その後のドラゴンクエスト7 (本城淳)
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その後のアルス達

仲間達と共にオルゴデミーラを倒したフィッシュベルの少年、アルス。
その後の彼の人生は?
3DS版を基準にエンディング後の世界を想像してみました。(すれ違い通信によるすれ違い石板など)


ザザァ………

クゥ!クゥ!

雲もなく、燦々と朝日の光を浴びて輝く海の上では、海鳥達が餌である魚を求め、あるいは翼の疲れを癒す為に海面や砂浜で羽根を休める。

グランエスタード王国の漁村、フィッシュベルではのどかで日常的な光景である。

「ハァ………」

そして、フィッシュベルの象徴とも言える港の突堤に腰を架け、釣りをしながらため息を吐いている少年の姿もここ最近では日常的な光景になりつつあった。

緑を基調とした色合いの布の服に、中折れした同じく緑色の三角帽を被った黒髪の少年。名をアルス。

もうじき17歳になる少年であるが、年齢のわりには小柄な体格に、人の良さそうな優しげな物腰も相まって、よく言えば温和そうで人当たりがよさそうな、悪く言えば地味な見た目もあって少し頼りなさそうな雰囲気の少年である。

が、この少年、普段着姿だとどこにでもいる少年なのだが、実は世界を恐怖に陥れた魔王、オルゴ・デミーラを倒した世界の救世主だったりする。

 

「ふぁぁぁぁ………」

 

だらしなくアクビしながら眠そうに釣糸を垂らしている姿からは、英雄アルスの面影などまるでない。

知らない観光者が見たならば誰もが漁村の背景に溶け込んでいる田舎の少年にしか見えないだろう。

だが、この冴えない少年、布の服の普段着で持っているのが釣竿と魚籠しかない今の装備でも、このエスタード島にいるとある3人を除いた全員がフル装備で取り囲んでフルボッコにしたとしても、ケロッとしていることだろう。

ダーマ神殿で職業を勇者にしていた場合、下手をしたら職業ボーナスにより受けるダメージよりも自然回復する量の方が大きくなってしまうのではないだろうか?

それくらいまで一般人とはかけ離れた身体能力を持ってしまっているのが今のアルスという少年だ。

 

「アルス。何をぼーっと釣りなんかしてんのよ。あんたってそんなに暇なワケ?」

 

不意に声をかけられてビクッとするアルス。

振り返ると、頬をぷっくりと膨らませた少女が腰に手を当てて立っていた。

栗色のウェーブのかかった髪、生まれつき少し赤みがかった頬、そして勝ち気な性格をそのままにした少しつりがっているパッチリした目。

間違いなく美少女の類いであるこの少女はフィッシュベルの漁業を一手に引き受ける網元、アミットの娘であるマリベルだ。

アルスとは幼馴染みの関係だ。

一見、華奢でわがままなお嬢様といった感じであるマリベルだが、アルスと同様、その見た目に騙されてはいけない。

これでもアルスと共にオルゴ・デミーラを討伐した英雄の一人であり、アルスとある二人を除いた島の……以下略。

 

「何だ……マリベルか……」

 

疲れた表情のアルスが返答する。

 

「何だって何よ。このマリベル様が声をかけてあげたってのに、その態度は何よ。じゃあ誰だったら良かったわけ?アイラ?リーサ?それとも……まさかグレーテ姫じゃないでしょうね?」

 

ここ最近、何故かアルスの知り合いの女性関係に関して深く追及するマリベル。

 

「王族がこんな漁村にホイホイと気軽に来れるわけがないじゃないか………」

 

アイラとはアルス達と共にオルゴ・デミーラと戦ったユバールの民で、神の踊り手としての役目を担っていた仲間だ。グラマラスな女性で、旅の間はみんなのお姉さん的なポジションで活躍していた。

最近発覚したことだが、アイラはアルスの親友だったこの国の王子、キーファの子孫であったことが発覚。

出会った頃からどこか懐かしいとお互いに思っていたのだが、先祖の血が騒いでいたのかも知れない。

世界が平和になった当初こそはキーファの妹でこの国の王女のリーサのお世話役兼グランエスタード城の兵士として働いていたが、キーファの子孫だったことが発覚した現在では準王族としてリーサの姉のような立ち位置で生活している。

だが、旅から旅を繰り返すユバールの民であったアイラ本人は、どこかに腰を落ち着かせるという事もやっと慣れてきたという頃だったのに、突然降った王族の話に困惑気味であるが。

王である前に人の親であるバーンズ王や、お兄ちゃんっ子だったリーサとしては家族として迎え入れたつもりだったのだが、アルス達が旅に出る以前の……世界にエスタード島しか無かった頃と、アルス達の旅によって世界中に大陸が復活した今とでは状況も違うので、そうそう気軽に……とはいかないようだ。

 

「キーファのバカ王子は来てたじゃない……」

「キーファはちょっと特殊だと思うんだけど……」

「アイラだってちょくちょく城を抜け出してはアンタに愚痴をこぼしに来るじゃない?」

 

そう。血は争えないのか、アイラもキーファと同じくちょくちょく城を抜け出しては手土産を持ってアルスやマリベルを訪ねて来る。

キーファと同じくじっとしてられない性分なのだろう。

 

「アイラだってこんな朝じゃフィッシュベルまで来ないよ」

 

瞬間移動呪文(ルーラ)があるのでその気になれば一瞬で世界のどこからでも一瞬で移動できるが、いくらなんでもこんな朝早くから愚痴をこぼしに来るほどアイラも暇ではない……はずだ。

「アイラはともかく、リーサやグレーテはもっとあり得ないよ」

リーサは兄のキーファとは違って元々活発な性格ではなく、食事などやバーンズ王の隣で公務をこなす事以外では基本的に部屋か、部屋のバルコニーで過ごしていることが多い。

フィッシュベルには年に数回訪れるかというところだろうか。

魔王の影響で魔物が現れるようになった以降は前以上にグランエスタードの城下町から外に出ることは少なくなった。

あってもアイラの瞬間移動呪文(ルーラ)を使っての移動だ。

一方で音楽を始めとした芸術大国であるマーディラスの王女、グレーテなどもっとあり得ない。

グレーテは肩書きこそ王女と名乗ってはいるものの、アルス達と出会った頃には既に両親は他界しており、マーディラスの国政を全て担っているという、実質的には女王のような多忙さである。

それこそホイホイとフィッシュベルまで気軽に遊びに来れる立場ではない。

ましてや今のマーディラスは石板世界の過去に訪れたゼッペル時代の魔法大国ではないので、グレーテはルーラを使うことが出来ない。

ゼッペルの子孫である以上、グレーテにもマリベルと同じくらいの魔法の才能はあるかも知れないが。

 

「じゃあ誰だったら良かったのかしら?」

「単純にボーッとしていたところに背後から声をかけられて驚いただけだよ」

「ホントかしら?あやしいわねぇ………」

 

何でマリベルはこんなに僕の交友関係に口を出してくるんだろうと思うアルス。

実のところ、マリベルは昔からアルスに対してほんのりとした淡い気持ちがあったりする。

昔はそれこそただの幼馴染みといった感覚の方が強かったのだが、旅に出てからしばらく経った頃からマリベルの気持ちに変化が出始めた。

グリンフレークでの昼ドラのような出来事や過去の世界に残ったキーファとの別れ、命を失う瞬間に立ち会った事。そして、アルスの周囲には何かと女の影がチラホラし始めた事もマリベルの心境に変化をもたらしたのだろう。

その代表格が先ほど名を挙げた三人である。

旅の仲間で親友キーファの面影を残すアイラ。

キーファの妹で、アルスとキーファ以外の親しい男性がいないリーサ。

そしてマリベルがもっとも警戒しているのがマーディラスのグレーテだ。

魔王討伐の後に各地を巡った際、グレーテは自室にアルスだけ(・・)を招く行動を取った。出てきたアルスは顔を真っ赤にさせていた上にアルスから仄かにグレーテの臭いがついていたことはあれから大分時間が経った今でもマリベルの記憶にこびりついている。

以降、アルスがマーディラスに行く度にマリベルは必ず同行し、グレーテと見えない火花をバチバチと飛ばしあっている始末だ。

マリベルがアルスとの女性関係で怪しいと思っているのはその三人だけではない。

例えば砂漠の国の女王、ネフティスは習わしで来訪者とは侍女を通じてしか会話しないのだが、アルスとだけは直接会話するし、聖風の谷の族長であるセファーナも案外ダークホースかもとか思い始めている。

 

「本当だよ……こうも毎日忙しいんじゃ、気が休まらないって……はぁ」

「確かにそうよね。各地の復興支援だとか、国の行事に呼ばれるとかでオチオチ休めないものね」

「せっかくアミット漁に参加してさ、これから父さんのように立派な漁師になるって思っていたのにさ…」

 

魔王討伐直後のアルスはフィッシュベルの伝統的な大イベント、アミット漁で漁師デビューを果たし、これから漁師に専念して父、ボルガノの後を継ぐと燃えていたアルスだったのだが……。

その年のアミット漁は例年とは違い、各地の港に寄りながら魚を売りつつ色々と仕入れ、フィッシュベル……ひいてはグランエスタードの名産である魚を世界に知ってもらおうという動きがあったのだが……。

魔王が生み出した魔物によって荒らされた侵攻の爪痕は深く……。

 

『アルス。世界の人達がこんなに困ってるんだから、アンタもノンビリ漁なんかしていないで手伝いなさい!元々あんたとバカ王子が始めた事で魔王が復活しちゃったんだから!?』

 

例年のアミット漁と違うところがあるとするならば、特別に今回に限り、マリベルがアミット漁に参加したことだろう。そのマリベルが放った一言がこれである。

付き合いの長いアルスはその言葉を額面通りには受け取らず、真意を探る。マリベルの言葉を意訳して翻訳すると………。

 

『世界の人達がこんなに困ってるね?元々魔王を復活させちゃったのって私達だし……手伝おうよ』

 

アルスはマリベルツンデレ語検定2級といったところだろう。

何故2級かと言えば、更に続いた『あ、あんたがどうしてもって言うなら、あたしだって手伝ってあげないことも無いんだからね!?』と言った意味の意訳をすることが出来なかったからだ。

基本的に女心には疎いアルスでは無理からぬことだろうが。

こうして復興支援という活動の元にメルビンを除くアルス達エデンの戦士達は再集結。

ついでにオルゴ・デミーラ討伐には関係していなかった気になる事の究明にも乗り出したところ、復興は概ね目処がつき、アイラが実はキーファの子孫だった事やメルビンやダーマ神殿の事について色々とわかった事なのだが……それはまた別の機会に語るとしよう。

とにかく、それらについて結果だけを語れば……。

 

・オルゴ・デミーラを倒した時よりも更に強くなってしまった(レベル99にまで達した)

・アルス達の手元には生涯どころか孫の代まで遊んで暮らしていてもお釣りがくるくらいまでの資産が集まってしまった上、他の人が出来ない方法でいつでもいくらでも稼げるようになってしまった

・モンスター職も含めて全ての職を極めてしまった(レベル99まで上がる過程ではそうなるのも必然だろう)

・ガボも含めてリートルードのランキングを総なめしてしまった(レベル99は伊達じゃない!)

・移民の町、モンスターパークの完成

 

である。

もうここまでくると、世界も彼らを無視できない。

その結果、マーディラスのグレーテも真っ青なレベルの殺人的なスケジュール。

・各地の行事にはグランエスタード国を通じて招待されまくる

・迷惑をかける魔物の残党討伐

・ルーラによる要人の護衛や運搬などの怒濤のような頼み事の数々

・思惑たっぷりのお見合い等の縁談やらアルス達を抱き込もうとする懐柔話

・ダーマ神殿による職業の講演やら特技の披露

・各国の兵士の実技指導やらマーディラス大神殿を始めとした魔法指導

・各地の伝承に登場する旅人が時を越えたアルス達の活動だと気付いた一部の人物達による歴史の真相解明(砂漠の国、マーディラス大神殿、聖風の谷、エンゴウのパミラ等が顕著)

ということに引っ張りだこだ。

いっそガボのように『おいら興味ねー』の一言で一蹴したり、メルビンのように天上の神殿に引きこもったりすることが出来ればどれだけ楽か………。

 

「昔のようにこうして釣りをするのが今じゃ一番落ち着くんだよ……」

「そ、そう………悪かったわね………その気持ちはよぉぉぉぉぉぉくわかるわ………」

 

マリベルの目から呑気に釣りしていたと見えていたが、これがアルスの心の均衡を保つ行為だとは思わなかった。

 

「君の両親も原因の1つだけどね……」

 

マリベルの両親であるアミット夫妻。以前からその兆しはあったものの、オルゴ・デミーラ討伐の頃を皮切りに、最近では露骨にアルスをマリベルの婿にしようとする動きが出てきている。

 

「な、何よ!あたしだって迷惑しているんだからね!え、縁談だって上手くいかないし!」

「え?マリベルってモテるのに?」

「っ!あんたねぇ!みんなあんたのせいなんだからね!あんたが常にあたしの近くにいるから、みんな勘違いしちゃって!もし、あたしがいつまでも結婚できなかったらアンタに責任を取ってもらうんだからね!」

 

ツンデレマリベルにしては珍しくやや直球気味の発言だが………

 

「あ、引いてる」

 

肝心のアルスはというと、ピクピクとヒットした釣竿に気を取られていた。

 

「あ、あんたって人は………」

 

あまりのタイミングの悪さに頬をひくつかせるマリベル。

 

「大体、みんな今更なのよ……アルスの事を一番知っているのはあたしなんだし、それにアルスが近くにいたら、他の男なんて目に入るワケ無いじゃない」

 

「何だ……突撃魚か……てい!え?何か言った?」(水面蹴り)

「あ、あんたねぇ………」

 

アルスは水面蹴りを放った。

突撃魚を倒した。

 

12の経験値を獲得した(無駄)

8ゴールドを獲得した

突撃魚は宝箱を落とした。なんと!薬草を手に入れた!

アルスは薬草を袋の中に入れた

 

「薬草は父さんにでもあげよう。いつも思うんだけど、何で海の魔物が宝箱を持ち歩いているんだろうね?不思議だね?……どうしたの?マリベル?」

 

ワナワナと震えるマリベルにやっと気が付くアルス。

 

「し、知らないわよバカ!早く着替えてきなさいよ!今日は一緒にダーマに行く予定でしょ!ふんっ!」

 

カンカンに怒って屋敷に戻っていくマリベル。

 

「え?え?僕、何で怒られたんだろ?マリベルってやっぱりよくわからないよね?」

 

ゴッドハンドを極めてどんなに強くなっても、天地雷鳴師を極めてどんなに頭がよくなっても、スーパースターを極めてどんなにかっこよくなっても、鈍感さというだけは治らない。

ベホマでもザオリクでもキアリーでもキアリクでも、アルスという男の鈍感さは治らない。

アルスが女心を理解するのは、まだ遠そうだ。

 

続く?




アルス
ドラクエ7の主人公。公式設定されている名前ではなかったのだが、説明書等で書かれていた他、小説版や漫画で設定されていた関係からアルスが周知され、『バトルロード』において『少年アルス』の名前が完全に公式化された。
丸顔、小柄な体型、どこにでもいそうな平凡な服装と現在11まで出ているドラクエの主人公の中でもとにかく地味で、本当に主人公なのか疑いたくなるレベル。
優しそうな表情なのだが、彼の地味さがどことなくヘタレっぽく見えてしまう。
付け加えてストーリー上、水の精霊の紋章を描いた腕の痣が度々登場しては活路を開くのだが、戦闘面でそれが活かされた能力などは特になく、前作6の主人公、『レック』のように勇者になる条件が他に比べて早いとか、特別な特技を覚えるとかいうわけでもなく、とにかく地味な主人公。
………が、成長した能力面(特にステータスの数字面)では歴代主人公の中でもトップであり、その中でも体力と力は最強で、特技の『疾風突き』(誰よりも先に動ける戦士職の攻撃特技。反面、少し通常攻撃よりも威力が落ちる)を使用すれば確実にメタルキングをも先制した上で一撃で葬る攻撃力を持つ。
更には爆裂拳(ランダムに4回攻撃を繰り出すバトルマスター、ゴッドハンドの特技)を使えばプラチナキングすらも軽く葬れる程の攻撃力を持つ(もっとも、彼だけに限った話ではなく、ステータスの上限が『かっこよさ』を除いてはない(他は255など)ドラクエ7のキャラ全般に言える事ではあるのだが)。
ここまで確実にメタルを葬れるキャラは稀だろう(他は会心必中を持つ11のカミュ)。
………と、地味地味言ってきたが、ドラクエ7のストーリーが長い上に、やり込み要素が強い、個性は薄いものの自由度の高い育成等、慣れるとその地味さにも愛着が沸いてくるものである。


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打出の小槌の秘密!ホンダラの冒険!

何故、アルス達は資金をいくらでも稼げるのか?の秘密に迫ります。
まぁ、3DS版ならば誰もがやっている事でしょうが。


「もういい加減にしてよ!」

 

ある日のグランエスタード城下町。

そこの町外れにある借家の一軒家から、突然少年の怒鳴り声が響く。

 

「何だ何だ?」

「今のって………アルスの声……だよね?」

「でもアルスってこんな声を出す人だったっけ?」

「いや、アルスが叫んでいたの、あの家だぜ?」

 

つい数年前まで、世界はエスタード島しか存在していなかった。

復活した島や大陸などの人々は昔から世界が存在していたかのような振る舞いをしているが、エスタード島の人々は違う。

つまり、エスタード島しか知らない閉じられた世界の人々の交流はとても限られており、島の住民同士が知り合いである。

そういうことなので、フィッシュベルはもちろんのこと、このグランエスタード城下町の住民達だってアルスという人間の人となりを良く知っている。

もっとも、アルスは元々色々な意味で有名だったのだが。

英雄となる旅を始める以前から、アルスは有名だった。

 

・フィッシュベルの名漁師、ボルガノの息子である

・国を振り回していたキーファと親友同士である

・フィッシュベルの名士、アミットの娘である我が儘令嬢マリベルとは幼馴染みであり、それなりに関係を築いている

 

当時は地味であったアルス自身だが、周囲を固めている存在の大半が良くも悪くも有名人であるのだから、彼自身も有名人となるのは必然であろう。

そしてアルスを有名にしている存在がもう一人いる。

それが………

 

「ああ、流石のアルスもとうとうキレちゃったか…」

「というか、今まで良く我慢していたよね?私だったら持たないかも?ホラ、どこか憎めない人だけど、身内となれば流石にね………」

「ホンダラさんじゃねぇ………」

 

グランエスタード名物人物として有名なホンダラである。

もちろん、悪い意味で………だ。

ホンダラという男はとにかくこす狡く、だらしがない。

酒癖が悪い、子供のお菓子は拳骨して取り上げる、家賃滞納に酒場のツケは払わない、仕事らしい仕事はしない、女性の風呂を覗くなど、ダメ人間を絵に描いたような男である。

そんなホンダラだが、困ったことにボルガノの弟なのである。

方やフィッシュベルの凄腕漁師であり、アミットの懐刀のボルガノ。方や絵に描いたようなニートな中年であるホンダラ。同じ兄弟でどうしてここまで違うのか……とは娯楽の少なかったエスタード島の話題をかっさらっている人物である。

ボルガノの弟である=アルスの叔父。

故にアルスは同情的な目で島民から見られていた。

更にホンダラは……

・穴の空いた財布を「いくらでも金を入れられる財布」

・エスタード島にある七色に輝く入江で汲んだ水を「すごい聖水」

・ホカホカといつまでも温かいただの石を「ホットストーン」

 

と触れ回っては高値で売り付けようとするのだ。

世界を復活させる重要な旅をしている甥の苦労に便乗して「今度はどの方角に島が現れるのか賭けを持ち出す」という行動に出ている。

これには流石のアルスも「おじさんもよくやるよ……そういうアイデアを出すだけの頭があるんなら、もっと別の所で役立てれば良いのに……」と呆れ果ててしまった。

 

そんなホンダラ。魔王が討伐された直後は町の酒場に雇われ、しばらくは真面目に働いていたのだが……

 

