【完結】戦姫絶唱シンフォギア ~キミに決めた!~ (カンさん)
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第一部 戦姫絶唱シンフォギア LET'S GO ピカチュウ編
第一話「あ! やせい の ノイズ が あらわれた!」



■■のカウントスタート。


 ──めのまえ が まっくら に なった。

 

 

 ◆

 

 

 ……はてさて。

 腕を組み頭を傾ける……いわゆる考えるポーズをしながら、俺は困っていた。

 しかし俺の乏しい人生経験では、今の状況を打開する術が無い。

 つまりどうしようもないのだ。

 ハァ……とため息を吐くが、そのため息が耳に響くと同時に現実逃避したくなる。

 

 ……俺は何処にでもいる普通の人間だった。

 名字二文字に、名前が三文字の何処にもでもいる普通の人間。

 社会の歯車となり、ほどほどに疲れて家に帰って飯食って風呂入って寝る。

 それを何が楽しいのか毎日毎日同じ事を繰り返し、時折「あぁ、なんか刺激欲しいなぁ」と誰もが思う事を思い、そして誰もが辿り着く答えに至って日常を繰り返す。

 それが俺だった……はずだ。

 

 駆ける。記憶にあるものよりもだいぶ低くなった視界が、後ろへと流れていく。

 人よりも速い足。チラチラと視界に入る黄色い小さな手。

 しばらく駆けていると、湖が見えた。そこに俺は恐る恐る近寄り……水面を覗く。

 

「ピカピィ……」

 

 ピカチュウが居た。

 ……いや、この表現は正しくないな。

 

 ──ピカチュウになった俺が居た。

 

 ヒクヒクと口元がヒクつくのを感じる。

 目が覚めた時に覚悟……いや、諦めていたが──どうか叫ばせて欲しい。

 

「──ピカピ──ー!?」

(なんでピカチュウになってんだ俺えええええ!?)

 

 しかし虚しく響いたのは俺の言葉ではなく、ピカチュウの鳴き声だった。

 

 

 第一話「あ! やせい の ノイズ が あらわれた!」

 

 

 ピカチュウになった現実を受け入れ……なんとか受け入れた俺は先ほどの湖から去り歩いていた。

 何故こうなったのかは分からないが、俺の本能が囁くのだ。あそこに居たらやべぇ、と。ピカチュウになった事で獣の本能が目覚めたのかしら? イヤだなぁ……。

 

 でも人間の時みたいに二足歩行で歩くよりも、四足歩行の方がしっくり来る辺り手遅れかもしれない……。

 

 ──だとしても! 諦めたらダメだ。

 いきなりピカチュウになって混乱したが、俺は絶対に元の体に戻るんだ。

 そして、自分の家に帰る……! 

 ……この姿で帰っても誰も俺だと気付いてくれなさそうだけど。

 

 とりあえず人の居る所に行こう。なるべく人に見つからないように。

 家に帰るにしても現在地を確認しなくてはならない。

 ……こんな姿だからな。もしかしたらポケモンの世界なのかもしれない。

 そうなると、俺がさっき居た場所はトキワの森なのかもしれない。もしくは、ピカチュウが出現する別の場所……。

 しかしそれにしてはキャタピーやビードルが居なかったし……でもあそこに居て嫌な予感したから何か高レベルのポケモンが居たのかもしれない……。

 まぁウダウダ考えても仕方がない。少なくとも、塗装された道路がある所から人間がいるのは確実。ダンジョン系の世界ではなさそう……か……? 

 それにしても。

 

「ピカピィ……」

 

 疲れたな……。

 結構な距離を歩いているが、景色は変わらず人どころか動物すらいねえ。

 疲れと慣れない体に変わった事によるストレス、そして寂しさから思わず愚痴をこぼしてしまった。

 

「ピカ、チュウ……」

(ああ、誰でも良いから会いたいなぁ)

 

 しかし口から出てきたのは鳴き声。

 どうしようもなくピカチュウだな自分……。

 

 ──なんて思っていると気配を感じた。

 もしかして、さっきの言葉が現実になったのか!? 

 と期待半分不安半分に振り返る。果たしてそこにいたのは……。

 

「……(ピギョピギョ)」

 

 ──なにこれ? 

 そこに居たのは人ではなかった。

 かといえばポケモン……かといえばそうでもなさそうな生物がそこに居た。

 二足歩行で、顔がなく、生物とは思えない無機質なナニカ。

 ……もしかして、俺が知らないだけで、コレもポケモンだったりするのだろうか? もしくはウルトラビースト……うん、それっぽいな。

 とりあえず、こちらをじっと見つめている(頭であろう部分には顔はないが……)ウルトラビースト(仮)とコンタクトを取る事にした。

 足元まで駆け寄り、後ろ足で立ち前足を上げ、全国の人間を虜にしたこの顔と声で挨拶する。

 

「ピカ!」

(オッス! オラピカチュウ! よろしくな!)

 

 それに対してウルトラビーストは──ビンタという形で応えた。

 うん。ぶっころ。

 敵意ありと判断した俺はすぐさま距離を取る。先ほどのビンタがきっかけか、心なしか目の前のウルトラビーストもこちらを倒す気満々のように見える。

 つまり、ポケモンバトルだ。

 

 ──あ! 野生のウルトラビーストが現れた! 

 

 脳内でそんなテロップが現れる(イメージ)のを感じながら、目の前のウルトラビーストを睨みつける。すると、俺の頬袋からバチバチと音が鳴り、ピリッとした感覚が走る。

 それで俺は確信した──これ、電撃放てますね。

 この体になってから確認していなかったが、どうやらこの体のポテンシャルを問題なく発揮できそうである。

 さて、ピカチュウと言えばあの技だろう。

 相手がじめんタイプだったら効かないが、ぶっつけ本番。男は度胸。何事も試してみるものだ。

 頬袋から電気があふれ出し体中をめぐり、それを指向性を持たせて解き放つ。

 

「ピッピカ、ヂュウウウウウ!!」

(これが俺の、10万ボルトだぁぁぁぁぁ!)

 

 電気で辺りを照らしながら、俺の10万ボルトはウルトラビーストに直撃し──炭となって消えた……。

 

「……」

 

 ……や、殺っちまったああああ!? 

 瀕死通り越して殺してしまったああああああ!? 

 本来なら戦闘不能、もしくはダメージを与える程度に考えていたのだが、まさか死体すら残さないなんて誰が思うよ! 

 四倍弱点どころの話じゃねぇ……! 

 

「ピカァ……」

 

 気分が落ち込む。感情に釣られるように耳と尻尾がへにゃりと垂れ下がった。

 ポケモンになって初めてのバトルは、俺の心に浅くない傷を刻み込んだ。

 力加減が分かるまで、技は使わないようにしよう。

 俺はそう決意し、先ほどのウルトラビーストの亡骸をしっかりと見て……。

 

「(ピギョ)」

「……」

 

 しっかりと見て……。

 

「(ピギョ)」

「(ピギュ)」

「……」

 

 ──またなんか居る……。

 ──しかもなんか多い……。

 

 気が付いたら、先ほどの同種族と思われるウルトラビーストと新種のウルトラビーストがたくさん居り、俺を取り囲んでいた。

 

「……」

 

 とりあえず。

 

「ピッピカチュウ!」

 

 可愛く鳴いてみた。

 

「(ピギュン)」

「ビガァ!?」

 

 再びビンタされた。

 どうやらダメらしい。

 

 

 ◆

 

 

 認定特異災害──ノイズ。

 何処からともなく現れ、人間のみを襲う人類共通の敵。

 触れた人間を己事炭素へと転換させて殺すという質の悪い性質を持っている。

 さらにノイズの持つ位相差障壁により、一般的な兵器は通用せずすり抜けてしまい、普通の方法では対処不可能である。

 

 そう、普通なら。

 

「ノイズの反応を検知!」

「場所は市街地から離れた無人地帯です!」

 

 此処は、特異災害対策機動部二課。

 唯一ノイズの対策方法を有する世間から秘蔵されている政府機関。

 その二課は現在出現したノイズに対して対応中だった。

 今回のノイズは、人の居ない場所に現れた。

 故に、自壊するまで観測をするのが普通だが……。

 

「司令! ノイズ出現地帯に未知のエネルギー検知!」

「さらに移動しながら……これは、戦っている?」

 

 オペレーターの目には、未知のエネルギーを追いかけるノイズの反応が徐々にその数を減らしているのが見えた。

 報告を受けた司令と呼ばれた男──風鳴弦十郎は、冷静に指示を出す。

 

「翼と奏を向かわせる。現場で何が起きているのか確認せんとな」

「了解!」

 

 司令の指示を聞き、オペレーター達は忙しなく機器を動かす。

 それを横目に弦十郎は、反応が示されているモニターをじっと見つめる。

 

(ノイズと敵対しつつ……かといって市街地へ擦り付けるような動きはない)

 

 最近きな臭い動きをしているとある国の工作員かと思った弦十郎だったが、その可能性は低いのかもしれないと思い直す。

 しかし……別の懸念もしていた。

 

(シンフォギアで対処可能なのか……?)

 

 シンフォギア。二課が所有するノイズに対抗できる唯一の手段。

 ゆえに、シンフォギア以外でノイズを倒している存在を彼は警戒していた。

 だからこそ戦闘の指示ではなく現場の確認に留めた訳だが……。

 

「早まるなよ、二人とも……!」

 

 

 ◆

 

 

 よっしゃあこれで8体目ぇ! 

 でも全然減らない! それどころか増えてるよピッピカチュウ! (マジギレ)

 先ほどの誓いを溝に捨てて10万ボルトを連発して、なんとか包囲網を脱出。

 しかし相手は際限なく現れて正直泣きそう。こいつらホントにウルトラビーストか? ってくらい現れてくるし、倒したら炭になっていく。

 ははーん。もしかして俺の知らない特性か技を使っているんだな。だから一発で消えるし、死んだようには見えない訳だ。

 

 だからと言って多くないですかね……? 

 

 まともに戦ったらダメだと悟った俺は逃げ出した。

 でもあいつらは追いかけてくる。

 もう放っておけよ! 逃げ切ったらお前ら「え? 初めからいませんけど?」って感じに影も形もなく消えるじゃねーか! 

 それなのに草むらに入っているわけじゃねーのにぞろぞろ追いかけおってからに! 

 幻ポケモングループのプライドないんですか??? 

 そう悪態を吐きたいけど出てくるのは「ピカ!」の可愛らしい声だけ。ふざけんなポリゴンショック仕掛けんぞ。

 

 しかし、このまま逃げていてもいつか追いつけられて捕まる。

 その後は瀕死のその先か、卵製造機にさせられるのかもしれない! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに! 

 そんなニッチな趣味なかったわ。

 でも割とマジで碌な事にはならなさそうだ。さて、どうしたものか……。

 

 

 

 

 そんな風に考えていた俺の耳に──歌が聞こえた。

 

 

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 

 

 初めて聞く歌だが、この声には聞き覚えがある。

 え? バーロー? ここコナンの世界? しかも劇場版?

 いやコナンはファンタジーじゃないしな……ファンタジーみたいな事してるけど。

 

 そんな俺の思考を他所に、その人は空から現れウルトラビーストたちに突撃。

 激しい音と共に衝撃により土煙が舞う。そしてその中に人影が見えた。

 な、なんだこいつ……! まさかスーパーマサラ人?

 

 とりあえず助けてもらったんだ。お礼を言いに行こう。ようやく人に会えたし。

 俺はもはや慣れた動きで人影に近付き、ぴょんと身軽にその人物の肩に乗る。

 そして親愛と感謝の意味を込めて鳴いた。

 

「ピカ!」

(サンキュー見ず知らずの人! おかげで助かったぜ)

 

 それにしてもなんであの高さから降りて大丈夫だったんだ? と今更な疑問を思い浮かべ……。

 

「へ!? な、何だお前!?」

 

 そこに居た全く知らないが、声だけは聞き覚えのある女の子を見て──俺は思考停止し、しかし混乱する自分を抑えて……叫んだ。

 

「ピ、ピカァ!?」

(ハ、ハレンチだぁ!?)

 

 ……いや、まだ混乱しているようだ。

 




天羽奏とサトシの声優が同じと勘違いしてました
後ほど訂正します

訂正しました。ハレンチ路線にしましたがすぐに脱線します


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第二話「ピカチュウ の あまえる! このせかい には こうか が ないみたいだ……」

「なんだこいつ? ネズミ……か?」

 

 むんずと首根っこを掴んで俺を見るハレンチなお人(柔らかめ)

 その目は未知の生物を見るものであり、明らかに俺……というよりポケモンを知らないご様子。

 

 マ、マジかぁ……! 

 

 ポケモンを認知していない世界。

 可能性の一つとしては考えていたが、まさかのハードな世界。

 ポケモンを認知していないという事は、ハッキリ言って俺はUMAと同類である。つまり実験動物行き。死。

 

「ピカチュウ、チャア!」

(ぼくかわいいポケモンだよ! かわいいよ!)

 

 死にたくないのでこの全米を虜にしたピカチュウボディに賭ける事にした。

 女の子は可愛いのが好き……! ピカチュウの甘い声にメロメロな筈だ……! 

 

「うわ、あざとっ」

「──」

 

 きゅうしょに当たった! 効果は抜群だ! 

 くそ……! くそ! 

 目の前の少女の言葉に俺は深く傷付いた。

 いや俺だってあざといと思うけど直球で言われると傷付く。

 顔がしわくちゃになるのを実感していると、突如俺を掴んでいた少女が表情を険しくさせると手に持っていた槍を薙いだ。

 すると、煤が撒き散らされた。

 ……あれ? この煤ってもしかしてさっきのウルトラビースト……。

 

「ちっ。まだ残ってやがったかノイズ共……!」

 

 ノイズ。

 それがこのウルトラビーストの名前らしい。

 それにしてもノイズって……! 

 ポケモン作品で付けるような名前ではないのでは……? 

 いやでもスガドーンとかツンデツンデとかウルトラビースト勢の事を考えると妥当なのか……? 

 それにしてもこの少女、ウルトラビースト……いや、ノイズか? 偉く恨んでいるな……。親の仇を見つけたって感じだ。

 てか、普通に倒しちゃったね。

 この世界はそういう世界なのか? ポケモン(もしくはウルトラビースト)と人間が共存ではなく敵対している世界。

 いや、それにしては俺の事知らないみたいだし。

 情報が足りないな……。

 

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 

 その時、上空から新たな歌が聞こえた。それもこれまた聞いた事ある声だ。

 人だ。この少女と同じようにまた降って来た。流行ってんのか? 

 降って来た少女は、その手に持った()()()に似たブレードでノイズを切り裂き、マントをはためかせて歌い、踊る。まるで戦場をステージのように、歌手のようで見惚れた。

 それを俺を掴んでいる少女は苦虫をしたような顔で見つめ、ため息を吐きながら呟いた。

 

「翼、この程度ならあたし一人で十分だって言っただろ?」

「悪い悪い。オレも初めは姐さんに任せようと思ったんだが……」

 

 そこまで言って青髪の少女はこちらに近づき、俺に視線を向けて手を伸ばし……ン? 

 

「ヂュウ!?」

(イテテテテ!?)

「このちんちくりんを抱えたままだと、もしものことがあるからなー」

 

 こ、こいつ俺の頬を引っ張りやがった。「おー、伸びる伸びる」なんて言ってるけど、電気漏れないように踏ん張っているんだが!? 

 てか、ピカチュウのことをちんちくりんだと!? 可愛いだろうが! 可愛いだろうが! 

 

「まっ、妹分の可愛いお節介だと思ってくれよ」

「自分で言うのかよ……」

 

 パッと手を放されようやく解放される俺。面白がってみょんみょんされたせいかヒリヒリする。この世界ポケモンに対して厳しくないですかね? 

 この世の残酷さを嘆いていると着信音らしきものが二人から響く。

 それを聞いた二人はそれぞれ虚空を見ながら耳を傾けた。

 

「ああ……ああ、そうだな……なに? こいつが?」

 

 誰かと話していたモサ赤髪少女が、俺を怪訝そうに見つめる。青髪の少女も心無しかこちらを見つめているような……。

 その後も何かしらのやり取りをした後、モサ赤髪少女はこちらを見て。

 

「こいつがアンノウンねぇ……ノイズを倒せるようには見えねえが……」

 

 いや、アンノーンじゃなくてピカチュウです。

 

「そうだな。煮ても焼いても不味そうなのにな」

 

 タベナイデ! 

 

「了子さんに渡して調べてもらうか」

「……解剖されそうだな」

 

 カイボウシナイデ! 

 

「とりあえず戻ろう」

 

 ギャー! 

 

 

 第二話「ピカチュウ の あまえる! このせかい には こうか が ないみたいだ……」

 

 

 俺が捕獲されて連れて来られたのは地下に作られた秘密基地だった。

 途中のエレベーターでは酷い目にあった……地震にあった気分だった……あ、俺今ピカチュウだから効果抜群じゃん……。

 しかしそれも些細な事だと言わんばかりの衝撃が目の前にあった。それは……。

 

「むぅ……これが未知のエネルギーの正体、か……」

 

 熊である。赤い服を着た熊である。

 正確には熊みたいにデカく、そしてなんか凄い強そうな男がいた。

 やべぇよ。ピカチュウボディじゃあ簡単に握り潰されるよ。この人絶対格闘タイプだよ。サイコキネシスとか「ふん!」って叫んで弾き飛ばすタイプの格闘タイプだよ。

 体が人間の時より小さくなったからか、感じる違和感は一際強く感じる。

 とりあえず、怖い。素早さが最大まで下げられているに違いない。

 

「もう、弦十郎くん。そんなにこの子を威圧しないの」

「むぅ……そのつもりはなかったんだがな」

 

 食べられちゃうの……? とガクブルしてるとひょいと後ろから抱えられる。

 あ……なんか安心感がある。具体的に言うと青髪オレっ娘には無い安心感。

 む、殺気。

 

「それにしても謎ですね。聖遺物由来の何かでも無いのにノイズを倒すなんて」

「炭素分解せずノイズに触れられるということは、位相差障壁を突破する力はあるようですが」

 

 デスクワークコンビっぽい男女がこちらを摩訶不思議な生物を見る目で見てくる。

 よせやい、照れるやろ。

 しかし解剖されなくてよかった。

 今俺を抱えている女性に俺は色々と調べられたのだが、どうやら現代科学では何も分からないらしい。科学の力ってスゲーとは何だったのか。

 まぁでもこれで俺以外にポケモンが居ないのは確定、もし居たとしても見つけていないって事になる。

 ノイズ? アレはどうやらウルトラビーストでもポケモンでも無いらしい。

 ただ人間のみを襲う厄介な奴らしい。

 

「上からは何と?」

「現状我々二課が管理する事になった」

「押し付けられたわね」

「まぁ、そうとも言うな……」

 

 こんなラブリーなピカチュウなのに、扱いが酷い。

 そう思っているとヒョイっと了子さん(名前覚えた)からまたもや首根っこ掴まれて、目の前に俺を初めに見つけた女の子……天羽奏ちゃんの顔が現れる。

 

「話を纏めると、ここでこいつを飼うって事か?」

 

 か、飼うって……。

 いや、まぁ間違いでは無いけど。

 それは実験動物扱いになって解剖されてバラバラにされるくらいなら良いか……。

 

「んで、ソイツって何なんだ? 犬か? 猫か?」

 

 奏ちゃんに掴まれてぷらんぷらんしている俺を、ツンツンつつくオレっ娘翼ちゃん。

 や、やめろ、くすぐったいじゃ無いか! 

 そんな俺の様子に気付いていないのか、奏ちゃんはうーんと頭を捻って答える。

 

「見た目はウサギとネズミを合わせたような奴だよな……耳長いし」

「どっちも近くて遠いな……ほら見てくれよこの尻尾。雷みたいな形だ」

 

 あっー! ダメですお客様! 尻尾はダメですお客様! 

 

「こら! 二人とも! そんなに手荒に扱ったらダメよ!」

 

 そう言って了子さんは奏ちゃんから俺を取り返して胸に抱える。

 ふむ……ふむ……。

 

「……ソイツ斬って良いか?」

「翼?」

 

 …………ふっ。

 

「ぶっころ!」

「翼!?」

 

 な・ぜ・か、怒り出した翼ちゃんを奏ちゃんが後ろから羽交い締めにして止める。

 それにより一瞬翼ちゃんが動きを止めるが、背中に当たっているやわーっこい感触に再び暴れ出した。

 ふん、胸が弱き者め……。

 

「それで、そのアンノウンだが……」

「ちょーっと待って弦十郎くん! 流石にこれから一緒に過ごすのに【アンノウン】呼ばわりは酷よ」

「む……」

「名前決めましょう名前。これから長い付き合いになるんでしょうし」

 

 おっ、ニックネームか。良いね。

 実は自分の名前思い出していなかったから、助かる。

 了子さんはクルリと俺の体を回すと、こちらに目を合わせて──何かを思い出すかのように頷くと……。

 

「そうね。この子の名前はア──」

 

「光彦ってのはどうだ! ピカピカ言っているし!」

「おっ! 良いセンスしてるじゃん姐さん!」

「光彦か……うむ、これからよろしくな光彦!」

「安直な気がしますが……奏さんらしいですね」

「へへへ。そうか? ピカ彦と悩んだけどこっちが良いかなって」

 

「──シア……って、え?」

 

 しかし、了子さんが口を開く前に満場一致で奏ちゃんが考えた「光彦」に賛成した。

 というかですね奏さんや。その筆と紙は何処から出したのさ? というか光彦って君本当にバーローなのでは……? 

 名探偵並の推理を繰り広げていると、了子さんにギュッと力強く抱きしめられた。

 

「……」

 

 ……こわ。

 よっぽど名前を決めたかったのか、凄い目をしてらっしゃる。心なしか瞳が金色に光っているような……? 

 

「ピカピー」

 

 気にしないで〜。俺は光彦でも良いからさ〜。

 そう思いを込めてピカチュウボディの小さな手で了子さんの頬に触れる。

 すると、ハッとした了子さんはこちらを見て、すぐに呆れを含んだ笑みを浮かべる。

 

 ──。

 

 ……ん? なんだ今の? 

 

「話を戻すぞ。光彦だが、しばらくの間は装者である奏と同じ部屋で過ごしてもらう」

「え、マジかよ旦那」

 

 了子さんの表情を見て何か頭の中に浮かんだような気がしたが、弦十郎……おやっさんでいいか。

 おやっさんの言葉で吹き飛んだ。

 奏ちゃんに飼われるのか俺……!? 

 奏ちゃんも初耳なのか驚いているし。

 できれば今のところ一番優しい了子さんのところが良いのですが!? 

 

「何かあった際に対応できる人間が側にいたほうが良い。そうなると俺か翼か奏なんだが……」

「あー、旦那はいろいろ忙しいし、翼は生活能力壊滅だしな……」

 

 姐さん!? と翼ちゃんが驚いているが、みんなの反応でだいたい察した。

 そして奏ちゃんはと言うと、頭をガシガシ掻いてため息を吐き。

 

「あたししか居ないならしゃーないな」

「あら、私が面倒を見ても良いんだけど?」

「いや良いよ。了子さんも忙しいだろうし」

「……そうね、それじゃあお願いね」

 

 そう言うと了子さんは奏ちゃんに俺を引き渡した。

 おおん。どうやら決定みたいだ。

 異論を挙げている者は若干一名居るが、本日をもって俺は奏ちゃんのペットとなった。

 

 

 ◆

 

 

 そして夜になり、俺は奏ちゃんの部屋に連れてこられた。

 女の子の部屋……と言うには少し質素な感じだ。

 必要最低限の物しか置いていない。

 ただ、飾られている写真立ては大事にされている事は何となく分かった。

 ……供えられている花が真新しいから。

 

「さて……」

 

 そして現在俺は、奏ちゃんと真正面から見つめ合っている。

 部屋に入って十分経ったのだが、先ほどから奏ちゃんはそわそわしている。外を何かと気にしたり、時間を見たり、「翼はもう来ないよな?」と独り言を言ったかと思えば、俺の前に座りジッとしている。

 何をしたいんだ? っと思っていると……。

 

「〜〜〜あああ! 可愛いなお前〜!」

「ピカ!?」

 

 急に抱きしめて来た!? 

 え? 何々? 何事!? 

 

「みんなの手前言えなかったけどさ、お前可愛いよ! はあ、癒されるー……」

 

 な、なるほど、つまり猫を被っていたというわけか。

 しかし、このピカチュウボディの良さを分かっていたとは、なかなか見る目があるな。

 何処かのまな板オレっこ娘とは大違いだ。あいつ、いまだにおもちゃか何かと勘違いしてやがるし。

 ふっ、それにしても嬉しい物だ。やはりポケモンはみんなに好かれる。どれ、ここはサービスしてやろう。

 

「ピカ、チュウ!」

 

 ピカチュウ の あまえる こうげき! 

 

「あ、そういうの良いから」

 

 奏 には こうか が ない ようだ……。

 

 ……何でー? 

 

「お前は普段通りにしていた方がいいぞー。なー光彦」

 

 げ、解せねぇ。

 プライドを大いに傷付けられた俺は、その後も奏ちゃんに「可愛くあろうとするなー」「普通で良いんだぞー」「あざといだけだからなー」とチクチク攻撃されながら満足するまで抱きしめられたのであった。

 

 いつか写真撮ってばら撒いてやる。

 



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第三話「ピカチュウ は なまける を わすれた!」

 二課に保護され、奏ちゃんのペットになって一週間経った。

 それだけ経てば俺も向こうもお互いに慣れる。

 ……まぁ色々あったからなぁ。

 今でも思い出す。翼ちゃんが持ってきた猫用のペットフード。一応ピカチュウはネズミなんですがっ。それを天敵とも言える猫の餌を持ってくるとか何考えてるんだ? 

 と最初は思っていたんだけどあの娘何も考えて無いんだよね……。

 奏ちゃんが聞いたら……。

 

「……? 何か不味いのか?」

 

 って言ってたからな……。

 奏ちゃんも、えー……って顔してた。

 翼ちゃんはペット飼わない方が良いな……汚部屋の主人だし。

 

「ん……起きたのか光彦」

 

 すぐ後ろから奏ちゃんの声が響く。どうやら起きたようだ。

 

 ポヨン。

 

 ……ふぅ。現実逃避も此処までか。

 グイッと俺の腹に回されていた腕に力が込められ、後頭部にやわっこい膨らみが押し付けられる。そしてそのまま奏ちゃんにグリグリとほっぺすりすり……ではなく頬擦りされる。

 

「いやー、やっぱり光彦を抱いて寝ると良く眠れるよ」

 

 ふっ、うら若き小娘を虜にするとは俺も罪な男よ。

 ……なんて言えたら良いんだけどな。

 

 俺氏、無事抱き枕に就職。

 中身、そこそこの年のおっさん。

 相手、未成年の美少女。

 事案、からの即逮捕確定。

 

 ……俺は無実だぁあああ!! 

 

「チュウ〜!」

「おっと、そう暴れるなよ──さてシャワー浴びような」

 

 困りますお客様! あー! お客様! 当店はそのようなサービスはなさってません! むしろサービスありがとうございます! あー! お待ち下さいお客様! お客様──!! 

 

「今日も綺麗にしてやるからな光彦〜」

 

 お客様──!! 

 

 

 第三話「ピカチュウ は なまける を わすれた!」

 

 

 奏ちゃんに辱められた俺は、めちゃくちゃニコニコしている彼女と共に食堂へと赴いた。

 初めの頃は犬猫よろしく地面に置かれた皿をモソモソ食べていた俺だったが、それを見た了子さんが絶叫し。

 

「こ、この子は知能が高くこちらの言葉も分かっているのだから、私たちと同じように食べさせたらどうかしら?」

 

 と提案し、以来食事も同じものを机で食べている。

 肉うまー。米うまー。ケチャップサイコおおおおおおお!! 

 

「あ、こら光彦! お前またケチャップを!」

 

 光彦用と書かれているケチャップをペロペロ舐めていると、それを見つけた奏ちゃんが俺の手からケチャップを取り上げた。

 ああ、まだ三割しか食べてないのに……。

 

「食べ物にかけるならともかく、直で舐めるのはダメだって言っただろ!?」

 

 いやー。この体だと、どうしてもケチャップに食い付いてしまって……。

 ピカチュウはケチャラーだということは分かっていたけど、まさかここまでとはな……。

 ケチャップうめえ! 

 

「ダメだ! 朝はここまで。残りは昼と夜にしろ」

 

 しかし飼い主である奏ちゃんにストップを言い渡されしまった。

 チェー。

 仕方なくケチャップ追加なしで朝食を取る。

 ふむ、これはこれで美味しい。

 パクパク食べていると、俺たちに近づく影があった。

 

「おはよう姐さん。光彦」

「おーう。おはよう翼」

「ピッ!」

 

 挨拶を交わす俺たち。

 そして翼ちゃんはヒョイっと俺のミートボールを……って。

 

「ピカチュウ!!」

(このやろう! また俺の飯摘み食いしやがった!)

「んー、んまい!」

 

 くそ、美味しそうにしやがって……。

 

「翼ー、行儀悪いぞー。てか、お前光彦に意地悪しすぎだ」

「ムグムグ、ん……何言っているんだ姐さん。これも光彦のことを考えての事だ」

 

 奏ちゃんの注意を聞いても何のその。

 指についたタレまで美味しく頂いた翼ちゃんは妙なことを言い出した。

 俺のため……? どういう事だ。

 

「光彦はただでさえケチャップを舐めているのに、食っている量も多い──このままだと太るぞ!!」

「──!?」

 

 いや、何言ってんの翼ちゃん。

 奏ちゃんも衝撃受けた顔しないで。

 

「これじゃあ光彦じゃなくてデブ彦だ」

「それは……」

 

 いやならんよ? 

 

「鳴き声もデブチュウになってしまう」

「それは嫌だ!」

 

 ならんって。

 

「だからさ姐さん。オレの行動は光彦のことを思ってなんだ」

「そうか……」

 

 そうかじゃないが。

 

「──よし、光彦。お前も訓練に付き合いな。ダイエットだ」

 

 ──ナンテコッタ!! 

