!!  クソッ! ここまできて全滅かよ!

 

 

こんなことなら、あの時あの高そうなフィギュア類でも奪って逃げればよかった! そうじゃなくとも金目の物なんて色んなとこにあったってのに!

 

 

もう虎の巻もどうでもいい! 何が自分の力を限界突破させられるアイテムだよ! ぶっちゃけた話、俺はそんな眉唾な効果なんて対して興味なかったんだ!

 

 

それより、その虎の巻を売り払った時に手に入る大金目当てだったんだ! ここに来たのも、一度クリアできればいい稼ぎ場になると考えてたからで…! だけどボロクソに負け、丁度いたおっさんに変に諭されて……!! 

 

 

悔しさから、修行中や最初こそそれに騙されてたけど…アホな試練の連続でいい加減目が覚めたわ! なんで俺は必死になってこんなことしてんだ!

 

 

あぁでも、今は正直虎の巻が欲しい! あの眉唾効果が喉から手が出るほど欲しいわ! それさえあれば状況を好転させられるかもしれないのに!

 

 

でもどうせ、あのコチョウってヤツが懐に隠し持ってんだろうな……―――ん!?

 

 

 

 

 

待てよ…! あそこ……!! 部屋の端に積み上げられてる巻物、その虎の巻じゃないのか!? いや間違いないだろ!!

 

 

なんであんな場所に、隠しもせずに!? 強者の余裕ってか!? ……いや、これはチャンス!! あれさえ確保できれば……!

 

 

「――(しず)かなること林の如く、動かざること山の如く――。」

 

 

「くっ…! 止め切れないか……! 来るぞ!」

 

 

――ッ! おっさんの警告が! 取りに行く暇はねえ! ……かくなる上は!! 

 

 

(はや)きこと風の如く――!」

 

 

「「「消えっ……!」」」

 

 

コチョウの姿が消えたっ……! 攻撃までは残り数秒足らず。イチかバチか、俺はおっさん含めた仲間達に急接近し――!

 

 

「侵掠すること――」

 

 

「今だ!」

 

 

そのまま勢いよく―――!

 

 

「虎の如し――うぉっと!?」

 

 

「「「わあああっ!?」」」

「むぅっ!?」

 

 

――俺の囮兼盾になるように、その身体を押し出してやった!

 

 

 

 

 

 

「「「ぎゃあああっ!?!?」」」

 

 

ははっ……! 上手くいった! あいつらはコチョウの攻撃を食らってしまったが、その分時間は稼げた! ここまであいつらを温存してきた甲斐があった! 

 

 

そしてやったぞ! ついに手に入れた! 虎の巻! しかもこんなに沢山! 全部売ればどれだけ儲かるか!

 

 

「アンタ……」

 

「…………。」

 

 

攻撃を終えたコチョウと、それを凌ぎ切ったおっさんがこっちを見て来るが……ハッ! 勝てばいいんだ! 必要な犠牲ってな! 

 

 

おっと、ここからは俺のターンだ! まずは虎の巻で自分を限界突破して、この場から逃げ抜いてやる!

 

 

そんで、全部売り払って……! なに、俺の仲間やおっさんがこの後教会送りになったとしても、復活代金ぐらい気前よく払ってやるさ!

 

 

さて、コチョウのヤツが襲い掛かってくる前に、早速虎の巻を紐解いて――……。

 

 

 

「なーんだ! 努力家の羊かと思ったら、ただの狡猾な狐だったの!」

 

 

「――は? うぐえっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

な……な……なんで……!? 巻物を少し開いた瞬間……触手が……!? どこから……巻物の、中から!? 上位ミミックが!?!?

 

 

「そ……そんな巻物にクルクル巻かれる形で潜んでるって……アリかよ!?」

 

 

「仲間を押し飛ばして犠牲にするあんたよりはアリじゃないかしら?」

 

 

上位ミミックは縛り上げた俺の首をぐいっと動かす。向けられた先には――。

 

 

「……お前……!」

 

「「最ッッッッッッッッ低ッッッッッッッッ!!」」

 

 

ギリギリでコチョウが手加減したのか、ふらつきながら立ち上がる仲間三人。全員こっちを睨んできて……!

 

 

「ふ、ふざけんなコチョウ! お前との勝負にミミックは出てこないってさっき……!」

 

 

その追及の目から逃れるように、いつの間にか戦闘姿勢を解除したコチョウを問い詰める。が、あいつは煙管をプカァと吹かし――。

 

 

「『勝負』では、ねぇ。尋常なる勝負を放棄し、褒賞だけを盗みとろうという輩には別さね」

 

 

呆れるような口調で返してきつつ、煙管をピッと動かすコチョウ。するとミミックが動いて……!?

 

 

「待…待ってくれ! な、何を……! 俺を外に投げ捨てる気か!? 誰か……助けっ…!」

 

 

(強者)の威を借る狐にやれる物なんてないよ。心入れ替えて出直してきな!」

 

 

「ということよ、狐さん!」

 

 

ま……待っ……待っっっ…!! 仲間三人は……!

 

 

「「「………………。」」」

 

 

うっ……! 冷ややかな目を浮かべてやがる……! そしておっさんは……。

 

 

「……また、修行のやり直しだな。 次こそは臆病な自尊心や尊大な羞恥心をかなぐり捨て、(強者)となればいい」

 

 

うぐっぅ……。それが一番心に突き刺さるっ……! 最後の最後まで見捨ずにいてくれるのが一番痛いって……!! あぁっくそっ!!

 

 

「――わかった、わかったよ! 今度はしっかりやれば良いんだろ! 次こそはどんなアホな試練でも切り抜けられるようになれば!」

 

 

「覚悟は決まったみたいね! じゃあ……成長を祈って、千尋の谷へ…ぽーいっ!」

 

 

いやそれ虎じゃなくて獅子じゃ……もういいわ…。 次は虎になるどころか翼も生える勢いで強くなって、虎の巻を受け取りに来てやるよ!

 

 

 

……ただ、それならミミックについて学んどくのがいいかもな。だってあいつら、ここの試練以上にアホでヘンテコな潜み方してんだから!

 

 



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顧客リスト№64 『ノーミードの土の地ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「わっとっとっと……!」

 

 

「アスト、転ぶ? 転んじゃう?? そろそろツルッといっちゃうんじゃない???」

 

 

「とっとっと…! ま、まだ大丈夫です!」

 

 

何故か楽し気に煽ってくる社長を抱っこしつつ、地面に足をとられすぎないように慎重に…! さっきは砂だったからまだ楽だったのだけど、今度は泥だから結構滑って……!

 

 

「飛んでも良いのよ?」

 

 

「いえ、『ノーミード』の『土の地ダンジョン』ですし、地面を歩きませんと。それに社長に言われた通り、汚れても良い恰好をしてきましたから!」

 

 

社長の提案へニコリと首を振り、改めて自分の服を確認。いつものスーツではあるのだけど、最悪捨ててしまっても構わないものを着てきたのだ。

 

 

だから別に転んでしまっても、被害はそんなにないのである。まあ、かといって……。

 

 

「じゃあ、転ぶ???? べちゃんって泥まるけになっちゃう?????」

 

 

「転びませんってば!?」

 

 

なんで社長、そんなに私を泥まみれにしたがるのだろう……?

 

 

 

 

 

 

――と。この場のご説明を。ここは『土の地ダンジョン』。少々変な名前がつけられたダンジョンだが、この光景を見れば納得できるはず。

 

 

なにせ広がっているのは、土の地面、砂の地面、泥の地面、石の地面。勿論起伏だったりはあるけど、植物もほとんど見受けられない、まさしく『地』の一文字が似合う装いになっているのである。

 

 

とはいえ、荒涼さはあまり感じられない。いや寧ろ…なんだか暖かな輝き、朗らかさに包まれるような黄土の光に満たされているのだ。今こうして飛ばずに歩いているのも、それが心地いいからだったり。

 

 

なおこの輝き、似たようなものを前にも体験したことがある。緑のを『風の谷ダンジョン』、赤のを『火の山ダンジョン』というダンジョンで。最も、ここに比べれば中々に…いやとてつもなく苛烈だったのだけど。

 

 

でも、輝きが似るのは当然。なにせこのダンジョンに集う『ノーミード』達もまた、その二つのダンジョンの主達と同じく四大精霊の一種なのだもの。

 

 

 

 

ノーミード、『ノーム』とも呼ばれる彼女達は土の精霊。風のシルフィード、火のサラマンドラといった他の精霊達と比べ、比較的ゆったりとした性格を有していると言われている。まさにこのダンジョンのように。

 

 

とはいっても、それはノーミード単独の場合。それぞれの精霊と協力した際には無類の激しさを発揮するのだ。

 

 

シルフィードと組めば砂嵐が巻き起こり、サラマンドラと組めば溶岩が噴き出し、水の精霊ウンディーネと組めば濁流が押し寄せる――。

 

 

そしてここに各精霊達が遊びに来た場合なんて、説明する必要もないだろう。先にあげた二つのダンジョン……暴風と烈火に包まれたあの地が安全に思えるほどの荒れっぷりになること請け合いである。

 

 

 

――では、そんなノーミードとミミックが組めば……一体どうなることやら!

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。私と社長がここを訪れているということは即ち、ミミックの派遣依頼があったということ。その内容も他の精霊達と変わらず、『盗掘者の懲らしめ』。

 

 

ノーミードが棲んでいるだけあって、このダンジョンには規格外なほどの土の力と魔力が地に満ちている。ということは、土の魔法石である『アースジュエル』も潤沢。

 

 

故に高値で売れるそれを採りに、冒険者が押し寄せてきているらしいのだ。更に言えばここはアースジュエルだけではなく貴重鉱石等も採れるため、その勢いはかなりのものと。

 

 

そしてやはりというかなんというか…ここでも一獲千金を狙う冒険者達による、爆破採掘を始めとしたやりたい放題が横行しているようで。許可を貰えば少しは掘らせてくれるというのに。欲張り。

 

 

ただノーミード達は土の精霊なのでその盗掘被害痕もすぐに埋め戻しができ、目に余った場合は先述通りの精霊協力技による激しき鎮圧を行うようなのだが……それでもやってくるのが欲深冒険者達。

 

 

特にダンジョンが平和、つまりは他の精霊達が遊びに来ていない時を狙われると対処に追われ、遊ぶこともできなくなるから何とかしてほしい――。それがノーミード達からの依頼の詳細なのである。

 

 

 

 

 

 

そうそう、ほとんどの冒険者は今の私みたいに足をとられぬように歩いてくるみたいなのだが、中にはフワフワ浮いて侵入する者もいるらしい。

 

 

例えるなら、今の社長のように。最も社長の場合は魔法で浮かんでいるのではなく、私が抱えているだけなのだけど。あぁでも、この状態は分かりやすいかも。

 

 

私の足は結構土汚れがついているのに対して、社長は身体も箱も綺麗なまま。つまり浮いてさえいれば、ぬかるみやくぼみといった地面にある自然の罠を避けられるのだ。

 

 

そしてその移動法はノーミード達にとって大きな痛手となってしまう。土を操り戦おうにも、相手がその土に接していなければ戦闘力半減も良いとこなのだから。

 

 

まあ勿論、地面を操る以外の戦い方も沢山あるみたいだけど――……。

 

 

「ところでアスト!」

 

 

 

 

 

「? なんですか社長?」

 

 

急に呼ばれ、首を傾げながら返事を。すると社長、にっこりと笑って宝箱の蓋を大きくパカリ。

 

 

「私が『せーのっ!』って合図をだしたら、私をパッと手放して頂戴な! そしてそのまま後ろへ飛び退くといいわ!」

 

 

「え? なんでです?」

 

 

妙な指示に更に頭を捻ってしまう。すると社長は満面の笑みを浮かべたまま、簡潔に理由を教えてくれた。

 

 

()()()()()()()もの!」

 

 

 

……!! 嫌な予感が……! とりあえず社長に従うことにして――。

 

 

「あ、来たみたい! じゃあいくわよアスト!」

 

 

「えっ!? もうですか!? ――って、来たみたいってまさか……!!?」

 

 

「そのまさかよ! せーのっ!」

 

 

「――え、えいっ!!」

 

 

社長の箱を空中に置くように手放し、そのまま地面を蹴って後ろに飛び退いて……! と、それと同時に――!

 

 

「どしゃしゃぁ~んっ!」

 

 

どこからか飛んできた土砂の塊が……ううん、精霊が、社長の箱の中にズボンッと! その衝撃で、土の一部が溢れ出すようにびしゃんと跳ねて!

 

 

そして、それだけではない……! 空中でそんなことをされたら…そのまま地面に、ぬかるんだ泥の中へと落下して――!

 

 

「「べっしゃ~んっ!!」」

 

 

あぁぁ……! 綺麗だった社長の箱が、見事なまでの泥まみれに……! 社長の指示がなかったら、私も跳ねた泥に目つぶしされ、足を滑らせて顔面からいったかもしれない…! 危ない危ない……。

 

 

 

 

っと、そう安堵してる場合じゃない。社長は……! いや、大丈夫だとは思うけど。だって落下の際、一緒に楽しんでるような声出してたし。

 

 

「ご無事ですか?」

 

 

「もっちろん! どっろどろ~!!」

 

 

白いワンピースとほっぺたを泥に染まらせつつ、ケラケラと楽しそうな社長。そしてその横にすっぽり収まっているのは――。

 

 

「えへへぇ~どろんこまみれ~」

 

 

同じく満面の笑みを浮かべた、土精霊ノーミードの姿が。黄土の髪、黄の瞳、そして四大精霊恒例の属性ビキニ…彼女の場合は土で出来たそれを纏い、手足の首には鉱石で象られたリングが幾つか。

 

 

更には頭に小さなとんがり帽子型の赤い宝石をちょこんと乗せた彼女の名前は『ノメグ』さん。今回の依頼主の方である。

 

 

……そういえば、シルフィードとサラマンドラの依頼主もそうだった。こうやって社長の箱に飛び込んできたんだった。精霊同士、行動が可愛らしく似ていることで。

 

 

「え~い、べちゃり~」

 

 

「あー! やりましたね~! おかえしべちゃり~!」

 

 

さてところで……どうしよう。ノメグさんと社長、地面に落ちたままキャッキャッとどろんこ遊びに夢中になっている。

 

 

もしかして、このまま商談へと移行するのかも? そう思って尋ねてみると……。

 

 

「もうちょっと遊んでからじゃ駄目~? 向こうの方に良い土あるの~! 皆もいるよ~」

 

 

と、ノメグさん。社長も完全にノリノリな様子だし、仕方ない。その場所へと二人入りの箱を運んでいくことに――。

 

 

「あ、良いわよアスト。もう抱っこしなくて!」

 

 

 

 

「へ?」

 

 

箱に近づこうとした瞬間、社長からそんなお達しが。何故…?

 

 

「だって今私を抱っこしたら、アストまで泥まるけになっちゃうもの!」

 

 

あぁ、なるほど。でも、一応汚れても良い服を着て来ているのだからそんな心配は無用で……あ。もしかして――!

 

 

「社長?」

 

 

「なぁに?」

 

 

「せーのっ……えいっ!」

 

 

さっきの社長の掛け声を今度は自分で口にしつつ、今度は後ろではなく前に…社長達の近くへと跳んで――!

 

 

 

  ―――ベシャァンッ!!

 

 

 

私も勢いよく、泥の中へ! 流石に顔面から行くのは憚られてしまったけど……服や羽、尾は社長と同じくどっろどろに!

 

 

「わあ~! だいた~んっ」

 

「え、ちょ、アスト!?」

 

 

ペチペチと楽しそうな拍手で迎えてくれるノメグさんと、目をぱちくりさせる社長。私は顔に跳ねた泥(と、ちょっと口に入っちゃった泥)を擦りながら、更に社長の傍へ。

 

 

「もう、水臭いですよ社長! ……今、口の中ほんのちょっと泥臭いですが……。 なんでずっと私を泥まみれにしたがるのか不思議でしたけど、最初から泥遊びする気満々だったからですね?」

 

 

「……ふふふっ! さっすがアストね! バレちゃった!」

 

 

そう指摘すると、社長は図星を突かれたというように舌をペロリ。泥で汚れてるのも相まって、完全にお転婆少女である。私も人のこと言えないけど!

 

 

 

 

――社長、私を巻き込みたかったのだ。もっと言えば、箱すらもぐちょぐちょになった自身を抱っこする羽目となる私を気遣ってくれていたのである。

 

 

幾ら汚れても良い服を着ていても、全身土まみれになるのは抵抗があるというもの。実際私、転んで汚れないようにしていたのだから。

 

 

そんな私に、汚れに汚れた格好で抱っこをせがむわけにもいかないと思っていたのだろう。引いては一緒に遊べなくなるとも考えていたはず。

 

 

だからなんとか私を泥塗れにして、吹っ切れさせようと遊び煽っていたのだ。ノメグさんの突撃も予測していたっぽいし、それをタイムリミットとしていたに違いない。

 

 

……全くもう、社長ったら!

 

 

「それならそうと仰ってください。私だって小さい頃、家の庭園で幾度も泥まるけになってますもの!」

 

 

「あら! そうだったわね! あなたも私と同じ…ね!」

 

 

そう満面の笑みを浮かべつつ、社長は私の頬に残った泥を手でぐいっと拭ってくれる。ふふっ! 多分、私と社長、お揃いの泥化粧になってる!

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで一旦お仕事は忘れ、レッツ土遊び! もう汚れることなんて気にせず直に地面へ座り込み――。

 

 

「んしょ…! トンネル、繋がったかしら! アスト、そっちから手入れて!」

 

 

「はーい。よいしょ……あっ! 社長の手見つけました! ふふっ、くすぐったいですよ!」

 

 

道具は極力使わず、手で土を集めたり掘ったり! 普段そう触れることのない、土の柔らかで冷たくも温かい感覚をこれでもかと堪能を。

 

 

髪や爪の隙間には当然の如く、靴や下着の中にも大量の土や砂が入り込んでいるのがわかるのだけど……もう気にしない、ううん、気になんてならない!

 

 

「ねぇねぇ社長さんアストさん~! 今度はおっきな宝箱作ろ~!」

 

「アストさんも入るぐらいの~! 土でぺたぺたって~!」

 

 

「「良いですね! 作りましょう作りましょう!」」

 

 

ノーミード達と共に土にまみれ、社長も私も完全に子供モードなのだもの! 思いつきに乗って、好き放題である! 

 

 

「ごはんできたよぉ~」

 

 

と、遊んでいたらノメグさんの呼び声が。それに応じ、一緒に遊んでいたノーミード達は一斉にそちらへ。私たちも!

 

 

「「「「「いただきま~す!」」」」」

 

 

そしてその場の皆揃って食事の時間! わぁ、どれもこれも美味しそうな……土! 

 

 

 

――ふふっ。流石に土を食べる訳ではない。これも土遊び、おままごとである。私達は当然のこと、ノーミード達も土を食べる生態ではない。精霊だもの。皆、食べる振りだけ。

 

 

けど……まるでご飯を食べる時のように、色々と話をすることはできるのだ。では子供モードから、ちょっと大人の商談モードにチェンジ!

 

 

 

 

 

「――あら。私達に依頼をしてくださった理由、アースジュエル等の盗掘やダンジョンの破壊だけじゃないんですか?」

 

 

「そうなのぉ~」

 

 

もぐもぐ(する真似)をしながら、まずはノメグさん達より今回の依頼事情を詳しく伺うことに。どうやら冒険者による被害はもっと深刻なご様子。

 

 

「色々と壊しちゃう冒険者もいれば、優しい冒険者もいて~」

 

「でも最近はもっと酷い人達が来てて~。ほんと酷いの~!」

 

「そ~そ~。あ、優しい冒険者は一緒に遊んでくれるの~! 社長さん達みたいに~!」

 

 

……皆で口々にわいわい話し出してしまったので、こちらで纏めてしまうと――。どうやら各所に生成されているアースジュエルや鉱石等だけではなく、ノーミード達が直に狙われてしまっているらしいのだ。

 

 

いや、正しく言えばノーミード達が使っている遊び道具が狙われている模様。けど実はそれも納得だったり。このおままごとで使われている物を見れば。

 

 

土製の容器や石を削って作られたお皿、サラマンドラ(火の精霊)との協力品らしき陶器にたっぷり盛られているのは、ほとんどが土や泥、石や砂。けど、その中には宝石鉱石アースジュエルが平然と入っているのである。

 

 

例えばこれ、ハンバーグを模している一皿なのだけど……。本体のハンバーグは泥製なのに対して、付け合わせのマッシュポテト役にアースジュエルが用いられているのだ。ううん、それだけではない。

 

 

なんと人参役をルビー、ブロッコリー役をエメラルドが果たしているのである。しかもしっかりとカッティングがなされて。他の皿にも同様に、様々な宝石や鉱石がころんと。

 

 

話を聞いてみると、どうやらカッティングもノーミード達に人気の遊びらしい。堅い石を操ることで研磨機としたり、または原石そのものを操って。そして出来たものはこうしておままごとを始めとした他の遊びに活用しているのだとか。凄いのか子供っぽいのか。

 

 

――そしてということは、その通り。その存在に気づいた冒険者達が、面倒で危険な採掘作業よりも効率が良いとそれらを狙ってくるのである。この見事なカッティング、『鑑識眼』を使わずとも高値がつくのがわかるほどだもの。

 

 

 

 

 

ただ、ノーミード達が『酷い』と称しているのは宝石を狙われることではない。彼女達曰く……。

 

 

「これを盗られちゃうのは、ちょっとだけなら良いの~」

 

「一緒に遊んでくれた人にもあげてるし~」

 

「もう出来上がったやつだから~。新しく作れば良いから~」

 

 

と、奪われること自体はそこまで気にしていないのだ。そんなノーミード達が最も嫌がっているのは――。

 

 

「「「でもね~! 綺麗にできた泥団子が壊されちゃうの~っ!!!」

 

 

 

ゆったり彼女達が揃って、発した今日一番の荒げた声。そして大切そうに取り出してきたのは……わぁ!

 

 

「すごーい! 立派な泥団子!」

 

 

「きらきらしてますね…! 宝石にも劣らないぐらい…!!」

 

 

社長と私が目を輝かせた通り、ノメグさん達の手の上には光るような泥団子が。今目の前に置かれている料理…もとい宝石鉱石群よりも美しい……!

 

 

「せっかくこんなに頑張って作ったのにぃ~……酷い人達、ぐしゃって潰していくの~……」

 

 

なんてことを!! ……じゃなくて。いやじゃなくてでもないけど…! ――コホン。宝石には無頓着気味のノーミード達だが、どうやら精魂込めて作った泥団子にはひとしおの愛情があるらしい。

 

 

しかし冒険者達にとってはただの泥。1G(ゴールド)の価値もない。きっと、ノーミード達が必死に守っているから期待して奪ったら泥団子で、腹いせにぐしゃりと……はぁ、もう!!!

 

 

「社長」

 

「えぇ、勿論よ! ミミック派遣、させていただきますね!」

 

 

その話を聞くや否や、即決する社長。なにせ私達も元はお転婆娘。泥団子には思い入れがあるのだから!

 

 

「わあ~!!! やったあ~っ!!!」

 

「守ってくれる~!!」

 

「お友達増える~!!」

 

 

喜ぶノメグさん達。ふふっ、そこまで喜んでもらえるなんて。――と、その間に私と社長で作戦会議を。

 

 

「配置方法はどうしましょう。土の地面だけじゃなく砂原、泥地、岩場の各所全てに対応しなきゃいけませんし……。中には浮遊して侵入する冒険者も――」

 

 

「良い案があるわ! トンネル掘ってるときに思いついたの! 浮遊している奴らも採掘時には地面に近づくだろうし、そこを狙いましょ!」

 

 

「トンネル掘ってるとき? ……あ、もしかして!」

 

 

「お、察しが良いわね! でもそれだけじゃ心もとないから、この後色々と検証しましょうか! 遊びがてらね!」

 

 

 

 

 

 

 

――ということで食事(ままごと)を切り上げ、再度土遊び! 途中だった土製宝箱、本当に私が入れるサイズに出来上がった! しかもカッティング宝石で彩られもしてとても綺麗に。

 

 

そして…社長によって動いた! 問題なく箱判定らしく、皆で入って色々と走り回った。でも流石に柔らかな土製だから壊れやすかったので、欠けたところは私がアースジュエルで補修をしながらだけど。

 

 

他にも色々と遊びに遊びを。例えば、粘土を使って土人形作りや、砂のお城づくりとか。ただし…普通のそれとはレベルが違う。

 

 

最初こそ手足がついただけの簡単な土人形や、地面に座った私のお腹ぐらいまでしかないサイズの砂城だった。――しかし、忘れてはいけない。ノーミード達、宝石のカッティングを遊びで行うほどなのだから、その興が乗った際の実力は凄まじいもので……。

 

 

「うわ~! 高ーい!!」

 

 

出来上がったお城の最上階テラスで空を仰ぎ見はしゃぐ社長。話を聞きつけた他のノーミード達も集まり、なんと砂のお城は本物の小城並みのサイズにまで大きくなってしまったのだ!

 

 

更に、冒険者が落としていった装備を着せた土人形兵士まで各所に配置するという凝り具合。流石土の精霊達である。

 

 

「ふふ~! これも使えそうね!」

 

 

「ですね!」

 

 

子供らしい無邪気な笑みと仕事人らしい閃きのほくそ笑みを同時に浮かべる社長に同意しつつ、下をチラリ。見ると、お城を囲むように沢山のノーミード達がふわふわ漂い、今か今かと待っている。

 

 

「じゃ、アストいってらっしゃい! ずるっこなしね!」

 

 

「はーい! 社長もですよ!」

 

 

にひっと笑顔で約束しあいつつ、私は社長を残してノーミード達の元へ。さて……始めよう! 『棒倒し』ならぬ、『社長倒し』を!

 

 

 

 

 

 

 

この遊び、またの名を『山崩し』とも言うが……その場合、今回のは城崩しと言うべきかも。よく砂場で遊ばれるあれである。砂で山を作り頂上に棒を刺して、それを倒さないように周囲をじわじわ削っていくという、あの遊び。

 

 

ただし見ての通り、規模は段違い。更にご自身の提案により、棒ではなく社長が棒役を務めることに。さながら囚われのお姫様である! まあ、そんなお転婆お姫様を落としてしまった人の負けなのだけど。

 

 

さて、私もノーミード達に混じって準備万端。しかし、お城サイズの棒倒しなんて初めて! いくらこれだけの数がいるとはいえ、結構時間がかかりそ―――……

 

 

「じゃあいくよぉ~。 それぇっ~!!」

 

 

――わっ!? ノメグさん、初手からそんな一気に!? 城壁…もとい砂城の側面に巨大なドラゴンが噛みついたかのような抉り取り方を!!?

 

 

そして他のノーミード達も、次々と同じような量を!! 遊び慣れているのがわかる動き……! これは結構早く終わるかも……! 

 

 

よーし…! 私も! そーれっ!!

 

 

 

 

 

 

 

「――おぉおぉ~…! すご~い! まだ倒れな~い!」

 

「これは……! スリル満点ですね……!」

 

 

感嘆の声をあげるノメグさんと、ちょっと怯んでしまう私…! そして他のノーミード達も興奮交じりの歓声を。幾度か周った結果、棒倒しならぬ社長倒しはとんでもないことに……!

 

 

あれだけ立派だった砂城は、もはや一本の塔…ううん、まさに棒の如く。しかもあらゆる所が削れ、ちょんと突いたら倒れそうなボロボロ具合になっているのだ。

 

 

社長にずるっこなしと約束しているので、何もしていないのは確か。見上げてみると、身体も箱もピクリとも動かさずこちらをにんまり眺めているのが窺える。

 

 

そして初めは豪快に削っていっていたノーミード達も、今はカリっと指先で軽く砂をとるように。それでも1人が削る度にキャーキャーと楽しい悲鳴が上がり、成功すると拍手が包む。その度に振動で少し砂が崩れ、慌てて次の人へと……!

 

 

もはや誰が崩してもおかしくないこの状況。それなのに……!

 

 

「さ~! 次、アストさんだよぉ~!」

 

 

……順番が回ってきてしまった!

 

 

 

 

 

「どうしよう……!」

 

 

思わず不安が口から洩れてしまう……! もうどこを削っても倒れるような気しかしない……! 触れるのすらも怖い……!!

 

 

「がんばれ~!」

「倒しちゃえ~!」

「まだいけるよ~多分~!」

 

 

そんな私の背中を叩くのは、ノーミード達の応援と野次の声。……正直に言おう。ズルを……魔法を使えば、この程度何とでもなるのだ。

 

 

けど……。頂上の社長をもう一度見て、深呼吸を。うん、ズルはしない約束だもの! 覚悟を決めて、イチかバチか! 指を伸ばし――!

 

 

「行きます! ……えいっ!」

 

 

 

 ――グラッ

 

 

 

ふふふっ! やっぱり駄目だった! 残念!

 

 

 

 

 

 

「きゃーーーーっ☆」

 

 

私のひと削りを契機に一気に崩れ出す砂城(の残骸)。勿論その頂上にいた社長は、勢いよくコロコロ落下を――!

 

 

「社長!」

 

 

それを見止めた私は勢いよく飛び上がり、空中キャッチ! と、社長は私のほっぺたをぷにぷにと。

 

 

「アストの負け~!」

 

 

「ふふっ、負けちゃいました!」

 

 

確かに棒倒しには敗北してしまった。けど、代わりに囚われお姫様の救出という栄誉に浴せたのだから私としては嬉しかったり――……

 

 

「そして、前方注意ね!」

 

 

「へ?」

 

 

社長の言葉にふと顔をあげてみると……あっ。 崩れゆく城の残骸が根元付近で折れて、そのまま私の元に倒れ――!

 

 

「きゃああぁぁあぁっ!!」

 

「ひゃっほぉおうーー!!」

 

 

 

 

 ―――ドバッシャーンッッ!!

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁっ! アスト真っ黒~!」

 

 

「ケホッケホッ…! 口の中、さっき以上にジャリジャリします……」

 

 

倒れる城残骸に巻き込まれ、地面…それも泥沼の中に勢いよく叩き入れられてしまった…! しかもそのまま――。

 

 

「今度は泥かけあいっこ~! そ~れかかれ~!」

 

 

「「「「「わ~~いっっ!!!」」」」」

 

 

ノメグさん達が乱入し、文字通りの泥仕合に。私達も気を取り直し、参戦を!

 

 

「アスト、食らいなさい! 泥のシャワー!」

 

 

「わぷっ!? やりましたね! こっちも…それそれ、それっ!」

 

 

もう顔もほとんど拭わず、心底ぐっちゃぐちゃになっちゃえ! ふふっ、帰ったら念入りにシャワーを浴びないと!

 

 

あ、そうだ。派遣する子達がご飯に帰社する際にもシャワーを義務付けなきゃ。きっとお仕事抜きで、今の私達に負けず劣らず汚れまみれになるだろうから!

 

 



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人間側 ある浮遊冒険者の泥沼

 

「そっち側、どうだ?」

 

 

「んー。多分いないね。風が吹き荒れている様子も、火が燃え盛っている様子も、水が溢れ出してる様子もない」

 

 

「他も特に違和感はないぞ。別のパーティーも結構いるし、平和なもんだ」

 

 

「まさに絶好の探索日和っすね!」

 

 

揃って双眼鏡を外し、頷き合う。俺の仲間達が言った通り、今日の『土の地ダンジョン』は穏やかそのもの。土の精霊ノーミードと他の精霊達によるやりたい放題は見受けられない。

 

 

これならば楽に金稼ぎができそうだな! よし、じゃあ……。

 

 

「地面に足を取られないよう、いつも通り浮遊魔法で浮いていくぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――ここは土の精霊ノーミード達が棲む、土の地ダンジョン。どこもかしこも土やら砂やら泥やら岩やらで埋め尽くされた、平和なダンジョンだ。

 

 

最も、他の精霊達がお邪魔して来てるならば嘘みたい荒れまくるんだが……今日は安心して良い。ピクニックでもできるぐらいに朗らかだ。

 

 

そんな天候も相まって、俺達4人以外にも沢山の冒険者パーティーがダンジョン探索に来ているのが見える。しかしだからといって焦る必要はない。

 

 

なにせ土の精霊達の棲み処だ、アースジュエルや鉱石宝石がダンジョン中にわんさかしている。取り合いになることはまずない。

 

 

それどころか人手の多さは有利に働くんだ。各所で同時に爆破採掘を行えば混乱を引き起こせるし、いざノーミードが立ち向かって来たら周囲のパーティーと協力もできるって訳だ。

 

 

そして――。焦る必要がないのにはもう一つ理由がある。俺達にはある秘策があるからだ。それが、これ。空中浮遊の魔法ってな!

 

 

これがどう真価を発揮するか。それは……この通りだ!

 

 

 

 

「よぉ。お先!」

 

「頑張れー!」

 

「大変だなぁ!」

 

「じゃあ失礼するっす!」

 

 

ひいこら言いながら砂原を進む他パーティーの横を、俺達はふわふわと宙に浮きながらするりと追い抜かしていく。ははっ! 楽勝楽勝!

 

 

こんな平和なダンジョンだからといって油断は禁物だ。ノーミードよりも面倒なのが、この地面。結構足をとられてしまい、あんな風に思うように進めないところばかりだ。

 

 

そこへノーミード達が駆け付けて見ろ。土を操るあいつらの前で、土に足をとられているなんてどうなるか! 勿論、すぐさま復活魔法陣送りだ!

 

 

因みにノーミード達が来なくても復活魔法陣送りになりかけるパーティーは結構いる。例えば大穴に気づかず思いっきり落ちるヤツとか、足を滑らせて坂道を転がり落ちるヤツとか。岩に追いかけられるヤツとか。

 

 

他にも、穴に足を引っかけひっくり返っているヤツとか、穴に変に嵌って笑いものになっているヤツとか……ん? 穴、多くないか? 

 

 

それと向こうにある流砂には……あ。あー……あれは駄目だ…。既にぶくぶく沈んでってる冒険者パーティーがいる。あれはもうどうしようもないな……。

 

 

 

 

まあ、そういった自然の罠を警戒しながら探索しなきゃならないのがこのダンジョンだ。けど、それも俺達にとっては無意味ってな!

 

 

自然の罠も、ノーミード達の攻撃も、空中に浮いてさえいればほぼ無関係! 足を引っかけることもないし、接地面から直接攻撃を食らうこともない。問題はノーミード達の石の礫とかだが……それも回避しやすいときた!

 

 

そして逃げる時も実に簡単。最悪、足をとられている他パーティーを囮にすればほぼ間違いなく逃走成功する。はははっ! このダンジョンにおいて、俺達は敵なし――……

 

 

「――ん? おい、あれ見ろ!」

 

「えっ!? あそこで倒れてるのって……!?」

 

 

なんだ? 仲間二人が何かを見つけたらしい……。見ると、砂原のど真ん中に冒険者パーティーが倒れていて……なっ!?

 

 

「あれって…! 僕達と同じ……!」

 

「あぁ…! 俺達と同じ、()()()()()使()()()あいつらだ!」

 

 

 

 

「おい、どうした!?」

 

 

慌てて近寄り、声をかける。間違いない…俺達と同じ浮遊戦法を使う、顔なじみの冒険者達だ…! なぜこんなところで倒れて……!

 

 

「ぅ……あ……お、お前…達…か……」

 

 

一人、まだ意識が…! 一体何が!?

 

 

「気……をつけろ……。浮遊…が……安全じゃ…ない……」

 

 

「どういうことだ……!?」

 

 

「足元に…気をつけろ……! 周りに……気をつけろ……! ノーミード以外にも……気を…つけ…ろ……ガフッ……」

 

 

……力尽きた…。 なんか不穏な台詞を残して…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に怪しいところはないな……?」

 

 

「うーん……。やっぱり平和そのものとしか……」

 

 

「近くにも遠くにも、特に変な動きはねえし……」

 

 

「何があったんすかね……?」

 

 

他パーティーを煽り倒していた先程までの晴れやかな気分はどこへやら。俺達は常に周囲を睨みながらの、ピリピリとしたムードでの移動を強いられていた。

 

 

くそっ…! 楽にいけると思っていたのに、結局地面に気をつけなきゃいけないなんて……! いや、それだけじゃない…! ()()がいる…! 敵なしだった浮遊魔法に、何らかの敵が現れた。それも間違いなさそうだ……!

 

 

とりあえず、出来る限り浮遊の高度を上げ、地面から離れてみたが……鳥みたいにそう高く飛べるわけではないし、そもそも採掘の時には地面に降りないといけない。その『何か』が襲ってくるチャンスは幾らでもあるのが実情だ。

 

 

ならせめて、その正体を見極めさえできれば……――!

 

 

「あっ!」

 

 

「!! どうした!? なにか見つけたのか!?」

 

 

仲間の一人が急に声をあげ、俺は反射的に聞く。するとそいつはなんだか微妙な顔を浮かべて……。

 

 

「あ、いや……。謎の敵とかじゃなく、ノーミード達なんすけど……。それに加えて……」

 

 

「どれどれ? あぁ…。あいつらは……」

 

 

 

 

 

 

 

「べっしゃ~んっ!」

 

 

「うわっぱぁ!? やったねこのぉ! こっちもべしゃーんっだ!」

 

 

「きゃ~~!」

 

 

……泥の中で戯れているのは、ノーミード達。そして……。

 

 

「何してるんだお前ら……」

 

 

「ん? おー! アンタらか! 一緒に泥遊び、どうだい?」

 

 

ノーミード達の相手をしているのは、これまた俺達と顔見知りな冒険者パーティーだ。最も、俺達やさっき復活魔法陣送りになったあいつらと違って、ちょっとずつしか稼ぐ気のない変人連中だが……。

 

 

「泥遊び……?」

 

 

「あぁ! 聞いたことぐらいあるだろ? ノーミード達と遊べば宝石とかをくれるって! アタシたちは毎回そうしててね! なー?」

 

 

「ね~~!」

 

 

笑いあうそいつらとノーミード。だからといってそんな泥まみれにって……。

 

 

「冒険者としてのプライドはないのかよ……」

 

 

「なんだいそれ?」

 

 

「そりゃあ……一気に稼いで豪遊とか、魔物を出し抜いたりとか……」

 

 

「それがプライドなのかい? 浅ましいねぇ。それにアンタら毎回そうして、退くに退けなくなって一文無しになったり全滅したりしてるじゃないか!」

 

 

カカカッと笑う顔見知り冒険者。そして泥の中にバシャンと倒れこんだ……。

 

 

「それより、こうして童心に帰った方が楽しいと思うよ? 一度ぐらいどうだい?」

 

 

「……いや、いいわ……」

 

 

やっぱりこいつら変人連中だな……。けど、丁度いい。ノーミード達と仲良くやってるこいつらなら何か知ってるかもしれないな。

 

 

「ところで、砂原辺りであいつらがやられてたんだが……。俺達と同じく浮遊魔法使うあいつら。何か知らないか?」

 

 

「へー。あいつらも来てたのかい。まあ今日良い天気だしねぇ」

 

 

……駄目だこりゃ。何も知らねえわ。仕方ない、ノーミード達に睨まれない内に退散すると……。

 

 

「あ~。その人達なら、私たちのお友達が倒してくれたよ~」

 

 

 

 

――!? と思ったらノーミードから回答が!? いくらゆったりした性格とはいえ、こいつら……!

 

 

「……どんな友達だ?」

 

 

内心ほくそ笑みながら、もっと深く聞いてみる。が……。

 

 

「ふふふ~~。ないしょ~~」

 

 

くそっ…! 流石に駄目か……! だが、やっぱりノーミード達に協力する『何か』がいるのは確定らしい。面倒な……! 

 

 

「お兄さんたちも気をつけてね~!」

 

「採ってくのは良いけど~~」

 

「やりすぎると、お友達がやっつけちゃうんだから~」

 

「ずっと見てるんだから~~!」

 

「ほどほどにしてよ~~」

 

 

他のノーミード達のそんな注意を受けつつ、俺達はその場を離れることに。一体、何がいるんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

「要は、派手に暴れさえしなければノーミードも『お友達』も襲ってこないんだろうけど……」

 

 

「どうするよ……。大人しく軽い採掘だけで済ませるか?」

 

 

「それか……あの人達みたいに泥遊びすれば安全に……?」

 

 

変わらず浮遊しているというのに、重い雰囲気が仲間達を包んでいる……。今まで敵なしだと思っていた分、特に。

 

 

だが……折角の稼ぎ時だ。今日を逃したくはない…! 当然、あの変人気味の顔なじみ達の元に戻る気もない! 

 

 

「落ち着け。いつも通り、他のパーティーと協力すれば良いだけだ。最悪そのお友達とやらが襲って来ても、そいつらを囮にすれば良いんだ! どんな手の内かもわかるはず!」

 

 

三人にそう檄を入れてやる。それで少しは立ち直ったらしく、一人が気合を入れるように声を張り――。

 

 

「それもそうだな! それに、ノーミードやそのお友達が怯えるぐらいに暴れてやれば良いだけ―――いてっ」

 

 

「? どうした?」

 

 

「いや…。何かが投げつけられたみたいな感じが……っ痛!? ば……ばばっばはば……!!?」

 

 

「おい!? 本当にどうした!?!?」

 

 

急に様子のおかしくなった仲間は、麻痺の状態異常を出しながら落下を……!! あっという間に泥の中に呑み込まれていって……!!

 

 

慌てて周囲を警戒しても……特に変な魔物の姿は無い……! ――と、残った仲間二人がぼそり。

 

 

「……例の……お友達の仕業……?」

 

 

「『ずっと見ている』って言ってたすよね……!?」

 

 

確かに、ノーミード達はそう言っていた……! 俺達を見張っていて、叫んだあいつを排除したということか……?

 

 

くそっ! なら、どこから見てるんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はもう引き上げない……?」

 

 

「なんか危険な感じしかしないっすよ…!」

 

 

「駄目だ…! やられたあいつの復活費用分は稼がないと……!」

 

 

帰りたがる二人を引っ張り、更にダンジョンを進む。浮遊魔法を使用し続けながら。もう意味ないのかもしれないが……かといって手放せるか……!

 

 

一人減ってしまった現状、猶更に囮役が必要になってしまった。とりあえず協力してくれそうな他パーティーを見つけなければ……!

 

 

幸い、この辺りにはちょこちょこ冒険者の姿がある。その内の誰かに交渉を持ち掛けたいところだが……ん?

 

 

「なんか向こうの方で……?」

 

 

「何人か集まってるみたいっすね?」

 

 

少し騒がしさを感じ、そちらの方へ。今度は何が……なっ……!?

 

 

「これは……砦……!?」

 

 

 

 

 

そこにあったのは、小型の砦……! 土で出来た……! ……いや、砦に似た作り物と言うべきか。

 

 

子供がよく砂場で作る砂の城、あれの規模が巨大な版だ。とはいえ道を完全に塞ぎ、高さも俺達がギリギリ越えられるかどうかってレベル。

 

 

間違いなくノーミード達によるものだが……。俺達の侵攻を防ぐために作ったのか、ただ遊びで作ったものかはわからない。けど、通行止めという砦の役割は見事に果たしているようだ。

 

 

「クソッ! 邪魔だなコレ! ぶっ壊すか!?」

 

「いや待て。変に壊したらノーミード達が駆け付けてくるかもしれん……」

 

「もしかしたら奥に控えてるかも…!! 私達を倒すために……!」

 

「ノーミードがそんな賢いか? いや実際、何考えてるかわからない感じはするけど……」

 

「なんだか今日のここは様子おかしいし…警戒するに越したことはないのでは……」

 

「そういえばさっき、変な音を聞いたよ……! 何かの駆動音みたいな……!」

 

 

砦の前で、喧々諤々と話し合う他冒険者達。俺達とは違い悪路の地面を進んできたヤツらだ、戻るにしてもここから分かれ道までは遠く面倒なため、なんとかしてここを攻略したいらしい。

 

 

だが俺達にとっても好都合。ここに加われば……!

 

 

「おぉ、あんた達浮けるのか! 丁度良かった! ちょっと砦の向こう側、確認してきてくれないか?」

 

 

……早速都合よく使われた。まあ良い。こっちからも協力しないとな。偵察ぐらいなら容易いもんだし、どれ……――!?

 

 

「「「わぁあああっっ!?!?」」」

 

 

び…びっくりした……! 砦の上に人が隠れて……!! いや、正しくは人じゃなく……。

 

 

「ビビったぁ…! これ…土製?」

 

 

「粘土の人形……ってところすかね?」

 

 

そうだ……。幾体か並んでいたのは、土でできた人形。それに兜やら鎧やら剣を……これ冒険者の誰かが落としていった装備っぽいな……を装備させた、言わばダミー兵だ。

 

 

「結構本格的……なんか今にも動き出しそう……」

 

 

「あ。なんか小さくて可愛い粘土人形(クレイ)も並べてあるっすよ。人と犬のとか、羊とか、芋虫とか、ペンギンとか……」

 

 

しげしげとそのダミー兵を眺めている仲間を余所に、俺は更に奥を確認。……どうやらノーミードも『お友達』とやらもいる様子は無い。

 

 

そのことを待機していた他冒険者達に伝えると、策が決まったらしく――。

 

 

「ならやっぱり爆破して通り抜けよう! この奥に何か良い物があって、隠してるのかも!」

 

「確かに! そういえばノーミード達がお宝を隠し持っているって話も聞いたことがある!」

 

「この人数いれば、ノーミード相手でも負けっこないね!」

 

 

その場全員が同調し、幾人かがいそいそと爆弾を。そしてそれを砂の砦前へ仕掛けに……――ん?

 

 

 

 

 ――――ボゴォアッッ!!!

 

 

 

 

「「「「「はぁっ!?」」」」

 

 

え、は!?!? 砦の一部を破壊する形で、大岩が転がり出てきた!? いやというか、もともと砦の中に埋められていたのか!?!?

 

 

「な…ぐぁっ――!?」

 

「ちょっ……!? ぎゃあっ――!」

 

「嘘っ…! きゃあああっ―――!」

 

 

大岩の急襲を回避できず、何人かが轢かれ……! ……ん!? 何人か……減ってないか……?

 

 

轢かれたはずの人数と、地面に貼り付けられた人数が合わない気がする……! どういうことだ…? 地面が柔らかいから奥深くまで埋め込まれたのか……――?

 

 

「「わあああああああああっっっっ!?!?」」

 

 

――!? 今度は、俺の仲間達の悲鳴が!? 何が起きて……なっ!?

 

 

「粘土の人形が……ダミーの土兵士が、動いて…いる!?!?」

 

 

 

 

 

大岩によって全員が混乱している中、砦の上から勢いよく降りてきたのは……あの粘土人形兵士達……!! 幸い宙に浮かんでいる俺達は後回しらしく、狙いは下の連中だ……!

 

 

「――は!? なんだぁ!?」

 

「えこれさっき言ってた土製の!? なんで動いてるの!?」

 

「うわちょっ…! 止めっ…! ぐああっ!?」

 

 

粘土兵士にしてやられだす他冒険者達……! ただでさえ足場が悪いのに、訳わからない敵が相手とは……!

 

 

大体なんだアレ……! ――もしかしてあれが、例の『お友達』とやらなのか? 粘土人形が動くって、ゴーレムみたいな……。

 

 

「こ、この! どっか行きやがれ!」

 

 

――と、戦っている一人が闇雲に武器を振るい……粘土兵士の胴体に一撃を! 粘土製だけあって、それでボロリと穴が開……い…て……。

 

 

 

 

 ――――ギュルッ!!

 

 

 

 

「うぐえっ!? ぐえあああっ……!?」

 

 

……は……? 今……何が……? 見間違いじゃなければ……粘土兵士の胴体に空いた穴から、触手が飛び出して……戦っていたヤツを中に引きずり込んだ……!?

 

 

しかも……その直後にその穴が修復された!? どうなってるんだ……!?

 

 

というかそれだけじゃない! よく見ると手足も……あれ、触手だ!! 何か気持ち悪い動きしてると思ったら…!

 

 

ゴーレムじゃないのか……!?  じゃあ、あれは一体……――!?

 

 

 

 

 ――――ゴロゴロゴロゴロッッ!!!!

 

 

 

 

うわっ!? さっき転がっていった大岩が勝手に戻って来た!? なんでだ!? しかも右に左に自在に動きながら…! ノーミードが操ってるのか!? それとも、中に何か入ってるのか!?

 

 

「のあああっ!?」

 

「おごぁっ!?」

 

「むぐはっ……!?」

 

 

その惨状を空中で茫然と眺めている間に、あれだけ居た他冒険者達が全滅していく……! 残されたのは俺達だけに……!

 

 

って、マズい! 俺達に狙いを定めだした! 逃げ……!

 

 

「わああッ!? 助けっ……!」

 

 

しまっ……! 1人がやられ……ん!?

 

 

なんだ今度は!? 地面から触手が伸びて……! 俺の仲間の足を捕まえて……!!

 

 

「がぼぼぼぼ……!」

 

 

地中に引きずり込んでいった……! くっ……あれはもう無理だ……! とりあえず退避だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デスワームっすよ……! デスワームに違いないっす! いるらしいんすよああいうUMAな魔物! なんとかデスワームっての……!!」

 

 

「でもそれは最後のあいつがやられたのだろ!? じゃあさっきの岩と粘土兵士はなんだよ! あと、その前にあいつが麻痺を食らってやられたのは!?」

 

 

なんとか逃げおおせたは良いが……謎の敵のせいで、俺も最後の仲間も気が動転気味だ……! あれがノーミードのお友達だというのか……!?

 

 

結果的にその戦法を見ることは出来たが……どうすればいいんだあんなの! 対策もなにも思いつかないし、そもそもあれが何なのかもわからない!

 

 

「ちょっとだけ採掘させて貰って帰りましょうよ……!」

 

 

縋るようにしてくる最後の仲間。だが……!

 

 

「このまま帰れるわけないだろう! 一人分だった復活代金が二人分になってるっていうのに! それに先にやられていたあの知り合い連中に顔向けできない!」

 

 

ここまで来たら意地だ……! なんとか稼いで帰ってやる……! そうすれば誰もが称賛を浴びせてくれるはずだ……!

 

 

……とはいえ、どうするべきか…。変に動けばどうなるかは既に実証済みだし……。考えて動かないと……。

 

 

――そうだ! そういえばノーミードと遊んでいたあいつらが言っていた! ノーミード達に付き合えば、報酬として宝石とかが貰えるって! 

 

 

確かそれ、カッティングも済んでいるから即高値がつく代物だと聞いてはいる。それを手に入れれば復活代金ぐらい余裕で稼げるだろう。よし、狙いは定まった。

 

 

だが、今更ノーミード達と泥遊びなんて御免だ。となると取るべき手段は……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、そこのノーミード」

 

「ちょっといいすか?」

 

 

「へ~? あ、冒険者さん達~! わ~! 私みたいにふわふわ浮いてる~!」

 

 

単独で移動していたノーミードを見つけ、それとなく話しかけてみる。流石、ゆったりとしたこいつらだ。特に警戒する様子もなく、寧ろ俺達の浮遊魔法に目を輝かせている。

 

 

そして今のところ、例のお友達の動きは無い。見ているのか見ていないのかはわからないが……もう遅い!

 

 

「動くな!」

 

 

「変なことすると痛い目見るっすよ!?」

 

 

二人でそのノーミードを取り囲むようにし、武器と爆弾を構える! あの敵はこいつらの『お友達』なんだ、こうすれば手出しできないだろう!

 

 

そしてその予想通り、大岩も土人形も、デスワーム?も麻痺攻撃も来ない! ――が……。

 

 

「え~~。遊んでくれないの~~? あ~! これ新しい遊び~?」

 

 

……肝心のノーミードが怯えていない……。そもそも脅威として認識されていないということか? ゆったりが過ぎるだろ……。

 

 

ま、まあいい。とりあえず……。

 

 

「お前達が持ってる中で一番良い物をよこすんだ!」

 

 

そう脅しをかけてみる。するとノーミードは目をぱちくりさせ……。

 

 

「一番良いの~? キラキラでピカピカなやつ~?」

 

 

「そうだ! それを……」

 

 

「見せてあげる~! こっちこっち~!」

 

 

ふわりと抜け出し、俺達を手招きしてどこかへと向かうノーミード。話が通じているんだか通じてないんだか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ~! 内緒だよ~?」

 

 

そんなノーミードに連れてこられたのは、隠れた位置にあるちょっとした洞窟。入口に『勝手に入っちゃダメ~!』と土文字で書かれてもいた。

 

 

そしてその洞窟の奥にあったのは……!

 

 

「「宝箱……!!」」

 

 

幾つかの豪華な宝箱だ……! これは期待できる……!!

 

 

「この中にね~……あ~! 勝手に開けないでよ~!」

 

 

ノーミードを無視し、俺達揃ってその内の一つに手をかける! そして勢いよく開けて中身を―――……は???

 

 

「……なんだ……これ?」

 

 

「……泥団子……っすね?」

 

 

 

 

……期待しながら開けた宝箱の中に鎮座していたのは……幾つかの泥団子。これが、このノーミードが言っていた『一番良い物』…?

 

 

「確かにキラキラして、ピカピカして綺麗っすね……」

 

 

いやまあ、そうなんだが……。宝石並みに輝いてはいるんだが……。結局素材は……。

 

 

「これ、泥製だろう?」

 

 

「そうだよ~。だって泥団子だもん~! 頑張って作ったの~!」

 

 

やっぱり、ただの泥……! こんなもの持ち帰っても売れないどころか、心底呆れられて終わりだ!

 

 

「良いでしょ~。 こっちが私ので、こっちがノメグの~。それでこっちのは……」

 

 

俺達の間にぐいっと割り込み、泥団子の説明を始めるノーミード。こいつ……!

 

 

「もっとこう……宝石とか無いのか!? 高値で売れるやつ!」

 

 

「ほーせき~? あるよ~。 欲しいの~?」

 

 

「そうだっての! だからそれを……」

 

 

「あ、でも~。 あげる代わりに遊んで~!!」

 

 

またそれだ!!!! この…ふざけやがって!!

 

 

「宝石を渡さないと、この泥団子全部潰して―――ぐむぐっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

…!?!?!? な……今何が……!? 今どうなって……!? 急に体全体が縛られ……口も塞がれ……動けなく……!?!?

 

 

「もご…!? もごご!?」

 

 

あ、あいつも……。 ――! あいつの、そして俺の身体を絞めているのは……触手!?

 

 

一体どこから伸びて……傍の宝箱全部から!!? そこから出てきた何本もの触手が……俺達を雁字搦めにしているだと!?

 

 

「こんなキッラキラで素敵なお団子を潰すなんて、悪い人ー!」

 

 

この声は……!? 目の前のノーミードの声じゃあない……! 宝箱の方から……――!?

 

 

「も……ひょ…ひょうい(上位)……ミミック……!?」

 

 

「そうだよ~! 私達のお友達~! ミミックの皆だよ~!」

 

 

 

 

 

ミミック…!? 『お友達』の正体は、ミミック!? 今まで見てきた攻撃全部、ミミックによるものだったというのか!? それならば見つけられなかったのも納得だが……! ミミックってあんな動きするものなのか!? 

 

 

「このままやっつけちゃうー?」

 

 

そんな俺の動揺に気づく様子もなく、ノーミードに聞く上位ミミック……! こんな何匹ものミミックに捕まっているから、抵抗なんて……!

 

 

「ん~~。でも、そっちの人、泥団子綺麗って褒めてくれたし~…」

 

 

……! ノーミードが…少し揺れている! 怪我の功名か……! 頼む……頼む……!

 

 

「そうだ~! 遊んでくれたら許してあげる~~!」

 

 

――よしっっ!! その提案に俺も仲間も即座に頷きまくった! これでとりあえず窮地は脱した!

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ~何して遊ぶ~?」

 

 

ミミックから解放され、なんとか洞窟の外に出られた俺達。その前で同じようにふわふわしながら楽しそうに笑うノーミード。

 

 

「もう諦めて付き合ってあげましょうよ……!」

 

 

俺の仲間はそう言ってくるが……プライドが許さない……! さっき遊んでいたあいつらの嘲笑う顔が目に浮かぶ……!

 

 

「そんなことしてたまるか……! 爆弾を使ってなんとか……なっ!?」

 

 

鞄から爆弾を取り出そうとしたが……無くなっている!? まさか……! ハッと洞窟の方を見ると、爆弾を手にしてニヤニヤしている上位ミミックが顔を覗かせて……! 縛られている間に盗られていたのか……!

 

 

くそっ……! 万事休す――いや! まだ可能性はある! イチかバチか……!

 

 

「ついてこい!」

 

 

そう号令をかけ、俺は宙を駆ける。仲間は慌ててついて来て――。

 

 

「追いかけっこ~? 待て待て~!」

 

 

ノーミードも勘違いしながらついてくる。今に見ていろ…! 転んでもただは起きないところ、見せてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここまで……砂原まで戻って来て、何するんすか!?」

 

 

仲間 (とノーミード)を引き連れ、戻って来たのは最初の砂原。どうだ……あるか……!? ――あった!

 

 

「急いでこれを拾え! あいつらの落とし物だ!」

 

 

砂原にポツンと落ちたままだったのは、顔なじみの浮遊魔法パーティーの装備! あいつらは俺達と同じ戦法採掘法を使う。だから……!

 

 

「それ以上近づくなノーミード! 今度は本気だからな!」

 

 

改めて手に入れた爆弾を手に、再度ノーミードを脅してやる! これで俺達の……――。

 

 

「え~~。ほんとに悪い人だったの~? じゃあもういいや~」

 

 

――ん? やっぱり怯えている様子はないが……なんだか嫌な予感が……。

 

 

「やっちゃって~! ミミックのみんな~!」

 

 

「は!? ―――!?」

 

 

「うわあああっ!?」

 

 

 

 

 

 

しまっ…! 砂中から触手が! 仲間の1人がやられた攻撃だ……! これもやっぱりミミックの攻撃……!

 

 

爆弾を取るために地面スレスレに浮かんでいたのが災いした…! 俺は反射的に飛び退いてギリギリ回避できたが、最後の仲間が捕らえられた……!

 

 

くぅっ…! 助けようにも助けられない……! 爆弾を投げればあいつごと爆破してしまうし、かといって近づけば触手の餌食だ……!

 

 

……というか、あれミミックなのか…? ミミックって箱の中に入っているものだろう? 広大な砂の中に潜むなんて……――。

 

 

 

 

 ――――ズボッ

 

 

 

 

……は? は???? なんだあれ……今、砂中から出てきたの……なんなんだ!?

 

 

あれは…ドリルがついた……箱!? そこの一部が開いて……ミミックが顔を出しているだと!?!?

 

 

――そうか! そうだったのか! ノーミードのお友達が、ミミックが、『ずっと見ている』と言うのは……地中から見ているという意味だったのか!

 

 

いやわかるか!!!!! そして対策なんてできるか!!!!! あんなもの……!地中を縦横無尽に駆け巡るミミックなんてどう相手すればいいんだよ!

 

 

「そ~れ! ありじごく~!」

 

 

「わ……わわ……!? 助け……がばばばば……!」

 

 

うっ……! ノーミードの力とそのドリルミミックによって、巨大な流砂が……! 触手に捕まったそいつはそのまま地中に引き込まれて……。

 

 

もう本当にどうしようもない……! 全員やられた……! 逃げるしかない……! 出来る限りの高度で浮いて、ミミック触手とノーミードの動きをよく見ればなんとか……!

 

 

 

 

 ――――ベチャッ

 

 

 

 

!? な、なんだ……!? 今、ミミックが何かをして、何かを投げて……。それが俺にぶつかって……?

 

 

これは……泥団子? こんなもの投げたところで――。

 

 

「シャアアアアッッ!」

 

 

ひぃっ!? た、宝箱ヘビ!? 群体型のミミック!? なんでここに……――!

 

 

ま、まさか……! 泥団子の中に入れて、()()()()()()()のか!? そんな……!! 最初にやられた仲間は、こうしてやられ――……!

 

 

 

 

 ――――ガブッ

 

 

 

 

あば……あばばばばば………………――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

晴天続く、土の地ダンジョン。土の力満ち溢れるその地に微かながら響き渡るは、ノーミード達の弾む声。

 

 

ただ、以前ならばそれは怒りの声であった。そしてそれと同時に冒険者達の喧騒、爆破音が轟いていたのだが……今やどこへやら。

 

 

その代わり、新しい音が追加された。冒険者達の悲鳴と――。

 

 

「どーーーんっ!!」

 

「どりるぅう! ぶれいくぅっ!」

 

「てんをつくぜー!」

 

 

謎の決め台詞とドリルの駆動音と共に、地中から勢いよく突き出してくる音。その数秒の後には…べしゃりと吹き飛ばされた冒険者が地面に叩きつけられる音も。

 

 

いや、それだけではない。大岩が明らかに不規則に転がる音、奇妙な剣戟音、麻痺毒による震声等々。なんとも不可思議な音が時折、どこからともなく…………。

 

 

 

 

 

 

そんな異音が届かぬ一角、ノーミードの泥遊び場の一つ。そこには今しがた浮遊冒険者を()()()()()()()()ノーミードの姿が。そして――。

 

 

「あー。結局あいつら、やっちゃって、やられちゃったのかい。言わんこっちゃないね!」

 

 

「「「「「ね~~!!」」」」」

 

 

浮遊冒険者を泥遊びに誘った『変人』冒険者達も。リーダー格の冒険者の呆れ笑いに合わせ、一緒に遊んでいた他のノーミード達もクスクスと笑いあう。

 

 

「しっかしすごいね、アンタ達のお友達って! あんなの見たこと無いよ!」

 

 

浮遊冒険者達の顛末を全て聞いた泥遊び冒険者は、チラリと少し横に目をやる。そこにあった、もとい、いたのは……。

 

 

「これがミミックだって言うんだから! 宝箱に隠れて静かに待つだけじゃないんだねぇ。ドリルつけて地中をひた走るなんて!」

 

 

先程ノーミードと協力し、浮遊冒険者を仕留めた例のドリル付きの奇妙な箱が。あの時のように一部がパカリと開き、中からアースジュエルを握った触手ミミックと群体型ミミックが自信満々に姿を見せてもいる。

 

 

これぞミミック派遣会社『箱工房』謹製、地中移動式ミミック宝箱。乗り込み地中へ潜れば、トンネルを掘るモグラの如く移動ができる優れものである。上手く活用すれば落とし穴や流砂すらも製作可能。

 

 

ミミック達はこの箱によって冒険者の背後ならぬ真下を取り、危険人物をミミックらしくこっそり監視していたのである。後は勢いをつけて冒険者を下から突き上げるも良し。地上付近まで浮上し触手攻撃を仕掛けるも良し。

 

 

そしてそれでも届きにくい相手には……アースジュエルで土を生成し、そこに群体型ミミックを詰めた泥団子で対空攻撃を。ご安心あれ。どうやら泥団子の中も箱判定のようである。安心して良いかは定かではないが。

 

 

 

 

 

――しかし、ここに派遣されているミミックが用いているのはその地中移動宝箱だけではない。突然に聞こえてきた軽い地響きに、泥遊び冒険者が顔を動かすと……。

 

 

「ごっはん~♪ ごっはん~♪」

 

「泥遊びの後は~♪」

 

「お弁当~♪」

 

 

何故かドリルを唸らせながら地上を走る上位ミミック達。その後ろには普通の宝箱に入ったミミックと――更に大岩、粘土人形兵士が続いているではないか。

 

 

「「「とうちゃ~く!」」」

 

 

泥飛沫をあげつつ停止するミミック達。すると大岩と粘土人形兵士はパカリと割れ、ミミックがひょっこり。

 

 

やはり、あれらもミミックなのである。岩型の箱に潜み転がり、隙あらば冒険者を岩の中にパクリ。身を粘土の鎧で包み、壊れた箇所はアースジュエルで補修。まさしく――。

 

 

「自由自在だねぇ……!」

 

 

感服する泥遊び冒険者。すると今度は反対方向から複数のミミックがぴょんぴょんと。しかし彼女達は今集合したミミック達とは違い、土汚れの一切ないさっぱりとした姿()をしている。

 

 

「お弁当持ってきたよ~!!」

 

 

その代表であろう上位ミミックが号令をかけると、わっと群がる他ミミック達。自分の分を貰いながら、こんな会話を。

 

 

「アストちゃんには悪いけど、泥遊び楽しくて帰りたくないもんね~」

 

「ねー! ご飯の度に毎回シャワー浴びるの面倒だしー!」

 

「簡単にならお風呂入らなくとも汚れ落とせるもん!」

 

「あ、でも…! ここに派遣されてからお肌綺麗になったって言われたよ!」

 

「えー!! あ、泥パックだ!!」

 

 

ケラケラと駄弁るミミック達。泥遊び冒険者がそれを眺めていると、上位ミミックの一人が傍へ。

 

 

「ご飯、一緒に食べませんかー!」

 

 

「ん、あぁ! こっちも飯にするか! おかず交換でもするかい?」

 

 

「わー! さんせーい! 人間も食べられるご飯だから安心ですよー! そだ! 食べ終わったら、あそこの土製の宝箱に乗って遊びましょう!」

 

 

「えっ、あれ動かせるのかい!? 楽しそうじゃないか! ノーミード達もどうだい?」

 

 

「「「行く行く~!!」」」

 

 

 

……泥遊びの中では種族も敵味方もないのだろう。冒険者もミミックもノーミードも、揃って子供のような瞳と笑顔を湛えている。

 

 

その輝き方はまさに、丹精込めて磨き上げた泥団子のよう―――。

 

 



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顧客リスト№65 『魔王軍の上級者向けダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

「……あれ? えーと……確かこう来たんですから……?」

 

 

「道が定期的に変化するってこと、加味してるわよね?」

 

 

「はい……。ですけどちょっと……。えっと、パターン的には多分……」

 

 

「はーい! ここでエンカウントどーんっ!!」

 

 

「わわわっ!?」

 

 

ちょっと立ち止まって考えようとした瞬間、目の前に武装した魔物達が!! とはいえ仕掛けてくることはなく、今は社長と同じように笑ってくれているだけ。

 

 

だが、平時ならばそうはならない。本来の相手……冒険者達と顔を合わせるや否や、即座に戦闘開始。武器を振りかぶり魔法を詠唱し、痛烈無比に襲い掛かるのだ。

 

 

不意を突かれた冒険者達がその攻撃を容易く凌げる訳はなく、例え対処できたところで頭の中からはダンジョンのルートなんて消えてしまっている。そしてどんどん迷いの中へと――。

 

 

なるほど、上手くできている。流石、『上級者向けダンジョン』!

 

 

 

 

 

 

 

ということで。本日依頼を受けてやってきたのは、上級者向けダンジョン。そう、魔王軍の運営するダンジョンの一つである。

 

 

その名称の通り冒険者達の中でも上級者を対象としたダンジョンであり、その難度もかなりのもの。ダンジョンの迷宮具合、仕掛けられた罠の量及び質、各所にいる魔王軍兵士の屈強さ、隠されたお宝のレア度。全てが段違い。簡単に攻略できる代物ではない。

 

 

実際、こうして私もちょっと迷ってしまっているのだから……。社長のお供として様々なダンジョンを巡ってきたというのに。うぅん…不甲斐ない……。

 

 

 

しかし、そんなダンジョンから依頼が来たというのだから驚き。特にここ、幾つかある上級者向けダンジョンの中でも最高レベルの難易度を誇っているというのに。

 

 

今しがた述べた通り、このダンジョンの魔物達は精鋭揃い。それはミミック達にも言えることで、実力的には申し分ないのだ。

 

 

道中幾体かに会ったが、どの子も良い感じに鍛え上げられていた。我が社のミミック達と遜色ない子もちらほら。正直、派遣の必要もないほどである。では、何故依頼が?と疑問に思われるであろう。

 

 

――実は、依頼内容が普通ではないのだ。確かにダンジョン各所へや教官役のミミック派遣依頼も含まれているのだが、それはサブ。メインの依頼は今までにない内容。

 

 

そしてそれは、ここを最高レベルの上級者向けダンジョンたらしめている()()()()……ダンジョン主を務めている()()()()()()()()()()と深く関係していて……――。

 

 

「アスト。正面から徘徊式の巨大回転刃が迫ってきてるわよ」

 

 

「えっ!? わわわわわっ!?」

 

 

と、とりあえず…さっさとダンジョンの確認を終わらせたほうが良いかも……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっと……最奥の間に……!」

 

 

「よく頑張ったわね! 一発クリアなんてすごいじゃない!」

 

 

本当、流石上級者向けダンジョン……。自分でもよくヒントなしでここまで辿り着けたと思う……。

 

 

ふぅ…! 社長に頭をよしよしと撫でられて元気が出た! では中に入ろう。なにせ、ここからが今回の本題なのだから!

 

 

「失礼します……!」

 

 

深呼吸し、一歩を。すると中から……――きゃあっ!?

 

 

「クアッハッハッハッッッ!!! よう無事で来たもんだなぁ!! オレ様はてっきり復活魔法陣からのご登場かと――おっと」

 

 

う、嘘!? あまりの()()に、最奥の間外まで吹き飛ばされてしまった!?!? 比喩表現ではなく、暴風に煽られるかの如く、文字通り笑い飛ばされた……!?

 

 

「いかんいかん! まぁたやっちまったぜ! オレ様の悪い癖だ! クアッハ…っとっと――」

 

 

立ち上がった瞬間また飛ばされるかと身構えたが……堪えてくださったようで。良かった……!

 

 

しかしただの笑い声でこれとは……。こうして直接お会いするのは初めてなのだけど、既にその圧倒的な力の片鱗がわかってしまった。流石、魔王軍幹部の――。

 

 

 

「お久しぶりですね! 『バサク』さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉおぉ! 久しいじゃねえかミミン! やっぱり()()()()なぁ!」

 

 

社長の挨拶に対し、先程と同じガハハ笑いで応えるのは……あ、もう吹き飛ばされはしない。魔法で堪えられるようにしたから。それでも話される度、全身をビリビリと痺れる感覚が包むのだけど……。

 

 

――改めて。以前、彼の名が挙がったことを覚えているだろうか? 私と社長、サキュバスのオルエさん、そして魔王様の4人での酒席の際に少々話題になったのだが。

 

 

かつてより魔王軍幹部を務めており、現魔王様には『血の気が多い』と称され、現在はこの上級者向けダンジョンの仕切り役兼ボスを任されている言わば『戦闘狂』。

 

 

そしてこの広大と言ってもいいほどに広げられた最奥の間にどかりと腰を降ろしても尚、巨人族と見紛うほどの背と、筋骨隆々という表現ではとても足りない桁外れの体躯、全身に勲章の如く残る幾多もの古傷を誇り、比類なき膂力と魔力を滾らせているのをまざまざとわからせるオーラ(闘気)を放つ彼。

 

 

そう、彼こそが――、バサクさんである……!!! ……確かに吹き飛ばされはしないけど、威圧感で後ずさりしてしまいそう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、変わらないにも程がねぇか? 昔のままじゃねえか!」

 

 

「バサクさんもですよ~! 相変わらずでっかくてムッキムキで!」

 

 

「よせやい! けどオレ様は年食って結構衰えちまってなぁ。おめえが羨ましいぜ!」

 

 

「ふふっ! どうだか!」

 

 

私が若干怯んでいる中、バサクさんと社長は旧知の仲らしい会話を。そう、このお二人、お知り合いなのである。

 

 

何を隠そう…いや本当は隠した方が良いのだろうけど……かつて起こったとある事件。今や闇に葬られた、『魔王軍と人間騎士兵団のぶつかり合い』。

 

 

一部の者達の些末な理由から発生したそれは、双方数万を軽く超える兵力による争いへと発展。下手すればそのまま魔界人間界全てを巻き込む大戦争に広がる……かに思われた。

 

 

しかしそこまでは達しなかったのだ。何故か? それは…………現魔王様、オルエさん、社長の『最強トリオ』が幼い身でそこへ飛び込み、両陣営をボッコボコにして黙らせたからである。

 

 

そしてその時の魔王軍側指揮官がバサクさんらしく……。細かい話は聞いてないのだけど……。要は社長、バサクさんを殴り飛ばした身ということで……。

 

 

つまり、あの暴威の化身のような彼よりも、私が抱っこしている()()()()社長の方が強いということで……?

 

 

いや、実際に戦ったのかはわからないのだけど。もしかしたらトリオvsバサクさん一人だったのかもしれないし。いやまあ、それでもとんでもないのだけど……。

 

 

「おー? そう言ってくれるなら、いっちょリベンジでもさせてもらうか!!」

 

 

「駄目で~す! 先に商談からですー!」

 

 

……少なくとも、社長がバサクさんに勝ったのは間違いないらしい……。バサクさんの拳ほどの大きさもないと言うのに。どう勝ったのだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

「――という感じで今はやらせてもらってます! 『初心者向けダンジョン』と『中級者向けダンジョン』にも派遣させて貰ってますよ~!」

 

 

「ウアッハッハ! 聞いてるぜ! 中々やり手みてえじゃねえか!」

 

 

商談……ではなく、それに移る前の談笑に花を咲かすお二人。と、バサクさん、私の方もチラリと見て――。

 

 

「あぁそうか! やけに早く、しかも無事にここまで到着したのはミミン、おめえが助言してたからか! 道理で――」

 

 

「いーえ! 私はヒントすら出してません! ぜーんぶアストの実力ですとも!」

 

 

彼の言葉を遮るように、社長は自分のことのようにえっへんと。それを聞いたバサクさんは……。

 

 

「おっとそうだったか!! こいつぁ失礼した! 流石、()()()()()()()()だ!」

 

 

 

 

 

「――!! 私の事、ご存知でしたか…!」

 

 

突然に私の正体を看破され、目を丸くしてしまう…! もしかして、何かしらの連絡が……?

 

 

「ご存知というか、見りゃあわかる。アスタロトの魔力だ! ――あ、喋り方に赦し貰って良いか? どうにも格式ばった物言いは慣れなくてなぁ……」

 

 

どうやら違うっぽい。ただ見抜かれただけの様子。流石魔王軍幹部と返すべきなのだろう。

 

 

「えぇ。私も今はミミン社長の秘書ですから!」

 

 

そう承諾すると、バサクさんはまたも弾けるような笑い声をあげた。

 

 

「姫様のその懐の深さに格別の感謝を!! しっかし、何でそんな仕事を?」

 

 

「社会勉強と言いますか……」

 

 

「ウアッハッハ! そうかそうか! ミミンとアスタロトの姫様なんてけったいな組み合わせだと思ってたんだが…それなら納得だぜ!」

 

 

あっさりと納得してくれたバサクさん。――すると、何か思い出したらしく……。

 

 

「おぉ、そうだそうだ! アスタロトの方々にちょいと頼みたいことがあってよ!」

 

 

「へ? なんでしょうか?」

 

 

「アスタロト家お抱えの衛兵長、いるだろ? 強えって噂じゃねえか! 一度オレ様と戦わせてくれないか?」

 

 

「えっ!? ええっ!?!?」

 

 

「頼むよ! いやお願いいたしますよ姫様!」

 

 

急に腰低く頼み込んでくるバサクさん。確かに我が家の衛兵長は社長を以てして『魔王軍幹部並み』と言わしめたぐらい強いのだけど……! そんな許可は……!

 

 

「駄目ですよ~! アストは私の秘書として来たって言ったでしょう? そういうお願いは聞けませんー!」

 

 

「駄目かぁ……」

 

 

まごついていると、社長が割って入ってくれた。それでバサクさんも引き下がって……。

 

 

「なら、問答無用で押しかけちまえば……!」

 

 

ちょっ!? なんという発想を!? 止めないと……!

 

 

「――なんてよ! ウアッハッハッ!! 冗談だ!」

 

 

……へ???

 

 

「そんなことしたらこの役目を剥奪されちまう! 折角の天職、それだけは勘弁だぜ!」

 

 

びっくりしたぁ……。本当に我が家に突撃されてしまうのかと……。安堵の息を吐いていると、バサクさんはしみじみ呟いていた。

 

 

「寧ろ力で止めに来てくれたらオレ様にとって万々歳なんだけどよ。わかってんだよなぁ、魔王様は」

 

 

……バサクさん、やはり評通りの血の気の多さ。あ、もしかして……。

 

 

「社長……。例の争い(魔王軍vs人間軍)の時、バサクさんは止めに入るどころか嬉々として戦いに出てたんじゃ……?」

 

 

「察しが良いわね! その通りよ! だから私が彼を、マオ(魔王)が人間側を、そしてオルエが周囲の攪乱を担当して黙らせたの!」

 

 

やっぱり、戦闘狂……。そしてさらっと一対一だったことも明かされたし……。どちらも恐ろしい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さ! じゃあバサクさん、依頼についてのお話に移りましょー! 何があったんですか?」

 

 

「おうよ。いやぁ、情けねえ話だがよぉ……」

 

 

閑話休題。と、社長の問いかけにバサクさんは先程までの彼らしくない溜息交じりの声で語り始めた。……今度はその溜息で吹き飛ばされそう……。

 

 

「事は『例の連中』が全てでよ…。あいつらに関する情報、届いてるか?」

 

 

「はい。魔王様及び『アドメラレク』の名で資料を頂きました。こちらにも表示させますね」

 

 

「そりゃあ助かった! オレ様は説明下手だからなぁ。魔王様があの方々に命じて纏めてくださったのには頭が上がらねえ!」

 

 

私がそう答えると、バサクさんの調子がちょっと元に。やっぱりこの方は豪快に笑っている姿が似合う。

 

 

因みにアドメラレクというのは、私の家と同じく魔王に仕える大公爵(グリモワルス)で、『王秘書』とも呼ばれる、言わば社長に対しての私みたいな任を司っているの一族なのだけど……詳しくはまた今度。

 

 

なにせそろそろ開催される『グリモワルス女子会』にその姫様…もとい令嬢が出席するだろうから。その時にでも。

 

 

 

今は『例の連中』について。魔法陣で資料を表示させて……バサクさんにも見えやすい大きさで、と!

 

 

「お待たせしました。この『勇者パーティー』についてですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉそうだそうだ! そいつらだ!」

 

 

映し出された女性4人組の姿を見て、盛大に頷くバサクさん。私は傍の魔法製机に降ろした社長へ。

 

 

「社長が懸念されていた通りの結果となってしまいましたね」

 

 

「でしょー!」

 

 

ぶいっと指をピースさせ、得意げな社長。実は以前より、社長はこの勇者パーティーを()()()()()のだ。

 

 

あれは『中級者向けダンジョン』に訪問をした際のこと。ミミックにしてやられる冒険者達の例の中で、彼女達が紹介されたのである。最もその時は、変わった肩書を持つだけのやけに警戒心が強い一般冒険者という認識だったのだけど。

 

 

ただ、社長だけは変わったことを口にしていたのだ。『あの子たち、今後かなりの難敵になる気がするわよぉ…!』と。

 

 

また、その後に開催された魔王様との酒席でも彼女達の話題は上がった。魔王軍の運営する各ダンジョンに次々と挑み、いくら負けても不屈の精神で攻略していっている――。そう魔王様は仰っていた。

 

 

そして『いずれ上級者向けダンジョンにも到達し、ともすれば魔王城にもやってくるだろう』と不安を露わにしていらしたのだ。残念な事にそれは杞憂とはならず、今こうして……!

 

 

「各記録を拝見させていただきました。初心者向け、中級者向けの各ダンジョンを制覇した彼女達は上級者向けダンジョンの攻略を開始。そして今や、バサクさん擁するこちらにまで――」

 

 

「おう、その通りだ。まあ、まだオレ様に敵う力量じゃねえがな!」

 

 

私の確認に笑い声で答えるバサクさん。完全に調子が元通りに……かと思ったら、今度は先程以上に肩を落とし――。

 

 

「……だがよぉ。不甲斐ねぇ話だが、最近あいつらの相手が辛くてなぁ……。全く、オレ様としたことがなっさけねぇよなぁ……」

 

 

やっぱり年かねぇ……。と呟く彼。なるほど、先程の衰えを感じている発言は勇者パーティーに起因するものらしい。けど…。

 

 

「毎日、時には日に幾度も押しかけられてしまえば誰だってそうなりますよ~」

 

 

表示させた交戦記録に目をやりつつ、バサクさんに励ましの言葉をかける社長。なにせ彼女達、ドン引くレベルでダンジョンにやってきているのだもの。見ての通りこの記録、彼女達の名前でびっちり。

 

 

別にこのダンジョン、ボスであるバサクさんを倒さなくとも脱出は可能である。加えてバサクさんに挑んだ場合でも、彼を満足させれば超がつくほどのレアな宝物と共に帰りの道が開かれる仕組みとなっている。

 

 

だが……。この勇者パーティー、そのどちらも選んでいないのだ。道中の宝箱や魔物兵からアイテム等を入手こそすれ、それを持ち帰ろうとするような素振りはまるでない。

 

 

ではどうしているのかというと……なんとそれら全てを道中の敵を蹴散らすため、またはバサクさん相手に用いているのである。それはまさしく、バサクさんを討伐することしか考えていないような動き。

 

 

いやそれどころか……バサクさんが満足して帰そうとしても拒否し、復活魔法陣送りとなるまで毎回戦いを止めないのだ。

 

 

そして蘇生後、すぐに装備を整えてリベンジにやってくるという有様。復活代金やアイテム類の費用も馬鹿にならないだろうに、またやられて、また来ての繰り返しを……。

 

 

あ、でも。彼女達がメインで使っている装備類は一緒に復活魔法陣へ送られているらしい。かなりの高等魔法だし、その装備類も何かしらの加護が付与されている輝きが見て取れる。

 

 

バックにどこかの王がいるとマネイズさん(中級者向けの依頼主)が言っていたし、相当の支援がなされているのだろう。……でもなんで彼女達にこんなことを?

 

 

 

 

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しいがよ、ミミン。あいつらの攻撃、やけに痛くてなぁ……」

 

 

――と、バサクさん、社長の言葉に申し訳なさそうに(かぶり)を振り、身を擦る。相手の武器は加護付き武器。それも当然なのだろうが、どうやらそれだけではなく……。

 

 

「特に勇者のあいつのがよ! 割り増しで痛えのなんの! 見ろこの全身の傷! 全部あいつにつけられたもんだ!」

 

 

「えっ!? それ古傷じゃなかったんですか!?!?」

 

 

……っあ! ついびっくりし過ぎて口に出て……! けどバサクさんは嫌な顔せず、傷をベシベシ叩いてみせた。

 

 

「そうなんだよアスタロトの姫様! オレ様も結構な痛みに慣れてると自負があったんだが……あれは別格だ。骨身に染みるどころか食い破ってきてんのかってぐらいの痛みでよ! 一度復活してみても消えやしねえ!」

 

 

存外楽しそう……。――えぇと、どうやらあの勇者には『魔物特効』と呼ぶべき特殊能力が備わっているらしいのである。しかも日に日に強化されていっているみたいで…ここまでの破竹の進撃も納得できてしまう。

 

 

「せめて時間があれば治せんだが……あいつら、その暇すらくれねえんだ。どうやらオレ様を倒して魔王城への道を開きたいみたいでな。鬼気迫るモンを感じるぜ!」

 

 

「あー。初代魔王様からそういう取り決めですもんね~。魔王としての強さと余裕を示すためとかなんとかで」

 

 

うんうんと頷く社長。私もそういえばと思い出した。確か…全ての魔王軍ダンジョンを攻略すれば魔王城へのワープ魔法を入手でき、その魔王城も攻略し晴れて魔王様を打ち倒すことができれば世界の半分……つまりは魔界を手の内にできるという魔王一族の誓約が存在するのだ。

 

 

最もそれは社長の言う通り、魔王様が有する戦力あるいは御当人及び魔物達の実力を誇示するためのPR()()()。……というのもそれはかなり古い話で、今はほぼ形骸と化しているのである。

 

 

とはいえ誓約は誓約。取り決めは取り決め。勇者パーティーは少なくともそれを活用し魔王城へ突入することを目的としており――。

 

 

「マオったら…! きっとバサクさんの心配だけじゃなく、不安になっちゃったのね……! ふふっ、こんな子達に負けるタマじゃないでしょうに」

 

 

ボソリと呟く社長。恐らく魔王様はそれをなんとか避けるために、我が社に前例のない依頼をしてきたのだろう。だって―――。

 

 

「だから頼むぜミミン。オレ様が回復するまでの間、お前のとこのミミックにこの最奥の間を託してぇんだ!!」

 

 

 

――()()()としての抜擢なのだから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、まさかまさかの依頼の正体はそれ。治癒に専念するバサクさんに代わり、一時的にダンジョンボスを務めて欲しいというものである。

 

 

何分、あの勇者パーティーに対抗できる兵は既にこのダンジョンにはいない。かと言って他から呼んでくるにしてもバサクさんに比肩しうる実力者は少なく、次の事態(魔王城到達)も想定しておかなければならないため、無暗に派することもできないのだ。

 

 

そこで選ばれたのが我が社。なにせ……。

 

 

「なんでかあいつら、やっけにミミックに対して過敏でよ。よっっぽど痛い目に遭ってんだろうなぁ」

 

 

丁度流れている勇者パーティーの戦闘記録映像を眺めつつ、しみじみ口にするバサクさん。そこには彼女達による、宝箱等のミミック潜伏場所に対しての過剰反応が映し出されている。

 

 

中級者向けダンジョンでもそうだったのだが……このパーティー、やけにミミックを警戒しているのだ。恐らく、いや、間違いなく彼女達はミミックへのトラウマ持ち。

 

 

実際にミミックにやられた記録も相当数存在しており、経験を積んだ今となってはそれも無くなったようだが、それでもああして足止めにはなっている。よっぽどミミックが苦手なようで。

 

 

そしてそのミミック嫌いに気づいた魔王様が、難敵の弱点を突くために依頼を出してくださったのである。勿論、我が社の回答は――。

 

 

「勿論、お任せくださいな! だってマオとの約束ですもの!」

 

 

「既に箱選、もとい人選は済んでいます! バサクさんには劣りましょうが、彼女達を打ち倒せる我が社の精鋭を派遣させて頂きます!」

 

 

社長と私、揃って胸を叩く! それを見たバサクさんは高らかな笑いを。

 

 

「ウアッハッハッ! そりゃあ頼もしいぜ! ――で、精鋭ってどんな奴らだ?」

 

 

「ふふふ~! 気になりますよね~! 気になっちゃいますよね~?」

 

 

バサクさんの問いにニヤニヤで引っ張る社長。そのまま私へ指示を。

 

 

「じゃあアスト! 準備して!」

 

 

「は、はいっ!!」

 

 

返事をし、深呼吸をして私は魔導書を取り出す…! そして、バサクさんと相対するように立って……!

 

 

「お???」

 

 

首を傾げるバサクさん。そんな彼に社長は満を持して……!

 

 

 

「ではその確認のため、アストと戦って頂きま~すっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ!? 良いのかおい!! 良いんですかいアスタロトの姫様!!?」

 

 

何故、とは一切聞かず沸き立つバサクさん。それを社長はどうどうと宥めた。

 

 

「でも、手出しはしないでくださいね? 正しくは『アストの魔法の腕を確かめる』だけです! もし変な事したら…マオに密告しますよ~!」

 

 

「おっとぉそりゃ勘弁だ! まあでも安心してくれ! よもやアスタロトの姫様を傷つけるなんて気、さらさらねぇからよ!」

 

 

そう笑いつつ、バサクさんはよいせと立ち上がる……! わわ……! 更に巨大に……!

 

 

「けど実はよ、アスタロトの姫様。その魔力の密度、気にはなってたんだ! なんとか頼み込んで一戦交えて貰おうかとは考えててな!」

 

 

渡りに船と言わんばかりに目を輝かせ、彼は構え――!

 

 

「ここは魔王様が暴れても簡単には壊れねえ! 全身全霊を頼んまさァ!!」

 

 

「えぇ! 失礼します! 『我が分身よ、眷属よ、召喚獣よ。呼び声に応えよ――!』」

 

 

 

 

 

…ちょっと前に、実家の練兵所で件の衛兵長と模擬戦を行った。その際、幾多の分身、幾多の眷属、幾多の召喚獣を呼び寄せたが……――。

 

 

――その比では、ない! あの時は練兵所を壊さないよう、衛兵長に無用な傷を負わせないよう、手加減をしていたのだ。だが今回は上級者向けダンジョンの最奥の間で、あのバサクさん相手!

 

 

アスタロトの名を、会社の面子を、社長の沽券を背負って、全力で挑む!!! 多分私の本気程度、簡単に受け流されちゃうだろうけど……!

 

 

あの時と同じように、戦闘モードの私の分身体、武器を手にした下位悪魔達、唸りをあげるヒュドラ、ガーゴイルや妖精、竜牙兵(スパルトイ)……! 更にケルベロス、キマイラ、ドラゴン……!

 

 

更に更に……! アルラウネ、ヴァンパイア、エルフ、ミノタウロス…! ハーピー、アラクネ、ケンタウロス、ゴーレム……! 他にも沢山! かつて依頼をくださった方々の種族を、召喚体で!

 

 

その総数、衛兵長相手の時の二倍、ううん、三倍、四倍、五倍……もっともっと!! この広き最奥の間の埋め尽くす勢いで、バサクさんを取り囲んで!

 

 

「こりゃあ……すげえな!! ここまでたぁ!」

 

 

驚いてくださるバサクさん。けど――、やっぱりそれだけにはとどまらない! 今度は……これも使う!

 

 

「おぉ! 魔法石か!」

 

 

そう! ウインドジュエル、フレアジュエル、アースジュエルなどなど! ダンジョンから頂いたものや自分で集めておいたものまで! それを……!

 

 

「『秘めたる属性の力よ、その全てを我に捧げ、彼の者を滅する魔の法撃へと姿を変えよ――!』

 

 

 

 ―――パキキキキィン!!

 

 

 

全て、砕け散るまで行使! やはりあの時とは規模も数も違う、濤水の、暴風の、灼炎の、重土の…!轟雷の、絶氷の、爆破の、光線の……数多もの殲滅魔法を形成!!

 

 

「おぉおぉおぉおぉおぉ……! マジかよおい……!」

 

 

そんな色とりどりのそれを、召喚兵達と同じくバサクさんを囲むように!!! ふふ…! これはまるで……!!!

 

 

「花束? いやオーロラ? 虹みてぇにも見えんなぁ! こりゃあ綺麗だ! アスタロトの姫様の如くってな!」

 

 

その通り! ……って、バサクさん結構余裕そう? なら……威力で驚かせる!

 

 

「ではバサクさん、ぶつけさせて貰います! 私の、全身全霊!!」

 

 

「ウアッハッハッアッ! 来い、アスタロトの姫様ァ!」

 

 

 

 

 ――――カッッッッッッッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

「……ゲホ…」

 

 

ふぅ……ふぅ…………。……本気を……。

 

 

「ガフ……」

 

 

出せる限りの本気を出した……! 魔力の消費し過ぎで、床にへたり込んでしまうぐらい……!

 

 

「…………ヵ……」

 

 

社長でも、ううん、自分自身でも見たことの無いぐらいの召喚兵と攻撃魔法を駆使し、全てをぶつけた! …………けど……。

 

 

「…………ゲホ」

 

 

けど……けど…………!

 

 

「……――ゲホゲホゲホ! くぁあああああ……! 効いたぁ!!」

 

 

全く、効いてないっ!!!!!!

 

 

 

 

爆炎と濃煙の中からのっそり姿を現したのは……ほぼ無傷のバサクさん!! 私の全力程度簡単に受け流すと思っていたけど……まさかここまでなんて!

 

 

いや、というか……受け流しもしていなかった! 全ての攻撃をわざと食らっていた! 直撃を受けていた! その上で()()って……!

 

 

「いやぁ、御見それしたぜアスタロトの姫様! ウエッホッ! この火力、バエル(魔王軍総帥)の姫様に匹敵してやがる! ゲフハッハッ!」

 

 

未だ咳き込みつつ、煤や汚れを払いながらバサクさんは豪快に笑う……。私は思わずポツリ。

 

 

「でも、ほとんどダメージが無いみたいですけど……。なんで……」

 

 

「んあ? 結構食らってんだが……。まあ強いて言えば、実戦経験が少なさ故に効率的な攻め立てができていないってとこか! 言うてもオレ様の部下総掛かりでも勝てないだろうよ!」

 

 

なるほど…。要は私が戦いのコツを知らなかったから、らしい。確かに幾ら一撃一撃が強くても、効果の薄い所ばかり狙ってしまえば無意味……!

 

 

「勉強になります!」

 

 

「よせやい! アスタロトの姫様にまでそんな力をつけられたら、オレ様達はおまんまの食い上げだぜ!」

 

 

照れ隠しのようにまた笑うバサクさん。……こんな方に幾つもの傷をつけ疲労困憊にさせるなんて、勇者の魔物特効の恐ろしさが窺える。

 

 

そしてそれ以上に、かつて倒してのけたという社長の……!

 

 

 

「よーし! じゃ、つぎ私の番ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉお!? マジか!? 大盤振る舞いだなぁおいッ!!!」

 

 

先程以上にテンションが跳ね上がるバサクさん! 社長は腕をくいくい伸ばしながら私のところに。

 

 

「ところでアスト、大丈夫? 動ける?」

 

 

「はい、回復薬は幾つか持ってきていますので。端でバリアを張って観戦させて頂きます!」

 

 

「そ! でも、危ないと思ったらすぐに外に逃げてね!」

 

 

ということで私は避難し、自分の周囲にバリアを。それも、社長達の姿がほぼ見えなくなるぐらい多重に。社長曰くこれぐらいは必要らしい……。

 

 

「バサクさんは回復しなくて良いです?」

 

 

私の準備が終わったのを確認し、バサクさんへ問う社長。すると――。

 

 

「いやぁ……必要ねぇ…!」

 

 

申し出を断って……えっ!? 全身が…更に肥大化!? ううん、隆起していっている!?

 

 

しかもそれに伴い、私がつけた傷が治っていって……! それだけじゃなく、勇者パーティーにつけられた傷すらも一部……!

 

 

「おめえと戦えると思うと、全身から力が湧き出して止まらなくてよォ…! クアハハハァッ!!」

 

 

……治癒に専念するより、強い相手と戦った方が早く治るのでは……? いや、黙っておこう……。

 

 

「本気で頼むぜェ、ミミン!」

 

 

「もっちろん! そうじゃないとやられちゃいますもの!」

 

 

空間が揺れるほどの闘気を溢れ出させるバサクさん、そして大量の揺れる触手を宝箱から溢れ出させる社長……!

 

 

今まで幾度か社長の闘いを見てきたけど……ここまでのはそうはない…! 私、無事でいられるかな…。やっぱり外に退避した方が――。

 

 

「いくぜェ!」

 

「いきますッ!」

 

 

っ! 始まって……――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ッキッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……え。え……!? 嘘……!? 今の一瞬で……張っていたバリアが一枚残して全滅!?!? ちょ…ちょっ!? 急いで張り直してと……!

 

 

「ッッッラァアッッッ!!」

 

「なんのっっっっっっっ!!」

 

 

 

 

 ――――ッキッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!

 

 

 

 

ってまた割れて!? 待っ…! 何が……!?

 

 

「カァアッ! 吹き飛ばすことすらできねえってな! えげつねえぜ!」

 

「っと! 何が衰えた、ですか! 寧ろ強くなってますよ!」

 

 

うそぉ……!?  あれは……ただの、ぶつかりあい!? バサクさんは全力で腕を引き、社長目掛けて拳を振るって! そして社長は…それに応えるように空中へ跳ね上がり、止めて見せてる!?

 

 

これが……お二人の本気…!! ただの衝撃波だけで離れたところにいる私の多重防壁を軒並み砕く一撃を繰り出したバサクさん……! その直撃を受けているのに、空中に縫い付けられたかの如く動かず止め切った社長……!

 

 

……マズいかも…! この後の展開次第では、私の方が復活魔法陣送りに……!

 

 

「どりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 

「ウアハッハッア!」

 

 

って、そんなこと気にしてる間に次のぶつかり合いに! 今度は社長が仕掛けている! 先程も溢れ出させていた大量の触手を鞭みたいに……且つ、鋭刃の如く振り回して!

 

 

だってそれで、私の魔法の残骸である岩とかが巻き込まれて切断されまくっているのだもの! まるで柔らかなバターの如く! うわもう細切れ…砂になってる!

 

 

けど…肝心のバサクさんには無数の掠り傷がつくだけ…! いくらガードしているからって……!

 

 

「硬ったぁい! 腕、切り落とそうと思ってたのに!」

 

 

「ケッ! こちとら本気で肉を固めてんのによ! 傷まみれだぜ!」

 

 

……双方、恐ろし過ぎる……! これが最強格同士の闘い……って、あれは!!

 

 

「――(しず)かなること、『箱』の如く。動かざること、『箱』の如く――。」

 

 

以前訪問した『虎穴道城ダンジョン』の主、コチョウさんの必殺技! その社長バージョン! ということは……!

 

 

「――(はや)きこと『箱』の如く――!」

 

 

社長の姿が消えた! そしてバサクさんを不可視の一撃が……――!

 

 

「そこだァ!」

 

「わっ!?」

 

 

えっ!? バサクさん、急にあらぬ方向へ手を……! 社長を捕まえたの!? 中身を潰さんばかりにギリッと握りしめられた彼の拳の内から、社長の声が!

 

 

「やっぱり模倣しただけじゃ駄目ね…!」

 

 

「いやあ? よくできてるぜ! だがよ、あいつとはオレ様も知り合いでな! 強いヤツは大体友達ってヤツだ!」

 

 

「ふふっ! なるほど、それじゃあ見破られて当然ですね!」

 

 

わっ…! バサクさんの拳の中から社長がにゅるりと! そして目にも止まらぬ速さで触手を彼の身体に纏わりつかせ……!

 

 

「じゃあこんなのはどうでしょう! せーー……やあっ!」

 

 

「のあッ!?」

 

 

ええぇえぇ……!? 私の全力でもほぼ不動だったバサクさんの巨体が…持ち上がって!? そして……振り回されて!?!? 

 

 

「せーやせーやせーや! せーぇりゃあっ!」

 

 

「どああああッッッ!?」

 

 

 

 ―――ドゴシャアアッ!!

 

 

 

社長を中心にグルングルン振り回されたバサクさんは……思いっきり地面に叩きつけられて! でもやっぱり……!

 

 

「ウアッハッハッ! まさか持ち上げられて、投げられちまうたぁな!」

 

 

ダメージほぼ無し! 社長もそれが当然のように……!

 

 

「まだまだ行きますよ~!!」

 

 

平然と継続! まだまだ熾烈な戦闘がこれでもかと続いて……! どうしよう、このままだと持ってきた魔力回復薬も底をついて、バリアが張れなく……――!

 

 

「ウゥフゥウ……! そろそろ決めるかァ!」

 

 

「望むところぉ!」

 

 

――ひっ…!? バサクさんも社長も、力を溜めてる……チャージしてる! これは本当にマズいッ!

 

 

魔力も残り少しだし、ただのぶつかり合いでバリアがパリンパリン割れてるのだもの……! ここに居たら間違いなく死……!

 

 

た、退避!!! 最奥の間の外に退避!!!!! 

 

 

 

 

 

「―ふぅ……!」

 

慌てて入口扉から抜け出し、背を向けたまま一息…。なんとか発動前に逃げられて良かった……。

 

 

それに、脱出際に映像転送のできる召喚端末を置いてこれた。バリアも纏わせて。これで安全に観戦ができる!

 

 

まあ…多分保たないだろうけど。それはもう仕方ないから、せめてぶつかり合いの瞬間だけでも見させて頂こう!

 

 

どれどれ…! ――あ、丁度双方動い……眩し!? 光っ……――!?

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ッッッビギイッッッッッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

…………へ……? え……? ―――っっ!?!?!?

 

 

うそ……! 噓噓嘘!!!? 違う、最奥の間内の映像じゃない! それは予想通り破壊されて切断された!

 

 

そうじゃなくて……私の背後! 最奥の間の壁! ヒビが……()()()()()が入っている!! 魔王様が暴れても簡単には壊れないという、壁が!!!

 

 

一体、どんなぶつかり合いが!? 光に包まれた映像の中で、一体何が!? と、とにかく中に……!

 

 

 

先程逃げ出た以上に早く、急いで最奥の間へ! 決着はついたのか、それとも――……あっ!?

 

 

「ふふふ~! さ、バサクさん! 次はあの時のリベンジをどうぞ!」

 

 

「くぅッ…! こ、このッ……!!」

 

 

最奥の間中央で、社長とバサクさんが掴み合い……いや、違う! 社長が、バサクさんの拳を()()()()()()()()()()()()!!? 

 

 

 

「そーれそーれ!」

 

 

「ぐぅっ!? くっ……どァアアッ!!」

 

 

しかも……私が茫然としている間に、社長はどんどんバサクさんを引き込んでいって……! 拳だけでも社長を簡単に上回るバサクさんの身体が、ぐいぐいぐいっと箱の中に……!

 

 

勿論バサクさんも必死に抵抗している。けど、地面に置かれているだけのはずな社長はビクともしない! あぁ……!バサクさんの肘が、肩が、もう片腕が……! そして……――!

 

 

「ぬ……う…ウぅ……!!」

 

 

「どっこいしょっーー!!」

 

 

「ぬわぁあああああっっ!?!?!?!?」

 

 

完全に小さな宝箱の中にすっぽり! 即座に蓋が閉じ、まるで中に誰かがいるかのように(実際いるのだけど)バッタンガッタンドッタンと暴れまくり…………――。

 

 

「……静かに…なった……?」

 

 

急にシーンと制止を。先程までとは打って変わり、場には宝箱がポツンと置かれているだけな感じに。私が恐る恐る近づいていくと……。

 

 

 ―――パカッ!

 

 

「ふーーっ!」

 

 

これまた急に蓋が開き、中から社長が登場! ……でも、それだけで……え……?

 

 

「あの社長……。バサクさんは……?」

 

 

「ん? 多分すぐに戻ってくるわよ!」

 

 

戻ってくる……? どういう……あ、最奥の間の壁が一部開いて……。

 

 

「ウアッハッハッ! 参った参った! やっぱり抵抗すらできやしねえ!」

 

 

そこからバサクさんが!? もしかして……!

 

 

「社長、バサクさんを復活魔法陣送りに!?」

 

 

「そーよ!! あー疲れた! アストぉ、膝貸してぇ~」

 

 

箱から身体をべろんとはみ出させ、私の膝枕に顔を埋める社長。うん、全身傷一つない……。と、バサクさんも社長の近くに来て、よいせと腰を降ろした。

 

 

「いやぁ、何度やっても勝てねぇなあ。おめえにも、魔王様にも、オルエのヤツにもよ!」

 

 

「何度もって…。それに魔王様やオルエさんとも闘いを…?」

 

 

「おうさ! けどよ、魔王様相手の時は魔法の波状攻撃で全く動けずに負け、オルエ相手の時はチャームで幻想の自分自身と戦わされて負けてよ。オレ様、一勝もできてねえぜ!」

 

 

爆笑するバサクさん。本人がこの調子だから良いのだろうけど…。げに恐ろしきは社長達。『最強トリオ』は伊達じゃない……。

 

 

――と、ひとしきり笑い終えたバサクさんは、ふと首を傾げた。

 

 

「そいやぁ、なんで戦わせて貰えたんだ? ミミンだけじゃなく、アスタロトの姫様とまで?」

 

 

 

 

 

あ、今ようやく……! 実は、理由が…伝えたいことがあったのだ。わざわざ闘いの形式にしたのは、バサクさんがそれを好むし理解しやすい&どうせ闘う羽目になるから先手を打っただけなのである。

 

 

なに、伝えるべきことは至って簡単。先に社長が引き伸ばした通り、派遣する子達のことで……。

 

 

「よっと!」

 

 

あ、社長が飛び起きた。そして満面の笑みで私と顔をぎゅっとくっつけ――。

 

 

「この私、ミミンと! はい、アスト!」

 

 

「はい! 私、アストが()()()()()()()()精鋭ミミックが!」

 

 

そして今度は2人で揃って……!

 

 

「「ミミック嫌いの勇者パーティーに、更なるトラウマを刻みつけてみせます!」」

 

 

……手筈通りとはいえ…ちょっと恥ずかしい……! あ、けどバサクさんはまたも高らかに笑みを。

 

 

「ウアッハッハッハッ!!! そういうことか! なるほど、そりゃあ期待大だ!!」

 

 

良かった! では改めて! 本来は潜み奇襲を仕掛けるミミックが、面と向かっても強いということ、彼女達に教えて差し上げよう!

 

 

 



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人間側 とある上級勇者の冒険Ⅰ 

 

あ。 おひさ。 私の事、覚えてる? そ、『勇者』ユーシア。ユーシア・トンヌーレ。初心者向けダンジョンに続き、中級者向けダンジョンに挑んでいた――……。

 

 

……え。なんだかテンションがあの時と違って低め? たはは……。まあちょっとね。最近色々あって、疲れ気味なんだ。……いや本当は色々じゃなく、たった一つのことが原因なんだけどさ。

 

 

 

 

――コホン。あの後、私達は頑張った。またミミックにしてやられるものかと、経験値稼ぎにダンジョンに挑みまくった。王様から貰った加護付き武器と共にね。

 

 

それだけじゃない。各々で修行を積みもした。騎士のクーコさんは他の騎士の人達と演習を、魔法使いのアテナさんは魔法の勉強を。僧侶のエイダさんは教会で修行を。

 

 

そして私も魔物相手に戦う訓練を積んだ! そのおかげか、私の魔物特効?の威力は右肩上がり! 今やクーコさんも頼りにしてくれるぐらいのメイン火力で、しかもまだまだ上がるかもしれないって! どう? すごいでしょ!

 

 

で、そんなことを何度も繰り返してダンジョンを少しずつ少しずつ攻略していって実力つけて、とうとう制覇することができたんだ! ……へ? 魔王城への地図?

 

 

それがさ……。あれ、ガセだったんだ。そんなものどこの宝箱にも入ってなかった。必死で探したのに酷いよね! 苦労を返せって感じ! 何回ミミックにやられたと思ってるんだか!

 

 

あ、でも…。よくよく考えると、魔王城への地図はあったのかも。ほら、あのダンジョンって魔王軍が運営してるでしょ? ということは主である魔王が棲む魔王城への地図ぐらい、誰かが……。

 

 

……なんてね! というかよくよくよく考えてみたら、仮に地図をゲットできたとしてもどうすんだって話だよね。お命頂戴にお邪魔しますが通じるわけないんだから。

 

 

 

そんな理由でこの先どうしようかって感じだったんだけど……ある時、すっごい話を聞いたの! なんでも魔王軍のダンジョンを全部クリアすれば、魔王城へワープできるようになって、更に魔王への挑戦権が得られるって! 勿論、今回はガセなんかじゃない!

 

 

そんなことを聞いたらそれを目指すしかないよね! ってことで目標変更。全ダンジョン制覇を目指すことにしたんだ。

 

 

とは言っても初心者向けと中級者向けはもう全クリ済み。だから残るは上級者向けダンジョンだけ! そしていざ挑んでみたんだけど……びっくり! 道中の魔物相手程度ならほいさっさと片付けられちゃう!

 

 

全く、新米の頃から比べるとすんごい進歩だと自分でも思う! ううん寧ろ、あの頃の気楽さにちょっと戻れたって感じかも。初心者向けダンジョンに通っていた頃に。

 

 

あの時は私も一人だったけど、大体の魔物が弱かったから無双できてたもの。手を焼いたのはあの魔物ぐらい。そう、ミミッ……――くぅっ……ぁ…ゥ…!

 

 

 

ッう……ふぅぅっ……。すぅっ……ふぅ……。……ううん、落ち着いて、私。ミミックなんて怖くないんだから。恐ろしくないんだから。克服したんだから……。

 

 

そう、克服したの……! 私も、クーコさんも、アテナさんも、エイダさんも……! 二度とミミックに引っかからないために必死に特訓して、実践もして、それぞれ対策を身につけたんだから!

 

 

それに私は、とある『能力』を身につけもした。そのおかげでここ最近はミミックにやられるどころか、返り討ちにできるようになったんだからぁっ!!!!!

 

 

 

 

 

――はぁ……はぁ……。うん……テンションがおかしくなってるの、自分でもわかってる…。ぶっちゃけ、最近あんまり寝れてなくて……。

 

 

まあその『疲れ気味の原因』のせいなんだけど……。……あれ、どこまで話したっけ……?

 

 

 

 

あぁ、そうそう。いざ上級者向けダンジョンに挑んだら、思ったよりも楽に進めてたって話。皆強くなったから、思ってたよりも苦戦はしなくて。

 

 

とは言っても迷路みたいな道とか、明らかに殺しにかかって来てる罠とか、あくどく隠れている魔物とか、折角見つけた宝箱に潜んでるミミッ……なんでもない!

 

 

とにかく!! そんな面倒な点はあるけども、沢山の魔王軍ダンジョンを制覇してきた私達にはちょろいちょろい! あんま手間をかけず、最奥の間にまで辿り着いたってわけ! ……で。そこからが問題のとこでさ……。

 

 

その最奥の間にはボスがいたんだけど……そいつがとんっっっっっっっでもなく強くて! 超デカいし、ムキムキだし、ほとんどの攻撃効いてないっぽいし、パンチ一発でこっち壊滅しちゃうぐらい!

 

 

余裕かと思ってたら急にそんなのが出てくるなんて反則じゃない!? 勿論勝つことなんてできなくて、挑む度に復活魔法陣送りにされちゃってるの!

 

 

まあ王様がくれた装備はやられても一緒に戻ってくるし、失ったアイテムも王宮が補填してくれるし、復活代金も支払わなくて良いからある程度は気楽だけどさ。代わりに毎回王様の『死んでしまうとは~』云々の嫌味を聞かされるけどね。

 

 

 

……そんな強い相手ならば、他の上級者向けダンジョンから挑めば良いって? 確かにそうかもしれないけれど……。他もこれぐらい強いかもしれないし、そうじゃなくても逆にここを倒せたら後が楽じゃない?

 

 

なんてね。その考えもあるっちゃあるけど、下手に色んなとこに手を出して攻略法がわけわかんなくなるよりは一点突破の方がいいかなって。どうせ倒さなきゃいけないんだから。

 

 

それに、とあるメリットもあって。何度も何度も挑んでいたら、なんとそのボスの硬ったい身体に傷が増えていってるのに気づいたんだ。私が負わせた傷だから、魔物特効の力なんだと思う。

 

 

しかもそれは簡単には治らないっぽくて、次挑んだ時もその次挑んだ時も残ったままだったの。ボスもなんだか弱り出してる感じだったし。

 

 

つまり……このままじわじわと削って行けば、いずれ倒せるかもしれないってこと! だから最近は毎日、時には一日に何回も挑んでいるんだ。

 

 

その甲斐はあるみたいだし……もしかしたらあとちょっとで、ううん、今回で倒せちゃうかも! だから今日も、この上級者向けダンジョンにレッツゴー!!

 

 

 

…………空元気っぽいって? 言わないで、結構必死なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――まあそれはともかく早速ダンジョン内へ。さて、まずは攻略しないと。最奥の間にたどり着かなきゃ元も子もないし。

 

 

でもさっき言った通り、魔物相手は大分楽勝で、迷路や罠はちょっと面倒って言う感じ。だからそこそこ警戒しながら進まなきゃ――なんて言ってたらエンカウント! 五体!

 

 

「クーコさん! アテナさん! エイダさん!」

 

 

「あぁ!」

「えぇ!」

「はい!」

 

 

即座に号令を出し、戦闘態勢へ。みんなも即座に展開し――。

 

 

「攻めの力、『パワーブースト』!」

 

「主よ、我が友に盾を! 『ホーリー・シールド』!」

 

 

アテナさんとエイダさんが詠唱で強化バフを。間髪入れずに!

 

 

「「はぁあッ!」」

 

 

私とクーコさんが突撃! 目だけで速やかに策を共有し……今回は各個撃破!

 

 

「「グェァッ…!?」」

 

「「グハァッ!?」」

 

 

ほいさっと! それぞれ二体ずつをスパッと。まあこんなもんかな。相手は奇襲する気が逆に速攻しかけられてびっくりって顔してるけど。

 

 

あと一体残ってる? あぁ大丈夫。多分――。

 

 

「燃え尽きよ! 『ブレイズシュート』!」

 

 

「ボアァッ!!?」

 

 

ほら、アテナさんが火炎魔法で倒してくれた。これにて一丁あがり。慣れたものってね。

 

 

さ、先を急ごう。罠にひっかからないように気をつけなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいさ、ほいさ、ほいさっさと! こっちは片付いたよ!」

 

「あぁ、こっちもだ。アテナ、エイダ、援護感謝する」

 

「ふふ、援護なんて必要なさそうな動きでしたよ」

 

「ですね。怪我も全く無くて素晴らしいです!」

 

 

罠を避けて、迷路でちょっと迷って、遭遇した魔物を軒並み撃破して。うん、今日も好調好調。危なげない感じ。

 

 

やっぱり色々鍛錬を積んだから、みんな良い動きしてるんだもの。まず、クーコさんは……。

 

 

「束になれば敵うと思うか! 『クレセントエッジ』!」

 

 

「「「「「「「「「「ガッ…」」」」」」」」」」

 

 

元々私達の中でも最強だったけど、更に輪をかけて強くなってる。上級ダンジョンだってのに当然の如く一人で範囲殲滅しちゃうぐらい。本当に援護要らないかも…なんてね。

 

 

変わらず作戦もよく立ててくれるし罠にもいち早く気づいてくれるし、時には私の露払いや盾役もやってくれる。まさに最強オブ最強の格好いい騎士様!

 

 

 

 

お次はアテナさん。彼女もかなり強くなった。さっきみたいな強化魔法を色々使えるようになってるし……。

 

 

「周囲は任せてください! 連鎖せよ――『チェインエクスプロード』!」

 

 

「「「「「バハァッ!?!?」」」」」

 

 

攻撃魔法の威力も申し分なし。前までは基本後方からの支援だけだったのが、私やクーコさんと肩を並べることだってあるのだ。頼りになるぅ!

 

 

そうそう。アテナさんが大好きな『A-rakune』ブランドの服なんだけど……王様から装備を貰っちゃったから魔導士のローブとかはあまり着れなくなっちゃった。けど、やっぱり下着とか靴下とかはそれで固めてる。それなら復活魔法陣送りになっても残ってるしね。

 

 

そしてなんと、クーコさんとエイダさんもその『A-rakune』ブランドの着用者に! 今やみんなのお気に入りなんだ! ふふっ、アテナさんと私の2人がかりで布教した甲斐があった!

 

 

 

 

そして最後はエイダさん。多分、彼女が一番成長してると思う。だって元々教会のシスターだったのに……。

 

 

「治癒の力をこの場に! 『リジェネ・サンクチュアリ』!」

 

「回復の御加護を! 『ハイエロファント・ヒール』!」

 

「穢れ無き身へと! 『リカバリー・ディスペル』!」

 

 

防御魔法に加え、範囲継続治癒魔法、急速大回復魔法、状態異常解除魔法……! ヒーラーとしての実直が開花しまくってるの! しかもそれだけじゃなくて……。

 

 

「エイダさん! ごめん、そっちに一体行っちゃった!」

 

 

「お任せください。我が祈り、矢へ転じよ――『セイント・アロー』! はっ!」

 

 

「オッ!?」

 

 

「どうか、お静まりを――。『グレイス・スリープ』」

 

 

「ウッ…………グゥ…スピィ……」

 

 

あんな感じで、戦いもできるように! 眠らせて無効化も! アテナさん曰く、『どのパーティーからも引く手あまたになる』ぐらいには強くなってるんだって。凄い凄い!

 

 

 

 

――あ、そうそう。覚えてるかな? 忘れてくれててもいいんだけど……。クーコさん達、それぞれ怖がってた魔物がいたの。

 

 

クーコさんはサキュバスを見るたびに身体をえっちな感じにビクンってさせて、アテナさんはアラクネを見るたびに攻撃を控えてしまって、エイダさんは骨の魔物と蜂の魔物を見るたびに持ってきていた聖水瓶を手当たり次第に投げまくっていたんだけど……。

 

 

それもだいぶ収まったんだ。完全に、じゃないけど…少なくとも戦闘に差し支えないぐらいには。ほんと、良かった。

 

 

…………え。じゃあ、私はどうかって…? というより、ミミックに関してはどうかって…!? 

 

 

 

 

っ……確かにミミックは私だけじゃなく、みんなのトラウマになってる。パーティーを組む前から、ずっと。

 

 

けど、さっき言ったでしょ。克服したって。対策もあるって! そんなに気になるなら……実際にミミックを相手どるところ、見せてあげる!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こいつが、そうなんだな? ユーシア、アテナ?」

 

 

ダンジョンのとあるところ。私達は宝箱を前に武器を構えている。目をその宝箱から離さず聞いてきたクーコさんへ、私もアテナさんもコクンと頷いた。

 

 

「うん、間違いないよ…!」

 

「えぇ、『反応』がありますから…!」

 

 

そう言うアテナさんの杖先は、危険を示すかのように赤い光がピカピカ。さっき、それぞれがミミック対策を身につけた、って言ったでしょ? アテナさんの対策はそれ。

 

 

「私のこの『ディテクト』の魔法――『見破る魔法』は、相手の腕前や状況にそこそこ左右されてしまいますけど……光れば確実に何かが化けています!」

 

 

間違いありません! と言い切るアテナさん。クーコさんはそれに軽く頷き返し、今度は私達に守られてるエイダさんへ。

 

 

「エイダ、もしもの時は……」

 

 

「はい! 『リザレクション』の――『蘇生魔法』の準備、できております!」

 

 

本人が口にした通り。エイダさんが身につけたのは、なんと蘇生魔法。復活魔法陣送り……王様の元に飛ばされず、その場で即座に復活ができる凄い技。これでやられてしまっても問題なし。

 

 

「よし……! ユーシア……!」

 

 

後方二人の様子を確認したクーコさんは、またも私に合図を。もしもクーコさんが対処に失敗したら、刹那の内に私が手伝いに入るという約束なのだ。

 

 

「わかってますよクーコさん! ズバッとお願いします!」

 

 

私の用意も万端なのを受け、クーコさんは構えを変える。剣を大きめに振りかぶり、力を溜め――!

 

 

「シャ、シャアッ…!」

 

 

――あ! 宝箱が、もといミミックが、耐えられなくなって動きを! でも……もう遅い!

 

 

「食らえ、憎きミミック!! 『ボックス・ピアッシングカッター』ッ!」

 

 

僅かに開きかけたその宝箱を叩き潰し両断するように、クーコさんの渾身の一刀が!! ミミックの動きを凌駕する速度のそれは見事に……!

 

 

 

 

  ―――ザンッッッッ!!!

 

 

 

 

凄い音と共に、突き刺さった! けど……なぜか、宝箱外面には傷一つない!? あんな勢いの一撃を思いっきり受けたというのに!

 

 

――ふふふっ! なんてね。 安心して、だって……。

 

 

「グェァッ……」

 

 

断末魔を漏らし、宝箱は完全沈黙したんだから。それと同時に、アテナさんの見破る魔法の光もパッと消えた。流石クーコさん、倒したみたい!

 

 

何が起きたかわからないでしょ? これ、クーコさんがミミック対策として覚えた技らしいんだ。『鎧通し』の剣技をミミックのためだけに改造した、言うなれば『箱通し』の技。

 

 

即ち、『箱を貫通し、中身だけを叩き切る』ってスゴ技! 普通ミミックと戦う時は固い箱を避けながら中に攻撃をしなきゃいけないんだけど……その手間がないってことなの! 恐る恐る箱を開ける必要もなくなったから、その隙を突かれてやられることもなくなったんだ。

 

 

ただ少し問題なのが中身がアイテムだった時で……その場合は結構な頻度で壊しちゃうんだ。でもそんなことが無いように、私とアテナさんがミミックか否かを見定めてるってわけ。ま、最悪壊しちゃっても構わないんだしね。

 

 

どう? 完璧でしょ! これだけやればミミックなんか――……。

 

 

 

 

……へ? 私のミミック対策だけまだ聞いてないって? あー、そっか。()()()()もんね。実は……――。

 

 

「あら、こっちの隠れたところにも宝箱がございますよ!」

 

 

ん? エイダさんが別の宝箱を見つけたみたい。ちょっと説明は後でね! えーと……。……っ!!!

 

 

「『ディテクト』の反応、ありません」

 

 

「そうか。だがついでだ。『ボックス・ピアッシングカッター』!」

 

 

「わっ……! 何か割れてしまった音が……」

 

 

……私を余所に、宝箱の処理をするクーコさん達。するとパリンッと宝箱の中から聞こえたから、私も加わり細心の注意を払って開けると――。

 

 

「む…。やはり違ったか」

 

 

「これ、最高級回復薬ですね」

 

 

「ほとんど割れてしまいましたね……」

 

 

中には回復薬が詰まった数本の小瓶が。エイダさんの言う通り、クーコさんの技で端の方にあった一本を残して全滅しちゃってる。残ってるそれもヒビが……。

 

 

「少々警戒が過ぎたな……」

 

 

「いえ、するに越したことはないですよ」

 

 

「ですね。残っているのだけでも頂いてゆきましょうか」

 

 

一応私達は王様の命で…というか大臣さんの働きかけで必要なアイテム類は用意して貰えている。けどあればあるだけ楽になるし、ここのダンジョンのアイテムはレアで強い物ばかり。

 

 

だからボスを倒す時に使うため、こうしてちょこちょこ集めてから最奥の間に向かっている――ん、だけど…………。

 

 

「よし、じゃあ進むとしよう」

 

 

最高級回復薬の瓶を拾い上げ、みんなに号令を出すクーコさん……。 ――うん、多分そうッ!

 

 

「クーコさん、動かないでっ!」

 

 

「!? どうしたユーシ……!」

 

 

一息にクーコさんの元へ! そしてそれと同時に引き抜いていた剣をそのまま――!

 

 

「はぁっ!」

 

 

 

 

 ―――キンッ!

 

 

 

 

「なっ…!?」

 

 

横一閃、切り抜いた! 当然だけど、クーコさんを切ったんじゃない。驚いてはいるけどね。私が狙っていたのは、そして真っ二つに両断したのは……クーコさんが手にしていた回復薬の瓶! ――もとい!

 

 

「ひんっ…!? な、なんで……!」

 

 

「「「なっ…!? 上位ミミック!!?」」」

 

 

 

そう! あれは回復薬じゃなかった! 半分に割れた瓶の中から、にゅるんっと上位ミミックが! そう、中にミミックが潜んでいたのだ! ()()()()

 

 

「なんでバレて……! 動いてすらいなかったのに…!」

 

 

「さあなんでだろね!」

 

 

慌てて宝箱の中へ逃げ込む上位ミミック。けど、絶対逃がさない! 蓋を弾き上げ、追撃!

 

 

「くぅっ……!」

 

 

おっと、触手攻撃いっぱい! でもさ――。

 

 

「――遅い!」

 

 

「ひっ!?」

 

 

それも全て弾く! こんな攻撃程度、もう捌けちゃう! で…トドメ!

 

 

「『ブレイヴスター・スラッシュ』!」

 

 

「キャンッ……!」

 

 

星を描くような高速剣技を上位ミミックの身体に叩きこんだっ!! ほいさっさっと、これにて一丁あがり!

 

 

 

 

 

 

「すまない、助かったユーシア…!」

 

 

「ううん、こっちこそごめんなさい。()()()()のに伝えるの遅れちゃった」

 

 

謝るクーコさんに謝り返し、私は宝箱傍の床から浮かびあがる()()を見る。……といっても、みんなには見えないだろうけど。

 

 

私のミミック対策……というかさっき言った『とある能力』、それがこれ。……あ、だから見えないんだよね。えぇとね、なんて説明するべきか……。

 

 

ずっとダンジョンにばかり潜ってたからかな、変な力が身についたの。なんというか……『過去にやられた冒険者のメッセージ』が見える力が。

 

 

……そんな変な目で見ないでよ。本当に刻まれてるんだから! 例えばこの宝箱のとこには、『中身違う、危険』って。他にも罠とか曲がり角とか隠し通路とかの手前で、誰かが残したかのような簡単なメッセージがあったりするんだ。『気をつけろ』だったり、『引き返せ』だったり。

 

 

うーん……あんま思いたくないんだけど、怨念と言った方が正しいのかも……。因みに、ミミック警戒のメッセージは特に多い気がする。私がミミック嫌いだからかもだけど…そうじゃなきゃ、みんなミミックに対して恨みを……?

 

 

 

ともかく、そんな能力が目覚めちゃったんだ。最も、ミミックは移動するし、メッセージが残されてない場合なんて幾らでもある。まあそこはアテナさんと補い合ってって感じで。

 

 

――あ、そうそう。その能力の副作用なのかな、篝火を見るたびに剣を刺したくなるようになっちゃったというか……剣が刺さってないと落ち着かないというか……変な気持ちになるようになっちゃった。なんでだろ。

 

 

 

ま、いいや! これで私達のミミック対策わかったでしょ? このままミミックを蹴散らしつつ、最奥の間にたどり着こう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ついた! あれ? なんか壁ヒビ入ってない?」

 

 

「ここに到着するのもだいぶ早くなったな。最後の休憩だ、いつも通り万全を期そう」

 

 

「お腹も満たしてから入りましょうか。火を起こして――」

 

 

「あ、ユーシアさんまた…! 剣を火の中に突き刺さないでくださいな!」

 

 

迷路を抜け罠を越え魔物達を倒し、今回も無事に最奥の間入口に。けど、入る前にボス戦準備と腹ごしらえ! お腹が空いてはなんとやら、って言うしね。まあすぐ死ぬかもしれないんだけどさ。

 

 

「――それにしても、さっきはユーシアさんに助けられました」

 

 

「えぇ、本当に。しかもユーシアさん、着実に強くなっておられますね」

 

 

「あぁ、世辞抜きで私に迫ってきている。いずれ超えるだろう」

 

 

「えへへ……!」

 

 

ここは安全だから、こんな風に駄弁ることもできちゃう。……でも、みんなから一斉に褒められるのはこそばゆいかも……! なんだか恥ずかしくて、ちょっと最奥の間の扉の方に目を……――!!?

 

 

「えっ……!?」

 

 

「? どうしたユーシア? ……!」

 

「何かありましたか? ……あ」

 

「そちらは扉では? ……もしかして!?」

 

 

私の顔を見て、みんなわかっちゃったみたい……! うん…その通り……!

 

 

 

「扉の前に……メッセージがある!!」

 

 

 

 

 

 

……ボスの部屋だから、怨念があって当然だって? それはそうなんだけどさ……違うの……! いつもと違うの!

 

 

確かに毎回幾つかメッセージは刻まれてるんだけど……今回の数はその比じゃない! たっくさん! それのせいで門に霧がかかったようにも見えるぐらい!

 

 

「なんて書いてあるんだ……?」

 

 

警戒を露わにしながら、クーコさんはそう聞いてくる……! えっとね……。

 

 

「『この先、注意』『いつもと、違う』『そんなのありかよ』『簡単、じゃなかった』『貪欲、なる者』『寧ろキツイ』『小さい、強い』『宝箱』『直接対決でも、強いのか』『諦めが有効』『引き返せ』他にもまだまだ……――」

 

 

「もう良い、ユーシア……」

 

「うわぁ……」

 

「神よ……」

 

 

クーコさん達がげんなりするほどの警戒メッセージの山……。一体何が……? なんかすっごく怖いんだけど……。

 

 

でも、ここで退くわけにはいかない。帰ることなんてできない。いつも通り万全の準備をして、挑むしかないっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『パワーブースト』『スピードブースト』『マジックブースト』……!」

 

 

「『ホーリー・シールド』『セイクリッド・ディフェンス』『ディヴァイン・バリア』……!」

 

 

アテナさんとエイダさんに出来る限りのバフをかけてもらいながら、私とクーコさんは武器や装備、アイテムの最終確認を。

 

 

うん、武器の刃は輝いていて、装備のズレやひっかかりもなく、回復薬とかは取り出しやすい位置にセット済み。今度は手や足を軽く伸ばしたり引いたりし、動きを確かめる。

 

 

よしよし…! バフのおかげもあって、とっても軽やか。無双できちゃうかもってぐらい。剣もシャキンと振ってみると…良い感じに冴えてる!

 

 

「全員、準備は出来たな? 突入するぞ!」

 

 

「「「おーーーっ!!!」」」

 

 

クーコさんの号令に、みんなで鬨の声を! そしていざ、扉を開け中へ! 先陣は私!

 

 

「たのもーうっ!」

 

 

ちょっとのドキドキを吹っ飛ばすように、敢えて声を張りつつノッシノッシと! ――そして、来るっ……!

 

 

「「「「………………あれ?」」」」

 

 

……おかしいな……。いつもだったら、ボスのでっかい魔物の『ウアッハッハッ!!』っていう、部屋の外に吹き飛ばされるレベルのでっっかい笑い声が響くのに……。

 

 

というか……へ……? え……あれれ……!?!?

 

 

「「「「いない!!?」」」」

 

 

 

 

 

どういうこと!? 最奥の間なのに、ボスの姿がどこにもない! あんな巨人みたいな大きさしてるんだから、見間違えることなんてないのに!

 

 

「えっと……バサクさーん! ……だっけ? どこですかー!?」

 

 

ボスの名前を呼びつつ、最奥の間内をうろうろ。けど……やっぱり返答はない。ガランとしてる空間のまま。

 

 

もしかして、ご飯休憩にでも行ってるのかな? だとしたら待つしか――……。

 

 

 

「ようやく来たのねー!」

 

「待ってました~~!」

 

 

 

!!? なに……!? 誰の声!? どこから!?!?

 

 

「――上だ!」

 

 

っ! クーコさんの注意に、全員即座に戦闘態勢! まさか頭上から襲って――……

 

 

「ぼっすーんっ!」

 

「ボスだけに~!」

 

 

……え。と思ったら、最奥の間中央部に何かがボッスンって音立てて落ちてきた……? いつものボスじゃないみたいだけど、あれは――……?

 

 

 

 

…………! ――――!?

 

 

 

 

 

 

――――!! ――――!?!?

 

 

 

 

 

 

 

――――!!!!!? ――――!?!?!?!?!?!?

 

 

 

 

 

「はーい、初めましてー! 今回はバサクさんに代わってー…」

 

 

「私達ミミック二人が、ボスとしてお相手しま~す!」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――………………………………。

 

 

 

 



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人間側 とある上級勇者の冒険Ⅱ

 

 

 

―――――――――――――――――――――――……………………。

 

 

 

「……あれ? もしもーし?」

 

 

「聞こえてます~? 勇者パーティーさ~ん?」

 

 

「ピクリともしないんだけど。触手でつついてみる?」

 

 

「そうしよ~! ちょんちょ~んっ」

 

 

 

…………ッハ!? 立ったまま軽く気絶してた! 目の前に出てきた魔物と、その喋ってた内容があまりにも受け入れられなくて……!

 

 

う、うん。そんな訳ないよね。ボス役の代わりがいて、しかもそれが上位ミミックだなんて…………。

 

 

 

「あ、起きた! じゃあ改めて……」

 

 

「ボス代理のミミックで~す!」

 

 

 

………………もっかい気ぃ失いそう…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っく…! どういうことだ……! バサクの奴はどうした!?」

 

 

…あ。正気を取り戻したクーコさんが叫んで……。けど、ミミック二人はちょこんって並んだまま普通に答えて……。

 

 

「あなたたちがしつこく来て疲れたから」

 

「暫くお休みで~す!」

 

 

……え。 え? え!? えぇっ!!? えええええっっ!!!!?

 

 

「なんで!? どうして!?」

 

 

「だから、あなたたちのせいで休む暇なかったからー!」

 

「傷もいっぱい残っちゃってたしね~!」

 

 

そんな……! そんな! だって私達、その傷を当てにして……じわじわ体力が削れていってるのを期待して、何度も何度も挑んでたってのに……!!

 

 

それなのに休まれちゃったら、傷を治されちゃったら、全部水の泡! そんなの……そんなのっ!!

 

 

「ズルじゃんっ!!!」

 

 

 

 

「そ、そうですよ! ズルじゃないですか!」

 

「私達の努力を無下にするなんて……心が無いのですか!?」

 

 

叫んじゃった私に続き、アテナさんとエイダさんも怒りを露わに。けどミミックはやっぱり平然と。

 

 

「ズルだズルだって言うけどー」

 

「四人がかりのそっちのほうがズルくな~い?」

 

 

「「「「うぐっ……!」」」」

 

 

そ、それはそうかもだけど……! で、でも……! それはそういうもので……!

 

 

「それにバサクさんにはお休みも許さないって、ちょっと酷いよねー」

 

「ね~! そっちはここ(最奥の間)の前でしっかり休んで完璧状態なのに!」

 

 

「「「「うぐぅっ……」」」」

 

 

確かに……そうだけど…………! けど、けど……! 私達だってここまでくる手間が……!

 

 

「てかアイテム持ち込み幾らでも許可してるんだから、それぐらい当然じゃなーい?」

 

「それに~宝箱好き放題漁ってから来てるの、知ってますからね~?」

 

 

「「「「「ぐっ…………」」」」」

 

 

……でも……けど……! その……! あの……!!

 

 

「大体、バサクさんはあなたたち以外とも戦ってるんだから!」

 

「そ~そ~! 休みがあってもズルくもなんともないでしょ~!」

 

 

「「「「ぐ、ぅ…………」」」」」

 

 

…………だ、だ、だけどぉ…! 私達だって、私達だって!

 

 

「私達だって、まともに寝ないで来てたのに!!」

 

 

「いや寝なさいよ。なんでわざわざ体調不良で挑んで来てるのよ」

 

「健全な戦闘は健全な心と身体から、ってね~~!」

 

 

……もう……ぐうの音も出ない……。そうなんだけど……そうなんだけどさ……! 正論なんだけどさ! 卑怯なのはこっちなのかもしれないんだけどさ!

 

 

なんで…なんで、ミミックに説教されなきゃいけないの!? 私達から健全な心を奪った、卑怯戦法のミミックの癖にっ!!! 

 

 

「『ボス戦は一度失敗したら最初から』って相場が決まってるもんねー」

 

 

「あでも、最近はそうじゃないのもあるとか。だからゾンビアタックが横行してるって~」

 

 

「へー。クリア前提じゃなきゃいけないって大変ねぇ」

 

 

「ね~~!」

 

 

……こっちの気も知らず、なんかよくわからないことで盛り上がってるのが更にムカつく! ほんと、ミミック嫌いッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、どうするの? 戦う? もし気が乗らないなら帰り道開いたげる」

 

 

「バサクさんが治るまで私達はいますけどね~。良い機会だからゆっくり休むのもアリかも?」

 

 

ひとしきり話し終えた後、急に聞いてくるミミック達。どうするって言われても……。

 

 

「……どうする?」

 

「どうします……?」

 

「どうしましょう……」

 

 

まさかの提案に、みんなで顔を見合わせてしまう……。なんか、全身から力が抜けちゃって…全てが面倒くさくなってきた……。

 

 

だって、ようやく倒せると思ってた大物にすんでのところで逃げられたなんて……。卑怯者…! ……あれ、卑怯なのは私達のほうだっけ? もうわかんない……。

 

 

なんか溜まってた疲れもぶわって噴き出してきた感じがして……。……そもそも何で魔王を倒さなきゃならないんだっけ? 魔王は邪知暴虐の悪ーい存在なんだっけ……? そういや詳しく聞いてないや……。

 

 

んー……頭回んない……。はぁ……。お言葉に甘えて帰ろうかな……。

 

 

「――待て」

 

 

へ? やる気をなくしかけていた私の背を叩くように、クーコさんの声が。でもそれは私に向けられたものじゃなく、ミミック達への……――。

 

 

「一つ聞こう。お前達はバサクの代理…それはわかった」

 

 

「そーよ。認可も貰ってるわ」

 

「ちっちゃいけどボスで~す!」

 

 

「ならば――。お前達を倒せば、バサクを倒したことに。つまり……このダンジョンを()()()()したことになるのか?」

 

 

 

 

……あ! そうか!! そうかも!!! 代理とはいえボスなんだから、倒しちゃえば例の『魔王城への道』が開けるんだ!!!! 

 

 

「そうね! 私達は大目玉じゃ済まないけど!」

 

「せっきにんじゅ~だい!」

 

 

そしてミミック達もそれを認めた! そうと決まれば……!

 

 

「クーコさん、アテナさん、エイダさん、やろうっ!」

 

 

抜けたやる気が一気に回復! ううん寧ろ、やる気ブースト! あのとんでもなく強くてデッカいバサクさんに比べれば、ミミックの一人や二人程度、今の私達なら!!

 

 

「えぇ、やりましょう!」

 

「回復は任せてください!」

 

 

アテナさんとエイダさんも目に光を! クーコさんもフッと笑い、剣を構えて! よし、これならいける! 勝てる!

 

 

「おー! 流石勇者パーティーね!」

 

「そうこなくっちゃ~!」

 

 

ミミック達も触手をにゅるんと出し、戦闘態勢に! ――あ、そういえば……!

 

 

「そっち、二人だけでいいの?」

 

 

さっき1対4はズルって言われたから、敢えてそう聞いてみる! すると――。

 

 

「今のあなたたちならどっちかだけでも良かったんだけど……」

 

「負けるわけにはいきませんから~!」

 

 

……だって! 随分と余裕ぶってるじゃん! 道中のミミックをちょちょいのちょいで倒してきた私達相手に!

 

 

「じゃあ準備は良ーい?」

 

「かうんとだうん! さ~ん!」

 

 

なら……その自信満々な顔、潰してやる!

 

 

「「にー~!」」

 

 

鼻っ柱、へし折ってやる! 

 

 

「「いー~ち!」」

 

 

絶対に、わからせてやるんだから――……!!!

 

 

「「ぜろっ!」」

 

 

 

 

 

 

  ――――フッ

 

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

 

え…………嘘。 消えた……消えた!!? ミミックが、視界から消え……――。

 

 

「まずは先制攻撃! 且つ……」

 

 

――! ミミックの声! どこに……っ目の前!?

 

 

 

「痛恨の一撃魔法! ――『死んじゃえ☆』」

 

 

 

えっ…………かはっ…………………………………………………………………………

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

「……さん…。 ……アさん……」

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

……………………ん…………………………………………………………………………

 

 

…………………………………………あれ…?……………………………………………

 

 

「……シアさん…。 ……ーシアさん…!」

 

 

……………この声……………………………………………………………………………

 

 

…………………………………………………エイダさんの………………………………

 

 

 

「ユーシアさん! 目覚めてください!」

 

 

 

…………………………ハッ!? えっ!!!!? 

 

 

 

 

 

「良かった…! お目覚めになられましたか!」

 

 

「え、エイダさん? どうして……!? あれ、なんで私倒れて!?」

 

 

確か……。ミミックが目の前に来たと思ったら、急に意識が無くなって……。……一体何が……?

 

 

「『即死魔法』です……! 間違いありません……!!」

 

 

急いで起き上がっていると、アテナさんの震える声が耳に。即死…魔法…?

 

 

「その名の通り、当たると即死してしまう攻撃魔法です……! それをなんでミミックが……!? 超が幾つもつくほど取得難易度が高いのに……! なんで……!!?」

 

 

アテナさん、身体もカタカタ震わせて……! けどそれを落ち着かせる暇もなく、エイダさんが注意喚起を。

 

 

「お気を付けください、ユーシアさん! 蘇生魔法で事なきは得ましたが……連発されてしまうと私では対処が難しく……!」

 

 

「そう心配しなくても、連発なんてできないわよ」

 

「うんうん。アストちゃんじゃないんだし~!」

 

 

――! ミミック二人の声! どこに……って、えぇ……。

 

 

「でも目覚めたようで何より!」

 

「勇者だもの、目覚めないとね~!」

 

 

クーコさんの前で煽るように飛び跳ねてる……! 時折攻撃を交えているとはいえ、明らかに攻める気がない……! まるで私の復活を待ってたかのように……ううん、実際待ってた! 

 

 

「さ、続きしましょー!」

 

「私ももう即死魔法は使わないから安心してね~!」

 

 

……舐められてる! すっごく舐められてる! ミミック、大嫌いッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「さ、改めてー……」

 

「ばとる~すた~とっ!」

 

 

こっちの準備……私へのバフかけも完全に済んでから仕切り直すミミック達。相変わらず余裕ぶったまま……! 私が生き返るまで待ってたこと、後悔させてやるんだから!

 

 

……でも、気づいちゃったことがある。私達、色んなミミック対策を身につけてきたけど……この戦いだと、半分が息してない! 私の『やられた人のメッセージが見える能力』と、アテナさんの『見破る魔法』が使い物になってないのだ! 

 

 

だって、ミミックって普通隠れてる魔物でしょ!? それを見抜く方法は覚えたけど……こんなの、想定してないもん! ボス部屋で目の前に堂々と現れるなんて、聞いてないもん! 無茶言わないでよ!

 

 

……今更だけど…これもしかして、挑むの無謀だったんじゃ……? ……ううん! そんなことない! エイダさんの蘇生魔法はばっちり役に立ったし、クーコさんの貫通技も当たればきっと……!

 

 

それに、私達には経験がある! ミミックを手玉にとった経験が! それに私には魔物特効もあるし、勝てる! ……多分、勝てる!

 

 

「考え事してる暇、あるのかしら? とりゃっ!」

 

 

――ミミッ…! 危なあっ!?

 

 

「わぉ意外! いや、流石と言うべきね! 躱されちゃった!」

 

 

間一髪、ミミックの攻撃を回避し構え直す……! そうだ、考えてる暇なんてない! がむしゃらにやるしかない! ……けど…!

 

 

「ほらほらほらー!」

 

「ついてこれますか~!」

 

 

「「「「うっ……! 速い…!」」」」

 

 

 

 

……今まで、結構な数のミミックと戦ってきた。下位上位問わずにぶつかり、克服してきた。さっきのように、あのミミック触手を全部見切って会心の一撃を叩きこめるぐらいに強くなった。

 

 

だけど……! このミミック達の動き、そんな道中ミミックの比じゃないっ! 視認が……まともにできない!! 辛うじて残像が見えるぐらいにしか捉えられない!!!

 

 

こんなの、魔物特効を叩きこむどころじゃない……! ちょっとでも下手な動きをしたらこっちの誰かがやられちゃう! どうしたら……!

 

 

「アテナ! 私の右斜め前方に向けて範囲攻撃魔法を!」

 

 

「は、はい! 『サンダーストーム』!」

 

 

「わぁ! びっくりした~!」

 

 

「逃すか! ――くっ…!」

 

 

 

クーコさんはアテナさんと協力してなんとか動けてるけど……有効打を与えられてない。それどころか……!

 

 

「やりますね~! じゃあ反撃! しゃきききき~んっ!」

 

 

「な!? ぐぅっ…!?」

 

 

反撃として、触手刃による連撃が……って、触手が刃に!? えぇ!? で、でもどう見てもあの柔らかそうな触手が剣の刃みたいに鋭利さに……! クーコさんの剣とぶつかってキンキン剣戟の音してるし……!

 

 

「め~ん! ど~う! 小手……と見せかけて突き~!」

 

 

「ハァッ! っ……呑気そうに見えて、なんという痛烈無比な攻撃を……!」

 

 

しかもあのクーコさん相手に、正面切って戦えちゃってる……! このままだとジリ貧……!

 

 

「あなたの相手はこっちよ、勇者さん!」

 

 

って、気にしてる場合じゃなかった! こっちにも触手刃が――! こ、このっ! えいっ!

 

 

 

  ―――キンッ!

 

 

 

「痛ったあーい!? 嘘、こんな痛いの!? 想像以上なんだけど!」

 

 

 

……へ? とりあえず迫ってた触手刃を一本弾いたら、ミミックが飛び退いて……あ、そっか!

 

 

形変えたとしても、あれは触手! 触手なら、ミミックの身体の一部! つまり…魔物特効が乗る! 

 

 

ふ……ふふふふふっ! これで形勢逆転かも! 食らえ、私の番!

 

 

「エイダさん! 棘の鎧と支援攻撃、お願い!」

 

 

「承知いたしました! 『レリック・スパイクアーマー』! 『ジャッジメント・クロス』!」

 

 

クーコさんに倣い、こっちも魔法の援護を受け突撃! どう!? 少しでも掠れば大ダメージだよ!

 

 

「わお! わわっとー! 良い太刀筋してるじゃない!」

 

 

よしよし! ミミックは気軽に攻撃できず、回避専念を余儀なくされてる! このまま上手く追い詰めれば会心の一撃を……!

 

 

「なら……これならどーう?」

 

 

 

 

 ――――フッ

 

 

 

 

っ! さっき消えたのと同じ…! ミミックの素早さ全振り攻撃! とうとう何も見えなく……!

 

 

これじゃ攻撃を当てるどころじゃない! どうしたら……! なにか……ミミックの居場所を見つける方法は……ミミックを……見つける……()()()!?

 

 

そうだ! イチかバチか! ミミック対策!

 

 

「アテナさん!」

 

 

「はいっ!」

 

 

「『ディテクト』を振り回して!」

 

 

 

 

 

「えっ!? わ、わかりました!」

 

 

一瞬困惑しつつも、見破る魔法を即座に詠唱し、杖を勢いよく振り回すアテナさん! 上手くいけば……!

 

 

 

 

 ―――ピカッ!

 

 

 

 

「そこっ!」

 

 

「きゃうっ!?」

 

 

やったぁっ! 光った方向へ瞬時に飛び込み、薙ぎ払うような一刀を! そしたら…当たった! 素早さで()()()()ミミックを見破って、私の剣が刺さった!

 

 

どうどう!? 効いたでしょミミック! 私の魔物特効、とくと――……。

 

 

「あっぶなーい! 蓋でガードしなきゃバサクさんの二の舞だったわね!」

 

 

なっ……嘘……! 完全に隙を突いたはずだったのに……ガードされちゃったの!? 渾身の一振りだったのに……!

 

 

で、でもまだまだ! ミミックの動きを見破れる方法を見つけたんだから、勝ち目はまだあるっ!

 

 

「うーん! 流石バサクさんを手こずらせてるだけあるって感じ!」

 

「上手く攻めきれな~い! 強い強~い!」

 

 

――あれっ…? 急にミミック2人とも退いて……? ――嫌な予感!

 

 

「じゃ、こっちもちょっと本気で! ―――。―――!」

 

「アストちゃんとの修行の成果、見せたげる~! ―――。―――!!」

 

 

急に揃ってむにゃむにゃ言い出した…! もしかしてあれ……!

 

 

「あれは…! 詠唱です! 召喚術式!」

 

 

アテナさんが叫ぶ! ヤバいっ! そんなことされたら更に面倒に! 止めなきゃ――……

 

 

「「しょうかー~んっ!!」」

 

 

――うっ…! 遅かったみたい…! 一体何が呼び出されて……あっ……。

 

 

「じゃーんっ! サキュバスっ!」

 

「なっ……!?」

 

 

「じゃじゃ~んっ! アラクネっ!」

 

「えっ……!?」

 

 

「「じゃじゃじゃー~んっ! スケルトンっ!!」」

 

「っ……!?」

 

 

 

そ、そんな……! 召喚されたのって全部……みんなのトラウマ魔物!!?

 

 

 

 

 

 

 

「そーれとっつげきー!」

 

「ご~ご~っ!」

 

 

何体も召喚された魔物達を引き連れ、再度攻め入ってくるミミック達…! 対して、クーコさん達は……。

 

 

「「「ひっ……!?」」」

 

 

怯んじゃってる! 確かに大分大丈夫にはなったんだけど…こんなボス部屋で召喚されるなんて露程も思うわけないじゃん! てかさ――!

 

 

「卑怯じゃん! ズルじゃん!」

 

 

数増やすなんて聞いてない! そしてみんなが嫌いな魔物ばっか召喚してくるのは酷くない!? せめて……――。

 

 

「仲間を呼ぶ、とかならまだしも!」

 

 

「おー? 良いの?」

 

「良いんですね~!!」

 

 

……え。 え? ……なんか私、すっごく余計なこと言っちゃった気が……!

 

 

「っ……! また召喚術式を……!!」

 

 

アテナさんが……! こ、今度こそ止めなきゃ……駄目だ、囲まれちゃってる! 絶対ヤバ……――!

 

 

「「じゃじゃじゃじゃー~んっ! ミミックは なかまを よんだ!」」

 

 

「「「「「「「「「「シャアアアッッ!!!!」」」」」」」」」」

 

 

ひっ!? た、沢山の……!

 

 

 

「「「「ミミックッ!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝箱型ミミックから触手ミミック、蜂とかの群体型ミミックまで!? わんさかと現れて、他の召喚魔物達と合わさってこっちに!!

 

 

「く……くぅっ…!」

「あ…うぅっ……!」

「はうぅ…………!」

 

 

ひたすらにみんなで攻撃して、アイテムも使いまくって凌いでいるけど……トラウマ刺激されちゃって、勢いよく押し込まれちゃってる! このままじゃ物量差で蹂躙されちゃう! 何とかしなきゃ…――!

 

 

「……エイダさん、私以外に出来る限りの防御魔法をかけてください! それと蘇生魔法の準備も!」

 

 

「えっ…!? アテナさん、何をなさる気で……!?」

 

 

「奥の手を使います…!! 皆さん、合図をしたらガードしながら下がってください!」

 

 

アテナさん…!? 一体何を!? 奥の手って……!?

 

 

「――今です!」

 

 

っ! とりあえず合図に従い、後退……えっ!? アテナさん、代わるように前に跳び出して……!

 

 

 

「アラクネさん、ごめんなさいっ! ――我が身犠牲に全て滅ぼせ!『メガトン・デストラクション』!」

 

 

 

!! アテナさんの身体に……エネルギーが集まって……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――キュイィンッ カッ!  ドッゴオッッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあっ…!?」

「くっ……!?」

 

 

なっ……なに!? 大爆発!? ううん、これってもしかして……! 

 

 

()()()()!?」

 

 

多分間違いない! アテナさんを中心に、とんでもない爆発が起きたんだもん! 爆風と爆炎が辺りを包み、床は広範囲に焦げて……! アテナさん、こんな技を覚えて……!

 

 

「――っ! 蘇生を行います! お二人は警戒を!」

 

 

ハッと気づいたエイダさんの号令のもと、私とクーコさんは周囲の状況確認を。でも……サキュバスもアラクネもスケルトンも、沢山のミミックも、影も形もない。ぜーんぶ消滅した!

 

 

凄い…! エイダさんの奥の手、凄い! 多分これなら、あのボスミミック達も……――!

 

 

 

 

 ―――パカッ!

 

 

 

 

「ちょっと見くびりすぎてたわねー!」

 

「ね~! 勇者パーティーは伊達じゃないね~!」

 

 

…………うそ……。爆発を回避した様子もないのに、普通に宝箱が残ってる……。そして、ミミック達も平気な顔を見せて……。

 

 

そんな……あれでも駄目なんて……。アテナさんが文字通り身を張ったのに、傷一つないなんて……。じゃあ、どうやったら倒せるの……――

 

 

 

「……ユーシア、隙を作れるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

へ……? 意気消沈しかけてると、クーコさんがそんなことを。何か策が……?

 

 

「やはりミミックは箱で全てを無効化してくる。ならば……私のあの技を、全身全霊でぶつける!」

 

 

――そうだ…! もうそれしかない! 私の魔物特効攻撃も、アテナさんの大爆発も、決まれば倒せるはずだった! 多分!

 

 

でもまだミミック達がピンピンしてるのは、それが全部ミミックの箱に防がれちゃったから! ならもう…できることはただひとつ!

 

 

クーコさんのあの技を……箱を貫通し中のミミックを直接叩き切る、『ボックス・ピアッシングカッター』を当てるしかない!

 

 

「わかった…! 囮になってでも隙を作る!」

 

 

「頼む…! アテナが復活次第、行動に移すぞ!」

 

 

互いに頷き合い、時間稼ぎの牽制で場を誤魔化す…! と、そうこうしてるうちに…!

 

 

「――けほっ…! けほっけほっ…! うっ…ボスまでは無理でしたか……」

 

 

「深呼吸を、アテナさん! こちらの魔力回復薬もお飲みください! …もうアイテムの数が……」

 

 

アテナさん復活! ……けどさっきまでの戦いの中で、持ってきたアイテムは大分消費しちゃってる。きっと、次が最後の挑戦になる……!

 

 

だから、だから――! 持ちうる全てをっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「「アテナ(さん)! エイダ(さん)! 最大火力で援護を!」」

 

 

「「っ! はいっ!!」」

 

 

即応してくれた二人は、全力の詠唱! 魔力全てを使い――!

 

 

「『ブレイズシュート』!『サンダーストーム』!『アイスマイン』!『ロックレイン』!『チェインエクスプロード』――!」

 

 

「『セイント・アロー』!『グレイス・スリープ』!『ジャッジメント・クロス』!『ブレスド・パニッシュメント』――!」

 

 

撃てる限りの攻撃魔法を、次々とミミック達へ! ……やっぱ躱されちゃうけど、広範囲の飽和攻撃でミミック達の動きを今日いち制限できてる!

 

 

「いくぞ、ユーシア!」

 

 

「うんっ!」

 

 

間髪入れず、私達もその中に飛び込む! エイダさんの魔法のおかげで多少は食らっちゃっても大丈夫だし、残りの回復薬を全部飲み切る勢いで――!

 

 

「はあああッ!! 『クレセントエッジ』!!」 

 

 

「とりゃああッ!! 『ブレイヴスタースラッシュ』!!」

 

 

「「わわわわわー~っ!」」

 

 

押せてる! 確実に押し込めてる! あと少し、あと一手――!

 

 

「あっとっと~…っ!」

 

 

――! ミミック片方の退避が遅れてる! 絶好の…チャンスッ!

 

 

「今っ!」

 

 

「わっ!?」

 

 

床が砕けるんじゃないかってぐらい蹴り、肉薄! そして――!!

 

 

「『ブレイヴスター・ヒーローアタック』ッッ!!」

 

 

渾身の大技を放つっ! ――――くっ…‥!

 

 

「あっぶな~いっ!」

 

 

箱でガードされた!! ……でも、それでいい! それを待ってた! この技こそが、最後のための囮!! つまり――!

 

 

「貰った! 『ボックス・ピアッシングカッター』ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ―――ザンッッッッッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

「キャうンッ~……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「――っ!!!!」」」

 

 

聞こえた……! 今、聞こえた! クーコさんの技が綺麗に入った音と、ミミックの断末魔が! そして数秒前まで跳ね回ってた宝箱が、ゴトンッて床に落ちて沈黙する音も! 

 

 

「や……やった! やったあっ!!!」

 

「倒せたんですね……!」

 

「凄い……素晴らしいですっ!」

 

 

やったんだ…! 私達、やったんだ! ボスなミミックを倒しきったんだ!! 圧倒的なあのミミックを、恐ろしいあのミミックを、見事倒して――……!

 

 

「――まだだッ!」

 

 

っ! クーコさん! そうだった…! ミミックは二人いるんだ! まだ喜ぶには早い!

 

 

……けど、片方は倒したんだから、あとは楽にいけ……――。

 

 

 

 

「――『よみがーえーれー!』」

 

 

 

 

……へっ…? この声…残ってるほうのミミックの……。――!? 今倒したミミックの宝箱が、急に光り出して……!?

 

 

「そ、そ、そんな……!! そんなこと……っ!!」

 

 

え、エイダさん!? なんでそんな震え声に……まさかっ!?

 

 

「あれは……()()()()です!!」

 

 

 

 ―――パカッ!

 

 

 

「ふっか~つっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

……そ…………そ…………そんな……! そんな……! そんなぁっ!? そんなあっ!!? 

 

 

「もう。駄目でしょ、わざと食らって死んじゃー」

 

「えへへ~。ごめ~ん!」

 

 

蘇生魔法をかけたミミックが、復活したミミックを叱ってる……って、わざと!? 嘘だよね……負け惜しみだよね…!!?

 

 

「だってあの騎士の人の技、気になっちゃって~!」

 

「わかるけどねー。ま、勇者の技は食らわなかったから良いか!」

 

 

うっ……! すっごく余裕そうに…! 私達、全力を尽くしたってのに……っ!! なんでそんな……! そんなっ!!!

 

 

 

うぅううぅっっ……!  ミミック、大大大ッ嫌い!!  ――って、またミミック達、こっちの気もしらないでニッコリ笑いあって……――。

 

 

 

 

「さ! そろそろ終わりにしましょーか!」

 

 

「ね~! そろそろ向こうも限界みたいだし!」

 

 

 



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人間側 とある上級勇者の冒険Ⅲ 終

 

 

!! 今ミミック達、『終わりにする』って……! この戦いを終わりにするって…! 確かに私達、正直言って限界だけど……! 容赦なんて欠片もない……!

 

 

う、うぅ……! た、ただで負けないから……! 最後まで……諦めないから! ……ぐすっ…。

 

 

「そうだ、諦めるなユーシア! 私の技は効くとわかった。お前の攻撃だって当たればバサクのように!」

 

 

っ! クーコさん…! クーコさんのその言葉に、剣を握り直す…! アテナさんとエイダさんも、なけなしのアイテムを使って体勢を立て直す! そうだ……まだ負けた訳じゃないん……――

 

 

「不っ屈ー! 脅威なの、わかるわ!」

 

「じゃ、心折っちゃお~っと!」

 

 

――ひっ!? さっき倒した方のミミックが、勢いよくこっちに! アテナさんとエイダさんが力を振り絞って魔法を放つけど、当然の如く掠りもしない高速回避!

 

 

「もう一度良いですよ~!」

 

 

そして私達を煽るように、目の前でぴょいんって…! こ、このっ……!

 

 

「ぶ、ブレイヴスター……!」

 

 

「それっ!」

 

 

「――きゃっ!?」

 

 

は…弾かれた…! 箱の角っこで、いとも容易く……! く、クーコさん……!

 

 

「逃さん! 『ボックス・ピアッシングカッター』!」

 

 

「おっとっと~!」

 

 

「なっ……!」

 

 

嘘…!? 狙い澄ましたクーコさんの技も、そのまま刃の動きを流すようにクルリッて空中一回転して避けて…!? さっきまでと動きが全然違うじゃん…!

 

 

「まずは…あなたの動き止めましょ~!」

 

 

――しまっ……! ミミックが、クーコさんの目の前へ跳ねて…! 何を…!

 

 

「――『うっふ~ん♡』」

 

 

「!? きゅうっ……♡」

 

 

 

は!? 箱から乗り出しセクシーポーズ!? なんで突然!?? で、でも…な、なんかすごくえっちな……!

 

 

「ちゃ、『魅了魔法(チャーム)』!?」

 

 

アテナさん!? えっ、あれ魅了魔法なの!? あっ…言われてみれば私もちょっと見つめちゃってた…! 余波的な……?

 

 

「くっ……♡ あっ……んっ……♡」

 

 

って、クーコさんがしっかり食らっちゃってる!?  艶っぽい声を出しながらふらついてる!!

 

 

「流石、社長のお友達サキュバスが調教してただけあるわねー!」

 

「ね~! 耐性下がってて効きまくり~!」

 

 

ハッと気づくと、ミミック達はいつの間にか離れた位置で笑ってるし! 何でかわかんないけど、攻めてこないうちに急いで状態異常の解除を……――。

 

 

「も……申し訳ございませんユーシアさん……! 魔力が……! 回復薬も、もう……!」

 

 

エイダさん!? そんな……! さっきまでので全部使っちゃって……――!

 

 

「――嘘……あんな…ものまで……」

 

 

今度はまたアテナさん!? どこを見て…………うそ…………。

 

 

 

「大きくなーれ、大きくなーれ!」

 

「まだまだ~! 太陽みたいにおっきく~!!」

 

 

 

ミミック達の頭上に……超超超巨大な、燃え盛る火の球が!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達の魔力ぜーんぶ使った、とっておきの魔法!」

 

「これを以てして、勝負の決着としま~す!」

 

 

この場全体を真っ赤に染め上げる火球を頭上に、そう宣言するミミック達……! あんな巨大なの、避けられない……! 食らっちゃったら、間違いなく身体が蒸発しちゃう……!!

 

 

それだけでもヤバいのに……クーコさんは魅了にかかっちゃって、エイダさんは魔力切れで、アテナさんは怯んで動けなくなってる……なんて…………。

 

 

終わった……。私たちの負け……。ありったけの力を振り絞ったのに、勝てないどころか傷一つつけられないなんて……。一回倒せたけど、あれはノーカンになっちゃったもん……。

 

 

もうこのまま、あの火球でジュッてやられて王様の前にとんぼ返りになるしか道は……――。

 

 

「――あ、そーだ。 お望みなら帰りの道開けてあげるけど?」

 

「満足したしね~! お宝もつけちゃいますよ~! ど~します?」

 

 

――! そういえば、そういうシステムだったんだ! そうすれば、とりあえずは誰も死なずに帰還できる!

 

 

なんていう魅力的な提案! その提案に頭を下げさえすれば、無事に帰れる! 帰れる……んだ……けど、もっ!!

 

 

「お――……」

 

 

「「お?」」

 

 

「お・断・り!! 誰がミミックなんかに頭を下げるかっての!! 最後まで戦い抜いてやるんだからぁっ!!!」

 

 

 

ブチッてキレて、つい叫んじゃった! そういう卑怯な提案してくるなんて…本当、ミミック大大大大大ッ嫌い!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ユーシアさん…!」」

 

 

あっ…! 気持ち任せだったけど、勢いよく言い切った甲斐があったかも…! アテナさんとエイダさんが感動してくれてる!

 

 

そうだ、クーコさんの言う通り、諦めちゃいけないんだ! 諦めないからここまで来たんだ! 復活魔法陣送りになるまで、勝負はわからないんだ!

 

 

というか、死んだところで王様に変な事言われるだけだしね! それとミミックに頭下げることを天秤にかけたら、どっちが良いかなんて一目瞭然!

 

 

「おおおー! お見事、勇者パーティー!」

 

「格好良い~! 素っ敵~!」

 

 

ミミック達もパチパチと褒めてくれてる。嬉しいようなやっぱりムカつくような。……あ、それならもしかして、このまま帰らせてくれたりとか……。

 

 

「なら――」

 

「これ、なんとかしてみて~!」

 

 

だよね! うん、わかってた! そりゃそうだよね! でも…今ので気力が戻って来た! 

 

 

「アテナさん! エイダさんに魔力わけられない?」

 

 

「はい、やってみます……!」

 

 

「ですがユーシアさん……あの火球は……」

 

 

心配そうなエイダさん達。私はクーコさんを二人の元に寄せながら、ニカッと笑ってみせる!

 

 

「イチかバチかどころじゃないけど……試したいことがあるんだ! 死んだらゴメンね!」

 

 

「「……っ! はいっ!!」」

 

 

良かった、二人とも頷いてくれた! よーし!

 

 

 

「こいっ! 私が…勇者ユーシアが、なんとかしてみせてやるっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「良~い覚悟~! それじゃ~…そ~れっ!」

 

 

っ…! 満を持して、超超超特大火球が投射されて! うっ……もう熱い…! そして……デカくて怖い! 本当に太陽が迫って来てるみたい……!

 

 

でも……でも! 私は勇者! みんなを守る、勇者!

 

 

「みんな、私の後ろに固まって!」

 

 

そう指示を出し、剣を大きく大きく振り上げる! その間にも、火球は目の前に……視界が目が潰れそうなほどの業炎で埋め尽くされて……!

 

 

「くっ……はあ…はああああああああッッッ!!!!」

 

 

――負けるもんか! へこたれるもんか!! 私は勇者! 魔物を倒す、勇者! クーコさんを凌ぐかもしれない勇者!

 

 

 

なら……魔物が作った、この程度の魔法ぐらい、()()()()してみせるッッッ!

 

 

 

「「ユーシアさん…!」」

 

「……ぅ…。 ゆ…ユーシア……」

 

 

みんなの祈りと思いを背負い! 迫りくる業炎を……今ッ!

 

 

 

「ブレイヴゥ……スラッシュッッッッッッゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  ――――ザンッッッッッッッッッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「―――!!!!」」」

 

 

やった! やった!! やった!!! やったぁ!!!! やったあっ!!!!! 

 

 

太陽が、割れた! もとい、火球が、パッカリ半分に斬れた!! これで私達、助かっ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ギュルッッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ぐぇっ……!?」」」」

 

 

 

……な……うぐっ……!? がはっ……首に……!? 嘘……嘘…っ!!!???

 

 

 

な……なんで……なんで……なんで……なんで……なんでっ!!?

 

 

 

 

「天晴、勇者よ! では褒美に…全滅をプレゼントしてあげる!」

 

 

 

なんで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()の!?!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょーとっ!」

 

 

「「「ぐっ…あ…………がふっ……」」」

 

 

ぅ…あ……! みんなが……触手で縊られて……!! 私のもどんどん絞まってきて……! なんで……どうして……!!

 

 

「あの技が最後って……決着のって……!」

 

 

「そーよ。私が火球の中に入って完成の技だもの!」

 

 

そ……そん…な……! だって……だって……!!

 

 

「両断……したのに……!」

 

 

「あれだけのサイズ、両断しただけじゃねー」

 

「ね~! ま、さっきの騎士さんの攻撃も箱の中で躱せたんですけど~!」

 

 

 

も…もう一体の触手も…首に……!! ぁ…ぐ……な…ん…で……!

 

 

 

「なんで……あんな火球の中に…魔法の中に、潜めて……?」

 

 

「そんなの簡単じゃない!」

 

「私達が、ミミック(潜む魔物)だからで~す!」

 

 

そ…そ…そんな……ズルじゃん……っ!! 卑怯じゃん……っっ!!! ミミック……――

 

 

「じゃーね! また来てね!」

 

「待ってま~す!」

 

 

 

――がふっ……………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ 勇者 たちよ  全滅してしまうとは 不甲斐な――」

 

 

「王様ッ!」

 

 

―――ハッ!? 王様と、大臣さんの声! ということは、ここは王城の復活魔法陣の上! みんなは……!

 

 

「私と……したことが……いっそ殺してくれ……」

 

「なんで……ミミックがあんな魔法を……なんで……」

 

「神よ……何故あの魔物にあれほどの力を……神よ……」

 

 

っ……。三人共、涙を浮かべて放心してる……。そりゃそうだよ……。私だって、あの瞬間を思い出したら……。

 

 

灼熱の火球がパカリと割れ(開き)、中から眩しさに塗りつぶされた、暗黒の化身のようなミミックが……邪悪なミミックが、魔の触手を唸らせつつ私達の首元に……っ! う……あっ……!!

 

 

ふぅう…ふゥう……はぁ……はぁ……! あんな頑張ったのに、あとちょっとで勝てるかもって何度か思ったのに……! その度に全部……全部、こともなげに打ち砕いて来て……!!!

 

 

あんな……あんな……! ズルくて、卑怯で、やりたい放題なんて!! みんな頑張ったのに、頑張ったのにぃ……ぐすっ……うぅぅうぅ……!

 

 

「ど、どうしたというのだ勇者達よ。何があったというのだ…!?」

 

 

「人払いを…! 兵は急ぎ捌けなさい…!」

 

 

…ひくっ……王様達も……流石にあわあわしてる……ずずっ……怒られないのは……良かったけど……ふぅう……涙…止めなきゃ……えぐっ……。……あ…そうだ……。

 

 

「おうさま……」

 

 

「おぉ、どうした勇者ユーシアよ?」

 

 

「なんで私達、魔王討伐を命じられたんですか……?」

 

 

 

 

 

さっきもちょっと考えてた、私達の任務の詳細な理由。ミミックにやられたせいか、また気になっちゃって……。涙を拭いながらそれを王様へ尋ねてみると――。

 

 

「む……。それは……かの魔王が邪知暴虐の存在であり……」

 

 

「それは聞きました……。ですけど、どんな悪いヤツかってよく知らなくて……。見せてもらった魔王の演説の映像も、ダンジョン増やすって話だけでしたし……」

 

 

「む……ぅ……。それは……だな……」

 

 

――なんか、口ごもっちゃった……。と、大臣さんが王様へ耳打ちを。

 

 

「いい加減、真実をお明かしになられたら……」

 

 

「う……うむ……」

 

 

そう言われ、ゴホンと咳払いをする王様。そして、厳かに話し出した。

 

 

「実はな……詳細は明かせぬが、当代の魔王に戦乱を呼ぶ奸計が見て取れた。今はただ時世を窺っているだけに過ぎない。いずれ、世界を狂瀾怒濤の渦に巻き込むことだろう」

 

 

「そうなんですか…!?」

 

 

「うむ…! そう、考えて見るがいい、勇者よ。以前見せた演説映像はダンジョンの新設についてだったが……それが指し示すのは、軍備の拡張ではないか?」

 

 

「……! 確かに……!」

 

 

「おぉ、納得してくれたか! そしてだ……。私は知っている。当代魔王の実力、そしてその残忍さを!」

 

 

 

 

 

「それは一体……!?」

 

 

王様の話に釘付けとなる私……! 気づいたらクーコさん達も……! そんな私達へ、王様は警告を。

 

 

「これから話すことは国家の…いいや世界の機密事項だ。何人にも漏らしてはならぬ。もし微かにでも口にすれば、牢屋行きは免れぬぞ」

 

 

「「「「っ……!」」」」

 

 

怯みつつも頷く私達。それを確認した王様は、満を持して詳細を明かし出した。

 

 

「あれはかつての話だ……。当時、各国の王は手を取り合い、腕利きの騎士や兵を選出し『騎士兵団』を結成した。時の魔王に対抗するためだ」

 

 

「――! 陛下…その話は……!」

 

 

「落ち着くがいい、騎士クーコよ。 一騎当千の猛者ばかりを集めたその騎士兵団は、数万は下らぬほどの規模となった。向かうところ敵なし、無双の軍団、まさにその言葉が似合うほどにな」

 

 

クーコさんを制した王様は、まるで物語を語るかのように。そして急に声の調子を変え……。

 

 

「……だがある時、忌まわしき事件が起きた。とある地で修練を積んでいた騎士兵団の元に、魔王軍が奇襲をかけて来たのだ。『バサク』と名乗る幹部が率いる、同規模の軍団がな!」

 

 

「「「「バサク!?」」」」

 

 

バサクって言ったら、今さっきまで居たダンジョンのボスの名前! 私達が倒そうとしてた相手! だけどミミックがあんな……うっ……。今は…王様の話の続きを……!

 

 

「しかし我らが騎士兵団は即応し、次々と魔物兵を屠って見せた! 奇襲なぞする卑怯な連中は、あっという間に殲滅――!」

 

 

凄い、そんなことが……! ――あれ……? 高らかに語っていた王様だったのに、今度は拳を握りしめ、声をわなわな震わせて……。

 

 

「――できる直前のことだった。 現れたのだ……奴らが!」

 

 

「ヤツら……?」

 

 

聞き返した私に、深く頷く王様。そして、その奴らの正体を口にした。

 

 

「まだ王位継承前であった年若き当代魔王と、その従者二人! 『最強トリオ』と呼ばれる、悪逆非道の三人組が!」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「『最強トリオ』……?」」」」

 

 

なにそれ……。ダサくない……? そう思っちゃったのがバレたのか、王様は『呼び名に騙されてはならぬ』と前置きをし、わざとらしいほどに震える声で唸った!

 

 

「奴らは正々堂々と戦おうとする騎士達をあざ笑うかのように翻弄し、蹂躙し、虐殺せしめたのだ! まさしく魔を帯びた王……魔王の名を知らしめるかの如く! 奴らの前では誰しもが無惨に散るしかなかったと聞く。そう…今しがたのお前達のようにだ!」

 

 

「「「「――っっ!」」」」

 

 

あの……ボス戦みたいに……!? どれだけ頑張っても、全力で挑んでも、ズルと卑怯な手で楽々躱され、何も出来ずに縊られた…あの戦いみたいに……!? そんな……そんな……!

 

 

「……もう言葉にする必要もないだろう。たった三人相手に、騎士兵団は壊滅してしまったのだ。――せめて笑うがいい、勇者達よ。このようなこと、世には出せぬ。各国の王は断腸の思いで歴史の闇に葬ったのだ!」

 

 

自虐気味に笑う王様。けど、誰も笑わない、笑えない……。それどころか、クーコさんは唇を噛みしめた。

 

 

「騎士兵団対魔王軍団の戦い、そしてそれを終結させた謎の存在の話は、各国の騎士の間でも与太話として囁かれております。ですが……真実であったとは……!」

 

 

「あ、あぁ。ゴホン、そしてだ! 今やヤツは、悠々と玉座に腰かけ魔界を支配している! このような暴虐、あってはならない! だからこそ――!」

 

 

演説するかのような王様は、そこでチラッと私達のほうに目を。それに対し、私は……――!

 

 

 

「わかりました……! 魔王討伐の命、頑張ってみます……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そ、そうか!? 本当に良いのか!?」

 

 

やけに凄くびっくりする王様に、私はコクリと頷いてみせる。魔王がそんな強いなんて知らなかったけど……そんな危険な人物なら、放っておくわけにはいかない……!

 

 

さっき私達が味わったあの苦くて辛い思いを、他の人にさせちゃいけない……! だって私、勇者なんだから! …あ、でも一応……。

 

 

「みんな、良い……?」

 

 

恐る恐るクーコさん達に伺いを立ててみる。すると――。

 

 

「勿論だ、ユーシア!」

 

「このまま負けて終われませんし……!」

 

「皆の平穏のため、この身を捧げます!」

 

 

みんな、二つ返事でOKを! そう……! 諦めちゃいけないんだ!! まだ、戦ってみせるんだ!

 

 

それに、魔王はミミックじゃないのは間違いないんだから! それなら……ワンチャンあるかもしれないじゃんっ!!!

 

 

「とりあえず言ってみるものだな……ウェッホン! では、引き続き託したぞ勇者達よ!」

 

 

そんな私達を見て、安堵の息を吐く王様。……あれ? 大臣さん、溜息ついてる気が……?

 

 

「王様……」

 

 

「そう睨むな、大臣……。 ――勇者達よ、改めて我が命に殉ずる覚悟を見せてくれた褒美だ。お前達に更なる武装をやろう。我が王家秘伝の品を!」

 

 

ついてまいれ! と意気揚々に何処かへと向かう王様。大臣さんに招かれながら、私たちもその後を。『褒美』と聞いた瞬間ちょっと怯んじゃったんだけど……何をくれるつもりなんだろう……? 武装……秘伝の品……? 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ。足元に注意するがいい」

 

 

「灯りとしてこちらをどうぞ」

 

 

兵の人を連れることなく、やってきたのはお城の一角にある古ぼけた尖塔。みんなで灯りを手にしながらそれを登って……着いたのは真っ暗な最上階?

 

 

いやほんと、真っ暗。灯りがないとほとんど見えない。明り取り用の大きい丸窓はあるみたいだけど、木の扉で締め切られてるみたいし。ここに何が?

 

 

「これだ! 勇者達よ、見るがいい!」

 

 

へ? 王様が部屋の真ん中を指し示して……ひっ――!?

 

 

 

「「「「「ミ、ミミック!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「? いや、宝箱だが……?」

 

 

眉を潜める王様に、私たちはハッと。ほんとだ……宝箱だ……。 そ、そうだよね…! 王家秘伝の品なんだから、宝箱に入ってて当然だよね……! 

 

 

それにこの宝箱、部屋中央の祭壇?みたいな台に固定され、更に大量の封印鎖でぐるぐる巻きにされてる。仮にミミックだとしても動けないか……。

 

 

……そういえば、前も王様がくれた宝箱を見て、ミミックを思い出して悲鳴をあげたことが……。けど、今回はそうは……。思い出さない、思い出さない……! さっきのことも忘れて……よしっ!

 

 

「大丈夫か? ――ゴホン、では教えるとしよう。この中に入っているのは、『光の玉』と言う名の装身具だ。常に暖かく神々しき輝きを放ち続けており、その美しさは魔を払うと伝えられている」

 

 

私達が落ち着いたところで説明してくれる王様。光の玉……そんなものが。でも、それがどんな効果を? そう思ってたら、王様はニンマリ笑い――。

 

 

「『魔を払う』と言ったであろう? 即ちだ……この光の玉を装備すれば、勇者の持つ魔物特効の如し力を、誰でも手に入れることができるのだ! 勇者の場合は、更なる強化にな!」

 

 

「「「「――!!」」」」

 

 

「どうだ! 無論、人数分はある。実を言うとな勇者よ、お前から見えるオーラというのは、その光の玉の輝きに類するもので……どうした、勇者よ? いや、皆、何故そう身を震わせ……」

 

 

「「「「だ…………」」」」

 

 

「だ?」

 

 

「「「「だからあッ! それを一番初めに渡してくださいって、王様ぁっ!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

まただよっ! また王様のケチ! 最初は私に旅人の服&棍棒&50G(ゴールド)しかくれなかったし、その後も加護付き武器を渡すの渋るし!! 今回はこれだよっ!!!

 

 

「す、すまぬ…! だって惜しく感じて…! 一応秘伝だから……」

 

 

私達の剣幕に慌てて弁解をする王様。……まあ確かに、王家秘伝の品を簡単には渡さないよね……。王様にまた不敬なこと言っちゃったかな……。

 

 

「はぁぁぁ……。だから早いうちに説明をと申し上げましたのに……」

 

 

と、大臣さんが深い溜息を。そして私達の方へ頭を下げた。

 

 

「我が王の手落ち、どうかお許しを。しかし、今までお伝えしなかったのには理由があるのです」

 

 

り、理由……? 首を傾げる私達に軽く頷き、大臣さんは目を王様へ。すると王様は調子を取り戻した様子で明かしてくれた。

 

 

「そうだ、理由があるのだ! 実はな……その効果の発動にはとある条件があるのだ」

 

 

「条件……ですか?」

 

 

「うむ。その条件とは、『真に勇気ある者』と光の玉に認められること。そうでなければ折角の光の玉も、ただの灯りと同義だ」

 

 

「真に…勇気ある者……」

 

 

「お前達は既に相当な実力をつけ、勇気ある者達となっている。だが、まだ足りぬ。今以上に研鑽を積み、限界を超えなければ光の玉は力を貸してくれないであろう」

 

 

威厳を取り戻し、私達へそう伝える王様。そして、ちょっと大臣さんの顔を気にしつつも、フッと決め顔を浮かべた。

 

 

「とはいえ、その高みが目前なのは確かだ。故に、今の内から渡しておこう!」

 

 

 

 

 

 

 

「やった! 有難うございます王様!」

 

 

機嫌悪くなっちゃって渡してくれない、ってことにならなくて良かった! 私に続き、みんなも口々にお礼を。それで王様は気分が良くなったのか、上機嫌な声で宝箱に命令を出した。

 

 

「王の名において命ずる! 封印よ、解けよ!」

 

 

おおー…! 宝箱を縛る鎖が勝手に震えだした……! 封印魔法らしいのだけど、なんか見てるだけでワクワクする!

 

 

それにしても……光の玉なんてものがあったなんて! それさえあれば、クーコさんもアテナさんもエイダさんも私と同じように楽々戦えるし、私はもっともーっと強くなれる!

 

 

そしたらきっとバサクさんだって簡単に倒せちゃうし、あのミミックだって……――! ……あれ、宝箱の鎖からなんか浮き出て来て……――!

 

 

「「「「――ひッ!?」」」」

 

 

「!? どうした勇者達よ、揃ってそのような声を出して?」

 

 

「「「「あ、あれは…!?」」」」

 

 

「あれ? 鎖から浮きだした魔法陣群のことか? あれが封印魔法の……何故そう距離をとる!?」

 

 

王様が顔をこちらへ戻した時には、私達は揃って今の場所から飛び退いてた…! だってあれ、魔法陣を周りに浮かべる宝箱って……!

 

 

 

まるで、()()()()()()()()()()みたいで!!

 

 

 

「もしや……恐ろしいのか? 何故……? まあ安心するが良い。すぐに消えてなくなる」

 

 

王様が言う通り、その魔法陣はパリンパリンと次々に割れてく……! 良かった……! あ……鎖もそれに合わせて外れてって、全部……――

 

 

「「「「――ひぃッ!?!?」」」」

 

 

「今度はどうしたというのだ!?」

 

 

「「「「あ、あの光は……!?」」」」

 

 

「光? あぁ、封印が解かれたから、蓋の隙間から光の玉の輝きが漏れ出しただけ……扉にまでか!?」

 

 

わ、私達は……この部屋の扉に縋りつくように……! だって……だってあれ、光ってる宝箱って……!

 

 

 

まさしく、()()()()()()()()()()()()()みたいでぇ!!

 

 

 

「そこでは光の玉が見えぬだろう、ほらこちらへ……な、何故来ないのだ!? 何故……もしや、暗くて怖いのか? 窓を開けよ!」

 

 

いくら呼んでも動かない私達を心配し、大臣さんに命令を出す王様。大臣さんは急いで明り取り用の大きい丸窓に駆け寄り、閂を外して全開に。すると一気に太陽の…光が――!?

 

 

「「「「ひぃいいいっっッ!?!?!?」」」」

 

 

「勇者達よ!? 待て! 階段を駆け下りて何処へ行く気だ!?」

 

 

もうダメ!! だってだって……だってあれ、太陽の丸い光を背負う宝箱って! どう見たって!

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()のぉッッッ!!!!

 

 

 

 

ヤダヤダ!! 宝箱、怖い!!!!! ミミック怖いぃ!!!!!!!!!

 

 

 

 



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閑話⑫
アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会①


 

 

さて! 今回お仕事はお休み。休暇を頂き、社外…というより実家一泊経由でとあるところへ。

 

 

いつものスーツではなく悪魔族の伝統装束ドレスを纏い、髪も角も羽も尾も高雅に整えて。手に社長はおろか荷物すら持たず、代わりに幾人かの荷物持ち召使や護衛騎士達を侍らせて。移動も徒歩や単独飛行ではなく、竜や馬に引かれたキャリッジ(絢爛な馬車)に乗って。

 

 

まあ別にこんなものを引っ張り出す用事でもないのだけど……一応、グリモワルス(魔界大公爵)の名で動いているから仕方ない。立派で派手にいかなければ。

 

 

ふふっ。社長と暮らす『普通の生活』に、もっと言えば秘書兼経理役として経費の削減とかに慣れてしまったから、こういうのはちょっと落ち着かなくなってしまった。良いのだか悪いのだか。

 

 

最も『必要な無駄』というのも、とても大切。グリモワルスの権威を示すため、会社の余裕を示すために。……その場合、無駄、と呼ぶには相応しくないのでは?

 

 

 

――と、どうでも良い事を考えていたら到着したらしい。では、従者に手を引かれ降りるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそお越しくださいました、アスト・グリモワルス・アスタロト様。 まぁ…! 相変わらずの麗しき御姿、そして鮮やかなる魔力! 見惚れることをどうかお許しください」

 

 

降り立つと、訪問先の衛兵長、そして待機していた召使達が深々と頭を下げ出迎えを。私はクスリと笑い、挨拶がてら軽く詫びを。

 

 

「大分遅れてしまいまして。他の方々は?」

 

 

「皆様、既にお揃いになっておられます。ではこちらへ、ご案内致します」

 

 

衛兵長に招き入れられ、建物の中へと。護衛騎士のみ引き連れ、荷物持ちの召使達は別の場所へ。因みに今回持ってきた荷物は宝箱なのだが、あれも以前の帰省時と同じく、我が社の……――へ? ここは何処かって?

 

 

ふふふっ。私の実家であるアスタロト家とは雰囲気が違い、洗練されてこそいるものの剛強さや堅牢さが前面に押し出された難攻不落の要塞の如しここは、『バエル家』。私達アスタロト家と同じグリモワルスにして、魔王軍総帥を代々務めているあのバエル一族の居城である。

 

 

そんなここへアスタロトの娘である私が来たということは即ち、魔王軍に関する重大な機密事項の……――なんちゃって!

 

 

 

さっきも口にしたが、そんな大それた訪問内容ではない。第一私、まだアスタロトの家長を継いだわけでもないし。そういうことは当代同士が行う事、私では力不足。

 

 

ではなんのために来たかと言うと……今日は『グリモワルス女子会』の開催日なのだ!

 

 

 

 

 

 

 

前からちょこちょこ話題に挙げていた会合、グリモワルス女子会。その名の通りグリモワルス(魔界大公爵)一族による女子会で、つまりはグリモワルスの娘達による集会。

 

 

そして女子会なのだから……特に大きな話し合いなんてない、ただの友人同士による駄弁り会なのである! 適当な近況報告あり、思い出話あり、予定立てあり、時折ちょっと真面目な話ありな感じで毎回進行しているのだ。

 

 

ね? わざわざ従者を幾人も引き連れ、煌びやかな馬車でやってくるほどの用事ではないでしょう? なんならどこかのカフェや酒場でも開催可能な会合なのだもの。 

 

 

まあ敢えて見合う言い方に変えるとするなら……『次代グリモワルス当主陣として、早期の内から互いの連携を密にし、来るべき時に備え意識向上を望むための懇親会』、とか?

 

 

 

 

と、それは置いといて。現在、そのグリモワルス女子会に参加しているのは私を含め五名。開催毎に参加者それぞれの居城を順番に会場としているのだが、今回はバエル家が担当の回。

 

 

そして他参加者は土産や付け届け、使用人達への労いの品を手にして訪れるのが習わしとなっている。先程召使達に持たせていたあの宝箱が、私の今回のそれ。中身はまたも菓子類。両親達が喜んでくれたものから、その後に見つけた美味しいものも加えて沢山用意してきた。

 

 

更に…その宝箱自体は、箱工房謹製の見た目以上に沢山入る『魔法の宝箱』! 以前、我が家の衛兵長が『この宝箱が他の大公爵家にも広まっている』と言っていたが……あれは本当らしい。だから贈り物に最適かなって。喜んでくれるといいけど!

 

 

 

……そこに社長は紛れてないか、って? 大丈夫、今回はしっかりばっちり確認をした! 絶対に社長が紛れ込まないように気を張った!

 

 

トランクの中も、馬車の中も、持ってきた宝箱の中も、騎士の鎧の中も、私の服の隙間も、全て魔法と自分の目を駆使して精査済み! 100%……とは社長相手だから言い切れないけど……ほぼ間違いなくついて来てない! 今日こそ置いてきた!

 

 

なにせ五人だけとはいえ娘達とはいえ、次代グリモワルスの集まる会なのだ。前回の帰省時とは違う。そもそもあの時は蓋を開けてみれば私の両親達と社長の結託だったけど……今回は絶対にそんなことはない。

 

 

(女子会メンバー)には私が社会経験のために外に出ていることは伝えてこそいるものの、やっぱりミミック派遣会社に勤めてることは言ってないのだもの。そこで社長が出てきたら混乱が起きるのは目に見えてるし……単純にちょっと恥ずかしいし。

 

 

あと……何分箱入り娘であったため、友人らしい友人はそうは出来ていないのだ。なのに、もし仕事のことが知られて皆に嫌われるなんてことになったら……!! 皆、その程度で嫌う子達じゃないのは間違いないのだけど…!

 

 

 

だから、今回こそは私だけ。社長秘書じゃなく、アスタロト家令嬢としての私だけ! 社長に振り回されず、優雅に駄弁ろう!

 

 

「本日はこちらの間でございます。御歓談くださいませ」

 

 

あ、丁度部屋に着いたらしい。バエル家衛兵長にお礼を述べ、護衛騎士達も下がらせ、単身扉をくぐって――!

 

 

「ごめんなさい、遅くなってしまって!」

 

 

謝罪しつつ、席へ。――さてではご紹介しよう。私以外のグリモワルス令嬢達を!

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりましたわ! 珍しいですわね、貴女が遅刻だなんて!」

 

 

私の顔を認めて早速声を高らかに響かせたのは、大きな縦ロール髪を揺らし、私と同じ伝統装束ドレスに加え意匠を凝らした剣と手足甲冑を身につけた威風堂々たる彼女。その名は――!

 

 

「ですが、お気になさらず! このルーファエルデ、寧ろ心をときめかせておりましたわ~!」

 

 

――【軍総帥】バエル家 令嬢 『ルーファエルデ・グリモワルス・バエル』――!

 

 

 

 

 

 

「もち、あーしらもね! あっすん! てかたいして遅れてもないでしょ~★」

 

 

ルーファエルデに続いたのは、私のことを『あっすん』と呼び、ケラケラ笑いながら手を振ってくれる彼女。シュシュで可愛く髪を纏め、キラキラメイクやアクセサリー、伝統装束ドレスの至る所に施されたデコレーションで輝いているのは――!

 

 

「でもホントめっずらー★ どしたのあっすん、いつもあーし達より早いのに?」

 

 

 

――【全大使】レオナール家 令嬢 『ネルサ・グリモワルス・レオナール』――!

 

 

 

 

 

 

「そんなことより!!! アーちゃん、お菓子は!? お菓子持ってきてくれた!?」

 

 

そんなネルサの質問を吹き飛ばすように、フォークを手にしたまま目を輝かせ、口元にお菓子の欠片をつけたまま涎を垂らしガタッと立ち上がった彼女。ハート型の髪結びを備え、案外露出多めの伝統装束ドレスを更に改造した、サキュバス並みの衣装を纏っているのは――!