「え?もう辞めちゃったの!?」

 

………である。

 

「いやぁよぅ、仕事中にこっそり酒を飲んでるのがバレちまってよぅ……」

「いや、そりゃおじさんが悪いと思うな………」

 

店の売り物を勝手に飲んでいたのならば怒られるに決まっている。

オルゴ・デミーラを倒した後に、バーを訪れた際、実は飲みながら働いているという内容の発言を聞いたとき、アルスは内心、バレたらまずいんじゃ……とは思っていたが、案の定だったというわけだ。

再び無職となったホンダラ。最初の内は「まぁホンダラだし……」と皆も諦めていた訳だが、ホンダラの無駄にある行動力が周囲に迷惑をかけはじめ出す。

なんとホンダラは世界的に有名になったアルス達を対象とした商売を始め出したのだ。

グランエスタードを訪れた観光客に対し、『勇者を見学しようツアー』なるものを無断で開始。

ぞろぞろと観光客を連れてフィッシュベルやガボが住む木こりの家を集団で押し寄せたりし始めた。

フィッシュベルが観光を産業にしているのならば問題は無かったのだが、のどかなただの漁村であるというだけのフィッシュベルでこれをやられてはたまらない。

なにせフィッシュベルには観光客を受け入れる施設は全く無いのだから。

 

「ちょっと!アルス!あんたのおじさん、何とかならないわけ!?こんなに観光客に押し寄せられたら村の生活がメチャクチャじゃないの!何より家にまで押し寄せられて大変なんだから!休日もオチオチ寝てられないじゃない!」

 

と、マリベルが苦情を言いにアルスの家に怒鳴り混んでくるのはいつもの事なのだが………

 

「なぁアルス……ホンダラのおっちゃん、何とかならねぇか?オイラ達の家にまで毎日変な人達が来るから動物達が寄り付かなくなっちまって、木こりのおっちゃんが寂しい思いをしてるんだよ………」

 

と、先日困り果てたガボから苦情を言われたときは流石にこのまま放置するわけにはいかなくなった。

ガボ(とガボを育てた母親代わりの狼)を引き取った木こりのおじさんには、世界の封印を取り戻す旅で、オルフィーを解放する事件の際にかなりお世話になったからである。

そして冒頭のアルスの怒鳴り声というわけだ。

温厚なアルスと言えども、流石に我慢の限界だった。

 

「悪かったって!そんなに怒鳴ることねぇだろう?アルスよぉ」

「いいや!今度という今度ばかりは僕も流石に我慢の限界だよ!」

 

普段は怒らない人間が怒るととてつもなく怖い……というのはアルスも例外ではない。

キーファやマリベルに振り回されても、苦笑いを浮かべはすれども結局は付き合ってしまうお人好しが服を着ている少年のアルスが怒ることは滅多にない。

それこそホンダラから理不尽に拳骨を落とされたり、凄い聖水とかを押し付けらてもだ(実際、凄い聖水(七色のしずく)にはエンゴウとコスタールで二度も助けられた訳だが)。

普段ならアルスに対して強気な姿勢を崩さないホンダラも、流石に怒れるアルスにはタジタジだ。

 

「………あと、大屋さんや酒場のマスターから言われたけど、家賃や飲み代のツケを溜め込んでるらしいね?」

 

アルスがジト目で言う。

 

「そうなんだよぉ……どうするかなぁ……マスターもケチなことを言うぜ………」

「酒場をクビにされても、立ち退きやまだ出入り禁止にされてないだけ、マスターも大屋さんも大概大目に見てくれてると思うよ?」

「なぁアルスゥ……金を」

「貸さないからね?父さんからもマリベルからも叔父さんだけには絶対に甘やかすなって言われているし、僕自身だってお断りだから」

「つれねぇこと言うなよぉ……親戚だろ?」

「親戚だからこそだよ。僕は叔父さんだけには絶対に甘やかさないからね?」

 

いくらお人好しなアルスと言えども、ホンダラにだけは厳しい。

このまま寄りかかられても困る。

 

「そこを何とか!」

「また怒るよ?」

 

再びアルスから怒りのオーラが出かけると、流石のホンダラも黙る。

別にアルスが魔王を倒したから怖いという訳ではない。

温厚なアルスが本気で怒れば……以下略。

長い付き合いでホンダラもそれは良く知っているし、お人好しではあるが、アルスはこうと決めたら案外強情な面があったりする。

ただ人の言いなりになるような男だったならば、破天荒ではあるが人を見る目が確かなキーファやマリベルが長年友人関係を続けるような事は無かっただろうし、アルスが『エデンの戦士達』のリーダーであるはずがないのだ。

 

「わ、わかったから怒るなって。そう言えばよぅ、オメェってこの短期間で金を溜め込んだよな?それこそアミットさんに迫るくらいによ。世界復興でも各国に大金を寄付してきたって話だしよ」

「………そういう情報には耳が早いよね?」

 

実際、アルスはこの先遊んで暮らしていても使いきれない程の資金を持っている。

もっとも、真面目なアルスだからそんなことはしないが。

 

「しつこいようだけど、貸さないしあげないから」

「ちげぇって!そのお金をどうやって稼いだのかを知りてぇんだよ!何か秘密があるんだろ?」

「………おじさんには絶対に無理だと思うけどな……」

 

失礼な発言だとは思うものの、ホンダラには無理な方法だろう。

いや、ホンダラに限らず、あの方法(・・・・)はアルス達『エデンの戦士』だからこそ出来る方法だ。

いや、引退して復興支援作戦には参加していなかったメルビンも一人では厳しいだろう。

あれがソロで出来るのはアルス、マリベル、ガボ、アイラだけが可能なやり方だ。

 

「いいや!お前に出来て俺が出来ないワケがねぇ!教えろアルス!そのやり方を!」

「そのやり方、俺にも教えろアルス!」

「………何でオルカまで………」

 

グランエスタード城下町の万屋の息子、オルカが割り込んでくる。

マリベルにベタぼれで、昔からマリベルとよくつるんでいたアルスの事を一方的にライバル扱い……というよりは根拠なくアルスを見下してくる男である。

正直に言えばアルスもオルカの事を良くは思っておらず、身内補正があったとしてもホンダラ以上にオルカの事は苦手である。

また、マリベルも……いや、これはオルカにとっては余りにも残酷だから言わないでおこう。知らぬが花である。

ちなみにオルカはオルゴ・デミーラ討伐直後、「俺も石板を探すんだ!」と言って家を飛び出したらしいのだが、結局は見付からずにすぐに戻ってきた。

それはそうだろう。世界に点在していた不思議な石板は今、全てアルスの手によってあるべき場所に納められているのだから。

魔王を討伐した頃ならばまだチャンスは残っていただろう。しかし、その後の復興支援の旅の中で全てアルス達が全て集めてしまった。

その内の1つがグランエスタードの井戸の中にいつの間にか落ちていたのだから、オルカはつくづく縁が無いと言うか……。

いや、石板は他にもあるにはあるのだが………。

 

「アルスに出来るならば、俺にだって出来るハズだ!ただ単にアルスにチャンスが回ってきていただけなんだ!アルスにマリベルやアイラ様は相応しくない!」

「……僕にそれを言われても困るんだけどなぁ……」

 

相応しいかどうかは別としても、最終的にどうするかは本人達次第である。

 

「とにかく、教えろよアルス!そんな方法を独り占めするなんてズルいぞ!そんな男だとは思わなかったぜ!」

「そうだそうだ!教えろよアルス!」

「あんまりお勧め出来ないんだけどなぁ………」

 

別に私利私欲でその方法を独占している訳ではない。アルスがその方法を教えない理由には訳があるのだが、この言われよう。

断るアルスにしつこく食い下がる二人にとうとうアルスが根負けする。

 

「ハァ………わかったよ………でも、本当に知らないからね?言い出したのは自分達なんだから、簡単に投げ出したりしたら僕も黙ってないから」

「わかってるって!まったく強情な甥っ子だぜ!」

「これで俺にもワンチャン巡って来たぜ!」

「そう………じゃあ、やってもらうからね?」

 

実際、自分でも気が付かない内にイライラしていたのかも知れない。

 

(一度、痛い目を見て貰った方が良いかも。そうすれば安易に稼ぐ方法なんて無いって叔父さんが気付いてくれれば)




さて、アルス達がクリア後の世界でどうやって資金を稼いでいたのか?
それでは次回もよろしくお願いいたします。


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打出の小槌の秘密!ホンダラの冒険!2

さて、前回のやり方の秘密がわかった方はいましたでしょうか?
それではどうぞ!


「ちょっとそこで待ってて。準備してくるから」

 

アルスはそう言って歩いてグランエスタードの城へと向かう。

 

「これはアルスさん。グランエスタード城へようこそ」

 

衛兵に声をかけられるアルス。

 

「いつもご苦労様です」

 

子供の頃から出入りしているだけあって慣れたもので、気持ちよく挨拶を返すアルス。

 

「王様に用があるんですけど、通って良いですか?」

 

普通、国王に会いに来たというのにこの軽い挨拶はどうかとも思うが、今更だろう。

アルスからしてみれば、友達のおうちに遊びに来ているような感覚だ。

 

「グランエスタード城は国民に開かれたお城です。いつでも入って頂いて構いませんよ。それに、アルスさんは今更じゃ無いですか。アッハッハッハ!」

「そ、そうなんですけどね」

「何でしたら、お城に住まわれてはいかがですか?バーンズ王は案外、それを期待しておられるかも知れませんよ?」

「アハハハハ、止めてくださいよ」

 

最近は冗談では済まされなくなってきているので本当に止めてほしいと思っているアルス。

 

「ところで、聞きましたよ?とうとうホンダラさんに対して爆発なされたようで……」

「アハハハハ……お騒がせして申し訳ありません」

 

笑顔で返すアルスだが、その笑顔はひきつっていたし、その自覚はある。

流石は田舎の城下町。噂が広がるのが恐ろしく早い。

 

「アルスさんも大変ですね。アッハッハッハ!」

「アハハハハ……では」

 

あまり続けたくはない内容なのでアルスは早々に会話を切り上げ、そそくさと架け橋を渡って城内へと入る。

そして中央階段を上がり、二階へ。その間も衛兵や城内を行き来する人達がアルスに挨拶をしてくる。

大半が国民だが、中には他国の使者も混じっているようだ。

もっとも、アルスに気が付く者は少ない。

そして、しばらく歩いて玉間へと続く階段の前に到着。

国民に開かれたグランエスタード城と言えども、流石に玉間までは誰でもフリーパスとはいかず、階段前には衛兵が立ち塞がっていた。

 

「こんにちは」

「おや?アルスさん。今日は登城の日では無かった筈なのでは?」

 

今日は確かに数少ない貴重な休養日だ。

何が悲しくて貴重な休みをホンダラの為に割かなければならないのかと悲しくなるアルス。

 

「そうなんですけど、急用で王様に……」

「王は玉座にいらっしゃいます。どうぞお通り下さい」

 

この城でアルスの事を疑う者はいない。ほとんど顔パス状態であっさりと道を譲る衛兵。

譲らない場合は王が不在である場合か、余程重要な何かを話し合っている時かであるだろう。

アルスは玉座へと続く階段を上る。

玉座にはバーンズ王が肘掛けに体重を預けて座っている。小休憩中なのか、リラックスした体勢だ。

 

「バーンズ王、ご機嫌麗しく……」

「おお、アルスではないか。何を堅苦しい挨拶をしておる。ワシらの間にそんな作法などいらんわ。どうしたのだ?まぁ、ワシに用だという段階で察しは付くが…」

 

バーンズ王がつまらなそうに言ってくる。

旅に出ていた頃は……特にキーファがいなくなった頃からは石板世界から帰ってくる度に足しげく通い、旅の報告をしていたわけだが、今となっては週に何度かは国の用事で顔を合わせるようになっており、オフの時にまで会いに来ることは稀になっていた。

それでもアルス達がバーンズ王に会いに来る場合は……

 

「用事があるのはワシにではなく、宝物庫だろう?」

「アハハハハ………済みません。その通りです」

「冒険にでも出るのか?」

「僕じゃなくて、叔父さんとオルカですけどね……」

 

宝物庫とはグランエスタード城の中央階段の裏側から入れる地下の事である。

本来は王家の剣が仕舞われている場所であったのだが、今では普段は使われないアルス達が冒険で入手したアイテムをしまう倉庫としても扱われている。

1冒険者パーティーの共用財産や私物品の倉庫代わりに城の宝物庫を使わせているのは異常だと思う者もいるだろう。

しかし、それが「エデンの戦士達」ともなると話が違ってくる。

それらの中には値段が付けられない物や、うっかり盗まれたら人命が簡単に失われるような危険な物がゴロゴロあるからだ。

そんなものを鍵の管理とかがざるであるフィッシュベルのアルスの家やガボの家に置いておいて、うっかり盗まれたりなどすれば大問題である。

メガンテの腕輪とか、星降る腕輪とか、知識の帽子とかがその例である。

アルス達が普段から使用している武具の数々だとて、一般の人が使用すれば危ないものばかりだ。

ちなみに、オチュアーノの剣などのダークパレスで入手した武具や、最後の鍵みたいな本当にヤバい物はもっと厳重な場所に封印したし、コスタールの水竜の剣や大地の精霊像の宝石等、ブレシオの屋敷から(無断で)借りた魔法の鍵等の国宝級のアイテムや持ち主がハッキリしている物に関しては持ち主に返してあるのだが、それに関してはまた別の機会に語るとしよう。

 

「ふむ……わかった。宝物庫の鍵を開けておくように伝えておこう。くれぐれも気を付けるのだぞ?出来れば報告も頼む」

「わかりました。多分、良い報告にはなりそうもありませんけど……」

「それでもだ」

 

(王様、絶対に暇潰しの物笑いにするつもりだよね……)

 

大体の事を察したのであろうバーンズの瞳は、一見すると興味なさそうな感じではあるが、その実はどうなるか楽しみで仕方がないという好奇心で溢れている。そう言うところはキーファにそっくりだとアルスは思った。

 

一通りは準備を終え、ホンダラ達のもとへと戻ったアルスは早速二人を連れてルーラを使う。

その場所は………。

 

「なんでぇ。ダーマじゃねぇかよ。ここがお前の言うとっておきの場所か?」

「そうじゃなくて二人の準備だよ。二人とも、職には就いてないだろ?」

「失礼な奴だな。お前のおじさんはともかく、俺はちゃんと『商人』だぜ?」

「そういう意味の職じゃないから………」

 

アルスの言う職とは生活の為の仕事という意味での職ではない。

成長の指針とか、魂の指針とか、そういうものだ。

ホンダラが仕事としても無職なのはその通りであるのだが。

一通りは説明すると、なんとなくわかったようで、それぞれが希望の職を言ってくる。

オルカは勇者の象徴である剣に憧れてか戦士を、ホンダラは魔法使いを選んだ。

 

「じゃあ俺は魔法使いをやるぜ?アルス」

「魔法使い?男なら戦士だろ。なぁアルス?」

 

オルカがプププと吹きながらホンダラに言う。

 

「かぁ~~!わかってねぇなぁ!だからお前はあまちゃんなんだよ!オルカ!俺みたいな頭脳派ってのはな、魔法でババーンと戦うものなんだよ!」

 

確かに無駄にホンダラには戦士よりは魔法使いの方が似合うとは思う。

………というよりは、見るからにガリガリな体型で非力なホンダラに戦士が似合わないと言った方が正しいのだが。

甥っ子が言うのもなんだが、何故かホンダラは笑わせ師か盗賊がお似合いだと思えてしまう。

ただ、向き不向きはあるものの、誰がどの職業に就くのかは自由だ。

マリベルが戦士や武道家、バトルマスターをやったことがあれば、ガボが魔法使いや僧侶、賢者をやったこともある。

 

「アルスはどうだったんだよ?」

「確かに僕の場合も最初は戦士だったけど、僕の場合はそれしか選択肢がなかったかな?」

 

アルス達が過去のダーマに到着した頃……それは旅の仲間からキーファが抜けた直後だった。

それ以前まではキーファが前衛、アルスが回復を兼ねた前衛、ガボがスピードで撹乱してマリベルが魔法で援護するスタイルだった。それがキーファ離脱により前衛を担当するものが少なくなってしまった。

マリベルが魔法使い、ガボが盗賊と個性を伸ばす方向で転職した中で、アルスは戦士という道しか無かったとも言える。

 

「まぁ、お前には魔法使いは似合わねぇだろうな」

 

ヒャダルコでもぶちかましてやりたい気分に襲われるアルス。ヒャダルコは魔法使いを極め、『大魔導師』の称号を得た者が得られる呪文だ。

本当は魔法使い系の最上級職である天地雷鳴師の呪文であるジゴスパークや煉獄火炎も修得しているのだが、今の職業はゴッドハンドであるため使えない。

上級職以上の職の魔法や特技は、職を変えてしまうと使えなくなってしまうのが玉に傷だ。

 

「ぷぷっ!戦士も似合わなそう!」

 

アルテマソードでもぶちかましてやりたい気分に襲われるアルス。アルテマソードは戦士系の最上級職のゴッドハンドを極めた者だけが使える究極奥義だ。

今のアルスにとっては武器次第や相手次第ではあるのだが、単純なダメージだけならアルテマソードよりも爆裂拳の方が強かったりするのだが。

 

「転職を終わらせたら次の準備に行くよ。とにかくやることはいっぱいあるんだから………1から修行を積んでもらわないと出来ないわけだし、本番はこれからなんだから……」

「おいおい、手っ取り早く金を稼ぐやり方を今、やってるんだろ?これからが準備の本番とかどういうワケだ?全然手っ取り早くないじゃねぇかよ」

「とっとと教えろよアルス!」

 

まぁ、堪え性のない二人だからそろそろ文句を言ってくるだろうとは思っていた。一度解らせてあげるべきだろう。

 

「後悔しないね?二人とも………」

 

アルスらしかぬ黒い笑みにたじろぐ二人。

まるで地獄の使者とも言える表情だったが、まさか本当にアルスが地獄からの使者になるとは夢にも思わなかった。

正確には本当に地獄に落とされたのだが……

 

 

エスタード島よりすぐ南にある島。

ここは過去にダイアラックと呼ばれた街が存在していたが、人を石像に変える灰色の雨により滅びた街だ。

現代に蘇ったこの島は、当所は何もないただの更地であった。

しかし、ディアと呼ばれる元モンスターの少女が、同じように人間に憧れ、人化したモンスター達の安住の地を作る為に町造りを始め、「移民の町」というものが出来上がった。

初めは何もなく、ただの岩がデデンとあるだけの殺風景な更地だったのだが、徐々に人化したモンスターの移民が集まり、小屋が立ち、村と呼べるようになり、今では過去のダイアラックと同じくらい、立派な町となっていた。

アルスが言っていた『短時間で楽に稼げる秘密』があるとは移民の町の事だったのである。

 

「本当にここが?楽に稼げるというのは本当なのかよ?」

 

アルスから貸し出されたこの世界で最も高価で性能が高い店売りの武器、防具に身を包んだホンダラとオルカの二人が興奮して聞いてくる。

 

「本当だよ。でも…………」

 

アルスは二人を先導しながら町のシンボルである大岩に作られた空洞の中に造られた階段を降りる。

大岩の前にフワフワと浮きながら妙に存在感を醸し出している惚けた顔の老人(神様)を気にしつつも、アルスに付いていくホンダラ。

やがてアルスは地下の台座の前で止まり、ごそごそと袋の中を漁り始め、中から1枚の石板を取り出す。

不思議な石板とはまた違った妙な石板。

張り紙が貼られており、アルスの字で「黄昏の黄金に癒される丸い洞窟Lv1」と書かれていた。

その石板はアルスの目の前にある台座の窪みにピッタリとはまる。

すると、台座から青白い光が溢れだした。

 

「僕にとっては楽な方法だけど、叔父さん達にとっては地獄になるかもね?」

 

振り返ったアルスの黒い笑みを……二人は忘れる事が無いだろう。

 

「もしかしなくても俺達……」

「怒らせちゃいけない奴を怒らせちゃった?」

 

 

 

 

数秒後

 

 

ホンダラ達の亡骸がそこに転がっており、アルスは背中にゴンゴン当たってくる衝撃をまるまる無視して、二人の頬をツンツンとつついていた。

 

返事がない ただの屍のようだ

 

「やっぱ無理だよね?まぁ、君とは過去のオルゴ・デミーラと戦った洞窟で初めて見掛けた種族だし……ね?」

 

アルスは振り向いてその存在を見る。

愛らしく、ふっくりとした顔。

くりくりとしたつぶらな瞳。

その口元は常に癒される笑みが浮かべられている。

先ほどからそいつの攻撃を集団でタコ殴りにされているアルスだが、そんなものでダメージを受ける事はない。

だが、その愛らしい顔よりも、この存在を一言で言うならば一言だろう。

金!全てが金!ゴールド!