 

 何気に奏ちゃんに飼われて自堕落……甘えやかされて過ごしていた俺にとって、突然の運動宣言は厳しい。肉体的には問題ないけど精神的にきつい。

 あれよあれよと俺の必死の抵抗も虚しく、食後行われる訓練に強制参加。

 シミュレータールームだろうか……? 景色が街に変わり、ノイズ達が現れてこちらに襲い掛かる。

 それを奏ちゃんと翼ちゃんがシンフォギアを纏って歌いながら武器を振るい、俺はその後ろで応援する。

 がんばれ! がんばれ! 

 あともう少し! イける! イける! 

 

「コラ光彦! お前も動け!」

 

 しかし翼ちゃん的にアウトらしく、歌うのをやめて俺に向かって抗議してきた。

 えー。正直戦いたくないんだけどなー。

 ほら、食べた後に急に動くと横腹痛いじゃん? それと同じ理論でもうしばらく休んだ方が……。

 そこまでグダグダ考えていたところ、蒼い斬撃が俺の横の床に爪痕を残しつつ、背後のノイズを切り裂いた。

 ひえ……こわ……。

 ノイズみたいに真っ二つになりたくないので、俺も動く事にする。

 えっと、身体の中にある不思議なパワーを集めてー。

 それをふわふわと辺りに解き放ってー。

 上空に集まりバチバチと電気纏った暗雲を広げさせて──。

 

「ピカッー!!!」

(かみなり発射ぁ!)

 

 溜めた分だけの雷を落としまくり、ノイズ達を一網打尽。

 轟音と閃光が辺りを埋め尽くし、収まった頃には全てを消し炭にしていた。

 俺の活躍に驚いているのか、奏ちゃん達も呆然としている。

 どんなもんだい。ぶいっ。

 とドヤ顔していると二人がズンズンこちらに近寄ってきた。

 お? 褒めてくれるのかな? 

 

「光彦〜、お前あたし達ごと消し飛ばすつもりか?」

「ミートボールの仕返しか? ん? ん?」

 

 どうやらかみなりブッパはお気に召さないらしい。

 

「……まぁノイズを一気に殲滅出来ることは分かった。課題はそれを制御できるかどうかだな」

「という訳で、今度はオレ達が相手だ。行くぞ」

 

 え? こんな可愛らしいポケモン虐めるの? 

 いや、まっ、奏ちゃんその槍しまって。

 翼ちゃんもその刃物納めて……なんだそのライブボード!? 

 ちょ、おま……。

 

 

 あ──。

 

 

 訓練(という名の虐め)が終わった後、俺は一人とぼとぼ二課施設の廊下を歩いていた。奏ちゃんと翼ちゃんは緒川さんに連れられて何処かに行った。

 何か大事な話があるのだろうか。

 普段なら俺は奏ちゃんと一緒に居るのが常なのだが、俺に人と意思疎通が出来る事を確信した二課の人達は、施設内なら自由に動いて良いと言ってくれている。

 ……この首輪を付けてあれば、ね。

 現在俺は了子さんが作った首輪を付けている。発信器が内蔵されているらしく、万が一脱走してもすぐにバレるらしい。そんなことしないけど。

 ちなみにこの首輪気に入っていたりする。特に装飾のガラス玉がポイント高い。まるでキーストーンみたいだ。模様は無いけどね。

 それにピカチュウだからメガシンカできないし。ライチュウだったら? できないんじゃないんですかね……(諦め)。

 そして俺は現在その首輪の制作者である了子さんの所に来ている。

 自動ドアが開き中に入ると、そこには作業している了子さんが。

 了子さんは俺が入って来たのに気付くとニッコリと笑みを浮かべる。

 

「あら〜来たのね〜。あら? 奏ちゃんは居ないのね?」

 

 しかし入って来たのが俺だけ……いや、正確には奏ちゃんが居ない事を確認すると、了子さんの雰囲気が変わる。

 被っていた猫を脱ぎ捨てて、本当の自分を、本能を曝け出す獣へと。

 瞳の色が金色に変わった了子さんは椅子から立ち上がると、こちらに近付き手を伸ばし──ギュッと抱き締めてきた。

 

「……ハァ。道のりは険しく長いわ──⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様」

 

 ──⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 了子さんは俺の事を何故かそう呼ぶ。

 奏ちゃんが付けた【光彦】という名を頑なに呼ばず、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と、そして何故か敬意を持って俺に接する。

 ポケモンでしかない……奏ちゃんのペットでしかない俺に対して。

 そしてこの事を彼女は隠していて、俺は不思議に思っていつも首を傾げる。

 

「チャァ〜?」

「……今は良いのです。ただ来るその時まで身を委ねてください」

 

 ──悲願は必ず。

 

 そう言って了子さんは俺を抱き締めて、涙無く泣き続ける。

 俺はそれが理解できず、ただ悲しかった。

 

 

 ◆

 

 

「本気なのか先生?」

「ああ……オレも納得していないんだがな」

 

 発令室にて弦十郎は厳しい表情で、翼と奏にある事を伝えていた。

 

 実は先ほどの訓練。アレは、弦十郎が翼に出した命令であり、光彦の力を測るためのものだった。

 奏も妙だと思っていた。確かに翼は光彦に対して意地悪だ。奏を盗られたと嫉妬しているし、光彦が翼の胸をまな板と見て鼻で笑って施設内で鬼ごっこが開催されたりと何気に衝突がある。

 ただそれは喧嘩するほど仲が良いを体現したものである。

 だから翼も弦十郎の言葉に反感を覚えた。

 

 光彦を対ノイズ戦における戦力として数える事を。

 

「どういう事だよ旦那……! 場合によっちゃあ……!」

「落ち着け、オレも納得していない。だが、これは光彦君のことを守る為でもある」

「どういう事だ……?」

 

 話はこうだ。

 日本政府は光彦を監視するように二課に指示を出した。

 だが光彦が意志を持ち二課に対して従順だという事を知ると、ノイズを倒す力に目を付けて戦力として扱う様にと趣旨を変えた。

 初めは弦十郎はその指示に難色を示した。

 しかし……。

 

「もしそれができない場合は光彦くんを引き渡せと言ってきた……鎌倉にな」

「──な!?」

 

 それを聞いた二人は驚いた。

 特に翼の動揺は一際大きく、しかし次の瞬間怒り──いや、憎悪とも言うべき感情を抱き、言葉にした。

 

「アイツら……! また下らない【サキモリ】の為に……!」

「翼……」

 

 奏は翼の過去を思い、言葉に詰まる。

 それは弦十郎も同じだが、話を……彼の意志を彼女達に伝えねばならない。

 

「正直日本政府は光彦くんの事を実験動物程度にしか見ていない。その状態で彼を渡す事は……オレはしたくない。

 だったらここで我々の仲間として戦って貰い……いつか光彦君のことを分かって貰いたいと思っている」

 

 弦十郎の言葉に、二人は彼の決定に賛成の意を示す。

 

「旦那……ありがとう」

「そういう事ならオレは先生に従うよ。なんなら光彦の事も守ってやるぜ?」

「ははは。違うだろ翼。そこは私達が、だろ?」

「あ、そうだな」

 

 軽快に笑い合う二人を見て弦十郎もほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 ──こうして光彦のニート生活は終わった。

 光彦は労働の義務が発生した事に泣いた。

 



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第四話「おや? 奏 と 翼 の ようす が ……?」

『光彦! 10万ボルト!』

『ピッピカ、チュウ〜〜〜ッ!!』

 

 二課発令所のモニターに、奏と光彦の姿が写し出される。

 光彦は奏の指示を受けて雷撃をノイズに放ち、煤へと変える。

 その殲滅能力は瞬間的に奏や翼を超えており、頼もしくもありまた危険であった。

 故にこうして奏が指示を出してそれに従う光彦を見せる事で、なんとか日本政府からの追及を躱していた。

 だがそれでも上からの圧力は続いており──。

 

「光彦くんが戦線に参加して一月か……」

 

 決して短くない時が流れていた。

 

 

 第四話「おや? 奏 と 翼 の ようす が ……?」

 

 

 カーッ! 奏ちゃんのシンフォギアスーツやらしか! やらしか女ばい! 

 

 そう訴えかけるも奏ちゃんには届かない。

 この前エッチな本を突きつけて、キミはこれくらいエロいよ! って伝えようとしたけど、本が串刺しにされて「そんなモノ拾うなっ!」とほっぺニギニギされただけだった。すまないな、川辺に捨てたであろう前の持ち主よ……。

 その点翼ちゃんはマシだ。マント付けてて露出が少ないし、ぺったんこだし。むっ、殺気。

 

「むっ、外したか」

 

 いつの間にか奏ちゃんの部屋に入って来た翼ちゃん。

 俺を掴もうとしていた手が空振りに終わり、こちらを渋い表情で見ていた。

 この子俺が体付きの事を考えていたら察知して襲ってくるんだよね。

 草むらに潜んでいる野生のポケモンより怖い。

 

 それより何の用ですか翼ちゃん。

 

「暇だからな。ちょっとお前で遊ぼうかと」

 

 お前()じゃなくて、お前()なんですね……。

 そう言う翼ちゃんの手には、俺専用のブラシが。

 んー、だいたい何がしたいのか分かるけど、この子俺に対してツンデレ過ぎじゃないですかね? 

 

「……(ソワソワ)」

 

 ……仕方ない。

 俺は部屋のソファに上がり寝転ぶ。すると翼ちゃんも隣に座り、俺を抱き上げて膝に乗せるとブラッシングし始めて……って。

 

「ピカカカカ!?」

(いててててて! 逆毛はいかん! 痛い!)

「あ、わ、悪い! やっぱり慣れてなくてな……」

 

 俺が痛み出すとすぐに止まり、今度はちゃんとブラッシングしてくれる。

 あー……さっきは痛かったけど、やっぱり気持ちいいな……。

 

 さて。奏ちゃんを盗られたと嫉妬して何かと俺に意地悪していた翼ちゃんだが、時間が経ち、戦場で背中を預け続けた結果、ようやく俺の事を認めてくれたとの事。

 

 オレっ子だけど可愛いものは普通に好きなのか、みんなが見てないところで俺を撫でている(甘えるをしたら奏ちゃん同様あざといと言われた。何故)。

 さらにこうして隠れて俺のブラッシングもしている。

 でも普通にみんなにバレている。

 ついでに奏ちゃんが俺にデレデレなのもバレている。

 人気者は辛いぜ。

 

「光彦って凄いよな……」

「ピカ?」

「だって、お前家に帰りたいのにオレ達の手伝いをしてくれるって言ったじゃないか」

 

 ああ、そのことか。

 二課の戦力として前線に出て暫くして、奏ちゃんがやっぱり反対だって言い出したんだよね。その時の俺は初めこそニート生活辞めさせられて戦いに乗り気じゃなかったけど、俺が戦わなかったら人がたくさん死ぬと自覚したら、そりゃあね……。

 だから新聞とか使って俺の意志を伝えた。当然奏ちゃんは渋面を浮かべたけど、今は俺に指示を出したりして呼吸を揃えて戦っている。

 何故か人に指示されて動くと技の威力が上がるんだよね。

 何でだろう。

 

「……お前みたいな奴を本当の【防人】って言うんだろうな……」

 

 ……サキモリ? 

 

「……少し、話を聞いてくれるか」

 

 神妙な顔をして、翼ちゃんは語り始めた。

 昔からこの国を守っている自分の家の事を。

 しかしその護国の為に涙を流した人がいる事を。

 ……父親からも冷たくされ家出した事を。

 防人である事を捨てた事を。

 弦十郎に着いていき、装者になった事を。

 そして、奏に出会い──彼女に憧れた事を。

 

「姐さんは、ノイズによって家族を失った。それでも折れず立ち上がり仇を取るために戦い──いつしか当たり前のように人を守る為に戦っている」

 

 でもノイズに対する憎しみは消えてないだろうけどね。

 それでも翼ちゃんの言う通り、奏ちゃんが戦う理由は敵討ちだけではないのは確か。

 

「オレは……そんな奏の姐さんに憧れた」

 

 あー……奏ちゃんもそれっぽいこと言ってたな。

 一人称をオレにして、女の子らしからぬ言動をし始めたのも奏ちゃんを意識してのもの。

 本人は「あたしそんなにガサツか?」と割と不満そうにしていたけど。

 

「でもダメだな……()()を見ていると情け無くなる」

 

 オレは半端者だ。

 翼ちゃんはそう言ってギュッと俺を抱き締めた。

 そして背中に顔を押し付け、じんわりと温かいモノが広がっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

「翼がそんな事をね……」

「ピッ!」

 

 という訳で奏ちゃんに全て暴露した。

 ちなみに奏ちゃんと了子さんは俺の言葉を何となく理解している。だから意思疎通する時は二人に頼っている。

 

 翼ちゃんの話を聞いた奏ちゃんは神妙な顔で頷く。

 もしかしたら察していたのかもしれない。

 

「あたしはそんな上等な存在じゃないんだがな」

 

 俺はそんな事無いと思うけどなー。

 奏ちゃんも翼ちゃんも、それに二課の人達もみんな頑張っていて凄いと思った。

 ……間に合わなくて死んでしまった人達のことを本気で後悔しているのを見て、俺も手伝いたいなって思った。

 だから。

 

「ピカピ、チュウ、チャァ……」

(俺が好きな奏ちゃんの事をたいした事無いって……奏ちゃんが言わないで)

「……まさかお前に慰められるとはな」

 

 グリグリと俺の頭を撫で付ける奏ちゃん。

 ぬあー、頭が取れるー。

 鳴き声を上げてされるがままにされているとピタリと手を止める奏ちゃん。

 どうしたの? 

 そう思っていると抱えられてギュッと抱きしめられる。

 

「翼の悩み聞いたんだ。ついでだからあたしの話も聞いておくれよ」

「ピカー」

 

 仕方ないなー。

 奏ちゃんの頼みだ。聞こう聞こう。

 

「……翼はさ、あたしの戦う理由について偉く褒めてくれたけどさ。正直これで良いのかなって思ってる」

 

 どういう事だろう。

 

「シンフォギアを纏ってノイズを見る度に、家族の事を思い出す。憎しみを思い出す。

 シンフォギアを纏って人を助ける度に、誰かを守りたいと思う。

 ……翼と一緒に歌っていると、もっともっと歌いたいと思う」

 

 でも、奏ちゃんが震えた声で呟く。

 

「いつか忘れてしまいそうで怖いんだ。家族の事を。

 それにあたしだけが生きている事も辛い……! 

 いつも思う。何であたしが生き残ったのか。助けられなかったのか。

 生き残ってしまったあたしが、復讐の事以外考えても良いのか……」

 

 うーむ。奏ちゃん、気付かないうちに悩んでいたようだ……。

 でも正直言うと、そこまで悩む事なのだろうか。

 奏ちゃんの家族なら復讐よりも、奏ちゃんがしたい事をして欲しいって思うだろうし……。

 

 それに俺は奏ちゃんの歌が好きだ。翼ちゃんの歌も好きだ。

 戦場で二人の歌を聴いていると胸がポカポカして、力と勇気が湧いてくる。

 それにこの前奏ちゃん達に助けられた人達も言っていた。

 二人の歌が聞こえたから、生きるのを諦めないで済んだって。

 だから、奏ちゃんは……。

 

「ピカピーカ」

「……ははは。悪いな。お前に言っても仕方ないよな……でもスッキリしたよ」

 

 そう言うと奏ちゃんは立ち上がり「旦那に呼ばれてるから行くわ」と言って立ち去って行った。

 うーん……伝える前に行っちゃったな。

 肯定されるのが怖かったのか。否定されるのが嫌だったのか。

 それは分からないけど……。

 

「ピカピー……」

 

 奏ちゃんも翼ちゃんも、もう少しだけ自分に素直になっても良いんだけどな……。

 

 

 

 

 

 という訳で、力を借りるべくやってきました了子さんの元へ。

 

「私も暇では無いのですが……」

 

 ごめんって。許してくださいって。

 それは置いといてどうすればあの二人を元気付けられるのでしょうか。

 

「……随分とご執心なようで」

 

 飼い主とその親友だからね! 

 

「はぁ……そういう所はいつまで経っても変わりませんね」

 

 ……? まぁ自分の性格はそうそう変わらないと思うけどね。

 それはそうと了子えもん〜。二人を元気付ける道具出してよ〜。

 

「そんな物ありませんし、作りませんよ」

 

 なじぇ〜。

 

「それは……」

 

 ……? 了子さんが何やら言い淀んだ。

 どうしたのだろうか。

 しかし彼女は首を横に振ると口を開く。

 

「物はありませんが、提案はできます」

 

 お? ホント? 

 

「ええ。良いですか、今から一月後に──」

 

 

 ◆

 

 

 あれから一ヶ月。

 奏は翼と光彦と共に装者としての日々を過ごしていた。

 その間、二人はあれ以来己の悩みを胸の奥に仕舞い込んでいた。

 

『お疲れ様です。周囲にノイズの反応はありません』

『二人はそのまま帰投してください』

「ピカ!」

『おっと……三人、ですね』

 

 オペレーターの藤尭の言葉に、光彦が不満気に声を上げると彼は苦笑しながら訂正した。

 それに満足した様子の光彦は、奏と翼に振り向き一声上げる。

 

「ピカピ!」

「そうだな、帰るか」

「んー、今日はオレが前に出たからそこそこ疲れたぜ」

「と言っても数が少なかったし、連携も様になってきたから負担は減ってきただろ?」

 

 二人と一匹の連携はこの二ヶ月で洗練されている。

 元々コンビネーションが抜群だった二人に加え、雷撃を主にサポートする光彦の参入は割とバランスよく纏まっていた。

 奏と翼が前に出て戦うタイプ故に、遠距離タイプの光彦は大きな戦力となる。

 

 しかしそれ以上に光彦のやる気が違った。

 

「ピカ♪ ピカ♪」

「今日もご機嫌だなコイツ」

「ああ。ここ最近はこうだよな……それにあたし達の真似をしたのか、戦闘中歌っているし」

 

 光彦、戦闘中にピカチュウの歌を歌う! 

 

「でも舌を噛んでたよな」

 

 しかし、舌を噛む……! 

 

「光彦、お前は歌わなくても良いんだぞ〜」

「ピカ〜」

 

 雑談をしながら奏達はリディアンに戻り、その地下の本部へと向かった。

 エレベーターで降り、廊下を歩いていると翼が違和感に気づく。

 

「……? 人の気配が少ない。いや、これは集まっている?」

 

 何をしているんだろう。まさか襲撃!? と考え……その割には空気が殺伐としていない事に彼女は首を傾げる。

 そんな彼女を光彦がグイグイと押す。

 気にするな。早く行け。

 そんな意思を感じた。

 そして押されているのは奏も一緒で、戸惑っている。

 

「どうしたんだ光彦? いったい──」

 

 しかし光彦は答えず、二人はそのまま食堂に通され──。

 

『誕生日おめでとう! 天羽奏さ──ん!!』

 

 大量のクラッカーと祝辞の言葉に二人はポカンとした。

 反対に後ろの光彦はサプライズが成功したと笑みを浮かべている。

 そしてすぐに翼がハッと正気を取り戻し──膝から崩れ落ちた。

 

「そ、そうだった……! オレとした事が姐さんの誕生日を……!」

「つ、翼そう落ち込むなって」

「プレゼントもしっかりと用意したのに……!」

「それで忘れるってそれはそれで凄いな」

 

 なお、そのプレゼントは翼の汚部屋に埋まっており発掘は後日となる。

 漫才を続ける二人に、弦十郎と了子が歩み寄る。

 

「サプライズは成功したようだな、奏」

「苦労したのよ? 奏ちゃんにバレないように、それとなーく翼ちゃんを誘導したりして」

「貴女の仕業か了子さん!」

 

 どうやら翼が忘れていたのは了子の仕業らしい。

 うがー! っと喰ってかかる彼女に、了子は苦笑しつつ弁明する。

 

「仕方ないでしょう、あの子のお願いだったもの」

「あの子?」

 

 彼女の物言いに奏が怪訝な表情を浮かべ、視線を辿ると……そこにはラッピングされた何かを持っている光彦がこちらに歩いて来ていた。

 それも赤と青の二つだ。

 光彦はそれを「ピカ!」と鳴いて二人に差し出す。

 

「これ、あたしにか?」

「え? オレも?」

「ああ。光彦君の代わりにオレと了子くんが買いに行った。翼のは誕生日を過ぎていたから、だそうだ」

 

 まぁ、渡す理由は別にもあるんだがな。

 弦十郎の言葉を聞きながら二人は箱を受け取り中を開けてみる。

 するとそこには……。

 

「ネックレス……?」

「それもこれって……」

 

 光彦からのプレゼントはそれぞれ赤と青をした翼のネックレスだった。

 受け取って驚いている二人に了子は口を開く。

 光彦の想いを代弁する為に。

 

「翼、羽……つまりフェザーのネックレスには、空高く羽ばたいて大きな風を起こすイメージから、現状からの変化や出逢いといった意味もあるわ。そして、現状に満足していない……不安のある人の()()()()()()()()()()()()()物でもあるの」

「! それって……!」

「光彦……」

「それとね」

 

 了子は優しい笑みを浮かべて、光彦が最も言いたい事を伝える。

 

「二人の歌が好き」

『!!』

「みんなを、誰かを助ける歌が好き。隣で聞いていると胸がポカポカして──勇気が花咲くように、戦う事が、守る事が、頑張る事ができるって」

『……』

「だから──恐れないで。胸の歌を信じて」

 

 光彦からの伝言はそれで終わりなのだろう。

 了子はそれだけ言うと、弦十郎を伴って別のテーブルに向かう。弦十郎もまた優しい顔で二人と一匹を見て、彼女に続いた。

 

 沈黙が続く。しかし気まずくは無かった。

 しばらくして奏が光彦を抱き上げ、それを翼が横から添えるように手を回す。

 

「ありがとう、光彦」

 

 初めに口を開いたのは奏だった。

 

「お前みたいなちっちゃい奴に元気付けられて、背中押されたら前に進むしか無いよな。

 いや、違うな。私がそうしたいんだ。それを変な理由つけて悩んで──らしく無かったよ!」

 

 次に翼が感謝の言葉を告げる。

 

「ありがとう光彦。オレ、怖かったんだ。言葉遣い変えて、カッコよく決めてても臆病なんだ。それを隠そうとしていた。これで良いのかって分からなくなってた。

 でもお前はそんなオレを認めてくれるんだな……。

 うん、ありがとう。オレまた悩むかもしれないけど、頑張るよ。そしていつか姐さんやみんな……そしてお前みたいになる」

 

 二人の笑顔と感謝の言葉を受けて、光彦は心の底から笑顔を浮かべた。

 

「チャア〜!」

 

 それを見た二人はギュッと光彦を抱きしめ──この日、ツヴァイウィングが誕生した。

 胸の歌でみんなを、誰かを助けたい。

 思いっきり歌いたい。

 誰かの泣いた顔を、歌で笑顔にしたい。

 そんな想いが込められた何処までも飛んでいく雷光煌めいて羽ばたく両翼。

 一歩踏み出した二人を皆が祝福した。

 

 

 

 

 

 

 そして、それから数日後。

 光彦はとある日まで悪夢を見る事となる。

 

 その身を煤へと変え、風に吹かれて消えていく奏と。

 そんな彼女を抱き締めて泣き叫ぶ翼。

 そしてそれを呆然と見つめる──無力な自分を。

 

 



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第五話「ピカチュウ は こんらん している」

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 歌が聞こえる……

 

──Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 胸の奥に響く歌が。

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 その歌はとても儚くて。

 

──Emustolronzen fine el zizzl

 

 耳を塞ぎたくなるほど悲しかった。

 

 

 第五話「ピカチュウ は こんらん している」

 

 

 画面の向こうで奏ちゃんと翼ちゃんが歌っている。

 二人がツヴァイウィングとなって随分と時が経った。

 当然というべきか、二人の歌は日本中を駆け巡り知らぬ者などいないと言っても過言ではないほど人気となった。

 テレビでも取り上げられ、ファン一号として鼻が高い。会員証も作って貰った。それを見る度に二人とも恥ずかしそうにしている。

 今もこうしてサイリウムを振って、録画されているライブに合わせて声を上げて楽しませて貰っている。

 ……そう、画面の向こうの、だ。

 俺は二人のライブに行く事ができない。何故って? 

 

 ピカチュウだからだよ!! 

 

 ピカチュウボディで外に出たらどうなると思う? 

 撮られる。SNSに上げられる。トレンドに入る。政府に送られる。そしてモルモット生活開始。

 弦十郎さんの話を聞く限り、俺ってかなり立場が危ういらしい。

 有用性を示せば示すほど俺の危険性が上がって、さらに何処から嗅ぎ付けたのか米国政府が俺のことを突っついているらしい。何で知っているんだろう。

 その事に呼応してか、鎌倉の偉い人が何度も二課に引き渡しの要請をしている。

 それを何とか突っぱねているが……不利な状況になったらやばいらしい。

 了子さんその事にイライラしていたな……弦十郎さんも拳握り締めていたし。

 

 だからツヴァイウィングのライブに行けましぇん!! 

 

「ピカピー」

 

 あーあ! 一度で良いからライブ行きたいなー! 

 生の歌声聞いたことあるけど基本戦場だしなー! 

 うがー! 

 

「ただいまー……って何してんだ?」

 

 じたばたしていると奏ちゃんが帰って来た。

 俺を見て、床に落ちているサイリウムを見て、ライブ映像が流れているテレビを見て。

 

「いや、ホントに何してんの?」

「大方。ライブに行けなくて駄々こねているんだろ」

 

 訳がわからず首を傾げる奏ちゃんの後ろから、ひょっこりと顔を出した翼ちゃんが正解をスバッと言う。

 鋭いな。推理力アメノハバキリかよ。

 翼ちゃんの言葉に動きを止めた俺を見て、奏ちゃんは深くため息を吐く。

 そして俺を抱き上げてコツンと額と額がくっ付いた。

 

「光彦―。歌ならいつだって聞いているだろ?」

 

 でも、ライブで聞きたいんです。

 それに……。

 

「……?」

 

 夢に向かって頑張って二人の姿をこの目で見たいんだ。

 そして、そんな二人を応援してくれている人たちも見たい。

 俺の立場を考えれば我が儘も良いところ。

 でも……でも……。

 

「……ふー。仕方ない」

「ピカ、チュウ?」

「後で旦那に聞いてみるよ。どうにかできないかってね」

「姐さん!?」

 

 翼ちゃんが驚きの声を上げる。俺も同じだった。

 しかし奏ちゃんは快活に笑い、任せろと胸を叩く。

 そしてそのまま俺の頭を撫で付けながら、優しい顔で囁いた。

 

「いつも頑張っているからな。それに悪い事も何もしていない。外に出られないのだって、上の連中がビクビク震えているだけだしな」

 

 ご褒美くらいあっても良いだろう? 

 ニカっと笑ってそう言う奏ちゃんが、俺にとっては女神に見えた。

 か、奏様―!! 

 

「チャアア!!」

「おっと。珍しいなお前から頬擦りするなんて」

 

 普段はセクハラじゃね? と思ってあまり自分からスキンシップをしないが、嬉しさのあまりその辺の事を忘れる。

 それに俺ピカチュウだからね! 良いよね! 

 喜びダイマックスな俺を、翼ちゃんが見ながら口を開いた。

 

「もし行けるようになったとしても、どうやって見るんだ? 舞台裏?」

 

 もちろん観客席! 

 ビシッとテレビのライブ映像に写っている観客席を指差す。

 

「いや無理だろう!? お前みたいなぬいぐるみがサイリウム振ってエンジョイしてたら、あっという間にSNSで話題になるぞ!?」

「!?」

 

 そ、そんな……!? 

 

「いや、分かりきった事だろ!? ……はー、ったく」

 

 彼女の言葉に衝撃を受けて絶句していると、翼ちゃんはため息を吐いてそれから。

 

「オレも何か考えるよ。お前がライブを見られるようにさ」

「ピ、ピカア!?」

 

 奏ちゃんだけでなく、翼ちゃんも手伝ってくれるのか……!? 

 

「ま、まあな。いちいち駄々を捏ねられても鬱陶しいだけだし」

 

 それに。

 

「…………オレたちのライブをそんなに楽しみにされると、な」

「──ピカチュウウウウウウウ!!」

「おま、やめ?!?!」

 

 つ、翼様ああああああ!! 

 喜びのあまり翼ちゃんに飛びつく。なんか悲鳴が聞こえるけど、誰もオレを止められないぜ! 

 時折「ビリビリする!」「干した後の布団みたいな匂い!」とか聞こえるけど気にならない! 

 ありがとう二人ともおおおおおおおお!! 

 そんな感じで翼ちゃんとスキンシップを取っていると、後ろからギュッと抱きしめられる。

 奏ちゃんだ。

 奏ちゃんが腕を回して来た事により、俺は二人に抱えられるような状態になる。

 そしてそのままピトリと奏ちゃんの額がくっつく。

 

「光彦、お礼を言いたいのはあたしたちの方さ」

 

 奏ちゃんが心の底から想いを込めた声を出す。

 

「アンタが私たちの歌を好きだと言ってくれたから羽ばたく事ができた」

「……オレもだ」

 

 今度は翼ちゃんがピトリとこちらに額を引っ付ける。

 

「お前の想いがオレたちに翼をくれた。何処までも飛んでいけるって……そう思わせてくれた」

「だから」

「だから──」

 

 ──どうか見ていてくれ……あたし/オレたちの勇姿を。

 

 そう二人の願いに、俺は。

 

「ピカピー!」

 

 当然だと言わんばかりに、笑顔でそう返した。

 

 そうだ。絶対に見るんだ。二人の夢を。

 この目でしっかりと。

 だから。

 だから……。

 

 

 

 あんな夢、さっさと忘れてしまおう。

 奏ちゃんが炭になって風に吹かれて消えて。

 それを翼ちゃんが抱き締めて泣いているなんて夢。

 そんなの、ある訳ないんだ。

 あっては……ならないんだ……。

 

 

 ◆

 

 

 上層部に俺が如何に安全で有能なのかを知らしめるため、今日も今日とて奏ちゃんたちと発生したノイズの殲滅に赴いている。

 ただ、今回発生したノイズ、数が多い上にバラけていて、加えて人の避難がまだ済んでいない。

 よって二手に分かれる事にした。

 アメノハバキリをサーフボードみたいにして高軌道で移動できる翼ちゃんと、俺と奏ちゃんだ。

 奏ちゃん、お薬注射しないと長く戦えないからね。

 戦闘時間に際限がない俺と組んでもらう事になった。

 後、上に奏ちゃんが俺を見張っていると見せる為でもある。

 戦場では基本奏ちゃんの指示に従って戦っているからね。

 

「光彦、アイアンテール」

「ピカ! ピカピッカ!!」

 

 奏ちゃんの指示に従い、尻尾を鋼鉄の如く硬化させノイズに叩き付ける。

 俺が狙いをつけた人型ノイズは、腕を交差させて防ぐ動きを見せるけど、その腕を胴体ごと叩き壊し、そのまま地面に亀裂を刻み込む。

 しかしそれで終わりではない。俺はそのまま反動を利用して飛び上がり、体を前転させてクルクルと回る。その勢いのまま密集しているノイズの軍団に突っ込んで真っ二つにしていく。

 うおおおおおお大車輪だああああああ! 