 

 

「持ってきてくれたの!? やった!!! アーちゃん大好き! ちゅーしたげる!」

 

 

 

――【催事長】エスモデウス家 令嬢 『ベーゼ・グリモワルス・エスモデウス』――!

 

 

 

 

 

 

「落ち着きがないわね、ベーゼ。とりあえず口元を拭いなさいな」

 

 

今にも私の所へ飛び出してこようとするベーゼを窘めたのは、逆に伝統装束ドレスに露出を減らす改造を施している彼女。床につくほどに長く流麗な髪をパサリと揺らし、閉じた扇子を口元に当てているのは――!

 

 

「因みにアスト、33分9秒の遅刻よ。ふふっ、遅刻常連のネルサやベーゼより遅いなんてね」

 

 

 

――【王秘書】アドメラレク家 令嬢 『メマリア・グリモワルス・アドメラレク』――!

 

 

 

 

 

 

以上4名! そして私、【大主計】アスタロト家 令嬢 『アスト・グリモワルス・アスタロト』を含めた計5名!

 

 

 

さあ、悪魔星(デビルスター)があしらわれた円卓を取り囲み――始めるとしよう、グリモワルス女子会を!

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会②

 

 

「もう……何で今回に限ってみんな揃ってるのだか……」

 

 

円卓(デビルスター)の一角…両隣にネルサ(レオナール家令嬢)メマリア(アドメラレク家令嬢)が腰掛ける席に座り、私は恥ずかし隠しに溜息を。メマリアが茶化した通り、遅刻魔の節があるネルサかベーゼ(エスモデウス家令嬢)なら来てなくても不思議ではない時間なのだ。

 

 

なのに、なんで今日は全員揃って……。バエル衛兵長にそのことを聞いた時、思わずちょっと固まってしまったもの……。

 

 

「にひひっ★ 良いもの見れちった!」

 

「アーちゃんの恥ずかしがる顔、甘そ~!」

 

 

そして二人ともここぞとばかりに…。遅刻してしまったのだから仕方ないのだが。

 

 

「ところで、何故遅れたのかしら? 聞いても?」

 

 

と、ネルサ達に遊ばれていたらメマリアが問いかけを。何故って……――。

 

 

「……少し、探し物があって」

 

 

「? そう?」

 

 

言葉を選びながらの私の回答に、メマリアは軽く首を傾げながらも引き下がってくれた。ほっ……良かった……。

 

 

だって、言えるわけないもの……! 家から出立する直前、()()()()()()()()()()を感じて、手当たり次第に探し回っていたなんて!

 

 

まあ結局見つからなかったのだけど。それにその分念入りに確認できたから、居ないということも証明できた。間違っても社長がこの場に現れることはないだろう。多分……。

 

 

 

 

 

「――コホン! ではアストもいらっしゃったことですし、改めまして! グリモワルス女子会の挙行を宣言いたしますわ~!」

 

 

そんな場を落ち着かせ、今回のホストたる責務を果たすはルーファエルデ(バエル家令嬢)。すると彼女、急に不敵な笑みを浮かべ……。

 

 

「そして皆様。今回、()()()()()()()()()がございますの。(わたくし)グリモワルス(魔界大公爵)の者として、とてつもなく重要な、ね」

 

 

今の内、心してくださいまし! と言い切るルーファエルデ。突然にそんなことを言われざわついてしまう私達だが、彼女は今度はクスリと笑みを。

 

 

「ですが、その御約束の時刻も暫し先のこと。ですので――」

 

 

そこで言葉を止め、傍に置いてある呼び出しベルを手に取りチリンとひと鳴らし。それに呼応し、幾つものティーカートやワゴンを引いた召使達が次々と室内へと……!

 

 

「――まずはいつも通り、楽しく語り合うといたしましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

流石バエル家の召使達である。我が家(アスタロト家)の召使達と遜色ない動きで紅茶を注ぎ、ケーキスタンドを設置し、円卓に乗り切らなかった菓子類やティーセットを私達それぞれがとりやすい位置に備え…って、この保温箱やサーブケース、我が社の…!

 

 

――あ、そうそう。このグリモワルス女子会、召使達は同伴しない。女子会だもの、第三者の目なんて必要ない。気心の知れた友人同士の姦しさに付き合わされる召使達も迷惑なだけであろう。

 

 

ということで、最初の準備こそこうしてやって貰っているものの、後は自分で。自ら紅茶を淹れ、自らスタンドに盛り、時には気に入ったお菓子を交換こ。悠々自適に好き放題行うのである。

 

 

因みに、最も好き放題するのがベーゼだったり。というかさっきも私が来る前からお菓子食べていたし。食いしんぼである彼女は毎回味見と称して(ゴネて)一足先にもぐついているのだ。

 

 

勿論、そんな彼女のために多めにお菓子を持ってきているから問題ない。もっと言えば、彼女が全部平らげてくれるのを期待して気になるものを片っ端から買ってきていたり……!

 

 

……やっぱり、ベーゼの身体、ちょっと羨ましい。どれだけ食べてもスタイル良いのだから。社長といい彼女といい、ズルい。

 

 

まあ【催事長】を継ぐ身としては、あれ以上に最適な身体は無いのだろうけど……――。

 

 

 

 

――そうだ。各一族の肩書について軽く補足を。要はそれぞれの役職の長であることを示すものである。

 

 

ルーファエルデのバエル家【軍総帥】は、魔王軍の総帥。ネルサのレオナール家【全大使】は、外交の全権。

 

 

ベーゼのエスモデウス家【催事長】は、催事関係全てを取り仕切る長。メマリアのアドメラレク家【王秘書】は、前にも述べた通り魔王様の秘書役。

 

 

そして私のアスタロト家【大主計】は、国庫を切り盛りする会計係のトップと――。端的に説明すればそんなところである。大臣、と言い換えても差し支えないであろう。

 

 

 

 

 

そんなエスモデウス家は催事時に提供される食事の監修等も行うから、必然的に食べる量も多くなるのである。……そういえばエスモデウス家の方々、皆ベーゼみたいな良いスタイル…。一族の体質なのかもしれない。

 

 

とはいえそんな食いしんぼベーゼも、準備がなされている間は令嬢らしくお行儀よく。まあ目はキラキラに輝いて涎垂れかけなのには変わりないのだけど。完全におやつのお預けをされている犬みたい。

 

 

「ルーファエルデお嬢様、お耳を……」

 

 

おや? そんなベーゼを見ていたら、バエル家のメイド長がルーファエルデに何かを耳打ちしているのも目に入った。私の方を軽く見ながら何か報告しているみたいだけど…。

 

 

ただそれはすぐに終わり、バエル家メイド長は扉の傍へ。支度を済ませた他召使達もそれに倣い、品よく並び――。

 

 

「――不行儀ながらこの場をお借りし、皆様方へ格別の感謝を述べさせてくださいませ。 此度は私共にまで素晴らしき贈物を御用意して頂き、これ以上ないほどの至福の心持ちでございます。召使一同を代表し、皆様方へ厚く御礼申し上げます」

 

 

バエル家メイド長の言葉に合わせ揃って膝をつき、深々と頭を下げた。さっきも言った通り、ホスト以外の参加者はホストの家の召使達への労いの品を持参してくるのだ。これはそのお礼、いつものことで――あれ?

 

 

なんだかメイド長、私の方を見て……? 睨んでるとかじゃなく、感謝の念を籠めた熱視線と言うべきな……?

 

 

「では、私共はこれにて退室させて頂きます。ご用命の際はお気兼ねなくお呼びくださいませ」

 

 

残念ながらそれを詮索する暇もなく出ていってしまった。一体なんなのだろう? そう思っていたら…ルーファエルデがまたも声を弾けさせた。

 

 

「アスト、感謝いたしますわ~!!! まさか、『魔法の宝箱』をくださるなんて! それも、幾つも!!」

 

 

あぁ、そういう! 先程のバエル家メイド長の耳打ちと熱視線の意味がわかった。何分ラティッカさん(箱工房のリーダー)達の暇潰しで作られる商品なため、基本品薄状態なのだ。私は今回もまたおねだりして用意して貰ったわけで――。

 

 

「マ!? あーし、探し回ったのに!? 色んなツテ当たったけど、うち(レオナール家)で必要な分も揃ってないよ!?」

 

 

「買い占めた……わけではないわよね。アストのことだもの。なら……謎とされる製作職人と懇意、とか、かしら?」

 

 

へ!? ネルサとメマリアが驚愕の表情を!? 今そんな風になっているの!? …あ、そういえばラティッカさん、今回分を作ってくれている時『かなり人気みたいだけど、面倒だから適当言って貰って誤魔化してる』って言っていた……。

 

 

まさかグリモワルスですら渇望する幻の一品となっていたなんて……! このことを伝えたら、ラティッカさん達どんな反応をするのだろう? 少なくとも酒宴時の話題には確実になるはず。

 

 

――って、今はそれどころではない! ネルサ達相手にどう誤魔化すべきか……! メマリアの予想に至っては思いっきり的を射ているし……――!

 

 

「ねえねえ! それよりも、もう食べていい!? 宝箱のことはアタシも気になるけど……生殺しだよぉ!」

 

 

あ…! 必死に言い訳を考えていたら、ベーゼが可愛い駄々を。それを聞いたルーファエルデはクスリと吹きだし――。

 

 

「ではこの心引く話題は追々ということにいたしましょう! なにせ時間はたっぷりあるのですから! 宜しくて?」

 

 

ネルサとメマリアもそれに笑いつつ頷き、一旦休題に。ベーゼに助けられた……! 言い訳はそれまでに考えとくとしよう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~!! 美味ひい~~!! これ、誰が持ってきてくれたの~!?」

 

 

「それはあーし! どぉどぉ? 今話題のクッキー!」

 

 

「というより、貴女が広めて話題になったのでしょう?」

 

 

「やっぱり! 発信元、ネルサだと思った!」

 

 

「ウフフっ! ネルサらしいですわ~!」

 

 

皆で円卓を囲み、和気藹々と。持ってきたお菓子に舌鼓を打ち、紅茶を味わい、楽しくお喋り。今日は太るとか深く考えず、好き放題に!

 

 

そうそう、女子会開幕のこのタイミングは必然的に並べられているお菓子の話となる。そしてそこで本領?を発揮するのが、あのベーゼ。

 

 

美味しいものに目がない彼女故に、幸せそうにもぐもぐしながら今しがたのように聞いてくるのだ。誰がどれを持ってきたかとか、これはどこそこのお菓子じゃない!? とか。

 

 

そしてそれに繋がる形で、ベーゼの美食遍歴も明らかになるのがいつもの流れ。例えば今回は――……。

 

 

 

「――それでね! この間人間族の令嬢のお友達ができてね! ハーピーの卵を一緒に食べたんだ~!」

 

 

「へ~! 人間族でもあれ食べる子いんだ~★」

 

 

「ね! でも最近あんまり数を食べられてないんだって! だから代わりに良い商人教えてあげたんだ~。あと、氷の女王様のとこに訪問した時に貰った、たまごアイスあげたら喜んでくれたよ~!」

 

 

「あら、あの御方の元も訪ねたの?」

 

 

「へへ、ついにお邪魔しちゃった! あそうだ! 人間族と言えば……名前忘れちゃったんだけど、神様を祀ってるじゃきょーだん? の神殿でラーメン食べたよ! 背徳の味だったなぁ~」

 

 

「じゃきょー……邪教団……? ……もしや、またゲテモノの類ですの?」

 

 

「違うよ~ルーちゃん(ルーファエルデ)! ちゃんと美味しいラーメンだったよ! 油ギトギト増しましだったけど! そうそう! ラーメンと言えば、キョンシーたちの……――!」

 

 

 

 

――とまあ次から次へと出てくる出てくる。これでもベーゼ、抑えているほうなのだ。なんなら彼女の話だけで丸一日使い果たせるぐらいなのである。

 

 

 

……けど……それにしてもちょっと……。いつもならば楽しく聞いていられるのだが……今回、なんだか落ち着いて聞いてられない……。

 

 

なにせ今しがた挙がった名前や場所とか、全部私と社長がミミック派遣に訪れた場所な気が……。いや、ハーピー族も沢山いるし、キョンシーだって……他は…うん…………。

 

 

気、気のせい気のせい! それに、だからなんだって話でもある! 皆に隠している私の仕事、その関係で訪れた場所がベーゼの食い倒れと被ってたからってバレるとは――

 

 

「――ねぇ、アーちゃん!!」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

急にベーゼから名前を呼ばれ、変な声をあげてしまう……! ハッと見ると、他の皆も私の顔を眺めて……!? も、もしかして何かバレて……!!

 

 

「このタルト、アーちゃんが持ってきてくれたやつでしょ?」

 

 

 

 

 

……あ、なんだ……! どうやら仕事先が露見した訳では無かったらしい。『気になるお菓子を持ってきたのは誰か』で、誰も手を挙げなかったために無言気味になっていた私に聞いてきたのだろう。

 

 

そしてその通り。あのタルトは、私が持ってきたもの。宝石のような輝きを放つ虹色の果物が目を引く、フルーツタルトである。ベーゼへ頷くと、彼女は目をキラキラと。

 

 

「これ凄くない!? 初めて食べたよこんなの~!!」

 

 

ふふっ、どうやらお気に召してくれたみたい。実はそれ――。

 

 

「だってこれ、あの『老樹の宝石果』じゃん! 『蜂女王のローヤルゼリー』も使われてるし! それに作ってくれたの、『お菓子の魔女』じゃない!!?」

 

 

「――お見事! 流石ベーゼ! まさかパティシエの正体まで見破るなんて!」

 

 

伊達に食べ歩いている訳ではない。ベーゼったら、ピタリと言い当てきた! 当たりも当たり大当たり。トレントの長老ウッズさん、そして蜂女王のイーブさんからミミック派遣代金として頂いていた素材をお菓子の魔女ステーラさん方に渡し、タルトを作って頂いたのだ。

 

 

因みに、そのタルト以外にも同じように材料を提供して作って頂いたお菓子は幾つかある。更にダンジョンやかつての依頼主の元へ直接赴いて買いつけてきたものも――!

 

 

「――これが老樹の宝石果ですの? では一口……まぁ! 病みつきになってしまいそう!」

 

 

「わ~お! ()()~っ!! 兎型のお団子って! 食べんの勿体な~!」

 

 

「このお饅頭、なんという名前だったかしら? …そうそう、『サファリまん』。変わった中身と味だけど、確かに美味ね」

 

 

それらを(ダンジョン関係であることを隠して)紹介していくと、ルーファエルデもネルサもメマリアも嬉々として堪能してくれる。持ってきた甲斐があった!

 

 

――と、内心胸を張っていたら……ネルサがにひひ★と笑みを浮かべた。

 

 

「あっすんも色々詳しくなったよね~。前までは無垢、って感じだったのに!」

 

 

「わかりますわ! なんだか最近は一皮、いえ、何枚か皮の剥けたような垢抜け具合で!」

 

 

「お屋敷から飛び出したのが良かったのでしょうね。 ふふふっ」

 

 

あはは……。ルーファエルデとメマリアまで……。褒められている…のだよね?

 

 

でも確かに私、就職する前までは知らないことばかりだった。だから当時、皆の話は全部新鮮で、まさにお菓子を前にしたベーゼ並みに興奮して……――。

 

 

 

 

……あれ、そういえばベーゼは? さっきから彼女の声が聞こえてこない。いつもなら騒がしいぐらい唸っているのに……。

 

 

「うーん……あれぇ~……でも……無かったし……」

 

 

いや、唸っていた。ただ、感動で唸っているのではなく、食べかけの宝石果タルトを前に何かを考え唸っているという様子。どうしたのだろう……?

 

 

「ベーゼ、もしかして口にあわなかった…?」

 

 

「ううん!? 超最高だよアーちゃん! けどさ、これ、メニューに無かったからなんでだろ~って」

 

 

「メニュー? お菓子の魔女さんの? それは特別に作って貰ったから……」

 

 

「あ、違うの! そうなんだけどそうじゃなくてね! えっと……」

 

 

慌てて手を振って否定しつつ、タルトをもう一口運ぶベーゼ。そして目を瞑り神経を集中させ、先程以上にじっくり味わって……。

 

 

「ん…! このギュッて詰まってる濃厚な甘み、そしてメロメロになっちゃう素敵な酸味……! そして含まれてる魔力の質……! 間違いない! この宝石果は『森林ダンジョン』の、ローヤルゼリーは『蜂の巣ダンジョン』のだよね!!?」

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会③

 

 

……っと……。本当、流石ベーゼ……。まさかまさか、産地まで言い当てるなんて……! そこまでいくと脱帽を通り越して怖いぐらい……!

 

 

まさしくその通りなのだが……。かと言って、正解と頷いて良いものか……。当然のこと、『我が社の食糧庫から』とか言えるわけもないし……!

 

 

べぜたん(ベーゼ)、そりゃーお菓子の魔女さんに聞かなきゃわかんないんじゃない?」

 

 

「そうですわね。そのパティシエの方が仕入れた食材なのでしょうし」

 

 

「それならアストが知る由もないものね」

 

 

言葉に迷ってしまっていると、皆が口々に。しかしベーゼはその言葉を待っていたとばかりにビシリとフォークを煌めかせた。

 

 

「そうなの! そこが気になってるの!」

 

 

 

 

 

 

「「「???」」」

 

 

私含め、皆の頭の上にはハテナマークが。ベーゼは名探偵のように説明を。

 

 

「アタシ、お菓子の魔女達のお菓子大好きなんだ! それこそメニュー全制覇するぐらい! でも……そのどれにも、老樹の宝石果と蜂女王のローヤルゼリーは使われてないの! 今まで一度も!」

 

 

「そ、そうですの……?」

 

 

「んー。あっすんが注文したからとかじゃ?」

 

 

「それか、今回から仕入れたとかかしら」

 

 

「でも、アタシが個人的に注文した時もなんだよ? 新作も出るたびに食べてるけど…入ってたらわかるもん! それにこんな最高級品を仕入れたなら、アタシにも声がかかりそうな気がするけど~…」

 

 

またも首を捻りだすベーゼ。ルーファエルデ達は『食材の産地に随分とこだわるな~』という目で彼女を見ている。私もそうなのだが……ちょっとそわついてしまっている……。

 

 

まさかベーゼがそこまで興味を示すとは……。お菓子の魔女の方々とそこまで懇意だったとは……! 彼女らしいといえば彼女らしいのだけど……!

 

 

「う~ん……ううう~~~~ん……」

 

 

まだ唸り続けてる……。大体、なんでそんなところを気にして……? どうにか諦めて違う話題になってほしいところ……んっ!? ベーゼ、急にパァッと顔を輝かせて!?

 

 

 

「そだ! 『魔眼』で確かめても良ーい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔眼で!?」

 

 

ベーゼのまさかの提案に、素っ頓狂な声をあげてしまう私……! そこまでするの……!? 他の三人も私程じゃないにせよ同じ思いらしく……。

 

 

(わたくし)は構いませんが……」

 

()んじゃね~★」

 

「好きになさいな」

 

 

少し驚きつつも、それを承諾。う……この流れで私だけ拒否はできない……! 怪しまれるだけだし……!

 

 

 

――実を言うと、グリモワルス(魔界大公爵)の皆はそれぞれ『魔眼』を持っているのだ。私の『鑑識眼』のように。当然、ベーゼもルーファエルデもネルサもメマリアも持っている。

 

 

しかし普段ならばともかく、このグリモワルス女子会では全員不用意に使わないことを心がけている。使いたい場合は今しがた行われたような採択を行わなければならない。

 

 

勿論理由があって、それを制限しないと面白くならないからなのだ。でないと、折角の楽しい駄弁り会がただの無味乾燥な報告会に成り下がってしまう。

 

 

言うなれば、『皆で和気藹々とクイズに挑もうとしているのに、その回答が初めから曝け出されてしまう』結果に陥るのである。――ただ、ベーゼの魔眼って……。

 

 

「てか、発動するん?」

 

 

「貴女の魔眼、そういう用途ではないのでしょう?」

 

 

「うん! 私の魔眼『主催眼』は、催事参加者の役割を見極めたり、贈呈品の中身や贈り主を確認できる能力だよ!」

 

 

首を捻る皆に、敢えて説明しその通り!と頷くベーゼ。それが【催事長】エスモデウス家の令嬢たる彼女の魔眼『主催眼』の能力なのだ。

 

 

催事への参加者の役割――主賓か、来賓か、料理人か、付き人か、設営担当か、招待されてすらいない危険人物か。どこから来た誰なのかを見抜く魔眼なのである。

 

 

そして、各所から送られてくる贈呈品は誰からのどんな物なのかも判別可能。まさに催事全般を取り仕切る長らしい能力だと言えるだろう。

 

 

 

……だがその力、この場で不用意に振り回せば『答えを突きつけられながらのクイズ挑戦』となってしまう。『これどこの?』『これフルーツ、アレじゃない!?』などと言った折角の楽しいお喋りの種が、魔眼を自由に使ってしまえば潰れてなくなって(一瞬でわかって)しまうのである。

 

 

そんなの、全く面白くないに決まっている! この茶会の開催意義が無くなってしまう! だからこそ魔眼の使用は、暗黙の了解的に制限をしているという訳なのだ!

 

 

 

 

 

――ただ……だとしても今、ベーゼの魔眼を使う意味はあんまり……。『主催眼』の能力は説明した通り。しかし本催事(女子会)の参加者は見知った私達だし、タルトを贈呈したのは私だと既にわかってるのだ。それに今調べたがってるのは、タルトに使われている高級食材の……何を?

 

 

「それで、主催眼で何を見る気なのかしら?」

 

 

その思いを代弁するように、メマリアが問いかけを。するとベーゼはフフ~ン!と胸を張って…先程みたいな名探偵?モードへ。

 

 

「よく聞いてくれましたメーちゃん(メマリア)! アタシが推測するに、老樹の宝石果も蜂女王のローヤルゼリーも、誰かがお菓子の魔女にプレゼントしたものだと思うの! だから――!」

 

 

そして指で眼鏡を…正しくはハート型を作って見せるベーゼ。そして、魔眼の使用目的を明らかにした。

 

 

「『主催眼』で食材の贈り主を見てみよかなって! 上手くいくかどうかはわかんないけどね!」

 

 

 

 

 

 

――!? そんな細部まで見ることができるの!? というより、なんでそんなことを!? ……でも、ちょっとマズいかも……!

 

 

彼女の魔眼がどこまで見れるのかはわからないが……その間には間違いなく私が挟まっている! それも、『ミミック派遣会社の秘書』をしている私が! もしそれを見られたら……スーツ姿の私を見られたりしたら!!

 

 

どうしよう……なんとかして止めないと……。でも、魔眼使用を承認した手前……――。

 

 

「よ~し! じゃあ発動するね! 『主催眼』~!!」

 

 

――もう発動してるし! 因みにあのハート眼鏡、彼女の魔眼発動ポーズである。尚、そんなのなくとも発動は可能。…って、そんなこと言ってる場合じゃない!

 

 

「んん? んんんん~~? んんん!?」

 

 

っ……! 何か見えたらしい……! やっぱりバレちゃっ……――!?

 

 

 

「ん~~微妙! お爺ちゃんトレントと沢山の蜂を従えた蜂女王と、ドレス姿のアーちゃんしか見えないや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あっ。そ、そう……」

 

 

ペカーッと光るような笑顔で言われ、思わず椅子からずり落ちかけてしまった……。本当に贈り主の特定は出来ているようだけど……。とりあえず……セーフっぽい…?

 

 

ふぅ……。でも、冷静に考えてみれば当然かも。ベーゼの魔眼で見ることができるのは、贈り主のみ。ということは、受け取った側については見ることができない……つまり、私の姿が見えるわけないのだ。

 

 

また、私はその食材をお菓子の魔女の方々の元へ持っていったのだが…それは『これでお菓子を作って欲しい』と()()と共に。そう、贈呈品としては持って行っていないのである。

 

 

そして当の食材はタルトとなり、私からベーゼ達への『贈り物』となった。だから贈り主である私――、このドレス姿の私しか映らなかったのであろう。

 

 

 

 

……それなら、ミミック派遣の『代金』である食材はなんで贈物扱いなのかなのだけど…。心当たりがある。恐らく、『代金以上に頂いてしまった分』。こういうの、食材系に多いのだ。

 

 

派遣したミミック達が見事に活躍し、依頼主達を守る。そうすると、今まで冒険者達が奪っていっていた分が残ることがあるのだ。普通の素材なら貯めておけばいいが、食材であればそうはいかない。

 

 

一応その場合は派遣先のミミック達へご馳走して貰えるようにお願いはしてあるのだが……それでも余った時は、まさしく『贈り物』として我が社に贈られてくるのである。

 

 

恐らく私、数ある中からそれをお菓子の魔女の方々へ持って行ってしまったのだろう。だってそんな違い、ベーゼじゃなきゃわからないもの!

 

 

 

 

 

 

 

 

……しかし、ベーゼは何を考えているのだろうか。わざわざ魔眼を使って確認するなんて。もしかして、何か気掛かりなことでも……!?

 

 

「そっか~。やっぱり普通に仕入れただけかなぁ~。じゃあ良いや!」

 

 

――へ? え、えぇ…………?

 

 

「も、もう良いの?」

 

 

「うん! ちょっと気になっただけだから!」

 

 

まるでただ気になったから調べただけと言うような……いや実際そう言ってるのだけど……。ベーゼ、あまりにも簡単に引き下がった……。催事長一族の跡継ぎとして、細かい所まで拘るのは必須スキルではあるのだろうが……。

 

 

「……なんで、魔眼を使うほど気になったの?」

 

 

なんとか平静を装って、ベーゼに聞いてみる。すると彼女はう~んと考え……。

 

 

「アーちゃんの成長が嬉しくなっちゃった、からかな! それこそ、ちゅーしたくなるぐらい!」

 

 

 

 

 

 

「私の…成長?」

 

 

「そ! ほら、さっき皆言ってたでしょ? 最近のアーちゃんは垢抜けてきたって!」

 

 

どうやら思考に耽りつつもしっかり聞いていたらしい。でも、それとこれとに何の関係が…?

 

 

「ぶっちゃけちゃうと、アタシもそう思ってたんだ~。前までのアーちゃんはお菓子屋さんなんか全然知らなかったんだもの! でもさ……」

 

 

残りのタルトを嬉しそうに口に放り込み、口周りの欠片をもペロッと舐めとるベーゼ。そしておもむろに席を立ち……。

 

 

「それがいつのまにか、アタシお気に入りのお菓子屋さんにまで来てくれてるなんて! しかも、アタシですら聞いてない超レア食材入りで注文してるんだもん! そんなの、気になっちゃうに決まってるじゃ~ん!!」

 

 

軽やかなステップを刻みながら、今度はペロリと舌なめずりをしながら私の傍へと来て――。

 

 

「ちゅっ~♥」

 

 

抱き着くようにし、私の頬へ感謝と親愛の籠ったキスを! そして満面の笑みを浮かべた!

 

 

「ね、アーちゃん! 今度一緒に行こ! 皆で食べ歩きもしよ~!」

 

 

「――ふふっ! ええ、喜んで!」

 

 

その提案には、私も笑顔で承諾! ――あ、でも……!

 

 

「……でも本当にそれだけが魔眼使用の理由?」

 

 

なんだか若干誤魔化されている気がして、もう一度聞いてみる。するとベーゼはまたまたペロリッと舌を出し――。

 

 

「……宝石果もローヤルゼリーも、いくらお金積んでも滅多に食べられない奴だから…上手くいけばご相伴に預かれないかな~って!」

 

 

「そっちが本音でしょう!」

 

 

「えへへ、バレちゃった! アーちゃん、メーちゃん並みに勘が良くなってる~!」

 

 

ケラケラ笑いながら逃げるように自分の席へと戻っていくベーゼ。その様子に私達も思わず笑ってしまったのであった!

 

 

 

――まあ、私の笑みには安堵の意もあるのだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふっへへ~。食べた食べた~!」

 

 

「あら、まだ沢山残っているわよ?」

 

 

「も~わかってる癖にメーちゃん! 残りはゆっくり味わっていくの~!」

 

 

開幕のお菓子紹介(&ベーゼの食欲)が収まり、女子会はつつがなく進行を。なんとか一難去ったし、今度こそ気楽に楽しんでいきたいところだけど……。

 

 

まだ、『魔法の宝箱』の話が残っているのだ……。いつ誰がその話題を引っ張り出すかわからないが、覚悟をしておかなければ。いや、なんならいっそのこと自分から切り出して主導権を握っておくべきなのかも……!

 

 

「――そういえばさ、あっすん★」

 

 

っ!? そんなことを考えていたら、ネルサが!? さっき宝箱のこと気になってたみたいだし、もしかして……!?

 

 

「この()()な兎型のお団子なんだけどさ~★」

 

 

……違った…! ネルサが指しているのは、さっき彼女が食べていたお団子。それは――。

 

 

 

「今思い出したんだけど、これってバニプリな二人のとこのお団子じゃん?」

 

 

 

 

 

 

――ッ!? ば、バニプリ……!? よくわからない単語だけど……多分それって…!?

 

 

「も、もしかしてバニプリって…バニーガールの……?」

 

 

「そーそー★ バニーガール(バニガ)お姫様(プリ ンセス)! かぐやんいすたん姉妹! これ、あの二人のとこで作ってるのに似てんね~って★」

 

 

やっぱり!! カグヤ姫様とイスタ姫様、バニーガール族の姫様として有名なお二人のことだった! そしてこれまた大当たり、あれは彼女達が作っているお団子である。 流石ネルサ…!

 

 

なにせ彼女は一族の任【全大使】の性質と見た目通りの陽気な華やかさが相まって、かなり顔が広い。友達100人なんかでは桁が幾つも足りないほど。ベーゼの食べ物に対する知見が、そのまま人に置き換わったレベルと言っていいぐらい。

 

 

そんなネルサの口調から察するに、カグヤ姫様方とも友人同士なのであろう。とはいえカグヤ姫様方自体は相当に名が知れ渡っている存在なため、今しがたのベーゼ相手のように変に隠す必要もないかも。

 

 

 

 

「――あ、やっぱそうなんだ★ いぇ~い当ったり~★」

 

 

ということで推測通りなことを伝えると、ネルサはピースで喜びを。まあベーゼの話からの流れだから……。

 

 

「いやさ~★ すっごいぴったりじゃんって思ってさ~!」

 

 

……ん? 何が……? 首を捻ってしまう私だったが、ネルサはそれを余所にベーゼへと。

 

 

「べぜたん、あれ見たっしょ? 今年の! バニプリも出てたアレ!」

 

 

「あ! 見た見た~! 凄かったよね! まさか――」

 

 

すぐに『アレ』の内容を察したらしく、同調するベーゼ。でも、一体何の話を……。

 

 

 

「――先代様が御出演されるなんて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ッ!!! 先代……様!? 先代様!? 先代……当たり前だが、一代前の御方のことであって……! 様……!?

 

 

それはつまり……グリモワルス(魔界大公爵)であるベーゼが様付けをするほどの相手であることの証……! そして、『御出演』というワード……!

 

 

私は……知っている! その御方の御出演を……これ以上なく知っている! 勘違いじゃなければだけど……――。

 

 

「はぁ……。せめて僅かにでもご相談してくだされば……。ドラルク公爵をも巻き込んで……」

 

 

うわっ!? メマリアが扇子に溜息をぶつけてる! 実は彼女、既に王秘書跡継ぎとして登城し修練を積んでいる身なのだが……!

 

 

そんな彼女があんなにも嘆息を漏らすってことは……そしてその公爵の名……間違いない!! やっぱり、()()()()のこと!!!

 

 

 

「??? 先代様? 御出演? どういうことですの???」

 

 

ただ一人、理解していないのはルーファエルデ。首を捻り続けている彼女にネルサはニヒッと笑いかけ――。

 

 

「ちょっち待ってね~★ え~と、こ~して、あ~して……んでこうだっけ?」

 

 

 

自分の頭上付近に魔法詠唱。すると大きな魔法陣が生成され出し、それは魔導画面に……って、まさか!?

 

 

「これでよ~し! じゃ、再生~★」

 

 

「待っ……!」

 

 

思わず阻止に動いてしまう! けど、そんな私の声を掻き消す爆音で、あのタイトルコールが……っ!!!

 

 

 

 

『―――笑ってはいけないダンジョン24時~ぃ!』

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会④

 

 

「――ブフッ!?」

 

 

「あっごめっ! 音おっきすぎちった!」

 

 

巨大魔導画面に映し出された番組の、壁を震わせるほどの音量に驚き、紅茶を吹きだしてしまうルーファエルデ。そして慌てて音量調節するネルサ。無理もない気がする……。ルーファエルデ、こんな番組見ないだろうし。

 

 

因みに…この女子会会場でどんな爆音がなっても、召使いたちが駆けつけてくることはない。機密会議すら問題なくできる防音魔法が張り巡らされているのだ。だから、専用のベルを鳴らさない限り誰も来ないのである。

 

 

「大丈夫、ルーファエルデ……?」

 

 

「――ゴホッ…ゴホッ……。えぇ、アスト…。少し驚いただけですわ……。(わたくし)としたことがはしたない真似を……」

 

 

とりあえず使い魔を召喚し、ルーファエルデの介助を。彼女自身も使い魔召喚し場を片付けたところで――。

 

 

「……なんですのこれ?」

 

 

思いっきり眉を顰め、画面の映像を見やるルーファエルデ。そこには先程のタイトルコール通り、『笑ってはいけないダンジョン24時』の文字が……。

 

 

 

 

――そう…あれである……。笑いの神ガーキー様主催、芸人五人が丸一日かけて笑いの刺客に襲われ、その度にお尻を叩かれるという、あの……!

 

 

「やっぱるふぁちん(ルーファエルデ)は知らないか~。あれでも、あっすん(アスト)めまりん(メマリア)は知ってた系?」

 

 

「えっ……えっと……噂程度には……? 外に出てるから……」

 

 

「私は今回の事態で初めて見たのよ……」

 

 

案外反応が薄かったからだろう。ネルサにそう聞かれ、私は慌てて誤魔化す…! そしてメマリアはまたも溜息をついていた。

 

 

「今回の事態? メマリア、一体何がありましたの……?」

 

 

未だ読めぬ話の流れに頭を捻るルーファエルデ。メマリアが説明してあげようと口を開いたが――。

 

 

「ちょ~っ待った! 折角映してんだから、みんなで観よ★」

 

 

ネルサがそれを遮ってきた。そしてメマリアに代わり、彼女が説明役に。

 

 

「ま、お笑い番組なんよこれ! 有名人とかが身体張ったりして参加者を笑わせるヤツ!」

 

 

「アタシとネーちゃんも出たことあるんだよ~!」

 

 

ベーゼもそれに加わる。……うん、そうみたい…! 私もこれにハマった際、過去の放送分を漁っていたら二人の出演を見つけて……! あれはびっくりした……!

 

 

――けど、それよりもルーファエルデはもっと驚くだろう! なにせ御出演されているのはあの……あ、でも……。

 

 

「ネルサ、でもこれって結構な長時間番組なんじゃ?」

 

 

なにせ休みほぼ無く丸一日笑わせられるという企画なのだ、編集された実放送時間もかなりの長さとなる。それをこの女子会で流すのは……。

 

 

「だいじょぶだいじょぶ★ 皆で笑えそうなとこだけ、あーしが選んでまとめたヤツだから!」

 

 

なるほど、それなら少し安心。後は、ルーファエルデが気に入ってくれるか。……そして――気を確かに持っておくとしよう……。

 

 

正直、この話題が出る覚悟はしていた。だから、先程のベーゼ相手よりは平静を装える……! でも……()()()()()()()()()()()……!

 

 

 

「う~し! んじゃ、再生~~ぃ★」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『――あ痛ァッ!!?』』』』』

 

 

「これにて終わり~★ どだった? るふぁちん!」

 

 

出演者の五人が最後に揃ってお尻を叩かれ、映像はエンディングに。ネルサがケラケラ笑いながらルーファエルデの方を見やると――。

 

 

「ッ…フ…クフッ……! え、えぇ……! た、多少下品では…ございましたが…フ…フフッ……!」

 

 

甲冑をつけた手で口元を覆い、明らかに笑いを堪えている……! あ、でも、深く息を吸ってなんとか堪えた。そして気を落ち着かせるためか、瞑想するかのように目を閉じ紅茶に口をつけ――。

 

 

「ルーちゃん、OUT~ぉっ!!」

 

 

「――ブフッゥ!?」

 

 

わっ!? その瞬間に、ベーゼが先程まで映像内で鳴り響いていたお仕置き台詞を! 予期せぬ追撃にルーファエルデはまた紅茶を噴き出しちゃった!

 

 

「――ケホッ…ケホッ……! も……もう! 反則ですわベーゼ! なんとか堪えておりましたのに!」

 

 

震える手で使い魔を呼び出し片付けをさせつつ、抗議するルーファエルデ。しかしそれで先程までの映像を思い出したようで……。

 

 

「フ……フフフフッ……! あぁ駄目ですわ……! 止まらな……フフフッ……!」

 

 

とうとうお腹を抱えて笑いだしてしまった。よっぽどのようで、苦しそうなえずきまで混じる始末。

 

 

「……まさか、ルーファエルデにここまで刺さるなんて…」

 

 

「こういう番組に慣れていないから、かしらね……」

 

 

その有様を見て、私とメマリアは軽く肩を竦め合う。……って――!

 

 

「そう言うメマリアこそ! 扇子で隠して終始笑っていたでしょう?」

 

 

「ふふっ! 良く見てるわねアスト。一応二度目の視聴なのだけど…ネルサの編集が上手いのでしょうね」

 

 

指摘すると、メマリアは開いていた扇子を畳んで上がった口角を露わに。確かに彼女の言う通り、ネルサがまとめ直した映像はテンポが良く、既に視聴済みだとしても楽しめたのだ。編集されていてもまあまあの時間はあったのだが、皆だれることなく見ていたもの。

 

 

「ドラルク公爵様も……! あんな何度も……! フフ……ウフフフッ……!」

 

 

そして初見であるルーファエルデはずっとこの調子。ここまで笑ってくれると制作側冥利に尽きるというものである。……そう、()()()()()()()……!

 

 

 

 

 

「――ふぅ…! ようやく収まりましたわ……! ……っふふ…!」

 

 

少しして、ようやく笑いの坩堝から抜け出したルーファエルデ。なんとか残り香を耐えつつ、バエル家の令嬢らしく調子を取り戻した。

 

 

「しかし――。先代様の…先代魔王様の役どころ、あのような場で宜しかったのでしょうか……。いえ、あれが恒例行事だというのはわかっておりますが……」

 

 

眼の涙を拭い、表情を真剣なものへと移しながら苦言を呈する彼女。そう――。なんとこれ、先代魔王様が御出演なさっているのだ! 勿論放送時、各地に震撼が走ったのは言うまでもない。

 

 

そして、魔王様に仕えるグリモワルス(魔界大公爵)の娘である私達が話題に挙げない訳はないのである。因みに、その映像を前にしたルーファエルデの顔は中々の見ものだった。紅茶を口に含んでいたら全員へ噴き散らしていたんじゃないかってぐらい驚いていたのだから!

 

 

「……当の先代様自ら御志願なされたそうよ。それも嬉々として……。どうやら前から番組のファンだったようなの」

 

 

そんなルーファエルデの苦言に回答したのはメマリア。流石、王秘書アドメラレク一族の令嬢且つ、既に登城も行っている身。真実を知っている。……先代様、やはり叱られてしまったのだろうか……。

 

 

――なぜ、メマリアの言葉が真実だと言い切れるのか、って? だって……()()()()()()のだもの!

 

 

 

 

見てもらった通り、あの『笑ってはいけないダンジョン24時』はダンジョンが舞台。ということで、お仕置き(お尻叩き)役にはミミックが採用されている。そう、ミミック――。

 

 

その通り。あれ全て、我が社のミミック達なのである! そして、社長と私もその依頼ついでに出演させて頂いたのだ! その際に先代様方にお会いした訳で。……社長はともかく、私、あの時は生きた心地がしなかったけど……!

 

 

――で、そんな私達は何役だったかというと……さっきベーゼが口にしたアレである。

 

 

そう! 映像中、事あるごとに流れていた『お仕置き宣告(OUT)アナウンス』! あれを社長と私が半分ずつ担当していたのだ! ……その最中、ちょっとハプニング、というより嵌められもしたのだが…。

 

 

そして、揃ってほんの少しだけ姿出しもさせて貰った。最後の最後に、作中の役割である『お仕置き部隊・隊長&副隊長』として。専用の衣装を纏って、ドミノマスクのようなお仕置き部隊マスクで顔を隠して! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………しかし、あれである。覚悟していたとはいえ…………平静を装うようにしているとはいえ…………――。

 

 

「あーしのお気にはあれかなぁ★ お仕置き副隊長がお尻叩かれたとこ!」

 

 

「アタシもそこ好き! 見事に騙されて嵌められちゃってて! アナウンス越しなんだけど可愛かったぁ~!」

 

 

「明らかに打ち合わせ無しの様子だったものね。当人にとっては災難ではあるのだけど……ふふ」

 

 

「クふッ…! ぁあまた……! 思い出してしまいましたわ……! ウフフフフッ!」

 

 

 

――き…き……気恥ずかしい!!! しかもよりにもよって、件のハプニング…もとい、社長達に嵌められてお尻叩かれたあのシーンの話で盛り上がられるなんて!!

 

 

うぅ……まだ社長や会社の皆と見ていた時は笑って流せていたのに……友人達に見られるとこうもこそばゆいなんて……! 正体を隠しているから猶更……!

 

 

あぅ……マズいかも…。耳が熱くなってきている……! 汗がにじみ出てきているのもわかる……! 顔、真っ赤になっているのかもしれない……! 

 

 

駄目、ちょっと紅茶を飲んで落ち着かなければ……。多めに注いで、ゆっくり飲むことで心を落ち着かせるとしよう……。さっきのルーファエルデみたいに。

 

 

 

――大体、ネルサが映像そのものを持ってきているとは思わなかったのだ。話題こそ出るとは踏んでいたが、それは完全に予想外だった。本当のことを言えば私、集中して見ていられなかったのだ。

 

 

だってさっき、なんでメマリアが笑っているかを知っていたかと言うと……警戒していたのである。彼女相手にだけではない、全員相手に。誰かがアナウンスの声の主について言及しないか、皆の表情を窺っていたのだ……!

 

 

幸いなことに、誰も私だとは気づいていない様子。まあ、皆相手の話し方とはだいぶ違うし、最後に映った私達も服装や髪型やマスクのおかげで誰だかわからない見た目となっているからであろ――……。

 

 

 

「ところであっすん★ あれ、あっすんだったりしない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ブフッッ!!?」

 

 

「まっ!? 今度は貴女がですの!?」

 

 

ケホ……急なネルサの一言に、先程のルーファエルデ宜しく紅茶を噴き出して…ケホ……しまった……。慌てて介助に入ってきてくれようとするルーファエルデへ手で断り、ネルサに恐る恐る聞き返す……。

 

 

「あ……あれって……?」

 

 

「これ★」

 

 

いつもの屈託のない笑みを浮かべながら、映像を早戻しするネルサ。でもそれはすぐに止まり――。

 

 

「この、お仕置き部隊副隊長★ あっすんぽくない?」

 

 

あの、変装した私(同じく変装した社長を抱っこした姿)を、ひょいっと指さした……!

 

 

「あら奇遇ね。私もそう思っていたわ」

 

「アタシもアタシも!」

 

「えぇ、確かに。声も似ておりますわね」

 

 

っ……! メマリアもベーゼもルーファエルデも……! 皆、心の何処かで勘づいていたらしい。口に出していなかっただけだった…! そ、その通り……――。

 

 

――なんて言えるはずもない!!! いや仕事先を隠してる云々も当然あるのだけど……その……あうぅ……!

 

 

 

だって……だって!! 今しがた、『副隊長がお尻叩かれてるシーンが面白かった』って盛り上がっていたのに! 『それ実は私』なんて、言えるわけないでしょう!!!!?

 

 

 

 

 

 

 

……とはいえ、黙っている訳にもいかない。そんな赤面の叫びを心の奥底に押し込み、おくびにも出さずに私は首を捻ってみせる…! そしてわざとらしいほどに目を凝らし、魔法で鏡を作って自分と見比べて……!!

 

 

「……確かに似ているかも…!?」

 

 

敢えての、この台詞! 敢えて否定することなく肯定するでもなく、今言われて初めて気づいたかのように振舞って見せる! この件に関してはある程度想定していたのだもの、対処法は考えてあるのだ!

 

 

……まあ、焦って紅茶を噴き出してしまったのだけど…。変なタイミングで話しかけられたからむせてしまった、と言うことで納得を……――。

 

 

「あれ、ということは違うんだ~」

 

「流石に他人の空似でしたかしら」

 

 

――して貰えた! 少なくとも、ベーゼとルーファエルデは今ので納得してくれたようである。後はネルサとメマリアなのだが……。

 

 

「ま? あっすんじゃないの? む~~★ すっごくあっすんぽいんだけどな~」

 

 

ネルサが食い下がってきてる…! それだけ確信があるということ……? いや大当たりなのだけど! そして一方のメマリアは……。

 

 

「そもそも、そういうのは出演者情報に書いてあるんじゃないかしら?」

 

 

冷静に助け船を。しかしネルサは首を横に振った。

 

 

「それがさぁ、めまりん(メマリア)。クレジットには、あっすん(仮)(かっこかり)はおろかあのミミック隊長の名前も載ってないんよ。エキストラ、にしては役どころ重要すぎるしぃ~」

 

 

……ネルサの言う通り。私の名前も社長の名前も、省略されている。というより、省略してもらったのだ。そもそもがミミック派遣の依頼なだけであり、私達の出演に至っては個人的な我が儘によるものなのだもの。

 

 

だから、会社名が製作協力の端に軽く表示されているだけ。ネルサもそれには気づいているらしく――。

 

 

「まあ隊長がミミックだし今回ミミック出ずっぱりだったし、有りうるなら協賛にあった『ミミック派遣会社』ってとこの関係者かなぁとは思ってんだけどね~」

 

 

それ以上はよくわかんないや★ と、両手をぷらぷらさせるネルサ。そこにルーファエルデとベーゼが一つ質問。

 

 

「出演なされていたドラルク公爵様なら何かご存知なのでは?」

 

 

「それか、ガーキー様は? 教えてくれそうだけど~?」

 

 

「ん~ん、それもダメ。この間ドラルクっちに会った時にそれとなく聞いてみたんだけどさ、よくわからないと言われちって! ガーキー様にも聞きに行ったんだけどなんか誤魔化されちった★」

 

 

首を振るネルサ。そして残念そうに椅子にもたれかかった。

 

 

「他にもさ~バニプリ(バニーガール姫姉妹)とかケロプリ(カエルの王子)とかいなりん(天狐)とかイダテン神様とかサンタっちとか、出てたの大体ダチだったから片っ端から聞いたんだけど…おんなじ感じだったし~」

 

 

流石ネルサ、顔が広い……! けど、ドラルク公爵もガーキー様も他の方々も黙っていてくれたらしい。感謝します……! しかし、この後どうやって話題を逸らそ――……。

 

 

「あぁそうだ。なら、ネルサ」

 

 

「ん? なに? めまりん★」

 

 

「――貴女の『魔眼』を使ってみたらどうかしら?」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑤

 

 

「あっ! そっか、その手があったじゃん★ 流石めまりん! さすめま★」

 

 

「ちょっメマリア!?」

 

 

メマリアの提案を受け、なるほど!と手を打つネルサ…! 対して私は反射的に抗議してしまっていた…!

 

 

「ふふ、このまま終わるより、試せるものは試したほうが良いでしょう?」

 

 

いやメマリアの言う通りなのだけど…! 私も当事者じゃなければ同じ提案したかもしれないのだけど……! その当事者且つ、予想大当たりだから慌てているのだ! 

 

 

これ、さっきのベーゼよりも状況が悪い! だってネルサの魔眼は――!

 

 

「うぇーい★ 『親睦眼』はつどーう★」

 

 

――って、だから早っ!? さっきのベーゼ並みの速度でネルサが魔眼を発動させてる!! 指ピースをウインクした目元に当てつつ、お仕置き部隊隊長(社長)副隊長()が映し出された画面へ魔眼を!

 

 

マズい……! 彼女の魔眼『親睦眼』の能力、それは――『対象人物が、自分や指定の相手や物をどれだけ好いているかわかる』というもの。そして、ついでにその対象人物の名前も見抜いてしまうのだ!

 

 

まさに【全大使】レオナール一族令嬢に相応しい能力なのだが……本当にマズい……! ベーゼはタルトの材料から探っただけだけど……ネルサは映像とはいえ、直接私を調べているのだもの!!

 

 

というか、こうして説明してる間にもうバレてるっ!!! 魔眼なんだから、見ただけですぐさまわかってしまう!!! 発動された以上、止める暇なんて皆無で――……!

 

 

 

「あ、これダメっぽ★」

 

 

 

 

 

 

 

――へ? ネルサ…ウインクもピースも止め、ざんね~ん★と椅子に身体を預けた……。駄目とは……?

 

 

「たま~にあるんよコレ。こーいう作品系…ドラマとか映画とか系で『しっかり役に入っている人』は、その『役名』しか出ないってヤツ★」

 

 

……!? と、ということは……――。

 

 

「この二人の実名はわからなかったということ……?」

 

 

「そ! あっすん(仮)は『お仕置き部隊副隊長』としかでなくて、ミミック隊長の方も『お仕置き部隊隊長』ってだけ! あでも、この二人がすっっっっっっごいラブラブだってのはわかっちったけど★」

 

 

……それは見えたんだ……。なんだか恥ずかしい……ゴホン! ま、まあ良かった……! ネルサの魔眼にそんな穴があって助かった……!

 

 

彼女の口ぶりから察するに、副隊長からネルサへの関係も表示されていないのだろう。あれは『アスト(副隊長)』ではないのだから。となると、親睦眼による正体看破は失敗に終わったと見ていい……?

 

 

「んむ~。でも、他の出演者たちの名前はしっかり出てるんけどな~」

 

 

諦めきれないようで、映像の場面を色々切り替えつつ魔眼使用を続けているネルサ。と、そこへメマリアが指摘を。

 

 

「それは、一応役名はあれど『その有名人本人』として出ているからではないかしら。それがこの番組の趣旨にして醍醐味なのでしょう?」

 

 

「あそっか! 天才めまりん! てんめま★」

 

 

どうやら納得したらしく、メマリアをウインクで褒めながら魔眼解除するネルサ。やった…! これでこの件について詮索されることは……――。

 

 

「でもなぁ~……ね、あっすん。本当にあっすんじゃないの~? あーし、絶対あっすんだと思うんだけど~!」

 

 

 

 

 

 

 

――駄目、ネルサ諦めてない!! 椅子ごと私の方にぐいぐい近寄ってきた!! 

 

 

「実際のとこどうなん? ほんとのこと、あーしにだけでも良いから(おせ)ーて★」

 

 

自身の耳へちょいちょいと触れてアピールしながら、私の肌と触れ合う距離まで……! いやえっと、だから……!!

 

 

「私じゃないって……!」

 

 

「え~マジ? あっすんにしか見えないんだけど~。そりゃ角とか羽とか尻尾とか、暗いし隠されてるしだけどさ~」

 

 

本当、ぐいぐい来る……! なまじ当たっているからタチが悪い…! いや当たっている確信があるからぐいぐい来てるんだろうけど!

 

 

「だってほらほら★ それ以外の見た目とか声とかそっくりだし~! ――あ、そだ!」

 

 

……? 再度画面に副隊長()を映し出し迫ってきていた彼女が、急に何かを思いついた顔に。何を……?

 

 

「あっすん、ちょーっち髪弄って良い? だいじょぶ、すぐ戻すから★」

 

 

「か、髪? い…いいけど……?」

 

 

急に話が変わった…? そしてそれにほっとしたからか即okを出しちゃった……。――ってもしかして!?

 

 

「やりぃ! わ、あっすん髪さらさら~! えーと…こうして★ そうして★ あんな感じにすいすいすい~★」

 

 

ストップをかける暇もなく、ネルサは魔法で幾つもの櫛を操りつつ私の髪型を変えて……! こ、これ…やっぱり――!

 

 

「う~し★ こんな感じこんな感じ! ど? あっすん(仮)に近づいたっしょ!」

 

 

 

 

――――副隊長()の、髪型!!!

 

 

 

 

 

「にひひ★ やっぱそっくり! でもまだまだ! こっから更に~~ぃ」

 

 

私の髪型をセットし直したネルサは、今度は画面をちらちら見ながら魔法で何かを生成し出して……! もう嫌な予感が……!

 

 

「え~と……こんなかな? ん~…もうちょいここ削って……。あっヤバ、やりすぎちった」

 

 

いやもうあれ、どう見ても……画面の中の私がつけている、お仕置き部隊用ドミノマスク……! ネルサ、完全に私に……――。

 

 

「べぜた~ん。ちょいお願いしてい~い? あーしじゃ無理っぽだから、あの服作ってくんない? 正面だけので良いから~」

 

 

「おっまかせあれ~!」

 

 

うん! 間違いないよね! ネルサ、私に副隊長のコスプレさせようとしてる!! ベーゼも巻き込んで! というか彼女は嬉々として参加してるけど!

 

 

「「でっきあがり~★」」

 

 

そして同時に出来上がった魔法製副隊長マスク&副隊長服(前身頃だけ)をいそいそと私に取り付けてきて……――!

 

 

「じゃじゃ~んっ★ かんせ~い! あっすん(仮)あっすん!」

 

 

「おお~!! すご~い!」

 

「まさに瓜二つ、ですわね!」

 

「宝箱でも抱えさせてみる? なんてね。ふふっ!」

 

 

副隊長な私を見て、皆は揃って歓声を。そりゃそうでしょう、本人なのだもの……。 ……もうどうしようもないから、髪型を変えられた時点で着せ替え人形の心持ちだったもの…………。

 

 

「じゃ、あっすん★ あの台詞、お願いして良~い?」

 

 

「あ、あの台詞……?」

 

 

「その恰好なら、やっぱあれっしょ! あーし達、みんな笑ってるし★」

 

 

「ででーんっ!」

 

 

求めてくるネルサと、効果音を口ずさみお膳立てしてくるベーゼ…! はあもう……半ば自棄!

 

 

「――全員、OUT!!」

 

 

「「いえーいっ★」」

「「ふふふふっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね~~やっぱあっすんじゃないん~? 絶対ご本人じゃ~ん★」

 

 

うりうり~! と私を突いてくるネルサ。全く……! なんだかもう別に『実はそう!』と言っても良い気分にもなってきたけど……自棄ついでに聞いてみよう。

 

 

「なんで私だと決めつけているの?」

 

 

副隊長マスクを外しつつ、逆に聞き返してみる。副隊長が私だと確信を持っているのを加味しても、なんだかちょっとしつこい感じがするもの。と、ネルサはちょっと目をぱちくりさせ――。

 

 

あれ(副隊長)があっすんにしか見えないってのが一番だけど……ん~~。 …にひひ★」

 

 

ちょっと照れくさそうにしながら、いつもの笑いを浮かべる彼女。そして先程までの行いを謝るかのように舌をペロリと出し、心の内を明らかにした。

 

 

「あーしも、べぜたんとおんなじ気持ちなんだと思う★」

 

 

 

 

 

 

「ベーゼと?」

 

 

「そ★ なんつーか……あっすんが垢抜けてきたのが嬉しいってか、これに出演するぐらいになってくれてたら楽しいって感じ? そしたら色々お話できるもん★」

 

 

確かにベーゼも似たようなこと言っていた。要は…『何も知らなかった親友が、自分の趣味や好みの分野に入って来てくれて舞い上がってしまった』というところなのだろうか…?

 

 

そして折角の好機を逃したくない、思い違いだと思いたくないから、ちょっとしつこく聞いてきたという訳……――

 

 

「――なの?」

 

 

「ぅ……! あっすん、怒ってる……? 怒ってるよね……? ごめ……」

 

 

流石にこの推察をそのまま口にしたわけではないけど……簡単にまとめてみると、ネルサは普段の彼女らしくないぐらい小さくなってしまった。図星みたい。別に怒っているわけではないのだけど……。

 

 

というより、ここまで彼女にしゅんとされると胸がすっごく痛い……。だって彼女は真実を見抜いていて、私は嘘をついている側なのだから……。

 

 

んー……なんとかして怒ってないと伝えて、且つこの話題を円満に終わらせるような続け方は……あ、そうだ。

 

 

「今思ったんだけど…ドッペルゲンガーやシェイプシフター、化け狸とかの方々が私?を真似たって可能性もあったり? 実はそういう人達と何度か会ったことあって」

 

 

なるべく自然に、今考えついたかのように(実際今考えついたのだけど)一部真実を入り交ぜた適当な憶測を。するとネルサは……ポンッと手を打った!

 

 

「それアリそーかも!! どっかであっすんを見かけて、ってね! そかそか、ミミックと友達みたいな(擬態する)種族だし、そーいうことならクレジットに名前ないのも頷けるかも★」

 

 

思いのほかすんなり納得してくれた…!? 随分とあっさり……――。

 

 

「にひひ~★ だって、あっすん超美人だもん! そりゃ~モデルにされちゃうわ!」

 

 

「――なっ…もう…!」

 

 

「いやマジで可愛いーもん! さっき遅刻してきた時の顔も良かったけど、今のその顔も! あーしもベーゼみたいにキスしたくなっちゃうぐらい★」

 

 

いつものネルサに戻ったようで何よりだけど! というか、そんなこと言うネルサだって、他の皆だって超美人でしょうに!! 

 

 

全く……! ヒヤヒヤさせてくると思ったら、今度は顔を熱くさせてくるのだから……! はあ……なんだか彼女に振り回されてしまった。なんだか悔しいというか、やきもきさせられたというか、ちょっとぐらい一矢報いたい気分というか……。

 

 

 

……胸を痛くしたばかりだけど、ちょっとぐらいやり返しても構わないかも? 

 

 

 

――ふふっ! そうだ、未だ燻る自棄に任せて『お仕置き』してしまおう! 流石にお尻を叩くわけにはいかないけど…ネルサ、丁度良い台詞を口にしたし……!

 

 

「……ベーゼみたいに、キスしたくなるの?」

 

 

「へっ……?」

 

 

お仕置き部隊副隊長の服を正し、マスクをわざとらしく弄び、今度は私からネルサへ擦り寄る――! そして……ベーゼや社長、オルエさん(サキュバスクイーン)に倣って…………!

 

 

 

「じゃあ…………する?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふぇっ!!? えっ……!? あっ……! その……あ…ぁぅ……」

 

 

ベーゼのキスモーション、社長の甘え方、オルエさんの妖艶さ…! それらを参考に、密着距離で煽ってみた(お仕置きしてみた)…! そしたらネルサは可愛らしい声を漏らしながら慌てて椅子ごと自分の席へと戻り――。

 

 

「……あっすん、垢抜けすぎぃ…………」

 

 

真っ赤にした顔を伏せ、先程とは違う感じで縮こまって…!!! あの調子であれば暫く副隊長話題は振ってこなさそう…。してやったりではあるのだけど……。えっと…その……。

 

 

……なんだか、それこそオルエさん辺りが出て来そうな変な空気になってしまった……。ちょっとやり過ぎちゃった…?

 

 

「アーちゃん……! カッコいい~…!」

 

「へぇ……」

 

 

一応、ベーゼからは歓声が飛んできて、メマリアは広げた扇子の奥で何故か感服しているようなのだけど……き、気まずい……! 先程までとは別の意味で気まずい…!

 

 

冷静に考えてみると、なんでこんなことを…!? ぅ…お尻叩かれている映像(音声のみではあるが)を見られている時より、恥ずかしくなってきた……! どうしよう…この空気……!?

 

 

「コホンッ!」

 

 

――! この咳払い…ルーファエルデ! ハッと見ると、彼女はこの空気を打ち払うように、声を響かせてくれた!

 

 

 

「ではものの次いで。(わたくし)も魔眼を使用させていただきますわ~!!!」

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑥

 

 

助かった……! ルーファエルデが仕切り直しをしてくれたおかげで、なんだかアブない雰囲気は何処かへと消え去った。流石ルーファエルデ、頼りになる!

 

 

そして、彼女の魔眼使用は穏やかな心で承諾できる。だって先のベーゼやネルサと違い、私の隠し事が暴かれる心配が無いのだから!

 

 

あ、でも。その前にちょっとタイムを。髪型を直さないと。また変に邪推されると困るし。そしてこの仮面と服は……結構出来が良いからちょっととっておこう!

 

 

 

 

 

 

 

「――では失礼いたしまして! 『戦眼』によって、皆様の力を見せていただきますわ~!!」

 

 

頃合いを見計らい、ルーファエルデは腕を組み片手の甲を顎に置いて魔眼発動を。彼女の魔眼の能力はずばり、『対象の戦闘能力を可視化する』こと。

 

 

しかも純粋な戦闘力だけではなく、どのような戦術や技や魔法を扱えるか、そしてどれを得意とするかも把握できる、軍総帥バエル家令嬢に相応しい魔眼である。

 

 

勿論、相手が集団でも潜んでいてもお構いなし。連携能力や潜伏能力、弱点まで見抜けるのだから。そこに彼女自身の圧倒的な実力も合わさり、まさに敵なし。あのバサクさん(上級ダンジョンボス)にだって幾度も勝っているほどである。

 

 

…そういえばこの間聞いた話なのだが、かつて訪問した『学園ダンジョン』では、この彼女の魔眼を参考にした戦闘力数値化魔法を用いているとかなんとか。最も戦眼ほどの精確さはなく、生徒用なため単純控えめな性能なのらしいけど。

 

 

確かあの時社長、高い数値を誇って得意げだった生徒を容易くあしらい、『私のステータスはカンスト済み』とか適当言っていたけど…。実際の所、どうなのだろう? ルーファエルデならあの底知れない社長の戦闘力、完全に把握できるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「――ウフフ! 皆様、素晴らしいですわ! 前回より格段に強くなっておりますわ! 次代グリモワルスとして弛まぬ研鑽を積んでおりますこと、称賛に値いたしますわ~!!」

 

 

そんなことを考えていたら、私達を一通り魔眼で見終えたルーファエルデが手を合わせ拍手を。そして…まずはベーゼへと。

 

 

「ベーゼ、体術関連が強化されておりますわね。やはり、いつもの?」

 

「うん! 食べ歩きの腹ごなしに! それに、動いてからの方がご飯美味しいもん!」

 

「ふふっ、わかりますわ! 鍛錬を積んだ後の食事は格別に思えますもの!」

 

「でしょでしょ~! あとはね~~美味しい食べ物がある場所って、強い人がいることが多くて! 特にダンジョンはそうかも! そういう時は腹ごなしに付き合って貰ってるんだ~!」

 

「ダンジョンの魔力濃度は様々なものの成長を促しますものね。道理ですわ! 私の武者修行先も、ダンジョンがかなりの数を占めておりますわ~!」

 

「だよね~! 結構会うもん、ルーちゃんと闘った~って人! ――そだ! ね、ルーちゃん、アタシ今頑張って覚えてる魔法があるんだけど…わかる~?」

 

「えぇ、幻影魔法や幻惑魔法、魅了魔法ですわね! 中々に高度な技のようですが?」

 

「えへへ~! ほら、ご飯食べる時の周りの景色や雰囲気って大事じゃん? あと魅了魔法は…ちゅー上手くなったら楽しいかな~って! だから、ある人に教わってるんだ~! その人超超超超超強いから、今度紹介したげる!」

 

 

――なんともベーゼらしい理由。…ところで、そういう系の魔法を使いこなす人に心当たりが……。ベーゼに教えられるほどのって、まさか……いや、気のせいであろう。

 

 

まあそれは一旦置いといて。この『戦眼による戦闘力確認タイム』、ベーゼの美食遍歴語りと同じように恒例の話題なのだ。ルーファエルデが一人ずつ見ていくのが流れなのである。ほら、次はネルサに。

 

 

「ネルサの魔法力もかなり底上げされておりますようで!」

 

「にひひっ★ 闘うのが好きな子と遊んでっと自然にね~。特にオンラムっちとは最近よ~遊んでるし!」

 

「あの(オーガ)族の方ですわね! 前に(わたくし)の武者修行相手として紹介してくださり、感謝いたしますわ! ……少々興が乗り過ぎてしまい、傍の岩山に巨大な傷をつけさせてしまったのが心苦しいですが……」

 

「も~。気にすんな~って言ってたじゃんさ★ そーそー! この間遊びに行った時なんだけどさ、山の傷増えてたんよ!」

 

「まあ……! つまり、彼女にそこまでさせる強者が訪れたということで?」

 

「んにゃ、ちょっち力み過ぎただけで、相手は大したことなかったってさ。――あでも……オンラムっちが力負けしちゃう人はそん前に来てたみたい。そのせいで力み過ぎてた感じっぽ★」

 

「あの方に力圧しで勝てる方がいるということだけでも驚きですわ! その御方についても気になるところですが……今はそれよりも貴女の成長具合が気になるところで! この魔法力、それだけではありませんでしょう?」

 

「にっひっひ~★ 実は、マギさんって魔女の人のとこでちょこちょこダンスパーティーやってんだけど、そん時に色々魔法教わってんだ~! さっき使った画面呼び出し魔法もそれなんよ★」

 

 

――またサラッと出てきた! 私が以前訪問したミミック派遣先ダンジョンの主達の名前! 『鬼ヶ島ダンジョン』と『魔女の家ダンジョン』の! えっ、あの山の鬼みたいな顔の痕、そういうことだったの!?

 

 

……とは驚いたけど…。実は、魔女のマギさんに関しては私も知っていた。なにせ彼女、私の正体(アスタロト姓)を見破ったのだもの。その流れで私もネルサが訪ねてきていることも聞いたのだ。

 

 

そしてネルサが私の隠し事(会社秘書)を知らないということは……マギさんもまた、上手く隠していてくれているのだろう。本当、素敵な方!

 

 

「お次はメマリアですが……ふふっ! 見る必要はないほどですわ! 幾度も聞き及んでおりますとも!」

 

「あら、やっぱり? あまり褒められたものではないのだけどね」

 

「ウフフっ、いいえ! 慣れぬ公務を始めた身なのですもの、多少のストレス程度溜まって当然。それを模擬戦で発散させて差し上げるのも、魔王軍の務めですわ!」

 

「半ば伝統と化しているとは小耳に挟んでいたのだけど……まさか下命伝達のついでに誘われるとは思わなかったわ。それに、相手役があんなに立候補してくるなんて」

 

「兵としても、強者(つわもの)と試合の出来る貴重な機会ですもの! そして(わたくし)達も、戦闘力の全体的な底上げができる。まさにwin-winの関係ですわ~! 是非皆も、登城の際には顔を出してくださいまし!」

 

「そうだ、ルーファエルデ。先日、中級者向けダンジョンの管理役の一人の、マネイズという方を傍に呼ばせて貰うことにしたの。資料作成の腕が良いと聞いて、是非教示して貰おうと思っていて。一応、既に許可は頂いているのだけど……」

 

「その向上心、素敵ですわ~! そして皆まで言う必要はございませんわ! そのダンジョンの内情をお知りになりたいのでしょう?」

 

「え、えぇ。そうなの。無茶を頼んでいないか少し不安でね」

 

「ご安心を! そも(わたくし)、今なお鍛錬に励んでいる身ゆえ、お父様お母様からの又聞きではありますが……かのダンジョンは、『協力者』の方々によって安定しているようですから! それに、『例の方々』は既に中級者向けダンジョンに戻ってくる気配はないようですわ!」

 

「そう? それなら良かったわ…!」

 

 

――っと…! 今度は中級者向けダンジョンから私達へ依頼を出してくれたマネイズさんの話が…! あの時、私も彼女の作る資料に舌を巻いていたのだけど……メマリアですら一目置いていたなんて! 凄い!

 

 

また、その中級者向けダンジョンの『協力者』というのは、考えるまでもなく我が社のミミック達である。……でも、『例の方々』とは?

 

 

というかそれよりも、メマリアもストレス溜まって暴れる(闘う)ことがあるんだ…。いや今の話だと、半ば無理やり誘われた感はあるのだけど。でもルーファエルデの口ぶりからして、一度や二度の利用じゃないのは間違いなさそう。

 

 

一体どんなストレスを? 慣れない仕事だから、という理由はルーファエルデが言っていた通りあるのだろうけど……いつも飄々としている彼女がそこまでストレスを溜め込むイメージはない気が…。

 

 

うーん……。なら、ストレスとまではいかなくても、言いたくても言えないことを発散している、とか? よくわからないけど……。

 

 

……あ。言いたくても言えないことと言えば。 メマリア、魔王様の()()()姿()を知っているのだろうか。側近にしか明かされぬ、あの可愛らし……コホン、麗しき御姿を。

 

 

特に彼女の一族【王秘書】は、まさに最側近なのだもの。まあまだ修練中の身だから、知らなくともおかしくはないけど……――。

 

 

 

 

「――さ! 最後はアスト! 貴女ですわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっと、いつの間にか私の番になっていた。実はこの戦眼確認コーナー、トリを務めるのは大体私なのだ。その理由はちょっと照れくさいのだけど……。

 

 

「フフ…うふふふふ!! やはり、素っっっ晴らしいですわ~っ!!! 見るたびに惚れ惚れしてしまいますわ~~っ!!!」

 

 

私の隅から隅までを丸裸にするかの如く見澄ましてきたルーファエルデは、声を弾けさせる。そして、うっとりしたような様子で続けた。

 

 

「本当、アストの魔法の才には目を見張るばかりですわ! グリモワルス(魔界大公爵)の中でも際立つ力を持つこの場の皆を――いいえ、この(わたくし)ですら凌ぐほどの潜在能力! はぁもう…感嘆の息が漏れてしまいますわ……!!」

 

 

あはは……なんだか今日はいつもより褒め方が激しい気が……。えぇと……当のルーファエルデが口にした通りである。迎えてくれたバエル家衛兵長にも言われたのだけど、どうやら私には魔法の才があるようなのだ。

 

 

……え。今までずっと見てきたのならわかる? 色々大暴れしていたし? うぅん……なんだか恥ずかしい……。

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふっ! まあアスト、そのように身を縮ませないでくださいまし! 別に才があるというだけで褒めているのではありませんもの! それならばこの場の全員が該当するのですから!」

 

 

こそばゆさから身を少しよじっていた私へ、楽しそうに付け加えてくるルーファエルデ。そしてこう胸を張るべき、と示すかのように続けた。

 

 

(わたくし)が殊更に貴女を称賛している理由、それは――その才に甘んじず、常に高い研鑽を積んでいるからですわ! えぇ、あるいは(わたくし)を凌ぐほどに!!」

 

 

研鑽、と言って良いのかわからないのだけど……。あと、絶対にルーファエルデのそれを超えるものじゃないのだけど……!

 

 

えっと…どういうことかというと……あ、その前にルーファエルデのいつもの決め台詞?が。

 

 

「――才というのは剣と同義。磨けば幾らでも輝き、上手に扱えば無双の力を得ることができる武器。しかし研鑽を怠れば…あっという間に二度と光らぬ(なまく)らとなり、蟻一匹にすら勝てぬ代物と化してしまうのですわ!」

 

 

先程紅茶を噴いていた彼女はどこへやら。バエル家令嬢の威厳をまざまざと放つその姿は、こちらが惚れ惚れし返してしまうほど…! そんなルーファエルデは私達へ向け、輝くような笑みを。

 

 

「ですから出過ぎた真似と知りつつ、(わたくし)は戦眼で皆を覗かせて頂いているのです。(わたくし)の見る戦闘力というのは己の全てが映し出される()、皆がそれぞれ持つ素敵な剣が磨かれ続けているか、検めさせて頂いているのですわ~!!」

 

 

フフンッと決めるルーファエルデ! ふふっ、思わず拍手したくなってしまう格好良さ! というか、ネルサとベーゼはヒューヒューって拍手してるし!

 

 

実際のところ、この彼女の確認は非常にありがたいのだ。なにせ私達はグリモワルス(魔界大公爵)の跡継ぎ。魔王様を補佐する身として、鈍らと化すわけにはいかないのだもの! 

 

 

故に、女子会の度にルーファエルデに検めて貰って、次までの間に更なる研鑽を積む。これが毎回の流れとなっているのである。そして今回も――!

 

 

 

「アスト、貴女の磨かれ具合は実に見事なものですわ! 純粋な攻撃魔法各種に始まり、分身使い魔召喚魔法、転移系魔法、防御系魔法、強化系魔法、治癒魔法、永続保護付与魔法…! 強化されているもの新たに習得したものを挙げればきりがありませんこと! 加えて、体術や戦術考案に至るまで!」

 

 

戦眼を駆使しながら、私の成長部分をすらすら並べて立ててゆくルーファエルデ。自分では強くなっているかすらよくわからないことが多いから、そう明言されると嬉しくなってしまう。――と、ルーファエルデはほぅっと恍惚の息を吐き……。

 

 

「やはり以前から思っておりましたが……最近の、それもお屋敷の外へ出るようになってからのアストの成長ぶりは著しいですわ~!! このような多岐にわたる魔法の研鑽、一体どのような鍛錬を積んでいらしているので?」

 

 

凄く気になる、あわよくば是非参考にしたいと言わんばかりの期待の目を浮かべるルーファエルデ。ふふっ、彼女の向上心も、とっても素敵である!

 

 

ただ……残念ながら私の鍛錬方法は教えられない。……というか、鍛錬でも研鑽でもないのだ。

 

 

 

だって――――仕事なのだもの!

 

 

 

 

 

 

今までのを見ていて貰っているのであればわかるであろう。私のミミック派遣会社での仕事内容を。

 

 

そう――秘書業務として社長の補佐に始まり、依頼が来たダンジョンの査察、依頼主の接待(戦闘)、契約後の転移魔法陣の設営、状況に応じて派遣ミミックへの永続保護魔法付与……。

 

 

そして攻撃魔法や分身使い魔召喚魔法、治癒魔法等を駆使し、ミミック達の訓練のお手伝い。時には私自身も(シェイプアップ目的や社長達に誘われる形で)参加していたり。箱工房へも魔法提供をしている。他にも諸々と――。

 

 

そんなこんなで、結構魔法とかを使っているのだ。鍛錬のつもりはないのだけど…必要だから自然に習得して、必要だから自然に習熟していった賜物ではある。社長達のための研鑽、と言い換えることはできるかも。

 

 

……あと、こうしてルーファエルデに褒められるのが嬉しくて、暇な時とかに魔法薬作りとか魔法研究とかはしているから……やっぱり鍛錬は積んでいるって言っていいのかもしれない…?

 

 

 

「――普段から事あるごとに魔法を使っていて……。あと、良い訓練相手がいて。皆の修行に付き合ったり、教えたり教えられたりしている……ぐらい?」

 

 

「素晴らしいですわ~! 行住坐臥片時も忘れず研鑽を積み、素敵なパートナー達と高め合う…! 敬服にすら値いたしますわ~!!」

 

 

隠し事(と、最後のなんだか恥ずかしくて言えない秘密)をオブラートで包みルーファエルデへ伝えると、またも声を張る彼女。そこまでのものではないと思うのだけど……ん? あっ。

 

 

「ですが、一つ我が儘を言っても宜しくて? 差し支えなければですが……」

 

 

ルーファエルデ、急にしおらしく…! あの顔、我が儘の内容が大体わかる…! きっと、『どのような修行を?』とか詳細を聞いてくる気だ…! オブラートに包み過ぎたっぽい…! 

 

 

うーん……何とか隠しながら話しても良いのだけど、いい加減ボロがでそうな気がする……。既にベーゼとネルサ相手にギリギリで凌いでいるし……なんならミミック派遣会社の名前自体出ちゃっているし……。なんとか有耶無耶にできないかな……――。

 

 

――あ! そうだ! さっきネルサへやったみたいに(キスの迫り返し)、自分からぐいぐい動けば有耶無耶になるかもしれない! 丁度、この戦眼確認コーナーの後に()()()()()()()()()()()()があることだし…!

 

 

そうと決まればルーファエルデが切り出す前に先手を打つ! 敢えて身体を彼女の方へズイッと出して……!!

 

 

 

「……強くなった私、試してみる? ルーファエルデ?」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑦

 

 

「まあ!! まあまあ!! まあまあまあ!! アストからお誘いをかけてくださるなんて! こんな嬉しいことはございませんわ~っ!」

 

 

――釣れた! 少し頑張って仕掛けた甲斐があった! ルーファエルデ、目をキラキラさせて乗ってきてくれた!

 

 

「そうと決まりましたら早速フィールドを作ると致しましょう! ウフフっ♪」

 

 

そしてルンルンな雰囲気のまま、手甲で指を弾く動作を。キンッと軽やかな音が鳴ると同時に――。

 

 

 

 

 

 ―――グニャァアッ

 

 

 

 

 

部屋の片隅が歪み、膨張し、広がってゆく。装いも女子会会場に相応しい洒落た飾り付けから、無骨とも言っていいコロシアムの如き見た目へとあっという間に変わっていった。

 

 

そう、まさにコロシアム(闘技場)。5人ほどが戦える程度の必要最低限サイズではあるけど。加えて観客席も存在しないが、側面には壁代わりにバリアが張られ、私達からはよく見えるようになっている。

 

 

お気づきの通りである。これは空間魔法。ダンジョンを始めとした各所で用いられている、空間拡張の便利魔法である。

 

 

流石ルーファエルデ、この速度で完成させるとはまた腕を上げたみたい! ……いや、というより…!

 

 

「この手際の良さ……楽しみにしていたでしょう?」

 

 

「うふふふふふっ! 実はそうなのですわ~! アストが切り出してくださらなかったら、(わたくし)から申し出ておりましたもの!」

 

 

私の指摘に、はにかむルーファエルデ。ふふっ、やっぱり! きっと彼女、始まってからずっとこの瞬間を待ち遠しく思っていたのだろう!

 

 

特に、今回は彼女のバエル家がホスト。何も遠慮することなんてないのだから。だから私も、()()が絶対に行われると踏んで誘いをかけたのであって――。

 

 

 

 

 

――おっと説明を。先程も述べた通り、このコロシアムはグリモワルス女子会においての半ば恒例となっているコーナー。ルーファエルデの魔眼で皆の戦闘力を確認した後、続けざまに開催されることが多いのだ。

 

 

何をやるかって? それはコロシアムなのだもの、闘うに決まっている! 誰か騎士や剣闘士を呼んで観戦するわけでもない。私達、グリモワルス女子が闘うのだ!

 

 

 

いくら戦眼で細部まで検めたと言えども、やはり百聞は一見に如かず。百見は一戦に如かず。実際に手合わせしてみなければわからない――。というのがルーファエルデの言い分。

 

 

ただ彼女が一戦交えたいだけというのもあるのだろうけど……私達としても特に拒むものでもない。彼女に成長した自分(次代グリモワルス)を見てもらいたいという気持ちがあるし。

 

 

ということで、こうしてコロシアムを作り出して試合を行うのだ。とはいえ、ここはグリモワルス女子会。優雅なるお茶会。汗流し鎬を削る闘いなんて行う訳には……え、そもそもあんまり優雅ではない? ……そう? ……そうかも…?

 

 

――コホン! ということで、試合はせども私達は闘わないのである。矛盾している? いいえ、ご安心を。闘うのは()()()()()なのだ!

 

 

 

 

この試合で用いる分身魔法は、召喚者の姿こそしているものの、魔力体のため無貌且つ全身一色で構成されているタイプ。見た目はミミック達の訓練でも模擬相手として召喚しているものと同じだったり。

 

 

ただし、あれと違って自動行動式ではない。召喚者の思うが儘に動く、マリオネットタイプである。意識を集中させれば遠隔での自在操作及び視界等の共有ができ、魔法も体術も剣術も()()()()()自分自身のように扱える代物。

 

 

なにせ私達が本気で戦ったら空間魔法ごと部屋が壊れてしまう。分身はその威力セーブも兼ねた、優雅な戦闘をするための策なのだ。操作主である私達本体は皆椅子に腰かけ、紅茶や菓子を片手に試合を行うのである。傍から見たら本当に観戦しているように見えるかもしれない。

 

 

因みに…本格的に試合をしたいとか口にすればそれはもうルーファエルデが狂喜乱舞すること間違いなし。今すぐに手を引いて修練場へ連れ出してくれること請け合いなのだが……。今回は女子会だからそれは無しで。やってみたい気持ちはあるのだけど!

 

 

 

「さて! 貴女方はいかがいたします? 勿論無理にとは申しませんが、(わたくし)としては……」

 

 

「へへ~! 無理なわけないじゃ~ん!」

 

「あーし達も待ちわびてたって感じ~★」

 

「強くなっているのはアストだけではないわよ。ふふっ」

 

 

ルーファエルデが問うと、ベーゼもネルサもメマリアも待ってましたと参戦表明! では揃って――!

 

 

 

 

「「「「「『分身よ、我が力の一端よ、ここに顕現せよ!』」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

号令をかけるまでもなく、全員同時に魔法詠唱! そして簡易コロシアム内には、私達の姿を象った分身達が姿を現す!

 

 

鮮麗ながらも強者の圧を放ち剣を構えるのは、ルーファエルデの分身。軽やかなシャドーとフットワークをまるで踊るように刻んでいるのは、ベーゼの分身。

 

 

星型やハート型といった可愛くビビットな魔法陣を浮かべているのは、ネルサの分身。扇子を口元に当て凛と立つも長髪を生き物の如く蠢かせているのは、メマリアの分身。

 

 

そして……広げた魔導書を片手に準備万端なのが、私の分身! ふふっ、いつでもいける!

 

 

「では、開始の合図は(わたくし)に委ねて頂いて宜しくて? いつも通りこちらを用いさせて頂きますわ~!」

 

 

言うが早いか、コインを魔法で生成するルーファエルデ。皆が頷いたのを確認し、それをピンっと指で弾き飛ばした。くるくると放物線を描き、バリアをすり抜け、全員の分身が囲み並ぶ丁度中央へ落ち――!

 

 

 

 

 ―――コンッ!

 

 

 

 

 

「せやーッ!」

「とりま!」

「狙わせて貰うわ!」

「ルーファエルデ!」

 

 

コインが落下した瞬間、ベーゼ、ネルサ、メマリア、私は一斉に動く! ぶつかり合うのではない、唯一人を…ルーファエルデを狙って!

 

 

ベーゼの高速にして激烈の蹴りを、ネルサの魔法陣より呼び出した精鋭使い魔を、メマリアの妖艶に蠢き食らいつく長髪を、私の数多の攻撃魔法を! 示し合わせたように彼女へと!

 

 

卑怯、と言われてしまえばそうなのだけど……それは許してもらいたい。だって、相手は【軍総帥】バエル一族が令嬢、ルーファエルデなのだもの! なにせこうしたところで――!

 

 

「うふふふふっ! 良いですわ~! このような素敵な攻撃を繰り出してくださるなんて……」

 

 

各攻撃が眼前に迫っているというのに、喜びの声をあげるルーファエルデ。そして悠々と剣を引き――……。

 

 

「私も、滾ってしまいますわ――!」

 

 

 

 

 

  ―――ドッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

「「「「くっ……!?」」」」

 

 

彼女の剣が、煌めいた――! まるで彼女自身を包むドレスの如き軌跡は、蹴りを弾き飛ばし、使い魔を両断し、髪を跳ね返し、魔法を撃ち返してくる! 危なっ…!

 

 

「っとっとっと~! 今回こそ決まったと思ったのに~!」

 

「マジさするふぁ(流石ルーファエルデ)~★ あとちょいが遠いし!」

 

「あの距離まで接近を許してから全てを薙ぎ払うなんて……」

 

「強くなっているのはルーファエルデも一緒ね……!」

 

 

それぞれ構え直しつつ、ルーファエルデへ称賛を。ほら、この通りなのである。毎回開幕から総がかりで挑んでいるけど、傷を負わせるどころか掠らせてすら貰えないのだ! 結構力を籠めたのに!

 

 

「うふふっ! お褒め頂き恐悦至極ですわ~! ですが貴女方こそ! この分身の制限下でここまでの力を発揮できるなんて、素晴らしいですわ~!」

 

 

ヒュンッと剣を一振りし、悠然と歩み出すルーファエルデ分身。私達が見守る中コロシアム中央へ向かい、落ちていた魔法製コインを拾い弾き上げ――。

 

 

「とはいえ、まだ始まったばかり! いつも通り全力を見せてくださいまし! 全て受けとめさせて頂きますわ!」

 

 

落下に合わせ、コインを刻み……というより、文字通り霧散させてみせた! 見事……! そして、これが本当の試合開始合図と言っても過言ではない!

 

 

「いっくよ~! ルーちゃん!」

 

「今日こそ勝ってみせるし!」

 

「胸を貸して貰うわ!」

 

「強くなった私、見せてあげる!」

 

 

「ふふふふふっ! さあ、いらして!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――てりゃああっ! あたたたたたっっ! あちょーっ!」

 

「まあ! 目にも止まらぬ打撃の勢いで! 百裂と称するに相応しいですわ!」

 

「えへへ~! こんなのもできるよ! キョンシーの人のとこでついでに教わったんだ~!」

 

「まあまあ! その宙に浮く逆さ回転連続蹴り、チェンリン様の技ですわね! 習得されているなんて、見事ですわ~!」

 

「あ、やっぱ戦ってた~! ルーちゃんだもんね~! じゃあ…これはどうだ~!」

 

「まあまあまあ! 分身の分身…いえ、これは幻惑魔法! だというのに、本物さながらの感覚を覚えてしまうなんて、ハイレベルですわ~!」

 

 

ベーゼの攻撃を全て軽やかに捌きながら語らうルーファエルデ。と、そこに――。

 

 

「あーしを忘れて貰っちゃ困るぜ~★ いっけ~!」

 

「あら! カラフルな使い魔達で! これは…猫にフクロウ、ネズミにカエルに……カラスですの?」

 

「ぴゅう★ せいか~い! 魔女の皆から教わった使い魔魔法! あーしアレンジ入ってるけどね!」

 

「ふふっ成程! しかし綺麗なだけではありませんわね。つい目が迷ってしまいますわ!」

 

「にっひっひ~★ まだまだ~! もっといったれ~★」

 

「まあ兎! いえ、これはボーパルバニー(首狩り兎)! それに各精霊達まで! 絢爛ですわ~!」

 

 

ベーゼを援護する形で、ネルサの使い魔達が怒涛の勢いで襲い掛かっていく! しかしルーファエルデはそれらを涼やかに回避しつつ、逆にネルサの召喚速度を上回る勢いで斬り倒していって…――!

 

 

「――そこッ!」

 

「はッ! ふふっ、危ないところでしたわ~! 猛撃の最中に僅かに生まれた空白地点、それを逃さぬ狙い澄ました一撃! 冷静沈着なる貴女には都度脅かされますわね!」

 

「容易く払い除けておいてよく言うわ…!」

 

 

刹那の隙を突き、破砕魔法を付与した扇子を投げつけたメマリア! ……けど、あっさり防御されてしまった。今確実に見ていなかったと思ったのに…! ――と、メマリアは深呼吸交じりに会話継続を。

 

 

「……知っての通り、私はあまり戦闘が得意ではないの。だから――」

 

「まあ! 先日、軍精鋭相手の模擬戦で圧勝なさっていたと聞き及んでおりますが?」

 

「忖度されているに決まっているでしょう?」

 

「ふふふっ! お父様お母様の目に狂いがあるとでも?」

 

「っ――!? み……見ていらしたの……!?」

 

「そのようですわ! ――詠唱術式、歪みだしておりますわよ?」

 

 

因みにだが……この会話の間も、ルーファエルデはベーゼとネルサの猛攻を退け続けている。にも関わらずメマリアの動揺を誘い(多分彼女にその意図はないけど)、揺れてしまった詠唱を指摘する余裕まで……!

 

 

やっぱり、格が違う…! この分だときっと、()()()()()()()()()()()()()()()()にも気づいている……! 予想範囲内ではあるけども…!

 

 

 

「……ふぅ。なら言い直すわ。私は、皆ほどには戦闘が得意ではないの。だから――」

 

 

調子と詠唱を整え、メマリアは破砕魔法や斬撃魔法や穿通魔法等を付与した扇子を幾つも作り出す。そして髪も蠢かせ――。

 

 

「アスト、合わせられる!?」

 

「勿論!」

 

 

私の攻撃魔法弾と共に、発射! 更なる飽和攻撃を仕掛け――……!

 

 

「うふふふっ! ベーゼとネルサの邪魔とならないように誘導術式を織り交ぜているなんて! お二人の援護となり、遮られぬ分最大火力を発揮できる――。見事ですわ~!」

 

 

駄目、全く飽和になっていない!! 瞬時に扇子は弾かれ魔法弾は切られ、全部処理されてしまった! ――けど……!

 

 

「見事なのは貴女の方よ。やっぱり、戦闘は得意じゃないわね…。だから――」

 

 

メマリアが伸ばした髪は、ルーファエルデへは向かっていない! 蠢くそれは、扇子や魔法弾とは逆にベーゼの手足やネルサの使い魔達へ次々と巻き付いて――!

 

 

「――補助に回らせて貰うわ!」

 

 

新たに呼び出した扇子を操り、伸ばした髪を切り落とすメマリア! 自由となった髪はベーゼ達に巻き付ききり……『鎧』となった!

 

 

「まあ! かなりの強度! 簡単に一刀両断とはいかなくなりましたわ~!」

 

 

「わ、強化魔法かかってる~! 威力増しましだ~っ!」

 

「さんきゅ~めまりん! 危ないとこだった~★」

 

 

その補助を受け、攻勢を強めていくベーゼとネルサ。やる、メマリア! だけど、彼女はそれだけにとどまらない! ――うん、あの扇子、()()()()

 

 

「うふふっ! ()()()、仕込んでおりましたわね!」

 

 

私とルーファエルデが睨んでいたのは、先程からメマリアが攻撃に用いていた魔法製扇子。ルーファエルデによって全て弾かれ、今は床に散らばっているそれらから――!

 

 

 

 ―――シュルルルルッ!

 

 

 

湧き出したのは、これまたメマリアの髪! 攻撃系魔法に隠され、転移魔法が描かれていたのだろう。あの扇子を中継地点とし、攻撃に加わった!

 

 

そこに私が撃ち出し続けている魔法弾も合わさり、場の激しさは最高潮に! これでは中心にいるルーファエルデの姿なんて見えない――……。

 

 

……――それが、恐らくメマリアの策!! だってよく見ると私の正面だけ攻撃が厚い。まるで私とルーファエルデを隔てる壁のよう。

 

 

これは間違いない。ルーファエルデから、私の姿を見えないようにしてくれているのである。私の溜め詠唱が終わるまでの時間稼ぎに!

 

 

そう、先程から撃ち出している魔法弾と、この溜め詠唱は別物! 魔法弾程度なら分身の身と言えど、こんな長々とした詠唱は要らないのだもの。

 

 

私が今練り上げているのは、分身が出せる限界火力級の一撃。なにせこうでもしないと……。

 

 

「はぁもう…皆様方、素晴らしいですわ~! 私、昂りが止まりませんわ~!」

 

 

「わわわっ…!? もっと早くなったぁ!?」

 

「ヤバすぎんでしょ~…!」

 

「くっ…!」

 

 

ほら、速攻でルーファエルデが盛り返してきた! 残念ながら、あの程度では彼女を倒すことができないのである。だから――。

 

 

(照準よし……!)

 

 

完成した魔法を構え、ルーファエルデに狙いを定める。見えないとはいえ、ベーゼ達の攻撃で場所は把握できるのだもの!

 

 

よし、私の準備はできた! あとは……メマリア!!

 

 

 

「――散ッ!!!」

 

 

 

目配せをするまでもなく、号令をかける彼女! 即応し、彼女の髪、ベーゼ、ネルサの使い魔達は瞬時に飛び退く! そして露わになったルーファエルデへ、刹那の隙も与えず――!!

 

 

「はぁあっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――カッッッッッッッッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「やった!?」」」

 

 

私の魔法によって、ルーファエルデは爆炎に包まれた! 逃げ遅れた一部のネルサの使い魔、床に散乱しているメマリアの扇子や髪は巻き込まれ、ジュッと消滅! やっ――……

 

 

 

「うふふふふふふふふふっ!!! まさにFANTASTIC、BEAUTIFUL、EXCELLENT!!! 分身の身ながら、これほどまでの魔法をこの短時間で! はぁ…許されるならアスト、貴女を私の右腕にしたいほどですわ~!!!」

 

 

……てない!!! 次の瞬間、爆炎を先程のコインの如く霧となるレベルで刻んで平然と出てきた! 当然の如く、どこにも焦げすらついていないし! これも駄目か…!

 

 

「しかし……何よりも特筆すべきは皆様方の連携能力ですわ! ベーゼとネルサが攪乱をも務め、メマリアが補助をし、最大の一撃をアストが放つ――。打ち合わせ無しなのでしょう?」

 

 

剣を一旦収めつつ、そう尋ねてくるルーファエルデ。多分、そう。少なくとも私は。あ、皆もらしい。そんな私達の肯定を受け、彼女は今日一に声を弾けさせた!

 

 

「素っっっっっっっっっっ晴らしいですわっ~!!!! えぇ、それは各員が連携し魔王様を補佐していくための資質! グリモワルス(魔界大公爵)として必須たる能力! 感動の極みですわ~~~っっっ!!!!!」

 

 

そして本人も分身も盛大に拍手を! ふふっ…こそばゆい……! ――でも……。

 

 

「ルーちゃん、も~いっかい! も~いっかい!」

 

「あーしも賛成~! まだ出してない奥の手あっし~★」

 

「正直、まだ不完全燃焼気味だものね」

 

 

ほんの少し照れ隠しな雰囲気を醸し出しつつも、皆の口から出たのは再戦の要求。何を隠そう私も……!!

 

 

「まあまあまあまあ! 宜しいので? うふふふふっ!!」

 

 

そしてルーファエルデも願ったり叶ったりな様子! ではこの楽しいひと時に、もう少しだけお付き合いいただこう!

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑧

 

 

ということで、模擬戦再開! 因みに既に見て貰っている通り、皆基本的にルーファエルデを狙うのだ。

 

 

時折目が合ってしまった時は、その相手との戦闘に興じることもあるけど……そんなことをしなくとも、ルーファエルデが受け止めてくれるのだもの! だから――。

 

 

 

「はっ!」

 

「ほら、やはり謙遜が過ぎましてよメマリア! 幾つもの扇子を刃とし髪で操るそのスタイル、まるで部隊を相手どっているようですわ! 見事な闘いぶりですわ~!」

 

「ふふっ、変わらず容易く払い除けておいてよく言うわ!」

 

 

 

―――――単独攻撃を仕掛け……。

 

 

 

「それそれそれ~★ どんどんいっけ~★」

 

「まあネルサ、更に召喚を? (オーガ)、妖狐、ヴァンパイア――! 強力な布陣ですわ~!」

 

「って、片っ端から薙ぎ倒してってんじゃん! ちょっ…! ちょいタンマ…!」

 

「後は任せて、ネルサ!」

 

「あらアストも召喚を! エルフ、ゴーレム、ハーピー、マーメイド、スケルトン、ジン――! こちらもまた、苛烈ですわ~!」

 

 

 

―――――波状攻撃を仕掛け……。

 

 

 

「ベーゼ、もう一度よ!」

 

「今度は私も!」

 

「わぉ! ありがとメーちゃんアーちゃん! 漲ってくるぅ! てりゃりゃりゃりゃあ!」

 

「うふふっ! ベーゼの技のレパートリー、尽きることはございませんわね! しかもメマリアによる髪鎧強化に加え、アストによる属性付与まで! 容易くは近づけませんわ~!」

 

 

 

―――――協力攻撃を仕掛け……。

 

 

 

「展開完了! ネルサ!」

 

「りょ! 皆、かっかれー★」

 

「お~っ!!」

 

「今度こそ!!」

 

「ふふふふふっ! やはりこの連携力、胸が熱くなってしまいますわ~~!!」

 

 

 

―――――連携攻撃を仕掛け! 他にも色々と、普段やれない戦法戦術、普段試せない技や魔法を! 彼女相手に使わせて貰うのである!

 

 

最も、やっぱり何一つ彼女の身に当たらないのだけど! というか、これだけやってもまだまだ余裕なのがルーファエルデなのだ。それが目に見えてわかりやすいのが、本体側であろう。

 

 

そう、今闘っている分身ではなく、離れた位置で椅子に座り操っている私達の方。戦闘中にチラリと皆の様子を見てみると……。

 

 

「むむむ~……! これも通らないか~……。じゃあ~…これはどうだぁ!」

 

 

――と、椅子から立ち上がらんばかりに身体が動いてしまっているのがベーゼ。フンスフンスと鼻が鳴ってしまっている。

 

 

「やばっ! この角度からも防げんの!? いやマジさするふぁ(流石ルーファエルデ)~!」

 

 

――と、ベーゼに負けず劣らず騒がしいのがネルサ。ベーゼほどではないが身体が軽く動いてしまっていて、身を乗り出すようにして分身を操っている。

 

 

「……………………。」

 

 

――と、基本無言なのがメマリア。扇子で口元を隠しているが、それは隙を逃さないために傾注しきっている証だったり。手が力んでしまっているし。

 

 

 

こんな風に、三人共形は違えど分身操作に集中していて、自身の周りが見えていない様子なのだ。この状態で何か悪戯…例えば軽く頬を突いたとしても、すぐには気づかないであろう。

 

 

かく言う私も、こうして本体側を窺うことこそできるが…それだけ。頬を突きに行くなんてとてもとても。けど、ルーファエルデだけは違って……。

 

 

「ふふっ…! やはりこの茶菓子にはこの紅茶ですわね…!」

 

 

唯一人優雅に、余裕綽々と紅茶を傾けているのだ! そこだけ見れば完全に観戦を楽しんでいるお嬢様だが、当然私達の攻撃を全て斬り払いながらである。しかも私が見ていることにも気づいていて、『これが楽しみの一つだからお許しになって』とウインクで謝ってくるぐらい。

 

 

もはや流石ルーファエルデ(さするふぁ)どころか、えげつないルーファエル(えげるふぁ)デ。最も彼女は家柄上負けるなんてことあってはならないのだが……それにしてもレベルが違い過ぎる。

 

 

私達もだいぶ強くなったはずなのに、これなのだもの。うーん……そろそろ、どうにかして一矢報いたい。あの余裕ある表情をなんとかして脅かしてみたいところなのだけど――。

 

 

「駄目だあ~……! 覚えてきた技ぜ~んぶ弾かれちゃった…! む~~後は…………あっ!」

 

 

――おや? ベーゼが? 分身と本人が同時にポーズをとって……。

 

 

「タイム! 作戦タ~イム!!」

 

 

 

 

 

 

「構いませんわ~!」

 

 

ルーファエルデもタイム宣言を認め、一旦試合はブレイク。ネルサとメマリアも一息つくことに。…あの顔、多分私と同じ気持ちになっていそう。作戦というベーゼの言葉に期待を寄せているのがわかる。

 

 

「ちょっと待ってね~……えいっ!」

 

 

と、ベーゼが詠唱し、妖精サイズのインプ(下位悪魔)達を召喚。それを私達の耳元へ。遠隔伝達の魔法付きのようで。これでルーファエルデに内緒で作戦を立てる気らしい。

 

 

「えっとね~。ごにょごにょごにょ~……」

 

 

ベーゼは一体どんな作戦を? ふんふんふん……――!?

 

 

 

 

「え゛っ!?」

 

 

 

 

――あっ……! つい声出しちゃった!! ルーファエルデは……。

 

 

「~~♪ ~~♫」

 

 

良かった、自分で召喚したインプで耳を塞いでくれてた……! 鼻歌交じりにどんな作戦が来るのかワクワクしながら待っている様子。……いやでも、この作戦は……。

 

 

「ん~ちょいズルくさいけど…。いけっかも★」

 

「良いかもしれないわね…! ふふふ……!」

 

 

う……! ネルサもメマリアも乗り気! 嬉々として作戦会議に……! 

 

 

「アーちゃん、ど~お? アーちゃんが鍵なんだけど……」

 

 

ベーゼからもそう聞かれ……うぅ……。あぁもう! 毒を食らわば皿まで! 私もルーファエルデに一泡吹かせてみたいし!

 

 

それに、()()()()()()()()()! それぐらいやってやる! ――ううん、もっとしっかりやってやる!

 

 

「じゃあ、任せて貰いたい役割があるのだけど……!」

 

「それ良いかも★ じゃああーしは……」

 

「アタシは話した通り……!」

 

「私はその役ね……――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――作戦タイムしゅ~りょ~! オッケーだよルーちゃん!」

 

 

分身とインプをルーファエルデの前で動かし、相談終了をアピールするベーゼ。ルーファエルデは耳栓を外し……。

 

 

「ウフフフっ! さあ、どのような策で来るのでしょう! どんな搦め手でも大歓迎ですわ~!!!」

 

 

シャキンと剣を構え、臨戦態勢に! 対する私達は頷き合い――!

 

 

「いっくよ~!」

 

「そっれ~★」

 

 

開幕動いたのは、ベーゼとネルサ! ただし、先程と同じではない!

 

 

「くらえルーちゃん! ひっさつぅ~…魅了刻印パンチ! 魅了刻印キックぅ!」

 

 

「まあ、桃色の霞が手足を包んで! 魅了魔法を手足に付与とは面白い発想ですわ! 動きが掴みにくいだけではなく、そのレベルの魅了魔法を受けてしまえば(わたくし)としても隙が生まれてしまいますわ~!」

 

 

「おっと隙あり★ あーしのとっておき! おんぬらっちサンダー!!」

 

 

「まあまあ、雷! それも、オンヌラ様の操る雷と同じ強力さ! これまた掠りでもしてしまえば黒焦げは必至! とっておきに相応しいですわ~!」

 

 

それぞれの隠し玉を手に、攻め立てる! ルーファエルデは回避を余儀なくされている! ……まあ作戦を楽しむためにわざと避けてる節がありそうだけど……。

 

 

「逃がさないわ!」

 

「囲んで!」

 

 

更に彼女の動きを制限するため、メマリアと私も参戦! メマリアは髪と扇子で周りを囲み、私は――!

 

 

「今回もアストの召喚はバラエティに富んでおりますわ~! エルフ、鬼、河童、スライム、イエティ…それにミミッ…クっふっ…!」

 

 

――よしっ! この反応……イケるかもしれない! 他の三人もそれで確信したのだろう、一気に勢いづき、先程と同じぐらいの攻撃飽和度に! 

 

 

そして、またも私とルーファエルデは遮断され……作戦決行は、今!!

 

 

(行くわよ!)

 

 

目で合図してきたメマリアは、髪の一部を私へと! これは髪鎧を纏わせてくれているのだが…ただの髪鎧ではない!

 

 

(こんなものかしら…! やっつけになってしまったけど…!)

 

 

(いい感じめまりん★ 後はあーしが! こっちもちょいテキトーになっちゃうけど…!)

 

 

続けざまにやってきたのは、ネルサ。もとい……ネルサの操る櫛! メマリアが上手く隠してくれている間に、私の分身の髪を整え出した! 更に、髪鎧の色調整も!

 

 

おっと、私もぼーっとはしてられない。召喚魔物の数を調整していって……! それと一応…本体の私も、()()を身につけておこう! こうなるのなら髪を直さなければ良かったかも!

 

 

(準備完了!)

 

(あとはベーゼね! ()()()()、合図は頼んだわネルサ!)

 

(おっけーっ★ べぜたん、いつでもいいよ★)

 

(すぐいくよ~! それっ!)

 

 

「幻影魔法だ~っ!」

 

 

「まあ…! これは……!?」

 

 

満を持してベーゼが発動したのは、幻影魔法! 周囲の風景を変える代物なのだが……コロシアム調の景色から一転、どこかで見た王道ダンジョンのような見た目に!!

 

 

「これは――! もしや、先程の…!?」

 

 

 

ルーファエルデ、気づいたみたい! ――瞬間、ネルサが明るく声を張った!!

 

 

 

「デデーンッッ★」

 

 

「――ぁんふっ……!?」

 

 

その効果音と同時に、彼女の雷と私の召喚魔物…いや、召喚ミミック達は道を作る!!! 吹き出すの堪えるようなルーファエルデと、私を向かい合わせるように――ううん!

 

 

ルーファエルデと、()()()()()()()()()を向かい合わせるように! そして……トドメの一言ッ!

 

 

 

 

「ルーファエルデ、お尻キックっ!!!」

 

 

 

「――ブフッ!!!」

 

 

 

 

やった! ルーファエルデ本体が紅茶を噴き出した! 分身も揺らぎ……その瞬間に!!

 

 

「キーック!!!」

 

 

ベーゼのキックが、その分身お尻にクリティカルヒット!!! どちらのルーファエルデも…へなへなとへたり込んだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったやった~!! とうとうルーちゃんに当てた!!」

 

「作★戦★大成功~!! やりぃ★」

 

「ふふふ……! こうも上手くいくなんてね…!」

 

 

喜ぶベーゼ達…! いや本当、ここまで上手くいくなんて! ちょっとルーファエルデには悪い作戦だったけど……!

 

 

ベーゼ主催…もとい提案の作戦概要はこうだったのだ。――まずは出来る限りみんなで攪乱し、先程のような『ルーファエルデから私が見えない状況』を作り出す。ついでにミミックで反応を窺う。これがファーストステップ。

 

 

セカンドステップは、その状況構築後、私を変装させること。メマリアが髪鎧でお仕置き部隊副隊長の服や仮面を作り、ネルサが微調整。その間に私は召喚魔物を全てミミックへと切り替える。あと、先程残していたベーゼとネルサ製の服&仮面を本体の私も身につけた。

 

 

そして最後サードステップはベーゼが笑ってはいけないダンジョンの舞台を幻影で作り、ルーファエルデの前にわざとらしく私…じゃなくて、副隊長を立たせること! そしてお仕置き台詞も!! 見事に決まり、ルーファエルデはまたも紅茶を噴き出し、隙を晒してしまった!

 

 

そこへ、ベーゼの一撃がシュート! 大快挙である!!

 

 

 

 

 

「それにしてもアスト、よく乗ってくれたわね。拒むかと」

 

「ね~★ ノリノリじゃん★」

 

「かっこよかったよ~!」

 

「あはは…。まあ、ルーファエルデに一矢報いたかったし…?」

 

 

皆に言われ、私は肩を竦める。なにせ雰囲気を高めるため、わざとミミック召喚(使役)を全て引き受けたのだもの。正直、また自棄になっていた。でも、あの撮影時と同じ楽しい気分にもなっていたかも……!

 

 

ふふっ、とはいえその甲斐はあった。とうとうメマリアに一撃を与えられたのだ! 今まで攻撃を掠らせることすらできなかった彼女へ、盛大にお尻キックを与えられたのである! ……まあ、中々に卑怯だったかもしれないけれ……――

 

 

「――ふふ……フフフフ………ウフフフフフフフフッ……!」

 

 

「「「「!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

急に耳に飛び込んできたのは、ルーファエルデの恐ろし気な笑い声……!? 本体はへたったまま噴き出してしまった紅茶を拭っているせいで表情がよく読めないが…お尻を蹴られた分身の方は立ち上がり、チャキッと音を立てるかのように剣を構え直した!!?

 

 

「全くもう……!」

 

「えっちょ待っルーちゃ……!?」

 

 

そして明らかにベーゼに剣先を定めている! あっ、姿が消えっ…! って、瞬間的にベーゼの目の前に――!

 

 

「恥ずかしいですわ~ッ!!!」

 

「み゛ゃーーっっっ!?」

 

 

あぁあっ!! ベーゼが細断されたぁっ!? 一応ベーゼも防御の構えをとっていたんだけど……全く意に介さず切り刻まれた!!!

 

 

「立つ瀬がございませんわ~ッ!!」

 

「次あーし!? ちょっ…雷…!!」

 

 

ベーゼ消滅後即座に標的になったのは、ネルサ…! 目の前に瞬間移動してきたようなルーファエルデに、彼女も先程の雷で対抗しようとしたが……。

 

 

「えっ!? マジ!!? 剣で巻き取るとかそんなん……ひゃああぁあっ!!?」

 

 

ルーファエルデはまるで剣に布を纏わせるかのように雷を回収し、ネルサへ撃ち返した! あぁ…黒焦げ消滅……!

 

 

「合わせる顔がありませんわ~ッ!!!」

 

「くっ…!」

 

 

そしてお次はメマリアの元へ…! 彼女は髪を幾重にも張り、身を護るが……!

 

 

「なっ……! たった一刀で!? きゃあっ……!!」

 

 

まさしく一刀両断! 鎧にも転用できるメマリアの髪が、彼女ごと叩き切られた……! ……残りは私一人、次どうなるかなんて考えなくとも……!

 

 

「まさに恥晒しですわ~ッ!」

 

 

やっぱり私を仕留めに来たぁっ! ミミック達でガードを……あっ駄目! 瞬きする暇もなく一閃された! 残るは完全に私だけに!!

 

 

……でも……さっきからのあの動き、なんだかどこかで見たことがあるような…! なら……イチかバチか!

 

 

「――ここっ!?」

 

 

 

 ―――ガキンッ!

 

 

 

「――!」

 

 

やった…! 彼女の一撃を…受け止めることができた!! ……でも……!

 

 

「ハァッ!」

 

 

 ―――ザンッッッ!!!

 

 

「…っぅ…!」

 

 

一撃目を止めたら二撃目が来るのは当然。そっちはもう止めきれなくて……ああぁ……。

 

 

……全滅である。攻めに転じたルーファエルデによって、あっという間に殲滅させられてしまった……! 強すぎる……!!

 

 

…………というかこれ、ルーファエルデ怒っているんじゃ……。無理もない……卑怯な作戦でお尻を蹴られたんだし……。さっきから口にしていたのも、そんな手段に訴えた私達を非難する言葉で……――。

 

 

 

 ―――キンッ!!

 

 

 

ぅっ…! ルーファエルデが打ち鳴らした手甲の音に、私だけでなく他三人も身を竦ませてしまう……! コロシアムも彼女の分身も消えて……。

 

 

「本当にもう……!」

 

 

こちらへ向き直った彼女はわなわな震えている…! これはすぐに謝るべき……――。

 

 

 

(わたくし)、汗顔の至りでございますわ~っ! まさか一度ならぬ二度までもこの手にかかってしまうなんて!! 恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分ですわ~っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――ん…? なんだか思っていたのと違う反応…。怒っているのではなく、羞恥から身悶えしているという感じである。

 

 

「ルーちゃん……怒ってないの?」

 

 

「怒る? 何故ですの?」

 

 

恐る恐るベーゼがそう聞くと、逆に返されてしまった。そんな彼女に、今度はネルサが説明を。

 

 

「ほら、あーし達、ちょい卑怯っぽい方法使っちったじゃん? るふぁちんの笑いのツボを突いた……」

 

 

「あぁ成程! ふふふっ、『どんな搦め手でも大歓迎』と申し上げたではないですか! それに相手の弱点を突くのは戦いの基本、見事な戦術でしてよ! そして……そのための適材適所の連携、感涙ものでしたわ~っ!!」

 

 

……褒められてしまった…。嬉しいやら少々バツが悪いやら…! ――っていうことはもしや……!

 

 

「急に私達を倒したのって……」

 

 

「うふふ…! えぇ、身の置き所を失った故、無理に切り上げさせて頂きました。お許しくださいまし……!」

 

 

身を軽く縮こませ、はにかむルーファエルデ。やはり照れ隠しによる試合強制終了だったらしい。可愛いのだけど……それであの殲滅具合なのは恐ろしい……!

 

 

「――コホン! ところでアスト! 先程、(わたくし)の一刀を防ぎましたでしょう? とても鮮やかでしたわ~!」

 

 

――と、照れ隠しの延長なのだろう。咳払いしつつ、今度はルーファエルデから話を振ってきた。私自身、あの状態の彼女の攻撃を防げたのは奇跡な気がするけど…それはどこか見覚えがあったからなのだ。

 

 

「えっと……多分だけど、コチョウさんの得意とする技を参考にしている気がして。虎穴道城ダンジョンの……――」

 

 

その答え合わせのために、正直に伝える。以前訪問してミミックを派遣したダンジョンの主、そしてバサクさん等の強者同士の繋がりがある彼女ならルーファエルデともきっと――!

 

 

「ご明察ですわ~っ! えぇ、まさにその通り! 先程の技は、あの方の『風林虎山』をベースにして編み出した技ですの! それを見抜くとは……慧眼ですわ~っ!!」

 

 

目を輝かせ頷くルーファエルデ! やっぱり、知り合いだったらしい! ふふっ、社長も自分アレンジのその技を使って遊んでいるから、なんとなく覚えてしまっていたのだ! 最も、ルーファエルデのは分身による威力控えめ攻撃だったから抑えられたのだろうけど。

 

 

「ということはアスト、貴女もあのダンジョンに挑戦しておりまして?」

 

 

「まあ、ちょっと…。 とはいっても虎の巻は貰えていないのだけど――」

 

 

適当に誤魔化しつつ、ルーファエルデとその話題で歓談を。ふふっ、彼女とこういう話ができることはあまりないから、なんだか嬉しい! なにせ最近は特に――……

 

 

「あぁそうですわ! 一つ聞いても宜しくて? 先程貴女が仰っていた『鍛錬相手』、その中にミミックがおりませんこと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へっ!?」

 

 

急に!? 鍛錬相手というのは、さっき私が出まかせで乗り切った『強くなった秘訣』の…! 適当なワードで有耶無耶にしたけど、要はそれ、社長達のことで……なんで見抜かれて……!?

 

 

「先程の召喚ミミック、解像度が実に高かったですわ~! 召喚魔物というのは術者のイメージの精確が如実に反映されるもの。あのミミック達は他の召喚魔物と比べ、緻密さ、且つそれに付随する強度及び戦闘力の高さが段違いでしたわ~!」

 

 

ぅっ……! そうかも……! で、でもできる限りバレないようにしたはずなのに……! というか、十把ひとからげに薙ぎ倒していたというのに見抜いてくるなんて! 剣に伝わる感覚とかで…? どこまで規格外…!!

 

 

「そして、私の一撃を防いだあのガードの仕方。ミミックのガード方法とどこか似ておりましたもの! 盾ではなく、蓋や箱自体を活かす防御方法に! ふふっ、良い師を務めるミミックの方がいると推察いたしますわ~!」

 

 

嘘ぉ……!? それに関しては私、自覚すらないのだけど!? 社長達に戦闘法を教わっているから多分間違いないのだけど……。百戦錬磨の彼女はそれすらも看破するの……!?

 

 

「ま、まあ……」

 

 

思わず生返事を……。このままこの話を続けるのは危険…! 私とミミックの話なんて、ネルサ辺りが勘づきそう! これまた話を逸らさないと――……

 

 

「うふふっ! その御方から更に学んでくださいましね!  ――さて! 皆様の戦闘力を確かめさせて頂きましたが……これならば安心かもしれませんわ~!」

 

 

 

……ん??? またも話が変わった? なんだか閑話休題というように。本当にただ自分の読みを確認したかっただけみたい。私としては有難いのだけど……。

 

 

「……実は、今回戦眼使用及び試合を敢行させて頂きましたのには、いつもとは違うとある理由がございますの」

 

 

それより、急にルーファエルデの調子が真剣なものに……! その圧によって、和やかなムードであった場へ少々緊張が走る。

 

 

「なにルーちゃん…? なにかあったの?」

 

「…最初に言ってた『とある重要な予定』っての、関係してたり?」

 

 

「えぇ、繋がりはございます。因みにその御約束の時刻はまだもう少し後のことですわ」

 

 

ベーゼとネルサへそう答え、ルーファエルデは再度咳払い。皆の注目を集め、こう言い放った。

 

 

 

「単刀直入に申し上げます。今現在、魔王様の身が脅かされているのですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええええっっ!?!?」

 

「それマジなんるふぁちん!!?」

 

 

ガタッと席から立ち上がるベーゼとネルサ…! 私も驚きを隠せない……! いつの間にそんなことに……! だって、酒席を共にさせていただいたのもつい最近だと言うのに……!

 

 

「事実よ。――最も、『その可能性有り』と言うのがまだ正しいのだけど」

 

 

メマリアも王秘書の身ゆえ、知っているのだろう。ルーファエルデの補強を。……その可能性有り、とは?

 

 

「皆様方は、魔王様の…いえ歴代魔王様方が掲げ続けております誓約を御存じですこと? 『全ての魔王軍ダンジョン並びに魔王城の備えを打ち倒し、魔王様の首を獲ることができれば、その者に世界の半分(魔界)を譲渡する』という取り決めを」

 

 

――ッ!? そ…それって……!! じゃ、じゃあ…その魔王様が脅かされている原因って!

 

 

「……え~……そんなルールあったっけぇ……?」

 

「あ~……あった気もするわ~…。でもそれ、超古い話じゃん?」

 

 

「古さ、というのは関係ありませんわ。魔王様、そして魔王様を守護する者達の意の現れとして今なお息づいている誓約なのですから。――そして、それを利用し迫ってきている者達がいるのも事実」

 

 

間違いないであろう……! それって……!

 

 

 

「既に中級者向け以下のダンジョンを制覇し、今は上級者向けダンジョンに挑み続けている冒険者パーティー。その方々は『勇者一行』と名乗っておりますわ!」

 

 

 

 

 

 

――やっぱり!! 恐らくさっきルーファエルデがメマリアへ口にしていた『中級者向けダンジョンに戻ってくる気配はない例の方々』とは、彼女達のこと!!

 

 

「未だ上級者向けダンジョンで燻っている存在と高を括ることなく。その者達の成長速度は著しく、魔王軍の中でも指折りの実力を持つバサクという者ですら苦しめられておりますわ。特にリーダー格である勇者、その方の持つ魔物特効と言うべき力は脅威に値いたします」

 

 

淡々と、されど警戒を抱かせる口調で勇者一行の説明をしていくルーファエルデ。そして歯噛みするように溜息をついた。

 

 

「誓約の手順を踏んでいる以上、(わたくし)達も大掛かりな干渉や妨害は不可能でして。ただダンジョンの形式に則り侵攻を遅らせる程度のことしかできておりません。今でこそ協力を仰いだ方々の腕もあり抑えられているようですが……バエル家の見立てでは、いずれそう遠くない内に魔王城へ乗り込んでくるでしょう」

 

 

……! 彼女に、いやバエル家にそこまで言わしめるなんて……! 軍総帥一族の総意がそれとなると、あの四人はとんでもない脅威にまで成長をしていくということ……!?

 

 

「ただし! その際は魔王様親衛隊を始めとした更なる精鋭が待ち受けております。バエル家としても、そこで返り討ちにする所存でございますわ~!!」

 

 

ざわつく場を収めるように、いつもの快活なる声を弾けさせるルーファエルデ。そのまま皆へ演説をするかのように胸を叩いた。

 

 

「更に言ってしまえば、魔王様の御手を煩わせれば容易く追い払うことが可能でしょう。ですが決して、そのようなことはあってはならないのですわ! そのために身命を賭すのが、(わたくし)共の役目ですもの!」

 

 

まさに軍総帥一族の御令嬢…! その意気は誇り高く美しい! ――と、直後彼女はしおらしくなり……。

 

 

「……ですが、万が一ということもございます。その時は、戦える者総出で当たらなければなりません。ですので……どうか皆様にも、心していただきたいのですわ!」

 

 

私達へ深々と頭を下げた! ……なるほど、そういうこと。今しがたの試合も、そのために戦闘力把握だったという訳で。事情はわかった。ならば――!

 

 

「まっかせて! アタシたちも魔王様のお力になるから!」

 

 

「もち★ あーし達の力、見せたげるし★」

 

 

「えぇ! 彼女達を倒してみせる!」

 

 

 

拒む理由なんてない! そのために力を蓄えているようなものだもの! ベーゼもネルサも私も、すぐさま承諾! ふふっ、きっとルーファエルデ、また声を弾けさせて……。

 

 

「………………?」

 

 

……あ、あれ? 何故かルーファエルデは目を丸くして……? 即諾に驚いた、という様子ではないけど……。

 

 

「い、いえ。感謝いたしますわ! そう仰ってくださると(わたくし)も大変嬉しく……」

 

 

……なんだか様子がおかしい。歯切れが悪いというか……えっ私の方を見て首を捻って……!?

 

 

 

「ですが……何故アスト、その勇者一行が()()()()()だと知っておりますの……?」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑨

 

 

「へっ……。……あっ。 ――っ!!!」

 

 

し…し……しまったっーー!!? そう言えばルーファエルデ、一度たりとも勇者一行が女性パーティーだってこと口にしてない!! 

 

 

さっきのベーゼやネルサとは違い、完全に自分で墓穴を掘ってしまった……! マズい、だって……!

 

 

「それは公にされていない情報よ? 当代各位やバエル家(軍関係者)には事情が事情だから伝わってはいるけど……何故アスタロトの令嬢である貴女が知っているのかしら?」

 

 

ぅっ……! メマリアが睨みつけてくる……! そう、アドメラレク(メマリアの一族)の名で送られてきた勇者一行についての資料は、全て機密扱いだったのだ! 本来、口外無用なのである!

 

 

コロシアムが楽しくて気を抜いていた節はある……。ルーファエルデの褒め言葉にちょっと浮かれていた節も……! そして何より、この場に集っているのがグリモワルス(魔界大公爵)令嬢のみ、というのも……! 

 

 

それらを言い訳にすることなんてできないけど、つい喋っちゃうなんて……! というよりまさか、気づかれるなんて……!

 

 

 

「一体どこから聞いたのかしら? 正直に答えなさいな」

 

 

詰めてくるメマリア……! ど、どうしよう……! なんとか誤魔化す……なんとか誤魔化せるのは……!

 

 

「え、えっと……昨日、お父様お母様から話を少し聞いていて…! そういう事情だとは知らなくて……!」

 

 

……思わず両親を売ってしまった……。私、酷い……。――けど、メマリアは納得してなさげ……!?

 

 

「アスタロト様方が? あの方々が娘とはいえ、漏らすかしら?」

 

 

うっ…確かに……! だって、つい最近まで社長と旧知の仲であったこと隠してたんだもの…! そんなことしなさそうなの、私が一番わかってる!

 

 

……あ、でも。社長と知り合いで、その社長の会社から上級者向けダンジョンへ派遣があって、それがルーファエルデが言っていた『協力者』だから、その繋がりで……――

 

 

――いやだから! その社長関係を今隠しているんだって! それを明かさないように今まで頑張ってきたというのに! そんなことを説明したら全て台無し……!

 

 

「本当は誰から? 怒らないから仰いなさい」

 

 

「いや……その……だから……えっと……」

 

 

かといって、何か他の打開策が思いつくわけでもなし……! うぅ……両親の名誉と、私の友人関係、どっちかをとるかしかないの……!? そんな……――。

 

 

「随分と歯切れが悪いわね。 なら……私の魔眼『(かなめ)眼』で見てあげようかしら?」

 

 

――!? そんな!?

 

 

 

 

 

 

……メマリアの魔眼、『(かなめ)眼』。その能力は、まさに王秘書を担う一族に相応しい能力……! 端的に言えば、『目に映したものの要旨要約要点を見抜く』というもの!

 

 

報告書や論文と言った文章は当然のこと、絵や物語等の要も把握可能。そして……人が話している内容にすら、その魔眼は効果を発揮する!

 

 

更にそれだけではない。話の要がわかるということは……応用すれば『嘘をついているか否か』もわかるということ。嘘をつく誤魔化す相手を騙すといった目的がメインとなることで、口にしている内容はそれを隠すためのカバーとなる……即ち、話の『要』と認識されなくなるのだから!

 

 

勿論、メマリアがその応用技を身につけていない訳が無い…! もう公務修練をしている身なのだもの…! というより、何度かその精度の高さを見てるし!

 

 

「構わないかしら?」

 

 

「そこまでする必要はないと思いますが……」

 

「まあメーちゃんが気になるなら?」

 

「あっすんだし、別に良さげな気ぃすっけど~……」

 

 

メマリアの申し出に、渋々ながら承諾するルーファエルデ達……! そして、私にその権利はない……! 皆、察したのだ。もうこれは、さっきまでのキャッキャッとはしゃげる魔眼タイムじゃない!

 

 

いや私にとってはさっきまでのも基本冷や汗ものだったのだけど! ……これはその比ではない。審尋の時。情報漏洩元を探るための取り調べに他ならないのだ!

 

 

……もう終わりかも……。ここまでずっと誤魔化してきたけど、要眼を出されたら……。多分、どう答えても『私が何かを隠していること』は話の要になってしまうもの……。

 

 

「もう一度聞くわね。勇者一行について、誰に聞いたの?」

 

 

「……昨日実家に戻った時、両親から…。口ぶりからそうかもとは思っていたけど、実際には知らなくて……。つい今喋ってしまって……」

 

 

開いた扇子をパチンと閉じ魔眼発動をしたメマリアへ、私は訥々と答える……。せめて最後の抵抗に、さっき言ったことと矛盾しないように……。でも、こんなのすぐさまバレる…。全部……――

 

 

 

「――あらそう! なんだ、本当のことだったの。なら私がとやかく言えはしないわね」

 

 

 

 

 

 

……ん? へ?? え???

 

 

「変に勘ぐってごめんなさいな。許して頂戴ね」

 

 

なんで……? え、なんで…? メマリア、え、なんで???

 

 

彼女の魔眼であれば、間違いなく私が嘘をついていることは見抜けたはず…! 特に私、完全に諦めていたのだから。少なくとも、両親から事情を聞いたという話は要にはなっていないはずなのだ。

 

 

なのに、なんで…? ベーゼの主催眼やネルサの親睦眼のように能力の裏を突いた、とか? いや、そんなことは…。彼女の魔眼の弱点となるのは、無言を貫かれることぐらいなのだし。そしてそんなことをしたら疚しいことがあるのがバレバレだから実質無意味だし……。

 

 

……わからない。なんで嘘が気づかれなかったのかわからない……。魔眼が何らかの理由で不調とか? あとは、魔眼は正常に発動したけど本人が理解しきれていない、とか……? でも……――

 

 

「でも、なんだか少しおかしい感じがするわ。そうね……」

 

 

――! メマリア、やっぱり気づいて…? 少し思考する素振りを見せた彼女は、小さく身体を震わせてしまっていた私へ問いかけを……!

 

 

「アスト、これは私の推測なのだけど……。ご両親へ、貴女から話題を振ったのではなくて?」

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

何を言ってるのメマリア…? 推測って…? いや、別にそんな話はしてないのだけど…。会社でのお仕事の話とかはしたけど、勇者一行については特に……。

 

 

「あら、違うの? 魔眼の解からしてそうだと思ったのだけど」

 

 

「えっと……」

 

 

私の困惑気味の返答に、おかしいわねとに首を捻るメマリア。するとルーファエルデに話を向け――。

 

 

「ルーファエルデ、知っているかしら。その勇者一行をバサク殿と共に押しとどめている『協力を仰いだ方々』のこと。あの方々、実はミミックなのよ」

 

 

――っ!! そ、それは……! 我が社の派遣した……! ……って、ルーファエルデも驚きの顔を浮かべている?

 

 

「まあ!? そうなのですか!? いえ、(わたくし)も存じ上げなく…。何分機密性保持のため、現場外の者には詳細は秘匿されておりまして……」

 

 

……そういえばルーファエルデ、そのことを話す際に『~のよう』と誰からか聞いた口調であった。確かに全部知っていたらバサクさんの協力者がミミック派遣会社の者だって把握しているはずだけど……さっき何も言ってこなかった。……って、メマリア…!?

 

 

「そうね。私もその程度しか聞かされていないの。でも、バサク殿と肩を並べられる存在なんてそう多くはないわ。ならそのミミックは……アストの師、またはそのお知り合いである可能性が高いのではないかしら?」

 

 

「! あぁ成程! これほどまでに成長なされていたアストの師が、件の協力者! 確かに腑に落ちますわ~!」

 

 

「えぇ。そしてその方がアストとの鍛錬の最中、暗にでも口を滑らせてしまって。気になったアストはご両親へと聞いて。そしてアスタロト様方はこの女子会のこともあり、答えた――。これが私の推測よ」

 

 

答え合わせを求めるように、改めて私の方を向くメマリア。ルーファエルデも心底合点がいったと頷きを。

 

 

(わたくし)がこの場を借りて皆様へ協力を願うことは予めお父様方との相談の上のこと。もしかしたら、アスタロト様方にも伝わっていたのかもしれませんわね。それならば機密とはいえお話するのも納得がいきますわ~!!」

 

 

「あーそういう! ありえっかも★」

 

 

「アーちゃん、どうどう? どうなの?」

 

 

ネルサとベーゼも目から鱗といった様子で膝を打って……! え、えぇと……!

 

 

「じ、実はそうなの……!!! その通り!!! 師匠が実際に関わっているかはわからないんだけど!!!」

 

 

もうそう言うしかない!! 乗るしかない!! メマリアがなんでそんな憶測に至ったかはわからないけど……全部騙し通せるそれに乗じるしかない!!!

 

 

それに、私の師がミミック(社長)であって、そこから情報が伝わったというのは間違いではないのだもの!! 派遣した子達にとって師は私(と社長)の方なのだけど……もうそれでいい!!! そういうことにしておこう!!!

 

 

――というかメマリア! ミミック派遣会社のことを知らなかったのは有難いけど……! 貴女も――!

 

 

「機密を話してしまっているの、メマリアもじゃない!」

 

 

「……あらそうね! ふふふっ、アストを責められないわ!」

 

 

 

また扇子を開いて笑みを隠す…いや全く隠しきれていないメマリア。先程の張り詰めた空気はどこへやら、一気に場が打ち解けた……!

 

 

全くもう……なんだかあっさり助かったけど、心臓に悪い……。糸で綱渡りしている気分である…。いや、地雷原の上を歩いている気分である……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そうだ。今の話で、貴女の交友関係で思い出したのだけど……。そろそろあの話、お願いして良いかしら?」

 

 

「……あの話って…?」

 

 

「一番初めのよ。『魔法の宝箱』シリーズについて!」

 

 

「ぅっ……!」

 

 

メマリア……話題を変えてくれたのは有難いけど、そっちも地雷…! いや地雷原なのだから、どこもかしこも爆弾まみれなのだけど!

 

 

「そうですわ! その心惹かれる話題がまだでしたわ!」

 

「待ってました! あーし超気になってたし★」

 

「さっきはお腹ペコペコだったから遮っちゃったけど……今はアタシも聞きた~い!」

 

 

そしてルーファエルデ達も興味津々。話したくないで誤魔化せる雰囲気ではない。こうなったらもう、出来る限り爆発させないように無理やり走り抜けるしかない! 

 

 

 

 

「話すのは構わないけど……何が聞きたいの?」

 

 

とりあえず、探りを入れてみる。すると最初に手を挙げたのは――ネルサ。

 

 

「はいは~い★ どこで買ったん? あーしも欲しいんだけど、どこ行っても無くて! てか売ってるとこ限定されてるじゃん?」

 

 

最初から回答に困る質問が……! ま、まあでもこれは正直に……。

 

 

「えっと……。実を言うと、お店で購入したものじゃなくて。ラ…職人さんに直接頼んで作って貰ったの」

 

 

「ふふっ、やはり噂の職人と交友があるのね」

 

 

結果的にメマリアの予想通りと。そのほうが矛盾は生じないし好都合である。――と、今度はベーゼが羨ましそうな声をあげた。

 

 

「アストちゃん、い~な~!  だってその人、『個人からの依頼は受け付けない』って言ってんでしょ~?」

 

 

「それどころか、『正体が詮索されるようであれば二度と箱を作らない』と仰っていたと聞きましたわ。とても気難しい方だとも」

 

 

ルーファエルデもそう加わる。――が、そこでネルサが小首を傾げた。

 

 

「え、マ? 確かにその話は知ってっけど……性格そんなだっけ? あーし、よく笑う楽しい人だって聞いたし?」

 

 

「あら。私は堅実で真面目な方だと聞いたわ。他の買い手のため、買い占めは控えてくれと頼んでいると」

 

 

「アタシは結構内気な人だって聞いたけどな~。え、どれが本当なの???」

 

 

メマリアとベーゼまで。全員バラバラ、見事なまでの情報錯綜っぷり。よくもまあここまで…!

 

 

恐らく、ラティッカさんの『適当に誤魔化しておいて』というお願い通り、各店主の方々はそれぞれ適当なことを吹聴しているのであろう。なんだかいい感じにラティッカさん像からズレているもの。

 

 

強いて言えば、ネルサが聞いた性格が一番的を得ている。彼女のコミュ力によって、ちょっと本当のことを引き出されてしまったに違いない。当のラティッカさんにこのこと話したらその通りに笑いそうである。

 

 

まあ最も、ラティッカさん一人で作っている品ではないのだけど。あれは箱工房謹製。販売数が少ないのはただ単純に――。

 

 

「どの性格が正しいとかは言えないのだけど……どれもこれも趣味で作っているものみたいで。あまりそればかりに注力していると本業に差し支えるから断っている――って言っていたかな」

 

 

ということ。前にも述べた通り、箱作り大好き職人達による暇潰しなのだ。下手にグリモワルス(魔界大公爵)から大量受注が入ると、そればかり作らされる羽目となってしまう。そうなるとミミック派遣会社は困るし、そもそも本人達が嫌がる。だから所在を隠しているのだもの。

 

 

「それならば致し方ありませんわね」

 

「製作打ち切りなんて憂き目には遭いたくないものね」

 

「ま、気長に待つしかないっしょ★」

 

「そのほうが美味しさ悦びひとしおか~」

 

 

受け入れてくれる皆。――けど、またもベーゼがぽつり。

 

 

「でも、似たのでいいから作れたらなぁ~」

 

 

 

 

うーん……。作り手に近い立場だからこう言うのもどうかと思うけど…それは確かにアリかもしれない。何分生産数がかなり限られているし、グリモワルスが欲しがったら他の人達には簡単に届かなくなるし。

 

 

ラティッカさん達もお金儲けではなく、暇潰しで作ったものが場所をとるから売り始めた感あるし、類似品が出回ってもまあ……そんなに気にしなさそうかも?

 

 

「あーそれなんだけどさ~。なんかムズいっぽい? 他のグリモワルスでもそんな話になって、じゃあやってみよ~★ってなったみたいだけど――」

 

 

と思ったら、ネルサが? やっぱり、この場にいるグリモワルスメンバー以外にもあの箱は人気のようで。そしてその発想に至った人は居たみたいだが……?

 

 

「使われている魔法の術式、それを収められて機能してる箱の性能、どれもヤバいぐらい凄腕らしくて! 真似ようにも簡単には無理なんだってさ! ぶっちゃけ、あの値段で売ってること自体ヤバみの極みなんだと★」

 

 

そんなレベル…! あれ、ラティッカさん達に簡単に作って貰ったけど…そこまで凄い職人技の結晶だったとは。……まあ、魔法の術式の方は――。

 

 

「――あぁ! もしかしてそういうことですの! 皆様、少々失礼」

 

 

あれ、急にルーファエルデが召使ベルをチリンチリンと。すぐにメイドが入って来て、ルーファエルデに耳打ちされ、どこかへ向かって……すぐに何か抱えて戻って来た。あれは……。

 

 

「魔法の宝箱?」

 

 

「えぇ、そうですわ!」

 

 

バエル家メイドが持ってきたのは、先程から話題の的となっている魔法の宝箱。バエル家の紋章がついて専用品となっている。ルーファエルデはそれをパカリと開け、中をしげしげと覗き込み――。

 

 

「ウフフっ! 常々感じておりました通りですわ~! この魔法術式、アストの癖が出ておりますわ!」

 

 

 

 

 

「――えっ!?」

 

 

私の癖って!? そんなのあるの!? ……いや、あるとするなら大当たりなのだけど!

 

 

「ということは~……アーちゃんが作ったってこと!?」

 

「なるほ~! なら凄いのなっとく★」

 

「共同生産者。それなら個人的に作れるのも当然ね」

 

 

「えぇと……正しくは魔法提供しただけなのだけど…」

 

 

仕方ないからそれも明かそう…。容量の何十倍の物を仕舞えるようにする術式は、確かに私がラティッカさんに頼まれて組み立てた代物。それを利用してラティッカさん達は魔法の宝箱作りをしているのだ。共同生産者、というのはちょっと違う気がするが…深くかかわっているのは間違いないのである。

 

 

……しかし、それを術式の癖?からパッと見抜くなんて。マジさするふぁ(流石ルーファエルデ)……。

 

 

「確かに言われてみればあっすん感あるわこれ★」

 

「おぉ~ホント! アタシ気づかなかった~!」

 

「灯台下暗し、ってところかしら」

 

 

魔法の宝箱を回し見しながら頷き合う皆。なんかこれも恥ずかしい……! 自分の把握してない癖を皆が知ってて、曝け出されてる感じなのが……! もう止め……!

 

 

「――あれ、じゃあ……噂の職人って、箱作りのスペシャリストってことかな~?」

 

「術式担当がアストであるなら、そう考えるのが自然ね」

 

「箱作るのすっごい上手い人か~★ どんな人だし~~?」

 

 

……止んだけど、違う話に! 皆で考え出してしまった! 職人の正体探りは厳禁だったんじゃ……? 駄弁りの一貫だから仕方ないとは思うのだけど……。

 

 

なんというか、嫌な予感がする……。このままこの話題を続けていってしまえば、じわじわ逃げ場が失われていく気がするのだ。そろそろ別の話に……――。

 

 

 

「「「「箱作り……箱……箱……ミミック?」」」」

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑩

 

 

ちょっ……!? 皆、声を揃えて!? 入るに入れない間に、トントン拍子で推察が! 職人の正体はミミックって……!

 

 

「アーちゃん、ど~ぉ~?」

 

「アストに聞いてしまってはいけないでしょうよ」

 

 

チラッとこちらを窺ってくるベーゼをメマリアが窘める。いや、ラティッカさん達はドワーフなのだけど……。これは嫌な予感が的中してしまったかも……!

 

 

「までもそうなるわ~★ これまんま、ミミックだし!」

 

「えぇまさしく! ミミックの持つ特殊な能力、それを見事に再現した逸品ですわ~!」

 

 

ぅ……。でも、ネルサとルーファエルデの言う通りであろう…。こんなミミックのような宝箱、その発想に至らない訳がないか……。実際社長達(ミミック)を参考に作られたものなんだし。

 

 

正直、職人(ラティッカさん達)の正体を探られていることは大して問題ではない。今のように一線は引いてくれるし、あくまでミミックは参考にしただけとでも言えば会社との繋がりを掻き消して話すことはできそうだもの。

 

 

 

問題なのは……よりにもよって四人全員が、揃ってミミックを思い出してしまったことである!!

 

 

 

「そういえばさ、これ系以外にも普通の箱売ってたんだけど…むっちゃミミック買い求めてたわ★ デザイン良いのも多くて、アクセ入れにあーしも買っちった★」

 

「ふふっ! かなりの質の高さですものね。ミミックの方々のお眼鏡にも叶うのでしょう!」

 

「もしかしたら私達がわからないだけで、ミミックが好む造りをしているかもしれないわね」

 

 

……『職人はミミックかも』という予想を元に、宝箱の話で盛り上がる皆……。誰も彼もミミックミミック言ってしまっているけど……このままであれば、大丈夫。

 

 

そう、このまま宝箱の話に終始してくれればそれでいい。そのまま違う話へと伸びていってでもくれれば……――!

 

 

 

「……なんか今日、ミミックの話多くない?」

 

 

 

――って、ベーゼぇ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「それな★ あーしが最初だっけ? あの笑ってはいけないヤツ!」

 

「クフッ……! ――コホンッ、その次は(わたくし)ですわね。アストの戦い方から少々」

 

「そして今、この宝箱の話。そうね、確かに多いわね」

 

 

っ……! ベーゼの一言に反応して、ネルサ達も今日を思い返す……! ……これこそが私が懸念していたこと。()()()()()()()()()()()()()()こと!!

 

 

さっき頑張って綱渡りを渡り切り、地雷原を凌いだ。でもそれは、点と点が繋がっていなかったから可能だったこと。それぞれの話が別々のタイミングで来たから、ギリギリながらも捌けたのだ。

 

 

だけど……それが同時に来てしまったら? 情報が出揃ってから、再推測されてしまったら!? 一個一個その時で終わっていた話が、全部繋がってしまったら!!?

 

 

そう、『私の隠し事』というクイズの、ほぼ答えとなる危険なヒントになってしまうのである! 魔眼という答え確認がなくとも、そんなヒントがあったら……――!

 

 

 

「――あ、そいやさ~。オンヌラっち()のとこにもミミックいたわ★ マギさん(魔女)とこにも★ あれてか…バニプリ(バニーガール姫姉妹)ケロプリ(カエルの王子)のとこにもいたし。ドラルクっち(ヴァンパイア)のとこは前からよくいるけど…も多かった気がすっかも? 他にも結構……――」

 

 

 

――なっ、ネルサぁ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば最近、よく目にいたしますわ。コチョウ様(タイガーガール)のあのダンジョンや、チェンリン様(キョンシー)のいらっしゃるダンジョン等にも」

 

 

「確かに! じゃきょーだんのダンジョンとか、氷の女王様のお城にも、お菓子の魔女のとこにもいた!」

 

 

「ミミックだからダンジョンであればどこに居ても不思議ではないのだろうけど……グリモア様の図書館にもいるのよ。流石に驚いたわね」

 

 

 

っっ……!! ど…どんどん出てくる! 我が社のミミック派遣先ダンジョン! さっき名前が挙がった時点でちょっとビクビクしてて、ミミックの話題が出てこなくてホッとしてたのに……! もしかしたら気づいてないかもと思っていたのに……!

 

 

それが今の話を皮切りとして、引っ張り出されてきてしまった! 『言われてみれば』ぐらいの認識だったっぽいのに!! ミミックの意識付けが強化されてしまった!!

 

 

……ただ幸いなのは、誰もそのミミック達がミミック派遣会社から来ているのを知らないこと……! メマリアが言った通りダンジョンにミミックはつきもの。ちょこんといても部外者は『あれミミックいたんだ』と特に気にしないだろう。

 

 

同じように、多少数が増えていても『こんなにいたんだ』と勝手に解釈されるのがオチ。そもそも基本潜んでいる魔物だし、ネルサ達の前に現れた子はそう多くないはず。……派遣したミミック達の性格上、ちょっと怪しいけど……。

 

 

だから上手く纏まれば、『よくあること』で話が終わるはず……! ……グリモアお爺様に関してもちょっと怪しいけど……!

 

 

「え! グリじーのとこにもいんの!?」

 

「それはじっちゃのとこに住んでる、ってことなん?」

 

「いえ、色々と手伝いをしているらしいわ。グリモア様の人徳かしら」

 

「うふふっ! 流石はグリモア様ですわ~! ――そうだ、グリモア様と言えば先日の! アスト、天晴でしたわ~っ!」

 

 

……あ! と思ったら、グリモアお爺様のおかげで話すらも切り替わって! 有難うございますお爺様……!

 

 

「話聞いた時びっくりしたもん! だって何人がかりでもわからなかったグリじーのびょーき、アーちゃんがちょちょいのちょいって治しちゃったなんて!」

 

 

「病気ではなくどちらかというと怪我なのだけど……でも本当、アストはよく気づいてくれたわ。あのままだったらどうなっていたことか……!」

 

 

「マジね~★ あーしも心配で心配で! 何度も会いに行ってたんだけどどんどん悪化してっててどうしよ…って! あっすんマジリスペクト! さすあっす(流石アスト)~★」

 

 

「えぇ! まさしくさすあっす~ですわ! すごあっす~ですわ~っ!! お礼状諸々には乗せきれませんでした感謝の念、この場を借りて改めてお伝えさせていただきますわ~~っ!!!」

 

 

わわわっ……! 皆から割れんばかりの拍手が……! けどそんな感謝なんて! 私にとっても大恩あるお爺様だもの、ようやく恩返しの一欠けらをできたって感じで……――。

 

 

 

「そういえば、グリモア様が身につけておられます保護カバー。アストの手作りなのでしょう?」

 

 

 

――んっ!? ルーファエルデぇ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー! じっちゃがつけてる、てか被ってるブックカバーっしょ? なるほどあっすん製か~★ あれ超良いわ~★ お洒落な帽子みたいでカッコいいし!」

 

 

「えっ! あれアーちゃん手作りなの!? やわらかでふわふわで沢山魔法かかってる、あのすっごいの!?」

 

 

「ふふっ。グリモア様とても気に入っていらっしゃるのよね、あれ。おつけになっている際の御姿、見ているこちらまでなんだか嬉しくなってしまうほどにご陽気で」

 

 

ルーファエルデの発言を元に、納得するようなネルサ、驚くベーゼ、思い返し笑みを浮かべるメマリア。ちょっと待って……おかしい……!

 

 

だって提出した報告書には、『あのブックカバーを作ったのは私』なんて()()()()()もの!?

 

 

 

――グリモアお爺様の一件についても、私は無理を頼んで報告に色々改竄を加えてさせて貰っている。理由は先程のスタッフロールと同じ。ミミック派遣会社に勤めていることを隠すためである。

 

 

だから魔王様の御依頼で社長秘書としてミミック派遣事前調査に行った時ではなく、アスタロトの娘アストとしてお見舞いに訪れた際に原因究明をした――そういう書き方にさせて頂いたのだ。

 

 

とは言っても依頼主且つ社長の心友であらせられる魔王様は真相を御存じなのだが……他のグリモワルス(魔界大公爵)の面々には前述の改竄報告が伝わっているはずである。

 

 

だから、そんな報告書の中にわざわざ恩着せがましく『私が作りました!』なんて書くわけがない! いや普通の報告書だとしてもやらないけど!

 

 

 

とはいえ社長達の御関係はグリモワルスにとって周知の事実のようなので、その繋がりで魔王様が皆様方に真相をお話になった可能性もある。だが……それでも登城していないルーファエルデが知っているのはおかしい気がする! メマリアならともかく!

 

 

……でも私がお爺様を治したというのは伝わっているから、その治療法であるブックカバーも私が手掛けたと結びつけるのも当然か。 それなら……――。

 

 

――いや待って!! でもルーファエルデ、()()()って言った! 私が差し上げた品とかじゃなく! わざわざ手作りって!!

 

 

もしバエル様方やグリモアお爺様がお話になられたのならば仕方ないが……。それにしては他の誰もが知らないのは変である。何故ルーファエルデだけ……?

 

 

「……そのことも伝わっているの?」

 

 

言葉を慎重に選びながら、ルーファエルデへ問う。すると彼女は軽く首を横に振った。

 

 

「いえ! ですがこの宝箱と同じように、籠められておりました魔法の癖から推測いたしましたわ!」

 

 

「あぁ……!」

 

 

そういう……! さっきの魔法の宝箱と同じ見抜き方をしてきただけのよう。なるほどそれならルーファエルデにしかわからない訳で。

 

 

……そして危ない危ない。先程の二の舞となるところだった……! さっきはつい勇者一行の機密を漏らしてしまいそれに気づけなかったが、今回はルーファエルデの台詞に気づくことができた。だから慎重に質問を返すことができたのだ。

 

 

その点に関しては、メマリアにちょっと感謝すべきかもしれない。メマリアがああして問い詰めてきたから警戒心が強くなり、そしてその後にはルーファエルデの言葉を節々までよく聞くことの重要さを理解させてくれたのだから。

 

 

ほら、さっきの魔王軍ダンジョンの協力者の話。あの時にルーファエルデが『らしい』と言っていたのがそれで、メマリアに言われて初めて気がついて……――。

 

 

 

「あら、ということは……。もしかしてあのブックカバー、例の職人にも協力を仰いだのかしら?」

 

 

 

――っ!? メマリアぁ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえほら。ああまで立派だと、まるでその宝箱のようだと思って。……全部アストの手作りだったかしら?」

 

 

「えっと……」

 

 

メマリアの問いに、今しがたのルーファエルデ相手と同じような反応になってしまう……! だって……その通りだもの! ラティッカさん達に協力してもらって作ったんだもの!

 

 

「――じ、実はそうなの。立派なものを差し上げたくて! 教えて貰ったり、難しい所は作って貰ったりしながら」

 

 

とはいえもう隠す必要はない……よね? これまた正直に。――すると、ベーゼがほえ~と声を上げた。

 

 

「箱作りの職人なのにあんな凄いブックカバーも作れるんだ~!」

 

「ま~腕良いからなんでも作れんじゃね? あっすんも職人さんも★」

 

 

ネルサもにひひ★と笑みを。――が、あれ……ルーファエルデだけ考えこむ仕草で……?

 

 

 

「……ブックカバーも箱、なのかもしれませんわ! ミミック的には、ですが!」

 

 

 

―――ッ!?!?!?!?!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、確かにそうかもしれないわね。グリモア様の図書館でミミックがお手伝いをしていると話したでしょう? その子達、本の間に入っているのよ。勿論、ダミーや専用のものにだけど」

 

 

「まあやはり! 実は先程挙げましたコチョウ様のダンジョンの一角に、似たような潜み方をしているミミックの方をお見かけいたしまして! 他にも武者修行中、変わった『容れ物』に入っているミミックをちらほらと!」

 

 

……えっちょっ待っ……!? メマリア、ルーファエルデ!!?

 

 

「そういやめっずら~(珍しい)なとこに隠れるミミック達、あーしも知ってるわ★ ケロプリ(カエルの王さま)とこだと、でっかいカタツムリ容器?の中に居たし…いなりん(天狐)のとこなんかじゃ、もふもふ尻尾の中に隠れてて羨まだったわ★」

 

 

「あ! 氷の女王様のとこ! アイス冷凍庫にミミックいてすっごくビックリした! あと隠れてたわけじゃないんだけど…箱をソリみたいにして滑りまくってたよ!」

 

 

……いやっそれ待っ……!? ネルサ、ベーゼ!!?

 

 

「そんなところにもいるの? ――そういえば魔王様のお気に召されたホテル、『おもてなしホテルダンジョン』と言うところなのだけど…先日訪れたらそこにもミミックが居たわね。警備員として雇われているようで、売店の籠やサーブカートやトランクに隠れて監視をしていたわ」

 

 

「まあそのようなことが! ですが私にも警備役を務めるミミックに覚えがございますわ。エルフの女王陛下が所有する『遺跡ダンジョン』にもおりましたし、クラーケンの方々が棲む海の底にも!」

 

 

「そいやジンとかシルフィードとか、サラマンドラとかノーミードとかの精霊ダンジョンの幾つかでも見かけたわ~★ 盗掘防ぐためと、遊び相手として来てもらってるんだって★」

 

 

「前行った遊園地にもいたかも! 着ぐるみの中とかアトラクションの中で見回りして、迷惑客防いでた! あーっ! そういえばアタシの魅了魔法ししょーのダンジョンにもいた~っ!!」

 

 

……いや待って待って待って!!!? バンバン出てくる!? とんでもなく出てくる!! ()()()()()()()()()()()()!!!

 

 

しかも今度は先程まで名前すら挙がっていなかった各ダンジョンまで!!! ちょっと待って本当待って!! このままだと絶対マズいっ!!

 

 

まさにヒントの大増量…! まだ皆は見てきたことを話しているだけだけど…これだけミミックの話が膨れ上がってしまえば、ミミック派遣会社と紐づけられてしまうのは想像に難くない! そしてその次には、私のことにも繋がって……!!

 

 

うぅ……! やはり嫌な予感大的中、じりじりと崖っぷちに追い込まれていってる……!!  もう逃げ場はない、私だけではどうしようもない……!!! せめて何か……偶然にも話が変わる機会があれば……!!

 

 

そう例えば…丁度召使の誰かが部屋に入ってくるとか……――!

 

 

 

 

 

 ―――キィ……

 

 

 

 

 

って、扉の開く音!? 本当に来た!? 来てくれた!!? 誰だかわからないけど、これでミミックの話を止められ――――――……

 

 

 

 

 

 

 …………………………ん?  んん??  んんん?????

 

 

召使の姿はおろか……誰の姿も無い……? でも扉は微かに開いている……。偶然開いたとか……――――――ッハ!?!?!?!?

 

 

 

 

 

 

なっ!?!?  えっ!?!?!?  そっ……はっ!? へっ!?!?!? ちょっ待っ……あれっ……いぃっっ!!!? 

 

 

 

 

 

待って待って待って待って待って!!!!! なんでなんでなんでなんでなんで!!!!!

 

 

 

 

 

なんで……どうしてっ!!! あれは……! 僅かに開いた扉の下に、ちょこんと挟まっているのは!!!!!

 

 

 

 

 

どっからどうみても見覚えしかない!!!! あれは!!!!!

 

 

 

 

 

実家に戻る前に散々探したはずの……!! 女子会に来る前にこれでもかといないことを確認したはずの――!!!

 

 

 

 

 

 

 

―――() () () () () ぉ ! ! ! ! ?

 

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑪

 

 

……い、いや! いやいやいやいや! うん! やっぱり見間違い! きっと見間違い! いや絶対見間違い! きっとバエル家召使が、社長の宝箱に似た色の宝箱をそこに置いたのだろう! なんでかはわからないし意味わからないけど!

 

 

その証拠に、ほら! こうして目を瞑って擦ってみれば……――

 

 

 

   ―――ギィ……バタン

 

 

 

扉の閉まる音が。やっぱり予想通り、召使の誰かに決まっている! そうだ、きっと両手が塞がっていたから、一旦床に箱を置いて扉を開けていたに違いない!! 

 

 

その証拠に、擦り終えた目を開いてよくよく見直してみれば――!

 

 

「――……つっ!」

 

 

い……()()()! ううん、()()!  いないけどいる!! いるけどいない!!  いないけどいるしいるけどいない!!!

 

 

違う、混乱して我を失っている訳ではない! 混乱はしてるんだけど! つまり……召使はいない、けど……宝箱はいる!! 扉をバタンと閉じた、部屋の内側に! ()()()()()()()()()()()!!!

 

 

ということは……つまり……! 召使があの宝箱を置いてそっと出ていったわけじゃない限り……! あれに魔法がかけられていて自律移動してるとかじゃない限り……! あれは間違いなく――!

 

 

「しゃ……!」

 

 

「? どうかいたしましたの、アスト?」

 

 

――っう……! 変な声を上げてしまったから、ルーファエルデに問われて……! えっといや……!

 

 

「う、うん、なんでもない……!」

 

 

「???」

 

 

うぅ……自分でもわかるくらいに目が泳いでしまった……! ルーファエルデも首を捻っちゃったし……! 下手に勘づかれて部屋入り口を見られてしまったら……! こ、こうなったら――!

 

 

「いや……実は、私もちょっとミミックをよく見かけていて! 例えば…ケット・シーの運営しているにゃんこダンジョンとか!」

 

 

今の話題を逆利用! 知名度が高めのダンジョンを挙げて! こうすれば私と派遣会社はちょっと引き離せるはずだし――!

 

 

「マ? ニャオウさまんトコにも? でもそれ、超わかるかも★」

 

「ケット・シーだもんね~。そりゃ~箱大好きか! ミミックも箱大好きだし!」

 

「ふふっ、相性抜群ね。 ……久しぶりに行きたくなってしまったわね」

 

(わたくし)、そこへ訪れたとこはないのですが、話だけは聞いておりますわ。様々な猫を撫で放題だとか! 正直、興味がございまして…! メマリア、宜しければ――」

 

 

上手くいった! 話がミミックへと戻ったし、それどころかダンジョンそのものへと焦点が移動し始めた! メマリアとルーファエルデなんて一緒に遊びに行く話まで始めた! 

 

 

これは僥倖、このままいけばミミックの話は自然消滅するかも……――。

 

 

――っと、そうだった! それよりも社長…社長の宝箱は!? さっきのまま床にちょこんと落ちていれば良……――!?

 

 

 

「――っ消……!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

また声をあげそうになり、慌てて口を抑える……! また気づかれるとこだった……。皆は……よかった、話に熱中しているみたい……!

 

 

って、それどころではない! 社長が……社長の宝箱が()()()()()!!! 先程落ちていた、もとい、いた場所から消失している!!!?

 

 

もしかして、最初から私の見間違いだった……? そういえば誰も、この部屋の扉が開いて閉まったところに気づいていない……。一応、私に聞こえるほどの音がしたというのに。許可なくしての入室禁止なこの会の参加者なのに。今回その指示を出したホストのルーファエルデすら。

 

 

……もしかして、幻聴や幻覚の類……? 私、幻影をみていた……? 崖っぷちに追い詰められて、ありもしない幻を見ていた……? 救いの手が欲し過ぎて、心の奥で社長に助けを求めていた……?

 

 

そういえばなんだか身体、夢を見ているみたいにふわふわしている気もするような……? 逃げ場がなくなっていた故の精神的反応なのだろうか? ……確かに、それほどまでに切羽詰まっていたかも。

 

 

よし、なら深呼吸をしよう。窮地は脱した……多分だけど。なら、社長に頼らなくともなんとかなるはず。せーの、すぅっ……――ん?

 

 

 

「―――げホッ!!?」

 

 

 

「わわっ!? どーしたのアーちゃん!?」

 

「お菓子喉に詰まったん? お水お水……」

 

 

急にむせ返った私に驚き、対応してくれるベーゼとネルサ……! いや違う……別にお菓子は食べてない……! ただ深呼吸をしていただけ……!

 

 

なのにむせ返ってしまった…咳き込んでしまった……!! だって……だって……! あそこに!!

 

 

悪魔星(デビルスター)が描かれた円卓に腰かける、ルーファエルデとベーゼの間に……!! 正しくは、その間の先の壁付近に!! つまり――私の視界の正面に!!!

 

 

 

()()()()()()()()()!! 社長の宝箱が、いる!! さも最初からそこにあったかのように、まるで家具の一つの如く、ちょこんと設置されている!!!!?

 

 

 

幻なんかじゃない!! 間違いない!!! あれ絶対、社長っ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「ん~??? アーちゃん、何見てるの~?」

 

 

――しまっ……! 見つめ過ぎた! ベーゼが私の視線に気づいて、振り返って……! 

 

 

「あれ、宝箱? こんなのあったっけ?」

 

 

っ…! 気づいてしまった!! マズい……ルーファエルデもそちらを見て――!

 

 

「あったかもしれませんわ。この部屋はかけております魔法の都合上、お父様お母様も会議等でよく用いておりまして。お気に召されたインテリアが増えていることは間々ございますの」

 

 

「流石バエル様、部屋の良いアクセントとなる素敵な逸品ね」

 

 

――ん!? んん!?!? ルーファエルデ!? メマリア!? えっ……えぇっ!? なんでそんな、さも最初からそこにあったかのような反応を!? 絶対にそんなの無かったでしょう!?

 

 

「それで、あの宝箱がいかがいたしましたか?」

 

 

えっ!!? ちょっ……ルーファエルデ!? え……そ、その……!!

 

 

「い、いや……え、えと……! そ、その宝箱に見覚えが……っ!」

 

 

……って!!! バカバカバカバカ、私のバカ! 焦り過ぎて考えうる限り最悪の一言を発してしまった!! そんなこと言ってしまったら――!

 

 

「ということは……もしかしてあれも例の職人の方の作品かしら?」

 

「え! マジ興味あんだけど★ るふぁちん、ちょっと見てい~い?」

 

「勿論ですわ~! どうぞ皆様ご存分に!」

 

「やった! へ~! すっごいキレ~!! アタシも欲しいな~!!」

 

 

ほらぁっ!! 皆揃って社長に、もとい社長の宝箱に注目を! ネルサとベーゼなんて立ち上がって傍まで行って、しげしげと!!

 

 

もし蓋を開けられてしまったら、中に社長がいるというのに! 社長、なんでそこにいるのかわからないですけど…! その時は前にネヴィリー(アスタロト家メイド)へやったみたいに、箱の中で隠れきってくださいよ!? 出てきたら承知しませんからね!!?

 

 

「良いなぁ~~! これ、開けてみてもいいのかな~?」

 

「ん~どうなんかな。バエル様のものだし、見るだけがマナーちゃう?」

 

 

あっ、と思っていたらベーゼ達は触らずに鑑賞を終えてくれた…! よかった……! それに、ルーファエルデが社長宝箱をミミックだって見抜かなくて本当によかった……!!

 

 

……いや、というよりは社長のミミック潜伏能力のほうが上回っているのだろう。だって『初めからそこにあった』かのように思わせる自然さを醸し出しているんだから。流石社長、さすしゃちょ……――。

 

 

 

 

――そんなことよりっ!!! なんで社長がここにいるの!? バエル家の、女子会会場に!? そりゃあ社長のこと、忍び込もうと思えば何処へでもなんだろうけど! 

 

 

来る前あれだけ探したのに居なかったということは、もしかして別ルートでここへ!? 何の意味があって!!? そう……! ()()()()()()()、ここに!!?

 

 

「……あの部分……カッコいいよね……――!」

「マジね★ 超お洒落だし……――」

 

 

前回社長が我がアスタロト家に潜入してきた際は、一応確固たる目的があった。けど今回は違う。この女子会は私の完全プライベート! 割って入ってくる意味も理由もない!

 

 

それを裏付けるように社長、私が『今回はついて来ないでくださいね』と釘を刺したら、『勿論よ! 女子会楽しんでらっしゃいな!』と送り出してくれたのだ。まあ前回のことがあったから全く信用できず、あれだけ念入りに探していたのだけど!!

 

 

「……それでいて格式高さも……遊び心も感じられるわ……――」

「見事な芸術品……美術館ダンジョンに飾られていてもおかしくは……――!」

 

 

そしてやっぱり、現れた! 本当、何のため!? 一体何故この場に? 何か考えがあって? 私に明かせない何かが……?

 

 

でもそれならわざわざ隠れて登場し、わざとらしく私の視界に入ってくる訳がない……! 矛盾しているもの! じゃあ…意地悪してる? 私を掻き乱しに来てる? 

 

 

「……だし、やっぱ欲しいかも~……――」

「さりげなく……置いておくだけでも映えるわね、あれは……――」

 

 

まあありうるかもしれないけど……の割には静か。もっと大暴れしていてもおかしくない気がする。そもそも社長がそんな悪戯目的でここまで来る? 何の利もないのは明白だし……。となるとあり得るのは……バエル様に会いに来る用事があって、そのついでとか? う~~ん……。

 

 

いっそのこと一度ベーゼやネルサみたいに近づいて、皆に気づかれないように問い詰めれば何か白状するかもしれない? ……いやでも、ルーファエルデやメマリアを出し抜ける気がしない。

 

 

「‥…えぇ、残念ながら入手手段はお父様お母様に聞かなければ……――」

「それもそっか~――あ★ じゃああっすんに直接……――」

 

 

それにどう言い訳して見に行けばいいか……。本当にラティッカさん、じゃなくて例の職人製の箱か見極めるとか? でも私の魔眼(鑑識眼)を使えば良い、とか言われたらご破算だけど……う~~~ん…………どうすれば――……どうやって――……どうにかして――……!!!

 

 

 

「――ね、あっすん! どう? やっぱ無理?」

 

 

 

 

 

 

 

「……へっ? えっ? 何が?」

 

 

急に声をかけられ、捻っていた頭をその方向へと。するとネルサが――。

 

 

「だからあの宝箱インテリア、あーし達も欲しいなって★ だから例の職人さんに作って貰えないかな~って! 魔法の宝箱みたいに難しい品じゃないから…やっぱダメぽ?」

 

 

「うーん…難しいかも。あれ最高傑作品って言っていたから……。下手に集中されて他の箱作りに支障がでると困るし……」

 

 

そう答え、急ぎ彼女へと移していた視線を社長がいる方向へと戻す。正直、内心それどころではない。なんとかして社長を…………ん? 私今、何て言っ――て!?!?!?

 

 

 

「また消え……っ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

ほんのちょっと目を離していた隙に、社長がまたいなくなっている! ――でも、幻覚じゃないのはわかっている! どこかに…どこかに……――っ! ベーゼの横、ティーカートの影で何かが動いた!!

 

 

(いた……!)

 

 

ベーゼ用のお菓子箱に隠れ、身を潜めている!? なんでそんなところに!? ベーゼがお菓子を取り出そうとしたら一瞬でバレるのに! なんで!!?

 

 

「……ん? 今アーちゃんなんて? ()()()?」

 

「えぇ、そう言ったわね。例の職人の方の『本業』のこと、で良いのかしらアスト?」

 

 

「え…!? そうだけど――……!」

 

 

メマリアの問いにまともに答えてる暇はない! なんでそんなとこに社長が移動したのかわからないけど、なんとかしないと……っは!? またいなくなってる!?

 

 

今度は何処に……ルーファエルデの椅子の後ろ!? なんだかチラッて見えている! なんでそんな微妙な移動を!?

 

 

「はて……職人様の本業が箱作りとなると、何故魔法の宝箱が限定品ですの?」

 

「ん~~? あ★ もしかしてミミック用の宝箱がメインなんじゃね? ほら、これ(魔法の宝箱)売ってるとこ普通の箱も売ってて、ミミックでごった返してたって言ったじゃん?」

 

「あーそういうことか~! ね、そーなのアーちゃん?」

 

 

「まあ、そういうことで――……!」

 

 

ベーゼの確認へも、悪いけど適当に頷いといて……! だってルーファエルデの傍なんて一番危険なとこ! 何故わざわざそこに――うわ! 社長またいなくってる!!? 今度はどこ……――ネルサの足元!?!?

 

 

ちょっと社長、そこも危ない! ネルサが足をパタパタさせたらガンッてぶつかる! いやほら! 実際にパタパタさせて……わわっなんでそんな掠るか掠らないかギリギリのとこに位置どって!?

 

 

「……あれ、じゃ~アレじゃん? あっすんの師匠なミミックと、その箱職人さん、関係してたりすんのかね? まさかの同一人物系?」

 

「可能性はあるわね。でも、バサク殿級の武芸の腕を持ちながらそれほどの職人技まで備えているなんて考えにくい気がするけれど……」

 

「と言いますか……今しがたのアストの台詞、その職人様を管理している立場のような……? どうですの、アスト?」 

 

 

「う……うん……そんなとこで……――!」

 

 

ルーファエルデの伺いを急いで捌いて――っ!? 嘘、もういない!? ほんの少し気を取られた間に!? 次は……メマリアの背後!? 彼女の髪を蓋の上に乗っけてる!!?

 

 

「……話が少し戻るけれど、職人の方がミミックの箱作りに注力しているとするならば…それだけ需要があるということよね?」

 

「あ! さっきまでの話! 色んなダンジョンにミミック増えてるってヤツじゃない!? だからかな?」

 

「増えているのは確かですが、それは先程メマリアが述べておりました通り、警備役として雇われているような方々ですわ。 ……しかしこれほどまでのダンジョンに、となると…組織的なものかもしれませんわね。 例えば、どこからか派遣されているとか……――」

 

「――あっ!? 『ミミック派遣会社』!? えっ、マ!? そゆこと!? てかそいや、ダンジョンに居たミミックが入ってるヘンテコ箱、お店で見たかもしんない!!」

 

 

社長! よりにもよってメマリアの髪の下は駄目ですって! 彼女、髪を自在に操れるんですから! そんなことしたら感覚でバレるかも…うっ!? また消えてる! 瞬きしただけなのに!!? 今度は何処に――

 

 

――待った! さっきから社長…べーゼの影からルーファエルデの裏、そしてネルサの足元からメマリアの背後と、皆の傍に潜んでいる! ということは……もしかしたら次は私の近くに来るかもしれない!?

 

 

なら逃がさない!! どこに来る!? もう来ている!? どこにいる!!? 

 

 

「真相はどうなのかしら、アスト? ……アスト?」

 

 

ティーカートの裏!? 椅子の裏!? ――違う!

 

 

「……アーちゃん? どしたの? さっきからそんなきょろきょろして」

 

 

じゃあ机の下!? 椅子の下!? ――これも違う!

 

 

「あっすん? お~い? あっす~ん?」

 

 

まさか、まだ他の誰かのところに隠れて……いや、円卓の下を覗きこんでみても、何処にもいない……! じゃあ一体どこに――!

 

 

「アスト、少し落ち着いてくださいませ。 ……アスト?」

 

 

いや、こうなれば私の下をうろついた瞬間に捕まえて見せる! こうして足元を見ていればきっとわかるはず! さあ社長、いつ来る……! どこから来――……

 

 

 

「アスト!」

「アーちゃん!」

「あっすん!」

「アスト!」

 

 

 

 

…………………………――――――――――あっ

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑫

 

 

…………………………―――――うん……えっと……。大丈夫……。いや大丈夫じゃ全く無いんだけど……床を見つめるこの姿勢から全く動けなくなっているんだけど……。

 

 

……何故か、頭も体も冷静で……。自分のやったこと…やってしまったことを理解できていて……。うん、多分『我に返った』という感じで……。そしてこの先少しでも思考を動かした瞬間、全身が烈火の如く熱くなりそうで…………。

 

 

だからもう何も考えたくないし、正直このまま気を失いたいぐらいなのだけど……――

 

 

「アスト……?」

「アーちゃん……?」

「あっすん……?」

「アスト……」

 

 

ルーファエルデ、ベーゼ、ネルサ、メマリアの呼び声がそうさせてくれなくて……。いや、うん……。わかっている……。例え気を失ったとしてももうどうにもならないということは。

 

 

けど、だからこそ……だからこそ、自分の失言が……やらかしが悔やんでも悔やみきれなくて……そう、本当に……―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――やっちゃったああああああああああッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、凄い……! 身体が一気に熱くなっているのがわかるのに、それと同時に氷の如く冷えていっているのもわかる……! 全身から滝のような汗が噴き出し、肌が蒼白となっていくのも……! 魂が抜け出ていってるのもわか……わかりたい……!! やっぱり気を失えない!!!

 

 

やってしまった……やらかしてしまった!!! 突如意味不明に出現した社長を探すのに手いっぱいで、集中し過ぎて、自らの失言に全く気付いてなかった! なんでラティッカさん達の仕事内容を話してしまうんだか!!! 私!!!

 

 

いやまだそれだけならなんとかなったかもしれないけど! その後の社長の謎機動に振り回されて、ルーファエルデ達がじわじわ推測を進ませていたのをスルーしていた! 適当に返事をしていたバチがあたった!!!

 

 

せめてその時に気づけていたらなんとか誤魔化しが聞いたかもしれないが……もうどうしようもない! 今更になって先程までの皆の話合いがまざまざと頭の中に……私なんてことを……!

 

 

加えて最悪なことに、先程までの話題が全て悪い方向に作用してしまった! ダンジョンの話、職人の話、私の師匠の話、魔法の宝箱の話!! その全てがクイズ(隠し事)のヒントとなり、点と点を繋げる結果となってしまった!!! まさに懸念事項が的中してしまったのだ!!!

 

 

もう崖っぷちに追い込まれたどころではない、ほぼほぼ落下しているようなもの! いやまあ、社長を追いかけて崖っぷちで暴れ、自分から足を踏み外したという方が正しいんだろうけど!!

 

 

――って! そういえば肝心の社長は!!? ずっと机の下や床を見ているけど、一切現れない!! こうなったのは半ば社長のせいだというのに!!!

 

 

 

「えっと……アーちゃん? だいじょーぶ?」

 

 

……だから大丈夫じゃない、ベーゼ……!

 

 

「アスト、体調が悪いのであれば……」

 

 

……体調は悪いけど、そういう悪さじゃない、ルーファエルデ……!

 

 

「……もしかして、聞いちゃダメ系だった?」

 

 

……察してくれたのはさすねる(流石ネルサ)だけど、ネルサ……!

 

 

「――話を変えましょうか?」

 

 

……もう遅いでしょう、メマリア……!

 

 

 

社長は捕まえられず見つからず、皆からは心配され、いたたまれない……! なのに一周回ってまた冷静になってしまった……! というより思考放棄気味というか……!

 

 

このまま無言で顔を伏せていてもどうにもならない。とりあえず……上げるしかない。赤いんだか青いんだかもはや自分でもわからない顔を。そしてなんとか釈明するしかない……!

 

 

微々たるものだが、秘密を隠し通せる可能性はまだある……かもしれない……! 現状、崖に足の爪先だけで引っかかって落ちるか落ちないかわたわたしているようなものだけど……それでも、上手くやれば戻れるかもしれない……!

 

 

なんとか毅然として、『良い予想だけどハズレ』とか言えば……! いやそれだとあからさま過ぎるから、一部正解だけど一部ハズレとかにすれば……! そういう答えにすれば……!

 

 

それが成功するかどうかはわからないけど……やってみるしかない! だってそれしか道はない! 崖っぷちから助かる方法は、それしかない! 秘密を……私の仕事先を隠すためには!!

 

 

あと……社長!! 社長がどこに隠れてるかも見極めてやる! そして後でお説教をする!! 誰と一緒にいるためにこんなに頑張ってると思ってるんだ、って!!!

 

 

それなのに、ああも弄んできて! もしまたさっきの場所に…私の正面の壁とかに鎮座していたら、流石に許せな……――!

 

 

 

「――い゛っ!?!?!?」

 

 

 

「あっすん!? ちょっ、今度はどうしたん!!?」

 

「何その顔……!? 何見てるのアーちゃん……!?」

 

「そのように目を見開いて……どちらを見ていらして?」

 

「正面の壁…………ではないわね?」

 

 

 

私の表情に、驚愕する皆……! いやけど…もっと驚愕しているのは私!!! ちょっ……は!?!? なんで!!?!!?

 

 

 

ふざけてる!!? ふざけてる!!! えっ、ふざけてるの!!!? ふざけていますよね!!!!? なに!? これどういうこと!!? 

 

 

 

そりゃ目もこれでもかってぐらい見開くに決まってる! 意味が分からなくて驚愕するにきまってる! なんで……なんで……なんで!!!?

 

 

 

 

 

なんで社長…()()()()()()()に、ちょこんと鎮座しているの!!!!!?????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達グリモワルスの五人が囲む、悪魔星があしらわれた円卓。その中央に何故かいる社長の宝箱……! それはまるで、私達が召喚を行ったかのようで――……

 

 

いやそんな感想言ってる場合じゃなくない!!? もはや社長、隠れることすらしてない!!! 威風堂々と机の上に乗っかってきているっておかしくない!?!?!?

 

 

もう怒るとかそんなのを通り越して、唖然とするしかないのだけど!!! こんなことをしたら当然の如く、私以外に存在がバレてしまって……――

 

 

「……そんでアーちゃん、どうなの~? ミミック派遣会社?とアーちゃん、関係あるの~?」

 

「ちょ、駄目だってべぜたん! ……でもぶっちゃけ…あーしも気になっちゃったり……。さっきの番組のあれ、やっぱあっすんで合ってたん?」

 

 

――……ん? ちょっと待って……ベーゼ? ネルサ?

 

 

「話を変えなさいな2人共。――とは言っても、もう頃合いじゃないかしらアスト? そろそろ隠し事を明かす時でなくて?」

 

「どのような事情があるのかはわかりませんが……(わたくし)達は貴女の判断を大切に致しますわ。お気のままにしてくださいまし」

 

 

……――いやだから待って……メマリア! ルーファエルデ! 皆口々に私の顔色を窺ってくるけど……そうじゃなくて!!! なんで!!?

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!? まるで最初からそこにあったかのように!!!

 

 

 

 

 

 

一体どういうこと!!? さっき社長が壁際で見つかった時は、確かに皆そういう風に勘違いした。けど、これはおかしいでしょう!!!

 

 

だって皆からしたら、『バエル様が買い求めた芸術品が、動いて机の上に乗って来ている』状況!!! どう考えても違和感しかない!!! なのに、誰も眉1つ動かしてない!!?

 

 

――ハッ!! ……もしかして…皆、社長のことを事前に知っていた、とか!? この間みたいに、私だけ騙されていたオチ!!? それならば納得できるけど――……。

 

 

「そういえばアーちゃんが外で何してるか、聞いたことないや! そっか、その会社に居たんだ~!」

 

「なるほ★ なら色々詳しいのもわかるし~! ……あ! ならべぜたんが最初に聞いたダンジョン産食材、やっぱあっすんが関わってたんちゃう?」

 

「ふふっ、そういうことかもしれないわね。けどその真相は…アスト本人に語って貰いたいところよね?」

 

「もう、メマリア! 貴女、先程と言っていることが違いますわ! 話を変えるのではなくて!?」

 

 

……どうやらそういう訳ではないらしい。 え、じゃあなんで……!? 私の頭がおかしくなった……!? 

 

 

「ちょっと待って皆! これ、なんとも思わないの……!?」

 

 

皆の問いに答える答えない以前に、こっちから聞かなければ! 円卓のど真ん中にいる宝箱を指さしながら! こんなわざとらしい物、無視できるわけが――……

 

 

「? え? この宝箱、ずっとあったでしょ?」

 

「そじゃない? 最初からあったわ★」

 

「えぇ、あったわね」

 

「これが如何いたしましたの?」

 

 

えぇえええっ……!?!?!? なんで!? まるで花瓶か何か、ティーセットの一部かのような扱い!!? なんで!? どうして!? 流石におかしいって思うでしょう!? だって――!

 

 

「これ、魔法の宝箱とかじゃないの!! ほら、魔法の宝箱はそこにあるでしょう!? というかこれ、さっき皆が見ていたバエル様のインテリア!! さっきの場所に無いでしょう!!?」

 

 

「……あれ? そういえば魔法の宝箱ここにあるや」

 

「ホントじゃん。あれ、じゃあこれ何なんだろ?」

 

「あら、バエル様のインテリアも消えているわね」

 

「本当ですわ。それがこれですの? はて、何故ここに?」

 

 

えぇええぇえええええっっっ!?!?!?!? なんでそんな……なんでそんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()というような反応なの!? 皆揃いも揃って!!? なんでそんな『よくわからないけどまあ良いや』みたいな!!?

 

 

「「「「「それで……――」」」」

 

 

そして皆、平然と話を戻した!!? えっ、これやっぱり私がおかしいの!!? なんで!!? どういうこと!?!? いくら社長の力だとしても、何かおかしい!!

 

 

 

――いや、待った……。 そもそもこの宝箱、()()()()()……?

 

 

 

そういえば色々とおかしかった……。突然に現れて、掻き乱し出して……。挙句の果てにこうして机の上に乗っかって来て……。

 

 

そして皆はそれを理解できていないときた。間違いなくこの宝箱は社長のだけど……もしかして中身は違う……とか……? なにせ社長の姿は一回たりとも見ていないのだから……!

 

 

いやそれどころか、この宝箱自体が何か別な存在だという可能性がある……! そもそもこれは本当に宝箱なのだろうか……!? 

 

 

わからない……何もわからない……! もしかしたら、なにか幻を見せられているのかもしれない……! それは否定していたはずだけど、ここまで来ると信憑性があ……――――!

 

 

 

 

 

 ―――パカッ!

 

 

 

 

 

「女子会中ごめんなさ~い! お邪魔しまーすっ!」

 

 

 

 

いややっぱり社長じゃんッっっっっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「わああっ!!!?」」

 

「なっ……!?」

 

「ッ!?」

 

 

突如開いた宝箱を見て、そこからぱっかーんと出てきた社長を見て、声を揃えて椅子から転げ落ちんばかりに驚くベーゼ&ネルサ……! そこまでではないにしろ、扇子を取り落としそうになるメマリア……! えぇぇ……さっきまで意にすら介していなかったのに、なんで……!?

 

 

「何者ですの!?」

 

 

そしてルーファエルデに至っては立ち上がり、引き抜いた剣を社長に突きつけている! ううんそれだけじゃない。転げ落ちかけのベーゼネルサやメマリアの扇子を支えるように……私を含めた皆を守護するように、厳めしき騎士姿の召喚兵を一瞬で大量召喚し、構えさせている! いや本当、早い……! 私の召喚なんて目じゃないくらいの展開速度!!

 

 

加えて、社長を狙う数多の召喚刃も空中展開。まさしく円卓を囲む槍衾(やりぶすま)剣衾(けんぶすま)、まるで重厚なる檻が作り出されたかのよう……! 僅かにでも妙な動きを確認したら、刃も兵も一瞬で迫り、曲者を刺し穿ち切り刻むであろう……!!

 

 

「まあこうなるわよね~……」

 

 

しかしその曲者……もとい社長は肩を竦めるだけ。怯える様子は全く無し。……これ私、どうすれば……――

 

 

「何者かはわかりませんが、この場へ侵入を試みるとはなんたる不遜! ――いえ、(わたくし)の、我がバエル家の不覚! 気づかぬ内にここまでの突破を許すなぞ……っ!」

 

 

ギリッと歯噛みをしたルーファエルデは、剣を構えたまま召使ベルに手を伸ばし――! ちょっ……!

 

 

「ちょっと待ってルーファエルデっ!!!」

 

 

「わぱっ!」

 

 

慌てて立ち上がり、半ばズッコケる形で社長を取り押さえる! 勢いあまって蓋をバタンと閉じちゃって、社長潰しちゃったけど……そのおかげか、ルーファエルデは一旦手を止めてくれた……!

 

 

「……? アストのお知り合いですの?」

 

 

「そうなのだけど……! 何故か勝手に来ちゃって……!」

 

 

「来ちゃいました☆」

 

 

パカリと蓋を少し開き、ピースで答える社長……! ルーファエルデは驚いた顔を。

 

 

「まあ……! しかしよくここまでいらっしゃいましたこと。ミミックとはいえ、我がバエル家の見張りを――……。……!」

 

 

ベルに向けていた手を目元に当てるルーファエルデ。これはもしかして……魔眼『戦眼』を発動してる!? って、剣を震わせながら後ずさりを!!?

 

 

「なっ……! こ、これは……! なんですのこの力……! ここまでの代物、見たことありませんわ!? 捉えきれません……可視化しきれませんわ!!? 何者ですの貴女様!!!? ――っぁ……!」

 

 

「「ルーファエルデ!?」」

「ルーちゃん!?」

「るふぁちん!?」

 

 

「っく……! いえ、お気になさらず……! あまりにもその御方の戦闘力が把握しきれず、魔眼が限界を迎えて軽い痛みが走っただけですの……!」

 

 

急にふらつくも、剣を床に立てなんとか堪えたルーファエルデ……! 嘘……まさかそこまで!? ステータスカンストどころじゃない!! ルーファエルデの戦眼をもってしても、社長の戦闘力は底知れないの!!?

 

 

「えっちょっ……! あーしも親睦眼を……! ――ふえっっ!?!?!?」

 

 

今度はネルサが魔眼を!? そして目を丸くして、なんだか顔を赤らめて!!? 

 

 

「そのミミックの人とあっすん……! さっきのこれと一緒なんだけど!? このお仕置き部隊隊長&副隊長の、すっっっっっっごいラブラブ関係と!!?」

 

 

って、わわっ!!? しまっ――!!!!?

 

 

 

 

 

「……ほえ? つまり、どーいうこと? このミミックはルーちゃんでもびっくりするぐらい強くて、アーちゃん(仮)(お仕置き部隊副隊長)が抱っこしてるミミック(隊長)とおんなじ関係、ってことは……」

 

 

「即ち、このミミックの方はアストの師匠。加えて、ミミック派遣会社に関係している……いえ、というよりも――」

 

 

 

  ―――カパッ!

 

 

 

「はーい! 私、ミミック派遣会社の社長をしております、ミミンと申しま~す! アストには私の秘書を務めて貰っていまして!!」

 

 

「ちょっと!!? 社長!!!?」

 

 

ベーゼメマリアの推測に、私の抑え込みを弾き再出現しながら答え合わせをする社長……! 最悪……! 爪先だけで崖に引っかかっていたところに、社長がどーんって勢いよくぶつかって来て落とされた気分!!

 

 

「本来グリモワルスの皆様方しか入れないこの会に不法侵入してしまい、申し訳ございません。ですが、少々事情がありまして――……」

 

 

「社長!!!」

 

 

皆に向けて深々と頭を下げだす社長を怒り気味に呼び止め、こちらを向かせる。すると…何故か社長自身も不本意という表情を浮かべて……?

 

 

「ごめんなさいね、アスト。……多分今の内から出ないと収拾がつかないから……」

 

 

「え? ……何を言ってるんです?」

 

 

「いやね。()()()()来てるの。私の箱の中に。要らないとは思ったし、ここに連れ込むのは危険だと主張したのだけど、どうしてもと言われて……」

 

 

箱の端をコツコツと突いて示す社長。……もう一人? 一体誰が……?

 

 

「アストなら薄々気づいているんじゃないかしら? あなただけは効果範囲外にして貰ってたから。……まあこうなるなら一緒くたにしたほうが良かったかもしれないけど……」

 

 

「あの……仰っていることがよく……?」

 

 

「違和感あったでしょ? 私、気づかれずに移動するのはお手の物だし、『始めからそこにあった』と確信を持たせるほどに場に溶け込むことぐらいは出来るけども……流石に全員の目の前に躍り出て、最初からあったと誤認させることなんて無理よ。あったかも?ぐらいならまだしもね」

 

 

「――ッ!」

 

 

その通り……! そこが変だと思っていたのだ。途中までは社長の所業だと信じることができたのだけど、この円卓に飛び乗ってからはあからさまに様子がおかしかった。まるで、私以外の皆が幻覚に囚われているような……ん!?

 

 

「え、じゃあ……!」

 

 

「そ! それができるヤツも一緒ってこと! 幻覚幻惑、認識改変すら可能なチャーム(魅了)を操る、アイツもね!」 

 

 

そう言いながら社長、ベーゼの方も微かに見て……! まさかまさかまさか!!? 

 

 

 

 ―――にゅぷんっ♡

 

 

 

「はぁい♡ 焦らされすぎちゃってもう我慢できないわぁ♡」

 

 

ひっ……! 本当に箱から出て来た!!? 何故か変な音を出しながら出てきた、もはや服を着てないレベルの露出度の、妖艶過ぎる彼女は!!!

 

 

「うふふ♡ お久しぶりねぇ、アストちゃん♡」

 

 

 

サキュバスクイーン、()()()()()!!!!?

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑬

 

 

「「「はっ……!?!?」」」

 

「えー!? ししょー!? なんでぇ!?!?」

 

 

困惑に困惑を重ねるネルサメマリアルーファエルデ…! そしてベーゼだけはそんなことを! やっぱり! ベーゼが教えを乞うほどの、ルーファエルデが認めるほどの幻惑幻影魔法魅了魔法を扱う師とは…オルエさんのことだった!

 

 

「はぁあん♡ 流石グリモワルス(魔界大公爵)の娘達ね♡ みぃんな超高得点♡ とぉっても美味しそう♡ うふふふふ♡」

 

 

……ただ、私もそれ以上は頭が回らない……。矢継ぎ早過ぎるのだ。だって、紅茶やお茶菓子といったティーセットが並ぶ悪魔星の円卓の中央に宝箱が乗っかってきていて、その中からみちっと社長とオルエさんが身体を出していて、しかも周りにはまだルーファエルデが召喚した騎士や刃が予断なく煌めいていて……。

 

 

なのにオルエさんは身を官能的によじりながらぺろりと舌なめずりをして、社長はオルエさんのほぼ丸出しなお尻を頬に押し付けられて仏頂面を浮かべているなんて……どこからどう切り出してツッコむべきなの……?

 

 

 

「ほらオルエ。早くチャーム解除しなさいよ」

 

 

グリモワルス女子会メンバーが全員頭にハテナマークを浮かべている中、社長は仏頂面のままにオルエさんのもう一方のお尻を触手でぺちん。オルエさんはきゃぅん♡と可愛い…というか楽しそうな声を上げた……。

 

 

「あら♡ そういえばまだ完全に解け切ってなかったわ♡ ごめんなさ~い♡ ――ちゅっ♡」

 

 

そして口元に指パッチンを近づけ、唇を指でぷるんっと震わせるように、キス音と指弾き音を混ぜ合わせた音を。すると――。

 

 

「……わ!? なんか急に頭が回りだしたんだけど!?」

 

「バエル様のインテリアではなかったのね……」

 

(わたくし)としたことが……。こうも簡単に騙されてしまうなんて……」

 

「へへ~! ししょー凄いでしょ~! ……でもなんでここに?」

 

 

皆、一斉に正気を取り戻したらしい。現状を理解し、それぞれ驚きの表情を浮かべている。その様子を笑顔で見ていたオルエさんはベーゼにウインクを向けた後――。

 

 

「あ♡と♡ このギンギンでてらてら輝く危ないモノも♡ びゅうっ♡と鎮めちゃいましょう♡ ふう~♡」

 

 

今度は口を指で作った円で囲み、艶めいた息を飛ばして…? 宝箱の中で器用に周り、ルーファエルデの召喚騎士と召喚刃に回しかけるように……なんだか桃色の吐息と言うべきな……――って!?

 

 

 

 

 ―――ドサッ ドサササササッッ

 

 

 

 

嘘……! オルエさんの息が吹きかかった召喚騎士が、軒並み骨抜きになったかのように床に倒れていって!? 宙に浮かんでいた召喚刃も、ふにゃふにゃに萎びて落下していってる!!? どういう魔法!? 

