やはり東方の青春ラブコメはまちがっている。 (セブンアップ)
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こうして、彼の間違った青春が始まる。

 どうぞ評価お願いします。誤字脱字報告等もお願いします。


 もしかすれば入学先を間違えたのではないかと、常日頃から思うことがある。

 学校とは、入学してから分かることが多い。学校のホームページやパンフレットなんか見ても、実際見てみるとイメージとは違ったりすることもある。

 

 俺の場合、オープンスクールなんてものに行っていないから、こういうことになってしまっているのだろう。

 

 俺が入学したのは、千葉市立東方学院高等学校。

 千葉では海浜総合や総武と並び、ネームバリューのある高校である。総武と悩んだ末、第一希望を選んだのがこの高校だった。

 

 特別深い理由はない。あるとすれば、同じ中学のやつらと同じ入学先に行きたくなかったくらいだ。

 俺の中学時代を聞かせてやろうか?おそらく不良すら震える武勇伝を持っている。最悪の場合、その場から逃げ出す始末。何それ最強かよ。

 

 まぁ察して分かる通り、中学では黒歴史やトラウマなるものを数々作り出してきた。比企谷八幡の軌跡とでも言えばいいのかな。

 だから、同じ中学のやつらと同じ高校になりたくなかった。もし噂でもされれば、俺の静かな高校生活が終わりを告げる。

 

 別に本当のことだからいいのだが、一々それで絡んでくる奴もいるからな。それが面倒くさい。

 

 と、俺の入学した理由はこれくらいにして、話を戻そう。

 入学式から三週間が経った。俺の周りは、少しずつグループを形成しつつある。

 

 俺?俺は拠り所を必要としない孤高の魂の持ち主だから?グループなんて入らないっていうか?ぶっちゃけ入れないっていうか?

 

 要するに一人だということだよ察せ。

 

 周囲が何をしようが周囲の勝手だし、グループ作ろうがなんだろうが俺には関係ない。だが、その周囲に問題がある。

 ここ東方学院は、全校生徒の8割が女子という偏った高校である。まぁ、そういった高校も無いわけではない。普通にあり得るものでもある。

 

 しかし、しかしだ。

 

 俺以外、全員女子は何かおかしくね?

 

 俺は別にISを操れるわけじゃないんだぞ?喋らないとはいえ、男子をもう少し俺のクラスに寄越せよ。8割どころか9割じゃない?詐欺じゃない?

 肩身狭くて過ごせないんですが。この一年間これで過ごさなきゃならないとか地獄過ぎる。クラス配分もう少し平等にして。

 

「…はぁ」

 

 大きくため息を吐きながら、自分の自転車の籠に鞄を入れる。周りがこう女子女子してると、精神的疲労が絶えない。

 俺は自転車を押しながら歩き始めると、目の前に何かが落ちているのに気づく。

 

「…でかいキーホルダーだな」

 

 何かのキャラクターのキーホルダーだった。金髪の少女が、メイド姿らしきものを纏っているキーホルダー。

 

上海(シャンハイ)ー!どこ行ったのー!?」

 

 すると、女子が大きな声を上げながら、何かを探しているのが見えた。このキーホルダー同様、金髪であり、ヘアバンドのように赤いリボンを着けている女子であった。

 

 上海、と彼女は言っていたが、もしかすればこれのことだったりするのだろうか。

 

 俺はなけなしのコミュ力を使って、彼女に話しかける。

 

「…おい」

 

 俺が声をかけると、彼女は振り向いた。

 

「何?私、今ちょっと忙しいの」

 

「上海ってのは、これか?」

 

「え?……あっ!こ、これよ!」

 

 俺が人形を彼女に見せると、彼女の様子が一変する。どうやら、当たりのようらしい。

 

「どこで見つけたの?」

 

「すぐそこの駐輪場だ。ほれ」

 

 俺は彼女に人形を渡す。彼女は安堵した様子を見せる。

 

「ありがとう。この人形、朝からずっと探してたから」

 

「そうか」

 

 俺は人形を渡すと、自転車を押して正門に向かう。

 

「ねぇ。貴方って、私と同じクラスの人よね?確か……比企谷、だっけ?」

 

 どうやらこの金髪女子は俺と同じクラスだったようだ。だがしかし、俺はクラスのやつなど誰一人把握していない。

 

「…お前、誰だっけ」

 

「もう入学して三週間経つんだから、クラスメイトの名前くらい覚えてよ。…私はアリス。アリス・マーガトロイドよ」

 

 マーガトロイドと呼ぶ彼女は、呆れながら自己紹介を済ませた。まさか高校生になって初めて会話する相手が外国人になろうとは。

 外国人と会話するだけで、他人に自慢できるという謎の事象はなんなんだろう。

 

「…比企谷八幡(ひきがやはちまん)だ」

 

「比企谷……はなんだか呼びにくいから、八幡でいいかしら?」

 

 なん……だと……!?

 

 まさかの女子から名前を呼ばれる日が来るとは。中学の俺なら絶対好きになって告って振られるまである。いや、振られるのかよ。

 

 だが、今の俺に勘違いなどあり得ない。

 彼女は比企谷という名前が呼びにくいから、八幡と呼ぶと言った。つまり、何かを企んで八幡と呼んでいるわけではない。

 呼びにくいからである。

 

 とはいえ、女子から名前呼びされると、なんか良いな。えへ。

 

「…どっちでもいいぞ」

 

「そう。八幡はもう帰るの?」

 

「まぁそうだな。学校に残る必要もないし」

 

「部活とかは見に行かないの?今、体験期間だったと思うけど」

 

「俺は帰宅部に入ってるから。なんなら帰宅部部長まである」

 

「それ部活じゃないわよ」

 

 そもそも部活行ったところで、「え、なんで来るの?」とか5回目辺りから言われそうだし。

 

「ということは、これから暇ってことよね?」

 

 これ絶対面倒なパターンのやつ。「暇だよな?」って聞いてくる時は大体面倒なことがある時なのだ。

 

「部活体験。折角なら一緒に行かない?親交も深めるついでに」

 

 ほーらな。親交を深めるついでに部活体験ってなんだよ。

 

「いや、俺別に行きたい部活ないし…」

 

「…ダメなの?」

 

 出たー女子の上目遣い出たー。

 

 なんで女子ってば頼みごとする時に意図して上目遣いをするのかな。男子にされるとイラッとくるだけなのに、女子にされると何故か罪悪感が湧いてくるのはなんでだろう。

 

 この子、実はちょっとあざとい説あるのではないか。

 

「……はぁ。分かったよ。行けばいいんだろ」

 

「うふふ、ありがとうっ」

 

 俺は自分の自転車を、先程まで置いていた場所に戻す。

 

 クソっ。全く、なんてずるいんだこの外国人は。一体どこでそんな(すべ)を身につけてきたんだよ。

 

 自転車置き場に戻した俺は、マーガトロイドと共に校内に入っていく。

 

「私、家庭科部に入ろうかなって思ってるの」

 

「家庭科部?」

 

「えぇ。私、お人形作りやお菓子作りが趣味なの。この上海も、私が作ったのよ」

 

「ほぉ…」

 

 上海と呼ばれるこの人形、何をモチーフにして作ったのは分からないが、そこそこのクオリティではある。これを作ったとなるなら、確かに家庭科部はうってつけだな。

 

 俺達は軽い雑談を交わしながら、家庭科部の部室へと向かっていると。

 

「おっ、アリスじゃないか!」

 

「あら、魔理沙じゃない」

 

 俺達の目の前から、片側だけおさげにして、前に垂らしたウェービーな金髪を見せる女子が現れる。どうやら、マーガトロイドの知り合いのようだ。

 

「…誰?」

 

「…ホント、貴方クラスメイトの顔も名前も覚えてないのね。他人に興味なさすぎじゃないかしら?」

 

 マーガトロイドはまたも呆れた表情でそう言う。

 ずっと寝たふりして過ごすか、ベストプレイスで過ごすかの二択だったし。

 

「私は霧雨魔理沙(きりさめまりさ)!お前、確か比企谷ってやつだろ?霊夢の後ろのやつだったから覚えてるぜ?」

 

「お、おう。そうか…」

 

 すると、霧雨は晴れやかな笑顔で、俺に手を伸ばす。

 

「何これ。カツアゲ?」

 

「違うって!単純によろしくって握手!ほら、手を出せ!」

 

 最近のJKはよろしくする時に握手をするのかよ。こいつら日本人の皮を被ったアメリカ人だったりすんの?

 

「お、オーケー」

 

 俺は彼女の手を握り返す。

 手ちっちゃ。何これ女子の手ってこんな可愛らしい手してんの?

 

「それで、魔理沙は何してるの?霊夢と一緒じゃないの?」

 

「霊夢はいつも通りさっさと神社に帰ったよ。ここにいてもやることないし、帰ってさっさと寝たいってさ」

 

「…霊夢らしいわね」

 

 霊夢、と呼ばれる人物が誰なのかは分からないが、俺と同じ考えを持っているのは確かだ。

 

 ここにいてもやることない、だからさっさと帰って寝る。

 これが帰宅部の定石だ。霊夢とやらは、それを分かっている。友達になれそうだわその子。

 

「二人は何してるんだ?」

 

「私達?私達、部活の見学しようかなって家庭科部の部室に向かってる途中よ。八幡にも、付いてきてもらってるの」

 

「ほーん…。ならさ、私も付いてっていいか?やることなくて暇だったんだ」

 

「えぇ、勿論構わないわ」

 

「よーし!なら早速家庭科室に行こうぜっ!」

 

 きりさめがパーティーにくわわった!テテン!

 

 変わらず、俺達は家庭科室に向かった。

 道中、霧雨がやたらと絡んでくるのが少ししんどいです。ぐいぐい来るもん。怖いよこの子。

 

「見えた。家庭科室よ」

 

 よくよく考えたら、ていうかよく考えなくても、家庭科部に入る者はそんなにいないだろう。

 家庭科室の扉を開けると、一人の女性が本を読んで座っていたのが見えた。その女性以外、誰一人としていない。

 

「…あら、どうしたの?」

 

「あの、家庭科部の体験に来たんですけど…」

 

「そうなの?でも見ての通り、部室には誰一人いないでしょ。部活なんて言ってるけど、あって無いような部活よここは。それでもいいの?」

 

「はい。ここでお人形や紅茶、お菓子作りがしたいので」

 

「…そう。なら喜んで迎えるわ。えーっと、貴女の名前は…?」

 

 家庭科部の顧問が、マーガトロイドに名前を尋ねる。マーガトロイドは自分の名前を答えた。

 

「アリスさんね。分かったわ。そこの二人も入るの?」

 

「私達は付き添いなんだ!」

 

「そう。まぁどうせなら見学していく?折角来てくれた生徒達に、茶菓子一つも出さないなんて悪いから」

 

「マジかラッキー!八幡も見学するよな?」

 

 茶菓子用意するって言われて余計に帰りづらくなったんだが。流石に断って帰るのは、気が引ける。

 

「…まぁな。ただで菓子食えるし」

 

「なら決定ね。アリスさんも作る?」

 

「はいっ」

 

 そうして、家庭科部の顧問とマーガトロイドはお菓子を作り始めた。その間、霧雨と話すことがなく、ただただ本を読んで時間を潰そうとした。

 

「なぁなぁ八幡!八幡って普段何してるんだ?」

 

 残念!本を読んで時間潰す作戦失敗!

 なんでこの子はこうもコミュ力高いのん?しかもちょっと距離が近いからいい匂いするんだよちくしょう。

 

「普段は寝てるか本読んでるかゲームしてるかだな」

 

「外には遊びに行かないのか?誰かと遊んだりしないのか?」

 

「その誰かがいないから外で遊ばないで家でぐうたらしてんだよ」

 

「友達いないのか?」

 

 おっと、この子なかなか鋭いことを言ってくれるじゃないか。

 まず友達の定義を教えてもらおうじゃないの。…それ友達いないやつのセリフだったわ。

 

「…別にいなくてもいいけどな。それに、一人でいることも悪くないもんだ。何にも縛られずに自由に過ごせるからな」

 

「…八幡って、相当ひねくれてるな」

 

「褒めても何も出ないぞ」

 

「いや褒めてない」

 

 知ってる。これで褒められてると思ったやつは精神的にやばいやつだ。

 

「みんな、お待たせ」

 

 すると、マーガトロイドと家庭科部の顧問が、お皿にクッキーを乗せて持ってくる。

 

「アリスさん、なかなかの手際の良さよ。さっき試食してみたけど、美味しかったわよ」

 

「アリスが作る菓子って美味いからなーっ!んじゃ、いっただきー!」

 

 霧雨は、すかさずマーガトロイドが持ってきたクッキーを手に取って、口に入れる。クッキー独特の咀嚼音が聞こえてくる。

 霧雨に続いて、俺も一枚食べる。

 

「…うっま」

 

「だろ?アリスのクッキーはいつ食べても美味しいんだぜ!」

 

「なんで貴女が自慢げに言うのかしら…。でも、ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいわ」

 

 その後、マーガトロイドと顧問の手作りクッキーは、みんなで美味しく頂きました。

 

 軽い雑談を交わしていると、既に夕方の5時になることに気づく。

 

「もうこんな時間……。今日はみんなありがとう。なんだか楽しい時間を過ごせたわ。アリスさん。家庭科部はアリスさん一人だけだけど、それでもいい?」

 

「はい。大丈夫です」

 

「そう。なら明日に、部活届に記入して家庭科室まで来てね。それで入部を認めます」

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 マーガトロイドは、顧問に頭を下げる。

 

「では、今日はありがとうございました」

 

「えぇ、さようなら。気をつけて帰るのよ」

 

 俺達は家庭科室を後にして、学校の玄関の入り口へと向かった。靴を履き替えながら、マーガトロイドは俺に感謝を伝えてきた。

 

「今日はありがとね、八幡。上海のこととか色々」

 

「…別にいい。それに、代わりに美味いクッキー食えたからな。それでチャラってことで」

 

「相変わらずひねくれてるなー」

 

「ふふ、そうね。…ねぇ、八幡」

 

「ん?」

 

 マーガトロイドは靴を履き終えると、こちらに顔を向ける。そして、彼女は微笑みながら。

 

「これから一年、よろしくね」

 

 その微笑みは、まるで女神の微笑みであった。あまりの美しい微笑みに俺は、言葉を出すのに遅れてしまった。

 

「…まぁ、よろしく」

 

 こうして、俺と彼女達の高校生活が始まったのであった。

 

 

 




 家庭科部の顧問に名前はありません。東方のキャラではございませんので、適当に名付けてやって下さい。


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思いがけず、彼は生徒会に加入してしまう。

 評価、誤字脱字報告お願いします。


 マーガトロイドの部活見学の次の日。

 今日も今日とて、変わらぬ面倒な1日が始まった。俺は、イヤホンを耳に挿し、机に顔を伏せて寝たふりをする。

 

 すると、誰かが俺の右肩を叩く。一体誰なのだろうと、顔を上げてみると。

 

「よっ!元気か、八幡!」

 

「おはよう、八幡」

 

 俺を叩き起こしたのは、マーガトロイドと霧雨であった。この金髪コンビは、一体なんの用だろうか。

 

「…おう。なんか用か?」

 

「へ?単純に話に来ただけだけど?霊夢もいるし」

 

「別にわざわざ来る必要ないでしょ。休み時間なんてたった10分しかないんだし、話すこともないでしょ」

 

「まぁまぁ、細かいことは気にすんなよ!」

 

 要するになんの用もないと。暇人なのかこいつは。

 

「そういえば魔理沙達、この目が腐ったやつと知り合いなの?」

 

「おう!昨日、アリスの部活見学に一緒に付いて行ったんだぜ!」

 

「ふうん……。…あんた、名前は?」

 

 霊夢と呼ばれる人物が、こちらを見て名前を聞いた。端的に、自分の名を彼女に伝えた。

 

「八幡、ね。私は博麗霊夢(はくれいれいむ)。魔理沙とアリスは、まぁ腐れ縁みたいな感じ。よろしく」

 

 ということは、博麗も霧雨やマーガトロイドと同じ中学出身ということなのだろう。

 

「こいつ、実は神社の巫女でもあるんだぜ?」

 

「…そうなのか。どこの神社なんだ?」

 

「博麗神社って聞いたことあるでしょ?この近くにある神社」

 

 マーガトロイドが神社の名を挙げる。この千葉県に昔から伝わる由緒正しき神社。

 ということは、この博麗という人物、なかなか大物だったりするのだろうか。

 

「…別に大した神社じゃないけどね。参拝客は来ないし、来るとしても魔理沙達くらいだし。せめて参拝くらいしろっての」

 

「だからいつもお菓子持ってってやってんだろー?ていうか、なんだかんだでお前食ってるし」

 

「そりゃ当然よ。私の神社に手ぶらで来るとか無礼にも程があるでしょ。これで許してるんだからまだ優しい方よ」

 

「…巫女って怖ぇ」

 

「なんか言ったかしら?」

 

 ひぃっ。 

 なんて目つきしてるんだこいつ。「お前それ以上言ったら無事でいれると思うな」みたいな目つきしてたよ。殺人鬼の目だったよ。

 

 すると、ここで休み時間終了のチャイムが鳴り響く。マーガトロイドと霧雨はそれぞれの席に戻り、俺は前を向いた。

 

 次は国語。国語の先生であり、我らの担任である、稗田阿求(ひえだのあきゅう)先生が教室に入ってくる。幼女と見間違えるほどの幼さと背の低さ、そしていつも黄色い着物を着ている和風な先生である。

 例えるなら、学園都市に存在しそうな先生だ。あれに着物を着せたのが稗田先生である。

 

「この一時間は、"青春とは何か"を、自分なりに論じてもらいます。提出した人から、自主学習とします」

 

 青春とは何か、か。…すぐ終わりそうだ。終わらせて、とっとと寝よう。

 俺は回ってきた用紙を後ろに回し、早速シャープペンシルを走らせていく。

 

 用紙に書き込んで30分後。出来上がった俺は、稗田先生がいる教壇に用紙を提出した。

 あれぞ、会心の出来だ。高得点は間違いない。俺は、そう思っていたのだが。

 

 放課後ーーー。

 

「…書き直し?」

 

「当たり前です。なんですかこの邪悪な文章は。砕け散るのはそちらの方です」

 

 稗田先生に呼び出しをくらった俺は、職員室へと赴いた。何の用かと伺った結果、俺の会心の出来が書き直しとのこと。

 

「……いえ。やっぱり書き直しはいいです。今どうせ書き直しても、嘘だらけの文章になりかねませんし」

 

 大体の人間、全部が全部本当のことを書いていないと思う。ところどころに嘘を織り交ぜて、文章を作り上げていることだろう。それに比べれば、嘘一つない俺の文章は逆説的に正しいのではないか。

 

「…比企谷くん。友達は……………いないからこんな文章になってるんですね多分」

 

「なんで勝手に納得しちゃってんすか。いやまぁそうなんですけど」

 

 友達くらいいるよ?多分ね?知らんけど。

 

「放課後とかは暇ですか?」

 

「まぁ大抵は。バイトもしてないですし、放課後に遊ぶような人もいませんから」

 

「なら、ちょっと付いて来てください」

 

 稗田先生はそう言って、俺をとある場所まで連れて行った。そのとある場所というのは。

 

「…生徒会室?」

 

「君には生徒会に入ってもらいます。確か空いてる係があった筈なので、そこに加入するという形で」

 

「いや、なんでそうなるんですか」

 

 俺はどこかのラノベ主人公か何かか。

 

「このままだと貴方は、社会に出た時に苦労することになります。他の人より。別に友達がいないことが悪いとは言いませんし、一人でも出来うることはあるでしょう。ですが、やはり人として生まれている以上、誰かと関わり、生きていくことは必須になるんです。これは、社会に出た際の訓練とでも言いましょうか」

 

「俺、専業主夫志望なんですけど…」

 

「舐めてるんですか?」

 

 こっわ稗田先生こっわ。めっちゃ笑顔なのになんでそんな冷たい声が出てくるの。

 

「生徒会長には話を通しています。では」

 

 稗田先生はそう言って、俺の前から去っていった。

 このままバックれようとも考えたが、明日になって稗田先生に連れて来られるのは目に見えている。

 

「…はぁ」

 

 俺はため息を吐いて、生徒会室の扉を開いた。

 扉を開くと、ショートの緑色の髪の女生徒が紙を前にして、ペンを走らせている。扉を開けた音に気づいた彼女は、こちらを見る。

 

「…貴方が比企谷八幡くん、ですね。話は稗田先生から聞いています」

 

「は、はぁ…」

 

「私は、3年の四季映姫(しきえいき)・ヤマザナドゥ。東方学院高等学校の生徒会長です。以後、よろしくお願いします」

 

 こりゃまた、なんつーキラキラネームだ。いや、俺もあんま人のこと言えることではないけど。

 

「貴方には、庶務を行なってもらいます」

 

「…要するに生徒会の雑用をしろってことですか」

 

「確かに、庶務は会計や書記とは違い、雑務をこなしてもらうことが多いでしょう。けれど、それも誇りある一つの仕事です」

 

 雑用が誇りある仕事なわけがない。まるで、ブラック企業に染まり切ってもう手遅れな人間が言いそうな言葉だよそれは。

 

「そしてもう一つ。貴方の、そのひねくれた感性を更生します」

 

「…は?」

 

「聞いたところ、貴方は授業で出された課題に対して、かなり悪質な文章を書いたとか。そういった者達は、いずれ反社会勢力に加わってしまい、悪事に手を染めることとなります。そうならぬように、貴方を更生します」

 

 なんだか仰々しい話になってきた。たかだか変な作文を書いただけで反社会勢力に加わったりはしないと思う。多分、知らんけど。

 

「…別に変わる必要はないと思うんですけど。今の俺は嫌いじゃないし、むしろ好きまであります」

 

「そういうところが危ういです。少しは変わらないと、社会的に問題があると言っているのです」

 

「…変わるだの変われだの、他人に自分を語られるのは嫌なんですけど」

 

「貴方のそれは逃げているだけじゃないのですか?」

 

「変わるって言うのは、現状の逃げとも言えるんじゃないんですかね。なんで過去の自分や今の自分を肯定することが出来ないんですか」

 

「…どうやら、相当手遅れなようですね」

 

 俺の言葉に、四季先輩は呆れて頭に手を乗せる。

 

「もういいです。とにかく、貴方は今日から生徒会の一員として働いてください」

 

「…具体的には何するんですか」

 

「…そうですね。まず、この人物を探して来てください」

 

 四季先輩はケータイをいじり始め、画面を俺に見せる。画面に映っていたのは、この学校の女生徒。クセ毛の赤髪をツインテールにした女子。

 

「名前は小野塚小町(おのづかこまち)。2年生で副会長を務めていますが、彼女はどうも仕事をサボるクセがあります。そんな彼女を、ここに引っ張って来てください。おそらく、まだ学校の中にいると思います。探して来てください」

 

「小町、ですか…」

 

「えぇ。知り合いですか?」

 

「いや…」

 

 全くの他人だ。しかし、うちの妹と名前が被っていたため、少し驚いただけである。

 

「ていうか、そんなの四季先輩がその人にとっとと来いって言ったら…」

 

「あの子、サボる時はケータイの電源をオフにしてるのです。ここのところ、サボり方が上手くなってきています」

 

 なるほど、そんなサボり方があったのか。どうやら、小野塚という先輩は、サボり方を熟知しているようだ。

 

「そういうわけで、探して来てください。私は手元の書類で忙しいので、手が離せません」

 

「…了解しました」

 

 俺は生徒会室を出て、小野塚先輩を探し始める。だが、校内はそこそこ広い。絞って探さなければ、単純に苦労するだけだ。

 例えば、人目に付かないところだったりな。

 

「屋上から行ってみるか…」

 

 俺は屋上に続く階段を探した。未だに、校内を完全に把握していないため、手探り状態で探さなければならない。屋上に続く階段を探していた、そんな時。

 

「おっ、八幡!どこ行ってたんだよ?」

 

 霧雨やマーガトロイド、博麗が一緒になって、俺に声をかけてきた。

 

「あんた、稗田先生に呼び出しくらってたけど、何したの?」

 

「…まぁあれだ。作文再提出しろって言われてな」

 

「呼び出しくらうほどの酷い内容だったということなのね。全く、何をしてるのよ」

 

 マーガトロイドも呆れた表情でそう言った。

 俺も呼び出しくらうとは思わなかったんだよ。なんなら会心の出来だったんだよ。

 

「そうだ。あんた、これから暇?魔理沙が近くの駄菓子屋に行きたいって聞かないから……」

 

「悪い。今日は暇じゃない。じゃあな」

 

 俺はさっさと別れを告げて、再び小野塚先輩を探し始めた。少し、急ぎ足で探し始める。

 別に急を要するわけではない。ただ、とっとと見つけて帰らせて欲しいだけだ。

 

 少しすると、屋上への階段を見つけた。その階段を上がり、屋上への扉を開く。するとそこには、鞄を枕にして優雅に仰向けになって寝ている女生徒がいた。

 

 その人物は、クセ毛の赤髪をツインテールにしている。これだけの情報で、すぐ判別出来た。

 

 この人が、小野塚小町。

 

「あのー……すいません」

 

「…んー?なんだい、あんた。あたいになんか用?」

 

「生徒会に入った比企谷八幡なんですけど。会長に引っ張って来いって言われたんで」

 

「おっ、マジ?あんた新しく生徒会に入ったの?」

 

 小野塚先輩は会長のことよりも、俺が生徒会に入ったことに対して食いつきが早かった。

 

「強制的にですけど」

 

「強制的に?あんた一体何したんだい」

 

「それは知りません」

 

 作文の内容が不適切だったから生徒会に入れられましたーとか笑うしかない。

 

「まぁいいや。あたいは小野塚小町。八幡って言ったね?どうだい、あんたもサボらないかい?ここ、いい風吹いて気持ちいいんだよ」

 

 この人、本当に副会長で大丈夫なのだろうか。こんな人がいる生徒会は、本当に大丈夫なのだろうか。色々と大丈夫なのだろうか。

 

「どうせ後から生徒会室に行くし、あたいを探してて時間がかかりましたって言えば大丈夫大丈夫」

 

「はぁ…」

 

 小野塚先輩に言われるままに、俺はしばらく屋上で過ごすこととなった。俺は先輩から距離を置いて、その場に座り込む。

 

「なんでこっち来ないんだい?」

 

「別に近くにいく必要もないでしょう」

 

「それじゃあ話しにくいだろ。もっとこっちに来な」

 

 小野塚先輩が手招きする。少しだけ、俺は距離を詰めたが。

 

「そんなにあたいの近くにいるのが嫌なのかい?」

 

「嫌ではないですけど……抵抗感とかありません?」

 

 小学生の頃、比企谷菌と呼ばれて誰も近づかなかった記憶がある。近づいても、みんなが離れていく。

 それに、あんま女子の近くにいたくないんだよな。別に嫌なわけじゃない。ただ、めっちゃいい匂いするし、なんか申し訳ないし、逆にこっちに抵抗感が出るんだよ。

 

「あたいが来いって言ってんのに抵抗感もクソもないだろ。ほら、つまらないこと言ってないで、さっさと来な」

 

 小野塚先輩は俺の腕を掴んで無理矢理近くまで引き寄せた。近くにいると、小野塚先輩のメロンに目を奪われてしまう。これが万乳引力か。

 

「話してて分かったけどさ、あんた相当な人嫌いだろ」

 

「…まぁ、人間好きな人もいれば嫌いな人もいますし。俺の場合、嫌いな人の割合だけが高いだけです」

 

「人嫌いでひねくれてるときた……全く、可愛げない後輩が入って来たもんだね」

 

 小野塚先輩は雑に俺の頭を撫で始める。俺はすぐに頭を振って、小野塚先輩の手を退ける。

 

「照れてるのかい?もしかして、あまり女子に免疫がなかったりするのかい?」

 

「…免疫がないわけではないです。中学の時だって、俺はモテてたんですから。クラス替えでアドレス交換してるときに、ケータイ取り出してキョロキョロしてたら、"あっ、じ、じゃあ……交換しよっか"って声かけられるくらいはモテてましたよ」

 

「それはモテてないじゃないか。優しさって、時々残酷なものに変わるんだなぁ」

 

「哀れまないでください…」

 

 自分で言ってて悲しくてなってきたんだから。それからメールもしたが、「ごめーん、寝てたー。また連絡するねー」と、連絡を終わらせるときの決まり文句が送られてきた記憶がある。

 

 全く、健康的で奥ゆかしい子であったなぁ。なんだか涙が出てくるよ。

 

「じゃあ、あたいと連絡先交換しようか。LINEやってるだろ?」

 

 唐突に小野塚先輩はそう言い出した。おそらく、生徒会のこととかで連絡先を交換しようってことだろう。

 

「…別にいいですけど」

 

 俺は連絡先ではなく、ケータイ本体を小野塚先輩に渡す。

 

「あたいがやるんだね…」

 

「連絡先の登録の仕方とか知りませんし」

 

 さっき言っていた奥ゆかしい子にも、ほとんど任せっきりだったし。俺の連絡先は家族くらいだ。

 

 小野塚先輩は素早い手捌きで連絡先を登録していく。すると、彼女の手が不意に止まりだした。

 

「どうしたんすか?」

 

「あんたの連絡先に、小町って名前がいるからさ。あたいと同じ名前で驚いただけさ」

 

「それ、俺の妹なんです」

 

「へぇ。八幡の妹も小町って名前とは、妙な巡り合わせだね」

 

 そう感嘆の声を上げて、連絡先の登録を終わらせる。

 終わらせた小野塚先輩は、俺にケータイを返してくる。連絡先には、新たに"小町"という名で追加されていた。

 これでは、妹の小町と被って分かりづらい。後で小野塚って名前を変えておこう。

 

「今は何時だい?」

 

「もう夕方の5時ですよ?小町」

 

「え」

 

 俺が伝えたわけではない。

 

 では誰が?

 

 恐る恐る、後ろを振り向くと、そこには腕を組みながら仁王立ちでこちらを睨む、四季映姫先輩がいた。

 

「し、四季様ぁッ!」

 

「小町。毎度毎度、生徒会の仕事をほったらかしにするのはなんなんですか。それでも貴女は副会長ですか。副会長ならば、副会長らしく…」

 

 小野塚先輩は四季先輩に何度も土下座をしていた。え、この人そんなに怖いの?まさか命とか取られたりすんの?やだ俺まだ死にたくない。

 

 そう思い、俺はこっそり屋上から出て行こうとすると。

 

「何を逃げようとしてるんですか?貴方も同罪です」

 

 四季先輩は、俺の制服の襟を力強く掴む。

 俺も小野塚先輩と同じく、正座の体勢になり、四季先輩のありがたい説教を一時間も聞く羽目になってしまった。

 

 マジすんませんでした。

 

 



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彼の日常は災難だらけである。

「小町と同じく、貴方までサボるとは……」

 

 四季先輩にありがたい説教を小一時間受けると、時刻は夕方の6時を過ぎていた。

 

「まだまだ言いたいことはありますが、最終下校時間も過ぎてしまったようですし、このくらいにしておきます。小町はこれから、私の屋敷で書類を片してください」

 

 小野塚先輩は「えぇ〜…」と項垂れていた。

 

「八幡くんは今日は帰ってよろしいです。明日からは、本格的に生徒会の仕事に加わってもらいますから」

 

「…はぁ」

 

 そう言われた俺は四季先輩達と屋上で別れ、自分の教室に戻って鞄を取りに行く。

 道中、俺のポケットからバイブ音が聞こえてくる。ポケットからケータイを取り出し、着信先を見てみると、小町からの電話だった。

 

「もしもし」

 

「お兄ちゃん何してんの?もう夕方の6時過ぎてるけど」

 

「あぁー……その話は後でするわ。夜ご飯は先に食べててくれ」

 

「んーん。お兄ちゃんが帰ってくるまで待つよ。だって、お兄ちゃんと一緒にご飯食べたいんだもん、あ、今の小町的にポイントたかーい!」

 

「…最後の一言さえなけりゃな。じゃ」

 

 通話を切って、ポケットにしまう。教室に到着し、鞄を持って駐輪場まで向かった。

 

 駐輪場に向かうと、そこには二人、大人の女性が立っていた。片方は、金色の長髪の毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいる女性。もう片方は、同じ金色の髪ではあるがロングではなく、ショートボブの髪型をした女性である。

 

 どちらも背中姿しか見えていない。

 目を合わせないように、ナチュラルにスルーしよう。そう決め込んで、その二人をスルーして自転車を取りに行く。

 

「おい。もう最終下校時間は過ぎているぞ。何をしている?」

 

 スルー出来ませんでしたとさ残念。俺に気がついた二人が、声をかけてくる。長々と話すのも面倒なので、端的に答える。

 

「…まぁ、残業ですかね。生徒会の」

 

「生徒会……。貴方、一年生よね?まだ生徒会選挙は始まっていないけれど?」

 

 なんで俺が一年生って知ってんだこの人。

 

 この学校は、学年によって色を分けられているわけではない。例えば、学年によって、ネクタイの色が違うとか。しかし、この学校はそんな色分けをされていない。

 にもかかわらず、この人は俺が一年生だってことを、初対面で見抜いた。

 

「…まぁ、色々ありまして」

 

「ふうん……」

 

 俺はいち早くここから立ち去りたかった。多分、この人達はここの先生なのだろう。早く帰りたい時に限って先生に絡まれるのが面倒だったから去りたかった、というのも一つの理由。

 

 だが、もう一つの理由は。

 

 それは、この金髪ロングの先生が危険過ぎるからだ。

 この人が誰なのかは全く分からない。分からないが、この人を見た瞬間、相手にするのは危険、関わるべきではないと、頭の中で危険信号が鳴り響いている。

 

 胡散臭く、この人の心が全く読めない。さっきからずっと笑顔だというのに、それが(かえ)って禍々しい表情に見えてしまう。

 

「どうしたの?私の顔に、何か付いているのかしら?」

 

「い、いえ…」

 

 今後、この人に関わらないようにしよう。そうだ。それでいいんだ。でないと碌でもないことに巻き込まれる可能性がある。

 

 俺は自転車を動かして、そのまま二人の間を通り抜ける。そして正門を潜り抜けた時、一目散に自転車を漕ぎ始めた。

 

「怖ぇ……」

 

 あんな人間が学校にいるとか聞いてない。あの人を一言で例えるならば、魔王だ。

 帰ろう。帰って小町に癒してもらおう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 私は八雲藍(やくもらん)。東方学院高等学校校長、八雲紫(やくもゆかり)の秘書である。同じ苗字なのは、色々と込み入った理由があるからなので、特に気にしないで欲しい。

 

「どうしたのですか、紫様。先程から、ずっと正門の方ばかりを見て……」

 

「さっきのあの子……確か、比企谷八幡、だったわね…?」

 

「え、えぇ…。それが、どうかしたのですか?」

 

 先程から紫様は、ずっと正門の方ばかりを見つめている。それも、なんだか嬉しそうに。

 

「藍…。貴女は、さっきの彼の表情を見ていたかしら?」

 

「表情……?」

 

 紫様の質問の意味が分からず、短く聞き返す。

 

「私達、いえ、私と目が合った途端、彼は怯えた表情をしていたの。上手く誤魔化していたようだけれど、私からすれば、まだまだね」

 

「紫様……?」

 

「…なかなか、面白い子ね。比企谷、八幡…。…ふふふ……」

 

 紫様は、何やら怪しげな笑みを浮かべていた。長年付き添っているから分かるのだが、こういう表情をしている時は、碌でもないことを考えているということを示している。

 

 比企谷八幡とやら。紫様に目を付けられたことが運の尽きだと思ってくれ。本当にすまない。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 我が家に帰った俺は、小町と共に夜ご飯を食べていた。遅れた理由とか諸々(もろもろ)、小町に話した。

 

「お兄ちゃんが生徒会ね……まぁコミュ力なしの性格がひん曲がったぼっちのお兄ちゃんにはいい薬なんだろうけど」

 

「ちょっと小町ちゃん?そんなに言われるとお兄ちゃん泣き喚いちゃうからそこまでにしてね?」

 

「だって事実じゃん。大体、そんな内容で改心の出来だーっとか。頭沸いてるの?」

 

 小町の鋭い言葉に、八幡は大ダメージ!効果は抜群だ!

 

 小さい頃はあんなに可愛かったのに……。まぁ今でも十分可愛いけどね?そりゃもう天使だよ?なんなら天使を越して女神だよ?

 

「…でも、お兄ちゃんが帰ってくるの遅くなるのは、小町ちょっと寂しいな」

 

「小町……」

 

 小町はほんの少し、シュンと寂しそうな表現を見せる。

 これからの方針は決まった。生徒会の仕事をちゃっちゃと片付けて、家に帰るとしよう。小町が寂しがらないようにさっさと…。

 

「…なーんて。今の小町的にポイント高かったでしょ?」

 

 こいつ実は女神の皮を被った悪魔じゃないのかな。妹が知らぬ間に悪魔に成り果てていたなんて、八幡信じたくない。

 

 これが比企谷兄妹の、いつもの会話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 俺は普段通りに学校へと登校する。自転車を駐輪場に置き、上靴に履き替えて教室に向かった。

 自分の教室が見えて来たそんな時、後ろから肩を叩かれる。誰かと思い、後ろを振り返ると。

 

「おはよう、比企谷くん」

 

「……」

 

 俺の後ろには、昨日駐輪場にいた謎の金髪ロングの女先生がいた。無意識に、俺は身構えてしまう。

 

「そう警戒しなくていいわよ。貴方に話があるから」

 

「俺に……ですか?」

 

「えぇ。昼休み、校長室にいらっしゃい。待っているわよ」

 

 そう一方的に伝えて、彼女はどこかへと去っていく。

 

 関わらないようにしようと意気込んだ次の日に、化け物があっちから来ちゃった。

 RPGで例えるならば、最初の草原とかでスライムやゴブリンが出てくるはずが、気分が良かったのか魔王からわざわざ勇者の前にやって来るということだ。完全な無理ゲーで詰んでいる。

 

 教室に入り、机の上に顔を伏せて心を落ち着かせていた。こういう時は、深呼吸に限る。ひっひっふー。ひっひっふー。

 違うこれラマーズ法だわ。全然落ち着けてないじゃん。

 

「よっ、八幡!おはようなんだぜ!」

 

 今の俺とは真逆のテンションで、霧雨が挨拶をしてくる。後ろには、博麗とマーガトロイドも。

 

「朝からなんて顔してんの。目がさらにゴミみたいになってるけど」

 

「腐ってるって言いたいんだろうけど人の目をゴミみたいって言うのはやめようね」

 

「……何かあったの?」

 

 マーガトロイドが労るような表情で、俺に尋ねる。

 やだこの子ってば天使だったりするのかしら?博麗が悪魔にしか見えなくなってきた。

 

「この学校の魔王に目を付けられた」

 

「何を言ってるの?」

 

「多分、今日が俺の命日」

 

「何を言ってるの?」

 

 分からん。俺も自分で何言ってるか分からん。分からんけど、ただ確実に言えること。

 それは、あの女性に目を付けられたらただでは済まないことである。これだけは、確信して言える。さよなら、俺の高校生活…。

 

 昼休みにあの女性と会わなければならないという事情に気が滅入る中、午前の授業をしっかり受けた。

 そして、決戦の昼休み。

 

「…バックれようかな」

 

「本当、あんた今日どうしたの?」

 

「実は……」

 

 博麗に事情を話そうとした瞬間、校内放送のチャイムが鳴る。鳴り終えると、女性が放送で話し始める。

 

「1年F組比企谷八幡、1年F組比企谷八幡。至急、校長室に来てください」

 

 あの人校内放送で呼びやがった。俺がバックれる可能性も頭に入れて、手を回していた。

 その放送だけが校内で流れ、終了する。周りの人間は、「比企谷?誰?」みたいな話で持ちきりになっている。

 

「……こういうことだよ」

 

「あんた本当何したのよ」

 

「俺に聞かれても知らん」

 

 俺は自分の席から離れて、重い足取りで校長室へと向かった。校長室を目指して、そこそこの距離を歩く。

 すると、段々と校長室の扉が見えてきた。扉の隣には、もう片方の金髪のショートボブの女性がこちらを見つめて立っている。

 

「来たな。さぁ、入ってくれ」

 

「は、はぁ…」

 

 金髪のショートボブの女性が扉を開く。俺は「失礼します」と言って、校長室に入っていく。周りには、様々なトロフィーや賞状、盾などが飾られている。来客用の長机と長椅子が置かれている。

 

 そして、大きな窓から学校の外を見ている、金髪ロングの女性が立っていた。

 

「…来たわね。そこに掛けてちょうだい」

 

「はぁ……」

 

 俺は長椅子に掛けて、女性の背中姿を見つめた。

 

「藍。お茶を出してあげなさい」

 

「分かりました」

 

 藍と呼ばれる金髪ショートボブは、お茶を入れる支度を始めた。その間に、金髪ロングの女性は180度回り、こちらに視線を向ける。

 

「そう緊張しなくていいのよ?ただ私は、貴方とちょっとした雑談をしたいだけ」

 

「…雑談の相手にすらならないと思いますけど」

 

「ふふふ……」

 

 彼女は口元に扇子を当てて、怪しげに笑う。その笑みは、さながら魔王の笑みとでも言うのだろうか。

 

「お茶が入りました」

 

 藍という人物が、俺の前に熱いお茶を置いた。それと同時に、向かいの長椅子には金髪ロングの彼女が掛けた。

 

「…改めて紹介するわね。私はこの学校の校長、八雲紫よ。そっちは、私の秘書の八雲藍」

 

「よろしく頼む」

 

 魔王はどうやら校長だったようです。何もしてないのに校長に目を付けられる俺ってば可哀想。

 

「…それで、俺に何の用なんですか」

 

「言ったじゃない。貴方とちょっとした雑談がしたいだけって。そうね、例えば………こんな作文のこととかね」

 

 八雲校長は、どこからか一枚の用紙を取り出して、読み始める。

 

「青春とは嘘であり、悪である。青春を謳歌せし者達は……」

 

「ち、ちょっとストップストップ。なに読み始めてるんですか…」

 

 八雲校長が取り出した用紙は、紛れもなく俺が綴った作文である。そして、生徒会に入るきっかけとなった作文でもある。

 

「私は面白いと思ったけれどね。一般的な生徒なら、友達や恋人と過ごす生活を指し示すはずなのに、貴方のはそれら全てを否定した文面。しかも、あながち全てが間違いではないから、また面白い」

 

「そりゃどうも…」

 

 校長はなんだか楽しげに話を進めていく。こちらは全く楽しくないというのに、何が面白いのだろうか。

 いやほんと。さっきからお腹が痛い。

 

「それに、昨日」

 

「昨日?」

 

「えぇ。昨日、駐輪場で私達と会ったでしょう?その時のことも聞きたかったの」

 

 駐輪場の時のことを聞きたかった?

 昨日、特にこの人達と話はしていない。単純に、生徒会の仕事で帰るのが遅くなったことしか言っていない。

 

「生徒会のことですか?」

 

「いいえ。生徒会のことなどは把握しているわ。貴方が面白い作文一つで生徒会に入ったこともね」

 

 作文のことといい、生徒会のことといい、この人は俺の情報を把握し切っている。おそらく、俺の小学校や中学校でのことも知っている可能性が高い。

 いや、怖いよ。ストーカーかよ。校長が生徒のことをストーキングするとか何それヤンデレかよ。

 

「私が聞きたいのはそんなことじゃない。昨日、私と貴方は二言、三言くらいしか話を交わしていない。にもかかわらず、貴方は………私を()()()()()

 

「ッ…」

 

「あら、何を驚いているの?まさかあの程度のポーカーフェイスで、私を出し抜けると思って?」

 

 バレていた。この人に(いだ)いていたこと、全てが筒抜けだった。これでもポーカーフェイスはお手の物だと思っていたのだが、校長の、魔王の前には無力でしかなかった。

 

「別に怒りはしないのよ?人に対する捉え方なんてそれぞれなんだから、いちいち気にしたりはしないわ。気にしてはないけど………気にはなるのよ」

 

 そう言って、校長は立ち上がる。立ち上がって、今度はどこに座り始めのかというと………俺の隣であった。

 俺の隣に座り、校長は艶かしく両手を俺の両肩に置く。そして、彼女は俺の耳元で。

 

「何故、貴方は私に怯えるの?」

 

 甘く、温かい吐息と共に、彼女は俺の耳元でそう囁いた。

 

 未だに、八雲校長の感情が読み取れない。嬉々として聞いているのか、または悲しみながら聞いているのか、怒りを持って聞いているのか。笑みを浮かべたままなのに、それが本当の表情なのかすらも分からない。

 

 この人は、一体なんなんだろうか。

 

「…紫様。そろそろ良いのではないでしょうか。このまま話し込んでは、比企谷の昼食を摂る時間が無くなってしまいます」

 

「あら…。もう少しゆっくり話したかったのだけれど…仕方ないわね」

 

 八雲校長の顔が俺から少し離れていく。

 

「今日はわざわざありがとう。次は、もう少しゆっくり話せるといいわね。二人きり、で」

 

「…校長に呼び出しくらうとか目立つんで、控えてください」

 

「ふふっ、そうね。気が向けば……ね」

 

 俺は長椅子から立ち上がり、校長室の扉のドアノブを握る。

 

「…失礼しました」

 

 それだけきちんと言い残して、校長室を出て行く。

 校長室を出ると、俺は壁にもたれて、大きく息を吐いた。たかだかちょっとしか会話を交わしていないのに、その疲労が俺を一気に襲う。

 

 それほど、俺はあの人に呑まれていたということだろう。

 

「…本当、関わりたくねぇわ」

 

 あの人相手だと、マジで命がいくつあっても足りないわ。いよいよ入学した高校を間違えたと、実感する。

 

 




八雲紫と陽乃さんのキャラはなんか似てる気する。


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ようやく、生徒会役員との出会いを果たす。

 魔王もとい、八雲紫校長との話を終えた俺は、自分の教室に戻った。俺の席の周りには、博麗や霧雨、マーガトロイドが未だに座っていた。

 

「おっ、帰ってきたぜ」

 

「お帰りなさい。なんの話だったの?」

 

「…俺にもよく分からん」

 

 俺がそう端的に答えると、3人は怪訝な顔をする。俺はそんな3人を放って、パンを食べ始めようとすると。

 

「何をしているのですか!」

 

 突然、廊下から稗田先生の怒鳴り声が聞こえてきた。その怒鳴り声で、廊下は野次馬で大量に沸き出す。

 

「ざまあみろバーカ!」

 

 そんなざわついた中、たった一人の女生徒だけが愉しげに、誰かに向かって吐き捨てた。

 

「一体、なんの騒ぎなのよ」

 

「あれって……封獣(ほうじゅう)ぬえ?」

 

 マーガトロイドが、騒ぎの中心である女生徒の名前を呟いた。

 黒髪のショートボブで、右の後ろ髪だけが外に跳ねている、左右非対称な髪型をした女子。それが、封獣と呼ばれた人物だ。

 

「それってあいつか?悪戯好きで有名な…」

 

「えぇ。命蓮寺(みょうれんじ)の厄介者よ」

 

 命蓮寺、というのは千葉県にある一つの寺院である。そこそこ有名な場所で、初詣の時には人が溢れ返るほどとまで言われている。

 

「…ほーん」

 

 とはいえ、別クラスのいざこざなんて俺には関係ない。ああいう他人に迷惑をかけるやつなんて、どこに行ってもいるもんだからな。

 

 事態は結局、教師陣が集まることで収集した。封獣は、事態の騒ぎに紛れて、いつの間にか廊下から消えていた。

 そんなことは気にも止めず、俺はいつも通りに学校の生活を過ごした。

 

 そして放課後。

 

「え、八幡って生徒会に入ってたのか!?」

 

 ホームルームが終わり、霧雨に一緒に帰ろうと誘われた。俺は理由を話して、その誘いを断った。

 

「ということは、昨日急いでたのは生徒会の仕事だったってことなのね」

 

「…とはいえ、作文書いて生徒会に入れられるって、あんたも災難ね。まぁ内容が内容だけに、仕方ないっちゃ仕方ないけど」

 

 適当に嘘書いてりゃ良かった。そうすりゃ愛する小町の下へ瞬足で帰ることが出来るのに。

 

「…そういうわけだから。先帰ってくれ」

 

「なら仕方ないかー……でも、生徒会休みの時は一緒に帰ろうな!」

 

 そう言って、霧雨達は帰って行った。

 なにあの子めっちゃいい子じゃない。こんなん告って振られるルートまっしぐらだろ。振られんのかよ。この自虐ネタ何回目だよ。

 

 俺は鞄を持って、生徒会室に向かった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 生徒会室に到着し、部屋の扉をゆっくりと開けた。そこには、男子の姿が誰一人としておらず、女子だけが生徒会室を支配していた。

 ダメだ。もう帰りたくなってきた。

 

「…来ましたね」

 

「あれが庶務の……」

 

 四季先輩と小野塚先輩は見覚えがある。が、他の3人は見覚えがない。どうやら残りの生徒会のメンバーのようだ。

 

「…へぇ。会長から聞いてる通り、陰気なやつね」

 

「幽香さん、そういう言い方やめてください」

 

「そうだよ。幽香さんに泣かされた後輩、今まで何人いると思ってるのさ」

 

 なんか今怖いワード聞こえてきたんだけど。幽香と呼ばれる人物が、おそらくだが数えるのが億劫になるくらいの人数を泣かして来たって。

 何もされてないのに怖くて泣きたいんだけど。小町助けて。

 

「高校生にもなって泣くなって話でしょうが」

 

 ごめんなさい。俺今号泣したいくらい怖いんですけど。

 

「えっと、君が新しいメンバーかい?」

 

「あ、はい」

 

「そっか。じゃ、まずは自己紹介しなきゃだね。私は2年の河城(かわしろ)にとり。役職は広報だよ。よろしくね、後輩くん」

 

 ウェーブのかかった外ハネが特徴的な水色の髪を、赤い珠がいくつも付いた数珠のようなアクセサリーで、ツインテールにしている。

 もっと分かりやすく言うと、初音ミクみたいな容姿をした女生徒。しかもお値段以上。何がお値段以上なんだろうか。

 

「で、あの子が会計の鍵山雛(かぎやまひな)。同じく2年生だよ」

 

 緑色の長い髪を、後ろからサイドにかけて全てを胸元で一つに纏めており、頭部にはフリル付きの暗めの赤色のリボンを結んだヘッドドレスを着けている。

 

「…よろしくね」

 

「そんであの怖ーい先輩が、3年の風見幽香(かざみゆうか)。書記をやってる」

 

「誰が怖いのよ誰が」

 

 河城先輩の紹介に、風見先輩がツッコミを入れる。

 

「まぁそれぞれ個性はあるけど、これが生徒会メンバーさ。よろしくね、後輩くん」

 

「今度の庶務はやめなければいいけどね。幽香さんを怖がってやめていく人って絶えないし、私が近くにいるだけで不幸になるし…」

 

「は、はぁ……」

 

 なにこの生徒会大丈夫?後輩泣かせる人物が生徒会にいて大丈夫なの?もしかして裏では相当ヤバいやつだとか?

 やめようかな。

 

「んんっ!」

 

 変な空気が流れかけた中、四季先輩が咳払いをする。周りは、四季先輩に注目する。

 

「ひとまず、生徒会メンバーはこれで揃いました。では、今日から本格的に…」

 

 すると、生徒会室の扉を誰かがノックする。

 

「今日って来客の予定ありましたっけ?」

 

「いいえ。…どうぞ、お入りください」

 

 四季先輩が許可を出すと、ゆっくりと生徒会室の扉が開き始める。そこから入室してきたのは、金色の髪に紫色のグラデーションが入ったロングウェーブの女性だ。

 

「あの……ここが生徒会室、でよろしいのでしょうか?」

 

「貴女は?」

 

「あぁ、初めてまして。私、命蓮寺の者である聖白蓮(ひじりびゃくれん)と申します。今日は、生徒会の皆様にお願いしたい案件がありまして……」

 

「命蓮寺の……とにかく、そちらの長椅子に掛けてください。小町、お茶をお出しなさい」

 

「了解です」

 

 突如、生徒会に来訪してきた聖さんは、長椅子にゆっくりと腰掛けた。小野塚先輩がお茶を出し、それを聖さんが一口啜る。

 

「…それで、その命蓮寺の方が、生徒会に一体なんの御用でしょうか?」

 

「あの……1年生の封獣ぬえ、という女生徒は分かりますでしょうか?」

 

「封獣……」

 

 その名には、すぐにピンと来た。昼休み、廊下で稗田先生に叱られていたあの女子の名前だ。

 

「あの悪戯好きで有名な子よね」

 

「うん…。今日もなんか騒ぎがあったそうだよ」

 

「あぁ……やっぱりご迷惑をおかけしていましたか……」

 

 そういえば、封獣も命蓮寺にいると聞いた。つまるところ、聖さんは封獣の保護者という立場なのだろう。今の反応からして、おそらくその予測は正しい。

 

「…あの子、昔はもっと元気でみんなに優しい子だったんです。でも、中学校に入ってから、あの子は変わってしまったんです。私達、命蓮寺の者にも何も話してくれず、学校から聞くのはぬえが悪戯した話のことばかり。一体、何があったのかすら分からないのです……」

 

「要するに、中学校に入ってから封獣ぬえに何かがあった……そういうことですか」

 

「…はい。いつもぬえに話しかけているんですが、無視されてしまい……」

 

「……八幡くんはどう考えます?」

 

「えっ?」

 

「えっ?じゃないです。貴方も生徒会の役員なのだから、考えなさい」

 

「は、はぁ…」

 

 四季先輩に言われた通り、とりあえず話を整理して考えてみよう。とはいえ、大体理由は分かっている。

 中学から封獣が変わって、学校側から封獣の悪事のことしか聞かなくなった。そして聖さんにすら話をしない内容。

 

「……可能性の一つとしては、いじめですかね」

 

「…その根拠は?」

 

「…人はそう簡単には変わらない。もし変わるとすれば、何度も何度も痛い目を見て、心に消えない傷が刻まれて、その痛みからの回避本能によって行動が変化するだけです。封獣がそんな風に変わったのは、いじめが影響したからじゃないんですかね」

 

 封獣が悪戯を続けるのは、周りを誰も信用していないから。自分以外はみんな敵と判断して、自分の身を自分で守るため。

 

「そんな……。私は、どうすれば……」

 

 次第に、聖さんの瞳から涙が溢れ出してくる。涙を流すくらい、聖さんは封獣のことを、家族として心配しているのだろう。他人のために涙を流すのがその証拠だ。

 

「ちょっと待った」

 

 しかし、ここで小野塚先輩が俺に待ったをかける。

 

「その子、昔は明るくて優しい子だったんだろ?そんな人格の子なら、少なからず小学校で出来た友達くらいいるんじゃないの?中学校ってことは、その小学校の友達も一緒に同じ学校に進学してるはずだし、いくらなんでも周りが全員敵なんて認識にはならないだろうよ」

 

 そう。そんな人格の子ならば、小学校には友達がいるはずだ。そんでもって、友達ならば他人が困っていたら助けるのが、人としての優しさだろう。

 しかし、そんなことが絶対あり得るとは限らない。

 

「…封獣に向けられたいじめは、少なからず周囲の友人にも向けられる可能性がある。誰も信用していないってことは、その友人に助けてもらえなかった、裏切られたってことなんじゃないんですかね。こいつと一緒にいれば、自分達もいじめを受ける。人間、他人より自分が可愛いから。だから他人を捨てて自分の身を守るんですよ」

 

「…だとするなら、相当下衆な連中ね」

 

 いじめというのは、いじめてる側は何も思わないものだ。もし怒られるとしても、「いじめてるつもりはなかった」みたいな決まり文句を言って、遠回しにいじめられているやつの責任にする。

 いじめが無くなることはない。無くなるとすれば、人類が滅んだその時だろう。

 

「…そういえば、まだ聞いていませんでしたが。聖さんはなんのために生徒会室にいらっしゃったのでしょう?」

 

「……今のぬえは、独りぼっちで誰も信用していません。出来るのなら、彼女の心の闇を取り除いて欲しいのです」

 

 聖さんはそう嘆願した。これを受けるか受けないかは、四季先輩の判断次第。だが、正義感の強い彼女ならば。

 

「…分かりました。微力ながら、我々生徒会がなんとかしてみせましょう」

 

「…ありがとうございます!」

 

 四季先輩はあっさりと受託する。生徒会の仕事なのかと言われたら怪しいところだが、まぁ気にしないでおこう。

 

「それで、封獣ぬえが今どちらにいるか分かりますか?」

 

「は、はい。既に命蓮寺に帰宅しています」

 

「…では、少しばかりご訪問させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「え、えぇ。大丈夫です」

 

「…決まりましたね。河城にとり、鍵山雛、そして比企谷八幡。この案件は、貴女達に任せます」

 

「分かりました!」

 

 こうして、俺達3人が抜擢され、聖さんの依頼を請け負うことになった。鞄を持って、聖さんの案内のもと、俺達は命蓮寺に向かった。

 

 




 正直この生徒会の面子が謎過ぎる。笑


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故に封獣ぬえは、独りではなかった。

 そこそこの距離を歩き、命蓮寺に到着した。到着すると、目的の人物が命蓮寺の中から現れる。その人物とは、まさしく封獣ぬえ本人。

 

「誰?お前達」

 

 封獣はこちらを見るなり、ぶっきらぼうに尋ねる。廊下の時のあの表情が嘘みたいに、険しい表情であった。

 

「私達は東方学院の生徒会だよ!私は河城にとり!よろしくね!」

 

「鍵山雛よ」

 

「比企谷…」

 

「ふうん。その生徒会が、わざわざ命蓮寺になんの用?まさか、わざわざお参りに来たわけじゃないでしょ」

 

 あの、封獣さん?人が自己紹介してるときに遮らないでください?ていうかあいつ、俺のこと眼中にない。こちらに目すら向けない。俺ってばそんな存在感ないのん?うっ、涙が。

 

「…貴女が校内のあちこちで迷惑をかけているのは聞いてる。高校生にもなって、小さな悪戯していて恥ずかしくないの?」

 

「全っ然。むしろ楽しいね」

 

「でも、みんなは困ってるよ。今日だって、君の悪戯のせいで相手の子全身びしょ濡れだったし」

 

「だから?大体、あっちから喧嘩売ってきたんだから。私は悪くない」

 

 どうやら、相当拗れているようだ。こういった人間は、そう簡単に悪戯をやめたりしない。むしろ逆上して、エスカレートする可能性がある。

 

「…やめないのか?」

 

「やめないよ。楽しいし。ていうかお前誰」

 

 自己紹介しようとしてるところを遮っておいてなんだこの野郎。

 

「…比企谷八幡だ」

 

「あっそ。で、何?生徒会のメンバーが命蓮寺に押しかけてしたかったことって、私の悪戯を止めたいとかそんなところ?」

 

「分かってるんだったら…!」

 

「やだね。私は人間が嫌いなんだ。だから悪戯し続ける。誰に何を言われようが、絶対にやめない」

 

 封獣の頑固な考えには、聖さんや河城先輩たちが困り果てていた。だが、あながちこいつが言っていることが分からないわけではない。

 

「…そうだな。人間なんて、本性を表せば醜い生き物だ。そんなやつらのことを好きになれるわけないよな」

 

「…へぇ。正攻法じゃ私が納得しないから、私に取り入ろうってこと?」

 

 人間不信なだけあって、やはり疑ってくるか。

 

「事実を言っただけだ。実は、俺も人間が嫌いなんでな」

 

「ふうん。でも、変な話だよね。人嫌いの人間が、生徒会に入ってるのって」

 

「稗田先生の作文で内容不適切扱いで強制的に入れられただけだ。同じ一年なら、お前も書いただろ?」

 

「あぁ、あの"青春とは何か"ってテーマでしょ?くっだらないテーマだったよ。反吐が出そうだった」

 

「同感だな」

 

 なんだ、案外話せるじゃないか。聖さんの話だと、無視されるって聞いたから、流されると思っていたのだが。

 

「…ねぇ、聞かせてよ。あんたの作文」

 

「いいぞ。歴史に残る会心の出来だからな」

 

 俺は"青春とは何か"というテーマの内容を、封獣に聞かせていく。そして全てを言い終えた後、その内容に対する封獣の反応は。

 

「あーっはっはっは!何それ、最っ高!あはははっ!」

 

 どうやら大爆笑だったようです。封獣は腹を抱えて、その場で(うずくま)る。少しして、笑いが収まったのか、封獣はゆっくりと立ち上がる。

 

「…はぁ…はぁ……。あー…笑った笑った」

 

「それで、感想は?」

 

「最高だよ。面白かった。…あーあ、私も八幡と同じクラスだったらなぁ」

 

「へ?」

 

 突然の封獣の呟きに、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。

 すると、封獣はこっちに近寄って、一つの提案を持ちかけて来た。

 

「ねぇ、これから私に付き合ってよ。人嫌いってところは共通してるんだし、八幡と一緒なら、何か面白い悪戯が思い付くかも知れない」

 

「何を考えているのですか、ぬえ!」

 

「関係ない聖は黙っててよ」

 

 聖さんが横槍を入れるも、封獣はそれ突き返す。

 

「で、どう?私達、結構気が合うと思うんだ」

 

 どうすればいい。断るか断らないか。

 ここで断れば、一度掴んだ尻尾が二度と掴めない可能性がある。逆に賛成して封獣と一緒にいれば、俺がなんとかして迷惑行為を抑えることが出来る。

 

 聖さんの依頼は、封獣ぬえの心の闇を取り払うこと。内容が漠然としているが、要はこいつが独りではないこと、周囲の人間が誰しも敵ではないことを教えてやることだ。

 

 一歩間違えれば依頼は失敗するが、断ってしまえばその時点で、彼女と話を交わす機会すら失うかもしれない。

 

 最悪、俺がなんとかすればいい。

 

「……そうだな。別に構わんぞ」

 

「こ、後輩くん!?」

 

 俺が封獣の誘いを受けたことに、周りが動揺する。反対に、封獣だけは嬉々とした表情だ。

 

「ち、ちょっとこっち来て!」

 

 河城先輩が俺の腕を掴んで、封獣から一旦距離を離す。そして封獣に聞かれないように、ボリュームを下げて問い詰めてくる。

 

「どういうつもりなの!?あの子に加担するって…」

 

「…貴方、正気なの?」

 

「これが、今出来る最善の策です」

 

「でも、私達で話し合ったりすれば……」

 

「他勢にあーだこーだ言われたら、多分それこそ機嫌を損ねて悪戯が過激になりかねません。こういう場合、一人の方が動きやすいんです。それに、わざわざ指名までされてますしね」

 

「…分かったわ。会長には、私から報告しておくわね。にとりもそれでいい?」

 

「…うん。分かったよ」

 

 鍵山先輩は呆れた表情で、河城先輩は渋々といった表情で納得してくれた。

 

「…とりあえずしばらくはお前に同行する。…だが、そんな簡単に俺を信用できるのか?」

 

「いいよ別に裏切っても。裏切ったらその時は八幡を標的にするから。嫌でしょ?毎日私の悪戯受けるの」

 

 そういうことか。流石に、毎日毎日封獣の悪戯はこちらとしては受けたくない。

 

「…まぁ流石に鬱陶しいな。それ」

 

「でしょ?だったら私を裏切るなんてことはできない。一々"こいつは裏切らないやつ"なんて信用する必要もない。どっちに転んでも私に損はないから」

 

「…そうかい」

 

「じゃあとりあえず、今から私に付き合ってよ」

 

「?どっか行くのか?」

 

「私の悪戯道具切らしててさ。ドンキとかだったらいっぱい売ってるし」

 

 自分の悪戯のためにあの大型有名店を利用するとは、なかなか肝の据わった女の子だ。そこに痺れもしないし憧れもしないけど。

 

「じゃ、行こうよ」

 

 封獣はそう言って、俺の手を引いて走っていく。それに釣られて、俺も走っていく。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「何を買おっかな〜……」

 

 封獣はウキウキとした面持ちでドンキの中を歩き回る。ドンキの中ならば、そういった小道具も存在するだろう。

 俺は少なからず、今からなんの関連性もない人間に迷惑をかけてしまう。小町に言ったら確実に怒られるようなことだ。出来るなら、悪戯をする前にこいつをなんとかしたい。

 

「…何も小道具だけが悪戯の醍醐味じゃないぞ」

 

「どういうこと?」

 

「例えばだ。周りの人がいなくなった途端、人知れず全てのシャーペンの芯を机の上にばら撒く。地味だがされたら鬱陶しい悪戯だ」

 

「おぉー…。陰湿だけど、確かにそれもありかも。他には?」

 

「他?他には……」

 

 俺は封獣に、思い付く限りの悪戯を教えた。彼女は興味津々に話を聞いて、まるで子どものようだった。

 

「…そういうわけで、小道具が全てじゃない。金がかからない悪戯が出来るってことだ」

 

「流石八幡。人間嫌いだけあってやることは陰湿だね」

 

「知能犯と呼んでくれていいぞ」

 

 なんだかんだで思い付くものなんだな。自分でも次から次に思い付いてびっくりした。

 

「…おい、あれ」

 

「うわ、悪戯好きの封獣じゃん」

 

「隣にいる男誰だ?まさか彼氏とか?」

 

「犯罪者みたいな顔じゃん。ま、封獣にはお似合いなんだろうけど」

 

 ひそひそとこちらを見て噂する男たち。制服を見ると、俺達と同じ学校の生徒だった。ていうか最後。犯罪者みたいな顔とはなんだ。普通に傷つくぞこんにゃろう。

 

「…うるさ。行こう、八幡」

 

 封獣はそんな連中に気にも止めず、俺の手を引いてドンキから出て行き、近くの公園まで向かうことにした。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 公園のベンチで座り込んだ俺達。その空間にあるのは、静寂のみだった。

 その静寂の空間を破り、俺は封獣に尋ねた。

 

「…一つ聞いていいか?」

 

「…何?」

 

「なんでお前、そこまで悪戯に固執するんだ?わざわざ知らないやつにまで迷惑をかけて、一体何したいんだ?」

 

 推測でいじめとは言ったものの、実際は違うのかも知れない。ならば聞いておく必要がある。これからのアプローチが変わってくる。

 

「…八幡には関係ないでしょ」

 

「確かに関係ないな。だが、お前は自分のリスクを考えたことはあるのか?」

 

「…どういうこと?」

 

 俺の言葉に、封獣は理解していないようだ。

 

「悪戯をすることで、違う意味でリターンが返ってくることを予め頭に入れてんのかって聞いてんだ」

 

「……」

 

「お前は今まで色々悪戯をしたんだろ?さっきのやつらみたいに、お前をよく思わないやつらだっている。むしろそういうやつの方が多い。そういうやつらが一団となって、お前に仕返しに来たらどうする。たった一人で、お前は太刀打ち出来るか?」

 

 封獣は悔しそうに下唇を噛む。どうやら図星のようだ。

 こいつはただ悪戯することしか考えていなかった。後のことなど、まるっきり考えていなかったのだ。

 

「先に言っておくが、お前は孤立させられたんじゃない。自ら孤立したんだよ」

 

「ッ!」

 

 今の言葉に、封獣は激しく反応する。俺に対して、凄まじい敵意を向けている。

 

「…悪戯さえしなけりゃ、少なくとも独りではなかった。折角友達が出来る機会を捨てた。お前は自滅したんだよ」

 

「……さい……」

 

「リスクリターンも考えないぼっちの末路は、一方的なリンチだ」

 

「…るさい……」

 

「チープな考えで自分の首を絞めてることに気づかなかった。自業自得だな」

 

「うるさぁいッ!!」

 

 堪忍袋の尾が切れた封獣は、けたたましい叫び声を発す。周りに誰もいないことが幸いした。

 

「お前に何が分かるんだよッ!!何もしてないのにいじめられて、友達だと思っていたやつらにも裏切られてッ!!私は何も悪くないのに!!」

 

 どうやら俺の推測は的を得ていたようだ。やはり、封獣は過去にいじめを受けていたのだ。

 

「なんなんだよ!!いじめたやつが悪くなくて、いじめられたやつが悪いのかッ!?だったら私だってやってやる!!やられたやつが悪いって言うなら、やられる前にやってやる!!」

 

 きっと、こんなことは誰にも相談出来なかったのだろう。それまでに、彼女は人間不信に陥っていた。身近にいる聖さんでさえ信用出来ないくらいに、友人に裏切られたことがショックだったのだろう。

 

「結局やられる前にやっても後から返ってくるだけだぞ。それじゃいたちごっこだ」

 

「うるっさいな!!お前には関係ないだろ!!私がどうなっても、どうせ誰も助けてくれない!!みんな裏切るに決まってる!!」

 

 涙を流した封獣の、心からの悲痛な叫び。しかし、彼女は一つ勘違いしている。

 

「…人間、自分が可愛い。だからいざとなれば他人を平気で蹴落とす。それは間違いじゃない。一度裏切られれば、周りを信じることが難しいのも理解は出来る。それでも、そんなお前に寄り添おうとしていた人物は誰だ?」

 

「…私に……?」

 

「そうだ。お前がどれだけ無視を決め込んでも、諦めずに接し続けていた人物は誰だ?」

 

「…………聖…」

 

 封獣は小さな声で、聖さんの名を呟く。

 

「そういうことだ。聖さんはお前に変わらず接し続けていたはずだ。無視されても、あの人は根気よく接していた。わざわざ生徒会にお前の話を持ちかけてくるぐらいだ。そんな人物が、簡単にお前を裏切るとは思えない」

 

「………」

 

「気休めを言う。…少なくとも、お前は独りじゃない。お前には、お前を心の底から心配するお人好しな人がいる」

 

 命蓮寺の他の連中は会ったことがないからなんとも言えないが、少なくとも聖さんは封獣を心配している。これでもなお、独りだと言うのならぼっちの風上にも置けない。

 

「だから、お前のことを分かってくれている存在だけを大事にすればいい。何も、全てを信用しろとまで言わん。信用するなら、自分を分かってくれるやつだけでいい」

 

「……でも、もし裏切られたら?」

 

「その時は自分の見る目が無かったって開き直ればいい」

 

「……独りは嫌だよ」

 

「生徒会に来たらいい。話を通せば手厚い歓迎をしてくれると思うぞ」

 

「…そこは"俺が一緒にいてやる"とかじゃないんだ」

 

「俺にそんな主人公補正は付いてねぇし、俺がそんなこと言うとキモいだけだろ」

 

 俺はそんな出来た人間じゃない。ラノベ主人公染みたキャラじゃないし。

 俺のそんな返答に、封獣はぷっと吹き出す。

 

「…確かに。鳥肌立っちゃうわ」

 

 自分でも思い浮かべるだけで吐きそうになる。どこ向けのサービスなんだそれは。

 

「……聖達には、迷惑かけちゃったな」

 

「とりあえず謝るしかないな。最終的には聖さん次第だ」

 

「そうだね。…ねぇ、八幡。一人じゃなんか不安だから……一緒に来て?」

 

 彼女は、そう不安そうに頼んでくる。…何から何まで、手がかかるやつだなこいつは。

 

「……まぁ、構わんけど」

 

 俺達は、再び命蓮寺に帰ることになった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 命蓮寺に帰る時には、既に辺りが暗くなっていた。そんな中、聖さんが寺院の前に立っていた。この様子を見る限り、封獣の帰りをずっと待っていたのだろう。

 

「……ぬえ……」

 

 封獣は一人、聖さんの前に向かって歩いていく。そして聖さんの目の前に立つ。

 

「……聖……。その………ごめん。今まで、色々迷惑かけて……」

 

 封獣はおずおずと聖さんに謝罪を伝える。それに対し、聖さんは何も答えずにいた。

 

「…聖……っ!?」

 

 封獣が恐る恐る顔を上げるとその瞬間、聖さんは封獣を強く抱きしめる。

 

「…もういいのですよ。ぬえが無事に帰ってくるだけで、私は嬉しいんですっ……」

 

 聖さんの瞳から、確かに涙が流れていた。悲しみの涙ではなく、これは嬉し涙といったところだろう。それに釣られて、封獣も涙をこぼしていく。

 

「聖……ごめん……ごめんっ………」

 

「…全く、手のかかる子なんですからっ……」

 

 これで封獣が無闇矢鱈に悪戯することはないだろう。彼女には、命蓮寺という居場所がある。決して、独りではない。辛い時には、きっと命蓮寺の人達が側にいることだろう。

 

 これで依頼は終了だ。四季先輩への報告は、また明日にすればいいか。

 

「…帰るか」

 

 これ以上部外者がいては無粋だろう。俺は抱きしめ合う二人を後にして、我が家目指して帰路を辿った。

 

 



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封獣ぬえは変わり始めていく。

「ふあ…あ…」

 

 俺はあくびをしながら、駐輪場に自転車を止める。夜更かししてゲームしたせいか、あくびが止まらない。午前の授業は全部寝るとしようそうしよう。

 

「八幡」

 

「ん?」

 

 後ろを振り向くと、そこには封獣がいた。封獣は昨日とは違って、どこか清々しい表情だ。

 

「おはよっ」

 

「…うす」

 

 棘が抜けたのか、なんだか陽気な立ち振る舞いだ。これが、彼女本来の人格だったのかも知れない。

 

「一緒に行こ」

 

「…おう」

 

 何故か、俺は封獣と一緒に行くこととなる。彼女は歩きながら、隣で話しかけてくる。

 

「八幡っていつも自転車登校なわけ?」

 

「ん、まぁな。徒歩じゃ遠いし、かといってバスを使うまでもないからな。チャリが丁度いい」

 

「ふうん。だったらさ、明日から私も乗っけてよ。命蓮寺から学校まで行くの、面倒だし」

 

「残念だが俺の後ろの席は小町で埋まってる」

 

「小町?誰?お米?」

 

「妹だ妹。お米じゃねぇ」

 

 人の妹を米扱いするとはいい度胸だ。一度こいつに小町の素晴らしさを教えてやる必要があるな。

 

「妹と登校してるんだ。仲良いね」

 

「まぁ小町は天使だからな」

 

「シスコンじゃん」

 

 千葉の兄妹はみんなこんなもんだぞ。これ、千葉県横断ウルトラクイズに出るから絶対覚えておくことだ。…まぁ出ないだろうけど。出ないよね?

 

「…昨日はありがと。八幡のおかげで、命蓮寺のみんなと久しぶりに話せた気がするよ」

 

「そうか。そりゃ良かったな」

 

「うん。…でも、私クラスじゃ一人だからさ。これから休み時間になったら八幡のクラス行くね」

 

「そうか。そりゃ意味分からんわ」

 

 いや本当に。命蓮寺のみんなと話せたのならそっちに行けよ。なに俺のところに来ようとしてんだよ。

 

「最初は命蓮寺のみんなのところに行こうと思ったけど、これ以上迷惑かけるわけにはいかないし。ほら、私って腫れ物扱いされてるから」

 

「俺なら迷惑かけていいわけなのね」

 

「昨日一緒にいるとこ見られたからいいかなって。それに、昨日も言ったけど、八幡とは気が合うなって思ってるからさ。……それとも、私が来たら迷惑?」

 

 封獣は不安そうな表情でこちらの顔を伺う。俺はため息を吐いて、封獣に答えを返す。

 

「…別に構わんけど。どうせ一人だし、お前が来たところで何も変わらん」

 

「じゃあ決まりっ。今日から八幡のクラス行くから」

 

「…そうかい」

 

 なんだかんだ了承してしまったが、これは果たして良かったのだろうか。なんだか、嫌な予感がしてならない。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そして時は、一時間目が終わった休み時間。一時間目が数学だったため、俺は眠ることを決めた。

 

「あんたさ、初っ端からなに爆睡して……」

 

 前にいる博麗が呆れた顔で何か言おうとしてくると。

 

「八幡っ!」

 

 ウチの教室の入り口から俺の名を呼ぶ人物が現れる。もう誰なのかは分かりきっている。

 

「…封獣……ぬえ?」

 

 近くにいた霧雨やマーガトロイドが目を大きく開けて、封獣に視線を向ける。そんな怪訝な視線を向けられているとも知らずに、封獣は構わず教室に入ってくる。

 そして、俺の席の近くまで歩み寄り、話しかけてくる。

 

「八幡、もしかして寝てたの?寝癖付いてる」

 

「…数学だったからな。あんなもん寝るに限る。専門的な職に就かないなら計算だけで十分だろ」

 

「だよね。つまんないし、私もこれから寝ることにしようかな」

 

 当たり前のように会話をしているが、周りのクラスメイトは「何が起きているんだ?」と言わんばかりの表情をしている。事実、博麗達も驚いている。

 

「…え、八幡。お前、いつからこいつと仲良くなったんだ?」

 

「いや、仲良くなったっつーか……」

 

 別に仲良くはなっていない。強いて言うなら、会話は出来る程度の関係になったまではあるけど。

 

「あんた、一体どういうつもりなの?悪戯ばっかりしてたやつが、急に世間話持ちかけてくるなんて…」

 

「うるさい。私、今八幡と話してんの。お前達には関係ないでしょ」

 

「は?」

 

 博麗の尋ねに対して、封獣は表情を一変させる。敵意剥き出しで、博麗を突っぱねる。

 そんな封獣の態度に、博麗はこめかみをピクピクさせている。…やっべキレそうだこれ。

 

「封獣、ちょっと落ち着け」

 

「向こうから突っかかって来たんだ。別に間違ったこと言ってないし。それよりさ、八幡…」

 

 封獣は博麗達を放置し、俺と会話しようと口を動かす。封獣のこの態度は、今だけだと思っていた。だが、それは杞憂に終わる。休み時間になっては、毎回封獣は教室に訪れる。周りに博麗達がいるのにもかかわらず、彼女は博麗達を完全に無視していた。

 

 休み時間だけなら良かったのだが、それは放課後にまで続き。

 

「八幡、帰ろうよ」

 

「や、俺今から生徒会あるんだが……」

 

「無理矢理入れられたんでしょ?別にサボっても八幡悪くないじゃん」

 

「いやまぁそうなんだが……」

 

 今日の封獣は何か変だ。ずっとこちらに絡んでくるのもそうなのだが、妙に距離が近い。それに、俺以外に対する態度があからさまに違う。休み時間の時の博麗への態度がいい例だ。

 

「…ていうか、命蓮寺の人達はどうしたよ。話せるなら一緒に帰れるだろ」

 

「他のみんな、部活してるから帰りが遅くなるんだ。いつも命蓮寺に早く帰ってるのは私だけ。…ね、いいでしょ?一緒に帰ろうよ」

 

 俺としても生徒会はサボってでも行きたくないのだが、それが発覚したら稗田先生か四季先輩に何か言われてしまうだろう。それは面倒なので避けたいところだ。

 

「…命蓮寺まで送る、でいいだろ。こっちも色々あるんだよ」

 

「うんっ。じゃあ、帰ろ」

 

 面倒だが、命蓮寺までこいつを送ってからまた学校に戻って来たらいい。唯一生徒会で連絡先を知っている小野塚先輩に、生徒会には遅れていくと送っておこう。

 

 俺と封獣は、共に命蓮寺へと向かった。道中、同じ学校の人間が奇怪なものを見てしまったと言わんばかりの視線を向けられてしまうが、封獣はそんなことはお構いなしに、俺と会話をしていた。

 

 話をしていると時間などあっという間であり、すぐに命蓮寺に到着した。

 

「…じゃ、ここまでだな」

 

「どうせなら、命蓮寺の中に入って来なよ。遅れるって連絡したんなら、ちょっとゆっくりしてても何も言われないって」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 

 どうも封獣は俺を生徒会に行かせたくないように見える。というより、さっきから俺の行動が制限されている。

 

「…じゃあ何?そういう問題じゃないならどういう問題?」

 

「えっ…」

 

 彼女の声色が途端に低くなる。それだけではなく、俺に向ける視線が先程とは一変している。

 

「遅れるって連絡したんでしょ?ならちょっとゆっくりするくらい別にいいじゃん。なんの問題もないじゃない。……それとも、私と一緒にいるのが嫌なの?」

 

「や、嫌ではないが……。ていうかどうした今日。なんか変だぞ」

 

 ころころと変わる表情に、俺を逃すまいとする眼力。瞳孔が開き切っていると言っても過言ではない。

 

「別に変じゃないよ。それより、どうなの?私と一緒にいるの、嫌なの?」

 

「嫌ではないが…」

 

「じゃあゆっくりしていきなよ。聖なら喜んで歓迎するし」

 

「また別の機会でいいだろ。今じゃなきゃならん理由もないだろ」

 

「……あっそ。もういいよ。行きたいならさっさと行けば」

 

 封獣は不機嫌になり、命蓮寺の中へと入って行った。俺はよく分からないまま、学校へと戻って行った。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 八幡に嫌な態度を取っちゃった。

 でも、私は悪くない。悪いのは、八幡を生徒会に縛りつけるあいつらだ。

 

 八幡とは昨日知り合った人物なのだが、私は八幡のことが気に入っている。

 

 八幡は私と同じ、捻くれ者だ。けれど、私はそんな彼を好いている。気が合うだけじゃない。彼は、私の我儘を聞いてくれる。嫌われ者だった私に、短時間だけど付き合ってくれた。脅したのだし、嫌っても文句は言わないのに。

 彼は嫌な顔一つせずに、こんな私に最後まで付き合ってくれた。こんな私を理解してくれた。こんな私の我儘を聞いてくれた。

 

 本当はもう少し八幡といたかった。八幡と一緒にいて、八幡ともっと話したかった。でも、八幡の周りがそうはさせてくれない。

 先程も言った生徒会もそうなのだが、八幡の周りの席には博麗の巫女やその取り巻き達がいる。私は八幡に話しに行っているのに、あいつらが邪魔過ぎる。私は八幡と一緒にいたいだけなのに、周りがそれを邪魔する。

 

 ウザい。鬱陶しい。気に入らない。

 

 生徒会に縛りつけるあいつらも、八幡の周りで(たむろ)っているあいつらも。

 

 全員邪魔。

 

 私が気兼ねなく話すことができ、聖と同じく、私のことを分かってくれる数少ない人物なんだ。聖以外の命蓮寺のみんなには、今まで迷惑をかけたせいで、少し気まずいのだ。話せるとは言ったものの、最低限の会話が成り立つくらいだ。

 けど八幡となら、心置きなく話すことが出来る。八幡となら、いつまでも一緒にいても退屈しない。

 

 彼の隣にいると、心が落ち着く。こんな気持ちは初めてだ。

 

 まだまだ話し足りない。ずっと話していたい。今からでも電話をして、八幡と話したい。でも、私は八幡の連絡先を知らない。

 

 ……そうだ。今から学校に戻って、八幡の連絡先を聞こう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「遅いです」

 

 命蓮寺から学校に戻って、そのまま生徒会室に向かった。すると開口一番、四季先輩からのきついコメントが飛んでくる。

 

「いや、俺小野塚先輩に遅れるってLINEしたんですけど……」

 

「へ?……あ、本当だ。通知来てた」

 

 まさか今気づいたのかよ。なんのためのケータイだよ。

 四季先輩は一つ、ため息を吐いて。

 

「……もういいです。それで、昨日の案件は?河城にとりと鍵山雛からはあらかた聞きましたが」

 

「そうだよ!あの後、どうなったの?」

 

「あの後は……」

 

 昨日の聖さんの依頼の旨を、簡潔にまとめて四季先輩に伝えた。

 

「……確かに、今日は封獣ぬえによる被害の報告は見受けられていません。…なるほど、貴方の手腕は見事なものですね」

 

「やるねぇ八幡」

 

「どうも…」

 

 別に大したことはしていないのだが、褒められるとむず痒いものがある。なんだか気持ち悪い。

 

「…しかし、今日は大変だったって聞くわよ?」

 

 風見先輩が、俺を揶揄うようにそう言ってくる。

 

「大変だったって?」

 

「今日の休み時間、ずっとあの封獣()に絡まれてたって話じゃない」

 

「あぁ……」

 

 ていうかなんであんた知ってんだ。3年生でしょうが。

 

「何か心当たりがあるのですか?」

 

 風見先輩の言う通り、今日一日ずっと封獣に絡まれていた。生徒会に遅れたのも、彼女に絡まれたから。

 理由は分からないが、彼女は妙に俺に固執している。

 

「理由は分からないですけど、今日の休み時間と放課後はほとんど封獣が近くにいました。あとついでに言えば、さっき遅れて来たのは封獣を命蓮寺に送ってたからです」

 

「…懐かれたの?」

 

「昨日の今日で懐かないわよ普通は」

 

 そう。封獣と出会ったのは昨日が初めてだ。確かに気が合う部分がないというわけではなかったが、それにしては馴れ馴れし過ぎるというか、懐くには早い気がするのだ。

 

「…とにかく、しばらくは様子を見てみましょう。貴方は引き続き、封獣ぬえとのコミュニケーションを取ってください」

 

「は、はぁ…」

 

 まぁ何もしなくても、おそらくあっちから勝手にコミュニケーションを取って来るだろうけど。

 

「では、改めて生徒会の仕事に取り掛かるとしましょう。まずは、部活動の予算案について……」

 

 本格的に、生徒会の仕事を行い始めた。庶務の俺は、現在何かをすることはなく、ただただ暇である。ここで暇を潰すくらいならさっさと家に帰りたい。

 

「八幡は今暇ですね?」

 

「え、は、はい?」

 

 ボーっとしていると四季先輩から突然に話しかけられる。

 

「暇であるなら、校内に異常がないか見回りをお願いします。それが、貴方が今出来る善行です」

 

「見回り……」

 

「風見幽香。貴女も八幡と共に付いて行ってあげなさい。八幡は入学して間もないし、校内のこともまだ把握しきれていないでしょう」

 

 後輩泣かせの異名を持つ風見先輩と見回りになってしまった。俺も見回り中に泣かされるのかな。

 

「分かったわ。…じゃあ八幡、行くわよ」

 

「…うす」

 

 俺達は生徒会室を一時、退出して校内の見回りを始めた。不意に、風見先輩は俺に話を振ってくる。

 

「…貴方、花って好きかしら?」

 

「花、ですか?」

 

 別に嫌いではないし、中学の頃に花占いしたくらいでもある。あれはいい思い出である。とんでもない黒歴史として。

 

「…嫌いではないですよ」

 

「そう。私はね、花が好きなの。小さな頃から私は花に触れて生きてきた。今の時期に咲く花は、サクラは勿論、ネモフィラやナデシコ、チューリップなどが代表的ね」

 

「…確か、ヒヤシンスとかスイセンも春の花でしたっけ」

 

「…へぇ。貴方、なかなか花の知識があるのね」

 

「たまたまです」

 

 また遡って中学の頃。女子が花好きという偏見を持ってしまい、片っ端から花を調べて知っただけである。挙げ句の果てには、花言葉も調べたレベル。

 

「じゃあ、今貴方が言ったヒヤシンス。そうね……じゃあ、紫色のヒヤシンス。その花言葉は分かる?」

 

「悲しみ。悲哀。なのにヒヤシンス全般の花言葉はスポーツとかゲームとかでしたよね」

 

「…凄いわね。正解よ。一体どこで覚えたのよ」

 

「まぁ色々ありまして…」

 

 あの時の俺はマジでイタイやつだ。花言葉なんて調べて、花占いなんてチープなものに縋り付いて、何度も何度も同じことを繰り返して。

 

 あの時の俺に言おう。普通に勉強しろよ。

 

「花について話せる子なんて、周りにはあまりいなくてね。正直、退屈してたの」

 

「…別に、俺も先輩ほど花について話せないですよ」

 

「そりゃあ私ほどの花好きはいないわ。けど、貴方と話してて楽しいと思ったのは事実よ」

 

「…そうですか」

 

「そうね。今度、私の家にいらっしゃい。私の家の庭には沢山の花を育ててるの。八幡にも、ぜひ見せてあげたいわ」

 

「…まぁ、また機会があれば」

 

 この短時間で風見先輩の人柄は分かった。後輩泣かせの異名はどこから付いたのかは知らないが、少なくとも彼女は無類の花好き。そんな人間が、進んで後輩を泣かせるわけがない。

 逆に自主的に泣かせていたら、この人サイコホラー過ぎる。破綻JKにも程がある。

 

 会話をしながら、校内を見回る。特に異常はなく、目立ったことはなかった。

 

「これで終わりですかね」

 

「八幡、見つけた」

 

「ん?」

 

 見回りが終わり、生徒会室に帰ろうとすると、背後から俺の名を呼ぶ女の子の声が聞こえた。振り向くと、そこには命蓮寺に帰ったはずの封獣がいた。

 突然現れた封獣に、俺は少し驚く。

 

「え、何?どうしたのお前」

 

「八幡の連絡先知らなかったから、聞きにきたんだよ」

 

「や、そんなの別に明日でも……」

 

「今日じゃないと嫌。早く教えて」

 

「お、おう」

 

 わけがわからないまま、俺は封獣の勢いに呑まれてケータイを取り出し、彼女の手に渡す。

 

「私がやるんだ…」

 

 彼女はそう呟いて、自分のケータイと俺のケータイを操作しながら、連絡先の交換を行なっている。すると彼女は、突然に手を止める。

 

「…ねぇ、八幡。この小町って連絡先が二つあるんだけど。一つは妹って聞いたけど、もう一人は誰?」

 

 突然、封獣の雰囲気が変わる。俺はたじろぎながら、彼女の尋ねに答える。

 

「それは副会長の連絡先だ。生徒会の連絡とかで追加しただけだ」

 

「…そう。ならいいや。私の連絡先、入れておいたから」

 

 封獣は俺にケータイを返す。確かに、封獣の連絡先が追加されていた。

 

「じゃあ今日の夜、電話かけるから。ちゃんと出てよ」

 

 封獣はそう言い残して、俺の前から去っていった。一部始終を見ていた風見先輩が、俺に尋ねてくる。

 

「…あれが封獣ぬえ、よね。噂通り、確かに貴方に懐いているわね。というより、懐きすぎているわ」

 

「…そう、なんですかね」

 

「悪戯をしなくなったのなら、いいことなのだろうけどね。…戻りましょうか」

 

 校内の見回りを終えて、風見先輩と共に生徒会室へと戻っていった。

 

 この時、封獣のことを楽観視していたのかも知れない。彼女の心には、新たな闇が生まれていることに、俺は知る由もなかった。

 

 

 



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極めて、封獣ぬえは病んでいた。

「見回り終わりました」

 

「ご苦労様。では、報告を」

 

 生徒会室に戻った俺と風見先輩は、すぐに四季先輩に見回りの報告をした。何も異常はなく、ただ端的に報告を終えた。

 そのまま椅子に掛けて、本を読み始める。すると、ポケットに入れていたケータイから太腿に振動が伝わってくるのを感じた。どうやら誰か俺にラインを送ってきたようだ。

 通知先を見ると、先程出会った封獣ぬえからの名前が映っていた。

 

『八幡、今何してる?』

 

『生徒会室で本読んでる』

 

 そう短く返す。すると秒どころか、返信した瞬間に既読が付く。あいつ既読早いな。

 

『私、命蓮寺に帰る途中だよ』

 

『そうか』

 

 特に彼女と話すこともないので、俺は適当に短く返信してケータイをポケットに(しま)う。

 

「余程懐かれてんだね、八幡」

 

 ラインのやり取りを見ていた小野塚先輩は、揶揄う様にそう言う。

 

 あれは懐くとかそういうのではない。懐くにしても、何か変だ。懐いた過程もそうだが、連絡先を交換するためにわざわざ命蓮寺から学校に戻ってくる。異常とまでは言わないが、変ではある。

 

 すると、またすぐに通知が来る。再びケータイを取り出すと、やはり封獣からの通知だった。

 

『今、命蓮寺に着いたよ』

 

 と、彼女は写真と共に送ってきた。何故か、自撮り写真を送ってきた。いや、本当なんでだ。

 

『そうか。つーかなんだこの自撮りは』

 

 そう返すと、彼女から一瞬で返信が返ってくる。

 

『ちゃんと保存してね』

 

 なんでだ。保存しないから。そんな異性の自撮りを受け取ってやっはろーみたいな反応はしないから。ていうかなんだよやっはろーって。

 

『気が向いたらな』

 

『嫌。今保存して』

 

「…はぁ?」

 

 俺は思わず、声に出してしまった。それを生徒会室にいる先輩達が聞き逃すわけもなく。

 

「どうしたの後輩くん」

 

「いや、別に何も…」

 

「ないってわけないでしょう?どうかしたの?」

 

「いや、アレですアレ。妹にパシられんのがアレだなってことで」

 

「アレアレ何を言ってるの?」

 

 知らん。俺も途中から何言ってるか分かんなくなってた。

 

「ていうか、後輩くんに妹がいたんだ」

 

「あぁ、あたいと同じ名前の子だっけ」

 

「小町と同じ名前?八幡の妹の名前も小町ということなの?」

 

 なんだか小町と小町でややこしいなオイ。小野塚先輩と小町が出会ったら余計ややこしくなりそうだけど見てみたいなそれ。

 

「…それで、結局なんだったの?」

 

 鍵山先輩が話を戻す。

 流石に、封獣のことをこのまま教えるのは駄目だろう。もし仮に今の封獣の様子が、俺が蒔いた種ならば、それは俺個人でなんとかしなければならないこと。

 生徒会の先輩達にこのことを話せば、彼女達はおそらくなんとかすることだろう。だが、先程も言った通り、俺個人でなんとかしなければならない。先輩達に迷惑をかけることは、極力したくない。

 

「俺に買ってきて欲しいものがあるから買ってきてって内容です」

 

「…そうですか。なら、今日はもう帰って結構です。どのみち、そろそろ切り上げようかと思っていた頃ですし」

 

 思いの外、早く生徒会が終わった。といっても、もう夕方の5時半になるところだが。

 俺は鞄を持って、先に生徒会室から出て行く。そのまま校内の玄関に到着し、再び封獣とのトーク履歴を閲覧すると、すごい量のラインが来ていた。

 

『なんで返信しないの?』

 

『既読付いてるのになんで?』

 

『私何か嫌なこと言った?』

 

『無視しないでよ。何か返してよ』

 

『やっぱり私のこと嫌いなの?』

 

 そんな多量の通知を見て、俺はゾッとした。

 封獣とのトーク画面を開きっぱなしで無意識に既読を付けたままだった。小町のことを話していて、封獣との連絡はそっちのけだったが。

 

「…いや、怖ぇよ。あと怖い」

 

 間違いない。彼女は懐くとかいうレベルを超えている。懐くというより、依存している。依存したきっかけは、おそらく昨日のことだろう。だが、別に依存させるようなことはしていない。

 

 とにかく、このまま既読無視していれば、封獣は間違いなく俺に何かをしてくる。そうでなくても、自分で自分に何かをする可能性がある。

 

 例えば、自傷行為。

 

「…流石にやべぇな」

 

 俺はあらゆる危険を想定してしまい、封獣に返信した。

 

『別に嫌いじゃない。あと、返信出来なかったのは、トーク画面開きっぱなしで生徒会の先輩と話をしてたからだぞ』

 

 すると彼女は一瞬で既読を付ける。いややっぱ早いよ。

 

『本当?私のこと嫌いになったからじゃないの?』

 

 苦手意識は芽生えつつあるけどね。

 

『だとしたら即ブロックしてる』

 

『良かった。私、八幡に嫌われたらどうしようって思ったから』

 

 何する気だったんだろうかこいつは。文面から見る限り、とりあえず落ち着いた様子だということが分かる。

 

『今からチャリに乗るから、連絡はまた後でな』

 

 流石にチャリを漕ぎながらケータイを使うほど危ない真似はしたくない。原作では、ケータイ使ってないのに交通事故に遭ってんだから。

 や、原作って何?

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 

『なんで?別に自転車押しながらでも連絡出来るじゃん。押しながらライン出来ないなら電話しようよ』

 

 封獣からそう送られてきた直後に、彼女から電話がかかってくる。俺はすぐに電話に出る。

 

『もしもし、八幡』

 

「おう。つか、なんで電話」

 

『だって、こうした方が八幡帰りやすいでしょ?私も八幡と電話出来るし、ウィンウィンじゃん』

 

「いやウィンウィンじゃないから。俺早く帰りたいんだけど」

 

『いいじゃんか。それとも、私のことが嫌いなの?』

 

 封獣は否定されると、すぐこういう返しをしてくる。嫌いではないが苦手意識を持ちつつあるのは事実。

 

「…なんでそういう考えになる。分からなくはないが、嫌いだったらブロックするし、電話も出ねぇよ」

 

『だったら話そうよ。私、八幡と話してる時が一番楽しいんだ』

 

 結局、折れるしかないってことだ。

 

「…分かった。だが、家に着いたら電話は切る。それでいいな」

 

『うんっ。やっぱり八幡って優しいね』

 

「お前の勢いが強いだけだ」

 

 俺は自転車を押しながら、封獣と通話をしていた。そこそこ疲れて話している俺に対して、彼女は次から次へと話を流し込んでくる。

 しばらく歩き、やっと家に到着する。

 

「家に着いたから。一旦切るぞ」

 

『えぇー……。…それじゃあ、8時くらいにまた電話かけるから」

 

「なんでだよ」

 

『どうせやることないでしょ?いいじゃん』

 

「そういうことじゃなくてだな……」

 

 封獣は何がなんでも、俺との繋がりを断ち切りたくはないらしい。少し間を置けば、彼女は嫌われたと思い込んでしまう。封獣の考えも分からなくはないが、やり過ぎな気もする。

 

『ダメなの?』

 

「…せめて、日を越すことは避けたい。寝たいし」

 

『じゃあ電話出てくれんの?やったっ』

 

 断らない俺にも非があるんだろうな。断らないから、封獣はそれに甘えてくる。

 

『それじゃ、また掛けるからね』

 

 最後はそう言い残して、封獣は電話を切った。ようやく通話を終えた俺は、家の中へと入っていく。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お兄ちゃん」

 

「ん?どうした?」

 

 二人で美味しく夜ご飯をいただいている時に、小町が話を振ってくる。

 

「さっき、家の前でお兄ちゃんの話し声が聞こえてきたんだけど。誰かいたの?」

 

「…あぁ、あれ電話な。帰り道ずっと電話してたから」

 

「お、お兄ちゃんに、電話の相手がッ…!?」

 

 その驚き方はなんだ。いやまぁ普通に考えたら俺に電話掛けてくる人間なんていないしね。なんなら話しかけてくるやつもいないしね。今となっては、そんなことするのは封獣くらいだ。

 

「…でも、入学してまだ数週間で連絡先交換って早いね。生徒会の人達?」

 

「いや、他クラスのやつだ。わけあって連絡先を交換することになった」

 

「ふうん。ねねっ、それって女の人?」

 

 小町が興味津々といった表情で尋ねる。

 

「…まぁ、そうだな」

 

「ということは、小町にもついに義姉ちゃんが…!」

 

 そんな、いつものように小町と雑談しながら夜ご飯を済ませた。お風呂にも入り、後はゲームしたり本を読んだりしている。

 

 ()()()()()、の話だが。

 今は7時58分。つまり8時前だ。まだ寝はしないが、8時にはあいつが電話を掛けてくる。

 

 後2分。そう思って、彼女からの電話を待っていると、俺のケータイから着信音が流れ始める。画面には、"ぬえ"と表示されていた。通話のボタンを押して、再び彼女からの電話に出る。

 

「…もしもし」

 

『あ、八幡っ。8時まで待ちきれなくてさ、電話掛けちゃった』

 

「そうかい。つか思うけど、よく何回も電話掛けてこようと思うな。話すこと尽きないのかよ」

 

『私は八幡の声さえ聴ければそれでいいんだ。会話なんて二の次だよ』

 

「そ、そうか……」

 

 この依存っぷりはどうだ。正直、中学の頃なら間違いなく告白してたよ。でも、今ならよく分かる。

 封獣が俺に抱いている感情は、好きとかいう度合いを越している。

 

 依存、執着、偏愛。

 

 彼女に当てはまる単語だ。

 彼女が愛に飢えているのはすぐ分かった。いじめや裏切りで誰も信じれなくなった故に、封獣の価値観が変わってしまったんだろう。

 彼女にとって自分に優しくする人間は、教祖レベルで崇め、奉る。愛に飢えている人間ほど、自分に優しくする人間に対して愛は重くなる。依存し、執着し、離したくなくなる。

 

『ねぇ八幡、今から命蓮寺来れない?』

 

「は?いや、なんでだよ」

 

『八幡に会いたいから。どうせ暇なんでしょ?来てよ』

 

「や、別に電話してるからよくね?つか、顔見たいならビデオ通話にすりゃあ一発だろ」

 

『そんなんじゃ寂しいよ。私の目の前に来て欲しい。ビデオ通話とか嫌だ。ね、早く来てよ。八幡に会いたいよ』

 

 こういう可能性も、頭の片隅に入れていた。封獣が電話だけでは飽き足らず、俺を呼び出す可能性を。

 

「…別に明日学校で会えるからいいだろ」

 

『……ふうん。八幡は私のこと嫌いなんだ。嫌いだから会いに来てくれないんだ。…いいよ、どうせ私なんて嫌われ者だし。私のことなんて、誰も気にしてくれないんだ』

 

「だからなんでそう考えんだよ」

 

『だって来てくれないんでしょ?暇なくせに、来てくれないんだ。八幡が私のこと嫌ってる証拠だよ。嫌われ者だし、面倒な女なのは知ってるから別にいいけど』

 

 そしてこの可能性も考えていた。もし彼女が電話で俺に何かを頼んで、俺がそれを拒否すれば、間違いなく彼女は卑屈になってしまう。ちょっとでも否定されると、それは嫌われたと同義なのだ。

 

「…命蓮寺までは距離がある。だが、俺の家と命蓮寺の中間には駅がある。俺が今行ける範囲はそこまでだ」

 

 で、結局俺が折れてしまう。

 

『行く行くっ、絶対行くよ。どこの駅に行けばいい?』

 

 さっきまでの卑屈的な封獣が消えて、声が弾んでいる。

 

「幕張本郷駅だ。あそこなら、俺もお前もそこまで遠くはないだろ」

 

『分かったっ。すぐ行くね』

 

 そう言って、彼女のケータイからドタバタとした物音がし始める。おそらく、着替える準備をしているか何かだろう。

 俺は別に着替える必要はないし、パーカーとジャージのズボンで十分だ。俺はケータイと財布を持って、玄関へと向かった。

 

「およ?お兄ちゃんどっか行くの?」

 

「ちょっとコンビニにな」

 

「じゃあ、小町のプリンも買ってきてねっ!」

 

「ちゃっかりしてんなお前」

 

 俺はスニーカーを履いて、家を出て行く。幕張本郷駅までは、まぁ歩いていける距離ではある。わざわざ会うためだけにチャリを使うのは面倒だ。

 

 封獣との通話は繋がったままで、彼女が何か言っている。ケータイを耳に当てると。

 

『準備終わったから、今から行くよ』

 

「そうかい。なら着いたら連絡してくれ。多分俺の方が早く着くし」

 

『分かったっ。また後でね』

 

 一旦、彼女との通話を終わらせる。俺はポケットにケータイと共に手を入れて、幕張本郷駅を目指して歩いて行く。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 改札の近くにあるファミマで、俺は封獣を待った。まだ夜の8時半なだけであって、仕事帰りの人など、改札を通っていく人間は少なくない。俺は封獣が来るまでに、小町に言われていたプリンと、自身のためのマックスコーヒーを何本か買うことに決めた。

 

 中に入り、カゴに入れてレジに通す。会計を済ませて、再びコンビニの外に出る。すると、外からこちらに向かって走ってくる少女が見えて来る。

 目を凝らすと、間違いなく封獣ぬえがこちらに走ってきている。彼女のサイズ感に合わなさそうな黒のパーカーに、極端に短い黒のミニスカート。そして黒の厚底ブーツ。

 

 俗に言う、病み可愛いという服装そのままである。走ってきた封獣は、肩で息をしている。

 

「…別に走ってくる必要なかっただろ」

 

「ううん、八幡に早く会いたかったからさ」

 

 なんだそれ可愛いなお前。

 

「…で、どうするんだ?会ったからって、別に何かするってわけじゃないだろ」

 

「そうだな……ちょっと近くの公園行こうよ」

 

 そう言って、封獣と一緒に、駅からそこそこ近い幕張台公園へと歩き始めた。

 幕張台公園に到着し、滑り台の近くにあるベンチに腰掛ける。封獣も共に座るが、距離が近過ぎる。肩と肩が完全に密着している。

 

「…やっぱり八幡って優しいよね、なんだかんだ。私の我儘に付き合ってくれんだもん」

 

「そうだろ。俺の優しさに気付けたお前は胸を誇るといい。俺マジ優しすぎて神の域に達してるレベル」

 

「うん。私にとって、八幡は神様だよ。八幡の言うことなら、私はなんでも聞くことが出来る」

 

 封獣は平然とそう言ってのける。ここまで依存していると、もはや取り返しのつかないところまでいっている。

 

「私は八幡のお願いをなんでも聞いてあげる。気に入らないやつがいるならそいつを殺してくるし、欲しいものがあるなら私が八幡に届けてあげる。もし八幡が私の身体が欲しいなら、遠慮なく差し出すよ。むしろ推奨するよ?」

 

「いらんいらん。何もいらんから大丈夫だ」

 

「無欲だなぁ、八幡は」

 

 あっぶねぇよこいつ。その気になれば包丁とか携帯して来るんじゃねぇか?それどころか、自分の身すら投げ売るその神経も破綻してる。

 

「…でもね、私も八幡にお願いごとがしたいんだ」

 

「…一応聞いてやる。なんだ」

 

 すると彼女は、途端に赤い瞳を濁らせる。そして、凍りつくような低い声を発し始める。

 

「私以外の女と話さないで。触れないで。近づかないで。生徒会もやめて。同じクラスの博麗の巫女達とも仲良くしないで」

 

「お、おい…」

 

「それだけじゃないよ。私の隣にずっといて。私の身体をずっとギューっとして。毎日、私を抱いてめちゃくちゃにして。八幡の愛を、私だけが独占したい。他の女どころか、男にすら譲りたくない」

 

 次から次へと溢れ出した彼女の欲望。もし俺がこれに応えることになれば、まず間違いなく俺の自由がなくなる。俺の言うことを聞くとは言ったものの、俺を手放すことは絶対ない。

 

「…私、八幡がいないとどうしようも出来ない女の子なんだ。八幡がいないと生きていけないの。だから、今の私のお願いごとはただ一つ。……私を、裏切らないで。見捨てないでね」

 

 彼女が何を基準に裏切られた、見捨てられたと感じるかは分からないが、別に彼女を裏切ったり見捨てたりする理由は、現状ない。

 

「まぁ、それくらいなら」

 

 俺がそう端的に返すと、封獣はクスっと笑みを浮かべる。

 

「八幡は優しいな。……早く、私だけの八幡にしないと」

 

 封獣は小さな声でそう呟いた。難聴系主人公なら、「え、なんだって?」と返すだろう。しかし俺はそんな主人公じゃない。だからしっかりと聴こえているのだ。

 

 …俺の寿命、縮まるのかな。

 

 結局、封獣とかれこれ三時間は公園で話した。家に着く頃には、日を跨ぐ手前だった。ただコンビニに行っているだけだと思っていた小町には、しっかり怒られてしまった。それどころか、少しだけ泣いていたのだ。

 

 小町にいらぬ心配をかけさせてしまった。これはもう、死で償うしかないなよし死のう。

 

 今日の1日を通して言いたいこと。それは。

 

 極めて、封獣ぬえは病んでいた。

 

 



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ともあれ、ゴールデンウィークに休めない日が存在するのはおかしい。

 

 

 4月ももう下旬。明後日から、ゴールデンウィークになる。一週間と少しの間、ずっと家にいれる最高の期間だ。ずっとゴールデンウィークだったらいいのに、と何度考えたことだろうか。

 

 それはさておき、今日も今日とていつもの日常を送る私、比企谷八幡。女子高生に囲まれて、と聞こえはいいが、実際は肩身が狭い。そして、今の俺は本当に肩身が狭い。何故か。

 

「八幡に近づくな。お前達が近くに来るせいで、八幡が困ってるんだよ」

 

「毎日毎日八幡のところに来てるあんたが困らせてると思うんだけど?」

 

 封獣と博麗の言い争いがまた始まった。封獣が俺に懐いて以降、博麗と言い争いするのが定着してしまったのだ。封獣は毎日俺がいる教室に来て話しにくる。しかし、封獣は俺以外を敵視しているため、近くにいる博麗や霧雨らを突っぱねる行動をする。

 

「…あのね。喧嘩するのは結構だけど、ここ教室よ。するならせめて廊下とかでしなさいよ」

 

 マーガトロイドが二人を宥めるが、二人は聞く耳を持たない。と、ヒートアップしそうなここで、休み時間終了のチャイムが流れ始める。

 

「…チッ。…またねっ、八幡。今日もいっぱい、お話しようね」

 

 封獣はそう告げて、教室を出て行った。精神的に俺が一番疲れてしまう。なんせ、喧嘩の原因は俺なのだから。

 

「……なんか、色々悪いな。封獣のこととか」

 

「別にあんたが謝るのは違うでしょ。それより、嫌なことは嫌って言いなさいよ。あいつ、八幡の優しさに付け込んで我儘ばっかりしてるじゃない。今日だって、あんまり眠れてないんでしょ?夜遅くまで、封獣の我儘に付き合ってたんでしょ?」

 

 ここ最近、封獣が俺に電話を掛けてくる。それは別にいいことだ。だが、徐々に通話時間が延び始めて、結果的には夜中の3時まで電話することになってしまった。

 最初、俺も否定はした。寝ることが出来ない、と。だが彼女は、すぐ卑屈になり、自分がいらない子だと言い始める。しまいには、自殺宣言までする始末。

 

 もしかしたら嘘の可能性が高いだろう。だが万が一、本当に自殺したのなら、否定した俺に非がある。ならば、彼女の我儘に付き合ってしまえばいい。そうすれば、自殺することもヒステリックになることもない。

 

「本当、ここ最近顔色悪いわよ。大丈夫?」

 

「…別にお前が気にする必要はねぇよ。それより俺は寝る。眠ぃ」

 

 6時間目は化学だ。理系絶望の俺からすれば、この時間は寝るに限る。俺は初っ端から、顔を机に伏せて眠りについた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…ん…」

 

 チャイムの音で目が覚め始める。目を擦りながら、身体を起こす。どうやら、化学の授業は終わったようだ。たった50分だけだが、少し気持ちよく眠れた気がする。それでも、まだ寝足りないのは事実。

 

「あんた、そんなに寝まくって中間試験大丈夫なの?ゴールデンウィーク明けたら、中間試験なんてすぐよ」

 

「理系は捨ててる。文系は付け焼き刃でどうにかなる」

 

「なんなのその自信は…」

 

 文系は得意だと自負している。中学の頃から、文系にはめっぽう強い反面、理系はお粗末な結果だ。

 

「…そういえばさ、魔理沙がこのゴールデンウィークの間にどこか遊びに行くぜーっとか言ってたわよ」

 

「あいつ元気だな。まぁ楽しんでこいよ」

 

「何言ってるの?あんたも誘われてんのよ?」

 

 と、博麗は当然のように言うが。

 

「え?いや、聞いてないんだけど」

 

「あんた休み時間、ずっと封獣と話してたからね。それに授業中じゃ、あんた寝てるし。で、どうなの?ゴールデンウィーク、なんか予定あるの?」

 

「バッカお前。俺にも予定ぐらいある。家で録画してるアニメを片っ端から観るという予定が」

 

「それ暇なんじゃない」

 

 そうとも言う。

 いや、つかゴールデンウィークに遊びに行くとか馬鹿なの?アホなの?死ぬの?

 折角休める期間が長いというのに、そんな中遊びに行くとかどうかしてるよ?

 

「じゃ、連絡先教えて。決まったら連絡するから」

 

「いや、だから予定が…」

 

「早く教えろ」

 

「ひゃいっ」

 

 俺は恐る恐るケータイを取り出して、博麗に渡す。時々思うのだが、こいつの前世殺し屋だったりしてない?今の目付き暗殺者のそれと一緒だったんだけど。

 

「…ん。登録したから。無視したらお祓い棒であんたの頭引っ叩いてやるから」

 

「俺の頭を霊か何かと同じ扱いにしないでくれる?」

 

「でもあんたの目はゾンビのそれじゃない」

 

「ゾンビをお祓い棒でなんとか出来ると思ってんのお前」

 

 お祓い棒ってそこまで万能な武器だったっけ。

 

「席に着いてください。ホームルーム始めますよ」

 

 担任の稗田先生が教室に入り、教壇の前に立つ。明日のことを端的に話して、ホームルームは終了した。鞄を持ち、生徒会室に向かおうとすると。

 

「八幡っ」

 

 瞳を輝かせた封獣が、俺の右腕を掴む。

 

「今日も帰ろうよ」

 

 毎日のように、封獣はホームルームが終わっては、こちらの教室にやってきて一緒に帰らそうとする。生徒会がない日は別に構わないのだが、わざわざ学校に戻ることを考えると完全な無駄足だ。だからって断れば、ヒスを起こす可能性がある。

 

 故に、断れないということだ。

 

「…そうだな。だが何度も言うが、命蓮寺の入り口までだ」

 

「うんっ、分かってる」

 

 いつものように、小野塚先輩に遅れるとの一言を送り、封獣と共に命蓮寺まで同行することにした。

 歩き始めて少しすると、封獣が話を振ってくる。

 

「八幡、今度のゴールデンウィーク…」

 

「家に引きこもる。家から一歩も出たくないんだよ」

 

 博麗の誘いは、仕方なしに乗ったのだ。あのまま断ったら、お祓い棒で地球からお祓いされそうだし。

 

「じゃあ一歩も出なくていいよ。八幡の家行くから」

 

「いや、俺ん家知らんだろ」

 

「知ってるよ?八幡の家」

 

 今聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど。なんで俺の家知ってんの?誰一人として家に案内した覚えないよ?

 

「私、八幡のことならなんでも知ってるから。知ってなきゃダメだから」

 

「…お前まさか、ストーキングとかしてたりしたのか?」

 

「さぁどうだろうね。とりあえず、ゴールデンウィークの間に八幡の家行くから」

 

 封獣ははぐらかした。もしストーキングされていたのなら、少なからず小町に危害が加わる可能性がある。それだけは、絶対に避けなければならない。

 

「どうやって家の場所を知ったのかは、この際置いとく。だが、絶対に俺の妹に手を出すなよ。手を出したら、俺はお前を許さない」

 

「出さないよ。そんなことしたら八幡に嫌われるし」

 

 思いの外、あっさりと承諾した。俺に嫌われることを嫌がることはしないということなのか。変なところで冷静というか、みみっちいところがあるな。

 

「…ならいいけどな」

 

 小町に手を出さなければなんだっていい。切り替えて、再び俺達は命蓮寺への帰路を辿った。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁ…」

 

 命蓮寺に到着すると、毎度のごとく命蓮寺の中に連れて行かれそうになる。そして毎度それを断ると、封獣はあからさまに不機嫌になる。その結果、強引に夜の長時間の電話を約束される。

 いつも以上に鬱になりかけたそんな時。

 

「離してって言っているでしょう?」

 

「ん?」

 

 俺が歩いている少し先に、銀髪のボブカットのもみあげ辺りから三つ編みで結んでおり、また髪の先には緑色のリボンを付けている女子が、年上の男二人に絡まれている。

 

「そんな冷たいこと言わないでさ。な?俺達と一緒に遊ぼうぜ?絶対楽しませてやれるからさ」

 

「つかこいつ、秋葉原からでも来たのかよ。千葉でメイド姿なんてそうそう見ないぞ」

 

「…しつこいわね」

 

 女子の方は全く動じていない。普通なら、怖くて怯えているだろうに。

 周りは見て見ぬ振りをして助けに行かない。自分が標的になると嫌だから、見て見ぬ振りをしているのだ。どうせ他人だし、放っておいたところで罪にはならない。

 

 そうだ。全然知らないメイド姿のやつなんて、別に放っておけば良いのだ。最初から何もなかった。そう思っていれば良いのだ。

 

 なのに。

 

「…あ、あの。すいません」

 

「あぁ?なんだお前」

 

 俺は二人がこちらを見た瞬間、ケータイの機能として搭載されているライトを付けて、二人に向けた。

 

「うわっ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 二人はライトの光を直視して、ほんの少しだが動けない。

 

「…走るぞッ」

 

 俺はそいつの手を引いて、その場から一目散にダッシュした。ただひたすらに、あの男達から遠ざかるように走っていった。男達の姿が完全に見えなくなったところで、一旦止まる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をして、少し休憩をする。対して、彼女は息一つ乱していない。

 

「別に助ける必要はなかったわよ。あの程度の輩、すぐに片付けることが出来たし」

 

「余計なお世話でしたねごめんなさい」

 

 彼女は助けてなんて言わなかったし、俺は別に感謝されることを求めて動いたわけじゃない。よく分からん正義感で、身勝手に俺は動いてしまった。彼女にとっては、それが迷惑だったのだろう。

 やはり、慣れないことはするもんじゃないな。

 

「…まぁ、余計なことしてすまんかった。それじゃ」

 

 俺は疲れ切った身体で学校へと戻って行こうとした。

 

「待って」

 

 メイドさんが、俺の右手を掴む。まだ何か用があるのだろうか。

 

「貴方の名前を聞いていないわ」

 

 メイドさんから名前を尋ねられる。別に尋ねても、もう会うことはないだろうに。

 

「…比企谷だ。比企谷八幡」

 

「私は、十六夜咲夜(いざよいさくや)。さっきはありがとう。貴方、なかなか勇気があるのね」

 

「勇気っていうか、ほぼ無茶だったけどな」

 

「そうね。けれど、あの場で貴方だけが勇気を出した。見て見ぬ振りを決め込んでいた人達とは違って、貴方は動いた。それが勇気であれ無茶であれ、素晴らしいことだと思うわ」

 

「…そうかい」

 

 気持ち悪い正義感で動いたが、これはこれで良かったのかな。

 

「まぁ、助けがなくても私なら一人で完封出来たけれど」

 

「一言多いなお前」

 

 こいつ本当苦手かも。ちょっと優しい人だなって思った俺の純情返してくんないかな?

 

「…それじゃ、私は帰るからこれで。さようなら、八幡」

 

 そう言って、彼女は去って行った。つか、なんでメイド姿であんな大通りにいたのだろうか。仕事の間の休憩時間だったのだろうか。

 

「…俺も戻るか」

 

 会わない十六夜のことは考えず、俺は再び学校へと向かい歩き始めた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 学校に戻り、俺は生徒会室に向かった。生徒会室に入ると、いつもの面々が仕事に取り組んでいる。

 

「…また封獣ぬえですか?少しは断る姿勢くらい見せたらどうです」

 

「それが出来たらもう少し早く来てます」

 

 俺は鞄を置いて、自分に割り振られた仕事を取り組み始めた。

 

「そういえば、明後日からゴールデンウィークですよね。四季様は何して過ごすんですか?」

 

 不意に小野塚先輩が、ゴールデンウィークの話題を四季先輩に振った。

 

「勿論、勉学に励みます。もう受験生ですしね」

 

「別にゴールデンウィークくらい、休んでも何もないと思うんですけど…」

 

「その油断が受験の際に差が生まれるのです。小町、それに河城にとりや鍵山雛。進学を考えているのなら、今からでも勉強を行いなさい」

 

「うぅ……そう言われるとやる気が…」

 

 確かに、河城先輩の言い分は分からないでもない。例えば、親に「宿題やった?」としつこく聞かれると、やる気が削がれてしまう。勉強もまた然り。人に言われてやるよりも、自発的に行う方が勉強しやすい。

 

「…とはいえ、何も勉強って量だけじゃないと思いますけどね」

 

 と、そう呟いた俺が気に食わなかったのか、四季先輩は顔を顰める。

 

「…私のやり方に不満でも?」

 

「いえ、三年生だしゴールデンウィークを使って勉強に励むのは分かります。あの時やっておけばって後悔がないように、空いた時間を勉強するのは悪いことじゃないです」

 

「なら…」

 

「けど限度があるんじゃないんですかね。…ずっと思ってたんですけど、四季先輩って本当に寝てるんですか?」

 

 その言葉に、一瞬だが四季先輩の目が見開いた。カマをかけてみたが、どうやら当たりのようだ。

 

「その反応だと、夜遅くまで馬鹿みたいに勉強してたんじゃないですか?例えば、夜中の1時とか」

 

「…マジで言ってるんですか?四季様」

 

 四季先輩は観念したのか、俺の尋ねに答える。

 

「…これくらいは慣れの問題です。別に苦じゃないですし、気にすることでもありません」

 

「知ってますか?人は眠たくなる時、瞬きが多くなるらしいですよ。四季先輩、普段から瞬きが多く見えたんです」

 

「ドライアイの可能性は?」

 

「だとしたら、目薬を常備してるのが普通です。まぁ授業中してる可能性もあるんでしょうけど。今の小野塚先輩の様子を見れば、ドライアイの可能性は低い」

 

 さっきの瞬きの時、小野塚先輩が代わりに四季先輩がドライアイだと答えてもおかしくなかった。でも、そんな素振りは一切なかった。何故なら、四季先輩はドライアイじゃないから。

 

「眠いのを我慢してまで、勉強してたんですね」

 

「あたいですら気づかなかったのに……凄いな」

 

「俺の108あるうちの特技の一つです」

 

「いや多いわね」

 

 とはいえ、ドライアイと言い張られてはそれまでだった。しかし、四季先輩は何も言い返そうともしなかった。

 

「まさか、たった数週間しか会っていない後輩に言われてしまうとは……。余程、人間観察が得意なんですね」

 

「…まぁ」

 

「……そうです。私は寝る間を惜しんででも、なりたいものがあるのです」

 

「なりたいもの?」

 

「えぇ。…裁判官です」

 

 予想外の答えが返ってきた。てっきり、警察の仕事にでも就きたいのかと思っていたのだが。

 

「裁判官とは知っての通り、裁判において中立の立場です。公正を守り、適正な解決に導くために、我が身を削って一つ一つの事件に取り組む職務。私はそんな裁判官に、憧れを抱きました。人一人の人生に大きな影響を与えてしまい、それにはとても重い責任が生じる。ですが、その分やりがいもある。…私は、一人一人の人生を、正しき方向へと導きたいのです」

 

 四季先輩には、確固たる信念があった。裁判官になりたいという、強い信念。そして、それを裏付ける努力。

 その姿に俺は、とても勇ましく見えた。きっと、この学校では間違いなく完璧な優等生である。

 

 しかし。

 

「…四季先輩の志望理由は分かりました。裁判官になるのは、そう簡単じゃないですし、それこそ血の滲む努力が必要になります。ですが、今の四季先輩は間違っている」

 

「私に間違いなど…」

 

「極論を言います。それを続けて仮に裁判官になれたとしましょう。そうしたら、四季先輩は今後そのやり方しか信用しなくなる。裁判官なんて、ただでさえ精神的に擦り減る仕事。人一人の人生を歪めてしまう権利を持つ立場だ。ですが、もしオーバーワーク気味で過労死になったらどうします?」

 

「…過労死…ですか?」

 

「えぇ。そうじゃなくても、過労によって何かミスを犯してしまうかも知れない。裁判官において一つのミスは、馬鹿みたいに重い。それは取り返しのつかないもの。ミスの原因が過労によるものとか、尚更世間からの批判は免れない」

 

「…そんなことを言い出したら、裁判官にはなれないのですが」

 

「そうですね。だからそうならないように休息を取った方がいいって話です。大体、今の裁判官でも休みくらいありますよ。そこまでブラックじゃないと思いますけど」

 

 四季先輩は他人に厳しく、そして自分にも厳しい。彼女の長所でもあるが、それは短所にもなり得る。自分に厳しい人間ってのは、徹底的に厳しくしなければ満足しないやつだ。それ故に、オーバーワーク気味になってしまうのがオチだ。

 

「ですが……」

 

「いいじゃないですか四季様。ゴールデンウィークくらい、羽伸ばして休みましょうよ。あ、そうだ。ゴールデンウィーク最終日、生徒会のみんなで遊びに行きません?」

 

「そうね。何気に生徒会のみんなで出かけるの初めてだろうし、四季映姫にはいい休息になるでしょう。にとりと雛は?」

 

「勿論OKだよ!ね、雛?」

 

「みんなが嫌がらないなら、行くけど」

 

 どうやら、生徒会のみんなはゴールデンウィークの最終日にどこかに出かけるようだ。今の内容的に、生徒会のみんなで出かけることはなかったらしい。

 

 さて、最終日は家で何して過ごそうかしら。

 

「言っとくけど、八幡も来るんだよ?」

 

「え」

 

「当たり前だろ?生徒会のみんなでって言ってんだから。あんたも行くんだよ」

 

「ちょっと待ってください。俺ついさっき休息は大事だって言いましたよね?休日は休む日と書いて休日です。つまり、家で休むことが当たり前……」

 

 なんで最終日に出かけなきゃならないのだ。次の日学校だぞ。前日は一日中寝て食って寝たい。俺があれこれ言い訳していると。

 

「…その異議を却下します」

 

 四季先輩は満面の笑みで意義を却下した。

 

「四季先輩、それは横暴過ぎません?」

 

「黙りなさい。被告人は私が話す許可を出した時にだけ話せるのです」

 

 いつから俺は罪人扱いされてたの?目か?目で罪人扱いされてたのかよ。この世は理不尽過ぎる。

 

「俺の弁護人はどこですか」

 

「いません。帰りました」

 

 帰るなよ弁護人。なに職務放棄して裁判所から抜け出してんだよ。

 

「貴方にはゴールデンウィークの最終日、必ず外出していただきます。まさか、断るなんてことはしませんよね?」

 

「いや、俺家で…」

 

「しませんよね?」

 

「…は、はい」

 

 最近の俺ってばこんなんばっか。博麗にも似た感じで強引に誘われたし。いや、女子の鋭い目付きはマジで死ねるからな。目付きだけで殺せるとか最強かよ。

 

 ともあれ、ゴールデンウィークに休めない日が存在するのはおかしいと、俺は思う。

 

 



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思いの外、彼女達と過ごすのも悪くはない。

 ゴールデンウィークについに突入した一日目。私、比企谷八幡は千葉駅にいらっしゃいます。普段ならば、家に引きこもってぐうたらして過ごすのが私の休日なのです。しかし、そんな人間が何故、千葉駅にいるのか。

 

「おっ、早いじゃないか八幡!」

 

 こちらに勢いよく走ってくる金髪のJK。誰であろう、霧雨魔理沙である。

 

「あら、一番乗りは八幡だったの?」

 

 霧雨の後ろから歩いてくる金髪のJK。誰であろう、アリス・マーガトロイドである。

 

「意外ね。一番後に来そうなイメージだったけど」

 

 マーガトロイドと共に歩いてくる黒髪JK。誰であろう、博麗霊夢である。

 

 そう。この女子3人組と俺で、出かけることになってしまった。行く先がどこかはまだ聞いていないが、切実に帰りたい。

 

「で、どこ行くの?魔理沙が提案者なんだし、魔理沙が決めてよ」

 

「やっぱみんなで出かけるって言ったら、ショッピングだぜ!」

 

 と霧雨が言い、迷わずららぽーとに行くことになった。

 ららぽーとに到着すると、ゴールデンウィークというだけあって、学生達や家族連れの人達が多い。

 

「人多いな……」

 

「帰っていい?私、もともと出かける気なかったんだけど」

 

 博麗が怠げに文句を垂らす。

 

「いやお前、俺を誘うときだいぶ強引だったじゃねぇか」

 

「私だけ面倒ごとが降りかかるとかふざけてるから、絶対暇そうなあんたも巻き込んだの。あんただけ一日中家にいるとか許さないから」

 

「何その理不尽」

 

 こいつ時々俺のこと舐め腐ってる節があるよ。でも反抗したらシリアルキラーみたいな目付きで俺を威嚇してくるんだよなぁ…。博麗の巫女怖ぇ。

 

「今あんた無礼なこと考えたでしょ」

 

 この勘の鋭さはエスパーか何かかな。シリアルキラーでエスパー属性とかどんなキャラクターだよ。

 

「それで、最初はどこ行くの?」

 

「んー、服が見たいよなー」

 

「言っとくけど私、あまりお金を持ち合わせてないからね」

 

 そんなわけで、ららぽーとに入って最初に行く先は服屋に決まった。霧雨、マーガトロイドは自分に似合う服を探し、片っ端から試着している。

 一方、俺は特に買いたい服があるわけもなく、店の前で彼女達を待っているのだ。同じく、博麗も服に興味はなく、並びに金がないという理由で俺の隣で彼女達を見つめる。

 

「今帰ってもバレないかしら」

 

「多分霧雨がお前んとこの神社に突撃するぞ」

 

「あり得そうね。今朝だって、大声で突撃してきたんだから。朝の8時によ?」

 

「マジか。あいつ元気だな」

 

「元気過ぎよ。休日に出かけることを楽しみにしてる子どもかっての。子持ちの父親の苦労が少し理解出来た気がするわ」

 

 そう言われると、結婚って全く惹かれない言葉に聞こえてくるのは気のせいだろうか。まぁ結婚は人生の墓場って聞くし、少なくともみんなが結婚して幸せってわけではないのだろうな。

 

 いや、だがしかし。俺は働きたくない。誰か養って欲しい。専業主夫という職に就きたい。

 

「おーい!待たせたなー!」

 

 霧雨とマーガトロイドは紙袋を持って店から出てくる。どうやら、気に入った服を買ったのだろう。

 

「一体、そんな金どっから沸くのよ。服に使うなら、まず私の神社に来た時に賽銭箱にお金を入れるのが筋でしょ」

 

「だから代わりに煎餅持って行ってるだろー?」

 

「あれを賽銭代わりって言い張るとかあんたやばいわね」

 

 彼女達は軽口を交わしながら、歩き始める。客観的に見て、彼女達の信頼というか、友情は固いものがある。互いを信じ、互いを受け入れることが出来る関係。

 一見、博麗も文句は言っているが、本気で嫌がっている様子はない。彼女達を見ていると、そういう関係を確立出来ているのが凄いと素直に思う。

 

「…どうしたの?」

 

 彼女達の背中を見つめていると、隣にいるマーガトロイドが覗き込んでくる。

 

「…いや何も。つか、お前はあれに混ざらんの?」

 

「魔理沙がいつも以上に騒ぎ過ぎて、ちょっと疲れたのよ…」

 

 マーガトロイドは、こめかみを抑えてそう呟く。

 

「…そうか」

 

 俺達も彼女達の背中を追いかけるように、歩き始めた。次に向かったのは、先程とは違う服屋である。服屋に寄っては買って、服屋に寄っては買っての繰り返しの結果。

 

「…買い過ぎちゃったわ…」

 

「お、重いぜ……」

 

 霧雨とマーガトロイドの両手には、服が入った紙袋がぶら下がっている。

 

「言っとくけど、私一つも持たないわよ。買い過ぎたあんた達の自業自得なんだし」

 

 博麗は冷たくあしらう。女子はオシャレに目がないというが、後々買い過ぎて色々と後悔するらしい。ソースは小町。

 

 このままでは、ららぽーとを回る時間がなくなる。別に買うものがない俺からすれば、そんなことはどうでもいい。だが、服を買い過ぎてしまい、ららぽーとを回り切れない彼女達のことを考慮すると、あまり良くは思わない。

 

 博麗やマーガトロイドの言い方では、主に霧雨がこの日を楽しみにしていた。彼女のことだから、まだまだ周りたいのだろう。彼女が気分良く買い物するには。

 

「……ん」

 

 俺は、彼女達に向けて手を差し出す。

 

「…持ってくれるのか?」

 

「そんな重いもん持ちながら歩いてもしんどいだけだろ。いつも妹に荷物持ち扱いされてるから、別に気にしなくていい」

 

「八幡……」

 

 俺は二人から、多量の紙袋を受け持つ。女子二人が重そうにしていただけはあって、纏めて持つとかなり重い。が、持てない重さではない。

 

「ありがとう。…貴方、割と力持ちなのね。意外だわ」

 

「基本的に俺はハイスペックだからな」

 

「あんたの場合はローどころかノースペックの間違いでしょ。まず目からアウトよアウト」

 

 ねぇ誰かこの人の口塞ぐ方法ないかな?口を開けば俺のこと激しく攻めてくるんだけど。今のなんか言い回しエロかったな。

 

「なんだかんだで、霊夢と八幡って仲良いよな」

 

「なわけないでしょ。誰がこんな妖怪もどきと仲良くするか。なんなら今から退治してやってもいいわよ」

 

「人のことゾンビだ妖怪だと失礼過ぎだろ。このクソ巫女」

 

「私に楯突くなんていつから偉くなったの?この雑魚妖怪」

 

「…仲良いの?これ」

 

 少なくとも仲良くはありません。人のことを妖怪扱いする巫女はちょっと距離置きたいです。いつかマジで暗殺されそうだし。

 

「…はぁ。それで、これからどうするの?もうそろそろ昼時だけど」

 

 ケータイを見ると、もう12時を過ぎていた。あちこち周っていたせいか、時間が経つのが早く感じる。

 

「そうだなー…。八幡、なんかいい店ないか?」

 

「俺に聞くなよ。…でもまぁ、あるにはある。博麗の金銭的な問題も解決出来て、毎日行きたくなるような美味い店が」

 

「え、嘘?私、たったの千円程度しか持って来てないのに?」

 

「安心しろ。物によれば、およそ700円程度でお釣りが返ってくる。そんな店だ」

 

 まさに学生の味方とも言えるべき、絶対的なファミリーレストランがこの世には存在する。安くて美味いのは、何も牛丼屋だけではない。俺のことを分かっている読者ならば、どこに行くかはすぐに想像出来るだろう。

 

 安価で美味いファミレス、その名は。

 

「サイゼかよ」

 

 学生の懐に優しく、幅広い年齢層から人気を得ているファミレス。サイゼリヤ。こいつに勝るものはねぇ。というか俺が認めねぇ。

 

「確かに、ここなら霊夢の金銭的な問題は解決するわね」

 

「それに、安い割には美味いしな。霊夢にはうってつけのファミレスだ」

 

「サイゼリヤなんて初めて来たけど……そんな都合の良い店あるんだ」

 

「まぁ入れば分かる。サイゼの魅力がな」

 

「なんか八幡いきいきしてないか?」

 

「普通にキモいわね」

 

「そんなこと言ってられるのも今のうちだ。サイゼの魅力は千葉県民を虜にする」

 

「…それはさておいて、入りましょうか」

 

 俺達はサイゼに入店する。休みの昼時であって人は多いが、俺達4人が座ることの出来るテーブルは空いていた。案内してもらい、椅子にかけた。

 俺達は椅子に座り、テーブルに置いていたメニューを見始めた。サイゼリヤに初めて来た博麗は、メニューを見るなり目をキラキラさせている。

 

「ピザが400円程度って凄いわね!こっちのミラノ風ドリアなんて300円!?めっちゃ安いじゃない!」

 

「サイゼでこのテンションって……。高級レストランなんて連れて行った日には、霊夢死ぬんじゃないかしら?あ、私はシーフードパエリアにしようかしら」

 

「私はイタリアンハンバーグにしようっと。…あれ?八幡はメニューは見なくていいのか?」

 

「ふっ、サイゼのことはここにいる誰より知ってる。メニューなんて、見なくても分かる。俺はミラノ風ドリアとドリンクバーにしよう」

 

 フォッカチオはまた別の機会に頼もう。フォッカチオにガムシロかけると美味いからな。

 

「私もミラノ風ドリアにしようっと」

 

「あ、私もドリンクバー頼むぜ」

 

 俺達は店員を呼び、決めたメニューを頼んだ。俺と霧雨はドリンクバーを頼んだため、それぞれ好きなドリンクを取りに行った。

 

「私はコーラにしようかな。八幡は?」

 

「自作マッカンだ」

 

「マッカン?なんだそれ」

 

 マジか。千葉に住んでいてマッカンの存在を知らんだと?千葉県民が千葉の落花生を知らないくらいあり得ないぞ。マッカンは千葉の水だぞ。

 

「まぁアレだ。世界最高峰のコーヒーだ」

 

「そんな美味いのか?」

 

「あぁ。あれはマジ神」

 

 いつか彼女達に、マッカンを布教するとしよう。信徒が増えるのは、マッカン教祖として嬉しいことだ。

 

「幽々子様、一体何品食べるつもりですか!もうこれで11品目ですよ!ステーキにピザ、パスタ、ドリア!まさか全品食べるつもりじゃないですよね!?」

 

 霧雨と話していると、突如、店内に一人の女の子の声が響いた。俺達はその声がした方に視線を向けると、テーブルには大量の皿と鉄のプレート、グラタン皿が置いていた。

 

「いいじゃない。サイゼリヤの料理、美味しいんだもん」

 

「だもん、じゃないですよ!なんなんですか!?幽々子様はカービィの擬人化か何かですか!?」

 

「私コピー出来ないわよ?」

 

「知ってますよそんなこと!」

 

 幽々子と呼ばれる、桃色のミディアムヘアーをした女性が平らげた跡のようだ。それに対して、白髪のボブカットをした女の子が怒鳴っている。

 

「あ、あのお客様……店内では、もう少しお静かに…」

 

「いや本当申し訳ありません!」

 

 注意をしに来た店員に対し、ボブカットは頭を下げて謝罪する。単純な迷惑な客ではなく、ちゃんと礼儀のなった女の子である。

 

「ごめんなさいね〜?妖夢ってば、何をそんなに怒っているのよ」

 

「幽々子様の暴飲暴食に対してです!お店にご迷惑をお掛けしてしまったようですし、さっさと会計を済ませて帰りますよ!」

 

「えぇー。まだ前菜なのにぃ〜?」

 

「ステーキ3品、パスタ3品、ピザ3品、ドリア2品食べておいて前菜ってなんですか!?幽々子様の胃を医療機器で調べてもらった方がいいと思うんですよ本当に!」

 

 そう言って、ボブカットの子はカービィ(擬人化)さんを強引に連れて行き、会計を済ませて店から立ち去った。

 

「嵐みたいだったな」

 

「…そうだな」

 

 俺達は気を取り直して、自分達のテーブルに戻る。テーブルに戻ると、博麗が先程の騒ぎについて尋ねてくる。

 

「なんだったの?さっきの」

 

「カービィの擬人化が現れたらしいんだと」

 

「何それ」

 

「知らねぇ」

 

 そんな会話をしていると、頼んだメニューが運ばれてくる。ドリア2品、ハンバーグ1品、パエリア1品。

 

「それじゃあ、頂きましょうか」

 

 俺達は、それぞれが頼んだ料理を口に含んだ。

 うむ。やはりミラノ風ドリアは安定に美味い。あと三杯はいけるな。

 

「このミラノ風ドリアってやつ、すごく美味しいわね!」

 

「お気に召したようで何より」

 

 もしサイゼに初めて行くという友達がいるなら、ぜひミラノ風ドリアを勧めるといい。それか、辛味チキンでもいいぞ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 会計を済ませて、俺達はサイゼから退店した。みんなは、特に博麗は満足げな表情であった。

 

「美味かったぜ〜」

 

「たったの300円程度であの美味しさ……私、サイゼの常連になろうかしら」

 

 どうやら、サイゼの同士が一人増えたようだ。サイゼの同士が増えるのは良いことだ。博麗は分かるやつで良かった。

 

「さて、買い物の続きだぜ!まだ回ってないところあるし、ゲーセンだって寄ってないんだからさ!」

 

「ららぽ全部回る気か…?」

 

「当たり前だろ!折角の休日、時間いっぱい使わなきゃ損だぜ?」

 

 そうだね。折角の休日、時間いっぱい使わなきゃ損だよね。でも俺の場合、外じゃなくて家で使いたかったんだよなぁ。

 

 引き続き、彼女達の買い物が再開した。そして一通り回り終えた後、ららぽーとの中のゲーセンへと向かった。

 

「やっぱゲーセンに来たら、プリクラだろ!」

 

「プリ…クラ……だと……!?」

 

 おっといかん。一瞬意識を持っていかれた。

 きっと彼女達3人が撮るに違いない。流石に男1人混じってプリクラは普通にアウトだアウト。何も動揺することはない。

 

 霧雨がプリクラの機械の前まで俺達を先導する。

 

「じゃ、撮ろうぜ!」

 

「私、別にいらないんだけど」

 

「いいからいいから!アリスもさっさと入って来いよ!」

 

「えぇ。今入るわ」

 

 3人はプリクラ機の中に入っていく。

 よし、俺は近くのUFOキャッチャーでもしようかな。小町のために何か取って帰ろう。

 

「八幡!何してるんだ?八幡も入って来いよ!」

 

「いや、俺はいいって。3人仲良く撮りな」

 

「八幡もいないと撮る意味ないんだぜ?早く来いって」

 

「あ、俺ちょっとトイレに………ぐぇっ」

 

 俺はその場から逃げ出そうとすると、不意に背後から俺の(うなじ)が力強く掴まれてしまう。

 

「あんただけ何逃げようとしてるの?あんたも撮るの」

 

 怖い怖い死ぬ死ぬ助けて助けて。

 博麗、お前は巫女をやめて暗殺者にジョブチェンジするべきだ。多分、今ので俺は死んだ。

 俺は頸を掴まれ引っ張られてしまい、無理矢理プリクラ機の中に連れ込まれてしまう。

 

「動いたら分かってるわね?」

 

「ちょ、博麗さん?そろそろ痛いんですが…」

 

 ていうか、プリクラ機の中が狭いから女子独特のいい匂いが至近距離にですね。

 

「八幡は前な!私と霊夢は後ろだ!」

 

「じゃ、私の隣は八幡ね」

 

「言っとくけど逃げる素振りを見せたら、即あんたの首を潰すから。ゾンビって頭が弱いらしいけど、首を潰しても大して問題ないわよね」

 

 いや大アリだから。俺一応人間だから。大問題になっちゃうから。

 本当に神に使える女の子なのかな博麗は。魔王からの手先じゃないかって思うわ。

 

「ほらほら、早く撮ろうぜ!」

 

 この後、プリクラの悪魔のような指示に従いながら、仕方なくポーズを取ることになった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁ……」

 

 精神的にゴリゴリ削られたプリクラタイムだった。ポーズを取るだけでもやばかったのに、何よりあいつらとの距離感。俺を男子として見ていないのか、ガンガン距離が近かった。

 多分俺の表情は、そこらの指名手配犯の紙の比にならんくらいやばい。職質されても文句を言えねぇレベル。

 

「あんた、ずっと変顔してたわね」

 

「うっせ。終始俺の頸掴みやがって。割と痛かったんだけど」

 

「いいじゃない、女の子から頸掴まれて。人によっちゃあ、お金払うやつもいるんだし」

 

「俺ドMじゃないんだが。勝手にマゾヒスト扱いしないで?」

 

 隙あらばこいつは俺に対して喧嘩売ってくるのだ。なんだ、俺はお前に何かしたのか。知らないうちに恨まれていたのか俺は。何その理不尽。

 

「……あんた、ゴールデンウィーク中に封獣と遊んだりするの?」

 

 彼女は表情を変え、突然に尋ねてきた。

 

「…遊ぶっていうのか分からん。ただ封獣曰く、俺の家に来るとか言ってる。家の場所もなんでか把握されてたよ」

 

「やばいわね、それ。彼女、あんたに相当依存してる。それももう、重度にね」

 

「知ってる。なんで依存したのかは知らんけど、依存したきっかけを作ったのは多分俺だ。俺がなんとかしなきゃならん。…つか、いきなりどうした」

 

「…ただ気になっただけ。とにかく、あまり中途半端なことはしないでおくことね。じゃないと、辛くなるのはあんただから」

 

 中途半端、か。

 確かに、言われてみればなんとかするって言っておきながらなあなあで済ませている。結果、彼女の依存は深くなる一方だ。おそらく、もう手遅れなところまでいってるだろう。

 

「どうしたんだ?なんか暗い顔して」

 

「…何かあったの?」

 

 先程撮った写真を加工し終えた霧雨とマーガトロイドが戻ってきた。

 

「…なんでもねぇよ。それより、加工は終わったのか?」

 

「あぁ!でも八幡、すっげー変な顔だったぜ?ぷぷぷっ」

 

 霧雨から写真を受け取る。

 上手い具合に腐った目がイケてる感じになってるけど誰だこれは。つか顔どうなってんだよ。女子3人目ぱっちりだなおい。

 流石、プリクラ。人の顔をここまで変えてしまうとは、恐るべき機械だ。

 

 その後、俺達はゲーセンで適当に遊んだ。無邪気にはしゃぐ彼女達の表情は、きっと親からすればお涙頂戴感が満載だ。適当に遊び尽くした俺達は、ららぽーとから出て行く。

 外に出ると、空はもう夕焼け色に染まっている。

 

「たはーっ!楽しかったな!」

 

「そうね。服も買えたし、何より八幡の変な顔も残せて良かったわ」

 

「俺の顔だけ切り取ってくれない?軽く死にたい」

 

「あら、私はいいと思うわよ?あんたのその変顔が永遠に残せるんだから」

 

「変だからって切り取るなよ!ちゃんと残せよな!」

 

 切り取ったなら捨てるっての。切り取ったら残るのはお前ら3人の顔だけだろうがよ。

 

「あ、そうだ!忘れてた!八幡、紙袋!」

 

「忘れるなよ……」

 

 自分が買ったものを忘れるとかどんだけ楽しんでたんだこいつは。俺は霧雨とマーガトロイドが購入した服が入った紙袋を、二人に返す。

 

「八幡、ありがとな!持ってくれて!」

 

「や、それは別に構わんが…」

 

「そういや私、まだ八幡のLINE知らなかったんだよな!交換しようぜ!」

 

「お、おう」

 

 怒涛の勢いで霧雨に言われるがままに、俺はラインを交換した。

 

「私も。八幡の連絡先、教えて欲しいわ」

 

 霧雨に続いて、マーガトロイドまでもが俺の連絡先を尋ねてくる。

 

 …今更なんだけどさ。これ、モテ期じゃね?何俺いつの間にモテてたの?