 しかししばらくすると気分が悪くなり、視界がグラグラと揺れ、喉の奥から何か出そうになる。

 ……オエ。

 

「光彦! 何してんだ!」

 

 奏ちゃんが怒声を上げながら、手に持った槍でノイズを斬り払う。

 いや、ちゃうねん。PP節約しようかなって思っただけやねん……。

 でもホント気持ち悪い。混乱状態とはまた違った気持ち悪さ。

 もう二度としない。

 頭を左右に勢いよく振って、正気に戻る。

 さて、遊んでいる場合ではない。

 俺はピョンッと跳んで奏ちゃんの肩に乗り頬からバチバチと電気を迸らせる。

 

 周囲に逃げ遅れた人はもういないみたいだ。さっきの俺のアイアンテールでノイズがこっちを標的に見据えている。

 俺たちを囲うようにジリジリと近寄って来ている。

 普通に見れば絶対絶命。

 しかし俺たちにとっては()()()()()()()()()をぶつけるのに丁度良い。

 

♪ まぼろし? 夢? 優しい手に包まれ♪ 

 

 奏ちゃんが歌い、フォニックゲインを高めていく。

 

♪ 眠りつくような 優しい日々も今は♪ 

 

 その歌を聞いたノイズたちが襲いかかってくる。本能で察したのだろうか。このままだと不味いと。

 

♪ 儚く消え まるで魔法が解かれ♪ 

 

 だが……。

 

♪ すべての日常が 奇跡だと知った♪ 

 

 もう遅いぞ、ノイズども! 

 

♪ 曇りなき青い空を 見上げ嘆くより♪ 

 

 奏ちゃんが槍を空に向けて掲げ、その上に俺が登る。

 

♪ 風に逆らって…… 輝いた未来へ帰ろう♪ 

 

 その一節を歌い終わると同時に、奏ちゃんの槍から光が漏れ出し、俺の雷と混じり合う。

 そして荒れ狂うそのエネルギーを空に向かって放出! 

 途端、青空に暗雲が立ち込め、雷光が迸る。

 

 喰らえ、俺と奏ちゃんの合体技! 

 

──LIGHTNING∞RAY

 

 空から奏ちゃんが持っている槍と同じ形をした雷が、ノイズに向かって放たれた。

 本来雷は一番高いものに落ちる。

 しかし、俺の雷を含んだこの槍は、俺の狙い通りにノイズに向かって落ち、貫く。

 

『!!!!』

 

 さらに、地面に刺さった槍同士が共鳴し、電撃の()を形成する。

 するとどうなるかなんて──分かりきった事。

 

『!?!?』

 

 貫かれていなかったノイズが、槍と槍を繋ぐ電撃の糸により煤へと変わる。

 広範囲に槍を散りばめたから、ここら一帯のノイズは殲滅した。

 

「本部! こっちは片付いた。次の──」

 

 奏ちゃんもそれを確認したのだろう。

 すぐに本部に連絡し指示を仰ごうとし……。

 

「う……」

 

 ガラリと瓦礫が崩れる音と人の呻き声が聞こえた。

 まだ逃げ遅れていた人が居たのか……! 

 奏ちゃんも気づいたのだろう。すぐに保護しようとして。

 

「! おい、逃げろ!」

 

 その背後に生き残りのノイズを発見した。

 奏ちゃんは急いで駆け出し、目の前の逃げ遅れた民間人に声を張り上げる。

 声が聞こえたのだろう。その人は薄らと開けていた目をしっかりと開け、次に後ろを振り返り、「ひっ」と息を飲んでその場に座り込んだ。

 

 ノイズは、それに構わずその腕を目の前の獲物へと突きつける。

 

 間に合わない。

 

 死ぬ。

 

 炭へとなって。

 

 夢の奏ちゃんのように。

 

 ……死ぬ? 

 

 奏ちゃんが? 

 

 それは。

 

 それは──。

 

「──ピカピイイイイイイイ!!!!」

 

 絶対に、嫌だ!!! 

 

 俺は、無我夢中で叫び──あり得ない事が起きた。

 

「……え?」

 

 奏ちゃんがその場に立ち止まる。

 そして呆然と()()()()()()()()()()()を呆然と見上げる。

 ノイズはじたばたと体を動かすが、何もできず、そしてそのまま煤へと変わった。

 元々自壊する寸前だったのか。

 

「ああ……」

「っ! 本部! ここに民間人がいる! 応援を!」

 

 生きている事にホッとして民間人の人は、その場で気絶した。

 奏ちゃんはすぐに回収班を呼びつける。

 

 だが、俺はそれに気を止める余裕がなかった。

 呆然と自分の手を、ピカチュウの手を見つめる。

 

 さっきのは、サイコキネシスだった。

 そして、それを行なったのは、使ったのは──俺だ。

 しかしそれはあり得ない。だって、ピカチュウは電気タイプで、サイコキネシスを覚える事も、使う事もできない。

 

 だが、今俺は確かに使った。

 

 

 ──俺は、何なんだ。

 ──本当にピカチュウなのか? 

 

 ──俺の疑問に答える者は誰も居なかった。

 



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第六話「ピカチュウ の おんがえし! ばいばい みんな!」

 自分は本当にピカチュウなのか。

 その疑問は付いて離れず、頭の中でグルグルと回り続けた。

 二課の人たちはそういう力もあるのかと思っているだけで、奏ちゃんも「あんな力あるなら最初から使えよな」と苦笑まじりに言っていた。

 

 俺だけがこの異常を理解している。

 しかしそれも仕方のない事だ。

 だって、【ポケモン】を知っているのは俺だけなのだから。

 

 俺は、二課の訓練室で自分の力を試した。

 

 大文字。ハイドロポンプ。シャドーボール。悪の波動。竜巻。ラスターカノン。気合玉……。

 その他、ピカチュウではできない技をたくさん使う事ができた。

 ……俺は本当にピカチュウなのか? 

 そう思い込んでいるだけで本当は──。

 

 そして、認識すると分かることもある。

 俺がここ最近毎晩見ているあの悪夢。

 今までは起きるはずのない物だと思っていた。

 しかし、今だからこそ分かる。

 

 あれは──未来予知だ。

 

 

 第六話「ピカチュウ の おんがえし! ばいばい みんな!」

 

 

「むー」

「翼、いい加減機嫌直せって」

「だって……」

 

 今日はあたしたちツヴァイウィングのライブだ。

 始めた頃と馬比べ物にならないほどあたしたちは人気になり、あたしたちの歌を聞きに来てくれている人達もすごく増えた。

 今回のライブ会場には十万人のファンたちが集まっている。

 こうして時間まで待っているのがむず痒くて少し苦手だ。早く大暴れしたいとうずうずしてしまう。

 

 しかし、そのライブ前だっていうのに、あたしの相棒である翼はむくれていた。

 理由は分かっている。

 

「だって、オレの作戦が……」

「いや……無理だと思うぞ? 光彦に人形のフリして貰うってのは」

 

 光彦の観客席でライブを見たいという願いを叶えるために、あたしたちは色々と頑張った。

 あたしは弦十郎の旦那に頼み込んで、上のおっさん共を納得させる為の理由を考えたりした。ほとんど旦那と了子さんが頑張ってくれたけどな……。

 んで結果は成功。普段は本部で留守番している光彦は、今日だけはこの会場──の別室に居る。

 実はそれが原因で観客席に行けない理由だったりする。

 

 今回のライブはいつものライブと違う。

 あたしたちの歌と観客のみんなでフォニックゲインを高めて、別室にある完全聖遺物──ネフシュタンの鎧を起動させる実験が行われる。

 旦那と了子さんは、それを利用して光彦をここに連れて来た。不測の事態にすぐさま動ける為の駒として。

 だから光彦は別室に居なくてはいけなくて、観客席の方に居て貰うってのはどうしてもできなかった。

 

 ……まあ、でも。

 翼が学校で慕っている女の子に「これはプレゼントだよ、ハニー。この子をオレだと思って抱いていてくれ」って渡して、ライブに行かせようとしてたのは、どう考えても無理だろ。一応光彦は機密扱いだし。

 失敗して怒られるのがオチだ。というか旦那に怒られてたな……。

 

 で、結局上手くいかなくて光彦と約束を守れず膨れているのが今、という訳だ。

 

「翼、不貞腐れるのはその辺にしときな。そんな仏頂面で光彦にライブ見せる気か?」

「……はあ。姐さんは意地悪だ」

 

 意識を切り替えたのか、翼の表情がいつもの不敵なものになる。

 光彦にカッコイイところを見せようと思っているのか、いつもよりもやる気十分だ。

 あたしだって同じだ。

 結局画面越しになるが、光彦も同じ場所に居る。

 それでやる気出すなって方が無理な話だ。

 

「此処に居たか二人とも」

「先生!」

 

 あたしたちを探していたのだろう弦十郎の旦那が現れる。

 いつものラフな格好とは違って、ビシッとスーツで決めている。相変わらず赤いが。

 そういえばこの前光彦が赤い熊だって言っていたな。その通り過ぎて笑ってしまったが。

 

「緊張は……していないようだな」

「翼は不貞腐れていたけどなー」

「あ、姐さん!」

「ふふふ……ガチガチになって動けなくなるよりは良いだろう。

 ……二人とも、分かっていると思うが──」

「わーってるって! 今日は大事な実験だってな! でもあたしたちは思いっきり歌わせて貰うだけだ! な、翼?」

「応ともさ! オレも姐さんも難しい事は分からねえしな!」

 

 翼の言う通りだ。

 あたしたちツヴァイウィングは全力で歌って、何処までも、いつまでも、空高く飛んでいく。

 ただそれだけだ。

 

「なら、良いんだがな」

「そっちこそ、光彦の事頼んだぜ?」

「ああ、分かっているさ」

 

 それを最後に旦那は実験場へと戻って行った。

 あたしたちはそれを見届け……。

 

「それじゃあ、行くか、翼!」

「ああ! 姐さん!」

「あたしたちの──」

「オレたちの──」

 

 ──夢の舞台に! 

 

 

 ◆

 

 

 ──時は少し遡る。

 

 俺はおやっさんの許可を得て、ライブ会場に来ていた──実際はその別室なんだけどね! 

 ピカチュウボディではどうやっても目立ってしまうから、観客席は無理でした。ちくしょう。生で二人の歌を聴きたかったなぁ。

 二人も残念がっていたし、おやっさんも申し訳なさそうにしてたからこれ以上はグダグダ言わないけど……。

 それに近くで歌っているんだ。此処に来れただけでも良しとしよう。

 新聞でも見て気分リフレッシュだ! 

 何々……救出された邦人少女失踪……? 嫌なニュースだなぁ。

 いや切り替えろ。暗くなるな俺! 落ち込むと不満が出る! 

 

「◼️◼️◼️◼️様」

「ピカ?」

 

 無理やり納得させるために自分に言い聞かせていると、部屋の扉が開き了子さんが入って来た。しかし()()()()()浮かない顔をしている。

 ……正直今の了子さんとは会いたくないな……。

 だって……。

 

「ねえ、◼️◼️◼️◼️様。今からでも遅くありません。本部に戻ってください」

 

 これである。

 今回のライブに、というより実験に了子さんは俺を参加させる事に頑なに反対していた。

 普段の了子さんは、ツヴァイウィングに匹敵するくらいに俺に対してダダ甘である。ほとんど俺の要望を聞いてくれるし、やらかしておやっさんから説教を受ける時はそれとなく助けてくれる。

 そんな彼女が、今回だけは掌を返したかのように俺がこの場に来ることを反対した。政府からの追及が激しくなるやら、鎌倉に隙を見せることになるやら、それっぽい事を言っていた。

 しかし結局はこうして俺はこの場に来て、了子さんはいまだに俺を本部に返そうとしている。

 

「ピッ!」

「◼️◼️◼️◼️様……」

 

 首を背けて嫌だと明確に意思を示すと、了子さんは物凄く困った顔をした。

 うう、優しい了子さんにこんな顔をさせるのは正直申し訳ない……。

 で、でもようやく此処まで来たんだ! 今更帰れない! というより嫌だ! 

 俺の意志が固い事を察したのか、了子さんはため息を吐いた。そして優しく俺を抱き上げ、視線をこちらに向ける。

 金色の瞳が酷く揺れていた。

 

「では◼️◼️◼️◼️様。一つだけ約束を……いえ、私がこれから言うことを頭の片隅にでも留めておいてください」

 

 彼女の瞳には諦めと、そして強い決意があった。

 それは暗く、黒く……ゾッとするほど冷たい。

 でも、それでも……俺に向ける感情は温かった。

 了子さんは俺に向かってお願い……いや、懇願する。

 

「──これから何があろうと、人を助けようとしないでください。

 

 己の命を第一にお考えください。

 

 ……助けられない命に悔いを残さず、ただただ諦めてください。

 

 どうか、お願いします……」

 

 彼女の言葉には慈しみがあった。俺の事を想っている。それが強く感じられて。

 

 だからこそ受け入れる事ができなかった。

 

「ピ!」

「◼️◼️◼️◼️様……」

 

 了子さんは見捨てろと言った。

 でも俺はその言葉に頷く事は、絶対にない。

 例えそうする事で何が起きようと。

 見捨てるという選択肢はない。

 

 了子さんは俺の返答が分かっていたのか、ただただ悲しそうな表情をして、俯いて、そっと俺を下ろす。

 そしてくるりと背を向けると扉の方へ向き、

 

「分かりました……私はこれ以上もう言いません」

 

 そしてスッと俺の頭に触れ──バチッと痛みが走った。

 

「ピ……!?」

「今回はここまでのようです。またいつか、お会いしましょう」

 

 その言葉を最後に了子さんは出て行き、俺はそんな彼女の背中を見つめる事しかできなかった。

 痛みで体を動かす事ができない。頭の中に流れ続ける景色。

 それは、未来の出来事。

 止めようと思っていた()()()()()()()()未来。

 そして、その未来が来るのは──ライブの後で、

 

 

 

 

 今まさに、ツヴァイウィングのライブが始まる。

 

 俺は動く事ができない。

 

 

 ◆

 

 

 逆光のフリューゲル。

 今日、この日のために奏と翼が仕上げて来た歌。

 出だしで歌われたこの歌により、ライブの下に設けられた別室では無事に実験が成功していた。それはライブの方でも同様であり、観客も

 ツヴァイウィングも盛り上がっていた。

 高まる鼓動を感じながら、奏はマイクを片手に己を解放する。

 

「まだまだ行くぞ!」

(聴いているか? 見ていてくれているか光彦。あたしたちのライブを!)

 

 いつもと違い、近くで自分たちの応援をしてくれている家族のことを彼女は想う。

 その想いが届いている事を信じ、そしてこれからも伝えようと想い──。

 

 爆発が起きる。

 

 悲鳴が響く。

 

 そして、ノイズが現れた。

 

「ノイズだああああああああ!?」

「死にたくない! 死にたくない!」

「た、助け──」

 

 笑顔と歓声が溢れるライブから一転し、会場は悲鳴と断末魔蔓延る地獄へと変わった。

 空から、下からノイズが人を殺す為に次々と現れる。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 それを見た奏と翼は──胸に怒りと歌を浮かび上がらせ、槍と剣を手に戦場に降り立つ。

 二人は胸の歌を歌いながら、ノイズを次々と蹴散らしていく。

 それでも、彼女たちが殲滅するよりも、ノイズが人を殺す方が早い。

 焦りが浮かぶ。それでも二人は戦い続け──奏の視界に、逃げ遅れた少女の姿が映る。

 すぐさま奏は走りだし、手に持った槍で少女を襲おうとしたノイズを斬り裂く。

 しかし、槍を振るう度に体に痛みが走る。

 奏は、翼と違って真っ当な適合者ではない。リンカーを使ってようやくシンフォギアを纏う事ができる──時限式。

 それでも彼女は諦めない。

 

「駆け出せ!」

「っ……!」

 

 助けた少女が走り出す。足を怪我したのか、ゆっくりだ。

 しかし、それを狙ったノイズ達がその身を槍の如く尖らせて襲いかかり、奏は庇うべく槍を構え──。

 

 

 雷光が、会場の下から天高く昇る。

 そして、空で弾けたかと思うと──炎、影、水、氷、ありとあらゆる力を内容した球状のエネルギー弾がノイズを蹴散らした。

 

「こいつは……!」

 

 それを見た奏の元に、一つの影が舞い降りる。

 

「ピ!」

「光彦!」

 

 彼女が己の家族の名を呼んだ。

 光彦は、襲い続ける頭痛に顔を顰めながらも、ノイズを次々と駆逐していく。

 本来のピカチュウなら絶対使えない技を使いながら。

 しかし、彼はその事にもう疑問を持たない。

 了子……否、終わりの名を持つ者が解除したセーフティにより、彼は自分の事を知った。

 ピカチュウではなく◾️◾️◾️である事を。

 だから、自分は思った技を自由に使う事ができると強く認識する事で、力の行使を可能にした。

 下の実験場に居た者達も“テレポート”で避難させた。

 あとはこの場のノイズを速やかに倒し、()()()()()()()()()を助ける為に急がなくてはならない。

 残りは半分。気合入れて力を解放しようとし……。

 

「姐さん! 光彦! 避けろ!」

 

 翼の叫び声と同事に、強い存在感を放つナニカが彼女達に襲い掛かった。

 光彦は奏の前に立ち“まもる”を発動させ、奏は槍を構え。

 

 盾も槍も砕かれ、二人は吹き飛ばされた。

 そしてその際に飛び散った奏の槍の破片が、背後に居た少女の胸に突き刺さり、鮮血が舞う。

 

「姐さん! 光彦! っ、うおおおおおおおおお」

 

 激昂した翼が、二人を蹴散らしたノイズに斬りかかる。

 しかし、翼のアメノハバキリの一撃を受けてもそのノイズは無傷だった。

 硬すぎる。そもそもその出で立ちからして異質だった。

 形は通常のノイズと変わらないが、色が黒かった。

 さらにそのノイズは人を炭素に変えた後も自壊せず活動している。

 

 明らかにイレギュラーだった。

 

「ピカピ……」

 

 震える体を動かし、光彦は立ち上がろうとして、力が抜けて地面に倒れ伏す。

 痛みに顔を顰め、頭の奥で何度も映る悪夢に頭を振って忘れようとし──ふと視界に奏が映る。

 

 光彦はゾッとした。

 

 奏は一人の少女を抱いていた。胸から血を流し、今にも死にそうな──。

 だが、生きている。奏の「生きるのを諦めるな」の言葉に息を吹き返したのだ。

 だが、それでも危機的状況なのは変わらない。彼女を助けるにはノイズが邪魔だ。

 さらにいつものノイズとは違う異常個体がいる。翼のシンフォギアを持ってしても倒す事ができない。

 

 ならば──。

 

(──ごめんな、光彦)

 

 歌うしかない。未練を、悲しみを、別れを振り切って。

 

 ──絶唱を。

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

(歌が聞こえる……)

 

 光彦の夢が現実となる。

 

──Emustolronzen fine el baral zizzl

 

(胸の奥に響く歌が)

 

 最期のライブにて、彼女の命の灯火が消える音を耳にし。

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

(……とても儚い歌だ)

 

 立ち上がらない自分に怒りを覚え。

 

──Emustolronzen fine el zizzl

 

(耳を塞ぎたくなるほど悲しいな──奏ちゃん)

 

 ──覚悟を決めた。

 

 

 奏の絶唱が歌い終わると同時に、彼女を中心に力の波動がライブ会場に広がる。

 

「姐さん……姐さん!!!」

 

 ノイズが炭へと変わり、自壊していく。

 さらに黒いノイズも絶唱により吹き飛ばされ、壁に激突。

 しかし相対していた翼は、そんな事知らないとばかりに奏に向かって走り出し、崩れ落ちる彼女の体を抱き止めた。

 

「姐さん! なんで!!」

「……すまないな、つ、ばさ……。両翼……揃っての、ツヴァイ……ウィングな……のに、お前を、残し……て……」

「イヤだ……イヤだイヤだイヤだ──逝くな! ()!」

「……へへ。やっと……名前で、呼んで……くれた」

 

 奏は翼の事を相棒だと言っていた。しかし翼は彼女の事を「姐さん」と呼び慕っていた。

 その事がむず痒いと共に、少し寂しかった。

 だからこうして対等に自分の名を呼んでくれた事が嬉しかった。

 故に彼女は、相棒に家族を託すことにした。

 

「翼、光彦の事……頼むわ……」

「そんな事言うなよ……!」

「風呂の後は、……しっかりと……拭いて……やれよ。ブラッ……シングも、……忘れるな。あと……ケチャップの……食べ過ぎ、……には注意して──」

「そんなに心配なら、自分で──」

「悪い……できそうにね……ぇんだ」

 

 意識が遠ざかる。

 胸に想いが募る。

 

「ごめんな……光彦……」

 

 その言葉を最期に、奏の命が終わろうとして──。

 

 

 

「──え?」

 

 浮遊感と共に覚醒する。ボロボロと崩れ始めていた体が逆再生するかのように元に戻っていく。

 痛みも苦しさも消え、奏のシンフォギアが解除されライブ衣装へと元に戻る。

 涙を流していた翼は目の前で起きた出来事に呆然とし、

 

「奏!」

「わっと……」

 

 無事なことに感涙し、彼女を抱き締めた。

 

「もう、あんな事言うのやめてくれ……オレ達ツヴァイウィングだろ……?」

「……翼」

 

 相棒を深く傷つけた事に「ごめん」と謝ろうとし……。

 

「ピカピ」

「あ……光彦、お前もごめんな。さっきのは──」

 

 そういえば光彦もこの場に居たのだと思い出し。

 そしてさっきの言葉も聞かれていたのだと少しだけ恥ずかしく思い。

 でもやっぱり自分も二人と離れるのは嫌だったのだと再認識して家族に謝罪しようとして──。

 

 

 ボロボロと体を崩れさせながら、ホッとしたような、心底嬉しそうな顔をした光彦がそこに居た。

 

「……………………は?」

「奏? …………え?」

 

 翼が奏の様子に疑問を持ち、彼女の視線を辿り、光彦を見て言葉を失う。

 しかし光彦は二人の様子に気にした様子もなく、彼女達に近づくと、いつものように奏の肩に跳び乗ろうとして、しかしすでに脚が崩れ落ちて塵となって消えていた為それができず、仕方なくサイコキネシスで浮く。

 そして奏に近づくと……。

 

「チャア〜」

 

 いつものようにあざとい鳴き声を上げて頬擦りをする。

 奏にも翼にも「あざとい」「作ってる」「自然体でいろ」とよく言われている、不評な仕草。

 しかし二人はそれを咎めなかった。咎める事ができなかった。

 奏にした後は翼にも同様に頬擦りをし、光彦は奏の体を隅々まで調べて、頷いて喜びの表情を浮かべる。

 

「……おま、なん、それ」

 

 言葉にならない奏。

 しかし反対に翼は光彦の行動を見て察した……理解してしまった。

 

「お前……まさか、奏の絶唱を──」

 

 ──光彦が使ったのは「いやしのねがい」。

 己が瀕死になる事で仲間を癒す技。

 それを光彦は奏と()()()()()()()に使った。

 本来ならできないそれを彼は己の命を使う事で──たった二人だが、助ける事ができた。

 未来は変えることができなかったが、その先の未来を変えることはできた。

 光彦は満足した。

 

「ば……っかやろう!」

 

 だが──奏は認める事ができない。

 

「なんでお前があたしの代わりに──よりにもよって、家族であるお前が!」

 

 奏はノイズによって家族を失った。

 そして今もまた家族を失おうとしている。

 

「ふざけるな……ふざけるな! 奏もお前も居ないと、意味ないんだ!」

 

 先ほどの奏を失い掛けた時の悲しみが蘇る。

 翼の脳裏に喧嘩した時のこと、こっそり撫でさせてくれた時のこと、一緒に説教を受けていた時のこと……笑い合った時のことが過ぎる。

 

「死ぬな! 光彦! ……死なないでくれ」

「お願いだ光彦……また一緒に馬鹿なことしよう」

 

 

 

『まだお前に、最高のライブを直に見てもらってないじゃないか』

 

 繋ぎ止めようと言葉を尽くす二人。

 それが光彦は嬉しくて、嬉しくて……後悔は無かった。

 

 ──ガタ。

 

「っ!」

「アイツ……まだ……!」

 

 瓦礫が崩れる音がし、そちらに目を向けるとそこには黒いノイズが這い上がろうとしていた。

 奏の絶唱でダメージを受けたようだが、まだ活動するだけの力があるようで、ギロリとこちらへと顔を向ける。

 

「くっ……!」

 

 シンフォギアを纏った翼が剣を構えようとして。

 

「──ピカ」

「っ……!?」

 

 光彦のでんじはで麻痺させられる。

 崩れ落ち、顔を上げる翼。その顔は怒りで染まっていた。

 

「光彦……お前……!」

「ピカピーカ」

 

 さらに翼のシンフォギアが解除される。

 どうやら彼女もまた肉体的、精神的に限界だったようで、それを光彦は察していたようだ。

 

 これで彼の邪魔をする者は居なくなる。

 

「ピ──ーカ────……!」

 

 光彦は、最期の力を振り絞り体に電気を纏わせていく。

 

「待て、行くな……光彦……やめろおおおおおおお!」

 

 奏が叫びながら腕を伸ばし──。

 

 

「──ピカピッ!」

 

 光彦が最期に奏達の方へと振り返り、笑顔で手を振って──雷光となって駆け抜けた。

 

「ピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカ──」

「……!?」

 

 

 雷光はそのまま黒いノイズへと激突し──。

 

「ピカピッカァッ!!!」

 

 その身を犠牲にして打ち倒した。

 

 

 ◆

 

 

 はぁ。

 結局、未来を変えることができなかった。

 了子さん……いや、あの子が見せた通り、俺の未来予知は不変なんだなぁ。

 だからあの時も彼女は絶望して……。

 

 それにしても。

 二人とも泣いてたな。

 申し訳ないという気持ちもある。泣いてくれて嬉しい気持ちもある。

 でも一番は……生きてくれて良かったって気持ちだな。

 二人とも凄く怒っていたけど、自分達だって同じ事をする可能性がある事を知ったら、果たして怒るのだろうか。

 ……怒るんだろうな。優しいからな。

 

 ……あぁ。二人のライブ、一度で良いから見たかったな。

 

 ……あぁ。一度で良いから、二人と街に出掛けて見たかったな。

 

 ……あぁ。もっと二人と一緒に居たかったなぁ。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………あぁ。やっぱり、お別れって寂しいな……。

 

 

 ◆

 

 

 ──めのまえ が まっくら に なった。

 

 




今回の話の内容によりタグの【ピカチュウ】を削除しました


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第二部 戦姫絶唱シンフォギア 翳り歩む日陰編
第一話「出会いと目覚め」


歌には血が流れ、詩には魂が宿る


 ──かつて、わたしは『呪われているかも』と口癖のように言っていた。

 

 猫を助けようとしたら寸前の所で自分で逃げられ、その後学校に遅刻し先生に怒られて……自分から厄介事に首を突っ込んだとはいえ、凹んで呪われているかもと呟いていた。

 

 その度に誰かに慰められていた気がする。

 そんなわたしのことを大好きだと言ってくれた人が居た気がする。

 ……その時間が、何よりも大切だったような気がする。

 

 ──ならば今はどうだろうか? 

 そう問いかけられれば、わたしはこう答えるだろう。

 ……そう答える事しか、今のわたしにはできない。

 だって、わたしは全てを失っている。

 隣に居る筈の、居た筈の、そのナニカをわたしは失い、もう覚えていない。

 

()()()()()

 

 こう、答えるしかない。

 

 ──わたしは、確実に呪われている。

 

 

 第一話「出会いと目覚め」

 

 

 一年前、わたしはツヴァイウィングのライブに行った。

 その時のわたしは楽しんでいたのだと思う。思うと他人事なのは、それ以上の出来事で感情も記憶も吹き飛んだから……だと思う。

 

 わたしは、あの時のライブで生き残った事により、生きている事を否定された。

『人殺し』『金の亡者』『死ぬべき存在』……他にも様々な事を言われた。

 学校も、家も、外も、わたしをこの世界から排除しようと様々な【セイギ】の鉄槌がわたしを……わたしの周りを傷付けた。

 

 わたしは耐える事ができなかった。

 死にたかった。

 でも、「生きるのを諦めるな」という言葉と時折ピリピリと感じる胸の疼きが、最後の一線を超えさせないようにしていた。

 

 だからこそわたしは汚く、醜く、惨めでも生きなくてはならない。

 泥水をすすってでも。

 化け物と呼ばれてでも。

 

 そして、復讐するんだ──ノイズに。

 そのノイズを操るフィーネという女を殺す為に。

 

 わたしはその為に──母を、祖母を、日常を捨てた。

 

 

 ◆

 

 

「ん……」

 

 目が覚める。少し肌寒く感じ、外を見てみると雨が降っていた。

 それを見てわたしはもっと降れと、嫌なもの、わたしの感情、余計なもの、雑音を流して欲しいと思い……それは叶わない事だと口からため息が出る。

 簡単な食事を作り腹に入れ、その後は端末を見る。()()()から新たな情報が来ていないかチェックするが……特に無かった。いつも通り朝の挨拶と雑談がツラツラと書かれていて、わたしはそれに目を通す事なく端末のスイッチを消す。

 

(ノイズとフィーネの情報だけくれれば良いのに……)

 

 そう思い以前言ってみたが、聞き入れて貰う事は出来なかった。

 本当、人というのは自分勝手だ。

 ……本当に、そう思う。

 

「……」

 

 外出用の灰色のパーカーに着替え、外に出る。

 やる事が無いから、適当に買い出しに行っておこう。

 傘をさして雨になれた道路を歩く。しばらくすると人の気配がし、雑音が聞こえ始める。

 

「おかあさん。今日のご飯何?」

 

「え? それマジ? やば、ウケる」

 

「はい、申し訳ありません。すぐに向かいます。はい……はいっ」

 

「ブイ〜……ブイブイブイ!」

 

 日常の声が、なんて事無い会話が、わたしへの怨嗟の声に聞こえる。

 

 あの小さな子の声がわたしへと泣き叫ぶ声へと変わる。

 

 学生の言葉が、学校のかつて友達だった子の悪意ある言葉へと変わる。

 

 サラリーマンの謝罪の声が、わたしへの恨みの声へと変わる。

 

 実際は違うのだろう。あの人たちはわたしに意識を向けていない。ただ自分たちの日常に居るだけ。おかしいのはわたしだけだ。

 でも、どうしても聞こえないはずの声が、言葉が……悪意が胸の奥から聞こえてくる。

 苦しい。

 辛い。

 頭がおかしくなりそうだ。

 

 ──生きるのを諦めるな! 