その名はゴールデンスライム!

その名に相応しく、全てのモンスターの中でも一番、資金を落とすモンスター。

一匹倒せば3000ゴールドを落とす。

ゴールドと言われると、我々にはピンと来ないであろう。では、1ゴールドを円で換算するといくらか?

約100円程では無いだろうか。

つまり、ゴールデンスライム1体倒せば日本円にして約30万円を一瞬にして稼ぐ事が出来る。

そしてゴールデンスライムは2匹~3匹の群れで行動する為、最低でも1回の戦闘で確実に60万円の稼ぎだ。

しかも、経験値も悪くなく、一匹につき350の経験値が稼げる。

3匹倒せばメタルスライムを1匹を倒した時と同じ経験値を得られる。

ゴールデンスライムが出現するのは過去の魔王と死闘を繰り広げた空間と、クレージュの街周辺である。

しかし、そこの二ヶ所でのゴールデンスライムの出現率は余り高くない。

しかし、アルスは確実にゴールデンスライムと遭遇する手段を見付けることを発見した。正確にはガメツイマリベルが…だったが。

それが移民の町の台座だった。

移民の町が村と呼ばれるようになった辺りから、ダイアラックとは完全に違う物が出来るようになる。

ヨーゼフ少年が秘密基地2として使っていた大岩の下の地下に住み着いた住人が、ドンと台座を置いていた。

この台座、エスタード島にある不思議な石板を置く台座とは別物の台座だったよで、不思議な石板の中には合う石板は存在しなかった。

しかし、別の石板がガッチリと合うものが存在したのである。

この街に移住した者達が必ず渡してくる石板……すれ違い石板と呼ばれる物が。

すれ違い石板をその台座にはめると、その石板をくれたモンスターがわんさか現れるダンジョンの世界へと飛ばされた。

それだけならばここが稼ぎ場所となることは無かっただろう。しかし、すれ違い石板を入手する方法は他にもいくつか存在した。

1つは移民の町にある酒場。そこには稀にどこかの異世界から石板が流れてくることがあり、そこで石板を貰うことが出来た。

何でもこの世界とは別に、アルスのように旅をしている存在がいくつもいるようで、そこから石板が流れて来るのだとか。中には封印から解放されたダーマのその後の世界だったり、若かりし頃のメルビンの世界だったり……そしてアルスと別れた直後のキーファのその後の世界のすれ違い石板だったり……。アイラがキーファの子孫だと判明するきっかけは、移民の町の石板だった。

そして、最後の手段が………ルーメンにあるモンスターパークだった。

モンスターパークには小さな洞窟があり、なつかせたモンスター三匹に洞窟を探索させると、そのモンスターは三匹に応じた種類のモンスターがたむろするダンジョンのすれ違い石板を発見して戻ってくる。必ず三匹だ。

そこでマリベルは気が付く。元々ゴールデンスライムを宿舎に集めていたマリベル。

 

「じゃあさ、三匹ともゴールデンスライムにしてみたら、お金に困ることは無くならないかな?」

「そんなに上手くいくかなぁ………」

 

冗談のような発想で試した事が上手く行ってしまった。

ゴールデンスライムがウジャウジャと現れるダンジョンの完成である。

メタル系には劣るものの、低くはない獲得経験値。どういうわけか必ず得られる職経験値。そして大金…。

こんなにおいしい稼ぎ場所があるのだろうか?

アルス達に取ってみれば。

ダークパレスから生還したアルス達からしてみれば。

ゴールデンスライムは決して弱くはないモンスターである。

今でこそゴールデンスライムの攻撃でダメージを受ける事はなくなったものの、今、ホンダラ達が装備しているマールデ・ドラゴーン製の武具を装備したアルス達がダークパレス生還直後にこのダンジョンに潜った頃のレベルは40程度の時はどうだったか。

それでもゴールデンスライムからは10前後のダメージを受けていた。レベル40時代のアルス達でだ。

それをレベル1のホンダラとオルカならば?

結果は言うまでも無いだろう。いくらガチガチに装備を固めていようが、一撃でチーン♪である。

 

「さてと………ギガスラッシュ!」

 

使っているのがオチュアーノの剣ならば普通に斬るだけでゴールデンスライムを葬れるが、今はメタルキングの剣。複数のゴールデンスライムを短時間で葬る方法はゴッドハンドのギガスラッシュが確実だ。

 

「これは僕が倒した報酬だからね。悪く思わないでよ?」

 

ゴールデンスライムが落としたお金を回収してからアルスはザオリクを二人にかける。

ゴッドハンドを職に選んでいた理由はギガスラッシュだけではなく、ザオリクやベホマラーも覚える事が理由だ。

 

「え?俺は死んだはずじゃ………」

「僕が生き返らせたよ?」

「あの化け物は!?」

「僕が倒したよ?」

「じゃ、じゃあお金は?」

「このゴールデンスライム三匹が落とした9000ゴールドは僕の取り分だよ?当然だよね?おじさんもオルカも、何か役にたった?」

「…………」

「ほら。簡単でしょ?1匹3000ゴールド。1日ここに籠っていたら、1年間は遊んで暮らせるお金が貯まると思うよ?」

 

実に良い笑顔で二人に言い放つ。

 

「「こんなところ、1秒だっていたくないわ!助けてー!」」

 

二人はガタガタ震えてアルスに助けを求めた。

 

「まったく……だから言ったでしょ?準備が必要だって。何事も楽にはいかないんだから。わかった?」

 

人差し指を立てて二人を諭すアルス。

 

「「アルス………」」

「わかってくれたかな?二人とも」

「「う、後ろ………」」

 

ゴールデンスライムが2匹現れた。

ゴールデンスライムはアルスが身構える前に襲ってきた!

ゴールデンスライムAの攻撃

ミス!アルスはダメージを受けなかった

ゴールデンスライムBの攻撃

ミス!アルスはダメージを受けなかった

 

「もう!うるさいなぁ!」

(こいつ、俺達が一撃で死んだ攻撃を受けてもケロッとしてやがるぅぅぅぅ!)

 

「さっきは三匹だったけど、今度は2匹だからMP消費を抑えるかな?爆裂拳!」

 

アルスは爆裂拳を放った。

ゴールデンスライムAに245のダメージを与えた。

ゴールデンスライムAに250のダメージを与えた。

ゴールデンスライムBに………以下略

ゴールデンスライムAを倒した

ゴールデンスライムBを倒した

アルスは700ポイントの経験値を手に入れた

アルスは6000ゴールドのお金を手に入れた

ゴールデンスライムは宝箱を落とした

なんと!命の指輪を手に入れた

 

「ふう、ちょっと邪魔が入ったけど、僕が言いたいことはわかってくれた?」

 

コクコク!(涙目)×2

 

ホンダラとオルカはアルスが言いたいことはよくわからなかったが、アルスを怒らせる事がどれだけ恐ろしいことかはよくわかった。

 

続く




3DS版を基準としているので、上級職の呪文や特技はその職を離れると使えなくなるという設定になっています。
PS版だと一度覚えた特技はずっと使えるんですけどね?

3DS版のレベル99アルス(ゴッドハンド)の力は700近くまで上がる為、ダメージが500~600に固定されるアルテマソードよりも攻撃力に左右される爆裂拳の方が合計800から1000まで与えることが出来る。究極奥義とは何だったのか……?
もっとも、アルスだけの場合であるのでマリベルやガボやメルビンの場合は同等かアルテマソードの方が威力が高い。

すれ違い石板
もちろん、アルス達がやったメタルバージョンも存在します。プラチナキングを三匹なつかせる事が出来たのならば、すぐにレベルがカンストすること間違いなしです!
ゲームが恐ろしくつまらなくなると思いますが。


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再会のアズモフと知られざる伝説 或いは過ぎ去りし時が求めて混じり合う

ホンダラ編の続きとなりますが、その途中のエピソードです。
サブタイトルでオチが見えるかも?


ザオリクで蘇ったホンダラとオルカの二人。

アルスから散々説教を受け、グランエスタードに戻る。

そして最初にやったことは………

オルカの店で購入できる最強装備を買うことだった。

 

「銅の剣、旅人の服、皮の盾、皮の帽子?おめぇの装備品じゃダメなのか?」

「僕の装備品じゃ強すぎるからね。それじゃあおじさん達の修行にならないよ」

 

伝説の武具にこそ負けるものの、マール・デ・ドラゴーンで売られている武具は世界最強クラスの店売り武器だ。

防具類は呪文や火の息等のブレス攻撃を軽減できる効果があるし、メタルキングの剣は丈夫な上に軽く、マリベルのような女の子にも使いこなせる程に軽くて扱いやすい。

これらを装備していれば、ホンダラ達のようなレベル1の人間でも、フォロッドのカラクリ兵や過去のダーマに現れるモンスターぐらいならば楽勝できるだろう。

だが、それでは意味がない。

アルスはホンダラの楽して稼ぐという考え方をまず改めて貰いたいのだ。

 

「ケチくせぇこと言うなよ。こんなショボい道具を与えやがってよぉ」

「ショボくて悪かったね。それでもこれ一式、うちの店の商品なんだけど……」

 

自分の店の商品を貶されて不愉快そうにするオルカ。

彼の店はグランエスタードでも唯一、ドレスを扱う店であり、王室御用達のグランエスタード(・・・・・・・・)では一流店なのである。

しかしながら、世界が解放された現在となってはコスタールやマーディラス、リートルードから物が流れてくるようになり、少しずつ客足が遠退いているのだが。

 

「………どうしてもと言うなら、僕の装備品を買い取ってくれても良いけど?全部で20万ゴールドするけど」

「20万ゴールドォォォ!?マーディラスやコスタールでもそこそこの場所で家が建てられる金額だろ!?それ!」

「ホンダラさん。言っておくけど、その武具一式だって400ゴールドはするんだからね?いつか必ず返して貰うから……」

「うぐっ!うちの家賃分くらいはあるじゃねぇかよ!こんなのが!」

(こんなの(・・・・)だって最初の頃の僕には十分すぎるほどまとまった装備なんだけどな……)

 

アルスがウッドパルナの森で最初にスライムに襲われた装備はもっと貧相だった。

「ひのきの棒(木刀)」「布の服」「皮の帽子」「おなべの蓋」である。

 

(今にして思えば、キーファがいなければ危なかったよね……)

 

あの時は本当に危なかった。

王子の嗜みとして剣術を習っていたキーファ。同じひのきの棒でもそれがあるか無いかで大分違う。

あの時、キーファがいなければ冒険の第一歩でアルス達は躓いていたかもしれない。

しばらく口論を続けるオルカとホンダラだったが、しばらくしてオルカの勝利で口論は終わる。

しかし、オルカはそれきり黙り、自分の旅人の服と町に来ている旅行者の服を見比べる。

 

「…………」

「オルカ?」

「…………いや、何でもない。アルスが勧める下地を作る旅って奴を教えてくれ。お前と同じ事をして、俺がお前より劣るなんて事は無いからな」

 

少し様子がおかしかったオルカだが、すぐにいつも通りに戻り、アルスを見下すような物言いをしてくる。

 

(何か、いつものオルカとは違ったみたいだけど……?)

 

少し疑問を持つものの、アルスは目的地に向かってルーラを唱えた。

 

ウッドパルナ…カラーストーン採掘場

 

「おおっ!ここがウッドパルナ名産、カラーストーンが採れる採掘場か!ここでカラーストーンを採って金を稼ぐってわけだな?アルス!」

「違うんだけど………それにカラーストーンって他の宝石よりも安いし………」

 

カラーストーン。

青、赤、黄色の三種類ある宝石の総称だ。

ガラスのように透き通った綺麗な石は、同じ色のルビー、サファイア、トパーズよりも綺麗だと評価の高い。

しかし、それならばウッドパルナという自治区はもっと栄えていた国だっただろう。

しかし、ウッドパルナはフィッシュベルよりは栄えているものの、グランエスタードよりは田舎だ。

カラーストーンがそれほど他の宝石よりも価値が低いのにはそれなりの訳がある。

カラーストーンは同じ色のそれとぶつけると砕け散り、消えて無くなってしまう。

加工する過程でちょっとでもぶつかればその苦労は水の泡。加工する匠も今ではほとんどいない。

そして所持してうっかり他の物とぶつかれば2つとも無くなってしまう。買い手が中々付かないのだ。

上記の理由でカラーストーンの値段はよほど大きな物でもない限り、ただのガラス石と同等かちょっと高い程度の値段だ。

ウッドパルナのお土産屋で細細と売られるくらいが落ちだろう。

 

「じゃあ何でこんなところに来るんだよ?」

「ここが安定して弱い魔物が出てくる洞窟だからね」

 

そう。カラーストーン採掘場には現在でも魔王復活以前からモンスターは生息していた。

故にここが石板世界を除いた世界で一番弱い魔物が出てくるモンスターの生息地なのである。

同じく最弱のモンスターであるスライムが出現するというのならば、現在のクレージュも当てはまるのだが、クレージュにはアルスの武具を装備したとしても瞬殺されると思われるゴールデンスライムやキングスライム、スライムベホマズン、メタルキングが高確率で現れるので確実性に欠ける。

アルスのMPだって無限では無いのだから、無用なザオリクの回数は押さえたい。

そんな事を考えている時………。

 

「アルスさん。アルスさんでは無いですか」

 

見知った顔が………しかし、何故こんなところにいるのかわからない人物が鉱夫達の詰所から出てきた。

 

「アズモフ先生とベックさんにスラッち……」

 

ハーメリアの天才学者と助手のベック。それにハーメリアの山奥の塔に住み着いている合体スライムのスラッちだ。今はキングスライムになっている。

過去のハーメリアで起きた大陸沈没事件が現実に起きたことなのか、それとも伝説に語られるだけのおとぎ話なのかを検証するためにハーメリアの魚の生体や山奥の塔の調査を行っていた人物である。

その頭には知識の帽子が被られている。

これは元々アズモフの物であったのだが、とある事件で盗難された。取り返すのにアルス達は奔走したが、アズモフは受け取らずにそのままアルス達に譲渡。

オルゴ・デミーラ討伐まではアルスの手元にあったのだが、今はアズモフに返却している。その時ももうあげた物だからと返却を拒もうとしていたアズモフであったが、マリベルが……

 

「将来新たに何か研究したいことがあったときにはまた必要になるでしょ?それか、アズモフさんがベックさんを認めた時の卒業した証として継承するとか。どちらにしてもあたし達が持っているよりも、本当に必要な人達が持っていた方が帽子も幸せよ」

 

と言って半ば押し付けるようにして返却した。

再びアズモフが知識の帽子を被っていると言うことは、また新たに研究したいことが出来たのだろう。

 

「お久しぶりです。こんなところでお会い出来るとは思いませんでしたよ」

 

アズモフが嬉しそうに握手を求め、アルスが知識の帽子を返却してからも何度かハーメリアに用事で行ったのだが、アズモフ達はいつも留守にしていた。

 

「ええ。本当にお久しぶりです。アズモフ先生達はずっとハーメリアを空けてますよね?」

「ええ、新しく知りたいと思うことが出来ましたので、旅に出ているんですよ。きっかけはほんの些細な事だったんですがね」

「オイラ達はアズモフの護衛だぜ」

「塔で調べものをしていく内に打ち解けましてね。本当に何が切っ掛けで縁が出来るかわからないものですよ」

 

ワハハハハと笑うアズモフとスラッち。

一方でベックはじっとアルスを見ていた。

 

「えっと………ベックさん。どうしたんですか?僕の顔をずっと見ていますが………」

「アルスさん………単刀直入に………」

「いけませんよ。ベック君」

「ですが………」

「いつも言ってるじゃないですか」

「そうですね。僕の悪い癖です」

 

相変わらず飄々とした人間である。反対にベックはせっかちな部分があり、その都度アズモフに窘められている。

結果を早く知りたいベックと調べていく課程を大事にしているアズモフの違いである。

 

「ですが、ベック君も大分出来るようになりましてね。この分ですと、もうじきこの知識の帽子は彼の物になることでしょう」

「そうなんですか?凄いですね、ベックさん」

「いえ。僕はまだまだですよ。先程のように叱られる事もしばしばですから………」

「叱られる…ですか?」

「ええ。『学者たるもの、真実は自分で解き明かす物であり、他者からヒントは貰っても、答えを求めて先入観を持つものではない』……と、先生にはよく指導を受けるんです。それなのに僕はいつも答えだけをまず最初に求めてしまうんですよね」

 

たははは……と、頭を掻いている。

 

「言われるんですよ。『先入観は正しいものも歪んでしまいます。それに、自分で謎を追い求めていく事は面白いですし、突き止めた時の達成感と言ったらないですよ?ベック君は学者としての閃きは優秀なのですが、その辺りが非常に損をしていると思います』って。直そうとは思うんですが……」

「その辺りはこれからですよ。ベック君」

 

良い師弟関係だと思う。

自分達で謎を解き明かして結果を導いていく。アルス達の旅だってその連続だった。ただ好奇心で始めた事が、世界の謎を解いていくのが、新たな島を冒険するのが楽しかった。新たな大地が復活し、そこに住む人々の笑顔を見るのが好きで、面白かった。

 

「ところでアルスさん。私は今、ウッドパルナの伝説について調べているんですよ。知っていますか?ウッドパルナには4つ(・・)、興味深い伝説があるんです」

「4つ……ですか?」

「ええ。ウッドパルナの町で広く知られているのは英雄パルナと英雄ハンクの伝説です」

 

その2つについてはアルスも良く知っている。現在では語られていない悲しい裏話も……。しかし、残り2つの伝説とは何だろうか?

 

「後の2つはこのカラーストーン採掘場にて起きた事なのですよ。アルスさんは英雄パルナと英雄ハンクの少し後の時代に、カラーストーンがスマイルロックや爆弾岩、メガザルロックに変化したという伝説をご存知ですか?」

「いえ。それは初耳です」

 

嘘偽りのない事である。

 

「そして、これはユバールの民から聞いた事なのですが、伝説の守り手のエピソードはいくつかあるのです。曰く、どこかの国の王子だったとか」

(キーファの事だ……)

 

しかし、それがウッドパルナと何の関係があるというのだろうか?