 

「言っとくけどモテ期なんて馬鹿みたいな考えはやめときなさいよ」

 

 こいつ人の心読めんの本当なんなの?

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

 

「やっと家に帰れるわ……」

 

「八幡はどの電車に乗るんだ?」

 

「…今の時間帯だと、京成本線の船橋競馬場駅からになる」

 

「そっか、私達とは別の電車か…。じゃ、八幡!また学校でな!帰ったらLINEするぜ!」

 

「さようなら、八幡。またね」

 

「じゃあね。妖怪擬き」

 

 彼女達は、三者三様の別れの挨拶をしてくる。

 

「…あぁ。またな」

 

 俺も彼女達に別れを告げて、船橋競馬場駅に向かって歩き始める。今日一日、本当に疲れた。

 疲れた一日ではあったが、思いの外、彼女達と過ごした時間は悪くないものであった。

 

 



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こんなラブコメは間違っている。

 ゴールデンウィーク4日目。博麗達との買い物から3日が経った。外に出る用事もなく、変わらず家でゴロゴロしていた。

 しかし、今日は別だ。前々から話していた、封獣の家庭訪問の日が突如として決まった。

 

『明日、八幡の家行くから』

 

 夜中に電話した時に、彼女はそう言ってきた。

 いつか来るとは分かっていたが、今日は不運にも両親はおろか、小町すら帰ってこない日なのだ。そんな日に、封獣の家庭訪問。確実なバッドエンドルートである。何されるか分かったもんじゃない。

 

 家にいてもアウト。外に出て逃げてもおそらくアウト。どっちにしろ、バッドエンド間違いなし。とんだ無理ゲーじゃねぇかよ。

 

「はぁ…」

 

 リビングでカマクラと戯れていると、チャイムの音が高らかに鳴り響いた。玄関に向かい、ドアを開けると。

 

「あ、八幡っ。やっと会えた」

 

 本当に俺の家に来ちゃったよ。家のことを知ってるってのは何かの嘘なのではないかと期待していたのだが、そんな期待は彼女によって砕かれた。

 

「本当に来たのかよ…」

 

「?だから言ったじゃん。八幡の家に行くって。入れて?」

 

「お前だいぶ厚かましいな…」

 

 正直、こいつを家に入れるのはあまり良くないが、騒がれても困る。近所迷惑にもなってしまうしな。

 

「…はよ入れよ」

 

「お邪魔しまーすっ」

 

 封獣はウキウキしながら、我が家に上がっていく。とりあえず彼女をリビングへと案内する。

 

「八幡の家って猫いるんだ」

 

「…あぁ。まぁな」

 

「ふーん……」

 

 封獣はソファに腰掛けた。一応あんなのでも来客なので、俺は麦茶を用意し始める。

 

「あ、そうだ。八幡」

 

「なんだ?」

 

「八幡の部屋に案内してよ。八幡の部屋に行きたい」

 

 そら見たことか。こいつを家に上げると碌なことにならない。いや上げたのは俺だけども。

 

「なんでだよ。別に一日中家で過ごすならリビングでもいいだろ」

 

「やだ。八幡の部屋に行きたい」

 

「お前我儘過ぎだろ。却下だ却下。リビングで過ごせないなら家から出て行ってくれて構わないんだぞ」

 

 別にやましいものがあるだとか、部屋が散らかってるからとかそんな理由ではない。封獣を俺の部屋に上げると、何するか分かったもんじゃない。

 

「けち」

 

「これくらい譲歩しろ。ほれ、お茶」

 

 封獣に麦茶を差し出す。封獣は納得いかないと言った表情のまま、麦茶を飲み始める。

 

「…ね、八幡。こっち来て?」

 

「や、別にそっち行く必要…」

 

「来て」

 

 彼女の二度目の声は、あからさまな低音だった。俺は封獣との距離を取りつつ、ソファに腰掛けた。しかし、封獣はこちらに寄ってくっついてくる。

 

「今日一日、八幡と一緒っ。ゴールデンウィークが始まってから、私ずっと寂しかった」

 

「…ずっと電話してただろ。つか離れろ」

 

「電話じゃ足りない。前にも言ったよね?私、八幡がいないと生きていけない。本当なら、今すぐ部屋借りて二人きりで住みたい」

 

「別に俺がいなくても、聖さんや命蓮寺の人がいるだろ」

 

「私は八幡にいて欲しいの。聖達も大切だけど、それ以上に八幡が大切なの。ずっと一緒にいたい。ずっと、ずっとずっとずっとずーっと、八幡といたい」

 

 三日程度顔を合わせていないだけでこれだ。おそらく夏休みとかになったら、マジでやばい。依存性とかいうレベルを軽く超えている。

 

「ね、八幡」

 

 すると不意に、彼女は俺の耳元で囁く。

 

「今日ね。私、ブラしてないの」

 

 その爆弾発言に、俺は吹き出しそうになる。同時に、驚きで身体を少し震わせた。

 

「ッ!?お、おまっ……!」

 

「ビクッてした。可愛い八幡っ」

 

 すると今度は、正面から抱きついてくる。俺の頸に両手を回し、離さないと言わんばかりにしがみつく。そしてアピールするように、自身の胸を俺に押し付ける。

 

「今日一日、誰もいないんでしょ?じゃあ、思いっきりヤっても大丈夫だよね」

 

「ば、ばっかお前!そんなっ、急にビッチみたいなこと言ってくんじゃねぇ!」

 

「ビッチって酷いなぁ。私、そういうのは八幡にしかしないよ?」

 

 俺は彼女の肩を掴んで離そうとするが、力いっぱいにしがみつかれているため、離れない。

 

「八幡の愛が欲しい。八幡に愛されてるって証が欲しいの」

 

「だからって、なんでそっち方向に考えた!?」

 

「だって、八幡の周りってウザい女がいっぱいいるじゃん。だから、八幡が私だけを愛したっていう証をあいつらに見せつけてやるの」

 

「あ、証って…!?」

 

「んー。まぁベストは、八幡との子供だよね」

 

「こどっ…!?」

 

 二度目の爆弾発言。

 なんなのこいつ爆弾魔か何かなの?ゲンスルーよりタチ悪いじゃねぇかよ。

 

「既成事実さえ作れば、あいつらは否が応でも手を出してこない。ナマでヤったら、確実に孕むよね。それが私の狙い」

 

「お前いよいよやばいわ」

 

 こいつ俺を逆レイプしようとしてやがる。俺のハチマンがこんなおっかないやつに奪われたらとんでもないことになる。

 これを冗談で言っていないから、尚のこと怖いのである。

 

「ね、いいでしょ?私、八幡との子供産むから。お金だって、聖達になんとかしてもらうし」

 

「そんなの誰が許すと思ってんだよ。俺の両親……は最近あんま話してないからなんとも言えんけど、少なくとも聖さんは許さんだろ」

 

「デキちゃったんだから仕方ないじゃんって言えばいい」

 

「考えなしにも程があるだろ」

 

 俺達はまだ15歳か16歳なんだ。そんな男女が急に、「子供作った」とか知られてみれば、世間からの当たりは厳しくなるし、仮に俺が封獣の誘いをOKしても、満足に暮らしていけるわけがない。

 責任も取れないし、そもそも俺は封獣のことを好きではない。嫌い、ではないが、流石に嫌いじゃないからといって、そういうことをするのは違う。

 

 彼女が俺に依存しているのだって、もしかしたら一時の迷いかも知れない。いつか本当に彼女を理解してくれる人間が現れるかも知れないし、封獣はその人間に依存することだろう。

 

 つまるところ、無謀だってことだ。

 しかし、先程から俺が否定ばかりしているのが気に入らないからか、あからさまに機嫌を悪くし始める。

 

「…さっきから否定して、なんなの?八幡、私のこと嫌いなの?」

 

「嫌いとか関係なく、普通に考えたら否定するだろ。まだ高校生だぞ」

 

「そんなの関係ないよ。16歳だろうが学生だろうが、それが何?言いたいやつは勝手に言わせてやればいいじゃん」

 

「そういうわけにはいかねぇだろ。つか、そういうのは好き同士がすることで…」

 

「だからシよって言ってんじゃん。私は八幡が好き。八幡の子供も産みたい。…でも八幡は?さっきからあれこれ理屈捏ねて否定して……。どうせ、私のこと嫌いなんでしょ?嫌いだから、私とヤりたくないんだ」

 

 どうすればこいつは納得するんだよ…。これ「好き」って言う選択肢以外ないのかよ。

 

『とにかく、あまり中途半端なことはしないでおくことね。じゃないと、辛くなるのはあんただから』

 

 この間、博麗に言われたことを思い出す。

 きっと、こういうところが中途半端なのだろう。否定すれば、彼女は壊れてしまうのではないか。俺に危害を加えるかも知れないし、小町に加えるかも知れない。最悪の場合、自殺だってあり得る。

 

 そう考えれば、中途半端な対応を取らざるを得ない。小町にも危害を加えたくないし、封獣が死んだら、一旦の責任は俺にある。十字架を背負って生きていく勇気なんて、俺にはない。

 

 とにかく、彼女を落ち着かせること。俺がすべきことは、それだ。

 

「…嫌いだったら電話にも出ないし家にも上げない。そこまで信用ないのね俺は」

 

「嫌いじゃないなら私を抱いてよ。私を八幡だけの女にしてよ」

 

「ダメだ、絶対に。そんなのは、流れでするもんじゃない。もっと段階を踏まなきゃダメだ。だから……」

 

 俺らしくない行動。その行動に、流石の封獣も戸惑った。

 何故か。それは……。

 

「は、八幡…?」

 

 俺は、封獣の身体を力いっぱい抱きしめた。彼女でもないし、友達でもない女の子の身体を抱きしめるなんてセクハラでしかない。クズ男だって思われたって仕方ない。甘んじて受けてやる。

 

「…今の俺には、こういうことしか出来ない」

 

 封獣は人の愛に飢えている。それは知っての通りだが、それが異常なレベルなまでになっている。

 

 言葉だけじゃ信用出来ない。

 だから彼女は、肉体関係を確立することで、本当に自分は愛されているのだと思いたいのだ。封獣が性行為をせがんで来たのはそういうことだ。

 

 勿論、俺は彼女のことは好きじゃない。嫌いではないが、少なくともそういう目で見たことは未だにない。だから、彼女の誘いに乗ることは出来ない。

 今の俺に出来るのは、こういうクソッタレな行動だけだ。全く、どこのラブコメ主人公なんだ俺は。

 

 …さて、ハグして十数秒は経ったはずなのだが。封獣が何の反応もしないのは、いささか変だ。

 俺は一旦、封獣から離れようとすると。

 

「ぐぇっ」

 

 逆に彼女から、力いっぱい抱きしめられてしまう。あまりの強さに、肺が締められる。

 

「八幡からハグしてくれたの初めて……もう絶対離さない……」

 

「ほ、封獣、さん?」

 

 彼女は伏せていた顔をゆっくり上げる。彼女の表情は、恍惚とした表情であった。頬には赤みを帯び、瞳も潤んでいる。心なしか、息も少し荒い。

 すると彼女は突然、小さく呟き始めた。

 

「…私だけ特別なんだ。そうだ、八幡にとって私は特別なんだ。あの女達も、八幡から抱きしめられたことないはず。私だけ、私だけが八幡の特別なんだ……」

 

「…やっべ」

 

 こりゃあ逆効果でした。これ逆に、彼女の感情を爆発させる起爆剤だったりしたのか?真のボマーは俺だったのかよ、笑えねぇ。

 

「ほ、封獣さん?そろそろ離れようか?ね、ね?」

 

 俺は暴走する前に、封獣から一旦距離を取ろうとするも。

 

「やだ。八幡からハグしてくれるのなんてなかった。もう離れたくない。私、やっぱり八幡がいないと生きていけないよ」

 

「や、あのね?ちょっと聞いて?」

 

「この際、セックスなんて後回しでいいや。今日一日、ずっと、ずーっと私を抱きしめていて。八幡の温もり、私に感じさせて」

 

 ダメだ聞いてくれねぇや。

 まぁ性行為まではいかなくなったから良かった……のか、これ。なんかこれはこれでだいぶまずいんじゃね?

 

 封獣は離れる素振りを一切見せない。その時、俺のケータイから着信音が流れ始める。ポケットに入れていたケータイを取り出し、着信相手を確認すると。

 

「小野塚先輩か…」

 

 そう呟いたのが悪かったのか、俺を抱きしめていた封獣はすぐさま俺からケータイを取り上げて、遠くへと投げる。

 

「ちょ、おい。あれ俺の」

 

「ダメ。私以外に他の女と電話なんてダメだから。今は私だけを見て。私だけを考えて。私だけを気にして。私だけを感じて。私と八幡の間に、余計な女を入れないで」

 

「うっ…」

 

 彼女はしばらくの間、俺の身体に顔を(うず)めた。俺は封獣の力の強さに、解ききれずにいた。

 

「私だけ……私だけが特別……八幡の特別は私だけ……」

 

 多分、選択肢を間違えたのかも知れない。

 彼女が性行為をせがんでくることを阻止したのは、良かったと言える。しかし、彼女の想いは変わらない。それどころか、彼女の依存度をまた深めてしまった。

 突き放すのが怖くて、安易に取った行動がこれだ。きっと、封獣に懐かれた時点で、既にゲームオーバーだったんだ。

 

「…ていうか、この状況どうしよ」

 

 封獣がいつまでここにいるかなんて知らないし、もしかしたらこいつこのまま泊まる気なのかも知れない。

 いやいやいかんいかん。そんな状況になれば、まず間違いなく俺の人生が終わる。今、封獣に正面から抱きしめられているのだが。

 

 先程の彼女のセリフ、覚えているだろうか。

 

『私、ブラしてないんだ』

 

 彼女の女性を象徴する柔らかいものが、服越しとはいえダイレクトにしっかり当たっているのだ。ただでさえ、今の俺の理性は爆発しそうなのに、こいつが泊まるってなってしまったら。

 多分こいつは遠慮なく俺を襲うだろう。そうでなくても、寝込みを襲われてしまう。

 

 故にこいつが泊まったら、それは強制封獣ルートとなってしまう。とりあえず、今から俺の脳内は小町で埋めなければならない。他のことを考えることで、なんとか理性を抑える算段だ。

 

 小町が1人、小町が2人、小町が3人、小町が4人…………待って天国かよ。小町が1人いるだけでも最高なのに、多数いるとか最高かよ。

 この調子でいこう。小町が5人、小町が6人、小町が7人、小町が8人……。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 

 あれから4時間が経った。俺達二人は、そのまま寝てしまっていたのだ。

 小町を数え過ぎたせいで、睡魔が襲ってきたのだ。封獣に至っては、知らんうちに寝ていた。まぁ見た感じ、何もなかったから良かったけど。

 

 すると、再び着信音が流れ始める。俺のケータイではなく、今度は封獣からである。

 

「…おい、起きろ。電話来てるぞ」

 

 しかし、彼女は一向に起きようとしない。仕方なく俺は、テーブルの上に置いてある封獣のケータイを取り、着信相手を確認した。

 

「…聖さんか」

 

 知らんやつなら尚更起こさなきゃならないが、聖さんならばまだ知人である。俺は封獣の代わりに、電話に出る。

 

「…もしもし」

 

『あれ?比企谷さん、ですか?あれ?これ、ぬえのケータイですよね?』

 

「あ、あぁ、封獣は今爆睡中なので……用件があるなら起こしますけど」

 

『あぁ、そういうことでしたか。…あの、ぬえに早く帰って来いと言ってくれませんか?前のことがあるから、心配で心配で……』

 

「そういうことなら……」

 

 俺は少し強めに、封獣の身体を揺らす。彼女は目が覚めたのか、ゆっくりと瞼を開けながら大きく欠伸をする。

 

「…あ、八幡。なーに?」

 

「ん、これ」

 

 俺は封獣にケータイを返す。

 

「…ケータイ?…あぁ、聖からか……もしもし」

 

『遅いですよ。早く帰って来てください』

 

「やーだ。今日、八幡の家に泊まるから」

 

「what?」

 

 おっと。話の流れが読めないあまりに、反射的に英語が出ちまった。

 今の封獣の言葉に、聖さんは納得するわけがなく。

 

『ダメです。帰って来てください』

 

「その通り。さぁ帰った帰った」

 

「やだ。今日一日は、八幡とずっといる。この三日間、会えなかったんだから」

 

『はぁ……。比企谷さん、貴方からもなんとか言ってくれませんか?』

 

 いや諦めんなよ。どうしてそこで諦めるんだよ。ネバーギブアップでしょうが。

 

「嫌だから。八幡と離れたくない」

 

「…学校でまた会えるじゃねぇか」

 

「それまで我慢したくない。八幡が隣にいないだけで、すっごく不安なんだってことが改めて分かった。だから、私は離れない」

 

 あのハグは逆効果だった。なら、いっそのこと脅してやればいい。

 

「…そうか。でもな、俺聞き分けが悪いやつ大嫌いなんだよ。都合の良いことだけは聞いて、都合が悪いことは聞かない。そんなやつが一番腹立つんだわ」

 

 そんな嘘をペラペラと並べていくと、封獣の表情は一気に真っ青になる。

 

「…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!八幡に嫌われたら私、どうしたらっ……!」

 

 彼女の表情は絶望そのものだ。女子にこんな顔させるのは気が引けるが、ここは押し通すしかない。

 

「…でも逆に、聞き分けが良いやつは嫌いじゃないな」

 

「わ、分かった。帰るっ、帰るから嫌わないでっ!八幡に嫌われたら、私生きていけないっ…!」

 

 この慌てようはどうだろう。中途半端な対応が、彼女を更に依存させている。元々、そういう傾向の人間なんだろうが、これはマジでやばい。

 今日の封獣を見て、改めて分かった。俺には、彼女の依存性を治すことは出来ない。むしろ、彼女の依存性を後押ししている。

 

「…まぁ、そういうことなんで」

 

『ぬえは本当に比企谷さんのことが好きなんですね』

 

 そんな甘いもんじゃないと思うけど。

 

『では、私が直接そちらに伺ってもよろしいでしょうか?』

 

「あ、分かりました」

 

 どうやら聖さんが車でこちらに来るらしい。聖さんに住所を教えて、一通りの通話を終えた後、封獣に返した。

 

「…私、帰るから。八幡に嫌われたくないから」

 

『えぇ。私がそちらまで伺うことになりましたので、ぬえは比企谷さんの家で待っていてください』

 

 封獣は聖さんとの通話を終えて、ケータイをポケットに直す。すると、彼女は縋り付くようにこちらに寄ってきた。

 

「私、帰るから。これで八幡、嫌いにならないよね?私のこと、嫌いにならないよね?」

 

 先程のことが、あまりにショックだったのか、封獣はこちらを見てそう尋ねる。そんな彼女の瞳は、焦点が合っておらず、言葉通り目が死んでいた。

 

「お、おう……。つか、誰もそんなことで嫌いにはならねぇよ」

 

「じゃあ、嘘、だったの…?」

 

「まぁな。聖さんはお前のことを心配してたし、急に俺の家に泊まるって言って、はいそうですかってならんだろ」

 

「な、なんだぁ……良かった…。私、嫌われてないんだ…」

 

 嫌われていないということに安堵したのか、彼女は力なくこちらに寄りかかってくる。

 

「お、おい……」

 

「嘘ついたからこのままにして。聖が来るまで、八幡と離れたくない」

 

 封獣は俺の服をぎゅっと掴んで、俺の胸に顔を埋める。これが普通のラブコメ展開ならば良かった。

 しかし、俺の青春ラブコメは間違っているのだ。つまり、これも間違っている。

 

 少し経つと、チャイムが鳴る。おそらく、聖さんが来たのだろう。

 

「…ほれ。お迎えだ」

 

 封獣を連れて、玄関のドアを開ける。家の前には、車で来ていた聖さんが立っていた。

 

「あ、比企谷さん。その節はありがとうございました」

 

「いえ…」

 

「ぬえ、早く帰りますよ」

 

「……分かった。ばいばい、八幡」

 

 封獣は不貞腐れながら、車に乗り込んだ。

 

「今日はうちのぬえがご迷惑をおかけして、すみませんでした」

 

「別に、大丈夫です」

 

「では、私達はこれで。お邪魔しました」

 

 聖さんは車に乗り込んで、運転席に座る。エンジンをかけて、車を発進して、我が家から去って行った。

 

「…はあああ……」

 

 俺は大きくため息を吐いた。

 聖さんから電話が来て良かった。あのまま耐え切れる自信はなかったかも知れないからな。

 

「やっぱ怖いわ」

 

 そう一人で呟き、家の中へと戻っていった。

 

 



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彼と彼女達との距離は、少しずつ詰まる。

 私こと比企谷八幡は、博麗達の買い物と封獣の家庭訪問以外は、大体家で引きこもってゲームをしていた。

 

 そしてゴールデンウィーク最終日。生徒会のメンバーで、俺達はふなばしアンデルセン公園へと赴いていた。子ども連れの家族などが多いことで有名な、大きい公園である。

 

「…これ、私が来て大丈夫?周りの人達が不幸に見舞われたりしないかしら」

 

「そんなこと言ってたら、どこにも行けないっての。もうちょっとあんたも楽しみな!ほら、八幡も!」

 

 先輩達の後ろ姿をぼーっと見ていると、小野塚先輩から声がかかる。俺は短く返事し、後から歩いていく。

 

「ふなばしアンデルセン公園……。この景色を見れると思うだけで、疲れが取れそうです」

 

「あたいが選んで良かったですよ。四季様がチョイスしたら、どこに行くことになるか…」

 

「失礼ですね小町。私の判断に誤りがあると言うのですか?」

 

「いや、四季様にゴールデンウィークにどこ行きたいか聞いたら、一発目に潮干狩りって言ったじゃないですか」

 

 なんで潮干狩りなんだよ。ゴールデンウィーク最終日に生徒会メンバー揃って砂浜で潮干狩りとか、どんな絵面だよ。シュール過ぎるわ。

 

「…そりゃ、四季映姫に任せたくなくなるわね」

 

「なっ!何故ですか!?潮干狩り……あれはいいじゃないですか。生徒会の皆で、協力しながら貝を拾う…。絆が深まる、良いイベントでしょう?」

 

「いや、絆を深めるなら体育祭とか文化祭だけで大丈夫だと思うんですよ。誰がゴールデンウィーク最終日に貝拾って絆深めるんですか」

 

「むぅ……」

 

 小野塚先輩の厳しいツッコミに、四季先輩が頬を膨らます。

 え、何あれ可愛い。無意識なのだとするなら、すっげぇ可愛いんですが。

 

「まぁまぁ。とりあえず、歩いて回ろうよ。ここ、ボートにも乗れるらしいよ」

 

 ふなばしアンデルセン公園には、いくつかコースが設けられている。子どもが遊ぶアスレチック主体のコースだったり、ただただこの公園を見回るコースだったり。

 まず俺達向かうのは、南ゲートである。

 

「これは、19世紀のデンマークの民家をイメージした建物です」

 

「流石四季様。博識ですね」

 

 船橋アンデルセン公園には、ところどころにデンマーク要素が詰まった施設が建てられている。ここにいるだけで、デンマークに旅行に来たというお得感がある。

 

 南ゲートを潜った先にあるのは、花壇や噴水が設置している広場である。その先に見える様々な花や、聳え立つ風車が、風情を感じさせてくれる。

 

「綺麗ね…」

 

 鍵山先輩が呟いた。それには俺も同意する。確かに、目の前に広がるこの景色は綺麗だ。

 どうせなら、写真を撮って小町に送ってやろう。

 

「折角ですし、ここでみんなで写真撮りません?生徒会の思い出ってことで」

 

 小野塚先輩がケータイを取り出してそう言った。

 

「…そうですね。こうして集まるのもそうないですし、撮りましょうか」

 

「じゃああたい、撮影してくれる人に頼んできますね」

 

 小野塚先輩は近くに観光客に撮影をお願いする。その観光客は快く承諾してくれ、小野塚先輩が連れてきた。

 

「じゃあ、お願いしまーす」

 

 小野塚先輩はケータイを渡し、噴水の前に立つ。それに続いて、四季先輩、風見先輩、河城先輩、鍵山先輩も並ぶ。

 

「あ、八幡は真ん中な」

 

「いや、別に端でいいんですけど…」

 

「つべこべ言わずに早く来なさい。貴方に拒否する権利はないのです」

 

「裁判官目指す人がその言葉っていいんですかね」

 

「貴方だから大丈夫です」

 

 被告人になった時、裁判官が四季先輩じゃないことを祈ろう。強制的に黙らされて有罪にされてしまう可能性がある。弁解の余地なしかよ。

 

「ほら、早く来なっ!」

 

 小野塚先輩に強引に引っ張られてしまう。

 俺は鍵山先輩、小野塚先輩の間に入れられてしまう。俺の前には、一番背の低い四季先輩が立っている。河城先輩は鍵山先輩の左隣に、風見先輩は小野塚先輩の右隣に立つ。

 

「では撮りますよー。ハイ、チーズ!」

 

 2、3枚くらい撮ってもらい、集合写真は一度、そこで終えた。撮影してくれた観光客にお礼を言って、先程撮った写真を見返す。

 

「…いい写真ね」

 

「そうですね。…良き思い出が出来そうです」

 

「じゃあ、とりあえず回りましょうか。あたい達、まだ南ゲート潜ったばっかですし」

 

「そうですね。では、行きましょうか」

 

 噴水広場から向かうのは、企業花壇のエリア。ここは、企業が出展した多種多様な花々が花壇に植えられているところである。花が好きな風見先輩にとっては、一番楽しめるエリアだろう。

 

「綺麗ね……。ねぇ、八幡。あの花、何か分かるかしら?」

 

 風見先輩が指差した先に咲いていたのは、中心辺りが白く広がっており、その周りには赤紫色に染まっている花々。しかし、俺は花に関しては詳しくないので、風見先輩の尋ねに対して首を横に振った。

 

「あれはインパチェンス。またの名をアフリカホウセンカ。ホウセンカくらいは聞き覚えあるでしょう?」

 

「小学校の頃に花を観察するときに…」

 

「インパチェンスは、アフリカのタンザニアからモザンビークにかけて分布されている花。19世紀にはヨーロッパに紹介され、観賞の対象になったりしたの」

 

 流石は生徒会きっての園芸家、風見先輩。花の知識ならば他の追随を許さない。よっ、生徒会のフラワーマスター。

 

「まだこんなところで楽しみ尽くさないで下さいよ。まだ先はあるんですし」

 

「あらいけない。花となるとどうしてもね」

 

 企業花壇のルートを通り、先程から目立つ場所に聳え立っている風車の前にやって来た。

 

「…本物の風車なんて、初めて見たな」

 

 プロペラ型の風車は何度か見たことあるが、こういうオランダとかにありそうな風車は初めて見た。

 小町に自慢するために、風車を撮り始める。

 

「八幡!」

 

「はい?…って、うぉっ!」

 

 風車を撮っていると、小野塚先輩に強引に引っ張られる。そのまま、右肩に手を回されて引き寄せられる。左腕には、小野塚先輩の二つのメロンが直撃する。

 

「そんじゃ撮るよ」

 

 そう言って、遠慮なく写真を撮った。

 

「あたいとのツーショット。後で送るからね」

 

 小野塚先輩はそう言って離れて、今度は風見先輩と撮り始める。

 あぁ焦った。急に肩とか組んでくるから、俺のこと好きなのかと思っちゃっただろ。

 裏表がはっきりしている人格なだけに、無意識だっていうのがタチ悪い。

 

「後輩くんっ、私達とも撮ろっ!」

 

「あ、はい」

 

 今度は、河城先輩と鍵山先輩との3人で撮ることとなる。河城先輩がケータイを上に掲げて、隣に俺、その隣に鍵山先輩がいるという構図だ。

 そして揃ってから、シャッターボタンを押して、写真を撮る。

 

「ありがと!後輩くんとの写真、そういえばないなって思ってさ」

 

「まぁ会って1ヶ月も経ってないですしね」

 

「後で写真送るから、LINE教えてよ」

 

「別にいいですけど」

 

 俺はいつものように、ケータイを直接預ける。

 

「私がやるの?」

 

「登録方法知らないんで」

 

「そうなんだ…」

 

 河城先輩は素早く操作して、あっという間に登録を終わらせる。

 

「後輩くん、生徒会のグループ入ってなかったっぽいし、ついでに登録しとくね」

 

 引き続き、河城先輩は操作していく。ていうか、生徒会のグループとかあったの?何、俺だけハブられたの?やだそれ泣きそう。

 

「…よし、完了。返すね」

 

 河城先輩からケータイを返してもらい、LINEの友達リストを確認してみた。確かに、河城先輩と生徒会のグループが追加されていた。

 

「…ねぇ」

 

「はい?」

 

 今度は鍵山先輩に声をかけられる。

 

「迷惑じゃなかったら、私も追加していいかしら?」

 

「え?いや、別にいいですけど」

 

 そんな追加されただけで迷惑になることは何一つないし、断る必要がない。

 

「そう。ありがとう」

 

 彼女は単的に礼を言って、ケータイを操作する。少しすると、鍵山先輩のアカウントから追加される。

 グループからアカウントを見つけて追加したのだろう。俺も、彼女に対して追加し返す。追加の方法は知らないが、あちらから追加して来た場合はなんとか出来る。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 四季先輩が先頭を切って、風車のエリアを抜けていく。そのまま歩き進むと、右側には池、左側には草花が咲いており、両方の風景を同時に楽しむことが出来るエリアに到着する。

 水辺には、ボートを貸し出しして漕いでいる客がいる。

 

「楽しそー……あれ、後で私達も出来るんだよね」

 

「…私のせいで沈没しないといいけれど」

 

 この鍵山先輩という人は、どうやらだいぶネガティブ思考である。俺が言えた立場ではないが、何故かネガティブな言葉を発し続ける。

 

「…鍵山雛は、中学の頃に厄神様なんて呼ばれていたらしいですよ」

 

「厄神様って…」

 

 厄神とは、つまるところ災厄を起こす神のことである。四季先輩は、鍵山先輩の話を続けていく。

 

「彼女の周りにいる者は不幸に見舞われる。雛は別に他人が嫌いとかじゃないし、どっちかっていうと交友を深めようと頑張っていました。中学の頃、彼女の周りにいた人達は様々な不幸に遭ってしまったのです。ある時は烏の糞を落とされたり、ある時は水溜りで転んでしまったり」

 

「…でも、それって別に鍵山先輩悪くないんじゃないんですか?」

 

「そう、彼女は何一つ悪くない。しかし、彼女の周りにいた人達は、そうは思わなかったのでしょうね。受験前日に突き指して腹痛起こして熱出して捻挫してって言う、不幸のオンパレードになった人もいましたしね」

 

 それは不幸過ぎる。どこぞの異能を打ち消す最弱さんより不幸じゃねぇか。

 

「…結果的に、鍵山雛は"自分のせいだ"、"私は周りの人を不幸にするんだ"って思い込むようになってしまったのです」

 

 周囲の人間達の悪意が原因で、人一人の人格が歪められてしまったのだ。いつかの封獣の時のように。

 

 周囲が、環境が、世界が間違っていることなんて沢山ある。多数派がいつだって正しいなんてことはない。にも関わらず、世界は多数派の意見が尊重されている。1人が正解を叫んでいても、多数が間違いを叫んでいれば、正解の叫び声は薄れて消える。

 

 まるで、呪い。集団が作り上げた呪いだ。鍵山先輩は悪意により、その呪いをかけられたのだ。つまり、一番の不幸者は他でもない、鍵山先輩本人である。

 

「彼女には、河城にとりや小町がいるから大丈夫でしょうけど。私や風見幽香が生徒会にいる時間は長くない。ですので、もし何かあった場合、彼女を支えてあげてください」

 

「まぁ、なんとか出来る範囲でなら」

 

「…ありがとうございます。貴方が生徒会に来てくれて、良かったです」

 

「…そうですか」

 

 俺にお礼を言われても困る。本当にお礼を言うのならば、俺を生徒会に強制的に入れた稗田先生に言った方がいいだろう。俺は別に、何一つお礼を言われることはしていない。

 

「あら、何の話をしているの?」

 

 鍵山先輩の話をしていたその時、風見先輩が入ってくる。

 

「いえ何も。それより、もうここのエリアはいいのですか?」

 

「2年生達は仲良く歩いているわ。次に向かうエリアはボートハウスらしいわね」

 

「確か、次のエリアではランチが出来る場所があったはずです。少し遅いですが、昼食時間といたしましょう」

 

 もうかれこれ2時間近くは経っており、現在は午後1時半だ。時間が経つのが早いな。

 

「そうだ。八幡には言ってなかったですが、実は私、サンドイッチを作って来たのです」

 

「はぁ……それで?」

 

「八幡の分も作って来たと言っているのです。勿論、小町や風見幽香達の分も作っています」

 

 全然知らんかった。おそらく、生徒会のグループでそういう話になっていたのだろう。

 

「じゃあ、後でお金渡します」

 

「え?いや、別に大丈夫ですよ。私が好きで作って来たのですから、お金はいりません」

 

「俺は養われる気はあっても、施される気はありません」

 

「何が違うの?」

 

 好きで作ってきたのなら尚更のこと、何かを返さなければならない。その意思表示に対して四季先輩は一度、ため息を吐く。

 

「…はぁ。つくづく面倒な人間ですね、貴方は。そういうところが問題なのです」

 

 彼女はそう呆れ呟いたが、何故か笑みを浮かべていた。

 

「こういう時は、会長の顔を立てなさい」

 

 そう告げて、彼女は歩いて行く。ほんの少しだが、小さな身体である彼女の背中が、凛々しく見えた。

 

「四季映姫もああ言ってるんだし、甘えられる時は甘えておくものよ。貴方達と過ごせる時間は、あまり残されていないしね」

 

「……うっす」

 

 風見先輩と俺は、四季先輩の後を追うように歩いて行く。花壇と水辺エリアを通り抜けた後、ボートハウスに到着。

 ここで一旦、昼食時間となる。四季先輩は手に持っていたバスケットを置き、サンドイッチを取り出す。

 

「私がサンドイッチを作ってまいりました。味に関しては小町の保証済みです」

 

「このために今日早起きしてたんですか、四季様。なんだかんだで、一番楽しみにしてたんですね。いつも厳しいけど、そういうとこ可愛いですね」

 

「ふざけたことを言わないで小町。貴女のサンドイッチは抜きにしますよ」

 

「褒めたのに!?」

 

「四季先輩、いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 みんながバスケットからサンドイッチを取り出していく。

 

「八幡、早く取りなさい。後は貴方の分よ」

 

「あ、はい。いただきます」

 

 四季先輩からサンドイッチを受け取り、その場に腰掛けて一口。

 

「…うっま」

 

 めちゃくちゃ美味い。おそらく、俺が食べてきた中でダントツの美味さを誇るサンドイッチである。

 

「…そうですか。それは良かったです」

 

「あっ、四季様照れてる。可愛いですね〜……っていったぁ!?」

 

 四季先輩は徐に、漫画の中の閻魔大王が手に持つ笏を取り出し、小野塚先輩の頭を引っ叩く。ていうかどこから出したのその笏。

 

「お黙りなさい小町。それ以上私を揶揄うと、黒だと判断して有罪にしますよ」

 

「理不尽過ぎません!?」

 

 そんな二人のやりとりを見ていた河城先輩、鍵山先輩、風見先輩の3人は微笑む。それに釣られて、俺も笑みを浮かべた。

 

 これが生徒会の当たり前の日常だと、改めて理解した。こういう日常も、たまには悪くない。そう思いながら、サンドイッチを一口、また一口と食べていく。

 

 美味いわ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 昼食を終えた後、俺達はついにボートを貸し出しすることとなった。一槽あたり3人までらしく、丁度6人いたので2つに分けた。

 結果、俺は河城先輩と鍵山先輩のいるところになった。時間の目安は40分程度。早速ボートを貸し出しして、先程見えた池にボートを浮かべる。

 

「すっごい楽しそう!」

 

「…沈没とか横転しなければいいけど」

 

「今日の天候的に大丈夫だと思いますけどね。つか、沈没しても何も鍵山先輩のせいとはならんでしょ」

 

「だって、私がみんなの不幸を呼び込んでいるから…」

 

 俺とは若干違うようなネガティブ思考。俺も、そこそこネガティブでペシミスティックなところがあると自負しているが。

 

「とりあえず乗ろっか!早く乗らないと、楽しめないよ!」

 

「…そうね」

 

 俺達はボートに乗り込んで、ゆっくりと漕いでいく。漕ぐのは勿論、私比企谷八幡でございます。

 

「しんどくなったらいつでも交代しなよ?」

 

「じゃあ交代してください」

 

「まだ1分も経ってないでしょ…」

 

 ボートを漕ぎながら、太陽の池と呼ばれる水辺を適当に進んでいく。爽やかな風と暖かい陽気がいい感じの眠気を誘ってくる。

 

「なんだか、眠くなっちゃうね…」

 

「絶妙に揺れるから余計にね」

 

 例えるなら、電車の揺れな。疲れた時にあの絶妙な揺れは反則レベル。そのまま終点に着いてしまうルートな。

 ていうか、俺も眠ぃわ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 40分程度、池をボートで漕ぎ回った。ただただボートに乗って、同じところを回っていただけだが、それでも有意義な時間であったと思う。

 ボートハウスでボートを返却し、次にどこに向かうのかを確認するため、マップを開く。

 

「次は、自然体験のエリアですね。どうやら、樹林地や湿地を活かして作られたエリアのようです」

 

 マップに記された道筋の通りに、俺達は歩いて行く。先程のデンマークを感じさせられる華やかなエリアとは一変し、自然体験エリアは、まるで田舎の道を思わせる風景だった。

 

「一気に変わったねぇ」

 

「でも、私はこういう風景も嫌いじゃないわ。落ち着くわね」

 

 ここには、先程のような華々しい花壇がない。しかし、こういう田舎道のようなところも、風情を感じることが出来ていいのではないだろうか。これぞ、自然体験ということなんだろう。

 

「このままマップに記された道筋通りに行くと、太陽の橋に到着します。そこが、最後のエリアになるそうです」

 

 俺達は自然体験エリアを十分に満喫して、最後のエリアである太陽の橋エリアに到着した。橋の端には、綺麗な花々が飾られている。

 彼女達は、橋の(たもと)の金網に身を乗り出して、周りを眺望する。

 

「いい眺めだねぇ」

 

「すっご。まるで人がゴミのよう…」

 

「やめなさいにとり」

 

 この初音ミク擬きは今何を言おうとした。この人、まさか大佐の血を受け継いでるとかじゃないよな。ラピュタかよ。

 

 俺達は最後のエリアを堪能し、最初のスタート地点である南ゲートへと進んでいった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「楽しかったぁーっ!」

 

「…そうね。私も、楽しかった」

 

 みんなは満足した様子だ。午後の3時過ぎではあるが、だいぶ遊び尽くしたという感じである。

 

「四季様は楽しかったですか?」

 

「…えぇ。有意義な時間でした」

 

「そりゃあ良かったです!」

 

 博麗達ともそうだったのだが、こうやって誰かと遊んだりするのは今までの俺じゃあ中々なかったな。大体はハブられたりするし、ハブられてなくても、勝手に比企谷菌鬼ごっこが始まるし。

 

「八幡はどう?楽しかった?」

 

 風見先輩がそう尋ねてくる。俺が返す言葉は、一つだけ。

 

「…悪くなかったです」

 

 少なくとも、今日の一日は悪くない日であった。もっと言うなら、この人達だから、悪くなかったのかも知れない。

 まぁそんなこと口が裂けても言いたくないけどな。言ったら完全にドン引きだよ。

 

 こうして俺のゴールデンウィーク最終日は、幕を下ろしたのだった。

 

「次は必ず、潮干狩りに……」

 

「まだ言います?」

 

 どんだけ行きたかったんだよ潮干狩り。

 

 



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転校生という存在は、面倒なものである。

 ゴールデンウィークも終えて、再び学校生活が始まろうとしていた。後2週間くらい休みがあっても良かったと思うのよ俺は。

 

「はぁ…」

 

「朝からなに辛気臭い顔してんのよ」

 

 自分の席でため息を吐いていると、前の席者である博麗が登校してきた。

 

「この辛気臭い顔はデフォルトだよ」

 

「そうね。あんた元から妖怪みたいな顔付きしてるし。自覚するのは偉いじゃない」

 

 相変わらず小馬鹿にしやがって。このダメ巫女!ばーかばーか!

 

「あ?」

 

「ひぃっ」

 

 暗殺者の眼力再び。俺まだ何も言ってないのに睨まれたんだけど。こいつ勘が鋭過ぎないかね?

 

「霊夢、八幡!おはようだぜ!」

 

「おはよう」

 

 霧雨とマーガトロイドが登校して、こちらの席にやってくる。

 

「今度はうるさいのが来たわね」

 

「私そんなにうるさくないだろ!なぁ八幡?」

 

「俺に聞くなよ。知らん」

 

「なんだよそれ!…あ、そうだ!うちのクラスに、転校生が来るらしいんだぜ!」

 

 転校生とは、また学校らしいお約束展開だ。まぁ関わることはないから、あんまり興味はないが。

 

「それ、誰が言ってたの?」

 

「文から聞いたぜ!」

 

「嘘じゃないの?あいつの作る新聞って大体嘘だらけのゴシップばっかじゃない」

 

 酷い言われようですが、大丈夫ですか文さんとやら。

 

「いえ、元々空いてる場所に机を置いているあたり、あながち嘘ではないと思うわ」

 

「じゃあ本当に転校生来るの?私全く興味ないんだけど」

 

「それは俺も同感だ」

 

 そうして話していると、ホームルーム開始のチャイムが流れる。霧雨とマーガトロイドは自分の席に戻る。教室には、稗田先生が入ってくる。

 

「おはようございます。ゴールデンウィーク明けで突然ですが、私達のクラスに転校生が来ます。では、入ってきてください」

 

 教室に入ってきた新たなクラスメイトは、どこかで見覚えのある顔だった。銀髪にボブカットで、もみあげあたりから三つ編みで結び、その髪の先には緑のリボンを付けた女の子。

 

「では、自己紹介を」

 

「…十六夜咲夜と申します。以後、お見知り置きを」

 

 あ、思い出した。メイド姿をしてたあの時の女の子。まさか転校生があの時のメイドさんって、何この偶然。なんか誰かに運命を操られてそうで怖い。

 とりあえず目を合わせるのはやめとこう。面倒なことになりかねない。そう考えた俺は、すぐさま顔を伏せたのだが。

 

「あら、八幡じゃない。奇遇ね」

 

 空気読めこらメイド。俺目を合わせたくないから顔伏せたのになんで名前呼ぶかな。

 

「あんた、あの転校生と知り合いなの?」

 

「知らん。知ってても知らん」

 

「結局どっちよ」

 

「十六夜さんに知り合いがいたのでしたら話が早い。比企谷くん、彼女に学校のことを教えてあげてください」

 

 ほら見たことか。やっぱり面倒くさいことになったじゃねぇか。最初から机に伏せておけば良かった。

 いや、まだ諦めるのは早い。ここは粘り強くいかなければ。

 

「いや、俺じゃなくても…」

 

「いいですね?」

 

 稗田先生の笑みが怖く感じたのは俺だけですかそうですか。何なのあの圧。怖い。

 

「では、あそこの席に座ってください」

 

「分かりました」

 

 十六夜は、空いた席に向かって歩き始めた。途中、俺の席の近くで立ち止まり。

 

「よろしくね、八幡」

 

 とだけ言って、自分の席へと向かって行った。

 転校生って基本的にあれだよな。面倒ごとしか持ってこない存在だよな。ソースはアニメとラノベと漫画。

 最近の漫画やラノベでは、ある転校生は教室の後ろ側を破壊して入ってくるし、ある転校生は男装をした女の子だったりするし、ある転校生は男性アレルギーって言ってなんか怖いし。

 

 高校生諸君よ。転校生に淡い期待をするべからず、だ。勉強になったな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 時は昼休み。

 

「八幡」

 

 俺が席から離れようとすると、十六夜が話しかけてくる。

 

「校内を案内してくれるかしら。10分間の休憩じゃ行けるところなんて限られてるし」

 

「私が教えてやるぜ?」

 

「遠慮しておくわ。私は八幡に頼んでるから」

 

「…あんた、折角教えてやろうって人間に対しての態度じゃないわね」

 

「あらごめんなさい。気に障ったのなら謝るわ。それで、教えてくれるのかしら?」

 

 え、何今のミニ修羅場展開。八幡今の付いていけなかったんだけど。

 正直、教えるのは面倒だが、稗田先生に何か言われる方が尚更面倒な気がする。ベストプレイスでゆっくりしたかったのだが、仕方がない。

 

「…分かった。って言っても、入学してまだ1ヶ月で知らんところもあるが……それでもいいか?」

 

「えぇ、構わないわ」

 

「そうか。ならさっさと行くぞ。早くゆっくりしたい」

 

 俺は十六夜をを連れて、教室から出て行った。俺はこの時、彼女のことを頭に入れていなかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 とりあえず、授業などで使いそうな教室や体育館、食堂など、最低限の場所を教えて回った。

 

「…粗方教えて回ったからこれでいいだろ」

 

「えぇ、ありがとう」

 

 すると、そんな時。

 

「……八幡。誰、その女」

 

 背後から、凍えるような低音の声で俺の名を呼ぶ。この声は、間違いなく彼女である。

 振り向くと、そこには。

 

「…封獣」

 

 封獣のことを完全に忘れていた。今日は珍しく、休み時間に来ないもんだったから、頭に入れていなかった。

 彼女は、こちらに対して淀んだ瞳で鋭く睨みつける。

 

「…お前、誰だよ」

 

「私?私は十六夜咲夜。八幡のクラスに転校してきたの」

 

「あっそ。じゃあ単刀直入に言うけど、今後一切、八幡に近づくな」

 

「?どうしてかしら?何か近づかれると困ることでもあるの?」

 

「八幡は私のものなんだよ。私以外の他の女が近づいていいわけないだろ」

 

「私のものって……八幡は誰のものでもないじゃない。あまり束縛はよろしくないわよ、エゴイストさん」

 

「あぁ?」

 

 仲良くしてっ!…と言いたいところだが、多分これもう無理なやつ。封獣はおそらく、誰に対しても相性が悪い。俺のことになると尚のことだ。

 どうしよう、この修羅場。原因が俺なわけなんだけど。

 

「転校生は大人しく教室にいればいいじゃん。ていうか、なんで八幡と二人で一緒にいるわけ?」

 

「私は転校生よ?校内のことは知っておかなければ、後々困るでしょう?」

 

「だったら博麗の巫女や人形使いにでも聞けばいいじゃん。よりにもよってなんで八幡なんだよ」

 

「八幡とは以前に会っていてね。ナンパされていた私を、颯爽と助けてくれたのよ」

 

「はぁッ!?ど、どういうこと、八幡!?」

 

 聞き捨てならないといった表情で俺に詰め寄って、しがみつく封獣。

 あのメイド余計なことばっかり言ってくれる。事実なのはともかく、今の封獣にそれを言えば間違いなくアウトなのだ。

 

「お、落ち着けって。確かに助けた……のかどうかは分からんが、ただそれだけだっつの」

 

「嫌だ!私以外の女に八幡が手を差し伸べるなんて嫌だ!確かに、八幡のそういうところは優しいよ?…でも、私は嫌だ。私以外に、八幡が手を差し伸べるなんて、死んでも嫌だッ!」

 

 封獣は相変わらず支離滅裂なことを叫び始める。過ぎたことをあれこれ言われてしまっても、俺にはどうしようも出来ない。

 

「…大体、あんなやつ放っておけば良かったのに。八幡が助ける必要なんてないよ」

 

「お前……」

 

「どうやら初対面でだいぶ嫌われてしまったわね、私は」

 

「うっさい。お前もうどっか行けよ。邪魔」

 

 封獣は憎しげな目付きで十六夜を睨みつける。対して十六夜は臆せず、ただ一つ、ため息を吐いた。

 

「…校内の案内、ありがとう八幡。先に教室に戻ってるわね」

 

「お、おう……」

 

 十六夜は一人先に、教室へと戻っていった。封獣は変わらず、俺にしがみついたままだ。

 

「…そろそろ離してくれ。まだ昼飯食ってないんだよ」

 

「嫌、嫌だから。私以外に優しくしないで」

 

 結局、昼休みが終えるまで封獣は離れなかった。十六夜の登場で、俺に対する束縛や独占欲が激しくなった。

 ほら、やっぱり転校生とは面倒な存在なのだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 放課後。いつものように、封獣を命蓮寺に連れ帰り、その後再び学校に戻ってきた。すると正門の前には、大きいリムジンが停止している。

 金持ちな生徒もいるのだと思い、あまり気に留めなかった。

 

 声をかけられるまでは。

 

「あら、八幡じゃない」

 

「え?」

 

 聞き覚えのある声に名を呼ばれ、反射的にそちらに振り返る。そこには、十六夜と、見知らぬ人物達が立っていた。

 

「帰ったのではないの?」

 

「生徒会だよ。まぁ生徒会の前に野暮用があったから一時的に外に出ただけだ」

 

 十六夜と話していると、十六夜の周りにいる人達がこちらに注目する。どうやら、見た感じ十六夜の知り合いのようではあるが。

 

「…咲夜、この人間は知り合いなの?」

 

「はい。以前にお話しした殿方です」

 

「あぁ……確か咲夜を下品な男どもから助けたって言う…」

 

「へぇ〜。いい人じゃないですか」

 

 なんだか知らんが、知らんうちに俺のことが周知されているようだ。すると、日傘を差している少女がこちらに歩いてくる。水色が混じった青髪に、血のように紅い瞳。

 ある程度近づくと、こちらを確かめるかのようにじっと見つめてくる。

 

「…な、何ですかね?」

 

「……ふうん。貴方のその濁った瞳、天性のものじゃないわね。きっと、過去に苦く辛い体験を幾度となく受けたのでしょうね。でなければ、このように荒んだ目は出来ない」

 

 この人の瞳を見ていると、あの人を連想してしまう。何故か俺に目をつけてきた、この学校長に。

 

「…貴方、確か比企谷八幡と言ったわね。咲夜から聞いたわ」

 

「あ、はい」

 

「うちの従者を助けてくれて礼を言うわ。中々、肝が据わってるのね」

 

「そこまで大したことしてないんすけど…」

 

「へぇ……ふうん……」

 

 彼女は引き続き、俺を見つめる。俺を、というより俺の目を。

 

「…決めたわ。貴方、私の従者になりなさい」

 

「は?」

 

 従者になる?誰が?俺が?

 

「実は私ね、他人の運命を見ることが出来るの。例えばあそこにいる仲睦まじい男女は、後1週間で別れるわね。原因は彼女の浮気」

 

「え、ちょ…」

 

「あの中年は、近いうちに解雇される。お金を横領した罪でね」

 

 この少女は、次から次へと予言めいたことを放ち始める。これは他人の運命を見るって言うより…。

 

「未来予知、が得意なんですか?」

 

「まぁ簡単に言えばそうなるわね。一眼見れば、大体その人間の運命は読めるわ。例えば、誰がいつ、何が原因で死ぬかも、ね」

 

「嘘だろおい…」

 

 そんな突飛的な話を聞かされても、はいそうなんですか、と簡単に納得することが出来ない。大体それが本当の話なのなら、今頃世界はこの少女に掌握されている。

 

「…本当よ。信じることは難しいけれど、事実なのよ」

 

 とはいえ、本当の話かも知れない。何故なら、彼女がそういう出鱈目を言うメリットがないからだ。たかだか俺にそれを言ったことで何になるというのだ。加えて、今の十六夜の擁護。これも、嘘をつくメリットがない。

 

「話を戻すわね。私は一眼見れば、その人間の運命を見ることが出来る。その気になれば、私が介入して運命を操ることもね。…けれど、貴方の運命は分からないの。貴方の運命だけは不確かなのよ。そんなの、今まで見たことがない」

 

「…つまり、俺の未来が分からない、ということですか?」

 

「そうなるわね。私にとって、見えない運命なんて初めてのことだから。だから、貴方を従者にしたい。私の側に置くことで、貴方の運命を見定めたい」

 

 俺はあれか。その辺のやつとか、その他大勢の中ですら、特殊になれる逸材なのかよ。俺いつの間にそんな能力持ってたのん?神かよ。

 

「名を申し遅れたわ。私はレミリア・スカーレット。今日からこの学院に転校することになった3年よ」

 

 背丈だけならば四季先輩や稗田先生と変わらないレベル。年上ってこんな人ばっかりいるのかしら。

 

「それで、私の従者になってくれるかしら?」

 

「遠慮します。面倒なんで」

 

 はいクールに断ってやったぜ。誰が知らぬ人間の従者になるかよ。大体、働きたくないっつの。

 

「……へぇ」

 

「っ!?」

 

 スカーレット先輩の表情が変わった。先程の和やかな雰囲気ではなく、目先の獲物を捕らえることに執着する狩猟者の表情。

 

「私に逆らうなんてこと、出来るの?言ったでしょう?私が介入すれば、その人間の運命を操ることも出来るって」

 

「生憎、偶然も運命も宿命も、俺は信じないんで。他人に自分の運命を決められるなんて、真っ平御免です」

 

 確かに彼女が介入すれば運命は変わるのだろう。しかし、そんなものは本物じゃない。他人の強制的な介入で変わる運命なんざ、その程度の運命だってことだ。酷い偽物だ。

 

 俺の返答に対して気に入らなかったのか、スカーレット先輩は。

 

「…咲夜。捕らえなさい」

 

「え」

 

「分かりました、お嬢様」

 

 素早い動きで十六夜がこちらに向かってくる。これ捕まったらやばいやつや。完全に死ぬやつやこれ。

 

 俺は全速力で校舎の中へと逃げ込む。逃げる先は決めていないが、とりあえず彼女を撒くことが先決だ。

 

「撒けるとお思いで?」

 

「げっ」

 

 気付けば、十六夜が背後にぴったり忍んでいた。そして、制服の後ろの襟を掴まれてしまい、敢えなく捕獲されてしまった。

 

「大丈夫よ。流石に誘拐なんてことはしないわ………多分」

 

「多分って言うなよ怖いよ」

 

 最後の一言でめっちゃ怖くなったんだけど。え、俺食べられちゃうの?捕食されるの?

 俺は十六夜に連れられ、正門へと逆戻りになってしまった。

 

「ひとときの抵抗は気が済んだかしら?」

 

「無理ゲーでしょ普通に。気づいたらすぐ後ろにいるとか怖ぇよ」

 

「ふふ……咲夜は中々スペックが高いからね。万能と言っても過言ではないわ」

 

「…それで、俺捕まえてどうすんですか。俺従者とか嫌なんですけど」

 

「あら、お給料は出してあげるから心配はいらないわよ?」

 

「いや、単純に働きたくないだけなんですが」

 

「そんな言い訳世の中に通じないわよ?諦めなさい。…咲夜、美鈴。リムジンに乗せなさい」

 

 やっぱりこれ誘拐じゃない?この人ら軽く罪を犯しているんですが、大丈夫なんですか。

 

「大丈夫よ。何も牢に入れるわけでもないし、拷問をする気もない。ただ、しばらくは家に帰れないと思いなさい」

 

「や、うち妹がいるんですけど……」

 

「なら、妹さんに"しばらく友人の家に泊まるから"って伝えなさい」

 

「俺友達とかいないんですけど……」

 

「えぇ……」

 

 そんな呆れられても。事実なんだから仕方ないだろ。自分で友達いないって悲しい思いする俺の気持ちにもなってみろ。

 

「…じゃあ妹に電話なさい」

 

「俺拘束されてんですが。ていうか、鞄を教室に置きっぱなんですが」

 

「貴方本当に面倒がかかるわね。咲夜、この人間の鞄を持って来なさい。美鈴、ケータイを取り出して妹に電話をかけなさい」

 

「分かりました」

 

 十六夜は校舎の中に戻り、美鈴とかいう人は俺のポケットを探ってケータイを取り出す。そのままケータイを弄って、小町に電話をかけた。

 え、ちょっと待って。

 

「パスコードは?」

 

「指紋が一番濃く付いている場所を見極めれば開けました」

 

 何その神業は。この人本当に人間かよ。

 そんな神業に心の中でツッコんでいると、小町の声が聞こえてくる。

 

『もしもしお兄ちゃん、どしたの?』

 

「あ、すいません。八幡さんの妹様、ですか?」

 

『え?は、はい。そうですけど…』

 

「私、八幡さんの友人の紅美鈴(ホンメイリン)という者なのですが。しばらく友人達とお泊まり会をするとのことなんですが、八幡さんの参加に妹様のご許可をいただければと」

 

「こっ…!」

 

 小町に助けを呼びかけようとするが、紅のもう片方の手で強引に口を塞がれる。

 小町、頼むから気付いてくれ。そいつは生粋の大嘘つき野郎だということに。

 

『あ、はい!全然構わないですよ!むしろどんどんお兄ちゃんをお誘いしてやってください!』

 

 小町いいぃぃぃぃッ!!何をあっさり承諾してるんだ小町いいぃぃぃぃッ!!

 

「あ、そうですか!ありがとうございます!では、失礼します!」

 

 そうして、紅はピッと通話を終えて、ケータイを返してくる。

 

「妹様の許可はいただきました!」

 

「よくやったわ、美鈴」

 

 よくやったじゃないよ?何してくれてんの?人の妹に嘘ついて誘拐するとか悪魔かよ。

 

「お嬢様。八幡の鞄を持って来ました」

 

「…これで、もう逃げられないけど。まだ抵抗する?」

 

 命の危険性はとりあえずないし、痛めつけるということも無さそうだ。このスカーレット先輩の楽しみのためだけに誘拐されるのは意味分からんけど、これ以上抵抗出来るカードがない。

 

「…分かった。どこへでも連れて行け」

 

 これ以上は何をしても無駄だ。潔く諦めることも、時には必要なのだ。

 

「よろしい。では、向かいましょうか。我が館、紅魔館(こうまかん)へ」

 

 俺はリムジンに乗せられ、逃げることが敵わず、スカーレット先輩が住んでいる紅魔館とやらへと出発して行った。

 

 小町よ。お兄ちゃん、小町が悪徳詐欺とかに騙されないか心配になるんだけど。

 

 



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高貴なる彼女は、苦悩していた。

 前回の話を少し振り返ろう。突然、うちのクラスに以前、俺が助けた十六夜咲夜が転校生として現れる。その日の放課後、十六夜咲夜の関係者であるレミリア・スカーレットに目をつけられ、誘拐された。以上。

 

 なんだこのあらすじ。悪い予感しかしないあらすじだな。

 

 そんなあらすじを振り返っていると、目的の地に到着した。

 

「さぁ、降りなさい」

 

 俺はリムジンから降りる。目の前を見ると、スカーレット先輩の瞳のような、紅を基調とした外装の館が聳え立っていた。

 

「あっか…」

 

「これが私の館、紅魔館よ」

 

「名前すげぇな」

 

 外装はほぼ紅色しかない。規模にも驚かされるが、館の名にも驚かされる。どう考えても異世界にありそうな館だこれ。最近出来たにしても、こんな目立つ館が千葉にあるのなら、噂になっていたはずだ。

 

「では、入りましょうか」

 

 スカーレット先輩に連れられ、紅魔館の庭へと入っていく。大きな門に大きな扉。おまけに庭には噴水や花園が備えられている。

 

 ついに館に入ると、外装と同じく、内装の色は紅を統一している。目がチカチカしそうになる。ついでに言うと、中広い。

 

「私は部屋に戻るわ。咲夜、後のことは任せるわ」

 

「分かりました。…では行くわよ、八幡。美鈴はいつものように、門番の仕事よ。眠ったりしたら、叩き潰すから」

 

「えぇ……」

 

 紅は文句を垂れながら、目の前から去っていく。

 

「まずは、服装ね。更衣室に行くわよ」

 

「お、おう……」

 

 これからしばらく、強制的な仕事が始まるのだ。まだ志望すらしてないのに無理矢理連れられて、無理矢理仕事を強いられる。ある意味ブラックだなこれは。

 

 長い廊下を歩かされて、更衣室に連れて行かれる。男性用と女性用の二つの更衣室の扉の前に到着する。

 

「クローゼットには男性用の制服も揃っているから、勝手に調整して着てちょうだい。着替え終わったら、廊下に出て待ってなさい。私も着替えるから」

 

「あ、おう…」

 

 そう告げた十六夜は、女性用の更衣室に入っていく。今周りには誰いないし、頑張って逃げることくらい出来そうだ。

 

「ちなみに言っておくけど、外に出ようとしても無駄だから。至るところに監視カメラが付いているし、問題が発生した瞬間に警報がなるから」

 

 大人しく着替えるとしよう、うん。勝手に逃げるだなんて失礼なこと、誰がするかっての。

 

 俺は男性用の更衣室に入り、制服から執事服に着替え始める。鏡を見てみると、中々に似合わない俺ガイル。

 

「コスプレかよ……」

 

 そう呟きながら廊下に出ると、同じタイミングでメイド姿の十六夜も出てくる。

 

「…似合わないわね」

 

「うるせぇ」

 

「それじゃあ、まずは館内の説明ね。先程の私達が入った玄関がエントランスホールよ。次は、大図書館に向かうわ」

 

「大図書館?この館図書館もあんのかよ」

 

 紅魔館ってスケールでかいな。館の中に図書館まであるとは。書斎、ならまだ分かるが。

 

「じゃあ行くわよ」

 

 十六夜の案内により、俺は大図書館とやらに向かった。どうやら館の地下にあるらしく、階段を降りていく。階段を降りて、また廊下を歩いていくと、入り口らしき扉を発見する。

 

「ここが大図書館。ここには世界中の本が揃っているわ」

 

「嘘だろ…」

 

「本当よ。そして、この大図書館を管理しているのはパチュリー様。レミリアお嬢様の友人よ」

 

 ということは、スカーレット先輩と同じ三年生ってことか。

 あれに友人とかいたのかよ。唯我独尊過ぎて、友達がいないものだと思ってた。

 

「じゃあ開けるわ。決して粗相のないようにね」

 

 十六夜が大図書館の扉を開ける。開けた先に見えたのは、多量の本棚。大学の図書館やそこら辺の図書館すら小さいと思わせるほどの部屋の大きさ。

 

「でけぇ…」

 

「ここが大図書館。あのまま奥に進めば、パチュリー様がいるわ。一応今日からしばらく紅魔館の執事なのだし、挨拶くらいはしておきなさい」

 

「無理矢理なんですけどね。分かってる?そこ」

 

「レミリアお嬢様の申し付けは絶対よ。そろそろ諦めなさい」

 

 命に関わらないからといって、自由を奪われるのは納得いかない。自由が欲しい。

 

「パチュリー様」

 

 十六夜が奥へ進み、パチュリーという名の人物に声をかける。

 

「…何かしら。私、本を読んでいる最中なのだけれど」

 

「本日、紅魔館に新しい執事がやって来たということで、ご紹介をと」

 

「執事?ということは、レミィも認めたということ?」

 

「実際には、レミリアお嬢様が連れてきたと言うところです」

 

「…レミィが人を連れてくるなんて。意外なこともあるものね。…で、その執事とやらは?」

 

「はい。…八幡、こっちに」

 

 俺は本棚と本棚との間を通り、パチュリーという人物がいるところに向かう。段々と、その姿は見えてくる。

 

 長い紫髪の先をリボンでまとめ、紫と薄紫のが入った縦縞(たてじま)が入った、ゆったりとした服を着用している。さらにその上から薄紫の服を着ており、ドアキャップに似た被り物を被っている。

 

「死んだ魚の目みたいだけど。大丈夫なの?この執事」

 

「それは私にも……。ただ、レミリアお嬢様が唯一、運命を見ることが出来ない人間でしたので」

 

「…それで彼を連れてきたのね。大方、その運命を見定めるために従者にしたってところでしょう。……貴方、名前は?」

 

「比企谷八幡です」

 

「私はパチュリー・ノーレッジ。この大図書館を管理している者よ。まぁ貴方の仕事ぶりなんて興味ないから、精々頑張りなさい」

 

 そう言って彼女は、ノーレッジ先輩は目線をまた本に移す。彼女が今読んでいるのは、フランソワ・ラ・ド・ロシュフコーが執筆した本。

 その名は。

 

箴言集(しんげんしゅう)…」

 

「…驚いた。貴方、この本を知ってるの?」

 

「え?あ、はい。…この本は、ロシュフコーの辛辣な人間観察がそのまま浮かび上がる内容ですよね」

 

 彼が執筆した内容は素晴らしいに尽きる。大先輩と言っても、過言ではないだろう。

 

「…意外。貴方、本を読むの?」

 

「まぁ暇な時があれば」

 

「そう…。…ここには、ありとあらゆる本が揃っているわ。貴方も生粋の読者なら、気になる物はあるはずよ。この部屋は開けているから、暇があれば来てもいいわよ」

 

「あ、どうも」

 

 捕らえられている身で暇があればいいんですがね。

 

「では、私どもはこれで失礼します。行くわよ、八幡」

 

 俺達は大図書館を後にして、廊下へと出て行く。

 

「では、次はお嬢様の部屋ね」

 

 長い廊下を歩いていると、暗闇に包まれた階段を発見した。

 

「十六夜。ここは?」

 

「…貴方には関係のないところよ。後、そこ普段から立ち入り禁止だから。決して入らないようにね」

 

 あからさまに、十六夜の様子が少しだけ変わる。人間観察が得意とする俺にはすぐ分かった。こいつは、何か隠している。俺に、他人に見られてはいけない何かがあるのだろう。

 

 とはいえ、隠すということは、何か教えたくないことがあるのだろう。普段から立ち入り禁止らしいし、俺もあまり面倒ごとには突っ込みたくない。気にしない方がいいのだろう。

 

「…分かった。元からそんな興味ねぇし」

 

「話の分かる人で良かったわ」

 

 謎の階段を一旦スルーして、スカーレット先輩の部屋へと赴く。あちらこちらと歩き回り、ついにその部屋へと辿り着いた。部屋に辿り着いた時には、俺は息を切らしていた。

 

「…広くね?この館」

 

「地下もあるから余計にそう感じるだけよ。それじゃあ、入るわよ」

 

 十六夜はドアをノックし、「失礼します」と一言を言ってから入室する。面接か何かかよ。

 

「八幡、早く入りなさい」

 

「あ、悪い」

 

 俺も慌てて部屋に入る。大きいクローゼットにカーテン付きのベッド、煌びやかなシャンデリアなど、一人の部屋にしては豪華すぎる部屋であった。

 スカーレット先輩は、片手にワイングラスを持って玉座に座っていた。中の液体は、異様に赤い。

 

「…咲夜は一度、仕事に戻ってちょうだい。八幡と話したいことがあるから」

 

「分かりました、お嬢様」

 

 十六夜はスカーレット先輩の指示に従い、部屋から退出していった。十六夜が出て行くと、スカーレット先輩が話を切り出す。

 

「さて、今日から私の従者になったわけだけども」

 

「そこまで家事得意なわけじゃないんですけど」

 

「咲夜に教わればそこそこ上達するわよ。大体、私はそんなことのために貴方を連れてきたわけじゃないの。言ったでしょう?貴方の運命を見定めたい。そのために、私の手元に置きたいの」

 

 封獣も校長もそうなんだが、俺の周りに集まる女子ってこうもエゴイストばっかりなんだろうか。

 

「…で、それで俺にどうしろと?」

 

「とりあえず、話が聞きたいわ。もしかすれば、何か見えてくるかも知れないし」

 

「アメリカンジョークなら持ち合わせてないですが」

 

「貴方の話だってこと流れで分からなかった?」

 

 怒られちった。

 といっても、あまり他人に自分の話はしたくないしな。あまりよろしくないことばかりだし。

 

 何か面白い話はないだろうかと、ふと考える素振りをして視線を右に向けると、部屋にある机に、小さなフォトフレームが立てられていた。

 写真には、十六夜に紅に、ノーレッジ先輩、そしてスカーレット先輩が写っていた。隣には、スカーレット先輩に似ている金髪の髪色をした女の子が写っていた。見た感じ、妹っぽく見える。

 

「…先輩に妹とかっていたんですね」

 

 単なる確認。別に何か企んでいたわけでなく、興味本位で聞いただけだった。

 なのに、スカーレット先輩の様子は一変している。この光景、先程の十六夜と同じ状況だ。ということは、聞かれたくない内容なのだろう。

 

「……まぁね」

 

「まぁ家庭の事情は色々あるでしょうし、部外者の俺が首突っ込む筋合いはないですから、あまり聞かないでおきます」

 

「…全てお見通しってこと?」

 

「いや、地下の階段と妹さんがなんらかの関係があるんじゃって勝手に思ってただけです」

 

 地下の階段にスカーレット先輩の妹。そしてこれだけ案内されていたのにも関わらず、妹の姿を見ていない。様子を見た感じ、妹をなんらかの理由で地下に住まわせている、といったところだろうか。

 

「…そうね。従者である以上、貴方にも話す必要があるわ」

 

「や、別に無理して話さなくても…」

 

「いえ、いいの。どのみち、後々知ることになるでしょうし。それが早いか遅いかの話よ」

 

 スカーレット先輩は大きく息を吸って、そして吐く。一度、間を取って、改めて話を始めだして行く。

 

「…私の妹、フランドール・スカーレットっていうの。私と違って、天真爛漫でいい子だと思っていた。()()()までは」

 

「あの時?」

 

「実はフラン、重度の精神的な病気を患っていたの」

 

「えっ…」

 

「気がついたのは私が中学1年生の頃。フランは突然暴れだして、辺り構わず壊し始めたの。咲夜や美鈴がなんとか取り押さえたけど、それでも暴れていた」

 

 重たい話だった。従者という肩書きだけの部外者が、軽く聞いていい話ではなかった。

 スカーレット先輩は、話し続ける。

 

「フランのそれは、突発的に起こるの。一度、パチェ……パチュリーを殺しかけたこともあったの」

 

「マジ、ですか…」

 

「そんな状態のフランを病院に向かわせたら、間違いなく他の人間にまで被害が及んでしまう。だから私は考えた。…大図書館の更にある地下部屋に、フランを閉じ込めてしまおうと」

 

 この後の話は、大体読めた。突然暴れだすスカーレット先輩の妹、フランドールと一緒のテーブルでお茶したり、食事をするわけにはいかない。なら、被害が及んでも大丈夫な地下に幽閉すれば、フランドールは誰も傷つけずに済むし、誰も傷つかずに済む。

 

「でも、私はこれが正しいと思っているわ。間違いだとは思わない」

 

「…そうですか」

 

「…私のこと、嫌悪したかしら?」

 

 妹のため、そして十六夜達のために、そういう手段を取ったのだ。それが最悪の手段である幽閉だったとしても、誰も彼女を責めることなんて出来ない。

 

「…妹のために、十六夜達のためにそうしたのならいいんじゃないんですかね。妹さんは納得してるんでしょ」

 

「…いえ。フラン、暴れた時の記憶だけが曖昧なの。だから自分が周りを壊したことや、パチェを殺しかけたことを覚えてないの。けれど、閉じ込めた当時、フランは小学生。そんなことを言って、パニックになるのが目に見えてる」

 

「ということは、事情を話さずに幽閉したってことですか?」

 

「…今の彼女の歳なら、おそらく自分の症状に気付いているだろうけどね。けれど、なんで私を閉じ込めたって、私を憎んでる。恨んでる。…姉として失格よね。きっとあの時の私は、暴れるフランを危険視していた。だから、暴れだしても大丈夫な地下に幽閉したの。自分の身を優先して、フランをあんな暗闇に閉じ込めて。挙げ句の果てに間違ったことをしていないと、自分を正当化して…」

 

 彼女は酷く後悔しているようだ。妹を地下に幽閉したことを。

 

 おそらく今のフランドールは、精神的に病んでいる。地下に幽閉されて尚、その歪みが大きくなっていることだろう。

 

 話し合いは、不可能に近い。だがこのまま放っておけというのだろうか。他人の家の事情に首を突っ込むなんて傲慢でしかない。だが、妹を持つ兄として、あまり見過ごしたくはない現実なのだ。

 

「…分かりました。じゃあとりあえず、話してみます」

 

「い、いいわよ、そんなことしなくても。これは私達紅魔館の問題。部外者である貴方が動く必要なんてないわ」

 

「…まぁ紅魔館の問題は紅魔館が解決すべきですけどね。けど」

 

 しかし。

 今の俺はただの比企谷八幡じゃない。高校生でありながら、職を持っている今の俺は。

 

「強制的とはいえ、今の俺は紅魔館の執事で、あんたの従者です。従者なら、主人の悩み事ぐらいスパッと解消するんじゃないんですかね。知らんけど」

 

「あっ……」

 

「俺に妹がいるのはさっき知りましたよね。困っている妹のために、兄や姉は動かなきゃならない……。年上の役割って、中々面倒ですよね」

 

 小さい頃の小町が家出したくらいだからな。あの頃は、俺が探しまくって見つかったけれども。年下を持つ者は、色々と大変なのだ。

 

「…まぁそういうことなんで」

 

 俺はそれだけ言い残して、先程の謎の階段へと向かう。

 

 今、俺が動いているのは、頼まれたからではない。単なる自己満足のために動いているのだと思う。余計なお世話だと、言われてしまうかも知れない。

 それでも、妹という存在は、いつだって幸せにならなければならない。そのために、兄や姉がいる。妹を幸せにするのは兄、あるいは姉の義務である。

 

 つまり、小町を幸せにするのは俺である。異論は認めん。

 

 



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千葉の兄は、妹という存在に甘い。

 

 啖呵切ったのはいいが、ぶっちゃけると何をすればいいか分からない。精神的な病を俺が治すとか不可能だし。とりあえず、フランドールと話を交わさなきゃ分からないままだ。

 

 俺は広い館の廊下をあちらこちら歩きながら、先程見つけた大図書館の更に地下に繋がる階段へと向かった。歩くこと10分して、ようやく辿り着いた。

 

「…ここだな」

 

 誰もいないかと周りを警戒して、謎の階段に足を踏み入れた。降りて行くにつれて、段々と薄暗くなる。階段を降り、壁に触れながら歩いていく。すると、重々しく見える扉が見えて来た。

 

「…これか」

 

 流石にいきなり入るのは失礼だと思い、扉にノックをする。しかし、何も返って来ず。何度かノックをするが、うんともすんとも言わない。

 

「…仕方ない」

 

 寝ていたなら戻るし、いなかったとしても戻る。

 

 俺はドアノブに手をかけて、扉を開ける。開けた先に広がるのは、荒んだ部屋の風景だった。

 割れた鏡、千切られたぬいぐるみの数々、そして、返り血のようなものがそこらじゅうにこびりついていた。

 

 部屋の真ん中には濃い黄色の髪を持ち、その髪をサイドテールにまとめ、その上からナイトキャップと呼ばれる帽子を被った、華奢な女の子が立っていた。

 

「…だぁれ?」

 

「…紅魔館の執事になってしまった、比企谷八幡だ」

 

「ヒキガエル・ハイマン?」

 

「違ぇよ。なんだその奇妙な名前の外国人は」

 

 ていうか小学の頃の俺のあだ名を、何故こいつは知っているんだろうか。

 

「…フランドール・スカーレットだな」

 

「私のこと知ってるんだ」

 

「まぁな。それより、さっきまで何してたんだ?」

 

「お人形遊び。でも、すぐ壊れちゃう。こんな風にね」

 

 そこらに転がっていた、熊のぬいぐるみであろうものを拾って見せつける。片手片足がもぎ取られ、目もくり抜かれていた。

 

「毎日毎日同じことの繰り返しでつまんない。誰もこの部屋には来ないし、来たとしても咲夜やお姉様がご飯届けに来る程度だし」

 

「ずっと引きこもるのも考えものだな」

 

 何年も地下に幽閉されていたんじゃ、気が狂いそうになる。最低限の生活は出来るが、それでも自由とは言い難い。確かに身を守るのには最善の策だろうが、これはこれでストレスが溜まって違う精神病を患う可能性もある。

 

「まぁとりあえず、なんかして遊ぶか。何する?」

 

「…遊んでくれるの?私、きっと危ないかも知れないよ。気づいたら周りがめちゃくちゃになってるし」

 

「お前より余程危ないやつ知ってるから大丈夫だ。それで、何する?」

 

「んーっとね、じゃあ最初は……」

 

 それから俺達は、限られた中で遊べることを片っ端から遊んだ。かくれんぼだったり、だるまさんがころんだだったりと。なんだかんだで、幼い子供のようだと安堵し切っていた。

 

 彼女が豹変するまでは。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「八幡に教えたのですか!?」

 

「えぇ。どのみち知ることになるだろうし、彼に隠し事は出来ないわ。すぐに見抜かれていたようだし」

 

 お嬢様は何を考えているのだろう。紅魔館に来て初日の八幡を、フラン様に会わせるなんて。

 

「私もね、八幡にそんなことはさせたくなかったわ。興味本位で連れてきたけれど、フランに会わせれば八幡もただではすまない。けれど、彼がこう言ったの。自分は紅魔館の執事で私の従者だから、主人の悩み事はスパッと解消するもんじゃないんですかね、って」

 

「八幡……」

 

「とことん情けなくなるわ。紅魔館の主人である私が、一般人に助けてもらうだなんて」

 

 八幡は無事なのだろうか?もしかすれば、早々にフランお嬢様に危害を加えられているかも知れない。

 

「…私も行きます。私も紅魔館のメイドで、レミリアお嬢様の従者です。主人の悩みは私の悩み。八幡だけ行かせて、指を咥えて待つなんて出来ません」

 

「…そうね。…私も行くわ。これを機に、私も改めてフランに歩み寄らなければならないわ」

 

 私達は、フランお嬢様が住んでいる大図書館の更に地下へと向かった。

 

 八幡……無事でいてくれているといいのだけれど。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 子供の体力とは無尽蔵なのだろうか。今までの鬱憤が溜まっていたのか、次から次へと遊び倒す始末。

 

「…次は何する?」

 

「次はね……」

 

 突然何かがあったわけではなかった。しかし、フランドールが見せた表情は、先程の天真爛漫のそれではなく。

 

「…大乱闘ごっこ」

 

 まるで、今から殺戮でも起こすと言わんばかりの表情。口角が吊り上がり、鋭い八重歯を見せつけ、瞳孔を大きく開き切る。

 

「八幡は私と遊んでくれるんだよね?じゃあさ、大乱闘ごっこに付き合ってよ。どっちかが壊れるまで終わらない」

 

「…やっべ」

 

 ジリジリとこちらに近づいてくる。彼女の伸びた鋭い爪が、凶器にしか見えてならない。

 

「なんで逃げるの?私と遊んでくれるんでしょ?逃げてちゃあ、大乱闘ごっこにならないよッ!」

 

 フランドールは突然、俺に飛びかかる。ナイフを突きつけるように、鋭い爪を俺に向けた。俺は間一髪のところ、フランドールの突撃をかわした。

 

「あはははッ!ナイス回避〜!でも、反撃しなくちゃ勝てないよねェッ!」

 

 フランドールは続けて突撃してくる。爪を突きつけようとしたり、引っ掻こうとしたりと、爪を使って攻撃してくる。俺はない体力を使って、必死にフランドールの攻撃をかわす。

 

 後これ、バトル系の小説じゃないんだけどね。

 

「むぅー!八幡逃げてばっかでつまんなーい!」

 

 流石に反撃するわけにはいかない。しかし、フランドールは今、暴走している。普段と変わらなさそうだが、通常よりも更にハイになってやがる。

 

「八幡ってさ、すっごく肌が綺麗だよね。白くてすべすべしてそう」

 

「美肌系男子なんでな」

 

「でもさァ……私、そういうのを傷つけちゃいたいんだよねェ!ううんそれだけじゃ足りない!八幡を壊したい!ぐっちゃぐちゃにさァ!ねェ、いいでしょ!いいよねェ!!」

 

 フランドールは再び突撃してくる。絶え間ない攻撃で、俺はかわすのだけで精一杯だ。対して、フランドールの無尽蔵の体力と脅威の身体能力。俺にとって最悪の相手と言ってもいい。

 

「ちょ、一旦休憩しない?」

 

「大乱闘に待ったなしだよッ!」

 

 カッコいいこと言うじゃないか。それが殺意剥き出しじゃなけりゃ良かったんだけどね。

 

 こうなりゃ、一か八かの捨て身作戦に出るしかない。

 

 フランドールが突撃してくると、俺はあえてかわさずにそれを受ける。そのまま勢いよく、フランドールに押し倒されてしまい、馬乗りの状態となってしまう。

 

 うわ、なんだかエッチい。とか言ってる場合ではなく。

 

「捕まえた〜。最初はどこから壊して欲しい?腕?足?頭?」

 

「…お前、壊すのが好きなのか?」

 

 俺はフランドールに尋ねる。フランドールは嬉々とした表情で、返してくる。

 

「好きだよ、大好き!壊した瞬間(とき)の快感、相手が苦しむ顔!最ッ高!だから八幡も壊したい!壊した八幡を見てみたい!」

 

「なら好きにしろよ。煮るなり焼くなり壊すなりな」

 

 フランドールから逃げ続けたところで、状況は変わらない。反撃するのは論外。なら俺が手を取れる行動は、あえてフランドールの攻撃を受けることだ。

 

「…なんだかつまんない。もっと怖がってよ。怖がった八幡が見たいの。ね、だから怖がって?」

 

「お前より怖いやつなんて周りにいるから慣れてる。…それに、さっきお前言ったな。壊すことが好きだって。俺からしてみれば、嘘をついているようにしか見えないんだがな」

 

「な、何を言ってるの?楽しいに決まってるじゃん。いい加減なこと言うと、首絞めちゃうよ?」

 

「ならやれよ。壊したいんだろ?」

 

「ッ………ああああァァッ!!」

 

 フランドールは雄叫びを上げながら、俺の首に両手をかける。首が絞まる感覚と、彼女の長い爪が食い込む痛みが鮮烈に感じる。

 

「…どう、だ……?…楽しい、か……?」

 

「あっ……!」

 

 すると、彼女の両手に加わった力が緩む。その瞬間、俺は咳き込んでしまう。

 

「ゲホッ、ゲホッゲホッ!」

 

 マジで死ぬかと思った。少女の力だと思って軽視していたが、男子顔負けの握力を持っていた。後少ししたら、天に召されていたかも知れない。

 

「…な、なんで……壊すことが楽しいはずなのに……」

 

 フランドールはあり得ないといった表情で、自身の両手を見つめる。俺は息を整えて、フランドールに話す。

 

「…大乱闘ごっこになってから、お前は明らかに変わった。殺意剥き出しもそうだが、楽しそうにしていた表情が一変して、悲しそうな表情になっていた。生憎と、人間観察は得意なんでな」

 

「あ、あ……」

 

「これは俺の仮説だし、違う可能性もあるだろうからそれはそれで否定してくれていい。……お前、本当は壊したことをしっかり覚えてるよな」

 

「ッ!」

 

 俺の言葉にフランドールはビクッと身体を震わせる。どうやら当たりのようだ。

 

「破壊衝動に駆られたお前は、自分が壊したのではないと思いたかった。だから周りにも、そして自分にも嘘をついた。そうすれば、自分が意図して壊したわけじゃないと思い込ませることが出来る」

 

「……」

 

「でも、フランドールの中にある破壊衝動は、何度も駆り立てられてしまう。その度に壊して、自分は嫌な思いをする。だからお前は、いっそのこと破壊することを楽しもうとした。自分は本当は壊すのが大好きな人間だと、そう思い込みたかった」

 

「…わ、私は……」

 

 これがフランドールの精神的な病の正体だ。彼女が破壊衝動を備えていることは本当なんだろう。一番最初に壊した際、記憶が曖昧だったのは混乱した結果の可能性が高い。

 最初からフランドールは覚えていた。でも、幼い彼女はパニックで、自分は悪くないと言いたかったのだろう。小さい頃なら、身に覚えがあっても自分は悪くないと嘘をついて自分の身を守りたいからな。

 

「…本当は、壊したくなかったんだろ?」

 

「…わ、私っ……。本当は嫌だった……壊したくなんてなかった……。でも、逆らえなくて……壊すことを楽しまなきゃって思って……」

 

 彼女は涙をこぼしながら、真実を述べていく。

 

「…覚えてた……周りを壊したことも、パチェを殺しかけたことも……。…でも、私がしたんじゃないって思いたかったっ……私は悪くない、私は何もしてないって……!そうしなきゃ、嫌われちゃう……」

 

 彼女もまた、苦悩し続けていたのだ。自分の中に秘められた破壊衝動によって。

 

「…壊そうとするなら十六夜や紅が止めるし、最悪、俺もお前を止める。遊び相手が欲しいなら暇人を連れてきてやる」

 

「あ…あ……」

 

「小学生の頃にそんなショッキングなことがあったら、そんなもん俺だって嘘をつくわ。お前は別に、悪いことはしてないんだし」

 

「あ…ああ……」

 

「……だからもう、嘘はつかなくていい。無理に楽しむこともしなくていい。誰も、お前を嫌ったりはしない」

 

「…は…八幡………わああぁぁぁっ!!」

 

 フランドールは泣きながら、俺にしがみついてくる。俺は妹を慰めるように、頭を撫でる。フランドールは、俺より過酷な人生を送っていた。

 

 本当に、世界というのは残酷なものだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 彼女は一頻(ひとしき)り泣き終え、涙を拭くように目を擦る。泣き止んだ彼女は、俺から退いてその場に座り込む。一向に起き上がれなかった俺も、身体を起こした。

 

「…八幡はさ」

 

「ん?」

 

「なんでここまでしてくれたの?私が様子がおかしいって分かってたんなら、さっさとこの部屋から出て行けば良かったのにさ」

 

「……俺にも妹がいるんだよ。我儘で、俺に対してめっちゃ辛辣でな。時折、ごみぃちゃんとか言われるんだわ。小さい頃に家出もしてな、迷惑かけられたりしたよ」

 

「そうなんだ……」

 

「でもあいつは、小町はさ。俺が嫌な思いをしてもあいつだけが支えてくれたんだ。俺のことどう思ってるかは知らんけど、あいつがどれだけ迷惑をかけようが我儘を言おうが、あいつは俺の大切な妹だ。そこは変わらん」

 

 正直、小町がいるから今の俺がいる。あいつの元気な姿が、俺を元気にしてくれる。あいつは大切な妹だ。

 だから小町に這い寄る虫は俺が駆除するからな分かったかコラ。

 

「でも、私関係ないよね?」

 

「まぁな。だがまぁ、なんだ?……千葉の兄は、妹って存在に甘いからな」

 

 キリッ。

 ほーらカッコよく決めちゃった。あーあ恥ずかしい。後で布団の中で悶えちゃうじゃない。

 

「……じゃあ、さ」

 

「ん?」

 

 フランドールの瞳を見ると、なんだかうるうるしている。加えて、頬を赤らめている。

 

「私のお兄様に、なって?」

 

「…………ふぁっ!?」

 

 このロリちゃんは一体何を言っているんだろうか。

 

「私、お兄様が好きになったの。だから、私のお兄様になってよ。その妹みたいに、私も大切にして?」

 

「ざ、残念だが俺の妹は小町だけだからな。そんな急に言われても…」

 

「やだ!私もお兄様の妹になりたい!私もお兄様が欲しい!」

 

「って言われてもなぁ…」

 

 ぎゃーぎゃーと駄々を捏ねるフランドール。それをなんとか落ち着かせようとする最中、フランドールの部屋が開く。

 

「フラン…」

 

「…お姉様」

 

 スカーレット先輩と、十六夜がやってきた。スカーレット先輩は、フランドールに微笑む。

 

「…八幡と、仲良くなれたようね」

 

「…うん。だって、今日から私のお兄様になるんだもん。私とここで、ずっと一緒に暮らすもんね?お兄様」

 

「…それはさて置き」

 

 置くなよ。ツッコめよそこは。

 

「…フランのことが心配で見にきたのよ」

 

「わ、私のことが心配?だ、だって、私を閉じ込めたのは、私が危ないからでっ…!危ない私を嫌ってっ…!」

 

 スカーレット先輩の言葉を否定するフランドール。

 

「…それは違う、フランドール」

 

「お兄様……?」

 

「実はお前の話を聞いたのは、お前の姉からだ。普段を知らないからなんとも言えないが、スカーレット先輩はお前のことを心配していたよ。なんなら、幽閉したことを悔やんでもいた。本当に、これが正しかったのかって」

 

「お姉様が、私の心配…?う、嘘だよ!そんなの絶対嘘だ!わ、私が危ないから幽閉したんでしょ!?私のことが嫌いだから!」

 

「違う。言っただろ?この館にいる人間は誰もお前を嫌ってなんていない。…スカーレット先輩は、お前のことを考えていた。お前が誰かを壊したりすれば、お前はパニックに陥ると考えた。妹にそんな思いをさせたくないために、スカーレット先輩は閉じ込めたんだ。…ただ、まぁ……」

 

「?どうしたの、八幡?」

 

 この話が拗れた部分があるとすれば、おそらく。

 

「…フランドールの記憶は鮮明だったんだよ」

 

「えっ…?」

 

 その言葉に、スカーレット先輩と十六夜は目を見開いて驚く。

 

「どうやら壊したことや殺しかけたことをしっかりと覚えているんだそうだ」

 

「じゃあ、なんで覚えてないなんて……」

 

「壊したことを認めたくなかったからだ。小学生だったフランドールは、破壊衝動に駆り立てられ、周りを壊し、更にはノーレッジ先輩まで殺しかけた。そんな辛い現実を、フランドールは受け止めきれなかった。だから嘘をつくことで、少しでも気が楽になりたかったんだ。自分は悪くない、悪いのは勝手に自分を動かしたもう一人の自分、だってな」

 

 早い話が、フランドールが嘘をついた結果、スカーレット先輩は記憶が曖昧だと信じ込んで、フランドールのためを思って幽閉したってことだ。

 そのことをフランドールが気づかずに、自分が危険因子だと、嫌われたんだと判断されたから、幽閉されたと思い込んだのだ。

 

「…フランドール。スカーレット先輩は、ずっとお前のことを気にかけていた。お前の身を案じて、お前を心配して、お前のために幽閉したんだ。決して、危ないから、それで嫌いになったからって理由はない。そこは分かってやってくれ」

 

「私の、ために……?」

 

「スカーレット先輩。確かに幽閉する策が最善だったかも知れないですけど、姉なら妹に寄り添うって手もあったんじゃないんですかね。フランドールにとっては、あんたがただ一人のお姉ちゃんなわけなんですし」

 

「そう、よね……。八幡の言う通りだわ……」

 

「……まぁあれです。真実も判明したわけなんですし、これから幽閉する必要はないんじゃないんですか?もしまた暴れ出したら、また止めればいい。その時は、周りにいる十六夜や紅に頼ればいいんじゃないですかね」

 

「そうですよ。私はレミリアお嬢様、フランお嬢様の従者です。迷惑だと思わず、私や美鈴を頼ってください」

 

「そう、ね……。…えぇ、そうすることにしましょう」

 

 フランドールの破壊衝動が治ったわけではない。しかし、フランドールとスカーレット先輩の間の溝を埋めることくらいは出来ただろうか。

 

「…折角ですし、姉妹でゆっくり話したらどうですかね。色々、積もる話があるでしょうし」

 

「えぇ、そうさせてもらうわ。…ありがとう、八幡」

 

 俺と十六夜は、フランドールの部屋から退出していく。兄妹や姉妹は、やっぱり仲良くするのが一番である。これを機に、彼女達が再び仲睦まじい姉妹に戻ることを、陰ながら祈るとしよう。

 

 階段を上がって、俺と十六夜は廊下を歩いていた。

 

「…八幡には迷惑をかけたわね。お嬢様の無理矢理な連行に、フランお嬢様のことまで……」

 

「別に気にする必要はねぇよ。…なんせスカーレットお嬢様の従者だからな。無理矢理だが」

 

「…ふふっ。なんだかんだで、やっぱり優しいのね。八幡は」

 

「…そんなんじゃねぇよ」

 

 そんなんじゃない。従者だから動いた、それだけだ。そこに優しさなんて存在しない。

 

 あー、疲れた。

 

 



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そして、彼は働かざるを得ない。

 

「いって……」

 

 俺は首を押さえながら、紅魔館の廊下を歩いている。フランドールに絞められた際、鋭い爪が食い込んでいた。その跡が、外気に触れて痛い。

 

 時間は夜。

 フランドールの部屋から出て行った後、十六夜に休んでていいと言われたので、ノーレッジ先輩がいる大図書館に行って本を読んでいた。

 

「…にしても、フランに襲われてよく生きていたわね」

 

「ゴキブリ並みにしぶといってことなんじゃないんですか?」

 

「ならスリッパで叩けば一発かしら?」

 

「一応人間はやめてないんで。勝手にゴキブリ扱いするのはやめてくださいね」

 

 今俺が相手してるのは博麗かな?この人も中々俺に対して厳しいよ。

 ノーレッジ先輩の軽口に俺が返すと、そこに十六夜がやってくる。

 

「パチュリー様、夜食の準備が整いました。八幡、手伝って」

 

「はいよ。…それじゃあ、先に行ってるんで」

 

「えぇ」

 

 俺と十六夜は一足先に大図書館を退出する。手伝うというのは、今日の夜ご飯を給仕することだ。夜ご飯自体は、十六夜が作っている。

 キッチンに向かうと、出来上がった料理がずらりと並んでいる。

 

「…何これ。高級レストランのフルコース?」

 

 我が家の食卓には絶対並ばないような料理が、俺の目の前に置かれていた。金持ちって毎日こんな飯食ってんのかよ。すっげ。

 

「今日は貴方も来ているから、腕によりをかけたわ」

 

「や、別に気合い入れなくても良かったんだが……。まぁ、あんがとな」

 

「ふふっ。さぁ、早く運ぶわよ」

 

 俺達は食事専用の部屋へと、料理を運んでいく。部屋に入った瞬間、そのあまりにも長いテーブルクロスを見た俺は、呆れ笑いしか出なかった。

 

 スケールが違い過ぎるわ。

 

「お待たせしました、パチュリー様」

 

 十六夜と俺は、席についているスカーレット先輩達に料理を給仕する。淡々と仕事をしていた俺に、スカーレット先輩が声をかける。

 

「あら?料理を給仕する際、執事はお嬢様に何か言うことがあるのではなくて?」

 

「え、そんなのあるんですか?」

 

 そんなこと全然聞いてないんですが。

 

「さっき咲夜が言っていたでしょう?」

 

 十六夜が?

 …あぁ、あれか。似合わない服装に似合わない仕事、挙げ句の果てには似合わないセリフときたか。

 

「…お待たせしました。お嬢様」

 

「ふふふ、よろしい」

 

「あぁっ!お姉様だけズルい!お兄様、私にも私にも!」

 

「十六夜が届けてるでしょうが」

 

 一体これは、どこ向けのサービスなんだろうか。需要なさすぎるんだが。

 というか、それよりも。少し見ない間に、スカーレット姉妹は仲良くしている。どうやら、あれからきちんと話し合って、仲直りしたようだ。めでたしめでたし、である。

 

 料理を全て給仕し終えると、空いた席に座った。隣には、スカーレット姉妹が座っている。

 

「それでは、いただきましょうか」

 

「いっただきまーす!」

 

 スカーレット先輩の合図で、各自、給仕された料理を食べ始めていく。しかし、目の前の豪華過ぎる料理を前にして、俺は未だにナイフとフォークを持てずにいる。場違いにも程がある。

 

「?お兄様、食べないの?」

 

「…なんか場違い過ぎてな。両手が動かん」

 

「じゃあ私が食べさせてあげる!はい、あーんっ」

 

「や、大丈夫だ大丈夫。つかそのあーんやめろ。軽く死ぬ」

 

 クソ可愛いじゃねぇかよ。キュン死させる気かお前は。死因がトキメキとかダサ過ぎる。

 

 俺はナイフとフォークを握って、目の前の料理に手をつける。口に含むと、今まで味わったことのない極上の味が広がる。

 

「美味すぎるだろ。金取れるレベル」

 

「あらありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

 流石は長年、紅魔館のメイドを務めているだけはある。家事全般完璧とか、これもうアレだな。十六夜はいいお嫁さんになるな。

 

「八幡」

 

「?なんですか?」

 

 スカーレット先輩が俺を呼んで、こちらに向けて微笑む。

 

「…ありがとう。おかげでまた、フランと一緒に過ごすことが出来るわ」

 

「…そうですか。それは良かったですね」

 

「八幡が私の従者で良かったわ。…もし貴方さえよければ、このまま私の従者にならないかしら?咲夜や美鈴はどう思う?」

 

 スカーレット先輩は、十六夜と紅に尋ねる。

 

「私は異論ありません。八幡ならば、喜んで受け入れます」

 

「私も大丈夫ですよ。仕事の負担も減りますし」

 

 十六夜と紅は理由は違えど、俺が従者になることに賛成なようだ。

 

「パチェは?」

 

「…別に構わないわ。彼とは本の話も出来るし。いいんじゃない?」

 

「フランは……」

 

「私は大賛成だよ!お兄様とずっと遊べるから!」

 

 ノーレッジ先輩、フランドールも賛成派であった。

 

「…さぁ、答えを聞かせて?」

 

 これはあれだ。ファイナルジャッジメントだ。俺の答えによって、これから先の生活が変わってくる。しかし、すぐにそんな答えが出るわけもなく。

 

「あの、すみません。ちょっとよく考えさせてください」

 

 はぐらかしました。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっべ……」

 

 今日の従者の仕事は粗方終わり、自由時間というところである。鞄の中に入れっぱなしだったケータイの電源を着けると、多量の通知が流れてくる。主に封獣からであったが、小野塚先輩や四季先輩、生徒会の面々からの通知も中々に多かった。

 

「…すいません。急用で連絡出来ませんでした、と…」

 

 とりあえず、生徒会長である四季先輩には端的に理由を送信した。すると、その瞬間に四季先輩から着信が入る。

 

「…はい」

 

『急用とはなんですか。答えなければ貴方の罪は更に重くなりますよ』

 

 四季先輩の声色で察した。この人、怒っています。

 

「…えーっとですね」

 

 転校生に拉致られたって言っても、そんなこと信じてもらえるわけがない。

 

「…妹が熱を出したので、急いで帰りました」

 

『妹が…?確かにそれは急用ですね…』

 

 悪いな小町。お前を引き出しにして誤魔化させてもらった。ただ詐欺紛いにあっさりとOKしたので、文句は言わないでください。

 

『…ですが、それは変です』

 

「え、変?」

 

『確かに妹さんが熱を出したのなら、それは急いで帰らなければなりません。ですが、貴方が今連絡してきたのは夜の10時半。いくら看病していたとはいえ、もっと前に連絡出来たのでは?』

 

 全くもって正論でございます。

 

『…貴方、まさか私に嘘をついたのですか?生徒会長たるこの私に』

 

 尚更、四季先輩を怒らせてしまった。もうどうしろっていうんだろうか。言えないわけではないが、言ったところで余計に嘘だと思われてしまう。

 言いあぐねていた俺に苛ついたのか、四季先輩は。

 

『……いいです。明日からもう生徒会室に来なくて結構です。では』

 

 そう告げて、一方的に通話を切られてしまった。完全に四季先輩を怒らせてしまったのだ。

 

 これは俺が悪い。信じてもらえないと勝手に思って、嘘をついたから。

 俺がのこのこと生徒会室に行って会長に謝っても、すぐに許してもらえるとは限らない。ほとぼりが冷めるまで生徒会室に行かない方がいいのだろうか?

 だが、悪いことをしたのなら謝るのが筋だ。

 

 なら信じてもらえないと仮定して、話せばいい。信じてもらえればそれでいいし、信じてもらえなければ、今後一切生徒会室に行かないようにしよう。嘘つきの俺を、生徒会に(とど)める必要なんてないだろうしな。

 

 話せば分かる、なんてのは幻想なんだ。話して分かってくれることもあれば、分かってくれないことだってある。

 

「…それはそれで」

 

 とりあえず、四季先輩のことはひとまず置いておこう。置くわけにはいかないが、とりあえず。

 今も尚、俺に対してメッセージを送信している封獣に連絡しなければならない。

 

「…悪い。急用で連絡出来なかった、と…」

 

 そう文字を打っていたときに、彼女から電話がかかってくる。

 

「…もしもし」

 

『…なんで返信くれなかったの?なんで既読すらしなかったの?私のこと、やっぱり嫌いなの?』

 

「いや、ちょっと急用が……」

 

『急用って何?私より優先する急用って何?生徒会も終わってるはずなのに、全っ然返信しなかった。私のこと、もうどうでもいいんだ?』

 

「だから違うっ…」

 

『八幡にとって私は何?鬱陶しい女?それとも都合の良い女?』

 

「聞けって!」

 

 封獣は俺の言葉を遮りながら、一方的に話し続けていた。流石に問答が出来ないのはまずいと思い、力を込めて強く声を発した。

 

「言ったところで信じてもらえるわけがない。だから内容は伏せるが、ケータイを使えないほどの急用だったんだ」

 

『……じゃあ一つだけ聞かせて。私が鬱陶しいから、嫌いだから無視したわけじゃないんだよね』

 

「今になって返さないなんてことはしねぇよ」

 

『…分かった。その言葉、信じるよ』

 

 封獣が俺の言葉を信じるとは思わなかった。被害妄想が激しい彼女は、もう少し荒ぶると思ったのだが。

 

「……助かる」

 

『その代わり、私の言うこと一つ、何でも聞いてよ』

 

「過激なやつ以外ならな」

 

 封獣のことだから、絶対エッチいやつを要求してくる。この間、何もなかったことが奇跡なレベルだった。

 

『…そういえば、今八幡どこにいるの?家じゃないでしょ?』

 

「…え、うん。なんで知ってんの?」

 

『この間、八幡と連絡交換したでしょ?あの時に、GPSもついでにね』

 

「…マ?」

 

『マ』

 

 ということは、封獣は俺がどこにいるかを把握出来ることになる。俺がふなばしアンデルセンに行ったことも、ららぽーとに行ったことも、今紅魔館にいることも。

 

「…お前、やべぇな」

 

『言ったでしょ。八幡のことは全て知りたい。知らなきゃいけないの。八幡が今どこで何してるか知らないと、私は落ち着かない』

 

「……そうだったな」

 

『だから聞くよ。どこにいるの?店とかじゃあないでしょ?」

 

「…知り合いの家だ」

 

『知り合い?誰?』

 

 封獣のことだ。家の名を教えようが教えまいが、封獣は紅魔館にやってくる。余計に面倒なことになるに違いない。

 

「…十六夜だ。今日一緒にいたやつ」

 

『あの女かッ…!八幡、なんであの女の家にいるの?…まさか、あの女と付き合ってるとかじゃ……!』

 

「違ぇよ。さっき言ったろ。急用で十六夜の家にいただけだ」

 

『…じゃあ今からそっち行くから。待っててよ』

 

「え、嘘だろ?」

 

 しかし、時すでに遅し。封獣から、通話を切られてしまった。このままでは、封獣はマジで紅魔館に来る。

 どうしよう。面倒な未来しか見えねぇ。

 

「…どうしたの?八幡」

 

「…十六夜か」

 

 そう悩んでいる時に、仕事を終えたであろう十六夜がこちらにやってくる。

 

「何かあったの?」

 

「…正しくは、これから起きる話なんだけどな」

 

「?どういうこと?」

 

「封獣……昼間の黒髪の女の子がいるだろ?あいつが今から紅魔館に来るんだと」

 

「あぁ……。何しに来るの?」

 

「分からん。ただ、場所はもう知られている。あと十数分もすれば、封獣が来るだろうな」

 

 多分、目的としては十六夜との接触だと思われる。紅やスカーレット姉妹のことはまだ知られていないし、十六夜の家と言ってしまったしな。

 

「…まぁ、別にいいわよ。流石に強行突破は出来ないし、私も出るからね」

 

 そしてその15分後。紅魔館の正門から揉めるような声が聞こえてくる。上の階の廊下の窓から覗いてみると。

 

「八幡ッ!八幡はどこなの!?」

 

「ちょ、いきなりなんなんですかあなた!」

 

「お前に聞いてないんだよ!八幡、返事をして!八幡!」

 

 正門では、門番の紅と封獣が騒ぎを起こしている。その騒ぎに気付いて、十六夜までが正門へと向かった。

 

「…貴女、昼間の子よね。こんな時間帯に騒ぎに来るだなんて、常識がなってないわね」

 

「八幡はどこだッ!八幡がここにいるのは知ってる!」

 

「あまり騒がないでもらえる?レミリアお嬢様にご迷惑がかかるから」

 

 このまま騒ぎを大きくすれば、最悪この館の前を通る人が警察に通報する可能性がある。

 原因が俺であるなら、俺が終息させなければならない。俺はそう思い、紅魔館の正門へとひた走る。紅魔館の玄関から飛び出し、正門に向かうと、こちらを見た封獣が目を光らせる。

 

「八幡!」

 

「…別に出てくる必要はないわよ」

 

「この揉め事は俺が原因なんだ。俺が出なきゃならんだろ」

 

 封獣は勢いよくこちらに向かって抱きついてくる。もう幾度となく彼女に抱きつかれたせいか、少し耐性を付けることができ、理性に余裕を持たせることが出来た。

 

「八幡…八幡……」

 

「…元はと言えば貴方がそんなに甘やかすから、こうなったのではないの?」

 

「…耳が痛いな」

 

 正論過ぎてぐうの音も出ない。封獣がこれほど依存したのは、俺が中途半端に甘やかしたから。だが元からこいつは依存傾向にある人物だった。

 

「…八幡、なんでここにいるの?もう夜だよ」

 

「それは……」

 

「彼がレミリアお嬢様の従者、だからね」

 

「……は?」

 

 封獣の問いになんと答えようかと考えていると、十六夜が先にネタバラシをした。それを聞いて、封獣の瞳はすぐさま淀み始める。

 

「…従者って、誰かに仕えるってことだよね。八幡、そのレミリアとかいうやつの言いなりに…?」

 

「言い方に悪意を感じるけど、まぁそうなるわね。私も、そこの中国も、そして八幡も。レミリアお嬢様のものなの」

 

「…もしかして、今日連絡出来なかったのもその従者の仕事があったから?」

 

「…そうだな」

 

「…そうなんだ」

 

 封獣は見上げた顔を俯かせて、突如、不気味に笑い始める。

 

「…八幡ってさ、押しに弱いよね」

 

「…え?」

 

「稗田阿求が八幡に生徒会に入れって言って、八幡は結局入ったんでしょ?私の我儘も聞いてくれる。ここにいるのだって、どうせそこの女とグルのやつらが八幡を無理矢理連れて行ったんでしょ?」

 

「俺が押しに弱いわけじゃない。お前らが強すぎるだけだ」

 

「どっちも変わんないよ。要するに、ゴリ押しすれば八幡は言うことを聞いてくれる。だって、八幡は優しいもん」

 

「…何が言いたいんだよ」

 

 封獣の、遠回しに言ってくる言葉に、少しだけ苛立ちを感じた。

 

「やっぱりさ、私嫌なんだよ。八幡が誰かのものになるなんて。死んでも嫌。こんな陰気なところの従者じゃなくてさ、命蓮寺に来なよ。一生、私だけの従者になってよ。レミリアとかいうやつの従者になってるんだから、私だっていいでしょ?」

 

「俺がそれをイエスと言うと思ってんのかよ。家には小町がいる。百歩譲って1週間は良いとしても、一生は無理だ。両親は帰ってくるの遅くなるし、実質あいつは一人になる。小町を一人にさせたくはない」

 

「じゃあ1週間でもいいよ。行こっ」

 

 封獣は俺の右腕を掴んで、無理矢理引っ張って行こうとする。しかし、そうは問屋が卸さない。

 終始見ていた十六夜が、反対側の左腕を掴んで引き止める。

 

「…あのさ、いい加減お前ウザイんだよ。八幡にベタベタくっついてさ。八幡に触んなよ」

 

「貴女の束縛もいい加減にしたらどう?ベタベタくっついているのは、一体どちらかしら?」

 

「…離せよ」

 

「それは出来ないわ。八幡は、お嬢様にとって必要な人間。紅魔館にとってもね」

 

「こんなバカでかい館に八幡なんていらないだろ。どうせお前みたいにレミリアとかいうやつに従うやつはいるんだろうし、八幡に拘る必要ないじゃん」

 

「八幡でなければならないの。他の従者よりもね」

 

「…お前も八幡を束縛してるじゃんか」

 

「貴女と違って私利私欲のために八幡を束縛したりはしないわ。お嬢様の命令は絶対だから」

 

 俺を挟んでのこの問答。なんの関係もない紅があわあわと慌てている。

 

「……なら、これならどうだ。とりあえず現状は紅魔館の従者。次に命蓮寺。期限は1週間だ。どっちともな」

 

「それは貴方が決めることじゃないわよ。お嬢様が…」

 

「これぐらい呑んでくれてもいいだろ。大体、無理矢理ここに連れて来させられたんだ。元はと言えば、あんたのとこのお嬢様の悪戯みたいな理由で来たんだから。聞いてくれなきゃ流石に割りに合わないと思うんですが」

 

 そもそもの理由として、俺働くのが嫌いだ。専業主夫を希望しているのもそんな理由だからだ。

 

「私はいいよ。ずっといてくれないのは嫌だけど、1週間八幡と過ごせるなんて、楽しみだもん」

 

「…分かったわ。こちらから掛け合ってみるわよ」

 

 少なくとも、今日この日から2週間働くことが確定した。その場凌ぎで出した提案とはいえ、流石にキツイな。ブラック企業かよ。

 

「とりあえず、貴女は帰りなさい。まだ帰らないようなら、私が叩き出してあげるわ」

 

「……いいよ。仕方ないから帰ってあげる。八幡っ」

 

「ん?…うぉっ」

 

 封獣は再び、俺に向かって抱きついてくる。そして、すぐに離れる。

 

「ばいばいのハグだよっ」

 

 封獣はそう言って、紅魔館から去って行った。

 

「じゃあ、私は今の件をお嬢様に伝えるから。八幡はもう部屋に戻っていいわよ」

 

 十六夜は、さっきの件をレミリアお嬢様に伝えに行くために、紅魔館の中へと戻っていった。

 

「女同士の修羅場って、怖いですね。私ずっと空気でしたけど」

 

「…それな」

 

 肉体的にも精神的にも、今日は疲労が溜まり過ぎた。とっとと部屋に戻って、寝るとしよう。

 

 



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故に、四季映姫は病んでしまう。

 色々あった昨日から夜明けを迎える。俺は、紅魔館から徒歩で学校まで歩いてる途中であった。

 

 今朝、朝食の際にレミリアお嬢様が従者の仕事の件を話していたのだが、どうやら従者の仕事期限は1週間だということを認めてもらえたのだ。とはいえ、言い切ってからはなんだが、やっぱりこのまま家に帰りたくなってきた。

 

 登校は一人で行っても構わないし、休み時間や放課後は何をしても構わないらしい。だが、もし紅魔館に帰って来なければ。

 

『貴方の人生はこれから一生、私のために尽くしてもらうから』

 

 と、レミリアお嬢様に釘を刺された。あの時のお嬢様の笑顔はめちゃくちゃ怖かったです。ちびりそうだったよ。

 

「…はぁ…」

 

 ため息を吐きながら歩いていると。

 

「あっ…」

 

「ん?」

 

 道中で、小野塚先輩と四季先輩と出会(でくわ)した。小野塚先輩は「やっべぇ」みたいな顔をして、四季先輩はただ睨むだけだった。

 

 俺は昨日のやり取りを思い出す。嘘をついたがために、四季先輩を怒らせてしまったことを。謝るのなら、今だろう。

 

「…四季先輩」

 

「…なんですか?」

 

「昨日のことなんですけど……」

 

「謝らなくて結構です。行きますよ、小町」

 

「ちょ、四季様!…悪いね、八幡」

 

 四季先輩は、俺に謝罪すらさせてもらえず、その場から去って学校へと向かった。小野塚先輩も、四季先輩の後を追っていく。

 

「はぁ……」

 

「あら、八幡じゃない」

 

 再びため息を吐くと、後ろから俺を呼ぶ女性が現れた。そちらに顔を向けると、風見先輩が声をかけたのが分かった。

 

「…風見先輩」

 

「清々しいほど突き放されたわね」

 

「…嘘をついたのは俺ですから。やっぱり怒られても仕方がないですよ」

 

「でも、別に(いたずら)に嘘をついたわけじゃないんでしょう?何か理由があったからじゃないの?」

 

「…まぁ、そうですね。言い訳してるようであれですけど…」

 

「…よかったら聞かせてくれない?昨日、なんで生徒会に来なかったのか」

 

 ここで嘘をつけば、また軋轢を生むこと必至。俺は、昨日の放課後からの話を、学校に向かいながら話した。

 風見先輩は疑いもせず笑いもせず、ただただ話を聞いてくれた。

 

「転校生の分際でなかなか面白いことをするわね」

 

「…信じるんですか?」

 

「夜になっても電話に出ないって四季映姫が焦っていたしね。ケータイを使えないほどの急用なんじゃないかとは思っていたけど、まさか拉致されていたとはね」

 

「…まぁ、漫画と小説の中だけの話だと思っていたので」

 

「それで嘘をついた、と…。分からない話ではないわね」

 

 そう。昨日の件は、リアルなんかではあり得ない話だ。その話を理由にしても、信じてくれるとは限らない。むしろ、小町が熱を出した方がまだ信用される。

 

「…それで、今日は生徒会に来るの?小町から聞いた話、生徒会に来るなって言われたんでしょう?」

 

「謝ります。言わなきゃ伝わらない。言わなくても伝わるなんてのは幻想でしかない。勝手に理解してくれるなんてのは傲慢な考えです。…しっかりと話します。それでも無理だったら……」

 

「無理だったら?」

 

「…生徒会をやめたいと思います」

 

 四季先輩からすれば、俺みたいなやつは邪魔でしかないはずだ。そもそも感想文のミスで生徒会に入ったわけだし、元からやる気はなかった。そんなやる気のない人物を置いておくわけがない。

 

「……そう。貴方がそうしたいのなら、私は止めないわ。元から生徒会に入りたくて入ったわけじゃないし、別にいいと思うわよ。…ただまぁ、私としてはね」

 

「……?」

 

「…貴方には、生徒会をやめて欲しくないの」

 

「え……」

 

 彼女はそう言って、先に歩いていく。彼女の言葉の本当の意味を知るのは、放課後であった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「四季様、なんであんな態度取っちゃってるんですか?八幡、さっきなんか言いかけたのに…」

 

「彼とはもう話す必要がありません」

 

「別にたった一回嘘つかれただけでそんな怒らなくても……」

 

 あぁもう小町はうるさい。小町ったら、こんなにうるさかったかしら?

 

 私は昨日から、気分が優れない。別に体調が悪いわけではないし、今日もいつも通り。

 

 なのに、昨日の電話一本。あれだけで、私は気分を害してしまった。

 今の八幡とは、出来れば話したくはない。嘘をつく彼とは、あまり会いたくはない。

 

 私は、彼の嘘が許せない。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 教室に到着し、今日の時間割の教科書やらノートやらを準備し終えて、俺は机の上に顔を伏せた。

 

『…貴方には、生徒会をやめて欲しくないの』

 

 風見先輩が言った言葉が脳裏にチラつく。もしあれが好意なのだとしても、俺は彼女から好かれることはしていない。逆に、庶務に人手が足りないのだとしても、他の人間を補充すればいいだけだ。

 

 それに。

 

『謝らなくて結構です』

 

 あそこまで完璧に突っぱねられたら、俺個人としても生徒会には行きにくいのだ。人から嫌われたのは、久方ぶりだ。

 

「あんた、学校に来たらいつも顔伏せてるわね。友達いないの?」

 

「…残念ながらぼっちなんでな」

 

 俺の前の席である、博麗が登校してきたようだ。

 

「別にぼっちじゃないだろ?私達がいるじゃないか!」

 

「まぁ、貴方の周りにはたくさん人が集まるようだしね。ぼっちと言うには、そろそろ苦しくなったんじゃない?」

 

 そして金髪コンビ、霧雨とマーガトロイドも登校してきた模様。

 なんだろう。この三人、なんだか久しぶりに見た気がする。昨日会ったばかりなのに、なんだか1週間と少し話していない気がする。まぁリアルな話はさておき。

 

 今の四季先輩に謝りに行って、また突っぱねられてしまう可能性がある。そもそも怒った原因を明確にしなければ、何に対して謝るんだって話になる。

 原因は、俺が嘘をついたこと。裁判官を目指す人だし、怒るのもあり得ない話ではない。嘘を嫌う人間だったのかも知れないし。

 

 ただ、少し気になる点があるとすれば。

 

 昨日の通話履歴。封獣が一番多かったのは分かりきっていたのだが、二番目に多かったのが四季先輩だったのだ。生徒会の面々からも電話がかかってきていたが、四季先輩はその人達より倍近くは電話をかけてきている。

 

『夜になっても電話に出ないって四季映姫が焦っていたしね』

 

「…まさかな」

 

 放課後での生徒会。そこで全てが決まる。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 一日の授業が終わった。掃除をする者、即座に帰る者、部活動や委員活動に向かう者で騒がしくなる。

 

「じゃあな、八幡!また明日!」

 

「…ん」

 

 霧雨達と別れ、俺は鞄を持って生徒会室に向かった。生徒会室との距離が近づくほど、その足取りの重みは少しずつ増していく。一般生徒や部活生達の喋り声の中を歩き続け、そして、到着した。

 

 生徒会室に。

 

「……はぁ…」

 

 深呼吸をして、俺は生徒会室の扉を開ける。部屋に入ると、中にいたのは、生徒会長の四季映姫・ヤマザナドゥただ一人だけ。四季先輩は一度こちらに視線を向けるが、興味が失せたように再び書類に視線を戻す。

 

「何か用ですか?」

 

「…話があります」

 

「話?私は貴方と何の話もない。…それに言ったでしょう?貴方はもう生徒会に来なくていいと。この生徒会は、規律を重んじ、人を導くためにある空間です。下らない嘘をついて休んだ怠け者(なま もの)が来る場所ではありません」

 

 やっぱり分かってはいたが、攻撃的だ。嘘をついた結果がこれだ。

 それでも、俺は謝らなければならない。自己満足でもいい。彼女に謝ることが、今俺がすべきことなのだ。嘘をついたことを。

 

「…すみませんでした。連絡も無しに休んだ挙句、変な嘘をついてしまいました」

 

「……」

 

 俺は頭を深く下げて、謝罪の言葉を切り出した。対する四季先輩は、ただの一言も言わなかった。

 

「…はぁ」

 

 四季先輩は大きくため息を吐き、そして。

 

「……顔を上げなさい」

 

 四季先輩がただ一言、そう言葉を発した。その言葉通り、俺は顔を上げる。

 

「……何故、私が怒っているか、分かりますか?」

 

「…変な嘘をついたから、じゃないんですか?」

 

「私は貴方が嘘をついた瞬間、貴方のことを信用することが出来なくなりました。生徒会長としてではなく、一個人としてです」

 

 彼女は、淡々と言葉を連ねていく。俺は遮ることもせず、ただ黙って聞いていた。

 

「嘘をついたことに怒っているのは確かです。ですが、私は……」

 

「…?」

 

「私は、()()に嘘をつかれたことに対して怒っているのです」

 

「え……」

 

 嘘をついたことではなく、俺が嘘をついたことに怒っていると、彼女は言った。

 

「…昨日は気が気でなりませんでした。私達が電話をかけているのにも関わらず一向に出ない。小町や風見幽香の言うように、ケータイに出ることすら困難な急用だったのかと、一時は思いました。…それでも、私は気になった。もしかすれば、事故に遭ったのではないか、と」

 

「あ…」

 

「ですが貴方は夜になって連絡を返しましたね。そこで、何もなかったようで良かったという安堵と、何故連絡してこなかったという疑問が浮かびました。私は貴方に問いましたね。急用とはなんだ、と。貴方はこう返しました。…妹が熱を出して看病していた、と。……何故、そんな嘘をついたのですか?」

 

「…内容が内容だけに、信じてもらえるわけがないって思ってました。言ったところで、結局は嘘だと思われてしまうんじゃないかって」

 

「ふざけないでッ!」

 

 すると突然、机を思い切り叩いて俺を怒鳴る。今まで四季先輩のこういう姿を見たことなかったため、少し後退(あとずさ)る。

 

「信じてもらえるわけがない?嘘だと思われてしまう?八幡からして私は、そんなに信用出来ない存在ですか!?私は貴方の言うことを信じないと、疑っていたんですか!?」

 

 図星で返す言葉もなかった。

 俺の言うことを信じるわけがないと、俺は四季先輩を疑っていたのだ。

 

「貴方に嘘をつかれた時、正直、ショックでした。貴方は私のことを信頼してくれているのだろうと。そうずっと思っていました。……ですが、どうやら違ったようです」

 

「四季先輩……」

 

「…貴方は私のことを信頼していなかったんですね。信頼しなかったから、私に本当のことを言わなかった。そういうことですよね」

 

 なんと返せばいいのだろうか。結果的に言えば、俺は四季先輩のことを信頼していなかったわけになる。だが、何も彼女の全てを信頼していないというわけでもないのだ。

 

「…そうじゃないです。ただ、内容が突飛的すぎたんですよ。おそらく、小町……妹でも信じられないような展開だったんです」

 

「……話しなさい」

 

 俺は四季先輩に、本当の事実を告げた。

 

「…貴方を拉致したレミリア・スカーレットとその他の人間……。つまり、貴方に余計な嘘をつかせたのは彼女達となりますね」

 

「え…?」

 

「私は嘘が嫌いです。どんな意味を含まれていようが、良い意味が含まれた嘘なんて存在しない。……あぁ、そうだ」

 

 彼女はゆっくりと立ち上がる、顔を俯かせながらこちらに歩み寄ってくる。

 

「…確か、貴方は社会的に問題があると指摘されて生徒会に入ったのでしたね。それを私が更生すると。忘れていました」

 

「四季先輩……?」

 

「…そうです。八幡はあんな嘘をつく子ではない。嘘が下手な八幡が、私に嘘をつくわけがない。私のことを信頼していないわけがない。八幡は何も悪くない。……私は何を怒っていたのでしょう」

 

 なんだか四季先輩の様子がおかしくなっている。俺はもう一度、四季先輩に声を掛けた。

 

「…四季先輩、どうしたんですか?」

 

「いえ何も。…貴方の嘘は不問とします。私も怒ってすみませんでしたね」

 

 明らかに四季先輩の様子がおかしい。これじゃあまるで、封獣と一緒じゃねぇか。

 

「よく聞いてください。貴方が指摘された部分は私が責任を持って、更生してみせます。私が生徒会長である限り……いや、生徒会長を引退したとしても、貴方の更生に努めます」

 

「や、俺そこまで問題児なんですか?」

 

「そう、貴方は問題児。だから貴方は嘘をつく。貴方はレミリア・スカーレットという女のせいで、嘘をつき、無断で生徒会を休んだのです。問題児である貴方が、更に問題児になるなどもっての他」

 

 四季先輩の凛々しく、澄んだ瞳が、今では封獣と同じように、瞳を濁らせている。

 

「ひねくれた感性を今すぐ正すことは出来ません。しかし、私が貴方を導く者となれば、それは可能になります」

 

「…何するつもりなんですか?」

 

「私の言うことを絶対に従ってもらいます。…まず、先程の件で問題になった嘘をつくという行為。それを正します。今後一切、私に対して嘘はつかないこと」

 

「そこまでしなくても嘘はつかないと思うんですが…」

 

 すると、四季先輩はどこからか笏を取り出して、俺の喉元に突きつける。

 

「黙って従いなさい」

 

「っ…!?」

 

 ナイフのような刃物を突きつけられているわけではない。だからそこまで臆することはないのだが、四季先輩の淀んだ瞳と鋭い目付きが、俺に有無を言わせなかった。

 

「掃除で遅れましたー……ってえぇ!?な、何してるんですか四季様!?」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、小野塚先輩が部屋に入ってきた。入ってくるなり、彼女は大きなリアクションを取った。

 

「あら小町。貴方も手伝いなさい」

 

「いや、その前にその笏を直しません?」

 

「黙って私に従いなさい。八幡を更生……いえ、矯正するのです。彼の人格、立ち振る舞い、人間関係、それら諸々、全てを私が正します」

 

「そういや、八幡ってなんか問題があって生徒会に来たんだっけ…。ですが、そんな急がなくても、まだこいつには先があるじゃないですか」

 

「いいえ。私が見ていなければ、彼は今よりもっと酷くなる。つく必要もない嘘をつかされ、する必要もない行動を強いられて、八幡は更に問題児になってしまうでしょう。ですから、八幡に近づく有害は全て、私が取り除かなければなりません。全ては、八幡を正すために」

 

「…流石にそれって、どうなんですかね。束縛が強い彼女ですか?」

 

「バカ言わないでください小町。彼とは生徒会の先輩後輩という関係なだけです。そんな淫らな関係ではありません」

 

 小野塚先輩が擁護しても、四季先輩はすぐさま切り返してくる。たった一つ、嘘をついただけで、四季先輩を追い詰めてしまったのか。

 

「これからは貴方の全てを私が管理します。貴方を正すためにね」

 

「か、管理って、実際何をするんですか?」

 

「まずは、私に一時間おきに報告してもらいます。誰といたのか、何をしていたのか、どこにいるのかを、ね」

 

「いやいや、流石にやりすぎじゃないですか?彼女でもない人に、一々そんなこと聞かれるなんてたまったもんじゃないですよ」

 

「いいえ、これは決定事項です。でなければ、彼が害されてしまう。害されてしまうし、害されたかどうかが分からないじゃないですか。私が彼を矯正するのだから、彼の全てを把握する義務があります」

 

「でもそれって、裏を返せば八幡のことを信用していないってことになりません?」

 

「意図的ではないとはいえ、一度嘘をつかれてしまいましたからね。もう彼のことは信用出来ません。…分かりましたね、八幡。今日から、私に報告することを怠らないように。こちらから一時間おきに電話を掛けます。必ず出なさい」

 

 嘘をついた結果がこれだ。封獣に加えて、四季先輩までが病んでしまった。小野塚先輩も、もうお手上げという様子だ。

 

「さぁ、私に従いなさい」

 

「……はい」

 

「ふふ、よろしい。それでこそ、私の後輩です」

 

 四季先輩の表情は一変し、いつものような凛々しい笑みを浮かべ、笏を直す。そして、自分が座っていた席に戻り、書類作成を始めた。

 小野塚先輩はこちらに近づいて、小声で話し始める。

 

「…マジで言うこと聞かないと、八幡やばいかもね」

 

「…何されるんですか?」

 

「あの人、常識や価値観が一般的な人間とかけ離れている節がある。この間の潮干狩りがいい例さ」

 

「あぁ……」

 

 確かに、ゴールデンウィークに潮干狩りをチョイスする人間は、あまり存在しないと思う。

 

「多分、監禁とか拉致とか平気で言い出すかも知れない。あたいもなんとかしてみるけど、無理だったら先に謝っとく」

 

「…俺が蒔いた種ですし、仕方がないんじゃないですかね」

 

「あたいは納得出来ないな。他人に縛られて、その通りに育ったとしよう。でもそれって、本当の自分じゃないと、あたいは思うけどね」

 

 確かに、先輩の言う通りである。他人の言う通りに生きて育つのは、操り人形となんら変わらない。だが、嘘をついた結果がこれなのだ。俺が清算しなきゃならない。

 

「こんにちは〜……って後輩くん!」

 

「…八幡」

 

 河城先輩と鍵山先輩が生徒会室に入室し、こちらにやってくる。

 

「昨日、全然連絡なかったけど、何かあったの?生徒会にも来なかったし、心配したんだよ?」

 

「そういえばあたいも聞いてなかった。なんで来なかったんだい?」

 

「実は……」

 

 昨日の出来事を彼女達に話した。ただ、フランドールの件は紅魔館の問題のため、そこだけは伏せて話した。

 

「…大変だったのね」

 

「まぁ……」

 

「そりゃそんな事情、誰だってすぐ信じられないと思うわな。嘘をつきたくなる気持ちも分からなくはないね」

 

 すると三度、生徒会室の扉が開かれる。入室してきたのは、風見先輩であった。

 

「あら、八幡。来たのね」

 

「…うっす」

 

「で、どうだったの?見た感じ、もうなんともなさそうだけど。生徒会やめる必要はなくなったの?」

 

「や、やめる!?どういうことだい!?」

 

「もし謝っても伝わらないようなら、生徒会をやめるって言ってたの。まぁ八幡なりのケジメの付け方なんでしょうけど」

 

「…やめさせませんよ。彼を」

 

 風見先輩がそう説明した瞬間、書類作成をしていた四季先輩が口を開いた。

 

「やめさせるわけにはいかない。彼は、私の手が届くところにいないといけないのです。全ては、彼を正すために」

 

「…どうしたの?あれ」

 

 四季先輩の様子を変に思った風見先輩が尋ねる。その理由を、一部始終見ていた小野塚先輩が説明する。

 

「封獣ぬえに続いて四季映姫まで……。八幡って、結構面倒な女に好かれる体質なの?」

 

「中学の頃まで、女子どころか男子にすら好かれてなかったんですが…」

 

「そんな自虐ネタは雛で間に合ってるよ。……でも、会長がそんな風になるなんて…」

 

 軋轢を生まなくて済んだ……が、今度は違った問題が生まれてしまった。病的なまでに、俺を更生しようとする姿勢。封獣とは違う理由で、病んでしまったのだ。

 封獣とは違い、好意を向けているわけではない。ただただ、俺を正すために死力を尽くそうと躍起になっている、といったところだろう。

 

 全ては、彼女の正義感と、責任感が強い故に。

 

 



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どこに行っても、アホの子は存在するものである。

 自由とはどこにあるのだろうかと、思う時がある。

 

 今の俺は、あらゆるところから縛られている。スカーレット家がいる紅魔館、およびに生徒会長の四季先輩から束縛されている。

 紅魔館に至ってはレミリアお嬢様の趣味嗜好だろうが、四季先輩は自身の正義感が歪な形となって俺を縛るのだ。

 

 昔、彼女に何があったのかは分からない。だが、俺一人更生するために躍起になって執着するのはいささか妙だ。正義感や責任感が強い故、なのかも知れないが、それでも妙だ。

 

 とはいえ、四季先輩は現状、何か変になっているわけでもなく、普段通りに振る舞っている。昨日のことが嘘みたいだ。

 

「3時間目って体育があったのよね。めんどくさ」

 

「いいじゃないか体育!唯一楽しい授業だぜ!」

 

 今日は体育がある日だ。今の体育の授業内容は、バレーボール。漢字に変換すると排球。ハイキュー。

 

 ただ、女子達と混ざって体育をするのは非常にやりにくいし心臓に悪い。動くのも好きじゃないのも一つの理由だが、俺以外女子という肩身が狭い状況なので、あまり体育はしたくないのだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そんなわけで。

 俺達のクラスは広い体育館でバレーボールを行なっていた。みんなが試合をしている間に、俺は一人、オーバーハンドパスの練習をしている。

 俺のクラスは32人いる。そのうちの一人は、入学式からずっと学校に来ていない人物である。名前は知らんけど。

 つまるところ、実質31人である。しかし、バレーの出場人数は6人だ。31人ということは、チームを5チームに分けようと思えば、一人余るということ。

 

 俺はすかさず、体育の教師である星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)先生に、こう伝えた。

 

「体調があまり良くないんで、一人でオーバーハンドの練習してていいですか?迷惑かけると思うんで」

 

 この決まり文句がそこそこ効くのだ。星熊先生にはかなり心配されるが、俺的には女子達と交えてバレーするメンタルを持ち合わせていない。

 やる気があることをさりげなく伝えるのがミソだ。もしかすれば、保健室で寝ることも可能になるかも知れない。

 

 オーバーハンドパスの練習を一旦止めると、博麗達のチームが試合をしている。博麗を含め、霧雨、マーガトロイド、十六夜。後の二人の名前忘れた。

 

「バレーは、パワーだぜッ!」

 

 霧雨が相手陣営に強烈なスパイクを決めた。あいつの運動神経は天性のようなものだ。

 

「貴方は参加しないの?」

 

「へ?」

 

 試合を観覧していると、隣から聞き覚えのある声が俺に話しかける。それが誰かと分かった瞬間、無視を決め込んだ。何故ならこの人物は、この学校を支配する長であり、魔王。

 

 八雲紫本人なのだから。

 

「無視するとは酷いわね。あの部屋で、私と貴方と藍の3人で、あんな濃密な時間を過ごしたのに」

 

「そういう変な言い方やめません?単に俺が呼び出しをくらっただけじゃないですか」

 

「あらツレない」

 

「何しに来たんですか」

 

 わざわざ校長がこの授業に出向いた理由。何か、大きな理由があるのだろうか。

 

「ん?暇だったから?」

 

 なめとんのかこの人は。暇なら校長室でお茶啜ってろよ。なに観に来ちゃってんだよ。

 

「まぁ、生徒達がしっかり授業を受けているかどうかを見るのも、校長としての役割の一つよね」

 

「見え透いた嘘を…」

 

 この人のあらゆるところが胡散臭い。今俺に見せている表情も、彼女が言った言葉も、何もかもが。読めない人、というか食えない人だ。

 

「それで、何してるの?仲間外れにでもされたのかしら?」

 

「仲間外れされるような仲間がいないんで」

 

「じゃあサボってるの?」

 

「練習ですよ。オーバーハンドパスの練習」

 

「真面目ねぇ」

 

 俺は校長を無視して、オーバーハンドの練習を再開した。ボールを上にあげて、落ちてきたボールを両手で三角を作るような感じで、再びボールを弾いて上にあげる。

 その繰り返しをしているのだが。

 

「……」

 

 校長ずっとこっちを見てるんだよなぁ。授業を観に来たんじゃねぇのかよ。

 

「…あんまり人のことじろじろ見ないでくれません?」

 

「試合を観るよりこっちの方が面白そうだからね。私はいない者と思ってくれて構わないわ」

 

「や、無理なんですけど。目立ちますし」

 

 ただでさえ目立つ見た目なのに、校長と話しているってだけで余計に目立つ。

 練習を中断した俺は、再び試合の方を観戦し始めた。ボールがふわりと浮き、そこへ彼女が走る。足元にまで届きそうなほどの紫色の髪に、レミリアお嬢様のような紅い瞳を備えた女の子。

 

 ボールに向かって、彼女は大きく跳んだ。人一人の頭を越す高さを見せる跳躍。そして。

 

「せやぁッ!」

 

 高い打点から、博麗達の陣営に叩き落とされる。

 

「漫画かよ…」

 

 トランポリンや踏み台を使わずに、ずば抜けた跳躍力を魅せた彼女に対して、俺はそう呟いた。

 

「流石、永琳の弟子ね」

 

「…有名人なんですか?」

 

「自分のクラスメイトくらい覚えておきなさいな。…彼女は鈴仙。鈴仙・優曇華院(れいせん うどんげいん)・イナバ」

 

「キラキラネームにも程があるでしょ……」

 

 四季先輩の名前も大概だったけど。

 

「彼女は八意永琳(やごころえいりん)の弟子。保健の先生の」

 

「あぁ……」

 

 確か、銀髪の人だったはずだよな。一回だけ保健室を利用したことがあったけど、あの人の弟子があの鈴仙というやつなのか。

 

「永琳とは知り合いでね。別に仲が良いわけではないけれど、それでも彼女が作る薬はそこらの薬学者をも群を抜く。保健室で埋もれる才能ではないわね」

 

「はぁ…」

 

「永琳と関わることで、鈴仙を始めとした永遠亭(えいえんてい)の連中とも関わることになったの。感覚的には命蓮寺や紅魔館のような感じね」

 

 ということは、永遠亭というところも命蓮寺や紅魔館のように、シェアハウス的な感じで過ごしているということか。

 

「で、鈴仙のことだけれど。彼女の運動神経は見ての通り。特に、体操系が得意のようね。先の跳躍力も、彼女の強み」

 

「…よく知ってますね。生徒のこと」

 

「私はこの学院の校長よ?全校生徒の名前は勿論、何が得意だなんてことも知り尽くしているわ」

 

 記憶力化け物かよ。全校生徒の名前を覚えるのも難しいのに、一人一人の得意なことまで覚えているとは。

 

「貴方のことも、知っているわよ?」

 

 すると校長は突然、俺の耳元で囁いた。暖かい吐息と混ざりながら囁かれたため、身体が反応してしまう。

 

「近いんですけど…」

 

「これも生徒と交流を深めるスキンシップよ」

 

 本当、この人の相手は疲れる。大体、一生徒に校長が絡んでくる時点で既におかしいんだよな。あの時、さっさと素通りして帰っておけば良かった。したらこんな人に目を付けられずに済んだものを。

 

「あ、紫様!」

 

「?あら、藍じゃない」

 

 体育館に入ってきたのは、校長の秘書である八雲藍先生だ。

 

「私が目を離した隙に……。何をしてるんですか?」

 

「んー?この子とイチャラブしてたの」

 

「してません。だる絡みしてきただけです」

 

「そろそろ、お姉さんに優しくしてもいいのではないかしら?」

 

「お姉さんって歳じゃ…」

 

 俺は思わず、そう呟いてしまった。その言葉に校長は過剰に反応し、携帯していた扇子を俺の喉に優しく当てる。

 

「何か、言ったかしら?お姉さんに」

 

「ひっ」

 

 校長の表情は満面の笑みだが、逆にそれが恐ろしかった。秘書の先生も、「お前やったな」みたいな顔で見てる。もしかして、年齢の話は地雷だった?