 

 死の淵に立ち、目を開けた時、あの言葉はわたしを支える祝福の言葉だった。

 

 でも、こうして地獄にいる今、あの言葉は呪いへと変わった。

 

 あの言葉で己の命を捨てる事をせず、だからこそわたしを苦しみ続ける。

 だからわたしは恨む。

 わたしだけ殺さなかったノイズを。

 地獄に突き落としたフィーネなる者を。

 

「……っ」

 

 ギリっと奥歯を噛み締める。怒りが湧き上がり、イライラする。

 やっぱり外に出るんじゃなかった。余計な事を考えてしまう。

 さっさと買い物を済まして家に帰ろうと歩を早め──。

 

 ノイズの出現を知らせる警報が鳴った。

 

「こ、これは!?」

「もしかして、ノイズ!?」

「ママー! こわいよー!」

 

 警報を聞いた人たちは恐怖の声を上げて、速やかにシェルターに向かう。

 日常が崩れ非日常が、みんなの平穏を犯し尽くす。

 それは、わたしにとって許し難い事で。

 だからこそわたしは人の波に逆らって突き進む。

 

「っ! ちょっとあなた!」

 

 途中、大人の女性がすれ違い様にわたしの腕を掴んだ。

 ふんわりと香ばしく美味しい匂いがした。何か焼き物の飲食店で働いているのだろうか。

 ぼんやりそんな事を考え、しかしすぐに無駄な考えを振り払い、掴まれている腕も振り払う。

 

「邪魔しないで」

「何言ってんだい! そっちはノイズが出ているんだよ!?」

 

 危ないから一緒に逃げよう! 

 そんな言葉を聞き流しながら、わたしは気にせず歩き続ける。

 

 声が聞こえなくなり、人も居なくなり、目の前にはノイズが。

 胸に怒りが燃え上がる。歌が浮かび上がる。──こいつらを壊す為の力が湧き上がる……! 

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 変わる。

 心が、胸が、体が熱くなる。

 わたしが──化け物になる。

 着ていた服が消え、ノイズを壊すための拳と鎧が現れる。

 

 開かれた拳をグッと握りしめ、眼前の敵を睨み付ける。

 

「──行くぞ」

 

 バチリと踏み締めた脚に電気が走り、雷のように駆ける。

 そして握り締めた拳に稲妻が迸り、そのままノイズに叩き付ける。すると拳が突き刺さったノイズはブルブルと震えて痛みに苦しんでいるかのよう。

 ああ、そうだ。もっと。もっと苦しめ……! 

 わたしが感じた苦しみはこんなもんじゃない……! 

 ズシャッと腕を引き抜き、灰と電気がチリチリと散る中、ギロリと次の獲物を睨み付ける。

 

「一匹も……残さない!」

 

 一歩踏み締める度に「バチン」とスパーク音が響き、わたしの拳が次々とノイズを壊していく。

 足りない。

 足りない……。

 足りない……! 

 ──足りない! 

 

 イライラする。胸の奥から次々と不快な感情が湧き出してくる。

 殺したい。壊したい気持ちがどんどん溢れて、その感情に従って殺し、壊し、この世から消し去っているのに、イライラが止まらない! 

 

「──あああああああ!!」

 

 その燻りを晴らすために、体の中に渦巻く力を高め、解放していく。

 バチバチと体中から電気が溢れ出し、それを目の前のノイズ達に放つ。

 

──我流・雷塵翔來

 

 ノイズがまるで避雷針かのように、わたしが放出した電気が直撃していく。

 ただ、これをやると確かにたくさんのノイズを倒せて多少胸の奥がスッキリするが、同時に気怠さが来る。

 だからわたしはノイズをすべて一掃できるタイミングでしか使わないようにしている。

 ……協力者もグチグチと嫌味を言ってくるし。

 

 ──だけど、今日はミスをしてしまったようだ。

 

 

 

「──ブウウウウウウウイ!?」

「っ!?」

 

 鳴き声……? 違う、悲鳴だ! 

 へんてこですぐに認識できなかったけど、声のした方を見れば、ノイズが路地裏へと走り去っていく姿が見えた。

 わたしから逃げた、のではない。

 悲鳴の主を追いかけたんだ。

 このままではノイズに殺されてしまう。

 助け──。

 

『人殺し』『金の亡者』『死ぬべき存在』

 

「──……っ」

 

 動かしかけた脚が止まる。

 あの時の事を思い出し、手を差し伸べても……意味がないと思ってしまう。

 そうだ。わたしだって、助けて貰えなかったんだ。

 だから、わたしが助けなくても……。

 それに、化け物のわたしが助けたってどうせ──。

 

「ブーーーーイ!! ブイブーーーイ!!」

「──ああ、もう!」

 

 ああ、そうだ。わたしは世界によって独りにさせられた。

 ならば初めから独りで居たい。もう誰にも頼らない。心を開かない。期待しない。

 

 だからこそ、わたしは悲鳴の元に向かう。

 わたしはノイズが憎い。だから壊す。

 その過程で誰かが助かろうが、どうでもいい。わたしには関係ない。

 人のためはなく、わたしのためにこの拳を握り締める! 

 

 路地裏に入り、駆ける。

 幸いにもノイズにはすぐに追いついた。耳に響く、妙に聞き慣れた悲鳴も聞こえる。

 どうやらしぶとく生き残っているらしい。……わたしには関係ないけど。

 

「はっ!」

 

 無防備に背中を晒しているノイズに拳を叩き込む。

 灰になって消え失せ、わたしは他のノイズにも拳を繰り出した。ジッと何か(恐らく悲鳴を上げていた誰か)を見つめて動かなかったので、すぐに全滅させる事ができた。

 やっぱり倒しても心は晴れない。

 でも、誰かを救えたという気持ちが──。

 そこまで考えて頭を振る。

 余計な事を考えるな。期待をするな。

 わたしは化け物だ。独りなんだ。

 

「……」

 

 ノイズはもう居ない。わたしが此処から立ち去っても、もう誰かが死ぬ事はない。

 だからわたしは独り。

 八つ当たりが終わったのなら、さっさと人から離れるべきだ。

 

 そうしてわたしはいつものようにその場を立ち去ろうとして──。

 

「──ブイ!」

 

 何かがわたしの肩に乗っかった。

 ズッシリと確かな重さを感じた。

 だけど、それ以上に──。

 

 

 温かった。

 

「ブイブイ、ブーイ!」

 

 耳元で聞こえるその声は、先ほどノイズに襲われていた時に聞こえていた声だ。

 しかしこうして間近で聞いて、初めてわたしは違和感を感じた。

 明らかに動物の鳴き声なのに、わたしは()として認識している。

 顔を横に向け、わたしの肩に乗っている()()()を見る。

 

「ブイ!」

 

 リス……だろうか。いや、それにしては大きいし、鳴き声も妙だ。

 つぶらな瞳に茶色のふわふわとした毛並み。首元のクリーム色の毛が風に揺れる。

 

「……ブイ?」

 

 どうしたの? と言わんばかりに首を傾げ、それでもわたしとその生物の視線は交わったままだった。

 ……違う。わたしがこの子の瞳から目を離せないだけなんだ。

 だって。

 だって……。

 だって……! 

 

 だってこの目は、かつてわたしが失ったものと同じだったからだ。

 

 

 この日、わたし──立花響と。

 能天気で、図々しくて、馴れ馴れしい毛玉の未知の生物と初めて出会った。

 




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第二話「翳りと可能性と」

 ──気が付いたら、イーブイになっていた件について。

 

 いやはや参った参った。寝て起きたらこんなところにいて、しかもポケモンになっていた。

 さらに()()()()()()()()()()()()()ウルトラビーストが表れて、俺を襲うものだから困った。

 必死に逃げて、隠れて、やり過ごして。

 空腹に耐え、ゴミを漁って食い繋いで。

 なんか目がやばそうなホームレスに食われそうになったりして。

 

 そんな生活を一週間ほど続けて、警報と共に現れるウルトラビーストに捕まりかけて──彼女と出会った。

 変身ヒーローみたいな子で、実際俺を助けてくれたヒーロー。いやヒロインか? 

 とにかく嬉しかった。

 イーブイになってから碌な事無かったし、なんか黒服のお兄さん方が俺を捕えようとするし、かと思えばその黒服を薙ぎ払う物騒な白髪の女の子がまたもや俺を捕まえようとするしで。

 

 正直辛かった。

 

 だから、助けてくれた事が嬉しかった! 

 もっと保護してほしいなと思った! 

 あわよくば俺のご主人になって欲しいと思った! 

 俺が帰るまで、守ってほしい。

 

 だから俺は決めた。

 この愛くるしいイーブイボディをもふもふできる権利を対価に、この少女のペットになる事を! 

 

「ブイブイブ~イ」

 

 肩に乗りすり寄ってかわいい声を出す。

 ふふふ。女の子ならメロメロに違いない。

 現に女の子の手が俺に伸びて──。

 

「わたしに触れないで」

 

 その言葉と共にむんずと掴まれて、ポイッと不良が空き缶を捨てる如く俺を放り投げた。

 ……えええええええええええええ!? 

 

「ブイ!?」

 

 そのまま立ち去ろうとする女の子に、俺は必死になって追いかける! 

 なんで!? なんでイーブイボディにメロメロにならないの!? 

 というか見捨てないで! お願いします! 

 女の子の足元をウロチョロしながら抗議し続けると、女の子は立ち止まってため息を吐き、冷たい声で吐き捨てた。

 

「二つ、言うことがある。

 わたしは独りが良い。アンタが普通の動物と違うってのは何となくわかる」

 

 なんでか鳴き声で言いたいこと分かるし、と付け加える女の子。

 そーいえば普通に会話してますね。

 

「だからこそ、わたしはアンタのご主人にはならない」

 

 そして二つ目は、と言ってギロリとこちらを見る。

 おおん……怖い……。

 

「その声で、あざとい事しないで……!」

 

 その言葉を最後に、女の子は早足で歩き去っていく。

 俺は、女の子の「あざとい」にショックを受けて、真っ白に灰色になっていた……。

 

 なんかその言葉、胸に来るってばよ……。

 

 

 第二話「翳りと可能性と」

 

 

「もう……! 着いて来ないでって言ったでしょ……!」

 

 そんな事言われてもー。

 

 あの後結局俺は、諦めきれず女の子の後を追い続けた。

 最初は無視していた女の子だったが、次第にイライラし始めて俺に向かって何度も拒絶の言葉を投げかけている。

 怒鳴り散らすようなことはなかったが、ひんやりと冷たい眼差しが俺を射抜く。

 正直怖い。

 でも、何故か俺はこの子から離れる気がなかった。

 打算はもちろんある。

 しかし、それ以上に放っておけないんだよな……。

 怪我しているのを我慢しているツンデレ猫みたいなイメージ。

 そこまで考えたところで、ジトッと見られた。す、鋭い……! 

 

「だいたい、わたしは──」

 

 ──ジリリリリリリリ──ン……! 

 

「……!」

「ブイ!?」

 

 路地裏で電話の音!? 

 驚いてそちらを見てみれば、今時珍しい古風な固定電話がそこにあった。

 え??? どういう事??? 

 しかし女の子は何か知っているのか、初めは驚いた様子を見せたが、すぐに受話器を手に取った。

 ……なんだか凄く嫌そうな顔をしていたけど。

 

「……こっち使うって事は、聞かれたくない事?」

『その通りだよ、察しが良いね。聞かれる訳にはいかないからね、終わりの名を持つ巫女に』

 

 電話先の相手と話していた女の子の顔が険しくなり、感情を顕にする。

 

「まさか……見つけたのか!?」

『ある訳ないだろう、そんなおいしい話が。しかし君は運がいい、奴に辿り着くチャンスを得たのだから』

「チャンス……それって──」

 

 お、こっちを見た。

 いっえーい☆ かわいいイーブイちゃんですよー! 

 パチンとウインクして可愛い声で鳴いてみる。

 

 舌打ちされて視線切られた。

 つら。

 

『執着しているんだよ、フィーネは()()に。だから傍に置いておくと良い。復讐相手が来るまで』

「……」

『大事にするんだな、くれぐれも』

 

 話が終わったのか、女の子が受話器を置く。すると固定電話はサラサラと砂となって消えた。

 うーん……携帯電話の利便性に殺された固定電話の魂か何かだったのか? 携帯ができて公衆電話とかなくなったしな……。

 つまりあの女の子は成仏させた……? 

 変身ヒロインでありながら退魔師だったのか? 属性盛り過ぎ! 

 

「……なんか変な事考えているでしょ」

 

 ひょいっと俺を持ち上げて、またもやジトッとこちらに目を向ける女の子。

 や、やだなー。気のせいっすよ。

 口笛を吹いて(吹けてない)誤魔化す。

 

「とりあえず、アンタのご主人にはならないけど、わたしの家に来てもらうから」

 

 マジか。

 なんでいきなり言ってること変わっているの? 

 でもいっかー! 

 やったー! これでホームレスに食べられる恐怖から脱却できるぞー! 

 

「……なにそれ」

 

 知らん。でもあいつら煮込めばいけるって言ってたよ。

 おー、こわいこわい。

 何はともあれよろしく! えっと、名前は……。

 

「……響」

 

 響ちゃんね! オッケー覚えた! 

 可愛い名前だ! 

 

「っ……それで、アンタの名前は?」

 

 ……? 今一瞬響ちゃんの顔が──って、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!? 

 持っている所グニグニしないで!? ジッとこっち見て無言で擽らないで!? 

 

 しばらくして擽るのをやめてくれた。死ぬかと思った。こうげきとぼうぎょ下がったわ。

 さって、名前だけど……イーブイは種族名だとして、俺の名前は──分かんね。

 

「分からない」

 

 うむ。この体になる前は人間だったことは覚えているけどそれだけだ。

 どんな生活をしていたのか。仕事をしていた社会人なのか。学生だったのか。

 恋人はいたのか。家族はいたのか。

 そのあたりの事がごっそりと抜け落ちている。

 でも、「帰らなくてはいけない」という事は覚えている。

 

「……」

 

 その事を伝えると、響ちゃんは黙り込んでしまった。

 というか通じている? 大丈夫? 

 心配しているとグアッと視界が上がり、クルリと回り、スッポリと何かに収まる。

 これは……響ちゃんのパーカーのフードに入れられた。

 前足で響ちゃんの肩に掴まり、落ちないようにする。

 

「……名前が無いなら、適当に決めて。あと、アンタが見られたら色々と面倒そうだからジッとしていて」

 

 そうすれば、アンタに似合わなそうなその顔見なくて済む。

 その言葉を最後に彼女は何も言わず、歩き始めた。

 ……そっか。自分では気づいていなかったけど、俺色々と限界だったのか……。

 

「……雨、よく降っている。こんなに雨降っていると、パーカーの中まで濡れちゃうな──わたしは気にしないけど」

 

 前からそんなそっけなくて、でも優しい言葉が聞こえて──雨が零れ落ちた。

 胸が晴れるまで、雨は降り続けた。

 

「……」

 

 

 

 ……む、響ちゃんって結構甘い匂──。

 

「……淫獣っ」

 

 首のところガッてされた。

 痛い……。

 

 

 

 

 響ちゃんの家に帰る途中、コンビニに寄る事になった。

 元々買い物に出掛けた際に、ノイズが現れて(どうやらUBじゃないみたい)、俺を見つけてさっき電話で話した協力者の指示で引き取ることになったとの事。

 その人はいい人だね! と言ったら即答で否定されてあいつは人でなしだと断言された。

 ご主人の……交友関係が……こおりタイプです。

 何を協力しているの? って聞いたけど答えてくれなかった。

 あまり深追いすると傷つけそうだから、それ以上は聞かない事にした。

 

 立ち寄ったコンビニでどんな物が食べられるのか聞かれたので、感覚に従って人と同じものだと答える。犬猫の缶詰はどうか? と聞かれた際は全力で断った。……なんでだろう? 

 そしてケチャップを見て、何故か悲しい気持ちになった。……なんでだろう? 

 

 響ちゃんが適当に買い物かごに入れていく中、ふと響ちゃんがあるものをジッと見つめていた。

 どうしたんだろう? と思っていると珍しく響ちゃんから話しかけてきた。

 周りの目を気にしてか、基本俺に話しかけてこず、俺が話しかけて嫌々会話してたからね! へっ、なつき度稼ぎに難航しそうだぁ! 

 

「アンタの名前、今思いついたんだけど」

 

 と思ったらそうでもなさそうだ。

 へへへ……! ツンツングレグレしていて「あれ? イーブイの可愛さ通じてない?」って思っていたけど、響ちゃんもなんだかんだ女の子だな~。このイーブイボディにデレデレじゃないか~。

 

「……」

 

 んで、俺の名前思いついたって話だけど何ですか? 俺ちん気になるなー。

 

「……コマチ」

 

 こ、コマチ……? 

 

「なに? 文句あるの?」

 

 い、いえ文句ある訳ではないのですが……。

 

「じゃあ、決定ね。アンタは今日からコマチ」

 

 わ、分かりました……。

 コマチかー。イーブイのボディでコマチかー。

 いや、別に嫌じゃないけど気になるっていうか──ってあれ? 

 ふと響ちゃんの買い物かごを見て首を傾げた。

 ごはんが好きなのか、お米をたくさん買っている。それはまあ、良いとして。

 そのお米の名前が問題なのだ。

 秋□小町、と書かれていた……。

 ……。

 ……響ちゃん、一つ質問があるのですが。

 

「……」

 

 俺の名前、何を見て思いついたの……? 

 

「……」

「いらっしゃせー」

 

 ちょっと響ちゃん聞こえてる!? 

 ねえ響ちゃん聞こえてる? ねえ! 

 いやポイントカードありますじゃなくてさ! 

 レシートいらないですじゃなくてさ! 

 箸一つで良いですって、俺のは!? 

 あ! 今イーブイだから要らないね! 四足歩行だし! コマチ四足だし! ってやかましいわ! 

 響ちゃん! 響ちゃ────ん!! 

 

 

 結局、家に帰るまで響ちゃんに無視され続けて、俺の名前は【コマチ】に決定された。

 

 

 

 ……この決め方、コマチ的にポイント低い! 

 

 やはり俺の名前の決め方は間違っている。

 そう思ってしまう俺だった。目が濁りそう。

 

 

 

 

 家に帰って響ちゃんの握ったおにぎり食べたらどうでもよくなった。

 おにぎりうめえ! ごはん&ごはん!! 

 銀皿に映った俺の目はキラキラしていた。ごはん美味しいから仕方ないよね! 

 

「単純……」

 

 あーーーー、きこえないきこえないー。

 

 

 

 

 



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第三話「           」

 ピクリ、と自分の耳が動くのを感じ、それと共に意識が覚醒する。閉じていた目を開けて体を起こし、ぐ〜っと全身を伸ばしながら欠伸をする。

 体に掛かっていたタオルを口を使って畳み(ぐちゃぐちゃ)、少し開いている襖を開ける。すると太陽の光が全身を駆け抜けた。つまり眩しい。

 

「ブ〜イ……」

 

 俺は、寝所として使わせて貰っている押し入れからぴょんっと飛び降り、洗面所に向かう。そこで水を出して顔を洗って眠気を吹き飛ばす。

 んー、サッパリ! 

 ふんわり柔らかいお日様の匂いがするタオルで顔を拭く。なんでかこのタオル好きなんだよなー。いい匂い。

 

 スッキリした俺はご主人……は否定されているから、家主かな……とりあえず家主である響ちゃんを起こすべく彼女の部屋に向かった。

 イーブイボディを駆使して扉を開き、中に入る。

 

「ブーイ!」

 

 おっはよー! 響ちゃん、朝だよー! 

 って……あら……? 

 

「……なに?」

 

 やっぱりもう起きてた……。

 俺が起こしに行く度に、響ちゃんは既に起きている。最初は気にしていなかったんだ。

 早起きだなー、くらいにしか思っていなかった。でも違ったんだ。

 響ちゃんは早起きという訳ではなく、正確には──。

 

「ブーイ……ブイブイ……」

 

 響ちゃん、()()()寝ていないんだね……。

 

「……別に。ちゃんと寝てるよ」

 

 響ちゃんはこう言うが、目の下に薄らとある隈で分かる。

 彼女は寝ていない。いや、正確には眠る事ができない、が正しい。

 目を閉じて横になってはいるけど、すぐに悪夢を見て飛び起きているのをこの前見た。

 ……よっぽど酷い夢なんだろう。その時に口に出していた言葉が、誰かを呼ぶ声が、普段の彼女とは思えないほど弱々しかった。

 ──いや、普段も強くないな。

 独りでいる為に強がっているだけなんだ。

 

 だから俺は今日も彼女に構う。

 

「ブイブーイ!」

「……アンタを枕にしたら熟睡? ──冗談じゃ無い」

 

 獣臭くて寝れないよ。

 そう言って響ちゃんはご飯を作る為に部屋を出てキッチンに向かった。

 俺は響ちゃんから放たれた一撃に、倒れ伏していた。

 臭くねーもん。ちゃんと風呂入っているもん。清潔に保っているもん。

 シクシク泣きながら、俺もキッチンに向かった。

 

 響ちゃんの所に厄介になって数週間。

 俺たちの1日はこうして始まるのであった。

 それが、新しい日常。

 

 

 第三話「だからこそ/だとしても

 

 

 響ちゃんは一人暮らしをしていて自炊ができる。

 本人曰く最低限の物しか作れないとの事だが、俺からしたら十分に美味しい! 

 それに! 

 

「ブーイ!!」

「……美味しそうに食べるね」

 

 そりゃあ美味しいからだよ! 

 響ちゃんの手で握られたおむすびに、さらに盛られたご飯! 

 味噌汁! 漬物! 目玉焼き! 

 ザ・朝食って感じで凄く美味しいんだよね! 

 ちなみに響ちゃんは俺の三倍の量を食べていらっしゃる。ノイズと戦うからエネルギーが必要なのかなー? 

 でも食べすぎると太──。

 

「何か言った」

 

 いえ、何も言ってないです! 

 余計な事を考えずにモグモグ食べる事にする。

 うめー! ご飯&ごはーん! 

 

「……アンタは変だと思わないんだね」

 

 何がでしょうか? 

 

「そのご飯&ご飯……昔、頭がおかしいと言われた」

 

 うーん。まあ美味しいし、好きだから良いと思う! 

 響ちゃんも好きなんでしょ? ご飯&ご飯! 

 

「……まあ、嫌いでは、ない……」

 

 じゃあ好きって事ね! 

 だったら良いじゃない! 好きな物いっぱい食べれば! 

 それにお腹空いてたら嫌な事ばかり考えちゃうから、食べて食べて頭の中スッキリしよう! 

 

「……世の中アンタみたいに能天気なら良かったのかもね」

 

 褒められた! ありがとう! 

 

「……ほんと、単純」

 

 えへへへ……。

 嬉しくなった俺はテンションのままおかわりを三回した。

 お腹膨れて苦しくて動けなくなった。

 タスケテ……タスケテ……。

 

「自業自得」

 

 セカイ……ホロボス……。

 

「本当に単純……」

 

 呆れ切った響ちゃんの声が、パンパンに膨れた俺の腹に響いた。

 

 

 ◆

 

 

 響ちゃん外に行こー! 

 

「いや。行くなら一人で行って」

 

 うん分かったー! 

 

「……え?」

 

 

 

 

 さて。

 許可を貰ったので腹ごなしに外に出ることにした。

 毎回響ちゃんを誘っているんだけど、その度に断られるんだよね。

 元々外に出るのも最低限だし(買い出しとノイズ殲滅のみ)。

 テレビも新聞も無いから、とことん外の世界と関わり合いたくないみたい。たまに掛かってくる電話も、響ちゃん曰くヒトデナシの人くらいだし。

 

 そうこうしているうちに街に到着! 

 最初はなるべく隠れているようにしていたけど、最近は割と堂々と歩いている。何故なら、この街の人達は温かいからだ。

 

「あ! また見つけた! 相変わらずアニメに出てくるみたいな子だなー」

「今日もふわふわでナイスです!」

「よくわかんない生き物だけど、可愛いよね」

 

 学校に行く学生も。

 

「あー! ブイちゃんだ!」

「おい毛皮! 母ちゃんからクッキー貰ったからやるよ!」

 

 道ゆくちびっ子たちも。

 

「おや、今日も一人なのかい? たまにはご主人と寄ってきなよ!」

「今日も散歩かコマチ! これでも食っていけよ! 魚の切り身だ!」

 

 店のおっちゃんもおばちゃんも。

 みんなみんないい人だ。

 

「久しぶりだなー非常食」

 

 ただしホームレス。てめえはダメだ。

 まったく。こんなプリチーなイーブイを非常食にするなんてふてえ野郎だ! 

 これでも食らいな! 

 

「! め、飯!」

 

 商店街で貰った食べ物を投げつけた。するとホームレスは美味しそうにそれに飛び付いて食べ始める。

 まったく……それで勘弁してくれよな。

 

「ふう……すまなかったな」

 

 腹が満たされて正気に戻ったのか、謝ってくるホームレス。

 全く……大人がヘラヘラと。

 仕事見つけて食い繋いでくれよ。そして俺を食べようとするな。

 

「人間、極限状態になると何でも食べれそうになるんだ……」

 

 勘弁してくれよ……大丈夫か……? 

 

「ははは……へいき、へっちゃらさ」

 

 だと良いんだけどな……。

 俺はこちらに手を振るホームレスに尻尾を振りながら、その場を歩き去ることにした。

 

「……肉、食いたいな」

 

 ダッシュで走り去った。

 

 

 

 

 裏路地から逃げ出し、しばらくして息を吐く。

 そろそろお昼の時間だ。

 しかし家には帰らない。実は昼食は外で食べるのだ。

 俺はいつもの公園へと向かう。時間は既に12時。あの子、もう居るかも。

 その予想は当たっており、ブランコに俺が思い描いていた女の子が座っていた。

 走っていた勢いを利用して跳び、その女の子の膝に乗る。

 

「ブイ!」

「わっ、びっくりした」

 

 女の子は綺麗な銀色の長髪を驚きで揺らし、次に頬をプクリと膨らませて宝石のように綺麗な瞳をこちらに向ける。

 

「遅い……」

「ブイブイ!」

「また会っていたの……? あまり危ない人と会ったらダメだよ? コマチ」

 

 と、注意しながら女の子は俺を抱き上げてモフモフし始めた。

 

「はー……落ち着く……」

 

 今日も随分とストレスが溜まっていらっしゃる。

 また例のママと喧嘩でもしたのかな? 

 そう言うとムッとして俺の言葉を否定してきた。

 

「フィーネはママじゃない……わたしのママはママだけ」

 

 素直じゃないなー。

 でもそのフィーネって人も君の事を想って厳しいと思うんだけどなー。

 

「でも口うるさい……女の子はおしとやかにって。部屋はしっかり整理整頓……一人称はオレじゃなくてわたし……。小動物に手荒な扱いをしない……。

 今思い出しても厳しすぎる」

 

 でも、好きなんでしょ? 

 

「……」

 

 無言でペチペチと頬を叩いてくる女の子。

 あざといわー。やっぱりこの子あざといわー。

 ニマニマしていると、モフモフはもう気が済んだのか、俺を抱えてベンチに移動し、鞄から弁当箱を取り出してくる。

 

「ブイ!」

 

 弁当から食欲を刺激する匂いがする

 んー、美味そうだ〜! 

 涎をダラダラ垂れ流しながら尻尾をぶんぶん振ってしまう。止まらない! 辞められない! 女の子は仕方がないと苦笑して弁当箱から唐揚げを取り出すと、こちらに差し出す。

 

「はい、あーん」

「ブー……ング」

 

 口の中に入れられたモノをよく噛んで味わう。

 むむむ! これは、前回よりも良い感じにカラッと揚げられている……! つまり美味しい! 

 腕を上げたな、銀髪の女の子! 

 

「ふふふ。ありがとう」

 

 嬉しそうな表情を浮かべながら、次のおかずを差し出す女の子。

 俺はそれにパクつく。

 うめうめ。

 これならフィーネママを見返せるぜ! 

 

「……うん」

 

 じゃあ、そろそろ名前を……。

 

「ごめんなさい」

 

 また振られた! 

 

「……フィーネがダメって」

 

 愛されてますね〜。

 っとお弁当も食べ終わったな。

 俺は女の子の膝から降りて一鳴きする。

 

「うん。今日もありがとう。また、明日ね」

 

 また明日! その言葉を最後に女の子と別れる。

 少し前にここで出会って続いている奇妙な関係。

 お弁当を食べて感想を言うポケモンと、毎日作って来て料理の腕を上達させようとするあざとい女の子。

 俺はこの時間が好きだった。

 んー、明日もまた楽しみだなー! 