 

 

「なっ……!? そんなっ!?」

 

 

当然、ルーファエルデも驚愕の表情を。いくら警戒を解き気味だったとはいえ、こうも容易く戦闘態勢の兵達が無力化されるなんて予想外にもほどがあろう…! なんとか操ろうと集中する彼女だが、騎士も刃もぴくんとも動かず……。

 

 

「くっ……! これほどの魅了魔法……! 何者ですの!?」

 

 

結局召喚解除するしかなく、全消滅。それでもあれが魅了魔法だとは見抜いたのはさするふぁ(流石ルーファエルデ)だと思う……。そうだったんだあれ……。と、そんなルーファエルデへ、オルエさんはにっこり。

 

 

「私はオルエ。サキュバスよ♡ 実はベーゼちゃんの敏感な身体に、じぃっくりと魔法を教え込んでるの♡」

 

「言い方なんとかしなさいな。才ある彼女の師匠役をしているだけでしょう」

 

 

彼女の自己紹介に社長がツッコミを。ベーゼもニッコニコでうんうん頷いてるから間違いはなさそう。いやまあそれは良いのだけど、だからなんでこの場に……。

 

 

「……何故この場に侵入なされたのかはわかりませんが…せめて卓から降り、もう少々服を纏ってくださいませんこと? サキュバスだとしてもその服装は激し過ぎますわ」

 

 

せめてベーゼ程度に露出を抑えてくださいませ。と促すルーファエルデ。確かに、まずはそれ。まあベーゼも中々に露出が多いのだけど……オルエさんのもう紐だか糸だか全裸なんだかわかんない恰好に比べれば全然だし。

 

 

「はぁい♡ 女子会に折角つぷっとお邪魔したんだもの、まともな格好をしなきゃダメよねぇ♡」

 

 

まともじゃない自覚はあったんだ……。――!? オルエさんをピンクの靄が包んで……薄霧に溶けるようにして消えた!?

 

 

「と♡こ♡ろ♡で♡ ルーファエルデちゃん♡ 噂は聞いているわ♡ なんでも武者修行と称して各地をマワっているとか♡ よかったら今、私がお相手しちゃおうかしら♡」

 

「こらオルエ! 止めなさい! せめて後になさい!」

 

 

すぐに別な所からオルエさんの声が…! そして私の膝上に移動してきた社長の目線を追うことで把握できた! オルエさん、ルーファエルデの背後に回ってる! わっ!? なにあの恰好!?

 

 

オルエさんなのに……変態チックな服じゃない!? それどころか、露出を抑えた服を着ているメマリアよりも露出が無い! どこに出ても恥ずかしくないような美しきドレスと、かなりつば広のストローハットを纏っている! まるで高貴なる淑女のような姿をしてる!!?

 

 

……ただ、だというのにどこか匂い立つセクシュアルさとインモラルさを放っているのは気のせいだろうか……? 全く露出がないのに、何故……?

 

 

肩や胸や腰とかにドレスがぴったり張り付き、ボディラインがまざまざと浮き出るほどに強調されているから……? それとオルエさんのどこか艶やかで蠱惑的な立ち方や脚運びのせい……? サキュバスクイーン、恐るべし……!

 

 

 

「ちょっとだけ、さきっちょだけよミミン♡ ずぅっと待ってて、なんだかお預けされちゃった気分なんだから♡」

 

 

「こうなるから連れて来たくなかったのにぃ……。ルーファエルデちゃん、無視して構わないからね?」

 

 

私を含めた皆がそんなオルエさんに見惚れてしまっている中、社長だけは溜息交じりに顔を伏せ触手を準備。ルーファエルデが戦闘拒否した瞬間にオルエさんを捕えるつもりらしい。けど……――。

 

 

「いえミミン様とやら。オルエ様とやらも貴方様と同じほどの戦闘力! 私の魔眼ですら超える猛者との試合なんて、願ってもない申し出ですわ!」

 

 

まあルーファエルデならそう言うよね……! となると無理に止めることはできず、社長は諦めたかのように触手をひらひら。それを許可と捉え、ルーファエルデはくるりとオルエさんへ向き直って――。

 

 

「では早速修練場へと――」

 

 

「いいえ♡ ここでヤっちゃいましょう♡ 闘技場も要らないわ♡ ふぅっ♡」

 

 

「ひふんっ!?」

 

 

わわっ……! いつの間にかオルエさん、ルーファエルデの真横に移動して耳に息を…! 反射的にルーファエルデは剣を――!

 

 

「ハッ!」

 

 

見事な一閃! しかしオルエさんには当たらない。またも桃霧に溶け、少し離れたところに登場したのだ。

 

 

「もう……! オルエ様、御人が悪いですわ! この場を破壊するわけには参りませんの!」

 

 

「あら♡ その熱ぅいリビドー♡ぜぇんぶ受け止めてあげるわ♡ 私の胸に獣の如くいらっしゃあい♡」

 

 

息を吹きかけられた耳をくすぐったそうに気にするルーファエルデへ、オルエさんは自身の胸をたゆんたゆん揺らして煽る……! エキシビジョンマッチの開幕……! ……で良いのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァアッ! フッ! そこですわッ!!」

 

 

闘技場を作り出さなくとも、この部屋はまあまあ広い。だからああしてルーファエルデが剣を振り回せる余裕はある。当の彼女もそんなに気負わず、手加減無用の空を裂く剣戟を繰り出しているのだが……。

 

 

「きゃあん♡ 良いテクニックぅ♡ ちょっと擦れちゃったかも♡ うふふっ♡」

 

 

オルエさんはその全てを容易く回避……! ああは言っているが、わざとドレスや胸やお尻や羽や尾を揺らし、ギリギリまで躱さず掠らせにいっているのだもの……! スリルを求めているのか煽っているのか……。

 

 

「良いわねぇ♡ クーコちゃんよりも断然逞しくてスゴイとこ奥まで突いてきて、とぉっても気持ちいいわぁ♡ 最も、直接交わった時から大分変わっているらしいけど♡ それでもまだルーファエルデちゃんの方がイイかも♡」

 

 

「剣技の話よ。勇者一行の騎士、クーコと比べてのね」

 

 

ツッコミがてら場の皆に注釈を入れる社長。そんな彼女用に紅茶とお菓子を取り分けてあげて、と。

 

 

「危なくなったらオルエさんを止めてくださいね」

 

 

「勿論よ。でも多分すぐ終わるわ。 ――あ、この紅茶美味し!」

 

 

そういうならもう少し観戦を。しかし……あれだけ私達を苦しめたルーファエルデが、オルエさんの前ではまるで少女の如き扱い。あの一刀、私達じゃ回避も防御も難しい代物なのに。

 

 

こう言っちゃ悪いけど……なんだか遊戯会を見ているような気分…。それだけルーファエルデはオルエさんに翻弄されているのだ。あのルーファエルデが。先程まで無双を果たしていた彼女が。完全にあやされてしまっている。確かにこれならすぐに終わってしまいそう……――。

 

 

「くっ……! そちらからも攻めてきてくださいまし!」

 

 

「あら良いのぉ? うふ♡ 私の攻め、どんな娘も『もう許して』って叫ぶぐらいよがっちゃうわよぉ♡」

 

 

 

――と、逃げ回るオルエさんに痺れを切らしたのか、ルーファエルデがそんなことを。対するオルエさんはペロリと唇と指を濡らして……なんだかダメな予感が……!

 

 

「やり過ぎたら止めるわよ」

 

 

「は~いミミン♡ じゃ♡あ~♡ イッちゃいましょうか~♡」

 

 

攻めに転じたオルエさん! まるで闘いの最中とは思えない、しかし彼女らしい妖艶なステップでルーファエルデへと近づき――!

 

 

「いただきま~す♡♡♡」

 

 

「――ハアァアッッ!!」

 

 

「きゃあっっ♡」

 

 

ルーファエルデの剣が文字通り光輝き、魔力の奔流を宿した渾身の一刀がオルエさんを両断!!? ――ううん、また霧に溶けて消えた!  また別のとこから出現するはず――……

 

 

「読めておりますわ! ハッ!」

 

 

なっ……! 瞬間的にルーファエルデも消えて、少し離れたところに!? 剣の残した軌跡が鮮やかに映るほどの高速移動! そしてそれと同時にオルエさんもそこへ現れ――!

 

 

 

「もう見切りましてよ! そこッ!」

「あら……♡」

 

 

ルーファエルデの光湛える剣刃が、彼女の正中線をなぞるように――っ!!

 

 

 

 

 

 

 ―――ぽよぉっんっ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん? へ? なに今の音……? ザンッッとかズバッッとかならわかるけど……ぽ、ぽよんっ……? 

 

 

「なっ……!?」

 

「うふふふ♡ どうかしらぁ♡ ミミン直伝、真剣白乳取り~♡」

 

 

わっ…!? ルーファエルデの輝く剣が……! オルエさんのドレスの胸元に…というより、オルエさんの胸に挟まれて止まってる!? 城の壁すらプリンの如く柔らかいものに成り果てそうな一刀が、オルエさんのぷりんっとした胸で止められてる!!?

 

 

「私がその技を教えたって吹聴するの止めてくれないかしら……?」

 

 

「違うんですか?」

 

 

「できると思う? 私に? 私が教えたのは箱の蓋で挟んで剣を止める技よ!」

 

 

憤慨気味に答える社長。まあ、確かに社長の幼女体型ではあれはどう足掻いても無……ゴホン。ともかく、あんなことができるなんて……! しかも……!

 

 

「くっ……!? ぬ、抜けませんわ!? 一体どのような力でして!?」

 

 

「やん♡ そんなに擦っちゃだぁめ♡ もっと丁寧に扱わないと♡ あん♡」

 

 

剣が胸の間から外れなくなってる! ルーファエルデは力ずくで引き抜こうとしているが、全く抜ける気配がない! オルエさんは何一つ動じている様子が無いし、胸に手すら添えられていないのに!

 

 

……というか、なんだかあれ…………。光に包まれている剣が、ルーファエルデの押し引きに合わせ多少上下に動き、それと一緒にオルエさんの胸もたぱんたぽん多少揺れているこの光景は……ちょっと…………。

 

 

「なんだかひわ~い!」

 

「そ……そだね……★」

 

「………………。」

 

 

きゃっきゃと笑うベーゼと、顔を赤くしだすネルサ、視線を外し扇子で自らを扇ぐメマリア……。いや、わかってる。ただ剣が胸に挟まれているだけなのだけど、なんだか、その……。多分、オルエさんのフェロモンというか色気というかにあてられちゃって……!

 

 

「ああん♡ もうちょっとで抜けちゃうかも♡ 頑張れ♡ 頑張れ♡」

 

 

さらに胸をむにゅうっと剣に押しつけ、応援…?をするオルエさん。ルーファエルデもそれに合わせ力を籠め――……

 

 

「隙ありですわッ!」

 

 

「きゃんっ♡」

 

 

えっ!? ルーファエルデ、力を籠めたと同時に魔法剣を生成し、横一線に振り抜いた!!? オルエさんは剣を離し、またも霧散して回避を!

 

 

「ふふふ♡ やるじゃなあい♡ ちょっと遅かったら私がヤられちゃってたわ♡」

 

 

「この不意の一撃すらも難なく回避なさるなんて……! もはや頓着している場合ではございませんわね……!」

 

 

真剣と魔法剣の二本を構えながら、一度深呼吸をするルーファエルデ。そして、私達へ声をかけた。

 

 

「皆様方! どうかいつでも防御の出来る態勢をお取りくださいまし! そしてアスト…お手数ですが、私とオルエ様の周りに出来る限りのバリアを!」

 

 

「…! えぇ!」

 

 

彼女の指示通り、皆は警戒を強め、私はバリアを展開……! ルーファエルデ、やる気だ……! この部屋の破壊を恐れず、全身全霊を持ってオルエさんに立ち向かう気だ!

 

 

「もしバリアが破れても私が皆を護るから安心して頂戴な! ――ま、そうはならないだろうけど」

 

 

社長ももしもに備えてそう宣言を。……でもなんだか楽観的。まるでオルエさんが勝つことを信じて疑わないかのような。

 

 

なら、ルーファエルデの力を見て頂こう! 私達が束になってもかなわない彼女の力を! 軍総帥バエル家令嬢たる彼女の力を!! 『最強トリオ』の一角を(おびや)かしてみせて、ルーファエルデ!!!

 

 

「はぁああああアアアアッ………!!!」

 

 

剣を下に向け交差させ、全身に力を漲らせてゆくルーファエルデ……! 彼女の纏うオーラは揺れ、空間はうねりを……!! 剣の輝きは増し、全てを払うかの如く……!!! 

 

 

「では、参ります! その胸、お借りいたしますわ!」

 

 

「良いわよぉ♡」

 

 

そして再度剣先をオルエさんへ向け……! 始まる――!

 

 

「いざ! ハア――」

 

 

 

 

 ―――むにゅん♡

 

 

 

 

「むぐっ!!?」

 

「胸を貸してあ♡げ♡る♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……へっ!? ちょっ……!? ルーファエルデが動き始めた刹那、オルエさんが一瞬にして剣の構えをすり抜け彼女に肉薄! ぎゅっと抱き留め、ルーファエルデの顔をむにゅっと胸の中に沈めこんだ!!?

 

 

「むー! むー!? …ぷはっ!? そ、そう言う意味ではございませんわ!?」

 

 

「あら残念♡ そういうイミの方が好みなのだけど♡ で♡も♡ 身体はどうかしら♡」

 

 

「――!? か……身体が……動きませんわ!!?」

 

 

驚愕の表情を浮かべるルーファエルデ……! そんな彼女を再度胸に埋めよしよしと撫でさするオルエさんは、サキュバスの尾をしゅるりと蠢かせ、その穴あきハートの尾先で剣先をキャッチ。そのまま自身の口元にまで器用に持ってきて……!

 

 

「ちゅっ♡」

 

 

剣にキスを……! ――わっ! 剣がさっきの召喚刃のように萎びてふにゃふにゃに!? 魔法剣の方にも同じく!!

 

 

「下処理かんりょーう♡ さぁて♡ どう攻め立ててあげようかしら♡」

 

 

「ひゃんっ……?!」

 

 

ルーファエルデの動かなくなった手から萎びた剣を回収し、つつぅ、と彼女の背を指でなぞるオルエさん……! ルーファエルデは身悶えをしてしまって――……

 

 

「……くっ! ここまで身体を縛る魅了魔法……! そして私の剣にかけた幻惑魔法……! オルエ様…貴方様は誉め言葉すら無粋なほどの至上のサキュバスですわ!」

 

 

「あら♡ 魔法の種類を見抜けるなんて流石♡ それにそこまで褒められるなんて…ビクンビクン来ちゃ――」

 

 

「――ですが! ハッ!」

 

 

「いやんっ♡ まあ♡ すごいテク……♡」

 

 

「この私を……ルーファエルデ・グリモワルス・バエルを見くびらないでくださいませッ!!」

 

 

 

おおっ! ルーファエルデがオルエさんを弾き飛ばし、拘束から抜け出した!! そして僅かな間に呼吸を整え剣を生成し直し――!

 

 

「今度こそッ! ――ッ!」

 

 

消えた! ルーファエルデが消えた! さっきの高速移動……ううん、これはその前に私達を薙ぎ払った、『風林虎山』の改良版!! 姿を消し、攪乱し、虚を突く必殺の―――!

 

 

「はぁい♡ つーかまーえた♡♡」

 

 

「むひゅっ!?」

 

 

 

―――えぇええええええええええっっ!!?

 

 

 

 

 

 

 

嘘……! 今度はさっきの逆! 消えたルーファエルデをオルエさんが捕えた! そしてまた胸にぎゅむっと!!

 

 

「こ……これすら見切りますの……!?」

 

 

「うふふ♡ ミミンで超早イのは慣れちゃっているの♡ ごめんなさいね♡」

 

 

「なんかちょっと意味合い違くない!? 字が違くないかしら!? 私の気のせい!? というかそうだとしても違うでしょ!!?」

 

 

社長の怒号を余所に、オルエさんはルーファエルデをやっぱりヘンな手つきでなでなで。そしてまた剣と、今度は手甲までもを回収して――。

 

 

「また逃げられないように、じっくりゆぅっくり、這いまわってそのカ♡ラ♡ダ♡に教え込みましょう♡ 抵抗できるかしら♡」

 

 

「なにを……!? ひんっ!?」

 

 

わわ……!? オルエさんがくるっとルーファエルデの背に回り込み、密着……! いやそんな一言じゃ済まない、あれ……! 身をこすりつけ擦り寄らせるように…抱擁し包み込むように……う、ううん……もっとなんというか……!

 

 

美しきドレスを…もとい、その奥に秘めやかに忍ぶ柔肌を、その全てを余すことなく相手と重ね合わせて……! も、もっと言えば……重ね溶け込ませる――、相手と自らの垣根を溶かし交あわせているような……!!

 

 

「良いのかしらぁ♡ このままだと、堕としちゃうわよぉ♡」

 

 

「お…お待ちに……あ…あんっ…くぅふぁっ……!」

 

 

脚を、細木に纏わりつき精気を吸い尽くそうと息づく蔦の如くルーファエルデの足に絡みつかせ……!

 

 

手を、草食獣の柔らかき肉をぐちゅぐちゅになるまで咀嚼する肉食獣の如くルーファエルデの手に絡みつかせ……!!

 

 

顔を、まるで逃れ得ぬ生物本能を代弁し淫欲への堕落を誘うかの如くルーファエルデのうなじへ迫らせ甘い吐息を絡みつかせ……!!!

 

 

肌温や脈動すら、まさしく文字通り骨の髄まで這いずり楽しみ味わっているかのよう……! しょ、正直、直視をしているとこっちまで火照ってきて……!

 

 

「くっ……あっ……ふぅっうぅっ……! え、詠唱が……何も……! 思考も……出来な……! あっ……んあっ…!」 

 

 

「ふふふ♡ どれだけ強い子でも、行動する前に手籠めにしちゃえばこの通り♡ ねぇ~♡」

 

 

「ひぁぁっ!? お、お止めに……はぁ…んっ……!」

 

 

オルエさんの細指がルーファエルデの指先から腕、肩、首、顔の輪郭を舐め撫でるかのようにつつぅ…となぞって……! 最後は唇にかかり、だらしなく開き始めた彼女の口の中に指先をちゅぷりと……!!

 

 

「ルーファエルデちゃん♡ さっきの名乗り、格好良かったわぁ♡ で♡も♡ 私、そんな娘が蕩けてゆく姿のほうが大好物なの♡ だからここからは……うふふふふ♡♡♡」

 

 

「ひゃあ……っ……! な、なにをなさる気ですの……ぉっ……! か、身体が……勝手にうごかされてぇ……!?」

 

 

そのまま二人羽織のように、オルエさんがルーファエルデの身体を押し操り……円卓の方に!? でもバリアが……!

 

 

「え~い♡」

 

 

「きゃうっ……!?」

 

 

「このまま皆に見てもらいながらぁ…♡ 貴女の清く濃厚な色香をいぃっぱい♡さらけ出しちゃいましょう♡」

 

 

わわわ……!! 私が張ったバリアに、ルーファエルデの胸がむにゅっと押し付けられて……! 手もお腹もガラスに貼り付けになったかのように!

 

 

「お……! お止めくださいましオルエ様ぁ…! このような恥辱は…………!」

 

 

「うふふぅ♡ そんなに抵抗しないで♡ 貴女の心の奥底の濡れ、私に魅せて♡ ほら♡くりくりくり~♡」

 

 

「ふぁんっ……!!」

 

 

そう……。ルーファエルデ、抵抗しているのだ。それも恐らく、全力で。それが蕩けかけながらも必死な表情からわかる。けど……けど……。

 

 

その……傍から見ると、完全に身を委ねているようにしか見えない……! オルエさんに壁に押し付けられながらも、しな垂れかかり身も心も任せているような感じにしか……! あのルーファエルデが、ストローハットとドレスを纏う淑女に押し負けている姿はなんとも……! 相手は全く淑女どころじゃないんだけど……!!

 

 

って、このままだと彼女の尊厳がマズい……! ば、バリア解除!!

 

 

「あら♡ 折角イイ体位だったのに♡ ふふ♡ スケスケな壁が無くなっちゃったからぁ…♡ 何かもたれかかるモノが必要ね♡」

 

 

「ひぅっ……!? こ、今度はどこへ……な、何故卓の方へ……はぅんっ……!?」

 

 

ちょっ……!? ルーファエルデとオルエさん、絡み合ったままこっちへと!? な、何を……ルーファエルデの椅子に!?

 

 

「ここに手を置いて♡ ぎゅうっ♡と掴んじゃって♡ じゃないともうトんじゃいそうでしょう♡」

 

 

「ぁく……! ふーっ……! ふぅっ……!」

 

 

「はぁい♡ じゃあもっと激しくイクわね♡」

 

 

「ひっ……! はぁぅっ……!? ぁ……ぁあ…く…♡」

 

 

ルーファエルデに椅子の背もたれを掴ませた後、オルエさんは更に背中から力をかけて、彼女を前屈姿勢に……! お尻を突きださせて……その上にぴったり重なるように乗って体重をかけて……!

 

 

「エッチねぇ♡ 帽子、あげるわ♡ こりこりこり♡ くちゅくちゅくちゅ~♡」

 

 

「あぁっ……♡ ひぁんっあっ♡ そ、それ以上は……ふぁあんっ♡ んはっ……くぅうっっはうんっ♡♡♡」

 

 

…………ルーファエルデに被せられたストローハットのつばの広さと、椅子の背もたれが丁度邪魔となって何が起きているのかよく見えない……! けど……どう考えてもアウトなことをしているのは間違いない!! これもうダメでしょう!!!

 

 

「ししょーすご~い!! ルーちゃんエッチ~♡」

 

「ぁぅ……ちょっ……」

 

「……………………。」

 

 

興奮気味のベーゼ、あわわ…と顔を隠すも指の隙間覗きをしているネルサ、扇子で光景を完全に遮り私に目で訴えてくるメマリア。その間も聞こえてくるルーファエルデの嬌声…! 限界!!!

 

 

「社長!」

 

「ま、そろそろね。もう抵抗する気も無くなっているみたいだし、このままだと…」

 

 

ケーキを呑み込みながら了承する社長。そして箱の内から触手を幾本かくねらせ……――。

 

 

「はふぅ…♡ はぅんっっ…♡ くふんっっ…♡」

 

 

「もう頃合いかしら♡ じゃ♡あ♡そろそろ…♡ 本格的にいただきま~……」

 

 

「させないわよ!」

 

 

 

 ―――ギュルッ!

 

 

 

 

んっ!? 社長、触手をどこに!? そっちにはオルエさんはいない、というより真反対の、誰もいない何もない空間!? 何をして……――

 

 

「いやぁあんっ♡」

 

 

「「「「!!?」」」」

 

 

へっ!? その何もない空間に、触手が巻き付いた!!? 直後にピンク靄が湧き立ち……捕らえられたオルエさんが!?

 

 

「いいトコだったのにぃ♡ ミミンのいけずぅ♡」

 

 

「看過できるのはここまでよ。バエルの娘さん相手にどこまでやってんのよ」

 

 

「まだ味見よ♡ つ♡ま♡み♡食♡い♡ 出来ることならもぉっと♡じっくり♡調教したいとこだったけど…♡」

 

 

「そうね。アンタにしては抑えたほうね。直接じゃなくて幻影で相手していたんだもの。約束守ってくれて何よりよっ…と!!」

 

 

「きゃああああんっ♡♡♡」

 

 

そのまま社長、オルエさんを一本釣り! ルーファエルデ以外の皆が唖然とする中、宙に大きく弧を描きながら引っ張られ……私の膝の上、箱の中にすぽんっと仕舞い込んだ!!? ――って、幻影? あっ!

 

 

「あーっ! あっちのししょーが消えた!?」

 

「マジなん……!?」

 

「さっきから目を疑ってばかりね……」

 

 

オルエさんが仕舞い込まれたと同時に、ルーファエルデを拘束していたオルエさんも消滅した! 本当に幻影だったの!? あのレベルで!? ……オルエさん、さすオル(流石オルエ)……!

 

 

「はぁ……はふんっ……はあうっ…………くぅふっ……!」

 

 

っあ…! ようやく解放されたルーファエルデが、へなへなと力尽き、ぺたりと床にへたり込んで……! 

 

 

「だ、大丈夫ルーファエルデ……?」

 

 

「…………」

 

 

顔を上げないまま無言で、手だけで救援無用を示す彼女……。最もその手を含めた身体はぴくんぴくん艶めいて震えており、肩で激しく息もしている……。今触れるのはアブなさそうである……。

 

 

 

 

「えーと……。ごめんね、ルーファエルデちゃん。アイツが……」

 

 

暫し場が沈黙した後、社長がおずおずと謝罪を。ある程度呼吸が整ったのだろう、ルーファエルデは(かぶり)を振り、ふらつきながらも立ち上がり椅子へと着席。そして机に両肘をつき、顔を覆い……。

 

 

「ミミン様……。そう謝らないでくださいませ……。全ては私が望んだこと。貴女様の忠告を聞かなかったのは私の方なのですから……」

 

 

そう訂正を。そして大きく息を吸い――。

 

 

「何一つ、抵抗できませんでしたわ……! 魔法を使えず、武器も振るえず、身体すら好きに弄ばれて、思考すらをも完全に塗り潰されて……! 不覚、なんて言葉では収まりませんわ……!! 圧倒的な……ただ圧倒的な実力の差……!!!」 

 

 

顔を隠したまま、今の闘いを省みだした。その言葉の節々にはバエル家令嬢としての無念と羞恥、オルエさんへの畏怖と敬意が溢れ出していて……――。

 

 

「……っん♡ も…申し訳ございません、皆様方。どうか少し、お時間をくださいまし……。私のカラダが冷めるまで……ふぅっ……♡」

 

 

……火照りまで溢れ出してきてしまったらしい。姿勢をそのままに身体をビクンッと震わせ、強く深く甘い息を吐いたのを最後に彼女は沈黙しだしてしまった。いつもの彼女に戻るにはもう少しかかりそう……。

 

 

「本当ごめんなさい……。あなたの友達を、バエル家の跡継ぎを……」

 

 

「まあ、本人が望んだ試合でしたから……」

 

 

悪友の暴走に心痛める社長の口元を拭ってあげてと。更に召喚した使い魔経由でルーファエルデへ回復系魔法をかけ続けてあげながらと。うん、丁度良いタイミングなのかもしれない。オルエさんのつまみ食い()も終わり、時間に少し空きが出来た今が。

 

 

「まあこの一件はさておきまして……」

 

 

「へ? あ、アスト…? なんで私を降ろして……」

 

 

綺麗にしてあげた社長を、私の足元の床に設置。私も椅子を横向きに動かして、向かい合う形に。そして足と腕を組み――張り付いた笑顔を浮かべながら、社長を()()()()()()()

 

 

 

「この間に少しばかりお話を伺っても? ミミン社長?」

 

 

 

「ぁぅ……。お、お手柔らかに……」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑭

 

 

「色々思うところはありますが……まずお聞きしましょうか。何故ですか? 今日はついて来ないでくださいね、と釘を刺しておいたはずですが」

 

 

「違うの…! 私もアストのプライベートの邪魔をする気は無かったの! でも、ちょっと事情が変わって……」

 

 

「さっきも仰ってましたね、『事情がある』と。オルエさんを伴って現れたその理由、聞かせて頂いても?」

 

 

「それは……その……ちょっとここじゃ話せなくて……。えっとね……。でも、信じて欲しいの! 私、本当は来る気なかったの!」

 

 

手組み足組みで蔑む私に、床から必死に弁明してくる社長。しかしあんまり響いていないと理解したのだろう、言い訳を半ば諦めたかのように指をいじいじさせ始めた。

 

 

「怒ってるわよね……。ごめんなさい……」

 

 

「……もはや怒りを通り越して、呆れが支配しています。頑張って社長を隠していたのに当人の手によって暴露されるの、市場でのネヴィリー、実家での私の家族に続いてこれで三度目ですもの。いい加減に慣れます。いい加減に……はぁ……」

 

 

思わず深いため息をついてしまう。そして脳裏に浮かぶのは、つい先程までのごたごた。

 

 

「大体、オルエさんのせいで怒るタイミング失いましたし、友人のエッチな姿見せられてこっちだって感情の置きどころを見失いましたし……!」

 

 

「うん……それは……そうよね……」

 

 

「正直、また自棄状態なんです。自暴自棄の域なんです! 許されるならこのまま社長を連れ帰って始末書を何千枚かは書かせたいぐらいです。本当に!」

 

 

あぁ、駄目! こう話していると、怒りが再燃して来て……! 社長とオルエさんの登場で混乱しどこかに追いやられていた怒りがメラメラと……! 

 

 

「えーと…あっすん? ほら、ミミンさん…だっけ? は、あっすんの上司っしょ? そんなに詰めちゃうのは……」

 

 

「なんかアタシのししょーの方が悪そうだし~……?」

 

 

その剣幕にネルサベーゼが割って入ってきてくれるが、私はそれを手で制す。今は仲裁なんて無用である!

 

 

 

 

「この場に侵入してきた理由が話せないと言うのならば、他のことを話して頂きましょうか。 宜しいですね?」

 

 

「はい……なんなりと……」

 

 

しゅんと殊勝な態度をとる社長。じゃあまずは……――!

 

 

「いつから居たんですか? 私、こうなるのを警戒して昨日今日と社長がいないか目を光らせていたのですけど。つい先ほどここに来た、という訳ではありませんよね?」

 

 

「ぅっ……! そ、それは……――」

 

 

「まさかそれも言えない、とかはあり得ませんよね?」

 

 

「ぁぅ……。え、えっと……それは……その……」

 

 

「ね?」

 

 

「……はい……ごめんなさい……」

 

 

観念したらしい。箱の中に身体をかなり仕舞い込み、社長は訥々と――。

 

 

「あのね……実はね……凄く言いにくいんだけど……」

 

 

  

 ―――にゅぽんっ♡

 

 

 

「女子会最初からずぅっとよぉ♡ ベーゼちゃんが甘ぁいモノに顔を蕩けさせていたのも、ネルサちゃんがアレなビデオを再生していたのも、ルーファエルデちゃんがギンギンに滾っていたのも、メマリアちゃんがアストちゃんを食べんばかりにぐいぐいキてたのも、ぜぇんぶ見ていたわ♡」

 

 

「なっ……!?」

 

 

オルエさんが社長の後ろから出て来て自白を……! やっぱりというかなんというか―――ん? オルエさん、何かごそごそと箱の中から取り出して……?

 

 

「なんなら、昨日のアストちゃんのお家からだったり♡ うふふ♡ アストちゃん、こぉんな可愛いショーツ履いちゃって♡」

 

 

「ちょっ!? バカッ!!」

 

 

 

「…………は?  ――――はあっ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルエさんが手にしているのは……私のランジェリー!? しかもそれ、会社じゃなく実家に置いてあるヤツ!!?

 

 

「なんで持ってきたのよ!! 置いてきなさいって言ったでしょう!?」

 

 

「いやん♡ そんな怖い顔しないでミミン♡」

 

 

「するに決まってるでしょうが!!? バカなの!? うん色バカだったわね!!」

 

 

「うふふ♡ そんなに褒めてくれるなんて、恥ずかしいわ♡」

 

 

「褒めてる訳ないで……――」

 

 

「因みにミミン♡ 怖い顔しているのは貴女だけじゃないわ♡」

 

 

「――……へ? …………あっ……」

 

 

察し、オルエさんに怒鳴っていた顔をギギギギ…とゆっくりこちらへ向ける社長。そして、声をひくつかせながら蒼白の表情に。

 

 

「あ、アスト……あなたの周囲の空気、歪んでいるわよ……?」

 

 

「……以前ネヴィリーを叱りつけた時みたいに、ですか?」

 

 

「う、うん…。……それ以上かも……」

 

 

「なら、そういうことです。これ以上言わせないでください」

 

 

「ひぃ……っ」

 

 

慄く社長。半ば涙目となり、オルエさんをキッと睨んだ。

 

 

「後で覚えてなさいよオルエぇ…!」

 

 

「覚えておくのは社長の方もです。社に戻ったら覚えておいてくださいね?」

 

 

「はぅ……はい……」

 

 

私の言葉に肩をビクつかせながら、誠意を見せるようにこちらへ向き直る社長。私はもう一度深く深く溜息をつき、見下す姿勢に。

 

 

「一応申し開きを聞きましょうか?」

 

 

「違うのよ…! 私はこの女子会の時間に合わせて来ようと思ったのだけど…! オルエがどうしてもあなたの部屋を見たいと言うから……! 隠れて忍び込んで……」

 

 

「何故断らなかったんですか?」

 

 

「っそれは…………私も…同調しちゃって……。で、でも食べ物とかは持ち込んだから、誰にも迷惑は……」

 

 

「計画的犯行。情状酌量の余地はありませんね」

 

 

「仰る通りで……」

 

 

どんどん小さくなってゆく社長。オルエさんはそんな社長を後ろから抱きかかえ、胸の下へと入れて良い子良い子となでなで。直後、『元はと言えばこいつが…!』とばかりにそのたゆんたゆんの胸へ触手ビンタが飛んでいた。同罪ですよ、社長。

 

 

 

しかし、はぁ……私の嫌な予感は正しかったのだ。アスタロト家を出立する前に、ビビッと身体に走ったあの感覚は。その通りに社長が潜んでいたのだもの。

 

 

……ただ、わかる訳ないでしょう! 隠密行動が得意な社長に加えて、幻惑魔法を操るオルエさんのデュオなんて、私が見抜けるわけない! 寧ろあの瞬間だけでもよく気づけたってぐらいである!!!

 

 

いや待って……! ということは……私が家族と歓談している際や、庭園を鼻歌交じりに散歩している時、ベッドの上で自堕落にもぞもぞしている瞬間や、何度もあった着替えシーンを見られていたかもしれないということ……! いや多分間違いなく見られている!

 

 

しかも私、寝る前に服が暑かったから脱ぎ捨て、ほぼ裸でクローゼットに入り薄着を探していたこともあったのだけど……!! わざわざオルエさんが私のランジェリーを持っているという事は、そこに潜んでいたとみて間違いなさそうだし……社長だけならいざ知らず、オルエさんにまで恥ずかしい所を……もう……! 

 

 

「だってこの間、ミミンだけでアスタロト家にイっちゃったんでしょう♡ ずるいわ♡ 私も交ぜて欲しかったのに♡」

 

 

「いや私は目的があってお邪魔したのよ! アンタが来たら色々メチャクチャにするでしょう!? 大体今日もこうなるとわかってたから連れて来たくなかったのよ!」

 

 

「あら独占欲♡」

 

 

「違うわよ!!!」

 

 

そしてそれだけに飽き足らずこの場を荒らしてきて、ショーツまで皆の前に晒されて……! このお二人は……!!!

 

 

「本当、メチャクチャです! お二人のせいで! 折角社長のことを皆に隠していたのに……全部台無しになってしまったじゃないですか!!!」

 

 

「あら♡ 隠す必要なんてないわぁ♡ お友達同士なんだもの♡ 全部を脱ぎ捨てて曝け出しちゃって♡ 肌と肌を擦り合わせる裸の付き合いを……♡」

 

 

「オルエさんっ!」

 

 

「はぁい♡」

 

 

「貴女も外に出て正座を! 社長はオルエさんがヘンなコトしないよう捕まえてください!」

 

 

「は~い♡」

「はい……」

 

 

にゅぷんっ♡と箱から出てきたオルエさんは、先程のドレス姿のまま社長の横の床に正座。社長はそんなオルエさんの腰に触手を巻きつけ捕獲を。

 

 

「全く……そんなに私を引っ掻き回して楽しいですか? 皆にまで被害を出して……」

 

 

「良いわぁ♡ アストちゃんのその冷ややかな瞳♡ もっと蔑んで♡ もっと見下して♡ お腹がきゅんきゅんしちゃう♡」

 

 

「……本当に本当にごめんなさいアスト…。 できることならコイツどっかに投げ捨ててきたいところなのだけど……」

 

 

「……なんで連れてきたんですか。いえ、何かしらの理由があるのはわかりましたけど……なんで……」

 

 

「許して頂戴…。アスト達に絡むのが目的とかだったら絶っっっ対連れてこなかったもの」

 

 

「2人共酷いわぁ♡ でも快♡感♡ ミミンに縛られてアストちゃんに睨まれるなんて至福かも♡ 攻めるのもイイけど責められるのも大好きだもの♡ あぁイッちゃいそう……♡」

 

 

「…………やっぱコイツ仕舞った方が良くない? 反省するどころかヤバさ増してるわ」

 

 

「そうしてください」

 

 

「あら淡泊♡ でも放置プレイもイケちゃ――あぁあんっ♡」

 

 

オルエさん再回収。全く…あの無敵さはシンプルに凄いとは思う。尊敬は全くできないけど。……しかしどうしよう。そのせいでまた論点を見失ってしまった。また引っ掻き回された。ううん、今度はどこから……――

 

 

「ね~! アーちゃん!」

 

 

「うん? どうしたのベーゼ?」

 

 

ふと手を挙げたのはベーゼ。……そういえばオルエさんはベーゼの魔法師匠だった。流石に雑な扱いをし過ぎたかも……?

 

 

「アタシ、まだ何が何だかよくわかってないんだけど~…とりあえず魔眼使ってみたの!」

 

 

へ? ベーゼの魔眼は『主催眼』。催事関係に於いて力を発揮する魔眼で、贈り物の贈り主等を見抜いたり、そのイベントで参加者の役割を見極めたりする能力なのだが……それを使ったというと――?

 

 

 

「なんかさ、アタシのししょーとアーちゃんのしゃちょー? 魔王様からお仕事頼まれてきてない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!? そうなの!?」

 

 

「うん、多分? でも詳しくはよくわかんないや。ただ、魔王様から何かお願いされてるっぽい、ってことぐらいしか。も~ちょっとはっきり見えてもいいと思うんだけど……」

 

 

社長達、催事の…このグリモワルス女子会の参加者と扱われたのだろう。ベーゼの魔眼の『参加者の役割の見極め』に引っかかったらしい! 魔眼が社長達の秘密を暴いた!

 

 

「そうなんですか社長!?」

 

 

「……やるわね。流石エスモデウス家のご令嬢…」

 

 

私の問いには答えてくれなかったが、ボソリと呟いた一言はYESを示してる! 成程、魔王様からの密命…! それならば侵入理由を隠すのも仕方ないかもしれない……!

 

 

「マジなん……!? え、じゃ、じゃあどういう目的で!? あーし達、試されてるとか!?」

 

 

怯え気味のネルサ。確かに…! その密命の内容によっては私達の処遇が大きく変わってしまう……!

 

 

「……あっ、ねえねえ、やばいんじゃ…!? アタシたち、秘密だった勇者一行の話とかダンジョンのお手伝いしてるミミックの話とかで盛り上がっちゃったよ…!?」

 

 

っ…! しまったそうだ……! ベーゼの言う通り…! 本来秘匿事項である情報を、グリモワルス女子会であることを言い訳にべらべらと話してしまった! いくらグリモワルス(魔界大公爵)一族の身と言えど、機密漏洩の罪に問われてしまうんじゃ――……!?

 

 

「あー……。心配しなくて良いわ。えっとね……」

 

 

「私達が来た理由は別にあるの♡ 因みにそれぐらいの秘密なら、ここの皆で共有する程度ならセーフ♡だと思うわ♡」

 

 

頬を掻きながら何か言おうとした社長に被さる形で、オルエさんがまたまた箱の中から顔を。しかし今度は自分からにゅっぽん♡と完全に出て来た。

 

 

「うふふ♡ このキツキツな入口で出たり入ったりずぽずぽするの、癖になっちゃうのよね♡ ハマっちゃう前にやめないと♡」

 

 

「えっ? ちょっオルエなにして……!?」

 

 

オルエさん、ひょいっと社長を持ち上げて……私の膝の上に戻してきた!? そして相変わらずたゆん♡むちん♡とかの音が見えそうな歩みで…ベーゼの元に!

 

 

「ベーゼちゃんのバックに失礼~♡」

 

 

そのままあれよあれよという間にベーゼをぬいぐるみのように後ろから抱っこし…席についた!!?

 

 

「ベーゼちゃん凄いわねぇ♡ 私、びっくりしちゃったわ♡ 私達の秘♡密♡見抜いてくるなんて♡」

 

 

「えへへぇ~…!」

 

 

「ご褒美に良い子良い子してあげる♡ うりうりうり~♡」

 

 

「きゃ~んっ♡ くすっぐたい、ししょ~!」

 

 

オルエさんを椅子にし、頭を撫でられ照れるベーゼ……。こう見ると、なんだか姉妹みたいな……? 流石のオルエさんもベーゼには手を出さない……のかな……?

 

 

「ほら♡ アストちゃんもミミンを撫で擦ってあげて♡ 悪戯しに来たわけじゃないんだから♡ 許してあげて♡」

 

 

「え……」

 

 

そう言われ、膝の上に目を戻す。すると社長、蓋の陰から覗くようにこちらを見て……シュンとした表情と許しを乞う瞳で……はぁ、もう……。

 

 

「わかりました。魔王様からの命であれば致し方ありません。許します、社長」

 

 

「ほんと!?」

 

 

「えぇ。本当ですとも。 ――まあ、ですが私の家に侵入した件に関しましては……」

 

 

「ふふふ♡ お仕置きは後でたぁっぷりシてあげて♡」

 

 

「ということです。そこは変わりませんので」

 

 

「そんなぁ…! 発案私じゃないのにぃ……」

 

 

「監督不行き届きとでも思っておいてください。逆にオルエさんへの処置は社長に一任しますから」

 

 

「やん♡ 今からカラダ疼いちゃう……♡」

 

 

「……ミミック派遣取り消しとかが一番効くかしら?」

 

 

「あぁん♡ それはダメぇ♡ そんな的確に弱いト♡コ♡突いてくるなんて♡ もうあの子達がいないと満足できないようにされちゃったからぁ♡♡♡」

 

 

「…………効いてるんですかあれ?」

 

 

「多分……」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局オルエさんのペースに乗せられ、怒りもどこかに飛散。社長は私の膝に、オルエさんはベーゼを膝にの形で落ち着きを。と、そのベーゼが首を捻った。

 

 

「でも、ししょ~? 来てくれた理由ってなぁに? 魔眼でも良く見えなかったし……」

 

 

「モザイクがかかっていて当然よ♡ 魔王様からの懇願だもの♡ 私達へは阻害魔法がかけられているの♡ 魔眼でも簡単に破壊できない、魔王様の検閲修正が♡」

 

 

「へぇ~! 魔王様凄~い! そんなこともできるんだ! ……それで、理由ってなんなの~?」

 

 

「ふふふ♡ 端的に言えば『ここの娘達(女子会参加者)の力量を確かめて来い』というところかしら♡ あんなにおねだりされちゃうと断れなくて♡」 

 

 

「そうなんだ~!! ……あれでも、なんでししょーとしゃちょーが? 魔王様の部下じゃないでしょ?」

 

 

「えっと……あれじゃん? さっきの話聞いた感じ…オルエさんは勇者一行の1人と戦ったことがあって…? んで、ミミンさんはダンジョンにミミック派遣をしている会社の社長さんで……的な……?」

 

 

「まあネルサちゃん♡ ぷちゅっと的中よ♡ 大当たり♡ トークをしっかり覚えていてくれる子は点数高いわ♡ ど~お♡ 枕片手のお話に付き合ってくれないかしら♡」

 

 

「ッ……! え、遠慮しときます……っ!!」

 

 

「うふふ♡ そんなつれないこと言っちゃ嫌よ♡ それに前から貴女にも興味があったの♡ いぃっぱい露出してるから♡ メディアにね♡ さ♡ ベッドの上で…――♡」

 

 

「――コホンッ! オルエ様…今ネルサが口にした事実だけが密命を受けた訳柄ではございませんでしょう……?」

 

 

あ。社長が触手を飛ばすよりも先に、ルーファエルデの声が。どうやら復活したらしい。むっくりと起き上がり、先程までの痴態を吹き飛ばすようにもう一度咳払いをしてから話し出した。

 

 

「魔王様の魔法なくしても、(わたくし)の魔眼では御二方の実力を捉えきれなかったことに代わりありませんでしょう。それほどまでに実力の差がございましたわ……!」

 

 

戦い合うなんて先の先。全ての初動を防がれ抑えられ……(わたくし)の未熟ぶりを痛感いたしました! ルーファエルデはそう振り返り、改めてオルエさん達の方を見やった。

 

 

「これほどの実力者、魔王軍にもおりません! 我が一族の者の中にすら! もしや御二方……(わたくし)達にすら存在が秘匿された魔王様の懐刀なのではございませんこと!?」

 

 

「え~!! そうなのししょー!? でもそれなら納得かも!」

 

「確かに……! 凄かったし……! ……凄いし……」

 

 

ルーファエルデの予測に膝を打つベーゼとネルサ。中々に説得力がある説である。だが真実は少し違う。それを示すために、オルエさん達は揃って首を横に振った。

 

 

「惜しいわぁ♡ ほんのちょっとだけスポットがズレちゃってるかも♡ 懐刀なんてご立派なモノじゃないの♡」

 

 

「そうね。私たちは魔王様の友――」

 

 

 

 

「――御友人にして、かの『最強トリオ』の内の御二方。ふふっ、ご登場なされた際は正直肝が冷えましたわ」

 

 

 

 

……ん? あれ!? メマリア……なんでそれを知ってるの!!?

 

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑮

 

 

今度は私が驚き眉を(ひそ)める番…! さっき私が勇者一行の性別について失言してしまった際のルーファエルデのように……! だってメマリア、それ……!!

 

 

「さいきょーとりお???」

 

「……んー? あーし、どっかで聞いたことがあるよーな、無いよーな……」

 

「何ですの、それは? チーム名…のようですが?」

 

 

「その通りよ。『最強トリオ』――、かつての…と言っても若年、それも年端も行かないようなお年頃の当代魔王様、そしてそちらの御二方が所属なされていた三人組の名称。そう聞いているわ」

 

 

でもメマリアの口ぶりからして、失言をしたと言う様子は無い……。それどころか寧ろ、目で社長達へ間違っていないかの確認をしてくるほど……。

 

 

「あら♡ よく知っているわね♡」

 

「まあ、その通りよ」

 

 

オルエさんと社長はちょっと驚きつつも肯定を。そうなのだ、最強トリオとは、かつての魔王様とオルエさんと社長の()()()三人チームのこと。その呼び名の通り先代魔王様方すら認める最強の存在であり、歴史の闇に葬られた数々の騒動に関わっていたとされる……!

 

 

けど何故それを、メマリアが知っているの!? 私ですらグリモアお爺様にお願いして古いゴシップ雑誌から見つけ出し、当人達に聞いて初めて知った情報なのに! 彼女の魔眼ではそんなことはできないはず! 

 

 

慄く私に気づいたのか、彼女は目を軽くこちらに。そして軽いウインクで私を抑え、改めてルーファエルデ達へと語り出した。

 

 

「ルーファエルデやネルサならどこかで聞いたことがあるのではないかしら? 伝説や流言飛語の類として処理されている史伝。あるいは異常なほどの戦果ながら、成し遂げた者の名が不明な巷説。例えば……『千尋巨竜群の鎮圧』、『古代ラビュリントスダンジョンに潜んだ盗賊軍団の殲滅及び人質救出』」

 

 

「――!? もしやそれは……一体一体が無数の山脈の集合体の如き体躯を誇り、まるで大陸が移動しているかの如くに行く先々を蹂躙したあの巨竜達の逸話ですの!? 国すら容易く磨り潰し誰も手が付けられぬほどの存在だったのが、ある時を持って沈静化したという…強大なる神の介在すら実しやかに囁かれております、あの!!?」

 

 

「古代ラビュリントスダンジョンのその話って……あれじゃん! もう軍隊みたいな数の盗賊達が集まって、色んな村や街や国から人質を取って立てこもったっっつー……! その盗賊達以外は二度と出てこれないぐらいに超難解なダンジョンだったからどうしようもなかった時に、どっかから謎のパーティーが颯爽と現れて、人質救出はおろか数千人はいた盗賊を数時間もかからずに全滅させたっていう都市伝説系の……!」

 

 

メマリアが口にしたワードを聞き、即座に反応するルーファエルデとネルサ。それに対しオルエさん達は……。

 

 

「あのすごぉくおっきい…♡巨竜達のことね♡ ちょっとメッて叱るついでに弄んだら大人しくなってくれたわ♡」

 

「あーあのダンジョンのね。いや数千人は言い過ぎよ。召喚兵もいたから…実質千人ちょっとだったかしら」

 

 

懐かしむ口調で補足を。それはまさしくメマリアの説明が真であることの証左…! しかしそれだけには留まらない。目を丸くするルーファエルデ達へ、メマリアは更に幾つかのエピソードを明かす。

 

 

「他にもあるわ。『地図を書き換えなければならないほどの巨大湖の一夜出現』、『悪神集会の壊滅及び更生』、『数日のみ顕現せし存在し得ぬ空中浮遊庭園』、『暴走ゴーレム大隊の沈静化』、『崩落ダンジョン群からの総員救出作戦』、『彗星分裂』、『月消滅幻視によるワーウルフ蜂起収束』『大噴火による噴煙溶岩の突如回収消失事件』『先代魔王様を標的とした強豪冒険者大クラン3分返り討ち』『魔王軍と人間各国合同騎士団との大規模衝突を潰滅両成敗』……これだけ挙げてもたったの一部よ」

 

 

「……あーし、全部聞いたことあんだけど……!!?」

 

「えぇ……(わたくし)もほとんどを……! どういうことですの……!?」

 

「アタシも何個か聞いたことある~! ししょー達だったの~!?」

 

 

ベーゼは目を輝かせながら、顔を上へと。そんな彼女の頭を胸でぽいんっ♡と受け止めながら、オルエさんは笑みを零した。

 

 

「うふふふ♡ そうね♡ 今メマリアちゃんが口から出したお話は、ぜぇんぶ私達三人でシたコトよ♡」

 

「こう人からさも伝承みたいに言われると…よくやったわねぇ、私達」

 

 

社長も私の膝の上で頷きを。かく言う私も、社長と同じく頷いていた。なにせ今しがたのエピソードは全て聞いたことがあるのだ。ただし、伝説や流言飛語の類としてではない。全部当人達に……魔王様方との酒席時に聞いた話である!!

 

 

社長達が懐かしみながら話していた数々の思い出武勇伝は、各地ではそのような奇譚と扱われ、ある話は吟遊詩人の手を借り大々的に、ある話は眉唾の嘘話として一笑に付される形で残っているようなのだ。ルーファエルデとネルサ、そしてベーゼは各地を巡っている故、どこかで耳にしたのだろう。

 

 

しかし……それが最強トリオの行いだということは、見ての通り誰も知らない。最強トリオの存在自体がトップシークレットじみていることもあるが…普通に考えればそれらの噂と子供三人組の行いなんて、到底繋げられないであろう。私だって信じられなかったんだから。

 

 

 

――なのに! 何故それを、メマリアが知っているの!? 社長達を前に堂々と、さも当然の知識の如く!! 一体なんで!?

 

 

 

 

 

 

「頭こんがらがってるんだけど……」

 

「理解が追いつきませんわ……」

 

「ねぇねぇ! どうやったのししょ~!?」

 

 

皆、混乱気味。そんな様子を横目に、再度私へ視線を向けてくるメマリア…。聞いてみるしか……!

 

 

「なんでそのことを……『最強トリオ』について知っているの、メマリア……?」

 

 

恐る恐る、そう聞いてみる。すると彼女は扇子越しに楽しそうな表情を浮かべ――。

 

 

「ふふっ。私、修練中とはいえ登城している身よ? 【王秘書】として、当代あるいは先代以前のグリモワルスの方々から色々お聞きしている、と言えば貴女にならわかるでしょう」

 

 

そう答えた……! ――成程。納得は出来た。その最強トリオというのは、先代魔王様方公認(黙認の節もある)のチームなのだ。だから時には先代魔王様の命で動いたこともあるらしく、当時のグリモワルスの面々も恩恵に預かったり収拾に追われたりと色々関わってはいるのである。それは私の両親祖父母も例外ではない。

 

 

そんな方々にとっては公にこそしないが今でも語り草、いやもしかしたら重大申し送り事項となっているのかもしれない。そして次代王秘書…即ち魔王様の最側近となるメマリアは、それを聞き及んでいてもおかしくは――……。

 

 

「成程そういうことねぇ。ま、そりゃそうか。メマリアちゃんの方がアストより上手(じょうず)ね」

 

 

「うふふ♡ アドメラレクのお姫様♡だもの♡ 食えなさは一番かしら♡ 素敵な魔王様の懐刀…いえ、首輪♡になりそう♡」

 

 

「ふふふっ。御二方よりそのようなお褒めの言葉を頂けるなんて、光栄ですわ」

 

 

――……ん? 社長とオルエさんが、メマリアを褒めて……? 今打ち明けられたことについて……じゃなさそう? なんだか、三人だけ訳知り顔…!?

 

 

「んー。まだアストは気づいていないみたいだし、どうする? もうちょっと温めておく?」

 

 

「あらミミン♡ アストちゃんにそんなことしちゃうなんて♡ド♡S♡ でもメマリアちゃんもソッチの気があるし……イイかも♡」

 

 

「ふふふっ…! 正直、このままアストのおろおろする顔を見ていたい気持ちもありますが……別に困らせたいわけではないですもの。それよりも、大切な友人である彼女とその先についてお喋りをしたい思いで一杯ですわ。 ……実を言いますと、今のようなこの瞬間をずっと心待ちにしておりまして。御二方には感謝してもしきれませんで」

 

 

え……え!? 今度は揃ってニヤニヤしながら私を見て来て!? メマリアに至っては興奮と照れが少し入り混じってるような感じで……!? 察していないって……何を!? 何か見逃した!!?

 

 

「じゃアスト、私からちょっとしたヒント! さっきメマリアちゃんは『貴女にならわかるでしょう』と言ったのよ。断定的な言い方でね」

 

 

「私になら、わかる……?」

 

 

社長の言葉に、もっと眉を顰めてしまう。うーん……? さっきのメマリアの台詞は、『最強トリオについては【王秘書】として、当代あるいは先代以前のグリモワルスの方々から色々お聞きしている』という内容で…………――ん?

 

 

 

あれ、待って……? それを…当代先代グリモワルスの方々が情報源だということを伝えて『私にならわかる』という言葉に包んだと言う事は……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ……!

 

 

その含まれた意味とは当然今しがた納得した通り、最強トリオが魔王様方…グリモワルスの方々公認の存在であり、かつて暴れていた故にめいめいの記憶に残っているということ…なのだが……。――ッ!

 

 

……その事実自体には問題はない。けどその事実を理解するためには…私が、社長達の過去関係について、()()()()として知っていなければ話にならない!!

 

 

つまり……社長がグリモワルスと関係が深いということを私が知っているという、その『前提条件』を、()()()()()()()()()()()()()()…さっきの言葉は成立しないッ!!!

 

 

 

 

 

……メマリアが社長の顔や台詞から、その前提条件を推測したという可能性もある。しかしメマリアは社長の言う通り、断定的な言い方をした。もし推測した程度であれば、『~かしら?』といった多少の手探りが混じるはず。最も、鎌をかける意図があれば別ではあるが……今の様子から見る限り、それはなさそうである。

 

 

ということは…間違いなく彼女は、私が社長の過去を知っていることを知っていた。それがどういうことを指すかと言うと……私と社長が知り合いであることも、予め把握済みであるということ!

 

 

そして、私と社長が知り合いである理由なんて……ただの一つしかない!!!!!

 

 

「まさかメマリア……貴女……!」

 

 

大体、おかしかったのだ…! 思い返してみれば、社長達が現れてから、彼女だけ少し反応が薄い…! 登場にこそ心底驚いていたが、すぐに心を落ち着けたかのような口調だったし……!

 

 

そもそもその前! 私が失言し、彼女に詰め寄られた時! 彼女の魔眼は何故か正常に機能せず、代わりに機密を自ら暴露する形で、私を助けるような予測を立てて来て! 強いミミックが、私の師匠だなんて!! ルーファエルデや私の台詞を逆手に取り、見事に……!

 

 

「うふふふふ……!」

 

 

メマリア、肩を揺らすほどに笑みを…! そして悪戯娘のような表情で、ルーファエルデ達の方へと顔を戻して……!?

 

 

「そうそう。もう一つ最強トリオについてのエピソードを追加しましょうか。『アスタロト家令嬢が、その最強トリオの御三方とつい最近、プライベートな酒席を共にした』というお話を」

 

 

「ちょっ!?」

 

 

 

 

「……はい?」

 

「……へ?」

 

「……えっ!?」

 

 

 

「「「ええええええっ!!!? つまり、魔王様と!!!!?」」」

 

 

 

順に、そして声を揃えて驚嘆を露わにするルーファエルデネルサベーゼ……! 更に次には――!

 

 

「まだあーし、直接お会いしたことないのに! あっすんいつの間に!?」

 

(わたくし)もですわ……! しかも公的なものではなく、プライベートでですの!?」

 

「アタシも魔王様とお酒飲んでみたいのにぃ!! アーちゃんだけなんでぇ!?」

 

 

「因みに私もそんな栄誉に浴してはいないわ。正直、羨ましい限りよ」

 

 

一斉に立ち上がって私に質問攻めを! そんな様子を見ながら、メマリアはクスクスと笑ってそう付け加えて……! 

 

 

「メマリア……! やっぱり貴女!」

 

 

それを知っているということは、もう疑いの余地はない! そう睨む私に、彼女は扇子を軽やかにパチンと閉じ、喜色満面の笑みを露わにして頷いた! 

 

 

 

「えぇ。アストが今日一日かけて隠していた秘密…ミミック派遣会社の秘書として社会経験を積んでいること、私は最初から知っていたわ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………はぁ……もう…………」

 

 

「ちょっアスト…わぱっ!」

 

 

蓋を上半身で押し閉める形で、私はへたりと社長の箱にしな垂れかかる……。……もう、叫ぶ気力も起きない……。驚きが一周回ったというか…メマリアの謎行動の理由が理解できたからというか……あれだけ頑張って隠そうとしていたことが、メマリアにだけとはいえ見苦しい抵抗だったからか……。

 

 

「……いつから黙っていたの…?」

 

 

「言ったじゃない。今日一日、最初からって」

 

 

「そうじゃなくて…!」

 

 

力の抜けた身体を社長宝箱に委ねたまま、顔だけを起こす…! そんなことはわかってる。私が聞きたいのは……!

 

 

「一体いつから……どのくらい前から、私の仕事先のこと知っていたの!?」

 

 

このグリモワルス女子会は、私が社長秘書となってから何度も開かれている。それだけじゃなく、メマリアと普通に会ったことだって何度も……! なのに彼女、そのことをおくびにもだしたことは……!

 

 

「ふふっ、それもほぼ最初からね。正確には私が登城するようになって、少し経ったぐらいかしら。具体的な月日は――」

 

 

「やっぱり言わないで……!」

 

 

そんな正確な数字を言われたら、心が折れてしまう…! 既に羞恥で倒れそうなのに……! ずっと隠せていると思っていたのに、長い間彼女の手のひらの上だったなんて!!

 

 

……でも冷静に考えると、メマリアが私と社長の関係を知っていることは何もおかしい話ではない…! 社長達と関係が深いグリモワルスはなにもアスタロト家だけではないのだもの! 恐らく、当時の全グリモワルスが該当するのだ! アスタロト家だけではなく、バエル家やレオナール家やエスモデウス家やアドメラレク家すら一部に過ぎないであろう!

 

 

その訳知りな方々にとって『最強トリオの一角が営む会社に、アスタロトの令嬢が社会経験を積むために入社』なんて、私の両親祖父母が語らなくとも話題の種になりそうなものである。なにせ、グリモアお爺様や魔王様を巻き込んだ裏工作の結果なのだから……。そしてそんなグリモワルスが集結している魔王城にメマリアは登城しているのだ。耳にしていても不思議ではない。

 

 

更に言えば……メマリアのアドメラレク家は【王秘書】。魔王様の最側近として様々な補佐をする立場。その修練を積んでいる彼女が仕事周りだけではなく、魔王様の過去や友人関係、そしてプライベートの時間…それも謁見の形をとった参加者()を把握していない訳がないのである!!

 

 

 

 

「ずっと待っていたのよ。この時を。特に魔王様との酒席を囲んだと聞いた時には居ても立ってもいられないぐらいになってしまって。興奮を抑えるのが大変だったわ」

 

 

言いながらも多少昂ってしまったのだろう。またも扇子を開き、自身を扇ぐメマリア……。社長乱入時に、前の実家での出来事みたいに誰かが社長のことを知っているのかと頭によぎったが……まさか本当に知っているなんて……。全員じゃなくて良かったけど……いや良くないんだけど……もう全員にバレたからどうでもいいっちゃどうでもいいんだけど……はぁ……。

 

 

……でも、なら気になることがある。さっきも思い当たったのだが……――。

 

 

「……メマリア…。なんであの時…魔眼で嘘をついて()()()の?」

 

 

またも社長宝箱に身を預けながら、半ば呟くように問う。あの時、彼女は(かなめ)眼の結果を無視してわざと適当なことを言ったのだ。今ならそれがわかる。

 

 

「そうね…それを私から口にするのは少しばかり決まりが悪いのだけど……」

 

 

「ならまた私が変わるわ」

 

 

尻込みするメマリアに代わり、社長が宝箱の中から上半身をにゅるんと。蓋をしっかり支え安定させてくれつつ、今度は私のことを良い子良い子と撫でて。

 

 

「メマリアちゃんは敢えて詰め寄ることであなたの防波堤になったのよ。あの時ああして介入してくれなかったら、アストはルーファエルデちゃん達三人からの一斉質問責めで瓦解していたでしょうね」

 

 

「ぅ……!」

 

 

……瓦解していたかどうかと言われたら、間違いなくしていた……! なにせ両親すらも差し出してしまったぐらいのピンチだったし……。そうか、だからこそ――。

 

 

「だからこそ魔眼を交え敢えて強い口調で迫ることで『この話はあまり触れてはいけないな』と皆に認識させ、後は言葉尻を利用し納得させて――。そういうことでしょう、メマリアちゃん?」

 

 

「ふふふっ…!」

 

 

照れを浮かべた表情でその通りと首肯をするメマリア。結果としては全て水の泡となってしまったが……確かにあの場は、間違いなく彼女のおかげで切り抜けられた。皆疑わず、彼女の推測に膝を打ったのだから。

 

 

いやだって…嘘を見抜ける彼女が嘘をつくなんて誰も思わないもの! あんな堂々とそんなことをするなんて、なんだか無敵と言うか……強すぎる。なんという謀略。さすめま(流石メマリア)……。

 

 

――そういえば、途中私が社長を追いすぎて自滅した時、話を変えようとしてくれた。今思えばあれもその一環だったのであろう。……ん? でも……あ!

 

 

「さっき、社長が円卓のど真ん中に乗ってきた時……! メマリア、私の隠し事を明かすように迫って来てたけど……! じゃああれはなんで!?」

 

 

その、話を変えてくれようとした直後である。そう言った癖に彼女、急に手のひらを返してきたのだ! あまりの変わり身にルーファエルデが気を揉んで叱ったぐらいに!

 

 

「それに関しては不慮の事故…と言うべきかもしれないわ。突然に貴女が誤魔化さなくなったから、もう隠す気がなくなったのかと思ったのよ。私としてはできることなら詰問の末にではなく、自主的に明かして欲しかったのだから」

 

 

もう介入しても取り返しがつかないところにまで落ちかけていたのだし。そう笑ったメマリアは、ふいと視線をズラし、社長達へ。

 

 

「ただその時は、まさかアストが御二方に翻弄されているなんて露程も思わなかったのですもの。まさかあのバエル様の宝箱がそうだったなんて……。最強トリオの名は伊達ではございませんね」

 

 

「やぁん♡ 褒めてもココじゃおっぱいぐらいしかまろび出せないわ♡」

 

 

「出す前にアンタを外に叩き出すわよ?」

 

 

もはやコントの如くボケ(かは怪しいけど)とツッコミをするオルエさん&社長は置いといて。そういうこと……。社長達の姿を捉えられていなかったメマリアには、私が急に挙動不審になり全てを告白しだしたようにしか見えなかったのだろう。それならば確かに不慮の事故と言っても差し支えない。

 

 

でも、だからこそ…! 社長達の乱入さえなければ…!! まだ秘密は保てていたかもしれなかったのに……――。

 

 

「いや無理でしょ。だって私達が姿を現したの、あなたの限界が近いと悟ったからでもあるんだから」

 

 

――っ! 社長、心を読んだかのように! そ、そんなことは……! 

 

 

「もう至る所ボロボロだったじゃない。ラティッカ(謎の箱職人)のこともじわじわ引き出されかけてたし。それでぎこちない空気になるぐらいならいっそ、と思ってね」

 

 

「正直なト♡コ♡ 私達に気づいてなくてもすぐに誰かにハメられて堕ちちゃってたと思うわぁ♡」

 

 

「うぐっ……!」

 

 

そんなことは……そんなことは…………そんなことは………………うぅ……。……うん…私が一番わかってます……。

 

 

だってあの時、絶対に来ないメイドの助力を欲していたぐらい藁にも縋る気持ちだったもの……。多少持ち直したとはいえあんな話の切り抜け方では、仮に社長達が割って入ってこなくても、メマリアが手助けし続けていてくれたとしても、いずれ自滅していたと思う……。結局、全部私の……――

 

 

「ふふっ! ほらアスト、そんな顔しないの!」

 

 

へ…? 社長、沈みこむ私を押し上げ、丸まった背筋を正すように前を向かせて…。そして私の頬を手で優しく包み、鼻がくっつかんばかりの距離で慈愛の微笑みを。

 

 

「私のことをここの皆に隠していた理由、アスタロト様方の時と同じなのでしょう? 私と皆、どちらともの関係を守るために、必死に頑張っていたのよね?」

 

 

「ッ……! はい……その通りで…」

 

 

「ふふっ! その努力は褒めてあげなきゃだけど、完全な杞憂よ! だってほら――」

 

 

私の頷きを遮り軽やかに笑った社長は、パッと手も顔も離し、私の視界を広げる。そこに居るのは……!

 

 

「あなたのお仕事を貶し縁を切るような心無い友人なんて、どこにもいないでしょう?」

 

 

 

「そういうことでしたのアスト! (わたくし)達は貴女へ敬服と賞賛を表せども、(そし)(なじ)るなんてこと、断じてございませんわ~!!」

 

 

「そ~そ~★ あっすんのことマジリスペクトなんだけど★ 社会勉強のために秘書のお仕事なんて超すごじゃ~ん★」

 

 

「しかもししょーみたいに凄い人のとこだし! アーちゃんが垢抜けた理由、わかっちゃった~!」

 

 

「ふふっ、空回りさせてしまってごめんなさい。許してくれると嬉しいのだけど…私達の大切な親友、アスト・グリモワルス・アスタロト?」

 

 

 

にこやかな笑みで私の秘密を受け止めてくれる、親友達が……!! よかった……本当に良かったぁ……!

 

 

 

 

 

「……何も茶化さないのね、オルエ」

 

 

「あら酷いわぁ♡ 私だって空気は読むわよ♡ だってムードを気にしないと、そ♡の♡ア♡ト♡の盛り上がりに――♡」

 

 

「聞かなきゃよかったわ」

 

 

「あぁん♡」

 

 

もう……また社長達コントしてるし…! アウトの宣告をしたい気分である! ふふっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あー……でも…。ちょいいーい? 水差しちゃう感じなんだけど……」

 

 

――と、場が軽く落ち着いたところで、おずおずと手を挙げた親友が。ネルサである。彼女は頬をカリカリと掻きながら、にひひ…★と少し収まりが悪そうな表情を浮かべた。

 

 

「あーしだけかもしれないけど、頭ずぅっとハテナまみれで……。や! 勿論あっすんリスペクトなのは変わらんけど!」

 

 

「ハテナまみれ?」

 

 

「うん、あっすん。なんつーか…色々あり過ぎてオバヒ気味的な…★ だからちょっち確認させて貰えると嬉しいなって……★ えぇと……――」

 

 

大きめの深呼吸を行い、空を眺めるようにしながら指折りを始めた。

 

 

「――あっすんが隠していたのは社長さんのことで、めまりんはそれを最初から知ってて、社長さんはミミック派遣会社運営してて、なんならこのスゴイ魔法の宝箱も作ってるかもしれなくて、そんであーしの友達とかるふぁちんの武者修行先とかのダンジョンにミミック派遣してて、となるとやっぱりあのあっすん(仮)(お仕置き部隊副隊長)があっすんで、もしかしたらあのケーキのダンジョン産レア食材もあっすんが関わってるかもしれなくて、んで社長さんはあっすんの師匠?ですっごく強くて、魔王軍の強い人…バサクさんとかに認められるぐらい最強で、だから勇者一行対策でミミックを……派遣してるのか社長さんが行ってるのかわかんないけどで、その社長さんは魔王様とマブダチで、昔最強トリオとして名を馳せていて、その中にはオルエさんもいて、最近はあっすんと一緒にプライベートにお酒飲んでて…で、オルエさんはべぜたんの師匠で、るふぁちんを圧倒するぐらい強くて、多分やっぱり社長さんもオルエさん並みに強くて、だからバエル家の警備を簡単にすり抜けるぐらいで、バエル様のインテリアと勘違いするぐらい潜むのが上手くて、私達も騙されて、それどころか机の上に乗られてても全く気付けなくて、そしてらそっから出てきたのが可愛い社長さんとちょっと……ぁぅ…結構……エッチなオルエさんで、あっすんの隠し事を教えてくれたけど…………そもそもお二人がここに来た理由が魔王様からの命で、あーし達の力を確かめに来てて、秘密情報話しちゃってることを咎めに来た訳じゃないから………多分……えっと……認められて……るんですよね?」

 

 

諳んじてる最中でこんがらがってしまったらしく、頭から煙を噴き出さんばかりの様子で首をこれでもかと捻るネルサ。それでハッと現状を思い出したかのように、ルーファエルデとベーゼも続いた。

 

 

「そうですわ…! すっかり御二方のペースに呑まれ、心の内の混沌をどこかに追いやっておりましたわ!」

 

 

「ししょー……私達、グリモワルスとしてダメダメなの……?」

 

 

不安そうな顔を浮かべるベーゼ。オルエさんはそんな膝の上の彼女を愛でながら、私達グリモワルス令嬢へ告げた。

 

 

「私が最初に言った通りよ♡ みぃんな、超高得点♡ 食べちゃいたいぐらいご立派♡」

 

 

それを聞きホッと胸を撫で下ろす皆…! 私も安堵できたけど…うーん……? ――と、オルエさんはそのまま私と社長へクスリと。

 

 

「それにしても…ふふ♡ たぁっぷり出したわね♡ ミミン達のお♡ハ♡ナ♡シ♡」

 

 

「そうね。だいぶ怒涛の勢いだったし……説明不足になって当然よね」

 

 

「ですね……」

 

 

言われてみれば確かに。隠そうとしていたがために多くの謎を生み、乱入してきた社長達に振り回されどこかに飛びかけた、私の隠し事(社長達)の詳細。当事者の私や訳知りのメマリアは軽く流したが、今日初めて全てを知ったネルサ達にとってはまさに情報の濁流であろう。多分メマリアが(かなめ)眼をフル活用したとしても容易くは纏まらない。

 

 

かくいう私も…オルエさんがベーゼの師匠役だってこと初めて聞いたし、どういう顛末でそうなったのかとか、詳しく聞きたい! ネルサやルーファエルデやメマリアにも、改めて聞きたいことが沢山!

 

 

「なら♡ 皆ですべすべつるつるなお♡な♡か♡をぱっくり♡割って♡ 隅から隅までぜぇんぶ曝け出すのはどうかしら♡」

 

 

ぽんっ♡と手を打ち、そう提案するオルエさん。…と、指先を妖艶に唇へと運び、おねだりするような表情に……!?

 

 

「あぁでも…♡ そんなことをしたら私、欲しくて欲しくて堪らなくなっちゃうかも♡ 温かくて、濃厚で、喉に纏わりつくほどに美味し~い♡ 紅茶が♡」

 

 

……あぁ! そういう! 社長もすぐに理解したようで、ルーファエルデの方へ向き直り、お願いをした。

 

 

「良かったら私達も女子会に正式参加させて貰えないかしら? 今更だけど、アイスブレイクしましょ☆」

 

 

「ウフフフっ! 喜んで、ですわ~!!」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑯

 

 

「――というのが弊社の業務内容でね! 派遣実績としては、今日ネルサちゃん達が挙げてた方々のダンジョン全部の他に、海賊王のジョリーロジャーさんのとことか、おもちゃの兵隊のティンソルダットさんのとことか、泉の女神ヘルメーヌ様のとことか! この間はヴァルキリーの方々のとこに行って、『ヴァルキリンピック』のお手伝いもしてたわ! 因みに魔法の宝箱作りはうちの箱職人ラティッカ達の趣味なのよ」

 

 

「マ!? あのヴァリンピックに!!? …そういやミミック居た気がする!! 超やり手じゃん社長!!」

 

 

「ジョリーロジャー様の島に居りましたミミックもそうでしたの…!?」

 

 

「おもちゃ部屋ダンジョンにも~!? ふえ~~!!」

 

 

「女神様方のダンジョンにまで……。噂以上ね…!」

 

 

紅茶とお菓子を楽しみながら、ブレイクタイム。社長の会社概要説明に皆は瞠目を。と、ネルサがはたと気づいてしまったようで……。

 

 

 

「――ちょっタンマ! ヘルメーヌ様のとこにまで!? そんでアレっしょ…!? イダテン神様やサンタっちやウサプリ(バニーガール姫姉妹)ケロプリ(カエルの王子様)いなりん(天狐)ドラルクっち(ドラルク公爵)のとこにもって……!」

 

 

「えぇ、それ(魔導画面)に映ってる『笑ってはいけないダンジョン』の出演者ね! 皆さんがガーキー様に我が社を紹介してくれたみたいでね~! ついでに私達もおねだりして出させて貰っちゃった!」

 

 

「つーことは…★ あのお仕置き部隊隊長は社長で、副隊長は……あっすん(仮)は……★」

 

 

「うん、私…!」

 

 

「やっぱり! やっぱあっすんだったんじゃ~ん★ も~隠さんでも良いのに~★」

 

 

「うふふ♡ スパンキングされて興奮していたコ♡ト♡ 皆の前に曝け出すのは勇気がいるわよねぇ♡」

 

 

「…あそれもそっか★ ゴメンあっすん! あーし、気が利かなくって!」

 

 

「いやまあそれも確かにあるんだけど…! それよりも何とか仕事先を隠さなきゃと思っていたほうが大きくて……もう、オルエさん! 言い方なんとかしてください!」

 

 

「ごめんなさぁい♡ で♡も♡ アストちゃんのあの時の最後のヤり返しは見事だったわ♡ イイ攻めすぎて、ネルサちゃん真っ赤にアツくなって♡ヌレヌレになっちゃってたもの♡ 汗で♡」

 

 

「……っ……! そ、そう…! あーしそれも聞きたかった…! あっすんなんか垢抜けすぎじゃない…? あんな……なんか…超えっちな…イケ顔でキス迫ってくるなんてぇ……★」

 

 

「いやネルサも言い方!! ……でもあれ、自分でもちょっとなんであそこまでしちゃったか不思議で…。オルエさんをお手本にはしたのだけど……」

 

 

「ふふふふ♡ 多分私のせいね♡ 皆が美味しそうすぎて、ついフェロモンお漏らししちゃってて……♡ それでアンなム―ドに、ね……♡ なんなら今もちょっとだけ……♡♡♡」

 

 

「「オルエさんのせいですかっ!!」」

 

 

 

 

 

と、そんな流れで疑念の解消をすることができた。勿論ネルサだけではない。例えばベーゼだと――。

 

 

 

 

 

「――じゃあじゃあアーちゃん! さっきのフルーツタルトに使われてた、『老樹の宝石果』と『蜂女王のローヤルゼリー』って…!」

 

 

「あはは…実は取引先のダンジョンから代金として受け取ったものなの。それをステーラさん達のとこに持っていて作って貰った訳で」

 

 

「そうだったんだ~っ! だからか~! …………ね、アーちゃん?」

 

 

「ふふっ! 欲しいんでしょう? ダンジョン産のレア食材!」

 

 

「っ! うん! 超欲しいの!! なんでわかったの!?」

 

 

「ベーゼのことだもの! ただ、勿論お金は支払って貰うし、私達用や市場に卸す用を差し引いた余剰分になるけど……」

 

 

「買う! ううん、買わせて!! ね、お願いアーちゃん!! 一生のお願いいいっっっっっ!!!!!」

 

 

「ちょっ、落ち着いてベーゼ…! 社長、良いですよね?」

 

 

「勿論よ! 因みにベーゼちゃん、他にどのようなのがあるか知りたくない?」

 

 

「えっ! 知りたい知りた~いっ!!」

 

 

「アスト、この紙にリスト作って頂戴な」

 

 

「わかりました。それとおおよその量や基本取引相場も記載してと……はいベーゼ!」

 

 

「わ~い! ……ええええっ!? アルラウネの果物にハーピーの卵、超レアの野菜やお魚や茸や飲み物、精霊が作ったお酒やパンやソーセージ…! 氷の女王様のアイスやさっきの食べたお菓子とかも入ってる!!? こ、これ…全部良いの…!? しかも値段安くない!? アタシ、もっと高くても買うよ…!?」

 

 

「ふふっ! 卸売価格というのもあるけど、適正な取引をするのが社長の方針だから! もしその中に欲しいものがあれば遠慮なく……――」

 

 

「全部! 全部ちょうだいアーちゃん!!」

 

 

「遠慮ないわねぇ。売った!」

 

 

「ほんと!? 社長太っ腹~っ!! ね、ししょー! 今度一緒に食べよ~!」

 

 

「あら良いのかしら♡ ふふふ…♡ お腹パンパン♡になるぐらい食べて♡一緒に気持ち良くなりましょうか♡」

 

 

 

 

 

……と、解消次いでに取引が纏まったり。 そしてルーファエルデは――。

 

 

 

 

 

「――成程。つまりアストにとってミミン様は、上役であり師匠でありパートナーである、と。そして魔王軍ダンジョンへ派遣してくださっておりますミミックの方々は、そんなお二人が鍛え上げた精鋭なんて! ウフフフッ! 素晴らしいですわ~っ!! 素敵ですわ~ッ!」

 

 

「ふふっ、ありがとうルーファエルデちゃん! 今日は勝手に侵入してしまってごめんなさいね」

 

 

「いいえミミン様、魔王様からの御下命とあれば何を拒むことがありましょうか! しかしでしたら正面から来ていただければ歓待させていただきましたのに…」

 

 

「一応密命だからねぇ。でも実はバエル様…あなたのご両親には事前に許可は頂いているわ。事情が事情だもの」

 

 

「まあ! それでは猶の事ですわ! 貴女様方のような強者(つわもの)、最高の来賓としてお迎えさせて……――」

 

 

「いやそれよ。それがちょっとねぇ。だってバエル家の方々って、なにかにつけて一戦交えて来ようとするのだもの! そんなもてなし受けちゃったら断るに断れなくなっちゃう!」

 

 

「ウフフっ! どうかお許しくださいまし、我が一族の性でございまして。ですが、そうなると少し残念ですわ。オルエ様とお手合わせさせて頂けましたので、次は是非ミミン様と、思っていたのですが……」

 

 

「良いわよ。次の機会になるけど受けましょう! 女子会を掻き乱しちゃったお詫びがてら!」

 

 

「!! 宜しいのですか!?」

 

 

「二言は無いわ! あと、私はオルエと違って搦め手はあんまり得意じゃないから安心してね!」

 

 

「よく言うわミミン♡ カラダ中の弱いトコにぎちぃ♡と食い込むほどに絡ませて♡身動きを取れなくしてからじぃっくりいたぶるの、貴女の得意ワザなくせに♡」

 

 

「……アレの言う事は無視していいから」

 

 

「フフっ。承知いたしましたわ! ですがミミン様の触手による猛撃には警戒が必要ですわね!」

 

 

「……ほんと、凄いわねルーファエルデちゃん。あんな目にあったのにしっかりしてるわ」

 

 

「ね♡ 流石バエル家のお姫様♡ 堕ちてくれなくて残念だわぁ♡」

 

 

 

 

 

……と言う風に。そして更には――

 

 

 

 

 

「――ウフフフフっ! アストがミミン様の元で経験を積むにあたって、そのような顛末があったなんて! 可愛らしくお転婆ですこと!」

 

 

「でしょ~! それで渡りに船だったこともあって、秘書をお願いしてね! いや~本当大助かり! もうアストが居ないと私、やっていけないぐらいだもの!」

 

 

「あっすんマジすご~★ 社長にもるふぁちんにも手ぇ引っ張られまくりじゃ~ん★ 垢抜けあっすん最強説あるわ★ 前まであーし達の誰よりもお嬢様してたのにね~」

 

 

「アーちゃんってアレだよね~! 『箱入りのお嬢様が息の詰まる生活に飽き飽きして、大爆発しちゃった』パターン!」

 

 

「そ、そんなことは……!」

 

 

「グリモア様のとこに行くために、敢えて召使の目を盗んで家を抜け出していたのでしょう♡ どう考えてもスリル目当てよねぇ♡ 背♡徳♡感♡楽しんでいたんじゃないかしら♡」

 

 

「うっ……! そ、そもそも皆お嬢様でしょう!? それで皆色々とやってるんだから、私も……!」

 

 

「なら、遅めの反抗期、と言うべきかしら? 決められた箱の中から飛び出してみたくなった結果だもの」

 

 

「うぐっ…………! わ、私のことはもういいでしょう! ベーゼはどうなの!? ベーゼはなんでオルエさんと!?」

 

 

「ん~? 幻影魔法とか覚えたいな~って思ってた時に、凄い人がいるって聞いて、ししょーのとこ行ってみたの! そしたらホントにスゴくて~!」

 

 

「……それだけ?」

 

 

「うん! そこでいっぱい気持ちよ~くして貰っちゃったから、ししょーになってもらちゃった!」

 

 

「「「「「…………。」」」」」

 

 

「あら♡ なにも皆が妄想♡していることだけが快楽じゃないわ♡ お腹がたぽたぽになるまで♡食べて、獣の如く♡眠るだけでも、エクスタシーは感じちゃうも♡の♡よ♡」

 

 

「ししょーのご飯、超美味しいんだよぉ~! ベッドもふっかふかだし~!」

 

 

「手先が器用とよく言われるの♡ あと、どうすれば食材を美味しく気持ち良~く出来るかは心得ているから♡ そ♡れ♡に……♡ ベッドが硬かったら色々台無しだもの♡♡♡」

 

 

「……メマリア」

 

 

「……嘘はついてなさそうよ。どちらも」

 

 

「…………一応聞くけど…。ベーゼちゃんの正体を知らなかった、ってことはないわよね? あなたのことだもの」

 

 

「勿論よミミン♡ まさかエスモデウス家のお姫様♡が偶然にも私のトコに来てくれるなんて♡ 思わず感じちゃったわ♡ 運命♡」

 

 

「……………………。」

 

 

「やだミミン♡ 心配しなくとも、大恩あるグリモワルスの方々を手籠めにはしないわ♡ 精々スキンシップ♡だけ♡ それが貴女と魔王様との約♡束♡だもの♡」

 

 

「さっきルーファエルデちゃん相手に怪しかったでしょうに」

 

 

「あれはギリギリセーフよ♡ ――だ♡け♡ど…♡ 次代グリモワルスである貴女方から望むのであれば……♡シても良いけど♡ どうかしら♡」

 

 

「「え、遠慮します!!」」

 

「「謹んで辞退させていただきますわ」」

 

 

「あぁん♡ 流石グリモワルスね♡ 幾ら誘惑してもなびいてくれないわ♡ ふふふ…で♡も♡だからこそ燃えちゃ……――♡」

 

 

「ね~ししょー、もっと気持ち良くなれる方法知ってるってこと~!? どんなどんな~!?」

 

 

「あら…♡ これはギリギリ……――♡」

 

 

「「「「「OUTです(わ)(に決まってるでしょう)!」」」」」

 

 

「ざんねぇん♡」

 

 

 

 

―――という、私の入社前についての暴露で盛り上がったり、危ない誘いもあったりも! ……正直、私自身もついこの間知ったばかりな裏事情も交えて皆に話されるのは身悶えするぐらい恥ずかしかった……! 出来ればそれこそ秘密にしておきたかったのだけど……まあ、もう別に良いのだけど。皆相手だし。

 

 

それにようやく全部を曝け出してしまったから、ネルサと共通の知り合いとなったダンジョンの方々の話や、ベーゼに各ダンジョンで見つけた美味しいものの話や、ルーファエルデへ社長や他ミミック達との訓練風景の話とか、今まで話すに話せなくてぎくしゃくしていたお喋りもこれでもかとすることができた! それがとても嬉しい! とっても清々しい気分である!!

 

 

 

 

 

 

……メマリアとは話していないのか、って? ふふっ! ううん、それどころかとんでもない話をした。先程彼女、種明かしの際に妙な事を口にしていたのを覚えているだろうか。

 

 

『ずっと待っていたのよ。この時を。特に魔王様との酒席を囲んだと聞いた時には居ても立ってもいられないぐらいになってしまって。興奮を抑えるのが大変だったわ』

 

 

――そう言ったのだ。そして社長達を介してだが、私とその先について…私の隠し事(仕事先)と彼女の隠し事(秘密を知っていたこと)が明かされた状態で、何か話したいことがあるとも言っていた。

 

 

その言葉がどうも引っかかり、場の隙を突いて聞いてみることにしたのだ。

 

 

 

 

 

「……ねえメマリア。何か私と話したいことがありそうだったけど…?」

 

 

「――! えぇ、ちょっといいかしら?」

 

 

私がそう聞くと、彼女はピクっと身を揺らし、皆の方へ目を向ける。丁度そこでは……。

 

 

「――ねぇ♡ ネルサちゃん♡ そろそろ私にも可愛いあ♡だ♡名♡つけて欲しいわぁ♡ ずぅっと♡さん付けなんだもの♡ 寂しいわぁ♡」

 

 

「え、いやその……! なんつーか…★ ちょっち良いのが思いつかなくて……★」

 

 

「別にいいでしょ、さん付けでも」

 

 

「やぁんミミン♡ 貴女のさん付けは外されているし♡ 親しみのたぁっぷり籠った社長呼びじゃない♡ 私にも心をくぱぁ♡って開いて欲しいのぉ♡」

 

 

「そ~だそ~だネーちゃん~! ししょーにも渾名つけてつけて~!」

 

 

「ぁう……。 なんてーか……その、あーし、フィーリングでつけっから……★ えっとだから……オルエさんは……」

 

 

「オルエ様の妖艶さであれば、愛嬌のある渾名呼びよりもさん付けの方が適切と判断した――、といったところで?」

 

 

「そ、そう…! るふぁちんの言う通りで…! ちょっとエッチ過ぎてなんか……さん付けしかできないというか……!」

 

 

「そういうこと♡ じゃ♡あ♡ そんな気持ちがどぉでも良くなっちゃうぐらい仲良し♡になるために♡くんずほぐれつしましょ♡」

 

 

「ちょっ…! ひゃわあ……!!」

 

 

「させるかっての!」

 

 

 

……メマリアと私以外の面子が揃って歓談している。社長はネルサの膝に乗り、オルエさんから彼女を守ってるし。と、それを確認したメマリアは椅子を動かし出し……。

 

 

「……なんだか緊張してしまうわね。アストが私と同じ思いであれば本当に嬉しいのだけど…」

 

 

普段の彼女からは想像もつかないような不安と興奮と歓喜が入り混じったいじらしい表情を浮かべつつ、私の席の横にぴったりくっついてきた…!

 

 

そして髪の一部を操って扇子を掴み、私の口元も他の皆から隠せるような位置に展開させて――。

 

 

「まず聞いて良いかしら? 当代魔王様のこと、どう思う?」

 

 

 

 

 

「……どう、って…?」

 

 

顔を寄せ問うてくる彼女の真意がわからず、聞き返してしまう。……魔王様との酒席に関すること? それとも、いずれ魔王様を補佐するグリモワルスの一員として?

 

 

色々な考えが頭を巡り答えあぐねてしまっていると……メマリアは未だ談笑している他面子の様子を注意深く窺いながらも、答えを聞きたくて焦っているかのように勝手に続け出した。

 

 

「魔王様って、素敵な方よね。まるで貴女の社長のようで」

 

 

……素敵な方、というのは完全同意だけど…。社長のように? 性格は大分違うし……となると……あぁ!!

 

 

「そういうこと、ね。ふふっ」

 

 

息をつくと同時にクスリと笑いを漏らしてしまった。全く、彼女らしいオブラートの包み方である。さっき経験したから、もう全てわかってしまった!

 

 

当代魔王様…マオ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア85世は、見上げるほどに巨躯な影を、その威厳溢るる御声を、薄き幕の奥なる玉座より凍てつかんばかりに放つ、魔王中の魔王……――。

 

 

――というのは臣民や各地へ向けた公的の外見(そとみ)。表向きの虚像。その真なる御姿はグリモワルス(魔界大公爵)を始めとした側近達しか知らない明かされない、極秘中の極秘事項。最高機密中の最高機密。

 

 

そう……! 実は魔王様は……なんとも社長のような、幼女じみた可愛ら…コホン、可憐で素敵な御姿をしているのである! 性格もまたシャイ気味で本当愛お……ゴホンッ、敬愛したくなる方なのだ!

 

 

「ところでメマリア。私からも一つ聞いても?」

 

 

となると一つ気になることが浮かびあがり、敢えて質問を質問で返してみる。予想外の一言に面食らったようなメマリアは仄かにしどろもどろになりながらも頷いて……ふふっ、貴重な姿の彼女!

 

 

「ルーファエルデ曰く、ストレス発散のために魔王軍の方々と模擬戦をしているのでしょう? それって、慣れ切っていない秘書業のストレスだけじゃなくて……??」

 

 

そんな彼女へ、先程聞いたその話に含みを持たせながら問いかけを。私の予想が確かならば……!

 

 

「…っっっ!」

 

 

ふふふっ! 目をこれでもかと見開いちゃって! どうやらわかってくれたようだし、大正解なよう! 絶妙に複雑な表情をしながら、メマリアはコクリと頷いた!

 

 

「……ぅ…え、えぇ。貴女の思っている通りよ」

 

 

「言葉で言ってくれないと確証がないかも…」

 

 

「……さっきまでの仕返しかしら?」

 

 

わざとらしく嘯くと、ムッと眉を寄せるメマリア。しかし背に腹は代えられないと言わんばかりに息を吐き、恥じらいを浮かべながらもそれこそ裸になるような勢いで、内なる情念を曝け出した!

 

 

「えぇ、そうよ。そのことについて…魔王様のお美しさについて話せる相手が諸先輩方しかいないのだもの! 欲求不満だったのよ!」

 

 

ふふふふふっ! やっぱり! とうとう彼女の心のナカを見ちゃった!

 

 

 

 

 

――どういうことかというと、要はメマリア、魔王様の可愛…可憐…もう今はいいや! お可愛らしさを誰かと共有したくてしたくて堪らなかったのであろう。

 

 

しかし先に述べた通り、そのことは最高機密。部下や召使にすら話してはならない。となると同じ立場であるグリモワルスとならばまだ問題はないのだが……なにせ彼女は修練中の身の新参なのである。

 

 

そう、魔王城におられる現役グリモワルスの方々は基本私達の両親祖父母の如き年齢であり、一番若い相手でも間違いなく年上。そんな方々相手に『魔王様がお可愛らしくて…!』なんて話を気軽にできる訳はないのだ。彼女の性格上及び責務上、猶更であろう。

 

 

魔王様についてお喋りしたい、けど思うようには出来ない――。溜まりに溜まった想いは悲しくもストレスへと変貌を。そして……それをなんとか発散するために、メマリアは模擬戦をしていたのであろう! 

 

 

要は『王様の耳はロバの耳!』と木のうろに叫ぶようなものである! 最も彼女の場合は『魔王様のお可愛らしさは世界一!』とは叫べずに暴れることで気を誤魔化していたのだけど!

 

 

「……あの御二方に鍛えられているからか、それとも元からだったのかわからないけど…貴女も相当ソッチの気があるわね…」

 

 

曝け出したことで火照った裸……もとい顔を手の甲で軽く覆い、溜息をつくメマリア。社長達の様子を確認しつつ、ちょっと睨むような瞳を私の方へ向けてきた。まるで『これで痛み分けでしょう?』と言わんばかりに。ふふっ、ふふふふふっ!

 

 

「……実はねメマリア。私も貴女とお喋りしたくて堪らないことがあったの。だからメマリアが私と同じ思いであれば本当に嬉しいのだけど…」

 

 

彼女へ謝る代わりに、今度は私からそう申し出る。恐らく、その魔王様のお話の影に隠された、彼女が()()()()()()()()()()を内包させて。勘の良い彼女ならすぐに気づいてくれるだろうし……事実、私も同じ思いなのだから!

 

 

「――っっっっっ…!!!」

 

 

ふふふっ!! メマリアったら、困惑と高揚と期待の籠った表情が隠しきれていない! じゃあ私も…扇子を魔法で作り出して、彼女がいつもやっているように開いて――!

 

 

 

「しましょうか? 『秘書談義』!」

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑰

 

 

「――……本当、垢抜けたわね。惚れ惚れするぐらいに」

 

 

私の提案……『秘書談義』という言葉を受け、降参と言うように肩を竦めたメマリア。そして操っていた髪から扇子を外しとり、恥ずかし笑み悶えるかのような口元を隠した。それはつまり……ふふっ!

 

 

さっき述べた通り、メマリアの包まれた言葉の意は全てわかったのだもの。確信をもって言えた。彼女がこうして冷静さを維持する扇子の内側に私を引き込み、珍しく高揚しているのは、私が魔王様について話せる相手だから…だけではないのだ。

 

 

そう……私が曲りなりにも『秘書』をしていること――。それが彼女にとって、とても大きなファクターとなっているに違いない!

 

 

魔王様の正体については、繰り返すようだが現在登城しているグリモワルス各位にしか話せない内容。だがしかし……『王秘書』についてはそれよりももっと少ない、というか同じ王秘書である彼女の両親祖父母にしか共感者がいないのである! ある意味、一族によって仕事分けをしているグリモワルスの欠点とも言えるであろう。

 

 

勿論、魔王様の秘密に比べれば気軽に誰にでも話すことのできる内容ではあるが……魔王様最側近の修練を始めたての彼女がそれこそ心を蕩けさせてお喋りできる部下なんて、恐らくまだいない。魔王様に次ぐ威厳が必要な役目なのだから。そのストレスも相まって模擬戦に熱を入れていたのだろうが……。

 

 

――けど、そんな彼女の前にその全ての不満を解消できる相手が現れたのだ。『魔王様の秘密を知っていて』『秘書経験もあって』『昔からの心許せる親友』である、私が! そんな奇跡レベルでうってつけなお喋り相手を前にしたら、彼女だってこうはなる。私だってそうなる。

 

 

……そう、私だってそうなる…! 今挙げた『奇跡レベルでうってつけなお喋り相手』というのは、メマリアから見た私だけじゃない。私から見たメマリアも、全く同じなのだ!!

 

 

社長やラティッカさん達や他のミミック達がいるとはいえ、将来の任とは違う秘書業、魔王様方のお話、それを話せる相手なんて……まさに奇跡と言っても過言ではない!

 

 

だからもう遮るものが無くなった今、私も彼女とお喋りしたくて堪らない! だから、メマリアが私と同じ思いであれば本当に嬉しいと、本当に思っていて――!

 

 

「最強トリオが御一人を師匠にしているのは伊達ではない、ということかしら?」

 

 

メマリアは図星を突かれた照れ隠しのように、目で社長を指し示す。じゃあ私も作り出した扇子で、彼女が浮かべているのと同じような笑み悶えを覆って!

 

 

「隠すのは得意じゃないかもしれないけど、探し当てるのは社長相手で大分慣れたから。なんて!」

 

 

「あら、どうやら敏腕な秘書のようね。ふふっ!」

 

 

あとは互いにクスクスと笑いあい、揃って手にした扇子が連結してしまうぐらいに顔を寄せ合って。皆が気づかない間だけの、二人だけの秘密の時間と洒落こもう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、その時の魔王様は……もう貴女相手だし不敬を構わず言ってしまうけど、そのゴネられておられる姿はとてもとても可愛らしくて…! 兵や民へはあんなに素晴らしき魔王様をお見せになられているのに、そんな御姿を私なんかの前で見せてくださるなんて、王秘書として信頼されていると感じると同時にただただ純粋に愛おしくてたまらなくて……!」

 

 

「いいなぁ…! 私もその御姿、拝見したかったなぁ…!」

 

 

「ふふっ。先にお役目に就いた役得ね。でも、貴女も酒席で色々と頼られたと魔王様御本人から聞いたわ。私としてはそっちも羨ましいわ」

 

 

「あはは…! 魔王様、社長とオルエさんに攻められちゃって、私に助けを求める形でちょこちょこね。お酔いになられていることもあって、結構絡んで頂いちゃって…! 社長と私の取り合いをしてくださったり……!」

 

 

「あぁあ……! 聞くだけでお可愛らしい…! 良いわねアスト、お腹をすかせたベーゼじゃないけど、指を咥えたい気持ちよ…! 私が見たのは一応魔王様としてのお立場での行動だから、そんな心を完全に許しお蕩けになった御姿なんてまだ……! もっと詳しく聞かせて頂戴な…! あと、もっと話しても…?」

 

 

「勿論! 私も魔王様の可愛いエピソード、無限に聞きたいもの!」

 

 

 

 

扇子を握り潰さんばかりに感情を露わにしまくるメマリアに、私も同調。ふふっ、この熱量をメマリアが秘めていたなんて! びっくりするとともになんだか更に親しみが湧いてしまう!

 

 

揃って興奮し過ぎのてらいがあるが……一応、二人の周囲に防音系の魔法をかけておいた。ある程度声を大きくしても社長達には届かない程度の。おかげかまだ気づかれている様子はないが、それでも冷静さを維持しなければ、動きでバレてしまうだろう。

 

 

……でも、どうして冷静でいられようか! 無理に決まってる! 秘中の秘のコソコソ話なんて、盛り上がってしまうに決まってる! 話は更にヒートアップ!

 

 

 

 

「はぁ…どうしたら私も酒席を共にする栄誉に預かれるかしら……?」

 

 

「まあ私は社長のご縁で同席を許して頂けただけだから。それでもだいぶ説得に時間がかかったらしいし」

 

 

「でも魔王様のことだもの。嫌がられていたのではなく、ただ恥じらっておられただけなのでしょう?」

 

 

「えぇ、社長達曰くそうみたい。実際そんなご様子だったし、最初は謁見の形でお会いすることになったし。あの時社長の指示で仕事服で行くことになってしまったから、魔王様に謁見と聞いて本当気が気じゃなくて!」

 

 

「ふふふっ! その顛末はある程度聞いているわ。なんとも魔王様らしく、そして最強トリオらしいエピソードね。 ……私も貴女みたいに最強トリオの下につけば良いのかしら?」

 

 

「えっ!? いやいや…いやいやいや!? だ、ダメだし、オルエさんはちょっと危険……ってそうじゃなくて! というよりそれ…!」

 

 

「うふふふっ! 勿論冗談よ。魔王様こそがその一角であらせられるのだしね。 ただ真摯に王秘書としての精進を続け、魔王様に認めていただくのが一番の近道なのはわかっているわ。いつになるかは魔王様の御心のままだから、少しばかり焦れてしまうのだけど…」

 

 

「ちょっとズルい手段になるかもしれないけど……社長に頼んで魔王様を説得して貰うのはどう? どんな形になるかわからないし、素敵な決意をしたところに水を差――」

 

 

「――是非お願いして良いかしら…!」

 

 

「…ふふっ! わかったわ。まあ説得して貰えたとしても、いつになるかはわからなそうだけど……」

 

 

「構わないわ。それだけで希望が持てるもの! 持つべきものは親友ね」

 

 

「現金なんだから! ふふふっ!」

 

 

 

 

と、そんな風に冗談を言われたり約束をしたり――!

 

 

 

 

「――さっき言っていたけど、マネイズさんを傍に呼んだの? 実は彼女……」

 

 

「あら、貴女も目をつけていたの? あぁ、そういえば彼女が担当していたダンジョンもミミック派遣対象だったわね。ふふっ、彼女、私よりも秘書らしいかしら?」

 

 

「もう…! 答えに困ることを…! だって貴女はそれ以前に親友だもの。そうとしか見れなくて。それに、そもそもアドメラレク家は秘書のお手本とするには格が違い過ぎるでしょう」

 

 

「うふふ…アストからそんなことを言われる日が来るなんてね…! コホン、それはさておき、あの方の書類作りセンスは群を抜いているわよね。あがってくる書類の中で一際輝いているもの」

 

 

「あれを見たら、参考にしたくなると同時に……」

 

 

「秘書としての血が騒いでしまうわね!」

 

 

「「ふふっ!」」

 

 

「――ところでアスト、先日御社に勇者一行の資料が送られたでしょう? あれはどうだったかしら?」

 

 

「へ? あのアドメラレク家作成の? マネイズさんのと同じくらい読みやすくてわかりやすかったから、凄く有効活用できたけど……――って、もしかして!?」

 

 

「ふふ…! 彼女に教示を頼んだ甲斐があったというものね」

 

 

「やっぱり! メマリアが作ったものだったの!? ぅう~…! それを見抜けてたら今日のは…!」

 

 

「うふふふふっ!」

 

 

 

 

と、共通の知り合いの話で盛り上がったり、更なる種明かしをされたり――!

 

 

 

 

 

「――そうそう。さっきのアスト、とても参考になったわ」

 

 

「? さっきの、って…?」

 

 

「あの御二方を…特にミミンさんを叱りつけたことよ。あれは惚れ惚れしたわ。勿論皮肉なんかではなく、純粋にね」

 

 

「えぇ……。褒められてる…のよね……?」

 

 

「ふふっ勿論よ。実は私、悩みがあってね。王秘書の身であるが故、必要であれば恐れずに身を張り魔王様を諫める――それがアドメラレク家の家訓が一つなの。けど…私は修練中の身であるし、あの魔王様を諫める方法なんてどうにも……」

 

 

「あぁそういう…! あんな姿を参考にされるなんて大分恥ずかしいけど……。メマリアの役に立てたのであれば嬉しい……――」

 

 

「いえ、まだ足りないの…! どうかもっと詳しく、諫め方を教えて頂戴…! きっとあの様子だと、日常茶飯事とまではいかないだろうけど、普段からよくやっているのでしょう?」

 

 

「いや……まあ……たまに? 社長、結構やんちゃだから……。お仕事からちょこちょこサボって逃げるし、中々の頻度で振り回してくるし、子供みたいな駄々を言うし……。だから私が叱って、許して、誘導してあげないと――」

 

 

「そう、それよ! 私が今欲しているテクニックは! 自らの上役を宥めすかし、気安く執務に取り組ませることのできる、貴女のそのテクニックを…! ミミンさんと魔王様、性格は違えど心の核は似ているわ。だから、ご鞭撻をお願いしたいのよ。アスト師匠?」

 

 

「師匠、って…! ふふ…ルーファエルデの言う通り、向上心の塊ねメマリアは。社長と魔王様が…そしてオルエさんの三人の内側がそっくりなのは私も同意。けど魔王様相手にどれだけ通じるかはわからないし、あの御方のことだからやり過ぎずに甘えさせるのを多めにしたほうがいいと思うけど…」

 

 

「ふふふっ。流石アストね。一度の酒席だけでそれも見抜いたなんて。師とするには心強いわ」

 

 

「もう……! じゃあ、コホン。私は社長相手がサボったときにはね……――」

 

 

「……――成程…。押して急に引くのね。それで不安と罪悪感を煽って……策士ね…!」

 

 

 

と、請われたり、教示したり――! メマリアのことだからきっと私よりも使いこなすだろう、上役相手への説教術! ふふふっ、彼女が魔王様の傍で控えつつ、王秘書として魔王様を色々な意味で補佐をする日が楽しみである!

 

 

勿論、これだけではない。今まで溜まりに溜まったお喋り欲求はこの程度では収まるわけがない! 社長達が気づいていないかチラチラ確認しながら、今度はちょっとした愚痴の言い合いに!

 

 

 

「――それで、そんな状況なのに社長が急に予定を変更してね。その時のスケジュール調整はちょっと大変だったかな……」

 

 

「ふふっ。私も同じことがあったわ。本当綱渡りだったわ…! あとはやっぱり複数同時来客時の対応が大変よね。緊急性の高いものをより分けるのが特に。可能な限り迅速に詳細を聞き出し突き止め、魔王様へ繋ぐのは毎回気を揉むわ」

 

 

「わかる…! 凄いわかる…! うちの場合は来客というよりも依頼だけど……本当にそれは大変。しかもそういう時に限って一気に来るから……!」

 

 

「なんなのでしょうね、あの現象…! やりがいはあるのだけどね。更にそこへ管理業務や手配業務も挟まってくるからもう……!」

 

 

「ね! そういう時は幾ら魔法を駆使しても足りないぐらい! 最大何体の使い魔を同時操作したことやら! 社内に溢れるぐらいには出したもの。 メマリアは?」

 

 

「私は髪の方が動かしやすいからもっぱらそっちね。それでも全部動かすことになった時があって、その際は報告に入って来た兵が腰を抜かしてしまったかしら。急に闇夜が現れた―とか言って」

 

 

「あはは! あるある、あまりにも鬼気迫り過ぎて、他の人をびっくりさせちゃうこと! 流石にそれぐらいのことは滅多にないとはいえ……」

 

 

「金輪際お断り、って気分ね! うふふっ! ――やっぱり務める場所は違えど、秘書の苦労は変わらないわね。けど、その分……」

 

 

「えぇ! 社長の魔王様の…仕える方の笑顔と感謝があるから報われちゃう! しかも頑張れば頑張るほど可愛らしい御姿を見せてくれるから、それを護れるのであれば…!」

 

 

「我が身果てても悔いはない――。ルーファエルデじゃないけど、それぐらいの覚悟は持ててしまうわね」

 

 

「ね!」

 

 

「「ふふふふふっ!」」

 

 

 

 

もう……もう……楽し過ぎる! メマリアとのお喋りが止まらない! 口に出るまま、空気に流されるままポロポロ話してしまうのだ! やっぱり今日だけでは済まないと今度個人的に会う約束をも交わしつつ、今度は――!

 

 

 

 

「――それで、これがその時の写真。社長のだらけっぷり、凄いでしょう?」

 

 

「はあぁ…! お可愛らしい…! 良いわね、魔王様の写真は撮ってはいけないから……。でも、ミミンさんも魔王様と同じぐらい愛くるしいわ……! もっと見せて貰えないかしら…!」

 

 

「いくらでも! えっとね…これは朝の寝ぼけている時の写真集。毎朝こんな感じだから沢山あって。もう容姿も相まって完全に子供みたいで…――!」

 

 

 

と、不意に出た話から私秘蔵の社長アルバムを見せることに! 魔法陣上に幾つも表示し、社長の可愛らしく緩みまくりなお顔をメマリアと一緒に観賞を――……!

 

 

 

「……アストとメマリアちゃん、二人でこそこそ何話してるのよ~……」

 

 

「わっ!? 社長!?」

「ミミン様!?」

 

 

 

 

 

 

 

びっくりしたぁ!! 私達の目の前に展開した写真表示魔法陣、及び内緒話のために開いていた扇子の奥……丁度私達の壁となる形で、社長が机の上に!!

 

 

慌てて社長の影からチラリと見ると、どうやら他のメンバーは未だ歓談中。……というよりオルエさんに舌で(言葉という意味)弄ばれてる。私達の密談に気づいたのは社長だけらしいけど…。

 

 

「えぇと……ミミン様、これは……」

 

 

さしものメマリアも少したじろぎ気味。と、社長は照れ隠しのように深く息を吐き……。

 

 

「様なんて重苦しいものつけなくて良いわよ。さっき二人で話していた時みたいに気楽にして頂戴な」

 

 

「……! 聞いてたんですか…!?」

 

 

その台詞でハッと気づき、私は問う。すると社長、ふふん、と胸を張って――。

 

 

「私、ミミックよ? ダンジョンの行く先で常に待ち構えてる魔物よ? 聞こうと思えば遠くの路地で針が落ちた音ぐらい聞けるの、知ってるでしょう?」

 

 

確かに…。ミミックはそういう魔物。この程度の防音魔法なんか意に介さなくて当然か。……でも。

 

 

「『聞こうと思えば』ということは……気になってたんですね? 私達の会話」

 

 

「ンぐ……! ……そりゃそうでしょ…。私とマオ(魔王様)の話なんだから。耳をそばだたせたくなって当然じゃない…」

 

 

張っていた胸を今度は縮め、むぅっ……とうら恥ずかしさで頬を染める社長。しかし面目が立たないと思ったのか、また背を伸ばし、腕を組んで――。

 

 

「全く……人が黙っているのを良い事に、結構恥ずかしい話まで暴露してたじゃない? そういうのは――」

 

 

「お仕置きの一貫、ということで」

 

 

「――うっ……。言うわねぇ…。それ持ち出されたら何も言えないじゃないの……。メマリアちゃん、『参考になる』みたいな顔して笑わないでよ……」

 

 

社長、クスクス笑うメマリアへツッコミつつ、またちっちゃく。散々やられたんですもの、これぐらいは許して貰わないと!

 

 

「はぁ……もう良いわよ。好きなだけ話して頂戴な」

 

 

もはや敗北を悟ったらしく、社長は全てを放り投げるかのように手をヒラヒラ振る。と、そのまま私の膝の上に戻って来て……。

 

 

「でも…ここからは私も入らせて貰うわ!」

 

 

「遠慮はしませんよ?」

 

 

「えぇ! その分、マオの恥ずかしいトコ喋りまくってやるんだから! そもそもあの子があんなお願いしてこなきゃ、こうして駆り出されることも、アストに怒られることもなかったんだから!」

 

 

プリプリと怒りを露わに、鼻をフンス!と鳴らして。……魔王様の恥ずかしい御姿なんて、垂涎もの……! 思わずゴクリと喉がなっちゃう……!

 

 

 

……――だが。それよりも前に気になることがある。実は先程からメマリアと話していて、どうしても腑に落ちない疑念が胸の中に芽生えてしまっていたのだ。それが今の社長の一言で、一気に成長してしまった。

 

 

チラリとメマリアを窺うと、彼女も同じ思いを持っているのだろう。私へ頷きを返してきた。後ろ髪を引かれる思いだが……聞いてしまおう!

 

 

「社長……。本当なんですか?」

 

 

「ん? 何が?」

 

 

「その魔王様からのお願い……密命。それ、本当に『私達が次代グリモワルスに相応しいか確かめる』というものだったんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………なんでそう思ったのかしら?」

 

 

私達に背を向けたまま、先程までとは打って変わって深沈たる声を発する社長。私達はその様子に怯えることなく、自らの推論を明らかにした。

 

 

「単純に、違和感を感じているんです。その密命内容は確かに利には適っているとは思いますが……」

 

 

「あの魔王様がそのような命を出すなんて……。とても信じられませんわ。そのような御性格ではありませんでしょう?」

 

 

そう――。直接魔王様にお会いした私とメマリアにしかわからないことであろうが、どうにも納得いかないのだ。魔王様は先も述べた通り、とてもシャイな方。そんな方が、このグリモワルス女子会に乱入させる形で、気の置けない友人であるとはいえ社長とオルエさんを送り込むだろうか。

 

 

「残念ながら警戒されてしまっているのでしょう。私の魔眼『(かなめ)眼』では真偽は読み取れませんでしたが……。だからこそ際立ってしまいましたわ。アストの説教を受けている際のミミンさんの一言が」

 

 

「あの時社長、『理由はここでは話せない』と仰っていたじゃないですか。ですがベーゼの魔眼を受けて、即座に話しましたよね?」

 

 

「あれはオルエが勝手に話してしまったからよ?」

 

 

「社長であればオルエさんの言動を予測できるでしょうし、止めることすら出来たはずです。密命なんですから。そもそもオルエさん自体も社長達と同じく隠すべきところは隠すタイプですし…………多分……」

 

 

「仮にそうでなかったとしても、妥当性の確認としては少々手段が歪すぎますわ。私達を好き放題に弄ぶだけ弄んで、それで問題なしだなんて……普通に考えればおかしい話ですもの」

 

 

メマリアと私、私とメマリア。交互に問い詰めてゆく。それを受け社長は――。

 

 

「――ふっふっふ……ふふふふふっ! 合格! 次代アスタロトとして相応しいわ!」

 

 

「「!?」」

 

 

「……なんてね! 本当、マオの未来は安泰ねぇ。こんな素敵な子達が育っているなんて!」

 

 

くるりと振り返り、満面の笑みで私達の頭を撫でてきた…!? え、これはどういう……!?

 

 

「お察しの通りよ。オルエが言っていたのは口から出まかせ。……いや、全部が全部嘘ってわけじゃないんだけどね。ただ、本当の『マオのお願い』は別にあるわ」

 

 

「「と、言いますと……?」」

 

 

「内緒☆ マオの面目のためにね。でも、察しの良い二人のことだもの。すぐにわかると思うわ。もうそろそろだし」

 

 

「「すぐにわかる…? もうそろそろ…? あの、仰っている意味が――」」

 

 

社長の謎めいたウインクに、私とメマリアは揃って首を捻ってしまう。一体どういう……――。

 

 

 

 

 

 

 ―――リリリリリリリリリリリリンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「わぁっ!?」

「な、なに!?」

「これは…!?」

「ベルの音!?」

 

 

突如場に響き渡ったのは、けたたましいほどのベル音! ベーゼもネルサもメマリアも私も動転する中、社長とオルエさんは『あぁ、もう?』と言うような感じで落ち着き払ってる…!

 

 

そしてそれは残るもう一人……ルーファエルデも!? 彼女は懐から懐中時計を取り出し、時間を確認しだした。どうやらそれが音の元のよう。

 

 

「あら! もうこんな時間! 楽しい時が流れるのは早いものですわ~! では皆様、一旦休題としてくださいまし!」

 

 

ベルの音を止めながら、私達へそう指示する彼女。こんな時間、って…。女子会はまだまだ続けられるはずだけど……。

 

 

そんな私達の疑問に答えるように、ルーファエルデは皆を見渡す。そしてベル音にも負けないような張りのある声で、宣言をした。

 

 

 

「会の始めに申し上げました、『とある重大な御予定』の時刻と相成りましたわ! 準備をいたしましょう!」

 

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑱

 

 

「あぁ、そういえば……」

 

 

ルーファエルデ、そんなこと言っていた。『今回、とある重大な御予定がございますの。(わたくし)グリモワルス(魔界大公爵)の者として、とてつもなく重要な、ね』と。正直、すっかり忘れてしまっていた。

 

 

いやだって、色々あり過ぎて……! 仕事先について必死に隠そうとし続けていて、それが社長達の乱入で破綻して、結局それで盛り上がりに盛り上がってだもの。仕方ないと思う。そしてどうやら他の皆

もそうだったらしく――。

 

 

「予定ってな~にルーちゃん?」

 

「なんかヤバ気な予感するわ~★」

 

「なんだか穏やかではないわね」

 

 

ベーゼもネルサもメマリアも、ルーファエルデの説明を待つ姿勢。なにせ重大な予定とだけ言われ、肝心の内容が語られていないのだから。しかも『グリモワルスの者として途轍もなく重要』となんて言われてしまえば、ネルサやメマリアの言う通り身構えてしまう……!

 

 

「ウフフッ! どうか心は穏やかに、されど引き締めていただけますと幸いですわ~!」

 

 

そんな私達へ向け不敵な笑みを向けながら、召使呼び出しベルを手に取るルーファエルデ。どうやら説明する気はないらしい。まるでサプライズを計画しているかのよう…!

 

 

「ですがまずは、化粧直しと参りましょう! ――あぁ、その前に。秘密は全て仕舞うと致しましょう。ネルサ、魔導画面を。アストはその…フフっ、副隊長の衣装や仮面を」

 

 

「りょ~★」

 

「あっと…! じゃあ扇子も一旦……」

 

 

とりあえずはどうやら化粧直しのために召使を呼ぶらしい。私達がそれらを消滅させたのを見届け、彼女は次に社長達へと。

 

 

「そしてミミン様、オルエ様。使用人達が混乱してしまうと少々手間ですので、どうか一時的に……」

 

 

「はいはーい! 宝箱になっとくわね!」

 

「皆のお♡色♡直♡し♡ こっそりと覗いているわね♡ うふふ♡盗撮みたいで…あぁん♡」

 

 

社長触手によってベーゼの下から引っこ抜かれ、宝箱へと仕舞われるオルエさん。蓋もパタンと閉じ、社長達は宝箱形態に。万全の準備を整ったのを確認し、ルーファエルデは改めて手にしたベルをチリリンと鳴らした。

 

 

「「「「「皆様方、失礼いたします」」」」」」

 

 

するとすぐさま扉を開け、バエル家の召使達が恭しく入って来て……って、あれ!? 私のも!? 私が伴って来た、アスタロト家のメイドも数人!!?

 

 

いやそれだけじゃない! エスモデウス家、レオナール家、アドメラレク家、それぞれの……! つまり、ベーゼネルサメマリアがそれぞれ伴って来た召使達が数人ずつ、化粧道具やらを手に入ってきた!? 化粧直しって私達も!?

 

 

「失礼いたしますルーファエルデお嬢様」

「はい、お申しつけ通りに各位へ伝達済みです」

「手甲と剣はお外しに? 再装備なさるのですね」

 

 

「失礼いたしますベーゼお嬢様」

「ふふ、また口元にお菓子の欠片が」

「くすぐったいのは我慢ですよ」

 

 

「失礼いたしますネルサお嬢様」

「あら、珍しく盛りが崩れ気味で…」

「よほど興奮なされたようで。うふふっ」

 

 

「失礼いたしますメマリアお嬢様」

「御髪、梳かせていただきます」

「……扇子が曲がって…?」

 

 

「失礼いたしますアストお嬢様」

「そちらの宝箱は――ではそのままで」

「なんだか晴れ晴れとされましたね!」

 

 

 

それぞれの召使が、それぞれの主へメイクを施し、身なりを綺麗にし。化粧直しを行っていく。ルーファエルデの指示がバエル家の召使経由で伝えられているようで、皆テキパキと。……でも、その誰も、何のための化粧直しかは知らされていない様子。

 

 

「「「「「失礼いたします」」」」」

 

 

その間にも更に召使達が現れ、円卓の上やカートの整理整頓を。空になったお皿やポットやカップは新しいものへと交換され、場はまるで女子会開始前のように――。

 

 

「えー!? 片付けちゃうの!?」

 

 

おや? ベーゼが悲しい声を。見ると、ケーキスタンドが一旦下げられている。ティーカートも後ろに引かれ、円卓の上にはカップ一つもなくなってしまった。多分これもルーファエルデの指示。

 

 

一体何なのだろう、重大な予定とは……。少なくとも身綺麗にし、飲み食いを控えなければならないものであるのは間違いなさそう。本当にヤバ気な感じがしてきた……!

 

 

「「「「「では私共はこれにて。どうかごゆるりと」」」」」

 

 

緊張を身に走らせている中、召使達は任を終え退室してゆく。型通りの台詞を残して。さて……――!

 

 

 

 

「「「「予定ってなんなの!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び私達だけとなった瞬間、皆で声を揃えてルーファエルデを問い詰める! だが彼女は意味深に微笑みながら懐中時計へと目をやり――。

 

 

「もう少しお待ちくださいましね。ウフフッ! 驚き過ぎて我を忘れぬようご注意を!」

 

 

やっぱり教えてくれない! ただ想像力と不安を掻き立てるだけ! と、社長とオルエさんも箱からスポッと出て来て――。

 

 

「ま、私達がいるから安心しなさいな!」

 

「困ったらリードしてあげるわぁ♡」 

 

 

それぞれの所定位置…私の膝の上とベーゼの下に収まりそんなことを。するとルーファエルデはポンと手を合わせ、納得したように頷きを。

 

 

「今更ながら、ミミン様オルエ様が突然にいらした理由が解せましたわ~! 成程、このためでしたとは!」

 

 

「ま~、そういうことね」

 

「前戯♡は念入りに♡っておねだりされちゃって♡」

 

 

そして三人で笑いあって……! なにがなんだか……。私達四人は完全に蚊帳の外。

 

 

「どーいうこと? ルーちゃん、ししょー?」

 

 

と、ベーゼは首を捻り――。

 

 

「……さっきの私、あんな感じだったのかしらね」

 

 

と、メマリアは先程の自分と重ね合わせ独り言ち――。

 

 

「ッ!? ちょっ、るふぁちんもしかして!?」

 

 

あ、ネルサは何か感づいたらしい。凄い目を見開いている。なら私もメマリアへ『探し当てるのはだいぶ慣れた』とか言った手前、推理しないと!

 

 

……とは言ったが、正直ある程度はもう……! それでもまさか、とは思うし、信じられないのだけど……!

 

 

そんな私達…特にメマリアと私を見やりながら、ルーファエルデは高らかに胸を張った!

 

 

「メマリア、そしてアストにとっても少々肩透かしとなってしまいましょうが…ふふっ、構いませんでしょう! ()()()()の御威光がその程度で消え失せることがありましょうか! いえ、寧ろだからこそ際立つというもの!」

 

 

その言い方……まさか本当に!!? チラッとメマリアに目を向けると、彼女も私と同じような表情に…! そこにネルサも加えた三人がごくりと息を呑む中、ルーファエルデは改めて懐中時計を覗き込み――!

 

 

「時間となりますわ~! 3、2、1――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――グニャリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わわっ!?」

「なっ……!?」

「円卓が消えて…!?」

「ティーセットも消えちゃったぁ!?」

 

 

ルーファエルデのカウントダウンが終わった瞬間、ネルサもメマリアも私もベーゼも揃って驚愕の声を上げてしまう!! だって目の前にあった円卓、そして下げられていたティーセットが歪んで消滅したのだから!! いや、それだけじゃ済まない!!!

 

 

「ちょまっ!? 周りも!?」

「これは……!」

「まさか……!」

「わぁ~!! ここどこ~!?」

 

 

周囲の壁消えて……ううん、空間全てが歪み、全く違う装いへと変貌してる!! さっきルーファエルデが模擬戦場を作るために空間魔法を行使した際も色々と変わったが……これはその比じゃない!

 

 

消えた円卓にほんの数瞬目を奪われている間に、瞬きの暇すらなく、左右上下の空間が様変わりしたのだ!! 今座っている椅子と、私達だけを残して! まるで厳かなる広間のように……!

 

 

 

……いや、ように、ではない! まさしくここは厳かなる広間! それも、見覚えがある…あってしまう、ここは!! まさかとは思ったが……まさか……本当に――……!!?

 

 

 

 

『――よくぞ来た。我が剣(バエル)我が顔(レオナール)我が血(アスタロト)我が手(アドメラレク)我が心(エスモデウス)(われ)の誇る忠愛なるグリモワルスが次代達よ』

 

 

 

 

……っっっ!!! こ……この御声は……!!! 気迫漲る男声と威圧感極まる女声が合わさったかのような…しかしそれでいて、二重の意すら分けて聞き取らせることすら可能とするこの御声は……!!! 全身から汗が噴き出て瞬時に引いていくような感覚すら覚える、身を竦ませて余りあるほどの威厳を備えられているこの御声は!!!

 

 

「……マ……!? か、身体が……!」

 

「顔も動かせないよぉ……!?」

 

「よもや、これほどとは……! 嗚呼、偉大なりしや――……!」

 

 

更に、その御声の元から放たれているのは……暴風すら柔く感じてしまう、全身を凍てつかせるかのごとき波動!!! ネルサもベーゼもルーファエルデも、たじろぐことすら許されていない!!!

 

 

「普段以上に……それも今までにないほどに気を漲らせていらっしゃるわね……!」

 

 

そして……比較的()()()()()()()のメマリアですら! 私も動けなくなっている中、目だけを動かして改めて周囲に目を……!

 

 

やはり、疑いようはない……!!! ここは、『謁見の間』……!!! そう、魔王城の!!! つまり、この御声と波動の主は当然ながら――!!!!!

 

 

『皆、面を上げるが良い』

 

 

「「「「「ははぁっ!」」」」」

 

 

その御命に応じ、私達グリモワルスは一斉に声の元へと顔を動かす。先程まで固まっていた身は容易く動き、代わりに視界へと飛び込んできたのは……()()を隠すベールの如きカーテンに映る、豪儀にして荘厳にして畏怖すらをも抱かせる、常闇のような影――!!!

 

 

 

『顔合わせは初となる者もおるな。ではまずは――我が名はマオ・ルシフース・バアンゾウマ・ラスタボス・サタノイア85世。現下の魔王を務める身である。宜しく頼もう』

 

 

 

 

本当に……魔王様ぁ!!!!!?????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「非礼をお許しくださいませ!!!」」」」」

 

 

直後、私達は即座に床へ膝をつき、礼を示す姿勢に。社長とオルエさんを椅子の上に残して。そしてまずはルーファエルデから。

 

 

「ルーファエルデ・グリモワルス・バエル。ここにまかり越してございますわ。此度の不心得なる願いを叶えてくださいました魔王様の寛大な御心へ、心からの尊崇を」

 

 

今回の女子会ホストとして、恐らく仕掛け人として、代表らしく挨拶を奉じた。その次に絶妙なタイミングで続いたのは、ネルサ。

 

 

「ネルサ・グリモワルス・レオナールと申します。此度は若輩の身ながら御前(ごぜん)へお招き頂くという名誉を賜りまして、幸甚の至りにございます!」

 

 

見事。全大使の一族として、状況を把握しきれない中でも緊張を出来る限り押し殺し、最大限の礼拝を果たして見せた。私が初めて魔王様に謁見をさせて頂いた時、あんな立派にはできなかった。まさにさすねる(流石ネルサ)……!

 

 

 

そんな彼女のおかげで、私も比較的落ち着いて謝意を述べることができた……! 次にはメマリアもそつなくこなし、最後は――。

 

 

「っ……え…あ…そ…その……! あ、アタシ! ベーゼ・グリモワルス・エスモデウスですっ!! ま、魔王様に謁見できまして、とっても嬉しくて……!!! ぁぅぅ……」

 

 

驚きからかぼーっとしてたベーゼ。自分の番だと気づき、しどろもどろに自己紹介を。いや、彼女を責めることなんて出来るわけがない。寧ろあれが当然の反応であろう。

 

 

仕組んでいたルーファエルデ、一族の矜持を見せたネルサ、そして謁見は初ではない私とメマリア。それと比べてはいけないのだ。加えて、状況が状況。

 

 

なにせさっきまで美味しいお菓子と紅茶を味わい、気の許せる友人や師匠と共に女子会を楽しんでいたのだもの。それが急転、何も説明なしに突然謁見の間に連れられ魔王様へ謁見なんて……しかもこの圧。気を失ってないだけ頑張っていると思う。

 

 

だが当の彼女は……あの楽天的な彼女を以てしても、そんな風に考えられてはいない様子。エスモデウス家の名に傷をつけたと思ったようで、平伏の姿勢のままプルプルと生まれたての小鹿の如く震えてしまっている。涙目にも……。助けに入らないと……――!

 

 

「うふふ♡ ベーゼちゃんったら、びくんびくん♡イっちゃって可愛いわぁ♡ で♡も♡そんな硬ぁく♡ならなくていいのよ♡」

 

 

――とっと…! 私達が動く前に、オルエさんがベーゼを抱っこ。そして先程までと同じく自らの上に彼女を座らせ、良い子良い子と撫でだした!!

 

 

「イケないのは魔王様なんだもの♡ ルーファエルデちゃんのおねだりを聞く代わりに、無理やり要求を飲み下させるなんて♡ さいて~い♡」

 

 

「ホントよねぇ。ドンと構えてりゃあいいのに。何が詳細は伏せておけよ、こうなるのは目に見えてたでしょうが!」

 

 

それに続き、社長まで魔王様相手に説教を!? 私は以前似た光景を見ているからともかく……実際の光景を始めて目にしたメマリア、最強トリオの関係性を目の当たりにしたベーゼネルサルーファエルデは唖然と!! そして叱られてしまった魔王様は……!

 

 

『貴様ら……! ……っ。いや、我の落ち度であるか。皆楽にせよ』

 

 

ほんの一瞬語気を強められたが、すぐに落ち着きを取り戻された……! ……なんだか私とメマリアを見てから怒りを収めてくださったような……? 最も見えているのは影だけだからよくわからないのだけど……。

 

 

 

 

『ルーファエルデよ、皆へ仔細を明かすがいい』

 

 

「はっ、魔王様! 仰せのままに!」

 

 

私達が席についたのを確認し、魔王様はルーファエルデへそう指示を。彼女は深々と一礼を返し、私達へと語り出した。

 

 

「事の発端となったのは私の身を弁えぬ我が儘ですの。私達ももう年頃。メマリアに至っては登城を行うほどでしたので、此度のグリモワルス女子会を期に、一度揃って我らが魔王様へ拝謁を――。そう考えた次第でございまして」

 

 

成程そういう……! と、ルーファエルデは恍惚の表情を浮かべ――。

 

 

「それをお父様お母様経由で祈念いたしますと、書簡にて裁可を頂きまして! もう夢のようでございましたわ!」

 

 

改めて深々と頭を下げ、魔王様へ感謝の意を。どうしてルーファエルデが、と思っていたけど…バエル様が繋げてくれたらしい。更にその後の説明をやれやれ口調の社長が。

 

 

「ただその代わりに、って条件を付けたのよ魔王様は。日程や時間こそ決めるけど、自分のタイミングでここに呼ぶってこと。それとその時まで詳細は話すなってね」

 

 

「もう♡ 恥ずかしがり屋さんなんだからぁ♡」

 

 

「フン……。次代グリモワルス達のことを考えてのことよ。無暗に緊張を与え、折角の茶会の興を削いでしまってはなるまい。加えてその方が飾らぬ会話が出来るというもの」

 

 

「「「おぉ……!」」」

 

 

その魔王様の御言葉に、ルーファエルデ達は感銘の嘆息を。皆の目にはオルエさん達のからかいを物ともせず、その御立場に相応しき威厳を醸し出す魔王様が映っていることだろう。いや……確かに眩いほどなのだけど、私は……。

 

 

「自分の姿見てから言ってくんないかしら……」

 

 

社長の私ぐらいにしか聞こえない声量のボヤキによって、笑みを嚙み潰すのが精いっぱいで……! 魔王様の真の御姿を知っている身としては……そのなんというか……。

 

 

間違いなく私達のことを思ってくださってもいるのだろうけど……。あの、シャイで可愛らしくて、今もなお姿を大きく飾っていらっしゃる魔王様がそう仰られると…くふっ、言い訳にしか聞こえなくて!

 

 

きっと魔王様のこと、バエル様方に諭され、ルーファエルデのお願いを恐々ながらも聞いてくださったに違いない。それでせめてもの譲歩として、そんな条件をつけて……! ふふふふふっ、勿論魔王様本人に聞かなければわからないけど、多分間違いない!

 

 

――あ。となると……社長達が魔王様の命で来たと言うのはもしかして――!

 

 

「予想している通りよ。全く困ったものよねぇ、あの緊張しぃは!」

 

 

社長、肩を竦めてこっそりと……! やっぱり! 魔王様、私達を試すために社長達を派遣してきたんじゃない! そして、私達の手助け役とするために送り込んでくれた訳でもない!

 

 

恐らく……ううん絶対、魔王様が自分のために――魔王様自身の手助けとなるために、グリモワルス女子会に社長達を侵入させたのだ! 初対面且つ今後深い関係になる次代グリモワルス相手との初顔合わせの、潤滑油役として!

 

 

そうまさに……知らない人と会う際に、共通の友人を挟んでアイスブレイクするかの如く! それならわざわざ社長達が選ばれたのも腑に落ちる! だって社長達は最強トリオ…最も信の置ける親友達なのだから!

 

 

まあその派遣代償は私の仕事先の暴露なのだけど……。そういうことならば何も問題はない! 魔王様が勇気を出されたのならそれぐらい幾らでも、である! おかげでわだかまりも解けたのだし!

 

 

「どうやらメマリアちゃんも察したみたいね」

 

 

そう社長に囁かれ見ると、確かにメマリアも微笑みを無理やり抑え込んでいる! 扇子で上手く隠して! 私もさっき化粧直し前に消してしまった扇子、とっておけばよかった! ふふふっ!

 

 

 

 

 

しかし僭越ながら魔王様、そのご不安は杞憂でございましょう!  裏事情を知る私達はともかくとして、そうではない三人…ルーファエルデ、ネルサ、ベーゼをあまり見くびってはなりません! だって彼女達もまた――!

 

 

 

「――と言う次第でございまして! 魔王様の執政は常に的を得ていると、各地を巡っておりますだけでも毎日の如く耳にいたしますわ! いずれそのような名君の元に仕えることができると思いますと胸が高鳴りに高鳴って!」

 

 

『ほう……! ルーファエルデよ、嬉しいことを言ってくれるではないか』

 

 

「あーしもです魔王様! あーしもるふぁちんみたいに色んな人に会いに行ってみてるんですけど、皆すっっっごいリスペクトを向けててくれてて★ 特に先代様から続くダンジョン繁栄策をさらにパワーアップしてくださっているのが評判高い感じで★ そんなアイドルみたいな魔王様にお会いできてるなんて…あーし、夢見てたりしてませんよね!?」

 

 

『フッ、ネルサめ、愛い奴よ。確かに我だ、安心するがいい』

 

 

「魔王様! アタシもアタシも! アタシも凄いってのあちこちで聞いてます! 魔王様がどこかへご視察に行く度にそこがお祭りみたいになって、そこでお食べになったご飯が超人気メニューになってますから! この間も魔王様が頂いたっていう悪魔風ハンバーグを食べに行ったらほっぺた落ちるほどでした!」

 

 

『あぁ、あれは実に美味であったな。 ……む。あれはかなりの辺境であったが、そこまで赴いてくれたのか』

 

 

 

そう、魔王様に忠誠を誓うグリモワルスの娘達! この時のためにお伝えしたいことを考えてぬいてきたであろうルーファエルデ、持ち前のコミュ力を駆使し既に打ち解けだしたネルサ、そして緊張が解れれば誰よりも楽天的であどけないベーゼ! そんな彼女達が魔王様との会談で亀裂を生じさせることなんてないのだ!

 

 

更に私とメマリア、社長とオルエさんも加われば……ふふっ! 空気張り詰める謁見が一転、先程までの女子会の延長のよう! 言うなれば、魔王様緊急参加って感じ!! 

 

 

こんな機会滅多にない! ルーファエルデの言う通りに心は穏やかに、されど引き締めて楽しんじゃうしかないでしょう!!

 

 

 



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アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会⑲終

 

 

『――そこで我は言ってやったのだ。【この地の平穏を乱したくば、まず我を倒すが良い。さすればこの地と言わず、魔界全てが貴様らの望み通りとなるであろうよ】とな』

 

 

「おお~~ッ★ 超カッコイイ誘い文句~★ 魔王様の頼もしさがもうギュンギュンに伝わってきて、あーし痺れちゃいます★」

 

 

「それで魔王様、手をゆっくり一度払うだけで荒くれ達全員宙に浮かせて、何百キロも遠くにある監獄までビュンッて吹き飛ばしちゃったんですよね~! つんよ~!」

 

 

「えぇ、しかもありとあらゆる攻撃を一切の身じろぎなくお受けになった後に。それで攻め入られていた村は瞬時に救われたのよ」

 

 

「はぁ……羨ましいですわメマリア……! 私も是非魔王様の御傍でそのご活躍ぶりを……! いえ、それよりも御身の盾と――!」

 

 

「気持ちだけで充分よルーファエルデちゃん。どうせ魔王様から飛び出していったんでしょうし。誰の制止も聞かずに、それどころか誰も寄せ付けずに戦いはじめたんでしょ? ――ほらやっぱり!」

 

 

「ふふっ! 民を護るために自ら御出陣なされるなんて! 魔王様の偉大さはまさに天井知らずですね!」

 

 

「うふふ♡ 昔からそうだもの♡ 魔王様ったら、誰かが危険に晒されてると聞いたら居ても立っても居られなくなっちゃって♡ 『最強トリオ』のエピソードも大体そうなのよ♡」

 

 

 

 

 

ということで、早速魔王様とのおしゃべ……会談を! その内容は多岐にわたり、こんな風な直近に発生した事件の顛末についてや――。

 

 

 

 

 

 

「じゃあじゃあ魔王様! 次もその最強トリオ英雄伝の話の中からぁ……!」

 

 

『ベーゼよ、少し落ち着くがいい。先も述べた通り、我らのそれは英雄伝と言うべきものでは……』

 

 

「あら良いじゃない♡ うら若い皆が私達のヤッてきた事で興奮♡してくれるなんて♡全身に快感が走っちゃうもの♡ 身体に正直になると……♡ちょっとは気持ちいいんでしょう♡」

 

 

『む……。……まあ、悪い気分ではないのは確かであるが……。 ……なれば、次からは我ではなく貴様らが語るがいい』

 

 

「もう女子会中に幾つか話したって言ったじゃない。だから皆、魔王様にお話して貰いたいのよ。でもそれでも渋るなら……代わりにアストに話して貰おうかしら! この前の飲み会の時の、あなたの真似をして貰いながら!」

 

 

『なっ……! ミミン、貴様! くっ…! アストよ……』

 

 

「あはは……。許されるのであれば憚りながら務めさせていただきたいところですが……。欲を申しますと、私も魔王様からお伺いしたいです。あの時も、今しがたのも、とても素敵な語りでしたから」

 

 

「超わかるあっすん…! 魔王様がお話してくださるの、演説なさっている時みたいに凛々しくてエモくてクールで★ けどチルさや温もりみたいな優しい暖かさも感じて★ まるで魔王様方と一緒にその伝説を体験してる気分になってます★」

 

 

(わたくし)からも是非! つい先程、各地に残る伝説の数々が魔王様方の手によるものだと初めて学ばせて頂きまして、その御本人を前にして、昂りが抑えられませんの……!」

 

 

「魔王様、どうかお願いいたします。ここに揃う面々は私と同じくいずれ貴方様のお傍に仕える身。なれば今この時こそ、かの輝かしき軌跡を示す絶好の機会だと存じますわ」

 

 

『むぅ……わかった。では語るとしよう。どの話を好む?』

 

 

「やったー! アタシ、『数日のみ顕現せし存在し得ぬ空中浮遊庭園』のお話が聞きたいでーす!」

「あーしはヤバそうな『彗星分裂』のお話をお願いしたいです★」

(わたくし)は『悪神集会の壊滅及び更生』についてを…!」

「差し支えなければ『千尋巨竜群の鎮圧』についても宜しいでしょうか?」

「酒席時の繰り返しとなり恐縮ですが、『崩落ダンジョン群からの総員救出作戦』のお話を、もう一度…!」

 

 

『お、おぉ。全員か。 フッ、構わん。とくと聞くがよい』

 

 

「私はぁ♡魔王軍と人間合同騎士団の両成敗の♡事後♡の処♡理♡のトークを……♡」

 

「私は三人が初めて会った時の話が良いわね! なにせ、ねぇ……?」

 

 

『貴様らには聞いておらんわ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

――勢ぞろいした最強トリオによって、かつてのエピソードを思う存分聞かせて頂いたり……!

 

 

 

 

 

 

 

 

『ルーファエルデよ。其方の両親より、そして魔王軍の勇士よりその武勇は聞いておる。その齢で既にあのバサクすらも下す腕を備えているとな。それほどの実力を備えながら、気品を忘れず美しくある。【軍総帥】一族として実に素晴らしい。先が楽しみよ』

 

 

「勿体なき御言葉……! 不肖ルーファエルデ、魔王様の剣に相応しき煌めきを得るために日々邁進していくことを誓わせていただきますわ!」

 

 

 

『ネルサの交流関係についても色々と耳にしておる。元気を分けて貰えるかの如く快活で、それでいて思慮深いと、我を訪ねる者の中からも其方を誉め立てる声はあがっておる故な。見事なる【全大使】一族の血よ、我もあっという間に絆されてしまったわ』

 

 

「わわ…★ 畏れ多いです…★ でも、にひひ…★あーしのことをそこまで仰ってくださるなんて、思わずイヤッホーッて飛び跳ねたくなっちゃうぐらい幸せ気分です★ とっても超ラブです魔王様!」

 

 

 

『ベーゼもまた学び多い漫遊を繰り広げているようだな。【催事長】一族はそれこそが肝要。時が来るまでその可憐な笑顔を忘れず精進を続けるが良い。――そうだな。其方が望むのであれば実力試しとして、小規模のものではあるが催事を任せてみるとしようか』

 

 

「え~っ! 良いんですか!!? ううん、宜しいのですか!!? ぜ、是非! アタシ色々やりたいことがあったんです! やった…っ! 魔王様ありがとうございます~!!!」

 

 

 

『メマリア。この場を借りて礼を言おう。どのような時も冷静沈着で臆せずに我の補佐を行う其方の【王秘書】たる振舞いようは、未だ其方が修練中の身だということを忘れてしまうほどに惚れ惚れとしてしまう。今後も我が傍らを託すとしよう』

 

 

「っ……! そ、そのような……! 未熟の身に余る光栄にございます! あぁ…どうか今だけは、冷静さを失うことをお許しくださいませ……! あの魔王様から、あぁ……!」

 

 

 

『アストよ。…フフフ、アストよ。クッフッフッ……! 何と無しに面映ゆいな。我が心腹の友たるミミンの優秀なる秘書を務め、オルエと交流を持ち、我と酒席まで共にした其方と改めてこうして向かい合うのは……! 古来より金庫番には誰も敵わぬものだが…其方が【大主計】を継ぎし時は、我もミミンと同じ目に遭いそうだ』

 

 

「へっ!? きょ、恐縮です…!」

 

 

「ちょっとぉ! なに私を引き合いに出してんのよ!」

 

 

「良いのかしら魔王様♡ アストちゃんの攻♡め♡ 結構キくわよぉ♡ 従うことしか考えられなくなちゃうぐらい♡」

 

 

「ちょっ…オルエさん!?」

 

 

『フハハハ! 今更であろうアスト。その一端は酒席でも披露していたではないか。手柔らかに頼むぞ。我相手にも、ミミン相手にもな』

 

 

「なによぉ……マオのくせにぃ……。今になってようやく、準備していた皆への賛辞を言えるようになったくせに…! 開幕言うつもりだったの言い出せず、ネルサちゃん達に呑まれてたくせに…むぐっ」

 

 

「ふふっ。社長、後で聞きますから…! ――今はただ魔王様の鷹揚な御心に恐れ入るばかりでございますが、その時となり必要とあれば、アスタロトとして相応しき進言をさせていただきます。どうか、御覚悟を?」

 

 

『うむ、見事見事! ……少しばかり怖くなってくるほどだな。手柔らかに頼むぞ……?』

 

 

 

 

 

 

 

――そんな風に、私達を魔王様が褒めてくださったり!! 更には……!

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ♡ ちょっと喉が乾いてきちゃったわねぇ♡」

 

 

『む。確かにな。まさかここまで話の花が咲くとは。面倒であろう我の相手など早々に切り上げさせ、すぐに返してやろうと考えておったが……』

 

 

「そんな! 面倒だなんて1000パー思ってません! 寧ろあーし達の方が、魔王様の御手を煩わせて……!」

 

 

「良いわよネルサちゃん。あれ照れ隠しだから。皆の前で話すのを恥ずかしがってただけだから。というかそれよりも、なんでこんな転移のさせかたしてんのよ」

 

 

『む……』

 

 

「こんな……ってどういうことですか社長?」

 

 

「見てなさいな。よいしょ」

 

 

「わっ!? しゃちょーの触手が、シャンデリア貫通してる~ぅ!?」

 

 

「いえこれは…。触れられないのですね」

 

 

「そ。私全然魔法の知識ないから説明できないんだけど……私達転移はしてるんだけど、実はしてないのよ。あぁ、てか使った本人いるんだから説明して頂戴な」

 

 

『ふむ……。噛み砕いて語るとするならば――其方らそれぞれを周囲の空間ごと場よりくり抜き、それを一時的にこの場へ疑似転移させているのだ。理解できるか?』

 

 

「「「……???」」」

 

 

「成程。『ソラ・ゲンエ・ジョバンイベ』の多元空間魔法理論、その亜種ですね! ですがあの複雑な術式を実際に使いこなされている方なんて……!」

 

 

(わたくし)も初めてお目にかかりましたわ! あぁ、偉大なりしや魔王様! 魔法の腕も非常に優れておりますわ~!」

 

 

『おぉ! アスト、ルーファエルデ。知っておったか! その通りだ! ……フフッ、嬉しいものだな…!』

 

 

「……結局どういうことぉ……?」

 

 

「えっとねベーゼ。私達の存在自体は女子会会場に居たままなの。いや、うーんと……とんでもなく雑に今の状況だけを説明すると、私達の周りに自在に伸びる壁が全面に張られて、その外側に本物の謁見の間が幻影魔法みたいに広がっている……感じかな?」

 

 

「ですので言葉や波動こそ伝われど、私達から魔王様へ、あるいはその逆においても干渉はできませんの。空間の場所が違うと申しましょうか……。床にも触れられぬはずなので、恐らくは違う感触ですわ」

 

 

「そうなん? ……わ!? ホントじゃん! なんか変な感じ…! 床みたいで床じゃないんだけど! さっき気づかなかったわ~……」

 

 

「緊張してしまっていたものね。私も一瞬、オルエさんの幻影魔法かと思ってしまっていたわ。魔王様の凍てつくかのような波動によってそれが考え違いだとわかっのだけれど」

 

 

「うふふ♡ 流石に魔王様の怒張♡されたご立派♡な威容♡を再現するのは、私でも難しいわぁ♡ け♡ど♡だからといってこんな手間のかかるコト、しなくてもいいのに♡ 怖がりなんだからぁ♡」

 

 

『む……!』

 

 

「ホント。どうせ、この間アストを(カーテ)連れてきた時みたいに(ンめくり)されるのを警戒してるんでしょ? そんなんだったら初めから私達に頼ら――」

 

 

『ともかく、皆のティーセットも転移させた。好きに振舞うがいい』

 

 

「わっ! 机とティーセットが急に出てきた~!?」

 

 

「これは触れるし★ 有難うございます魔王様!」

 

 

「「「感謝いたします」」」

 

 

『うむうむ。……貴様らもこの娘らぐらいに可愛げがあればいいものを』

 

 

「そっくり返すわよーだ」

「うふふふ♡」

 

 

 

 

 

 

 

謁見の間で紅茶を頂く許可を頂いてしまったり! こんなこと、当代グリモワルスの皆様方でも許されないのでは……! そしてそのティーセットを用いて――!

 

 

 

 

 

 

 

『ほう、それは見たことのない菓子であるな。どこのだ?』

 

 

「これはアストちゃんがお菓子の魔女にお願いして作って来てくれたケーキです! とっても美味しいんですよ~! 宜しければ魔王様も如何ですか?」

 

 

「あら…! ベーゼから迷いなくそんな申し出をするなんて…! 魔王様、これは受けたほうが宜しいかと。ふふっ」

 

 

「も~メーちゃん! アタシそんな欲張りじゃないよ~! ……あ、でも、どうやってこれ魔王様にお渡ししよう……? 確かくーかん?が違うんですよね?」

 

 

『フッ。造作もないことよ。なれば本当に転移させればいいだけのこと。……良いのか、我が貰っても?』

 

 

「勿論です! 皆で食べたほうが美味しいですもん!」

 

 

『フッ、輝くような奴よ。どれ、では頂戴するとしようか』

 

 

「わっ!! ケーキがちょっと歪んで……浮き上がってる! おお~★ ふよふよ魔王様のとこに動いてってる~★」

 

 

「しかしそのまま進めばカーテンにぶつかってしまうのでは……まあ! 透過を!?」

 

 

『フフフ…! おぉ、良い菓子だ。フォークを入れるのが惜しく感じるほどにな。これならば味も……うぅむ、見事! 感謝する、ベーゼ。そしてアストよ』

 

 

「魔王様、よかったらあーしのも是非! じっくり選んできたマジウマなのあるんですよ★」

 

「ベーゼやアスト、ネルサには及びませんでしょうが…(わたくし)が今日のために選んで参りましたものも宜しければ!」

 

「勿論私もですわ。どうかご賞味くださいませ」

 

 

『おぉおぉ…! 待て待て、1人ずつ頂くとしよう。フフフフ……こうも楽しき迷いは中々に――』

 

 

「……そのお菓子のどれかに私が入り込んで、そっちに転移するって手段あるわね」

 

 

『ッ!? ミミン貴様…ッ!』

 

 

「ふふっ、冗談よ! そんな酷いことしないっての。それよりも……魔王様、これもいかが?」

 

 

「? って社長、その大袋……!」

 

 

「まあ♡ アストちゃんがたぁっぷりの♡愛を注いで♡作ったクッキーじゃない♡」

 

 

「いやなんで知って……あっ、持ち込んだ食糧ってそれもですか!?」

 

 

『ほう。アスト手製か。以前言っておったな、菓子作りが趣味の一つだと』

 

 

「え~美味しそ~っ!! なんでアーちゃんそれを今日の(女子会用お菓子)に入れてないの~?」

 

 

「いやだって、あれ会社で食べるように適当に作ったやつで……。皆に食べてもらうほど立派なものじゃないから……」

 

 

「あら♡ とぉっても美味しかったわ♡ 口当たりのイイ硬さで♡濃厚で♡それでいてしつこくなくて……♡虜になっちゃったわ♡」

 

 

「ごくり……! ね、アーちゃん……ちょうだい? アタシ食べたい……!」

 

「あーしもあーしも! あっすんクッキー、絶対美味しいじゃ~ん★」

 

(わたくし)も興味がございますわ~! いつ以来でしょうか!」

 

「そういえばアストのお菓子を食べるなんて久しぶりね。ふふっ」

 

『オルエにそこまで言わしめるクッキー、我にも裾分けて貰いたいものだが……』

 

 

「ぅ~……! お口に合うかどうかわからない粗末なものではありますが、それで宜しければ是非……!」

 

 

「ということでこれまた箱から取り出したる大皿に、ざらざらざら~っと! さ、皆召し上がれ!」

 

 

『「「「「頂きま~す! ……! これは……っ!!」」」」』

 

 

「……美味しくない……かな?」

 

 

「ううん! 逆! 逆だよアーちゃん! すっっっっっっごく美味しい!」

 

「これマジであっすん手作りなん!? なにこの超クオリティ! ヤバ、最強でしょ★」

 

「まさにオルエ様の品評通りですわ~!! 硬すぎず柔らかすぎない歯当たりの良さ、紅茶に合う濃厚ながらも残らぬ甘さ……!」

 

「それに、愛情もしっかり感じられるわね。えぇ、確かにこれは虜になってしまうわ!」

 

『手が止まらなくなってしまうな……! すまないが、もっと貰ってゆくぞ……!』

 

 

「ふふーん! 美味しいでしょう、アストクッキーは!」

 

 

『何故貴様が自慢げなのかはわからんが……。アストよ、これは見事だ。褒美をとらせよう』

 

 

「い、いえ滅相もございません!」

 

 

「あら♡ じゃあ私からゴ♡ホ♡ウ♡ビ♡を……♡」

 

 

『「貴様(あんた)は動くなっ!!!」』

 

 

「「「「「ふふふふふっ!」」」」」

 

 

 

 

 

 

――と、ティータイムを楽しんだりと! 他にも沢山、時が過ぎるのを忘れて楽しませて頂いた! 今日の女子会は今までの中で一番だったかもしれない! ううん、間違いなく最高だった!

 

 

ふと考えると、そうなったのはやはり社長達のおかげであるのだろう。社長とオルエさんはものの見事に潤滑油役を果たしてくれたのだから。それは魔王様との会話への茶々だけではない。

 

 

確かにネルサ達であれば、魔王様相手にもいずれ本調子を取り戻したのだろう。だけど、社長達がいなければそれはもっと遅れてしまっていた気がする。魔王様を前に物怖じしてしまっていたと思うのだ。

 

 

けど、それを解消してくれたのが社長達。潤滑油としてでもあるが……それより前に、ああして私達をビックリさせるために現れてくれたのが大きいんじゃないかなと。なんと言うべきか……段階を踏んで驚かされたせいで、魔王様が現れても必要以上に怯まなかった感じがするのである。

 

 

社長が姿を現した時私に向けて言った『今の内から出ないと収拾がつかないから』という言葉には、そんな意味合いもあったのかもしれないと、今更ながらに思うのだ。……まあ、オルエさんの暴走に向けて言ったのかもしれないのだけど。

 

 

ふふふっ! ともあれ、そのおかげでとっても幸せなひと時を堪能できている! 欲を言えば、このままずっと話していたいぐらいなのだけど……――。

 

 

 

 

 

 

 

『――む。すまぬな、皆よ。我はそろそろ公務に戻らねばならぬ。此度はここで離脱させて貰うとしよう。……こうであればもっと時間を取っておくべきだったな……』

 

 

残念ながら魔王様の方にお時間の余裕がなくなったようで、惜しくも宴もたけなわでの解散が決まってしまった。嬉しいことに口惜しがるような素振りを見せてくださって……!

 

 

「ふぅん? そんなに楽しかったの? なら予定通りいきましょうか、オルエ?」

 

 

「はぁい♡ ベーゼちゃん、お耳を貸して頂戴な♡ ……こそこそ♡ごにょごにょ♡ふぅうっ…♡」

 

 

「ひゃうんっ~! ししょ~くすぐったいぃ~! うへへへ~」

 

 

――と、そこで急に動き出したのが、潤滑油役のお二人。社長の合図を受け、オルエさんがベーゼに何かを耳打ち……? ……本当にあれ耳打ち?

 

 

「――へ!? い、良いの……? 言っちゃって大丈夫なのししょー……?」

 

 

「うふふ♡ ベーゼちゃんが一番適任よ♡ いつもみたいに可愛くあどけなく、カラダの隅から隅まで愛で濡らしたくなっちゃうぐらいにおねだりしちゃって♡」

 

 

一応何かは話があったらしい。ちょっと緊張するようなベーゼを撫でて安心させるオルエさん。それで落ち着いたベーゼは何度か深呼吸をし……バッと手を挙げた!

 

 

「はい! 魔王様!」

 

 

『……何を言い含められた、ベーゼよ。一応聞こう』

 

 

「ありがとうございます! えっとですね……アタシ、もっと魔王様とお話したいです!」

 

 

『うむうむ。それは我もである。だが此度は……』

 

 

「ですので~……この間アーちゃんが参加したみたいに、アタシたちも魔王様との飲み会に参加したいです! アーちゃんだけズルいですもん!!!」

 

 

 

 

 

 

「「「「!!!!」」」」

 

 

そのベーゼのお願いに、私達グリモワルスは目を丸く! そして輝きを灯らせてしまう! しかし対する魔王様は、不意の一撃に面食らったご様子。

 

 

『ぬぅっ……! くっ……ぐっ……! ミミン、オルエ……ッ!』

 

 

「良い機会じゃないかしら? いつまでもカーテンの奥に引きこもってるわけにはいかないでしょうよ。五人中二人が既に知ってるんだし」

 

 

「そ♡れ♡に♡ (そそのか)しはしたけれど♡このおねだりはベーゼちゃんの正直なコ♡コ♡ロ♡よ♡ ハーレムを築くならぁ…♡皆が気をヤるぐらいの愛♡をたぁっぷり平等に注がないと♡」

 

 

社長達が魔王様の説得に…! ならばここは……加勢を! メマリアと頷き合い――!

 

 

「魔王様、私からも嘆願を。ベーゼもネルサもルーファエルデも、酒席を共にしたことで魔王様への尊崇を強めども、不和を生じさせるような者ではありません。是非、どうか……!」

 

 

「アストに同じ、ですわ魔王様。彼女達を古くから知る身として、そして魔王様の御姿を知る身として、我が身を賭けてでもその保証は致します。……それに私も、アストのような栄誉を賜りたいですわ」

 

 

『うっ……アスト……メマリアまで……!』

 

 

「なぁに、私達が間に挟まってあげるわよ! 今日みたいに、あの時みたいにね!」

 

 

「だから魔王様はぁ♡ベッドでどっしり構えていればいいわぁ♡ 皆で尽くしちゃう♡」

 

 

「「「お願いいたします、魔王様……!」」」

 

 

私達や社長達から駄目押され、更にベーゼ達に羨望の眼差しを受け、魔王様が下した決断は――。

 

 

『っ……あ…あぁ。確かに……この語らいをこれで幕引きとするのは……うん、間違いなく心苦しさはある。 なれば…よし!』

 

 

皆に、そして自分自身に言い聞かせるように深呼吸交じりに呟き――。

 

 

 

『希望通り、近いうちに席を設けるとしよう……!! 我に……二言はない!!!』

 

 

 

少し怖がりつつも、魔王様の懐の深さを見せてくださるように、承諾を!! 最も、歓喜する私達を余所に社長達を少し恨みがましく睨んでいた気がするが……。社長達もそれに気づいているようで、煽るような言葉を返した。

 

 

「私達を送り込んだらどうなるか、不安に負けて想像できない方が悪いわ!」

 

 

「ね~♡ これぐらいは気持ち良くイカせてくれないと♡」

 

 

……もしかしたらこれ、私達を慮っての提案というより、面倒事に駆り出してきた魔王様へのしっぺ返しだったのかもしれない。それも、愛のある。ふふっ、やはり仲良し三人組!!!

 

 

そんなこんなで、最強トリオ&グリモワルス女子会は大成功! 皆、満面の笑みで終わることができたのであった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当に帰っちゃうんですか?」

 

「もう日暮れ。是非我がバエル家に宿泊していかれては?」

 

「アタシ、もっとししょーたちとお喋りした~い!」

 

「こんままあーしたちと夜通し駄弁りましょ~よ★」

 

「まだまだお聞きしたいことは山のようにありますわ」

 

 

魔王様への拝謁を済まし、更に幾時間か。太陽は沈みかけ夜が近い黄昏時。私達はバエル家庭園の一角に集まっていた。その目の前には、社長と、社長を抱えたオルエさんが。

 

 

「その申し出はとっても楽しそうだけど、これ以上皆の女子会の邪魔はできないもの」

 

「あとは五人だけでくんずほぐれつ♡満開の百合の花を咲かせてね♡」

 

 

そう。社長達、急にお暇すると言い出したのだ。この後お泊り会もあるというのに。まだまだ話したりない私達は引き留めようとしているのだけど……。

 

 

「この後予定があるのよ。マオ(魔王様)の反省会に付き合うっていうね。あなた達と同じく夜通しで!」

 

「うふふ♡頑張ってた分とさっき虐めちゃった分、やさしぃく蕩かす♡ように甘えさせて♡いっぱいいぃっぱい慰めて♡あげないと♡」

 

 

ということらしい。だから寧ろ私達こそ邪魔になってしまうのであろう。そういうことであれば仕方ない。後ろ髪を引かれる思いで見送るしかなさそうである。

 

 

「しかしそれならば庭園を抜けるのではなく、せめて正面玄関から……」

 

 

「元々侵入者だもの私達。そこで捕まえられて戦いに持ち込まれちゃうのは御免こうむるわ!」

 

 

「まあそのようなこと……有りかもしれませんわね!」

 

 

「やぁん♡ 逃げなきゃぁ♡」

 

 

クスクスと笑いあうルーファエルデ達。と、社長は急に笑みを慈愛のものとし、私達グリモワルスへゆっくり目を配った。

 

 

「それにしても……本当、マオの未来は安泰ね。こんな良い子達が育ってるんだから。皆そのままあの子の補佐を頼むわね」

 

 

そして最後には私へと……あれ? なんだか……?

 

 

「それで、アスト……」

 

 

数秒前まで皆を見ていた目とは違い、どこか……。言葉も迷っているのか、ほんの少し言い淀んだ後――。

 

 

「…………やっぱ、なんでもないわ! 今日は悪かったわね、会社のことバラしちゃって! 私が言う台詞じゃないけど、この面子相手によく誤魔化しきれていたと思うわ!」

 

 

いつものような社長スマイルに。……あ、それでひとつ言いたかったことがあるのを思い出した。

 

 

 

「そういえば社長……お聞きしても?」

 

 

「ん? なぁに?」

 

 

「皆の前に現れる直前…なんであんなに隠れたり擬態したり暴れたりしたんですか? 魔王様の御友人であることを明かすだけであれば、あんな行動要らなかったですよね?」

 

 

「ぅっ……! そ、それは……」

 

 

「なんであんな行動したのか……私だけを弄ぶような行動をしたのか、最後に伺っても?」

 

 

「……こっそり部屋に入ってアストに気づかせた時に……良いびっくり顔浮かべてたから……その……」

 

 

「その?」

 

 

「……それで……」

 

 

「それで?」

 

 

「…………楽しくなっちゃって、つい……」

 

 

「アウトですね。お仕置き、覚悟しておいてください」

 

 

「そんなぁ!」

 

 

「うふふ♡ 本当、良いカップルよねぇ♡」

 

 

「黙ってなさいよオルエぇ……!」

 

 

「そうだ、オルエさん! 忘れる所でしたが…貴女にも言いたいことがあるんです!」

 

 

「あらぁ♡ 何かしらぁ♡ ミミンへのお仕置き用のテクを何か教えて欲しいのかしら♡ それとも…ゴ♡ホ♡ウ♡ビ♡について興味が……♡」

 

 

「私のショーツ、返してください!!!」

 

 

「やぁん♡ そんなぁ♡」

 

 

 

「「「「「「「ふふふふふっ!」」」」」」」

 

 

 



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顧客リスト№66 『山の神のキャンピングダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「……あれ? えっとこうして……こうしたから……あれれ……?」

 

 

「アスト~! 出来た? ――まだまだみたいね!」

 

 

悪戦苦闘している最中、社長がひょっこりと。うっ……見られてしまった……! 託された以上、せめてある程度完成はさせておきたかったのに……!

 

 

「思ったよりも難しくて……。説明書あるから簡単だと思ったんですが……」

 

 

「ふふっ! ()()()()()なんて、最初は皆そんなもんらしいわよ! ゆっくりやっていいわ!」

 

 

そう慰めてくれる社長の言う通り。私が取り組んでいたのは、テント設営。……もっとも今は、布と支柱用の棒が地面に無惨に転がっているだけなのだけど……。

 

 

「それに今日寒い日だもの! いくらグローブつけていてもかじかむでしょう?」

 

 

「はい……。それもあって上手く……」

 

 

グローブ越しに白い息をほうっと吐いて擦り合わせることで手を暖めつつ、社長へ頷く。確かに今日の()()()は凄く寒い。太陽こそある程度登り、澄み渡るように照っているが…雪が降るか降らないかぐらいには冷え込んでいるのだ。

 

 

そのため、私も社長も完全防寒。上下ともに厚手の服を着こみ、足にはブーツ、手にはグローブ。帽子や耳当てやマフラーもしっかりと。更に私は尻尾や羽用のあったかカバーを身につけているし、社長は身体が小さいからもはや着ぶくれまんまる。

 

 

……ここで違和感を覚えていただくと有難いのだが……。何故私達が、このような格好をしているのか、にである。マグマ燃え盛る地や風吹き荒ぶ地へはいつも通りのスーツや白ワンピース姿をしていた私達なのに。

 

 

このような格好をしたのは、極寒の雪山最奥や地平覆う氷世界へ訪問した時ぐらい。流石にそれらと比べてはそこまで寒くないこの場で、何故フル装備なのか。それには理由があるのである。

 

 

「……やっぱり駄目ですか? 魔法使っちゃ……?」

 

「だめ~! そうしないと折角()()()()してる意味ないじゃない!」

 

 

一応聞いてみたけど……残念ながらけんもほろろに断られてしまった。うぅ、魔法さえあれば……! テント設営にこんな時間がとられることも、こんな着こむこともないのに……!

 

 

別に魔法が使えない、という訳ではないのだ。ただ使わないようにしているというだけ。それも、もしどうにもならなくなったら仕方なしに使っていい、というぐらいの縛り具合。

 

 

しかし裏を返せば…その状況になるまではどう足掻いても魔法は使用禁止。魔法だけではなく、各特殊能力や便利過ぎるアイテムも禁止。全ては持ち前の力や簡単な道具だけで乗り切らなければならない。

 

 

言うなれば、『不便を楽しむ』――。それがこの『キャンピングダンジョン』の暗黙のルールなのである!

 

 

 

 

 

 

 

 

その通り、ここはダンジョン。そして今回も依頼での訪問である。だが折角来たのだし是非楽しんで、と依頼主の方に誘われ、その御厚意に甘えさせて貰っているのだ。

 

 

だからこの場のルールに従い魔法を封じ、社長もミミック能力を出来る限り封じての設営作業中なのである。そういえば社長の方の準備は……向こうもまだ途中みたい。レンタルした道具類を運び終えていないようで、また離れたところにある売店ログハウスへと向かっていっている。

 

 

普段ならば箱の中に詰め込んで一気に運べるのに……何個かだけを持ちやすく纏め、えっほえっほと抱えて運んできている社長の姿はなんとも珍しく、可愛らしい。ふふっ、不便を楽しむ利をちょっと見つけたかも!

 

 

 

そうそう。ここのダンジョンの詳細を。このキャンピングダンジョンは、とある大きな山が元となっている。しかし鬱蒼とはしておらず険しすぎず、綺麗な川も流れているため、まさにキャンプするには絶好のロケーション。

 

 

枝や薪拾いに山へ踏み入って良いし、魚釣りや木の実集めといった食材探しに没頭してもいい。ジップラインやアスレチック等の様々なアクティビティも揃っている。勿論、テントに籠ってゆっくりするのも良いし、ランタンの灯りで本を読むのも乙なもの。

 

 

よく冒険者が行うような野営よりも簡単で安全でアミューズメント感がありつつも、中々に本格的なものが味わえるからか、様々な人に大人気のダンジョンとなっているのだ。山の場所によりソロ用やファミリー用、高難度キャンプ用等に分けられているから何でもできる。

 

 

因みにその高難度キャンプ用も、熟練冒険者達にとっては遊びのようなレベルに留まっているらしい。故に、初心者冒険者の練習場にもなっているとかなんとか。

 

 

そしてもし忘れ物があったり、私達のように急にキャンプをすることになっても問題なし! キャンプ場近くにあるログハウスでは服や道具一式をレンタルできるし、食材等を購入することができる。

 

 

なおそのログハウスでの売り上げやキャンプ場料金は全てこの山の保全活動に使われる。なにせ()()()御本人が仰っているのだもの。間違いない。

 

 

 

 

――そう、山の神様。その御方が今回の依頼主にして、このダンジョンの主なのだ。だから山の中に潜っても遭難することはないし、獣達がキャンパーを襲う事はない。野営よりも簡単で安全というのはそういうこと。

 

 

更に言えばかの御方、権能が届く範囲…即ち山周囲の天候も操れるほどの御力を持っているご様子。故に、暑いも寒いもあの御方の気の向くまま。まさに『山の天気は気まぐれ』というわけである。

 

 

ではそんな山の神様、一体どんな方だったかと言うと……ちょっと待って……あとちょっとでここのポールを嵌められそう……なんだけど……くっ……!

 

 

「おやおや、キャンプ初めてさんかな~? 良かったらお手伝いしよっか~?」

 

 

 

 

「へ?」

 

 

ふと声をかけられ振り向くと、そこにいたのは私程じゃないけど着こんだ女性の方。ベテラン冒険者ならぬベテランキャンパー感がある。どう返そうか迷っているうちに彼女はゆるりと私の傍に来て……。

 

 

「このテントさんねぇ、大きめでしょぉ? しかも硬めだから、一人で立てるのはちょっとコツがいるのよよ~。この辺を掴んで持ち上げながら、こうしてポールさんをしならせるようにしてねぇ……はい、できた~」

 

 

「はやっ!?」

 

 

苦戦していた箇所をあっという間に!? ……え、手招きをして…?

 

 

「――そうそうよ~。はいお見事~。あとはペグさんで地面に固定をね~。テントのポールさんとは逆の向きで、地面に埋まらないぐらいにコンコンコンって~」

 

 

「おぉ~……!」

 

 

教えて貰いながらやったら、いとも簡単にテントが立った! あれだけ苦戦してたのに……! お礼を言わなくちゃ!

 

 

「有難うございます! 助かりました!」

 

 

「やほふふ~。困ったときはお互い様だよ~。でもまだ終わってないよよ~」

 

 

あっ…! そうだった、まだこれ設営途中。ここに雨避けを重ねなきゃ! えっと、だから次は――

 

 

――と、アドバイスをしてくれたベテランキャンパーさん、傍に並べられた二人分のキャンプ用品をちらりと見て……。

 

 

「お連れさんいるんでしょ~? わたしさんが手伝ってもいいけど~どうせならお連れさんと立てたほうが楽しいよ~」

 

 

確かに! そんな私の納得した顔を見た彼女はにっこり微笑み、ゆらりとこの場を後に……あっ、丁度社長もまた戻って来て――。

 

 

「あらマツミ様! もしかして様子を見にきてくださったのですか?」

 

 

 

 

 

「……へ!?」

 

 

「ありゃりゃ~社長さんにはバレちゃったかぁ~。良い感じにアドバイスをしていなくなるおせっかいさんを演じてたのに~」

 

 

『マツミ』って、ここの山の神様の名前……ってわわわっ!? ベテランキャンパーさんの周りに霧じみた後光が!!? でもさっきまでお会いしていた際は、あのような御姿ではなかったのに!?

 

 

「マツミ様仰っていたじゃない。色んなキャンパーの方のとこにこっそりお邪魔するのが楽しみだって。神様なんだもの、御姿を変えるなんてわけないわよ」

 

 

「やほふふふ~。山というのは装いを目まぐるしく移ろわせるものだよよ~。見るたびに色づき散り、芽吹き息吹くがわたしさん~~」

 

 

おお~…! マツミ様、顔も服装も百変化。中には先程商談をしていた際の御姿も。しかしそのどれでも変わらぬ美しさは、まさに山の化身に相応しき容貌であろう! ……独特な話し方で気づくべきだった……。

 

 

「ということで~今日のわたしさんはこのお顔~。ゆるゆる~とキャンプを楽しもうねぇ~。テント設営、頑張れ頑張れぇ~」

 

 

あ、ベテランキャンパーの姿に戻られた。そうだ、丁度社長も戻って来たことだし、テントを完成させちゃおう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……っと、ここに打ち込めば……! どうアスト!?」

 

「ばっちりです! これで……」

 

 

「「かんせ~い!!」」

 

 

設営し終えたテントの中に、私と社長は一斉に飛び込み寝転がる! ふふっ! とうとうできた、私達のお城! なんちゃって!

 

 

やっぱり自分で頑張って作ると嬉しさひとしお。もうこれだけでキャンプの楽しさを垣間見れた気がする。どうやら社長も同じようで、箱から出来るだけはみ出してテント床でぐねんぐねん。

 

 

「案外楽しいわねぇ、テント立てるの! なんか怖くなっちゃってアストに丸投げしちゃってたけど、これなら全然だったわ! 二人でやったからかしら?」

 

 

「あれ、そうだったんですか? 寧ろ社長、テント設営得意そうな感じがありましたが。種族的にも…」

 

 

「普段ならそうなのでしょうけど……。今は出来る限りミミック能力抑え込んでみてるから。そうすると急にわかんなくなっちゃって! テント立てなんてしたことないし~」

 

 

トトトンと自らが入る宝箱を叩きつつ、そう説明してくれる社長。成程、いつもの社長であれば、ミミックの勘を活かして容易く設営を終えたであろう。容れ物のエキスパートなのだから。

 

 

しかし今回、その勘を始めとした諸々を封じたことで状況は一変。残されたミミック要素は『箱で移動できる』能力のみ。つまり…それ以外はキャンプ初体験の私と同じなのであろう。

 

 

更に言えば、ミミックとしては設営前の畳まれたテントでも潜むには充分なはず。既に設営済みのテントに潜むならまだしも、自ら立てるなんて……。しかも普段なら超簡単にできるのに今は何もわからない……。怖くなった理由はそんなところかもしれない。

 

 

ふふふっ。私、魔法が使えなくて弱音吐いている場合じゃなかった。社長の方がもっと不便を感じているし、それを楽しんでいるのだもの!

 

 

 

「はいは~い。お二人さんお疲れさんね~。あったか~いココアさん用意したよ~。飲んで飲んでぇ~」

 

 

あ、二人で寝転んでいたらマツミ様が湯気立つマグカップ三つを手にいらしてくださった。今日は寒いしちょっと疲れていたから、甘く温かい飲み物が沁みる…!

 

 

「美味し~い! 外で飲むココアは格別ですね~!」

 

 

今度はテントから身をはみ出させつつ、堪能する社長。私も椅子を出してと。ふふっ。どこからともなくやってくる寒風で設営の熱を飛ばしつつ、冷えてきたらココアを口にし、また風でその熱さを。なんだか無限に楽しめてしまう!

 

 

「良い顔良い顔~。楽しんでくれて何よりだよよ~」

 

 

マツミ様も私と社長の顔の見える内に椅子を開き、美味しそうにカップを傾ける。やはりマツミ様、キャンパーたちの笑顔を見るのが大好きなご様子。となると――。

 

 

「確かに嫌ですね、こんな楽しい気分を台無しにする迷惑客が増えているなんて!」

 

 

 

 

 

 

おっと、社長と思いが被ってしまった。まさにその通り、今回の依頼内容は『迷惑客の見張り及び阻止』。老若男女問わず人気なダンジョンだけあって、一定数は必ず存在してしまっているらしいのだ。

 

 

それも自分のキャンプ区画からはみ出しているとかならまだ可愛い方で、山火事一歩手前の焚火、山全体に響き渡らんばかりの騒音、山の素材食材の根こそぎ収穫、他の客へのしつこいナンパや喧嘩、ゴミの不法投棄、料金を支払わずに侵入やレンタル品の強奪、魔法等の使用による破壊行為などなど……。キャンプをやったことがなかった私でもわかるぐらい酷いものばかり。

 

 

それでも今まではマツミ様やその眷属である山の精や木の霊達が対処していたのだが……彼女達は販売所の運営や訪問客の案内、各所の管理などがある。忙しい時は手が回らないことも増えて来てしまったようで。

 

 

加えて、どの子も戦いに関しては不得手。注意して止めてくれる相手ならまだしも、荒くれ相手には分が悪いのである。……まあマツミ様に食ってかかれば軒並み山の養分にされるのだろうけど。

 

 

ともかくこのままでは、マツミ様にとってもキャンパーたちにとっても、折角の楽しみが台無しとなってしまう。だからこそ、そういった相手を黙らせるエキスパートである私達へ依頼をしてくださったのである。

 

 

因みに依頼代金の方は問題ない。山の素材やマツミ様の神力が籠った品も頂けるそうなのだが……マツミ様曰くこれも山の保全活動。売り上げ金の一部までくださる形となった。元々山の管理には権能だけで充分らしく、お金はその分浮いていたみたい。流石山の神様!

 

 

「やほふふ~。有難うねぇ2人共~。わたしさん、とっても嬉しいよよ~」

 

 

私も社長に同調すると、マツミ様は相好を今日一崩す。そして白い息をほふぅと吐いて、パチリとウインクを。

 

 

「でも~まだまだキャンプの魅力はたっぷりあるよ~。ココアさん飲み終わったら一緒に行く~?」

 

 

「「是非!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~~っ!!! 楽しかったぁ! なんでもありますねここ!」

 

 

日が天井を少し過ぎたころ、戻って来た社長はまたもテントの中にごろりんと。その上気した身からは、ますます白くなった息が早いリズムを奏でるかのように噴き出している。

 

 

「えぇ、凄いですねマツミ様! ジップライン、アスレチック、バンジージャンプ、スラックライン、クライミング、ラフティング……! 勿論普通に登山をすることもできるし、温泉まであるなんて!」

 

 

かく言う私も、社長と同じように興奮してしまっているのだろう…! 椅子に腰かけてあがった息を整えつつ、外気より冷たい水を勢いよく流し込めているのだもの! 正直、この厚手の服を脱ぎたくなるぐらいには遊んできてしまった!

 

 

どのアクティビティも非常に素敵だったのだが……それを更に際立てているのが周囲の森林であろう! これがまた奇妙に美しいのだ! あちらは新緑に染まり、あちらは花盛り、あちらは紅葉、そしてあちらは枯山吹と、パッチワークの如く目に見えて分かたれてもいれば、その全てが入り混じり百花繚乱ならぬ百木繚乱の装いだったのである!

 

 

景色を見るだけでも一日は容易く潰れるだろうに、それを見ながら感じながら遊べてしまうなんて! ただ魔法や能力を制限している以上疲れやすいのがちょっと惜しい…! そういうことで、一旦遊びを切り上げ休憩しに戻って来たのである。

 

 

「やほふふ~。良い遊びっぷりだったよぉ~。特に社長さんがジップラインで宝箱姿のまま縛られて、すいいい~って滑っていくのは面白かったねぇ~」

 

 

「ふふっ! 『輸送!』って叫びながら運ばれていったあれですね! 急にやるものですから笑いがとまらなくなってしまいましたよ!」

 

 

「へへ~!」

 

 

一緒にいてくれたマツミ様も交え、暫し歓談。――と、社長が不意に彼女へ確認を行った。

 

 

「ところでマツミ様。やはりあのアクティビティの数々にも?」

 

 

「うんうん~。迷惑なお客さん達がねぇ~。壊そうとしてくるのよよ~」

 

 

泰然自若とした佇まい故に分かりづらいが、かなり参っているご様子。ほんの少しの溜息交じりに彼女は呟いた。

 

 

「特にああした設備はわたしさんの一部じゃない以上、わたしさん頑張って力を注がなきゃいけないし、壊れたら直すの大変だから~。もっと優しく使ってほしいのにねぇ~」

 

 

「心中、お察しします。ですがそれも我が社にお任せください! そんな迷惑客、必ずや阻止してみせます!」

 

 

「先程遊びながらですが場の確認もいたしましたし、それぞれに応じたプランも複数ご用意できます!」

 

 

「おぉ~。二人さんとも頼もし頼もし~。まるで(わたしさん)みたいにどっしり据わってる~」

 

 

ぱちぱちぱちと拍手してくださるマツミ様! 社長も胸を叩いてアピールを……――

 

 

 

 

 

 ―――ぐぅうぅぅぅぅ……

 

 

 

 

 

「あっ…」

「あっ」

「ありゃりゃぁ~」

 

 

盛大に社長のお腹の音が……! 厚手の服を着ているのに、胸を張っていたせいか結構大きく……! まあ昼食を食べるためにテントへ戻って来た意味もあるのだけど!

 

 

「何食べます? でも採ってくると時間かかっちゃいますかね…」

 

「食材さんも安くしておくよよ~。採ったものもあるし、色々仕入れてるからねぇ~」

 

 

とりあえず何を作ろうか考えてみることに。しかしそこで当の社長から待ったが入った。

 

 

「それは夜までとっておきましょう! 実はね、お昼用に良いものを見つけてたの! ちょっと待ってて!」

 

 

言うが早いかテントから出て、売店のログハウスの方へ駆けていく社長。何か案があるらしい。少しして、息せき切って戻って来た社長が抱えていたのは……。

 

 

「おおぉ~。社長さん、わかってるねぇ~。やるねぇ~」

 

 

「インスタント食品、ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、特に見間違いではない。あれは魔法で作られており、お湯をかけて少し待てば食べられるという超お手軽食品。一部では冒険者メシと言われてるぐらいに冒険者界隈では重宝されてたり、その簡単さから一般の人も時折食べていると聞く。

 

 

社長はそれを数種類腕に抱き、更に能力を使わない程度に箱に詰めて持ってきたのだ。お湯沸かし用の器具もついでに。

 

 

「さっきレンタルしてる間に見つけちゃって! ほらこれ! リゾットでしょ、スープでしょ、カレーのメシに、カップのヌードルでしょ!」

 

 

お湯を沸かしている間に続々と机の上に並べられるインスタント食品。でもこれ……。

 

 

「便利アイテムは禁止なんじゃ……?」

 

 

元々このキャンプは不便を楽しむのが目的なはず。なのに、お湯だけ簡単のご飯なんて……。

 

 

「わかってないわね~! こういうのはアリなのよ!」

 

「やほふふ~。ゆるゆる~とキャンプを楽しむのなら寧ろ推奨かもねぇ~」

 

 

と思ったら、社長達はにんまり笑顔でそう返してきた。そういうものなの……? マツミ様すら認めるのであれば良いんだろうけど。

 

 

うーん。確かに考えてみれば、キャンプは限られた食材器具しかない――即ち凝った料理を作れない。料理の選択肢が少ないのだから、インスタント食品があったとしても不便と言って差し支えないのかもしれない。それならば納得できるかも。荷も最小限で済むだろうし。

 

 

……でも、なんだか社長達の口ぶりだとなんだか違う想いが見え隠れしてる気が? なんというか……わざと野外でインスタント食品を食べること自体を楽しんでいるような……――。

 

 

「――ん? あ! もしかしてアスト……こういうの食べたこと無い!?」

 

 

「へ? え、えぇ。そうなんです。食べる機会が無くて」

 

 

首を捻っていると、社長がハッとしながら聞いてきた。頷くと、更に驚きと納得の表情を。実は私、こういったものを食べたことが無いのだ。実家(アスタロト家)に居た頃はシェフが常にいたし、会社に勤めてからは食堂が常にあったし。

 

 

「成程ねぇ。だからなんか変な顔してたのね! んー、まあでも美味しいのには変わりないでしょ! とりあえず食べてご覧なさいな!」

 

 

と、またまた言うが早いか社長、カップのヌードルの蓋を捲り、丁度湧いたお湯を注いで私の前に。やっぱりよくわからないままだけど…社長とマツミ様のおすすめなら間違いはないだろう。

 

 

ではいただきま……あっと、三分待つのだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっただきまーす!」

 

「ちょっ…! 社長まだ早くないですか!?」

 

「このカップのヌードルは二分が美味しいのよ! それに他のも食べるし!」

 

「社長さん、玄人だねぇ~。なんて言っていたらそろそろだよよ~。わたしさんたちもいただこう~」

 

「あ、ですね。じゃあ、いただきます…! あちち…ふぅー、ふぅー……」

 

 

マツミ様に促され、私の分のカップのヌードルの蓋を取り、フォークで絡ませて…! 熱いから冷ましつつ、ちゅるると啜って……ん!!

 

 

「どう? どうアスト?」

「お味さんは如何~?」

 

「美味しいです! このしょっぱさとちょっとジャンクな感じがとても!」

 

 

熱々なのに、次々口に運べてしまう! 遊んで沢山の汗をかいて、それが冷えてきた身にジャストヒットと言う感じ! 凄く沁みる!

 

 

「良いわね! で・も~その美味しさの先があるわよ! 山でキャンプをしてることを全身で感じながらもっと啜ってみなさいな!」

 

「全身でキャンプを感じながら……」

 

 

そう社長に言われ、ふと意識を集中させてみる…! えっと……――。

 

 

 

 

――日は高く、晴天。周囲には繚乱たる木々が立ち並び、その隙間からは凍える寒風が私へ、社長へ、マツミ様へとひゅるりひゅるりと吹きつけて来る。

 

 

先程かいた汗は身に纏わりついたまま、火照りを奪う。されど厚手の服の中故に払われきらず、全身を包む仄かに暖かい霧へと変わっている気分。そんな多少の不快感を覚えるそれは、僅かに身を動かす度に隙間より忍び込んでくる風にかき混ぜられ、今度こそ少しずつどこかへと攫われてゆく。

 

 

しかしそんな身体と比べ、ほとんどを外気に晒す顔は著しく凍えだす。そして、汚れ気味だったグローブを外した素の手も。だけど心配はいらない。そんな手を強く温めるは、私が吐く息よりも白く濃い湯気を燻らせるカップのヌードル。炎魔法かと一瞬勘違いするほどに熱いそれは、かじかませないと主張せんばかり。

 

 

そしてそんなカップのヌードルの中身を、火傷しないように白息と寒風で冷まし、ゆっくりと、それでいて少し力強く口へと運ぶ。あちち…! まだ熱かった麺を慌てて唇で千切り、熱を逃がすようにほふほふと。

 

 

すると――。温められた白息が青い空へふわり。代わりに入ってくるのは、麺の味を際立たせるかのような澄み渡った山の冷たい空気! それらを咀嚼しつつ静かに口を閉じると…辺りを囲む木々が目に飛び込み、同じくカップのヌードルを楽しむ着込み姿の社長達が瞳に映り、最後は視界を覆う白煙の奥に、山の花々の如くカラフルな具材浮かぶスープが。

 

 

おっと…! 急に風が一陣身を切って…! それに負けじとそのスープへと口をつける。ギシリと音を立てるキャンプ椅子に背を委ね、カップをゆっくりゆっくり傾けて。すると、先程麺を口にした際とは逆。白濁したスープによって社長とマツミ様が消え、林が隠され、映るは一面の空…! そしてそこへ向けほうっと息を吐き、新鮮な空気を大きく吸い……――ふふっ、うん!

 

 

 

「社長とマツミ様がこれをおすすめしてくださった理由、なんだかわかった気がします! 格別、とはこのことなんですね!」

 

 

「やほふふふ~。アストさんももう一流のキャンパーかもしれないねね~」

 

 

「初めてのカップのヌードルがキャンプでなんて、もう普段のは食べられないわよ~?」

 

 

にっこりと微笑みを向けてくださるお二人。なお社長は既にカップのヌードルを食べ終わり、カレーのメシに手を付けて……。

 

 

「あ。そういえばこれも使えるかもしれないわね!」

 

 

ふと何か思いついたようで、空になったヌードルカップや今から食べようとしているカレーカップを手に取った。……あぁ、成程!

 

 

このカップのような食べ終わったゴミをポイ捨てする人が多いともマツミ様から聞いた。ならばそういう輩には、普段食べられないようにしてやる()というのもアリなのかもしれない! ふふっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでたっぷり腹ごしらえを済ませたら、またまた遊びにレッツゴー! まずは午前中にやれなかったアクティビティを満喫! アスレチックを上り下りしたり、スラックラインでピョンピョン飛び跳ねたり!

 

相変わらず社長、宝箱に入ったまま網の森を容易く潜り抜け、切り立った木壁を登り、細い紐の上で全く落ちずに箱の角だけでびょ~んびょ~んとやりたい放題! でもご安心?を。ミミックとしての能力はほぼ使っていなかった。彼女個人の柔らかさや腕力や体幹だけで遊んでいた。流石である。

 

 

そしてマツミ様も社長と一緒に遊ばれていた! あのゆる~い雰囲気からは想像もつかないほどの機敏さで社長についていっていたのだ! 特にバンジージャンプなんて、どっちが綺麗に跳べるか勝負していたぐらいだもの! 

 

 

なお社長、またも箱形態で縛って貰い挑んでもいた。がっちり止められた宝箱が谷の間でたゆんたゆん跳ねていた。…輸送失敗、的な?

 

 

私? 私はそんなお二人に追いつき切れず、途中で離脱して休憩を…。特にバンジージャンプなんて食べたものが戻りそうだったから……。次来た時にやる約束をして逃げてしまった。

 

 

そう、次も来る! そう社長と決めたのだ! 勿論プライベートで! なにせ今日だけじゃ遊びきれないのだもの!

 

 

ふふっ、ただアクティビティに惹かれただけではない。お昼ごはん時に感じた清らかで透き通るかのような山の雰囲気、それの虜になってしまったのだ! 今後も是非、あれを味わいたくなってしまったのだ! 