親友のその後の事が気にかかるアルス。

 

「彼には他にも守り手となってすぐに守り手の一族の試練を最年少で乗り越えたとか。その時に神の踊り手だった女性を妻にし、贈った結婚指輪は守り手の家系代々の家宝となったようです。不思議な事にそのデザインはグランエスタードの現在の意匠に似ているようなのですが………」

「!!!」

 

思わずオルカを見てしまったアルス。

守り手の家系に伝わる結婚指輪とは、アイラの一族に伝わったキーファの遺品で、バーンズ国王が亡き王妃との結婚指輪としてオルカの店にオーダーメイドした物だ。現在のグランエスタードのデザインにそっくりなのは当たり前なのだ。

そのエピソードも、移民の町のすれ違い石板で起きた奇跡に関係し、アイラがキーファの子孫だったという事が判明する切っ掛けだったのだ。

 

「そして、これがウッドパルナの最後の伝説に繋がる出来事なのです。妻が病気になってしまった際に、その特効薬をこのカラーストーン採掘場に採取しに来たそうです。その時にもここは異変に見舞われ、通常3つしか存在しないカラーストーンに黒や紫やオレンジ、緑と言ったあり得ないカラーストーンが出現したようなのです」

(他は知らないけど、緑色のカラーストーンは……あったんだ………)

「おや?緑色と言う言葉に反応しましたね?そうなのですよ。緑色のカラーストーンは、現在では消失してしまったようなのですが、ウッドパルナの伝説にはしっかりと残っていたのです。件のユバールの守り手も、妻の病気の特効薬に緑色のカラーストーンを求めていましてね。その時に最後の異変に巻き込まれたようなのです。そして、その最後の異変には、三つ目の異変を解決した事件にも登場した『ユグノア』という国の王子が関係しているのだとか……」

 

ユグノアなる国についてはアルスも聞いたことがない国だったが、緑のカラーストーンを求めたのは間違いなくキーファだろう。

キーファは緑色のカラーストーンが瀕死の重症をも治し、あらゆる病魔の特効薬になることを知っていたのだから。

 

「ところでアルスさん。あなたは緑色のカラーストーンの事に反応していましたが、地元のウッドパルナでも英雄ハンクを熟知しているほんの一部分の方しか知らない伝説の宝を、何故あなたがご存知なのですか?」

「えっと………」

 

この人はイヤな事を聞いてくるとアルスは思った。

自分達が過去の世界にタイムスリップし、各地の封印を解いて回ったことは自分達から言わない事にしている。

もしかして………

 

「ああ、これは答えを仰らなくても結構ですよ。答えはいずれ、自分達で解明しますから。もうほぼ、見当は付き始めていますがね。ついでに私はある存在について研究中でして、私が以前に研究していたハーメリアの海神グラコス伝説にも繋がるのですが……各地の伝承を紐解いて行くと、大抵は三人から四人組の旅人が登場するのですよ……ユバールの守り手になった人物とも思わしき旅人を伴った旅人が、時代も場所もまちまちであるにも関わらず、まるで同じ人物が現れたかのように……」

「!?」

(この人は………!!!)

 

間違いない。アズモフはほぼ答えに辿り着いているか、辿り着きかけている。

アルスやマリベルらエデンの戦士達が時を越えて旅をし、各地の異変を解決して回ったことに。

この事はアルス達は事情を知っている一部の人間にしか教えないようにしている。

それを自力で解く人間がいるとは………

 

「この仮説の裏付けをするのが、私の旅の最後の目的です。仮説そのものはベック君の閃きでしたがね。どうやら……本当に知識の帽子はもうすぐ、ベック君の手に渡るようです……」

「先生………では………いえ、それも自分で解き明かすのですね?」

「そうです。英雄ハンクが登場した『魔物の塔』があったとされる東の山間と、旅人が消えたとされる西の森の調査です!特に西の森に咲いていた花!あれは近年グランエスタードで品種改良されたばかりの新種の花。それが何故ウッドパルナの森で発見されたのか、是非とも調べる必要がありますからね!では、アルスさん。近々、またお会いするとは思いますが、今はこれで失礼します。大地の精霊像の学者さんをお待たせしていますので」

 

あの過去に残った考古学者の子孫も一枚噛んでいるらしい。案外、アズモフとあの考古学者は根は同じなのかも知れない。

 

「色々と聞くかも知れませんが、その時はお付き合い下さいね?アルスさん」

「じゃあな!また会おうぜ、アルス」

「ハハハ………どうぞお手柔らかに………」

 

キラキラした目でさって行くアズモフとベックを疲れきった顔で見送るアルス。

この師弟には頭が下がる。同じ事実に気付きかけている人物の中でも、切り口がマーディラスの大神官や聖風の谷のネファーナとは違う。

ウッドパルナの西の森で咲いている花は、過去のこの島でマリベルがマチルダに渡した花の種が咲き、それがこの地に何代も根付いた物だ。

エスタード島とウッドパルナ島の距離は近い。

天気が良ければグラン・エスタードの王宮からでもウッドパルナ島は見えるので、普通に考えれば気候が同じなのだから、ウッドパルナに咲いている花がエスタード島に咲いていてもおかしくはないとスルーするはずなのに、その花の品種から何から何まで全てを調べた上で、検証に乗り出すのだ。

ここまでするとは…………

 

「あの人はやっぱり天才だよ………」

「なぁアルス………さっきの話ってのは………」

「アズモフって言えばハーメリアの発明家……あの人の下で………」

「さ、さぁ。行くよ。時間は無いんだから」

 

 




アルスも知らなかったユバールの伝説
これはドラクエ7のエピソードではありません。3DS版のドラクエ11及びドラクエ11Sのやり込み要素、ヨッチ族の村でプレイできる『冒険の書の世界』でのエピソードです。
『冒険の書の世界』ではドラクエ過去作品の世界に11の主人公達が旅立ち、異世界に介入している魔物達を倒して世界を正常に戻すという冒険でのエピソードです。
それにはキーファが登場したり、ドラクエ2のサマルトリアの王子やラクエ4のアリーナが絡んだりと複雑な関係になったりします。

アズモフ
ハーメリアの伝説を科学的に調べたアズモフならば、各地に伝わるアルス達の旅の軌跡を調べるだろうと考えてみました。
独自のセンスと、確かな検証で切り込んでいきそうです。
アズモフ編はそのうちやろうかと考えています。
近々、体調不良で1週間の入院することが決まり、時間が出来そうなので……。
それでは次回もよろしくお願いします。


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ホンダラの冒険3 初戦闘

ウッドパルナ・カラーストーン採掘場

 

ウッドパルナの南東にあるカラーストーン採掘場の鉱山。そこは文字通り、ウッドパルナ名産品の宝石であるカラーストーンが採掘されるとして有名だ。

カラーストーンは壊れやすい上に加工が難しく、宝石としての価値も低い反面、ここでしか採れない貴重な文化財としての価値はあるので、いまだに鉱夫達が一生懸命採掘している。

しかし、アルス達の事が伝説から忘れかけられるほど時が経った割には、鉱山の階層があまり昔と変化していない。

理由の1つは昔から掘られている割には未だにカラーストーンが潤沢に採掘されている事。

それともう1つは……モンスターが現れる事だ。

と言っても、今のウッドパルナや世界中で徘徊しているモンスターに比べたら、ここのモンスターは大したものは出てこない。

スライムにリップスに鬼百足といった駆け出しの冒険者が相手をするには最適のモンスターだ。

ちょっと奥に行きすぎるとサボテンボールや耳飛びネズミ、猫魔導といったちょっと強めのモンスターが出てくるので注意が必要だが。

とはいえ、いくら弱くても戦う力がない鉱夫としては脅威であることには変わらない。毎年カラーストーンの鉱夫から怪我人、酷いときは犠牲者が出るのだが、その殆どが落盤とモンスターによる被害だ。

 

「ギョエエエエ!で、出たぁぁぁぁぁ!」

「ひええええええ!」

 

早速現れたのがスライム3体。

偶然にもアルス、キーファ、マリベルが初めてモンスターと遭遇した時と同じだった。

 

「ア、アルスゥゥゥ!」

「自分達で倒すんだよ、叔父さん、オルカ。僕達の冒険だってここから始まったんだから!」

 

出来るはずだ。装備品だけならば着のみ着のままでモンスターに立ち向かわなければならなかった、あの頃の自分達よりも遥かに良いのだから。

ただの農作業用に使われる木の棒と、剣としては最低な物でも武器として作られている銅の剣。

普段着である布の服と、長旅に耐えられるように丈夫に作られている旅人の服。

モンスターと戦うことになるなんて思っても見なかったあの時は、盾と兜なんて持っていなかった。

魔王を倒し、ダーマの全ての職を極めた世界の英雄、アルスとマリベルの初陣の相手がスライムで、まさかお鍋の蓋に命を救われていたなどと、誰が想像しただろうか?

本来なら守るべき自国の王子に、逆に助けられなければ命が危なかったなど、今のアルスしか知らない人間が聞いても誰も信じないに違いない。

マーディラスの吟遊詩人が歌うアルス達エデンの戦士達の始まりは、花が舞い散る桃園(そもそもグランエスタード領に桃農家はいない)で義兄弟の契りを結んで(幼馴染みの友人同士ではあったが、そこまで大袈裟ではないし、マリベルに至っては勝手に付いてきただけ)世界平和を誓い(そもそも最初からグランエスタードは平和だった)、魔王討伐の為に世界を救って回り(オルゴ・デミーラなんて存在すら知らなかった)、その初陣は堅固なメタルスライムをも一刀両断にした(むしろ逆にメラで消し炭にされる)というアルス達本人が聞いても「それ、誰ですか?」と言いたくなるような与太話。

誰もが認める英雄達の本当の旅立ちは、子供のイタズラ半分で起こしたごっこ遊びでどこか知らない所に飛ばされて迷子になっただけであり、その初陣は誰もが最弱と認めるスライム3匹との死闘を繰り広げるというものだった。

 

「ええい!もうどうにでもなっちまえ!」

「ピキー!」

 

ホンダラの攻撃。スライムに3のダメージを与えた。

 

ドン!

ホンダラがまず、一匹を銅の剣で叩く。

型もへったくれもない、力任せの上から振りかぶり攻撃。

銅の剣を使ってスライムごときを一撃で倒せないのかと思われるかも知れないが、思い出して欲しい。

今のホンダラはレベル1の魔法使いだ。

それでもこれだけのダメージを与えたのである。

 

(そうだ、何で気が付かなかったんだ!)

 

今のマリベルならわからないが、当時のマリベルは銅の剣を装備できなかった(今でも何故か装備できません)。なのにホンダラは力が下がる魔法使いでありながら、銅の剣を装備してスライムにダメージを与えたのである。

 

(グータラで大酒飲みで仕事もしないでフラフラしていて、何でも直ぐに投げ出す尊敬のその字も出来ないダメな叔父さんだけど、楽に稼げる手段を思い付いた時の異様な情熱と、明らかに間違った方向性への努力だけは惜しまない人だった!見た目はあんなだけど、力はそれなりにあったんだ!)

 

内心、口にしたら失礼極まりないアルスのホンダラに対する人物評価だが、間違ってはいない。

アルスはこれまでのホンダラを思い出してみる。

例えば凄い聖水と押し付けられた七色の雫だが、これを入手するには七色の入り江まで足を運べばならない。しかし、七色の入り江まで行くには石板世界へ行く為の台座が納められている謎の神殿にある水の精霊が管理する旅の扉を通るか、同じく謎の神殿側の絶壁の崖を降りるか、小舟をこいで暗礁区域まで行き、足場の悪い岩場を進んで行くしか方法は無い。

最初の方法はアルス達が謎の神殿を開けるまで、どんな手段を用いても決して開くことの無かった扉なのだったことを考えると絶対に不可能な事であり(ホンダラはそれ以前に虹色の雫を手にいれていた)、他の手段だってボルカノの部下達だって下手をすれば命を落としかねない行動だった(今にして思えばホンダラは国が禁断の地と定めている場所に出入りしていた訳なのだが、それはアルス達もやっていたことなので、何も言えない)。

ホットストーンに関してもいつ、どこで、どうやって手に入れたのかはわからないが、長年誰も見たことがない品物だったのだから、その入手は容易なものでは無かっただろう。

他にもダークパレスがクリスタルパレスと呼ばれていたとき、神に成り済ましていたオルゴ・デミーラが各国の代表をクリスタルパレスに集めた事がある。その時、ホンダラはどうやってか海を渡ってクリスタル・パレスに押し掛けて来てメルビンを困らせていた。

クリスタルパレスがあった場所はウッドパルナよりも更に北に位置する小島。恐らくは小船か何かを使ったのだろうが、その海域まではボルカノだって、通常の漁では中々行かないくらいには遠方にある。

それをホンダラは自力で渡ってきたのだ。

思いの外、ホンダラに才能があったことを喜べば良いのか、それともそれだけの才能を腐らせていて勿体ないと呆れれば良いのか、判断に迷うアルス。

一方………

 

「はぁっ!」

 

ホンダラが仕留められなかったスライムをオルカが続いて叩き斬る。

今度こそスライムは倒れ、煙となって消える。

 

「はぁ………はぁ………」

 

オルカはオルカで中々だ。

先程も言ったことだが、銅の剣は誰にでも扱える物ではない。戦士に転職していようと、剣を扱えない者には銅の剣は装備できない。

スライムだって立派な魔物だ。

それを瀕死だったとはいえ、スライムに止めを刺すことが出来たのである。

 

(そういえばオルカも仕立屋として真面目に仕事をしているんだっけ……。変に自信家だったり、マリベルが好きなクセにマリベルが大変な時を狙って別の女の子を店に連れ込んだりしてマイナスが目立つけど………)

 

オルカはエデンの戦士達全員(マリベル含む)から個人的に良く思われていないが、職人と商人という観点から見れば悪い奴ではない。

そもそも、商人だって算盤を弾いているだけが仕事ではない。扱っている商品を運んだり、職人ほどでは無いにしても商品をその場で加工したりする場合だってある。

時には仕入れなどで旅をする必要があるので、非力な者が務まるものではない。

 

「やるじゃねぇか。小僧」

「自分の店で扱っている武器を扱えない訳がないだろ。むしろこっちが驚いてるよ」

「へへ。伊達にアルスの叔父をやっちゃいねぇっての」

「肩書きだけはだろ?うわっ!魔物が攻撃してきた!」

 

スライムの突進をまともに受ける二人。

そりゃ戦いが終わってもいないのに、戦闘初心者が悠長に話をしていればそうもなるだろう。

最弱の魔物と言えどもスライムの突進は成人男性の拳一発分くらいの威力がある。

 

「いてえな!くそ!でやぁ!」

 

ザシュッ!

へんてこ斬りのようにへなへなの攻撃をホンダラがやるが、痛みで力が込められていないのでさっきのほど効いてはいない。

 

「お返しだ!おりゃあ」

「ピキィ!」

 

オルカがホンダラの攻撃の後に仕掛ける。

先程からホンダラが先陣を切り、スライムの体勢を崩してからオルカが止めを刺すのが二人の連携になっている。

素早さが落ちる戦士の特性でどうしてもそうなってしまうのだが、何だか思い立ったら無駄に行動力があるホンダラと行動がいつもワンテンポ遅いオルカの二人の性格がよく出ているようで、なんだか少し笑えてしまう。

 

「ピキー!」

「うりゃっ!ホンダラ様を舐めんなよぉ!」

 

残ったスライムの突進を今度は油断せずに皮の盾で防ぐホンダラ。

ヒット&アウェイで後退しようとするスライムに対し、しっかりと攻撃を防ぎきったホンダラが追う。

 

「小僧!遅れるなよ!」

「わかってるっての!」

 

パコンとスライムを殴ったところをしっかりと付いてきたオルカが刺し、スライムの息の根を止める。

 

「へっへー。どんなもんだよアルスゥ!俺だってやる時はやるぜ!」

「へへん!魔物だっつったって大した事は無いじゃねぇかよ!」

 

(僕もキーファもマリベルも、最初はこんなだったな)

 

今となっては魔物を倒すのにイチイチガッツポーズを決めることは無いが、ウッドパルナでは一回一回こんな感じで毎度喜んでいた気がする。

 

「お疲れ様。でも、これからだからね?」

「何だよこの野郎。今の戦いに文句あんのか?」

「そうだぜアルス」

 

今の自分から見れば、とてもでは無いが見れた戦いではない。だが、前述した通り、自分達の最初の戦いに比べたら危なげもなくスライムを倒していた。

死闘を演じていた自分なんかよりも、余程立派に戦えていた。

 

「僕達の時よりは、立派に戦えてたよ。そこは凄いと思うよ」

「だろう?」

「何だよ。やっぱり俺の方が才能あるんじゃねぇか?」

 

やっぱり誉めないほうが良かったかも……と思うアルスだったが、ホンダラの叫びで直ぐに頭から消え去る。

 

「うわっ!何だよこれ!体から何か力が出るぞ!なんか得体の知れない何かが!」

「あ、もしかして……叔父さん、ギラを覚えたのかも」

 

魔法使いが最初に覚える呪文がギラだ。

戦士は熟練レベルが1では何も覚えないが、魔法使いはギラを覚える。

 

「うっひょー!やっぱり俺って天才じゃんかよ!」

「魔法使いなら誰でも覚えるって………」

 

調子に乗りやすいのがこの叔父の悪い癖だよねとアルスは苦笑いする。

 

「でも、せっかく倒したってのに稼ぎはこれっぽっちかよ………命懸けで倒したのに……」

 

スライム3匹で6ゴールド。

宿屋で1泊してしまえばそれで消えてしまうし、下手をすれば酒代にもなりはしない。

 

「だから何匹も倒して強くなりながら稼ぐんだよ。冒険者なんてそんなものだよ?」

 

命懸けで戦って、それでも報酬はこんなもの。

それで食べていくならば、より強い敵と戦って稼ぐしかない。

ゴールデンスライムのように一攫千金を狙えるモンスターなどそうはいないのだ。

 

「ほら、次が出てきたよ」

「お!早速俺様の魔法の出番だな!ギラ!」

 

ホンダラがギラを唱え、横凪ぎの炎が現れた鬼百足を一掃する。

この辺りの敵ならば、ギラ一発で片が付くだろう。

 

「へへん!もう俺様一人で充分だぜ?オルカ」

「くっ!僕も魔法使いにしておけば良かった……」

「そう、上手く行くかな?叔父さん。お、今日はよくモンスターが出てくるなぁ」

 

今度はリップスが1匹、スライムが1匹が出てくる。

 

「行くぜ!ギラ!」

 

ホンダラがリップスにギラを放つ。

確かにリップスはそれで倒せたが、ギラはグループに対して有効な呪文だ。

少し離れていたスライムまでは届いていない。

敵全体に攻撃をしたければイオ系で攻撃をしなければならないが、職業レベルが1の魔法使いではイオはまだ使えない。

才能があるマリベルだってイオは中々覚えなかったのだ。

 

「おりゃあ!」

 

オルカがスライムに斬りつけるが、一撃では倒せなかった。

 

「もう一発ギラをくらえ!ギラ!」

 

…………シーン。

 

「やっぱり………」

「何がやっぱりなんだよ!はれ………力が抜ける……」

 

なんて事はない。魔力切れだ。

むしろ、ああ見えてギラは燃費が悪い。むしろレベル1のホンダラがよく2発もギラを使えたものである。

 

「魔力切れだよ。こうなったら魔法使いはただの力の弱いただの人間なんだよね……」

「お、お前なぁ………そういうことは早く言ってくれよ……アドバイスくらいはしてくれたって良いだろうがよ………」

「アハハハハ………ごめん」

 

辛うじてこの日の戦闘を終えたホンダラ達は、すこし薄汚れた感じでグランエスタードに戻るのであった。

 

今日の戦績。

3戦。

ホンダラ……レベル2。覚えた呪文と特技…ギラ。

オルカ…レベル2。覚えた呪文と特技…なし。

 

稼いだ資金。14ゴールド。(1400円)

 

「「これなら普通に仕事をしていた方が稼げるだろ!」」

「だから言ったじゃん?楽じゃ無いって」

 

続く……かも?



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ホンダラの冒険 最終章

「さぁ、今日はあたしがあんた達をビシバシ鍛えるわよ!感謝しなさい!」

 

今日はアルスが所用で不在の為、代わりにスケジュールが空いているマリベルが引き継いでホンダラ達を鍛えるようだ。

マリベルはツンデレであるが、ホンダラ&オルカに対しては純粋100%のツンである。

元々マリベルは二人に対しては良い印象はない。

 

「げ、げぇ!マ、マリベル!」

「あたしはアルス程甘くは無いからね?覚悟なさい」

 

これも事実である。

昨日のアルスは彼としては厳しい方であったのだが、断言しよう。厳しめのアルスと優しめのマリベル、どちらが甘いかと言われれば………厳しめのアルスの方が甘かったりする。

しかも、貴重な休養日を二人に潰されたマリベルの機嫌は良いとは言えない。

 

「な、なぁマリベル。どうせ一緒にどこかに行くのなら、もっと良いところに行かないか?ほら、リートルードのバロック建築巡りとかマーディラスとか……」

「はぁ!?なんであたしがオルカなんかとリートルードとかマーディラスに行かなくちゃならないのよ。オルカとリートルードに行くくらいなら、一人でバロック橋のオシャレ屋を覗いて喫茶店でハーブティーを楽しむわよ」

 

元々マリベルはバロック建築は好きではなく、マーディラスはアルスを巡ってグレーテと対立している関係で行きたくはない。

元々悪かった機嫌が更に悪くなる。

 

「今日はクレージュの世界樹にでも行って森林浴がてら、ノンビリお茶をしながら本でも読んで過ごそうかしら?」

 

と、ノンビリ計画を練っていたのに、それが崩されたのだ。

もっとも、ただではない。今度アルスと休みが重なったら、どこにでも付き合って貰う約束を取り付ける辺り、マリベルも抜け目が無いというか……。

ちなみに彼女的にはデートのつもりらしいが、アルスはマリベルに連れ回されるのはいつもの事なので、今回はどんなワガママに付き合わされるのだろうと身構えている始末。二人はいつ進展するのやら………。

こればかりは神のみぞ知ると言ったところか?