 

「もう一度聞くわよ?何か、言ったかしら?お姉さんに」

 

 めっちゃお姉さんって単語を強調してる。大事なことだから二回言ったのかこの人は。

 

「い、いえっ、にゃにみょっ!」

 

 何もって言おうとしたら思いっきり噛んだよちくしょう。

 

「…ならよろしいのよ。では、頑張りなさい」

 

 扇子を俺から離して、秘書の先生と共に体育館から去って行った。魔王の片鱗を垣間見たぜ……ちょっとちびりそうだったよ。

 

「おーい、八幡!」

 

 そんなミニ恐怖に陥りかけたところに、博麗達トリオと、十六夜がやってきた。

 

「あんた、校長に目をつけられてんの?」

 

「何もしてないんだけどな。…それより、マーガトロイドどうした」

 

 マーガトロイドは、肩で息をし、霧雨の肩を借りてなんとか立っている様子だった。

 

「…私、運動が得意なわけではないのよ。いくら6人でやるとはいえ………疲れるわ」

 

「…お疲れさん」

 

 マーガトロイドは端っこに座り、疲労した体力を取り戻そうとし始めた。

 

「今日も生徒会かしら?」

 

 十六夜が俺の隣に立ち、話しかけてくる。

 

「そうだな」

 

「フランお嬢様が早く帰って来て欲しいって言っていたわよ。相当懐いたのね、貴方に」

 

「そのうちお前にも懐くだろ。俺に懐くくらいだし」

 

 フランドールは元来、誰に対しても優しく、元気な子だ。時間が経てば、十六夜にだって懐く可能性は十分ある。何も俺だけというわけではないのだ。

 

「それにパチュリー様も、貴方のことを良く思っているわよね」

 

「読者同士のやりとりをしているだけだ。別にそこまで仲良くはないだろ」

 

 ノーレッジ先輩も、おそらくそう思っている。というのも、あの人の人格から考えると、あまり他人と関わらないタイプだと思う。他人と関わるより、本を読んでいたいから。

 それでも、レミリアお嬢様と親友というところは少し驚いたが。

 

「あ、危ない!」

 

「え?」

 

 バレーコートからそんな呼びかけが聞こえた。そっちに振り向くと、既に目の前にはバレーボールが。

 

「ぐぇっ」

 

「は、八幡!?」

 

 顔面にバレーボールが直撃。そのまま後ろへと転倒してしまう。

 

「い、いってぇ……」

 

「八幡、大丈夫!?」

 

 顔面に直撃したと言ったが、実質一番ダメージが大きいのは鼻である。なんせ、顔面では一番先に当たる部分だからな。

 

「あんた、大丈夫かい!?ほら、お空も早く謝りな!」

 

「え、えっと……アイムソーリー髭そーりー?」

 

「普通に謝らんかいこのすっとこどっこい!」

 

 そんな目の前でショート漫才を見せられても困るんだけど。俺は鼻を押さえつつ、立ち上がる。

 

「だ、大丈夫だ…」

 

 コートから少し距離があったからまだマシだろうけど。やっぱバレーボールって当たると痛ぇわ。

 

「大体お空!バレーボールだってのに蹴りをかます奴があるか!」

 

「えー?だって、ハイキューの小さい人達は脚使ってたよー?」

 

「あれは最終手段!あんたの場合、飛んできた瞬間いきなり蹴っ飛ばしたでしょうが!サッカーじゃないんだよ!」

 

 長い黒髪に大きな緑のリボンを付けた長身の女の子と、もう一人は深紅の髪を両サイドで三つ編みにして、根元と先を黒いリボンで結んでいる女の子が、また漫才をしてる。仲良いなこの子ら。

 

「比企谷、大丈夫かい?」

 

 星熊先生が様子を見兼ねてやってくる。

 

「まぁ、大丈夫です。ちょっと鼻が痛いだけで……」

 

 すると、中から何か液体が徐々に流れてくるのが伝わる。それはぽとぽとと、体育館の床に落ちる。

 

「は、八幡!鼻血出てんぞ!」

 

「うぉっ…」

 

 俺は慌てて、再び鼻を押さえる。それでも、鼻血が止まってくれない。

 

「本当ごめん!もう一回謝りなさいお空!」

 

「ご、ごめんね?」

 

「…まぁ、不運なだけだ。気にするなよ。……ちょっと保健室行って来ていいですかね」

 

「あぁ。永琳に診てもらいな」

 

「お空じゃ務まらないから、あたいが連れて行くよ」

 

「いや、いい。一人でいける。気にすんな」

 

 俺は鼻を押さえながら、体育館を後にして、保健室へと向かって行った。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 保健室の前に到着し、ノックをする。

 

「はーい、どうぞ」

 

 と、返されたので、保健室のドアを開ける。すると、一気に周囲の温度が変わる。保健室の中に入った瞬間、真冬すら思わせる低温であった。

 

「いらっしゃい。今日はどうしたの?」

 

 長い銀髪を後ろで三つ編みのように結んでいる女性が、こちらに声をかける。

 

「すいません、鼻血が出てしまって……」

 

「あら、それは大変。とりあえず、そこの空きベッドに座って。何が起きたかはそれから聞くわ」

 

「はい…」

 

 俺は空きベッドに腰を掛ける。

 それにしてもここ。

 

「寒い…」

 

「ごめんね。隣で寝ている子、今の時期の温度に耐えられないらしいの、体質的に。秋からそこそこ動けるようで、冬にはしっかり動けるそうだけど」

 

「だからこの温度か……」

 

 にしても、温度が低い程動ける限定的な体質を持っているとは。雪国育ちにしても、そんな極端だったか?

 

「そういえば、貴方の名前とクラスを聞いてないわね」

 

「1年F組の比企谷八幡です」

 

「F組?隣で寝ている子も、F組だったわね」

 

 どうやら謎の雪国育ちさんは俺と同じクラスだったようです。一人ずっと学校に来ていないと思ったら、保健室登校か。

 

「とりあえず、ティッシュで鼻の周りを拭きなさい。その後、軽く口呼吸よ」

 

「うっす」

 

 保健室の先生の指示の下、俺は鼻血を対処し始める。鼻の付け根を押さえることで、鼻血は強制的に止まる。

 

「それで、鼻血の原因は何?」

 

「顔にバレーボール当たったんで」

 

「そういうこと…。まぁ、鼻血が止まるまで休んで行きなさい。もし寒ければ、毛布も出すわ。ぶっちゃけ私も寒い」

 

 保健室は北海道か何かか?夏であれば、涼しいのかも知れない。しかし、まだゴールデンウィークを明けてばかりだ。そんな時期に、極寒の空間。凍死するっつの。

 

 俺は鼻血が止まるまで、ベッドで虚空を見つめていた。することが特にないので、単純にボーっとしている。

 

「そういえばF組といえば、優曇華がいるクラスね。あの子、クラスではどうかしら?」

 

「…さっき名前と顔が一致したくらいのレベルなんで、知りません」

 

「同じクラスの人間くらい覚えておきなさいよ」

 

 よく言われるセリフランキング10位以内のセリフ。他人と関わらないから、同じクラスの人間であっても知らないものは知らないのである。

 

 その後、先生と話しているとチャイムが鳴る。

 

「3時間目終わったか……」

 

 鼻血もちょうど止まったようだし、とっとと更衣室に行って着替えよう。

 

「じゃ、ありがとうございました」

 

「はい、お大事に」

 

 俺は保健室のドアを開けると、先程の二人が保健室の前にいた。

 

「っと、びっくりした…」

 

「びっくりさせて悪いね。体育が終わったから、保健室に顔を出したんだけど……どうやら無事みたいだね」

 

「ん、まぁな。それよか、さっさと更衣室に行って良かったんだぞ?」

 

「顔面に当てたまんまってのは、気が引けるから。良かったら、一緒に行こうよ。どうせ隣なんだし」

 

「お、おう」

 

 俺達は保健室を後にして、更衣室に向かった。道中、彼女らと話を交えた。

 

「改めて自己紹介するよ。あたいは火焔猫燐(かえんびょうりん)。あんま苗字で呼ばれるのは好きじゃないからさ、燐かお燐って呼んでよ。あたいも八幡って呼ぶし」

 

「…俺名乗ったっけ」

 

「あんたの名前は覚えてるよ。F組唯一の男子なんだし、逆に覚えないやつの方がいないよ」

 

 全然知らんかった。ていうか、さらりと名前を呼べるあたりこいつのコミュニケーション能力の高さが窺える。

 

「お空!あんたも自己紹介!ほら!」

 

「あ、うん!私はお空だよ!」

 

「あんた、いきなりあだ名で自己紹介するやつがあるか!ちゃんと本名を名乗りな!」

 

「えっと、霊夢はウミウシ?」

 

 え、急にどうした。この子博麗に恨みでもあるの?自己紹介なのに急に博麗を罵倒し始めたんだけど。

 

「違うって!霊烏路空(れいうじうつほ)!ほらリピートアフターミー!霊烏路空!」

 

「あ、霊烏路空だ!自分の名前すーぐ忘れるんだよねー。何でだろうね?」

 

「この鳥頭め……」

 

 鳥頭にしても限度があるだろ。自分の名前を忘れるどころか、それを博麗への罵倒にナチュラルに変換したんだから。

 

「ま、まぁ悪いやつではないんだ。ただ………バカなんだ。飛び抜けて」

 

「そ、そうか……」

 

「君の名前知ってるよ!轢き殺してタイマン、だよね?」

 

「比企谷八幡だよッ!なんだいその物騒な名前は!」

 

 俺の名前まで変換されてしまった。つうか轢き殺されてからタイマンとかヤベェよ。死んだ相手とタイマンはダメだろ。追い討ちじゃねぇか。

 

「じゃあヒッキーだ!」

 

「おいやめろ」

 

 ヒッキーって呼ぶなバカ。原作じゃあお前とキャラが駄々被りのやつに呼ばれてるんだよ。…原作ってなんだよ。

 

「普通に八幡って呼べばいいだろ?」

 

「あ、そっか!流石お燐!八幡っ、八幡!」

 

 バカでアホの子なんだけれども、なんだろう。このほわわんとした感じは。見た目は大人、頭脳は子供というべきだろうか。というか見た目はすっげぇ大人。どこがとは言わんけどめっちゃ成長してる。どこがとは言わんけど。

 

「…まぁこれも何かの縁だ。これから一年間、よろしく頼むよ」

 

「よろしくー!」

 

「…おう」

 

 そうして紹介し合っていると、更衣室前に到着した。

 

「じゃあ、また後でね」

 

「じゃあねー」

 

 彼女達は女子更衣室に入って行き、俺も男子更衣室に入って行く。

 

 火焔猫燐に霊烏路空。

 謎の凸凹コンビと話してしまった。最初から最後まで、漫才を見ているようだった。

 

 …うちのクラスってまともなやついないな。

 

 



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勉強会は、大半は雑談になってしまうに違いない。

 久々の投稿です。不定期更新ってタグ付けしてるから許してつかーさい。


 

 中間試験。

 それは、学生であれば誰でも通る道の一つ。その名の通り、学期の真ん中辺りに試験を行うのだ。

 そしてその試験には必ず、試験期間というものが設けられる。期間は1週間だ。その1週間に、中間試験に必要な知識を詰めなければならない。普段からコツコツと勉強している者に関しては、大してやることは変わらないだろうけど。

 

「早く中間試験終わらねーかなぁ…。勉強は嫌いだぜ」

 

「魔理沙は究極の脳筋だしね。理知的な魔理沙とか私なら吐くわね」

 

「そこまで言わなくったっていいだろ!私だって勉強は出来るんだぜ?な、アリス?」

 

「…さぁ?」

 

「えぇー!?じゃあ八幡!私って頭悪そうに見えるか?」

 

「俺に振るなよ…」

 

 と、試験期間でも変わらない日常を送っている。

 ただ頭に少しチラつくのが、試験前日になれば、俺の紅魔館の従者としての役目を終え、新たに命蓮寺で従者となるという約束を交わしてしまったこと。

 封獣がいるから、紅魔館よりある意味厄介な場所と言える。落ち着いて過ごせるか不安である。あいつのことだから、夜這いする可能性は決して低くない。

 

「今日さ、サイゼで勉強しないか?勉強会的なやつ」

 

「そういうのって、大体雑談で終わりそうなパターンだけど?」

 

「アリスもいるんだし、大丈夫だろ!アリスも来るよな?」

 

「…本当に勉強するのなら、構わないわ」

 

「じゃあ決まりな!今日の放課後に、サイゼで勉強だ!」

 

 どうやらこのいつメン達は、サイゼでお勉強するようだ。博麗の言うように、雑談だけで終わるという可能性は高い。

 

「…言っとくけど、八幡も来るのよ?」

 

「え」

 

 博麗さんは何を言っているんだろう。私は誘われていないし、そもそも行くとも言ってない。

 

「八幡、放課後に生徒会ないのか?」

 

「いや、無いけど……。つかさっきの博麗の言い方だと、生徒会が休みってことを知ってたみたいじゃねぇか」

 

「今日登校する時にたまたま聞こえてきたのよ。あんたのとこの生徒会長とそのお付きのやつの話からね」

 

 ソースは四季先輩と小野塚先輩からか。

 彼女の言う通り、この試験期間は生徒会は休みとなる。生徒会の仕事も大事ではあるが、勉学が疎かになってはいけない。部活動や委員会もまた然り、だ。

 

「じゃあ八幡も行こうぜっ!八幡、生徒会あるから中々放課後に遊びに行けないしさ!」

 

「俺まだ行くとか言ってないんだけど……」

 

「行くの。あんたも来るのよ」

 

 博麗は鬼みたいな形相でそう詰め寄る。やっべ今のでちょっとちびっちゃったかも。俺の周りにいる女子って怖い人ばっかだなおい。

 

「……分かったよ。ただ、先に封獣を命蓮寺に連れて行かなきゃならん。だから先に行っててくれ。どこのサイゼにするかとかは、また連絡してくれると助かる」

 

「そういえば、八幡っていつもあいつを送ってるよな」

 

「そりゃあれでしょ。彼女でもないのに彼女面してるあいつに付き合わされてるだけでしょ。前にも言ったけど、あまり中途半端なことはしない方がいいわよ。なんなら私から言ってやろうか?」

 

「いや、いい」

 

 これで封獣が大人しくなるのなら、それでいい。

 

「…大丈夫?」

 

 マーガトロイドが心配そうにこちらを覗き見る。

 

「…なんでもねぇよ」

 

 封獣の狂気にはもう慣れてしまった。あれだけずっと一緒にいれば、多少なりとも耐性は付く。

 

 慣れって、やっぱり怖いな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 放課後。

 いつものように封獣を命蓮寺に送った後、サイゼへと向かった。博麗から場所が送られてきたが、どうやらこの間行ったららぽーとのサイゼだったようだ。

 

 絶対ららぽーとで買い物する気だろ。もしくは遊ぶ気か。主に霧雨が。

 そう考えた理由は簡単だ。ららぽーとじゃなくてもサイゼはある。むしろ、学校からららぽーと少し距離がある。ららぽーとに行くまでに、サイゼの一軒や二軒はあるはずだ。にも関わらず、ららぽーとのサイゼを選んだ理由。

 

 さては遊ぶ気やなあいつ。

 

 そう勝手に仮説を立てながら、ららぽーとへと向かった。ららぽーとに到着すると、真っ先にサイゼへと向かう。そしてサイゼに着き、中へ入っていくと、テーブル席で博麗達が勉強している様子が見えた。

 しかし、その中には一人だけ、見知らぬ人物が座っていた。黒髪のボブで、赤い目を持つ女の子。何故か頭には頭襟を被っている。

 

「あや?噂の比企谷八幡さん、ですか?」

 

 噂のって何?えっ俺なんか噂されてるの?

 

「…とりあえず座りなさい」

 

「お、おう」

 

 俺は博麗の隣が空いていたので、その席に腰掛ける。霧雨、マーガトロイド、そして謎の頭襟少女が向かいに座っている。

 

「…八幡はまだ知らなかったわよね、これのこと」

 

「人をこれ扱いするのやめてくださいね?初めまして!私、C組の清く正しい射命丸文(しゃめいまるあや)と申します!同じ一年生ですし、気楽に文と呼んでください!」

 

 射命丸と名乗るこの女の子は、丁寧にお辞儀をする。

 

「ご丁寧にどうも。噂された比企谷八幡です」

 

「比企谷、では呼びにくいから八幡さんとお呼びします!」

 

 もう女子から名前で呼ばれることに慣れてしまった。比企谷やヒキタニと呼ばれたあの頃が懐かしい。

 

「ららぽーとに行く途中に会ってね…。ナチュラルに着いて来やがったの」

 

「まぁまぁ、私と霊夢さん達の仲じゃないですか」

 

「そんな仲良くないでしょうが」

 

「酷いです!八幡さん、どう思いますか!?」

 

「俺に振るなよ」

 

 何かあったら俺に振るスタンス流行ってるの?こちとら反応に困るんだけど。

 

「なんでもいいけど、早く勉強しない?ただ雑談するだけなら帰るわよ」

 

「まぁ待てってアリス。お前には私に勉強を教える義務があるんだからさ」

 

「魔理沙さん、もしかして赤点取りそうなんですか?」

 

「いやー、授業中ずっと寝ちまってさ。ノートとか一切取ってないんだよ」

 

「八幡も授業中寝てる時あるけど、大丈夫なわけ?」

 

「文系は余裕だ。理系は知らん」

 

 これから生きる上に証明問題とかいらんだろ。素数ってなんだよ。問題文とか式にxとかyを入れてくんなよ。多すぎて一周回って英語かよ。

 

「文系なら私もどちらかっていうと得意なんですよ?なんせ、私新聞を作成したことがありますので」

 

「こいつ、新聞部の部員なのよ。けどこいつが作る新聞の内容って嘘しかないのよ。ゴシップとか、そういう娯楽重視の新聞よ」

 

「そうね。中学の頃、どれだけ迷惑したか…」

 

「そーこまで言いますか!?私の新聞を待っている人は必ずいるんです!」

 

「そうだな。燃えやすいから寒い時期は焚き火とかするのに便利だよなぁ。芋を焼く時とか」

 

「使い方が違いますよっ!?」

 

 なるほど。博麗やマーガトロイド、霧雨からの当たりは厳しいが、結構仲が良い様子は窺える。

 

「あっそうだ。八幡さんもぜひ、私の新聞読んでくれませんか?最新作です!」

 

 射命丸は鞄からサッと新聞らしき紙の媒体を取り出した。内容はまだ読んでいないのだが、作り自体ははかなり凝っているのが見て取れる。

 

 では、肝心の内容を読んでみるとしよう。

 

 俺は家でラノベや漫画を読むが、新聞を読むこともたまにある。結構な読み手だと自負は出来るくらいだ。

 とはいえ、そこまでガチじゃないだろうし、博麗曰く嘘だらけのゴシップまみれの新聞だそうだし、面白半分で読むとしよう。

 

「…まずは生徒会の話か。生徒会書記の風見幽香は、一年生の比企谷八幡と付き合っている………おいこれなんだ?」

 

「え?見たまんまですけど」

 

「そうじゃねぇ。俺が言ってんのは、風見先輩と付き合ってるっていう内容だよ」

 

 しかもご丁寧に、俺と風見先輩が二人でいる時に撮っている。これ、確か構内の見回りの時のやつだろ。

 つか、盗撮じゃねぇか。

 

「…だから言ったでしょ。文は碌でもない嘘ついて新聞をばら撒くの」

 

「私からすれば、これはもうお付き合いに見えたんですよ。いやぁラブラブですねぇ」

 

「見えないだろ。たかだか男女二人が廊下にいるだけで付き合ってるって判断するとか、小学生かよ」

 

 小学生は、男女二人がその場にいるだけで、周りから「お前そいつのこと好きなのか」的な揶揄いが始まる。射命丸のこれは、その揶揄いと同レベルと言っていい。

 

「…ただまぁ、あれだな。記事の内容云々はさておいて、読み手が楽しく読めるように工夫しているようには見えるな」

 

 内容が嘘なのはさっきので分かった。だが読み手が楽しく、そして読みやすいように、今風の言葉を織り交ぜながら文を作成している。

 他にも、写真がとても鮮明に見える。ブレ一つもないのは、おそらく彼女の写真を撮る技術だろう。カメラも、おそらく安いやつではない。

 

「わ、分かりますか!?」

 

「あんた本気?ただでさえ目が腐ってんのにそれ以上目腐らせてどうすんのよ。セルフでゾンビになろうとすんじゃないわよ」

 

「してねぇ」

 

 本当こいつ巫女かよ。一般人に対して吐くセリフじゃないだろ。……なんて言えたらどれだけ良かったか。今めちゃくちゃ睨まれてる。

 

「…内容は博麗達の言う通りだ。だが読者が読みやすく、そして楽しませようとする工夫は見て取れた。あんまり学校のことは知らんが、暇潰しぐらいには読んでもいい」

 

「め、めっちゃいい人じゃないですかこの人!」

 

「貴方、文に惚れたの?」

 

「違ぇよ。単純に読んだ感想だ」

 

 ちょっと褒めただけでなんでそうなる。俺が人を褒めることがそんなおかしいことか。…そういえば褒める人なんて俺の周りにいないんだった。テヘペロ。

 

「八幡さん、連絡先交換しましょう!」

 

「え、いやなんで?別にいらなくね?」

 

「八幡さんには最速で私の新聞を読んで欲しいんです!感想とか色々聞きたいですし!」

 

「お、おう…そうか」

 

 射命丸は強い勢いのまま、俺に連絡先を強請る。そんな勢いに押されたまま、俺は射命丸にケータイを渡す。

 

「あやや、私がやるんですか?」

 

「連絡先交換なんてやり方知らんからな。別に見られても困るもんはないし」

 

「そうなんですか…」

 

 射命丸は素早い操作で連絡先を交換し始める。女子って、なんでこんなにケータイの扱いに優れてるのだろうか。もはや特殊能力の一種だろ。

 

「はい!連絡先交換が完了しました!」

 

 操作を終えると、射命丸は俺にケータイを返す。高校に入ってから、異常に女子の連絡先が増えてんだよなぁ。

 

「…知らないわよ。後から鬱陶しくなっても私は擁護しないから」

 

「霊夢さんは私のことなんちゅう扱いしてるんですか?」

 

「うざったいやつ」

 

「酷いですね本当」

 

 そんな会話を横目に、俺は鞄から教材を取り出して、勉強を始めようとする。

 

「八幡さんって苦手な科目あります?」

 

「理系は無理だな。なんだよxとかyって」

 

「私、教えてあげましょうか?これでも私、中学時代では学年順位では結構上だったんですよ?」

 

「そうなのよね。こいつ無駄に頭良いのよね」

 

「私、何回か負けたことあるし……」

 

 射命丸は結構、頭の良い人物らしい。博麗やマーガトロイドが言うくらいだ。

 

「まぁ、私の足元には及ばないけどね」

 

「そうなんですよ!霊夢さん、ずっと学年一位か二位しか取らないんですよ!」

 

 えっ嘘だろ。こんな悪役のセリフしか持ち合わせていないような巫女が学年一位か二位…?いつかこの学校が博麗に支配されそうで怖い。

 

「…八幡、結構顔に出やすいからそろそろ一発入れてもいいかしら?」

 

「ちょ、暴力はノーだろ」

 

「あんたに限ってはイエスよ」

 

 何度言葉を交わしても横暴過ぎるよこの巫女。すっごい笑顔なのは俺を退治するからですかそうですか。

 

「仲良いですねぇ」

 

「なんだかんだで、霊夢って結構八幡のこと気に入ってるよな」

 

「な訳ないでしょ頭ん中に花でも咲かせてるの?」

 

「そうだぞ。あんま不用意なこと言うと博麗が…」

 

「私が、何?」

 

「なんでもございません」

 

 大人しく勉強してよう。地雷踏みそうで怖ぇや。

 国語や英語、社会系などは赤点を取らない自信はあるが、理科や数学は赤点取りかねない。中学の頃も、40点そこそこだったし。

 

「テスト終わったら次の日って土曜日だったよな?どっか遊びに行こうぜ!」

 

「嫌よ面倒くさい。ていうかこの間のゴールデンウィーク遊んだじゃない」

 

「あれはあれ、これはこれだぜ!」

 

「いいですねいいですね!遊びに行きましょうよみなさんで!」

 

「ナチュラルに何あんたも来ることになってんのよ。ていうか私は行かないし」

 

 俺は関係ない俺は関係ない俺は関係ない。他人のフリをしよう、うんそうしよう。

 

「アリスも来るよな?」

 

「…まぁ、土曜日くらいなら別に構わないわ」

 

「よしこれで三人!後は霊夢と八幡だぜ?」

 

「断ってんの分からないの?あんたの耳は八幡の目と同じで腐ってるのかしら?」

 

「いいだろいいだろっ、な?」

 

 霧雨が両手を合わせて博麗に頼み込む。しかし、彼女の考えは変わらないのか、それを断る。

 

「言ったでしょ?面倒なわけ。来て欲しけりゃ賽銭箱に最低300円入れることね。したら考えてやってもいいわよ」

 

 清々しいほどにクズいなこの巫女。一般人に金を強請る巫女とか見たくねぇ。

 

「そう言わずにさ、頼むって!なんならその日の飯代、私が奢ってやってもいいぜ?」

 

「それを早く言いなさい」

 

 さっきまで頑なに断っていた博麗は何処へ。博麗を丸め込み、残るは俺だけとなった。

 

「…な?」

 

「な?じゃねぇよ」

 

 俺は断固として行かねぇ。

 行きたくない理由は一つ。単純に面倒なのです。ガールズ達は勝手にキャッキャウフフしとけって話だ。この間のゴールデンウィークの時、博麗達と、生徒会の面々で出かけはしたが、男子が俺だけという状況は肩身が狭い。

 最近色々あり過ぎるんだ。一日くらいゆっくりしたいんだよ。

 

「…私が行くのにあんたが行かないとかいい度胸じゃない」

 

「いや、お前が勝手に折れたんでしょうが。俺知らんし」

 

「私が折れてやったんだからあんたも折れなさい。何一人だけ逃げようとしてんのこら」

 

「場所が場所だとお前干されるぞ。そろそろ」

 

 そんな軽口を博麗と交わしていると、射命丸が徐にカメラを取り出して、撮影を始めた。

 

「見出しは、"博麗の巫女と一般人が痴話喧嘩勃発!"とかどうでしょう?」

 

「よくないわよ消しなさい。じゃないとあんたの嫌いな鶏肉をぶち込むわよ」

 

「あーあ八幡。よくないぜそういうのはよ」

 

「違うだろ」

 

 射命丸に便乗するように霧雨も揶揄う。痴話喧嘩じゃないしそもそもこいつとそんなに仲良くねぇよ。

 

「ほうほう、八幡さんはツンデレ属性をお持ちなのですか?」

 

「男のツンデレとか需要ないだろ」

 

「BLなら間違いなく需要ありますけどね。例えば八幡さんと霖之助さんとか。八幡さんが受けで、霖之助さんが優しく攻める、みたいな」

 

 お前怖いこと言ってんじゃねぇよ。霖之助さんが誰だか知らんが、勝手にカップリングしないでくれる?

 

「き、キマシタワー!」

 

「ちょ、海老名擬態しろし!」

 

 …なんか思いっきり鼻血出してるけど大丈夫だろうか、あのメガネの人。隣の人すっごいオカンじゃん。

 

「…それでどうするの?行くのか行かないのか」

 

 マーガトロイドが俺に尋ねる。このまま断っても、霧雨のことだからゴリ押しで来そうな気がする。それは面倒くさい。なら、ここで抵抗を止める方が合理的か。

 

「…空いてたらな」

 

「よっし!やっぱ素直じゃないよな、八幡と霊夢は」

 

「私はいつだって素直なんだけど?」

 

 結局、俺に休みの日は存在しないのだ。新たに射命丸という女の子が加わって、余計に面倒なことが起きそうで仕方がない。しかし、これが青春ラブコメの醍醐味というものなのだろうか。

 

 面倒なことこの上ない。帰って寝たい。そろそろ小町に会いたいよう。

 

 そんな欲望に馳せながら、俺はペンを取って、ノートに視線を移した。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ららぽーとの外に出ると、空は既に暗くなっていた。あらかじめ、帰るのが少し遅くなるということを十六夜には話しているが、早く帰らんとフランドールが怒りそうで怖いな。

 

「八幡さん!」

 

「ん?…うぉっ」

 

 射命丸は強引に俺の腕を抱きしめて、自撮りの構えでツーショットを撮ろうとする。

 

 あのですね、そういう行動がですね、多くの男性を勘違いさせ、結果死地へ送り込むことになるんですよ。分かったら今後、ボディータッチはしない、休み時間男子の席に座らない、忘れた教科書を借りない、徹底してくださいね。

 もうなんか柔らかいのがむにむに当たって気になるんですよ。

 

 撮り終えたのか、射命丸は離れる。

 

「お近づきの写真です!では、今度はみなさんで撮りましょう!」

 

「おっ、いいなそれ!」

 

「…仕方ないわね」

 

「面倒ね……」

 

 再び射命丸は自撮りの構えを取る。しかし、このケータイ一つでみんなが入るのだろうか。

 すると。

 

「撮りましょうか?」

 

「いいんですか?ありがとうございます」

 

 通りすがりの女性は親切にそう言った。しかし、少し奇抜な姿と俺は感じた。

 獣耳かと見紛うほど2つに尖った肌色の髪に、「和」という文字が入った耳当てをしているのだ。

 

「では撮りますよ」

 

 真ん中には射命丸と霧雨。霧雨の隣にはマーガトロイドで、射命丸の隣は博麗。博麗の横は怖いので、マーガトロイドの隣に立つ。

 

「はい、チーズ」

 

 2、3枚程度撮ってもらい、女性は射命丸にケータイを返す。

 

「いい写真ですよ」

 

「あや、そうですか?ありがとうございます」

 

「では、私はこれで」

 

 そうして、その女性は俺達の前から去っていく。

 

「…そろそろいい時間だし、帰りましょうか」

 

「そうだなぁ。今日は勉強して疲れたぜ」

 

「あんた大半は雑談ばっかりだったでしょうが」

 

「でも楽しかったですね!私としては、噂の八幡さんとお近づきになれましたし」

 

 俺達はそうして、ららぽーとで解散した。

 

 俺は今日の勉強会を通して、少し気がかりなことがある。

 あの射命丸という人物は、どこか胡散臭い人間だ。根拠はまるでないのだが、何かを隠している。単なる勘だ。

 

 その何かが分からないのだが、俺にはそんな風に見えたのだ。

 

 そんな射命丸のことを考えながら、俺は我が家に、ではなく紅魔館へと歩き始めた。

 



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こうして、彼の紅魔館での業務は終了した。

 時は過ぎ、今日は日曜日である。休みの日なので、勉強と並行しつつ、館の仕事を行なっていた。紅魔館にいられるのも今日が最後であり、明日には命蓮寺に向かうことになる。

 

 いい加減我が家に帰りたい今日この頃。それでも、1週間もここで過ごしていると、それなりに愛着が湧くことも否めない。

 

 さて、紅魔館での一週間を振り返るのはここまでにしよう。今俺は朝から、紅美鈴と一緒に門番をしている。

 

「ふあ…あ……」

 

 大きく欠伸をする。因みに、今は午前6時半でございます。

 

「眠たいんですか?」

 

「こんな朝っぱらから起きてりゃあな。プリキュアの時間までまだまだあるってのに」

 

「プリキュアとか観てるんですか…」

 

 ちょっとあからさまに引くのはやめようね。

 

「まぁな。それより、門番の仕事って暇なんだな」

 

「そうですね。暇過ぎて、私時々寝ちゃうんですよね。ここで」

 

「ここで?」

 

「えぇまぁ。立ったままで」

 

 なんつう器用なやつだ。

 今まで門番の仕事が暇過ぎて寝てしまっていた。その結果、立ったまま睡眠というテクを手に入れたというのか。

 

 うん、結構無駄なテクだったりする。

 

「…今日で最後なんですよね。ここの仕事をするの」

 

「…まぁな」

 

「この1週間どうでした?」

 

「疲れた」

 

 一癖も二癖もある人物もいるし、仕事だって手伝わされる。泊まっている代わりに働くのが筋なのは分かるが、もともとお嬢様が強引に拉致ったんだ。当然、不満はある。

 

 俺の短い感想に、紅は「ですよねー」と返す。

 

 だが。

 

「…まぁ、なんだ。仕事はクソだけど……あれだ。紅魔館の住人は、別に悪くなかったな」

 

「八幡さん……」

 

 一癖も二癖もある人物と言った。それに関しては嘘偽りない。まともな奴がいるとするなら、十六夜とノーレッジ先輩くらいか。それでも、彼女達と関わったこの1週間、決して悪いものとは言えないものだった。

 

「…そんなに話したことないが、今まで世話になった。ありがとな」

 

「いえいえ!八幡さんが来てくれたおかげで仕事がサボ……じゃなかった、仕事がやりやすくなりましたし!私だって、八幡さんと過ごした日々はとても良かったです!」

 

 えっ何この子めっちゃいい子やん。俺が来たおかげでサボ……のところさえ言わなかったらすごいいい子や。惜しかったな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「今日で紅魔館の従者は終わりなのね」

 

「…そうですね」

 

 午前の門番の仕事は終わり、昼食後の1時間程度の休み時間を、俺は静かな大図書館で、中間試験の勉強を行なっていた。ノーレッジ先輩は相変わらず、本を読み耽っている。

 

「この1週間、ありがとうね。貴方と話していた時間、嫌いじゃなかったわ」

 

「奇遇ですね。俺も嫌いじゃないですよ」

 

 本に精通している者だから、それなりに話しやすかったのだ。それに大図書館という巨大な図書館を使用させてもらっていた。彼女を嫌う要素はどこにもない。

 

「……そう」

 

 彼女の頬が、心なしか赤くなる。

 ちょっと、そんな顔を赤くしないでください。並の男子ならば、うっかり告白してしまいますよ、その反応。

 

「…もうここには来なくなるのよね」

 

「用がなければ別に来ませんね。まぁあるとすれば、本借りる時くらいですかね。あ、ちゃんと金は払いますよ」

 

「いらないわよそんなの。…でも、そうね。お金の代わりに聞いて欲しいことがあるの」

 

「なんですか?」

 

「本を借りる時、私の話し相手になってくれないかしら。この館で、本について話せる人がいないの。だから…」

 

「いいですよ別に」

 

 むしろそれはこちらとしてもありがたい。金を払わずに済むこともだが、本について語り合うのは結構楽しかったりする。俺も本を読むことを趣味にしてるし、ノーレッジ先輩と感想を交換することも悪くないのだ。

 

「…ありがとう。じゃあこれ、私の連絡先」

 

 ノーレッジ先輩はケータイを操作して、QRコードを見せてくる。

 

「もし紅魔館に来る時は私に言ってちょうだい。美鈴か咲夜に話を通しておくから」

 

「分かりました」

 

 俺は不慣れな連絡先交換の操作を行いながら、ノーレッジ先輩との連絡先交換を果たす。

 

「…ありがとう。貴方が来ること、楽しみにしてるわね」

 

「…そうですか」

 

「勉強がひと段落したら、フランのところへ行ってあげなさい。紅魔館にいるのが最後だってこと、知らないだろうから。せめて彼女に付き合ってあげなさい」

 

「うっす」

 

 ある程度を区切りを付けて勉強を終え、大図書館を後にする。

 次に俺は、フランドールの地下部屋へと向かい始めた。地下部屋に到着し、俺はドアをノックする。

 

「だーれ?」

 

「比企谷だ」

 

「お兄様?!すぐ開けるね!」

 

 駆け足の音がドア越しに聞こえてくる。ドアが開くと、フランドールが笑顔で迎えてくる。

 

「入って入って!」

 

 フランドールは俺の手を引っ張って、無理矢理に部屋へ連れ込んだ。連れ込んだって言い回しってなんかエロい。

 そして、彼女のベッドまで連れられる。フランドールはベッドに腰掛け、俺が隣に座るように促す。

 

「お兄様っ」

 

 フランドールは突然、俺の身体を抱きしめる。抱きしめている彼女は、幸せそうな表情を浮かべる。紅魔館にいられるのも最後だし、今日はフランドールの好きにさせよう。

 

 サービス精神旺盛な八幡でございます。

 

 俺はフランドールの頭を軽く撫でてみる。小町にしてみるように、優しく。

 

「えへへ……お兄様のなでなで、気持ちいいよぉ…」

 

 あかんこれあかんやつ。めっちゃ可愛いやつだ。

 天使かっつの。コマチエルとフランエルってか?なんだそれ最高かよ。

 

「お兄様……好き…大好き……」

 

「…そうか」

 

 少し前まで、歪に笑うことしか出来なかった少女も、今では天真爛漫な笑顔を見せるようになっている。暴走したという報告も受けていないし、しばらくは安全だろう。

 

「お兄様の身体…あったかい……ずーっと、このままがいい…」

 

 …これいつまでしてるんだろ。いくら小町と歳が同じだとはいえ、相手は女の子だ。これだけ引っ付かれて、ドキドキしないほど俺は大人じゃない。

 

「お兄様……」

 

「ん?どうした?」

 

 フランドールは顔を赤くし、息を荒くしながら俺を見上げる。気のせいだろうか、目もどこかおかしい。

 

「お兄様と、ちゅーしたい…」

 

「……」

 

 間違いない。発情してるこの子。

 ていうかなんで急に発情してるの?そんなビッチな子なの?やだ淫らだわ。

 

「お兄様が好き。お兄様の声が好き。お兄様の目が好き。お兄様の綺麗な肌が好き。お兄様の匂いが好き。お兄様の暖かいのが好き。好き好き好き、大好き。お兄様に抱きしめられてるだけで、なんだか太腿の間がきゅんきゅんするの。身体が熱くなっちゃうの」

 

 これどっかで見たことあるんだけど。何これデジャヴ?

 

 俺は冷静になって分析をするが、フランドールは止まらない。

 

「ううん、それだけじゃないの。お兄様の綺麗な肌を見てると、噛みつきたくなる。お兄様の口を見てると、私の口と合わせたくなる。お兄様のベロが見えると、私のベロで舐めたくなるの」

 

「…わぁお」

 

 あっもう手遅れですね。さーてどうしよう。このままだと封獣より先に襲われちゃうかも。

 

「お兄様ぁ……ちゅーしたいよぉ……」

 

「ブレーキ踏んで?ちょっと止まって?」

 

「やだぁ……」

 

 フランドールは聞く耳を持たず、遠慮なく自身の顔を俺の顔に近づける。残り10cmもあるかないかぐらいの距離。フランドールの荒々しい吐息が、俺にかかる。

 俺は近づけまいと抵抗するが、男子顔負けの力を持っているフランドールには一切の無意味だった。力強いなおい。

 

「お兄様……」

 

「フラン、少し話が……あ」

 

 フランドールのぷるっとした唇が当たろうとした瞬間、地下部屋の扉が開いた。その音に反応した俺とフランドールは、扉の方へ顔を向ける。そこには、フランドールの姉であるレミリアお嬢様がいた。隣には十六夜もいて、目を見開いている。

 

「…フラン。今すぐ八幡から退()きなさい。話があるの」

 

「やだ。今からお兄様とラブラブするんだから。後にしてよ」

 

「後になればなるほど、貴女が苦しい思いをするだけよ」

 

「…どういうこと?」

 

 フランドールは怪訝な表情でレミリアお嬢様に聞き返す。というか、俺も実はなんの話か全く分かっていなかったりする。

 

「今日で八幡とはさよならよ」

 

「………は?」

 

 その言葉にフランドールは呆気に取られる。逆に俺は、その話か、とすぐに理解した。しかし、フランドールはそうではなかった。

 

「一生会えないってわけじゃないけれど、八幡が紅魔館にいるのは今日で最後よ」

 

「…お姉様でも冗談を言ったりするんだ。全然面白くないけど」

 

「事実よ。もう決まっていることよ」

 

「嘘だ」

 

「だから、嘘じゃないって…」

 

「嘘だッ!!」

 

 突如、フランドールは叫んだ。どっかのひぐらしみたいなセリフだが、そんなことは置いといて。

 

「なんで!?なんでお兄様が紅魔館から出て行くの!?意味分かんない!」

 

「八幡にだって八幡の生活があるのよ。いつまでも紅魔館に居てもらうわけにはいかないでしょう」

 

「そんなの知らない!!お兄様はずっとここにいるんだもん!!」

 

「フランドール……」

 

 薄々は分かっていた。封獣同様に、フランドールは俺に依存している。そのきっかけがあるとするなら、フランドールの暴走を止めた辺りだ。

 

 しかし、封獣のように狂ったようではなく、歳上のお兄ちゃんに甘えているような接し方だったから、俺の勘違いという説もあった。だから俺は俺であまり気にすることなく、小町と同じような接し方をしてきたのだ。

 

 異性への好意か、単純に歳上のお兄ちゃんへの好意か分からないが、今フランドールがヒステリックになっている以上、依存していることに変わりはない。

 

「お兄様も何か言ってよ!お兄様もずっとここにいるんだよね?ずっと、ずーっと一緒にいるんだよね?」

 

 フランドールは俺にしがみついて、そう尋ねる。

 

「……悪いが、それは出来ない」

 

「…お兄様……!?」

 

「お嬢様が言った通り、いつまでもここで世話になるわけにはいかねぇ。俺にも自分の生活があるしな」

 

「やだやだやだやだ!!お兄様とずっと一緒にいるの!!どっかに行っちゃうなんてやだ!!」

 

 フランドールは次第に泣き崩れてしまう。理由が理由だけに、断るのは仕方のないことだが、こうして泣かれてしまうと、少し弱ってしまう。

 

「…フランドール、よく聞いてくれ」

 

「うっ…ぐすっ……」

 

「確かに今日で紅魔館とバイバイする。けど、何も一生ここに来ないってわけでもないんだ」

 

「え……?」

 

「俺は時々、本を借りに大図書館に来る。もしかしたら1週間後に来るかも知れないし、明日来るかも知れない。…いつ、とは言えないが、紅魔館には立ち寄ることになる。だからその時、俺はお前の部屋に行くと約束する」

 

「ほ、本当……?本当に、会いに来てくれるの……?」

 

「あぁ。だからもう泣くな」

 

 フランドールの頭を優しく撫でる。徐々にフランドールの涙が止まり、手の甲で涙を拭き取る。

 

「…じゃあ、約束だよ?」

 

「おう。約束だ」

 

「嘘ついたら許さないから。もし来なかったら、お兄様を一生私の部屋に閉じ込めるから。私が満足するまで、壊しちゃうから」

 

「尚更行かなきゃならん理由が増えたわ」

 

 これでとりあえず、フランドールも納得しただろう。

 この間、朝食の時にレミリアお嬢様に言ったのだが、その時フランドールはまだ自分の部屋で寝ていたから知らなかったのだ。

 

 言ったら言ったで、もしかすれば的なことは考えたが。納得してもらって何よりだ。

 

「お兄様、だーいすきっ!えへへっ」

 

 夕飯の支度までは、フランドールと遊ぶことになった。スキンシップが激しいのは変わりなかったが、なんとか受け流していった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 十六夜の手伝いで、夕飯の支度を行なっていた。その時、十六夜が仕事をしながら話しかけてくる。

 

「この間の女にフランお嬢様。八幡って、結構女に依存される体質なのかしら?」

 

「…中学までは、女子とほとんど関わりなかったからな。あんまそういうのは知らん」

 

「…まぁ、フランお嬢様達が言ってることも分からないわけではないわね」

 

「?どういうことだ」

 

「貴方って甘いもの。他人に対してね」

 

 そんなはずがない。俺が甘くしているのは、俺と小町とコーヒーだ。他人に甘いわけがない。

 

「フランお嬢様に苦い過去があったと聞かされても、貴方はフランお嬢様に寄り添ったじゃない。女の子って、自分を見てくれる人に弱いのよ。貴方は他人のことをよく見てる。本質を理解してる。だから、寄り添える」

 

「…そこまで美化されるほど俺は主人公じゃねぇよ。むしろ敵の下っ端辺りがベストだろ」

 

「確かに、貴方が主人公ってところ想像出来ないわね」

 

 十六夜は揶揄うように笑った。

 実際、俺でもそう思う。俺が主人公になった日には、多分物語がバッドエンドに出来上がる。

 

「…けど、少なくとも彼女達にとっては貴方が主人公だと思うわよ」

 

「んなこと言われてもな……」

 

「貴方は他人に優しい上に甘い。だから彼女達は、その甘さに依存して、何がなんでも縋ろうとする。そして、自分じゃない誰かがその甘さに縋ろうとすると、一気に独占欲と嫉妬が膨れ上がる。これは自分だけのものだ、他の人が触らないで欲しい…的な感じね。貴方って、女の子をダメにしそうな男ね」

 

 俺は誰かに優しくしていないし、甘くしているわけじゃない。俺はただ単に、現状打破の策を講じただけに過ぎない。好感度を狙ったわけじゃない。好かれるなんて筋違いだ。

 

「…アホらし」

 

 俺は小さく呟いて、夕飯の支度を続ける。

 出来上がり次第、俺と十六夜は食事専用の部屋へと持ち運ぶ。

 

「お待たせしました、お嬢様」

 

「ありがとう、八幡」

 

 全て運び終えて、俺と十六夜が席に着いた。そして、紅魔館での最後の晩餐が始まる。相変わらず豪華な料理に場違い感を感じながらも、それを口に含む。

 

「うっま」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 無意識に出た感想に、十六夜が感謝の言葉を返す。

 普通に美味くてコメントに困るレベル。外でこれを出せば、金を巻き上げることが出来るだろう。十六夜の家事スキルはカンストしてやがる。

 

「八幡」

 

「はい?」

 

「食事を終えたら、貴方と二人で話したい。ひと段落したら、紅魔館の屋上で待っているわ」

 

「はぁ……」

 

 要点だけ言うと、再び食事に戻る。

 俺は食事をしつつ、お嬢様に呼び出される心当たりを探していた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 食事を終え、さらに皿洗い等も済ませた。お嬢様が伝えた場所である屋上へと、俺は足を運んだ。屋上に向かうと、月の光に照らされるお嬢様の姿がそこにあった。

 

「…来たわね」

 

「…何か、用ですか?」

 

「そう焦らないで。隣に来て」

 

 一応警戒はしつつ、レミリアお嬢様の隣に立った。もう夜だと言うのに、月の光が地上を照らして明るく見える。

 

「月が綺麗ね」

 

「は?」

 

 突如として、彼女は短くそう呟いた。あまりに突然のことで、気の抜けた声が出てしまった。

 これって、告……。

 

「先に言っておくけれど、愛の告白とか隠していないから。単純に月が綺麗ねって話よ」

 

「あ、あぁ……」

 

 あー焦った。急に呼び出されて急に告白されたと思ったわ。うっかり返しそうになったわ。

 

 でもレミリアお嬢様の言う通り、本当に月が綺麗だ。満月でもなければ三日月なわけでもないが、はっきり見える月の光は冬のイルミネーションより綺麗だと思う。

 

「…今日までありがとう。無理に連れてきたのに、貴方は紅魔館のために尽くしてくれた」

 

「仕事はもう真っ平御免ですけどね。働きたくないんで」

 

「ふふ、そうね。八幡って、面倒くさがりだものね」

 

 仕事=クソである。だからこそ、専業主夫というのは勝ち組だということなのだ。

 

「…フランを窘める手前でああは言ったのだけど」

 

「…なんの話ですか?」

 

「私個人としても、貴方には紅魔館に残っていて欲しかったの。貴方のような従者を、手放したくなかった」

 

 フランドールがヒステリックに叫んでいた時、レミリアお嬢様は、俺には俺の生活があるから無理に居させるわけにはいかない、と窘めていた。

 

「ただ純粋に、貴方の運命が気になって連れてきたのにね。いつの間にか、そんなことがどうでもいいくらい、私の中で貴方という存在が大きくなっていたの。フランを助けた、あの日から」

 

「お嬢様……」

 

「明日から命蓮寺のところで働くのでしょう?それが終わったら、またこの館に来てくれないかしら?また、私の従者になってくれないかしら?」

 

 レミリアお嬢様は真剣な眼差しで懇願する。きっと、こんな真剣な眼差しで押されたら断れなかったかも知れない。

 

 だが、俺は。

 

「…家には小町がいます。2週間も家を空けると、きっと寂しい思いをしてると思うので。お断りします」

 

「…そう、よね。家族は大事よね」

 

「けど、大図書館に寄ることはあると思うんで。その時は、顔くらい出しますよ」

 

「…えぇ、ありがとう。…ねぇ、八幡」

 

「はい………ッ!?」

 

 何の気なしに返事をした刹那、レミリアお嬢様は俺の耳元で、甘い吐息混じりで囁いた。

 

「好きよ。貴方のこと」

 

「ッ……!」

 

「本当、可愛い反応するんだから。あまりそういう姿、女の子に見せない方がいいわよ。襲われても知らないから」

 

 レミリアお嬢様は、俺の反応を見て揶揄う。

 顔がすんごい熱い。多分、顔が赤いのは見なくても分かるだろう。りんご病だって言われても納得できるレベルだ。

 

「おやすみなさい、八幡」

 

 そう端的に就寝の挨拶をして、館の中へと戻っていく。顔が熱いせいか、夜風がとても涼しく感じる。

 

 こうして、俺の紅魔館での業務は終了した。

 

 

 



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彼はしばらく、命蓮寺に身を置くことになる。

 紅魔館での仕事は終わった。

 彼女達はいつもリムジンで学校に向かうため、俺より館を出るのが遅い。

 

 先に館から出て行き、学校への道を歩いていると。

 

「八幡っ」

 

 後ろから、陽気な声で誰かが俺を呼ぶ。振り返ると、そこには病みに病みまくった封獣ぬえがいた。

 

「今日からだね、命蓮寺に来るの」

 

「…そうだな」

 

 紅魔館に続いて、今日から命蓮寺に住み込むこととなった。正直、不安しかない。理由は言わずもがな、この封獣がいるからだ。それこそ、命蓮寺にいる間は周りを警戒しないといけないレベル。いつ襲われるか分からんからだ。

 

「ただ、一旦家に帰らせてくれ。ここ一週間、小町と会ってないんだ。顔ぐらい出しておきたい」

 

「…分かった。でも八幡の家まで付いていくから」

 

「勝手にしろ。でもあんま小町の前に出るなよ。教育に悪いから色々と」

 

「何それ」

 

 封獣はあからさまにムスッと頬を膨らませる。なんてあざといんだこいつは。そんなあざとキャラじゃなかっただろうが。

 

 そんな封獣に悪態を吐きながらも、共に学校へと向かった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 月曜日の学校はどうしても憂鬱になってしまう。休みを終えた次の日に学校だからだろうか、普段以上にやる気が出ない。

 

「今日の学校もかったるいわぁ……」

 

「そうか?私は全然だぜ?」

 

「いつも元気だしね。魔理沙は…」

 

 学校が始まれば、このトリオの変わらない会話が目の前で繰り広げられる。

 ホームルームまで時間あるし、マッカンでも買いに行こうかな。あれ飲んだら憂鬱な気分も少しはマシになるだろう。

 

 思い立ったが吉日。俺は立ち上がり、学校に設置されている自動販売機に行こうとした。

 

「どこに行くんだ?」

 

「マッカン買いに自販機にな」

 

「あ、じゃあ私の分も買ってきて。緑茶で」

 

 流石博麗さん。その厚かましさは自然体でしょうか。将来大物になれそうだね。

 

「少し喉が渇いてたし、私も行くわ」

 

 マーガトロイドが行動を共にするようになった!テッテレー。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 そうして、俺とマーガトロイドは近くの自販機まで足を運ぶことにした。

 道中、彼女との間に会話がなかった。マーガトロイドと二人というのは、なんだか久しぶりな気がする。

 

「…今回の試験、大丈夫そうなの?」

 

「え?…あぁ、まぁ大丈夫だろ。理系もなんやかんやで大丈夫だろうし。知らんけど」

 

「曖昧ね…」

 

 今週が終われば、しばらく平穏に暮らすことが出来る。試験も終わって、さらに命蓮寺の仕事も終えてやっと我が家で過ごすことが出来る。

 

「来週からやっとゆっくり出来る…」

 

「けどすぐ、また行事があるじゃない」

 

「なんかあったか?」

 

「聞いてないの?再来週から2泊3日の勉強合宿があるって。確か数学の時間に言われていたけど」

 

 なん、だと……!?

 数学の時間って、俺が寝てる時じゃねぇか。そりゃあ聞いてなくて当然だけれども。

 再来週は早過ぎる。しばらくゆっくり出来ると思った矢先にこれか。

 

 あれ?ちょっと待って。

 

「勉強合宿ってことは、どっかの宿泊施設とかホテルとかで勉強するってことだよな」

 

「何当たり前のことを聞いてるのよ。確か神奈川県って聞いたわ」

 

「場所はどうでもいいけど。てことはあれよね。つまりお泊まりってことだよね」

 

「…何が聞きたいの?」

 

「や、俺、男」

 

「あ……」

 

 俺の伝えたいことを理解したマーガトロイド。

 

 説明しよう。極端に男女比が偏ったこの学校。1クラスが大体30人。そのうち、男子が10人程度ならば多い方である。しかし少なければ、2、3人程度。

 

 だがよく思い出して欲しい。俺のクラス。

 まだまだ知らない人物がいるとはいえ、周りは女子だらけ。IS学園の主人公状態だ。そして、この学校の教諭も全員、女教諭だ。

 

 そんな中、突如聞かされた勉強合宿。勉強合宿とはいえ、みんなクラスメイトと泊まってワイワイしたりするだろう。ルームメイトと一緒に遊んだりするだろう。

 

 しかし、俺は?

 この男子一人という中で、合宿。泊まることになる。大体のルームメイトの人数は2、3人程度。広ければもう少し増えることだろう。

 2、3人程度だろうがそれ以上だろうが、俺を待っている現実はただ一つ。

 

 女子だらけの部屋で寝泊まりすること。

 

 男教諭がいれば、その人物と寝泊まりしていただろう。あるいは、もう一人男子がうちのクラスにいれば、その男子と寝泊まりしていただろう。

 

 ところがどっこい、現実は残酷なのです。

 

 女子だらけの部屋で寝泊まりなんて夢みたいだーって思ってるやついるだろう。

 そんなわけがない。女子から好かれていれば、両方ウィンウィンでハーレムになっているだろうが、嫌われている、またはあまり知らない男子と寝泊まりなんて、女子からしたら絶対に嫌なことだ。男子からしても、女子の知り合いがいなければ肩身が狭いのだ。

 

 よし決めた。

 

「…休もう。多分体調不良になるから」

 

「何をバカなこと言ってるの。それを霊夢の前でも言える?彼女も貴方と同じ、面倒くさがりな人間なのよ」

 

「そんなつまらんこと言ってる場合じゃないだろ。仮に、だ。マーガトロイド、霧雨、博麗、そしてその中に俺が入って、寝泊まりするとしよう。お前は気にしないのか?つーか俺が気にするわ」

 

「別に気にしないわよ、そんなこと」

 

 あれれー?おっかしいぞぉー?なーんで気にしないんだぁー?

 

「貴方が襲ってくるとは思えないしね。もし貴方が性欲の塊だったら、封獣ぬえの好意を利用して襲ってる可能性があるでしょ。それに、多分あの子達も気にしないわよ」

 

 いつの間にか謎の信頼を得ていたんだが……。

 

「つーかお前がよくても俺は嫌なんだが。肩身狭いし落ち着いて寝ることが出来ん」

 

「仮に私達がルームメイトになったとして、そんなに嫌なの?結構一緒に長い時間いると思うのだけど」

 

「お前はもう少し嫌がってね?普通なら嫌なあまり涙するとこだぞ。女を泣かして俺も泣く的な」

 

「言ったでしょう。貴方はそんな人間じゃないって。だから嫌がる必要もないし。……それに」

 

「ん?」

 

「…八幡と一緒にいる時間、嫌じゃないもの。嫌がるわけがないわ」

 

 謎の信頼と共に謎の好感度も得ていた私。あの、頬を赤らめると勘違いしてしまうからやめようね、それ。

 そんなマーガトロイドの恥じらいの表情を見た俺も、多分顔を赤くしているだろう。

 

「まぁ肩身が狭くなるのはもうどうにもならないわ。諦めなさい」

 

「急にあっさり言ったなお前」

 

 そろそろ胃腸薬が欲しくなってくるぞ。一旦家帰るときに、胃腸薬も持って行っとこ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 今日も今日とて、変わらない一日を過ごした。そして今から、俺は命蓮寺の従者となる。

 その前に、一度家に帰ることにする。一週間も小町の顔を見ていない。早く見たい。早く会いたい。

 

 …これ禁断症状じゃね?小町依存症か俺は。

 

「それでね、今日の体育さ……」

 

 隣では、封獣ぬえが絶え間なく話し続けている。ずっと話し続けて疲れないのかこいつは。

 そんな彼女の話をしばらく聞き続け、我が家へと帰路を辿っていると、段々と我が家が見え始めた。

 

「久しぶりだな……」

 

 一週間とはいえ、なんだか懐かしく感じる我が家。

 

「封獣はここで待ってろ。小町がお前を見たら面倒なことになる」

 

「えぇー」

 

 ぶーぶーと文句を言う封獣を放置して、俺は玄関の扉を開いた。開けて入った途端、家の中でドタバタと駆け足のような音がする。

 

「お兄ちゃん!」

 

 なんと、制服姿の小町が玄関まで走って迎えに来たのだ。

 

「おう、小町。ただいま」

 

「うん!おかえり、お兄ちゃんっ!」

 

 何この笑顔めっちゃ癒されるわぁ。心の闇が取り払われるかと錯覚してしまうほどの女神の笑み。

 やっぱ小町サイコー。

 

 だがしかし。感動の再会も束の間で終わるのだ。

 

「今日の夜ご飯どうする?久しぶりに帰って来たし、今日はお兄ちゃんの好きなものを作ってしんぜよう!あ、これ小町的にポイント高くない?」

 

「悪いな。俺の分は作らんでいい。また一週間、家から離れる」

 

「えっ、そうなの……?なんで?」

 

 この間は紅が小町に電話をかけて了承を貰ったが、今度は俺が小町に言わなければならない。たまに鋭いところがあるからな、こいつは。

 

「あー、あれだ。また友達のとこに泊まるんだよ。違う友達の」

 

 安心しろ小町。俺に友達なんていない。

 

「また友達……?この間もそうだったけど、お兄ちゃん高校に入ってからなんかあったの?小町の知らぬ間に高校デビューとかいうのしたわけ?」

 

「違う。…まぁとりあえず、また家を空けるから。悪いな」

 

「…そっか。でも、中学の頃に比べたら大躍進だよね!お泊まりするくらい仲の深まった友達がお兄ちゃんにいるんだから!楽しんでおいでよ!」

 

 本当は仲を深めるわけでもなく楽しんでくるわけもなく、泊まり込みで仕事をするという社畜の所業である。

 

「とりあえず、色々準備したらすぐに出るわ」

 

 服や下着に関しては、封獣が何故か男物の服を用意しているから、まぁ必要はないだろう。

 持っていくものは充電器と、予備の制服に体操服、それに胃腸薬ぐらいか。衣食住が最低限揃ってるなら、他には何もいらないだろう。

 

 俺はすぐに準備を終えて、再びローファーに履き替える。

 

「じゃあな、小町」

 

「行ってらっしゃいっ!あっちで粗相なんてしたらダメだからね!」

 

「大丈夫だ。大人しく過ごすつもりだ」

 

 俺は我が家を出ていき、待っていた封獣と再び、命蓮寺に向かって歩き始めた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 またお兄ちゃんが家を空ける。お兄ちゃん曰く、友達だと言っていたのだけど、何か嘘くさい。小町に何か隠してることがある。

 それが本当のことならば、それはそれで良いと小町は思う。お兄ちゃんのことを知って尚、付き合ってくれているんだから。

 

 小学、中学の頃は今より違った。すっごい素直で、詐欺に引っかかるんじゃないかってくらい不安だった。

 

 けど、そんな素直なお兄ちゃんはもういない。お兄ちゃんの周りが、お兄ちゃんの人格を変えてしまったんだ。お兄ちゃんは何も悪くないのに、みんながお兄ちゃんのことを嫌っている。

 一度、告白もしたらしいがそれも大失敗。挙げ句の果てには、その告白は周りの笑いのネタになる始末。

 勘違いしやすかったのは仕方ないことかも知れない。けど、人様が勇気を振り絞った告白を笑いものにするなんてあり得ない。

 

 そんな苦い過去の積み重ねで、捻くれて面倒くさいお兄ちゃんが出来上がってしまった。相変わらず小町に甘いところは変わりないんだけど。そういうところは小町的にポイント高いかな。

 

 だからお兄ちゃんに友達が出来たことは本当に良かったと思う。さっきも言った通り、お兄ちゃんが何か隠すために嘘をついてる可能性があるから、まだ断定は出来ないんだけど。

 

 でも、最近のお兄ちゃんは帰りが遅くなった。生徒会に入ってから、帰ってくるのは夕方の6時とかになる。まぁ高校生にもなったんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。挙げ句の果てには、2週間も家を空けてしまう。

 この間お兄ちゃんから電話がかかって来たが、知らない女の人の声がお兄ちゃんの友達だと言っていた。嫌われやすい謎属性持ちのお兄ちゃんのことを、友達だと言っていたので、その時はお泊まりすることをOKした。

 

 でもまた、お泊まりでお兄ちゃんは家にいない。久しぶりに帰って来たと思ったら、すぐに家から出て行った。

 

「カーくん……」

 

 リビングで転がっているネコのカーくんを撫でながら、お兄ちゃんのことをずっと考えていた。

 

 お兄ちゃんは引くくらいのシスコン。リアルにこんなお兄ちゃんがいたら、妹は鬱陶しがると思う。だからそろそろ小町から離れないかなって常々思ってるんだけど。

 

「小町も大概だなぁ……」

 

 たった2週間、お兄ちゃんがいないだけで、こんなに寂しくなるなんて。小町も当分、お兄ちゃん離れは出来ないかも。

 

 …早く帰って来ないかな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 命蓮寺に到着。いつもならば、ここで封獣とさよならバイバイするのだが、今日からは命蓮寺に泊まることになる。

 

「…今更なんだが、俺がここに来ることを聖さんは了承してるのか?家主みたいな感じなんだろ?」

 

「八幡なら泊まってもいいって言ってたよ。他の連中は知らないけど」

 

 聖さんがいいならいい……わけではなくね?他の人達からの了承も一応いるくね?

 

「おっ、ぬえじゃん。何してんの?」

 

「ムラサ…」

 

 封獣の名前を気さくに呼ぶ女の子が現れた。

 学校の制服を、まるで水兵服かのように改造した制服を着用した、ウェーブをかけた短い黒髪の女の子。

 

 その姿はまるで、海上を走る船の長である。

 

「おっ、君がぬえが度々言ってた八幡?」

 

「へ?あ、はい」

 

「私は村紗水蜜(むらさみなみつ)。みんなは村紗って呼んでるよ」

 

「比企谷八幡です」

 

「うん、よろしくね。とりあえず中に入って行きなよ。ずっと立ち話するのもなんだしさ」

 

 そう促され、俺は命蓮寺の中へと入っていった。社会見学でもなければ、絶対に入ることはないであろう施設だ。少しだけ、楽しみにしている自分がいる。

 

 中に入ると、なんだか屋敷と思わせる風景であった。村紗さんが先導して歩き、俺と封獣はそれに付いて行く。そして、村紗さんが途中で止まり、障子を開くと、聖さんがお茶を飲んで寛いでいた。

 

「お帰りなさい、ムラサ、ぬえ」

 

「おいっす、ただいまー」

 

「ただいま」

 

「ゴールデンウィーク以来ですね、比企谷さん」

 

「そうですね。お邪魔してます」

 

「いえいえ。今日からゆっくり、この寺でお寛ぎください。ぬえ、比企谷さんの部屋を案内して差し上げて。間違っても自分の部屋には連れて行かないように」

 

「…はーい。それじゃあ行こ、八幡」

 

 封獣は俺の手をぎゅっと握って、部屋から連れて出て行く。しばらく廊下を歩いていき、俺が寝泊まりする部屋へと向かう。そして目的地に到着し、封獣が障子を開ける。

 開かれた先にある部屋は、机だけがある何もない和室であった。

 

「客人用の部屋だから。襖を開けると布団があるから、寝るときはそこから出して。後、今日から私もここで寝るから」

 

「何を言ってんの?」

 

「自分の部屋に連れて行くなとは言われたけど、八幡の部屋に行くなとは言われてないからね。1週間も八幡がここにいるんだよ?八幡がここにいる間は、私ずっと八幡の隣にいるから」

 

「嘘だろ……」

 

「あ、心配しなくても私からは襲わないよ。()()()()ね」

 

 あからさまに含みのある言い方をする封獣。

 

「もし八幡がそういうことをシたいと思ったのなら……」

 

 封獣はすかさず、俺の耳元で囁く。

 

「私のこと、好きにしていいよ」

 

 男を誘惑する破壊力のあるセリフ。

 こいつ、自分からは襲わない代わりに俺から襲うように仕向けようとする。おそらくこの1週間、ハニートラップなるものを仕掛けてくるに違いない。普段よりスキンシップも激しくなるだろう。

 

 理性をセーブしろ比企谷八幡。たった一回の過ちが、この先の人生を左右するのだ。

 絶対に、こいつの思惑通りになってたまるものか。

 

 …これ本当にラブコメの小説なのかな。

 

 



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いつだって、彼の周りは常に騒がしいのだ。

 命蓮寺の中を一通り案内してもらった後、俺は客人用の部屋、つまり一時的な俺の部屋に戻った。勿論、封獣も付いてくる。

 

 試験は明後日から。俺は机に教科書やノートを置いて、試験勉強を始めた。文系はなんとかなるが、理数系はどうにもならん。そう思い、赤点を取らないように勉強を行なったのだが。

 

「八幡って字綺麗だよね」

 

 隣でずっと俺の勉強姿を見つめている。じっと見つめられていると集中力が削がれてしまう。

 

「お前は勉強しないのかよ」

 

「私は大丈夫だよ。大体全教科70点以上は取ってるから」

 

 地味に頭良いのかよこいつ。

 

「理数系苦手なんでしょ?私が教えてあげよっか?」

 

「いらねぇ。それを盾に嫌な要求をされかねん」

 

「ちぇっ」

 

 ここで教えを乞うてもらおうものなら、やばい要求をされるのが目に見えてる。例えば、俺との性行為とかな。自分で言ってて恥ずかしいが、ゴールデンウィークのことがあるから、ないとは言い切れない。

 

 何考えてるか分からない以上、こいつに弱みを見せるわけにはいかない。借りを作るわけにもいかない。

 

「ひーまー」

 

「じゃあ自分の部屋に戻れよ。なんでいるんだよ」

 

 そんな俺の返しに、封獣は「え、何言ってるの?アホなの?死ぬの?」と言いたげな表情をしていた。

 

「言ったでしょ。今日からはずっと八幡と一緒にいるの。こうやって話すときも、お風呂に入るときも、寝るときもね」

 

「風呂と寝るときはやめて?思春期男子に毒だからやめて?」

 

「やーだっ。にひひっ」

 

 クソッ。このメンヘラめ。

 仕方ない。イヤホンを付けてでも、勉強に集中しよう。俺はポケットからイヤホンを取り出して、音楽を流そうとしたのだが。

 

「ダメだよ。音楽聴きながらじゃ、歌詞の方に集中しちゃって勉強なんて出来ないよ」

 

 正論だよちくしょうが。大体こんな手を使わせたのは一体どこのどいつだ名を名乗れ。

 

「そんなに何か聴きながら勉強したいなら……」

 

 封獣が背後から俺の両肩に手を置いて、耳元で囁き始めた。

 

「私の声を聴きながら勉強しよ?」

 

「却下だアホが。余計勉強しづらくなっちゃうじゃねぇか」

 

 そんなちょっとエロいASMRなんて求めてねぇよ。

 

「はぁ……」

 

 この調子じゃ、今は勉強出来ない。ゴールデンウィークの時のように少し脅すか…?いや、そうしたら騒ぎになって面倒なことになりかねない。しかし、勉強しなければ間違いなく赤点を取る。

 

「頼むから勉強させてくれない?別に部屋にいるのは構わんけど、ずっと話しかけられると気が散って勉強出来ない」

 

「…じゃあ終わったらかまって?勉強した分、私にかまってよ」

 

「前向きに検討する」

 

 大体人の勉強を邪魔するな。こちとら赤点回避のために理数系を必死にやってんだぞ。

 とりあえず、一旦封獣は静かになったため、その隙に勉強を始めた。ずっと見られていることは気にしないでおこう。

 

「また落としたのか、ご主人?」

 

「はい……どうしましょう……」

 

 何やら表が騒がしい。何かあったのだろうか。

 

「また宝塔落としたんだ……」

 

 封獣は呆れたように呟いた。というか宝塔を落とすってなんだ。

 まぁ何を落としたのかは知らんが俺には関係のないことだ。大人しく勉強してよう。

 

「何騒いでんの」

 

 封獣が障子を開けて騒ぎの中心に声をかけた。

 

「ご主人が宝塔を落としたんだ。これでもう60回目だぞ」

 

 落としすぎだろ。いい加減管理能力上がらんのか。

 

「…そういえば、何故客人用の部屋から出てきた?誰か客人がいるのか?」

 

「そういや言ってなかったね。八幡、来て」

 

 うわ面倒くさい。だが、これから1週間同じ施設で過ごす人間だ。話さないとはいえ、邪険にする必要もないか。俺は一旦手を止めて、客人用の部屋から出る。

 

 表には、二人の女の人がいた。一人は金と黒の混ざったショートに、花を模した飾りを付けている者。そしてもう一人は、レミリアお嬢様や四季先輩のように背が小さく、ダークグレーのクセ毛のセミロングの髪型をした者。

 この二人が騒ぎの原因か。

 

「…比企谷八幡です」

 

「比企谷……。あぁ、聖から話は聞いてますよ。ぬえの件、ありがとうございました」

 

「む、この者が?」

 

「えぇ。改めまして、命蓮寺へようこそ。3年の寅丸星(とらまるしょう)です。以後お見知り置きを」

 

「2年のナズーリンだ。よろしく頼む」

 

 寅丸先輩に、ナズーリン先輩と、各々簡単な自己紹介をしてもらった。さて、一体何の騒ぎだったのだろうか。宝塔というキーワードしか聞こえなかったのだが。

 

「それで?また宝塔を落としたの?」

 

「はい……面目ありません…」

 

 寅丸先輩がシュンと分かりやすく落ち込む。

 

「宝塔って、仏塔の建築形式の一つだろ。落としたってどういう意味だ?」

 

「君は宝塔に詳しいのか?」

 

「社会はそこそこ出来るんで」

 

 といっても完璧に把握してるわけじゃない。形が串刺しのおでんに似ていたから、少し気になって調べただけだ。

 

「知っているのなら話は早い。彼女は宝塔を落としたんだ。…といっても、見た目が宝塔というだけで、使い方としてはランプみたいなものだ」

 

「なんでそんなもんずっと持ち歩いてるんですか……」

 

 60回も落としたということは、少なくとも60回は持ち歩いているということ。中身が懐中電灯ならば余計に持って歩く必要はないだろ。

 

「さてね。にしても、ご主人の管理能力の低さには参るよ。この間も、"あぁーっ!バッグ・クロージャー失くしましたー!"って言っていたし」

 

「バッグ・クロージャー?何それ、映画?」

 

「多分それトゥ・ザ・フューチャーだな。ナズーリン先輩が言ってんのはパンに付いてるプラスチックのあれだ。止めるやつ」

 

「あれそんな名前だったんだ…」

 

 つか、それ失くしても輪ゴムとかで代用しろよ。そんな重宝するようなもんじゃないぞあれ。

 

「ともかく、管理能力の無いご主人の落とし物を毎回毎回私が探しに行かなければならない。困ったものだ」

 

「すみません……」

 

「いつか寺の鍵失くされそうで怖いよね」

 

 もうやめてやれ。彼女のライフはとっくにゼロよ。これ以上はオーバーキルになる。

 

「ぬえ達も手伝ってくれないか?人手が多いと助かるのだが……」

 

「自業自得でしょ。勝手にやってなよ」

 

「そこをなんとか頼まれてくれないか。正直、もう私だけでは疲れるのだ……」

 

 ナズーリン先輩は頭を下げて懇願する。ここまで頼まれると、断りづらい。

 

「……丁度、マッカンを買いに行きたかったので。それのついでであれば、別にいいですよ」

 

「本当申し訳ありません。客人にご迷惑をおかけして……」

 

「すまないな。して、ぬえは…」

 

「八幡が手伝うなら私も手伝うよ」

 

 素晴らしいほどの手のひら返し。清々しいな全く。この凄まじい手のひら返しに、寅丸先輩もナズーリン先輩も怪訝な表情をしている。そんな表情に対して、封獣は睨む。

 

「…何?」

 

「いや、すまない。余程、比企谷のことを慕っているのだなと、思っただけだ」

 

「八幡の言うことは絶対だから。私はそれに付いていくだけ」

 

「そ、そうか……まぁ手伝ってくれるなら何も言うまい。では改めてご主人の宝塔を探しに行くのだが……どこで失くしたとかは当然…」

 

「覚えてないです」

 

「…だろうな」

 

 落とし過ぎてこれが彼女達の当たり前の日常となっているのだろうか。大体当然のように宝塔を無くすなよ。サイズはどれくらいは知らんけど懐中電灯ならそこそこ分かるだろ。なんで無くした場所忘れんだよ。

 

「ではいつものように、ご主人がその場にいた場所をしらみつぶしに当たるしかない。まだ学校は開いているだろうから、早いところ行こう」

 

 こうして再び、宝塔を探すために学校へと戻った。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 夕焼けの学校へと戻ってきました。試験期間だというのに部活を行う者、残って勉強を行う者など、そこそこ生徒が残っている。

 

「ご主人、今日赴いた場所は?」

 

「3階にある私の教室と女子トイレ、体育館に女子更衣室……あと食堂ぐらいです」

 

 体育館ってことは、おそらく体育だったのだろう。そのための女子更衣室だ。ということは、体育館に宝塔がある可能性は低い。懐中電灯を体育に持って行くか?答えは否である。

 

「女子更衣室周辺はぬえが、教室と女子トイレ周辺はご主人が。食堂は私が行く。比企谷は体育館に向かってくれ」

 

「私と八幡が離れるとか嫌なんだけど」

 

「効率重視の結果だ。それに、男性である比企谷を女子更衣室に向かわせるのは違うだろう。どうせ後で合流するのだから我慢してくれ」

 

「……分かったよ」

 

「正門でまた合流するとしよう。見つけ次第、私に連絡してくれ。比企谷はぬえに連絡してくれ」

 

「いつでも連絡OKだよ、八幡っ」

 

「そんな連絡しねぇよ」

 

「では解散」

 

 俺達は解散し、各々が向かう場所へと歩いていった。俺は体育館周辺を探すことになった。

 体育館に到着し、俺はまず体育館の周りを散策することにした。しかし、宝塔らしきものは見つからない。まぁ目立つ場所にあったのなら、誰かが落とし物専用箱とかに置いているだろう。

 

「はぁッ!はぁッ!」

 

 体育館から誰かの発声が聞こえる。聞いた感じ部活生の誰かだろうか。体育館の入り口からこっそり覗いていると、剣道の防具を身にした白髪のおかっぱボブの女子生徒が、素振りをしている。なんかどっかで見たことある。

 

 彼女以外に人はいない。ということは、自主練習か。

 部活が終わるには時間がまだ早い。部活が休みの中でも、自主練習しているということになる。

 彼女は一旦素振りをやめ、いろはすを飲み始めた。その時にこちらに振り向き、俺の存在を確認した。

 

「…誰ですか?」

 

「あ、えっと……比企谷八幡です。ちょっとこの体育館に用があって、少しだけ入っていいですかね」

 

「どうぞ。お構いなく」

 

 俺はローファーを脱いで、体育館の中へと入る。パッと見渡した感じ、宝塔はない。念のために、倉庫とか舞台の裏側も探しておこう。

 

「…よければ、私も手伝いましょうか?」

 

「へ?」

 

 剣道少女がそう買って出る。

 しかし、流石に見知らぬ人間に手伝わせるわけにはいかない。

 

「や、大丈夫です。さっさと探してさっさと出て行くんで」

 

 練習の邪魔だから手伝ってさっさと出て行ってもらおうって魂胆か。だとしたら迷惑をかけてんな。

 

 引き続き、俺は体育館の倉庫の中を探す。だが、予想通りここもない。次に舞台裏を探すが、ここもない。となると、やはり体育館に宝塔はないか。

 

「終わったんでさっさと出て行きますね」

 

 俺はこれ以上彼女の邪魔にならないように急いで体育館から出ようとしたのだが。

 

「…待ってください」

 

 何故か彼女に引き止められる。

 

「私の名前をまだ名乗っていませんでした。私は魂魄妖夢(こんぱくようむ)。1年C組の者です」

 

 同期だったのか、このおかっぱちゃんは。

 ていうかよくよく見ればこのおかっぱちゃん、この間サイゼで怒号を飛ばしてたやつじゃねぇか。

 

「貴方の噂は聞いています。F組唯一の男で、あの封獣ぬえを更生させたという」

 

 そんな噂が流れてることを知らなかった今日この頃。

 

「実は私も彼女に様々な悪戯をされたんです」

 

 こいつも封獣の被害者だったのか…。少しだけ、封獣に悪戯されたことに同情してしまう。

 

「椅子の上にブーブークッションを敷かれたり」

 

 それは恥ずかしいわな。

 

「私の水筒の中にハバネロを入れたり!」

 

 それは辛いわな。

 

「砂糖だって騙されてコーヒーに塩を入れてしまったり!!」

 

 最後。本当に封獣のせいなのだろうか?

 というか、何回もやられているのを学習しないのかこの子は。

 

「本当、今まで迷惑していたんです……」

 

「そうだったのか…」

 

 そのご迷惑をおかけした悪戯っ子と、今では同じ屋根の下で寝泊まりする状況と化したのだが。

 

「…それにしてもあれだな。試験期間中だってのに自主練とは、余程剣道が好きなのか?」

 

「好き……というか、護衛のためです」

 

「護衛?」

 

「幽々子様……うちの主人を守るために身につけたに過ぎません。幽々子様に近づく悪い輩を、この竹刀でこうバシッと」

 

 それ空手と柔道で良くね?

 ていうか往来でその幽々子?って人に近づくやつに対して竹刀で叩くとか怖ぇよ。

 

 しかしあれだな。おかっぱのボブカットに剣道部に属している少女って、どこぞの妹みたいだ。明確に違うところと言えば、髪の色と身体のどこかである。どこかとは言わんけど。

 

「…そうか。まぁなんだ。頑張れ」

 

「ありがとうございます。それより、探し物は見つかったんですか?」

 

「いや全く。とりあえず邪魔したようだし帰るわ」

 

 俺は体育館の出口を出て、集合場所である正門で一人、彼女達を待つことにした。

 しばらくして、みんなが正門に戻ってくるが。

 

「どうやら見つからなかったようだ」

 

「完全に無駄足だったね」

 

「…はぁ……」

 

 この感じだと、命蓮寺に帰るのはいつになるだろうか。最悪、警察に誰かが届けてくれていたらいいのだが。

 

「私達が来た登下校の道にも落ちていなかった。今日は私と一緒に帰ったが、寄り道などしていないし、道に落としたということもなかった」

 

「ていうか、あんなランプまた買えばいい話じゃないの?ああいう珍しいやつならドンキとかで売ってそうだけど」

 

「あれ、実は一点ものなんです。霖之助さんから買い取ったんですよ」

 

「あぁ、あの古道具屋ね」

 

「といっても、あのような古道具がまた売っているとは思えない。誰かが警察に届けてくれているといいのだが……」

 

「その心配はいらないわ」

 

 ナズーリン先輩の言葉に、この場の誰でもない者が返答する。この短い声だけで、俺は今すぐ回れ右して帰りたくなった。

 

 何故なら、その場に現れたのは。

 

「校長!?それに、八雲先生!?」

 

 八雲紫校長に八雲藍先生が現れたのだ。

 

「職員室に妙な物が届いたのでな。宝塔のような形をしているし、話から聞いて、探し物はこれだろう?」

 

「あ、そうですそうです!届けてくださってありがとうございます!」

 

「ふっ、礼には及ばないさ」

 

 これで寅丸先輩の探し物は終わりだ。さて、一足先に命蓮寺に帰るとしよう。

 俺は先に正門を出ようと足を踏み出すと。

 

「そう逃げることないじゃない。そんなに私が怖いかしら?」

 

 八雲校長が逃すまいと、俺の肩を掴んで引き止める。

 怖いか怖くないかという問いに対して私が答えるのは、怖い、です。こんな胡散臭い人間、関わらない方が身のために決まってる。

 

「折角こうして出逢ったもの。少しくらいお話ししましょうよ」

 

 しかし、忘れてはならない。この場には、良い意味でも悪い意味でも空気を読まないヤンデレちゃんがいることを。

 

「私の八幡にベタベタ触るなよババア。いい歳した教師が生徒を誘惑するとか、淫乱教師じゃん」

 

「…うふふ。そういう生意気なところは変わらないのね、封獣ぬえ。少しは変わったのかと思ったのだけれど、そうでもなかったみたいね。先生に向かってその言葉遣いは乱暴よ?」

 

「は?知らないしそんなこと。いいから離れろっつってんの。エロババアが。ババアはとっととお茶でも飲んでたら?」

 

 封獣は校長に対しても変わらず、我を貫き通す。ていうか、あまり校長にババアって言わない方がいいと思うんですが。

 

「ババアババア連呼し過ぎなのよ小娘が。えぇ?貴女の目の前にいる人物が誰だか分かってるの?この学校の校長、八雲紫よ」

 

 ほーら怒った。こめかみめっちゃピクピクしてるじゃねぇか。

 この人を前に年齢の話はタブーなのだ。原作のように、ファーストブリットが飛んでくるわけではないのだが、神すら恐れるであろう冷酷な瞳が死を思わせるのだ。

 つまりクソ怖いってことだ。

 

「まだ私はアラサーではないのよ。したがってババアじゃないのよ?お姉さんよ、お・ね・え・さ・ん。ババアじゃないの」

 

 大事なことだから二回言いましたよこの人。

 

「紫様、その言い訳はちょっと苦しいかと。というかもう立派なアラ……」

 

「ん?」

 

「な、なんでもありません」

 

 側近の八雲先生ですら一睨みでKOだ。誰がこの人を止めれるのだろうか。

 

「ねぇ、比企谷くん。私って、そんなに老けているように見えるかしら?魅力あるお姉さんよね?」

 

「え」

 

「そんなことないよね八幡。こんなババア、全く魅力ないよね」

 

「え」

 

 すると唐突に、俺に話を振ってくる。

 だから唐突に話を振ってこないで?どういう対応が正解なのか分っかんねぇんだよ。

 

「仮に、仮によ?私が校長でなければ、貴方は私のことを好きになってしまうわよね?こんなに美しいお姉さんがいたのなら、真っ先に告白したくなるわよね」

 

「そういうキモい妄想は家でやってよ。ねぇ八幡?八幡はいつだって、私を選んでくれるよね?私だけを見てくれるよね?こんなババアのこと、付き合うどころか見向きすらしないもんね?」

 

 なんかよく分からん二択を迫られている私、比企谷八幡。

 さて、考えてみよう。どうやって、ノーダメージでこの場面を脱することが出来るのか。

 

 ではまず、八雲校長の言葉に賛同してみたとしよう。

 

『あらあら。やはり比企谷くんはお姉さんのことが好きなのね?こんな小娘じゃなくて、美しいお姉さんである私のことが』

 

『え?八幡なんで?おかしくない?こんなババア選ぶとかラリってんの?八幡には私がいるじゃん。八幡はこんなババアがいいの?え、意味分かんない。八幡は私だけいればいいでしょ?ねぇ?』

 

 ヤンデレ封獣に詰め寄られてアウトになる。だから校長に賛同する選択はノーだ。

 では逆に、封獣の言い分に賛同してみたとしよう。

 

『だよね?こんなババアより私を選ぶもんね。これってもう私達好き同士だよね。恋人同士だよね。高校卒業したら、結婚しようねっ』

 

『私のことババアと思っていたのね。あらあらあら……………心外ねぇ』

 

 夜道を怯えて歩かなきゃならなくなってしまう。それどころか、学校の中ですら怯えなきゃならんくなる。ていうかまた封獣に詰め寄られるのかよ。

 まぁ要するに。

 

 これどっちもオワタ。

 

「八幡は」

 

「誰を選ぶのかしら?」

 

 どっちを選んでもアウトの完全無理ゲーな選択肢。一体どうしろってんだ。

 

「えっと……」

 

 二人は更に詰め寄ってくる。彼女達の目付きは、鋭く、獲物を捉えるかのような目付きと化している。

 絶対絶命になったそんな時。

 

「そこまでだ」

 

「そこまでです」

 

 封獣をナズーリン先輩が、校長を八雲先生が同時に引き止める。

 

「比企谷が困っているだろ。やめてやれ」

 

「紫様。生徒相手に何ムキになってるんですか…」

 

 あ、危なかった…。下手なホラーより怖ぇよこれ。

 

「すまんな、比企谷。それに八雲先生も」

 

「いや、こちらにも非がある。紫様の無礼を謝罪したい」

 

「なんで謝んの?別に私悪いことしてないじゃん」

 

「数分前の自分を省みろ馬鹿者」

 

「藍、なんで止めるのよ。あいつ、私をババアって言ったのよババアって。生徒が校長に向かってババアとか退学ものでしょう」

 

「封獣ぬえの無礼は目に余りますが、もっと大人な対応をしてください。仮にも校長でしょう?」

 

 ナズーリン先輩と八雲先生は、身内に向かって説教をしている。俺が安堵を吐いているところに、寅丸先輩が心配そうに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。まぁ、新しいトラウマが出来かけたくらいで……」

 

「それ全然大丈夫じゃない!?」

 

 いや本当。すごい目付きで詰め寄られたらトラウマ出来るって。いくら顔が整ってるからって、行動がもう化け物のそれだよ。

 

「とにかく帰るぞ。ご主人の宝塔も見つかったのだから、長居は無用だ」

 

「紫様も。まだ仕事があるのですから」

 

「チッ…」

 

「チッ、じゃありません。…では、私達は戻る。気をつけて帰るんだぞ」

 

 八雲先生は校長の腕を強引に引っ張って、校舎の中へと戻っていく。去り際の校長先生は、普段と違ってなんだか不恰好に見えた。

 

「では私達も命蓮寺に戻ろう。行くぞ、ぬえ」

 

「あのババア……今度会ったら絶対ぶっころ……」

 

「やめないか馬鹿者」

 

「あうっ」

 

 ナズーリン先輩は、校長に対する敵意剥き出しの封獣の頭を引っ叩き、強引に引っ張って、元来た道を辿って歩く。そんな、先に進む彼女達の後ろ姿を見た俺と寅丸先輩は、同時に笑みをこぼした。

 

 本当、いつだって俺の周りは騒がしいな。

 

 



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命蓮寺で過ごす時間は、紅魔館と変わりない。

 寅丸先輩の宝塔を探し終えた俺達は、命蓮寺へと戻った。精神的に疲れた俺は、帰るとすぐに部屋に戻って大の字で寝転がる。紅魔館同様、よその家に上がると何か起きるのは一体なんなんだ。

 

「八幡、ご飯出来たって」

 

 疲れを癒していた俺のところに、封獣が障子をガラガラと開けて用を伝えに来る。重く感じる身体を起こして、命蓮寺の人間達がいる大部屋へと移動する。

 

「八幡連れてきたよ」

 

「ありがとう、ぬえ。…お待たせしました、比企谷さん。どうぞ、お座りください」

 

「は、はぁ…」

 

 目の前に広がるのは、長い座卓の上に置かれた様々なご馳走。紅魔館のような洋食メインではなく、反対に当たる和食メインである。

 脂の乗った刺身に、茶碗蒸し、胡瓜の和物、高野豆腐と海老の煮物に、鮎の塩焼き、エトセトラエトセトラ。懐石料理かこれは。

 

「ほら、八幡は私の隣だよ。早く座って」

 

 その料理に圧巻されたまま、封獣の隣に腰をかける。こんな豪華な料理、小町が発狂すんぞ。

 

「さて、比企谷さんも座ったようですので、皆さんいただきましょうか」

 

 手を合わせて、いただきます、と。まず最初に、前菜であろう枝豆のくず寄せをいただく。

 

「お味の方はいかがです?」

 

「めっちゃ美味いです」

 

「それは良かった」

 

 十六夜の料理と大差ないレベル。そこらの和食専門店で出せば、金を稼げることだろう。

 

「いつもこんな料理を?」

 

「今日は特別だよ。客人には慈悲深くもてなすように、ってね。因みに、この鮎と刺身は私が釣って来たやつね」

 

「え、釣って来たんですか?」

 

「私、漁師とはちょっとした繋がりがあってね。休日なんかは、その漁師を手伝って、海に出たりするのさ」

 

 村紗さん、って名前だったなこの人。

 漁師とのパイプを持っているのも驚きだが、女子高生ながらその漁師と同じ所業を行なっていることにも驚いた。きっと将来は、立派な漁師になっていることだろう。目指すかどうかはさておいて。

 

「八幡、あーんしてあげる。ほら、口開けて?」

 

「いらんわ。自分で食えるっつの」

 

 この刺身マジで美味い。なんというか、これ飲めるんだけど。脂凄ぇ。

 

「喜んでいるようで、何よりですね」

 

「…そうじゃの」

 

 俺の向かいには、全く知らない人物が座っていた。一人は、スキンヘッドでフサフサの髭を生やしているいかついおじさん。もう一人は、空色の髪に、灰色がかった黒眼をしており、頭には尼を思わせる紺色の頭巾を被った女性である。

 

「そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。私は雲居一輪(くもいいちりん)。隣の彼は雲山(うんざん)。よろしくお願いしますね、比企谷くん」

 

「どうも」

 

 もうキラキラネームだの奇妙な名前だのは言わない。もうそれが常識と思った方がいいと、判断せざるを得なかった。

 

「それにしても、ご主人の管理能力の低さには参る…」

 

「星、また宝塔を落としたのですか?」

 

「えっと……あはは…」

 

 いやぁマジで美味いなぁこれ。生きて来た中でトップランクに入るレベルの美味さだ。まぁ一番美味いのは、小町の手作りなんだけどな。今の八幡的にポイント高いな。

 そうして、俺は命蓮寺からのご馳走を美味しく平らげた。

 

「お腹いっぱい…。ねぇ八幡、一緒にお風呂入ろ?」

 

「何を言っているのですか貴女は。そんなことは許されません」

 

「別に許さなくてもいいよ。八幡と一緒に入れたらなんでもいい」

 

「ダメです。この間の比企谷さんの宅に伺うことや命蓮寺に泊めることは認めましたが、決してそういったふしだらな行為を容認したわけではありません」

 

「いいじゃん。どうせいずれ付き合って結婚するんだから」

 

「そうやって比企谷さんの意思を無視した好意はやめなさい。比企谷さんのことを好いていることは分かりますが、だからといって自由にさせるわけにはいきません」

 

 さっきまで騒がしかったこの大部屋が一転して、封獣と聖さん以外静かになる。

 

「ちょーっとストップストップ。客の目の前で何言い争ってんのさ」

 

 封獣と聖さんとの間に村紗さんが割り込んで、言い争いを静止させる。

 

「…そうですね。見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません」

 

「えっと、大丈夫です」

 

「ぬえは私とお風呂に入ろうか。偶には誰かと入るのもいいもんだよ」

 

 村紗さんは封獣の首根っこを掴んで、大部屋から出て行く。聖さんは食器を積み重ねて、食器洗いの準備を進めていた。

 

「あっ、俺も手伝います」

 

「いや、いいさ。客人に手伝わせるわけにはいかないよ」

 

「流石に1週間泊めてもらうわけなんで、手伝い無しは気がひけるっていうか…」

 

「…そうか。なら、聖と共に皿洗いを手伝ってくれ。今丁度、皿洗いを始めたところだろう」

 

「分かりました」

 

 台所へと向かって、皿洗いをしている聖さんに声をかけた。

 

「お客様に手伝わせるだなんて、そんな恐れ多いですよ」

 

「他人の家で食って寝てだけじゃあ流石にまずいと思ったんで。それに、俺は養われる気はあっても、施しを受ける気はありません」

 

「何か違いがありますか、それ。…分かりました。比企谷さんの厚意を無碍にするわけにはいきませんし、手伝ってもらうとしましょう」

 

 こうして、俺は聖さんと共に皿洗いを行うこととなった。

 みんなは他人の家でご飯を食べた時、皿洗いを手伝おうというアピールはしておくことだ。まぁ最も、俺は他人の家に上がるっていう経験が今までなかったわけなんですが。

 

「そういえば明後日から試験だと聞いていますが。比企谷さんは大丈夫なんですか?」

 

「文系は大体大丈夫です。理数系は赤点さえ免れれば…」

 

「ではこの後、私が教えて差し上げましょう」

 

「え?」

 

「いいですか、比企谷さん。赤点さえ取らなければいいという気概で試験に挑んではいけません。試験とは自分が今まで得た知識を試すものなのです。そのようなやり方では近い将来、苦しい思いをするのは貴方ですよ」

 

「は、はい…」

 

「残りの二日と数時間、私が貴方の知識を伸ばして差し上げます。いいですね?」

 

「う、うっす」

 

 こうして残り二日と数時間、聖さんと共に勉強を行うことになってしまった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 皿洗いを手伝い終えた俺は、そのまま部屋で聖さんに教えられながら勉強を始めていた。

 

「ふむ…確かに、文系の方は問題ないようですね。私が教えなければならないところは特になさそうですし、慢心のないように精進しなさい」

 

「は、はい…」

 

「次は数学です。とりあえず、この問題集を解いてください」

 

 聖さんは、数学専用の問題集を机に置く。雲居さんと雲山さん以外は生徒なので、その生徒のために命蓮寺には問題集を粗方揃えてあるらしい。

 さっきまで国語や社会などの勉強をしていたのも、命蓮寺に揃えてある問題集なのだ。

 

 数十分後。

 

「…終わりました」

 

「よろしい。では採点が終わるまで、少し休憩してください」

 

 聖さんは俺が解いた部分を採点し始める。そのうちに、俺は机に頭を乗せて休憩させる。

 

「八幡っ、一緒に………って、なんで聖がいるの」

 

 勢いよく封獣が障子を開けて、部屋に入ってきた。しかし、聖さんの姿を見るや否や、すぐさま怪訝な表情を見せる。

 

「比企谷さんは今、私が教えているのです。ぬえは自分の部屋に戻っていなさい」

 

「じゃあ、私が八幡に教えてあげるよ。私の成績、知らないわけじゃないでしょ?」

 

「それは許可出来ません。貴女と比企谷さんを二人きりにさせては、危険が生じる可能性があります」

 

「危険って…別に何もないって」

 

「では問いますが、何故そこまで二人きりになりたいのですか?」

 

「そりゃあ、二人じゃないと八幡とラブラブ出来ないじゃん。八幡を誘惑して、あわよくばセックスって流れに持っていけないじゃんか」

 

「そういうところです」

 

 聖さんはこめかみに手を当てて、溜め息を吐く。

 前から思ったんだけど、JKが軽々しくセックスとか言わないで欲しい。思春期男子には心臓に悪いよ。

 

「一度、ぬえには説教する必要がありますね。それはまた今度にするとして、とりあえず比企谷さんと二人きりは許可出来ません。今日から比企谷さんがいる間、村紗の部屋で寝なさい」

 

「絶対嫌。八幡と一緒に寝たい。ね、八幡もそうだよね?」

 

「いや、この流れでOKを出すわけないだろ。せめてこの部屋にいる間は一人にしてくれ。毎回毎回誘惑してくると、精神的にしんどい」

 

「まさか、私のこと、嫌いに……」

 

「なったわけじゃない。が、聖さんの言うことも聞けないやつを肯定する理由はない。今まで聖さんとかに迷惑をかけたんなら、せめて聖さんの言うことくらい最低限聞いたらどうだって話だ」

 

「…折角、八幡と一緒に過ごせるのに……」

 

 あからさまに封獣は気を落とす。

 多分、封獣はこの1週間を楽しみにしていたのだろう。だが俺としては、いらんことに巻き込まれたのだ。紅魔館の正門で言い争ったあの時、その場凌ぎで命蓮寺に泊まるという案を出したに過ぎなかった。因果応報だが、本心を言えばさっさと家に帰りたいのだ。

 

 これで聞いてくれるなら助かるのだが、拗れに拗れまくった封獣には聞きたくもない言葉だろう。

 

「…電話」

 

「え?」

 

「今までみたいに電話するくらいなら、別に構わない」

 

「いいの!?」

 

 たったのこれだけで、封獣のテンションは一気に上がった。なんていうか、ここまで単純過ぎるのも心配ものだ。

 

「ただし、試験もすぐだ。時間制限は2時間程度。夜中の12時以降からは相手にしない。それに、聖さんの教えてもらう時間帯にもよる。それでもいいなら、別に構わない」

 

「いいよそれで!あ、そうだ。聖、私も勉強教えてよ!」

 

 封獣は聖さんに、勉強の教えを乞うた。彼女の行動には何かあると考えた聖さんは、理由を尋ねる。

 

「…どうして?」

 

「だって、八幡と長く一緒にいたいんだもん。聖がいるなら八幡と二人きりじゃない。勉強の邪魔はしないから、いいよね?」

 

 確かに、理屈は通っている。封獣の訴えに、聖さんは少し考える素振りを見せる。そして。

 

「…分かりました。ですが少しでもおかしな動きがあれば、この話は無しにします。いいですね?」

 

「うん、分かったっ」

 

 こうして、これからの命蓮寺での過ごし方が粗方決まった。

 帰宅してから、家庭教師(仮)の聖さんの授業を、封獣と共に受ける。そして時間帯によるが、封獣との2時間程度の通話を行う。

 

 俺がゆっくり出来る時間は、風呂と寝るときくらいだろう。なかなかにハードスケジュールだ。

 

「…はぁ…」

 

 最近、溜め息を吐くことが多くなった気がする。精神的疲労が大きいのだろうか。

 

 早く我が家で篭りたい。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 翌日。中間試験前日になる。

 昨日は結局、12時過ぎぐらいに眠りについたのだが、全く寝た気がしない。いつもより早く起こされてしまうのもあるのだが、聖さんの授業や封獣との電話。それに加えて寅丸先輩の宝塔探しもあって、色々と溜まっていた疲労が未だに取れていないのだ。

 

「八幡、どうしたの?眠たいの?」

 

「昨日より目に光がないが……大丈夫か?」

 

「…普段から目はアレなんで。気にしないでください」

 

 封獣にナズーリン先輩、村紗先輩、そして寅丸先輩と共に登校している。こうして誰かと話しながら登校するのなんて、いつ以来だろうか。小学生の頃、集団登校なのに置いていかれた記憶がある。あの時は道が分からなくて泣いたっけか。

 

「そういえば、再来週からぬえ達は勉強合宿に行くんだっけ」

 

「もうそんな時期ですか……懐かしいですね」

 

 先に体験したことのある先輩達は懐かしんでいた。

 

「全クラスで同じ旅館に泊まることは出来ないから、例年通りなら無差別にクラスを分けて別々の旅館に泊まることになる。つまり、ぬえと比企谷が必ずしも同じ旅館になるわけではないということだ」

 

「なる。ていうか私がさせる。ならなかったら教師達に直談判して…」

 

「やるなよ馬鹿者」

 

 封獣が言い切る前にナズーリン先輩が口を挟む。こいつ俺のことになると行動力がマッハになるのはなんなの。

 そうこうしていると、校舎が見えてくる。正門をくぐり、先輩達とは玄関入り口で別れて、教室まで封獣と一緒に歩いて行く。そして、先に封獣のクラスに到着する。

 

「じゃ、また後でね。八幡っ」

 

「おう」

 

 封獣は屈託のない笑みを向け、教室に入って行く。

 封獣を見送った俺は、自分の教室に向かう。封獣の教室と俺の教室までは大差ない。だから向かおうとした瞬間、自分の教室の前で誰かが鞄の中をぶちまけたのを見てしまったのである。

 

「いった……」

 

 どうやら、躓いた衝撃で鞄が開いてしまったのだろう。チャック式ではなく、磁石で閉まる鞄なので、衝撃の具合次第では開いてしまうのだ。躓いた女子は、ぶちまけられた紙やらノートやらを拾っている。

 

 教室の扉の前でぶちまけたので、中に入ろうにも入れない。もう一つの扉付近には、また違う女子達が喋っていて、通れないのだ。もしあの間を通ろうものなら。

 

『うわ、ヒキタニが私達の間通ったんですけど』

 

『マジ最悪』

 

 ってなる。つーか久々に聞いたぞヒキタニくん。

 こうならないようには、あの子の片付けを手伝って通るのが最善か。いや、だがもしあの子が。

 

『さっきヒキタニに紙とノート触られたんだけど』

 

『うわ可哀想』

 

 みたいなことになりそうだ。結局どっちもダメなのかよ。俺ってとことん女子に嫌われるのな。なんなら男子にまで嫌われるまである。

 まぁ今更嫌われたとて、俺の過ごし方は変わらんけど。

 

 俺は自分の教室へと近づいていく。扉付近にはすぐ着いて、俺に気づいた女子は。

 

「ご、ごめんなさい!今すぐ片付けるから!」

 

 焦った様子で、そそくさと片付ける。俺はしゃがみ込み、残りの散らばっている紙を拾って、その女子に差し出す。

 

「ほれ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 俺は立ち上がり、教室の中へと入ってゆく。

 

 そういえばさっきの女子って、体育の時に馬鹿みたいなジャンプ力を見せたやつだったっけ。人間離れしたジャンプだったから、妙に覚えていた。とはいえ、どうせ関わらないだろうから、思い出したところで、なんだが。

 

 自分の席に着き、一日の準備を終えて、顔を伏せる。今日あまり寝られなかった分を、この休み時間の間で少しでも取り戻さねば。

 

 少し時間が経って、ホームルームのチャイムが高らかに鳴り響く。その音で、俺は目を覚まし、身体をゆっくりと起こす。教壇には稗田先生が立っていて、今日のことについて話をしている。

 そして話を終えると、生徒名簿を持って教室から出て行った。俺が起きたと分かるや否や、前の席に座っている博麗が話しかけてくる。

 

「あんた、明日の試験は大丈夫なの?理数系がやばいみたいなこと言ってたけど…」

 

「さぁな」

 

「さぁなって……あんたのことでしょ」

 

「まぁ、なんとかなるだろ。それに、期間限定の家庭教師みたいな人もいるし」

 

「家庭教師なんて雇ったの?」

 

「雇ったっつか、知り合いの親みたいな人だな。その人に教えてもらってるし、実際分かりやすかったから、まぁ赤点はないと思う」

 

「ふーん…」

 

 今までなら、赤点ぎりぎりだったのだが、今回に関しては赤点は取らないという謎めいた自信が湧いているのだ。聖さんの教えが上手いという一言に尽きる。

 

「まぁ赤点取らないようにね。どっかの誰かさんみたいに」

 

 博麗はちらりと、霧雨の方へと顔を向ける。霧雨の学力がどの程度か分からないが、今の言い分だと俺より上ということではなさそうだ。なんだか可哀想な霧雨。

 

 とはいえ、油断は禁物。特に理数系は重点的にやらないといけないのだ。いくら聖さんの教えがあるからって、復習を疎かにしていい理由にはならない。

 

 十分な対策を取って、俺は中間試験に挑んだ。

 

 



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努力する者達は、誰しも悩みを抱えている。

 中間試験が始まって三日目。ついに中間試験が終わった。最後の教科を終えると、周りは「やっと終わった」と口々に言う。中間試験を終えたら、開放感が半端ないのはなんなんだろうか。

 

「どうだった?最後の教科。数学だったでしょ?」

 

「中学と比べて、赤点がないって自信が少し湧くぐらいの出来だったよ」

 

 これも全て、聖さんのおかげと言っても過言ではない。今度マッカンを布教してあげようかな。

 

「みなさん、中間試験お疲れ様でした」

 

 稗田先生が教室に戻って、みんなに労りの言葉をかける。これで帰れる……とはいかず、最後の時間には道徳があるのだ。

 

「この時間は、再来週の火曜日から始まる勉強合宿についてです」

 

 マーガトロイドから聞いた話だが、再来週にどうやら勉強合宿があるらしい。しかも他のクラスと泊まるところが別々になるという。

 

「とりあえず、私が作成したしおりを配りますので、まずそれをご覧になってください」

 

 稗田先生がみんなに勉強合宿のしおりを配り始める。前から後ろに渡していくスタンスで、博麗から俺に、俺から後ろの人に渡していく。しおりを開き、パッと全体的に見ると、一日の時間割や、何時に到着、何時に就寝などが書かれていた。

 

「今回、神奈川県の施設をお借りします。少し山の中ではありますが、温泉付きの大旅館です。朝と昼の食事は、こちらからお弁当を提供しますが、夜の食事は旅館の方々から振る舞ってもらいます」

 

 勉強合宿ごときにそれはやりすぎだろ。修学旅行でも満足するぞそれ。

 

「私達と同じく泊まるのは、A組、C組です」

 

 ということは、D組の封獣とは違う場所ということか。あいつマジで直談判したりしないよな。

 

「で、今日この時間を設けたのは、バスの座席と、部屋割りを決めたかったからです」

 

 地獄のような時間が始まった。バスの座席指定くらいは、なんとかなるだろう。

 だが部屋割りは?俺男だぞ?そんな気軽に誘ったら、一瞬で嫌われるに決まってる。陰口であーだこーだ言われるに決まってる。嫌われることに慣れてなくはないが、変に嫌がらせとかされたらこれからの学校生活に支障が出る。

 

「一部屋に4人。ですが、一人は欠席になるので、どこかの部屋は3人だけになってしまいますが、そこはご了承ください。ではまず、部屋のメンバー決めから始めてください。決めたら教壇の上に、部屋のメンバーを書き込む紙がありますので、そこに書き込んでください。では始めてください」

 

 よし俺も欠席しよう。俺が休んだところで何か困るわけではあるまい。

 

「先生ッ……!?」

 

 俺が先生の名前を呼ぼうとすると、博麗が俺の顔を鷲掴みにする。しかもすんごい痛いんですけど。

 

「何あんたまで休もうとしてんの?そんなことしたら、あんた祓うわよ」

 

「ひ、ひゃいっ」

 

 殺人鬼のような表情をした博麗は、恐怖心を煽るのに十分な声色で俺を脅した。あかん、マジで殺される。

 

「こっちだって面倒な行事に参加するっていうのに、あんただけ休もうたってそうはいかないわ」

 

「そうだぜ、八幡」

 

 いつの間にか、俺達の席の近くには霧雨とマーガトロイドが立っていた。

 

「折角みんなで泊まれるんだぜ?行かなきゃ損だろ?」

 

「いや、お前馬鹿なの?そらお前らは女子同士だから気兼ねなく過ごせるだろうけど、俺男だぞ?馬鹿なの?死ぬの?」

 

「あんた一応そんなこと気にしてたのね。意外だわ」

 

「お前俺をなんだと思ってんの?」

 

「見た目妖怪の中身性欲の塊」

 

「俺そんな様子どっかにあった?」

 

 というか俺に限らず、思春期男子は性欲の塊だぞ。思春期男子を舐めるなよ小娘。

 

「それに、八幡は手を出さないでしょ。そんな勇気ないだろうし」

 

 それは俺をチキンだと言っているんですかそうですか。

 マーガトロイドに続いて、こいつらからも妙な信頼を得ている。そんなに信頼を得るほど俺は何かした覚えはない。

 

「じゃあ、私達4人で決定!いいだろ?」

 

「私はいいわよ」

 

「旅館ってことは、おそらく川の字的な感じで布団を敷かれるだろうけど、とりあえず寝るとき魔理沙端っこね」

 

「それ賛成。魔理沙って少し寝相が悪いんだもの」

 

「えぇーっ!?」

 

 なんでだろう。霧雨が寝相が悪いっていうのを聞かされて、どこかで納得する俺ガイル。

 

「端っこは魔理沙でその隣は八幡で。いいわね?」

 

「え、マジ?」

 

「隣に魔理沙がいたんじゃ寝れないしね。こいつと寝泊まりして何回起こされたか」

 

「まぁ最悪、魔理沙は押し入れの中に入れたらいいんじゃない?」

 

「いいわねそれ。みんなハッピーじゃない」

 

「お前ら私への扱いどうなってんだよ!」

 

 思いの外、部屋のメンバーが早く決まった。霧雨は文句を言いながら、教壇の上に置いてある書き込み用紙に俺達の名前を書き込んでいく。書き込んだ霧雨は、素早くこちらに戻ってくる。

 

「どうせ次にバスの座席とか決めるんでしょうし、早いところ決めておきましょう」

 

「じゃあ私は八幡の隣な!」

 

「なんでだ」

 

「今まで八幡と二人で喋るってことなかっただろ?だからさ、バスの時ぐらいは八幡と喋りたいなって思ってよ。なっ、いいだろ?」

 

 こいつカッコいいな。結構男勝りなところはあるのは知ってたけど、何このイケメンっぷりは。やっぱ女子から告白されたりするんかな。

 

「じゃあ私とアリスね。バス中でも静かで助かるわ」

 

「ふふ、そうね。魔理沙ってずっと喋りっぱなしだし」

 

「だって、お前らと一緒にいると楽しいんだから仕方ないだろ!」

 

「本当、魔理沙って男子より女子に好かれるよね。前から思ってたけど」

 

「そうそう。八幡よりよっぽど男らしいわね」

 

「お前ら三人の会話なのに、無闇に俺をディスるのはやめてくんない?」

 

「あははっ!」

 

「ふふふ…」

 

 こうして、誰かと馬鹿みたいな会話をするのは初めてかも知れない。やはり、こいつらといる時間は、悪くない。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 学校が終わり、博麗達と別れた。俺は鞄を持って、とある場所へと歩いていく。1週間ちょっと行っていないだけなのに、なんだか懐かしい気がするあの場所に。

 

 その場所とは。

 

「おっ、八幡じゃないか!久しぶりだね」

 

「ご無沙汰ですね、八幡」

 

 生徒会室である。扉を開くと、先に来ていた小野塚先輩と四季先輩が挨拶をする。

 

「ども」

 

 生徒会室に入り、机の上に鞄を置く。小野塚先輩は突然に、俺に尋ねてくる。

 

「今回の試験、どうだった?」

 

「赤点はないと思いますけど」

 

「当然です。生徒会にいる以上、赤点など回避してもらわねば困ります。もし赤点などを取ってしまったら……」

 

「取ったら?」

 

「ふふふ……貴方の脳を死力を尽くして改造して差し上げます。貴方を地下に監禁して、私が満足できる点数を取るまで外には出しません」

 

 据わった瞳で俺を捉える四季先輩に、身震いしてしまった。この人は冗談なんて言わない。全部が全部ガチなのだ。つまり、俺が赤点を取ってしまったら、確実に監禁生活を送ることになる。

 

「貴方の全てを私が矯正します。勉強面でもそれは変わりありません」

 

 病み気味の四季先輩が出たよ。小野塚先輩はその豹変ぶりに、少し引いている。

 

「うわぁ久しぶりだねえ!」

 

「…そうね」

 

 タイミングよく、河城先輩と鍵山先輩が部屋に入ってくる。

 

「やぁ後輩くん!元気だったかい?」

 

「まぁ変わらずです」

 

 この人達も相変わらずのようだ。そして少しすると、彼女がやって来た。

 

「あら。もうみんな揃ってるのね」

 

 最後の一人、風見先輩が部屋に入る。これで再び、生徒会メンバーが全員揃った。

 

「八幡が早く来ているのは珍しいわね。あのメンヘラ女はどうしたの?」

 

「…あいつは先輩と一緒に帰りました」

 

 当初、いつものように封獣と帰ろうとしたが、生徒会があるならそちらを優先してくれと、ナズーリン先輩が言ってくれたのだ。結果、ナズーリン先輩と寅丸先輩、村紗先輩が封獣を連れて命蓮寺へと帰ったのである。

 

「そういえば後輩くん、再来週から少しの間いないんでしょ?」

 

「…あぁ、もうそんな時期なのね」

 

「?なんかあったかい?」

 

「彼は再来週から勉強合宿です。一年生が通る、一番最初の行事ですね」

 

「確か神奈川でしょう?懐かしいわね」

 

 正直、面倒の一言に尽きる。

 俺個人としても、やはり同じ部屋に女子が3人もいるのは心臓に悪いし、そもそも神奈川まで行って泊まって、何故勉強せにゃならんのか分からない。

 

「あれ?でもさ、八幡のクラスって確か八幡だけだろ、男子は。部屋割りはどうしたんだい?」

 

「物好きな連中と一緒の部屋になりました」

 

「ということは、女子だらけの部屋に八幡一人ってことかい?ハーレムだねぇ〜」

 

「後輩くんとしては、そっちの方が嬉しいんじゃないの?」

 

「アニメや漫画だけですよ、そんなの。実際には肩身が狭いだけです。息苦しいことこの上ない」

 

 「うわやっべ嬉しいわあはは」という気持ちより、「えっどうすればいいんだ」っていう不安しかない。

 

「…貴方のことですから、分かっていると思いますが、敢えて言わせていただきましょう。もしその合宿中に、貴方が誰か一人にでも妙な行動をしたら……」

 

「…したら?」

 

「今後、貴方には自由がないと思ってください」

 

 怖えよ。あと怖い。なんなのその脅しは。手は出さないけどさ、もし手出したら俺どうなるの?ずっと監禁生活なの?怖えよ。あと怖い。

 

「それはさておき、そろそろ昼食の時間ですね。生徒会活動は午後の1時半からにしましょう。それまで各自、昼食を済ませてください」

 

 現在、12時半過ぎだ。1時間の間はフリーになる。昼飯も買っていないし、売店でパンでも買うとしよう。

 

「あたいと四季様は生徒会室に残って食べるけど。あんたらはどうするんだい?」

 

「私と雛は食堂で食べよっかなぁ。いいでしょ、雛?」

 

「…えぇ。構わないわ」

 

「私もお弁当持って来ていることだし、ここで食べるとしようかしら。八幡は?」

 

「適当にパンでも買って、適当に一人で食べてきます」

 

 俺は鞄の中から財布を取り出して、部屋から出て行く。

 今日は午前で学校が終わりだし、売店や食堂にはいつものような人集りは出来ていないだろう。いつもこの時間帯ならば、売店や食堂は生徒で溢れかえっている。それを考えると、ゆっくり売店に向かうことが出来る。

 

「あ、八幡さん」

 

「ん?」

 

 売店に向かう途中、俺の名前を呼ぶ誰かの声が耳に入る。俺を呼ぶ方に顔を向けると、剣道部の魂魄がそこにいた。

 

「売店に向かう途中ですか?」

 

「おう。昼飯を買いにな」

 

「私も午後から部活なので、一緒に昼食を買いに行きましょう?」

 

「別に構わんけど…」

 

 途中で遭遇した魂魄と共に、売店へと向かった。売店に到着すると、予想の通り、普段より人集りが少ない。

 

「何しよう……」

 

「俺は決まってるから先に頼むぞ」

 

 売店のおばちゃんに、いつも食べているパン二つと、そして食には絶対に欠かせないマッカンを頼む。ちょっとしたルーティーンと言っても過言ではない。というより、俺のルーティーンはマッカンを飲むことである。

 

「…それだけで足りるんですか?」

 

「いつもこんな感じだからな。じゃあな」

 

 会計を済ませた俺は、パンとマッカンを持って、ベストプレイスなるところへと向かおうとしたのだが。

 

「ちょっと待ってください」

 

 突然、魂魄が俺の制服の裾を掴む。

 

「え、何?」

 

「おにぎりの種類が多すぎます。迷ってしまうので選ぶのを手伝ってください」

 

「なんでだよ」

 

 そんなの自分で選べよ。なんで俺が手伝わなきゃならないんだ。魂魄は俺の言葉に耳を傾けず、売店に置かれているおにぎりを品定めしていく。

 

「鮭、昆布、梅……いや、ここは変化球で炒飯おにぎりか…」

 

「ツナマヨとかも割とオーソドックスだけどな」

 

「高菜もいい……いっそのこと塩おにぎりもありかも…」

 

 あの、これ勝手に帰っていいよね。この調子だと、十数分の間は魂魄を待たなきゃならん。気付かれずにひっそりとこの場を去ろう。

 ステルスヒッキー発動して、俺は売店から徐々に離れて行こうとする。

 

「どこに行く気ですか?」

 

 うわバレテーラ。すんごい眼光でこっち見てるんだけど、何あれこっわ。

 

「ちゃんと考えてください。全くっ」

 

 魂魄はむんっ、として俺を叱る。何故俺は叱られなければならないんだろうか。

 

「…つってもな」

 

 魂魄の嗜好が分からない以上、どれを選べばいいのか分からない。ならば、王道を行く以外ないだろう。

 

「俺が頼むとするなら、鮭や明太子、それに昆布だな。おそらく、この三つが王道中の王道だろう」

 

「ふむ……確かに、この三つの具はおにぎりの中で人気と聞きます。…すみませんっ、おにぎりの鮭、明太子、昆布を一つずつください!」

 

 すぐに決まっちゃったよ。これ別に俺いらなかったんじゃないの?王道であればなんでも良かったんじゃないの?

 

「これで私の昼食は確保出来ました。ありがとうございますっ」

 

「あぁそう。そら良かったな」

 

 今度こそもう俺に用はないだろう。俺は感謝だけ受け取って魂魄と別れ、売店前から去っていく。そして、普段から利用している俺だけのベストプレイスへと向かった。

 

 だがしかし。

 

「いつもどこで食べてるんですか?」

 

「うん待って」

 

「みょん?」

 

 みょん?ってなんだその返しは。ちょっと可愛いじゃねぇか。

 

「何ナチュラルにいるの?」

 

「私もどうせ一人ですし、ご一緒したいなと思いまして」

 

「なんでだよ。これから部活なんだったら、同じ部活生と食べてりゃいいじゃねぇか」

 

 別に普通のことを言ったはずなのに、魂魄はバツが悪そうな表情へと変えた。

 

「……部活生、私しかいないんです」

 

「は?」

 

 剣道部の部員は魂魄しかいない?

 しかし、この間の部活の予算案の話し合いでは剣道部は間違いなく存在してる。魂魄一人じゃ、剣道部は同好会扱いだし、そもそも同好会ごときに部費を割く必要がない。

 ということは。

 

「…幽霊部員ってやつか」

 

「察しの通りです。事実上では、剣道部は私を含め28人ほど存在します」

 

「27人も幽霊部員になるとは……」

 

 揃いに揃ってサボるとはえらい仰々しいなおい。

 

「…詳しい話は後で話します」

 

「…分かった。そういう話なら、ベストプレイスが誂え向きだ」

 

「ベスト……プレイス?」

 

 魂魄は怪訝な顔をしてこちらを見る。俺は彼女を先導して、ベストプレイスへと向かう。少し歩くと、ベストプレイスが見えてきた。

 

「あれが俺のベストプレイス。普段は誰かがいるわけでもない俺だけの場所。この時間帯に吹く潮風が心地いいんだよ」

 

 俺は段差のところに、ゆっくりと腰をかける。

 

「…座らないのか?」

 

「あっ、いえ。じゃあ失礼します」

 

 魂魄が隣に座り、先程買ったおにぎりを取り出した。すると、優しい潮風が突然吹き始める。

 

「確かに……なんだか安らぎますね…」

 

「だろ。この昼は決まって潮風が吹く。それに誰もいないから静かに食事が出来る。まさしくベストプレイス」

 

 入学して次の日に、女子だらけの教室で食べることを恐れた俺が探しに探しまくって見つけた場所だ。まぁ、雨の日は流石に無理だけど。

 

「…それで、さっきの話の続きだが」

 

「あ、はい。…私が入ったときは、剣道部は全員揃っていたんです。私を含め、新入生も入りました」

 

「おう」

 

「幽々子様を守るために、私は誰よりも努力して、努力して、努力して、力を身につけました。いつしか、三年の部長や副部長を倒してしまうくらいに」

 

「そら凄ぇな……」

 

 この短期間で三年達を倒した実力をつけたのだ。並大抵の努力じゃないことが窺える。もしかすれば、魂魄には剣道のセンスがあったのかも知れない。

 

「この間、八幡さん聞きましたよね?剣道好きなのかって…」

 

「そうだったな」

 

 試験期間中に一人で練習していた姿を目の当たりにしたあの時。剣道が好きじゃないと出来ない努力だと思ったからだ。

 

「あのときは、幽々子様の護衛と言いましたけど……あれから少し考えたんです。幽々子様の護衛のためだけではなく、もしかすれば、私自身が剣道を好いているのではないか、と…」

 

「…それで、考えた結果は?」

 

「三年生達との試合で、失礼ながら気分が高揚していたんです。本当なら胸を借りるつもりのはずなのに……。…あの時、八幡さんに言われて、気づいたんです。それが"楽しい"ということなのだと」

 

 いいのではないかと、俺個人としてはそう思う。何かにのめり込むことで、楽しみを見出すことは決して悪くないからだ。

 

「ですが、周りはそうではなかったようなんです」

 

「…27人の幽霊部員か」

 

「手前味噌になりますけど、今の私は剣道部一の実力を誇ります。三年生達が敗れた今、私に勝てる者は存在しない。…彼女達はそう悟ったのでしょう。私と試合をする者はおらず、いつしか部にすら来なくなりました」

 

「なんでだよ…」

 

「彼女達曰く、私がいたら部活が楽しくない、とのことです」

 

 なるほど……大体は読めたぞ。

 

 本来、部活とは実力をつけた上で、本番で発揮して良い成績を取ることを目的とされている。あるいは、部活単体を楽しむだけという目的もある。

 魂魄は一年生。しかも話の内容的に、高校から剣道を始めたのだろう。そんなやつが短期間で馬鹿みたいに強くなって、今や剣道部では魂魄に敵う者はいないと言う。

 

 同期達からすれば、「魂魄は天才」とか、「天才に勝てるわけないじゃん」とか、「一人だけガチ勢がいる」とか思うだろう。先輩達からすれば、1年、あるいは2年、それ以上の年月を経て強くなったというのに、たかだか2、3ヶ月程度練習した一年生に負けることは、これまでの練習全てを否定されることに等しい。

 

 要するに、魂魄という存在は剣道部から邪魔認定されているようなもんだ。彼女を相手にしても、楽しめないし、努力したって無駄だと思わされる。

 

「…私が悪いんでしょうか」

 

「え?」

 

「努力することで大切な人を守ることが出来る。または努力するから、楽しみを得られる。そう思っていたんですが……私は何か間違えていたようです」

 

 彼女が今まで一人で練習出来ていたのは、幽々子様とやらを守るという目的があったからだ。しかし、生半可に周りの情報を得てしまい、今では努力することに疑問を抱いている。

 

 彼女の努力は俺には理解出来ない。実際見たわけではないし、努力したと言えるわけがない。

 だが、少なくとも。

 

「…間違ってないだろ。別に」

 

「えっ…?」

 

「幽々子様とやらを守るために努力する。楽しむために努力する。人それぞれ、努力の形は違うが、努力が悪いことにはならない。いつかそれが自分のためになるからな」

 

「…ですが、他のみんなが…」

 

「その程度の気持ちだったってことなんじゃねぇの。魂魄に勝てない、だから部活には行かない。ならさっさとやめてしまえって話だ。別にここじゃなくたって、剣道を出来るところなんざいくらでもある。なんで魂魄が負い目を感じる必要があるんだよ」

 

 それでも、魂魄はまだ納得のいかない表情であった。自分が悪いのだと、本気で思っている。

 しかし、そんなことは間違っている。

 

「大体、人の努力にケチ付けれる人間とかいてたまるかよ」

 

「え……?」

 

「魂魄の努力を知らないやつが、魂魄に文句を言う資格はない。そんなもんは傲慢でしかない」

 

 人の努力を知らないくせに、人の力を天才だの才能だの言うやつも俺は許せない。9割の人間が、何かしらの努力をしているんだ。そんな人間の努力に対して意見するやつがいるなら、俺は許せない。

 

「自分の努力は間違っている?そんなわけないだろ。努力は人を裏切らないって名台詞を知らねぇのかよ」

 

「…どこかで聞き覚えがありますね、それ」

 

「だから…なんだ。自分の努力が間違ってた、なんてあんまり否定すんな。努力は誇れるもので、決して負い目を感じるものじゃない」

 

「…そう、ですか…」

 

「まぁ、あれだ。周りのやつの野次なんて聞き流せばいいだろ。お前が正しいと思える努力をすればいい」

 

「…そうですね。……ふふっ」

 

 魂魄は唐突に、笑みをこぼした。

 

「…八幡さんって、結構クールで無口なイメージがありました」

 

「彷徨える孤高の魂だからな」

 

「ちょっと何言ってるか分からないですけど……こんなに饒舌だったなんて、知りませんでした」

 

「気のせいだろ」

 

「ふふ、そういうことにしておきます。……八幡さん」

 

「ん?」

 

 魂魄は、清々しい笑みをこちらに向ける。

 

「相談に乗ってくれて、ありがとうございますっ」

 

「……おう」

 

 …あっぶね。並の男子高校生なら、うっかり惚れて告白するレベルだぞ今の。控えめに言って、俺も惚れそうになったよ。

 

「そうだ。今度、私の練習を見てくださいよ。そろそろ大会も近いって顧問の方が言ってて…」

 

「俺剣道の知識とかないんだけど」

 

「見てくれるだけで大丈夫ですよ。もしよければ、今日からでも」

 

「生徒会あるし、やめとくわ」

 

「そうですか……あっ、じゃあ私と連絡先交換しましょう?今度またお誘いしたいですから」

 

「…別にいいけども」

 

 ケータイを取り出して、魂魄と連絡先を交換した。この学校に来て何度も連絡先を交換してるからか、もう連絡先交換のやり方が分かるまでになった。

 

「相談してたせいで、昼食を取っていませんでした。いただきますっ」

 

「…俺も早く食わんと」

 

 俺も魂魄に続いて、パンを食べ始める。そして、マッカンを一口。

 

「美味ぇ…」

 

 うむ。いつも通り、マッカンは最強の美味しさを誇る缶コーヒーである。

 

 



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彼女達との日常は、充実している気がする。

 コロナが増えてきましたね。体調管理をしっかりして、仕事や学校に行けるようになればいいですね。
 ついでにご報告すると、俺ガイルとかぐや様のクロスを作成しました。そちらもよろしければどうぞ。

 https://syosetu.org/novel/254104/

 では本編へ。


「えぇっ!?八幡、出かけるの!?」

 

「…1週間前にそういう話になってな」

 

「相手は!?相手は誰!?」

 

「あれだ。博麗と博麗の愉快な仲間達と、新聞部のやつだ」

 

 中間試験も終わり、今日は休日の土曜日。昨日の夜、霧雨から電話がかかってきたのだ。

 

『八幡!明日遊びに行くぞ!』

 

 なんとまぁ分かりやすいお誘いだこと。というのも、先程伝えた通り、1週間前にサイゼでそういう約束をしていたからだ。しかし予想通り、封獣は何一つ納得していない様子だった。

 

「絶対ダメ!あんな女達と遊びに行くなんて許さないから!」

 

「ぬえ、落ち着け。比企谷はお前の恋人でもないだろう。束縛し過ぎだ」

 

 ナズーリン先輩が封獣を宥めようとするが、それは逆効果でしかなかった。彼女を更に荒立ててしまう。

 

「私の!私だけの八幡なの!他の女が軽々しく一緒にいていいわけないだろ!」

 

「私とご主人がなんとかする。君は早く行ってくれ」

 

「…すいません」

 

 ナズーリン先輩と寅丸先輩が封獣を抑えている間に、俺は命蓮寺から出ていく準備を始める。しかし、封獣は二人を振り解こうと暴れだす。

 

「離せよ!待って、待ってよ八幡!」

 

「…夜には戻るから。そんな世界の終わりに直面するような顔すんなよ」

 

 俺はそう言い残して、命蓮寺から出て行く。部屋からは、封獣の悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 現在、午前11時半。

 場所は変わって、酒々井プレミアム・アウトレット。千葉県の酒々井町にある大規模なアウトレット。霧雨に集合場所を尋ねたところ、ここだという。

 

「なんでこんなクソ混んでる時に…」

 

 繰り返して言うが、今日は土曜日。休日となれば、平日以上に人が賑わうのだ。女子ってなんでこう混んだ日を狙って遊びに行きたがるんだろうか。

 

「おーい!はちまーん!」

 

 どうやら、霧雨が来たようだ。霧雨だけでなく、マーガトロイドや博麗も一緒のようだ。

 

「…なんであんた制服姿なわけ?」

 

 そう。今の俺は、制服姿である。命蓮寺に泊まる際、荷物を出来る限り少なくした結果、外出用の私服は命蓮寺に持って行ってなかったのだ。命蓮寺にいる間は、貸し出されている着物を着て過ごしているのだ。

 

 とはいえ、そんなことを博麗や射命丸に馬鹿正直に言えば、色々面倒なのだ。なんせ、紅魔館や封獣が絡んでいるからである。

 

「…あれだ。さっきまで学校に行ってたから、そのまま来たんだよ。生徒会の用事だ」

 

「…そう。ならいいけど」

 

「みなさーん!お待たせしましたーっ!」

 

 後から遅く、射命丸が到着。こちらに駆け寄ってくる。

 

「あやや?なんで制服?」

 

「さっきまで学校行ってた。以上」

 

「へー……生徒会の用事とかですか?」

 

「まぁそうだ。…それで、こっからどうすんだ?」

 

 時間的には昼飯でもいいだろうし、少しどこかに寄ってからってのもありではある。

 

「やっぱりアウトレットに来たなら、服とか靴だろ!」

 

「なんで女子ってこうお洒落したがるのか分からないわね」

 

「今の世の中、お洒落は必須条件ですよ!」

 

「そういうものなの?」

 

「まぁ、博麗はお洒落とは程遠い存在……ってちょっとタンマ。なんで笑顔で俺にグーを見せつけてるの?」

 

 博麗さんはすんごい笑顔でこちらにジリジリ詰め寄ってくる。しかし、こめかみをピクピクさせ、博麗の右拳は震えている。

 

「あんたにだけは言われたくないと思ってね」

 

「…本当、貴方たち仲良いわね」

 

「「仲良くない(から)」」

 

「ほら息も合う」

 

「息合わせてんじゃないわよ。祓うわよ」

 

「理不尽だろこの暴虐の巫女」

 

「あ?」

 

「ひぃっ」

 

 怖い。怖いよこの子。やっぱいつか俺暗殺されそうで怖い。暴虐の巫女じゃなくて暴虐の暗殺者だろ。

 バーカ!博麗のバーカ!