 

 

そして――。ふふふっ。お昼ごはんでそれということは……! ふふふふっ! 今から楽しみである!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大漁たいりょ~う!」

 

「その持ち方なんだか怖いんですけど……。 頭の上にバケツ抱えるの……」

 

「ふふーん! 能力使わなくてもこれぐらい楽勝よ! お魚さんは零さないわ!」

 

「やほふふ~。社長さん、釣り上手だったねぇ~。竿の動かし方が見事だったよよ~」

 

「ミミック的、獲物を誘き寄せる動きの応用ですとも! 能力じゃなく技術だからセーフ!」

 

 

日も傾き辺りが黄昏色に染まり出す頃、山道の小枝や石ころをパキパキと踏み歩きながらテントへ戻る私達。社長は器用に魚入りのバケツを持っているし――。

 

 

「それよかアストの方が心配ね。魔法無しだと結構重いでしょ、その薪とか枝とか!」

 

「確かにズシリと来てますけど…。今日社長をほとんど抱えてないですし、寧ろ心地いいというか。それにマツミ様にも大分持っていただいていますから」

 

「わたしさんにお任せあれ~。明るいうちに皆で切れば間に合いそうだねね~」

 

「あ、じゃあ火をつけるのやりたいで~す! いつもアストの魔法頼りだからたまには私が!」

 

「お願いしますね社長!」

 

 

と、私は焚き火用の薪や小枝を沢山。更にマツミ様は私のを一部肩代わりしてくれただけではなく――。

 

 

「いやほふ~。それにしても茸さんも山菜さんもたっぷりだねぇ~。楽しくなっちゃったんでしょ~?」

 

「はい…。あっちにもこっちにもでつい採り過ぎちゃいました…! なんとか食べ切れそうな量で抑えられてよかったです!」

 

「でも流石ですよねマツミ様! 指定のエリアなら毒キノコとか危険なものは生えてないだなんて!」

 

(みんな)さんのために頑張って力を注いでいるからねね~。因みに他のとこで採ってもいいけど~その場合はわたしさん達に聞かなきゃ危ないよよ~」

 

「「はーい!」」

 

 

彼女が片手で底を持つ笊の中には、茸や山菜といった山の幸が! さあ、夕食を作るとしよう!

 

 

 

 

 

 

「社長、火、つきました?」

 

「バッチリよ! …ちょっと手こずっちゃったけど!」

 

「ふふっ! じゃあグリルの上にお鍋置きますね。後は…」

 

「お魚さんの下処理も終わったよよ~。周りにぃ~ぷすり、ぷすり、ぷすり~」

 

 

それぞれがそれぞれを担当し、夕食の準備完了! メニューは魚の串焼きと、茸と山菜たっぷりスープ! あと売店ログハウスで買って来たバゲット。あと茸の一部は網焼きにもする予定。

 

 

どれもこれもそこまで手間のかかる料理ではないけどキャンプご飯とはそういうものなのだろうし、自分の手で採ってきた食材ばかりだからかなんだか感慨深い…!

 

 

「――え、じゃあスクナヒコ()ナ様やオ()オナムチ様()からだけではなくて、イダテン神様からも紹介していただけていたのですか!?」

 

 

「そうよ~アストさん。わたしさんも体を動かすのが大好きでねね~。たまに一緒にマラソンさんしたりしてるのよ~。その時に社長さん達のことを聞いたんだぁ~」

 

 

「わあ有難うございますマツミ様! …あぁ、山の神だから……!」

 

 

「そうだ~。イダテンさんのとこから今度魔導車さんを貰って、ゆるりな遊覧乗り物さんを走らせようと思ってるんだけど~どうかなどうかな~?」

 

 

「アリだと思います! ゆっくり綺麗な山の景色を眺められるなんて最高です!」

 

 

「それに運転が必要な場合、またはそれの迷惑客の対処もお任せくださいな!」

 

 

「やほふふ~。お二人さんがそう言ってくれるなら、導入しちゃおうかな~」

 

 

そして、出来上がるまで他愛もない話……内容的には今みたいにそこそこ重要な話もあったけど、それで時間を潰して。丁度日が入り薄明となった頃合いで――。

 

 

 

「――うん、良い感じです!」

 

「お魚さんも焼けたよぉ~」

 

「じゃあ……!」

 

 

「「「いただきま~す!」」」

 

 

ランタンの煌々とした、されど普段の灯りよりは心許ない輝きの下、それを呑み込み燃え盛る焚火の上からスープを掬い、魚をとる。火傷しないように細心の注意を払いながら…あちち……。

 

 

「はむ…――ん! 美味ひい! とっても美味しいです!」

 

「皮はパリ、中はじゅわり…! ちょっと強めの塩味が後引いて…! 至福~!」

 

「やほふふ~。このスープもとっても美味しいよよ~。茸と山菜の旨味がたっぷり~。火もしっかり燃えているから、ムラなくできたねぇ~」

 

 

三人で舌鼓! ふふっ、昼間に食べたインスタント食品も美味しかったけど……やっぱりこうして作ったご飯のほうが私は好みである。うん、スープも美味しい! パンに合う! 茸焼いちゃお!

 

 

 

それにしても――。あぁ、やっぱり素敵! 昼間社長達に誘われたように、また周囲へと意識を向けると……ふふふふっ!

 

 

あの時とは違い辺りは暗くなりだし、日の残り香もあと少しで消え去る中。周囲の森の少しおどろおどろしいさざめきから逃れるように、自ずとランタンや焚火の灯りへと目が惹き付けられてしまう。

 

 

そしてそれらは私の視線に応えるように微かに明滅したり、パチパチと音を立て揺れ動く。新たに焼き始めた茸や軽く温めているバゲットの上には煙と共に陽炎が浮かび、その奥にいる社長やマツミ様を艶やかに映し出している。

 

 

おや、ふと気づけば夜の帳が。落ちた日に代わり、魔力昂る月が姿を色濃く顕現させた。それに気づき不意に虚空を見上げると、更に何かが目に入る。確かめるために一度目を瞑り、ゆっくりと開けると――。

 

 

「わあ……!」

 

 

月を取り囲み引き立てるかのように、いや月には負けてなるまいと、空にきらりきらりと輝くは無数の星々! まさに今夜は満天の星月夜! 思わず漏れた感嘆の溜息は、焚火の煙と共にそれらの元へと登ってゆく。昼間と同じ構図でありながら、全く違う景趣…!

 

 

と、はたと気づく。その息の白さ具合に。身に沁みこんでくる空気の違いに。熱い食事を頂いているからでもあるが、日光の恩恵を失った今、急速に冷え込んでいることに。

 

 

だけど凍える心配はない。ゆっくり視線を落とすと、まるで落ちたはずの太陽が目の前に現れたかの如き焚火があるのだから! その熱波は私の肌を、服越しに遠く焼いてくる。ふふっ、調理されちゃいそう、なんて!

 

 

 

「どうどう~? アストさん~。今日のご感想はいかが~? キャンプというものは不便を楽しむと同時に自然を楽しむもの~。両方味わえたかなな~?」

 

 

「はいマツミ様! 嵌ってしまいました!」

 

 

「やほふふふ~。それは良かった良かった~。この後明日までも、た~っぷりゆるゆる楽しんでねね~」

 

 

「ふふふ、次来る時も今日みたいに楽しむためには、派遣する皆に頑張って貰わないとね! 今日の私とは違って能力全開で!」

 

 

「ですね社長! 迷惑をかける人達には、ミミックのお仕置きを味わって貰いましょ――くしゅんっ!」

 

 

「あらあら~。流石に冷えちゃったぁ~? わたしさんが火の番さんしてるから、温泉さんにいってらっしゃ~い」

 

 

格好つけちゃったけど…確かに焚火だけだとちょっと寒くなってきちゃったかも。今日は沢山汗もかいたし、マツミ様のお言葉に甘えさせていただくとしよう!

 

 

そして戻ってきたらマシュマロとココアで寝る直前まで焚火の傍でのんびりしよう! そして後は頑張って立てたテントに入ってシュラフに潜って、眠くなるまでキャンプを堪能しちゃおう! ふふふふふっ!

 

 

 



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人間側 とあるキャンパーのソロキャン

 

 

「――あぁ。今日も頼む。一人で一泊だ。レンタル用具も特に必要はない」

 

 

『キャンピングダンジョン』の入り口、ログハウス内。受付をしてくれている木の霊…山の神様の眷属といつも通りの応答を繰り返す。フッ、ここに来るのも幾度目だろうか。既に数えるのを止めているほどだ。

 

 

だが、今回は普段とは少しばかり違う。とある考えがあってな。通れば良し、通らなければ仕方なし程度のものだが。財布を取り出しつつ、その木の霊へと告げる。

 

 

「それでだが……今回はソロ用のサイト(場所)ではなく、ファミリー用の…複数人でのキャンプが出来るサイトで頼みたい。無論、余裕がなければ構わないんだが」

 

 

俺のその言葉を聞き、驚いた様子で首を傾げる木の霊。無理もない。一人だというのにそんな要望を入れたら困惑するのも当然だろう。

 

 

だが木の霊は不思議そうな表情のままながら台帳を調べて、コクリと頷いてくれた。有難い、許可を得られたらしい。早速料金を払って入らせて貰おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここをキャンプ地とする。……なんてな」

 

 

目立たぬ一角に背負っていた荷物を置き、解放された身を精一杯伸ばす。今日は比較的暖かい日となっているとはいえ、山だ。空気は冷たく澄んでいる。フッ、心地いいな。

 

 

さて、テントを設営してしまおう。使い込んだ一人用のものだ、すぐにできる。――――よし、こんなものだろう。さて……。

 

 

……ふむ。まだ早いうちなのもあって、居ないようだな。()()()()は。

 

 

 

 

 

なに、俺は一介のキャンパーだ。以前このダンジョンへ新米冒険者達の訓練教官として訪れ、それでここの虜になった、な。

 

 

あぁ、ここには高難度向けのサイトがあるんだ。そこでは俺達が普段行っているような野営の疑似体験、それも丁度いい塩梅のものができて、俺はギルドの上役に言われて指導係として――すまない。どうでもいいな。

 

 

ともかく、俺はこのダンジョンに魅せられた。最初はわざわざ野営の真似事をするなんて何が楽しいんだがと思っていたんだが……今や野営中でもここでのキャンプのことを考えてしまうほどだ。

 

 

なにせ楽なんだ。冒険者としての野営はパーティーメンバーとの人付き合いがある。別に嫌いではないんだが、金稼ぎと言う目的上ピリピリとしたムードが発生し、成果の分配で揉めることもある故にあまり心は休まらない。

 

 

更には魔物や猛獣、野盗の襲来に備え身を潜められる場所にテントを設営する必要があるし、そのための見張りも必須。まあそれも当たり前だろう。野営は手段であって目的ではない。面倒ながら行わなければならない行動の一つだ。

 

 

だがしかし、ここはどうだ。ダンジョンといえばダンジョンだが、金稼ぎのために潜るようなダンジョンではない。即ち、手段であった野営――もといキャンプのためにあるダンジョンだ。

 

 

煩わしい人付き合いやしがらみは大してなく、素晴らしい風景を前にテントを立てられ、何かが襲ってくることもない。その元で焚火に当たりながら本を読み、コーヒーを傾け、怠惰に時間を潰す。これを最高と言わんとしてなんとする。

 

 

フッ、このダンジョンには感謝の念しかない。ここに来たおかげで、俺達冒険者が忘れていた野営の楽しさを思い出すことができたのだからな。敢えて少し残念な点を挙げるとするならば…俺の友人達はそれに気づいてくれず、以前の俺と同じようにキャンプに対して渋い顔をしている点か。

 

 

まあそれならば一人で静かにゆるりと楽しむだけ。所謂ソロキャン勢と言うやつだ。良いものだぞ? 聞こえてくるのは焚き火のパチパチと鳴る音、風がひゅるりひゅるりと流れ木の葉がかさりかさりと揺れる音、そして遠くで聞こえる人の楽しそうな声。それらを絶景と共に眺め堪能するのは。何を味わうも思うが儘だ。

 

 

……何? それならば何故、今回はソロ用のサイトではなくファミリー用の場所に来たのか? 言ったろう、ちょっとした考えがあると。

 

 

 

 

 

何故独り身の分際で複数人用のサイトに来たのか、何故あれだけ謳っておきながら目立たない端の方にテントを設営したか。それは今回の目的にある。そうだ、今回に限ってはキャンプを楽しむのは二の次。真の目的は別にある。それは――。

 

 

「よぉ姉ちゃん達。テント立てんの苦戦してんのかぁ?」

 

「ならオレ達が手伝ってやるぜ?」

 

 

――……。

 

「い、いえ結構です…!」

 

「大丈夫ですから……」

 

 

…………。

 

 

「へへ、そういうなって! ただ手伝う代わりによ……!」

 

「俺達のテントもタたせて貰わないとなぁ~! ひひひ!」

 

 

………………はぁ…。まだ朝早いというのにやはりいるのか、あの手の輩……。唾棄すべき迷惑客が。全く……。

 

 

「おい。やめておけ」

 

 

「あ゛ぁ!?」

「誰だテメエ!」

 

 

「ただのキャンパーだ。早くここから去れ。山が穢れる」

 

 

「んだと! このヤロ――ぐへっ!?」

「!? テメエ叩っ切って――あぐっ……」

 

 

「『武器の使用は極力控える』。それがここの暗黙のルールの一つだ。聞こえていないだろうが覚えておけ。――さて、邪魔したなお二人さん。今しがたのことは忘れてキャンプを楽しんでくれ」

 

 

昏倒させた輩二人を引きずりながら、すぐにその場を離れる。こいつらは管理者である山の神様の眷属達に引き渡すか、何処か谷にでも投げ捨てれば復活魔法陣送りとなるだろう。

 

 

あぁ…まあこういうことだ。俺の今日の目的は、迷惑客の排除。最近キャンプがブームになったのか、ここのダンジョンは以前以上の盛況ぶりを見せるようになった。一抹の寂しさこそあれ、それは喜ばしいことだ。

 

 

だが……その分、迷惑をかける奴らも増えてきてしまってな。今のように目に余る暴挙に出る連中もしばしばだ。ここのダンジョン主である山の神様とその眷属達が尽力してくれてはいるが、手が回り切っていない状況のようでな。

 

 

俺はそれを見過ごせず、勝手に自警団紛いなことをしに来たという訳だ。ありがた迷惑なのは重々承知。お節介焼きと罵られても構わない、大切な此処を守るためならな。

 

 

俺のことはもう良いだろう。それよりもこいつらをどこに片付けようか。復活魔法陣送りと思っていたが、そうすればこいつらの荷物がここに残るな……。一度叩き起こして身にマナーを叩きこんでから追い出した方が――ん?

 

 

 

 

「――ほら、やっぱりここの間は狭いって言ったじゃんか!」

 

「ぅっ…。べ、別に良いでしょ!? ぴったり収まって気持ちいいじゃない!」

 

「いやぁ……駄目じゃないこれ? 思いっきり両隣りに干渉してるね…」

 

「マジかよ、もうペグがっちり打ち込んじゃったぞ……」

 

 

騒がしい声を耳にしそちらの様子を窺うと、眉に皺を作る四人組が。大きめのテントを囲み確認しながら溜息をついている。

 

 

ふむ……見たところ、キャンプ初心者のようだな。それでいろはがわからず揉めだしてしまったと。フッ、微笑ましい。

 

 

なに。こいつら(ナンパ男)のような誰かしらへ迷惑をかける声は不快極まりないが、あれぐらいの騒がしさや姦しさは言うなればキャンプの華、それがここのような複数人で楽しむサイトであれば猶の事だろう。好ましいぐらいだ。

 

 

まあだが……声を荒げる当人達はそれどころではないだろう。気の合う友人同士で来たようで、テントのサイズも四人は優に入れるかなりの大きさ。故に全員で必死に設営したが、直後に目測を見誤ったことに気づいてしまったと。

 

 

成程。両隣りに既に設営されているテントと密着気味だ。あれでは後にクレームが来てしまうだろう。しかし頑張って設営した以上、一度崩して立て直すのも億劫。感情の板挟みになり、慣れぬ設営の疲労も相まって言い合いに――そんなところか。

 

 

ハハッ、旅の恥は搔き捨て、と言えば少々違うだろうが…こういう非日常の瞬間に普段のわだかまりを吐き出し解消するのは良い事だろう。とはいえ――。

 

 

「大体、なんでこんな広いのにわざわざこんな隙間に立てようって言ったんだよ!」

 

「っ! うるさいわね! アンタたちが『場所決め任せた』ってぶん投げてきたからでしょうが!」

 

「お、落ち着いて二人共……! きゃっ…! 掴み合いしないで!」

 

「おいおい…テントを分解する前にうちらが分解しそうだな……」

 

 

ああまでヒートアップしてしまえばそれも叶わない、か。このままであれば周囲に被害をもたらすのは必定。それだけでなく、四人の友情関係にも一生癒えぬ傷跡を残しかねない。

 

 

仕方ない。このまま見てみぬふりは出来ないし、お節介を焼かせて貰うとするか。っと、その前にこの引きずっている二人を何処かに縛っておいて……ん?

 

 

「――――。」

「―――――?」

 

 

どうやら騒ぎを聞きつけたのだろう、山の神様の眷属である森林妖精が二体、喧嘩をする四人の元へ。そしてその様子や冷静だった二人から事情を聞き……。

 

 

「―――!」

「―――――☆」

 

 

私達に任せてと言うように胸を叩き、受付ログハウスの方へと飛んでいった。急な事態に唖然とする四人を余所に。そして少しすると……は?

 

 

「なんだあれは……? 宝箱…か?」

 

 

 

先の妖精に更に二体加わり合計四体。そんな彼女達が四隅を掴み持ってきたのは……確かに宝箱。木目調のデザインをしている。俺の記憶が確かならば…あれは先程、受付奥に置かれていた代物だ。視界の端にだが微かに映っていた。

 

 

だがそれを何故ここに? その中に何か有用な物が入っているのか? 首を捻る俺と当の四人をこれまた余所に、妖精達は持ってきた宝箱をテントの中へ。そして出てきて――む…?

 

 

「お、おいっ!」

「ちょっ!?」

「えっペグを!?」

「引っこ抜くのかよ!?」

 

 

周囲の困惑声に羽根の軽やかな羽ばたきで答えながら、妖精達は地面に打ち込まれたペグを次々抜いていく……だと? あのタイプのテントは一度自立すればペグがなくとも崩れることはないとはいえ……。もしやあの四人に代わって立て直す気か? ならば先程の宝箱は一体……?

 

 

そう眉を顰めている間に妖精達はペグを抜き終えた。自らの身体並みのペグを抱え、一仕事終えたと言わんばかりに息をついている。…いや、やはり彼女達がテントを代わりに設営することはまず無理だろ――何っ!?

 

 

 

 ―――ズズズズズズ……

 

 

 

「うわっ!?」

「嘘!?」

「テントが……!?」

「勝手に動いた!?」

 

 

……どういうことだ!? 強風が吹きつけている訳でも、妖精やあの四人の他に誰かが居る訳でもない! だというのに、ペグが抜かれたテントが地を這うかの如く動き出している!?

 

 

形を一切崩すことなく、両隣りのテントにぶつかることもなく四人組のテントは進み出た……。そして――。

 

 

「―――! ――。―――?」

「――? ――!」

 

「え? な、何指さして? 場所? 場所か?」

「テントの? じゃ、じゃああっちらへんで……良い?皆?」

「う、うん……。勿論良いけど……」

「もしかしてこのまま移動……するのかよ!?」

 

 

妖精達に促され、テントの新しい設営場所を指定した四人。するとテントはその場所へとゆっくり動いていく……。俺達が見守る中それは指定位置にぴたりと止まり……。

 

 

「……ええぇ……」

「どういうこと……? へ?」

「あ、ペグ……。打ちこむの……?」

「わ、わかった……」

 

 

よく理解できてない内にペグを返却され、戸惑いながらそれを打ち込みテントを固定する四人。揉め事の原因はこれで消えたが……俺もまだ当惑の中に――。

 

 

「――――!」

「―――。」

「―――!! ―――!」

「―――――♪」

 

 

あれは……。仕事を終えた妖精達がテントの中へ呼びかけている? そういえば先程中に宝箱を入れていたが――。

 

 

「シャウウッ♪」

 

 

――!? なっ……あれは先程の宝箱!? それが跳ねるようにして飛び出してきた……いや、あれは宝箱型のミミックか! 

 

 

そうか、ならばテントを動かせるのも納得はいく。しかし何故ミミックが、山の神様の眷属と共にキャンプの手伝いを……? 一つの謎は解け、新たなる疑問が出来てしまった。

 

 

「「「「―――!」」」」

「「「「あ、有難う……!」」」」

 

 

テントがしっかり立ったのを確認し、来た時と同じように宝箱を持ち上げ帰ってゆく妖精達。未だ理解及ばずも、とりあえず礼を述べ見送るキャンパー四人。俺の出る幕はなかったが…奇妙なものを見た。

 

 

っと、俺も思考に耽っている暇はない。謎はさておき、この捕まえた奴らを片付けにいかなければ……ッ!?

 

 

手の感触が……! くっ、いつの間に!? つい先程まで握りしめていた連中の足が、()()()()()()()()()()()()!? 俺としたことが……あの光景に茫然とし過ぎて逃がしてしま――

 

 

「―――! ―――!!」

 

 

「……む!?」

 

 

耳に入ってきた声にハッと顔を上げる。すると眼前にいたのは…先程とは違う森林妖精。そして手にしている物も違う。宝箱ではなく、持ち手付きの火消し壺……?

 

 

――まて、この火消し壺…あのナンパ男共を捕えたあの場の端に転がっていたような…! 何故それを手に? 落とし物だったというのか……?

 

 

「――! ―――。―――♪」

 

 

惑う俺に気づいていてか、妖精はジェスチャーで何かを伝えてくれる。どうやらお礼を言っているようだが……。

 

 

 

 ――カパッ

 

 

 

ッ!? 火消し壺の蓋が勝手に開いただと!? そして中からは触手!? これは…これもミミックか!? むっ!?

 

 

「それは……捕らえていた奴らの武器!?」

 

 

明らかに入るサイズではないが、壺の中からはあのナンパ男が片割れの武器が引きずりだされてきた…! もしやあの連中、逃げたのではなく……!

 

 

「――? ――!? ―――!」

 

 

と、妖精が壺から伸びた触手に向け、慌てたように何かを伝える。すると触手もまるで間違えたと言うように武器を急ぎ仕舞って、別な物を取り出してきた。これは……。

 

 

「アクティビティ利用チケット……? くれるのか?」

 

 

触手より手渡されたのは、売店に売っている無料チケット。……迷惑客を捕まえた礼ということか? その問いは顔に出てしまっていたのだろう、妖精達はその通りと頷き、手を振りながらその場を去っていった……。

 

 

後に残されたのはチケットを手にし棒立ちとなる俺と、よくわからないまま仲直りをしキャンプを楽しみ出すあの四人……。一体全体、どういうことなんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふむ。よし。熱いコーヒーを口にし大分落ち着きを取り戻せた。椅子と自然に身を委ねながら少し整理するとしよう。

 

 

裏事情はよくわからないが……ミミックとこのダンジョンの者達は協力関係、しかも訪れるキャンパー達の助力となっていることは疑いようもない。あのミミックが、俺達を苦しめるミミックが、というのはいまいち受け入れ難いが……。

 

 

…お。良い風だ。煮詰まった頭を柔らかく揉み解してくれる。フッ、キャンプは熟考にも最適だな。――それにあぁ、やはりここで飲むコーヒーは一味違う。

 

 

まあ見たものを信じるしかないだろう。悪さをしている訳ではなさそうだしな。しかし火消し壺にまで潜み転がっているとなると……周囲のキャンプ全てがミミックではないかと思えて来るな……。

 

 

……つまり、ソロキャンならぬ、ミミキャン、か? …………いや、これ以上妙な思考は止めて置こう。単純に俺の味方が増えたと思えば良いだけのことだ。

 

 

そうだ、各アクティビティにも害をなす輩は現れていると聞く。先程貰ったアクティビティ利用券、折角だから活用させて頂こうか。……ミミックは何処にまで潜んでいるのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いた。そんな予感はしていたが……やはりというべきか、いたぞ、ミミック……。アクティビティ各所に……。

 

 

しかし、あれはなんと説明するべきか……うぅむ……。すまない、まだ混乱気味でな。この際、自分語りから全てを話すとするか。

 

 

 

俺は普段キャンプをする際、出先でつい買い求めた本を読む機会としたり、瞑想を行ったりとあまりテント周囲から出歩かない性質だ。故にアクティビティは友人と来ない限り縁遠いものだった。

 

 

更に言えばそのアクティビティの大半…ジップラインやスラックライン、ラフティングやアスレチック等は冒険の最中で否が応でもこなさなければならない場面が出てくる。

 

 

例えば魔法と紐付き弓矢を駆使し即席で高低差のある地形を攻略したり、弾力のある細い蔦の上を綱渡りの如く進んだり、水場を越えるために簡易的な船の現地作成から行ったり、入り組んだ地形を……すまない、また話が脱線してしまったな。

 

 

ともかく、俺達冒険者にとってはともすれば野営よりも縁深いもの。故に遊びとしての意味を見出せず触れていなかった。だからこそ各所の遊ぶために作られた施設が新鮮でな。

 

 

例えばジップライン。あのような安全第一の重苦しい装具に慣れず、つい順番が訪れるまでに触れていたのだが……その際に異様な点に気づいた。どうも装具の一部に明らかに不必要で異様な隙間や可動部があることにだ。例えば手持ち部分の中、ベルトの金具の一つ、ヘルメットの内側等にな。

 

 

デザインと言われればそれまでではあるが……なんというべきか……真相を知った今だから言えるが、『箱』のような部位でな。まるで中に何かを収めるような形をしていた。最も気にしなければただの装飾に見える程度だし、普通に触れても内側から固定されているように―事実その通りなのだろうが―開きはしないのだが。

 

 

だが先の件もあり気になった俺は、ある程度は対ミミックの心得を持っていることを利用し、隙を突いて捲って見てやると……()()。火消し壺と同じ触手型のがな。気まずい雰囲気が漂いもした。

 

 

勿論俺はそれをすぐに閉じた。潜んでいる理由は想像に難くなかったからな。そしてミミックもまた、何もしてこなかった。順番待ちをしている間も、滑っている際も、装具を外す際も。本当にいたのかわからなくなるほどに静かだった。

 

 

それで…その直後だったんだが……。俺の後ろに並んでいた奴も滑ってきた訳だが、そいつはどうにも厭わしい奴でな。もっとスリルが欲しいから暴れて乗ってやる、という主旨の話を友人としていた。俺が軽く注意すると黙りこくったが…あの手の輩は意地を張る。

 

 

だからこそ、もし暴れでもしたら空中だろうが問答無用で取り押さえてやろうと思っていたんだが……普通に、いや他の客よりも姿勢正しく滑ってきてな。しかしそれとは対照的に慄いた表情を浮かべていた。

 

 

更に後から滑ってきたそいつの友人もそれに気づき問うと、『ふざけようとしたら何かに縛り上げられた』と怯えながら口にしていた。……推測に過ぎないが、想像通りなのだろう。

 

 

その一件でもしやと考え、俺は更に注視してみた。すると確かに、アクティビティ付近の木箱の中、他アクティビティの装具の中、視界外となりやすい壁裏や木陰……至る所にミミックを見つけた。およそ熟練冒険者でも『ミミックがいる』と念頭に刻んで探さなければ発見できない各箇所にな。

 

 

その敵…いや今は味方か、ながら見事な潜伏振り擬態振りは驚嘆を禁じ得なかった。そして……少し疲れてしまった。迷惑客がいないか警戒していたからか、ミミック探しに注力していたからか、あるいはついアクティビティを楽しんでしまったからかはわからないが。

 

 

 

 

ということで今、こうして一旦テントに戻ってきたという訳だ。時間も気づけば昼過ぎ。落ち着くついでに昼食を摂るとしよう。

 

 

周囲は朝方よりもテントが立ち並び、キャンパー達が昼食を味わっている。ファミリー用とあってか早くもBBQを楽しんでいる者達も見えるな。良い盛り上がりだ。

 

 

俺は何を食うか? 今日は目的が目的故に、普段冒険をする際の食事をそのまま流用した。クラッカー、塩漬け肉、飴やチョコ等の栄養補給用小粒菓子。一番慣れていて、有事の際にも即対応できるメニューだ。

 

 

フッ、だがそんな味気ない食事も、ここで食べるとなると格が幾段も上がる。やはりリラックスするにはキャンプ飯だ。それに、今日はこれも持ってきた。

 

 

知っているかはわからないが……これだ。『冒険者メシ』としても名高い即席インスタント食品。カップのヌードルだ。まあ俺はあまり使わないが。

 

 

何分軽いとはいえ、複数個持つとかなり嵩張る。加えて毎食毎にゴミが出る。更には魔法を使った食品故に割と値が張る。それらは長旅を行う冒険者にとってはかなりのデメリットとなるんだ。最も、その手軽さから素人冒険者達には人気の一品ではあるし、一日二日程度の冒険では俺も選択肢に入れるが。

 

 

まあそういう理由から、俺はキャンプの時に持ってくることが多い。ちょっとした非日常感も出るからな。それにそんな考えを持っているのは俺だけではない。丁度向こうにいる連中もカップのヌードルやカレーのメシを……。

 

 

「――で、俺は上手くしてやったって訳だ!」

 

「それ本当なんかぁ? いつもの吹かしじゃないん?」

「怪しいよねぇ。いっつもそんなんだし」

「絶対嘘に決まってるだろ」

「証拠あれば納得できるかもな」

 

「今回のはマジだって! 証拠もあって…邪魔だなこれ」

 

「おいおい止めとけ止めとけ。食い終わったのポイ捨てすんの」

 

「別に良いだろ! それより刮目しやがれ! この賭けの証明書を!」

 

 

 

……チッ。一人、食べ終わったカップを投げ捨てたな。しかも残った汁ごと。あの様子だと、迷惑行為だというのに気づいてないタイプか。マナーが悪い奴だ。

 

 

あれは山を汚すだけの行動ではない。冒険者の視点からとなるが、ポイ捨てされるとそこが野営地だと高らかに宣言しているようなもの。即ち、次にその場を訪れる冒険者が待ち伏せに遭う確率が非常に高くなる。

 

 

更にはその容器は小型の魔物が潜む絶好の潜伏場所になる。それによる奇襲で今まで数え切れない程の冒険者がしてやられた。ここはそのような危険な場所ではないとはいえ、あの輩には拾わせ、反省させなければ今後……。

 

 

「へぇ、本当みたいだな。……って、あれ、あいつは?」

 

「ありゃ? さっきまで居たよな? トイレか?」

 

「……ん? これさっきあいつ投げ捨ててなかったか?」

 

「拾ったんじゃない? それよりもこの証明書――」

 

 

……む。ほんの数瞬目を離している間に何処かへ姿を消したか。加えて投げ捨てたはずのカップが机の上に。ならまあ……こちらとしては不完全燃焼だが、叱る理由は消え――

 

 

――いや、あのカップ……明らかにおかしい。先のあいつは確かにそれを放り捨てた。だというのに……カップからは湯気が立っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…だと!?

 

 

それに、カップに土汚れすらついていない。まるで空中で何者かがキャッチし、机の上に戻したかのような……。

 

 

「お? まだカップのヌードル一つ残ってるじゃんか。誰のだ?」

 

「さあ? うちのじゃないよ」

 

「僕のでもないな。てかそこの椅子の上に置いてあったんか?」

 

「じゃああいつのだろ。食いしん坊か。これで儲けたからもう一杯、ってか?」

 

 

ふと、ポイ捨てを行った奴の友人が蓋が開かれていないカップのヌードルを拾い上げる。どうやら今いなくなったそいつの椅子の上に置かれていたらしい。そんなもの無かった気がするが……こちらからでは見えなかっただけか……――

 

 

 

――待て。俺は先程、何と言った? そう、『あのインスタント食品の容器は絶好の潜伏場所になる』と言った。……背を、山の風ではない何かが駆け巡った。まさか……!

 

 

「うーん……見れば見るほどこの証明書、本物臭いな……」

 

「やっぱり今回はマジで……うわっ! 戻って来てたのか!」

 

「急にどっか行って急に戻って来たじゃない。ともかくこれ、嘘じゃないみたいね」

 

「わかったよ、認めるよ。……なんか顔色悪いな。トイレに行ってたんじゃないのか?」

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

……ふと、ポイ捨てをしたそいつがその場に帰還を。友人達に生返事を返し、椅子に座り……。

 

 

「なあ……ゴミは持ち帰るか、しっかり分別して捨てようぜ……」

 

 

「「「「はあ?」」」」

 

 

怯え切った表情で頭を抱えつつ、皆へそう伝えた。当然そいつの友人達は突然の言動に首を捻るばかりだが……俺は見た。何をか、だと?

 

 

あの封の切られていないはずのカップのヌードルの容器の蓋が()()()()()、いなくなったはずのポイ捨てキャンパーが()()()()()()瞬間を、だ。

 

 

あのカップのヌードル、新品ではない。ましてや今机の上に置かれているような食べ終わりのゴミでもない。間違いない――あれはミミックだ。

 

 

これはただの推測でしかないが……。あのように容器に入ることで、キャンプ場ならどこにでもあるかのようなカップのヌードルに擬態することができる。蓋を閉じておけば新品に、蓋を開けておけばゴミに。そして狙った獲物(迷惑客)を捕らえるのだろう。……今後の冒険中、俺も気をつけねばならないな。

 

 

「腹痛いのか? ならこれ俺が貰って良いか? なんかまだ食えそうでよ」

 

「――ッ!? いやダメだ止めとけ逆に食われる! 片付けてくる!」

 

 

しかし、なんという……。ポイ捨てキャンパーは友人の一人にそう聞かれ、狼狽した様子で食べ終わり&ミミック入りのカップのヌードルを掴み、ゴミ捨て場へと走っていった。その様子は先程までとは全く違う。もはやカップのヌードルにトラウマを植え付けられたかのようだ。

 

 

恐らくポイ捨て程度だった故に、復活魔法陣送りとはならず何らかの仕置きを受けたのだろうが……あそこまで改心させるとは。心強いと言って良いのか、恐ろしいというべきなのか、ミミック……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふむ。昼食を摂った後もまた見回りを続けてみていたが……もう驚くに値しないだろう。ミミック、いた。

 

 

今度はアクティビティではなく、薪集めや食材集めの場として開放されている山の中や川沿いを巡ってみたのだが……やはりというかなんというか、どこにでもミミックが潜んでいる。

 

 

丸太の中、岩の中、茂みの中……茸や果実に擬態しているものまで。いや、疑わしきを全てミミックと断定している訳ではない。そのどれもをこの手で確認し、時には活動している瞬間もこの目に収めた。

 

 

例えばだ。魚採りのため、爆破魔法を使おうとした奴らがいた。だがその詠唱途中に近くの岩やバケツに引き込まれていた。他にも薪の独り占めや茸の乱獲をしていた輩が、傍に置かれていた丸太だったり茸だったりに『収穫』されていた。

 

 

他にも、山に害を為す行動をしている連中は根こそぎ仕置きを受けていた。そして驚嘆すべきなのは……周囲のキャンパー達はそれに全く気付いていない…いや、ミミック達が気づかせていないという点だ。そのおかげで、善良に楽しむキャンパー達は『素敵なキャンプ山』を堪能できている。見事という他ない。

 

 

――俺はそのミミックの仕置き場面を目撃しているではないかと? それは俺が長年の経験に基づき、ミミック達が突く虚を把握しているからだ。……と言いたいところだが、それだけではないかもしれない。

 

 

これもまた推測、いや感覚に過ぎないが……ミミック達は、俺にその瞬間を見せるかのように――迷惑客を捕らえていることを証明するかのように動いている気がする。まるで、『迷惑客を捕らえる任は果たしているから、ゆっくり楽しんで』と言うようにな。フッ、考えすぎかもしれないが。

 

 

ともかく、意気勇んでやってきたお節介焼きは手持無沙汰に山を巡るしかなくなったという訳だ。……しかしいつ以来か、こうも山の景色を、空気を、さざめきを享受できるのは。

 

 

ここ最近、必ずと言っていいほど現れる迷惑客に気を持っていかれていた。キャンプを楽しむことを忘れ、連中の処理に注力してきた。それが極まり、迷惑客退治と銘打つような今日を用意してしまったぐらいだ。

 

 

だが今、自らの責と化していたそれが無くなったことで、かつてのようにこのダンジョンを楽しめるようになった。およそ冒険者として言うべき台詞ではないかもしれないが……ミミックに感謝すべきだな。

 

 

 

 

 

 

 

そのおかげか、フッ、つい俺も初心に帰ってしまった。魚を釣り、茸や山菜や果物を集め、薪を切る――。迷惑客共のことは考えずにだ。

 

 

何分食糧こそ今日の目的上大して持ってきてはいないが、道具類は色々と持ってきている。夕食は少し手をかけてみるとしよう。とりあえずは火を起こすか。

 

 

よし、こんなものだろう。ふむ、丁度良くハーブの類が生えていた。それにニンニクも。ならば……あれにするか。

 

 

まずは食材のカットだ。折り畳み式のカッティングボードを広げ、ナイフで塩漬け肉や水洗い済みの茸山菜を切り、魚を処理する。

 

 

次に魚にハーブとニンニクを幾らか入れ塩コショウをし、オリーブオイルを引いたダッチオーブン(万能鍋)へ入れる。焼き目がついたら更にハーブを少々と山菜を幾種か散らし、蓋を閉じ火の弱いところでじっくり蒸し焼きに。あとは時折様子を見ながらで良いだろう。

 

 

さて、後はこっちだ。スキレット(小ぶりフライパン)を取り出し、ニンニクと多めのオリーブオイルを火にかける。ニンニクの香りが立ってきたら、カット済みの塩漬け肉、茸、山菜を入れる。肉の塩味があるから胡椒で味を整えればほぼ完成だ。唐辛子が無いのが少し残念だが。

 

 

最後は果物。そのまま食べても良いが、今回はコンポートにするか。メスティン(箱型飯盒)にカットした果物を入れ、水と蜂蜜味の飴菓子、ハーブの残りを。これもまた蒸してと………よし。

 

 

出来上がりだ。魚の丸ごと香草焼きに、茸と山菜のアヒージョ、フルーツコンポート。クラッカーを主食に。つい作り過ぎてしまったな。

 

 

しかしこうなるとわかっていればもっと色々と持ってきて手をかけたかったが……おっと、ランタンを灯すか。ポールを立ててぶら下げてと……何? 充分持ってきていると? 警備目的だと言うのに?

 

 

ハハッ、それは許してくれ。普段の野営は極力持ち物を減らす必要がある以上、キャンプでは反動としてつい色々と道具を持ってきてしまう。それが癖になっていてな。こんな時でも背負ってきてしまった。

 

 

だがそのおかげで色々と作れた訳だ。さて、熱いうちに早速――。

 

 

 

 

「――ヒャハハハハッ! お前マジでやんのかよォ!」

 

「ガチに決まってんだろよ! ほぅらどうだ! 即席松明だ! 踊ってやるぜ!」

 

「おうやれやれ! あん? もう空か。ポイっとな。おーい新しいのあるか?」

 

「しこたまあるぜぇ。酒だけじゃなくて食い物もな! 根こそぎ採ってきたからよ!」

 

「そりゃあいい! お、そこの姉ちゃん! ちょっと酌してくれや! アン? 嫌だってか!?」

 

「うーい…ちょっと催してきたかもしれねぇぜ…。いいやその辺でしちまおうか……」

 

「おい見ろよこれ! やっぱりここいらは不用心だぜ! こんな良いキャンプ道具を盗ってこれた!」

 

「大漁大漁! 並みのダンジョンよりも稼げるかもな! ブハハハハハッ!」

 

 

 

…………なんだ…あいつらは……。騒がしいだけではない。薪の先に火をつけ暴れ、酒瓶やゴミは所かまわず投げ捨て、マナー違反を平然と叫び、他客を困らせ、山を汚そうとし、それどころか盗みを働いている……のか?

 

 

もはや迷惑客を通り越し、ただの犯罪者集団。空いた口が塞がらない……。山賊並み、いや山賊ですらあれよりはまともだろう。なんなんだあいつらは……。

 

 

「あ、あの……もうちょっと静かに……」

「その人嫌がってるじゃないの!」

 

「「「「あ゛あ!?」」」」

 

 

「―――? ―――。―――!」

「――。――。―――。―――!」

 

「「「「どっか行きやがれや!!!」」」」

 

 

 

見るに見かねたキャンパー数人、そして駆け付けた山の神様の眷属達が注意をするが、連中は聞く耳を持たない。その狂暴さ故にキャンパー達は歯噛みするしかなく、眷属達もそのキャンパー達や捕まっていた被害者を助け出しその場を去ることで精一杯。

 

 

そしてそれで気を良くしたのか、更に騒ぎ出す連中。手近なキャンプ用具を叩き、耳障りな騒音まで出し始めた。焚火の心地いい音が吹き飛ぶほどの。

 

 

はぁ…あれを見ながらなんて、折角のキャンプ飯が不味くなるどころでは済まない。山賊退治であれば幾度も経験はある。さっさと片付けて心置きなく食事を――。

 

 

 

 

――と、思ったが……もう俺は立ち上がる必要がないようだ。既に連中の運命は決まった。いつでも動ける姿勢こそとっておくが…必要はないだろう。

 

 

気づいていないか? あいつらの周りを見てみろ。転がっている……もとい、誰にも気づかれずに転がってきた薪、石、木箱を。周囲にある……もとい、いつの間にか数を増している椅子、ポール付きランタン、テントを。

 

 

もっとよく見るといい。連中の傍にある……もとい、無かったはずのケトル、火消し壺、カップのヌードルを。連中が盗んできたと豪語する……もとい、数ある中でそれを盗むように見事誘導されたのであろうダッチオーブン、メスティン、シュラフ袋が微かに動くのを。

 

 

まさしくミミックキャンプ、ミミキャン△。さて、あと何秒後か。どの瞬間が狙われるのか。俺の予測だと、周囲のキャンパー全員が連中の喧しさに目を背け、且つ連中の大騒ぎが偶然にも一瞬収まる――今!

 

 

 

「「「「ん? ―――っ!?」」」」

 

「「「「は? ―――ッ!!?」」」」

 

 

 

 

おぉ……。これほどとは。普段の敵、そして今日の味方として最大の称賛と畏怖を送らざるを得ないだろう。これぞミミックだ。

 

 

俺が一回目の瞬きをするまでの間に、薪から、石から、木箱から、椅子から、ポール付きランタンから、テントから、ケトルから、火消し壺から、カップのヌードルから、ダッチオーブンから、メスティンから、シュラフ袋から――そして俺でも気づききれなかった他の物…欠けた煉瓦やマグやらハンドグローブやらキャンプバッグやらから――。

 

 

あぁ、その全てから、ミミックが音もなく飛び出した。そして好き放題していたならず者八人の内、四人を処理、刹那の間すら挟まず、残り四人も処分された。フッ、連中、引き込まれるその瞬間にも何が起きたか気づけなかったろう。今はどのミミックの中でどのような仕置きを受けているのだろうな。

 

 

そして俺が一回目の瞬きをし、目を開けた際。あのならず者達が散らかした道具や飲食物が消え去っていた。これもまた、その間一切の物音はなく…いや、焚火のパチパチという音と、平常通りに鳴くフクロウの声だけが響き渡っていた。

 

 

更に俺が二回目の瞬きをした時には、ミミック達のほとんどはその場を去っていた。あれだけ連中を囲んでいたミミック達が、闇夜に溶け消えていた。大きさ故に移動が目立つのだろうか、テントや椅子やポール付きランタン等が残っていたが…それらはまるで絵画の如く、モデルケースの如く、主を失くした焚火と共にその場の定位置に収まっていた。良い雰囲気だ、と思わず口に出してしまうほどに。

 

 

最後だ。俺が三回目の瞬きをしたころには、先程離れていた山の神様の眷属達が数体訪れた。そして放られたゴミを片付け、ズレていた机を直し、テントや椅子を畳み、焚火を消しにかかる。まるでこのことを予見していたかのように――いいや、予見ではないな。彼女達は実働部隊が動く前の最後の忠告役、そして後処理役に違いない。

 

 

そんな眷属達は鼻歌交じりでゆっくりのんびり静かに片付けを。と、そこに他のキャンパー達が顔を出す。

 

 

「……あれ? さっきここでヤバい人達騒いでなかった……? どっか行ったのかな……?」

「また朝みたいに絡まれるから止めときなって。って、ちょっ! 焦げてる焦げてるっ!」

 

 

 

「ん? この辺うるさかったけど静かになってない?」

「場所違うんじゃないか? ここダンジョンだけあって広いからな」

「それより早く夕飯作ろうぜ! もう暗いし! あ、二人とも朝みたいに喧嘩すんなよ?」

「ふふっ! 意地悪な事言わないであげてよ。沢山食材持ってきたから楽しもうね!」

 

 

 

「お? 静かになったな。あの連中、もう寝たのか? そろそろ怒鳴り込んでやろうと思ってたのに」

「止めときなさいよ。でもあれだけ暴れてたのに姿すら消えてるなんて不気味ね……」

「ッ……! き、きっとポイ捨てをしてたからだろ……! そうに違いない!」

「いやそれもしてたっぽいけどよ……。てかなんでお前そんな声引きつってるんだ?」

「カップのヌードル見るだけで怯えるし…昼間なんかあったのか?」

 

 

調理途中の者達もいれば、丁度帰ってきた者達もいる。騒いでいた連中を気にかけていて微かながらに不審に思っている者達も。しかしどの者達も深く考えることなく、自らのキャンプに身を沈めていく。何事もなかったかのように。ミミックが開いていたキャンプなぞ、露程も存在を把握せず。

 

 

 

 

 

フッ、本当、俺はちんけなお節介焼きだったな。俺が見回る必要もなく、このダンジョンは対策を講じていた。いつだってキャンプを楽しめるように。だからこそ俺はここが好きなんだ。

 

 

……だが、一抹の無念さを感じてしまうな。その対策の助力となれなかったことに。ここのいちファンとして、大したことをできなかったのが……――。

 

 

「おやや~。朝、悪そうな人を倒してた人さんだ~。あれ、格好良かったよよ~」

 

 

少し気力を失い焚火を見つめていると、俺に声をかけてくる人が。見慣れぬ女性キャンパーだ。どうやら朝方のあれを見ていたらしい。

 

 

「そう言って頂けると有難いですね」

 

 

そんな彼女へ小さく笑みながら返し、()()()()()()()()()()()()()()をさりげなく開く。女性キャンパーはそれを気にせず続ける。

 

 

「助けて貰ったっていう人達と偶然出会って話さん聞いたんだけど、すっごく助かったってぇ~。わたしさんからお礼を言うのもおかしいかもしれないけど、ありがとね~」

 

 

「当然のことをしたまでですよ。ここを愛する者としてね」

 

 

さらにもう一人分の取り皿やカップを取り出し、お湯も沸かし直す。そしてその女性キャンパーが去る前に、手で椅子へと促した。

 

 

「丁度作り過ぎてしまったところです。一緒にどうですか。……マツミ様」

 

 

 

 

 

 

 

「――ありゃ。バレちゃったか~。社長さん以来、バレずにいれたのだけどど~」

 

 

「俺が幾度ここを訪れ、貴女が幾度俺の元を訪れてくださったと?」

 

 

「やほふふふ~。嬉しいねぇ~」

 

 

俺が少し皮肉交じりに返すと、女性キャンパー…もといマツミ様は笑みを浮かべ、正解を認めるように数瞬だけ仄かに後光を放つ。そしてお礼と共に椅子へと座ってくださり、ポケットから何かを取り出した。

 

 

「もう隠す必要さんはないし~はい、お裾分けさんどうぞ~。僅かばかりだけどねぇ~」

 

 

「おぉ、唐辛子…! 丁度欲しかったところです」

 

 

頂いたそれを早速刻み、アヒージョの上に散らす。そしてマツミ様の分も取り分けてと。どれ……あぁ、おかげで彩りも味も締まった。有難い。

 

 

流石はマツミ様、『ふらりと現れたキャンパー仲間』を演じ、自然にさりげなく最も欲しいものを分け与えてくださる。最も、俺はその演じる機会を潰してしまったのだがな。この食事で許して頂こう。

 

 

「はふほふ~。美味しいねぇ~。相変わらずの料理上手さんだねぇ~。このお魚さんも素敵な香り~。う~んお見事~」

 

 

舌鼓を打ってくださるマツミ様。フッ、その楽しく味わってくださる御顔はキャンパーを笑顔にしてくれる。彼女にキャンプのひと時を華やかにして貰った者は数知れず。食事を共にし、何かをシェアし、他愛のない話で盛り上がる――。俺もその恩寵に幾度預かったことか。

 

 

だが、今回は折角正体を暴かせて頂いたんだ。今まで見てきたものについて、敬慕の意をお伝えしなければな。

 

 

「今日一日、各所で観させていただきました。ミミック達が貴女の眷属達と協力し、音もなく迷惑客を排除していく様を。おかげで周囲のキャンパー達は平穏なるキャンプを楽しめているでしょう」

 

 

「やほふふふ~。お見苦しいところさんを見せちゃったねぇ~。でも、雇った子達はみぃんなあれだけ凄いから、貴方さんはもう心配せずにキャンプを楽しんでねね~」

 

 

やはり、俺に排除の瞬間を見せるようにミミック達へ指示してくれていたのだろう。俺の感覚通りに。……だが……やはり……。

 

 

 

「――ううん、それで良いのよよ。ここを、わたしさん達を護るなんて煩わしいことは考えなくて」

 

 

 

ッ…! 心を読まれたかのような一言に、伏せ気味だった顔をハッと上げる。そこに見えた、周囲を包む闇の中、焚火の揺らめく炎にあてられ鮮やかに映し出されるマツミ様は、俺を柔らかく見つめて……!

 

 

「貴方さんが強いのわかる。けど、それで怪我とかして、キャンプを楽しめなくなっちゃうのはわたしさん一番悲しいのよ~。貴方さんの素敵な笑顔が消えてしまうのが、わたしさん一番寂しいのよよ~」

 

 

ランタンの灯りのように優しく、されど焚火に負けないように明るく、彼女は俺を宥めてくださった。そして神秘的なまでに美しい微笑みを――。

 

 

「守ってもらえるのは勿論嬉しいけれど、それよりも心の底からわたしさん達のダンジョンを満喫してくれるのが一番嬉しい。さっき料理さんをしていた時みたいに、熱中してくれるのが一番好きよ~」

 

 

……フッ、山の神様にそうまで言わせてしまうなんて、自らの身の程を弁えるべきだったな。ここは彼女によるキャンピングダンジョン。その恩恵を目一杯享受することこそが、もっと喜ばれる恩返しとなるのだから。

 

 

と、俺の表情からその内心をまたも読み取ってくださったのだろう。神に相応しき貌をしていらしたマツミ様は、マグを傾けながら今度はキャンパー仲間のような無邪気な笑顔をお浮かべになった。

 

 

「今日、どうだった~? 色々と巡ってくれていたけれど、感想さん聞かせて欲しいねぇ~」

 

 

感想? 感想か……ハハッ。ミミック探しに注力したからだろう、最近の中では最も遊んだかもしれない。

 

 

例えばアクティビティ、いい歳をした大人が乗るには少しばかり照れくさいものもあったが、非常に楽しかった。目まぐるしく変わる気色、椅子に腰かけているだけでは聞こえない風の音、手指の感触。冒険時とは一味違う興奮を味わえた。

 

 

そして景色。迷惑客によって狭まっていた視界はミミック達によって開き、マツミ様の権能により彩られた色彩もとい四季彩豊かな風景を、川の清涼さや谷の寂寞さといった風情ある眺望を巡ることができた。

 

 

最後に、こうして焚火を囲むキャンプの夜。耳をすませば聞こえてくるのは、火の音、鳥の音、風の音…そして迷惑客がいなくなったことにより弾む皆の団欒の音と声。あぁ、これぞ俺が虜になったキャンプだ……!

 

 

「やほふふふ~。とっても素敵な笑顔さん~。甘いお顔を見せてくれたお礼に、これもあげちゃうよよ~」

 

 

おぉ、今度はマシュマロを。フッ、ここまで至れり尽くせりだと、お礼がしたくなるもの。その旨をマツミ様へお伝えすると――。

 

 

 

「やほふふふ~。わたしさんはご飯頂いたんだものの~。寧ろ甘えてるぐらいだよよ~。でも、気が済まないというならぁ……周りの子達へお願いねね~」

 

 

周りの子達? 誰もいな……待て。これは……周囲には先程見かけた、木箱や薪や宝箱、椅子やシュラフ袋、ダッチオーブンやメスティン、火消し壺やカップのヌードルが明らかに不自然に落ちている。

 

 

ハハッ、成程そういうことか。俺が思わず笑ってしまいながら声をかけると、それらがパカリと開き――。

 

 

「良いんですか~!? じゃあ焚火でマシュマロ焼かせてく~ださい! デザ~トタ~イム!」

 

 

 

幾体ものミミック達が串に刺さったマシュマロを手に姿を現した。彼女達は功労者、何を拒む必要があるだろう。寧ろ……ふむ。

 

 

 

「今姿を見せているのでこの場のミミックは全員か?」

 

 

「は~い! そうですよ~!」

 

 

「なら……チョコ小菓子とクラッカーならまだ数がある。皆でスモアでも作って食べるのはどうだ?」

 

 

「え!? やったー!!!」

 

 

フフフッ。椅子に腰かけるは俺とマツミ様。様々なモノに入り転がるはミミック達。焚火を囲み、そんな面子でパチパチと音を立てる焚火を囲みスモアを味わう。なんとも奇妙なキャンプだ。

 

 

次以降、いつも以上に色々持ってきてみるとするか。今から楽しみだ。

 

 



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顧客リスト№67 『バニーガールのバニーカジノダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

「わぁっ…!」

 

「わお~! ひゃっふ~っっっ!!」

 

 

あっ! 社長!? 私が驚いている隙に腕から飛び出して、そのままどっか行っちゃった…! でもまあ、無理もない気はする。ここに入った瞬間、なんだか身も心も浮き上がってしまうかのようだもの!

 

 

依頼文面である程度の事情こそ知っていたものの、聞くと見るとでは大違い! とある場所に目立つよう置かれた転移魔法陣を潜り抜けた先に、こんなダンジョンが作られていたなんて! まるで別世界に来たみたいである!

 

 

だって、魔法陣に入る前に広がっていた風景とは全く違うのだもの! (すすき)夜風に揺られ風情を感じられるダンジョン、青草照らされ暖かき雰囲気漂うダンジョン――それらとは真逆と言ってもいい!

 

 

広きこの空間を包む壁は重厚ながらも気品が感じられ、柱には見事なる彫刻、天井にはまるで宝石を散りばめたかのようにキラキラ光る照明がこれでもかと! 更に床にはふわふわの絨毯……あ、よく見るとこれ芝生だ。

 

 

コホン! そして各所には、そんな照明を凌ぐほどに場を彩る様々なスロット、ルーレット、カードゲームテーブルなどなど! それらが鮮やかに輝き、訪れている人々と共に愉快で和気藹々とした小気味よい音を放ち、このダンジョン全体を包んでいるのだ!

 

 

まさに豪勢で煌びやかで、ちょっとアンモラルさすら感じられる空間! そう、ここはカジノ! 『バニーカジノダンジョン』である! 

 

 

そしてそして……! そのダンジョン名で『もしや』となったであろう! 驚くなかれ、このダンジョンの主はなんと――!!!

 

 

「ようこそ当カジノへいらしてくださいました、アストさん」

「ぴょーんっ! まずはウェルカムお団子、どうぞっぴょ~ん!」

 

 

「カグヤ姫様! イスタ姫様!」

 

 

そう、バニプリ…バニープリンセスのお二人! つまりここ、バニーガール達による新設ダンジョンなのである!

 

 

 

 

 

 

「此度もまた(わたくし)共の依頼を聞き届けてくださり感謝いたします」

 

「でもそれはあとあとっぴょ~ん! まずはダンジョンを楽しんでっぴょん!」

 

 

「ふふっ! はい、そうさせて頂きますね!」

 

 

落ち着いていて涼やかな美しさを誇る月の如きカグヤ姫様。常に元気一杯で快活な可愛らしさを誇る太陽の如きイスタ姫様。知っての通り、お二人は以前から懇意にしてくださるお得意様! …もはやその枠を超え、この間ちょっと共演までしたのだけど!

 

 

そう、このカジノダンジョンへの転移魔法陣が置かれているのは『お月見ダンジョン』と『イースターダンジョン』の入り口だったのである。だからこそここの床も、絨毯ではなく芝生なわけで。

 

 

もっと言えば柱全ては竹製で、彫られているのは兎モチーフ柄。各所にさりげなく飾られている花瓶は『御石の鉢』レプリカで、そこにはススキや『蓬莱の玉の枝』レプリカ。更には卵やお団子お餅や臼杵も飾られており、こう見ると割と彼女達らしさ満開のダンジョンだったりする。

 

 

でも、だとしても。私も社長も、ここのことを聞いた際、驚かざるを得なかった。だってお二人…もとい、お二人の服装!

 

 

「その衣装、お嫌だったのでは…!?」

 

 

思わず聞いてしまった! だってお二人……! 以前お会いした際の御姿とは打って変わっているのだもの! 

 

 

お月見ダンジョンの時は、随所に和柄が描かれ、和袖や帯がついたバニーガール達の伝統装束…加えてカグヤ姫様は全身を厚く覆う十二単を身に纏っていらした。イースターダンジョンの時は、レオタードやボンテージ部分がふわっふわで柔らかそうな毛で覆われていた服を……!

 

 

けど、今のお二人が来ているのは……うん、だってそれ……!!

 

 

「うふふ…! 存外着心地は良いもので」

 

「人間達の発想もたまには悪くないっぴょん!」

 

 

首や手には蝶ネクタイ&付け襟とカフスだけを付け、カグヤ姫様は照るような黒、イスタ姫は輝くような白のボディスーツ…ただし、胸元から肩、脇、腕は艶やかに、背中に至っては目のやり場に困るほどに大きく美しく晒し、対照的に足にはタイツやストッキングにハイヒールを履いて見惚れるほどのレッグラインからヒップラインを浮かべさせ、場のアンモラルさを跳ね上がらせているそれは……!

 

 

「どうっぴょん? 私達のバニーガールスーツ!」

 

「似合っているのあれば幸いですが……」

 

 

「ええ! とってもお似合いです!」

 

 

もはや言うに及ばず! まさにカジノでよく着込まれているあのバニー服なのだ!! 勿論お二人とも本物兎耳や兎尻尾が生えているため、それらは付けていないが……違和感なんてないに決まっている!

 

 

ただ……露出度的には普段の彼女達の衣装と同等、あるいは少ないレベルな気がするのだが……なんでイケない感じが倍増している気がするのだろう……。これが場の雰囲気、あるいは先入観というものだろうか? または人間の業……?

 

 

そもそも、イスタ姫様方はそのバニー服に怒っていらしたはず。人間がバニーガールの伝統装束を模倣し、変態的なものにした、と。……いや、まあ、元々のも…うん。ということで、さりげなく聞いてみると――。

 

 

「そうだったっぴょんけど~むむむ…! どこから説明したらいいっぴょん、お姉ちゃん?」

 

 

言いたいことが沢山あるのか、恥ずかしがりつつ混乱した様子のイスタ姫様。するとカグヤ姫様は淑やかに微笑みを浮かべて――。

 

 

「うふふ。実を申し上げますと、アストさんに背を押されたのですよ」

 

 

 

 

「私ですか!?」

 

 

「えぇ。それと社長さん方ミミックの皆さんにも。ふふっ、実は(わたくし)共、今年の運気は絶好調でございまして。それならば何か新しいことをと考えていたのですが……」

 

 

「そこで思いついたのがこれっぴょん! 憎くも気になるバニーガールスーツ! 私達のことを一年中発情期とか言って来た万年発情期連中がパクった衣装なんて着るもんか! って思ってたぴょんけど……」

 

 

と、憤慨気味だったイスタ姫様はそこで白く丸い尻尾をふりふり、耳をぴょこぴょこさせながら私の手を取り――。

 

 

「アストさん、私達の衣装を喜んで着てくれたっぴょん! そんでこの間一緒に番組に出た時、楽しそうにお仕置き副隊長を演じてたっぴょん! それで考えを改めたっぴょ~ん!」

 

 

「は、はぁ……???」

 

 

お礼を言うように、握手したままぴょんこぴょんこ跳ねて…! 私も引っ張られてがくんがくん。な、なんだかイスタ姫様以前よりもお力が強いような…!? それだけ喜ばれているのだろうけど。

 

 

そして私がバニーガールの装束を着たり、企画のコスチュームを纏いキャラを演じたのとそれにどんな関係が? 社長に乗せられせがまれ恥ずかしながらも…けど実は内心気になってたから楽しく着替えていたあれらが一体…?

 

 

「ふふっ。イスタ、言葉足らずよ。なんと申し上げましょうか…アストさん方のその楽しそうに様々な衣装を着られているのを見て、私達も選り好みはいけないと考えまして」

 

 

私達自身も村娘の衣装を身に纏い楽しませて頂きましたし、とかつて共演した『笑ってはいけないダンジョン』に思いを馳せてくださるカグヤ姫様。そして何処かに消えた社長に思いを馳せるように笑みを。

 

 

「更には社長さん方ミミックの皆様がどのような衣装…もといどのような箱でも見事なる力を発揮なされているのも大きな後押しとなりまして。何事もまずは経験、と思い直したのです」

 

 

「そして着てみたっぴょんけど…これが案外ジャストフィットだったっぴょん! だからこうして新しいダンジョンも作ってみたっぴょん! アストさんのおかげっぴょん!!」

 

 

わわわわ……! イスタ姫様のあまりの興奮ぶりに身体がちょっと浮きあがって…! あ、あと……褒められて(?)心も一段とふわふわな感じに…!

 

 

な、なんだか変なところで喜ばれてしまったが……私のコスプレがお役に立ったようで何よりである……???

 

 

「ということでアストさん!」

 

 

へっ? イスタ姫様が急に私の背に周り込んで? そして嬉しそうに軽く跳ねつつ、押してきて……もしかして!?

 

 

「今回も用意してあるっぴょん! 是非着てほしいっぴょーん!」

 

 

やっぱりそういう流れ!! もはや断れない!!

 

 

……でも、まあ……やっぱりちょっとは興味があったし……ふふっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、着たのはいいんですけど……なんで金色のなんですかぁ!?!?!?」

 

 

いやもうイスタ姫様方に誘われるまま着てしまったのだけど! ギラギラでビカビカの真っ金金のバニーガールスーツを! ラメまで入ってるし! 他のバニーガール達もカラフルなスーツを着込んでいるとはいえ……流石に派手が過ぎる気がする!!! 

 

 

「うふふ! とってもお似合いですよアストさん! これを着こなせる者は私共の中でもそうはおりません」

 

「超カッコいいっぴょん! まるで私達のリーダーみたいっぴょーん! さっすがお仕置き部隊副隊長っぴょんね!」

 

 

ううう…! でもカグヤ姫様とイスタ姫様が手放しで誉めてくださっている以上、脱ぐことは出来ないし……。ただでさえ相変わらず属性過多になるからとウサ耳をつけないデーモンガールスタイルなのだから……! ……お尻と胸周りがちょっとスースーするぅ……。

 

 

もはやこうなったら……社長も道連れにしてやる! この社長用に用意されたラメ入りギラギラビカビカ派手派手ピンクバニーガールスーツを絶対に着せる!!!

 

 

よもやこれを予期していなくなった訳ではないだろうけど……寧ろ嬉々として着る人だもの。それでも逃しはしない! 見つけ次第着替えさせてみせる!

 

 

 

――そう意気込み、カジノの光の中に消えた社長をカグヤ姫様達とともに捜索。潜む気もない社長はすぐにみつかったのだが……。

 

 

「……えっと、社長……?」

 

 

「ぁぅ……? あっアスト!! 良いところに!!! ね、お金貸して!! お願い!!! 帰ったらすぐ返すから!!!! 倍にして返すからぁ!!!!!」

 

 

私の顔を見るや否や半ベソでお金の無心をしてくるとは思わなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや本当、発見は簡単だった。やけに人だかりができていたカードゲームコーナーに向かうと、困惑するディーラーバニーガールの前で社長、テーブルに突っ伏していたのだもの……。それはもう見事にぺしゃんと。

 

 

「一体何をしたんですか……?」

 

「ぁぅぅ……あ、冷たくて気持ちいい…! アストの肌は暖か~い…! ……ちょっと眩しいけど」

 

 

眉を顰めつつ席に寄ると、社長は助けを求めるように私をギュッと。そして少しおさわりを堪能してから、溜息交じりに吐露した。

 

 

「自分がこんな弱いとは思わなかったのよぉ……1050年地下お団子工房行きにされても文句は言えないわ……」

 

 

「そんなところないっぴょん!?」

 

 

真に受けてしまったイスタ姫様はさておいて。社長、ゲームにボロ負けしたのだろうということはわかるが……。

 

 

「一体いくら賭けたんですか?」

 

「手持ち全部……」

 

 

財布を取り出しひっくり返してみせる社長。中からはコイン一枚も出てこず、ほんの僅かの埃が舞い落ちるのみ……。さっきの無心から予想済みだが…まさか本当に……!?

 

 

えぇと…基本的に出先での金銭管理も私が行っているのだが……それが私の社会勉強理由だし、ほぼほぼ一緒に行動しているから。故にほとんどの場合、私が様々な支払いを用立てている。

 

 

けど、それとは別に社長が使える財布はご自身の箱の中に持っていて貰っているのだ。単独行動時や緊急時に使って貰うための。だから、社長という身分に相応しい金額を入れておいてあって……。

 

 

なのに、それを、この短時間で全て……!? あまりに茫然とする私に、カグヤ姫様が恐る恐る確認を。

 

 

「……アストさん、そのご様子だと社長さんが幾ら使われたがご存知で……?」

 

「300万G(ゴールド)ほど…正確には339万G(ゴールド)入れておいてました……。今朝も確認しましたし、間違いありません……」

 

「ぴょあっ!?!?」

 

 

目を丸くし耳をビンッと立て驚愕を露わにするイスタ姫様…! カジノであればそれぐらい瞬きする間に消えて当たり前? えぇ、普通であればそうなのかもしれないけれど……。

 

 

「どうやったら私達のカジノでそんな大金額使えちゃうっぴょん!!!?」

 

「数千G(ゴールド)もあれば一日遊べるレート設定なのですが……?」

 

 

ダンジョン主である姫様二人が叫んだ通り。ここ、高額賭けが無いどころか、カジノのようでカジノではないのである!

 

 

 

 

 

最初にイスタ姫様が現れた際、トレイにウェルカムドリンクではなくウェルカムお団子を乗せて持ってきてくれたのがわかりやすい。確かにカジノな造りとバニーガールスーツの影響でアンモラルさこそ漂って入るが……その実ここの本質は、かつてミミック達を派遣した他バニーガールダンジョンなんら変わりないのだ。

 

 

そう、お月見ダンジョンもイースターダンジョンも、『バニーガール達が丹精込めて作ったお団子やお餅を頂け、ちょっとしたゲームで遊べる』というのが意図するところだった。このバニーカジノダンジョンも同じ、ただゲームに重きを置いているだけなのである。

 

 

だからほら、あっちの方。お洒落なバーが誂えられているが……よく見ると背後に並んでいるのはお酒の瓶ではなく、お茶の壺だったり、急須だったり、三方(さんぽう)だったり。美しく盛られた一口サイズのチーズやチョコレートが提供されて…いるかと思えば、チーズ入りやチョコ入りお団子だったり。

 

 

更にドリンク提供は大体が湯呑やティーカップ。カクテルグラスもあるにはあるが、入っているのはとっても濃く淹れられた緑茶だったり。その一部を担当バニーガール達はトレイに乗せ、しゃなりしゃなりと新しく来た来訪者に配っていたり。

 

 

そんな感じの飲食場がこのダンジョンの至る所にあるのだ。まるで以前あったお団子屋の店舗がそれに代わっただけのように。なんならゲームテーブルと同数かあるいは多いぐらいに。 ね? 形が変わっただけでかつてと同じでしょう?

 

 

 

そして、肝心のゲームもかなり安全。まず、現金をカジノチップと交換するのだが…そのレートは格安。100G(ゴールド)…お団子が一つ二つ買えるぐらいの値段で、チップ100枚。一枚あればどのゲームでも遊べるし、スロット等の枚数がいるゲームであれば、さらにそのチップ一枚が専用のメダルの山と交換できる。

 

 

そして勝った負けたを繰り返し散々遊んだ後にチップを交換所に持ち込むと…その枚数に応じて販売されているお団子お餅と引き換え可能! 更には、そこだけでしか手に入れることのできない特製品とも……!

 

 

実は先程ウェルカムお団子として特別に頂いてしまったのだが……輝く月のようにキレイで、そこに餅を搗く可愛らしい兎の姿が描かれていて、味も幾つでも食べられてしまうほど甘くて美味しくて……!! 私も商談後に遊ばせて頂いて是非それを手に入れようと思っていたほどで――。

 

 

――へ? 換金所はないのかって? そんなものはない。……いや、別に『私はよく知りませんけれど、皆さんあちらの方に向かわれますね…』とかではない。本当にないのだ。全部お団子に交換するしかないのである。

 

 

先に述べた通りである。カジノであってカジノではない、と。ゲームはあくまで二の次。バニーガール達が作った美味しいお団子お餅を楽しむのがメイン。以前と変わらず、誰でも楽しめるように構成されたダンジョンなのだ。

 

 

……なのに……なのに…………。

 

 

「「「どうして(ぴょんっ)……!?」」」

 

 

「……えっと……その……」

 

 

「……既に散財済みのもの、とやかく言う気も、意味もありませんが……」

 

「いえ、アストさん。これは由々しき事態でございましょう。ですので特例ながら――」

 

「返金するっぴょん! 受け取れないものっぴょん!!」

 

 

呆れ言葉を選ぶ私に、対応に動き出す姫様方。――とそこで社長がおずおずと手を振った。

 

 

「なんか勘違いさせちゃったぽいけど……流石にそこまでは使ってないわよ?」

 

 

 

 

 

「へ?」

「あら?」

「ぴょん?」

 

 

「ほらアスト、よく見て。これ有事用の社長財布じゃなくて、お小遣い用の財布よ。買い食いとかする用の」

 

 

首を捻る私の前に、社長は再度空財布を……って本当だ、300万ほど入れてある社長財布じゃなかった…! 当たり前ながら、社長は社長で普通に財布を持っているんだった。

 

 

「こっちのは実質会社のお金なんだから、いくら何でもギャンブルで溶かすなんてしないわ!」

 

 

そして社長財布の方を箱からチラリとだけ見せ、胸を張る社長。どうやら私の勘違いだったらしい。だってあんな深刻な表情で無心してくるのだもの……。

 

 

「なんだ……ってそれも少しは入ってませんでした? 8万5000G(ゴールド)ほど……」

 

 

「えぇ! ……それは全部……ね……。だから……えっと……」

 

 

「……んー……」

 

 

褒めるべきか呆れるべきか。社長財布に手を出さなかった自制心は見事だし、それに比べると10万未満程度の損害は微々たるもの。自分のお金なんだし。

 

 

とはいえ充分大きい散財だし、数千Gで一日遊べる設定なのにたった数十分足らずでそれを使い切ったのだ。本人が言った通り、ギャンブルの才はなさそうである。

 

 

となると、無心は跳ね付けるべきなんだけど…………でも……この上目遣いで目をウルウルさせておねだりしてくる社長を前にして……くぅっ……!

 

 

「……わかりました。ほどほどにしてくださいよ?」

 

 

「! うん! やったー!」

 

 

カグヤ姫様方を目で止めつつ財布代わりの魔法陣を開き、中からとりあえず10万ほどを出して社長へと……渡す前にちょっと逃げ場潰し。

 

 

「――ですが、ひとつ条件をつけさせていただきます」

 

 

「えぇ! タダで借りはしないわ! 私に出来ることだったらなんでも!」

 

 

「言質はとりましたよ。では、はいどうぞ!」

 

 

「わーい! 何倍のお団子にして返すわね! さあ、ぷれいす・ゆあ・べっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、鮮やかに擦りましたね……」

 

「ひぃん……ごめんなさい……」

 

 

分かっていたっちゃわかっていたけど……渡したお金、速攻で消失した。そして直に見てわかった。社長、一回一回に賭けすぎなのだ。チップ1枚…1G分から遊べると言うのに、一万枚分とか普通に賭けるのだもの。

 

 

「上だけでもテーブルリミットをかけるべきかしら、イスタ?」

 

「賭け金の制限っぴょん? そのほうがいいかもっぴょん」

 

 

そのせいでカグヤ姫様方がそんな話を始めてしまっているほど。……正直言うと確かに、他のプレイヤーが数枚ずつ賭けている中、大量のチップを机の上に山盛りにして遊ぶのはちょっと楽しそうだったけど。

 

 

そして当の社長もそれが目的だったらしく、山盛りチップの他にわざわざ私にウサ耳をつけさせた上に椅子に座らせ、その太ももの乗ることでクッションに。更にカグヤ姫様とイスタ姫様という美人バニーを両傍に侍らせてわざとらしくふんぞり返ってみせていた。さながらVIP客のように。

 

 

そこに私達社長呼びも相まって、かなりの衆目を集める結果となり、場はかなりの盛り上がりを見せたのであった。まあ、それもあっという間に儚く終了した訳だけど。

 

 

――とはいえ、それで済ませたのが社長の素晴らしいところであろう。なにせミミックの能力を使えば不正なんてし放題なのだから。

 

 

例えば先程のカードゲームテーブル。ディーラーや他の客の隙を突いてカードシュー(カード入れ)ににゅるんと入れば、次のカードは覗けるしカードの順番を入れ替えることすら可能。勿論、カードシューは不正防止のために透明だったが……社長の実力であればその程度意に介さないだろう。

 

 

他にもルーレットのウィール(回転盤)の隙間から中に入ったり、スロットの筐体に潜り込んで弄ったり……およそ普通は出来ない不正がミミックならばチップを賭ける動作ぐらい簡単に出来るのだ。しかし、社長は幾ら負けようが私に泣きつこうがその発想を塵ほども出さなかった。人として高潔で、純粋にゲームを楽しんでいる証左であろう。

 

 

「でもアスト、お金借りた条件ってこれでいいの?」

 

 

けど、それはそれ! 丸裸となった社長には利子、もとい条件の支払いを。今の社長は私の抱える箱の中で自らの恰好を確かめるように胸をぺたぺたお尻をふりふりウサ耳ぴょこぴょこ。そして私のほうへ可愛らしくこてんと首をかしげ…ふふっ!

 

 

そう、あのラメ入りギラギラビカビカ派手派手ピンクバニーガールスーツを着てもらったのである! 予想通り社長、嫌がることなく寧ろ嬉々として着てくれた! だから――。

 

 

「ちょっと違いますって社長。私の課した条件は、『バニーガールスーツを着て、私と一緒に遊んでもらう』です!」

 

 

社長ばっかりズルいのだもの! 私だってゲームで遊びたい! 勿論社長みたいな無茶な賭けはしないで、社長達と一緒に!

 

 

「そうっぴょん! 楽しいゲームは他にも沢山あるっぴょん!」

 

「是非心から堪能していってくださいましね、うふふっ!」

 

 

姫様方もそう仰ってくださるのだし、商談前にもうひと遊びさせていただこう! まずはチップを交換してと!

 

 

 

 

 

 

 

 

社長入りの宝箱の中へ零れ落ちそうなほどのコインを詰めて、いざギャンブル! 大丈夫、これだけあっても金額は大したことはないのだ!

 

 

そして重さも。社長が調整してくれているのもあるけど、チップは竹製。軽めに作られているのである。なお社長、今度はチップ風呂ならぬチップ箱に埋もれることを楽しんでいる。

 

 

では早速ゲームに! 社長はテーブルカードゲームに引っかかっていたけど、勿論他にもいろいろある。例えば、ルーレットやスロット、ダイスゲームなどなど! 球が、リールが、サイコロがコロコロクルクル、目が回ってしまいそう!

 

 

更にこのバニーガールダンジョンらしいゲームも! あそこに設営されているのは、小さめなレース会場。そこではなんと……!

 

 

「頑張れ~! 三番うさ丸~!」

「走れ走れ! 跳ねろ跳ねろ! 五番きなこ!」

「あぁ……一番…ラビラビがぁ……文字通り道草食いだしたぁ……」

「ちょっ!? 七番マロン動いて……寝顔可愛いねぇもう…!」

 

 

かなりの盛り上がりを見せるそこは、競馬ならぬ、競兎! バニーガールの眷属である兎達のレースである! ゲートに収められ横一列に並ぶふわふわふるふるもふもふの姿はもうそれだけで見る価値がある。

 

 

そして各ウサ一斉にゲートから走り出し……後は兎の気の向くまま。ブスンブフン言いながらゴールまで駆け抜ける子もいれば、隣の子に絡む子、芝生を呑気に食べだす子、もはやゲートからも出ない子、コース自体から跳び逃げる子……一戦一戦手に汗握るほんわかレースなのだ!

 

 

そうそう、話が前後するが……先程社長が居たテーブルはバニーガールがディーラーをしていた。けど…兎がディーラーをしているところもあるのだ。一応監督役のバニーガールこそいるが……もはやそこではゲームもお団子も二の次、テーブルの上を行き来する兎を愛でることが最優先になっている。

 

 

私はそこに行かないのかって? ふふっ、だってもっと可愛い兎を抱っこしているでしょう? なんて!

 

 

勿論眷属兎だけではない。バニーガール達もディーラー以外を楽しんでいる! ダンジョンであることを活かし、腕自慢なバニーガール達が闘技を行う、キャットファイトならぬバニーファイト会場も!

 

 

天井より降り注ぐスポットライトを浴び、優雅に、可愛く、勢いよく、格好良く――それぞれのパフォーマンスでバニーガール達が登場! どの子もバニー服が似合っているが……ファイトは中々に本格的だった!

 

 

ううんそれどころか、なんだかどの子も普段以上に強い気がした。蹴りの勢いなんて壁や床を貫通しそうなぐらい! それを見てイスタ姫様も火がついたようで、乱入していっちゃったし! そして圧勝していたし!!

 

 

 

そんな風に数々の賭けを(隙あらば賭け狂おうとする社長を諫めながら)楽しみ、疲れたら近くのバーカウンターでお団子やお茶に舌鼓。そしてまた遊んで、最後の最後に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――では、始めるといたしましょう。天運が導きます饗宴を。『めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに 雲隠れにし 夜半の()()かな』。ふふっ、是非そのようなことが無きように』

 

 

「「「おおおぉお~(ぴょんっ)!!!」」」

 

 

上から降り注ぐ天光の如きスポットライト、そして腰かける本物の御石の鉢から放たれる淡き輝きに、幽美に風雅に照らされるカグヤ姫様…! 天を摩する壇上に座する彼女へ、私達は喝采を!

 

 

「まさしく美しき月の女王陛下! 超カッコイイ~!」

 

「えぇ! とっても素敵です! 思わず平伏してしまうほどです!」

 

「ぴょふふふ~! 流石お姉ちゃんだぴょんっ!」

 

 

今更ながら……このダンジョン中央部には、一際高く作られたドーム型の天井、そしてそれに触れんばかりの巨大な壇があるのだ。円形の階段で構成されたその壇の頂上には、バニーガール達の五つの至宝が一つ、御石の鉢を利用し作られた玉座が。

 

 

カグヤ姫様はそこへ座り、今の口上を。本当、社長の言う通り、周囲の様々なゲームを睥睨し見守るような彼女は、美しき月の女王である!

 

 

「うふふ…! そのように褒めていただけるなんて、緊張の甲斐がございました」

 

 

と、玉座から降りて来てくださる女王陛下、もといカグヤ姫様。その姿は変わらず(つや)やかなる黒曜のバニーガールスーツだが、背には火鼠の皮による女王の如き重厚にしてスマートなマント、首には子安貝による星のように煌めくネックレス、手には竜の首の玉による威光放つオーブ。そしてそんな彼女の頭には更に――。

 

 

「社長さん、やっぱりあれ良い案っぴょん! 冠みたいっぴょん!」

 

 

「えへへ~! アストの悪魔角&ウサ耳を見て思いつきまして!」

 

 

イスタ姫様がそう話されている通り。カグヤ姫様の頭には、残されていた至宝の最後の一つ、蓬莱の玉の枝が。金銀に輝く玉をつけるその枝を、なんとカグヤ姫様は冠のように…というより角のように。なんだか超絶レアなジャッカロープ(角付き兎)のよう。

 

 

「これぞまさしく兎角。他の二つのダンジョンとは違う神秘的な風情を醸し出したかったところなのです。こちらの妙案、有難く頂戴させていただきますね!」

 

 

カグヤ姫様も気に入られたご様子で。私のウサ耳付きよりかは属性過多ではないし、寧ろ五種の至宝を纏うその御姿はこのダンジョンの長カジノクイーンらしさ満点。そして先の前口上も合わされば――!

 

 

「ふふ~! アイテムラリーの開会宣言はもう言う事なしですね!」

 

 

「ですね! ということは……」

 

 

「そうっぴょん! 社長さん達から派遣してもらうミミック達を……!」

 

 

「えぇ、どこへどのように配置するかが全ての鍵となりましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、ここからが本題。依頼の件である。つい遊びほうけてしまったから引き締めていこう! とはいえかつてと依頼内容は同じ。『アイテムラリーのお手伝い』。

 

 

カグヤ姫様方、お月見ダンジョンでは五種の宝のレプリカを、イースターダンジョンでは五個の卵を集めたものに褒美を与えると言うイベントを行っていたのだが、今回もそれを開催するらしい。

 

 

ということでそのお手伝いをしていた私達にまたもお呼びをかけていただいたわけだったのだが……今回は先の二つとは勝手が違う。どのようにミニゲームを配置し、どのようにアイテムを配るかもまだ決まっていないご様子。そこで私達に一緒に考えて欲しいとのことだったのだ!

 

 

「うーん……。まずコンセプトに何かお考えはございますか?」

 

「そうっぴょんね~。お月見ダンジョンはお姉ちゃんのさらさら~って感じで、イースターダンジョンは私のぴょんぴょん!って感じだったぴょんから~」

 

「そのダンジョンに見合った雰囲気のものが良いかと考えておりますの。ですので、此度は派手にと考えております」

 

「成程! ではそうですね~。あっ! じゃあこんなのは! すっごい大きなビンゴを作って~……あ、あとこういった筐体のゲームを――」

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「―――と、言う案も如何でしょう…?」

 

「まあ! それも素敵かとアストさん! 是非採用させてくださいな!」

 

「メモメモと…ぴょわ、大分集まったぴょんね~!」

 

「これだけプランがあればとっかえひっかえも出来そうですね~!」

 

 

プレゼンは白熱し、沢山のミニゲーム案が出揃った。そのどこにバニーガール達や眷属兎、バニーガールスーツミミック達を潜ませるかも協議済み! 更には迷惑客への対処方法も!

 

 

あとは姫様方がどれを選びどれを各所に配置するか! ふふっ、楽しみである! ――でも……。

 

 

「あの、今更ながらですが……。つい色々と規模の大きい物も挙げてしまいましたが……大丈夫なのでしょうか?」

 

 

ふと気になってしまったのは、そのプランの数々の大仰さ。姫様方に促され思いつくままに挙げてみたが……どの施設も作成に手間がかかる代物。ダンジョンというのを加味してもである。

 

 

しかも中にはミミックを潜ませるために新設するものすら。ミミックはその場にある物、あるいはそれに似た偽物を活用することで潜伏する魔物なのに……もはやあべこべである。そこまでして我が社のミミック達を活用していただかなくとも……。

 

 

「ふふ、それほどまでにお力をお借りしたい逸材ということでございますよ。それにご安心下さいませアストさん。私達の五種の秘宝、これらは特異な力を秘めておりまして」

 

「全部揃っていると、ここの――故郷にある石や砂を好きなだけ自在に操って変化させられるっぴょん! このカジノの施設とか、他のダンジョンの建物とかもそれで作ってたっぴょんよ! あ、でもお団子とかは勿論本物っぴょんよ?」

 

 

そんな力が! ……ん? 故郷? このカジノダンジョンが開かれている場所のことだろうけど……。

 

 

「あら? アスト、ここのこと気づいてなかったの?」

 

 

「へ……?」

 

 

「あら、社長さんはお分かりになられておりましたか!」

 

 

「へへ~! 実は何度かマオ…魔王様達と一緒に訪れたことがありまして!」

 

 

「まあ! あぁ、もしや……かの『彗星分裂』の際でございましょうか?」

 

「この間共演した時、先代魔王様から聞いたっぴょんよ! あれ本当のことだったぴょんね!」

 

 

「そうなんですよ~! その時もここに来まして、彗星をえいやって――」

 

 

……盛り上がる社長と、姫様方。それって……? と、カグヤ姫が混乱する私へ微笑み――。

 

 

「うふふっ。話は変わりますが、此度のアイテムラリーの褒賞は改めることにいたしました。何分自らの運が絡む此度のダンジョン、そこへ幸運の加護を褒美として授けるのは些か興が冷めましょうし」

 

 

「え、そうなんですか!? では、一体何を……?」

 

 

「ぴょふっふっふ~! アストさんなら一目でわかるかもしれないっぴょんよ~」

 

 

ニマニマしながら、何処かへと跳ねていくイスタ姫様。テンションが高いのか、その跳ね具合は以前お会いした際よりも、先程までよりもかなり高い。その健脚を活かし、彼女が持ってきたのは……。

 

 

「これっぴょん! どうっぴょんアストさん?」

 

「石……?」

 

 

……うん、手の内に収まるほどの大きさの石。白くて、ゴツゴツしていて、それでいて魔力がふんだんに……ッ!?

 

 

いや、待って! この魔力量、尋常じゃない! まさかこれ……!

 

 

「『ルナストーン』ですか!?」

 

 

「おおお~! 本当に一目でわかるなんてっぴょん!」

 

「ふふっ、流石でございますね!」

 

 

いやいやいや…! 姫様方はそう褒めてくださるけど……それどころじゃない! なんでルナストーンが……最高レベルの入手困難品である魔鉱石が!?

 

 

知っての通り、ルナストーンは月の石! 月は魔力の根源とも称されるほどで、その姿その輝きはありとあらゆる魔物、そして魔法を操る者の源! 武器にも装備にも魔道具にも装飾品にもどんなものにでも打って付け! そんな月の一部であるルナストーンが、人魔問わず垂涎の品が、何故ここに!?

 

 

しかもこのサイズ! これほどであればかなりの値段に……! 普通は時折月より落ちてくる隕石から欠片程度を採取するしかないというのに……一体どこで――!?

 

 

「アストさん、これが私達の故郷の石っぴょん!」

 

 

「へ……!?」

 

 

イスタ姫様、ニッコニコで…え!? 故郷の……つまり、このダンジョンがある、ここの……!? ――と、カグヤ姫様もクスクスと笑みを零し――。

 

 

「イスタ」

 

「はーいっぴょん! せ~~のっ! ぴょぉおおおおんっっっ!!!」

 

 

わわっ!? イスタ姫様、急に真上に跳び上がって!? もはや飛行しているかと見紛うぐらいに!? そして――!?

 

 

「ぴょおぁ~~~ぴょおんッッッ!」 

 

 

玉座の真上、天井を勢いよく蹴りつけた!? い、一体何を……――えっ!?

 

 

 

 

 

 ―――ガコンッ

 

 

 

 

なっ……!? イスタ姫様が蹴った場所がスイッチにでもなっていたのか…天井が、壁が、眩い光に包まれ変化していく!? そして透明……に……えっ…………。

 

 

「こ、これって……ここって……!?!?」

 

 

輝きに圧倒され閉じていた目を開けると……周囲の光景は様変わり! 地には荒涼ながらも霊妙さに満ちた…ルナストーンが果てまで広がって!? そして空は暗幕に覆われたかと目を擦ってしまうほどの一面の天の原!

 

 

更にその空の遠くに輝くは全てを焼き尽くさんばかりに煌めく陽球…! その間に挟まり、カジノクイーンの玉座に背負われる形で白や緑や青が美しく映えさせているのは円い……大地!? ま、まさか……!!!

 

 

「まさかここ……月ですか!?!?!?」

 

 

「ぴょんっとっと! そうっぴょん! 私達の故郷っぴょん!」

 

「ですのでご安心くださいな、素材…ルナストーンは幾らでもご用意できますの」

 

 

……な、なるほど……そ、それならば色々と納得……。確かに改めて体の調子を確認してみると、この場の魔力は転移魔法陣をくぐる前とは全く違う……! 別世界と言っても――って、もしかして! ここに来てからなんだか浮き上がってしまいそうな感じがしたのって、このせいだった!? 

 

 

「訪れる方々にとっては周囲の月光が毒となりかねないため、または降り注ぐ隕石が怯えさせてしまうため、普段は先程のように閉じておりますが……」

 

「スポットライトとかの灯りとして時々使ってるっぴょん! お姉ちゃんに当ててたのもそうっぴょんけど、さっきのバニーファイトでも使ってたのもそうぴょん! 私達が当たると力が漲って来るっぴょんから、白熱の戦いができるっぴょん!」

 

 

そう説明してくださる姫様方。少なくとも、バニーガールの方々が強かったりジャンプ力が高かったのは気のせいではなさそうである……。えぇと……――。

 

 

「ミミック、要ります……???」

 

 

 

……あっ。しまっ、思わず内心がポロっと…! だ、だって…! 自在にダンジョンを改造できて、好きに強くなれるなんて……! 少なくとも護衛役のミミックは必要なさそうな……!

 

 

「うふふっ! いいえアストさん。私共には皆様の御力が必要なのですよ。便利なように聞こえますが、私共に出来るのはその程度。各所に潜み、都度盛り上げてくださる方はミミックの方々以外におりませんもの」

 

 

「それに実は……力が漲り過ぎちゃうっぴょん。この間変態を蹴りつけたっぴょんけど……壁を貫通して外まで飛ばしちゃって、あわやクレーターひとつ増やすとこだったぴょん」

 

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

ま、まあ確かに今までも依頼主が強い…それこそ神でありながら、ダンジョンを盛り上げるため、または手を増やすためにミミックを雇ってくださったことは幾度もあるし……今回もそういう感じで良いのだろう……。

 

 

しかし、なんと言うべきか……。バニプリのお二人が、バニーガールの方々がそんな力を秘めていたなんて……。そして、幾ら故郷だからとはいえ月にカジノダンジョンを建てるなんて……。

 

 

「流石、虎と(たつ)の間に挟まっているだけあるわねぇ」

 

 

「社長、何言ってるんですか……?」

 

 

「さあね? あ、そうだカグヤ姫様! 一つ思いつきましたよ! 迷惑客の格好い~い倒し方! あとですね~……」

 

 

……新事実(私だけだけど)を踏まえ、更にプランを提案していく社長……。と、兎に角。ミミック派遣の商談は成立で良さそうである。

 

 

そうそう、ミミック達が不正しないことは保証しよう。皆社長に鍛えられた子達だもの。――ただし、ホストの意志によりゲストへ利をこっそりと与える場合は別だが。

 



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人間側 とある兄妹と博兎①

 

 

「ミカド様、到着いたしました。目的地の『お月見ダンジョン』にございます」

 

「うむ、くるしゅうない」

 

 

案内の付き人と共に、麻呂(まろ)は馬車から降りる。麻呂は小国ではあるが、日出ずる国として周辺諸国に名を馳せている国の王。だが今は日は出ていない、月輝く夜である。

 

 

嗚呼、まるであの時のようだ。寝ても覚めても忘れられじ過日。戯れに訪れたこの地で、天女を凌ぐ美姫と出会った彼の日のことが、殊更に瞼に浮かび上がる――。

 

 

麻呂はあの夜、『お月見ダンジョン』なる兎人――バニーガールが棲むダンジョンへと赴いた。そして、その姫であるカグヤを見初めたのだ。

 

 

最も、亡状にも彼女に迫り、その従兵に手痛い一撃を貰ってしまったが……それでもカグヤは麻呂へ詩を送り、(ふみ)を通ずることを許してくれたのだ。なんと心深き姫よ。

 

 

そして今でもそれは続いており、此度もダンジョンへの誘いを受けたのだ。――だが、ふむ。

 

 

(ふみ)に書かれておった通り、閉じておるようだの」

 

「えぇ、そのようでございます」

 

 

麻呂の付き人もまた、強く頷く。かつて此処を訪れた際に目にした、夜風に静かに揺れる芒と相反するかの如き賑わい振りは今や無い。成程、これもまた風情があるとも言えようが……これほどの閑散、侘しさを覚えてしまう。

 

 

とはいえ、それも致し方なし。なにせ今、このダンジョンにはバニーガール達はおらぬ。なんでも此処より繋がる新たなるダンジョンへと身を移しているようなのだ。

 

 

故に麻呂の前にあるのは、静かなるダンジョンの入り口と、そこに設けられた術による転移門。加えてそこをくぐる幾人かの客のみ。では麻呂もそれに倣うと――。

 

 

「お待ちくださいミカド様。この先、何が潜んでいるかは不確か。僭越ながらまず私が転移門をくぐって参ります」

 

 

「カグヤが麻呂を(たばか)ると? それに見よ、出てくる者の手を。あれらは団子や餅、そちも見覚えがあろう?」

 

 

「ははぁっ! まさしくカグヤ様方の手製の品でございましょう。ですが万が一ということがございます。全ては御身のため、どうかお許しを」

 

 

頑として譲らぬな。とはいえ、それが付き人としての責務か。麻呂がそれを許すと、奴は深く一礼。そして刀に手をかけながら転移門を潜り消えた。しかし、すぐさま戻って来て……はて、何故(なにゆえ)手を刀ではなく頭に当てておるのだ?

 

 

「如何にした?」

 

「はっ……。いえ、確かにバニーガール達によるダンジョンに繋がっておりました……」

 

「で、あろうよ。なれば――」

 

「いえお待ちを…! この先は御身には少々……その……!」

 

「危険、と? 老若男女が出入りしているというのにか?」

 

「い、いえっ! 安全ではありましょうが……ある意味危険と言いましょうか……」

 

「随分と奥歯に物が挟まった言い方よな。もうよい、麻呂がこの目で確かめればすむこと」

 

「お、お待ちを!!!?」

 

 

付き人を押しのけ、早速転移門へと足を踏み入れる。嗚呼愛しきカグヤよ、今麻呂が――――何と!?

 

 

「こ、これは―――!?」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「ヒメミコ様、到着いたしました。目的地の『イースターダンジョン』にございます」

 

「えぇ、くるしゅうございません」

 

 

案内の付き人と共に、こなた(此方)は馬車から降りまする。こなたは小国ではあるが、日出ずる国として周辺諸国に名を馳せている国の王ミカドの妹にございます。とはいえ今は日の出ていない、月輝く夜で。

 

 

嗚呼、あの時とはまるで違います。寝ても覚めても忘れられじ過日。兄様を追い訪れたこの地で、天女すら羨む美姫と出会った彼の日のことが、殊更に瞼に浮かび上がります――。

 

 

こなたはあの夜、『イースターダンジョン』なる兎人――バニーガールが棲むダンジョンへと赴きました。そして、その姫であるイスタと()()()を結びました。

 

 

しかも、不注意により濡れ姿となった私に揃いの装束を快く貸してくださり、共に屋根の上で舞を踊ったりも……! なんと心広き姫でございましょう。

 

 

そして彼女との交友は(ふみ)でも続いており、此度も遊興の誘いを受けたのでございます。――しかし、はて。

 

 

(ふみ)に書かれておりました通り、閉じておるようで」

 

「えぇ、そのようでございます」

 

 

こなたの付き人もまた、強く頷きます。かつてこちらへ訪れた際に目にした、陽光浴び照る青草に負けぬ賑わい振りは今やございません。成程、これもまた風情があるとも言えましょうが……これほどの閑散、侘しさを覚えてしまいます。

 

 

とはいえ、それも致し方なし。なにせ今、このダンジョンにはバニーガールの皆様方はおらぬようなのです。なんでも此処より繋がる新たなるダンジョンへと身を移しているようでして。

 

 

故にこなたの前にあるのは、静かなるダンジョンの入り口と、そこに設けられた術による転移門。加えてそこをくぐる幾人かの客のみ。ではこなたもそれに倣うと――。

 

 

「お待ちくださいヒメミコ様。この先、何が潜んでいるかは不確か。僭越ながらまず私が転移門をくぐって参ります」

 

 

「イスタがこなたを(たばか)ると? それに見なさい、出てくる者の手を。あれらは団子や餅、そなたも見覚えがありましょう?」

 

 

「ははぁっ! まさしくイスタ様方の手製の品でございましょう。ですが万が一ということがございます。全ては御身のため、どうかお許しを」

 

 

頑として譲りませんね。とはいえ、それが付き人としての責務でございましょう。こなたがそれを許すと、彼女は深く一礼。そして刀に手をかけながら転移門を潜り消えました。しかし、すぐさま戻って来て……はて、何故(なにゆえ)手を刀ではなく頭に当てておるのでしょう?

 

 

「如何にいたしました?」

 

「はっ……。いえ、確かにバニーガール達によるダンジョンに繋がっておりました……」

 

「そうでありましょう。なれば――」

 

「いえお待ちを…! この先は御身には少々……その……!」

 

「危険、と? 老若男女が出入りしておりますのに?」

 

「い、いえっ! 安全ではありましょうが……ある意味危険と言いましょうか……」

 

「随分と奥歯に物が挟まった言い方で。構いません、こなたがこの目で確かめればすむこと」

 

「お、お待ちを!!!?」

 

 

付き人を押しのけ、早速転移門へと足を踏み入れます…! 嗚呼親愛なるイスタ、今こなたが――――何と!?

 

 

「こ、これは―――!?」

 

 

 

 

 

「「これは一体!!?」」

 

 

 

「「……ん!?」」

 

 

 

 

「ヒメミコ!?」

「兄様!?」

 

 

 

「「何故此処に!?!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な、何故に(兄様)が……ヒメミコ(ミカド兄様)がこの場におるの()……!? ……ふと思い返せば、麻呂(こなた)とは別に何処ぞへと発っていたのは見かけたが(ましたが)……それが何故、此処で巡り合うの(でしょう)!?

 

 

――い、い()! 今はそれよりも……!

 

 

「ヒメミコ、此処は一体何なのだ!?」

「兄様、此処は一体何なのでしょう!?」

 

 

……揃って同じことを……! どうやらヒメミコ(兄様)も仔細は知らぬよう()。なら、この目が眩むほどの輝きを放つこの場は――。

 

 

「賭場、あるいは鉄火場……。『カジノ』とも呼ばれる、賭けによる娯楽を提供する場のようでございます」

 

「『バニーカジノダンジョン』。それがこの場の正式名称なようで……。ともあれ、バニーガールの者共が運営しているのは確かなようでございます」

 

 

付き人に説明を受け、麻呂(こなた)達は改めて眼前に広がるダンジョンを見や(ります)。ほう……麻呂(こなた)は賭場へ赴いたことはないのだが(ございませんが)……中々に見事と言わざるを得ない(ません)……!

 

 

煌びやかなる灯りに包まれるは、贅を凝らした重厚なる空間。言うなれば――まばゆい陽光に染められし星々輝く天野原。この世に有り得ぬ夢幻にありし金色なる宮殿。その絢爛なる趣に唆された故か、はたまた不慣れ故か、身が浮くかのような心地よの(にて)

 

 

しかしとく見やれば、各所には見覚えのあるモチーフが散りばめられて。大樹の如き竹の柱、刻まれた兎の彫物、閑に飾られし芒、床一面に広がる青々とした芝生。そして、新たなる装束を纏ったバニーガール達。

 

 

加えて至る所より聞こえるは、小気味の良い音や曲の数々。訪れし者達の歓喜、興奮、熱狂の声。不意に鼻へ届くは、(かんば)しき団子や餅や茶の香り。嗚呼、所違えどやはり此処は――!

 

 

「ふふ、ようこそいらしてくださいました。委細を伝えずにお呼び立ていたしました非礼、お許しくださいまし」

 

「サプラ~イズっぴょん! でもまさか2人共同時に到着するなんてっぴょん! こっちが驚かされっちゃったぴょ~んっ!」

 

 

「おぉ! カグヤ!」

「まぁ! イスタ!」

 

 

なんと良き拍子かな()! カグヤ、イスタが麻呂(こなた)達の元へ! 彼女達もまたそれぞれ、黒曜や白磁の如き装束を纏って!

 

 

「カグヤ、イスタ、此度の招待、誠に痛み入る。しかし、この賭場は……かじの、だったか?」

 

 

「えぇ、ミカド様。新しきことに挑戦を、と思い立ちましてこのようなものを。ご安心くださいませ、不徳義な代物ではございませんわ。乾坤一擲の思いこそ必要なれど、僅かな元手で老若男女が長く楽しめる造りをしております」

 

 

「そうなのですか? しかしこれほどまでの壮麗さ、どのように……」

 

 

「心配いらないっぴょんヒメミコ! だってここ月だから幾らでも素材あるっぴょん!」

 

 

「「「「……は?」」」」

 

 

「お姉ちゃん、いいっぴょん?」

 

 

「えぇ、構わないわ」

 

 

「やったぴょん! ぴょんぴょんぴょ~んっ!」

 

 

突然に跳ね、何処かへと跳ねていくイスタ。向かう先は……このダンジョンの中央にて威容放つ、巨なる段壇。それはまさしく玉座のようで……なっ!?

 

 

「せーのっ! ぴょおおおおおっん!!」

 

 

イスタが跳んで…いや、飛んで!? そして玉座が直上、半球の天井を蹴りつけ……なっ……なっ!?

 

 

「こ、これは……!?」

「これは一体!!??」

 

 

大きな駆動音が一つ響き、周囲の天井が、壁が、透き通りし氷のように変貌を!? そしてそこより望む……いや、麻呂らを望むは、雲一つかからぬ天野原に天ノ川、目が潰れんばかりの閃光放つ炎星、更に……あの大きくまるいのは……よもや……――!

 

 

「書物において見た限りではあるが……これは……!」

 

「これは間違いなく、月よりの光景……!?」

 

 

な、なんと言う……! つい先まで見上げていたあの天の輝きの……その根源に麻呂(こなた)達は立っておるというのか(おりますので)!? 付き人共も声を失っておるわ(しもうて)……!

 

 

「ぴょんっと! ということで! ようこそ私達の故郷へ~!っぴょん! さ、皆こっちこっちっぴょん!」

 

 

「遠路はるばるいらっしゃってくださったのですもの、まずはごゆるりと耳…いえ、身をお伸ばしくださいませ」

 

 

お、おぉ…! カグヤ(イスタ)麻呂(こなた)の手を引いて……! だ、だが麻呂(で、ですがこなた)、未だ理解が追いついておらぬぞ(おりませぬ)……!?

 

 

 

 

 

 

「――ふぅむふむ。気を落ち着けてみれば、何と美しき景色よの。地上よりではなく寧ろその地上までもを、これ以上なき程に瞬く星々と共にこうして眺められるとは……花鳥風月もかくや、まさしく天に昇る心持ちよ」

 

 

「まあお上手で! ふふっ、お気に召してくださいまして重畳にございますわ」

 

 

「そしてまた、それを見やりながらの団子や茶がまさに至福でございました…! 元より至上と称しても良い佳味なるこれらが、殊更に……!」

 

 

「ぴょふふふ~! まだまだ種類沢山あるっぴょん! 遊びながら食べ歩きもまた楽しいっぴょんよ!」

 

 

招かれし部屋の柔らかき椅子に腰かけ、味わい深きバニーガール達手製の団子や餅や茶に舌鼓を。――なんとも変わった皿、特に茶はかくてるを入れる硝子の洋盃で進上を受け驚いたが(きましたが)……濃く、美味であった(にございました)。嗚呼嗚呼、まことに訪れた甲斐があったというもの。

 

 

だがこれらは単なる休息、心に平静を呼び戻したこれよりが本題。折角カグヤとイスタ達が作り上げたというバニーカジノダンジョンに招かれたの(です)、是非とも満喫しなければの(しなければ!)

 

 

「……ところでヒメミコよ……。そなたもその……装束を纏うとは」

 

 

「『バニーガールスーツ』にございますわ兄様! うふふっ、イスタ達とお揃い! 如何にございましょう、似合っておりますか?」

 

 

「う、うむ。似合ってはおる。紫に輝く衣も、付け兎耳や付け兎尾もな。……だが、そなたの付き人にまで臙脂《えんじ》のそれを着せるとはの……のう?」

 

 

「い、いえミカド様、ヒメミコ様方と同じ衣装を纏えるなぞ誉れにございます。帯刀も滞りなくできておりますし……差添の身としては少々心許なくはありますが……」

 

 

「ミカドさん達もどうっぴょん? 元々人間達が作ったものだから、男性用のもあるっぴょんよ!」

 

 

「え、遠慮しておこう……のう?」

 

 

「ははあっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともあれ、早速遊興と参ろう(りましょう)。惜しきかな、賭事の妨げとなる故に壁や天井は再度閉じられたが(ましたが)…それもまた一理。あれほどに霊妙な外景が目の端に映れば、須らく惹かれ障ってしまうであろう(いましょう)。または…………。

 

 

「むむ…………はっ! おぉ、見るが良い! 揃ったぞ!」

 

「お見事にございまする! 7・7・7と大当たりにて!」

 

「こなたもにございますわ! わわわ…!? た、たくさん!」

 

「メダルが零れるほどに…! わ、私共の手だけでは――」

 

「ふふっ、只今箱をお持ちいたしますわね」

 

「ぴょんぴょんぴょ~ん! 何箱必要かな~っぴょん!」

 

 

急ぎ入れ物を用意してくれるカグヤ(イスタ)達。それによりはたと気づく(づきます)。没入によって、つい周囲へ目をやるのを忘れてしまっておることに(りますことに)。これでは例え風光明媚な景色があろうが、な(とも)。全く麻呂(こなた)としたことが。

 

 

だが(ですが)、これこそ賭場の真骨頂であろう(ございましょう)。数多の遊戯、更に楽しませて貰うとしよう(頂きます)――!

 

 

 

「――さて……む、これまた微妙な! だがうむ……賭けよう。『コール』だ」

 

「ふふふ、兄様? 降りなくて宜しかったので? 最後の機会でしたのに」

 

「ほう、ヒメミコ。大層な自信ではないか。余程良き手であるのかの?」

 

「すぐにお分かりになられるかと! さあイスタ、お願い致します」

 

「ショーダウンっぴょん! お手元のカードを公開するっぴょん!」

 

「ではこなたから。同じ紋様が五枚、『フラッシュ』にございます!」

 

「……ふっ」

 

「? 兄様?」

 

「麻呂は同数字が三枚、別の同数字が二枚。『フルハウス』とやらだ」

 

「なっ!? え、えぇとカグヤ様、これは…!」

 

「残念ながら、ミカド様の方が上の役にございます。つまり――」

 

「ヒメミコのチップ、ミカド様行きだぴょ~ん! はいがらがら~!」

 

「そんなぁ!! だって兄様、良い手が出ておりますようには……!」

 

(はかりごと)よ。危うい橋渡りであったがな」

 

「まあ御人が悪い! もう一勝負ですわ!」

 

 

 

 

 

 

 

「――こなたはあの子の単勝に賭けますわ! 兄様に奪われた分、ここで盛り返して見せましょう!」

 

「人聞きが悪いのぅヒメミコ。あの後も幾つもの遊戯で麻呂の策に嵌り続けただけではないか。それに金に換算すれば……幾らぐらいかの?」

 

「はっ。凡そ千G(ゴールド)ほどにて。街の童が小遣いほどにございまする」

 

「まあそれは言ってはならない約束、無粋というものですわ兄様」

 

「そういうものか。麻呂もまだ不慣れ故な、許せよ。――しかしのぅ、あの兎は倍率が最も高い。即ちは、のう?」

 

「はっ。ヒメミコ様、一獲千金狙いは重々承知にございますが、往々にして外れるのがこの世の理。やはりここは兄君様に倣い手堅く――」

 

「ぴょっふっふ~。わからないっぴょんよ~!」

 

「えぇ。この『競兎』は全てを走る兎達の心ままに委ねるレースにございます。なのでどうなるかは私共にでもわかりかねますわ」

 

「ほう、楽しみであるな。――む、始まったか」

 

「さ、頑張ってくださいまし! ……って、あぁっ!? あの子、い、居眠りを!?」

 

「はははっ、ほれみたことか。またも麻呂の勝ちかの。順調に最後まで……何故引き返す!?」

 

「ほ、他の兎達も草を食んだり兎団子となったりコースより飛び出して逃げておりまする……!」

 

「ぴょんぴょんぴょん! 今回のレースもまた大荒れっぴょんね~!」

 

「あら、ヒメミコ様ご覧くださいませ。あの子が……」

 

「どの子も可愛らし……へ!? あぁっ! あの子が目覚めて! そしてゆっくりゆっくりと……!」

 

『ゴール! 一着確定です!』

 

「やりましたわ~!! ふふん♪ 如何です?」

 

「ははっ、麻呂達の負けだの」

 

「「御見それいたしました!」」

 

「「お見事にございます(っぴょん!)」」

 

 

 

 

 

 

「――どうだったっぴょん? 『バニーファイト』!」

 

「えぇ…! あれほどの闘技、見たことがございませんでした! 苛烈ながらも華麗、迸る蹴りと拳の応酬…! あれを観戦するだけでもここに来る甲斐がございますね!」

 

「ぴょ~んっ! そこまで褒めてくれるなんて! バニーガールを代表してお礼するっぴょん!」

 

「うふふっ! そしてそなたも。こなたの我が儘を聞いてくださり有難うございます。よい闘いぶりでした!」

 

「ははっ…! 滅相もございません! 乱入させて頂きましたのに、辛勝で……」

 

「ううん、付き人さんも凄かったぴょん! 私達、月光のスポットライトで強化してるものっぴょん。それなのに徒手で勝っちゃうんだぴょん!」

 

「ふふ、伊達にこなたの付き人ではございませんもの! もっと言えばイスタの闘いぶりも見たかったところなのですが……」

 

「ごめんっぴょ~ん。私が出ちゃうとオッズ全部傾いちゃうっぴょん。また今度っぴょん!」

 

「えぇ! また今度! ――そう言えば兄様方はいずこへ? バニーファイト観戦前に別れたきりで……」

 

「兄君様とカグヤ様であればあちらのバーカウンターに……」

 

 

「――のう、カグヤよ。『天の野に (をさぎ)狙はり をさをさも 寝なへ()ゆゑに 妹に(ころ)はえ』」

 

「ふふっ! まあミカド様ったら!『天の原 ふりさけ見れば 山河あり 不死(ふじ)なる山に 見えし(きみ)かも』」

 

「おぉ…! おおぉ…! なんと、なんと! そのように返してくれるとは! カグヤよ、やはりそなたは才色兼備、絶世の――」

 

 

「……なんか邪魔しちゃいけなさそうっぴょんね」

 

「はあ、そのようで。ではイスタ、今暫く案内(あない)をお願いいたしますね。さて次は如何なる――」

 

「そういえばさっき競兎でヒメミコが賭けた子、今ディーラーやってるっぴょんよ! ほぼほぼゲームはできないっぴょんけど……」

 

「まあそれは!! えぇ、えぇ! そちらへ向かうと致しましょう! あの子にも労いを授けなければ! それと…是非、撫で撫でを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はははっ!(うふふっ!) 良きかな良きかな(良きこと良きこと)! バニーカジノダンジョン、未だ娯しみ尽くせぬとは。カグヤ(イスタ)へと逢うためだけに来たというのに、以降は賭場も目的になってしまいそうなほど()

 

 

しかし、それもまたカグヤ(イスタ)達の奮励の賜物であろう(ありましょう)。元より賭場というものは荒れるが常。麻呂(兄様)の元に幾度そのような事案が報告されることか。

 

 

されど、この場にはそれがない(ございません)。まさに平和そのもの。賭場と知り当初は警戒していた付き人共も、そのあまりの平穏ぶりに首を捻り続けているぐらいなのだからの(ですから)

 

 

うむ、これは実に称賛に値する(します)。出来うるならば麻呂(兄様)も倣い、取り入れたいものよ(るべきで)。故に、問うてみるとしよう(しましょう)

 

 

「イスタよ。この賭場…カジノは安穏そのもの。この場ならではの弾む心が常に維持されておる。愚者は現れず、有るは花を添える程度の面映ゆき喧騒のみ」

 

「えぇ、このような場はもっと悪漢の類によって支配されるものと耳にいたします。ですが幾ら辺りを見回そうがそのような輩はおりません。何故にございましょう?」

 

 

麻呂達が揃ってそう尋ねれば、それに乗じる形で付き人共も口を開き――。

 

 

「よもや、賭銭の低さは関係ありますまい。愚者とはどのような場でも現れるもの、特に賭場となれば必ずや気を変貌させる者が現れましょう」

 

「加えて、バニーガール達は美人揃い。ご当人方を前に口にするのは憚られますが……その、このような衣装を纏っておりましたら、美貌に欲情し襲い掛かる者も一定数はおりますのでは?」

 

「っんぐ……!」

 

(み…ミカド様…! どうかお気を確かに……! 一般論にございます…! 私以外にあの詳細を知る者はおりませぬ…!)

 

(わかっておる…! ……カグヤには本当に悪いことをしたの)

 

 

 

「んー? 要は変な人がいない理由が聞きたいっぴょん? なら答えられるっぴょん!」

 

 

麻呂達の問いかけに気前よく頷いてくれる(くださる)イスタ。そして長き耳を畳み、声を潜め気味に語ってくれた(くださいました)

 

 

「ぶっちゃけちゃうと、ふっつーに居るぴょん! 盗もうとするヤツとか、暴れるヤツとか、変態とか! でも……全部潜んでくれてる強力な助っ人がやっつけてくれてるっぴょんよ!」

 

 

ほう(まあ)、そのような者が! まるで麻呂(こなた)達を陰ながら守護する忍の者のよう……はっ!?

 

 

――覚えがある…! 覚えがあるぞ!(ございます!) かつてのバニーガール達によるダンジョン…そこで、そのような者を見たのを! 麻呂(こなた)達皆が同時に思い至り、付き人共より順に――!

 

 

「「もしやそれは――!?」」

 

 

「「ミミックかの!?」」

 

 

「その通りっぴょ~ん! ぴょっぴょぴょ~ん♪」

 

 

なっ…!? イスタは歌うように口ずさみながら、硬きバニーガールスーツで押さえている自らの胸の谷間へおもむろに手を差し込んで……!? 何かを探り出して――!

 

 

「この子達がいるから安心っぴょ~んっ!」

 

 

 

「「「「……チップ?」」」」

 

 

 

 

彼女が胸の内より取り出したるは、一枚のチップ。ふむ(はて)……少々柄や色が違えど、このダンジョンに於いて多数出回っておるカジノチップのようだが()……――。

 

 

 

 ―――カパッ!

 

 

「「「「なぁっ!? しょ、触手!!?」」」」

 

 

お、お、驚いた(きました)…! あの薄きカジノチップが貝の如く開き、中から無数の触手が…! な、成程…触手型ミミックというもの()……。

 

 

「筐体とか宝箱飾りとかテーブルとかもあるけど、大体はこうして隠れていてくれるっぴょん! 便利っぴょんよ~。例えばさっきスロットでドル箱重ねてたけど、それに一枚ぴょんっと入れておけば見張っててくれるんだっぴょん! さっきも入ってたぴょんよ?」

 

 

そ、そうであったのか(とは)……。むむむ、見事である()。チップなぞ、この賭場であればどこにでも無数にある代物。時折床へ落ちていることすらあるのだから(ですから)。その中の幾つかがミミック……わかるはずもないの(ありませぬ)

 

 

「それと、表に出てるバニーガールは皆こんな感じに何処かに潜ませてるっぴょん! もし変態とかに迫られたらこれを取り出して、ピンッて空中に弾くっぴょん! そしたら落下するまでの間にぜーんぶ倒してくれるから、パシッとカッコよくキャッチして胸にしまい直せるっぴょ~ん!」

 

 

そう語りつつ、閉じたチップを指で弾き上げるイスタ。くるくると舞い上がるチップは高く上がり……むっ、一瞬触手が伸びた……様に見えた(えました)。見間違いだと断じてしまうほどの速度でまたも元通りに戻ったようだの()。そしてそのままくるくるくると落下し――。

 

 

「ぴょっぴょっのぴょんっ☆ オールインっぴょん♪」

 

 

お、おぉ……! イスタは手で捕らえるどころか、胸の谷間そのものでぴょいんと受け止めたではないか(ありませぬか)…! そしてチップはその奥に隠れ、何事もなかったかのように。うぅむ……見事。

 

 

コホンッ。ともあれ、安穏の秘訣はミミックだったとは。麻呂(こなた)達が…いや客が目撃する前に対応してくれておるとは。天晴である(にございます)。……残念ながら倣うことは出来ぬがの(出来ませんが)

 

 

「ぴょふふふ~! そして今から始まるイベントでも、ミミック達は大活躍してくれるっぴょんよ~! 乞うご期待っぴょん!」

 

 

ほう! それはそれは! 中々に心惹かれるもの()! ははは(ふふっ)、今しばらくが長く感じること()。まるで満月を待つ心持ち……おっと、麻呂(こなた)達は今その月の上におるのだったな(でした)

 

 

なにを待っておるのか、と? イスタの口にした通り、とある催し(にて)。なんでも、以前のダンジョンと同じような宝探しを開催しておる(おります)ようで、当然麻呂(こなた)達も参加を決めたのだとも(決めました)

 

 

だからこの場にカグヤがおらぬのだ(様がおりませぬので)。彼女は今、その催しの準備へ――……。

 

 

 

 

「――よくぞ集われました、我ら博兎(ばくと)に挑まれし皆々様」

 

 

 

 

 

 

 

おお!! ついに始まるか!(始まります!) ダンジョンが中央、今やカジノに訪れし客達が囲む天にまで届きし玉座。そこへ優雅に、燦然に、輝く夜が月の如く昇りゆくのは――!

 

 

「その覚悟に敬意を表し、当カジノの支配人、バニーガールの長、月の慈悲たる女王が一人たる私カグヤより、更なる勝負の機を与えましょう」

 

 

兎の如く、月の住い人の如く軽やかに嫋やかに小さく跳ね、再度月世界を開き。燃えぬ皮衣による鮮やかなマントを翻し、手には竜の首の珠を宝珠として掲げ、燕の子安貝を首にて煌めかせ、頭には金銀の玉の枝による角冠を長き耳と共に魅せながら、御石の鉢の玉座へ腰かけたのは――そう、カグヤ()

 

 

望む天より座する地より霊験放つ光輝を威光とし纏う黒曜のバニーガールスーツを玲瓏に照り渡らせ、見る者奪う長き脚を蠱惑に組み、あの優しき微笑みに、煽り嗤うかのような不敵さを交えて――!

 

 

「ふふっ、皆様方のこと。この大博打を降りる(フォールド)なんて臆病な真似、いたしませんでしょう?」

 

 

「――――嗚呼、身が浮き上がり宙に浮いておるような心持ちよ…! あのようなカグヤもまた……嗚呼嗚呼……!」

 

「ほわぁ……! 思わず感嘆の息が出てしまいました……! 政に望まれております兄様と並ぶほどに美しゅうございます…!」

 

「ぴょふ~ん! 私のお姉ちゃんは凄いっぴょん! 私があの役をやる時より何倍も人気っぴょんよ!」

 

「あら、イスタはどのように?」

 

「そうっぴょんね~。ぴょ~っぴょっぴょっぴょっぴょんっ!って感じにやってるっぴょん! またはぴょははは~!って感じっぴょん!」

 

「まあそれはそれは! ふふっ、こなたはそちらも興味がございます。次の機には是非に!」

 

「うん! 約束っぴょん!」

 

 

 

 

 

 

「――では、始めるといたしましょう。天運が導きます饗宴を。『めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに 雲隠れにし 夜半の()()かな』。ふふっ、是非そのようなことが無きように』

 

 

「「「オオオオォオー!!!」」」

 

 

「うむうむ……! 雅な詩よ…! 嗚呼、やはりそなたは――」

 

「さ、始まりましてございますわ、兄様! 早速向かいましょう!」

 

「お姉ちゃんは女王様やってるから動けないっぴょん。だからこっからは私がガイドっぴょん!」

 

 

恍惚としておる麻呂(兄様)を引き、ヒメミコ(こなた)達はそう促す(促します)おっとそうであった(ようやく正気に)カグヤ(カグヤ様)よりの『大博打』、臆病な真似なぞ見せるはずもない(ありませんでしょう)

 

 

歓声をあげ、興奮の色を浮かべながら次々と移動していく客の中で、まずは改めて先程行われた説明を思い返してみるとするかの(しましょう)ははは(ふふっ)、勝負や大博打と銘打っておるが、やはり老若男女が分け隔てなく楽しめる催し(にて)

 

 

お月見ダンジョンやイースターダンジョンと事は同じ。ダンジョン内に設けられた会場を巡り、そこにて簡単な遊戯に興じ(ます)。見事それを成し遂げることが出来たならば、担当のバニーガールより特別なチップが手渡され(るのです)

 

 

それを五枚、計五ヶ所を巡り集めるのが此度の催しの肝。万事上手くゆき終えることが出来たならば、玉座にて待つカグヤへの元へとそれを持って行き、褒賞である『月の石』と交換して貰えるのだが(ですが)――。

 

 

「まさか月の石が褒賞とは……あれほど貴重な……」

 

「成程ここは月……。ならばそれも……いやしかし……」

 

 

ふむ、付き人共は惑うておる(おります)。月の石の価値は麻呂(こなた)知っておる(存じております)。欠片ほどでも高値がつくそれを、簡単な遊戯を成すだけで手に入れられるとなれば、の。だが麻呂(ですが兄様)はそれよりも――。

 

 

「時にイスタよ……少し耳を近う」

 

「ん? どうしたのっぴょん?」

 

「先の説明の折、カグヤは月の石を胸の内より取り出しておったが……もしや……」

 

「あぁ! お姉ちゃんも()()チップ挟んでるっぴょん! 月の石をたっぷり持ってもらって! 因みにお尻の下の、御石の鉢にも潜んでいて貰ってるっぴょんよ!」

 

「ほ、ほう……」

 

「あ、そうそうっぴょん! もし月の石が要らなかったら限定お団子やお餅の引き換えアイテムとしても使えるっぴょんよ! だから――あれ? ミカドさ~ん? どしたのっぴょ~ん?」

 

「はぁ……。イスタ、兄様が惚けております内に連れてゆきましょう。先に続き、案内(あない)をお願い致しますわ」

 

「任せるっぴょん! どっから行っても良いんだっぴょんけど~私セレクトの順番でレッツゴーっぴょん! ぴょんぴょ~ん♪」

 



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人間側 とある兄妹と博兎②

 

 

――コホン。では早速、五つの試練とやらに臨み、五枚のチップを集めるとしよう(いたしましょう)。どうやらカグヤ曰くその中には周りの遊戯と一線を画す風変りなものもあり、イスタ曰くミミック共が色々と協力しておるよう()。さて、どのようなものかの(なのでしょう)

 

 

「まずは小手調べっぴょ~ん!」

 

「ふむ、ここは――先までのとなんら変わらぬな」

「賽を用いる遊戯のようでございますが……」

 

 

イスタに連れられ訪れたのは、多数の賭け机が並ぶ場。先程札に興じたものと大した違いはない。強いて言えばヒメミコ(こなた)が気づいた通り、それぞれの机にて賽が振られておるぐらい()

 

 

「ルールは超簡単っぴょん! ディーラーがダイスを三つ、この壺に振り入れてテーブルの上に伏せて置くっぴょん! その出目の合計数字が10以下だと思ったら『小』、11以上だと思ったら『大』、奇数だと思ったら『奇』、偶数だと思ったら『偶』を宣言して、見事五回当てたらチッププレゼントっぴょ~んっ!」

 

 

「ほう、小手調べには相応しいの」

「あら、賭銭の必要はありませんので?」

 

 

「そうっぴょん! イベントだからっぴょん! 因みに三つの数字を全部当てたら一発でチッププレゼントっぴょんよ? 運試しするっぴょん?」

 

 

「難しいことを。しかし幾度か試してみるのも悪くない」

「えぇ、運試しと参りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

「――いやはや、やはり全ての数字を当てるのは至難の技よ」

「大小奇遇だけでも思うほどに当たらぬものでございました…」

 

 

幾度か天運に問いかけてみはしたが、やはりそう簡単にはいかぬもの(いきませんで)麻呂(こなた)達はそうそうに諦め、五度の正答を得る方策へと転じ(ました)。それでも中々に白熱するものだったがの(でしたが)ははっ(ふふっ)、単純ながら奥深きもの()

 

 

そして幸い、そう時間もかからずにチップを手にすることが出来(ました)。この『御石の鉢』と『岩模様の卵』がそれぞれの面に描かれたチップを。はは、懐かしき柄()

 

 

「早速熱く楽しんでくれたっぴょんね~! さ~、次行くっぴょん!」

 

 

そんな麻呂(こなた)達の手を引き、次なる挑戦へと連れ行こうとするイスタ。あぁ、だがその前に――。

 

 

「イスタよ、ひとつ良いか?」

 

「なにっぴょん?」

 

「この場にはミミックはおりませんので?」

 

 

 

気になっておったのだ(おりまして)。ミミックが各所にて協力していると聞いておった(おりました)のに、この場では彼女達の姿は影も形も無かった(ありませんでした)。最も見つからぬからこそのミミックであり、そもそもが必ずしも居る訳でもないだろうが(でしょうが)――。

 

 

「いるっぴょんよ。皆相手には出番なかっただけっぴょんで」

 

「おぉ、おるのか!?」

「やはり!? しかし何処(いずこ)に?」

 

「あんま声をおっきくして言っちゃいけないっぴょんけど……。すっごく運が悪い人とか、粘る人とか相手に活躍して貰ってるっぴょん。ほら、あそこのテーブルみたいにぴょん」

 

 

声を潜めながらイスタはとある賭け机を指し示(します)。そこには麻呂達と同じように賽の目当てに興じている者達(方々)が。

 

 

「ぐっ‥‥! まだだ‥‥! まだ‥‥! 次は‥五ゾロ‥‥! 五が三つ‥‥! 五が三つだっ‥‥‥!!」

 

「もう止めましょうよ! 何回やってるんですか‥‥!」

 

「そうっスよ! いい加減五回当てて次行きたいですよ!」

 

「何を言うか‥‥! お前達、そうそうにあがりおって‥‥! 張ってみろっ‥‥‥! 男なら大枚をっ‥‥!」

 

「いや大枚もなにも‥‥‥‥」

 

「何も賭けれないじゃないですか!」

 

「ぐぐぐっ‥‥‥! また‥‥またハズレ‥‥‥! 恐ろしいなっ‥! 本当に博奕は恐ろしいっ‥‥‥! うううっ‥‥‥!」

 

 

どうやら一度の正答での攻略に固執しておるよう()。思い返せばあの者達、麻呂達が席につく前から挑み続けていた気がする(いたします)。長く付き合わされておるディーラーも表情を苦しくしておる(おります)

 

 

「あんな風に、ぐにゃあ‥‥ってなってる人にはミミックの出番っぴょん! ぴょぴょぴょん♪」

 

 

と、イスタは挑み続けておる連中(方々)に気づかれぬよう、ディーラーに合図を。ディーラーはホッと胸を撫で下ろしたようにして……(はて)? 壺をコツコツと小さく叩い()

 

 

「なら‥‥‥! 次はシゴロだ‥‥! 4・5・6だっ‥‥! 今度こそ‥今度こそ‥‥‥っ!」

 

「なんでそんな、班‥‥‥お‥? おおっ‥!?」

 

「普段とキャラが違‥ん? あぁ‥‥‥っ!!」

 

 

そして賽が振られ、壺の中より現れたのは……おぉ!(まあ!) 4・5・6の目! 大願叶ってようやく出たよう()

 

 

「見たか‥‥! 見たかお前達‥‥‥! カカカッ‥‥‥! キキキ‥‥‥フォフォフォ、ククク‥‥!ククク‥‥‥!」

 

 

仲間二人に自慢するよう笑みながら、褒賞のチップを貰い意気揚々とその場を後にするその者達。しかし、今のどこにミミックが?

 

 

「内緒でこっちに来るっぴょん~♪」

 

 

はて、イスタがいつの間にやら先の連中(方々)が向かっていた机へと。そしてディーラーより壺を受け取り、くるりと返し……なっ!? こ、これは!?

 

 

「「「「群体型の……!」」」」

 

「しーっ、ぴょん!」

 

 

イスタに窘められ、麻呂(こなた)達は急ぎ口を噤(みます)…! だが驚いて然るべき。なにせ、壺の中に群体型のミミックが……麻呂(兄様)にとっては懐かしき、『宝箱ツバメ』が潜んでおったのだから! 一瞬鳥の巣と見紛ったわ(うてしまいました)

 

 

「さっきみたいな感じに時間かかり過ぎちゃう人には、この子達に手伝って貰ってるんだぴょん!」

 

 

成程……。先の者は自力で当てたのではなく、このミミック達によって当たりにされたという訳(にて)。あの壺叩きはその合図に相違ないであろう(しょう)

 

 

しかし遠目からとはいえ、麻呂(こなた)達はディーラーによる壺の中の確認動作をこの目で見ておった(おりました)。されど、ミミックの潜伏にまるで気づけなかった(ませんで)。初めからいたのか中途から入ったのかすらもわからぬ(分からず終い)。相変わらずの見事な忍び技である(あります)が――。

 

 

「「これはイカサマでは……?」」

 

 

「確かにバレたらノーカンノーカン叫ばれそうっぴょんけど…バレなきゃ良いんだっぴょん! それに~私達が得してるわけじゃないからセーフって社長が言ってたっぴょん! アストさんもオッケーしてくれたっぴょん!」

 

 

……それは誰かの(誰なので)? まあ、一理はあるな(あります)。これなるは賭けも行われぬちょっとした運試し、御籤を引くのと同じようなもの。長く続けたところで誰もが損するだけであろう(ありましょう)。あの者も、あの者の仲間も、ディーラーも。

 

 

――だが(しかし)……。それを聞いてしまっては少々気になるのが……。

 

 

「安心するっぴょん! こういったミミックの出番はこういうイベントの、あんな風に詰まってる時だけっぴょん! 皆がやってた時だけじゃなく、普通のゲーム中は決してイカサマしてないって断言するっぴょん!」

 

 

「「「チュビッ!」」」

 

 

「ほうほう、そち等も自負するように鳴くか! それを聞けて心が晴れた。なれば良し!」

 

「えぇ、これこそ優しき嘘というもので! ふふふっ、可愛らしゅうございますこと。羽根触りもなんとも…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ~さ~! お次はここっぴょん! じゃじゃぴょぴょ~んっ!」

 

 

「ほう! これは…スロットであるな!」

 

「先も興じました遊戯にございますね!」

 

 

次なる挑戦は、煌めき放ち軽快な音鳴り響かせる筐体が並ぶ場。回胴を止め絵柄を合わせるスロットなる遊戯が対象のようだの()ははは(ふふふ)、なれば容易(きこと)

 

 

「ここではこのドル箱一杯にメダルを集めればクリアっぴょんよ!」

 

「うむ、任せるが良い。既に一度興じておる故な」

 

「立ちどころに集めてみせましょうや!」

 

 

意気勇み空き席に腰かけ、いざ尋常に――なっ!?

 

 

「「は、速い!?!!?」」

 

 

「ぴょっふっふ~! 気づいたぴょんね!」

 

 

笑むイスタ…! この筐体が回胴の動き、先のとは全く違(うのです)! 絵柄を目で追うことすらままならぬぞ(りませぬ)! こ、これでは――!

 

 

「勿論ここでも賭け金要らないっぴょん! 狙うもよし、運を信じてテキトー押しもよし! ドンドン回せばいずれ幸運が巡ってくるかもしれないっぴょんよ~?」

 

 

そうは言えども……! くっ、これは難敵よ……!

 

 

 

 

 

 

 

「――嗚呼、また外れてしもうた…!」

「つ、次こそ…! よぉく見つめまして…!」

 

 

「ミカド様……」

「ヒメミコ様……」

 

 

「えぇい、急かすでない!」

「横槍は無用にございます!」

 

 

「「いえ滅相もございません…!」」

 

 

暫し集中しておったが(りましたが)……どうにも上手くゆかぬ(きませぬ)…! 絵柄を当てた回数は片手で足りるほど、それも低い役のものばかり……!

 

 

そう悪戦苦闘している間に、付き人共は既に挑戦を達成済み。最も彼奴等(彼女達)は常日頃より研鑽を積む兵、高速で回転し続ける回胴を見切り、狙い澄まして当てることはお茶の子さいさいであろう(ありましょう)

 

 

だが麻呂(こなた)達はそうはいかぬの(です)…! こうとなるのがわかっておれば、もそっと日頃の修練に本腰を……などと反省しても今更遅いがの(のですが)…!

 

 

しかしこのままでは次へと進め(ませぬ)。加えて動き続ける回胴を見つめ過ぎて、目に痛みを覚え始めてきてしもうた(しまいました)。何か手を打たなければ――。

 

 

「そろそろ幸運が巡ってくるかもしれないぴょんね~」

 

 

……はて? イスタ、何を……――?

 

 

「「ッ!? ミカド様ヒメミコ様! 正面を!!」」

 

 

「? おぉおおおぉっ!?!!?」

「? きゃぁあああっ!?!!?」

 

 

 ―――バグンッ!

 

 

 

 

な、な、な、何事だっ(でっ)!?!? つい目をイスタへと逸らす数秒前まで、騒がしくも整然と動き続けていたスロットが……その筐体が内部より、回胴を挟む上下より、鋭き牙……いや宝箱!?が壁を貫くが如く現れ、回り続ける回胴を力強く呑み込んで!!? あ、あわや麻呂(こなた)達も喰われてしまうかと……!

 

 

「「ご無事ですか!!?」」

 

 

すぐさま付き人達が麻呂(こなた)達を護りに……! だがそれや早鐘を打つ麻呂(こなた)達の胸の内とは正反対にその宝箱?は沈黙し――ゆっくりと開いて……!?

 

 

 

 ―――パンパカパンパンパンパカパンパン♪

 

 

 

「「「「なっ!?」」」」

 

 

その中から派手な音と共に現れたのは……絵柄の変わった回胴!? 先程とは違いまばゆいほどの金色に染まり、7の数字……最大役の絵柄が幾つも描かれた……! まるで宝物のよう……!

 

 

「お~! ボーナスタイム突入ぴょん♪ さ~! チャンス逃しちゃ駄目っぴょんよ~!」

 

 

筐体より流れる音楽が忙しきものに代わり、宝箱??が煽るように上下へ動き続け…! まるでいつまた閉じてもおかしくないと伝えるように! そして新しき回胴は勢いよく回転を! こ、これは……しかしこれであれば!

 

 

「おぉ! あ、当たる! 当たるぞ!! 乱雑に押そうが幾らでも!」

 

「急ぎ、急ぎ箱を…! いえ足りませぬ! 先よりも多くの箱をくださいませ!」

 

 

 

 

 

 

「――おぉ!? またも宝箱?が噛みつきを!?」

 

「あぁ……戻ってしまわれました……。宝箱?も中へとお戻りに……」

 

「ボーナスタイム終わりっぴょ~んっ! すっごい出たっぴょんね~」

 

「「これほどまでとは……至福の雑用、至福の傍観でございました」」

 

 

必要な量の何十倍となったであろうか(なりましたでしょう)。石垣のように重なり聳える箱を見上げながらようやく一息を。いやはや……。

 

 

「イスタよ、感謝する」

 

「こなた達のために計らってくださいましたのでしょう?」

 

「ぴょん? 私はなにもしてないっぴょんよ?」

 

「「へ?」」

 

「言った通りっぴょん! 幸運が巡って来ただけっぴょん!」

 

 

白々しいまでに嘯くイスタ。しかし、ははっ(ふふっ)。先程までは肝を潰していた故に気づくことが叶わなかった(いませんでした)が、冷静になった今ならばわか(ります)

 

 

「「あの宝箱、ミミックであろう(りましょう)?」」

 

 

「…ぴょふふ~! 流石にバレちゃうっぴょんね! でも私、本当に何もしてないっぴょんよ。いつ役物演出してもらうかは皆に自由に決めて貰ってるっぴょん!」

 

 

やはり! これもまた、先の賽の目当てと同じであろう(にございましょう)。詰まった者への救済策。試練の表向きの難易度を維持でき、更に驚きをもたらす演出と特別感まで付与できるとは、これまた天晴である(にございます)

 

 

……しかしそうなると気になるのが――。

 

 

「ぴょ? どうやってるか見てみたいっぴょんて? んー、あんまり見ない方が楽しめると思うっぴょんけど……」

 

 

渋るイスタを説き伏せ、周囲の客に気づかれぬように筐体の裏へ。するとイスタ、裏面の蓋を開け――。

 

 

「こうなってるっぴょん!」

 

 

「「「「なっ……」」」」

 

 

意外や意外……! そこにちょこんと収まっておった(おりました)のは、そのまま宝箱型のミミック! 器用に蓋…いや口を開け閉めし、牙であの大当たり回胴を挟んで麻呂(こなた)達に見せてくれおった(くださいました)

 

 

「……もしや先の噛みつきのように見えたのは?」

 

「まんま噛みつきっぴょん! 筐体の隙間からがぶがぶっぴょん!」

 

「……回胴が変わったのは?」

 

「隠してる間に、もごもご~って口の中で変えてたっぴょん!」

 

「……ボーナスタイム中、蓋が上下していたのは?」

 

「この子がぱくぱくしてたっぴょん! 手拍子みたいな感じらしいっぴょん!」

 

「……ずっとスロットの中に潜んでいたのですか?」

 

「ううん、好きに動いて貰ってるっぴょん! だから『幸運が巡ってくる』なんだっぴょん!」

 

 

麻呂(こなた)達がイスタの解を受け唖然とする中、その宝箱ミミックは筐体内部より出て、次の獲物を探すかのように楽しそうに移動を……。流石はミミック、すぐに見失ってしもうたが(しまいましたが)……。

 

 

う、うむ……。なんとも物理的で直接的な方策であるが……これであれば完全なる天任せ、もといミミック任せのため、見事なる運試しとなろう(なりましょう)

 

 

また、かのミミックも楽しんでおるようである()し…これもまた良し……?

 

 

「あ、因みにあの子じゃないけど、メダルの補充もミミックにお願いしてるっぴょん! 二人が出したメダル以上の量を一気に補充してくれるから大助かりなんだっぴょん!」

 

 

「……驚異的だの、ミミック」

 

「えぇ、まことに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さて。二枚目の…『金銀の玉の枝』と『兎と懐中時計模様の卵』がそれぞれの面に描かれたチップを手に入れ、次は三枚目。

 

 

「さ~てどうかな~っぴょん。お! 大分集まってるっぴょんね! やっぱりビンゴは人沢山いないと盛り上がらないっぴょん!」

 

 

ほう(まぁ)、ビンゴとな。確か数字の沢山書かれた紙を手に、抽選機より出でる球の数字と照らし合わせ、それが縦横斜めのどれかを揃えることが出来れば勝利となる遊戯だったか(でしたか)。まさしく運が全ての――む? おおぉ!?

 

 

「「イスタよ、これなるは!?」」

 

「ビンゴマシンぴょんよ! ガラガラして、数字を出すやつっぴょん!」

 

「「い、いやそれは見ればわかる…! その点ではなく……この大きさよ!」」

 

 

またも肝を潰してもうた(しまいました)…! このような抽選機は両手に乗るほど、または大きくとも人ほどの寸法の物だと思っておった(おりました)が……これはその範疇を優に超えておる(おります)! 首を大きく上下左右に振らなければ全貌を掴めないほど…まさに邸宅ほどの大きさはあるではない(ありません)か!

 

 

「折角のカジノっぴょん! 派手~にってお願いしたらこんなアイデア出して貰ったんだぴょん! どうっぴょん? 驚いたっぴょ~ん?」

 

「あ、あぁ。心底驚いたとも。だが、だがイスタ……」

 

「このような大きな抽選機、どのようにして回転させますので?」

 

 

ヒメミコ(こなた)の問うた通りである(かと)。これほどの代物、回すだけでも一苦労であろう(でありましょう)。なにせ小型…いや普通の大きさの抽選機をそのまま巨大にしたような形なの(ですもの)、回すための取っ手部分が遥か宙に浮いておる(しまっております)。これではどうやっても――。

 

 

「ぴょふふふ~! 私達を舐めて貰っちゃ困るっぴょん! はいどうぞっぴょん!」

 

 

ふふんと胸を張るイスタにビンゴの紙を渡され、椅子へと座らされ。見ていろ、と。ふむ、どうやらこのビンゴ、この催事中は止まることなく動かされておるらしい(ようで)。人を集めてから一辺に挑戦させる形ではなく、誰もが気の向くままに訪れることができるように。

 

 

即ち、この巨大なる抽選機は既に幾度も動いておるのだろう(でしょう)。だがどうやって――。

 

 

『さあ続いて参りま~す! そ~っれ! ピョーン!!』

 

 

おぉ! うっかりしておった(おりました)! 彼女達はバニーガール。その跳躍力は麻呂(こなた)達とは比べ物になるはずもない。加えて此処は月、彼女達の力の増す故郷と聞(きます)。なればあのように――!

 

 

『よいしょー!』

 

 

飛び跳ね取っ手を掴み、ガラガラと回転させることも容易いという訳()! そして……(あら)

 

 

「はて、数字が……」

「書かれておりませんね……」

 

 

抽選機より滑り出てきたのは、人ほどの大きさもある巨大な……無地の白き玉。よくよく見れば抽選機の中にひしめいておる玉も全て、赤や青、緑や桃や橙、金や銀等の色をしてお(ります)が……一つたりとも数字が書かれているものは無いではないか(ありませんか)

 

 

よもや間違いという訳でもあるまい(りませんでしょう)。どのように――……。

 

 

 

 ―――パカッ!

 

 

 

『85~っ!』

 

『出ました85! さあビンゴの方は~?』

 

「「「ビンゴ!」」」

 

『おお~っ! ナイスビンゴ! さあ、このチップをお受け取りください!』

 

 

なんと!? あの白き大玉が割れ、中より紙吹雪と共に勢いよくバニーガールが飛び出してきたではない(ありません)か! 大きく数字が書かれた札を両手で掲げて!

 

 

そして出番が済むと玉の中に戻り、ゴロゴロゴロと転がり抽選機の裏手へと……! これはなんとも……!

 

 

「ぴょふふん♪ 中に入っているのは私達だけじゃないっぴょんよ~」

 

 

ほう(まぁ)、イスタがそのようなことを。どれ、では暫しビンゴに興じてみようではないか(ましょうか)

 

 

 

 

 

 

 

――なんと、なんとなんと! よもやこれほどに演出を設けておるとは! 大玉より出でるバニーガールの技は多種多様!

 

 

ぴょんっと跳び出すだけではない。蹴りによって玉を割るかのごとく現れる者、見えを切るかの如く様々な体勢を演じ現れる者、わざと玉をカタカタ震わせ開けてもらう者、団子や餅を頬張っておる者、複数人で組み合い派手に登場する者などなど。

 

 

更に、大玉より出でるのはバニーガールだけではない(ございません)。多種多様の眷属兎達もまた同じく。何羽か揃って跳ね回ったり、数字を示す札を一生懸命に引きずったり、やはり職務放棄気味に寝ておったり。なんとも愛いもの()

 

 

ただ最も驚くべきは、なんとまあ……!

 

 

「平然とミミックが出てくるのぅ!」

 

 

バニーガールや眷属兎に紛れ、まさかの兎耳を身につけたミミック達までもが大玉より現れるのだ(とは)! 

 

 

宝箱型のが身の内より数字の札を咥え出し、群体型のが札を持ち飛び回り跳ね回り、触手型のが札を掲げ振り回し、上位種である人姿のミミックはバニーガールスーツを身につけ、玉の内の箱の内から盛大に! もはや潜むことすらしておらぬ(りませんわ)

 

 

そしてその三者、バニーガールと眷属兎とミミックが協力し合っておる演出もままある(ございます)。バニーガールが兎達を見事に指揮し現れる演出や、兎達に包まれバニーガールが現れる演出。ミミックの箱の内にバニーガールが腰かけ現れる演出や、バニーガールがミミック箱を掲げ現れる演出。

 

 

ミミックの箱の内から一匹また一匹と兎が跳ね出る演出や、ミミックが兎の立ち台として鎮座あるいは跳ね動く演出。更には三者合わさり、バニーガールの頭の上に耳付きミミック箱が不安定に乗り、その上に更に兎が不安定に乗ってバランスを取りつつ一斉に耳を動かす演出はなんとも……はて、ミミックは付け耳なのでは?

 

 

他にも、大量のチップが湧きだし続けるミミック箱の内より数字札を取り出すという演出や、バニーガールが取り出せど取り出せど小さい箱が出続け、最終的に手のひらほどもない箱から札を咥えた兎が出てくる無限箱演出など――つい紙の数字を折るのを忘れてしまうほどに見応えのあるものばかりであった(ございました)

 

 

うぅむ、許されるのであればこのまま一通り見物しておりたいところ(です)が……嗚呼、揃ってしもう(まいまし)た。ビンゴが揃ってこれほど喜ばしくないことが他にあるであろうか(ありましょうか)

 

 

「時にイスタよ、ミミックはあのように現れて良いのか?」

 

 

せめてもの抗いとして、『燃えぬ皮衣』と『竹と筍模様の卵』が描かれた三枚目のチップを手に、次の挑戦へ移る前にそう時間稼ぎを。と――。

 

 

「良いんだっぴょん! でも隠れてる子もいるっぴょん。だって動く大玉全部の中にいるっぴょんから!」

 

「まぁ! そうだったのですか!」

 

「そうっぴょん! だってじゃないと、私達ぎゅうぎゅう詰めで苦しいっぴょん!」

 

 

ふむ、確かに少々懸念を抱いておった(りました)。演出としてバニーガールなり兎なりが大玉の中に入り込み、抽選機の中にて出番を待ち続けるのは些か難儀であろうと。

 

 

しかしイスタの口ぶりより察するに、それはミミックによって解消されておるよう()。どのようになっておるかはわからぬがの(りませぬが)

 

 

ではそれに乗じ、これまた舞台裏の見学へと赴かせて貰うと……ほう!

 

 

「これまた見ものよの!」

「ふふ、壮観でございますこと!」

 

 

出番を終えゴロゴロと転がっていった大玉は抽選機の裏、客より見えぬ位置へと集まっておった(りました)。一部は中の演出者の交代を行い、機を見計らい――。

 

 

「「「「おぉ!」」」」

 

 

バニーガールもかくやという跳躍力にて、巨大抽選機の中へ跳ね入ってゆくではないか(ありませんか)! 人並みに巨なる大玉が実に軽やかに! 

 

 

「因みにネタバラシしちゃうっぴょんと~…ここも他の挑戦みたいにちょっとイカサマしてるっぴょん! ほら、客席の周りに私達が待機してたっぴょん?」

 

 

「うむ、そうであったな」

「賑やかしや案内役ではなかったので?」

 

 

「それもあるっぴょんけど、実はお客さんの今のビンゴカードの様子を確認してるんだっぴょん! またまた運悪く詰まってる人がいたら、その数字をここで伝えたり、抽選機の中へ直接ウサ耳ジェスチャーで伝えてるっぴょん!」

 

 

「ほう、そうであったのか! はて、しかしそれでは……」

「目当ての玉が出て来るまでに時間がかかってしまうことがあるのでは?」

 

 

「ぴょふふ~ん! そこがミミックの力の見せ所っぴょん! まず数字の札は全部持ってもらってるっぴょんから問題ないっぴょんし、ミミックだから抽選機のガラガラに合わせ出口付近に移動するのも楽々楽勝らしいっぴょん!」

 

 

はははっ、ここでもまたミミック、天晴である(すこと)! いやはや、このようなミミックの活用法もあるとは。

 

 

「お、なんだか感心してくれてるっぴょんね~! なら次の挑戦のも気に入るっぴょんよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ~ここっぴょん! どうっぴょん? ビンゴ並みに大きいっぴょんよ!」

 

 

「「「「おおおぉおお……!!!」」」」

 

 

4つ目の挑戦へと招かれた先には、これまた巨大なる建造物が今度は群を成して! だが(ですが)これは一体…!? 前面には透明な壁が張られ、その内部にはこれまた大きな数多の杭や的や灯りや道などが埋め込まれ敷かれ、これでもかと大仰に明滅しておるこれは!?

 

 

「これは……ピンボールにございますな」

 

 

「「ぴ、ぴんぼぉる……??」」

 

 

「左様にございます。筐体の内にて球を弾き出し、点数が設けられた各所にぶつけることで合計値を稼ぐ遊戯にて」

 

 

付き人共が指し示す先には、確かに球……いや、やはり先程のビンゴと同じ、いいやそれよりも一回りは大きな玉が。おぉ(まぁ)! よく見てみれば月の模様が刻まれておるではないか(ります)

 

 

それにとく見れば、筐体の各所にはバニーガールや兎を模した柄や関わる模様に始まり、天野原の星景色まで! そして最も麻呂達に近い最下部分には、ほほう! 麻呂(こなた)達の住む世界が! 

 

 

そこには更に…うむ、これは間違いない(ありませぬ)! お月見ダンジョンとイースターダンジョンを模しておる(おります)! はははっ(ふふふっ)、これは楽しきかな! ――しかし、どのように遊ぶの()

 

 

「それはこれを使うっぴょん! このレバーをそれぞれ動かすとフリッパーが動くっぴょん! これで落ちてくる玉を弾き返して、ポイントを稼ぎ続けるっぴょん!」

 

 

ほう! これまたとく見やれば、最下部分に穴が。そしてその穴の手前、ダンジョンを模した柄を護るかのように、二つの動く装置が。成程、これを駆使し玉が落ちてゆくのを防ぎつつ()。これまた心引く遊戯()

 

 

「現在のポイントはここに表示されるっぴょん! んで、こっちのポイントを超えたら4枚目の『龍の首の珠』と『卵模様の卵』模様なチッププレゼントっぴょん! さ~ぴょんぴょん弾いて弾いて弾きまくるっぴょん!」

 

 

「では麻呂から参ろう。これで始めるのだな。おぉ! 玉が……いや月が、勢いよく天へと上がった! 大迫力よの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――むっ、もう目標の点数に到達してしまいましたか……」

 

「つい時と我を忘れ楽しんでしまいますな……」

 

 

嗚呼、付き人共の挑戦もとうとう幕引きとなってしもうた(まいました)。このピンボールとやら、自ら興じるのは言わずもがな、見ていても楽しいもの()。上手く玉を弾き上げることの出来た際はまさに極上。うむ、これは――。

 

 

「少しばかり蹴鞠に少々似ておるの。最も、これは手で操る仕組みであるが」

 

「えぇ兄様、まことに。跳ね上げる拍子や狙い澄ます技巧など、どこか通じてございますわ!」

 

 

規模の大きさゆえに、つい相通じるものを感じてしもうた(まいました)。しかし、ふむ……そう思うと中々に奇妙よな(かと)。毬とは比べ物にならぬほどに巨大だというのに、なんとも軽快に天まで跳ね上がるもの()

 

 

それはこの筐体に仕込まれた装置によるものか術によるものか、やはりここが月ゆえか。――いや、それもあるであろう(ありましょう)が……。

 

 

「イスタよ、もしやせぬともあの月の如き大玉……」

「中には先のビンゴと同じく……?」

 

 

 

 ―――パカッ!

 

 

 

「半分ビっンゴ~!」

 

 

 

 

おおぉっ!? 大玉……ではなく、巨大なピンボール筐体の端より、上位ミミックが姿を見せて!? 麻呂達の予測は的外れであったのか(ございました)!?

 

 

「ぴょふふ~! だから半分ビンゴ(当たり)なんだっぴょん! 二人の想像通り、大玉にミミックが入って、角度とか跳ねる力とか調整することがあるっぴょん! でも~……」

 

 

「それは詰まっちゃってる人相手だけ! それ以外はこうやって隠れてるんだ~! あ、後ちょっと裏でバンパーとかフリッパーとかをチューニングしてたりするかな。でも箱工房とアストちゃんやバニーの皆の魔法合作だからほぼ弄る必要ないんだけど~」

 

 

ほ、ほう、そうであったか(したか)。つまりは麻呂(こなた)達が興じている間は何もしておらぬかったよう()。――む? 上位ミミック、イスタへとにんまり微笑み……。

 

 

「ところでイスタ姫様! ということは~?」

 

「そういうことっぴょん! 用意お願いっぴょ~ん!」

 

「は~い只今~!」

 

 

パタンと筐体内へ消えていく上位ミミック。はて……なっ!? 次弾として装填されておった月…いや大玉が急に動き出し、筐体の側面より飛び出しただと(まして)!? そしてそのまま裏手へと……。

 

 

「お待たせしっました~!」

 

 

……ゴロゴロゴロと音を立て戻ってきおった(参りました)! ――なっ!? なななんと!?

 

 

「「「「透明な大玉!?!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

月模様の大玉は何処(いずこ)へと。現れたるは、中の上位ミミックの様子が手に取るようにわかる透明なる大玉。それは麻呂(こなた)達の傍まで転がり迫り、停止し――。

 

 

「ぴょっぴょっぴょっ~! ここからがこのピンボールの本領だぴょん!」

 

 

イスタ()、高笑いを…!? 本領とは?

 

 

「なんでここまで大きなピンボールを作って貰ったか。それはこれにあると言っても過言ではないっぴょん! いや~社長さんとアストさんはたっくさん楽しいこと考えてくれるっぴょん!」

 

 

「姫様~説明を~!」

 

 

「おっとっぴょんぴょん! このピンボール、あるサービスもやっておるぴょん! その名も、『ピンボールボール体験』っぴょん!」

 

 

ふふんと胸を張るイスタと上位ミミック……もしや!!?

 

 

「そのもしやっぴょん! 今遊んで貰ったピンボールのボールになれるんだぴょん! 楽しそうっぴょん? さっきビンゴの玉を気にしてたから絶対気に入ると思ったっぴょん!」

 

 

やはり!! だが事実、気にはなっておったのだ(りました)。バニーガール達が出入りしておるのを見て(ますと)。とはいえ……。

 

 

「だいじょ~ぶ! 酔わないように安全に安定させるのが、私がいる理由~!」

 

 

ふむ……懸念事項に対し上位ミミックはそう応え(てくださいました)。彼女達の実力は今更疑いはすまい(いたしません)。では、高鳴る身を抑えつつ――。

 

 

「お待ちをミカド様…! どうか私も共に!」

 

 

はぁ(まぁ)……付き人がしゃしゃり(ずいと)出てきよった(ました)麻呂(兄様)を護るためであろう(りましょう)が――大玉としてはどうなの(でしょう)

 

 

「寧ろ二人ずつぐらいの方がワイワイできて楽しいと思うよ~! あ・と~誰かがピンボールの操作をすると更に更に面白くなること請け合い!」

 

 

「ならばまずはこなた達が操作を担当いたしますわ! ふふっ、兄様が入った大玉を弾き上げる……そのような体験、他ではまず味わうことができませんでしょう! ね?」

 

 

「え、えぇ。まあ……え、私も操作を!? ミカド様が入っておられますのに!? いえ確かにレバーは二つございますが……え、あの、その……!」

 

 

「うむ、良きに計らえ。折角の催しよ、盛大にな。……ヒメミコは手加減する気はないようだしの」

 

 

「さ~さ~! では玉の中へご招待! 少し身体に失礼~」

 

 

組み分けが決まったところで、麻呂達(兄様方)は玉の内へと。……今更であるが、玉の内部には掴める所はない(ありませぬ)。しかしミミックの能力故か、存外安定……おおっ!? 転がり出した!?(ました!)

 

 

そして先程通りに、装填場所へと収まり――!

 

 

「よいしょっと! セット完了! では~~どうぞ!」

 

 

「兄様方、いってらっしゃいませ! えいっ☆」

 

 

「「のあああああああぁっっ!!!!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うふふふふっ! 全く、良き体験にございました! 欲を申せばもう暫く耽りたいところでしたが……」

 

「相変わらずお転婆よの、ヒメミコ。あれほど弾き上げてやったというのに。麻呂なぞまだ浮き心地よ。身体が自然と跳ねてしもうておるわ」

 

 

肩を竦める麻呂(兄様)に続き、付き人共も笑みつつ同調を。とはいえ、間違いなく稀有なる体験であった(りました)

 

 

手摺りどころか足場すら不安定な透明なる大玉に入り、砲の如く跳ね上げられたと思えば今度は流れ星の如く落下を。かと思えばまたも天へと弾き飛ばされ、あらゆるものへ激突し勢いそのまま天野原を…もといピンボールの内部を右へ左へと!

 

 

ひと瞬きの安らぎすらも許されぬその応酬に臓腑は常に浮き暴れ、息は無意識に漏れ出す叫び声と引き換えにしか手に入らず、とうとう手足は置き場すら失い身と共に宙を舞い続けて! それでも目は迫りくる障害物を捉えてしまい、その度に総毛立つも、あなやと思う間に突き放され!

 

 

そう、目に映る景色(です)! あれこそ奇天烈にして神秘! 激突の恐怖に苛まれておったのは束の間、それを染め消したのは数多の光輝! 元より煌めていておった(りました)世界が――このダンジョンが、天地無用に目まぐるしく揺さぶられ正体を失い、まるで麻呂達は星々の渦の中へと取り込まれたかの如き感覚に陥った(りました)とも! 嗚呼、未だ浮き心地の所以はそこにもあろうよ(ありましょう)! 

 

 

――そして、うむ(えぇ)。それを堪能できたのは紛れもなくミミックのおかげであるな(にて)。あれほどに荒々しき動きであっても、一切酔うことがなかったのだ(ありませんでした)から。見事なる箱操り…もとい玉操りの妙技()

 

 

「さ~! 跳ねるのに慣れたところで~~最後っぴょん!」

 

 

と、麻呂(こなた)達を連れるイスタが威勢よく。嗚呼、うむ(あら)、そう(です)。もう次が五つ目の挑戦(にて)。名残惜しいもの()――……

 

 

「この扉の奥っぴょん! さあくぐって……どうっぴょ~ん?」

 

 

……ん? むっ(まあ)!? こ、これは……この感覚は! 全身を包む、この浮遊感は!! つい先程の大玉体験に似てお(ります)! 

 

 

此処は……五つ目の挑戦とはどのような仕掛けを――!? ―――っえ!!?

 

 

 

「「「「何もない!?!!?」」」」

 

 

 



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人間側 とある兄妹と博兎③終

 

 

これが……ここが五つ目の挑戦の場であると!? 何もない、この場が!? い、いや……正しくは何もないという訳ではないのだ(ありません)が……。

 

 

なにせディーラー構える遊戯机も、派手な輝きと音を放つスロット筐体も、家屋凌ぐビンゴマシンも、人が中で跳ね回れるピンボールも、それどころか天井にて輝く数多の照明や意匠凝らされし柱や壁も、何一つ無いの(です)! 先程までどこにいてもそれらに囲まれていたというのに!

 

 

ただ唯一ここにあるのは……広々とした一面の芝生! そしてそれを包みしは――明澄なる月世界!! その点だけは先まで麻呂(こなた)達が居った(りました)、今もカグヤ(カグヤ様)が座するダンジョン中央部と似通った造りであるようだの()……。

 

 

しかし全天が透明なる半球に覆われる中、物らしき物がほぼ存在しておらぬとなる(りませぬ)と――此処はまさしく、月の上に放り出されたかのような……おぉっ(きゃっ)!?

 

 

「か、身体が!?」

「軽うございます!?」

 

 

思わず一歩を踏み出せば、その違和感に、その浮遊感に否応なく気づかされ(ました)…! ような、ではない(ありません)。これでは本当に月の上に……! いやそもそも、ずっとおるの(です)が……!

 

 

「最後の挑戦舞台はここ、月の重力をそのまま活かした芝生広場っぴょん! さっきので慣れてたおかげで身体動かしやすいっぴょん?」

 

 

そうイスタに言われ、はたと息つき。……うむ(まぁ)、確かに。ピンボールと違い、此度は自らの意思にてこの浮遊感を操れ(ます)。速度も実にゆるりとしたもので、まるで水の中の如し。なれば――!

 

 

「ご覧になってくださいまし! 身をこれほどまでに前へ傾けさせても倒れることはありませんわ!」

 

「なんと、ヒメミコ様! 通例であればそのまま地へ叩きつけられて然るべきでありましょうに! まるで無重力の如く!」

 

「ほう、ふむ……! このようなことも出来てしまうとはの! どうだ、上手く動けておるか?」

 

「おぉ! 見事にございますミカド様! 前に進んでいるように見せながら後ろへ下がって! まるで月を歩くかの如く!」

 

 

暫しの間、先の大玉の中では叶わなかった遊興に耽()ははっ(ふふっ)、大玉体験と比べても劣らぬ風変わり様()! ――して。

 

 

「イスタよ。このまさしく天『野原』では何を行うのだ?」

 

「お! 上手いっぴょん! ここでは二つ挑戦を用意してるっぴょん! どっちか選んで貰うっぴょんけど、もし望むのであれば――」

 

「えぇ、えぇ! みなまで仰らず! こなた、両方試みとうございますわ!」

 

「ぴょぴょん! 良いっぴょんね~っ! じゃ、用意して来るっぴょん!」

 

 

早速跳ねてゆ(きます)イスタ。おぉ、先程までとは段違いの跳躍力と速度()! 月世界包むこの場の影響であろう(りましょう)か。あっという間に何処ぞへと消え、すぐさま戻ってくるが(きまして)……ほう(まあ)

 

 

「出来立てを用意して貰ってる間に、こっちからやるっぴょ~ん!」

 

 

イスタに続く形で、宝箱が四つほど跳ねて! もはや勘ぐる必要もなく、ミミックであるな(ございましょう)。とうとうのっけから一切隠れることなく姿を晒しおったの(てくださいました)

 

 

「さ~まずは単純明快、『追いかけっこ兎探し』ぴょん! 出ておいで~っぴょん!」

 

 

と、イスタがミミック達へ声をかけ(まして)。すると内一つがパカリと開き――。

 

 

「まあっ! 先程の! 兎の徒競走でこなたが応援いたしておりました! あの後撫でさせても頂きました、あの子!」

 

「そうっぴょん! 丁度今元気一杯だからお手伝いして貰う事にしたんだっぴょ~ん!」

 

 

飛び出してきたのは、競兎にてヒメミコ(こなた)を勝利へと導いたあの眷属兎! 自らミミックの蓋の上に乗り、ふすりふすりと威勢よく鼻を動かしてお(ります)。無論、耳と尾も。

 

 

「説明っぴょん! まずはこの子がまた箱の中に隠れるっぴょん! そしてミミック達はシャッフルした後、一斉に辺りへ駆け出すっぴょん! 皆はそれを追いかけて、兎を捕まえられたら勝ちっぴょん!」

 

 

成程、単純明快よの()麻呂(こなた)達が理解したことをを頷きにて伝えると、兎は箱を選ぶようにして内一つへと。そして……!

 

 

「ミュージックスタートっぴょん♪ う~さ~ぎ追~いし、か~の~月~っぴょん♪」

 

 

イスタの歌に合わせ、4体のミミックが一斉に入り乱れ! 互い互いを飛び越えるように動いたと思えば、円状に並びぐるぐるぐると高速回転を。更には球となるように固まり辺りを転がり、積み重なって順番を入れ替えて……おぉ!? 急に兎が箱より飛び出し、別の箱の中へと!? こ、これはなんとも……!

 

 

「わ~す~れ~が~たき~ふ~る~さ~と~――っぴょぴょん♪ さ、シャッフルタイム終了っぴょん! どこに隠れてるか覚えてるっぴょ~ん?」

 

 

……うむ…! 正直に明かそう(しましょう)、わか(りませ)ぬ。それは他の皆も同じよう()。なれば――。

 

 

「じゃあ~せーの!」

 

 

「それぞれが一体ずつを狙い!」

「手分けして捕らえましょうや!」

 

「「ははぁっ!」」

 

 

「スタートっぴょん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ま、麻呂が追っておったのは何処へ!?」

 

「あ、あちらに! しまっ…! 目を逸らした隙に混ざって…!」

 

「くっ…! ふわふわと……!! 地の利を活かしている…!」

 

「こちらへ、どうかそのままこなたの方へ…! あぁ、なぜ踵を!?」

 

 

くぅっ……! よもやミミック、これほどとは! 当たり前であろう(りましょう)が、ミミック達もまた麻呂達と同じく跳躍力が増してお(ります)。加えて、跳ね動くことにも慣れておる様子()

 

 

故に自在に跳ね回られ入り乱られ、麻呂(こなた)達は元より手練れである付き人共すら楽に捕らえることが出来(ませぬ)! このままでは目を回して倒れてしまうやもしれ(ませんわ)

 

 

なればと策を変え、今度は皆で力を合わせて一つを狙うことにした(いたしました)が――。

 

 

「そちらへ向かうたぞ!」

 

「はっ! ――かかったな! 私は囮だ!」

 

「捕らえた! ……なっ、すり抜けた…!?」

 

「あぁお待ちくださいまし! お待ちをーっ!」

 

 

それもまた中々に難しきかな(ことで)…! やっとのことで一つ捕らえたかと思えば……。

 

 

「「「「は、外れ…!!?」」」」

 

 

中には外れ札を掲げるミミックがあるのみ。結局、全てのミミックを捕らえることとなった(なりました)。幸いにして麻呂(こなた)達が慣れた故か手心が加えられた故か、次第に捕らえやすくなっていったがの(ゆきました)。しかし、4体目のミミックを(ようや)く捕えた後には――。

 

 

「なんとなんと! ふははっ! 宝箱の中から跳び逃げるなんて有りかの!」

 

「がんばれ~っぴょん! その子を捕まえたらクリアっぴょ~ん!」

 

「と、とは言えども……! 全速で走る兎を素手で捕獲なぞ……!」

 

「これはミミックを捕らえるよりも困難なのでは……!?」

 

 

なんとも楽しませてくれるもの()! 最後は標的たる(あの子)を追う事ととなった(りました)! 全く、先の競兎での素振りが偽りの如き素早さで麻呂(こなた)達を攪乱せしめるもの()。――ただ、ははっ(ふふっ)。その最後は突然に訪れて(まして)

 

 

「どうか…どうかこなたの元へ……! また撫で撫でをして差し上げますから……あら!? まあ急に!」

 

 

ヒメミコ(こなた)の招きが功を奏し、兎はあれよとその(こなたが)腕の内へ! なんともまあ気ままなもの()。ともあれ、これにて兎追いは達成と相成ったという訳(にございます)

 

 

 

 

 

「いやはや……この特殊条件下での追走がこれほどに難しいとは。思い知りました」

 

「それにミミックの実力もまた。私達相手ではああまで練度を変えるもので……!」

 

 

一息つく付き人共はそのように。そしてうむ(えぇ)、その表情は身を弾ませる童の如く。無論、麻呂(こなた)達も()はははっ(ふふふっ)、見事なり。

 

 

地に足つかぬ…一度地を強く蹴れば天まで浮き上がってしまうこの場で追いかけっこに興じるのがこれほどまでに楽しいとはの(なんて)。その上身軽となった故か、大して疲労感を感じておらぬ(りませぬ)ほれ(なにせ)ヒメミコ(こなた)なんぞ――!

 

 

「うふふふふっ! とうとう姿だけではなく、跳ね具合もイスタに並べるほどとなりましたわ! ぴょんぴょん♪」

 

「ぴょ~ん♪ 良いジャンプっぴょんヒメミコ! ぴょっぴょっぴょ~ん!」

 

「嗚呼、愉快にございます! あら? 皆様も共に? では、ぴょんぴょんぴょ~ん♪」

 

 

あれだけ走り回った後だと言うのに、イスタやミミック、兎と共に跳ね合っておる(しもうております!)。全く良き遊戯場()。……しかしの(はて)あれだ(兄様?)

 

 

「これはもはやカジノ関係ないのではないのかの?」

 

 

「カジノゲームばっかりだったら飽きるっぴょん! それに基本座りっぱなしだから、こうやって身体を動かすことも必要っぴょんよ! まあこれも社長さん達の受け売りっぴょんけど、私もそう思うっぴょ~ん!」

 

 

ほう(あら)ヒメミコ(こなた)と共に跳ねながらイスタはそう返してきた(まして)。成程のぅ、一理あ(りましょう)。よもや賭場にて、このような芝生の上でのあのような遊戯が出来るとは思いもよらなかったからの(よりませんでしたもの)

 

 

ふむ(ふふ)。となるとこの場にて行うもう一つの遊戯とやらも、そのような新鮮味に――。

 

 

 

「お待たせ~。『餅つき』の用意できたわよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

はて? 耳慣れぬ声が。ふとそれの聞こえし方を向くと、そこには宝箱に入った一人の上位ミミックが。ただ、兎耳こそ付けてはおれどバニーガールスーツではなく、麻呂(兄様)にとっては思い出深(かろう)和なるバニー装束。

 

 

「ここで良~い? じゃあ準備するわね~」

 

 

と、その上位ミミックは箱を探り何かを取り出し……おお(まぁ)!? 幾つもの水桶や湯桶に餡子や黄な粉等の入った小箱、机や杵、そして湯気立つもち米の入った臼! これらはまさに餅つきの道具!

 

 

「もう一つの挑戦はこれっぴょん! さ、準備は良いっぴょ~ん?」

 

 

「「「「おぉー!」」」」

 

 

 

 

 

 

はははっ(うふふっ)、まさか月にて餅つきと洒落こめるとはの(ますとは)! 手洗い桶で清め、いざ参らん。任せるが良い(お任せくださいませ)、これでも多少なりとも心得がある(あります故)。まずは麻呂(兄様)が杵を――(おや)……。

 

 

「軽い、の……」

 

 

失念しておった(りました)。この場の影響を受けるのは何も麻呂(こなた)達だけではない(ありませぬ)、杵もまた同じく。故に握(っておられる)感覚は軽く、振り回すことすら出来てしまう(しまって)。これでは……。

 

 

「上手くつけぬではないか!」

 

 

なんとかもち米を潰すまでは総出の力尽くで出来たが(行っておりましたが)……肝心要である餅をつく動作がまともに行えぬ(出来ず)! 本来は杵の重さを利用するもの(であります)が……この場ではそれが役に立たぬのだ(ようで)! いくら振り上げて目いっぱい降ろそうとも、餅を撫でるだけとなってしもうてお(ります)! まさかこのような弊害があるとは……!

 

 

「ぴょふふふ~! ここでミミックの出番っぴょん!」

 

 

む? 苦心してお(ります)とイスタがそう笑みを。そして杵の、餅をついてお(ります)先とは真反対の先端部分に触れ――。

 

 

「実はこの杵、特製品っぴょん! ここがパカッて開けられて、中がちょっと空洞になってるっぴょん!」

 

「「「「なっ……!? ――ということは……!」」」」

 

 

「は~い、失礼~♪」

 

 

麻呂(こなた)達が気づくと同時に、餅つき道具一式を運んできた上位ミミックが杵の中へと! そして閉じ、元通りの杵に!

 

 

「これで準備万端っぴょん! じゃあ餅つき再開っぴょん!」

 

 

イスタに促されるまま、麻呂(兄様)はミミック入りとなった杵を振り上げ、臼へと……おおぉっ(なんと)!?

 

 

「きゅ、急に重く!?」

 

 

つい先程まで緩やかにしか動かせなかった杵が、突然に慣れた重さ(見慣れた動き)…いやそれ以上の重量(振り下ろし)へと!? これならばなんら問題なく、ぺったんと!

 

 

「これぞ私達もお世話になっているミミック杵っぴょん! 中に入ってくれたミミックが杵を調整してくれるんだっぴょん! 重さどころか角度調整や手を挟まないように緊急停止もしてくれるっぴょんよ!」

 

 

「任せて頂戴ねぇ~」

 

 

おぉ(まあ)、杵の中からミミックの声が! これは頼もしい(ばかりで)! ――おや? イスタは更ににんまりと笑み……。

 

 

「おかげで面白いこともできるっぴょんよ! ヒメミコ、お耳貸してっぴょん!」

 

「なんでございましょう? ……えっ! よ、宜しいので?」

 

「だいじょーぶっぴょん! 思いっきりやってっぴょん!」

 

「ヒメミコ、何を吹き込まれたのだ? ほれ、杵よ」

 

「有難うございます兄様! では……いざ! せーのっ、はぁっ!」

 

 

「なっ!?」

「ヒメミコ様、お跳びに!?」

「高っ……!」

 

 

「ぴょーーん!と飛んでぇ……どーーんっ! にございます!」

 

 

なんとなんと(うふふふふっ)! 高く跳ね上がったヒメミコ(こなた)は、そのまま宙にて杵を振り下ろし落下を! 杵は見事臼を目指し、勢いよくぺったんと!

 

 

「どうっぴょん? 楽しいっぴょん?」

 

「えぇ! とても!! ね、イスタ、次はこなたと共に杵を持ちて、一緒に跳ねて…!」

 

「良いっぴょんね~! やるっぴょん!」

 

「はははっ、麻呂達の手を潰すでないぞ。最も、ミミックが見ていてくれようがの」

 

「安心して頂戴ね~☆」

 

 

再度ヒメミコ(こなた)達は跳ね上がり、高き天より餅をぺったんぺったんぺったんと。麻呂達(兄様方)もまた、餅を返して風変りな餅つきを賞翫し――おぉ(まあ)! 先の追いかけっこにて供をしてくれた兎とミミックが、麻呂(こなた)達の周りを舞うように跳ね回って! 

 

 

嗚呼、素晴らしきかな! 雲なき直なる天野原の下、麻呂達の居城抱くまるき世界に見守られ、荒涼ながらも霊妙な月景色に囲まれつつ、青々と生くる芝生の上にて、バニーガールや兎やミミックと共に餅つきに興じる――。嗚呼嗚呼、まさに鏡花水月を手にしたかの如き心持よ! ……餅だけにの(兄様、いけませんわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うむうむ、美味よのぉ。丹精込めた甲斐があったの、良い出来よ」

 

「えぇまことに! やはり手ずから作るとひとしおにございますね」

 

「「コシがあり程よき噛み応えで、伸びも見事にございます」」

 

「美味しい~っぴょん♪ 私達が作るのぐらいもちもちぴょ~ん♪ びょ~~んっ♪」

 

 

つきあげた餅を味付けし、休憩の出来る場…バーへと舞い戻り茶を一服。やはり餅は暖かく美味い内に食さねばの(なければ)

 

 

イスタだけではなく、供してくれたミミック達や兎にも裾分けをしてきたとも(いたしまして)。どの者も喜んでくれおった(ださいました)。最も、眷属兎が餅や団子も食せるのは少々驚いたがの(きましたが)

 

 

そして……勿論、カグヤ(カグヤ様)へと渡す分もな(差し上げる分も)。冷めぬ内に赴くとしよう(いたしましょう)。おっと、その前に。

 

 

「うむ、確かに五枚あるの」

「こなた達のも揃っておりますわ」

 

 

先の月世界空間にて手にした『燕の子安貝』と『波模様の卵』がそれぞれの面に描かれしチップを合わせ、計五枚。これにてカグヤ(カグヤ様)より示されし挑戦の条件は達成である(ございます)。これを彼女の元へ届ければ、胸の内より月の石を取り出し引き換えてくれよう(くださいましょう)が……。

 

 

「……幾ばくかの寂しさを感じてしまうのぅ。もう終いか」

 

 

不意に胸の内へ(兄様)寂寞の想いが、の……(ったら)。此度の催しも実に楽しきものであった(ございました)麻呂(こなた)達の身ではおよそ味わえぬ事柄ばかりである故、猶更()嗚呼……(ですがだからこそ)――。

 

 

「あら兄様、なればまた訪れれば良いだけでございましょう? こなたはその腹積もりですとも! イスタと約束いたしましたから!」

 

「そうっぴょん! 何度でも来てっぴょん! 挑戦用のゲームは皆でたっくさん考えたっぴょ~ん!」

 

 

ヒメミコ(こなた)に続いたイスタはなんとも得意げに。そして指折り耳折りを。

 

 

「例えば『みんなで囲む巨大ジャックポットメダルゲームで、真ん中てっぺんにいるミミックからメダルの雨を降らして貰う』のとか、『巨大ルーレットをミミック入り大玉で回して、跳ねたり変な動きして貰う』のとか、『お助けミミック潜みのカードゲーム』とか……おっと、あんまり話しちゃうとお楽しみ半減っぴょんね!」

 

 

そこで慌てて口を押さえるイスタ。が、ふと悪戯な顔を浮かべ、囁くような素振りで麻呂(兄様)へ――。

 

 

「それに私がカジノクイーンしてる時だったら、多分お姉ちゃんが皆の案内するっぴょんよ~?」

 

「おぉ! おぉおぉ! それは! それはそれは! なんとなんと!」

 

 

思わず喜色を湛えてしまう麻呂(兄様)に、イスタはぴょっぴょっぴょん!と笑みを。――と、今度はカグヤ(カグヤ様)の座す玉座の方を見やりながら……?

 

 

「でも残念っぴょんね~。実は、カジノクイーンをやってる時だけの特別な務めがあるっぴょん! その時のお姉ちゃんは超超超~カッコい~いんだっぴょん!」

 

 

「ほう! 随分と心惹かれることを!」

 

「一体どのようなお務めで?」

 

「こればっかりは説明しちゃ面白くないっぴょん! それに、本当なら起きない方が良い事っちゃ良い事なことっぴょんで~~。うーん、どう言えば良いっぴょんね~」

 

 

言葉を探るイスタ。起きない方が良い事、とは如何に? うぅむ、カグヤ(カグヤ様)の麗容は気になれど、それであれば無理を頼むのは避け――(おや)

 

 

「はて、向こうの方が……?」

「なんだか騒がしく……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何事かの?」

「人が集まっておりますが……」

 

 

騒ぎを聞きつけ、麻呂(こなた)達はふらりとそちらへと。どうやら玉座の正面、催しの前に皆で集まっておった場で何かが起きておるようだが(ですが)……。

 

 

「「――私共の後ろに」」

 

 

…む。付き人共が守護の態勢に。となるとつまりは、良からぬことが起きておるのは明白()

 

 

「誰も近づくんじゃねえぞ!」

 

「こいつがどうなっても良いのかぁ!?」

 

「へへ……! こうも上手くいくとはな…!」

 

「人質を取ればこんなものよ!」

 

「と、いうことだ女王様? 大人しく俺達の言う事を聞いて貰おうか?」

 

 

そしてその予測通り、どよめく人垣や睨むバニーガール達に囲まれておった(りました)のは、五人組の悪党。刃を振り回すだけではなく、その一部は連中の言う人質であろう(りましょう)不運なバニーガールへ向けられて……むむ(あぁっ)!?

 

 

「あの兎は……!」

 

「先程の!!!?」

 

 

なんとまあ! バニーガールの人質の他にもう一羽、兎が捕らえられておる(おります)! それも先から麻呂(こなた)達の前に度々姿を見せてくれておる(くださっている)、あの! ――痴れ者が。

 

 

「「どうか?」」

 

「はっ。あの程度の輩であれば支障なく」

 

「御命であれば立ちどころに。――ですが……」

 

 

付き人共に合図を向けると、即座にそう応じ(ます)。が、はて、何か含みを持っておるようだな()。目で人質達を示してお(ります)。よもや救出が難しいという訳でもあるまいが(ないでしょうが)……むむ(あら)

 

 

「あのバニーガール、全く怯えておらぬようだの」

 

「それにあの子も。すやすや眠っておりますようで……」

 

 

麻呂(こなた)ですらわかるほど、人質達は平然としてお(ります)。バニーガールは耳と膨れ頬で不満を表明しているだけ、兎は悪党の腕の中で寝息を。いや彼女達だけではない(ありません)、イスタに至っては――。

 

 

「多分お餅食べてお腹いっぱいになって、ぐっすり居眠りしてたとこを捕まったっぴょんね~」

 

 

と、兎の顛末について呑気に推測を。はてさてよく見てみれば、悪党共を囲むバニーガール達も他の客に被害が及ばぬように守っておるだけの様子。

 

 

即ち……バニーガールに連なる者達は誰もこの事態を憂懼しておらぬのだ(様子)。それ故、周りを囲む人々の中にはこれも催しの一部と認識してしもうてる者もいるようで……はて?

 

 

「イスタよ、これなるは……」

「演出の一部で?」

 

「ん? 違うっぴょん! ふっつーに悪い人っぴょん!」

 

「そ、そうか。……何故そのように落ち着いておるのだ。いやそもそも――」

「このような場合、胸に潜むミミックの方が対処してくださるのでは……?」

 

「普段ならそうっぴょん! でもお客さん達の前で脅されてーとかだとミミックでも反撃が難しい時があるっぴょん。倒すだけなら楽々っぴょんけど、皆をびっくりさせちゃいけないっぴょん!」

 

 

胸を張ってみせるイスタ。確かにその心得は良きものではあろう(ございましょう)が……なれば、如何にして解決を?

 

 

「そんな時は人気のないとこに誘導したり、お客さんの目を逸らしたりしてから始末してるっぴょん! け・れ・ど~~このイベント中は違う倒し方をしてるっぴょん! 言っちゃうと……『見せしめ』っぴょんね!」

 

 

そう語りつつ、イスタは天高くを指し示す。その先におるのは当然――。

 

 

 

「――我ら博兎を貶め、天運に唾吐く凶賊の方々。何故(なにゆえ)かような真似を?」

 

 

 

嗚呼、カグヤ姫よ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっと言葉を選んで貰おうか女王様?」

 

「じゃなきゃこいつらが無事に済む保証はないぜ?」

 

「まあ俺達はそれでも良いんだけどなぁ!」

 

 

沈黙を破ったカグヤへ下卑た声を向ける悪党ら。しかし天上に座すカグヤ(カグヤ様)は足組の姿勢を僅かたりとも変えず、底冷えするほどの冷徹な瞳で連中をねめつけるばかり。それは『聞かれたことへの解だけを述べよ』と命じておるようで……嗚呼、あのような顔すら出来てしまうとはの(なんて)……!

 

 

「……チッ。俺達の要求は簡単だ。ちょっとばかし外に出して貰おうかってよ」

 

「カジノから帰るってことじゃねえぞ? このダンジョンの外、月のことだ!」

 

 

その睥睨に怯んだようで、悪党らは早々と目的を明らかに。成程、月の石の盗掘によって一獲千金を夢見ておるのであろうな(ようで)。だが……愚鈍という他ないの(ありませぬ)

 

 

「……ふぅ」

 

 

それを聞き届けしカグヤ(カグヤ様)は溜息一つ。そして掌にて弄んでおった竜の首の珠を、手首だけの動作にて天井へと跳ね上げ(ました)。と――。

 

 

 

  ―――ガコンッ

 

 

 

それにより閉じておった月世界が再度麻呂(こなた)達の前に。……なんと、気のせいであろう(りましょう)か。その威容は先程まで観ておった(りました)ものと…挑戦の催しの前や最中に麻呂(こなた)達を見守っておった(くださっていた)ものと、どこかが違(って)

 

 

暗澹たる虚空が、冷光放つ星々が、不毛なる月世界が、まるで女王の……カグヤ(カグヤ様)の白眼視を代弁するかの如く降臨してお(ります)麻呂(こなた)達でさえ跪き許しを乞わねばならぬと思うてしまうほどに。加えて更には、彼女の怒りの発現の如く――。

 

 

 

「「「「「うおおおぉおっ!?!!?」」」」

 

 

 

暗闇より飛来せし天隕石が、悪党ら目掛けて!! しかし、それは見えぬ壁となった天井に阻まれ塵へと砕け変わったがの(りました)。滑稽にも後ずさってしまっておった連中へ、カグヤ(カグヤ様)は手の内へ戻った珠越しに冷静に続け(ます)

 

 

「見ての通り、外の世界は人間にとって息苦しき場。私共は貴方がたをもお守りしておりますわ」

 

 

「う、うるせぇ! た、対策ぐらいある! 良いからさっさと外に出せ!」

 

「つ、月の石を大量に採って稼ぐんだよ!」

 

「か、カジノ巡りよりも間違いなく効率が良いしな……!」

 

「わかったら早くしろ!」

 

「じゃないと…本当にこいつらを――……」

 

 

「どういたしますので?」

 ―――パチンッ

 

 

「「「はっ……?」」」

「「なあぁっ!!?」」

 

 

 

おぉ! なんとなんと!! カグヤ(カグヤ様)が空き手の指を鳴らした瞬間、我が目を疑うような出来事が! なんと捕らわれておった(りました)バニーガールが、一瞬の内にチップへと早変わりしたの(です)

 

 

そしてそれと同時に、うたた寝しておった(おりました)兎も耳をピクリとさせ即座に覚醒。起き上がるや否や悪党の腕を蹴り、チップとなりしバニーガールを咥え逃走を! そのままカグヤ(カグヤ様)の傍まで一気に駆け上がり――。

 

 

『ピョンッ☆』

 

 

金銀の紙吹雪と共に再度かのバニーガールが現れ、チップと兎を手に笑顔で決め姿を! ははっ(ふふっ)、唖然とする悪党らやどよめく観客の中、麻呂(こなた)達だけはその正体に勘づいていた(おりました)とも!

 

 

あれなるは間違いなくミミックの妙技。あの小さきチップの中にバニーガールを引き込み隠したに相違ない(ございません)。最も、知っておっても驚きを隠せぬがの(ませぬが)

 

 

「あ……う……」

「ど、どうしますクラモチの兄貴…?」

「ぐ……っ」

「く、くそっ! 誰も近寄るんじゃねえぞ!?」

「いやてか逃げられな……!」

 

 

混乱が収まり、悪党らはようやく置かれた現状に気づいたのであろう(ようで)。人質を失い、取り囲まれ。まさしく形勢逆転。それでも刃を振り回し抵抗を試みておる姿はなんとも浅ましきかな。

 

 

事ここに至れば、バニーガールやミミック達であれば鎮圧も容易かろう(いものでしょう)。だが、少々気にかか(ります)。先に残したイスタの台詞、『見せしめ』とは如何なる――。

 

 

 

「――興が乗りました。一つ賭けを致しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

何……!? カグヤよ(カグヤ様)、何を!? 人質であったバニーガール達を下がらせながら、彼女は微笑を浮かべつつ異様なる提案を! それを耳にした悪党らは俄かに色めき立ち…! このような輩に機を与えるなぞ、一欠けらの利すら無――

 

 

「その『対策』とやらで我らが月の一撃を凌ぐことが出来たのであれば、えぇ、その願いを叶えて差し上げましょう!」

 

 

――おぉ(まぁ)おお(まあ)!! カグヤ(カグヤ様)が玉座より立ちて、空手を胸に、珠持ちし手を天へと掲げて! 刹那、玉座たる御石の鉢が、宝珠たる竜の首の珠が、背に纏いし羽織たる燃えぬ皮衣が、角冠たる蓬莱の金銀の玉の枝が、頸飾りたる燕の子安貝が一斉に輝いて! そして――な、な、なんと!!?

 

 

輝きに包まれしカグヤ(カグヤ様)の胸の内より、流星の群が逆さとなったかのように、月の石が次々と飛び出して!? それらは操られたかのように天に集い、4つの巨大なる大岩に!!

 

 

「イスタ」

 

「待ってました~っぴょんっ!」

 

 

そこへ悪党らを一足跨ぎで飛び越え加わるは、イスタ! 彼女もまた大岩と並ぶように跳びあがり、天野原を背負うその姿はまるで天隕石を従え判決を下さんと舞い降りる天女――はははっ(ふふふっ)

 

 

嗚呼、思い違いをしておったの(りました)カグヤ(カグヤ様)は機なぞ与えておらぬ(りませぬ)。無慈悲な夜の女王の如く、始末を……否!

 

 

「月に代わりて――」

 

 

「「「「「お仕置きっぴょ~んッッ!!!」」」」」

 

 

 

「「「「「うわあぁああっっ!!!?!?」」」」」」

 

 

 

はははははっ(うふふふふっ)!! 号令と共に、イスタの蹴りと共に、天隕石は悪党ら目掛けて!! 直後、盛大な衝撃音と共に砂煙が舞い、直ぐに晴れ――。

 

 

「賭けは私達の勝ちっぴょ~んっ!!!」

 

 

現われたるは兎耳の如き指印にて勝利を宣するイスタ、そしてそれを囲みし4つの天隕石よ! うむ(えぇ)、見事見事、天晴天晴! 盛大なる拍手にて湛えようぞ(ましょうや)!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万雷の喝采が未だ鳴りやまぬ中、イスタに連れられ麻呂(こなた)達はようやくカグヤ(カグヤ様)の元へ。と、おぉ(まぁ)…! 先まで放っておった冷酷さは仮面。そこには平素通りの暖かき、そして難所を凌ぎ殊更に柔らかくなりし彼女の莞爾たる顔が!

 

 

「けほん…。お見苦しいところをお見せいたしました、皆様方。どうかお許しを。仔細はイスタが伝えた通りでして」

 

 

更には詫びの一言と共にはにかみ、座し直した身を僅かに照れ捩り! 無慈悲なる女王の威圧は今や仕舞い込まれ、美姫たる愛いさが溢れて! 嗚呼、なんとも!