 

「ブイ……」

 

 お腹いっぱいになって眠くなってきた……。

 それに、ポカポカする陽気でさらに──。

 

 

「ねえ、起きて」

「……ブイ?」

 

 優しく体を揺らされ、心地よく感じる声で目が覚めた。

 一つ欠伸をして、声のした方を見るとリボンをつけた黒髪の女の子がこちらを見ていた。

 

「こんな所で寝ていると風邪引いちゃうよ?」

 

 そこまで言って女の子は不思議そうに首を傾げる。

 

「……あれ? 何でわたしこんな事……」

 

 どうやら自分の行動に疑問に思っているようである。

 まあ、俺イーブイだし。寝ている動物普通起こさないよな……とぼんやりした頭で考える。

 

「ブイ!」

 

 とりあえずお礼を言うために、前足を上げて鳴いてみる。

 すると女の子は酷く驚いた顔をした後、こちらの頭を優しく撫でながら誰かの名前を口にした。聞こえなかったけど、大切な人なんだろうな。だって、凄く辛そうな表情を浮かべていたから。

 

「放っておけなかったんだ……」

「ブイ」

「……ううん。何でもない。わたし帰るけど、君は──」

「ブイ!」

「……そう。気をつけて帰ってね?」

 

 起こしてくれた少女と別れ、俺は響ちゃんの家に向かう。

 夕方になる前に帰る予定だったのだが、

 それにしてもさっきの子の手、気持ちよかったなー。まるで陽だまりみたいだ。今日初めて会ったから、普段はこの街に居ないはず。つまりレアキャラだ! 

 

 って、そんなことより早く門限までに帰らないと怒られちゃう。

 うおおおおおお! 高速移動だ! 

 

 

「……っ!?」

「どうした奏?」

「いや……何でもない、気のせいだ」

 

(今一瞬光彦が居た気がしたが──あり得ない。

 だって、あいつは死んだ……。

 いや、違う。あたしが──殺したんだ)

 

 ──両翼は、失った光と出会うこと能わず。

 

 

 ◆

 

 

 いやー! 今日も楽しかった! それに会う人がみんないい人! 

 以前の生活だとあり得なかった事だ! 

 これも響ちゃんと出会ってからだ! もしかして響ちゃんの人徳の為せる技かなー? 

 

「そんな訳ないじゃん。それにおだてても門限過ぎた事は無くならないから」

 

 ひんひん。おかず一個奪取能わず〜。

 でも割と本気でそう思っているけどね。

 

「──あり得ないよ。だって」

 

 わたしは、もう人を信じないから。

 明らかな拒絶を持ってそう答える響ちゃん。

 俺は、彼女の言葉にどう応えようか考え。

 

 ノイズ発生を知らせる警報が鳴り響いた。

 

「っ!!」

 

 途端、響ちゃんは目つきを鋭くさせて立ち上がると、外へと飛び出した。

 俺も慌てて追いかける。

 ……やっぱり苦手だ。響ちゃんのあの目は。

 ノイズを憎み、そして押し隠す悲しみと寂しさを怒りで燃やすあの目。

 アレだけは──ダメだ。

 

 俺が追いついた時には、既に響ちゃんは変身してノイズを次々と倒していた。

 街の人達は既に逃げたみたい。

 これなら誰かが被害に遭う事はない。

 問題は……。

 

「おおおおおおお!!」

 

 怒りと憎しみで拳を奮っている響ちゃんだ。

 破竹の勢いで殲滅しているけど、いつ見ても危なっかしいな……。

 身体能力でゴリ押しできる相手だからいいけど、それでも数が多いから不意打ち──って!? 

 

「ブイ!」

 

 危ない! 

 突然響ちゃんの背後に現れたノイズが、彼女を攻撃しようとしていた。

 響ちゃんはそれに気付いていない。危惧していたシチュエーションが起きてしまった。

 俺は素早く駆け出し、響ちゃんの背後に回って──ノイズの一撃をその身で受けた。

 

「っ!? コマ──」

「ブ……ブイ!!」

 

 意外と重い一撃に思わず顔を顰めるが、すぐに反撃に移る。

 シャドーボールを形成し、発射。ゼロ距離により威力命中共に最大限に発揮できた。

 灰となって消えるノイズを見送り、ホッと息を吐いて響ちゃんの方へ振り向き……。

 

「なにを……してる!?」

 

 ──感情を顕にした響ちゃんに怒鳴られた。

 ひ、響ちゃん……!? 

 予想外の反応に思わず戸惑っていると、彼女は残りのノイズを叩き潰しながら叫ぶ。

 

「誰が助けてくれと頼んだ! わたしはこいつらに殺される事はない!」

 

 で、でも怪我はするかもしれないし……。

 だから守るのは当然──。

 

「──守る? ふざけるな!!」

 

 全てのノイズを蹴散らした響ちゃんはこちらを見た。

 ノイズに向ける瞳と同じものを俺に向けて。

 

「わたしが……わたしが一番守って欲しい時に、誰もわたしを守ってくれなかった! 助けてくれなかった!」

 

 支離滅裂な言葉。少し考えれば、俺に言っても仕方のない事を響ちゃんは言っている。

 だが、俺はその言葉をおかしいと思わなかった。否定することができなかった。

 だって。

 俺は今初めて──彼女の心に触れたと理解したから。

 

「期待したくない……! 光に焦がれて、この身を焼いて痛い思いをするのなら──」

 

 これは──彼女の悲鳴だ。

 

「一生闇の中で良い。独りで良い」

 

 彼女は己以外を否定する。傷つかないように。

 

「──だからこそ」

 

 ──だとしても。

 

「──もう、あんな思いをしたくないんだ」

 

 ──もう、そんな思いをさせない為に。

 

「わたしはもう救われないで良い」

 

 この子を、俺は絶対に助ける。

 

 

 

 第三話「だからこそ/だとしても」

 

 



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第四話「戦場ですれ違う」

「変わらないね、昔から」

 

 湯船に漬かり、ワインを飲みながらその男は眺める。まるでその光景が肴と言わんばかりに。

 

『ブイブーイ!』

『……』

『ブイブイブイブイブイ!』

『邪魔』

 

 一人の少女に纏わり付く小動物と、それを押し除ける少女。

 以前の仲違いから一月。一人と一匹の距離は縮まるどころか、どんどん離れているように見えた。

 いや、正確には少女が一方的に距離を取ろうとしている。

 このままでは彼らの関係は悪化し、少女は暴走してしまうのかもしれない。

 

 それは男にとって──願ってもいない事だった。

 

「そろそろするとしようか、テコ入れを」

 

 男はそう言うと──自分の部下に命じた。

 二課からの情報網に、餌を投げろと。

 

 

 第四話「戦場ですれ違う」

 

 

『ピカチュウ、チャア〜』

 

 ……よう、光彦。今日も起こしてくれたのか? 

 でもなあ、やっぱりこの瞼開くの嫌なんだ。

 此処なら……夢の中なら、お前とこうして触れ合うことができる。

 ほら、この肌触り……記憶に残っているのと同じだ。

 

『ピ!』

 

 ……ははは。それでも起きろってお前は言うんだな。

 歌を歌えって。戦えって。……みんなを守れって。

 

 でもよお、光彦。あたしにそんな資格あると思うか? 

 大切な人を殺して、のうのうと生き残っているあたしがさ。

 

『ピカ、チュ!』

 

 ……やっぱりお前は凄いよ。

 分かった。翼と一緒に頑張る。

 だからさ──。

 

 

 もうちょっとだけ、このまま──。

 

 

 

 

「……」

 

 虚空に突き出していた手を、下ろす。

 触れようとした手は、虚しく空を切り……どうしようもなく、現実にあいつは居なくて、あたしが殺してしまった事を突きつける。

 そのことが辛くて、超えられなくて、信じたくなくて。

 あたしはいつものように突き出していた腕で目元を覆い。

 

「光彦……」

 

 失ってしまった家族の名を呼んだ。

 しかし、あの時のように、あたしにすり寄ってくるあざとい声は聞こえなかった。

 

 

 ◆

 

 

「おはよう! 奏!」

「おー、おはよう翼」

 

 二課の食堂にて、奏は翼と朝食を摂っていた。

()()()から彼女たちは必ず一緒に過ごしている。あの事件により二人の距離は皮肉にも縮まっていた。

 そして、変化には他にもある。

 

「……奏、体壊すぞ」

「あ。悪い悪い」

 

 献立は変化がない。しかし、奏はあの日以来ケチャップを多用するようになった。

 正直正面に座っている翼は口の中が酸っぱくなるから勘弁して欲しいと思っている。しかし、その事をズバッと言う事はできなかった。

 何故なら……。

 

「この味さ……アイツのことを思い出してホッとするんだ」

「初めは酸っぱくて食えたもんじゃなかったけど……もっと寄り添っていれば良かったな……」

 

 かつて此処にはもう一匹、両翼に寄り添う暖かな雷光が居た。

 ずっと一緒に居られると思っていた。だからこそ、彼を喪失した彼女たちは何かで補おうとする。

 奏は彼と同じことをしようとして、翼はぬいぐるみをたくさん買って。

 頭ではこんなことをしても意味がないと分かっているが──それでも彼女たちは、未だに乗り越えることができない。

 

「……とにかく外では我慢してくれよ。天羽奏がケチャラーだったなんて知ったファンがなんて言うか」

「……王子様と慕っている翼のファンが、実はぬいぐるみで部屋を埋め尽くす可愛い物好きって知れたらどうなるかな?」

「……」

「……」

「奏ええええ!!」

「翼ああああ!!」

 

 そしてもう一つ変わった事がある。

 二人は、以前よりも喧嘩をするようになった。

 姉妹のように仲良く。

 

 

 ◆

 

 

 弦十郎の拳骨により喧嘩両成敗され、発令所に連れてこられた二人はそのままミーティングに参加させられた。

 今回の議題は、ノイズを討伐する謎の勢力について。

 

「ノイズは確実に発生しているのですが、すぐに沈黙させられています」

「戦闘痕がある事から、何者かが戦っているのは確かなのですが……」

 

 

 オペレーター組の言う通り、存在自体は把握することができている。

 しかし隠蔽能力が普通ではない。

 レーダーにも監視モニターにも映らず、装者を急行させても影すら掴むことができず。

 何かしらの組織の力が働いているのでは? と警戒していた相手。

 

「しかし今回、唯一の手掛かりと言えるものを手に入れた。緒川」

「はい。今回調査部の方で手に入れたのは、ノイズと戦っていると思われる人物の影。それがこちらです」

 

 弦十郎から説明を引き継いだ緒川は、モニターを操作して一つの映像を出した。

 酷く映像が乱れている。

 特に画面中央に映し出されている人物は何かしらの手段を用いたのか、その全容が掴めない。モザイクが掛かり、男性なのか女性なのか分からない。

 

 ──が。

 

「……これは」

「リス? それにしては大きいですね」

 

 オペレーター組の視線の先にあるのは──コマチ。

 徹底的に隠蔽された映像の中で、唯一コマチだけがその姿を見ることができた。

 しかも見る限り、誰かと一緒にノイズと戦っているようだ。

 その姿はまるで──。

 

「──旦那、これって……!」

「ああ。詳しい分析はできていないが──光彦くんと同種の存在と見て良い」

「光彦……」

 

 ツヴァイウィングの二人に影が差す。

 一年前に起きたライブ事件。あの日に失ったものはあまりにも多く、そして大きかった。

 そしてそれは彼女たちだけではなく、二課スタッフの皆もそうだった。彼らもまた、光彦の力で救出されており、もし彼が居なければもっと多くのスタッフの命が失われていたに違いない。

 黙って話を聞いている了子もまた、人知れず唇を噛んだ。血が垂れるが気にする素振りはない。

 空気が重くなるなか、緒川は勤めて冷静に報告を続ける。

 

「背景を見る限り、二課本部からそう離れていません。しかし、我々がノイズの発生を探知してから急行するまでの時間内に殲滅、離脱をしている事から相手の戦闘能力の高さが伺えます」

「もしくは優れた何かしらの支援能力という点もあり得る」

「それじゃあいつものように逃げられてしまうんじゃないのか?」

 

 翼の疑問に、緒川はそこが今回の議題の中心だと答えた。

 

「翼さんの言う通りですが、今回のこの映像の入手により状況の進展が見られました」

「進展」

「はい。調査したところ、この光彦さんと同種と思われる存在。どうやら街の人と交流があるらしく可愛がられているようでした」

 

 子どもと遊んだり、商店街の方から食べ物を貰ったりしているそうです、と緒川は付け加える。

 それを聞いて奏は光彦も外に連れ出せば、もしかしたらそうなっていたのかもしれないと考え、違和感に気づく。

 

「ん? そんなに有名なら何で二課の調査網に引っ掛からなかったんだ?」

「……おそらく何者かが情報の隠蔽工作を行なっているかと。そして、この映像を送ってきた【イヴ】と名乗る者は──」

「──つまり私たちに対する挑発って訳ね」

 

 不機嫌そうに放たれた了子の言葉が、全てを表していた。

 そしてその挑発は果たして二課に対して、はたまた──。

 

「とりあえず、街に監視の目を張らせています。何か動きがあればすぐにでも──」

 

 ──PPPPPPPP。

 

 緒川の言葉を遮るように、彼の端末に着信音が鳴り響く。

 

「はい、緒川です……え? 見つけた? どこで? ……お好み焼き?」

 

 緒川の気の抜けた声が、発令室に響いた。

 

 

 ◆

 

 

 おばちゃん、ありがとう! 

 

「じゃあね〜。また来るんだよ」

 

 お腹をたぷんたぷんにさせながら、フラワーを後にする。

 ご飯を食べ終わった後だから、少し心がポカポカする。

 ……でも、すぐに響ちゃんの事を思い出して、暗い気持ちになる。

 あれから彼女とは上手く行っていない。むしろ悪化している。

 以前はあった日常の会話が全く無くなってしまった。ご飯は作ってくれるし、住まわせてくれるけど。

 そして戦闘だけど……俺が戦おうとすると、それを全力で押し除けて倒していく。まるで俺はいらないと言わんばかりに……。

 

 このままだと響ちゃんは本当に独りになってしまう。

 どうにかしないと……。

 

「ブーイ……」

 

 それはそうと……。

 

「……」

「……」

「……」

 

 なんか、見られてね? 

 いや、いつも街の人に見られているけど視線が違うというかなんというか……。

 まるでポケモントレーナーに狙われている野生ポケモンの気分。

 幸いなのか、あのホームレスに非常食として見られる目とは違う事だろうか。

 そういえばアイツ、街変えてバイトするって言ってたな……。

 上手くやってんのかな。

 

「──光彦?」

 

 考え事をしていると、ふと声がした。

 そちらを向くと、こちらを揺れる瞳で見る一人の少女がいた。

 いや、この人知っているわ。街の広告でよく見かける。

 確か名前は……。

 

「ちょ、何してんだ奏!」

 

 そうそう奏だ奏。天羽奏だ。

 そしてそんな彼女を呼びながら駆け寄って来るのは風鳴翼だ! 

 ホエー。ツヴァイウィングがこんな所に……。

 

「いや、悪い……でも、こいつ……」

 

 ……? 何だか、この人様子が変だ。

 すごく、悲しそう。

 後ろの翼さんも、目の前の奏さんほどじゃないけど動揺している。

 

 奏さんは、震える手でこちらに伸ばし……。

 

「アイツに……光彦に──」

 

 ──触れる直前、警報が鳴り響いた。

 

「! ノイズが……来る!」

 

 奏さんが目つきを鋭くさせて空を見る。

 その視線の先には確かに飛行型ノイズが現れていた。

 警報を聞いた街の人たちはシェルターに向かう。しかし、ツヴァイウィングの二人は逃げる素振りを見せず、胸元のペンダントを握り締めて──歌った。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 その歌を聞いて、俺は胸の奥が熱くなった。

 俺は、この歌を……知っている? 

 

「行くぞ、翼!」

「ああ! 奏!」

 

 二人はそれぞれの武器を手に、現れたノイズに立ち向かった。

 剣で、槍で、人に仇なす人類の天敵を葬っていく。

 彼女たちの姿、そしてこの力って……もしかして響ちゃんと同じ──。

 

「──光彦、後ろだ!!」

 

 突如、奏さんがこちらを見て叫んだ。

 光彦? 誰かと勘違いしている? 

 そう思いつつも後ろを振り返る。

 ノイズがいた。相変わらずプギョプギョ言ってる。腕らしき箇所を掲げて殴ろうとしてる。

 ひとまず「まもる」を使って……。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 歌が聞こえた。いつ聞いても悲しい歌が──空から。

 俺が見上げると同時に、それは勢いよく目の前のノイズに拳を叩き付けて──轟音。

 砂塵が舞い、その奥からバチバチと紫電が迸る。

 ……どうやら、今日も迅く此処に来るために電気の力を使ったようだ。

 ノイズをブチのめした腕を振り払うと、ビュオッっと風が吹く。そして中から現れるのは響ちゃん。

 相変わらず俺を冷たい目で見て、その後前を向き……驚きの表情を浮かべる。

 そしてそれは響ちゃんだけではなく、相手も同様で……。

 

「な……!? それは、奏と同じガングニール……!?」

 

 翼さんが、響ちゃんを見て信じられないと言わんばかりに呟く。

 ……やっぱり、響ちゃんの力は彼女と同じものなんだ。

 加えて、奏さんの纏っているものと響ちゃんのものはおそらく……。

 

 でも、今はそこが問題ではない。

 奏さんを見て、響ちゃんを見て思った。

 彼女たちを会わせたら──ダメだ、と。

 

「……お、前は……あの時の……」

 

 奏さんの瞳に浮かぶのは驚き、戸惑い、そして──後悔。

 

「──天羽……奏……!」

 

 そして響ちゃんの瞳に浮かぶ感情は──彼女に対する『   』という激情であった。

 



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第五話「堕涙」

 ──生きるのを諦めるな!

 

 この言葉のおかげで……この言葉のせいで、わたしは死の淵から這い上がり、生き地獄へと堕ちた。

 

 天羽奏。彼女を見ていると思い出す。あの日のライブの輝きを。壊れた日常を。

 彼女が居たからわたしは今日まで生きて来られた。死ぬ事が出来なかった。

 胸に浮かぶ歌と紫電。

 頭に浮かぶ呪いの言葉と痛み。

 ああ。やっぱりわたしは彼女を見る事ができない。

 

 街で彼女が変わらず歌い続けるのを見て、戦場で槍を振るい歌う姿を見て。

 

 わたしは、彼女の事を、天羽奏の事を──どうしても目を離せなくなる。

 この激情で気が狂いそうになりそうで。

 

 

第五話「堕涙」

 

 

「ガングニール……だとぉ!?」

 

 ターゲットに接触すると同時にノイズが発生し、戦闘を開始した二課。

 しかしすぐに現れた反応に驚きを顕にする。

 戦場に新たに現れたのは、天羽奏が振るう聖遺物と同じアウフヴァッヘン波形──ガングニールのもの。さらに映像越しに見える少女が纏うのは明らかにシンフォギア。

 どういう事だとその場に居た全員が疑問に思う。

 シンフォギアは櫻井了子の提唱する「櫻井理論」に基づき作れた対ノイズ戦の唯一の装備。

 本来なら二課のみが所有し、秘蔵されている筈だが──。

 

(彼女は何者……? いや、その背後にある組織は──)

 

 弦十郎の目には、未だ全容が見えておらず、背後の目つきを鋭くさせた了子の様子にも気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 ──忘れる筈がなかった。

 

 何故なら彼女は、奏が救う事ができなかった人間で、奏の家族が救った人間だからだ。

 いわば、光彦の形見。

 ノイズの魔の手から守り、奏の振るうガングニールの破片が胸を貫き、その傷を光彦が己の存在を以て塞いだ……繋ぎ止めた命。

 

 それが、戦場に居る。

 拳を構えて、こちらを目つき鋭く睨み付けている。

 

「……っ」

 

 バチリ、と軽い音が鳴った瞬間、奏の目の前には立花響が居た。

 

「奏!」

 

 翼が叫ぶが、既に響は拳を握り締めて振り被っていた。

 常識外れに速い。

 身体中に走る紫電とガングニールの力で、超高速移動を可能にしているのだろう。常人なら認識する事すら困難。

 奏の視界でスローモーションで動く響。

 彼女は殴られるのだろうか? と思い、当然の事だと納得した。

 奏はそのまま身を任せて拳を受け止めようとし──雷撃が彼女の横を通り過ぎた。そして、背後に居るノイズを消滅させた。

 衝撃で奏の長髪がぶわりと舞う。

 

「……!?」

 

 響は、まるで奏の事など眼中にないと言わんばかりにノイズに向かって拳を振るう。

 紫電を纏った拳が次々とその数を減らしていき、自ら大軍の中に突っ込んでいく。

 

「ブイ!」

 

 その後を追うのはコマチ。

 響の後ろに陣取り、彼女を背後から襲おうとするノイズを牽制、迎撃する。

 しかし……。

 

「邪魔」

 

 ヒョイッとコマチの首根っこを掴んで一言そう言うと、周りのノイズを破竹の勢いで蹴散らしていく。

 それを茫然と見ている奏の元に翼が駆け寄り、檄を飛ばす。

 

「奏! アイツの事が気になるのは分かるが、今はノイズだ!」

「! ああ。わかった」

 

 翼の言葉でようやく正気に戻った奏はアームドギアを振るい、響から離れた位置のノイズを狩っていく。

 結果的に、三人の装者の尽力によりノイズは全てチリと化した。

 戦場の後に残ったのは、響とコマチとツヴァイウィングの二人。

 ノイズがいない事を確認した響は、掴んでいたコマチを肩に乗せるとその場を立ち去ろうとし、奏に呼び止められる。

 

「待ってくれ!」

「……」

「アンタ……あの時の子、だろ?」

「……」

 

 反応がない。嫌な静粛だった。まるで嵐の前の静けさ。爆弾が爆発する寸前。

 それでも奏は言葉を紡ぐ。

 

「なんて言ったら良いのか正直分からない──でも、あたしはアンタのことを探していたんだ。ライブの後、アンタは──」

 

 

「生きるのを諦めるな」

 

 

「……! その言葉……」

「あなたが死にかけていたわたしを救った言葉……そして」

 

 ──今となっては呪いの言葉。

 

「……っ」

 

 響の昏い目が奏に向けられる。

 しかしその目には奏は映っておらず、別のものが映っていた。

 それは果たして……。

 

「その様子だと、わたしが……いや、ライブで()()()()()()()()()人たちがどんな目に遭っているのか知っているようですね……」

 

 二課はあの時の事故……否、事件により日本政府により責を問われていた。

 ネフシュタンの鎧の損失。大勢の一般人の死。

 しかし、とある男の尽力により、二課はなんとか存続し特殊災害対策機動部として首の皮一枚繋がった。

 つまり、その後に起きた世論による被害者の対策は設けられておらず、情報も回されず、行動も制限されていた。

 

 二課は尻拭いする機会を得られなかった。

 

 何もしなかったわけではない。しかし尽く後手に回り、誰もが己の無力さに拳を握り締めた。

 そして、奏の目の前にいる彼女もまた、その一人。

 

「何で助けてくれなかったんだって言いません。意味がないので」

「あたしは……」

「知ってます」

「え?」

「ヒトデナシ……いえ、協力者から情報は得ています。アナタがわたしを探していた事も。生き残った人たちの為に全国を回り、世論を何とか覆そうとした事も」

 

 それを聞いてなお、響は言った。

 

「──わたしは、生きていてはいけなかった。あの時死ぬべきだった」

「──」

「あなた達が何を言おうと、世間にとってわたしは、わたし達は加害者なんです。あの地獄を生き残ってしまった以上、死んだ人間を押し除けて生き残ってしまった以上、どんなに綺麗に、汚く生き残ってしまった以上、彼ら彼女らからしたら命を踏み躙った犯罪者。正義は彼ら。わたしにも、あなた達にも無い」

「──」

()()()()()わたしは生き延びるべきではなかった。死ぬべきだった……!」

 

 響は同じ事を言った。生き延びた者達に死ぬべきだと、卑怯者だと罵った彼らと同じ言葉を。

 故に奏は許せない。認められない。黙っていられない。

 その言葉を肯定してしまったら──彼女の家族の死は無意味となる。

 

「そんな事ない! お前は、生きていて良い! いや、生きなくちゃいけないんだ! そうでないと、お前を救った光彦が──」

「──そっか」

「……?」

「あの時わたしを救った人も……死んだんですね」

 

 ならば。

 

「やっぱり、居ない。わたしが一番苦しい時に助けてくれた人ももう居ない! むしろ、わたしが助かってしまったからその人が死んだ!

 

 わたしが死にたくないと思ったから!

 

 わたしが助けて欲しいと願ったから!

 

 だから、わたしは……もう手を伸ばせない。

 伸ばしちゃあいけない!

 わたしみたいな化け物が居ると、みんな不幸になる!

 だからわたしは──独りが良い!!」

 

 響はコマチに助けて欲しい時に助けて貰えなかったと叫んだ。

 そして今、奏に対して助けを求めてはいけなかったと叫んでいる。

 助けて貰えなかった。助かってはいけなかったと矛盾する言葉を吐き続けている。

 しかしそれは同時に、響が助けて欲しいと思い、同時に周りの人間に不幸になる事を嫌っている事を示している。

 彼女は元々性格が明るく、仲の良い親友と当たり前な日常を笑顔で過ごす、そんなどこにでも居る少女だった。

 ……だからこそ、彼女は独りになる事を選んだ。

 人を、温もりを求めて、その温もりを壊さないように。

 

 ──だが、それを認められない者がいる。

 

「ブイ、ブーイ!」

 

 コマチだった。

 コマチは鳴き声を上げながら、前足でペチペチと響の頬を叩いた。

 

「ブイブイブーイ。ブイブイブイ!」

(響ちゃんは助かってよかった! 助けを求めて良かった! 独りで居てはダメだ! こんなに優しいのに!)

「この……何も知らない癖に……!」

 

 コマチの根拠のない、しかし底抜けに温かい言葉に響は苛立ちを見せる。

 奏との問答では感じなかった感情が沸き起こる。

 さらにそこに奏が響に言った。

 

「あたしがアンタに「生きるのを諦めるな」って言ったのは苦しんで欲しいからじゃない! あいつがアンタを助けたのも独りになって欲しいからじゃない! だから!」

「だからこそ! わたしは生き延びるべきじゃなかった! だって──」

 

 こうやって、あなた達を悲しめてしまうから。

 

「──お前」

 

 響が奏を見て、光彦の事を聞いて一番に浮かんだ感情は──罪悪感。

 助けてくれたのに、復讐の炎に身を焦がす姿を見せてしまったからだ。

 

 自分は、存在するだけで人を不幸にする。

 そう思ってしまうと、もうダメだ。

 響は冷静で居られなくなる。感情を制御できない。──恩人にすら牙を剥いてしまう。

 

「もう、放っておいて! わたしは、ノイズを、全ての元凶のアイツを殺すしか考えられない!」

「くそ、そんな……!」

「それでも尚、わたしに構うなら……!」

 

 彼女の感情と呼応するように、響の全身から雷が迸る。

 奏と翼は、彼女を止める為に……否、救う為にアームドギアを構える。

 

 しかし、彼女の前で武器を構えるその時間すら勿体ない。

 

 紫電が走る。

 電光石火の如く翼の目の前に現れた響の拳が、翼のアームドギアへと叩きつけられる。

 ちなみにコマチは振り落とされた。

 紫電を纏った拳は翼の剣を砕き、電撃による麻痺が彼女の手を伝わった。

 

(はやっ、と言うか痺れ──)

 

 手の痺れにほんの一瞬意識が持っていかれ、その隙を突かれて響の拳がトンと腹部に軽く触れ──雷撃。

 全身を駆け巡る雷が翼の体の自由を、意識を刈り取り……ドサリと力なく倒れ伏す。

 

「翼!」

 

 片翼を倒された奏が翼の名を呼んだ瞬間、視界に居た響が消える。

 背中にトンと触れられる感触。

 そして。

 

「──わたしは拒絶する。否定する。独りを求める。……伸ばされた手を振り払う」

 

 さよなら。

 

 その言葉を最後に。

バチンッと軽い音が響き、奏の意識が途絶えた。

 

 

 

 

「……」

 

 ……家に帰ってから響ちゃんのテンション下げ下げです。

 でも仕方ないか。助けてくれた人に攻撃しちゃったから。それに、差し伸ばしてくれた手を振り払っちゃったから。

 響ちゃーん、元気出して? 俺のプリンあげるから。

 そう言ってプリンを咥えてすり寄ってみる。

 

「こっちに来ないで」

 

 しかし素気無く拒絶されてゴロンと離れさせられた。プリンは取られて。

 ……んー。思っていた以上に重症だ。

 そもそもあの日から状況が好転しない。どんどん悪くなっていくばかりだ。

 

 ──GRRRRRRRRRRR。

 ――ガシャアン!!