 

「…で、最初はどこに行きましょうか」

 

「とりあえず少しだけ服屋さんに寄って、それからお昼ご飯でいいんじゃないですか?」

 

「魔理沙。今日の私のご飯代、魔理沙が出してくれるんでしょ?忘れてないわよ」

 

「ちっ、覚えてたか…」

 

 そんなこんなで最初に向かう店になったのは、服屋である。女子が出向く店ランキング1位と言っても過言ではない。多分、男子が出向く店ランキング1位でもあるだろうけど。

 

 この間のように、金がない博麗と、服に興味のない俺は店の前で彼女達を待っている。

 

「…ねぇ」

 

「ん?」

 

「なんであんた制服なわけ?」

 

 おっと何これデジャヴ?ていうか、ついさっき同じような質問してなかったかお前。

 

「だから、生徒会の用事……」

 

「嘘でしょ。それ」

 

「はっ?」

 

「生徒会の用事なんて嘘。本当は私達に何か隠してるんでしょ?」

 

「…根拠は?」

 

「ない。単なる勘」

 

「勘かよ」

 

 こいつ本当凄ぇ鋭い勘をしてる。普段はガサツで男子が慄く暴虐っぷりを見せているが、頭がキレるやつではある。それに霧雨から聞いたところ、こいつの勘はとてつもなく優れているらしい。

 勘一つで探し物を見つけたり、人探しをこなすことが出来るらしいのだ。そこまでいくと、超能力者レベルだ。

 

「もう一つ。その隠し事には封獣ぬえが絡んでる」

 

 ほら。何のヒントも与えていないのに的確に言い当てる。博麗の巫女改め、博麗の超能力者という二つ名に改名してみてはどうだろうか。

 しかし、勘は勘。根拠がなければ、俺は否定出来る。

 

「あんたが隠してる理由。私達に話すことで、ややこしいことが起きるから。違う?」

 

 この子怖いガチ怖い。俺の心の中を読んだのかっていうくらい、的確に言い当ててくる。そんな博麗に、俺は動揺を隠し切れなかった。

 

「…その表情。当たりっぽいわね」

 

「お前の勘怖ぇよ。エスパーかよ」

 

「巫女を舐めるんじゃないわよ」

 

 もうこれからこいつに隠し事一つ出来ねぇや。

 俺は観念して、今までの経緯を博麗に話し始めた。話を一通り聞き終えた後、博麗は溜め息を吐き。

 

「あんたって結構面倒な女に絡まれるのね」

 

「…そうだな」

 

「あんたの境遇を私は完全に理解出来ないし、肯定することも否定することも出来ない。私とあんたじゃ色々違うからね。……けどもし、本当に辛くなったら、アリスや魔理沙、なんなら最悪私でもいい。話しなさい。話すだけでも、だいぶ心にゆとりが出来るから」

 

「博麗……」

 

「…それくらいなら、私だって聞いてあげてもいいから」

 

 博麗は優しげな笑みを見せてそう言った。普段の博麗とのギャップがあるせいか、少し見惚れてしまった。彼女も、こんな風に誰かに優しく笑うのだと。…直接言ったらしばかれるだろうけど。

 

 今の一言だけでも、心に少し余裕が出来た。こいつのことを見直す必要が…。

 

「あっでも、私に相談する時は相談料1500円ね」

 

「え、金取るの?」

 

「当たり前よ。世の中甘くないのよ。私が善意で聞いてあげるって言ってるんだから金くらい払いなさい。そこらのおじさんでも話すだけで金は払うと思うわよ」

 

 ないな。前言撤回だわ。

 こいつやはり金の亡者でした。暴虐の巫女、金の亡者。物騒な二つ名が付けられる運命である博麗霊夢は、いつになったら優しくしてくれるのでしょうか。

 

「…博麗」

 

「ん?何かしら」

 

「…ありがとな」

 

「えっ気持ち悪い」

 

 んー、何が正解か分からんくなってきたんだけど。笑い返すわけでもなく照れるわけでもなくマジ真顔。

 え、これ泣いていいの?往来の場で醜く泣き叫んでいいの?そのうち店員さんに連れて行かれるけど大丈夫?

 

「冗談よ。お礼なら素敵な賽銭箱に金を入れてくれればいいわ」

 

「…相変わらずだな」

 

 この我を貫き通す姿。博麗らしいと言えば、らしいかも知れない。俺からすれば、そんな彼女は嫌いじゃない。

 そんな思いに馳せていると、買い物を済ませた霧雨達が退店してくる。

 

「おーっす。待たせたな」

 

「霊夢さんはともかく、八幡さんは買わなくていいんですか?」

 

「まぁ欲しいものがないしな。…そろそろ昼飯時だが、どうする?」

 

 ケータイで時間を確認すると、既に12時は回っていた。

 

「私はどこだっていいわよ。魔理沙が奢ってくれるしね」

 

「少しは遠慮ってものしろよなー」

 

「フードコートがありますし、そこで済ませますか?」

 

「そうね。そうしましょう」

 

 満場一致でフードコートに決まった。フードコートに到着し、適当に空いてる席を見つけて確保する。

 

「今の時間帯だとどの店も混んでるわね…」

 

 休日の、しかもお昼真っ只中だ。席を確保出来たこと自体、奇跡のレベル。

 

「俺は決めたから、先買いに行ってる」

 

「八幡さんは何にするんですか?」

 

「ラーメン」

 

 そうして、俺はフードコートに並んでいるラーメン屋へと向かった。

 ここには結構有名なチェーン店が揃ってる。その中で俺が食べるとすれば、好物のラーメンだろう。

 

「にしても、やっぱ人が多いな…」

 

「そうね。人混みになるところに来るんじゃなかったわ…」

 

「まぁ休日ですし、仕方ないですよ。お嬢様」

 

「そうだな……って…」

 

 待て待て待て待て摩天楼。なんでこの人らがここにいるのん?

 俺より背が小さく、俺の姿を捉えた紅い瞳を携えた人間。そして隣には、仕事を共にしたメイド。

 

「レミリアお嬢様…。それに十六夜…」

 

「久しぶりね、八幡。元気にしてた?」

 

 何故か、紅魔館の主人のレミリア・スカーレットお嬢様と、十六夜咲夜がフードコートにいた。

 

「なんでここに…」

 

「なんでって、別に休日に外に出ることになんら不自然ではないでしょう?偶然よ」

 

「…運命操れる人間が偶然って言うには、ちょっと妙だと思うんですけどね」

 

「あら心外。単純にショッピングを楽しみに来ただけよ。ねぇ、咲夜」

 

「はいお嬢様。…それより、八幡は誰かと来ているの?」

 

「…まぁあれだ。いつものあいつらプラス新聞部のやつだよ」

 

「あぁ…」

 

 同じクラスである十六夜は、すぐに理解した。

 

「ていうか、フランドールと紅は?」

 

「美鈴達ならおもちゃ屋にいるわ。フランお嬢様の付き添いでね」

 

 あの狂人妹もここにいるのか。これは、ちょっと面倒くさいことになったぞ。

 

「ねぇ八幡。よければこの後、私達とデートしましょうよ。久しぶりに会ったのだし、その後紅魔館でゆっくり話がしたいわ」

 

「や、たかだか一週間ちょっと会ってないだけじゃないですか。ていうかそれ、絶対帰す気ありませんよね」

 

「当たり前じゃない。貴方をなんで帰さないといけないのよ。私と貴方の運命は、二人で一生を共にすることよ。そのための準備も行わなければならないのだから」

 

「いや、怖いし遠慮します。ていうか、博麗達と一緒にいるので」

 

 危ねぇよこの人危ねぇよ。何?帰す気ないってあれか?俺監禁されるの?紅魔館って地下部屋あるし、割とガチであり得そうなんだけど。

 

「ツレないわね。まぁ、そんな八幡も好きなんだけれど」

 

 フランドールといい、レミリアお嬢様といい、なんで俺の周りの女子はよく分からんことで好感度が上がってるの?俺そんな好きになるようなことはしてないぞ。

 

「まぁ、その気になれば貴方を連れ去ることくらいは出来るし、別にいいんだけれどね」

 

 聞きましたかみなさん。この人隠さずに連れ去るとか言いましたよ。やっぱ危ねえよ。

 

「次の方どうぞー」

 

 前の人が頼み終えたので、次は俺が注文する。ここは無難に、普通のラーメンでいいだろう。

 会計を済ませて、出来上がったらアラームで知らせてくれる機器を渡される。

 

「じゃあ俺席に戻るんで」

 

「そう。またね、八幡」

 

 レミリアお嬢様達と別れて、俺は自分の席に戻る。

 あぁ怖かった怖かった。危うく俺捕食されるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ。

 俺は席に戻って、ラーメンが出来上がるのを待つ。俺と、何故かマーガトロイド以外のみんなは、それぞれ違う店に出向いたようだ。

 

「…昼飯は?」

 

「あまりお腹が減っていないから」

 

「そうか…」

 

「そういえば八幡、さっきの女達は誰だったの?一人うちのクラスもいたようだけど…」

 

 さっきの女達……あぁ、紅魔館組の連中か。

 

「まぁあれだ。学校の先輩だよ。生徒会関係じゃないけど、まぁ知り合ってな」

 

「にしては、少し距離が近過ぎたように見えたけど。特にその先輩が」

 

「…俺もよく分からん」

 

「なんだなんだ?何の話してるんだ?」

 

 マーガトロイドと話していると、霧雨達が戻ってくる。

 

「…吸血鬼って怖いよねって話だよ」

 

「は?ついに頭の中が爆散したの?」

 

 知らん。俺も何言ってるか分からん。

 

 すると、そこそこな音量でアラームが鳴り始める。ラーメンが出来上がったという知らせだ。俺はアラームを止めて、席から立ち上がる。

 

「出来たから行くわ」

 

 俺は先程のラーメン屋に戻り、注文したラーメンを受け取る。うむ、やはりラーメンとは食欲をそそるいい料理だ。

 

「おっ、ラーメンを頼んだのか?」

 

「まぁな。じゃあ、先にいただくわ」

 

 俺は手を合掌させ、心の中でいただきますと呟く。まずスープを軽く飲み始める。次に麺を少量、啜り始める。

 そんな最中、博麗達のアラームも鳴り始める。

 

「おっ、出来上がったみたいだぜ!」

 

「私のも出来たようね」

 

「私もです!」

 

 彼女達は自分達が注文した店に戻り、そして出来上がった料理を持ち帰ってくる。

 博麗は蕎麦を、霧雨はオムライスを、射命丸はカツ丼だ。いただきます、と手を合掌させて、食事を始めた。

 

「八幡さん。もし罪を認めるなら、このカツ丼を食べさせてあげてもいいですよ」

 

「やっぱり八幡、何かやらかしていたのね。私には分かっていたわよ」

 

「八幡も大概なワルだぜ」

 

「あの、急に刑事ネタぶっ込んで来ないでくれる?後やっぱりってなんだやっぱりって。俺は至って真面目に生きてる人間なんですが」

 

「は?こんなやつが真面目に生きてるなんて世も末ね。退治しないと」

 

 えっ何この状況。急に何かやったって前提で白状しろって言われるし、なんか目の前の巫女めっちゃイキイキして手をパキパキ鳴らしてるんだけど。

 

「やだ怖い。帰っていい?」

 

「いいわよ。還してあげる」

 

「なんか意味が違うと思うのは俺だけ?」

 

「あはははっ!」

 

「ふふふ……」

 

「いや笑ってないで止めて?」

 

 と、このランチタイムは終始、俺が揶揄われ続けるのであった。博麗、俺はお前を許さんからな。いつか罰が降るんだからな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 昼飯を食べ終わると、俺達は再びショッピングを始めた。といっても買っているのは射命丸や霧雨、時々マーガトロイドで、俺と博麗はただただ見ていただけだった。

 ただそれだけでも、今日という一日は、決して退屈というわけではなかった。

 

 そんな充実した時間を過ごし、外に出ると、空は既に夕焼けの色と化していた。

 

「今日は楽しかったぁー!やっぱこのメンバーが一番だぜ!」

 

「私からすれば、約一名妖怪がいることに不満があるんだけど」

 

「俺の方見ながら言うのやめてね」

 

「…でも確かに、このメンバーが一番気が楽に過ごせるわ」

 

 マーガトロイドに一理ある。心のどこかで、こいつらと過ごすことが気が楽になると思っている。集団で馴れ合うのは俺が嫌っていたことなのに、徐々に彼女達と過ごす時間が充実したものだと感じるのだ。

 

「写真!写真撮りましょうよ!」

 

「お、いいぜ!」

 

「この間ららぽーとで撮ったのにまた撮るの?」

 

「いいじゃねーか!思い出として、ちゃんと残したいんだよ!」

 

「…仕方ないわね。じゃあ、撮るから。早く入って来て」

 

 マーガトロイドがケータイを掲げ、その画面にみんなが映るようになる。

 

「八幡!早く来いよー!」

 

「…へいへい」

 

 俺も画面に映るように、入り込む。すると、霧雨が俺の肩に左手を回す。それに便乗したのか、博麗は俺の耳を引っ張り、射命丸は後ろから抱きつく。

 

 痛い痛い痛い柔らかい柔らかいいい匂いいい匂い痛いいい匂い柔らかい。

 

「八幡さんのハーレムですねぇ〜」

 

「八幡、顔赤いな!あはははっ!」

 

「じゃあ、撮るわよ」

 

 そしてこの混沌とした状態で、写真を撮られてしまった。何枚か撮って、みんながマーガトロイドのケータイに映された写真を注目する。

 

「うっわ、八幡なんて顔してるのよ。通報されても文句言えないわね」

 

 俺完全な被害者なんですけど。

 純真無垢な純情男子に向かって、肩を組んだり、背後から抱きついたり、挙げ句の果てには耳を引っ張る始末。これで平常心でいれるわけないだろ。一般男子なら勘違いするぞこんちくしょう。

 

「アリス、これ後で送ってくれよな!」

 

「あ、私にもお願いします!」

 

「えぇ、分かったわ」

 

 …こんな日常がもっと続けばいいと、柄にもないことを考えてしまった俺は病気かも知れない。永遠に続くものなんてないというのに。いつか切れる関係なのに。

 

 本当、どうしたんだろうな。

 

 



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彼女の行動は意外と突飛的だった。

 月曜日の早朝。俺は制服に着替えて、命蓮寺の外にいる。お見送りには、封獣以外の命蓮寺の面々がいた。

 

「…この1週間、ありがとうございました」

 

「いえいえ。こちらこそ、ぬえがご迷惑をおかけしたと思います」

 

 今日で命蓮寺とはおさらばである。紅魔館ほど濃い時間を過ごしたわけじゃないが、ここの人間達もみんな善良な人間ばかりであった。

 

「ま、学校じゃまた会うと思うけどね。体育祭と文化祭もあるわけだし」

 

「そうだな。一生の別れでもあるまい。……が、ぬえはそうは思わないだろうな」

 

 今ここに封獣がいないのは、面倒ごとを避けるため。封獣がいればごねまくって、また「1週間命蓮寺にいて」とか言いかねない。

 

「まぁこちらも楽しむことが出来たよ。ぬえやご主人が迷惑をかけてしまっただろうが」

 

「もう宝塔は失くしません!……多分」

 

 明後日辺りにはまた失くしてそうな気がする。ある意味才能なのではないか。

 

「またいつでも来てください。比企谷さんであれば、喜んでお迎えしますよ」

 

「ありがとうございます。…じゃ、そろそろ」

 

「あぁ。ではな、比企谷」

 

「学校でもよろしくね」

 

 俺は命蓮寺の面々に別れを告げて、普段より早く学校へと向かった。

 今の時間帯にはまだ誰も教室にいないだろうし、ベストプレイスで時間を潰すとしよう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 学校に到着するが、やはり生徒があまりいない。いたとしても朝練で早く来ている生徒ぐらいだ。

 俺はベストプレイスに向かい、時間を潰すために本でも読もうと考えた。のだが、ベストプレイスには先着がいた。

 

「…魂魄」

 

「あ、八幡さん!おはようございます!」

 

 剣道部の魂魄が、俺のベストプレイスに座っていたのだ。

 

「朝練終わった後か?」

 

「はい。別に朝練をしないといけないわけじゃないんですが、やはり練習は必要かと」

 

「そうか。そらご苦労さん」

 

「八幡さんこそ、こんな朝早くからどうしたんですか?生徒会?」

 

「…まぁ、なんか眠れなかっただけだ。今となってはクソ眠い」

 

 命蓮寺は、自分家で寝ている時より早く起こされる。だからそれなりに早起きに慣れたと思ったのだが、今日はそれよりもっと早く起こされる。眠いのなんのって話だ。

 しかも日付けが変わるまで封獣とずっと一緒にいた。寝た時間は6時間に満たすかどうか分からない。

 

「…寝よ」

 

 俺は鞄を枕代わりにして、寝る体勢を作る。

 

「鞄じゃ頭が痛くなりませんか?」

 

「…寝てりゃ気にしなくなるだろ」

 

「よ、良かったらなんですけど…」

 

「ん?」

 

 魂魄が何やらもじもじし始めた。トイレに行きたいならさっさと行って来い、なんて言ったら今すぐ竹刀で叩かれるからやめておこう。

 

「…私の膝、使いますか?」

 

「え」

 

「別に深い意味はないですよ!?ただ単純に鞄を枕代わりにして痛そうだなーって思ってただけで!決して!深い意味は!ありません!」

 

「お、おう…」

 

 逆にそうグイグイ来ると、深い意味しか無さそうな気がすると思うのは俺の勘違いなんだろうか。

 

「そ、それで…どうしますか?」

 

「いや、どうするも何も……」

 

 普通に考えよう。急に膝枕してやるって言われて、じゃあお世話になるってならないだろう。寝ている間に財布とか取られたらどうすんだよ。

 まぁ魂魄の人格上、俺に何かするってのは無さそうだが……とにかく、理由が何か全く分からない以上、その誘いに乗るのも危ない気がする。

 

「お断り…」

 

「使いますか!?えぇそれなら早速使いましょう!」

 

「聞けよ」

 

 最初から選択肢がなかったんじゃねぇか。

 魂魄は俺の頭を掴み、強引に自身の太腿に持っていく。魂魄の太腿が頭に着いた瞬間、なんとも言えぬ心地良さが広がった。

 

「ちゃんと寝る時は、頭に柔らかいものを敷くのが一番なんですよ?鞄などの硬い物を頭に敷くと、起きた時に変な痛みが残りますから」

 

「だからってこれは恥ずかしいんだけど。別に膝枕する必要は…」

 

「私がしたいからそうしただけです。それ以上の理由はありません。時間になったら、ちゃんと起こしますから」

 

 女の子の膝枕なんて人生初で、余計に眠りづらい。が、朝早く起きた反動で、突如睡魔が襲ってくる。

 

「おやすみなさい、八幡さん」

 

 俺は魂魄の太腿の上で、意識を手放してしまった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 あれだけ抵抗しておきながら、すぐにぐっすりと眠りについた。

 

「ふふ…」

 

 私は彼の寝顔を見て、微笑む。

 彼の目付きは、お世辞にも良いとは言えず、人によっては怖がってしまうこともあるだろう。八幡さんには悪いけど、腐った魚の目とかゾンビみたいな目とか、そんな比喩表現が似合うだろう。

 

 でもいざ彼が眠っている姿を間近で見ると、ギャップなのか、寝顔がとても可愛らしく見えてしまう。

 

「八幡さん…」

 

 私は彼が、比企谷八幡さんのことが好きなのかも知れない。たった少ししか話したことのない男性に、私は恋心を抱いているのかも知れないのだ。

 

 彼と出会ったのは、テスト期間の時。

 私が体育館で自主練を行なっていると、彼が突然やってきた。理由としては、探し物を探すためだとか。その時は、特に何も思わなかった。目付きは悪いけど、別に悪い人では無さそうだな、ぐらいしか思っていなかった。

 その時点では知り合いという関係でしかなかったのだが、八幡さんを意識し始めたのはテストが終わった時の話だ。

 

 お昼ご飯を買いに行く途中で、八幡さんに出会った。八幡さんもお昼ご飯を買いに行くということだったので、どうせなら一緒に行こうと誘った。

 私はおにぎりを買うことに決めた。のだが、いかんせん具が多い。どれにしようか迷っていた時、八幡さんに手伝ってもらったのだ。正直、どれも美味しいので、迷ってしまうのだ。

 

 八幡さんの手伝いがあって、私はお昼ご飯を買うことが出来た。先に買い終えていた八幡さんが先にどこかに行きそうだったので、私は引き止めた。

 どうせなら、二人で一緒に食べようと誘った。しかし。

 

『なんでだよ。これから部活なんだったら、同じ部活生と食べてりゃいいじゃねぇか』

 

 出来れば私もそうしたかった。しかし、部活生が私しかいない。

 

 私はその時、何故か八幡さんに話を聞いて欲しいと思った。話をすることで楽になりたかったのか、何か言葉が欲しかったのかは分からない。けど、それでも聞いて欲しかった。

 八幡さんは断らずに、私の話を聞いてくれることになった。

 

 八幡さんは、ベストプレイスという場所へ私を案内してくれた。到着すると、その場で優しく吹く潮風が、私の心身を穏やかにしてくれた。八幡さんが言うベストプレイスの由縁が、少し分かったかも知れない。

 

 八幡さんが腰掛け、私も隣に腰掛ける。

 

『…それで、さっきの話の続きだが』

 

 八幡さんが私の話を尋ねる。私は、剣道部の現状を話した。

 

 幽々子様を護衛する術を身につけるために剣道を始めた。そのために、今まで努力をしてきた。最初はそんな心算だったが、途中から剣道が楽しく感じたのだ。努力することで強くなることに喜びを感じ、誰かと打ち合うことで楽しみを感じていた。

 

 でも、そう思っていたのは私だけ。他のみんなは、そうは思わなかったらしい。努力している私を、彼女達は疎んでいたのだ。それを知った時、なんだか罪悪感が流れ込んできた。

 努力することで、彼女達の居場所を奪っている。誰かと試合することで、彼女達の居場所を奪っている。私が、彼女達の居場所を奪っている。

 

 私の努力は間違っている。段々と、そう思い込んでしまう。

 

 けれど、彼が。

 

『…間違ってないだろ。別に』

 

 八幡さんは、私の努力を肯定してくれた。私の話を笑いもせず、ただ優しく肯定してくれた。

 

『幽々子様とやらを守るために努力する。楽しむために努力する。人それぞれ、努力の形は違うが、努力が悪いことにはならない。いつかそれが自分のためになるからな』

 

『…ですが、他のみんなが…』

 

『その程度の気持ちだったってことなんじゃねぇの。魂魄に勝てない、だから部活には行かない。ならさっさとやめてしまえって話だ。別にここじゃなくたって、剣道を出来るところなんざいくらでもある。なんで魂魄が負い目を感じる必要があるんだよ』

 

 八幡さんは私を否定しないでくれていた。嬉しいのだが、それでも私は気になってしまう。私の努力が、みんなを部活から追い出しているのではないかと。

 

『大体、人の努力をケチ付けれる人間とかいてたまるかよ』

 

『え……?』

 

『魂魄の努力を知らないやつが、魂魄に文句を言う資格はない。そんなもんは傲慢でしかない。自分の努力は間違っている?そんなわけないだろ。努力は人を裏切らないって名台詞を知らねぇのかよ』

 

 八幡さんはどこかで聞いた台詞を挟みながら、私の努力を肯定する。

 

『だから…なんだ。自分の努力が間違ってた、なんてあんまり否定すんな。努力は誇れるもので、決して負い目を感じるものじゃない』

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の心の重りが消えたように感じた。

 

『まぁ、あれだ。周りのやつの野次なんて聞き流せばいいだろ。お前が正しいと思える努力をすればいい』

 

 私はきっと、誰かから自分が努力していることを認めて欲しかったんだ。けれど周りがそれを認めてくれなかったから、私の努力は無駄なんだと思いつつあった。

 でも私の努力は、間違っていなかったんだ。誇っていいものだったんだ。八幡さんの言葉で、そんな考えが吹き飛んだ。

 

 八幡さんの言葉で、私は何を小さいことを考えていたんだと、心の中で呆れていた。誰かが私の努力を否定しても、私が正しいと思う努力をすればいいんだ。

 

 それに気づかせてくれた八幡さん。初めて会った時は、結構クールで物静かなイメージだったんだけど、こんなに親身になって、私の相談に乗ってくれた。

 

 そんな八幡さんの優しさに、私は惹かれてしまったのかも知れない。こうして、普段から目付きが悪く、ちょっとひねくれている八幡さんが私の太腿でぐっすり眠っている姿を見ていると。

 

 愛おしく思ってしまう。

 

「…こんなに惚れっぽかったんだ、私」

 

 多分、チョロい人間なのかも知れない。ちょっと優しくされただけで心を許してしまうかも知れない。

 けれど、彼の優しさは私を心地よくしてくれる。私の心を温かくしてくれる。きっと、こんな気持ちにしてくれる人は八幡さんしかいない。

 

 ちゃんとした恋愛感情かははっきり分からない。もしかしたら、違う意味で彼に惹かれたのかも知れない。ともあれ、どんな意味であろうとも。

 

 私は。

 

「…好きです」

 

 貴方のことが、心の底から。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…まん…さん。…八幡さん…起きてください」

 

「…ん、んん…?」

 

 俺が徐々に目を開いていくと、目の前には俺を見下ろす魂魄の顔が。その瞬間、一気に目を開いてしまう。

 

「ち、近っ…」

 

「もうそろそろホームルームのチャイムが鳴りますよ。起きてください」

 

「あ、あぁ…」

 

 俺は起き上がり、今の状況を一度確認する。

 俺は本当に、魂魄の太腿の上で眠ってしまったみたいだ。それを理解すると同時に、段々と顔が熱くなっていく。

 小町にすら、膝枕してもらった覚えないのに。初めて膝枕をしてもらったのが魂魄だと思うと、ちょっと恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。

 

「わ、悪いな…。その……膝枕……」

 

「いいですよ。さっきも言いましたけど、私がしたくてしただけですから」

 

 と、魂魄は言ったものの、パッと見るだけで分かるくらい彼女の頬は赤らめていた。やっぱ恥ずかしかったんじゃねぇか。

 

「…じ、じゃあもう行きましょうか。遅刻しちゃったらあれですし」

 

「そ、そうだな」

 

 俺達はそれぞれの教室へと向かった。

 頭にはまだ、彼女の太腿の柔らかい感触と体温が残っていた。どれだけ忘れようとしても、フラッシュバックして仕方がない。

 

「お、八幡!今日は遅かったな!」

 

「どうしたの?顔が赤いけれど…」

 

「…なんでもねぇよ」

 

 思い出す度に、顔が熱くなる。乙女か俺は。

 

 俺が席に着くと同時に、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響く。俺は出来るだけ思い出さないように、今日の授業に集中することにした。

 そんな苦行を貫き通し、あっという間に一日が終えた。時は既に、夕方の6時過ぎとなる。

 

「疲れた…」

 

 俺は久しぶりの我が家の帰路を辿る。命蓮寺に行く前に一度寄ったが、一瞬しかいなかったからな。マイエンジェルコマチエルとゆっくり話すのも、なんだか久しぶりな気がする。

 

 しばらく帰路を辿っていると、比企谷家が見えてきた。久しぶりの我が家に少しワクワクしながら、玄関の扉を開けた。

 

「たでーま」

 

 すると、リビングのところからドタバタと足音がする。リビングから出てきたのは、やはり小町であった。

 

「お兄ちゃんお帰り!」

 

「おう。久しぶりの我が家だわ」

 

 靴を脱いで、リビングへと向かう。そして、ソファにダイブする。

 

「しばらくは引きこもりてぇわ…」

 

「お兄ちゃん、お風呂にする?ご飯にする?それとも……こ・ま・ち?」

 

「小町でお願いします」

 

「お兄ちゃん即答はちょっとキモい。そのシスコンっぷりはキモい」

 

「ばっかお前。今のは八幡的にポイント高いだろ」

 

 こんなやり取りも、なんだか久しく感じる。2週間もまともに小町と話していなかったからな。これからは、たっぷり小町成分を摂取しなければ。

 

「お兄ちゃーん」

 

 すると小町は、俺に抱きついてくる。

 おっ、なんだなんだ?小町も寂しかったのか?何それ可愛いな。

 

「しばらくは小町に構ってね」

 

「当たり前だ。飽きるまで構ってやる」

 

「やっぱりシスコンだなぁお兄ちゃん」

 

 その後、久しぶりのお風呂に入り、久しぶりの小町の手料理を食べ、久しぶりの我が部屋でゴロゴロした。

 

「やっぱ我が家が一番だなぁ……」

 

 紅魔館も命蓮寺も、別に悪いわけではない。しかし、住み慣れた家がやはり一番なのだ。

 ベッドでスマホを操作していると、電話が掛かってくる。着信先は、まさかの魂魄であった。

 

「…もしもし?」

 

『八幡さん、今少し大丈夫ですか?』

 

「…大丈夫だが。どうした?」

 

『あのですね…。八幡さんのことを幽々子様に話したら、"あらあら、いい人じゃない。今度その子連れて来てよ〜"って、言われて…』

 

 他人の家に上がんのはもういいんだけど。上がる度に何かしら面倒なことが起きてる気がするんだけど。

 

「…それで?」

 

『それでですね…。再来週の土日のどちらか、私の家に来てくれませんか?その時、私も部活が休みなんです』

 

 どうしよう。すっげぇ断りたい。

 別に魂魄に何かあるとかいうわけじゃなく、誰かの家に上がると何かしらのイベントが起きるってのが嫌なのよ。誰かの家行く時点でイベントなわけだが。

 

『…ダメ、ですか?』

 

 おいお前ちょっとズルいぞ。そんな言い方されたら断りづらいじゃねぇか。

 

「…分かったよ。とりあえず行くから、また詳しい話は今度な」

 

『本当ですか!?ありがとうございますっ!それじゃあ、その旨を幽々子様に伝えますので!』

 

「はいはい。じゃあな」

 

 俺は通話を切って、スマホを消す。

 

「…はぁ」

 

 小さく溜め息を吐き、俺は本棚からラノベを何冊か抜き取る。そして、ベッドで寝転びながら、ラノベを読み始めて行く。

 

「…ラブコメの主人公って面倒な立場だよな」

 

 そう一人でボヤいた。

 何もないモブが、なんだか羨ましく感じてしまった。何にも巻き込まれず、何もする必要がない。景色に溶け込むだけの存在。

 

 俺って実は、ラブコメの主人公?

 



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どこにいても、彼女達は変わらない。

 時は経ち、火曜日。

 俺達は学校の鞄とボストンバッグ、あるいはキャリーケースを持って学校に集合していた。今日から2泊3日の勉強合宿が始まる。目的地は神奈川県。シャトルバスでの移動である。

 

「中間テストが終わったっていうのに、勉強合宿なんて面倒よね…」

 

「そう言うなって!授業が終わったら自由時間なんだし、思いっきり楽しもうぜ!」

 

 俺にとっては心臓に悪い勉強合宿の始まりだ。風呂はまだしも、女子3人と同じ部屋で寝泊まりするのだ。これで何も思わない方がおかしい。

 

「そろそろバスに乗り込んでください。この間決めた席順ですよ」

 

 稗田先生の呼びかけに、俺達は応じてバスに乗り込んでいく。俺の隣は、何故かワクワクしている霧雨魔理沙。

 

「隣よろしくな、八幡!」

 

「…おう」

 

 霧雨と二人きり……実際には二人きりではないが、二人で話すのはおそらく初めてかもしれない。いつもマーガトロイドや博麗がいるから、あまり二人で話したことがなかった。

 ちなみに、通路を挟んだ隣の席がマーガトロイドと博麗である。

 

「それじゃあ発進しますよ。きちんとシートベルトを着用してくださいね」

 

 そうして、シャトルバスが学校から出発していく。2時間かからない程度の旅が始まる。

 スマホを取り出し、操作していると隣でゴソゴソと何かしている。

 

「何してんだ?」

 

「ん?お菓子だよお菓子。八幡も食うか?ついこの間、ポテチの新しい味が出たんだぜ!その名もきのこ味!」

 

 ポテチのきのこ味って美味いのだろうか。まぁ世の中には、コーンポタージュ味やナポリタン味のアイスがあるから、どこかしらに需要はあるんだろうけど。

 

「いや、いいわ」

 

「そっか。まぁ欲しくなったら言えよ!」

 

 しかし朝からポテチとはよくやるよ。とはいえ、霧雨って見た感じすっげぇ綺麗なんだよな。顔の肌とか結構綺麗。

 

「八幡、なんか面白い話してくれ!」

 

「お前無茶振りにもほどがあるだろそれ」

 

「だって折角隣になったのに何も話しないのは面白くないだろ?」

 

 誰かに話すネタなんて持ち合わせていないっつの。あっても黒歴史ぐらいしかねぇしな。

 

「あ、じゃああれしようぜ!"愛してるゲーム"!」

 

「…ふぁ!?」

 

「「ぶっ!」」

 

 霧雨の提案に、隣の二人が吹き出してしまう。俺なんて、変な声が出ちゃったんだけど。

 

「ふ、ふふふ……!い、いいじゃない、やりなさいよっ…!ふふふ…」

 

 博麗バカ受けしてる。バカ受けしてるとこ悪いんだけど、俺多分今ので寿命が縮まったよ。

 

「霧雨、しりとりしよう。俺とお前でそのゲームはまずいものがある」

 

「しりとりより、こっちの方が絶対面白いって!」

 

「つべこべ言わずにやりなさい八幡」

 

「ちょっと隣の人黙って?」

 

 どうするどうするどうしたらこの状況を回避出来る?考えろ俺。

 

「な、なぁ霧雨。そういうのって、カップル限定でやるもんだろ?」

 

「え、そうなのか?アリスとかとやったことあるけどな、私」

 

「そうね。もう二度とゴメンよ」

 

 それを聞かされてやりたいとは思わないんだけど。

 

「いいじゃねーか!な?単純にゲームなんだし!」

 

「諦めなさい八幡。そして早くしなさい」

 

「ちょいちょい横からゲーム勧めてくるのなんなの?」

 

 もはや逃げ切れる自信がない。本当、この学校に来たのが間違いじゃないかって思うわ。飲み会でもこういうノリがあるんだよな。くそくらえだこんなノリ。

 

「…はぁ。後から気持ち悪いとか言うなよ。死にたくなるから」

 

「言わねーよ!じゃあまず、ジャンケンで決めようぜ!」

 

 先攻か後攻のジャンケンを行い、結果霧雨が先攻だそうだ。

 

「じゃあいくぜ…」

 

「お、おう…」

 

「八幡っ!愛してるぜ!」

 

 霧雨は屈託のない笑顔で、俺に向かってそう行った。

 落ち着け落ち着け落ち着けこれはゲームこれはゲーム勘違いするな比企谷八幡。

 

「…そうか」

 

 なんとか耐え抜いた。封獣のスキンシップが女子への耐性が付いたのか、耐え抜くことが出来た。

 

「チッ、これぐらいじゃ動じないか……。じゃ次、八幡だな!」

 

 最初の方だし、別にどストレートでいいだろ。

 

「霧雨、愛してるぜ」

 

「…危ねー。でも八幡、ちょっと棒読みだったな」

 

 バレテーラ。とっととこんなクソゲー、早く終わらせたいんだけどな。

 

「どんどんいくぜ!」

 

 すると、霧雨は俺の手を握ってくる。そして、少し頬を赤く染めながら上目遣いで。

 

「八幡……愛してる。ひねくれてるけど、それも含めて大好きだぜ」

 

「っ…!」

 

 待て待て摩天楼。こいつあざと過ぎる。俺を照れさせるための策なんだろうが、それでも意識してしまう。

 

「…っぶね」

 

「今の怪しかったんじゃないの?」

 

「なわけないだろ。全然セーフだ」

 

 お前がそう来るのなら、遠慮はしない。

 最初から負けても良かったのだが、こいつに揶揄われるのはなんか癪に触る。

 

「霧雨、ずっと前から好きだった。雑だしバカだし、時々破天荒なこと言い出すけど」

 

「ち、ちょっと待て!それバカにしてるだろ!」

 

「まぁ聞け。…そんなところがあるが、俺はそれを含めて愛してる」

 

「え…?」

 

「お前はとても元気で明るく、そして努力家だ。誰に対しても明るく接してくれる。ひたむきに努力している。…短所もさっき挙げたけど、俺はそれでもお前のことが好きなんだ。その……お前がいるから、なんだか楽しく思うんだ」

 

「あ、あ……」

 

「だから……好きだ、霧雨」

 

 俺は最後まで言い切った。途中から何言ってるか全く分からなくなってたけど。

 さて、霧雨の反応は。

 

「…そんなこと言われたら、ずるいだろ…」

 

「え」

 

 霧雨は顔を真っ赤にしていた。

 

「魔理沙顔真っ赤じゃない」

 

「ていうか、八幡もよくそんなこと言えるわね」

 

 …そうだよなぁ!!反応見て改めて思ったけど、俺クソサムいこと言ってたよなぁ!!あぁ死にたい!!今すぐ帰りたい!!帰って布団の中でジタバタしたいよぉ!!

 

「…死にたい」

 

「八幡も時間差で真っ赤になってるわ」

 

「これじゃあ引き分けじゃない」

 

 無駄に恥ずかしくなっただけかよ。もうやだ帰りたい。

 

「…私の負けだよ。八幡って、スケコマシなのか?」

 

「…だとしたら今頃ハーレムを築いているだろうな」

 

「どっちにしろ、そういうのはあんま他に言うなよな」

 

「お前が最初で最後だ。言わねぇよ」

 

 こんな恥ずいことを、そんな周りに何回も言えるかっての。恥ずか死という未知の病名で死んでしまうからな。

 

「…そ、そっか」

 

「今のが一番あざといわね」

 

 俺のどこにあざとい要素があるんだよ。大体俺のあざとい要素なんて需要ないだろ。

 

 もう寝よう。寝て今のことを全部忘れたい。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「八幡!起きろよ八幡!」

 

「…ん…?」

 

 目を覚ますと、周りが何やら騒がしい。見てみると、後ろから順にバスから降りている。

 

「…着いたのか?」

 

「えぇ。どうせならそのまま永眠してくれて良かったけどね」

 

 窓を見ると、明らかに山の中らしき光景が広がっている。そして反対側には、大きな旅館が見える。ここが、俺達が泊まる場所。

 

「でけぇ……」

 

「さぁ、早く降りてください」

 

 俺達も急いでバスから降りる。降りた俺達は旅館の前で、稗田先生からの説明を受ける。

 

「今日からこの3日、この施設をお借りします。くれぐれも、施設の方々のご迷惑にならないようにしてください」

 

 稗田先生がそう言うと、次は社会科の上白沢先生が次いで説明する。

 

「各担任から、部屋の鍵を渡す。番号が書いてあるから、その番号が書かれた部屋に向かって欲しい。基本的には他の部屋の移動も許可はしているが、あまり粗相の無いように。では、荷物を置いたら筆記用具と教材を持ってまたここに集まってくれ。解散」

 

 上白沢先生の説明が終え、俺達は稗田先生から部屋の鍵を渡される。その際、俺は稗田先生にこう小さく囁かれた。

 

「いくら同室に女性が3人いるからと言って、無理矢理手を出したら分かっていますね?」

 

「う、うっす…」

 

「分かれば良いんです。では、どうぞ」

 

 ちょっと声色が怖くてびびった。まぁ稗田先生が言ってることは正しいんだけどな。

 ただ、俺が手を出す前に博麗にやられる絵が想像出来てしまうのだが。

 

「何しているの?早く行きましょう」

 

「…そうだな」

 

 俺達は部屋の鍵に書かれた番号の部屋へと向かった。旅館の中は、およそ勉強合宿で泊まっていいところなのかどうか分からないレベルの高級さである。

 

「着いたな」

 

 俺は部屋の鍵を開ける。扉をゆっくり開くと、目の前に広がる光景は。

 

「うわでっけー!」

 

 大きい和風の部屋に、外にある山や森がよく見える大きな窓。勉強合宿では絶対に勿体ないレベルの部屋。

 

「凄いわね…」

 

「小町に自慢してやろう」

 

 俺は部屋の中の光景や、中から見える景色をスマホで撮っていく。

 

「そろそろ行きましょうか。また部屋は後でゆっくりしましょう」

 

 俺達は今日必要な教材と筆記用具を鞄の中に入れて、一旦部屋から出て行った。集合場所まで向かう途中、彼女達と遭遇する。

 

「あ、皆さん!奇遇ですね!」

 

「出たわねブン屋」

 

「八幡さんっ!」

 

「こ、魂魄…」

 

 射命丸と魂魄がセットで遭遇。魂魄の顔を見ると、あの日のことがフラッシュバックしてしまう。

 

「八幡、誰?こいつ」

 

「私、C組の魂魄妖夢と申します。八幡さんとは仲良くさせていただいてます」

 

 魂魄は礼儀正しく挨拶する。

 

「私は博麗霊夢よ。こっちアリス。これ魔理沙」

 

「おい私をこれ扱いってどういうこった」

 

「うるさいわね」

 

 とりあえず互いの自己紹介を済ませて、共に集合場所へと向かっていく。集合場所には、既に集まっている生徒が多くいた。

 

「F組は最初、私の授業ですね。全員揃っていますか?」

 

 今から始まる授業は、我らが担任の稗田先生。つまり、国語の時間である。

 国語の授業が終われば、時間的にとりあえず昼休みになる。その後は夕方までひたすら授業。勿論10分休憩を挟むが、終わるのは18時とかその辺りになるだろう。勉強合宿だけあって、結構濃厚なスケジュールだと言える。

 

「どうやら揃ったようです。では、行きましょうか」

 

 勉強合宿、スタート。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 はい、授業終了。休み時間が挟まるとはいえ、なんだかいつもより倍疲れた気がする。

 最後はいつも通り、稗田先生がホームルームで締める。

 

「1日目、お疲れ様でした。これからは自由時間ですが、節度を守って過ごしてください。夕食は、この旅館にあるブッフェ会場で様々な料理を振る舞ってくれますので、19時半までには会場に集まれるようにしてください。それまではお風呂に浸かるなり、部屋でゆっくり過ごすなりしてください」

 

 ホームルームが終わり、俺達は一度部屋に戻ることにした。

 

「ここの旅館、確か露天風呂とかあるんだろ!?楽しみだなぁ〜!」

 

「そうね。滅多に来ることないし、ゆっくり浸かるとしましょうか」

 

「だからって風呂場で馬鹿騒ぎしないでよ。バカ晒すどころか恥晒すのもゴメンよ」

 

 本当この3人、仲良いね。

 

「部屋の鍵は八幡が持っててくれるかしら?私達、八幡に比べて長風呂になりそうだから」

 

「ん、分かった」

 

「それじゃあ、また後でね」

 

「覗いたりしたら祓うわよ」

 

「そんな勇気ねぇよ」

 

 彼女達3人は先に部屋を出て行った。

 俺も準備して、大浴場に行くとするかな。ここの旅館は八雲紫校長と親交があって、この三日間はほとんど貸し切り状態らしい。

 故に、俺一人が贅沢に露天風呂を堪能出来る。これも小町に自慢してやろう。

 

 部屋には浴衣があるので、それを着て過ごしてもいいらしい。まぁ浴衣の着方なんて分からんから、学校の体操服で過ごすんだけど。

 

「…行くか」

 

 着替えの体操服を持って、俺は大浴場へと向かった。到着した俺は制服を脱いで、大浴場の中に入る。

 すると中は、豪華な大浴場。奥には露天風呂に続く扉もあり、大きなガラスが横に何枚も隔てており、外の景色が見えるようになっていた。

 

「…すっげ」

 

 俺は最初に湯を身体に浴びて、ゆっくりと浸かっていく。その瞬間、一気に身体の疲れが取れるような錯覚を起こす。

 

「ああぁぁぁ……」

 

 一人で大浴場貸し切りってのは、めちゃくちゃ良いものだ。柄ではないが、泳ぎたくなる気分も否めない。

 少し浸かると、一旦湯船から出ていく。次に目指したのは、この旅館の売りである露天風呂だ。扉を開けると、外の空気が温まった身体を冷やしていく。

 

「おぉ……」

 

 感嘆の声を出す俺は、再びゆっくりと風呂に浸かる。外で風呂に浸かっているせいか、これもこれで疲れが取れていく気がしていく。

 

「やっぱすっげーな露天風呂!」

 

「そうね。骨身に沁みるわ」

 

 霧雨やマーガトロイドの話し声が聞こえて来る。ということは、竹垣の向こうには女子達がいるということになる。なんだかちょっとイケない妄想が浮かんできそうで怖い。

 

「さっさと出よう…」

 

 俺は湯船から上がり、大浴場の中へと戻って行った。髪と身体を洗い、すぐに大浴場からも出る。

 

「ふぅ…」

 

 置いてあるバスタオルで全身をくまなく拭き始める。身体が拭き終えると、体操服に着替える。後は、まだ濡れている髪をドライヤーで乾かして終了。

 

 しかしどう抗っても、アホ毛だけはぴょこんと立つ。今までこのアホ毛が倒れることはなく、いつまでも立つという謎の現象が起きている。比企谷家の最大の謎かも知れないな。

 

 俺は先に部屋に戻り、スマホをいじりながら彼女達を待っていた。しばらくスマホをいじっていると、扉からノック音が聞こえる。

 扉の鍵を開けると、廊下からいつもとは違う彼女達が立っていた。浴衣姿で、博麗と霧雨に至ってはいつも結んでいる部分を解いており、ただただ長い髪が下ろされているだけであった。

 

「何見てるのよ。祓うわよこの妖怪」

 

「…理不尽だろ」

 

 彼女達は部屋の中に入り、早速寛ぎ始めた。

 なんでだろう。風呂上がりの女子ってなんでちょっとエロいんだろう。しかも浴衣姿だから余計に色気が。

 

「いやぁ〜、いい湯だったなぁー!夜飯食べたらもう一回行こうぜ!」

 

「面倒だから却下。あんたどんだけ気に入ったのよ」

 

「魔理沙の言うことも、分からないわけではないわ。あんな豪華なところ、生きててそう何回も行くことが出来る場所じゃないわ」

 

 一体一泊いくらするんだろうか。1万2万じゃあ済まないような設備の良さだし。

 

「そろそろ行く?」

 

「行こう行こう!私腹減った〜!」

 

 俺達は部屋を出て、ブッフェ会場へと向かった。会場に到着すると、白い布地を被せたテーブル席が多数用意されている。その周りに、様々な料理が揃えられている。

 

「これまた広いなぁ〜」

 

「あそこ、空いているようだから座りましょう」

 

 俺達は空いている席に座って、先生達の指示を待つ。

 

「ここ、いいですか?」

 

「またうるさいのが来たわね…」

 

「こんばんは、八幡さん」

 

 俺達に声をかけたのは、射命丸と魂魄である。今日はよく縁があるなこいつらと。

 

「いいぜいいぜ!やっぱみんなで食べた方がいいだろ!」

 

「…だそうよ。座るならさっさと座れば」

 

「じゃあ遠慮なく!」

 

 俺の隣に空いていた二つの席に、射命丸と魂魄が座る。しばらく彼女達と話していると、会場に先生達が入ってくる。マイクを持った上白沢先生が、周りに静かにするように促す。

 

「待たせたな。それでは、1日目の夜を楽しんで欲しい。時間は21時までだ。では各自、自由に料理を取りに行くといい」

 

 こうして、俺達の1日目の夕食が始まった。

 いい旅館に泊まれて、あんないい風呂に入れて、こんな夕食を味わうことが出来る勉強合宿は、きっとこの学校ぐらいだろう。この時だけは、この学校に入って良かったと心底思う。

 

「八幡さん?行かないんですか?」

 

「…あぁ。行くよ」

 

 トレーの上に大皿を置き、その上に様々な料理を乗せていく。そして飲料は、オレンジジュース。コーヒーが無かったので、やむなくオレンジにした。

 自分のテーブル席に戻ると、霧雨や博麗達が先に食べていた。

 

「飯食べたらさ、後でお前らも部屋に来いよ!」

 

「おっ、いいんですか?」

 

「あぁ!いいだろ?」

 

「そこのブン屋が何もしなければいいけどね」

 

「反対よ。妖夢はいいけど、そこのは鬱陶しいだけじゃない」

 

「まぁまぁ霊夢さーん。そんなこと言わずに〜」

 

「鬱陶しいわね」

 

 なんか部屋に二人が来ることになった。

 ちょっとこれ大丈夫?部屋に6人いてそのうち5人が女子って大丈夫?

 

「?どうしたんですか、八幡さん」

 

「なんでもねぇよ」

 

 これから起こるだろう面倒ごとに、俺は頭を悩ましながら食事を行う。そんなことを彼女達は梅雨知らず、この食事を楽しんでいた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 食事も終えて、俺達は部屋に戻った。ただし、射命丸と魂魄を連れて、だが。部屋に戻ったら、いつの間にか布団が敷かれていた。霧雨は部屋に入った途端、自分の布団にダイブする。

 

「いてっ」

 

「そりゃベッドじゃないんですから。ダイブしたら痛いに決まってますよ」

 

 今夜と明日の夜、俺は彼女達と共に寝る。なんか言い方が凄いエロいけど、あながち間違いじゃない。

 

「そういえば、八幡さんもこの部屋なんですね」

 

「そうそう。何かやらしいことされないか心配よ」

 

「しねぇよアホ」

 

 んなことしたら一発で檻の中だろうよ。

 

「…手出しちゃダメですからね」

 

「だから出さんって」

 

 魂魄疑いすぎだろ。もうちょっと俺を信用して?これでもちゃんと常識あるから。

 

「今から何する?一応、トランプとかUNOとかあるぜ」

 

「遊ぶ気満々じゃない貴女」

 

「じゃあこれはどうですか?"愛してる…」

 

「よし霧雨、UNO出せ。やるぞ」

 

「そ、そうだな!やっぱ遊ぶっつったらカードゲームだよな!」

 

 霧雨は慌てながらUNOを取り出す。博麗とマーガトロイドはクスクス笑い、射命丸と魂魄はなんのことだか分からずにいた。

 

「何かあったんですか?あの二人」

 

「いや、何も……ふふふ…」

 

 またあんなゲームしたらアイデンティティクライシスを起こしかねない。それにこんなところで愛してるゲームしたら、間違いなく射命丸がネタにするに決まってる。

 

「ほらみんなもやろうぜ!なっ?」

 

「…仕方ないわね」

 

「私、UNOってやったことないんですが…」

 

「マジですか?」

 

 就寝時間前まで、この部屋で彼女達と過ごした。UNO、トランプなどなど、彼女達は遊び、騒いだのだ。就寝時間前になると、魂魄と射命丸は自分の部屋に戻り、俺達は部屋の電気を消して、自分の布団に入った。

 

「…すっげー楽しかったな」

 

「私はとっとと寝たかったんだけどね」

 

「お前もなんだかんだ楽しんでただろ」

 

「永遠に寝たいならさっさと言いなさい」

 

 就寝時間になっても、まだ起きている俺達。修学旅行じゃあ、俺以外のみんなが楽しく話してたなぁ。なんだか涙が。

 

「…私さ、このメンバーが好きだ。霊夢がいて、アリスがいて、ついでに八幡もいて」

 

「八幡ナチュラルについで扱いされたわね」

 

「無様ね」

 

 みんな俺に対してもう少し優しく接してくれてもいい気がするんだけど。慈愛の心がないのかこいつら。

 

「…でも、そうね。個性的過ぎるメンバーだけれど、私はこの空間が一番落ち着くわ」

 

「一人だけ妖怪並みの個性的なやつがいるけどね」

 

 すぐ俺を妖怪妖怪言うのやめない?

 

「でも霊夢ってさ、八幡と話してる時が一番楽しそうな表情してるよな。八幡の話になると、なんか妙にテンションが上がったり」

 

「喧嘩売ってんなら言い値で買ってやるわよ、魔理沙」

 

 どうせあれだろ。俺をいじめるのが楽しいってやつだろ。博麗って結構ドSなところがあると思うんだよな。

 

「八幡はどうだ?私達と一緒にいてさ」

 

 マーガトロイドの言う通り、このメンバーは個性的である。霧雨は猪突猛進のバカ娘だし、博麗は俺に対しておよそ人間のように扱わないし。マーガトロイドが一番まとも説。

 

 …だが。こんなよく分からんメンバーも一緒にいれば。

 

「悪くない、と思う」

 

「…そっか」

 

 人間同士の関係なんて、いつかは途切れる糸のようなものだ。一生繋ぎ止めることの出来る関係なんてありはしない。

 

 だが、俺は。

 

 もう少し、こんな関係が続いてもいいのではないかと、柄にもないことを思ってしまった。

 

 



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今日の彼はおそらく不幸である。

「…んん、ん……」

 

 目を覚ますと、そこは知らない天井……ではなく、旅館の部屋の窓から差し込むような太陽の光はなく、朝であるにも関わらず暗い天気である。

 

 そして。

 

「…んぅ……ん…」

 

「え」

 

 俺のすぐ隣に、霧雨が眠っていたのだ。いや、霧雨が隣で寝ているから間違いではない。そうではなく、自分の布団のスペースから俺の布団のスペースに入り込んできていたのだ。

 しかも今気づいたことがもう一つ。

 

 霧雨にしがみつかれて動けない。

 

 かろうじて顔だけが動かせるのだが、身体全てが霧雨に拘束されているので身動きが取れない。

 寝相が悪いって言っても限度がある。俺の布団のスペースに転がってきて、挙げ句の果てに俺にしがみつく。しかも、霧雨の浴衣がやや着崩れしており、彼女の綺麗な肩が見えてしまっている。

 

 要するに何が言いたいか。

 

「これヤバくない?」

 

 時間的にはもう朝なんだろう。スマホで時間を確認しようと思っても、霧雨が邪魔で使えない。

 

「八幡……」

 

「!?」

 

 唐突に、霧雨から俺の名前が。

 

「UNOって言ってなーい……」

 

 昨日散々UNOしただろ。夢の中でもUNOしてるのかお前。

 しかしどうしたものだろう。博麗に見つかったら終わりだし、霧雨本人が起きても終わり。マーガトロイドがこの状況を冷静に見てくれそうなんだが。

 二度寝ということも思い当たったわけだが、目がすぐ冴えてしまって二度寝出来ない。こうなれば、無理にこの拘束を抜け出すしかない。そう決めた俺は、霧雨が俺を無理矢理拘束している両腕を解き、なんとか抜け出すことが出来た。

 

「…朝から寿命が縮められた」

 

 やっぱり女子と同じ部屋で寝るのはキツい。そんなぐっすりおねんね出来る余裕がない。俺は枕元に置いてあるスマホを持って、部屋から出て行く。

 

「はぁ…」

 

 部屋から出たものの、行く当ては全くない。適当に廊下を歩いていると、とある部屋から彼女が出てくる。

 

「あら、八幡。おはよう」

 

「…十六夜か」

 

 髪を下ろした十六夜が部屋から出てきた。

 

「どうしたの?こんなに早起きするなんて。まだ5時半よ」

 

「…たまには早起きもいいかなって思っただけだ」

 

「ふうん…」

 

 嘘である。後1時間ぐらい寝たかったまである。

 

「ねぇ八幡」

 

「…なんだ?」

 

「今週末、何か予定ある?」

 

 いいか皆の衆。女子の言う「予定ある?」は高確率で面倒事に違いない。荷物持ちとか、そういうの。

 

「ある。アレがアレで忙しいから無理だ」

 

「何一つ情報が入ってこなかったけど。要するに暇ね」

 

 聞けよ人の話。忙しいっつってんだろ耳あんのか。

 

「土日のどちらかでいいわ。また紅魔館にきてくれないかしら」

 

 やっぱり面倒事だった。

 確かにまた紅魔館に行くとは言ったけど、紅魔館に泊まってからまだ3、4週間ぐらいしか経ってない。

 

「フランお嬢様が、八幡に会いたがっているの。ほら、この間フードコートで私とレミリアお嬢様に出会ったでしょう?そのことをフランお嬢様に話したら、"お姉様と咲夜だけズルい!私もお兄様に会いたかった!"と言っていて…」

 

 フランドールは、封獣のように情緒が不安定な人間である。フランドールの暴走を止めて以来、異常に好感度が上がって懐かれてしまった。去る前日なんて、レミリアお嬢様が部屋に来なかったら八幡のハチマンが奪われるとこだった。

 

「ダメかしら?」

 

 もし、今ここで断ってそれがフランドールに伝わったら。フランドールはおそらく行動力に長けている。だから学校に来て拉致るくらいやりかねない。

 何より、俺が出会ったやつらは常識が通用しない。

 

「言っとくけど、泊まりは無しだからな」

 

「…やっぱり、優しいわね。八幡は」

 

 十六夜はそう微笑む。

 これは優しいとかそういうのじゃない。平穏な生活を守り切るために、そうしてるだけだ。誰のためでもない、俺のためだ。

 

「そういえば、これどこ向かってるんだ?」

 

「…さぁ?」

 

 なんとなく十六夜と旅館の廊下を歩いているが、行き先を決めていなかった。

 

「起床時間までまだ時間あるし、エントランス辺りでゆっくり寛がない?」

 

「…おう」

 

 十六夜の提案により、エントランスでゆっくりすることになった。エントランスに向かうと、他の生徒はまだ寝ているのか、受付の人間以外誰もいない。エントランスに設置されているソファに座って、俺達は寛ぎ始める。

 

「…暇ね」

 

「そうだな」

 

 十六夜と特に話すことがない。別に気まずいとかそんなのはないが、話すネタがない以上会話を打ち出す必要はない。

 

「…そういえば、昨日貴方達妙なゲームをしていたわね。確か……"愛してるゲーム"…だったかしら」

 

 何故お前がそのことを掘り下げてくるんだよ。お前ちゃっかり聞いてたのかよ。

 

「…だからなんだ」

 

「どうせ暇だし、私としない?」

 

「絶対嫌だ。もうやりたくねぇよあんなクソゲーは」

 

 カップルでやるならまだしも、クラスメイト同士でやるには少々刺激的なゲームだ。女子同士、あるいは男子同士ならまだ100歩譲って許されるだろう。しかし、男女でこのゲームはアウトだ。

 

 何故なら、かなり恥ずかしい思いをするからである。

 

「確か相手に好意を告げて、辱めた方がいいのよね」

 

「だからやらんって」

 

「八幡」

 

 十六夜は急接近し、俺の耳元で熱い吐息と共に。

 

「愛してるわ」

 

「ッ!」

 

 微塵の遠慮もなく、十六夜はそう囁いた。囁いた十六夜は、してやったりと悪戯っぽく微笑む。対する俺は、嘘だと理解しているのに過剰反応してしまう。

 顔が熱い熱い。

 

「あら、顔が赤いわね。これで私の勝ちってことかしら?」

 

「ざっ、けんな…!不意打ちだろ今の…!」

 

「知ってる?バスの座席、私貴方の後ろだったの。昨日もこんな風に囁かれて、顔を赤くして……本当」

 

 再び十六夜が顔を近づけて。

 

「可愛いわ」

 

「ッッッ!?」

 

 更に顔が熱くなり、とっさに囁かれた耳元を押さえてしまう。

 

「ふふふ…。八幡っていいリアクションするから、いい退屈凌ぎになるのよね」

 

 こいつを見ていると、あの夜のレミリアお嬢様を思い出してしまう。主人に従者が似るとかタチ悪ぃよクソが。

 

「思春期男子の純情な心を弄んで楽しいのかお前…」

 

「なんだか嗜虐心が芽生えそうな程ぐらいは楽しいわよ。八幡の周りには女が沢山いるのに、未だに女慣れしてないのね」

 

「するわけないだろ。そもそも女慣れどころか男慣れすらしていないまである」

 

「それ単なる人見知りじゃない」

 

 それもそうだ。

 だがしかし、別に俺は人見知りではない。初対面で話しかけられるとキョドってしまったりするが、誓ってこれは人見知りではない。俺は誰とも話さないだけで、話せないことはない。OK?

 

「にしてもお前ドS体質だったのな。日常会話で嗜虐心が芽生えるとか今日日聞かねぇぞ」

 

「私よりレミリアお嬢様の方がよっぽどサディストな気がするけど。八幡が紅魔館を去った後、突然お嬢様が"八幡って可愛いわよね"って言っていたわ」

 

「わけ分からん。どこがだよ」

 

「だから私も聞いたの。そうしたら、お嬢様はこう答えたわ」

 

『八幡ってクールぶっているけど、ちょっと耳元で囁くだけで可愛らしい反応するじゃない?あんな反応されてしまうと、もっと彼を虐めたくなるの。彼がどんな声で喘ぐのか、どんな表情で私を見るのか。それを考えるだけで、興奮してしまうわ』

 

「って、恍惚な表情でそう言ってたわ」

 

 やばいやばいやばいやばい。

 確かに初対面からちょっとヤバげな印象はあったんだが、いざ聞いてみたらとんでもない性癖の持ち主だよあのお嬢様。

 

「…俺やっぱり行きたくない。まだ俺死にたくない」

 

「大丈夫よ。流石のレミリアお嬢様も、()()そんなことしないわ」

 

「ってことは将来やられる可能性あんのかよ。怖ぇよ」

 

「うふふ……」

 

 姉妹揃って頭のネジが外れてる。姉は結構なドSだし、妹は重度の依存性だし。

 もうこいつらに常識云々を物申すのはやめよう。頭と胃が痛くなるだけだ。

 

「あれ、八幡さん?」

 

「…お?」

 

 こんな朝早くから、俺達の前に魂魄が現れた。

 

「おはようございます、八幡さん」

 

「おう。早いなお前。まだ今6時過ぎとかだぞ」

 

「普段から早起きなんですよ、私。…えっと、隣の方は…」

 

「八幡と同じクラスの十六夜咲夜よ」

 

「あ、これはどうも。私、C組の魂魄妖夢と申します」

 

 魂魄って誰に対しても礼儀正しい。律儀に挨拶する辺り、教育者の教育が行き届いていることが窺える。

 

「良ければ、私も相席してよろしいですか?」

 

「えぇ、別に構わないわよ」

 

「では失礼して」

 

 魂魄は俺の隣に腰をかける。

 あのですね、俺の両サイドに女子が座っているのは結構心臓に悪いんですよ。両手に華とは正にこのことか。

 アホらしい。どこのラブコメだこれは。

 

「にしても本当に早起きだな。普段からっつってたが、早起きして何してるんだ?」

 

「朝食の準備と、後個人的に特訓を少々」

 

「特訓?」

 

「私、剣道部に在籍してるんです。そのための特訓です」

 

「ふうん…」

 

 それで朝早く起きるなら納得。

 魂魄は努力家の一言に尽きる。休日も、空いてる時間があれば竹刀を振っていそうだ。

 

「私は部活動に打ち込む時間はないからね。館の掃除や夕食の準備だってしなきゃならないし」

 

「十六夜さんは、バイトでハウスキーパーなどを?」

 

「咲夜でいいわよ。バイトというか、そういう役割って言うのかしら。私、紅魔館でメイドやってるの」

 

「私も似たようなことをしているんです。白玉楼(はくぎょくろう)の庭師を務めています」

 

 庭師ということは、おそらくではあるが魂魄の家は相当大きいと予想する。というか、俺の周りがデカい家持っているから、流れ的にそうかなって思っただけなんだが。

 

「庭師って、結構大変じゃないの?毎日の手入れとか…」

 

「いえいえ、慣れればなんともないですよ」

 

 しかしこの二人、とんだ社畜の精神っぷりを見せている。俺なら一日どころか1時間でギブアップする。

 

「まぁ少なくとも、八幡には無理な仕事量ね」

 

「?どういう意味ですか?」

 

「私より体力がないもの。まぁ長年館のメイドを務めているから勝手に体力は付いているものだけど。そもそも彼、働いたら負けだなんて言っているし」

 

「八幡さん…」

 

「バカお前。今の世の中、働いた内容や時間の割には給料が合わないとかあるだろ。そんなブラック会社に騙されないために働かず、俺は専業主夫を目指しているんだよ。だからその呆れた表情やめて?」

 

 働いたら負けだなんてセリフはないが、働いたら勝ちだなんてセリフだってない。逆説的に考えて、俺の考えは決して間違いではない。

 

 誰か養ってくれねぇかな。

 

「まぁ、貴方のような人間を養いたいって物好きも世の中にはいるだろうけどね。見つけられる確率はかなり低いけど」

 

「う…」

 

「それってもう普通に就職した方が早くないですか?」

 

「ぐ…」

 

 そんな両サイドから夢を壊すようなこと言わないでくれる?夢見させて?もう少しだけでいいから夢を見させて?

 

「で、でも…」

 

「ん?」

 

「…もし、就職するところがなくて困ったら……白玉楼で雇ってもいいですよ?」

 

 何?何そのよく分からん表情は。なんでちょっと恥じらってるのん?今のどこに恥じらう要素あったのん?

 

「お、おう……まぁ最悪そうさせてもらおうかな…」

 

 早くも就職先の候補を一つゲットしてしまった。

 いやまぁ勿論、専業主夫を目指しますけど?この夢は揺らぎませんけどね?

 

「はいっ!待ってます!」

 

 何これ可愛い。めっちゃいい笑顔。

 

「…そういうこと」

 

「ん、何が?」

 

「いいえ。貴方って、本当どうしようもない人間ね。いつか四方八方から刺されても知らないわよ」

 

「何その怖ぇ忠告は」

 

 俺いつか刺されるの?俺結構人畜無害な人生を送ってきたのに。助けて小町。

 

「そろそろ起床時間ですね…。制服に着替えるので、私部屋に戻ります」

 

「もうそんな時間か」

 

「私達も一旦戻りましょうか」

 

 そうして俺達は別れ、各々の部屋へと戻って行った。俺は自分の部屋をゆっくり開けると。

 

「戻って来たのね、八幡」

 

「あんた一体どこ行ってたのよ」

 

 マーガトロイドと博麗が起床しており、二人は布団を畳んでいた。

 

「…気分転換にエントランスで過ごしていただけだ」

 

 スリッパを脱いで部屋に入り、俺も布団を片付け始めた。しかし、俺達が布団を片付ける一方で、霧雨は。

 

「…Z……Z……Z…」

 

「これ本当に寝てんのか?」

 

 寝言でZって言うやつ初めて見たんだけど。

 

「魔理沙、起きなさい」

 

 マーガトロイドが優しく叩いて起こそうとするが、全く目覚める気配がしない。

 

「…ったく、ぐーすか寝てんじゃないわよ」

 

 博麗は鞄から、大幣(おおぬさ)を取り出す。

 

「…なんでそんなの持ってきているの?」

 

「妖怪に襲われた時用よ。寝込みを襲われないとは限らないからね」

 

 準備万端なことで。

 ところで、その言葉は俺に言ってるわけじゃないよね?なんかこっち見ながら言ってたけど、俺を退治する用の大幣じゃないよね?

 

「起きなさい」

 

 博麗は遠慮なく、霧雨の額に大幣を勢いよく振るう。額が叩かれた音が部屋に響く。

 

「いってえ!?」

 

 霧雨は悲痛な声を上げて、額を抑える。

 

「いったたた……何すんだよ霊夢!」

 

「あんたが爆睡するのが悪いんでしょ。さっさと起きなさい」

 

「だからって叩くことはねーだろ…」

 

 霧雨は額を抑えながら、洗面所へと歩いていく。

 

「じゃあ次は八幡ね」

 

「ちょっと待て。俺お前に何もしてねぇ」

 

「何かされてからじゃ遅いからね。やられる前にやるのよ。さぁ覚悟しなさい」

 

「その理屈はおかしい」

 

 今日もいつも通りの横暴っぷりですねありがとうございます。調子がいいですね博麗さん。

 

「八幡。もうそろそろエントランスで朝食のお弁当が配布されるだろうから、取りに行ってくれないかしら?その間に私達制服に着替えたいし」

 

 そういえばこいつらと同じ部屋で寝泊まりしてたんだったわ。男子同士、あるいは女子同士なら何の気無しに着替えることが出来ただろうけど、流石にJKの着替えシーンに居合わせるわけにはいかないよな。

 

「…了解」

 

 布団を畳み終えた俺は、再び部屋を出てエントランスへと向かう。エントランスに向かうと先程までいなかった先生達が弁当を配布している。弁当を貰うために、稗田先生に話しかける。

 

「先生、弁当貰いに来ました」

 

「おはようございます、比企谷くん。何もしていませんよね?」

 

「するわけないでしょ…」

 

 そこまで非常識な人間じゃないよ俺。一応ちゃんとした常識は持ってるつもりだから。

 

「では8時に、またこのエントランスに来てください。それまでは、自由時間です」

 

「うっす」

 

 俺は稗田先生から弁当を貰って、さっさと部屋に戻った。部屋に戻り、ドアを開けると。

 

「あ」

 

 ドアを開いた先に見えた光景は、彼女達の下着姿であった。3人共々、顔を赤面させて、そして。

 

「このエロ妖怪がぁッ!!」

 

 博麗が枕を手に取って、俺に投げつけた。両手が塞がっている俺には防ぐ術もなく、顔面に直撃。

 

「ぐぇっ」

 

 やるじゃん、ラブコメの神様。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 私は今、3人の女子に見下されながら正座しています。

 

「いよいよこいつを祓う理由が出来たわ」

 

「ちょっと待て。あれは不可抗力だ」

 

「言い訳していいと思ってるの?ん?」

 

 怖い怖い博麗怖い。今にも俺を殺しそうな目してる………のはいつものことだけども、普段より殺意マシマシだ。

 

「あーあ、私達の下着見たからにはただじゃ済まないぜ?ちゃんと責任取れよな」

 

「…そうね。故意ではないとはいえ、下着を見たことに変わりはないし」

 

 んー四面楚歌。これはもう言い逃れも言い訳も何も出来ねぇや。

 

「じゃあこんなのはどうだ?一人一つ、八幡になんでも命令出来るってのは?」

 

「え」

 

「魔理沙、あんたたまにはいい知恵働かせるわね」

 

「ちょ」

 

「いいわねそれ。面白そう」

 

「ま」

 

「楽しみね。あんたにどんな命令してやろうかしら」

 

 ダメだこいつら。人の話を全く聞こうとしねぇ。

 いや、確かに不用意に部屋に入ったのは俺が悪いよ?けど、ちょっとこれはやり過ぎじゃない?死ねとかいう命令だったらどうしよう。

 

「乙女の下着を見た罪は重いのよ、八幡」

 

「覚悟するんだぜっ!」

 

 もうどうにでもなれクソッタレが。生命に関わること以外だったらなんだってやってやる。自称パシられ検定1級の俺の従順っぷりを見せてやろうではないか。

 

「私はもう決まってるわ」

 

「頼むから死ねとかは無しだぞ」

 

「退治されたいなら遠慮なくするけど?」

 

 博麗がなんかウキウキしてるんだけど。俺にそんな命令をするのが楽しみなの?

 

「合宿が終わってからの1週間、あんた私の下僕ね。家事掃除荷物持ちエトセトラ、私の神社に来てやってもらうわよ」

 

「ちょっと待て。それはセコくね?」

 

 下僕ってことは、1週間こいつの命令に従わなければならない。本来、なんでも一つのはずなのに。

 

「は?あんた私に意見出来る立場なの?」

 

「や、そうじゃないけども…」

 

「私の命令は、あんたに1週間下僕になれって言ってんの。一応ルールは破っていない。下僕になってからの命令は、無効よ」

 

 巫女がこんなセコいことしていいのだろうか。いや、まぁ確かにルールは破ってはいないけどさ。

 

「…ならせめて、今週の土日のどっちかは休みにしてくれないか?俺予定入ったんだけど」

 

「は?あんたに予定があるわけないでしょ」

 

「バカお前俺にだって予定ぐらいあんだよ」

 

「じゃあその予定を聞かせなさいよ」

 

「…紅魔館に、お呼ばれしました」

 

 今朝の十六夜からの招待。行くって言ってしまった以上、断るのは申し訳ない。

 

「…チッ。じゃあどっちに行くか分かったら連絡しなさい。1日ズラすから」

 

「へぇ、優しいじゃない霊夢。貴女のことだから"そんな誘いさっさと断りなさい"ぐらい言いそうなのに」

 

「…単なる気まぐれよ。とにかく、合宿が終わればあんたは私の奴隷。分かったわね?」

 

「…分かったよ」

 

 いいかお前達。JKの下着姿を見るという行為は、それほどの罪の重さを意味している。もし不可抗力で見てしまった場合、土下座だけでは済まないと思うことだ。

 

「いいなぁ。私もそういう命令にしよっかなぁ〜」

 

「待て待て。博麗で手一杯なんだ。その手の命令は無しにしてくれ」

 

 もし博麗と同じ命令をされようものなら、俺の学校生活が破綻する。いや、既に紅魔館の件以来から若干破綻しつつあるんだけど。

 

「私も八幡に何をお願いしようかしら」

 

 まだマーガトロイドは望みがある。この3人の中で、おそらく常識人だろうから。

 

「最近人形を造っていなかったし、()()()人形を作ろうかしら」

 

 前言撤回。

 なんてサイコパスなんだこいつ。普段と変わらない表情でとんでもないこと言ってきやがった。

 

「まぁ冗談だけれど。ふふ」

 

「おっかねぇ冗談だな」

 

 これからどう関わっていいか分からなくなったぞ一瞬。あー怖かった。

 

「まぁ今すぐ何かして欲しいってことはないし、また後々にね」

 

「私も八幡に何命令するか考えとくぜ!」

 

 なんならそのまま忘れてくれると助かる。こういうのって幻想殺し(イマジンブレイカー)の上条さんの役目だと思うんだよ。俺に不幸なんて与えてどうすんの。右腕で異能が消せるのん?

 

 そんな憂鬱な気分になりながら、今日も一日頑張りました。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 授業も終えて、再びこの旅館の売りである大浴場を貸し切りで満喫した。女子達より先に早めに上がった俺は、エントランスにある自動販売機で缶コーヒーでも買おうとしたそんな時。

 

「八幡、ちょっといいかい?」

 

 珍しく、火焔猫が俺に話しかけてきた。しかしその様子はおよそ、久しぶりに話すような表情ではなく、何やら焦っているようだった。

 

「お空を見ていないかい?」

 

「霊烏路?見てないけど。…何かあったのか?」

 

「…さっきからお空を探してるんだけど、見つからなくてさ」

 

「風呂入ってるとかじゃねぇのか?」

 

「それはないよ。あたい、消しゴムを買い替えようと思ってコンビニに行こうとしたんだけどさ。お空が代わりに行ってくるって言って出て行ってしまったんだ」

 

「ならコンビニじゃねぇの?」

 

「だと思ってあたいもさっき行ったんだ。けどお空はコンビニにいなかったし、店員に聞いたら店から消しゴム買って出て行ったって。入れ違いならすぐ気づくはずなんだ…」

 

 火焔猫の表情が段々と青ざめていく。コンビニに彼女の姿はなく、入れ違いになったわけでもない。店員曰く、コンビニからは出て行ったとのこと。

 であるなら霊烏路は、失踪したということになる。

 

「…あいつに連絡は」

 

「こういう時に限って、お空のやつケータイを充電していたんだよ」

 

 …これ、結構まずいかもな。

 

 この旅館の周りは自然に囲まれている。近くには手入れされていない森だってある。旅館からコンビニはそこまで離れているわけではないのだが、霊烏路がコンビニを出て旅館に帰ってきてないとなると。

 

 その手入れされていない森に入り込んだ可能性がある。なんで森に入ったのかは分からないが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「もしかしたら、お空に何かあったのかも……。お空がいなくなったら、あたい…」

 

「…火焔猫、今すぐ先生呼んで事情説明しろ。こういう時は大人の力がいるかも知れないからな」

 

 最悪、捜索願を出さなきゃならんくなる。

 

「わ、分かった!」

 

 火焔猫は先生達の部屋に向かい、走って行く。そんな彼女の後ろ姿を見送った俺は、旅館の出口に向かって外に出る。

 

「最悪だな」

 

 外は暗く、そして強い雨が降っている。そんな荒れた天気を目の当たりにした俺は、思わず呆れ笑ってしまう。

 

「生きて帰れたらいいな…」

 

 そんな縁起でもないことを呟き、俺は闇夜の雨の中を走って霊烏路を探しに向かった。

 

 



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ラブコメに、危険はつきものである。

「強くなってきたな」

 

 豪雨と言っても過言ではないレベルの雨が降り注ぐ。そんな中、俺は行方不明になった霊烏路を探し始めていた。

 闇雲に探しても見つからない。とりあえず一旦、旅館の近くにあるコンビニに向かうことにする。そこから、霊烏路が行きそうな道筋を予測する。

 

「…分からん」

 

 コンビニに到着したのだが、どう考えても迷わない道のりだったのだ。火焔猫曰く、霊烏路は究極の鳥頭だと言っていたのだが。

 まさか極度の方向音痴ってわけじゃねぇよな。原作でも、流石の雪ノ下でさえここまで酷くないぞ。

 

 …誰だ雪ノ下。

 

 コンビニの周りには、手入れされていない森と、俺達がバスで通ってきたやや険しい道路しかない。だから霊烏路が行くとするなら、森かバスで通ってきた道路だ。道路なら走って行けば追いつけるが、森の中なら捜索に時間がかかる。どちらか片方に時間を費やせば、その分霊烏路を見失う可能性が高くなる。

 故に、どちらかを選ぶしかないのだ。

 

「…クソッタレ」

 

 俺はとある事象を頼りに、森の中へと入って行く。

 何故森の中を選んだのかというと、ラブコメでそこそこありがちな舞台だからだ。主人公が森の中に迷い込んだヒロインを探すというシーンを、咄嗟に思い出したのだ。

 正直、これは賭けでしかない。ただ頼れるものがない以上、そういう架空の事象ですら必要な情報になるのだ。覚悟を決めた俺は、森の中へと入って行った。

 

 俺はスマホのライトを頼りに、霊烏路を探し始めた。しかし、雨のせいで森の中の地面がぬかるんでいて、異常に歩きにくい。

 

「霊烏路!どこだ!」

 

 俺は霊烏路の名前を呼ぶも、すぐに強い雨音でかき消される。だが俺は、繰り返し彼女の名前を呼び続けた。それでも、霊烏路の返事が聞こえないどころか、姿すら見えない。

 元々このバカ広い森の中を探すということ自体が無謀だった。大人しく救助隊を待てばいい話なのに。

 

「…馬鹿げてやがる」

 

 俺は更に森の奥へと足を踏み入れる。奥へ奥へ行く度に、退路を見失うような錯覚を起こす。フィクションの世界みたいに、通った道に何かしらの印を付けている暇はない。

 

「霊烏路!聞こえたら返事しろ!」

 

 俺が今出来るのは、彼女の名前を呼び続けることだけである。

 消しゴム買うだけで、なんでこんなわけ分からんところ入るんだよクソッタレが。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あーさっぱりしたぜー!」

 

「今日でこの大浴場で過ごす時間が最後だと思うと、なんだか名残惜しいわね」

 

 私達3人は、大浴場で疲れを癒した。浴衣に着替えて、自分達の部屋に戻ろうとするが。

 

「あれ、鍵開いてない」

 

 部屋の鍵が閉まったままだった。

 このドアはオートロック式で、内側からでしかドアを開けることが出来ない。

 

「さっさと開けなさい八幡。今なら半殺しで許してあげるわ」

 

 しかし、ドアの向こう側からは何の返事もない。

 

「まさか、寝てるのかしら?」

 

「なわけないでしょ。魔理沙じゃあるまいし」

 

 そもそも、風呂上がりにすぐ寝付くことが出来るほど疲れたことはしていない。たかだか長時間の授業を行なっただけ。

 

「もしかしたら、エントランスにいるのかも知れないぜ」

 

 八幡の人格なら、部屋に戻らないならその旨を私達の誰かに伝えるはず。変なとこで義理堅いとこあるし。

 

「とりあえず、電話してみるわ。あのバカがどこにいるか確認しないと」

 

 私はスマホを操作して、八幡に電話をかける。

 

『も……も…し…?』

 

 八幡は電話にすぐに出たが、何やら様子がおかしい。変に息は荒々しいし、八幡の周りが騒々しいせいで、ちゃんと聞き取ることが出来ない。

 

「…あんた今どこにいるの?ルームキーなかったら部屋に入れないんだけど」

 

『…りぃ…。すぐ……えれなさそう…わ』

 

「すぐ帰れないって、あんた本当どこにいるのっ…」

 

 すると、八幡からの通話が切れた。居場所確認すら出来ず、何のことだか分からずじまいだ。

 

「…どうしたの、霊夢?」

 

 変に息か荒く、そして周りが異様にうるさかった。あれは環境音、つまり雨音だ。

 ということは、八幡はなんらかの理由で外出していることになる。

 

「八幡はいるかい!?」

 

 そう考え込んでいると、同じクラスの火焔猫燐が焦った表情でこちらに走ってきた。

 

「八幡ならいないぞ?」

 

「何かあったの?」

 

「は、八幡がいないんだ!旅館の中探してもらってるけど、八幡()いなくなったんだ!」

 

 この女の言い方に、少し引っかかった。八幡()いなくなった?

 

「八幡は今、外にいるらしいけど」

 

「やっぱりか…!」

 

「?さっきからなんの話か全く分かんねえけど。どうしたんだ?」

 

「…お空が外に出て行ったまま帰って来なくなって…」

 

「!まさか、あのバカ…!」

 

 私は今の一言で全てを理解した。

 火焔猫燐が何故焦っているのか。何故八幡が見当たらないのか。

 

「何か分かったのか?」

 

「…八幡、多分そのお空とかいう女を探しに外に出てる。経緯は分からないけど、旅館にいないのはそのためよ」

 

「う…嘘だろ…?」

 

「確かに、八幡って変に他人に優しいからね。それぐらい、一人でやりかねないわ」

 

 自分一人で勝手に出て行って勝手に解決しようとするところが、あいつらしい人格だ。別にあいつがどうなろうが知ったことじゃないし、一人で勝手にするなら私は止めたりしない。

 

 しかし、連絡の一つも寄越さないのが気に食わない。報連相を知らないのかしらあいつは。

 

「急いで探しに行かねえと!」

 

「待ちなさい。あんたまで探しに行ってどうすんのよ。ミイラ取りがミイラになるだけ」

 

「けど!」

 

「大人しく待ちなさいって言ってるの。私達が何か出来るほど、世の中そんなに甘くないわよ」

 

 こんな山の中に警察や救助隊が来ることは期待出来ない。来たとしても明日の朝辺りだろう。それまでは、私達が待つしかない。

 

 帰って来たら、一発ぶん殴っても構わないわよね。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 しばらく探していても、霊烏路が見つかる気配がしない。ただただ森の奥へと進んで行くだけ。引き返そうにも、もはや来た道が分からない。

 スマホの充電ももう残り少ない。ライトを常時点灯しており、更にさっき博麗と電話したことでだいぶ減少している。

 

「…す…けて……」

 

「ッ!」

 

 微かではあるが、霊烏路の声が聞こえた気がする。雨に紛れて聞き取りにくかったが、間違いなく霊烏路の声だった。これが幻聴だったのなら、絶望してしまうだろう。

 

「霊烏路!どこにいる!!」

 

「だ…れ…?た……け…て…」

 

「こっちか!」

 

 雨に紛れるが、さっきより若干聞き取りやすくなった。俺は声がした方角に、走っていく。ぬかるんでいる地面でとても走りづらいが、不恰好ながら走って行く。

 

 木々を潜って走って行くと、全身濡れた姿で三角座りしている霊烏路を見つけた。

 

「…やっと見つけた…」

 

「…八幡……」

 

 スマホのライトを照らすと、間違いなく霊烏路空である。ようやく見つけることが出来た。

 

「八幡……八幡っ!」

 

 彼女はすぐに俺にしがみつき、胸の中で泣き始める。

 

「怖かった……怖かったよぉ……」

 

「…そうか」

 

 いくら高校生だからとはいえ、こんな見知らぬ暗い森の中で一人でいるのは怖いことこの上ないだろう。

 

「お燐やさとり様達に会えないんじゃないかって…怖かった……!」

 

「…とりあえず、あれだ。お前はもう一人じゃない。俺がいる。だから泣きやめ」

 

 後、霊烏路さんの発育されたあれがむにゅむにゅ当たるからそろそろやめて欲しい。

 

「……うん…」

 

 霊烏路は顔を上げて、目を擦って涙を拭き取る。

 

「…それじゃ、帰るぞ。俺もこんなとこさっさと抜け出したい」

 

「う、うん……いたっ!」

 

 すると、霊烏路は左足首を押さえる。

 

「…痛めたのか?」

 

「ちょっとだけ」

 

「…仕方ねぇな」

 

 俺は屈んで、おんぶの体勢になる。

 

「早よ乗れ。足が痛いままぬかるんだ地面を歩く気かお前」

 

「…ありがとう。八幡っ」

 

 霊烏路は俺の背中に体重を預けて、俺は霊烏路をおぶる。そこそこ背が高いというのに、体重が軽い。背中にメロンがむにゅむにゅ当たるのにも関わらず軽いとは。

 

「…霊烏路、俺のスマホ持って足元を照らしてくれ。それか前」

 

「分かったっ」

 

 霊烏路はスマホを掲げて照らす。そして俺は転ばないように、ゆっくりと歩いて帰る。

 

「…八幡」

 

「…なんだ」

 

「怖かった。二度とお燐達に会えないじゃないかって。寂しくて、暗くて……怖かった…」

 

「…そうか」

 

「でも、八幡が来てくれた。八幡は私の王子様だよ。絵本の中にいる王子様」

 

「…そんなにいいもんじゃねぇよ」

 

 俺に王子様役は似合わない。せいぜい似合うとするなら、王子様の道に現れる小悪党役ぐらいだろう。そこまで美化される謂れはない。

 

「ううん、そんなことない。私が怖かった時に、八幡が助けに来てくれたもん。…へっくちゅ」

 

 霊烏路は可愛らしいくしゃみをした。それと同時に、彼女のしがみつく力が強くなる。

 

「…風邪引いたか」

 

「分かんない。さっきからずっと寒気がする」

 

 ずっと雨に打たれていたんだ。風邪を引いてもおかしくはない。何か羽織れるものを貸してやりたいのは山々だが、生憎そんなものを持ち合わせていない。

 

「…悪いな。何か羽織れるもん持ってねぇ。我慢してくれ」

 

「ううん。八幡の身体、ちょっと暖かいから」

 

「そ、そうか…」

 

 霊烏路のしがみつく力が強くなるほど、背中にかかるおっぱいの圧力が強くなるんだけど。なんだかんだこんなこと考える辺り、俺はまだ余裕なんだろうか。

 

「…にしても、歩いても歩いても帰り道が分からねぇとはな…」

 

 そう難儀に思っていると、遠くから雷の音が聞こえてきた。このままさっさと抜け出さないと、ガチで危ない。極端な話、死ぬかも知れない。

 しかもそこに追い討ちをかけるように、足元を照らしていた光が消えてしまう。

 

「…充電が切れちゃった」

 

「まずいな…」

 

 なんで勉強合宿に来てサバイバルもどきをしなきゃならないんだ。

 光が消えたことで一気に不安になったのか、霊烏路のしがみつく力が更に強くなる。

 

「怖いよぉ…」

 

 精神的にだいぶ不安定になってる。頼みの光も消えて、ここからは全神経使わないと帰れない状況に陥った。

 

「…霊烏路、目閉じとけ。今度目開ける時は、旅館に着いた時だ」

 

「わ、分かった…」

 

 目を閉じることで、とりあえず不安を取り除く。見えないことが何も不安になる材料とは限らない。怖い時には目を閉じる。よくあることだ。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 俺は暗闇の森の中を、地面に気をつけて歩いて行く。右へ左へ、どこに向かっているか自分でも分からなくなる。まるで荒野を彷徨うよう。そんな中、霊烏路を抱えながら歩く体力の消費はバカにならない。

 

 これでもまだ歩けるのは、自転車通学だったからだ。そうでもなかったらろくすっぽ歩けねぇよ。

 

「…まだ…?」

 

「…もう少しだ。だから怖がるな」

 

 俺は彼女を安心させるために嘘をついた。実のところ、もう少しかどうか分からない。もしかしたら、出口とは違う方向に歩いているのかも知れない。

 しかし、こんな嘘を言わないとやってられない。嘘だろうがなんだろうが、あらゆる手段でこいつを安心させなきゃならない。

 

 俺は途方もない道を歩いた。歩いて歩いて歩きまくった。身体が固まるように冷えて、下半身の負荷もそろそろ限界に近くなってきた。

 これまでか……と思ったその時、目の前には微かな光が見えた。

 

「…おい霊烏路。あれって…」

 

「な、何…?……って、あ!も、戻ってきた!」

 

 微かな光の先には、先程寄ったコンビニが一店。間違いなく、俺達は戻って来たのだと確信した。

 

「…ここまで来れば、旅館はもう目と鼻の先だ」

 

「うんっ!」

 

 俺達は険しい道を歩き続け、ようやくアスファルトの地に足を付けた。そのまま、俺達は旅館まで歩いて行く。コンビニから旅館までの道のりはそこまで長くはなく、数分も歩けば到着する距離だ。

 

 限界に来た足を、なんとか旅館に辿り着くまで力を振り絞った。

 そして。

 

「…着いた」

 

「戻って来た……戻って来たんだね!」

 

「あぁ…」

 

 俺達は旅館の自動ドアを潜ると、エントランスには火焔猫を始め、先生や博麗、霧雨などといった一部の生徒が集まっていた。

 

「お空!それに八幡!」

 

「お燐……」

 

 俺は彼女を下ろす。と同時に、火焔猫は霊烏路を抱きしめる。

 

「良かった……本っ当に良かったよ…!」

 

「お燐…お燐……うわああぁぁぁん!」

 

 彼女達は互いが互いの身体を抱きしめて、号泣し始める。そんな彼女達を横目に見て、俺は稗田先生の前に行く。

 

「…霊烏路さんと比企谷くんが無事で何よりです。が、今後はこういう危ない行動は独断で動かないこと。…いいですね?」

 

「…はい……すんませんでした」

 

 俺は稗田先生に頭を下げる。

 

「…とりあえず、身体が冷えているでしょう。お風呂に入って、その冷え切った身体を温めなさい」

 

「…うっす」

 

 俺は重い足取りで、浴衣を取りに行くために部屋へと戻ろうとした。しかし、その道を遮るように、博麗と霧雨、マーガトロイドに魂魄、射命丸や十六夜が待ち構えていた。

 

「……通れねぇんだけど」

 

 博麗は無言でこちらに歩み寄ってくる。何を言うのかと思いきや、博麗は右手を大きく振って、俺の頬を引っ叩いた。乾いた音がエントランスに響き、俺は叩かれた頬を押さえる。

 

「あんたね、報連相って言葉を知らないわけ?いくら私達が湯船に浸かってる間だからって、なんの連絡もないって何?」

 

「…別に、いいだろ。するまでもなかった。それだけだ」

 

「誰かを頼れみたいな教師精神溢れたセリフは言わない。私だって、一人で出来ることがあるならそうすることもあるから。……だけど、何の連絡もしないのは違うでしょ」

 

 博麗の声が、少し震えていた。俺は彼女の表情を窺うと。

 

「…ッ!」

 

 下唇を軽く噛み、涙を堪えていた。同時に、俺を鋭く睨みつけている。

 

「…霊夢こんな口だけどさ、霊夢も私達も、みんな八幡のことも心配だったんだぜ。私なんて、霊夢が止めてなけりゃ探しに出たぐらいだしな」

 

「無茶し過ぎなのよ。貴方まで行方不明になってたらどうするつもりだったの」

 

 霧雨は俺を心配する素振りを見せ、マーガトロイドは窘める言い方をする。

 

「…八幡さんの、人を助ける自己犠牲の精神は素晴らしいものだと思います。…でも私個人としては、もう二度とこんなことして欲しくないです」

 

「そうね。フランお嬢様の時といい、貴方って時々無謀な行動すること多いから。…あまり人に心配をかけるものじゃないわよ」

 

「霊夢さん達から話を聞いた時は、内心ヒヤヒヤしました。八幡さんがここまでする人だとは、ちょっと意外でしたよ」

 

 魂魄も十六夜も射命丸も、こいつらは俺を心配、あるいは窘めるような言葉を言う。

 

 確かに、こいつらの言うことが正しい。間違っていないし、綺麗な正論である。だが、警察が来るのを悠長に待つことは出来ない。

 あんな暗い森の中に、霊烏路は一人でいたんだ。彼女を早期発見することが、その時必要な行動だった。それが自己犠牲だろうが自己満足だろうが関係ない。

 

 動けるから動いた。それだけだ。

 

「…さっさと風呂入りなさいよ。…ばか」

 

「…そうするわ。寒い」

 

 俺は彼女達の横を通り過ぎ、自分の部屋に戻って浴衣を取りに向かった。そして、浴衣を回収した俺は、もう一度大浴場へと足を運んだ。

 

 本日2度目の、お風呂である。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「何も叩くことはなかったんじゃない?」

 

「…うるさい」

 

 私は八幡の頬を思い切り叩いた。今まで大幣で誰かを叩いてきたことはあったけど、誰かの頬を掌で思い切り叩いたことは一度もなかった。

 

 叩いてやりたかった。叩かなきゃ気が済まなかった。

 

 あいつは、自分のことをなんとも思っていない。自己犠牲なんて綺麗な言葉で括れるような優しいものじゃない。

 

『別に、いいだろ。するまでもなかった』

 

 あの言葉は、私達を信頼していない、あるいは私達を巻き込まないようにするという、二つの意味のどちらかが含まれている。

 

 あいつの人格なら、私達を巻き込ませないという意味を含めていたのかも知れない。結構一人で抱え込むタイプだから。封獣ぬえへの対応がいい例だ。

 もし八幡が私達に伝えていたら、私達、特に正義感の強い魔理沙は必ず動くと踏んでいたのかも知れない。

 

 逆に私達を信頼していないなら、それはそれで腹が立つ。もしかしたら、私達を頼る必要がない、別に自分だけで事足りる、という意味が含まれていたのかも知れない。

 

 どっちにせよ、叩かなきゃ気が済まなかった。八幡がいなかっただけで、私の心がここまでざわつくなんて思わなかったのだ。このざわつきが、一体何を表しているのかは分からない。

 

 けれど、言えることが一つある。

 

 八幡が無事で帰ってきたのを見ると、私は少し安堵した。

 何故、私は安堵したのだろう。八幡がいないから不安だったのか?彼が無事かどうか、心配だったのか?

 

 あんなロクでなしを、私が?

 

「…わけ分かんない」

 

 八幡のせいで、なんだか情緒が若干不安定だった。合宿が終わったら、気が済むまでこき使ってやるんだから。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ゆっくり風呂に浸かった俺は、体操服ではなく、浴衣に着替えて、部屋に向かっている。

 

「…誰かにビンタされんのって、初めてだったな」

 

 両親にも打たれたことないのに!っていう返しをしたら、多分すごい冷たいレーザーポインターを浴びせられそうで怖かったからやめたけど。

 

 そんな下らないことを考えながら歩いていると、自分の部屋に到着。俺を待ち伏せしていたのか、博麗は部屋の前に立っていた。

 

「…何?」

 

「…これからは、ちゃんと連絡して。私でも魔理沙でもアリスでもいい。こういうことがあったら、必ず」

 

 彼女の表情は、真剣そのもの。普段のように気怠げな様子ではなく、真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 

「…まぁこんなことが二度あるとは思えんけど。…覚えとく」

 

「ダメ。覚えておくじゃダメ。ちゃんとするって言って。あんたの場合、それではぐらかすでしょ」

 

 別にはぐらかしてるつもりはないんだけど。

 

「…分かったよ」

 

「破ったら、またあんたに罰ゲームくらわせてやるから。一週間下僕よりもキッツイやつくらわせるから」

 

「そりゃ怖い」

 

 あれ以上の罰ゲームってなんなんだよ。紐なしバンジーでもさせられんのか。死ぬじゃねぇか。

 

「…話はそれだけだから」

 

 博麗はルームキーを差し込んで、鍵を開ける。中に入ると、霧雨とマーガトロイドの二人が布団の上で話していた。

 

「戻ったのね、八幡」

 

「なんかさっきは悪かったな。説教みたいで」

 

「…別に謝る必要はねぇよ。お前らが言ってること、間違っちゃいねぇし」

 

 俺は敷かれた布団の上に横たわる。布団の上に寝転ぶだけで、一日の疲れが布団に移っていくような錯覚が起きる。

 

「…はあああぁぁぁ……」

 

「うっさいわね。おっさんみたいな声出さないでくれる?」

 

「おっさん言うな。まだピカピカの高校一年生だぞ」

 

「おーい、おっさん!」

 

「霧雨まで乗ってくんな」

 

「じゃあおじさまかしら」

 

「何お前ら。唐突に謎の結束力見せつけてなんなの?」

 

 この3人マジ腐れ縁だけあって息ぴったりなのな。俺からしたら悪夢のようなメンバーなんだけども。

 

「ねぇおっさん、金貸して?私、今お金に困ってるのよね。代わりにあんたをあらゆる限りの罵倒で罵ってあげるから」

 

「そんな特殊なプレイは望んでないし、なんでお前に金やらにゃいかんのだ」

 

「ケチね」

 

 ドMなおっさんならこういうプレイも許容範囲……なのか?いやはや、世界は広いなぁ。

 

「なぁなぁそこのおっさん!私と遊ぼうぜ!」

 

「さっきからそのノリなんなの?」

 

「ノリ悪いな〜」

 

 ていうか、それリアルにやらないでね?特に博麗の場合、金をもらうというか、金をひったくりそうだから。そうなる前に、博麗にひったくり撲滅ソングでもおすすめしてやろう。

 

「…明日には帰るのよね。いい旅館だったわ」

 

「もうちょっとこの旅館でゆっくりしたかったけどな〜」

 

「私は別に終わって構わないわよ。さっさと帰りたいし、合宿が終われば神社に無償で働く下僕がやってくるんだから」

 

「お前本当いい性格してるよな」

 

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ」

 

「ディスってんだよクソが」

 

 俺の平穏はいつになったらやってくるんだろう。生徒会、紅魔館、命蓮寺、勉強合宿。個人的にこれだけの出来事が短期間で起こっている。神は俺を見放したのだろうか。

 

 しばらく彼女達とゆっくりしていると、誰かがドアをノックする。

 

「火焔猫だけど。少しいいかい?」

 

 どうやら来客したのは、火焔猫のようだ。マーガトロイドが立ち上がり、ドアを開ける。開けた先には、火焔猫と、その火焔猫の肩を借りて立っている霊烏路がいた。

 

「悪いね。こんな時間に…」

 

「それはいいけど……どうしたの?」

 

「八幡にさ、ちょっと話があったから。いいかい?」

 

「…分かったわ。上がって」

 

「邪魔するよ」

 

 二人は部屋に上がってくる。肩を借りて歩く霊烏路は、ゆっくりとその場に座る。

 

「…足、痛むのか?」

 

「うん。さっきせんせーに早急処理?されたんだけど」

 

「応急処置でしょ。バカじゃないの」

 

 博麗の鋭いツッコミが的確に入る。早急処理ってなんだよ。毎度毎度霊烏路のボケは物騒過ぎて舌を巻くわ。

 

「…それで、八幡に何か話があったのでしょう?」

 

 マーガトロイドから、火焔猫が話を継いだ。

 

「あぁ…。…八幡、ありがとね。お空を探し出してくれて」

 

「ありがと、八幡。八幡がいなかったら、私は今でもあそこにいたと思う」

 

 二人は揃って頭を下げる。

 

「…別に礼を言う必要はねぇよ。俺が勝手にそうしただけだ」

 

 頼まれて動いたわけじゃない。勝手に俺が動いた結果、霊烏路を見つけただけ。だから別に気にする必要もない。

 

「それでもだよ。結果的に、八幡が行ってくれたからお空が助かったんだ。大袈裟かも知れないけどさ、あんたはお空の恩人さ」

 

「…そうか」

 

「今度お礼したいから、地霊殿(ちれいでん)に来てくれよ。あんたが客なら、喜んでもてなすよ」

 

「…そうだな。また予定空いたらな」

 

 頼むから俺を大きい家に引きずり込もうとしないでくれ。紅魔館と命蓮寺で変なトラウマというか、ちょっとした拒絶感があるんだよ。そういうのって絶対面倒なことが起きる。

 

「…そういえば私、ずっと気になってたんだけど」

 

「?どうしたんだ霊夢」

 

「そこのバカ女にコンビニ行かせたのは聞いたけど、だからってなんで森の中に入ったわけ?」

 

 それは俺も気になっていた。何故、霊烏路は森の中へ入っていったのか。

 

「……それが」

 

 火焔猫は申し訳なさそうな表情で、霊烏路を横目で見る。

 

「…なんでだっけ?」

 

「…は?」

 

「この通り、なんで森の中に入ったか忘れてるのさ」

 

 火焔猫は申し訳なさそうな表情しているのに対し、迷った本人である霊烏路は呑気にアホ面を見せている。

 そんな彼女に対し、俺達は呆気に取られたような表情をする。

 

「はぁ!?わ、忘れただぁ!?」

 

「嘘、よね……?」

 

「大マジだよ。昔から、お空は物忘れが激しくてね…」

 

「待て待て待て!物忘れが激しいとかいうレベルじゃねえぞそれ!」

 

「この女脳に異常があるでしょ。MRI撮った方がいいんじゃない?」

 

「うにゅ?」

 

 …なんだろう。さっきまでの疲れがぶり返したのか、俺の身体から謎の倦怠感が。

 

 俺は勢いよく、敷かれた布団に倒れ込んだ。

 

「は、八幡?」

 

「はは、ははは……」

 

「やっべえ!八幡が壊れた!」

 

「ちょっとあんた何KOしてんのよ!」

 

「これってあれだよね。カビ交換だよね」

 

「阿鼻叫喚!なんてもん交換してんだい!」

 

 …もうなんか色々アホらしくなってきたわ。なんかみんな騒いでるけど、俺はこのままお眠りするとするよ。

 

 もう疲れたよ、パトラッシュ。

 

 



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彼女と共に過ごす時間は嫌いじゃない。

 霊烏路のバカを探し出した翌日の、合宿最終日。

 午前中で授業を終えて、昼飯を食べたら旅館を去って学校に戻るというスケジュールである。

 ちなみに、霊烏路は足を挫いた理由で一足先に旅館を去って行った。検査のため、病院に連れていかれるんだそうだ。

 

 そんな合宿ももう正午になり、俺達は大きい荷物をバスのトランクに詰め込んで、最初のバスの座席に座り始めた。つまり隣が霧雨、後ろが十六夜である。

 

「また隣だなっ、八幡!」

 

「寝る」

 

「えぇ〜」

 

 昨日の疲れが取れていないのか、眠気が治らない。午前中の授業全部、ほとんど頭に入っていないレベルで眠いのだ。

 

「…今日はそっとしてあげましょう、魔理沙。きっとまだ、身体の疲れが取れてないのよ」

 

 マーガトロイドがすんごい女神に見える。やっべ惚れそう。そんで告って振られそう。

 

「…そうだな。八幡、昨日頑張ったもんな」

 

 霧雨は俺を労わろうと考えたのか、優しく頭を撫でてくる。俺は反射的に頭を振って、霧雨の手を弾いた。

 

「急に撫でるな。恥ずいからやめろ。むしろ寝れん」

 

「そう照れるなって」

 

 霧雨は俺の言うことを聞かず、再び頭を撫でてくる。この優しい手付きがむず痒くて仕方がない。

 

「八幡は頑張った。偉いぞ」

 

「…子ども扱いすんな」

 

 止める気配がない。これ以上止めても無駄であると考えた俺は瞼を閉じて、疲れた身体を癒すために眠りについた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…ん…」

 

 よく眠れたのか、俺は瞼をゆっくり開く。同時に、パシャパシャとシャッター音が聞こえてくる。それだけではなく、何故か俺の顔が右に傾いていた。しかも、右の頬と耳に固い感触が。

 

「……あ」

 

 その瞬間、俺は全てを悟った。

 

「…ようやく起きたわね。この女好き」

 

 何故、俺の顔が右に傾いていたか。

 それは寝ている間に、俺の顔が右に傾むき、あろうことか、霧雨の肩を借りて寝てしまっていたのだ。そのことが分かった瞬間、一気に顔が暑くなるのを感じる。

 

 しかし、それだけで終わらなかった。

 俺の頭の上にも、若干何かが乗っているような重みを感じた。

 

「…まさか…」

 

「あんたの考えてる通りよ」

 

 博麗はスマホで撮影した写真を見せる。そこには、俺が霧雨の肩を借りて眠り、霧雨は自身の頭を俺の傾いた頭に乗せて寝ている画像が表示されていた。

 

 それが分かった瞬間、俺は勢いよく姿勢を戻す。

 

「いてっ!」

 

 その勢いで霧雨の頭がぶつかったが、そんなこと今はどうでもいい。

 

 うわ何このラブコメ展開。寝てる最中にそんなあるあるのラブコメを広げんなよ。しかも普通逆だろ。俺は霧雨のヒロインかよ。

 

「いってて……ん?なんだ、もう学校に着いたのか?」

 

「そうよ。貴女達がぐっすり寝てる間にね」

 

 マーガトロイドがスマホの画面を霧雨に見せる。その途端、霧雨の顔は一瞬で真っ赤になる。

 

「な、なな、なんじゃこれえええぇぇーッ!!?」

 

「…俺ら、寝てる間にラブコメしてたんだと…」

 

 ていうか、昨日の朝の方が余程やばかったんだけどね。はだけた状態でしがみついて寝るとか、エロ過ぎるだろ。並の男子ならあそこで襲ってるレベル。

 

「これじゃまるでカップルね。あのブン屋が好きそうなネタが出来てしまったわね」

 

「わ、笑いごとじゃねえよ!」

 

「早くバスから降りてください。後は貴女達だけですよ」

 

 バスの降り口から稗田先生から催促される。俺達はとりあえず、バスから降りて、トランクの中に入れたボストンバッグを回収する。

 

「顔あっつ……」

 

「本当だよ……」

 

 俺と霧雨は顔が暑くて仕方がなかった。写真撮られたことよりも、霧雨とそういうことをしたという事実が恥ずかしくて仕方ない。

 いや、ぶっちゃけ愛してるゲームも結構恥ずかったんだけど。あの時とは違う羞恥心が芽生えてきてる。

 

「3日間、ご苦労だった。まぁ疲れたという者も中にはいるだろうが、明日からまた普通に学校があるからな。決して遅刻するなよ。では解散だ」

 

 上白沢先生が短くまとめて言った。各々が解散して、学校から去って行く。

 

「…いつまで顔赤くしてんのよ」

 

「だ、だって……八幡と、こ、恋人みたいなことしてるって思ったら……」

 

「…普通に恥ずい。もう帰りたい。なんなら死にたい」

 

 この3日間、特に霧雨とのハプニングが多かった。愛してるゲームに昨日の霧雨の痴態、そしてさっきのやつ。

 これこのまま霧雨ルート進んじゃうのん?

 

「とりあえずもう帰りましょうか」

 

「八幡と恋人……」

 

「魔理沙。よく分からないトリップに嵌まってないで、さっさと行くわよ」

 

 マーガトロイドは呆れながら、ぶつぶつと呟いてる霧雨の身体を揺らす。

 

「ハッ!比企谷魔理沙!?」

 

「恋人から何進展してるのよ。わけの分からないこと言ってないで、早く帰るわよ」

 

「あ、あぁ……」

 

 マーガトロイドは強引に霧雨の腕を掴んで、引きずって行く。俺と博麗は彼女達の後を追うように、歩いていく。

 

「…はぁ…」

 

「何よ、溜め息なんて吐いて」

 

「この3日間疲れたなぁって溜め息だよ。そんで、明日から俺の自由がないことに対する憂鬱な溜め息」

 

「いいじゃない。美少女にアゴで使われるのよ?」

 

「自分で美少女って言うかお前」

 

「当たり前でしょ。自他ともに認める完璧な美少女よ」

 

 いやまぁ間違ってはいないけど。容姿だけで言うなら、美少女の類に入るけどさ。

 ただ中身が美少女と程遠いんだよなぁ。俺のこと時々人扱いしてないし、巫女らしからぬ言動行動するし。

 

「大体、あんたが私達の下着を見たのが原因でしょうが」

 

「不可抗力だっつうに…」

 

 憂鬱な気分になっている俺とは違い、博麗は少し機嫌が良い。そんなに俺をこき使うのが楽しみですかそうですか。なんとまぁ意地汚い巫女ですこと。

 

 博麗とそんな会話をする中、ポケットに入れているスマホから振動が伝わる。スマホを取り出して確認すると、小町から電話がかかってきた。

 

「…もしもし?どうした」

 

『お兄ちゃんもう今帰り?』

 

「おう」

 

『だったら、ちょっくら牛乳買ってきて欲しいんだよね。残りもう切れちゃってるから。あ、後ハーゲンダッツ!』

 

「牛乳は買うがアイスは知らん。自分で買え」

 

『ケチ!』

 

「言ってろ」

 

 俺は小町との通話を切る。

 ハーゲンダッツそこそこ高いんだぞ、全く。

 

「…誰からだったの?」

 

「妹。牛乳買ってきて欲しいんだと」

 

「あんた妹にまでパシられてるの?可哀想ね」

 

「そう思うなら金をくれよ。同情するなら金くれ」

 

「は?バカなの逆よ。私が同情してあげてるんだから、あんたが金渡しなさい」

 

 初めて聞いた。同情してあげてるから金を寄越せって。こいつ金の亡者過ぎてマジ怖い。こいつのシンパとか増えたら世の中終わるまである。

 

 そんな考えたくもない未来を考えてしまいながら歩いていると、スーパーが見えてくる。

 

「…じゃ、俺買い物して帰るから」

 

「そうなの?じゃあ、また明日」

 

「じ、じゃあなっ!八幡っ!」

 

「お、おう…」

 

 マーガトロイドはまだ調子を崩し気味な霧雨を引っ張って去った。しかし、博麗だけはまだその場に残っていた。

 

「…帰らないのか?」

 

「私も買い物するつもりだったしね」

 

「あ、そう」

 

「じゃあ荷物持ちよろしくね、八幡」

 

 そう言って、彼女は先にスーパーの中へと入って行った。

 

 もうこれ罰ゲーム始まってませんか?始まってますよねそうですよね。明日からじゃなかったんですかね。

 

 そんな文句を言わず、心の中で呟きながら、俺はスーパーに入って行く。買い物カゴを持って、彼女の後を追う。

 

「ん、結構買い込むからカートで良いわよ」

 

「…お前、気遣えたんだな」

 

「祓うわよ」

 

 俺はカートを持ってきて、買い物カゴを上に乗せる。

 ていうか、なんで俺律儀にこいつの言うこと聞いてんだろ。無意識のうちにこいつに従うようになってきたのか。なんてパシリ精神旺盛なんだ俺は。

 将来きっとこき使われるだけ使われて捨てられそうだ。

 

「一人暮らしって大変なのよね。毎日毎日面倒なことこの上ないわ」

 

「ほーん」

 

「言っとくけど、明日からあんた毎日私の神社に来て家事してもらうわよ」

 

「は?」

 

 ちょっと待てそんなこと聞いてない。

 

「あんたに洗濯されたら何されるか分かんないから、洗濯は私がするけど。それ以外は八幡がやってね」

 

「ちょっと待て。なんで俺がお前の神社行ってハウスキーパーしなきゃならない…」

 

「私の下着を見たこと、忘れたわけじゃあないわよねぇ?」

 

 怖い怖い目が怖いよ。

 何この不幸。マジ俺上条さんの性質受け継いだんじゃないのん?今なら幻想を殺す力とか発揮出来るんじゃないのん?

 

「…ていうか、俺料理とか無理だぞ」

 

「はぁ?何それ使えないわね。…じゃあもう掃除。神社内の掃除とか風呂掃除くらいなら出来るでしょ」

 

「それなら出来るが…」

 

「1週間はそうしてもらうから。後、登校時は私を迎えに来て自転車に乗せなさいよ」

 

「嘘だろ…」

 

 こいつの我儘っぷりは一体なんなんだ。たかだか下着を不可抗力で見てしまったとはいえ、ここまでさせるのか普通。

 

「流石にそれは嫌…」

 

「祓って欲しいの?ん?」

 

「よし任せろ」

 

 博麗に反抗するのは利口じゃないな。黙って従おう。俺の命が危ねぇよ。

 

「…神社から徒歩で学校ってなかなか面倒なのよね。そういうこと」

 

「本当、いつかバチが当たるぞ」

 

「当たるわけないでしょ。私は純真無垢で品行方正な博麗霊夢よ。そんな意味分からない神がいたら、逆に祓うわよ」

 

「そういうとこだよ、そういうとこ」

 

 ここまで開き直ってくると、一周してなんだか清々しいな。

 

 そんな軽口を言い合いながら、俺達は買い物を続けた。生活に最低限必要になるものを次々に買い物カゴに入れていく。

 

「…これぐらいかしら」

 

「もういいのか?」

 

「えぇ。じゃあ、レジに行きましょうか」

 

 俺達はレジに並び始め、速やかに会計を済ませた。済ませたのはいいのだが。

 

「…なんで俺まで持たされてるの」

 

「言ったでしょ、荷物持ちって。女の子にこんな重たいもの持たせて帰る気?」

 

「全部お前のだろ……まぁ別にいいけども」

 

 いやもう荷物持ちという言葉に合う人だろうランキング3位くらいの働きっぷりを見せてるよ俺。社畜になれる逸材だな。

 そんな社畜の精神を見せる俺は彼女の荷物の一部を持って、博麗神社へと向かった。

 

 そして到着したのが。

 

「ここが博麗神社の麓…」

 

 目の前にあるのは、博麗神社と書かれた石柱。そして、森と一緒に上に繋がる階段がある。

 

「上に行けば神社よ」

 

「こんな立地の悪いところに住んでたんだな…」

 

「本当よ。でもわざわざここに来てまで屋台を展開したり、初詣しに来たりする人もいるわよ」

 

「マジかよ」

 

 博麗が森の中に入っていき、その後を追う。長い階段を登り、ようやく頂上に着いた先には。

 

「ようこそ、博麗神社へ」

 

 敷地は他所の神社と同じく、かなり広い。立派な神社と言えるだろう。

 それだけではなく、頂上から千葉の街を見渡すことが出来るほどの絶景。

 

「…さ、それ早く持ってきて」

 

「あ、おう」

 

 博麗が神社に上がり、俺は荷物を彼女に渡した。荷物を持った博麗は神社の中に上がって、荷物を置きに行く。

 

「…ま、これも何かの縁だ。参拝ぐらいはしてくか」

 

 財布を取り出して、5円玉を摘み出す。その5円玉を賽銭箱に投げ入れ、本坪鈴を揺らして2回手を叩き、目を瞑る。

 すると、神社の奥からドタドタという騒々しい音が聞こえてくる。

 

「あ、あんたいくらいれたの!?100円?500円?」

 

「5円だよ」

 

「チッ」

 

 チッてなんだチッて。一応こちとら参拝客だぞ。巫女がそんな態度取っていいのか。

 

「顔見知りなんだから千円札出してもいいのよ?」

 

「お前の理屈凄ぇよな。地球崩壊レベルだぞ」

 

 なんならこいつの人格も地球崩壊レベル。

 

「…まぁいいわ。それより、上がっていきなさいよ。茶と煎餅なら出してあげる」

 

「や、俺は別に…」

 

「うだうだ言ってないでさっさと入りなさい。この私が茶と煎餅出すだなんて滅多にないんだから、厚意ぐらい受け取りなさい。…それとも、私が出すものが気に入らないって言うのかしら?」

 

 何その酔っ払いの上司の理屈。「俺が出した酒が飲めないってのか」的なやつだろ完全に。

 

「…分かったよ。邪魔するけど、長居はしないからな」

 

「んなことは分かってるわよ。じゃあ私の部屋案内するから、着いてきて」

 

 俺は博麗神社に上がり、縁側を歩いて博麗の部屋に向かった。というのも、神社の正面からすぐ近くであった。

 博麗が襖を開けると、JKの部屋らしからぬ光景であった。なんとも言えない質素な部屋。無駄なものはなく、必要最低限の家具しかない。

 

「じゃ、適当に座ってて。持ってくるから」

 

「あ、おう」

 

 博麗は茶と煎餅を取りに向かい、俺はその場に座った。

 

 なんだかんだで、ちゃんとした女子の部屋って初めてかも。レミリアお嬢様とフランドールの部屋に入ったことはあるが、あれはどちらも異性を意識するとかいうレベルではない。故にあれはノーカンである。

 

「ん、持ってきたわよ」

 

 博麗は湯呑み二つと適当な数の煎餅をトレーの上に乗せて持ってきて、部屋にあるローテーブルに置いた。湯呑みを手に取って、お茶を飲む。

 

「…なんか老人みたいなことしてるな、これ。茶に煎餅て」

 

「私は普段と同じで変わらないけどね。たまに魔理沙が来るけど、その時もお茶と煎餅よ」

 

「…ほーん」

 

 でもまぁ、縁側でのんびりするというのも悪くないかも知れない。

 

「そういや一人暮らしっつってたけど…」

 

 なんかあったのか、と、その先まで聞くことが出来なかった。俺の言葉を遮って博麗が話した内容が。

 

「…母親は私が産まれてすぐに亡くなったのよ。父親はいるのかどうかすら知らない」

 

「…悪い。嫌な話だったな」

 

「いいわよ別に。知らなかったことなんだし。親がいないことも、昔から一人だったことも、今更そんなこと気にしてない」

 

 と、言っているが、彼女の表情は雄弁に語っている。

 気にしていないと言っているが、なら何故お前はそんな酷く諦めたような顔をしてるんだ。

 

「母親の知人だった紫……校長が私を育てたけどね」

 

「あの人が…?」

 

 俺は意外な繋がりに驚いた。博麗と校長が昔からの知り合いだったことに。

 

「けど育てた理由は、博麗の巫女として育てるため。一昔前、つまり私の母親が先代の巫女だった時は、この博麗神社は今より賑わっていて、千葉の治安は良かったんだって。先代の巫女としての素質が良かった証拠だったんでしょうね」

 

 彼女は空を見上げて、呟き続ける。

 

「博麗の巫女は強かで賢く、そして人々に恩恵を授けなければならないという暗黙の方針があるの。そのために徹底的な知識を叩き込まれ、周りを圧倒する体術や武術を手に入れた。…けれど、そこに愛なんてない」

 

「…博麗…」

 

「別に文句は言わない。結果的に、紫がいたから今の私がいる。でも時々思うのよ。……愛って、なんなのかって」

 

 声をかけることすら許されないほどの内容。可哀想だったと、同情するなんて侮辱としか言いようがない。

 

 俺はぼっちだ一人だと思って生きてきた。けど博麗は、産まれた頃から一人。こいつこそ、本当の孤独を知ってる人間だったのだ。愛を知らずに、生きてきたんだ。

 

「……俺はお前と違って、親も妹もいる。だから可哀想だなんて軽々しいことは言えない」

 

「誰も同情しろなんて言ってないわよ」

 

「誰も同情するなんて言ってねぇよ。…けど、これだけは言える。お前は一人じゃない」

 

「……」

 

「霧雨も、マーガトロイドも、射命丸も、お前のことを慕ってる。親の愛の代わりにはならないのは分かってる。悲観的になるなとか言えるわけもない。話を蒸し返したのは俺だから、虫がいいのは自覚してる。…けど、お前は一人じゃない。これだけは、誓って言える」

 

 俺の言葉に説得力はない。だがこれは事実。

 霧雨もマーガトロイドも射命丸も、博麗のことを慕ってる。慕ってるから話しかけている。でなければ、合宿で部屋が一緒になったりしないし、わざわざ外に出かけたりしない。

 

「…下手な慰め方ね。はっきり言って慰めにもなってないわよ」

 

「さ、さいで…」

 

「…けど、ありがと」

 

 博麗は俺に向かって微笑みかける。先程までの酷く諦めたような表情が、今では清々しい表情になっている。

 

「だからって明日からの罰ゲームが無しになるわけじゃないから。それはそれ、これはこれよ。遠慮なくアゴで使ってやるわ」

 

「お前本当性格悪いな」

 

「そんなこと分かりきってることでしょ?」

 

「…だな」

 

 こいつが単純な八方美人だったら多分吐くレベル。

 裏表がなく、サバサバしていて包み隠さず言いたいことをはっきり言う彼女だからこそ、俺は嫌いになれないのだ。

 

 そう。俺は彼女と、博麗霊夢と話すこの時間が、空間が、嫌いじゃないんだ。

 

 




 先代の巫女のあたりの設定は適当に考えました。霊夢の家族事情がいまいち分かっていないので、こんな風になりました。許してつかーさい。


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巫女と生徒会長は相見え、修羅場り始める。

 勉強合宿も終わり、再び通常の学校生活が始まる。のだが、俺の学校生活は普段から通常でもなんでもない。

 

 今日から俺は、彼女のパシリとなる。

 

 俺は博麗神社の麓で自転車を止めて、博麗を待っている。今日から彼女のパシリをするのだと思うと、憂鬱で仕方ない。

 

「ちゃんといるわね。偉い」

 

 森の中の階段から偉そうなセリフを吐いたのは、俺をパシリにした博麗霊夢である。俺はお前を許さないからな。絶対に覚えておけよ。

 

「じゃ、行くわよ」

 

「あぁ、ちょっと待て。これ敷いとけ」

 

 俺が博麗に渡したのは学校専用の鞄である。

 

「ほとんど教材は学校に置いてるし、筆記用具以外何もない。直だと痛いだろ」

 

「…あんた、気遣えるのね」

 

 何その驚いた顔は。気ぐらい遣える。なんなら普段から気遣ってる。偉いだろう俺は。

 

「ありがと」

 

「それ敷いたらさっさと行くぞ」

 

 博麗の鞄を自転車のカゴに入れて、博麗は後ろに座る。

 

「こういう時はしがみついてた方が嬉しいの?」

 

「いらん。どっか掴むところぐらいあるだろ。そこ掴んどけ」

 

 しがみつかれたら運転に集中出来ねぇっつの。小町ならば全く気にしないが、それとこれとはまた別である。

 

「…じゃ、行くぞ」

 

 普段よりやや重い自転車を漕ぎ始め、俺と博麗は学校に向かう。

 

「自転車登校はやっぱり楽ねぇ〜」

 

「そうだな。お前がいなけりゃ普通に楽だったんだけどな」

 

 俺は腹いせのつもりで皮肉で呟いたのだが。

 

「いってぇ!」

 

 あろうことか、運転中の俺の身体を力強く抓ったのだ。

 

「何か言った?風の音で聞こえなかったわ」

 

 こいつ絶対聞こえてるだろ。聞こえた上で抓っただろ。

 悪魔乗せて登校とか正気の沙汰じゃねぇ。後ろにいて余計なことしかしないボンビーかよこいつは。

 

「…なんでもねぇよ」

 

 初っ端からこれは精神的にきつい。パシリにされて、パワハラを受けて。踏んだり蹴ったりラジバンダリってか。面白くねぇ。

 

 しばらく彼女を乗せて自転車を漕いでいると、前方に見覚えのある二人が歩いていた。

 

「魔理沙とアリスね、あれ」

 

「あいつらも徒歩か」

 

 俺は気にせず彼女達を追い抜いていくのだが。

 

「あ、あれ!?霊夢と八幡!?」

 

「…二人乗りしてるわね」

 

「ずりーぞ霊夢!私も乗せろーっ!!」

 

 後ろからそんな喧しい声が聞こえてきた。相変わらず朝から元気だよね、彼女。その原動力一体どこから来てるの?やる気元気リュックに詰めてたりするのかな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 学校の正門前に到着し、博麗は満足げな表情で自転車から降りた。俺も自転車から降りて、駐輪場まで押して向かった。

 

「快適だったわね」

 

「朝からなんで疲れにゃならんのだ…」

 

 二人乗りで2、30分漕ぐのはそこそこ体力を使うし、小町じゃない人間、しかも同じクラスの女子が後ろに座っている事実にゴリゴリ精神が削られたので、妙に身体が疲労していたのだ。

 

「さ、八幡。この鞄もお願いね」

 

「マ?」

 

「マ。1週間私の下僕。従者。奴隷。小間使い。分かってるわよね?」

 

「聞きたくもない単語を次から次に並べやがって…」

 

 俺は彼女の鞄を持って靴を履き替え、教室に向かう。

 本当こいついい性格してる。いつか逆の立場になったら今以上のことをやらせてやるからなこのやろー。

 

「後この1週間、生徒会休んでよ。神社の掃除とかしてもらうんだから」

 

「いや流石にそれはな…」

 

 無断欠勤なんてしたら、四季先輩がなんて言うか分かったもんじゃない。

 

「休んで」

 

「…?」

 

 …なんだ、この圧は。例えようがないのだが、こいつが俺に脅しをかけている時の圧とは何か別種のものだ。

 

「…無理だったらどうすんだよ。一回俺ちょっとやらかしてるし、会長が1週間の休みを与えるとは思えないんだけど」

 

「PCで出来そうな仕事や書類系統なら神社でやればいい。大体生徒会って、そんなみんな集まってする必要ないと思うんだけど」

 

「…まぁ会議ならともかく、個々の業務を別に集まってする必要ないとは思うが」

 

 それでも、仕事云々を差し引いても、四季先輩がいる。本心を言わない限り、認めるわけがない。仮に本心を言おうとしても、内容が内容だ。紅魔館の時とは明らかに違う。

 

「あんたどうせ庶務でしょ?あんなの雑用係みたいなものなんだし、別にいてもいなくても変わらないと思うんだけど」

 

「それ、普通は俺のセリフなんだけどね」

 

「朝から何を騒いでいるのですか」

 

 このタイミングで聞きたくない人物の声が聞こえてしまった。誰であろう、四季先輩本人である。と、隣に小野塚先輩もいる。

 

「お、八幡。おっす」

 

「うっす」

 

「それで、何を騒いでいたのですか?」

 

「あんたが生徒会長、よね。確か全校集会で見た」

 

 博麗がやや睨み気味に四季先輩を見る。そんな彼女の態度が気に食わないのか、四季先輩も対抗するように睨む。

 

「…貴女は?」

 

「私は博麗霊夢。八幡のクラスメイトよ」

 

「…貴女が博麗の巫女ですか。貴女のことは知っていますよ。博麗の巫女でありながら、この学院の入試を主席合格だとか。そんな方が、八幡と何をしていたのですか?」

 

「あんたが生徒会長なら話は早いわ。八幡の生徒会業務、ちょっと休ませて欲しいって話なのよ」

 

「は?」

 

 博麗が話を持ちかけた瞬間、凍えるような低音の声を発した四季先輩。

 

「今日から1週間、八幡の放課後は私に使ってもらうから。生徒会より余程大事な用事があるのよ。ねぇ?八幡」

 

「…そうなのですか?八幡」

 

「え、あ、まぁ、はい。博麗に先言われましたけど、1週間ちょっと休ませて欲しいなと。休むというか、個人で行う仕事は持ち帰ってするんで……ダメですかね?」

 

「えぇ、ダメです」

 

 きっぱりと即断られてしまった。分かりきっていたことなんですけどね。

 

「そもそも休む理由を述べていません。余程重大な、家庭の事情であれば認めますが……博麗の巫女が関わっているということはそこまで重大な理由ではないでしょう?」

 

 はいその通りです。そこまで重大な理由ではありません。なんなら今すぐ放棄したい内容でございます。

 

「私、こいつに下着を見られたのよ」

 

「は?」

 

「えっマジ?」

 

 四季先輩は瞳孔を開いた目で視線をこちらに向け、また小野塚先輩は驚きの表情でこちらを見る。

 

「俺にも言い訳ぐらいあるんです。あれは不可抗力です不可抗力。部屋の扉開けたら着替えてて…」

 

「でも見たのよね?」

 

「…いや、まぁそうだけども」

 

「八幡」

 

 うわやべ。これガチギレのやつや。絶対死ぬやつやんけこれ。

 

「私、言いましたよね。妙な行動を取れば貴方に自由はないと。よもやお忘れでしたか?」

 

「う…」

 

「…まぁ不可抗力であるなら、多少は目を瞑ってあげましょう。しかし、多少は、です。貴方には罰を下します。覚悟することですね」

 

 結局罰はあるのね。まぁ多少和らいだだけでも良い…んかなこれ。

 

「…で、どうなのよ。八幡の休み、受理してくれるのかしら?」

 

「誰が許すと思いますか。彼は生徒会のもの。貴方に費やす時間などありません。その用事は休日にでも済ませてください」

 

「わっけ分かんない。なんでそうまでして生徒会に拘束するわけ?八幡が副会長、って立場なら分からなくもないけど、庶務なんでしょあいつ。本人が持ち帰って仕事するって言ってるんだし、庶務なんていなくても生徒会は機能するでしょ?」

 

「いいえ。生徒会は全役員揃って初めて機能するのです。何の用事か分かりませんが、貴女の私的理由に八幡を振り回さないでください。不愉快です」

 

「たかだか庶務が1週間いないだけでガチギレし過ぎじゃない?それとも、他に八幡を生徒会に縛る理由でもあるの?」

 

「そうですね。強いて言うなら、彼の更生のためです」

 

「更生?」

 

「彼は社会的に危ういと判断され、生徒会に参加しました。彼が真っ当な人間になれるように、ね。だから八幡が貴女に費やす時間はありません。彼の時間は全て生徒会……いや、私のものです」

 

 …何この修羅場。小野塚先輩とかちょっと怖がってるし。なんなら周りがすっごい注目してるんだけど。

 

「何、あんた八幡のこと好きなの?そんなに八幡を束縛して」

 

「…えぇ。ひねくれてはいますが、仕事を真面目にする八幡に、私は好感を持っていましたし、信頼もしていました。彼もまた、私のことを信頼しているのだと思っていました」

 

「?何の話よ」

 

「…内容は伏せますが、どうやら現実的ではない内容で生徒会を休んだようです。が、それでも本当のことを言って欲しかった。連絡がつかなくなり、何かあったのかと心配もした。…けれど、彼は嘘をついた。何があったのか話さず、変な嘘で私を誤魔化した。彼が嘘をついたのは、私を信頼していなかったから」

 

 紅魔館に連れ去られた、なんて言っても信じてもらえるわけがなかった。だから俺はあの時、安易に嘘をついた。知らないところで四季先輩を傷つけてしまったのだ。

 

「…嘘をつく人間は嫌いです。嘘をつかれることで、裏切られたような気持ちになるから。だから私も、八幡に嘘をつかれたあの時、ショックでした」

 

 四季先輩は少し悲しげに、そう呟いた。

 

「…四季様さ、昔からああいうバカ真面目だったんだ。でもそれを良しとしない人間が出て、四季様に出鱈目な嘘をついたんだよ。その時の四季様、疑うことを知らなかったからさ。全部本当のことだと思い込んでたんだよ」

 

 小野塚先輩が小さな声で、四季先輩の昔の話を囁いた。

 

「結果、嘘をついた連中は四季様が制裁。怒った四季様は得意の説教で泣かせたんだと」

 

「怖ぇ…」

 

「以来四季様は、嘘をつく人間が大嫌いになっちまった。だから八幡が嘘をついた時、ショックだったんだと思う。四季様、生徒会のメンバーのことを話す時だけ、特に八幡のことになると、ちょっと楽しげな感じだったから。四季様は生徒会を信頼しているし、逆に生徒会から信頼を得ていると思っていたんだ」

 

「…そう、だったんすか…」

 

 なら、彼女を病ませた原因は俺にある。四季先輩についた嘘は、彼女の人格を大きく変えてしまったのだろう。

 

「…もう私は八幡に嘘をつかれたくない。だから、私が八幡を根本から作り替えるのです」

 

「何言ってるのよ、あんた…」

 

「…話し過ぎましたが、要のところは貴女の私的理由で八幡と私の時間を割くのが気に入らないのです。私は彼を更生する義務がある。貴女の身勝手な都合で、彼を振り回すなと言っているんです」

 

「あんたのそれだって、完全な私情でしょ。更生する義務って言ってるけど、その実八幡との時間を独占したいだけに見えるんだけど?」

 

「ええそうです。ですが、それも全て八幡の将来のためを思ってこそです。貴女のように、私利私欲の目的ではありません」

 

「私利私欲は互い様でしょうが」

 

 互いに口論がヒートアップ。どちらも引く気を見せない。これぞまさに修羅場である。

 

「四季様、少し落ち着いてください」

 

「私はすこぶる落ち着いていますよ」

 

「…博麗も、ちょっと落ち着けって」

 

「何よ。別に私間違ったこと言ってないでしょ」

 

 小野塚先輩は四季先輩を、俺は博麗を宥める。博麗は更にイラつきの表情を見せ、今度は俺を睨む。

 

 かなりの敵意を見せているのは第三者から見ても分かるほど。既に騒ぎになりつつあり、このままだと教師陣が現れてくる可能性がある。そうなると、色々弁解が面倒になる。

 

 原因が俺である以上、俺がさっさとこの場を鎮めなければならない。

 

「四季先輩、お願いします。1週間、休みをください」

 

 俺は頭を下げて、四季先輩に懇願する。彼女の表情は見えないが、きっと凍えるような視線を向けられていることだろう。

 

「…貴方は私よりも、彼女を選ぶのですか?」

 

「…実際、不可抗力とはいえ俺がこいつの下着を見たことは否定出来ません。その贖罪をする義務が俺にはある。それは、四季先輩が目指す俺の更生に繋がるんじゃないんですかね。社会に出るための真っ当な人間を目指すなら、自分で犯した過ちは自分の手で償う必要がある」

 

 こいつとイチャイチャするみたいなラブコメなんざ一切発生しない。俺が博麗神社に行くのは、罪を償うために博麗の言うことを聞くこと。博麗の言うことを聞くことで、罪がひとまず消える。

 

「…確かに、貴方の意見に一理はあります。罪を認め、それを償うことで人間は大きく変わることが出来ます。貴方の言う罪が、彼女の用事とやらに付き合うことで償えるのであれば、認めましょう。それが貴方が今出来る善行だから」

 

「…ありがとうございま…」

 

「しかし」

 

「…す?」

 

 俺が感謝を告げようとすると、四季先輩がそれを遮る。

 

「覚えておくことです。貴方は博麗の巫女のものでも封獣ぬえのものでもレミリア・スカーレットのものでもない。我が生徒会、いえ、私のものです。貴方を更生するという目的は、今でも変わりありません。貴方の隣に、我々生徒会以外の、私以外の女性は却って悪影響を及ぼします。ゆめゆめ、お忘れなきように」

 

「う、うっす」

 

「返事は"はい"です」

 

「は、はい」

 

「よろしい」

 

 四季先輩は先程のような敵意を収め、普段のお淑やかな笑みを見せた。しかし、すぐまた博麗に敵意を見せて。

 

「…八幡に何かしたら、有無を言わさず貴女を地獄に叩き落とします。博麗の巫女であろうが関係ありません」

 

「やれるもんならやってみなさいよ。受けて立つわ」

 

「…それと八幡。休みを与えましたが、きちんと生徒会の仕事を怠らないようにお願いします」

 

「分かりました」

 

「では行きましょう、小町」

 

「は、はい!じゃあな八幡!」

 

 四季先輩は小野塚先輩を連れて、目の前から去って行った。ようやく、修羅場が収まった。

 

「…俺達も行くか」

 

「八幡」

 

「…ん?」

 

「先に言っておくけど、もう罰ゲーム断るとか許さないから。あの生徒会長と出会う前の段階では、土下座すれば罰ゲーム断ることを許してもいいと思ったんだけど。あんたが罪を償うとか言って、こっちを優先するから。この1週間、もう絶対にあんたを離さない。罰ゲームを断ることも、今更生徒会に行くことも許さない。私のためだけに、尽くしてもらうからね」

 

「ッ!?」

 

 …さっきの圧が普段と何が違うのか、なんとなく分かった気がする。どこかで似たような圧を受けたことがある。

 

 これはまるで…。

 

「封獣…?」

 

「?何を言ってるの?」

 

 俺が思わず呟いた一言に、博麗は怪訝な表情になる。さっきまでの圧が消え、普段の博麗に。

 

「いや…なんでもない。そろそろ教室に行くか」

 

「そうね」

 

 俺達は教室へ向かった。

 さっきの博麗のあの圧は一体、なんだったんだろうか。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 放課後。

 休み時間はパシリにパシられてしまった。そんな俺を見て笑う霧雨、満足げな表情を見せる博麗、ちゃんと働いているのだなと意外そうに見るマーガトロイド。

 

「…にしてもお前、昼休みにパン買ってこいってなんだよ。部活の先輩かよ」

 

「いいでしょ、あそこのパン安いんだから。それに昼休みになると混むし」

 

 俺はぶつくさ文句を言いながら、博麗神社の敷地の掃除を行なっている。博麗は縁側から、こちらを見て楽しんでいる。

 

「しかしこれ、かなりの重労働だろ。よく一人でこんな掃除出来てたな」

 

「慣れよ。それに神社は綺麗じゃないと、参拝客はやって来ないからね」

 

 なんだかんだで神社のことを想っているあたり、巫女としての責任はきちんと理解しているようだ。

 

「ほらほら無駄口叩かないでさっさと掃除して。こんなんじゃ終わる頃には夜になってるわよ」

 

「腰と足が痛ぇ…」

 

 家の大掃除でもここまで身体に負担はかからない。ただただ汚れた敷地を箒で掃くだけの作業なのに、これが地味にキツいのだ。しかも、徐々に気温も暑くなるこの頃。なかなかの地獄である。

 

 結局、敷地の掃除が終わったのは始めてから1時間後である。

 掃除が終わった俺は、休憩がてらに縁側で生徒会の仕事を行なっていた。休憩まで仕事をしてるあたり、ガチの社畜に近づいているのではないだろうか。

 

「それ、ひと段落したらでいいから、お風呂掃除お願いね」

 

「へいへい」

 

 パソコンのキーボードをタイピングしながら、適当に返事を返す。敷地の掃除の次は風呂掃除、か。まぁ洗濯は流石にダメだし、料理もそんなに作れない。つまるところ、ここには掃除しかしに来ていない。清掃員か俺は。

 

 …それにしても。

 

「…なんなんお前。そんなに俺が滑稽に見えたのか」

 

 あいつ、笑みを浮かべながらこちらをずっと見ている。

 

「そうね。あんたが私のために汗水垂らして必死に尽くしてる姿が、もう最高。写真に収めてあげようかしら?」

 

「やめろ。メモ帳持って飛んできそうなやつの食いつきそうな写真になるぞそれ」

 

 下着見たって言う事実がある上に、博麗神社で無給のパシリとか笑いもんだろ。

 

 これが1週間も続くとか、正気の沙汰じゃねぇや。やっぱやめたい。頭下げてまでこっち優先したの間違いかも知れない。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 一昨日から楽しみで仕方なかった。あいつを、八幡をこき使う日が来るのが。

 経緯は言わずもがな、八幡が私達の下着姿を見たことである。その行為は万死に値するが、優しい私はそんなことはしない。八幡に一つ、なんでも言うことを聞かせることが出来るという、魔理沙の突発的な提案で私達は満場一致で了承した。

 

 私は八幡に、1週間私の下僕になれという案を出した。八幡はぶつぶつと文句を言っていたが、八幡に逆らう権利などない。私の下僕は絶対なのだ。

 なんなら昨日、八幡に私が買った重たいものを持たせた。八幡は変わらず文句を言うが、なんだかんだ持ってくれるあたり、人がいいと言えないことはない。

 

 八幡はひねくれていて自虐的で、面倒くさいやつだ。魔理沙とは違う意味で面倒くさい。

 けれど嫌いにならない。嫌いになれない。一般的な男としてあいつは多分終わってる人種の方なんだろうけど、私はあいつのことが嫌いじゃない。

 

 嫌いじゃないから、彼の隣にいても悪くないと思える。むしろ、彼と過ごすことが楽しいと思いつつあるのだ。

 

 私は最初、ただ都合の良い小間使いがいればそれでいいと思い、八幡に罰ゲームで命じた。けれどもしかすれば、八幡の隣で過ごしたかったから、八幡と一緒に楽しい時間を過ごしたかったから、そういう命令にしたのかも知れない。

 

 私があいつに抱く気持ちは異性に対する想いではない……と思いたい。実際、出会ってまだ2、3ヶ月程度。すぐに誰かを好きになれるほど、私はそこまで恋愛脳じゃない。だから八幡のことを、異性として見てはいない。

 

 でも、今日のあいつにはイラついた。

 

『八幡に何かしたら、有無を言わさず貴女を地獄に叩き落とします。博麗の巫女であろうが関係ありません』

 

 私は、四季映姫・ヤマザナドゥとかいう我が学校の生徒会長に、少なからず嫌悪感を抱いた。

 更生という言葉を使って、八幡を束縛しようとするやつ。

 

『何の用事か分かりませんが、貴女の私的理由に八幡を振り回さないでください。不愉快です』

 

 煩わしい。不愉快なのは自分だけだと思ったら大間違いだ。私もあんたのことが気に食わない。

 

『彼は生徒会のもの。貴方に費やす時間などありません。その用事は休日にでも済ませてください』

 

 八幡を我が物顔で言ってんじゃないわよ。少なくともこの1週間、八幡は私だけの下僕なの。小間使いなの。奴隷なの。あんた達に費やす時間なんて、1分もないのよ。

 

 八幡は、生徒会長のものでも封獣ぬえのものでも誰のものでもない。私の、私だけの下僕。

 だと言うのに、生徒会長は食い下がる。私は更にイラつき始める。そんな私に、八幡は宥めてくる。

 

 八幡まで、あの生徒会長の味方なのか。そう思ったのだが。

 

『四季先輩、お願いします。1週間、休みをください』

 

 私を宥めていた八幡は、生徒会長に頭を下げてそう頼み込んだ。その瞬間、私の心の中の優越感が膨れ上がったのだ。

 八幡は生徒会長を選ばず、私を選んだんだ。その事実が、私の優越感を膨れ上げた。

 

 正直な話、本当に嫌で土下座までされたらやめようかと思っていた。不可抗力で見てしまったのは、分かるから。だからあの場で生徒会長を選んでも、仕方ないと思いたくはないが、仕方ないと思わざるを得ない。

 

 でも八幡は私を選んだ。生徒会長じゃなく、私を。

 

 ならもういいわよね。

 今更嫌だって言っても、離さなくてもいいのよね。だって八幡が私を優先するということは、私の罰ゲームを認めるということなんだから。

 

 もう私は八幡を離さない。少なくともこの罰ゲームの期間中は、誰にも八幡を渡さない。あの生徒会長にも、メンヘラな封獣ぬえにも、腐れ縁の魔理沙やアリスにも、誰にも渡さない。渡してなるものか。

 

 八幡が私のためだけに必死に働く姿を見ていると、私の気持ちは昂ってしまうのだ。他の女が、八幡に執着するのも分からなくもない。自分のために尽くしてくれている人間に、執着しない方がおかしい。

 

 明日は八幡に何を命令してやろうかしら。それを考えるのが、楽しみで楽しみで仕方ない。

 

 全部あんたが悪いんだから。責任、取りなさいよ。

 

 



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彼女達の様子は、なんだかおかしく見える。

 罰ゲーム二日目。昨日と同様、神社まで博麗を迎えに行き、学校へと連れて行った。生徒会の仕事と並行で、博麗の下僕はなかなかな重労働だと言える。

 

「いいよなぁ霊夢は。まだ後6日八幡をこき使えるんだもんな」

 

「…その八幡はいつも以上に目が腐っているけれど。大丈夫?」

 

「いいのよ。八幡がやるって言ったんだし、今更文句は言わせないわ」

 

 この巫女マジで鬼。ちょっとぐらい気を遣うという配慮はないのだろうか。

 

「…なんだか喉渇いたわね。八幡」

 

「はいよ。緑茶だろ」

 

 俺は博麗から金を受け取り、その場から立ち上がる。

 

「あっ八幡!私も買ってきてくれよ!私カフェオレで…」

 

「ダメよ」

 

「…え?」

 

 霧雨の言葉を否定したのは俺ではなく、何故か博麗であった。気のせいか、博麗の表情が普段より暗い。暗いというか、むしろ怖い。

 

「魔理沙、自分で買いに行きなさい。今、八幡をこき使っていいのは私だから。あんたがこき使ったら何のための罰ゲームか分からないじゃない」

 

「別にそれくらいいいだろー?」

 

「ダメよ。許さない」

 

「…霊夢、どうしたの?」

 

 普段と何かおかしい博麗の様子を読み取ったマーガトロイドが、怪訝な顔で尋ねる。

 

「…何もないわよ。とにかく、私の罰ゲーム期間中は八幡にこき使うのは禁止だから」

 

「ケチだなぁ〜」

 

「ほら、早く買って来て」

 

「お、おう…」

 

 昨日からどうも博麗の様子がおかしい。罰ゲーム期間が始まったことが、何か関係しているのだろうか。昨日の一日を思い出しつつ、俺は自販機に向かった。

 

 その廊下を歩く途中。

 

「あ」

 

「お」

 

 目の前から松葉杖を使って歩く霊烏路と、隣に火焔猫がいた。

 なんでも、この間の足を捻ったのが結構な怪我で、一応念のために松葉杖を使わなければならないらしい。

 

「今からどこかに行くのかい?」

 

「あの鬼巫女にパシられてるからな。……それより、何お前。昨日からずっとこっち見てきて」

 

 実は昨日からこんななのだ。休み時間、授業中、霊烏路からずっと視線を向けられている。俺は彼女からレーザーポインターを浴びせられるほどの何かをしたというのだろうか。

 しかも気のせいだろうか、なんだかその視線は熱を帯びている気がする。

 

「…お空?」

 

「うにゅ!?」

 

 火焔猫の呼びかけで、霊烏路は変な声を上げてハッとした。

 

「な、何?」

 

「何って、ずっと八幡のこと見てただろ?」

 

「え、あっ…その……いつもより目がゴミってる?」

 

 急にディスられたんだけど。どうしたお前。腐ってたって言いたかったのかな。今日の俺そんな目腐ってたか?