 

 

「いいやカグヤよ、まさしく夜を輝かせる冴えわたりし月の如き御業であったとも! あまりの鮮麗さに息が止まり立っておれず、ついこうせざるを得ないほどだ!」

 

「まあ……!! これほどまでのお褒めを賜るなんて、まことに嬉しゅうございます!」

 

 

「イスタもですわ! まさしく夜を照らす太陽が流星と変じ降り注ぐかのような御業にございました! あまりの眩さ故に目がくらみ、ついこのようなことを…!」

 

「ぴょんっ!? ぴょふ~ん♡ ぎゅううっぴょ~ん♪」

 

 

麻呂は座すカグヤの前へ跪き、ヒメミコはイスタの胸へ倒れこみ称賛を尽くす。付き人共が止めようが構わぬ(いません)! 麻呂(こなた)達はそれほどまでに感動したのだからの(ですから)

 

 

「うふふっ、しかしあれなるも私共だけの技では出来ぬことでして」

 

「これまた協力があっての大技っぴょ~ん!」

 

 

ほう! 麻呂(兄様)の手を取りヒメミコ(こなた)を抱きしめながら、二人はそのようなことを! 先の妙技には縁の下の者がおったというのか(ご様子で)! 人質となった者達もそれではあろう(りましょう)が――。

 

 

「――実は疑問に思っておりました。あの悪党らについてでございます」

 

「巨石の下敷きとなったかと考えておりましたが、姿がどこにも……」

 

 

そう付き人共に指摘され、麻呂(こなた)達は眼下へ目を。そこには4つの天隕石がバニーガール達によって転がされ、裏方へと片付けられていく様が。…なんだか先までの楽しき挑戦が一部を思い返してしまうの(います)。――いや今はそれではなく。

 

 

「確かに……人の姿は無いの」

 

「まるで消え失せたかのようで……」

 

 

これまた不可解な。あの音であれば間違いなく悪党らは天隕石の餌食と成り果てたはず。されど、そのような痕跡は残されておらぬ(りませぬ)

 

 

「では僭越ながら。全てを詳らかに致しますと、まずは我らが五種の至宝の力を活かしておりまして」

 

「これを使って月の石を沢山操ってたっぴょん! 空中に浮かばせるのもおっきい岩にするのもちょちょいのちょいっぴょん!」

 

 

語るが早いか、カグヤ(カグヤ様)は再度5つの宝を輝かせて。そして胸に手を当てると……あなや、先程までと同じく胸の内より幾つもの月の石が!

 

 

しかしそれは先よりも飛ばず、麻呂(こなた)達の前で抱えられるほどの岩の塊へと。成程、そのような霊力を秘めておったか(おりましたとは)。だが、悪党らの姿が無くなったのはどのような――……。

 

 

「それはわたしたちの力で~す! ッピョン!」

 

 

「「「「おおぉっ!!?」」」」

 

 

こ、今宵幾度目かは忘れたが、またも肝が潰れたわ()…! その月の岩の中より顔を覗かせしは、バニー姿の上位ミミック! ――嗚呼、そうであった。確か月の石を手元に置くため、カグヤの胸の内や御石の鉢の中に潜んでおったのだったな。

 

 

それが月の石の放出と共に出で、岩の中を一時の箱として現れたということか……。――む、つまりは!

 

 

「あの悪党らが姿を消したのは……!」

 

「先の天隕石にもミミックが潜んでおりましたから……!?」

 

 

「「せいかいっぴょ~ん(ピョ~ン)!」」

 

「えぇ、ご推察の通りにございます。この操りの力だけでは、岩を作り凶賊目掛けて落とすが精々。しかしそれでは外してしまう可能性もございますし、凶賊が耐えてしまうやもしれません」

 

 

ふむ、確かに。イスタの地を蹴り割らんばかりの一撃はともかく、もしそのようなことがあれば悪党らに機を与えてしまう(しまいましょう)。故に万全を期さねばならぬ訳だが(ですが)……。

 

 

「そこでミミックの方々の力をお借りいたしまして。彼女達には狙いが逸れぬように調整を行って頂き、凶賊へ激突した暁には――」

 

「わたしたちがぎゅっと掴んでぐいっと岩の中に引きずり込んで始末してま~す! ピョンピョンッ!」

 

 

カグヤに続き、上位ミミックが兎耳の指印と共に答える。成程そうであったか(そのように)! 道理で先程、イスタの他に誰かしらの声が聞こえた訳だの()! あの天隕石全ての中にミミックが潜んでおったのだな(ですね)

 

 

まさか悪党らは消え去った訳ではなく、見えぬ内に岩の中へ囚えられておったとはの(りましたとは)うむうむ(えぇえぇ)、二重の策というだけではなく、観客の目を汚さぬ配慮でもあろう。これもまた見事なり、バニーガール、そしてミミック!

 

 

 

 

 

 

「――……ところでミミックよ。ということは……」

 

 

「へ? なんでしょ~ピョン?」

 

 

「カグヤの胸の谷には、それほどまでの数のミミックが……?」

 

 

「まあ椅子(御石の鉢)とか、なんならこの壇(玉座下)の中とかにもいますけど~やっぱりそこが一番……あなたも処すべき変態さんです? ピョン?」

 

 

「……あ、に、さ、ま?」

 

 

「い、いやいや! 興味本位というものだとも! うむ! それに次は臼ではなく天隕石で潰されそうだからの……」

 

 

「――あっ」

「? …ミカド様は何を?」

 

 

「……臼? 潰される? どういうことですの?」

 

 

「あれ? ヒメミコ聞いてなかったっぴょん? ミカドさん最初、お姉ちゃんに猛烈にアタックして社長にお仕置きされたっぴょん! 臼でドーンッて!」

 

 

「……イスタ、そのあたっくとはどのような……?」

 

 

「えっとぴょんね、嫌がってたお姉ちゃんを力づくで連れ去――」

 

 

「ゴホンっ。――『この世をば ()が世とぞ思ふ 望月(餅つき)の 欠けたる ことも なしと思へば』」

 

 

「まぁ良き一首。ですが誤魔化されませんわ兄様。どのような仔細か説明して頂いても?」

 

 

「そ、それはだな……。……う~さぎうさぎ、何見て跳~ねる~……」

 

 

「逃がすとお思いですか!? お待ちくださいまし! 皆も早う兄様を!」

 

 

「「は、ははぁっ!」」

 

 

「わたしもです?ッピョン? ならお任せあれ~! ッゴロゴロピョーンッ!」

 

 

 

 

 

 

「……追いかけっこの続きみたいになっちゃってるっぴょん。私、余計な事言っちゃったぴょん?」

 

 

「いいえイスタ、これもまた悦ばしきかな。うふふっ、『逢ふことも かくや(カグヤ) と跳ねる わが君は 死なぬ薬も 何にかはせむ』 ――あら? お戻りに?」

 

 

「は~い! わたしだけ戻りました! あの人達からお届けもので~す! ッピョン!」

 

 

「あ、さっき皆で作ったお餅っぴょんね! お姉ちゃんの分を取っておいてたっぴょん!」

 

 

「まあそれはそれは! では早速――ふふっ、美味しゅうございますこと! 貴女様方も如何です?」

 

 

「わたしたちは頂けないですよ~。カグヤ様のために作ったお餅だって言ってましたし!」

 

 

「あら、それは申し訳――」

 

 

「――で・す・の・で~! わたしは自分用にとっておいたお団子を頂きます! カグヤ様、お胸を少々失礼致しま~す! ピョ~ン!」

 

 

「ぴゃんっ…! もう、くすぐっとうございますわ。ふふっ!」

 

 

「お姉ちゃんの胸の谷間に触手を入れて、潜ませてたお団子を引っ張り出す……。ミカドさんが見てたらまた鼻血出して倒れてたかもしれないっぴょんねぇ」

 

 



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顧客リスト№68 『忍者の忍びの里ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

今にも崩れそうなあばら屋敷の中、その闇夜の如き暗き広間の中央にて、私達は座り向かい合う。現在時刻は朝、しかも天気は晴天だというのに……この建物内は漆黒に支配され、絶対にあるはずの壁の位置どころか、少し離れた場所の床板すらよく窺うことができない。

 

 

とはいえ完全に真っ暗な訳ではない。私達の目の前には、パチパチと音を立て魚やお肉の串を炙っている囲炉裏が。そのおかげで辛うじて互いの顔……私達と、相手の方の姿が闇の中に浮かび上がっている。

 

 

おや、その火の弾ける音に交じり…鼠だろうか、小動物が駆ける音がどこからか。と、まるでそれが合図だったかのように私が抱えている社長と、その囲炉裏を挟み向かい合う老爺の方が同時にゆっくりと両手を動かしだし――。

 

 

「ドーモ。ミミン=サン、アスト=サン。 マトベ・ニンゾウです」

 

「ドーモ。マトベ・ニンゾウ=サン。 ミミンです」

 

 

んっ!? パンと手を合わせ、お辞儀と共に挨拶を!!? で、でもなんだか変な……! というかそもそも……と、とりあえず私も続いて…!

 

 

「ど、どうも……アストです……?」

 

 

「違うわよアスト~。アイサツは実際大事なんだからしっかり返さないと! スゴイ・シツレイよ!」

 

 

「で、ですが社長……挨拶なら先程お会いして直ぐに……」

 

 

思わずそう返してしまう。だってさっきここに通された際、直ぐにニンゾウさんと挨拶を交わしたのだもの! 今みたいな変なのではなく、普通のを! ――と、困惑していたらニンゾウさんが大笑いを。

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! いやいやアスト殿、混乱して当然でござろうのぅ。まあ(それがし)共の中で通ずる儀式のようなものでしてな。まさかミミン殿がアイサツを返せる方だとは!」

 

 

「ニンジャにとってアイサツは神聖不可侵の行為。古事記にもそう書いてありますから!」

 

 

……なんか盛り上がる社長達。よくわからないけど……ともあれ、この『忍者』が営む『忍びの里ダンジョン』へ訪れたのは、やはり依頼を受けたからなのだ。

 

 

 

 

 

 

忍者――。その存在は私も耳にしたことがあった。その名の通り様々な所に忍び、『忍術』を駆使する人間達のことである。

 

 

冒険者のジョブとしても忍者は存在するが……ニンゾウさん達はそんなとは違う本物。集落を形成し、心技体を磨き暮らしているのだ。エルフやドワーフ、同じ人間で言えばアマゾネス等と同じような存在と考えていいだろう。

 

 

そうそう。忍者は時に主君を定め、陰ながらの警衛役や潜入等を行う諜報役を務めることがあるのだが…ニンゾウさんが里長を務めるこの集落もまた、とある君主の一族に長く仕えているらしい。今回の依頼の代金の一部はその君主の方からも支払われるとか。

 

 

そして忍者の代名詞と言えば、あの全身を包む黒装束! ……なのだけど、今のニンゾウさんは作務衣に半纏を着込んだ姿。忍者には見えない。まあでも忍者には間違いはないだろう。ここまで案内してくれた方は忍者装束だったし、ドロンッて消えたし。なんならニンゾウさんもドロンッて現れたし。

 

 

 

 

しかし……実は私、そんな彼らが我が社へ依頼をしてきたことにびっくりしているのだ。いや、別に依頼主が人間であったら派遣をしないとかいうルールはない。前例もあるし、そのためにこうして私達が精査視察に赴いているのだから。

 

 

けど、一体どこから我が社のことを聞きつけてくださったのだろう? そして何より、何故忍ぶ者である彼らが、忍ぶ魔物であるミミックの派遣依頼を?

 

 

「実はですな、以前より御社のことは耳にしておりまして。狐狸衆や妖怪衆が盛んに噂しておるのです。ミミックは素晴らしき働きを見せ、良き友となってくれる、と」

 

 

その疑問をニンゾウさんに問うと、彼は囲炉裏の火加減を弄りながらそう答えてくださった。成程、天狐のイナリ様や妖狸のマミさん、妖怪のキタロさん方のダンジョンを始めとする派遣先は確かにこの近辺。そこから知ってくださったのだろう。――が、ニンゾウは『しかし…』と笑み……。

 

 

「極めつけはなんといえども、我らが主君であるミカド様、ヒメミコ様が足繫く通いしダンジョンでござりましょうのぅ。あの場の団子や餅は格別、つい先日も良きものを頂きましてな。うむ、良い焼け具合だ」

 

 

おや? ニンゾウさん、囲炉裏で炙っていた団子串を数本抜き取り……。

 

 

「手前へ失礼を。ちょいな」

 

「わわわっ!?」

 

「おお~! ワザマエ!」

 

 

だ、団子串が矢の如く……ううん!手裏剣めいて飛んできて、私達の前の囲炉裏灰に刺さった!? 投げる際の手の動きは全く見えなかったし、刺さった時に灰は一粒たりとも巻き上がらなかった…! これが忍者……!

 

 

「御客人に無精を見せてすみませぬの。ささ、冷めぬ内に」

 

「わ~い! イタダキマス!」

 

「い、頂きます…!」

 

 

勧められるがままに串を手に取り口へと……あれ!? このお団子、見覚えが!? 間違いなく――!

 

 

「バニーガールの…! カグヤ姫様やイスタ姫様の!?」

 

「ふぁっふぁっふぁっ! お気づきになられましたかのぅ! 然り。我らが主君は今、彼女達にご執心でしてな。故に(それがし)共へも度々土産を施してくださるのです」

 

 

なんと! どうやらニンゾウさん達の主君とカグヤ姫様方はお知り合いらしい! なんとも奇妙な縁――……。

 

 

「あぁ、やっぱりあの時の方々でしたか!」

 

 

 

 

 

 

「へ? 社長?」

 

「ほほう! 某共をご存知でござったか!」

 

 

首を傾げる私とは対照的に、台詞とは裏腹に『やはり』という表情を浮かべるニンゾウさん。社長はバニーガール手製のお団子串を軽く掲げ、にこりと頷いた。

 

 

「えぇ、偶然にも幾度かお見かけして! となりますと状況判断で――ん~。その節は皆さんの主君の方に失礼いたしました」

 

 

急にペコリと頭を下げ謝罪をする社長。それを受けたニンゾウさんはふぁっふぁっふぁっ!と笑い――。

 

 

「いやいやミミン殿、あれは正しき行いでござりましょう。某は赴いておりませんでしたが、もし供していたのであれば必ずや諫めておりましたからのぅ。それに、危機を救ってくださったことすらあるではござりませんか」

 

 

「ふふふっ! そう仰って頂けると幸いです!」

 

 

「……あの? 私、あまり状況を理解できてないのですが……」

 

 

何故か社長達の間で成立してしまった謎の会話に、私は首を更に捻るしかない……。すると社長は熱々お団子串を頬張りながら宥めてくれた。

 

 

「アストは会ってないもんね~。というか会ってても気づけなかったわよ、だって忍者だもの!」

 

 

「……??? えっともしかして……カグヤ姫様方のバニーガールのダンジョンに、忍者の方々が?」

 

 

「然り。我らが主君がダンジョンへ赴くのはお忍び、故に目立たぬよう護衛は最小限を望まれておりましてな。そのため近侍の他、某共が俗人に気づかれぬようお守りしておるのです」

 

 

ニンゾウさんは追加で焼き上がった串を二本、先のように投げて私達の前へ。そしてその二本を少し離れて囲むように、されど影となるように更に数本の串を刺し並べ、囲炉裏灰に模式図を。――と、彼はそこで愉快そうに笑みを零し……。

 

 

「ですがのぅ、驚いたことにそのダンジョン、何処に忍ぼうと必ずやそこに先客が下りましてな! 供した者共は総じて舌を巻かざるを得なかったのですぞ!」

 

 

その先客とは間違いなく我が社の派遣したミミック達! ふふっ成程、忍ぶ者同士でバッティングしてしまったらしい。そして忍者がミミックに気づいたようにその逆もまたなのは、社長の反応からも明白。

 

 

そしてそして当然、どちらもまさか同業者(?)がいるとは思わなかっただろう。黒ずくめの忍者と宝箱に入ったミミックが陰でバッタリ、目と目が合う。なんともシュールな光景で。

 

 

「その後も幾度となくその者達を目撃致しまして、都度感服しきりとなり。いよいよ腹を決め、直近に赴きました鉄火場型のダンジョンにて接触。仔細と宛先を伺い、晴れてこうして申し入れた次第にござります」

 

 

一礼と共にそう顛末話を締めるニンゾウさん。そして更に深い一礼と共に、今回の依頼内容を改めて口にした。

 

 

「ですのでどうか、ミミックの皆様方に稽古をつけて頂きとうござるのです」

 

 

 

 

 

 

そう、忍者からの依頼とは、まさかの『ミミックによる忍ぶ術の教授』。つい今しがた冗談交じりに同業者と言ったが……まさに彼らは人材開発のため、同業他社(私達)にノウハウを乞おうとしているのだ。

 

 

「無論、我らの技の会得は御随意に。して契約は言い値で構いませぬ。我ら忍びの者ですら瞠目せしめるミミックの妙技、どうか何卒!」

 

 

しかもニンゾウさんの口ぶりから察するに、技術交換というよりも外部講師の招(へい)寄りっぽい。ただでさえ忍者からの依頼自体に驚いているのに、この依頼内容は…!

 

 

――ただまあ、問題はない。つい忍者を同業者や同業他社と称してしまったが、別にシェアを争っている訳ではないのだから。片や自らの棲む里や主君を護り、片や自らの棲むダンジョンや依頼主を護る。まさに似て非なる存在と言うべきであろう。

 

 

いや寧ろ、忍者は人間界のミミックと言うべきかもしれない。あるいはミミックが魔物界の忍者? ともかく、棲み分けはしっかりなされてはいるのだ。その上でこのような条件であれば――。

 

 

「ヨロコンデー!」

 

 

わっ!? 社長が突き抜けるような声で承諾を!? な、なんかいつもと違う独特な喋り方になってるけど……コホン、この依頼を拒む理由なんてないのである!

 

 

「――ですが、その前に……」

 

 

 

 

……へ? 社長がなんだか不穏な笑みを? それに対し、ニンゾウさんは心得たように頷いた。

 

 

「無論、聞いておりまするぞ。ダンジョンの厳密なる精査を行ってから派遣するか否かを定めてくださると。では早速、この忍びの里ダンジョンの案内を――」

 

 

いや、違う…! 確かにそれはこの後の予定なのだけど……この社長の雰囲気(アトモスフィア)、何か企んでるっ!! その直感をなぞる様に、社長は目の前に刺さっていた串焼き二本を抜き取り……。

 

 

「それよりもまずは――皆さんに実力を見て頂かないといけませんね?」

 

「ッ!!」

 

「ちょいなっ~!」

 

 

えっ!? ちょっ!!? 内一本を、囲炉裏火の中へと手裏剣めいて投げ入れて!!? そのせいで火が一際大きく燃え上がり、辺りを強く照らし出して!

 

 

しかし社長はそれを、そして息を呑むニンゾウさんを気にかけることなく、もう一本の串を手にしたまま、さっきのようにパンッと手を合わせて――!

 

 

「ドーモ、忍者の皆さん。ミミンです!  イヤーッ!」

 

 

へっ!?!? えっ!?!? き、消えた!!? 抱っこしていた社長が、シャウトと共にシュンッて何処かに消え去った!? ど、どこへ――!?

 

 

「「「アイエエエッ!?」」」

「「「グワーッ!?」」」

「「「アバーッ!!?」」」

 

 

っっっっ!?!?!? 微かに見えるようになった壁から、天井から、床下から、至る所から変な悲鳴が聞こえて!? ――って、わわわぁっ!!? 

 

 

か、壁が回転してバタバタと! 天井からドサドサと! 床がパカリと開いて弾き出されたように!! 悲鳴が聞こえた各所から、忍者が次々と倒れ出てきた!!?

 

 

「もご……み、見事なるオイシイ・アンブッシュ……」

 

 

って、ええぇっ!?!? 囲炉裏の中からも一人ドロンッと現れ、床に倒れ伏した!?!? 口に社長が投げた串が刺さってる! 

 

 

確かにおかしいとは思っていた…! 穴だらけのあばら屋敷なのに、晴天の朝なのに、真っ暗な室内になっていたこの建物…! もしかして、そう見せかけた忍者からくり屋敷だったの!?

 

 

「よっと!」

 

 

そんな有様に目を丸くしていると、社長がスタンッと現れた…! でも何故か私の膝の上じゃなくて、囲炉裏の別の縁に……えっ!? なんでピンクの忍者装束を着てるの!!?

 

 

そしてずっと手にしていたであろうアツアツのままの串焼きを、一息にはむむっと頬張って――!

 

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ! ――サヨナラ!」

 

 

ってちょっと!?!!? 食べ終わった串をニンゾウさんの額に向けて投げ刺した!!? そして何故かニンゾウさん爆発四散したぁ!!? えっちょっ……えぇえええぇ!?!?!?!?

 

 

「しゃ、社長!? 一体何を……なんでニンゾウさんを!!?」

 

「この串焼き美味ひい~! もう一本! アストも頂いちゃったら?」

 

「あ、じゃあ是非……じゃないですよ!? ツッコミが追いつきません!」

 

 

未だ暗いせいで正確な数は把握できないが……辺りは倒れ伏す忍者で死屍累々! 依頼主であるニンゾウさんは社長の一撃で何故か爆発!

 

 

ただあるのは勢い収まり静かに燃え続ける囲炉裏火と私と、ピンク忍者となった社長のみ! 瞬き数回程度の間にどういった攻防?が!?

 

 

「もぐもぐ…それは本人に聞けば一発ね!」

 

「いやですから今社長が倒しちゃって……!」

 

「あれは忍者の代表技が一つ、分身の術のそれよ。ですよね、ニンゾウさん?」

 

 

へ……? おかわり串を食べ終えた社長は箱の中から何かを取り出して――え、鼠? そういえばさっき、何処かを走っていた音が聞こえてた気がするけど……

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! 潜ませていた忍者に気づいていただけではなく、その全てをベイビーサブミッションじみて倒してのける――。まさしくタツジン!」

 

 

えっ!? 鼠からニンゾウさんの声が!? その鼠は社長の手を軽く蹴り、くるくる回転しながら囲炉裏を軽やかに飛び越え…社長の向い側に着地し――。

 

 

  ―――ドロンッ!

 

 

「しかし某すらをも捕らえるとは! 御見それ致しましたぞ!」

 

 

ニンゾウさんになったぁ!? さっきとは違って忍者装束を纏ってるし! けど社長は全く驚くことなく、それどころか胸を張って…!

 

 

「鼠が走ってた(スプリンター)からすぐわかりましたよ~!」

 

 

言ってることはやっぱり意味不明だけど……。私が知らない間に忍ぶ者同士の高度な駆け引きがあったのは間違いなさそうである。私は完全に置いてけぼり――っ…!? 今度はニンゾウさんの方からただならぬアトモスフィア(雰囲気)が…!?

 

 

「ふぁふぁ……ミミン社長、どうか一つ無体をお許しくだされ。某、些か血が騒いでしもうてな――」

 

 

わわわわわっ……!? こ、これも忍術!? 老爺姿だったニンゾウさんの身体が巨大に、筋骨隆々に!! けどそれを見ても社長は変わらず――!

 

 

「ハイヨロコンデー!!」

 

 

やっぱりやっぱり謎のテンションで承諾を!? ――瞬間、またも二人はパンッと手を合わせ!

 

 

「ドーモ! サトオサ・ニンジャです!」

 

「ドーモ! ミミック・シャチョウです!」

 

 

「「イィイイヤァアアアー――ッ!」」

 

 

またもアイサツ! そして変なシャウトと共に揃って消えた!!! ――ひゃあっ!? 建物の外からとんでもなく激しい戦闘音が! どうやら二人で闘ってるらしい……! 何故かWasshoi!とかの音?声?も聞こえて来るけど……――

 

 

「――失礼いたしましてござる」

「――どうかお許しくだされ」

「――拙者共は一旦これにて」

「――あのイクサを見届けにゆきまする」

「――オタッシャデー!」

 

 

へっ!? 辺りに倒れていた忍者達がこぞって起き上がり、一人一人私へ丁寧に謝罪をしてから観戦へと向かっていく……! ――そうだった、依頼の目的はミミック技の伝授だった。なら社長の闘いぶりは見ておかないと。異次元過ぎて参考になるかはわからないけど。

 

 

……あ。気づけばあばら屋敷内には私一人になってしまったらしい。今度こそ本当に囲炉裏の火とそろそろ焦げそうな串焼き数本だけが前に。これ…どうしよう。

 

 

「「「ドーモ、アスト=サン。くのいちズです」」」

 

 

わわっ!? まだ居たみたい! くのいち……女性忍者が数人、私の傍に! ど、ドーモ…?

 

 

「そちらの片付けは拙共にお任せを。ですが、あの……少しお願いが……」

 

「社長殿にはやられる直前にお渡ししたのですが、ご用意させて頂きました衣装がございまして」

 

「それでアスト殿が悪魔族の方とお聞きして、特別に誂えたものも……。是非どうか……!」

 

 

凄い頼み込んでくる……! どうやら忍者装束を用意してくれたらしい。興味はあったし、社長のあれも似合っていた。折角なので御言葉に甘えさせて貰おう!

 

 

 

 

 

 

 

「――かふっ…! くっふぁっふぁっ! ゴウランガ! なんという実力でござろうか!」

 

「ふふふ~! それはそちらもですよ! 流石は里長! 忍び隠れの里影さま!」

 

 

……あ、着替え終えて外の様子を窺ってみると、どうやら丁度闘いが終わったところらしい。健闘を称え合うニンゾウさんと社長と、歓声と拍手を送る忍者の皆さんの姿が。

 

 

わっ、よく見ると辺りが広範囲でボロボロになってる! 木や岩は砕け地面や建物は抉れ、火や水や雷や土や風がそこかしこで巻きたってる! どうやら短いながらもかなりの激戦だった様子…! 

 

 

けど、闘いピークと思しき場に進むつれその破壊痕の様子は様変わりしている。なんと言うべきか…忍術による攻撃痕がほぼ無くなり、直接的で物理的な戦痕ばかりに。やはり忍者とミミック双方のトップによる激突においては――。

 

 

「そりゃそうよ! 最後に重要となるのはジツよりもカラテなんだから!」

 

「左様。してそれこそがミミックの方々に指南役を願いたい理由でしてな。昨今、忍術に傾倒し戦闘技術を疎かにする者が増えて来ておりましてのぅ」

 

 

うわっ!? び、びっくりしたぁ!! 数瞬周りに目を向けている間に、社長を腕の上に器用に乗せたニンゾウさんが私の横に! 忍ぶ者が二人となった分、ビックリも二倍に――

 

 

「って、あらアスト! その忍者服!」

 

 

「いやこれ忍者服判定で良いんですか!?」

 

 

――ハッ! 思わずツッコんでしまった! 実は…すぐに社長達の元へ向かわなかったのには理由があって……。それが今着ているこの服、忍者装束。それが、社長の着ている目元だけを出す頭巾や体全部をしっかり厚く覆う着物じゃなくて…!

 

 

「全身ピッチリスーツなんですけど!?」

 

 

くのいちの方々が忍者装束と言いつつ着せてきたのは、ピッチリ…いやもはやパツンパツンレベルの全身スーツ! この間着たバニーガールスーツと違い全身柔らかい素材だから動きやすいのだけど…その分ボディラインがあれ以上に思いっきり浮彫になって……!!

 

 

しかもそれに加えて各所には薄メッシュや透明生地で肌が透けてるし、太ももや肩脇や羽周りや尾の部分は大胆なスリットで思いっきり露出してるし、そもそもデザインがハイレグみたいになってるし……! これのどこが忍者装束!?!? 

 

 

「あのくのいちの人達に着せて貰ったのね! なんて言ってた?」

 

「なんとか魔忍スーツと……。忍者の着る服に間違いないと…。確かにあの方々も似たのを普通の忍者装束の下に着てましたけど……えっと……」

 

 

なんだかあまりにも信じられなくて、目でニンゾウさんに聞いてしまう。と、彼は――。

 

 

「確かに苛烈なる戦場(いくさば)へと赴く際には、そのように戦闘力重視の装束を着こむこともありまするがの……その衣装は些か趣味の色が強く――」

 

 

  ―――カカカッ!

 

 

「お主らはともかく、御客人に召していただく装束ではなかろうが」

 

 

わっ!? 顔を顰め溜息交じりに、されど身を動かさず手裏剣を投げた!! そしてそれは控えていた…というかこっそり逃げようとしていたくのいちズの顔の真横へ勢いよく突き刺さって!!!

 

 

「ま、まあまあニンゾウさん! 一応、忍者装束なら私は特に…!」

 

「そうですよ~! 許してあげてくださいな! とっても似合ってるし!」

 

 

慌ててニンゾウさんを止めに入ると、社長もそれに加わってくれた。そして私の胸にぴょいんと戻って来て……。

 

 

「でもあれね~。なんかオルエ(サキュバス)辺りに捕まって感度3000倍にされそうね!」

 

「えぇ……。いやあの方ならやりかねませんけど……そんな媚薬作ってましたし……」

 

「それとも私が触手でアヘアヘにしちゃおうかしらぁ?」

 

「なんでですか!!? というかこの服とどういう!!?」

 

「うふふっ! まあそれはともかく~ここって和でサイバーや近未来な世界観じゃないから、その服だけだとちょっと浮いちゃってる気がするわね。だから~あ、これ切って改造しちゃって良~い?」

 

 

なにか考えがあるのか頭巾を脱ぎながら、正座させられたくのいちズへ聞く社長。彼女達から許可を貰うと、触手を活かしズバズバ裁っていって……!?

 

 

「じゃじゃ~ん! はい、これ巻いてみて!」

 

 

そのまま出来上がったのを私の首へくるくると巻いてくれる。これは…マフラーみたいな? 背中にかなり垂れさがるぐらい長くて、刻まれた先端が風でふわりと揺れる感じの…!

 

 

「うんうん! やっぱりお洒落忍者と言ったらこれよね! メンポにもなるし、ピンク色がそのスーツにピッタリ!」

 

 

頭巾暑かったし丁度良かったわ!と自分用に改造した面頬風マフラーをつけつつ笑う社長。すると今度はニンゾウさんも納得のご表情。

 

 

「襟巻を始めとした長き布は、それが地につかぬようになびかせ走り続ける鍛錬に用いられておりましてのぅ。うむ、絵になっておりまするぞ」

 

 

それは良かった! くのいちズも目を輝かせて可愛いとかやったー!とか言ってくれてる! ふふっ、これでクナイとか手裏剣とか持って決めポーズしたら私も忍者に見えるかも!

 

 

 

「――ところでアスト殿。もしそちらの装束、露出が多いと感ずるのであればすぐにでも別な……」

 

 

「? あぁいえ! これぐらいであれば実家でも良く着ていますし!」

 

 

「そ、そうでござったかの…。……うぅむ、バニーガールの者達然り、魔物の服装はよくわからぬ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では改めまして、我らが忍びの里を御紹介いたしましょう。どうか今暫くお付き合いくださりませな」

 

 

元の姿――作務衣&羽織の老爺姿へと戻ったニンゾウさんの案内で、いざダンジョン各所の確認へ。ってニンゾウさん、背を曲げ後ろ腰で手を組みながら歩いているのに、私よりも速い…! 流石忍者…!

 

 

「某共に限らず、大半の忍者は昔から此処のような隠れ里に集い住んでおるのですがな。近年、各里のダンジョン化が著しく広がっていっておりましてのぅ」

 

 

私の歩みに揃えてくれながら話を始めるニンゾウさん。そうだ、それが気になっていたのだ。何故忍者がダンジョンを? その疑問を折角なのでぶつけさせて貰うと――。

 

 

「なに、理由は皆様方魔物衆と大差ござりませぬ。常日頃より厳しき鍛錬を行う身ゆえ復活術が楽に行使できれば安心であり、忍術の源となるはそちらで言う魔力と同じ代物であるゆえに常に濃く維持したい。ですのでダンジョンは我等にとっても理想の地なのですぞ」

 

「そうなんですか!? つまり忍術は体系違いの魔法!? ならもしかしたら私も――!」

 

「うむ。腕次第ではござりまするが、問題なく忍術を行使できましょうぞ」

 

「あら、じゃあ多分私は無理ね~。チャクラとかならワンチャンあったかもしれないけど! 宙返りなら自信あるし!」

 

「ふぁっふぁっふぁっ! 犠牲に造形が何とも言えなくなりそうですのぅ!」

 

 

ま、またよくわからないことを……。あれでも、ニンゾウさんはすぐに笑みを収め――。

 

 

「冗談はさておきましてな。その後者の理由が此度の依頼が遠因となってしまっておりましてのぅ……」

 

 

複雑な顔で溜息を。後者の理由…即ち、魔力を潤沢に溜めるダンジョンの仕組み。それが一体どのように悪く働いてしまっているのだろう? が、私が考えを深める前にニンゾウさんは表情を明るいものへと。

 

 

「いやはや失礼を。いえ、今この話はよしておきましょう。まずはどうか、心置きなく我らが里をご堪能くださいませな」

 

 

気になるところではあるけど、そう仰るのであれば。ということで改めて歩み続けているダンジョン内へ目を。しかし、ダンジョンと言うよりは――。

 

 

「一目見た感じですと、村や街のような造りですね」

 

 

外周を山に囲まれ空は明るく。林や岩場や池などを遠くに田畑や小川を横に土の道が伸び、その道中には幾つもの住居が。他にも先程招かれたようなあばら屋敷もあれば、繁盛を見せる店舗群や立派な壁に囲まれた蔵、小さな城ぐらいなサイズの建物も時たまに。せせらぎと共に水車の回転音が聞こえたかと思えば、そこかしこから程良き喧騒が。

 

 

「まさしく忍者村ね!」

 

「……そうですか?」

 

 

社長の一言につい首を捻ってしまう。村は村だけど……忍者らしさはあまり。この辺りならばどこにあってもおかしくない景観な気が。なんなら道行く人々の服装に忍者装束はないし――。

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! いやはや、御二方共に的を得ておりまするぞ」

 

 

と、そこで頬を緩めたのはニンゾウさん。歩も緩め、周りの人々に目を向けながら続けてくれた。

 

 

「さしもの某共も、常に忍んでいられる訳ではありませぬ。故に平時の生活は俗人と変わらず食べ、飲み、働き、遊び、語らい、眠る。そう言った平穏なる日常を過ごしておりまする」

 

 

そう語りつつ、ニンゾウさんはふと人が集うシンプルな飲食店舗の前で足を止め――

 

 

「しかしながら皆、有事に備え――ちょいな」

 

 

えっ!? ニンゾウさん、今手裏剣を投げた!!? しかも今度は本物を、その店のど真ん中に――!

 

 

 

 ―――ドロンッ!

 

 

 

っわ!?!? 食事をしていた人が、近くを歩いていた人が、店員が、一瞬で丸太になったり煙に包まれたりして居なくなった!? 一体ど…こに……。

 

 

「このように。常在戦場の心構えでおりまする」

 

 

……流石、忍者。つい数瞬前まで普段着や店員服だった人々が全員忍者服を纏い、クナイや刀を向けながら片膝立ちで私達を囲んでいる…! 

 

 

「邪魔をして済まなかったのぅ」

 

 

ニンゾウさんが号令をかけると、私達を囲んでいた忍者達は一斉に立ち上がり一礼。そしてドロンと消え…というより元の場所へと戻って何事もなかったかのように食事や調理や通過を。勿論、服も元通り。

 

 

「成程…間違いなくここは忍者村、忍びの里でした……!」

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! 驚かして申し訳ございませぬ。因みにですが、忍者村らしく全ての建物には先のあばら屋敷のような仕掛けが幾つも施されておりましてな。某共は元より、ミミックの方々にとっても――はて? ミミン殿は何処に?」

 

 

「えっ? あれ!?」

 

 

いつの間にか腕の中にいない!? さっきニンゾウさんが手裏剣を投げる時まではいたのに! どこに――。

 

 

「おぉ~! 速~い! 頂きま~す! ん~美味しい~!」

 

 

あっ! さらっとあの手裏剣を投げられた店にいるし! 近くの席に座っている忍者達も驚いてるし! そして既に何か食べ始めてるし!

 

 

「いつの間に社長…!」

 

「だってラーメン美味しそうだったんだもん~! チャーシューだけじゃなくてナルトも大盛にしちゃった!」

 

「あ、ラーメン屋だったんですねここ。こんなお店も…」

 

「ふぁふぁふぁ! 主君よりの任務遂行時は干し飯や兵糧丸ばかりとなります故、里に居る間は気を緩めましてな。色々とスシや天ぷらや蕎麦等は言わずもがな、ラーメンやピザもござりまするぞ」

 

「え! ピザもあるんですか~!?」

 

「うむ、ピザタイムも思いのままに!」

 

「ワォ! カワバンガ!」

 

 

……また社長達がよくわからない会話を。あ、ラーメン美味しい。特にこの渦巻きのナルトが――ナルトって大体渦巻き模様では?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて。間も無く到着いたしますのが、案内の最後にして此度の依頼が肝たる場にござりまするぞ」

 

 

忍者村を観光……じゃない、忍びの里の視察を行ってきたが、どうやらラストとなってしまったらしい。そこは他の場所よりかなり低い位置にあり、上から見ると全体的にかなり鬱蒼としていることがわかる……この高台から静かに見下ろす構図、なんだか忍者っぽいかも…!! マフラーも良い感じに風でなびいてるし!

 

 

――こ、コホン。えぇと……森林や池や岩場等は言わずもがな、断崖や滝にすら囲まれているからわかりにくいけど、ここは中々に広い敷地をしている。そこに大小様々な建物が幾つか立ち並んでいるのも見え、これぞまさに隠れ里といった雰囲気。そして、その場に居るのは……。

 

 

「「「いや――っ!! とりゃ――っ!!」」

 

「そう、その調子だ愛弟子達よ! その手の角度、腰の入れ具合を維持して手裏剣を投げるんだ!」

 

 

子供忍者と、それを指導している教官忍者! つまりここは――。

 

 

「アカデミーですね!!!」

 

「左様。忍者学校、忍術学園――要は次代の忍者を育成する教育施設ですな」

 

「成程道理であの崖のとこに顔岩がある訳で! どこにも無くて寂しいな~って思ってたんですよ~」

 

 

へ? 本当だ、社長の指さす先には何故か断崖の上の方に人の顔が幾つも彫られている。その内の一つはニンゾウさんのだし。里の主だから?

 

 

「きっと落書きされてますでしょ~? しかもそういう問題児に限って~?」

 

「察しの通りで! 然り、そのような子に限っていずれ里の長の座を継ぐやもしれぬほど――否、忍者界の大戦すら制するやもしれぬ力を秘めておりましてのぅ!」

 

「やっぱり! そしてラーメン好きそう!」

 

「ふぁっふぁっふぁっ! これまた御明察にござりまする!」

 

 

またまた二人だけで盛り上がってる社長達。うーん…。忍ぶ者同士ってこんなにシンパシーを感じる者なのだろうか…? なんだかこのまま蚊帳の外なのも少し居心地が悪いし、ちょっと割り込んじゃえ。

 

 

「ということはもしかして、その子が派遣依頼の要因ですか?」

 

 

忍ぶ技の指南役としてミミックを招きたい今回の依頼だが、ここまで見て来た限りだと忍者達の練度は充分。無論、それ以上の研鑽を積むためという理由もあるだろうが――。

 

 

「アスト殿もまた素晴らしき御活眼ですぞ! 然り、大方そのような所で。ただ…落書き小僧がというより、とある風潮が子供達の間で広まっておりましてのぅ」

 

 

どうやら問題児?は複数いる様子。それは一体どのような? そう聞こうとした、その時――!

 

 

 

「影分身のぉ術っ!!」

 

 

 

不意に子供の声が聞こえ、私達を囲むように沢山の忍者分身体が!? あ、あれ? でもこれ……。

 

 

「へへっ! どうだ!」

 

 

自信満々にドヤ顔を浮かべる子供忍者とその沢山の分身体。しかしニンゾウさんは小さく溜息をつき、社長は箱をごそごそ漁り――。

 

 

「はいアスト! これ使って!」

 

「へ? なんですこれ?」

 

「お仕置き手裏剣! さっき道中の雑貨屋で買った柔らか手裏剣よ!」

 

「そういえばお土産にとか言って買ってましたね……。えぇと……?」

 

「うむ、頼みまする」

 

 

目で問うと、ニンゾウさんは許可をくださった。じゃあ……多分こうしろってことだし…。魔法で操って、確実に――。

 

 

「えいっ!」

 

「ってばよッォ!??」

 

「「お見事!」」

 

 

投げたお仕置き手裏剣は、分身の一人のおでこを正確に捉えた! すると悲鳴と共にその分身は後ろへと軽く吹っ飛び、他の分身は一瞬で消滅。そう、私は数ある分身の中から本体を見つけ出し、ピンポイントで叩いたのである。

 

 

「くぅ…! な、なんでバレて…!?」

 

 

直ぐに起き上がり、何故気づかれたかを問う子供忍者。いやだって…えっと……。

 

 

「分身のどれにも足元の影がありませんでしたし……色も薄くて……」

 

「というかぶっちゃけ、分身全部崩れかけだったわね!」

 

「精進が足りぬ、という叱咤すら生ぬるいわ」

 

 

あぁ…一応言葉を選んでいたら、社長達がズバズバと。ま、まあそうなのだけど。正直、ニンゾウさんの完璧な分身と比べたら天と地の――ん!?

 

 

「火遁! 業火球の術!」

 

「危なっ!?」

 

「ッ…! 防がれた…!?」

 

 

なにか変な音がして振り向いたら…大きめの火球が飛んできてた!! もう一人、子供忍者が潜んでいたらしい…! 幸いバリアで難なく防げたけど……って、今度は上!!?

 

 

「しゃーんな――!」

 

「わわわっ!?」

 

「ろっ……えっ!? 躱され!?」

 

 

やっぱり上からもう一人降って来て、殴りつけてきた!? わわ、地面にヒビ入ってる…! よかった、気づいて……!

 

 

「ふふっ、そういうことですか!」

 

「お恥ずかしい限りで……」

 

 

へ? 私の腕の中のまま、何かを理解したらしくクスクス笑う社長。一方のニンゾウさんは苦々しい顔で、奇襲に失敗し慌てて武器を手に並んだ子供忍者三人衆を睨みつけて。

 

 

「これが依頼の種でござるのです。昨今、忍術に傾倒する者共が増えてきておりましてな。それ自体は悪いことだとは一概に言えませぬが……それにより、我らの本分――即ち忍ぶ技が軽視されるようになりましてのぅ」

 

 

この者達のように、と殊更に鋭い一瞥を向けるニンゾウさん。確かに、だって私ですら――。

 

 

「強いけど戦い慣れしていないアストですら簡単に気づいて対処できちゃうなんて! これじゃ幾ら凄い忍術を習得していても意味ないわね!」

 

 

そう、まさに社長の言う通り。先のニンゾウさん達やラーメン屋付近にいた忍者達に対しては、私は存在や動きすら見破れなかった。だけど、この子達相手だと違った。全部余裕を持って気づいちゃったのだ。

 

 

もしかしたら強い忍者達から順に見てきたから目が慣れたのかもしれない、とも思ったけど……そうだとしても、この子達は弱い。私のような素人にすら見切られる忍び具合であれば、折角の忍術も無駄同然である。

 

 

「派手な忍術に、目先の恰好良さに囚われ基本を蔑ろにするなぞ言語道断! これでは忍びとして大成はおろか、最早忍者と名乗ること能わぬわ!」

 

「そうよ~! このままだとアカデミー卒業できないどころか落第しちゃうわよ、たまごな忍者ちゃん!」

 

 

「「「うっ…!」」」

 

 

ニンゾウさんと社長に詰められ、後ずさりしだす子供忍者…忍者のたまご達。――と、流石にこのまま引き下がるのはプライドが許さなかったのだろうか、最初に仕掛けてきた子が一歩踏み出し…!

 

 

「なら……これでもくらえって! 『お色気の――!」

 

 

「待ちなさいな!」

 

 

「ばよっ…!?」

 

 

おや? 社長、その子の詠唱、もとい印結びをピシャリと遮って? そしてもっともらしく腕を組み……。

 

 

「今あなた、お色気の術を使おうとしたわね? つまり――えっちな術よね?」

 

 

「えっ……お、おう…。そうだけど……」

 

 

「はんっ! うちのアストの前で良い度胸じゃない! この、何もしなくても可愛くて美人でえっちな私の最高の秘書の前でっ!!」

 

 

 

「……へっ!!?!?」

 

 

 

しゃ、社長!? 今なんて!? 今、ニンゾウさんとこの子達の前で、なんて!?!?!?

 

 

「見て頂戴! このスタイルの良さ! 胸もお尻も出るとこは出て、ウエストくびれはしっかりすっきり……と見せかけて、ほんのほんのちょっとだけ油断のある締りよう!!」

 

 

「ちょっと!? 気にしてるんですが!?」

 

 

「それだけじゃないわ! 肩は滑らか、太ももは程よくむっちり、腕脚は色香放つ素敵な細さ! そしてそれを際立たせる、磨き抜かれ照るような角や羽や尻尾! 自分に無くても、この艶っぽさはわかるでしょう?」

 

 

私の腕の中より飛び降り、さあご照覧あれ!と言うように私を指し示す社長…! うっ……遮っていたもの(社長)がなくなったから、子供忍者達の視線が直に…!! ニンゾウさんは目を逸らしてくれてるけど…!

 

 

「そんなアストが、更にこんなピッチリセクシー忍者スーツを纏ってるのよ!? この全身に食い込まんばかりの衣装のおかげで、たわわなとこは触らなくても形がわかるぐらいにぷっくり! 締まってるとこもおへそや脇の形すら見えちゃうぐらいピンッ! 隙間から素肌がちらちらチラリでしっとり!」

 

 

「ちょっもう社長っ! いい加減に……っ!!」

 

 

いくらこの衣装が趣味改変の装束とはいえ…それを気にせず着ていたとはいえ、そんな言い方をされたら誰だって恥ずかしくなるに決まってる! というか社長、そんな風に思ってたの!?

 

 

でもこれ以上モジモジしてても、社長は止まらないどころかもっと恥ずかしい事言い出す! 悪化する! だからもう捕まえて黙らせるしか! えいっ――へっ!?

 

 

「あらあら、もう目が離せないみたいねぇ? そんな皿のようにしちゃって鼻血も垂らしちゃって! だけどまだよ! ここに触手をにゅるにゅるって巻けば~!?」

 

「えっちょっ、なっ…ひゃあんっ!? しゃちょ…!? もごっぉ……!?」

 

 

つ、捕まえようと思って迫って屈んだら……その瞬間に社長は目の前から消えて、代わりに私が社長触手に捕らえられて!? なんで……ひぃんっ!? 

 

 

か、身体の先から這いずるようにして胸や腰に…! 纏わりつくように、締め付け絞り上げるように、摘まみ弄るように…!! く、口の中にも!? ひゃ、ひゃめ……! ひっあっ…♡ んあっ……♡ くひぃん……♡

 

 

「どうかしらぁ!? これでもまだお色気の術を使う気かしら? 勝てる気なのかしらぁ!?」

 

「――ブフッ……。か、完敗……だっ……て……ば……」

 

 

屈む私を縛り上げた社長は何故か誇らしそうに……! 対して印を結んでいた子は勢いよく鼻血を噴いて倒れて! そのまま他の子達に引きずられながら逃げていった……。

 

 

「ふんっ! イチャパラでも読んで勉強しなおしなさ~い! …いやそれは駄目ね。青少年だもの」

 

 

ひゃ()ひゃの(あの)!? ひゃやふ(はやく)ひゃいほう(解放)ひへふははい(してください)!! ひゃいひゃい(大体)ひゃんへ(何で)ひはっへ(縛って)!?」

 

 

「だって忍者は縛るものよ! そういう服着てるなら猶更ね!」

 

 

「……捕り縄術を指しておりますのか、幽囚時の典型例を指しておりますのかはわかりかねまするが……どちらにせよ、その縛りようはやはり趣味の代物にござりましょう」

 

 

目を背けてくれたままそう指摘してくれるニンゾウさん。私がなんとか解放されてから、咳払いひとつと共にこちらへ向き直った。

 

 

「話を戻させて頂きまする。今しがたの子達のように、忍ぶ技を疎かにする者が増えてしまいましてな。悲しきかな、此処がダンジョンというのもそれに拍車をかけておる次第で」

 

 

あぁ成程。先程の発言…『潤沢な魔力を溜めるダンジョンの仕組みが悪く作用してしまっている』の真意はそういう。――魔法を扱う場合、常に体内の残存魔力と相談しなければならない。なにせアイテムや特殊な方法を使わない限り自然回復を待つしかないのだから。

 

 

しかし、ダンジョンに棲めばその自然回復量は大幅に強化されるのだ。普通なら一日かかる魔力量でも一時間かからずにチャージし終わるほどには。しかしそれ故に、大技魔法が考えなくバンバン発動できてしまうのである。派手で格好良くて強い魔法(忍術)が。

 

 

最も普通ならそれは利にしかならないが……忍者達にとっては忍ぶ技が軽視される要因になってしまった訳で。難しい忍ぶ技より手軽に連発できる忍術があればそちらがとられてしまうのも仕方なし。

 

 

「その考えを正すのも当然某共の責でありまするが……如何せん指導する立場の者も忍者、忍術との併用を前提とした動きしか出来ぬ者が多く、中にはそれすらも……」

 

 

ニンゾウさんは深い溜息をつき、目の前に広がる忍者学校へ視線を移す。そして丁度到着したのであろう、遠くで走り(一名は引きずられて)帰ってゆく先程の子供忍者達を見つめながら首を横にゆっくり振った。

 

 

「そのような中途半端の腕で幾ら指導が為されようとも、当然の如く改心に繋がる訳がなく。それどころか下手すれば忍術至上の助長に繋がってしまい――。ほとほと困り果てておったのです」

 

 

その言葉の節々からは忸怩たる思いが滲み出て。色々手も尽くしたのであろう、しかしどれも解決には及ばなく。そんな時に出会った相手こそが――。

 

 

「けれども、生来にして忍ぶ力を持つミミックの方々であれば! 主君の護衛につけた手練れすらをも唸らせる忍び技を持つ貴方がたであれば! 必ずや、新しき風となりましょう! どうか改めてお願いいたしまする!」

 

 

またも深々と頭を下げるニンゾウさん。そして社長の返答は勿論……!

 

 

「えぇ! お任せください!」

 

 

「……あれ、もう良いんですかあの変な承諾の掛け声は?」

 

 

「だってもう作品違うもの!」

 

 

またも謎に返してきた社長。そしてそのまま、ニンゾウさんへとあるお願いを。

 

 

「ですが折角ですし~ここ(忍者学校)の調査がてら、もっと忍者体験をしてみたいで~す!」

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ! それは願ってもない事、問題児ばかりではありませぬことも是非見届けていってくだされ!」

 

 

ニンゾウさんはにこやかに了承を。――と、不意に思い出したように『ですが』と付け加え……。

 

 

「……変なことは教えないでくだされな?」

 

 

「は~い! 子供向けで行きま~す! 朝とか夕方ぐらいにアニメ放送できる感じで!」

 

 

……もはや何が何だか。まあもう触れない方が良いかもしれない。なんだかこの忍者装束が何かの倫理に引っかかりそうな気がするし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで早速忍者学校内へ! 以前依頼ついでに魔族学園で学生体験をしたことがあったけど、ここはそれとは全く違う。座学の教室に畳敷きで直に座るところがあったのも驚きだが……それよりも目を見張ったのが修練場の充実具合。

 

 

忍術、そして忍びの技を鍛えるため、ありとあらゆる修行の場が揃っていたのだ。この規模、我が社よりも…! 私達はその中から気になるところを選び、いざいざ忍者体験を!

 

 

 

「――えいやっ!」

 

「ふぁっふぁっ! うむ、またもや見事命中にござりますぞ!」

 

「やった! 今日でなんだか投擲が上手くなった気がします!」

 

「手裏剣投げハマってるわね~。ニンゾウさんに触発されちゃった?」

 

「ふふっ、はい! それに私も魔法に頼り切りなところがありますし、このままだと皆さんの事は言えないかなって」

 

「そうかしら? まあでもいい心がけね! その勢いで私まで投げないで頂戴ね?」

 

「いや投げませんよ!? ……いえ思い返してみると割と投げてますね。緩やか且つ、社長の指示ありきですけど」

 

「あら確かにそうね! ならやっぱり、今度何かあったら私を手裏剣として投げてみる?」

 

「いやいや…! まあ社長、投げたら本当に手裏剣みたいに相手に突き刺さっていきそうですけど……ところで社長、それ、何を?」

 

「ん? ちょっと試してみたいことがあって! 手裏剣沢山借りて来ちゃった!」

 

「箱から溢れるぐらいにですか!? 一体何を……」

 

「中々に興味深い技を披露してくださるようでしてな。周囲の皆の退避は済んでおりますぞ」

 

「えっ!? 皆さんいつの間にか遠くに…!? 何か嫌な予感が…!」

 

「だいじょーぶよ! しっかり調整するから! 丁度良いわアスト、成果の見せ所よ!」

 

「えっ!? 本当に投げるんですか!? しかも回転させながら!? せ、せーの……えいっ!」

 

「いやっほー! そして~~とりゃりゃりゃりゃあっ!!!!」

 

「えっ!? ちょっ!?!? わわわわっ!!?」

 

「おぉおぉ! これは見事! 竜巻の如く回転しつつ、手裏剣を辺りへ投げ散らすとは! しかしそれでいて的に全て当ててゆくとは……タツジンどころではありませぬな!」

 

「よっと! へへ~ん! これぞミミック流、忍者がどこから手裏剣を出してるか問題解決術! そして忍者は回転攻撃をするものでしょう?」

 

「ふぁっふぁっふぁっ! それまた存外的を射ておりまするな!」

 

「な、なにがなんだか……」

 

 

 

 

……と、手裏剣練習場で投げさせて貰ったり――。

 

 

 

 

「――アスト、ゴール! よく頑張ったわね!」

 

「ふ…ふぅぅ…! はひぃ……はひぃ……! ま、魔法使っても難しかったです…!」

 

「そりゃそうよ! 忍術使う前提のコースみたいだし!」

 

「然り。加えてこれは素人向けではございませぬ。それながら不正なく突破なされるとは御立派にございまするぞ」

 

「頑張った甲斐が…はぁ…はぁ…!あ、ありました…! でも、この服のおかげもあるかもしれません。なんだかとても動きやすくて、魔法の使い勝手も普段以上に…!」

 

「うむうむ、趣味の改造がなされども忍者装束に変わりありませぬようで。戦場にて体術や忍術を最大限にまで引き出すのを目的とするスーツですからの。ただの仮装でないことを証明できまして何よりで」

 

「やっぱり私もそういうの着てみたかったわね~。サイズ無いんだって。あと絵面が危ないとかなんとか」

 

「ああ、なるほど……。いやでも今更な気が……。というか社長、これ着てなくても凄い勢いで駆け抜けてたじゃないですか!」

 

「いやはや、あれは鮮やかにござりました! 宝箱の身のまま、幾重もの塀をどれもひとつ跳びで越え、地を刃で固めた樹林をまるで梢を飛び動く鳥のように難なく攻略し、道具や術を用いるのが基本の深き沼を水黽(あめんぼ)もかくやの勢いで滑るように移動し、覚悟を決めた突入を余儀なくされる無限矢衾(やぶすま)の間を岩場を撫でる清流の如くすり抜け――!」

 

「道中の綱渡りや音鳴りの床も何事もなかったように渡り、微かにでも触れたら崩れる瓦礫の山潜りも簡単に終わらせ、手裏剣による全面的当てはさっきの大技で! 暗闇迷路エリアからの巻物回収なんて回収を忘れたどころか壁ごと突っ切って来たんじゃないかってぐらい早かったですし、巡回傀儡からの潜伏回避はもはや流石社長としか…!」

 

「えへへ~! そう説明されるとくすぐったいわね! 時にニンゾウさん! 他にも色々障害物があったじゃないですか! 例えば4つぐらいの飛び石で越えてく水場とか、丸太が魚の骨みたいに並んで回転しててそれを避けるやつとか、指の力だけで渡っていくクリフなハンガーとか、そり立つ壁とか! もしかして、ここの名前って~?」

 

「ふぁっふぁっふぁっ! かつて考案した忍者の名前がつけられておりましてな! その名も『佐助』と!」

 

「やっぱり! 脱落者多そう~!」

 

「……あのでもニンゾウさん、ひとつ意味がよくわからないエリアが…」

 

「ほう、なんですかな?」

 

「その、何故か振ってくるちくわを回収するところがちょっと……。しかもちくわに混じって鉄アレイまで……」

 

「それも忍者伝統の修行法よ! 多分ハットリさん考案でしょう?」

 

「然り! ご安心くだされ、ちくわは手に取ればわかる通り偽物。食べ物は無駄に致しませぬ。……でないと後が怖いですからのぅ」

 

「いやそこじゃ……まあ良いです…」

 

 

 

 

……と、訓練コースを体験してみたり――。

 

 

 

 

「――それで、指の形はこうして、こうして、こうです!」

 

「えぇと、こうして、こうして、こうして…『身代わりの術』! ――わっ!?」

 

「おおお~! アストが丸太になった! あ、勿論忍術的な話よ?」

 

「とっとっと…! いやそれ以外に何が…? 成程、短距離転移術と簡易召喚術の複合技なんですね。それを印結びによる詠唱で纏め上げて。忍術って凄いですね!」

 

「凄いのはアストさんのほうですよ! まさかもうマスターしちゃうなんて!」

 

「いえいえ、教え方が上手だったからですよ! じゃあ約束通り今度は私が教えますね! どんな魔法が良いですか?」

 

「で、では折角ですので派手で強そうな魔法を…!」

 

「えぇ! じゃあまずは――」

 

 

 

「――と、最後に詠唱をお好きな言葉で締めれば!」

 

「――『稲光を纏いて出でよ、雷龍(サンダードラゴン)』! うわわわわ! で、出たぁ!? おっきな雷製の龍が!?」

 

「おお~!」

「これまた見事な!」

 

「ぼ、僕がこんな大技を使えるなんて…! 魔法って凄い……! いや多分凄いのはアストさん…!」

 

「ふふっ! 魔法、もとい忍術の基礎が出来ていたからですよ! …あ、でも……。派手めの技って……」

 

「いやいや。某が憂慮しておりますのは術にかまけ忍ぶ技が疎かとなること。両方を習得せしめれば向かうところ敵なしとなりえましょうぞ」

 

「はっ、里長様…! 精進いたします…! で…ですが……アストさん申し訳ありません……この魔法、実践に投入するのは暫く……ふにゃぁ……」

 

「あっ!? もしかして魔力切れ!?  倒れ――危な――っ!」

 

「――よっと。座れるでござるか? 成程でござりまするな。これぞ里長様方指南役の懸念事項が一つなのでござりましょう。忍術ばかりを用い任務中に倒れてしまうなど、危険どころで済む話ではありませぬし」

 

「えっ!? えぇっ!?!? も、もう一人忍者!? というか、さっきまでいた子!?」

 

「いえ、アストさん。(わたくし)めはずっとおりましてござりまする。アストさんやこの子の周りで指南を聞いておりました」

 

「えええっ!?!!? で、でも、どこにも姿が…! ほ、本当ですか!?」

「ぼ、僕も……気づかなかったんだけど…!」

 

「うむ、ずっとおりましたぞ」

「ええ! いたわ! 私が教えた潜伏技を駆使してね!」

 

「! いつの間に…!? ずっと全く気付きませんでした…!」

 

「私め自身も驚いておりまする。まさか少し呼吸法や足運びを変えるだけでここまで忍べるなんて…!」

 

「ふふ~、忍び技の基礎が出来てたからよ! じゃあ今度は指南役交代する?」

 

「お願いいたしまする!」

「ぼ、僕も是非…!」

 

「ふぁっふぁっふぁっ! 他にも教えを授かりたい子が集まって参りましたぞ。お手間でござりましょうが――」

 

「「お任せください!」」

 

 

 

 

……と、生徒忍者達と忍術や魔法や技の教えあいっこをしたり――。

 

 

 

 

 

『ふふふ~! さあ、私がどこに隠れているかわっかるかな~?』

 

「拙者達は次は向こうを! あちらは――」

 

「拙共が! 絶対に見つけ出すぞ!」

 

「先程、ここの回転壁を潜って行って……」

 

「屋根裏を走っていった音がしたはずですのに…!」

 

「! 今掛け軸裏の隠し通路で物音が!?」

 

「くっ…! 探知の忍術が意味をなさない…!」

 

「ここか!? 違う…! こっち……ここも違う!」

 

「もはや遊戯の類ではありません! 真剣に!」

 

「やってまする! やってまするが……」

 

「何処を探しても影も形もなく……」

 

「ミミックだということを加味しましても……」

 

「我らは一瞬で大敗を喫し、逆の立場では僅かな痕跡たりとも見つけられぬとは…!」

 

「これでは忍者の沽券に……!」

 

「……本当にこの屋敷の中に?」

 

 

「――翻弄されておりまするなぁ」

 

「翻弄していますね。でも皆さんの動きも凄いです! 壁を一足で登ったり天井に張り付いたり増えたり化けたり! 私じゃ追えないぐらいで…!」

 

「ふぁっふぁっ! しかしそれでも尚…このように大人数で、手練ればかりを集めておるのに見つからぬとは……ミミン殿は規格外ですのぅ」

 

「社長が本気を出すと、基本誰も見つけることは出来ませんから……まあでも、まだそこまでじゃないみたいですけど」

 

「む…!? つまり、アスト殿にはミミン殿の居場所がわかると言う事ですかな…?」

 

「そこまでの確証はないのですが……まあ、大体この辺りかなというのは勘と感覚で…」

 

「それはなんと…! いや不面目ながら、某を以てしてもこの屋敷内に潜まれていることこそは把握すれどもそれが何処かは。流石は秘書役でござりますのぅ」

 

「いえいえそんな…! 社長の動きとか癖とかを知っているだけですので…!」

 

「……恥を忍んでご教示を乞うても宜しいですかな? ミミン殿はどの辺りに?」

 

「えぇと……。多分、その……」

 

「? 某を……――ッ! もしや…!?」

 

「えぇ、そのまさかですよぉ…! ニンゾウさん、背中お借りしてま~す…!」

 

「…ふぁっふぁっふぁっふぁっ! いやはやいやはや、これは完全に兜を脱がなければなりませぬなぁ」

 

 

 

……と、教員忍者や熟練忍者を集合させての社長探しをしてみたりと! 色々と視察名目で遊ばせて頂いた! ふふっ、良い体験ができた!

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで気づけば日も暮れかけ。お腹も空いてしまったので、またまた食事を摂ることに。聞くところによるとこの忍者学校には名物的な食堂があるらしい。

 

 

学外の人でも気軽に利用が可能なようなので、ニンゾウさんにお願いをして連れて来てもらったのだが――。

 

 

「それにしても……今更ではありますが、よろしいのですか? 私達と契約を交わしてしまって」

 

「ふぁっふぁっ、良いのですぞアスト殿。忍者も半ば狐狸衆や妖怪衆と同じ扱いをされておりますでな。それに、主君からも許可は得ておりまする」

 

「あら! 頭を思いっきり臼で潰しちゃったのに?」

 

「えぇ……!? なにしてたんですか社長……?」

 

「ふぁふぁふぁ! いやいや、当代の主君は若いながらも分別を心得た御方でな。ミミン殿の一撃のおかげで目を覚まし蛮行を詫び、それが功を奏しカグヤ殿と文仲となったのですぞ」

 

「ええぇ……そ、それは良かったです…!」

 

「うむ。そして、ダンジョンでのミミックの活動に妹君共々、某共以上に感服しきりでしてな。この請願、即決でござりましたぞ」

 

「ふふっ、有難い限りです! 宜しくお伝えくださいな!」

 

「えぇ! ひょっとすると感謝の文と詩が届くやもしれませんぞ!」

 

 

「――あ、アストさん! 社長さん!」

 

「里長様も。どうか私め共もご一緒させてくださりませ」

 

「ドーモ。拙共も宜しいでしょうか?」

 

「如何でしょう御二方、その装束の着心地は?」

 

「どうか次作への参考のためお教えくだされば…!」

 

「失礼、拙者達も相席をお願いしたく」

 

「社長殿、先の屋敷での潜伏時は一体どのような道筋を…!?」

 

「途中までは追えていたはずですが…いえ、もしやそれ自体がまやかしで…!?」

 

 

 

お会いした直後のようにニンゾウさんと向かい合って定食を頂いていると、生徒忍者やくのいちズ、熟練忍者達といった今日お会いした忍者の方々が次々に! そして場は和気藹々と!

 

 

 

「――なんと! アストさんも特殊な眼をお持ちなのでござりまするか!?」

「す…凄い…! それって里長様とか一部の一族とかしか使えないのに…!?」

 

「そういえばニンゾウさんそんなの使ってましたね~。輪を写したみたいな!」

「うむ。最も即座に見破られ無効化されてしまいましたがのぅ!」

 

「あぁいえ、私の魔眼は戦闘に使うものではなくて。物の正体や値段とかを見たりするためのなんです」

 

「そうでござりましたか。…そういえば、一年は組にも目が……」

「! お金の模様になる子がいる! もしやあの子もそういう…!?」

 

「それはあの、眼鏡の子とよく食べる子とよく一緒にいる子だろう?」

「あぁ、あの子か。いや、あの子はまず間違いなく……」

「ただただがめつい性格なだけだと思うよ……」

 

「そ、そんな子がいるんですね…」

「絶対忍者たまごな三人組ね!」

 

 

 

 

「――という『口寄せの術』なる召喚忍術がございまして。忍犬や大ガマ等、味方を短時間ながら呼び出せることができるのです」

 

「まあ拙共はそれを衣装係呼び出しとして重宝したりもしているのですが、もしアスト殿がそれを習得めされれば…!」

 

「どこでも社長を呼ぶことが出来る!?」

「いいわね! 是非習得させて貰いましょう!」

 

「では食事後、お時間をくださいませ! お教えいたします!」

 

「是非! ふふっ、それを使えば社長が何処かにサボリ逃げてもすぐに呼び出せるかも!」

 

「あっ…………ね、前言撤回しちゃ駄目?」

 

「駄目です」

 

「そんなぁ……」

 

「ふぁっふぁっ! 緊急時の増援、あるいは書類の署名や確認が必要な際の呼び出し等のため学んでおいて損はありますまい。それに互いの信頼が必要な忍術故、絆の明証として受け止めるのも宜しかろう」

 

「…なんだかそう聞くと良い感じかも! アスト、私達の絆を証明しましょう!」

 

「えぇ! でもだからといってもっとサボるようにはならないでくださいね?」

 

「は~い! ――あ! これなら『拙者はこれにてドロンさせて貰いまする』が出来るかも!?」

 

「いやそれ、社長ならやろうと思えばすぐにできません…?」

 

 

 

 

そんな風に沢山の忍者達に囲まれ楽しく食事を! あぁ、何か既視感があると思ったら…ちょっと我が社の食堂環境に似ているのかもしれない。本来静かに潜み忍ぶ存在達が、こうして集って賑やかに。見る人が見れば凄く奇妙な光景であろう。

 

 

そしてだからこそ、いずれここに派遣されるミミック達もすぐに馴染めてしまうに違いない! ふふっ、忍者の中にミミックが溶け込んでいる光景を想像したらなんだか面白――。

 

 

「そういえばアストさん、社長さん、嫌いな食べ物とかってないですか?」

「もっと言えば、今日の定食の中に食べられない物などは……」

 

「へ? 無いですよ? あまり好き嫌いはありませんし」

「とっても美味しいからお残しなんてできないわよ~!」

 

「「それはよかった!」」

 

 

席を共にしていた生徒忍者が、急にそんなことを? そして安堵の息を? 意図がよくわからず首を捻る私達に、彼らは声を潜め気味に教えてくれた。

 

 

「いえ実はこの食堂…食べ残しにはかなり厳しくて。ご飯を作ってくれているおばちゃんの方針なんですが……普段は優しいんですが……」

 

「そしてとても美味しいご飯を作ってくれるのでござりますが……怒らせてしまうと凄まじく怖く…。里長様ですら敵わぬ最強の忍、とも……」

 

 

……俄かに信じ難いが、どうやらそれは冗談ではないらしい。なにせ大人である他の周囲全員も一斉に頷いたのだから。それでハッと気づいた。

 

 

「そういえばニンゾウさん、ここに来る際少し渋り気味でした……。――あ、そういえばあの訓練コースで仰っていた『食べ物を粗末にすると後が怖い』というのはもしかして……あれ、ニンゾウさん?」

 

「あー……。これ駄目ね」

 

 

ふと顔を窺うと…ニンゾウさん、顔面蒼白で箸を止めている…!? さっきまであんなに楽しそうにお喋りしあってたのに! ニンゾウさんより強い人がいる、と聞いて気を害した訳では…なさそうである。

 

 

「里長様!? ……あ! 切り干し大根に刻み椎茸が!?」

 

「いやこれぐらいほとんど味はしませんよ…! ですから一息に!」

 

「いけませんよ、いけませんからね…!」

 

 

どうやら嫌いな食材が入っていたらしい。彼の隣に座る忍者達はまるで好き嫌いをする子供へ諭すような、しかしそれでいてやけに必死な説得をするが……余程受け付けないのだろう、ニンゾウさんは口に運ぼうとしない。

 

 

「……かくなる上は。御免」

 

「あぁっ…!」

「もう…!」

「里長様ぁ…!」

 

 

え? あっ、椎茸がドロンッと消えて…! 何処かに消してしまったみたい。そしてそれを見た周りはこの世の終わりかの如く頭を抱えて。まあ確かにいけない行動だけど、そこまで怯える必要…は……――!?

 

 

「……えっっ!? い、いつの間に!?!!?」

 

「おぉ~。私並みかもしれないわね!」

 

 

ま、全く気付かなかった……! 確かに周りには食事を摂っている人々が沢山いる。だけど…だけど…私は今、瞬きすらしていない! 視線すら外していない! 

 

 

なのに、ニンゾウさんの背後に…背後に……っ!!

 

 

 

「里長様、お残しは許しまへんでェ」

 

 

 

割烹着を着たふくよかな身から……業炎の如き憤怒のオーラを放つ、食堂のおばちゃんが!!?

 

 

 

 

 

 

「っぁぉ……! こ、これはの……後で纏めて…!」

 

 

身を震わせ、されど顔すら動かせぬまま釈明をするニンゾウさん。しかし――。

 

 

「言い訳は無用ですッ!」

 

 

食堂のおばちゃんはピシャリ一蹴。取り付く島もない。しかも手をコキコキ鳴らし……。

 

 

「お客様の前ですから拳骨は一旦控えますが……次はありませんからね」

 

 

鋭い威圧…! わっ、次の瞬間には私達へ照れたように微笑みを……!

 

 

「ごめんなさいねぇ、お客様の前で恥ずかしいところを。お口に合えば良いのだけど…」

 

「すっごく美味しいですよ~! ね、アスト!  あ、おかわり良いですか?」

 

「あらまぁ嬉しいねぇ! たんと食べてってねェ。でも……」

 

「勿論、お残しは絶対にしませんとも!」

 

 

社長がそう返すと、食堂のおばちゃんは満面の笑みで厨房へと普通に帰ってゆく……。それと同時にずっと身を縮こませていた忍者達はホッと一息。

 

 

社長には敵わねど、見事な手裏剣捌きや忍術や技を見せてくれた彼らがこの有様なのだ。あの方が最強の忍だというのも嘘ではないのかもしれない。

 

 

「いやはや、面目次第もございませぬ……。実は某、茸の類が大の苦手でしてな……。この齢になれどもどうも……」

 

 

嵐をやり過ごしたニンゾウさんはそう吐露を。それに対し社長は納得したようにポンと手を打った。

 

 

「道理であの串焼きに茸が無かったわけで!」

 

「ふぁふぁふぁ、お気づきでしたかの。然り、そういう次第にござりまして」

 

 

良かった、空気が直りかけている。このままいけば元通りに――……。

 

 

「…あれ、そういえばあの串焼きってどうなったのかしら? まだ結構余っていたはずだけど」

 

「あぁ、それならば私が着替えている間に片付けて貰――」

 

 

「「「あっ……!」」」

 

 

「へ? ……ひっ!?」

 

「……これ私やっちゃったわね……」

 

 

く、くのいちズの声でようやく気づいた……。うん、確かにあれも『お残し』ではある。それが最終的に誰かの胃の中に収まっていたとしても、問題はそこではないだろう。用意した本人が残したという事実は変わらないのだから。

 

 

――少なくとも、彼女はそう考えているに違いない。だってそうでもなければ……もはや激昂した瞳だけしか見えぬほどの漆黒なシルエット圧を携えた食堂のおばちゃんが、ニンゾウさんの背後に立たないもの!

 

 

「「「「里長様、御免」」」」

 

 

あっ! 里長様を囲んでいた忍者全員、身代わりを残し姿を消し…もとい、距離を取って! 周りにいた他の忍者達も慌てて退避を! そして、当のニンゾウさんは――。

 

 

「もはや詮無し。目先の享楽にかまけた某に非がありまする。まさしく、インガオホー…」

 

 

あぁっ! 罪を認め受け入れ態勢に! そして食堂のおばちゃんは容赦なく……!

 

 

 

「お残しは――許しまへんッ!!!」

 

 

 

「ひゃあっっ!! う、うわぁ……ニンゾウさんが床板破って……」

 

「土遁の術みたいに地面の中へ叩きこまれたわね……。えぇと、ご無事ですか~…?」

 

 

ぷりぷりと怒り心頭のまま厨房へ戻っていく食堂のおばちゃんを見送りつつ、埋められたニンゾウさんへ声をかけると――。

 

 

「かふっ…堪えますのぅ…。椎茸を食べるのも、また……」

 

 

わっ!? ニンゾウさん、ドロンッと共に戻ってきた…! 今日一の苦い顔で椎茸を食べながら! でも罰は受け入れたらしい、頭に大きなたんこぶが出来てしまっている…。

 

 

「時にミミン殿、ミミックの皆様方に好き嫌いは?」

 

「全くと言っていいほどないですね!」

 

「それは重畳。彼女と良き仲になれそうですのぅ」

 

 

壊れた床を忍術で修復しながらなんとか椎茸を食べ終えたニンゾウさんは、よっこいせと席に。そして社長との模擬戦でも出していなかったであろう大きな疲労の息をふぅぅう…と吐き――。

 

「……ミミックの誰かしらに我が身へ潜んで貰えれば、彼女を謀れるやも……?」

 

 

罰は受けども勝るは嫌いな食べ物のようで…。懲りずにそんな計略を。でも……えぇと……。

 

 

「あの……ニンゾウさん」

「それはもう無理かと」

 

 

私と社長でそう忠言を。だってニンゾウさんの後ろには、三度目の……。

 

 

「お残しは――」

 

 

「んぐッ!? じょ、冗談でござる! 冗談でござるからの!!」

 

 

 

「…あの拳骨、防御してるミミックにもしっかりダメージ与えそうですね」

 

 

「多分効くわね! 流石食堂のおばちゃんってとこかしら!」

 

 

「やっぱり。ところで……なんだか今日、食べ物の話題多くないですか?」

 

 

「そりゃそうよ!忍者だもの! 忍者メシってね!」

 

 

「??? なんだか煙に巻いてません?」

 

 

「忍者だけにね!」

 

 

「は、はあ……?」

 



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人間側 ある自惚れ生徒忍者と忍箱①

 

「そろそろ試験の時期だね……。気が重いよ……」

「そうでござるな…。箸も止まってしまうでござるよ…」

 

 

昼休み時、里の一角にある定食屋へ訪れた拙者の耳にそんな会話が入ってきたでゴザル。見ると、拙者と同じ…されど、何も改造がなされていない普通でダサくてセンスの欠片もない指定の装束を着た生徒忍者男女が。

 

 

ハッ! 全く、見た目通りに平凡な連中でゴザルなぁ。だから試験なんてものを怖がるんでゴザル。それはつまり実力が無い証、もっと拙者を見習ってほしいものでゴザル。

 

 

うむその通りでゴザル。拙者もあの二人と同じ、生徒の身でゴザルとも。けど一緒にしてほしくないでゴザルな! 近々に控えた、忍技術(にんぎじゅつ)大試験に怯えるあいつらと一緒になんて…!

 

 

拙者のような――首元や脇腹部や大腿外部に鎖帷子風のメッシュを仕込んだ銀地のボディスーツ! それらを魅せるように取り付けられた息づくかの如く仄かに輝く発光装甲! そして手甲や布面頬や背にはドラゴンやタイガー、ナインテイル・フォックスの紋様をエレガントに染め抜いた、このオーダーメイド装束を着こなせないようなあいつらとは比べて欲しくないでゴザルな!

 

 

 

故に二人から離れた、されど話が聞こえる席に座り注文をするでゴザル。折角でゴザル、料理が届くまで、平凡連中の怖気声でも聞いてみるでゴザルか。

 

 

「――それにしても誘ってくれて良かったでござる。皆気が重いゆえに、食堂全体が……」

「だよねぇ。やっぱり僕も今の食堂で食べるのはちょっと…。溜息とかばっかりだし……」

 

 

フッ、どうやら同じく試験を怖がる連中から逃げてきたらしいでゴザル。拙者は普段よりあの食堂は使わないでゴザルゆえどうでもいいことでゴザルが。なにせあそこ、美味しくはあるでゴザルけどなぁ…。

 

 

「ぅう……話てたらまだ先なのに緊張してきた…! 今回も一発合格できるかな……!」

「きっと私達なら出来るでござる……多分。 はぁ…優しい指南役殿に当たりまするように…」

 

 

おっと、あの二人そんなことを。はぁ、同じ生徒の身として恥ずかしいでゴザルな。相手が誰であれ、忍術で殲滅してしまえば良いだけのこと。それが出来ないなぞ……ハッ、どうせ今までの合格もまぐれで拾ったものに決まっているでゴザル。

 

 

「でもさ、今回からは前までと違うもんね? なにせあの新しい指南役の方達から…!」

「ふふっ、そうでござるな。おかげで腕が上がったのは実感できているでござるし……!」

 

 

そして、互いに頑張ろうと頷き合う平凡二人。ハハハッ涙ぐましいでゴザルなぁ、拙者のような実力の無い者達の努力は。あの新人指南役達に頼るしかないとは――。

 

 

これは最近のことでゴザルが……拙者の住むこの忍びの里ダンジョンへ新たな住民がやって来たのでゴザル。それがなんとも奇妙なことに、忍者ではなかったのでゴザル。どんな者達かと言うと――。

 

 

「はぁ~い。ご注文の『鴨肉のガランティーヌ~季節の野菜や茸と共に~』、おっ待たせ~」

 

 

おぉ、丁度注文の品がやってきたでゴザル。しかし、その運ばれ方は奇怪。なにせトレイが宙に浮くように運ばれてきているのでゴザルから。最も正しく言えば、触手で高めに持ち上げられているだけでゴザルが。

 

 

そう、この者達がこの里の新たな住民でゴザル。身を伸ばしていても頭が机に届くほどの背の、脚は箱に収まりし魔物。『ミミック』にゴザル。因みにこの者は上位ミミックでゴザル。

 

 

「さ、召し上がれ~!」

 

 

小袖の店員装束を着たそのミミックに促され、拙者はナイフとフォークを手に早速食事を。フッ、このような料理は食堂では出ないでゴザルからな。こうして学校の外に出向かなければいけないのでゴザル。

 

 

それが食堂を利用しない理由か、でゴザルか? そうでゴザルとも。それと――。

 

 

「もう、また野菜も茸も()けちゃってるの? 美味しく作ったんだから食べて欲しいわ」

 

 

――っ…! またでゴザルか…。その声で顔を上げると、向いの席にそのミミックが。腕を組み頬を膨らませているでゴザル。

 

 

「どう食べようが注文した拙者の勝手でゴザル」

 

「まあそうかもだけど。なら最初から野菜も茸も抜きで頼んでくれればいいんじゃない?」

 

「それでは不格好でゴザルからな」

 

「残すのとどっちが不格好かしら……」

 

 

やれやれと肩を竦めるミミック。と、今度は拙者を叱るように。

 

 

「好き嫌いなく食べないと強くなれないわよ~? 男の子なんだし一息に――」

 

「ハッ、拙者は既に強いでゴザル! 今まで文句を言って来た連中は指南役含め、忍術で黙らせてきたでゴザルとも!」

 

 

そんな一般的な文句が拙者に聞くわけないでゴザル。寧ろ、こう返してやるでゴザル!

 

 

「それに里長様も大の茸嫌いでゴザルが???」

 

「あらら…それを出されちゃうと辛いわ。でも折角だし、一口ぐらいどうかしら?」

 

「断るでゴザル」

 

「もう…お姉さん悲しいわ……」

 

「泣き落としが効く歳ではないでゴザル」

 

「あら、まだ可愛い顔してるのに? じゃあ……食堂のおばちゃんに密告しちゃっても良~い?」

 

「んぐっ!? そ、それは卑怯でゴザルぞ!?」

 

「うふふふっ! 冗談よ! じゃあ呼ばれたからこれにてドロン、ゆっくり食べてってね~」

 

 

言うが早いか、ミミックは目の前から姿を消したでゴザル。そして離れた席の客の元に現れ、注文を取りに。恐らく壁のからくりを使って移動したでゴザルな。

 

 

うむ、あのようにミミック達はすぐさま里に馴染んだでゴザル。そしてその一部は新人指南役にもなったわけでゴザル。なんでも忍ぶ技に精通しているらしく、あの平凡二人のように師事をする者が増えてきているようでゴザル。

 

 

けれどフンッ、何が忍ぶ技でゴザル! そんなの実力の無い者が怖がって隠れるために使う物、雑魚専用の技でゴザル! 面倒で時代遅れなダッサダサの技でゴザル!!

 

 

拙者のように強い者はそんなのを使わなくとも忍術だけで最強、どんな敵でも罠でも片っ端から倒して壊して一網打尽にすれば終わりでゴザル。無双するのが新世代の忍者でゴザルとも!

 

 

フッ、見てるがいいでゴザル。そんな拙者が次の試験で、古ぼけた頭の指南役をズババッと瞬く間に倒してのける瞬間を! そして拙者の前で参りましたと頭を下げさせてやるでゴザル!

 

 

やれやれ、でもそれだと流石に可哀そうでゴザルな。少しぐらい手加減するのもいいかもしれないでゴザル。クフッフッフ、強すぎるのも考えものでゴザルな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ではこれより、『忍技術(にんぎじゅつ)大試験』を執り行う。今日の受験者は揃っておるかの?」

 

 

「「「「「「此処に」」」」」」

 

 

「宜しい。もはや説明も不要であろう。開始合図は鐘の音、それまでは束の間の安息とせよ」

 

 

言うが早いか、里長様は姿を消したでゴザル。後に校庭に残ったのは、拙者を含む複数人の生徒忍者のみ。天上に月が輝く中、冷たい風に乗ってそいつらの吐露が耳に入ってくるでゴザル。

 

 

「とうとう本番かぁ……。上手くいけばいいけどよぉ……」

 

「どの指南役が担当してくるかが肝ね……」

 

「…………結局全力を尽くすしかないだろ」

 

「ふぅうう……。よし、頑張ろう! そっちも!」

 

「えぇ、今日までの学びを存分に発揮するでござる!」

 

 

む? 以前定食屋で盗み聞きした平凡二人も交じっているでゴザルな。ともあれ、誰も彼もが緊張しているのが窺えるでゴザル。

 

 

そうでゴザル。この皆が寝静まる深夜に始まるのが、忍技術大試験。皆が怖がりに怖がっている試験でゴザル。なにせこれは普段の実技試験やペーパーテストとは違うのでゴザルからな。

 

 

毎日数人ずつ、制限時間は深夜のこの時間から始業の鐘が鳴る朝にかけてまで。フィールドはこの里全て使用可。最も町の方へ出た場合、誰かしらに気づかれたら即不合格という追加ルールがゴザルが。

 

 

それで何をするか。フッ、至って単純でゴザル。指南役との1対1――。それだけでゴザルとも。制限時間内に指南役を唸らせることが出来れば合格でゴザル。

 

 

指南役が仕掛けてくる攻撃から兎のように逃げ続けるか、持ち込んだ道具でがむしゃらに攪乱するか、雑魚のように隠れてやり過ごすか……学んできた忍の技や術、果ては環境を活かし挑むのがこの試験の肝でゴザル。

 

 

勿論、面と向かって戦うのもアリでゴザル。実力さえあればそれが最も早く試験を終わらせられる方法でゴザルからな。そして拙者は――

 

 

 

 

 ―――ゴォオオオォオン

 

 

 

 

「「「「「っ!!!」」」」」

 

 

む、開始の鐘が鳴ったでゴザル。この鐘が鳴るタイミングは指南役達の思うが儘でゴザル。束の間の安息なぞ大嘘、皆の隙を突いて鳴らしてくるでゴザルからな。これも常在戦場の心構えのためとかなんとか。心底意地が悪いでゴザルなぁ。

 

 

しかし今回の受験生徒はマシでゴザルな。なにせ音の聞こえた瞬間姿を消したのでゴザルから。何処ぞに潜んでいるはずの各指南役も恐らくそれについていったでゴザル。後はそれぞれ頑張るだけでゴザル。

 

 

拙者でゴザルか? そうでゴザルとも、全く動いてないでゴザル。わざわざ弱者のように忍ぶなんて、ハッ、虫唾が走るでゴザル!

 

 

前に言った通りでゴザル。古ぼけた頭の指南役をズババッと瞬く間に倒してのけるのでゴザル! 拙者は今までもそうして合格してきたのでゴザルからな!

 

 

フッフッ、やれ忍ぶ技が―なんて五月蠅い指南役は拙者の範囲殲滅忍術で悉く降参してきたでゴザルとも。全く、忍術の前では陳腐な忍ぶ技なぞ無駄の無駄でゴザル。今回もそれで華麗に決めて、気持ちいい勝利の余韻に浸るでゴザル。拙者tueeeをするでゴザル!

 

 

さて、もう拙者担当の指南役も何処かに隠れて見てるはずでゴザル。そんな余裕ぶった態度をとっていて、後の吠え面が楽しみでゴザルな。さあさあ、どんな忍術で負かせて――

 

 

 

 ―――ぐぅうう……。

「む……」

 

 

お腹が鳴ってしまったでゴザルな。どうせすぐに決着がつく試験だから兵糧丸なんか持ってきてないでゴザル。まああんなマズい物、幾ら腹が減っていても願い下げでゴザルが。

 

 

それに昼間、あの定食屋のミミックに拙者の好物詰め合わせを作って貰っているでゴザル。試験を終わらせた後に必死な他の連中を見物しながらゆっくり楽しむためにでゴザル。

 

 

だからこんな面倒事、さっさと蹴りをつけるとするでゴザル。早速印を、それそれと……――

 

 

 

 

「もう…減点に次ぐ減点だわ。イヤーッ!」

 

 

 

「!? もぐほぁっ!!?」

 

 

 

!?!!? ど、何処からか何かが飛んできて……拙者の口に刺さったでゴザル!? 面頬をつけていなかったら……っむ!? こ、これは!?

 

 

「ブ、ブロシェット(串焼き)!? ふぁ、ふぁひゆへに(な、なにゆえに)!?」

 

 

拙者の好物が一つが、それも拙者が好む具材しか刺さっていないブロシェットが、何でまた手裏剣めいて口へと!!? いや考えるまでもないゴザル! これは誰かが……恐らく拙者が華麗に倒すはずな指南役による攻撃で――……!

 

 

「『臨』、開始の合図が鳴っても身を隠すことをしない―。『兵』、しかも余裕ぶって警戒を怠る―。『闘』、それどころか皮算用に現を抜かす―」

 

 

っ!! こ、この声は……!? さっきも微かに聞こえた!? 一体何処から!? 

 

 

「『者』、集中の切れる空腹状態で任務…もとい試験に挑む―。『皆』、なのに食糧の用意は無し―。『陣』、それどころか忍具の準備すらほぼ皆無―」

 

 

むっ……えっ……!? 本当に何処からでゴザル!!? 近くのようで遠いような……!?

 

 

「『列』、印結びは隙だらけでそれをカバーする気もゼロ。『在』、急所狙いのアンブッシュでさえ防げない―」

 

 

と、とりあえずなんとかしなければ……! い、印を結び直して……って、口に串が刺さったままでゴザル…! まず引っこ抜いて……えぇとそして……!? 

 

 

「『前』、窮地に陥った際の対処は最悪レベル。はぁ…簡単に並べ立ててもこの酷さ。九字を切る前に首を斬られちゃっても良いの?」

 

 

――!! 拙者の背後に、何かが着地した音が! 姿を現したでゴザルな! おのれ、拙者をここまでコケにするとは! 薙ぎ払う前にその指南役が正体、見極めてやるでゴ…ザ……ル……――!!?

 

 

「アイエエエッ!!? ナンデ!? ナンデ!!?」

 

 

ナンデ!? ナ、ナンデ!!? た、確かに聞き覚えのある声の割に、指南役の顔が思い浮かばぬと思っていたでゴザルが……ゴザルが!!?

 

 

 

「ミミック!? ミミックナンデ!!!!?」

 

 

「ドーモ、ミミック・ニンジャです。 なんてね。うふふっ、お昼振りね~!」

 

 

 

あの定食屋の上位ミミックが、何故ここに!?!?!?!? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということでキミ、試験は不合格よ。もう減点いっぱいすぎ!」

 

「いや待つでゴザル!? なんで、何で、ナンデ…あぁもう!」

 

「はい深呼吸深呼吸~。一個ずつ答えていってあげちゃうから。ね?」

 

 

定食屋ミミックに言われ、拙者はとりあえず呼吸を整えるでゴザル…。すぅ…ふぅ……定食屋での小袖ではなく、拙者のような全身にピッタリ張り付く戦闘用ボディースーツ忍装束を着ているでゴザルな…。いやそれよりも――!

 

 

「なんでここにいるでゴザルか!??」

 

「いえ~い、サプライズミミック! って、普通それは忍者が担当する理論よね~。面白くなってればいいけど!」

 

「っ??? ま、真面目に答えるでゴザル!」

 

 

飄々とした様子のミミックに、つい怒鳴りつけたでゴザル! しかし彼女は一切悪びれることも怯えることもなく、『は~い☆』と元気に返事して答え直したでゴザル。

 

 

「それはキミの試験担当官だ・か・ら。因みに再試もお姉さんが担当するわ」

 

「試験担当官!? しかし定食屋で給仕や調理を……!?」

 

「うふふっ、それは世を忍ぶ仮の姿……とまではいかないけれど、お姉さんの本質は『密偵』でね」

 

「み、密偵でゴザル……!?!?」

 

「そうよ~。里長様から命を受けて、キミのことをずっと見ていたの。びっくりしちゃったかしら?」

 

「何で……」

 

「やっぱり知らなかったのね。元々お姉さん達って、里の皆の忍ぶ技を鍛え直すためにここに来たの。その一貫よ」

 

「ナンデ……」

 

「キミを、って? それは勿論、キミがその対象だからに決まってるじゃな~い!」

 

 

クスクスと笑うミミック…! その瞳は柔らかくも、拙者の全てを見透かしているような…!

 

 

「ずっと見てきたおかげでキミの呼吸タイミングや魔力の流れ、感情の機微による視線移動や身体反応は完璧に把握済みよ。それを活かし潜んでいたから、お姉さんがどこにいるかわからなかったでしょう?」

 

「ぐっ……」

 

「これこそ忍ぶ技の基本。そしてキミに潰滅的に足りていないものよ」

 

 

よ、余計なお世話でゴザル…! 拙者に説教なぞ……! 指南役のつもりでゴザルか…!? 給仕の服から、そんな…装束に……着替えて……まで……。

 

 

「あらあら、視線の動きも把握してるって言ったでしょう? どこ見ているか丸わかりなんだから!」

 

 

っ……! 小袖を纏っていた時はわからなかったでゴザルが……その胸は豊満で……! しかも、拙者を煽るようにむにゅりと寄せて…!!

 

 

「うふふっ、この装束素敵でしょ~? アストちゃんのにちょっと寄せて貰っちゃった! キミのほどはオプションつけてないけどね~」

 

 

クルリと回って見せるミミック…。見れば箱も、唐草紋様の千両箱に変わっているでゴザ――。

 

 

「あ、良い機会だから言っちゃうけど……。キミのその装束、忍者というよりも極道…いえ、ヤンキーっぽいわ。正直、可愛いキミには似合ってないわよ?」

 

 

「なっ!? ふ、ふ、ふざけるなでゴザル! 拙者が考え抜いたデザインをコケにするでゴザルか!?」

 

 

見惚れ…様子を窺っていたら急に罵倒してきたでゴザルッ! こ、この…! どこまで人をおちょくれば!!

 

 

「大体、拙者になにもさせず試験を終わらせるなぞどういう料簡でゴザルか!? せ、拙者が本気だったら、あっという間に逆転するでゴザルからな!」

 

 

「あらそう? じゃあ一度チャンスをあげちゃう! 今までのは全部見なかったことにして、試験続行してあげるわ」

 

 

「……何か企んでるでゴザルか!?」

 

 

怒りに任せてそう言ったら、まさかの返答を……! あまりに好都合な申し出に警戒し睨むと、ミミックは満面の――。

 

 

「ふふっ、いいえ。寧ろそれこそがお姉さんの狙いだもの。お姉さん、今日という日を待ち望んでいたのよ。こんな良い調教…けほん。教育の機会を!」

 

 

……っ!? な、なんだかゾッとする笑みでゴザル…!! もしかして拙者、誘導されたでゴザルか……?

 

 

「さ、まずはその串焼き食べちゃって! 何はともあれ腹ごしらえしないとね。ゆっくり待ったげる」

 

 

拙者が頭を悩ませていると、ミミックはそう促してきたでゴザル。いや、しかし……確かに良い匂いはするでゴザルが……。

 

 

「そう不安がらなくとも毒なんて仕込んでないわ。おかわりもう一本と、お茶もあるわよ~」

 

 

っ!? いつの間に拙者の真横に…!? 追加串と急須&湯呑を手に…! くっ……腹が減っているのは事実…!

 

 

「い、頂くでゴザル……!」

 

「は~い、召し上がれ~♡」

 

 

はむ、もぐ……美味でゴザルな……。うん…うむ……。とりあえず、次回からは金属製の面頬にでもするでゴザル。

 

 

…………あと、ドラゴンやタイガーやナインテイル・フォックスの紋様は消してみるでゴザルか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でゴザル」

 

「はぁい、お粗末様~。お昼に作ってあげたお弁当も帰ったらしっかり食べて頂戴ね?」

 

「当然でゴザル」

 

「うふふっ! じゃあそれまでに――しっかりお腹を空かせましょう!」

 

 

拙者の食べ終えた食器類を箱の中へ仕舞い、後方への鮮やかなる回転飛びにて距離を取るミミック。そして構えを取り、焚きつけるように手をくいくいと!

 

 

「差し当たり、キミの自慢どこを見せて貰っちゃおうかしら!」

 

 

――フッ、食事の礼は言わないでゴザル。寧ろ拙者が言うのは…煽り返しでゴザル!

 

 

「後悔しても遅いでゴザルよ!」

 

「相変わらずな自信でお姉さん感心~! 良いわよ遠慮な――」

 

「火遁ッ! 奥義『火の鳥(フェニックス)』ッッ!」

 

 

そして、アンブッシュの仕返しでゴザル! 瞬時に印を結び、口より噴き出したるは烈火の巨鳥! 人を容易く呑み込むサイズでゴザル!

 

 

そしてそれは地を焼き焦がしながら目にも止まらぬ高速突撃、そのまま敵を咥え上げ空高く高く飛び上がり――!

 

 

「爆散でゴザルッ!」

 

 

大輪の花火の如く、月夜に輝きと轟音を響かせ大爆発! ハッ、これぞ拙者の奥義でゴザル! これで今まで幾人屠って来たと――。

 

 

「お~得意げだっただけあるじゃな~い! 印結び時間はとっても短いし、威力も申し分なし!」

 

 

……なっ!?

 

 

「けど残念ながら褒められるのはそれだけかしら。大きさ任せで照準は適当、相手を捕縛できなければ動作半分が無駄。挙句の果てに空中で爆散爆音って、他の敵を誘き寄せるだけよ」

 

 

空を見上げていたミミックが、拙者へ肩を竦めて……! ば、バカな! 躱したでゴザルか!?

 

 

「折角火の鳥を名乗っているなら、科学忍法のぐらいには命をかけて飛び出さないとダメよ? なんてね!」

 

 

よくわからぬ冗談?を口にしながら余裕綽々と…! なら次は――!

 

 

「土遁ッ! 『砂漠柩(さばくひつぎ)』ッ!」

 

「あらら?」

 

 

捕らえたでゴザル! 足元の、校庭の砂を利用した捕縛忍術! ミミックの身は一瞬で砂にほぼ覆われ、囚われの身! そして――!

 

 

「このまま圧し潰すでゴザル! 必殺『砂漠――」

 

「やっ」

 

「ゴザッ!? 目が…目がぁっ!?」

 

 

目に……目に砂がっ……! ――しまっ……!?

 

 

「良い技だけど術者が隙だらけなのはダメダメ。それに次の術に移るまでの数瞬で緩みが出来ちゃってたし、そもそも回避しようと思えば回避できたし。おでこに『愛』って書くのも巨大瓢箪背負うのも認められないわ」

 

 

っく……首元にクナイが突きつけられてゴザル……! 拙者が怯んだ隙に抜け出してきたでゴザルか……! くっ…!

 

 

「『変わり身の術』ッ!」

 

「うんうん、これは及第点といたしましょう!」

 

 

拙者が忍術で難を逃れると、ミミックは変わり身丸太の上に乗ってクナイを指先でクルクルと…! この…このォっ……!

 

 

「拙者を怒らせたでゴザルな…! もう手加減は――!」

 

「あ、じゃあ次はこれね~」

 

「―っ!? 消えっ…!?」

 

「さ~さ~、当ってられる~かっしら~?」

 

 

身代わり丸太の上から消えたミミックの声が、何処からか……! 最初のアンブッシュと同じく忍んだ訳でゴザルな…! ハッ! 好都合でゴザル!

 

 

「当てるもなにもないでゴザル! そんなダッサダサの忍び技、こうすれば終わりでゴザルからなぁっ!」

 

 

いつも以上に念入りに、籠められる力を根こそぎ注ぎ込み、印を結ぶ! これで終わりでゴザルッ!

 

 

 

「超必殺奥義ッ! 風遁ッ『極悪殲滅大大大大(だいだいだいおお)竜巻』ィッ!」

 

 

印結びの終了と共に一回転すると、拙者を囲むように旋風(つむじかぜ)が! それは瞬く間に勢力を膨らませ、強風、暴風、猛風、烈風……否っ!!!

 

 

 

 

 ―――ゴオオオォアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!

 

 

 

 

ハッハハハハハッ!! どうでゴザル!! どうでゴザルッ!! 火遁土遁で荒れた地面なぞ浅い! 更に地の奥の奥まで削り、花火もかくやの高さまで巻き上げ――!

 

 

「全てを薙ぎ払うでゴザルッ!」

 

 

拙者の合図とともに、竜巻の径は広がってゆくでゴザル! 石や草を、鍛錬器具を、岩や木々を! ありとあらゆる物を取り込み、砕き刻み、弾き飛ばし、また取り込み――! 後に残るは無惨なる不毛な地!

 

 

しかし竜巻は留まらぬでゴザル! 夜闇すら怯えるほどにドス黒く染まり唸るそれは悪龍の如し! 広き校庭全てを薙ぎ、校舎全てを巻き込み、森の手前を破壊し尽くすその姿はまさしく天災! 天才の造りだしたる天災でゴザルッッッ!! 

 

 

フ、フフフ……!  さて、もう良いでゴザルか……。限界まで蹂躙し尽くしたでゴザル……。流石にこの必殺奥義は消耗が激しいでゴザルな……。うっ……。

 

 

拙者がへたりこむと同時に竜巻は消え、巻き込まれていた鍛錬器具地面に埋まる勢いで落下し、原型を失った岩や木は舞い散り……! ハ、ハハ……壮観でゴザル…!

 

 

ど、どうでゴザルか…! これであればあのミミックも……! ……嗚呼、今度店に寄った際は、礼の一つでも――

 

 

 

「あららら~…。ごめんね、ちょっと見くびってたかも。ここまでだなんて。耐久の術がかかってなかったら校舎も鍛錬器具も粉々だったでしょうし、木はそれでも細切れだものねぇ…」

 

 

 

……………………………………!?!!?!!!? な……な……な……ど……ど……!?

 

 

「何処に……!?」

 

 

「ん? キミの頭の上よ?」

 

 

言うが早いか、ミミックは拙者の頭上より降りて来て…! まさか……まさか……さっきの身代わり丸太のように、上に乗られていたでゴザルか!?

 

 

「成程ねぇ、そりゃ前までの試験で合格出る訳だ。お姉さんも結構なびいちゃったし~?」

 

 

ほ、褒められてるでゴザルのだろうが……ミミックには傷どころか砂汚れすら無い……でゴザル……。拙者の最大級の技が…いとも容易く……こうも容易く……。

 

 

「ま~でも? お姉さんを納得させるには足りなかったかな~。だって忍びの技で容易く回避出来ちゃったんだもの!」

 

 

ぐぅうっ…! なんという屈辱でゴザル……! たかが逃げるだけのダサ技風情に……っ!!

 

 

「あちゃ、もう心折れちゃった? なら今日は終わりにしよっか? お姉さんはそれでも良いわよ?」

 

 

歯ぎしりをしてしまっていると、ミミックは箱縁に腕組みと顔を乗せ、へたりこんだ拙者の顔を更に下から覗き込んできたでゴザル…! い……い…! 

 

 

「嫌でゴザルっ! 断るでゴザルっ! 拙者はまだまだ戦えるでゴザルッッ!」

 

 

大技の反動と忍術の源不足で鈍った身体に鞭打ち、ふらつきながらも立ち上がって見せるでゴザル! たかが拙者の数多ある必殺術が数個を破った程度でその態度……やっぱり礼は言わないでゴザルからな!

 

 

「うふふふふっ! 良かった、プライドの高さがプラスに働いてくれて! 忍者とは忍び堪える者、どんな苦境でも折れず挫けず忍んで堪えて、絶好の機を狙う者だものね~!」

 

 

そこは加点できちゃうわ! と言いながら先のように後方宙返りで距離をとるミミック。そして箱を漁り――

 

 

「じゃ、ここからはお姉さんのタ~ン♡ とりあえず場所を変えましょ、さ~逃げて逃げて~!」

 

 

と、取り出した大量の手裏剣を全て、拙者の足先数ミリへと投げてきたでゴザル!? あ、危なっ…! くううっ……!

 

 

「ほれほれ! どんどん出して、まだまだ投げちゃうわよ~!」

 

 

「ず、ズルくないでゴザルかあ!? そんな、箱の中から無限に取り出すなんて……ミミックは卑怯でゴザル……!」

 

 

「うふふっ! ミミックじゃなくても、忍者ならこれぐらいお茶の子さいさいじゃなきゃ! だって忍者が手裏剣を切らしているとこ、見たこと無いし見たくないでしょ~!」

 

 

そう言いながら手裏剣の集中砲火を続けてくるミミック…! せ、拙者、どんどん押し込まれてゆくでゴザルぅぅ……!

 



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人間側 ある自惚れ生徒忍者と忍箱②

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……。もう手裏剣は飛んでこないでゴザルか……?」

 

 

身をふらつかせながらもなんとかミミックより逃げおおせたでゴザル……。ようやく腰を下ろして一息つけるでゴザルな……。ふぅ……。

 

 

しかし気づけば、学校周りを深く囲む鬱蒼とした森の中でゴザル。手裏剣の刺さる音の代わりに、鳥や小動物の声や音が微かに聞こえてくるでゴザル。……認めたくないでゴザルが恐らく、追い込まれたでゴザルな。

 

 

いやそれは今どうでもいいでゴザル。まずはこの身体の眩みをなんとかしなければ。先程放った『極悪殲滅大大大大(だいだいだいおお)竜巻』は拙者が使える忍術の中でも最大級の大技、加えてそれで決着をつけるため、持ちうる力を根こそぎ注ぎ込んだでゴザル。

 

 

故に、今や拙者の身にある忍術の(みなもと)はゼロと言っていいほど。それに忍術の反動も相まり、こうも倒れそうになってしまっているのでゴザル。この状態は拙者にとって死活問題でゴザル。

 

 

なにせ動けないだけではなく、忍術がほとんど何も使えないでゴザルからな。源を回復する『忍力丸薬』でも持ってくれば良かったでゴザルが…今回も多くて数発の忍術で終わると思っていたからほぼ手ぶら、当然持ってきていないでゴザル。

 

 

フッ、でも心配ないでゴザル。拙者は凄いでゴザルからなぁ、こうして身を潜めて数十分ほど休めば完全復活でゴザル。周囲には手裏剣はおろかミミックの気配もないし、ここで少しゆっくり――

 

 

「呆れた。キミ、座学も舐めプ? それとも里の外に出たこと無い? キミが凄いんじゃなくてダンジョンの効果よ、魔力回復量増大は」

 

「――っ!?」

 

 

ミミックの声…っ! ここがバレたでゴザルか! ならば急いで場所を変え――。

 

 

 ―――カカカッ!

 

「っう…!?」

 

 

手裏剣が…何処かの木の上より飛んできたでゴザル…! この場を動くなというように…! ぐっ……見下ろしているでゴザルな…!? 何処に…何処にいるでゴザル……!

 

 

「までも、確かに人より回復量は多いっぽいわね! もう魔力切れの症状は治まったみたいだし! んじゃ、早速始めましょ~!」

 

 

目を凝らしても居場所がわからないまま、ミミックは勝手に話を進めるでゴザル…! と、そこで急に声を明るくし――。

 

 

「チャンスタ~イム!! 今から少しの間、お姉さんは動かないわ。その間にどんな攻撃でも掠り当たりでもヒットさせたら、合格にしたげる!」

 

 

そんなことを。ハッ、確かに惹かれはするし、身体の気持ち悪さもだいぶ収まったでゴザルが……今はもっと回復に集中するでゴザ――

 

 

 ―――カカカッ!

 

 

「ひっ…!?」

 

「因みに何もしなかったら試験自体強制終了だけど?」

 

 

が、顔面数センチ横に手裏剣が……! くっ、選択の余地なぞ無いじゃないでゴザルか! しかし居場所はわからず、源の回復はまだ微々たるもの。これでは忍術を打とうにも……――

 

 

「――どんな威力でも良いでゴザルな?」

 

「えぇ! お姉さんに二言は無いし、嘘申告もしないわ! あでも、流石に当たったのがわかるぐらいにしてね?」

 

 

言質は取ったでゴザル! ならば――!

 

 

「『追尾光手裏剣の術』ッ!」

 

 

印を結び空中に出現させたのは、大量の光の手裏剣でゴザル! さっきの意趣返しでゴザル! ……最も今の威力は忍術の源の倹約のため、よくお仕置きに使われている柔らか手裏剣どころか、豆鉄砲レベルでゴザルが。

 

 

でもそれでいいでゴザル! なにせこの忍術の肝は――いくでゴザル!

 

 

「お~! 手裏剣が勝手に飛んでって…わっ、すっごい急カーブ!」

 

 

どうでゴザルか! 拙者の元を飛び出した光手裏剣達は、一斉に散って至る所へと飛んでいくでゴザル! この光景、荒れ狂う蛍の如し!

 

 

フフッ、そうでゴザル。この術は名前の通り、追尾能力がついているのでゴザル! しかも僅かな気配をも察知し向かうようにしたでゴザルから、ミミックがどこに隠れようとも――!

 

 

「フギャッ!?」

「チュンッ!?」

「ギャンッ!?」

「あ~らら~。全部どっか行っちゃった~♪」

 

 

――……っ!? 聞こえてきたのは動物達の悲鳴と、ミミックのほほんとした声。もしや…!

 

 

「嘘ついて……!」

 

「ないわよ、しっつれ~い! ま、これで分かったでしょ? そんな忍術頼りじゃ忍び技は見切れないのよ」

 

 

拙者の勘ぐりに被せてくるミミック。そしてまるで指南役かの如く声の調子を冷静なものとし――。

 

 

「忍ぶ技の第一歩、それは気配を消しきること。この点は私達ミミックも忍者も変わらないわ。生き物、動くものとして相手に認識させてはいけない。景色の一部に溶け込むように、まるで初めからそこにあったかのように振舞うのが鉄則よ」

 

 

そんな講釈を。つまりなんでゴザルか? 拙者の技が当たらなかったのは、気配を完全に消していたからと言いたいでゴザルか?? だから他の生き物の気配に反応して手裏剣が何処かに飛んでいったってことでゴザルか???

 

 

ハッ、そんなの信じないでゴザル! 拙者の追尾忍術は無敵、どんな相手だって逃さないでゴザル! だから絶対、当たったのに嘘をついているで――

 

 

「こちょりっ♡」

 

「ごひゃふんっ?!」

 

 

な、な、何でゴザルか!? 今拙者の身体に…装束のメッシュ生地の隙間から何かが入って来て、拙者の身体をくすぐったでゴザル!? 慌てて立ち上がって周囲を確認してみても、誰も……

 

 

 ―――パカッ

「あら~♡ 可愛い悲鳴♡ くすぐりには弱いのねぇ♡」

 

 

……なっ…………。拙者が今まで座っていた木陰が……開いて……!? そこからミミックが!? よ、よく見ると木陰じゃなく、さっきミミックの入っていた唐草模様千両箱で……な……い、いつから……。

 

 

「さ・い・しょ・っから! ずぅっと私の上に座ってたのよキミ?」

 

「そ、そんな訳ないでゴザル! だってさっき、木の上から手裏剣が……!」

 

「うふふっ! ほら、そこの木の上を見てみて。暗くて分かり辛いけど、糸で止められてる余りの手裏剣が見えるんじゃない?」

 

 

示された方向を睨んでみると……あ、あるでゴザル…! 木の上からぶら下がる手裏剣や、枝を曲げて止められ、こちらを狙っている手裏剣が……!

 

 

「あとはこの糸の先を引っ張るだけで、手裏剣が落ちてくるし放たれるという簡単な仕掛けよ。まあ私はこんなの使わなくても触手で出来るんだけど、それだと指南にならないし~。ほいっ☆」

 

 

「危なぁッ!?」

 

 

ま、まるで拙者を追尾するかの如く全部飛んできたでゴザルっ! 何で今発動させたでゴザルか!? い、いやそれよりも――!

 

 

「い、いつの間にこんなものを…!?」

 

 

「勿論それの答えも同じ。最初からよ。キミと顔を合わせる前から、そしてキミをここへ誘導している最中から、こうして罠を張っていたの」

 

 

手裏剣罠の糸を指先でくるくると回収しながら答えるミミック…! そしてまた、講師じみた声色になって…!

 

 

「自分の有利な領域に相手を誘導する。ミスリードで油断させる。これらも忍び技の基本よ。身をもって学んでくれてお姉さん嬉しいわ☆」

 

 

「そ、そんな裏工作、卑怯でゴザルぞ!!」

 

 

にひっと笑ってきたミミックに、拙者は憤慨をぶつけるでゴザル! しかし、それはどこ吹く風どころか……。

 

 

「なんで卑怯だと思ったのかしら? キミがそれを出来ないからでしょう? じゃあなんで出来ないのかしら~?」

 

 

こ、このっ…! わざとらしく耳に手を当てこちらに向けて…! それは……――好機ッ!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

回答ではなく、光手裏剣をミミックへ投げつけたでゴザル! なにせまだ、先程の『どんな攻撃を当てても合格』は終了だと言われてないでゴザルからなぁ!

 

 

ハハッ! 追尾式でもない、威力も豆鉄砲程度の光手裏剣一つ程度であれば、目にも止まらぬ速さで生成して投げることが出来るのでゴ――

 

 

「ピンッと」

 

 

あっ……!? ミミック、回収途中の罠糸を腕をクロスさせて張り、光手裏剣を弾いたでゴザル……! そんな…どう見ても隙だらけだったはず…!

 

 

「それは当然、キミが忍び技を持たないからよ。そしてアンブッシュが決まらないのも、ね」

 

 

唖然とする拙者に、ミミックはウインク交じりに先の問いかけの解を…! 更には――。

 

 

「お姉さんは有利な領域で『反撃する』気配を消し、偽の隙でミスリードを。キミは不利な領域および状態で『攻撃する』気配を隠さず、そのまま放った――。忍び技の有用性、ちょっとはわかった?」

 

 

わざわざ詳細な解説まで! 嫌味ったらしいでゴザル! 大体そんなの、拙者が高火力忍術を使えるぐらい回復していたら無意味でゴザ――ん?

 

 

「……今、拙者のとこ、なんか一言多くなかったでゴザルか?」

 

 

危うく聞き流すところだったでゴザル。不利な…状態? 確かに忍術の源不足であったり手裏剣罠がまだ残っている可能性とかはあるでゴザルが……それでも一撃与えれば勝てる今の状況、拙者のほうが有利でゴザルのでは?

 

 

「うふふっ! ちょっとは気が回るようになったじゃない! でも惜しい事に……肝心の警戒力がまだまだ成長途中ね~」

 

 

拙者を褒めてるのか貶してるのかわからぬことをのたまいつつ、ミミックは周りを見ろ的なジェスチャーを。何が――……。

 

 

「グルルルル…!」

「カァッ!カァアッ!」

「フシャアァアッ!」

 

「っっなぁ…!?」

 

「いくら弱い手裏剣でも動物達を怒らせるには充分。そんな中で色々叫んじゃってたら、犯人はここにいますと自供しているようなものでしょ!」

 

 

先程の追尾式光手裏剣のせいでゴザルか…!? か、囲まれてるでゴザル……! ど、どうすれば……!?

 

 

「まさに自らが蒔いた種、もとい、自らが蒔いた手裏剣! 本当惜しいわ~。忍び技を習得していれば、こうやって簡単に隠れられるのに~」

 

 

拙者が苦しんでいるのを嘲笑い、ミミックは姿を消したでゴザル!! そしてまた、何処から聞こえてくるかわからない声で――。

 

 

「とりあえず、逃げたほうがいいんじゃなぁ~い?」

 

 

「「「「「ガァアアアアッ!」」」」」」

 

 

「ひぃいっ!!!?」

 

 

怒った動物達が、藪の中から一斉に飛び掛かってきたでゴザルぅ!? ふ、普段なら忍術で容易く蹴散らせるのに、今は……に、逃げるでゴザルぅううッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ……ひぃ……ひぃ……! も、もう追ってこないでゴザルか……!?」

 

 

脚がガクガク言うほどがむしゃらに逃げ、気づけば開けたところに来ていたでゴザル……。拙者の目の前には唸りを上げ流れ落ちる大滝と、それに連なる川や池が。要は水場でゴザル。

 

 

「あらら、関節がパニック起こしているわよ? 忍術ばかり使ってるから運動不足なんじゃな~い?」

 

 

そして拙者の背後には……またミミック! どこまでも追ってきて……いや試験中だから当然でゴザルが……。

 

 

「じゃ~次のインストラクションに移っとこ~う! あ、一撃加えられたら合格なのは絶賛継続ちゅ~う☆」

 

 

んでまた消えたでゴザル…! どうせまた無視したら手裏剣が飛んでくるでゴザルし、付き合うしかなさそうでゴザル……。

 

 

しかし、範囲攻撃も自動追尾も大して効果が無かったでゴザル。ならば他の忍術でミミックを探し出すしかないでゴザルが……あぁ、この手があったでゴザル! 今しがた追われたのがヒントになったでゴザル!

 

 

「『口寄せの術』ッ!」

 

 

しかも多重発動でゴザル!!  印結びに呼応し、ボゥンと煙と共に次々と忍犬達が揃ってゆくてゴザル! フッ、さっきから忍術の源の消費を抑えていた甲斐があったでゴザルな!

 

 

「人海戦術って訳ね! それされちゃうとお姉さんちょっと厳しいかも~…」

 

 

お…!? あの余裕綽々だったミミックが…!? 功を奏し――。

 

 

「ほら、今口寄せした子達って、誰でも口寄せ契約できるように学校で世話してる子達でしょ?」

 

「…? そうでゴザルが……」

 

「そよね~。知ってるかもだけど、その子達って下位ミミックから忍び技指南を受けてるの。だからその分……」

 

「……拙者よりも忍び技を見切れると言いたいでゴザルか!?」

 

「まあ~…そゆこと☆」

 

 

結局拙者を馬鹿にしてきただけでゴザルッ! は…ハッ! 別にそれで構わないでゴザルとも! うん! ダサ技に関することは手下にやらせ、拙者は手を煩わせない――そういうことでゴザルから! 

 

 

と、ともあれこの数であれば探し出せるはずでゴザル! 総掛かりでゴザルッ!

 

 

 

 

 

 

「――見つかったでゴザルか?」

 

「「ワゥン……」」

 

「使えないでゴザルな…!」

 

 

手分けして探せども、痕跡すら見つからないでゴザル。それでいて、拙者や忍犬達がうっかり遠くへ行きかけると警告の声が聞こえてくるでゴザルし……。

 

 

そもそもその警告自体が嘘ということは……いや、あの彼女のこと、それは無いでゴザルな。うぅむ…なら何処に……。あと探していないのは――。

 

 

「「「ヴヴルル……」」」

 

 

む? 忍犬の何匹かが、滝から少し離れた池の周りをうろうろしているでゴザル。しかしそこは先程拙者も念入りに確認した場所。あと隠れられるのは精々、水の中ぐらいで……ハッ!? 

 

 

「そうでゴザル!!!」

 

 

地を蹴り、すぐさま池へと向かうでゴザル! フッ、拙者としたことが。水の中に潜むは忍者の常套手段でゴザルな。なにせ拙者には必要のない技でゴザルから、すっかり忘れていたでゴザル。

 

 

そして……フッフフ…あるでゴザル! よく見たら明らかにおかしい、空気を吸うために立っている節抜きの竹が! これはもう間違いないでゴザル! 

 

 

さぁて、どうしてやるでゴザルか。拙者を散々からかった罪は重いでゴザルよ? まずは王道に、この竹の中へと何かを注いで……!

 

 

……いや、悪戯なんてしている場合ではないでゴザルな。ミミックが出てくる前に速戦即決で――

 

 

「う~ん。冷静になれたのは評価できるけど、さっきの教訓はまるで活きないのね。お姉さんちょっと悲しい…」

 

 

――っ! な、何を!? 今のミミックの声……先程までとは違い、すぐそばから聞こえたような…? いや、節抜き竹の下からではなく…同じく池の中に聳える岩から……?

 

 

そこへ目を移してみると、その岩には亀が五匹乗ったり泳いだりしているでゴザル……ん? あの亀達、なんか目元に鉢巻きつけてないでゴザルか? 青いの、赤いの、紫の、橙の……それで残りの一匹はそもそも甲羅しか見え――

 

 

「カワバンガっ!」

 

「なぁあああっ!?!?!!?」

 

 

こ、甲羅状態だった亀からミミックが飛び出してきたでゴザルぅ!? あぅっ!!

 

 

「も~。さっき教えたでしょ? 『ミスリードを誘う』のも忍び技の基本だって! いくらティーンエイジとはいえ、学ばなさすぎ~」

 

 

拙者を突き飛ばし、池の縁へと着地するミミック…! その手には、上がパカリと開いた作り物の亀の甲羅が…! そんな隠れ場所わかるかでゴザル……! ……けど!

 

 

「好機でゴザル! かかれッ!」

 

「「「「「ワォフッ!!」」」」」

 

 

出てきたのが運の尽き、忍犬達の一斉攻撃でゴザル! 一撃も食らわないなぞ、不可能で――!

 

 

「皆ごめんね~。えいっ! やーっ! とっ! どーんっ!」

 

「「「「「キャンッ…!」」」」」

 

 

不可能で……えぇ……。ミミック、箱から次々と武器を取り出して…二刀流したり、(サイ)を投げたり、棒術で薙ぎ払ったり、ヌンチャクで弾き飛ばしたりと、忍犬達を全て打ちのめし、口寄せを解除させたでゴザル…。

 

 

「さ、お次は何処でしょ~!」

 

 

そしてまたまた消えたでゴザル……っ! くっ…! しかし、糸口は見えたでゴザル! 回復してきた忍術の源を大きく消費して!

 

 

「『超大量・口寄せの術』ッ!」

 

「「「「「「「「「「ワォゥッ!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「グルゥッ!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「キャフン!」」」」」」」」」」

 

 

先程よりも多く多く多く、忍犬達を召喚するでゴザル! フフフッ…! 拙者は忘れていないでゴザル。さっき、池の周りに忍犬が集ったことを!

 

 

やはりミミックの言った通り、こいつらは拙者よりも捜索に長けているでゴザル! それを認めるのは癪でゴザルが……出来る忍者は手下を上手く扱うものでゴザルからな!

 

 

「あら~学んだじゃない! かなり追い詰められちゃった~!」

 

 

フッ、何処かで余裕ぶれるのも今の内でゴザル! この領域全てを埋め尽くすほどの忍犬達を使って、すぐに見つけ出してや――

 

 

「――だからお姉さんも、『仲間を呼んだ▼』しちゃおっかな~?」

 

 

「……は?」

 

 

な、なんて言ったでゴザル…? な、仲間って……。

 

 

「そ~ね~ここだし~。やっぱり水のように優しく、花のように(はげ)しくいっちゃいましょ! 『口寄せの術』っ!」

 

 

なっ!? み、ミミックも忍術を使えるでゴザルか!!? そして忍犬達の前にボゥンと現れたのは……王冠のような角を持ち、人を容易く丸呑みできる口を持つ巨蛇!? こ、これは…バ……!

 

 

「さあアツく踊っちゃえ! バジリスクタイム~ぅ!」

 

 

やっぱりバジリスクでゴザルぅ!? に、忍犬達! なんとかするでゴザル!!

 

 

「「「「「ガルルァッ!」」」」」」

 

「シャアアアアアアアアアアアッ!」

 

 

拙者達の忍犬とミミックのバジリスクで大乱闘が始まったでゴザル…! 数は拙者の方が有利でゴザルが、相手は石化の毒を振りまく蛇の王。簡単には決着はつかないでゴザルな…!

 

 

ならば拙者が加わるべきでゴザルが――バジリスクを狙おうにも忍犬達が邪魔でゴザルし、そもそも今の大量口寄せで忍術の源がまた尽きかけているでゴザル…!

 

 

大体、ミミックが口寄せの術を…忍術を使えるなんて考えていなかったでゴザルって危なぁっ!?

 

 

「シャアアッ!」

 

「キャウンッ!?」

 

 

に、忍犬が跳ね飛ばされてきたでゴザル…!! ここでこのまま成り行きを見ていたら間違いなく巻き込まれてしまうでゴザル! 距離を取らなければ……! 

 

 

しかし周囲は拙者の忍犬で足の踏み場もないほど。唯一空いているのは水の張っている場所だけ。濡れるのは嫌でゴザルがやむを得ぬでゴザル。水渡りの忍術ぐらいならばまだ――――…ハっ!!

 

 

待つでゴザル……! そう……今唯一空いているのは、水の張っている場所だけ。それはあのミミックにとっても同じことでゴザル! 

 

 

いや寧ろ、一撃も食らわないようにしているミミックがあの大暴れの中や傍にいる訳が無いのでゴザル! ならば…間違いなく、彼女は水の中に隠れているでゴザル!!

 

 

そうと決まればじっくり探し出してやるでゴザル。さぁ何処でゴザルか? 池の中は…いないでゴザルな。節抜き竹を引っこ抜いても、手裏剣を投げ込んでも何も無いでゴザル。

 

 

ならば次は川、範囲の端から徹底的に探っていくでゴザル! 回復しだした忍術の源をやりくりし、感知の術も発動するでゴザル。まああのミミック相手では大した効果は見込めないでゴザルが、魚の動きが見えるだけでも良しとするでゴザル。

 

 

 

 

――うむ……うむ……むっ!? あれは!?…なんだ、ただの蟹でゴザル。動いているから違うでゴザルな。 むっ、あっちのは!?…誰かが修行中に壊した水蜘蛛でゴザルか。 むむっ!あれは千両箱!……ではゴザルが、長年沈み朽ちかけの空箱でゴザル。いや何故こんなところに?

 

 

うぅむむむ……。念入りに探しているでゴザルが、やはり痕跡すら見つからないでゴザル。そうこうしているうちに滝の前まで来たでゴザル。探し直しでゴザルな。というかここまで来るとそもそも水の中かも怪しいでゴザル。

 

 

なら次は忍犬達を使いたいところでゴザルが……まだ戦っているでゴザル。まあ丁度いいでゴザル。滝を背にしていればミミックの攻撃が来るのは前方からのみ。このまま忍術の源回復がてら忍犬達の働きっぷりを観戦するでゴザ――

 

 

「震える~刃で~貫いて~♪」

 

「ルッ…!?」

 

 

や…刃が……拙者の身体を貫いて……はいないでゴザルが、明らかに刃物の類が、背中にチクリと…! そ、そんなまさか……後ろは滝だったはずでぐえっ?! う、後ろへ引き寄せられて!?

 

 

「ここでインストラクション。意外さを 『そんなまさか』を 利用すべし――。あ、ちょっと字余りしちゃった♪ ふーっ♪」

 

 

ふぃあっ!? 耳元でミミックの声!? なっ……えっ?! 耳横にミミックの顔が!? というよりここ、滝の中では!?

 

 

「こんな風に隠れてました~☆」

 

 

はぁっ?! ミミック、滝裏の岩壁中途へ箱底を器用に引っかけ身を斜めにして、拙者の肩に腕を置く形になっているでゴザル! しかもそれで箱の蓋が傘代わりとなって…! ……いやどういう隠れ方でゴザルか!?

 

 

「まさか滝の中なんかにはいないだろう―。まさか亀になんか扮してはいないだろう―。まさか自分の座っている木陰のお尻の下なんかにいる訳ないだろう――。相手の『そんなまさか』は油断そのもの。だから利用し潜めば、この通りよ?」

 

 

せめて滝裏は確認しなくちゃ、お宝があるかもしれないんだから~! と付け加えるミミック…! ぐっ…また利いた風に……! そんな態度ばかりで、いい加減拙者の堪忍袋の緒も――!

 

 

「でも、惜しいとこまでいってて凄いわ! だって水の中って気づいたでしょ? 普通なら『そんなまさか』な場所なんだから! 良い子良い子♪」  

 

 

「ちょっ!? なっ!? あ、頭を撫でるなでゴザル!! だいたいそれは忍者なら…!」

 

 

「うんうん、『忍者なら』ね。うふふっ! そんな感じそんな感じ! この調子でそんな考え方をちょっとずつ広げていきましょ~ね!」

 

 

「な、撫でまくるのを止めるでゴザル!! 拙者をなんだと…! こ、このっ!」

 

 

くっ! 払おうとしても全部躱されるでゴザル! これも一撃当たったらの判定にしなくていいでゴザル! あぁもうしつこいでゴザ――

 

 

「「「「「ワォーンッ!!」」」」」

 

「あら! えいっ♪」

 

「うわっ!?」

 

 

きゅ、急に押し出すなでゴザル!! って、今聞こえたのは忍犬達の……おぉ!

 

 

「「「「「ワフゥッ!」」」」」

 

「シャウウゥゥン……」

 

 

滝の中から出ると、そこにいたのは勝鬨を上げる忍犬達と目を回し倒れているバジリスク! 大分数を減らしたみたいでゴザルが…勝ったでゴザル! ハッ! どうでゴザルか!

 

 

「よく頑張ってくれたわね~。お姉さん助かっちゃった、ありがとう!」

 

 

――む、いつの間にかミミックがバジリスクの元へ行き労っているでゴザル。そして口寄せを解除し、臨戦態勢の忍犬達を見渡し……。

 

 

「確変終了ね! 戦術的撤退! 逃っげるでごっざる~♪」

 

 

「あっ!? 待つでゴザル! 忍犬達、追うでゴザルっ!!!」

 

 

「「「「「バフゥッ!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…ふぅ……フッフフ……! もう逃げられないでゴザルぞ!」

 

 

「あちゃー、囲まれちゃったわねぇ」

 

 

急に遁走を始めたミミックを追いかけ、とうとう捕らえたでゴザル! 忍犬の何匹かが気を利かせ回り込み、今やミミックは包囲されたでゴザル!

 

 

しかもこの場所! 木も植物も岩もほとんどない荒れ地でゴザル! ここであれば先程までの罠や潜伏は使えないでゴザル。拙者の有利な領域でゴザル!

 

 

「大人しく一撃加えさせるでゴザル! 散々弄んだツケ、ここで払うでゴザル!」

 

「あらツケなんて! いっつもしっかり払ってくれるし、お財布忘れた時ですら全速力で戻ってきてお支払いしてくれるのに?」

 

「…普段の話は今どうでもいいでゴザルッ!! なんでそこで定食屋に戻るでゴザルか!!」

 

 

くっ…! ペースを乱されるでゴザル…! しかし折角有利になったでゴザル、なんとしてもここで決めなければ! また倒れるかもしれないでゴザルが、全力の忍術も合わせて……!

 

 

「そうね~。この数相手だとお姉さん厳しいし、やっぱりもう一回忍術使っちゃおうかしら!」

 

 

――む! それは……願ってもないことでゴザル! 忍術は拙者の得意分野、誰にも負けない自信があるでゴザル! ここで忍術勝負に持ち込めば、更にこちらが有利になるかもしれないでゴザル!

 

 

それに先程ミミックが使った口寄せの術、結局一体だけで終わったでゴザル。その程度であれば、未だ忍術の源が回復しきっていない身でも問題ないでゴザルな!

 

 

「じゃあいくわよ~! あーしてこーして…!」

 

 

早速印を結び出すミミック。フッ、なんでゴザルかあの手の動きは。拙者とは比べ物にならないぐらいに不慣れでゴザル! それでどんな忍術を放つか、見物してやるでゴザル!

 

 

「『くも隠れの術』っ!」

 

 

早速発動したでゴザルな! しかし結局隠れる系の忍術とは。やれやれ、お里が知れるというも…の……

 

 

 

「……は?」

 

 

 

な、なんでゴザルか…? これは一体……? えっ…はっ…? はあ……?

 

 

いや、ミミックの忍術に目を見張っている訳ではないでゴザル。むしろその逆、目を疑っているのでゴザルが…………なにこれ。

 

 

ドロンッという煙と共に拙者の前に現れたのは、三つの……え、綿…で良いでゴザルかこれ? 屈んだ人が入れそうなぐらいの大きさな綿が……ポツンと。

 

 

いやさっきのミミックの様子からこれはきっと雲。……雲? えっ、これが雲でゴザルか? 真面目に言ってるでゴザルかこれ? 

 

 

「さ~! お姉さんは何処にいるか、見切れるかしら~!?」

 

 

……やはり場所はわからないでゴザルが、ミミックの自信満々な声が。いや…うん……うむ……えぇと。

 

 

「イヤーッ!」

 

 

とりあえず光手裏剣を大量生成し、それを全て目の前の雲もどきに投げ込むでゴザル。更に――。

 

 

「かかれでゴザル!」

 

「「「「「ヴォフッ!!」」」」」

 

 

忍犬達による一斉攻撃でゴザル! あぁ、哀れ雲もどきは一瞬でグチャグチャに……プッ! プフフッハハハハハッ!!

 

 

なんだ、この程度でゴザルか! あれだけ五月蠅かったミミックが、拙者有利になればこの通りとは! 全く無惨なものでゴザルなぁ! 

 

 

それになんでゴザルかあの忍術! 赤ちゃんぐらいでゴザルぞ、あんな低クオリティの忍術で許されるのは! 大体、なにが雲隠れの術でゴザルか! こんな荒れ地でそんなもの使ってもーー……ッ!?

 

 

「うふふっ、自分の得意分野だから調子乗っちゃった? キミの警戒心は赤ちゃん未満でちゅね~」

 

 

く、首にクナイが……!? そ、そんな…!? 何処に……!

 

 

「足元足元~!」

 

 

っ! 確かにクナイに繋がった触手は、拙者の足元から…って!?

 

 

「蜘蛛!?」

 

 

で、デカい蜘蛛が地面にいるでゴザル!? ――って、まさか…!?

 

 

 ―――パカッ!

「わかりやすいようにこの荒れ地に誘導したのに…ちょっとは気づいてよ~」

 

 

さっきの亀みたいに、作り物らしき蜘蛛が開いてミミックが出てきたでゴザル! じゃ、じゃああの雲は!?

 

 

「ん~? 確かに『くも隠れ』とは言ったけど…『雲』とは言ってないわよ?」

 

「そんなのわかるかでゴザルッ!!」

 

「いや……でもあの雲、明らかにおかしいでしょうよ。せめてもう少し警戒してくれるかと思ってたんだけど……ねぇ」

 

 

ぐっ…! 冷ややかな目でこちらを見て来て…! しかし良いのでゴザルか? そこは拙者と雲の間。つまり…忍犬達に背中を曝しているのでゴザル! 絶好の機――あっ……!?

 

 

「「「「「フスゥ……フスゥ……」」」」」

 

「なんで忍犬達が寝てるでゴザルか!?」

 

「だってあの雲には睡眠香を染み込ませてあるもの。忍犬を飛び掛からせると予想してね!」

 

 

そして予想通りになっちゃった! と笑うミミック…! おのれ……しかしまだ忍犬は残っているでゴザル! 総員、かかるでゴザル!

 

 

「「「「「ガルゥ!!!」」」」」

 

 

「『変わり身の術』~!」

 

 

また逃げの忍術でゴザルか! ミミックは丸太に替わり、忍犬達はそこに食いつかされたでゴザル。だが今回は油断しないでゴザル!

 

 

「変わり身の術はそう遠くにはいけないでゴザル、全員で周囲を探すでゴザル!」

 

「「「「「ワウッ!!!!!」」」」」

 

忍犬達にそう命じ、自分もそれに加わるでゴザル! まずは自分の足元や周囲から、それに頭の上とかもしっかり確認しなけれ――

 

 

「どーんっ!」

 

「ばぐはぁっ!?」

 

 

な、ナンデェ!? ミミックの変わり身丸太が勢いよく飛んできたでゴザルゥッ!?!?

 

 

 ―――カパッ!

「一匹ぐらいは護衛につけとくべきだったわね~!」

 

 

ま、丸太が開いて中からミミックが!? そんなの無しでゴザル!!?

 

 

「って、丸太には忍犬が攻撃を加えたでゴザル! なら合格で――!!」

 

「へ~。壁や盾に攻撃して、中の人に当てたって言えるんだ~?」

 

「いやそれは……。でもミミックでゴザルから…!」

 

「ならせめてお姉さんの箱に当てないと! 攻撃を受けるための丸太に当ててもねぇ~」

 

「へ、屁理屈でゴザルぞ! 大体、忍犬の歯が貫通してたら……!」

 

「してたらオッケーだったわ! でも残念ながらね~。確認しとく? ほれっ!」

 

「うわっ!? な、なにも見えないでゴザル!?!?」

 

「とりゃりゃりゃーっ!」

 

「何して……あぁっ!? 忍犬達が!?」

 

 

被せられた丸太を外した時には、戻ってきた忍犬達が全滅させられていたでゴザル…! 見えてない内に卑怯なことをッ!

 

 

「さ、まだまだお姉さんの忍術見せてあげるわよ~! 色々頑張ってね!」

 

 

それでいてまだまだやる気でゴザル! あんな稚拙な忍術でよくも…よくもっ!

 

 

「拙者を舐めるなでゴザルッ!! 忍術の何たるか、見せてやるでゴザル!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へぇ……へぇ……へぇぇえぇ…………」

 

 

「もしもーし? そろそろ起きてー? まだ魔力切れの症状収まらないのー?」

 

 

……拙者が地面で大の字になっているところを、ミミックはつんつん突いてくるでゴザル…。こ、ここで一撃を……無理でゴザル……。

 

 

「それにしても、忍犬とか沢山出したわね~。ちくわ大好きな子とかヘムへムって鳴く子もいたわね~」

 

 

……その全てを口寄せする端から倒してのけたのは誰でゴザルか…。

 

 

「あと周り、元々荒れ地だったのが更に荒れたわね! 至る所に火とか水とか雷とか土とか風とかが残っちゃってまあ!」

 

 

……その全てをひょいひょいと躱して無効化したのは誰でゴザルか…。

 

 

「だけど結局、お姉さんの忍術は一つも見切れなかったわね~。頑張ったけどね~」

 

 

……その全てを……そう、その、ミミックが使った忍術は――

 

 

「――なんでゴザルかあれはぁっ!?」

 

 

勢いよく起き上がり、抗議するでゴザル! ……微かな力を振り絞って光手裏剣を投げてみたでゴザルが…躱されたでゴザル……。

 

 

「良いアンブッシュじゃない! それで、あれって?」

 

 

「全部でゴザル! そっちが使って来た忍術全部! なんなんでゴザルかあれ!? あんなの忍術とは認めないでゴザルッ!!」

 

 

「え~? 『霧隠れの術』とか、『岩隠れの術』とか、『木の葉隠れの術』とかも?」

 

 

「そうでゴザル! 霧と言ってもただ拙者の身体を覆う程度の量だったでゴザルし、岩と言ってもただ大きい張りぼてを幾つも転がしてきただけでゴザルし…!」

 

 

「でもその霧へお姉さんが入ってチクこちょしたのには抵抗できてなかったし、岩張りぼてはそれに紛れて転がってきたお姉さんに足元掬われて綺麗にスッ転んでたじゃな~い! それに木の葉隠れのなんて、勝手に慌てて木の葉で足を滑らせ自滅……」

 

 

「い、言うなでゴザルッ! あれは何が来るか警戒し過ぎたが故でゴザルッ! そ、それ以外の忍術もでゴザル! 攻撃忍術とか特に、あれでは手裏剣を投げるのとほぼ変わらないでゴザル!」

 

 

「そうね~。火球も水刃も実際手裏剣サイズだったし、土や風は目つぶしぐらいにしかならなかったし、雷なんて静電気みたいな感じだったでしょ?」

 

 

「その通りでゴザル! 拙者の火球や水刃はその何十倍もあったでゴザルし、土や風は地形を容易く変え、雷は龍を象るほどだったゴザル! あれこそが忍術らしい忍術で――」

 

 

「で? そのキミが言う『忍術らしい忍術』はお姉さんに…たった一人の標的に当たった?」

 

 

「んぐっ……!」

 

 

急な指摘に、拙者は黙りこくるしかなくなるでゴザル……。それは……一撃当てられたら合格となるでゴザル故に……。

 

 

「逆に、お姉さんが放った『忍術らしくない忍術』はどれぐらいキミに当たった? ほぼ全部じゃない?」

 

「んぐぐうっ……」

 

 

た、畳みかけてくるでゴザル…! それは言葉のクナイでゴザルぞ…! と、ミミックは周囲を仰ぎ――。

 

 

「あれもこれも凄い忍術だったわ。けどどう? そのどれもが当たらなかった上に、大技だったせいで魔力切れになっちゃってさ」

 

 

そのままゆったりと拙者の周りを歩み始めたでゴザル…! くぅっ…! 仕掛けたいでゴザルが…力が碌に入らないでゴザル……!

 

 

「反面、お姉さんの忍術はキミ曰くクオリティが酷かった分、魔力消費も大したことなく済んでる。なのにお姉さんは何度キミを仕留められたことか」

 

 

そんな拙者に見せつけるように、ミミックは先程も放ってきた低クオリティの忍術を出しては消し出しては消しを繰り返すでゴザル…! そうして拙者の真正面でピタリと止まり――。

 

 

「もはや言う必要もないと思うけど、敢えて言いましょう。それは全て、忍術と忍び技を併用していたから。忍術だけで挑むのではなく忍び技を都度挟み、時には忍術の方を搦め手として使うことで、ただ大技を放つよりも高い戦果を得られるのよ?」

 

 

いい加減わかった? と言いたげな顔でまた説教をしてきたでゴザル! 更に、ピッと指をさしてきて……!

 

 

「そしてキミに今日最後の指南! 『相手のあらゆる行動を予測し警戒し続け、常に余力を残しておく』こと!」

 

 

「余力を……」

 

 

「これは戦う者にとっての絶対条件。相手にどれだけ煽られたり驚かされたり調子に乗せられたりしても、どれだけ弱い相手でも有利でも隙を見つけても、そんなになるまで躍起になっちゃいけないわ!」

 

 

フ、フンッ、そんなの拙者の勝手でゴザル! 余計なお世話でゴザ……ん? 最後の、指南? それはどういう――。

 

 

 

「さ、大分教えたところで……そろそろ実践に移りましょうか!」

 

 

 

本当にどういうことでゴザル!? 実践!? じゃあ今までのは……!?

 

 

「『口寄せの術』っ!」

 

「ゲコッ!」

 

 

急に大ガマを口寄せしたでゴザル!? しかしそれと同時にミミックの姿が消え――。

 

 

「ゲコゲコッ!」

 

「うわっ!? 何するでゴザルっ!?」

 

 

大ガマの舌が拙者を巻き捕まえたでゴザル!! こ、このっ……!

 

 

「はいは~い、暴れない暴れな~い」

 

 

なあっ!? お、大ガマの口から更に幾本もの舌が!? 拙者の手や足に絡みついて!? き、キモイでゴザルぅッ!?

 

 

「ま、休憩タイムとでも思っといて! んじゃお願いね!」

 

「ゲコォッ!」

 

 

って、あっ、ミミックが大ガマの口の中に…! 成程、これは大ガマの舌ではなく、ミミックの触手で……ちょっ、何処行くでゴザルッ!? 何処に向かってるでゴザルッ!?!?

 

 

 

拙者、何処に連れていかれるのでゴザルゥゥウウゥッッッッ!?!?!?

 

 



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人間側 ある自惚れ生徒忍者と忍箱③

 

 

「ゲコッ!」

 

「ござぶへっ!?」

 

「あ、ちょっと~! 受け身取んなきゃ駄目でしょ? 気ぃ抜きすぎよ~!」

 

 

きゅ、急に大ガマが拙者を投げ捨てたでゴザル! 折角うとついて……もとい、瞑想していたところでゴザルのに! そのせいで顔から地面に突っ込んでしまったでゴザル! もっと丁寧に扱えでゴザル!

 

 

まあしかし、甲斐あって忍術の源はほぼ完全回復したでゴザル! フッ、ミミックめ。拙者に休息を与えたこと、後悔するでゴザル! 早速起き上がり、必殺の大技で先々の無礼のツケを――!

 

 

「休憩は充分、やる気も満々。そうこなくっちゃ! で・も・良いの~? ここがどこかわかってないのに~?」

 

 

む…!? 大ガマの口寄せを解除したミミックは、笑いながら拙者の後ろを指し示したでゴザル。そういえば一体何処に連れてこられたでゴザル? 寝…瞑想していたからわからなかったでゴザルが……なっ!?

 

 

「ここ、町の入り口でゴザルか!?」

 

 

いつの間に学校の敷地を離れ、こんなところに!? いや、この忍技術試験は里全体が舞台。故に試験自体は問題なく継続しているでゴザルが……これはマズいでゴザル!!

 

 

「さてさて! それでは実践の時間でござる~! 今からの闘いの場は、丑三つ時で草木も眠る町中。特別ルール、ちゃぁんと把握しているかしら?」

 

 

「ぐっ…! 当然わかっているでゴザル…! 『町の方へ出た場合、誰かしらに気づかれたら即不合格』…!」

 

 

つまり……ここから先、派手な動きは厳禁と言っていいでゴザル。まさかこのルールの下で試験を行うことになるとは…おのれミミック、なんて卑怯な!

 

 

「そしてお姉さんもルールチェンジ~! 一撃当てたら合格なのはもう最後まで継続よ。だけど、こっからは動きまくっちゃうし仕掛けまくっちゃう! ほ~れほれこんな感じに!」

 

 

うっ!? ミミックが拙者の周りを高速でグルグルと! このっ! くぅっ…いくら光手裏剣を投げても当たらないでゴザル!

 

 

「それじゃ行きましょうか! 今までの学びを活かしてお姉さんを捕まえてご覧なさ~い!」

 

 

そのまま町へと走りだしたでゴザル!? み、見失う訳にはいかないでゴザル! 待つでゴザルッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――遅っそくない? 随分とへっぴり腰ねぇ」

 

「しーっ! 声が大きいでゴザル……!」

 

「ん~? 声ちっちゃくて聞こえないなぁ~?」

 

「このっ……!」

 

 

別に拙者だって好きでこんな遅く動いている訳じゃないでゴザル! ここは既に町中、灯りの殆どは消えているでゴザル。何処に誰がいるかわからない状況で大きなアクションをするわけにはいかないだけでゴザル!

 

 

「そうねぇ、少し教えてあげる。この時間、灯りは逆に目印になるわ。ほぼ間違いなくそこに人がいるでしょうから」

 

 

何を当たり前なことを! 確かにチラホラ明かりが灯っているところもあるでゴザルし、なんなら何処かから微かに酔いどれの笑い声らしきものも聞こえてきてたりするでゴザル。

 

 

けどそんなの、ただ難易度上がってるだけでゴザル! 静まった夜で下手に動いたらそいつらに勘づかれてたちまちバレるでゴザル! だからこうして柄にもなく忍び足を…あぁ面倒でゴザル!

 

 

「どっかであんまり怖がらないホラーゲーム実況とかしてないかしら~?」

 

 

なのにミミックは拙者の前をスキップするかの如く跳ねてるでゴザル! 夜の散歩をしてるわけじゃないでゴザルぞ! でもこんな隙だらけに見えるのに、やっぱり手裏剣を投げると――。

 

 

「そう警戒し過ぎなくても良いのよ? そりゃみんな忍者だから子供の潜伏なんてわかるし、ある程度は見てみぬふりするのが決まり事……ケホン。ともかく、肩肘張っていると簡単なことで足元掬われるわ」

 

 

全部軽やかに避けながらそんなこと言ってくるでゴザル!  くっ……ここが町中でなければ大技で仕留めて見せるでゴザルのに! この辺りは白壁と川堀が続く人気のないエリアだとはいえ、そんなことをすれば――……。

 

 

「あら早速」

 

 

ん? ミミック、何を……。 っ! 少し離れた道の先、曲がり角の辺りに揺れる小さな光が二つ現れたでゴザル! あれは間違いなく提灯の灯り! つまり――!

 

 

「誰かがこっちへ来てるでゴザ……何処行ったでゴザル!?」

 

 

気づけば目の前にいたミミックの姿が消えているでゴザル! そして、何処からともなくの声が。

 

 

「ほら早く忍ばないと。一発不合格になりたいの?」

 

 

ぐっ……それは! しかしこの白壁と川堀に挟まれたこの場、隠れる場所なぞ何処にも……! けど、もうすぐにここまで……! こ、こうするしかないでゴザル!

 

 

「――ふぁあ……。眠いなぁ。なんだってこんな時間に見回りなんて…」

「ま、悪い冒険者連中がこっそり来やすい時間だしな。みんなの安眠を守るため頑張ろうぜ」

 

 

……少しして、足音と共にそんな声が聞こえてきたでゴザル。こっちの気も知らず、提灯をぶら下げてのんびりと……!

 

 

さっさと通り過ぎるでゴザル! こっちは水渡りの忍術と草遁の合わせ技を駆使し、堀の内側に張り付く雑草の茂みを作って隠れてるんでゴザルぞ! くっ…拙者がこんな目に遭うとは……!

 

 

大きなゴミの沈んでいる川面に近いせいで泥臭いでゴザルし折角の装束は汚れるでゴザルし……! 何より緊急事態とはいえ、あのミミックの教えとやらに従うことになったのが癪でゴザル!

 

 

『生き物、動くものとして相手に認識させてはいけない。景色の一部に溶け込むように、まるで初めからそこにあったかのように振舞うのが鉄則』――それが忍ぶ技の第一歩、気配を消しきるための……あぁなんで拙者覚えてるでゴザルか! こんなの聞き流していいでゴザルのに!

 

 

「言うても並みの敵だったら皆寝てても気づけるしなぁ。……あぁ、でもそうか」

「やっと気づいたか。暫くは試験期間だ。こういう役回りは居ないとな」

 

 

って、あの見回りまだ通過してないでゴザルか! さっさと通り過ぎるでゴザル! そうして早くこの忌々しい状態を解除させるでゴザル! さあ早く、さあ、さ――。

 

 

「さて、ゴホン。……んー? なんか明るくないかー?」

「コッホン。うーん? おー、本当だなー」

 

 

んなっ!? 何故あいつら、こっちに来てるでゴザルか!? 完璧な擬態しているはずでゴザルぞ!? 明る……ハッ!!

 

 

しまったでゴザルッ!! 拙者としたことが……この装束に取り付けているクールな発光装甲、OFFにしていないでゴザル!!! その光が――っぁっ……!

 

 

「蛍かー? にしては他に飛んでないしなー」

「なんか落とし物だったりするのかー? 拾ってみるかー」

 

 

も、もう連中、拙者の真上に来てるでゴザル! そして茂みの中を探ろうと手を伸ばして来てるでゴザルッ! こ、このままだと見つかるでゴザル!!

 

 

な、ならその前に攻撃を……! いやもし失敗すれば……一撃で二人を同時に仕留められなければ、間違いなく声をあげられるでゴザル! かといって大技を使えば……破壊音でもっと危険になるでゴザル!

 

 

じゃあどうすればいいでゴザル!? こういう時はどう対処すればいいでゴザルか!? くっ、こういう時に限ってミミックはいないでゴザルし! 頼りにならないでゴザ――。

 

 

――こういう時、あのミミックならどうするでゴザル…!? さっきまでの時は、拙者が追い詰めた時は……っ! えぇい、もうどうにでもなれでゴザルッ!

 

 

(変化の術っ!)

 

 

「ん? 急に光が小さくなって……何か出て来たぞ!?」

「……トカゲ? 光るトカゲだなこれ……」

 

 

……ぐ……ば、バレてないでゴザルか……? トカゲとは見る目が無いでゴザルな……! これは拙者の切り札忍術、巨竜変化の術……を今調整して小さくしたものでゴザル。だかられっきとしたドラゴンでゴザル! こういう連中相手には今度本物を……――。

 

 

なんて言ってる場合じゃないでゴザル! イチかバチかの試みが上手くいったでゴザル! ……無理やりだったから忍術の源の消費はかなりのものになったでゴザルし、本当は変化で消すつもりだった発光も残ってるでゴザルが。

 

 

それでもミミックが亀に扮していたように、こいつらを騙せたでゴザル! フッ、拙者がこんなトカ…ドラゴンに化けてようとは、『そんなまさか』で……って、わざわざミミックの適当教えを思い出さなくとも良いで――。

 

 

「捕まえた! 隙だらけだぞ!」

「おー。なんかぼーっとしてたなぁ」

 

 

ゴザぁっ!? な、なっ!? 身体が浮き上がってるでゴザル!? つ、捕まってるでゴザル!? 見回りの一人に尻尾を掴まれて宙づりになってるでゴザルっ!!?

 

 

「えーと、そうだなぁ…。光るトカゲなんているんだなー!」

「だなー。魔物の類かー? でもこの辺では見ないレア種だなー」

「薬屋にでも持ってったら高く売れるかー?」

「かもなー。明日まで捕まえとけー。じゃ、続き行くかー」

 

 

ちょっ……! 拙者を捕まえたまま見回りを再開したでゴザルッ!? 待っ……待っ……!!

 

 

「フッ…! おー暴れてる暴れてるー」

「こいつ、尻尾切れない種みたいだなー」

 

 

それはそうでゴザル! だってドラゴンでゴザルぞ! 尻尾切りなんて間抜けな事しないでゴザル! いやそれどころじゃないでゴザルッ!!?

 

 

バレずに済んでいるのは良いでゴザルが、このままでは何処かに連れてかれてしまうでゴザル! でも、トカゲの身体では印が結べないでゴザル! 何も抵抗できないでゴザルぅっ!!!

 

 

おのれ、ミミックの教えなんかに従ったからこんな目に遭ったでゴザル! 最初から拙者の大技で……いやそれだと……ぐむぅ……。

 

 

だ、大体、ミミックは何処にいったでゴザルか!? 拙者の試験担当官なのに、何もせずに隠れて見ているだけでゴザルか!!? そんなの指南役の風上にも――――え。

 

 

 

……なんか……見えるでゴザル。どこかにミミックがいないか必死に見回してたら、道の少し先、白壁の下にポツンと何か落ちてるで……ゴザル……千両箱が……。

 

 

え、あれミミックでゴザル……? いやいや、そんな訳……。だってあんなただ落とし物めいた隠れ方とも言えない置かれ方、一瞬で気づかれて――。

 

 

「いやー懐かしいなぁ。俺、試験の時は何回も不合格食らってたろ」

「そりゃ忍術ごり押ししてたらな。でも今時の子はもっとそれみたいだぞ」

 

 

はぁっ!? この見回り共、思いっきり通り過ぎたでゴザル!! しかもちょっと見たのに、さも道端の石ころを見たかのように平然とお喋りしながら!! 明らかにおかしいでゴザル! 絶対不正で――!!

 

 

「なんだ? こいつ急に暴れ――ぐぇっ…!?」

「ん? うっぁ…!?」

 

 

ゴザ……ル……!? 千両箱が何かが飛び出して、一瞬で見回り二人を消したでゴザル……!? って、落ちるでゴザルぅっ!? ぶへあっ!

 

 

「トカゲでもドラゴンでも良いけれど、着地が出来ないと格好悪いわよ?」

 

 

痛つつ……! 気づけばその箱からミミックが……! わっちょっ!? また拙者を宙吊りにするなでゴザルっ!?

 

 

「ふふっ、それにしても可愛いトカゲになっちゃってまあ! とっさの判断については良くできました~!」

 

 

だからドラゴンでゴザルし、尻尾を掴むなでゴザルっ!  くぅっ…! 爪立ててやろうとしても噛みついてやろうとしても、ぷらぷら振られて上手く……!

 

 

「でもちょっとお姉さん悲しいわ…。だってあんだけそれとな~く光ってるの教えてあげてたのに、ピンチになるまで気づかないんだもの。もし先に気づけてたらこんな可愛くなる必要なかったのよ?」

 

 

ほら消しちゃって。とミミックは軽く放る形で拙者を地面に戻したでゴザル。人をなんだと思っているでゴザルか…! 変化の術を解き、装甲の発光を止めて――。

 

 

「……あの二人は何処行ったでゴザル?」

 

「ん? お姉さんの箱の中でぐっすり眠ってるわ。ほら」

 

 

警戒しながらそう聞くと、うわっ…ミミックは箱の中から見回り連中をちょっと出してみせたでゴザル。口に()()隠れの術の綿嚙まされて寝てるでゴザル。

 

 

ということはあの一瞬で……目にも止まらぬ早業だったでゴザル……。いやそこじゃないでゴザル!!

 

 

「ズルでゴザルっ! 絶対そいつらと裏取引してたでゴザルッッ!」

 

 

化けの皮を剥がしてやるでゴザル! あんなの絶対有り得ないでゴザル! 道端に落ちてる箱を見て気づかないなんて! 間違いなく不正で――!

 

 

「ふふふっ。その台詞はずっとキミの傍でぷかぷか沈んでたお姉さんに気づいてから言ってほしいわね」

 

「――は?」

 

 

な、何言ってるでゴザルか? 拙者の傍で沈んでた…? さっき隠れていた時でゴザルか? いやそんな訳! バレるのを恐れて適当言ってるだけで……!

 

 

「ほらほら、思い出してみて。さっき『ゴミの沈んでいる川』とか思ってなかった?」

 

「え……そ、それは事実で……」

 

「本当に~? はい提灯。確認して御覧なさい?」

 

 

見回りの提灯を手渡されたでゴザル……。これで川をよく見ろってことでゴザルか? 無駄なことを――っ!?

 

 

「綺麗な川よねぇ、ここ。穏やかで、ゴミなんて一欠けらすら沈んでないわねぇ」

 

 

そ、そんな……! 拙者の作った茂みはまだあるでゴザル……けれど、川にゴミは何一つ無いでゴザル!? い、いや! いいや! 流されていっただけで――!

 

 

「はいこれもど~ぞ」

 

「なんでゴザ……なっ…!」

 

「川底の水草と、キミが作り出した茂みをちょっと折ってたやつ。それと川泥汚れのついた、キミの光る装甲の外れるとこの一つ! あ、お魚も取っておいた方が良かったかしら?」

 

「こ、こ、こ……こんなの証拠にならないでゴザルッ! 拙者が捕まった後にこっそりとったのかもしれないでゴザル……し……」

 

「三人に気づかれることなく後から川に潜って、先回りして道にいて? 大体当たってるわよ。最初から川に居ただけで!」

 

「そ、そんなの……口裏合わせをしてない証明には……」

 

「ま、ならないでしょねぇ。 で・も・キミの心はもうとっくに受け入れてるみたいだけど~?」

 

 

んぐっ……それは…今まであれだけ拙者を翻弄してきた腕ならば、裏取引なんてしなくとも……ゲフンッ! お、思い上がりでゴザル! ミミックの!

 

 

「気配を消せば壁に張り付いて隠れなくとも落ちてるだけで問題ないし、上手く活用すれば狙ったキミだけを気づかせることもできるのよ。そこまで出来れば忍び技免許皆伝ね!」

 

 

なのに彼女は勝手に盛り上がってるでゴザルし…! 大体、教えになんか従ったせいで――!

 

 

「あ、そうそう。キミ、助けを求めて暴れてたけど――あれ割と良い方法だったのよ?」

 

「……へ?」

 

「だってトカゲに扮する『そんなまさか』が通じていたんだから。そのまま暴れて逃げ出しても大して怪しまれることはないし、敢えて捕まったまま一人になる時を狙ってアンブッシュするのも自由自在。一件不利に見えて、相手の油断のお陰でキミが有利だったわ」

 

「……し、知ってたでゴザル!」

 

「え~本当に~? そんな『その手があったか』みたいな顔しといて~?」

 

「っうぐ……!」

 

「ま、気づいてなかったから助けてあげたんだけど!」

 

 

ミミックめぇ…拙者をおちょくるように笑って……! そしてコホンと咳払いをして……!

 

 

「『相手のあらゆる行動を予測し警戒し続け、常に余力を残しておく』――。その余力っていうのは、魔力だけじゃなく『思考力』もよ。どんな状況でも余裕の気持ちを残し、どうすれば対処できるのかを考え続けることを忘れないでね」

 

 

また指南役ぶったでゴザル! くそぉっ……絶対この試験中に吠え面かかせてやるでゴザルからな!

 

 

「さ! じゃあ場所変えて実践の続きといきましょう! ほら、今のうちに離れときなさい。この人達解放するから」

 

 

ってうわっ! 箱の中から見回り連中を引っ張り出したでゴザル! 寝てるから良かったでゴザル…。いや、離れろとは言うでゴザルが……。

 

 

「そうねぇ。この先の道、二つ目の曲がり角を左に真っ直ぐ行ってて。その道なら誰もいないし来そうにないから」

 

 

「本当でゴザルか…!? 拙者を嵌めようとしてるんじゃ……!」

 

 

「ほ~ら疑ってる間に起きちゃうわよ~ぉ!」

 

 

「待っ!? くっ! もし見つかったら恨むでゴザルからなああぁぁっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――本当に誰もいなかったでゴザル……」

 

 

一応警戒して進んでいたでゴザルが……人はおろか猫や鼠といった小動物の類も現れなかったでゴザル。彼女が言った通りに……。

 

 

「だってお姉さんミミックだもの。ダンジョンの何処に誰がいるかぐらい、手に取るようにわかるわ」

 

 

っな!? 拙者の少し先、住宅の屋根の上にミミックが!? いつの間に先回りを!? いや彼女なら容易いことかもしれないことでゴザルが……いやだからそれよりもっ!

 

 

「もっと声を抑えるでゴザル……っ! ここはさっきとは違うでゴザル……っ!」

 

「そうね、ここは住宅街。さっきの場所よりも危険な場所ね。ちょっと騒いだら忽ち大惨事でしょうねぇ」

 

 

そうでゴザル! ここは家々が集まっている地帯。寝静まっている者多数、起きているらしき者も少数ながらいるような所で――うわっ!?

 

 

「だからこそ、ここに誘導したのよ。キミの突発対処力はさっき確認できたことだし、本格的にいくわよ~!」

 

 

本気でゴザルか!? 手裏剣を大量に投げてきたでゴザルッ!? しかも今までとは違い…痛っ! 掠る形とはいえ当てて来たでゴザルっ……!

 

 

「このまま下で避け続けてるだけで良いの? 嬲り殺しにするわよ?」

 

 

ッ…! 今までにない冷徹な声でゴザル…! けど……拙者が言われっぱなしで終わると思うなでゴザルッ!

 

 

「ふふっ、来たわね。その負けん気に溢れた瞳、格好良いわ」

 

 

拙者も近場の瓦屋根に飛び乗って、光手裏剣を構えるでゴザル! これで対等、いざ――!

 

 

 

 ―――カタッ

 

「しまっ……!」

 

 

瓦が音を……! 幸い、家の中の者には気づかれてなさそうでゴザルが……。このままではまともに戦うことが…!

 

 

「あららら。んー、あ、そだ。まあ忍び技を使えないのはともかく、忍ぶための術とかは使えないの?」

 

 

肩透かしを食らったようにミミックは聞いてくるでゴザル…! が……それは……ぐむぅ……。

 

 

「やっぱ派手技しかないのねぇ。そんなド派手にいってどうすんのよ。三人ぐらい娶って里抜けて鬼狩りでもするの? あぁでも、キミみたいな忍者に結婚は難しいでしょうねぇ」

 

 

なんかよくわからないけど色々雑に馬鹿にされたことはわかるでゴザルぞ!? おのれ……! だから拙者を舐めるなでゴザル!

 

 

「『鶯泣かせの術』! 『月跳の術』! 『梟眼の術』――!」

 

「お! どれもこれも忍ぶ用の術じゃない! しっかり授業は聞いてるのね~!」

 

 

フンッ! 足音を消す忍術、跳躍力を強化する忍術、暗視の忍術――拙者なら授業を聞き流しててもこれぐらい余裕でゴザルとも! 

 

 

……ただあまり精度は良くないでゴザルし、また忍術の源の消費が必要以上に多く……こんなことならもっと真面目に受けとくべきだったでゴザ、ゴホンッ!

 

 

「それじゃ準備が整ったところで! 足掻いてみせないな!」

 

「くっ…! 受けて立つでゴザルっ!」

 

 

 

 

 

 

「はいまたまた肉薄! しっかり防御しないと身体抉るわよ~!」

 

「つぅ…! ――ここでゴザルッ! はぁッ!」

 

「おっとっと! はい隙あり手裏け~んっ!」

 

「危っ!? うぐうっ……!」

 

「次はそっちにしましょ! そーれっ!」

 

「だああっ!?」

 

 

こ、このっ……! さっきからなんという戦闘でゴザルか! 幾つもの茅葺屋根や瓦屋根を右へ左へと飛び越えさせられたと思えば、時には地面に蹴り落されるでゴザルし!

 

 

そこで砂利や泥に足を取られぬよう、動き過ぎて騒音が響かないよう戦う事を余儀なくされたかと思えば…今度は木に登るよう追い込まれ、不安定な足場で攻撃を避けなければいけなくなって……!

 

 

それも少し慣れてきたと思ったら投げられて屋根の上に叩きつけられるでゴザル! なんでこんな目まぐるしく…! あぁまた手裏剣が直撃コースで飛んできてるでゴザルッ! 回避をっ……!

 

 

「ふふふっ、割と動けるじゃない! 大技なんて要らないんじゃなぁい?」

 

 

はぁ……はぁっ……ミミックめ、余裕綽々で…! 大技使って仕留められるならそうしたいでゴザル! けどどうせ全部躱されるでゴザルし、何より――くっ…!

 

 

「まだ保つでゴザルな……! しかし出来る限り温存を……!」

 

「お~良いわね良いわね~! 魔力残量を気にするようになったわね~!」

 

 

何を他人事のように! そっちの苛烈な攻撃を防御し回避し続けるために、忍術の源をやりくりしているんでゴザル! そこに索敵や回復の忍術やらも加わって……かなりキツイでゴザル…!

 

 

「あの手この手で魔力切れを起こさせた甲斐があったわ! これを機に常に余力を気にする癖をつけてね?」

 

「その余力を回復する端から削っていくのは止めるでゴザルッッ!」

 

 

微笑んできつつも一切攻撃の手を弛めないのが腹立つでゴザル! しかしムカつくことに、上手く忍術の源のやりくりしていざ仕掛けようと思えば……!

 

 

「どうしたのかしら~? 手裏剣、投げてこないの?」

 

「ぐぅうまた! 卑怯でゴザルぞッ!!」

 

 

ミミックめ、住宅の窓を背にするんでゴザル! これじゃ攻撃なんて出来ないでゴザル! なんという卑劣な技! 卑劣様でゴザルッ!

 

 

「言ったでしょ?『自分の有利な領域に相手を誘導する』のも忍び技の基本だって。悔しかったらキミもやってみなさい。ほれ手裏剣っ!」

 

 

危なっ! くっ、言われなくとも! ――よし、これでどうでゴザルか! フッ、中々に良い手段で……!

 

 

「ま、だからといってそれにかまけてちゃ無意味ってね。思考力もやりくりなさ~い!」

 

 

だうわわっ!? しゅ、手裏剣が頭上から!? こ、これはさっき森で見た罠! 嵌められたでゴザルッ!!

 

 

くぅっ……! 拙者がやられたい放題だと思うなでゴザルっ! 今は耐え忍び、いずれ絶好の隙を突いてやるでゴザルからな! そう、このまま忍術の源を溜め続け、一気に――

 

 

「はいここで突然のお忍びターイム!」

 

「なぁッ!?!?!?」

 

 

ミミック、急に手裏剣を! 傍の明るい家の窓に投げつけたでゴザル!?!? そんなことしたら……!

 

 

「なに? なんかぶつかった?」

 

 

ほら住人が顔を出したでゴザル! へ、変化の術!

 

 

「うーん? なんもないか」

 

 

……あ、危なかったでゴザル! またトカゲ…じゃないドラゴンに変じて難を逃れられたでゴザル…! フ、フン! 光ってさえいなければこうも容易く欺くことが出来るでゴザルか!

 

 

「けどなんか騒がしかったような…? そいや試験期間だし、誰かいるんかな?」

 

 

って、引っ込まないでゴザル!? それどころか探しに出て来ようとしてるでゴザル! 拙者がいることはバレないかもしれないでゴザルが、試験の邪魔に――!

 

 

「ニャオォオッ!」

 

「ん? 猫? どっかにいるの?」

 

 

突然に猫の鳴き声!? そんな、猫なんていなかったはずでゴザル!? 一体何処に……は?

 

 

「「アォオオッ! ニャウォア…フギャギャギャッ!」」

 

「うわぁ…喧嘩してんじゃん。試験の邪魔にはなんないでよね。くわばらくわばら」

 

 

猫同士の激しい喧嘩の声に首を竦め、その住人は引っ込み窓をしっかり閉めたでゴザル……。そして、その家の真上、屋根の頂点には――。

 

 

「フシャアァア! フニャアォ! ふにゃ~んっ☆」

 

 

……変化はおろか、一切身を潜めることなく、まるで高らかに吼える狼の如く…いや猫でゴザルが…月光を浴び鳴き真似をするミミックがいたでゴザル。

 

 

そうでゴザル。今までの猫の鳴き声は複数匹のも全て、ミミックがあの場で発していた代物でゴザル。いやどういう技術でゴザル……? それと……その光景はなんとも絵になるというか……格好良……。

 

 

「これぞ『曲者、何奴!? ――なんだ猫か』の術! なんてね!」

 

 

うわぉあわぁっ!!? 一瞬で拙者の傍にミミックが跳んできたでゴザル!? トカ…ドラゴン状態じゃなければ変な声が出てたでゴザル!! なんてことをするでゴザルか!!

 

 

「ところで折角溜まり始めた魔力、その変化でまた最初からやりくりし直しになっちゃったわね? 大変ねぇ」

 

 

って、そうでゴザル! なんてことをするでゴザルか!? だからなんで他人事でゴザルか!! こんな忍術の源のやりくりでひいこら言ってるのも、そっちが色々やってくるからでゴザルのに!

 

 

「ふふっ、トカゲ姿のまま抗議しちゃって可~愛い♡ そう、だからこそ忍び技がいるのよ」

 

 

「……! ――どういうことでゴザルか」

 

 

変化を解除し、拙者はミミックを問い詰めるでゴザル。すると彼女はクスリと笑んで問い返してきたでゴザル。

 

 

「あれもこれも忍術で補おうとするととっても大変てのは、もう身をもってわかったでしょう?」

 

 

それは……そうでゴザル。拙者が頷くと、ミミックは自らを示すように胸をポンと叩いたでゴザル。

 

 

「けど忍び技を使えればお姉さんみたいにこの通り! 忍術を一切使わなくとも音は立たず、高く跳べ、夜目は効き、誰かを欺くのもお茶の子さいさい。更には索敵や防御や回避や攻撃すらもこれひとつよ」

 

 

……むぅ。それも…認めざるを得ないでゴザル。拙者はその全てを忍術に頼っているでゴザルが、ミミックは逆に一切忍術を使っていないでゴザル。

 

 

「もしキミが少しでも忍び技を使えたら、消費魔力は格段に少なく済むでしょう。そうすれば戦法に幾らでも余裕が生まれるし、なんだったら隠れて休むことだって出来るわ」

 

 

一理……いや、もっとあるかもしれないでゴザル…。やりくりで思考の余裕すらなくなっていたのでゴザル、ミミックの動きが羨ましく……って、なんで拙者にゆっくり近づいて来てるでゴザル!? ちょっ、ちょっ、近……!

 

 

「そしてもしキミが忍び技をマスターできたら……すっごい忍術の使い手であるキミがそんなことが出来るようになったらぁ……お姉さんだって止められない、向かうところ敵なしな素敵忍者になれちゃうでしょうねぇ♡」

 

 

ひぁっ!? み、耳がムズムズするでゴザルっ! 慌てて光手裏剣を投げると、ミミックはケラケラ笑いながら宙返り回避。すこし離れたところに着地して――。

 

 

「そ♡れ♡に~♡ 大技ブッパしか出来ない存在より、僅かな動作だけで相手の首を容易く掻き切れて、且つ最高のタイミングで決めの大技を撃てる存在の方が格好良くない?」

 

 

――なっ……!? そのミミックの姿がパッと消えて……拙者の背後に! 首にクナイが当てられてるでゴザル!? 

 

 

ハッ!? しかも拙者の周りには、拙者のではない追尾式光手裏剣が、拙者を閉じ込める箱を形成するように、大量に展開してるでゴザル! 間違いなく、これはミミックの……!

 

 

「こんな感じにね。――さようなら」

 

 

ヒッ…!? ミミックの合図で光手裏剣が一斉に拙者へ狙いを定め、流星群の如く降り注――ひぃいいいっ!?

 

 

「なんちゃって! どうどう? 格好良かったかしら?」

 

「――っぁ……ぁ?」

 

 

光手裏剣は拙者に突き刺さる前に全部消えて……気づけばにっこにこなミミックが目の前に……。な……な……。

 

 

「なんてことをするでゴザルかッッ!?!?!?」

 

「あらら? もしかしてちょっとチビっちゃった?」

 

「チビっ……! ては……あ……いや、な、ないでゴザルッ! せ、拙者をこれ以上貶めるつもりでご、ゴザルな!?」

 

「ふふっ、まだまだ元気一杯ね! 次からは忍び技を軽く教えつつ行くわよ~!」

 

 

拙者の怒りをどこ吹く風で流し、跳ね消えるミミック…! お、お、おのれおのれ! 絶っっっ対にこの恨み、試験中に晴らして見せるでゴザルからなぁっ!!

 



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人間側 ある自惚れ生徒忍者と忍箱④終

 

 

「そうそうそんな感じ! 良いわ良いわ、大分忍び技が使えてきているわ! うんうん、キミならすぐ習得できるとおもっていたのよねぇ~」

 

「フ、フン! 拙者であれば戦いの中で学ぶことも余裕でゴザ……いや大体さっきから言ってるでゴザル! 拙者は忍び技を習得するとは一言も――」

 

「あ。また誰か通るわね。暗いうちからの早朝ランニングかしら~っと」

 

「っ! ――…………もう行ったでゴザルな?」

 

「ふふふふふっ! 変化の術での回避も大分様になってきちゃって!」

 

 

大小高低様々な建物の上や隙間を疾風の如く跳んですり抜け、その度に互いに手裏剣で狙い合い。時にはそれぞれのクナイで火花を散らし、時には火遁や風遁で制圧せんと目論み、時には共に身を潜め。

 

 

町の陰を舞台に、戦いと潜伏の応酬はこれでもかと続くでゴザル…! 特に道中何故か、拙者の極悪殲滅大大大大(だいだいだいおお)竜巻よりも酷い破壊痕があったでゴザルが……そこでは遠慮なく忍術を用い、かなりの激戦を繰り広げてやったでゴザル。

 

 

よく忍術の源が保つでゴザルと? それは……なし崩し的にミミックが忍び技を教えてくるからで……いや! 拙者がそれを仕方なしに覚えてやっているからでゴザル! あまりにもしつこいでゴザルからな!

 

 

しかし、ちょっとした呼吸法や足さばき程度でこれほどに忍術の源のやりくりが楽になるとは思わなかったでゴザル。おかげで動きに割と余裕が出来てきたでゴザル。全く、ミミック……いや、いや! 流石拙者でゴザル!

 

 

とはいえ、そのミミックへ未だに一撃たりとも与えることが出来ていないでゴザル。試験時間が少なくなった今、何とか策を練り、吠え面かかせてやらなければならないでゴザルが……む!?

 

 

「さてと、お次はここで戦り合いましょうか」

 

「この商店街は……!」

 

 

屋根の上から辺りを見回すと、見覚えのある商店街についていたでゴザル! ここは拙者の行きつけの定食屋がある――即ち、ミミックが勤めるあの店がある通りでゴザル!!?

 

 

 

 

「空は白み、人通りも増え出し、一部の店では一日の用意で忙しくなるこの時間。難易度は更に上がっているわ。見つからないように行きましょう? ――はッ!」

 

 

ぐぅっ!? そう言う割に遠慮ないでゴザルっ!? ならばこっちも――!

 

 

「よいしょっと! さて、店前の掃除を……ん? なんか動いた?」

 

 

――……あ、危なかったでゴザル…! 今、近くの店から人が出てきてこちらを…! 変化の術が間に合って良かったでゴザル……。出鼻をくじかれたでゴザルが、変化を解除し今度こそ――!!

 

 

「ん~。今日も良い天気になりそうだねぇ。……おや、鳥かな?」

 

 

また違う人達がいるでゴザルッ!? また変化する羽目に……! くっ、ここは危険でゴザル。もっと裏通りの方で……よし、この辺りならば変化を解いても――っあ!

 

 

「ふぁあああ……。変な時間に目ぇ覚めちゃったなぁ。まだ外微妙じゃぁん…」

 

 

か、間一髪でゴザル…! 思いっきり目の前の家から人が……! あぁもう! あっちからもこっちからも人が出てくるでゴザル!

 

 

しかも空が明るくなった分、見つかりやすさは途轍もなく高くなっているでゴザル! これでは戦うどころではないでゴザル! 一体どうすれば良いでゴザルか!?

 

 

「困っているみたいねぇ。じゃあちょっとだけズルい方法、教えちゃおうかしら」

 

 

って、いつの間にかミミックが拙者の傍に…! ズルい方法とは何でゴザルか!? この状況を打破できるなら何でもいいでゴザルッ!

 

 

「ふふっ、トカゲな手足をバタバタさせちゃって。そう焦らないの。簡単な発想の転換なんだから」

 

 

だからこれはドラゴ…もうそんなのどうでもいいでゴザル! その簡単な発想の転換とやらを早く教えるでゴザル!

 

 

「はいはい♪ 目下のキミの悩みは、周囲の目が気になるってとこ。あら、なんだか年頃の男の子らしいわね♪」

 

 

だーかーらー! 早くするでゴザル! こうしている間にも誰かに見つかるかもしれないでゴザルぞ!? いっそのこと飛びついて噛んでやりたい気分でゴザル! ……それが出来たら苦労はないでゴザルがぁ…!

 

 

「じゃあ見られたくないならどうすればいいのでしょうか? 自分の部屋に閉じこもる? それとも私みたいに箱に入る?」

 

 

そんなの、どっちも出来る訳ないでゴザル! ここは野外でゴザルし、箱になんて入れる訳ないでゴザル! 大体、そのどちらも結局戦うことを放棄するようなものでゴザル!

 

 

「ふふっ、その通りね。誰にも見られなくて、且つ戦えるぐらいには広い所じゃないと意味ないわねぇ。――あら、丁度良い所があるじゃな~い!」

 

 

なっ!? 急にミミックが跳ねていったでゴザル!? 何処に行くで……はぁっ!? 今しがた店前の掃除を始めた店の屋根の上!?

 

 

そしてウインクでこちらに合図し、その()()()へとシュルンと忍び込んでいったでゴザル!!!?

 

 

な、成程……確かにこの時間の店の中であれば、目はあっても店主程度。寧ろ壁が外からの視線を遮ってくれるでゴザル。店の大きさにもよるでゴザルが、ある程度ならば戦闘も可能かもしれないでゴザル。

 

 

けど、もし大きな音でも立ててしてしまえば一瞬でバレてしまうでゴザルぞ!? 掃除が終わったらあの店主も間違いなく店の中に戻ってくるでゴザルし! そうすれば寧ろ逃げ場のない窮地になるでゴザル!

 

 

あれでゴザルか? そんなことが無いように忍び技を駆使してなんとかしろってことでゴザルか!? まだ少し覚えだけなのに、そんな無茶……くっ……!

 

 

えぇい! このまま悩んでても時間がドンドン無くなっていくだけでゴザル! ミミックは既に入っていったでゴザルのだから、拙者も続かなければ試験が進まないでゴザル!

 

 

どうせトカ…この姿であれば、大体は何とかなるはずでゴザル! 行ってやるでゴザルッッ! おおおおおっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「――気づかれてる様子は……ないでゴザルな……!?」

 

 

変化の術を解除し、拙者は一息つくでゴザル。存外上手くいったでゴザル。まだ店主は外を掃除していて、しかもすぐに戻ってくる気配もないゴザル。

 

 

それならば今の内にミミックを仕留めるでゴザル! この店は狭くはないとはいえ、そう広くもないでゴザル。今までの野外と違い、拙者に大分有利でゴザルはず! なにせ拙者は一撃与えられれば勝ちでゴザルからな!

 

 

さあ何処にいるでゴザルか? ふむ、見たところここは里外から来た連中向けの土産物屋でゴザルな。柔らか手裏剣が壁にぶら下げられ、なんの独創性もないシンプルな忍者装束が棚に畳まれておかれ、おもちゃの忍者刀が箱に沢山刺さって――

 

 

「んばっ!」

 

「――――ッ!?!!?!!!?」

 

「おぉっと、声出しちゃ駄目よ?」

 

 

く、口に触手を当てられてなければ、叫び声をあげていたでゴザルっ! なんで箱の中から飛び出してくるでゴザルか!?

 

 

「お姉さんがミミックだって忘れてないかしら? 寧ろこういうとこの方が、お姉さん達には都合が良いのよ☆」

 

「なっ……また騙したのでゴザルか…!? 相変わらず卑怯でゴザルぞ…!!」

 

「心外ねぇ。キミにとっても割と利になってるでしょうに。なんなら外で続けてみる?」

 

 

それは……。そ、そんな選択をさせるなんてやっぱり卑怯でゴザルぞ…! つい拙者がもごついてしまっていると、ミミックはおもちゃ忍者刀の箱から出てクナイを構えたでゴザル!

 

 

「じゃ、お店の人が戻って来ない内に戦り始めましょう? あ、そうそう。お店の物を壊したりしちゃ駄目よ。迷惑だし、そんな痕跡残したら不法侵入がバレちゃうわ」

 

「そんなの当然でゴザル! しかし、それならば手裏剣を投げることは――危っ!?」

 

「あら、痕跡残さなければ良いだけなのよ? こんな風にね」

 

 

なっ……振り返ってみると、ミミックの投げた手裏剣が網棚に引っかかって止まってるでゴザル…! 後は回収すれば痕跡無しに――いや真似出来る訳ないでゴザル!?

 

 

「ま、この狭さなら手裏剣投げる利はあまりないわね。ということでお姉さんは近接攻撃縛りしてあげるわ。直に攻撃を当てられるチャンスよ~! そりゃっ!」

 

「くぅっ…!?」

 

 

な、なんとか受けて凌いだでゴザルが…! あ、危なっ! 背中が棚にぶつかるところでゴザル! もしちょっとでも何かにぶつかり、土産物についてる鈴でも鳴ってしまえば忽ち店主が戻ってくるでゴザル!

 

 

これでは無暗に身体を動かせないでゴザル! 覚えたての忍びの技に、先程以上に隠密系の忍術を加えないと危険でゴザル! やっぱり拙者が不利じゃないでゴザルか!! 

 

 

「ほらほら~。そんな怖がっていたら店に入った意味ないわよぉ~?」

 

 

そしてそんな拙者を煽るように、ミミックは棚の上を飛び越え下を潜り、前から後ろから右から左からクナイで刺そうとしてくるでゴザル! 拙者は精々通路に沿って動くぐらいで、防御で手一杯でゴザル!

 

 

これじゃあ結局さっきまでと変わらないでゴザル! いつ店主が掃除を終えて戻ってくるかわからないでゴザルのに……ええい! 仕掛けるでゴザ――

 

 

 ―――チリンッ

「しまっ…!?」

 

 

「? なんか鳴った?」

 

 

肘が当たってしまったでゴザル…! 店主が戻って来て…! へ、変化でゴザル……! そして棚の下にでも隠れれば……!

 

 

「風かな?」

 

 

ふぅ……! バレてないでゴザル。やはりこの方法、かなり有用でゴザルな。これならば多少ミスをしても問題ないでゴザル。ところでミミックは何処に隠れたので――

 

 

「あれ? こんな商品あったっけ?」

 

 

ん? 店主が何かおかしな……は? はぁっ!?

 

 

「『千両箱』なんて。まあでも値札貼ってあるし、仕入れてたかも?」

 

 

ぷっ……ぷははははっ! ミミックが店主に持ち上げられてるでゴザル! 隠れられなかったでゴザルか! なんとも痛快でゴザル!

 

 

「うーん、今見ると割と売れそう…? もっと仕入れて置いてみようかな」

 

 

あーあー、あんなにくるくると回されて! 情けないものでゴザルなぁ。あれでは何もできな――ハッ!

 

 

そうでゴザル! これこそ絶好のチャンスでゴザル! 拙者はあのミミックの入る箱に当てさえすればいいのでゴザルから、店主に拘束されている今こそが最大の――!

 

 

そうと決まれば早速でゴザル! 棚の下から出て、物陰で変化を解除し、光手裏剣を作り出し! よく狙って、狙って……ここッ! はぁあッ!

 

 

よし、良いコースでゴザル! フ、フフ…フフフ! これで試験は合格、あのミミックに一泡吹かせることが――!

 

 

「まあお姉さん、もうその箱にはいないんだけど☆」

「ッ!?!!?」

 

 ―――カンッ!

「えっわっ!? な、なにっ!? 手裏剣! 誰ッ!?」

 

 

背後にミミックが!? そしてそれとほぼ同時に手裏剣が千両箱に辺り、気づいた店主が声を上げたでゴザル! その手から千両箱が取り落とされて……中、空でゴザル!?

 

 

「さ~人が集まってくる前にドロンでござる~☆」

 

 

拙者にそう告げ、ミミックはいなくなったでゴザル!? ちょっ待っ…! 拙者を置いていくなで…さ、再度変化の術! せ、拙者も逃げるでゴザルッ!

 

 

 

 

 

「は~い脱出お疲れ様。ふふ、大分良い発想ができるようになったわね。あのタイミングを狙うのはお見事!」

 

 

「ふぅ……ふぅっ……! あ、当てたでゴザルぞ! 箱に! 試験は拙者の勝ちでゴザルぞ!?」

 

 

人気のない路地裏までミミックを追いかけ、変化を解除しそう主張するでゴザル! けど、ミミックはちょっと困り顔で応対してきたでゴザル。

 

 

「ん~そうは言ってもね~。キミが鈴を鳴らしちゃった辺りからお姉さん千両箱脱いでたし? なんならちょっとお出かけしてたもの。お店の人を使った身代わりの術って感じよね」

 

 

身代わりの……。確かに今のミミックは千両箱ではなく、見覚えのある宝箱…定食屋で働いている時のに入っているでゴザル。言い訳じみたことを、と訴えたいところでゴザルが……ん?

 

 

「お出かけ…?」

 

「えぇ。お姉さんのお店の入り口、ちょっと開けにね。次の戦いの場にいいかな~って!」

 

 

指で店の鍵をクナイのようにくるくる回してみせるミミック。と、その鍵を握って止め、口元に指を当て――。

 

 

「さっきのお店より戦いやすいかなって思って開けてきたんだけど、そもそもキミに人気の多いトコでの戦闘は早かったかしら? ならまた、森の方にでも――」

 

「拙者を舐めるなでゴザルッ!!」

 

 

っ…! うっかり大きめの声を出してしまったでゴザル。周囲に人影は…ないでゴザルな。ならばもっと言ってやるでゴザル!

 

 

「さっきは突然のこと過ぎて手をこまねいていただけでゴザル。次からはもっと上手くやってやるでゴザル!」

 

 

舐められたまま合格したところで意味がないでゴザル! それにたとえ拙者にも害があろうと、折角ミミックの動きが制限される室内戦闘の機を逃すわけにはいかないでゴザル!!

 

 

「あら、良い覚悟じゃない! 100パーセント勇気って感じね!」

 

 

拙者が睨むと、ミミックは不敵な笑みで返し、拙者を誘うように町中へと再度跳び入っていったでゴザル。勿論、それに続いてやるでゴザルッ! 

 

 

 

 

 

 

 

「――よし、このタイミングならば…!」

 

「うんうん、着実に成長しててお姉さん嬉しい!」

 

「五月蠅いでゴザルぞ…! 誰が――ッゥ!?」

 

「ふふ、油断大敵。動物にも気をつけないと。因みに今トカゲに変化しちゃうと……あらら」

 

「―――!?!? ――――!!!? ―――!!」

 

「ま、そんな風に食べられかけちゃう訳で。別なのに変化するとかしないとね~」

 

 

このっ…のほほんと…! ともあれ警戒しつつ、拙者達は町中の陰を行くでゴザル…! 普段は平然と歩いている道のりがとんでもなく遠いでゴザル…!

 

 

しかし、我慢でゴザル。定食屋は長く通ってる分、ある程度構造がわかっているでゴザル。からくり扉などの位置も。それに先の店と比べてもかなり狭いでゴザルから拙者にかなり有利でゴザル。

 

 

ほとんど動かなくとも良いでゴザルし、最悪テーブルとかを傷つけないぐらいの低出力な手裏剣を大量にばら撒けば簡単に制圧できるはずでゴザル。まさしくミミックは自ら死地へと突き進んでいるようなものでゴザル!

 

 

……けど…うぅむ。……認めたくないでゴザルが、本当に認めたくないでゴザルが……それでこのミミックを倒せる気はあまりしないでゴザル。全部躱されるビジョンしか見えないでゴザル。それか発動前に制されるか、そもそもその思考すらをも奪われるか……。

 

 

くっ、感謝するでゴザルぞミミックめ! 拙者がここまで強敵と認めるなんて、初めてでゴザルからな! とにかく、このままでは折角の好機をむざむざ無駄にするかもしれないでゴザル。

 

 

だから拙者の有利を盤石なものとするため、何か搦め手でも用意しておきたいところで……ん? 

 

 

お! あの店は! ――イチかバチかでゴザル!

 

 

「お姉さん置いて何処行くの? なにか良い作戦でも思いついたのかしら~?」

 

 

後からミミックが追ってくるでゴザルが気にしないでゴザル! 急ぎ店へと寄り…やっぱり閉まっているでゴザルな…。しかしここで諦める訳にはいかないでゴザル!

 

 

何処かに隙間が……えぇと……確かここには……あったでゴザル、排煙口でゴザル! フッ、これならば! 変化の術! これで店の中に……入れたでゴザル! フフフッ! どうでゴザルか!

 

 

「おぉ~、その侵入が出来るなんて! ついさっき変化の術で隠れることを覚えたとは思えないわ! ふふ、お店開けてくる必要なかったわね」

 

 

っ…! いつの間にか何処から入ったかはわからないでゴザルが、既にミミックも店内にいるでゴザル。まあでも良いでゴザル。なにせこの店は――!

 

 

「成程ねぇ、忍具屋かぁ。間違いなく何か考えがあって行動ね!」

 

 

ミミックが辺りを見回した通りでゴザル。ここは手裏剣やクナイ、水蜘蛛や撒菱などの忍具を売る店でゴザル!