いや、あの神様が知っているとは思えないが……。

 

「そんなにキッパリ言わなくても………」

「良いからあたしは早く終わらせてゆっくりしたいのよ」

 

有無を言わさずマリベルはルーラでウッドパルナへと飛ぶ。

因みに今日のマリベルの職業は「天地雷鳴師」である。

普段は商人としての修行中のマリベルだが、呪文のエキスパートである彼女は、戦いに赴く際、職業を天地雷鳴師にしている。

魔力を気にしなくて良いからだ。

現状、最弱の敵しか出てこないと言われているウッドパルナのカラーストーン採掘場なのでマリベルもわざわざダーマに行って転職してまで準備する必要は無いと考えていたのだが、入念に準備してから行けと耳がタコになるまでマリベルを説得してきたのはアルスだ。

過去にはカラーストーンが爆弾岩に変化したという記録も存在するので、絶対にスライムやリップスしか出てこないという保証はない……というのがアルスの主張である。

確かに爆弾岩に囲まれて運悪くメガンテを連発されたり、パンドラボックスに囲まれてザラキーマを連発でもされた日には、さしものマリベルでも無事でいられる保証はない。

とはいえ、流石に心配しすぎなのでは無いかとマリベルだけではなく、様子を見ていたボレカノやアミットも思った程である。

 

(何よアルスの奴。そんなにあたしが引率するのに不安があるって言うわけ?ガボやアイラの時にはそこまで口煩く言わないくせして……だったら日をまたいでガボに頼めば良いじゃない!)

 

と、頬を膨らますマリベル。

が、このアルスの過保護とも言えるマリベルに対する心配ぶりは、信頼していないからではない。

アルス自信もそれはわかっているのだが、何故かマリベルには少し過保護ぎみになる。

それが幼馴染み故の特別なのか、はたまた……。

 

マリベル「あたしはアルスほど甘くないから、簡単に弱音を吐いたら酷いわよ?」

 

スパァンとグリンガムの鞭を振るって地面をピシャァァァァンと叩くマリベル。

現存する世界最強の武器であるこの鞭に叩かれれば、痛いどころの騒ぎではない。

エデンの戦士達の中では非力なマリベルであり、しかもさらに非力になる天地雷鳴師であったとしても、レベルがカンストしている今ではメタルスライムの群れをグリンガムの鞭で一閃できる力はあるのだ。

こんなものをホンダラ達が食らえばどうなるかは推して図るべしだろう。

彼らは涙目でコクコクと頷き、大人しく洞窟の中へと入っていった。

 

「おらよ!」

 

洞窟に入ってからしばらく経ってからだろうか……。

昨日の失敗を教訓にしたのか、ホンダラはスライムやリップス程度にはギラを使わずに、オルカと連携して倒していく。

 

「はいホイミ。傷の手当てくらいはしてあげるわよ……って、二人ともどうしたのよ?」

「いや……なんつうか、力が滾っているような感じがして……」

「ああ。何だか俺も……というか、魔法を覚えた感覚があってよぉ………」

 

ホンダラの発言に職業レベルが上がったのでは無いかと思うマリベルだが………

 

(おかしいわね。そんなに早く上がるものかしら?)

 

すぐに思い直す。

 

「良いわ。だったら試しに呪文を唱えてみなさいよ。どうせ気のせいだとは思うけど」

「おう。見てろよ?」

 

ホンダラは魔力を手に溜め、そして……

 

「メラ!」

 

ボッ!と火の玉が発生する。

 

「!!」

 

驚くマリベル。メラは呪文の中でも基本中の基本だと言われているもの。

メラミやメラゾーマはおろか、究極呪文とも言われているマダンテすらも使えるマリベルにとっては今更驚くような呪文ではない。

なのに、何故こんなにマリベルが驚いているのか……。

それは………

 

(魔法使いの職業ではメラを覚える事が出来ないわ……メラを自力で覚える事が出来る人は魔法に才能があるって言うこと………)

 

メラを使えるか……それが真に魔法の才能があるかどうかを試されるのだ。

何故ならメラはモンスター職を除いた全ての職業でも覚える事が出来ない呪文である。

魔法使いでも、賢者でも、天地雷鳴師でも……メラを覚える事が出来ない。

魔法使いではメラミを覚える事ができても、何故かその下位呪文である基礎のメラを覚えないのだ。

マーディラス神殿で呪文の研究者として採用される最低限の条件は「メラを唱える事が出来ること」が盛り込まれている程に。

 

「ふ、ふぅん。レベルが上がったのよ。だけど、メラは魔法の基礎の基礎。あんまり思い上がらないでよね」

「なんでえこんな呪文を覚えたの程度でそんなに驚いてんだよ。ギラよりもショボいぜ?」

 

確かにメラはギラよりも威力が低い上に攻撃範囲が狭い。メラを覚えたという意味を理解していないホンダラのこの反応は仕方がない事だった。

 

「そんな事よりももう1つ呪文を覚えたんだ。見てくれよ」

「な、なんですって!?」

 

レベル2で2つの呪文を覚えたというホンダラの台詞に驚くマリベル。

マリベルだってメラを覚えた後、ルカニを覚えるまでしばらく時間がかかったというのに……だ。

 

「ヒャド!」

 

ホンダラは氷系呪文の基本、ヒャドを唱える。氷の礫がカラーストーンにぶつかる。

マリベルは今度こそ本当に驚く。

ヒャドはマリベルだって自力の才能では覚えていない。

それどころかヒャドもメラと同様に人間職では覚えることは不可能な呪文だった。

修得するには『死神貴族』というモンスター職にならなければならない。

 

(この人、本当に魔法の天才!?下手をしたらこのあたしよりも!?)

 

ホンダラはだらしがなく、仕事も長続きしないダメ人間の典型として街やフィッシュベルの住民に認知されている。

しかしながら、何度も言うが、ホンダラは決してバカではない。

行動力と発想力はある種の天才なのだ。

まさかそれが魔法の才能という形で現れるとは思わなかったが……。

 

「納得がいかないわ……まさかオルカも……って、あんたは何してるのよ………」

オルカ「え?あ……いや……俺も何か魔法みたいなのを覚えたような気がしたんだけど……盗賊の鼻って呪文を知ってるか?」

 

盗賊の鼻は盗賊が覚える宝探しの魔法だ。

自分がいるフロアに自分にとって有用な物を感覚で知覚するという一風変わった特技だ。

 

(また微妙な特技を覚えたわね……)

 

微妙な特技ではあるが、マリベル達も盗賊の鼻には散々お世話になった記憶がある。

お宝の存在には誰もが心奪われるのだ。

盗賊の鼻を覚えるまで、何度無駄に歩き回ったことやら思い出すのも嫌になる。

 

「あんたって盗賊の才能でもあったわけ?その呪文、盗賊の職業が覚えるモノよ」

「と、盗賊ぅ!?う、嘘だろ!」

 

マリベルの冷たい瞳で睨まれ、狼狽えるオルカ。

しかし、現実としてレミラーマは盗賊が覚える呪文なのでどうしようもない。

もっとも、マリベル達はオルゴ・デミーラを倒す旅に中で、世界の宝という宝を漁る、いわゆる『勇者行為』をしてきた身分を完全に棚にあげているが。

 

「お、おい!勘弁してくれよ!俺は他人の物を盗むなんて考えたことねぇって!」

「ふん。口ではどうとも言えるわよ。あんたってアルスと違って本当に口だけなんだから……」

「ひ、ひでぇ……」

 

オルカにとって不運なのは、この世界のダーマ神殿の職業に『商人』が無かったことだろう。

正確に言えば無いわけでは無いのだが、マリベル達が必要としていた戦闘の職業としての職の中に含まれてはいなかった。

そして『商人』の職業がある『そして伝説へ……』の世界や『幻の大地』の世界のダーマに目を向けると、一部の盗賊の特技は『商人』の技術だったりする。

ダーマと無関係な世界では、マリベルも出会ったことがある『導かれし者達』の太った武器商人が『盗賊の鼻』を覚えたり………。

つまりはオルカが盗賊の鼻の特技を覚えたのはやる気が無かったとはいえ、彼に長年染み込んだ商人としての経験が形になったのだと言うことだ。

もし、『商人』の職業が戦闘職としてこの世界のダーマに登録されていれば、オルカが覚えた特技は商人の才覚として認識されていただろうに、残念ながら『盗賊の鼻』の特技は『盗賊』の特技だ。

ダーマに登録されている職業の中には元々は別の名前の職業だったものも存在する。

代表的なのが『笑わせ師』だ。元々は『大道芸師』などの別の名前があったのだろうが、ダーマの長い歴史で本来の名前ではなくなったという。もしかしたならば、盗賊という職業も元々は『商人』という名前だったのかも知れない。

閑話休題。

 

「と、盗賊………盗賊かぁ………」

 

ショックを受けたオルカ。自分の元々の資質が盗賊と言われればショックを受けない人間はそうはいない。

 

「なぁマリベル………」

「何よ」

「もしかして……俺のこと、嫌いか?」

「そうね。少なくとも、あんたを恋人として考えた事は無いわね」

 

ズバッと斬り捨てるマリベル。

世界にエスタード島しか無かった頃、オルカの店は島で唯一のドレスを扱う店だった。

マリベルがオルカと仲良くしていたのもそれが目的であり、男としてオルカを見たことは一度もない。

それは常にマリベルの近くにアルスやキーファがいたこともあるだろう。

 

「そっか………」

「ええ」

「あっさりと斬り捨てるんだな………」

「変に気を持たせても、不幸なだけよ。お互いにね」

 

オルカから目をそらし、マリベルは洞窟の道の先へと目を向ける。しかし、その目はどこか遠い目をしていた。

長い旅の中では様々な人間模様があった。

グリンフレークのペペ、リンダ、イワン、カヤ。

ユバールのキーファ、ライラ、ジャン。

リートルードのバロック親子。

ダーマのネリス、ザジ、カシム。

その中でも特に印象が強いのが最初のグリンフレークだっただろう。

 

(気がないのなら、さっさと斬り捨てるべきだったのよ)

 

マリベルはあの時のペペに自分を、オルカにリンダを重ねる。

もしもペペがどちらに答えを出していたにしても…リンダを切り捨てるにしても、ハッキリと答えを出していたならば、過去のグリンフレークやメモリアリーフの悲劇は起こらなかったかも知れない。

 

(だから、あたしはオルカにハッキリと言うわ。もっと早くに言ってあげるべきだったかも知れないけど)

 

過去のグリンフレークは、良い思い出ではない。

されど、良い教訓にはなった。だったらアルスに対しても素直になれば良いのでは?という周囲からのツッコミがありそうな気もするが、そこは相変わらず意固地になってしまうのがマリベルという少女であろう。

 

「そっか………アハハハハ!」

 

完全に振られたオルカは手で顔を覆い、上を向いて笑い始めた。しかし、そこに悲壮感のようなものは感じない。オルカも心のどこかではわかっていた事だったのかも知れない。マリベルの心の中に自分はいないということを。

 

「ハッキリと言ってくれてありがとう、マリベル。やっと吹っ切れたよ。冒険も……もう辞める」

「おう!俺もだぜ!」

「ふーん。あたしはそれで構わないけど?あんた達の面倒を見るのなんて正直やりたくないし、お金にもならないし」

 

ぶっちゃけ、身内・知り合いな上にお灸を据える目的があるからこそアルスもマリベルも報酬なしで付き合っているが、冒険の護衛はそれ自体が1つの商売として成り立つものだ。

具体的な相場はレベル10前後の戦士や魔法使いが商人の護衛を1日すれば、100ゴールドの報酬と言ったところか?※1

しかもアルスとマリベルは世界最高峰の護衛。正式に契約し、報酬を支払うともなれば、万単位の護衛料を吹っ掛けられてもおかしくないだろう。

それを無報酬でやらされているのだから、マリベルが文句が出るのも仕方がない。

マリベルはアルスに頼まれたから(ついでにデートの報酬をもぎ取ったからこそ)渋々引き受けているのである。自分達から投げ出すと言うのであれば、願ったり叶ったりだ。

 

「だけど良いの?アルスに言われたんでしょ?簡単に投げ出したら承知しないって」

 

マリベルは壁から少し突起しているカラーストーンに腰掛けて膝に肘を置き、両腕で頬杖をつきながら尋ねる。

別に矛先が自分に向けられる訳では無いのだが(と言うより、アルスがマリベルに怒りを向けたことはない)、マリベルだとて怒れるアルスを見るのは御免だ。

 

「本質が盗賊だったってのはショックだったけど、やっぱり俺は冒険者なんて向いて無いってのがわかったし、何よりやっぱり俺は商人がやりたいんだってわかったんだ。だから、俺の修行は商人の修行だ」

「なに?ブレシオさんの所にでも行くの?」

「いや。俺はドレス職人だ。行くのはリートルードだ!」

「………もしかして、バロック橋のおしゃれ屋?」

 

リートルードとメモリアリーフを結ぶバロック橋には『かっこよさランキング』で入賞していなければ商売をしないというバロックの子孫と言われても納得してしまう頑固なお洒落屋がいる。

確かに頑固者であるのた、頑固を貫くだけはあってあそこで扱われている商品は確かに美的センスに溢れる物でいっぱいだ。

アルス達も必要になったときの礼服の新調するときなどはあそこの世話になっているし、マリベルもオルカの店でやっていたドレスや装飾品を見に行ったりと一人で休日を過ごす暇潰しスポットだったりする。

 

「ああ。リートルードはファッションの最先端だからな!あそこに行けば、俺の美的センスが磨かれるってもんだぜ!」

「勘弁してよ……」

 

確かに「石板を探しに行く」だの、向いていなさそうな冒険者になって「ゴールデンスライムで一攫千金を狙う」だのよりは前向きだしオルカの経歴が無駄にならない健全で堅実な夢だろう。

しかし、マリベルからすればせっかくの息抜きスポット先に振った昔馴染み(しかもあまり好きとは言えない相手)がいるともなれば堪ったものではない。

 

「俺も少しやりたいことが出来てよぉ。これはひょっとして上手くいくかもだぜぇ?」

 

ホンダラはホンダラで何か考え付いたようだ。

 

「何か、イヤな予感がするんだけど……」

 

どうせ何かしょうもない事を考えているのではないかと思うマリベル。

 

「ま、あたしには関係ないか。じゃあ、冒険者を終わらすならここまでね。あと、装備代はちゃんとアルスに返しなさいよね。あたしは立て替えたりはしないから」

 

マリベルはリレミトとルーラを駆使してグランエスタードへと帰還する。

ホンダラとオルカの冒険はこうして幕を閉じた。

マリベルが帰って来たアルスに報告すると、彼は溜め息を吐いて「やっぱりこうなったんだ……案外早かったよね……」と口にする。

 

(ホンダラさんはともかく、オルカは冒険者を辞める理由はマトモだったけど……あのオルカのことだから長続きするかなぁ……あたしの知った事じゃないんだけど)

 

続く




※1
護衛料1日100ゴールドの基準
ドラクエ4第3章『武器屋トルネコ』において、ロレンスという吟遊詩人(のわりには歌は下手。ブライからは魔法使いの才能を見抜かれる)とスコットという傭兵のスポット参戦キャラを雇う事が可能な訳ですが、この二人の護衛料は5日で500ゴールドというのが護衛料の基準です。


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その後のホンダラとオルカ

「はぁ………相変わらずあっついわねぇ……」

 

燦々と輝く太陽に照らされ、文句を言いながら手拭いで汗を拭うマリベル。

大地に光を降り注ぎ、世界に明るさと暖かさをもたらす恵みの太陽が今はただだだ恨めしい。

ここは砂漠。

ホンダラ達の一攫千金騒動からしばらくが経ったある日のこと。アルスとマリベルは公務で砂漠の国を訪れていた。

と言っても目的地は砂漠の城ではなく、その東南に位置している砂漠の村だ。

 

「大体アルス!?なんであんたは砂漠の村をルーラの行き先に登録してないのよ!」

「だって仕方がないじゃないか。砂漠の城と村はそれほど距離が離れてないんだから」

「無駄にフィッシュベルとグランエスタードと神殿を登録しているのに?」

「うぐっ!」

 

言われてみればアルスはフィッシュベル、グランエスタード、石板が納められている謎の神殿と小さな島であるエスタード島に3ヶ所もルーラの行き先に指定している。

逆に大陸の大半を埋め尽くしているこの砂漠には砂漠の城と大地の精霊像くらいしかルーラの行き先には登録していなかった。

 

「もういっそのこと、レブレサックを外して砂漠の村をルーラの行き先にしたら?」

「それはそれで問題じゃないかな……」

 

レブレサックとは砂漠の大陸の北東に位置する村だが、エデンの戦士達の間ではレブレサックに対する印象はあまり良いものとは言えない。

というのもレブレサックは排他的な地域であり、過去の世界でも現代でも、冒険していた頃のアルス達はお世辞にも良い思い出があったとは言えない場所だ。

特に良く言えば純粋、悪く言えば幼く、物事の裏を感じるのが得意ではないガボはレブレサックの事を嫌っている節がある。

ガボが顕著過ぎるだけで、マリベルもレブレサックは嫌いな土地であり、アルスも極力なら関わりたくない土地だったりする。

大人の事情を察したメルビンや、どことなく大人びているアイラはそれも仕方なしと諦めているが、アルスやマリベルはまだ二十歳を迎える前の少年少女。

その辺の大人の事情を察するにはまだまだ若すぎる。

特にこの大陸は自分達を救世主として来る度に過剰にもてなしてくれる砂漠の国の存在があるので、余計に温度差を感じてしまうのである。

 

「気持ちはわからなく無いけど、それだとレブレサックに用事がある時は困るよ……レブレサックに行くのにわざわざ砂漠のド真ん中から歩かなくちゃならないんだからさ……」

「ふん!あんな村、放っておけば良いのよ!」

「そんなワケにもいかないって………」

 

レブレサックの現在は政治的に厳しい状況になっている。

理由はその排他的な気風だ。

オルゴ・デミーラが現れるまでは外からの移住者に対して歓迎的な態度をとる村だったが、魔王の復活の時にその本性が表に出てしまった。

村に訪れる者を徹底的に排除しようとし、あろうことか少し前に移住してきた者まで排除しようとする始末。

世界の情勢を見て回っていたアルス達が、宿をとることも出来ずに追い返された事も記憶に新しい。

そんな村人の態度に移民者は嫌気が差し、また別の町へと移住してしまった。

世界が平和になった現在は元のように表向きは取り繕っていても、件の移住者によって広まった噂が広まり、レブレサックは世界から白い目で見られてしまっている。

エデンの戦士達が宿屋から追い返された事も噂になっているのだとか。

さすがは世界の話題の人とも言えるエデンの戦士達。

事を大きくしないように本人達が黙っていても、そういうことは瞬く間に広がってしまうのだろう。

今は魔王の脅威が取り払われたばかりで人類同士が争っている時ではないが、いつまた人間同士が争う時代がやって来てもおかしくはない。

レブレサックにとって不運なのは、エデンの戦士達に対して好意的な砂漠の国が隣国であることだろう。

砂漠の民はエデンの戦士達を同族として扱っている。

砂漠の厳しい環境に生きる彼らの同族意識は非常に高く、戦争にこそ発展はしていないが、砂漠の民とレブレサックの関係は特に冷えきっている。

アルス達も事を大きくしたくはないから間に入って仲裁のような事をしている。

ルーラの行き先にレブレサックを消せないのにはそういう理由からだ。

だが、心情的にはレブレサックの擁護はあまり気が乗らない。

レブレサックが排他的になっているのは過去の出来事による伝承が原因なのだが、その伝承が歪められて伝わってしまっているのだ。

レブレサックも過去の時代に魔物の侵攻によって苦しめられた事があり、それが村に伝わっている神父と黄金の女神像、そして旅人の伝説だ。

レブレサックの歪められた伝説では旅人に化けた魔物が村を襲い、それを勇敢な神父が村人と共に追い返したと言うもの。

しかし、真実は異なり、魔物に苦しめられていた村を救ったのが旅人だった。そして、その旅人とは過去の世界を旅していたアルス達本人だ。

すべては魔物が悪かった。レブレサックの村人だって被害者だった。

メルビンがそう言うように、頭ではそう割りきるつもりではいるものの、アルス達が苦労して救った村なのに、その歴史が改竄されて悪者にされてしまっているのだから、さすがのお人好しが服を着ていると言われているアルスだって一言くらいは言いたくなるだろう。

世間では英雄だの救世主だの言われているが、アルスだってまだまだ幼い人の子なのだから。

 

「今日はレブレサックに用があるわけじゃないから良いじゃないか」

「そんなの当たり前よ。だったら最初からレブレサックにルーラをしているわよ!あたしが言いたいのは何でこのカンカン照りの砂漠の中をわざわざ歩いて族長の所まで行かなくちゃならないのかって事よ!」

「そんなに歩くのが嫌だったのなら、島の神殿にある旅の扉で砂漠に来た方が良かったんじゃ無いかな……ほら、あの丘にある……さ」

「うぐっ!」

 

今度はマリベルが言葉を詰まらせる番だった。

アルスが指摘した通り、エスタード島にある謎の神殿と砂漠の城と村の中間にある丘は旅の扉と言われているワープゾーンで繋がっている。

ついでに言えば、神殿まではルーラで行くことが出来るので、同じルーラを使うのであれば砂漠の城までルーラを使うよりも、神殿までルーラで行ってから旅の扉で砂漠の丘まで来た方が時間的にも体力的にも余裕が出来る道程だった。

 

(何でわざわざマリベルはこんな手間のかかる事をしたんだろう?マリベルって頭は良いくせに、時々こんな天然な事をやるよね?)