 

「……」

 

 ……えっと。

 響ちゃんの傍に例の電話が現れて。

 それを響ちゃんが見向きもせず拳を振り抜いて壊して。

 嫌な沈黙が場を包み込んでます……。

 

 ──PRRRRRRRR。

 

 今度は端末から着信だ。

 最初は無視しようとした響ちゃんだけど、数コール後に嫌々ながら電話に出た。

 

『困るね、出てくれないと』

「……今機嫌が悪いんだけど」

『知っているよ、見てたからね。会ってみてどんな気分だい、恩人と』

「……やっぱりアンタの仕業か、ヒトデナシ!」

『そう怒らないでくれ、必要な事だった故に。それはそうと持ってきたんだ、君にとっての朗報を』

 

 響ちゃん、あの電話の人と本当に仲が悪いなー。

 

『掴んだよ、情報を。とある場所に居るらしい、フィーネがね』

「っ! どこに居る!?」

 

 と思ったら急に叫んだ。しかもかなり切羽詰まった様子で。

 

 ──でもその顔はすぐに変わった。

 

『──』

「──は」

 

 電話口に語られたであろう言葉に、響ちゃんは信じられないと言わんばかりに顔を青く染め、呼吸が荒くなり、瞳孔は開く。

 

「──」

 

 響ちゃんが呆然と呟いたのは──彼女の生まれ育った町の名前だった。

 

 



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第六話「なお昏き深淵の底から/」

『っ……なんでウチの娘が……!』

 

 遺体のない棺桶の前で、娘を亡くした夫婦が泣いていた。

 ノイズによる被害で命を落としたようで──立てられた遺影を見て、響の心が締め付けられる。

 見ていられなくて立ち去ろうとし──そんな彼女の前に立ち塞がる怒りと憎悪に燃えた人々が居た。

 

『お前が殺した』『お前のせいだ』『なんでお前だけ』『私の子どもは殺されたのに』『許せない』『許せない』『許せない』『許せない』『許せない』

 

 罵倒と共に石を投げられる。水を掛けられる。叩かれる。

 しかしそれ以上に心が苦しく、もがき、助けを求めようと腕を伸ばし、グイッと引き寄せられる。

 そして──。

 

『なんでアンタが助かったの? おかげで私達までグチャグチャじゃない』

 

 こちらを強く睨みつける母によって、響は──。

 

 

「ブイ!」

「──……はっ」

 

 目が覚め、響は飛び起きて息を浅く吸った。

 冷や汗で体が濡れ、ガクガクと肩は震える。さらに瞳が酷く揺れ、呼吸もままならない。

 久しぶりに()()()()()()

 頭の中で悪夢の内容が繰り返されるなか、彼女は最後に見た母の顔を思い浮かべて吐きそうになる。

 アレは、響の妄想だ。本当の母は優しい。いつも自分を庇ってくれていた。そんな母を愚弄するかのように、夢の中母を恐れてしまっている。

 あんな事を言わないと分かっているのに、それでも──。

 

「ブ〜イ……」

「……余計なこと……しないで」

 

 前足で自分の背中を摩るコマチに拒絶の言葉を吐き捨てるも、彼女の声に力は無かった。

 

 ──今日、響は自分の故郷に帰る。フィーネを殺す為に。

 

 

 ◆

 

 

 協力者曰く、響の故郷にフィーネが潜伏している可能性があるらしく。

 コマチを伴って響は帰郷していた。コマチはフィーネにとって鬼札になるらしく、必ず連れて行けと協力者が強く勧めた故に。

 初めは気乗りしなかった響だが、復讐の為にと不承不承ながら受け入れた。

 ……もしくは別の理由があるのかもしれない。

 果たしてそれは足取りが重い理由と関係あるのか。

 

「はー……」

 

 響の視界に映る景色は懐かしいものだった。それと同時に忘れ去りたいものだった。

 公園があった。石を投げられた記憶が蘇る。

 学校があった。仲の良かったクラスメイトが罵倒してくる記憶が蘇る。

 通学路があった。帰宅時に向けられる冷たい視線の記憶が蘇る。

 ……己が捨てた母と祖母を思い出す。

 

「ブイブイ……」

 

 コマチが心配気に響を見る。明らかにいつもと様子が違うからだ。

 しかし響は反応を示さず──その余裕が無いとも言える──一歩一歩踏み締めて故郷を歩く。

 

 まずは拠点を確保して、それから──。

 

 パーカーのフードをギュッと目深く被り顔を見られないようにし、協力者から得られた情報を元に、今後の行動を頭の中で思い浮かべる。

 こうして別の事を考えなければ、意識が過去のトラウマに持って行かれてしまいそうだったからだ。

 

 ──しかし、やはりこの町は彼女にとってあまりにも……過酷で、優しく無かった。

 

「──どうして! どうしてなのよおおおお!!」

 

「……っ!?」

 

 突如泣け叫ぶ声が、響の鼓膜を震わせた。

 ほとんど反射で叫び声がした方へ向くとそこには──。

 

 喪服を着て泣き崩れる女性と、それを支えようとしながらも悲しみに暮れている男性が居た。

 そして女性が胸に抱えているのは……響と同じくらいの歳の女の子が映っていた。

 

 夢と同じだった。

 霊柩車に縋り着こうとして、しかし足に力が入らず泣き叫ぶ事しかできない。

 

「ノイズに殺されたから、遺体も灰しか無いそうよ」

「それにその灰も果たして娘さんのものか……」

 

 彼女の耳に同列者の物と思われる会話が聞こえる。

 脳裏に今日見た夢が蘇る。

 ──響は走り出した。

 

「ブイ!?」

 

 コマチの鳴き声が聞こえたが、それに構う事もできなかった。

 走って。走って。走って。

 逃げて。逃げて。逃げて。

 人気のない公園に駆け込み、公衆トイレに入り──腹の中の物を全て吐いた。

 吐いて。吐いて。吐いて。胸には不快な感覚が残り──。

 

「──なんで、わたし、生きているんだろう」

 

 先ほどの女性の泣き叫ぶ声が、響を責め立てる呪詛へと変わる。

 特に面識のない人だった。赤の他人だった。

 

 しかし、ノイズに襲われ、命を落とした家族が居た。

 それだけで、響は心臓を揺さぶられ……平静を保てなくなる。

 

 個室から出て洗面所で口を注ぎ、洗い──それでも致命的な部分が汚れていた気がした。

 そしてその汚れを晴らす事はできない。

 

「あ……アイツ置いて来ちゃった……」

 

 コマチの事を思い出し、すぐに回収して拠点を見つけようとトイレから出た瞬間──水を掛けられた。

 バシャリと冷たい感触と衝撃が彼女の体を襲い、頭からずぶ濡れになる。

 一瞬何が起きたのか理解できず呆然とし──目の前に立つ集団を見てヒュッと息を呑んだ。

 

「あ……!?」

「久しぶり〜立花さん──まだ生きてたんだこの人殺し」

 

 そこに居たのは【セイギ】の執行人。

 加害者である悪を討つために立ち上がった者。

 もっと分かりやすく言えば──かつての響とクラスメイトだった者であり、彼女の存在をとことん否定した者たち。

 ぞろぞろと4、5人で出口を塞ぐように響の前に立ち、彼女を睨み付ける。

 

「よくこの町に戻って来れたわね」

「逃げ出した卑怯者」

「やっぱり響さんってそういう人だったんだ」

「まだのうのうと生きているなんて、どういう神経しているの?」

「また人を不幸にするつもり?」

 

 口々に響が傷つく事を的確に言葉にし、彼女の胸に刺していくクラスメイトたち。

 しかし彼女たちに後ろめたさはなく()()()()()()()()()()という快楽に似た感情が湧き上がっていた。

 だから気づかない。目の前の少女の震えに──悲しみに、怒りに、憎悪に。

 

(つらい……耐えられない……苦しい……)

 

 響の頬を涙が流れる。

 それを見たクラスメイトが、手を振り上げる。

 

「被害者振ってんじゃないよ、この悪魔が!」

 

 そして【セイギ】というの名の暴力が振るわれ、

 

「ブウウウウウ──ブインッ!?」

 

 飛び出して来たコマチの頬にバチンッと直撃し、吹き飛ばされ、その場に居た者全員が呆然とした。

 

「え? なにあれ?」

「犬? 猫?」

「なんだかモフモフしていたけど」

「訳がわかんない」

「でもなんか可愛いよね」

 

 口々にコマチの存在に疑問を持ち、目を奪われる中。

 響は倒れ伏すコマチを見て──尋常ではない熱と痛いくらいに脈打つ鼓動に囚われていた。

 そして思考はクリアになり、たった一つの感情が浮かび上がっていた。

 彼女はそれを抑える事ができそうにない──否、抑えるつもりがなかった。

 視線がコマチからクラスメイト()()()ものへと向けられる。

 視界が赤く染まる。

 心が黒く堕ちる。

 

(──コロ)

 

 激情のまま拳を握り締め──その手にそっと何かが触れた。

 

「ブイ……」

 

 それは、コマチの前足だった。

 温かい手で響の固く握り締められた拳に触れて、フルフルと首を横に振った。

 響は、殴られてもなお怒らないコマチに……響に寄り添うコマチに、彼女は──。

 

「っ!」

「あ、待て!」

 

 コマチを抱き抱えて走り出す響。

 後ろから元クラスメイトの声が響いたが、足を止める事は無かった。

 彼女は走り続けた。過去から逃げる為に。胸に浮かんだ恐ろしい感情から逃げる為に。

 から逃げる為に。

 

 

 ◆

 

 

 いたい。

 頬じゃなくて心がいたい。

 響ちゃんとハグれたと思ったら、なんか襲われていた。

 助けようとしたら思いっきりビンタされちゃったけど、ポケモンボディだからダメージはない。それどころあの子手を痛めてないかな? イーブイってそこそこ重いけど。まっ! 響ちゃん虐めてたからそれで反省して欲しいけどね! 

 殴る方も殴られる方も痛いんだ。

 でも、殴られる方は……痛いだけじゃなくて、苦しい。

 そしてその苦しみに耐えている響ちゃんを、俺は助けたい。

 

「……」

 

 響ちゃんは町を眺めていた。

 彼女が俺を抱えて逃げ込んだのは、展望台だった。町がよく見え、夜になったら綺麗な星空が見えそうで。

 でも此処に来た響ちゃんは苦しそうに呟いた。

 

「ここ……わたしのお気に入りだったんだ──もう、覚えていないけど」

 

 記憶が曖昧になるほどのトラウマと怒りが響ちゃんを襲ったのだと、理解した。

 こちらを見る響ちゃんの目はいつもの強く他者を拒絶する目ではなくて、生きる事に疲れて弱り切った目だった。

 

「わたし……ある事件で生き残っちゃったんだ」

 

 そこから語られたのは──悲劇としか言えないものだった。

 ライブでノイズが発生して、死に掛けて。

 しかし何とか一命を取り留めて──待っていたのは加害者というレッテルと人殺しの烙印。

 周囲から生きている事を責められ、否定され、拒絶され。

 そしてその呪いは彼女自身のみならず、周りの人々にも及んだ。

 

 それに耐えられなくなった彼女は家族のもとを去った。

 

「そしてあのヒトデナシに拾われて、フィーネの事を知って復讐の道を取った……でも、やっぱりダメだ」

 

 クシャリと彼女の心が崩れる。

 

「此処に来て改めて実感した──わたしは、呪われている」

 

「わたしは、生きていちゃいけなかったんだ」

 

「全部わたしが、この拳で壊したんだ」

 

「わたしが悪いんだ──わたしが」

 

 

 

「ブイ!!」

(そんな事はない!!)

 

 彼女の話を聞いて俺は思わず叫んでしまった。

 イーブイの体だから伝わらないのかもしれない。それでも言わずにはいられなかった。

 

「ブイブイ、ブイ!!」

「──ごめん。アンタの言葉分からなくなっちゃった」

 

 ──普段、響ちゃんは俺の言葉を理解していた。

 いや、正確には言葉は理解していない。

 ただ、とある理由で彼女は俺の言いたい事を理解していた。

 しかし今の彼女は心を閉ざしている。翳り燻った状態でも辛うじてあった響ちゃんの本質が弱まっている。

 くそ、どうすれば……。

 

「──響」

 

 状況に困り頭を抱えていると、声が聞こえた。

 それも響ちゃんの名を呼ぶ、響ちゃんの声に似た声。

 その声を聞いた響ちゃんはビクンと肩を跳ねらせ、恐る恐る振り返り──か細い声で言った。

 

「……お、かあ……さん?」

 

 目を見開き精神が不安定になった響ちゃんは──その場から逃げ出した。

 

「響!!」

 

 母が必死に伸ばす手を振り払って。

 

 

 ◆

 

 

「整えたよ、環境と力を。後は解放するだけだ──憎しみと呪いを」

 

 

 ◆

 

 

「ハア、ハア、ハア……! 」

 

 呼吸が乱れる。ノイズとの戦いでも此処まで乱れる事が無いのに、これ以上ない程不安定になる。

 見てしまったからだ。自分が逃げ出し、捨ててしまったものを。

 自分が存在するが故に傷付けてしまったものを。

 思い出してしまった。疲れ切った家族の顔を。こちらの頭を撫でながら大丈夫だと言いつつも、隠しきれない負の感情を。

 そして、届く事の無かった背中を。

 もうどうすれば良いのか、分からなかった。

 頭の中がグチャグチャだった。

 ──生きる事を諦めてしまいそうだった。

 

「わたし……わたしは……」

 

 空を見上げる。いつの間にか暗雲が立ち込め──すぐに雨が降り始めた。

 響の体を濡らし、体温を奪っていく。しかし今の彼女にとって心地良かった。

 このまま雨に流され、消えてしまえばどんなに楽かと考えてしまう。

 

 しかし、世界はそこまで彼女に優しくない。

 

「見つけたわよ人殺し」

「……」

 

 先ほど振り払ったクラスメイトが追いついて来たようだ。

 雨に濡れる響を睨み付けて、傘をさしながら罵倒の言葉を吐こうとし──それはすぐに悲鳴へと変わった。

 

 ノイズが現れたのだ。

 

「ノ、ノイズ!?」

「き、きゃあああああ!?」

「なんで!? 警報が鳴ってないのに!」

「に、逃げ──」

「どいて、邪魔よ!」

 

 一目散に逃げようとしたクラスメイトたちだったが、ノイズはその()()()()を跳ねらせて彼女たちの進行方向に立ち塞がる。

 そしてその腕を彼女たちへと差し向け──。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 胸の歌を歌い、ガングニールと紫電を纏った響がノイズの腕を受け止め、さらに一撃を叩き込んで吹き飛ばした。

 いつものノイズと違う歯応えに思わず目付きを鋭くさせる。

 彼女は、依然として健在であるノイズを警戒しながら口を開く。

 

「早く逃げて。アレはわたしが──」

 

「化け物!!」

 

 怯え切った声と共に、べチャリとナニカが響の背中に投げ付けられる。

 視線を向けると、生卵が割れて落ちていた。

 追いかけた響に投げつけようと準備していたのだろうか? 

 いや、それよりも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 響がゆっくりと振り返る──そこには、先ほど公園で響を見下し軽蔑していたクラスメイト達が、腰を抜かし、怯え切った目で彼女を見上げていた。

 

「い、いまノイズを殴った……!」

「あの力で生き残ったんだ」

「いや、アレで他の人を」

「そうか、やっぱり私たちは間違っていなかったんだ!」

「そうよ! だからやり過ぎてしまった訳じゃない」

 

「間違っていない」「私たちは正しい」「あいつらも分かってくれる」「掌返したアイツらが間違っている」「虐めていない」「正しい」「アイツが間違っている」「化け物」「人殺し」「人殺し」

 

 

「──さっさとあのノイズを殺して、消えてよ」

 

 その徹底的な言葉により──。

 

「──あ、ああ……」

 

 響の心は──。

 

「あああああああああああああああ!!!」

 

 闇に堕ちた。

 

 

 

 そして、それを見たヒトデナシは語る。

 

「人は無力なのだよ、呪いに。怯え、疎まれる事を嫌って求めるのさ、己よりも下を。そして滅ぼしてしまうのさ、己自身を」

 

 ああ、本当に醜いね、不完全は。

 

 

 

【グルルルル……!】

 

 闇よりなお昏き、深い怒りに身を包んだ響はギロリと睨み付けた──先ほどは守ろうとした人間を。

 反対に黒いノイズには目向きもしなかった。そのノイズもまるで次の指示を待つかのようにその場に佇み、待っていた。

 

 少女が堕ちてしまう事を。

 

「いや、いやああああああ!?」

「助けて、誰かああああああ!!」

「来ないで、来ないでえええええええ!!」

 

 彼女たちは助けを求める。しかしノイズを知らせる警報が鳴らず、雨音で悲鳴は掻き消されてしまい、届かない。それどころか、その前に獣の一撃が命を刈り取る方が速い。

 

 

 ──しかし、届いた悲鳴がある。

 それは、ずっと側に居たからこそ届いた心の悲鳴。

 距離など関係ない。

 何故なら、彼は無遠慮に、能天気に、そして決して諦めず伸ばした手で掴み取る。

 彼女の手を。

 

【ガアアアアアアア!】

 

 拳を振り抜く響──しかし直前に硬い何かが現れ、阻まれた。

 

「ブイブイ!」

 

 コマチが居た。

 コマチは響の前に飛び出して「まもる」を使い、彼女の一撃を受け止めていた。

 

「ブウウウウウウウイ」

(今助けるよ、響ちゃん!)

 

 響を助けるために。

 

 

 ◆

 

 

 響ちゃんのお母さんから伝言を貰って、その後に嫌な予感がしたと思ったら──案の定! 

 

「ブイ、ブリャア!!」

 

 とりあえずそこの人たち邪魔! さっさとどっか行って! 

 そして絶対に生き残れ! 生き残って自分のした罪を自覚して償え! 

 そう思って声を張り上げるが。

 

「う、わあああああ!」

「今のうちに!」

 

 ダメだな。やっぱり言葉が通じていない……。

 でも、こっちの響ちゃんには! 絶対に届かせてみせる! 

 

「ブウウウウウイッ!!」

 

 響ちゃん目を覚まして! 

 

【グウウウウ……ドケ】

 

 獣のような咆哮をあげるだけだった響ちゃんだったが、次第に人の言葉を口にし出した……が。

 

【ジャマヲスルナ。コロス。コワス。ワタシハスベテヲコワスンダ──ダカラ】

 

 拳を握り締めていた響ちゃんが、パッと開き、電気が迸り、それを掴んで刀へと姿を変える。

 

【ソコヲ……ドケエエエエエエエエエ!!】

 

 雷を模した雷刀による二連撃が、まもるを砕き、そして俺の体に裂傷を刻み込む。

 体が痺れ、斬られた所が痛い。

 それでも、退く訳にはいかない! 

 響ちゃんの胸に飛びつき「のしかかる」。これで動きを止める……! 

 

【オマエモワタシヲヒテイスルノカ! タエロト、アキラメルナトキョウヨウスルノカ!】

 

 そんな事は言わない。俺はただ。

 

 

 

 響ちゃんを助けたいだけなんだ。

 

【……モウムリダ。ワタシハモウダレトモテヲトリアエナイ! スベテヲコワスチカラシカニギリシメナイ!】

 

 ……響ちゃんは本当に優しいな。

 あんなに酷い目にあったのに。あんなに酷い事を言われたのに。

 

 全部自分のせいだって言っている。

 

【……!】

 

 でもね、だからこそ悲しいんだ。

 そんな響ちゃんが我慢して、傷付いて、手を伸ばさない事が悲しい。

 

【ジャア……じゃあ!】

 

 響ちゃんが俺の胸ぐらを掴んで、至近距離で睨み付けてくる。

 それと同時に怒りの感情が俺の胸に流れ込んできた。

 

「じゃあ、何も考えず! ヘラヘラと! 他人と手を取り合えって言うのか! ──できるものか! この、呪われた手で! 助けたい人を、大切な人を……不幸にしてしまう手で!」

 

 ……うん。今の響ちゃんじゃあ難しいよね。

 

「なら!」

 

 だから、響ちゃんが引っ込めた分だけ俺が手を差し伸ばすよ。

 

 陽だまりを歩けないなら、俺が日陰になって一緒に歩くよ。

 

 呪いに苦しむなら、それ以上の祝福で君を癒すよ。

 

「……は」

 

 響ちゃんが何度挫けて諦めても、俺が側で諦めない、挫けない。

 一歩一歩、ゆっくり……響ちゃんが本当の響ちゃんになれるように、ずっと側に居る。

 助けたい時に必ず助ける。

 もう君を苦しみの涙で頬を濡らせない。

 だから──俺に、君を救わせてくれ。

 

「……無理だ。わたしはもうダメだ。そう思ったから……だからこそ復讐の道に──」

 

 ──だとしても、俺は君に手を伸ばすのを諦めない。

 

「──」

 

 だから一言で良い。

 今回だけでも良い。

 言ってくれ、君の本音を。

 

「……」

 

 響ちゃんの手から雷刀が消える。

 黒く染まった闇が晴れ、いつものノイズから人々を守る響ちゃんが現れる。

 そして、俯いた顔を上げて──苦しみに濡れず、ずっと待っていた涙を溢れ出しながら、彼女は言った。

 

「──お願い、助けて」

 

 その言葉に対して、俺は当然こう答える。

 

「ブイ!」

 

 もちろん! 

 

 ──こうして、俺はようやく、初めて彼女の本音を聞く事ができた。

 

 

 第六話「なお昏き深淵の底から/花咲く勇気で君を救う

 

 

♪ 真正面ど真ん中に 諦めずぶつかるんだ♪ 

 

 黒いノイズの前に飛び出すと同時に、向こうも動きを見せた。

 今のいままで静観していたようだけど、戦う意思はあるようだ。

 ……アイツから、嫌な感じがする。アレが響ちゃんを惑わしたんだ。

 絶対に、倒す! 

 

♪ 全力全開で 限界 突破して♪ 

 

 まずは突っ込んで飛び上がり「のしかかり」をする。

 ノイズはそれを腕で受け止めて、薙ぎ払う。

 宙に浮いた俺に向かって鋭く変形させた腕を突き刺してくるが。

 

♪ 互いに握るもの 形の違う正義♪ 

 

 それを「まもる」で防いで「シャドーボール」! 

 

♪ だけど 今はBrave 重ね合う時だ♪ 

 

 砂塵が舞うが、手応え的にまだまだ動けるはず。

 そしてやはりというか、普通のノイズよりも手強い。

 油断はできない……! 

 

「──下!」

 

♪ 支配され 噛み締めた 悔しさに 抗った♪ 

 

「ブイ!?」

 

 響ちゃんの警告に従い、ジャンプすると同時に地面からノイズが襲い掛かってきた! 

 しかし、ノイズの跳躍力は予想以上で、腕が俺に直撃──。

 

♪ その心伝う気がしたんだ Wow Wow Wow ♪ 

 

 ──する寸前に、紫電を纏った響ちゃんが殴り止めてくれた。

 

 響ちゃん! 

 

「見てられないから──一緒に!」

「……! ブイ、ブイブイブイ!」

 

 嬉しくて思わず何度も頷いてしまう。

 それを見た響ちゃんは呆れ顔をしながらも、口元は綻んでいた。

 

♪ 極限の 想い込めた鉄槌♪ 

 

 俺は響ちゃんの腕に乗り、彼女はそのまま拳を振り抜く。

 当たる直前に俺も「のしかかり」、二発分のインパクトが黒いノイズに叩き込まれた。

 

♪ 共に、一緒に! 解き放とう!! ♪ 

 

「……!」

 

 ここでいままで顔色(どこにあるか分からないけど)を変えた。

 本能的に俺たちに対して危機感を覚えたみたいだが……。

 

♪ I trust! ♪ 

 

 もう、遅い! 

 

♪ 花咲く勇気 ♪ 

 

 今の俺と響ちゃんは。

 

♪ 握るだけじゃないんだ ♪ 

 

 昨日の俺と響ちゃんとは違う! 

 

♪ こぶ しを 開いて繋ぎたい……! ♪ 

 

 ようやく繋がったこの手、絶対に放さない。

 

「──本当単純」

 

♪ I believe! 花咲く勇気 ♪ 

 

「だからこそ、信じる事ができた」

 

♪ 信念はたがえども ♪ 

 

 響ちゃんが構える。腕の装甲が唸りを上げて、さらに紫電がバチバチと迸る。

 今までの壊す為だった目に痛い電光ではなく、彼女本来の優しい光にように、綺麗だった。

 そう、まるで彼女の胸の歌の、俺が大好きな歌と同じ様に。

 

♪ さあ 今 誰かの為なら♪ 

 

 ならば俺も「とっておき」を使おう。

 全エネルギーを響ちゃんに送り込み、それを掴み取った彼女は黒いノイズに向かってかけぬける駆け抜ける。

 黒いノイズが回避しようとするが──遅過ぎる。

 一瞬で黒いノイズの懐に入った響ちゃんは、拳を振り抜いた。

 

♪ だとしても! と吠え立て! ♪ 

 

我流・凛々開花

 

 響ちゃんの歌の力、紫電、そして俺のとっておきが混ざったエネルギーが相手の体を駆け巡り。

 黒いノイズは、俺と響ちゃんが花咲く勇気によってそのまま自壊した。

 それを見届け俺はピョンッと響ちゃんの側へと飛び跳ね、意図を理解してくれた響ちゃんは気恥ずかしそうに手を出して──パチンッとハイタッチをした。

 その時俺は笑顔だったと思う。それは当然響ちゃんも。

 

 

 ◆

 

 

「あ、あ、あ……」

 

 とある離れた路地裏にて先ほどまで少女だったモノが、命と思い出を枯らして倒れ伏していた。

 それを成した存在は持っていたハンカチで口を拭いていた。

 意味がないのに。する必要がないのに。

 

「陸でもない思い出しかありませんねー。これではお腹壊してしまいます」

 

 そんなものありませんが、と彼女は一人呟く。

 

「それにしても厄介ですねー。マスター以外に使われるのは」

 

 思い浮かべるのはヒトデナシ。彼女のマスターと何かしらの交流があるらしいが……人形でしかない彼女の伺い知るところではない。

 

「さて」

 

 人花は、その美しい美貌を晒しながら、醜く倒れ伏した者たちに言う。

 

「あなたたちは殺しませんよ。それでは救いとなってしまうので」

 

 クルリと反転して歩き去る。

 

「散々苦しめたのですから、ご自分達も経験なさってください」

 

 耐えられるものなら。

 その言葉を最後に──残ったのは少女だった者たちだけで──三日後彼女たちの行方を知る者は誰も居なかった。

 

 

 ◆

 

 

 故郷に留まる事を辞めて、俺たちは家に帰った。

 あの黒いノイズを倒した後、協力者から連絡があったのだ。

 フィーネは去ってしまった。次に備えよう。

 当然固定電話は響ちゃんの拳で粉々に粉砕されてしまった。まー、仕方ないかな。

 そして家に帰っていつもよりちょっぴり豪華な(ご飯のジェットストリームアタック!)を食べて、風呂入って寝る……所なんだけど。

 

 あのー……響さん? 

 

「……なに?」

 

 いや、なにってそれは俺のセリフだったりするんですが。

 現在俺はいつもの押し入れではなく、響ちゃんの部屋の、ベッドの中の、さらに彼女の腕の中に居る。

 あの、寝たいんですけど……。

 

「……い」

 

 え? なんだって? 

 

「此処で……寝ればいいじゃない」

 

 でも、押し入れで寝ろって言ったの響ちゃんじゃん。

 

「……家主として、それはどうかと思い直しただけ」

 

 あ! それはお構いなく! まるでドラ◯もんみたいで好きだし、体小さいから別にせままままま!? 

 ちょっと響ちゃんぎゅううううってしないで! 中身出ちゃうから! ご飯&ご飯、追加ご飯が! 

 

「……アンタが言ったんじゃない」

 

 え? 

 

「アンタを抱き枕にしたら、よく寝れるって」

 

 いや言ったけどアレ結構冗談でしって、だって年頃の女の子の布団に潜り込むとか割と淫獣だとおもももももも!? 

 

「……ずっとそばにいるって言ったじゃん」

 

 ……。

 ……ふぅ、たしかにそうだな。

 俺は力を抜いて響ちゃんに体を任せた。それを感じ取ったのか、彼女は込めていた力を抜いて、優しく俺を包み込む。

 

「ねぇ」

 

 なに? 

 

「わたしが苦しかったらまた助けてくれる?」

 

 絶対助ける。

 

「わたしがまた暴走したら止めてくれる?」

 

 絶対止める。

 

「……ずっと一緒に居る?」

 

 もちろん。

 

「……そ」

 

 その言葉を最後に彼女のは眠った。

 ……おやすみ、響ちゃん。

 

 

 ◆

 

 

 その日彼女は夢を見た。

 悪夢ではない。遠き日に見た日常の風景。

 そこでは彼女は笑顔を浮かべて誰かと居た。

 それが誰かを思い出すのはもう少し先だが──久しぶりに、響は、次の日寝坊する事ができた。

 



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第三部 戦姫絶唱シンフォギア 月穿つ恋文編
第一話「思い出の兆し、行方知らず」


幾千超えて変わらぬ恋、幾千超えて変わる愛。


『◾️◾️◾️様! ◾️◾️◾️◾️様!』

 

 一人の恋する女が居た。

 その女は、胸に抱くこの想いを相手に伝える勇気が無かった。

 しかしそれ以上に──不敬だと、断じられるのが怖かった。

 この想いを、他ならぬ想い人に切って捨てられるのが怖くて、巫女であるその時間に甘んじていた。

 

『フィーネ……』

 

 想い人が、自分の名前を呼ぶ。

 

『こんにちはフィーネ。今日も可愛いね。君もそう思うだろ? ◾️◾️◾️?』

 

 想い人の友が、冗談まじりに……いや、彼女の想いを後押しするかのように言葉を綴る。

 彼の言葉に彼女の想い人が照れ混じりに頷き、それを見た巫女の頬が赤く染まる。

 その様子を面白そうに、嬉しそうに見る神の友人。

 

『やっぱり女の子は一途でお淑やかじゃないとね! 君もそう思うだろう? ◾️◾️◾️?』

『ん……そう、だな。でも俺は心が綺麗なら──』

 

 何時迄も続くと思っていた時間。

 それと同時に、この時間を抜け出して想いを告げ、彼と共に次の時代を生きていたいと思っていたフィーネ。

 そう、思っていた。

 

 

 しかし、バラルの呪詛により人類は言葉を奪われ。

 フィーネは、最も心安らぐ時を失った。

 

 そして幾千年の時を経て、彼女の恋文は月へと至る。

 

 

 第一話「思い出の兆し、行方知らず」

 

 

 響ちゃんの所に世話になって約一年が経った。

 最初はギスギスとしていた俺たちだけど、ある事件をきっかけに仲良くなった。

 仲良くなった俺たちは抜群のコンビネーションで人を襲うノイズを殲滅し──

 

──我流・無明連殺

 

 殲滅を……。

 

──我流・地滅墳砕

 

 せん、めつ……を……。

 

──我流・雷塵翔來

 

 ……響ちゃんが強すぎて、俺がサポートする隙がない! 

 

「……別に無理しなくて良いのに」

 

 いやいやいや! 俺響ちゃんを助けるって言ったんだよ? 

 それなのにいざ戦闘となったら後ろからボーッと見守るか、定位置(響ちゃんの肩か頭)で見学するかだよ!? 

 男としてみっともないよ! 