 

 

「その感じ、ここには何度か来た事あるみたいね。忍術に傾倒する前までかしら?」

 

「フン、若気の至りでゴザル。こんなものに頼る必要なんてないと悟っただけでゴザル」

 

「くふっ…! その年で若気の至りって…! おませさんねぇキミ」

 

 

フン、拙者の余裕を崩そうとしても無駄でゴザルぞ。既に拙者の術中に嵌っているようなものでゴザルからな。有利は拙者でゴザル!

 

 

全くの賭けだったでゴザルが、店内が当時から変わってなくて良かったでゴザル。この店はかなり広く、数多の忍具が置かれているでゴザル。その分お試し品も多く、そこいら中の壁や床や天井もお試しでつけられた傷だらけでゴザルから――!

 

 

「ハァッ! これならセーフでゴザルな!」

 

「えぇ、壊さなきゃセーフね! でも後片付けしなきゃ駄目よ?」

 

 

拙者がおもむろに投げたお試し品の手裏剣を躱しつつ、ミミックは許可を出したでゴザル! が、すぐに首を傾げたでゴザル。

 

 

「でもキミ、忍具なんて使えるの? 手裏剣すら忍術に頼っているのに?」

 

「もうそんなこと言ってる場合ではないでゴザル! 使える物はなんでも使わなければでゴザルからな!」

 

 

ここはとある策のために訪れた場所でゴザルが、時間がかなり少なくなっているのも事実、ここで決める覚悟で挑むでゴザル! だからこそ――!

 

 

「だからこそ、拙者の奥の手を更に一つ解放するでゴザル! 『真・分身の術』!」

 

「へ~ぇ! 見分けがつかないぐらい精巧な分身じゃない! それをこの数、本気ね!」

 

 

幾つものお試し忍具を手にした拙者の分身を見て少しは冷や汗をかいたでゴザルか? フッ、それでも容赦はしないでゴザ……。

 

 

「じゃあお姉さんもちょっと頑張ってみようかしら☆ お店の人は居ないし、外にバレない程度に全力でかかってきなさい!」

 

 

「くっ…! その余裕の表情、いい加減崩してやるでゴザルッ!」

 

 

 

 

 

「――ほらほらァ! そんなものかしらァ!?」

 

「ッヒ……! 怯まないでゴザルぞ!」

 

 

なんだかミミック、豹変したでゴザル…!? 拙者自身も含めた分身達が鎖鎌や忍者刀を振るったり、鉤爪手甲や鉄拳で殴り掛かったり、拘束巻物や鉤縄を使って捕縛を試みてるでゴザルが……その全てを躱し、分身達を次々と叩き消してゆくでゴザル!!

 

 

しかも手裏剣を片っ端から投げ、床には撒菱をこれでもかと散らしているでゴザルのに…! その雨霰の如き間隙を容易く縫い、箱の角で安全に着地しては跳びあがって無効化を…! 更に各所のからくり壁をも使いこなし、何一つ寄せ付けないでゴザル! 

 

 

こんなん有りでゴザルか!? 今まで少したりとも本気を出していなかったでゴザルか!? これでは拙者が一転不利に――!

 

 

 

……なんて、今の内でゴザル! 予想外の殲滅速度に驚きはしたでゴザルが、拙者の忍術の源はまだもう少し保つでゴザル。ミミックが悦に浸っている間に策を実行するでゴザル!

 

 

ここに来た理由、それは――ここの忍具の幾つかを懐に隠し持ちに来たのでゴザル! 定食屋での戦闘に備えるために!

 

 

このまま戦っても今のようにあしらわれるは確実。ならば『拙者が忍具を持っていないし使わない』という油断を、ミスリードを利用するでゴザル! そうすればミミックに一撃を与えることもきっと……!

 

 

フッ、我ながら思考に余裕が出来ているでゴザル! では……よし、こっちを見ていないでゴザルな! 片っ端から懐に忍ばせたいところでゴザルが、身体が重くなって動きでバレる訳にはいかないでゴザル。

 

 

だから小さく目立たないものが良いでゴザル。棒手裏剣、爆弾、煙玉、忍術札、吹き矢、科学忍具……いや、肝心な時に上手く使えなければ意味が無いでゴザル。それに忍具ではなく拙者自身の忍術でバシッと決めてやりたいでゴザルな。

 

 

だから…ハッ、そうでゴザル! あれがあったでゴザル! 確かさっきチラッと…あった! 見つけたでゴザル、『忍力丸薬』!

 

 

これは食べれば立ちどころに忍術の源を回復する優れものでゴザル! 良いタイミングで使えば間違いなく……フ、フフフ…! 沢山持っていくでゴザ――

 

 

「こら。全く、何をするかと思ったら……。それじゃただの盗人じゃないの」

 

 

――っ!? なっ……ミミック!? 拙者の背後に!? 拙者の手を取り抑えて!? バカな、まだ分身は攻撃してるはず……お試し用の丸太を触手で振り回して全部弾いてるでゴザル!?

 

 

「どんな手段を使うにしても品性だけは大切になさい。取った分のお金は置いていく、とか。忘れた財布を必ず取って戻ってくるキミらしくないわよ」

 

「んぐっ…! またそれを持ちだして…! 今財布を取りに戻る訳にはいかないでゴザル!」

 

「じゃあお姉さんが貸してあげるから。ほら」

 

「願い下げでゴザル!!」

 

 

そんなことをしたらどんな手を使うかバレてしまうでゴザルし、何よりここにきてミミックに頼りたくないでゴザル! それに――フフ…!

 

 

引っかかったでゴザルな! 拙者こそが、本体こそがミスリードでゴザル! 気づいてないようでゴザルなぁ。彼女から遠く離れた背後、会計場辺りで拙者の分身が一人動いていることを!

 

 

忍力丸薬はよく購入されるものでゴザルからな、置かれているのは一か所だけでは無いのでゴザル! それに気づきこっそり分身を動かしている拙者の思考の勝利でゴザル! こうしてミミックを自身で引きつけている間に、分身は忍力丸薬を手に! 後は様子を見て回収すれば……!

 

 

 

 ―――ガブゥッ!

 

 

 

「……は?」

「惜しかったわねぇ。でもま、気づけないのは仕方ないわ」

 

 

ミミックは拙者を解放し、残っていた分身達を薙ぎ払っていくでゴザル……。けど、拙者はそれに目をやることは出来ないでゴザル……。忍力丸薬にも、ミミックが出したお金に手を伸ばすことも……。

 

 

だって……だって……拙者の分身が……隠れて忍力丸薬を回収していた分身が……っ!!

 

 

 

「宝箱に思いっきり食いちぎられたでゴザル!!?」

 

 

 

拙者の目に映っているのは、上半身が食われ消えていく分身の姿! そして……あれなんでゴザルか!?

 

 

「宝箱型の下位ミミックよ。お姉さん達の仲間の」

 

「み……ミ……ミミ……ミミック……!? な、何故ここに…!」

 

「そりゃ防犯のためよね。番犬ならぬ番ミミックって感じに」

 

「ば…………」

 

「試験中だからキミの侵入は見逃してくれてたけど、流石に万引きは許せないって。どうする? お金払うなら不問にしてくれるみたいだけど、お姉さんから借りる?」

 

「い、いや……」

 

「あらそう。あ、因みに。さっきの土産物屋にもミミック隠れてたわよ、キミが気づいてないだけで。もし何か壊したりしたら襲い掛かって来てたわね」

 

「ぇ…………」

 

「そしてここに居るのもあの子だけじゃないわ。試験とはいえこれだけ荒らして、盗みを働こうとする子には――」

 

 

「「「シャアアアアアッッ!!」」」

 

 

「ひぃいいいいいっっ!?!?!?」

 

「ミミック達も堪『忍』袋の限界ってね♪  早く逃げないと食べられて試験終了よ~♪」

 

 

逃げるでゴザル! 逃げるでゴザルっ!! 逃げるでゴザルぅっっ!!!!!

 

 

 

 

 

「し……し……死ぬかと……死ぬかと……!」

 

「トカゲ姿でミミック達に追いかけられるのは中々の恐怖でしょうねぇ……」

 

 

命からがら脱出できた拙者を、遅れて出てきたミミックはそう慰めてくるでゴザル…。珍しく同情の色を見せながら……って!

 

 

「なんで忍具の獲得を邪魔をしたでゴザルか!? 折角のチャンスだったでゴザルのに! 拙者の超名案を何故!?」

 

 

恐怖よりも憤怒が勝り、拙者はミミックを(なじ)るでゴザル! と、ミミックは頬に指を当て諳んじだしたでゴザル。

 

 

「そうねぇ。今の年から悪の道を覚えて欲しくない親心だし、やって良い悪いの線引きを教えるため指南でもあるし。そもキミの腕だったら私が止めなくとも下位ミミックにガブガブされてたし、元を辿ればキミの準備不足が最大の原因だし? 後は――あ、黙っちゃった」

 

 

……それは……そうかも……しれないで……ゴザルがぁ……! でも……でも……そうでもしないと勝てるビジョンが浮かばないんでゴザルもの!! じゃあどうすれば良いんでゴザルか!?

 

 

「んー。ま、他にも色々ツッコミはあるけど、総合したらこの言葉がピッタリかもね。『修行不足』――。キミがもっと忍び技に長けていたらお姉さん達に忍具獲得がバレなかったし、その方法を選ばなくとも良かったでしょうし、もしかしたら忍術以外に頼る有用性に気づいて忍具持ってきてたでしょうしね」

 

 

そんなこと今言われてもどうしようもないでゴザルッ!! だから、どうするのが――。

 

 

「どうする? キミが望むなら試験は切り上げて、時間いっぱいまで鍛えてあげるけど。そうすれば次の試験では必ず合格――」

 

「っ! ぐ、愚弄するなでゴザル! 拙者はまだ負けてないでゴザルぞ! 絶対この試験で吠え面をかかせてやるでゴザル!」

 

 

そういう解決法が欲しいんじゃないでゴザル!! 反射的にそう言い返したでゴザル!! そう、拙者はまだ負けてないんでゴザル。まだ、ミミックに吠え面をかかせる方法は――フ、フフ…!

 

 

「早く次の場所へ…定食屋に行くでゴザル!」

 

「はいは~い♪  もうやりきるし~かな~いさ~♪ ってね~♪」

 

 

フン、今の内に楽しく歌っていればいいでゴザル。次こそがミミックの死地になるんでゴザルからなぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さてさて! どんな戦いぶりを見せてくれるのかしら? 机とか壊さなければなんでも良いわよ~!」

 

 

扉が僅かに開けられていた定食屋に入り、拙者達は向かい合うでゴザル。相変わらず呑気な…! その顔が歪むの、今から楽しみでゴザルぞ!

 

 

見たところ誰もおらず、扉の看板には本日臨時休業の文字。そして厨房へは即席の板壁で封じられているでゴザル。恐らくさっきミミックが手を加えたでゴザルな。

 

 

つまり、ただでさえ狭い店が更に狭くなっている形でゴザル。……卓上調味料も片付けられているでゴザル。徹底してるでゴザル。

 

 

この狭さでは忍犬や分身を呼び出すことは出来ず、なんなら本当に足を動かさなくとも何とかなってしまいそうでゴザル。しかしそれはミミックも同じこと、否、拙者以上に動きが制限されるでゴザル!

 

 

ここが正念場でゴザル。絶対決めて見せるでゴザルッ!!!

 

 

 

 

 

 

「――お! それ良い感じよ! 様になって来たわね、壁蹴り走り!」

 

「やかましいでゴザル! なんだってこんな時にまで指南を!」

 

「それを受け入れてるの、キミじゃな~い?」

 

「どう考えてもそうせざるように仕掛けてきてるでゴザルぞ!?」

 

「ふふふっ! でも実際、結構戦力になってるでしょ?」

 

「それは……まあ……って何言わせるでゴザルか!?」

 

「それじゃあ次は『天井張り付き』ね! 三次元戦闘、マスターしちゃいましょ~!」

 

「まだやるとは……あぁもう!」

 

 

結局ここでもこれでゴザル!!? 寧ろ稀に外を通る人だけを気を付ければ良くなった分、今まで以上な感じがするでゴザル! 

 

 

まあ、確かに狭い店の中なのに、教わっている技を使うと縦横無尽に動けてかなり戦いやすくなっているでゴザルが……ゲホンッ!

 

 

ともかくこのままでは予感通り、何も出来ず終わってしまうでゴザル! ――フッ、ならばそろそろ拙者の策を実行に移す時でゴザル!

 

 

勿論その策とは考えてた通り、光手裏剣大量バラ撒きによる飽和攻撃でゴザル! それでは結局避けられるでゴザルと? フッフッフ……そう思うのであれば拙者の勝ちでゴザルな!

 

 

先の忍具屋での失敗、あれは失敗では無かったのでゴザル! …いや失敗ではあるんでゴザルが……。た、ただの失敗では無かったのでゴザル! 所謂、転んでもただは起きないというヤツでゴザル!

 

 

フフフクフフ……! 誰も気づかなかったでゴザルなぁ。忍力丸薬こそ阻止されたものの、拙者がとある忍具を懐に忍び込ませることに成功したのには! 今度こそ彼女ですら気づいていないでゴザルなぁ!

 

 

その忍具とは何か? それは……『煙玉』でゴザル! 小さな球を地面に投げつけて割り、中から大量の煙を発生させ攪乱を行うあの忍具でゴザル。

 

 

ただの煙幕を張る玉たったひとつと侮ってはいけないでゴザルぞ? 他のどの忍具よりも小さく目立ちにくかったおかげでこうも忍ばせることが出来ているでゴザルし、この狭い店内であればどの忍具よりも機能するでゴザル! だからこそここへ急いだのでゴザル!

 

 

そして何よりこれは補助。トドメは拙者の忍術で、自分の力で倒すことが出来るのでゴザル! さあ、勝利への道筋は見えたでゴザルな! ミミックめ、ここがお前の――!

 

 

「墓場でゴザル! 『忍犬口寄せの術』ッ! 『真・分身の術』ッッ!」

 

「ここ定食屋よ? 満席にしてどうする気かしら?」 

 

 

まず拙者が行ったのは、忍犬数匹と分身数体の召喚でゴザル。狭いから大した効果が出ないのは百も承知でゴザル! これは煙玉攪乱のための攪乱でゴザル! そして、逃げ道潰しでゴザル!

 

 

「かかれでゴザル!」

 

 

拙者の合図と共に、忍犬&分身は即座に行動するでゴザル! 忍犬達は机の下に入り込み、一撃必中の迎撃の構えで待機。分身達は壁や天井の角や入口に立ち、手裏剣を投げるでゴザル! これでミミックの逃げ場は失われたでゴザル!

 

 

「何やるのかしら~? やりたいことやったモン勝ちよ、青春なんだから☆」

 

 

分身の手裏剣を全部弾いたり回避したりしながら、ミミックは落ち着き払った様子で促してくるでゴザル。フッ、だがまだでゴザル! イヤーッ!

 

 

「お! 良い跳ね回り! 蛙や兎もびっくり仰天ね!」

 

 

床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り――! 自分も動きまくって更に攪乱を行うでゴザル! 念には念を入れてゴザル! なにせチャンスは一回だけでゴザルからな!

 

 

「お姉さん目ぇ回ってきちゃったわ~」

 

 

フンッ、そう油断を誘っても無駄でゴザル。まだ続けるでゴザル! まだまだ、まだまだまだ! そして――ここであれを使うでゴザル!

 

 

以前見たでゴザル。ここの定食屋にも、からくり壁があることを! それを使ってミミックが縦横無尽に動いていたところを!

 

 

今日のミミックは余裕こいて使っていないでゴザルが、拙者は有効活用してやるでゴザル! それを使って更に攪乱し、極まった瞬間に煙玉を投げるでゴザルッ!!!

 

 

そう、確かあそこでゴザル! 拙者が座っていた席の横の壁、そこにあるでゴザル! このまま入ってやるで――!

 

 

「ござぶへっ!?!?」

 

「えっ!? ちょっと!? なにしてるの!?」

 

 

か、壁に思いっきりぶつかってしまったでゴザルゥ…!? まさか、閉じているでゴザルか!? いやこの感覚、そもそもが……!? な、ならきっと天井でゴザ――!

 

 

「るぐふっ……!?」

 

 

て、天井にもないでゴザル…!? な、なら床!? それとも反対側の壁!? ど、何処に? 何処に!?

 

 

「さっきからどうしたの? それが作戦とかじゃないわよね…?」

 

 

ミミックが心配してきてるでゴザルが、そんなの気にしてる場合ではないでゴザル! おかしい、絶対この辺りにあったはずでゴザル…! じゃなければあの時のミミックの動きは……!

 

 

「もしかしてだけど、どんでん返しみたいなからくり壁探してる? この店には無いわよ?」

 

「…………なんで無いでゴザルかあっ!!!!!!?」

 

 

痛む顔や頭を抑えつつ、今回最大の物言いでゴザルゥッ!!! あまりの憤りに分身や忍犬達も戦闘態勢を解き、拙者の地団太に同調しだすほどの! なんででゴザルか!? なんででゴザルかあ!!?

 

 

「だ、だってこの狭さなら寧ろ邪魔になるもの。というかキミなら知ってると思ってたんだけど……」

 

 

それに対し、流石のミミックも少し困惑を見せるでゴザル! 拙者なら知ってるって、だからここにあると思って……! 思って…………。

 

 

「………………以前拙者の接客をした際、まるで消えたように他の席に行ったのは…?」

 

「普通に移動しただけよ。――あ、もしかしてお姉さんが凄すぎて、からくり壁で移動したみたいに見えちゃったの!? ふふふっ! もう、何その可愛い勘違い♡」

 

 

………………………………バ……バ……バ……バ……バ…バ…バババッ!

 

 

「バカにするなでゴザルッッッッ!! ど、どこまで拙者をおちょくるでゴザルかァアア!!」

 

 

もう良いでゴザル! もうどうでも良いでゴザルッ!!! 予定は狂ったでゴザルが、油断は誘えたでゴザル!! 

 

 

ミミックが笑い通しな今こそがチャンスでゴザルッ!! まさにこここそが堪え忍んで得た絶好の機! 一瞬の内に分身と忍犬達へ指示を念じ準備を! それと同時に懐へと手を滑り込ませて!

 

 

「ふふふっふふふっ! あら?」

 

 

フッ、もう遅いでゴザル! 既に取り出した煙玉は、床に向かって投げつけているでゴザル! 拙者のプライドの悉くを弄り尽くしたミミックめ、この煙に包まれた時には、拙者と分身達による回避不可能な飽和手裏剣攻撃で最期を迎え――――……っ?

 

 

!? 何故、分身達から手裏剣が飛んでこないんでゴザル!? 何故、忍犬達の唸り声すら消えたでゴザル!? ――って、なぁっ!!?

 

 

分身達が、忍犬達が、手裏剣によって一撃必殺されてるでゴザル!!? い、いやそれよりも、それよりも!

 

 

つい直前まで目の前にいたミミックは何処に行ったでゴザル!!? …ううん、ううん! それも違うでゴザル! そんなことより、どんなことより、何より!!

 

 

 

()()()()()()()()()んでゴザルか!!? どうして、店内を見通せているでゴザルか!!!? まさか、不発でゴザ――……

 

 

 

「うんうん! 善悪はおいといて、策自体は良得点! 煙玉を効果的に活かせる狭所へと誘い出し、手勢を呼び出し逃げ道を塞ぐ。そこでダメ押し的に煙幕を張り、四方八方からの飽和攻撃による制圧。現状に即した上策ね」

 

 

…っ! ミミックの声……! 何処でゴザル……!? 何処から聞こえてるでゴザル!? 天井にも、壁にも、机の下にもいないでゴザルぞ!?

 

 

「ただし幾つか指摘もあるわ。煙幕は自分の視界を覆う代物、故に敵の行動を追えなくなり逆に追い詰められる可能性もあるのに、それを考慮していない点。また、不意打ちでなければ効果は薄いのに、事前に堂々と準備を固め、目の前でわかりやすく煙玉を使用した点」

 

 

くっ…喋り続けてるでゴザル…! この声は……下から!? でも床にも……なっ!? か、身体が……動かないでゴザル!?

 

 

まるで何かに縛られているように……拙者の真下から伸びてきてる触手に縛られてるよう……じゃないでゴザル!? 本当に身体が縛られて……まさか!!?

 

 

「そして――盗み出した煙玉に信を置き過ぎている点。場当たり的に用意したものだと、本当に機能するのかわからないわよ?」

 

 

――――っっっっっ!!?!?!? そんな……そんなの、アリなわけないでゴザル! そんな、そんな無茶、通る訳ないでゴザル!!

 

 

 

 

なんでミミック、()()()()()()()()()()()()から、身体を出してるでゴザルッ!!!!!?

 

 

 

 

いやどうなってるでゴザルか!?!? 手の内に容易く収まるサイズの煙玉が少しだけ割れ、そこから奇天烈にミミックが上半身を出し、触手で拙者を雁字搦めにしてるんでゴザル!!

 

 

「即ち、警戒不足! 策にのめり込んじゃったが故に、こうして縛られたのよ!」

 

「いや警戒不足、じゃないでゴザル! こんなの予測出来る訳ないでゴザル! ミミックが入ってるなんてわかるわけないでゴザル!」

 

「ふふふふっ、まあそれはそうね。でも煙が出ない、味方が全滅させられてると気づいた瞬間には即座に別の策に移行しないと」

 

 

んぐぅ…! 拙者を縛りあげたまま、床に寝っ転がる形で説教をかましてくるでゴザル……! だ、大体――!

 

 

「いつから煙玉の中にいたんでゴザルか!? ずっとでゴザルか!? さっきまで拙者が戦っていたのは分身だったでゴザルか!!?」

 

「いいえ~? お姉さんがこれに入ったのは、キミが床へと投げつけて地面に着くまでの間よ。キミ、安心して視界を正面に向けたでしょう? その時にね」

 

「なっ……一瞬ってレベルじゃないでゴザルぞ……!?」

 

「お姉さん、ミミックで忍者だもの♡ あ、この煙玉の代金はお姉さんの奢りだから安心してね」

 

 

つぅ……! 縛られてから薄々気が付いていたでゴザルが……やっぱり泳がされてただけだったでゴザル…! 拙者がどんなことをするか、見守られていただけでゴザル……! なんという……屈辱……。

 

 

「もう良いでゴザル……! いっそのこと殺すでゴザル……!」

 

「あらら、心折れちゃった? へこたれないのはキミの良いトコなのに」

 

「っ…! そうしたのはっ……もう良いでゴザル……」

 

 

もはや言い返す気力も無いでゴザル……。折角組み立てていた策を、こうも奇天烈に粉々にされれば……。大体……。

 

 

「なんだって拙者をこうも痛めつけるでゴザルか…。なんでミミックなんでゴザルか……。他の指南役なら拙者の圧勝でとうに終わって……作って貰った弁当を……」

 

 

つい先日のここでやりとりを思い返し、力が抜けていくでゴザル……。試験の合格を確信し、祝いの弁当をミミックに作って貰ったというのに……。今やそのミミックが目の前にいて、こうも拙者を縛り上げてるなんて……。

 

 

「――そうねぇ。なんでキミの試験、わざわざお姉さんが担当してるかわかる?」

 

 

ぇ……? ミミック、拘束を解いて……? 煙玉から出て、へたり込む拙者の視線に合わせるようにしてきたでゴザル……。

 

 

「これでもお姉さん、ここに派遣されてるミミックの中では一番強いのよ? というか社長から教官役も任されてたし。なんて言ってもわからないか!」

 

 

てへっとミスを誤魔化したミミックはコホンと咳払い。そして――定食屋の時のような声でも指南中の声でもなく、何処か染み入るような、つい姉さんとでも呼びたくなるような優しき声で語り掛けてきたでゴザル…。

 

 

「実はね、キミの担当を任されるにあたって、手練れ中の手練れな先生チームと勝負をしたの。お姉さんは一人で、ミミック技…もとい忍び技だけを使えて――且つ、一撃たりとも食らわない条件でね」

 

 

っ! それは、拙者の試験の合格条件……! 息を呑む拙者へ、流石に危ない所だったわと肩を竦めて見せるミミック。そして拙者の鼻をつん、と突き……。

 

 

「つまりね、お姉さんは皆にキミのことを託されたのよ。先生達を超え次世代を率いる、忍びの里の英雄になり得るキミをね」

 

「託され……英雄……」

 

「そ。さっきも言ったでしょう? ただでさえキミ、忍術の腕は申し分ないんだもの。そんなキミが忍び技をマスター出来ればそりゃあもう最強になれるわ。あとそれと、魔力の節制と用意周到さと心の余裕と思考力と警戒力と篤実な性格と他色々を身につければ超・最強に――」

 

「多いでゴザルな!?」

 

 

ついツッコむと、ミミックは笑いながら跳ね下がって…消えたでゴザル。そして、厨房の奥から声が。

 

 

「ま、キミが嫌がるならこれ以上の無理強いはしないわ。けど残念ねぇ、ここで尻尾を巻いて逃げるなんて、お姉さん達の見込み違いだったかしら?」

 

 

言い終わると同時に再度姿を現したミミックは、拙者の眼前に出来立てのおむすびの入った包みを突きつけてきたでゴザル。これを持って去れ、ってことなので……ゴザル……が……。

 

 

「……だから」

 

「ん~?」

 

「だから、拙者を愚弄するなでゴザルッッッ!」

 

 

勢いよく手を伸ばし、そのおむすびを奪い取るでゴザル! そして、その場で貪り食ってやるでゴザル!!

 

 

ひゃへがあひらめるほ(誰が諦めると)!? んぐっ、ごくんっ! あぁもう、具まで拙者の好みの…! と、とにかく、さっきまでのは同情を誘う罠でゴザル! こうして栄養補給をさせるとは、失策でゴザルなぁ!」

 

 

立ち上がり、嘲笑うように光手裏剣を投げてやるでゴザル! ミミックはふふふっと微笑みながらそれを容易く回避して――!

 

 

「安心して! 忍びの技を体得すれば、さっき言ったほとんどは自ずと身につくわ! それじゃ、難関超えてゴールの赤ボタン押すまで突っ走りましょ~う!」

 

 

そのまま店を飛び出していったでゴザル! このっ……良いでゴザル!! もうとことんまで食らいついてやるでゴザルからなッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここからだと良く見えるわ。皆だいぶ登校してきたわねぇ。あ、そうそう。キミの大技で荒れた校庭は他の先生方が直してくれたから。何も気にしなくて良いわよ?」

 

 

…………………………。

 

 

「他の受験生徒はと。いつもお店に来てくれる二人は合格した上に、時間ギリギリまで修行つけて貰ってたみたいね。あと男の子2女の子1の三人組は、よく顔岩落書きしてる男の子1人が不合格っぽいわ」

 

 

……………………………………。

 

 

「さ、キミはどうなるかしら? 試験時間残り数分、そろそろ本当に最後よ」

 

 

…………………………………………話しかけてくるなでゴザル……。その気力が無いでゴザル……。地面に突っ伏し倒れてるにそんな体力残ってるとでも思ってるでゴザルか……?

 

 

スパルタにも程があるでゴザル……。定食屋を飛び出てから学園裏の森へと連れられ、今の今まで先の戦いが可愛く見えるようなしごきを受けたでゴザル……。このまま死にそうでゴザル……。やっぱりあの時帰れば良かったかもしれないでゴザル……。

 

 

「ふふ、今日はよく頑張ったものね。お開きにしましょうか。まあ条件未達成だから合格には出来ないけれど、せめてゆっくりお弁当味わって。野菜も茸も入れてない、キミだけの特製お疲れ様お弁当なんだから」

 

 

指ひとつ動かせない拙者の頭を、ミミックは撫でてくるでゴザル……。やっと終わるでゴザルか……。やっと帰ってミミックの作ってくれた弁当を……――。

 

 

「――いや……まだでゴザルッ…!!」

 

 

力を振り絞り、立ち上がるでゴザル……っ! これで…終わってはいられないでゴザル……っ! このまま、やられっぱなしで終わる訳にはいかないでゴザル!

 

 

ミミックに吠え面をかかせる――その目的を果たしていないでゴザル! そうでなくともこのまま何も出来ず終わったら、折角の弁当が美味しく食べられないでゴザルッ!!

 

 

息を、息を整えるでゴザル……! ついさっき習ったばかり忍び技で……! 立ち方も、腹への力を入れ方も、腕の構え方も、目の据え方も! よし……まだ……まだ……おかげで、なんとか……!

 

 

そして…忍びの技の修行だったからか…忍術の源には余裕が残っているでゴザル…! これで、これで――!

 

 

 

「最後の勝負でゴザルッッッ!」

 

 

 

ガクガクする身体を忍び技で支え、覚悟を決め、ミミックにそう宣言してやるでゴザル! うぐっ……幾ら忍び技で補助しても視界が揺れるでゴザル……倒れそうでゴザル……けど、これは拙者の意地でゴザル!!

 

 

「ふふふふ…! えぇ、受けて立ちましょう。何処からでもかかってらっしゃいッ!」

 

 

フッ……! 有難いでゴザル……! ミミックも構えてくれたでゴザル……! しかも、その場で。もし先程までのように跳ね回られたら流石に手の施しようがなかったでゴザルからな……!

 

 

フ…フフフッ……! 敢えて言うでゴザル……! ミミックめ、その油断が命取りになるでゴザルぞ!

 

 

「いざッ! 忍犬口寄せの術! 真・分身の術ッ!」

 

 

手始めに印を結ぶのは、定食屋でも使ったこのコンボでゴザル! ……忍び技を学んだせいか、疲弊している手でも正確に印を結べたでゴザルな…。それどころか今までよりも早く多くすら。これであれば他の忍術も……! 成果、見せてやるでゴザル!

 

 

「陣形を取るでゴザル!」

 

「あら、また? 煙玉が無くなった今、どうする気かしら?」

 

 

ミミックを包囲する形で展開し、準備完了でゴザル。良いでゴザル…! まだ油断してくれているでゴザル…! ――今でゴザル!

 

 

「かかれッ!」

 

「「「「「ヴォフッ!」」」」」

 

 

全く通じなかった策を二度続けてやるわけないでゴザル! 忍犬達と分身達を一斉に突撃させて、蹂躙するでゴザル! ミミックはすぐにそれを始末するために動こうと――――更に、今ッ!

 

 

 

「必殺ッ! 『地爆大噴火の術』ッ!」

 

 

 

 

 ―――ドッッッッッッッゴッッッッッッッッッァッッ!!!!!

 

 

 

 

「おおおおお~っ!?」

 

 

どうでゴザルか! これこそは地中へと忍術を流し、励起させ、大爆破を起こす拙者の切り札がひとつ! 極悪殲滅大大大大(だいだいだいおお)竜巻ほどの広範囲破壊力は持っていないでゴザルが、それでも土を、泥を、落ち葉を、茸を、折れ枝を、茂みを、石を、岩を、忍犬を、拙者の分身を、木々を根ごと、その場の悉くをまるで噴火如く、空へと高く噴き上げる技でゴザルッ! 

 

 

「危ない危ない、まだこんな忍術持ってたのね!」

 

 

ミミックもそれに巻き込まれ…いや合わせるように跳ねあがって回避しながら、砂の一片に至るまでを打ち払いつつ感心した声を上げるでゴザル。フッ……そりゃあ、拙者は切り札の忍術を全て披露した訳じゃないでゴザルからな……。

 

 

なにせほとんどしてやられていたでゴザルし、忍術の源は枯渇させられていたでゴザルし、町中にも連れてこられてたでゴザル。ただ単に撃とうにも不可能だっただけでゴザル。

 

 

しかしそのおかげで、こうして奥の手として放てたのでゴザル! ――大して効いてない? フン、予想通り、作戦通りでゴザル! あのミミックがこの程度で攻撃を食らう訳ないでゴザル。そしてこの奥の手すらもが、ミスリードでゴザルッ!

 

 

「ピュウッ♪ 成程ね、ここで攻めてくるのね。考えたわねぇ!」

 

 

どうでゴザルか! 忍犬達と分身達が既に彼女を包囲しているでゴザル! 彼らは噴き上げられたのではないでゴザル。ミミックと同じように、否、ミミックを迎撃するために、先んじて空中へと跳んでいたのでゴザル!

 

 

そして学んだ忍び技で空中の岩や木、果ては小石や枝を足場に蹴り進み、一気に肉薄! 総員がかりの三次元戦闘で叩き潰――!

 

 

「でもそう簡単にはやられないわよ~!」

 

 

されたでゴザルか…! あれだけ居た忍犬も分身も、瞬きの間に薙ぎ払われてしまったでゴザル…! だが――それもまた……うぷっ……搦め手でゴザル……!

 

 

「まあ! いつの間に! 意趣返しね!」

 

 

忍び技のおかげで…間に合ったでゴザルぞ! 未だ宙を浮かぶミミックを包むのは……住宅街での戦闘時にやられた、箱の形を象るように展開する大量の光手裏剣! わざわざ忍犬や分身を突撃させたのは、その場に釘付けにさせ捕らえるためでゴザル!

 

 

しかもこれは、定食屋でやろうとしていた数ミリの隙間すらない密度の飽和攻撃でもあるでゴザル…! 外から見たからまさに宙に浮かぶ光る箱に閉じ込められているように見えるでゴザル…!

 

 

これならば逃げることは不可能……ぐっ…おかげで忍術の源が、もう……だが……さあ! あの時とあの時、ビビらされた仕返しをその身に食ら――!

 

 

「っとっとっと! これは、中々!」

 

 

わないでゴザルな…! 今しがた砂の一片をも打ち払ったミミックでゴザル……これぐらいやってのけるのは――想定内でゴザルッ!

 

 

「火遁ッ! 奥義『火の鳥(フェニックス)』ッッ!」

 

 

「わぉっ!?」

 

 

全ての手裏剣が払われる前に…その全てを呑み込むように…ミミック直下より襲い来るは……あの業炎の巨鳥! 分身の一人が地に残り、燃やし尽くさんと放った大技でゴザル! 

 

 

それがたとえ…うっ……紙一重で回避され…同時に投げつけられた手裏剣で……ぐっ……その分身がやられても――これこそは…有利な領域を作り出す布石でゴザルッ!

 

 

「――っ! そうきたか!」

 

 

今更気づいても……遅いでゴザル! 先の召喚時…忍犬一匹と分身一人を忍び技によって木陰に潜ませておいたのでゴザル…! そして…地爆大噴火から始まる一連の猛攻を隠れ蓑に木を登り…機を待っていたでゴザル……!

 

 

そしてこの瞬間…回避行動により……多少の身動きが取れなくなった…この刹那の機を狙い…! ……忍術の源が…枯渇……視界が……身体が……くっ! 分身達は、まるでミミックが仕掛ける手裏剣罠の如く放たれ、必殺の、波状攻撃を――ッッ!

 

 

「実に見事よ。その潜ませ方。そして……キミの潜み方も!」

 

 

がっ……あっ……! 空中且つ回避直後という…超絶不安定な状態からも…忍犬を捌き…分身を捌き――その背に隠れていた、トカゲドラゴン姿の拙者をも……っ!! この…この…『そんなまさか』を――……

 

 

 

「はぁ……本当キミ、見違…………えっ!?」

 

 

 

信じてくれて……感謝するでゴザルぞ、ミミックっ!! 今吹き飛ばしたトカゲドラゴンは…拙者であって拙者ではないゴザル! それは……更に潜ませていた、分身! 分身による……変化の術でゴザルッ!

 

 

「何処に…!?」

 

 

ッ……フ…フフ……今にも……忍術の源不足で…気を失いそうで…ゴザルが……。その……顔で……。

 

 

拙者の見たかった顔とは程遠いで……ゴザルが……ミミックのその顔で……僅かな焦りを含んだその顔で――。

 

 

耐え忍んで得たこの絶好の機に、満身創痍の身に塵ほど残った気力を注ぐことが出来たでゴザルッ! 変化、解除ッッ!

 

 

「――っ! 茸……!? キミ……!」

 

 

ようやくこっちに……頭上に気づいたでゴザルな! 最初から拙者は此処に居たでゴザル! 拙者の術によってミミックと共に巻き上がった数多の物。そのうちがひとつ、拙者の嫌いな()に変化して、ずっと宙に噴き飛んでいたのでゴザル!

 

 

本当に……本当に……忍び技を教えてくれた感謝するでゴザル! 忍び技を学んでいなければ、茸変化という今初めての試みが失敗に終わっていただけでなく……この発想すら生まれていなかったでゴザル!

 

 

気配を消し景色の一部に溶け込むように、まるで初めからそこにあったかのように振舞い――。自分の有利な領域に相手を誘導しミスリードで油断させ――。『そんなまさか』を 利用し――。相手のあらゆる行動を予測し――ここまで迫ったでゴザル!

 

 

そしてこれこそ、正真正銘最後の一撃でゴザル! 外れる装甲パーツをもぎ取って握り……その身に突き立ててやるで――!

 

 

「まずっ…やッ……くッ……!!!」

 

 

「ゴザルッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――ゴォオオオォオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………試験終了の……始業の鐘が鳴ったでゴザルな……。そして、周囲に木や石や土がドサドサと落ちてくる音も聞こえてきたでゴザル……。さっきまでそんなの聞こえなかったのに……。

 

 

きっと、緊張の糸が切れたからでゴザルな……。それもそうでゴザル……。決着はついたのでゴザルから……。

 

 

拙者の体重を乗せた最後の一撃と、今や眼前に戻った地面。その間には――ミミックが挟まれているでゴザル。ただし彼女は……。

 

 

「っあっぶなぁ……!」

 

 

一撃をクナイで受け止めつつ、拙者が地面へ叩きつけられないよう支え守ってくれたのでゴザル……。フッ……流石ミミックでゴザル。やはり――。

 

 

「駄目だったで…ゴザル……な……」

 

 

彼女の上からごろりと転がり落ちるように、拙者は地面へと倒れるでゴザル……。指一本動かせないでゴザル……。もう忍術の源は完全に尽きたでゴザル……。なにせだからこそ、装甲パーツを武器代わりにしたんでゴザルもの……。

 

 

どんな時でも余力を残しておく――。それを失敗しなければ、手裏剣の一つでも作り出せれば……いや、持ってきていれば……もしかしたら……。いや、そんなのはもう良いでゴザル。過ぎたことは仕方ないでゴザルし、何より、嗚呼……。

 

 

空が……晴れやかでゴザルなぁ……。忍術の源不足で視界がぼやけて良くは見えないでゴザルが、それはわかるでゴザル……。だって拙者の心も……似ているでゴザルから……。体力を忍術を思考力を気力を…全てを出し尽くし、やりきった結果でゴザルから……。

 

 

ん……? ミミックが拙者を覗き込んできたでゴザルな……。 視界がぼやけすぎてどんな顔をしているかよくわからないでゴザルが……結局、一撃たりとも与えられなかったでゴザル。好きなだけ不合格の宣告をするがいいで……――。

 

 

「キャ……」

 

 

きゃ……?

 

 

「キャーッ♡♡♡ すごいすごい! 凄すぎるわキミ!! お姉さん、超超超感激っ!!!」

 

 

は……!? ちょっ……何を……!? 動けない拙者を抱き上げて、抱きしめて……!? や、やめ……!

 

 

「あ、まずはこれあげないとか! は~い召し上がれ~♡」

 

 

むぐっ……!? 口の中に何か入れられたでゴザル……! これは……忍力丸薬…? そして身体を引かれ……膝枕されてるでゴザルか……!?

 

 

「ゆっくりでいいから、しっかりと咀嚼してね。そうそう、それで良いわ」

 

 

それでなんで頭を撫で擦ってきてるでゴザル…!? 色々言いたいことはあるでゴザルが、今は言葉すらまともに出せないでゴザル。ただ口の中に入れられた忍力丸薬を噛んで飲み込むことしか……んぐ、ふぅ。

 

 

効いてきたようでゴザル。視界が定まってきたでゴザル。って、うわ…! ミミック、すっごいご満悦で興奮した様子の顔してるでゴザル!?

 

 

「な……何でゴザルかその顔は……!? 敗者への労いのつもりでゴザルか……!?」

 

 

疲れ果てた身体を無理やりに起こし、膝枕から離脱し向き直るでゴザ――ぶふっ!?

 

 

「キミすご~いっ!!! たった一晩であんなに動けるようになるなんて!!! ここまで成長してくれるなんて!!! お姉さんとってもびっくり!!! よく頑張ったわ!!!」

 

 

み、ミミックの豊満な胸にむぎゅッとむにゅんと抱きしめられたでゴザル!? や、柔……! み、密着して良い香りが……! は、放れ…させてくれないでゴザル!? 良い子良い子するなでゴザル!!?

 

 

「スパルタだったし、ちょっと苛め過ぎかなと思ってたけど……本当、良くついて来てくれたわ!」

 

「むぶ……ぷはっ! や、やっぱり拙者を苛めてたでゴザルか!?」

 

「うふふ☆ でもああでもしないとキミ、話すら聞いてくれなかったでしょう?」

 

 

うぐっ……それは……そうだったかもしれないでゴザルが……。って、ミミック、今度は背中も優しく撫でてきたでゴザル……!

 

 

「でもそんなだったキミが、教えたばっかりの忍び技をあんなに駆使して、ここまでお姉さんを追い詰めてくれるなんてねぇ~! 格好良かったわよ~冷や汗かいちゃったもの!」

 

「あ……あそこまでは忍び技を使うのは、強敵を相手どる時だけにするでゴザルからな…!」

 

「えぇ良いの良いの今はそれで! 言う事を聞いてくれて、有用性を理解してくれて、学んでくれて、実践してくれたんだもの! 見違えるほどの大大大大成長なんだから!!」

 

 

むぶふっ!? またぎゅうっと抱きしめられたでゴザル! は、早く解放するでゴザル!! 拙者も変な汗をかきだして……! 早く離れないとそれがバレてしまうでゴザル……!

 

 

なのにミミックは、まるで良い事をした子供を褒めて甘えさせるかの如く寧ろ抱擁を強めていくでゴザル…!? もう良いでゴザルからぁ……! これ以上拙者のプライドを崩すなでゴザル……放せで……ゴザルッ!

 

 

「あら、もっとギュッてしてたかったのに。忍び技使ってまで逃げなくとも良いじゃないの」

 

 

ミミックの胸の中から逃れると、彼女はちょっと不満そうにしたでゴザル……。が、すぐに顔を微笑ませたでゴザル。

 

 

「でも今のも見事ねぇ。これならキミも、いずれ凄腕ミミックになれちゃうかも!」

 

「いや拙者忍者でゴザルが!? 箱の中に入る気はないでゴザルぞ!」

 

「ふふっ、勿論冗談よ。でも、箱の中に隠れられる技は覚えといても損ないわよ。『そんなまさか』なんだから」

 

「いや無理でゴザル……。その箱にすら入れる気がしないでゴザル」

 

「あら、忍者なんだしコツ掴めば簡単簡単! おいで、教えたげる!」

 

 

はっちょっ!? 触手で捕らえられたでゴザル!? 引っぱられるでゴザル!? 抜け出せないでゴザル!!?

 

 

「ズボっと! ほらほら、暴れないの」

 

 

そしてあれよの間に羽交い締めにされ、そのまま箱の中に入れられたでゴザル!? っぁ…! 背、背に……! さっきまで拙者の顔を挟んでいたミミックの…豊満な胸が……背中にふにゅんと押し付けられて……。待っ…!

 

 

「ミミックじゃないから身体の柔軟性はこれぐらいかしら。ほらこうやって。お姉さんに沿ってみて」

 

 

ひぅぁっ…!? み、耳元で囁くなでゴザルぅ……! 息が……生暖かい息が……耳に……! 首筋にも……!

 

 

「違うわ、そっちじゃなくてこうよ、こう。もっと足を絡めてみて、ね? もっとよ、もっと巻きつくように…もっとぎゅっとよ……そう、良いわ。もっと激しく……♡」

 

 

ひ……ぁ……! せ、背中に…腕に…足に……ミミックの身体が密着して……擦りあって……! 拙者もミミックも揃ってぴっちりとしたボディースーツを着てるせいで……むにゅんと…ふにゅんと…ぺったりと…しっとりと……! も……も……もうダメでゴザル!

 

 

「あ、駄目よ逃げちゃ。もう少しなんだから」

 

 

なぁっ!? 触手で全身巻き取られたでゴザル!? しかもミミックの身体に縫い付けられたかのように……! ひぐっ…!? ミミックが拙者の位置を調整するたびに、その身体がしゅりしゅりと擦りつけられて……! 触手がにゅるんと這って、縄のように身へぐちりと食い込んで……! 

 

 

これマズいでゴザル……ヤバいでゴザルッ!!! 拙者、食べられ……っ……!

 

 

「――その辺で一旦止めてやってくれんかの?」

 

 

「あら!」

「里長様…!?」

 

 

 

 

 

あわや意識を持っていかれかけていたところに現れたのは、里長様でゴザル! 何故ここに!? うわっ! ミミックが身を乗り出したでゴザル! 

 

 

「里長様! この子とっ~っても立派になりましたよ! 忍び技も大分覚えてくれましたし、ちょっと丸くなりましたし! 最後仕掛けて来た時なんか、嫌いな茸に変化までしちゃって!」

 

 

「ふぁっふぁっふぁっ。見ておったとも。よく頑張ったの。そしてよく責務を果たしてくれた」

 

 

拙者とミミックを順に労う里長様。と、再度拙者に苦笑いじみた目を向け――。

 

 

「その分熾烈な修行で疲れておることだろう。箱隠れの指南は次の機会にでも、な」

 

「あ、それもそうですね。つい嬉しくなってしまいまして…!」

 

 

ミミックに指示を! よ、ようやく解放されたでゴザル……! はぁ……色んな意味で死ぬかと思ったでゴザル……。

 

 

「ところで里長様。何故こちらに?」

 

 

拙者が忍び技で動悸を抑えている間に、ミミックはそう問うでゴザル。すると、里長様は表情を苦しいものへと……?

 

 

「それがのぅ……。まあ……怒りが収まらない者がおっての……。少々、あおりを受けてしもうてな……」

 

 

「――もしや、校庭の一件ですか!? それとも見回りの…? いえ、忍具屋…? それとも今しがたの…!」

 

 

拙者の暴れた痕を挙げつつ、拙者の前に進み出るミミック…! しかし里長様は首を横に振ったでゴザル?

 

 

「いやいや。それら全ては某が容認しておった。それに見回りや忍具屋は、立つ鳥跡を濁さずで元通りにしてくれた。故に、何も問題はない――」

 

 

そこで何故か里長様は口ごもったでゴザル。しかし何かの圧に負けたように、渋々口を開いたでゴザル……。

 

 

「と言いたいところだったがの……いやまあ、某にも責任の一端はある訳でな……だから、あまり、な……?」

 

 

……誰に話しかけているでゴザル? ミミックや拙者ではないのは確かでゴザル。というより、ミミックも里長様も、それが何処にいるのかまでは掴めていない様子でゴザルが……。

 

 

「うむ…。もはや詮無し。――校庭についてでござる。あの破壊痕は某らが直したがの……。その端に、な…? もっと口を酸っぱく忠告しておくべきだったのぅ……」

 

 

なんだかすっごく回りくどいせいで、何が言いたいかよくわからないでゴザル……ん!?

 

 

「っあ!? やっ……やっちゃい……ましたか……?」

 

「うむ……」

 

 

ミミックは何かに気づいたようでゴザル……! その慄きは拙者が見たかった顔の何倍も恐怖に歪んでいるでゴザル……! 

 

 

あの彼女をそこまで竦みあがらせるとは何事でゴザルか…!? 校庭の端? 確かそこにあったのは――ッハ!?  ヒッ!?

 

 

な、何もなかった里長様の背後に……業炎の如き憤怒のオーラが、突然現れたでゴザル!? こ、これ……間違いないでゴザル!

 

 

校庭の端にあったのは……()()()()()っ! つまり……怒りが収まらない者とは――!

 

 

「アンタたちィイイ……!」

 

 

「「しょ、食堂の……おばちゃん!!!」」

 

 

 

 

「まあ要は……竜巻が食堂管理の菜園をも巻き込み、更地にしてしもうたという訳で、な……。だから、もっと強固な保護忍術をかけておかなかった某の責任でもあるがの……」

 

 

すすす……と横にずれ、食堂のおばちゃんに道を譲る里長様。そして――。

 

 

「……御免!」

 

 

あっ!? 消えたでゴザル! 逃げたでゴザルぞ里長様!? 卑怯でゴザル! 卑劣でゴザル! なんて――!

 

 

「アンタだねェ? うちらの菜園、滅茶苦茶にしてくれたのはァ…!」

 

 

ヒィッ!? 食堂のおばちゃん、もはや激昂した瞳だけが輝く、漆黒なシルエットにしか見えないでゴザル!? ガチ怒りでゴザル!! 

 

 

た、確かに拙者の極悪殲滅大大大大(だいだいだいおお)竜巻が無差別に壊した結果でゴザルが……いや拙者が百パーセント悪いでゴザルが! た、助け――!

 

 

「ここはお姉さんに任せて早く逃げなさい!」

 

 

……っ……あっ……! ミミックが……拙者を庇うように立ち……拙者を逃がすように背で押してきたでゴザル……! だ、だ、だけど……もう……身体が……。

 

 

「っ! その力もないのね……! なら…一緒に逃げるわよ!」

 

 

わっ……!? また箱の中に連れ込まれたでゴザル……! そして先程以上にギュウッと抱き留められて……! 蓋も閉じたでゴザ――!

 

 

 

「逃げようとするなら……許しまへんでェッッ!!」

 

 

「「いったぁああああああっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大体、まずは謝んなさい! 逃げようとするからこっちも拳骨出すのよッ!」

 

「「仰る通りです……。つい……」」

 

「全く……。明日以降、菜園直すの手伝って貰うからね。わかったら返事ィ!」

 

「「はい…っ!」」

 

 

正座した拙者達の返事を聞き、食堂のおばちゃんはプリプリしながら帰っていくでゴザル……。最後の最後でなんという……うむ……。

 

 

「いたた……。社長の言ってた通り、痛みだけ箱貫通してくるなんて……。私の修行不足……? いやそれもあるんだろうけど……あれ、そんな簡単なものじゃ……」

 

 

ふと横を見ると、ミミックがふらついているでゴザル。確かに蓋がしっかり閉じられたのに、拳骨を食らった痛みが頭に走ったでゴザル……。そして、拙者は一撃たりとも当てられなかった箱に攻撃を食らわせるなんて……食堂のおばちゃん、恐ろしいでゴザル……。

 

 

…………それと。

 

 

「その……庇ってくれて感謝するでゴザル……。拙者は……」

 

「ん~? もしかして野菜茸お残し常習犯として密告されるかと思ってた?」

 

「そ、そんなことする気だったでゴザルか!?」

 

「ふふふっ、冗談! それで、なぁに? 何か心に決めたような感じだったけど?」

 

「相変わらず拙者を弄ってくるでゴザルな……。まあ……良いでゴザル。――さっきああは言ったでゴザルが、今後も色々と忍び技は使っていくでゴザル」

 

「あら!」

 

「か、勘違いするなでゴザル! 忍び技の有用性及び大技の弊害に気づかされたのと、体得しなければ再試でまたしてやられるだけゴザルからな!」

 

「えぇ、それが良いわ! それでそれで?」

 

「ぐっ……この、見透かしたように……! まあだから……今後もその……指南を……」

 

「ふふふっ、喜んで! じゃあついでに、野菜と茸、克服できるように特訓する?」

 

「! そ、それは……」

 

「大丈夫よ、そっちはスパルタしないから。まずは食べやすい料理から、ね?」

 

「ぅ……わかったでゴザ――」

 

「じゃあ早速ね! お弁当取りに帰ってお店に行きましょう! おんぶしたげる♡」

 

 

「――ドロンでゴザルッ!」

 

 

「あ! もう、忍び技で逃げ足早くなっちゃったわねぇ。 ――ま、その疲弊した身でお姉さんから逃げられるとでも? 待て待て~☆」

 

 

「だぁあっッ!! こんな時まで手裏剣投げてくるなでゴザルゥッッッ!!!」

 

 



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顧客リスト№69 『エンジェルの天界ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌


 

 

ふわぁ……気持ちいい……。まさかこんな夢が叶うなんて……!

 

 

地上から見えたあの高い高い空は、今や目の前。ううん、ここはその空の中。空飛ぶ種族や魔物ですらほとんどは辿り着けない、まさしく天界の領域。

 

 

ここまで来るのはかなーーーり大変だった! 前日から色々準備して、体調とかも整えて万全の状態で、羽と魔法を組み合わせて挑んだのだから!

 

 

それでも依頼主の方が遣わしてくださった案内役の子達が手助けしてくれてなかったら、多分途中で力尽きて落下していたかもしれない。ダンジョンでもないところでそんなことになったら……想像しただけでも恐ろしい……!

 

 

一応このダンジョン及び依頼主の方々の加護によってそうなっても無事に復活できるみたいだが、幸いそんな危機には陥らずにこうして辿り着くことが出来た。そして、休憩させて頂いているのだけどいるのだけど……ふふふ……!

 

 

頬が緩んでしまうに決まっている! なにせ私が今こうして身を委ねているのは、()()なのだから! 誰もが一度は妄想したことがある、高い高い空に浮かび、きっと寝転んだら気持ちいいだろうなぁ、と思うアレ!

 

 

そう、雲!! 今、私と社長が寝転んでいるのは雲の上なのである! まるで大きな大きな大きなとっても大きなクッションのよう! ふわふわで、もちもちで、沈み込むようで、跳ね返るようで、あったかくて、冷たくて、心地よくて……あふぅ……。

 

 

雲を突き抜けることはないのか……って? それもまた、ここのダンジョンの方々の加護があるから……ぁふぁ……ちょっと、マズいかも……。

 

 

「アストおねむ? ふふ、これ気持ちいいものね。ここまで来るの疲れたろうし、ちょっとお昼寝させて貰いましょうか」

 

 

私の横で、社長もそんなことを……。けど、依頼で来ているのに……。でも……朗らかに降り注ぐ太陽の輝きと、ふわりと抜けていく清風と、身を包む癒しの波動と、どこからか聞こえてくる優しき音楽の前では……。

 

 

「大丈夫よ。だってあの方から誘って来てくださったんだもの。久しぶりに雲で寝てみないか、って。私ももう少し味わってたいし、お言葉に甘えちゃいましょ」

 

 

しゃ、社長がそう仰るなら……。まあ確かに、あの御方が慈愛に満ちた微笑みで私達をここに寝かせてくれたのだけど……。というかそもそも、あの御方と社長が旧知の仲なのはびっくりしたのだけど……。

 

 

「なんだか、とても眠いんです……」

 

 

それよりも、もう瞼が……。社長へまともな返答が出来ないぐらいに眠気が……。

 

 

「――あ。ね、アスト。寝るのは良いんだけど、ちょっと気を付けたほうが良いかもね」

 

 

へ……? どういう……ことですか……? あぁ……言葉が……でない……。なんだか……身体がふわりと浮いている気分に……。

 

 

「アスト~? 連れてかれてる、連れてかれてるってば」

 

 

連れて……かれてる……? よく……意味が……?

 

 

「もう、私は良いわよ。パトラッシュじゃないんだし。あーあーアスト、絵画みたいになっちゃって!」

 

 

パト……? 絵画……? あ、あの……? もしかして、寝ている場合じゃない……? が、頑張って目を開けて……。

 

 

「ふふ、相変わらず悪戯っ子ばかりねぇ。あ、アスト起きた? もう手遅れだけど☆」

 

 

え……へ!? ちょっ!? 私今、どうなって!? さっきまで雲に包まれていたのに!? ふわふわな雲に身を委ねていたのに!!?

 

 

今私、()使()の皆に引っ張り上げられている!!? しかも寝ていた雲が結構下遠くに!! ちょっ……待っ……何を……!? 一斉に手を離し――っ!? 

 

 

「ひゃああああああああっっ!!?!?!?  もぷぅゃあっ!!!?」

 

 

「ふふふっ! エンジェル悪戯名物、昇天雲トランポリンよ。はいはい、皆そこまで。アストを寝かせてあげてって、あら――」

 

 

 

 

 

 

「――おはよ。ぐっすり眠れたかしら?」

 

「ふえ……? え、あ、私寝てしまってました!?」

 

「えぇ。トランポリンで弄ばれた直後、そのまま雲の気持ち良さに負けて即寝してたわ」

 

「嘘ぉ……! 別に叩き起こしてくださっても……」

 

「ふふ、私も寝てたもの。顔から埋まって、宝箱をひっくり返した形でね! 久方ぶりにやったわ、この寝方」

 

 

言うが早いか顔面から雲へもふんと突っ込む社長。宝箱のお尻だけが見えるポーズのそれ、なんだか隠し宝箱みたい。あ、そのままずぶずぶと雲の中へと沈み隠れて……私を挟んだ反対側にぼふんっと出てきた!

 

 

「さ、元気になったところで、お話を伺いに行きましょか!」

 

 

そして背中の()()()()使()()()をぱたぱたさせ、私の腕の中へと。頭の天使の輪っかを輝かせながら。

 

 

と、さっき私に悪戯をしたエンジェルたちも同じ雲の上からふわふわと! どうやら一緒になって寝ていたみたい。さっきの悪戯を謝るようにしながらこっちこっちって。案内してくれるらしい!

 

 

なら私も、自前の羽と天使の羽の()()を羽ばたかせ、角に挟まれる形となっている天使の輪っかを輝かせて! お仕事を始めるとしよう!

 

 

 

 

……へ? いやいやいや、死んでません死んでません。私も社長もしっかり生きてますとも。ここまで飛んできたのは派遣依頼を受けたからだし、さっきの昇天はただの悪戯。

 

 

この小翼と光輪は、この『天界ダンジョン』に棲むエンジェル――天使、キューピッドとも呼ばれる彼らから授かった加護なのである。まず小翼は速度こそ出せないけれどふわふわと飛ぶことができ、このおかげで自前の羽を休めながらここへ来ることが出来たのだ。

 

 

そして光輪には、雲へ触れられるようになり、ある程度自在に操れるようになる力が! さっきまで雲で眠れていたのもこのおかげなのである! 因みに力を籠めることで光らせることもできる。

 

 

ふふっ、それらを身に着けた社長はまさに天使! 可愛らしいという意味で! いや、いつもの白ワンピも相まって本当に天使に見えてしまうかも!

 

 

 

――コホン。説明の続きを。ここ天界ダンジョンは高き空、流れゆく雲の狭間にある特殊なダンジョン。エンジェルたちの聖なる力、癒しの波動に満ちていて、穏やかな陽光に満ち満ちている。

 

 

一面の純白の雲と、天に広がる青空。それを彩るのは、ところどころに自然にかかる虹の橋、清雨の泉や色とりどりの光の花。更にここに棲むエンジェル達手製の、雲を捏ねて作られた無邪気な像。

 

 

まさに楽園、理想郷、平和なるダンジョン。更にこれまた加護で、お腹も喉も満たされたままなのだ。出来ることならこのままここにずっと居て、あちこち飛び回って楽しみたいくらいで――!

 

 

「アスト、ちょっとストップストップ。ほら、皆置いてけぼりよ。もっとゆっくりじゃないと」

 

「え、あっ! すみません、うっかりしてました…!」

 

 

社長に指摘され、慌てて自分の羽を止める。天使の羽だけで浮きながら振り返ってみると、頑張って羽ばたき、こちらに飛んできてくれているエンジェル達が。つい景色に夢中になって、案内役を追い抜かしてしまってた…!

 

 

実はさっきちょっと述べた通り、天使の羽は浮くことこそできれど、スピードは全く出せないのである。まさに『ふわふわ』という言葉が似合うぐらいにしか。羽の枚数が増えれば多少は速くなるようだけど、それでもそこまでは。

 

 

そして――その羽が巡り巡って今回の依頼に深く関係しているのだ。そう、冒険者達の被害に遭ってしまっているのである。

 

 

 

はぁ…もはや呆れるしかないのだが……私ですら訪れるのが一苦労なここへ、冒険者達はあの手この手で侵入。荒らし回っているらしい。なにせ普通であれば到達すらできないダンジョンの素材、どれもこれも取引価格はかなりの高値。

 

 

例えばほら、あそこのエンジェル達が触れてボールにしている雲。あれ、上手く持って帰れば同じサイズの黄金にはなる。そっちの意味でも冒険者達にとって楽園となってしまっている訳で。

 

 

最も心優しいエンジェル達のこと、そういう物であれば寧ろここまでやってきた勇気と努力を称賛し、要らないと言うまでくれるだろう。何分雲は勝手に流れてゆくものだし、他の物も愛ではすれども幾らでも湧き出るものなのだから。

 

 

しかし、冒険者の欲深さはここでも留まることを知らない。雲を始めとする諸々の素材は、価値を維持して持って帰るのが大変。だからそれよりも手軽で確実で高値がつく――『エンジェルの羽根』が毟られてしまっているのである。

 

 

勿論、羽根を毟られたエンジェルは生えそろうまで飛ぶことはできない。その間に今度は頭の輪っかまで割られてしまったら……加護で復活こそできるものの、雲の上から地面へと真っ逆さまに堕天してしまうしかないのだ! 酷すぎる!

 

 

だからこの依頼が舞い込んでくるや否や、私たちは憤慨と共にやってきたのである。しかしどうやら社長はそれだけではないようで…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――着いたわ! ふふ、そう変わってないのね」

 

「おぉ~! 雲の神殿ですか!」

 

 

エンジェル達に連れられ、ふわりふわりとやってきた先。そこにあったのは白い雲で作られた神殿! どうやらダンジョンの中心部のようで、流れゆく雲の中で荘厳に佇んでいる!

 

 

早速中へと入り、あの御方を探して……いや、その必要はなさそう。既に風に乗り、透き通るかのような音楽が。

 

 

その美しき歌に誘われ、神殿の最奥へ。すると檀上には、沢山の天使たちに囲まれ、グランドハープを奏でる大天使が。暖かき後光溢れるその御方は心和らぐ余韻と共に、私達へと慈愛溢るる微笑みを。

 

 

「ぐっすりと眠れましたか、ミミンちゃん、アストちゃん。改めて、今日は来てくださって有難うございます。私共一同、心よりの感謝をお二方へ」

 

 

「いえ、滅相もございませんガブリエラ様! 久しぶりの雲のベッド、気持ち良かったです!」

 

「はい! 至上の幸福、というような心持ちでした! 申し訳ございません、依頼を受けた身でありながら……」

 

 

「ふふ、そう固くならず。どうか、もっと愛する隣人と接するように。あの時のミミンちゃんのように。でなければ私、なんだか寂しいのですよ?」

 

 

自らの身より大きな、雲よりも滑らかで柔らかな六枚羽をふわりと羽ばたかせ、そよ風と共に私達の前へ。そして私達の額に祝福の軽い口づけを…!

 

 

彼女こそ、『ガブリエラ』様。今回の依頼主にしてダンジョンの主、そして社長のお知り合いなのである!

 

 

 

 

 

 

「あぁ、ふふふっ。なんだか懐かしい思い出ばかりが口を衝いて出てしまいそうです。私の願いを聞き届けて来てくださったというのに、面目ありませんね」

 

 

揃って礼を向けるエンジェル達を自由にさせ、殊更に顔を綻ばせるガブリエラ様。社長は私の腕からぱたぱた飛び立ち、彼女の前で胸を張ってみせた。

 

 

「私もですよガブリエラ様! 色々と御世話になりました! ですが思い出の中でじっとはしていませんとも。大分大きくなりましたよ、会社も、身体も! なんて☆」

 

 

「あらあら。えぇ、大きくなっていますとも。私が頼りたくなる会社に、頼り甲斐のある立派な背中にに。なのに、可愛さは変わらないのですから。うふふっ」

 

 

まるで長年の付き合いがある隣人のお姉さんのように、ガブリエラ様は社長の頭を良い子良い子と撫でて。と、次には私の方へ。

 

 

「アストちゃん。その魔力、アスタロト一族の方ですね。ふふ、ミミンちゃんと同じぐらい可愛く、凛々しく、聡明な子。とても素敵なコンビだというのがよくわかりますよ」

 

 

「ガブリエラ様からそのようなお褒めの言葉を授かれるなんて…! 光栄で――ひゃんっ!?」

 

 

「うふふっ、もう貴女と私は友人同士。悪戯して砕けさせちゃいます」

 

 

は、羽で!? ガブリエラ様の大きな天使羽の二枚をふわりと曲げ、私の悪魔羽をくすぐってきた!? ガブリエラ様も悪戯好きなの!?

 

 

「あ! ガブリエラ様ずる~い! 私も私も~!」

 

 

いやなんで社長まで混じって来て――きゃふふふふっ! ふふふふふっちょ、ちょっとっ!

 

 

「えへへ、こうしていると皆してマオを弄っていたことを思い出しますね!」

 

「うふふ、そうですね。マオちゃんもアストちゃんと同じ、いえ、もっとくすぐったがりでした」

 

「あの子、今も変わってませんよ~。あ、因みに大体何年前のことだか覚えてます?」

 

「あれは確か……36万、いえ、1万4000年前のことでしたか。あら? 339年前? 85年前…? いえもしかして明日の出来事……?」

 

「も~全然違いますってば~! 相変わらずですね~」

 

「うぅん、お恥ずかしい。長く生きていますと正確な年月があやふやになってしまいまして。けれど、全て覚えていますとも。くすぐり過ぎてマオちゃんが怒り、この雲神殿を雷で真っ黒にしたことも」

 

「あははっ! ありましたありました! その節は大変なご迷惑を!」

 

「ふふっ、いいえ。雲のように流れゆく歳月の中の、陽光のように朗らかなる思い出ですとも。実はその痕跡、まだ少しだけ残してあるのですよ」

 

「え! ほんとですか! 見たいです!」

 

 

いつの間にか私をくすぐることを止め、盛り上がるガブリエラ様と社長。旧知の仲なのは聞いていたけど、成程。

 

 

「『最強トリオ』時からの御関係でしたか!」

 

「そうなの! このダンジョンを遊び場にさせて頂いててね。ほら、やっぱり雲の上でふわふわぴょんぴょんすやすやできるなんて最高じゃない?」

 

 

それに私でも飛べちゃうし~。と浮いたままの身をふわりと翻してみせる社長。どうやら社長もサキュバスのオルエさんも魔王様も、雲の魅力にはつい惹かれてしまうみたい。なんだか親近感。

 

 

「あ、そうそう。最強トリオのエピソードの中に、ここと関係する話があるわね。わかるかしら?」

 

「え、そうなんですか?」

 

 

私の腕の中へと戻ってきながら、社長はそんなクイズを。えぇと、正直色々ありすぎるから絞るのは難しくて……うーん……。

 

 

「では私から手助けを少しばかり。このダンジョンが何処にあるかを考えて頂ければ、アストちゃんならばきっとわかりますよ」

 

 

悩んでいると、ガブリエラ様がヒントを。この天界ダンジョンが何処にあるのか? それは勿論、雲に包まれた空中に……あ!

 

 

「ひょっとして、『数日のみ顕現せし存在し得ぬ空中浮遊庭園』ですか?」

 

「せいか~いっ! えいっ!」

 

 

わっ社長、天使の輪をピカッと光らせて! まる、ってことっぽい。ということはもしかして……!

 

 

「その浮遊庭園って、もしかしてガブリエラ様方が雲でお作りになった……!」

 

「んー惜しいっ! そっちはちょっとハズレ! えいえいえいっ!」

 

 

ちょっ眩し!? 輪を点滅させて惜しい感ださなくて良いですって! あれでも、良い線いったと思ったのに。存在し得ぬ、だし……。

 

 

「だってそれだと私達のエピソードにはならないじゃない。そもそもその話の庭園、雲製じゃなかったでしょう?」

 

 

あ、確かに。この伝説を簡単に語ると、『突然何処からともなく現れた浮遊する巨大庭園が空へと昇り、降りて来てを数日繰り返した後に忽然と消え去った』というもの。それが雲で出来ていたという話なんて聞いたことが無い。

 

 

魔王様方との酒席では、社長達がそれをやったという話ぐらいしか聞けなかったし。ならば、一体?

 

 

「あの庭園は私達のために用意してくださったのですよ。ふふ、その節はお手間を取らせてしまいましたね」

 

「もうガブリエラ様ったら! 庇っちゃやですよ~。あれは私達のおふざけなんですから! 優しく諭してくださったのに言う事を聞かない悪ガキたちの!」

 

 

やはり懐かしむように笑うお二人。首を捻るしかない私へ、社長はちょっと恥ずかしそうに小さな羽を可愛く動かし、てへっと語り出した。

 

 

「あの話の裏事情を話すとね。空中浮遊庭園って実は――魔王城の一角なの」

 

「……へ!?」

 

「ううん、それだけじゃないわ。グリモワルス(魔界大公爵)の皆さんの庭園、その一部を引っこ抜いて合体させて、ここまで飛ばしたの☆」

 

「えっ!? ええっ!!?」

 

「うんうん、あの時の皆さんみたいな顔してるわね~!」

 

 

そりゃそんな顔にもなりましょう!? 意味が分からないのですけれど!? どういう!?

 

 

 

 

「私が話をしましょう。事の発端は私達の我が儘なのです。アストちゃん、ここに来るまでに雲の像はご覧になられましたか?」

 

 

ガブリエラ様の言葉に、私は目を白黒させながらも頷いてみせる…。幾つも見てきましたとも。それを受け、彼女はちらりと横へ視線をやりながら続きを。

 

 

「私達エンジェルの――特に小さい子達の遊びとして不動の人気なのが、雲で何かを象ることでして。あぁ、丁度あの子達も遊んでおりますね」

 

 

促されガブリエラ様の視線を追うと、神殿の外には雲を捏ねて像を作っているエンジェル達が。宝箱っぽいのを作っているみたい? 社長の事をちらちらと見ながら一生懸命形成している。

 

 

そして、更にその奥では……わっ!?  沢山のエンジェル達がこの神殿に匹敵するサイズの雲で、人っぽいの作ってる! 正直人型ってことぐらいしかわからないけど、二人が向かい合っているような……ん!?

 

 

片方の人?の背には、六枚の天使羽みたいなのが。そして向かい合う方の背には、悪魔羽!? 悪魔羽の方には角や尾みたいなのもあるし、四角い何かを抱えているし……あれもしかして…私達が作られている!?

 

 

「お~大作大作! さあ今回はどこまで――あっ」

 

「ああっ!?」

 

「あらあら」

 

 

直後、三人揃って声を上げてしまった! だってその製作途中な雲像、風に吹かれたようで、一部がもふぁんと崩れてしまったのだもの! 

 

 

ああぁ、天使羽の部分だけ千切れて飛んでってく! わ、今度は私の方の首がもげて! 遠くへと流されて……――。

 

 

「ほらアスト、たまに空を見上げると、何かに妙に似た形の雲が空を流れてたりするでしょ? あれ、エンジェル達の仕業よ」

 

「えっ!? 本当ですか!?」

 

「ふふ、はい。全てが全てではありませんが、エンジェル達があのように大きいものを作ろうとして失敗したり、流されていった結果なのですよ」

 

 

そうだったんだ……! 似ているのに理由があったとは! …流れていった私の顔、何処かの誰かが悪魔族っぽいって思ってくれるかな。なんて。

 

 

それはともかく。あの巨大像で改めて認識したけれど、この神殿も雲製。ならばここも、エンジェル達により作られたものなはずである。

 

 

頑張ればここまでの美麗で荘厳な建物を作り出せるのだ。そして、あれだけ大きなものにも挑むチャレンジ精神。つまり、事の真相、エンジェル達の我が儘とは――!

 

 

一つ推察にたどり着きガブリエラ様の顔を窺うと、彼女微笑みと共に答え合わせをしてくださった!

 

 

「当時、ミミンちゃん達から地上のお話を聞いた皆は、ここにも綺麗な庭園を造って見ようと考えたのです。しかし、それほどの規模となるとやはりお手本がないと難しいものでして」

 

 

「ということで、私達がお手本をここまで運んできたの! 色んな庭園から綺麗どこを集めて、合体させた『存在し得ぬ空中浮遊庭園』にしてね!」

 

 

 

 

 

 

「……色々ツッコミたいので、順番にいきますね。お手本の規模がおかしくないですか!?」

 

「だって~。生半可なものじゃ面白くないじゃない? 折角みんなで作るんだもの!」

 

 

……まあそれは…確かにあるけれど。雲で大きなものを作ることが出来るなら、そして実際に出来るなんて楽しいに決まっているし! …いや、落ち着いて私。次は――。

 

 

「どうやって持ってきたんですか!?」

 

「そりゃ三人で協力して、よ! まあでも、ほぼマオの力ね。集めた庭園をくっつけて、飛ばして、終わったら分解して元に戻して。そも、マオがいなかったらここに遊びにすら来れなかったわねぇ」

 

 

私は飛べないしオルエもそっちには長けてないから、と語る社長。最近は皆忙しくなっちゃったからここにも滅多に来れなくてね~、としみじみとも。それならば今後は私が……いやいや、だからそうじゃなくて!

 

 

「どうやって色んなとこから…! グリモワルスの庭園を…!?」

 

「それの実行犯はほとんど私とオルエね! ほら、マオは怖がり、もとい良い子だもの。だからオルエが衛兵とか召使の人達を幻惑して、その間に私が庭園をくり抜いて、箱に頑張って仕舞いこんで逃げたわね~」

 

 

えっ、さらっととんでもない事言わなかった!? 庭園を、箱に!? そ、それも気になるけれど個人的には……!

 

 

「じゃあ、もしかしてうちにも……!?」

 

「えぇ、当時からアスタロト様の庭園は綺麗だったもの! 本当は全部そこで済ませても良かったのだけど、流石にね。良いトコだけ借りちゃった☆」

 

「ど、どこを……!?」

 

「うーん、それはわからないわ。この間アストに案内してもらって初めて知ったのだけど、あの庭園、全く別物になっているのよ。少なくともあの時に見たとこには無かったわね」

 

 

そうなんだ……。でも……少し、ほっとした。だってこの間の庭園紹介、無駄骨だったのかもって不安になってしまったのだもの。私一人で盛り上がってたのかもしれない、って……。

 

 

「もう、アストったら! あの時間、とーーっても楽しかったわよ! 人形に隠れて抱かれながら、懐かしくも新鮮な庭園を、大好きなアストの思い出と共に巡る――。最高の時間だったに決まってるじゃない!」

 

 

……ふふ。また、そうやって。コホン! 話を戻してと。

 

 

「空中浮遊庭園の顕現、なんで数日だけだったんですか?」

 

「いや、流石に先代様方に怒られちゃって。目立ち過ぎだし、完璧に直せるとはいえ勝手に庭園盗んだし。だからその後は私の箱の中に隠して持ってったりオルエの幻覚魔法で代用してで、雲庭園を完成させたわ!」

 

 

うぅん、超シンプルな理由。蓋を開けてみればとてつもなく単純で、やはりスケールが桁違いな伝説の真相だった。しかし――。

 

 

「アストちゃん、どうか笑ってくださると幸いです。これらは懐かしき良き思い出なのですから」

 

 

ガブリエラ様。えぇ、勿論! 私の生まれる前の話だし、先代魔王様方がお叱りになられたのであれば私から言えることなんてない。ただ、ちょっと残念なのである。

 

 

「その雲庭園について、社長が今の今まで何も言及をなされていなかったということは――」

 

「えぇ。壊しちゃったのよ。すんごいのを作り上げたんだけど、それで皆興奮しちゃってね。ここ(雲神殿)みたいな保存ができる前に遊びに使って、バラバラにね」

 

 

作る過程が一番の目的だったとはいえ、今となってはちょっと勿体ない事したわ。と肩を竦めてみせる社長。私に一目見せてあげたかったというように――。

 

 

「うふふっ。ミミンちゃん、アストちゃん。実はその雲庭園、新しく作り直してあるのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

「えええっ!? 本当ですか!?」

 

「嘘ぉっ!? ガブリエラ様いつの間に!?」

 

 

突然のガブリエラ様の一言に、私、それ以上に社長が驚愕の叫びを! 一方のガブリエラ様はまるで悪戯っ子のような微笑みで!

 

 

「本当ですよ。嘘なんて申しませんとも。あの時作り上げましたものに比肩する出来栄えと、胸を張って言えましょう」

 

「で、ですがどうやって!? いえ、エンジェルの皆の腕を疑っている訳じゃないんですけど、もうかなり昔の話なのに!」

 

 

困惑する社長。それをガブリエラ様は楽しそうに眺めながら、種明かしを。

 

 

「私は細部まで覚えておりますから。しかしそれを他の子達に伝えることはできませんので、一人で懐かしむしかありませんでした。――しかし、不意に遊びにいらしたあの子が面白い提案をしてくださいまして」

 

「あの子?」

「提案ですか?」

 

「ええ。ふふっ。私の思い浮かべた記憶の景色を読み取り、幻覚魔法として皆へ付与するというあの子の得意技を」

 

 

「「っッ!!!」」

 

「そ、それってまさかもしかして!?」

「もしかしないわよ! 絶対それ――」

 

 

「オルエ(さん)!!?」

 

 

「ご明察ですよ、お二人とも。ふふふっ!」

 

 

 

 

 

「あれは今から――えぇと、少し前のこととなります。久しぶりにオルエちゃんが、しかもお一人でここを訪ねて来てくださったのですよ。マオちゃんから力をお借りしてきたみたいでして」

 

 

成程、魔王様から強化して貰って来たようで。そこで昔話に花を咲かし、流れでそんな提案、実行をしたのだろう。けど、気になるのが――。

 

 

「オルエに変な事されてませんよね!?」

 

 

ちょっ、社長!? 長年の友人なのに! そんな心配しなくても、オルエさんだから……うん……まあ……。サキュバスだから……その……――。

 

 

「堕天を唆されたりされてませんか!?」

 

 

つい私も社長と同じく迫り寄ってしまう! けれどガブリエラ様はまるでかつての最強トリオの掛け合いを見たかのような表情を。

 

 

「あらあらまあまあ。ふふ、えぇ。あの子が案外分別を弁えていることはご存知の通りですとも。どうか今回も信頼してあげてくださいね」

 

 

なら良いけど……オルエさんはそういう方だし間違いないだろうけど……。まあそれはいいとして、やはり気になるのが彼女の来訪理由である。ただ歓談しにきたとか?

 

 

「うふふっ。優しい子ですもの、そうだと仰ってくださいました。それと、私達の羽根を差し上げると喜んでくださいましたね」

 

 

成程、そういう目的もあったらしい。けど、オルエさんのこと。売り捌く訳ないだろうし、何故エンジェルの羽根を――。

 

 

「ガブリエラ様の羽根でなんてことしてんのよあいつ…!!!」

 

 

へ? 社長が険しい顔を……あ。い、いやいや……何もそういう用途に使うとは限らないし……オルエさんとはいえ……サキュバスクイーンとはいえ……淫間ダンジョンの主とはいえ……えと……。

 

 

「ふふ、羽根の使い道は彼女の自由にしていただきまして。雲庭園、ご覧になりませんか?」

 

 

「「是非!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「わー!! 本当に雲の庭園が!!」

 

「おー!! 本当に再現されてる!!」

 

 

ということで雲神殿から、少し離れたところにある雲の庭園に! 凄い凄い! 石畳の道やアーチ、階段やコテージが煉瓦のように固められた雲で作り上げられている!

 

 

でもそれでいてどこか柔らかく見え、ううん、実際に触れてみると本当に柔らかいんだから不思議な感覚! 転んでもぶつかっても怪我する心配なんてなし!

 

 

そして木々もまた、雲! あの遠くから見た時のモサモサ感を見事雲のモフモフ感で見事再現しているのだ! 丸いのも尖っているのも実が成っているようなのも!

 

 

でも葉の色は白? ふふ、ご安心あれ! 虹の欠片や聖なる光が仕込まれているのだろう、緑や赤の単色ではないが、美しく優しく輝いている!

 

 

そしてやはり、至る所に色とりどりの光の花が咲き誇って! 地上の花畑よりも美しいかも! 更には清雨の噴水や虹の風、雲の彫像に小さな羽を揺らし揺蕩うエンジェル達などなど!

 

 

こんな素晴らしい庭園を社長達は昔に作っていたなんて! ふふっ、確かに壊してしまったのは勿体なかったと思う!

 

 

「なっっつかしいわね~! あっちはレオナール様のとこのでしょ? そんで向こうのは確かエスモデウス様のとこの! その奥のとこのは魔王城のね!」

 

 

社長も一か所一か所指さしながら、まるで子供のようにはしゃいで! あ、そうだ!

 

 

「社長、ということは何処かに私の家の庭園が……!」

 

「えぇ! この感じならきっとあるわ! えっと、ここがそこだから、確か…あっち!」

 

 

やった! 早速示された方向へと飛んで! ふふ、私の知らない、かつての我が家の庭園。一体どんな――えっ…!

 

 

「うん! ここよここ! 間違いないわこの泉! あら? アストどしたの?」

 

 

「ここ……今もあります…! というより……私が小さい頃、よく遊んでいたとこです!」

 

 

雲だから色は違うけど、絶対にそう! この見た目、この泉、そしてかかっているハンモック! 以前社長に口だけで説明した、私のお気に入りの場所の一つである!

 

 

「あぁ、妖精と一緒に読書してたって場所! へ~! まだ残ってたのね! ね、今度アスタロト家にお邪魔する時は……」

 

「えぇ! ご案内します!」

 

 

まさか私のお気に入りの場所が、社長も『良いトコ』と気に入ってくれた場所だったなんて! ちょっと感動してしまっていると、少し遅れて到着なされたガブリエラ様が。

 

 

「ふふふっ。ここはゆっくりと羽を休めるのに最適な場所ですし、丁度良いかもしれませんね。ここで少しばかりお話でも如何ですか?」

 

 

是非とも! 子供の頃の社長の話とかを……っと、コホン。違う違う。危うく目的を忘れる所だった。依頼の話をしなければ! じゃあ、早速――。

 

 

 

 

 

 

 

「――えぇ、丁度その時でした。ミミンちゃんが雲を沢山箱に吸い込んで来てくださったのです。おかげで巨竜の像作りは一気に進む……と思いきや、想定外の出来事が起きてしまったのですよ」

 

「そ、それは一体!?」

 

「うふふっ。宜しいですか、ミミンちゃん?」

 

「いや~あの時はやらかしましたね~! ほら、この頭の輪っかのおかげで触れた雲の質感とかちょっと操れるじゃない? それで、箱から出す時によかれと思って硬めにしたのよ。そしたら……」

 

「そしたら……!?」

 

「そんな固めた雲をぼぼぼぼぼっ!って一気に噴き出させ過ぎちゃって! マオやオルエ、エンジェルの皆だけじゃなく、折角完成間近だった巨竜像までを巻き込んでえらい勢いで押し流しちゃったのよ!」

 

「あー!」

 

「そんで私は私で反対方向に吹っ飛んじゃってね。ガブリエラ様が助けてくださらなかったらどこまでいってたことやら!」

 

「ふふ、あの光景はびっくりしてしまいました。でも、そのおかげで巨竜の像が一層楽しいものになったのですよ」

 

「と言いますと?」

 

「皆、私のそれが竜が火を噴くみたいに見えたんだって。だから巨竜像の口に私が入って、雲をばーっと吐き出して皆を押し流すアトラクションになったのよ。像が切れ切れになるまで遊んだわねぇ」

 

「お~! 面白そうですね! 雲に包まれ流されるなんて…!」

 

「なら後でやってあげるわ! エンジェル達も呼んでね」

 

「ふふ、有難うございますミミンちゃん。皆喜んでくれることでしょう」

 

「いえいえ! そうだ、もし今の子達も気に入ってくれるなら派遣する子達にもやって貰いま……あ。」

 

「あっ!?」

 

 

し、しまった…! 結局、思い出話に夢中になっちゃっていた! 喉もお腹も常に満たされる聖なる輝きの中だからか、つい……。社長も頬を掻きながら、ようやく依頼の話へ。

 

 

「あはは。まだまだ話し足りませんし、すべきことを先に済ませてしまいましょう! ガブリエラ様、依頼の仔細をお伺いしても?」

 

 

「あらあらそうでした。御足労頂いた理由を失念しておりましたね。えぇ、お伝えいたしました通り、冒険者への対処なのですが――おや?」

 

 

 

改めて事情を語ってくださろうとするガブリエラ様……だったのだが、急に六枚の羽を全てピクリと。あれ、凄く遠くから何か聞こえた気が?

 

 

「今の、天使のラッパの音ですよね。緊急を伝える。もしや――」

 

 

社長は音の正体をしっかり聞きわけたらしい。険しい顔でガブリエラ様にそう問うと、彼女はこくりと頷いた。

 

 

「えぇ。きっと冒険者の方々でしょう。ごめんなさい、少し席を外しますね」

 

「いえ、同行させてください! いくわよ、アスト!」

 

「はい! ガブリエラ様、お任せください!」

 

 

私も立ち上がり、悪魔羽と天使羽を羽ばたかせて! もしそうであれば私達がのんびり待っている訳にはいかないのだから! 社長を抱え、音の方向へ全速力でっ!

 

 

 

 

 

 

 

「――見えました!」

 

 

やっぱり戦いになっているみたい! 元々そこにいた、あるいはラッパの音で駆け付けたエンジェル達が沢山浮き、光から弓矢や杖を生成し、戦闘態勢を!

 

 

しかし肝心の冒険者達の姿がよく……わっ!? 雲の中から勢いよく飛び出して来て、自由自在に空を翔けている!? その素早さはかなりのもので、エンジェル達の矢や魔法の攻撃が当たっていない!

 

 

いやというより……エンジェル達の攻撃はそんな強くないというか…。争いをする種族じゃないからだろう、矢も山なりな感じで、光弾も雷撃も的外れ気味。加えて、その飛ぶ遅さ。

 

 

繰り返してしまうが、天使の羽は速度を出せない。だからこそ、空を飛ぶ装備や魔法を身に着け縦横無尽に動く冒険者には手も足も出ないのだ。そうこうしているうちに冒険者達は近くの雲に隠れて姿を消してしまった。隙を突いて再攻撃を仕掛けてくる気だろう。

 

 

「アスト! やって!」

「はい! えいっ!」

 

 

そうはさせない! 私は急ブレーキをかけつつ、作戦通りに社長を撃ちだす! 強弓から放たれた矢の如く飛び出した社長は雲へと乗り――!

 

 

「さー! 『ヤラレチャッタ!』にしてあげるわッ!」

 

 

そのまま雲の上をスキーのようにサーフィンのように滑りつつ、中に潜んでいたらしい冒険者をスポンッと引き抜き捕えて! かと思えば間髪入れず跳ね上がり、空中を蹴る技と天使羽を駆使し高機動、丁度飛び出してきた冒険者をバクッと!

 

 

子供の頃から遊び場にしていたからなのだろう、とんでもなく手慣れている! 空飛ぶ宝箱がギュンギュン暴れ回るシュール極まりない状況に、冒険者サイドは総崩れ。私も急いで参戦を――。

 

 

「アストはそこでガブリエラ様達を守ってて~っ! こっちは全部任せて頂戴な~っ!」

 

 

と思ったら、遠くで駆け回る社長からそんな指示が。丁度ガブリエラ様も到着なされたし、彼女やエンジェル達を守るように分身体を召喚。警護や避難誘導を。

 

 

「とーう! 剛腕ダッシュアッパー!」

 

「「「ぐへあっ!!?」」」

 

 

まあもうそんな必要もなさそう。逃げ惑う冒険者達が実に軽快に吹き飛ばされ、そのままダンジョンから勢いよく落下させられている。復活の加護があるから死なないだろうけど。

 

 

「お~いっ! アスト~っ!」

 

「へ、あれ、いつの間に?」

 

 

ダンジョンから消えてゆく冒険者達を眺めていたら、いつの間にか社長が少し離れた雲の上にちょこんと。そして妙なお願いを。

 

 

「私に雷の魔法付与できる~っ?」

 

「雷ですか? はーい!」

 

 

頼まれるままに付与すると、社長はニンマリ笑い、雲の中へと。そして……えっ、社長入り雲が風に逆らって動いてる!? そして――。

 

 

「見せてあげましょう! ミミックの(いかづち)を!」

 

「「「ぎゃあああああっ!!?!?!?」」」

 

 

雷を落としたっ!! それによって落下地点に潜んでいた冒険者達が一網打尽に! あぁ、真っ黒になって落ちていく。

 

 

「まあ、懐かしい技ですね。マオちゃんと協力してよく放ってくださってました」

 

 

驚いていると、ガブリエラ様がそんなことを。あれ、昔から使っている技だったんだ。そして、雲も箱判定になるんだ……。あっとそうだ、えぇと、うん!

 

 

「索敵をしてみましたが、今ので最後だったようですガブリエラ様!」

 

「3分クッキング完了でーす!」

 

 

社長も雲入りのまま、私達の元へ。ガブリエラ様は手を合わせてお喜びに。

 

 

「あぁ、お二人とも有難うございます! 最近、あのように素早く動かれる方々が多く訪れるようになりまして、私達では対処が難しいのです……」

 

 

恐らく、ここへの侵入方法や戦法がある程度確立してしまったのだろう。加えて、一獲千金を狙えるとはいえこのダンジョンを選ぶという冒険者は皆それだけの自信や腕を持つ手練ればかり。

 

 

そんな相手と平穏に暮らすエンジェル達では結果は明白。えぇ、ならばミミックが退治を請け負いましょう! ……ただ、ちょっとだけ問題がある気が。

 

 

「社長、雲を活用できるのはかなりのアドバンテージとなりますが、移動に関してが少々…?」

 

「お、流石アストよく気づいたわね。そうなの、そこがネックなのよね」

 

 

肯く社長。やっぱり。雲に隠れエンジェル達を翻弄する冒険者相手に、ミミックも雲に隠れて対抗するのはとても有用な戦法。上手く誘導すれば罠になるし、これだけ雲があればそれに紛れ近づくことだってできる。

 

 

ただし……空中を移動するにはエンジェルの羽に頼るしかない。けれど、冒険者達はエンジェルの羽ではおいそれと追えない速度を誇っているのだ。もし変に気づかれてしまえば普通のダンジョンでのようなリカバリーは効かないだろう。

 

 

勿論社長みたいな空中機動が出来れば別だけど、あれが可能なミミックは極少数。それに、ずっと雲に隠れている訳にもいかない。ダンジョン外まで流されてしまうもの。状況を見て雲を移る必要がある。

 

 

というかそもそも狙われやすいのはエンジェル達自身。雲に隠れるよりも傍で警護する方が、欲を言えばそのどちらにでも転べる形でミミックを配置したいところなのだが……。うーん。あ。

 

 

「そういえば社長、さっきのお話。雲を沢山持ってきたお話ですけれど」

 

「えぇ、巨竜像作りのね。お、何か名案が思い浮かんだのかしら?」

 

「名案かどうかはわかりませんが、えっと。雲を一気に集めてくるのって、エンジェルの皆さんは出来るんですか?」

 

「ううん。私の知っている限りじゃ難しいみたいだけど。ガブリエラ様はご存知ですか?」

 

「いえ、ミミンちゃんの仰る通りです。大きな雲は皆で運んでおりますね。重さはありませんが、千切れてしまいますから。ですので、ミミンちゃんの力は皆羨ましがっておりましたよ」

 

 

クスクスと笑うガブリエラ様。やった、なら!

 

 

「ちょっとエンジェルの負担となってしまいますが、身を守ることができて、且つ喜ばれる方法を思いつきました。えっとですね――」

 

 

 

 

「――という方法なのですが」

 

「お~良いわね! 如何ですかガブリエラ様?」

 

「えぇ、とても素敵です! 寧ろ取り合いになってしまうかもしれませんね、ふふっ」

 

 

ガブリエラ様に続き、近くで聞いていたエンジェルの子達も目を輝かせて! よかった、気に入ってくださった!

 

 

これでエンジェルの身辺警護に関してはとりあえず良いとして。あとは隠れる雲への移動方法も。何か……。

 

 

「それなら私にちょっと考えがあるわ! 今のアストの策に、さっきの戦闘開始の時のことを組み合わせて!」

 

 

へ? 戦闘開始の? 私が社長を魔法で撃ちだした、あれ? 首を捻っていると、社長は近くのエンジェルへ手招きをしながら。

 

 

「確か皆なら出来たはずだけど、試してもらいましょう! まず、ね――それで私が――」

 

 

 

 

 

「――うん! 良い感じじゃない!」

 

「ですね! 挟撃にぴったりです!」

 

「あらあらまあまあ、こんなことまでできてしまうなんて! びっくりが止まりませんね、うふふっ」

 

 

少し離れた雲から顔を出した社長に、私もガブリエラ様方も賛同を。これで策の幅は大きく広がった! そこへ更に色々と案を加えて――。

 

 

「これで契約完了となりますガブリエラ様! すぐに私達が手塩にかけて育て上げたミミック達を派遣させていただきますね!」

 

 

サインを頂き、契約書は完成! ……なのだけど、その。

 

 

「社長、本当に宜しいのですか? 派遣料金が無料で――何も頂かなくて?」

 

「えぇ、そうよ! 前からそう決めてたの!」

 

 

なんと社長、何故かお代を頂かないと断言したのだ。今回は専用の箱の制作もあるし、派遣人数を普通よりも多くするとも言っていたのに。社長の意向であれば私は従うまでだけど、何でなのだろう?

 

 

「私達の羽根でしたら幾らでも良いのですよ? 前のように」

 

 

ガブリエラ様も心配そうに……ん? 前のように? それは――。

 

 

「…実はね、アスト。うちの会社があるのは、ガブリエラ様のおかげなの」

 

 

 

 

「えっ、どういうことですか?」

 

「前に話したかもしれないけど、私は会社を興すにあたってマオ達やグリモワルスの方々に手伝いや教育を受けたとはいえ、大きくは頼らなかったの。迷惑はかけられないからって」

 

 

確かに社長、そう仰っていた。けど、それとガブリエラ様との御関係とは…?

 

 

「当たり前だけど、そういうことをするには元手が必須。特に派遣業という皮を被りミミックのためのダンジョン仲介役という責を果たすためには猶の事大金が必要でね。だから最初の頃なんて常に火の車だったわ」

 

 

成程確かに。我が社の本当の目的のため、ミミック達の棲み処探しのためには客を選ばなければならない。そうなるとやはり、会社としては立ちいかなくなることもある訳で。

 

 

今でこそ安定しているものの、知名度も何もない最初期なんてそうなって当然。かといってその初志を曲げるわけにはいかず、苦労なされたのであろう。と、社長はそこで――。

 

 

「けど、そこに救いの手を、いえ羽根を差し出してくださったのがガブリエラ様なのよ!」

 

 

ガブリエラ様を湛えるように。羽根を差し出す……ということはもしかして!

 

 

「あの時、気晴らしにとオルエ達に誘われてガブリエラ様の元を訪れたの。そこで私、つい苦しい経営状況を愚痴っちゃったのよ。そしたらね……」

 

 

その社長の回想でガブリエラ様もお気づきになったのだろう。少し照れくさそうに六枚羽を揺らしてしまっている。そして社長はその羽を指し示し――。

 

 

「ガブリエラ様は自らの六枚の翼の羽根を一枚残らず引き抜いて、全て私にくださったの! 売って資金の足しにしてって! まさに『エンジェル投資家』になってくださったのよ!」

 

 

そんなことがあったとは…! 大天使ガブリエラの羽根なんて一枚で目玉の飛び出る価格になる。それを全部って、何年分の…いや何十年分の予算になったことやら。

 

 

「だから私は、そのお礼をしなければならない。投資の見返りを支払わなければいけない。――ううん、そうしたいんです。大恩あるガブリエラ様に恩返しさせて頂きたいんです!」

 

 

これぐらいしかできませんが、どうか受け取ってください! そう改めてガブリエラ様に向き直り、深く頭を下げる社長。そして彼女が口を開く前に――。

 

 

「さて! 一難去ったことだし、契約を結べたことだし! 遊びまくりましょう! 皆、ついて来て! でっかい竜の像作りましょー!」

 

 

有無を言わせないためか、照れ隠しのためか、社長はエンジェル達と共に遠くの大きな雲へと走っていってしまった。後に残ったのはガブリエラ様と私だけ。と、ガブリエラ様はほうと息を吐いて。

 

 

「気にされなくても構いませんのに。私はミミンちゃんがあの可愛らしい笑顔でいてくれるだけで」

 

 

「ガブリエラ様、私からもどうか。社長の想いを受け取ってくださると幸いです。派遣予定の皆は、社長選りすぐりの腕の良く優しい子達。絶対にご期待に沿う働きをしてみせます!」

 

 

「アストちゃんまでそう仰るのであれば、えぇ、ふふっ。有難くお力をお借りいたしましょう。あぁ、私は幸せ者ですね」

 

 

感極まってくださるガブリエラ様。いいえ、幸せ者にしてくださったのはガブリエラ様ですとも。社長を。そして私を。あの会社が無ければ、私は社長とは――。

 

 

「…ですがやはり、何もお返しできないのは寂しいものです。何か受け取ってくださいませんか?」

 

「え。いえいえ! そのお気持ちだけで充分です!」

 

「まあそう仰らず。受け取りにくいのであれば、そうですね。オルエちゃん経由で届けて頂くというのは如何でしょう?」

 

「いやそれは……!」

 

 

急なご提案にちょっとたじろいでしまう…! とりあえず、オルエさん経由なのはなんだか色々マズい気がする! 上手く誤魔化して有耶無耶にしたいところだけど……。

 

 

「ほらアスト~っ! こっちきて手伝って~っ!」

 

 

焦っていたら遠くから社長の声が。あぁ、そうだ!

 

 

「ではガブリエラ様、遊ぶ私達を見守ってくださいませんか? きっと、お聞きした思い出のようにやらかしてしまうかもしれませんから」

 

 

「まあ! うふふっ! アストちゃんたら、優しい子なのですから。 えぇ、引き受けましょう。さあ、お手を。共にミミンちゃんの元へ!」

 

 

ガブリエラ様に手を引かれ、雲の上をふわりと。遠くで呼ぶ、社長とエンジェル達の元へ。ふふっ、まるで私達、絵画みたい!

 

 

 

 

 

 

 

…………因みに、後日談になるのだが…。残念ながら私の誤魔化しでは有耶無耶にならなかったようで、ガブリエラ様は我が社にエンジェルの羽根の詰め合わせを届けてくださった。それが、その……オルエさん経由で。

 

 

それで……まあうん……嫌な予感はしていたのだけど…オルエさん、その一部を改造してきたのだ。羽根を組み合わせて、エンジェルのブラ、とかにして……。他にも、その……色々。

 

 

無論オルエさん、思いっきし社長に詰められる羽目に。ただ……折角だからと言いくるめられて、私、羽根製ブラを一度つけることになって……それが、この世のものじゃないぐらい柔らかく心地よく包んでくれる、誇張無しでの最高級品で……。

 

 

……なんか、ガブリエラ様に顔向けできない気がするぅ……。

 



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人間側 とある冒険者達と暗雲①

 

「そんな装備で大丈夫か?」

 

「大丈夫だ、問題ない。 …軽装以外に選択肢はないだろう?」

 

 

笑いながら聞いてきた仲間の魔法使いへ、私はそう返す。なんだって毎回そう聞いてくるんだか。他はないのは重々承知だろうに。今から暫く空を飛ぶんだぞ。

 

 

さて、参加者は揃ったか。各パーティーの魔法使いによる浮遊魔法付与も済んでいるようだ。今回も中々に手練れ連中が集まったな。

 

 

「そろそろ参加費徴収の時間といこう。全員、そこのギルド職員に支払いをするんだ。変に渋るなよ、この後幾らでも儲けられるんだ」

 

 

周りに促しつつ、率先してパーティーを代表し支払いを。はあ、全く。こう言わないと私も渋りたくなってしまうな。それほどにまでに、この魔法陣スクロールのレンタル料は高い。冒険者ギルドは相変わらず足元を見る。貰い物の癖に。

 

 

まあいい。おかげであの『天界ダンジョン』まで一直線に飛び込めるのだから。支払いと引き換えにギルド職員から貸し出された超巨大なスクロールを皆で開き、描かれた魔法陣に全員がかりで魔力を流し込めば――。

 

 

「召喚成功だな。全員乗り込み、しっかり捕まるんだ。でないと振り落とされるからな」

 

 

作り上げられたそれにしがみつき、準備完了。あとはこれを打ち上げるだけで良い。これが何か、か? 残念ながら、私も良くわからない。

 

 

この魔法陣を編み出したのは、今話題の冒険者パーティー、勇者一行に所属する魔法使い。名前は確か……アテナ、とか言ったか? このスクロールもそいつがギルドに譲渡したものなんだ。

 

 

その魔法の内容だが……仲間の魔法使い曰く、『見えない魔力の糸を射出しダンジョンへ貼り付け、それを逆バンジー式に辿っていく』代物らしい。意味が分からないだろう?

 

 

ただこいつが言うには、魔術式が複雑すぎてよっぽど興味がある奴でも、余程の手練れでも模倣は無理なようだ。アテナとやらは勇者一行のメンバーだけあって腕が違うのだろう。そんなのを魔力を流せば誰でも使えるようにしてくれているんだ。英雄様様と言うしかないな。

 

 

ただ気になるのが……なんでこの召喚したこれは、巨大な蜘蛛の形をしてるんだろうか? いやアラクネだなこれは。脚が多い分掴まりやすくて良いが……。

 

 

まあ使えれば形なんてどうでも良いか。さて、起動だ。勢いよく飛んで向かうとしよう、私達冒険者の楽園、天界ダンジョンへと――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今だ! 全員飛べ! 蜘蛛を捨てて雲に乗り込むんだ!」

 

 

私の合図で、総員巨大アラクネを蹴り捨て雲の中へと。あれは役目を終えて消えていった。さあ、ここからが本題だ。各パーティーごとに点呼を取り、準備を始めるとしよう。

 

 

「あ、あのちょっと…。ここまでくれば大丈夫なんですよね? もし落ちても……」

 

「ん? お前達は初参加か。その通りだ、このダンジョンにこうして足を踏み入れるだけで復活の力が付与される。落下死しても問題はない。当然、死んだら稼ぎも無くなるが」

 

 

怯え気味のパーティーを宥めつつ、私達は着々と用意を整える。ここの魔物はそう敵ではないとはいえ、上手く立ち回らなければ面倒なんだ。

 

 

どんな魔物か? それは、エンジェルだ。背中に羽を、頭に輪をつけたあの綺麗な連中。私達の最大目標はその羽根を毟り取ってやること。

 

 

連中はふわふわとしか空を飛べないから、案外捕まえやすい。そしてそうなれば、幾らでも毟り放題狩り放題だ。ただ無論抵抗は微弱ながらあるし、ここは慣れない空の上。下手に上位のエンジェルを呼ばれるとそう簡単にはいかなくなる。

 

 

だから事前準備は出来るうちに入念に、手慣れた冒険者の基本だろう。運も合わさればここの主である大天使ガブリエラの羽根も奪えるかもしれない。一枚でも手に入れば……ハハッ、想像しただけで楽しくなってくる!

 

 

罰あたりだって? そんなの知った事じゃないな。稼げるなら相手は誰だって良いだろう? 金儲けできるなら、私達はエンジェルを堕天させる悪魔になってやるさ。

 

 

「そういや聞いたか? 前にここに来た連中……」

 

「あぁ、なんか空飛ぶ宝箱に襲われて全滅したって話か?」

 

「なに、空飛ぶ宝箱って……?」

 

「それどころか、天使を悪魔が守っていたのも見たとか」

 

「なんで悪魔が天使を?」

 

「もしかして寿命を吸い取って…!? そしてそれを武器に……」

 

「いや、ただの別種族の友人とかじゃ?」

 

「なんにせよ失敗した言い訳だろ。高い金払ったのになあ」

 

 

他の連中の雑談を聞き流しながら、準備完了だ。これで空を翔け、エンジェル連中を翻弄することが出来る。後はこの人数を活かし、一気に畳みかけて……ん?

 

 

「――待て。全員、手を止めてくれ。パーティーメンバーが揃っているか確認するんだ」

 

 

何かがおかしい。私の声かけに、連中は訝しみながらも従い――。

 

 

「は!? 一人いねえ!?」

 

「こっちは二人消えてる!!?」

 

「私の仲間は!?!?」

 

 

やっぱりか。雲で視界が白いせいで気づきにくかったが……この雲に入った時と比べ、()()()()()()()()。異常に気付いた場は騒然と。

 

 

「もしかしてここに来る途中に落ちたか!?」

 

「いや、さっき点呼は取ったろう!? そんな訳は……」

 

「じゃあなに? もしかして抜け駆け!?」

 

「おいおいおい! それはしないってのが取り決めだろ!?」

 

「お前んとこのパーティー、どんな教育してんだ!」

 

「そっちこそ! ふざけやがって!!」

 

 

「全員、落ち着いてくれ! 下手に騒いでエンジェルに気づかれたら元も子もないだろう。そことそこ、両方とも人が減っているが、面識は?」

 

 

あわや掴み合いになりかける場を一声で収め、私は近場の数人に問う。するとそいつらは身の潔白を証明するように首を横に振った。

 

 

「いや、ない! 初めて会った!」

 

「同じくよ! 名前すら知らないわ!」

 

 

まあそうだろう。もし抜け駆けするならばパーティー単位でいなくなるのが道理。それぞれのパーティーから数人ずつ消えるなんて、それにこのタイミングでなんて、示し合わせたにしてもおかしい。ならば――。

 

 

「よく聞いてくれ。これは間違いなく何かが起きたということだ。例えば――何者かに襲われたとか、な」

 

「そんな!?」

「聞いてた話と違うぞ!!?」

「ここは雑魚のエンジェルばかりじゃ!?」

 

「あぁ。だがここは自由に出入りできる雲の上。時たまに竜やロック鳥といった奴等も訪れる。完全に安全とは言い難い。とはいえ――どうだ?」

 

 

皆を鎮めながら、傍らの仲間の魔法使いに問う。そいつは委細承知しているように肯いた。

 

 

「大丈夫だ、問題ない。魔法による索敵をかけたが、特にそのような反応はない。静かなものだ」

 

「ということだ。抜け駆けの可能性は薄く、巨大魔物の線もない。即ち……私達は今、未知に包まれている」

 

 

魔法使いの報告を合わせ、全体に周知させる。そして息を呑む連中へ――。

 

 

「総員、今一度気を引き締めてくれ。稼いで美酒を浴びるほど飲むためだ。あぁ、いつも天使にとられている分(エンジェルズシェア)、ここで取り返してやろう!」

 

 

「「「「「おおおおぉおっ!!!!」」」」」

 

 

これで警戒度も士気も上がったはずだ。消えた連中のことは確かに気掛かりではあるけれど、ここで止まる運命ではない。私達は素人ではないんだ。さあ、進むとしよう。

 

 

 

 

 

 

「――っと、居た。が……数体だけか」

 

 

雲に身を潜めながら移動し、時折顔を出して外を偵察。このダンジョンでの常套手段だ。エンジェル連中は雲の中をあまり気にかけないからな。私達が地面の中を気にかけないのと同じだろう。

 

 

そのおかげでこうして陰からこっそりとエンジェルの動向を探ることが出来るんだ。丁度見えたのは数体、何かをして遊んでいるようだ……ん? あれはなんだ?

 

 

「どうかしたのか?」

 

「あぁ、あれを見てくれ。あのエンジェル連中を」

 

 

眉を顰めていると、仲間の魔法使いを始めとした数人も顔を出してきた。そいつらへ示すと、全員私と同じような顔に。

 

 

「あれは……なんて呼べばいいのか」

 

「何してるんですかあれ…?」

 

「バトミントンか?」

 

 

あぁ、恐らくそうなのだろう。少し離れた位置にいるエンジェル数体は、光輝くラケットで、シャトルのようなものをポンポン打ち合って遊んでいる。だが……私が気になった点はそこではないんだ。

 

 

「連中の背を見てくれ。何か背負っていないか?」

 

 

そう促すと、仲間達は改めて確認を。そして先程以上に眉を顰めてみせた。そうなってもおかしくはない。なにせエンジェル連中、何か()()()()()()()()を背負っているのだから。

 

 

「ふぅむ……?」

 

「ありゃあなんだ? バッグではありそうだが……」

 

「変なの。なんか四角張ってて。赤とか黒とか」

 

「……なんかガキが学校行くのに使ってるのに似てるような」

 

「あれ確かランドセ――」

 

 

騒ぎを聞きつけ、更に幾人もが顔を出してきた。これは少し危険だ。もし気づかれてしまえば――っと!

 

 

「?」

 

 

間一髪で間に合ったか! エンジェルの一体が気づいたが、私達は揃って雲へ顔を引っ込めた。恐らく誰もバレては……いや。

 

 

「「「「あっ……」」」」

 

 

一組、今回初参加のパーティーが間に合わなかったようだ。顔を出したままのそいつらの元へ、エンジェル達はふわふわと。仕方ない。

 

 

「囮になってくれ。そいつらの羽根毟りは好きにしていいが、私達が事を起こしてからで頼む」

 

 

「「「「うわっ!?」」」」

 

 

雲の中からそう告げ、パーティー全員を雲から押し出す。私達が狙っているのはもっと大量のエンジェルが集っている場所。ここで数体相手に戦闘を行い、下手に勘づかれる訳にはいかないんだ。

 

 

だからあのパーティーには責任を持ってあいつらの対応をして貰う。上手くやって数体分の羽根を毟れれば初めて来た甲斐もあるだろう。

 

 

寧ろ警戒されないかって? その心配はいらない。なにせあいつらはエンジェル、だから、ほら見ろ。

 

 

「えっ!? ちょ、ちょっと!?」

「わ、私達にも羽が!?」

「頭に輪っか!? え、死んだ!?」

「待ってどこに連れてくの!? ……遊ぶの!?」

 

 

あんな感じだ。戦闘態勢をとっていない侵入者への警戒なんて、無いに等しい。目を輝かせて加護を付与し、遊び相手として連れて行ってしまった。

 

 

そして背のバッグから新しいラケットを出して、それを渡してバトミントンに参加させだした。……ん? あのサイズ、あのバッグに入るのか? まあ良いか。

 

 

さて、この場はあいつらに任せよう。私達は今の内に雲伝いに探索を続けて――ん? 仲間の魔法使いが神妙な顔を…。

 

 

「報告だ。少々きな臭くなってきた。また数人、消えたらしい」

 

「なっ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――良い狩場を見つけた。ここで構わないか? …よし、全員賛成だな。なら最後の準備をするんだ。伝達魔法を忘れるな。それと、警戒は絶対に怠らないでくれ!」

 

 

エンジェル達が大量に遊んでいる場に辿り着き、雲に潜みながら仕掛けるタイミングを見計らう。急ぎ足気味だが、仕方ない。くっ、なんだかわからないが、やってくれる…!

 

 

魔法使い総掛かりで索敵をかけ、残る面子で周囲を睨みながら移動してきたおかげでこれ以上数を減らさずには済んだが……戦力は大分減ってしまった。無論、いなくなった連中が戻ってくることもなかった。

 

 

冒険者としての勘が告げている。恐らく何者かにやられたのだと。しかし、エンジェルが物音も立てず悲鳴も上げさせず私達を始末できるとは考えにくい。つまり――エンジェル以外の何かが、ここにはいる。

 

 

そのことは最初に人が消えた時に予測がついていたとはいえ……日和る訳にはいかず、無駄に力を割くしかなかった。しかしそれももう終わりで良いだろう。今こそ、やられた連中の――!

 

 

「仇を取るんだ!」

 

「「「「「オォオオオオッ!!」」」」」

 

 

一斉に雲から飛び出し、戦闘開始だ! ここでも総じて背負っている謎のバッグを引きちぎり、羽根を毟ってやろう!

 

 

「事前の打ち合わせ通りにやってくれ! 攪乱、回避、隙を突くんだ!」

 

 

魔法を、武器を、技を、人数を活かし、空中で素早く動いて集まっていたエンジェルを取り囲む! 一体たりとも逃がさない!

 

 

今更ピンチに気づいたエンジェル達が急ぎ戦闘態勢を整え出すが、もう遅い。その矢も光弾も雷もへなちょこで、私達には全く当たらない。まさに駄目天使、いや駄駄駄駄ダメ天使というレベルだものな。

 

 

後は頃合いを見て決着をつけるだけだ。っと、気をつけなければ。ラッパを吹こうとしているエンジェルはいないか? あれは吹かれると、戦闘の心得のあるエンジェルやそれこそ大天使までやってきてしまう。少なくとも今は制しておかないと――……。

 

 

 

……妙だ。いつもなら誰かしらはラッパを取り出し吹こうとするはず。けれどそんなエンジェルはいない。というより、怖がっている連中はほぼおらず、一体たりとも逃げようとしていない。まるで何か策があるかのような、楽しもうとしているような……って、ちょっと待て!

 

 

それ以前にこちら側……また人数が減っていないか!? 間違いない、減っている! 雲に隠れている可能性を加味してもだ! 嫌な予感は当たって――。

 

 

「仕留めるぞ! 俺についてこい!」

 

 

っ! ある奴が呼びかけ、それに答えた数人がエンジェル一体に突撃していく! 弱い相手にも油断をしない連携攻撃で、簡単に羽根を……。

 

 

「ぐへっ…?!」

「がっ……!」

 

 

なっ……!! 今、何が!? 先頭の連中が、勢いよく墜落していっている!? エンジェルはただ狼狽えていたというのに!!? いや、一瞬だけ、エンジェルの背負うバッグが動いたような……! 

 

 

「ちょっ、えぇっ!?」

「な、な、何が!?」

「い、一旦散開!」

 

 

その異常を眼前に突きつけられた他のメンバーは即座に分かれ、一時避難を。雲の中に隠れ態勢を立て直し……はッ!?!?!?

 

 

どういうことなんだ!? 数秒も経っていない間に、その連中が気を失い雲から落下してゆくのが見えたぞ! 一体何が……いや、考えるより先に!

 

 

「総員、警戒だ! 警戒してくれ!! エンジェルのバッグと、雲の中! 何かが潜んでいる可能性が高い!! 気をつけるんだ!!!」

 

 

飛び回りつつ、伝達魔法を介しそう呼びかける! 成程辻褄は合う…さっきから人が消えていた理由は、雲の中の魔物に仕留められていたからか! しかも索敵にも引っかからず、音もなく私達を始末できるほどの魔物とは!

 

 

他の連中も警告でそのことを察したらしく、エンジェルからも雲からも距離を取る。しかしこれは攻めあぐねているのと同義、この間に応援を呼ばれるかもしれない。数秒の逡巡が事態を悪化させてしまうだろう。

 

 

だからこそ即座に対処に動く! まずは――その謎の魔物の見極めから!

 

 

「あの雲を散らしてくれ! 何かが隠れられなくなるぐらい細かくだ!」

 

「君の頼みは断れないよ」

 

 

指示を送ると、魔法使いは即座に魔法を詠唱。つい今しがたあの連中を墜落させた雲を文字通りに雲散させる。これで……くっ。

 

 

「何もいない…。逃げたのか…?」

 

 

散り消えとなった雲の跡には、ただの青い空だけ。あれが毒雲だった可能性もあるが、それならばさっきまで私達がやられなかった理由が――今! 頼む!

 

 

「私のサポートが心配なのか?」

 

 

ハハッ! 流石だ! 仲間の魔法使いが意図を組み、間髪入れずに雲の四散に驚いているエンジェルの方へ魔法弾を! 何をしてきたかはわからないが、これでも食らってお前も墜落してしま……は!?

 

 

「弾いた!?」

「ほう…!?」

 

 

俺も魔法使いも目を丸くするしかなかった…! 今のは間違いなく直撃コースだっただろう! なのに……何かがその魔法弾を弾き、何処かへと飛ばしたぞ!?

 

 

バリア?いや、そんなのを張っている様子は無い。自力で跳ね返した?それが出来るとして、あのエンジェルにそんな高等技ができるとは思えない。なにせ魔法弾の飛来に目を瞑って怯えていたし、弾かれたのを知って無邪気に拍手してるのだから。何が……。

 

 

「なんだかわからねえけど、これなら躱せねえだろ! 食らえ! なすび爆弾、乱舞!」

 

 

考えこんでいると、他のパーティーの魔法使いが攻撃を。…そのナスみたいなの、爆弾なのか? よくわからないが、乱射攻撃なら可能性は――なっ!? 危ないっ!

 

 

「なぁあああぁ!? ッス……」

 

 

それすら全部弾き返してきたぞ!? 私達は躱せたが、ナスを打ち込んだそいつはその反撃を諸に受け……上半身が巨大なナスに変化した!? そのまま真っ逆さまに落下を! どんな呪い攻撃なんだあれは!?

 

 

いやそっちはどうでもいい! あれほどの乱射攻撃を捌いたんだ、幾ら謎の魔物と言えど、少しぐらい、正体を見極めるぐらいの隙は――見えた! が……ん!?

 

 

なんだあれは!? 一瞬だけ、あのエンジェルの背負うバッグから出ていたあれは……! バドミントンラケットを握っていた、あれは!!?

 

 

恐らくそのラケットで魔法やらを弾いたのだろうが……。肝心なのはそれではなく、それを握っていたあの……()()だ! なんなんだ、あれ――。

 

 

――待つんだ、あの触手…やけに見覚えがあるような……――ッ! そうか! そういうことだったのかッ!

 

 

「気をつけろ! 潜んでいる魔物の正体は、ミミックだ! ミミックが潜んでいるぞ!!!」

 

 

即座に伝達を! ようやく謎が解けた。索敵に引っかからず物音を立てずに私達を始末できたのは、エンジェルがバッグを背負っているのは、ミミックだからか! 本当、やってくれる!

 

 

だが、種が割れてしまえば脅威は薄れるものだろう! 私達は幾度も死線を潜り抜けてきた冒険者なんだ、ミミック程度、立ち回り次第で容易く――。

 

 

「バレちゃったなら仕方ないのぅ☆ んま、お前さんらが負ける運命には変わりないがな!」

 

 

「!? ッく!!?」

 

 

「おぉ、流石一際警戒していただけあるの。見事な反撃じゃ♪」

 

 

か、間一髪……! 背後を取られていたとは……! なんとか剣で弾き、事なきを得られたが……こいつは!

 

 

「上位ミミック!」

 

 

「ふふ~☆ ようやく気付いたか?」

 

 

 

 

 

 

 

振り返ったその場に浮いていたのは、天使羽の生えた宝箱にすぽっと入り、頭に天使の輪を光らせ、背にも羽をぱたぱた揺らしている上位ミミック! 何故か手に輝くバットを持っているが……このッ!

 

 

「おっと! 効かぬのぅ~」

 

 

剣とバットで切り結ぶが…強い! なら、手数を増やすまで! 仲間の魔法使いへ合図をし、支援攻撃を! 一気に決め――

 

 

「カッキーンっとな♪」

 

 

全部撃ち返し……危っ!? こいつもか! どうしてミミックがそんな簡単に魔法反射を! もしや、さっきのラケットやそのバットが……!

 

 

「これかの? エンジェルが作ってくれた只の光製バットよ。ランドセルや宝箱に入れといて、遊ぶ時に使う、な。何でもできちゃうバットではないぞ~?」

 

 

私の視線を読んだのか、ミミックはバットをわざとらしく振り回してみせる、そして――なっ!?

 

 

「さ、お前さんらのお手並み拝見といこうかの☆ ワシら相手にどこまでやれるか見物じゃなっと♪」

 

 

バットを箱の中に仕舞い、今度は触手で魔法弾を弾き返しながら!? ミミックは空を蹴り下がるように、離れた雲の中へとくるくる回転しながら消えていった……!

 

 

「どうやら魔法対処の心得があるようだ。難敵だな」

 

 

唖然としていると、援護をし続けてくれていた仲間の魔法使いが傍に。くっ……まさか気楽に狩りのできるはずのダンジョンに、あんな敵がいるとは。急ぎ追いかけ、討伐しなければ――。

 

 

「そうも言っていられないようだ。見てみるといい」

 

 

ん? 魔法使いは面持ちを重いものにしながら、他の連中の方を指して――っと…!

 

 

「これは問題だな…!」

 

 

雲に隠れられず、エンジェルにも近づけず。日頃の戦法を封じられたせいで、共に来た冒険者連中は立ち往生してしまっている。

 

 

そんな状況ともなればエンジェルのへなちょこ攻撃でも脅威となるし、潜むミミックに簡単にやられてしまうだろう。このままでは本当に負ける運命、それは避けなければ!

 

 

「全員落ち着くんだ! まずは周囲の雲を徹底的に散らしてくれ! それでミミックの脅威は減らせるはずだ!」

 

 

急ぎ策を伝達する。そしてこちらも、あのミミックが隠れた雲を吹き飛ばす!

 

 

「うむうむ、良い策じゃの♪ それで、次はどうする?」

 

 

散り散りになった雲の中から平然と姿を現したぞ、あのミミック…! けれどこちらへ攻撃をしかけてくる様子は無く、ニヤニヤと様子を見守ってくるだけだ。

 

 

あからさまに舐められている。なら……これを見ても平静を装っていられるか? 魔法使いにミミック警戒を任せ――。

 

 

「雲が消えている内がチャンスだ! 複数パーティーで手を組み、エンジェル一体に飽和攻撃をしかけるんだ!」

 

 

聞くが早いか指示に従い、各所でチームを組み攻撃を集中させる仲間達。大してエンジェルは、もといミミックは、ラケットやらで必死に弾き出す。これならば!

 

 

さっきの奴のナス乱射、結局は効かなかったが僅かながらミミックに隙を作ることができた。なら単純に、あれよりももっと、防げない程の攻撃を仕掛ければ良いだけの事。

 

 

なにせミミックは近距離攻撃が主体の魔物だ。あれだけの距離を取り、一方的に魔法弾やらを打ち込めば手出しは不可能だろう。さあ、これでも笑ってみていられるのか?

 

 

「ほっほう♪ あれはキツいのぅ~。防ぐのでまさに手一杯。こちらかそちらか、どっちが力尽きるのが先か、ってとこじゃな」

 

 

なっ……笑っている? あれだけの攻撃を仲間のミミックが、エンジェルが受けているのというのに? 

 

 

「じゃ・が・良いのかの~う? また雲が流れてきたぞ?」

 

 

眉を顰めていると、上位ミミックはひょいっと指し示す。見やると、確かに雲が流れてきているが……どれも攻撃している連中に激突するコースじゃあない。

 

 

仮にあれにミミックが潜んでいても、中に入らない限り、密着しない限りは大した脅威ではないだろう。それに、この飽和攻撃に参加できない近接担当の連中が警戒をしている。何も問題なんて――ハッ!?

 

 

しまった、何を示されるがままに視線を誘導されてしまってるんだ! いくら魔法使いに警戒を任せているとはいえ、そんな油断を見せてしまえば――!

 

 

「隙ありだの☆」

 

 

ッ! やはりブラフ、こちらの隙を作ることが本当の目的か! 反撃、間に合うか……って、は? 

 

 

 

……ミミック、あの位置から全く動いていないじゃないか…。それどころか羽をぱたつかせ、拾ったのだろうか雲を捏ねて遊ぶというこちら以上の油断振り。なんなんだあいつは……!

 

 

肩透かし食らい、思わず歯ぎしりを。すると、あのミミックはもっとよく戦いを見とけと言うようにちょいちょいと指差しを。その先に居たのは、攻撃の対象から外れていたエンジェルだ。

 

 

っと、動きを見せたな。エンジェルは背のバッグから矢を取り出し引き絞り――魔法弾を撃ち続けているパーティーへ射った! ……が、警戒している近接担当に軽く弾かれて終わった。

 

 

それでもへこたれずに矢を射りまくるエンジェルだが、やはりへなちょこ。そもそもが上手く向かわず、変な所へ飛んでいってしまっている。パーティーの後ろの雲にまで飛び刺さるものすらある。

 

 

……これだけか? 上位ミミックをチラリとみると、捏ねたせいか少し大きくなった雲に箱を置き、鼻歌交じりに感触を確かめている。何故あんな余裕なんだ?

 

 

まあいい。そろそろ何処かのチームが押し勝つだろう。私達が負ける運命だなんて適当なことを――なっ!?

 

 

「「「あばばばばば……!?」」」

 

 

何が起きた!? チームの一つが、()()()()()()()()墜落していっている!?

 

 

間違いなくミミックの仕業だろうが……何故だ!? 何故、雲に包まれたんだ!? あの位置に雲はなかったはず! さっき見た通り、コースすら違って――。

 

 

「よいせっと☆ 何故かの~う? わからなければこれまでだの~う?」

 

 

待て待て待て! バットを取り出した上位ミミックが迫って来ている! とりあえず逃げ……空を蹴って追いかけて来る!? 魔法使いの妨害を全て弾き、光球を打ってきながらつかず離れず!

 

 

「ちょ後ろ…!」

「いつのまに雲が!?」

「「ぐへぅっ……!?」」

 

 

その間にも、また一チームが雲にやられた……! しかも、あの場には近くに雲の欠片すらなかったというのに! いつの間にか雲が現れていて、呑み込まれたぞ! 

 

 

少なくともミミックの仕業なのは間違いないが……雲にミミックが潜んでいるからこそ、それにやられてッ!? なっ、あれは!? 急ぎ忠告を――!

 

 

「そこのパーティー! 下だ! 真下! 真下から雲が迫って――っ!」

 

 

「「「「へっ? っ!? はぶっ…ぎゃああっ!!」」」」

 

 

間に合わなかったか……! だが、見えた! 雲が明らかに風に逆らって異様な軌道を取り、あのチームを飲み込みにいったのが! ()()()()()()()()()()()()直《・》()()()()()()()()()が!

 

 

まさかミミック、入っている雲を箱のように扱えるのか!? なら、もっと広範囲の雲を払う必要が……! くっ…もはや雲は俺達の味方にはならない。全ての雲が怪しく見えてしまう……!

 

 

だが、今ので分かったこともある。さっきの垂直移動を見る限り、空を蹴って笑いながら追いかけて来続けているあの上位ミミックのような奴は少ない。なにせそうでなかったらああして雲に入ってゆっくり迫る必要はおろか、そもそも雲やバッグに隠れる必要すら大してないのだから。

 

 

恐らくほとんどのミミックはエンジェルと同じく、ふわふわとした速度しか出せないのだろう。エンジェルの加護に頼り切りという訳だ。が、そこで疑問が湧く。

 

 

ならば、ミミックはいつから雲に潜んでいるんだ? 雲が遠くにある内に潜みここまで来ていると考えていたが……無論その可能性はどうやっても消えないが、それだと策としては弱い。

 

 

雲の速度は風任せ。それに加えミミックが入り動かしたとしても、あの速度では下手すればここに着くまでに戦いが終わっていることだろう。そうでなくとも俺達はその場に留まらず飛び回っている。偶然を狙っているならまだしも……。

 

 

ということは……この場の何処かでミミックが入りこんだのか? 都合よく流れてきた雲を利用して。しかしそれならば一体、どのタイミングでだ?

 

 

なにせ私達周囲の雲は払われ、視界は広く確保できている。これだけ凝視の目があるんだ、幾らミミックと言えど、低速浮遊で雲に入り込もうとする姿があれば誰かしらが目撃していてもおかしくはないんだが……。

 

 

それに、何もないところから雲が現れたように見えた謎も解明できていない。あの上位ミミックのような奴が高速で接近してきたのならば話は別だが、それならばもっと被害甚大でも……っと!

 

 

エンジェルの矢が傍を掠めてきたな。とはいえ容易く回避はでき、矢はそのまま離れた位置の雲へと突き刺さった。全く、邪魔くさい。あんな刺さりにくそうなヘンテコ矢なんて……ん?

 

 

待つんだ……あの矢……他の矢。それにさっき、上位ミミックが指し示した、矢を射るエンジェル……まさか…!

 

 

「エンジェルの矢を一本で良い、無傷で確保できるか?」

 

「お安い御用さ」

 

 

魔法使いにそう頼むと、丁度飛んできた矢を魔法で止め、私へと。これは……間違いない。光の矢だが、()()()()だ。よくある矢の形をしている。

 

 

しかしさっき私の傍を掠め雲へと刺さった矢は、いや矢先は、変な形をしていたように見えた。こういう刺さる矢先というよりも、まるで何かを入れられそうな膨らみ方を……ともすれば玩具みたいな、子供が宝箱にしてそうな――ッ!

 

 

「矢だ! 矢にも気をつけるんだ! 恐らくだが……矢の幾つかに、ミミックが潜んでいる! それを雲へと撃ち込み、不意打ちを狙っているぞ!!」

 

 

「おぉお~やるのう! もう見切るとはな!」

 

 

雷に打たれたように警戒を促すと、ミミックは追うのをピタリと止めてきた。当たり…で良いんだろう。腹が立つが。――と、またあの小さい雲を揺り籠にしながら、今度はニマニマ笑みだした。

 

 

「それで、次はどうする~? どう対処する気かの~?」

 

 

相変わらず……! 落ち着け、心を乱されるな。まずは新たな指示を送ろう。

 

 

「雲破壊担当を分けるんだ! 近づく雲を全て壊し続けてくれ!」

 

 

結局のところ、雲に隠れてくるのに変わりはない。ならば徹底的に防衛をすれば良いだけのことだろう。無論、矢の直撃を防ぎつつだ。

 

 

そしてどうだ、上手くいっているぞ! 払った雲の幾つかには、天使羽をぱたぱたさせて撤退していくミミックが見える! 今しがた矢が打ち込まれた、私達の傍の雲からもだ! 

 

 

ならここぞとばかりに追撃をしたいが……くっ、直ぐに千切れた雲の隙間に姿を消す。まあいい、戻ってくるのは時間がかかるだろう。標的は変わらずエンジェルだ!

 

 

「くふふ~☆ そっちが通ればこっちが通らず。大分エンジェルとの距離が狭まってきておるぞ~?」

 

 

ふと、上位ミミック煽ってくる。あぁ、そんなのは承知の上だとも。雲破壊に戦力を割く以上、エンジェルへの攻撃は半減してしまう。それを好機と捉え、エンジェル連中が近づいてきていることはな!

 

 

無論その背にはミミックがいるのだろう。だが近づいてくるということは、こちらの魔法攻撃や射撃が当たりやすくなるし、威力も上がる。更に、遊ばせるしかなかった近接職の連中が動けるようになる。これが何を示すかわかるか?

 

 

そう、ミミックが防御に勤しんでいる隙を突くことが出来るようになるんだ。ミミックは奇襲に強いが、正面堂々は弱いのがセオリー。

 

 

加えて私達の目的はエンジェルの討伐ではなく、羽根を毟ること。一気に刈ることはできないだろうが、その程度! ミミックめ、油断したな――。

 

 

「油断しておるのはそっちじゃがな☆ ワシらがその程度の対策をしてないと思うたか?」

 

 

ッ!? 上位ミミック、何を言って…!  何か隠し玉があるのか……! しかし、ひけらかすには早かっただろう。まだエンジェルとの距離はそこそこある、回避指示は充分に間に合――は? は!?!?

 

 

「「「のああ!?」」」

「「「ちょおおっ!?」」」

「「「待て待て待て待て!!!?」」」

 

「「「ぎゃあああっ!!?」」」

 

 

「お~お~、肝を潰しておるのう♪ どうかの? うちらの隠し玉は?」

 

 

響き渡る仲間達の悲鳴、そして目の前で繰り広げられる、信じられない光景……。つい唖然としてしまう私達へ、上位ミミックは高らかに解説を。

 

 

「肉薄されれば直接仕留め、遠くに行かれたらその場へと送り込み――中距離ではあの通り、じゃ♪」

 

 

……全てに於いて抜かりなし、そう言いたいのだろう。それは、まあ、そうかもしれないが……だが、だがな……!

 

 

あれは、なんだ!? 何なんだ!? あの、ふざけた光景は! 理解が追いつかない、あの意味が分からない戦法は!

 

 

 

宝箱が……ミミックが……()()()()()()()、って…! いや、正確には違う!

 

 

 

ミミックが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――って、どういうことなんだ!!!?

 

 

 

 

 

 

 

まるで雪を滑るかの如く、波に乗るかの如く……もしくはそのどちらでもない……のか? 駄目だ、理解不可能が過ぎる! なんなんだ本当に!?

 

 

回らぬ頭で見たものを無理やり言語化するならば……エンジェルのバッグから現れたミミックが単独、あるいは二体重なった形で飛び出し……雲を勢いよく吐き出している! つまり、ミミックは雲を仕舞えるのか!?

 

 

そして、その吐き出された雲は細い道を象り、当のミミックはその上をついいっと滑っている! それを繰り返す形で接近され、戦っていた仲間連中はやられていく! 後に残るのは細長く尾を引くミミック雲だけに! 

 

 

「に、逃げ……うわっ!?」

「雲が!? 細雲が蠢いて!?」

「視界が! ひっ、身体に巻き…!」

「うわあああっ!!」

 

 

いやそれだけじゃあないのか!? その細雲…ミミック雲は、まるで蛇のように、龍のようにのたうち始めたぞ!? もしや、ミミックが雲を操っているのか!?

 

 

その雲は、雲上を走り接近してくるミミックから逃げようとするパーティーを別方向から包み、妨害し、呑み込んでいく…! 文字通り雲に巻かれたそいつらは……くっ、墜落していく……!

 

 

「ヒントはほんのちょ~っとだけあげてたんじゃけどのう。ま、あんまり教えすぎる訳にはいかんしな~♪」

 

 

ハッと声の方を見ると、上位ミミックは揺り籠雲を箱へと仕舞いこみ、まるで抱きクッションのように腕を乗せ寛いで見せている……! さっきからの雲はそういうことか……わかる訳ないだろう!?

 

 

「くふふっ、種明かしついでに一つ教えとこう。ワシらの潜伏場所潰しのために頑張って雲を払っておったが……あんなこともできるからのぅ?」

 

 

今度はなんだ……!? 示された方を見ると、またエンジェルが矢を放っている。しかしそれは回避しされ、そのまま矢は青空を落ちて……矢からポンッとミミックが出てきた! どうやらミミック入りだったようだ。

 

 

だがそこに広がるは何もない青空。無駄足で……なっ!? ミミックが、突然に小さな雲に包まれた!? 何も隠れられないような、誰もが見逃すような欠片の雲に! 

 

 

まさか自ら雲を出し、そこに隠れたというのか!? 声を失っている内に雲はそのまま流れだし……躱した連中の傍で急に巨大化を! そして――くっ……!

 

 

「あんなのナシだろう!?」

 

「たわけたことを言っている場合か? ほれ、阿鼻叫喚じゃぞ?」

 

 

「た、助けてくれぇ!」

「こ、こんなの聞いてないって!」

「指示をくれ! どうすりゃいいんだ!」

「ぎゃあっ……!」

 

 

……ッ…! そんなのもう見なくてもわかる…! 至る所から悲鳴が聞こえてくるのだから……!

 

 

「う、動け! いつも以上に動き回るんだ! 暫くの間、エンジェルも雲も矢も寄せ付けるな!」

 

 

まずは時間を稼がなければ…! この状況を打開する策を、何か、何か――。

 

 

「そんな暇は与えんぞ☆ そろそろワシも飽いてきたし、参戦するとしよう。雲のマシンで今日も翔ぶのさ~とな♪」

 

 

っ! 上位ミミックが雲揺り籠を、いやそれ以上の雲を取り出した!? それを乗り物のように扱い、何処かへ…! 瞬きする間にエンジェルが幾体か集っている場へと赴き――。

 

 

「準備は良いかの? 摩訶不思議にしゅっぱーつ! じゃ♪」

 

 

エンジェル達を乗せ、えらい速度で雲を動かし出した! あれで一体何を……!

 

 

「そぅれ撃て撃て~い! 撃っちまっくれっ~☆」

 

 

いやいやいや待て待て待てって! 危……危なっ!!? なんだそれは!!? 乗せたエンジェルを砲台にして、空を走りまくっている!? そんなの……そんなのアリか!?

 

 

「速っっや!?」

「無理無理無理無理!」

「捌ききれな……っきゃあああっ!」

 

 

その高機動を活かし、逃げる連中へ容易く追いつき――エンジェルのへなちょこエイムをカバーして攻撃を! って、おいまさかミミック自身も…!?

 

 

「ほぅれほれ☆ 当たったら小さくなってしまうかもなぁ☆」

 

 

「うおおおっ!? なんだそ――ジュッ!?」

「ゲッ!!?」

「ムゥッ…!?」

 

 

いやなんだあれは!? 棘付きの亀!?みたいなのを投げて来ているぞ!? 時折バットで打ち出してもいるが……その攻撃方法はともかくとして――!

 

 

「魔法、使えたのか……!」

 

 

その生成方法は、間違いなく魔法のそれだ! 形はアレだが、魔法弾で間違いない! 魔法への対処ができる時点で怪しかったが……!

 

 

「誰も使えんとは言っておらんぞ? ただお前さん達風情に使う必要なしだっただけのことよ♪ だからほれ、あんなこともな☆」

 

 

こちらに飛んできながら、私達の攻撃を全て弾きながら、上を指さす上位ミミック。上……なっ!?

 

 

「雷ッ!!?」

 

 

「「「「「ぎゃああああっっ!!?」」」」」

 

 

「光る宝箱の雨とは……!」

 

 

「「「「ぐへああっっ!!!?」」」」

 

 

 

いつの間に……いや、私達が戦っている間に、翻弄されている間に着実に準備がなされてきたのだろう。この場の更に上空に、黒く巨大な雲が…! それより降り注いできたのは、明らかに私達へと誘導している雷と、同じく誘導する宝箱の型とサイズの光弾爆撃!?

 

 

待ってくれ、後者は何なん……気にしている場合じゃない! って嘘だろう!? ミミック本体まで振って来たぞ!?!?

 

 

そして更には、各所であの上位ミミックと同じ、エンジェル搭載の雲がビュンビュンと空を翔け巡り始め……さっきまでのミミック入り雲や、飛来する矢ミミック、雲走りミミックが大暴れを!!!

 

 

なんだこのカオスは……なんだこの聖なる雰囲気と真逆レベルの混沌は!? こ、この状況で打てる策なんて……!!

 

 

「一時撤退、撤退だ! 各自、この場から逃げるんだ! 逃げろっっ!!」

 

 

「くっふっふ~☆ ようやく一番良い策に辿り着いたの~う♪」

 

 

散った雲のように逃げ出す私達を、上位ミミックは嘲笑ってくる……くそっ!

 

 

 

まだだ、まだ負けていない…! まだ諦めてたまるか!!

 

 



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人間側 とある冒険者達と暗雲②終

 

 

「――これだけか? 逃げ延びることのできた連中は」

 

「少なくとも索敵範囲には。ふむ、随分と減ってしまったものだ」

 

 

ミミック達の前から退き、雲の隙間に隠れながら散り散りとなった仲間達を集め直してみたが……その数、私と仲間の魔法使いを含めてもたった数人。多めのパーティーひとつ分ぐらいにしかならないとは。あれだけ居たというのに。

 

 

「何が随分と減ってしまった、だ! お前達の指示ミスだろうが!」

 

「なにしてくれんのよ! 折角高い金払って来てるのに!」

 

「何も盗れず帰れないよ…。どうしよう……」

 

「そういやテメエらの傍に上位ミミックがいたのを見たが……」

 

「んなっ…! まさかアタシらを嵌めようとしたのかい!?」

 

 

そしてその連中も、私達に非難を浴びせてくる。まあ、それは仕方がないだろう。私のミスには違いない。だが――。

 

 

「すまない。しかし落ち着いてくれ。他に策があったか? 開幕から雲に潜まれていただけでなく、あの手この手で…バッグや弓矢、雲の道や雲のマシン?、果ては落雷を始めとした魔法攻撃をミミックがしかけてくる中、他にどう動けた?」

 

 

「それは……」

「まあ……」

 

 

「私達も上位ミミックに絡まれていたぐらいだ。いや……天使の気まぐれならぬミミックの気まぐれで生かされていた、と言っていいだろう。それが指示に影響していたのは確実だが、そんな指示でも無ければ、恐らくは早々に――」

 

 

「……全滅してかもなぁ」

「そもそも頼りすぎだったわねぇ……」

 

 

幸いこいつらも歴戦の冒険者、今の弁解で気を収めてくれたようだ。私達の関係はただ共に来ただけの同業者、音頭を取っていたとはいえ、私が指示を送る責務はない。

 

 

そもそもあんな異常まみれの前ではそれぞれで切り抜けるのが当然、それが出来なかったからこそ私の指示に頼ったのだろうしな。――その上で、だ。

 

 

「このまま帰れないのもわかっている。その辺りの光の花や清雨の泉水や雲の彫像でも高値はつくだろうが……負けて帰ってきたと笑われるかもしれない。覚悟があるのなら、一つ賭けてみないか?」

 

 

「え……! ど、どんなですか……!?」

 

 

食いつく残されたメンバー達。私は周囲の雲を一度見やりつつ、声を大きめに策を…もう策とは言えないそれを明かす。

 

 

「ミミックが雲に潜める以上、もはや見つかっている前提でいくしかない。正面突破で、大天使ガブリエラを狙う! どうせやるなら一獲千金、散るならガブリエラを相手取ってからだ!」

 

 

「「「「「ッ!!!」」」」」

 

 

「ガブリエラの性格からして、堂々と挑めば勝負は受けてくれるだろう。そこで上手くやって羽根を一枚でも毟れれば、今回の損害のお釣りが来る。どうだ、乗るか?」

 

 

「……乗った!」

「俺もだ!」

「同じく!」

「やってやんよ!」

「ビビッてたまるかっての!」

 

 

全員参加か、流石は冒険者だ。さあ、行こう。ガブリエラを探しに――……。

 

 

「いや、私は撤退を提言しよう。ダンジョンの主たるガブリエラの近辺に護衛のミミックがいないとは考えにくい。せめて対策を練ってから……話を聞いてくれないか? はあ、全く」

 

 

仲間の魔法使いのもっともな意見はこの際無視させて貰おう。進むべき道は私が選択する。待っていろ、ガブリエラ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あそこだ、間違いない。ガブリエラのいる雲神殿だ」

 

「本当に一本だけ黒い柱があるとは。目立つな」

 

「雲神殿、ってことはあれも黒い雲ってこと…? 雷撃ってくるんじゃ……?」

 

「いやあれ、なんというか焦げてねえか? 雲が焦げるってのもよくわからねえが」

 

「……? なんか歌が? 癒される感じの……」

 

「あぁ、恐らくガブリエラが歌っているのだろうさ」

 

「へぇ、勝利の歌かい? それともラブソングだったりするのかねぇ」

 

 

雲に警戒しながらダンジョン内を移動し、ようやく目的の場所に着いた。歌も聞こえるし、ガブリエラは間違いなくこの中にいることだろう。

 

 

なら早速だ。神殿内へと侵入し、戦闘態勢を整え、いざ――!

 

 

「~~♪ あら? まあ……」

 

「ガブリエラ! その羽根を賭け、勝負を挑ませて貰おう!」

 

 

歌うガブリエラの前に身を曝し、真っ向から挑戦を叩きつけ……っと?

 

 

「このエンジェル達は……」

 

 

ガブリエラの周りには、沢山のエンジェルが。見たところ、羽がどこか欠けている連中が多い。私達の姿を見て怯えた顔を見せ、普通以上にふわふわフラフラしながらガブリエラの後ろへ逃げていった。

 

 

恐らく私達冒険者の誰かが以前に毟ったエンジェル達なのだろう。ようやく羽根が生え戻ってきた頃合いと見た。中には頭の輪を割られかけたらしく、保護カバーのようなものを装着している奴もいる。

 

 

そして……リラックスしていたからか、バッグを背負っている奴はいない。ふむ……いや、それよりガブリエラだ。

 

 

「あなた方の事はミミックの子から報告を受けておりますよ。一縷の望みをかけ、ここまでやってきたということも勿論知っておりますとも」

 

 

グランドハープを光に戻し、隠れたエンジェル達を守り隠すように大きな六枚羽を広げ降りてくるガブリエラ。やはり何処かの雲にミミックは潜んでいたのだろう。しかし。

 

 

「幾度も襲い来るあなた方の行動は許せないものではありますが、ええ。此度の意気は称賛に値します。それにもし拒否を示し、皆が危ない目に遭うのは避けたいところでしたし――」

 

 

彼女の命により、ミミックは監視役に留まっていたに違いない。道中私達が気変わりを起こし周辺のエンジェルを狙っていたらその限りではなかっただろうが、標的をガブリエラに絞っていたからここまで招かれたんだ。

 

 

さあ、私の策は、ガブリエラの情を利用する作戦はなんとか通った。あとは、光を周囲に集め、武具を象る彼女から――!

 

 

「私だけを狙うのであれば、受けて立ちましょう!」

 

 

「奪い取るぞッ!」

「「「「「オオオォオッ!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――光の刃!」

「くっ!?」

 

「光の盾!」

「おっと…!」

 

「煌めきの雨よ!」

「うぐっ…!」

 

「カウンター!」

「ぐへっ!?」

「なんでわざわざ宣言して……!?」

 

「えいっ!」

「キックぅっばっ!?」

「体術!? 大天使が!!?」

 

 

流石はガブリエラと言うべきか。神殿内の一切を傷つけず、数多の技で私達の攻勢を難なく抑え、それどころかこちらを慮るように、いや、まるで遊ぶように扱ってきて……!

 

 

「お、おいこのままじゃ…!」

「ただ負けるだけじゃないかい…!?」

 

 

だろうな…! ガブリエラを相手どるのは最初の人数が揃っていても厳しいんだ。イチかバチかで勝てる相手ではない。それでもと考え、羽根狙いで来たが……。

 

 

「なりませんよ!」

 

「ばふぅっぁん…」

「ちょっ!? なんで今羽に叩かれたのに…!」

「頑張って毟りなさいよアンタ!!」

「恍惚としてんじゃねえ!!」

「いやお前らもそうだったろ…?」

 

 

折角のチャンスもこの有様。間違いなくこのままではただ負けるだけだろう。……仕方ない、策を変えるとしよう。本来無かった、この場の状況を見て考え付いただけの破れかぶれのものだが。

 

 

「なら―――この方法はどうだ?」

「えっ! ……まあ、その方が」

「確実か。俺は乗ろう!」

「タイミングは任せたぞ!」

「いつでもいいよ!」

「誰がやられても恨みっこなしだかんね!」

 

 

これもまた、全員が参加を示した。ならば――。

 

 

「かかれッ!」

「「「「「うおおぉおおっ!」」」」」

 

 

「ふふっ♪ あなた方が飽きるまで、幾らでもお相手して差し上げ――あ、あらら? まあ!?」

 

 

総掛かりでガブリエラに突撃する……ように見せかけ、それぞれが別方向へ急旋回で回避! そして狙うはガブリエラの背後。そう…隠れていた、そして今やガブリエラの戦いぶりに油断し応援までしているエンジェル達だ!

 

 

なにせこの神殿内には流れる雲は入ってこず、エンジェル達にもバッグを背負っている奴はいない。つまり、本来の戦法通りに動ける! これを利用しない手はない!

 

 

無論ガブリエラが即座に動き、誰かしらは止められるだろう。だがそれでも、儲けこそかなり少なくなるものの、あの生え戻ったばかりのエンジェルの羽根を手にして逃げることが――ッ!?

 

 

「「「「「ぐへっ!!?」」」」」

 

「「なっ…! ミミッ……!?」」

 

 

私と仲間の魔法使いは急ブレーキをかけ間一髪…! ミミックだ…ミミックがいるっ!! 流れる雲も、あの変なバッグもないというのに、ミミックが現れ、あいつらを捕えた!!

 

 

だが……おい、その隠れ場所はおかしいだろう!!? 神殿の隙間に潜んでいた訳じゃあない! 物陰に宝箱やらが置かれていた訳でもない! そんなところに……いやいやいや!

 

 

 

()使()()()()()からって、どういうことなんだ!?!?」

 

 

 

 

あんなの驚いて然るべきだろう!!! エンジェルの頭の輪から、ミミックの触手やらが飛び出してきたんだから! それでも、それでも保護カバーのかかっている奴らからだけならばわかったさ…!

 

 

だが()()()()()()()()()()()()()()からも現れたんだぞ!? あの両側に穴の開いている、隠れ場所なんてない細輪から! 一体全体、どういうことなんだ!?!?

 

 

「最初から居りましたよ。ただあなた方が視認できないよう、立ち位置を変え続けてくださっていたのです。ふふっ、あの子のように凄腕の子達ばかりで♪」

 

 

しまっ…!? ガブリエラが背後にっうわっ!? 投げられて……ぐっ…! そんなミミックの潜み方があってたまるか――!

 

 

「「「「「うあっ……!」」」」」

 

 

っ!? ミミックに捕らわれていた連中も投げられ、同じ場へ戻されてきた…! そこへ、頬を膨らませ怒るガブリエラが立ちはだかり……!

 

 

「約束を反故にするとは、なんて悪い子達なのでしょう! ならば容赦は致しません、震え上がらせて差し上げます!」

 

 

ガブリエラの合図とともに、何処からともなく雲が……主にカバー付きのエンジェルの輪から、ミミックから大量に雲が! それがこちらの四方を囲むように分かれて集まり、形を……ッ!!?

 

 

「「「「「ひいっ!?」」」」」

 

 

!? な、なんだあれは……!!? その雲の塊が人の姿に…だが、おのおのが四つの顔を持ち、またそのおのおのに四つの翼があり、足は真っ直ぐで、足裏は子牛の足裏のようで、磨いた青銅のように光っている…!

 

 

その四つの顔は前方が人の顔、右方が獅子の顔、左方が牛の顔、後方が鷲の顔で……翼は高く伸ばされ、二つは互に連なり二つは身体部分を覆い、その隙間から見える下には人の手が…!

 

 

それでいてその翼は行く時は回らずに、おのおのの顔の向かうところにまっすぐに進んで……くっ! 説明が難しい! 全く伝わる気がしないんだが! なんなんだあの、恐ろしい何かは!?

 

 

って、待て……それだけじゃないのか!? その謎の四体の何かの傍や、私達の頭上といった逃げ道を塞ぐように、別の何かが……! あれは……うっ…!?

 

 

同じ形をした大きい輪が四つ、輪の中に輪があるような組み合わさり方をしていて……! それぞれが動き……! その四つの輪には輪縁(へり)があり、その輪縁の周囲は目をもって満たされている……!

 

 

いやそれはもうびっしり隙間なくだ…! 四つの輪の外周周全てに、タコやイカのうねる吸盤以上の、虫が大量に湧いて並び張り付いているみたいな形で、瞬きをする目が、ぎっちぎちに……! その全部で私達の方をぎょろりと見て――!

 

 

「では皆さん♪ その方々を怖じ惑わせ、恐怖の念に襲わせてくださいな♪」

 

 

「来っ…!」

「逃っ…!」

 

 

「「「「「うわああああああッッ!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ…はぁ……。ここは…何処なんだ……? まさかこの光景……死に際の……」

 

「大丈夫だとも。ここは変わらず天界ダンジョン内。どうやら逃げおおせられたようだ」

 

 

仲間の魔法使いに鎮められ、ようやく状況を理解できた。あぁそうだ…神殿から死に物狂いで脱出、記憶が一瞬飛ぶほど逃げ、なんとかここまで来れたのだったな。

 

 

あぁ、思い出してきた。あの雲の恐ろしい化物の他に、謎の正八面体の浮遊物まで追加で追って来たんだ。なんだったんだあれは。雲製なのだろうが……。

 

 

どんな攻撃をしかけても八角形のバリアが展開して全て弾くし、逆に向こうは光線を放ってくるし。その光線を放つとき、色々幾何学的に形が変化していたし……。

 

 

おかげで残されたのは私と仲間の魔法使いのみ。残っていたあの数人は、揃って雲の化物連中にやられて……くそっやってくれる…!

 

 

…………しかしだ。今だからこそできることだが、落ち着いて考えてみれば……もしかしてあの奇怪な生き物もどきは――。

 

 

「今度こそ撤退すべきだ。私の魔力残量も心許ない、これ以上長居は出来ないだろう」

 

 

考えていると、魔法使いがまたその提案を。だが、また聞かなかったことにするしかない。このままおめおめと帰れる訳がないんだ。

 

 

とはいえエンジェルを狙うのは難しく、イチかバチかのガブリエラ相手も失敗した。残された手は、ダンジョンにある素材やらを採取していくことぐらいで――ん?

 

 

「そういえばここは何だ? いや天界ダンジョンなのはわかっているが……なんだか随分と形が整っていないか?」

 

 

改めて周囲を確認してみると、ここにあるのは不定形の雲じゃない。どれもこれも何かを象ってあるようで……それこそ、木々や石畳、花壇やアーチや噴水と一目でわかるぐらいの……。

 

 

「庭園か、ここは?」

 

 

そういえば聞いたことがある。『存在し得ない空中庭園』の与太話を。まさか、ここがそうなのか? 本当にあったのか!?

 

 

いや、その詳細は今は良い。それよりも……この庭園にある雲像の質だ! 道中にある、子供の作ったかのような雲像とは訳が違う。ここのは精巧極まりない!

 

 

見ろ、この煉瓦は一つ一つがざらざらまで再現されているし、向こうの木は一枚ごとの葉の脈まで彫り込まれている。あのガーゴイルなんて、大理石製のと遜色ない。いや、それ以上かもしれない。

 

 

どれもこれも、色が白ばかりだということ、そして触れた感触でようやく雲だと気づけるレベルの代物だ。ここが伝説の空中庭園だと頷けるほどには凝っているじゃないか。

 

 

……このクオリティであれば、好事家にとんでもなく高値で売れることだろう。エンジェルが作った、雲製の、庭園造物。ガブリエラの羽根には遠く及ばないだろうが、少なくとも苦労してエンジェルの羽根を毟るよりかは…!

 

 

更に庭園を象っているだけあって、花壇には光の花、噴水には晴雨の泉水、彩りに虹の欠片……! 高値のつく素材ばかりだ! まさかここにきて天国を見つけられるとは! 

 

 

しかもまだ、搬送魔法を扱える魔法使いがいる! 目で合図してみると、まだそれぐらいの余裕はあるようだ。ハハッ、天は私達に味方してくれたようだ!

 

 

さあ善は急げだ、エンジェル達に見つかる前に出来る限り採取して――――ん?

 

 

 

空が……急に暗く……? 雲でも……待て、ここは空の上だぞ!? 更に上に雲はかかれど、ここまで暗くなることはなかった! まるでこんな夜のように、いいや、何かが頭上を覆い隠すようには……!

 

 

「どうやら運命の時が迫っているようだ」

 

 

魔法使いの半ば諦めた声に、私もそいつの向いている方向、頭上に目をやる。そこには――なっ……。

 

 

「矮小なる人の子よ。懲りずに盗みを働こうとするとはのぅ」

 

 

「巨……竜……っ!?」

 

 

 

 

 

私達を……この庭園を陰らせ覗き見てくるのは……入道雲が眼前に現れたかと見紛うほどに超巨大な、一匹の竜! このサイズ、この浮遊庭園と同じく伝説の、千尋巨竜群の…!? いやあれは、何か超次元的な存在に鎮圧されたという……!

 

 

つまり滅された訳ではないのだから、ここに居たとしても……それかここにいるということは、もしやその戦いで死……いやここはただのダンジョン、ということはここの防衛をガブリエラ辺りから頼まれていたのか…!? 

 

 

ここは時折大型魔物も訪れる、ならばあんな雲肌の竜が棲み処としてもおかしくは――――ん?

 

 

雲肌の……雲製の……。それに、今聞こえた巨竜の声、聞き覚えのある声……。――ッ! 私としたことが! 目先の恐ろしさに負けてまた騙されるところだったか!

 

 

「さて、終いじゃ♪ ひとつぱっくりと食べてや……ほう?」

 

 

巨大な顔を近づけてくる巨竜に、私は怯むことなく剣を向ける。なにせ、もう種はわかったんだからな!

 

 

「さっき以来だな、上位ミミック!」

 

 

 

 

 

「なんじゃ、即バレか! む~、もっとビビッてくれても良いんでないか?」

 

 

牙をちらつかせ、今にも私達を食わんとしていた巨竜の様子は一変。おどけた調子に。わかっていたが、これで確定したな。この巨竜の正体は、さっきまで私達を煽っていた、()()()()()()()()だ。

 

 

それがなんでこんな巨竜姿に? 魔法を使えると豪語していたのだから、それで変身を? いいや、そうじゃないだろう。まあ変身能力といえば変身能力だろうが、な。

 

 

「つい今しがたガブリエラの元で、恐ろしい姿に変じたお前の仲間を見た。そこから推測しただけのことだ」

 

 

「ははぁ、そういうことかの! うーむ、順番間違えたかのう?」

 

 

巨大な首をくねんくねんさせる巨竜ミミック。ふん、冷静にヒントを辿れば単純な事だった。こいつらがやっていたことを思い出してくれ。

 

 

最初、私達を殲滅しに来た時の事だ。ミミックの連中は雲を活用していた。雲の中に隠れ、自在に動かしていた。そして更には、自ら仕舞い込んでいたと思しき雲を吐き、それを操っていたんだ。

 

 

そして次、ガブリエラの元での事。彼女の合図で集まってきた雲は、その全てがミミックが潜んでいた場所から出て来ていた。そしてガブリエラの手により捏ねられ、その雲は生き物のように……。

 

 

もうわかっただろう。あの奇怪な生物も、この目の前の巨竜も、中にミミックが入っているだけのことだったのだと! あいつらは成型された雲像を操っているだけに過ぎないんだ!

 

 

そうとわかれば恐怖なぞ雲散霧消。今まで嘲笑ってくれた仕返しに、その無駄に立派な巨竜姿を散らしてやる!

 

 

「んむ? ほっほう、かかってくるか! そっちの魔法使いの提案に従っていればいいものをな♪」

 

 

巨竜ミミックの噛みつきを躱し、私達は空へと飛び上がる。どうせ噛まれたところでダメージはないだろうがな。さて、何処から切り崩してやろう。ここはやはり逆鱗からか! はぁっ!

 

 

「おおぅっ! 的確に弱点を狙ってくるとはやるのぅ。ま、弱点どころか痛くも痒くもないんじゃが☆」

 

 

燕の如き速度で逆鱗の位置を切りつけてやったが、巨竜ミミックはどこ吹く風。くっ…それはそうか。あれは雲、ミミックはその雲を操っているだけに過ぎないのだから。

 

 

だが、今のに対処しきれないのはわかった。ならば端の方から切り崩していってやろう! 逆に、逆鱗しか残らなくなるぐらいにな! まずは――おおっと!?

 

 

「尻尾あたっくーっての♪」

 

 

案外動かせるか! 巨竜の尾が勢いよくこちらへ曲がり、私達を打ってきた! 回避が遅れ少々掠ってしまったが、ふふ…やはりな。ダメージは皆無だ。それどころか寧ろ気持ち良かったぐらいだ。

 

 

なにせ頭から尾まで雲製の巨竜、向こうにもダメージは簡単に与えられないが、こっちにもダメージはないということなのだろう。これは良い、気にせず突っ込める!

 

 

「やるぞ!」

「そうするしかないか」

 

 

「むぅう……ちょこまかちょこまかとぉ。あまり壊されると面目が立たんと言うのに…!」

 

 

背、前脚、翼、爪先、逆鱗、胸部、尾先、角先――。二人がかりで動き回りながら削っていってやると、巨竜ミミックは翻弄されてくれる! ははっそうだ、これがやりたかったんだ。お前達ミミックに邪魔された分、ここで披露させて貰おう。

 

 

 

しかしなぁ、ミミックめ、これならばさっきの空翔ける宝箱状態の方が強かったんじゃないか? まさしくさっき当人が言っていた通りだろう。順番を間違えたという訳だ。最初に持ち出してくるべきだったな。最も、今更だが!

 

 

「あぁもうブンブンと羽虫のように! これ以上好きにさせる訳にもいかん、そろそろこの姿が脅しではないこと、教えてやろうかの!」

 

 

「嫌な予感がする。そろそろ庭園の中に隠れて採取を……」

 

「いや、続行だ。いくぞ!」

 

 

怖気る魔法使いの話を却下し、再度攻撃の合図を。ずっと煽ってきたミミックに復讐できる好機を逃すわけにはいかないだろう! 今度はその翼を斬り落として――!

 

 

「ほれっ☆」

 

「うっっっおとぁっ!?!?」

 

 

「う~む、惜しい! ちょいと早かったのぅ。ほれほれほれっ!」

 

 

っと、っと、っとぁっ!? な、なんだあれは!?!?!? しょ、触手が……雲巨竜の翼から、翼の表面から、うにょうにょと()()()()()()()()ぞ!!?!!? 

 

 

いや翼からだけじゃあない!? 逃げる私を追うように、翼の根元、胴体、脚、尾からも!? 続々と引っ込んでは出て来て、また引っ込んでは伸びてきている!! 白く柔らかい、雲製竜の鱗から……って!

 

 

いや気持ち悪すぎだろう!!! さっきガブリエラが作り出した恐ろしい雲像とは違う意味で怖ろしいんだが!? なんてことをしているんだあのミミックは!

 

 

ああそうだ、ミミックが触手を伸ばしているのか…! 原理はさっきまでの雲の中からの奇襲と一緒、巨竜の中を進み私を追って来たんだな。くっ、面倒な……!

 

 

しかしあれは、エンジェルなり他のミミックなり別動隊がいたから効いた技だろう。この状況ならばその技を活かせるのはこちら側だ! やってくれ!

 

 

「あぁ。行こう」

 

 

「今度はこっちかの。ほれほぅれ!」

 

 

私と交代するように、魔法使いが竜の頭付近で接近戦を仕掛ける! 無論、触手に絡めとられない距離でだが。あれは囮、別動隊だ。本命は私だ!

 

 

中に入っているミミックはあの一体だけで間違いないだろう。ならばこちらから奇襲をかけてやる。魔法使いに集中させている間に私は巨竜ミミックの視界から外れ、尾の方へと回り込み……今だ!

 

 

「斬り落として――」

 

 

「甘いわ☆」

 

 

「どぅわっ!?」

 

 

こ、こっちからも触手が!? 馬鹿な!? 魔法使いはまだ攪乱をしている、あいつの所からも触手が出ている! なのに、ここからも!? 竜の頭からここまでは相当な距離があるというのに、同時にだと!!?

 

 

「ふっふっふ~ミミックを舐めてはいかんなぁ~♪ こんなことも出来るんじゃからの☆」

 

 

ってうわっ!? 私の傍に、竜尾の付近に竜の首が生えてきた!?!? 今魔法使いを追い続けている竜の首と同じ大きさの、それでいて……んん…?

 

 

「なんだかクオリティが低くないか?」

 

 

「んなっ!? そこはツッコみ禁止じゃぞ! そりゃエンジェル達で時間かけて作った首と、ワシが即席で作った首なんて出来が違って当然じゃろうが! このっ……飲み下してやるわい!」

 

 

うおっと!? マズい、逆鱗に触れてしまったようだ! そのクオリティの低い首を伸ばし、私を呑み込もうと追ってくる!

 

 

「逃すかぁ!」

 

 

うわっ、もう一本生えてきたぞ!? もっとクオリティ下がって、もはや幼児の粘土細工レベ……待て待て待て! 明らかに曲がっちゃいけない首の向きで追いかけて来るな!! あっちの首なんてバネみたいなねじれ方しているじゃないか!

 

 

くっ、あの首に噛まれてもダメージはないだろうが、中にミミックが潜んでいるんだから危険なのに変わりはない! このままではどうしようもない、なんとかして首の動きを――そうだ!

 

 

「そのままこっちに来てくれ! それで――!」

 

「やってみるとしよう」

 

 

魔法使いに指示を出すと、理解してくれたようで私の方へと! そいつを追いかけ、本物の、高クオリティの竜首も! よし、このまま――!

 

 

「ほら、どうした! 私はここだ! おっと良いのか、向こうが御留守だぞ!」

 

「そんな追い方で大丈夫か? 上手く使いこなせよ? やあ、こちらだ」

 

 

二人で翻弄を! ただし、今いるところから大きくは動かず、竜の首を上手く手玉に取ってだ! こうすれば……よし……よぅし!

 

 

「んむっ!? やってしもうた!」

 

 

ハハハッ! ミミックめ、怒りで我を忘れ過ぎだ! 見てみるといい、あのぐちゃぐちゃに絡まり合って団子みたいになった三本の竜首を! もうどうしようもないだろう!

 

 

しかしこう見ると、本当ミミック製の竜首のクオリティ酷いな。道理でさっき、雲の揺り籠を時間かけて捏ねていた訳で――。

 

 

「フンッ!」

 

 

「あっ」

「あっ……」

 

 

「これが雲の良い所よ。いくらでも千切れて崩せて、新しく足せば元通り。自由に形を変えられる『箱』ってのう! 全くもう!」

 

 

あ、あいつ……! 絡まった竜首を、自分で作った竜首を千切り捨てたぞ……! バラバラになったものが風に乗って流れて……!

 

 

そして私達が必死こいて削った場所も、内側から補充された雲で埋められてゆく。ただ埋めただけだが……。つっ、動けるようになった竜首でこちらをギロリと睨んで……!

 

 

「もう容赦はせぬからの! これでも食らうがいい!」

 

 

はっ!? 竜の口を開いて……おい待てまさかドラゴンブレスッ!?

 

 

「んばあーーーっっ!!!」

 

 

うわぷっ!? いや雲じゃないか! 炎でも冷気でも光線でもない、ただ視界を埋める雲のブレ……。

 

 

「ふふん、油断したのぅ☆ 捕らえたぞ♪」 

 

 

しまっ!!? 身体に、触手が!! まさかミミック、雲ブレスを伝って、私達のところに来て――!

 

 

「揃って寝とけぃ♪」

 

 

「あぁ、やっぱり駄目だったよ……」

 

「がふっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ハッ!?」

 

 

「んお? おぉ、起きたかの♪」

 

 

目を覚ますと、あの上位ミミックが顔を覗き込んできている…! ここは雲の上みたいだが……私達はこいつにやられたはずじゃ……?

 

 

「安心せい、まだ死んでおらぬ。まあもう秒読みじゃが☆」

 

 

困惑していると、上位ミミックがちょいちょいと私の手足を指さして……なっ!? エンジェル達が掴んで持ち上げている!? 何をする気なんだ、急ぎ振りほどいて逃げ……身体が動かない!?

 

 

「暴れられても困るしの、弱めのミミック毒でちょいと麻痺をな☆ あぁ、浮遊魔法も消失済みじゃからな?」

 

 

ということは、今浮いているのはエンジェルが持ち上げているからか…!? 魔法使いは!? 魔法使いはどうなって……いた!

 

 

いた、が……気を失ったまま、私と同じようにエンジェルに手足を掴まれ、空中へ引っ張り上げられている……! 何を……ああああぁっ!?

 

 

「くっふっふ~☆ エンジェル悪戯名物、昇天雲トランポリン(ただしトランポリン無しver.)じゃ! さて、次はお前さんの番じゃぞ~?」

 

 

魔法使いが、雲を突き抜け落下していく……! くっ……私が話を聞かなかったからか。最初からいう事を聞いていれば……!

 

 

それとも、一番良い装備を頼まなかったからか。もしミミックがいるとわかっていれば違う装備を……いや、それだと浮遊が上手く……あぁっ、くそっ! エンジェル達が私を引っ張り上げて……!

 

 

「覚えとくんだ…! 絶対にリベンジに来てやるぞ…!」

 

 

「コンテニューはいつでも受け付けておるぞ♪ 良~い遊び相手になるからのぅ!」

 

 

私の苦し紛れの恨み節を、ミミックはカラカラ笑いながらいなす…! 遊び相手扱いって……このっ

…!

 

 

「ともあれ、今日は真っ逆さまに堕天するが良い☆ 3、2、1、どーんっ♪」

 

 

「うわあああああああああああっっ!!!!?」

 

 

「じゃあの~う♪」

 

 

私も雲を貫き、瞬く間に落下していくぅ! くそっ…くそおっ! 何も手に入れられずに、復活魔法陣送りかぁ! 高い金を払ったのに、パーティー全員分の復活代金もかかるのにぃ!

 

 

どんどん遠ざかる雲の奥では、私を落としたエンジェル達が、楽しそうに何処かへ飛んで行く! 羽を羽ばたかせて……! 金の元が、金が飛んで行く!

 

 

あぁ、ミミックも! 宝箱が羽を広げて離れていく! 宝箱が…一獲千金が、私から離れていくううぅぅぅ…………――!

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――かの冒険者が手で(くう)を切り、(そら)を落とされていった同時刻。天界ダンジョンのとある一角にて、未だ生き残っていた冒険者がいた。

 

 

「あれ…? 何か悲鳴が聞こえた気が…? 気のせいかな…?」

 

 

風の悪戯か、あるいは本当に運んできたのか。ほんの微かに耳に入った音に首を傾げる一人の冒険者。と、それを仲間が叱責した。

 

 

「ちょっと!? 集中してよ!」

 

「よそ見してちゃ勝てないって!」

 

「全員で力合わせないと!」

 

 

そんな非難をそばだてていた耳に受け、その冒険者は慌てて正面を向き、得物を構え直す。そして現状を再確認するようにごくりと息を呑んだ。

 

 

「けど……こんなの有りなの…!?」

 

「ホント…! エンジェルと――つぅっ!」

 

「おわっ危なっ!? よく捌いた!」

 

「くぅっ……! 強い……!」

 

 

どうやら闘っているのだろう。間一髪の連続を凌ぎながら、冒険者パーティーは目の前のエンジェル達へ唇を噛む。そしてどうやら、体力の限界も迫っているようだ。

 

 

「はぁっ…! なんとか……! けど、このままじゃ…!」

 

「てかだからあのバッグ、ズルでしょ! いやこっちも人の事言えないけどさ!」

 

「それどころじゃないって! ほらまた来た!」

 

「そろそろ決めないとマズイかも……!」

 

 

苦戦を顔に滲ませながら、抵抗を見せる冒険者パーティー。それでも、持ち前の連携を活かし、身に付与した魔法を駆使し――。

 

 

「そっちいった!」

 

「届かなっ……!」

 

「任せて! そーーーりゃあっ!」

 

「おおっすごっ!? これなら!」

 

 

一人が放った重い一撃は、他のメンバーを驚嘆せしめる。放たれたそれは、エンジェル達の―――()()()()()()()()()()、手の届かぬ位置へと!

 

 

「「よし!」」

 

「「決まれっ!」」

 

 

冒険者パーティーは祈り、エンジェル達は慌てて飛び越えた一撃を追いかけ。そして、それは無情にもエンジェルの手をすり抜け雲へと落ち――いや。

 

 

「あぁっ!?」

 

「また!?」

 

「もう!」

 

「惜しかったのにぃ!」

 

 

次に起こった事態に、悔しがる冒険者パーティー。それもそのはず、打ち返したそれが、雲に突き刺さり埋まるはずのそれが……。

 

 

()()()()()()()()()()()が、跳ね返って来たのだから。

 

 

エンジェルの背のバッグから出た、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ミミックの触手によって。

 

 

 

 

 

 

「――くうぅっ! 負けたぁ!」

 

「一点差だったのにぃ!」

 

「あーもう! いい勝負だった!」

 

「はあ、雲気持ちいい…!」

 

 

その後も闘い…もとい、試合は続き、ゲームセット。結果は僅差で冒険者パーティーの敗北。疲労困憊となった四人は揃ってボフンっと雲へと寝転び、大の字に。

 

 

「……そういや、どうする?」

 

「え? 何が?」

 

「……今日来た目的?」

 

「あっ……」

 

 

と、そこでようやく現状に気づいたらしい。なにせ既にやられた冒険者達と同じように、この四人もエンジェルから奪いにこのダンジョンへやってきたのだ。

 

 

ただし些細なミスから囮として他の冒険者達から追い出され、エンジェルの遊び相手として連れていかれ。目論見がバレないように従って付き合っている内に熱中し……今に至るのである。

 

 

「あの人、事を起こしてからやれ、って言ってたけど……」

 

「なんか戦う音とか聞こえた?」

 

「さあ…集中してたから……あふぁ……」

 

「まだ始まってないのかな……ふぁう……」

 

 

とうに争いは決着していることなぞ露知らず。心地よい疲労感と雲に包まれあくびをする四人。そのまま夢見心地のように話し合いを続けるが……。

 

 

「戦って勝てるかなぁ?」

 

「ね。何故かミミック一緒にいるし」

 

「というかもう……」

 

「戦いたくないね……」

 

 

奇妙なバッグに恐れをなしたか、疲労による戦意の低下か、あるいは共に遊んだエンジェルへの情か。恐らくはその全てなのだろう。リーダー格がボソリと提案を。

 

 

「……帰ろっか」

 

「「「さんせーい」」」

 

「でもその前に……もうちょっとゆっくり」

 

「「「超さんせーい」」」

 

 

エンジェルの加護を受け、至上の雲ベッドに身を任せ。吹き抜ける清らかな風を身に受け。更には。

 

 

「わ、見てあの雲。すんごいこんがらがってる」

 

「ホントだ蛇みたい。…竜の首っぽくも? な訳ないか」

 

「ちょっ!? なになになに……ぴゃっぶはぁっ!?」

 

「あははっ! やられてるやられてる! トランポリンみたい!」

 

 

流れゆく雲を指さし眺め、エンジェルの悪戯にしてやられ。楽園とはまさにこのこと。四人はそれを暫し享受し、その後にはたと思い至った。

 

 

「あ。でもこのまま帰るとお金が……」

 

「それもそっか。んー、なんか貰えないかな?」

 

「光花とか虹の欠片とか清雨水とかならワンチャン?」

 

「貰えないか聞いてみよっか」

 

 

大金を払ってここまで来たのだから、少しぐらいは補填をしたい。それは当然の願いであり、平和的に交渉をしようと決めた――その時だった。

 

 

「へっ!?」

「あっ……」

「いや……」

「その……」

 

 

共に遊んでいたエンジェル達が、そんな四人の顔を覗き込んできたのである。この状況で交渉をするのは気まずく、本来の目論見の罪悪感もあり言葉に詰まってしまう一同。しかし――。

 

 

「え、えっ? これくれるの?」

 

「これってさっきまで使ってたシャトル…」

 

「んっ!? このシャトルの羽根!」

 

「エンジェルの羽根じゃん!?」

 

 

エンジェルが笑顔で差し出してきたそれに、四人共驚愕を。なにせそれは今回の目的、エンジェルの背から毟り取ろうとしていた素材なのだから。

 

 

「「「「え、えっと……」」」」

 

 

突然のことに目を白黒させる四人、するとエンジェル達はきょとんと顔を見合わせ、触手ミミックと共にバッグを漁りだし――。

 

 

「えっ、えっ!? えぇっ!? ちょ、ちょ!?」

 

「こ、こんなに沢山!? どれだけ出てくるの!?」

 

「なんでこんなにシャトルを……このラケットも!?」

 

「くれるの!? 本当に!? ど、どういうこと!?」

 

 

エンジェルによってミミックによって、四人の手に次から次へと置かれるはエンジェルの羽根製シャトルや他色々。何が何だか困惑する一同の背に、今度は別の気配が。

 

 

「安心せい、遊んでくれたお礼ってやつじゃからのぅ♪」

 

 

「「「「へっ!? わぁっ!? 上位ミミック!?!?」」」」

 

 

 

 

突如現れた彼女に、跳ね上がるほど驚く四人。その様子をケラケラ笑い、上位ミミックは寛ぐように雲の上に落ち着く。宝箱の隙間に入り込むふわふわの雲をクッションにしつつ。

 

 

「くふっ☆ それも安心せい、お前さんらを取って食う気はないわ。他の連中と違ってな♪」

 

 

「……へっ!?」

「ほ、他の連中って…」

「もしかして……」

「あの……」

 

 

「んっふふ~? なんじゃ~? お仲間の末路が気になるのかの~?」

 

 

含み微笑みを浮かべる上位ミミックの顔で、四人は事を察したのだろう。少しの間揃って沈黙してしまう。それを打ち破ったのはやはり上位ミミックの…悪戯をするかのような声。

 

 

「心悪しきは罰せられ、心優しきは歓待される。そんな簡単なことなのに、のう? 何故皆できないのかの~う?」

 

 

「……え、えっと……」

「その……」

「わ、私達も……」

「実は……」

 

 

「安心せい、と言うたじゃろ♪ 元の考えはどうあれ、心優しくあるからこそワシらは手を出さなかったんじゃ。……とはいえ、もしさっき改心しなければ他と同じ()()を辿らせたがの☆」

 

 

「「「「ヒッ…!?」」」」

 

 

「くっふっふ~! ま、悪戯はこの辺りにしておかんとな☆ じゃないと今度はワシが罰せられてしまう。なにせこちらの御方が出向くほどだからのぅ」

 

 

ふと、上位ミミックは妙な行動を。不意に身体を起こし、開いてある蓋の方へと。そして雲クッションを宝箱から掻きだすと……。

 

 

「「「「わっ眩し!?」」」」

 

 

宝箱の中から噴き出したのは、煌めく聖光。直後、その輝きと共にふわりと出てきたのは――。

 

 

「うふふっ。皆様初めまして、ですね」

 

 

「「「「が、ガブリエラ!?!?!?」」」」

 

 

そう、このダンジョンの主である大天使ガブリエラ。怯える四人に対し、彼女は深々とした一礼を。

 

 

「此度はこの子達の遊び相手を務めてくださり、心からの感謝を。心優しき皆様方に格別の敬意を」

 

「そ、そんな!」

「だって私達…!」

「畏れ多い…!」

「お礼なんて……!」

 

「ふふふっ♪」

 

 

慌てて返そうとする四人を、ガブリエラは優しく制する。そしてとある申し出を口にした。

 

 

「厚かましい願いとなりますが…もし宜しければ、今後もまた遊んでやってくださいませんでしょうか? 良い子である貴方様がたであれば、皆喜びましょう♪」

 

 

「えっ!? ぜ、是非!」

「わ、私達でよければ!」

「あっ、でも……」

「此処に来るのにはお金が……」

 

 

直ぐに承諾しようとするものの、前提条件に気づき躊躇いを見せる冒険者四人。するとガブリエラは微笑みと共に自らの背から羽根を一枚抜き取り、力を注ぎ四人へと。

 

 

「では、こちらを。このダンジョンの近くで祈りを籠めれば、エンジェルが迎えに赴きます。えぇ勿論、用いるか否かはお好きのままに♪」

 

 

「なっ…!?」

「だ、大天使…!」

「ガブリエラの…!」

「羽根…!?」

 

 

一枚でもあれば長く遊んで暮らせるそれを受け取り、震える四人。と、それに気づいてかは定かではないが、上位ミミックが思い出したように手を叩いた。

 

 

「あぁ、そうじゃ! さっき、ちょいと巨竜像を壊してしもうてな。折角だから直すの手伝ってくれんか? 冒険者なら竜の鱗に覚えがあるだろうしの☆」

 

 

「「「「は、はあ……」」」」

 

 

「そうと決まれば雲のマシンまた作るとするか! よいせっと…お、手伝ってくれるのか?」

 

 

傍の雲を千切り集めて捏ね、乗り物を作り始める上位ミミック。それを手伝うエンジェル達。にこにこと見守るガブリエラ。一方、冒険者四人はヒソヒソ話を。

 

 

「……一応聞くけど、これ、どうする?」

「ガブリエラの羽根って売れば……」

「あの魔法陣レンタル料より高いよね…?」

 

 

三人はリーダー格へそう問う。しかし、そのリーダー格は一つ深呼吸をして……。

 

 

「皆、もう内心は決まっているんでしょ?」

 

「「「…っ! うん!」」」

 

 

確固たる想いを胸に、揃って顔を見合わせる四人。そして、宣言を。

 

 

「勿論、売る訳ない! そんなことしたら裏切るも同然だもん! 大切にして、皆で遊びに来よう!」

 

「「「さんせーいっ!!!」」」

 

 

「くふふっ♪ ほれ、出来たぞ。乗り込むと良い♪」

 

 

「「「「はーいっ!」」」」

 

 

皆乗り込んだ雲製乗り物は、ミミックの操縦で空を翔ける。それが受ける風は、綺麗で涼しくてどこから柔らかくて、まるで、四人の心の内のようで――。

 

 

「――そういえば上位ミミックさん、ずっとこのダンジョンにいるんですか?」

 

「いんや? 比較的最近派遣されてのぅ。なんでじゃ?」

 

「えっとなんというか……」

「話し方的とか振舞いとか的に……」

「熟練な感じが……」

 

「んなっ!? 失敬な、ただこういう喋り方なだけじゃ! 社長よか大分若いわい! 肌ピチピチじゃろ!?」

 

「「「「そ、そういう意味じゃ!?」」」」

 

「なんで冒険者連中はそうワシの気にしとるところばかり…! もう怒った、落としてやるわ!」

 

「「「「ごめんなさいごめんなさい!!」」」」

 

「もう、喧嘩はダメですよ。ふふっ♪」

 

 

 

こうして、優しき時は雲のように緩やかに流れてゆく。天使に祝福されしこの一日は、冒険者四人にとっても忘れられない記憶となることだろう――。

 

 

 



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顧客リスト№70 『レオナールのコンサートダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌①


 

「わっ…!」

 

思わず、息を呑んでしまう。今しがたまで日に晒されているかのように明るく騒がしかったこの場が一転した様子に。星無き夜のように暗く、微かな呼吸すらも憚られるほどに静まり返った様に。

 

 

始まる――。手探りな闇の中、隣にいる社長と目配せを。きっと、私達だけじゃない。ここに集う人魔問わない皆の心の内は、そのたった一言で埋まっていることだろう。

 

 

もうか、まだか、すぐか。数秒が永久に感じる中、その期待に応えるように――今!

 

 

「「「みんなーぁ! 『waRos(ウォーソ),feat.N』のライブに来てくれてありがとーうっ♪」」」

 

 

来た! 突如として眩く照らされたステージ上に、彼女達は姿を現す! 刹那、降り注ぐ灯りは巨鳥の虹翼の如く羽ばたき全てを眺望し、煌びやかに色彩豊かに私達の、皆の、彼女達の集中を端から搔き集めて再度一点に! 

 

 

「早速、いってみよーっ★」

 

「ついてきなさいよっ!」

 

「一曲目はこれよ。『Swordy Hearty,Bravely』!」

 

 

高らかなる宣言と共に、地を空を揺らすは重低音! 一瞬、その全身に叩きつけられる勢いに押し倒されそうになってしまうが……それを許さず、手を取り引っ張り上げてくれるのは――!

 

 

「さあ♪ 剣を抜け♪ 君だけの♪伝説の(つるぎ)を♪」

 

「心に刺さる♪ 願いと想いを♪ 勇気の証にーーッ♪」

 

 

彼女達の軽やかながら、響く歌声っ! 更に激しくもテンポの良いリズムが、つい口ずさみたくなるメロディラインが、衣装を見目よく揺らすダンスが、私達の心を湧き立たせる!!

 

 

ふふっ、これは私だけじゃない。ここに集う全員がそう! 僅か数十秒足らずで場は熱狂の渦、色とりどりのライト…サイリウムが満開の光の花畑のように輝いているのだから!

 

 

けれど、ステージの煌めきはそれを容易く凌ぐ! 薄く撒かれたスモークを、幾筋もの光線が上下より包み込む! 時には幾多の細い光線が柱を形成する神殿の如く、時には光線で形成された結晶に閉じ込めるように!

 

 

更に放たれているシャボン玉は未だ暗き隙間を虹で染め上げ、曲の盛り上がりに合わせ刹那的に明滅するライトはこちらの鼓動を跳ね上げさせてくるのである!!

 

 

そのせいだろうか私、おかしなことに椅子からほぼ動いていない……つい立ってしまってはいるけど、それだけだというのに汗が……! 肌がゾクゾクと震える度に……!

 

 

そう不意に気づくとなんだか恥ずかしくなり、ちょっと目をステージから離してしまう――けれど、逃げ場なんてなかった! だってそこには、ステージ奥や上部には、超巨大な魔導画面が!

 

 

それに映し出されているのは勿論、今私が視線を外したはずの、ステージ上で歌い踊る彼女達! その表情は歌に全霊を注ぎ込んでいるのがわかるぐらい真剣そのもので、誰よりも迸る汗は輝きと共に弾けていて……! 

 

 

その光景に見惚れながら、自らの小胆さを内省していると――彼女達はふとこちらに気づいたように、誇らしげで勇ましく、謳歌を共にしようと誘う笑みで、私の胸を射抜くウインクを――っ!

 

 

「Aa-h! 混乱毒麻痺眩暈呪い♪ Temptation斬り払え♪」

「未踏未知を相手取り♪ 怖気ず握り直すんだ♪」

 

「「剣を♪心を♪ 勇気を掲げろッ♪ Swordy Hearty,Bravely♪♪」

 

 

 

もう…っ! そんなことをされてしまったら…僅かに冷えかけた熱が、一気に沸騰してしまうに決まっている!! さっきまでの尻込みは、気にしていた汗と共に霧散しちゃう!

 

 

あぁ、なんだろうこの感覚…! これだけ歌声が響き渡っているのに、音楽が轟いているのに、胸の中に生まれたこの変わった感じは……! まるで無音のような――。

 

 

ううん、その表現はそれこそ私の胸の、心の外側を撫でているだけ。無音なんかじゃない。開幕の暗闇とは全く違うのだから。これは……言うなれば――『一体化』していく感覚!

 

 

そう! 一体化してしまっているのだ! この場を包む興奮と、リズムとメロディとダンスと、彼女達の熱い吐息と! それらは肌へ肉へ、骨へ血へと吹き込まれ、染み入り、溶かし蕩かし、泡立つほどに攪拌し、私を新しく作り替えた!

 

 

これは過言なんかじゃない。まさにこの瞬間こそが、私自身を構成する全てとなってしまっている! 私が、この場の大切なパーツとなってしまっている! だからこそ一瞬無音と感じるほどに、()()()()()()()()()()んだ!

 

 

まるでこれこそが自分自身、生き様なのだと揺さぶるように! この絶景が理想でありながら、これが普通であると豪語するように! この一時が特別でありながら、未来永劫変わらないと思えてしまうように!

 

 

凄い……凄い凄い! これが、『アイドル』っ! 誰も彼も虜にしていく、誰もが目を奪われていく偶像たる存在…っ!

 

 

 

これが…これが、『コンサートダンジョン』の、アイドル達なんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

「ふうっ! 良いわね良いわね皆! でも、ここまでアッツアツ続きだったし、ここいらでクールダウンが必要じゃない? ねえ?」

 

「うふふ、そうね。なら、次はあの曲を少しレイジー気味に歌いましょうか。『ワタシの愛は迷宮(ダンジョン)モヨウ』」

 

 

演出を、演奏を、踊りを、衣装を目まぐるしく変え、早くも幾曲目。次の曲は少し落ち着いた雰囲気の……わっ!? こ、これ一件静かな感じに見えて…なんというか、その、遅効の毒が含まれているような……! ジワジワと蝕んで、虜にさせてくるような…!

 

 

これもできれば集中して聞いていたい……! けれど、昂っているこの感情をお伝えしたい! そう思い立ち、マナー違反は承知で、声を潜めつつ斜め後ろに座っている方へと。

 

 

「彼女達、とっても素敵ですね! 可愛くて、綺麗で、格好良くて、まるで宝石…ううん、それ以上で! ファンになっちゃいました!」

 

「フフッ、なんとも嬉しいお言葉を有難うございます。プロデューサー冥利に尽きます」

 

 

そう想いを伝えると、彼は実に嬉しそうに深い一礼を。と、触手で大量のサイリウムを振っていた社長も私に続いて。

 

 

「あそこまで彼女達を磨き上げられるなんて、さっすがプロデューサーさんですね~!」

 

「いえ。私のプロデュースなぞ彼女達の努力や、あの方の前には。…なんて謙遜しすぎるのは、またあの子達に叱られてしまいそうですね」

 

 

首を掻いて照れ隠しをしつつ、ステージ上のアイドル二人を誇らしげに見やる彼。『プロデューサー』という役職名で、アイドル達のマネージャーをしている方である。このコンサートダンジョンではそう呼ぶのが通例らしい。まあ私も秘書の名で経理等やってるし。

 

 

そしてこのコンサートダンジョンだが、ヴァルキリーの競技場ダンジョンやグリモア様の図書館ダンジョンとかのような招客型のダンジョンなのだ。だから、敷地内の各所には色んな会場がある。

 

 

勿論それらはコンサートに最適な会場ばかり。室内野外狭い広いも多種多様で、ステージを見つめられるように沢山の席が並んでいる。私達がいるここのように、階上から見下ろせる形の関係者席すらも。

 

 

あ、そういえばプロデューサーさんの名前聞いていなかった。私としたことが。他にもプロデューサーさんは何人もいるらしいし、今のうちに……。

 

 

……終わってからでいいか! 今はこの曲を、ううん、このコンサートを堪能させていただこう!

 

 

 

 

 

 

「そんじゃクールダウンできたとこで、今日のライブメンバー紹介といくわよ! まずはギターの――」

 

 

うーん、これも良い曲だった…! まだ胸の奥がズクズクいう毒感がとても効く…! 今日の曲全部、後で物販で買おう!