 

とか思うアルス。

もちろん、そんな事はマリベルだってわかっている。

しかし、これはマリベルが少しでも長く、アルスと一緒に行動したいという乙女の心情からだったのだが、ニブチンのアルスにそんな乙女の心を理解しろというのは酷な事だった。

理解できるのならば、この二人の幼馴染みはとっくの昔に関係が変わっていたことだろう。

そして、マリベルの「二人きりのお散歩デート」計画は最初こそ目論見通りであったのだが、それはすぐに破綻することになる。

マリベルはすっかり忘れていたことなのだが、日中の砂漠はとてつもなく暑い。「暑い」というよりかは「熱い」と言い替えても良いくらいに熱い。

そしてマリベルという少女の忍耐力は、島の住民からは「同行する幼馴染みに吸収されているのでは無いか?」と言われているくらいには恐ろしく低い。

あまりの熱さに我慢できず、地団駄を踏んでいつものワガママお嬢様の出来上がりとなってしまったのである。

ここで少しでもか弱い素振りでも見せて普段のギャップを演じる事が出来ればアルスへのアピールにでもなったのであろうが……。

もっとも、相手は朴念仁の見本を地で行くアルス。例えマリベルがか弱いお嬢様を演じきったとしても

「え?マリベルどうしちゃったの?いつもならここで癇癪を起こしてるよね?」

の一言で結局はマリベルを怒らせてしまうのだろうが。

付き合いが長いということは良いことばかりでもない。

結局この二人の関係は中々進まない運命ということなのだろうか?

閑話休題

 

「んもう!わ、わかってるのなら最初から言いなさいよ!本当にいつまでたってもあんたって遅くなってから気が付くんだから!」

「え?これって僕のせいなの?」

「当たり前じゃない!あんたがすぐに気が付けば、こんなに汗だくで砂漠を歩くことなんて無かったんだから!とにかく、丁度中間点なんだから、あの丘で休憩をするわよ!」

「はいはい。わかったよ。じゃあ少し休んで行こうか」

 

相手がアルスで無かったのならば、とっくに絶交をされていてもおかしくない物言いなのだが、そこは付き合いの長いアルス。どんなに理不尽な癇癪を起こされても溜め息混じりの苦笑いで受け流し、素直にマリベルのワガママを受け入れる。

 

「あ~……あっつぅ……族長の所に着いたなら、すぐにでもお風呂に入ろうかしら……村のオアシスで水浴びでも良いわね。神秘のビキニを持ってきてるから、周りの目を気にしなくても良いし」

「砂漠での水は貴重なんだから……」

「キィィィ!だったらアルスがフィッシュベルまで戻って水を持ってきなさいよ!ほら、そこに旅の扉があるんだから、ルーラでフィッシュベルまで戻って、水を調達して神殿から来ればすぐじゃない!」

「わーい。僕たちがわざわざ半日かけて歩いたのってなんだったんだろうねー?」

 

最初からそうしていれば、今頃は目的地に到着していたのであろうにと思うアルス。目尻にホロリと光るものが見えるような気もするが、砂漠の熱さにその涙もすぐに乾いてしまうだろう。

 

「うるさい!だったらせめてこの水筒の水を冷しなさいよ!」

「……ヒャドも使えないんだけど?」

 

持参してきた水は既に温くなりきっている。そして、アルスが使える呪文で氷の呪文や特技はヒャダルコくらいのもので、それは既に冷やすとかのレベルを軽く越えてただの攻撃だ。

水筒もろともマリベルを傷付ける。

 

「あたしがアルスにマヒャドをかけてヒンヤリするとか?」

「僕がヒンヤリを通り越しちゃうんだけど!?それだったらフィッシュベルまで水を鳥に戻った方が良いんだけど!大体、何でマヒャド!?ヒャダルコじゃなくて何でマヒャドなの!?」

「え?だってアルス、マヒャドくらいじゃどうってことないじゃない」

「死なないけど!確かに今さらマヒャド一発くらいで死なないけどさ!痛いものは痛いんだからね!?」

 

確かに今のアルスがマヒャドを食らったくらいでは死にはしない。が、全く効かないと言うわけではない。いくらマリベルに甘いアルスでも、体力の何割かを削られる行為を甘んじて受けるほどお人好しではない。

 

「そこのお二人さーん!冷たい水なんていかがですかーい!」

 

半ば熱さでやられていて、普段のじゃれ愛……ではなくジャレ合いを通り越したやり取りになりつつあった二人に、何やら聞き覚えのある声が耳に届く。

 

「え?叔父さん?」

「……何でこんなところにいるのよ……」

 

そこにいたのはホンダラだった。

よく見れば前にこの丘に来たときには無かったテントが立っており、ホンダラはそこで何やら商売をしているような感じである。

 

「商売だよ、商売。ほら、ここは砂漠の城と村を結ぶ中間点だろ?そこで………」

 

ホンダラはコップを鞄から取りだし、龜から柄杓で水を注いでから……

 

「ヒャド!」

 

弱めのヒャドを唱えてコップに氷を入れる。

 

「すごい!ヒャドを完璧にコントロールしている!」

「へへーん!だろ?俺様の手にかかりゃ、こんなもんよ!」

 

如何に氷系最弱呪文のヒャドとはいえ、攻撃魔法。

コントロールを誤れば、コップごと自分の手を傷付けてしまう。それをホンダラは完璧にコントロールをし、氷水を作り出してしまっていた。

 

「ふーん……少しは見直したわ。大方、魔力が低いからヒャドをコントロールをするのもそれほど苦労は無かったでしょうけど」

 

とはいえ、マリベルは悔しかった。

魔力コントロールの上手さはマリベルの方が上だ。しかし、マリベルが使える最弱の氷系呪文はヒャダルコ。ヒャドを覚えるには死神貴族の職を経験しなければならない。

マリベルは死神貴族のモンスター職には就いていない。というより、モンスター職そのものに就いていない。

年頃の女の子であるマリベルが、例え仮の姿だったにしてもモンスターの姿に変わるのは我慢できなかった。

しかも死神貴族はスケルトンの騎士だ。

ただでさえなりたくないモンスター職なのに、その上アンデットになるなど耐えられない。

エデンの戦士達の中で躊躇なくモンスター職になったのはガボくらいのものだ。

 

「ほら、ここじゃ水は貴重だろ?しかもキンキンに冷えた水ともなれば誰だって欲しいじゃねぇか。それで俺様はここで氷水を売る商売を考えたって訳よ。一杯20ゴールド……なっ!ほれ、払えよ」

「ぼったくりじゃない!何よその値段!たかがコップ一杯の氷水で20ゴールド!?クレージュのおいしい水だってもう少し安いわよ!それも口を付けてから値段を要求するなんて!詐欺よ詐欺!」

 

世界樹の効果により、清らかな美味しい水で有名なクレージュの水だってここまで高くはない。

下手な宿屋よりも高い値段設定に怒るマリベル。

 

「何言ってるんだよ。ここは砂漠だぜ?さ・ば・く。こんな場所で冷えた水を飲めるんだ。クレージュの水なんかよりもよっぽど貴重だぜ?砂漠価格ってヤツだよ」

「あ、足下を見たわね……ア・ホンダラー!」

「世の中ここだぜ?こ・こ」

 

マリベルを小馬鹿にしたにやけ笑いをしながら、ホンダラは自分の頭を指でつつく。

 

(相変わらずセコいお金稼ぎをすることに関しては頭が働くなぁ……いつものに比べたら需要があるけど…。これも冒険の成果なのかなぁ……)

 

もはやこれにはアルスも苦笑いをするしかなかった。

そもそも龜を満たす程の水をここまで運ぶのだって一苦労だろう。

しかし、ホンダラという男は金稼ぎの為ならば、どんな苦労も厭わない。そういうところは素直に感心するとアルスは思う。

ゴールデンスライムで一攫千金を狙える強さを手に入れる苦労は嫌だが、セコい小遣い稼ぎをする苦労はするホンダラの努力のあり方はどうかとも思うのだが……。

 

(叔父さんらしいと言えば叔父さんらしい結果……なのかなぁ……アハハハハ……ハァ……)

 

アルスの乾いた笑いが砂漠の風に溶けて消えていった。

 

 

リートルード……バロック橋

お洒落屋

 

散々だった砂漠の村までのデートから数日後、マリベルはリートルードのお洒落屋を冷やかしに来ていた。

 

(フンフンフーン♪新作のドレスは出来てるかしらぁ♪)

 

ツンデレな中身はともかくとして、元々の外面の可愛さもあって、かっこよさランキングの常連となっているマリベル。特に掲示板を確認せずともお洒落屋は、顔パス出来るマリベルの休日を過ごすお気に入りのスポットの一つとなっていた。

クレージュの宿屋で世界樹をバックにお茶をするか、ルーメンのモンスターパークでホイミスライムと戯れるか、そしてバロック橋のお洒落屋を冷やかした後に喫茶店のハーブティーを楽しむか……。

最近のマリベルの楽しみ方は大体こんなものだ。

お洒落屋の方もかっこよさランキング常連のマリベルが来ればそれだけで宣伝になるので、たとえ何も買わなかったにしても特に何も言わないし、リートルードと言えばファッションの最先端。

流行に敏感なところはマリベルもやはり乙女だと言うところだろう。

ここに来るときだけはマリベルも普段着や冒険の格好ではなく、いつも以上に身なりを気にしてやって来る。

自身がファッションリーダーの一人である自覚の現れとも言える。それがあるからこそ、マリベルのランキングが常に上位にいると言っても過言ではない。

リートルードに来るときはわざわざダーマでスーパースターに転職してからやって来る程の徹底ぶりだ。

 

「キャー!マリベル様よ!さすがはランキング常連よね!」

「美しさの中に垣間見える可憐さ……憧れちゃうなぁ……」

 

うっとりと頬を染める女性の声に悪い気はしないマリベル。

 

(ふふーん。そりゃ努力をしてるもの……ファッションだけじゃなくて、知識も仕種もね♪アルスも早くあたしの美しさに気付きなさいよ♪)

 

上機嫌のマリベル。

しかし……それはすぐに下降することになる。

 

「やぁマリベル。いらっしゃい。綺麗に着飾っているから最初は誰だかわからなかったよ」

「げっ………オルカ………あんた本当にここに弟子入りしたのね………」

 

店番に立っているのは再びグランエスタードから家を出た仕立て屋のオルカだった。

今度こそ本当にやりたいことを見つけたオルカは、以前よりも幾分か輝いており、少しだけかっこよくなっている。

一方でマリベルは昔からの自分を知っている人物の登場に思わず素の部分を出してしまった。

 

「あれ?今………」

(やばっ!今はよそ行きの格好だから……)

 

武器にもなる月の扇で口許を隠し、立ち居住まいを正すマリベル。スーパースターのかっこよさ補正があるとは言え、淑女を演じるのも大変である。

ライバルは他にもアイラやリーサ、グレーテにレファーナ等、アルスを巡って女の戦いを繰り広げている世界が注目する美女達だ。妙な事で評判を落とすわけにはいかない。

 

「オホホホホ!久し振りね、オルカ。仕事には慣れたかしら?オホホホホ」

「え?誰お前……。気持ち悪い。本当にマリベル?」

「気持ち悪いって何?死の躍りでも踊ってあげようかしら?それとも剣の舞が良い?今は天地雷鳴師じゃないからザオリクは使えないわよ?」

「あ………マリベルだ」

 

もっとも、天地雷鳴師だったならば先にザラキーマやジゴスパーク等の災害級の大呪文を放っていた可能性があるが。

そもそもザオリクで生き返らせる事が前提の、一度地獄に落とすつもりなのが怖い。

 

「仕事かぁ……仕事ね。今はまだ店の掃除だったり、道具を運んだりの雑用しかやらせてもらってないさ。まだ針の1つも握らせて貰ってないよ。そりゃ入ったばかりの下っ端なんて、こんなもんだろ?」

「え?だってあんた、グランエスタードじゃあ……」

「田舎にある実家の雑貨屋に毛が生えた店と、ここみたいな専門店じゃ比べるのもおこがましいぜ。勉強することはまだまだ多いんだぜ?さすがはリートルードだな」

「へぇ……変に自信家だったあんたが……ねぇ」

 

ホンダラとは違って、あの冒険で商人としての自覚に目覚めたオルカは憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔をしていた。

 

「ここの服でセンスを磨いて、いつかはグランエスタードに戻って世界一の……」

 

オルカは目をキラキラと輝かせながら少年のように夢を語る。

マリベルの脳裏には渋い声で『しょ○ーねんー♪じだーいのー♪見果て○あの夢~♪いまー○もー♪ここー○にー♪抱き続○てる~♪』という歌の幻聴が聞こえた気がした。

が………。

 

「世界一の銅の剣と旅人の服を作って見せる!」

 

ガクッ!

『履き続けて○た靴の数と♪同じ数○けの夢達♪』と幻聴の歌が良い感じで盛り上がったところでずっこけるマリベル。

 

「それはもう銅の剣と旅人の服じゃないわよ!そこまでの技術があるならもっと作るべき物があるでしょ!何でその2つなのよ!」

「あ、『超カッコいいお鍋の蓋』とか『お洒落な木の帽子』も忘れちゃいけないよか?」

「ずれてるわ……あんた、やっぱりどこかセンスがおかしいわよ……お鍋の蓋は料理道具よ?防具じゃないのよ?わかってるの?」

 

無駄にお洒落な『銅の剣』『お鍋の蓋』『旅人の服』『木の帽子』の姿になったアルスを想像して冷や汗が出るマリベル。逆にカッコ悪い気がするのは気のせいでは無いだろう。

普段、ツッコミに回るはずのアルスやアイラがいないのでマリベルがやるしかない。

こんな形でアルスを求める日が来るとは思わなかったマリベル。

 

「それよりもマリベル。アルスとはそれからどうだ?」

「な、何よいきなり……あ、アイツとはまだ……そ、その……普通よ……普通。あ、あんたには……関係ないでしょ?」

 

頬を赤らめて答えるマリベル。

オルカは本人がいないんだから意地を張らなくても良いのにと内心で溜め息を吐く。

昔はそれで自分にもまだチャンスはあると勘違いしたものだが……。

 

(良くもそんな勘違いが出来ていたものだよな……)

 

と、今では冷静に過去の自分を振り返る事が出来るくらいには心の整理が出来ていた。

 

「いや……まぁ……確かに俺には関係のない話だけどな?変な噂を耳にしたから……」

「変な噂?」

 

マーディラスと並んで世界有数の芸術の町、リートルード。特にこのバロック橋には世界一のハーブティーが楽しめる喫茶店があるのだ。

つまり、芸術の町=恋の町。

お洒落なカフェ=貴婦人の噂の発信地。

リートルードのカフェ=恋のゴシック話の発信地。

しかも話題となるのは世界の救世主であるアルスやマリベルのような、現代地球でいうところの大物有名人のゴシックともなれば話題にこと欠かない。

 

「いや、お前が砂漠の村の族長の三つ子と結婚するとかなんとかの変な噂が……」

 

確かに先日、マリベルはアルスと共に砂漠の村に足を運んだ。

族長から相談があるとエスタード王を通じて聞き、赴いた。

内容は次の族長候補についてだ。

最有力候補だった末っ子のサイードが姿を眩ませてしまい、誰が族長になるべきかを真剣に悩んでいるという内容だった。

いっそ、砂漠の救い主であるアルスが族長になってはどうかという話も飛び交った。

そして伝説のハディート王と女王フェデルのようにアルスと女王ネフティスが結婚するのはどうか?とかという冗談とも本気とも取れない内容も飛び交った。(少なくともマリベルから見た族長の目は本気だった)

そして件の族長の三つ子……一族からも3バカと言われる息子達が乱入してきて、自分達の誰かがマリベルと結婚して族長を継げば良いという「寝言は寝てから言え!」と叫びたくなる与太話まで出てきた。

どの話もマリベルが即座に潰したが。

特に最後の話に至ってはマリベルが本気でジゴスパークの詠唱を始め、アルスが即座に止めるという騒動にまで発展した。

騒動の原因たる3バカは逃げた。メタルキングもかくやという勢いで逃げ去った。砂漠地方が魔王によって封印され、城が魔物に襲われた時には普段からは考えられない程の逃げ足を披露したのだが、その逃げ足に衰えは無かった。むしろ更に磨きがかかっていた。

それで懲りたと思っていたのだが、3バカはその事をさも決定事項のように吹聴したのだとか。

「やはり後でキッチリとシメるべきであろうか?」と考えるマリベルだが、それよりもまずは気になることがある。

あまりにもリートルードに伝わるのが早すぎるのではないのか?と………。

 

「オルカ。その情報の発信源は誰?」

「ん?そう言えば最近、砂漠の城と村の間に喫茶店が出来たらしいぜ?そこで噂されてるとか……」

「旅の扉の休息地に喫茶店?まさか……」

 

それはとてもではないが喫茶店と呼べる代物ではない。

喫茶ではなく喫水店だ。それもぼったくりバーも真っ青なレベルのぼったくり店だ。

そしてその店主は………。

俯くマリベル。影を背負ったその姿は世界的スーパースターのそれでは決してない。

その時の彼女の姿を目撃した者はこう語る。

「オルゴ・デミーラの再来かと思った……あの時の彼女は魔王よりも魔王だった……」と。

 

「マリベル?」

「まずはダーマね………そして天地雷鳴師に転職よ……ジゴスパークは確実よね?ウフフフ……ウフフフ♪」

 

彼女の耳にオルカの声は届かない。

 

「何が悲しくて魔王討伐の邪魔をしたあの3バカとくっつかなくちゃいけないのよ……。例えアルスとダメになったとしても、あの3バカはないわ……。そうなるくらいだったらサイード……ううん、ガボやメルビン……最悪オルカやブレシオさんの息子の方がマシよ……」

「え?俺、浮浪者と見まがうくらいの人物と同一で見られちゃってるの?ひどくね?」

 