 

「別にアンタに戦闘で期待していないから」

 

 相変わらず辛辣! 超ストレートな物言いで心砕けそう! 

 

「それに……」

 

 俺が嘆いていると、響ちゃんは首に巻いたマフラーで口元を隠しプイっとこちらから視線を逸らす。そして……。

 

「……傍に居てくれるだけで、良いからさ」

 

 会った時には聞けるとは思えない言葉を、何とも恥ずかしそうに言った。

 仕草と声と感情がダイレクトに当たって、俺は──。

 

「ブ────イ!」

 

 惚れてまうやろおおおおお!! 

 

「キャッ!?」

 

 響ちゃんの肩に乗って全力で頬擦りした。

 んもー! 響ちゃんはかーわーいーいーなー! 素直じゃない所もポイントが高い! コマチ的に! 

 こういうの何て言うんだっけ? ツンデレ? クーデレ? 

 なんか違うな。もっとこう、捻りが……。

 

 ──捻デレか! 

 

「なにバカな事言ってんの! 擽ったいから!」

 

 顔を真っ赤にさせた響ちゃんが俺の首根っこを掴んで引き離した。それにより頬擦りが止められた。

 うおおおおおお! もっと頬擦りさせろおおお! ペットとしてのプライドがあるんだ!! 

 

「うわ、毛玉がわたしの手で暴れ回ってる……というかペットって……」

 

 何処かゲンナリした様子で俺を見る響ちゃん。

 その表情も可愛いよね! 

 そう言ったら俺を見る目が変わった。なんか、こう、不審者を見るような。

 不審者はあのホームレスで十分なんだけど。

 

「……なに? あまり変なのと会わないでよ? 危ないから」

 

 銀髪っ子と同じような事を言うのね。

 俺も響ちゃんも落ち着き、俺は定位置にヒョイっと乗せられる。

 響ちゃんの髪の毛がムズムズと鼻を擽ってちょっとこそばゆい。

 

「時間取り過ぎた。早く帰るよ。じゃないと──」

 

 また、あの人達が来るから。

 

 そう言うと響ちゃんは紫電を纏ってその場を離脱。

 景色が凄い勢いで流れていき、歪み、気が付いたら別の場所に居た。

 これで二課の人達に見つかる事はないだろう。協力者のおじさんも隠蔽しているらしいし。

 それにしても不思議な力だな、響ちゃんの紫電。

 まるでワープしているみたいだ。

 

 それにしても……。

 

「ブーイ……」

 

 響ちゃんは一歩前進した。俺に心を開いて歩み寄る事ができた。

 それでも、彼女の心の傷はまだ癒えず、次になかなか進めない。

 天羽奏さん。彼女と会う事を響ちゃんは拒絶……いや、恐れている。

 あの時の、ライブ事件で奏さんに生きろと言われ、しかしこうして復讐の道を歩んでいる事を、彼女は奏さんに知られたくなかった。

 ならば復讐を止めればいい……と簡単に言えたら良いけど、そうも言ってられない。

 

 俺自身は止めて欲しいけど。

 響ちゃんが辛いだけだし。

 

 だからこそ、奏さんと話して欲しいんだ。

 じゃないとどっちも救われない。

 

「……また何か考えているでしょ?」

「ブイ!?」

 

 いや、その、何というか……! 

 

「……言いたい事は分かる。どうすれば良いのか正しいのかも分かる。

 ただ、もうちょっとだけ待って欲しい。

 今は、この想いに集中したい。

 だから──もどかしいかもしれないけど、傍に居て」

 

 ……ふう。少し前の、耳を塞いで、目を閉じて、闇の中がむしゃらに走るよりはマシか。

 でも俺そこまで我慢強くないから、いつか手を引っ張ってでも奏さんと話して貰うかもしれないから。

 

「……うん」

 

 それに任されたしね──響ちゃんのお母さんに。

 

「──うん」

 

 俺の言葉を聞いて、響ちゃんは少しだけ穏やかな顔をして頷いた。

 

 

 ◆

 

 

 私立リディアン音楽院高等科。

 海を臨む高台に建てられた音楽学校。

 ツヴァイウィングの天羽奏がかつて在籍し、風鳴翼が在籍する有名校。

 彼女たちが目当ての者から、真剣に音楽の道を突き進む者まで、たくさんの少女たちがこの学問の戸を叩く。

 そして此処にも一人居た。

 

「今日からわたしも高校生か……」

 

 小日向未来。黒髪に大きなリボンを付けた可愛らしい少女。

 これからの未来に少しだけ夢を見て。

 

「響も、この街に居るんだよね……?」

 

 こぼれ落ちた過去を拾いに来るために此処へ来た。

 

 少女は、かつて一人の親友がいた。

 何をするのも一緒で、嬉しい時も、悲しい時も、苦しい時も、全てを共有し、無くてはならない存在だった。

 

 ツヴァイウィングのライブ事件で、それも失われたが。

 

 彼女は親友を地獄に堕としたと後悔している。

 その後、傍に居られなかった事を後悔している。

 今こうして、手を繋ぐ事ができない事を後悔している。

 

 だからこそ、彼女はこの街にやって来た。

 中学生時代はお小遣いを貯めて限られた時にしか来られなかったが、今日からは違う。

 授業が終わり、放課後になったら響を探すつもりだ。

 彼女がこの街に居る事は、先日故郷で響の母親から話を聞いて知っている。

 

『あの子の事、頼んだわ。傍に優しい子が居るから、どうか一緒に』

 

 ──私じゃあ、あの子を助ける事も、守る事もできなかったから……。

 

 後悔と共に、彼女の母は苦しそうにそう言った。

 未来はその話を聞いて絶対に響を見つけて、そして手を取ると決めた。

 一生手放さない為に。太陽を失わない為に。

 

(それにしても……)

 

 今の響の傍に居る優しい子。

 それは一体どんな人なんだろう? 

 胸の奥で疑問に思いながら、未来は街へと駆け出した。

 

 

 

 

 

「うーん……見つからないな……」

 

 未来の響捜索は難航していた。

 そもそも彼女とは2年間離れており、今の響がどうなっているのか知らない。

 彼女の記憶にあるのは過去の響のもの。道行く人に特徴を伝え聞いても、人柄が変われば見つかるはずもなく、時間だけが無為に過ぎ去っていた。

 

「……今日は、ここまでか」

 

 住んでる寮に帰らなければならない。明日も学校だ。

 時間なら、今までと違ってタップリとある。

 焦っても仕方ないと未来は帰路に着こうとし──空気がおかしい事に気付いた。

 

 人の気配がない。

 視界に黒い塵が待っている。

 道端に積もった人型の煤の塊。

 

「──っ」

 

 悲鳴を上げそうになる口を両手で塞ぐ。

 ノイズだ。

 すぐに此処から離れて、急いでシェルターに向かわないと。

 

「──お母さーん」

 

 しかしそこで、未来の耳に助けを求める声が聞こえた。

 視線をそちらに向けると、逃げ遅れたであろう幼い少女が居た。

 

 考えるよりも、体が動いていた。

 

 未来はカバンを放り投げ、少女の元へ駆け寄り手を繋ぐと、駆け出した。

 それに気付いたノイズが未来たちを追い始める。

 

 命を賭けた鬼ごっこが始まる。

 

 走り続ける。回り込まれる。

 下水に飛び込み、向かい岸に逃げる。

 女の子が転けて走れなくなる。背負って走り出す。

 走る。飛び越える。潜り抜ける。走る。梯子を登り、ノイズが居ないと場所へと逃げる。

 息が途切れ、呼吸が荒くなる。

 限界を超えて走って、未来の体力はほとんど残っていなかった。

 

「死んじゃうの……?」

 

 不安にかられた少女の弱音が、未来の鼓膜を震わせる。

 

 死ぬ? 死んだら、響に会えなくなる。

 それは──それだけは嫌だった。

 

「──諦めない。わたしは、諦めない……!」

 

 少女に答えるというより、己を鼓舞するかのように叫ぶ未来。

 

 しかし絶望はいつも無慈悲にやって来る。

 プギョプギョと人ならざる足音を立てて、ノイズが未来たちを取り囲んでいた。

 それを見た少女は悲鳴を上げて未来に抱きつき、未来は少女を庇うように抱き締めながらノイズを睨み付けた。

 

 それをノイズは嘲笑うように歩み寄り、そのまま腕を未来へと掲げ──。

 

「ブーーーーーイ!!?」

 

 何処からか、豪速球の如く飛来したナニカがノイズを吹き飛ばした。

 その何かはしばらく目を回していたが、すぐに意識を覚醒すると星形のエネルギー弾で周囲のノイズを一掃。そしてすぐ様包囲網を抜け出すと未来たちの前に庇うように立ち、空に向かって鳴き声を上げた。抗議するように。

 

「ブイブーイ!」

 

 それは、毛玉であった。猫でも犬でもない妙な生き物。

 状況に合わない愛玩動物の出現に幼き少女は恐怖を忘れて見入り、未来は何処かで見た事があると記憶を辿り──しかし聞こえた声に意識が全て持っていかれた。

 

「……文句言わないで。早く助けたいって言ったのそっちだし、手荒になるって言ったけど気にするなとも言った」

 

 ストンと降り立つその背中を未来は目を限界まで見開いた。

 

「ブイ!!」

「まあ、間に合ったから良いじゃん……本当に」

 

 刺々しい口調。冷めた言動。

 戦士の如く佇む姿。見た事もない装備。

 

「アンタ達は大人しくしてて──死にたくないなら」

 

 しかしその声は──その姿だけは見覚えがあった。

 忘れる筈がない。彼女の、小日向未来の太陽。

 

「──ひ、びき……?」

「──え?」

 

 掛けられた声に反応して響が振り返り、二人の視線が混じり合う。

 バチリと響の頭に紫電が舞い、未来の胸にズキリと痛みが走る。

 

 二年越しの太陽と陽だまりの再会は──。

 

「──誰……?」

「──え……?」

 

 翳りあるものだった。

 

 その再会に喜ぶのは──ヒトデナシのみ。

 



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第二話「陽だまりに翳りあり」

 

「アウフヴァッヘン波形を確認! この反応は──」

「ガングニールです!」

「やはりな……!」

 

 リディアンの地下にある二課本部にて、ノイズの反応と共にガングニールの反応が検出される。当然、未知の反応……コマチの反応もだ。

 オペレーターの報告を聞いた風鳴弦十郎は、速やかに指示を出す。

 

「装者達を向かわせろ!」

「既に出撃しています!」

 

 しかし、彼以上に気が逸っている者たちが居た。

 報告を受けた弦十郎は仕方がないとため息を吐き、装者の二人──ツヴァイウィングの二人に通信を繋げた。

 

「お前ら!」

『すまない先生! 説教は後で聞く!』

『でも居ても立ってもいられなかったんだ! あたしは──』

「そうじゃない!」

 

 言い訳を並べる二人を一喝し、彼はニヤリと笑みを浮かべて……彼女たちの背中を押した。

 

「しっかりぶつかって来い! オレが言えるのはそれだけだ」

『──おう!』

 

 それを最後に通信が切れ、二人はノイズを殲滅しながら響の元へと向かう。

 そんな彼に、呆れた目線を向けるのは櫻井了子。

 

「相変わらず甘いわね」

「性分でな」

 

 それに──と、思い出すのは、数ヶ月前に自ら出向いた日の事。

 弦十郎は、公安時代の経験とカンを頼りに響たちと接触した。

 そして、彼女にシンフォギアに関する力の事を教えて共に戦って欲しいと伝えた。

 しかし……。

 

『ブイ!』

(いいよ!)

『わたしが信じられるのはコイツだけ』

『ブイブイ!』

(みんなと一緒にたくさんの人を助けよう!)

『誰かの手を繋ぐのは──できない』

『ブイ!?』

(ちょ、響ちゃ──!?)

 

 彼女には拒絶され、傍らに居た彼女の相棒には威嚇(違います)されてしまった。

 自分にできなかった事を部下に押し付けるのは気が進まないが──彼女達ならできる気がすると思っている。

 根拠のないカンだが──こういう時のカンは当たるものだ。

 

 

 第二話「陽だまりに翳りあり」

 

 

 響ちゃん! 

 

「ッ……!」

 

 俺の警告に反応して、響ちゃんはクルリと反転して蹴りを放つ。

 不意打ちを狙ったノイズは塵となって消えるが……。

 

「数が多い……!」

 

 それに加えて場所も悪い。大技を使えば崩壊して俺や響ちゃんはともかく、この子達は落ちて助からない。

 だったら……! 

 俺はこちらに駆け寄ってくる響ちゃんの肩に乗る。どうやらかんがえは一緒な様だ。

 響ちゃんは俺に向かってひとつ頷くと、女の子二人を抱えて──。

 

「え──」

「口閉じて。舌、噛むよ」

 

 そのまま飛び降りた。

 響ちゃんの忠告虚しく、二人は響ちゃんの胸の中で絶叫した。まあ、安全度外視の紐無しバンジージャンプだしね。仕方ないね。

 あ、そうこうしているうちに地面が近づいてきた。

 

「着地、任せた」

 

 マスターからのオーダーだ。

 任されよ! 

 俺は「まもる」を使って、全員をエネルギーで保護。それにより着地時の衝撃から身を守って、クレーターを作りながらも無事に地面に降り立つ。

 クレーターの穴から一跳びで飛び出し、平坦な地面に二人を下ろす響ちゃん。

 しかし……。

 

「……」

「……放して」

 

 大きい方の女の子が響ちゃんから手を放さない。

 さっきのが怖くて……というには雰囲気が違う。

 響ちゃんも何処か戸惑いながら、放すように言うが……。

 

「放さない! 絶対に!」

 

 女の子は叫んで拒絶した。

 というより……泣いている? 

 

「やっと……やっと会えたんだ! わたしの……わたしのお日様!」

 

 だから、と少女は叫ぶ。

 

「もう放さない! 離れない! 二度と!」

「──ごめん」

 

 バチリと紫電が走り、女の子は「キャッ」と悲鳴を上げて手を放してしまった。いや、放されてしまった。

 そして、響ちゃんはグイッと()()()手で肩の俺を引き寄せて……。

 

「わたしには、心地良い日陰がある──あなたは、眩しすぎる」

「あ……」

「……じゃ」

 

 その言葉を最後に、響ちゃんは振り返らず追って来たノイズへと歩み寄る。

 ……と、いうかさ響ちゃん。

 

「なに?」

 

 泣くほど辛いなら言わなければ良いじゃん。

 

「うるさい。でも、何で泣いているか分かんないんだよ……」

 

 ……帰ったらゆっくり話を聞くよ。

 

「うん。だから今は──」

 

 ──目の前の相手に集中しないと。

 

 涙を拭って響ちゃんがキッと目の前を睨み付けると、無数の槍と剣が降り注ぎ、ノイズを殲滅した。

 途中から現れた大型も竜巻のような一撃で粉微塵になってた。

 さてさて。今回も気合十分なようだ。

 ちなみに響ちゃん、彼女達のもとへ行く気は? 

 

「無い」

 

 だよねー。まあ、あの協力者の話が本当なら、二課に行く訳にはいかないか。

 だから、今日も──。

 

「──逃げる!」

「──させるか!」

 

 紫電を纏って飛び上がると同時に、それを読んでいた翼さんが剣をサーフボードに変形させて先回りしてきた。

 スピードは響ちゃんが確実に勝っているのに、捕らえられる……やっぱり巧い動きだ! 

 そして、一瞬の硬直を突いて奏さんが槍を振るってくる。

 これを迎撃するのは俺の仕事! 

 ふんわりもこもこの尻尾を鋼鉄の様に硬くさせ、槍に叩き付ける! 

 

「っ……また懐かしいモンを」

 

 

 岩に何度も叩きつけて覚えたアイアンテール! 

 そうそう力負けしない……しない……しな……。

 

「うおおおおおおおっ!」

「っ!?」

 

 力負けしましたー。

 峰打ちなのか、衝撃だけが伝わり俺は響ちゃんごと地面に落とされる。しかしすぐに響ちゃんは態勢を立て直し、拳を構えて奏さん達を見据える。

 

「随分と荒っぽいですね」

「荒っぽくもなるさ──こう何度もフラれるとなぁ!」

 

 その割には絶対に傷付けないって意思が強く感じられる。

 ……初めは響ちゃんに対する申し訳なさがあったけど、ここ最近はグイグイ来るようになったなぁ。

 焦っている……のか? 

 とりあえず逃げ切る事を考えなくては。 

 今の響ちゃんに、彼女達は重い。

 

「イーーーブイ!」

 

 いつもより溜めたシャドーボールを地面に放ち砂塵を起こす。

 さらに響ちゃんの肩に乗り、俺の力を送り込み──逃げる為の足を付与させる。

 バチバチと響ちゃんの脚が紫電で光り輝き、さらにダメ押しで「みがわり」「かげぶんしん」を発動。

 

「なぁ!? 緒川さんみたいな事を!?」

 

 上空で待機し、俺たちの動きを牽制していた翼さんが驚きの声を上げる。

 しかし発動した時点で俺たちの勝ちだ。

 一斉に俺たちが街のあちこちへ走り去っていく。しかも雷光並みに速い。

 

 結果、俺たちはツヴァイウィングを振り切った。

 

「……」

 

 しかし、響ちゃんの胸には大きなシコリが残った、ように見えた。

 

 

 ◆

 

 

 響たちを取り逃がしてしまった奏たち。

 が、今回は大きな収穫があった。

 小日向未来。

 かつて、立花響と親友だった……はずの少女。

 しかし立花響は彼女の事を忘れ、冷たく引き離してしまった。

 ようやく会えたと思ったのに、未来の心中は絶望一色であった。

 

「……記憶喪失、か」

 

 話を聞いた弦十郎が唸る。

 そもそも立花響の来歴が特殊過ぎる。ガングニールの破片が胸に刺さり、光彦の光により蘇生。人格が変わるほどの地獄を経て、ガングニールを纏い、光彦と同種の存在であろうコマチと共にノイズを狩り続ける。

 濃密な人生だ。何かしらの記憶に欠如が見られても仕方が無いと言えるが──その欠如の仕方が不自然だ。

 

「小日向くん」

「……はい」

「結論から言うと──彼女の記憶喪失は、彼女自身も自覚のないもの、もしくは第三者が行ったものだと思われる」

「……響が、わたしの事を恨んだからじゃ……」

 

 気落ちした彼女の言葉を否定したのは、奏だった。

 

「それは違うよ」

「奏さん……」

「何度も追い掛けて、それでも無視されて、拒絶されて、逃げられているけど……アイツは優しい」

 

 優しすぎて壊れてしまった。

 

「それでも、お前みたいにここまで想ってくれてる相手を……恨む事はできない」

「奏さん……」

「昔と比べてツンツンしているらしいが……根っこの部分は変わらないと思うぜ?」

 

 そう、かつて光彦と共に居た時の自分を思い出して彼女はそう断言した。

 復讐の炎で身を焦がしながら、光彦の温かい光に触れて──自分の本質を思い出して、まだ擦り切っていなかった事を知った。

 そんな自分と立花響は似ていると奏は思った。

 だからこそ助けたい。謝りたい。そして、ちゃんと話し合いたい。

 さらにできるならば、目の前の少女との思い出を思い出して欲しい。

 それが償いになるかは分からないが──光彦ならそうするだろうな、と奏はそう思った。

 

 確信を持って答える奏に、未来は不安そうにしながらも……確かに頷いた。

 心に翳りはあるが──それでも尚、諦めるつもりはなかった。

 

 

 ◆

 

 

 そして。

 響もまた、己の記憶の欠如に違和感を覚えていた。

 家に帰り、荒々しく端末を操作し──通信越しの協力者へと怒鳴りつけた。

 

「わたしの記憶を、どうした!?!?」

『荒れているね、随分と。そんなに怖かったのかい、思い出の喪失に』

 

 その言葉で理解した。

 協力者は見ていた。先ほどの光景を。

 そして知っている。響の記憶の喪失を。

 

「お前……!」

『そういきり立つなよ、レディが。しかし了承した筈だよ、君自身が』

「──なに……!?」

『やれやれ……遺憾だよ、全く。望んだ事なのに、君が』

 

 協力者は煩わしそうに言う。

 しかしそれと同時に嗤っていた。

 まるで、予定通りと言わんばかりに。

 こうなると言わんばかりに。

 己よりも劣っているものを見下すように。

 

『持っているからね、運良く。少しだけ見せてあげよう』

 

 その言葉の次に、妙な音が端末越しに響に伝わり──彼女は頭を抑えて、絶叫した。

 

「あ、あああああああああ!?!?」

「ブイ!?」

『後悔するだろうね、人間は』

 

 響の脳内に存在しない記憶が流れ込む。

 復讐の為に最も邪魔な感情を、彼女が外道に落ちるのを止める陽だまりを消した時の記憶。

 怒りを無限に燃やし続け、幾千年と続く妄執を殺す為の第一歩を踏み出した時の原点。

 

 それが頭に流れ込み、記憶の中で大切な人が──死ぬ。

 

 ドサリと響が倒れ伏し、コマチが駆け寄り呼び掛け続ける。

 

「ブイブイ! ブーイ!」

『目覚めたら忘れてるよ、今の事は。しかしこれで分かった筈だ、最後の一線を超えたのは自分自身だと』

 

 止まる事がないように頼むよ、復讐の道を。

 その言葉を最後に通信が切れ、残されたのは呻き声を上げる響と傍から離れないコマチのみ。

 

 響は結局己の記憶を取り戻す事なく──。

 

 

 

 一ヶ月が立ち、彼女はついに掴んだ──復讐への手掛かりを。

 

「デスデスデース!!」

「キリちゃん……落ち着いて」

 

 しかし、二人の少女の前で倒れ伏していた。

 

「ブーイ!!」

 

 唯一手を繋ぐ事ができる日陰を奪われて。

 



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第三話「拳と弾丸、運命穿てず」

 響の記憶喪失が発覚して一ヶ月が経った。

 その間、響は何度もツヴァイウィングと衝突し……小日向未来と会ってくれと懇願され、それを拒絶していた。

 

 記憶を消したのは自分だという自覚は、協力者の手によって再び忘れさせられたが──心が覚えていた。

 だから、聞いた事のない筈の名前を聞く度に頭が痛くなり、胸が締め付けられ、彼女はより一層逃げ続ける。

 それこそが、協力者が望んでいる展開だという事に気づかずに。

 

 そんな彼女をコマチが心配そうに見つめ、頭を悩ませていた。

 

 

 第三話「拳と弾丸、運命穿てず」

 

 

 響ちゃん最近テンション低いんだよな〜。

 いや、仕方のない事なんだけど、心配なんだよな〜。

 だからなるべく傍に居て癒そうとモフモフさせてあげたんだけど……。

 

「……それで?」

 

 擽ったくて鬱陶しいから外出てろって追い出されました! 

 酷くないかな! この俺のモフモフを鬱陶しいだよ? こんなにラブリーなのに! 

 もう二課の人たちに攫われたらどうするんだよ! って叫んだらその時は絶対助けるだって! 男前かよ! 惚れるわ! 

 

「そう……」

 

 なんだか、銀髪の女の子も元気がない。

 いつものように公園で弁当を貰っているんだけど、心無しか表情が暗い。でも弁当は相変わらず美味しい! 

 

 それでどうしたの? 俺の愚痴も聞いてくれたから、悩みがあるなら聞くけど? 

 

「……っ」

 

 しかし女の子は何かを言おうとして口を閉じ、そっと俺から目を逸らす。

 んー……どうやら人に……獣に話し辛い事らしい。

 まぁそれなら無理に聞かないよ。その代わり存分にモフモフして癒されて? 

 

「っ……ごめん、なさい……」

 

 謝らなくても良いよ。友達だしね! 

 

「──とも、だち……?」

 

 あれ? もしかしてそう思っていたの俺だけだった? 

 え、待って。それは恥ずかしいんだけど。

 それと同時にショック。俺、友達って思われてなかったんだ……。

 

「あ、いや、そうじゃなくて!」

 

 そうじゃなくて……なに? 

 

「こんなわたしが友達で良いのかなって」

 

 え? 良いに決まってんじゃん(即答)。

 弁当食べさせてくれて、モフモフして、撫でてくれて。

 これで他人とか言われたら泣いちゃうぞ! 響ちゃんがドン引きするくらいに暴れ回るぞ!? 

 

「そっか……」

 

 フフッと俺の言葉を聞いた女の子は嬉しそうに笑った。え? 見たいの俺の毛玉ブレイクダンス? 

 それは得意な感性をお持ちなようで……。

 しかしすぐに暗い顔をした。本当にどうしたんだろう。

 

「──クリス」

 

 え? 

 

「雪音クリス……それがわたしの名前……友達には教えないと、ね」

 

 ふお……ふおおおおおお! 

 ようやく名前を教えて貰った! 頑なに教えてくれなかったから、名前教えて貰うの半ば意地になっていたんだよね! 

 クリス……クリスか……。

 良い名前だ! もう覚えたから忘れろって言われても、もう無理だから! 

 

「うん……それでね、コマチ。わたしと一緒に来てくれない?」

 

 お、早速お家のお呼ばりか! 

 なんか友達同士っぽい! 何気に俺友達の家に行った事なかったんだよね! 響ちゃんは家主で一緒に住んでるし! 街の人も友達というより頭の良いペット扱いだし! ホームレスは家ねえし! 

 

「……っ。うん、それで、どう?」

 

 もちろん行く! ──と言いたいけど、もう帰らないといけない。

 

「あ、時間……」

 

 そうそう。門限過ぎると響ちゃん夕食のおかず減らしちゃうからね。

 それは勘弁! 

 だから今日の所は帰るね! 

 

「……うん」

 

 でも! 

 

「……?」

 

 今日の夜、なんか流星群が見られるらしいんだ! 

 それで気晴らしに響ちゃんと見に行くんだけど……クリスちゃんはどう? 

 

「わたし……?」

 

 うん! 絶対綺麗だと思うし、友達なら一緒に見たいなって! 

 それに響ちゃんと仲良くなれたら嬉しいなって思っている。

 二人とも良い子だからすぐに仲良くなれるよ! 

 ……それに、響ちゃんの気が晴れたら良いなって思っているし。

 

「──分かった。今日の夜、行くね」

 

 ありがとう! じゃあ、俺帰るね! 

 また夜に! 

 

「うん、また夜に──ごめんなさい」

 

 テンション上げて駆け出していた俺の耳には──クリスちゃんの最後の言葉が聞こえていなかった。

 そして気づいてもいなかった──彼女が辛そうにしていた事を。

 

 

 

 

 

「そんな気分じゃ無いんだけど……」

 

 まぁまぁ、そう言わずに。

 夕食を食べ終えた俺たちは流星群がよく見れる絶景スポットである公園にやって来た。

 響ちゃんは気乗りしないって言ってるけど、きっちりおにぎりを作って持って来ているから何だかんだと楽しみにしてくれている。

 クリスちゃんも来ているだろうし、楽しみだー。

 

「……そのクリスって子、わたし、仲良くできる気がしない」

 

 しかしここで響ちゃんが驚きの発言をした。

 なんでー!? 二人とも良い子だし、俺とも仲が良いから絶対に友達になれると思ったんだけど!? 

 

「……だからこそ、だよ」

 

 んー? だとしても俺は友達になって欲しいなー。

 そしてこの世界には辛いことだけじゃ無いって事を二人に知って欲しい。悩んで苦しんでいるしね、二人とも。

 

「……お人好し」

 

 響ちゃんと同じようにね! 

 

「はいはい」

 

 呆れた、しかし何処か嬉しそうな声で返事をする響ちゃん。

 ふっふーん。俺は肩の上で響ちゃんにモフッと体を寄せる。

 それを彼女は拒絶しなかった。

 

 さて、公園に着いたけど……クリスちゃんはまだ来ていないな。

 キョロキョロと見渡して探すも見当たらず。

 あの銀髪ならすぐに分か──あっ。

 

「どうしたの?」

 

 ……時間伝えていなかった。

 

「ちょっとっ」

 

 いや、興奮しちゃって! 

 あー、どうしよう。クリスちゃん間に合ってくれるかなー? 

 

「……はぁ。せいぜい祈っておきなさい」

 

 うん、そうする。

 

 

 ◆

 

 

「目標を確認──作戦を開始する」

『了解デース!』

「……ごめんね、コマチ」

 

 

 ◆

 

 

 まだかなークリスちゃんまだかなー。

 まだかなー流星群まだかなー。

 

「……流星群が先に来たら一緒に見れないんじゃ?」

 

 そうだった! うお〜〜〜流星群は待て〜来るな〜。

 来るとしてもこっちの都合が良い時間に来い〜! 

 

「無茶苦茶言う……」

 

 しかし来ないなクリスちゃん。

 こうなったらこっちから探しに行くか? 

 

「行き違いになるかもしれないから止め──」

 

 突然響ちゃんが勢いよく立ち上がった。

 どうしたの? と問いかける前に気付いた。

 

 ノイズだ。

 しかも俺たちを囲んでいる? 

 響ちゃんはすぐさま胸の歌を歌い、変身する。

 でも、俺は気が気じゃなかった。此処にはクリスちゃんが来る予定。でも全然来なくて、ノイズが現れたって事はもしかしたら──。

 

「その事は今は後! 今はこいつらを倒す!」

 

 俺を叱咤した響ちゃんは紫電を纏ってノイズに向かって突っ込んだ。

 確かにそうだ。被害が広がる……いや、出る前に殲滅しないと! 