 

 

あ、でもこのコンサート後からがお仕事なんだった。並んでいる暇は間違いなく無い。でも欲しい……。むむ……そうだ!

 

 

ちょっとズルいけど、あの子に頼めば! このダンジョンの主…エグゼクティブプロデューサーと呼ぶらしい…を務めているから、お願いすればきっと! 本当、ズルい気はするんだけど…!

 

 

へ? あの子とは、って? ううん、勿論プロデューサーさんではない。彼らはアイドルの担当をしている方々、ダンジョン主ではないのだ。

 

 

というか、ステージ上にいる子である。ううん、あのアイドルの子達じゃない。今日初めて見て魅了されたんだもの。……いや、アイドルの一人と言うべき? 少なくともライブメンバーには違いない。

 

 

ほら、最初を思い出してほしい。あのアイドル二人と共に、もう一人飛び出してきたことを。演奏やダンスやパフォーマンスを中心に動いていたあの子。アイドルを盛り立て、時に挟まれ、時にメインで歓声を浴びていた彼女は私の親友で……ってあれ!?

 

 

いない!? ステージ上にいない!! もしかして休憩中? いや、ライブメンバー紹介しているのにいないなんて――。

 

 

「あーしをお探しかな♪ あ★っ★す★ん★」

 

 

「わあっ!? ね、ネルサ!!!?」

 

 

 

 

 

ビックリしたぁ!? 突然に後ろからハグされた! つい叫んじゃったけど……よかった、ステージや下のお客さん達は誰も気づいていないみたい。いやそれより! 

 

 

「なんでここにネルサが!? さっきまでステージに居たでしょ!?」

 

「にっひっひ~★ あっすん達に会いたくなって来ちった★」

 

 

そうウインクを決め、私の隣の席へくるりと飛び越え着席してみせる彼女。いつも通りシュシュで可愛く髪を纏め、キラキラメイクやアクセサリー、そしてデコレーションで輝かせた伝統装束ドレス……ではなく、今日初めて見るライブ衣装を纏う彼女こそ!

 

 

『ネルサ・グリモワルス・レオナール』――。ここのダンジョン主にして、私と同じグリモワルス(魔界大公爵)令嬢な、大親友の一人。そう、あの子なのだ!

 

 

 

のは、良いんだけど……。いやまあここのダンジョン主だって知って驚きだったのだけど、今はそうじゃなくて!

 

 

「エグゼクティブプロデューサー、何故こちらに…!? 次の曲は…!」

 

 

プロデューサーさんまで目を白黒させている通り、そこ! 会いに来てくれたのは嬉しいけど、コンサート中なのに出演者なのに、良いの!?

 

 

「ダイジョブダイジョブ♪ ちょっち面白いこと考えてっから★ いや~あの子達超キラッキラ! 今日一緒にやれて良かったし★」

 

「いえ、お礼を申し上げるのは私の方です…! 二人の勝手を聞いてくださり、エグゼクティブ――」

 

「ちょ~ちょっちょ! も~固いこと言いっこなし★ その肩書長いんだし、あの子達やあっすんみたいに気楽に呼んでっての★」

 

 

ま、それがPちゃん達のいいとこだよね★ とピースと共に笑みを弾けさせるネルサ。今度はこちらへ。

 

 

「そんでどうどうあっすん~? 初のライブなんでしょ? クラシックとか演劇とかと違うでしょ~? 気に入ってくれた?」

 

「えぇ! とっっっっても! もう興奮しちゃって! ほら私も汗だく!」

 

「わおそんなに!? にひひっ★ヤバ超嬉しい! ミミンしゃちょ~も楽しんでくれてる~?」

 

「もっちろ~ん! サイリウム振りまくり~っ!!!」

 

「ノリノリじゃ~ん! しっかり見えてたよ~★ いえいっ♪」 

 

 

社長が軽く振ってみせるサイリウムに合わせ、軽くポーズをとって魅せるネルサ。身体を捻り足を組み、自らを額縁に、社長をフレームに入れるかのように指を象って。服装も相まって格好いい…!

 

 

「そういえばその衣装って、次の曲の? なんだか魔女みたい」

 

 

「お! さすあっす(流石あっすん)~お目が高~い! どうこの服? 魔女服をモチーフに、あーしの羽とか尾とかを目立たせたの! 大人びたセクシー感がメインとみせかけて、ガーリッシュさが案外キテるっしょ★」

 

 

うん、確かに! これは次の曲も楽しみで……ん? うーん……。

 

 

「ネルサ、お水飲まない? なんだか少し顔が。体調が悪いとかじゃないんだけど、ちょっとだけ喉乾いてそう」

 

 

ふと気づき、魔法で瓶と水を生成し彼女へ……わっ!? ネルサ目を輝かせて!?

 

 

「マ!? あっすんすごっ! なんでわかったの!?」

 

「えっ、なんとなく……?」

 

「いやマジぶっ刺さり! あーし、ここに来る前に水分補給してきたんだけどさ。なんかもうちょっと飲みたいな~って感じだったの! うわマジ感謝なんだけど★」

 

 

さんきゅ★ と受け取った水をごくごくと飲み干し、ぷはぁっ!と気持ち良く息吐くネルサ。そしてにんまし微笑んで。

 

 

「もっかい言わせて、凄いわあっすん★ まるで神級のスゴ腕アシスタント…あそっか! あっすん今秘書じゃん!」

 

「ふふっ! あっすんにはいつも世話して貰っちゃってるわ!」

 

「おお~! しゃちょ~もそう言うなんて、あっすん秘書役板についてる~う♪」

 

 

両側からウリウリと小突かれて…! もう……! ――って、ネルサはこうしている場合じゃ……へっ!?

 

 

「じゃあそんなあっすんに、そして実はスゴいしゃちょ~に! あーしはスゴでラブなライブで応えなきゃ!」

 

 

ネルサが急に椅子から離れ、欄干へと飛び乗った?! そして器用に立ってみせ、こちらを向いて決めポーズを! 何を……ちょいちょいとステージを示して?

 

 

「――てかさぁ。さっきの、しっとりさせすぎでしょうよ! 思ったより冷えちゃってるじゃない!」

 

「あら、でもあの曲はそういうものでしょう? お気に召さなかった?」

 

「~~好きだけどぉ! そうじゃなくて、もうちょっと手加減なさいっての! アンタ強すぎなのよ!」

 

 

どうやらメンバー紹介は終わり、今はトークタイムな模様。客席からは笑い声が聞こえてくる。と、アイドルの1人が肩を竦めて。

 

 

「はあ、まあいいわ。次の曲は()()()のだし? バイブス一気に上がるわよ!」

 

「ふふっ、――ついてきなさいよ?」

 

「ちょおっ!? それ私の台詞ぅ!?」

 

 

気合を入れつつ絡むアイドル達にまたも客席からは笑い声。しかし今回はそれに加え、期待と興奮を帯びた歓声と、誰かを探すようなざわつきも。それを背に受け――。

 

 

「そんじゃ、行ってくんね★」

 

 

不意に会場全体にパチンッと響き渡るは、ネルサの軽やかな指弾きの音。それを合図としたように、幾つものスポットライトが彼女を照らし、胸躍るような前奏が!

 

 

「あーしの曲、やっちゃうよ~! とりゃっ!」

 

 

って、ええっ!? ネルサ、足場の欄干を蹴り、軽やかに後転しつつダイブを!!? 当然真下には沢山の客席があり、突然のことにお客さん達も慌てた声を上げて――!

 

 

「いっつ★しょ~たいむ♪」

 

 

あっ! 瞬間、ネルサの周囲にビビットな星形ハート形魔法陣が! そこから飛び出してきたのは、カラフルでキュートな猫やカラス、フクロウやネズミなどなど! そして最後に出てきたのは、箒!

 

 

「ひゃっほ~う!」

 

 

ネルサはそれにくるんと跨り、召喚獣たちと共に客席上空を翔ける! 皆の沸き立つ声援を受け、箒はステージへ。箒や召喚獣達を消し華麗に着地し、待っていたアイドル二人とハイタッチ! って、わ!

 

 

アイドル二人の衣装も見る間に変わっていく! 今着ている服に被さるように、魔法の服が! ネルサが着ているような衣装が! 魔女風になった二人は、ネルサの両側でそれぞれポーズを!

 

 

そう、つまりセンターはネルサ! 彼女は更に角を目立たせる魔女帽を生成しふわりと被り、ウインクと共に――チュッと投げキッスを!

 

 

「にひひっ★ 二人共いくよぉ~!」

 

「「はーいっ! ネルっさん♪」」

 

 

「「「『サバサバ★Sabbath(サバト)』ぅ!」」」

 

 

 

 

わぁああ!! 凄い凄い凄い凄い! 超超超凄い! 得意魔法を活かして、あんな風に輝いて! まるで一番星のよう! アイドルだ……アイドルなんだ!

 

 

 

ネルサって、私の親友って、完璧で究極なアイドルなんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はぁ、残念ながら何事もいずれは終わってしまうもの。特に楽しい時間はあっという間に。永遠に続いてほしいと酔いしれた感動のコンサートは幕引きとなり、それから少し後。

 

 

「わぁっ! 有難うございます! すみません、我儘を聞いてくださって…!」

 

「いえ、これぐらい。彼女達をここまで気に入ってくださるなんて、担当する者として感無量です」

 

 

ステージの裏、舞台袖より更に奥、関係者が行き来する通路の一角にて。結局私はコンサート中並みの驚喜の声をあげてしまっていた! 物販に並ばずにプロデューサーさんから頂いてしまったのだ、ライブの全曲入りのを!

 

 

勿論代金はお支払いしましたとも! ふふっ、帰ってから聞くのが楽しみ! けれど、今はそれよりも。

 

 

「それじゃアスト、お仕事に戻りましょうか!」

 

「はい!」

 

 

なにせここからが本題。私達がここに来たのはコンサートに招待されたからではない。いつも通り、ミミック派遣のための事前調査に訪れたのだ! 

 

 

「裏も客席並みに人いっぱいいますね~。あ、こんにちは~!」

 

 

ちょっとした打ち合わせ用に置かれているラウンドテーブルの上に収まりつつ、通りすがる方々に挨拶をする社長。そう、確かにここ、人が多い。

 

 

あれだけのコンサートをダンジョン内各所で開催するには、やはり人手が大量に必要なのだろう。聞くところによるとアイドルライブだけではなく、それこそクラシックコンサートやら演劇なども行われるらしいし。

 

 

だからこそ様々なスタッフや役者やミュージシャンや出入り業者の方々が、こちらもまた人魔問わずひっきりなし。勿論、アイドル達も! それに付き添うプロデューサーさんも……。

 

 

……多分プロデューサーさん達だとは思うんだけど…。変な方々が……。顔がPのマークになっていたり、Pと描かれた袋を被っていたり、それこそ頭全体が大きなPになっていたりする人達が……。アイドル達が親し気に話しているし、間違いない……はず……。

 

 

コホン、それは置いといて。そんなここへのミミック派遣理由は、常駐警備役。なにせこのダンジョンはあくまで施設であり、深夜帯にはほとんど誰もいなくなる。だから侵入者対策にミミックはもってこい。

 

 

と、言う話なのだが、どうやら他にも色々とやって欲しいことがあるご様子。警備の延長ではあるらしいが――あ!

 

 

「お待たせ~い★ あっすん★うぇ~いっ!」

 

「ネルサ! えっ、う、うぇ~いっ!」

 

 

スキップ交じりで戻ってきたネルサと、ハイタッチを! 実は彼女達、コンサート後の諸々…撮影会やインタビュー等のために席を外していたのだ。その間私達はこうしてプロデューサーさんからダンジョン案内を受け、我儘を聞いて頂いていた訳で――わわっ!

 

 

今私、彼女『達』と言った…! そう、それは当然、ネルサと一緒にいた今回のコンサートの主役達! ライブも諸々も終わった今、彼女達も――!

 

 

「わっ…! 本当にすっごい美人さん…!」

 

「あらお聞きしていた通り、可愛らしいミミックさん♡」

 

 

「改めて紹介すんね、あっすん、しゃちょ~★ この子達が~?」

 

 

「初めましてね! 『waRos(ウォーソ)』のリアよ!」

 

「同じく『waRos』のサラと申します」

 

「そんであーしがfeat.Nのネルサ! なんちって★」

 

 

揃った! 私の前に! ステージの上だった、あんなに遠かった三人が、目の前に揃ってしまった!!! わわ、わわわあ……っ!

 

 

「おおっ、あっすん超感動してくれてるじゃん★」

 

「えっそんなに!? えへへ……マズにやけちゃってっかも…!」

 

「ふふっ。此度は私共のライブへ足を運んでくださり有難うございます」

 

「えっ、い、いえ! こちらこそあんな素敵なライブを見せてくださって…初めてが皆さんで良かったというか……!」

 

「丁度良いじゃないアスト、今日の想い全部ぶつけなさいな♪」

 

 

しゃ、社長!? そ、そう言われても……! えぇと、えぇと……! 

 

 

「宜しければ、是非。ファンからの感想は何よりの励みとなりますので」

 

 

プロデューサーさんまで! え、え、え、じゃ、じゃあ……! で、でもその前に深呼吸を。できるだけ冷静に、心を落ち着けてから――よし!

 

 

「では、どうか拙話をお許しください。今日初めてお二人のことを、そしてネルサのアイドル姿を知り、このようなコンサート…ライブも初体験の身でした。ですが、リアさんの勝ち気でどこか愛くるしさを感じる性格、サラさんの冷静で大人びた包容力の性格が織りなす、文字通りハーモニーに私は一瞬で魅了されてしまい――」

 

 

 

 

 

「――それで、皆さんとっても光輝いていて! 何も知らなかった私でも『これぞアイドル』と見惚れてしまうほどで!! そう、いうなればアイドルをマスターしていると言っても過言ではなく――!! あっ……」

 

 

しまった、やっちゃった…! 今日のコンサートで感じたあれやこれやを口にしていたら、つい気持ちが昂っちゃって……! 鼻息荒く早口に、気持ち悪い感じになってしまった……! 

 

 

「す、すみません。聞くに堪えないことを延々と……!」

 

「いえ、アストさん。どうか彼女達をご覧ください」

 

 

慌てて口を噤み謝罪をすると、プロデューサーさんからそう促されて? わわわっ…!

 

 

「えへへへ……! そんな、そんなぁ…!」

 

「リア、顔蕩けているわよ?」

 

「んなっ!? サラだってそうじゃないの! 手で顔隠しちゃってさぁ!」

 

「うふふ…これほど褒め殺しにされちゃったら、ね」

 

 

「にっひっひ★ あっすんたら褒め上手~う♪」

 

 

三人共、身を捩るほどに喜んでくれている…! 伝えて良かったけど伝えられて良かったけど、なんだか恥ずかしくなってきちゃった……!

 

 

「ほらほら、次は握手とサインをおねだりしてみたら~? アイドルと言えばそれでしょ!」

 

 

えっ!? いや社長、そんな勝手な……ひゃっ!? お二人が私の両手をとって……!?

 

 

「「有難う、アストさん♡」」

 

 

ふわああああああっ……! 今日、手洗えないかもぉ……!

 

 

 

 

 

 

 

ふふふっ、ふふふふっ! サインまで貰っちゃった! さっきのレコードに! プレミア版になっちゃった! ……これ保存用にして、観賞用にもう一枚買おうかな…。いややっぱり更にもう一枚、布教用に……。

 

 

「アストったら恍惚としちゃって! お仕事できる~? 私、持てる~?」

 

「へっ!? え、ええ。それは……勿論!」

 

「ちょっと葛藤したわねぇ。良いのよたまには? 私別に歩けるもの」

 

「いえいえいえ! 持ちますから! あ、でもこれの保管はお願いします…!」

 

 

危なかった…! お仕事で来ているのをまた忘れるところだった。この後はネルサがプロデューサーさんとバトンタッチして案内の続きをしてくれる予定なのだ。寂しいけれど、ここでwaRosとはお別れ――。

 

 

「ねえネルっさん! アタシ達も一緒についてって良い?」

 

「ここの案内であれば私達も御力になれるはずですし」

 

 

「ん~! あーし的にはオールオッケー★」

 

 

えっ!? アイドル二人が同行を!? そしてネルサが承諾を! あれでもネルサ、ちらっとプロデューサーさんを見て…。

 

 

「私としてはライブ後ですのでゆっくり休養をとって頂きたいところですが……」

 

「それな★ Pちゃんの言葉も一理ありまくり★」

 

 

確かに。あれだけ激しいライブをして、その後に色々催し事をこなしてきたのだもの。少し残念だけど、彼女達のことを思えばそちらの方が――。

 

 

「だから~~♪ あっすんにかる~く診てもらお★」

 

 

 

 

 

 

「んっ!? えっ!? ええっ!? ネルサ!?」

 

「ほらさっきあっすん、あーしのちょっとした喉の渇きに気づいたじゃん★ だからあっすんに判断して貰えば、Pちゃんも納得するっしょ?」

 

 

ネルサが私へ絡みつつプロデューサーさんに問うと、彼はそれならばと承服の首肯を。その顛末を見てくださっていたとはいえ、信を置き過ぎでは…!?

 

 

「まあまあ、あっすん★ そんな気ぃ張らずにおね~★」

 

「いつも私達相手にやってるようにで良いのよ」

 

 

ネルサに続き社長も背を押してくるし、waRosの二人はいつでもどうぞとポーズを取って受け入れ態勢…! 要はこれ、私に選択権をくれているのだろうけど……! うぅ……でも、ズルはしない!

 

 

――えぇと、ふむふむ。多分……体力的にはまだ問題なさそうかな。発汗や呼吸からして喉も乾いてなさそうだし、他も……うん、恐らく大丈夫そう? あ、でも。

 

 

「リアさん、ちょっと触れますね」

 

「ふにゃんっ!? そこ脇っ……うえっ!?」

 

「サラさんも。胸の谷間に失礼します」

 

「はゃぁんっ…!? あら!? 嘘でしょ…!?」

 

 

「「痛みがなくなってる!?」」

 

 

「おおっ!? マジ!? あっすん魔法使ったん?」

 

「えぇ、治癒魔法を。治せて良かった」

 

「いやいやいや! そっちちゃうくて! 見つけたんは!?」

 

「それは別に、気にしているようだったから?」

 

「でもアタシの、ほんのちょっとピチッて吊ってただけよ!?」

 

「私のなんて、汗かぶれなのだけど……。同じく軽い程度の……」

 

 

「これがアストの実力ですとも! いっつも私達の訓練を補佐してくれてるんですから!」

 

 

目を丸くする一同に、えっへんと胸を張る社長。ふふっ、その通りである。なんて……わっ!? ネルサ、すっごい目を輝かせてる!?

 

 

「あっすんガチ神なんだけど! うわ~あっすんPちゃんになってほしい~~っ!」

 

「駄目~! あっすんは私の秘書~! ネルサちゃんでもダメぇ~!!」

 

 

ネルサと社長で私の取り合いを。あはは……えぇと、アイドルの二人に引かれてなければいいのだけど――。

 

 

「なんかさっきのアストさん、雰囲気ガラッと変わったんだけど……! 優しいんだけど、ピリッとキリッとしてて、格好良くて……! あれって仕事の目つきってやつ……?」

 

「それもあるでしょうけど……なんだか、それ以上よ。慈愛の中に威厳を、気品を備えているというか……」

 

「そうそれ! マジでそんな感じ! ヤバ…ゾクゾクさせられちゃったわ…! ねえサラ」

 

「えぇ。無理にでも同行させて頂いて、立ち振る舞いを参考にしましょう」

 

 

こっちはこっちでハングリー精神に満ち溢れてる!? ゾクゾクさせてくれたアイドルにそう言われるのはなんとも畏れ多い……。

 

 

って、私そんなんだった!? うぅ……恥ずかしい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ全員一緒でけって~い★ 旅は道連れ~い★ うぇ~い♪」

 

 

なにはともあれ、waRosのお二人とそのプロデューサーさんにも同行して頂けることに。お仕事の続きを……あ、そうだその前に。社長と目配せし、コホン。

 

 

「では改めまして。此度は弊社に、ミミック派遣会社にご依頼を頂き誠に有難うございます。遅ればせながら、自己紹介をさせてください」

 

 

これから案内を、仕事の付き添いをしてくださるのだ。しっかりと名乗らなければ。最もネルサには要らないしプロデューサーさんへはコンサート前に済ませてあるので、これはwaRosのお二人に向けたものである。

 

 

なにせ今の私、おかしなファンそのものだもの。汚名返上しないと。気を引き締めて、いつもより丁寧に……!

 

 

(わたくし)、社長秘書を務めております、アスト・グリモワルス・アスタロトと申します。そしてこちらが、弊社の社長であるミミンで――」

 

 

「「「えっ!?!?」」」

 

 

「へっ? え、ど、どうなさいました!?」

 

 

急にwaRosのお二人と、プロデューサーさんが驚いたような声を!? 何か変な事を言ってしまった…!? でもただ名乗っただけで――。

 

 

「あ、ご、ごめんなさい…! でも、でもアストさん今…!」

 

「グリモワルス、と…!?」

 

「アスタロト、と!?」

 

 

えっ。……あっ。しまった!? つい、しっかり全部、名乗り過ぎてしまった!!?

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと…! グリモワルスって、あれよね…! ネルっさんと同じ……!」

 

「えぇ……『魔界大公爵』…。魔王の最側近たる大貴族の方々を示す……!」

 

「それも『大主計』として名高い、あのアスタロトの……方、でしたか…!?」

 

 

あからさまに動揺する彼女達。やってしまった…。私の出身については特段隠す気はないのだが、こうして驚かせてしまうと仕事にならないから普段はただアストとだけ名乗っているのだ。

 

 

けれど、今回はなんというか……冷めやらぬ熱で正気を失っていたというか、アイドルを魅せてくれた彼女達には敬意を持って名乗らなければいけないと思っていた節があるというか、そもそもてっきり。

 

 

「ネルサ、伝えてなかったの?」

 

「うん★ あーしのずっしょなマブダチってだけ★ あとは依頼のコトぐらい?」

 

 

そうだったんだ。もしかしたらネルサが話しているかもと考えていたけれど、彼女だもの。端からそんな事を言ってぎくしゃくさせることはしないか。

 

 

「そうじゃん、ネルっさんの幼馴染で大親友なんだから全然ある話じゃん…!」

 

「道理で……。色々と納得がいきました……」

 

「…………っ。」

 

 

まあその心配りを台無しにしてしまったのだけど! うわぁ……明らかに畏れられてる……。どうしよ――。

 

 

「因みにこちらの御方は魔王様の大親友にございま~★」

 

「ぶいっ☆」

 

 

うっ!? ちょっとネルサ!? 社長!? 毒を食らわばと言わんばかりに!? 絶対社長から煽ったでしょあの感じ! あぁほら! 三人共完全に恐縮モード!

 

 

「そんなにすごい方々だったなんて……」

 

「手を洗っちゃいけないのは私達の方かしら…」

 

「アスト様、数々の非礼、大変申し訳――」

 

 

「ちょちょちょちょっ! 待ってください! 待ってくださいって!」

 

 

頭を下げだすプロデューサーさん達をなんとか抑え、とりあえず一呼吸。えっと、もう…!

 

 

「確かに私はそういう出の者ですが、今暫くはミミック派遣会社の秘書の身。ですのでどうかそのように……いいえ、どうか、一人のファンとして扱ってください!」

 

 

寧ろこちらから頭下げる勢いで頼み込んじゃえ! と、それに続く形で社長達が。

 

 

「そうよ三人共。アイドルなら分け隔てなく、じゃない?」

 

「おっ! しゃちょ~良~いこと言う~★」

 

 

軽く拍手したネルサは、私の肩を抱くようにハグを。そして私と自身の顔を繋ぐように指でハートを作り、未だ困惑気味な三人へと。

 

 

「さっきのあっすんの顔、見たっしょ~? ワクワクでホカホカで、ルンルンな顔! あーし達を見て、あーし達を映したみたいに…ううんそれ以上にキラキラだったじゃん★」

 

 

肯く三人。それを受けネルサは満面の微笑みを携え彼女達へと近づき、それぞれの頬をテンポよく、まるで笑顔の魔法をかけるように、ちょんちょんちょんっと触れていき――。

 

 

「だからアイドルなリアちんサラちんが、それを支えるPちゃんがどんより顔しちゃってたら、あっすんだってどんよりになっちゃう~ってね★ つーことは~???」

 

 

最後にくるりんと回りつつ、自らの口角を上げるように頬を軽く押し上げ、更にウインクとペロッと舌だしまで! お手本のようなネルサスマイルの元、waRosの二人はまるで日光浴をするように息を吸い――。

 

 

「――アストさん! ごめん、アタシ達びっくりしちゃって。でも、もう心配いらないわ!」

 

「ファンに気を遣わせてしまうなんて、ね。どうか先程のリアの珍しめなビビり顔でお許しくださいな?」

 

「は!? ちょっとサラ!? こんな時すらっ…ならアタシも言ってやる! 治してくれた時のサラの面白悲鳴で……ハズくて睨んでくるぐらいならアタシをダシに使うなっての!」

 

 

コンサートの時のような、先程までのようなアイドルな二人へと元通り! プロデューサーさんもまた、物腰柔らかな詫びの一言で済ませてくださった。ふふ、それでこそ――。

 

 

「にっひっひ♪ うんうん、それでこそアイドルだね★」

 

 

あ、ネルサが代弁してくれた! さんきゅあっすん★とアイドル達へのとは違うウインクを隠れて私へ飛ばしながら。うーんさすねる(流石ネルサ)、エグゼクティブプロデューサーしてる!

 

 

 

 

「てか皆、あーしと初めましての時みたいにで良かったんに★ すぐ打ち解けてくれたじゃんさ★」

 

 

ふとかつてを思い出したのか、そう口にするネルサ。確かに彼女もグリモワルスなのだが、それを畏れられることは全くない。その理由は言うまでもないけど。

 

 

「それはネルサの社交性の賜物でしょう。私、あなたのその性格羨ましいもの」 

 

 

肩を竦め彼女へそう返す。その持ち前の天真爛漫さに私も何度やられたことか…あれ? ネルサ、軽く首をかしげて?

 

 

「そお? あっすんだって最近コミュ力MAXじゃ~ん★ だってガーキー様(笑いの神様)のあの企画で――」

 

 

「わーーわーーわーーわーー!!?」

 

 

何を言い出すかと思ったら! それは、それはダメ! いや、あの企画に無理言って出させて貰ったぐらいなら良いけど、その……お尻を叩かれたことは…! アイドル達の前では!

 

 

って、もう! ネルサったら悪戯っ子な笑みを浮かべて! それ以上言う気は無かったのね、もう!! まあこれぐらいで止めてくれるなら、良い感じに空気も変えられて……――。

 

 

「ね。面白かったわ~。あの時のアストのお尻――びゃふんっ!」

 

 

せ、セーフ…! セーフなはず…! 社長の蓋を思いっきり閉めて、黙らせたから……! こ、転びそうになりながら……! だからセーフ…であって、お願い!

 

 

「くふっ…あははっ! アストさんったら顔真っ赤~!」

 

「うふふっ、私達がファンにされちゃいそう♪」

 

 

ば、バレてはなさそうだけど、これじゃ汚名返上は……! ……まあ、良いかな?

 



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魔物側 社長秘書アストの日誌②

 

 

何はともあれ、お仕事再開といこう! ネルサとプロデューサーさんと、waRos(ウォーソ)と…リアさんサラさんのアイドル二人と一緒に。…ふふふっ♪

 

 

――コホンッ! しかし、今になってひとつ気づいたことがある。それは、ネルサのコミュニケーション能力について。彼女、普通に歩いているだけなのに結構な頻度で呼び止められるのだ。

 

 

その内容はただの挨拶だったり、先程までのコンサートの絶賛だったり、ちょっとした相談事だったり様々。一方のネルサもその相手の名前を必ず呼び、フランクながらも丁寧に返しているのである。

 

 

「やっぱ案内役手伝って正解かも」

「ネルっさん人気者だものね」

 

 

それはwaRosのお二人がそう呟くほど。成程、彼女グリモワルス女子会にはよく軽く遅刻して現れるのだが…あれは恐らく、こうして誰かしらとの交流に引き留められた結果なのだろう。流石『全大使』レオナール家の娘、私の親友ネルサ。さすねる(流石ネルサ)

 

 

ならば私もさすあっす(流石アスト)~と言われるように頑張らないと! waRosのお二人やプロデューサーさんからもお話を伺いつつ、この舞台裏エリアを調査していくとしよう!

 

 

細めの廊下に楽屋や打ち合わせ室といった小さな部屋空間が繋がる形のここは、先程の輝く虹の如きコンサート会場とは打って変わり無機質気味。やはりここはダンジョンだというのがよくわかる。

 

 

最も、一般的なダンジョンよりもかなり迷いにくい構成にはなっているし、ところどころの壁へ貼り紙やら掲示板やらサインやら写真やらが道しるべのように彩を加えているのだけど。わ、これって…!

 

 

「waRosの……お二人のサイン!」

 

「あ、ここに書いてたっけ! なっつかし~!」

 

「結成当初、サインを決めた日のやつね。もう、忘れていたの?」

 

 

つい興奮してしまう私と、しみじみ唸るリアさんと、ちょっと悪戯をしかけるサラさん。それを受けリアさんはちょっと慌てたように言い返した。

 

 

「わ、忘れてないっての! ただここ迷路みたいだから、書いた場所は覚えてなかっただけ!」

 

「あら。ならこれ、どう決めたか覚えているかしら?」

 

「トーゼン! アタシもアンタも自分デザインのを譲らなかったから、喧嘩になったでしょ?」

 

「ふんふん★それでそれで~?」

 

「ネルっさんまで! ネルっさんが二人の良いトコどりをしてくれたから決定したの、一生の思い出ですう~!」

 

 

リアさんにそう返されると、ネルサはにひひ★と退散するように、さらっと隠していた写真を明らかに。確かにそこには、waRosのお二人がサインを書き込みつつ満面の笑みを浮かべている様子が。そしてそのサインの前でネルサと一緒にポーズを取っている写真まで。

 

 

いやというより……他の周囲のサイン、その傍に貼ってある写真のほとんどにネルサが共に写っている! どれもこれも仲睦まじく、ネルサは皆を立てるように、皆はネルサへ感謝や尊敬を向けているのが手に取るようにわかる。

 

 

「この辺りにはエグゼクティブ……ネルサPがスカウトしてくださったアイドル達のサインが並んでおりますね。waRosもそうなのです」

 

 

それらを眺めていると、プロデューサーさんが補足を。ネルサが彼女達をスカウトしたの!? って、そうそう、まずはそこが気になっていたんだった!

 

 

 

「今更になるんだけど、ネルサ。私、あなたがエグゼクティブプロデューサーを…もといダンジョン主を務めているの知らなくて。てっきり各地を遊学しているものかと」

 

 

彼女とは長い付き合いとなるが、そんな話は一度も聞いたことがなかったのだ。この間のグリモワルス女子会でも勿論。だからこそ彼女がダンジョン主として依頼を入れて来た時には心底仰天した訳で。

 

 

だってこのダンジョンの主を務めるには、普通のダンジョン以上の手腕が必要となるだろう。言うなれば、会社を経営している社長、ダンジョンを運営しているオルエさん(サキュバスクイーン)、なんなら経理や事務を行う私を合わせたレベルの。

 

 

それだけでもとんでもないことなのに、加えてスカウトなんて。ネルサ、凄すぎ……――。

 

 

「ん~★ そだよ★ あーしいっつも色んなとこ遊びいってる~★ そんで時たまここでライブやってる感じ★」

 

 

……んっ? なんだか思っていたのと違う返答が? でもダンジョン主なんじゃ? その疑問をそのままぶつけてみると、彼女はなんちゅ~か★と当時を思い返すように説明を。

 

 

「えっとね、ここの管理ってあーしがやってるわけじゃないんよ★ 皆と盛り上がってたらダンジョン作ろって話になってさ★ なんか流れであーしがダンジョン主の名前になっちった★」

 

「そうなの? じゃあ、経理とか事務とか他諸々は他の方が?」

 

「そそ★ 『アイドルみたいに皆で育てるダンジョン』て色んな人言ってくれてっかな★ だからぶっちゃけちゃうと、あーしは顔だけ?的な★」

 

 

あぁそういうこと! 要は業務分担、役職分けがしっかりされているのだろう。社長が社長をして、私が秘書をして、ミミックが動いてくれて成り立っている我が社と同じように。

 

 

だからネルサはほぼ自由。ダンジョン主の肩書はあれど運営は気にせずあちらこちらに行けるし、アイドルと一緒にコンサートもできちゃうということらしい。

 

 

とはいえあのネルサのこと、名前を貸しているだけなんかでは、お飾りなんかではないに決まっている!

 

 

「ネルサPはその御力を存分に活かしてくださっております。スカウトに始まり、様々なアーティストの招請、名だたるヒットメーカーとの橋渡し役、各所への売り込み等々。ネルサPがおられなければこのダンジョンは成り立っていない、そう断言できます」

 

「そーよ! ネルっさんはカリスマアイドルでカリスマインフルエンサーでカリスマプロデューサーなんだから!」

 

「いつもその煌めく御顔で私達を導いてくださり、感謝いたしますわ」

 

 

「いやいや~。あーしは『ちょっとうちで演ってみな~い?』とか言って回ってるだけっしょ~。そんな褒めても~キューブしか出ないし?なんて★ にひひ…★」

 

 

プロデューサーさん達三人からそう讃えられ、謎にカラフルなキューブを生成してみせつつ照れくさそうに身を捻るネルサ。――と、おや? waRosのお二人が頷き合って? 代表してリアさんが私達へ小声で。

 

 

「あの…社長さん――」

 

「えぇ、勿論良いわよ。絶好のタイミングじゃないかしら☆」

 

「えっ!? まだアタシ何も…!?」

 

「社長はよく心を読んでくるんですよ。是非どうぞ」

 

 

私にはなにがなんだかだけれど、社長が許可を出したならば問題ないだろう。アイドル二人は目を丸くしつつも、安堵した様子で『少しお時間頂きます』と残し、ネルサへと向かい合った。

 

 

「ネルっさん…! この場を借りて、今日のお礼を言わせてください! アタシ達の我儘を…一緒にライブしてくれて有難うございました!」

 

 

「こっちこそサンキュ★ あーしもちょ~う楽しかった★ 二人ともバリバリアイドルなんだもん★」

 

 

リアさんの言葉に、ピースとウインクで返すネルサ。そしてやはり、彼女達がへりくだるのを止めようと……。

 

 

「でもお礼なんて★そんなの――」

 

 

「いえ、実は少々思惑がございまして。私達の勝手で申し訳ありませんが……裏を明かせばこの度の我儘、ネルっさんに私達の成長を見て頂きたかったからなんです」

 

 

「ほえっ!?」

 

 

わっ!? サラさんの激白に、ネルサったら素っ頓狂な声を! そして再度アイドル二人は顔を合わせ、その想いをネルサへと!

 

 

「ずっと、考えてたんです。アタシ達を見出してくれたネルっさんへ何か恩返しをしたいって。でも、生半可なモンじゃダメだって。それで、思いついたんです!」

 

「ネルっさんと一緒にライブをやるのが一番の恩返し。私達の成長ぶりをすぐ傍で見て頂くことが何よりの報いる方法だと。重ねて勝手の謝罪を。そしてどうか、心ばかりの甚謝を受け取ってください」

 

「ネルっさんにスカウトされていなかったら、アタシ達はかけだし冒険者として……戦士見習いと魔法使い見習いとして今も過ごしてました。こんな楽しい世界を知らないまま!」

 

「私達をここに連れて来てくださって、プロデューサーさんと引き合わせてくださって、アイドルにしてくださって、有難うございます。そして――」

 

 

「「これからもどうか、見ていてくださいね! ネルっさん♪」」

 

 

先程私へしたような…ううん、それ以上の愛をネルサへと伝えたwaRos! それを受けた彼女、プルプルと震え出して……ふふっ!

 

 

「ふっったりっともぉ~っっ!!」

 

「「きゃっ…!」」

 

「もう最高★大好き! BIGLOVE! あーし二人をスカウトしてマジ良かったし~いいい!!」

 

 

ネルサったら、二人を抱きしめ、顔をうりうりと擦り付けて! 一方の二人もそれを嬉しそうに受け入れて! かつてのサインの前で、貼ってあるかつての写真のように!

 

 

こんな光景、ファンとしては垂涎もの! なんでだろう、なんだか後ろの方で腕組みでもしつつ見守りたくなっちゃう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そっか、ネルサの遊学ってスカウトの旅でもあるんだ」

 

「あ、マジじゃん★ な~んか良い子見るとつい声かけたくなっちって★ 『アイドルに興味ない?』つって★」

 

 

その後も廊下を皆で進みつつ、談笑を。ふふっ、親友たる彼女の近況を知るのは楽しいもの。そこへ更にwaRosのお二人が加わってくれるのだから猶更! ほら今もリアさんが、壁の至る所に貼られている様々なポスターを順に指し示して鼻高々に。

 

 

「それでネルっさんは凄いユニット結成させちゃうんだから! 48人組のとか、脚自慢のケンタウロスの子達でとか、嵐みたいな性格のシルフィード達とか、カウガールの女の娘達とか、ゾンビの地方っ子達とか、苺の男アルラウネの王子様ユニットとか、ゴーレムのボーカルロイドユニットとか! 今やみーんな人気アイドルよ!」

 

「企画を通す腕もお見事ですわ。例えば48人のユニットではじゃんけん勝負、ケンタウロスのユニットではレース着順で都度センターを決めるなんて、斬新でしたもの」

 

「や~や~★それはべぜたん(ベーゼ)とか皆のアイデアが超面白そ~!だったからさ★ あんなワクワクなの聞いたら何が何でもGO出したくなるし★」

 

「でもそれが次々とヒットしているのでしょう? 見る目がある証拠ね!」

 

「えへへ…★ あっすん褒めすぎだってば~★」

 

 

私達の称賛を受け、またまた身を捩るネルサ。と、そこへプロデューサーさんが。

 

 

「そういえば。ヴァルキリンピックの開会式を彩ったヴァルキリーによる音楽ユニットをご存知でしょうか。あの方々もネルサPに指導を仰いでいたのですよ」

 

「え、そうなんですか!? なんだネルサ、女子会の時うち(我が社)に驚いていたけど、貴女もやり手じゃない!」

 

「そんなそんな★ あっすん達の方がスゴじゃ――」

 

「ううん! そっちの方が凄いでしょ! あれ感動したもの!」

 

「そ、そーお? にひひ……★」

 

 

ふふっ、笑みが取り繕えなくなってきちゃって! おや? 周りを見渡していた社長が何かに気づいて?

 

 

「あら、このポスターの方って。アスト、これ御覧なさいな。ゴーレムのユニットの」

 

「えっ!? これアミミクさん!? ゴーレムの基地ダンジョンの!?」

 

「えへっ、スカウトしちった★ あっすんから話聞いて、良いな~って★ ヤバいよミクっち、どんな音程高い曲でも速すぎて消失しそうな曲でも歌いこなせるんだもん! まさにワールドイズマインで、溶けてしまいそうな感じっていうか――」

 

「顧客情報もあるからほんのちょっとの印象しか話せなかったのに、そこから…!? ネルサやっぱり凄すぎ!」

 

「も~~っ! なんであっすん、そんなあーしをべた褒めすんのさ~★ なら、あーしもあっすんを…!」

 

 

あ、こそばゆさに限界が来たみたい。ちょっと頬を赤くして、攻めに転じようとしてる。けれどそうはさせないから! もうさっきのあわや暴露で懲りたもの、変な事を言われる前に~?

 

 

「そうだリアさんサラさん、スカウトされた時のことを…ネルサについても、お聞きしても?」

 

「ええもっちろん! あの時『キャンピングダンジョン』で野営練してて、つい二人で歌っていたの。そしたらそこに突然、歌声聞きつけたってネルっさんが!」

 

「私達あわや武器をとりかけてしまって。けれどそれより先に、ネルっさんの焚火よりも明るい瞳が輝いて、あの一言が――」

 

「ちょ~っちょっちょっお~!? あーしくすぐったすぎて倒れそうなんだけどぉ!」

 

 

ふふふっごめんね! 親友の格好いい活躍を知ることのできる機会なんて滅多にないんだから! それにwaRosのお二人も――。

 

 

「ね、今日のネルっさん、普段よりダンチで……!」

「アストさんだからでしょうね。ああも照れてしまって♪」

 

 

普段のカリスマネルサとは違う照れ悶えが見られるためか、ノリノリなんだもの! あぁ、ご安心を! ちゃんとお仕事をしながらですから☆

 

 

 

 

 

 

 

と、ネルサを褒め殺しながら暫し。それでも尽きないアイドル達の足跡、そしてそれに必ずといっていいほど仲良く写っている彼女を見て、ふと気になってしまった。

 

 

「それにしてもネルサ、大変じゃない? 幾らプロデューサーさん達がいるとはいえ、これだけのアイドルを、こんな立派に育て上げるなんて。……色々ぶつかり合いとかあるでしょうに」

 

 

こういったことに疎い私と言えど、鎬を削るアイドル達は時折、その、闇を抱くということは噂程度だが聞いている。そういうことは人数が集まれば当然の如く起きるものだとはいえ……。

 

 

しかもほとんどミミックだけ且つ社長のカリスマ&特訓でアットホーム…というよりもホームとなっている我が社とは違い、アイドル達は種族も年齢も出身も方向性も何もかも違う。それを纏め上げるのはかなり――。

 

 

「そうそう! ネルっさんを語るなら、絶対欠かしちゃいけないことがあるじゃん!」

 

「アストさんはご存知でしょうけど、ふふふっ♪」

 

 

ふと、waRosのお二人が突如笑顔で顔を見合わせて? そしてネルサをセンターに、今度はサラさんから……!

 

 

「このダンジョンが、そして私達アイドルがこうも楽しく活動できているのは――」

 

「ネルっさんの魔眼の、『親睦眼』のおかげなのよ!」

 

 

「いぇっす★ ぴっか~んっ!!」

 

 

わっ! ネルサが瞳をキラキラに光らせた! 舌をペロッと出し、上からのピースで際立たせて! そうだ、彼女にはそれがあった! 『全大使』レオナール一族の魔眼が!

 

 

彼女の魔眼『親睦眼』の能力、それは――『対象人物が、自分や指定の相手や物をどれだけ好いているかわかる』というもの。…女子会の時はそれに苦しめられたけど、味方であればこれ以上ないほど心強い!

 

 

「これがあっから、いざこざも起きる前から解決できるのだ~★」

 

「ホント! ネルっさんのおかげでここ、ドロドロギスギスなんてないもの!」

 

「えぇ、所謂『アイドルの闇』とは全くの無縁。ネルっさんの人徳の為せる業ですわ」

 

 

おお~っ! そう、間違えてはならないのが、その魔眼はあくまで補助の能力ということ。それをどう活かすかはネルサ自身の手腕に違いない! 私だったらそれぞれの関係性が見えたとて、睦まじく繋げられる自信はないもの! 

 

 

いや、それが出来る者なんて……これだけの他種族多様なアイドル達、スタッフ達を纏められるなんて、彼女の他にはいないだろう! まさに、さすねる(流石ネルサ)で――!

 

 

「にっひっひ…ふう★ さてさ、どうどうあっすん~? あーしのことも推しの子にしてくれた~?」

 

 

「へ?」

 

 

「アイドル力はリアちんとサラちんに負けっかもだけど、あーしもピッカピカに輝いてるっしょ~? ね? ね~??」

 

 

ネルサ、さっきのポーズのままにそんなことを。推し、って……。ほら、waRosのお二人も『何を今更?』と肩を竦めているぐらいなのに。

 

 

もしかしてちょっとwaRosに嫉妬を? いや、彼女の性格的にそれは考えにくい気がする。仮にそうだとしたら珍しい上に随分可愛い妬き具合だけれど、残念ながら表情的にもそうではなさそうで……ん?

 

 

というより彼女の顔、なんだか上気してない? ともすれば、コンサート中よりも。でも動いている故の火照りというよりかは……あ。

 

 

「それは勿ろ……――っと」

 

「ちょぉうっ!? な、なんでお口チャックしちゃうん!?」

 

 

つい反射的に答えかけていたのを、急ぎ噤む。そして、今のネルサの反応で完全にわかった! 突然変な事を言い出したと思ったら、灯した魔眼を消さないでいるのは、そういうことね!

 

 

ふふっ、流石カリスマ、上手く取り繕ったこと。でも、もう見破ったから。その赤くなった顔の魔眼の奥に、グルグルな目を…うら恥ずかしさでパニック気味の色を隠していることは!

 

 

恐らくだけど、私達に褒めちぎられてキャパシティーオーバーになってしまったのだろう。だから話を一区切りさせるために、そう切り出したに違いない!

 

 

その証拠に、ふふっ。ネルサったらあうあうと宙ぶらりんになっちゃって。まあ答えは当たり前に決まっているからそのまま口にしてもよかったのだけど、なんというかそれをそのまま発するのは勿体ない気がしてしまって。

 

 

だってさっき、waRosのお二人による感動的なシーンを目の前で見たのだもの。私もそれぐらいやってあげたいところ。 だから、ここは――アイドルに倣って、普段からの想いを告白しよう! こほんっ――。

 

 

 

「――ずっとだよ」

 

 

 

「……ふえ? あ、あっすん?」

 

 

 

「ずっと昔から、初めて顔を合わせた時から、私はネルサを推しているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ひょわあッ!?!? へ、ちょっ、あ、あっすん!? ちょ、ちょマ…なんて!?」

 

 

「良い機会だし、言っておこうと思って。ネルサ、貴女は私にとって、昔からアイドルだったの」

 

 

私の告白に、ネルサはたまらずポーズを解いてしまう。けれど気にせず、一つ歩み寄る。…あれ、腕の中から社長が消えてる。どうやら空気を読んでくれたらしい。なら、有難く活かして…!

 

 

「昔からピカピカでキラキラだった貴女は、私の理想の一人。その常に天真爛漫な輝きは、私の背を押してくれたものの一つ」

 

 

「ちょっ……ちょっ……ちょっ……! タンマ、タンマ……ひゃっ…!」

 

 

やぶれかぶれに手をわたわたさせる彼女の手を取り、交互に指を重ねさせ、ぎゅっと握って。これで貴女も私も逃げられないでしょう? …あっ。waRosのお二人が目元や口元を抑え、はわわ状態に。でも、今更退かないから。

 

 

「まあ最初はグリモアお爺様のところに、家庭教師から逃げ出す形でだったけどね。それでも私が深窓を飛び出すきっかけを、一番最初のきっかけをくれたのはネルサなの。貴女の輝きが羨ましくて、導かれて、追いかけて――今の私があるの」

 

 

更にひとつ、ネルサに近づいて。もはやくっつかんばかりに近づいた彼女の顔は殊更に燃え、それとは対照的にとうとう魔眼の輝きが消えて。残されたのはアワアワと震える、ぐるぐるな瞳。さあ、トドメ♪

 

 

 

「だから、ふふっ。――ネルサ、私はずっと貴女のファン。貴女は今までも、これからも、私の推しなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おおおおお~っ……!!!!」」

 

 

……っと! リアさんサラさんの歓声、及び音無しの拍手で我に返れた。言っちゃった、言っちゃった…! 女子会の時みたいに、オルエさんのフェロモンがなくともやれてしまった……!

 

 

う……あの時の比じゃないせよ、急に恥ずかしくなってきてしまった……! どうかネルサ、さっきwaRosにやったみたいに、ハグで締めてくれると嬉……えっ!?

 

 

「ふひゃぁぁ……」

「ちょっ、ネルサ!?」

 

 

握っていた手を弛めた瞬間、ネルサが床に崩れ落ちたのだけど!? もしかして顔赤いの、体調不良だったとか……わ!? そのまま床にコテンと倒れ、手で顔覆って小っちゃくなっちゃった!?

 

 

「タンマっつったのにぃ……。もう……もう……マジもう、ホントもう、もう、あっすぅん! ダメだって、それぇ!」

 

 

「え、ご、ごめん……?」

 

 

「エグすぎっしょぉ…! ただでさえキャパいとこに、急にやってくんのガチめの反則ぅ…! ダメ、しんど…ハートぐちょどろにされちゃって立てないしぃ……!」

 

 

怒っているのか喜んでいるのか蕩けているのか判別つかない声を手の隙間から漏らしつつ、床に寝転がったままゴロゴロ悶えるネルサ。そして、その奇行に驚き様子伺いに来たwaRosのお二人をも巻き込んだ。

 

 

「はぁマジヤバぁ……。あーし、リアちんサラちんに続いてあっすんにもキュン死にさせられる……エモ殺されちゃう…! こんなんマジ昇天するって……復活魔法陣行きなるっつのぉっ…♡」

 

 

えぇと、少なくとも想いは伝わったみたい? ……ここまでの反応をされると、思わずこっちも悶えたくなっちゃう。恥ずかしくてwaRosのお二人の顔、見れないし……。なのに何故か彼女達から感服の視線を感じるしぃ…!

 

 

さりとて同じようにするもいかず首搔きでぐっと堪えていると、ネルサは『はふぅ~…★』と興奮と喜悦と羞恥が籠ったような息を吐き、上半身を起こして胡座の姿勢に。そして顔の赤みを振り飛ばすように顔をブルブルさせ、ちょっと頬をぷくっとさせて。

 

 

「てかほんとあっすん、ズルいっしょ……! 最近イケイケすぎん? この間の女子会もさ、あーしに王子様キスしようとしてきてさぁ★」

 

 

「んッ!?」

 

「「王子様キスぅ!?」」

 

 

ちょっとネルサ!? タンマ、タンマ!! それはその……あれこそ、一時の過ちというか、ピンチとフェロモンに浮かされたせいで……! 大体、王子様キスってのじゃないし! waRosのお二人もドン引き――。

 

 

「ど、ど、どういう流れで、どういう感じでネルっさん!!!?」

 

「その……詳しく、お伺いしてしまっても…!?」

 

 

してない!! それどころか、私がネルサ秘話を聞いた時よりも乗り気では!? あの……その……できれば聞かないで……!

 

 

「それがさ、あっすんマジで綺麗なんよ~! これ女子会の皆ので、これがそのイケイケあっすん直後の★」

 

 

ネルサぁ!? 速攻で立ち上がって写真取り出さないでよ!? えっと……良かった、あの副隊長衣装は写ってない。写ってないけど……!

 

 

「あっすんカッコ可愛くして遊んでたんだけど、良過ぎてべぜたんみたいにキスしたい~ってつい言ったんよ。そしたらさ……やりたい放題させてくれてたあっすんが、急に覚醒しちゃってさぁ★」

 

 

「か、覚醒…!」

 

「やはり先程のような、ゾクゾクさせられるような…!?」

 

 

「いやもうマジそう! ガチ惚れしちゃったもん! なんか服直して持ってたもの(マスク)をお洒落にくるんくるんさせ始めて。なにしてんのかな~と思ってたら、もうあーしの顔にくっついちゃうぐらいにあっすんの顔があって! バチッて電撃走るような…悪い部下を叱りつつも可愛がるような、Sっ気瞳が真っ直ぐあーしの瞳を覗き込んでて!」

 

 

「「おおおっ……!」」

 

「も、もうその辺に……」

 

 

「もうそこであーし、何も喋れなくなっちゃって! そしたらあっすん、頬をしゅるっと撫でてきて、顎クイしてきてさ? 固まっちゃってたあーしにふっと微笑んで、ちょっとペロッて唇濡らして、『じゃあ…………する?』って★」

 

 

「はわわわ……!」

「きゃーっ♡♡♡」

 

「ぅぅ……!」

 

 

「絶対あーしの奪われちゃうかと思ったもん! 心臓爆鳴りで破裂しちったもん! ちょっとエッチになっちゃうけど、触手で縛り上げられてお仕置きされてた感じでさ★ や~、あっすんが解放してくれた瞬間、悲鳴上げながら自分の席に逃げちったわ★」

 

 

絶対必要以上に私のイメージが変な方向行っている気がする! ネルサもwaRosのお二人も止まらないし! もう、もう……やっぱり私も床で悶えたい!!!!

 

 

「皆可愛いわねぇ♪」

 

「えぇ」

 

 

って、社長! プロデューサーさんに抱えられ、後方腕組みしないでくださいっっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

――コ、コッホン! もう今度こそ本当に、仕事に戻ろう! いやだから、今まで仕事していなかったわけじゃないんだけど。ほら、その……えと……。

 

 

……ここから先は、アイドルのポスターとかも減るスタッフゾーンだし…? 違う、これだと私がなんだか職務に不真面目みたい…! じゃ、じゃあ、姦しさで他の方々の作業を邪魔しないようにということで……。

 

 

なんで私、言い訳探してるんだろ…! それはさっきのが今になって恥ずか……もう! ともかく、仕事仕事! ダンジョン調査!

 

 

少し言い訳の種に用いてしまったが…ここから先はスタッフのためのエリア。先程までの場所と比べ地味度は増し、道の端には道具類が詰まった箱が殺風景に置かれていることも。そして掲示物は伝達文書やらが占めている。

 

 

ただしその中にも、時たまにアイドルアーティスト達のお礼サインやスタッフ達の笑顔な集合写真が飾られてたりするのだけど。それらには当然のように、ふふっ! ネルサが必ず入っている! さすねる、ここでも本領発揮!

 

 

っと、いけないいけない。またそっちの方向に話が行ってしまうところだった。後ろ髪は引かれるけれど、今はぐっと堪えなければ。じゃないと、絶対楽しい方に流されてしまうもの! 集中してと――。

 

 

「アスト、左ルートがチェック8。右ルートはチェック5」

 

「はい。危険度は如何ですか?」

 

「んーそうね。どちらも普段は3、最高でも39程度かしら」

 

「承知しました。では繁忙期には多少巡警を増やす形で」

 

「そうしましょうか。あぁ、でも一応――」

 

「確認しますね。リアさん、サラさん、少しお話を伺っても?」

 

「「…………」」

 

「あれ? リアさん、サラさん?」

 

「……へっ!?」

「あ…ごめんなさい。なんでしょう?」

 

 

なんだかお二人上の空だった? でも私達を見つめていたような……まあそれは置いといてと。

 

 

「この辺りの人通りはご存知でしょうか?」

 

「えっわかんないかも…。ヤバ…案内役買って出てんのに…」

「私達はこの辺りには顔を出さないもので……」

 

「ふふっ、いえいえ。寧ろその回答は有り難いです。この辺りの警戒レベルを設定するのに役立ちますから。――とのことです、社長」

 

「なら調整。危険度最高値を15ぐらいにしといて」

 

「承知しました」

 

 

社長を抱えたまま、魔法で空中に浮かべている、事前に頂いていたダンジョンマップにこれまた魔法で書き込みを。こういうダンジョンは完成されたマップがあるのがとても有難…あれ、ネルサが小首を傾げて。

 

 

「あーしには聞かなくていいん?」

 

「えぇ。今のは『管轄外の人がどれほどこの辺りを訪れるか』を確認するための質問なの。ほら、その場に慣れている人ほど異常を把握できるでしょう? 置いてある箱が無くなっているとか、顔の知らない人がいる、とか」

 

「あーね★ あ、そーいう!」

 

「ふふ、えぇ。逆の場合…管轄外の人の場合、その異常を把握できないために襲われる可能性が高くなるの。だからこそ、その頻度を確認したという訳。お二人にはコンサートエリアの代表として、ね」

 

「はえ~★」

 

「最も、あくまで概算尺度だけれどね。それでも精度は高めだから安心して。なにせ社長、道の先がどうなっているかに始まって、その場の平均往来人数や設置物潜伏場所の有無すらも感覚だけで精確にわかっちゃうんだから!」

 

「えっへん!」

「おおお~っ★ さすしゃちょ~!」

 

 

胸を張る社長と、パチパチ拍手するネルサ。と、waRosのお二人のヒソヒソ声が。

 

 

「アストさんカッコよ…! 見惚れちゃってたんだけど…! 魔法使いこなしてるし、社長さんとツーカーじゃん…!」

「仕事の時の集中されている顔と、私達へ話しかける優しい顔、ネルっさんへ説明する友人の顔。全て違って、全て素敵ね…!」

 

 

「あらあら、完全にアストにやられちゃったわね~? いいでしょ、私の秘書!」

 

 

ちょっと社長、お二人に変に絡まないでくださいよ! …まあおかげでにやける顔を誤魔化せるのだけど。平常心、平常心で凛々しく続きを…!

 

 

「ネルサ。今の段階での推算になるけれど、派遣総数はこれぐらいで、費用はこれぐらいになるかな。代金は普通に金銭支払いで良かったんだよね?」

 

「いえーす★ どれどれふんふん★ オッケー全然よゆー!」

 

「良かった! それでこのエリアごとの配置数予定についてなんだけど、この後回る場所を重点的に、の方が良いよね?」

 

「おおっ! そ~そ~! それお願いしたかったんよ! 何も言ってないのにスゴ~っ!」

 

「ふふっ、有難う。それを加味したのがこの図なんだけど、今の内に聞いておきたいことが…プロデューサーさんも是非ご意見をお聞かせください」

 

 

社長がwaRosのお二人で遊んでいる間に、こちらも三人で簡単に運用確認を。成程成程――。

 

 

「――では、そのように。エリアの状況によりますが、その方向性で考えさせて頂きます」

 

「お願いいたします。まさかそこまで気を回してくださるとは……」

 

「や~★ やっぱりあっすん、しごでき(仕事ができる)! あっすんがここの管理役として居てくれたらな~★」

 

 

「駄目って言ったでしょネルサちゃんっ!!」

 

 

わっ!?社長が急に。なんか少し語気強い気が。そこまで焦らなくとも…。

 

 

「にっひっひ★ じょ~だんじょ~だん! あっすんはしゃちょ~とのコンビが最強だもん★」

 

 

ごめんごめん★と謝り笑うネルサ。その通りですとも、いくらネルサに乞われようが、転職はしませんから! …あ、でも。

 

 

「なら事務や経理ができるミミックも在籍しているけれど、どう? その分ちょっと契約内容変わるけど」

 

 

「ウソそんな子までいるん!? あっすんのとこ、しごでき多~! 超アリ★」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それでは次のエリアへと向かう前に少し休憩を挟ませて頂きますね」

 

「「「は~い!」」」

 

 

このエリアでの調査を終え、一旦小休止を。私達にとっては簡単なダンジョンなためにサクサクだったのだけど、付き合ってくれているネルサ達はそうはいかないだろうから。

 

 

それに、この休憩時間で色々とお喋…こほん、お話を伺いたいところだし! ふふっ、何から――おや、社長が袖を引いて?

 

 

「ね、アスト」

 

「はい、何で――…っ」

 

 

この感じ……。()()()()。詳細まではわからないが、社長が私を連れ何処かへと向かいたがっているのがわかる。

 

 

それも、waRosやプロデューサーさんをここに残して。なら――。

 

 

「すみませんが、少々お手洗いに。皆さんはここでお待ちください」

 

 

適当に誤魔化してと。では社長を連れて、この場を離れると……ん、どうやらネルサにはついて来て欲しいみたい? じゃあ、他の方々にバレないよう、目配せを……。

 

 

「――! …んじゃ、あーしもあっすん達と一緒に行こ~★ グリモワルス★お化粧直し~! あ、折角だしあの王子様ヘアにしてあげよっか?」

 

「あら良いじゃない! 久しぶりにあれ、見たいわ!」

 

「もう、揃いも揃って…! ……ふふ」

 

「にひひ…★」

 

 

さすねる、ここに極まれり。パチリとウインクで応え、一緒に来てくれた。さらりと三人だけになりやすい台詞まで残して。お見事。

 

 

――さて、社長は一体何を? ともかく、信じてついていくとしよう!

 

 



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魔物側 社長秘書アストの日誌③

 

「…一応お聞きしますが、本当にお手洗いではないですよね?」

 

「そうっしょ~★ だってこっちの道だと~…★」

 

 

浮かべたままのダンジョンマップを覗き込みながら、私とネルサは確信の頷き合いを。それもそのはず、今進んでいる道は化粧室とは()()。最寄りのそれからはどんどんと遠ざかっているのだから。

 

 

「んま、見てからのお楽しみ……って言っちゃいけないわね。良い事ではないから」

 

 

そして社長の返答も、何処か真剣なもの。少なくともこの休憩時間を使ってコンサートの大道具やアーティストの方々を見に行く…といった物見遊山ではなさそうである。

 

 

「さ、あまり皆を待たせる訳にもいかないし、ちょっと急ぎましょうか」

 

 

少し早歩きを指示され、更に化粧室のある方角から、waRos(ウォーソ)のお三方から離れていく私達。着いた先は――。

 

 

「ここは……」

 

「はれ? さっきも通ったトコじゃん?」

 

 

ネルサが小首を傾げた通り、この通路はつい先ほど皆で歩いた場所の一つ。けれど……。

 

 

「ん? あっすんどしたん? うえっ!? ここの警戒レベル、ヤバめじゃん!?」

 

 

そう。実はここの警戒レベルは85。かなり気をつけなければいけない場所なのだ。下手に口にして怖がらせてはいけないと思い、社長とのアイコンタクトで済ませていたのである。とはいえ。

 

 

「でもあーし、ドコがヤバいかわかんないかも……」

 

 

ネルサが困惑するのも致し方の無い事。確かにこの通路は閑散とこそしているけれど、灯りが切れかけで暗闇気味、とか、何処か不気味で何か隠れていそう、とか、貴重な物が置かれている、といった見て取れそうな異質さはないのだ。

 

 

掲示物や小部屋等の差異はあれど、他の場所とほぼ同じ。それどころか、他の通路よりもなんだか明るめで寧ろ通りやすい感じがするほど。警戒という言葉は的外れにも見えるが…事実そうなのである。ミミック以外にとっては。

 

 

「さっき説明しそびれちゃったけど、この尺度はあくまで派遣するミミックが見張るべき場所の…それも、ダンジョンの傾向に慣れるまでの参考とする程度のものなの。だからミミック以外にはあまり意味をなさなくて」

 

「この道がどう接続してどこへ向かうか、周辺との雰囲気及び環境の比較、狙われている物の存在や距離などなど、全てを加味したのがその警戒レベルなのよ。言ってしまえば、『部外者が選びやすい道』ということね」

 

 

私の説明に続き、社長も。…やっぱり。薄々感づいていたけど、やはり()()()()()()らしい。では満を持して、聞いてみるとしよう。

 

 

「それで、ここで一体何を?」

 

「迷ってたから放っておいてたけど、場所移る前に処理しとかないとねぇ」

 

 

成程。道理でwaRosの方々を置いて来た訳で。そして、依頼主たるネルサを連れてきた理由も納得である。当の彼女は未だ首を傾げ気味だが、まあ見てもらったほうが早――……。

 

 

「正面、来たわよ」

 

 

っと。社長の言葉に私達は前を向く。すると丁度、向こう側の角から曲がってきた人影が。私のように、社長の入っている宝箱より大きな木箱を抱えながら。

 

 

しかしその姿は何処かおっかなびっくり。箱が重いというよりは、迷ってしまって不安になっている様子。そしてその推測は正しいのだろうが……それだけではないのもわかる。

 

 

抱えている木箱のせいで分かりにくいが、その目は背後や周囲を警戒するように忙しなく、されど訝しまれない程度に動いているのだ。加えて、急ぎ足になりたいのにそれを無理やり抑え込んでいるのも見て取れる。

 

 

恐らく今まで幾度か他のスタッフとすれ違い、()()()()()()()とはいえ気が気でないのだろう。だからこの道を……閑散としつつも進みやすいこの通路を選んだに違いない。

 

 

ただしそれでほっとしたせいか、人がいないと目していたせいか、正面を見るのが疎かになってしまったようで。こちらには全く気付いていない。

 

 

なら、まずは気づかせてしまおう! 私の背にネルサを隠し、今は何も喋らないように指立てウインクで合図してから――。

 

 

「あ、こんにちは~!」

「こんにちは」

 

 

社長の手指示で、ゆっくり進みつつ挨拶を。すると相手はそれに一瞬身を竦め、目を白黒させながらも返してきた。

 

 

「っあっ…!? こ、こ、こんにちは…!」

 

 

そして一礼をし、早足となりすれ違わんとする相手。ははぁ、ちょっと人見知り気味の方で……な訳ないでしょう!

 

 

「はれ? キミ~?」

 

 

「っっっ!? ね、ネルサさま…げほッ、ネルサ、エグゼクティブプロデューサー!!?」

 

 

私達の横をすり抜けようとした瞬間、私の背からひょっこり顔を出したネルサ。それに一気にむせ返り、その相手は足を怯ませる。畳みかけるなら今!

 

 

「丁度良かった! スタッフの方ですよね? すみません、トイレどこかわかります~?」

「私達今日からここへ来たのですけど、迷ってしまって……。ちょっと限界が……」

 

 

「え……あ…ぅ…! え、えっと……!」

 

 

社長と私のコンボを無視するわけにもいかず、しどろもどろになる相手。そこへ更に追撃を。

 

 

「あら? もしかしてスタッフの方じゃなかったかしら???」

「でも首からスタッフ証をかけてますよ???」 

 

 

「っそ…うっ…そ、そう! た、確かあっちの道に! あると……あり…ます!」

 

 

今来た道側の別方向を慌てて指すその相手。そしてこの場を離れようと足に力を入れ――させはしない!

 

 

「おっっかしいわねぇ。あっちにはトイレないわよねぇ?」

「ですね~。というよりこの辺りにはありませんでしたね~」

 

 

「っ!?!?!?」

 

 

もはやあからさまに挙動不審となる相手。混乱の渦中からわき目もふらず逃げ出そうと、顔を伏せて――。

 

 

「ちょ、ちょっと忙しいので…。ネルサさ……ネルサエグゼクティブプロデューサーに聞いて……! その…ごめんなさ……――」

 

 

「そりゃあ、無理な相談ね☆」

 

 

瞬間、社長の声色が変わった。能天気を演じていたそれは、いつもの可愛いながらも研ぎ澄まされたそれに。最も相手がそっちに気づく余裕はないだろう。なにせ伏せた顔の先、身体に絡みついているのは社長の――。

 

 

「ひッ!? しょ、触手ッ!?」

 

 

「アイドルは~~トイレ行かないのよっ!」

 

 

「びゃああああああっ!?」

 

 

はい、台詞の真偽はさておき。社長は相手を空中半回転させるほどの勢いで引き抜き、そのままバクッと宝箱の中へと! 処理完了である!

 

 

残されたのは、抱えられていた木箱とかけられていたスタッフ証のみ。場には最初の静けさが舞い戻ってと。

 

 

「ま、こんな感じねネルサちゃん。ちょっと遊び過ぎたけど、見つけ次第こうして片付けるわ」

 

 

私の腕からぴょんと飛び降り、床に落ちた木箱を開けて見せる社長。一連の出来事に目を丸くしていたネルサは、それを覗き込んで更にびっくりした顔に。

 

 

「わっ!! これ、物販のグッズじゃん! こっちは衣装だし、こっちのはライブの小道具! 今日使ったのもあるし! ケータリングのお弁当とか飲み物とかも……誰食べた後っぽいのまで幾つかあるんだけど…!」

 

 

出るわ出るわ、木箱の中からは色んな物が。しかしどれもがアイドル関係のものであるのは火を見るより明らか。そしてこっちは。

 

 

「このスタッフ証も偽物ね。使われている紙やインクが違うもの」

 

 

落ちていたそれを拾い上げ、魔眼で確認しつつ肩を竦めてみせる。それでネルサは理解したのだろう、腑に落ちたように手をポンと。

 

 

「そっか、あの人がその『部外者』! ど~りでスタッフにしては見覚え無いな~って思ってたんよね★」

 

 

そう。あれこそが部外者――もとい、このダンジョンへの侵入者だったのだ! 冒険者な格好ではないものの、盗賊紛いのことをしていたのはお分かりの通り。

 

 

だからこそ社長はwaRosの方々に仔細を伏せ、依頼主であるネルサだけを連れて片付けに来たのだろう。ふふっ、さすしゃちょ~(流石社長)、英断です!

 

 

 

 

「はぁヤバ~…マズいトコだったんだ…! さんきゅ★しゃちょ~!」

 

「これが私達のお仕事だもの。寧ろ腕を見せられる良い機会だったわ!」

 

 

窮地であったことに息吐きお礼を述べるネルサへ、気にしないでと告げる社長。確かに見事なデモンストレーションとなった。ネルサ、感激しっぱなしだし。

 

 

「うわでも色々スゴだったわ~★ 2人共マジ息合いすぎっしょ★ やっぱ最強コンビしか勝たん★」

 

 

……なんかちょっとポイントがズレてるような? と、そこでネルサは何かをハタと思い出したようで。

 

 

「てかしゃちょ~、つ~ことは気づいてたん? さっきの人が色々やってたコト」

 

 

まあそういうことであろう、なにせ社長だもの! 当然、本人もしっかりと肯いてみせた。

 

 

「えぇ。ずっとダンジョン内をあっちこっちにウロウロしてたわ。勿論、こっちに気づかないよう近づかないよう、もしもの時に逃がさないように捕捉していたから安心して頂戴ね」

 

「そんなんもできるん!? すっごッ~!!」

 

 

またも感嘆の声を上げるネルサ。……が、直後になんだか言い出しにくそうに?

 

 

「…因みにさ★ その人って、まだ生きてたりする?」

 

「今のとこ気絶させただけよ。ほら」

 

 

先程捕まえた侵入者をペッと吐き出してみせる社長。床に転がったその侵入者は確かに気を失っている。恐怖と悔恨で顔が歪んでいるけど。ネルサはそれをしげしげと眺めながら、またも言葉を選ぶように。

 

 

「えーと…★ この後ってさ、どうするん?」

 

「基本は復活魔法陣送りだけど、勿論依頼主の意向に従うわ。ここはダンジョンとはいえ、血生臭いのはお断りでしょうしね」

 

 

社長の答えを聞き、何処か安堵した様子を見せるネルサ。そしてバツが悪そうに頭を軽く搔いた。

 

 

「いや~★ せっかくバクッてくれたのに、我儘言っちゃうんだけどさ~……多分この人、ファンの1人なんよね。な~んか顔見たことがあって」

 

 

おお…! ネルサ、一人一人覚えてるんだ。あれだけ沢山のファンがいるのに。さすねる(流石ネルサ)で――。

 

 

「そうね。さっきのライブにも居たもの。M1の39番席だったかしら」

 

 

んッ!? 社長も!? あれだけの人数が集っている暗闇の中で、そこまで!? いや社長ならやろうと思えば容易く出来るだろうけど……もしかして?

 

 

「社長、ちょっと張り切ってます?」

 

 

「ん? ん~、ネルサちゃんに良いトコ見せたいというのもなくはないけど、結構普段通りなのよね。ライブ終わるまで仕事忘れるぐらい楽しんでちゃってたし」

 

 

つい私が口を挟んでしまうと、社長は先程までを振り返ってみせる。が、そこで『けれど』と付け加えた。

 

 

「ただ、あれね。なんだかこのダンジョンでは他のとこより感覚が鋭敏になっている感じはあるわね。それこそ常に箱の中にいる気分、かしら。ミミックの感覚だから分かりにくいでしょうけど」

 

 

何ででしょうね? と頭を捻る社長。もしや社長もアイドルの熱に当てられてテンションが上がっていたとか――。

 

 

「あ! あーしわかったかも!」

 

 

おや? ネルサがはいは~い★と手を挙げた。何かわかったみたい。

 

 

「あれじゃん? ライブ会場のこと、よく『ハコ』っつ~し! それだったり★」

 

 

いやいや……。そんな訳無――。

 

 

「あ~!! それなら納得できるわね! そっか、それも派遣する子に説明しとくべきね☆」

 

 

ええええっ!? そんな訳あるの!? 双方冗談言ってる様子はないし! え、えっと……ミミックってまだまだ奥が深い……。――あっと、そうだった。

 

 

「ネルサごめんね、話の腰を折っちゃって。この人をどうするか、だっけ?」

 

「あ、そ~そ~あっすん! ちょっち待ってね……」

 

 

いうが早いか、ネルサは気を失ったままの侵入者の傍へしゃがみ込み、軽く魔眼発動を。そして確信めいた小さい頷きと共に、お仕置きを与えるように侵入者へデコピンをピシリ。そのまま社長へ頼み込むように手を合わせた。

 

 

「えっとねしゃちょ~。だからさ、ちょっ~とだけ、復活魔法陣送りは可哀そうかも~……かなって★」

 

「出禁でも良いでしょうに、優しいわねぇ」

 

「すっごく悪かったらそれでもいっかなって思ったけど…。やっぱ割と罪悪感つ~か、後ろめたさあるっぽくてさ★ まあ、今回だけは~的な?」

 

 

親睦眼で自身に向けられた好感度を見て判断を下したのだろう。そうお願いするネルサに対し社長はクスッと笑い、ポンと胸を叩いた。

 

 

「大丈夫よネルサちゃん。しっかりファンのマナーを叩きこんでから解放してきたげる☆」

 

「お! それ最高なんだけど★ さすしゃちょ~話が分かるぅ~♪」

 

 

……社長のスパルタを知る身としては、その叩きこむ発言の方が恐ろしいけれど…ここは黙っておこうっと。ファンの1人としては、それぐらいの灸は受けて貰わないと!

 

 

だって、アイドルのデコピンはお仕置きにはならないだろうし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ね、わかる! は~…! やっぱグリモワルスの方々ってどの人もあんな可愛いのかなぁ」

 

「うふふっ。リアったら、その発言は畏れ多いんじゃないかしら?」

 

「なによ! サラだって今の今まで熱弁してたくせにっけほ! あ、やば。ちょっと喋りすぎたかも?」

 

「お二人ともこちらをどうぞ。どうか水分補給はしっかりと」

 

「ありがとプロデューサー! …そういえばライブ前に失くしたお茶、何処行ったんだろ?」

 

「あれ無くなりかけだったでしょう? 気にしなくても良いんじゃない?」

 

「ま、ね。 あれ、そう言えばネルっさん達まだ?」

 

「そう言えば皆さん遅いわね。迷ってしまった…ことはないでしょうけど――」

 

 

「お待たせ~い★ ごめごめ、ちょっち遅くなっちった★」

 

 

休憩中のwaRosの方々の元へ、片手を振って戻っていくネルサ。そしてもう片手で……。

 

 

「じゃ~ん! やってきちゃいました★あっすんカッコよモ~ドぅ★」

 

「ど、どうも…………」

 

「「「おおお~っ!!!」」」

 

 

結局髪型を変えられた私を引っ張りながら…! その場誤魔化しの発言だと思ってたのにぃ…! そ、そんな歓声挙げられても…!

 

 

「ほ~らあっすん★カッコよくカッコよく★」

 

「ちょっと待って……もう一回深呼吸させて…! こ、こんな感じ?」

 

「アストさんヤバ! スーツと似合っててすっごく良い!」

 

「まるでプロデューサーが増えたみたいね♪」

 

「お! サラちんナイスアイデア! あっすんPちゃん、並んで~! 互いの肩を斜めに合わせて~それ持って…はい★決めポ~ズ★」

 

「「おおおおお~ッ!!!」」

 

「これ良いわ~★ プロデューサーユニットとかアリかも!」

 

 

暫しの間弄ばれる私と、藪から棒に巻き込まれてしまったプロデューサーさん…! と、そこへ――。

 

 

「あらあら。随分と素敵な秘書がいるわね」

 

 

救いの手、もとい社長が合流。例の侵入者を(マナー叩きこんでから)解放して来てくれたのである。因みにあの木箱はネルサの召喚獣が運んでいってくれた。ともかく、これでようやく私もプロデューサーさんも解放された…!

 

 

「そういえばネルサちゃん、さっきお手洗いで聞きたかった続きなんだけど……ファンにも悪い人がいるんでしょう?」

 

 

私の腕に収まりつつ、話を変え…というより仕事の話に戻してくれる社長。ネルサにウインクして、万事上手くいったことを伝えながら。そしてその切り出しはさすしゃちょ~である! 

 

 

それがさっきの一件と繋がっていることは明白だが、実はその問題こそが、前に述べた『ミミック警備の延長の、他にも色々とやって欲しいことがある』内容の原因にして、聞くタイミングをずっと窺っていたことなのだ!

 

 

 

 

「あ~ね。ん~まあ、ぶっちゃけちゃうと、ね~。悪いっつ~か、ちょい大変…つ~か?」

 

 

…が、ネルサの歯切れが悪さ先程以上。ただし、社長のウインクに気づいていない訳でも、隠し事がある訳でもない。これまた理由はあの侵入者の時と同じだろう。優しいからこそ、万人を慮る彼女だからこその。

 

 

「巷では『厄介ファン』、あるいは『厄介オタク』って呼ばれてるらしいじゃない。丁度最たる被害者もいるし、少しお話を伺っていいかしら?」

 

 

安心して、声の聞こえる範囲には誰もいないわ。と指立て微笑みでwaRosの方々へ目配せをする社長。するとリアさんサラさんもまた、言葉を選ぶように。

 

 

「被害者…ってのもアレだけどさぁ…。まあ……ぶっちゃけた話、ホント厄介かもだけど……」

 

「極少数ですし、ファンの方々を貶めるようで気が向かないのですが……事実ではありますわ」

 

 

そのどんなファンも守ろうとする姿勢、見事なまでにアイドルだが……どうか私達には打ち明けて欲しいところ。幸いな事にプロデューサーさんが後を引き継いでくださった。

 

 

「確かにそのような方々は常に存在いたします。ファン同士の諍いに始まり、握手会、撮影会、ライブでの妨害行為等。行き過ぎたアイドルへの熱意好意が空回りした結果と言えるかもしれません」

 

 

彼は少々オブラートに包みつつも的確でわかりやすい解説を。そして珍しく苦々しい表情を浮かべ、溜息交じりに続けた。

 

 

「例をあげるとするならば、『ライブ中に不必要に暴れ、ともすればステージへの侵入を試みる』、『アイドルと触れ合えるイベントで制限時間以上に粘り、セクハラを行う』『ストーキングや窃盗等の犯罪行為を起こす』――上げればキリがないもので…」

 

 

本当にキリがないのだろう、なにせその一部は私も今しがた見てきたぐらいだから。全く、それらが悪意から来る行動でないとはいえ、どう迷惑がかかるかを考えて欲しいものである!

 

 

「あー思い出したら腹立ってきた! もーいいや、アストさん社長さんの前だし! そういう人って当然ノンデリ(ノンデリカシー)だから、パンツ何色履いてるとか平気で聞いてくんのよ!」

 

「私はさっきのライブで客席に降りた時、お尻触られかけたわね。躱したし、ちょっと睨んであげたら慌ててひっこんだけれど。本当、面倒なのよねぇ」

 

 

あ、話の流れに押され、リアさんサラさんもとうとう鬱憤を暴露してしてくれた! ふふっ、お二人の性格上、そう言ってくれた方が似合っている! なら私達も応えないと!

 

 

「ご安心を! 派遣するミミックは、そういう方からも皆さんをお守りします!」

「とっても優秀な警備員と思って頂戴ね☆」

 

 

「おお~! 楽しみかも!」

「期待しちゃっていいかしら♪」

 

 

私と社長の堂々とした返答に、waRosは心弾ませてくれる! ええ、その期待は絶対に裏切りませんとも! ――あ、でも…。

 

 

「ネルサ、ひとつ聞きたいのだけど」

 

「ん★ どしたんどしたん~?」

 

「このダンジョンの形式的に、アイドルの方々って夜には帰宅…ダンジョンを離れるのでしょう? それだと一部の対応は出来なくて。ほら、ストーカーとか」

 

 

実は、今しがたのプロデューサーさんの発言が少し気にかかっていたのだ。それがそのストーキング行為。無論ダンジョン内であればミミックが素早く対処するだろうけど……ダンジョンを離れられてしまうとそうはいかない。

 

 

何分ミミックはダンジョン内をメイン生息域とする魔物。多少ならいざ知らず、長時間だと守り切ることは出来なくなってしまうのだ。その点だけはどうしようもないのである。

 

 

「そこなんよね~★ ミミックに100パー守ってもらうにはダンジョンに居なきゃだもんね~。ん~~…」

 

 

悩む様子のネルサ。けれど私、即興で対策案を考えてみたのだ! waRosの前でちょっと格好良く決めたくて…! 最もこれ、私達ではなくネルサ達側を変えてもらう方法だけど……――。

 

 

「ならダンジョンらしく、ここへ住み込んで貰うというのはどう?」

 

 

「良いわねそれ! それならどんな時もミミックが近づけさせないわよ?」

 

 

良かった、まずは社長からは賛成が頂けた! そう、元よりダンジョンというのは棲み処として形成される代物。それを下地としているのだから活かさない手はないのだ!

 

 

「あ~っ!! そっか、寮的な★ それ、超アリかも! 結構行き来メンドがってる子多いんよね~★」

 

 

続いてネルサからも、ナイスアイデア★と! 後は肝心のwaRosの方々だが……。

 

 

「ど~う? リアちんサラちん?」

 

「是非! アタシも家から割と遠いし、ここは街近だから困ることなさそう!」

 

「レッスン室やボイトレ施設も完備してますもの、こちらからお願いしたいぐらいで♪」

 

 

やった! 通った!! うんうん、それも利となるかなって思っていたのだ! これから赴くラストエリアが、そのアイドル達が利用するための設備が揃っている場所で――。

 

 

「イイねイイね~★ なら丁度他の子達いるし、皆に聞いてみよっか★」

 

 

――ふふっ、では休憩を切り上げ向かうとしよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっじゃま~★ 皆、レッスンおつかれ~い★」

 

「――3、4…あんらネルサPちゃん! お疲れ様~!」

 

 

扉を潜った先に、軽やかに挨拶をするネルサ。それに返したのは、レッスントレーナーと思しき方。そして更に――。

 

 

「あ、ネルっさんだ~!」

 

「おおう、ホントやん!」

 

「先程のライブ、カッコよかったっす!」

 

「あ、やっぱアナタ隠れて見に行ってたのね!」

 

 

ネルサに気づくや否や、一斉に声を輝かせたのは幾人ものアイドル達!! わ、凄い! さっきのポスターで見た子達も沢山!

 

 

「アタシ達もいるわよ!」

「ふふ、結構な人数、舞台袖から見てたでしょう?」

 

「リア、サラ! あはは、バレてたか~♪」

 

「ヘヘッ、それでどうした? 揃って居残り練かぁ?」

 

「ハッ、バカ言わないでよ。ネルっさんにハグ貰ったぐらいよ!」

「完璧、って言っても良いんじゃないかしら?」

 

「きひひ~。ま、あれは文句無しだわな~」

 

「お前達も見に…!? くっ、私らも見に行けばよかったな…」

 

 

更にwaRosも加わり、場は和気藹々と! 十人十色多種多様なアイドルながら、仲の悪い様子の子は全く見受けられない。これこそネルサの魔眼と腕前の成果なのだろう。

 

 

そして一時中断となってしまったが…ふふ、アイドル達が華美な衣装ではなく動きやすいスポーティーなレッスン服とタオルを纏い、ステージ上と変わらぬ眩しい汗を散らしているレッスン光景はコンサートの輝きに勝るとも劣らない!!!

 

 

…こほんっ。先程述べた通り、このエリアこそが今日最後の調査場所。言ってしまえばレッスンエリアで、アイドル達が日々練習に励んでいるゾーンなのだ。ミミック警備が重要な理由も一目瞭然で――。

 

 

「ちゅうも~く! あーし、新しい警備員さんに来てもらう話、したっしょ? あーしのずっしょが居るとこからさ★ そんで今日、事前調査に来てもらっちゃいました~★」

 

 

ちょっとネルサ! またそうやって……あぁもう腕引っ張ってきて…! 仕方ない、今度こそやらかさずにっと。

 

 

「こっちがね、ずっしょのあっすん! そんで抱っこされてるのが、ミミンしゃちょ~★」

 

「初めまして、アストと申します。ミミック派遣会社より参りました」

「ミミンで~す☆ ミミック警備員をいつでも頼ってちょうだいね☆」

 

 

「ほわわ…! 素敵な御方ですぅ…!」

「オー! まるで貴族のイケメン御令嬢様デスネ!」

「いや……勘だけどマジモンじゃ……?」

 

 

ううん…今回は名乗りきらないようにしたけれど、ちょっと危なかったみたい。髪型のせいだろうか。まあもう気にしすぎは良くないか!

 

 

「わわぁ…! わたし、ミミックってはじめて~…!」

「ちっちゃ~い! かわいい~! ね、抱っこしていいですか?」

「随分と明るいミミックの方で…。あぁ、失礼を…!」

 

 

そして社長も可愛がられている様子。うんうん、ミミックへの抵抗が無いのは何より。警備の仕事も上手くいきそう! 後は――。

 

 

「そんでさ★そんでさ★ あっすん達から良~いアイデア貰っちって★ このダンジョンに寮的なの作って、皆で住むの、ど~う?」

 

 

それならどんな時もミミックが警備できちゃうし★ と、ここに来た本題を皆へ披露するネルサ。わざわざ私からなんて言わなくても良いのだけど……反応は?

 

 

「「「「「えっ! やった!」」」」」

「「「「「それは、うんっ!」」」」」

「「「「「さんせ~いっ!」」」」」

 

 

わわっ!? まさかの全員即決賛同!? ここまでとは……! 盛り上がるアイドル達に聞き耳を立てると、色々な声が。やはり家とこことの行き来が面倒だったというのも多いし――。

 

 

「ここを出るとすぐ張ってる人いるもんね~。ファンも記者も」

「ね。プロデューサーさんとか居てもお構いなしなの酷いわ」

「以前、家の近くまで追いかけられたことがありまして。怖かったです…」

「「「私も私も!」」」

 

 

そういった嘆きも。やはり悩みの種だったらしい。今の提案のおかげでそれが安堵交じりとなっているのが救いである。それをにこにこ楽しそうに聞き、ネルサは胸をパンと叩いてみせた。

 

 

「よっしゃ★話、通してみんね★ 期待しててよ~♪」

 

 

「ネルサPがああ仰る際は絶対に通ります。ミミックの方々には長くお世話になりそうですね」

 

 

よろしくお願いしますと頭を下げるプロデューサーさん。ふふっ、はい! お任せください!

 

 

このダンジョンの『お宝』は、ミミックが守ってみせますとも!

 

 

 

 

 

 

 

――とはいえ、それは派遣する子達の役目。このレッスン室に来るまでに調査は終えてしまったし、私の出来ることはこれにて完了となってしまった。

 

 

だからもう後は帰社するだけ。本当名残惜しいけど、waRosやアイドルの方々に別れを告げ去らねばならない。これ以上レッスンの邪魔する訳にもいかないもの。

 

 

「ネルサ、じゃあ私達はそろそろ……」

 

「あ、ね~ね~★あっす~ん★ もうちょい時間ある~?」

 

 

が、その旨を伝えようとしたところ、逆にネルサにそう聞かれてしまった。後ろ髪を引かれているぐらいだもの、直ぐに頷いてみせると――。

 

 

 

「折角だしさ★あーし達もレッスン参加していかな~い?」

 

 

「えっ!?!?」

 

 



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魔物側 社長秘書アストの日誌④終

 

ネルサ、急に何を言い出すと思ったら……レッスン参加!? なんで!?

 

 

「興味ありそ~だったし、アイドル体験的な★ どおどお?」

 

 

うっ…! た、確かに気にはなってたけれど…! 返答に迷ってしまっていると、彼女は間髪入れず。

 

 

「しゃちょ~はど~お?」

 

「面白そ~! お邪魔しま~す☆」

 

 

って社長、ストレッチ始めたし!? で、でも私達が参加したら邪魔に思われて……皆さん受け入れてくださってる!? い、良いの!?

 

 

「ならアタシ達も軽く参加しようかしら!」

「そうしましょうか。ふふっ♪」

 

 

waRos(ウォーソ)のお二人まで! え、じゃ、じゃあ……!

 

 

「決まり~ぃ♪ さぁさ、スーツじゃ動きにくいしお着替えしよしよ~★ あーしのレッスン服貸したげる★ やっぱ汗かく時は魔法服よりもそっちよね★ しゃちょ~の分は~」

 

「私はこのままで良いわ。あでも、折角だし魔法服被せて貰おうかしら!」

 

「お★ さすしゃちょ~ノッリノリ★ まっかせて、べぜたんにも認められるあーしの衣装魔法、見るがいい~♪」

 

 

皆に見送られ、ネルサに背を押され、社長やwaRosと共に更衣室へと連れてかれるぅ……! 緊張してるの私だけ…!? せ、せめて迷惑かけないようについていかないと!  

 

 

 

 

 

 

 

 

「――1、2、3、4・2、2、3、4・ステップクラップステップステップ・ターン~体幹注意ぃ~3、4、ストップ!」

 

「「「わっとっと……!」」」

 

「んふ、さっきより良くなってってるわぁ。その調子で練習ねぇ」

 

 

一区切りついたところで、トレーナーさんから寸評が。まずはちょっと失敗してしまった子達へ。次は上手くこなした子達へ順に。そして――。

 

 

「リアちゃんサラちゃん、ライブ直後だってのに気合ムンムンじゃあないの! 動きはモウマンタイ、バッチグーよ! けど、疲れたらすぐ休憩入ってねぇ?」

 

 

waRosを労わるように。更にグーサインを出したまま――。

 

 

「すんばらしいわネルサPちゃん♪ 隙あらばファンサ欠かさないわねぇ。パーペキよパーペキ♪」

 

「にっひっひ★ 頑張っちった♪」

 

 

ネルサのグーサインとぶつけ合う! うん、まさにさすねるだった! waRosや他アイドルに囲まれ踊る姿はまるでさっきのコンサートの続きかと見紛うほど!

 

 

おかげでつい見惚れちゃって、自分の動きが疎かになりそうだったもの! でも、堪えて頑張った! 私にはどんな寸評が……へ? トレーナーさん凄く真剣な表情で…? だ、駄目だった?

 

 

「…アストちゃん、本当にこういうの初めて? キレッキレよアータ! びっくりしちゃったわ! やだちょっとセクハラになっちゃうんだけど、腕とか脚とか触らせて貰えたりする?」

 

「えっ、あ、は、はい…!」

 

「あんら快諾ありがとね♡ じゃあ失礼して…おほほやっぱり! しなやかで太すぎず、それでいて力強さも秘めている理想的な筋肉! もしかして毎日特別なトレーニングしてたり??」

 

「あっすんは毎日のように色んなダンジョン行ってるもんね~★ すっごい過酷なトコもあるって聞いたし★」

 

 

トレーナーさんの鼻息の荒振りように目をぱちくりさせてると、ネルサが助け船を出してくれた。まあ魔法使っているとはいえ、確かにトレーニングにはなってるかも。幾つか行った場所を説明させて頂くと――。

 

 

「それはおったまげ! けれど納得できちゃうわぁ! ……でもここまで綺麗につくなんて、更に他のことしてそうよね…あいやだ私ったら!」

 

 

と、仰られても。あとは日頃のヨガだったり……あぁ、ふふっ。肝心なのを言ってなかった!

 

 

「社長主導のミミック訓練にたまに付き合っているから、ですかね!」

 

 

あの鍛錬は歴戦のミミック達でさえ悲鳴を上げる、効果は最高なトレーニング! そのおかげに違いない! ――と、それを聞いたトレーナーさんは何故か顔を深刻なものにして…!?

 

 

「ということは……。ごめんなさいねアストちゃん、私、ミミックに教えた経験無いからわからないのだけど……皆、あんな動き出来るものなのかしら???」

 

 

そしてチラリと見やった先は……今しがたの回答、ちょっと言葉が足りなかったかも。だってあれは――。

 

 

「わん、つー、さん、しー☆ すてっぷくらっぷすてっぷすてっぷ☆ た~~~~~~ん、じゃんっ☆」

 

「「「「「おおお~っ!!」」」」」

 

 

今しがたのダンスを、箱内側を上手く蹴り操りつつ行うことで、まるで勝手に軽快なタップを刻む宝箱の上で華麗に舞う少女を演出してみせている……それも心奪われているアイドル達へのファンサすらこなしてみせている彼女は。

 

 

最後に宝箱をコンと強く蹴りつけ、宝箱は角一点で高速回転、本人もまた空中へ飛び上がり丸まった形でくるくるくる。そして突然ずさぁっと動きを止めた宝箱へ垂直落下、すぽっと腰から入り足を投げ出し、ウインクと両手ハートポーズ、更には触手で背景に多重ハートすら描いてみせる社長は――。

 

 

「特別ですから。我が社のミミックならまだ出来る子もいるかもしれませんが、普通のミミックでは…」

 

 

…あんな曲芸みたいな動きは無理に違いない。トレーナーさんは合点がいったというように両膝を叩き、感動を湛えた拍手を。

 

 

「ミミン社長ちゃんには私から言えることなんてないわ。寧ろ師事させて欲しいぐらいよ! ブラボー!!」

 

「お褒めに預かり光栄で~す! アイドルな動きじゃなかったですけどね☆」

 

「いやそれより断然スゴいっしょ~★ もっと見たいもん♪」

 

「じゃあアンコールに応えて! でも折角だから二人でそれっぽく決めてみせましょうか、アスト!」

 

「へっっ!?!?」

 

 

急に呼ばれた!? 次には社長とバチッと目が合い――えっ、えっ、えっ!? そ、そんな!?

 

 

「みーみーっくっ! そーれっ!」

 

 

それ訓練の時の掛け声ですよね!? と突っ込む暇もなく突撃してきた社長は、その勢いで私の股下潜りを! それを追いかけ覗き込むと、既に私の尾をくるんと掴んで。もう、わかりましたよっと!

 

 

私はそのまま前屈のような姿勢で、お尻へ振り返りつつ尻尾をひょいっと振り上げる! すると社長は釣り上げられる形でふわりと宙を舞い、私の背中にぽすんっとポーズを決めて着地。こちらもそれに合わせ、片足立ちで腕を広げて台座に。

 

 

「ふぁいおふぁいお! ふぁいおー!」

 

 

その体勢を数秒も維持しない内に、社長は私の腕を転がり降りて床へと戻り、私の周りを飛び跳ねつつくるくる。姿勢を戻した私はこれまた追いかけるように、絡んでくる社長を躱すように、彼女と同じく1、2、3、4・2、2、3、4!

 

 

「あんら! これって…!」

 

 

そうです、これはさっきまでレッスンを受けていたステップクラップステップステップです! ということはこの先は――えいっ!

 

 

「おわおっ★ ナイスキック★」

 

 

ステップ最後で丁度爪先に乗ってきた社長を軽く蹴り上げ、空中に! そして両手を取り合い社交ダンスを踊るようにひとターン、そのまま片手だけ放してまるで大輪の花を描くように更にターン! そして~~~じゃんっ☆

 

 

「「「「「おおおおお~っ!!」」」」」

 

 

どうでしょう! 私は両腕を折り曲げ、自らの顔を大きく挟むように上下に。下にした腕だけ、横に突出させて。そして社長はその下の腕にぴったり乗っかって! 傍から見たら超絶バランスだけど、社長のおかげで凄く安定している!

 

 

そして互いの両手で、それぞれミミックの『M』マークとハートマークを象って! 顔を寄せ合い、鏡のように揃ってウインクを――――ふうっ!

 

 

「ふふっ、よく目配せだけで理解してくれたわね!」

 

「本当ですよ! 急にやってくるんですから!」

 

 

歓声が止み一段落したところで、いつもの抱っこの形に。満面の笑みを浮かべる社長へちょっと頬を膨らまして返していると、ネルサが拍手しながら。

 

 

「最っ高のコンビネーション過ぎっしょ~★ もしかして似たダンスとか特訓にあったり?」

 

 

「いいえ、アストが察してくれたのよ!」

「察したというより、社長の誘導に引っ張られた形ですけどね」

 

 

宴席でちょっと踊ることはあるけれど、こんなダンスは一度もやったことはない。無論、ミミック訓練でも。だから要はこれ、完全に――。

 

 

「うっそん即興ってコト!? ね、ねね。ちょっとネルサPちゃん……!」

 

 

ん? トレーナーさんが興奮して、ネルサへ何か言いたげ? けれどネルサはそれを抑え、自分に任せてというような手振りを。そして私達へ、にっひっひ★と微笑んできた。

 

 

「あーし、あっすんとしゃちょ~がどこまで出来んのか知りたくなっちった★ どんどん行こ~う♪」

 

 

「あら! 受けて立とうじゃない!」

「はい! ネルサ、次は何を?」

 

 

「そんじゃねそんじゃね~★ ねくすとれっすんは~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はひぃ……ふぅ……」

 

 

あれからも色々と体験させて貰い、すっかりヘトヘトな私はレッスン室の端で座って休憩を。こんなのを毎日やってるなんて、アイドルって凄……――。

 

 

「ぴとりっ★」

 

「ひゃあっ!? 冷たっ!? ね、ネルサ!」

 

「おっつ~あっすん★ はいど~ぞ★」

 

 

急に頬へ冷たいものが当たってきたと思ったら、ネルサが飲み物を持ってきてくれたみたい。有難いけど、もう! ふふ、身体に沁みる!

 

 

「あっすんとしゃちょ~マジなんでもできちゃうじゃん★ 歌も上手かったし♪」

 

「あはは…。毎日のようにカラオケとかしてるから、かな?」

 

 

隣に腰を下ろしながら褒めてくるネルサへ、照れつつもそう返す。まさか毎夜の飲み会やら特訓やら仕事やらがこうもレッスンの役に立つなんて思わなかった!

 

 

無論どれもプロたるアイドルの方々には及ぶべくもないだろうけど、ちょっとぐらいは良い姿を見せられたかもしれない。それに社長に至っては――。

 

 

「宝箱ダ~ンス♪」

 

 

未だ元気一杯に他の皆と踊り遊んでいるぐらいだもの。重ねた掌が真下を向くように腕を伸ばしたり、ぶりっ子のようなあざといポーズをとりながらのどこかセンシティブな腰振りダンスを。その様子を笑って眺めつつ、ネルサは私に聞いてきた。

 

 

「どだったあっすん? アイドルの表も裏も隅々まで見た感想は~?」

 

「ふふっ、凄かった! コンサート中でもレッスン中でも、皆真剣で、可愛くて、輝いていて! アイドル、ますます好きになっちゃった!」

 

「おほほう★ そこまで言ってくれるなんて、あーし……」

 

「それと、ネルサのこともね。どんな時もお手本になっていて、とっても格好良かったんだから!」

 

「ふぇっ…! そ、そりゃああーしはExecutive Producerだから★ 皆のEXP(経験値)にならないと……やー…ガーキー様から教わったギャグ、使う場所間違えたしぃ……」

 

 

今回はただ純粋に褒めただけだったのだけど…。ネルサは顔をぶんぶんと振りつつ頭を掻き身悶えを。そして照れ火照りを払うように、にひひっ★と。

 

 

「あっすんもこんだけハマってくれたことだし、今度は女子会メンバー皆をライブに招待しよっかな~★」

 

「良いかも! そうそう、さっき聞いたのだけれど、ベーゼともコンサートをやっていたのでしょう?」

 

「そそ★ べぜたん(ベーゼ)超ノリノリでさ~★ 前なんかシンバルキック披露する時、テンション上がり過ぎちゃってシンバル天井まで吹き飛ばしちゃってさ★」

 

 

あれはもう伝説だわ~★ と思いだし唸るネルサ。二人はそれこそガーキー様のあの企画にも揃って出演してるぐらいだもの、元よりそちら側だろうけど……。

 

 

「けどさ、るふぁちん(ルーファエルデ)めまりん(メマリア)が未知数なんよね~★ あっすんみたいに楽しんでくれっかな?」

 

 

そう、やはり懸念事項はその二人。片や威風堂々たる騎士のようなルーファエルデと、時に冷徹さすら放つ次期魔王秘書なメマリア。堅物気味な彼女達がこの文化を受け入れてくれるかだけど…ふふっ。

 

 

「ルーファエルデの方は大丈夫じゃないかしら? だってほら、私のお尻叩きので笑っていたぐらいだもの!」

 

「うはっ★あっすんが自分から! にひひ★でもそうよね、あの番組でだいぶバカ笑いしてくれてたもんね♪」

 

 

直近のグリモワルス女子会での出来事を振り返る限り、彼女は全力で楽しんでくれそうである。残るメマリアは――。

 

 

「私の完全な憶測だけど…メマリアも割と嵌りそうな気がするの。この間お喋りした時に、その、小さくて可愛いのが好きなのが伝わって来たから。社長みたいな」

 

 

魔王様の本当の御姿には今は触れられないから濁したが、彼女にその気があるのは確実だと思う。それを聞いたネルサは見込み通りを喜ぶような弾んだ声で。

 

 

「お~! あっすんもそう思うなら間違いないじゃん★ じゃあじゃあ、ちっちゃい子アイドルだったら気に入ってくれるかも?」

 

「えぇ、きっと! あの子公私分けるタイプだしね。上手くいけば、普段は見られないメマリアの興奮ぶりが見れちゃうかも?」

 

「にひひ★それ気になる~! どんな感じが好みかリサーチしとかないと♪ 沼らせたろ~★」

 

 

暫し二人で談笑を。と、その切れ目となった時である。ネルサは空に向けふうと息を吐き、顔を正面に向けたままに。

 

 

「――ね。あっすん」

 

「ん? なぁにネルサ」

 

「えっとさ……。んーっと……ううん、くううっ!」

 

 

何か言いたいけれど、うまく言葉に出来ないのだろうか。もにょもにょして、伸ばした足をぱたぱたさせて悶えている。が、すぐに自らの首を両手でパチンと叩いて反省してみせて。

 

 

「や~ダメ! あーしとしたことがなぁ~。あっすん相手だとなんかモジモジしちゃう★ べぜたんには普通に言えたし、るふぁちんめまりんには問題なくできそうなのに~」

 

「? 何かあるなら聞くけれど?」

 

「ん★あんがとあっすん★やさしーね♪ うん、だからもうさ、全部まっすぐ言っちゃうわ★」

 

 

にひひ…★といつもの、けれど何処か緊張を感じ取れる笑みを見せ、こちらへ向き直る彼女。そして私の手をきゅっと取り――。

 

 

 

「ね、あっすん★ アイドルに興味ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ。え、え、ええええええっ!!!!?」

 

 

そんなの、声を上げてしまうに決まってる!! 今更それが字面通りの意味じゃないのは私とてわかる!! だってその台詞、その台詞!!! それって、アイドルスカウトの決め台詞!!!

 

 

「じょ、冗談、よね……?」

 

「ううん★あーしは超絶本気!」

 

 

つい逃げようとする私の手をがっちりつかみ直し、ずずいっ★と顔を迫らせてくるネルサ…! と、攻めすぎとハッと気づいたのか慌てて手を離し、気恥ずかしそうに自らの頬の熱を冷まし出した。

 

 

「ごめ、全部まっすぐ話すって言ったばっかなんにね…! えっと…あっすん、笑わずに聞いてくれる?」

 

 

それでも赤さの消えない顔のまま、おずおずと聞いてくる彼女を拒否なんて。すぐに肯いて見せると、彼女はにひひ…★といじらしい微笑みで語り出した。

 

 

「あーしさ、前々からずっっっとやりたいことがあってさ。グリモワルス女子会のメンバーで、アイドルやりたかったんよ」

 

「私達と?」

 

「そ★ ほら、アイドルって皆キラキラしてんじゃん? そんな子達がユニットとかグループを組むと、色んな輝きがこれでもかって入り混じって、どんなスポットライトよりも綺麗でさ★」

 

 

ふふっ、それは確かに。私は先程のwaRosのコンサートが初であったけれど、それでもその気持ちはわかる。まるで虹色の万華鏡を見ているかのようだったもの!

 

 

「にひっ★あーしもそれ憧れなんよ★だから今日みたいに参加させて貰えるとめっちゃ嬉しくて! けれど、やっぱ完成されたユニットの邪魔になっちゃうかもって時あるし。それにその……やっぱ気ぃ使われちゃって★」

 

 

私が同意を示すと一層興奮したネルサだったが、そのまま少し寂しそうに頬を掻いてみせる。成程、彼女の悩みなのだろう。敬愛を向けられる、カリスマとしての。

 

 

「だから超我儘なんだけど、あーしも、あーし専用のアイドルユニット結成したくて! でもあーしはそんなずっとアイドルやってる訳じゃないから、他の子達と組んでも迷惑にしかならんし」

 

 

それに、やっぱそれでも遠慮されちゃうかもだし。と不安を吐露した彼女はそこで息を大きく。そして目を輝かせ、再度私の手をぎゅっと握ってきた!

 

 

「だからさだからさ、あーしとタメで話せて、我儘聞いてくれて、それでいてバッチバチにアイドル出来る子達ってさ★ もうビタリあっすん達じゃん!!!」

 

「そう思ってくれているのは嬉しいけど、私達ってアイドル向きなの!?」

 

「そりゃ~もう★ あーしの目に狂いはないっしょ★」

 

 

うっ…! ネルサエグゼクティブプロデューサーの実績を鑑みれば、その言葉の信頼度は高すぎるぐらい。思わず黙らされていると、彼女は更に衝撃的な一言を。

 

 

「実はさ★もう魔王様に許可頂いてあるんよ★」

 

「はっ!?!?!?」

 

パパママ(当代全大使)経由でオッケー貰って、それも仮決めみたいなもんだけど★ 先代魔王様も口添えしてくださったみたい★」

 

 

い、い、いつの間に……! さすねるな行動力に慄いていると、彼女はちょっと小悪魔的な表情を浮かべて続けた。

 

 

「めまりんはそれを使って上手におねだりすればやってくれそうかなって★ るふぁちんは修行になるかもと言えばイケそうで★ べぜたんは言うまでもなく?」

 

 

まあ、確かに。やはりさすねる、人を動かす術を知っている。……あれ、私は? しかし彼女はその疑問を待っていたかのように、されど殊更に、はにかみながら。

 

 

「ぶっちゃけた話さ、あっすんが一番どうなんかな~って感じだったんよ。あーし達の中でいっちばんお嬢様してたじゃん★ それこそお堅めのコンサートしか連れてって貰ってなかったし?」

 

 

それも、確かに。事実昔の私はまさしく箱入り娘。さっきネルサに言った通り、家を抜け出したとしても行く先は図書館で勉強だったのだから。今となっては懐かしい思い出をネルサは噛みしめるようにしながら唸って……!

 

 

「なのに! マジで、なのに! 突然ガチで家飛び出して、しゃちょ~の秘書になって! ホントのホントに一気に垢抜けだして! そんなのもう――!」

 

「す、ストップ! ストップネルサ! それ女子会でも聞いたから!」

 

「あっ、そだったね★ でもあん時も、いつこのお願いしようか悩んでたんよ~! 結局言うタイミング逃しちったけどさ★」

 

 

あの時から既にスカウトをかけたかったとは……ん!? つまりまさか、もしかして今日のこれって!?

 

 

「じゃあ次の女子会か~って思ってたらさ、ここの皆が強い警備員欲しいって言っててさ、そんなんもう乗っかるしかなくない!? あっすんに仕事回せてアイドル布教できちゃう、マジ一石二鳥な機会なんて!!」

 

 

やっぱり!! 私にアイドル体験をさせるのが目的の一つだったんだ! その周到さについ舌を巻いてしまっていると、彼女は手をパンと合わせ全力で祈るように!

 

 

「ね! お願いあっすん! お仕事の合間で良いから! いっしょにアイドルカツドウしようよ~! 最強で無敵のアイドル、目指そうよぉ~っ!!!」

 

 

そ、そんな頼まれても…! ええと、嫌、って程じゃないけど! その……!

 

 

「アタシ達からも誘わせて! アストさんなら絶対人気アイドルになれるわ!」

 

「今日一日共に居させて貰って、幾度推したいと思ったことか。うふふっ♪」

 

 

わわわっ!? waRosのお二人からも!? 今までの会話聞かれて!? まああれだけ騒げば当たり前なんだろうけど!

 

 

「ネルサPがお墨付きを出した以上、不要でしょうが…私達からも、太鼓判を」

 

「ホントよぉ。私さっき、ネルサPちゃんの仕込み邪魔しそうになったもの!」

 

 

プロデューサーさんやトレーナーさんまで!? いやそれどころじゃない、レッスン室にいたアイドル皆さんが私を囲んで!! に、逃げ場が……!

 

 

「ビジュは満点でしょ。嫉妬しちゃうぐらい!」

 

「ダンスも歌も愛嬌も、即戦力にゃ!」

 

「なにより、見てみたいよね!」

 

「「「グリモワルス(魔界大公爵)のアイドルユニット!」」」

 

 

「でしょでしょ★ まだユニット名悩んでんよね~★ 可愛く『ぐりも★わるす』? 女子会メンバーだから『Ready(Lady),G』とか? それとも折角の名前活かして『grimoire(グリモワール)』、格好良くモジって『grimo.Waltz』とか!」

 

 

盛り上がるネルサ達…! 私も嫌じゃない、嫌じゃないんだけど……すぐさま肯くことが出来ない…! なんというか、その、とても不安で!

 

 

だってそうでしょう! アイドルをやるなんて、秘書の仕事を選んだ時ぐらいに重要な決断! いくらネルサ達が一緒とはいえ……!

 

 

……そういえばあの時も、スカウトされたんだっけ。社長に。社長に引っ張って貰ったおかげで、私は楽しく過ごして――。

 

 

「けどさ★あっすん~? あーし、あっすんをあーし達のユニットだけで独占する気はないし★」

 

「…へ?」

 

 

不意の追憶から、ネルサの台詞で引き戻される。独占する気は無い、ってどういう意味で……?

 

 

「だってさだってさ★あーしよりレベチで輝いてて、あっすんとエグちでベストマッチなコンビ相手がいるじゃ~ん!!」

 

 

っっ!!? まさか、まさかネルサ!? 思わず目を見開いてしまった私にキラッと笑顔を返し、彼女はその予想をなぞる様に、人垣の中にちょこんと潜む宝箱へ声をかけた!!

 

 

 

「ね★しゃちょ~っ! アイドルに興味な~い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いつ話に入ろうか悩んでいたのだけど、まさかそうくるとはねぇ」

 

 

私達の方へ進み出てくる社長。恐らく今の今まで気配を消していたのだろう、周りの皆はその存在に改めて気づき、失念を悔いる、あるいは寧ろ更に目を輝かせる等の驚きの表情を。しかしネルサだけは違って。

 

 

「にっひっひ★ だってしゃちょ~相手だとあーしの企みバレちゃうんだもん★ でしょ?」

 

 

見破れはできずとも、忘れてはいない――全て想定の内だと言うようにウインクを。それを受け社長は肩を竦めてみせた。

 

 

「まぁねぇ。だからアストだけに焦点絞ってたわけね。でも良いのよ、私までスカウトしなくて――」

 

 

「ううん★『まで』なんかじゃないし!!! あーし、しゃちょ~にも目ぇつけてたんだから★」

 

 

あーしよりも輝いてるっての、マジマジのマジだもん!! と社長の言葉を遮り、今度はネルサからググイッと進み寄って。それに珍しく気圧された社長がちょっと下がりかけたところの手を、彼女はガシリと握った。

 

 

「女子会中も、今日一日も、しゃちょ~とあっすんが互いが互いに引き立て合って、最っ高にデュオってたじゃん★ でしょでしょ?」

 

 

そして周囲へそう問うと、返って来たのは満場一致の賛同の声。それを後押しに、ネルサはにひひ★と。

 

 

「けど、社長さんじゃん? 正面からスカウトかけても無理だな~って★ だから先にあっすんを誘って、それからしゃちょ~って感じならワンチャンあるかなって★ ね、いいっしょ~? 二人でなら良いっしょ~!」

 

 

手の内を暴露しきり、社長と私へ交互に手を合わせねだるネルサ。目をギュッとつぶり、もはや神頼みなレベルで……ん?

 

 

「……そう、だからああして私を揺さぶって…。まだそこまでの考えあってじゃなさそうだけど……」

 

 

社長が、ボソッと何かを。祈るネルサはおろか、周囲の他の人にも聞こえないような声で。ただその呟きはマイナスなものではなく、何処か清々しさを感じるもので――。

 

 

「もち、お仕事の合間、暇だな~って時で良いからさ★ てかさ、ミミックアイドルっていないんよね★恥ずかしがり屋さん多くて★だから絶対バズるし★」

 

 

やはりそれに気づくことなく、ネルサはこれでもかとお願いし倒す。対して社長はとうとう、ふう、と息を吐き……!

 

 

「ふふっ。流石、レオナールの娘さんね。交渉が上手いこと。負けたわ☆」

 

 

「おおっ!? と、ゆーことは!!?」

 

 

大興奮するネルサ。それを軽く手で抑えつつ、社長は私の方をチラリ。

 

 

「アストはどう?」

 

「社長と一緒なら、はい!」

 

 

「いえ~~~いっっっ!!! よっしゃあっ★ やっふ~うっ★★★」

 

 

ネルサったら! そんな狂喜乱舞しなくても! ふふ、でもまず社長と一緒にアイドルをやれるのであれば怖いものは無い。出来る限り頑張って――わっ!? ネルサ、急に手を引っ張って!?

 

 

「あっすん、しゃちょ~抱っこして立って立って★ アイドルチェ~ンジ♪」

 

「へっ!? これって…!?」

「あら! アイドル衣装かしら!」

 

「しゃちょ~ピンポ~ン★ 二人用の衣装、実は作ってました~♪ あっすんのはスタイル綺麗に、しゃちょ~のはチャームポイントの宝箱を活かす感じで★」

 

 

可愛…! こ、こほんっ! 急に魔法服を、衣装を着せられるなんて! ネルサ、そんな周到に――。

 

 

「そんでねそんでね★曲もダンスも用意してあるんよ★ 二人を見た瞬間、ビビッて来ちってさ~♪ 流してみんね★」

 

「いやちょっと!? 端から計画していたとはいえ、準備良すぎない!?」

 

 

活き活き動くネルサを慌てて止めてしまう! けれど彼女はいつもの輝く笑顔で!

 

 

「にっひっひ~★ あ、そだそだ★空いてる日おせ~て♪レッスンしよ~♪ でもあっすんしゃちょ~なら速攻デビューできるし★」

 

「そういえば、ユニット名はどうなるのかしら?」

 

「お、さすしゃちょ~★ ユニット名はまだなんよ。二人で決めちゃう~?」

 

「良いわね! そうね……アスト、こんなんどうかしら! シンプルだけど、面白い感じで――」

 

 

 

ちょっ、社長も!? そんな、とんとん拍子で、え、え、え、え、え――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――え。

 

 

 

「そんじゃ皆★ ライブ、頑張ってこ~う★」

 

「「「おお~うっ!」」」

 

「うんうん★ はれ? あっすんだいじょ~ぶ? お披露目本番だよ~★」

 

 

「え、あ、うん…! いや本当にデビュー早くない!? 数か月ぐらいしか経ってないのだけど!?」

 

 

あの日から少し経った、コンサートダンジョンのとある舞台袖。沢山の観客のざわつきを聞きながらそうツッコんでしまった! でもやっぱりネルサはキラッと。

 

 

「にひひ★ そんだけあっすんとしゃちょ~がつよつよってこと★ ね、リアちんサラちん★」

 

「ホント! 手強いライバルになるわ!」

 

「逆に食べられちゃうかも、うふふっ♪」

 

 

それに同意してくれるのは、waRosのお二人…! なんとwaRos,feat.Nが私達のお披露目に付き添ってくれるのである! なんて運命的な……まあネルサの計らいなのだけど…! でも、お二人も志願してくださったというのだから驚きで!

 

 

だから、三人の顔に泥を塗らないように頑張らないと…! マズい…そう思えば思うほど心臓がバクバクって…! ひゃわっ!?

 

 

「にひ★あっすんリラ~ックス★ 気負い過ぎず、緊張し過ぎずにね★ ま、あっすんならがっちがちでもウケそうだけど★」

 

「あはは、かも! けど、アストさんなら…ううん、アストならイケるから!」

 

「それに、社長さん…いいえ、ミミンも一緒だしね。いつものコンビネーション、期待しているわ♪」

 

 

ぎゅっとハグしてくるネルサに、気合を入れてくれるリアさんとサラさん…ううん、リアとサラ! そして――!

 

 

「そうよアスト。二人でスターダム目指しましょ☆」

 

 

抱えている社長が、私の手に手を重ねて! うん、やってみせます、アイドル!!

 

 

 

 

 

 

 

「――レディ~スアンドジェントルメ~ン★ お待たせ~い★ あーしプロデュースの新人アイドル、ご紹か~い★」

 

「度肝抜かれなさいよ! 凄いんだから!」

 

「あらリア、緊張させちゃってどうするの♪」

 

 

場の熱気を最高潮に引き立たせ、三人はステージ中央を開ける。そこを一斉にスポットライトが照らし、下からせり上がるように……じゃないっ!!

 

 

「「「「「うわっっ!?!?」」」」」

 

 

観客席から一斉に上がる悲鳴! それも当然、突如天井から一つの宝箱が落ちてきたのだから! 驚愕の沈黙が場を一瞬満たす中、それはガタガタ、ガタガタと震え――!

 

 

「それっ!」

 

 

鮮やかな演出と共に蓋は開き、中から高く撃ちだされた人影こそ、私! 追ってくるライトに照らし出され空中で華麗に後転したみせ、着地と同時にカーテシーのような、されどパッと服を払うスタイリッシュな一礼を行ってみせる!

 

 

ふふっ、感嘆のどよめきが! 良かった成功して! でもまだこれから! 私は片手を斜め上に差し出し、もう片手で床の宝箱を軽く指し示す。すると、宝箱は再度ガタガタ震え、今度は宝箱自体が跳ね上がり、差し出した私の手の上に!

 

 

「いえーいっ☆」

 

 

そこからぴょこっと姿を現したのは……ふふっ、私のペア、ミミン! 皆の目を惹き付けた後は、私達がいつもやっているような抱っこ体勢となり~~!

 

 

「初めまして、ミミンで~す!」

 

「アストです! よろしくお願いします!」

 

 

自己紹介! そして、せーので息を合わせて――!

 

 

 

「私達、M(ミミン)A(アスト)ですっ☆」

 

 

 

あの即興でもやった、コンビネーションポーズを! 二人の協力指文字でMとAを描いて! さあ、スタート! 轟く拍手を制するようにかかり出した音楽と共に♪

 

 

「さあ、ミミックをトラウマにしてあげるわ!」

 

「って、ちょっ!? 何言ってるんですか!?」

 

「冗談冗談☆ いくわよ~♪」

 

「もう! ――それでは聞いてください!」

 

 

 

 

「「『箱から飛び出た宝物』――!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大★大★大★大★ 大★成★こ~~うっっ!!! もう最ッッッ高★」

 

「全身ゾクゾクしちゃったわよ! アタシ、冗談抜きでトびかけたんだけど!」

 

「本当に歌詞飛ばしかけていたものね♪ えぇ、でも。M&A、最推しよ♪」

 

 

「物販も盛況のようです。というより、もう売り切れ続出と報告が」

 

 

「ふぅぅう……! 良かったぁ……上手くいったぁ……!」

 

「練習の甲斐あったわねぇ☆ 色々アドリブ付き合ってくれてありがとアスト!」

 

 

コンサートが終わり、全ての終わった控室。ネルサやリアやサラ、プロデューサーさんの感極まる声に包まれ、私は、なんというか……全身高揚と達成感に包まれた心地よい虚脱を。

 

 

「にっひっひ★ この後打ち上げ用意してっからね~★ お仕事に響かないよう、存分に英気を養ってもろて★」

 

 

私の首へタオルをふわっとかけつつ、鼻をピンッと突いてくるネルサ。そうだ、今更だけど。

 

 

「本当に良いの、仕事の合間だけで? そんなにアイドル活動は出来ないと思うけれど……」

 

 

「もっちろん★ 楽しくアイドルやらなきゃ面白くないしね~★ それにほら、神出鬼没な感じがミミックぽいっしょ♪」

 

 

言われてみれば。ふふっ、ネルサにはやっぱり言いくるめられてしまう! と、彼女は両手を私に向け――。

 

 

「あっすん、もっかい聞いて良~い? アイドル、ど~お?」

 

 

「えぇ、最ッッッ高に楽しい!!」

 

 

それに答えつつ、ハイタッチでも応えて! うふふっ、もう何回唸ったかわからないほどにさすねるで――。

 

 

「一周回って最後にもっかいしゃちょ~と! うえ~いっ★」

 

「いえ~いっ☆ ――ところでネルサちゃん、打ち上げまでまだ時間あるでしょう? 行くなら今の内じゃない?」

 

「っ…★ たは~★ さすしゃちょ~、お見通しか~♪ てか良いん?」

 

「その方があなたらしいわ、ネルサエグゼクティブプロデューサー☆」

 

 

へ? ネルサとハイタッチしつつ、社長が何かを促して? そして当のネルサはにひひ★と笑い――。

 

 

「そんじゃ★ちょっと行ってくんね♪」

 

 

急に部屋を飛び出していった。一体何を?

 

 

「ハッ! もしかして!?」

「ふふ、ネルっさんらしいということは…♪」

「恐らくいつもの、ですね」

 

 

察したらしいwaRosとプロデューサーさん。ネルサらしい……あっ!

 

 

「こっそり見に行っちゃいましょうか☆」

 

 

箱へと手招きする社長! それは……見に行きたいに決まってる! その場の誰も反対することなく、社長の箱へと入り、ネルサを追いかけ――!

 

 

 

 

 

 

「いたいた…☆」

 

 

ダンジョンから少し出た、野外の一角。そこにいたのは、一人の女の子。コンサートに来てくれていた子だろうか、丁度帰ろうとしているようである。

 

 

けれど、その顔は何処か口惜しそう。そしてそれを打ち消そうと、綺麗な鼻歌を…あれ披露したての私達の曲…!を小さく奏でつつトボトボ歩いているのが窺える。

 

 

「欲しい物買えなかったみたいね」

 

 

物陰に隠れつつ様子を窺う私達へ、社長はそう説明を。と、そんな折である。女の子の元へ悪魔羽をパサリ★と鳴らし現れたるは――!

 

 

「にひっ★ まだいてくれて良かった~★」

 

「ふぇっ!?!? ね、ね、ネルサさま!?!? どうして……!?」

 

 

そう、ネルサエグゼクティブプロデューサー! 小動物の如く慄く女の子へ、彼女はゆったりと近づいていって。

 

 

「さっきのライブに来てくれてた子っしょ? 他のライブにもよく顔見せてくれてるし、握手もしたことあるよね★」

 

「ふぇぇっ…!? へ、は、はいぃ…! すみませんすみませんん…!」

 

「いっつもあんがとね~★ そんでさ、ちょっちい~い?」

 

 

屈託のない、にひひ笑みでそう切り出すネルサ。けれど女の子は身を竦めて――。

 

 

「ひぅっ…! わ、わたし…ノリ悪くて迷惑かけちゃってましたか…!? ご、ごめんなさ――」

 

 

「ね★ アイドルに興味ない?」

 

 

「いっ……へ? ふぇえええっっッ!?!?!?!?」

 

 

 

 

「あの時のアストばりに驚いてるわねぇ」

 

「ふふ、リアもあんな感じでしたわ」

 

「はぁっ!? なんでここでバラ……むぐっ…!」

 

 

サラに口を押さえられ納得いかないという顔をするリア。ふふっ、その辺りも今日の打ち上げで色々聞きたいところ!

 

 

――けれど、まずは。ふふふふっ! 新しいアイドルの誕生に祝福を!

 

 

貴女のデビューは、私達が…我が社のミミックが見守りますとも!!

 

 

 



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人間側 とある陰キャっ娘と偶像①

 

その、ここは……『コンサートダンジョン』…なんですが…! その名前の通り、色んな方々が…アイドルの皆さんが、コンサートを…ライブをやる、あの有名な…!

 

 

そ、それでその中の一つ…とある会場に私はいるんですけど……ライブ前だから、お客さんはいっぱいで……。特に一番前のファンの方々の楽しそうな会話が良く聞こえて来てて……えと…。

 

 

「――今回も最前列取れてよかったなぁ! しかもあの『waRos(ウォーソ)』の!」

 

「いつもの如くエグい倍率でしたしねぇ。ほんと、良く勝ち抜けましたよ」

 

「なのにこの面子で揃えたなんて、奇跡というしかありませんな!」

 

「いーや、あたしらの日頃の行いよ! 品行方正なファンしてるからってね!」

 

 

あんな感じで…。あの方々、色んなアイドルを推してて…よく姿を拝見してて…! いつもテンション高くライブを盛り上げてくれるから応援隊長'sとか呼ばれてもいて…!

 

 

「――ね、そういえばさ。waRosのライブ前にあれだけど、噂の『M&A』知ってる?」

 

「勿論ですとも。デュフフ、あのお二人とwaRosは仲良し。問題ございませんぞ」

 

「…ん? もしかしてここ、どっかに買収されるのか?」

 

「違いますよ! って…ご存知、無いのですか!? 彼女達のことを!」

 

 

あ……! その話は…私も……したい……! け、けど私…話しかけられる位置にいないし…そもそもあの方達と話したことは…ほぼ……。

 

 

「あぁ『ミミン&アスト』か! あれほどチケット取れなくて悔やまれるデビューライブはないな!」

 

「あたしも。アーカイブ見たら度肝抜かれちゃったわ! あれヤバすぎない!?」

 

「うむ。小生、目が肥えている自信はありましたが…あのコンビは完成されておりましたぞ!」

 

「セクシーなアストちゃん、キュートなミミンちゃん、でも中身は逆なのがまたギャップ萌えでした…!」

 

 

そ、そう……! そうなんです…っ!! あのお二人の掛け合いはとても見事で、歌もダンスもパフォーマンスも何もかも素敵で、でもそれだけじゃなくて……っ!

 

 

「そして、初のミミックアイドルですよ! 色んな種族のアイドルがいますけど、初の!」

 

「ミミックって臆病が多いって聞くのにね。あんな快活な子もいるなんてビックリよ」

 

「そもそも存在自体がミステリアスな魔物だよな。そうだ、この間の『週刊モンスター』でも!」

 

「えぇ、『M&A』の特集が! あの雑誌、最近アイドル情報誌になりかけておりますからな」

 

 

うん…! あれ、私も買いました……! けど、その内容は……!

 

 

「いやぁあの特集笑いましたぞ。『M&A』を取り上げたは良いものの、取材は失敗続きのようで!」

 

「な! 少し目を離したら忽然といなくなってたらしく、記事のほとんどが憶測ばっかでさ!」

 

「それで穴埋め的にミミックの紹介をしてましたけど、それも謎まみれだからもうぐだぐだで!」

 

「あははっ! ネルサ様曰く、ミステリアスなアイドルで売っていくみたいね。ミミックらしいというかなんというか!」

 

 

ふふ…! そうみたいなんです…! なにせM&A、次のライブすら未定なんです……! けれど、きっとそれでも人気は高いままだと思います…! だって、あの初ライブで心を掴まれた人は大勢いますから! 私もそうだから…!

 

 

「なんでもアストちゃんはどこかのお姫様で、ミミンちゃんはその上司だって怪しいゴシップを聞いたが?」

 

「少なくともアストちゃんの方は、ネルサ様の幼馴染のようですよ。あのライブで仰ってました」

 

「そうそう、あのライブで変な光景があったってのも噂なんだけど、見た? 関係者席が…」

 

「ミミック、もとい宝箱まみれになっていた件ですな! あれこそまさに『ボックス席』で、デュフォッw」

 

 

楽しそうにお喋りする応援隊長の方々…。ぁぅ……私も交じりたい……。アイドルのお喋りしたい…! けどやっぱり私に話しかけられる勇気はずっとなくて……。いつもこうして、離れた位置から聞き耳を立てるだけで……。

 

 

それに、今私がいるところはいつもみたいな観客席の端っことかじゃなくて……。だからいつもみたいにライブ前後でこっそり窺う形じゃなくて…。だからあの方々のお喋りが良く聞こえるのですけど……。

 

 

あ、ううんっ! 違うんです! 私如きが最前列なんて、アリーナ席なんて! そういう席は応援隊長'sみたいな熱い方々の、アイドルから輝きを直に受け取るべき方々のためのところで、私風情は後ろの方でも…………でも、たまには…私ももっと、あの輝きを目の前で……。私もあんな風に輝きたくて……。

 

 

なのに……そんな私なのに、こんな場所に居て良いんでしょうか…!? こんな、身の程知らずなところに! だって、だってここ!

 

 

ステージの舞台袖なんですよ!!? 一流のスタッフの皆さんがアイドルのために動いている、あの!

 

 

 

ううん、違うんです! 私、スタッフじゃないんです! そんな大役……私なんかに務まらないですし……。

 

 

じゃ、じゃあなんでこんなとこにいるのか……は……。そ、その……私、お、おこがましいんですけれど……自分でも信じられていないんですけれど……そんな、全然、アイドルじゃ……。

 

 

アイドルじゃ…………アイドルに……アイドル……。私が……アイドル……。は、あはは……そんな訳な――。

 

 

「わっ!」

 

「ひゃいっ!?」

 

「もう、リアったら。ベルちゃんビックリしちゃってるじゃない」

 

「だってまた悲しそ―な顔してんだもん! いつものでしょ、ベル?」

 

「り、リア様!? サラ様!?」

 

 

急に私の背中に声をかけて脅かしてくださったのは…今日のライブ主役の、waRosのお二方!? と、リア様は溜息交じりに肩をお竦めになって……!

 

 

「ちょっと、もうアタシ達に様付けしなくていいのよ。アンタもアタシ達と同じ『アイドル』なんだし!」

 

「まあまあリア。まだベルちゃんは成りたてな身。憧れの私達(アイドル)と肩を並べられるとあってはね」

 

 

一方のサラ様はそう取りなしてくださって…! そして、魅惑のウインクを…――。

 

 

「それとも…憧れなのは『M&A』かしら? ふふっ♪」

 

 

「ふゅゃっ!? そ、それはどっちもでっ!! 『M&A』も『waRos』も推しで!! あ、あ、も、勿論他のアイドルの方々も国宝級の――ッ!」

 

 

「こら、サラ! 虐めてんのアンタのほうじゃないのよ!」

 

「ふふふっ♪ ごめんなさ~い♪」

 

 

今度はリア様が割って入ってくださいました……! はぁぁぁ……心臓、止まるかと思いましたぁ……。でも、お二人の掛け合いを間近で身近で観れて嬉しいというか…畏れ多いというか……。

 

 

……私が……そんなwaRosと同じアイドルだなんて……。リア様からそんなこと言われるなんて……サラ様に直接弄って貰えるなんて……。自分でも信じられなくて……。やっぱ、夢でも見てるんだ……あはは……。

 

 

「ほら! しゃんとしなさいっての、ベル!」

 

「ふぇっ!?」

 

 

リアしゃまが…私の頬をムニムニしてきてぇ…!? しょ、しょんな、何で…!?

 

 

「アタシ達の後輩アイドルとして、ネルっさん期待の新星として、ここでよく見ときなさい! M&Aに負けないライブ、魅せたげる!」

 

「うふふっ♪ ついてきなさいよ?」

 

「って、だーかーら! それアタシの台詞でしょーがッ!!」

 

 

サラ様も私の鼻をピンと押して、お二人らしい掛け合いをしながらライブスタンバイへと……! は、はい…っ! こ、後輩アイドル……瞬きしないよう、頑張ります…っ!!!

 

 

 

 

 

はい……そうなんです……。私、アイドルになっちゃったみたいで……。少し前まで、アイドルの追っかけをこっそりやっていた身なのに……。

 

 

いえそんな! ファンだなんてそんな立派なものじゃないんです!! ただ、アイドルやこのダンジョンのことを知って、そのキラキラな姿に、世界に、憧れるようになって……よく通ってただけで……。私も、あんな風になりたいと思って……なれるものならですけど……。

 

 

なったじゃないかって…? いやいやいや! なってません! 私はなれてません! 確かに、あの日…M&Aのデビューライブの帰り、あのお二人の姿に魅了され、聞いたばかりの歌を鼻歌にしてしまっていたら、何故かネルサ様……ネルサエグゼクティブプロデューサーが私をスカウトしてきましたけど!

 

 

それで、悪い冗談でも良いと思って、頷いて……。だって、あのネルサ様にスカウトされたんですよ!? 超超超超カリスマなあの方に、私が…いつも臆病で引っ込み思案でへたれで何も出来なくて陰な存在の私が!!

 

 

そんなの絶対夢! きっとライブの余韻で妄想してるんだとか思って! M&Aもネルサ様プロデュースだったし! いやでもあのお二人は元からネルサ様のお友達だったみたいだし、凄い人は凄い人と繋がっていると思った次第で……!

 

 

えっとだから、間違いなく私をスカウトなんてありえないことだし、現実じゃないし、幻惑魔法にかかってても良いやって受けたら…………現実で、奇跡で……。あれよあれよの間に……――!

 

 

っあ、ご、ごめんなさい! 私も今の状況がよく理解しきれてなくて……! 変な説明を……! え、えっとですから、その、私もアイドル、の、一員というか……そうじゃないというか……。

 

 

つまりその、まだ見習い…レッスンを積んでいる身なんです。ですのでデビューはまだまだ先で、売り出し方もソロかユニットかも決まってないので……だからアイドルとは言えなくて。

 

 

そんな私がスタッフ証を首に、コンサートダンジョン内を歩かせて頂けて…! それどころか、こうして舞台袖にすら入れて貰えてるなんて……! お金も払ってないのに……! おこがましくて、なんだか悪いことをしてる気分で……!

 

 

だからせめてスタッフさんのお力にならなきゃとお手伝いをしてみたんですけど、私どんくさいから、上手くできなくて……。スタッフさんは皆さん笑って許してくださいましたし、それどころか椅子とかまで用意して私専用のSS席を作ってくれたりも……は…あはは……。

 

 

皆さんあんなに凄いのに……私は役立たずで……。迷惑しかかけてなくて……情けなくて…。こういう自分が嫌で、アイドルを好きになったのに…。こういう自分を変えられるかもと思って、奇跡に手を伸ばしたのに……。

 

 

なのに結果は、いつもと変わらなくて……。あんなキラキラなアイドルには慣れっこなくて……。ぅう…やっぱり私は、こうして端にいるのがお似合いなんです……。まるでそれこそ、臆病なミミックのように……。

 

 

ううん、その例えはミミックの皆さんに失礼ですよね…。それに、ここで…このダンジョンでミミックさんのことを臆病と言うのはもっと失礼です。だって、ここにいるミミックさん達は――。

 

 

「おや、未来のアイドルちゃん? waRos登場まで秒読みなのに、ボクの方を見ていて良いのかい?」

 

「っへ、ひゃわっ!?」

 

 

び、び、び、ビックリしたんですけど!? 沈み込んでいたら、視線の先に…椅子の下に、ひょっこり寝転がってウインクしてきた方がいつの間にかいて! 彼女はクスクスと微笑むと、入っている宝箱と共にしゅるっと出て来て…!

 

 

「ほらベル、前を向いて。今日も一緒に観劇しよう!」

 

 

灯りの落ちていくステージへ目を誘いながら、私の横に落ち着くこの方は、はい、ミミックなんです…! 『リダ』さんと仰る方で。

 

 

その、色々とライブを覗かせて貰っている際に幾度も顔を合わせたことがありまして。なんでも、ミミック警備員さん達の主任役を務めている方のお一人らしく……。

 

 

あっ、あっ、そうですよね、その説明をまだしてませんでしたよね…! えっと…でもどう話せばいいか……あ、そうだ…!

 

 

さっき応援隊長さんのお一人が仰っていた、『まさにボックス席』のお話……あの沢山のミミックさん達って、ここのスタッフをしてくれている方々だったみたいなんです。裏話的なあれですけど……。

 

 

あぅ…すみませんすみませんっ…! 何も説明できてませんよね…! そ、その……このコンサートダンジョンでは、こちらのリダさんのような凄腕のミミックさん達が色んなスタッフを務めているんです。

 

 

私もミミックって隠れているイメージとかあって、…ちょっと親近感もあったんで、ここに来てから驚かされっぱなしで。さっきみたいにびっくりさせられることもあるんですけど……。

 

 

えとそれで、どんな風にスタッフしているかなんですけど――。

 

 

「さあ、開演だよ…!」

 

 

え、レダさ、あっ…あっ! パッとついた鮮やかな灯りに照らされ、waRosのお二人が! スモークとミュージックと共にステージ下からせり上がって!! 歓声の中、キラキラに輝いて!!! 

 

 

始まる、始まりますっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「剣を♪心を♪ 勇気を掲げろッ♪ Swordy Hearty,Bravely♪♪」」

 

 

はぁぁぁ……! やっぱり、素敵です…! 格好良くて、可愛くて、美しくて…激しくて、掻き乱されて、昂って!! waRos、最高ですッ! 私も、いつかあんな風に……!

 

 

なんて、無理ですよね…あはは……。はぁ……。私自身、このままじゃダメだとはわかってるんです……。アイドルやりたいんですから…あのネルサ様にスカウトして頂いたんですから。

 

 

でも…私だけだとどうしても悶々としちゃうので……こうしてライブを覗かせて貰っているんです。一流アイドルの方々の精神を、臆病なはずのミミックさん達の仕事ぶりを見て、勇気を貰うために。

 

 

へ?は、はい。ミミックの皆さんは会場のあちらこちらで動いているみたいです。見えはしませんけど……。でも、リダさんならあちらに。

 

 

「うん、アリーナ前から5列目、左端から8人目。それと、スタンドCの33。急病者対処、宜しく頼むよ。残りはモッシュ警戒、そろそろ派手に起きそうだ」

 

 

私の邪魔をしないよう少し距離を取ってくださりつつ、伝達魔導器(インカム)で指示を飛ばしながらステージを、会場を見つめてます。その目は仕事人のそれで、ついライブの合間に見てしまうぐらいクールで端正で…!

 

 

「――ん~? フフッ☆」

「ひゃ…っ!」

 

 

こ、こっちに気づいて、パチンとウインクを…っ! お、お仕事の邪魔しちゃいけないですよね!! あ、あ、でも、警備員ミミックさんのお仕事振りはご紹介しませんと! 丁度ライブも一息ついていますから…え、えっと…!

 

 

その、さっき言った通り、私なんかじゃミミックさん達の動きは見えないんですけど……わかりやすいのがありまして。例えば、ライブ中各所に立っている警備員さんとか。

 

 

私、以前から結構ここに通っているんですが、この規模のライブ…それもwaRosのライブなんて、お客さん数万人規模とかもザラで。だから、警備員さんの数も相応に多いんです。

 

 

けれど、ある時を境にその警備員さんがちょっと変わったんです。いえ、人数は多分ほぼ変わっていないんですが、なんと言いますか…ゆとりが出来た感じで。

 

 

特に、ステージ最前担当の警備員さん。よく邪魔だと言われてしまっているその方々の警備間隔に、以前までと比べて明らかな余裕があって。おかげで非難の的になっちゃうことが減っているみたいで。

 

 

い、いえ、警備が甘くなったとかじゃないんです…! 私も最初そう思っていたんですけれど、そうじゃなくて……。あの、ここからじゃなくてアリーナ最前列とかからだとわかりやすいんですが…。

 

 

広く配備されている警備員さん達の間、点々と等間隔で配置されている、スピーカーのような、備品のような、舞台装置の一部のような…会場と闇に溶け込んで、誰も気にしないような謎の『箱』があると思います。実はそれが、はい、御想像の通りで…!

 

 

そうなんです。あれは、ミミック警備員の皆さんなんです! 視界の邪魔になりそうな場所の警備は、箱に入っているから他の方々より背の低い、そして物に隠れられるミミックさんが担当するようになっているんです!

 

 

普通の警備員さんは立ち姿で危険行為を抑制して、それで効かなかったらミミックが鎮圧を担当するという二段構えらしくて。しかもミミックさん、鉄柵やチェーンポールとかの中にも潜んでいるみたいですから、今まで以上に頑丈な包囲になっていて…!

 

 

ですから時折アイドルの皆さんが客降りする時も、セクハラとかを完璧に抑えられているらしいんです!! お客さん達にはライブ没入の邪魔になっちゃう警備員さんが減ったように見えて、アイドル達はもっと守られて。凄いと思います!!!

 

 

そしてリダさんのような司令塔の方は、そんな警備員さん達へ指示を出しているんです。はい、この位置からでも。私も気になって聞いてみたことがあるんですが、その答えを聞いて驚いちゃいました。えっと確か――。

 

 

「『ボクはミミックだからね。ダンジョン内、それもこの会場ひとつぐらいなら手に取るようにわかるのさ!』かな?」

 

「ひゃわっ!? リダさ…な、なんで…!?」

 

「ボク達のことを気にかけてくれてるんだ、わかるとも☆」

 

 

いつの間にか離れていたレダさんが私の傍に…まるで心を読むみたいに…! ま、またびっくりさせられちゃいました……! えと、そうなんです。ミミックさんってダンジョン内のことを感覚で理解できるらしくて。

 

 

それでも数万人規模の会場だと大変だから、凄腕なリダさんがこうして裏で観測や指揮を担当しているらしいんです。このダンジョンは他のとこよりも楽だとも仰っていましたが、リダさんが凄いのはそれだけでなく――。

 

 

「ん? ――こちらリダ。うん、わかった。すぐ向かうよ」

 

 

あ。リダさんが何か連絡を受けたみたいです。もしかして。

 

 

「御想像の通りさ。うーんと、目を頑張って凝らせばここからもギリギリ見えるかな? あの奥の席のお客さんだね」

 

 

肩を竦めつつ、リダさんは僅かに見える観客席を指し示します。私も頑張って見てみると……あ、それらしい人影が見えるような……。何か揉めているような……。

 

 

「それじゃ、行ってくるよ!」

 

 

わ…! リダさんがまるで消えたかの如くいなくなりました…! でも行き先はわかります、その揉めているお客さんのところ。もう一度目を凝らして見てみます。

 

 

多分あの人は、迷惑をかける騒ぎ方をしていたのでしょう。それで警備員さんが対処しようとして、でも厄介な方だから手をこまねいてしまっていて。このまま放っておくと、どんどん被害が広がって――あっ!

 

 

その厄介な方が、突如としていなくなりました! まるで…真下に引きずり込まれるように! 勿論、穴とかが空いている訳じゃないです。あれは……わっ!

 

 

その方が急にその場へ戻ってきました! まるで何かからペッと弾き出されたように!! でも、その様子は先程までとは全く違います。警備員の方に謝るようにし、自分の席へ。そして暴れることなくライブに交じって……!

 

 

「フフッ、見ててくれたんだね。ごめんよ、折角のライブを邪魔してしまって」

 

 

その様子を眺めていたら、リダさんも戻ってきました。いえそんな、それよりも…! 

 

 

「毎回大変ですよね…お疲れ様です…!」

 

「なに、ああいう人にルールを叩き込むのはちょっとテクニックがいるからね。ボクはいつでも駆け付けるさ!」

 

 

軽く胸を叩き、キラリと微笑みを煌めかせるリダさん。格好いい…! …あ、えっと、はい、そういうことなんです。

 

 

先程の厄介な方を真下…もとい箱に引きずりこんだのは、リダさん。ですから弾き出して元の場所に戻したのも、勿論リダさん。そしてその間に厄介な方を落ち着かせたのも、リダさんなんです!

 

 

私の横からあっという間にあの場へ移動し、箱に仕舞って何かをし、あっという間に反省させてここに戻ってこられたんです。何度見ても凄いです…! でも……。

 

 

「箱の中でどんなことを…?」

 

「おっと、それはヒ・ミ・ツ♪ 社長にみっちり仕込まれたお仕置き技、とは言っとこうかな☆」

 

 

手を触手に変え、しーっと口元に当ててウインクを…! その御顔はどこかゾクッとさせられる魅力があって、ちょっと怖いけど気になってしまって、ミステリアスでとってもアイドルみたいで――!

 

 

「ちょっとぉ! 見ときなさいって言ったでしょ!」

 

「あら、リアからリダへ推し変かしら? うふふっ♪」

 

 

「ひゃぁっ!? り、リア様!? さ、サラ様!!」

 

 

 

ちょ、ちょうどお二人が衣装替えに!! そ、そんなことは! さっきまで食い入るようにライブ見ていましたし、リダさんの活躍中もwaRosの活躍はしっかりと、はい!!! 

 

 

「フフッ! 申し訳ない、リア、サラ。ちょっと君達のファンを借りていたよ☆」

 

「えぇリダ♪ もうリアったら、私達だけのファンなベルちゃんじゃないのよ?」

 

「なんでアタシが責められる流れになってんのよ!? アンタたちねぇ!」

 

 

リダさんは指示を出しながら、サラ様とリア様はスタッフさん達に衣装替えや化粧直しを託しながらそんなやり取りを…! わ、私のせいで…ひゃうっ!? リア様、私のおでこをぴんと小突きに来てくださって…!

 

 

「まあいいわ! 良い、ベル? 今度こそ――……」

 

「♪」

 

「なんで今回に限って言わないのよサラ!?」

 

「うふふふふふふっっ♪」

 

「もう! リダ、ベルを引き続き頼んだわよ!」

 

「お任せあれ、リア!」

 

 

そう残すと、衣装チェンジを終えたwaRosは再度ステージへと…! 僅かな幕間の時間を私なんかに費やしてくださるなんて…! とても心苦しいんですけど、とっても嬉しくて……ふえ? あれ??

 

 

「り、リダさん…。リア様の衣装の、スカートの装飾の一つ…外れかかってませんか…?」

 

「おや? ――うん、本当だ」

 

 

見間違いじゃなかったです…! 解れていたのか、少し垂れてしまっています…! あれだとダンスで取れてしまいそうで…! で、でももうリア様はステージの上、それどころか前奏もかかり出してしまいました!

 

 

はっ…! もしかして私に構ってくださったから、そのせいで確認が疎かになってしまって…!? わ、私のせいで……! ど、どうしよう…ごめんなさ――

 

 

「ハハッ! ミミックより先に気づくなんて凄いじゃないか! どうか安心して、後はボク達に任せてくれ!」

 

 

へっ…リダさん? わっ、消えっ…わわっ! すぐ戻ってきました…! あ。リダさんの箱から、リダさん以外に小っちゃい子達が顔を覗かせています。確か、『群体型』のミミックの子達です。

 

 

そんなリダさん達は私へ行ってくるよと手で合図し、少し離れたところで出番待機しているダンサーの方々の元へ…へっ!? その内のお一人の衣装の隙間に、するんと入ってしまいました!?

 

 

そして私が問う暇も止める暇もなく、ダンサーの方ごとステージへ!? そのままダンサーの方もwaRosも、音楽と照明の弾けるリズムに身を任せ、一糸乱れぬダンスを!? えっ、えっ、えっ……え?

 

 

……今一瞬、ほんの一瞬、リダさんの入ったダンサーの方からリア様の方へ、何かが……あっ、また? 見間違いだと思いますけど……。気になってずっと見つめてましたから、多分光のちらつきとかだと…ふえっ!?

 

 

な、直ってます!? リア様の取れかけていたスカート装飾が、きっちりくっついています!? ――もしかして!? そういえばあの一瞬があったのは、丁度ダンサーさんがリア様の後ろに…観客席から見て影になった時でした! 

 

 

ずっと見ていた私ですら気のせいと思う『何か』…! でも観客席から隠れたタイミングでの動き…! まさか、リダさん達……その一瞬で……!

 

 

「――ふうっ。そのまさかさ☆」

 

 

ひゃわあっ!? り、リダさんがいつの間にか戻って来てます!? あっ、あのダンサーさんが舞台袖に近寄ったタイミングで…!? え、えっと…!

 

 

「フフ、流石に数万の注目が集まる中、堂々と忍び込むのは社長レベルじゃないと難くてね。皆の力を借りたんだ」

 

 

群体型ミミックさん達を、そして何も気づいていないダンサーの方を示しながらウインクしてみせるリダさん…! 確かに、他のダンサーやバンドの方々はおろか、リア様サラ様、観客の方々、スタッフの皆さんすら誰一人として気づいている様子はありません…!!

 

 

ということは、やっぱり間違いなかったみたいです…! あの一瞬でリダさんの元から群体型ミミックさんが動き、リア様の衣装を直して戻って来たんです! 誰にも悟られず!

 

 

そういえば…! ミミックさん達がいらしてから、ライブ中の大道具や舞台装置等の故障を減ったとスタッフさんが話されていたのを聞いたことが…! それってつまり、こういうこと……!!

 

 

「おっと、またリアに怒られてしまうね。さあベル、ライブを楽しもう!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はひゅぅうぅう……! 今回も最高でしたぁ…! waRosの魅力が詰まっていて、勇気を貰えて……! ……~~♪」

 

「フフッ! つい乗りたくなってしまう素敵なハミングだね! ボクも混ざって良いかい?」

 

「ふぇっ…!? は、はい…! ―あ、綺麗…ふふ…! ~~~♪」

 

 

ライブは終わってしまいましたが、その余韻をリダさんと共に…! ライブ終わりはいつも一人で鼻歌交じりに帰っていた私が、お友達…というには畏れ多いですけど、リダさんとこんなことが出来るなんて…!

 

 

出来ることなら、このままリダさんのお気遣いに甘えさせて頂きたいです…! でも、そうはいきません。私にもレッスンがありますが、リダさんのお仕事はまだ終わってないんです。

 

 

実は今日waRosは、ライブの後に限定握手会があるんです。ですのでリダさんは引き続きお二人の警護を担当されるみたいで。今はライブ会場から握手会会場へと向かっている最中なのですが……。

 

 

「あ、あの…今回も本当にこのままで良いんですか…? 私なんかが抱っこするより、リダさんならあっという間に着くんじゃ…?」

 

 

何故かリダさん、今回も私に『ボクを運んでくれないかな?』とお願いをしてきたんです。はい、時たまにご一緒した際にそう頼まれるんです。ですからリダさんと私は今、まるでM&Aのミミン様とアスト様のようになっていまして。

 

 

……私、アスト様のようなプロポーションなんて無いちんちくりんですけど……。リダさんのほうが私より何倍もアスト様に近くて……あれ? リダさん、ちょっとくすぐったそうに?

 

 

「あははっ、うん、まぁね。 だけどさ、その、ね…? なんというかボク、時折社長達が羨ましく思う時があってさ」

 

 

いつものレダさんとは違う、なんだか少し小さめのはにかむような声でそう仰った後、口を噤んでしまわれました…? よ、よくわからないですけど…。

 

 

「で、でも私なんかじゃなくて他のスタッフさんの方が早いと……」

 

「いいや!? キミだから、ベルだからこそ良いんだよ!」

 

「ふえっ!?」

 

「ボクは、キミの宝物を守るような優しい抱え方に惚れちゃっているんだから! ――いや、ファンになっちゃったと言った方が良いかな? フフッ☆」

 

 

ちょっとはにかんだまま、いつものリダさんの調子に。私の、ファン……!

 

 

「あっ、もしかして迷惑だったかな? そしたらごめんよ、すぐ降りるから」

 

「い、いえ!? 寧ろ喜んで! リダさんの…ファンの……お役に……な、なんでもないです!」

 

「ハハッ! 可愛いね、ベル♪ やっぱりキミは良いアイドルになれるよ!」

 

「そ、そんな…! 私なんか……!」

 

 

リダさんのペースに引っ張って頂きつつ、また鼻歌やライブのお話を。けど、そう長くはできないのが残念です。すぐに握手会の会場に着いてしまいました。

 

 

そこでは既にwaRosのお二人が、握手会前のちょっとしたファンサービスの撮影タイムを。あ、応援隊長の方々も勢揃いなされてます。どうやらご自身分の撮影は済んだらしく、人山から少し離れてお話されています。

 

 

「いやぁ、やっぱりwaRosのライブは寿命が延びるな! 健康に良い!」

 

「間違いありませんな! 何度も申しますが、小生お気に入りの企画がまた!」

 

「最近始まったあれね! 宝箱からリクエスト曲を完全ランダムで選ぶ、『waRosお宝探し』!」

 

「なんでもミミックから着想を得たらしいですよ。だから出現もランダムみたいで」

 

 

もうかなり話し込んいるご様子です。ふふっ、私もあの企画大好きです。waRos御本人には知らされず、ライブの何処かで宝箱が出現するんです。ステージ上に落ちてきたり、ダンス中に手渡されたり、気づいたらドラムに叩かれていたり、観客席にいつの間にかちょこんと居たり!

 

 

はい、その出現に一役買っているのはミミックさんみたいです。でも、箱の中にある他のアイドルの方々の曲も含めたリクエストを引くのは、完全にwaRosのお二人の運で! 中には大変な曲もあって、リア様なんてあからさまに面倒そうな顔をされることも…ふふっ!

 

 

でもお二人とも、どんな曲でも堂々と美しく歌い上げてくださるんです! まさに元冒険者のwaRosにピッタリのシチュエーションで、お二人の実力が遺憾なく発揮される素晴らしい企画で――……!

 

 

「そうそう、それで思い出した。ミミックのスタッフさ、いつの間にか至る所にいるわよねぇ」

 

「ですね。チケットのもぎりとか、小っちゃい箱にチケット差し込むとパクって切ってくれて」

 

「手荷物検査もらしいですぞ。検査中こっそり入って仕込み違反物までしっかり摘発してると」

 

「物販もだな。スタッフが箱からグッズを幾らでも取り出して、箱だけで裏に戻ってくの見た」

 

 

あ、そう! そうなんです! ミミックさんってライブ中以外でも本当色んなところでスタッフさんをやってくださってるみたいで! 私もスカウトされる前それを見てびっくりして、そしたらスカウトされてもっとビックリして――……!

 

 

「よく言えばキリ無いですけど、またwaRosとM&Aみたいなコラボライブも見たいですね」

 

「アリだな! 俺らは箱推しだから皆愛せ――」

 

「あら、つまりミミンちゃん推しってこと???」

 

「デュフォッw フォカヌポォッw ちょwそれは不意打ちすぎるギャグwww」

 

 

ふふふっ…! あっ…! わ、笑っちゃった……よかった、気づかれてないです…! 変に訝しまれない内に去らないと……――。

 

 

「そういえばベルは誰推しなんだい?」

 

「はぇっ!? わ、私も箱推しで――」

 

「おや! じゃあボクのことを推してくれているとか? なんて――」

 

「は、はい…っ! 私、リダさんのことも推せます、推してます…! いつも格好良くて、アイドルの皆さんと同じぐらい素敵ですから…!」

 

「――っ! は……はは……。っぅうん…そう来たかぁ……」

 

 

へ…? リダさん、耳が赤く…? よく見る前に箱に隠れてしまわれました…。わ、私失礼なこと言ってしまいました…!? え、えと…! せ、せめてお仕事は果たしませんと……!

 

 

リダさんを抱っこしたままちょっと早足で、スタッフ用のルートで仕切りの奥へ。握手会会場のメインとなるwaRosのお二人が入る席に。そして。

 

 

「ここで良いんですよね…?」

 

「うん、バッチリだとも!」

 

 

席の床へ目立たないようにリダさんを降ろします。よかった、リダさんいつもの調子です。はい、これで、これだけで私のお手伝いは終わりなんです。後は――。

 

 

「へぇ、またお手伝い? 折角だし握手したげよっか~っ?」

 

「うふふっ。一番最初の栄光はベルちゃんに、なんて♪」

 

 

「ひゃっ…!? リア様、サラ様…!!」

 

 

ファンサービスを終えたらしく、お二人がいらしていました! い、いえそんな!

 

 

「ファンの方々に悪いですから…!! 私はリダさんをお連れしただけですし…!!」

 

「リダ? あ、ほんとだ居たわ!」

 

「今回も色々とお願いするわね♪」

 

「勿論さ! 二人はいつも通り堂々とね☆」

 

 

そう返すと、リダさんはパタンと箱形態に。まるで誰も気にしない雑品入れのように落ち着きました。私も離れませんと…!

 

 

「そだ、ベル! 今日の夜、いつもみたいにライブの感想聞かせなさいよ!」

 

「ふえっ!? そ、そんな畏れ多いことを…!」

 

「はぁ、また言ってるし。おんなじ寮に住んでる仲でしょうよ!」

 

「もう、リアったら。あぁベルちゃん、いつものように覗いてて良いわよ♪」

 

 

サラ様に促され、私はその場からスタッフエリアに退散を…! リア様も、リダさんも手を振ってくださって…! えと、じゃあお言葉に甘えさせていただきます…!

 

 

 

その、ファンの方々の迷惑とならないよう距離をとって、パーテーションの隙間からこっそりですが…私、握手会も覗かせて頂いてまして…。人見知りですから、参考にさせて頂くために……!

 

 

あ、早速握手会が始まりました…! スタッフさんに案内され、お一人目が。リア様サラ様と握手し、タイムキーパーさんがお時間を告げるまでの数秒で嬉しそうにお話を。

 

 

そして剥がしのスタッフさんに優しく誘導され、リア様サラ様の笑顔のお見送りを受けつつ、ご満悦での退室をなされてゆきます。これが握手会の流れでして。

 

 

へ? は、はい。タイムキーパーさんも案内や剥がしのスタッフさんもミミックさんではありません。えと、ライブ中とかと同じで。違反行為の抑制のため、ちょっと威圧感のある方が担当されています。

 

 

そしてリダさんの役割も先程までと一緒なんです。隠れていて、スタッフさんでは対応できない緊急の対応を行う、言わば保険役と言いますか…。でも基本、ファンの皆さんは良い方ばかりなので…!

 

 

「はぁいクリーフ! 今日応援隊長揃い踏みじゃない!」

「ふふっ、いつもライブ引っ張ってくれて有難う♪」

「なんの、それが俺達の役目だからな! こちらこそ、いつも魂に響くライブをありがとよ!」

 

「さぁて、今日は何を教えて貰えるのかしら!」

「待ってました、サポタさんの三秒雑学~♪」

「では期待にお応えし、コホンッ! バニーガール種のダンジョンって月にもあるらしいですよ!」

 

「あははっ! waRosはずっとアタシ達だけよ!」

「目をかけている娘がいるのは事実よ、マアニさん♪」

「じゃあ二人が新メンバー育成中ってのはただの噂なのね。やっぱwaRosは二人じゃないとね~!」

 

「やっ、タクオ! ちょっ、また感動で震えてんの?」

「今日の宝探し、どうだったかしら♪」

「デュフフ…! 最高でしたぞ…! えぇ、えぇ、今日の宝探しで選ばれたリクエスト曲、実は小生も一票入れておりまして、少々難易度の高い曲だとは重々存じておりましたが、それをも鮮やかに歌い上げるお二人は――あ、もうでござるかぁ…! 時間足りないでござるよぉ……!」

 

 

あんな風に。特に応援隊長'sのような認知されている方々は、やっぱり品行方正に、アイドルに迷惑をかけず、スタッフさんの指示を守って握手会を堪能されてゆきます。……全員が全員あのような方々だったら良いんですけど…。

 

 

その、私もファンだったから知っていますし、わかっちゃうんです。やっぱり、厄介な方は必ずいるって。例えば、あの方とか多分……。

 

 

「ね、ねね…! 俺が何処に居たかわかるぅ……?」

 

 

はい……。あんな感じです……。よくあるタイプの厄介な質問です…。小さなライブハウスとかならともかく、数万人動員するライブでそんなこと聞かれましても……。

 

 

waRosのお二人は表情こそ変えませんが、内心辟易していると思います…。ですけど、黙りこくる訳にはいきません。で、でも大丈夫です…! こういう時こそ、リダさんが活躍なされるんです…!

 

 

見えましたでしょうか、あのファンの方が質問したと同時に、床で静かだった箱が少し開き、触手がwaRosの足へささっと触れたのを。そして、それを受けたリア様は…。

 

 

「わっかんないわよ。けどそうねぇ…スタンドの西エリアで見た気がするわ!」

 

「ぉお…! そ、そうだよ…! み、見ててくれたんだね…フヒヒ…!」

 

 

いつものリア様節を交えて、サラッと答えました…! これにはファンの方も満足そうで。因みに、サラ様が同じような方を対応しますと――。

 

 

「そうね~…。アリーナの一番後ろ…えぇ、中央エリアだったかしら」

 

「ええ嘘!? 正解です!! サラさま凄すぎて好きぃ!!!!!」

 

「あら。私、見習いだったとはいえ魔法使いだもの。なんてね♪」

 

 

あのような感じで、これまたファンの方を更に虜に…! は、はい…えっと、言っちゃいけない裏事情になるんですが、流石のお二人でもそこまでパッと出るほどの把握はされていないはずです…。時間があればいけるかもしれませんが、数秒程度では……。

 

 

ですけど今お二人の足元には、感覚だけで観客席の様子を完璧に把握できていたリダさんがいるんです。ですのでああやってこっそり足経由のサインでお伝えして、後はお二人がwaRosらしくアレンジして……!

 

 

はい、確かに嘘ではありますが…皆さん喜んでくださる嘘ですし、私は素敵だと思います……! アイドルの嘘はとびきりの愛とも言いますから……! なんて、私が言っちゃ駄目ですよね――。

 

 

「――もうお時間ですので、ご退室を…」

 

「チッ…―そんでさ!」

 

 

へ?ひゃっ…! ちょっと目を離している内に、もっと厄介な方がいらしてます…! タイムキーパーさんの指示を無視して、剥がしのスタッフさんの誘導すら肩で弾いて力ずくで握手を続けてます…!

 

 

で、でもこれも大丈夫です…! いえ、これこそがリダさん達ミミックさんの最も得意とする――…。

 

 

「ちょっと、ルール守りなさいってば」

「じゃないとお仕置きが入っちゃうわよ?」

 

「んだと!? 俺はファンだ――っ!?」

 

 

あっ。リア様サラ様が苦言を言った直後、厄介な方の姿が叫ぶ前に消えました。は、はい。もう説明の必要はないと思いますが…リダさんです。目にも止まらぬ速さで、ガブッと箱の中に。

 

 

そしてそのまま握手会は何事もなかったように進行していきます。あの引きずり込まれた方は隙間時間でペッと吐き出され、げっそり反省した面持ちで退室を。

 

 

如何でしょう、これが、ミミックさん達による会場警護なんです。……もし私がアイドルになれたら、waRosみたいになれたら、リダさん達は私を守ってくださるでしょうか…?

 

 

それなら、きっと私でも…………あはは……そもそも私はきっと、アイドルになんてなれっこないですけど――。

 

 

「ベルさん、お疲れ様です。勉強熱心ですね」

 

「ひゃっ…!? waRosのプロデューサーさん…!」

 

 

優しく呼びかけられ振り向くと、プロデューサーさんが。えっと、確かお名前は……。

 

 

「ですが、そろそろレッスンのお時間なのではと思いまして」

 

「へ…あっ! す、すみません有難うございます行ってきますっ!」

 

 

 

教えてくださらなければ時間を忘れてました…! い、急いでレッスンエリアに向かわなきゃ…っ!

 

 



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人間側 とある陰キャっ娘と偶像②

 

 

えっと……こっちの道を右で、そこからまっすぐいけば……まずはこの会場のエリアから抜けられますから、そしたら次は更に――あ…!

 

 

waRos(ウォーソ)のサイン…っ! M(ミミン)A(アスト)のサインも…!!」

 

 

握手会会場を離れ、小走りでスタッフ通路を進んでいますと、推しのサインを見つけちゃいました…! 可愛くてカッコよくて、素敵なアイドルのサイン…!

 

 

それに、写真も…! ネルサ様と一緒に、リア様サラ様が、ミミン様アスト様が…! 華やかな笑顔で、輝くポーズで写っているのが貼ってあります…! とっても素敵で……!

 

 

いつか私も、ここに並ぶ…並ぶことができる…………並ばなきゃいけない……んです…よね……。私が……私なんかが……この中に……きっと……でも……。

 

 

っっあ、見惚れている場合じゃないです! レッスンの時間が迫っているんでした…! い、急いで向かいませんと遅刻してしまいます! それぐらいしか取り柄ないんですから、私……っ!!

 

 

まだ見ていたいですけど、その気持ちを抑えて更に通路を奥へと進みます! その間にすれ違う沢山のスタッフさん達へ、挨拶をしながら……! こ、声が小っちゃいのは直さなきゃですけど……。

 

 

 

でも、本当にスタッフさんは沢山で。こうやってライブの裏側を見るたびにビックリします。色んな方々がアイドルを支えているんだって。そしてその中に混じって、ミミックのスタッフさんも。

 

 

先程、リダさん達はアイドルの警護役を務めてくださっていました。でもここのような舞台裏ではミミックさん達は他のお仕事もしてくださっているんです。例えば――。

 

 

「横失礼しま~す! 大道具通りま~す!」

 

 

あ…! 丁度今、大道具の方が台車を押しながら横を…! ですけど、大道具といえばその名称の通り大きい物。演劇の舞台で使う樹とか岩とか…それこそライブで見た壁のようなライトとか、演出用の建物とか。

 

 

けれど勿論そんなのが台車に乗る訳ありませんし、ここみたいな人がすれ違える程度の通路を通れるなんてこともないはずです。でも、間違いなくあの方は大道具を運んでいると思います。だってその台車の上、幾つかの宝箱がちょこんと乗っていますから!

 

 

はい、多分そうです。あの宝箱はミミックスタッフさんです…! ほらやっぱり! たまにカパカパ蓋を鳴らして楽しそうに台車に乗ってます! ミミックさんです!

 

 

多分あの後を追っていってみたら、何処かの会場のステージ上で、あの小さな宝箱の中から大道具をニュルンと取り出す不思議な光景を見られると思います。それか逆に、大道具をニュルンと中に引きずり込む光景が……!

 

 

他にも少し探してみるだけで…ふふ、また見つけました! スタッフさんが控室を巡っているようなのですが、さっきの私とリダさんのように、M&Aのように宝箱を抱えています! と、そのスタッフさん、控室前の手近な台に宝箱を一旦置きました。

 

 

すると一人でに宝箱がパカッと開いて、中から袋に入ったお弁当や、ボトルの飲み物を持ったミミック触手さんが! スタッフさんはそれを受け取り、控室の中へと置きに! 

 

 

そしてこちらでもミミックさん! ポスターの張替えをしているスタッフさんの傍です! 床に置かれた…いえ、床に居る宝箱から群体型のミミックさんが出て来て、ポスターを剥がして、箱から出した新しいのに張り替えている子が!

 

 

しかもあの方々、かなり手慣れています…! スタッフさんは、丸めた古いポスターをひょいと放って、宝箱の中に見事なシュート。すると今度は宝箱の中から新しいポスターがポンっと打ち出され、スタッフさんはノールックでそれを受け取って…! 終わり次第ミミックさんがジャンプして抱っこ体勢になって…!

 

 

あ、珍しい子もいました! 首から……蓋から?プレートをかけて、通路をぴょんぴょん跳ねてます! あの子は差し入れお菓子とかを箱に詰め、あんな風に皆さんへ配って回っている子なんです。あれだけ跳ねても中のお菓子とかは崩れないのは凄いと思います…!

 

 

因みにプレートには差し入れをしてくださった方の手書きメッセージが…って、差し入れミミックさんがこちらへ!? えっ、えっ、わっ……! わ、渡されてしまいました…! わ、私ここのスタッフじゃないですから、返しませんと……へ? あ。

 

 

ミミックさんが蓋を…もといプレートを揺らしてくださったおかげで気づけました。これ、waRosのお二人からの差し入れみたいです…! 『いつも支えてくれているスタッフさん達へ』の他に、『レッスンに励むライバル達へ』とも書いてありました…! リア様、サラ様…!

 

 

ん、あれ…? ということはミミックさん、私のことを知っていて…!? ……あはは、そんな訳…きっとスタッフさんと勘違いしただけですよね。わっ、もうミミックさんは別のスタッフの方へ差し入れしてます…!

 

 

「ミミックには大助かりね。ライブ中のピンチすら幾度救って貰ったことか」

 

「ほんと。あんな可愛いのを冒険者が目の敵にしてるとはなぁ」

 

「waRosももしスカウトが遅れてたら、拒否反応示していたかも?」

 

「はははっ、そうならなくて何よりだよ」

 

 

そしてお菓子を貰ったスタッフさんは、休憩テーブルで早速頂きながらそんなことを。ふふっ…! 私もそう思います…! 警備では潜んで、そうじゃない時は他の方々と一緒に。ミミックさんがここに溶け込んでいて、本当に良かったです!

 

 

他にも色んな形でスタッフさんは、そしてミミックスタッフさんはこのダンジョンを…アイドルを支えてくださっているんです! 私もいずれ、仮に、奇跡的に、アイドルになれたとしたら……皆さんに支えられて、そして、支え返して……。

 

 

――あっ、今はそんなことを考えている場合じゃなかったんでした……! まだレッスンエリアは遠いのに……!早く、早く向かいませんと…! アイドルになる前に、皆さんに迷惑を……!

 

 

えっと、ミミックさんを見ていたらさっきの道から外れてしまいましたから……ここからだと、確かこっちで――……。

 

 

 

 

 

「……あ、あれ…? え、え……こ、ここ…何処……!?」

 

 

や……やってしまったみたいです…!? レッスンエリアを目指していましたのに、何処かわからない場所に着いてしまって……! 多分、何処かで道を間違えてしまったんだと思います……!

 

 

ここって一応ダンジョンですので道が複雑で、皆さんよく迷うみたいなんですが…私も、そうなってしまったみたいです……。まだ慣れてなくて、焦っていましたから……。

 

 

ぅぅ…時間もないのに、私はどうしてこう……! と、とりあえず引き返して、正しい道を――!

 

 

 

 

 

 

 

「――ぁぅ……」

 

 

道……道……正しい道は……どれ……ですか……? あはは……レッスンエリアは何処でしょう……。私は今、何処にいるんでしょうね……??

 

 

―ハッ…! げ、現実逃避してしまっていました…! え、えっとその…………はい…もっと迷いました……。引き返しても道がわからなくて……マップ見てもよくわからなくて……。知ってる道だと思ったら似てる違う道で……。

 

 

しかもそれで急げば急ぐほど、焦れば焦るほどどんどん変な方向へ進んでしまったみたいなんです……。気づけば全く知らない、足を踏み入れたことのない場所に来てしまいました……。本当、私はどうして…あはは……はは……。

 

 

…………落ち着いて、私…。どうか落ち着いて……。時間は……もうちょっとだけ、あるから……。レッスンエリアがどっちかすらわからないけれど……っ……ま、まずはここが何処かを知らないと…!

 

 

さっきまでの舞台裏ほどではないですけど、この辺りにもスタッフさんはいます……で、ですが、皆さん忙しそうですし邪魔する訳にはいきません。自力でなんとかしませんと…!

 

 

とりあえずこの辺りのマップを見つけることができれば、きっと…! なんとかなる……はず…! なんとかなって……――!

 

 

 

 

 

―――なんとかならないです……。マップ、こういう時に限って見つからなくて……。その間にもっと奥に入り込んでしまった感じがして、おんなじような所をうろうろ……。時間も、もう……ぅぅ……。

 

 

このままだと私、勝手に忍び込んだ悪い人って思われてしまいそうです……。間違いなく挙動不審ですし……。そうなる前に、なんとしても抜け出して――あれ?

 

 

今、通路の奥を通り過ぎたあの台車…! 宝箱が乗っていた気がします…!! もしかしてあれ、大道具の……! ということはここ、大道具エリア……!!

 

 

……なんてわかっても、大道具エリアの何処かがわからないとどうしようもないんですけれど……あはは……。まあマップを見つけられても簡単に抜け出せる保証もないですが……。

 

 

それにしても確か、大道具エリアはレッスンエリアとは真逆だったはずです……はは…私は勘も悪くて、駄目駄目で……リダさん達の爪の垢でも煎じて飲むべきで……あ!

 

 

そ、そうです…! ミミックさん…! さっき通っていったのがミミックさんだとしたら、そのお力をお借りできれば! ダンジョン内を自在に行き来するあの方々なら、きっと道案内を…!

 

 

それなら、私も…! スタッフさんには話しかけるのが申し訳なくて、その…ちょっと怖かった私でも、私に似ている…ですから似てないんですけど……ミミックさんになら、なんだか小さめで可愛くてお世話になっているあの方々になら!

 

 

い、急ぎましょう! あの台車を追って…! お仕事の邪魔をしてしまうかもしれませんけど、迷惑をかけてしまいますけど、それしか希望は―――……。

 

 

 

「チッ、まァだいやがったか! おい、そこの嬢ちゃん!」

 

 

 

 

 

「ふぇっ!? ひゃ、ひゃいっ!?」

 

 

きゅ、急に背中に怒声が…っ!? 心臓が飛び上がって、首が上手く動かな……っ…!

 

 

「ったく! 最近の若いモンは顔すら向けねえのか! それとも悪い事してるってわかってか?」

 

 

そ、その怒った声のまま、私の背後にドスドスと足音が迫って…! ひ、必死に顔をそちらへ向けますと、そこには…ヒッ…!

 

 

「どうせテメェもアイドル好き拗らせた侵入者だろ! ワシにゃあお見通しなんだよ!」

 

 

む、向けた顔を戻したくなるぐらいに、怒髪天という様子の方が!! しょ、職人気質と言いますか……そんなちょっと強面な御顔を、殊更に怖くして……っ!!!

 

 

「ケッ! 大方道に迷ってここまで来たんだろうが、ここは大道具専門のエリアだ。残念だったな!」

 

「ち…違…! わ、私は……!」

 

「違う、だぁ? おうおう、じゃあなんだ、大道具を盗みに来たってか? ふてえヤツだ!」

 

 

ほ、本当に違うんです…! い、いえ迷ったのは本当ですけど……私は、ここの…あっ、そうです、このスタッフ証で……!

 

 

「こ、これ…! わ、私、こういう、もので……!」

 

「あぁ? ハンッ! まーた偽モンか。どいつもこいつも懲りねぇで!」

 

 

い、一瞥すらしてくださいません…!! た、確かに私も、そういう悪い人の噂は知っています…。スタッフ証を偽装して、アイドルにお近づきになろうとする厄介な人達がいるということは…! で、でも……!

 

 

「おうおう、じゃあどこのスタッフが言ってみやがれってんだ! 言えねえだろ!」

 

 

私は、私はそうじゃなくて……! ここの、ここの………ここの……――。

 

 

「アイ…………」

 

「アイ? アイ、なんだって?」

 

「っ…………」

 

「カッ! ほれみろ! 化けの皮剝がれたな!」

 

 

……そうです…。その通りです……。私、スタッフなんかじゃ…アイドル見習いなんかじゃ……。そんな、立派な肩書なんて背負えないんです……。

 

 

だって、色んなスタッフさんに迷惑かけて、ライブや握手会を覗くしかできなくて、推しアイドルやプロデューサーさんに気を遣わせてしまって、挨拶も碌にできなくて、道に迷っちゃって、挙句の果てにレッスンに遅刻しているんですよ…? 

 

 

なのに、アイドル見習いだなんてとても名乗れません……はは……。こうして怒られるのも当然だと思います……あはは……。…本当、この方の仰る通りなんです……。

 

 

まさしく私は、アイドル好きを拗らせた侵入者です……。それで当たっているんです、きっと……。そう、そうです…ネルサ様にスカウトされたのも、きっと気のせいだったんです……。

 

 

なのに皆さん優しいから、私を見捨てないでくれていて……でもこの方に化けの皮を剥がして頂いて……私は、こんなところに居ていい存在じゃないんです…!

 

 

「こっちに来やがれ! 外に突き出してやる!」

 

 

だからもう、これで良いのかもしれません……。皆さんに迷惑をかけてしまう私なんてこのまま追い出して頂いて、またファンの一人に戻って……ううん、影にでも消え去ってしまった方が……――。

 

 

「はいは~い。ゲンさんストップ~。この子はうちの子よ~」

 

 

……へ? こ、この声は……! そして、ゲンさんと呼ばれたあの方の、私に迫る手をそっと止めた触手は…! 私の頭をポンポンと撫でてくれているのは……!

 

 

「んふふ~。ベルちゃん、迎えに来たよ~☆」

 

 

「お…オネカさん!?」

 

 

 

 

 

い、いつの間に……! 私とこの方…ゲンさんに割って入るように、宝箱が…! そしてそこから身体を出し、仲裁をしてくださっているのは……ミミックの…!

 

 

「おう、オネカちゃんじゃねえか! っと……つーことはワシ、やらかしちまったか…?」

 

「相変わらずゲンさんったら正義感強いんだから~。んふふふ~♪」

 

 

は、はい…! そうゆったりと笑う彼女は、レダさんと同じ上位ミミックのオネカさんです…! でもスマートで格好いい感じのレダさんとは対照的に、おっとりと、のほほんとした雰囲気の方で…! 

 

 

それこそ皆のお姉さんみたいな、もっと言えば、失礼かもしれませんけど…お母さんみたいな感じで…! レッスンエリアの警備等をしてくださっている方なんです…!

 

 

「気概は素敵だけど、そういう時はうち達に任せて良いのよ~。警戒レベルが低くてもしっかり見張ってるし、現行犯じゃないと危ないし~。こうしてただ迷ってる子かもしれないんだから~」

 

「いやぁ、悪い悪い…!」

 

 

オネカさんのやんわりとしたアドバイスに、ご自分の頭をペシンと叩くゲンさん…。そして私へと向き直って…!

 

 

「すまん嬢ちゃん! ワシゃ大道具制作専門だからよ、色々と疎くてなぁ。怖がらせて悪かった!」

 

「い、いえ…! 私も上手く伝えられませんでしたし……デビュー前…ですし……」

 

「あぁそうかそうか! スタッフに見えねえなと思ってたら、アイドルの子だったか! デビューしたら音盤買うから許してくれ、な!」

 

 

……っ…! そ、それは……嬉しいですけど……私なんかが、そんな……ふにゅっ…!?

 

 

「んふふ~約束よ~ゲンさん。ベルちゃんはいずれすっごいアイドルになる子なんだから~」

 

 

お、オネカさんのお胸にむぎゅっと抱き締められて、撫でられて……! その間にゲンさんはガハハと笑って胸を叩いて、お戻りに……ぷはっ!

 

 

「さ~。ベルちゃんはこんなところに居ていい存在じゃないし~? アイドルらしく、レッスンエリアに行きましょ~」

 

「っ―! は、はい! あ、あの…その……」

 

「ん~~? それとも、今日はお部屋でゆっくり休む~? 良いと思うよ~。大変だったみたいだし、いつも頑張っているしね~」

 

 

へっ!? それは……ちょっと惹かれ……でも……。思わず迷ってしまっていると、オネカさんは持ち前の包容力でふわぁっと…!

 

 

「大丈夫大丈夫~♪トレーナーさん達にはうちから伝えとくよ~。メンタルケアもレッスンと同じぐらい大切なんだから、存分に甘えて~。あ、子守唄聞きたかったりする~?」

 

「き、聞きたいかも…ですけど…! ――レッスン、やります! やらせてくださいっ!」

 

「あらぁ~。良い子良い子強い子~。んふふふふ~~~」

 

 

ひゃっ……! オネカさん、また私をぎゅうって……ひゃわぁっ!?

 

 

「それじゃ~行こっか~~」

 

「お、オネカさんこれお姫様抱っこ…!」

 

「んふふ~♪ そうよベル姫様~いざ参りましょ~。そぉ~れ~~っ☆」

 

「ひゃあああっ!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫様~ご到着です~」

 

「あ、有難うござ……へ? え、えっと……く、苦しゅうない…です…?」

 

「んふふぅ~♪ 可愛いお姫様~♡」

 

 

ひゃっ…! もう撫で撫では…! い、言えって…! オネカさんが言えってワクワクな御表情で圧をかけてきたんじゃないですか……! も、もう…っ!!

 

 

と、とにかくオネカさんのおかげでレッスンエリアにたどり着けました…! 人が通るたびに箱の中へ私をさっと隠してくださいましたし…本当、頭が上がりません。

 

 

「あ、ベルちゃんも来た!」

「オネカさんと一緒だ~!」

「珍しく遅刻気味ったけど~?」

「ギリギリセーフってね!」

 

「あんらサンキゅオネカちゃん! さ、ダンスレッスン始めるわよぉ。着替えてらっしゃいな♪」

 

 

そしてオネカさんに連れられダンスレッスン室へ赴くと、他アイドルの皆さんやトレーナーさんが笑顔で出迎えてくださいました…! は、はい着替えてきます!

 

 

オネカさんへもう一度お礼を言い、急いで更衣室へ走り込みます…! そして自分のロッカーからレッスン着を取り出して……あ、あれ…? あ…!

 

 

「た、タオル…!」

 

「あら~忘れちゃった~?」

 

「ひゃああああっ!?!?」

 

 

い、いつの間にかオネカさんが背後に…! え、えと、そうみたいで……。私、今はこのダンジョン内にある寮に住まわせて頂いているんですが……その部屋に置いて来てしまったままで……。

 

 

「なら、うちが取りに行ってあげよっか~。お部屋、勝手に入ってい~い?」

 

「えっ…! は、はい…い、いえ! それはお手間を……!」

 

「んふふ~いいのよ~。うちにど~んと任せて~~」

 

 

私の遠慮を遮るように、オネカさんは更衣室を後にしてゆきます。他の子の忘れ物も聞いとこ~と、残して。何から何まで……!

 

 

ならせめて、戻ってきたオネカさんにレッスンを頑張っている姿をお見せしませんと…!! 急いで服を着替え終えて、皆と合流して、まずは準備運動を始め――

 

 

「は~いお待たせ~。皆の忘れ物、取って来たよ~」

 

「「「「「早っっ!?!?!?」」」」」

 

 

まだストレッチ中…どころか、ストレッチ最初のとこなんですけど!? 時間にして数分すら……! オネカさんあんなにおっとりしている感じなのに、リダさん並みに速い……!

 

 

「まずはベルちゃんにタオル~。それでシレラちゃんはリストバンドね~は~い。ニュカちゃん、このヘアゴムで合ってた~?良かった~。どうぞ~ルキちゃん~水筒よ~。お次はね~――」

 

 

そしてしっかり全員分持ってきてくださったようで、次々と渡してくださってます……! 凄く有能です…! 忘れ物をしてしまう私なんかとは大違いで……!

 

 

「ハイハ~イ皆~! 受け取ったら続き、始めるわよォ~!」

 

 

は、はい! トレーナーさん! すぐに! ――あ、そうでした、えっと…。

 

 

「ベルちゃ~ん? んふふ~」

 

「あ…! オネカさん、お願いします…!」

 

「それじゃ~失礼~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そぅれッ! 1,2,3,4! ステップ踏んで足上げて! 腰の捻りはもっとキレ良く! でも手足の動きは意識して! キュートな笑顔も忘れずに! 辛くても笑顔よ~ッ!!」

 

 

っ……! っこう……! っリズムをとって…! っ皆のように、アイドルのように…っ!!

 

 

「良いわ良いわ~!! 皆良いわよォ~! さあそろそろ難所! 顔を私に向けたまま~~曲に合わせて~~3,2,1,フォーメーション♪」

 

 

トレーナーさんの指示に合わせ、私達皆でフォーメーション移動を…! ダンスをしたまま別の場所へ、互いに交差するように……っ!

 

 

「ダンスを止めちゃダメ! 振り向かない! でも怖がらない! 足をもつれさせない! もつれかけたら即カバー! ぶつからない! ぶつかりそうだったら――」

 

 

っ――!

 

 

「――そう回避! ぶつかりかけた子は後で仲直り&反省よぉ! でも今は集中! もうちょっとで区切り! 力を振り絞って~~ッ!」

 

 

っ最後ですっ! あとは、このまま…! 最後…まで……っ!

 

 

「タン、タンタンッ! ――んエクセレントッ! はい楽にしちゃってぇ~!」

 

「「「「「ふうぅっ!!!」」」」」

 

 

お、終わりました…! よ、良かった…! 踊りきれましたぁ……!

 

 

「ひぃぃ……! 疲れたぁ……!」

「足ガクガクで心臓バクバクぅ……」

「トレーナーさんきつすぎだよぉ…!」

 

 

「無理押しのレッスンでごめんなさいねェ~。で・も・だ~いぶ、自分のゾーン、掴めてきたでしょう?」

 

 

倒れたり壁に寄りかかったりして休憩に入る皆に、トレーナーさんは笑って答えています。はい、仰る通りです…! 大変ですけど、とても身になるレッスンで…!

 

 

「ふぅ…! ごめん…ベル…! ぶつからなかった…!?」

 

 

へ? シレラさん、息切れなされているのに……あ、さっきのことでしょうか…? あのフォーメーション移動の際、交差するタイミングで腕がぶつかりかけたんですが……。

 

 

「だ、大丈夫ですシレラさん…! 躱せましたから…! その…ちょっと人を避けるのは慣れていまして……」

 

 

私こんなですから、普段から他の方に迷惑をかけないような動きを心掛けていまして……。多分、それがこんな形で役に立ったんだと……。そ、それに…!

 

 

「オネカさん達がいますから、危なくてもぶつかることはきっと…!」

 

「んふふ~そうよ~。皆のことはうち達が守ってるからね~~☆」

 

 

あ…! オネカさんが、私のポケットの中からぴょんって…! は、はい…! オネカさんは私のポケットの中に入ってくださっていたんです。でも、これは私だけじゃなくて…。

 

 

「ということはやっぱ、ベルが躱せるからちょっと教えてくれただけだったの?」

 

 

シレラさんもポケットを探り、手の平サイズの宝箱を取り出します。するとその上面がパカッと開いて、赤と青の身体の毛がまるでチョッキを着ているような『宝箱ネズミ』さん…群体型のミミックさんが出て来て、シレラさんへ頷くように…!

 

 

は、はい…! この場にいる皆のポケットとかの中に、ミミックさんが入ってくださっているんです! さっきみたいな事故防止のために…! けどレッスンですから手助けは最低限に……!

 

 

その、潜まれているから見えないんですけど、このレッスンエリアではミミックさんが沢山警備をしてくださっているみたいなんです。こうしてレッスン中の私達一人一人にまでついてくださるほどに。

 

 

そしてポケットに入る時は、その小さな宝箱とかネルサ様がお出しになるキューブを模した箱とかを利用するみたいなんですが……凄いんです! 何がって、そんな箱をポケットに入れたら重かったり太ももとかにぶつかって痛いはずなのに…異物感すらないんです!

 

 

おかげでレッスンに集中できますし、ミミックさんにゼロ距離で見られている、身に纏っていると考えるとダンスにキレと気配りが生まれて……! このミミックさんの補助は最初こそ驚いていた子も居たみたいですけど…もう今は慣れっこといいますか、良いレッスン仲間といいますか。

 

 

例えばほら、ニュカさんなんて触手ミミックさん入りの小宝箱をヘアゴムに取り付けて色んな髪型を試して遊んでみてますし、ルキさんは宝箱ミミックさんを枕代わりにさせて貰いながら、それを見て笑っています。他の子もそんな感じで――。

 

 

「ねねね、ベルちゃんシレラちゃんも見てみて! 触手メデューサ風! 格好いい?」

 

「わ…! 可愛い…!」

「ね! ふふ!」

 

「え~格好いいが良いのに~! う~ん、もっとレッスン頑張ってたら似合うようになるかな~」

 

 

触手ミミックさんに戻ってもらいながら、頭を捻るニュカさん。と――。

 

 

「あ、そういえばさ! ベルちゃんって、結構ハードなレッスンでもあんま息上がんないよね? なんかやってた?」

 

「それ私も聞きた~い。私はともかく、シレラやニュカより体力あるの気になるわぁ~」

 

「へ!? い、いえ何も……。特に運動とかは……」

 

 

宝箱ミミックさんに引きずって貰いながら、ルキさんまで。聞きつけた他の方々も集まってきてしましました…!? け、けど本当何も…!

 

 

スポーツをやってたことは無いですし、アウトドアだったりも全く…! そんなキラキラで陽なことなんて…。い、いえライブ参戦が陰って言う事じゃ……!

 

 

「んふふ~♪ ベルちゃん、多分それよ~」

 

 

へ…? お、オネカさん? それって……これ……?

 

 

「……よくライブ参戦していたから…とか……ですかね……?」

 

 

自分のことながらわからないのが酷いですけど……オネカさんを窺ってみると、そうそうと肯かれています。でも、それだけで体力は……。

 

 

「ライブ参戦で? ハシゴでもしてたの?」

「それともずっと立ち見とか!」

「それとも、ダンス真似っことか~?」

 

「あ、それはしょっちゅうで…。それぐらいしか趣味がないですから、朝から夜まで…。でもお金そんなにありませんでしたし、私なんかは端でも充分ですから立ち見ばかりで。あと、ダンスも、えと……」

 

「自信持ちなさいな、ベルちゃん♪ アータのダンス、どれもこれもかなり出来が良いんだから♪」

 

 

へ…! と、トレーナーさんまで…!? ぁぅ…そ、その…!