ワナワナと震えるマリベル。既にマリベルには周囲が全く見えていないだろう。

スーパースターなのに下手をしたらその辺にいるバトルマスターすらも裸足で逃げ出す闘気をマリベルは醸し出していた。

 

「あのア・ホンダラ……そこまであたしが嫌い?そう…そうなのね……良いわ。あんたのハラワタを引きずり出して、二度と再生出来ないようにしてあげる……」

 

ゆらりゆらりと外へと歩き、そして………。

 

「ルーラ!」

 

「あーあ……しーらね」

 

ボリボリと頭をかくオルカ。

 

「まったく……その程度で揺らぐような関係じゃねーだろう?お前とアルスの関係はよ……」

 

かつてはその関係に嫉妬した。

どうにかしてマリベルを振り向かせたかった。

アルスからマウントを取って優位に立ちたかった。

そのどれもが無駄だったと知りつつも……。

 

「こうして第三者として見ている分には、もどかしつつも面白いけどな」

「オルカァァァ!サボってないで早く道具を運んでこい!」

「やべ!すいません!親方ぁぁぁぁ!」

 

慌てて仕事に戻るオルカ。

最後にもうマリベルが出ていった一度扉を見て…。

 

「頑張れよ、マリベル」

 

この日、砂漠地方の南東に血の雨が降り注いだ。

 

ホンダラ&オルカ編……終わり




ゲーム的には砂漠の城までルーラを使い、トヘロスを使って歩いた方が早いのですが、現実に生きるアルス達にとっては旅の扉を使った方が早いよね?とか想像してみた本城です。

マリベルが落ち要員になりました。何でこんなことに…

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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エデンの戦士になっていたかも知れなかった者

沢山のUA、ありがとうございます。

「エデンの戦士になっていたかも知れなかった者」
このサブタイトルは「サガ・フロンティア」の裏解体真書に書かれている幻の8番目の主人公、ヒューズにスポットを当てた小説、「8番目の主人公になり損ねた男」から取りました。
サガ・フロンティアと言えば去年、リマスター版が発売されましたが、ヒューズ編が「8番目の主人公になり損ねた男」をベースに作られていますね。ロマサガシリーズとサガフロが好きだった私としては嬉しい限りです。
ラスボスラッシュはまだクリアをしておりませんが。

前置きが長くなりましたが、その「エデンの戦士になり損ねた者」……
それは誰の事なのか。
その人物に触れている作品も存在するので、お気付きになる方もいらっしゃるのかも知れませんね。

アンチ砂漠の3バカとレブレサックが強いので、苦手な方はご注意下さい。


グランエスタードの大広間。

 

普段は王族(バーンズ王、リーサ、アイラ)が集まり、食事をとるための食堂といった場所なのではあるが、それ以外の事で使われる場面も少なくない。

例えば大きなパーティーを催した時。

例えば大人数で執り行われる会食やらお茶会が催される時。

果ては前のオルゴ・デミーラが出現した時のような軍の会議に使われたり等だ。

元々小さなエスタード島にある島国のグランエスタード。世界が本来の姿を取り戻すまでは、本来の使われ方以外で大広間が使われる事など滅多になかった。

その大広間が最近ではよく別の用途で使われる事が多くなって久しい。

諸外国からの来賓が多くなり、時には国賓クラスの来客を会食を伴って面会する機会も多くなったからだ。

各国の王族やその使者は勿論の事、国王を擁しない国については各地方の村長や族長、ダーマの神官長やブルジオ等も国賓として扱っている。

中にはマーディラスや砂漠の国のように女王ネフティスと砂漠の民の族長のように、1つの国の中にいくつかある代表をも等しく国賓として扱う場合もあるし、クリスタルパレスで神(正確には神を騙った魔王オルゴ・デミーラ)との謁見の場で集まった一般人も国賓として扱っていた。

アルスの本当の父親ではないかと思われるマール・デ・ドラゴーンのシャークアイ、英雄メルビンもこのカテゴリーに入っているし、流石に貴族扱いこそされてはいないものの、メルビンと同じくエデンの戦士の一人であるガボも城に遊びに来たときはバーンズ王と共に食事をしている。

流石に懐が深い名君と呼ばれるバーンズ王も、ダーマの山賊の頭みたいな存在を国賓として扱うことは無かったが。

この日、グランエスタードを訪れた人物もそんな国賓と同等の歓待を受けていた。

ハーメリアの学者にしてかつては世界一の頭脳者として名を轟かせていたアズモフとそのお供だ。

アズモフのお供には助手のベックと護衛のスラッチも同席している。

ハーメリアの代表としてクリスタルパレスに招かれていたアズモフ本人だけならば国賓として納得がいくし、その助手のベックもギリギリで良しとしても、護衛の…ましてスライムのスラッチまで会食の席に招くとはバーンズ王も懐が深いというか、細かいことは気にしないと言うか……。

 

「すみません……私やスラッチ君まで……」

 

肩身が狭そうに小さくなり、頭を垂れるベック。

 

「構わんよ。聞けばベック殿もスラッチ殿もアイラ達の友人であるとの話。娘の友人とあるならば、親として歓待せんわけにはいかぬだろう?」

「それがオイラ達魔物でもか?」

 

スラッチは今はグランエスタード城にやって来たときのキングスライムから分離し、スライム状態で会食場のテーブルの上に乗っていた。

バーンズは寛大にもスラッチのみだけでなく、お供のスライム達をもテーブルの上に上げている。全員が娘…アイラの友人というのが理由だ。

 

「友人に魔物とかそういうのは無いものだとワシは考えておるよ。移民の町やルーメンのモンスターパークの例もあるのだからな」

「さすがはアルス達の王様!話せるぜ!」

 

上機嫌な様子でスラッチ達は料理にかぶり付く。

アズモフは彼らを優しい目で眺める。アズモフとスラッチ達の出会いはあまり友好的とは言えなかったが、今となっては良い友人関係だ。

 

「して、アズモフ殿。此度はどのような御用向きで我が城へ?」

「書状で申し伝え上げた通りでございます。現在、私めは各地に伝わる伝承を調査しております」

「ほほぅ……」

 

バーンズはポーカーフェイスを保ちながらも興味深げにアズモフの瞳を見据える。

バーンズはアルス達の旅を報告として聞いており、全ての真実を知っている。知ってはいるが、それを世間に公表しようとは考えていない。

それはエデンの戦士達の意向もあるのだが、他にも世界の情勢やらも絡んだデリケートな問題もあるからだ。

それ故に黙っていたのだが、それはそれとしてバーンズはアズモフの調査の結果には興味深かった。

そこから続くアズモフの話。

所々ではアルス達の冒険の真実とは違うところもあったのだが、概ねで史実と同じだった。

 

「いかがですか?アルスさん。これが私の調べたあなた(・・・)達の偉業ですが……」

「あはははは……もう確信しているのですね?」

「決め手になったのは砂漠の国ですね。国の意向で口を開く者は少なかったですが、族長の息子さん達が救い主様の伝承を色々と教えて下さったので……」

「あんの3バカ………前のお説教だけじゃ足りなかったわね……」

「あはははは……」

 

同席していたマリベルがワナワナと肩を震わせ、アルスは顔をひきつらせながら乾いた笑いをする。

前の説教とは先日のホンダラ関連の事だ。

砂漠の民はアルス達が時を渡った旅をしたという真実を広めたくない意向を尊重しており、頑なにアズモフの調査には非協力的な意思を貫いていたのだが、族長の息子達はその限りではなかったようだ。

 

「同じ大地の精霊を崇める者としては悪く言いたくは無いんだけど……」

「アイラお姉様。どうしたのですか?」

「何でもないわ。リーサ…」

 

大地の紋章を痣として胸に宿しているアイラは深く溜め息を漏らして頭に手を当てる。そんなアイラにリーサは心配するが、リーサ自身はあまり状況を飲み込めていない。

ちなみにリーサは最近、アイラの事を実の姉のように接している。自身を呼び捨てにして欲しいと懇願していることがその証だろう。※1

 

「ふむ………お見それしましたぞ、アズモフ殿。しかしアズモフ殿……この事は……」

「わかっておりますよ。バーンズ王。これは私の好奇心から起こした行動であって、(いたずら)に世界の歴史に介入して混乱を起こしたくはありませんので。特にレブレサックとブロビナ、マーディラス、砂漠の国にとっては火種にもなりかねませんし……」※2

 

過去のレブレサックとブロビナの神父の事情と現代のレブレサックとブロビナ、マーディラス………。

明るみに出ればレブレサックの未来は危うい事になるだろう。

 

「私が調査した記録は後に事情をご存知のグランエスタードに譲渡いたしましょう」

「そうですな。丁度良い場所が、この国にはありますからな。そうじゃろ?アルス」

 

思い当たる場所とは謎の神殿の最奥……またはそこから行ける神様、または4精霊が住処にしていた『更なる異世界』の事だろうか?と考えるアルス。

 

「あはははは…神様がいらっしゃった恐れ多い場所に封印するよりも…例えば天空の神殿の書物庫でも良いのでは?ねぇメルビン」

「一歩間違えば世界戦争の火種になりかねぬ書物は、もっと厳重に封印されるべきでござるよ。神の石だとて、いつ落ちるかわからぬでござるからな。アルス殿。寛大な神様なら笑ってお許し下さるでござる」

 

天空の神殿も一般人が立ち入れる場所では無いものの、天空の神殿を空に浮かせている『神の石』だとて、過去にはフォロッドの東に落下した事実がある。

アズモフの記した歴史書(仮)が絶対に世にでないという保証はない。

メルビンの反論は、間違っていないだろう。

他にも海底王の神殿等も考えたが、海底王は地上の事と関わりを持つのを嫌うので、引き受けてはくれないだろう。

結局、最も人の手に渡る可能性が低い場所を一点に考えるならば、『謎の神殿の最後の鍵を使わない限りは絶対に立ち入れない最奥にある、石板の台座から行ける、世界一最強の雑魚モンスター達が跋扈する更なる異世界の最奥の神様が暮らしていた場所』が一番なのだ。

 

「あそこに行くのかぁ………」

「ワシが遺す手記も頼むぞ?」

「手記……ですか」

「当たり前だろう。お前達がワシにしてきた報告は王に対する報告だ。会話内容に関して記録を残さん王がどこにいる」

「僕としては友達の父親に対する報告のはずだったんだけどなぁ………」

 

小さくても一国の王。

英雄であろうと、一般人のアルスとは感覚と心構えが違うということを改めて思い知り、またアルスは1つ、大人になった。

 

「それでですね……アルスさん達に聞いて欲しいことがいくつかあるんですよ」

「聞いて欲しいこと……ですか?」

「はい。例えば先日お会いした際にも言いましたが、アルスさんはウッドパルナ島にあるカラーストーン採掘場の歴史をいくつかご存知ありませんでしたよね?」

「ええ……確かに……」

 

アルスは先日にアズモフと会ったときに聞かされた過去のカラーストーン採掘場の事件や、紫やら黒やらのカラーストーンがいきなり現れた事件を知らない。※3

 

「アルスさんは気にはなりませんか?カラーストーンのお話のような、アルスさん達が去った後の世界のお話を……」

(確かに気になる………)

 

アルス達も旅の過程である程度はその後の歴史を知る機会があったが、それは誰もが知る歴史の一部といった内容だった。

現代日本で例えるならば学校で習う歴史の上澄み……という感覚であろう。

冒険が関わったのであればともかく、その後の歴史を深く知ることはあまり無かった。

今からでも謎の神殿に行けば、その時代に行くことは出来る。

中にはエンゴウやグリンフレークのように、少し時間がずれた過去の世界に行くことも可能だ。

しかし、その方法では『その当時』を知ることは出来たとしても、『その当時』と現代の間にある歴史を知ることは出来ない。

例えばライラとの結婚を許されたその後のキーファの事や、または………

 

「例えばアルスさん。長いダーマの歴史において、最強の騎士長はどなたかご存知でしょうか?アルスさん達が関わったであろうフォズ大神官の時代にあたるのですが」

「え?」

 

丁度その事を考えていたアルスはドキッとする。

 

「フォズ大神官!オイラ、好きだったなぁ……」

 

当時のフォズ大神官と同じ年代の年頃のガボは目を輝かせる。

ガボは今でもダーマで転職するならば、フォズ大神官の手で転職したいと言い出している始末だ。

ガボが言う『好き』が色恋のそれかどうかは鈍いアルスにはわからないが。

 

「フォズ大神官時代の最強の騎士長と言えば……カシムさんじゃ無いんですか?」

 

メルビンの英雄の力を使い、ダーマの地下を封印した時の騎士長は確かにカシムだった。※4

 

「カシム騎士長はその先代ですね。最強の騎士長はカシム騎士長の弟子であり、そして……その義弟です」

「カシムさんの義弟……?それって……まさか……」

 

アルスは再びドキッとする。

キーファの次に考えていたのは、まさにその人物の事だったからだ。

 

(ダーマの地下を封印した時はまだ彼は帰って来ていなかった………ネリスさんは寝込んでいたし、カシムさんは彼を心配していた………)

 

アルスは時々は思い出していながらも、ついぞ彼のその後を偶然知ることは無かった。忙しくて彼の事を調べることも無かった。その彼の名は………

 

「ザジ……ですか?」※5

「ええ………ザジ殿です。ダーマ奪還から世界放浪の旅を経て成長した彼は、帰還した後にカシム騎士長の弟子となり、騎士長になったようです」

「ザジが………」

 

アズモフから語られる、その後のザジの物語をアルスは静かに聞いた。

これは、もしかしたらエデンの戦士達となっていたかも知れなかった少年の、あったかも知れないもしもの物語である。

 

続く




※1
アイラに呼び捨てにして欲しいというリーサ
3DS版追加ストーリーにおける原作通りです。キーファのその後を語るストーリーにて、アイラがキーファの子孫と発覚した後にアイラを連れてリーサを訪ねると、リーサがアイラに対して呼び捨てにして敬語も止めて欲しいと懇願してきます。
ブラコンだったリーサがその後、アイラに対してどう接していくかを想像したら……
「アイラお姉様化」になりました。

※2
ドラクエ7における胸くそイベントと、その後に起こりうる火種(レブレサック、ブロビナ、マーディラス、砂漠の国)
ドラクエ7で胸くそイベントとして有名なのが現代のレブレサックの歴史改竄とそれを追求した結末でしょう。
そしてレブレサックを出る際に神父様は村の少年、ルカスから黄金の女神像を譲り受けます。
その女神像からレブレサックの神父とブロビナの過去の世界で非業な死を遂げた神父は同一人物とわかります。
そして過去のブロビナにおける事件では、魔物達は当時は他国(マーディラス)に侵略を仕掛ける国家、ラグラーズの名を騙り、ブロビナを攻めていました。
現代のラグラーズはマーディラスに吸収合併されていますが、これらの事が全て明るみになった場合、レブレサックに対する心証を考えると……ガタガタ……
更にレブレサックとエデンの戦士達を心酔する砂漠の国は橋を1つ挟んで同じ大陸に位置する事を考えると……カオス!カオスですぞ!

※3
アルスが知らないカラーストーン採掘場事件
これも以前に投稿した話にも後書きで書いたことですが、この2つのエピソードはドラクエ11の話と関連しています。

※4
ダーマのその後とメルビンの英雄の力
これも3DS版の配信追加エピソードです。
伝説の英雄の割には、仲間としては大して強くなかったメルビンの設定を補足するエピソードです。
魔物によって大改造され、邪気に満ちた地下を封印しようとするフォズを連れて『世界一高い塔』へと挑むという物でした。
ホットストーンを使わなければ開かない扉は、ホットストーンそのものだったメルビンの英雄の力で開き、最上階では、本来ならばメルビン復活に使われるハズだった力をフォズが利用し、ダーマの地下を封印するというエピソードです。
これにより、復活したメルビンの力が以前よりも落ちてしまっていたという設定になり、プレイヤー達の『レベル19で英雄とかwww』という大草原のツッコミに対するメーカーの回答ではないか?と言われています。

※5
エデンの戦士になっていたかも知れない少年
それがザジです。
ダイアラックのクレマン、ユバールのジャン、グリンフレークのペペのように大半の出奔したキャラクターのその後が語られる中で、全くその後が分からなかったキャラクターであるザジ。
真相は分かりませんが、その理由は開発段階ではザジがエデンの戦士達の正式な仲間に加わるはずだったからでは無いか?と言われています。
その噂が本当ならば、8人目の主人公になり損ねた男、サガフロンティアのヒューズみたいですよね?
リメイクでは正式に主人公に格上げされたヒューズと違って、ザジはリメイクでもその後が語られる事はありませんでしたが。
追加エピソードでもカシムから「ザジはまだ帰って来ていない。ネリスが寝込んでいる」としか語られておらず、ガボが怒っているくらいしか語られていませんでした。

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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ザジの冒険(駆け出し編)

ダーマ奪還後、姉弟喧嘩の末にネリスの元を去ったザジのその後を書いていきます。
完全オリジナル話ですのでご了承下さい。


ダーマから離れ、山を西から時計回りにぐるりと回るようにして2日ほど歩いた島の東の所に建つ大きな宿屋にザジの姿があった。

 

「ここまで一緒に連れてきてくれてありがとう。僕一人ではここまで来れなかったよ」

「それはこっちのセリフだぜ?坊主。流石は地下闘技場の突破者だな。お前の呪文は助かったぜ」

 

屈強な戦士風の男に肩をバシバシと叩かれ、顔をしかめるザジ。

いくら戦士に転職したとはいえ、元々僧侶と魔法使いだったザジにとっては結構痛い。

職歴に加え、まだ幼かった事もあって、冒険者としては非力な方なのだから仕方がない。

 

(そんな事を言ってもいられないんだけどな。地下闘技場の突破者と言ったって、殆どは………)

 

ザジはその殆どはアルス、マリベル、ガボのお陰だと思っていた。

実のところ、ザジの助力も決して小さくはない。

ベホイミ、イオ、スカラの呪文はアルス達の痒いところを的確に補助していたし、火事場の馬鹿力とも言うべきか、時々繰り出す会心の一撃はアルス達の度肝を抜いていた。

本人が思うほど、ザジは活躍が無かったわけでは無いのだが、今のザジはとにかく自己評価が低かった。

 

「ケホッ!ケホッ!止めてくれよ。僕はまだ戦士としてはなりたてなんだからさ」

「ハハハ!悪い悪いっ!とにかく、ここから港はすぐだからよっ!元気でやれよ?」

「あんた達はすぐに行かないのかい?」

「俺達は井戸にちょっとな………」

「井戸?」

 

ザジは宿屋の井戸に目をやる。

一見、何の変哲もないただの井戸のようであるが、そこの中は………

 

(ああ……カジノか……『吹き溜まりの町』での生活が長かったから、すっかり忘れていたや。何でこんな井戸の中にカジノがあるんだろうな……)

 

実際はザジが言うほど『吹き溜まりの町』に長くいたわけでは無かったが、人間、嫌な事ほど長く感じるものである。

 

「わかった。船代まで使い込まないように気を付けろよ」

「へへへ……分かってるよ」

「どうだか……」

 

そう言ってザジは男達のパーティーと別れる。

中にはのめり込みすぎてせっかくダーマの島に来たと言うのに転職せず、この宿に長期宿泊しまくっている人間もいるという。

何のためにダーマまで来たのかと思うが、偽大神官によって力を奪われ、『魂砕き』の恐怖に怯える、あの『吹き溜まりの町』の生活を強いられる、この最近までのあの事件に巻き込まれなかったと思えばのめり込みすぎた人間は運が良いのか悪いのか……。

そんな事を考えながら、池の上に建てられている宿屋の扉を開ける。

 

(懐かしいな………)

 

もうどのくらい前だったのかすら忘れたが、ダーマに行く道すがら、確かに寄ったここは、外から見たときとは裏腹に中は驚くほど広い。

少しだけ昔を懐かしんだザジだが、ダーマから出てここまでノンストップで来たせいか、体が休息を求めてくる。

 

(宿、取れるかな………)

 

建物自体は広いと言えども、この宿屋そのものは狭く、大部屋が1つだけある宿屋だ。

付け加えて事件中であった以前と比べ、これからダーマへ向かう者と、転職を終えて帰る者とで人が多い。

特に今はダーマが解放されたばかり。『吹き溜まりの町』で囚人のような生活を強いられ、我先にダーマ地方から出ていきたい者達に溢れていた。

 

(失敗したかなぁ………)

 

勢いに任せてダーマを飛び出したザジだったが、少し考えればこうなることはわかっていたことである。

転職を終えてすぐに出るのではなく、一晩宿屋に泊まってから旅立てば良かったと少し後悔する。

 

(いや、そうしたならば決心が鈍っていたし、こうしてここまで同行できるパーティーがいなくなっていたかも知れない)

 

酒場や池の畔で雑魚寝だったり、最悪はカジノの酒場で寝るのも良いだろう。

持っている財布が心配ではあるが、『吹き溜まりの町』に比べたら治安が悪い所などまずあるまいと思い直す。

 

(あんな最悪な環境だったけど、こんな変な度胸が付いちゃったのは良かったのか悪かったのか……)

 

内心で苦笑しながらザジは宿屋のカウンターへと向かう。

 

「泊まりたいが、空いているか?」

「ええ。もうじきいっぱいになりますが、大丈夫ですよ?お泊まりになりますか?」

「一泊頼む」

「わかりました。ごゆっくりお休み下さい」

「食事は自分で作るのか?それとも食事のサービスはあるのか?」

「食事のサービスはありませんが、炊事場なら無料でご使用になれます。薪や食材に関しましては道具屋にてお求め下さい。後は、地下に酒場がありますので多少は割高となりますが、そちらのご利用もどうぞ」

(今日は自分で作る気にはなれないな……)

 

お世辞にも上手とは言えないが、それでもザジは自炊を始めとした最低限の家事をすることが出来る。

自分以外は誰も頼れない「吹き溜まりの町」では姉の看病をしながら生活をするには最低限、自分の事が出来なければ生きてはいけなかった。

殺人と魂砕き以外は何をしても許されるのが吹き溜まりの町の掟だ。自分の事は自分で出来なければ死ぬ。

弱肉強食のサバイバル生活は否応がなしにザジに生活力を付けさせた。

 

『本当に全て、自分自身で出来ていたのか?』

(くっ!)