 

 …いや、心当たりはある。博麗にパシられてることがきっと影響しているに違いない。うん、そうだ。絶対そうだ。それしかあり得ない。

 

「だからって見過ぎだよ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「いや、別にそんな謝る必要ねぇよ。…じゃあ悪いが、さっさと行かねぇと鬼巫女が怒るから」

 

「あぁ、じゃあまた後でな」

 

「ば、ばいばいっ!」

 

 俺は彼女達を後にして、外にある自販機に向かった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「最近どうしたんだい?学校でも屋敷でもボーっとして」

 

 お燐がそう聞いてきた。

 最近、私はずっとあることを考えている。

 

 目が死んだ男の子、八幡。上の名前は忘れた。

 

 勉強合宿で、私は森の中に迷ってしまった。なんで迷ったのかは忘れたけど、とにかく迷ったのだ。

 雨も降ってて、暗くて怖かった。お燐やこいし様、さとり様に会えなくなるんじゃって思った。

 

 けどそんな時、八幡が現れた。

 本の中の主人公みたいに、現れたんだ。その瞬間、私は八幡が王子様に見えた。お姫様を助ける、王子様に。

 

 八幡におぶってもらい、暗い森の中を迷いながら帰り始めた。八幡の背中が大きく、それでいて暖かった。

 八幡はスマホのライトを使って前を明るくして歩いていくけど、しばらくして光が消えてしまった。また暗くなったことで、私は怖くなって八幡の身体にギュッとしがみついた。

 

『…霊烏路、目閉じとけ。今度目開ける時は、旅館に着いた時だ』

 

 私はそう言われて、目を閉じた。次開ける時が、私達の帰る場所とのこと。

 けれど雨の音は消えず、八幡もなんだかしんどそうになってきていた。10分、15分と時間が進んでも、まだ着く感じがなさそうだった。

 

『…まだ…?』

 

『…もう少しだ。だから怖がるな』

 

 八幡はそう優しく言った。私はその言葉を信じて、旅館に着くことを願った。

 すると。

 

『…おい霊烏路。あれって…』

 

 八幡が何か言っている。私は閉じていた目を開くと、見えたのは私が寄ったコンビニだった。

 戻ってきたんだ。私はそのことがたまらなく嬉しくて、喜んだ。

 

『…ここまで来れば、旅館はもう目と鼻の先だ』

 

 帰って来られたんだ。あんな暗い森の中から、私達は帰ることが出来たんだ。

 

 私が八幡のことを考え始めたのは、きっとそこからなんだ。多分。

 

 気付けば八幡のことを考えてる。地霊殿でも学校でもお風呂の中でも布団の中でも、ずっと八幡のことを考えてる。

 八幡のことを考えてると、なんだか胸がぽわぽわする。なんて言った方がいいのか分からないけど、嫌な感じじゃない。むしろ、八幡のことをずっと考えてると、気持ちいい。

 

 八幡と一緒に出かけている。八幡と一緒に地霊殿か学校で過ごしてる。八幡と一緒にお風呂に入ってる。八幡と一緒に寝てる。八幡と二人で、ずっと、ずーっと一緒にいる。

 

 八幡のことを考えていると、こんなことをずっと考えている。それだけじゃない。

 

 八幡は今何してるのかな。八幡は誰と喋ってるのかな。八幡は何食べてるのかな。八幡は今お風呂に入ってるのかな。八幡はもう寝たのかな。

 

 八幡が今何してるかも考えてしまう。気になって気になって仕方がない。

 八幡のことを考え過ぎて、お燐やさとり様の言葉もあまり聞こえない。ずっと八幡のことを考えているからか、あまり聞こえないのだ。

 

 気がつけば、私はずっと八幡を見てた。八幡と一緒にいられるのは学校の時だけ。

 八幡が他の女の子と喋ってるところも、何か本を読んでるところも、顔を伏せて寝てるところも、全部見てる。八幡より後ろの席だから、それがよく見える。

 

 八幡、と呼ぶことすらなんだか気持ちいい。呼びたい。ずーっと呼びたい。八幡がいてもいなくても、八幡って名前を呼びたい。

 

 八幡、八幡、八幡、八幡。

 

 あぁ、なんだか気持ちいい。とっても、気持ちいいな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 放課後。

 結局、博麗の様子が分からないまま放課後を迎えた。普段通りに霧雨やマーガトロイドと接してはいたのだが。

 

『ダメよ。許さない』

 

 あれはなんだったんだろうか。似たような様子であれば、昨日の四季先輩との修羅場の後もそうだ。昨日も今日も、はっきりとは言えないが博麗らしからぬ様子ではあった。

 

「何ボーっとしてんのよ」

 

「いや、何もねぇよ。…ていうか、なんでこいつらまでいんの?」

 

「八幡の働きっぷりを見たかったからなんだぜ!」

 

「私専用の従者というのもいいわね…」

 

 霧雨とマーガトロイドが面白がって見に来ていたのである。暇人かよこいつらは。

 

 そんな彼女達に対して溜め息を吐きながら、生徒会の仕事を片していく。7月に行われる体育祭のことやボランティア活動のことなど、そこそこ仕事が多い。

 

「そういえば、みんな8月の28日か29日って空いてるか?」

 

「えらくまた先の話ね……って、その二日って確か」

 

「あぁ!夏祭りだ!」

 

 夏祭り、か。別に誰かと行く必要はないし、第一一緒に行くような人間もいなかったので、基本的に家でゴロゴロしてスルーしていた行事だ。

 

「金が集まるからいいけど、わざわざ知らない人間の前で舞うなんて面倒なことこの上ないわ」

 

「舞う…?」

 

「八幡は夏祭りに博麗神社に来たことないの?霊夢が神社の目の前で踊るのよ」

 

「巫女舞か…」

 

 そういえば中身が下水道なやつだけど、立派な巫女だったんだっけ、博麗は。まぁ巫女らしい立ち振る舞いを俺は一切見たことないんだけども。

 

「今年は八幡もいるしさ!みんなで行こうぜ!」

 

「いや、普通にめんどいからパスしたいんだけど。なんでそんなクソ混んでる時に…」

 

「行こうぜ、な?八幡もいなきゃ嫌なんだよ」

 

「ッ…」

 

 ちょっと。その口説き文句は少々あざといんじゃないんですかね。並の男子であれば、コロッと落とされているレベル。

 

「…分かったよ。行くよ」

 

 どうせ今断っても後で断っても、ごねるに決まってる。俺はそんな面倒なことに付き合うつもりはない。あくまで、未来を危惧した結果の選択だ。

 

「本当か?!やっぱ八幡って優しいなっ!」

 

 そう言って、霧雨は俺にしがみつく。

 

 あのですね、そういう無邪気な行動がですね、多くの男子を勘違いさせ、結果死地へ送り込むことになるんです。分かったら今後、ボディタッチはしない、放課後男子の席に座らない、忘れ物をしても男子から借りない、徹底してくださいね。

 

「…あのな…」

 

「魔理沙。八幡が困ってるから離れなさい」

 

「え?あ、わ、悪い!つい反射的に…」

 

 霧雨は突然に頬を真っ赤にして、即座に離れる。反射的に誰かに抱きつくのはいいけども、それは女子にしてあげてね。俺に抱きつくと比企谷菌が感染しちゃうよ。

 

 姦しい声が飛び交う中で、俺は仕事だパシリだと社畜の如く働きで全てをこなした。霧雨もマーガトロイドも結局、暗くなる直前まで神社に居座っていた。

 

「そろそろ帰るぜ」

 

「暗くなってきたことだしね」

 

「俺も帰るわ。もうほとんどやることないだろ?」

 

「そうね。今日はよく働いてくれたわ。褒めて遣わすわ」

 

 何様だこいつ。

 

「じゃあな」

 

「また明日な、霊夢!」

 

 俺達は博麗神社を後にして、麓に降りる。途中まで帰る道が同じなので、一緒に帰っている。

 

「…ねぇ八幡。少しいいかしら?」

 

「ん?どうした」

 

 マーガトロイドが突然、話を振ってくる。何故だか神妙な面持ちである。

 

「今日の霊夢、何か様子がおかしくなかった?」

 

「そうか?普段通りだったと思うけどなぁ」

 

 普段通りではあった。が、時々様子がおかしく見えたのもまた事実。何が起爆剤で豹変してるのかは知らないが、罰ゲームが関わっている可能性はある。

 

「…まぁそうだな。ていうか、あいつは普段からおかしいとこしかないだろ。俺に対する扱いとか」

 

「霊夢の八幡に対する扱いはいつも通りだろ」

 

 そんないつも通り嫌だ。いい加減にそのいつも通りを変えて欲しい。俺に危害を加えない、そんないつも通りでお願いします。

 

「…なんて言うか、時々彼女のような表情になっていたのよね。八幡に付き纏う……封獣ぬえ、だったかしら」

 

「気のせいだろ。あれが何人もいてたまるか。胃に穴開くぞそんなん」

 

 気のせい、だと思いたい。しかし、マーガトロイドが言っていることはあながち間違いじゃない。

 昨日も、そして今日も。博麗の表情と封獣の表情が重なる時があった。気のせいだと俺が言うのは、単なる現実逃避。もし仮に、博麗が封獣のようになってしまえば、胃に多大な負担が掛かることもあり得てくる。

 

「あ、私達そこ渡って帰るから」

 

 途中の横断歩道に着いたあたりで、マーガトロイドが指差す。

 

「おう。じゃあな」

 

「じゃあな八幡!また明日っ!」

 

 そして別々の道を帰路を辿り、俺達は別れた。押していた自転車に乗り、ペダルを漕ぎ始めようとすると。

 

「あっ、八幡さん!」

 

「お」

 

 俺を呼んで引き止めたのは、重そうなレジ袋を両手に持った魂魄であった。

 

「奇遇ですね。今帰りですか?」

 

「あー、まぁな。…つーかそれ…」

 

「はい。全部食料です。幽々子様の」

 

 サイゼでも騒いでいたが、幽々子様という魂魄の主は結構な食いしん坊らしい。

 

「…ん」

 

 魂魄に向けて、手を差し出す。

 

「え?」

 

「…重いだろ。チャリの籠に乗せる。ついでに家の入り口まで送る」

 

「い、いえいえ!それは八幡さんに悪いですし…」

 

「俺から言ってんだ。悪いもクソもねぇだろ」

 

 それに、流石にこんな重そうなレジ袋を持ってるやつを見かけて放置するほど俺は鬼じゃない。まぁ知らんやつならスルーしてただろうけど。

 

「ほれ」

 

「…八幡さんって、女性に対する気遣いが良いですよね」

 

「なんだ急に」

 

「そこが八幡さんの美徳なんでしょうけど。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 魂魄はレジ袋を籠に詰める。その瞬間、自転車の前部分だけが異様に重くなったのを感じる。

 

「それでは参りましょうか」

 

 魂魄の案内で、俺は魂魄が住む家へと向かった。

 

 一応、帰るのが少し遅くなると小町に連絡しておこう。最近家を空けすぎたせいか、だいぶ戯れついてくるのだ。

 いやまぁそこがね?うちの小町の可愛さって言うかね?むしろもっとウェルカムである。

 

 脳内にコマチエルを浮かべながら、魂魄の後を付いていく。そして辿り着いた先にあるのは。

 

「ようこそ。ここが我が屋敷、白玉楼です」

 

 もう規模については驚きはしない。紅魔館、命蓮寺、博麗神社、何かと規模の大きい敷地に足を踏み入れた猛者である。今更高級ホテルが目の前にあっても、驚かない。

 

「では、中へ」

 

 俺は自転車を正門前に停め、レジ袋を持って中に入る。

 中に入ると、それはそれは広い敷地が広がっている。庭には、池やその池を跨ぐ桟橋がある。

 

 その桟橋を渡ると、そこが屋敷の縁側である。俺はレジ袋を縁側にゆっくりと置いた。

 

「あら、お客さんかしら〜?」

 

 間延びした声を発しながら襖を開けて現れたのは、ピンク髪のミディアムヘアーに、水色と白を基調としたフリルのような着物に、妙な帽子を被った女性。

 そして何と言っても、思春期男子を引き寄せる二つの大きな丸い何か。小野塚先輩や風見先輩、八雲校長とそのお付きの人も大概であるが、この人もヤバい。マジっベーレベル。

 

 無意識に目を引き寄せられてしまうのは、決して俺に下心があるわけではない。そう、決して下心が…。

 

「八幡さん」

 

「ひ、ひゃい!」

 

 変な声出た。

 

「見過ぎです」

 

 魂魄は静かな笑みでそう注意するが、瞳は一切笑っていなかった。

 怖いよ魂魄。後怖い。

 

「こちらが私の主、西行寺(さいぎょうじ)幽々子(ゆゆこ)様です」

 

「…どうも。比企谷八幡です」

 

「貴方が噂の八幡さん、ね?妖夢がお世話になっているわ」

 

「はぁ…」

 

 別に世話をした覚えはない。ちょっと話すだけの関係でしかない。一体魂魄は俺の何を話しているのだろうか。

 

「幽々子様、夕食の材料を買って参りました」

 

「あらありがとう。折角だし、八幡さんも食べて行ったらどうかしら〜?」

 

「それはいい考えですね。材料を持って貰った恩もありますし、ぜひ上がってください」

 

「や、妹が夜飯作って待ってるし。悪いけど、その誘いは無しにしてくれ」

 

「そう、ですか……」

 

 だから。

 だからなんで揃いも揃ってそういう、悲しげな表情になるんだよ。どいつもこいつもあざといよ本当。

 

「…来週の休日」

 

「え?」

 

「お前が来週の休日辺りになんか来いって言ってただろ。そん時にご馳走させてもらおうかな……つって……」

 

 いささか厚かまし過ぎたか。他人の家に上がるだけでなく、飯まで作ってもらおうとしてるからな。

 

「は、はい!腕によりをかけてお待ちしてます!」

 

 そんな気合い入れんでも。食わせてもらうだけでありがたいんだから。気遣うわ。

 

「…まぁ、楽しみにしてる。じゃ、俺は帰るから」

 

「はい!さようなら、八幡さんっ!」

 

「またおいでね〜」

 

 俺は白玉楼の屋敷を後にし、正門に置きっぱなしのチャリに乗る。「今から帰る」と小町に連絡し、ペダルを踏み込み始めた。

 

「…今日も一日疲れたな」

 

 毎日飽きない日常が繰り広げられている。俺が目指した静かなる生活とは程遠いが、なんだか充実している気がする。

 

 俺もついにリア充の仲間入りってか。下らねぇジョークだよ、全く。

 



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妹という存在は、兄に甘えたがる。

 みんな。最近名前だけが出ていても、姿形を現していない人物は誰か当てられるか?

 

 風見先輩か?それかレミリアお嬢様?あるいは八雲藍先生?

 

 違うな。俺の目の前にいる人物はそんな甘っちょろい人物じゃあない。答えは。

 

「最近、なんだか楽しそうだよね。八幡?」

 

 全く目に光を宿していない封獣ぬえです。なんだか久しぶりに見た気がするよ。

 今日は、以前から約束していた紅魔館に向かう日。その道中、封獣と遭遇したのだ。

 

「私が目を離した隙に、あの鬱陶しい雌共達と楽しくしてたんだね」

 

「別に楽しくしてねぇよ」

 

「へぇ。合宿じゃあの雌共と寝泊まりして?最近は朝と夕方に博麗神社に行って?昨日は白玉楼に行ってたみたいじゃん?八幡って、結構浮気性なんだ」

 

 こうして詰められるのも久しぶりな気がする。二度と懐かしみたくない状況だが。

 

「…付き合ってないんだから浮気じゃねぇだろ」

 

「どうせ付き合うんだから変わりないよ」

 

 グッと俺の腕を掴む力を強める。俺はその腕を見た瞬間、怖気がした。封獣の両腕には、夥しい包帯が巻かれている。

 

「おい、お前、これ…」

 

「ん?あぁ、これ?八幡に会えないのがイライラしててさ、そのストレス発散でやっちゃった。痛いけど、これがいいの。だって、傷の量だけ八幡を想う強さが確認出来るから」

 

 間違いない。

 こいつ、リストカットしてる。俺に会えないことがストレスになり、我慢出来ずに自身の腕を傷付けたんだろう。

 

「…リスカはやめとけ。腕を傷だらけにすんな」

 

「心配してくれてるんだ。ありがとっ、八幡」

 

 掴んでいた両腕を離し、今度は俺にしがみつく。

 

「ねぇ八幡。今から私とどっかに行こ?暇でしょ?」

 

「悪いが先約がある。無理だ」

 

「そんな約束いいじゃんか。そんな約束よりもっと気持ちいいこと、してあげるからさ」

 

「すぐそっち方面に持っていこうとすんな。お前のこと別に嫌いじゃないが、そういうのは本当に好きなやつとしかしない」

 

「私は八幡のことが好きだからしたいんだけど?」

 

「知ってる。でも俺はそうじゃない。嫌いじゃないけど、お前のようにそこまでお前を好いているわけじゃない。そういうのは、互いの合意みたいなもんがあんだろ」

 

 これは合意とかそういうものじゃない。封獣の一方通行でしかないのだ。

 幾度か、こいつの過度なスキンシップに理性が揺らいだ。が、身を委ねて仕舞えば、それは俺でなくなり、封獣も更に依存してしまう。それはもう泥沼でしかない。

 

「関係ないよ。そんなの」

 

「…は?」

 

「合意なんて待ってたら、八幡が別の雌のものになる。それだけは嫌。絶対嫌。それならいっそのこと…」

 

「待て馬鹿者」

 

「いたっ」

 

 背後から封獣の頭を手刀で叩き、制した。

 そこにいたのは、命蓮寺のナズーリン先輩、そして寅丸先輩である。

 

「そうやって八幡に迷惑をかけるな。それこそ嫌われてしまうぞ」

 

「だって!…だって、八幡が他の女と仲良くして欲しくないんだもん。八幡は私だけを見ていればいいのに…」

 

「だからって人に迷惑をかけていい理由にはならないだろうが。…悪いな、比企谷」

 

「い、いえ…」

 

 ナズーリン先輩が封獣の襟を掴んで引き離す。

 

「比企谷にも私達にも予定があるんだ。行くぞ」

 

「…チッ、分かったよ。…じゃあね、八幡。八幡のことずっと見てるから。あんまり他の雌と仲良くしてると、私何するか分かんないよ」

 

 封獣はそう言って、目の前から去っていった。何も起きなかった安堵なのか、それともこれから何か起きる不安なのか、大きく溜め息を吐いてしまう。

 

「…苦労されてますね」

 

「まぁ、はい。…でも、あいつが今までいた環境が環境だから、強く押し返せないんですよ」

 

 あいつは人の愛に飢えている。愛を与えてくれる者に依存し、愛を要求するのだ。

 その対象が俺。今のあいつの止めどころが分からない。リスカまでやってしまっているから。

 

「…あいつの腕はもう見ただろう?比企谷に会えないストレスからか、カッターナイフで自分の腕を切っていたんだ。気づいた時点でやめろとは言ったのだが、聞かなくてな…」

 

「私も見ました。…聖が痛々しい表情で手当てをするところも」

 

「…比企谷、気をつけろよ。私達がいる場ではなんとかなるが、いない場合は君がなんとかするしかない。現にぬえのやつ、私達がいなければ君を犯そうとしてたからな」

 

 女子にレイプされることが嬉しいとか言ってるそこの読者。認識を改めた方がいい。本当にそういう場面に立ち会った時、身体が思うように動かないものなのだ。恐怖が故にな。

 

「ではな、比企谷」

 

「あ、はい…」

 

 ナズーリン先輩と寅丸先輩も目の前から去っていった。

 封獣とエンカウントする度に、封獣に対するアプローチが分からなくなる。俺が何をしても、彼女の依存が強まるだけだ。

 

「…行くか」

 

 俺は再び、紅魔館への道のりを辿り始めた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あっ、八幡さん!お久しぶりですね!」

 

 紅魔館に到着し、出迎えてくれたのが門番の紅美鈴。今日はどうやら寝ていないようだ。

 

「どうぞ!お嬢様達もお待ちになっていますので!」

 

「悪いな」

 

 紅魔館の門を潜り、敷地内に入る。

 なんだか久しぶりに紅魔館に来た気がするな。この真っ赤な色の館も相変わらずだ。

 懐かしみながら紅魔館の中に入ろうとすると、扉が勝手に開く。中から現れたのは。

 

「いらっしゃい、八幡」

 

 メイド長の十六夜である。こいつのメイド姿も久しぶりに見るな。

 

「どうぞ中に入って。レミリアお嬢様が会いたがってるわ」

 

 正直、ちょっと苦手意識があるんだよな。この間に十六夜の話を聞いてから、レミリアお嬢様に対してちょっとした恐怖感を抱いているのだ。

 

「…やっぱ俺用事思い出したから帰るわ」

 

 俺は回れ右して外に出ようとするが、十六夜が素早く俺の両手を後ろに拘束して身動きが取れないようにする。

 

「ダメよ。そんなことしたら、貴方がイクまでこうしてあげるわ」

 

 十六夜は俺の耳元で、息を吹きかけた。

 

「ふぁッ!?」

 

 十六夜から発した生暖かい空気が、俺の耳を刺激する。

 

「ふふふ……女子にこんなことされて、情けない声出して。貴方が帰らないって言うまで、永遠に刺激してあげる」

 

「お前っ…悪魔かよっ…!」

 

「悪魔なんて心外ね。そんな悪い貴方にはこうよ。…ふぅっ」

 

「ぅぐっ!」

 

 そういえばこいつも十分なドS気質だったわ。このままこいつにASMR擬きをされ続けてたら、間違いなくおかしくなる。

 

「わ、分かったっ。帰らねぇからそれやめろっ」

 

「…つまんないわね」

 

 十六夜は渋々といった様子で俺を離す。

 あー危なかった。ビッチかよ。メイドでビッチとか何そのエロオプション。怖ぇよ。

 

 十六夜の先導により、レミリアお嬢様専用の部屋へと向かった。それにしても、相変わらず目がチカチカするわここ。

 

「着いたわ。気に入られているとはいえ、無礼な行動はNGだから」

 

「分かってるよ」

 

「では開けるわよ。…失礼します、お嬢様」

 

 十六夜は3回ノックし、扉を開ける。開けた先には、玉座に座ってワイングラスを手に持つレミリアお嬢様がいた。

 

「久しぶりね。八幡」

 

「…そっすね」

 

「咲夜、席を外してちょうだい。八幡と話したいの。2人きりで」

 

「かしこまりました」

 

 十六夜はレミリアお嬢様の指示に従い、部屋から退室していった。

 なんなら俺もこの部屋からフェードアウトしたい。さっきからずっとこっち見てるから、あの人。

 

「八幡」

 

「は、はい?」

 

「こちらに来なさい」

 

「いや、別に…」

 

「こちらに来なさい」

 

 怖い怖い怖い。同じ言葉しかインプットされてないNPCかよ。

 俺は断ることを諦めて、彼女が座る玉座へと歩み寄る。

 

「跪きなさい」

 

 言葉のままに従う。

 俺今から何されんだろうか。紅魔館に来て早々拷問でもされるのだろうか。

 

「ふふふ……本当に久しぶりね。あまりに楽しみだったから昨日はあまり眠れていないわ」

 

「そ、そっすか…」

 

 するとレミリアお嬢様は唐突に、俺の顎をやや上に持ち上げる。いわゆる顎クイというやつである。

 

「その怯えた表情が堪らないわ……。ねぇ、やっぱり私は貴方が欲しいわ。ずっと手元に置いておきたいの。紅魔館の、いえ、私に永遠の忠誠を誓ってくれるかしら?」

 

「…前も言いましたけど、無理です。家には小町がいるし、そもそも働く気はないんですよ」

 

「また断られてしまったわ。まぁ、分かっていたのだけれどね」

 

 分かっていた、という割にはこの人の表情はガチだった。ガチで俺を手元に置くつもりだったんだ。

 

「今日は夜までいるのでしょう?フランやパチェにも会っていきなさい」

 

「あ、はい。分かりました」

 

「よろしい。ではもう出て行ってもらって構わないわ」

 

 俺は立ち上がり、レミリアお嬢様の部屋から退室した。退室して次に目指す場所は、ノーレッジ先輩がいる大図書館。フランがいる地下部屋に行くには、大図書館を通る必要があるのだ。

 

 長い廊下を歩き続け、やっと大図書館への入り口に到着した。扉を開けると、その部屋は何千、何万の本が収納された大きな棚がズラッと並んでいる。この光景も、久しぶりである。

 

 大きな棚と棚の間を通って行くと、やや大きな机で本を熟読しているノーレッジ先輩がいた。足音で気づいたのか、彼女はこちらに振り向く。

 

「…驚いた。久しぶりの来客ね」

 

「ども」

 

「今日は何?またレミィに誘拐でもされたの?」

 

「違います。…単純に、十六夜から誘われただけですよ。まぁ後、フランと会う約束もしてます」

 

「あぁ……懐かれてるものね、貴方」

 

 そんな可愛いもんではなかったと思うのだが。危うく奪われそうになったし。

 

「会いに行くなら早く会いに行くといいわ。喜ぶだろうし」

 

「…そうします」

 

 そうして俺は大図書館を通り抜けて、フランがいる地下部屋へと向かった。地下に降りるにつれて、薄暗くなっていく。灯りが中途半端に付いているだけに、不気味さは拭いきれない。

 そんな不気味な雰囲気を感じさせる階段を降りて行くと、フランの部屋の入り口に到着。俺は扉に3回、ノックする。

 

「だーれ?咲夜ー?」

 

「俺だ。比企谷八幡だ」

 

「お兄様っ!?」

 

 すると中からドタバタと忙しない物音が聞こえ、そして勢いよく扉が開かれる。そこには目をキラキラしたフランが。

 

「お兄様っ!」

 

 フランは俺の顔を見るや否や、突然抱きついてきた。こうして小町じゃない他人に、しかも異性に抱きつかれると、年下であれ意識しないことは出来ない。

 見た感じ、年でいえば小町と同じくらいだし。

 

「お兄様お兄様お兄様っ!また会えて嬉しいよっ!」

 

「そ、そうか…」

 

 言葉に詰まりながら相槌を打つ。こう、どストレートに言葉を、自分の気持ちを伝える人間に対して慣れていないのだ。それが俺に対する言葉であるなら尚更。

 

「さ、早く入って入って!」

 

 フランは今度、俺の腕に抱きついて、部屋の中へと引っ張っていく。

 

「お兄様っ、何して遊ぼっか?」

 

「なんでもいいぞ」

 

 ただしこの間みたいにリアル大乱闘スマッシュブラザーズは無しだぞ。

 多分、力じゃフランに勝てねぇ。こんな細身の細腕で、あり得ねぇパワー出してんだから。

 

「うーん……今まで一人だったから一緒に遊ぶ物がないんだよね。お手玉…おはじき…あやとり…」

 

「お前の部屋は昭和なの?」

 

 どう考えても内装とのギャップがあり過ぎだろ。チェスとか置いていそうな西洋風な内装なのに、あるのはお手玉おはじきあやとりて。

 

「んー……じゃあ、一緒にお昼寝しよ?やることもないし、一緒にベッドに行こ?」

 

「え」

 

 フランは俺の返事も聞かず、ベッドへ強引に連れて行く。

 だからなんだこいつのパワーは。腕か手の中に鉄でも仕込んでんじゃねぇのか。マジタニかよこいつ。

 

「待った待った待った。流石にそれはダメだろ」

 

「え、なんで?お兄様とお昼寝することの何がダメなの?」

 

 これが一般常識が備わっている女子であれば、「そういうのは好きな人と」的な話をすればなんとかなる。が、フランはこの間まで外の世界を知らなかった。故に一般常識を知るわけもない。

 

 本気で、一緒に昼寝しようとしているんだろう。

 

 いや、それなら何の危険もないからいいのだが、俺が平静を保てるかどうか分からない。

 さて、どう説明しようものか。

 

「なんでお昼寝ダメなの?」

 

「…アレがアレだからダメなんだ」

 

 自分でも何言ってるかさっぱり分からん。アレがアレってなんだよ。

 

「よく分かんないけど、私お兄様とお昼寝したいの!次お兄様が来るのいつになるか、分かんないもん………ダメ?」

 

 クソっ。なんてあざといんだこの子は。そんな上目遣い反則だろ。

 

 …まぁ俺も寝てしまえば、フランを意識することはないだろう。意識して寝ることが出来るか分からんけど。

 

「…分かったよ。昼寝するか」

 

「わーい!やったやったっ!お兄様とお昼寝だ!」

 

 フランは上機嫌でベッドにダイブする。俺も靴を脱いで、ベッドに腰掛ける。

 

「お兄様、早く早くっ」

 

「…分かったって」

 

 フランがタオルケットに入り、それに乗じて俺も中に入る。すると、フランとの距離が一気に縮まる。

 それはもう分かりきっていたことなんだけど。

 

「お兄様、もっと引っ付いてもいい?」

 

 あーもう知らん。異性と思うから意識してしまうんだ。小町同様、妹と思えば何ら問題ない。

 こいつは妹こいつは妹こいつは妹。

 

「…ばっちこーい」

 

「やったっ。えへへ」

 

 フランは俺の身体にしがみつく。彼女の体温が伝わるくらいに、強く抱きしめられている。

 昔、小町が夜怖いって言って一緒に寝たのが懐かしいな。あいつを安心させるために、頭を撫でたりしたんだっけか。親に撫でられた記憶がないのだが、頭を撫でられていた小町の顔はとても気持ち良さそうだったな。

 

 そんなことを思い返しながら、無意識にフランの頭を撫で始めていた。

 

「お兄様のなでなで……気持ちいいよぉ」

 

 くすぐったそうにするフラン。

 うむ、妹として見れば普通に可愛い。ていうかめっちゃ可愛い。なんだこれ。

 

「お兄様……」

 

 しばらくすると彼女の目が、うつらうつらし始める。

 

「…おやすみ、フラン」

 

「お兄…様……おや…すみ…」

 

 フランはゆっくり目を瞑り、次第に寝息を立て始める。

 

「…俺も寝ようかね」

 

 最近は合宿なり博麗の罰ゲームなりで忙しかったからな。明日になれば一日彼女の奴隷に戻るし、こうしてゆっくりすることもない。休めるとするならば、今ぐらいだろうか。

 

 そう考えた俺は、ゆっくりと瞼を下ろした。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 気付くと、何故か私は起きていた。

 キョロキョロと周りを見回すと、目の端にキラキラしたものが見える。後ろに目をやると、背中から宝石のような翼が生えていた。

 

「何…これ…」

 

 いつの間にか私に羽が生えていた。そのことに驚いたけど、それより。

 

「お兄様?」

 

 ベッドではすやすやとお兄様が寝ている。普段は目がちょっと怖いけど、こうして見ると可愛いな。

 そんな気持ちと同時に、もう一つの気持ちが心から湧き上がってくる。

 

 お兄様の首筋に噛みつきたい。

 

 噛みつきたいというのか、お兄様の()が吸いたい。お兄様の美味しそうな首筋に噛みついて、血を吸いたい。吸って吸って吸い尽くして、お兄様の血を根こそぎ私の中に欲しい。

 

 目の前にご馳走がある。これを我慢しろと言われても、私は絶対我慢しない。

 

「いただきます」

 

 お兄様の首筋に、思い切り噛みつく。噛みついた途端、私は身体が熱くなる。噛み跡から血が出ているけれど、血の味がしない。

 

 血って何の味もしなかったっけ?

 

 そんな疑問はすぐに気にならなくなり、私の噛みつきで濡れたお兄様の首筋にもう一度、噛みつく。

 

 何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 噛んでは吸って噛んでは吸って。同じことを同じ場所に繰り返す。その度に、身体が熱くなり、更に太ももと太ももの間がきゅんきゅんする。

 

 もう一度、もう一度お兄様の首筋に噛みつこうとすると、目の前がなんだかボヤけてくる。

 

「お兄…様……」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…んん…」

 

 俺はゆっくり瞼を開ける。周りを見渡すと、自分がいるところはフランの部屋だと理解する。と、同時に、フランと昼寝したことも理解する。

 

「今何時だ…?」

 

 ポケットからスマホを取り出すと、夕方の17時半と映っていた。

 

「結構寝てたんだな………ん?」

 

 俺は右首を触ると、何かベタベタしている。

 

「お兄様…」

 

 フランは俺を呼びながら熟睡している。

 もしかして、寝ているフランの涎でも付いたのだろうか。俺の右隣にフランがいるわけだし、それしかないよな。

 ただ気のせいかどうか分からないが、なんだか右首筋が痛い。丁度、濡れていたところだ。

 

「…ニキビか何かか?」

 

 触ってみると、ニキビではなさそうだ。…まぁ気にするほどの痛みじゃないし、別にいいか。

 フランを起こさずに、俺はゆっくりベッドから抜け出す。

 

 すると、扉からコンコンと、ノック音が聞こえる。

 

「失礼します。フランお嬢様」

 

 入ってきたのは、十六夜である。

 

「…って、八幡もいたのね」

 

「ん、まぁな。フランなら今寝てるぞ」

 

「そう…ならいいわ」

 

 十六夜がこちらを見ると、目を見開く。突然素早く迫り来て、俺は反射的に後退する。

 

「動かないで。何もしないから」

 

 十六夜は俺の右首筋を怪訝な顔で睨む。

 

「どうしたのこれ。内出血してるけど」

 

「マジ?じゃあちょっと痛かったのって内出血してたからか?」

 

「…これ、どう見ても…」

 

「ん?何か心当たりあるのか?」

 

「…あるにはある。けどあまり公に言うものじゃないし、それをそのまま放置していたら多分誰かに刺されて死ぬかもね」

 

「えっ何それ怖い。どうしたらいいんだよ」

 

 俺まだ死にたくない。そんなわけ分からんまま死にたくないよ。

 

「とりあえず治療室に。絆創膏を貼って傷口を隠すの」

 

 そう言って、十六夜は俺の手を引っ張ってフランの部屋から出て行く。治療室に足早で向かっていく。

 治療室に到着し、十六夜は救急箱から絆創膏を取り出して、右首筋にゆっくりと貼り付ける。

 

「内出血なんて2日から5日の間に治ると思うけど。極力その内出血は見せないようにしなさい。死にたくなければね」

 

「…そうする。なんかもう怖い」

 

 内出血しただけで誰かに刺されて死ぬとか不遇過ぎる。

 

「…そういえば、さっきまでフランお嬢様と一緒にいたのよね?何していたの?」

 

「フランが一緒に昼寝したいって言って、付き合わされただけだ」

 

「昼寝……なら良かったわ。その内出血は、ある意味自然に出来たものになるから」

 

「?どういう意味だよ」

 

「まぁあまり気にする必要のないことだけど、気にしなさ過ぎると死ぬから、適度に気にしなさいって話」

 

「お、おう…」

 

 この症状について十六夜は何か知っている。けど特に気にする必要がないなら、俺はそうするだけだ。絆創膏さえしておけば、とりあえず死にはしないのだろう。多分。

 

「じゃあ、私は夕食の準備に取り掛からないとね」

 

「手伝うぞ」

 

「この間と違って客人なのだから、ゆっくりしてなさい」

 

 そう言って、彼女は治療室から退室していった。残った俺は別にここにいても何もすることもないと思い、フランの部屋へと戻った。

 

 「起きたら隣にいなかった」って言われたら敵わないからな。

 

 フランの部屋に戻ると、丁度起き始めたようだ。目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。

 

「お兄…様……どこ行ってたの…?」

 

「ちょっとな。それより、俺達結構寝ちまってたみたいだ。もう夕方だし」

 

「もうそんな時間……ふわああ〜……」

 

 フランは大きな欠伸をして、タオルケットから出る。ベッドから降りて、こちらにゆっくり歩み寄り、そして抱きつく。

 

「お兄様…おんぶして?」

 

「え、あ、おう」

 

 甘えてくるフランをなんだかんだで拒絶しない辺り、フランに対してやや妹意識が芽生えてしまっている。

 いや、俺の妹じゃないんだけどね?

 

「お兄様…お兄様…えへへ」

 

 出会った時とは雲泥の差だな。

 最初なんて表情が暗かったし、歪な笑顔を浮かべていた。今では、心の底から笑えるようになっている。

 

 本当、妹って生物は世話が焼ける。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「これまた豪勢なお食事で…」

 

 分かりきっていたこと。だが、やはりこの高級感はいつまで経っても慣れないものだ。

 

「それでは、いただきましょうか」

 

「いただきまーす!」

 

 俺達は十六夜が用意した高級ディナーをいただくことに。ただ一人を除いて。

 

「咲夜さ〜ん…なんで私だけカップラーメンなんですかぁ〜…」

 

「夕食出してあげてるんだから感謝しなさい」

 

 一人だけ、カップラーメンを泣く泣く食す紅美鈴。客人の俺でさえこんな待遇だと言うのに。

 

「…どうしたんですか、あれ」

 

「また門の前で寝てたんでしょ。いつものことよ」

 

 と、ノーレッジ先輩が教えてくれた。そういえば立ったまま寝るとか言っていたなこの人。

 

「八幡さん……私に恵みを〜…」

 

 …流石にカップラーメンだけじゃな。俺は何かを紅に与えようとするが。

 

「必要ないわよ八幡。然るべき罰だから」

 

 十六夜が清々しい笑顔でそう言い放つ。その笑顔が恐ろしく見えるのは俺だけだろうか。真っ黒に見えるのは気のせいなのだろうか。

 

「…そういうわけだから。…ドンマイ」

 

「そ、そんなぁ〜…」

 

 哀れな紅。そんな彼女を横目に、俺は黙々と食べていく。

 

「…そういえば気になっていたのだけど、その首筋の絆創膏どうしたの?」

 

 と、レミリアお嬢様が尋ねてくる。

 

「気づいたら内出血してました。原因不明です」

 

「原因不明の内出血…?それ大丈夫なの?何かの病気じゃない?」

 

 確かに、言われてみればそうかも知れない。急に浮かんできた内出血なんて、突発性の何かだろうしな。けど、別に今までそんなに体調不良を起こすような生活はしていない。

 

「いえ、大丈夫です。痕を見た感じ、病気の類ではありませんでした」

 

「?そうなの?」

 

「はい。少なくとも身体に異常性は見られないと思います」

 

「…ならいいけれど」

 

 十六夜に医療の知識があるのかは分からないが、やはり不自然に浮かび上がってきた内出血に疑問を抱くことは変わらない。

 

 何故浮かんできたのか?原因は?

 

 こういった体調不良になりそうなきっかけを探すべく、料理に手をつけながら自分の過去を探ることに。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 結局過去を探っても心当たりがない。疑問は疑問のまま残ってしまった。

 そんなモヤモヤとした気分になっている俺は、帰宅の準備を始めた。正門前では、紅魔館の住人がこぞって見送りに。

 

「今日は良い一日を過ごすことが出来たわ。ありがとう、八幡」

 

「…別に、俺は何も」

 

「お兄様、また来てね!」

 

 フランはそう言って、抱きついてくる。そんな甘えてくる彼女の頭を優しく撫でた。

 

「あぁ、またな。……じゃあ、俺はこれで」

 

「えぇ、さようなら。帰りには気をつけなさい」

 

 俺は軽く頭を下げて、紅魔館に背を向けた。そして、駅の方へと歩き始める。

 

 さて、また明日から博麗のパシリか。気が滅入るな全く。

 

 



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結局、比企谷八幡は他人に甘い。

 罰ゲームから日が経ち、遂に最終日。

 今日本日を以て、博麗霊夢の罰ゲームが終了いたします。わーわーぱふぱふー。

 

 なんだかんだで長いようで短く感じたこの1週間。ようやく自由を取り戻すことが出来る。そう考えると、少しワクワクしている自分がいる。

 やや高めのテンションで博麗を迎えに、博麗神社へと向かったのだが。

 

「…来ねぇな…」

 

 いつもだったら来るであろう時間に博麗が来ない。何かあったのなら、連絡ぐらい入れてくると思ったのだが。

 俺は博麗のラインにメッセージを送る。しかし少し待っても、全く返信する様子がなかった。

 

 あいつが先に行くとは考えにくい。「歩くのが面倒、チャリが楽」とか言ってたやつが、先に学校に行ってるとは思えない。なら普通に考えて、まだ神社の中にいる。

 

「…行ってみるか」

 

 自転車を麓に置いて、博麗神社へと向かった。階段を登ると神社が観えて来るのだが、やはり外にはいなかった。

 

「…おーい、博麗ー?」

 

 気怠げに彼女の名前を呼ぶ。だが声は返ってこない。ここまで無反応だと、何かあったのかと心配にはなる。

 中を確認したいのは山々だが、いかんせん気が引ける。無反応なのが気になるが、別にこのまま放っておいて学校に行ってもいいのではないか。

 

 俺は別にあいつの彼氏でもなければ家族でもない。俺が乗り込んで心配する必要性はどこにもない。…のだが。

 もし何かあって、それで家に引きこもっているやつを放っていくのも気が引ける。

 

 我ながら面倒くさい性格になったもんだ。

 

「…しゃーない」

 

 俺は勝手に神社の中に上がる。縁側を歩き、博麗の部屋へと向かっていく。

 博麗の部屋の前で、俺はもう一度、彼女の名前を呼ぶ。

 

「博麗?生きてるか?」

 

「……なんで来たの…」

 

 部屋から博麗の声が返ってくる。しかし、どこか不調を思わせる声色であった。

 

「なんでって、いつも来てる時間帯に来てなかったら不思議に思うだろ」

 

「…別に先に行けば良かったでしょ……どうせ今日で罰ゲーム終わりなんだし…。あんたからしてみたら、私がいない方が良かったんじゃないの…?」

 

 なんだか今日の博麗は卑屈に見える。姿は見えんけど。

 

「…まぁお前に今まで苦労かけさせられたしな。下着見た俺が言うのもなんだが」

 

「だったら放って行きなさいよ…」

 

「そうだな。これが罰ゲーム期間でなけりゃあ、普通に放置してたかもな」

 

「なら…」

 

「でもまだ罰ゲーム期間は続いてる。今日が最終日とはいえ、一応お前の言うことを聞く義理はある。何か買って来て欲しいもんあるなら買ってくるし」

 

 変なところで罰ゲームが有耶無耶になって、元気になった時に「あの時罰ゲームしてなかったから今日は特別に」とか言われても困るからな。

 

「つかお前風邪かなんかだろ。そもそも病人放置するほど俺もそこまで鬼畜じゃねぇよ」

 

「……」

 

「まぁお前が帰れって言うなら、遠慮なく帰るけど」

 

 本人が帰れって言ってんのに無理矢理に居座るわけにもいかない。

 

「……じゃあ、来て…」

 

「…おう」

 

 俺は襖を開ける。そこには、布団を敷いて寝込んでいる博麗が。

 

「大丈夫か?」

 

「って見えるならあんたの目は本当に腐ってるわよ…」

 

 そりゃそうだ。大丈夫じゃないから寝込んでんだよな。

 

「…薬は飲んだのか?」

 

「まだ…身体が怠くて動きたくない…」

 

 見た感じ、布団から一歩たりとも動いていないようだ。

 一人暮らしのリスクのうちの一つ。風邪や熱、体調不良を起こした時、誰も助けてくれない。

 

「…とりあえず頭を冷やす。今、濡らしたタオル持って来るから待ってろ。タオルはどこだ」

 

「そこの…引き出しにある」

 

 博麗が指差した引き出しを開き、タオルを手に取る。それを冷たい水で濡らして絞る。冷えたタオルを折り、博麗の額に。

 

「冷たい…」

 

「すぐにまた濡らせるように、バケツかなんかに水汲んでくる。ついでに学校を休むことも伝えとく」

 

「うん…お願い…」

 

 誰かの看病をしたのは小町が熱を出した以来だ。まぁそもそも誰かの看病なんてあまりしないものだが。

 にしても小町といい博麗といい、普段から姦しい彼女達がここまで静かになるとは。熱って身体だけじゃなく、地味に精神的に辛くなるもんなんだな。

 

 俺は水を汲めるバケツを見つけて、ありったけの水を注ぐ。注いでいるそのうちに、俺は学校へと休む連絡を入れ始める。

 

『はい。東方学院高等学校職員室です』

 

 この声は、稗田先生?

 

「先生、比企谷です」

 

『比企谷くん?一体どうしたと言うのですか?まだ学校に来ていないですし…』

 

「それが…」

 

 博麗が熱を出て休むこと、そしてついでに看病するために俺も休むことを伝えた。正直、俺が博麗のことを説明するとどういう状況なんだと疑われそうだが。

 

『…分かりました。ですが、風邪である以上欠席扱いになります。彼女は勿論、貴方も。よろしいですね?』

 

「…うす」

 

『では、貴方達を欠席扱いにしておきます。彼女もそうですが、貴方も十二分に身体には注意してください』

 

「分かりました。じゃ、失礼します」

 

 俺は通話を切って、ポケットにスマホを入れる。

 

 スムーズに話が進んで助かった。状況説明とか色々面倒だったし、変に疑われたりしたら敵わないからな。

 

 水が多量に注ぎ込まれたのを確認して、俺はバケツを持って部屋に戻った。

 

「…ありがと…」

 

「気にすんなよ。…後あれだ、どうせその感じだと朝飯食ってねぇんだろ?動きたくないのは分かるが、とりあえず食えるもんは食っとけ。お粥ぐらいなら俺でも作れるから」

 

「…うん…」

 

「じゃ、またなんかあったら言えよ」

 

 すぐそこの縁側で座って時間を潰そうと考え、立ちあがろうとしたのだが。

 

「待って…行かないでよ…」

 

 博麗が俺の左手を弱々しく握る。

 

「いや、部屋の前の縁側にいるだけで…」

 

「嫌…行かないで…」

 

 普段の博麗であれば、こんなことは言わない。熱にうなされているのだろうか。

 捨て犬みたいな表情されると、こっちも気分が落ち着かない。落ち着いて眠れるように、一応配慮をしたつもりだったのだが、逆効果だったか。

 

「…分かった。出て行かねぇからお前は大人しく寝とけ」

 

 俺はその場に座り、普段から学校に持って行ってるラノベを開いて時間を潰し始めた。

 しばらくすると、博麗がゆっくりと起き上がる。

 

「おい、安静にしとけ」

 

「…ねぇ、背中拭いてくれない…?」

 

 と言って、博麗は徐に寝衣を脱ぎ始める。俺は慌てて彼女から目を逸らした。

 

「ち、ちょちょ待て待て待て待て!急に脱ぎ出すなって!」

 

「汗かいて気持ち悪いのよ……背中くらい別にいいでしょ……」

 

 下着見られただけで罰ゲームさせたやつが今や「背中くらい別にいいでしょ」とのこと。熱って怖。

 

「わ、分かった分かった!別のタオル取るからまだ脱ぐな!」

 

 俺は引き出しから別のタオルを取り出し、さっき汲んできたバケツに突っ込んで濡らした。

 

「もういいでしょ…」

 

 博麗は遠慮なしに寝衣を脱いだ。背中とはいえ、目の前にはクラスメイトの裸体が。つーか背中だけでも十分エロいっての。

 

「早く拭いて…」

 

「お、おう…」

 

 落ち着け比企谷八幡。背中ぐらいどうということはない。大体こんな状況、小町の時にもあったろうが。

 それに、俺には封獣の過激なスキンシップで鍛えた理性がある。これぐらいで揺らいだりはしない。

 

「じゃあ、拭くぞ」

 

 俺は博麗の背中に、濡れたタオルをゆっくりと。

 

「んっ…」

 

 おい変な声出すな。ただ冷たいタオルが背中に触れただけだぞ。そんな艶かしい声出すのやめろ。

 

 心頭滅却だ。余計なことを考えるからダメなんだ。無心だ無心。

 

「ん…冷た……っん…」

 

 ごめん無心無理。心頭滅却出来ねぇわ。

 

「おい…頼むから妙な声出さんでくれ」

 

「あんたの手付きがやらしいんでしょ…」

 

「俺のせいかよ」

 

 何?俺無意識に博麗の背中をやらしく触ってたの?それもうセクハラ案件じゃねぇか。ただでさえ女の人をチラ見しただけで視姦されてると勘違いされてポリスに話しかけられるって言うのに、やらしく触ってたら確実に死刑じゃねぇか。

 

 あぁもうさっさと拭いちまえ。

 

「あっ…」

 

 出来る限り早く、かつ身体を傷つけない程度の力具合で博麗の背中を拭いた。

 

「はい終わり。流石に前は自分でやってくれ」

 

「当たり前でしょ…見たら祓うから…」

 

「見るか」

 

 博麗にタオルを渡して、俺は彼女とは反対の方角に身体を向けた。女子の背中ですら結構揺れたんだ。これ以上見てたら間違いなく不味い。というか上半身裸の女子と同じ部屋にいる時点でもう既にアウトな気がする。

 

「…ちょっとさっぱりした…。ねぇ、そこの引き出しから着替え取ってくれない…?」

 

「へいへい」

 

 引き出しから彼女の服を取り出す。それを彼女の姿から目を逸らしながら渡した。

 

「…もうそろそろ昼時だな。お粥作るし、食材買ってくるわ」

 

「だから…なんで病人放って行くのよ…」

 

 博麗はまた、弱々しく俺の手首を掴む。

 

「食材なら神社にあるから……だから…」

 

 彼女のその表情は、見捨てることすら許されない、寂しそうな表情であった。本人は多分否定するだろうが、どう見てもこれは捨て犬の表情だ。

 

「…分かった。けどお粥作るのにも、台所を借りる必要がある。一旦この場から離れる必要があるが…」

 

「…それなら、いい……」

 

 縁側行こうとしただけで引き止めていたのに。引き止める基準が分からんな。

 俺は一旦博麗の部屋を出て行き、台所に向かった。冷蔵庫や野菜室の中には、それなりに食材が保管されている。調味料もあるし、これならお粥ぐらい作れるな。

 

「さっさと作っちまうか」

 

 お粥ぐらいなら、俺でも作れるのだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 頭が痛いし、身体も怠い。

 昨日の夜からなんだか調子がおかしいとは思ったけど、まさか風邪を引くとは思わなかった。

 

 しかも、八幡の罰ゲーム最終日に。

 運が悪過ぎる。八幡が私に尽くす最後の日に限って、風邪を引いてしまった。

 だがそんなことよりも、頭が痛いし身体も怠い。これが一人暮らしのデメリットである。

 

 誰も助けてくれる人もいない。風邪薬を取りたくても、汗を拭きたくても動けない。

 最初は肉体的に辛いのが、徐々に精神的にも辛くなってきた。

 

 苦しい。痛い。

 

 独りは、辛い。

 

 ……誰か、助けて。

 

「…ーい。……れいー?」

 

 この声は。

 いや、そんなわけがない。あいつがこんな所にいるわけない。神社の麓で待ちかねて、私を置いて先に行ってるに違いない。

 どうせ、上機嫌で学校に行ってるんだろうな。罰ゲーム自体、半ば強引だったし。八幡からしてみれば、さっさと終わらせたいに決まってる。そんなあいつが、来てるわけがない。

 

「博麗?生きてるか?」

 

 …嘘。本当に来てた。

 

 なんで?

 

「……なんで来たの…」

 

 私はそう尋ねた。

 八幡がわざわざここに来る道理がない。

 

「なんでって、いつも来てない時間帯に来てなかったら不思議に思うだろ」

 

 それだけ?それだけの理由だけで、わざわざ来たというの?

 

「…別に先に行けば良かったでしょ……どうせ今日で罰ゲーム終わりなんだし…。あんたからしてみたら、私がいない方が良かったんじゃないの…?」

 

 私はそう卑屈気味に返した。

 

 私なんていない方がいい。私がいなければ、罰ゲームを受けることが出来ず、最後の一日は無事に何もなく終わり、罰ゲームも終わるんだから。

 

「…まぁお前に今まで苦労かけさせられたしな。下着見た俺が言うのもなんだが」

 

「だったら放って行きなさいよ…」

 

「そうだな。これが罰ゲーム期間でなけりゃあ、普通に放置してたかもな」

 

「なら…」

 

「でもまだ罰ゲーム期間は続いてる。今日が最終日とはいえ、一応お前の言うことを聞く義理はある。何か買って来て欲しいもんあるなら買ってくるし」

 

 …何よそれ。

 わざわざ罰ゲームを受けに来たって言うの?バカじゃないそれ。ドMでしょ。絶対八幡ドMでしょ。

 

「つかお前風邪かなんかだろ。そもそも病人放置するほど俺もそこまで鬼畜じゃねぇよ」

 

 バカみたい。受ける必要のない罰ゲームを義理堅く守って、わざわざ部屋までやって来て…。

 

「まぁお前が帰れって言うなら、遠慮なく帰るけど」

 

 …こういうところが八幡らしい。八幡の一言一言が、私をざわつかせるんだ。

 なら、いいわよね。私の看病しに来たのだったら。

 

 今日はずっと甘えさせて。

 

 私に、精一杯尽くして。

 

 独りに、しないで。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ほら出来たぞ。八幡お手製のお粥」

 

「…ありがと……」

 

 博麗はゆっくりと起き上がる。

 

「食えるなら自分で食えよ」

 

 俺は器と木の匙を渡そうとするのだが。

 

「食べさせて…」

 

「は?」

 

「まだ身体が怠いし…力があまり入らないから……。だから食べさせて……」

 

 単なる風邪でここまで弱るのだろうか。確かに身体が怠くなるのは分かるが、両手の力まで抜け切ってるってのか。

 

「罰ゲームなんだから…言うこと聞きなさいよ…」

 

「…分かったよ。ほら、口開けろ」

 

 博麗は目を閉じて、口を開ける。ただあの中にご飯を入れるだけなのに、なんでこんなエロく見えるんだろう。こいつの顔が赤いから余計にそう見えてしまう。

 

「…いくぞ」

 

 俺はご飯を掬って、博麗の口内へゆっくり入れる。

 これが餌付けってやつですかそうなんですか。

 

「……不味くはないわね…」

 

「…お前らしい感想だな」

 

 飲み込み、次の一口に備えて口を開く。俺は掬って、また彼女の口内へ。それを何度も繰り返して、彼女はお粥を完食した。

 

「…ごちそうさま」

 

「おう。とりあえず、飯食ったら薬だな。どこにある?」

 

「台所の周辺にあるわ…」

 

「じゃあ、片付けるついでに持ってくるわ」

 

 器を持って、台所へと戻ろうとするが。

 

「…風邪薬も器も後でいいから……」

 

 三度に渡り、博麗は俺の腕を掴む。

 

「…アホか。薬飲め薬。そら放っといても治るかも知れんけど、薬飲んだ方がいいだろ」

 

 博麗は納得いかないといった表情でこちらを見上げている。

 

「……治らなくていいわよ……」

 

「はぁ?お前何言ってんだ」

 

 熱にうなされているにしても、今日の博麗は変だ。俺は彼女の腕を振り払う。振り払われた彼女の表情は、それはそれは悲しみの表情である。

 

「…すぐ戻るっつの」

 

 器を持って、今度こそ台所へと戻った。

 水で流し、洗剤で器の隅々まで洗う。洗い終え、綺麗な雑巾で水気を拭き取る。

 

「…で、薬はっと…」

 

 確か台所付近にあるって言ってたな。それに従い、薬が置いていそうな棚や引き出しを探る。

 

「お、見つけた」

 

 薬やら体温計やら置いている引き出しを見つける。

 

「薬と…後体温計も持って行くか」

 

 その二つを手に取る。次にコップに水を注いで、博麗の部屋へと戻った。

 

「遅い…待たせないで…」

 

「そんな時間経ってねぇだろ。ほれ、薬と水だ」

 

「…ありがと」

 

 博麗は薬と水を受け取り、それを飲んだ。

 

「飲んだら寝転んどけ。飯食って薬飲んだし、そのうち眠くなるだろ」

 

「うん…」

 

 彼女はゆっくり寝転ぶ。寝転んだと同時に、また博麗の額に冷たいタオルを乗せる。

 後は特にすることがなく、引き続きラノベを開いて読書を再開した。しばらくすると、博麗が寝息を立てる音が聞こえてきた。

 

「…寝たか」

 

 正直、彼女の豹変っぷりには落ち着けなかった。普段が普段だけに、尚更。

 

『嫌…行かないで…』

 

 だからあんなことを言う博麗には驚かされた。普段の彼女であれば、絶対に言わない言葉。

 

 ただ、それが仮に本音だとしたら?熱にうなされたのがきっかけで、誰にも言えない本音が出てしまったとしたら?

 

 博麗曰く、産まれた頃から独りだったそうだ。八雲紫校長が育てたとはいえ、それは先代の博麗の巫女と同じスペックを身につけるため。義務教育的な育て方だ。

 

 愛情が何かを知らずに生きてきた結果が、普段の博麗だったのかも知れない。愛情を知らない博麗は、人よりも多く愛情を求めてしまうのだろう。そして愛情を知ってしまえば、きっとその愛情に執着してしまう可能性が高い。

 

『行かないで…』

 

 そして、その対象が。

 

「まさかな」

 

 …色々仮定を並べたが、あり得ない。何故なら、そこまで執着されるほど何もしていない。

 封獣が依存したのは分からないでもないが、博麗に関しては何もしていない。単純に罰ゲームで博麗の言うことを聞いてきたくらいで。

 

「…やめやめ」

 

 いくら考えても分からねぇもんは分からねぇ。

 もし仮に、博麗を何かから助けたり、何か依存させるような言葉をかけたなら分からなくはない。が、博麗にそんなことした覚えも言った覚えもない。

 そもそも、俺が博麗に何かしてやれることがない。俺が介入して、それで彼女が変わるわけがない。

 

 完全なお手上げである。

 

 こいつの境遇を、俺が理解も同情も出来るわけがない。

 ただ、こいつは誰かからの愛を求めているように見える。それだけが鮮明に感じ取れる。

 

「…封獣と同じ穴の狢、だったりすんのかね」

 

 俺はそう呟いて、ラノベの内容に集中し始めた。そこからしばらく、数時間が経過して。

 

「おーい!霊夢ー!八幡ー!」

 

 相変わらず喧しい霧雨の呼ぶ声が聞こえてくる。おそらく隣にはマーガトロイドもいるのだろう。見舞いか。

 襖を開けると、いち早く霧雨が俺に気づいた。やはり隣にはマーガトロイドも。

 

「八幡!」

 

「霧雨、静かにしろ。博麗寝てるんだから」

 

「あ、悪い…」

 

 俺は人差し指を立てて注意する。

 

「それで、どうなの?具合は」

 

「まぁ食欲もあったっぽいし、今うなされずに眠れてる。この分には、早けりゃ夜あたりには治りそうだと思う。知らんけど」

 

「そう…。そうだわ、これ。お見舞いの品」

 

 マーガトロイドがスーパーの袋を渡してくる。中を覗くと、スポーツドリンク、そしてりんごがある。

 

「と、後ノート。今日の分」

 

「悪いな。今写真撮るわ」

 

 俺はマーガトロイドの各教科のノートをスマホで撮影する。そして全て撮影し終え、ノートを返した。

 

「早く元気になれよな。お前がいないとつまんねえんだから」

 

 霧雨は眠る博麗に向けてそう呟いた。

 

 なんだかんだで、こいつらって仲がいいよな。

 

「後、八幡もだぞ」

 

「え?」

 

「お前今絶対他人事みたいに思ってたろ。八幡もいなきゃ、嫌なんだからな」

 

「お、おう…」

 

 だから何このイケメンっぷりは。こいつ絶対女子からモテるやつだろ。なんなら危うく俺まで惚れそうになったわ。

 

 本当、こいつ仲間意識強すぎだろ。

 

「…じゃあ、私達は帰るとしましょうか。病人のところに多人数でいるのはあまり良くないからね」

 

「そうか。お前らが来たことは起きた時に伝えとく」

 

「えぇ。行くわよ、魔理沙」

 

「おうっ。じゃ八幡、またな。待ってるぜ」

 

 二人は部屋を静かに出ていき、神社から去って行った。そして彼女達が去ってから、また数時間が経ち、外もやや暗くなり始めた。

 

「…ん…んん……」

 

 同時に、博麗がゆっくり目を覚まし始めた。

 

「…今何時…?」

 

「夕方の6時過ぎだ」

 

「結構寝てたのね……」

 

「まぁな。そういえばさっき、霧雨とマーガトロイド来てたぞ。見舞いの品持って」

 

「魔理沙とアリスが?また後で礼を言わなくちゃね」

 

 ゆっくり起き上がり、目を擦る。

 

「具合、どうだ?」

 

「寝てたらだいぶマシになったわ。まだちょっとだけ身体が怠いけど、朝昼に比べたら」

 

「そうか」

 

 風邪薬を飲んで寝たら大体は回復する。博麗の症状が風邪か熱かは知らんけど、まぁこれだけ回復したなら、明後日辺りには学校行けそうだな。

 

「…あんたにも、迷惑かけたわね」

 

「お前急にしおらしくなるの何?」

 

「うっさいわね…。…罰ゲームでも、わざわざ看病なんて面倒だったでしょ。それに色々言ったし…」

 

「別に気にしてねぇよ。つか、病人なんだから何かあれば色々言うだろ」

 

 逆に何も言わねぇ方が怖いし。

 

「とりあえず、熱測るか」

 

 薬と一緒に持って来ていた温度計を博麗に渡す。博麗はその温度計を腋に挟み、じっとしている。

 しばらくすると、体温計から機械音が鳴り始める。

 

「何度だ?」

 

「37.1度…」

 

「そんだけ下がりゃあ直に治るだろ」

 

 もう後は何か特別しなきゃならんことはないな。体温計で見た感じ、治りつつある。俺が何かすることはもうない。

 

「夜飯は食えるのか?」

 

「ちょっと小腹が空いてる…」

 

「じゃ、今度はうどんにでもするか。さっき冷蔵庫の中あったし、使っていいか?」

 

「あ、うん。別に構わないわ」

 

「じゃあそれ作ったら、俺帰るから」

 

「えっ」

 

「もう熱がぶり返すことはないだろうし、今の状態だと風呂も入れるだろ」

 

 まだ熱が高かったら安静にしていろって言ってたが、ここまで引けば大丈夫だ。

 

「ま、待ちなさいよ。帰っちゃダメだから」

 

「は?」

 

「私が寝るまで、ここにいなさいよ。病人放置する気?」

 

「いや、別に大丈夫…」

 

「罰ゲーム。私の命令よ。もし背いたら1週間延ばすから」

 

「えぇ…」

 

 傲慢な博麗……に見えるが、この言葉の意図がうなされていた時の本音と同じ意味だったら。

 

 まぁどのみち、命令に背いたら1週間延ばされるとか地獄みたいなことされるわけだし、従っておこう。

 

「…分かった。だが寝たって分かった瞬間帰るからな。命令したいがために起きてるのもなしだ。眠たい時はしっかり寝ろ。じゃなきゃそれこそ熱をぶり返す可能性があるからな」

 

「…分かってるわよ」

 

「本当かよ…。…じゃ、風呂掃除してうどん作ってくるわ」

 

 今日最後の仕事だ。風呂掃除を済ませて、その次にうどんと、味の付いた汁を作り始める。うどんを茹でている間に、小町に帰るのが遅くなると連絡をする。

 

「最近こんなのばっかだな…」

 

 家に帰れなくなったり、帰るのが遅くなったり。

 そのせいか、小町と若干距離がある気がする。今度どこかに連れて行ってやろうか。財布の中には200円程度しかないけど。

 

「…出来たか」

 

 うどんも茹で終え、汁も出来上がった。食堂や回転寿司とかでよく見るかけうどんである。ただし、具はない。

 出来上がったうどんと箸を持って、博麗の部屋に戻った。

 

「ほれ。もう一人で食えるだろ」

 

「ありがと。いただきます」

 

 料理が出来ないって言っても、肉じゃがやハンバーグと言った手の込んだ料理の場合。お粥やかけうどん程度なら、俺でも作れる。

 

「…お粥もそうだけど」

 

「ん?」

 

「誰かの手料理を食べたのって、いつ以来かしら…」

 

 そう懐かしむような表情する博麗。

 

「料理が作れるまで、藍の手料理しか食べてなかったから……なんだか懐かしいような、新鮮なような気がするわ」

 

 藍…となると、あの八雲藍先生か。八雲紫校長が巫女としての立ち振る舞いを教えていた傍ら、家事全般は八雲藍先生が行なっていたということか。

 

「手料理っつっても、うどん湯掻いて湯に味付けしただけの簡易的な料理だけどな」

 

「それでもよ。…なんだか温かい気持ちになる」

 

「そりゃ温かいうどん食ってるからだろ」

 

「違うわよ。物理の話じゃなくて、精神的な話」

 

「…分からんでもないけどな」

 

 人の手料理ほど、身に染みるものはない。今まで小町が作ってくれていたから、それはよく分かる。

 

「まぁ藍の方が美味しかった気がするけどね。八幡のより断然」

 

「中途半端に下げるのやめてくんない?」

 

 そもそも俺手料理なんて作らねぇんだから。

 

「…でも、嫌じゃないわ」

 

「…そうかい」

 

 博麗はうどんを平らげ、薬を飲んだ。

 

「私今からお風呂入るけど、帰らないでよ。帰ったらどうなるか分かってるわよね?」

 

「はいはい。早よ入ってこい」

 

 ていうかフレーズ的にそれ、「覗かないでよ」だろ。

 博麗は寝衣とバスタオルを持って、浴室へと向かった。俺はうどんの器を洗うために、再び台所へ戻った。

 

 それから1時間後。

 

「…なぁ、やっぱり帰って良くない?俺要らなくない?」

 

「ダメ。私が寝るまで帰るなって言ってるでしょ。夕方に起きたからか、あまり眠れないのよ」

 

 風呂から上がった博麗は髪を乾かし、布団へと戻って座っていた。

 今の時刻は午後の8時前。確かに、高校生が寝る時間帯ではないが…。

 

「明日、保険でもう一日休もうかしら」

 

「お前単純に休みたいだけだろ」

 

 まぁ念のためにもう一日休む必要もないわけではないが、博麗が言うとただサボりたい口実に聞こえてしまうのは普段の行いからかな。

 

 そうして博麗と、雑談を交わして過ごした。2時間程度が経過した辺りで、博麗の目はうつらうつらし始めた。

 

「眠たいならそろそろ寝ろよ。さっきも言ったが、変に起きてまた体調崩したら敵わないからな」

 

「…まだ眠たくない」

 

「なんでそんな嘘つくの?お前めっちゃ眠そうだぞ」

 

 今ここで絵本とか読み始めたら序盤で寝る可能性が高いぐらい眠そうだぞ。

 

「…はよ寝ろ」

 

「……」

 

 博麗はそれでも納得いかない表情を浮かべている。ごねられることも想定していなかったわけではないが、実際にごねられてしまうと、どうしたらいいのかと思ってしまう。

 もしここで俺が折れてしまって、また体調崩したら元も子もない。

 

「…ならこうしよう。今日の罰ゲームは無効だった。俺の善意で看病した」

 

「…何言ってるの?」

 

「つまりだ。今日の罰ゲームは無効だから、明日に延ばすかって聞いてんだよ」

 

 その言葉を聞いた博麗は、目を見開いた。納得していなかった表情が一転して、少し明るくなる。

 

「…いいの?」

 

「ただし、明日が正真正銘の最終日だ。それ以上の延長は却下だ」

 

「…分かった。じゃあ明日に備えて、ちゃんと眠らないといけないわね」

 

 よし、とりあえず本人を納得させることが出来た。俺の罰ゲームの行方よりも、こいつの身体をちゃんと治すことが重要なのだ。一日増えたからってさして問題はない。

 

「…じゃあ、明日また学校でな」

 

「今日はありがとね、八幡」

 

「おう。じゃ、おやすみ」

 

「えぇ。おやすみなさい、八幡」

 

 俺は博麗と別れと就寝の挨拶を交わして、部屋から出て行った。縁側から夜空を見上げると、地を照らす月が鮮明に見えた。

 

「…さてと」

 

 帰ろう、我が家に。

 



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折れるのは、いつも比企谷八幡である。

 今日が本当に罰ゲーム最終日である。先日、博麗が眠たいのを我慢して起きていようとしていたため、それを阻止すべくとある提案を出した。要は「罰ゲーム一日延長やるから早く寝ろ」という提案である。

 

「おはよう、八幡」

 

「うっす」

 

 いつも通り麓で待っていると、博麗が学校に行く準備をしてやって来た。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「えぇ、もう大丈夫。それじゃ行くわよ」

 

 博麗は鞄をカゴに入れて、後ろの荷台に乗る。そこまでの流れは、何も変わっていなかったのだが。

 

「…お前、何してんの?」

 

「何って、何よ」

 

「いや、掴むところの話。なんでお前俺の身体に掴まってんの?」

 

 絵面的には、後ろからハグされているような。そこまで密着しているわけではないが、博麗の両手は俺の腹筋辺りを掴んでいるのだ。

 

「安全性を考慮した結果よ。荷台掴んでたら、自転車の振動で離してしまう時があったから。あんたに掴まってれば、例え私が体勢を悪くして落ちることになっても、一緒に落ちるでしょ?」

 

「後半。何道連れにしようとしてんだ」

 

「うるさいわね。さっさと行きなさいよ」

 

 風邪引いてた方がなんか素直だった気がするんだよな。普段通りの博麗が戻ってきたことで、八幡いびりが始まっちゃった。そんな博麗に対する溜め息を吐き、自転車を漕ぎ始めた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「毎度毎度お前乗せて行くのしんどいわ」

 

「は?私軽いんだからしんどくないでしょ」

 

 ここで普通に重いって言えばいいのだが、女子にそういうことを言ってはダメと小町から学んだ気する。女心って面倒だなぁ。

 

「霊夢、八幡!おいっす!」

 

 後ろから霧雨が大きい声で呼んでくる。

 

「どうやらもう大丈夫のようね」

 

「私の有能な下僕が献身的な看病をしてくれたからね。…後、昨日の見舞いありがと。私寝てたけど」

 

「いいってそんなこと!気にすんなよ!」

 

「そう。じゃあ気にしないわ」

 

 3人は普段通り仲良く歩き、俺は博麗の荷物を持ってやや後ろで歩く。これが普段の構図だが、後ろから見てみると人と人の関係の深さがよく見える。

 博麗は一見、一匹狼的な存在だが、霧雨やマーガトロイドのことを嫌っているわけではない。拒絶しないのがその証拠。

 

「おーい!早く行こうぜ、八幡!」

 

「…あぁ」

 

 上靴に履き替え、俺達は自分達の教室へと向かった。教室に到着し、ホームルームが始まるまで俺はラノベを開いて暇を潰していた。

 

「最近暑くなってきたよな〜」

 

 制服を摘んでパタパタと仰ぐ霧雨。

 確かに、少しずつ暑くなってはきている。直に、梅雨入りもするだろう。

 

「夏祭りもそうだけどさ、夏休みどっかに遊びに行かねえか?パーっとさ!」

 

「私は却下。炎天下に外出るなんて頭おかしいでしょ。夏休みはエアコンで涼むわ」

 

「私も霊夢と同じ意見。あまり外に出るタイプじゃないから」

 

「えー!じゃあ八幡!」

 

「お前この流れで俺が断らないと思うのかよ」

 

 そんなクソ暑い中誰が外に出るってんだ馬鹿馬鹿しい。黙って冷えた部屋でアイス食ってやがれ。

 

「ふっふっふ。言っておくが、お前は断れないんだぜ?」

 

「はあ?」

 

 そう不敵に笑う霧雨。なんだかしょうもないことを考えていそうな面だな。

 

「罰ゲームのこと、忘れてるわけじゃあねえよな?」

 

「あ」

 

 前言撤回。全然しょうもなくなかった。

 ここ1週間博麗の罰ゲームに付き合っていたせいで、こいつらまで罰ゲーム権があることを忘れていた。

 

「乙女の下着を見た罪は重いんだぜ?八幡」

 

「クソッタレ…」

 

 自分の不運を呪うわ本当に。博麗の次は霧雨かよ。

 

「そういうことだ!夏休み、付き合ってもらうからな!」

 

「マジかよ……」

 

 まぁ博麗よりマシ……マシなのか?炎天下に連れて行かれる時点で灼熱地獄受けるようなもんだけど。これが果たしてマシなのか否か。

 

「魔理沙」

 

「ん?どうした霊夢」

 

「その罰ゲーム、具体的には何をするわけ?」

 

 霧雨にそう尋ねる博麗の表情がどこか冷たく見えるのは、俺の気のせいなんだろうか。

 

「具体的に?んー……やっぱどっかに連れて行って遊ぶとかかな」

 

「遊ぶだけね……ならいいわ」

 

「…?」

 

 何故、博麗が霧雨の罰ゲームの内容に対して許可を出したのだろう。罰ゲームの内容をダブらせないようにするためなのか。それとも他に何かあるのか。

 

「…とりあえず、どこ行くかはそっちで決めてくれ。俺に任せたら、家にしかならねぇからな」

 

「八幡の家か……そういえば行ったことなかったし、それもありだな!」

 

「おい」

 

「八幡の家なら私も行くわ。室内だからエアコン効いてるし」

 

「ちょっと」

 

「私もお邪魔しようかしら。異性の家なんて行ったことないのよね」

 

「話聞けよ」

 

 なんでこの3人は俺の家に来る気満々なんだ。いや、百歩譲って罰ゲームの権利を持ってる霧雨ならOKしてる。

 だが残りの2人はなんだ。エアコン効いてるからとか異性の家行ったことないからとか。舐めとんのか人ん家を。

 

「なんだよー。八幡の家になったらみんな来るのかよ」

 

「外で何かするのは嫌だけど、他人の家ならエアコン効いてるからね。これなら行ってあげてもいいわ」

 

「純粋に八幡の家に興味があるしね。私と魔理沙は寮生活で、博麗神社は何度も行ったことがあるけれど、八幡の家に行ったことがないし」

 

「じゃあこれは罰ゲームとは別にしよう!霊夢もアリスも来たんじゃ、なんか私だけの罰ゲームって感じはしないからな!罰ゲームは罰ゲームで、私達2人でどっかに行こうぜ!」

 

「いや、もう、はい。もうそれでいいです」

 

 口は災いのもととはよく言ったものだ。罰ゲームは罰ゲームで霧雨と外に行かなきゃならなくなり、別でこいつらが俺の家に来る。

 

 まぁたかだか2日程度だし、我慢しよう。

 

「八幡さんの家に行くと聞いて!」

 

「うわっ文!?」

 

 廊下から勢いよく姿を見せた射命丸。隣には、同じクラスの妖夢までいる。

 

「おはようございます、みなさん」

 

「…あんたら何しに来たのよ」

 

「いやぁ、霊夢さん達のクラスに行ったら何やら面白そうな話をしてまして。八幡さんの家に行くとかなんとか。そんな面白い話を私が放って置くわけないじゃないですか〜」

 

 「じゃないですか〜」じゃねぇよ。盗み聞きした挙句何サラッと人ん家に上がり込もうとしてんだ。

 

「それはあまりに厚かましいですよ、文さん。八幡さんの許可なしにそれは…」

 

「でも気にならないんですか?八幡さんの家。もしかすれば、八幡さんの部屋にも入れるのかも知れませんよ?」

 

「俺は許可しないぞそんなもん」

 

 この場では妖夢、お前だけがまともキャラだ。頼むからこの胡散臭いJKをなんとか言いくるめてくれ。

 

「…確かに、少し、気になります…」

 

 どうやら俺を擁護する人間はいないらしい。妖夢もそっち側だったのか。

 

「な、いいだろ八幡?」

 

 世の中、決まるのは多数派が全て。少数派が多数派に抗っても、無意味でしかない。ならば俺が返す言葉は。

 

「言っとくけど家で暴れたりしたら叩き出すからな」

 

「てことは?」

 

「…日が決まったら教えてくれ。小町……妹にも言っとく」

 

「よっしゃー!」

 

 多数派の意見は質より量。どれだけ優れた質も、数に勝てはしない。

 もうやだ。なんで夏休みにこいつら俺の家に来るんだよ。しかも5人も。パーティーするわけじゃねぇんだぞ。小町も俺もびっくらぽんだぞ。

 

「…いいんですか?」

 

 妖夢が恐る恐るこちらに尋ねる。勢いで決まってしまったことに、少なからず罪悪感を感じているのだろうか。だとしたらマジ妖夢天使。

 

「…別に構わねぇよ。今更決まったもんを取り消すのも面倒だしな」

 

 その日一日俺の家が騒がしくなるだけで、別に害があるわけじゃない。やましいものもないし、来ても面白いものがあるわけでもないが。

 

「では!日程が決まればまたご連絡お願いします!」

 

「おう!」

 

 そう言って、射名丸は勢いよくクラスから飛び出して行った。嵐のようなやつとはこのことである。

 しかし、もう片方の魂魄は未だに残っている。

 

「お前はまだ帰らねぇのか?」

 

「あの…その…」

 

 すると妖夢は顔をこちらに近づけて、口に手を添える。そして。

 

「今週の土曜日、待ってますからっ…」

 

 俺の耳元で囁き、頭を下げてクラスから出て行った。去り際の彼女の頬は、ほんの少し赤くなっていたのだが。

 

 え何今のめっちゃ可愛いんだけど。今間違いなく俺のハートが撃ち抜かれた音したんだけど。天使かよ。小町に次ぐ天使か妖夢は。

 なんだよ惚れちゃうだろそんで告白して振られちゃうだろ。振られちゃダメだろ。

 

「キモいわよ、顔」

 

 うるせぇ。ちょっと余韻に浸らせろ。

 

「…バカみたい」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 放課後。

 

「八幡。鞄」

 

「へいへい」

 

 俺は自分のと、博麗の鞄、両方を持ってクラスを出て行く。

 異世界の学校じゃ、お嬢様がお付きの人間に鞄を持たせる描写があるが、正しくそれである。

 

 今日も今日とて、何も変わらない日常を送り、そして終わった。

 博麗が荷台に乗り、俺の身体にしがみつく。そして、俺がゆっくり漕ぎ始める。

 

 こういった下校も、これで最後だ。

 

「あのな。登校中にも言ったが、別のところ掴めばいいだろ」

 

「…うるさい。いいでしょ」

 

 俺の言葉に苛立ったのか、更に掴む力が強まる。

 これ以上何か言うと、更に博麗を苛立たせてしまうと思い、俺は言葉を慎むようにした。

 どこにも寄らず、博麗神社の麓に到着。自転車を停めて、自分と博麗の鞄を持つ。

 

「八幡」

 

「ん?」

 

 階段を登り切ったところで、さっきまで黙っていた博麗が口を開いた。

 

「朝、妖夢に何言われたの?」

 

 尋ねてきた内容は、妖夢が俺に囁いた内容である。

 

「今週末、妖夢と会うだけだ。その確認」

 

 土曜日、妖夢が住む白玉楼へと赴くことになっている。それを端的に博麗に教えるが、博麗はどうも納得のいかないといった面持ちであった。

 

「聞いてないわよ。そんなの」

 

「別に聞かれたわけでもなかったしな」

 

「そういえば、先週の土曜日も確かあの女のいる家に行ってたわよね。何してたの?」

 

 先週の土曜日……紅魔館に出向いた時のことか。

 

「いや、特別何もしてねぇけど…」

 

「何もしてないは嘘よね。誰と何の話をして、何をしたの?隠さずに教えなさい」

 

「ち、ちょっと待て。なんで博麗にそこまで言わなきゃならないんだよ」

 

「言わなきゃならないの。今、あんたは私の下僕なのよ。私が教えてって言ってるんだから教えなさいよ。それとも何?あんた最終日だからって調子乗って私に反抗するつもりなわけ?」

 

 博麗が詰め寄って捲し立てる。その勢いと、そして彼女の鬼気迫る表情に、俺は気圧されてしまう。

 

「教えて。全部。隠さずに」

 

「ひ、ひゃいっ」

 

 俺は包み隠さず、紅魔館での出来事、そして妖夢に誘われた経緯を話した。俺だって命は惜しいのだ。博麗の暗殺者再来である。

 

「…もう一つ、聞いていい?」

 

「な、なんだ?」

 

「あんた、日曜日に首筋に絆創膏貼って来ていたわよね。金曜日にはなかったのに、日曜日にはあった。日曜日から気にはなっていたんだけど、気にする必要もないから流してた。けど今あんたの話を聞いて、やっぱりその首筋の絆創膏が気になったのよ。…ねぇ」

 

 先程より更に冷たく、鋭い言葉が俺を恐れさせる。

 

「あの絆創膏、何?」

 

 …あの絆創膏の中は内出血で、十六夜曰く、あまり公に曝すのは良くないこと。突然首筋に内出血とか病気以外の何ものでもないと思っていたが、もしかすれば、と予想出来ることが一つある。

 

 内出血が出来た箇所は、ベタベタしていた。ベタベタしていたのは、隣で寝ていたフランが涎を垂らしたものだと思っていた。

 だが、ベタベタしていたところに内出血。そして隣にはフランがいる。そこから導き出される答えは一つ。

 

 俺が寝ている間、フランがキスマークを付けた。

 でなければ、俺は本格的に病院に行く必要がある。十六夜が公に曝すなと言うのは、おそらく、封獣を危惧したからだと思う。

 

 キスマークというのは、彼氏が彼女に、彼女が彼氏に噛み付く、あるいは吸い付くことで、彼は、あるいは彼女は自分のものだという独占欲の現れである。

 もし封獣がそんなのを目撃したら、多分正気を失って片っ端から人を殺してしまう可能性がある。

 

 これら全ては推測に過ぎない。だがその推測がもし正しければ。

 

 封獣、四季先輩などの修羅場が簡単に浮かんでしまう。

 

 で、今博麗にそのことを問い詰められているわけだが。

 

「それ、まさかキスマークってやつじゃないわよね」

 

 嘘をついても得策とは言えない。かと言って今の推測をまんま話せば殺されそう。

 だから。

 

「…分からん。内出血らしきものが浮かんできたのか、それともお前の言う通りなのかは。ただ、あまり外に曝さない方がいいから絆創膏をしているだけだ」

 

「嘘ついてないわよね」

 

「お前騙してどうすんだよ」

 

 ありのままを全て伝えた。余計な推測は却って自分の首を絞めるし、何より本当のことを言っている。

 

「…まぁいいわ。もう聞きたいことはないから、早く神社の掃除お願いね」

 

 博麗はそうぶっきらぼうに言って、一人先に神社に向かった。俺は安堵し、後を追う。神社の中に鞄を置いて、いつものように神社の掃除を始めた。縁側で博麗が寛ぎながら、それを見物している。

 

 この神社の掃除も今日で最後だと思うと、妙に気合が入る。そんな思いで掃除を行なっていると、誰からか電話が掛かってくる。掃除を止めてスマホを確認すると、小野塚先輩からであった。

 

「はい?」

 

『八幡、今どこですか?』

 

 小野塚先輩からの電話なのに、聞こえてきたのは四季先輩の声である。声色だけで分かるこの威圧感に、冷や汗をかいてしまう。

 

『もうあれから1週間が経ったはずですが。何故生徒会室に来ないのですか?』

 

「…色々あって、1日延長しました」

 

『は?』

 

 こっわこの人こっわ。なんでただの一言でこんな威嚇出来るんだよ。

 

『何故?どうしてそうなったのですか?色々では分かりません。そうなった経緯を詳しく、隠すことなく、教えなさい』

 

「え、えっとですね…」

 

 俺が延長した経緯を話そうとすると、いつの間にか隣にいた博麗がスマホを引っ手繰る。そして、通話終了のボタンを押した。

 

「ちょ、俺今電話してたんだけど」

 

「あんたは神社の掃除に集中してればいいのよ。他の女と電話しないで」

 

 博麗がそうキツく言い放つと、また俺のスマホに電話が掛かってくる。掛けてきたのは、また小野塚先輩だ。その画面を見た博麗は、更に不機嫌になり。

 

「鬱陶しい…」

 

 と、着信拒否した。

 

「え、お前何してんの?何着拒してんの?」

 

「さっき言ったでしょ。あんたは神社の掃除に集中してればいい。私に尽くすことだけを考えていればいいのよ。この小町ってやつ、確か生徒会長の隣にいた女でしょ?何の用か知らないけど、今は生徒会より私を優先しなさい」

 

「お前それ横暴だって分かってる?」

 

「うるさいわね。祓うわよ」

 

 博麗は俺のスマホを引っ手繰ったまま、縁側へと戻っていく。なんか分からんけどスマホが没収されてしまった。スマホ使用禁止の仕事なのかこれ。

 

 神社の掃除を終わらせて、次は風呂掃除に移行。その掃除も終わらせたら、後は帰るだけだ。

 

「もう帰るの?」

 

「やることももうないからな。スマホ返せスマホ」

 

 俺は部屋のローテーブルに置かれていたスマホを回収し、神社から出て行く準備を始める。だが、事はそう簡単にはいかず。

 

「まだ…夜にもなってないじゃない」

 

 博麗が袖を掴んで引き止める。

 

「今日一日私に尽くしてくれるんでしょ?なら日が変わる直前まで私に尽くしてよ。それまで私の下僕でいて。私の奴隷でいて。私だけの…八幡でいて」

 

「博麗…お前……」

 

 なんでそんな悲しそうな顔するんだよ。まるでもう二度と会えないみたいな雰囲気が出てるぞ。たかだか罰ゲームだろ。なんでそこまでセンチメンタルになるんだよ。

 

「八幡……」

 

 どうしたらいい。昨日に続き、結局こいつの嘆願に折れている。俺がそこまでする道理もないのだが、博麗の育った環境を考えると、厳しく拒絶するのはあまりに酷と言うもの。

 

 …仕方ない。

 

「…分かったよ。最後までいてやるよ」

 

「…本当?」

 

「ただし、今度こそこれが最後だ。もう延長はしない。そんで明日から俺とお前はクラスメイトに戻る。主人と下僕の関係は今日で最後だ。それが出来ないなら、俺は今すぐ帰る」

 

 また妥協案を出してしまった。昨日も今日も、俺の方が折れてしまったのだ。「無理」って言えばそれだけで俺は解放されるってのに。

 

『あまり中途半端なことはしないでおくことね。じゃないと、辛くなるのはあんただから』

 

 博麗に言われたこの言葉。分かってはいるのに、俺が折れて、結局後から悔やんでしまう。「なんで拒絶しなかったのだろう」と。

 

「…分かった。というか、元々あんたは私の下僕なんだから、私の言うことは聞かなきゃならないのよ。…ふふ」

 

 博麗のこの笑みも、どこか歪なものにすら見えてしまう。

 

「夜ご飯は仕方ないから振る舞ってあげる。けれど皿洗いはよろしくね」

 

 ちゃっかり雑用をやらせることを告げて、彼女は夕飯の支度をするために台所へと向かった。

 俺はその間に、没収されていたスマホを開く。画面には、四季先輩からの着信とメッセージが何十通も届いていることが確認出来た。

 

『何故出ないんですか』

 

『早く出てください』

 

『どこにいるんですか』

 

『誰といるんですか』

 

 など、1人のファンから沢山のお便りが来ていました。いやぁ人気者って辛いなぁ。

 

 …怖ぇよ。

 こういうのは封獣だけでいいんだよ。なんで四季先輩まで同じことしちゃうんだよ。キャラ被っちゃうでしょ。

 

「…はぁ」

 

 『次の生徒会の時に、改めて詳しい話をします』と、返信した。

 四季先輩相手に隠し事や嘘を吐いたら、また先輩を病ませてしまう。それは無理、絶対無理。

 

「八幡」

 

「ふぁい!?」

 

 後ろから音も無く忍び寄った博麗に気づかなかった俺は、奇怪な声を発してしまった。

 

「な、なんだ?」

 

「皿に盛り付けるから、テーブルに持って行って欲しいんだけど」

 

「お、おう。分かった」

 

 博麗の指示に従い、台所へと向かった。台所では焼き魚の香ばしい匂いや、味噌汁のまろやかな香りなどが漂っている。

 

「…改めて見ると、お前料理凄ぇんだな」

 

「ずっと藍に鍛えられたからね。まぁあんたに比べたら当然だけど」

 

「一言余計って言われたことないかな」

 

 とはいえ、確かに食欲がそそられるのは事実。誠に遺憾ではあるのだが。

 

「皿、さっさと出して」

 

「ん」

 

 食器棚から器や皿などを出す。味噌汁を注ぎ、白飯をよそい、皿にはだし巻き玉子や焼き魚を乗せる。後は漬物が少々。典型的な和食である。それらを博麗の部屋へと持ち運び、テーブルに置き、そして座る。

 

「…いただきます」

 

「いただきます」

 

 合掌させて、食への感謝の言葉を告げる。箸を持ち、まずは味噌汁を啜る。

 

「…美味ぇな」

 

「当たり前でしょ。というか、味噌汁なんて誰が作っても一緒でしょ。味噌混ぜるのが下手か上手かで味が変わる簡易的な料理じゃない。味噌の素が美味しいだけで」

 

「そんなん言い出したら、この焼き魚だって魚焼いてるだけだから焼き具合で美味い不味い変わるよなってことになるぞ。いや間違ってないけどさ」

 

「そう。だから私の作った料理が美味しいんじゃなくて、食材元来の味が美味しいだけ。…別にこんなの、覚えたら子どもでも出来るわよ」

 

「…まぁでも、それすら出来ない俺からすれば、博麗の手際が良いのは分かるぞ」

 

 そう。料理は出来ない。作れるのはお粥とカップ麺とマッカンぐらいだ。ちなみに、マッカンは飲料ではなく、食料だ。もう一度言おう。あれは食料だ、

 

「お粥作っておいて何言ってるのよ」

 

「逆に言えばお粥ぐらいしか作れん。味噌汁の混ぜ方なんて知らんし、だし巻き卵とかこの漬物の作り方なんてもっと知らん。だから、素人目から見たら手際良いのはすぐ分かる」

 

「…バカみたい。こんな料理褒めるなんて。普通肉じゃがとかハンバーグとか出てきた時でしょ」

 

「味覚だけには自信があるからな。今まで散々小町…妹の手料理を食い尽くしてきた俺には分かるもんだ」

 

「何それ。ふふっ」

 

 先程までの冷たい博麗が消え、今は普段通りの博麗である。そんな彼女の様子を見て安堵し、また料理に手を付ける。

 神社に来てから、博麗の様子がずっとおかしかった。何が原因か分からないため、気を張って過ごしていたのだ。

 

 原因の一端は、俺にあるんだろうけど。

 

 ゆらりと寛ぎ彼女と雑談しながら、夕食を平らげていった。

 

「じゃあ私、お風呂入るから。皿洗いよろしくね」

 

「はいよ」

 

 彼女が風呂に入ってる間に、皿や器などを洗っていく。博麗が上がってくるより先に食器を洗い終え、縁側でスマホをいじってゆっくりし始める。

 

 1時間後。

 

「さっぱりした」

 

 風呂上がりの博麗が隣に座る。隣に座った瞬間、シャンプーかリンスのいい匂いが鼻をくすぐる。

 

「…まだ濡れてんじゃねぇか。早よドライヤーしろよ」

 

「じゃあお願い」

 

「は?」

 

 ドライヤーを俺に渡してきた。

 え何?俺が博麗の髪を乾かせと?女子の髪触った時点でセクハラ案件になりそうな俺に髪を乾かせと?正気の沙汰かこいつは。

 

「早くしてよ」

 

 どうせここで拒否ったら、「あんた私の下僕のくせに歯向かうの?下僕なんだから大人しく言うこと聞きなさいよ」とか言われかねない。どっちにしても乾かさなけりゃならなくなるわけだ。

 

「…下手でも文句言うなよ。妹にしかやったことないからな」

 

 ドライヤーをコンセントの挿し口に繋げて、電源を入れる。ノズルから熱風が吹き始め、博麗の濡れた髪に当てて乾かしていく。

 

「…長いな」

 

 小町はどっちかというと短めの髪型だから、乾かす勝手が若干違う。

 最近思ったことなのだが、下僕というより、なんだかお世話係になっている気がする。

 

 丁度いい感じで乾かすことが出来、ドライヤーの電源をオフにする。

 

「髪も梳かして」

 

「そのくらい自分でやれよ。全く」

 

 俺は髪の流れに沿って、櫛を上から下へとスライドする。

 濡れていたから分からなかったが、こいつの髪めっちゃサラサラじゃねぇか。俺も小町も多少クセがある髪をしているのだが、こんなにサラサラした髪を触ったことがない。まぁそもそも女子の髪なんて触ったことないんだけどね。

 

「…ほれ、終わったぞ」

 

「ん、ありがと。ドライヤー片付けてきて」

 

「はいはい」

 

 あれをして、これをして、それに従う俺マジ従順。

 ドライヤーを片付け、部屋に戻る。博麗は部屋にはおらず、縁側で夜空を見上げている。

 

「隣、来なさいよ」

 

「え?」

 

「これが最後の命令だから。それくらい、いいでしょ」

 

「あ、あぁ…」

 

 少し距離を空けて、縁側に掛ける。

 

「なんでそんな距離空けるのよ」

 

「いや、一応隣っちゃ隣だろ」

 

「それを隣って言い張るあんたの女子の慣れてなさが窺えるわね」

 

「うるせぇ」

 

 女子はおろか、男子に俺のパーソナルスペースを踏み入れられることにだって慣れてないんだよ。まぁ俺が拒絶してるって言うか?彷徨える孤高の魂は仲間を必要としないと言うか?

 

「ありがとね」

 

「何がだ」

 

「この1週間、私に尽くしてくれたことよ。罰ゲームだからそもそも私が感謝を言う必要はないけど、なんだかんだあんたの優しさに甘えた自覚はあるの」

 

「…そうか」

 

 手前味噌ではあるが、確かに結構尽くしてきたような気はする。なんならサービス精神旺盛で1日延長したりね。

 

「…楽しかった」

 

「え?」

 

「学校じゃあ魔理沙やアリス、鬱陶しい文とあんたがいるけど」

 

「ごめん俺今鬱陶しいって言われた?」

 

 射名丸だけだよね?誓って俺も鬱陶しい枠に含まれてるわけじゃないよね?

 

「神社に帰れば独りになる。小さい頃から独りだったから、特に嫌だとか寂しいとかって感情はなかったわ。…それでも、孤独という事実は変わらない」

 

「博麗…」

 

「だから、なのかしら。この1週間、神社に帰っても退屈はしなかった。だって、あんたが隣にいるから」

 

 1週間を通しての博麗の感想。博麗の様々な感情が入り混じるその言葉に、俺は固唾を呑んで見守るだけだった。

 

「いつからか、あんたが隣にいることが当たり前とすら思えてきたの」

 

「…まぁ、この1週間1番関わったからな」

 

「八幡は、どうだった?」

 

「どうって、何が?」

 

「この1週間よ。結構あんたに色々言ってきたつもりだけど。…やっぱり、嫌だったの?」

 

 この1週間がどうだったか、か。

 確かに博麗には色々言われてきたし、無理強いも多かった。面倒でもあったし、小町と関わる時間もなかった。

 

 だが。

 

「…もし嫌なら適当な理由つけてバックれるし、1日延長なんてしねぇよ」

 

 面倒ではあった。だが、別に「嫌だ」という感情は特に芽生えはしなかった。だからと言って「好きだ」という感情が芽生えたわけでもないが、別に嫌ではなかった。

 

 もしかしたら、俺ってば社畜気質があるのかも知れない。

 

 それにまず前提として、下着を見た事実がある。不可抗力とはいえ、下着を見てしまった。見てしまったからには償う義理はあるからな。

 

「…そう」

 

 博麗はなんだか満足げな表情を浮かべる。

 

「ありがと。もういいわよ、帰っても」

 

「え?」

 

「あんたの働きに満足したからね。これ以上あんたをここに縛り続けたら、またあんたに甘えそうになる」

 

「…そうか。なら、遠慮なく帰るわ」

 

 俺は帰る支度を始める。その刹那。

 

「でも」

 

 何度も聞いた博麗の冷たい声が、再び発される。

 

「私以外に対して愛さ(尽くさ)ないで。今度は罰ゲームどころじゃなくなるから」

 

「あ、あぁ…。というか、別にそんな相手いないけど」

 

「あんたがそうでも、他がどうか分からないでしょ。警告よ」

 

「お、おう。善処するわ」

 

「ならいいの。…それじゃあね、八幡。おやすみなさい」

 

「ん、じゃあな。おやすみ」

 

 俺は博麗の姿を背にして、神社を後にする。

 

 これにて博麗の罰ゲームが、終了した。

 



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彼の前にはいつも、面倒ごとが降りかかる。

 博麗の罰ゲームも終えて、今日は金曜日。ついでに放課後。ホームルームが終わり、帰りの支度を始めていると。

 

「八幡」

 

「へ?」

 

 廊下から、何故かあの人の声が聞こえてきた。そう、あの人の声。

 誰もが恐れる閻魔のごとく風格を見せる生徒会長、四季先輩が俺のクラスの前に立っていた。

 

「あの女…」

 

 隣にいた博麗が忌々しそうに呟く。

 

「あの人って、生徒会長だよな?全校集会とかでよく見るけど……何しに来たんだ?」

 

 霧雨が俺にそう尋ねるが、俺も知らん。ただ、また修羅場の予感しかしないのだ。それは何故か。

 簡単な話だ。博麗と四季先輩がいるからだ。これだけで修羅場を展開出来る。

 

 四季先輩はわざわざクラスに入り込んで、俺の目の前までやってくる。

 

「八幡、早く行きましょう。生徒会の時間です」

 

「や、それは全然いいんですけど。なんでクラスに入ってきたんですか」

 

「細かいことはあまり気にしないでください。さ、行きましょう。自己を満たすためだけの下らない罰ゲームも終わったことですし。…それに、貴方が昨日どこで何をしていたのかも問う必要がありますからね」

 

 その皮肉を込めた言葉に博麗は。

 

「あんた喧嘩売ってんの?」

 

「あら、そう聞こえました?」

 

 ほら見てみそ。すーぐ修羅場が展開しちゃったじゃない。霧雨とマーガトロイドなんて置いてけぼりだよ。

 

「何、この人?霊夢と生徒会長ってどういう関係なの?」

 

「色々よく分からんけど、とりあえず互いが互いのこと嫌い合う関係ではあると思う」

 

「霊夢何したのよ…」

 

 博麗が何かしたかってより、多分俺が原因なんだと思う。てへぺろりん。

 

「もう貴女の罰ゲームとやらは終了しました。もう八幡は貴女の下僕ではない。大人しく巫女の仕事に専念することですね」

 

「そうね。あんたの言う通り、もう罰ゲームは終了したわ。けど、有意義な1週間だったわ。私()()に尽くしてくれて、ね。他の、()()()()()じゃなくて、私()()にね」

 

 ねぇさっきからなんでそんな刺激するようなこと言ってるの?怖いよもう怖い。目が合ったら争いが始まるとかポケモンかよ。お前らトレーナーかよ。

 

「そうやって強調していないと奪われてしまうと心配なんですね。余程余裕がないと見える」

 

「放課後になった瞬間わざわざうちのクラスにやってくるあんたに言われたくないわね」

 

「あの」

 

「何?」

 

「なんですか?」

 

 俺が彼女達の修羅場に横割りして、話を遮る。

 いや怖。2人揃って殺し屋みたいな目しやがって。

 

「喧嘩するならよそでやりませんか。この間もそうなんですけど、廊下とか教室じゃ目立ち過ぎる」

 

 ついでに言うなら、俺の胃も痛いからやめて欲しい。

 原因の俺が何言ってんだみたいな感じだが、噂になって封獣や射命丸の耳に入ったら面倒事しか起きない。

 

「…確かに、八幡の言う通りですね。それに、ここで彼女と言い争うだなんて時間の無駄でしかありません」

 

「そうね。こんな幼児体型の生徒会長と言い争うなんて、私も子どもね」

 

 だからそういう皮肉を込めた言葉を使うなと言ってんの。2人の言葉一言一言が修羅場を発展させてることに気づかないのん?

 

「じゃ、私は帰るわ。またね、八幡」

 

「あ、霊夢!じゃあな八幡!また月曜日にな!」

 

「さようなら、八幡」

 

 3人は教室から去っていった。残った四季先輩は不敵な笑みをこちらに浮かべ。

 

「さぁ、八幡。行きましょうか。この1週間何があったのか、余さず報告してもらいますよ」

 

「…お手柔らかに」

 

 俺は生徒会室へと連行された。部屋に入ると、既に全員が集まっている。

 

「おっ、後輩くん!久しぶりだね!」

 

 と、パソコンを片手に手を上げる河城先輩。

 

「四季映姫から大体は聞いたわ。貴方、女子の下着を見たのね」

 

 と、やや悪戯風な笑みを浮かべている風見先輩。

 

「…不幸だったわね」

 

 と、心の底から同情している鍵山先輩。

 

「おっす八幡。おっす」

 

 と、気さくに挨拶する小野塚先輩。

 四季先輩と小野塚先輩以外は、合宿以来まともに顔を合わせていない気がするため、なんだか久しぶりに見る。

 

「さて」

 

 四季先輩は自分の席に、生徒会長専用の席に着いてこちらを睨む。

 

「全て話しなさい」

 

「えっと。黙秘権は…」

 

「あると思いますか?」

 

「デスヨネー」

 

 いつの間にか、四季先輩による裁判が開廷されていた。

 

「そういえば下着を見たことしか聞いていないけれど、その後どうなったのか私詳しく知らないのよね。確か、罰ゲームとやらで博麗の巫女の奴隷に成り下がった、までは聞いたのだけれど」

 

「えぇ。だから詳しく聞くんです。昨日のことも含めて、ね」

 

「あのですね、それについて質問が…」

 

「何か?」

 

「なんで昨日、小野塚先輩のスマホで電話してきたんですか?出たのが四季先輩だったし」

 

「あぁ、そのことですか。私のスマホより小町のスマホを使った方が貴方が出るんじゃないかと踏んだまでです」

 

 いやまぁ確かに四季先輩から電話来たら躊躇うけど、小野塚先輩まだまともだから普通に出たんだよな。

 

「それより私も貴方に質問です。何故昨日、途中で電話を切ったのですか?何故昨日、私からの着信を拒否したんですか?何故昨日、私の電話やラインを全て無視したのですか?」

 

「そういや四季様なんか昨日着拒されてましたね」

 

「まぁ大方の予想は付きます。博麗の巫女の仕業でしょう?」

 

 完全に見抜かれとる。まぁ状況が状況だけに、博麗が疑われても仕方ないけども。

 

「それで?」

 

「はい?」

 

「彼女に、何をしたのか。全て吐きなさい。もしまた嘘をつけば…」

 

 四季先輩はどこからか取り出した芍を俺の喉元に突きつける。

 

「極刑です」

 

「うっ…」

 

 芍を突き付けられた俺は観念して、今までのことを話してしまった。特に黙らなければならないプライバシーに関わるようなことはしていないし、何より命が惜しいのだ。

 

 何故俺の周りにいる女子は命を刈り取るような視線を向けるのだろうか。狩人しかいない学園とかマジ狂気。

 

「…忌々しい…」

 

 話の顛末を聞いた四季先輩は、憎しみを込めてそう呟いた。

 

「貴方は彼女に甘過ぎる。博麗の巫女だけじゃない。封獣ぬえにも。だから揃って付け上がるのです。彼女達に甘さなど必要ない」

 

「や、別に甘くしてるつもりはないですよ。あいつらの押しが強いだけで」

 

「結果甘くしてるじゃありませんか。押しが強いから諦めて、彼女達の思う壺になる。…気に入らないですね」

 

 ドロドロと濁ったような瞳でこちらを捉えて、底冷えするほどの声色で威圧する。

 

「これではっきりしました。貴方に私以外の女性は必要ない。私であれば、彼女達のように私利私欲のために貴方を利用しない」

 

 ヒートアップしそうな四季先輩を、小野塚先輩が宥める。

 

「ちょ、四季様少し落ち着いてくださいって。そんなガチギレしなくても…」

 

「何故止めるのですか?彼に警告しなければ、また他所の女性が彼の押しが弱いことを良いことに甘えてしまう。私以外の女性の所に行ってしまう」

 

「彼女でもないのに束縛し過ぎですよ。八幡だって八幡の生き方があるんですし」

 

「彼の生き方が社会として不道徳だから、生徒会長である私が更生するのです。八幡の隣に私以外の女性は必要ないのですよ。誰一人として」

 

「四季様…」

 

「八幡が必要なのは私の指示だけ。私の言葉を聞いて実行すればいい。それで彼は社会に相応しい人間になる」

 

 どこへ行っても、胃に穴が開きそうになる俺って本当可哀想だと思うんだけど、どうだろう。俺が原因の一部とは言っても、ここまで人格破綻するレベルになるなんて誰が想像するだろうか。

 

「では八幡。今日の仕事です」

 

 四季先輩は書類の束を俺に渡す。四季先輩は生徒会長専用の席に着き、仕事を行う準備を始めた。

 

「くどいようですが言っておきます。貴方はこの生徒会、いや、私のものです。逃げることもやめることも許しません。もしそのような行動を取ったならば、貴方はその瞬間から私以外何も見えなくなることでしょう。そのことを頭に入れておいてください」

 

 四季先輩の圧を含んだ言葉に対して、俺はただ黙って頷くことしか出来なかった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…マジか」

 

 俺はスマホの画面を見て、そう呟いた。

 小町曰く、どうやらお友達とお泊まりするらしい。夜飯は大体小町が作ってくれているのだが、小町がいない場合は別。外で何か食って帰るか、買って帰って食うかのどちらかだ。

 

「あら、八幡じゃない」

 

 そんな時、聞き馴染みのある声をした人物が俺の名前を呼んできた。その方向に顔を向けると、そこにいたのはマーガトロイドであった。

 

「今から帰りなの?」

 

「まぁな。お前は何してんだよ」

 

「部活帰り。それで今から裁縫道具買いに行くの。上海や蓬莱のメンテナンスのためにね」

 

「上海や蓬莱……なんかの名前か?」

 

「えぇ、私が作った人形よ。八幡も拾ってくれたじゃない。上海」

 

「…あれか」

 

 マーガトロイドと初めて出会ったあの日。駐輪場付近に落ちていた精巧な人形を拾った。あれ上海って名前だったのか。

 

「ねぇ。今暇だったりする?」

 

「今から帰るから忙しいんだけど」

 

「なら暇よね。今から私の買い物に付き合ってくれるかしら?」

 

「えぇ…」

 

 前にも言ったが、女子の買い物はすぐじゃ済まない。必要な物プラス余計な物まで買おうとして、まだまだ買い物を続行しようとしやがる。結果買い過ぎて、男に荷物持ちをさせる。目に見えてるのだ。

 

「大丈夫よ。裁縫道具以外買わないから。荷物持ちにもさせないし」

 

「なら尚のこと俺いらんだろ」

 

 そう言い返す俺に、マーガトロイドはムッとする。

 

「そんなに私と一緒が嫌なの?」

 

「いや、そうじゃなくて…」

 

「いいじゃない。どうせまだ夕食も食べていないのでしょう?出会ったついでになのだし、夕食も一緒にしましょうよ」

 

 なんでこいつ人の話聞かないの?グイグイ来すぎじゃない?

 マーガトロイドが嫌だとかじゃなくて、単純に面倒だから嫌なんだけど。

 いやまぁどうせ夜飯は外で食うつもりだったけどさ。

 

「…はぁ。分かったよ」

 

 きっと四季先輩が言っていたのは、こういうところなんだろう。

 勢いが強いから俺が折れて従ってしまう。勢い強い云々も勿論あるが、個人的にはこれ以上の問答が面倒だと俺は思っている。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 なんだか少し上機嫌なマーガトロイドの後を、自転車を押しながら追う俺。その後を追った結果、着いた先は。

 

「またららぽーとかよ」

 

「ここなら様々な裁縫道具売ってるからね」

 

 ゴールデンウィークや中間試験の勉強などで何度か赴いたららぽーと。何か困ったらとりあえずららぽーとだ。そうすれば大概解決すること間違いない。

 

「では行きましょうか」

 

 ららぽーとに入り、裁縫道具が売っているだろう店へと向かった。

 マーガトロイドが必要な裁縫道具を買っている最中、店の外で彼女を待っていた。

 

「あや?こりゃまた偶然ですねぇ」

 

「…射命丸」

 

 敬礼のポーズをしながらこちらに寄ってくる射命丸。

 

「八幡さんもららぽにいたんですね」

 

「あれの付き添いだ」

 

 店の中にいるマーガトロイドを指差す。

 

「まさか……お二人は放課後にデートを!?」

 

「なわけないだろうが。付き添いっつったろ」

 

 ゴシップ好きはこれだから困る。何かネタがあるとすぐ食いついて来やがる。憎たらしい笑みで徹底的に追及して来そうな記者になりそうだわこいつ。

 

「それよか、お前はなんだ。買い物か?」

 

「えぇまぁ。デジカメ、新しいの買おうかなと下見に」

 

「ほーん」

 

 わざわざららぽーとに来なくても、そこら辺の家電量販店に行けばあるだろうに。

 

「そういえば、今日また噂になってましたよ?霊夢さんと生徒会長の修羅場がまた起きたって」

 

「そういうの本当早いよな回るの」

 

 確かに教室の中だったし、生徒会長がいるだけで普通に目立ちはするんだけども。にしても他クラスに噂が回るの早すぎるだろ。

 

「お待たせ……って、なんで貴女までここにいるのよ」

 

 買い物を終えたマーガトロイドが店から出てくる。だが射命丸を見た途端に、不審の目を向ける。

 

「私も買い物に来てたので。アリスさんは何をお買い上げに?」

 

「裁縫道具を少しね」

 

「あっそうだ!折角こうして会えたんですし、3人でご飯に行きましょう!」

 

「…別に構わないけれど。どうせ八幡と食べに行く予定だから」

 

「決まりですね!八幡さん、どこか美味しいご飯屋さんは知りませんか?」

 

 普通に腹は減っている。なんならガッツリ食べれる。

 サイゼも良いが、もう一つ行きつけの店でも良いな。最近行ってなかったし、それにしよう。

 

「良いところ知ってるぞ」

 

「本当ですか?どこですか?」

 

「サイゼに次ぐ、俺のお気に入りの店だ」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 俺達はららぽーとから出ていき、俺のお気に入りの店へと向かった。そのお気に入りの店とは。

 

「…確かに行きたいところはどこかって聞いたのは私ですけど…」

 

「何、これ……」

 

 射命丸とマーガトロイドが、目の前の品に顔をひくつかせている。

 

 俺の行きつけの店。

 それは、こってりラーメンなるたけ。有名なチェーン店ではないが、ラーメン好きの間では有名だと思われる。

 

「いただきます」

 

 俺は箸を持って、麺を啜る。

 うむ。この背脂を活かしたスープと、そのスープに絡む太麺が美味い。いつも通りの美味しさだ。

 

「せ、背脂が浮いてる…」

 

「こ、これは中々カロリーが高そうな料理ですねぇ…」

 

「早よ食わんと伸びるぞ」

 

「え、えぇ。…いただきます」

 

 二人は箸を持って、恐る恐る一本の麺を掴む。そして勇気を振り絞ったかのように、その麺を啜った。

 

「っ!」

 

「こ、これは…!」

 

 箸が少し止まり、そして再び動き出す。先程よりも多量の麺を掴み、啜る。麺を啜る音が飛び交い、気付けば三人とも完食していた。

 

「…驚きです。気付けば全部食べてしまいました」

 

「何故あんな高カロリーなラーメンを食べ切ってしまったの…?」

 

 どうやらなるたけの味は彼女達の舌を満足させたようだ。

 これが千葉県民を虜にするこってりラーメンである。日本には6店舗しかないらしいが、もう少し有名になっても良いのではと思う。

 

 それぞれ会計を済ませて、なるたけから退店する。

 

「でも美味しかったですねぇ〜」

 

「毎回は流石にあれだけど、偶になら来ていいかもね」

 

 男女問わず胃袋を掴むなるたけ、恐るべし。

 

「じゃあ私、早く帰って人形のメンテナンスに取り掛かりたいから。八幡、今日はありがとう」

 

「おう。じゃあな」

 

 マーガトロイドは一人、人混みの中に紛れて帰路を辿った。残ったのは射命丸と俺。

 

「帰りますか」

 

「…そうだな」

 

 射命丸は電車で帰るらしく、駅まで送ることになった。道中、射命丸があれやこれやと話題を出して話してくる。

 

「それでですね、椛が…」

 

 射命丸文。

 客観的に見れば元気で、少し人をおちょくる悪戯心を秘めた女の子に見えるだろう。しかし、あくまで客観的だ。

 

 では、俺的に彼女を分析した結果を報告しよう。

 まず、彼女は胡散臭い。八雲紫校長のように、本性を見せていない。何度か彼女が笑う場面を目撃するが、全て作り笑顔。心の底から笑ったところを見たことがない。

 

 けれど、つい先程、予想外なところで少しだけ素顔を見せた。

 それは、なるたけのラーメンを見た時だ。その時の彼女の表情は、ドン引きしていた。まぁ常にカロリーとか体型を気にしている女子からすれば、あれは凶器みたいなもんだけども。

 

 しかし、それだけだ。

 初めて出会った時も、合宿の時も、そして今も。彼女は本性を見せない。胡散臭いと言われる所以は、きっとそのせいなんだろう。

 

 未だに彼女がどういう人間かは知らない。別に理解したいとも思わない。だが、その胡散臭さが絶妙的に気に入らないのも否めない。

 

 正直な話、こいつは苦手だ。

 

「…お前さ」

 

「?はい?」

 

「誰にでもそういう態度なのか?」

 

「へ?」

 

 何言ってんだ俺。なんか嫉妬深い彼氏みたいなセリフが出て来たぞ。言い方間違えた。

 

「どういう意味、ですか?」

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 思わず意味分からんこと口走ってしまったが、よく考えなくても聞く必要性0の質問だった。

 

「なんですかなんですか?気になりますよ〜」

 

「…じゃあ聞くけど、お前なんでそんな作り笑顔なわけ?」

 

「え?」

 

「初めて出会った時も、今も。博麗が胡散臭いっつってんのが共感出来る」

 

 いつでも人当たりがよく、自分に合わせて接してくれる。正に男子からすれば理想の女の子。だが理想は現実じゃない。故にどこか嘘くさい。

 

「お前に似合う言葉を知ってる。八方美人だ」

 

「八方美人…」

 

 まぁそれが必ずしも悪いわけじゃないし、誰彼構わず分け隔てなく接することが出来るのも才能の一つだろう。しかし俺からすれば八方美人もこいつも苦手な部類だ。

 

「お前がどう関わろうが知らんからいいけど、俺に対してそんな胡散臭い態度されると絶妙的に面倒くさい。だから…」

 

「八幡さん」

 

「うん?…ってうぉっ!?」

 

 射命丸が俺の腕を掴む。突然掴まれた俺は自転車を離し、建物と建物の間の路地裏へと連れて行かれた。そして今度は胸ぐらを掴まれ、俺を壁に押し付ける。

 

「ぐぇっ」

 

 変な声が出たのはさておき、先程までの射命丸の様子が一転した。険しい目をして、戯けた様子の影もない。

 

「文系で上位の成績を取ってるも、理系は絶望的。ハイスペックなんて自惚れていながらも将来性皆無の貴方が、私にそんな偉そうな口を聞けるのかしら?」

 

 なんだこいつ。急に豹変しやがった。

 

「私もね、貴方のこと気に入らないと思っていたのよ。弱い人間のくせに粋がっていることがね」

 

「別に粋がってないだろ…」

 

「そうだ。ねぇ、そんなにハイスペックだってことを証明したいなら、私と勝負しなさいよ」

 

「は?勝負?」

 

 俺は呆れた声を出す。

 射命丸は胸ぐらを離し、話を続ける。

 

「次の期末試験、並びに体育祭。私と勝負よ」

 

「意味が分からん。やるメリットもない勝負を受けるわけないだろ。面倒くさい」

 

「じゃあ負けた方は一つ、なんでも言うことを聞くってどう?安直だけど、これなら引き受けるわよね?」

 

 もうその手の罰ゲームはもう懲り懲りなんだが。まだ霧雨とマーガトロイドの分も残ってるし、これ以上増やしたくないんだけど。

 

「もし貴方が私に勝てれば、どんなことだって聞いてあげる。エッチなこともね」

 

 自信満々にそう断言した。

 一般男子は、こう言った提案に惹かれるのかも知れない。しかし、百戦錬磨のぼっちにはそんな提案は通用しない。

 

「それに、貴方が本当に私のことが気に入らないなら、金輪際近づくなって命じることも出来る」

 

「ちょっと待てなんだそのナイスな提案は」

 

「反応おかしいでしょ」

 

 別にこいつは俺に害を与えたわけじゃない。博麗や霧雨のようにそれなりに関わって来たわけじゃない。

 

 だが、これ以上関わると面倒ごとが起きそうだという予感がする。

 既に今、俺が余計なことを言ったせいで面倒ごとが起きてしまったが、もし今以上に面倒ごとが増える可能性があるのなら。

 

「分かった。やろう」

 

「反応がおかしいのはちょっと意味分からないけど。…そう来ないとね。勝負形式はまた改めて連絡するわ」

 

 射命丸はそう言い、元の人通りの多い道に戻ろうとする。戻ろうとした瞬間、こちらに振り返り。

 

「私が命令する内容は決まっているわ。貴方を私の奴隷にしてあげる」

 

「またかよ…」

 

「ただの奴隷じゃないわ。私が作る記事専用の奴隷よ。無茶無理無謀に絶対服従だから」

 

 やっべぇこいつ博麗とかより断然危ねぇじゃねぇか。

 

 つまり、記事のネタになりそうな無茶ぶりに従って、それを校内の廊下に貼られるってことだ。そんなことになったら、間違いなく俺の学校生活は終わる。

 

「手加減してあげるから、本気でかかって来なさい」

 

 射命丸はそんな決め台詞を吐き捨てて、目の前から去って行った。嵐が去り、取り残された俺は一言溢す。

 

「え、どうしよ」

 

 勝てる見込みが低確率の勝負の約束を交わしてしまった。しかも負ければ実質人生終了もんの罰ゲームが待っている。

 

 転校、しようかな…。

 

 



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魂魄妖夢は、常に誠実な人間である。

 

 今日は土曜日。普段なら家で寝て過ごすスタンスを取る俺だが、今日は違う。

 

 魂魄の家、白玉楼にお邪魔する日である。

 前に一度行ったことあるが、紅魔館、命蓮寺と共に並ぶ、大きい建造物であった。

 今日はそんなお家にお邪魔する日だが、白玉楼には向かわず、白玉楼の最寄駅で魂魄を待っている。彼女曰く、「客人を迎えに行くのが礼儀ですから」だと。

 

 あーなんていい子なんだろ。本当いい子。マジ毎朝お味噌汁作ってくれたりしないかなぁ。

 

「八幡さんっ!」

 

 言ってるそばから魂魄がやって来た。こちらに向かって駆け寄ってくる。

 

「お待たせしました。随分と早いんですね」

 

「1本早く乗っただけだ」

 

「そうですか。では、参りましょう。昼食も作り終えてますので」

 

「え、昼食?」

 

 確かに今もう昼飯時だけど。どっか寄って食うとかじゃなかったのか?

 

「はい。手前味噌ですが、料理には少々自信があって。ぜひ八幡さんに食べて欲しいなって…。…それとも、もう食べてしまいましたか?」

 

「食べてないけど…」

 

「それなら良かったですっ」

 

 なんだこの子マジどんだけいい子なんだよ。いやもう惚れちゃいそう。本当好感度カンストして告っちゃいそう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 魂魄の案内で、白玉楼に到着。来るのは二度目だが、やはり和風感が凄い。紅魔館が洋風の館であれば、こちらは和風の屋地である。

 

「では、中へどうぞ」

 

 魂魄に連れて行かれるがまま、俺は白玉楼に入る。靴を脱いで縁側に上がり、そのまま魂魄に案内される。しばらく縁側を歩き、とある部屋の前で彼女が止まる。

 

「ここで幽々子様がお待ちしています」

 

 魂魄が襖を開けると、畳の部屋で幽々子様となる人物がお茶菓子を楽しんで寛いでいる。

 

「あら〜、いらっしゃい」

 

「ども。お邪魔してます」

 

 俺は軽く頭を下げて幽々子様に挨拶する。

 

「では幽々子様、私は用意していた昼食を運んで来ますので」

 

 魂魄が一旦この場から離れ、作り置きしていた昼食とやらを取りに向かった。

 

「どうぞ入って〜。そんな所でボーっと座ってないで、ね?」

 

「あ、はい。お邪魔します」

 

 俺は部屋にお邪魔して、幽々子様の向かいに腰を下ろした。幽々子様はニコニコと笑みを浮かべながらこちらを見る。

 

「…なんですか?」

 

「八幡くんって、彼女がいたりするの〜?」

 

 開口一番が彼女の有無かよ。ていうか聞く相手間違えてるよ。

 

「あれですよ。気ままに1人で過ごしてます」

 

「じゃあ妖夢はどうかしら〜?家事とても出来るし、気配りが上手だし、可愛らしい子でしょ?逆に今まで妖夢に彼氏がいなかったのが不思議だもの」

 

「あ、そうですか」

 

 魂魄を見てる感じ、恋愛は二の次と言うところかも知れない。部活や家でやることが多いため、恋愛に浸る余裕がないのではないか。

 まぁ魂魄の恋愛事情を知ったからと言って、別にどうという話ではないが。

 

「幽々子様」

 

 襖を開けた魂魄が、神妙な面持ちで部屋に入り、俺の隣に座る。

 

「幽々子様、改まってお聞きしたいことが」

 

「まぁ何かしら〜?改まって」

 

「実は本日の昼食の件で少しお話が」

 

「確か、八幡くんのための…」

 

「えぇ。八幡さんを迎えに行く前に料理を作っておいたのですが…」

 

「朝から頑張ってたものね〜」

 

 何?この状況何?

 

「ところで幽々子様。私に何か隠してること、あるんじゃないですか?」

 

 幽々子様が次のお菓子に手をつけようとすると、魂魄がお菓子入れを手前に引いて幽々子様が食べないように阻止した。

 

「あっ…」

 

「正直におっしゃってくだされば怒ったりしませんので」

 

 何その反応。「あっ…」とか、可愛いかよ。この人一体何歳なんだよ。

 

「幽々子様」

 

「へっ?」

 

「食べちゃったんですよね。私が作っておいた、八幡さんの料理」

 

「え、マジ?」

 

 いや作ってくれると言っていたからちょっと期待していたけど、この人客人が食べるはずの料理に手をつけたのかよ。どんだけ食べたかったんだよ。

 

「な、何のことかしら〜…」

 

 もうちょっと隠す努力しろよ。普通に図星を突かれたような反応してるじゃねぇか。

 

「というか、私が出る前に普通に食べてたでしょう。なんでまた綺麗に全部平らげてしまうんですか…」

 

「だ、だって〜…つまみ食いしようと思ったら、手が止まらなくてぇ〜……」

 

「はぁ……」

 

 シュンと落ち込む幽々子様なんか可愛いな。主従揃ってどこかしら可愛いとか意味が分からん。

 

「…今から八幡さんの料理を作るには時間がかかりますので、どこかで食べて来ます。夕食の食材も買って来ますので。行きましょう、八幡さん」

 

「え?あ、おう」

 

 魂魄が先に部屋を出て、俺もそれについて出て行く。そのまま靴を履き、白玉楼を出て道を歩き始めた。

 

「幽々子様がすみません…」

 

「いや、別に気にすんなよ。お前のせいじゃないんだし」

 

 あのカービィを擬人化した人が平らげただけで、魂魄は別に何も悪くない。

 

「それよかどうする、昼飯」

 

「そうですね……私もまだ食べていないので、お腹は空いているんですよね」

 

 俺が1人で行くとなれば大体なるたけかサイゼの2択になる。しかし、ラーメンは昨日行ったし…。

 

『次の期末試験、並びに体育祭。私と勝負よ』

 

 昨日のやりとりがフラッシュバックしそうだし。ていうかもうしてるし。

 

「…八幡さん?どうかしました?」

 

「え?な、なんだ?」

 

「いや、何か悩んでいるような表情をしていましたので……大丈夫ですか?」

 

「…なんでもねぇよ。昼飯どうするのか悩んでただけだ」

 

「あ、それなら。あそこにしませんか?」

 

 魂魄が指差す店は、有名寿司チェーン店のくろ寿司。一皿大体100円あたりで、5皿で1回自動ガチャが出来るという、子どもも楽しめる店である。

 

「…そうだな。寿司はありだな」

 

 昼飯はくろ寿司に決定し、店内へと入った。

 休日だということで中では少し待ったが、すぐに案内されて席に着いた。

 

「なんだか久しぶりにくろ寿司なんて来ました」

 

「そうなのか?」

 

「休日の昼間は大体白玉楼で済ませますし、外食なんてあまりしないんですよ」

 

「あまり好きじゃないのか?」

 

「いえ、幽々子様の暴食がお店にご迷惑をお掛けする時もあるので…」

 

「あぁ、そういう…」

 

 そういえば前にサイゼで魂魄が幽々子様に怒ってたな。なんか凄い量の料理を食べていたとかで。

 

「何にしようかな……」

 

 魂魄がタッチパネルを操作しながら、どの寿司を食べるか考えていた。

 俺も何にしようか。無難にまずはまぐろやサーモンあたりにでもしようかな。

 

「八幡さんは何頼みますか?操作してますから、ついでに注文しておきますけど」

 

「じゃあまぐろとサーモン。後ホタテ」

 

 とりあえずその三品を頼んで、後は流れてきた品を適当に取るとしよう。

 

「私は無難にきゅうり巻き、いかにはまちにしましょう」

 

 いかとはまちは分からんでもない。だが何故きゅうり巻きが無難判定になるのだろうか。人の嗜好はそれぞれだから、きゅうり巻きが無難になるって言う人もいるんだろうけど。

 

「そうだ。あの、八幡さん」

 

「どうした?」

 

「近々、剣道の女子個人の県予選大会が始まるんです。その、もし良ければ見に来ていただけませんか?」

 

 ほう。剣道の県予選大会か。剣道を見たことあるのはテレビでしかないし、直で見ることなんて今までなかった。

 とはいえ、大会は大体休みの日と決まっている。そんな時にわざわざ見に行くのも面倒ではある。

 

「八幡さんが来てくれたら、頑張れるんだけどな……」

 

 魂魄は小さくそう呟いた。聞こえないようにそう呟いたつもりなのかも知れないが、俺は難聴系主人公ではない。故に聞こえてしまった彼女の言葉。

 

 こいつ本当にあざとくない?まさかの無意識?だとしたらめちゃタチ悪いんだけど。

 

「…分かった。後で場所と時間教えてくれ」

 

 そう答えた瞬間、彼女はパァっと表情を明るくした。

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 この学校に入学してから思ったことなんだが、休日出勤が多すぎるんだよな俺。どこの社畜ですか。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お寿司美味しかったですね!」

 

「お前結構ガッツリ食ってたな」

 

 20皿ぐらいは行ってたんじゃないだろうか。

 

「幽々子様ほどじゃないですけどね。運動し始めてから、食べる量も自然に増えていたんですよ」

 

「ほーん」

 

 それでも男子目線からすれば、魂魄は女性らしい細い肉体に見える。いつもあれだけの量、もしくはそれ以上の量の食事を摂っているのにも関わらず、今の体型を維持出来ているのは、剣道という激しい運動のおかげなんだろう。

 

「さて、後は夕食の買い物ですね。八幡さんも食べて行きますよね?」

 

 今日も小町がいない。昨日から友達の家に泊まって明日に帰ってくるそうだ。そしてついでに、そのまま明日うちにその友達が来るとか。

 

 要するに、今日の夕食も元から外で食べるつもりだったので、断る理由はない。

 

「…じゃあ頂くわ」

 

「はいっ!」

 

 夕食のための食材を買いに行くために、帰り道の道中にあるスーパーに寄った。俺はカートを押して、魂魄が食材を次から次に入れていく。

 

「多…」

 

 あっという間にカートの上も下も埋まった。これだけ買い込んでいると、幽々子様の食費って一体どれだけ掛かるのか気になってしまう。

 

「これ、まさかいつも部活帰りに買ってんの?」

 

「買い置きもしてますから毎日ではないですけど、週に4日か5日ですかね」

 

「嘘だろおい…」

 

 部活で疲弊している上に、こんなクソ重いもんを週に4日か5日持って帰ってんのかよ。いつか身体をぶっ壊しそうだぞ。

 

「…あんま無理すんなよ」

 

「大丈夫ですよ。もう慣れてますから」

 

 そう微笑む魂魄。

 ただ慣れていても、崩れる時は崩れる。慣れたからと言って大丈夫とは限らない。何が起きるか分からないのが人生である。

 

「まぁあれだ。なんかしんどくなったら誰かを頼ればいい」

 

「…それって、遠回しに俺を頼れって言ってたりします?」

 

「え?いや、別にそういうつもりじゃ…」

 

 魂魄がそうかえしてきたので、思わずたじろぐ。確かに聞きようによれば、そういう風に捉えられるかも知れないが、俺はそんなつもりはなく、ただ提案しただけだ。

 

「じゃあもし、これから私が困るようなことが起きたら、助けてくれますか?」

 

「…そんなもん、時と場合によるだろ」

 

「そう言うと思いました」

 

「なら聞くなよ」

 

 つかなんで分かるんだよ。何、俺の思考って常にオープンなのん?やだ何それ恥ずかしい。

 

「…でも、なんだかんだで助けてくれると思うんです。だって八幡さんって、優しいから」

 

「そんなの分からんだろ。ていうか、俺にそういうの期待すんな」

 

「期待じゃないですよ」

 

「ならなんだ」

 

「ただの予感です。八幡さんは困ってる人を助けるって。だって、私のことも助けてくれたから」

 

「…助けた記憶、ないけどな」

 

「かも知れません。でも、私は助けられました。私は貴方の言葉に救われました」

 

 違う。俺はこいつを助けるつもりはなかった。

 ただ魂魄の周りにいた連中にムカついたから愚痴っただけ。助けたいだなんてこれっぽっちも思ってない。

 

 魂魄は俺が誰かを助けるだと言っているが、俺にそんな道理はない。

 俺の目の前で起きた出来事を解決するための最善の策を取った結果、たまたま誰かを助けてしまっただけだ。

 

 こいつも含め、助けられたと思っているのは勘違いでしかない。

 

「だから、私は八幡さんに感謝してます」

 

「…別にする必要ねぇけどな」

 

 俺は頭をガシガシと掻いて、目を逸らした。

 

「ふふ…。では、お買い物の続きといきましょう。まだ買い込む必要がありますので」

 

「え、マジ?」

 

 これ以上まだ食材買うのかよ。どんだけ食べるんだよ幽々子様。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「重かった…」

 

 白玉楼に到着し、台所に多量の食材が入った大きなレジ袋を置いた俺はそう溢した。反対に、魂魄は顔色一つ変わらない。

 

「持ち慣れていないと、やっぱりそうなりますよね」

 

 俺と同じく、両手に重いレジ袋を持ってたはずなのに、何故こいつは平気でいれるんだ。慣れたっつっても限度があるだろ。その細腕のどこにそんな力あるんだよ。

 

「そろそろかな…」

 

 魂魄がスマホの画面を見て、そう呟いた。

 

「何が?」

 

「いつも休日の午後3時には、1時間素振りを行なっているんです」

 

「マジかよ……」

 

 休む日に休まないとは、こいつどんだけクソ真面目なんだ。

 

「では、私は道着に着替えて来ますので。どうぞごゆっくりしていってください」

 

 魂魄はそう言い残して、別の部屋に向かった。

 

「ごゆっくりって言われてもな…」

 

 とりあえず台所を後にして、白玉楼の中を散策し始めた。縁側を歩いていると、串に刺さっている三色団子が大量に乗った皿を持った幽々子様と出会す。

 

「あら、八幡くん。何してるの〜?」

 

「…暇だし、白玉楼を見て回ってました」

 

「なら、ちょっと付いてきなさいな。妖夢の自主練、一緒に見ましょうよ〜」

 

「は、はぁ…」

 

 幽々子様に言われるがまま、俺は白玉楼の中を歩く。

 とある部屋の襖を開けると、木の床で作られた部屋が。目の前には、道着を着て、防具を着けた魂魄が竹刀を手にして構えている。

 

「やああァァッ!!」

 

 大きな声を発声し、竹刀を勢いよく振り下ろす。振り下ろし、時には横にも振る。相手がいるとイメージしながら、彼女はひたすらに竹刀を振り続けた。

 

「…学校での妖夢は知らないの」

 

「え?」

 

「妖夢ね、辛そうな表情でずっと素振りしていたの。自分のことを話さないから、何があったのかも分からないままだった」

 

「そうですか…」

 

「でも、最近は明るくなった気がするの。特に八幡くん、貴方の名前が出始めてからね」

 

「は?」

 

「妖夢に何があったのかは分からないけど、今の妖夢が明るくなったのは、多分八幡くんのおかげだと言うのは分かる。貴方が妖夢に、何かしら良い影響を与えたということを」

 

 魂魄だけでなく、この人までもが俺に感謝をしてきた。

 

「ありがとう。妖夢の助けになってくれて」

 

「…別に何もしてませんよ。そんな礼を言われるようなことはしてません」

 

「妖夢から聞いていた通り、中々捻くれているわね。可愛いわぁ〜」

 

 魂魄然り、幽々子様然り。この二人が相手だと、どうも調子が狂ってしまう。いや、この二人だけでなく俺が関わってきた人間全てに当たることだ。

 どいつもこいつも助けられただの優しいだの言っているが、俺は自分の都合でしか動かない。その結果が助けてしまっただけで、そこに善意はないというのに。

 

 …いや、やめよう。あれこれ言い訳したところで過ぎたことだ。余計なことは考えないでおこう。

 

 そこから1時間、魂魄の自主練を眺めた。1時間が経った後、面を取る魂魄。

 

「ふぅ……」

 

 暑い中、暑苦しい道着や防具を着ていた彼女は汗をかいていた。いや、何も不思議なことではない。不思議なことではないのだが。

 

 なんだろう。汗をかく彼女の姿が、どことなく艶っぽく見えてしまう。そんな彼女の姿に、俺は思わず魅入ってしまう。

 

「あら〜?もしかして八幡くん、今妖夢の姿に魅入っちゃったのかしら〜?」

 

「へっ?」

 

 なんで分かるんだよ。俺そんなに分かりやすいのかよ。

 

「そ、その……あまり見られると恥ずかしいです…」

 

 やめろ照れるな。余計に俺の心をざわつかせるな。

 

 こいつと関わってよく分かった。

 魂魄は天然小悪魔だ。無意識な行動や言動が男を魅了するという、一番タチの悪い能力の持ち主だ。

 

「わ、私、シャワー浴びて来ますのでっ!」

 

 赤面した魂魄は、そそくさとその場から立ち去った。

 

「八幡くんも男の子ねえ〜」

 

 俺を揶揄う幽々子様。クソうぜぇなちくしょう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 魂魄がシャワーから上がり、少し早めに夕食の支度を始めた。幽々子様がいる故にかなりの量の料理が出されると思い、手伝おうとしたが。

 

「お客様を手伝わせるわけにはいきません。それに八幡さんには、私が作った料理を食べて欲しいので」

 

 ねぇ本当俺貰っちゃうよ?大丈夫?魂魄ルートまっしぐらだけど大丈夫?