 

 

「……ライブ見た後いつも、家帰ってからよく真似させて頂いてて…。そうすると少しだけですが、こんな私でもアイドルみたいにキラキラに振舞える夢が見れる気がして………はぃ……」

 

 

そ、そんな感じでして……あはは……。あ…皆さん、わなわなと震えて……そ、そうですよね、私なんかがそんな失礼な真似――。

 

 

「体力も練習量も、完璧な下地じゃない!」

「超凄いじゃん! 超アイドル向きじゃん!」

「こりゃネルっさんがスカウトする訳だわ~!」

 

 

へ…へ…? い、いえそんなことは……皆さんの方が、よっぽど……ひふゃ…!

 

 

「良いのよ~ベルちゃ~ん。褒められて嬉しい時は笑って笑って~。その方がみ~んな喜ぶのよ~☆」

 

 

オネカさんが、私の両頬をそっと…! 優しくて、暖かくて、なんだか強張っていたほっぺたが自然と溶けて……ふふっ…!

 

 

「あんら! その笑顔、良いわあベルちゃん! 後はその笑顔を身につければ、一気にステップアップ出来るわよぅ?」

 

 

あ、は、はいトレーナーさん! …トレーナーさんも、本当お優しいんです。私がダンスに力を入れ過ぎて笑顔が全く出来ていないのを、叱ることなく教えてくださるんですから。

 

 

でも……頭ではわかっているんですけど、上手く笑顔になれなくて…。立派な皆においてかれないよう、邪魔にならないよう…ネルサ様のお顔に泥を塗らないようにと思うと……。

 

 

……いつもこうしてオネカさん達がいてくだされば、安心できるんですけど。ライブ中、安心するために私物をこっそり持ってるアイドルの方も居ますし、そういうの可愛くて素敵ですし……。

 

 

ううん、でもミミックさんは駄目ですよね。ライブ本番にすらミミックさんを忍ばせるなんてズルみたいですし、何よりミミックさんにも迷惑で――。

 

 

「さ、休憩が終わったらお次はボイストレーニングでしょう? 皆、今の内に喉の調子、整えておきなさいな♪」

 

 

っあ、はい!! 頑張ります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これぐらいにしときましょうか。この後のレッスンもあるんだし、一旦喉を休めて頂戴ね」

 

「「「「有難うございました!」」」」

 

 

ふぅ…! ボイトレも終わりました…! ボイストレーナーさんにお礼を述べて防音室を後にすると、一緒に励んでいましたお三方が…シレラさんニュカさんルキさんが…!

 

 

「やっぱベル、歌声は出るし上手よね」

「慣れてる感じ! あ、もしかして!」

「それも真似っ子練習してたり~?」

 

「え。えと、はい……! よく歌っていて……」

 

「あ、そういえばベルが歌いながら歩いているの、よく見かけるかも」

「そうじゃん! そっか、ああいうのも全部力になってるんだ!」

「こりゃ~負けてらんないね。私らももっとベルちゃんを真似んと♪」

 

「はぅぅ……!? そ、そんな…! お、畏れ多い……!」

 

 

思わずぴゃっと小さくなってしまいますと、シレラさん達はクスクスと笑ってくださいます…! わ、私だって…!

 

 

「そ…それなら私も…皆さんを真似させて頂きたい…です…! そ、その笑顔とか…!」

 

「ふふっ、どんどん真似てよ! ベルの笑顔可愛いんだから!」

「ベルちゃんが笑えたら、もう完璧究極で最強無敵だ~!」

「案外このままでもウケるとは思うけどねぇ。ま、流石に固すぎか」

 

 

未だに私らにさん付けだもんね。現役アイドルには様付けだし。もっと気楽に呼んでよ~! とそれぞれが…! で、でもだって、皆さんはもうほぼアイドルで…! 

 

 

私のことを色々と褒めてくださいますけど、皆さんこそダンスも歌もお上手で、もういつでもデビューできるぐらいなんですから…!! そんな皆さんと一緒にレッスンできるだけで誉れで……!

 

 

「なんかお喋りしてたらやる気漲ってきた~! もっと歌練しよ!」

「喉休めろって言われたでしょう? まだレッスンあるんだし」

「でもこのまま暇こいててもさぁ。どう思う、オネカさ~ん?」

 

「呼ばれて~飛び出て~~んふふふふ~♪ そ~ね~皆の喉に痛みはなさそうよ~。まだイケるかもね~。は~いこれ~☆」

 

 

わ…! 私のポケットからひょいっと出てきたオネカさんは、のど飴を配りつつ教えてくださいました…! 実はオネカさん、メディカルチェックがお上手なんです。

 

 

今みたいに見るだけで判断できますし、その精度はトレーナーさん方を始めとした皆さん…あのM&Aのミミン様アスト様からもお墨付きを頂いているとか…! ですから、問題なく…――。

 

 

「でも残念だけど~。防音室を使うのは難しそうね~」

 

「「「「へ?」」」」

 

 

 

 

 

「――あんら、まだやりたいの? オネカちゃんが言うなら大丈夫なのでしょうけど……ごめんなさいね、今防音室埋まっちゃってて」

 

 

そんな……! ボイストレーナーさんからそう言われてしまいました…! オネカさんの仰る通りに…。どうしたら…。

 

 

「うーん…。一旦寮に戻ってみる? ボイトレルームあるし」

「でも今日休みの子が使ってそー。あ、街に行ってカラオケは!?」

「時間的に厳し気かもねぇ。それなら近くの倉庫で…はダメかぁ」

 

 

三人共色々と考えてくださってます…! わ、私も…えーと…えっと……えと……ぁぅ……。

 

 

「んふふ~。うちにちょっとしたアイデアがあるよ~。飴舐めながら少し待っててね~」

 

 

へ? オネカさん? あ…もう何処かへと行ってしまわれました。私達は顔を見合わせつつ、言われた通りに飴を頂きながら待っていると――。

 

 

「お待たせ~。諸々の機材借りるのに時間かかっちゃった~」

 

 

とは言いつつ、飴が溶けきる前に戻って来てくださいました。レコーディングでも使えるマイクを持って。あ、あの…?

 

 

「ど、何処で…?」

 

「んっふっふ~こ・こ・で~☆」

 

 

へっ!? オネカさん、持っていたマイクをご自身の箱の中に入れました!? ま、まさか!!

 

 

「さぁさ~! 専用防音室にご案~内~~♪」

 

「「「「ひゃああっ!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「――お時間です~アイドルの皆様~。延長は~レッスンのため、また今度~~」

 

「「「「わっとと!」」」」

 

 

オネカさんの中からポンっと飛び出て、スタンッと着地できました…! ……本当に場所、変わってません。さっきまでいた廊下です…! なのに――。

 

 

「歌った歌ったぁ…! 有難うございますオネカさん!」

「凄かったぁ! オネカさんってあんなことも出来るんだ!」

「まさか箱の中でボイトレできるなんて……ミミックえぐちぃ…!」

 

 

そうなんです…! まさか、ミミックの箱の中で歌えるなんて! その、ミミックの箱の中ですから感覚がふわふわしていて、色々と朧気なんですけど…。間違いなく歌えてました!

 

 

「んふふ~。中を改良した甲斐があって何よりよ~」

 

 

あ、やっぱりそうだったんですね…! 私も皆さんも、幾度もミミックの中に入れて頂いたことがあるんですけど…今のオネカさんの箱の中は違いました…!

 

 

なんと言いますか、全面が白い壁で包まれたスタジオみたいで、マイクがポツンとあって…! だから集中して一発録りみたいな感覚で歌えて……!

 

 

かと思ったら機材はしっかりと置かれていてそこにオネカさんがいて、マイクも増えたり、ソファもあったり……! ですからオネカさんに見て頂きながら、時間一杯まで練習できて……!

 

 

あ、そうです…! 箱の中だからでしょうか、オネカさんが珍しく両足を、全身を出されていて…! その姿はまるで本当に皆のお姉さんみたいで…! で、でもやっぱりその光景の記憶もあやふやで、夢でも見ていた気分ですけど……。

 

 

け、けど! オネカさんのことで印象的に残っていることがまだあるんです! ビックリしました、まさか――。

 

 

「オネカさんも…! あんなに歌がお上手でしたなんて……!」

 

「ね! 優しくて包まれるようで、聞き惚れちゃいました!」

「うんうん! これぞオネカさん! って感じだったぁ!」

「ほらほらぁ~。やっぱアイドル級なんですよ~」

 

 

私に続いて、シレラさん達も感想を…! 本当に凄かったんです…! ルキさんが急にマイクを渡したんですけど、オネカさんは少し照れながらも歌い出して、その声はまさに慈愛に満ち溢れた子守唄のように心地よくて……!

 

 

「前に甘えて子守唄歌って貰った時、ビビッと来ましたもん。マジでオネカさん、スカウトされてもおかしくないなぁって~」

 

「もう~うちをからかわないでよ~~」

 

 

はい、まさにあんな感じにとても可愛らしく照れて…! で、でも冗談じゃないんです! リダさんもそうでしたけど、本当にスカウトされてもおかしくないほどで…! ほら、シレラさん達も!

 

 

「何して貰ってるのよ…。でも、ルキの言う通りだと思いますオネカさん!」

「うん! 絶対アイドルできるよー! あと私もオネカさんに甘えたーい!」

 

 

ルキさんへ思い思いに返しつつ、完全同意を! それを受けてオネカさんはくすぐったそうに…!

 

 

「え~?んふふ~…♪ ならその時はよろしくね~先輩方~☆」

 

 

さらりと躱す姿もまた…! 私よりもアイドル向きだと思います…本当に……!

 

 

「それじゃあ機材返却してきたら~今日のラストレッスンに行きましょ~か~」

 

「「「「はーいっ!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――揃ったわね。今日の集大成、見せて貰っちゃうわよ♡」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

「あんらぁ良いお返事♪ それじゃ早速始めましょ~オネカちゃん!」

 

 

私達の返事を聞いたトレーナーさんは、隣のオネカさんへ声をかけます。するとオネカさんは宝箱から出したくじ箱へ手を入れて――。

 

 

「誰が出るかしら~。んふふ~最初の子は~~ニュカちゃ~ん♪」

 

「わ、一番手!? じゃあ、『Swordy Hearty,Bravely』で!」

 

 

選ばれたニュカさんは、そう宣言しました…! さっきも箱の中で歌っていた、waRosのあの曲を…! そして髪留めからミミックさん入りの箱を外しまして。

 

 

「それじゃ行ってきま~す!」

 

 

そのミミックさんをオネカさんに渡し、舞台袖へと向かって行きました…! 私達も椅子に座りましてと…!

 

 

え、は、はい…! ここは、このダンジョンのライブ会場の一つなんです…! レッスンのため貸し切りにされていて…! そこに今、ダンスレッスンをしていた皆や、トレーナーさん方、お手すきだったプロデューサーさん方まで幾人か集まっていて…!

 

 

どんなレッスンかと言いますと…あ……! 暗くなってきました…! そして、ステージが一気にライトアップされ、音楽と共に――!

 

 

「さあ♪ 剣を抜け♪ 君だけの♪伝説の(つるぎ)を♪ 心に刺さる♪ 願いと想いを♪ 勇気の証に――ッ♪」

 

 

軽やかに歌い出したのは、ニュカさんです! ダンスを交え、まさにアイドルのように! けれど、恰好は先程までのレッスン着のままで!

 

 

そうなんです…! 『実践レッスン』と言いますか…! 実際のハコを使って、一曲ライブをする――これが今日のラストレッスンなんです…! 会場とレッスンエリアが繋がっているこのダンジョンならではのレッスンでして…!

 

 

観客役の私達に…皆に見られながら、ミミックさんの補助はなしで、普段ライブが披露されている場でなんて……! 今の内からこの練習が出来るのはとっても有難いんですが……その……はぅ……!

 

 

もう…心臓がバクバク鳴ってます…! このレッスンはどんな状況でも対応できるアイドルのパフォーマンス力を鍛えるために、公演順がランダムなんです…! ですから、次は私の番かもしれなくて……!

 

 

それだけならまだギリギリ大丈夫だったかもしれないんですけど……! もう一つ、ランダムで起きる、パフォーマンス力を試されることが…! それが…――!

 

 

「剣を♪心を♪ 勇気を掲げろッ♪ Swordy Hearty,Bravely――わおっ!?」

 

 

――来ました! 丁度一番を歌い終えたニュカちゃんの傍! 何処からともなく、ミミックの方々が降ってきました!!

 

 

はい、あれこそがパフォーマンス力を試される訓練です! ミミックさん達による、不意打ち強制エチュード(即興芝居)!!

 

 

タイミングはランダム……いえ、ミミックさんの能力で、歌っている方が完全に油断しているタイミングを突いて登場してくるんです! それにどう反応するか、どう捌くかがポイントなんですが……!

 

 

「わっほう~! おっ宝だ~! 待て待て~!」

 

 

わぁ…! 流石はニュカさんです! 驚いた直後、楽しそうな声を上げてミミックさんの1人を追いかけだしました! 追いつきそうで追いつかないギリギリの速度で、ステージ上を軽く一周するように!

 

 

「つっかまえた~! さあ一緒に行っくよ~♪」

 

 

そして間奏終了直前にミミックさんを抱え上げ、流れるように二番へと! 見事なエチュード、見事な演技力です!

 

 

「――うんうん、良かったわあ! 見事よニュカちゃん、ブラボーゥ♪ さてお次は~」

 

 

曲が終わり拍手喝采の中、次の方が指名されライブは繋がってゆきます……! 私の番が来てしまったら……う、上手く出来るでしょうか…!

 

 

ううん! 上手くやらないといけないですよね! が、頑張ります…! ……けれど、その、出来れば、も、もう少し後の方で――……。

 

 

 

 

 

 

 

「――そ・れ・じゃ♡ 今日のオオトリねぇ♪ オネカちゃん、発表お願~い」

 

「んっふっふ~♡ ベルちゃ~ん? 決めちゃってね~♪」

 

「ひゃっ…ひゃいぃっ……!」

 

 

後の方が良いとは思いましたけど……最後だなんて聞いていませんっ…!! いえランダムですから仕方ないんですけど……! はぅぅ……声援が痛い……!

 

 

わ、私……本当にこのレッスンが苦手で…! 苦手とか言える立場じゃないのは重々承知なんですが、その……ステージに、アイドル側に立つことに全然慣れなくて……!

 

 

だって、あれだけキラキラな方々がその輝きを放っているステージですよ!? そんな場所に、こんな引っ込み思案で、出来損ないで、アイドルに憧れていただけの私が、立っていい訳――…。

 

 

「ベルちゃんは何歌うのかしらん?」

 

「へっ、は、はい! 『箱から飛び出た宝物』で!」

 

 

あっ…! 選んでしまいました……! M&Aのあの曲を……! い、いえ苦手とかじゃ…! 寧ろ、その逆で――。

 

 

「頑張ってベル! さっきの調子で歌えば良いのよ!」

「そーそー! あれ超良かったからもっかい聞きたーい!」

「場所ちょっと変わっただけだからさ~、イケるイケるぅ」

 

 

はうぅ…! シレラさん達が……! は、はい……寧ろ大好きで、よく練習もしていて、オネカさんの中でも歌わせて頂いた曲なんですけれど、だからこそ、私なんかが本物のステージで汚したくないと言いますか……ぅぅ……!

 

 

……――い、いえ…! そんなことを言ってちゃ駄目ですよね…! そうです…汚さないように、美しく、歌いきれば良いんです! 他の方々のように! アイドルのように!

 

 

そして、ミミックさんの乱入も凌ぎながら! 皆さんの捌き方…特にシレラさんのミミック階段昇り、ルキさんの宝箱ベッドごろ寝は見事な対処でした…! ですから、私もそれに倣って!

 

 

や…やってみせます……! ミミン様アスト様の歌を汚さないように、ミミックさん達を困らせないように、深呼吸、して…ステージに……立って――皆さんの……前にっ……そして――っ……。

 

 

「? ベル…? ベルってば!」

「おーい!? もう曲…!」

「始まってるけどぉ…!?」

 

 

っぁ……! わ、わかってます…! わかっているんです……! わかっているんですけど……こ、声が……。

 

 

 

声が……上手く……出ないんです…出せないんです…っ! 掠れて…詰まって……怖くてっ!

 

 

 

怖いんです……! こんな明るいステージの上で、一挙手一投足が観客を感動させるアイドルのための場で、私なんかが歌を、ダンスを披露するのが…怖いんです! 

 

 

だ、だからといって動かないのは最悪だってのはわかっているんですけど……! 怯んでしまって、身体が固まってしまって、情けなくて……! あれだけ皆さんが褒めてくださったのに、何も……!

 

 

ぅ…うう……顔を上げなくても分かります……皆さんの目が、不安と失望に変わっていっているのが…。トレーナーさんが『またか』と言いたげなのが……。はは…あはは……私はいつもこうで、やっぱりアイドルなんて――。

 

 

 

「――塞ぎ込んで(つまづ)いて♪ ハッと気付く宝箱♪」

 

 

 

…へ……? この歌詞は…今流れているとこの…! い、いえそれよりも…この歌声って! っあ、足元に! この宝箱は!!

 

 

 

「こんなところにいつの間に?♪ そっと触れたら~♪ カタカタ♪」

 

 

 

歌に合わせて…大きく震えて……まるで、続いてというように……――ッ!

 

 

 

「こ、コトコト…♪」

 

 

 

ひとフレーズ…絞り出せて……! こ、このまま――っ!

 

 

 

「「パッカーンッ♪」」

 

 

 

っやっぱり! 私と同時に歌を続けつつ、宝箱から出てきたのはオネカさんですっ! 彼女はM&Aのミミン様と同じように、華麗な箱のダンスでリズムを取り、先導するかのように……っ!

 

 

 

「あの日あの音あの香り♪ あの味あの時の手応え♪

  飛び出したのはre()collection(い出)♪な♪宝物(たっかっらっもっの)っ♪」

 

 

 

それは柔らかくも曲通りのポップで弾ける歌声で(いざな)ってきて…っ! わ、私もっ!

 

 

 

「私を置いて何処行くの?♪ 急いで立って追いかけよう♪

  過去(ハコ)を片手にre-()collection(収集)♪だ♪宝物(たっかっらっもっの)っ♪」

 

 

 

…っ! わ、私、歌えて……! あっ…オネカさんが私の腕をするっと撫で、正面を向かせるように――っはい!

 

 

 

「ひとつひとつに触れる度♪ 仕舞い込んでた想いが溢れ♪ (カコ)はコトコト語りだす♪」

 

 

 

皆の顔が…見えました……! 不安や失望なんてなく、期待に満ちた顔が…! そして…溢れてきました…! 私の、想いが!

 

そうです…! 私はあんな目で見られるアイドルになりたくて…今、ここにいるんです! 宝物の思い出を追いかけて、ここに来たんですっ!!!

 

 

 

「『準備は良ーい?♪今の私♪ 私達は♪待ってたんだ♪ だってほら――♪』」

 

 

 

わかっています…この明るい曲が、内気な私なんかには似合わないってことは。だけど、だけど――!

 

 

 

 

「キミこそが♪ 宝物♪ そのまま真っ直ぐ♪飛び出してゆっけ!!♪」

 

 

 

 

絶対、歌いきってみせますッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――グッッジョッッブよぉベルちゃぁん! よく歌いきったわねぇ!」

 

 

曲が終わって、代わりにトレーナーさんの声が…! 皆さんの拍手が…! いつの間にかに現れいつの間にか消えたオネカさんも、観客席に……!

 

 

結局、ミミックさんの不意打ちはありませんでした。オネカさんがその代わりになった……訳はありませんよね。うん、自分でもわかっています。

 

 

「けど、エチュードを警戒し過ぎね。そのせいか色々硬めだったわ」

 

「はい…! 今後このようなことがないようにします!」

 

 

トレーナーさんの寸評に、そう誓います。絶対歌いきることに…不意打ちへ即座に反応しようとし過ぎて、ダンスも歌自体も何もかも崩れてしまっていましたから。そして――。

 

 

「オネカさん、有難うございました! アイドル失格な私を助けてくださって…!」

 

「んっふっふ~♪ アストちゃんみたいだったよ~」

 

 

お、お世辞でもそれは!? でもまるで、ミミックのオネカさんと私で、M&Aみたいな…! もっとも私はアスト様みたいな立派な方じゃありませんけど……あれ、さっきもこんなことを?

 

 

「と・こ・ろ・で♡ ベルちゃぁん?」

 

「へっ!? は、はい!?」

 

「んふふ~♡ 隙ありよ~☆」

 

 

トレーナーさんとオネカさんがウインクしあいながら…? 隙ありって……――。

 

 

「フフフッ☆ どーーんッ!」

 

 

「ぴゃああああああぁあっっ!?!?」

 

 

な、な、なんですかぁっ!? きゅ、急に上から、どーんって何かが!? へ、変な叫び声出ちゃって、皆さんびっくりしつつも大爆笑なされて……!!

 

 

って、これ…また宝箱!? オネカさんのではですが、すっごく見覚えがあります! なんならレッスン前まで一緒にいましたし、抱っこすらさせて頂いた――!

 

 

「アハハッ! やっぱりベルの反応は可愛いね☆」

 

「リダさんっ!!?」

 

 

突然に私の横に、ステージ上に現れたのは、上位ミミックのリダさんです! 会場エリア担当で、waRosの警備をしていらしたはずですのに……あ。

 

 

そういえばここ、ライブ会場の一つ……会場エリアでした…! なら別に全然有り得る…かもしれませんけどそうじゃなくて! ですから、waRosを――へ…!?

 

 

お、音楽が!? かかりだしたのはまた『Swordy Hearty,Bravely』…waRosの曲です!! そしてそれと同時に、リダさんは私や皆さんへ目を配りながら、自らの箱の中へ手を差し伸べ――!?

 

 

「そんなキミの魅力、そして皆の魅力に、二人も当てられちゃったみたいでね!」

 

「っと! フフン、そういうこと! 飛び入り、させて貰うわ!」

「ふふ、全員いらっしゃいな♪ 一緒に歌いましょう♪」

 

「リア様ぁ!? サラ様ぁ!?」

 

 

箱から飛び出てきたのは、waRosです!? 突然のご登場に皆さん歓声をあげ、目を輝かせて急いでステージへと…――。

 

 

「焦らなくて良いとも!」

「うち達に任せてね~~」

 

 

わっ! リダさんオネカさんが素早く駆け、皆さんを次々と箱の中へ!? そしてステージの上へ舞い戻り、一斉に飛び出させて!

 

 

「有難う、二人共♪ それじゃ、皆?」

「ついてきなさいよっ!」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

「「せーのっ♪」」

 

 

「「「「「さあ♪ 剣を抜け――♪」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「――剣を♪心を♪ 勇気を掲げろッ♪」」」」」

 

「「「「「Swordy Hearty,Bravely♪」」」」」」

 

 

はぁぁぁ…! 楽しい…楽しいです!! とっても!!! そして、やっぱり現役のアイドルは凄いです!

 

観客席にいるトレーナーさん達へその美しい背中で私達を引っ張ってくれて! かと思えば私達に笑顔を振り向いてくれて! リア様は力強く、サラ様は妖艶に…!

 

 

だから私も、とても楽しく歌えてしまって! さっき声が出なかったのが嘘みたいに………あれこれ、今更ですけど……私、waRosと一緒のステージに立ってしまって…!? ひぇっ…畏れ多――。

 

 

「おやおや? 皆、クールダウンするにはまだ早いんじゃないかい?」

 

「んっふっふ~? どうやらもう一人、いるみたいよ~~?」

 

 

へっ? リダさんオネカさん? その言葉に、歌い終えてワイワイとしだしている皆さんもまたザワつきを。もう一人って…――っ!?

 

 

「この曲…!?」

「えっ、ウソ!?」

「マジぃ…!?」

 

 

ま、また音楽がかかりだして!? しかもこれは、あ、あの御方の!? えっ、えっ、まさか!? トレーナーさん方やwaRosのお二方すら驚きの御表情です!

 

 

そしてリダさんオネカさんは…わわっ!? 箱からスモークを噴き上がらせて!? そのままステージ中央で協力して、円を描くようにくるくると周りだしました!?

 

 

「さ、満を持してのご登場だ!」

「最後の不意打ち、大成功ね~♪」

 

 

スモークは瞬く間に人が入れる大きさになって……突如としてカラフルに染まって! 直後、星やハートに変じて輝くように弾けて、中からっ!

 

 

「にっひっひ★じゃじゃーんッ! あーし、参戦~ッ!!!」

 

 

「「「「「ネ……!」」」」」

「「「「「ネルっさんっ!!」」」」」

 

 

ネルサ様ですぅっ!! ネルサ様がババンッとご登場なされ、フワッと回り、パシッとリダさんからマイクを受け取り、キラッとポーズと共に私達へウインクを!

 

 

「皆で歌お~う★ 『サバサバ★Sabbath(サバト)』ぅ!」

 

 

はわわ……はわわわぁっ! さっき見た壁の記念写真みたいに…! ネルサ様とリア様サラ様が! アイドルになれる皆さんと! 格好良くて可愛くて、美しくて輝いてて!!

 

 

こんな神なステージに、私なんかが列席なんて…。でも…でも…! 歌が、ダンスが、自然と出て来て! 嬉しくて、とってもとっても楽しくて!

 

 

アイドルって…アイドルって、やっぱり素敵です!! やっぱり私も、アイドルになりたいです!!! 

 

 

 

 

――――けれど、私が…あんな風になるには……あんな立派には…あはは……。

 

 



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人間側 とある陰キャっ娘と偶像③

 

「超★絶★楽しかったぁ~ッ! うぇ~い皆っ★今日もレッスンライブにお仕事、バッチバチに決めてるぅ~っ!」

 

 

レッスンが終わり、ネルサ様は皆さんへ…トレーナーさん方や見に来てくださっていたプロデューサーさん方、ミミックさん達へもハイタッチを! 当然のように私にも…ひゃっ…! ウインクとグーサインまでしてくださって…!!

 

 

「や~★もっと沢山お喋りしたいコトあったんだけど、つい歌い過ぎちった★ もうそろ約束の時間になっちゃうし、名残惜しいけどあーしも行かなきゃ★」

 

 

と、ネルサ様はそう仰りつつ、プロデューサーさん方へ軽く目配せを。すると皆さん、いつの間にか居らしたwaRos(ウォーソ)のプロデューサーさんも含め、心得たようにこのライブ会場から何処かへと。

 

 

どうやらプロデューサーさん方を集めた会議があるみたいなんです。なのに皆さん、こうして私達のレッスンを覗きに来てくださるなんて…! しかもネルサ様に至っては…!

 

 

「でもそん前に★改めて! しれらん(シレラ)にゅかちー(ニュカ)るっきー(ルキ)! 祝★ユニット結成~っ!!」

 

「「「有難うございます!」」」

 

「にひひ★仮決定だし気負わんといてだけど、こんままデビューイケそうかもかも★」

 

 

はい! 私達ももう一度盛大に拍手をしながら頷きます! 実はネルサ様、先ほど皆で歌った後、その素晴らしい発表をしてくださったんです! シレラさんニュカさんルキさんによる、新アイドルユニット!!

 

 

今からの会議で正式に取り決められる話だったみたいですが、ネルサ様の特権で先行して披露されたと言いますか…! とはいえ相性の確認等がありますので、仰られている通り暫くは仮結成ではありますが……ふふ!

 

 

「ええ、私達はそのご期待に応えてみせます!」

「うん! 二人と一緒なら絶対楽しいもん!」

「気負ってたら私が力抜いてやるってねぇ~♪」

 

 

こうも互いに信頼し合った笑顔で返せるお三方であれば! きっと問題なんてありません!! ネルサ様もそう感じてくださったのでしょう、ファンの人々すら凌ぐような、キラキラの瞳な笑顔を!

 

 

「んも~★三人共最強に頼もしくて大好き! デビュー公式決定したら、あーし盛大にお祝いパーティー開いちゃうかんね~★ ケーキももっとドンッておっきいの用意しちゃってさ★」

 

「ふふ! 頂いたお祝いのケーキ、美味しく頂きます!」

「なんなら今すぐ食べたいぐらい! あ、お腹鳴っちゃった…!」

「ちょいちょ~い! オネカさんに預けて置いて正解か~?」

 

「にっひっひ★ べぜたんあっすんの推しパティシエのめっちゃ頬落ち確定ケーキだし★気ぃつけてね~なんちって★」

 

 

わぁ…! 結成発表の際にプレゼントされていたケーキって、ベーゼ様アスト様の…!? 後でシレラさん達に見せて頂けないかお願いを……!

 

 

私もユニット結成できたら、同じようにケーキを頂けるのでしょうか……。デビューできるかすら怪しいんですけどね……あはは……。あ…気づけばまた話が盛り上がってます…!

 

 

「――わおっ★寮をパーティー会場に! 良いじゃんガチ良いじゃ~ん★」

 

「思いつきでしたのに…! でも皆さえ良かったら!」

「みんな、どおどお? え、良い!? やった!!」

「よっしゃぁ、私の隠し芸に期待してもろて~♪」

 

「懐かしいわね、デビュー決定パーティー!」

「知り合い色々呼ばせて貰って、派手にやったわ♪」

 

「あ、そうですね! 誰を招待するか決めとかないと!」

「お母さんお父さんでしょ、友達でしょ、それから~!」

「とりま、ミミックの皆さんには絶対来てもらわんと~!」

 

「おや! ボクらもかい?」

「あらぁ~! 良いの~?」

 

「「「勿論!!!」」」

 

「ヤバ超楽しみ~っ! そだ! あーし、今度普通に寮へ遊びに行きた~いっ★」

 

「「「「「是非!」」」」」

 

「にっひっひ★約束やくそく~! 皆で★指切りげ~んまん!」

 

 

ひゃわわっ…! ネルサ様が小指を立てて、皆も小指を合わせて! わ、私も! ……あ、あれ? そういえば話し込んでしまっていますけど、ネルサ様マズいんじゃ……!

 

 

「って、あ! もう行かんとマズじゃん! りーだん(リダ)おねかん(オネカ)、皆をヨロ~★」

 

「お任せあれ、ネルっさん!」

「しっかり送り届けるからね~☆」

 

「サンキュ★ んじゃ★またね~っ! ゆっくり休んでね~い!」

 

 

最後にウインクとポーズをパチリと煌めかせ、ネルサ様は颯爽と去っていかれます。登場から退場までのその御姿は、まるで流星(スター)のよう…いえ、そのものですっ!

 

 

そんなネルサ様が見えなくなるまで手を振り返していますと、waRosのお二方が号令をかけてくださいました!

 

 

「さ、アタシ達も今日〆だし!」

「一緒に寮へ帰りましょうか♪」

 

 

「「「「「はーいっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、ボクからはぐれちゃわないようにね、なんてね☆」

「んふふ~☆ お姉さんが見ているから安心よ~♪」

 

 

前方のリダさん、後方のオネカさんに挟まれる形で、私達は寮へと。ふふっ、レッスンエリアから寮エリアまでは慣れた道ですから、幾ら私でも迷いはしません。…まあ信用ないでしょうけど…あはは…。

 

 

「ね! ねね! ユニット名何にする~!?」

「もう、気が早いわよ。でも、そうね…ふふ」

「こん時のため色々考えてたのはお互い様ぁ♪」

 

 

と、ニュカさんシレラさんルキさんが…! 皆でワイワイとお喋りしながら帰るのはいつものことではあるんですが、やっぱり今日は三人のユニットの話で持ち切りです!

 

 

「――そういうのも素敵! 皆の発想凄いわね!」

「うわ~! 悩む~っ! どんなが良いんだ~!」

「むむぅ~…waRosはどう決めたんですかぁ?」

 

「アタシ達のは結構シンプルよ。アタシが元々戦士(warrior)で」

「私が魔法使い(sorcerer)だったから、それを前後から、ね♪」

 

「「「「「へー!」」」」」

 

 

そしてwaRosのヒミツでも盛り上がる皆を見ていますと、こうして後方で見ているだけで楽しく――。

 

 

「ほっほ~う? 世にも珍しい後方腕組みベル、確保ぉ♪」

 

「ひゃっやわっ!?」

 

 

きゅ、急にルキさんが私をぎゅって!? でも腕組みなんて…! もしかして変に通ぶっているように見えてしまってました…!? そ、そんなつもりじゃ……!!

 

 

「なんかま~た変な勘違いしてるくなぁい? まいいや。ベルもアドバイスおくれ~♪」

「聞きたい聞きたーい! ねえねえベルちゃん、私達ってどんな感じ?」

 

 

ふえっ!? ニュカさんまで! え、えと…! ユニット名の参考になるようにですよね…! そ、その……!  

 

 

「ま、まず御三方とも見た目も性格も全く違いますから…それぞれの良さがありまして…! シレラさんは爽やかな気品があって、ニュカさんは天真爛漫で、ルキさんは気さくな幼馴染みたいで…! 推しポイントしかなくて…!」

 

「ふふっ…!」

「えへへぇ~!」

「や~照れんねぇ~…!」

 

 

おずおずと始めますと、シレラさんニュカさんルキさんはくすぐったそうに…! けれど、『もっと』と言いたげに…! なら、もっと、もっともっと…!

 

 

「けれどだからといってバラバラになることはなくて…! なんと言いますか……心は同じ色の強い輝きを放っていて、寧ろ互い互いにその光を増幅させている…あ、そうです、まるで夜空に並ぶ星みたいなんです…! キラキラとした瞬きが重なり合って、三つ合わされば誰もが目を惹かれるような……!」

 

 

「ほわ……その表現、良いわね…!」

「ね! やっぱベルちゃん…!」

「強いわぁ…。超良い参考に――」

 

 

「そ、それと…結構アグレッシブなところも、私は魅力的に感じていて…! 例えばシエラさんは、先程のダンスレッスンの最中も、新しい振付を模索なされていて…ニュカさんは、ミミックさんとの髪型探しのように1日中どんな時も…ルキさんは無気力に見せかけて、倉庫で歌うとか提案しだす、ちょっと悪な感じが…!」

 

 

「!? それ、ぶつかりかけちゃった時の…!?」

「すっごい見てくれてるぅ!?」

「私のにもそんな評価くれんのぉ…!?」

 

 

「そして、今しがたの実践レッスンも! まるで舞踏会で皆を虜にするシンデレラみたいで、とても綺麗で、ついつい見惚れちゃって、どんな大物相手でも不敵に挑んでいきそうな……――っあ…その、ぁう…!」

 

 

い、い、言い過ぎたかもしれません…! やっと気づきました……御三方が…いいえ皆さんが目を丸くしていることに……! す、すみませんすみません…!

 

 

「や、やっぱりなんでもないです! 私なんかが意見するなんて、しかもユニット名の参考だなんて…! き、聞かなかったことに…!」

 

 

慌てて誤魔化し、口を噤みます…! ぅう……やってしまいました……つい聞かれてないことまで…。絶対、ドン引きされちゃってます…皆ざわついてますし……。

 

 

あ…ほら…シレラさん達も、御三方でひそひそと話し合って頷き合って…。折角私なんかに優しくしてくださったのに、今のできっと幻滅させて――…。

 

 

 

「なら、ベル。()()4()()のユニットなら、もっと話せる?」

 

 

 

「…………へ?」

 

 

え……えと……? シレラさん……今、何と…? 4人…って……シレラさんニュカさんルキさんと、もう一人……って……――ッ!?!?

 

 

わ、わ、わ、私……そこまで察しは悪くないと自分では思ってます……! だから…ですから……シレラさん達の目で、表情で、先のお言葉が何を指しているかが……! 信じられないですけど……でも、シレラさんが、それをなぞる様に!

 

 

「ベル、良かったら私達のユニットに入らない?」

 

「っっッッ!!」

 

 

っっや、やっぱりです!?!?!? へ、え、ふぇっ!? 本当に!? その突拍子も無いまさかの提案に、周囲の皆はざわつきますが……御三方はそれを一身に受けて尚…いえ、寧ろ殊更に胸を張って!?

 

 

「前から話してたんだ~! 組むならベルちゃんも連れてってあげたいなって!」

「ほらベルって歌もダンスも光ってっし、何より守ってあげたい感あるしぃ♪」

 

 

何一つ声が出せない私の前へ、まずはニュカさんルキさんが…! そして、最後にシレラさんが手を差し伸べて…! 

 

 

「ネルっさんへは私達からお願いするわ。だから、ベル。貴女さえ良ければ――」

 

 

こんな…こんなことが……っ!! こんな私が、こんなお誘いを受けるだなんて…! こんな私を、スカウトしてくださるなんて! 

 

 

私、夢を見ている気分で…! 現実で、目の前で起きていることは思えなくて……! だから、だからつい、その手を取りたく、なります――――けどっ!!

 

 

 

「それは、駄目ですっッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「「「え…っ!?」」」

 

 

っあ…! お、思ったよりも大きな声が…! そのせいでシレラさん達がびっくりなされて…いえそれだけが理由じゃないのはわかって…! あ、あの、違うんです! 

 

 

「嫌な訳じゃ、ないんです…! 寧ろそのお誘いは、すごく、すっごく魅力的で、まるで救いの手のようで、とっても嬉しいんです! ネルサ様にスカウトして頂いた時と同じぐらい!」

 

 

慌てて取り繕ったように聞こえてしまうかもしれませんが…本当に私、それぐらいに心が弾んでいて…! 出来ることなら、あの時と同じように肯きたかったです。けれど…!

 

 

「けれど、私が…私なんかが御三方のユニットに混じってしまえば、間違いなく魅力を潰してしまいます。絶対にシレラさん達の足を引っ張って、邪魔をしてしまうんですっ!! だから――!」

 

 

だからこのスカウトは受けちゃいけない…断らなくちゃならないんです! 

 

 

「ベル……」

「でもぉ…」

「おぉう…」

 

 

っあ…ぅう……! シレラさん達のお顔が、差し伸べてくださっていた手が、固まって……! か、悲しませてしまって……! 折角誘ってくださったのに、私、私、なんてことを……! でも、でも――。

 

 

「――アタシ達もベルに賛成ね。勘違いしないで、アンタ達は良いアイドルになれるし、別にネルっさん達の決定が絶対だなんても考えてないから」

 

「えぇ。ただ私達も、三人とベルちゃんは別の形でアイドルになるのが合っていると思うわ。ベルちゃんが庇護欲をそそるのはわかるけれど、ね♪」

 

 

っ! リア様、サラ様!! はい…はい! そうなんです! 私についてはともかく、私もシレラさん達は三人なのが一番素敵だと感じるんです!

 

 

御三方ともとても優しいですから、私を想って誘ってくれたんだと思います。けれど、それは良くないんです。シレラさんもニュカさんもルキさんも優しいからこそ、どうなっても私を見捨てないでしょう。どれだけ失敗してしまっても、きっと。

 

 

でもそうして私のためにパフォーマンスが割かれてしまえば、御三方の本領は上手く発揮できなくなってしまいます。あの見ていて楽しくて、笑顔になれて、元気を貰える魅力が、最大限には輝かなくなってしまうんです!

 

 

私はそんなの嫌です…! 許せないんです! シレラさん達には一切の憂いなく、輝きを振りまくアイドルになって頂きたいんです! ……仮に私が上手くやれたとしても、あの輝きの中に影が…陰ができるだけですから……。あはは……。

 

 

「「「っ……」」」

 

 

ぁぅ……。waRosのお言葉を受け、シレラさん達はようやく手を引いてくださいました。けれどその表情は複雑で、どう続ければ良いかわからないという様子で……。えと…えと……へ? この、カカンッというリズミカルな音は?

 

 

「フフッ! そう心配しなくても良いさ☆ まだ相性確認の期間なんだから!」

「そうよ~。もしシンデレラフィットだったら、すぐベルちゃん追加加入よ~☆」

 

 

思わず音の鳴った方を見ますと、そこには軽い宝箱のステップを刻み終え朗らかに笑うリダさんオネカさんが…! と、リダさんが私へ――。

 

 

「でも良いのかい、ベル? 宣戦布告してしまって!」

 

「ふぇっ!?!?!?」

 

「だって今のそれ、つまりは『シレラ達とは別に、立派なアイドルになってみせる』という宣言じゃないか!」

 

 

えっいやそのっ!? そういう訳じゃ…そういう風に聞こえてもおかしくはない…実際確かにそうなのかもしれませんけど! そ、そんな意図は――。

 

 

「あらあら~☆ なら、三人も応えないと~♪」

 

「「「っ!!」」」

 

「同寮の親友として、最高のアイドルを目指す戦友として、そしてライバルとして、共に助け高め合う。んふふ~♪これからワクワクしちゃうかも~♪」

 

 

って、シレラさん達の方にはオネカさんが! 待っ…あ、あれ? シレラさんもニュカさんもルキさんも顔を見合わせクスリと笑い、オネカさん達へ一礼してから…こちらを…!

 

 

「わかったわベル。ならこれから…ううん、これからも一緒に頑張りましょう!」

 

「私達が先に行って、ベルちゃん引っ張る! あ、もしかして逆になるかも!?」

 

「ちな、もし加入してくれんなら常にバッチこいだかんね~? そこはヨロ♪」

 

 

わ…わわ…! 御三方が、手を私の前に……! 差し伸べてくださるのではなく、重ね合って!

 

 

ハッと気づきリダさんへ、オネカさんへ、waRosの御二方へ視線を動かしますと、皆さんパチリとウインクを! っふふ…! 私も一礼を残して――!

 

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

シレラさん達の手に私も重ね、えいえいおーっと! わだかまりもなく、仲良く! 助けてくださった皆さんも、巻き込んでしまった皆も、微笑んでくださってます!

 

 

なら、次は私が頑張りませんと…! 私のせいでちょっとぎくしゃく気味になってしまった空気を、なんとかして元通りに……! えと、えと、何か話題を…―― 

 

 

「おや丁度いい! ここで皆へ贈り物だ!」

「waRosからよ~。は~いこっちおいで~☆」

 

 

へ? またもリダさんオネカさんがカカンとステップを? そして通路の先へ向け手招きを…あ! あちらから跳ねて来るのって!

 

 

「差し入れ配りのミミックさん!」

 

 

 

 

 

 

うん、そうです! レッスンに向かう際に見かけた、あのミミックさんです! 蓋からかけたプレートを揺らして、私達の傍までぴょんぴょんやって来てくださいました!

 

 

「へえ、ホントタイミング良いじゃない! ほら皆!」

「今日のも美味しいわよ。受け取って頂戴な♪」

 

 

そんなwaRosのお二人の合図の元、ミミックさんは皆へお菓子を渡していきます。貰った子は喜んだり、ブランドを見て目を輝かせたり、早速食べ始めちゃったり! ふふっ!

 

 

そして私の前にも、でも……あっ! ミミックさん、カカンカカンと上手な宝箱ステップの披露を! まるで『もう渡したから、代わりに』と言わんばかりに! 私がここにいることを驚く様子なく! もしかして私のこと、本当に覚えて……!

 

 

「ん? ベルも受け取んなさいよ!」

 

「あ、その…! 私はさっき頂いたので…! 会場から移動する時に…」

 

「あら、もう食べてくれたのかしら?」

 

「いえ、仕舞ってあります…! その、夕ご飯の後に頂こうかと…!」

 

「うふふっ、また大切にし過ぎて腐らせちゃわないようにね♪」

 

「はぅ…! その節は失礼なことを……。今回はしっかりと味わわせていただきます…!」

 

 

平謝りいたしますと、サラ様リア様はクスクスと笑ってくださって…! あ、その間に差し入れ配りミミックさんは、オネカさんの元へ。そして…わっ、沢山お菓子を出して渡しました!

 

 

「わ~んふふ~☆ ありがとね~♪ は~い、皆もwaRosにお礼して~」

 

 

そうオネカさんが箱を軽くポンポンと叩くと、中からは今日レッスンをお手伝いしてくれたミミックさん達が飛び出して! waRosのお二人へ感謝を伝えるように跳ね、嬉しそうに一人一つ貰っていきます! ふふ…可愛い…!

 

 

「わあ~お洒落なデザイン~☆ リダも貰った~?」

「うん、今日最初にね! 味もとっても美味しいよ☆」

 

 

そしてオネカさんリダさんも! 次には二人揃って!

 

 

「リアちゃんサラちゃん、いつもうち達にまで有難う~!」

「ミミック皆の分まであるなんて、感謝してもしきれないよ!」

 

「トーゼン! アンタ達もアタシ達を支えてくれているスタッフなんだから!」

「けれど、いつも迷っちゃうのよね。群体型の子に一つで良いのかしらって」

 

「大満足よ~☆ 群体型の子は身体が小さいから~」

「うんうん! 分け合ってお腹いっぱいさ!」

 

 

そのまま楽しそうに会話をなさる、waRosとリダさんオネカさん…! そのお姿もずっと見ていられるぐらいですが…! 丁度差し入れを配り終えたようで、あのミミックさんがwaRosへ報告するようにぴょんぴょんと。

 

 

「お。終わった? 渡しそびれはないわね? よーしよし!」

「良い子良い子♪ 余りは好きにしちゃって良いわよ♪」

 

「おや? 皆も早速戻って食べたいのかい?」

「んふふ~良いよぉ~。今日はお疲れ様~♪」

 

 

その言葉を受け、差し入れ配りミミックさんとレッスンを手伝ってくれたミミックさん達は、一緒にぴょんぴょん跳ねながら帰っていきます。こちらへ手を…蓋を?振るようにしながら! 私達も揃ってそれに返します! 有難うございました!

 

 

おかげでぎくしゃく気味な空気もいつの間にか元通りになっていますし、本当ミミックの皆さんには感謝してもしきれません! 私も見倣って、今度こそ何か話題振りをしませんと! えぇと…!

 

 

何が良いでしょう……先程良いタイミングで入って来てくださった差し入れ配りのミミックさんや、リダさんオネカさん、waRosを参考にすればきっと……あ。

 

 

「…あ、あの…! 急に話は変わっちゃうんですけど…! さっきのレッスンの時…リダさんとwaRosのお二人っていつから待機なされて…? オネカさんとトレーナーさんは事前にご存知みたいでしたし…」

 

 

「あ、それ私も気になります! 絶妙なタイミングでの乱入でしたし!」

 

 

気になっていたことを思い出し口にしますと、シレラさんを始めとした皆も賛同してくださいました…! やっぱりあの乱入はビックリしましたし、格好良かったですから…!

 

 

「おや、気になっちゃうかい? それじゃ、種明かしといこう☆」

「トレーナーさんへはうちからこっそり伝えたんだけど、実は~♪」

 

 

そんな私達の視線を受けて、リダさんオネカさんは軽く溜めて――waRosへと! そして満を持して、リア様サラ様はフフン♪と笑みを!

 

 

「最初からよ! ずっとリダの中からこっそり見てたわ!」

「邪魔しちゃ悪いもの♪ 皆、素敵なカバーだったわよ♪」

 

 

はうっ…!! な、なんかそんな気はしてましたけど……まさか本当に…! でも、私のお耳汚しだけをご覧になられてなくて良かったです……!

 

 

「えへへぇ…! 御本人登場ってあんなこそばゆいんだぁ…!」

「「「ね…!」」」

 

 

ニュカさん達、waRosの曲を披露した皆は揃って可愛く照れたように…! ルキさんもなんだかくすぐったさから逃げるように私へ!

 

 

「しかも最後はネルっさんとwaRosのコラボとか、ベルは私達以上にテンション上がったんじゃな~い?」

 

「ふふっ、はい! それはもう! 夢のようでした!!」 

 

 

waRosに、ネルサ様に引っ張って頂いたあの時だけは、なにも怖がらず強張らず、ありのままに想いの限り歌えた気がして! …それがレッスンで出せれば本当に良かったんですけど……――っ…!?

 

 

「あ、あの…! 流石にないとは思いますけど……ネルサ様って、いつから……」

 

 

「おや! ベルったら勘が良いね! 実は彼女も最初から、魔法で隠れてこっそりとね☆」

「なんなら一番乗りしてたかしら~。でも諸々のお喋りでそのこと話しそびれた感じよ~♪」

 

 

え…ええええええええっ!? や、やっぱり!?!? それに気づいているなんて、流石はミミック……。って、ということは!!!

 

 

「じゃ、じゃあ私の……ネルサ様にまで……!?」

 

 

「ま~…そういうことになるわね!」

「頑張ってる姿、可愛かったわよ♪」

 

「ぁぅぁぅぁぅぁぁうぅ……!」

 

 

リア様サラ様がすかさずフォローをしてくださいましたが……わ、私……顔を赤くして良いのか青くして良いのかわかりません……! スカウトしてくださったネルサ様に、なんて姿を……!!

 

 

はぅぅぅぅ……。せめて皆が笑ってくださるのが救いですぅ……。

 

 

 

 

 

 

 

「――間違いないし! あのシャウトならダンスも振り切っていいし!」

 

「えぇ、私もそう思うわ。痺れるシャウトだったもの! ベルはどう?」

 

「は、はい同じく! あれ、雷に触れたと思うぐらい全身にビリビリ来ましたし! そのままエネルギッシュなダンスが続いたら、もう痺れに病みつきに!」

 

「ナハハ!大袈裟だってベル! あーでもその通りだよねぇ。けど息が続かなくて体苦しくてさぁ」

 

「へえ? ならwaRos流呼吸法レッスン教えてあげるわ! 寮着いたらボイトレルーム行くわよ!」

 

 

で、でも……話を振った甲斐はありました…! 皆さん今しがたのをきっかけに、話題は先程の実践レッスンに。それぞれの良いトコや直すべきトコを皆で言い合ったり、現役なリア様達からアドバイスを頂いたり…!

 

 

しかも、そこに私も交えてくださるんです。あんな醜態を晒してしまった身なのに…! ですから私も、まっすぐそれに応えまして…! こんな私の意見なんて参考になるかはわからないんですけど…それでも…!

 

 

そして私も、皆さんへアドバイスをお願いさせていただきまして…! 主に緊張しないコツを…! 皆さん色々意見をくださり、とても参考になって…!!

 

 

例えば、先輩アイドルの立ち姿の真似をしてみる、とか…最初から自分の世界に入っちゃう、とか…緊張している自分を受け入れて寧ろアピールポイントにする、とか…! 難しそうですけど、それが出来ればきっと…!

 

 

更には、緊張に慣れるまでの練習に付き合ってくださるという方まで……と言いますか、その場の皆さん全員が、本当に一人残らず立候補してくださって! 嬉しいと言いますか畏れ多いと言いますか私なんかに手間を割いて頂いて申し訳ないと言いますか…でもやっぱり、とても嬉しくて!

 

 

そう、本当に一人残らずだったんです! はい、ですから…リダさんオネカさんもそう言ってくださったんです! 勿論、社交辞令かもしれませんけど……それでも有難くて!!

 

 

あ…ふふ…! さっきのを思い出してしまいました…! リダさんオネカさんの…! その緊張しないコツを皆さんにお聞きしました際、王道の対処法も勿論挙げてくださったんです。例えば、手に人を書いて飲み込むとか、『アマリリス』を三度繰り返す、とか…!

 

 

その中で、観客をカボチャだと思う、というのも挙がったんです。これもよく聞く対処法ですけど…私、ちょっと上手くできなくて…。カボチャでもジャガイモでも、その、違和感が……。

 

 

でも、リダさんオネカさんが面白い変更案を出してくださったんです! それはなんと…『観客を宝箱だと思う』というアイデアで!

 

 

はい、何が違うのかというツッコミもごもっともで。実際それを聞いてすぐは皆さん首をお捻りになられてましたし、何を隠そう私もでした。けれどリダさんオネカさんは微笑み――。

 

 

「フフッ、ベル? 社長とアストちゃんの…M&A(ミミン&アスト)のライブと紐づけてご覧?」

 

「M&Aの……あっ!? ぼ、『ボックス席』!?」

 

「んふふ~☆大正解~♪ ど~お? M&Aの気分になれるかも~♪」

 

 

そう真意を明かしてくださったんです! そうです…かのM&A初ライブの、関係者席! ミミックで、宝箱で埋め尽くされた、ミミックボックス席! 宝箱観客アイデアは、それと同じになるんです!

 

 

ですからつまり、先輩アイドルを…M&Aの立ち姿を真似しやすくて、あの素敵なM&Aになれる気分で挑めるかもしれないんです! それなら、難しそうな緊張に慣れるコツの一つも、実践しやすそうで! 次の機会で、絶対試してみます!

 

 

…ふふふっ! ここでもリダさんオネカさんに救われてしまいました。何度でも思います、お二人はやっぱり凄いって! しかもそう感じているのは私だけじゃないんです。他の皆もなんです!

 

 

「ダンスと言えばさ、あれヤバかったよね! リダさんのダンス!」

「うん! スタイリッシュで、リアさんに合わせるように守るようにで!」

「『やるわね!』『そちらこそ!』って目で会話しててね!」

「お二人共恰好よかったぁ…♡ 私、歌飛んじゃったもん…!」

 

「だってさリダ。アンタも罪作りねぇ?」

「フフッ、リアには負けるさ☆」

 

「リダさんもだけど、私はオネカさんのダンスにもびっくり!」

「わかる! あんな動き出来たんだってぐらい、情熱的で綺麗で…!」

「でもその間には、サラさんと一緒に私達の手を取って…!」

「優しくダンスのリードをしてくれてね…!! きゃー♡」

 

「あらあら♪ オネカ人気も競ってきたわね♪」

「あらぁ~。うちは別に良いのに~んふふ~…☆」

 

 

ほらあんな風に、皆がリダさんオネカさんを推すぐらいに! それだけ凄かったんです、それだけ凄いんです、あのお二人は! ふふっ、私のことじゃないのになんだか誇らしくなってしまいます!

 

 

へ? もやもやしないのかって? いえいえいえ!? お二人の凄さが私だけじゃなく皆に知れ渡ることも、私なんか以上に脚光を浴びることも、とっても嬉しい事です!

 

 

ですから……良い機会ですし、もっとお二人の凄いところを、私の知っている限り、皆にお伝えしましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、先程のライブ直前も! 俯いていた私と顔を合わせるように、椅子の下からひょっこり華麗に現れてくださいまして! ライブへと誘ってくださったんです!」

 

「へぇ! そんなことしてたとはね!」

「ミミックらしい素敵な登場じゃない♪」

 

「本当そう思いました! びっくりで憂鬱さも吹き飛びましたし、椅子下から出てこられる所作を追って自然と顔を上げられましたし! そしてちょっと揶揄うような、けれど格好いい台詞と微笑みが、まるで華麗な騎士様のようで…!」

 

「成程…参考になりそう!」

「騎士様って感じわかる!」

「もっと詳しく詳しく~♪」

 

 

ということで、まずはリダさんから! 今まで、今日の先程に至るまでの感動したエピソードをかいつまんでお話いたしますと、リア様達もシレラさん達も皆さん聞き入ってくださってます! なら、もっともっと――!

 

 

「あはは…そこまで語られちゃうと流石にくすぐったいなぁ…」

 

 

っは…! や、やり過ぎてしまいました…!? リダさん頬をお染めになって、身体をなんだかいつもより箱にお隠しになって…! ご迷惑となるようでしたら、これ以上は……。

 

 

「んふふ~☆ もっと褒めたげてベルちゃ~ん♪」

 

「ちょっオネカ!?」

 

 

えっ!? まさかの後押しが来ました!? 驚くリダさんを余所に、オネカさんはふふん♪とお胸をお張りになって自分のことのように。

 

 

「リダは優秀なのよ~☆ 訓練でも皆を率いてくれて、優良ミミックの社長表彰を幾度も受けたぐらいなんだから~」

 

 

ふふっ! 優良ミミックの基準は私には分かりませんが…それでも、その表彰がリダさんへ送られてしかるべきものだということはわかります! それに――!

 

 

「それに、歌も上手だし~♪ カラオケで歌う時は必ず高得点だったでしょ~?」

 

「へえ! それは初耳ね!」

「歌までお上手なんですか!?」

 

「そうなんです! 私と一緒に歌ってくださって、とっても綺麗な歌声で…!」

 

 

オネカさんの一言に驚く皆さんへ、私もそう頷いてみせます!だってハミングに入ってくださるだけでも、清らかさと麗しさが伝わって来るほどなんですから!

 

 

「いやいや…! ボクは他の子に誘われて歌うぐらいで…! キミ達プロと比べたら大したものじゃ……」

 

 

皆さんの視線を浴び、流石のリダさんもまだお照れになったまま。そこへオネカさんが間髪入れず…!

 

 

「んふふ~☆ 歌ってみてあげたら~?」

 

「ぇと……恥ずかしいよ…! もう!」

 

 

ぁぁ…。却下されてしまいました。残念ですけど、仕方ありません。無理強いしてまで歌って頂く訳には――。

 

 

「あら~。もしかして、ソロの気分じゃない~?」

 

「そういう問題じゃないってば! …それもちょっとあるけどさ」

 

 

って、オネカさん食い下がってます!? そ、その、これ以上はリダさんにご迷惑がかかりますから…かかりますし……かかりますけど……――いえ…でも……!

 

 

「な、ならえと…! 私と一緒なら、どうですか? いつもみたいに…!」

 

「えっ!? ベル!?」

 

 

は、はい! 私です、立候補しました! リダさんの、デュエット役に! オネカさんがこっそり合図してくれたのに乗っかった形なんですけど…その…!

 

 

リダさんにご迷惑をかけたくはないのはそうなんですが……それと同じぐらい私、リダさんの素晴らしさを皆さんに知って頂きたくて! あとは、そもそもこんな話になってしまったのは私のせいですから、話を振ってしまった責任的な感じで、ですから…あの……。

 

 

「……駄目で、しょうか…?」

 

「だって~リダ。どうかしら~☆」

 

「オネカまさか…! ――けど…フフッ…!」

 

 

オネカさんを軽く睨むリダさん…! ですが、すぐに私の方を見て嬉しそうに微笑まれて!

 

 

「こんなに安心できるお誘いはないね! よし、ボクも勇気を出そう!」

 

 

リダさん、普段の調子に戻られました! そして紳士のように私へ手を差し出してくださって!

 

 

「一曲、いつものようにお付き合い願えるかな?」

 

「――! はい、喜んで!」

 

 

その手に、私も手を重ねてお応えして…あ、いつものようにですから…よいしょ!

 

 

「きゃっ!? べ、ベル?! 何するんだい!?」

 

「へっ!? あ、ご、ご迷惑でしたか!? その、いつもみたいに…」

 

 

良かれと思いまして、抱っこを…! リダさんが珍しい悲鳴を…! あわあわしちゃっていますと、オネカさんが…!

 

 

「あらあら~♡んふふ~♡ そ~んなことしてたの~♡」

 

「ぅっ…!」

 

「いつも言ってたもんね~。社長みたいな抱っこされたいって~☆」

 

「オーネーカぁ…!」

 

 

な、なんか弄られてます…! いつも慈愛の塊のようなオネカさんの珍しい小悪魔フェイスに弄られて、いつもクールで騎士のようなリダさんが乙女のように頬を染めてます……!

 

 

隠されていたんですね、この抱っこのこと…! ご、ごめんなさい私のせいで、すぐ降ろしま――。

 

 

「…いや、このままいこうベル。バレてしまったものは仕方ないしね」

 

 

ふぇ…リダさんお顔を伏せて手でお隠しになって……。迷惑に迷惑を重ねてしまってごめんなさ――。

 

 

「けれど、責任は取って貰おうか。いつものように、ボクを抱きしめ包む素敵で楽しい歌声、期待してるよ?」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 

リダさん、いつのまにか私の方を向いて、私の唇へそっと触れて…! 先程までの乙女っぽさは何処かへ消え、クールで騎士様のリダさんに早戻りしてます! あ、でもお耳がまだ真っ赤で…! へ、ひゃ…!?

 

 

リダさんのお耳を見ていたら、私の耳にリダさんの唇が……!! な、何か耳打ちを…!? ――は、はい、はい…ふふっ!

 

 

「わかりました! えっとそれでまずは、何を歌いましょう?」

 

「そうだね、キミも大好きな『箱から飛び出た宝物』にしようか!」

 

「はい! では――1、2、3、4!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――キミこそが♪ 宝物♪ そのまま真っ直ぐ♪飛び出してゆっけ!!♪」」

 

「「「「「おおお~っ!」」」」」

 

 

リダさんと一緒に一番を歌いあげ、M&Aのようなポーズを取って決めてみせます! 良かった…! 楽しく歌えました! 皆褒めてくださいます! 

 

 

「リダさんマジで歌ウマ~!」

「アカペラで格好良すぎ!」

「二人とも息ピッタリ!!!」

 

「突発ライブかと思った…!」

「あの子デビュー前なのよね?」

「ってあの人、リダさんじゃ?」

 

 

しかも、今のを聞きつけ近場のスタッフさん達まで顔を出されて! 皆さん拍手を! あはは……! なんだか私までくすぐったいです…!

 

 

「んふふ~☆ なんだかうちも鼻高々~☆」

 

 

そしてオネカさんもまた、にこにこと微笑まれています。――それでは、リダさんと頷き合いまして!

 

 

「さあ、オネカの番だよ! 準備はいいかい?」

 

「ふぇ? へ~~~!????」

 

「『子守歌のオネカ』さんのあの歌声も、是非皆さんに!」

 

 

先程耳打ちでお聞きしましたオネカさんの異名を交え、私も続きます! オネカさんは目を丸くなされて!

 

 

「なんでベルちゃんがそれを…~!? リダ~!?」

 

「フフン♪ ボクのことをバラしたんだ、次はキミの番だろう?」

 

「それは~…まあ~…そうかもだけど~…。でもうちはそんな~…」

 

「おっと! 逃がさないよ!」

 

 

言うが早いか、リダさんは私の腕の中を飛び出して行きます! そして後ずさりしていたオネカさんの背後へ瞬く間に回り込み!

 

 

「まずはキミも、ベルの抱かれ心地を味わうといいさ!」

 

「ひゃああああ~~~!?」

 

 

カンッとオネカさん入りの宝箱を弾き上げ、空中で弧を描くようにポーンッと飛ばしました! その落下位置には――キャッチ!

 

 

「捕まえました!」

 

「べ、ベルちゃん~!?」

 

「ふふ…! お姫様抱っこのお礼、と言いますか…!」

 

 

腕の中で、オネカさんを優しく抱き留めます! リダさんへするように丁寧に、あの時助けて頂いた感謝を込めて、ぎゅううっと! そして、お願いを…!

 

 

「今度は失敗しませんから、どうか二番を一緒に…!」

 

「もう~…二人共~。うちを手玉にとって~…!」

 

 

くすぐったそうに、けれど何処か心地よさそうに肩を竦めるオネカさん。そっと私の腕に手を重ねて…あ、優しくリズムを刻んで! 乗って来てくださいました!

 

 

「そうなのよ! オネカさんも歌が上手で!」

「さっきベルちゃん助けてたぐらいだし!」

「まあ聞いてみそ~☆ 慈愛の歌声に驚け~♪」

 

 

シレラさん達がオネカさんの実力を他の皆へ広めてる中、私とオネカさんは皆さんへ向き直ります! そして二番イントロを始めてくださっているリダさんから引き継ぎまして――1、2、3、4♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それでね、どんな猛っているミミックも、オネカの歌の前では子供のように穏やかにうとついてしまうんだ。その腕から、よく宴会カラオケのトリを任されていてさ!」

 

「だから『子守歌のオネカ』!」

「すっごぉ! でも納得な二つ名~!」

「そりゃぁ私もコロッと寝れちゃう訳で♪」

 

「勿論ミミックとしての腕も確かなものだとも! それにアストちゃんから訓練支援役リーダーに抜擢されていてね! その腕は遺憾なく発揮しているだろう?」

 

「はい、それはもう! 繰り返しになっちゃうんですけど、さっき私を探しに来てくださった時なんか、もうまるで女神様のようで…!」

 

「女神様感わかる! ホント良い時に助けてくれるんだから!」

「レッスン中、どれだけ慰めて励まして貰ったことか!」

「ママやお姉ちゃんみたいに撫でてくれるの好き…♪」

 

 

ふふっ! 皆さん、オネカさんを褒めに褒めちぎってます! つい先程のオネカさんの歌も、万雷の拍手で終わるぐらい素敵でして。その興奮が、普段お世話になっている想いを溢れ出させてしまっているんです!

 

 

「もう~…ごめんてば~リダぁ…。許してよぉベルちゃん~皆ぁ~…」

 

 

その勢いに押され、オネカさんは身を縮ませてしまっています! 比喩ではなく本当にです。私の腕の中で、箱の中にほとんど隠れてしまっていますから! そんなお照れになった姿も普段とのギャップで可愛らしくて、まさに――。

 

 

「ほらほら~。やっぱオネカさんアイドル向きじゃん?」

「ルキ正しいわ! 優しいし歌もダンスも上手だし!」

「リダさんも絶対アイドルやれそう! 格好良さ担当!」

「どっちがデビューしても人気確定だし、推せる~♡」

 

「も~……!」

「んっ!? えっ、ボクもかい!?」

 

「はい、私もそう思います! オネカさんは愛情たっぷりに背を押してくださって、リダさんはそのスタイリッシュさで手を引いてくださって! 見ている方々を…私のようなファンを、前へ進ませてくださるアイドルになれると思います!」

 

 

私が大好きな、私の救いになってくれた、最高なアイドルの方々のように!……とまではちょっと恥ずかしくて言えませんでしたけど…! 私も心の底からの想いを、お二方へ――あ…。

 

 

ちょ…ちょっと興奮し過ぎたかもしれないです…。お二方揃って…オネカさんは箱に籠り気味のまま、リダさんも蓋を少し被るようにして、沈黙を…! ぁぅ……また私が空気を悪くして――。

 

 

「コホン! ところでオネカ! ベルの抱かれ心地はどうだい?」

 

「…んふふ~☆ それも謝らないとね~。ベルちゃん最高~♪」

 

 

ひゃっ!? 急にリダさんが蓋を開いて、オネカさんも身体をお出しになって!? ……あれ、お二方共、お耳がちょっと赤…あれ、普通に? 気のせいでしょうか…?

 

 

「フフッ、ボクが内緒にしたがった理由もわかるだろう?」

 

「わかる~☆ もう少し抱っこして貰っちゃおうかしら~♪」

 

「あ、はい! それは全然、是非!」

 

 

いくらでもオネカさん抱っこします! 少しでも日頃の恩返しになれば幸いですし! ――ですけど…。

 

 

「おっとベル、ボクの分も残しておいてくれよ? なんてね☆」

 

 

リダさん……やっぱりいつも通りに気丈に振舞われていますが、なんでしょう…。何処か少し、ほんの少しだけ、残念そうな感じが……――えと、オネカさん、お耳にご相談が…!

 

 

「なぁに~? ――ふんふん、お~♪んふふ~♪ ベルちゃん優しい子良い子良い子~♪ えいっ☆」

 

 

早っ!? 私を撫でてくださりながら、オネカさんは手を触手にして勢いよく伸ばします! その先は――。

 

 

「ふぅ、さて! そろそろ皆を寮へお連れしないと――わっと!?」

 

 

リダさんです! 触手はリダさんを掴み、こちらへ勢いよく引っ張り……よいしょ!

 

 

「わぷっ…! なんだい急に!? って、えっ……!?」

 

「リダボロボロよ~☆ ベルちゃんにまで隙を突かれちゃって~♪」

 

 

隣に到着し、目を丸くなさっているリダさんへ、オネカさんはクスクスと。そうです、リダさんが引っ張られた先は、私の胸、腕の中。私は今、リダさんとオネカさんを同時に抱っこさせて貰っているんです!

 

 

別に抱っこするのは誰か一人だけというルールはありませんし…! お二人同時に抱っこできれば、お二方ともに喜んで頂けるかなと考えまして……っとっと…!

 

 

「ちょっ、ベル大丈夫かい!?」

「無理しなくて良いのよ~?」

 

 

い、いえ! 無理なんかは! 重くもありませんし! ただ、宝箱を二つ抱えるのは……片腕で1人ずつ支えるのは……慣れてませんからバランスを…とるのが…ととと…!

 

 

で、でも、絶対落としません! 何があっても、お二方を抱っこし続けます! ただ、その、当たり前ですけど本末転倒ですけど、流石に両手での安定具合と比べてしまったら――……。

 

 

「抱かれ心地は……悪いですよね」

 

「そんなことは……あれ、本当に…!」

「あら~? 変わらない抱かれ心地~!」

 

 

えっ…!? ほ、本当ですか!? 俄かに信じがたいですけど…お二方に嘘をついている様子はありません…! それぞれ片腕だけでも、ミミックさんが落ち着く抱え方が出来てるんです!?

 

 

「「「「「頑張れ~!!」」」」」

 

 

わっ、皆さんからも声援が…! は、はい! 頑張ります! バランスさえしっかり掴めれば……こんな……感じで……っと!

 

 

「「「「「おおお~っ!!」」」」」

「ベルちゃんスゴ~!カッコいい~!」

「こりゃ~両手に花ならぬ~?」

「両手に箱って? ふふっ確かに!」

 

「これは驚きだよ! テクニクシャンだね!」

「アストちゃん超えのミミックたらしかも~♪」

 

 

ピシリと立つと、皆さんから歓声を頂いて…! ふふ、やりました…! お二方を一緒に抱っこすることが……これ、抱っこでしょうか?

 

 

「面白いじゃない! それ、実践レッスンに活かしなさいよ!」

「うふふっ♪ 手始めに、このまま寮まで凱旋しちゃう?」

 

 

リア様、サラ様…!! 名案を有難うございます! これを基礎にすれば、ミミックさんの乱入を捌けて、警戒し過ぎる必要はないかもしれません! そのための訓練として…ぇと…。

 

 

「フフフッ! エスコート、宜しく頼むよ☆」

「身体伸ばしてないのに視線高~い♪」

 

 

――っ! はい!! リダさんオネカさんの御厚意に有難く甘えさせて頂きます! 腕はまだ全然保ちますし、このまま進んで――。

 

 

「ん? ベル、もっとこっち寄んなさいな」

「そこ、花瓶あるわ。ぶつかっちゃうわよ?」

 

 

え、あ、本当です…! 高めのテーブルの上に花が飾られてました。お二方を抱っこしている分、視界がちょっと狭くて。それとまだ歩くのは慣れていないので、気づかずふらふらと寄ってしまっていたみたいです。

 

 

リア様サラ様が教えてくださってなければぶつかってしまっていたかもしれません。――いえ、多分それがなくとも…!

 

 

「もしもの時はボク達が守るさ☆」

「守ってくれてるお返しよ~♪」

 

 

ふふっ! リダさんオネカさんがいらっしゃいますから! とはいえ花瓶に近いと危ないのは変わりないですし、皆さんの元へ寄りませんと。ちょっとくるっと回って向きを―くにゃっ!?

 

 

「「「「「あっ!?」」」」」

 

 

あ、足が縺れ――身体が倒れ―…!? 駄目――転―…でも―正面に倒れるのだけは―絶対――!

 

 

「わっと…!?」

「あら~…!?」

 

 

間に合っ――! 身体捩って――後ろへ――! 背中から―なら――っあ…花瓶――!?

 

 

「ベ――!」

「待っ――!」

「ちょ――!」

 

「「「「「危なっ――!」」」」」

 

 

 

「きゃあああああっっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っい…! やっちゃった…!?」

「背中からいっちゃってた……!」

「しかも思いっきり花瓶に――!」

「な、なんかでも一瞬で花瓶と台…?」

「音もそんな…。ってそれどころじゃ!」

「大丈夫!?怪我してな――わぁ…!」

「おぉおおおおおおおおぉお~!!?」

 

 

ぁぅぅ……。て、天井が見えますぅ……。それと、次々と覗き込んでくださる皆さんのお顔も……へ…? 何故か皆さん、感動寄りの興奮と言いますか…エモさを感じているようなお顔を…はぱ…!?

 

 

な、何か顔に降ってきました…!? あ、誰かがとってくださいました……あれ、これって花…? あっ! か、花瓶の!!!!

 

 

ど、ど、どうしましょう!! もしかして花瓶を割ってしまって!? 弁償しませんと! いえそれよりも! 破片がリダさんオネカさんに刺さってしまってたら……あ、あれ?

 

 

でもそういえば……花瓶が割れたような音はなかった気が…? それに……身体、全く痛くないです。花瓶の破片が刺さった痛みどころか、転んだ痛みすらありません。寧ろなんだか、むにゅんと反発した何かの感触が、まるでベッドみたいに――。

 

 

「ごめんよ、ボク達としたことが……」

「反応遅れちゃって…怖かったよね~…」

 

「ひぁん!? ……えっ!? えっっ!?!?!?」

 

 

こ、声をかけられて……両耳にほど近い位置で囁かれ、ようやく気付きました…! リダさんとオネカさんが……倒れた私を腕枕するように!?

 

 

もしかして…この背中の感覚、お二方の手…もとい手が変じた触手!? お二人共身を挺して私を守ってくださって……!? そ、それじゃあ台と花瓶は…!?

 

 

「安心して。両方ともこの通り無事だとも」

「お花大分撒き散らしちゃったけどね~」

 

 

あ…! お二方のもう片手のそれぞれに、台と花瓶が掴まれてます…! どちらも欠けることなく床に安置されていて…! と…いう事は……私が倒れるまでの一瞬の内に、台と花瓶をどけて、且つ私を守って――お花? わわっ!

 

 

本当です…! 花瓶に入っている花は大分減っていて、私やリダさんオネカさんの周りに散らばっています! 起き上がって拾わないと――ひゃわっ…!

 

 

「痛いところない~? 良かった~…本当良かったぁ~…!」

「ふぅ…! 花のように美しいキミを守れてよかったよ」

 

 

お、オネカさん頭撫で撫でがいつもより過剰というか…! リダさんも私の頬のラインを、花を摘まんだ手で優しく……ハッ…!

 

 

み、皆さんがエモみに溢れた顔をしている理由がようやくわかった気がします…! こ、この状況…! 多分、多分ですけど……横たわった私を腕枕で寝かしつつ可愛がるリダさんオネカさんが花々で彩られているこの状況が――!

 

 

「なんかエモ度高ぁ~♡」

「カッコ可愛い……!」

「最強の怪我の功名だー!」

「ベルちゃん風に言うと~」

「騎士と女神が守るお姫様!」

「まんまポスターにできそう!」

「お願い一枚撮らせて!」

 

「リダとオネカをぎゅっと抱えてるのがまた…!」

「まるで大切な花束みたいでね♡ ポイント高いわ♪」

 

 

や、やっぱりですぅ!? 皆さん、リア様サラ様まで…! はぅぅ……リダさんオネカさんはともかく、私のはただのドジですからぁ……ぁぅぅぅ……!

 

 

「フフッ。それにしてもベル、よくボク達を離さなかったね。それどころか――」

「うち達を守るために、身体の向きまで変えてガードしながら倒れちゃって~」

 

 

顔を真っ赤にしてしまっていますと、リダさんオネカさんが私を立ち上がらせてくださいながら、箱を抱える私の腕をそっと支えてくださいながらそんなことを。それは……。

 

 

「その、絶対に落とさない、って…何があってもお二人を抱っこし続けるって、心の中で誓ってまして……。お二人が安らいでくださる抱っこですから、それだけは崩しちゃいけない、守らなきゃって、無我夢中で……」

 

「「……!」」

 

 

……でも、結局守ってくださったのはリダさんオネカさんの方で…。寧ろ手間どらせてしまったかもしれなくて、転んだ私の責任なのに――あ…もしかしたら…。

 

 

私がこうしてお二方を手放さなかったから、ミミックにとっての足である箱を抑えてしまっていたから、対処が遅れて……。なら、守るつもりが私、最悪な事を……その、ごめんな――ひゃむ…!?

 

 

「――ううん、ベル。その誓いが何よりも、この世の何よりも一番嬉しいよ。惚れてしまうぐらいに」

 

 

り、リダさん…!? 手にしていた花で、その裏に隠した人差し指で私の口をそっと止めて…!? そのまま今度は頭を撫でてくださって……!?

 

 

「ね~。うち達を身を挺してまで大切にしてくれるなんて~。本当、ミミックたらしなんだから~♡」

 

 

お、オネカさんも!? しかもさっきのリダさんと交代するように、私の頬から顎のラインをつうぅって…ひゃわぁああっ…!? そ、そこ首筋で……で……で……でも…!

 

 

「でも、落としませんん……!」

 

「おや! フフッ、やるね!」

「んふふ~堕とし返し失敗~♪」

 

 

今のでつい緩みかけた腕に、力を籠め直します…! あ、危ない所でした…! も、もう! お二方共!! 怪我しないよう守ってくださって有難うございます!!!

 

 

「――ね。話戻っちゃうんだけどさ…!」

「ん? どの話? あ、もしかして…!」

「もー。折角リダさんが話変えたのに?」

「けどさけどさ、やっぱ皆思うでしょ~」

「こんな見せつけられちゃったらね♪」

「わかる…! ビタハマりしてるの…!」

 

 

ふぇ…? リダさんオネカさんに花瓶と台を戻して貰ってから皆さんの元へと戻りますと、なんだかひそひそと盛り上がっています…? しかも私達のことみたいで、皆さんがなんだかチラチラと見て来て……な、なんかやってしまって……いえやってしまったんですけど……!

 

 

「ちゃうちゃうベル。そういう系じゃなくてさ~♪」

「さっきのリダさんオネカさんアイドルの話ー!」

「ふふ♪ 今のを見て、皆で感じたことがあるの」

 

 

つい身を小さくしかけていますと、ルキさんニュカさんシレラさんが。そういえばそのお話をさっきまでしていました。けれど、それが今のとどんな……。

 

 

と、お三方は皆さんと笑い合って。そしてまたも順番に、リダさんオネカさんへも――。

 

 

「もしお二人がアイドルになられるならぁ♪」

 

「ソロとかコンビでとかもアリだけどー?」

 

「ベルとユニット組んだら素敵かも、って!」

 

 

「ふぇっ……ええええええええっっっっ!!?!?!?」

 

 

「おおっと!」

「ぽよ~ん♪」

 

 

あっ…! び、ビックリし過ぎて腕に思いっきり力を入れてしまいました…! そのせいで箱が跳ねて、リダさんオネカさんがちょっとぽいんって、御免なさい…! で、ですけど!

 

 

「ほら今のとかも☆ 私ら完敗だわ~なんちて♪」

「デビューしてほしー! 絶対虜になる自信ある!」

「ちょっと二人共…! でも、異論なんてないわね♪」

 

 

いえいえいえいえいえ!!? ですからそんな、そんなことは! これがおしゃべりの延長線の他愛もない冗談話だってことは勿論わかってます! わかってますけど、そうだとしても!

 

 

「私なんかじゃお二方とは釣り合いませんし……! もしアイドルになられるなら、もっと良い御方が――」

 

「へえ? さっきあんなデュエット見せつけてきてよく言うわねぇ?」

「もしかして無意識かしら? ベルちゃんなら不思議じゃないけど♪」

 

 

えっ…!? リア様サラ様…!? そ、それはどういう……? 

 

 

「それぞれに合わせて声の調子大分変えてたでしょうが! リダに合うクール調、オネカに合うパッション調で、どんなズラシも平然とこなして! おかげで交替時もユニゾンもハモリも、違和感が欠片もないのにゾクゾクするったら♪」

 

「かといって盛り立て役に徹することなく、ベルちゃんらしいキュートさを常に、二人の誘いに乗って更に振りまいちゃって♡ だから膨らみのある心躍るハーモニーに仕上がっていたし、何より三人共、とっても楽しそうだったわ♪」

 

 

そ、それは……! お二人の素晴らしい歌声を120%活かすために、そうすべきかな、と……! かといって身を引き過ぎたら曲が台無しになりますから良い感じになるようにと、確かに心の何処かでは考えてはいましたけど……そ、そんな大それたものではなくて……!

 

 

結局楽しさに呑まれちゃって、しっかり出来てたかわかりませんし……! 結局は御二方に引っ張って頂いたから――。

 

 

「ハハッ! やっぱりそうだよね! あの時ボク達はリードして貰ってたんだ!」

「はへ~~! だからなんだか歌いやすかったんだ~! 流石はベルちゃん~☆」

 

 

って、リダさんオネカさんまで!? い、いえいえいえ!? わ、私じゃなくお二方が――へ…お二方が、微笑み合って……?

 

 

「――うん、やっぱり。ベルと一緒ならアイドルやるのも良いかもね♪」

「いっそネルっさんにスカウトして~って直談判しちゃう~? なんて~☆」

 

「ええええっ!?!!? そ、それは、その!」

 

「おや、ボク達とは嫌かい?」

「そんな~。うち達、寂しい~…」

 

「い、嫌なんかじゃないです! もし本当だったらとってもとっても嬉しいです! ですけど、ですから、私じゃお二方と釣り合わ――」

 

「ふむふむ、ならベルを釣り合わせれば良いってことかい?」

「んふふ~リダ名案~♪ ベルちゃんの凄いとこ言ってこ~♪」

 

「ひゅっっっ!?」

 

「じゃあボクからいこう! ベルはサラッと胸を打つことを言ってくれるんだ。その純粋な一撃にボクの照れ隠しが幾度返り討ちに遭ったことか!」

「うちの番~♪ ベルちゃんはシャイに見えて、実は心に芯がしっかりあって~♪ 怖いことがあってもへこたれなくて~♪」

 

「ちょっ、ちょっ、ちょっっ!?!? 待って、待ってください…!!!? お願いですから待って……!!」

 

 

慌ててぎゅうっと箱を抱きしめ直し、一旦お二方を止めます……! えとその、色々、言いたい、んですけど、あの、えっと、これは、それって、そうじゃなくて、あれ、この、多分、これって――。

 

 

「も、もしかして…し、仕返し…だったり、します!?」

 

 

「さあ?どうかな?」

「んっふっふ~☆」

 

 

わ、わ、悪い笑みですぅ!!? リダさんオネカさんの悪戯顔です!!! さっきまでの褒めちぎりの仕返しで当たってるみたいです!!!!!

 

 

「そうだ、皆にも聞いてみようか!」

「ベルちゃんを褒め殺しちゃお~♪」

 

「やるやるー! ベルちゃんは可愛いー! 良い子ー!」

「いよっ、褒め上手~♪ いつもの仕返し食らえ~♪」

「さっきの宣戦布告、キュンキュン来ちゃった!」

「あ、楽しそうに歌うで思い出した!さっきのレッスン!」

「ね! waRosやネルっさんとの歌、とっても綺麗だったよ!」

「失敗したのは別人って思うほどね♪ 聞き惚れちゃった」

「ノリノリになったら敵なしだよー! 自信もって―!!」

「そうやって照れてもじもじしてるのも超可愛いー♡♡♡」

 

 

ぁぅぁぅぁぅぁぁうぅ……ぁぁぁぅぁぅうぅ……! また私、まともに喋れなくなりますからぁ……止め…皆さん……止め……! ひゅぁぅぅ…きゅぅぅうぅん……――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はい! あのシーンがポイントだとわかりました! ラブリーな中にチラッと見えるダークな感じが、胸を掻き乱されて虜にされる感じで……!」

 

「もーお、ベルちゃたら毎回お世辞上手いんだからぁー! でも超わかってくれてて、私――」

 

「お世辞なんかじゃないです! あの瞬間の、闇が渦巻くような、けれど燃えるような瞳がずっと私の目の奥に焼き付いていて、思い出すだけで全身が縛り上げられる感覚に陥って! もし奴隷になりなさいと命じられたら従っちゃうぐらいに好きが止まら――あ、あれ…!?」

 

「ベルちゃんストップストップ。また悶え死にさせちゃうよ~?」

「はいはい深呼吸♪ ベルちゃんリアコ勢に加入しとこうねー♪」

「駄目だよぉ! 1お返しすると10になって返ってくるよぉ!」

「う~ん勝てんわ~☆ まさに『さすベル(流石ベル)』って感じ~♪」

 

 

 

「そうだリダさんオネカさん、お願いがあるんですけど…!」

「ベルちゃんついでに、私達にもレッスンして欲しいでーす!」

 

「ボク達でよければ喜んで! 手取り足取り…いや箱取り、教えるよ☆」

 

「わーいっ! あ、私も箱を靴にしたら二人みたいに踊れるかなぁ?」

 

「んふふ~☆お揃いは嬉しいけど~、危ないからメッよ~? うち達は箱が靴なだけだから~」

 

「――閃いたかも…! 靴を、箱みたいな模様とか形にすれば!」

「おお~!! アリじゃん、ミミックモチーフのミミックダンス!」

「楽しそ~! 絶対流行るよ! リダさんオネカさんから学ぼ~!」

 

 

 

皆さんと一緒に、和気藹々と…! 帰り道を歩いて行きます…! へ……さっきの褒め殺しはどうなったか……? ひぅ……あんまり思い出させないでくださいぃ……! 

 

 

その……皆さんから滝のようにお褒めの言葉を授かって、授かりすぎてしまって…。それで逃げ出したくなるぐらい顔が熱くなって、壁の方にまたふらついてしまって……。今度は自販器に…コーヒーとかを自動で淹れて販売してくれる魔導器なあれにぶつかりかけてしまいまして……!

 

 

でも有難い事に、リダさんオネカさんがブロックしてくださいましたから…! あの時の私、それこそ出来立てコーヒーみたいな湯気出てたみたいで……。そのおかげか褒め殺しも終わりまして…悶え死にするかと思いましたぁ……。

 

 

その後は気づけば、皆さんが私達を囲む形になって、こうしてリダさんオネカさんを抱っこしたまま楽しくお喋りを。多分皆さん、私がまたフラフラしないように守ってくださってるんです。腕が疲れてないか気にかけてくださったり、後少しで寮だと応援してくださったり、とっても優しくて――。

 

 

「――おや。もう、か。名残惜しいけど…ベル、甘いひと時を有難う♪」

「んふふ~うちが寝かしつけられちゃいそうだった~♪ またお願い~♪」

 

 

へ? あっ…! リダさんオネカさんが、私の腕から飛び降りていってしまいました…! そして皆が見つめる中、一番前へと進み出まして。

 

 

「皆、一旦足を止めて貰って良いかな?」

「お口もチャックよ~。し~~っ……♪」

 

 

そんな合図を。もうこの先の角を曲がって真っ直ぐ行けば寮に着くのですけど……あ。

 

 

「「「「「そうだ…!」」」」」

「「「「「いつもの…!」」」」」

 

 

皆さんも理解されたみたいです…! 手を口に当て、忍び足に…! そして、こっそりこっそり…角から顔を出して……!

 

 

「いたいたぁ…!」

「ちっちゃく見える…!」

「記者の人達だ……!」

「今日も沢山~…!」

 

 

バレない内にすぐさま顔を引っ込めつつ、皆で苦笑いを。えと、この先のダンジョンは野外になってまして、更に進んだところにまるで貴族の館みたいな建物と庭園、門があるんですけど…それが私達の寮なんですけど……問題なのは、その門の手前でして。

 

 

はい、そうなんです。寮へと帰るアイドル達を狙って、沢山の記者さんが待機なされているんです。いえ、皆さん正当に許可をお取りになっているはずです。首から本物の許可証を下げてますし、取材許可エリアであるあの場所からはみ出していませんし。

 

 

あの場所で張り込まれるのはちょっとアレですけど…。他の場所で待機されてレッスンの邪魔をされちゃう方が嫌ですし。あの位置だったら常に寮を守ってくださっている沢山のミミックさんが見張ってくれてますし、安心安全なんです。

 

 

因みに記者さんを全て出禁にしちゃいますと、寮住まいじゃないアイドルの方々が帰宅なさる時や、私達が実家や街に行く時を集中されて揉みくちゃにされてしまったり、ダンジョンにこっそり忍び込む記者さんが大多数になってしまうらしく。

 

 

それにあの方々が取材をしてくださらないと、アイドルも…特に私達みたいな新人はPRも売り込みも出来なくなってしまいますから。ああしてレッスン終わりの時間とか限定であの場所に集まって頂き、取材タイムを設けているんです。

 

 

ですから、私達も出来る限り取材を受けて欲しいと広報担当のスタッフさん方からお願いされていまして。けれど、私みたいなみすぼらしいのよりも、今回は――。

 

 

「ライブ後インタビューに居た連中まで混じってるじゃない。頑張るわねぇ」

「うふふっ♪ その粘り強さに免じて、追加取材を受けてあげましょうか♪」

 

 

ふふっ! waRosのお二方がいるんです! リア様サラ様は調子を整え準備万端! と――。

 

 

「さ、アタシ達と一緒に取材受けたい子は?」

「今なら私達がリードしてあげるわよ♪」

 

 

私達へそう誘いを…! 私への取材なんて無意味ですからともかく、他の皆は――。

 

 

「私ら昨日受けましたから……」

「疲れてるからパスでぇ~……」

「週刊モンスターの人いたよね?」

「いたいた。しつこいよねあの人達」

「まあ記者の人皆しつこいけどさ!」

「特にこの時間はねぇ…がっついてるよね」

「この間なんてプライベートを根掘り葉掘り…」

「お腹の音まで録音されちゃったんだけど!」

 

 

ほぼ拒否ムードです…! あはは…この時間が今日最後の取材タイムなので、記者さん方は必死なんですよね。……けれど、それを捌けるようになれないとアイドルには――。

 

 

「そ。でもシレラ、ニュカ、ルキ。アンタ達は強制よ!」

「デビュー決定したんだもの。避けては通れないわ♪」

 

「「「はいっ!」」」

 

「良い返事じゃない! ま、気楽になさいな」

「私達がついているし、困ったら…ね☆」

 

 

サラ様はパチンとウインクをリダさんオネカさんへ。ふふふっ! 実はここでも、ミミックさんが活躍されるんです!

 

 

結局のところ、取材陣に囲まれて何時間もインタビューされてしまったら外での揉みくちゃと変わりません。それに寮へ帰るにはやっぱり記者さん達の前を通る必要がありますから、普通でしたらこうして取材を受ける人を分けたところで全員巻き込まれてしまうでしょう。

 

 

でも、その問題を両方解決できる方法があるんです! と言いますか、その方法ありきのあの取材許可エリアらしくて。今の私達のように人数が多くても、リダさんオネカさんみたいな熟練のミミックさんにかかれば――!

 

 

「ならボクがリア達につこう! オネカ、そっちは託したよ」

「勿論よ~☆ は~い皆、うちの箱の中にいらっしゃ~い♪」

 

 

早速準備が始まりました! リダさんはリアさんのポケットの中へスポッと! そしてオネカさんは皆をご自身の箱の中にスポッスポッと招き入れて! 私もオネカさんの方へ、えいっ! 

 

 

「じゃあ行くわよ、全員――」

「ついてきなさいな☆」

 

「「「「「はーい♪」」」」」

 

「サーラーぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「……ん? 今アイドルっぽい声が…!?」

「お、今回は肩透かしじゃないと良いけど」

「今日は何か収穫して帰りたいっすね」

「お前らwaRosライブで成果あったんだろ?」

「そっちこそ他の会場で収穫あったって――」

「はい止め。またタイムリミット前に追い出されるわよ?」

 

 

――……そんな記者さん方の会話が微かながら聞こえてきます。道を挟んで反対側では、また別の記者さん方が。

 

 

「しっかし、こうして寮前に張らせて貰えるのは有難いが…」

「わりかし逃げられますよねぇ……。気づいたら門の奥だ」

「汗だく姿一枚だけでも撮らせて貰えりゃあ文句なしなのに…!」

「だから逃げられるんじゃ? まあ…それあれば売り上げも…」

「寮出来るって聞いた時は入れ食いな囲み取材を期待してたのにぃ」

「ま、庭園でのキャッキャウフフを撮らせて貰えるからトントンか」

 

 

あはは……。えと、本当立派な庭園ですから皆でそこで遊んだり練習したりするんですが、時折その光景の撮影も受け付けている時がありまして。あ、でも大丈夫です。その時もミミックさんが見張ってくださってますから。その証拠に記者の皆さん、ほら――。

 

 

「やっぱりミミックがなぁ。なんで急に棲みだしたんだか」

「おっと、声潜めたほうが。多分見張られてますよ?」

「ちょっと粘ったり忍び込もうとするとすぐ現れるからねぇ」

「なんか打つ手ないんか、『週刊モンスター』の。専門家やろ」

「対策があったらもうやってますよ。それに、ここのも……」

「普通のよりも腕が良すぎる、てか。見たぜ、その特集記事」

「『各地で増殖する影のダンジョン支配者!?』ってヤツね」

「えぇ。まるでここのような腕利きのミミックが、という話で」

 

 

あんな感じでミミックを警戒されているんです。あれでも、今は別のお話に逸れて?

 

 

「となると…ここのトップのネルっさん辺りが関係してる?」

「その線で探ってはいますが……魔界大公爵(グリモワルス)ですし、何より…」

「出来る限り彼女に嫌われたくないってね。わかるよ」

「じゃあアイドル相手にぐいぐい行くの止めたら?」

「ノルマ厳しいんですよ……。この間もイエティ探しに魔界奥地の吹雪く雪山に送り込まれた同僚いますし……」

「「「「「うわぁ……」」」」」

 

 

なんだか記者さん方も大変そうです……。やっぱり私達がもう少し記者さんに歩み寄って差し上げたほうが……。

 

 

「んふふ~いいのよベルちゃん~♪ アイドルも秘密いっぱいのミステリアスで、あの子のこともっと知りた~いって思わせるぐらいで~☆ でしょ~?」

 

 

と、オネカさんの声が。確かに……私が好きになったアイドルの方々も皆さんそういうところありますし……あれ、ということは…?

 

 

「つまり……アイドルも、UMA…?」

「んふっ…!」

「ベルちゃんちょっとぉ…!」

「笑わせないでよぉ……!」

 

 

はぅ…! 皆から怒られてしまいました…ふふっ…! あ、そろそろ気づかれる距離です…! 静かに静かに……――。

 

 

「来たぞ! waRosだ!」

「お!? 更に三人一緒だぞ!」

「あれは…確か、練習生の子ね」

「シレラ、ニュカ、ルキ、だったか?」

「すみませーん! 取材良いですか!?」

 

 

気づかれました! 予定通り真っ直ぐ歩いてきたリア様サラ様、そしてシレラさんニュカさんルキさんが! すぐさま皆さん、あっという間に囲まれてしまいます。

 

 

「あら。また出待ち? 懲りないわね!」

「帰り待ちじゃないかしら? うふふっ♡」

「揚げ足とるなっての! ま、良いわ!」

 

 

流石リア様サラ様です…! まるで近づいて初めて取材陣に気づいたように話始めました…! そして、流れるように記者さん方の質問に答えていきます。しかも時には――。

 

 

「――アンタ達はライブ後来てたでしょ、一旦お預け!」

「うふふっ♪ しっかり答えてあげるから待ってて頂戴な♪」

 

「――アンタねぇ…。アタシらしく返すわよ? 蹴り飛ばされたいの!?」

「どうどうリア♪ けれど今のはノンデリ極まれりね。次はないわよ?」

 

「――は、はぁ!? ちょっ、なんでそれを……アンタも蹴られ――」

「それは本当よ♡ ギャップ萌えでしょう? しかも、部屋ではね…♡」

「あ゛ー!あ゛ー! このっ、サラぁっ!! 今回こそは許すかぁッ!」

 

 

と、記者さんを捌いたり、窘めたり、美味しい反応したり! そして当然のように――。

 

 

「えぇそうよ。大事な後輩よ! ほら、もっかい自己紹介!」

「三人共可愛いでしょう♡ かなり仕上がってきているもの♪」

 

「改めまして、シレラと申します!」

「ニュカでーすっ! いえいっ☆」

「ルキですぅ♪ 宜しくおねしゃーす♪」

 

 

シレラさん達をメインに立たせてくださって! そしてシレラさん達もそれぞれ、清楚なポーズ、爛漫なポーズ、軽妙なポーズをとって撮影して貰いやすく! わ、しかもその後に――!

 

 

「そしてーっ!! ぎゅー!」

「三人揃って~? はいシレラ?」

「えっ!? え、えと…と、とらいすたー…な、仲良し三人組?」

「でーす! 皆さん、宜しくお願いしま――」

「ちょいちょいちょいニュカ、タンマタンマ!? マジでそれになるて!」

「もう、二人共! 大体、三人でデビューできるかも決まってないでしょう」

「あ、そっか! でも仲良し三人組なのは当たってるもんね~♪」

「そうそう♪ こうしてハグし合うし、ここをプニッても――あいたッ☆」

 

 

三人で集まって、楽しそうにわちゃわちゃを! 見事です…お三方共…! それぞれの性格を素でアピールしながら、三人デビューの可能性を匂わせるだけで済ませて…! そのまま記者さん方の質問へ丁寧に答えていきつつ――。

 

 

「もうちょいセクシーあげたら~?」

「えぇ…恥ずかしいのだけど…!」

「あ、じゃあ私がやるー!」

「「いやいやいや!? ニュカはダメ!!」」

「えーなんでー? 私もセクシーポーズ研究してるよー! ほら、触手さんに色々してもらって――」

「ちょちょちょちょおっ!? なんか語弊あるって!!」

「ウィッグにして合うポーズ探してるだけでしょう!?」

 

 

ふふっ! こちらも美味しいトークも忘れずに! ありのままで、こんなに記者さん方を笑顔にさせるなんて。やっぱりお三方はアイドルの才があります! しかも――。

 

 

「え、さっきのリアさんのヒミツですか? えぇ~…!」

「どうしよー…! こっそり言っちゃう~…!?」

「私らから聞いたって内緒ですからねぇ~? ベッドでぇ…」

 

「させるかっての! アンタ達…覚悟は出来てんでしょうねぇ?」

 

「「「マズっ…!」」」

 

「そんな暴露りたいなら、アンタ達のヒミツ話したげるわよ!」

 

「ええっ!? ま、待ってください!?」

「まだ何も喋ってないよぉ!?」

「じゃあリサさんのなら――ヒッ…!?」

「あらあらあらあら、うふふふふ☆」

 

「ナイスサラ! そんまま抑えてなさい! シレラはね――」

 

 

ふふふふふっ! リア様サラ様と微笑ましい掛け合いまで! ご安心を、そこはwaRosのお二方ですもの。肝心の暴露内容はちょっと恥ずかしいぐらいのもの済ませつつも、シレラさん達の赤面照れ顔を引き出してみせました! 

 

 

はぁぁ…! アイドルとして初々しい輝きと共に一歩を踏み出したシレラさん達と、そのお三方を危険な質問から守りつつ負けじと煌めくwaRos…! このまま取材終了まで見ていたい気持ちではありますが……!

 

 

「そろそろ切り上げかしら~…☆ それじゃあ、門の奥で待ちましょ~…♪」

 

「「「「「は~いっ…!」」」」」

 

 

オネカさんがそう仰るということは、もうリア様サラ様もシレラさん達もウンザリしていらっしゃるのでしょう。では次は私達が行動する番です。まずは、早速移動して頂いて……へ?

 

 

私達が、何処にいるかって? ふふふ…実は、リア様達の傍にいるんです! 正しくは、取材に夢中な記者さん方が誰一人として気にしていない、足元!

 

 

取材バッグや折り畳み椅子、カメラケースが雑多に置かれているその横に、何食わぬ顔でオネカさんの()()()()()()()()()はずです! そうです、私達はオネカさんの中に入って、こっそり隠れているんです!!

 

 

これが取材回避のミミック技、今回みたいにインタビューを受ける子がいる場合の対処法なんです! 記者さん方が惹き付けられている間、オネカさんみたいな凄腕のミミックさんが皆を仕舞ってこっそりと! 私達の取材対応の勉強のため、こうしてひっそりと!

 

 

後は、やはり記者さん方に気づかれないままに庭園の垣根とかから寮の敷地内へそっと入りまして。そして皆でしーっと、ちょっと心臓バクバク鳴らしながら箱から出て、抜き足差し足忍び足でこっそり門の内側まで来まして――!

 

 

「どれどれ~? あ~あ~…すぐ合図出ちゃいそう~」

 

 

「――こっちに目線を…ちょっと横入り!?」

「こっちが先だったろ! 引っ込みやがれ!」

「もう少し服捲った一枚だけ、撮らせて…!」

「ぶっちゃけ、デビュー日決まってるでしょ?」

「嫌いな先輩どんぐらいいます? こっそり…!」

「アイドル卒業はいつ頃のご予定で?」

「アンチについて是非、ズバッと一言を!」

「先程の握手会にもやはり迷惑客が――?」

「今度、個人的にインタビューを…!」

 

 

あぁ……。オネカさんと一緒に、聞き耳を立てていた私達も肩を竦めます。記者さん方、聞きたいことをほぼ聞き終えたからか、競争になってスキャンダルやゴシップを狙いだしたのか、過激な言動や厄介な質問が増えてきてます…。

 

 

当然、シレラさんニュカさんルキさんは答えるに答えられずに困惑状態。その盾となってくださっているリア様サラ様も呆れ果てて――あ!

 

 

「合図確認~☆」

「手伝います!」

「「「「「私達も!」」」」」

 

リア様がこちらへさっと目配せしたのを見止め、オネカさんは門扉へと! 私達も続いて手をついて――!

 

 

「「「「「せ~のっ、えいっ☆」」」」」

 

 

思いっきり、両方開き切るまで門扉を動かします! 勿論、そんなことをしたらキィイイイと音が鳴ってしまいますが……それが目的なんです!

 

 

「!? この音、寮門の!?」

「開いて、いや開けられて!」

「わっ! 新人の子達だ!」

「いつのまに! カメラを…あっ!」

 

一斉に、記者さん方の目が私達へ集まります! ということはつまり、リア様サラ様シレラさん達は完全フリーになったということ! ふふ、その隙を逃さないのは――!

 

 

「しまっ…! waRos達から目を――」

()()()()!? 忽然と!!?」

「やられたっ! 多分これ、また!」

「「「「「ミミックか!?」」」」」

 

 

「フフッ大正解! なんてね♪」

 

 

おお~っ! まさしく目にも止まらぬ技でした! 丁度記者さん方から見えない門の裏にやってきたのは、宝箱! その中からウインクと共に、リア様サラ様シレラさん達と共に飛び出してきたのは、はい、リダさんです!

 

 

あれが取材の拘束から逃げるミミック技、厄介なインタビューに辟易している方を助ける対処法です! 一瞬の隙を突き、取材を受けている子を箱の中へ回収! そして気づかれない内に寮の敷地内へと高速移動してきたんです! 

 

 

ここまでくれば大丈夫です。この寮門から奥は記者さん方の記事曰く、専用の取材許可をとらなければ入れない『不可侵の聖域』。ですので――!

 

 

「ということで、取材強制終了よ!」

「また明日にでもいらっしゃいな♪」

 

「「「「「お疲れ様で~すっ☆」」」」」

 

 

全員で横並びになり、軽くポーズをとって最後にサービスを! 記者さん方の悔しそうな表情と名残惜しそうな沢山のフラッシュを遮るように、リダさんオネカさんによって門はゆっくりガシャンと閉まり――これにて、幕引きです!

 

 

「「「「「ふうっ…!!」」」」」

「んふふ~皆お疲れ様~♪ 頑張ったね~良い子良い子~♪」

「悪い記者はいつも通り、ボク達から上に報告しとくよ!」

 

 

記者さん達に見えない聞こえない垣根の奥まで下がり、ようやく皆で一息。オネカさんに順番に頭を撫でて貰い、リダさんのエスコートでわいわいと寮の中へ。

 

 

「は~い三人共~♪ ケーキお返しよ~♪」

「冷蔵庫に入れるのを忘れないようにね☆」

 

「「「有難うございまーす!」」」

 

 

シレラさんニュカさんルキさんも、ネルサ様からの贈り物を手に、弾む心が抑えきれないと言うように楽しそうに――あっ!? ニュカさんケーキ振り回しかけ…ほっ、お二方が慌てて止めてくださいました…! 良かった……ふにゃっ…!?

 

 

「フフッ! ベル、良い子良い子☆」

「今日はよくやり通したね~♡」

 

 

リダさんオネカさんが揃って撫でてくださって……! こちらこそ、お世話になりっぱなしで…わわひゃぁ…!? も、もっと撫でるの強くなってぇ…!?

 

 

「さ、キミ達も良い子良い子だ!」

「逃げちゃダメよ~んふふ~☆」

 

「だからアタシは良いって……ああもう、サラ…」

「良いじゃないの♪ 身体は正直な癖に♪」

 

 

私を撫で終えた後は、最後にリア様サラ様も。サラ様に捕まりながら、リア様は不本意そうに撫で撫でを受け入れて――あ、私にせめてもっと離れろと手で…は、はい! ……ん?

 

 

「――さっきの、割って入るタイミングこっそり教えてくれてありがと…!」

「誘導と援護もね。ギクシャクベルちゃん達を防げて本当良かった…♪」

 

「フフッ、あれはキミ達のカリスマあってこそだよ…☆」

「うち達は二人に賛同しただけよ~…♪」

 

 

聞き耳を立てちゃいけないんですが……そんなリア様方の会話が……!? それって帰ってくる途中の、私とシレラさん達の…!?

 

 

ま、まさか…!? あの時waRosのお二方が絶妙なタイミングで挟まってくださったのも、音を立てて私達を引き付けたのも、リダさんオネカさんが私達に気づかれないように、隙を狙い澄ます力を活かして…!? 

 

 

「それじゃ、ボク達はこれで失礼するよ! また会おう!」

「ゆっくり身体休めてね~。でもストレッチは忘れずに~♪」

 

 

あっ! 息を呑んでいる間にお二方が! 真相を聞くことは出来ませんけど……せめて、感謝を出来る限り籠めて――!

 

 

「沢山沢山、有難うございました! 今日して頂いたことも、一生忘れません!」

 

 

頭を下げる私へ笑顔で大きく手を振ってくださりつつ、お二方は去っていきます。ふふっ、もう垣根に消えて見えなくなってしまいました。と、リア様サラ様もまた微笑みつつ、こちらへ――!

 

 

「さてベル! アンタ、アタシらのも忘れてないわよね?」

「うふふっ♪ ライブ感想、夕食時に聞かせて貰えるかしら♡」

 

「は、はい! 私なんかので良ければ!」

 

 

 



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人間側 とある陰キャっ娘と偶像④

 

 

「――それでですね! あのライブMCはファンの皆さんだけじゃなく、裏のスタッフさん方も吹き出されてまして! 私も、お腹が苦しくなるぐらい…ふふ…ふふふっ…!」

 

「あははっ! 良い思い出し笑いじゃない! 身体張った甲斐はあったようで何よりねぇサラ?」

 

「本当よ…。私におふざけ魔法を使わせるためだけに全員で一芝居打つなんて、酷いことするんだから。おかげで次の曲、ちょっとピッチをとちってしまって」

 

「いえ、ミスと気づかれた方はそう多くないと思います。サラ様の刹那の決断と超絶テクニックが輝いて、普段のトーンとは違う味わいのあるメロディーに纏まっていましたから! それにあの時の観客席を睥睨するような視線がバチッと噛み合っていて、素敵な意味で黙らされてしまって!」

 

「あら…!あの時の皆の沈黙って…。――ということはベルちゃんには気づかれてしまったのね」

 

「あ、えと、は、はい……でも、その…! 失礼かもしれませんけど……普段攻める側のサラ様が逆に攻められ乱れてしまったお姿がとっても可愛らしくて、けれどなんだか色気に溢れてまして…! でもそう頬を緩めた次の瞬間に、あのメロディーが! まるでサラ様が呼び出した召喚獣が、『主人の絶技に聞き惚れろ』と喉に噛みついてきたかのようで…!」

 

 

夕食時になりまして。私は寮の食堂にて、waRos(ウォーソ)のお二方を前にライブの感想を…! って、ついまた興奮して、変な感想を言ってしまいました……! あ、でもサラ様、あの時みたいな可愛らしいお顔を……!

 

 

「クスッ…なぁにその褒め方♪ 大体、失敗は褒めなくても良いのよ、もう…!」

「あれサラぁ、顔乱れてなぁい? んじゃベル、アタシのも分かったかしら?」

 

「はい! まさに名シーンでした! リア様はサラ様の様子にお気づきになり、すぐさまメロディーに乗っかって! けれど何処かいがみ合う様子と言いますか…怒って怒られてを感じさせるように導いて! それこそマイクの剣で、サラ様の召喚獣の猛攻を防いでるみたいで!」

 

「そうそう! ホント、よく気づいてくれてるわ。けれどふふっ、マイクの剣ねぇ。センスあるじゃない! ―それで、その後は?」

 

「はい! けれどお二方はすぐに歩み寄って…! 曲の一番の盛り上がりで、息ピッタリにボルテージを跳ね上がらせて! お二方の間で交わっていた剣と召喚獣が、一斉に観客席へ飛び込み暴れ回って! あの圧倒的なボリュームに私、とってもとってもゾクゾクして、感動してしまって――!」

 

「「ふふふッ♪」」

 

「―…あっ…! す、すみません…また夢中になってしまって……!」

 

「何言ってんの、最高の感想よ! アイドル冥利に尽きるっての♪」

「私達も夢中でゾクゾクなのよ、ベルちゃん。貴女の興奮にね☆」

 

 

そんな!! お二方からそんなお褒めの言葉を頂けるなんて、畏れ多すぎます! と、リア様が噛みしめるように唸られて…!

 

 

「は~…! ね、もっと聞かせて! その次のもウケ具合が気になってて――」

「まあまあリア、料理が冷めちゃうわ。どちらもアツアツを楽しまないと♪」

 

 

ふふっ、はい! サラ様の仰る通りです。私はまだいくらでも喋れますし、まずはコックさん方に作って頂いた美味しい料理を、出来立てのうちに頂きませんと!

 

 

ここを含めたアイドル寮って、外観が貴族の館みたいですけど…中もまさにそうで。この食堂も高級なお店のような…いえ、それこそ貴族の館のような調度品やシャンデリアとかでして! なんでも、ネルサ様の御実家を…魔界大公爵(グリモワルス)『レオナール家』を参考に作られたらしく。

 

 

ですからその仕様に合わせ、コックさん方も腕の立つ方々が雇われているみたいなんです。ご飯、とっても美味しいんです! 一口食べるだけでほら、頬が蕩けそうで…♪ 

 

 

更に寮内のお掃除や管理をしてくださっている方々はなんと、あの有名な『ホテルダンジョン』からスカウトされたキキーモラさんらしいんです! おかげで本当にホテルに泊まっているような感覚に…!

 

 

そして防犯面においては、やっぱりミミックさん大活躍です! コックさん方やキキーモラさん方、そして庭師さんのような他の出入り業者さん方も、この寮へ入るにはミミックさんを懐に忍ばせる決まりなんです! 見張り役兼、お仕事のお手伝い役として!

 

 

勿論外の警備も、ミミックさんを始めとした警備員さんが頑張ってくださっているんです。そのおかげでさっきの記者さん方も大分前にお引き取りになりましたし。ですからこの寮にいる限りは、快適安心安全なんです、本当に! ……本当に。

 

 

本当、毎日思うんですけど…私なんかがこんなところにいて良いんでしょうか…? こんな、一流の方々が住まわれるような建物に、一流の食事やサービスを頂ける場所に、それに――。

 

 

「ん? 急に顔沈ませてどうしたのよ」

「口の中でも噛んじゃったかしら?」

 

「大丈夫ベル? ご一緒しても宜しいですか?」

「やった! じゃー私でベルちゃん挟むーっ!」

「とられちった~…! ならその横だ~い♪」

 

「私達も御邪魔して良いですかぁ~?」

「混ぜて欲しいし! 一緒に食べたいし!」

「喉に効くジュース、ピッチャーでお待ちどうさん!」

 

「お、いたいた間に合った。俺らの席予約な♪」

「今日のベル'sライブレポートタイムデース!」

「ふふっ! これ、プロデューサーさんからです」

「本日のライブ映像、是非ベルさんの解説のお供に」

 

 

はわ…はわわっ!? ま、またです…また今日もです…! シレラさん達を始めとした未来のアイドル、リア様サラ様を始めとした現役アイドル……一流の皆さん方が寄り集まう状況に、私が居るのは不釣り合い、分不相応なのに! なのに毎回食事時に、こうして囲まれてしまうんです! 

 

 

いえ、嫌なわけじゃ!寧ろ逆で! あのアイドルの方々と、友達と、肩を並べて親しくご飯を頂けるなんて夢を疑うぐらいに嬉しいんです! スカウトされるまでは、色んな人の邪魔にならないよう、一人で端っこでご飯食べてましたのに!

 

 

でもだからこそ、やっぱり私がここに居るのはおかしいと頭の中で響き渡ってまして……ぅ…リア様サラ様や皆さんには悪いですけど、ご飯持って自分の部屋に――。

 

 

「魔導画面の高さどう?」

「良い感じに見やすいよー!」

「おっけー。はい再生っと♪」

「音量もうちょっと上げてー」

 

 

あっ…始まる…始まりますっ!! 今日のあのライブが…あの瞬間が、別角度で、最高な観客席側から!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー! ここが例のトークか~!」

「うわ本当にサラ虐められてんじゃん!」

「くっふっふ~! 珍しいもの見た~♪」

「で、この後の歌で――ほほう…うわお!!」

「まさにベルさんの仰る通りの…! これは見事!」

 

 

ふふっ、皆さん楽しんでくださってます! しかも気づけば更に他の皆さんが…名だたるアイドルの方々が集まり、同じようにご鑑賞を! それぞれ椅子を動かして、ライブ映像をステージとするように囲んで!

 

 

でもやっぱり、私の状況は変わってなくて…! というより人が増えた分、囲まれ度合いがもっと厚くなってます…! そしてこれまた変わらず――。

 

 

「――ベルっち~! 次の曲の見所教えて~☆」

「あ、はい! リズム感です! 特に今回は、リア様サラ様とダンサーの皆さんの音ハメステップとファンの皆さんの手拍子が寸分の狂いもなくて、会場自体がリズムの拍動で生きているみたいで!」

「ほっほーう! 楽しみ~っ!」

 

「――う~んやっぱか…。ねぇベル、ここの演出どう思った? なんか派手なわりにウケ悪い気がして」

「へ…?とっても豪華絢爛で格好良かったですけど…。ステージ各所で同時に起きる演出に目が忙しかったと言いますか…!」

「うふふっありがと♡ 成程、派手過ぎて皆焦点絞れていないのかも。プロデューサーさんと要相談かしら」

 

 

「――ほわぁ…!! わたし、ここ好き! ベルちゃんも好き?」

「はい、とっても! 可愛さに溢れていて素敵ですよね、このコーナー!」

「うん! わたしたちのライブでもやってみようかな~」

「素敵だと思います! 私、皆さんのでも見たいと思ってまして…!」

「ほんと~? じゃあPさんにお願いしてみるね~♪」

 

 

「――はあ~…。リアさんのマジモンシャウト聞くと、自分のが如何に駄目ってわかるねぇ…」

「マジそれ~…。サラさんの曲限定病みっぷりに心折れるわ~…路線変更すべきかなベルちゃ~…?」

「いえ…!? 私、今のお二人大好きですよ…!? それとその、帰りの話に戻っちゃうんですけど…轟く雷がリア様の鋭い刃なシャウトに、闇を秘めた炎がサラ様の蝕む毒のダークに真っ向勝負をしかけるの、とっても格好いいと思います…!」

「「っっ…!!!」」

 

 

と、今回もまた、皆さん私へ話を振ってくださるんです! ですから邪魔にならないように出来る限り端的にだったり、声を潜めてお答えしてまして。ふふ…! こうしてワイワイと楽しみながらライブ鑑賞するのも、とっても楽しいですよね!

 

 

そしてとうとうライブ映像も、皆さんの拍手と共に幕を閉じました。けれどもどの方も、熱冷めやらぬご様子でにぎにぎしく!

 

 

「かー!良いな! これは実際に観に行きたかった!」

「今日アー写更新じゃなかったらにゃぁ~くぅ~…!」

「良いわよ別に…! ネルっさんが出る訳でもないんだから」

「リア照れちゃって~☆ 後さ、ベルの横で興奮浴びたいじゃん?」

「それは同感ね♪ 私も今度ベルちゃんのお供させて貰おうかしら」

「ならサラ、明日の新曲お披露目覗きに来てよ! ベル連れてさ!」

 

「是非! 早速買わせて……え、また頂いてしまうのは申し訳な――ぁぅ…!」

 

 

その輪の中に、私も混ぜて頂いて…! 結局今回も言いくるめられてしまってご温情を賜ることになってしまいましたけど……ふふふっ♪ 明日も楽しみです! 

 

 

明日も、アイドルの方々の煌めくご活躍をこの目で見させていただいて! 親友で戦友でライバルで共に助け高め合う皆と、最高のアイドルになるためのレッスンを頑張って! アイドルの集うこの聖域()で、今みたいに楽しく、いつまでも――いつまでも……いつまで……。

 

 

 

……いつまで私は、この場に居ることを許して頂けるのでしょうか…。いえ…追い出される覚悟は最初からできています…。皆さんが歓迎してくださった時から…ううん、ネルサ様にスカウトされた時から。

 

 

だって私なんかに、この寮もこのダンジョンも相応しくありませんから…。追い出されてしまうのは、アイドルの皆さんやネルサ様に愛想をつかされてしまうのは、想像するだけで目の前がクシャクシャに歪んで焦げてくみたいに黒ずみだして呼吸が苦しくなって吐き気がしだすほど怖いですけど……! それが当然の私ですし…そう、それが本当の私なんです。

 

 

いつも臆病で引っ込み思案でへたれでちんちくりんで陰な私が、こうして皆さんと同じ空間に居ることを赦されているのも、その皆さんの、アイドルの輝きあってこそですもの…。さっきのシレラさん達と同じように、皆さん優しくて格好良くて可愛くて煌めくアイドルだから、(ファン)を気遣って照らしてくださっているんです。

 

 

 

なのにそんな私が、こんな皆さんみたいな『アイドル』になりたいと考えるなんて、これ以上なくおこがましくて…! 皆さんみたいに誰か()を夢中にさせる『アイドル』なんて、できそうもなくて! 

 

 

 

ぅぅ…結局皆さんを失望させるぐらいなら、アイドルの看板を汚さない内にこの場を去るべきだってのはわかっているんです……けど、だからといって…追い出される覚悟はあっても自分から辞める覚悟はなくて……ネルサ様に申し訳が立たなくて……諦めが…つかなくて……。

 

 

「ベルさん、この間の私達のライブの感想、もっかい…!」

「ダメ~! 今日はアタシらのよ! 明日来なさい!」

「『ベルちゃんは皆のファン』だけど…譲れないわね♪」

「ブーブー! 二人占め禁止ー! ずるいぞぉー!」

「アイドルによるアイドルの独占囲み取材だー!」

「ベル、リア記者サラ記者から逃げて~! ……ベル?」

 

 

なのに皆さん、私を見限らずにいてくださって……。その期待に応えられそうに自分が辛くて、悲しくて、悔しくて……でも、どうにもならなくて……。

 

 

「新世代育ってきてるよねぇ。ヤバ、うかうかしてらんないかも♪」

「てかこのレベルだとさ、デビューラッシュとか起きそうじゃね?」

「あるかも! さ~第一陣は誰だぁ~? どんなデビューだ~?」

「新メンバーか、新ユニットか? ウチらにも欲しいなぁ~♪」

「ベルちはどこ加入したい? なんちてね☆――…ベルち?」

 

 

やっぱりこんな私が、絶望的にアイドルに向いてない私が、アイドルになりたいだなんて…おかしいですよね……あはは……。私なんかよりも、この場にはもっと適する御方が……見惚れるぐらいに素敵だったり、甘えたくなるぐらい優しい方とか……あ…。

 

 

そうです……私の代わりに、リダさんオネカさんをネルサ様に推薦すれば……そうしたら私を、ここから追い出して頂いて――。

 

 

 

 

 ―――カカンッ!

 

 

 

 

っ!? こ、この音、リダさんオネカさんの、あの時のリズム!? な、なんで寮に……あ、あれ…!?

 

 

「効くわね、これ」

 

 

ち、違いました…! ハッと顔を上げてみますと、そこには変わらずリア様が。今の音は机を叩いて出したご様子で……っ…!?

 

 

み、皆さんが……周りにいらっしゃる皆さんが、私を一斉に見つめてきて…います……。ぇと……その……私、もしかしなくてもまた、皆さんにご心配をおかけして…――。

 

 

「なに、まーたいつもの再発? しょうがないわねホント」

 

 

ひぅ…! リア様が呆れたように息を吐き、腕を組みながら椅子に深く…! 

 

 

「で? 今回は何で悩んでたの? 話してみなさいな」

「場所を私達のお部屋に変えても良いわ。どうかしら♪」

 

 

サラ様まで!? お部屋に失礼するなんて、そ、そんな無礼なことは……! ですが、口にするのは……その……。

 

 

「…ふぅん。なら、リダオネカのように内心を言い当てたげるわ! 『自分はアイドルに向いてない』『アイドル()と並び立てる力量がない』『アイドルになったとて、ファンを喜ばせられない』――そんなとこでしょう?」

 

 

「っ―!? は……はい…!?!?」

 

 

リア様、本当にリダさんオネカさんのように、心を読んだかのように…!? な、なんで……。

 

 

「フフッ、アンタがいつも悩んでることだもの。わからいでかっての! ――それと良い機会だから明言しとくわ。その悩みを抱えてるのがアンタだけだと思わないことね」

 

 

へ……そ、それって……? と、リア様は皆さんの意を纏め上げるように――!

 

 

「こちとら曲がりなりにも現役バリバリと、アンタと同じ金の卵達よ? 似たような、なんなら全くおんなじ悩みをもって、それを乗り越えるために遮二無二足掻いてるんだから!」

 

 

その言葉に続くように、皆さんは肯いたり、頬を掻いて微笑んだり、照れたように肩を竦めてみせたりと、同意を…。そ、そうですよね……。私程度が悩む領域なんて、アイドルな皆さんも当然経験なされていて、容易く乗り越えて……へ?

 

 

「足掻いて……?」

 

「そうよ! 越えられない先輩、鎬を削ってくる同輩、物凄いスピードで追ってくる後輩、そして期待に満ち溢れた顔を揃えてやってきてくれる山ほどのファン。常に重荷になっているに決まってるでしょうが!」

 

 

組んでいた腕をパッと開き、リア様は今度は机に片顎杖を。そしてもう片方の手で、周りの皆さんをくるっと指し示して。

 

 

「ま、ファンに関しては一旦後に回しといて。前者はオネカも言ってた通り、親友で戦友でライバルよ。こうして皆で集まってワイワイ話して、仲良く互いに認め合い高め合う。でしょう?」

 

 

それは…っ…!? シレラさんが、私の膝の上の手を、そっと包んでくださって!? ニュカさんもルキさんも…! リア様に賛同するように、あの時を思い出させるように…! 

 

 

で、でも、その高め合いの中の私はやっぱり異物で、邪魔にしかなってないでしょうから……皆さんの円滑なコミュニケーションのためにはいなくなるべきで――。

 

 

「だーかーら! 絶賛足掻いてるんだっての、今こうしてお喋りしてる瞬間すらも! けど、それをどうにかしてくれるのがアンタで、だから――あぁもう…良い言葉が出てこないわね…!」

 

 

ぁぅ……。リア様、頭を抱えるようにガリガリと…。私のせいで困らせてしまって――へ…サラ様が引き継ぐように微笑まれて…?

 

 

「うふふっ♪ 親友で戦友でライバルの皆と切磋琢磨しても簡単には解れず、ファンの期待が勇気にもなれど重圧にもなるこの悩み。それを抱えているのに、なんで私達は軽やかでいられるのだと思う?」

 

 

え…!? そ、それは……アイドル、だから……。悩みを克服できる方法を持っているから…? ファンの声援が解消してくれるから…? それとも――え…サラ様、私が口に出す前にまたクスリと――。

 

 

「えぇ。ベルちゃんの思ったこと、きっと全部当たっているわ。けれどね、ふふっ♪ はい、リア♪」

 

 

「あんがと、サラ! ――その中でも大きいのはベル、アンタの存在よ!」

 

 

 

 

 

 

 

……え。えぇぇぇぇぇえぇぇ……? そんな、まさか、冗談で――。

 

 

「冗談な訳ないでしょーが。紛れもない本心よ!」

「それも私達だけじゃない、この場皆の、ね♡」

 

 

へ……へっ!? 周りの皆さんが、シレラさん達も現役の皆さんも、揃って肯かれて!? え、えっ!? なんで……なんで!?

 

 

「やっぱ自覚ない、か。それも可愛げがあって良いけど…」

「折角の宝物を埋もれたままにしておくにはいかないわ♪」

 

 

互いに顔を見合わせて、更には周りの皆さんからを承諾を得るように目配せをするリア様サラ様…。私の手を包んでくれているままのシレラさん達も、リア様方へ託すようにコクリと…! そ、その……。

 

 

「わ、私…何を……何が……?」

 

 

聞かざるを得なく、ついそう質問を……。するとリア様は皆さんを代表するように、フフッ!と――。

 

 

「アンタがいつもくれる『感想』よ。その称賛がどんだけアタシ達を救ってくれて、どんだけ重荷を取り去ってくれたことか!」

 

 

「…………えっ??? えええ…!?!?」

 

 

そ、それですか…!? い、いえ他に思い当たる節があるという訳ではなく……と言いますか、それもそんな、ええぇ…!?!?

 

 

た、確かに皆さん喜んでくださっている様子でしたけど…私、そういうつもりはなくて。悩みを解決するとか重荷を取り払うとかの大それた思惑なんてなくて、それどころか称賛ではなく、ただ――。

 

 

「『ただ、純粋に思ったことを口にしてるだけ』とでも言いたいんでしょう? ベルのことだから」

 

 

はぅっ!? な、なんでリア様、それすらも…!? え、えと……はい…。だ、だってあの程度、アイドルが受け取るべき当然の感想で! 皆さんを喜ばせようと考えて言ってた訳では…いえ、喜んでもらえるのが嬉しくてついしつこく……。

 

 

「えぇ、アンタはそのままで良いわ。ううん、くれぐれもそのままでいて。おべっか使うようになっちゃ嫌だし、その純粋無垢さに癒されてるんだから!」

 

「うふふっ♪ その上で私達から、ベルちゃんから褒められた私達から、伝えたいことがあるの。日頃のお返しがてら…あら、帰りの続きの仕返しかしら☆」

 

 

へ…!? リア様、サラ様……!? 思わず息を呑んでしまいますと――御二方は顔を合わせあい、はにかみ交じりの、満面の笑みを!?

 

 

「まずは改めて、ありがと! いつもアタシ達を褒めてくれて!」

「ベルちゃんのおかげで、大変な毎日を乗り越えられているわ♪」

 

「え、え、え、えと…っ!?」

 

「そんでもう一度言うわよ。これは、アタシ達全員の本心!」

「口だけじゃなく、身体へ直接撫で伝えちゃいましょうか♡」

 

 

サラ様、皆さんへウインクを…ひゃわっ!? え、し、シレラさん!? シレラさんが微笑みながら、私の頭を優しく温かく、撫でてくれて……ふゃっ!? ニュカさんルキさんまで――えっ、えっ、えっわわわっ!?!? 

 

 

み、皆さんも!? アイドルの皆さんが、私の周りに座っていた方も少し離れていた席に居た方も、一斉に我先にと一人残らず立ち上がって、れ、列を、あ、頭を撫で、ひぅっ…みゃぅっ…ぁぅぅぅ…!!?

 

 

「フフン♪ 皆からの仕返し、もとい褒め返し、今度は骨の髄までしっかり味わいなさい。アンタはそれだけ皆を救っていて、皆から愛されているんだから!」

 

「どれだけ面倒な仕事でも、厄介なファンがいても、苦しいことがあっても、ベルちゃんの褒めは全部吹き飛ばして、また明日も頑張ろうと思えるのよ♡」

 

 

み、皆さんに…ひぅぅ! もみくちゃにされる私へ…ひゃぁぅぁ! リア様サラ様はそう仰ってくださってぇわわゃぁ! あゅぅぅっん!? 

 

 

「ふふっ、私達からももう一度。毎日救いを有難う♪」

「ついベルちゃんに感想貰いたくなっちゃうもん!」

「無自覚にさすベルな褒めベルに何度元気貰ったか☆」

「実際さっき、愚痴った私らを励ましてくれてね!」

「もうダメ私、ベルちゃいないと生きてけないから…!」

「最強の自己肯定感爆上げキャラだし! 見倣うし!」

 

「イエ~ス! ベル'sレポートはそのトップな例デース!」

「褒めて貰えるし参考になるし、良いトコしかないです!」

「どんなアイドルも心より愛してくれるから素敵なのよね♪」

「ウチらファン相手にはだいたい良いトコ探ししてっけど…」

「えぇ、ベルさんには敵いませんね。その豊潤さに敬服を」

「えっとえっとね、言いたいこといっぱい過ぎて、わたしの順番じゃつたえきれないから~ぜんぶ込めて、大好きのぎゅ~♡」

 

 

ひぃうっ! ひぅんっ! み、耳元で!! 皆さんが、シレラさん達もアイドルの方々もこぞって、囁いてきてっ! に、逃げようにもシレラさん達が手を離してくださらないから…全部受け止めるしかなくてぇぇ…! きゅぅぅぁぅぅ…へゃぁぅぁぅふぅぅっ…――!

 

 

「――フフッ。ま、一旦これぐらいにしてと。さ、聞こえてるベル? 皆から『感想』を貰って、どう思った?」

 

 

ぁぁぅぁぅぁぅ……。み、皆さんが丁度一巡しましたタイミングで、リア様が……。私、顔がじゅうぅうって焼けてて……シレラさんが握らせてくださった冷たいジュースでなんとか冷ましてまして…はい、はい……感想…?

 

 

「えぇそうよ♪ ベルちゃんが披露してくれたテクニクシャントークに対する、私達からの『感想』。それを全身に浴びて、心の中はどんな気持ちかしら? 嬉しかった? 明日からもまた、私達を褒めようと思ってくれたかしら♪」

 

「そ、それは……! その、ぇと、皆さんを褒めようなんて上からなことは……」

 

「「心の中を、正直に!」」

 

「は、はいっ!! お…思いましたっ!!」

 

 

サラ様も加わったそのちょっと強めの問いかけに、正直に答えます…! その、確かに間違いなく、とっても嬉しくて…! 皆さんから撫でて頂いて頭がふわふわふやふやに綿菓子みたいになって、一言ずつ頂いて胸の中の心がじゅわぁと溶けてくバターみたいになって…!

 

 

こんな甘い心地になれて、皆さんにこんなに喜んでいただけるなら、また、明日も皆さんの凄い所を言いたくなってしまって…! ……ですけど、私じゃなくても――。

 

 

「はいストップ! 全く、油断も隙も無いんだから! 数秒前に、沈み込む前に戻りなさいな! すっごく幸せそうだったでしょ!」

 

「うふふっ♪ 今のお顔、可愛かったわ♡ 私達の撫で褒め感想を思い返して、夢心地になってくれたのかしら?」

 

 

はぅ…!? わ、私そんな顔してました…!? で、ですけど事実夢心地でしたので、リア様に止められ、サラ様にそう聞かれてしまえばまた正直に頷くしかなく――。 

 

 

「それよ! その嬉しかった時の気持ちを捕まえなさい!」

 

「へっ!?」

 

「そんで反芻して、身体に染みわたらせなさい! はい実践!」

 

 

え、え、えっと…!? リア様の圧に、言われた通りに…! 目を瞑って、あの時の甘く温かい心地良さを思い返すように、繰り返して……。

 

 

「良いわね。そんじゃ、それやりながら聞きなさい。その夢心地こそが、アタシ達アイドルの、明日への原動力。剣のように頼りになり、心を守る感情。――そして、アタシ達がアンタのくれる感想から得ている、勇気そのものよ」

 

 

…へ。へ…!? へっ!?!? なんだか明るい浮遊感の中に、リア様の厳かで愛おしむような声が響いてきたと思いましたら…それはどういう!? 思わず目を開けてしまいますと、リア様は『まだ浸ってなさいよ、そこが重要なんだから』とお口を尖らせつつ――。

 

 

「言ったでしょ? アタシ達ですら――アンタが尊敬するアタシ達(アイドル)ですら、アンタと同じ悩みを持って足掻いているって。そしてそれを救ってくれているのが、アンタの感想だって!」

 

 

そ、それは…確かにそう仰ってましたけど……。で、でも……――。へ、リア様…私の胸を指し示しながら、にひっ♪と頬を緩められて…!

 

 

「まさに今アンタの胸の中で繰り返させてる気持ちになるのよ、アタシ達。アイドルを披露して帰ってきた時に、ファンや仲間の…アンタのキラッキラの感想が撫で褒めてくれると、ね!」

 

 

こ、この気持ちと…同じ……ですか!? こんな幸せな気持ちを、私が、皆さんへ…!? い、いやいやいえいえ!そんな、そんな!! それこそですから、私じゃなくとも…!

 

 

「ファンの皆さんや、アイドルの皆さんの方が、私よりもいい気分にさせてくれる感想を……」

 

「何言ってんのよ? それはそれこれはこれ。ファンの皆のにはファンの皆の、アンタのにはアンタの良さがあるんだから!」

 

 

ぁぅ…! リア様、溜息交じりに肩をお竦めになって…! そして――ずいっと机に身を乗り出させるようにして、私だけじゃなくシレラさん達へも、息を呑んでしまうほどに眩しい眼差しを!?

 

 

「アイドルに憧れ、アイドルになりたくて頑張っているアンタ達だからこそ、良いの。いずれ同じステージに立ってくれると信じられるアンタ達からの感想だから、胸の弾みもひとしおなのよ!」

 

 

リア様は一人一人へエールを、日頃のお礼を送るように! そして最後には、また私に!!

 

 

「だから良ーいベル! アンタもアタシ達のように、感想を受け入れなさい! まずは同じ立場のアタシ達からの称賛に、心を救われなさい! その幸せな気持ちを、怖がらずに楽しみなさい!」

 

「声援に味を占めて気分をアゲる―。それが私達の持つ、悩み克服法の一つよ♪」

 

 

リア様、サラ様……!! はい…はい! 私、頑張ってみま――。

 

 

 

「で、こっからが本題よ! アンタの悩みに答えてやるわ!」

 

 

「――……ふえ…??? ふぇっっ!!?!?」

 

 

 

えっ、えっ、えっ、リア様!? じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ今までのって……!?

 

 

「言うなれば下準備かしら♪ ベルちゃんにしっかり聞いてもらうためのね♪」

 

 

さ、サラ様もニコニコと…! 私が、しっかり聞くためにって……? あわあわしている間に、リア様は椅子へ姿勢を戻されまして。

 

 

「回りくどく自分語りまでして悪かったわね。けどこうでもしないとアンタ、またいつもみたいに『私なんかには畏れ多い…』って聞く耳持たないじゃない」

 

「そ、そんなことは……!」

 

「へぇ? じゃ、アタシ達現役に様付けしてんの辞めなさい」

 

「そ、それは畏れ多……ぁぅぅ……!」

 

 

言いながら気づき、私、黙り込むしかなく…! そして、してやったり♪というお顔を浮かべたリア様はそのまま、けれどまるで頼りがいのある戦士が言い聞かせてくださるように…!

 

 

「これから話す内容も、アタシ達からの声援、感想。だからベル、反芻して、受け入れなさいよ! 今から湧き出す嬉しい気持ちに、しっかり味を占めなさい!」

 

 

は、はいっ! ピシッと背を正して、聞く姿勢を整えます! リア様は『そこまでしなくていいっての』とクスクス苦笑いをされた後、コホンと咳払いをなされて――。

 

 

「もう何回も言ってる通り、アンタのその悩みはアタシ達も持ってる悩み。その上で言うわよ? 『アイドルに向いてない』?『アイドルと並び立てる力量がない』? ハッ、何言ってんだか!」

 

 

初手で一蹴なされて!?  いえそう一笑に付してくださるリア様は解釈一致ですけれど――へ、丸くしてしまっていた私の目をバチっと捉え、リア様は周りを見るように促してきて…?

 

 

「ここに居る誰もが、ここに居る誰かに対してそんなこと思ったこと、ただの一度もないわよ! アンタだってそうでしょう? ()()()()()、そうなんだから!」

 

 

っ…!! 皆さん、先程私を褒めてくださった時と同じ顔を…! さっきの褒め返しこそが、その事実の証明だと言わんばかりに…! あ、ああう…! さ、さっきの感覚を思い出して、また顔が、胸の奥が……!

 

 

で、でも……また…! またシレラさんが私の手をとって、沁みこませるようにすりすりとゆっくり優しく撫で擦ってくださってぇ…! リア様も、逃がさないと言わんばかりに畳みかけて来て!

 

 

「アンタは歌もダンスも出来て、愛嬌を外に出すのはまだ少し苦手で。アタシ達(アイドル)のことを大好きで、今までずっと何度も何度もライブに来てくれていて、アタシ達の感想を語る時は誰よりもキラキラした表情を魅せてくれて!」

 

 

最近のことからかつてのことを一つ一つ思い返すように、一言一言をしみじみと、けれどわなわなと。そして昂ったように――!

 

 

「そんな子がアタシ達と同じアイドルになりたいだなんて、考えただけで胸が熱くなるし、身体の底からワクワクしてくるし、そりゃあもう――フフッ♪応援するしかないでしょうが!!」

 

 

溢れんばかりの輝くの笑顔を弾けさせるリア様に、見つめられて…はぅぅぅ…! で、ですが……私は、その……――。

 

 

「私、卑屈ですから……愛嬌とかも、皆さんにご迷惑を……」

 

 

「はぁまっっったこっのっっっ……!!」

 

 

ひぅっ…!? リア様、ぐぎぎぎと手をわきわきさせて…! サラ様はクスクスと笑いながらどうどうとリア様を……リア様、サラ様の手を『最後までやらせて』と言うようにそっと押し戻して――。

 

 

「……あぁそうよ、アンタは確かに卑屈! それは間違いないわ! アタシ達全員がそれを知ってるっての!」

 

 

ぴっ!? リア様、両手でダダンと机を鳴らして立ち上がられて! そのまま息を大きくお吸いになって!

 

 

「けれどアタシ達はね! アンタが皆と一緒に、日々の過酷なレッスンを文句ひとつ言わずストイックにこなしてることも! なによりアイドルが好きで、アイドルになりたくて、弱い自分と格闘して頭の中から追い出そうと必死に足掻いていることも知ってんのよ! だからアンタを嫌う子はいないし、だからこそネルっさんがアンタをスカウトしたんでしょ!!」

 

 

一息で、想い全てを吐き出し叩きつけてくるように!! それを横から支えるように、またシレラさん達が、手や眼差しで『その通り』と! そんな評価を頂けるなんて、身体の奥から甘い痺れがやってきて……!

 

 

で、ですけど…! 私、そこまでじゃ…! 特に自分との格闘なんて、いつも負けて、その度にアイドルの皆さんの歌や振舞いに助けられて、ようやく一瞬追い出せるぐらいで、そんな立派じゃ――。

 

 

「アンタ、立派で完璧なアイドルになれないとネルっさんの顔に泥塗っちゃう、とか考えてんでしょ? 『アイドルになったとて、ファンを喜ばせられない』とも悩んでたし」

 

 

っ! また胸の中を言い当てたリア様は、ふっと息ついて、足を組みながら椅子にゆったりとかけ直されて…!

 

 

「色々言いたいことあるけど、大体ねぇ…デビューすら出来てないのにファンの心配するなんて、皮算用にも程があるでしょうが!」

 

 

ぅきゅっ…! そ、それは……はい……まさに仰る通りで……何一つ返す言葉なんてなくて……。そう…なんですよね…。デビュー出来るかすら怪しい私なんかがそんな身の程知らずの不安を持ったところで――。

 

 

「だからいいのよ、そんなこと考えなくて。ファンは待ってくれてるんだから」

 

「はい…………へ…??」

 

「いいの、ファンのことは気にしなくて! 胸に手を当てて考えてみなさい! アンタはファンに気を使いまくってへんにゃへにゃになるアイドルに惚れたの?」

 

 

それは……! え…サラ様が小さく、現役アイドルの皆さんへ合図をして、リア様の後ろに呼び集めて――!

 

 

「違うでしょ! アンタが惚れたのは、キラッキラのアイドル――アタシ達に惚れたんでしょ!」

 

 

椅子にて足を組まれて不敵な笑みを浮かべるリア様を、現役メンバーの皆さんが囲み、各々煌めくポーズでデコレートを! それはまるで玉座にて待ち構える最強の勇士達で、ポスターやジャケ写に残したいほどに荘厳で華やかで、キラッキラで…!! シレラさん達からも歓声が上がるほどで!!!

 

 

「安心なさいな。ファンをどう捌くかなんて自ずと身につくし、『我此処にあり』という立ち振る舞いこそがファンを惹き付けんのよ」

 

 

そんな私達へ、リア様は微笑んで! そして――!

 

 

「だから皆! 不安なのは仕方ないけど、今はただ自分を追いかけ続けなさい! 泥を塗るとか迷惑かけるとか立派で完璧にならなきゃとか、諸々そんなの忘れなさい! アンタ達がやりたい未来を、なりたいアイドルだけを追い求めなさい!」

 

 

私達アイドル候補生へ激励を! その姿はまさに――!

 

 

「そんなアンタ達を、アタシ達は引っ張ってあげる! だから頼りなさい、アタシ達を――そしてしっかり、ついてきなさいよ!」

 

 

はわぁぁああっ! はい、はい! まさに、眩しいステージライトの中でも一際燦然と光輝く、私を救ってくれたアイドルそのものです!!! 私達はつい拍手を送り、リア様はお顔にほんの少し照れの眉を寄せながら手で払って止められて…!

 

 

「そんじゃ、ベル。煩い説教の〆よ。最後まで噛みしめて受け入れなさいな」

 

「は、はい! ですけど煩いだなんて、説教だなんて…!」

 

 

再度姿勢を正しますと、リア様は『ツッコまなくて良いってのそこは』とイーってしつつ、机にへちゃっと頬杖を。その何処か子供っぽい姿とは裏腹に――。

 

 

「アンタ、卑屈さを壁にして気づいてないでしょうけど…他の皆と同じように順調にアイドルらしく成長してるわ。あと一歩、ってトコまでね」

 

「え……!?」

 

「ふふっ♪ ――最初はライブの帰り道で独りこっそり歌ってた子が、今やトレーナーさんやライバル達の前で歌えるようになって。さっきなんかはリダオネカとそれぞれ一緒に、スタッフさん達がいる前であんなに軽やかに! ホント、あと一歩なんだから!」

 

 

リア様…! そんな、ずっと見守ってくれているお姉さんのような微笑みを、私に…! いえ、まさにそうなんです…! 私がスカウトされたあの瞬間から、ずっと見守ってくださっていて……!

 

 

「そーれーと。ファンが出来ないかもって嘆き、てんで的外れよ、ねぇ?」

 

 

へ…? それは、どういう……リア様が向けた目の先は、私の周りのシレラさん達、そして席に戻られる現役アイドルの方々…。皆さんまた、さっきのように…さっき以上に満面に肯かれて、リア様に集約されて――!

 

 

「しっかり反芻なさい? 既にアタシ達は、アンタのファン。アンタはアンタらしさで、ファンを喜ばせているのよ」

 

「っっ!!」

 

「そんなファンが、アンタを推しているの。素敵なアイドルになれるって。だからアンタ、まだまだ諦めずに、卑屈で弱い自分に負けずに足掻きなさいよ!」

 

 

り、リア様ぁ……み、皆さんん……! はい…はい……はいっ!! はいッッッ!!! 私……私ぃ……っ!

 

 

「頑張ります……私、精一杯足掻きます! 皆さんと一緒に足掻いて、それで、どうしようもなくなったら、お力を借りて……!」

 

「いやもっと気軽に頼りなさいっての! そんな感極まってうるうるの顔しときながら、あんま変わってないんだから」

 

 

リア様は呆れたというように肩をお竦めになって…! けれど、『ま、遠慮一辺倒じゃなくなっただけ一歩成長ね』と口にするリア様は、なんだか嬉しそうで…!

 

 

「そだ、アタシ達に引っ張られるのが畏れ多いってなら、アンタが全力で甘えられる相手を見つけるのもアリよ。アンタのファンになるのはアタシ達だけじゃないんだから。あ、でもしっかりとした素性のやつにしなさいよ! 一回、アタシ達に紹介しときなさい!」

 

「あらリアパパったら、厳しいと嫌われちゃうわよ♪」

 

「誰がパパよ!!!」 

 

 

ふふ…はい…! まさに親のように、私の僅かな成長を我が毎のように喜んでくださってるようで! こんなこと、私なんかが思っていいことじゃないですけどね…あはは……――え、えと、改めて! 

 

 

「有難うございます、リア様! 有難うございます、皆さん! 大切なことを教えてくださって、見守ってくださって…! 私さっきから、胸が張り裂けそうなほど嬉しくて震えてときめいていて、しかもそれを反芻する度にどんどん大きくなって身体いっぱいに膨らんでいって、今にもボンッって爆発しそうで、あの、その…!!」

 

 

ぁぅぅ…! 御礼を述べるつもりが気持ちだけ先走ってしまって、自分でも何言ってるか…! で、でも皆さん、笑って次の言葉を待ってくださっていて…! ですから、このまま!

 

 

「この夢心地を、勇気をずっと覚えたまま、私! 皆さんの期待に応えるために立派で…私がなりたいアイドルを目指して、その、皆さんと…親友で戦友でライバルで、同じ立場で、尊敬するアイドルで、ファンな皆さんと一緒に!悩んで救われて楽しんで、邁進させていただきますっ!!」

 

 

い、い、言い切りました!! 思ってたことを、胸で反芻していた伝えたい想いを!! わぁ…! 皆さん、拍手やグーサインやピース、ハイタッチや笑顔で迎えてくださって! 

 

 

私、リダさんオネカさんへ、今日のことを一生忘れないと言いました。それが更に、絶対に忘れられない日になるなんて! 皆さんの前で宣言させていただいた通り、私、立派なアイドルになるために頑張ります!

 

 

――ですけど、その、今日は、それだけじゃなく、私よりも!

 

 

 

 

 

 

「あ、あの!」

 

 

私の宣言から少しだけ間を置きまして…! 賑やかに戻った場に、そう切り込みます! こ、声が大きすぎたのか、皆さん…サラ様を始めとした皆さんに弄られていたリア様も少々目を丸くして…で、ですが皆さんには、できれば私の時以上に注目して頂かないと!

 

 

「その、私もここにいる皆さん全員のファンで…! 推していまして…! その、ですから――ファンとして、新しいアイドルの、誕生を、祝いたいと、思ってまして!!!」

 

 

「新しい?」

「アイドルの?」

「誕生???」

 

「へぇ!」

「あら♪」

 

 

皆さん首を傾げてしまいましたが、リア様サラ様、そしてあの時一緒に居た皆はわかってくださったようです! ですから私も、ずっと支えてくださっていたシレラさんの手を、握り返して!

 

 

「シレラさんニュカさんルキさん、ごめんなさい、私が邪魔してしまっていて…勝手に切り出してしまって…!」

 

「ベル……!」

「ベルちゃん…!」

「ベルってばぁ…!」

 

 

「その、おこがましいのは重々承知ですけど…どうかこの場で、お三方を推させてください! 今日も私を支えてくれて、守ってくれて、褒めてくれて、一緒にいてくれた大好きな親友を!」

 

「「「っ…!」」」

 

 

シレラさん達、息を呑んで…! そしてリア様サラ様の微笑みに目をやり、小さく息を吐かれて…シレラさん、私の手を両手で大切そうに包んでくださって…!?

 

 

「…本当、1をお返ししたら10にして返してくるんだから」

「えへへぇ~♪ 私達も大好きで親友でファンだよ!」

「こりゃ~マジでベルの強火担になりそ♪」

 

 

お、お三方共…! 私へそう残し立ち上がって、冷蔵庫へと…! 手にしてきたのは、あの――!

 

 

「「「「「え! もしかして!!!」」」」」

「「「「「そのおっきなケーキ箱!」」」」」

「「「「「三人共、三人で!!!?」」」」」

 

 

「はい! 実は此度!」

「ネルっさんからー!」

「デビュー(仮)の通達を☆」

 

 

そうです! それは、実践レッスン時にネルサ様より手渡された、あのケーキ箱! 即ちシレラさんニュカさんルキさんが誇らしげにお答えしている通り、デビュー決定の証明なんです!!

 

 

「おおおマジか~ッ! マジのマジかーッ! ヒャッホウ♪」

「おめでとう! ぎゅーさせて! はぐはぐさせて!!!」

「早く言ってよ~! ダッシュでお祝い買って来たのに!」

「今度遊びに行くとき全部奢ってあげる! てか次の休み行こ!」

「もうデビューか~…! 早いなぁ……なんだか涙が……」

 

 

一斉に祝福を送る、現役アイドルの皆さん! シレラさん達はその勢いに押されてしまってます!

 

 

「い、いえまだ仮で、正式に決まった訳では…!」

 

「いやいやこの三人っしょ! 絶対そうっしょ!」

「は~! ステージで歌ってるの想像しただけで…!」

「萌えるし燃えるしヤバ! なんか興奮してきた!」

「デビューライブのOA(前座)役、立候補するデース!」

「あっ!ぬけがけズルぅ! 私らもお披露目付き添いしたい!」

 

「わっ、ホントですか!!? やった!!たっのしみ~!!」

 

「さあこっからが本番だぜ! 色々揃えないとなぁ♪」

「奢り隊に私も参加にゃ! たっくさん買ったげるにゃ~!」

「私も私も! 三人に合うコーデずっと考えてたんだ~!」

「勿論、靴でも髪留めでも枕でも好きな物もなんでも!」

「本デビューしたら更にお祝いするから覚悟しんしゃい☆」

 

 

「怖んわぁ…! パイセン達怖んわぁ~…っ!!」

 

 

ふふっ! 先程リア様が仰ってくださった通りです。皆さんは皆さんをアイドルと…親友で戦友でライバルと認め合っています! そしてやっぱり、皆さんが皆さんのファンなんです! 

 

 

だって今のシレラさん達のお姿は、まるでファンの花道に揉まれて嬉し楽しの悲鳴をあげているアイドルそのもので! こちらへと戻って来るまで、私、この光景をずっと見ていられて――って、あ、そうだ…!

 

 

席、シレラさん達の間に挟まったままなのは邪魔ですよね…! 急いで別の机にでもズレて……ふぇっ!? シレラさん達、私をそっと押さえて立ち上がらせないようにしてきて…!?

 

 

「――それで、頂いたケーキも凄いんです!」

「さっきちょっと見てビックリしちゃった!」

「ベーゼさんアストさんの推し店らしいんすよ☆」 

 

 

そのままお三方は皆さんとのお喋りを続けながら、せーのでケーキ箱をオープン――わぁっ!

 

 

「「「「「おおおぉおおお~ッ!!!」」」」」

 

 

これは…これは本当に凄いです!! スモークを溢れさせながら箱が独りでに完全に開き、中から大きいホールケーキが! 咲き誇る花々のようなクリームが側面を彩る様は、さながら舞踏会のヒロインドレス!! 更にはシレラさんニュカさんルキさんをモチーフにした、靴、髪留め、枕の形をした飾り菓子も!

 

 

そして上面にはなんと、色とりどりのジャムやクリーム、ゼリーやチョコレートやムースがタイル状に! 鏡のように滑やかだったりキラキラ入りだったりのそれらが光を受けて眩しく輝いている様は、まるで鮮やかなライト群に照らされたライブステージのよう!

 

 

しかも実際にそれを意識なされているのでしょう、そのステージを囲むように盛られたクリームと果物の飾り切りはライトを模していて! ステージの中央にはケーキ毎に、それぞれシレラさんニュカさんルキさんを模した精巧ながらもデフォルメされた可愛らしい砂糖人形が、元気にポーズをとってアイドルをっ!! 

 

 

まさに宝箱の中から出てきた宝物! とってもとっても素敵で、まさにアイドルの誕生を祝うのに相応しいケーキです!! これは写真に収めないと…目にも焼きつけませんと!!

 

 

「今回もとんでもないので来ましたね!」

「綺麗…! 何処のケーキなの~?」

「あ、カード入ってます! えぇと…」

「『パティスリー【お菓子の魔女】』!」

「『ヘンゼル&グレーテル』さん作と☆」

「あ、聞いたことあるかも! 本店森の中の!」

「へぇ~! なんか隠れた名店ぽいかも~!」

「名店なのは絶対そうっしょ! だってさ!」

「あのベーゼちゃんのおすすめだもんね!」

「なんなら、グリモワルス御用達かも!」

「あーそれはそうかも。なにせアストも…おっと」

「ふふっ、しーっ…♪ 撮影魔法、用意できたわ♪」

 

 

皆さんも大いに盛り上がり、写真をパシャパシャと! ふふっ、まるで記者さん方の囲み取材のよう! ケーキと共に笑顔を浮かべるシレラさん達は当然、注目の的のアイドルです!! 

 

 

ただ、その…そんな撮影に私は邪魔ですから、席を替わったんですけど…。それ自体はシレラさん達お三方を並ばせなきゃという理由で上手くいったんですけど……また、シレラさん達によって席を戻され座らされてしまいまして……なんなら混ざらされて一緒に…な、なんでぇ…!?

 

 

「――さぁ、三人共! 実食タイムよ!」

「ホールごとパクっといっちゃいなさいな♪」

 

「今の内だからね~…本当…!」

「マジ体型維持に必死なるから…!」

「気兼ねなく食べられるの今だけ!」

「こら、怖がらせないの!」

「私の時は丸ごといったし☆」

「なぁに、鍛えればいいだけさ!」

 

 

そ、そんなこんなで撮影タイムも終わり、とうとうケーキを頂く時となりまして。皆さんからそう促される中、シレラさん達は――。

 

 

「ふふっまさか! 皆で分けましょう!」

「その方が絶対美味しいですもん!」

「ぶっちゃけ、この量ソロはガチ無理…☆」

 

 

軽くそう仰ってくださって! そのお優しさ、お姫様のように高貴で、流れ星のように美しくて…! 気遣いの詰まったケーキをプレゼントしてくださったネルサ様に、全く負けていません!

 

 

なんでも現役の皆さん曰く、ネルサ様は皆で分け合う前提で大きなケーキをプレゼントしてくださるらしく。沢山食べる方や人数によってはもっと大きかったり複数個渡してきたり、このケーキのようにクリーム諸々の味を変えて色んな子の好みに対応なされてるようなんです。

 

 

ですからこのケーキ、間違いなくシレラさん達の満足できる量や好みの味をご把握の上でのプレゼントなんです! ふふ、流石ネルサ様ですよね…! 

 

 

「早速切って貰ってきますね!」

 

 

あ、シレラさん達が立ち上がって、ケーキを持ってコックさんの元へ! 私もお手伝いを…ぁ…今動いても私なんかにやることは……あ、そうです、今のうちに席を移動して――!

 

 

「サラ任せた」

「は~い♪ ベルちゃん、明日の相談なのだけど――」

 

 

へ、リア様サラ様!? リア様はそのまま立ち上がり、シレラさん達の元へ…! サラ様は私にお声がけを…!? え、えと…!

 

 

「――良いからほら、こんぐらいは食べなさいな! いけるでしょ?」

 

「えっ!? でもそれだと皆さんの分が……」

 

「アンタ達のお祝いでしょうが。アンタ達が堪能するのが一番、アタシ達へのお裾分けはその後の後! ほら、コックさん達もこう言ってくれてるでしょ」

 

「でもぉ…」

 

「ハッ、なら猶の事これ食べて勢いづいて、アタシ達越えの大物になってから皆にケーキ奢んなさい! 待ってるわよ?」

 

「おぉ~!くぅ~っ♪ やっぱリアさんカッコいいわ~!」

 

「フフン! あ、この外側がコーヒークリームのトコ、多分甘さ控えめね。うん、カードの説明にも書いてあるわ。アンタ達の好みじゃないでしょ? これはあの子用で――」

 

 

サラ様へ受け答えをしながら耳をそばだたせておりますと、リア様とシレラさん達のそんな会話がほんのりと。はぅう…! 皆さん素敵すぎます……っ!

 

 

「手ぇ空いてる子ー! 配膳手伝いに来てー!」

 

 

あ、はいリア様! 今向かいます! ……あっ、席替えられませんでした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「頂きまーすっ!」」」」」

「「「「「あむっ…んっ!」」」」」

「「「「「美味ひい~ッ!!」」」」」

 

「ちょっとこれ、ウマっ…!」

「えっ、ヤバくない…!?」

「マジでグリモワルス御用達…!?」

「今度の差し入れここに決定ね……」

 

 

「ふひゃ~想像以上…!」

「むへへぇ~♪ 幸せぇ♡」

「こんなの初めて…!」

 

 

はい、まさにですぅ…! 身体が蕩けるぐらいに甘いのに、全くしつこさはなくて…! それどころかフワッと舌の上で溶ける度にフルーティーな酸味や深みのあるコク、弾けるような香りや一瞬感じる刺激の痺れといった色んな味わいが、まるで目まぐるしく輝き変わるライブ演出のように飽きさせてくれなくて!

 

 

そんな一口でいつまでも浸れてしまうような味ですのに、心は『もっともっといっぱいに頬張りたい』と逸ってフォークを運ぼうとしてしまって! 魔法にかけられたような手を抑えながら頂くのに必死で、美味しくて、幸せでぇ…!!

 

 

こんな素敵なケーキ、私なんかも頂いて良かったのでしょうか…! しかも変わらずお三方に…本来このケーキの祝福全てを受け取るべきシレラさん達に挟まれながら…! 

 

 

あんまりそうやって考えるなと言われたのは勿論覚えてますけど…! やっぱり、デビュー祝いという唯一無二な大切なものを切って分けて頂くなんて畏れ多くて、申し訳なくて…! 気持ちとしては、全部味わって頂くためにお返ししたい気分で…!

 

 

「ベルも美味しい? ふふっ、聞くまでもなく幸せそうな顔してて……あれ?」

 

 

ですが当然食べかけをお返しする訳にはいきませんし、一部はもうお腹の中ですし……あ、そうです! このお店から買って、お返しすれば! こんなレベルの高いケーキが幾らするかはわかりませんけど、なんとかお金を搔き集めて次のお休みにでも…! そうだ、そうしましょう!

 

 

「ベル? 顔がどんどん…あ、これ、また……?」

 

 

きっと本当に喜ばれるのは先程リア様が仰ってた通りデビューしてから奢る形か、私がデビューする際に頂けるかもしれないお祝いケーキを同じように分ける形なのでしょうけど……。それが叶わない可能性は充分ありますから……。ですので――。

 

 

「もう……あ♪ ふふ、ねぇベル?」

 

 

ふゃっ!? シレラさんが肩をちょんちょんと…! 返事を…!

 

 

「は、はいシレラ――」

 

「はい、あ~んっ♡」

 

「ぁもむっ!?」

 

 

ふわっ…甘っ…蕩け…美味し…っ!? し、シレラひゃん!?!? なんで、私の口の中に、ケーキを!? それも、自分のを更に切り分けて…!!? え、えと、どういう……!?

 

 

「あっ、ちょっと無理やり過ぎちゃった…! クリームが…!」

 

 

目を白黒させている中、シレラさんも少し慌てたように…私の口周りを拭いてくださって…!? え、え、え、その、ですからこれ、どういう!!? そ、そうだ、感想を、感想をお返ししなきゃ!!? 

 

 

「あっ待って待って! えいっ!」

 

 

むぐっ!? クリーム拭きを放りだすように、シレラさんの指が、私の口を封じて!? え、え、え、シレラさん!? 何処か気恥ずかしそうにはにかまれて、こほんと咳払いなされて…!

 

 

「美味しい? ――ふふっ、ね♪ 甘い心地に浸れて、忘れられないぐらい幸せな気分になれちゃうよね♪」

 

 

唇を塞がれたままに頷きで答えますと、シレラさんはそう微笑まれて…! は、はい、幸せです! 口の中いっぱいが至福で…! けど、何故……。

 

 

「それで…また、食べたいって思う? この味を、また今度も楽しみたい?」

 

 

えっ…それは、できれば、はい…! 深くゆっくり頷いてみせますと、シレラさんは「良かった! 私もなの!」と嬉しそうなお顔を浮かべ、指をお放しになり…!

 

 

「――実はね。未だに私、デビューできるかもってコト、信じられなくて。けれどこのケーキがあるから、この幸せの味があるから、嘘じゃないって信じられて!」

 

「ね~! こんな美味しいの食べちゃったら、明日からももっともっと頑張らないとってなるよね!」

 

「きっと私らこの先ずっと、この味を思い出すだけで、反芻するだけで、やる気が漲ってくるんだろな~☆」

 

 

むゃっ!? ニュカさんルキさんも加わって!? 私まだ口の中にあるケーキをもごもごしながらで、何も言えなくて…! でも、それには同感です…! 

 

 

このケーキは証で、デビューする子の今までの努力を記念して、これからの努力を祈念する祝福で、アイドルにのみ許された味で!

 

 

「でも多分ね。この幸せの味自体は、こういったデビューお祝いのケーキからでしか味わえないと思うの。似たケーキとかじゃ駄目で、どんなお祝いを頂いても違くて――私達はもう二度と貰えなくて」

 

 

っ…! ですのになんで…! そんな大切な味を、限られた貴重な一口を、私なんかに!? それを聞きたくとも、シレラさんは『焦らず味わって』と言うように微笑まれ、なんだかわざとらしく続けられて…!

 

 

「でも内心はさっき言った通り、またいつか味わいたいと思っちゃってたりして。ふふっ♪ベルもでしょう? どうしよう、どうやったらまた食べられるかしら?」

 

 

それは…その、シレラさんのお言葉をそのまま借りると、こういったデビューお祝いのケーキからでしか味わえない、ですから…つまり――。

 

 

「あぁそうだ、ベルのデビューお祝いケーキを分けて貰えば、ベルも私も大満足! なんて、ふふふっ♪」

 

 

わ、私のですか!? い、いえいえいえ!? だって私よりも、他の方々がデビューする可能性のほうが何十倍も高くて、なんなら百パーセントでしょうから――へ…?

 

 

「……本当に十倍返しされそうかも…。ううんいいや、その時はその時…! 言っちゃえ…!」

 

 

シレラさん、ボソリと自分に言い聞かせるように呟いて…覚悟を決めた瞳で、私の目をまっすぐ見つめてきて!

 

 

「ベル、今の一口はそのお願い。その幸せを覚えて、味を占めて、力にして。私達と一緒に明日からも頑張って、私達と同じようにデビューして! そして、お祝いケーキでお返しして欲しいの。今度はベルの幸せの気分を、私達にお裾分けして欲しいの!」

 

 

っっっ?! この一口の、幸せのお返しを、私のデビューで!? えと、もしその時が来たら是非にですけど、沢山お返ししたいですけど! その時なんて、来るかすら――わわわ…!

 

 

「それまで、待ってるから。ベルがデビューするまで、待ってるから。どれだけデビューに時間がかかっても、私…ううん、私達、いつまでも待ってるから!」

 

 

シレラさん、そっと私の手を両手でとって! 照れ隠しのようなウインクで『ベルの方が先に公式デビューするかもしれないし、同じユニットとして一緒にデビューできるかもしれないけれどね』と付け加えつつ、見惚れてしまう微笑みを――!

 

 

「だからベル、今はただ、一緒にこの幸せに浸って。そしてまたいつか、今日みたいにここでこうして美味しいケーキを…アイドルの幸せを分け合いましょう! ね、約束♪」

 

 

片方で私の手を支えてくださりながら、指切りを…! わ、私もケーキを、シレラさんの想いを飲み込み、それに返して――!

 

 

「指切りげんまん♪嘘ついたら――デビューしてから高級ケーキをおーごる、指きった!」

 

「ふぇっ!?」

 

 

逃げ場が!?!? まさかの罰にあわあわしてしまっていると、シレラさんはクスクス笑いながら…約束をした小指で…ひゃわぁっ…!! 私の顔に残っていたクリームを掬い取り、舌先でペロッと舐めてみせて!!

 

 

その小悪魔的な、されど慣れない悪戯に照れた天使のような微笑みはとっても可憐で…! 思わず感動の溜息が漏れてしまうぐらいで……! やっぱり、アイドルって凄い――。

 

 

「私達のばーん! ベルちゃんからのあーん楽しみ~!」

「ほい、あーん☆ ほれほれ遠慮ナシに浸れ~い♪」

 

 

へっ、ひゃっ!? ちょっ、ニュカさんルキさん!?!? ま、待っ!? せ、折角のお祝いケーキなんですから、私なんかにこれ以上分けず味わって……って、お返しってそういう!? ひゃっ、わわっ…!ひゃわぁあああっ…!!

 

 

「へぇ、やるじゃないアンタ達!」

 

「ふふっ、お二人を参考にさせて頂きました! 最も、あれほど上手くはできませんでしたけど…」

 

「またまた! アタシ達感心しっぱなしだったっての!」

「本当♪ 強力で頼もしいライバルのデビューね♪」

 

 

ニュカさんルキさんが私にわちゃわちゃ絡んでくださっている横で、リア様サラ様とシレラさんはそんな会話を…! と、リア様サラ様はお礼を湛えたご表情をお浮かべになって。

 

 

「それに、アンタ達三人に初心に帰らせて貰った気分だわ。そう―アタシ達もあの時、ケーキを貰った時そう思って、だからこそ皆に差し入れを贈るようになったのよね」

 

「えぇ。美味しい差し入れは見てくれている証明となり、次への、永遠の活力になる―そう考えてね。懐かしいわね…けれど思い返すだけで、あの時の幸せの味がまざまざと蘇ってくるわ♪」

 

 

わぁ…! お二方のお顔に、明日からのモチベーションが湧き出してきているのがわかります! このお祝いの味って、トップアイドルになってまでも残る幸せの思い出なんです!

 

 

けれど、シレラさん達はそれを私なんかに分けてしまって―ううん、いいえ…! そう考えてしまったらシレラさん達にもケーキにも皆さんにも失礼ですよね! 

 

 

私に出来ることは、これ以上迷惑をかけないことでこの瞬間を、シレラさん達がトップアイドルになっても思い出してくださる記憶とすること。そして……一口の約束を果たすこと! 

 

 

その約束が叶うかの自信はないですけど……今はその弱い自分を追い出して、シレラさん達と一緒に楽しく浸って! 幸せの味を反芻して、活力にして、明日からも皆さんと一緒に足掻いてみせます!

 

 

そのために、最後までケーキをしっかり味わわせて頂いて――あ、そうです、ケーキの他にも…!

 

 

 

「そだベル! アタシ達の差し入れもしっかり食べなさいよ!」

「うふふっ♪ このケーキに劣ってない自信はあるわよ?」

 

 

はいリア様サラ様! 先程頂いた差し入れも、間違いなく幸せの味です! waRosのお二方が私達を見てくれて、背を押してくれた証なんですから! 今度は腐らせることなく頂きませんと!

 

 

「あー! あれ、ケーキに合わせたら更に美味しくなると思ってたんだ~!」

「相乗効果ってヤツ? 良いねぇ~取り行こ~♪ベルもシレラも行こ~お♪」

 

 

わっ、ニュカさんルキさん! ふふっ、はい! 急いで取りに行きましょう! 四人揃って小走りで廊下に出てまっすぐ進んで、自室に戻りまして!

 

 

本当、アイドル寮はいつ見ても寮というより貴族のお屋敷と言いますか…! 私にあてがって頂いた部屋も他と同じく、何人かで広々お泊り会できるぐらいに大きくて、防音防振等もしっかりしていて! 私なんかには過ぎたお部屋で――。

 

 

って、今はそれよりも、差し入れお菓子を持っていきませんと! あれはレッスン鞄の中に入れたままで……あれ。確か、鞄の奥に大切に仕舞っておいて……あれ……あれ…!? 

 

 

 

えっ……いやいや……あれ……あれ……あれ!?!??!? えっ…えっ…えぇえっ!!? そんな……そんな…そんなっ!! 

 

 

 

嘘……嘘っ!! なんで……なんでッ!? あの時ミミックさんから頂いた、大切に仕舞っておいたはずの、waRosからの差し入れが!!

 

 

 

 

「無い……無い……無いっ!!!??」

 

 

 

 

見つかりません……鞄の中に、入っていません!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ど、ど、どうしましょう! 貰ってない訳はありませんし、貰ってすぐに大切に仕舞ったはずです! なのに、なんで! なんで!?!?!? 

 

 

だって、寮に帰って来てから取り出した記憶はないんです! その…waRosのお二方にどこの感想をどうお伝えするかをずっと考えていて、それで頭が一杯で、忘れていまして……!

 

 

でもなのに、鞄をひっくり返しても全部のチャックを開けても奥まで探っても顔を入れるぐらいに凝らして見ても、それを何度やってみても、影も形もないんです!! どうして――……!

 

 

「あれ、ベルちゃ~ん! まだ~?」

「ちょいちょいニュカ、急かさんのー」

「ふふっ。ベル、ゆっくりで良いからね」

 

 

ぴっ!? ノックの音と共に、ニュカさんルキさんシレラさんの声が!! え、えっと!! 急いで部屋の入り口に駆け寄って、扉越しに!

 

 

「す、すみません! 先に行っててください! すぐに向かいますっ!!」

 

「え~。待ってるよ~?」

「どったん? なんか…」

「声震えてない? 大丈夫?」

 

「い、いえ!? そ、そんなことは! 大丈夫ですから、はい!!」

 

「そ、そうなの……?」

「ん~…………ね、シレラ」

「わかったわ。先行ってるわね」

 

 

よかった、聞き届けてくださいました…! 食堂へ戻ってゆく足音が微かに聞こえてきます…! ふぅ……とりあえずなんとかなりました……安心している場合じゃありません!!

 

 

お三方のことですから、少ししたらまた様子を見に来てくださってしまいます! だからその前に差し入れお菓子を見つけて、戻りませんと!

 

 

ですけど、一体何処に……部屋に戻って来てから出した記憶はありませんし…………いや、もしかしたら自分の思い違いかも…! 一回取り出して、何処かに置いたのかも……!

 

 

とりあえず、私が置きそうな場所から探して…! えっと、ここのアイドルの皆さんから頂いたサインや頂き物を祀ってありますシェルフには……ない…お、同じくウォールラックに……ない……!

 

 

じゃ、じゃあ! テーブルや勉強机の上に……小物棚の中に…キッチン……食器棚には……! 洋服タンス……本棚……魔導画面付近……ライブ映像用棚…楽曲置き場…ベッドにも……あっちには……――こっちにも……――ない……!

 

 

あっ、あっ…! バッグからコロッと落ちた可能性もありますよね! えっと、鞄かけの周囲から床を……姿見の下……ベッドの、机の、家具の、クッションの下……! ぁぅぅ……カーペットの下、ダンス練習用マットの下……床下収納…は一階とはいえないです……ないんです……ない…ない――。

 

 

 

「ないぃ……!!! なんで、なんでぇっ…!?」

 

 

 

どこを探しても、影も形もありません…っ! こうなると、部屋にまで持ってきていたかすら怪しくて…! 見落としたかもしれませんし、もう一度最初から…ううん、部屋の隅から隅まで念入りに――ぴいっっ!?!?!?

 

 

の、ノックの音が、また響いて!?!? もしかして、シレラさん方がもう一度…いえ、でもあの御三方のノックにしてはなんだか力強くて……これって確か!?

 

 

「ベル、アタシよ! ほら開けなさいな!」

 

 

り、リア様っっっ!?!?!? 声的に焦れてるご様子で、お引き取り頂く訳にいきませんし…! は、はい今開け――ひゅっ!?

 

 

「ケーキ乾くわよ、全く」

「迎えにきちゃったわ♪」

 

「良かった、体調は悪くなさそう…!」

「ん~つーことは……逆にマズった?」

「ベルちゃ~ん! 来て貰っちゃった☆」

 

急いで扉を開きますと…そこにはリア様だけじゃなく、サラ様とシレラさん達まで!? 待たせすぎて勢揃いで来てしまわれました!?

 

 

「一体どうしたのよ、随分と来ないじゃない!」

「差し入れ、踏んで粉々にしちゃったかしら☆」

 

「い、いえ! そんなことは! ……そのほうがマシといいますか…」

 

「ん? なんて?」

「あら?」

 

「な、なんでもありません! えと、その……!!」

 

 

リア様サラ様までいらしてしまった以上、差し入れを失くしてしまったなんて口が裂けても言えるわけがありません! ですからその、誤魔化しませんと!!

 

 

「その、お菓子は……ぇと……ぁの……その……あっ…! 実は、あの、持っていく前に少しだけ味見をと一口頂きましたら、止まらなくなりまして!」

 

 

「……は?」

「…そうなのねぇ」

 

 

「は、はい! そ、それで……気づいたら無くなってしまいまして! ですから……えと……ど、どうすれば良いかわからなくなってまして!!」

 

 

「……へぇ~」

「…っふふ…!」

 

 

し、信じてくださったでしょうか…!? 思いつきの言い訳ですけど、なんとか聞き届けてくだされば……へっ、お二方とも、顔を見合わせてにんまりと…!?

 

 

「なら折角だから味の感想聞きたいわね! どうだった?」

 

「はわっ!? え、えっと…綺麗で…甘くて…ケーキに合いそうで…!」

 

「あらおかしいわねぇ。あのお菓子、苦みが美味しいのだけど?」

 

「っっっ!? え、えっとえっとその!? そうでした…かも――!?」

 

「えー嘘だー!? だって苦くなんてなか…ムグっ!」

「いや塞ぐ必要なかったわ。お人が悪いんですからぁ」

「ふふ、もう…! お二人共、ベルを虐めないでください」

 

 

――……へっ…? ふぇっ…!? あわあわしてしまっていますと、ニュカさんの抗議の声が。そしてそれを止めたけどすぐに手を放したルキさんと、シレラさんがwaRosのお二方へ諫めるように……更に当のお二方は謝るように首を縮め、私へも…えっ、えっ…?

 

 

「悪かったわね弄って。あんまりにも必死で可愛かったからつい、ね!」

「うふふっ、ごめんなさいね♪ それで…失くしちゃったのね、お菓子」

 

「っっっ!? な、なんで……ハッ、あッ…!」

 

 

慌てて私も口を塞ぎますが……ぁぅ…もう遅いみたいです……。皆さんとうにわかってたように…いえニュカさんだけは今気づいたようですけど……。

 

 

「なんでって、ねぇ。狼狽の仕方はこの際置いといて…。前にあげた差し入れを大切にし過ぎて腐らせたアンタよ? 『我慢できなくて食べちゃいましたー』なんてこと、しないでしょうが」

 

「帰り道でも『夕食の後に食べるから仕舞っている』って言っていたものね。 ……あら? もしかしてあの時から失くしていたの? それともやっぱり貰っていなかったとか?」

 

 

「いえいえいえ!? その時は持っていたはずなんです! 多分! 多分…。……確認してませんでした…。鞄の奥に仕舞っていたはずだったんですけど……で、でも! 頂いたのは間違いなくて! あのミミックさんからしっかり、お二方のライブ終わりに、レッスンエリアに向かう途中に!」

 

 

リア様サラ様へ慌ててそうお伝えします…! そうです……あの帰り道に確認しておけばこんなことには…! けれど間違いなく頂いていましたし、皆さんやミミックさん達の睦まじい様子に気をとられてしまって……ぁぅ……。

 

 

「レッスンエリアに向かう途中に貰っていて……」

「私達の貰った時にはワンチャン無いなってた…」

「あ、じゃーレッスン室に置き忘れてきたとか!」

 

 

「…………あっ!!!!!」

 

 

シレラさんルキさんニュカさん!!! それかもしれませんっ!!! レッスン室の着替えロッカーの中にあるかもしれませんっ!! 

 

 

だってあの時遅刻してしまった時、更にタオルを忘れたのに気づいて鞄をひっくり返して探してましたから!! こうしてはいられません、すぐに――あうっ…!

 

 

「落ち着きなさいな。この時間はもうレッスン室は施錠されてるし、レッスンエリアもこの辺りも消灯済みでしょうが」

 

 

駆けだそうとしたところを、リア様に止められてしまいました…! うぅ…確かにそうです…。ライブ映像を見ながらゆっくり夕食を頂いてましたから、もう夜も更けてきていて……。け、けど……。

 

 

「そうねぇ…でも、オネカあたりに頼みにいけば開けてくれるかもしれないわ。一緒に行きましょうか?」

 

「っ…! サラ様ぁ……!  是非…あ、いえ! これ以上ご迷惑をかける訳にはいきません! それは私一人でお願いしに……あ…でもそれだとオネカさんにもまたご迷惑を……無かった場合更に…」

 

 

変に押しかけてオネカさんに迷惑をかける訳にはいきません…! だって昼間にも忘れたタオルを取りに行って貰ったりと色々していただきましたのに、また忘れ物しましただなんて……!

 

 

それに……もしレッスン室に無かったら、私が何処かに落としてしまっていたら! それこそ、間違えて迷い込んでしまった大道具エリアにとか、走ってる際にライブエリアにとか! その可能性はいくらでもありまして……!

 

 

それでもしロッカーの中に無かったら……きっとオネカさんは見つかるまで探してくださってしまうはずです…! リダさんも聞きつけて加わってきそうです……! 他のミミックさん達も…!!

 

 

で、でもこのままだとリア様サラ様に申し訳が立ちませんし……! 前回は腐らせて今回は失くしただなんて…! それにこのまま心配かけてしまったら、折角のシレラさん達のお祝いに水を差して、大切な思い出に傷が…! ど、どうすれば……――ひゃうっ!?

 

 

「ま、明日取りに行けばいいだけでしょうよ! 本当の感想を聞くのはまた今度にしといたげるわ」

 

 

リア様が私の肩を組んで、部屋から引きずりだすように!? で、でも――!

 

 

「ん? あ、そっか。ケーキに合わせるって話だったっけ。しょうがないわねぇ、新しいのあげるわよ。余分に買ってきてあるんだから!」

 

 

えっ!? い、いえ頂けません二個目なんて! …あの、でも、多分、それ以前に…!

 

 

「えぇと、リア? その余り分は全部、あの子達に…ね?」

 

「…………あっ」

 

 

良かった、サラ様が気づいてくださいました…! あの時差し入れを配り終えた後、残ったものはミミックさんに全部差し上げていましたから…! その、ですから、私の自業自得ですから、もう私のことは気にかけずに――。

 

 

「なら私達が!」

「ベルちゃんに!」

「分けちゃいま~☆」

 

 

ふえっ!? シレラさんニュカさんルキさん!? い、いえいえいえいえいえ!! それは、それだけは!! だってお祝いケーキすら分けて頂いたのに、その上差し入れお菓子までなんて!

 

 

「言ったでしょ、幸せを分け合うって♪」

「ケーキと一緒だよ! 一緒が一番♪」

「皆で楽しく食べて幸せにならんとねぇ♪」

 

 

「つっ……!」

 

 

お三方共……! ……そうです。今日という日は、お三方にとって楽しく幸せな思い出にならなければいけないんです…! そのためにはこれ以上場を乱すわけにはいきません!

 

 

探しに行って心配させることも、この申し出を断ってぎくしゃくの空気になることも避けなければ! 今はリダさんオネカさんもいませんし……! で、ですから――!

 

 

「その、えと…すみません! お願いします…! 頂いた分は、明日見つけてお返しします!」

 

 

「えっ…!? すぐに頼ってくれて…!?」

「わわ~っ! すご! ベルちゃん成長中!」

「やば気ぃ変わらん内に急いで戻ろ~う♪」

 

 

きゃっ!? シレラさん達は何故かとても喜んだご表情で私を囲み、食堂まで護送するように!? リア様サラ様も後から、同じようなお顔で……えっ、えっ!?

 

 

よ、よくわかりませんけどチャンスです! このまま、この空気を維持したまま、お祝いを進めませんと! 私の泣き言はもうおくびにも出さないようにして、シレラさん達に幸せに過ごして頂きませんと!

 

 

そのためには弱い自分を一旦追い出して! 今は、今だけは、幸せに浸ります! ……差し入れの件は、後で。誰にも迷惑をかけない時に――!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はふうううう……。えへへ……楽しかったぁ……!」

 

 

なんとかお祝いが終わり、私は再度自室に。ベッドに腰かけ、ほうっと呟いてしまいます。ふふっ、本当に楽しかったんです!

 

 

あの後、結局差し入れのお菓子を分けて頂いてしまいまして。それが本当にケーキのクリームとマッチして、美味しさ増し増しで! つい浸ってしまっていると、それを見ていたシレラさん達は何故か更に追加で分けようとしてきて…! それは慌ててお断りして…!

 

 

そうしていましたら、今度は様子を聞きつけた他の皆さんも差し入れお菓子を持ってきて! すでに食べちゃった子には分けたりして、全員で楽しんで! あの時のリア様サラ様、嬉しさが込み上げて来て止まらないって感じの御表情でした!

 

 

あ、満面の笑み繋がりで面白いことが…! ケーキにはそれぞれシレラさん達を模した可愛い砂糖菓子人形が乗っていたんですが…どうやら日持ちもするようでしたからシレラさんルキさんは取っておこうか悩まれていまして。

 

 

私もそれはアリかもと思って一緒に悩ませていただいていたんですが……なんとそうしている間に、ニュカさんがその横で、全く悩まれずにパクリって! 自分を、頭からパクリって! 「んひゃ~~♡ あんま~~いっ♡」って満面の笑みで!

 

 

その光景に思わず私達、「「「食べてる!?」」」とツッコミを入れてしまいまして…! ふふっ、けれどそれが呼び水になって、シレラさんルキさんもお齧りになってました! …どこから食べようか少し悩まれてましたけど、ふふふっ!

 

 

その後もおすすめのお店やアイテムの話や、ネルサ様発の最近の流行について、現役アイドルの方々からのアドバイスや、カラオケ&ダンスタイム、そして急に始まった『他の皆も良い機会だから褒めまくっちゃえ!』コーナー等もありまして! とっても幸せなひと時でした!

 

 

そうして気づけば遅い時間で。夜更かしはいけませんし、お祝いも宴もたけなわで解散となりまして。けれど…ふふっ、シレラさん達は今頃お部屋でこっそり、続きに花を咲かせているかもしれません…! 二次会というやつでしょうか。

 

 

私もそれに誘われましたけど、辞退させて頂きました。デビュー前最後の夜、お三方だけで積もる話もあるでしょうし。もうこれ以上お三方の邪魔をする訳にはいきません。

 

 

それに……いい加減、追いやってしまったあの問題を考えなければいけませんから。はい、失くしてしまった差し入れについてです。とりあえずまずは、もう一度隅から隅まで探してみて――。

 

 

 

 

 

――……やっぱり見つかりませんでした。どうやら本当にレッスン室に忘れてきてしまったか、あるいは……っ考えたくありません…。

 

 

だって、あの差し入れは証なんです…! シレラさん達のお祝いケーキと同じ…! 先程リア様サラ様が仰っていた通り、あれはwaRosが私を見てくださった、頑張りを認めてくださった証明なんです!

 

 

なのにそれを失ってしまうなんて…!! こんなこと、絶対にやってはいけないのに! 前回もその想いを無下にしてしまったのに……! 

 

 

気持ち的にはすぐ取りに行きたい気分です…! ですけどレッスン室は閉まっていますし、各所も消灯済みですし、この時間から事前申請なしに寮を出ることも禁止ですし、正面玄関は当然鍵かけられていますし……。ぅぅ……でも……。

 

 

――っ…! 駄目です! このままだと、どんどん悪い考えに…! とりあえず、また追い出しませんと…! そうだ、日課のアイドル練を…! 今日はwaRosのライブも観覧させていただきましたから、それを! あの素晴らしさを私にも分けてもらうように、真似て! っすぅ……1、2、3、4――!

 

 

 

 

 

 

「――Swordy…Hearty……ブレイブ…り……ぁぅ……」

 

 

駄目です……! 駄目駄目です……! 駄目なんです……っ! いつもみたいに上手く、あの御二方に浸れなくて…! それどころか、どんどんと差し入れの件が膨れ上がって!

 

 

歌を、ダンスを、あのアピールを真似てみる度、練習してみる度、あんな立派な方々からの贈り物を失くしてしまったことが頭をのたうち回って……! ごめんなさい…ごめんなさい……!

 

 

あの時リア様サラ様は許してくださったご様子でしたが…もしかしたら内心幻滅なされていたかもしれません…! シレラさん達も、内心迷惑がっていたに違いありません……!

 

 

ですからせめて、見つけ出さなきゃ…! 頂いた分をお返しできるようにしなきゃ…! けれどそれはどう足掻いても明日になってしまって、このまま待つしかないなんて、落ち着かなくて……!

 

 

それに、もしロッカーに無かったら……本当に紛失してしまっていたら……っ! あの折角の貴重な『証』は、他の店のケーキでも、同じお菓子だとしても代わりにはなりませんのに! 

 

 

どうすれば…そうだったらどうしたら……!! せめて、何処かに落ちていないでしょうか…。怪しいのはあの時、大道具エリアに迷い込んでしまった時で。あの時は急がなきゃと焦っていましたから落としても気づけなかったかもしれませんし…!

 

 

もし落とし物として届けられているのならまだ良いのですが……そうでなかった場合、何処かで見つからず、こっそり腐ってしまうなんてことになってしまったら……! それは絶対嫌です…! そうなったら絶対、リア様サラ様に愛想をつかされてしまって……うぷっ……!

 

 

ぅぅ……! ロッカーにあることを、落とし物として見つけられていることを祈るだけなのは、とても辛くて苦しくて、心がほじくられて中身が漏れ出しているみたいにゾワゾワザワザワして…! このままじゃやっぱり、眠るにも眠れなくて、明日を迎えられそうになくて!!

 

 

せめて、本当に落ちていないかだけでも見に行けたら……そうすれば…………そうすれば…? ―――――――――――そうすればっ! 

 

 

このまま悶々としていても、何も解決しません! イチかバチか、勇気を出して!!! まずは準備を! 服を、タオルを、水筒を、鞄に入れて! 朝、部屋を出た時からの再現を、あの時の再現を! そして――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、上手く…いきました…? 気づかれて……ませんよね……?」

 

 

一息つき、音が鳴らないように鞄を抑えながらこっそり背後を見てみます。寮も庭園も門も、夜の帳に包まれた静けさのまま。騒ぎが起きている様子は一切ありません。良かった…!

 

 

自室が一階なのが幸いしました…! こっそり窓を開け、周りにバレないように外に……! そして厳重に閉じられた門も、ミミックの方々が利用する垣根の隙間を活用してスルーし、寮の敷地外に忍び出ることができました…!

 

 

なにせもう時間は深夜気味、皆さん眠りについていらっしゃるようです…! とはいえ管理人であるキキーモラさん方は起きているでしょうし、寮から完全に距離をとるまで静かに…! いえ、この後もずっと静かに行きませんと!

 

 

だってそうしないと、警備を担当してくださっているミミックさん方にもバレてしまいます! もし気づかれてしまったら、よくて忽ち部屋に戻されて…! 悪ければ昼間の大道具造りの方みたいに侵入者扱いしてきて、『対処』されて……!!

 

 

ぅぅ……悪い事をしている自覚はあります……これはとってもいけない、叱られてしかるべきな行動です……。けれど、こうしなくちゃ、こうでもしなくちゃ申し訳が立たないんです! 折角頂いた夢心地を、汚してしまうんです!

 

 

 

こっそり寮を抜け出して、昼間通った道を…差し入れを失くしたであろう道を辿る――。これしか、方法は無いんです! これならば、誰にも迷惑をかけずに探すことができるんです!

 

 

 

あ、いえ……ミミックさん方には迷惑をかけてしまうかもしれませんけど……ううん、見つからなければ、大丈夫なはずです! そうすれば迷惑をかけません!!

 

 

私、よくイメージされるミミックさんみたいなことをしてましたから……臆病ですし、影薄かったですし、誰の邪魔をしないよう、気づかれないように振舞うこともよくやってましたから…! 

 

 

それに加え、リダさんオネカさんを始めとした皆さんの動きをよく見てましたから、ミミックさん方が隠れそうなところはちょっとはわかっているつもりです。なのでそれを避けていけば、見つからずに済むはずです…! 現に今も、まだ見つかっていないみたいですし…!

 

 

それに…もし見つかってしまって、捕まりそうになっても…! リダさんとオネカさんが……あのお二方なら……――う、ううん! そんな迷惑をかける前提で動くわけにはいきません! こんな深夜ですし!

 

 

ですので、お二方が担当されている会場エリアとレッスンエリアは後回しに…! ――いや、探さなくてもいいはずです。リダさんオネカさんであれば、間違いなく落とし物に気づいてくださいますから。

 

 

やはり一番怪しい、大道具エリア。あの場所をピンポイントで探しましょう…! 出来る限りあの時を再現して、迷った道順通りに進んで、探して。それで見つからなかったのならば……きっとロッカーの中か落とし物センターにあるはずです! ……きっと、多分……お願い、そうであって――。

 

 

――っ…! いえ、祈るのは探した後です…! ここでぼうっとしていたら見つかるだけです! えぇと、大道具エリアは…こっち!! ひっ…!

 

 

ほぼまっくら……非常灯で薄ぼんやり照らされているだけ……で、でも、もう覚悟を決めたんです! 急いでこっそり、誰にも迷惑をかけることなく! 差し入れのお菓子を探しだしてみせるって!! 

 

 

 

だから、その――っ……い、いきますっ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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