 

頭の中で自分ではない自分の声が響く。

いや、ザジ本人も分かっている。この声は自分が目を逸らしている部分を許さない本心の部分からの囁きだ。

 

『あの町で僕や姉さんが生きてこれたのは本当に自分だけの力か?違うだろ?誰のお陰だ?』

(うるさい………)

 

「酒場で食べてくる」

 

自分の内の声から逃れたくて、ザジは酒場へと向かうことにする。

 

「行ってらっしゃいませ」

「帰ってきたら寝床が無くなっている……ということは無いよな?」

「そんな事はありませんよ。まぁ、ダーマの事件は聞いていましたから、疑心暗鬼になられるのは理解してますけど」

 

一瞬だけムッとした女将だったが、ダーマの一件の事はこの2日間で散々聞いていたのだろう。すぐに表情を取り繕って笑顔で答えてくる。

ザジだって疑いたくは無かったが、少しでも油断していたら、あの町では当たり前のように住処を奪われ、物は盗まれる。

疑り深くなるのは必然だった。

 

(こりゃ、感覚が前に戻るまで時間がかかりそうだ…)

 

ボリボリと頭を掻きながら、ザジは酒場への階段を降りていった。

 

「食事はあるか?」

「エール………いや、ハーブティーと燻製肉(ベーコン)、パンに簡単なサラダとスープで良ければありますよ」

「それで良い。ハーブティーなんて小洒落た物があるんだな」

 

世間一般的な酒場のメニューであるが、今のザジにとってはご馳走だった。理由は言うまでもない。

 

「グリンフレーク産の茶葉の値が下がってね。酒が飲めない人用に出せるくらいには仕入れられるんだ」

「僕はもう独り立ちした冒険者だ。酒くらい飲める」

 

酒を飲めば嫌なことを忘れられる……そう聞いていたザジは、今はとにかく嫌な事を忘れたかった。

 

「ふぅ。こちらも商売です。飲みたいと言うのであれば、お出しするのも吝かではありませんがね?ここは神殿の騎士様も巡回で来るんですよ。下手な事をして神殿に睨まれるのだけは……わかりますよね?」

 

世界中から人が集まるダーマ。それ故に下手な水よりも酒が安全な水分摂取という地域もあり、子供の頃から酒を飲んでいたという人種が訪れる事も少なくない。

バーテンもそういう地域出身の子供ならば、躊躇いなく酒を提供する。だが、商売柄とでも言うべきか、バーテンはザジがそうでは無いということは一目で見抜いていた。

 

「それに、あまりお節介は言いたくないですがね。お客さんの年で飲まれる酒を飲むのは……お勧めできませんね。どうせ飲むのであれば、初めての酒は良い酒であるべきだと思いますよ」

 

ザジが大人であれば、バーテンは黙って酒を提供していただろう。

どんな酒であっても、酒で身を崩す事になっても、それは全て自己責任だ。

初めての酒が逃げる酒……溺れる酒……。酒を提供する身としては、出来ればそんな悲しい酒を提供したくないとバーテンは思っていた。お節介の1つも焼きたくなるだろう。

 

「バーテンさんの言うとおりですよ?お兄さん。初めてのお酒は、もっと楽しいお酒であるべきです」

 

それでも酒を頼もうとするザジを止めたのは、もう少しで中年と呼ばれる年齢に手が届きそうな吟遊詩人風の男だった。

半ばこの酒場に居着き、ダーマの事を教え、転職してきて戻って来た者の話を聞くのが何よりの楽しみとしている一風変わった趣味をしている男だ。

ダーマに向かう者は必ずここへ寄り、そしてここに帰ってくる。キメラの翼を使ったり、ルーラを使える者以外は転職を終え、帰り道の最中にモンスターと戦い、新しい職の感覚を経験した感想を聞けるという男の趣味を満たす場所として、この酒場は二つと無い絶好の場所なのだろう。

男は様々な人間を見てきた。中にはザジのような人間も。

一方で、ザジもこの男の事は覚えていた。

「ダーマに行ったものが、最近はここに戻って来ないのです。私に付き合うのが嫌だという理由であるならば、それで構わないのですが……心配でなりません」とこぼしていたからだ。

 

「……あんたに何がわかると言うんだ?」

 

ザジは男を睨む。八つ当たりなのはわかっているが、今はとにかく何かに当たりたかった。

 

「………私にはあなたに何があったのか分かりません」

「ならば余計な説教は止めてくれないか?」

「説教なんてしませんよ。ご存知でしょうが、私はダーマで転職をしてきた方々のお話を聞くのが何よりも好きなのです」

「それが……何なんだよ」

 

ハリモグラやサンダーラットのように刺々しい態度で返すザジ。

それでも男は笑顔を絶やさず、優しい声でザジに返す。

 

「お聞かせ下さいませんか?僧侶だったあなたが、ダーマで何を経験し、何を思い、何に転職し、ここに戻られたのか」

 

転職とは生き方を変えるもの。

ダーマの転職は魂の指針を変えるもの。

魂の指針を変えたいならば、そうする理由というのが必ずあるものだ。

男が聞きたかったのは『転職』という行為から見える人生模様なのかも知れない。これも、所謂1つの人間観察というものなのだろうか?

男の優しい雰囲気に包まれたせいなのだろうか。それともあの牢獄のような生活によってささくれた心が、解放されて以来初めて触れた優しさのせいなのだろうか。気が付けばザジは全てを男に話していた。

話していく内に、これまでの事が頭の中でぐるぐると渦巻く。

まだ子供で、親を失った小柄なザジが病弱なネリスを守り、生きていくために僧侶を目指していたこと。

ネリスを守る為には回復呪文だけではなく、攻撃呪文も必要だと思い、魔法使いになるためにダーマを目指していたこと。

吹き溜まりの町に落ち、魔法力を奪われた事で、ネリスを守る為には魔法力だけではダメだと思ったこと。

そして……結局はカシムの力が無ければ自分ではネリスを守ることは出来なかった事……。

 

(本当は気付いていたんだ……)

 

誰も頼れないはずのあの(牢獄)で、ザジは自分の力で姉を護りながら生きていたつもりでいた。

しかし、実際はカシムがいなければとっくの昔に自分達は野垂れ死にしていただろう。

カシムがネリスに薬や癒しの効果があるアクセサリーを贈らなければ、とっくの昔にネリスは病魔に蝕まれて倒れていただろう。

そしてカシムがいなければダーマ奪還作戦の糸口を見出だせず、魂砕きの犠牲者となったザジは今でも魔物達の手先となっていたかも知れない。

カシム……カシム……全てがカシムのお陰だ。

ネリスに惚れていたカシムの下心があったにせよ、全てカシムの厚意により助けられていた。

そんなカシムに対し、姉離れ出来なかったザジはちっぽけな子供の対抗心を燃やしていた。

そして……戦士となって喜んでくれるだろうと思い、ザジはネリスの元に向かった。

結果は………溜め込んでいたネリスのストレスが爆発。それによりザジは思いしった事……。

 

(僕が姉さんを守っているつもりで、僕は姉さんに寄りかかっていたんだ………そんな僕が、姉さんの重荷になっていたんだ……)

 

もう姉の元にはいられない。

自分が姉の重荷になっているのだったならば、自分の居場所は姉の隣にはない。

そう悟り、逃げるようにして一人旅に出るザジ。

剣を買い、ネリスを置いてダーマから去る時、ザジに話しかけてきたカシムとのやり取りを思い出す。

 

『ネリスは俺が貰うぞ』

『それは姉さんとあんたの問題だ。僕には関係ない』

 

そして、カシムと話す直前まで話していたアルス達の前を素通りしてダーマを飛び出すザジ。

無視していたものの、彼らの顔をザジは忘れない。

アルスは何かを言いたげな表情を浮かべていた。

マリベルは冷ややかな視線を向けていた。

ガボは唸りながら顔を真っ赤に染めていた。

全員が何かを言いたげで……それでも黙っていた。

そんな彼らに気が付いていながらも……。それでもザジが足を止める事は無かった。

ダーマが解放され、転職の儀式が再開されたこの日。

元々吹き溜まりの町にいた者達の目的は転職だった。

転職という目的が果たされれば、大半の者達はダーマに留まる理由が無くなる。

その後はそれぞれの都合で行動が変わってくる。

しばらくダーマ周辺で新しく得た力が馴染むまで修行をする者。長い監禁生活に疲弊した者や負傷したり等の理由で療養する者。今回の事件で目標を見付けてダーマに永住する者。そしてザジのように先を急ぐ者。

キメラの翼やルーラのような移動手段の無いものは乗り合い馬車か徒歩でダーマの南東まで行き、船でダーマの島国を出ていく。

この日は先を急ぐ者達が多かった。一人では港まで歩くのは不安な者達が、即席のパーティーを組んで旅立つのが目立つ。

ザジはそれに便乗してダーマを旅立った。

そして今に至る。

 

「そうだったんですか……」

「結局は、僕の独り善がりだったんだ……だから、僕はもう、姉さんの側にはいられない……」

 

全てを吐き出したザジ。気が付けば涙が頬を伝っていた。

 

「僕は……姉さんに嫌われていたんだ」

「そうでしょうか?」

 

自己否定を続けるザジに、これまでは相槌だけをして黙って聞いていた男が初めて口を挟む。

 

「これまで共に寄り添って生きていた姉弟だったのです。今は少しだけすれ違ったのかもしれませんが、互いに思いあっていたあなたのお姉さんが、簡単にあなたを嫌いになるとは思えません。魂砕き……ですか?それによってあなたの魂が砕かれた後、あなたの仇を取ろうと体に鞭を打って戦いに身を置いたお姉さんの行動を考えればですが」

 

精神疾患が確立されている現代地球医学ならば、こう診断されるだろう。

共依存。

互いが互いに必要とし、必要とされる事で依存しあう。

ザジとネリスの関係は正にそれだった。

それが健康でバランスの取れているのであれば、それでも問題は無かった。

ザジは明らかにネリスに依存していた。

一方で、後にわかるのだが、ネリスの方もザジが行方を眩ました事により、元々の疾患もあって精神のバランスを崩し、寝込むことになってしまう。ネリスはネリスでザジに依存していたのだ。

ザジとネリスは想い合っていたが、歪になっていた。

互いが互いの為に無理をして……。そんな関係は何かのきっかけでいつか破綻する。

それが今回のダーマの事件だった。

 

「でも姉さんは……僕を拒絶して……」

「そうですね。今は……お互いに距離を置く時間が必要かもしれませんね」

「時間……。それは一体いつまでなんだ?」

 

藁にもすがる思いでザジは訊く。本音ではザジだってネリスの元から離れたくはない。

男は静かに首を振る。

 

「残念ですが私にはわかりません。ですが……」

 

男はまっすぐにザジの目を見てから告げる。

 

「あなたがあなた自身を責めている内は……その時では無いのだと思います」

「僕が僕を責めている内はその時ではない……?」

「はい。もしくはあなたが自分の弱さを認め、乗り越えた時……ですか」

 

目を見開くザジ。

 

(僕はまだ……自分の弱さも認めてはいないんだ……)

 

表向きは解っていたつもりでも、どこかでまだ認めていなかったのかもと思うザジ。

 

「………自分の弱さを認める事も強さか……」

「時には自分を見つめ直す事も、人には重要だと私は思いますよ」

「自分を見つめ直す………か。僕も、いつかは自分を許せる時が来るのかな……笑って姉さんと向き合える日が来るのだろうか……」

 

その瞳は、そこにはない何かを見つめていた。

カシムと結ばれ、仲睦まじく子供を抱いて幸せそうにしているネリスがダーマに帰って来た自分を暖かく迎え入れる光景だ。

そして成長した自分が優しく笑いながら、その輪に入っていく………。

今はその光景を受け入れるのには心が痛むし、モヤモヤした気分になる。そんな自分になれる気がしない。

 

(でも……それを受け入れられた時が…ダーマに…姉さんの元に戻れる時なんだろうな……)

 

心の(しこり)はまだ重い。それでもさっきまでよりかはましかもしれないとザジは思う。

今はまだ、それは気のせいなのかも知れない。でも、それでも良い。勘違いだったとしても、少しは前向きになる切っ掛けにはなっただろう。

人は急には変わらない。しかし、こんな小さなきっかけの積み重ねが……いずれ人を変えていくものかも知れない。

 

「あんたに会えて良かった……ちょっとだけ、そんな気がするよ」

「それならば良かったです」

 

ザジは財布からゴールドを取りだし、バーテンに渡す。

 

「マスター。この変わり者の詩人に一杯……」

 

幸いにもダーマ奪還や立て直しの立役者として、ザジは僅かばかりの報酬を貰っていた。

船に乗ってしまえばほぼ文無しになってしまうが、詩人に一杯奢るくらいは余裕があるだろう。

 

「いえいえ。私は吟遊詩人です。人の経験を物語にし、それを歌にして日々の糧を得るのが私の仕事です。あなたとのお話は良い物語となるでしょう。むしろ私の方こそ一杯奢るべきです」

「いや。これは僕からの感謝だ。受け取ってくれ」

「そうですか。ではこれならいかがですか?私はあなたに一杯奢る。あなたは私に一杯奢る。互いに奢りあうのならば、これでお互いの気が晴れて気分も最高。違いますか?」

「良く口が回るな。まるで詐欺師のようだ」

「吟遊詩人とはそう言うものですよ」

 

バーテンはザジと詩人に酒を出す。

 

「ところで……僕は酒を飲まない方が良かったんじゃないのか?」

 

口を付けようとしたところでザジは思い出す。

 

「先程までのお酒と今のお酒は意味が違います。先程までのお酒は自棄の果ての悪いお酒。今のお酒は新しいあなたの門出を祝う、所謂良いお酒です」

「本当に口が回る。吟遊詩人なんか辞めて、詐欺師になった方があんたに向いているんじゃないか?」

「そうかも知れませんが、私は人の物語を聞き、そして歌うのが好きなのですよ。信じるかどうかは、あなた次第ですが」

 

ザジと男は笑い合い、杯を鳴らした。

ザジにとっての初めての酒は苦く、そしてしょっぱかった。

 

「酒って……苦くてしょっぱいんだな……」

 

ザジの言葉にこれまで黙っていたバーテンが口を挟む。

 

「お酒と言うものは、その時の気分によって味が変わる物なのです。苦いときもあれば、辛いときもあります。あなたが今後飲むお酒が、苦いか、辛いか、それとも甘くなるかは……あなた次第ですよ」

「マスターの方がよっぽど詩人だな」

「これはこれは。本業の方を前にしてお恥ずかしい」

 

人生初の飲酒が苦かったのは、元々そういう味だったのか、それともこれまでの自分を苦々しく思っての事なのか、置いてきた姉に対する罪悪感からなのか、最後まで素直に接する事が出来なかったカシムへの想いなのか、笑って別れる事が出来なかったアルス達への想いなのか……。それらの全てでもあり、どれも違うようでもあり……今のザジにはそれがわからなかった。

けれど、いつかまた酒を飲み、今の答えが出てくる日が来るだろう。

 

(それがいつ、どんな味の酒を飲んでいる時かはわからない。わからないけど……)

 

ザジの脳裏にまた、ネリス達と理想的な再会を果たした時の自分の姿が過った。

 

(あんな風に姉さん達と再会した時で、それが甘い酒だった時が………良いかもな)

 

もしそうならば、その酒がどんなに苦く、世界一不味い酒だったとしても……自分にとっては甘くて世界一旨い酒であると感じるだろう。

何故だかザジは、そんな気がした。

 

これはもしかしたら、『六人目のエデンの戦士』になっていたかも知れない一人の少年の門出の物語である。

 

続く。




ゲームで考察するザジの職歴
僧侶……レベル5「高司祭」
ベホイミは使えるが、バギマ、ベホマ、ザオラルは使えない。
人間職では覚えられないものの、モンスター職で習得できるキメラのメラ、死神貴族のヒャドを超える7ではレア呪文なイオを修得している希少な存在(人間職、モンスター職でもイオは覚えられない。PS版ではメルビンのみ、3DS版ではマリベルも修得する以外は本当に覚える手段がない)。どこでイオを覚えたんだ?ザジ!
戦士……レベル1「見習い」
ダーマ編のエピローグで転職。

ちなみに病弱な姉のネリスは……
マホターン…上級モンスター職でのみ修得可能
ヒャド…中級モンスター職でのみ修得可能
ヒャダルコ…魔法使いマスターレベル
マヒャド斬り…魔法剣士(中級職)で習得可能
HP…460

比較対象
ダーマ大神官…フォズ
戦闘で使う特技・呪文…ヒャダルコとベホイミ

……………大神官?
…………ベホイミ?ベホマじゃなくてベホイミ?魔法使いマスターしているのに僧侶で習得するベホマは?

結論
習得技能だけならフォズに匹敵するレベル。あと物理攻撃がやたら痛い。病弱とは何ぞ?

ツッコミダーマの途中の道の宿
1…井戸の中にあるカジノ
何故井戸にカジノがあるの!?普通に階段じゃダメだったの!?現実で考えたら出入りするだけでも一苦労だろ!?
そもそも生活水の確保の為にあるはずの井戸なのに、水が一切ない井戸って存在意義があるの!?
2…無駄に池の上に建設されている宿屋(しかも無駄に広い)
宿屋だけじゃなく、武器屋に道具屋に地下(・・)の酒場。
ウンウン♪激闘のダーマを乗り切るにはこれくらいの施設がないといけないね♪
ウンウン♪
…………で、納得するわきゃぁない!
何で無駄に池の上に建てたの!?池の横じゃダメだったの!?特に池の上に建てた宿屋の地下に酒場を作った意味は!?
現代の地球だったら大した事はない建築方法だけど、中世ヨーロッパレベルの建築技術ですごい技術ですね!?

そして今回登場した吟遊詩人。
この人は完璧なるモブです。
モブ。
MOB!
THE MOB!
原作でも登場した名も無きモブ!
なのに異様にかっこよく書いてしまった気がします!
どうしてこうなったかは自分でもわかりません。

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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