 

「妖夢の手料理は美味しいのよ〜。毎日食べていたいくらい」

 

「いや毎日食べてんでしょ。食べ尽くしてんでしょ」

 

 この人の胃袋はどうなっているんだろうか。本当にブラックホールだったりするのだろうか。胃袋に入った瞬間、分子レベルで塵にでもなっているのだろうか。

 

 本気でこの人の体内が気になった瞬間である。

 

 しばらく時間が経ち、午後6時半。

 

「お待たせしました」

 

 魂魄が料理を次から次へと運び込んできて、木製の大きなローテーブルいっぱいに、様々な種類の料理を置く。まるで宴会料理だ。

 

 にしてもこれは…。

 

「多過ぎじゃね?」

 

「八幡さんがいるから、少し多めに作りました」

 

 いや、少し多めとかいうレベルじゃないのよどう考えても。7、8人いてやっと食べ切れるんじゃないかって量なの、これ。

 

「では、いただきましょう」

 

 手を合わせて、「いただきます」と呟く。まず、近くにある唐揚げを箸で掴んで口に運ぶ。

 

「どう、ですか?」

 

「…コメントに困る美味さだわ」

 

「それは良かった…」

 

 十六夜といい魂魄といい、最近の学生の料理ってみんな凄え美味いんだけど。遠月学園でも行ってたの?食戟でもしてたの?

 

「やっぱり妖夢の手料理はいつでも美味しいわねぇ〜」

 

 と、モグモグ頬張りながら魂魄を褒める。食うか話すかどっちかにしろよ。

 

 にしても、本当美味ぇなこれ。これもう普通に金取れるレベルだろ。

 

「これなら、お嫁さんに出しても問題ないわね〜」

 

「ゆ、幽々子様っ!?」

 

 幽々子様の言葉に、魂魄は顔を赤面させて慌てる。

 

「わ、私はそういうのはまだっ…」

 

「えぇ〜?でもいずれ、誰かのお嫁さんになりたいでしょ〜?例えば、は…」

 

「幽々子様少し黙ってください!」

 

「うふふ、可愛いわねぇ〜。青春してるわねぇ〜」

 

 昼間とは違い、立場逆転。幽々子様がマウントを取り、魂魄を揶揄い始めた。揶揄われた魂魄は依然、赤面して挙動不審に陥っている。

 

 目の前のことにしか集中していないというか、あまり恋愛に興味ないという勝手なイメージであったが、魂魄も普通の女子なんだなぁ。

 そんな考えを巡らせながら、俺は目の前の料理に黙々と手を付けていく。

 

 約1時間弱で料理は全て平らげた。まぁ半分以上、幽々子様が食べてしまったのだが。

 

「ご馳走さん」

 

「お粗末様でした。では私、お皿を洗いますので」

 

「なら俺も手伝うわ」

 

「いえ、八幡さんはゆっくりしててください」

 

「流石にこの量の皿を一人はしんどいだろ。それに、流石に何もしないわけにはいかねぇからな。養われる気があっても、施しを受ける気はない」

 

「違いがあまり分かりませんけど……なら、お願いしてもいいですか?」

 

「おう」

 

 汚れた皿や器を一緒に台所に持って行き、二人で協力して皿洗いを始めた。魂魄が洗剤で皿の汚れを取り、濡れた皿を俺が拭いていく。

 

「八幡さんは、誰か気になる異性っているんですか?」

 

「は?え、いや、急にどうした」

 

「いえ、少し気になって。八幡さんの周りには様々な女性がいますし、誰か気になる異性がいてもおかしくないのではと思って…」

 

 最早女子しかいないけどね、俺の周り。魂魄含めて。

 

 俺だって、恋愛について直向きになっていた時期がある。けれど全て俺の痛々しい勘違いで失恋しまくった。あれらを好きだったというのかどうかも、今になっては分からない。

 

 今でも、誰かを好きになれるのかと聞かれたら、分からないとしか言いようがない。好きになるということは、そうなる事情があるし、俺じゃなくても他の人を好きになる可能性がある。

 

 例えば封獣。

 病的なまでに俺に依存しているが、あれは俺だから依存しているわけじゃなく、あいつが依存体質だっただけだ。俺じゃない誰かが優しい言葉を掛けていれば、きっと封獣はそいつに依存していたことだろう。

 

 そんな風に、俺は人の好意を信じることが出来ない。

 人の好意には、何かしら裏があるはずだから。あるいは、別に俺じゃなくても良いはずだから。

 

「…いねぇよ。そもそも、いつも独りだからな」

 

 そう。俺は今までも、そしてこれからも独りである。

 

「独りじゃありませんよ」

 

「え?」

 

 皿洗いを止めて、真剣な眼差しでこちらを見る。

 

「私がいます。貴方を、独りになんてさせません」

 

「魂魄…」

 

 そんな言葉を言い放つ彼女から、俺は目を離せずにいた。

 すると。

 

「あっ、いや、その!今の言葉に意味はなくてっ!ただ八幡さんの周りには縁があると言いたかっただけで、決して深い意味は…」

 

 と、三度顔を赤面させた魂魄が慌てながら弁解する。

 

「…カッコいいな、お前」

 

「そ、そんなことはありませんよ…」

 

 魂魄は顔を逸らし、再び皿洗いを始めた。俺はそんな彼女の姿に思わず笑みが溢れてしまい、自分も皿拭きを再開した。

 二人で協力したからか、皿洗いは早く終わる。終えた俺はスマホを取り出し、時間を確認する。

 

「もう8時過ぎか…」

 

 時間はいつの間にか午後の8時を過ぎていた。

 門限があるわけじゃないが、そろそろ帰らないとな。長居は無用だ。

 

「じゃあ俺、そろそろ帰るわ」

 

「では、駅まで送りますよ」

 

「いや、いい。流石にそこまでしてもらうのは気が引ける」

 

「ですが…」

 

 魂魄は納得いかないといった面持ちだが、こちらとしては夜道に魂魄一人で帰らせる方が不安で仕方ない。なんかあったら夢見が悪いからな。

 

「ならせめて、白玉楼の出入り口まで送ってくれ。中が複雑だから出入り口がどこだか分からん」

 

「…分かりました。では出入り口まで案内します」

 

 魂魄の先導で、白玉楼の出入り口に到着。そこには、団子を持った幽々子様も。ていうかまた団子食べてんのかよ。

 

「八幡さんがお帰りになります」

 

「八幡くん、また機会があればいらっしゃいね〜。いつでも歓迎するから」

 

「どうも」

 

 次はもうないと思うけどな。そんな何回も訪ねないぞ俺は。

 

「八幡さん」

 

 俺の右手を、彼女の小さい両手が優しく包む。

 

「な、何を…」

 

「ずっと、八幡さんの隣にいますから。自分は独りだなんて、もう言わないでくださいね」

 

「え、あ、お、おう…」

 

 大丈夫?なんだかプロポーズみたいに聞こえるのは、俺の願望が強いから?

 

「では八幡さん。また学校で」

 

 魂魄はゆっくり手を離し、頭を下げる。

 

「お、おう。じゃあな」

 

 俺はポケットに手を突っ込み、白玉楼を後にする。

 ポケットに突っ込んだ俺の右手が熱いのは、彼女の小さい手から伝わった温もりのせいではないと思いたい。

 

「ねぇ妖夢。今のって、プロポーズなのかしら?ずっと八幡くんの隣にいるって部分」

 

「…あ」

 

「あらあら。本当、妖夢って可愛いわねぇ〜」

 

「ああああぁぁーッ!!」

 

 何やら後ろから魂魄の叫び声が聞こえるが、それすら気にならない程、彼女の手の温もりが印象に残った。

 

 



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彼を取り巻く人間は、全て異端である。

 画面を見ているそこの読者達に問う。

 午前11時あたりに起きてリビングに降りたら、何故か異端な髪色をした女子中学生達がいたのだが。さて、これは普通のことだろうか?

 

 答えは聞かずとも分かる。否である。

 

「お、お邪魔してます」

 

 緑色の長めな髪をサイドテールにまとめ、黄色いリボンをつけている子がおずおずと挨拶をする。

 

「小町、これは食べてもいいのかー?」

 

 と、バカみたいな話し方で冷蔵庫の中の食材を指差す、赤色のリボンを短めの黄色の髪に着けた女の子。何食べようとしてんだよ。

 

「この人が小町のお兄さん?」

 

 癖のあるピンク色のボブの女の子は、小町にそう尋ねる。

 

「な、なんだか少し怖い人に見えるけど…」

 

 と、先程のサイドテールの子とは違う濃さをした緑色のショートカットの女の子はそう言った。もう言われ慣れているから八幡気にしない。

 

「あたいったら最強ね!」

 

 何の脈絡もなく、この薄い水色の髪をした女の子は何か言い始めた。

 

 緑二人に黄色一人、ピンク一人、水色一人。いつから比企谷家のリビングはこんなカラフルになり始めたんだ。

 

「あ、お兄ちゃん。おはよー」

 

「おう。挨拶を忘れないのはいいことだが、お兄ちゃんそれより前にこの鮮やかな色に染まったリビングについて説明聞きたい」

 

「?見ての通り、小町の友達だよ?」

 

 我が妹が気が狂っている件について。

 なんでそんな普通なの?特徴的でしかねぇよ。よくまぁ友達になれたなぁお前。

 

「は、初めまして!私、大妖精(だいようせい)って言います!小町ちゃんには仲良くしてもらってます!」

 

 はいいきなり意味分からん名前出た。なんだ大妖精て。そんな本名ありなのかよ。何、お前リンクの体力回復してるのん?

 

 とはいえ、律儀に挨拶してくるあたり、嘘はついていないようだ。世の中にはミドルネームが付く人間もいるわけだから、彼女のような名前も存在してもおかしくはない……のか?

 

「僕はリグル・ナイトバグと言います!えっと、好きな虫は蛍です!」

 

 聞いてもいないのに好きな虫を言ってくれてありがとう。にしても今時珍しく、僕っ娘キャラなのね。

 ただ気になったのはやっぱり名前かな。ナイトバグって日本語に訳せば蛍になるわけですが。蛍を擬人化したとかそんなオチじゃないよね。

 

「私はミスティア・ローレライ。この世に存在する焼き鳥を撲滅するために、八目鰻を主体に色んなツマミを出してる。もし機会があれば、小町と一緒に食べに来てよ」

 

「お、おう…」

 

 焼き鳥嫌いなのだろうか、この子は。まぁ世の中には鶏肉を食べることが出来ないって人もいるし、嫌いな人がいても仕方ない。

 けど焼き鳥への憎悪凄いな。そんでその撲滅のために対抗する品が八目鰻かよ。

 

「お腹減ったのだー」

 

「後でみんなで食べに行こ、ルーミアちゃん」

 

 初登場から癖の強そうな黄色の髪の女の子は、ルーミアという人物らしい。腹ペコキャラは幽々子様で間に合ってるんだけど。

 

「あんた、名前は?」

 

「え?あ、比企谷八幡だ」

 

「あたいはチルノ!最強と言えばあたい、あたいと言えば最強!よく覚えておきなさい!」

 

「え、お、おう」

 

 最後の子が一番ヤベェやつなんだが。お兄ちゃん、小町の交友関係の口出しするわけじゃないが、友人は選んだ方がいいのではないのだろうか。

 特に最後の二人。本当に友達で大丈夫なんか?こいつらに影響されて小町が今以上にポンコツになったらどうしよう。

 

「…つーか、何してんの?それ」

 

「ババ抜きよ!」

 

「宿題も終わって暇でしたので…小町ちゃんの家でババ抜きやろうってチルノちゃんが」

 

 頭おかしいのかチルノ。

 WiiとかSwitchなら家にあるぞ。女子中学生が休みの日に人ん家に集まってやることがババ抜きってなんなんだよ。

 

「お兄さんもやるかー?」

 

「やらねぇよ」

 

 なんで女子中学生に混じってババ抜きしなきゃならねぇんだ。

 

 中々癖の強い交友関係っぽく見えるとはいえ、小町の友人であるなら文句は言わない。まぁこれが男友達なら、迷わずレーザーポインター浴びせることになるだろうがな。はっはっは。

 

「あ、そうだ。小町達昼頃になったらご飯食べに行くから、お兄ちゃんも適当に済ませといて」

 

「了解」

 

 今日も昼飯は外食か。

 まぁ一人で外食するのも悪くない。ここ最近ずっと誰かと飯食ってたし。

 

 俺は洗面台に行って顔を洗い、歯を磨く。一通り済ませば、外出用の適当な私服に着替える。スマホ、財布などの最低限必要な物をポケットに入れて、我が家を出て行く。

 

 とはいえ。

 

「昼飯にしてはまだ早いか…」

 

 まだ12時にすらなっていない。早めに昼飯食べて帰っても、あの様子だとまだいるだろうし、どのみちどこかで時間を潰す必要がある。

 こうなることが分かっていたら、もっと綿密な計画を立てていたんだが。

 

「あっ!八幡!」

 

「ん?」

 

 後ろから大きな声で俺の名前が呼ばれる。聞き覚えのある声であり、後ろを振り返ってその人物を目視しようとすると。

 

「ぐぇっ」

 

 自身の身体に勢いのある衝撃が伝わる。その上、胸あたりには何やら柔らかいものがむにゅむにゅと当たるのも分かる。

 

「ちょ、お前っ…」

 

「八幡っ、八幡っ」

 

 勢いよく抱きついてきた人物は離れる素振りを見せず、逆にこれでもかと力を強める。その度に、彼女のメロンが押し付けられる。

 

「お空!八幡困ってるだろ、早く離れな!」

 

「やだ!」

 

 お空、即ち霊烏路は俺から離れようとしない。

 俺的には早く離れて欲しいです。さっきからむにゅむにゅ当たって気が気じゃないのよ。理性がゴリッゴリに削られる。

 

「れ、霊烏路、少し離れてくれ。マジで。色々危ねぇから。な?」

 

「ほら、八幡もこう言ってる。八幡に迷惑をかけたいのかい?」

 

「…それはやだ」

 

 霊烏路は渋々、俺から離れた。とはいえ、霊烏路はあからさまに不機嫌になり、頬を膨らませている。

 

「悪いね、八幡」

 

「や、別に…」

 

 別に霊烏路の柔らかいものが名残惜しいとかそんなこと思ってないんだからねっ!

 

「にしても奇遇だね。これからどこかに行くのかい?」

 

「そういうわけじゃねぇよ。時間潰しのために適当に外に出てきただけだ」

 

「ってことは、今暇かい?」

 

「まぁ、そうなるが…」

 

「なら、あたい達の家に来ないか?」

 

「火焔猫達の…家?」

 

「あぁ。以前言ったろ?お空のお礼がしたいから、いつか地霊殿に来てってさ」

 

 そういえばなんか言ってた気がする。最近色々忙し過ぎて忘れていた。

 ただ、時間潰しのために外に出たとはいえ、地霊殿とやらに赴くのもなんだか億劫ではある。

 

「八幡、地霊殿に来るのっ?」

 

 「別にいい」と断ろうと考えたが、この霊烏路のキラキラした視線が痛い。断った時の霊烏路の表情が目に浮かぶ。

 

「…まぁ、いいけど」

 

「やったーっ!」

 

「決まりだね。じゃ早速、行くとしようか。今から帰るところだったからね」

 

 この様子じゃ、すぐに帰れなさそうだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「でけぇよ」

 

 彼女達の家の、地霊殿とやらに俺は案内された。

 敷地の広さや建物の豪華さで言えば、紅魔館や白玉楼とほぼ同じレベル。俺の周りの人って、なんでこうもでかい館でシェアハウスみたいなことしてるんだろうか。

 

「そういえば八幡、昼ご飯は食べたかい?」

 

「いや、まだだ。どっかで適当に食べるつもりだったからな」

 

「じゃあついでに食べていっておくれよ。今日はあたいが担当だし、腕には自信があるんだ」

 

「そうか。ならありがたく頂くわ」

 

 なんだかんだで昼飯時になったし、腹が減っている。昼飯を出してくれるのはありがたい。

 

「じゃあ入ろうか」

 

 火焔猫が先導し、地霊殿の中に入っていく。

 

「うっわぁ…。なんじゃこれ」

 

 中に入ると、その煌びやかな内装に感嘆の声が上がる。

 黒に赤色、または紫色の市松模様に彩られた床。ステンドグラスの天窓。紅一色の紅魔館とはまた違った内装である。

 

「とりあえず、さとり様と顔を合わせておこう。さとり様も、お礼がしたいって言っていたからね」

 

 最初の目的は、さとり様とやらと顔合わせである。

 今まで大きい館の主と出会ってきたが、運命を見ることが出来ると言うレミリアお嬢様(サディスト)や、全ての料理を食らい尽くす幽々子様(カービィ)など、中々癖のある人間ばかりだった。

 二度あることは三度あると言う名台詞があるが、また癖のある人間だったりするのだろうか。

 

「着いたよ。ここがさとり様の部屋だ」

 

 火焔猫が扉を2回軽く叩き、中にいるであろうさとり様を呼ぶ。

 

「さとり様、お客様を連れてきました」

 

「…どうぞ。入れてあげなさい」

 

 さとり様の許可を得て、火焔猫は扉を開ける。開けた先に見えるのは、やや癖のある薄紫色のボブの少女が、机に向かって何かを行なっているところであった。

 手を止めて、顔を上げた。半開きの瞳が、俺に視線を向ける。

 

「貴方が、比企谷八幡ですね?」

 

「…どうも」

 

「お燐、お空。貴女達は下がりなさい。彼と話があるから」

 

「はい。では、失礼します」

 

「八幡、また後でねー」

 

 二人は退出し、俺とさとり様だけになった。

 

「ではまず、自己紹介といきましょう。私は古明地(こめいじ)さとり。ここ地霊殿の主を務めています」

 

「ども。比企谷八幡です」

 

「存じています。勉強合宿で貴方がお空を助けてくれたこと、主として感謝を贈ります。…ありがとうございます」

 

 さとり様、いや、古明地さんは頭を下げて感謝の言葉を送る。

 確かに大事にならなくて良かったが、何も俺を招く必要がないのではないか。霊烏路からも感謝は受け取って、それで終わりだ。

 

「…いえ。お空のミスとはいえ、貴方がいなければ、お空は今こうして元気に過ごせていなかった。彼女の主としても、感謝を伝えたいんです」

 

「そうで……」

 

 …いや、ちょっと待って。ナチュラルに流したけど、俺今何も喋ってないぞ。今回ばっかりは独り言なんてしていない。

 今の古明地さんの言葉、どう考えても俺が思い浮かべた言葉の内容に返した内容だった。

 

「…貴方の疑問は正しいことです。何故、貴方の考えたことが分かるのか。それは…」

 

 古明地さんが一息つき、そして。

 

「私が人の心が読めてしまうからです」

 

 彼女はそう答えた。

 

「信じられないのも無理はありません。信じてくれとも言いません。何を言ってるんだって程度に聞き流して…」

 

「……別に疑うところないんですけど。驚きはしましたけど、辻褄が合いましたし」

 

「……はい?」

 

 並の人間ならば、きっと彼女を小馬鹿にしていただろう。厨二病と揶揄っていたのだろう。

 しかし、こういう異能を持つ人間を、俺は知っている。運命を見透かすレミリアお嬢様と出会わなければ、きっと信じ切ることが出来なかったかも知れない。

 それに、俺の考えたことに対して返答してる時点で、そういうことが出来る人なのではないかと、もしかしたら程度に考えていた。

 

「…驚いた。私の力を、地霊殿の住人以外の人が信じるなんて…」

 

 どうやら俺の思考を読み取り、何故驚かないのか、その理由を悟ったようだ。

 

「信じるっていうか、疑うところがないってだけで。今までの経験から鑑みただけです」

 

「そうですか……それにしても、私以外にも似たような人がいらっしゃるんですね」

 

 まぁ初っ端からとんでもない人だったけどな。誘拐するし隷属させようとするし。挙げ句の果てには生粋のサディストだし。

 

「貴方は、その者に対して嫌悪感を抱かないのですか?」

 

「…いやまぁだいぶ特殊な人ではありますけど、別にそこまで嫌うほど何かあるわけじゃないし。第一、その人曰く、俺の運命が見えないとかどうとか言ってたんで」

 

 それに運命を見られようが、別に気にしないし、あまり興味もない。人の行く末なんて、自分ですら分かり得ないのだから。

 過去に俺はレミリアお嬢様にこう言った。偶然も運命も宿命も信じないと。今でもそれは変わらない。

 

「…変わっていますね、貴方。そんなよく分からない異能を持つ者を前にしたら、気味悪くするはずなのに」

 

「かも知れないですね。でも別にそれがあったからって、俺に何かあるわけじゃない。運命を見られようが心を読まれようが、俺に何もないならそれでいい。気味悪くする必要も、嫌う必要もないんですよ」

 

「私を…私の異能を、拒絶しないのですか…?心が読まれるんですよ?」

 

「確かに心を読まれるのは嫌かもしれない。でもそれが意図的じゃなく、偶然なら仕方ないでしょ。古明地さんに悪意がないなら、古明地さんを責める理由にはならない」

 

「あ……」

 

「流石に俺も人間なんで、心読まれて何もないってことはありません。でも、その異能をいつか許容出来るかも知れない。…多分、知らんけど」

 

 許容出来るものであるなら問題ない。現に、火焔猫も霊烏路も古明地さんに対して嫌な顔何一つしていなかった。心を読まれているにも関わらず、だ。

 人の心の大きさによるだろうけど、心を読める異能が生まれ持ったものであるなら、古明地さんを責める理由にならない。至極簡単な話だ。

 

「…本当、変わった人ですね。今まで出会ってきた中で、そんな風に言う人はいませんでしたよ」

 

「いや、別に…」

 

 すると、扉の向こうからドタドタと走る音が聞こえてくる。その足音は近づき、そして勢いよく扉が開かれる。

 

「さとり様、八幡っ!もうそろそろお昼ご飯出来るよーっ!」

 

「…だそうです。私達も行きましょう」

 

「八幡っ、今日のお昼ご飯はオムライスだよ!」

 

「ほーん…」

 

 古明地さんと霊烏路に連れて行かれた。テーブルクロスが掛けられたロングテーブルの上には、出来立て熱々のオムライスが乗せられている。

 

「…形は綺麗だな」

 

「だろ?どうだい、あたいの料理の腕は」

 

 やっぱこういう立ち位置の人間は、得てして料理得意なところあるよな。十六夜然り、魂魄然り。

 

「むぅ、私も作ったんだよ?」

 

「そうなのか。因みに聞くけど、どの辺を?」

 

「ケチャップ」

 

「だろうな」

 

 しかもそれを作ったと換算するのかよ。

 普通、オムライスに掛けるケチャップって、大体満遍なく掛けたりするか、一部に溜めたりするかのどちらかだ。

 なのにこいつと来たら、ケチャップの掛け方が返り血浴びたみたいになってんだけど。なんでこんな殺人現場の跡みたいになってんだよ。赤いから余計に怖ぇよ。

 

「…なんか、もう凄ぇな」

 

「でしょっ?えへへ」

 

 …まぁでも本人が作ったって言ってるし作ったことにしよう、うん。ケチャップを掛けることはオムライスを作るということと同義である。

 

「さとり様。こいし様のは…」

 

「またどこかに行ってしまったのね…。仕方ないし、先に4人で食べておきましょう。いつ帰ってくるか分からないし」

 

「八幡の隣は私が座る!」

 

「どこでもいいだろ別に」

 

 そんなわけで、こいし様とやらを抜きにした4人での昼食が始まった。

 

「いただきます」

 

 スプーンでオムライスの玉子を裂き、中の味が付いた米と一緒に頂く。

 

「…美味ぇな」

 

「そう言ってくれると嬉しいな」

 

「ケチャップは?ケチャップも美味しいでしょ?」

 

「え?あ、うん。普通に美味い」

 

 何故ケチャップを掛けただけで作りました感を出せるのか未だに分からん。

 黙々とオムライスを食べていると。

 

「あ、ケチャップ付いてる」

 

「どこにっ……」

 

 俺は霊烏路にそう指摘を受けたので、どこに付いてるのかと尋ねようとした。その瞬間、口周りに生暖かい感触が。

 

「お、お空…」

 

「貴女、今、何を……?」

 

 俺はその事実を受け入れ切れずにいた。

 霊烏路は、俺の口周りに付いていたケチャップを取ったのだ。指であったりティッシュであったりするなら、俺もここまで硬直しなかった。

 

 今こいつ、自分の舌で…。

 

「?ケチャップ取っただけだよ?」

 

「ち、ちがっ…。お、お前、今、舌でっ…!」

 

「うん。だってケチャップ付いてたもん」

 

「…そうじゃないの。貴女、今彼にキス同然のことをしたのよ」

 

「キス?私チューなんてしてないですよ?八幡の口周りを舐めただけですよ?」

 

「そのことを言ってるのよ…」

 

 犬にペロペロされるのとは訳が違う。

 霊烏路の表情が何も変わっていないが、まさかこいつ、羞恥心というものがないのか。だから平然と今のようなことが出来るのか。

 

「八幡、大丈夫かい?」

 

 俺は息を大きく吸って、吐く。そうすることで、とりあえず落ち着きを取り戻す。

 

「…だ、大丈夫だ…」

 

 とはいえ、未だ心臓がバクバクしてる。キスではないが、女子に舌でペロってされる日が来るとは思わなかった。

 

「…でも、なんだろ」

 

「へ?」

 

「八幡に付いてたケチャップ取った時、なんだか気持ち良かった」

 

「ぶっ!」

 

 ダメだ。こいつ核兵器でも装備してんのか。さっきから核兵器並みの破壊力を持った行動と言動してるんだけど。

 

「八幡、もう一回舐めていい?」

 

「ば、ばっかお前、そ、そんなこといいわけ、ないだろ!」

 

「えぇー!」

 

 「えぇー!」じゃねぇボケが。んなことされたらさっきの胸当てより理性が削られるっつの。思春期男子を殺すつもりかお前は。

 

「お空。あまり客人に迷惑をかけるのはやめなさい」

 

「…はーい」

 

 古明地さんの一言で、霊烏路の暴走は止まった。依然、俺の精神状態は不安定である。この数分で霊烏路にどれだけ心が掻き乱されたか。

 

 小町だけじゃない。俺の周りにも、異端な人間関係があったと、改めて感じさせられた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「八幡っ、何して遊ぶ?」

 

 食後、俺は霊烏路の部屋に連れ込まれてしまった。古明地さんは受験勉強と言って部屋に戻り、火焔猫は食器を洗っている。残って暇を持て余した霊烏路は俺を引っ張り、部屋に連れ込んだということだ。

 

「何って、別になんでも……」

 

「じゃああれやろ!王様ゲーム!」

 

「二人じゃ出来ねぇだろうが。つかやりたくねぇよ」

 

「じゃあツイスターゲーム!」

 

「男女で絶対やっちゃダメなやつだろ」

 

「んー……じゃあ野球拳?」

 

「もっと危ねぇよ。下手すりゃ18禁だろ」

 

 なんでさっきからピンポイントで危なっかしいゲームを言ってくるんだよ。

 

「Switchとか、そういうのにしようか。そのゲームは俺達には早すぎる」

 

「じゃあスマブラやろう!スマブラ!」

 

 やっとまともな案が出てきたよ。スマブラって単語だけでこんなに安堵する日が来るとは思わなかった。

 そこから1時間半程度、スマブラで遊んでいた。

 

「楽しかったねー!」

 

「…まぁ、暇は潰せたな」

 

 つーか霊烏路のやつ、サムスとロックマン使った瞬間異様に強くなるのなんなの?他のキャラクターじゃレベル3みたいに弱かったってのに。

 

「なんだか眠たくなってきちゃった…」

 

「自由だなお前…」

 

 霊烏路は大きく欠伸をしてそう呟く。そして徐に、彼女は俺の膝に頭を乗せて身体を横に倒した。

 

「…な、何をしてるの?お前」

 

「八幡」

 

「な、なんだ」

 

「好き。だーいすき。えへへっ」

 

 霊烏路はそう微笑んで、眠りについた。

 

「…本っ当、なんなのこいつ…!」

 

 核兵器搭載の鳥頭。見た目は大人、頭脳は子どもに当てはまるやつだと言うのに。こいつの行動と言動に一々動揺してしまう。

 

 勘違いするなって言う方が無理だろ、こんなん。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 時刻は夕方の5時半。夕食も食べていかないかという誘いを受けたが、最近家で食べることがなかったので、断った。

 

「…じゃ、お邪魔しました」

 

「またいらして下さい。歓迎はしますので」

 

「明日学校でね、八幡」

 

「八幡、ばいばい!」

 

 こうして俺は、地霊殿を後にした。

 適当に時間を潰すどころか、ガッツリと時間を潰した。さっさと帰って風呂でも入ろうと思いながら、俺は来た道を辿って歩く。

 

 その時。

 

「お兄さん」

 

「うぉっ!」

 

 目の前から突然、ひょこっと少女が現れた。薄く緑がかった癖のある灰色のセミロングに緑の瞳。鴉羽色の帽子に、薄い黄色のリボンをつけている少女。

 俺がボーっとしてたわけではなく、突然現れた。しかも、気配を感じなかった。

 

 こちらをニコニコしながら見つめる少女。なんだこいつ。

 

「お兄さん、地霊殿に遊びに来てたの?」

 

「あ、あぁ……。ていうか、何お前」

 

「私?私は古明地(こめいじ)こいし。古明地さとりの妹だよ」

 

 そういや、火焔猫がこいし様って言っていたが、こいしってこいつのことだったのか。雰囲気的には、姉とは真逆みたいだが。

 

「お兄さんの名前は?」

 

「比企谷八幡だ」

 

「比企谷八幡……じゃあ八幡だね」

 

「もう好きに呼べ」

 

 八幡呼びももう慣れた。逆に今となっては、比企谷と呼ばれることに少し違和感がある。

 

「じゃあね八幡。また地霊殿においでよ。今度は一緒に遊ぼうね」

 

「…また気が向いたらな」

 

 彼女は終始笑みを浮かべながら、そう言い残して地霊殿へと帰って行った。

 

「…帰るか」

 

 夜は小町もいるって言ってたし、久しぶりに小町の手料理を食べることが出来る。

 そんな夕食を少し楽しみにしながら、俺は我が家へ帰って行った。

 



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鈴仙・優曇華院・イナバは意固地になる。

 6月も中旬に差し掛かり、後2週間もすれば期末試験が始まる。

 意識が高い人間は2週間前から勉強を始めている人がいるが、俺は自意識高い系だから、1週間前に始めるのだ。…まぁ関係ないが。

 

 今日も変わらず、放課後は生徒会室に集まって仕事を行なっている。そんな時、部屋の扉を叩く音がした。

 

「どうぞ」

 

 四季先輩が許可を出すと、部屋に入ってきたのは保健の先生である八意永琳先生だった。

 

「仕事中に申し訳ないわね。少し、依頼がしたいのだけれど」

 

「依頼…ですか?保健の教員がわざわざ?」

 

「生徒会に…というより、そこの彼にかしら」

 

 八意先生は俺を指名する。

 

「何故八幡を指名するのか、その理由を尋ねても?」

 

「私が依頼したい内容は、男手が必要になるの。無理にとは言わないけれど、彼が手伝ってくれるのなら優曇華も救われるの。…だからお願い」

 

 理由を全て述べ、八意先生は頭を下げる。

 これは義務的に頭を下げているとかじゃない。本当に、本気で助けを求めている時の姿だ。

 

「…別にいいですよ。ていうか、先生の指示を断れる生徒なんていないでしょ」

 

「…ありがとう」

 

「では、依頼内容をお話しください。我々生徒会も、出来る範囲であれば助力いたします。小町、お茶を」

 

「うっす」

 

 八意先生は席に着き、小野塚先輩はお茶を提供する。八意先生はお茶を口に含み、それから依頼内容を話し始めた。

 

「優曇華…1年F組の鈴仙・優曇華院・イナバのことなのだけれど……実は彼女、ストーカー被害に遭っているようなの」

 

「ストーカー…ですか?」

 

「えぇ……これを見て。優曇華宛に手紙が来たのだけれど」

 

 八意先生が手紙を差し出す。俺達はその手紙の内容を拝見したのだが。

 

『元気にしてる?

 俺は元気だよ。いつも君の仕事姿、そして学校の登下校の姿を見てる。昨日も薬を届けに行ってたよな。

 俺体調悪いから、また鈴仙ちゃんに薬を届けに来て欲しいんだ。俺の家の場所は分かるだろ?何回も来てくれたもんな。

 その時に話があるからさ、良かったら家に上がってってくれよ。親は仕事でいないし、二人きりだから。

 待ってるよ。』

 

 その内容に、俺や生徒会の面々は戦慄した。

 八意先生の話を疑っていたわけじゃないが、この文面を見るとかなりガチなストーカーだ。四季先輩ですら、冷や汗を掻くほど。

 

「これが今回で4枚目らしいのよ」

 

「らしい?」

 

「永遠亭に届くものは鈴仙が確認して、そこから私に報告してるの。だからストーカーもこの手紙の存在も、私がたまたま見なければ知らないままだった」

 

「鈴仙…という方から相談は?」

 

 四季先輩の問いに、八意先生は首を横に振る。

 

「…優曇華は責任感が強い子なの。きっと、私や永遠亭に迷惑をかけまいとして黙っていたのだと思うわ。彼女の師匠として、もう少ししっかり気をつけていれば…」

 

 後悔を嘆く八意先生。

 

 あの時ああしていれば、こうしていればなんて後悔は人生の中で腐るほど存在する。でも人間は、その後悔を二度としないための策を練ることも出来る。

 

「…状況は分かりました。鈴仙という者をストーカーから保護し、可能であれば証拠を揃えてこの罪人を警察に引き渡すと。これが、貴女の依頼ですね?」

 

「えぇ。お願い」

 

「ではまず、その鈴仙という者にも話を尋ねる必要があります。彼女は?」

 

「あぁ、ちょっと待って」

 

 八意先生がスマホを取り出し、鈴仙に電話を掛けた。少しすると、鈴仙が恐る恐るといった様子で生徒会室に入室して来る。

 

「お、お呼びですか…?」

 

「貴女が鈴仙・優曇華院・イナバさんですね。私は生徒会長の四季映姫・ヤマザナドゥです。貴女にお話があって、生徒会室にお呼びしました」

 

「話…?」

 

「貴女が受けているストーカー行為について」

 

「ッ…」

 

 鈴仙は身体をビクッと震わせ、あからさまに反応する。

 

「私達生徒会は、貴女が受けているストーカー行為を阻止するために協力します。ですので、貴女の話を聞きたいのです。小町、お茶を」

 

「うっす」

 

 鈴仙が八意先生の隣に腰を掛け、小野塚先輩が鈴仙にお茶を出す。

 

「もし答えづらい問いがあれば、答えなくて大丈夫です」

 

「は、はい…」

 

「ではまず。貴女宛に手紙が来ているそうですが、それはいつ頃ですか?」

 

「勉強合宿が終わってから…でしょうか」

 

「ふむ……。次に、手紙以外で何か被害を受けましたか?」

 

「…気のせいだと思うんですけど、下校中にやたらと視線を感じるようになりました」

 

「なるほど……」

 

 今のところ、付き纏われているだけ。鈴仙が気づいていないだけで、盗撮されている可能性もある。

 

「…一ついいか?」

 

「な、何?」

 

「この文面見る限り、鈴仙がストーカーの家に尋ねたって書いてあるけど、これはどういうことだ?」

 

「優曇華には、薬の配達をしてもらっているのよ。事情があって永遠亭に来られない人や、検査を受けた人には定期的に薬を配達したりするの」

 

「ってことは、このストーカーは永遠亭の配達を受け取っているやつってことになる。何回もってことは、定期的に受け取るやつがいるんだろ。永遠亭に来ていなくて、かつ何度も薬を受け取っているやつ。そして、今後も薬を受け取るであろうやつが、鈴仙を追うストーカー」

 

「…八幡の推測がもし正しいとはいえ、状況証拠にしかなり得ません。定期的に受け取るとはいえ、それなりに永遠亭を利用する者がいる。その中から、ストーカーをどう見抜くか。これがポイントになりそうですね」

 

「そう。だから比企谷くんにお願いしたいの」

 

「え?師匠、どういう…?」

 

「ストーカーは人に付き纏う人種。優曇華が付き纏われているのは、貴女が登下校の際に一人だから。けれど姫様は引きこもりだし、中学生のてゐを一緒に付かせるわけにもいかない。だから、この学院で数少ない男性の比企谷くんとしばらく一緒にいて欲しいの」

 

 俺個人を依頼した理由はこういうことか。

 ありがちな策ではあるが、鈴仙の隣に知らない男がいれば、それはストーカーを牽制する好手になる。ボロを出せば、それだけで儲けもんだからな。

 

「…私は、遠慮しておきます」

 

「え?」

 

「師匠にご迷惑を掛けた上に、生徒会の皆さんや彼に迷惑を掛けるわけにはいきません。私の問題は、私が解決すべきなんです」

 

「優曇華…」

 

 鈴仙は何がなんでも、一人で決着させたいようだ。

 

 物事一つ、一人で解決出来ることは世の中には沢山ある。だが同時に、一人で解決出来ないことも世の中には沢山ある。

 一人で解決することが悪いわけじゃない。だが出来ることを一人ですることと、出来ないことを一人ですることじゃ意味が全く違う。鈴仙の場合、後者に当てはまる。

 

 そもそも解決出来る事案であれば、八意先生がここに来ることも、4枚もストーカーから手紙が届くこともない。

 

「…無理だろ」

 

「…は?」

 

 鈴仙の言葉を、俺は真っ向から否定した。途端、鈴仙は険しい表情になってこちらを睨む。

 

「お前がどうやって解決するかは知らん。けど、相手は神出鬼没のストーカー。どんな奴か分かってない以上、単体で動くのは危険だって言ってる」

 

「き、危険じゃない。私だって、自己防衛の術くらいは…」

 

()()()()にそんなこと言われても、不安しかないんだけどな」

 

「…どういうこと?」

 

「化粧か何かで誤魔化してたんだろうけど、目の下の隈が見えてんぞ。眠れてない証拠だ」

 

「ッ……」

 

 図星を突かれたのか、鈴仙は黙り込んだ。

 

「大方、ストーカーの存在に恐れてるんだろ。その状態でストーカーとかち合って、勝てるわけがない。例え勝てたとして、無傷で済むとは思えないけど」

 

「…だったら、貴方がいたらそれが回避出来るって言うの?」

 

「少なくともお前一人でいるよりかは成功率は上がる」

 

 先程の話の続きをしよう。

 一人で解決することは悪くないことだ。だが誰かを頼る、支えてもらうということも人間の常である。誰彼迷わず頼れとは言わないし、言えない。

 

 けれど偶には誰かを頼ること自体は、悪いことではない。

 

「………なら、お願い。…私を、助けて」

 

「…了解」

 

 さて、ラノベ展開あるあるのストーカー退治といこうか。五体満足で生きていればいいけどね。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 生徒会が終わり、俺は今日から鈴仙と共に帰ることになった。帰ると言うより、永遠亭まで送ると言った方が正しい。いつストーカーが現れるか分からない以上、鈴仙の隣には誰かがいなければならない。

 

「……」

 

「……」

 

 共に帰るとは言ったが、俺達の間に会話は無かった。比較的、最低限のコミュニケーションしか取っていない。

 読者の皆様も知っての通り、俺のコミュ力は壊滅的だ。しかし、鈴仙もそこまでコミュ力がないと見た。

 

 そんな二人が一緒にいれば、当然会話が生まれるわけもなく。

 

「ねえ」

 

「…どうした?」

 

「なんで助けてくれるの?」

 

「…いや、お前が助けてって言ったからだろ」

 

 何を急にわけ分からんことを聞いてくるんだこいつ。会話下手くそかよ。俺でももうちょい上手いぞ。

 

「違うわよ。…助けてとは言ったけど、貴方にだって危害が及ぶかもしれない。いくら生徒の悩みを解決する生徒会だからって、何でもかんでも請け負わなければならないわけじゃない。あそこで貴方が依頼を断っても、誰も文句は言えない。なのに、貴方は…」

 

「別に深い意味はねぇよ。お前の師匠とやらに頼まれたから動いているだけ。そんでもし俺に危害が加わったとしても、それは俺の責任。要するにお前が一々気にする必要はない」

 

「…そう」

 

 それでも、どこか納得のいかない表情であった。

 自分から助けてって言っておいて、よく分からんやつだな。

 

「…あぁそういや」

 

「何?」

 

「連絡先、交換しといた方がいいんじゃねぇかって思ってな。なんかあった時に」

 

「…それもそうね」

 

 鈴仙と連絡先交換を行なった。

 連絡先の数が日が経つにつれて増えていくが、全部女子だと思うと、モテ期が来てるのではないかと錯覚してしまう。

 

「…貴方がいるからか、久しぶりに安心して永遠亭に帰れる気がするわ」

 

「一人で帰ってたんだっけか」

 

「前まで当たり前に帰れていたのに。…今では怖いの」

 

 男子がストーカーされるのと、女子がストーカーされるのでは恐怖の度合いが違う。人によるが、女子相手にストーカーするやつは大抵、下心見え見えのやつなのだ。そんなやつにストーカーされて、怖くないわけがない。

 

「早く捕まるといいな。ストーカー」

 

「…うん」

 

 俺は周りに気をつけながら鈴仙の後を付いて行き、永遠亭に辿り着いた。

 

「こりゃまた随分広いな…」

 

 外観は白玉楼のように和風であり、そこらにある地域の病院に比べれば、遥かに大きい。

 

「…どうした?」

 

 永遠亭に着くなり、彼女は何やら思い詰めたような表情をしていた。

 

「今日も薬の配達があるのよ。定期的に永遠亭を利用する人間もいるんだけど…」

 

「…そういうことか」

 

 ストーキングされていないにしても、ストーカーは永遠亭を定期的に利用する人間。もし今日、いきなりストーカーとかち合ったら、ヤバいことになる。

 

「…依頼の範疇で、その仕事を手伝うってのは出来ないか?」

 

「え?」

 

「配達が一人とは限らないし、最悪俺がいることを尋ねられたらバイトの研修だとでも言えばいい。俺がいれば、少なくとも仕事中もストーカーは手は出せないだろ」

 

「…じゃあ、お願いしていい?」

 

「おう」

 

 こうして、鈴仙の仕事を手伝うことに。今日運ぶ分の薬と配達先を確認し、永遠亭を後にした。

 

「いつも自転車で配達してたんだな」

 

 俺達は市街地の中を自転車で走っている。

 

「流石に永遠亭の近所だけが利用してるわけじゃないから。場所に寄るけど、バイクで配達もザラにある」

 

「免許とか持ってたのか…」

 

「普通二輪ならね」

 

 うちの学校はわりかし自由で、バイクの免許を取っていてもお咎めはない。流石にバイク登校は許されてないと思うけど。

 

 そんな雑談をしながら、薬を配達していった。

 後ろから見た限り、やはり鈴仙はコミュニケーションが得意ではない。それなりに話せる人間、少しおぼつきのある人間と別れている。おそらく前者が定期的に利用している人間なんだろう。

 

「次で最後か…」

 

「次は……罪さんの家よ」

 

 鈴仙が持っている顧客リストを覗いてみると、何やらまた凄い名前が書かれていた。

 

 罪複郎(つみ ふくろう)さん。なんだか罪と書かれた袋を被っていそうな名前だが、世には珍しい名前が沢山いることを学校で学んだ。こういった名前も、無くはないのだろう。

 

「…じゃあ行きましょう」

 

 俺達は最後のお届け先の罪さん家に向かった。

 自転車で約10分程度かかり、罪さん家に到着。鈴仙がインターホンを鳴らすと、向こうから男の声が聞こえる。

 鈴仙が薬を届ける旨を伝えると、中から現れたのは。

 

「鈴仙ちゃん、いつもありがとうな」

 

 ヤベェやつが出てきた。

 罪と書かれたパーカーに、罪と書かれたマスクを被った、明らかな変質者。

 

「いえ、仕事なので」

 

 何故鈴仙はこんな冷静な対応出来るのん?いくら定期的に利用してるとはいえ、こんなザ・変質者みたいな人間出てきたらビビるだろ。

 

「良ければお茶飲む?配達で疲れただろうし……って…」

 

 やっと俺の存在に気づいたのか、罪さんは俺の方に顔を向ける。

 

「…彼は?」

 

「新しく雇ったバイトの後輩です。研修中ですので、一緒に付いて来てもらいました」

 

「へぇ…バイト…」

 

 と、罪さんは疑わしく呟く。

 なんだ。俺がバイトしてるのにそんなおかしいことなのか。俺やっぱ働かない方がいいんじゃね?

 

「…そうか。バイトくん、頑張れよ。鈴仙ちゃんに迷惑をかけないようにな」

 

「…はぁ」

 

「では、私達はこれで」

 

 俺達は軽く頭を下げて、罪さん家を後にし、自転車で再び永遠亭に戻った。到着する頃には、夕日は落ちて暗くなっている。

 

「今日はありがとう。貴方のおかげで、心置きなく仕事に集中出来た」

 

「依頼だからな。…それより、気を付けとけよ」

 

「うん。気を付けるわ」

 

 俺は鈴仙と別れて、我が家まで突っ走って行った。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 三日後。

 依頼を請け負ってから、俺は永遠亭まで鈴仙を迎えに行っていた。そして今日も、彼女を迎えに行ったのだが。

 

「また手紙が来た?」

 

「…うん…」

 

 これで5枚目の手紙らしい。しかも今回は、ご丁寧に写真付きだそうだ。

 鈴仙からその手紙を受け取り、封筒から便箋を取り出す。

 

『鈴仙ちゃん。この写真の男は誰?

 俺鈴仙ちゃんが彼氏作ったとか聞いてないんだけど。しかもこんな見るからに冴えないようなやつ。

 もし彼氏なら別れた方がいい。そいつ絶対鈴仙ちゃんのこと分かってない。俺なら君のことを理解してあげれるし、幸せに出来る。

 それとも、鈴仙ちゃんはこいつに脅されてるのかな?だったら、俺がなんとかしてあげるよ。俺がこいつを排除して、鈴仙ちゃんを助けてあげるからさ。』

 

 冴えないようなやつで悪かったな。いくら知らん相手だからってボロクソ言い過ぎだろこいつ。

 

「…で、確か写真が入ってたんだったな」

 

 封筒から写真を撮り出すと、そこに映っていたのは、俺と鈴仙が二人で下校している様子であった。

 

「…マジで盗撮されてやんの」

 

 いよいよ本格的に俺を排除する気になったようだ。ここから先は本気で命に関わる事になりそうだ。

 

「…もう、いいの」

 

「あ?」

 

「これ以上私といたら、貴方まで被害に遭ってしまう。だから、今日で依頼は終わり」

 

 鈴仙は俺の横を素通りし、先に歩いて行く。

 

「お、おいちょっと待て。お前何勝手に決めて…」

 

 彼女は振り返り、作り笑いで。

 

「短い間、ありがとね」

 

 そう言って、鈴仙は走って行く。そんな彼女を俺は止めることが出来ず、ただ立ち尽くしてしまうだけだった。気づけば彼女の背中が少しずつ、少しずつ小さくなり、次第に彼女を見失ってしまう。

 

「…どうしろってんだ」

 

 人間は時に無力である。

 

 フィクションのような、主人公が苦悩している人間を救うなんて綺麗事、俺には出来ない。

 鈴仙にとって、きっと俺は荷物でしかなかったのだろう。俺がいることで、ストーカーがなりふり構わずになってきている。

 

 俺がストーキングを増長させていると言っても、過言ではない。俺の存在が、鈴仙を更なる危険に招いたのかも知れない。

 

 結局、人を守るなんて都合の良い力はない。

 封獣や霊烏路の件で、心のどこかで思っていたのかも知れない。自分には、人を助ける力があるのだと。

 

 けれど全ては幻想でしかない。何でもかんでも首突っ込んで助けることなんて出来はしない。

 そんな幻想を抱いていた自分が本当に気持ち悪くて仕方ない。それこそ、ストーカーと同じくらいに。

 

 それに、あいつ確か自衛の術があるとか言ってたんだ。鈴仙の言葉が本当かは知らないが、もしかしたらあいつ一人でストーカーをやっつけることが出来るかも知れない。

 

 俺の手は、あいつは最初から…。

 

『私を、助けて』

 

 脳裏に彼女の言葉がチラつく。

 短い言葉。しかし、その言葉には切実な願いが込められていた。

 

「…クソッ!」

 

 俺は自転車を漕いで、鈴仙の後を追った。

 

 この際、幻想だろうが自己満足だろうが余計なお世話だろうが関係ない。

 

 助けるって約束したから。

 

 俺が動く理由は、これだけで充分だ。劇的な登場も、英雄じみた行動もいらない。泥臭くても、間抜けでもなんでもいい。

 

 俺が出来ることをするだけだ。

 

 



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いつも、比企谷八幡は他がために。

 

 鈴仙の後を追って自転車を漕ぐが、一向に見つからない。

 俺は自転車を止めて、鈴仙に電話を掛ける。だが、出ない。着信拒否では無さそうだが。

 

「…先に学校に行ったのか?」

 

 その可能性はあり得る。さっさと学校に行ってしまえば、例え朝からストーカーが鈴仙を狙っていても、手出しは出来ない。

 

 そう考え、俺は一度、学校に向かった。到着し、正門付近の前に乱暴に駐車して、まず自分のクラスに向かった。

 鈴仙は俺と同じクラス。先に行っているのなら、教室にいるだろうし、最悪鈴仙が教室にいなくても荷物はあるはずなのだ。

 

 クラスに到着し、俺は鈴仙の机を目視する。しかし、鈴仙は来ておらず、更に荷物すら置いていない。ということは、学校に来ていないということになる。

 

「あんた、何してんのよ」

 

 後ろから博麗が気怠げに声を掛ける。博麗の背後には、霧雨とマーガトロイドまでも。

 

「なぁ、鈴仙を見てないか?」

 

「鈴仙?誰よそれ」

 

「貴女ねぇ……少なくとも私達は見てないけれど」

 

「そうか。ならいい」

 

 俺は少し乱暴に彼女達を押し除け、廊下を走った。

 

「って、おい!八幡!」

 

 背後から彼女達が何か言っているが、自身の足音でそんな声は聞こえない。

 

 校舎を飛び出し、正門付近に駐車した自転車に再び乗り出し、鈴仙を探しに向かう。

 

 さぁ比企谷八幡。ここからは遅れを取れば、鈴仙が終わる。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 彼の姿が見えなくなったあたりで、私は走るのをやめて歩き始める。

 

『短い間、ありがとね』

 

 きっと突き放して正解だ。これ以上、私の問題に彼を巻き込むわけにはいかない。

 師匠を守るための格闘技を会得したが、まさか自衛のために使うかも知れないとは思わなかった。

 

 相手がどんなやつでも関係ない。私を狙うストーカーは、私が潰してやる。

 

「あれ?鈴仙ちゃんじゃないか」

 

「え?」

 

 後ろから聞き覚えのある声を掛けられ、振り返る。しかし、顔は全然見覚えがなかった。

 

「…どちら様ですか?」

 

「あー悪い悪い。これ付けてなかった」

 

 その男性は、「罪」と書かれたマスクを被る。

 

「あ、罪さん」

 

「そうそう。いつもマスクしてたから、そりゃ気付かないよな」

 

 初めて罪さんの素顔を見た。というか、往来の場でそんなセンス皆無の不審マスク被っていて何も感じないのだろうか。

 

「今から学校?大変だね」

 

「えぇ、まぁそうですね。…というか私、少し急いでるので、話はまた配達した時にお願いします」

 

 私はそう一方的に話を終わらせて、罪さんを背に向けて学校に向かって歩き始めた。

 

 私個人としては、早く学校に行きたい。ストーカーが今もいるかも知れない。学校にさえ行けば、とりあえずストーカーに手を出されることはない。

 

「そっか。それじゃあ残念だけど、学校は休まないとね」

 

「えっ?」

 

 その瞬間、後ろから強引に身体を拘束されて、首元には何かを突きつけられてしまう。

 

「な、何するのっ…!」

 

「これ防犯のためのスタンガンなんだけどさ、首に電気流せばどうなると思う?」

 

 罪さんはヘラヘラしながらそう尋ねる。

 首に電気が流れてしまえば、そんなの気絶するに決まってる。

 

「最初はナイフにしようかなって思ったんだけどさ、鈴仙ちゃんに切り傷とか付けたくないのよ。だからスタンガン。スタンガンで鈴仙ちゃんを気絶させる。ビリビリってね」

 

 すると、首元から電気が発生する小さな音が聞こえる。

 

「抵抗さえしなければスタンガンは当てないよ」

 

「…何が、目的なのっ…!」

 

「そうだね。とりあえずここは人目に付くから、誰もいないところに行こうか」

 

 罪さん、いや、ストーカーであろう人物は私を強引に引っ張って歩いていく。

 私の右肩に手を回して、依然スタンガンを突きつけたまま。こんな状態、普通なら通行人が見るはずなのに、誰もがスルーしていく。

 

「君の髪の毛が多いから、良い具合にスタンガンが隠れてる。身動き一つしたら、首に電気を流す」

 

「そ、そんなことしたら、それこそ人の目に付くんじゃ…」

 

「かもね。でもそれは君が気絶したって部分だけだろうし、怪しまれても"彼女が体調を崩した"って言えば通じる」

 

「っ…!」

 

 このストーカー、犯罪慣れしてる。初めてのストーカーなら、多少なりとも焦りや動揺、なんらかの隙があるはずなのに、それがない。そのことを察せてしまったから、尚のことこの人に恐怖を抱いた。

 

「そんな怖がらないでよ。確かにストーカーしたのは悪いと思ってるけどさ、君が可愛いから、優しいからしたんだよ?そのことだけは分かって欲しいなぁ」

 

 知らない。こんな人に媚を売ったり、優しくした覚えはない。全部仕事だから。この人に好かれたくてやったわけじゃない。何を勘違いしてるんだこの男は。

 

 しかし、不用意なことを言うと逆上させてしまう可能性がある。私は我慢し、男に連れて行かれる。しばらく歩き、辿り着いた場所は。

 

「そ、倉庫…」

 

「そう。誰も使われていない開放された無人倉庫だ。ここなら人目に付きにくい」

 

「ほ、本当に何するつもりなの…!?私をこんなところに連れてきて…」

 

「そうだな。目的地にも着いたし、もう言ってもいいかな」

 

 と言いつつ、おそらく私を狙う目的はぼんやりと分かっていた。

 

「君を俺の女にする」

 

 …やっぱり。当たって欲しくなかった勘が的中した。

 

「君にあんな男は似合わない。俺なら君を幸せにしてやれる。君に俺という男を隅から隅まで刻み込んであげるから」

 

「嫌っ…!」

 

「あー抵抗しないで。したらスタンガンだよ分かってる?君が気絶してる間に、大事なものが失ってるわけだけど、それでもいいんなら」

 

 首元でバチバチっと音を立てながら脅してくる。結局、隙なんてなかった。

 きっと私と出会ってから、綿密に立てていた計画なんだろう。だからこんな冷静に、そして用意が周到だったんだ。

 

 嫌。気絶してる間に、私の処女が失ってるなんて絶対嫌。そもそもこんな男に捧げたくない。

 でもこのまま無抵抗で大人しくしていたら、それこそこの男の思う壺。

 

 なんで私がこんな目に遭わないといけないの?

 何も悪いことなんてしてない。むしろ人のために頑張ってきたと自負するぐらいだ。

 

「…抵抗しないってことは、俺の愛を受け入れてくれるんだね。嬉しいよ、鈴仙ちゃん」

 

 嫌…。

 

「じゃあ中に入ろうか。この中ならどれだけ声を出しても外には届かないから」

 

 誰か…。

 

「これからは君は俺の女だ」

 

 助けて。

 

「鈴仙ッ!」

 

「あ?…うぐぁッ!!」

 

 その時、その男は私から手を離して地面に倒れていく。いきなりのことだったからか、ストーカーはスタンガンを手放して倒れてしまう。

 

「えっ……」

 

 なんで、ここにいるの?

 

 ストーカーと一緒に倒れたその人物を見て、私はそう思った。だって、彼がここにいるはずがないのだから。

 

 なのに、なんで?

 

「…比企谷…くん…」

 

「い、いってぇ……」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 あークソ痛ぇ。勢いよく突進したのは良いものの、突進した反動で受け身が取れなかった。

 

「な、なんでここに…」

 

 鈴仙がゾンビでも見たような顔をしている。そんなに俺の目がゾンビみたいですかそうですか。

 

「…あれだ。千葉県民が成せる技だよ」

 

 鈴仙がストーカーと出会した場合、場所は鈴仙が通る通学路。

 しかしストーカーが鈴仙を強引にでも引っ張って行こうものならば、周りが黙っていない。まぁ関わって面倒事を避けたいと思っている人間しかいないのなら話は別だが。

 

 で、ストーカーはおそらく、連れて行く際に鈴仙に何かしらの脅しを仕掛けるに違いない。それも、周りに悟られないように。鈴仙がその脅しに屈すれば、後は人目が付かないところに連れて行けばいい。

 仮に車でどこかに連れて行こうにしても、数秒の隙が生まれる。俺がストーカーなら、そんな隙は生ませない。だから徒歩だと考えた。

 後は鈴仙の通学路からそう遠くない、人目が付かないところを探せばいい。

 

「そ、その…ありが…」

 

「礼は永遠亭に帰れた時にしろ。そのまま言ったら死亡フラグっぽくなる」

 

 そう、まだ終わっていない。たかだか突進しただけで、ストーカーがKOするわけがない。

 ストーカーは立ち上がり、こちらを睨め付ける。

 

「…なんなんだよお前……今から俺と鈴仙ちゃんで愛を育むってところだったのに、邪魔しやがって」

 

「愛を育むねぇ……一方的な愛を押し付けて、よくもまぁそんなカッコいいセリフが出てきたな。どうせあれだろ?ちょっと優しくされたり、笑いかけられたりして好きになっちゃった系男子だろ?」

 

 そんで勘違いして自分が痛い目を見る。思春期男子のお約束だなこりゃあ。

 

「違う!そんな低レベルの愛じゃない!鈴仙ちゃんは、俺が具合が悪い時に駆けつけてくれた!体調を治すための薬を届けに来てくれたんだ!」

 

「そりゃ薬を届けるのが仕事だからだろ。ラリってんのかお前」

 

「うるさい!鈴仙ちゃんは俺を愛してるんだ!俺も鈴仙ちゃんを愛してる!だからお前は邪魔なんだよ!」

 

 すると、ストーカーはポケットを探り、とある物を取り出した。銀色に光る鋭利な刃に、黒いグリップ。

 

「…完全にキマってんな」

 

 人生で一度あったらレアケースだ。まさか、自分がナイフを向けられる日が来るなんて思いもしなかった。

 

「お前を殺した後で、鈴仙ちゃんとゆっくり愛を育むとするよ」

 

「…鈴仙。お前絶対動くなよ」

 

「な、何を…?」

 

 俺は鈴仙の前に立って、ストーカーと向かい合う形になる。

 やっべ。全身がブルってる。流石に、ナイフ向けられて怖くないわけないよな。

 

「どうした?足が震えてるぞ?ビビッてるのか?」

 

「残念だが武者震いってやつだ。お前こそ、俺に傷一つでも付けりゃあ傷害罪で逮捕されること忘れんなよ。その前に銃刀法違反だけどな」

 

 煽りに煽りまくって、あいつに揺さぶりを仕掛ける。

 

「うるさいうるさいうるさい!!死ねええええぇぇッ!!」

 

 ストーカーがナイフを向けながら、こちらに突進してくる。

 俺が自衛の術とか、体術とか習ってたらストーカーを一人捻ることが出来たんだろうけど。

 

 でも、俺にはそんなこと出来ない。だから俺がやることは一つ。

 

「動くな!ナイフを捨てて投降しろ!」

 

 先に手を打つことだ。

 無人倉庫の周辺には、警察が続々と現れる。ストーカーは何が何やら分かっていない様子だ。

 

「け、警察だと!?いつの間に…」

 

「鈴仙を探す際に通報しといた。"女子高生が男に拐われた"ってな。…俺が真正面からお前を相手にするわけないだろ。そんなナイフ持ってる相手に俺が勝てるわけねぇ」

 

 俺が対応出来ないなら、警察に頼ればいい。犯罪者を捕まえるのは警察の仕事。俺は警察が来るまでの時間稼ぎをすればいい。

 

 正に適材適所ってやつだ。

 

「残念だったな。お前はもう、鈴仙に近づくことすら出来ない」

 

「ふざけんな!ふざけんな!!」

 

 ナイフをこちらに突き立てようとするストーカーに対し、警察が複数人で取り押さえる。

 

「離せ、離せよ!俺と鈴仙ちゃんは愛し合ってるんだ!鈴仙ちゃんは俺のために薬を届けに来てくれるんだぞ!なんでお前らなんかに邪魔されないといけないんだよ!」

 

「…過剰な愛は、最早愛じゃねぇんだよ」

 

「クソぉッ!!クソぉ……!!」

 

 ストーカー、罪複郎は警察に連行された。俺はストーカーが捕まった安堵からか、その場にへたり込む。

 

「はあああぁぁぁ……」

 

「だ、大丈夫!?」

 

 鈴仙がこちらに駆け寄ってくる。

 

「まぁ、ちょっと足がな。流石にナイフを向けられるとな…」

 

「貴方が無茶なことするからよ!」

 

 それはそうだ。時間を稼げたからなんとか無傷で終わったが、もし話を流されたらどうなっていたか。

 

「…でも…ありがとう。…怖かった……とても怖かった……」

 

 鈴仙はその場で涙を流し始める。

 

「…まぁその、なんだ。無事で良かったな」

 

「うん…うん……」

 

 …本当、ラノベのラブコメみたいな怒涛の展開だったな。

 俺がそう振り返ると、まだその場にいた警察がこちらに近づいてくる。

 

「…なんですか?」

 

「申し訳ありません。今回の件の事情聴取のため、署までご同行願いますか?」

 

「分かりました。…鈴仙、動けるか?」

 

「うん…」

 

 俺達も一緒にパトカーに乗車し、警察署で今回の件の旨を話した。それなりに時間がかかったため、聴取が終わったのは昼前となった。

 

「では、学校までお送りいたします」

 

「あぁ、俺はさっきの倉庫に送ってくれませんか?自転車置いて来たままなんで」

 

 そうして、事件現場の倉庫に送ってもらった。

 

「じゃあこいつは学校に…」

 

「待って。…私も一緒に降ります。学校へは、このまま歩いて行きます」

 

「…分かりました」

 

 俺と鈴仙は倉庫前で降り、パトカーはそのまま去って行った。

 

「…学校まで送って貰わなくて良かったのか?」

 

「うん。これでいいの」

 

「…そうか。じゃ、行くか」

 

 俺達は改めて、学校へと向かい始めた。この分じゃ、5限目の途中ぐらいに着きそうだ。

 

「ねえ」

 

「…どうした?」

 

「なんで助けに来てくれたの?」

 

「は?」

 

 何を言ってるんだこいつ。

 

「…私は依頼を取り消したじゃない。貴方がもう動く理由なんてない。なのに…」

 

「…まぁ、あのまま放置するのは夢見が悪いしな。…それに」

 

「?」

 

「お前が助けを求める顔をしてたように見えたから」

 

 あの時、鈴仙は依頼を取り消した。けれど俺には言葉通りの表情には見えなかった。

 俺を巻き込むことを危惧して依頼を取り消した。だから助けてって言いたくても言えなかった。強がって、自分一人で解決すると決めたんだろう。

 

 それでも、鈴仙は助けを求めていた。それだけは、鮮明に伝わった。

 

「…本当……バカみたい…。…貴方、人が良すぎるでしょ…」

 

「今更気づいたのか?俺ってば超優男だからな」

 

「…自分で言うものじゃないでしょ……ふふ」

 

 泣いたり笑ったり忙しいやっちゃなこいつ。

 涙を袖で拭き取ると、こちらに微笑む。

 

「…ねぇ、八幡って呼んでもいいかしら?」

 

「なんだ急に」

 

「今まで貴方とか比企谷くんって呼んでたし。…ダメかしら?」

 

「…別に今更名前に固執はしてねぇからどう呼ぼうがお前の勝手だ」

 

「ありがとっ」

 

 もう異性から八幡と呼ばれることに慣れてしまったからな。今更八幡と呼ばれて慌てたりキョドったりはしない。

 

 これは少し大人になったってことですかね。八幡はレベルアップした!みたいな。

 そんな下らないことを考えていると、学校に到着した。正門には、八意先生と八雲紫、八雲藍先生が立っていた。

 

「優曇華!」

 

「師匠!」

 

 八意先生は鈴仙を抱きしめ、鈴仙は八意先生に抱きつく。無事に対することからか、二人は涙を流し始めた。

 

「良かった……本当に良かった…」

 

「師匠……師匠…」

 

 正にハッピーエンド。部外者の俺はさっさと授業に向かおうとしたのだが。

 

「話は藍から聞いたわ。どうやら大変なことになっていたそうね」

 

「驚いたぞ。職員室で作業をしていたら、急に警察から電話が掛かってきたものだからな」

 

 未遂とはいえ事件沙汰になれば、そりゃ学校にも電話の一つは届くか。だから正門で待ってたのか。

 

「無事で良かったわ」

 

「…そうですね。過去一、命に関わる出来事でしたよ」

 

 俺はそう返して、下駄箱に向かった。ローファーから上履きに変えて、自分の教室へと向かった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 師匠の胸に包まれながら、私は彼のことを思い浮かべていた。

 

 比企谷八幡。

 

 目ぇ腐ってるし捻くれてるし周りの女はヤバいし、正直、あんな陰気な男のどこに興味を持つのかが分からなかった。

 でも、それは碌に関わりもしないで見ている側だったから。だから今日、彼にどうして惹かれるのか分かった気がする。

 

 酷く優しいのだ。彼は。

 

 彼の一言一言は捻くれてる。でも、それは相手のことを想う意味が含まれてる。その捻くれた優しい言葉が、きっと女を魅了する。

 

 それだけじゃない。

 

『お前が助けを求める顔をしてたように見えたからな』

 

 彼の行動だ。

 私は依頼を取り消した。八幡を巻き込みたくなかったし、何より私の問題だったからだ。

 だから八幡があの時助けに来てくれなくても、私は文句を言わなかった。

 

 なのに、八幡は助けに来てくれた。ストーカーがナイフを取り出した時、私を庇う形で前に立ってくれた。

 彼はただ捻くれた男じゃない。人に最大の優しさを与えてしまう、魅惑の男なんだ。

 

 そんな彼に、私は毒された。

 彼はきっと、困った人を助けるのだろう。バカみたいに捻くれたこと言って、面倒くさがっても行動してくれるのだろう。

 

 でももし、それが私だけだったら?

 彼の優しさを、全部私が独占出来ればどうなる?あの甘い魅惑の毒を、私だけが味わえればどうなる?そんなの、決まっている。

 

 幸せでしかない。

 

 子どもがおもちゃを独り占めしているように、私も彼を独り占めしたい。あの優しさを、私だけに向けて欲しい。

 もしかしたら、きっと優しさだけじゃ我慢出来なくなる。彼の全てを独占出来れば。

 

 嫌なことに、ストーカーの気持ちを理解してしまった。好きな相手が自分だけ見て欲しいというエゴ。

 まぁ私はストーカーなんてしないし、法を犯すような真似はしない。

 

 ならどうすればいいか。簡単だ。

 法を犯さない程度で、彼には私だけを見てもらえばいい。法を犯さずとも、彼に好きになってもらう策なんて作ればある。

 

 けれど八幡、一つ先に謝っておくわ。

 私、兎みたいに寂しがりやなの。きっと八幡に迷惑を掛けてしまうかも知れない。個人的に八幡には迷惑を掛けたくない。だから。

 

 これ以上あまり私に優しくしないでね。

 

 貴方に好きになってもらうのが大前提だけど、私って結構性欲が強いの。もしこれ以上私に優しくしたら。

 私は貴方の人生を無理矢理奪うことになるかも知れないから。貴方がこれからどう歩むか分からない人生を、私が奪ってしまうから。

 

 だから気をつけて、八幡。

 

 



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彼にも、勝利への執着心は存在する。

 鈴仙のストーカーを排除してから1週間が経った。あれから警察から感謝状やら何やら送られて大変で、自分で言うのもなんだが学校じゃあちょっとした有名人になってしまった。

 

 そんなことはさておき、今はもう期末試験期間である。

 

「…え、俺に?」

 

「勿論、あたいも教える。けど、あたいだけじゃちょっと手に負えなくてね…」

 

 放課後。

 火焔猫が突然、俺に頼み込んできた。曰く、霊烏路に国語を教えてやって欲しいと。

 

「八幡に教えてもらえるの?やったぁ!」

 

 と、呑気に喜んでいる霊烏路。しかし一方で、火焔猫は意気消沈である。

 

「因みに聞くけど、前回の試験の合計点数は何点だったんだ?」

 

「…900満点中、81点」

 

「は?」

 

 なんだ、81点て。9教科中81点て。

 

「これ見てくれないか…」

 

 火焔猫が、5枚のシワだらけの答案用紙を渡してくる。火焔猫が力任せにクシャクシャにしたんだというのが想像出来てしまう。

 

「10点、11点、12点、13点……1点!?」

 

 数学が1点ってなんだこれ。英語も世界史も現文も理科も、全て壊滅的じゃねぇか。残りの教科も酷い点数なのは見なくても分かってしまうほど。

 

「…ってこれ…」

 

 なんか見たことあるぞこれ。この数字の並び。

 まさか。これは、あの伝説の。

 

「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ……だと……!?」

 

 火焔猫が意気消沈するのが分かった。これはもう手の施しようがない。

 よし、諦めよう。霊烏路なんて子はこのクラスにいなかった。幻の女の子だったんだ。

 

「うっわこれ何?小学生が答えた点数なの?」

 

「す、数学1点…?」

 

 俺達の会話に気付いた博麗やマーガトロイド、霧雨と十六夜、そして鈴仙までが混ざってくる。

 

「…よくまぁこんなに酷くなるまで放置してたわね…」

 

 十六夜がこめかみを抑え、呆れながらそう呟く。

 

「頼む、みんな!力を貸してくれないかい?八幡以外は大して関わってないけど、正直猫の手を借りたいくらいヤバいんだ!だから…」

 

 火焔猫が頭を下げて嘆願する。当の本人、霊烏路は「なんのこっちゃ」と言わんばかりの表情である。

 

「私は協力するぜ!やっぱ赤点は回避したいもんな!」

 

「…まぁ、教えることで自分の勉強にも繋がるし、私も良いわよ」

 

「私は放課後に大体用事があるから、学校中で良いなら協力するけれど…」

 

「私も、少し空いた時間なら教えれるかも」

 

 霧雨、マーガトロイド、十六夜、鈴仙は快く承諾した。

 

「お前はどうすんの?」

 

 唯一、博麗だけ渋った顔をしている。

 

 こいつは慈善活動とかが苦手なタイプだ。それ相応の見返りがないと動かないようなやつだ。

 わざわざ自分の時間を削って霊烏路に勉強を教えるとは思えないのだが…。

 

「……はぁ。別にいいわよ。バカ一人の面倒見たところで、私が頭悪くなるわけじゃないし。どうせ帰ってもやることなんてないし」

 

「本当かい!?みんな、ありがとう!この礼は絶対にするよ!」

 

「そういうのはせめて赤点を回避してから言いなさい」

 

 博麗が参加するのは意外だった。「面倒よ」って一蹴しそうだったのに。

 

「何々?結局、何がどうなったの?」

 

「お空のためにみんなが教えてくれるんだよ!ほら、お空もありがとうって言いな!」

 

「えー。八幡とお燐だけで良かったのに…」

 

「こいつ脳みそイカれてんじゃないかしら。ぶっ叩いたら少しはその知能指数が低いセリフは出てこなくなるんじゃない?」

 

「やめなさい。霊夢がやったら万が一気絶するわよ」

 

 いや怖いよ。頭叩いただけで気絶って怖いよ。博麗って細腕に見えて実は化け物みたいな力持ってんの?

 

「今日のところは私は先に帰るわね。館の仕事もあるし…」

 

「頼み込んで悪いね」

 

「構わないわ。…それより、その胸ばっかに栄養が行き渡ったその子に礼儀とやらを教えた方が良いわよ」

 

「…頑張ってみるよ」

 

 十六夜は紅魔館の仕事があるといい、先に教室から出て行った。残った俺達で、霊烏路の学力アップを目指して勉強を教えることに。

 

「まずは文系にしようか。現代文と古文が出来るのは八幡だね」

 

「…その前に、霊烏路の学力が知りたい。丁度今日、現文から宿題出てただろ。霊烏路、やってみろ」

 

「はーい!」

 

 霊烏路はペンを持って、今日出された宿題に臨む。その間に俺達も、自分の勉強を始める。

 

「八幡」

 

「ん?どうした」

 

 俺の隣に、鈴仙が席に着く。なんだか妙に距離が近い気がするのだが。めっちゃ良い匂いして八幡ドギマギしてるのだが。

 

「古文で私も分からないところがあって…」

 

「お、おう。どこだ?」

 

 鈴仙が分からないところを、俺なりに教える。鈴仙は理解したのか、ペンを走らせていく。

 

「なるほど……うん、ありがと。八幡はやっぱり頼りになるわね」

 

「…ていうか、博麗とかに聞けば良かっただろ。文系得意な俺よりも点数高いんだし」

 

「八幡に教わりたかったの。それに…」

 

 鈴仙はチラッと博麗の方に目をやる。

 

「めっちゃこっち睨んでるし…」

 

 怖いよ博麗怖いよ。その何人か殺ってそうな目やめようよ。危うく八幡チビっちゃうよ。

 

「出来たーっ!」

 

「ぐぇっ」

 

 宿題が出来たのか、霊烏路は後ろから勢いよく抱きついてくる。おっぱいを押し付けられてドギマギしてる俺なんて目もくれず、霊烏路はぬいぐるみに抱きつくノリで力を入れる。

 

「は、早よ離れてくんない?答案が見れないんだけど」

 

「じゃあ一緒に見よ!」

 

 霊烏路は依然抱きついたままである。

 一緒に見ると言ったからか、霊烏路の顔がすぐ隣にある。横を向けば、それこそ事故で霊烏路の頬に唇が当たってもおかしくない。

 

 いかんいかん。霊烏路に気を取られちゃいかん。霊烏路の答案に集中するんだ。

 俺は気を引き締めて、霊烏路の答案をくまなく確認した。その結果。

 

「…まぁ分かり切ってはいたが、まさかここまで壊滅的だとは…」

 

 漢字が書けない上に文章問題もアウト。ことわざや四字熟語も、なんだか大喜利みたいになってるし。

 

「…もう一度聞く。極めて贅沢な食事のことを、四字熟語でなんて言う?」

 

「焼肉定食!」

 

「食前方丈な。お前腹減ってんのか」

 

 そんな四字熟語あってたまるか。今度お前が焼肉定食食べる時焼肉抜きにするぞ。

 

「次。多種多様の宝物を指す四字熟語」

 

 答えは七珍万宝である。因みに、この二つは今日習ったばかりの問題である。

 

「世界遺産!」

 

「ある意味正解」

 

 と、こんな風に四字熟語は完全な大喜利となっている。四字熟語だけでなく、ことわざもだ。

 

「次ことわざな。価値の分からないものに価値あるものを与える無駄さ。豚に?」

 

「小判!」

 

「それは猫にやっとけ。豚に真珠だ真珠」

 

 頭痛くなってきた。

 

「次。日頃は神も仏も拝んだことがない信心のないやつが、苦しい時や困った時や災難にあったりしたときにだけ、神に頼って助けを求めて祈ることの例え。○○○時の神頼みだが、じゃあこの○に入る言葉は?」

 

 答えは苦しい時の神頼みだ。多分、人生に必ず一度は神頼みをしてる人間がいるだろう。例えば、通学通勤の際に急にお腹を壊した時とか。

 

「そんな時の神頼み!」

 

「どんな時だよ。もうちょい具体的に書けよ」

 

 なんでそんな通販番組みたいな答えになっちゃったの。

 と、このように大真面目に書いた内容がふざけているのが霊烏路の答え。

 これ本当に赤点回避出来るのか…?

 

「…はぁ…」

 

 なんつう無理ゲーをやらされてんだこれ。バカ丸出しの人間にどう教えれば赤点を回避出来るのだろうか。

 

「八幡っ、八幡っ」

 

 当の本人は呑気にルンルンしてるし。しかもまだ抱きついたままだし。

 

「…ヤバいかい?」

 

「ヤバいなんてもんじゃねぇ。もう凄ぇよ」

 

 どうやって教えようかと考えていたその時。

 

「あやや?そんな呑気に遊んでて大丈夫なんですか〜?」

 

 我がクラスに揶揄うような声で入ってきたのは、C組の射命丸である。射命丸は段々とこちらに近づき、遂には俺の目の前に。

 

「今回の期末試験、私と勝負だってこと忘れてないですよねぇ?」

 

「は?何の話よ」

 

「あっ霊夢さんには関係ない話です」

 

「あ?」

 

「っと怖い怖い。…八幡さん、お話したいのですが。今、いいですよね?」

 

 「いいですか?」ではなく「いいですよね?」って聞いてるあたり、言葉に断れないような圧を含んでいるように聞こえた。

 

「…だってよ。霊烏路、ちょっと離れてくれ」

 

「えー!あっじゃあ、私も…」

 

「関係ない人は引っ込んでてください」

 

 射命丸は笑顔でそう毒を吐く。霊烏路は「なんで怒ってるのかな?」と、毒を吐かれたことに何のダメージも負わず、ただ疑問に感じていただけだった。

 

 射命丸の誘いに乗り、俺達は教室から出て行く。そして教室から少し離れた踊り場で、射命丸は口を開く。

 

「本当、呑気ね。試験まで1週間切ってるにも関わらず」

 

「…他人に勉強を教えることで自分に身につくって言うだろ」

 

「そんなものは弱者の戯言でしかないわ」

 

「弱者て」

 

 所々こいつ言うことが物騒というか、今日日弱者だの強者だのそんな言葉聞かないんだけど。

 

「まぁいいわ。そんな話をしにわざわざ連れ出したわけじゃない。今回の期末試験の勝負内容、それを決めに来たの」

 

「合計点数で勝負じゃないのか?」

 

「貴方はバカかしら。合計点数で勝負すれば、100%私が勝つに決まってるでしょう。文系しか取り柄のない貴方が、私に合計点数で勝てると思っていたの?」

 

 思っていませんが何か?

 博麗とスペックが同等の人間に、俺が試験の合計点数で勝てるわけないだろ。

 

「だから貴方の得意分野で勝負してあげる。確か、文系の中では現代文が得意なのよね?その点数で優劣を決めましょう」

 

「いくらなんでも、それは舐めすぎだろ」

 

 俺だって国語ならば、上から数えた方が早いぐらいの学力があると自負している。

 

「ええ。貴方の得意分野で勝つことに意味があるからね」

 

 本っ当性格悪いなこいつ。

 確かに俺の得意分野で負けたらこいつに何も言えねぇだろうけど。にしても、それは性格悪いんじゃないですかね。

 

「負けても知らんぞ。それだけの大口を叩き過ぎて、いざ負けた時に死にたくなるのはお前だからな。そろそろその辺にしとけ」

 

「…へぇ。雑魚の分際で言うじゃない」

 

 射命丸は目を細め、不敵な笑みを浮かべる。

 

「言っておくけど、私に負けたら貴方もそういうことになるのよ。私専属の、記事専用の奴隷になることを忘れたわけじゃないでしょう?」

 

「…忘れてねぇよ」

 

「期末試験で負けても体育祭で挽回、なんて愚かな考えはやめておきなさい。何の競技で競うかは決めていないけど、貴方が私に身体能力で勝てるわけがない。実質、今回の期末試験で決着が着くのよ」

 

 ここまで自信過剰だと、一周回ってカッコいいとすら思えてくる。そこに痺れないし憧れもしないがな。

 

「精々、残りの学校生活を楽しむことね」

 

 そう吐き捨てて、射命丸は目の前から去って行った。

 残りの学校生活、と言っている辺り、負ければまともな学校生活を送れないのだという脅しなんだろう。

 

 確かに、これが合計点数であるならさっきの脅しに怯えていたのかも知れない。

 だがあいつは俺の得意分野で勝負すると言った。どれだけの知能があるかは知らないが、このアドバンテージを無駄にするわけにはいかない。

 

 負けて死にたくなるのはどっちなのか教えてやるよ。

 

「いい話聞いちゃった」

 

「あ?」

 

 俺が教室に戻るために階段を上ろうとすると、もう一つ上の階段から声が聞こえた。その階段から降りて来たのは、ガラケーを片手に笑みを浮かべる女の子。

 癖の強い茶髪のロングヘアを、紫色のリボンでツインテールにしている女の子だ。

 

「どちら様で?」

 

「私?私はB組の姫海棠(ひめかいどう)はたて。あんた、比企谷八幡だよね?ちょっと付き合ってくんない?」

 

 全然知らん新キャラが出てきたんだけど。なんかよく分からんけど、こういうのは無視に限る。

 

「あっれー無視?そんな冷たくしないでさ、ちょっと話ぐらいしようよ」

 

「悪いが勉強してる途中だ。つか、知らんやつに話すことなんて無いんだが」

 

「話ってゆーか、取材的なやつ。ほら、この間のストーカー事件。あれとか聞かせて欲しいのよねー」

 

 なんだこのギャルは。この"お前邪魔なんだよ"オーラに屈しないのか。結構あからさまに距離を置くようにしてるんだけど。

 

「あっそれともさっきの話でもいいわよ?文があれだけ大口叩いてたやつ。なんなら事件よりそっちの方が気になるし」

 

「あいつと知り合いなのか?」

 

「まぁ腐れ縁ってゆーか、敵ってゆーか。私も記事を書くのよ。そこ繋がり」

 

「あぁ…」

 

「まあそんなことはいいのよ。さっきの話、詳しく聞かせてくれないかしら」

 

「なら射命丸に聞けよ」

 

「あいつに聞いて素直に教えてくれると思う?」

 

 姫海棠と射命丸がどういう関係かは知らないが、新聞記者としての敵であるなら、どうせガセネタを掴まされたり、流されるのがオチだろう。素直に教えるとは思えない。

 

「無いな」

 

「でしょ。そんなわけで教えてよ」

 

「面倒くさいに決まってんだろ」

 

 別に教えない理由はないが、教える理由もない。というか、この手の人物にペラペラ話すと碌でも無いことが起きそうだ。

 

「結構強情ね。…ま、いいや。あんたも素直に教えてくれるってわけではないことは分かったし」

 

 良かった。どうやら引いてくれるようだ。

 

「じゃあこれだけは聞かせてよ。期末試験の現文の勝負。勝つ自信は?」

 

 勝つ自信……か。

 そうだな。射命丸に勝つ気ではいるが、実のところ勝てるかどうかは分からないというのが本音だ。

 自信過剰であるが、それに伴う実力を持っているのが射命丸だ。俺のアドバンテージなんてものともしないかも知れない。

 

 しかし、負けるつもりはない。これはプライドの戦いとかそんなんじゃない。単純に負けたら学校生活が詰むからである。

 

 だから、彼女に返す言葉は。

 

「負けないんじゃねぇの。多分。知らんけど」

 

 勝てるかは知らん。流石に勝つって自信満々に言うのは無理がある。

 

「…ふふふっ。何その自信なさげなコメント。ウケる」

 

「いや、ウケねぇから」

 

 今のどこにウケる要素あったんだよ。

 

「じゃ、頑張ってね。私は応援してるから。なんなら勝ってくれてもいいわよ?あいつが悔しがる顔を写真に収めることが出来るしー?」

 

「…お前相当性格悪いな」

 

「新聞記者なんて性格悪くなきゃやってらんないのよ」

 

 そんなドヤ顔で開き直られても。

 

「それじゃ、バイバイっ」

 

 姫海棠は階段を降りて行って、姿を消した。

 変なキャラに関わったせいか、なんだかドッと疲れてしまった。溜め息を大きく吐いて、自分の教室へと戻って行った。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「結構遅くなっちまったな…」

 

 なんだかんだで夕方6時半まで勉強会を行なっていた。霊烏路の超絶的なバカさには俺だけでなく、博麗やマーガトロイドまで手を焼いていた。

 

「あら、奇遇ね」

 

「…げ」

 

 今から正門を出て行こうという時に、出会いたくないランキングトップランクにいる八雲紫校長と出会した。隣には、まともな八雲藍先生がいる。

 

「こんな遅くまで何してたんだ?生徒会はないのだろう?」

 

「…勉強ですよ。もう期末試験も始まりますし」

 

「それは良い心掛けだ。一夜漬けなどをして勉強する者もいるが、所詮は一夜漬けだ。それでは意味がない」

 

「貴方って真面目に勉強するタイプだったのね。理数系の授業では寝ていると聞くけれど」

 

「夏休みに補習行くなんて嫌ですから」

 

 今ここで内容を濁したのは、八雲校長に掘り下げられたくなかったからだ。この人に目を付けられたら、射命丸以上に面倒くさい。

 

「ふうん…」

 

 八雲校長は目を細めて俺を見つめる。

 なんだ。何を探っているんだ。

 

「…まぁ、そういうことにしておきましょう。理由はどうあれ、勉強することに越したことはないから」

 

「は、はぁ…」

 

「それでは、期末試験頑張りなさい。行くわよ、藍」

 

「はい。ではな、比企谷」

 

「あ、はい」

 

 二人は駐車場の方へと姿を消して、俺は背中が見えなくなったことを確認して自転車を漕ぎ始める。

 

「…やっぱ関わりたくねぇな…」

 

 八雲紫校長。あの化け物だけは敵に回すわけにはいかない。

 校長を敵に回すことなんてあり得ないが、関わって踏み込まれてしまうと、何かが壊されそうな気がする。

 

 そう思わせる風格が、嫌でも感じてしまうのだ。

 

 博麗に射命丸、四季先輩、レミリアお嬢様に八雲紫校長。本当、この学校には規格外の連中しかいない。

 

 来年、この学校に受験する君に伝えよう。

 この学校では強靭なメンタルが必要になる。生半可な気持ちで入学すると、後悔しちゃうから進路は慎重に決めよう。

 

 比企谷八幡より。

 

 



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彼と彼女の勝負の行方は、体育祭にて決められる。

 期末試験が終わり、今日はその結果が帰ってくる日。

 試験の時の描写なんて気にならんだろ?そんなわけで、期末試験の結果返しに飛んだのだ。

 もっと言えば、現文以外は全て帰って来ている。つまり、今から返されるのは現代文の結果だ。

 

「どうなの?現文がお得意なあんたからして、今回の出来は」

 

「…過去最高の出来ではある」

 

「へぇ。そんなに自信あるのね」

 

 今回は現代文を重点的に勉強していた。勿論、他の教科も赤点にならないように勉強はしていた。が、優先順位を考えれば現代文を重点的に勉強するのは必然である。

 

「では、現代文の試験を返します。秋静葉さん」

 

 稗田先生が出席番号順に、現代文の答案用紙を返していく。徐々に自分の順番が近づき、遂には俺の前の番号の博麗が呼び出される。

 

 そして。

 

「比企谷くん」

 

 俺の名前が呼ばれた。教壇にいる稗田先生の目の前まで向かい、中身が見えないように答案用紙を渡された。答案用紙を自分の席に持って帰り、開こうとした。

 

 開いた先は天国か、あるいは地獄か。

 

「……あぁ…」

 

「どうだったの?何点……って…」

 

 目の前の点数に驚きを禁じ得ない。前にいた博麗でさえ、俺の点数に対して目を見開いている。

 

「…100……点……」

 

 間違いが無い。全ての問題において丸を付けられた俺の答案用紙。右上には100と書かれている。

 今まで良いとこ96点とかそんな辺りだった。中間だって、90点前半の成績だった。中間以上に内容が難しくなる期末試験において、俺は満点を叩き出せた。

 

「…はあああぁぁ……」

 

 満点を取ったことで安堵したからか、大きな息を吐く。

 

「…そんなに現文に力入れてたの?あんた確か現文得意なんでしょ。そんなに力入れることあるの?」

 

「…まぁ、色々な」

 

 今回の期末試験の全教科が返って来た。

 期末試験は中間試験と違い、午前中に学校が終わる。結果を返してそれで終わりなのだ。

 

 現文の時間が終わり、帰れると思ったがそうはいかない。

 近々迫る体育祭の種目決めをしなければならない。その種目決めが終わって、今日の学校は終わりだ。

 

「八幡さん。現文、返って来たそうですね」

 

 休み時間。わざわざ射命丸がうちのクラスに出向いて来た。それも、何やら勝ち誇った表情で。

 

「さぁ、どちらに軍配が上がるか確認しましょうか」

 

「…あぁ。つっても、俺負けねぇけどな」

 

「は?」

 

 俺は現代文の答案用紙を射命丸に見せた。勝ち誇った表情が一転し、動揺の表情に。

 

「100……点……?」

 

「俺の得意分野なんだ。無理して勉強すれば、取れないことはねぇよ」

 

 とはいえ、今回霊烏路の勉強も見ていたため、少し余裕が無かったのも事実。

 

「…でだ。お前は何点なんだよ。あれだけ啖呵切っておいて、俺に負けるなんてことがあったら…」

 

 射命丸は折り畳んだ答案用紙を取り出し、俺の机に叩きつける。そこには、俺と同じく100点と書かれている。

 

「マジ、か…」

 

 現文、結構努力したんだけどな。射命丸がどのくらい努力したのかは知らないが、口先だけの人間じゃないらしい。

 

 そしてこの引き分けは、俺にとっての余命宣告に他ならない。

 

「…貴方のような弱者と引き分けなんて屈辱よ……!この借り、体育祭で絶対返す…!」

 

 そう。引き分けとなった場合、次の体育祭で否が応でも決着が着く。

 博麗や霧雨に次いで、身体能力は高いらしい。比べて俺は彼女達よりハイスペックとは、流石に自負出来ない。

 

 俺と射命丸の勝負だ。すると、必然的に団体種目ではなく個人種目で決めることになる。

 現文ではややリードしていたかも知れない。しかし、体育祭という身体能力がものを言うイベントでは射命丸に一日の長がある。

 

 何が言いたいかはっきり言おう。

 

 負け濃厚かも、これ。

 

「現文で満点取ったからって良い気にならないことね。次の体育祭で完膚なきまでに差を付けて、私専用の奴隷にしてやるから」

 

「は?」

 

 射命丸の言葉に反応したのは俺じゃない。前の席にいる、博麗だ。

 

「何それ。なんで体育祭であんたが勝ったら、八幡を奴隷に出来るわけ?私聞いてないんだけど」

 

「霊夢さんには関係ないと前に…」

 

「一応言っておくけど」

 

 博麗は席から立ち上がり、射命丸に対して距離を詰めてくる。射命丸の表情は変わらないが、冷や汗を掻いているようだ。それほどまでに、博麗の圧に凄みがあるということだ。

 

「もし何かこいつに変なことする気でいるなら…」

 

 凍えそうな声色に、誰もが臆しそうな眼孔。

 射命丸だけでなく、俺や遠目から見ている霧雨やマーガトロイドも、戦慄している。

 

「潰すから」

 

「ひっ」

 

 おっといけない。あまりの怖さについ声が出ちまったぜ。

 いや本当怖ぇよ。なんでそこまで怖いこと言うの?なんなら本当に博麗関係ないってのに。罰ゲーム感覚がまだ抜けていないのか?

 

「おいおい、なんでお前らそんな喧嘩腰なんだよ。折角期末試験終わったんだぜ?もっとパーっと…」

 

 一部始終見ていた霧雨が仲裁に入るが、博麗は射命丸を目の敵にし続けている。射命丸は射命丸で、敵意を引っ込めずにいる。

 

「…貴女に何かを言われる筋合いはありません。これは私と八幡さんの問題。(くど)いようですが無関係者は引っ込んでいてください。霊夢さんでもね」

 

「この女……」

 

「では八幡さん。次の体育祭にて決着を着けましょう。出場の種目はまた後で」

 

 射命丸はそう言って、答案用紙を回収して教室から出て行った。修羅場が収まったことに対して、俺は再び安堵をする。

 

「八幡」

 

「ひゃいっ」

 

 変わらない声色のままで、博麗は俺の名を呼ぶ。

 

「説明」

 

「かしこまりました」

 

 俺は射命丸との出来事を掻い摘んで説明した。

 

「…あんた、地雷踏むのが趣味なわけ?」

 

「違うっつの」

 

「私と別れてからそんなことがあったのね…」

 

 先程のやり取りが気になったのか、マーガトロイドや十六夜、鈴仙までもが話を伺いに来た。

 

「…で、どうするの?口先だけの女じゃないのでしょう?次の体育祭、どういう風に勝負を決めるのかは知らないけど、八幡の方がやや不利なんじゃないの?」

 

「そうなんだよな……」

 

 体育祭の個人種目で勝負を決めるなら、100m走などの脚を使った種目になると考えている。というか、大体の体育祭は脚を使う種目なんだけど。

 

 さて、どうしたもんかな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…あの男……」

 

 まさか、私と同点だなんて。

 

 私は今回の現代文を重点的に勉強したわけじゃない。高1の1学期の期末試験くらい、努力も一夜漬けも必要ない。授業を聞いていれば、自然に身につくものだ。

 

 霊夢さんには及ばないものの、私も学年上位の成績であることを自負していた。だからあんな男に負けるだなんて思わなかった。いくら文系が得意だと言っても、私が負ける未来なんて想像出来なかったのだ。

 

 それがどうだ。負けはしていないが、私はあの男と引き分けてしまった。あんな男に、私と並ばれてしまった。

 屈辱だ。あんな人生舐め腐っていそうな陰気な劣等者が、私の隣に並ぶなど。

 

「随分悔しそうな顔ね」

 

 廊下の窓にもたれかかりながら、こちらを嘲るように笑うのは、はたてだ。

 

「もしかして八幡に期末試験の勝負に勝てなかったの?ざまあないわね〜」

 

 うるさい。私が苛立っているのが見えないのか。これ以上騒ぐようなら美味しい軟体動物の名前で呼ぶぞ。

 

「ま、あんたって弱そうな奴を舐めるところあるからね。下克上された気持ちはどう?」

 

「…黙ってなさい。私はまだあの男に負けてない。体育祭で叩き潰してやる…!」

 

「…わぁ。こっわ」

 

 私に喧嘩を売って、このままただで生かすわけにはいかない。あの男を負かして、私のための従順な奴隷にしてやる。そしてそれを基にして、色々な記事を作るのだ。

 

「てゆうかさ、ずっと前から思うけど文々。新聞の何が面白いのかな」

 

「それ分かるー。ゴシップとか嘘しか書かないし、あれ新聞じゃないよね」

 

 私が作成者だと言うことを知らないのか、すれ違った2人の女生徒はそう批評しながらどこかに行った。最早私への嫌味を言いたいがためにすれ違ったというくらい、絶妙的なタイミングだ。

 

「くくくっ……あんたの写真の不出来さの証拠よね〜。笑えるわ」

 

 うるさいほたて。焼くぞ。醤油をかけるぞ。

 

 あの新聞の良さを理解する気もない人間が、私の新聞を批評しやがって。

 先の二人覚えておけよ。下手なことをすれば私が学校中に晒して、学校の中で生活するのが嫌になるようにしてやる。

 

『…ただまぁ、あれだな。記事の内容云々はさておいて、読み手が楽しく読めるように工夫しているようには見えるな』

 

 思い返せば、あの男だけが私の新聞の良さを理解してくれたんだっけ…。

 

 目障りな劣等種だが、見る目があるのは認めてやらないこともない。記事専用の奴隷にするのもありだが、記事作成を手伝わせる奴隷にするのも悪くない。

 そうだ。死ぬまでこき使えばいい。記事専用の奴隷兼記事作成の奴隷にすればいいのだ。

 

「…ふふふ……」

 

「あ、文?」

 

 体育祭が楽しみね。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「体育祭の種目決めを行います」

 

 現代文の結果も返ってきて、後は体育祭の種目決めで今日の学校は終わりだ。まぁ俺は昼から生徒会があるんだけどね。

 

 稗田先生は黒板に種目を書いていく。

 100m走、障害物競走に借り者競走。棒引き、二人三脚、200m走にクラス対抗リレー。俺達が出場出来るのはこれらの種目。学年種目として、台風の目をやらなければならないらしい。

 

 なんか一つだけ漢字の違う種目が混じっているのだが、これは稗田先生の書き間違いという認識でいいのだろうか。

 

「…八幡。借り者競走って何」

 

「知らん。俺に聞くな」

 

「そこ。最もな質問ですね」

 

 俺と博麗が借り者競走とやらについて、小さい声で話していると、稗田先生が割って入る。

 

「毎度毎度説明するのが億劫なのですが…。借り者競走とは、読んで字の通り、者、つまり人を借りる競走となります。借り人競走、と言った方が分かりやすいでしょうか」

 

「なんでそんなわけの分かんない種目が入ってるのよ」

 

 博麗の疑問は最もだ。こんなふざけた種目を入れる意図が分からん。

 

「…校長曰く、"借り物競走じゃなくて借り者競走の方が面白くなるんじゃないかしら"…だそうです」

 

 あの校長余計なことばっかしかしないな。

 

「…ってことは、その借り者競走とやらの内容を決めるのも…」

 

「校長です」

 

 職権濫用にならないそれ?

 大丈夫?うちの校長大丈夫?エンターテイメントが余程お好きなのかしら校長は。

 

「…とはいえ、それなりに盛り上がっている様子ですし、今更取り消すわけにもいきません。…とまぁそれはさておき、以上の種目から自分が出場したい種目を決めてください」

 

 その時、俺のスマホから通知が一件入る。射命丸からだ。

 

『体育祭、200m走で勝負よ。3走者目を選びなさい』

 

 やっぱ脚がものを言う種目を選んだか…。しかも、リレーや台風の目のようなチーム形式のものじゃなく、個人種目。

 

「何人かは1回だけの出場になってしまいますが、それは致し方ないということでお願いします。ではまず、100m走に出場する人は挙手を」

 

 種目決めが滞りなく進み、誰がどの種目に出るのかはこういう風になった。

 

 100m走 博麗霊夢 火焔猫燐 クラウン・ピース 赤蛮奇(せきばんき)

 

 障害物競走 十六夜咲夜 鈴仙・優曇華院・イナバ 黒谷(くろだに)ヤマメ 奥野田美宵(おくのだ みよい)

 

 二人三脚 宇佐美蓮子(うさみ れんこ)&マエリベリー・ハーン 秋静葉(あき しずは)&秋穣子(あき みのりこ)

 

 借り者競走 アリス・マーガトロイド 二ッ岩(ふたついわ)マミゾウ ルナサ・プリズムリバー 比企谷八幡

 

 棒引き 物部布都(もののべのふと) 蘇我屠自古(そがのとじこ) 火焔猫燐 霊烏路空

 

 200m走 霧雨魔理沙 今泉影狼(いまいずみ かげろう) 比企谷八幡

 

 クラス対抗リレー 鈴仙・優曇華院・イナバ 十六夜咲夜 霧雨魔理沙 博麗霊夢

 

 欠席 レティ・ホワイトロック

 

 様々な新キャラが名前で登場したところで、そこの読者の君達。何故俺が借り者競走に出ているのか疑問となっているだろう。

 

 借り者競走の一枠が空いてしまったのだ。そこまで人気では無いからだ。ではその枠に誰が入るのか。簡単だ。

 1種目しか入っていない人間同士でジャンケンを行い、負けた人間が借り者競走の最後の一枠に入る。

 

 つまり、俺はジャンケンで負けたから借り者競走に入れられてしまったのだ。これが不幸というものである。

 

「…では、以上の面々で決定とします。クラス対抗リレーに出場する人はホームルームが終わった後、残ってください」

 

「うわ」

 

 気怠げに呟く博麗。

 博麗は元々、100m走だけで終わらせたかったらしいが、霧雨の強い押しに折れてしまい、渋々出場する羽目になったのだ。

 

「では、このままホームルームを始めます」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 昼飯のためのパンとマッカンを購入し、生徒会室に向かった。

 

「お、後輩くん。おいっす」

 

「…こんにちは」

 

 生徒会室にいるのは河城先輩と鍵山先輩しかおらず、四季先輩や小野塚先輩、風見先輩がいなかった。

 

「…3人はどうしたんすか?」

 

「あぁ、3年は今ダンスの練習だよ。小町はクラス対抗リレーで呼び出されてる」

 

「あぁ…」

 

 俺はその答えに納得し、空いてる部分に腰を下ろして昼飯を食べ始める。

 

 今回、ベストプレイスで食べないのはわけがある。

 体育祭が近づいている故に、生徒会の業務も今まで以上に忙しくなるからだ。そんな時に遅刻なんてしたら、有無を言わさず有罪判決を食らうに決まっている。

 

「…そういえば、八幡は何の種目に出るの?」

 

「借り者競走と200m走です」

 

「出た借り者競走!あれ盛り上がるよね〜!」

 

「その借り者競走のことなんですが。…具体的にどういう指示が出るんですか?」

 

「ん〜…まぁあの校長が出鱈目に作った内容だし、統一性がないから参考にはならないと思うけど。金髪の髪の子とか、眼鏡を掛けた子とか、巨乳の子とか」

 

 なんか最後が一番卑猥なんだけど。というか、女子同士ならOKなんだろうけど、男子が女子にしたらセクハラ案件にならない?

 

「あーもし、頼れる先輩とかだったら私を選んでくれてもいいんだよ?むしろ推奨」

 

「…考えておきます」

 

 嫌な予感しかしない体育祭だな、全く。今すぐ欠席届を出したいレベルなんだが。

 

「疲れたわね…」

 

「そうですね…」

 

 と、四季先輩と風見先輩が遅れて生徒会室に入ってくる。ダンスの後だからか、疲れた様子である。

 

「小町はまだ来ていないのですか?」

 

「クラス対抗リレーで呼び出されてるよ」

 

「あぁ…彼女、確かクラス対抗リレーに出るって言ってましたね」

 

「八幡はもう何出るか決まったの?」

 

「借り者競走と200m走です」

 

「…意外ですね。八幡が2種目も出場するだなんて」

 

 自分でも出るつもりは無かったんですけどね。平等なゲームであるジャンケンには逆らえないのですYO。

 

「1年に馬鹿みたいに足の速い子がいるんじゃなかったかしら。射命丸文…だったかしら、彼女の名前」

 

「…らしいですね。走ったとこ見たことないんで知らないですけど」

 

「中等部の頃に見たことありますが、なかなかどうして足が速い。噂では、全国大会出場の選手に匹敵するほどの速さだとか」

 

 そんな情報聞きたく無かった。

 やる前からゲームオーバーじゃねぇか。完全にクソゲーの負けイベント。

 逆にどうしたらそんなやつに勝てるのか教えて欲しい。脹脛(ふくらはぎ)にマフラーでも付けた方が良いのか。それともモナドを手に入れた方が良いのか。はたまた瞬足を履いた方が良いのか。

 

「どしたの?目ぇいつもより腐ってるけど」

 

「…腐ってるのはいつものことなんで、気にせんで下さい」

 

「…もしかして、その女性と何かあったのですか?」

 

 やっべ勘付かれた。四季先輩が目を細めて、こちらをロックオンする。

 

「何か隠してますね。話しなさい」

 

「い、いや、別に話すことじゃ…」

 

「話しなさい」

 

「はい」

 

 弱い者は強い者に従うのが自然の摂理です。歯向かってはいけません。大人しく従うことが、幸せになれる秘訣であります。

 

「…なるほど。彼女と勝負を…」

 

「無理じゃん。どうやったらスピードに全振りしたやつに勝てるのさ」

 

「…はっきり言ったわね」

 

 正直、勝てる気がしない。元から得意な現文の時とはわけが違う。相手は全国区みたいなもの。

 

「走り込んで鍛えるしか無さそうだけれどね。陸上部の練習に混ざってみる?」

 

「…いえ。私に心当たりがあります。彼女に頼んでみましょう」

 

「彼女?」

 

 四季先輩の言う"彼女"が誰を指しているのかを考えていると。

 

「うっひぃ〜。超涼しい〜」

 

 クラス対抗リレーで呼び出されていた小野塚先輩が、冷房の風を全身に浴びながら登場する。

 

「小町。貴女50m走は何秒ですか?」

 

「へ?なんすかいきなり」

 

「早く答えなさい」

 

「えーっと……6秒ジャストだったっけ?」

 

 速ぇなおい。この人が動いてるところ見たことないけど、案外スペックが高いのだろうか。

 

「体育祭は2週間後です。その間に、八幡の脚力を鍛えます」

 

「…まさか、さっき言ってた"彼女"って…」

 

「はい。…小町。貴女にはこの2週間、八幡の脚力を鍛えてもらいます」

 

「あ、あたいがですか?」

 

 そんなことになるとは思わなかった小野塚先輩は驚く。俺も少し、驚きはしている。

 

「私も時間があれば練習を見に行きます。小町の走りは目を見張るものがある。伊達に私から逃げているだけはありますね」

 

「それ褒めてます?」

 

「えぇ、褒めてますよ。…とにかく、貴女には八幡を鍛えてもらいます。身体の作りや筋肉の使い方、八幡とは諸々違いますが、それは誤差でしかありません。それを理由に教えることが出来ないのであれば、陸上部の顧問など必要がない」

 

「教えるのは全然良いですけど、あたいそんな的確に教えることが出来るか分かりませんよ?多分擬音語ばっか使いそうですし」

 

「何も綺麗に教えろとは言いません。貴女流に教えて差し上げればいいのです」

 

「…八幡は良いのかい?こんな頼りになるかどうか分からない先輩で」

 

 と、小野塚先輩はこちらに視線を向け確認する。

 

「…まぁ負けたらちょっと個人的に色々あれなんで。教えてくれるだけでもありがたいというか」

 

「決まりですね。…では明日から、よろしくお願いします」

 

「よし。明日から頑張ろうか、八幡!」

 

 この2週間で射命丸の速さに近づくことが出来るか否か。

 負ければ学校での生活が奪われてしまう地獄の沙汰。ここから先は、俺の努力次第である。

 

 




 1クラス大体20人弱にしました。ツッコミどころはあると思いますが、気にせんでくだせえ。


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体育祭前は、意外と騒がしいものである。

 体育祭までの2週間は自主登校という形になった。

 とはいえ、生徒会は体育祭の運営に関わっているため、学校に行かなければならないのだが。体育祭に向けて練習している者もいれば、単純に自習のために学校に来ている者もいる。

 

 3年はダンスの練習を体育館で行なっており、グラウンドを見てみると所々体育祭に向けて練習を行なっている者がチラホラ。

 

「あたい達は空いてるところで練習だね」

 

「…よろしくお願いします」

 

「おうよ。大船に乗ったつもりでいな!」

 

 なんだろう。まだ何もしてもらってないけど、頼りになる人って借り者競走で出たら一番最初に思いつきそうなくらい頼れる人に見えるんだけど。

 

「じゃ、とりあえず50m走ってみようか。今の八幡が何秒なのか、そんでどういう走り方をしているのかを見たい。タイムはあたいが計るから」

 

「うっす」

 

 空いている部分を使って、50mを走ることに。

 

「それじゃ行くよ。よーい……スタート!」

 

 俺は足に力を入れて、地面を蹴る。腕と足に力が入るように、満遍なく行き渡らせて目の前のゴールに向かって走る。

 

 そしてその結果。

 

「6秒74…ね。八幡も意外に速いじゃないか」

 

「無茶して走れば、出来ないことはないです」

 

 ただ全速力で走ったから、ちょっと息切れなんですがね。

 

「直線の速さは大体分かった。んじゃあ次は、コーナーで走ってみようか」

 

「コーナーですか?」

 

「直線の速さをコーナーで保つためには、走り方が微妙に違ってくるからね。200m走なら、当然コーナーも走るだろ?」

 

「あぁ…」

 

 なるほど。確かに意識したことないが、逆に意識することでコーナーでも変わらない速さで走れるという寸法か。

 

「気合い入れていくよ」

 

 そこからしばらく、小野塚先輩の指導?により脚力とフォームを鍛えた。

 疲労が出始めたあたりで小野塚先輩が休憩を取ると言い始め、その場に座り込んで休憩する。

 

「八幡、ほれ。あたいの奢りだ」

 

 小野塚先輩が冷えたスポーツドリンクを渡す。

 

「後で返しますね」

 

「いらないさ。あたいの奢りだって言ったろ?」

 

「養われる気はあっても、施しを受ける気はありません」

 

「それ好きだね」

 

 と、小野塚先輩は呆れながら隣に座り、自分のスポーツドリンクを口にする。

 額から垂れ落ちる汗に、その汗によってへばりつく赤い毛髪。そんな彼女のなんでもない姿が艶めかしく見えてしまう。

 

「…うん?なんだい、ずっとあたいばっかり見て」

 

 こちらに気づいた小野塚先輩が尋ねる。少々凝視し過ぎたか。

 

「いや別に。…それより、先輩も練習とかしなくていいんですか?先輩リレー出るんですよね。付きっきりも悪いし、先輩もリレーの練習とかした方がいいんじゃないですかね。頼んでる俺が言うのもなんですけど」

 

 付き合ってくれるのはありがたいが、小野塚先輩だって自分のことがある。リレーに出るなら尚のこと、練習をしておくに越したことはない。

 

「なんだ。そんなこと気にしてたのかい、八幡は」

 

 すると小野塚先輩は、俺の頭を雑に撫でる。

 

「まぁ確かにリレーの練習も必要かも知れないね。…でも、あたいはそれより八幡に付きっきりの方が良いのさ。後輩を支えるのが、先輩なんだよ。お、今のあたい的にポイント高いんじゃないのかい?」

 

「え」

 

 今の最後のセリフ。

 

『今の小町的にポイント高い!』

 

 小町って名前が付いた人物は、ポイント制にしたがる習性でもあるのだろうか。小町違いだろこんなもん。

 

「…そっすね。ポイント高いんじゃないんですかね」

 

「だろ?」

 

 サムズアップしてドヤ顔してくる小野塚先輩。不思議と腹立つように見えないのは、きっとこの人の人格が嫌いじゃないからだろう。

 

 事実、俺はこの人が嫌いじゃない。中学生の頃であれば、勘違いして告白はしていただろうが。それでも、後輩思いだというところは伝わる。

 気さくで面倒見が良く、誰に対しても分け隔てなく接する。少し間抜けだったり、サボったりするなどのやんちゃ気味なところはあるけれど、人間としてかなり良い人だと思う。

 

「八幡って、実は誰かを頼るのが苦手な人種かい?」

 

「…苦手というか。別に頼る必要がないのに頼っても仕方ないというか。…自分のことは自分で。当たり前のことじゃないですか」

 

「まぁね。勿論、自分で出来ることは自分でした方が良いかも知れない。最初から頼る気でいる奴ってのは、最初(はな)からやる気がない奴だからね」

 

 小野塚先輩は俺の言葉に納得するが、「でも」と続けて言葉を発し始める。

 

「もし途中で出来ない、一人じゃどうやっても不可能な問題があったら。それは、誰かを頼ることが効率的なんだよ。一人で出来ないことは、どうやったって出来ないんだよ」

 

「…人に頼らないことが悪いってことですか?」

 

「そうじゃない。人に頼らないことは、責任感が強いことを意味する。それは美徳だし、頼らないって選択もあながち間違いじゃない。でも、その選択が本当に正しかったのかって、後から気づくことがあるんだよ。多分、今の八幡はそうなるかも知れないね」

 

 否定出来なかった。確かに俺は今まで、誰かに頼らず、ずっと一人でやって来た。

 先輩の言う通り、誰かを頼ること、協力するということは一般的には正しいことこの上ない。

 

 でもこれを逆に言えば、誰かを頼らないこと、一人でやることが間違いだと言われているようで、そこが俺の癇に障った。

 

 一人でやることの何が悪いのか、と。

 

「誰かに頼らないことは悪いことじゃない。でも、本当に困ってるなら誰かを頼るってことも、頭の隅には置いておいた方が良いよ」

 

「…自分ですら難しい問題を誰かに頼るって、それは迷惑を掛けるってことなんじゃないんですかね」

 

「迷惑云々なら今更な話だね。人間生きてるだけで、誰かに迷惑を掛けてるもんなんだからさ。そんなチープな迷惑なんて、気にしない方が良いんだよ」

 

 生きてるだけで、誰かに迷惑を掛けている、か…。

 

 そうかも知れない。自分の一挙手一投足が、誰かに迷惑を掛けているのかも知れない。そんな迷惑を一々気にしていたら、生きることが嫌になる。そういう意味じゃ、開き直って誰かに迷惑を掛けることは悪くないのかも知れない。

 

「それでも迷惑を掛けたくないって考えて、誰かに頼らなくなる奴もいる。だからもう先に言っとくよ。…もし本当に、困ったことがあって、一人じゃどうしようもないと思ったのなら、まずあたいに頼りな」

 

「小野塚先輩…にですか?」

 

「後輩に迷惑を掛けられるのが先輩の立場さ。あたいは気にしないし、むしろ頼ってくれるならそれは先輩として嬉しいからね。八幡の性格上、クラスメイトにいきなり頼るのはハードルが高いだろ?」

 

「まぁ確かに…」

 

 博麗やマーガトロイド達に、いきなり頼るってのも気が引ける。クラスメイトだからかも知れないが。

 

「あたいが迷惑を掛けていいって言ってんだから、迷惑掛けていいんだよ。あたいだって、四季様に迷惑掛けてるし」

 

 それはあんたがサボってるからじゃないんですかね。

 

「何か困ったら、まずあたいを頼る。で、それに慣れたら今度はクラスメイトや四季様達に頼ることを頑張るんだ。そうして、人に頼るってことに慣れていこう」

 

「いや、別に俺だって誰かを頼ることぐらいは簡単に…」

 

「今の八幡は誰かに頼ることが出来るけど、頼るまでにウダウダ何か考えてしまう癖がある。で、考えた結果誰も頼らないんじゃないのかい?」

 

 この人何者だよ。数ヶ月の付き合いでしかないのに、俺の思考を当てやがる。なんかもう怖いよ。

 

「だからこれから、人に頼ることを慣れるために努力しよう。頼る必要のない案件なら、別に頼らなくていい。でも何か困ったことがあるんなら、頼ってみるといい」

 

「……先輩、格好良いですね」

 

 本当にカッケェよ。こんな人間、今まで見たことない。油断すれば、本当に好きになってしまいそうだ。

 

「後輩の前くらいは、カッコつけるものさ」

 

 やっべ。落ちそう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 練習は昼前に終わり、俺は制服に着替えた。

 昼からは生徒会の仕事をしなければならないため、このまま学校に残らなければならない。

 

 そんなわけで、ただいま俺は売店にて昼飯を買おうとしているのだが。

 

「頼む貸してくれ!でないと我が餓死してしまう!お主は我を見捨てるのか!?」

 

「んなもん財布忘れたお前が悪ぃんだろ!そんなに食いたきゃ戻って財布取りに行けばいい話だろうが!」

 

 その場で跪く銀髪のポニーテールの少女は、薄い緑色のウェーブのかかったボブの人物に懇願する。しかし、それは雷の如く怒声で一蹴された。

 すると、銀髪の方が俺の存在に気付いたのか。

 

「そこのお主!貨幣を持ち合わせてはおらぬか!?」

 

「なっ、お前!この期に及んで何無関係の奴から借りようとしてんだ!」

 

「我は空腹な故、これ以上は長く持たぬ!頼む!」

 

 売店じゃなくて、食堂に行けば良かった。それならこんな癖のある話し方の人物から強請られることは無かったんだろう。

 とはいえ、ここで無視したら後々何か言われそうだ。手前味噌だが、俺ちょっとした有名人らしいし。これ以上の面倒ごとは避けたいな。

 

「…分かったから、惨めったらしく跪くのはやめろ。俺がなんかしちゃったように見えちゃうだろ」

 

「ま、真かっ?見ろ、屠自古。お主と違ってこの者は我に手を差し伸べてくれたぞ。お主も少しは優しさというものを…」

 

「調子に乗んな馬鹿」

 

 そんなこんなで、俺は彼女の昼飯を奢ることにした。そこまでは別に良かったのだが。

 

「美味いっ!」

 

 何故俺は知らんやつと一緒に飯を食べてるんだろうか。

 

「助かったぞ!お主、噂通りに心優しき者なんじゃな!」

 

 口周りにご飯粒を付けながら、朗らかに感謝する。

 噂通りって何?有名になったとはいえ、俺どういう風に噂されてんの?

 

「自己紹介を忘れていたな。我は物部布都じゃ!」

 

「汚ねぇ(ツラ)で自己紹介すんな。…私は蘇我屠自古だ。まぁクラス一緒だし、名前くらいは知ってんだろ」

 

 物部布都に蘇我屠自古、か…。

 名前が名前だけに、歴史の偉人の名前を連想してしまう。こいつらの先祖が、もしかしたらそうなのかも知れないが。

 

 それはさておき、ごめんね。俺クラスメイトのことそんなに知らない。なんならお前らの顔もさっき初めて見たよ。

 

「…比企谷八幡だ」

 

「お前のことは有名だよ。なんせ、あの薬師の弟子をストーカーから守ったって噂になってるからな。度胸あるじゃねぇか」

 

 まぁ悪い意味で噂されていない分マシなのだろうが、あまりそういう噂もされたくない。目立ちたくないのが、陰キャの性だからな。

 

「我は八幡のこと気に入ったぞ!我に昼餉をご馳走してくれたからな!」

 

「お、おう…」

 

 この子のハイテンションが未だに付いていけない。つか昼飯奢って貰ったからって気に入るとか単純かよ。

 

「悪ぃな。この馬鹿が厄介になって」

 

「…別にいい。あのまま放置してたら、後々もっと厄介になってそうだったからな」

 

「違いねぇな」

 

 蘇我は鼻で笑う。自分が揶揄われているとも露知らず、物部は飯をガツガツ食べる。

 

「にしても、なんでお前も学校にいるんだ?自主登校なんだし、来る必要もねぇだろう?」

 

「…生徒会とか、なんやかんやあるからな」

 

「ふうん。暑い中ご苦労なこったな」

 

「ぷはーっ!御馳走になった!美味であったぞ!」

 

 と、手を合掌させる。

 

「そうか。そら良かったな」

 

「あ、そうじゃ!もしこれから暇であれば、我らの屋敷に来るか?」

 

 唐突に、物部はそんな提案を持ちかけてきた。

 しかし、俺には生徒会がある。その上、誰かの家に上がるということは、面倒ごとが起きるということ。極力誰かの家に行くのは避けたい。

 

「…いい。生徒会があるからな。遠慮しとく」

 

「ならばいつ来れるのじゃっ?」

 

「え、いや、いつって言われてもな…」

 

 なんで諦めないのこの子。「また今度な」みたいなこと言って有耶無耶にするんじゃないの?なんで俺行かなきゃならない前提なの?

 

「…しばらく生徒会が忙しいからな。お前らの屋敷に行けるほどの暇が近々作れるか分からねぇし。だからまぁ、いつ行けるかどうか分からん」

 

「そうか……それは残念じゃ」

 

 良かった。とりあえずなんとか諦めてくれた。

 

「まぁあれだ。暇な日がありゃあ、私に連絡寄越せよ。歓迎ぐらいならしてやるからよ」

 

 そう言って、蘇我はラインのQRコードを見せてくる。

 これはあれですかね。いつか行かなきゃならないやつなんですかね。

 

「…分かった」

 

 結局、蘇我とライン交換をしてしまった。

 

 まぁいい。例え蘇我から「屋敷いつ来れる?」みたいな連絡が来ても、電源を消すか未読無視すればいい。後で「ごめーん。充電切れてたー」とか、「圏外だったみたいで」って返せばいい。

 これらを返せば、相手は責めることなど出来はしない。つまり、少なくとも2学期までの間はこいつらの屋敷に行かずに済むということだ。

 

「我もすまほという物があれば、八幡と連絡を取り合うことも可能だったのにな」

 

「バカ吐かせ。お前がスマホ持てば、架空請求やらスパムメールの被害に遭いそうで怖ぇんだよ」

 

 一切の信頼が無いとは可哀想に。

 というか、なんでスマホがおばあちゃん発音なんだよ。お前今時のJKだろ。

 

「こいつこの間、悪徳セールスマンに騙されかけてな……危うくいらねぇもん買わされそうになったんだよ」

 

「あの者、中々巧みな話術だったのぅ」

 

「何感心してんだボゲェ!あんな見え見えのわっかりやすい手に引っ掛かりそうになりやがって!」

 

 物部と話していて、なんとなく分かったことがある。

 

 こいつ、アホの子だ。それも、霊烏路とはまた違う種類の。

 この手のアホは手に負えないってことは、霊烏路との関わりで身を持って体験した。

 

 つまり、少し苦手なタイプだ。

 

「ったく……じゃあな、八幡。私達もう行くわ」

 

「お、おう」

 

「またのぅ、八幡!」

 

 こうして、騒がしいコンビが目の前から去って行った。

 

 俺も昼飯食べ終えたし、さっさと生徒会室に向かうとしよう。

 昼飯だったパンの袋をゴミ箱に捨て、俺は暑い廊下を歩いて生徒会室に向かおうとしたのだが。

 

「本っ当。私の知らないところで、他の女と話すよね。八幡はさ」

 

 悪魔に心臓を鷲掴みされたような感覚。ねっとりとして、それでいて怒気を少し孕んだこの声。

 

「ほ、封獣…」

 

 両腕には血が滲んだ包帯を巻いており、何がおかしいのか、顔を俯かせてクツクツと小さく笑う。

 

 本当に、悪魔のようだ。

 

「最近はすごい噂されてるよね。なんか誰か助けたんだっけ。八幡って、本当に優しいね」

 

 と、こちらに一歩、また一歩と歩み始める。顔を俯かせているからか、余計に俺を恐怖に誘う。

 

「で、今度はあの胡散臭い新聞部と勝負だって?負けたら八幡はあいつの命令に従う。大変だね」

 

「な、何が言いたいんだよ」

 

 出来ることなら、今すぐ俺はここから逃げ出したい。だが、そんなことをすれば後になってもっと厄介なことが起きる。相手はさっきの物部(アホ)とはわけが違う。

 

「挙げ句の果てには、副会長に頭撫でられて?さっきのやつには気に入られて?良い身分だよね」

 

「だから、何が…」

 

 「何が言いたいんだよ」と言おうとした瞬間、彼女は一気に詰め寄り、俺を勢いよく押し倒す。後ろに全体重が乗ってしまったため、頭を打ってしまった。

 

「ってぇ……ッ!?」

 

 俺が頭の痛みを訴える最中、封獣は俺の両腕を掴んで拘束。俺にまた乗りして、動きを封じた。

 

「あはっ、あはは……あははははッ!」

 

 突然、高笑いし始める。俺は腕を動かそうとするも、封獣の体重を乗せた力により身動きが出来ない。

 

「封獣、離…」

 

「さないよ。絶対」

 

 すると、封獣は有無を言わさず俺の右側の首筋に顔を近づけて、力強く噛みついた。

 

「いッ!?」

 

 あまりの痛さに、俺は声を発してしまった。

 これはキスマークとか、そんな可愛らしいものじゃない。完全に噛みちぎる勢いだ。

 

「封、獣!やめろ!」

 

 封獣は俺の言うことを聞いてくれたのか、首から歯を離した。と、思いきや、今度は反対側の首筋に向かって噛みついた。

 

「うぁッ!」

 

「んふふ…んふふふッ!」

 

 封獣は首筋に噛みつきながらも尚、笑い続けている。先程よりももっと強く、首筋に噛みつく。

 

「い、ってぇ!痛ぇって!」

 

 俺は強引に離れようとするも、封獣は一切力を緩めない。すると、封獣は反対側の首筋からも顔を離して、恍惚な表情で俺を見下す。

 

「すっごい……八幡の両側の首筋、私の歯形がしっかり付いてる…」

 

「お前、何のつもりだ…!」

 

「痛かった?痛かったよね?私の心はそれ以上の痛さだったんだ。八幡が他の女と話してる時、心が壊れそうなほどに痛かった」

 

「だからって…」

 

「だから八幡にも同じ痛みを味わってもらうよ。心が壊れるような痛みをさ。恐怖のあまり、もう私から離れられることすら考えられないようにしてあげる」

 

 まずいまずいまずい。

 完全に主導権を握られている。暴れ回ろうとしても、封獣の拘束が解けないせいで動けない。

 

「じゃあ、次は何しよっか。痛いこと?それとも、気持ちいいこと?」

 

 そう笑いながら、封獣は俺の首に両手を添えた。

 まさかこいつ…。

 

「や、やめろ…!」

 

「やーだ、やめないっ」

 

 ヤバい。締められる。

 

「何をしているのかしら」

 

「あ?」

 

 封獣や博麗とは別の、底冷えしそうな冷たい声。俺は彼女のそんな声を聞いたことがなかった。生徒会で一緒にいても、彼女がキレた様子を見たことがなかったから。

 

「風見…先輩…」

 

 体操服姿の風見先輩が、封獣を鋭く睨みつけている。睨まれているわけでもないのに、圧に呑まれそうだ。

 

「風見幽香…」

 

「二度も何をしているのか聞くのは面倒だわ。さっさと八幡を離しなさい」

 

「…チッ。あいつ相手に真正面は不利か…」

 

 封獣は舌打ちをして、俺を渋々離す。

 

「じゃあねっ、八幡。またね」

 

 そう言って、彼女は風見先輩とは反対方向の廊下に歩いて行き、姿を消してしまった。

 

「…はああぁぁ…」

 

「大丈夫?」

 

「はい……ありがとうございます…」

 

 俺は震える膝に無理矢理言うことを聞かせて、強引に立ち上がる。

 

「…もう手遅れだったかしら」

 

 風見先輩は俺の首筋を見てそう言う。

 

「いや、これだけで済んでます。先輩が来てくれたおかげです」

 

「それなら良いけれど……それにしても、この間会った時とはまるで別人のようね」

 

 この間……あぁ、確か俺と風見先輩が見回りの時に封獣と出くわしたんだっけか。あの時から既に、封獣の様子はおかしくなっていた。

 

「とにかく、保健室に行きましょうか。絆創膏ならあるでしょうし。それに、その首筋を四季映姫に見せるのはまずいわ」

 

 それもそうだ。以前、フランドールが俺に付けたキスマーク?を隠すように絆創膏を貼ったが、それを博麗に問い詰められたからな。

 絆創膏を首に貼るだけで、とんでもない匂わせになってしまうのかも知れない。

 

 厄介なことをしてくれた。首筋に2箇所、絆創膏を貼っていれば誰だって気づく。いらん爪痕を残しやがった。

 

『八幡にも同じ痛みを味わってもらうよ。心が壊れるような痛みをさ。恐怖のあまり、もう私から離れられることすら考えられないようにしてあげる』

 

 …ダメだ。封獣のことばっか気にしていたら、それこそあいつの思う壺だ。今は体育祭に集中しよう。

 

 余所見が出来るほど、今の俺に余裕はない。

 



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そして、彼と彼女らの祭りが始まりを告げる。

 体育祭、当日。1学期を締めくくるイベントであるが、イベントや行事に対して一切の楽しさを見出せない俺からすれば、ただただかったるいだけである。

 体育祭と言えば、赤と白に分けられているが、我らのクラスF組は赤組だ。その他に、B組とE組も一緒だ。つまり、A組、射命丸や魂魄がいるC組、封獣がいるD組は白組である。

 

 それはさておき。

 

「八幡。その首筋の絆創膏は何」

 

「しかも2箇所…」

 

 はい、最初からピンチの比企谷くんです。

 原因は簡単。以前、封獣に付けられた噛み跡を隠すための絆創膏が目に付いたからである。

 風見先輩と一緒に、保健室で絆創膏を貰ってから、生徒会が始まった時。

 

『彼女はどうやら分かっていないようですね。八幡に手を出すことが、どれだけ重い罪であるかを』

 

 風見先輩が封獣に非があることを説明し、四季先輩は俺に対して何の言及もしなかった。が、代わりに封獣に対して敵意を芽生えさせていた。

 しかし、あの時とは違い、状況を説明してくれる人間がいない。つまり、ピンチである。

 

「あんた、それ誰にやられたの」

 

 目を濁らせて、冷たい声で詰め寄る博麗。

 

「封獣ぬえよ」

 

 意外にも、俺の代わりに答えたのは鈴仙であった。

 

「師匠から話を聞いたのよ。封獣ぬえが、八幡の首に無理矢理噛みついたって。3年の風見幽香がそう言っていたそうよ」

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「…まぁ、これで済んでると思えばな」

 

 というか、これで済んでるってこともおかしいんだけどな。普段に考えて、これはこれでだいぶヤバいことなんだけどね。

 

「彼女、そろそろ誰か殺しかねないわよ」

 

「ふ、不吉なこと言うなよアリス…」

 

 いや本当だよ。なんなら風見先輩が来なかったら首絞められかけてたっての。

 

「比企谷さん」

 

 すると、背後から少し久しぶりの人物から声を掛けられた。

 

「聖さん…?どうしたんですか?」

 

 命蓮寺の主、聖白蓮さんと、後ろにはナズーリン先輩や寅丸先輩、村紗先輩も一緒にいた。

 

「その、ぬえの暴行の件について、謝罪をと…」

 

「あ、いや、別に気にしては……ないことはないですけど、あいつがああなったのって、多分俺に責任があるっていうか。聖さんが謝ることじゃないですよ」

 

「しかし、首を絞められかけたと聞く。助けが来なければ、比企谷が死ぬところだったんだぞ」

 

「多分、ぬえの人格なら殺さないと思うよ。気絶させはするだろうけど」

 

 ナズーリン先輩の言葉に、村紗先輩が否定する。

 

「…その封獣はどうしたんすか?今日見てないですけど」

 

「元より彼女は体育祭に参加するつもりがなくて。こちらとしては好都合だったのですけれど…。一応、一輪と雲山が命蓮寺に残って彼女を見ていますが…」

 

「…まぁ、とにかくあれです。別に気にしないでください。もし俺が何かあっても、それはもう俺の責任なんで」

 

「そんな…」

 

『それではこれより、開会式を行います。生徒達は、先生の指示に従って入場門前に集合してください』

 

 と、話を横槍するようにアナウンスが入る。

 

「…そういうわけなので。要らない心配を掛けさせて、すいませんでした」

 

 俺は軽く頭を下げて謝罪し、入場門前に向かった。

 これでいい。俺が招いた問題だ。俺がどうにかせにゃならん。

 

『もし本当に、困ったことがあって、一人じゃどうしようもないと思ったのなら、まずあたいに頼りな』

 

 一瞬、脳裏に小野塚先輩の言葉がよぎる。

 

 ふざけんな。ちょっと困ったからって、なんですぐ誰かを頼ろうとしてんだ。俺の問題に、小野塚先輩は関係ない。

 

 出来ないかどうかは関係ない。やるかやらないかの二択だ。

 

「…大丈夫なの?」

 

 鈴仙が心配そうにこちらを覗き見る。

 

「…まぁ不安だがな。射命丸に負けたら俺終わりだし」

 

「そうじゃなくて…」

 

 今封獣のことを考えても仕方がない。後回し……って言い方は酷いだろうが、本人がいない以上あれこれ考えても時間の無駄だ。

 

 それに、こんなこと考えながら勝てるほど、射命丸は甘くない。

 

「今日の200m走、楽しみですねぇ〜。貴方が私に敗北して平伏す姿が容易に想像出来ますよ」

 

 ほら、射命丸がやって来た。相変わらず余裕の笑みを浮かべている。

 

「そんなに俺をこき使いたいんだな。性格悪いな」

 

「ええ勿論。嫌だって言っても、潰れるまで可愛がってあげますよ。なんなら首輪も付けて」

 

「いらんわ」

 

 どこ向けのサービスだそれは。俺のそんな姿見て喜ぶやつはもう手遅れなほどの変態だぞ。

 

「あ、八幡さん!」

 

 白い鉢巻を額に巻いた魂魄がこちらにやってくる。なんか白い髪だから鉢巻が同化してるんだけど。

 

「今日は頑張りましょう!」

 

「お、おう。気合い入ってんな」

 

「はい!なんせ、年に一度の体育祭!楽しみじゃないですか!」

 

「あ、そう…」

 

「C組は朝からうるさいわね…」

 

 と、博麗が呆れる。射命丸といい魂魄といい、血気盛んなことで。

 

『まもなく、第88回東方体育祭開会式を行います。では、1年A組からの入場です』

 

 体育祭の開会式が始まる。A、B、C、と順番に行進していく。

 

『次は、1年F組の入場です』

 

 F組の名前を呼ばれ、俺達は列になってグラウンドを行進していく。

 

 それにしても、行進の曲のチョイスがよく分からない。というか知らん曲だ。なんだ、「色は匂へど いつか散りぬるを」って。サビの部分なんだろうが、誰が歌っている曲なんだろうか。

 

 全てのクラスの行進が終えて、選手宣誓が行われる。行うのは、生徒会長である四季先輩だ。

 

『宣誓。私達は本日の体育祭にて、正々堂々、全力で戦い、最後の1秒まで完全燃焼することを誓います』

 

 選手宣誓、国家斉唱、八雲紫の話など、面倒な開会式ももうじき終えようとする。

 

『それではこれより、第88回東方体育祭を行います。第1種目、100m走に出場する生徒達はその場に残ってください』

 

「初っ端から私の番ね」

 

「頑張れよ霊夢!」

 

「…まぁ、やるからには1位を取らせてもらうけど。さっさと終わってゆっくりしたいわね」

 

 100m走は博麗に火焔猫、後は誰だったか忘れた。外国人と普通の苗字のやつだった気するけど。その人物4人を残し、俺達F組も退場していき、観客席に戻って行った。

 

「本当に初っ端だな…」

 

 第1種目の、しかも第1走者だ。

 博麗は軽く身体をほぐしている。表情は以前、怠そうではあるが。博麗以外にも、自分のレーンのスタート位置に着く。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 スターターピストルが放たれ、走者一斉に走り出す。皆はゴールに向かって走って行くが、一人だけとんでもないランカーがいた。

 

「あいつはっや…」

 

 そのとんでもないランカーは無論、博麗だ。他を圧倒するスピードで、あっという間に1位になる。

 

「いいぞ霊夢ー!」

 

 博麗の表情は誇らしげでもなく、まるで当然の結果であると言わんばかりの表情だ。あいつなんなの。カッコいいな。

 

「あ、次お燐だ!」

 

 と、いつの間にか背後から抱きついてくる霊烏路が火焔猫に注目する。

 なんでもいいけど、離れてくれませんかね。未だに貴女のメロンには耐性がないんですよ。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 第2走者がピストルの合図で走り始める。火焔猫はやや低い体勢で駆け抜けていく。まるで猫のような動きだ。

 というか、あいつも速くね?なんなら、他クラスの女子も半端ないレベルの速さなんだけど。女子の割合が多いとはいえ、どいつもこいつも尋常じゃねぇんだけど。

 

 俺これ射命丸に勝てんのかな。

 

「流石はお燐ね」

 

「あ、さとり様!」

 

 静かに、しかし少し誇らしげに彼女を褒めたのは、地霊殿の主の古明地さとりさんだ。

 

「どうも。その節はありがとうございました」

 

「あ、いえ…」

 

 というか、この人ここの学生じゃなかったのね。てっきり3年生かって思ってた。

 

「いえ、年齢だけで言えば私は高校3年生の皆様と同じ歳です。ですが、私は地霊殿の主だけでなく、地霊温泉の経営も行なっています。ですので、高校に通う時間はないのです。謂わば、少し早い社会人と言ったところでしょうか」

 

「マジですか…」

 

 地霊温泉って言えば、千葉でもそれなりに有名な温泉だ。

 そんなところを経営しているだけでもとんでもないのに、火焔猫や霊烏路など、地霊殿の住人を養っているとは恐れ入る。

 

 しかし、それ相応の疲労が出るはずだ。経営や地霊殿のことだけでなく、古明地さんの生まれ持った異能。身体的疲労だけでなく、経営のことも相まって精神的疲労が凄いはず。いつか倒れたりしないのだろうか。

 

「…本当、貴方は優しいんですね」

 

「いや、別に…」

 

 当然のことを思っただけだ。

 俺なら絶対途中で投げ出すか、最初からやらない。仕事なんて真っ平ごめんだ。

 

「ですが大丈夫です。地霊殿のことはお燐やお空にも手伝ってもらってますし、休息も取っていますから」

 

「…そうですか」

 

 要らぬ心配だったな。まぁ火焔猫がそばにいるわけだし、地霊殿に関しては大丈夫なのだろう。

 霊烏路?酷い言いようかも知れないが事実のことを言おう。アテにならなそうだ。

 

「では、私は観客として体育祭の様子を楽しませていただきます。貴方の活躍も期待しています。お空、貴女も頑張るのよ」

 

「はい!」

 

「それでは」

 

 古明地さんはそう告げて、保護者用の観客席の方へと戻って行った。そんなこんなと話している間に、1年生の100m走が終わった。2年生や3年生も、特に知っている人間がいるわけでなく、あまり注目せずに流して見ていた。

 

 続いての種目は、障害物競走。十六夜、鈴仙、後はよく知らない人物二人だ。

 

「あら、おかえり霊夢」

 

 100m走が終わった選手達は、次々と自分のクラスのところへ戻って行く。

 

「残ってる種目はクラス対抗リレーよね。もう後の種目興味ないし、寝てていい?」

 

「なんでだよ!まだ私も八幡も、アリスも出てないんだぜ!ちゃんと私達の活躍を見ろよな!」

 

「達って何。俺のは別に見なくていいから」

 

 そんな次回予告で言いそうなセリフで俺を巻き込むなよ。俺別に見られたいわけじゃないんだよ。

 

「アリスと八幡は借り者競走だっけ。じゃあその時だけバカ笑いして見てあげるわ」

 

「貴女も大概性格悪いわね」

 

「本当だよ。巫女とは思えねぇセリフだぞ」

 

「あんた表出なさい。今なら地面に埋めるだけで許してやるわよ」

 

「もう出てるから。後軽く俺を土に還そうとしてるから」

 

 というかマーガトロイドは良いのかよ。性格悪いって言ってたの流すのかよ。解せぬ。

 

『障害物競走、第1走を始めます。第1走者目の生徒は位置に着いてください』

 

「確か、咲夜が第1走者なんだよな」

 

 障害物競走。知っての通り、設置されたハードルを飛び越えたり、麻袋を使ってジャンプしながら進んだりと、様々なギミックが備えられた競走である。

 

 しかし、この体育祭を支配する人間がいることを、忘れてはならない。

 

「あれ?なんであいつら裸足なんだ?」

 

 霧雨が彼女達を指差し、そんな疑問を投げかける。障害物競走に出場している生徒は、皆裸足である。

 

「あそこ見てみ」

 

 俺は平均台を指差す。なんら変わらない平均台……だと思うだろ。ところがどっこい、違うんだよ。

 

「平均台から落ちた人間に追い討ちを掛けるための、足ツボマッサージがある」

 

 生徒会と体育祭実行委員で、体育祭の種目の内容を話す際に聞いたことなのだ。因みに案は八雲紫校長です。

 あの三十路、人が苦しむところを楽しむ気でいやがる。

 

「八幡。紫、思いっきりこっち見てるけど。ていうかあんたに」

 

 いや怖い。なんでそんな遠いとこから俺をロックオンするの?まさか三十路って思ったことがバレた?んなアホな。

 

「八幡、あれはなんだ?」

 

 霧雨が再び指を差す。差していたのは、桶だ。

 ただし、丸く小さい桶ではない。レーンに沿った作りをしており、尚且つ少し走れる程度の長さのある桶だ。いわゆる特注品だ。

 

「桶から湯気が出てるけど…」

 

「あの桶には、50℃程度のお湯が張られてる。要するに熱いお湯に足突っ込みながら走ろってことだ」

 

「考案者は足に何か恨みでもあるの?」

 

 違う。ただただ苦しんでる姿を見たいと思って考案しただけだ。勿論、これも八雲紫校長の案でございます。というか、障害物競走の障害物は全部八雲紫校長の考案なんだけどね。

 

「八幡、あれも障害物?」

 

 マーガトロイドが指差したのは、直線レーンに設置された机。その上には、イヤホンが置かれている。

 

「あのイヤホンは何?」

 

「あれは適当に絡ませたイヤホンだ。解いたやつから先に進める」

 

「さっきの二つに比べたら、随分地味じゃないか?」

 

「いや、そうでもない。イヤホンが絡まってる時って、急いで解こうとすると余計に解きにくいだろ?その心理を突いた障害物だそうだ」

 

「地味に鬱陶しいわねそれ」

 

 競走の最中に、冷静にイヤホンを解くことが出来るかどうかがポイントになる。1位を目指して焦って解こうとすれば、八雲紫校長の思う壺である。

 

「最後のあれは……カレーパン?」

 

 ゴール手前には、机にパンが置かれている。

 

「最後の最後にパンって、普通じゃないかしら」

 

「要するにパン食い競走ってことだろ?」

 

「確かにパン食い競走ではある。しかし、中にはハバネロレベルの辛さのルーが入っている。あれを食い切らない限り、ゴールは出来ない」

 

「これ()()物競走じゃなくて、()()物競走じゃない?」

 

 本当あの人、人の身体をなんだと思っているんだろうか。

 イヤホンの障害物は変わり種としては面白いだろうが、後の3つは人を苦しめる凶器だぞ。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 スターターピストルと同時に、障害物競走が始まった。障害物の順番としては、平均台、足湯、イヤホン、そしてカレーパンである。

 最初の平均台は、落ちなければどうってことはない。落ちなければ。

 

「咲夜のやつ、平均台の上でも走ってるぜ!」

 

「バランス感覚が優れてるわね…」

 

 普段からハイヒールで動き回っているからか、平均台をものともせずに突破。他の走者も、十六夜を追随。

 次は足湯レーンだ。それなりに熱いお湯に対して、一気に足を突っ込めるかだが…。

 

「すっげえ!一気に足突っ込みやがった!」

 

 十六夜はそれなりに熱いお湯に一切顔色を変えずに突っ込み、走っていく。

 

「あっつ!」

 

「きゃっ!」

 

 他の走者は、一度目は必ず足を引っ込めるというのに、十六夜は気にせず2つ目の障害物を突破した。

 続く3つ目の障害物は、イヤホンを解くことだが…。

 

『速い!赤組、十六夜咲夜!さまざまな障害をものともせず、遂にラストの障害物に向かった!』

 

 辛ぇパン…じゃなくてカレーパンが置かれた机に向かう十六夜。

 一度食べさせてもらったが、結構辛かった。辛いものが苦手な人は、きっとキツいだろう。

 

 しかし。

 

『十六夜咲夜!辛えパン…じゃなかった、カレーパンにも顔色を変えずに食べ切ってしまった!』

 

 あいつ化け物かよ。顔色変えずにものともしないって。少なくともあのカレーパン、水が無けりゃなかなかしんどかったぞ。

 

 十六夜は、そのまま1着でゴール。あれだけの障害物にぶち当たっても尚、毅然とした立ち振る舞いをしている。なんだあれカッコいいな。

 

「次は鈴仙……と、あら。妖夢も障害物競走に出場するのね」

 

「お、本当だ!」

 

 障害物競走の第2走者、C組からは魂魄のようだ。

 

 鈴仙は走るというより、バネの強さが特徴だ。バレーボールで見せたあのジャンプ力が、それを示している。

 魂魄は剣道部にて、基礎体力や筋力を鍛えている。能力のバランスの良さでは、おそらく魂魄が一枚上手だ。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 第2走、開始。スタートダッシュは互いに良いスタートを切った。

 まずは平均台ゾーン。普通なら、先程のようにバランス感覚を研ぎ澄ませて渡って行くものだが。

 

「鈴仙のやつ、跳んでる!」

 

 鈴仙は平均台に乗る前に勢いよく跳ぶことで、平均台の半分くらいをショートカットする。そして着地したと同時に、再び跳ぶ。

 

 まるで兎のように、跳んで跳んで前へと進む。

 

「負けません!」

 

 しかし、魂魄も負けじと鈴仙に追いつく。二人は平均台ゾーンを突破し、続く足湯ゾーンに向かう。

 

「熱っ!」

 

 と、湯に足を浸からせた鈴仙は熱さにより悲鳴を上げる。が、我慢しながら足湯ゾーンに必死に立ち向かっていく。一方、魂魄の方は。

 

「私に我慢出来ぬものなど、あんまりない!」

 

『おーっとC組の魂魄妖夢!何やらカッコいい名言を発して、足湯ゾーンに突入!』

 

 魂魄も足湯ゾーンに突入。普段から身体と心を鍛えているからか、熱湯に対して戸惑いは無かった。それが左右したのか、鈴仙を追い越して1位に躍り出た。先程とは違って、鈴仙と魂魄が良い勝負をしている。

 

 イヤホンゾーンでは、互いに冷静に解いていく。しかし、魂魄の方が先に解き終え、最後の障害物に向かっていく。

 

「行かせない!」

 

 鈴仙も解き終えて、最後の障害物に。しかし、鈴仙が着いた時には魂魄のカレーパンは半分を切っていた。

 

「辛っ!なんでこんな辛くしてるのよ!」

 

 カレーパンを齧った鈴仙が、涙目ながら訴える。その傍ら、魂魄はカレーパンを食べ切って1着に。

 

『ゴォール!障害物競走第2走目、1位になったのはC組の魂魄妖夢です!』

 

 白組に属する魂魄が1位になった。続く2位は、涙ながらカレーパンを食べ切った鈴仙だ。

 

「すっげえ熱戦だったな!うぅー、私も早く出たいぜ!」

 

「あんたどんだけ飢えてんのよ」

 

 序盤から大盛り上がりの体育祭。

 所々でおかしい要素を含んだ体育祭であるが、観客も選手も盛り上がっているのは間違いない。

 

 だが一つ。一つだけ言わせて欲しいことがある。

 

 もう二度と八雲紫校長に種目決めをさせないで欲しい。あの人そのうち、倫理的にヤベェ種目とか思いつきそうだし。R-18指定の種目とか思いつきそうで怖い。

 

『続いて、障害物競走第3走目を行います。第3走者の生徒は、位置に着いてください』

 

 俺達の体育祭は、まだまだ続く。続くったら続く。

 

 




 因みに地霊温泉なんて多分ないです。東方の原作では間欠泉云々ってなっていたので、そういう意味合いを含めて、さとりの仕事は地霊殿の管理と温泉の経営にしました。


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彼と彼女らの祭りは熱さを増す。

 まだまだ続くよ体育祭。

 なんやかんやで障害物競走が終了し、第3種目の二人三脚が始まっていた。その間、次の種目の借り者競走に出場する生徒は入場門で待機していた。

 

「そういえば、借り者競走でどういうお題が出るとか聞かされてないの?さっきの障害物競走の内容も事前に知っていた口ぶりだったし…」

 

 同じく借り者競走に出場するマーガトロイドがそう尋ねる。その話題に残り2人の……名前知らないけど、眼鏡を掛けた茶髪の女子と、金髪のショートボブの女子も注目する。

 

「お題は、体育祭当日に校長が決めるんだと。お題に沿っているか否かの判定は、校長を含めた教師5人」

 

「校長好き勝手し過ぎじゃないの?」

 

 マーガトロイドはそうツッコミを入れる。

 いや本当、やりたい放題やりやがるよ。あの三十路はよ。

 

「…内容に関しては、毎年違うお題が出ているらしい。まぁ参考までに挙げるとするなら、例えば"金髪の子"や"眼鏡を掛けた子"って、先輩が言ってたが…。正直、参考にならんと思う」

 

「毎年お題が違うのなら、そりゃ参考にならんのう」

 

「それもある。ただ、普通の人間が出したお題なら大体想像も出来るし、今のようなお題が出るかも知れない。だが…」

 

 俺は八雲紫校長を指差す。退屈そうに、二人三脚を見物している。

 

「あの校長が出すお題だ。絶対一癖も二癖もあるに違いない」

 

「きっと、人が苦しむのを見て嘲笑うんだわ。苦しんだ姿を撮られて、卒業アルバムに載せられるのよ」

 

「あの校長ならあり得そうだな…」

 

 卑屈そうに呟く金髪の女子に俺は同意する。

 

「全く、厄介な種目を考え出したものじゃのう」

 

 茶髪の眼鏡ちゃんは、呆れる様子。

 というか俺、ナチュラルに知らんやつらと喋ってたんだけど。いや、多分同じクラスなんだろうけど、一切知らん人達だ。

 

「…八幡。一応聞くけど、二人のことは知ってる?」

 

 マーガトロイドが小さく囁いて尋ねる。

 

「なめるな。知ってるわけないだろ」

 

「だと思った…」

 

「お前さん、同じ学級の学友の名前を知らぬのか?」

 

 俺とマーガトロイドの話が眼鏡ちゃんの耳に入ったのか、少し驚きの様子で尋ねる。

 

「え、あ、はい」

 

「私達が一方的に知ってるってだけだし。関わりが無いんだから、知らない方が普通よね」

 

「…知らぬなら仕方ない。儂は二ッ岩マミゾウ。出席番号ではお前さんの次なのじゃがのう」

 

 比企谷、二ッ岩…あ、本当だ。

 全然知らんかった。机に座ってる時、基本的に後ろは振り向かないからな。休み時間は大体寝てるか、暴虐の巫女とその愉快な仲間達に絡まれてるくらいだし。

 

「まぁこうして話すのは初めてじゃな。よろしく頼むぞい、八幡」

 

「あ、おう」

 

 喋り方に対しては誰もノーコメントなのね。というか、ついこの間似たような喋り方をしたキャラクターと遭遇したんだけど。

 

「私はルナサ。ルナサ・プリズムリバー。そんなに関わることは無いと思うけど、一応は自己紹介しておくわ」

 

 何やら先程から卑屈そうに話す彼女の名は、プリズムリバーと言うそうだ。二ッ岩と違い、そこまで友好的な態度ではない。

 まぁこちらも、関わりが無ければ話す必要がないと思っているし、こういう人物が一番気楽ではある。

 

『河城・鍵山ペアが独走!そのまま1着でゴォール!』

 

「やったね、雛!」

 

「…そうね」

 

 どうやら、河城先輩と鍵山先輩は二人三脚に出場していたようだ。確かに普段から二人一緒にいることがあるし、コンビネーションは抜群なんだろう。というか、同じクラスだったのね。

 

 そのまま2年生の二人三脚が終え、3年生に。3年生の部も終えると、二人三脚に参加していた生徒が一気に退場していく。

 

『続く種目は借り者競走です!借り者競走に出場する生徒は、入場してください』

 

 借り者競走で午前の部が終わる。まだ4種目であるが、1種目1種目の時間が長い。故に、すぐに時間が経つのだ。

 俺達は入場門から行進していき、体育祭実行委員の指示に従って列に並ぶ。

 

「まずは私からね。無難なお題が出るといいのだけど…」

 

「諦めろ。あの校長に無難なんて考えはない」

 

「…恨んでもバチは当たらないわよね、これ」

 

 と、恨み言を言って位置に着きに行く。

 

「これは足の勝負よりも、コミュニケーションが鍵になる。社会に出て必要となる能力じゃ。そこまで見越していたのであれば、大したもんじゃが…」

 

「なら普通の借り物競走でも同じでしょ。わざわざ変わり種にする必要ある?」

 

 借り物競走に比べて、借り者競走は、観察眼と、特にコミュニケーションが必要になってくる。

 ただ物を借りるのと、人を引っ張って連れて行く。コミュニケーション能力上で考えれば、圧倒的に借り者競走の方がハードだ。

 

 借り者競走に関わらず、大体の体育祭の種目に何かしらの意味を含めているのか疑問ではあるが…。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 発砲音と共に始まった借り者競走。地面に散らばった紙を拾い上げて、お題が何かを確認する。

 

「は、はぁ!?」

 

 お題を確認したマーガトロイドは、動揺の表情に。何やら顔も赤い。というか、マーガトロイドがあれだけ荒げた声を出すのも珍しい。

 

「…八幡。ちょっと来て」

 

「え」

 

 マーガトロイドはお題に沿っているかどうかを判定するために、校長の前まで俺を引っ張って行く。校長の前に俺を引っ張り出したマーガトロイドは、お題の紙を裏側にして提出する。

 

「…比企谷くん。もし仮に貴方がアリスと付き合っていたとして、彼女を大切にする?」

 

「は?」

 

 唐突に意味の分からない質問をする。

 何?マーガトロイドと付き合っていたとして、こいつを大切にする?なんだその質問。

 

「早く答えなさいよ。じゃないと、アリスが1着になれないわよ」

 

 マーガトロイドが引いたのは、一体何のお題だったんだ。

 …まぁ気にしても仕方ない。校長が作るお題なんてふざけたものばかりだ。気にして精神的に痛ぶられるのはこちらだし。

 

「…まぁ、大切にすると思いますよ。マーガトロイドが俺なんかを好きになってくれたのなら、俺は絶対こいつを大切にします。彼氏っつうなら、彼女くらい大切に出来なくてどうするって話ですよ」

 

「…八幡…」

 

 俺の答えはこうだ。

 どういうお題かは分からないが、これに答えることでクリア出来るということなのかも知れない。

 

 それに、これは確率で言えば宝くじが当たる方が高いと思うが、もし俺に彼女が出来たとするなら、俺は絶対大切にする。

 それが千葉県男児のやり方だ。…いや知らんけど。多分万国共通だと思うけど。

 

「…チッ。もっと慌てなさいよ」

 

 と、つまらなさそうに吐き捨てる。

 ちょっと?舌打ちするのはどうなの?校長として、判定係としていいのそれ。

 

「…まぁいいわ。お題には沿っているし、ゴールに向かっていいわよ」

 

 どうやらマーガトロイドのお題はクリアのようだ。マーガトロイドは走って、1着でゴールに。

 

「…なんのお題だったのか聞かなくていいか」

 

 ゴールしたのを確認して、俺は元の場所に戻る。

 

「あやつに連れられていたが、どういうお題だったのじゃ?」

 

「さぁな。聞くだけ無駄なお題だと思うぞ」

 

 とにかく1着したことを喜べばいい。他人のお題について追求することはおすすめしない。それが自分のため世のためなのである。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 借り者競走で1着になった私は、列に並んで待機している八幡の方に目をやる。彼の言葉が、頭から離れないのだ。

 

『マーガトロイドが俺なんかを好きになってくれたのなら、俺は絶対こいつを大切にします』

 

 自分を大切にしてくれる……。

 その言葉に、私は胸が熱く込み上げてくる。心臓の音もうるさく、顔も少し暑い。

 

 私のお題は、『自分を大切にしてくれそうな異性』だった。

 

 この学校で、私の知る異性は八幡ぐらいだ。他にも男子は何人か見かけるが、全然知らない人だ。だから八幡を連れてくることが、私のお題の達成条件だったのだ。

 しかし、判定は八雲紫が行う。連れて来ただけで達成とはならなかった。

 

『もし仮に貴方がアリスと付き合っていたとして、彼女を大切にする?』

 

 その質問に対し、「この女何を言ってるんだ」と思った。

 だが、八雲紫のその質問は正しかった。本当に私を大切にしてくれる人間でなければ、お題達成とはならないからだ。

 お題を知らせずに八幡を連れて来た私は、彼に一縷の望みを託した。ただ一言、「はい」と言えば済む話だったのに。

 

 彼は私を大切にするとはっきり言った。

 

 元々、彼のことは嫌いじゃないのだ。

 上海を見つけてくれたし、部活動の見学にも付いて来てくれた。霊夢みたいに性格に難ありだが、他人に対して優しく出来る人物だ。

 勉強合宿で霊烏路空を探し出したのも、鈴仙をストーカーから守ったのも、彼の優しさが出た証拠だ。

 

 そんな彼を好いている子は多い。

 封獣ぬえ、霊烏路空、鈴仙。霊夢や生徒会長は八幡と何かあるようだし、妖夢も彼のことを慕っている。魔理沙も時折、彼に視線を向けている。

 もしかすれば、私の知らない子も八幡のことを好いているかも知れない。とんだハーレム野郎。刺されて死ぬ未来が来るかも知れない。

 

 でも、分かる。彼を好きになってしまうのは。

 

 捻くれていて、性格に難ありなのに、いざという時他人に優しくするのだから。ギャップによるものなのかも知れないし、単純に優しくされたからかも知れない。まぁ好きになったきっかけは人によりけりだ。

 

「…八幡……」

 

 あの言葉だけで私は彼を好きになったというの?いいえ、そんなことはあり得ない。私はそんな単純じゃない。

 特別嫌いじゃないが、異性としてとなると話は別だ。

 

 なのに、依然私の鼓動が勢いよく鳴っているのは何故?

 

 他のことを考えようとしても、止まらない。八幡のあの言葉が脳裏を巡る。

 そうだ。あれは勘違いだ。八幡だって本気じゃないということだ。そうに決まっている。本気じゃないのだから、私が意識する意味なんてない。

 

 だから駄目。八幡を好きになっては駄目。この思いは閉まっておかなければならない。

 

 もし私が彼を好きになってしまったら。心の底から彼を愛することになるとしたら。

 きっと、周りのことが見えなくなってしまう。霊夢も魔理沙も見えなくなって、ずっと八幡だけを見てしまう。八幡だけを。

 

 お願いだから、これ以上私を戸惑わせないで。

 私が貴方を好きになったら、きっと貴方は今まで通りに過ごすことが出来なくなってしまう。

 

 これからも、クラスメイトとして、友人として共にいましょう?

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっと俺の出番か…」

 

 二ッ岩もプリズムリバーも終わり、F組で残るは俺だけだった。スタートの位置に着き、俺は準備をする。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 借り者競走、第4走目が開始。勢いよくスタートを切って、散らばった紙を拾う。そこに書かれていたお題とは。

 

『金髪の綺麗な若い女性※ただし、この学校の教諭を連れて来ること』

 

 何この限定的なニーズが書かれたお題は。

 というかちょっと待て。金髪で学校の教諭?

 

「ふふふ……」

 

 あの校長、このお題を拾った生徒に綺麗で若い女性だと思わせたかったのか。自分はアラサーじゃないって言いたいのかあの校長は。そこまでして若く見せたいか。

 

 しかし、残念だったな八雲紫校長。この東方学院には、あんたより若く、かつ金髪の女性がいる。

 

 だから俺が選ぶとすれば、あの人だ。

 

「先生、ちょっと来てください」

 

 俺はお題に当てはまる先生を見つけ、判定係の八雲紫校長の目の前に向かう。そして、お題の紙を提出する。

 

「…俺はこの人でも当てはまると思うんですが。そこんとこどうなんですかね?」

 

「まさか主人を差し置いて選ばれるなんて……。さぞかし、気分は良いでしょう?ねえ、藍?」

 

「ゆ、紫様…」

 

 そう。金髪で綺麗で、若い教諭は何も校長だけではない。

 側近の八雲藍先生。俺からすれば、金髪で綺麗で、なんなら校長より若く見えるのだ。

 

「ひ、比企谷っ。何故私なんぞを…」

 

 八雲先生は俺に耳打ちをして、連れて来られたことに対しての文句を言い始める。

 

「や、このお題八雲先生に合ってると思ったからなんですが」

 

「それはそのっ、そう思ってくれているのは嬉しいのだが……。紫様の表情が…」

 

 自分よりも下の立場の八雲先生が選ばれたことに、顔を引き攣らせていらっしゃる。

 

「…まぁ、一応お題に沿ってるからお題はクリアよ。チッ」

 

 だから舌打ちは校長としてどうなんですかね。

 

 俺はゴールに向かって走るも、既に1位2位の人間がいた。俺より早く、お題をクリアした人間が。故に、俺は3着でのゴールとなった。

 

「…まぁ、可もなく不可もなくってところか」

 

 最下位じゃないからまだマシだろう。6位中の3位であるなら、俺からすれば上出来だ。というか、無駄にスペックが高い女子が多いんだよこの学校。

 

 これにて1年生の借り者競走が終了。続いて2年生、3年生の借り者競走が終えていく。終わった俺達は退場し、急いで入場門へと向かう。

 

 何故なら次の種目は。

 

『続きましては、1年生による学年種目、台風の目です』

 

 1年生学年種目の台風の目。一本の長い棒を4人が持って、決められたコースを走る種目。コースの途中にはコーンが設置されており、そのコーンを中心に一回転する決まりになっている。

 

 1クラス22人。こちらは欠席して21人なので、誰か3人はもう一度走らなければならない。

 俺のクラスの台風の目の組み合わせは、こうだ。

 

 1走 物部 二ッ岩 奥野田 蘇我

 2走 鈴仙 プリズムリバー 火焔猫 霊烏路

 3走 博麗 マーガトロイド 十六夜 霧雨

 4走 秋静葉 秋穣子 赤蛮奇 今泉

 5走 マエリベリー 宇佐美 クラウン 黒谷

 6走 物部 二ッ岩 比企谷 蘇我

 

 この順番と組み合わせで走ることになる。余った俺がアンカー的な扱いになったわけであるが、別に悲しむことはない。俺が余るのはいつものことだ。

 とはいえ、4人で並んでる後ろに1人でポツンと待機してるのは目立つんだよな。

 

『ではこれより、台風の目を行います。…位置に着いて。よーい』

 

 パァン!と発砲音が鳴り響くことで、台風の目が開始された。

 コースの中にコーンが3つあり、1つは右回り、2つ目は左回り、3つ目はまた右回りと、その通りに走らなければならない。

 

 戦況を見た感じ、悪くはない。が、かと言って1位や2位では無さそうだ。

 第1走目の物部達が戻って来て、端を掴んでいる物部と蘇我が棒を低くしながらこちらに走って来る。その棒に当たらないように、次々と飛んでいく。そして最後の人間、つまり俺が飛び終えると、物部と蘇我が前に向かって、第2走目の鈴仙達に託す。

 

「どうじゃ!我らの走りは!」

 

「どうもクソもねぇだろ。現在4位のままで走り終えた私達に褒めるとこ一個もねぇだろ」

 

 君達、本当仲良いですね。というかこのクソ暑い中、物部は元気だな。立ってるだけで暑いってのに。

 

「お、どうやら2組抜かしたようだぞい」

 

 二ッ岩が指差す先には、先程よりやや早くコースを回る鈴仙達の姿が。どうやら現在2位のようだ。2位をキープしたまま、こちらに走って来る。最後尾まで回って、そして次に走る博麗達に。

 

『速い速い!F組、怒涛の勢いでコースを回る!』

 

 依然、順位は変わらない。時折1位になったりするが、すぐさま2位に下がったりと、白熱した展開を広げる。

 そして最後。順位は変わらないまま、俺達に棒が渡る。

 

「さぁ行くぞ!」

 

 物部の掛け声で俺達は走り始める。右回り、左回り、右回りとコーンを回り回っていく。目が回りそうだこれ。

 

「1位との差が近ぇ!ラストスパートだ!」

 

 後は直線を走るだけ。俺達は全速力で走り、列に突っ込んでいく。真ん中に配置された俺と二ッ岩が散らばり、端の物部と蘇我が後ろまで棒を運んでいく。

 そして棒を先頭の組の前に置いて、後ろへ一気に走って滑り込む形で座る。

 

「どうなった…!?」

 

 蘇我が順位を確認する。少なくとも、上位に躍り出ていることは確かだ。が、俺達が1位なのか、それとも差が縮まっただけか。

 他のクラスも次々とゴールして、地面に座り込んでいる。

 

『終了!台風の目決着です!』

 

 さて、1位なのか。それとも2位なのか。

 

『ではまず、第1位は………C組です!』

 

 どうやら、1位はC組、つまり魂魄や射命丸がいるクラスのようだ。

 

『続く2位はF組!』

 

 2位…か。とはいえ、上位だけでも誇れる順位だ。

 1位、2位と次々と順位が発表されて、台風の目が終了する。退場した俺達は、席に戻り、次のアナウンスの指示を待つ。

 

『ではこれより、昼食時間に入ります。午後の部が始まるのは1時半からです。各自それまでに昼食を済ませてください』

 

 昼休みのアナウンスが入った。現在時刻は12時ジャスト。昼飯時だ。

 食堂で済ます者、観客席で食べる者、保護者と一緒に過ごす者、人それぞれだ。

 しかし、俺は体育祭だろうがなんだろうが、ベストプレイスで食べることに決めている。さて、さっさと向かって…。

 

「ちょ待てよ」

 

 霧雨が俺の肩を掴んで引き止める。何お前どこのキムタク?

 

「いっつも八幡ってどっか行って一人で食べるけどさ、今日ぐらいは一緒に食べようぜ?」

 

「いや、別に俺いらんだろ。勝手に食っとけよ」

 

「…八幡は、私達と一緒に食べたくないのか?」

 

 と、悲しげな表情で俺の顔を窺う霧雨。

 あざとい、と一蹴したいのだが、これが彼女の素。悲しげな表情であるなら、悲しんでいるということだ。

 

 卑怯なことこの上ない。

 

「…分かったよ。別にここで食べたくない理由もないしな」

 

 霧雨の訴えに折れてしまい、俺は席に着く。

 一緒に食べているのは霧雨だけでなく、博麗やマーガトロイドが共に席に着いている。

 

「雨の日しかあんたが食べてるところ見たことないけど、いつもパンとその缶コーヒーよね」

 

「たまに妹が弁当作ってくれるけどな。大体はこれだけで済むし、安上がりだ」

 

 パン2つで腹持ちが良いのだ。パンではなく、おにぎりを買う時もある。つまりコンビニの安く手軽な物しか買っていない。

 そしてマッカン。なんならこれが主食と言っていい。というかマッカンが主食じゃないとかほざくやつ、本当に千葉県民か?

 

「八幡さん」

 

「げ」

 

 ただでさえ暑くて精神的に参ってるのに、そこに射命丸が来ちゃったらもう世紀末じゃん。

 射命丸は俺に対して手招きする。どうやら、博麗達の中に入って話したくないのだろう。俺は渋々腰を上げて、射命丸の方に歩み寄る。

 

「わざわざ呼びつけて、なんなんだ」

 

「死刑確定の時が近づいてる今の貴方の気持ちが知りたくてね。どう?私の犬になる覚悟は出来た?」

 

「してねぇな。つかお前こそ、負けたら二度と関わって来ない約束、忘れんなよ」

 

「大丈夫よ忘れても。どうせ私、勝つから」

 

 なんでこいつってこんな死亡フラグみたいなの立てるわけ?大丈夫?負けた時枕に顔埋めて暴れ狂うことにならない?あ、それ俺の話か。

 

「精々残る平和な時間を怯えながら過ごすといいわ」

 

 そう吐き捨て、射命丸はどこぞへと去っていく。

 えっ今の話の流れいる?あいつ何しに来たの?言われないでも覚えてるんだけど。そんなに煽りたかったの?

 

「…とはいえな…」

 

 小野塚先輩との練習の最中に、俺は射命丸の走りを見た。確かに、全国でも通用しそうな速さであった。あれが新聞部なのがわけ分からん。

 

 いや、本当に負けそうだね。これ。

 

 



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これにて、彼と彼女らの祭りは幕を閉じる。

 

 体育祭、午後の部。応援団による応援合戦から始まった。それが終了し、次は2年生による騎馬戦が始まった。

 

「いただき!」

 

 騎手である小野塚先輩が、相手の額に巻かれている帯を引ったくる。あれでもう3本目だ。

 

「大漁大漁!」

 

 一方で、村紗先輩を乗せた騎馬も序盤から帯を奪っている。奪った帯を掲げて高らかに笑う。

 

「盛り上がってるわね〜」

 

 と、欠伸をしながら眺める博麗がそう呟く。次の対抗リレーまで暇なのか、退屈そうにしている。

 

「次は確か棒引きだったよな…」

 

 棒引きに出場するのは、物部、蘇我、火焔猫、そして霊烏路だ。なんかすごい組み合わせだ。

 

「それが終われば、次は200m走ね」

 

 射命丸との勝負を着ける200m走。負けたら俺の学園生活はその時点で終了する。内容が内容だけに負けられないし、小野塚先輩に付き合ってもらった借りがあるからな。

 

 思い返せば、今までの運動会や体育祭で、俺がここまで本気になるなんて初めてなのではないか。元を辿れば、俺が地雷を踏んだ結果なんだけどね。

 

「緊張してるの?」

 

 俺の様子を見て、心配そうに窺う十六夜。

 

「緊張というより後悔かもな。ちょっと今時間を巻き戻す方法を考えてた」

 

「ドラえもんがいないから無理ね」

 

 知ってる。逆にいたら捕獲してるっつの。

 そんな下らないことを考えていると、あっという間に時間は過ぎていく。騎馬戦が終了すると。

 

『200m走に出場する生徒は、入場門に集まってください』

 

 遂に200m走の呼びかけがかかる。今から始まるのは棒引きだが、これが終わると200m走だ。

 

「よっし!頑張ろうぜ八幡!」

 

「…おう」

 

 気合いを入れた霧雨に対して空返事。

 緊張より不安が勝っている。期末試験じゃ俺の得意分野だったから、負けない気でいたし、実際負ける気がしなかった。

 しかし、身体能力じゃ射命丸が上手だ。足の速さは半端じゃない。「そんなん出来ひんやん普通」って言いたくなる。

 

 200m走に出場する俺、霧雨、そしてもう一人、長いストレートの黒髪の女子は入場門前にて、前の種目の棒引きを観覧している。

 棒引きに出ている物部達が気になって見ているというより、心を落ち着かせるため。「負けたらどうする」という不安がよぎっているため、こうして他に集中させて落ち着かせている。

 

 そうでもしないと、ノイローゼにでもなりそうだ。それともストレスで禿げそうだ。いっそそっちの方が清々しいだろうな。

 

「…はぁ…」

 

「…さっきから顔色悪いけれど、大丈夫?熱中症にでもなったの?」

 

 と、黒髪ロングの女子が心配する。誰だっけこの子。名前忘れたんだが。

 

「…顔色悪いのは元からなんでな。気にする必要ねぇよ」

 

「それは気にしなきゃダメじゃないのかしら」

 

 誰だか知らんけど、これがデフォルトなんだ。気にせんでくれ。

 

『決着!3年生による棒引きは、白組の勝利!』

 

 どうやらああだこうだ考えているうちに、3年の棒引きが終了。

 棒引きのプログラムが終え、出場した生徒達は退場門に向かって走って行く。

 そして、一人残らず退場して行くと。

 

『次のプログラムは、200m走です。選手入場です』

 

 入場の音楽が鳴り始め、それを合図に入場門からグラウンドへと入場する。その行進の一歩一歩が、俺の鼓動を早くしていく。

 グラウンドのレーンの内側に入り、第1走目の走者が各レーンに位置に着こうとしている。F組からは霧雨だ。他のクラスからも、きっと足に自信がある猛者をぶつけてくるに違いない。

 

 例えば、E組のレーン。背の高い長い赤髪をした女子で、どっかで見たことあると思ったら紅魔館の眠れる門番、紅美鈴がいる。門番と言うからには、侵入者撃退の術を持ち合わせているだろう。

 

 つまり、それ相応の身体能力があるということだ。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 開始と同時に地面を蹴って走り始める。6レーンの中で目立つのはこの二人。

 霧雨と紅だ。霧雨のスペックの高さは体育で知っているが、紅に関しては身体を動かしたところを見たことがない。故に、霧雨と同等の速さで走る紅に少し驚いている。

 

『E組紅美鈴とF組霧雨魔理沙のデッドヒート!先にゴールするのはどちらか!』

 

 この二人がなんで体育会系の部活に入っていないのかと疑問に思うくらいの身体能力の高さ。火花散る二人の200m走、どちらに軍配が上がったのか。

 

『ゴォール!接戦を演じ、その果てに1位に躍り出たのは!F組霧雨魔理沙!』

 

「よっしゃあぁー!!」

 

 霧雨は嬉しそうにガッツポーズする。2位の紅は悔しそうではあるが、霧雨に対して拍手し、賞賛している。

 

「…凄ぇな」

 

 霧雨や紅も十分速い。というか、普通に考えてあいつらに勝てる気がしない。なのに、それ以上の速さを誇る射命丸と勝負。マジ無理ゲー。負けイベントもいいところだ。

 

 次は第2走目。さっきの髪が長い女子が走るようだ。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 発砲音と同時に、彼女は駆ける。まるで獲物を狙う狼のように、やや低い姿勢で颯爽と走りゆく。

 

『速い速いッ!今泉影狼!狼を連想させる走りで、地を駆けて行く!』

 

 どうやらこのまま1位を取る…と思いきや。

 

『A組の犬走椛(いぬばしり もみじ)!F組の今泉を抜き去って1位に躍り出たぁ!』

 

 白いショートの髪に白い肌、赤い瞳。アルビノを思わせる容姿をした女子が、今泉とやらを抜き去る。

 

『犬走!そのまま1着でゴール!今泉、惜しくも1位を逃しました!』

 

「くッ…」

 

 今泉は惜しくも2着。とはいえ、2着でも十分誇れる戦績だ。

 俺なんて、1位になれる気なんてしない。

 

「さぁ。私と貴方、どちらが優れているか見せてあげるわ」

 

 射命丸は余裕綽々といったところだ。対する俺は、彼女の軽口にすら返さず、心を鎮めるために深呼吸しながら、俺が走るレーンの位置に着く。

 

「頑張れよ、八幡!」

 

 先に終わった霧雨が俺を応援する。俺は彼女の応援に頷き返し、いつピストルが撃たれても大丈夫なように準備し始める。

 

「…ふぅ…」

 

「位置に着いて!」

 

 いよいよ始まる。俺の学校生活を懸けた、運命の一戦が。

 

「よーい…」

 

 刹那。スターターピストルによる発砲音が鳴り響き、それを合図に一斉に走り始める。

 悪くないスタートを切った…が。

 

『速い速い!C組射命丸文!快速を飛ばしてゴールを目指す!』

 

 やはり射命丸の独壇場。

 しかし、こちらとて負けられない理由がある。

 

「くッ!」

 

『おっとしかし!F組の比企谷八幡が彼女を追う!』

 

「へぇッ、そこそこ速いじゃないの!」

 

 未だに余裕の笑みが崩れない射命丸。その射命丸は、コーナーに差し掛かる。コーナーさえ走り切れば、ゴールは目前だ。

 

 しかし。

 

「ぁあッ!」

 

 コーナーの途中で躓いたのか、射命丸が勢いよく転んでしまう。

 

『あぁ!射命丸文、コーナーで躓き転倒!』

 

 射命丸に悪いが、追いつくチャンス到来だ。今なら抜かせる。そう思ったのだが。

 

「ぅぐ……うぅ…」

 

 射命丸の様子がおかしい。左足首を抑えて蹲っている。まさかさっきのは躓いたんじゃなく、挫いたのか?

 

「くッ…」

 

 射命丸がゆっくりと立ち上がろうとするが、左足が痛むのか、再び跪いてしまう。

 コーナーに入り、射命丸に追いついた俺は、彼女の安否を尋ねる。

 

「おい、お前…」

 

「うるさい…!さっさと、行けばいいじゃない…」

 

 どうやら彼女は、試合を諦めたようだ。今から走れば余計に悪化することを悟ったのだろう。

 なら俺は、こいつを放置してゴールに向かえば、こいつとの勝負は俺の勝ちになる。つまり、射命丸の奴隷にならずに済むのだ。

 

 済む、のだが。

 

 それでいいのか?

 少なくとも、こいつは正々堂々と勝負をした。卑怯な手は一切使ってない。これで勝って、学校生活を守って、それでいいのだろうか。

 射命丸を放って置いてまで得た勝利に、俺は罪悪感を感じないのだろうか。勝ったことに、誇れるのか。

 

 世の中、結果が全て。汚かろうがなんだろうが、結果が優れている者が賞賛を浴びる。

 そのことに対して、俺は間違ってはいないと思っている。人間、勝つために手段を選ばない。言い換えれば、勝つための努力を惜しんだということなのだから。

 

 だが。

 目的のために直向きに頑張った人間が報われないなんて、俺は嫌だ。

 

「…クソッタレが」

 

 こんなこと、俺のキャラじゃないっつの。バカバカしい。

 心の中でそう呆れながら、俺は射命丸の隣にしゃがみ込む。そして、彼女の左腕を俺の首の後ろに回す。

 

「な、何してるのよ…」

 

「見りゃ分かるだろ。ゴールに連れて行くんだよ」

 

「貴方バカなの?そんなことして、私に恩を売ったつもり?」

 

「別にお前が気にする必要はねぇよ。これは自己満足だ。お前を放置してゴールしても、勝った気にならないだけだ」

 

 我ながら酷い言い訳だ。現文試験満点の人間が言う文じゃねぇなこりゃ。

 

「痛むか?」

 

「痛いに決まってるわよ…」

 

 射命丸をゆっくり立ち上がらせて、左足に負担が掛からないように歩速をゆっくりにする。

 そんなこんなしてる間に、他のクラスはとっくにゴールしていた。

 

「…なんでこんなバカバカしいことするの。貴方が勝てば、私は貴方に金輪際近づかないのに。私の奴隷にもならずに済んだのに」

 

「この場合じゃ勝敗は着かない。両者共に最下位で引き分けだ。つまり、賭けも引き分け。互いに命令が出来ない。だから別にこの結果でも良いと、俺は思ってる」

 

 金輪際近づくなという命令より、俺は俺の学校生活を守りたかった。負けていれば、二度と平穏な学校生活が送れなかったからな。だから引き分けでも俺は良いと思っている。

 小野塚先輩には悪いが、後で土下座しよう。折角練習に付き合ってもらったというのに、結果が芳しくなかったからな。

 

「…変な人間」

 

「ほっとけ。世の中大体変な人間が多いんだよ」

 

「…それもそうね」

 

 そのままゆっくり射命丸を連れて歩き、そしてゴール。途端、四方八方から拍手が送られる。

 

「比企谷くん、彼女を」

 

 グラウンドに、保健医の八意先生がやってくる。射命丸を八意先生に預けて、俺は最下位の列に並ぼうとした時。

 

「…次は負けないから」

 

 背中越しで彼女はそう告げ、八意先生に連れて行かれた。

 

「…次なんてやりたくねぇよ」

 

 射命丸との勝負はこりごりだ。やっとの思いで引き分けになったんだから。

 俺は小さく呟き、最下位の列に並んだ。

 

 あー疲れた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…捻挫ね。体育祭が終わった後、永遠亭に連れて行くけれど。それまでは保健室で足を休めなさい」

 

 私とあろう者が、たかだか200m走ごときに足を負傷させてしまうなんて。準備運動は怠っていなかったのに。

 

「…彼、優しいわよね。自分が不利になっても、負傷した貴女を心配するのだから」

 

「…変な人間ですよ。あれは」

 

「変、ね。確かに彼に当てはまる言葉ね」

 

 何やらクスクス笑っている。今の何が面白かったのだろうか。

 

「…でも、変な人間でも。彼はとても優しい子なのよ。自分よりまず他人を優先して動くなんて、中々出来ないわ。人間、自分が大切なのだから」

 

「…そうですね。あれの優しさに充てられたから、F組の一部の人間は彼の周りに集まるんでしょうね」

 

「異性が彼だけだからというのもあるけどね。女って生き物は、上っ面の優しさじゃなく、心から心配してくれる人に弱いのよ。彼みたいに、捻くれて文句言いながら助けたりね。あれが下心あるかないかは小学生でも分かる」

 

 癪だが、確かにあの人間は優しい。

 

 文句は言うし、悲観的だし、人を知ったような口振りをする。でも、彼の心は誰かに寄り添える優しさを持っている。不器用ながらも、誰かに寄り添える優しさが。

 

 その優しさを充てられた彼女達は、今度は「自分だけを見て欲しい」と思い始めるのだ。彼独自の、捻くれた優しさを独占したいのだ。

 

「もし歳が近かったら、アプローチしていたかもね。私」

 

「…私は興味ありませんよ。彼を意識するわけがない。周りみたいに狂うほど、私はバカじゃない」

 

 そう。あんな人間を誰が意識するか、バカバカしい。ちょっと優しくしてもらっただけで、私は彼を好きになどならない。

 

 弱い人間に、興味はない。

 

「まぁ貴女の価値観だからね。否定はしないわ。けれど、少なくとも彼は貴女に対してあの時、善意を持って手を差し伸べた。それだけは、分かってあげて」

 

 …まぁ、優しくしてもらって悪くはなかったけど。だがあんなのは、誰に対してもやるようなことだ。いちいち勘違いするわけがない。

 

 比企谷八幡、か…。本当、変な人間。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お疲れ様」

 

「悪かったな。1位取れなくて」

 

 観客席に戻った俺は、真っ先に謝った。

 

「いいわよそんなの。誰も貴方を責めやしないわ」

 

「中々カッコいいことしてくるじゃねぇか。私はああいうの、嫌いじゃないぞ」

 

「うむ!やっぱり八幡は優しいのじゃ!」

 

 どうやら誰も気にしていない様子だ。最下位になったというのに顔色変えずに許すなんて、どいつもこいつもこころが広いな。

 

「それより、始まるわよ。全学年種目の対抗リレー」

 

 マーガトロイドの言葉で、俺達はグラウンドに視線を向けた。F組から出場するのは、鈴仙、十六夜、霧雨、そして博麗だ。スペックが高いあいつら4人なら、1位を取ってもおかしくはない。

 

 他クラスで俺が知っている人物が出場してるのは、C組からは魂魄、E組からは紅、B組からは姫海棠だ。

 2年の部では、小野塚先輩、ナズーリン先輩、村紗先輩が出場している。3年の部は、風見先輩、寅丸先輩だ。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 発砲音と共に、1年の部のリレーが開始した。いち早く飛び出したのは、鈴仙だ。

 

『F組鈴仙速い!あっしかし、D組の水橋(みずはし)パルスィが何やらぶつぶつと呟きながら追いかける!妬ましいのでしょうか!?』

 

 何がだ。何が妬ましいんだ。

 

『1位のF組、第二走者の十六夜咲夜にバトンが渡った!F組に続き、他のクラスも次々と第二走者にバトンを渡す!』

 

 未だに1位はF組。いや、本当に強いなうちのクラス。

 

『1位は依然F組!しかし、2位が入れ替わってB組に!姫海棠はたて、十六夜咲夜の後を追う!』

 

 あまり話した事のない姫海棠。だが、意外にも彼女もスペックが高いようだ。とはいえ、十六夜にはまだ及ばない。

 

『F組、十六夜咲夜から第三走者の霧雨魔理沙にバトンが渡った!』

 

「いっくぜぇーッ!」

 

『F組霧雨魔理沙の独壇場!おっとしかし、背後からA組の清蘭(せいらん)がすごい勢いで他を抜き去り、F組に迫る!』

 

 青髪を二つおさげにして纏めた女子が、徐々に霧雨との距離を詰める。

 

『F組遂にアンカーにバトンが渡る。次にA組がアンカーに!』

 

 F組のアンカーは、博麗だ。A組は、先程200m走に出場していたアルビノっぽい女子だ。

 

「せやあぁぁッ!」

 

『C組アンカーの魂魄妖夢!凄まじい勢いでF組、A組との距離を詰めていきます!いやしかし!E組紅美鈴も恐るべき快速で後を追います!』

 

 1位はF組だ。しかし、先程のように圧倒的な差が無く、徐々に距離が縮まって来ている。C組、E組も遂にA組と並ぶ状況に。

 

『まさにデッドヒート!この戦いに勝利し、栄冠を掴み取るのは一体誰なのか!?』

 

 白熱の対抗リレーも、そろそろ終わりが来る。実力が拮抗したこの対抗リレー。1位に輝いたのは。

 

『ゴォール!序盤から1位を独占し、栄冠を掴み取ったのはF組です!!』

 

 このリレーを見て思ったのだが、普通にやったら間違いなく射命丸に負けてたなマジで。

 射命丸の速さは博麗や霧雨をも凌ぐという。あいつら2人も陸上部に入ったら全国で間違いなく活躍出来るレベルなのに、それ以上の速さを誇る射命丸は最早人間なのだろうか。妖怪か何かじゃないのだろうか。

 

「…文がアンカーにいたら、C組が勝っていたのかもね」

 

 マーガトロイドがそう呟く。

 

 射命丸は先程のアクシデントで保健室にいる。おそらく対抗リレーにもエントリーしていたのだろうが、捻挫で走れないので代わりにアンカーが魂魄に変わったんだろう。

 とはいえ、魂魄は魂魄で十分速かったし、結果的にC組は3位だ。アンカーとしての役目は努めていただろう。ただ、あの面々の中では、博麗が速かった。としか言いようがない。

 

『続きまして、2年の部の対抗リレーを行います!』

 

 2年制達が指定されたレーンに着き、走る準備を行なっている。村紗先輩、ナズーリン先輩は最初に走るようだ。それぞれ別クラスだったのか。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 2年の部の対抗リレーが開始された。一番速く目立つのは、村紗先輩だ。ナズーリン先輩も速く見えるが、村紗先輩の方が速く見える。

 

『C組村紗水蜜!1位のまま、今第二走者にバトンを渡す!』

 

 どのクラスも走力のレベルが高い。接戦を演じ、遂にアンカーにバトンが渡る。

 

『2年の部もいよいよ大詰め!果たして1位に輝くのは誰か!』

 

 すると、1番ビリのクラスが勢いよく次々と他クラスのアンカーを抜き去って行く。

 

『は、速い!2年A組小野塚小町!最下位から一気に順位が上がっていく!』

 

「…カッケェな…」

 

 思わず呟いてしまう程、小野塚先輩の姿は輝いていた。あんなん男女関わらず惚れるんじゃないだろうか。

 

『小野塚小町!1位だったB組を抜き去り、そのままゴールに一直線!そして!』

 

 ゴールテープを切り、1着となる。

 

「へへっ、どんなもんさ!」

 

 えっ待ってなんであんなカッケェのあの人。マジで惚れそうなんだけど?大丈夫?惚れて玉砕するまでの未来が見えちゃったんだけど?

 

『これにて、2年生の部は終了します。続きまして、3年生の部を開始します』

 

 3年は風見先輩と寅丸先輩が出場しているが、どうやらどちらもアンカーを任されているようだ。

 

『第一走者の生徒は、指定されたレーンに着いてください』

 

 アナウンスの指示で、レーンに着く。深呼吸する者、瞑想する者、様々な思いが交差する対抗リレー。

 

「位置に着いて!よーい…」

 

 ピストルの発砲音が勢いよく鳴り、それを合図に一気に走り出す。

 

『さぁ始まりました!対抗リレー3年の部!1位はE組の、牛崎潤美(うしざき うるみ)!闘牛を思わせる走りで、第二走者のいる位置を目指します!』

 

 3年の対抗リレー。それは先程の2年の部とは比べ物にならなかった。小野塚先輩でさえ速く見えたというのに、彼女達はそれ以上を見せつける。

 

『E組ここで第二走者にバトンをパス!しかし、続くF組もバトンを渡します!おっと!ここで3位のB組がE組、F組を抜き去ります!B組のヘカーティア・ラピスラズリ!そのまま第三走者の位置目掛けて走る!』

 

 すんごい名前だな。苗字が宝石の名前て。

 

『すごい激戦です!意地でも負けられないという思いの強さ故でしょうか!』

 

 対抗リレーも、いよいよ最終局面へ。本当に盛り上がるのは、ここからだろう。

 

『B組のアンカー純狐(じゅんこ)!今バトンを受け取りゴールを目指します!あっいや、しかし!ここでC組のアンカー風見幽香が勢いよく迫る!』

 

 B組とC組の一騎打ちのように見えるが、他のクラスもそう甘くはないようだ。

 

『A組寅丸星もバトンを受け取り、1位を目指して駆け抜けます!しかし、E組のアンカー吉弔八千慧(きっちょうやちえ)も負けていません!』

 

 どのクラスもトップレベルを誇る速さだ。誰が1位になったっておかしくないほどの。

 

 その強者の中で、1位に躍り出たのは。

 

『ゴォール!!3年の部!1位に輝いたのは、C組の風見幽香!!』

 

 1位を取っても尚、風見先輩は凛とした佇まいをしている。まるで、最初から勝つことが分かり切っていたように。

 

「すごい盛り上がりだったわね……見ていて心が踊らされるようだったわ」

 

「…そうだな。凄かった」

 

 博麗も霧雨も、小野塚先輩も風見先輩も。まさに体育祭の目玉競技と言っても過言ではない。

 

「次で最後のプログラムか。3年生によるダンスだとよ」

 

「だんす、と言うと演舞のようなものか?」

 

「まぁ認識としちゃ間違っちゃいねぇけど…」

 

 そういえば、3年が何を踊るのか知らないな。ダンスをすることしか知らなかったし。

 

「おーっす!」

 

「おう、お疲れ」

 

 リレーに出場していた霧雨達が戻って来た。

 

「悪かったな。200m走、いらんことして」

 

「あぁ、あれか?そんなの気にすんなよ!むしろ良いことしたんだし、誇って良いと思うぜ?」

 

「…ならいいんだが。後ろの博麗には思いっきり睨まれてるんだけどな」

 

「…別に。結局助けるあたり、あんたは他人に甘過ぎるのよ。バカみたい」

 

 博麗はそう突っぱねるような言い方で、自分の席に座って水を飲む。

 

「まぁ、終わったことだからいいでしょう。それより、今から3年生のダンスが始まるわよ」

 

 十六夜が話を終わらせて、グラウンドを指差す。

 

 するとグラウンドには、ほんの少し露出のある着物を着た3年が立っていた。グラウンドのレーンに内側に沿って、観客と目が合うように長い円になって待機している。20人6クラスだからか、一人一人の距離感が大きい。

 その上、偶然なのかどうかは分からないが、目が合う程度の近い距離に、四季先輩がいる。

 

『これより、3年生により集団舞踏を行います。観客の皆様、盛大な拍手をお願いします』

 

 今から踊る3年生に、拍手が送られる。そして観客からの拍手が鳴り止むと、音響機器から音楽が流れ始める。その音楽を合図に、3年生達の踊りは始まった。

 

 何の音楽は分からないが、少なくとも最近流行りの曲では無さそうだ。しかし、不思議と音楽と踊りが合っている。キレがあり、少し艶めかしい踊り。

 

『おいでませ 極楽浄土』

 

 どうやらサビに入るようだ。

 

『歌えや歌え 心のままに

 アナタの声をさぁ聞かせて

 踊れや踊れ 時を忘れ 

 今宵 共に あゝ狂い咲き』

 

 分からない音楽なのは依然変わらない。だが、四季先輩達の踊りに魅了されてしまうのも事実。

 四季先輩だけでなく、風見先輩、寅丸先輩、レミリアお嬢様。別々のところで踊っているが、彼女達の一挙手一投足に魅入ってしまう。

 

 乱れる髪、艶めかしく動く身体、暑さ故の汗。それらが渾然一体となり、周りを魅了していくのだろう。

 

 普段、情緒が不安定な四季先輩が、今では凛々しく見えてしまうのだ。

 

『ゆきましょう 極楽浄土』

 

 音楽的に、どうやらラストスパートのようだ。

 彼女達は最後の1秒まで全力で踊り、そして最後には音楽が終わると同時に決めポーズ。

 その瞬間、グラウンドは大きな歓声と拍手に包まれた。霧雨やマーガトロイドも拍手を送っている。十六夜なんて、所々で赤面してたけど。

 

『これより、閉会式を行います』

 

 3年のダンスが終わり、閉会式が始まる。空はまだ青いが、夕焼けに差し掛かろうとしている空模様だ。

 

『では校長先生から、結果の発表をしてもらいます』

 

 マイクを持った八雲紫先生が壇上に立ち、口を開く。

 

『ひとまずはお疲れ様。校長の長ったらしい話は聞き飽きてると思うから、さっさと発表するわね。…第88回東方体育祭。優勝は…』

 

 赤か白か。どちらに軍配が上がるのか。

 

『赤組よ』

 

 その瞬間、赤組に属するクラスは歓喜の声を上げる。

 

「まぁ当然よね」

 

 前にいる博麗はクールにそう言う。対して、霧雨なんてもうお祭り騒ぎもいいところだ。

 

『僅差だったわ。白組が勝ってもなんら不思議では無かった。それほどまでに、両組共に実力が拮抗していたわ。今年も素晴らしい体育祭だったと、言い切れる』

 

 なんだか今日一日が長く感じた。けれど、あっという間だった気もする。これが長いようで短い、という言い回しだろうか。

 

『続きましては、生徒会長の閉会式の挨拶です』

 

 次は、四季先輩がマイクを持って壇上に立つ。

 

『お疲れ様でした。どの学年も、どのクラスも精一杯頑張ったことでしょう。楽しかったこと、悔しかったこと、それぞれ思うことはあると思います。しかし、それはこの体育祭に対して全力で取り組んだ証明でもあります』

 

 四季先輩の話に、全校生徒は耳を傾ける。

 

『こういった感情や経験は、皆さんの唯一無二の宝物になるでしょう。私もこの思い出を一生忘れません』

 

 俺は目を見開いた。四季先輩の声に何の異常も無かった。なのに、彼女の瞳から涙が溢れている。

 

『私達は今年で最後の体育祭ですが、これから先、東方学院の後輩が東方体育祭を盛り上げてくれることを私は信じています。最後になりましたが、私達の勇姿を最後まで見届けてくれた保護者と教諭に感謝の、そして私達には努力した自分自身への、拍手を送りましょう。本当に、お疲れ様でした』

 

 四季先輩が壇上で頭を下げると、再びグラウンドは拍手に包まれる。今の四季先輩の言葉に影響したのか、涙ぐむ人もチラホラ。

 というかなんだろ。なんか俺まで泣きそうになって来たんだけど。俺ってばもしかして涙脆かったりするのん?

 

『これにて、第88回東方体育祭の閉会式を終わります。生徒の皆様、お疲れ様でした』

 

 閉会式が終わり、俺達は自分の席を教室に戻すために観客席に戻った。

 

「なぁなぁ!みんなで集合写真撮ろうぜ!」

 

 と、霧雨がスマホを取り出してそう提案する。

 

「…そうね。クラスの集合写真なんて、滅多に撮れるものじゃないし」

 

 マーガトロイドや、他の面々も霧雨の提案に賛同する。

 

「じゃあ、私が撮りましょうか」

 

 担任の稗田先生が現れて、そう名乗り出た。

 

「先生も折角だし、一緒に映ろうぜ!」

 

「…えぇ。喜んで」

 

 先生を含めた集合写真を提案する霧雨。稗田先生は柔らかい笑みで頷き、近くにいた他の先生に霧雨のスマホを渡す。

 

「華扇さん。写真撮っていただけますか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 華扇と呼ばれる先生がスマホを受け取り、横に持って俺達に向ける。

 

「ほら八幡!お前も前に来いって!」

 

「え、嫌なんだけど。後ろあたりでいいんだけど」

 

「あんたの場合心霊写真になるでしょうが」

 

「人の存在感の無さを揶揄しないで?」

 

 霧雨や博麗が前に座り、その間に俺が座り込む。霧雨の左隣にはマーガトロイド、博麗の右隣には十六夜や鈴仙がいる。俺の後ろには、火焔猫や霊烏路や物部が立っている。

 

「ちょっと?」

 

「?なんだ?」

 

「や、ナチュラルに肩に手ぇ回してる件について」

 

「いいじゃねーか!なっ!」

 

 余計に力を入れる霧雨。汗かいてる筈なのに、こいつなんで良い匂いすんの?

 

「で、お前は何してんの?」

 

 俺の隣は霧雨だけじゃない。逆サイドには、博麗が座っている。だけならまだ良いのだが、こいつは俺の頬を引っ張っている。

 

「良いじゃない。耳から頬に変わったんだから」

 

「どっちも対して変わらんし。つか痛い」

 

 何が良いのだろうか。暑さのせいで頭がイカれてしまったのだろうか。

 

「それじゃあ撮るわよ。ハイ、チーズ」

 

 その掛け声で、俺達は顔をスマホに向けた。何枚か写真を撮ってもらい、撮影に使ったスマホを霧雨に返した。

 

「…良い写真ですね」

 

 彼女のスマホを、次から次に覗き見る。

 確かに、思ったよりかは悪くない。博麗の仏頂面も、霧雨の朗らかな笑顔も。

 

 こうして集団で写真を撮るのは、思いの外悪くない。

 

「あんたやっぱ目腐ってるわね」

 

 ただし、俺の写真映りは想定していた通り、普通に悪いのだ。

 

 




 東方×ダンスってなったら割と使われる音楽の一つだと思ったのが『極楽浄土』でした。


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彼女との再会は間違っている。

 体育祭が終わり、終業式も終わって夏休みとなった。1学期の全ての行事が終えて、生徒会も2学期になるまでしばらく休みとなる。

 普段であれば、冷房の効いた部屋でゴロゴロしていたのだが、どうしても最近発売されたゲームを買いに行きたくて、わざわざ外に出て来たのだ。

 

「あ。あった」

 

 俺が買いに来たのは、袋化け物の金剛石と真珠のリメイク。要するにポケモンのダイパリメイクである。わざわざ日本語に直した意味。

 家にSwitchはあるし、自称ポケモンマスターの俺としては買いたいと思っていたのだ。さて、どちらにしようか。

 

「比企谷くん、ですか?」

 

「え…?」

 

 背後から掛けられる女の声。その声には、聞き覚えがある。

 

 中学の頃の同級生なんて、既に記憶から消えているものだと思っていた。なのに、彼女の声を聞いた瞬間、一気にあの頃の記憶が蘇る。

 

「こ、ちや……?」

 

 振り向くと、そこには中学の頃の同級生、東風谷(こちや)早苗(さなえ)が目を見開きながらこちらに視線を向けている。

 

「やっぱりそうです!お久しぶりですね、比企谷くん!」

 

「…あぁ。まぁ、そうだな」

 

 俺は正直、あまりこいつと話したくない。

 彼女が嫌いというわけじゃない。あの頃の俺がバカすぎただけだったのだ。たかだか趣味が少し似ていただけで、話が盛り上がっただけで、勘違いして、告白までしてしまったんだから。

 

 問題は、こいつがそれを覚えているか否か。

 

「比企谷くんも、ポケモンを買いに来たんですかっ?」

 

「…まぁな。ポケモンは長年やってたし、リメイクとあれば買わんわけにはいかないからな」

 

 とはいえ、15年前の作品だ。つまり、俺が生まれてるかどうか分からない時期だ。だから俺の世代ではないが、母ちゃん達が家に残していたゲームで遊んだ記憶がある。

 

「ですよね!リメイク決定ってなった時、キタコレーってなりましたよ!」

 

 何故ここまで平然と接してこれるんだこいつ。覚えてないだけか、覚えている上かは分からないが、変に意識してる俺がバカみたいに思えてくる。

 もういいや。さっさと買ってさっさと帰ろう。もう二度と会わない人間のことを気にしても仕方がない。そう決めて、俺はパールを選ぶ。

 

「比企谷くんはパールですか。じゃあ私はダイヤモンドにします」

 

「え、いや、なんで俺に合わせんの?」

 

「へ?だってダイヤモンドとパールじゃ出てくるポケモン違うじゃないですか。同じバージョンを買っちゃったら交換とか意味が無くなっちゃうでしょう?」

 

 ごめんその前になんで俺と交換する前提で話進めてんの?

 東風谷とは学校が違う。だから二度と会わないって思ったのに。

 

「そういえば、私比企谷くんにメルアド送りましたよね?中学の頃に」

 

「あー…や、昔ケータイ変えた時になんかこう、それでね」

 

 流石に面と向かって連絡先消したとは言えんだろ。

 

「あぁ、アドレス変えてましたよね。それならライン教えますよ?」

 

「や、いらないから」

 

「まぁまぁそう言わずに」

 

「そう言わずに、じゃなくてね?」

 

 なんなの?なんでこいつ俺から連絡先貰おうとすんの?

 もしかして中学の同級生に「ヒキタニのライン貰ったんだけど、これSNSで拡散しない?」みたいなことするの?やだ何それ悪質。俺のラインとか誰が欲しがるんだよ。

 

「早く早くっ。Hurry up」

 

 ポケモンのためにわざわざ連絡先を交換しようとするのは、後にも先にもこいつぐらいだろう。最悪、邪魔になれば消してしまえばいい。

 

「…ほれ」

 

 東風谷に俺のスマホを渡す。東風谷は俺のスマホと自分のスマホを操作して、ラインの交換を行う。

 

「はい、交換出来ました!」

 

 俺はスマホを返してもらい、新たに追加された東風谷のプロフィール画像を見る。なんだこのケロケロ。ゲコ太か?

 

「あっそうだ!どうせ帰ってポケモンやるなら、一緒にやりましょうよ!」

 

「なんでだよ。対戦ってある程度育ててからでいいだろ」

 

「そうじゃなくて、一緒にストーリー進めましょうってことです!最初のポケモン何選ぶとか、それだけでも楽しいじゃないですか!」

 

「いや知らんて」

 

 ポケモンは大体一人で進めるもんだろ。たまに小町と対戦とかしたりしたけど、昔の話だぞ。

 

「そうと決まれば、早く買って始めましょう!」

 

「いや決まってないから。二人でやるのおかしいから」

 

 思えば、中学の頃もそうだった。

 東風谷の趣味はサブカル系などが特徴的で、俺も彼女と共通の趣味を持っており、そんな彼女と話していた。毎日のようにゲームや漫画の話をしていて、俺はいつの間にか彼女を好きになっていた。

 

 けれど。

 

『ごめんなさい……私、比企谷くんとは今の関係のままが良いんです…』

 

 結果は失敗に終わった。彼女は俺のことをただの話し相手としてしか見ていなかった。俺は彼女のことを好きな異性として見ていた。

 彼女はおそらく、共通の趣味を持つ者であれば誰でも気さくに話しかけるのだろう。それが普通だ。自分のことが好きだから毎日話しているのでは?とか思っていた俺が悪いのだ。

 

 苦い記憶だ。東風谷にも要らぬ迷惑を掛けた。なのにこいつは。

 

「早くレジに並びましょう!」

 

 まるで無かったかのように振る舞っているのだ。まぁ変に気を遣われるよりかはマシなのだが。

 彼女に強引に押されてしまい、俺はレジに向かってソフトを購入した。その後に、東風谷も。

 

「じゃ帰るわ」

 

「待った!ですよ、比企谷くん」

 

「何お前どこの弁護士?」

 

 異議ありって言って何か突き付けてくんの?

 

「言ったでしょう?一緒にやるって」

 

「いや、今手元にSwitch無いし…」

 

「じゃあ、私が比企谷くんの家に行けば万々歳ですね!」

 

「なんで」

 

 万々歳じゃねぇよ。なんで今日久しぶりに会った同級生を家に招かなきゃならねぇんだよ。

 

「だってSwitch取りに行くために家に戻ったら、絶対来ないじゃないですか」

 

「そ、そんなわけないだろ。大体、お前取りに行くにしても俺ん家知らねぇだろ」

 

「あー…確かに比企谷くんが私の神社に着いて来てしまったら手間が掛かりますしね……あ、そうだ。じゃあ比企谷くんが家に帰った後、位置情報で家の場所教えてください」

 

 どんだけ来る気なんだよ怖ぇよ。

 

「もし来なかったらラインの通知が大変なことになりますので」

 

 どんな脅しだよ。

 帰ったら即電源切ろうそうしよう。

 

「あっやっぱり私の神社まで着いて来てください」

 

「え」

 

「比企谷くんのことだから、意地でも位置情報を送らないためにスマホの電源切ったりしそうですし」

 

 ねぇなんで俺の考えてること分かるの?エスパーなの?タイプはエスパーなの?

 

「さぁ、行きましょう!私の神社、守矢神社(もりやじんじゃ)に!」

 

 こうして、俺は東風谷に強引に守矢神社に連れて行かれてしまった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 着いた先は、守谷神社。

 鳥居を潜ると、2本の柱が立てられており、その間の奥に神社がある。近くには、池や手水舎がある。

 

 何故、この神社に来たのかというと、守矢神社は東風谷の実家のようなものだからだ。博麗が博麗神社に住んでいると同様に、東風谷は守矢神社に住んでいる。

 つまり、東風谷も巫女だということだ。細かく言えば、この神社の風祝(かぜはふり)。中学の頃にそんな話を聞いた覚えがある。

 

「それじゃ、少し待っててください!」

 

 東風谷は神社の中に入り、Switchを取りに行った。

 彼女を待つこと2分。ウエストポーチを持った彼女が戻ってきた。どうやらその中に、Switchを入れて来たのだろう。

 

「では比企谷くんの家に出発しましょう!」

 

 守矢神社を出発し、俺は東風谷を連れて家に向かった。誰かを家に招くなんて、ゴールデンウィークに封獣を招いた時以来だ。人の家に赴く時も面倒事が起きていたが、人を家に招く時も面倒事が起きそうだ。

 

 そんな憂鬱な気分を抱えたまま、我が家に到着してしまった。

 

「ここが比企谷くんの家ですか〜…」

 

「あんまいらんことすんなよ。したら叩き出すからな」

 

「そんな野暮なことはしませんよ。いくらベッドの下にエッチな本があるからといって」

 

「なんでベッドの下に本がある前提なんだよ」

 

「ベッドの下はエッチな本を置くためのスペースでしょう?」

 

「お前ベッド創業者に謝れよ」

 

 つーかなんでそんなコテコテのネタぶっ込んでくるんだよ。気さくな女子友達が主人公の家に行った時にするやつじゃねぇか。

 

「…まぁいいや。とりあえず入るぞ」

 

 俺は我が家の扉を開けて、玄関に入る。リビングから小走りする音が聞こえてくる。

 

「お兄ちゃん、ポケモン買えた……の……」

 

 リビングから出てきた小町は、東風谷は姿を見ると目をぱちぱちさせて動かないでいる。

 

「お、お兄ちゃんが…女子を連れて来た…だと…!?」

 

「驚くのも無理はないけど驚き過ぎだろ」

 

「初めまして!中学の頃、比企谷くんと同じクラスだった東風谷早苗です!」

 

「あ、これはご丁寧にどうも!妹の小町です!やー、まさかお兄ちゃんが中学の同級生を連れて……えっ中学の同級生?」

 

「?はい」

 

「ち、ちょっとすみません!お兄ちゃんカモン!」

 

 何やら焦りを見せる小町は、すごい速さで手招きする。靴を脱いで、小町のところに行くと、小さい声で俺に尋ねる。

 

「あの人中学の同級生って言ってたけど。思いっきり地雷臭するんだけど」

 

「バチバチだな」

 

「…大丈夫なの?」

 

 小町は心配するようにこちらを見る。

 俺の中学の武勇伝は小町も知っている。だからこそ、また何かあったらと心配してくれるのだろう。

 

「…心配すんな」

 

 小町の頭を優しく撫でて、東風谷の方に振り返る。

 

「早よ上がれ」

 

「へ?あ、はい!お邪魔しまーす!」

 

 東風谷はスニーカーを脱いで、ちゃんと揃える。

 俺は家で使うであろう場所、トイレや洗面所を先に案内し、そこから俺の部屋へと連れて行った。なんだか文字に表すとやらしい気がするが、まぁいい。

 部屋の扉を開けて、先に東風谷を中に入れる。

 

「おぉ…男子の部屋って初めて入りましたけど、案外普通なんですね。壁にキャラクターのポスター貼ってあるとか、フィギュアが置いてあるとか無いんですね」

 

「まぁ欲しいもんが無かったからな。それだけだ」

 

「へえ〜。あっでも、漫画やゲームはいっぱいある!」

 

 こいつ厚かましく人の部屋物色しやがって。まぁ後ろめたい物は何もないからいいんだけど。

 

「ポケモンやらねぇなら帰れよ」

 

「やりますやります!それじゃ、失礼して…」

 

 東風谷は人のベッドにゆっくり腰を下ろした。

 

 何してはるん?この人。東風谷には思春期男子の気持ちを知らないのだろうか。ただでさえ部屋に上げているのに、挙げ句の果てに男子のベッドに腰掛ける。危機感ねぇな。

 

「さぁ始めますよ!ナナカマド博士に会いに行きましょう!」

 

「早い。まだソフトすら開けてないっつの」

 

 つーかその言い方だと、博士に会いに行くのがゲームクリアみたいに聞こえるんだけど。

 俺はパッケージを開けて、Switchにソフトを挿入する。

 

「お茶、出してくるわ」

 

 いくら厚かましいとはいえ、客であることに変わりはない。客人を持て成さなければ、小町に怒られてしまいそうだ。

 俺はリビングに向かい、ガラスのコップに冷えたお茶を注ぐ。自分の分と、東風谷の分を注ぎ終え、自分の部屋に戻る。

 

「ほれ、お茶」

 

「あ。ありがとうございます!」

 

 ベッドでくつろぐ彼女の隣に俺も腰掛ける……わけがなく、勉強机の椅子に座ってポケモンをやり始める。

 

「なんでこっち来ないんですか?」

 

「や、あれだよあれ。女子の隣に座るとかマジ卍的な」

 

「何言ってるんですか?」

 

「分からん」

 

 いや、普通に考えて抵抗感しかないだろ。自分のベッドに女子が腰掛けていて、その隣に俺も座る。それは危ねぇ予感しかしない。

 

「これじゃ一緒にやる意味ないじゃないですか!」

 

「最初から言ってるだろ。一緒にやる意味ないって」

 

「むぅ…」

 

 うっわあざとい。頬膨らますとかあざと過ぎるだろ。東風谷ってこんなキャラだったっけ。高校デビューでもしたのだろうか。

 とはいえ、このままでは平行線だ。無駄に追い出そうとして疲れるくらいなら、諦めた方が気が楽なのかも知れない。

 

「…はぁ」

 

 諦めた俺はベッドに腰掛けた。わざと彼女と間を空けたというのに、一気に詰めて来やがった。

 

「あ、始まりました!」

 

 タイトル画面になり、俺達はゲームをスタートする。最初に言語設定を行い、それを完了すると、真っ暗な画面の下にシンプルな吹き出しが現れ、「ウム!!よく来た!」と表示されている。

 

「世代じゃねぇのに、なんか懐かしいな…」

 

 俺達はチュートリアルを進めて、最初のポケモンが貰える場所、シンジ湖へと向かった。

 

「比企谷くんは何選びますか?」

 

「…ポッチャマだな。進化すれば応用が効くからな」

 

「私は…んー…ナエトルにします!」

 

 そうして、まだ登場すらしていないのに最初のポケモンを何選ぶかを決めた。

 ストーリーが進み、いよいよ3体のポケモンが登場する。俺はペンギンのポケモン、東風谷はカメのポケモンを選ぶ。そして最初に登場する野生の鳥ポケモン、ムックルを倒すことに。

 

 なんかオラワクワクすっぞ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 なんだかんだで楽しんでしまった。雑談しながらストーリーを進めていたが、気付けばジムバッジ3個くらい入手してしまっていた。ポッチャマがポッタイシに、ナエトルがハヤシガメに進化しちゃった。

 

「やっぱり1人でゲームをするより、誰かと一緒の方が楽しいですねっ」

 

「ストーリー自体は完全な1人用なんだけどな」

 

 協力プレイなんて要素はない。あるのは、交換と対戦程度だ。

 

「でも、楽しかったでしょう?」

 

「……まぁ、悪くなかった」

 

 最初は、東風谷と一緒にいることに対してあまり良く思わなかった。勘違いで告白したとはいえ、振った相手と過ごすのだから。

 だが一緒にゲームをすると、中学の頃に一緒にゲームの話をしたあの日々を思い出す。共通の趣味を話し合ったあの日々を。

 

 あの頃の俺であれば、いつまでもこんな時間が続いて欲しいと思っていたことだろう。

 しかし、あの告白以降俺と東風谷の関係は終わってる。今の俺はあの時のように夢を見ない。東風谷は誰にでもこういう人間なのだと割り切っているのだ。

 

 だから俺は二度と勘違いしない。こいつがあの頃のように接するのは、同じ共通の趣味を持つ者がいるからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「そういえば、比企谷くんってどこの学校に行ってるんですか?」

 

「…東方だが」

 

「あぁ、あの女子の割合が多いことで有名なとこですね。あーあ、私もそっちを受験すれば良かった…」

 

「まぁ確かに、女子の割合多いからな。同性の友達作るなら…」

 

「そうじゃなくて」

 

 東風谷がこちらを覗き見る形ではにかんだ。

 

「比企谷くんと一緒の学校だからですよ」

 

 読者の前の皆さん。特に男性諸君。

 これは勘違いしても仕方ないと思うのだが、どうだろうか。いよいよ東風谷に問題があるのではないかと思うのだが。

 

 こいつ本当大丈夫?思春期男子がそんなん言われたら絶対にほの字になるだろ。今の俺ですらグッときちゃったんだから。

 

「…さて、そろそろ帰ります。夕飯の買い物もまだですし、神奈子様と諏訪子様を待たせるわけにはいきませんから」

 

「そうかい。ならさっさと帰った帰った」

 

 早く俺は落ち着きたい。東風谷がガンガン距離詰めてくるもんだから、半ばゲームに集中出来なかった。思春期男子の敵だよ、東風谷は。

 

 帰る支度を終えた東風谷を玄関まで連れて行く。スニーカーを履き、こちらに振り向いて。

 

「また遊びましょうっ!比企谷くん!」

 

「…気が向けば、な」

 

 これが二度三度あると考えると、なんだか億劫になる。ただでさえ夏休み、家から出るのが嫌だってのに。

 

「じゃあ気が向くようにラインで誘いまくりますから!それじゃ、お邪魔しました!」

 

「えっ、ちょ」

 

 危険な発言を残したまま帰ってしまった東風谷。あいつのライン、ブロックしようかな…。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「楽しかったなぁ〜…」

 

 私は帰り道、先程までの時間を振り返っていた。

 

 中学の頃にクラスが一緒になった、比企谷くん。第一印象は特に目立つことがなく、静かな人だった。時々、女の子と話す時は挙動不審になっていたが。

 

 一時期、彼とは隣の席になった。隣になった彼に、私は社交辞令の挨拶をした。比企谷くんもおぼつきながらが、返してくれた。

 隣の席だから、彼の様子がよく見えた。ブックカバーを掛けた中の本の内容も。その本の内容は、私が知る物であった。

 

『その本、私も知ってるんです。今度アニメやりますよね』

 

 その会話がきっかけで、比企谷くんとは話すようになった。

 年頃の中学生と少しズレた私の趣味。それがサブカルチャーだ。特にロボットに関連する作品、ガンダムやダンボール戦機など。

 まぁそれだけでなく、漫画やアニメ、ゲーム全般が好きなのだが。

 

 とにかく、彼と話が合う。共通の趣味を持った人が隣にいることは、私にとって嬉しいことだった。

 

 年頃の中学生は、アニメや漫画を読むことを隠したがる。見ていたとしても、とても有名な作品とかだろう。夜に放送されるアニメを見ようものなら、間違いなくオタク扱いになる。だからそれを隠す人間がいる。または、単純に興味がないだけか。ドラマやバラエティなどを見る中学生が半分以上だろう。

 

 故に、話せる人がいなかった。まぁドラマやバラエティは私も見るし、周りの話に合わせることは可能だ。だが趣味じゃない話をしても、心の底から楽しいかと言われたら、そうじゃない。

 

 話の合うクラスメイト。私はいつしか、彼と親しくなった。周りからは「ヒキタニと関わるのはやめといた方が良い」みたいなことを言われたが、私は別に気にしなかった。

 

 彼の隣にいたからと言って、私に何か不幸が降りかかるわけじゃない。それに、趣味の合う人を手放すのは惜しいのだ。だから私は関わり続けた。

 

 でも。

 

『ず、ずっと前から好きでした!俺とっ、付き合ってください!』

 

 放課後、私は彼に呼び出された。理由は彼からの告白。

 

 私は迷った。彼からの告白を受けるべきか否か。ここだけの話、私は彼のことが。比企谷八幡のことが。

 

 好きだ。

 

 趣味が合うという理由が大きいが、それだけじゃない。

 彼は優しい。どれだけ周りに揶揄われても、どれだけ周りに嫌われていても、彼の根はずっと優しい。というのは建前で、本当は一緒にいた時間が比例したからかも知れないけど。

 

 私は怖かった。

 告白を受け入れることで、彼との関係が変わってしまうんじゃないかって。今の心地いい関係が、どうなってしまうのか分からないのが怖かった。

 

 だから私は。

 

『ごめんなさい……私、比企谷くんとは今の関係のままが良いんです…』

 

 そう告げた。私の本音を。

 でも、彼は絶望に満ちた表情で私の前を去った。以降、私と比企谷くんは話すことが無くなった。

 

 結局、比企谷くんとの関係が変わってしまった。以前のように、楽しくお喋りが出来なくなった。私はそんな悲しみで、泣きそうになってしまった。

 

 どうすれば良かったの?現状維持を保つことの、一体何が悪いの?

 

 しばらく時が経つと、今度はこんな噂が流れた。

 

『ヒキタニが折本に告白した』

 

 彼が、他の女の子に?

 

 そう聞いた瞬間、私は一気に胸が苦しくなった。心臓に律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)でも巻き付けられたのかと思うくらいに。

 比企谷くんとの関係が壊れた以上に、彼が私以外の女の子に告白したのが苦しくて仕方なかった。

 結果は失敗に終わったらしい。でも。

 

 もし彼がその折本さんと楽しく話していたら?

 

 2人で仲良くゲームをしていたら?

 

 そんな姿を目撃したら?

 

 そう考えるだけで嫌になる。彼と楽しく話していたのは私だけだったのに。私が断ったせいで、他の女の子に行ってしまう。そんなIFのことを考えてしまっていた。

 

 あの告白以降、結局彼と話すことが出来ずに卒業した。

 

 それから私は決めた。彼のことを忘れようと。守矢神社の仕事もある。ずっと彼のことだけを考えるわけにはいかないし、それが必然なのだと割り切った。

 

 二度と会うことはない。そう思っていたのに。

 

『比企谷くん、ですか?』

 

『こ、ちや?』

 

 最近新しく出たポケモンを買いに行くために出かけると、比企谷くんと出会ってしまった。忘れようたって忘れられない彼の姿。話したいことがたくさんある。今度は一緒に遊びたい。隣にいたい。

 

 色んな思いが溢れ、私は彼に話しかけた。

 結果、とても充実した時間だった。心の底から、楽しめたような。

 

 やっぱり、私は彼が好きなんだ。それを再確認した。

 

 もう二度と、あんな過ちは絶対しない。現状維持なんて考えた私がいけなかった。今度は逃げない。絶対に。

 

 きっと彼からの好感度は、告白以降リセットになったに違いない。なら、また彼からの好感度を上げるだけだ。そして、彼が私を好きになったと分かった瞬間。

 

 今度は私から告白する。

 

 彼が私だけを見るように。彼の意識が私だけに向くように努力する。他に比企谷くんを好きになった人がいても、関係ない。

 

 恋愛は戦争だ。蹴落とした人間が勝利なんだ。だから、比企谷くん。

 

 今度は逃げないから。

 比企谷くんも、私から逃げないでね。

 

 逃げたら、マッハ20ばりの速さで追いかけるから。

 

 



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夏休みでも、彼女達は自由である。

 

「お兄ちゃんっていつからモテ期来てたの…?」

 

「…知らん。これがモテ期なら終わりもんだろ」

 

 俺と小町は遠い目で、今の様子を眺めている。俺の部屋に女子が4人もいるんだから。

 

「やっぱり冷房の効いた部屋は快適ね〜…」

 

「あら、小説もあるじゃない」

 

「字ぃばっかりの本って何が楽しいんだよ」

 

「ここが、八幡さんの部屋……」

 

 無防備にベッドに寝転ぶ博麗、本を漁るマーガトロイドと霧雨、部屋を見渡す魂魄。女3人寄れば姦しいと言うが、3人どころではなかった。ついこの間、東風谷が来ただけでも手を焼いたってのに。

 

「しかもみんな美人だし……コミュニケーション能力ゴミカスのお兄ちゃんが、何したらこんな人達連れて来れるの?」

 

「何もしてねぇからな。こいつらが厚かましいだけだ」

 

「ご、ごめんなさいっ。やっぱり、大勢で押しかけるのは非常識ですよね」

 

「…前言撤回。魂魄は厚かましくない」

 

 魂魄は大丈夫だよ。こいつは人の心を持ってる。まぁマーガトロイドも、最低限の常識は持ち合わせているし、許容範囲内だ。

 だが博麗と霧雨。お前らはなんだ。来て早々人のベッドにダイブしたり、エロ本探そうとしやがって。

 

 そもそもなんでこうなったか。始まりは、魂魄からのラインだ。

 

『八幡さん。少しお話しがしたいので、学校の正門に来てくださいませんか?服装は私服で大丈夫ですので』

 

 魂魄から改まった内容のラインが来た。何事かと思い、俺は自転車を漕いで学校の正門に向かった。

 

 しかし、そこにいたのは。

 

『妖夢が呼び出したら本当に来たわね』

 

『おっす、八幡!』

 

 魂魄だけでなく、博麗、霧雨、マーガトロイドが私服姿で待っていたのだ。何故こいつらまでここにいる。

 

『…魂魄。何これ』

 

『この間、八幡の家行くみたいな話しただろ?でも私や霊夢じゃ無視られると思ってさ。だから妖夢に呼んでもらったんだ!』

 

 つまり何か。俺は霧雨の策に嵌められたのか。霧雨ごときに嵌められたというのか。

 

『…とはいえ、もし家に迷惑がかかるようならまた別の機会にするけれど』

 

 ここで俺が断れば万事解決……とはならないのだ。断れば、また次の機会があるということだからだ。ならさっさと来てもらってさっさと終わらせてしまえば、面倒事を後回しせずに済む。

 

『…もういいよ』

 

 そんなこんなで、泣く泣く彼女達を家に招くことにした。結果、悪夢だった。

 

「…悪いな。しばらく騒がしいけど」

 

「まぁ良いけどね。小町も今から出かけるし。あっでも、小町がいないからって、変なことしちゃダメだよ?」

 

「しねぇよ」

 

 出来るわけがない。しようものなら、間違いなくその瞬間俺の死が確定する。

 小町は「んじゃ、頑張りなよ!お兄ちゃんっ」と言って去って行った。何を頑張れと言っているのかは不明だが、少なくとも何事もないように頑張ろうとは思う。

 

 まぁ既に事は起きてるんだけどね。

 

「私もこんなベッドで寝たいわねー……これ宅配便で送ってくれない?」

 

「送るかバカが」

 

 なんで俺のベッドを博麗に譲らなきゃならないんだ。

 

「ねぇ、八幡。気になる小説があったのだけれど、少しの間借りても良いかしら」

 

「ん、まぁそれは構わねぇよ」

 

「ちょっと。アリスは良くてなんで私は無理なわけ?」

 

「理由くらい考えろ学年1位」

 

 しかし、理由さえ考える気すら見せない博麗。依然、ベッドでゴロゴロしている。あの、それ俺が普段寝てる場所って分かってる?ていうか逆に俺が恥ずかしくなるからやめて欲しい。

 

「あ、私も漫画借りていいか?」

 

「あぁ、別に…」

 

「やめておきなさい八幡。魔理沙の借りるは返ってこないから」

 

「良くないな。お前人様の漫画を何パクろうとしてんだ」

 

「何言ってんだよ。死ぬまで借りるってだけだぜ?」

 

 「何言ってんだよ」はこっちのセリフな。なんでそんな堂々と借りパク発言出来んだよ。こいつちょっとした泥棒じゃねぇか。危うく持って行かれるとこだったわ。

 

「そういえば、射命丸はどうした?なんかあいつも来るみたいなこと言ってなかったか?」

 

「文は来ないらしいわ。用事があるとかって」

 

「そうか」

 

 危険因子が1人いないのは大きいな。射命丸がいたら、俺の部屋を撮影しまくっていただろうし。プライバシーもクソも無くなりそうだからな。

 

「八幡の部屋にみんなで遊べるの無いのか?」

 

「やめてあげなさい魔理沙。八幡をディスるのは」

 

「多分だけどディスってんのお前だよな。"こんなやつに友達なんていないからそんなセリフはやめてあげなさい"って揶揄してんだよな」

 

「そんなこと言ってないでしょ。被害妄想が過ぎるわね、ぼっちまん…じゃなかった、八幡」

 

「もう言ってるから。なんか可哀想なヒーロー名みたいに呼んじゃってるから」

 

 大体どう間違えたらぼっちまんと八幡を間違えるんだ。国語クソかお前。

 

「やっぱ霊夢と八幡って仲良いよなぁ」

 

「ですね。今ので気付く辺り、似たようなやり取りを何回かしてるんでしょうか」

 

「今のどこに仲良い要素あったよ。一方的にディスられただけなんだけど」

 

「嫌よ嫌よも好きの内と言う名言があるじゃない」

 

「お前らには俺がマゾか何かに見えてるの?」

 

 俺の部屋なのになんでこんな敵だらけなんだろうか。四面楚歌とはまさにこのことかな。あ、敵しかいないのは普段からそうか。世の中はなんて残酷なんだろうか。

 

「…ところで話戻るんだけどさ、みんなで遊べるやつ何かないのか?Switchとかあるじゃねえか」

 

「…あるにはあるが、俺と小町しか遊ばねぇからコントローラーは2つしかない」

 

「人生ゲームとかドンジャラは?」

 

「あるかどうかすら分からん。探せば見つかるだろうが、必要ないと判断して捨ててしまった可能性がある」

 

「…八幡の家ってつまんねえな」

 

 喧嘩売ってんのか。人の家に図々しく上がって来た分際でこのアマ。

 

「じゃあこんなゲームしようぜ!その名も、ルーレット罰ゲーム!」

 

「何その悪魔みたいな名前したゲーム」

 

 絶対ロクでもないゲームだろそれ。

 

「物は試しさ。八幡、ルーズリーフとハサミはあるよな?」

 

「お、おう」

 

 俺は机からルーズリーフとハサミを持ち出し、霧雨に渡す。受け取った霧雨は、紙を適当な大きさで切る。その紙を俺達に渡していく。

 

「なんでもいいから、とりあえず罰ゲームを書いてくれ。周りの誰にも見せないようにだ。ただ、エッチなやつは無しだぜ」

 

「だそうよ、八幡」

 

「お前さっきからなんなの?俺をどうしたいの?」

 

 なんでそんな俺を犯人に仕立て上げたいの?

 つーか罰ゲームって言われてもな…。まぁ無難に"厨二病っぽい台詞を一言"とでもしておこう。無難かどうか分からんけど。

 

「書けたら紙を裏返しにして、私に渡してくれ」

 

 霧雨の言う通り、みんなは紙を裏返しにして渡していく。

 

「…で、書いた罰ゲームをどうすんのよ」

 

「名前の通り、ルーレットで決めるのさ。裏面に適当に1から5の数字を記入する。次はいよいよ、ルーレットの開始だ。誰がなんの罰ゲームになるか分からないっつうスリルが、このゲームの良いところだぜ」

 

 霧雨がスマホを操作する。画面には、俺達5人の名前が書かれたルーレットが映されていた。

 

「じゃあ最初は妖夢。妖夢が回してくれ」

 

「私からですか?」

 

 魂魄がルーレットの開始のボタンを押すと、勢いよく針が回転。そして徐々に針の回転の速さは遅くなり、次第に針が静止する。

 

 罰ゲームに選ばれたのは。

 

「…俺なのかよ」

 

「あんた運悪いわね」

 

 と、鼻で笑うように見下す博麗。初っ端から貧乏くじを引くあたり、確かに運が悪いのかも知れない。

 

「じゃあ次のルーレットだ!罰ゲームは八幡だから、八幡が回してくれ!」

 

 今度は、1から5の数字が記入されたルーレットが映される。俺はルーレットを回して、何の数字が出るのか固唾を呑んで見ている。

 

 結果、出た数字は。

 

「3か」

 

「それじゃあ、八幡!3番の紙を表にして、内容を確認してくれ!」

 

 一体誰が書いた罰ゲームなのだろうか。

 3と書かれた紙を表にすると、罰ゲームの内容が書かれていた。曰く、「誰か一人に壁ドンする」と。

 

「あ、それ私が書いた罰ゲームよ」

 

 お前かマーガトロイド。なんつうもん書いてくれたんだ。お前そんなこと書くキャラじゃないだろ。

 

「さっき八幡の部屋にあった本に、壁ドンしてるシーンがあったから。なんとなく書いてみたのよ」

 

「1番タチ悪ぃ…」

 

 だから嫌だったんだよこんなゲーム。誰も幸福になれない悲しいゲームだぞ。

 

「で、誰を選ぶんだ?」

 

 ここに小町がいれば即小町を選んだのに。周り全員女子とかマジ罰ゲーム過ぎる。

 

 こうなれば、意趣返しさせて貰おう。

 

「博麗」

 

「は?」

 

「誰を指定するかは罰ゲームを行う俺が決めていいんだろ?なら、博麗だ」

 

 俺は普段から博麗に苦しめられている。この罰ゲーム、一見俺だけが辛い目に遭うように見えるがそうじゃない。やられた側も、なんらかのダメージが与えられる筈だ。

 

 即ち、痛み分けだ。

 

「むぅ…」

 

「なーんか、気に入らないんだぜ。なんで即答で霊夢を選ぶんだよ」

 

「気に入らないわね」

 

 魂魄らは頬を膨らませ、霧雨は少し拗ねる。マーガトロイドに関しては無表情で、少し冷たく言い放つ。「何故そんな反応を」という疑問に対して問うのは今回止めておこう。

 

「私を選ぶなんて、あんたも偉くなったわね」

 

 とはいえ、博麗は何故か冷静だ。もしかすれば、人選を間違えたか?

 

「じゃあ早速罰ゲーム開始だぜ!因みに、壁ドンだけじゃ味気ないからなんかセリフも入れてくれよ!」

 

「味気とかいらんでしょ。海苔じゃないんだから」

 

「ほら文句言わずに!早く早く!」

 

「はぁ…」

 

 俺は溜め息を吐いて、博麗に近づく。

 博麗は最初から壁ドンをされる体勢に、つまり壁にもたれているため、俺は博麗の顔の横に、右手か左手の掌を壁に叩けばいい。セリフに関しては、典型的なやつにしよう。

 

 俺は博麗の顔の横に手を伸ばし、壁に掌を置く。これだけでも十分顔が熱いのだが、ここまで来たらもうやり切るしかない。

 

「お、俺のものになれよ」

 

 何?俺のものって何?こんなセリフどこに需要あるの?ちょっとキョドっちゃったしさ。セリフのチョイス、俺の目と同様に腐ってる。

 

「ふ、ふふふ……ふふ……」

 

 ほら笑われた。死にたい。今すぐそこの窓から頭から飛び降りて記憶全部消去したい。

 

「…本当、あんたって女慣れしないわね。顔も変だし、キョドるし。滑稽過ぎて本当笑えるわ。ありがとう」

 

「仕方ねぇだろ……こんなんやったことないんだから」

 

 壁ドンする勇気無いし、第一相手を泣かせてしまう。そんでついでに俺も泣く。なんなら先に俺が泣いてしまいたい。

 

「でも、間違えてるわ。あんたのセリフ」

 

「…言わなくていいだろ。チョイスミスだってことは…」

 

「そうじゃなくて」

 

 すると博麗は俺の服の胸ぐらを掴み、無理矢理手繰り寄せて耳元で囁く。

 

「私があんたのものになるんじゃない。あんたが私のものになるの」

 

「なっ…」

 

「八幡に私を動かす決定権も、支配する所有権も無いのよ。だからあんたは間違えてる。あんたじゃなく、私が八幡を支配するの」

 

 その言葉が俺の意識を縛り始める。耳元で囁いてるから尚のことか、彼女の言葉が俺を支配する。博麗は何も言い返せずに固まってしまった俺を離して、普段の様子に戻る。

 

「こういうのはイケメンがやるからときめくだけで、八幡じゃ不向きでしょ」

 

「全然動揺しませんでしたね…」

 

「ていうか霊夢、八幡になんか言ったのか?胸ぐら掴んだ時に」

 

「ん?私に偉そうな態度取るなって脅しただけよ」

 

 普段の、サバサバした博麗の様子。

 前もそうだった。罰ゲームで博麗の奴隷になった時も、突然豹変した。あの時は自分だけの罰ゲームだったから、誰かに邪魔されるのを嫌っているのだと思っていた。

 

 しかし、罰ゲームが終わっても博麗の様子は変わらない。普段見せるサバサバな博麗、時折闇を垣間見せる博麗。罰ゲーム絡みじゃないとなると、やはり封獣のような依存体質なのだろうかと思われる。

 

 罰ゲームの時に、甘やかし過ぎたせいかも知れない。

 

「じゃあ次のラウンドだぜ。アリスの罰ゲームを消費したから、アリスはもう一度罰ゲームを書いてくれ。選ばれてない罰ゲームは、そのまま次のラウンドに使おう」

 

 つまり、俺と博麗、霧雨、魂魄の罰ゲームは消費するまで残り続ける。マーガトロイドの罰ゲームは今消費したから、新しい罰ゲームを作成するということだ。

 

「…書けたわ」

 

「じゃあ次は、そのままアリスが回してくれ」

 

「分かったわ」

 

 今度はマーガトロイドがルーレットを回した。選ばれた人物とは。

 

「私、ですか…」

 

 今度、罰ゲームを受けるのは魂魄だ。

 

「妖夢の罰ゲームが決まったってことで、妖夢がルーレットを回してくれ」

 

「分かりました」

 

 魂魄は恐る恐る、ルーレットを回した。ぐるぐると回転し、次第に遅くなり、静止する。針に示された番号は。

 

「1番です」

 

「1番は……"厨二病っぽい台詞を一言"」

 

「俺のだわそれ」

 

 まさか俺の罰ゲームが当たるとは。こんな純真無垢な魂魄に。ごめんね。

 

「厨二病とは、なんでしょうか?何かの病気ですか?」

 

 おっとまさかこの子、厨二病を知らんとな。いやまぁ、そういう人物と関わり無さそうだしな、こいつ。

 

「はい八幡。説明」

 

「…先に言うが病気じゃない。まぁある意味精神疾患とも捉えることも可能っちゃ可能だけどな。簡単に言うと、何かの役を下敷きにして演じることだ。フィクションの世界にしか出てこないキャラを、現実で演じる。それが厨二病」

 

「お芝居をしているようなもの、ですか?」

 

「そう捉えてもらって構わない」

 

「具体的には、どういう感じなの?」

 

 マーガトロイドがそう尋ねたので、俺は目を閉じて答える。

 

「…元々この世界の7人の神。創造神たる三柱の神、賢帝ガラム、戦女神メシカ、心守ハーティア、そして…」

 

「何を言ってるんですか?」

 

「…最後まで言いそうになったわ。あっぶねぇわ」

 

「あんたが言い出したんでしょうが」

 

「…まぁ要するに、何かを演じたカッコいい台詞とかならなんでもいいってことだ。オリジナルの台詞でも構わん」

 

「なるほど…分かりました。では、失礼して」

 

 魂魄は立ち上がり、一度咳払いをする。

 

「この私に斬れぬものなど、あんまりない!」

 

 魂魄の決め台詞は完璧に決まった。

 

「おぉー」

 

「なんで副詞入れたのよ。普通なら"斬れぬものなどない"でいいのに」

 

「それだと全て斬れると断言してしまうので……流石の私もそこまで慢心はしていません」

 

「や、演技なんだから別に良くない?」

 

 とはいえ、妙に合っていたから全然良いんだけど。元ネタどこだろうか。魂魄のオリジナルか?

 

「じゃあ八幡の罰ゲームを消費したから、新しい罰ゲームを作成してくれ」

 

「了解」

 

 この罰ゲームは無作為に選出される。つまり、俺が書いた罰ゲームが俺に当たる可能性も無くはない。そう考えると、あまりダメージの無い罰ゲームが良い。

 

「…作ったぞ」

 

「OK。そのまま八幡回してくれ」

 

「了解」

 

 3度目のルーレットは俺が回す。針がくるくる回り、その針の先端が示された名前は。

 

「私だぜ」

 

 今度は霧雨の罰ゲーム。次に霧雨が、番号が記入されたルーレットを回す。ルーレットが止まり、針が指す番号は。

 

「5番は……"誰かに甘えること"……ってこれ私が書いたやつだ」

 

 どうやら霧雨は自分が作成した罰ゲームを喰らうことになったらしい。

 さて、この罰ゲームもまた、誰かもう1人がいないと成立しないのだが。甘えると言っても、一体誰に…。

 

「…おいおい。ちょっと待て」

 

 霧雨はジリジリとこちらに詰め寄る。俺は嫌だぞ。さっき色んな意味で寿命が縮んだってのに、また縮められるのは。

 

「なぁ八幡」

 

「なんだ。近づきながら俺の名前を呼ぶな。用件言え」

 

「さっきのさ、八幡の罰ゲーム。ちょっと不満があるんだぜ。霊夢を即答で選んだこと」

 

「待って。俺は悪くない。あの罰ゲーム書いたマーガトロイドに文句言って」

 

 しかし、止まることなく霧雨はこちらに近寄る。それに合わせて俺も後ろに下がって行くが、もう下がれなくなってしまった。

 俺と霧雨の間の距離は10cmも満たないレベルにまで、距離を詰められる。

 

 そして。

 

「少しは私のこと見てくれなきゃ、嫌だ」

 

 頬を膨らませ、拗ねるような物言いで放ったその台詞。

 今の台詞悪くないですね、うん。というかグッときました。

 

「八幡?おーい」

 

「ふぁっ!?」

 

「えっなんだ?急に変な声出して…」

 

「い、いや。なんでもねぇ…」

 

 不覚にも、霧雨にときめいてしまった。これじゃあ誰の罰ゲームか分からんな。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 時間は夕方。なんだかんだと暇を潰してると、空が既に夕焼け色に染まっていた。時計の針は6時を指している。

 

「夜飯どうすっか?」

 

「私、そんなに金を持ち合わせていないわよ。奢ってくれるなら俄然行くけど」

 

「なら、今日の夕飯は私が作りましょう。八幡さん、後で台所借りてもいいですか?」

 

 魂魄が手を挙げて名乗り出る。魂魄の料理は食べたことあるし、腕は折り紙付きだが。

 

「それは良いが…流石にお前だけ作らせんのもな…」

 

「良いですよ。普段30人前なんて気が狂った量を作ってますから」

 

 若干幽々子様に対する皮肉入ってるよね?大丈夫?

 

「それに、妹さんにも振る舞いたいので。夕飯がいらないって連絡は来てないでしょう?」

 

「まぁ、そうだが」

 

 良いやつ!こいつ本当良いやつ!

 こういう子が仕事から帰って来た夫を癒してくれるんだろうなあ。毎朝味噌汁作って欲しいわ。こいつに。

 

「それじゃ決まりです。では早速、買い出しに行きましょう」

 

「俺も行く。流石にこれぐらいは手伝う」

 

「私も行くわ。個人的な買い物もしたかったし」

 

「じゃあみんなで行こうぜ!な、霊夢!」

 

「…はぁ。仕方ないわね」

 

 こうして俺達は、近くのスーパーに向かい、夕飯の買い出しを始めた。

 

「夕飯は何にしましょうか…」

 

「きのこスパゲッティ!」

 

「貴女昨日きのこのシチュー食べてなかった?」

 

 めっちゃきのこ好きやん。何?お前そのうち大きくなるきのことか探しに出ちゃうの?

 

「妹さんは何か嫌いな物あります?」

 

「いや、基本的に無いな。因みに俺はトマト嫌いだから」

 

「じゃあ今日の夕飯はトマトに関係した物にしないと。好き嫌いはダメよ、八幡」

 

「お前隙あらば俺に突っかかるの何?」

 

 夕飯は何するかの話し合いで盛り上がっていると、その場に水を差す人物が現れた。

 

「あ、比企谷くん!」

 

 ちょっと待てついこの間会ったばっかだろ。なんでこのタイミングでこいつに出会すんだ。

 

「東風谷…」

 

 カートを押しながらこちらにやって来たのは、中学の同期の東風谷早苗。

 

「知り合いか?」

 

「…中学の同期だ」

 

「どうも!比企谷くんと中学が同じだった東風谷早苗です!」

 

 礼儀正しく挨拶して、頭をぺこりと下げる。

 

「これはご丁寧にどうも。私は魂魄妖夢と申します」

 

「私は霧雨魔理沙!よろしくな!」

 

「アリス・マーガトロイドよ」

 

「博麗霊夢」

 

「博麗……?」

 

 どうやら何か思い当たるところがあるらしく、顎に手を当てて思い出そうとしている。そして思い出したのか、「あ!」と発して目を開く。

 

「もしかして、博麗神社の関係者の方ですか?」

 

「まぁそうね。というか私そこの巫女だし」

 

「そうだったんですか!私、守矢神社の風祝を務めています!」

 

「守矢神社……なんか最近やたらと信仰が増えた所よね。あれどうにかしてくれる?私の所に参拝者来ないの、半分以上あんたらの所が原因だし」

 

 なんつう八つ当たりだこの巫女。

 

「そうは言われても…当然の結果としか言いようが無いです」

 

「あ?」

 

 八つ当たりに対して挑発し始めたよこの風祝。

 

「あ、そうだ。比企谷くんも、守矢神社に信仰しませんか?比企谷くんが信仰してくれると、私嬉しいんだけどな…」

 

「ざけんじゃないわよ。八幡、あんな女に尻尾振るんじゃないわよ。あんたは博麗神社のために、私のために尽くさなきゃならないんだから」

 

「普通にどっちも嫌なんだが」

 

 どう考えてもどちらに転んでもメリットが何一つない。つまりどちらにも賛同する必要はないって事だ。

 

「…まぁ、そう返されると分かってはいましたけどね。今度は私が振られちゃったか」

 

 なら聞くなよ。

 

「でもいつかは守矢神社に、私に信仰させてみせますから。ちゃんと私を受け入れる準備を整えててくださいね。…では」

 

 東風谷は手を振って、目の前から去って行く。

 

「…ちょっとした神社同士の抗争でしたね」

 

「あの女から喧嘩売ってきたのよ」

 

「どちらかというと霊夢から喧嘩売ってたように見えたけど?」

 

 というか、なんでスーパーの中で神社同士の抗争勃発したんだよ。何そのシュールな絵。

 

「八幡。1つ気になったんだけど」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「あの女、()()()()()()()()()()()()って言っていたけど。あれどういう意味?」

 

「…んなこと言ってたか?」

 

 俺は気付かない振りをする。

 確かに東風谷はそう言っていた。しかし、あそこで俺がなんらかの反応を見せれば、少なくとも博麗が突っかかるのは目に見えていた。

 だから敢えてスルーすることで、何かあったことを悟られないようにしたのに。

 

「言ってたわ。はっきりね」

 

「確かに、私も聞きました。どういう意味なんだろうとは思いましたけど…」

 

「言われてみれば、確かにそうだったかも…」

 

 マーガトロイド、魂魄、霧雨の三者三様の反応を見せるが、要するにみんなちゃんと聞いてたわけね。これもう気付かない振り無理じゃね?

 

「さ、話して。中学の同期だけって関係じゃないんでしょ?」

 

 あーこれ最初から詰んでたんだ。泳がせてくれてたんだ。

 観念した俺は、彼女達に全てを白状した。別に俺が悪いわけじゃないのに、何この理不尽。

 

「…今でも、好きなんですか?」

 

「んなわけないだろ。嫌いじゃないが別に好きじゃない。ただ一方的に願望押し付けていただけだったし、あれは俺の勘違いで終わりだ」

 

「…ふうん。それなら良いけど」

 

 博麗はどこかまだ納得していない様子だが、逆にどこに納得しない部分があるのか教えて欲しいものだ。

 

「じゃあもう二度と、あの女に尻尾振らないことね」

 

「怖い。お前言ってること怖いから」

 

 その話をなんとか打ち切り、俺達は買い出しを続けた。大量の食材を購入し、我が家へと戻る。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「おう」

 

 どうやら、小町と同じタイミングで家に帰って来たようだ。

 

「およ?そのレジ袋何?」

 

「これは夕飯の食材です。お邪魔させていただいたお礼として、私が振る舞おうと思いまして…」

 

「え、良いんですか!?ありがとうございます!」

 

 今ので一気に小町への好感度がアップしたな。魂魄って、素でこれだから無意識に男を落としてそうで怖いんだよな。無自覚系女子的な。

 我が家に上がって、魂魄以外はリビングで談話している。魂魄はエプロンを付けて、台所で夕飯の支度をしている最中。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!あの人すっごい嫁度が高いんだけど!お兄ちゃんには勿体ないくらい良い人だよ!」

 

「いや本当それな」

 

 というかなんだ嫁度って。何その頭悪そうな単位は。

 

「早くアタックしないと取られちゃうよ!」

 

「なんでそうなるんだよ…」

 

 だが、確かにお世辞抜きで魂魄は良いお嫁さんになる。嫁度が高いのも頷ける。

 

『八幡さん、ご飯が出来ましたよ』

 

『お仕事、お疲れ様です。八幡さん』

 

『ご飯にしますか?お風呂にしますか?そ、それとも………わ、私…ですか…?』

 

 うわやっべぇ変な妄想しちまった。最後に至っては典型的なやつじゃねぇか。

 いかんいかん。これじゃまるで思春期の男子じゃねぇか。

 

 あっ俺思春期真っ只中だったわ。

 

「八幡」

 

「ふぁ!?」

 

 本日二度目の「ふぁ!?」が出てしまいました。ボーっとしていたところを、博麗が睨み付けている。

 

「あんた、今変な妄想したでしょ」

 

「し、してねぇし?」

 

「大方、妖夢の姿を見て"あーあんなお嫁さん欲しいなー"とか思ってたんでしょ。キモい」

 

「えーそれはキモいよお兄ちゃん…」

 

 すーぐ矛先が俺に向いてくるんだけどどうすればいい?

 家ですら彼女達に虐げられるって、俺の安息の地は一体どこ?教えて、ドラえもん。

 

 



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海で遊ぶ場面もラブコメの醍醐味である。

「あっつ…」

 

「まだ着いてねえのにテンション低いぞ、八幡」

 

 俺は朝からこのクソ暑い中、外出しております。俺の隣には、霧雨魔理沙ただ1人しかいない。

 博麗やマーガトロイドはどうしたのかって?今回出番はありません。何故なら、今日は霧雨の罰ゲームを行う日だから。

 

 その罰ゲームを行うために、九十九里浜にある海水浴場にやって来ている。千葉県内とはいえ中々遠いのだ。

 というか、男女2人で海水浴に行くってこれ大丈夫ですか?意味が出てませんか?大丈夫ですか?

 

「うっわ人多いな…」

 

 海水浴場に到着すると、どこを見ても人、人、人だらけ。まるでゴミのようだって言いたいぐらい、人で溢れ返っている。

 

「じゃ、とりあえず水着に着替えて来ようぜ!」

 

「…へいへい」

 

 俺達は更衣室の中に入って、私服から水着に着替えた。海パンを履き、ラッシュガードのパーカーを着る。水着に着替え終えた後、俺は外に出て彼女を待つ。

 

「…暑ぃ…」

 

 夏休みに外に出て海に行くとかアホ過ぎる。いやマジ死ぬ。軽く死ねる。暑さで倒れる未来が容易に想像出来る。

 

「待たせたぜ!」

 

 と、どうやら着替え終えた霧雨が浮き輪を持って堂々と登場。

 黒がベースで、白のフリルが付いた水着を着ている。色合いが霧雨にめちゃくちゃ合っているからか、何の違和感も無い。

 

「どうだ?私の水着!」

 

 そう言って、近づいて水着をアピールしてくる霧雨。

 

「…まぁ、良い感じじゃないですかね」

 

 あんま水着姿で近寄らないで。思春期男子の純情な心を弄ばないで欲しい。

 

「そっか。なら良かったぜ!」

 

 朗らかにそう笑む霧雨。彼女の笑顔はいつでも明るく見える。太陽ですら霞んでしまうほどに。

 

「それじゃ、早速パラソル借りて場所を確保しようぜ!どっか休める場所は作っておかねえとさ!」

 

「ん、そうだな」

 

 俺達はパラソルをレンタルして、空いている所に差し込んだ。パラソルの中にシートを引いて、座り込む。

 

「八幡八幡。日焼け止め、塗ってくれないか?」

 

「は?」

 

「自分で届くとこは塗ったんだけどさ、背中が届かないっつか、塗りにくいんだよ。だから、な?」

 

「え、嫌なんだけど。頑張れよ」

 

 冗談じゃない。そんなんやってられるか。

 というか、なんでこいつも異性に身体を触られる事に躊躇が無いの?倫理観大丈夫?

 

「頼むって」

 

「ざけんな自分でやれ。つか前提からしておかしいだろ。俺男だよ?男に塗られるとか嫌だろ普通」

 

「まぁそこら辺の男なら確かに嫌だぜ?でも、八幡なら私は良いと思ってる。これが理由じゃまだダメか?」

 

「っ…」

 

 なんでこうも信頼出来るんだ。普通なら襲ってるぞ。こいつらマジで貞操の概念が狂ってんじゃねぇのか。

 

「…後で文句言うなよ」

 

 こうなればさっさと塗って終わらせよう。

 俺は霧雨から日焼け止めを受け取り、中のクリームを出す。霧雨はうつ伏せになり、塗りやすいように水着の後ろのホックを外す。

 

「…じゃ、塗るぞ」

 

 クリームを掌に出した俺は、掌同士で擦る。掌全体に行き渡ったクリームで、俺は霧雨の背中を塗り始めた。

 

「んっ…」

 

「変な声出さんでくれる?」

 

「あ、わ、悪い…ちょっとくすぐったくてさ…」

 

 頼むから無言でいてくれ。理性保たんぞマジで。

 引き続き、俺は霧雨の背中に日焼け止めを塗り続けた。

 

「あっ…は、八幡っ…んっ…」

 

「やめろってマジで」

 

 心頭滅却だ。心を無にしろ。何も考える必要はない。これは作業だ。決して、決して美味しい展開じゃない。

 俺は暴れる理性を抑えながら、日焼け止めを塗っていった。

 

「…もう終わったぞ。早よ着けろ」

 

「ん、ありがとな」

 

 霧雨は水着を着けて、身体を起こす。

 良かった。手を出さなかったぞ俺は。これは褒められても良いのではないか。

 

「よし、遊ぼうぜ!」

 

「遊ぶっつっても、何すんだよ。砂の城でも作るのか?」

 

「それは後だ!海に来たってんなら、やっぱ泳がねえとさ!」

 

 霧雨はそう言って、浮き輪を持って海へと走って行った。

 

「早く来いよー!」

 

「…本当、自由だな」

 

 彼女の背を追って、俺も海に向かって歩く。

 海なんて、一体いつ以来なんだろう。両親は共働きで忙しい上に、友人と呼べる人物がいないから海に来る事も無い。

 

「八幡!」

 

「あ?…って、冷てっ!」

 

 海に近づいた途端、霧雨は右足で海水を蹴って俺にかける。かけた霧雨は満面の笑みだ。

 

「あははっ!」

 

 まるで太陽を思わせる笑顔。俺とは別の世界の人間だ。そんな俺に優しくしてくれる霧雨は、酷く優しい人間なのだ。俺より余程。

 

「…やれやれ」

 

 俺も海水に足を浸けて、徐々に霧雨のところに歩み寄る。霧雨は浮き輪の上に座って、ゆったりと寛ぎ始めた。

 

「八幡、押してくれよ!」

 

「…はぁ」

 

 俺は彼女が座る浮き輪を押しながら、奥へと泳いでいく。足がギリギリ地に届く範囲まで押していき、そこからは適当にゆっくりと時間を潰していく。

 

「八幡八幡!写真撮ろうぜ!」

 

 そう言って、彼女はスマホのカメラを内側にして俺達を映した。

 

「落としても知らんぞ」

 

「大丈夫だって。防水だぜ?」

 

 防水=大丈夫とも限らんだろうよ。水に落とした事無いから分からんけど。

 

「んじゃ、撮るぜ」

 

 何枚か写真を撮影し、その後再び浮き輪でその辺を彷徨き周った。

 浮き輪で寛いでいる霧雨は楽そうで良さそうなのだが、後ろから押している俺としては水着姿の霧雨が至近距離でいる事に平常心を保てない。

 

 これがリア充ってやつですかそうですか。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっぱ海に来たら、海の家の昼飯だよなー!」

 

 一頻り泳ぐと、お昼時になっていた。互いにお腹を空かしていたので、浜辺に建てられている海の家に赴き、焼きそばを2つ購入した。

 

「後でかき氷も買いに行こうぜ!」

 

「はいはい」

 

 パラソルの陰の下で、焼きそばをずるずる啜っていると。

 

「なんで桃のかき氷が無いのよ!」

 

「いやなんでって言われましても。とんだクレーマーですね」

 

「地元じゃ桃のかき氷あったじゃない!」

 

「ここ千葉です。後、海の家ではそんなマイナーなかき氷は提供してません」

 

 何やらかき氷屋の付近から、女の子の荒げた声が聞こえてきた。

 

 腰まで届く青髪のロングヘアに、頭には桃の実と葉のようなアクセサリーが付いた丸い帽子を被った女の子。

 隣では青紫色の髪の女性が、青髪ロングの女の子の言葉に、呆れた物言いで返している。

 

「何騒いでんだあれ」

 

「…知らん。あんま関わらん方が身のためだろ」

 

 どう考えても関わったら面倒な予感しかしない。知らん子に申し訳ないが、俺のセンサーが反応してる。あれは地雷だと。

 

「もう!折角の観光が台無しよ!」

 

「はぁ」

 

「そもそも引っ越す場所を間違えたわ!千葉県って、なーんにもないじゃない!」

 

「そうですね」

 

「大体何よ!名産品が梨とか落花生って!梨まだ時期じゃないでしょうよ!」

 

 なんなんだあいつ。さっきから千葉を侮辱しやがって。

 梨と落花生だけが名産品なわけないだろ。千葉に旅行するならもっと事前に調べろや。

 

「八幡?なんで睨んでるんだ?」

 

「あ?元からこんな目付きだろ」

 

 誰も睨んでねぇし。千葉を侮辱されたからって怒ってるとかそんなんないし。

 

「…あ」

 

 目が合っちまった。

 いや、気のせいだ。俺は彼女を見ていたわけじゃない。かき氷屋を見ていたのだ。

 だから今目を逸らした俺に彼女が近づいて来ているのは気のせいだと思いたい。

 

「そこのあんた。さっきから何睨み付けてたのよ」

 

「や、だからこういう目付きだって言ってんだろ」

 

「初めて聞いたわよ」

 

 青髪の女の子が腕を組んで、俺を睨み付けている。

 

「総領娘様。一般人に不躾な真似はやめてください。恥ずかしいです」

 

「衣玖!あんた前からちょいちょい私をディスってるわよね!?」

 

「馬鹿になどしていません。ただ愚か者を見ていると口が緩くなる症候群で」

 

「それを馬鹿にしてるって言ってるのよ!」

 

 なんで目の前でコントを見せられてるんだろうか。

 

「そこの不調法者。私を睨み付けていたのは知っているわ。何のつもりか答えなさい」

 

「い、言いがかりだろ。自意識過剰って言われても仕方ないぞ」

 

 いやまぁ見てたんですけど。そこそこ距離あったのによく目が合った事分かったな。

 

「確かに。もしこの方が総領娘様ではなく、総領娘様の後ろにあった屋台を眺めていたのなら、とんだ自意識過剰ですね。ぶっちゃけタチ悪い」

 

「どっちの味方よあんたは!」

 

 やっぱりコントを見せられてるんですかね。案外息も合ってるし。

 

「ていうか、あんたら誰なんだ?」

 

 霧雨は2人に名前を尋ねた。

 

「私は永江(ながえ)衣玖(いく)です。そして見るからに面倒くさそうなこの方は、比那名居一族の総領娘である比那名居(ひなない)天子(てんし)様です」

 

「そういう事よ!私を崇めなさい、そこの不調法者!」

 

「知ってるか?」

 

「知らん」

 

 比那名居一族なんて聞いた事が無い。まぁ感覚的で例えるなら、スカーレット家みたいなものか。あっちのお嬢もこっちのお嬢も、どっちも面倒くさいな。

 

「あっ、私は霧雨魔理沙だ。で、こいつは比企谷八幡。今日は一緒に遊びに来てるんだ」

 

「…なるほど。どうやら私達はお邪魔なようです。さぁ総領娘様。あちらに行きましょう。先程桃のかき氷が出たと風の噂で告げられています」

 

「嘘付け!そんなの聞いてないわよ!」

 

 比那名居とやらは粘って、こちらに詰め寄って来る。いやちょっと近い近い近い。

 

「絶対睨んでたわよね、あんた」

 

 海に入ってる筈なのになんでこんな良い匂いすんの?女の子って所々不思議だよね。

 

「…そうだな。八幡、思いっきり睨んでたぜ」

 

「えっ霧雨?」

 

「ほーらやっぱり!」

 

 黙ってくれとは言って無いけど、なんかチクられた。しかもちょっと不機嫌気味だし。

 

「さぁ吐きなさい!なんで私を睨んでたのかを!」

 

「…睨んでたっつうか、千葉をあれだけボロカスに言ったら気に触るわ」

 

「は?」

 

「千葉の名産品が梨と落花生なのは間違いない。だがそれだけじゃない。枇杷や瓜、更にはマッカンなど、様々な名産品が千葉にある。付け焼き刃の知識で千葉を語ってんじゃねぇよ」

 

「この方は千葉のガイドさんか何かですか?」

 

「単なる千葉好きの高校生だぜ」

 

「地元愛が強いんですね」

 

 故郷を愛するのは当たり前だ。それをさぞおかしいかのような言い方はちょっと納得いかないな。

 

「あんた、地元の高校生なの?」

 

「だからなんだよ」

 

「いえ、私つい最近千葉に引っ越して来たから。私も千葉にある高校に転校するのよ」

 

 なんだろ。千葉に引っ越して来たって聞いて、尚の事嫌な予感がしたんだけど。

 

「だから下見ついでに観光しに来たのだけど…。あんた、千葉について博識なのね」

 

「ハッ、こちとら生粋の千葉県民だぞ」

 

「なら私に披露してみなさいよ。千葉の全てを」

 

「そんなもん余裕で…」

 

「八幡。私、もう一回海に遊びに行きたい」

 

 比那名居とやらに千葉の素晴らしさを語ろうとすると、拗ねたような表情で霧雨はそう言う。

 

「えっいや、こいつに千葉の良さを…」

 

「誰もが千葉の良さを理解するとは限らねえだろ。そんな事より、早く海に行きたい」

 

 霧雨は俺の腕を掴んで、強引に引っ張って行こうとする。

 

「ちょっと待ちなさいよ!今こいつの相手は私なんだから、あんたは1人で遊んでなさいよ!」

 

「確かに八幡が突っかかったのが悪いが、八幡の相手は私で手一杯なんだ。お前が入って来る余地なんてねえよ」

 

「!この女…」

 

 何このよく分からん争い。まさかの修羅場?

 

「はーいはい。総領娘様、喧嘩は御法度です。私達はこれでお邪魔しますので、どうぞお二人はごゆっくりお過ごし下さい」

 

 永江さんという人物が介入し、比那名居の腕を掴んで連れて行く。

 

「あっちょ!離しなさい!私はあいつから千葉の事を…」

 

「後でググりましょう」

 

「そんなのより地元民に聞いた方が…ってあんた力強いわね!全然振り解けないんだけど!?」

 

 そうして、永江さんと比那名居は目の前から去って行った。

 不用意に人を睨んじゃいけませんでした。人を睨むと、ああして嵐が来ちゃうからやめようね。

 

「八幡ってさ、やっぱり女誑しだよな。あっちこっちで女を引っ掛けて」

 

「ちょっと待て。誑した記憶無いんだけど」

 

 俺よりやや低い身長の霧雨は、拗ねた表情で俺を睨み付けながら見上げる。

 

「今日は私の罰ゲームなんだぞ。他の女と遊ぼうとするなよ」

 

「…お前それ…」

 

「今日だけはずっと八幡は私のだ。あの女に千葉を語る必要なんて無いんだよ」

 

 可愛らしい嫉妬。と言えば可愛らしいのだが、いかんせん周りにいる女子の考えてる事が分からん時がある。

 故に、今霧雨が何を思っているのかも完全に理解は出来ない。

 

 とはいえ、罰ゲームを邪魔されて不機嫌になったのは分かる。鈍感系ならそこすら分かっていなかっただろうが。

 

「…悪かったな。迷惑かけて」

 

「だと思うなら、今度はちゃんと私と遊ぶ事!分かったか?」

 

「…了解」

 

 あれはイレギュラーだ。さっきみたいな事がそうそう起きるとは思わない。

 

「でも、またもし女を引っ掛けたら…」

 

「?」

 

「その時はどうなるか分かんないぜっ」

 

「えぇー……」

 

 満面の笑みでそう言う霧雨だが、普通に怖いんだけど。

 女子がこうやって具体的な事を言わないって事は、具体的な事を言えないような事をする可能性がある。封獣が良い例だ。

 

 というか前から思ってたんだけど、罰ゲームになると人格が若干凶暴になるのなんなの?

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 時刻は午後の7時。夕方にはぞろぞろ帰って行く人が多い中、未だに九十九里浜の海水浴場にいる。そんな時間まで海で何をしているのかと言えば。

 

「やっぱ夏の夜は花火に限るよな」

 

 花火をしていました。まだ海水浴場にチラホラ人がいるが、昼間に比べれば圧倒的に少なくなっている。

 

「なんかまるで夏休みが終わる錯覚が起こってるわ」

 

「まだ夏休み始まったばっかなのにな」

 

 海に来る事同様、誰かと一緒に花火をする機会が今までなかった。花火大会であれば、小町と一緒に行ったりしたけど。

 

「今日はすっげえ楽しかった。八幡と海に来る事が出来てさ。今度霊夢達も連れて行こうぜ!」

 

「あいつの事だから、"えっ普通に嫌なんだけど。熱い中なんでわざわざ海に行かなきゃならないの?"って言うだろうな」

 

「微妙に似てる!あははっ!」

 

 博麗とはどことなく似てるところがある。何かに対して面倒くさがるところとかな。

 

「高校生活がまだ始まったばっかだってのにさ、今でこれだけ楽しいのって幸せだよな。この時間がまだまだ続くんだから」

 

「…どうだろうな。クラスが変われば人間関係はリセットされたりするし」

 

「絶対させねえ」

 

 霧雨のそんな強い言葉に、思わず彼女の方に視線を向けた。

 

「霊夢が、アリスが、八幡が例え別のクラスだったとしても。例え転校したとしても。私は絶対に今の関係をリセットなんてさせねえ」

 

「…凄ぇな、お前」

 

 本当何このかっけぇ女の子は。本当に男女関わらず惚れるってマジで。勇まし過ぎだろ。

 

「ずっと続く関係なんて無いのかも知れない。でも私は続けたい。そういう関係が欲しい。たかだか数年で別れる関係なんて嫌だろ?」

 

「中々無茶苦茶な事言ってるな、お前」

 

「私は強欲なもんでな。欲しいって思ったら、ずっと欲しいって思うのさ。…気になった本、美味しいと思った食べ物、心の底から寄り添いたいと思った人。手を伸ばせるものは全て欲しいんだ」

 

 例え手が届かないと分かっていても、それでもいつか自分の物になると信じて手を伸ばす。何かに直向きになれる彼女だからこそ、あり得る願いなのだろう。

 

 しかし、強欲というのは7つの大罪の内の1つ。彼女の意思が、今後どういう風に転ぶか分からない。強欲のあまり、自分の身や周りを滅ぼす事も、あり得ないわけじゃないからな。

 

 …まぁ、霧雨なら大丈夫だとは思うけど。多分。

 

「八幡っ」

 

「なんだ?」

 

「夏休み、また一緒に遊ぼうなっ」

 

「…気が向けばな」

 

「じゃあ絶対気を向かせてやるぜ!」

 

 外は夜で暗いというのに、彼女の笑顔はいつまでも明るく見えた。直射日光にも程がある。眩し過ぎる彼女の笑顔。

 

 でも、不思議と一緒にいて不快とは思わない。むしろ、悪くない。

 

 



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蓬莱山輝夜は告らせたい。

 

「人手が足りない…」

 

「そうなのよ。専門的なことはさせないから。薬や医療用の器具を持って来てもらうとかそんなサポート的な仕事だけだから」

 

 夏休みだと言うのに俺は今、永遠亭にやって来ていた。鈴仙曰く、今日はやたらと訪ねて来る人が多いらしい。故に、邪魔にならない程度のサポートを頼まれたのだ。

 

「勿論、バイト代は出すって師匠も言ってる。だからお願い出来ないかしら…?」

 

「…はぁ…。まぁ、金が出るなら手伝うけど」

 

「本当?ありがとう!」

 

 暑い中で動くなら即断っていただろうが、エアコンが効いて部屋の中で冷えている。そこまで俺が働くことも無い可能性だってあるし、それで金が貰えるならやっても構わない。

 

 そんなわけでその日一日中、永遠亭のサポートに徹した俺。

 病院みたいに大きな機関ではなく、どちらかと言えば診療所なので働く人間が少ないのだ。永遠亭は尚の事、八意先生と鈴仙でほとんど仕事を回していた。

 故にやって来る人間が多い程、かなり負担を強いられる。無論、サポートに徹していた俺もそこそこ働いたのであった。

 

「今日は本当にありがとう。貴方がいてくれて助かったわ」

 

「や、別に助けるほど何もしてないんですけど…」

 

「いいえ、1人いるいないの差はこの診療所では大きいから。本当ならてゐもいる筈なのに、どこかに消えてしまったし…」

 

 というか、そんなに人手が足りないのなら募集すれば良いのではないかと思うのだが、見たところこの少人数で切り盛りしているようだ。つまり、敢えて募集をしていないという事なのだろうか。

 

「お疲れ〜。なんか今日はやたらと患者が多かったね」

 

「てゐ!今までどこ行ってたのよ」

 

 癖のある黒く短い髪に、桃色の半袖ワンピースを着ていた少女がヘラヘラとしながらやって来た。その少女に、鈴仙が問い詰める。

 

「いやぁちょーっと用事があってさ〜。…およ?そこの人間はどちら様?」

 

「彼は比企谷八幡。優曇華のクラスメイトよ」

 

「へぇ〜」

 

 すると、てゐと呼ばれる少女はこちらに寄って来る。こちらの顔をジッと見ると。

 

「めっちゃ目ぇ腐ってるじゃん。何、今から眼球を取り替えたりすんの?」

 

「そんな事しないわよ。今日忙しかったから、手伝って貰っていたの」

 

「ふーん。あ、私は因幡(いなば)てゐ。鈴仙と同じ、永遠亭の住人だよ。まっ、よろしくね」

 

「お、おう…」

 

 なんだろう。この胡散臭い感じは。隙を見せたら悪戯でもされそうな気配がするんだが。

 

「とにかく、今日は本当にありがとう。これは今日のバイト代よ」

 

 八意先生は、お札が入った封筒を渡す。俺は短く感謝を告げて、遠慮なく貰うことに。

 

「あ、師匠。折角ですし、八幡も夕飯に誘っても良いですか?」

 

「構わないわよ。彼が良いなら」

 

「え、俺普通に帰る気なんだけど」

 

 手伝いは終わって、永遠亭に残る理由も無い。

 

「ダメ、なの…?」

 

「う……」

 

 鈴仙の上目遣いが、即決を阻んだ。男子の上目遣いなんて気色悪いだけだが、女子の上目遣いはどうしても断りにくい雰囲気を醸し出している。

 

「…まぁ、別に良いけど。今日は家に妹いないし」

 

 小町はあのカラフルな友人とお泊まりするらしい。だから帰りにこの金でサイゼかなりたけでも食って帰ろうかと思ったのだが…。

 そろそろ女子の上目遣いに対して耐性を付けなければならないな。じゃないと碌なことになりかねない。

 

「それじゃ、早速夕飯にしましょうか。優曇華」

 

「はい!」

 

「あ、折角だから私も手伝うよ〜」

 

「え。て、てゐが?」

 

「私だって客人をもてなすぐらいの心はあるのさ」

 

 しかし、因幡のその言葉に鈴仙は怪訝な顔をしていた。

 

「…まぁ私が近くにいるから大丈夫かしら。でも妙な事したらすぐ叩き出すからね」

 

「はーいはい」

 

「それじゃ、私は比企谷くんを案内するわね」

 

「あ、はい」

 

 俺は仕事場の永遠亭ではなく、彼女達のプライベートルームである永遠亭を案内して貰った。内装がどことなく、命蓮寺や白玉楼を思わせる和風な造り。

 そう思いながら八意先生の後に付いて行くと、どこからか聞き覚えのある効果音が聞こえて来る。この音は……ゲーム?

 

「…誰かゲームでもしてるんですか?」

 

「あぁ…恐らく姫様ね。彼女、ゲームが好きだから…」

 

 今のところ、どんな人物なのか検討も付かない。姫様と呼ばれた人物はゲームが好きだと言う。

 

「後で顔を合わせるけれど、どうせなら先に挨拶しておきましょうか」

 

 そう言って、姫様のいる部屋に先に案内された。襖を開けると、そこでは和風の造りに合わない大型のテレビやゲーミングチェア、机の上にはパソコンが置かれている。

 

「何?もう夕飯なのかしら」

 

「いいえ。客人をご紹介させていただきたいと思いまして」

 

「ちょっと待って。後少しで終わるから」

 

 と、彼女はこちらを振り向くこと無くスマブラのオンライン対戦をプレイしていた。残機数を見る限り、姫様の圧倒的有利。相手のパーセンテージもかなり増加しており、場外に叩き出されてもおかしくない。

 そう観察していると、すぐに相手は場外に叩き出されてゲームセット。

 

「このゲームももう飽きたわ。弱い相手しかいないんだもの」

 

 そう言って、彼女は腰を上げてこちらに振り向いた。

 

 ゲーミングチェアの背もたれで気付かなかったが、彼女の服装は和装であった。手を隠す程の長い袖がある桃色の服に、月・桜・竹・紅葉・梅と、日本情緒を連想させる模様が金色で描かれている赤いスカート。

 その服装を際立たせているのは、腰より長いほどの黒髪だろう。前髪は眉を覆うぱっつんで、まるでかぐや姫を連想させられる姿。

 

「それで、貴方が客人?異様な目の腐り具合だけれど」

 

「姫様、初対面の人間にそういう言葉は…」

 

「別に良いですよ。言われ慣れてるんで」

 

 目が死んでるだの腐ってるだの、言われ慣れ過ぎて何とも思わなくなった。心が強くなった証拠である。

 

「そう、なら撤回はしないわ。私は蓬莱山(ほうらいさん)輝夜(かぐや)よ。貴方、名前は?」

 

「…比企谷八幡です」

 

「八幡、ね。まぁここで会ったのも何かの縁ね。よろしく」

 

 本当にかぐやって名前だった。容姿といい名前といい、確かにこれなら姫と呼ばれてもなんら不思議じゃない。

 

「永琳、夕飯はまだなのかしら」

 

「今、優曇華とてゐが作り始めたところですが…」

 

「なら丁度いいわ。八幡、貴方ゲームは出来るかしら?」

 

 突然、彼女に話を振られた。

 

「え?ま、まぁそれなりには…」

 

「そう、なら私と一緒にゲームしましょう。永琳は夕飯が出来たら呼びなさい」

 

「…分かりました。では比企谷くん、また後で」

 

「は、はぁ…」

 

 俺が一緒にゲームをやる話になり、八意先生は先に部屋から出て行った。残された俺は、ただ突っ立っていただけだった。

 

「何突っ立ってるのよ。さっさとこっち来なさい」

 

「あ、はい」

 

 ゲーミングチェアに座る彼女の隣に、俺は畳に腰を下ろす。「はいこれ」とコントローラーを渡される。

 

「そういえば名前聞いて思い出したけれど、貴方確かストーカー退治したって子よね。永琳から聞いたわ」

 

「いや、正確には警察が…」

 

「けれど鈴仙の助けになったのは紛れも無い貴方でしょ?最近の学生って、勇気あるわね」

 

「最近の学生て。対して歳変わらないんじゃ…」

 

「あぁ、私学校行ってないのよ。というか行く理由も無いし」

 

 飄々と言ったその言葉を聞いて目を見開く。まさかこの人、正真正銘の引き篭もりなのか?それにしては、初対面の人とのコミュニケーションをしっかり取れている。

 

「学校が嫌いとかいじめられたとかじゃないわよ。ただ、学校に行くことより、こうして自分のしたいことをして過ごす方が楽しいのよ。要のところは、今を楽しむってことかしら」

 

「今を、ですか…」

 

「そう。過去は無限にやってくるわ。だから、今を楽しまなければ意味が無いじゃない。千年でも万年でも、今の一瞬に敵うものは無いの」

 

 コントローラーを操作しながら発した彼女のその言葉に、俺は心に残った。カッコいいとすら思えてしまったのだ。

 

「勿論、学校が楽しいって人もいるわけだから、その人の楽しみを否定するつもりは無いわ。けれど、今を楽しむ事は人間が出来る幸福なのよ。その楽しみがゲームでも学生でもね」

 

 今が1番幸福、という点については同意する。

 だが俺の場合、過去を振り返れば死にたくなるし、未来を考えれば不安で鬱になるから、消去法で今が幸福だと思っている。

 しかし彼女は、過去のことや未来のことよりも、今だけを考えて楽しんでいる。ゲームが好きだから、こうして引き篭もって楽しんでいるのだろう。

 

 カッコよ過ぎだろ。危うく惚れちゃうところだったぞ。

 

「…カッコいいですね」

 

「どうせなら美しいと言いなさいな。まぁ、私に身の程知らずの恋をした連中の言葉なんて聞き飽きてるけど。揃って"美しい"って言ってきて。そんな事分かってるわよ」

 

 さっきまでカッコよく見えたのが、今の一瞬で崩れたように見えたのは、俺が妙な期待をしていたからだよな。そう、俺が悪い。

 

「私ね、こう見えて結構モテるのよ。過去に5人同時に求婚されたこともあるのよ」

 

 待ってこれなんかどっかで聞いた話なんだけど。なんかもうオチが分かっちゃった気する。

 

「でも、知らない相手にいきなり求婚されて、"はい喜んで"って返すわけないじゃない。相手の心を知らないまま結婚しても幸せになるわけじゃないし、なんなら浮気されることだってあるでしょう?だから彼らに難題を出したのよ。私に見合う相手かどうかを確かめるために」

 

 あーこれあれですね。内容がまんま竹取物語ですね。リアルのかぐや姫を見ることになろうとは思わなんだ。

 

「結果は全員無駄に終わったわ。よく分からない贋物ばっか持って来たし」

 

「…そうですか」

 

「分かったのは、世界有数の財閥の御曹司であっても私に見合う相手じゃないということ。いくら金や人脈があっても、叶わないこともある。世の中そんなに甘くないのよ」

 

 壮大なお話だった。元ネタを知ってるからか、これが本当の話なのか疑いたいとは思うけど。ただ名前や容姿からして、本当にあったことなのではないかと錯覚させられる。

 

「貴方も諦めた方が良いわよ。私に身の程知らずの恋をする前に、そこらの女に恋をしておくことをお勧めするわ」

 

「…いや、まずなんで俺が好きになる前提なんですか」

 

「へ?」

 

「確かにその容姿ならそういう感情を持っている人がいてもおかしくないですけど、俺別に先輩の事好きじゃないんで」

 

 なんなら少し苦手意識が出て来たまである。生き様はカッコいいし、考え方に共感出来る部分が無いわけじゃない。が、そんなすぐに好きになったりしない。運命の相手なんて信じないタイプだからな。

 

「またまた、思春期特有の照れ隠しね。そんな隠さなくても良いのよ?私を好きになることは何も恥ずべきことじゃないのだから」

 

「いやだから、好きじゃないって言ってるじゃないですか。初対面の人間を好きになれるわけないでしょ」

 

「もう、そういうのは良いから。本音は?」

 

「だから好きじゃないと。なんなら少し苦手意識出ましたし」

 

 残念だが、俺は今まで恋愛について良い思い出が無かった。

 中学で生み出した黒歴史のおかげで、勘違いすることも無くなった。人の言葉を疑うことも覚えた。

 

 ある意味、恋愛に対して無敵と言える。

 

「私のことが、苦手ですって…!?」

 

「あ」

 

 これヤバい、怒らせた。確かに初対面の人間に苦手と言われたら、喧嘩売られてんのかって話になる。いやでも、初対面の人間に傲慢に接して来るのもどうなのだろうか。

 

「私に惚れない人間なんていなかった筈なのに……!貴方感情が死滅してるのかしら…!?」

 

 そんな言う?確かに惚れてもおかしくない容姿だが、だからと言って全人類が惚れるかと言われたらそうじゃないだろ。

 

「ここまでコケにされたのは初めてよ…!」

 

 凄い。この人めっちゃキャラ変わる。もう今のこの人なんか残念な感じがしてならない。

 

「姫様、比企谷くん。夕飯そろそろ出来るから」

 

「あ、は、はい」

 

 俺はコントローラーを畳に置いて、彼女から逃げるように八意先生の後に付いていく。

 これ完全に地雷踏んだ気する。だって寒気が止まらないんだから。今までの経験からなんとなく分かる。

 

 俺あの人に狙われる可能性あり。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 私は美しい。自他共に認める美少女なのだ。その証拠に、5人もの人間から求婚されたのだから。

 それがきっかけになったからか、いつの間にか私を好きにならない人間なんていないと思い込んだ。だって知りもしない相手から出された難題を無謀にも達成させようとしたのよ。

 

 つまり、私はそれほどまでの人間だということなの。

 

 それ以外にも、永遠亭に診断を受けに来た人間にも惚れられたこともある。私の美貌は日本、いや、世界トップレベルと言っても過言ではないわ。この美しさに惚れてしまい、無謀にも私に身の程知らずの恋をしてしまった人間は数え切れない。

 

 だから、私は惚れられることを疑わなかった。

 

 なのに、あの比企谷八幡とかいう不調法者は私のことを苦手とか言い出した。最初は、私を好きになってしまって照れているのだと思った。

 しかし、顔がそれを物語っていた。本気で、彼は私のことを苦手としているようだ。

 

 私に惚れない男なんて存在するわけがない。いたとしたら、その人間の感情は死滅している。

 

「それじゃ全員揃いましたし、食べましょうか」

 

 鈴仙とてゐが作った夕飯。客人を交えての夕飯はいつ以来かしらね。

 

「どう、八幡?美味しい?」

 

「あ、おう…普通に美味い」

 

「その餅も食べてみてよ!突きたてで美味しいからさ」

 

「マジか」

 

 てゐに促されて八幡は餅を一つ、口に入れると。

 

「んっ!ゴホッゴホッ!」

 

 八幡はその瞬間、咽せ返す。

 

「は、八幡!?てゐ、餅に何入れたのよ!」

 

「中に七味唐辛子をドサっと」

 

「頭おかしいんじゃないの!?八幡、水飲んで!」

 

 てゐが素直に料理を作るとは思えない。本当、悪戯好きな子なんだから。

 

「一種のサプライズってやつさ。な?」

 

「やっぱ止めておけば良かった…!八幡、大丈夫?」

 

「あ、あぁ…」

 

 それにしても、あの程度の悪戯で苦痛な表情を出すとはね。感情が死滅しているわけではなさそう。ということは、私に惚れない理由は別のところにある。

 

 ということは、やはり照れ隠し?

 それが一番あり得るのよね。私を見て惚れない人間なんていないわけなのだから。

 

 しかし、それでも苦手と言ったことは許さない。

 照れ隠しも出来ないように、まず彼を私に依存させましょう。私しか考えられないくらいに魅了して、今よりもっと惚れさせる。その上で、私に告白させる。

 

 そして、思い切って彼の告白を振ってみせるのよ。「私、貴方に苦手と言われたことが頭から離れないの。だから、ごめんなさい」ってね。

 自分が如何に愚かな選択をしたのか知ることになる。私に惚れたその時が、貴方の最後よ。

 

 そうと決まれば、まず策を練らなければ。ただ単純にべたべた引っ付いて誘惑するのは、乙女としてあるまじき行為。

 

「あ、水が無くなってる。グラス貸して」

 

「あ、悪い。ありがとな」

 

 そのまま平和ボケしていなさい。貴方はこれから、私の掌で踊ることになるのだから。

 

「ふふふ…」

 

「姫様?どうかなさいました?」

 

 強がる彼が私に惚れて告白し、そして振られて絶望するその表情をするだけで楽しみだわ。

 

 私を敵に回したことを、後悔しないことね。

 

 



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これにて、彼ら彼女らの夏休みは終幕となる。

 

 夏休みも終盤になり、今日は8月29日。ただの休みの日……と思う人間がいる傍ら、この日を楽しみにしている人間もいた。

 

「神社来るなら賽銭箱に金入れて行きなさいよね。出店よりこっちに金を費やすべきでしょ」

 

 祭りが開かれているとある神社の巫女は、ぶつくさと文句を溢し。

 

「楽しみだな、今日の祭り!」

 

「…そうね」

 

 金色の髪をした2人の女子高生は、祭りを楽しみにしており。

 

「そういえば今日が最終日なのよね。博麗神社の夏祭り」

 

「らしいですね」

 

「…折角だし、少し顔を出しておこうかしら。咲夜、支度をなさい」

 

 紅い館に住むお嬢様は、その周囲の人間を連れて顔を出すことを決め。

 

「夏祭りだからこそ、気が緩んで不貞を働く者が現れるのです。生徒会長として、治安の維持に努めなければなりません。小町」

 

「準備は出来てますよー」

 

 生徒会長と副生徒会長は治安の維持のために、神社の警備を行うことになり。

 

「ぬえは行かないのか?」

 

「…面倒だから行かない」

 

「…仕方あるまい。私達だけで行くとしよう」

 

 とある寺院の皆々は、心が荒んだ少女を連れて行くことを諦め。

 

「私とてゐと優曇華は、怪我人が出た場合の救護班として派遣され夏祭りに行きますが……姫様は行きませんか?」

 

「私がそんな有象無象の平民に紛れて祭りを楽しむわけが無いでしょう。というか暑いんだし」

 

「師匠!準備出来ました!」

 

「分かったわ。あ、それと怪我人が少ないようでなければ、2人とも少しの間は周っても良いわよ。おそらく同じクラスの子とも会うだろうし、一緒に周っても構わないわ」

 

「本当ですか!?…八幡もいるのかな…」

 

「!ちょっと待ちなさい。あの不調法者も来るのかしら?」

 

「え?いや、分からないですけど……知り合いが強引に連れて行きそうですし、もしかしたら…。というか不調法者?」

 

「気が変わったわ。仕方ないから私も行ってあげる」

 

「いえ、そこまで無理して…」

 

「行くわ」

 

 とある診療所の面々は、派遣のために、また1人の男を籠絡させるために神社の祭りに参加し。

 

「さとり様は行かないのですか?」

 

「えぇ…あまり人混みが好きじゃないもの。お燐とお空は気にせずに行ってらっしゃい」

 

「あれ、こいし様は?」

 

「あの子ならとうの昔に出て行ったわよ」

 

 銭湯を経営しているお嬢様は祭りに行くことはせず、代わりに2人の付き人に行かせることに。

 

「今日は何を食べようかしら〜」

 

「幽々子様。お願いですから店を潰すような真似は控えてくださいね」

 

 庭師はご主人の食欲を危惧して、予め釘を刺し。

 

「1日……2日……2ヶ月足りないって、うぉっ」

 

 夏休みが終わる現実を受け入れ切れない腐った目をした男は、ソファから落ちる。

 

 各々の8月29日という1日が、始まった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 夏休みはまだまだあっても良いと思うのだ。クーラーが効いた部屋でゴロゴロするという緩い日常が、学校という厳しい機関のせいで壊されてしまうのだから。せめて、2学期が始まるまでは家にずっと引き篭もっていたいものだ。

 

「お兄ちゃん。小町今日夏祭り行ってくるから」

 

「あれか。あのカラフルな連中とか」

 

「そゆこと。…というか、お兄ちゃんも誰かと夏祭りとか行かないの?」

 

「行かない。めんどい」

 

「はぁ……これだからごみぃちゃんは…」

 

 そうやって人のことをゴミ扱いするのやめようか。大体そんな単語どこから仕入れて来たのかな?やっぱあのカラフル連中が悪影響になったりしてない?

 

「とりあえず、夕飯は勝手に食べててね」

 

「了解」

 

 そう言って、小町は家を出て行った。

 時刻は夕方の6時を過ぎている。夕飯にはちょっと早いが、俺もどこかに出掛けて食べに行こう。どうせなら、久しぶりになりたけでも行くか。

 寝転んでいた俺は起き上がり、スマホを手に取った瞬間、振動が手に伝わり始めた。

 

「…霧雨?」

 

 なんと霧雨からの着信だった。俺は通話ボタンを押して、スマホを耳に当てる。

 

『八幡、祭り行こ』

 

 すぐさま通話ボタンを切った。今のは間違い電話だろう。

 念のため、電源を切っておこう。こういうのはもう一度掛かって来る可能性があるからな。

 

「…よし」

 

 財布とスマホを持って、俺も家から出て行った。

 暑い中で熱いラーメンを食べるなんて気が狂っていると思う人間がいるかも知れないが、ラーメンとは年中食べて美味しい料理なのである。

 最近は忙しかったり外に出るのが面倒だったりしたので、なりたけに行くのは本当に久しぶりだ。

 

 久しぶりのなりたけにワクワクしながら街中を歩いていると。

 

「見つけたぜ!八幡!」

 

 後ろから肩をガッと強く掴まれてしまった。

 おかしい。何故こんな街中で、しかもピンポイントであいつがいることが。

 

「全く、魔理沙が何度も電話しても出ないなんて……スマホの電源でも切っていたのかしら」

 

 なんでだ、電源切ったってのに。今年はとことん運が悪いのか俺は。

 俺は観念して、後ろを振り向く。そこには、浴衣姿の霧雨とマーガトロイドがいた。

 

「…はぁ」

 

「なっ!人の顔を見るなり溜め息は失礼だろ!」

 

 相変わらず元気だね。こんな暑いのに。

 

「…それで、何か用か?俺今からラーメン食いに行くんだけど」

 

「前に言ってただろ、夏祭り!行こうぜ!」

 

 一応言っておくが、忘れていたとかじゃない。普通に覚えていた。が、覚えておくのが嫌だったので忘れることにしていた。

 

「…分かったよ。行くよ」

 

「よっし!そうと決まれば、早速行こう!」

 

 霧雨が先頭を歩き、その後ろを俺とマーガトロイドが付いて行く。すると隣にいたマーガトロイドが、こちらを見つめている?

 

「…なんだよ」

 

「私達の浴衣を見て、何も言うことは無いの?」

 

「……まぁ、悪くないんじゃねぇの」

 

「…ふふ、八幡らしい感想ね」

 

 俺達は博麗神社に向かった。神社に近づく度に、人が多くなっていくのが分かる。神社に需要があるのも一つの理由だろうが、境内の中だけで無く、外にも出店が出ているのも理由の一つだろう。俺達が通っている道は既にチラホラ出店が出ている。

 

「やっぱ祭りって出店だよな。何から食べようか」

 

「そこまで食べるつもりは無いわよ。太るし。というかそもそもそんなに食べれる胃を持ち合わせていないから」

 

 構えた出店の道を通るだけでも、祭りの雰囲気を味わうことが出来る。

 

「幽々子様食べ過ぎですよ!店を潰すおつもりですか!?」

 

「えぇ〜。だってここの八目鰻、とっても美味しいんだもの。あ、後もう10本追加お願い出来るかしら?」

 

 どうやらこの夏祭りにカービィが参加したようだ。それを嗜めるメタナイトも参加している。ふむ、関わるべからずだな。

 

「とりあえず出店は後にするとして、先に境内に入ろう。多分後から人混むし」

 

「そうね。ここで時間を割けば境内に入れなくなるかも知れないし」

 

 そんなわけで、出店は後にして先に境内へ向かった。やはり境内の中も出店が構えられていて、人もそれに連ねて多くなっている。

 

「そういや博麗は一緒じゃないのか?」

 

「霊夢は巫女舞の準備中。それが終われば合流するって言ってたわ。"巫女舞を見物した代金として1人1万徴収するから用意してなさい"とも」

 

「ぼったくりじゃねぇか。やってる事荒くれ者だろ」

 

 もうほとんど脅迫なんだけど。一体どういう教育したらああなったんだ。校長の育て方が悪かったんか。

 

「あやや?御三方も祭りにいらっしゃったんですか?」

 

 この胡散臭い話し方は…。

 

「おう!終業式以来だな」

 

「どうも!オフバージョンの清く正しい射命丸です!」

 

 体育祭以降、話すことが無かった射命丸。人格が2つあるのかと疑うほどの裏表があり、元から少し苦手意識を持っていた。

 そんな苦手な人間の部類に入る射命丸は、変わらずカメラを片手にやって来て、霧雨やマーガトロイドと話している。

 

「やはり、今日の夏祭りの目当ては霊夢さんの?」

 

「それもそうだけど、やっぱ出店をさ!今年は八幡もいるし、一緒に行きたかったんだ!」

 

「なるほど……。あ、よろしければ私も付いて行ってよろしいですか?」

 

 待てふざけるな。お前は今すぐ回れ右しろ。何付いて来ようとしてるんだ。

 

「私は全然良いぞ?アリスと八幡は?」

 

「余計なことをしなければ構わないわ」

 

 霧雨は勿論、マーガトロイドも渋々了承した。こうなってしまうと俺は断れない。なんせ、多数決なら間違いなく俺の負けだからだ。

 

「…俺も良いけど、あんま絡んで来んなよ。クソ混んでる上に暑いんだから」

 

 とりあえず混んでる+気温の相乗効果で、射命丸から物理的に距離を置く。関わって来なければ、正直いてもいなくても構わない。

 

「ではそういうことで、私も付き添わせていただきまーす」

 

 射命丸文が仲間になった!

 こんなにいらん仲間は初めてだ。仲間にした途端逃すを選択したい。

 

「それでですね、八幡さん」

 

 ほら、どうせ絡んで来ると思ったよ。こいつが素直に聞き入れてくるわけが無い。無視だ無視。今俺の隣がうるさいのは烏が鳴いている。そういうことにしよう。

 

「おーい。八幡さーん」

 

 色んな出店がある。やっぱ買うとすれば、食い物系に限るわな。焼きそばや唐揚げ、焼き鳥に…。

 

「無視するな」

 

「ッ!」

 

 夏の暑さもびっくりするような冷ややかな声が耳の中にまで伝わってきた。

 

「引き分けになったからって随分な態度ね」

 

「引き分けじゃなくても同じ態度だったろうな」

 

 そもそも基本的に射命丸のこと苦手だし。

 

「2学期も覚悟しなさい。中間と期末、今度こそ完封してあげる」

 

「え、まだその勝負すんの?俺もうする気無いんだけど」

 

「は?」

 

「いやこっちがは?なんだけど。そもそも引き分けで終わったんだから良いだろ。互いにやるメリットが無い。というか俺には無い」

 

 前に喧嘩売られたのは、俺が射命丸の地雷を踏んだから。というか俺が喧嘩売ったことになるんかな、この場合。

 まぁそれはさておいて、俺にはもう勝負をする理由もメリットも無い。

 

「八幡!射的やろうぜ、射的!」

 

「勝手にやっとけよ」

 

 しかし、そんな言い分は霧雨に通るわけもなく、強引に腕を引っ張られた。射命丸を置いて。

 

「…絶対逃がさないんだから…」

 

 そんな憎しげな言葉が聞こえる訳も無く、ただただ無情に引っ張られた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そろそろ行きましょう」

 

 それなりに時間が経ち、マーガトロイドが呟く。

 先程までは、やたらと学校の人間に出会すことが多かった。四季先輩と小野塚先輩や、紅魔館の面々、永遠亭の皆々など、まるでオールスターのごとく次々に出会った。

 

「巫女舞目当てに、人の流れが激しくなるわ。そうなる前に、特等席を取って霊夢の舞を観覧しましょう」

 

「いつもどこで踊るんだ?」

 

「例年は大体、博麗神社の拝殿の目の前で踊ってる。今の時間帯だと、巫女が踊る十分なスペースを確保してるところじゃないかしら」

 

「巫女舞目当てもありますが、大半以上は霊夢さん目当てもありますからね。巷では、"楽園の素敵な巫女"と呼ぶ者もいます」

 

 あいつそんな有名人だったのか。身近にいた人間が有名なアイドルだったって告げられたレベルの驚きだな。

 

「さ、早く行かねえと霊夢の舞を目の前で見れないぜ!」

 

 俺達は出店を後にして、神社の拝殿へと向かった。幸い、今からスペースを確保し始めたのか、まだ思いの外人が集まっていないようだ。人混みの中に紛れて、少し強引に巫女舞を目の前で見れる特等席を確保した。

 博麗が踊るまで待機していると、徐々に人が増えてきた。やはり、博麗を目当てにやって来ている人が多いのだろうか。

 

 すると、唐突に竹笛の音が聞こえ始める。

 

「そろそろだぜ」

 

 霧雨がそう言って拝殿に視線を向けると、中から博麗が現れた。制服でも無く私服でも無く、肩と腋の露出した赤い巫女服を纏い、扇子を持ってゆっくり歩いている。

 

 その姿に、思わず目を奪われてしまった。

 

 拝殿から出てきて、中心に止まる。その場で、彼女はゆっくりと舞い始めた。扇子を、巫女服の袖を、自身の髪を、伝う汗すらを惜しみなく押し出して、観覧する人々を一気に魅了する。

 

 普段のガサツな彼女からは想像も付かない、優美な姿。一体どれほどの人間が、彼女の舞に、彼女に魅了されただろうか。

 

 そう思わせるほど、今の博麗は美しいと言える。

 

「凄いだろ?」

 

「…あぁ…。…凄ぇよ」

 

 ありきたりな感想しか出なかった。けれど、それしか出なかった。

 

 舞は終幕に近づき、博麗は中心部から出てきた拝殿へとゆっくりと戻って行く。完全に姿が見えなくなると、多大な拍手が送られる。

 しばらく拍手が送られた後、徐々に拝殿から人が離れて行き、引き続き祭りを楽しみ始めた。

 

「霊夢が出てくるまで待つか」

 

 俺達は博麗が出てくるまで拝殿の近くで待っていた。しばらく待っていると、首を鳴らしながら拝殿の裏側から博麗が現れた。

 

「あー疲れた。毎年毎年面倒ったらありゃしない」

 

「よう、お疲れ!」

 

「良かったですよ。カメラ越しから霊夢さんの優美さが伝わると思うくらいです」

 

「そんな賞賛の声はいらないから、代わりに観覧料を払えっての。何ポケーっと見てるだけなのよ」

 

「…霊夢はこうでないとね」

 

 普段のガサツな博麗。彼女のそんな姿を今一度見てみると、先程までの姿のギャップに心が揺られる。

 

「何人の顔見てボーっとしてんのよ。ほら」

 

 すると彼女は、手を差し出してくる。

 

「…何これ」

 

「決まってるじゃない、観覧料よ。1万」

 

「え、絶対嫌だ」

 

「チッ、ケチ臭いわね」

 

 払ってたまるか。いや、人によれば払おうとする人は存在するかも知れない。

 

「まぁ良いわ。ずっと神社に篭ってたから、出店周りたいのよね。1万は良いから、何か奢りなさい」

 

「いつまでも厚かましいな、お前」

 

 博麗も合流し、再び出店を周ることにした。博麗が合流したことで、このメンバーの鬱陶しさがプラスになった。比較的、マーガトロイドはまだマシな方である。

 

 しばらく5人で周って。

 

「もう結構周ったわね…」

 

「そうだな……」

 

 ずっと歩き周っていたからか、俺とマーガトロイドは足にキていた。そろそろどっかのベンチに座りたい。

 

「じゃあ締めはあれだな!」

 

「?あれって何よ」

 

「私は今から買いに行くからさ!」

 

「あ、じゃあ私も行きますよ」

 

「霊夢達は、神社の近くにある公園で待ってろよ。後で行くから」

 

 そう言って、霧雨と射命丸は目の前から去って行った。

 

「…なら私達は先に行ってましょうか」

 

 マーガトロイドの言うことに賛成し、先に公園へと向かった。霧雨達が戻って来るまで、俺達はベンチに腰掛けて待っていた。

 

「…凄かったぞ」

 

「は?何急に」

 

「お前の舞だ。巫女舞なんて生まれて初めて見たが、なんか凄かった。…というか、他に形容する言葉が見つからねぇわ」

 

「八幡、霊夢の踊りを食い入るように見てたわね」

 

「…あっそ、ありがと」

 

 暗いからきちんと見えないが、博麗の顔が少し赤いように見えた。

 

「夏休みももう終わりね」

 

「始業式はサボっちまおうかな…」

 

「それ賛成。どうせ授業しないんだし」

 

「典型的な問題児じゃないの」

 

 3人でそう雑談していると、2人ほどの駆け足の音が聞こえてきた。

 

「買って来たぜ、花火!」

 

「…あぁ。あれってそういうこと」

 

 キャンドルに火を着けて、各々が好きな花火を使って点火させる。

 霧雨や射命丸がはしゃいで遊び、その姿を微笑ましく眺めているマーガトロイド。その傍ら、俺はマッカンを飲みながら、線香花火を眺めて楽しんでいた。その隣には、博麗がやって来て。

 

「…2学期もよろしくね、八幡」

 

「…おう」

 

 ただそれだけを交わし、夏を締める線香花火を眺め続けた。

 

 



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2学期も、彼の周りは騒々しい。

 

 

「夏休みも終わり、2学期が始まります。夏休み気分が抜け切っていないという人もいるでしょうが、きっちりと切り替えて勉学に励んで下さい」

 

 今日は2学期の始業式。授業があるわけでも無く、午前中に終わる素敵な1日。しかし、明日からは通常授業。その上、生徒会も活動が再開される。ゆっくり出来るのは今日までなのである。

 

「さて。これから体育館にて始業式に参加するわけですが、その前に。このクラスに転校生がやって来ます」

 

 稗田先生の言葉に、クラスはざわつく。転校生がやって来るとなれば、大なり小なり気にはなるに決まっている。というか、1学期に十六夜が来てあまり日が経っていないと言うのに、また転校生が。

 

「では、入ってもらいましょう。どうぞ」

 

 スライド式のドアを開けてクラスに入って来たのは、艶のある青色のロングの女の子。その人物の顔を見た瞬間、俺は顔を伏せた。

 

 何故なら、一度彼女と出会っているからだ。

 

「あっ、お前!」

 

 バカ騒ぐな霧雨。俺はあいつに絡まれたくないんだ。頼むから余計なことはしないでくれよ。

 

「知り合いですか?」

 

「…えぇ。そこの金髪の女と、私の顔を見た途端あからさまに顔を伏せた男とは、一度出会ってるわ」

 

 くっそバレてる。

 いや、しかしバレていても顔を合わせなければ関わることは無い。元来、人間のコミュニケーションの7割は目で行われると言う。つまり目さえ合わせなければ、彼女と話すことは無い。

 

「名をまだ名乗っていなかったわね。私は比那名一族の総領娘、比那名居居天子よ。よろしくね」

 

 こうして、比那名居が新しくうちのクラスに参加したのである。

 午前中に学校が終わり、帰る者は下校し、部活動に参加する者は部活に、委員会に参加する者は委員会に。各々の早い放課後が始まった。

 

「私を案内なさい。比企谷八幡」

 

「え、嫌だ」

 

 俺はそれだけ言って、教室から出て行き、生徒会室へ向かおうとした。が、断り方が良くなかったのか。

 

「待ちなさいよ!普通断る!?転校生が学内を把握するために努力しようとしてるのにそれを無碍にするの!?」

 

「いやだって普通にめんどいし。他の奴に教えてもらえよ」

 

 比那名居で無ければ、もしかしたら案内していたかもしれない。だが、この間の一件で面倒な人物だとヒッキーの中で判定を下しちゃったから。

 

「血も涙もない不調法者!比那名居一族を敵に回したらどうなるか、その身を以て…」

 

「2学期から貴方の周りは騒がしいですね」

 

 比那名居がこちらに詰め寄ろうとすると、彼女の言葉を遮る冷ややかな声。そして、この丁寧な言葉遣い。

 

「ご無沙汰ですね、八幡。健勝でしたか?」

 

「ういっす八幡。久方ぶりだねぇ」

 

「…ども。四季先輩、小野塚先輩」

 

 現れたのは、現生徒会長と副会長のハッピーセット。遮られたイラつきからか、比那名居は先輩達を睨み付ける。

 

「貴女は……確か転校生ですね」

 

「そうよ、私は比那名居天子。…というか、あんた達こそ誰よ」

 

「私はこの学校の生徒会長。四季映姫と申します。隣にいるのは、副会長の小野塚小町」

 

「どーも」

 

「あっそ。それで、騒がしくしてたから私を取り締まろうっての?」

 

 生徒会長を前にして、態度を変えない比那名居。大胆というか、恐れ知らずっつうか。俺だったら間違いなく平伏するわ。

 

「別に騒がしくしていることに関して何も問題はありません。過度な騒ぎなら止めますが。…私が貴女に言いたいのは、彼に無理矢理詰め寄らないことです」

 

「は?あんた関係無いじゃない」

 

「彼も生徒会役員の1人です。無関係ではありません。むしろ、貴女よりずっと深い関係です」

 

「何?何そのマウント。まさか私の方が仲良いから〜って言いたいの?ここの学校の生徒会長って幼稚なところあるのね。ま、見たままだけど。八幡もこんな生徒会長の下で働かされてるなんて可哀想に。辞めちゃえば良いのにね」

 

「あんた、それ以上四季様を……ひぃっ!」

 

 小野塚先輩が比那名居を嗜めようとするが、もう遅かった。自分自身を冒涜された上に、容姿のことまで言われた。後者に関しては、彼女自身コンプレックスを感じていたりするのだ。それを無神経に刺激している。

 

 怒らないわけが無い。

 

「今回の転校生は中々達者な人物で。比那名居一族の総領娘、でしたか?一族の名を借りて威張ることしか能のない人物に、ここまで言われるとは思いませんでしたよ」

 

「事実だから仕方ないじゃない。それとも、自分のことを受け入れることすら出来ない臆病者なのかしら、あんたは。てっきり何度か言われたことがあると思ってたけど」

 

 やめて!仲良くして!

 

「まぁ良いや。あんたと話しても無駄ってことは分かったわ。…ねぇ八幡、本当に案内してくれないの?生徒会役員って、転校生すら案内しない心の狭い集まりなの?」

 

 そう言われると弱る。別に俺がどうこう言われても言われ慣れてるからどうってことは無い。が、ここで断って生徒会の評価が比那名居によって落とされたらたまったもんじゃない。

 

 この手のタイプは、おそらく言いふらしそうな人間だから。

 

「…分かったよ、分かった。案内するからそれで良いだろ」

 

「わぁやっさしい〜」

 

 なんだろう。1発ぐらいぶん殴っても誰も文句言わないのではないか。そう思わせるほど鬱陶しい人間に見えてしまう。

 

「…そうやって、貴方は誰かに優しくしてしまう。それは貴方の美徳で、素晴らしい長所です。しかし、その優しさを与える相手を間違えてしまうところが、貴方の短所でもあります」

 

「聞くに堪えないわ。行きましょう、八幡」

 

 比那名居はそう言って、俺の手首を掴んで引っ張って行く。背後から眺める四季先輩の、泥沼のような瞳に刺されながら。

 

「全く。転校した矢先にあんな女に絡まれるなんて」

 

「いや、ほとんどあれお前が悪いだろ。何を被害者ぶってんだよ」

 

「失礼ね。大体、あんたがさっさと案内してくれればあんな女に絡まれることも、騒ぎになることも無かったんでしょ」

 

 ここまで清々しい責任転嫁をされたのは初めてだ。一周周って笑えてくる。博麗以上の傲慢な女子である。あいつ以上とかどんだけだよ。

 博麗を前にして絶対に言えない感想を心の中で呟きながら、必要最低限の場所を案内した。最後に案内した場所が、食堂である。

 

「…お腹減ったわね」

 

 ここで反応してはダメだ。すれば、「お前ちょっと奢ってくんない?」的なことを言われてしまう可能性がある。被害妄想と言われても仕方が無いが、傲慢な人間ならそう言いそうなものだからだ。

 

 だから俺がここで取る選択は一つ。何も言わずに去る。

 

「……あら?あいつ、どこ行ったの?」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 無事、比那名居の手から逃れた俺はベストプレイスにて昼食を摂ろうとした。が、夏の暑さがまだ残っており、尚且つ昼間の日差しは人やアスファルトを照り付けている。

 

 そんなわけで、冷房の効いた生徒会室で昼食を摂ることにした。中にいるのは、四季先輩と風見先輩、そして小野塚先輩だけ。残りの2人はまだ来ていないようだ。

 

「八幡。そういえば、先程の彼女はどうしたのですか?」

 

「先程の…あぁ、あいつなら食堂に放置しました」

 

 粗方校内は案内したし、迷う事は無いだろう。あのまま付き合っていたら確実に奢らされていた。

 

「八幡の女かしら?」

 

「言い方どうにかしてくれません?…単に転校生を案内してただけですよ」

 

 十六夜に続いて比那名居まで案内したが、いつから俺は転校生担当になったのだろうか。転校する前に知り合ってしまったのが運の尽きだったか。

 

「あっち〜」

 

 再び生徒会室の扉が開く。入室したのは、暑いと呟きながらハンディファンを自身の顔に向ける河城先輩と、いつも一緒にいる鍵山先輩である。

 

「いやぁ、やっぱり夏は冷房に限るねぇ」

 

「…9月になったとは言え、まだ夏みたいなものだものね」

 

 こうして生徒会全員が揃った。まだ揃わなければならない時間では無いが、やはりこれだけ暑いと冷房の効いた部屋に逃げ込みたくなるのが夏の暑さだ。

 

「すぐにカーディガンや長袖を着る時期になりますよ。…その頃は、私や風見幽香は生徒会にはいないでしょうけど」

 

 …そうか。秋には生徒会選挙がある。3年の四季先輩、および風見先輩は引退する時期なのだ。

 

「まぁにとりや雛、それに八幡がいるだろうから生徒会は安心して任せられるけれど」

 

「えっあたいは?」

 

「貴女サボってばかりでしょうが。少なくとも小町は生徒会長は向いてないと思うわよ確実に」

 

「そうですね。私の説教を身に染みていないのでしょう。貴方はまだまだ未熟です。生徒会長という役職を与えるには3世紀早い」

 

「それもう絶対なれないじゃないですか〜…」

 

 確かに小野塚先輩は会長には程遠い。仕事はサボるし、生徒会の業務中は寝ているし。

 そんな姿を羨ましく見ていたのは四季先輩には秘密である。バレたら確実にあの笏で喉元を突き付けられる。

 

「とはいえ、今いる面々が必ずしも続投するとは限りません。小町や河城にとり、それに鍵山雛。貴女達はどうするのですか?」

 

「私はまだ続けても良いかな。会長になるのはゴメンだけど」

 

「…皆が迷惑にならないなら、続けても」

 

「ん〜……確かに仕事は面倒ですけど、後輩を育てるやりがいってのがこの間よく分かりましたんで。あたいはこのままいても良いですよ」

 

 小野塚先輩はそう言って、俺の方にチラッと視線を向ける。

 体育祭ではお世話になった。あの人は確かに怠惰な人間だが、教える時はきっちり教えてくれるし、何より俺みたいなろくでなし相手にも最後まで付き合ってくれた。

 

 後輩視点からだと、本当良い先輩なのだ。

 

「八幡は強制的にこのまま庶務を続投していただきます。今のように八幡を監視出来ないのは残念ですが、私の目が届かないところでだらけた事をすれば……分かりますね?」

 

「う、うっす」

 

「貴方に必要なのは貴方の性根を矯正する人間。即ち、それは私なのです。小町でも風見幽香でも無い。ゆめゆめ、忘れぬように」

 

 生徒会を辞めたとしても、本当に監視されていそうで怖い。

 この人なら、人の様子を見ただけで見抜く眼力を持ち合わせていそうだ。

 

「貴女達2年生は、しっかり八幡を見ていてください。特に女関係はシビアに。…彼の周りには、不必要な女性が多過ぎる」

 

 そうボソッと呟くが、俺は難聴では無いのでしっかり聞き取った。子どもなら確実にギャン泣きするであろう冷たい声色。

 なんで女の人って普段の声と冷たい声の差が激しいの?しかもめちゃ怖いし。絶対零度もいいところだ。一撃必殺過ぎる。

 

「さて、これから2学期が始まります。文化祭、生徒会選挙。小町達2年生は12月に修学旅行がありましたね。例年通り、場所は確かハワイですね」

 

 えっすげぇ。修学旅行でハワイに行けるのかよ。この学校結構行事に金費やしてるよな。1学期の勉強合宿の時も思ったけど。

 

「これから益々忙しくなりますが、変わらず私達はこの東方学院高等学校をより良い学舎にする為に、人事を尽くしましょう」

 

 こうして、2学期の生徒会活動が始まった。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あー終わった…」

 

 生徒会が終わったその夕方。帰る前に校内の自動販売機でマッカンを購入しようとしたその時。

 

「…はぁ〜ちまん…」

 

「ッ!」

 

 突如、身動きが取れなくなる。そんな金縛りを錯覚させるほどの恐怖を与えるその声。それだけでなく、背後から優しく抱きしめて来る。背中には彼女の胸が当たり、耳には彼女の吐息が当たる。

 

 姿や顔を見なくとも、すぐに分かるその正体。

 

「封…獣…」

 

「正解。…ねぇ、また私の知らない女を引っ掛けてたでしょ。あの青髪の女」

 

 青髪…比那名居の事か。俺が案内していたところを、あるいは四季先輩と比那名居の論争のところを目撃していたのか。

 

「それにあの生徒会長も、八幡を我が物扱いしやがってさ。気に入らない」

 

「そういうお前もだろ…!」

 

「私は性根を叩き直すとかはしないよ。ありのままの八幡が好きなの。あいつみたいに、自分の価値観を押し付ける人間じゃない」

 

「どうだかな…!」

 

 俺はなんとか拘束された身体を動かすが、男顔負けの力を発揮する封獣から逃げられない。

 

「本当、これ以上私以外の女を引っ掛けないでよ。そんな事されたら、あの女達も…そして八幡も。…殺したくなるから」

 

 そう言って、封獣は背後から回していた腕を動かし、左腕だけで俺の身体を引き続き拘束し、もう片方の右腕だけが違う動きをし始めた。彼女の右手が段々と俺の首に近づき、添える。いつでも首を絞める事が出来るように。

 

「でもやっぱり八幡殺しちゃ寂しいから嫌かな。…あっ、それじゃあ首を絞めて息の根を止めよう!それでもう一度八幡を蘇生させるの!」

 

「は…!?」

 

 何言ってるんだ、こいつ…!?

 

「それを繰り返して、八幡には私だけを見てもらおう!心臓マッサージとか人工呼吸は後から聖に習うとして、そうやって八幡に恐怖()を植え付けてあげる」

 

「お前、本当に何言ってんだ…!?」

 

「そうすれば、八幡は私に逆らえないでしょ?現に今だって、私に拘束されて動けない。八幡は私より力が弱いの。殺ろうと思えばいつでも出来るんだよ」

 

「うっ…!」

 

「でもね、私はこんな事したくないの」

 

 先程までヤンデレ特有の冷たい声色だったのが一転し、なんだか悲しげな声に。

 

「私は八幡が好きなだけなの。八幡がいない人生なんて嫌なの。こうやって八幡を傷付けるような真似をしてるのは、それだけ好きだってことなの」

 

「封獣……」

 

「お願い、分かって。本当は八幡を傷付けたくない。八幡が好きなだけなの」

 

 封獣は俺に依存している。それはもうずっと前から分かっていたことだ。今までのこいつの行動は、こいつなりの愛情行動だと言う事なのだろう。

 

「好き、八幡」

 

 ここまで依存させてしまったのは紛れもなく、俺の責任だ。であるならその責任は、俺が…。

 

「何してんの、あんた達」

 

 俺達の背後から呆れた物言いを投げかけたのは。

 

「…お前、確か転校生の…」

 

「そう、比那名居天子よ。崇めなさい。そして平伏しなさい」

 

 この場面を見ても尚、普段通りを貫ける彼女の姿に敬服する。実際には後ろにいるから姿見えないんだけども。

 

「消えろよ転校生。私と八幡の邪魔すんな」

 

「あぁそう。でも第三者視点から見れば、そいつ離れたがってるわよ。在校生」

 

 何その特殊な呼び合い。お前ら初対面だろ。

 

「あんたの周りにはややこしい女が多いわね。いっそのこと全部関係切ったら?」

 

「八幡は切らないよね。私は八幡しかいないんだもん。八幡に捨てられたら、私どうなるか分からないよ」

 

「そうやってそいつを縛ることしか出来ないのね。あー可哀想。彼女でも無いのに束縛しちゃって」

 

 すると、封獣はすんなり俺を解放した。そしてそのまま比那名居の方に身体と共に、殺意を向ける。

 

「八幡、こんな面倒な女いらないよね」

 

「あんた自己紹介でもしてるの?」

 

 比那名居は封獣を揶揄うようにしているが、一方の封獣は本気で殺す気でいる。こんなところで殺人なんて起こしたら大変なことになる。

 

「お前らその辺にっ…」

 

「やめなさい、貴女達」

 

 俺が彼女達を静止しようとすると、それを遮って嗜める。現れたのは、頭にシニヨンキャップを被り、右腕には包帯を巻いている女性だ。

 

 彼女の名前は、生活指導の茨木(いばらき)華扇(かせん)先生だ。

 

「これ以上喧嘩するなら、貴女達を生徒指導室に連れて行くことになるわよ」

 

「ッ!」

 

 封獣は比那名居に向けていた殺意を、今度は茨木先生に向ける。

 

「もう夕方の6時半を過ぎているの。一般生徒は下校の時間をとっくに過ぎているのだから、早く帰りなさい」

 

「…チッ」

 

 封獣は殺意を引っ込める。

 

「じゃあね、八幡。またね」

 

 封獣は簡単に別れの挨拶をして、その場から去って行った。

 

「…それじゃ、私も帰るわ。なんだか白けたし」

 

 比那名居はつまらなさそうに、その場から去った。二人が去った俺は安堵の息を吐いて、その場でしゃがみ込む。

 

「…大丈夫?」

 

 俺の様子を見て心配そうに声を掛ける茨木先生。「大丈夫です」と端的に言って、その場から立ち上がる。

 

「ありがとうございました。止めてくれて」

 

「教師として当然よ。…本当に大丈夫?貴方、顔色悪いわよ?」

 

「…顔色悪いのは、元からなんで」

 

 俺は先生に頭を下げて、その場を後にした。

 もし茨木先生が止めなかったら。それ以前に比那名居が来なかったら。封獣の言葉に呑まれるところだった。

 

『私は八幡が好きなだけなの。八幡がいない人生なんて嫌なの。こうやって八幡を傷付けるような真似をしてるのは、それだけ好きだってことなの』

 

 …俺はあの時、「こいつは俺がいなければダメなんだ」って思い浮かべてしまった。依存させた責任からか、はたまた依存している人間を見捨ててしまうという罪悪感か。それがなんなのかは分からない。

 

 だが、少なくとも俺はあの場で封獣の言葉に拐かされそうになった。

 

「…ぬりぃ…」

 

 封獣に絡まれる前に購入したマッカン。時間が経っていたせいで、温度がぬるくなっていた。この暑い時期にぬるい飲み物は、お世辞にも美味とは言えない。

 

 …嫌な気分だ、全く。

 

 



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かくして、東方学院生徒会は終わりを告げる。

 まさかの1年越しの投稿。今も昔も忙しいので、毎日投稿とか週1投稿なんて淡い期待なんてやめてください。


 

 2学期が始まってしばらくが経つ。1学期同様、2学期も行事が多々ある。生徒会選挙、文化祭、球技大会。学年によっては修学旅行など、忙しい時期になる。

 

「もうこの生徒会も終わりですね」

 

 そう。3年である四季先輩、および風見先輩は本日を以て生徒会を引退する事になる。

 

「そうね。生徒会長の肩書きが消えて肩の荷が降りたんじゃないの?」

 

「否定はしません。しかし、やりがいもある。生徒会長として得た経験は、私のこれからに必ず繋がると信じてます」

 

「流石、裁判長を目指す人間の言う事は違うわね」

 

 これから彼女達3年は、自身の将来に向けて歩き始める。四季先輩の将来は前に聞いたが、そういえば風見先輩の将来は聞いていなかったな。

 

「風見幽香は、高校を卒業したらどうするのですか?」

 

「園芸の専門学校に進学するつもりよ。花に関した仕事をするのが、私の夢だから」

 

 生徒会きってのフラワーマスターも、自身の将来をしっかりと明確にしていた。

 

「八幡はどうするの?将来の仕事」

 

「専業主夫志望ですが」

 

 これは譲れぬ夢である。だから揃いも揃ってゴミを見るような目で俺を見ないで欲しいです、すみませんでした。

 

「自分にそれだけの価値があるとでも?理系は絶望で人脈に難あり。社会的にも危険だと危ぶまれて将来性皆無の貴方に、そんな奇特な人間が居ると思います?」

 

 分かんないだろ。もしかしたら世の中そういう人を選んじゃうお馬鹿さんが居るかも知らないだろ。

 

「…まぁ居そうだと思うけど。ほら、命蓮寺のあの子とか。多分八幡の為なら臓器すら売りかねないわよ」

 

 鍵山先輩がそうぼそっと呟く。確かにあいつならやりかねない。自傷する事になんの躊躇いも無いからな。

 

「八幡クラスじゃモテモテだもんね〜。他クラスからもモテてるし、選びたい放題だ」

 

「単に男子が少ないから物珍しいだけでしょ。五分五分の男女共学なら俺なんざモブでしかないです」

 

 こちとら「比企谷?誰?」と3年言われ続けた事もあるんだぞ。「あー、ヒキタニね!」と頷かれるまである。誰だよヒキタニ。

 

「八幡、目が死んでるよ」

 

「デフォなんで大丈夫です」

 

 彼女達が周りに居るのは、数少ない男子だからという理由が大きい筈であり、もしモテモテになる要素があるとするのなら、俺はその要素をどこで拾ってきたって話になる。

 

「私と風見幽香は本日を以て生徒会を引退します。生徒会長、および書記の席が空く事になります。貴女達4人は新たな生徒会長、そして書記の方を支えてあげてください」

 

「ん?や、ちょっと待ってください。なんか普通に残ってる俺達が生徒会引き継ぐみたいな話になってますけど」

 

「知らないのかい?ここの生徒会は1度役職に就くと、引退するまでは辞められないのさ。校長曰く、"生徒会なんて面倒な仕事をやる人間なんてあまり居ないのだし、毎回毎回入れ替わるのも面倒でしょう"って」

 

 あんのアラサー何してくれてんだ。ていう事はあれか、俺3年の今頃になるまで就かなきゃならないって事かよ。

 

「でも希望する子が居るなら、その子に譲る事も出来る。互いが就きたい場合は、決選投票になるけどね。正直、決選投票になんてならないと思うけど」

 

 河城先輩の言葉の意味に対し少し考え、納得した。

 生徒会なんて仕事自体をやる人間はそう居ない。内申点欲しさにやるか、俺のように問題児扱いされてぶち込まれるかのどちらかだ。故に、決選投票にはならないというわけだ。

 

「でも俺が来た時ってすんなり生徒会入れましたけど。前任の人は居なかったんですか?」

 

「雑務をやりたがる人間が居ると思うかい?」

 

「居ないでしょうね」

 

「そういう事だよ」

 

 すぐに納得しちゃったよ。生徒会に入りたい人間がこんな雑務をやるわけがない。だから他の役になれないと悟った瞬間、辞退を申し出たんだろう。

 

「でも実際、八幡が来てから仕事がやりやすくなったのは事実よ。1人居る居ないで仕事の速さが変わるのもそうだけど、貴方仕事出来るから」

 

「嫌な褒め言葉ですねそれ。仕事したくない人間なんで」

 

「後2年は仕事が出来るわよ。良かったわね」

 

 クソが。あの作文1つで俺の学校生活がこうも歪んでしまうのか。それも全部よく分からん決まりを作ったあの校長のせい。俺は悪くない、校長が悪い。

 

「さて」

 

 四季先輩が1つ、手を叩く。

 

「今日はこれで終わりにしましょう。掃除も片付けも、粗方済ませた事ですから」

 

 今まで使用していた生徒会室の大掃除が終わり、退室する。退室したと同時に、四季先輩は扉の方に振り返り、頭を下げる。

 

「ありがとうございました」

 

 そう一言、感謝の言葉を述べて生徒会室を後にした。

 

「最後まで生徒会長だったわね」

 

「お世話になった部屋です。感謝の言葉の1つも無いと罪ですから」

 

「…そうね」

 

 最後の生徒会は早く終わり、時刻は16時半。夏が過ぎたとはいえ、まだ外は明るい。

 

「ねえ、今日早く終わったんだしさ。打ち上げ的な感じでどっか遊びに行こうよ!」

 

 廊下を歩きながらそう提案する河城先輩。

 

「良いけれど、花以外の場所なんて私知らないわよ」

 

「そこはもう学生と言えばってとこでさ!」

 

「にとりの提案乗った。この面子が次いつ集まるかも分からないからね。四季様も行きましょうよ」

 

「いや、私は帰って…」

 

「…良いんじゃないんですか、今日ぐらい」

 

 小野塚先輩に便乗するように、俺も一言加える。

 

「勉強以外の時間を遊びに使う事も、学生生活の一環なんじゃないんですかね。俺は大抵家に帰るから知らないですけど」

 

「八幡、貴方……」

 

 四季先輩が努力家でクソが付くほど真面目なのは周知の事実。生徒会長という大役を持っておきながら、自身の将来の為に勉強に励んでいる。半日も無い数時間を息抜きに使ったって、神ですら怒る権利などない。

 

「ゴールデンウィークの時も、貴方は似たような事を言っていましたね。休息は大事だと」

 

「世の中、休みたくても休めない人間がそこら辺に居ますし。それを見たら、休みは人間の幸福の1つだと思ったんで」

 

 休み大事。俺なんざ監視されてようがなんだろうがサボる時はサボる。休みが無い人生なんてクソだ。

 

「全く、いつも貴方は捻くれた解釈をしますね。だから社会的に危ぶまれると判断されるんですよ」

 

「捻くれた解釈っていうか、率直な感想なんすけど」

 

「…けれど、その捻くれた貴方の言葉は人の心を解かせる。皮肉なものです」

 

 別に解いたつもりは無い。今の四季先輩に関しては、ただ単純に休息も必要だと教えたまで。

 今まで関わって来た人間もそうだ。誰かの為にしたかったわけじゃない。そうせざるを得ない状況だった。放って更に面倒になるのであれば、その可能性を排除するのは当然の事。俺はそこまでお人好しじゃない。

 

「貴女方の言う通り、今日ぐらいは羽目を外しても良いかも知れませんね。行き先は貴女達に任せます」

 

 四季先輩は納得し、行き先を河城先輩と小野塚先輩に任せた。

 彼女達が目指す行き先は俺には予想が付かない。何故なら生徒会があろうがなかろうが、終われば家に帰るのが俺のスタイルだから。だから放課後学生がどこに行くとかなんて俺には分からん。

 

 ららぽーと行っとけばとりあえず学生生活謳歌してるみたいになるだろ。ならないか。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ラウンドワンかよ」

 

「学生の遊び場って言ったらここだよね」

 

 ここはボウリング以外にも、ビリヤードに卓球など、様々なスポーツを1日で遊べるアミューズメント施設。更にゲームセンターも設置されており、人気が出ないわけがない。

 

「名は聞いた事ありましたが、実際に入った事がありませんね」

 

「私も無いわね。特にこの手の施設に興味が無かったから」

 

 3年2人はラウンドワンが初めてだそうだ。かく言う俺も、片手で数える程度でしか行った記憶が無い。全部小町だけど。

 

 店内に入り、河城先輩が受付の前に設置されている機械を操作する。

 

「どうせなら全部やっちゃおうよ!22時まで遊ぶとしても、3時間以上あるし!」

 

「待ってください。それは流石に羽目を外し過ぎです」

 

「でも仮に22時にここを出ても、高校生は補導されませんよ。校則もそこまで厳しくないし、良いと思いますよ」

 

「む……」

 

 小野塚先輩の言葉に一理あると感じたのか、四季先輩が言葉を詰まらせる。そして諦めたのか、溜め息を吐いて。

 

「はぁ……分かりました。ですが時間は見ておきますから。生徒会を引退したとはいえ、節度を持って遊んでください」

 

「よし決まり!」

 

 これあれだな。明日筋肉痛確定のやつだな。だってボウリングにスポッチャとか、普段運動してない人間のする所業じゃねぇもん。明日は大事を取って休もう。

 

「じゃ最初はボウリングだよ!」

 

 受付でボウリング場の入場の確認をしてもらい、そこからボウリングを行うための靴を手に取る。ボウリング場に行くと、平日の夕方にも関わらず賑わっている様子だった。

 指定されたレーンに向かって、俺達は荷物を置いて靴を履き替える。ちなみに6人のため、2レーン使っている。振り分けとしては、俺と四季先輩と小野塚先輩、そしてもう1レーンが河城先輩と鍵山先輩、風見先輩である。

 

「それじゃ、ボールを探しに行こうかね。四季様のボールはあたいが選びますから」

 

「助かります。何がどういうボールなのか分からないので」

 

「なら八幡は私の選んでくれないかしら?ボウリングは知っているのでしょう?」

 

「あ、はい。まぁ一応」

 

 とは言っても、ボウリングのボールなんて重さ加減で選ぶぐらいだろう。プロなら違うところに目を向けるのかも知れないが。

 

「俺はボールの重さで決めてます。重い方が倒しやすいですけど、自分の合わない重さを選んでも投げにくいだけですし。それに指を入れる穴のサイズもやや違ってくるんで、触れながら選ぶのが早いと思います」

 

「そういうものなのね。…じゃあ私はこれにしようかしら」

 

 そうして彼女が手にしたのは、15ポンドのボールだった。15ポンドのボールだった。いやおかしいだろ。

 

「それ重いやつなんですけど…」

 

「別に。むしろまだ軽い方よ」

 

 化け物かよこの人。腕力どうなってんだよ。明らかに俺より細腕に見えるんだけど。何?この世の力とは思えない力が働いているのん?

 

「逆に貴方は軽すぎないの?私より軽いでしょう?」

 

「これが手に馴染んでるんで…」

 

 俺のは13ポンドのボール。普通にボウリングのボールなんて自身に合うボールを選んだとしても多少重く感じるのが普通なのだが、この人からその様子すら見えない。

 俺達は指定されたレーンに戻り、ボールリターンに自分が選んだボールを置く。河城先輩と鍵山先輩が8ポンドのボールで、小野塚先輩が14ポンドのボール。いやこの人もパワーどうなってんだよ。

 

 そして四季先輩のボールは。

 

「これが1番手に馴染みますね」

 

 5ポンドのボール。つまり5本の指を入れるあの緑のボールである。これもう小学生とかそこら辺用のボールじゃねぇか。これを堂々と持ってくる四季先輩可愛いなおい。

 

「く、くくく……」

 

 小野塚先輩が大笑いするのを堪えている。これ確信犯ですね。この人おそらく真っ先に四季先輩にキッズボールを選ばせたのだろう。まぁ腕力的にそれが正しいのかも知れんけど。

 

「それじゃ始めよっか!」

 

 1番手は風見先輩、そして小野塚先輩である。

 

「確か、あの白いのを全部倒せば良いのよね」

 

 風見先輩はボールを持って振りかぶる。上投げで。

 

「ちょっと待て待て」

 

「何かしら?」

 

「なんで上から投げようとするんですか」

 

「上から投げちゃダメなんてルールがあるの?」

 

 そんなキョトンとしてるけど、やってる事が害悪行為だぞ。というか、なんで上から投げれるんだよ。しかもあの人、穴に指を通さずボールを鷲掴みして投げようとしてたぞ。握力どうなってんだよ。あの人と握手したら間違いなく骨砕けるぞ。

 

「一応、下から投げるようにしてください。上から投げたらボールやらレーンやら傷付く恐れあるんで」

 

 これハンドボールでもドッヂボールでも無いんだぞ。

 

「そう……不自由な遊戯ね、ボウリングは」

 

 あんたが自由過ぎるんだよ。周りの人若干ドン引きしてたよ。

 そんな風見先輩の初めての第一投。言われた通りに下から投げる。ボールは勢いよく真っ直ぐに転がり、いきなりストライクを取ってしまう。

 

「あら、全部倒れたわ。簡単なのね、ボウリングは」

 

 因みに、ボールの速さだけで言えばプロボウラー顔負けのスピードであった。ほんとあの人何者だよ。妖怪かよ。

 

「流石は風見幽香、見事な投球です。小町、貴女も行きなさい」

 

「ラジャーです」

 

 小野塚先輩もボールを手に取り、真ん中に立つピンを狙って投げる。すると簡単に全ピン倒れてしまう。えっ、この人らマジでボウリング上手くね?

 

「これはアレだね。私もストライク出さなきゃならない流れなやつだね」

 

 河城先輩はそう言って、何やら鞄の中をゴソゴソと探る。そして取り出したのは。

 

「…これ、何?」

 

 鍵山先輩が尋ねる。なんだあのアイアンマンの腕みてぇな機械は。何する気だあのメカニック、あれを利き腕に装着して何する気だ。

 

「まぁ見てなって。……ストライク」

 

『ストライクプログラム、作動』

 

 おい、なんか声出たぞ。

 

 ツッコミどころ満載の河城先輩の第一投。大きく振りかぶると、そこから明らかに人間離れした投球スピードが発揮され、風見先輩の投球よりもスピードが出るボールと化した。そのボールは真ん中に当たり、ストライクと表示される。

 

「いえーい!」

 

「いや、いえーいじゃなくて」

 

 何を堂々とインチキしてるのん?あんた今の所業風見先輩よりぶっ飛んでたぞ。大体なんでそんなもん鞄の中に潜ませてるんだよ。もしかしてこの人今日ボウリングやる気満々だったのかよ。

 もうやだこの人達。常識に囚われなさすぎじゃない?型破りにも程がある。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「八幡、生きてるかーい?」

 

 もう無理、疲れた、しんどい。

 単にラウンドワンを楽しんだだけでここまで疲れるわけがない。いや、インドアの俺ならボウリングの時点でまず腕が持ってかれてるだろうけど。じゃなくて。

 

 この人達ほんとにやべえ。

 

 風見先輩はなんちゃって細腕で、スポーツ全般パワープレーでゴリ押しするし。

 

『あら、球が破裂しちゃったわ』

 

 じゃないんだよ。破裂するってなんだよ。ドーピング使ってもそうはならねぇよ。

 

 河城先輩はお得意の機械でなんかずるい事するし。

 

『これぞ新作!これがあれば、一突きで全てのボールを落とす事が可能なんだよ』

 

 じゃないんだよ。ビリヤードやってる時にキューを取り出したからガチなのかと思ったらがっつりメカメカしいの出ちゃったよ。

 

『こ、こうでしょうか?』

 

 四季先輩は始終なんか可愛かったし。ボウリングの時なんて両手で投げてたぞ。バッティングの時はバットの重さで自分が振り回されてたし。時折見せる閻魔の様な表情が一切見えなかった。

 

「四季様、どうでした?」

 

「…そうですね。とても有意義な時間でした」

 

 時間に厳しい四季先輩でさえ、時間を忘れかけてしまうほど楽しんでいた。河城先輩が前々から考えていたのか、パッと思い付いたのかは分からないが、来て良かったのではないかと思う。

 

「言っておくけど、まだ最後にやる事あるよ?」

 

「まだ何か?」

 

「プリクラだよ!この間のゴールデンウィークじゃそんな機械無かったし、そもそも生徒会のメンバーで出かける事無かったからさ」

 

 なん、だと……。

 

「プリクラ……聞いた事あります。確か、顔を加工するのだとか…」

 

「まあ要のとこは今より写真をもっと可愛く撮りましょうって事ですよ。行きましょう四季様」

 

 なんだか乗り気であるが、ちょっと待って欲しい。俺は過去にプリクラを撮っているが、それはまぁ酷い顔だった。なんだあの微妙に気味が悪い大きい目は。俺の顔は生だからカッコいいのだろうがよ。加工なんぞしたら折角の整った顔が台無しになるんだぞ。

 

「あ、すみません。ちょっと急用思い出したんで…」

 

「は?」

 

 ひっ。閻魔様の一声がもう怖い。

 

「すみません、なんでもありません……」

 

 俺もう謝ってばっかじゃねぇか。ぼっちちゃんかよ。ぼっち・ざ・ろっくかよ。俺でもあそこまで酷くないぞ。……多分。

 俺の抵抗はあえなく散り、プリクラの機械が並んでいるエリアに向かった。その中の1つの機械を選び、河城先輩が手慣れた操作で進めていく。

 

「どんな風な写真になるのでしょうか……」

 

「四季様なら今より可愛く映りますよ」

 

 基本的に俺以外は盛れるだろう。俺なんぞ加工してもただただ駄作になっていくだけである。なんて無駄なのだろう。

 

「それじゃあ入ろう!」

 

 河城先輩が1番初めに入り、鍵山先輩や風見先輩達も次々と入っていく。諦めの意味も含め、俺は溜め息を吐いて中に入る。

 

「四季様は後ろだと映らないんで、前で」

 

「私と雛も前に行こっか」

 

 立ち位置が決まった。前列には河城先輩、四季先輩、鍵山先輩、後ろは風見先輩、俺、小野塚先輩となった。

 ていうか前と横から良い匂いするんだよ。しかもそこそこ密着状態だからダイレクトに来るんだけど。これだから嫌なんだプリクラは。ドキドキしてしまうから。もう変態じゃねぇかよ。

 

「八幡、顔赤いわよ」

 

「…まだ夏の気温が残ってるんで」

 

「とかなんとか言って、本当は女子5人と密着状態でプリクラ撮るのが興奮するんでないの?」

 

 おいこらメカニック余計な事言うな。

 

「ならもっと密着してあげましょうか?」

 

「プリクラなんて密着してなんぼだよ。ていうか、今更密着状態云々に赤面するかい?」

 

 そう揶揄う風見先輩と小野塚先輩。すると言葉だけでなく、身体を使って揶揄ってくる。

 言い回しがいやらしいな。単に今より密着して来ただけだろうがよ。

 いや良くないから。思いっきり胸とか当たってんだけど。1回自分の身体が如何に男性を狂わせるか確認したほうが良いと思います。そんで自覚したら2度と近づかないでください。

 

「あら、もっと赤くなって」

 

「本当、こういう時だけは思春期男子だね八幡は。いつもは大人びてるくせに」

 

 大人びてるのと思春期男子は関係ないだろ。ていうか本当やめて?思春期男子拗らせると本当碌な事ないから。お願いだから。

 

『カメラを見てね!』

 

「そろそろ撮るよー!」

 

 こうして、極限まで密着した状態で生徒会の面々とプリクラを撮った。両隣の2人の距離だけでなく、途中から前列の3人の距離も縮まって密着状態となっていた。これで理性を保ててる俺の鋼の精神を褒めて欲しい。

 

 そんな地獄の撮影が終わり、俺達はラウンドワンを後にして帰路を辿る。

 

「八幡の魂が抜けてる」

 

「プリクラって別にそういう機械じゃなかったわよね」

 

 帰って寝たい。これはいつもの事であるが、なんだかどっと疲れた。反対に、四季先輩は先程撮ったプリクラの写真を見て顔を綻ばせている。

 

「四季様、ずっと見てますね。そんなに気に入ったんですか?」

 

「…えぇ。今日は最良の日でした。私は今日という日の思い出を宝物にします。この写真と共に」

 

「そうね。最後の最後に学生を楽しんだ気がするわ」

 

 今日という日が終われば、四季先輩と風見先輩は生徒会を去る。そして自分の道を歩いて行く為に、努力するのだろう。

 

「この生徒会で過ごせた事、私は本当に良かった。風見幽香が居て、小町が居て、河城にとりが居て、鍵山雛が居て、八幡が居る。貴女達だからこそ、私は良い時間を過ごせた。…改めて、感謝します」

 

「四季様……」

 

 それは、別れの言葉のように。彼女は感謝を告げた。四季先輩はきっと、この生徒会を自分の居場所だと思っていたのだろう。俺が来るずっと前から、彼女の居場所は生徒会だったんだろう。

 

「小町。貴女のサボり癖は手に負えないものでしたが、後輩思いである部分は評価します。だからといってサボり癖が有耶無耶になるわけではありませんが」

 

「は、はい……」

 

「河城にとり。貴女はいつだって、生徒会の場の空気を作ってくれた。私には無いその天真爛漫な貴女の立ち居振る舞いで、これからも生徒会を盛り上げてください」

 

「うん!」

 

「鍵山雛。誰かが、周囲が、世界が間違っていたとしても、それは貴女1人の責任じゃない。一切気にするなとは言いません。しかし、気にし過ぎるのも良くない。何かあればすぐに私でも、生徒会の誰かにでも頼るのです」

 

「はい…」

 

 小野塚先輩、河城先輩、鍵山先輩に、言葉を掛ける四季先輩。次に視線を向けたのは勿論、俺だった。この流れで俺に何の言葉も無かったら、ステルスヒッキーが進化した瞬間だったのかも知れない。あるいは俺には何も無さすぎてコメントが無いとかね。

 

「八幡」

 

「…うっす」

 

「貴方は悪い人間です」

 

「えぇ……」

 

 いやまぁ褒められる事は無いだろうなとは思っていたけどさ。まさかこんな純度100%のストレートをぶつけられるとは思わなんだ。

 

「依然、貴方の人としての立ち居振る舞いに問題がある事は変わりません。それを私が引き続き矯正する事も」

 

「そうですか…」

 

「けれど」

 

 いつもの有難いお言葉だと思っていた。彼女がこの接続詞を使うまでは。

 

「貴方の言葉、行動で救われた者も確かに居る。…私も、そうですから」

 

「…別に。救うとか、そんな高尚な事は考えてません」

 

 適材適所。自分が出来る事をしただけだ。俺はフィクションの主人公のように、万人を助ける事の出来る力なんて持ってない。

 

「そうやって、人の評価を遠慮する部分は良くありません。人の評価は素直に受け入れなさい」

 

「…はい」

 

 ツンデレとかでは無い。事実を言ったまで。

 

「これから貴方には、更なる苦難が待ち構えている事でしょう。ですが、思い出しなさい。貴方の後ろには、私が…私達が居る事を。いくら間違えても誤っても良い。その度に私が正します」

 

「…カッコ良すぎでしょう、あんた」

 

「それが私の使命ですから。貴方を矯正する、私の」

 

 いや本当。霧雨とは違うベクトルでカッコいいんだが。なんでうちの学校の女生徒はこんなカッコいい部分多いのん?

 

「悩んで、足掻いて、苦しんでください。その末に出した結果が間違えたとしても。誰からも必要とされていない答えだったとしても。その貴方の選択を、私は本物だと認めますから」

 

「四季、先輩……」

 

 俺は彼女の言う通り、これから間違えてしまうのだろう。人間は間違える生き物だ。その度に、考えて、悩んで、足掻いて、誤った部分を正すのだ。

 

「これからの、貴女達の活躍を願っています」

 

 俺の選択は、これからも間違える。その度に、彼女が正すのだろう。彼女のその掛ける言葉一つ一つに、俺はいつか寄りかかってしまいそうだ。

 

「頑張ってください」

 

 生徒会長に就く人間は、どいつもこいつもカッコいいじゃねぇか。

 

 



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やがて、新生徒会が動き始める。

 

 四季先輩と風見先輩が生徒会を引退した事で、生徒会長と書記の席が空いた。外部の生徒が生徒会長を立候補をしない限り、俺達4人の誰かが生徒会長の座に着く事になる。

 

『四季様が生徒会長でなくなった以上、新しい生徒会長を立候補する人材を探すしかない。あたいは絶対向いてないし。なんなら生徒会長になったら尚の事サボるからね』

 

 これほど生徒会長に向いていない人材も中々居ないのだが、俺も概ね小野塚先輩と同じ意見である。俺が生徒会長になった日には、ものの数分でこの学園が荒れるだろう。

 

『あたいはあたいで、生徒会長と書記をやってくれそうな人間を当たってみる。あんた達も、もし生徒会に興味を持ちそうな知り合いが居たら、呼びかけて欲しい』

 

 当面の目的は、生徒会の新たな人材確保。庶務とは違い、生徒会長と書記は必要不可欠な役職だ。今度の演説までに、探し出さなければならない。

 

 で、生徒会に興味を持ちそうな俺の知り合いに声を掛けろって話なのだが。

 

「とりあえずお前は論外だな」

 

「祓って欲しいなら遠慮なく祓うけど?」

 

「いやお前、生徒会長とか向いてる向いてない以前にやらんだろ。こういうの」

 

「当たり前でしょ。なんで好き好んでそんな意味不明な仕事しなきゃならないのよ」

 

 ほらな。博麗なら確実にそう言うと思った。こんな巫女(笑)が生徒会長なんざやるわけがない。

 それに生徒会長は誰でもなれるわけじゃない。気概も大切だが、四季先輩のようにこの学校を背負う覚悟と責任、そして生徒会長に見合う能力の持ち主じゃないとダメなのだ。

 

「私が生徒会長になってもいいぜ?」

 

「あんたが生徒会長?正気?」

 

 そういう意味では霧雨もアウト。やる気はあると思うけど、能力的に考えて多分向いてない。まぁ至らない部分は俺達がなんとかすれば良い話なのだが。一応、候補に入れておこう。

 

「私も生徒会長をやりたい理由は無いわね。家庭科部の方もあるし」

 

 マーガトロイドも博麗同様、誘いを断る。

 断られるのは分かり切っていた事。生徒会長なんぞやりたい奴なんてそう居ないからな。俺だってやりたくねぇし。

 

 俺の知り合いでやってくれそうな人間が後残っているとしたら……。

 

「あいつしか居ないか」

 

 真面目で責任感のあり、そんでもって生徒会長をやってくれそうな人間。俺の周りで居るとしたら、あいつだけ。懸念が無い事も無いが。

 

 そして、放課後。

 

「…そんなわけで、お前を生徒会長に推薦したい。やってくれたら助かる。魂魄」

 

「わ、私が生徒会長…ですか?」

 

 俺が声を掛けたのは、魂魄である。彼女は部員が自分1人になっても続ける真面目な人間であり、周りが居なくなった事に対して自身を責めるほどの責任感があった。故に、生徒会長としての器として申し分ない。

 

「幽々子様の事もあるだろうし、部活と両立するのは難しいだろう。だから断ってくれても構わない」

 

「断ったら…どうするんですか?」

 

「他の人間を探すしかない。あるいは今の副会長が自動的に繰り上がるだけだ」

 

 今の生徒会で生徒会長になれる人間はそういない。小野塚先輩が1番の不安要素だし。

 

「勧誘しておいて断って構わないとかわけ分からんだろうが、考えて…」

 

「やります。やらせてください」

 

 俺の言葉を遮って、魂魄は誘いを受ける返答をした。

 

「いや、別にすぐ決めろなんて言わないから。勧誘されたなー程度で考えてくれたら良いから」

 

「嫌です。もう私は決めましたから」

 

 魂魄の意思は頑なだった。部活もあって幽々子様の事もある。その2つを懸念しており、断られても仕方ないと思っていた。なのに魂魄は考える素振りすら見せず決めた。

 

「…理由を聞いても良いか」

 

「前々から生徒会には興味はあったんです。ただ部活と幽々子様の事もありますから、正直迷ってはいたんです。…けど」

 

「うん?」

 

「八幡さんから頼られたんです。断る事など出来ません」

 

 そうはにかむ魂魄。こちらとしては受けてくれたら大助かりだが、自分の事を置いておく真似をさせているようで罪悪感が湧いてしまう。

 

「待て待て。そんな大袈裟に受け取らんで良い。部活に幽々子様に、その上生徒会なんてキツいだろ。勧誘しておいてなんだが」

 

「かも知れません。でも、私はやると決めました。そこはもう曲げません」

 

「魂魄……」

 

「何故そこまで、という面持ちですね」

 

 生徒会に興味があったとしても、そこまで頑なになる必要が無い。むしろ今よりもっと自分の負担が増えるなら、尚の事考えなければならない筈だ。

 

「私は貴方に救われました。その恩を返したい」

 

「…救ってないだろ、別に」

 

「救われましたよ、貴方の言葉に。八幡さんの言葉は今でも私の胸にありますから。貴方が掛けてくれた言葉が、私の支えになっているんです。その恩を返したいんです」

 

 彼女が言っているのは、おそらく27人もの部員が一気に幽霊部員になった件の事だろう。俺はあの時、ただ気休め程度でしか言葉を掛けていない。だから救うとか、そこまで重く捉えなくていい。

 

「幽々子様と八幡さんの為ならば、私はどのような事もしてみせます。それが私の使命です」

 

 真面目もここまで来ると、狂ってるのかと思ってしまう。気休め程度に掛けた言葉が、このような形で返ってくるとは思わなんだ。

 これは慕うとかそんなものじゃない。依存ではないが、明らかに慕う域を超えている。信仰とか崇拝とか、おそらくその類に近い。

 

「…死んでも文句言うなよ」

 

「覚悟の上です」

 

「…分かった。けど生徒会長になるには、票数を集めなきゃならん。その為に、自分がどんな人間か、どんな学校を目指しているのか、自分の目指す生徒会長の像を全校生徒に知らしめる必要がある」

 

「分かりました」

 

 生徒会選挙が始まるまで、当分はビラ配りなどの地道な作業を行っていくしかない。

 

「お前が生徒会長になれるよう、俺もそれなりに手伝う。どうせ生徒会選挙絡みで色々しなきゃならないからな」

 

「い、いえ!八幡さんは八幡さんの仕事に専念していただいて…」

 

「良いんだよ別に。今時無償で働いてくれる奴なんて居ないぞ。使えるもんは使っとけ」

 

 俺が彼女が生徒会長の器に近いと踏んで誘ったのだ。であるなら、俺がその責任は取らなければならない。魂魄が生徒会長になれるように尽力する事。それが俺が取らねばならない責任である。

 

「本当、優しいですね。八幡さんは」

 

「…そういうのはやめてくれ。俺がすべき事をしてるだけだ」

 

 人に優しくするのは、俺の為。誰かの為に誰かに優しくするなんて真似はしない。他が為に優しく出来るなんてのは、偽善で欺瞞でしかない。優しさの根底には、酷い下心があるのが人間の真理である。

 

「俺が優しいとかはどうでもいい。これから票数集めの為の作業をしなきゃならん。ビラを作るとかな。時間空いてるか?」

 

「部活は私1人ですので、最終下校時間まで空いてるに等しいですが…」

 

「部活を優先する理由が無いなら、しばらくはこっち優先で頼む。部活に出るなら出るで連絡して欲しい」

 

「分かりました。…とはいえ、どこで行いましょうか?」

 

「図書室とかで良いだろ」

 

 作業を行う為、俺達は図書室に。放課後に図書室に残ってる生徒はそこまで多くはなく、自由に席が取れた。

 

「とは言っても正直、ビラ配りの効果なんてあんまり高くない」

 

「というと?」

 

「街中でアンケート取ってる人たまに居るだろ?でも内容なんて見なくても自分に関わりないし、どうでも良いって思ってる。ビラ配りも一緒で、生徒達は次誰が生徒会長になるとかそこまで興味持ってないんだよ。だからビラをスルーする可能性が高い。単純接触効果は期待出来ない」

 

「なるほど……」

 

 これが女子より男子の割合が多い学校なら、魂魄目当てでビラを貰う生徒も居るだろう。だが残念な事に、9割が女子を占める学校で魂魄の存在は薄れてしまう。

 

「だからビラ配りはやらない。けど、ビラは作る」

 

「?どういう事ですか?」

 

「深く読み込まなくて良い。確実にビラに目を通して、魂魄妖夢が生徒会長をやるって事をみんなが分かるようにすりゃあ良い。ビラ配りなんかよりももっと手っ取り早くて、尚且つ簡単な方法がある。むしろ他所の学校じゃあり得る方法だ」

 

 俺と魂魄だけでビラ配りをしたって、それを受け取る人間なんてたかが知れている。むしろ俺の場合、怪しい宗教の誘いか何かと勘違いされて受け取ってくれないまである。俺マジ反逆のカリスマ過ぎてヤバい。

 

「とにかく、まずは内容だ。前々から生徒会長に興味があったって事は、何かしたい事があったって事だろ?」

 

 内申点狙いでは無いのは分かる。魂魄はそこまで打算的な人間じゃない。

 

「生徒会長になって、より良い学校にしていきたいのは勿論なんですけど。でも生徒会長はあくまでこの学校に良い影響を齎すだけだと私は思うんです。それはそれで良い事だと思うんですけど…」

 

「…他に何かあるのか?」

 

「学校に良い影響を与えるだけじゃない。この学校に在籍する生徒達の将来にも、良い影響を与えていきたい。…こんな願いは傲慢かも知れない。言ったからって出来るだなんて限らない。それでも私は、学校だけじゃなく、生徒に良い影響を与える生徒会長になりたいんです」

 

 彼女が吐いたその言葉。実現不可、世迷言だと言われても仕方のない内容かも知れない。それを自分で認めている。認めた上で、実現しようとしている。

 

「…お前凄ぇよ」

 

「まだ私は生徒会長になっていません。今のままでは絵空事でしかありませんから。実現する為には、まず生徒会長にならなければ」

 

「ここまで明確に自分のやりたい事があるんなら大丈夫だろ。演説内容に関しても、俺が横から口を挟む事も多分無いし。ビラに関しても、今言った事を省略した内容を記載すれば良い」

 

 やる事があるとすれば、後は応援演説をしてくれる人材だ。魂魄の事を知っている奴が望ましい。そういう人物がいるのなら、その人物に頼むとしよう。

 

「後は応援演説だ。魂魄の周りで、そういう事をしてくれそうな奴いるか?」

 

「え?私は八幡さんにお願いするつもりでしたけど…」

 

「…マ?」

 

 何それ聞いてない。俺が応援演説やるの?大丈夫?魂魄の評価一気に下がったりしない?

 

「最初から八幡さんにお願いするつもりでしたよ?…八幡さんは、嫌なんですか?」

 

「や、別に嫌とかじゃなくて。お前を良い感じに押し出してくれる人物なんているんじゃねぇのって思っただけだ」

 

 魂魄のクラスメイトがどんな奴か知らんけど、少なくとも他クラスかつ中々関わる事のない俺に頼むのは違うのではないか。

 

「私は…八幡さん。貴方が良いんです。貴方じゃなきゃ嫌なんです。貴方でなければ、ダメなんです」

 

 魂魄が訴えるその言葉と表情。まるでそれは、告白の言葉のようだった。ここまで言われて「嫌。無理」とは言えん。元を辿れば、俺が魂魄に生徒会長を勧めた。応援演説も、俺が取らねばならない責任のうちか。

 

「…分かった。応援演説と、ビラの方はやる。お前は生徒会選挙に向けて、演説内容を考えておいてくれ」

 

「はい!」

 

 動く理由を貰い、策も決まった。後は、実行するだけだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 生徒会選挙当日。

 結局、魂魄以外生徒会長を狙う人物はいなかった。普通の生徒会選挙ならばどちらに票を入れるか、そして票数が多い方が生徒会長となる。

 だが今回、魂魄のみ生徒会長となった為、票の選択肢は生徒会長に"向いている"か"向いていない"かの2択。Yes or Noだ。

 

 もし向いてない方に票が多い場合、自動的に小野塚先輩が生徒会長に繰り上がる。

 

『頼むから良い感じの演説をしておくれよ〜。あたい生徒会長なんて嫌だからね』

 

 と、願っていた。確かに俺も生徒会長なんて真っ平ごめんだが。

 そして書記。風見先輩が抜けた穴を埋める後任が決まった。その人物はまた後ほど紹介しよう。

 

『それでは、応援演説の方よろしくお願いします』

 

 そろそろだ。

 ここで魂魄が生きるか死ぬか。魂魄の演説だけじゃない。俺の応援演説も掛かってる。拍手が送られる中、俺は舞台に上がり、そしてマイクに口元を寄せて、カンペを見ながら自己紹介を行う。

 

『魂魄妖夢の応援演説を担当する、現生徒会庶務の比企谷八幡です。よろしくお願いします』

 

 掴みなんてのは関係ない。俺が思う、魂魄妖夢をこの皆々様に語るだけだ。

 

『まずこの学校で、魂魄妖夢という存在を知らないものはいないでしょう。この間の、担任から配られた紙を見れば、少なくとも名前に見覚えはある筈です』

 

 ビラ配りを行うより手っ取り早く簡単なのは、教師にホームルーム中に紙を配らせる事。そうすれば各々が確実に魂魄妖夢という存在を認識する。「生徒会長を希望してるんだ」程度でも認識されるのと、全く知らないのでは話が変わってくるからな。

 

『彼女とはクラスも違うし、合同の授業で関わるわけでもない。親友でも無ければ恋人でも無い。なんでそんな人間を推薦するのか。それは、彼女の人一倍努力している姿が、人として尊敬に値する部分だと思ったから』

 

 演説はまだ始まったばかり。俺を知っている人間からすれば、この内容はお利口さんの様な模範的内容だと馬鹿に出来るだろう。小町がこんなん聞いたら、多分その場でリバースするまである。

 

『魂魄は剣道部です。しかし、今の剣道部は魂魄1人しかいない。何故なら、他の部員は魂魄が入って数週間で辞めた。理由は、魂魄が居るとつまらないから』

 

 魂魄と出会ったあの日。1人で竹刀の素振りをしていた彼女の姿は、明確に覚えている。

 

『強さ故に孤立していた彼女は、直向きに努力し続けていた。例え独りになったとしても、目の前の目標の為、大切な人の為に努力していた』

 

 自分から孤立するのと、他者から孤立を強いられるのでは、同じ孤独でも意味が違う。魂魄は明らかに後者である。

 

『彼女の努力は上っ面のものじゃない。馬鹿真面目に、ひたすら努力を重ねる事が出来る。独りになったとしても、毅然としたその姿で立ち続ける』

 

 魂魄の応援演説は終盤に差し掛かった。

 

『生徒会長に何故立候補するのかは、この後彼女が自身の口から言葉にするでしょう。ですが、彼女が口にした言葉は、世迷言では無いと錯覚してしまう。実現可能だと思ってしまう。そう思わせる努力を、彼女は積み重ねて来た。四季映姫前生徒会長に劣らない、生徒会長としての器。彼女が生徒会長になれば、きっと彼女は自身が掲げる望みの為に、この学校の生徒の為に、全力で努力する。努力の権化である魂魄妖夢だからこそ、生徒会長に相応しいと思った。故に、彼女を生徒会長に推薦したいです』

 

 「以上で応援演説を終了します」と締めの挨拶を終えて、俺はカンペを持って舞台から姿を消した。舞台裏で待機している魂魄に、俺は声を掛ける。

 

「…後はお前次第だ。頑張れ」

 

 余計な応援も、具体的なアドバイスも要らない。ただ一言、俺はそう声を掛けた。

 

『続きまして、魂魄妖夢さんによる立候補演説です』

 

 魂魄は俺の声掛けに対し何の反応示さず、壇上に立つ。

 

『1年C組の魂魄妖夢です』

 

 俺は壇上の彼女に目をやる。魂魄は椅子に着席している全校生徒に視線を向けて、言葉を並べていく。

 

『私が生徒会長に立候補した理由。それはこの学校を……いえ、この学校に在籍する皆様に対して、良い影響を齎したいと思ったからです』

 

 魂魄の理由に、少なからず動揺と喧騒が生まれる。

 

『先程の彼が申し上げた通り、私は独りで努力しました。手前味噌ではありますが、私は他の誰よりも努力した自信があります。…ですが努力の結果、人が離れてしまった。努力を積み重ねる事に、疑問を抱きました。自分の努力は、努力という行為は間違っているのではないか、と』

 

 魂魄が持ち出した、剣道部の27人が幽霊部員と化した相談。その時溢した、彼女の言葉。

 

『ですが、ある人にこう声を掛けて下さいました。努力は間違っていない。人それぞれ努力の形は違うけれど、努力が悪い事にはならない。いつかそれが自分のためになる、と』

 

 それ俺のセリフ。めちゃ恥ずかしいんだけど。ていうかよく覚えてたなその言葉。俺ですらちょっと忘れかけてたんだけど。顔があっついあっつい。

 

『その言葉に、私は心が救われました。自分の努力は誇れるものだと、自分の努力は間違ってなかったのだと思えたから。その方から認められた私の努力、それをこの学校に、ひいては皆々様に対して使っていきたい』

 

 演説の内容的に、そろそろ終わりが近くなって来たところだろう。

 

『これから私達は、様々な苦難にぶつかっていくでしょう。受験や就職など、きっと高い壁が聳え立つかも知れません。挫折も味わう事でしょう。努力なんてみっともないと思う方もいるかも知れません。ですが忘れないでください。努力は自分を裏切らない。どんな形であれ、自分の糧になる。努力の権化と言われた私が皆様の先頭に立つ事で、努力が人生において大事な一部だと知って欲しいんです』

 

 そして、締めの言葉。

 

『この学校を、この学校に在籍する生徒を。私の出来得る全力の努力で、支えていきたい。皆様の手本になれる生徒会長になりたいです。…私、魂魄妖夢に清き1票を、よろしくお願いいたしますっ!』

 

 最後をきちんと締め、頭を下げる。それに呼応する様に、生徒達は拍手を送る。

 

「…すっごいね。あんたらの演説。思わず聞き入っちゃったよ。あの子なら、四季様も後を任せられるんじゃないかい?」

 

「それはこれからです。あいつの言葉で票数の半分以上を取れるかどうか。取れたとして、生徒会長の仕事をこなせるか」

 

「でもあの子が困ったら、八幡はサポートするんでしょ?なんたって優しいからね、あんた」

 

「…時と場合によりますよ。そんなん」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 東方学院生徒会室。四季映姫前生徒会長と風見先輩が引退し、空いた穴を埋めるべく、2名の生徒会役員が補充された。

 

「学園祭の時期が近づいて来たね〜。私達のクラスは何するんだろね?」

 

 広報、河城にとり。

 

「何をするにしろ、私は裏方に徹するわ。私が表に出たところで、良い影響を齎すとは思えないし」

 

 会計、鍵山雛。

 

「あたいはサボって学園祭を満喫するね。あ、折角だしあたいとデートしようじゃないか、八幡」

 

 副会長、小野塚小町。

 

「俺はそもそも学園祭自体サボるつもりなんで」

 

 庶務、比企谷八幡。

 そして。

 

「サボっちゃダメですよ、八幡さん。私達生徒会は、生徒の模範とならなければならないんですから」

 

 新生徒会長、魂魄妖夢。

 彼女の演説が響いたのか、彼女を推す生徒がこの学園の大半以上いたのだ。結果、生徒会長に抜擢。

 

『私が生徒会長になれたのも、全部八幡さんのお陰です。本当に、ありがとうございますっ!』

 

『お前の演説が効いたんだろ。内容に関しては俺考えてねぇし』

 

『いえ!…貴方が、いたから。貴方が、私の傍にいてくれたから。私を支えてくれたから、私の努力が実ったんです』

 

『…あっそう』

 

『今度は私が貴方を支えます!貴方がどんな苦難にぶつかろうとも、私も傍で支えます!』

 

 その時、彼女は最後に。

 

『ずっと、貴方の傍で』

 

 やべー女じゃないかって一瞬疑ったんだが。あれもう天然とかじゃないだろ。もろ告白みたいなセリフじゃねぇか。あれを素で言うんだろ。魅惑の女じゃん。うっかり惚れて告白するぞ。

 

「そういえば、書記は?まだ来てないけど…」

 

「来なくて良いですよ。むしろ今から脱退してくれた方が助かりますし」

 

 何故あいつが生徒会に立候補したのかは分からない。確かに書記係として優れた腕を持っているのかも知れない。だが能力云々以前に、俺はあいつと合わない。

 

「あやや。八幡さんにそこまで言われちゃうと、私悲しいですよ」

 

 生徒会室の扉が開き、最後の人物が入室して来た。

 

「そうか。なら泣いて帰ってくれ」

 

「すーぐそうやって私を突き放すんですから。ほーんと…」

 

 目にも止まらぬ速さで俺に接近し、耳元で囁く。

 

「生意気」

 

 風見先輩に代わる書記係。魂魄と同じ1年C組であり、学校新聞などを作成している人物。更に付け加えるなら、封獣と同等の苦手意識を持つ人物。

 

 書記、射命丸文。

 

「これで全員揃いましたね。それでは、今日の仕事ですが…」

 

 新生徒会、始動。

 



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彼は多少なりとも、周りに想われている。

 

 生徒会選挙も終わり、魂魄は無事生徒会長に。そして書記には余計な射命丸が。いや本当に余計だ。なんで書記に立候補したんだよ。

 

「…八幡さん?大丈夫ですか?」

 

「魂魄。俺もう生徒会辞めたい」

 

「急に何故っ!?」

 

 だって余計な奴いるし。確かに書記には向いてるかも知れないが、そもそも人として生徒会に向いている人材かあいつ。それは俺も同じか。じゃあ俺も余計なやつか。はっはっは。

 

「ま、まさか、私が何かしたんじゃ…」

 

「いや、魂魄は何もしてない。むしろありのままでいてくれ。それで安心出来るから」

 

「八幡が唐突にわけ分からんこと言うのは今に始まったことじゃないさ。にしても、最近やたらと目が異常に腐ってるけど。何かあったのかい?」

 

 原因は俺の隣で座っているこの烏。こちらを見てニコニコしている胡散臭さトップクラスの射命丸文、その人である。

 

「あやや、もしかしてオーバーワークかも知れませんね。私が保健室に連れて行ってあげましょう!」

 

「いや、それだと連れてかれる先は保健室じゃなく多分ゴミ捨て場に…」

 

「病人に口無しですよ、八幡さん!それじゃ、私はこの人を連れて保健室に行きますので!」

 

 そう言って射命丸は俺の腕に、自身の腕を組んで強引に生徒会室から連れ出した。廊下を歩き、しばらくすると射命丸は俺の腕を離して、強く背中を押す。

 

「態度に出し過ぎなのよ。そんなに私がいるのが不服かしら?」

 

 先程、生徒会の面々に見せていた仮面を取って、射命丸本来の人格を表す。

 

「そりゃそうだろ。少なくとも俺はお前のことが嫌いだ」

 

「奇遇ね。私も貴方のこと、好きじゃないの」

 

「ならなんで生徒会に入ったんだよ。俺が生徒会にいることぐらい、お前の情報網で分かるだろ」

 

「だからよ。貴方が生徒会にいることは知っているけれど、生徒会での貴方を知らないからね。ネタを掴むために入った、とでも言っておくわ」

 

 おそらくネタとは、俺の弱点か何かだろう。でなければ生徒会での俺を知らない、なんてセリフを言う必要が無いからな。それを掴んで強請ろうって魂胆か。やっぱ性格悪いなこいつ。

 

「別に俺をどうしようがお前の勝手だけども、あんま他の生徒会の面々まで巻き込むなよ」

 

「あら意外。そんなにあの生徒会のメンバーに思い入れがあるのね」

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

 何かあれば、四季先輩のありがたい説教をくらうだけだから。それを避けるためだ。

 

「私だって無闇矢鱈に喧嘩売ったりしないわよ。貴方みたいな弱い存在じゃない限りね」

 

「はいはい。そうですか」

 

 もうこいつと会話すると疲れる。封獣とはまた違う面倒くささ。強い奴には下手に出て、弱い奴に威張り散らす。山賊みてぇなキャラだな本当。

 俺は適当に会話を切り上げて、射命丸に背を向けて廊下を歩く。

 

「どこ行くの?」

 

「保健室。頭が重いんだよ」

 

 さっきから頭がだるい。寒気は無いから熱では無いかも知れんが、生徒会選挙とか、これからの学園祭のこととかで少し働き詰めだったからな。疲労が出たのかも知れない。

 

「本当に私が連れて行ってあげましょうか?」

 

「要らん。余計にしんどくなる」

 

 俺は重たい足取りで保健室に向かった。扉を開けようとすると、先に扉が勝手に開く。目の前に現れたのは、薄紫色のショートボブに白いターバンのような物を巻いた女生徒。

 

「ごめんなさいね」

 

 そう謝罪して、女生徒は立ち去る。女生徒が出て行ってから、保健室の中に入室する。椅子に座り、書類に何かを書き込む八意先生が挨拶をする。

 

「あら、比企谷くんじゃない。どうしたの?」

 

「頭が痛いんで。少し仮眠取らせて下さい」

 

「熱?」

 

「分からないですけど。とりあえず体温計貸してください」

 

「分かったわ」

 

 八意先生から体温計を受け取り、脇に挟んで熱を測る。少し待ち、アラームが鳴って表示された体温を見る。

 

「36.6℃。平熱ではあります」

 

「過労やストレスかも知れないわね。ベッドは空いてるから、ゆっくり寝てて良いわよ。まだ私、ここで仕事しなきゃならないし」

 

「ありがとうございます」

 

 俺はベッドを借りて、横になる。頭が重いのが緩和されるわけでは無いが、少し楽になった気はした。

 

「…疲れた…」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『俺はお前のことが嫌いだ』

 

 明確な拒絶。特に傷ついたわけでも無い。あの劣等者が私を嫌おうがなんだろうが、そんなので心に傷を負うわけがない。そんな柔いメンタルじゃジャーナリストなんて出来やしない。

 

「相変わらずの嫌われようねえ。まっ、あんたに好感抱くなんて人は、そういないと思うけど」

 

「…途中から聞いてたのね」

 

 背後で気楽そうな様子で声をかけたのは、姫海棠はたて。相変わらず鬱陶しい。

 

「あったり前じゃない。廊下歩いてたら文とあの有名人が絡んでたんだから。そりゃ盗み聞きするわよ」

 

「そう。まぁ盗み聞きしたとしても、私の新聞の内容が悪くなることはない。いくらでも聞いていればいい」

 

「じゃあ盗み聞きついでに1つ聞いていい?」

 

 私がその場から去ろうとすると、はたてが引き止めて質問する。

 

「何?」

 

「あんた、ネタを掴むためって言って生徒会に入ったわね。それさ、マジなわけ?」

 

「…どういうこと?」

 

「文って確かに自分より弱い奴に喧嘩売ったりするけどさぁ、そもそも心底どうでもいいって思うタイプでしょ?自分より弱い奴なんて。にも関わらず、あの有名人に突っかかって行くじゃない。期末テスト、体育祭で引き分けたとはいえさ」

 

「引き分けたからよ。…あの屈辱は2度と忘れない。私と引き分けておいて、"俺はお前のこと相手にしてねぇよ"感丸出しの態度がイラつくのよ。あの澄ました態度、絶対に歪ませてやる」

 

 あいつを私の足元で跪かせてやる。跪かせた上で、私専用の奴隷にする。私1人じゃ記事を作るのも限界がある。はたての花果子念報を超える記事を作る。そのために、あの劣等者をボロボロになるまで使うのよ。

 

「…こっわ。あんた、まるで封獣ぬえね」

 

「は?やめてよそんな気色悪いこと言うのは。それだとあの劣等者を私が病むほど好きみたいになるじゃない」

 

「違うの?」

 

「当たり前よ。むしろ、あんな人間を好きになる理由が見当たらない」

 

 くどいようだが私があの人間に突っかかるのは、あの態度が気に入らないから。

 私より全て劣っている癖に、見透かしたかのようにして思い上がるあの態度が。私なんて眼中にないってあの態度が。

 

 全部が気に入らないのだ。

 

「ふうん。ま、あんたが八幡のことどう思おうが私の知る由じゃないけどね。美味いネタゲット出来ればそれでよし。無ければそれまでなわけだから。八幡と恋仲になったら連絡しなさいよ。すぐに記事にしてあげるからさ」

 

「ならないわよ。絶対に」

 

 あいつと恋仲?想像しようと思っても想像出来ない。人間として私より劣る人間なんて、恋愛対象でもなんでもないから。

 

「それじゃあね。精々私の踏み台になる新聞でも作ってなさい」

 

 はたてにそう吐き捨てて、来た道を辿る。普通の人間なら保健室にでも行って見舞いでもするのだろうが、私が行く理由なんてない。歓迎すらされないし。互いにメリットが無い。

 

「…文、あんたやっぱ怖いって」

 

 はたての呟きに耳を傾けることもなく、私は生徒会室に戻る。中断していた仕事に戻ろうとすると。

 

「八幡さんは?」

 

「え?」

 

「いや、保健室に連れて行ったんですよね?具合はいかがだったんですか?」

 

「え、あぁ…」

 

 劣等者の具合を尋ねられ、少し詰まった私。突然のことだったから、すぐに出なかっただけだ。

 

「頭が重たいそうですよ。とりあえず、八意永琳先生に任せて戻って来ました」

 

「そう、ですか……」

 

 あからさまに心配する素振りを見せる。この女もそうだけど、あの男に惹かれる理由が分からない。ただ優しく声を掛けられただけで、助けられただけでほの字になる女が多い。馬鹿らしい。

 

「でも八幡が保健室行くぐらい崩れるなんて珍しいね。いつも表情死んでるから分かりづらいけどさ」

 

「…そうね。季節の変わり目でもあるし、風邪を引いたのかもね」

 

「でも大丈夫じゃないですか?勉強合宿で雨風に濡れてましたけど、その翌日翌々日は風邪引きませんでしたし。なんだかんだで頑丈な人だと思いますよ」

 

 私がF組にお邪魔して見た限り、出会ってから学校を欠席したところを見たことが無い。遅刻はたまにあるけれど、なんだかんだで出席しているのだ。

 

「…私、後で見舞いに行きます」

 

 そこまで心配する必要もないだろうに。見た感じ、ただの過労か何かだ。熱なら身体が熱い筈だ。それが無かったのなら、そこまで大事にするようなことじゃないということだ。

 

「なら、今行って来な」

 

「え…?」

 

「急がなけりゃならない仕事は特に無いし、妖夢がよく働いてるから多少早く切り上げても余裕はあるんだよ」

 

「小町はただサボりたい口実作りたいだけじゃないの?」

 

「ばっかお前、あたいはサボる時は正々堂々とサボるさ」

 

「別に誇れることではないのだけれど…。というか、今の八幡に似てたわね」

 

 なんなんだこいつらは。どうしてあの人間のことになると、こうも動きたがる。

 

「あたいも行ってあげたいけど、複数人で行って八幡の負担になったらあれだしね。代表として、妖夢が行って来たらいい」

 

「小町さん……」

 

「それじゃ、ここら辺で切り上げて。また明日にしよう」

 

 流れのままに、今日の生徒会は終了した。早く終わることに越したことは無いが、あの男ごときに生徒会が動くとは思いもしなかった。

 

 あの劣等者には、惹かれる何かがある。私には理解出来ない、何かが。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 生徒会を早く切り上げて、私は八幡さんの鞄を持って保健室に。扉をノックし、向こう側から返事が返ってくるのを確認して入室する。

 

「あら、新しく生徒会長になった子じゃない」

 

 保健の教諭と永遠亭という病院の薬師を掛け持ちしている八意先生、回転式の椅子を回転してこちらに視線を向ける。

 

「八幡さんは…?」

 

「八幡…?あぁ、比企谷くんね。比企谷くんならそこのベッドで熟睡してるわ。過労で少し頭にきていたようね」

 

「過労、ですか…」

 

 指差した先のベッド。白いカーテンを開くと、そこには眠っていた八幡さんの姿が。

 

「…八幡さん」

 

「心配かしら?」

 

「まぁ、はい。…新しく生徒会になったばかりで、引き継ぎとか諸々仕事ありましたし。それ以前に生徒会選挙で八幡さんには負担を掛けてしまいましたし」

 

 過労で体調を崩した原因が、もしかしたら私かも知れない。あれだけ八幡さんを支えると豪語しておきながら、この人の体調すら把握出来てなかった。

 

 何が傍で支えます、よ。全然出来てないじゃない。

 自分はこの人に何度も支えてもらって、その恩を返せていない。これじゃ八幡さんの傍にいても、邪魔になるだけだ。

 

「…ん……んん…」

 

 そう悔やんでいると、八幡さんがゆっくりと目覚め始めた。

 

「…結構、寝た気するな……って、魂魄?お前なんでいんの?」

 

「あっ、その。もう今日の生徒会は終了しましたので、八幡さんの鞄をと…」

 

「あぁ、悪いな」

 

 カーテンが開かれて、八意先生が様子を見に来る。

 

「起きたようね。具合はどう?」

 

「寝る前に比べたら、まだマシです」

 

「なら良かったわね。帰ったら早く寝ることね」

 

「そうします」

 

 八幡さんはベッドから降りて、私から鞄を受け取る。

 

「それじゃ、失礼しました」

 

「あ、待ってください!私もご一緒させてください!」

 

「お、おう。ていうかあんま大声出さんでくれ。頭に響く」

 

「す、すみません…」

 

 私達は保健室を後にして、夕日に照らされた玄関へと向かった。

 

「八幡さん……すみませんでした!」

 

 私は頭を下げて、謝罪をする。

 

「え?何どうした」

 

「八幡さんが過労って聞いて、もしかしたら私のせいでって……」

 

「なんでだよ。別に魂魄が悪いとかじゃないだろ。俺の体調管理がなってなかっただけだ」

 

「だって!…学園祭のこともそうですけど、生徒会選挙で八幡さんにだいぶ負担を掛けてしまったじゃないですか」

 

「俺が勧誘したんだ。お前が気に病むほどじゃないし」

 

 あくまで八幡さんは私を責めない気だ。いっそ突き放してくれた方がどれだけ楽か。

 

「何をそんなに暗い顔してるのかは知らんけど、俺がぶっ倒れた原因はお前じゃない。自分のせいだとか言うのもやめてくれ」

 

「私は!…私は八幡さんを支えると豪語しました。でも、結局は支えられてばかり。恩の1つも返せていない」

 

「それなんだよ。恩を返そうとしなくていい。生徒会選挙も元を辿れば、俺がお前を勧誘したんだ。なら最後まで付き添う責任がある。恩を感じる必要が無い」

 

 八幡さんは優しい。私に無理させないために、恩を感じなくていいと言ってるんだ。

 私は何度もこの人に支えてもらった。八幡さんの言葉が、私の心の支えにもなっている。

 

 でも、じゃあ八幡さんは?

 

 八幡さんは誰かを支えてる。でも、八幡さんを支える人は?八幡さんの周りには博麗の巫女や人形使いなど、個性豊かな人物が集まってる。でも、どの人も八幡さんの支えになっているのかは分からない。

 

 八幡さんは誰かを支えてるのに、その八幡さんを支える人が見当たらない。八幡さんは誰かが辛い時、寄り添っているのに。八幡さんが辛い時、誰が寄り添ってくれるのだろうか。

 

 私は、八幡さんを支えたい。辛い時は寄り添いたい。

 傲慢な願いかも知れない。八幡さんは求めていないのかも知れない。私の自己満足かも知れない。

 

 それでも、私は。

 

「恩だけじゃないんです。…私は、貴方を支えたい。貴方が辛い時、心を休ませる拠り所になりたい。きっと八幡さんは求めていないかも知れない。傲慢だって思うかも知れない。…それでも、私は支えたいんです」

 

 貴方の傍でずっと支えたい。だって、貴方のことが好きだから。

 この役目は誰にも譲らない。譲りたくない。貴方の傍で支えるのは、私が良い。

 

「…特別なことはしなくていい。お前はいつも通りのお前でいてくれりゃそれでいい」

 

「っ…!」

 

 私の気持ちが届かなかった。誠意を見せれば伝わるとは思っていなかった。でも、八幡さんは私の気持ちなんて全く…。

 

「普段と違うことをされる方が気持ち悪いんだ。さっきも言ったが、お前はお前のままでいてくれ。…それに、お前にそう言ってくれるだけで十分支えられてる」

 

「え……?」

 

「自分のことは自分で。辛かろうがなんだろうが、それは自分の問題で、他人を巻き込んで良い理由にはならないと思ってた。きっとそれはこれからも思うことだと思う。癖みたいなもんだからな」

 

「…はい」

 

「でも、お前は支えるって言った。今まで言われなかった言葉だったから、動揺した。反面、悪い気分にならなかった。だから、その…なんだ?お前がそう言ってくれただけで、支えになったってことだ」

 

「っ!」

 

「まぁ、あれだ。…ありがとな」

 

 八幡さんの、不器用な言葉。そこには私の想いが届いていた。八幡さんは、支えになったと言ってくれたんだ。

 

 嬉しい。とても、嬉しい。

 

「…え、ちょっと?何か反応して?俺恥ずかしいんだけど」

 

 決めた。八幡さんを支えるのは、この魂魄妖夢だ。他の誰にも譲らない。博麗の巫女にも、あの封獣ぬえにも。誰であっても、譲る気はない。

 

「八幡さん」

 

「え、な、何?」

 

「貴方の傍で、これからも支えさせていただきます」

 

 貴方が死を迎えるまで、これから、ずっと(一生)

 




 ヤンデレじゃないよ?純愛だよ?


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次にトラブるのは、学園祭かも知れない。

 

「えー、学園祭があります」

 

 俺は教壇の前に立って、クラスの連中全員に伝える。こういうのは担任の役割な筈だが、稗田先生はどうも人の前に立つ役割を俺に押し付ける節がある。

 

「1クラスに2人、文化祭実行委員を募ることになってる。基本的には生徒会と連携して働くことが多い。クラスで何やるかも大事だが、まずは文化祭実行委員を決めることにする。誰かやりたい人はいるか?」

 

 と尋ねてみたものの、誰も手を挙げず、誰も声を発さないものだと思っていた。しかし意外なことに、2人の女子が手を挙げる。

 

「文化祭実行委員なら私と、静葉がやるわ!」

 

 手を挙げたのは秋穣子、そして秋静葉。苗字から察するに、姉妹なのだろう。

 

「誰もやらないんなら頼むけど。良いのか?」

 

「文化祭と言えば秋!秋と言えば私達、秋姉妹よ!」

 

「その理屈はよく分からんが。じゃあまぁ頼んだわ」

 

 思いの外、文化祭実行委員が早く決まった。もう少し時間がかかるものだと思っていたが、よく分からん理論を振り翳した秋穣子に感謝しよう。穣子か静葉かどっちか分からんけど。

 

「じゃあ文化祭実行委員が決まったところで、次は出し物を決める時間だ。何か禁止されてる出し物とかありますかね?」

 

 隅で椅子に腰掛ける稗田先生に尋ねる。

 

「基本的にはありませんね。常識に囚われない、というのがこの学園の売り文句。ただ自由にして良いというわけではありません。全て自己責任を承知の上です。その辺りを履き違えることが無いのであれば」

 

「だそうだ。飲食店でも良いし、演劇発表でも良い。とりあえず名前の順から片っ端に聞いていく。無いなら無いでそれで良い。まずは秋姉妹」

 

「秋にちなんで、秋の季節の食品を提供するのはどう?焼き芋にぶどう、秋の野菜の天ぷら。秋を体感出来るお店が良いと思うの」

 

「そうすれば、生徒も先生も外から来た一般人も秋の素晴らしさを味わえるわ!」

 

「季節限定か。悪くないな」

 

 アリス・マーガトロイドの場合。

 

「私は、人形展示会で良いと思うわ」

 

「お前の独壇場だな」

 

 第一の転校生、十六夜咲夜の場合。

 

「メイド喫茶で良いわ」

 

「本職じゃねぇか」

 

 今泉影狼の場合。

 

「人形じゃなく、竹林展示発表会でどうかしら?」

 

「その竹林どこから持ってくるんだよ」

 

 宇佐見蓮子の場合。

 

「お化け屋敷で良いじゃない?」

 

「妥当な案だな」

 

「私ちょうど、その道の物品を部室に保管してるのよ。あれ置いたらポルターガイスト起きるかも知れないし」

 

「お前幽霊を客として招くつもりか」

 

 奥野田美宵の場合。

 

「居酒屋にしましょう!」

 

「普通に喫茶店じゃ駄目なのかよ」

 

 火焔猫燐の場合。

 

「あたいは猫の動画の鑑賞会がいいね」

 

「ぜひうちのカマクラも出演させてもらおう」

 

 霧雨魔理沙の場合。

 

「きのこ料理屋さんでどうだ!?きのこスパゲッティにきのこハンバーグ!絶品揃いだぜ!」

 

「お前が食べたいだけじゃねぇのか」

 

 クラウン・ピースの場合。

 

「びっくりハウスにしようよ!」

 

「お化け屋敷とどう違うんだ?」

 

「まず入り口にチョークの粉が大量に含まれた黒板消しを挟んで落とし、そっから部屋を暗くして足元には紐を張り巡らせるんだよ!極め付けは四方八方からカラーボールがバァーン!どう?」

 

「停学」

 

 さっきからまともな奴いないんだけど。マーガトロイドと秋姉妹、火焔猫、霧雨辺りだけだよ、まともな奴。

 

 黒谷ヤマメの場合。

 

「蜘蛛観察会にしようよ。可愛いでしょ?」

 

「怖ぇよ」

 

 赤蛮奇の場合。

 

「びっくりハウスかお化け屋敷に頭を飛ばすって工程を付けようか」

 

「追い討ちの案やめろ」

 

 蘇我屠自古の場合。

 

「文化祭で粗相する奴の公開処刑をしようか。この学園に喧嘩売る奴には雷が落ちることを証明すんだよ」

 

「それもう出し物じゃない」

 

 博麗霊夢の場合。

 

「博麗神社出張版で決まりね。1人千円で参拝して、取り憑いてる霊を祓うのよ。勿論、ギャランティは全部私行きだけどね」

 

「悪徳商法だろ」

 

 常識に囚われないのが売り文句とは言え、囚われなさすぎだろ。自由もここまで来ると悪質だよ。

 

 次は、第二の転校生の比那名居天子。

 

「桃よ!千葉は落花生とか梨が有名らしいけれど、桃こそこれからの千葉を担う象徴となるべき果実よ!桃をベースにした飲食店を出店すれば…」

 

「お前千葉から追放すんぞ」

 

 二ッ岩マミゾウの場合。

 

「うどん屋でどうじゃ。秋とは言え空気が冷たい。温かいうどんを提供すれば、売れると思うのじゃが」

 

「お前の発想が温かい」

 

 俺の後ろの出席番号の奴はとても温かい奴だ。

 

「まぁその汁の中に大量の七味をぶっ込んでおけばもっと温かくなるがのう」

 

「前言撤回」

 

 マエリベリー・ハーンの場合。

 

「スイーツをメインにしたお店で良いんじゃないかしら」

 

「ここに来て採用高確率の案が」

 

 物部布都の場合。

 

「この教場に神子様の像を置き、我々と共に神子様を崇め奉る!これ以外に一体何をすると申すか!」

 

「いやあるだろ。普通に」

 

 つうか誰だよ神子様。巫女ならそこにいるぞ。まぁあんなん崇めても何の意味も無いけど。

 

「何かしら?言いたいことがあるなら裏で聞くわよ」

 

「俺をボッコボコにする気かお前」

 

「そんな酷いこと出来るわけないじゃない。可愛い巫女がそんな乱暴なこと出来るわけないでしょ?」

 

「ハハッ」

 

「何今の夢の国の主要人物の笑い方は」

 

 千葉県民ですから。そいつの真似が出来なくて千葉県民を名乗れるか?名乗れるな。うん、全く関係ない。

 

「次だ次。プリズムリバー、何かやりたいことあるか?」

 

「…まぁ、得意分野を披露するって意味なら音楽を使う発表会ね。それが通るかどうかさておいて」

 

「悪くはない案だな」

 

 霊烏路空の場合。

 底抜けにアホのこいつからまともな案が出るわけがない。仮にラーメン屋とか言ってみろ。俺が賛成する。

 

「八幡からぎゅーってしてもらうの!」

 

「は?」

 

 まともな案じゃないのは分かりきってた。でもなんでそうピンポイントな願望言ってくるの?言われた俺恥ずかしいんだけど。何人かすんごい目で俺と霊烏路を見てくるんだけど。レーザーポインター浴びせられてるんだけど。

 

「い、いや、そうじゃなくてだな。もっとなんかあるだろ。ラーメン屋とか」

 

「なんで例えがラーメン屋なのよ」

 

 知ったことか。俺の趣味だ。

 

「やりたいこと何かって聞いたじゃん!だから八幡からぎゅーっとしてもらいたいって言ったの!」

 

「額面通りに捉えすぎだよ!お空、これ今何の話をしてるか分かってるの!?」

 

「え?分からないよ?」

 

「マジかお前」

 

 ここまで人の話を聞いてないことを堂々と言える奴がいるのか。なんか頭痛くなってきたぞ。また保健室にお世話になっちまうぞ。

 

「…もういいや。次、鈴仙。お前何したい」

 

「餅屋さんで良いんじゃない?餅米と臼、そして杵を用意。餅つきを体験し、自分が突いたお餅を持ち帰る。季節的には早いけど、中々体験出来ることじゃないし」

 

「お前最高」

 

「へっ!?」

 

 ここまで人に寄り添った案、今までにあったか?良くて秋姉妹とマーガトロイド、火焔猫辺りの案だけど、こんなん聞いたら採用したくなるわ。泣くぞ。

 

「ずるい!八幡の浮気者!」

 

「なんでだよ」

 

「文化祭の出し物は八幡の首を展示するので決定ね。大丈夫、魂すら残さないであげるから」

 

「浄化しないでくれる?ていうかそれ以前に首チョンパすんなよ」

 

 全く大丈夫じゃねぇし。

 

「かっかっか。儂の前の人間はとんだ助平じゃのう」

 

「お嬢様に今の一部始終伝えておくわね」

 

「本当、そういうとこ良くねえぞ!」

 

 鈴仙の案が魅力的だったから褒めただけなのに、この言われようは解せぬ。

 

「俺の死刑は一旦置いとけ。最後は…ホワイトロックだな。やりたいことは?」

 

「そうね……寒い日にはうってつけのデザートがあるわね」

 

「ほう。それは?」

 

「かき氷」

 

「はい終了」

 

 全員分聞いた結果、大喜利みたいになった。誰がボケろって言ったよ。全部俺がツッコミ入れてるじゃねぇか。

 

「実現不可、よく分からんもんは不採用で」

 

 竹林展示発表会、神子様、博麗神社出張版、粗相した奴の処刑、蜘蛛観察会、びっくりハウス、俺の抱擁会、桃。これら全部不採用確定。

 

「なんでよ…」

 

「神子様の良さを伝える良い機会なのに!お主は何を考えとるんじゃ!」

 

「私のギャランティは!?」

 

「蜘蛛可愛いのに…」

 

「人を驚かせるチャンスなのに!」

 

「桃が不採用だなんて不調法者!」

 

「つうか、かき氷が不採用じゃねぇってどういうこった。季節外れにもほどがあるだろうがよ」

 

「採用するとは言ってないけど、実現可能だろ。例えば博麗のあんな悪徳商法とか認められるわけないだろ」

 

「そりゃそうだけどよ」

 

 不満があるようだが、因果応報だ。ふざけた案なんぞ出すからそうなる。俺の判断は間違ってない。比那名居、お前だけは気に入らんから却下。千葉を馬鹿にするからだ。

 

「というか、八幡はどうなのよ。さっきから意見してばかりじゃない」

 

「俺はラーメン屋で良いと思うんだが」

 

「なんでよ」

 

「美味いだろ、ラーメン。暗殺教室見ろよお前、あいつらつけ麺作ってたぞ」

 

「何の話よ」

 

 クソ、村松と殺せんせーさえいればどんぐりつけ麺作れたかも知らないのに。出てきたのはうどんだし。しかも辛いのぶち込もうとしてるし。

 ていうか、こんな色んな案が出てきたら1つに絞るのに時間がかかる。

 

「……あ」

 

「?どうかしましたか?」

 

「今泉、蘇我。お前らの案も、案外悪くないかも知れん」

 

「え?」

 

 今、我ながら良い案が思い付いたかも知れない。

 

「1年F組の出し物は、和風喫茶でどうだ?」

 

「和風喫茶?」

 

 全員の案を1つにまとめることは流石に出来んが、大多数の案であれば取り入れて1つにまとめることが出来る。それが和風喫茶である。

 

「メニューはうどんでも良いし餅でも良い。きのこが乗ってる和風スパゲティでも良いだろうし、さつまいもやぶどうを使ったデザートだって出来る。邪魔にならない場所に竹林、和の人形とかを置くのだってありだ。接客業については……」

 

「私が指導すれば良いのね?」

 

「そういうことだ」

 

「あ、接客なら私も出来ますよ!居酒屋でバイトしてますし!」

 

「待て。そういう話なら私も出来る」

 

「なら奥野田と赤蛮奇、そんで十六夜が主軸となって動いてくれ」

 

 どうせ博麗なんて「は?なんであんたに持って来なきゃならないの?あんたが私に持って来なさいよ」とか言いそうだし。最低限、接客が出来る術を十六夜と奥野田、赤蛮奇に叩き込んでもらう。

 

「でだ。これだけ女子が多い学校で、しかも外部からも客が来る。下心満載の男も来るかもしれん。もし接客最中に何かしようとすれば…」

 

「私が叩き出しゃ良いんだな?任せろ」

 

「その上で金巻き上げれば良いのね?」

 

「…暴力はやめてね。一応」

 

 あんま関わったことないから分からんけど、本当に叩き出しそうで怖い。博麗、ナチュラルに金取ろうとすんな。

 

「和風スタイルの店だ。店内の音楽を和楽にしたいところだが…」

 

「…出来ないことは無いわ。胡弓を使えば、それなりに」

 

「頼んだ」

 

 インテリアにメニューは大まかに決まった。接客業に関しても、あの3人に任せておく。

 

「後は厨房。十六夜には最低限の接客業だけ叩き込んでもらった上で、厨房に入ってもらいたい。負担がかかるが、頼めるか?」

 

「任せなさい。紅魔館に比べれば赤子の手を捻るよりも簡単よ」

 

「厨房ならあたいにも任せな!地霊殿ではあたいが料理担当だし」

 

「私も、永遠亭で料理作るから大丈夫だと思う」

 

「ならその3人は厨房確定だな」

 

 十六夜、火焔猫、そして鈴仙。このクラスに料理が出来る人間がいて良かったと思う。

 

「和食なら私も出来るわよ」

 

「お前は……そうだな、頼むわ」

 

 博麗が自分から名乗り出たのが驚きだが、こいつに接客業させるよりも裏で働いてくれた方が安全性が高い。蘇我と一緒に客をフルボッコにして叩き出しそうで怖いもん。

 

「流石に全員の案を取り入れることは出来なかった。だからこの案に異議がある奴もいるだろう。だから謝らせてもらう」

 

 俺は頭を下げる。「なんで私の案は取り入れてもらえないの」って思う奴がいるだろうから。

 

「私は別に構わないわよ。なんなら日本人形をインテリアの一部として使わせてもらうし」

 

「人形を造るのであれば、神子様の人形も造ろうぞ!」

 

「じゃあ私は粗相した客の前に蜘蛛を垂らして帰すよ。これでも十分驚くだろうし」

 

 残りの除外された案を出した連中は、快く受け入れてくれた。こういうクラスに居ることが出来て、たまに悪くないと思う。

 

「…なら、和風喫茶で決まりな」

 

 1年F組の出し物は、和風喫茶で決定した。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「和風喫茶店とは洒落てるじゃないか。あたいも寄らせてもらうとしよう。八幡が接客してくれるんだろう?」

 

「しませんて。普通に受付だけなんで」

 

「つまらないな。妖夢と文のクラスの出し物はなんだい?」

 

「私達のクラスは演劇発表会です。題名は、"春雪異変"」

 

「おお〜。どんな内容か全く分からないけど凄そう!」

 

「私達はおでん屋よ。少し時期は早いけれど、肌寒くなってきたから丁度良いって理由で」

 

 魂魄と射命丸のクラスは演劇発表会、河城先輩と鍵山先輩のクラスはおでん屋だそうだ。おでん屋は良いな。寄る時間があれば寄らせてもらおう。

 

「小町のクラスは何出すの?」

 

「あたいのクラスはライブだね」

 

「そういえば小町のクラスには雷鼓と九十九姉妹いるじゃん。そりゃライブ一択になるよ」

 

 知らん登場人物が出て来たが、流れ的に演奏が得意な人物なんだろう。プリズムリバーと近い存在だろうか。

 

「後はバックダンサーみたいな感じ?」

 

「ほとんどはね。でもあたいも雷鼓達と一緒に歌うから、ぜひ見て欲しいね。なぁ八幡?」

 

 何故指名する。

 

「…暇があればですけどね」

 

「サボりの先輩が教えてやるよ。八幡、暇は作り出すものさ」

 

 なんだそれかっけぇ。俺もそのセリフ貰おう。流石は四季先輩の監視を潜り抜けてサボる能力がある先輩だ。後で見つかる確率100%だけど。

 

「と言っても、この時期はサボりたくてもサボれないんだけどね。時期的に、あいつが来るだろうし」

 

 と、後半の言葉を重く伝える小野塚先輩。

 

「あいつ?」

 

「過去に2度、この学園を荒らそうとした不届者がいたんだよ。まぁ生徒指導の茨木先生や校長の八雲紫と側近の八雲藍とかが出張って追い払ったけど」

 

「あー、その話は私も聞いたことありますよ。天邪鬼、鬼人(きじん)正邪(せいじゃ)。彼女1人でこの学園を荒らそうとしたと」

 

「そんな奴がいたのか…」

 

「奴の動機はよく分かんないんだけどね。でも2度目は少し厄介だったし、学習して狡猾になっていってる。それに動機が動機だから、2回だけでは終わらないと思う。今年も来ると見ていい」

 

「えぇ…」

 

 サボるどころじゃねぇ。むしろ忙しくなるのかよ。何してくれてんだ鬼人正邪とやら。2度あることは3度あるって言葉を知らねぇのかよ。

 

「学園祭の時は特に警備を強化してるけどね。素性も知らない一般人を招くわけだから。それでも侵入出来るんだから、大したもんだ」

 

「私、茨木先生と鬼人正邪が戦ってるところ見たけど。あの子体術とか、運動神経がかなり優れてるわよ。それに逃げ足が速い」

 

「あんた達3人は今年入学したばっかりだし、鬼人正邪の見た目とか分からないだろう。けど外部の人間だけでなく、内部の人間にも目を光らせておけよ。この学園の制服を着て侵入する、なんてこともあったからね」

 

 勉強合宿といい、なんで学校のイベントってトラブルが付いてくるのだろうか。そんなんフィクションの中だけでしか見たことねぇよ。なんだよ学園祭荒らすって。ジェントル・クリミナルかよ。

 

「…分かりました。しかし、私が生徒会長になったからにはこの学園祭に手出しなんてさせません!誰が来たって、力でねじ伏せれば良いだけです!」

 

「やる気があって良いねぇ。…八幡、ちょいちょい」

 

 小野塚先輩は俺を手招きする。そして、耳打ちする。

 

「妖夢のこと、ちゃんと見ておくんだよ。あの子は責任感が強い。万が一、鬼人正邪にしてやられた時、自分を責めるだろうから」

 

「小野塚先輩…」

 

 本当良い人だなぁ。

 

「後、何事も無かったらサボってあたいらのライブ見に来ておくれよ。待ってるからさ」

 

「…何も無かったら、ですけどね」

 

 こういうイベントは大概何か起きるものだ。むしろ何も起きない方が異変でしかないまである。何それ嫌すぎる。何か起きてる方が平和なのかよ。

 

 それから、日が経ち。

 

 東方学園祭、開催。

 



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こうして、彼ら彼女らの祭はフェスティバる。

 

 東方学院の祭、通称"幻想祭"1日目。土日2日間での開催。土日であれば仕事が休みの人も多い。故に一般客も招くことでこの学院の良さを知ってもらおうという魂胆らしい。代わりに月曜日と火曜日は代休である。

 

「現在、異常無しです」

 

『了解。こっちも異常は無いよ』

 

 俺達生徒会、そして文化祭実行委員は校内の巡回を行っている。全員が巡回に出払うとクラスの方にも回らないということもあり、その辺りを考慮しながら時間で交代して行う。

 幻想祭の様子を撮影するのも仕事のうちだが、生徒間でのトラブルや、不審者などの発見など、解決するのがこの巡回の目的。特にこの幻想祭では毎年、鬼人正邪とかいう人物が荒らしに来るという迷惑な輩がいるらしい。姿が分からないから、探しようがないけど。

 

「あ、お兄様!」

 

 背後から誰かがそう呼び、振り返る間もなく背中に衝撃が加わる。

 

「お兄様っ、久しぶり!」

 

「おう、久しぶりだな。でもいきなり背中にアタックはやめてね?骨折れると思ったから」

 

「その時はフランが一生面倒見るから大丈夫だよ?」

 

 全然大丈夫じゃねぇしそれ。骨折れただけでなんで一生面倒見られるんだよ。俺より小さい奴に。

 

「相変わらずね、八幡は」

 

 フランドールと共に、レミリアお嬢様と紅がやってくる。

 

「十六夜なら仕事中ですよ」

 

「それを見に行く途中だったのよ。本当なら八幡の働きぶりも見たかったけれど」

 

「で、2人は何やってるんですか。クラスの方は?」

 

「私はこの2日間、幻想祭には参加しないわよ。なんせ仕事は全て彼女達に任せたから」

 

「えー…」

 

 この人仕事押し付けるだけ押し付けて自分は優雅に幻想祭を楽しむ気かよ。絶対この人の下で働きたくねぇ。ていうか1回働いてるわ、俺。

 

「私は普通にまだ仕事の時間ではないので、お嬢様の付き添いをしています」

 

「お前仕事してても途中で寝たりするんじゃねぇの?」

 

「そ、そんな事するわけが!……多分」

 

「多分って言っちゃったよ」

 

 こっちもこっちで相変わらずだな。

 

「ノーレッジ先輩は……家ですか」

 

「聞かなくてもすぐに分かる辺りね」

 

 俺と張るぐらいのインドア人間。こんなお祭り騒ぎに出向くなんて、天と地がオクラホマミキサーを踊ってもあり得ないレベルである。

 

「それで、八幡は今何してるの?」

 

「異常がないかの巡回と、後は学校のホームページに掲載する写真の撮影です」

 

「八幡がカメラを向けると不審者に見えてしまうわね」

 

 そういう当たり前のことを言わない。なんならすれ違いざまに「なんか撮られてるんだけど…」って言われてるんだけど。仕事だから仕方ないだろ。これだから仕事嫌なんだよ。労働はクソとはよく言ったものだ。

 

「お兄様、私を撮ってよ!」

 

「そういうやつじゃねぇよこれは」

 

 こんなん残したらお前何撮ってんだって話になるから。撮らないから。

 

「とりあえず、俺はまだ仕事中なんで。十六夜を見たいなら俺のクラスにでも行ってください。今の時間帯ならまだ接客中だと思うんで」

 

「どうせなら貴方に接客してもらいたかったのだけれど……他の仕事をしてるなら仕方がないわね。まぁ、精々頑張りなさい」

 

「じゃあね、お兄様!またお家に遊びに来てよーっ!」

 

 紅魔館組が去り、俺は仕事を再開する。

 今のところ、異常事態はない。不審な挙動を起こす人物も、見る限りいない。

 

「はぁちまん」

 

 まぁ、それはこいつが現れるまではの話。普段なら人の視線すら感じ取れるヒッキーセンサーが、背後にいる人物を気取ることが出来なかった。こいつもステルスヒッキーを取得していたのか。

 声を掛けられた瞬間、振り向くことも出来ずに背後から抱きつかれてしまう。それも、腕もろとも拘束するように。

 

「久しぶり、八幡」

 

「…封獣」

 

 比那名居が転校して来て以降、封獣とは出会さなかった。だから懸念していた。いつまた前の時のような仕打ちを受けてしまうのかと。

 

『それじゃあ首を絞めて息の根を止めよう!それでもう一度八幡を蘇生させるの!』

 

 マジであの時、死を覚悟した。走馬灯が見えてたって不思議じゃなかった。あの時の封獣は、完全にやる気だったから。

 

「私が居なくて寂しかった?」

 

「んなわけねぇだろ。むしろ首絞められる恐れが無くて精々…」

 

 した。と言い切ろうとしたところで、俺の腹に添えられていた封獣の手が、今度は首に添えられる。

 

「寂しかったよね?」

 

 否定はさせない。そう言わんばかりの圧を込めた手。

 

「今仕事中なんでしょ?頑張ってるね、八幡は」

 

「ならさっさと…」

 

「でもそんなの関係ないからさ。ちょっと来て」

 

 封獣に強引に連れて行かれそうになったその時。

 

「何してるんですか?」

 

 とある人物からの待ったが入る。声の方に視線を向けると、鋭い目つきでこちらを睨んでいる魂魄がそこにいた。

 

「…誰かと思えば、新生徒会長じゃん」

 

「その手、離してください。八幡さんが困っています」

 

「八幡さん?何勝手に私の八幡を名前呼びしてんだよ」

 

「八幡さんは貴女のものでも、誰のものでもありません。彼は彼のもの。八幡さんを我が物顔で発言するのは控えてください。不愉快です」

 

 魂魄と封獣の対面。ただの話し合いになるわけもなく、周りがその一部始終を見ていた。当然だ。新しい生徒会長が一般生徒に対して厳しい物言いをしていたら、多少なりとも目立ちはする。

 

「不愉快なのはこっちのセリフだ。あの銀髪女と似たような事言われたのが尚更腹が立つ」

 

「…何の話ですか?」

 

 銀髪女と言われて、俺は1人思い当たる。俺の身近にいて、かつ封獣とも関わりがあった人間。

 

『八幡は誰のものでもないじゃない。あまり束縛はよろしくないわよ、エゴイストさん』

 

 十六夜咲夜。以前、彼女も魂魄と同じようなことを、封獣に言い放っていた。

 

「…お前には関係ない。とにかく、私の八幡に馴れ馴れしく近づくな。法が無かったら、お前も銀髪女も殺してるところだ」

 

「法があろうと無かろうと、貴女のような邪悪な人間に私は殺せません」

 

「言うじゃん。前に私のイタズラにまんまと引っかかった間抜けが」

 

 そういえば宝塔を探して初めて魂魄とあったあの時、封獣のイタズラにやられたとか言ってたな。

 

「そこ!聖なる秋の行事に何トラブってんの!」

 

 2人の間に水を差したのは、文化祭実行委員の秋穣子。隣には姉の静葉も。

 

「穣子さんに静葉さん…」

 

「秋になるとうっさい姉妹のお出ましか」

 

「秋の幻想祭にトラブルなんてナンセンスよ。内容は知らないけど、そんなもん他所でやってちょうだい。こちとら幻想祭に魂込めてんのよ」

 

「…アホらし。こんなぬるいイベントの何が楽しいんだか」

 

 封獣は幻想祭をバカにするように吐き捨て、こちらに視線を向け、そして。

 

「じゃあね八幡」

 

 封獣は俺の首に口づけする。彼女にしては軽く、そしてすぐに終わった。それを見た周囲の人間達は、黄色い声を上げる。

 

「八幡の事、ずっと見てるから」

 

 ストーカーじみた事を言い残し、彼女は去って行った。

 

「あんた、あの女の男ならちゃんとトラブル起こさないように言っておきなさいよ。もっかい同じ事起こしたら今度は幻想祭出禁にするわよ」

 

 どうしよう。普通にそれはそれでありなんだけど。俺も正直、文化祭はそこまで楽しみと思ってるわけじゃないし。文化祭の日は勉強しなくて良い日なわけだし、サボっても良いと思うわけなのだが。

 

「…貴方、何かよからぬ事考えてる?」

 

「はっはっは。そんなわけ」

 

「なら良いけど。生徒会長も気を付けてよ。ただでさえ天邪鬼が来るかも知れないのに」

 

「…重々承知しています」

 

 秋姉妹は注意の声掛けを行い、再び校内の巡回に戻って行った。

 

「八幡さん」

 

 魂魄は俺の名前を呼ぶと、首元にハンカチを当てられる。その部分は先程、封獣がキスをした部分だ。

 

「濡れているので。こんな穢らわしい体液を晒したままにするわけにもいきません」

 

「お、おう」

 

 確かにベタベタのままは気持ち悪くて嫌だけども、なんだろう。言葉に謎の圧が込められた気もしないではない。

 

「これでよし、と」

 

 拭き取り終えたハンカチをスカートのポケットに仕舞い、この場にいない封獣に呆れの言葉をこぼす。

 

「全く、あの女は周りを掻き乱す事ばかりする。私がいる限り、あのような輩に手を出させはしません」

 

 そう言って、魂魄もその場から去って行った。一時の修羅場を終え、俺も再び巡回へと戻ろうとしたその時。

 

「きゃっ」

 

「おっと、失礼」

 

 目の前で人と人がぶつかる様子が見える。尻餅をついてるわけでもなく、ただぶつかっただけ。ぶつかった側の人物も軽く謝罪して、廊下を歩いて行く。

 

「人、混んできたな…」

 

 これだけ人が多いと、鬼人正邪という輩がどこにいるか見つけにくい。それに実物を知らんから、変装してるか否かも分からん。分かってるのは運動神経が良い事と、狡猾な事ぐらいか。こんなんじゃ見つける手がかりにすらならん。

 

「あら、貴方は確か……比企谷さん、でしたね?」

 

「ん?」

 

 鬼人正邪の捜索に、早くも難航してるところに、見慣れない顔に声を掛けられた。

 

「九十九里浜で、総領娘様と言い合いになった方…ですよね?」

 

「…あ」

 

 思い出した。そういえばこの人、見覚えあるかも。比那名居の隣にいた女性。結構毒舌ぶっ込んでた人だった気する。

 

「比那名居の…」

 

「はい。改めまして、永江衣玖です」

 

「どうも」

 

「この度は、幻想祭での総領娘様の姿を見たく思い出向いたのですが……この和風喫茶というのはどこにあるのでしょう?これだけ人が多いと、見つける事も難しく…」

 

 人が混んでる最中に地図見ながら歩くのは危険だからな。それに見つけにくい。巡回がてら、一旦クラスに戻るか。

 

「それウチのクラスの出し物なんで。案内しますけど」

 

「それはありがたい。ぜひお願いします」

 

 永江さんを引き連れて、自分のクラスの方へと歩き出した。道中、永江さんから比那名居の話を尋ねられる。

 

「総領娘様はどうですか?クラスに馴染んでいますか?」

 

「馴染んでる……のか分かりませんけど、馴染めてなくはないと思いますよ」

 

「どうせあれでしょう?文化祭のクラスの出し物を決める時も、"桃こそこれからの千葉を担う象徴となるべき果実よ!桃をベースにした飲食店を出店すれば"とか言ってたんでしょう?」

 

 凄えこの人。一字一句間違う事なく当てやがった。もしかして聞いてた?

 

「総領娘様の事など手に取る様に分かりますから。あれほど分かりやすい人間ほどいません。子どもみたいに見えます」

 

 前から気にはなっていたが、この人と比那名居はどういった関係なのだろう。幽々子様と魂魄、お嬢様と十六夜の主従関係みたいなものなのか。

 

「あの人の傍若無人っぷりは見てて呆れが出るばかりです。最も、飽きはしないですけどね」

 

「…さいですか」

 

 永江さんと会話を続けると、うちの教室が見えてきた。入り口付近には、行列が出来ている。

 

「あそこが俺らのクラスです」

 

「あれが……中に入るには少々時間が必要になりそうですね」

 

 幻想祭が始まって数時間で行列が出来ているのは、俺らのクラスだけじゃない。ここに来るまでにいくつかのクラスで列が出来ていた。ただ気がかりなのは、男性の比率が多い事なのだが。

 

「ちょっと覗いてみるか…」

 

 これだけ男性が多いのだから、下心ありきで来る輩もいないわけではない。女子校擬きの高校なわけだし、不安はある。そう思い、チラッと教室の中を覗くと。

 

「分かっとんだろうな。うちのクラスの奴に手ェ出したらテメェの頭に雷落としてやっから覚悟しとけよ」

 

「はい!お嬢様!!」

 

「あんたらは私の賽銭箱(ATM)よ。良い?1番高いの頼みなさい」

 

「で、でも手持ちがあまり……」

 

「そんなもん知ったこっちゃないわよ。その辺のコンビニでも銀行でも降ろして来なさい。そうすればサービスするわよ、咲夜が」

 

「ちょっと」

 

 何この喫茶店。一応和風なんですけど。なんでそんなSM仕様になってんの?というかあんな接客どう考えてもクビだろ。

 するとこちらに気がついたら博麗は、細目で睨んで文句を言う。

 

「あんた何サボってんのよ。こちとら妖怪みたいに湧いて出る人間の接客してんのよ」

 

「あれのどこをどう見たら接客になるのん?」

 

「でも今ので何人かは高いの頼んでくれたし、わざわざ金下ろしてまで来てくれたわよ」

 

「そいつら出禁にしろよマジで」

 

 男性陣が多い理由の一部を垣間見た気がする。こんな喫茶店嫌だよ。誰だよこいつらに接客業任せたの。ていうか。

 

「お前裏方だろ。確かに手を出す奴を追い出せとは言ったけども」

 

「こっちの方が楽だし」

 

「クソが」

 

 料理出来る奴はそこそこいるし、もっと言ったらそこまで手を加える品々じゃないから、人手に困ってるわけではないんだけどさ。でも、ちょっと横暴過ぎやしませんかね。

 

「一応ちゃんと接客しろよ。こんなんでトラブったら、秋姉妹が飛んで来るぞ」

 

「なんで私より立場の下の奴に媚びなきゃならないのよ」

 

「そうじゃなくてだな。ほら、あいつの接客とか見てみろ」

 

 俺が指差したのは、イキイキと接客をこなす奥野田の姿。

 

「いらっしゃい!何名様ですか?」

 

「2人です」

 

「かしこまりました!2名様入りまーすっ!」

 

「…居酒屋のノリ入ってない?あれ」

 

「あれ真似するの?したら和風喫茶から和風居酒屋になるけど」

 

 なんか違う。喫茶店であんな大きい声を上げる店員いないよ?ていうか博麗があんなの真似したら笑い死にしそう。

 

「死にたい死に方選ばせてあげるけど?」

 

「えっなんで」

 

「だって今あんたにムカついたから」

 

 だから怖いって。その勘で見透かすのやめろよ。どうなってんだよお前の勘は。

 

「お待たせしました。きのこスパゲッティでございます」

 

 十六夜の、澱みない動きの接客。あれが彼女の自然体。完璧な接客だ。

 

「あそこまでなれとは言わんけど、せめて炎上するような真似はやめてね」

 

「サボってるあんたに接客がどうとか言われたくはないわね」

 

「残念ながら生徒会の仕事してるんだなこれが」

 

「盗撮が仕事とは、堕ちたものね。正式にあんたを祓えるのなら、全力を出す必要があるわね」

 

「オーバーキルだから、それ」

 

 本当ああ言うとこう言うなこいつは。

 

「おいお前ら、何をイチャついとんだ。早よ仕事しろや」

 

 と、そこに蘇我が俺と博麗に横槍を入れる。い、イチャついてねぇし?俺ディスられてただけだし?

 

「で、生徒会の仕事でなんか撮影すんだろ。早よ撮って他所行きな。割と客増えてんだ。その辺で駄弁られると邪魔になるからな」

 

 そう言って、蘇我は厨房の方に入って行った。

 

「さて、仕事しますか…」

 

「待った。私もう10分で休憩入るから、入り口近くで待っときなさい」

 

「えっなんで」

 

「あんたに奢ってもらうためだけど?」

 

 なんでその「お前何言ってんの」感出せるの?お前が何言ってんのって話よ?

 

「待たなかったら、祓うからね」

 

「えぇ…」

 

 同じクラスで無ければ、きっとここはスルーを決め込んでいただろう。しかし残念な事に、彼女と同じクラス。他のクラスに移動出来れば良かったんだけどね。しかしそんな実力主義的展開な事があるわけもなく、ただただ巫女という名の皮を被った悪魔による蹂躙が始まってしまう。南無阿弥陀仏。

 

 そんなわけで10分後。

 

「さ、何から奢ってもらおうかしら」

 

「自慢じゃないが、財布の中には500円しかないぞ」

 

「ざけんじゃないわよ下ろして来なさい」

 

「お前がふざけ…」

 

「な、ない!私、いつもここに置いてるのに!」

 

 軽口を叩いていると、別のクラスの教室から騒ぎの声が。遠目から状況を窺うと、短い亜麻色の様な髪をした人物が騒いでいる。

 

「リリカ、どうしたの?」

 

「いつも演奏に使ってるキーボードが無いの!とっても大切な物なのに!」

 

 どうやら演奏で使うキーボードを無くしたとの事。キーボードの大きさの基準なんて知らんが、大体は持ち運びがやや面倒な物だ。それを無くすとなると、その人物の管理能力云々の話じゃなくなってくる。

 

 無くす、ではなく奪われたと考えるなら。

 

「…早速、動いたって事で良いのかね。これ」

 

 頼むから面倒な事はやめてくれよ。仕事自体が面倒だってのに、これ以上面倒な事増えたらマジでストレスで死ぬぞ俺。

 

 俺は仕事が嫌いなんだから。

 

 



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