 

 ──しかし、そんな俺たちの出鼻を挫くように、視界の外から茨のムチがバチンと響ちゃんの進行方向先の地面を打った。

 

「貴方達の相手は、あたしですよ!」

 

 そして自分の存在を誇示するように現れたのは白金の鎧を着た、()()()()()()少女。バイザー越しにこちらを見据え、軽快な口調とは裏腹に敵意がビシビシと伝わってくる。

 

「……なに、アンタ」

「──フィーネと言えば伝わるデスか?」

「──」

「でも今回用があるのは、そこのモフモフです! 二課が来る前に仕事を終わらせて貰うデスよ!」

 

 

 ◆

 

 

「間違いありません──ネフシュタンです!」

「それにこれは、この反応は……!」

「──装者を急行させろ! オレも出る!」

 

 

 ◆

 

 

「……フィーネと言ったか」

「デス?」

「──わたしの前で、その名前を口にしたな!」

 

 響が、怒りに囚われる。

 拳を強く握りしめて、鎧の少女に殴りかかった。

 

「うおおおおおお!!」

「アナタの動きは既にインプット済みデス!」

 

 しかし、ネフシュタンの鞭が震われ響の拳が弾かれ、さらにもう一方の鞭が彼女の腹部を叩き込んだ。

 カフッと無理やり肺の中の空気を吐き出し、痛みに顔を歪める。

 

「ブイ!」

 

 響を助けるべく、コマチが駆け出す。

 それを見た鎧の少女が牽制の為に鞭を振るい──後方から放たれた弾丸を弾き、鞭の軌道を変えた。

 

「!? 何をしているデスか!? 狙う相手が違うデスよ! ……え? 傷付けるな? 別にそのつもりは……分かったデスよ、もう!」

 

 鎧の少女が通信で誰かと話した後、一つの杖を出し──ノイズを呼び出した。

 それを見た響とコマチは驚愕する。

 人が、ノイズを操ったのだ。

 

「ちょっと大人しくしているデス!」

「ブ──ーイ!?」

 

 ノイズがコマチに群がり拘束する。

 それを見た響が救い出そうと足を踏み締めた瞬間。

 

「──っ」

 

 森の奥から放たれた弾丸によって牽制され、動きを止めた瞬間ネフシュタンの強襲。

 腕で鞭を受け止めるが、ギチギチとイヤな音を出して徐々に押されて膝を突く。

 

「ネフシュタンは完全聖遺物! 欠片っ子のシンフォギアに負けらいでか!」

「ガッ!?」

 

 蹴りを一発貰い、吹き飛ばされる響。

 

「ブイ!」

 

 悲鳴を上げるコマチ。

 その声を聞いて、響はカッと目を見開いて紫電を纏わせる。

 このままでは、唯一の日陰が連れ去られてしまう。

 

 また、独りになる。

 

 それだけは──絶対にイヤだった。

 

「──うおおおおおおおおお!!」

「っ、フィーネが言っていた力……!」

 

 鎧の少女は前情報を思い出し、迎撃をするべく鞭の先にエネルギーを生成。

 それと同時に響が鎧の少女に向かって愚直に突き進み──。

 

──NIRVANA GEDON

 

 幾つかの小さな衝撃の後、ネフシュタンから放たれたエネルギーに飲み込まれて──爆発した。

 

「カハ……!」

 

 シンフォギアを纏っていたおかげか、響は気絶はしなかった。

 しかしダメージが深く、倒れ伏して立ち上がる事ができなかった。

 

「ブイ!?」

 

 それを見たコマチが何とかノイズの拘束から抜け出し、響に駆け寄ろうとし──背後から誰かに抱えられる。

 いったい誰が、と振り返り──コマチは言葉を失った。

 そこに居たのは、響や翼、奏同様シンフォギアを纏った雪音クリスだった。

 クリスは悲しそうな顔をしながら、コマチを抱いて動けないようにしていた。

 

「デスデスデース!!」

「キリちゃん……落ち着いて」

 

 高笑いをする少女を、クリスが咎める。

 鎧の少女はしかし、止まらない。

 

「イエ、思っていたよりも仕事が早く終わって驚いているのデス!」

「……そう。だったら早く離脱するよ。じゃないと──」

 

 

「じゃないとなんだ? 言ってみろ」

 

 

「ッ!?」

「クリス!!」

 

 目的を果たし離脱を試みる彼女達の元に、一人の装者が強襲を仕掛けた。

 空から無数の剣を降らせ、己は変形させた剣に乗り接近を試みる。

 

 アメノハバキリの装者、風鳴翼。

 

 鎧の少女は鞭を振るって剣を全部叩き落とし、翼の突撃をその身で受けて、拳で殴り飛ばした。

 直前で剣で防いだ翼だったが、相手は完全聖遺物。衝撃を抑えきれなかった。

 

「翼!」

「大丈夫だ! それより……」

「ああ。あの鎧はやっぱり……!」

 

 ツヴァイウィングの表情が険しくなる。

 しかしそれも無理はない。目の前にあるのは、

 自分たちの至らなさで失ったもの。そして思い出すのは──救うことのできなかった命。

 

「厄介ですねー。ターゲットを抱えたまま玄人の相手は辛いデス」

「……」

 

 装者としてのレベルを考慮し、鎧の少女は状況の悪さに舌を巻く。クリスも無言で頷き、状況の打破を考え。

 

「──せ」

 

 地獄の底から出したと錯覚するほどの声が響いた。

 

「わたしの……日陰を……返せ……!」

 

 その声の主──響は口の端から血を流し、目を鋭くさせながら……。

 

「返せえええええええ!!!」

 

 闇に、呑まれた。

 

「──暴走!?」

「ピンチですが──同時にチャンスデス!」

 

 黒く染まり、獣に成り果てた響がクリスに突進するが、それを鎧の少女が鞭で絡め取り、そのままツヴァイウィングに投げ飛ばした。

 いきなりの事に三人は激突し、すぐ近くの二人を邪魔者と判断した響は、二人に向かって拳を振るう。

 

「ちょ、待て!」

「オレたちを攻撃してどうする! 狙いはあっちだろ!」

 

 しかし二人の言葉は聞き取って貰う事ができず、彼女たちは響の相手を余儀無くされる。

 その隙にクリスと少女は離脱を始める。

 ツヴァイウィングが追おうとして、響の咆哮が聞こえ──このまま彼女を放って置いた時の被害を考慮し、追跡を断念した。

 

「あたしが止める! 翼、時間稼ぎを!」

「仕方がないな! どれくらい持てば良い?」

「5分集中させてくれ!」

「3分!」

「──ああ、分かった」

 

 剣に乗り、翼はヒットアンドアウェイを繰り返して響の注意を引く。

 その間に奏は手に持った槍を空に向けて目を閉じ──意識を胸の奥に沈める。

 

(──光彦、アイツを救いたいんだ……力を貸してくれ)

 

 バチリッと奏の身に黄色い電気が走る。

 それは時間が経つと共に激しくなり、彼女の身にビリビリとした痛みが走る。

 感覚が麻痺して、倒れてしまいそうだったが──奏は耐え切った。

 槍に電気が集まり、奏は目を見開いて叫ぶ。

 

「避けろ! つばさああああああ!!」

「──おう! 延長して待った甲斐がある!」

 

 響の拳を受けて体の所々に傷を負った翼が、全力でその場を離脱した。

 それを見た響が翼を追おうとして、気付く。

 空にできた大きな暗雲に。そして時折顔を覗かせる雷光。

 

「これでちったぁ頭冷やせ!」

 

──THUNDER VOLT♾NOVA

 

 万の雷が広範囲に渡って降り注ぐ。

 回避しようとする響だが、動きが短調なのと範囲の広さによって被弾。そこからは次々と雷が直撃し──収まった頃には、響は元の姿に戻っていた。

 それを見た奏は急いで駆け寄った。手加減したとはいえ奥の手。怪我がないとも言い切れない。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 奏の言葉に、響は──。

 

「大丈夫な訳──無いだろ!!」

 

 涙を流して奏に掴みかかり叫んだ。

 

「わたしの……わたしの日陰が奪われたんだ!!」

「っ……」

「アイツが……アイツだけがわたしを助けてくれた! それなのに! それなのに!!」

「お、落ち着け! お前がそんな調子じゃ──」

「──わたしは、もう嫌なんだ! 置いていかないで……傍に……居て……よ……」

「あ、おい!!」

 

 体力の限界だったのか、そこで響は意識を落とした。

 奏が咄嗟に支えるが──酷く震えている奏の雷による痺れではなく、まるで吹雪のなか凍えるように体を小さくさせて震えていた。

 

「……コイツに、オレ達と同じ想いをさせちまったな」

「……ああ」

 

 焼き焦げた戦場のなか、二人はやるせ無い表情で佇み。

 弦十郎たちが駆け付けるまで、静かに響を見守っていた。

 



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第四話「離れてもなおその想いは」

 

「──私の推測通り、響ちゃんはガングニールと融合しているわ」

 

 気を失った響を二課の本部にて保護しメディカルチェックと共に彼女の身体を調べた結果──立花響は融合症例、と呼称される存在だと判明した。

 翼や奏といった装者と少し違うシンフォギアの適合者。

 彼女の爆発的な力の強さは、融合によって得られた埒外のもの。

 他にも謎は多く時間を掛ければ、さらに詳しい事が分かるだろうが……。

 

「そんな事はどうでも良い」

 

 しかし、それ以上に──奏はショックを受けていた。

 

「結局……あたしの不手際じゃねーか……!」

 

 響の胸の傷は、奏のガングニールの破片でできたもの。

 響の心の傷は、ライブ後にできたもの。

 ……響は、この二つの傷により、戦場に立つ事となった。

 

 それを聞かされた奏の心中は、荒れに荒れていた。

 

「ちくしょう……ちくしょう!!」

「奏……」

 

 奏の慟哭を聞いた翼もまた、胸に痛みを感じていた

 あのライブ事件で失ったもの、傷付いたものがあまりにも多過ぎると改めて自覚した。しかしそれを取り戻すには──あまりにも無力だと思い知る。

 

「……!」

 

 弦十郎もまた、己の拳を強く強く握り締めていた。

 大人である自分の不甲斐なさで、子どもが傷付いている──彼の信条からすれば、それは決して看過できない事。

 彼は、己自身に強い怒りを覚えていた。

 

 そんな彼らを見ながら、了子はあくまで冷静に報告を続ける。

 

「今のところ肉体に不調や変化は見られないわ。ただ、精神の方は……」

「……やはり」

「ええ。あの子を奪われた事……いえ、守れなかった事が余程ショックだったようね……」

「現在、彼女は──」

「医務室で眠って貰っているわ──目覚めた後どうなるかは分からないけど」

 

 了子の脳裏には悪夢に魘されている響と、そんな彼女の手を握る未来の姿があった。

 

 

 第四話「離れてもなおその想いは」

 

 

 どうも。友達に誘拐されてしまったイーブイことコマチです。

 正直さっさと帰って響ちゃんを安心させたい。今頃泣いてそうだ。

 響ちゃんの故郷でずっと傍に居ると誓ってから、門限を過ぎると情緒不安定になる事があるんですよね……今日は絶対に不安定な日だ。

 

 だからさークリスちゃん? 家に帰してくれない? 

 

「っ……」

 

 そう問いかけると物凄く辛そうな顔をして目を伏せる。

 ……いやいや。誘拐されたのコッチ! 

 それなのに何で誘拐した方のクリスちゃんが辛そうにしているの!? 

 

「……ごめん」

 

 いや、別に責めた訳じゃ……。

 いやでも誘拐自体はイケない事だし……。

 でもクリスちゃんだから何か考えがあったのかもしれないって信じたいし……。

 だからと言って響ちゃんを傷つけるような事をして欲しくないし……

 ぬーん。頭がこんがらがってきた……。

 

「みょうちくりんな毛玉デスね」

 

 ……カッチーン。

 この可愛いイーブイボディに対してみょうちくりんだと!? 

 何者だ!? 名を名乗れ! 

 

「お? 名前ですか? あたしの名前はキリカデスよ!」

 

 キリカデス? 鎌持ってそうだな。もしくは死神。

 

「キ・リ・カ! 見た目通りの獣レベルの頭してるデスか?」

 

 こ、こいつ……! 

 

「キリちゃん。言い過ぎ」

「なははは! そうなのデスね! インプットしておくデスよ!」

 

 さて、とひとしきり笑った白髪の女の子は、ニカっと人懐っこい笑顔で改めて自己紹介をした。

 

「改めて。あたしの名前はキリカ! フィーネの協力者デスよ!」

 

 ほーん。協力者ねー。

 何に対する協力者なのかは……どうやら聞いても答えてくれなさそうだ。

 

「当然デース!」

 

 じゃあ次の質問。二人は友達。

 

「友達デース!」

「違う」

 

 ……? 

 

「ちょ、それは酷くないデスかクリス!?」

「……わたしとあなたは協力関係を築いただけ。友達になった覚えはない」

「そ、そんな〜」

 

 およよ、と泣き崩れる姿勢を取るキリカちゃん。

 まぁ明らかに嘘泣きで、クリスちゃんも相手にしていない。

 

「ブー。そんなんだと一生ボッチですよ? こんな所に居たら友達なんてできっこないデスよ」

「わたしはそれで構わない。戦争を無くす為には不要──ただ」

 

 チラリとこちらを見てクリスちゃんが何かを言い掛けて、口を閉じた。

 なんだろう? 

 疑問に思うもクリスちゃんはそれ以上言わなかったので、その話は終わった。

 それで、俺は帰っても良いの? あ、ダメですかそうですか……。

 

 暇になったのかキリカが「モフらせろー!」と俺を抱えてワシャワシャし始める。

 こら、テメエ! そんなに乱暴にしたら……何だよ、結構上手いじゃないか……。

 ここか? ここが良いのデスかー? とNTRれそうになる。

 ごめん響ちゃん……でも、く、くやしい……感じちゃう……(健全)。

 てかよく考えたら響ちゃん俺の事撫で回した事ねーや。

 

 と、こちらをジーっと見つめてくるクリスちゃんの視線を感じながらキリカちゃんに乱暴(優し目)されていると、と突然機械音が鳴った。

 何の音? 

 

「あ、博士からです」

 

 博士? 

 俺がコテンッと首を傾げているなか、キリカちゃんは俺を片手で抱き上げたまま、もう片方の腕に付けられた腕輪を前に出す。すると腕輪から光が照射され、空中にモニターが現れる……けど【SOUND OLNY】と書かれて誰も映っていない。

 

『キリカさん。定期連絡がありませんでしたけど、何かありましたか?』

「いえ、大丈夫デス! 心配かけてごめんなさいデス!」

『まったく、無事なら良いのですがね』

「……し……あの子は心配してくれてましたか?」

『さあ、どうでしょう? ただ、イラついて僕のお尻を蹴ってくる事が増えてきましたね』

「そうですか……」

 

 キリカちゃんが何故か嬉しそうな顔をする。

 通信の声の人のお尻が蹴られて嬉しいのだろうか? 

 意外とドS? 

 

「ブーイ……」

『──おや? その声は……』

「コマチって言うです! みょうちくりんですが可愛いですよ!」

 

 みょうちくりんは余計だ! 

 

『──ああ、なるほど。計画は順調な様ですね』

 

 何で今ので納得したんだ? 

 なんだ。俺はみょうちくりん界隈で有名なのか? それなら脱退してやるが。

 

『それにしても──あの魔女、フィーネは相変わらず君にご執心なようだね』

 

 ……フィーネが俺に? なんで? 

 俺の疑問の声が聞こえたのか、通信越しの誰かは言う。

 

『そう待たなくても分かりますよ。全てが終わる時、君の存在が……ね』

 

 結局何の事か分からず通信は終わり──クリスちゃんの視線がより一層強くなった。

 

 

 ◆

 

 

 響が目を覚ました。

 が、誰とも口を聞かず部屋に閉じ籠ってしまった。

 と言っても二課のシステムを使えばロックは外されるし、響も体力を回復させる為という理由もあり今の所は無理矢理外に出るような動きは見せていない。

 

 つまり、二課に残された時間は、その僅かな時間。

 その僅かな時間を使って、彼らは──彼女と協力を結ぼうと考えていた。

 

「……できますかね、そんな事」

 

 オペレーターの藤堯が疑問の言葉を溢す。

 響は明らかに他者を拒絶している。

 奏や翼、弦十郎の言葉に意を返さず、ひたすらにノイズを倒す為に動いていた。

 例外であるコマチは今は居ない。

 

「そこが重要だ」

「というと?」

「これから我々二課は、あの二人の少女、そしてその裏に居る者と戦う事になる。響くんもコマチくんを助ける為……そして復讐の為に戦場に赴くだろう」

 

 つまり、響と彼らの相対する相手は同じであり──。

 

「それに完全聖遺物のネフシュタン、イチイバルのシンフォギア。それが連携して襲ってくる。……奏と翼を手玉に取る響くんが負けた以上、我々に勝ち目は薄い」

「それでアイツの協力を取り付けるって訳か」

「で、でもよ旦那……」

 

 皆が弦十郎の考えに理解を示すなか、奏だけは難色を示していた。

 

「わざわざをあの子を戦わせる事しなくても……」

「奏、言いたい事はわかる──だが、彼女が黙って大人しくしていられると思うか?」

「……っ」

「放っておけば戦場に駆け出して……よくて前回の二の舞、最悪……」

 

 最悪の事態を防ぐ為に、弦十郎はあえて彼女を戦力として迎え入れる算段であった。……このような手段しか取れない自分に怒りを覚えながら。

 そして。

 

「……けど」

「奏、はっきりと言う──今は光彦くんの事は忘れろ」

「っ──」

「先生!」

 

 弦十郎の言葉に息を呑む奏。 そして非難の声を上げる翼。

 しかし彼はジロリと力強い眼力で翼を黙らせると、奏に真摯に向き合い、己の意思を伝える。

 

「彼女たちに自分を重ねるなとは言わん。だが、それでどうなる? 同情し、響くんの想いを蔑ろにするのは違うんじゃないのか?」

「……」

「心に燻りがあるのなら、まずは話すべきだ。……お互い落ち着いてから、な」

 

 奏は暗い顔をしながら、しかし最後にはコクリと頷いて彼の考えに賛同を示す。

 話が纏まった所で、次の段階へと移る。

 

 どうやって響を説得する、か? 

 

『……』

 

 全員が黙り込んだ。

 まったく妙案が思い浮かばなかったからだ。

 しかしそれで諦める二課ではない。

 男は度胸。ついでに女も度胸。何事も試してみるべきだと、それぞれが計画を立ててアタックする事になった。

 

 題して、立花響攻略作戦が実施された。

 

 

 ──弦十郎の場合。

 

「具合はどうだ、響くん」

「……」

 

 一応了承を得て、現在響に充てがわれている部屋へとやって来た弦十郎。

 しかし響はベッドの上で膝を抱えてチラリと見ると、すぐに視線を外した。

 

「今日は色々と持ってきた」

 

 弦十郎が取り出したのは多種多様なレンタル映画のDVDだった。

 カンフー映画、アクション映画、SF映画から始まり、他にもアニメや特撮、ドキュメンタリーとまさに数撃ちゃ当たる理論。

 これで彼女の好みを把握して、距離を縮めようという魂胆だった。

 しかしそれは響も察しており、興味を示さず視線を外そうとして……一つの映画を手に取る。

 

「……」

「お、それは人と犬の感動物映画だな。響くんはこういうのが好きなのか?」

 

 別に興味はなかった。ただ、この映画の主人公とその犬の構図が、何故か既視感があり、そしてそれは自分とコマチだと気づいて──。

 

 

『司令! 響さんのバイタル物凄く乱れているんですが!?』

『いったい何をしたんですか!?』

「いや、ちが!? す、すまない響くん!? 大丈夫か!?」

「ひく、えぐ……」

 

 ──弦十郎、失敗。

 

 

 ──翼の場合。

 

「なあ、大丈夫なのか翼……?」

「大丈夫だって。オレに任せておけって」

 

 奏は心配だった。目の前の自信満々な片翼に対して。 

 なんせ、翼の作戦は……。

 

「響はオレ達のライブに来ていた──つまりファンだ。そこにオレが優しく声を掛ければ……子猫ちゃんはイチコロさ」

「…………」

 

 つまり魅力でメロメロにさせて攻略するって戦法らしい。

 しかし、翼の人気を考慮すると理に適ってはいる。

 ツヴァイウィングとして活動している翼は当然ながら人気で、特に若い女の子たちにに人気だ。ライブでサービスパフォーマンスをした際には気絶した者もいる始末。

 さらに学校でも彼女を慕い、心奪われている者は多く、「翼王子」という呼称で呼ばれたり呼ばれなかったりしたとかしていないとか。

 ちなみに刺されそうになった事はある。痴情のもつれは怖いね! (百合カップルの喧嘩の原因になって嫉妬にかられた為)(その後百合カップルはどっちも翼にゾッコン)(百合の間に挟まる王子)

 

「……とりあえず、怒らせるなよ」

「分かっているって。それじゃあ、行ってくる」

 

 そして意気揚々と部屋に入り──5分後。

 

「……」

「……どうだったんだ?」

 

 答えは分かり切っているが、一応尋ねる奏。

 それに対して翼は──。

 

「オレに靡かないなんて──へっ、おもしれー女」

「やかましいわ!」

 

 何処からか取り出したのか、翼の頭を叩く奏。

 

「待ってくれ奏。オレ、ここまで燃えたの初めてかもしれない」

「もういいわ! それに無茶すんな……お前だってあの時の事引き摺っているんだろ」

「……」

「それを隠して接した所で答えてくれねーよ」

「……ごめん」

 

 落ち込む翼を抱き寄せて、奏は彼女の背中をポンポンと叩いた。

 

 

 ──翼、失敗。

 

 ──藤堯の場合。

 

「やっぱりここは大人の魅力でしょ」

「藤堯さん疲れてる?」

「そういえば最近徹夜気味だって」

 

 なんか目が血走っている藤堯。

 多分寝てないぞ藤堯

 本当に大丈夫か藤堯。

 出番が欲しいだけか藤堯。

 

「じゃ──子猫ちゃんを慰めて来ますか」

 

 翼と被っているぞ藤堯。

 奏も翼も特に止める事なく、彼は部屋に入った。

 一分も経たずに出て来た。

 肩を揺らして呼吸を乱し、冷や汗を滝の様に流していた。

 

「……こ、殺されるかと思った」

 

 どうやら弦十郎に泣かされ、翼に苛立たさせられて機嫌が最高潮に悪いらしい。

 彼は結局同僚の友里に連れられて、仮眠室に投げ込まれた。

 奏たちは見なかった事にした。

 

 

 ──藤堯、出番終了。

 

 

「奏は行かないのか?」

「……あたしが行っても逆効果さ」

 

 奏は今回の作戦に参加しなかった。

 いや、できなかったというべきだろうか。

 憂いを帯びた表情でそう呟き、翼は何も言えなかった。

 

「──だったら、わたしに任せて貰いませんか?」

 

 そんな彼女達に、自ら立候補する者がいた。

 奏達は振り返り、その人物に驚きの表情を浮かべた。

 それは──。

 

 

 ◆

 

 

「わたしをイライラさせないでよ……」

 

 響の胸中は荒れに荒れていた。

 コマチを助ける為に体力の回復に努めていたが、それも限界かもしれない。

 弦十郎から説明も、説得も受けている。

 しかし、彼女は受け入れる事はできなかった。

 

 自分の隣に居るのはコマチだけだ。

 それを取り戻すのは、自分だけだ。

 

 そう、半ば意固地になって考えている。

 コマチ以外と手を繋ぐ事ができない。だから、その唯一を自分の手で──。

 

「──失礼します」

 

 そこに再び誰かが入って来た。

 今度は誰だ。

 苛立ち混じりに視線を向け──響の表情が変わる。

 

「──お前は」

「──響、わたしとちょっとデートしない?」

 

 

 ──小日向未来の場合。

 




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第五話「忘れてもなお変わらぬ想い」

デートした事ないのでデートシーン書けなかった
許せサスケ八卦六十四掌


「本当に良かったんでしょうか……?」

 

 藤堯の戸惑いの声が発令室に響く。

 彼はモニターに映る光景を見て眉を顰めている。そしてそれはここに居る何人かの人間も同じ想いでいた。

 

 現在、響は未来と共に外に出ている。

 通信機や拘束具を付けていない状態で。

 確かに二課は彼女を捕らえるつもりはなかった。しかし協力はして欲しいと考えていた。だからこそあのような作戦に出たのだ。結果は裏目に出てしまっているが。

 

 故に、今の状況は二課にとって苦いもの。

 このまま彼女がガングニールを纏って逃走すれば、二課は響を見失ってしまう。

 

 そのリスクを負ってでも、弦十郎は未来に後を託した。

 

「オレ達では心を開いて貰うどころか、逆に閉ざされてしまう。……オレ達にできる事は見守る事のみ」

 

 そしてもし未来が説得できなければ……無理強いをする事はない。

 ただ戦場に立った時、彼らは響を守り、共に戦おうとするだろう。

 例え拒絶されても。何度でも。

 

 

 第五話「忘れてもなお変わらぬ想い」

 

 

「響、これなんて似合うんじゃない? あ! こっちも良いかも!」

「…………」

 

 響は機嫌が悪かった。

 コマチを失い余裕のない彼女は、どうしても二課の行動が自分に擦り寄るものに見えてしまう。彼らが善人だという事は分かっているが、受け入れる事はできない。それと翼と藤堯は単純に不快だった。何が子猫だ。何自信満々に入って来てんだ。ぶちのめすぞ、と黒い感情が浮かんでしまう。

 

 だからこそ、目の前の女も信じる事はできなかった。デート言われても、どうせ自分を懐柔する為だろうと冷めた目で見てしまう。外に出る事ができる為こうして着いて来たが……隙を突いて逃げるつもりだった。

 だった、のだが……。

 

「響はカッコいい系も似合うけど、こういう可愛い系も似合うと思うんだ。響はどう思う?」

「……別に。どうでも良い」

「もうっ。またそれっ。でも良いよ。わたしが選ぶから!」

 

 何故か目の前の少女にだけは、無徳な扱いができなかった。

 何かしらの武術を習っている訳ではなく、シンフォギア装者でもない為、いつでも逃げる事ができる。

 しかしできない。

 

 ──彼女を放って置く事ができない。

 

「ねえねえ響。この猫のぬいぐるみ、響に似てない?」

 

「あ、あの映画今日上映だったんだ。見てみる? そっか、興味ないよね」

 

「あのお店いい雰囲気……行ってみる? ……うん、分かった」

 

 それでも。

 

「──いい加減にして」

 

 響は拒絶する。

 

「わたしは、こんな事をしている場合じゃない!」

 

 陽だまりに居られない。

 

「早くアイツを助けないと!」

 

 日陰に戻りたい。

 

「奪われたわたしが、今度こそ!」

 

 もうあの時の……独りにはなりたくない。

 響の心からの叫びに、未来はしっかりと受け止めて、彼女を真っ直ぐと見つめる。

 悲しむでもなく、憐むでもなく、ただ真摯に響を見ていた。

 

「……ちょっと来て」

「ちょ……!?」

 

 そして彼女の手を取ると歩き出す。

 響が抗議の声を出すが、未来は強引に引っ張って行く。

 しばらく歩き街から離れ、とある高台へと着く。そこは、街を見渡す事ができる場所で、夕陽の輝きと相まって絶景スポットだった。

 そこに着いた未来はようやく響の手を放す。

 

「綺麗でしょ、少し前に見つけたんだ」

「……」

 

 しかし、響は応えなかった。

 未来もその事を察していたのか、気にした様子を見せず──彼女の心の旨を出した。

 

「そのコマチって子、大切なんだね」

「ああ、そうだ! わたしが唯一手を伸ばせる日陰! だから──」

「だったら、二課の人達に協力して!」

 

 響の叫びを己の叫び声でもって遮る未来。

 未来は、別に響が本当に嫌なら二課に協力しなくても良いと思ってた。確かに戦力的に厳しいかもしれないが──それ以上に大切なものがある。

 そしてその大切なものの為に──未来は彼女に想いを伝えた。

 

「なにを……」

「大切なら手段を選ばないでよ。どうしてそうやって1人で抱え込んじゃうの!」

「……っ」

「悲しいなら悲しいって言ってよ。助けて欲しいなら助けてって言ってよ!」

「っ、それが言えないからわたしは! 助けてくれたアイツは今!」

「だからこそ、今言うべきなんだよ。だって──」

 

 わたしは、わたしたちは手を差し伸ばしているじゃない。

 

「──」

「……今の響には確かに難しいかもしれない。酷い事を言っているのも分かっている──

 でも、このまま放って置いて、後悔して欲しくないから。悲しんで欲しくないから。だから──」

「それでも……それでも無理なんだ」

 

 響を自分の手を見る。

 酷く震えている。思い出す。──家族を滅茶苦茶にした呪われた自分の手を。

 差し伸ばした分だけ、頑張った分だけ、周りを不幸にする。

 わたしは呪われている。

 だからこそ彼女はコマチ以外には手を伸ばせない。

 

「……そっか。そうだよね」

 

 響の言葉を聞いて、未来は頷いて──。

 

「だとしても、わたしは響に手を伸ばす事を……諦めたくない」

「──」

 

【──だとしても、俺は君に手を伸ばすのを諦めない】

 

「だからお願い響。一言で良いから。今回だけで良いから。響の本音……聞かせて」

 

【──だから一言で良い】

【──今回だけでも良い】

【──言ってくれ、君の本音を】

 

「……」

 

 同じだった。

 響を救ってくれたコマチと同じ事を、彼女は同じ言葉を響に送った。

 苛立ちとで握られた拳から力が抜ける。

 黒く染まった怒りが収まり、表情も険が取れいつもの落ち着いた彼女へと戻る。

 そして、彼女は──言った。

 

「──お願い、助けて。アイツを……助けたい」

 

 その言葉に対して、小日向未来は当然こう答える。

 

 

「もちろん!」

 

 その際に浮かべた笑顔は陽だまりみたいで──温かいな、と響は思った。

 しかしそれと同時に申し訳ない気持ちも浮かぶ。

 目の前の少女は過去の響を知っていた。そしてそれを彼女は覚えていない。

 その事をちゃんと伝えたし、拒絶もした筈だ。

 それなのに──。

 

「ねえ……どうしてそこまで……。わたし、アンタの事忘れているのに」

「当然だよ──わたし、諦めていないから……諦めるものか」

「え……?」

「いつか絶対、わたしの事を思い出して貰うんだ」

 

 未来は響にそう宣言して。

 

「とりあえず今は──」

 

 背後の街を見て。

 

「今度はコマチって子も連れてデートしよ。そして、この景色を見せてあげたい」

 

 笑顔で未来を思い浮かべて響に言った。

 それを聞いた響は少しだけ──ほんの少しだけ笑って。

 

「……うん」

 

 コマチを此処に連れてこよう──三人で見る為に。

 と、ギュッと拳を握り締めて胸に誓った。

 

 ──小日向未来、説得に成功。

 以降、コマチ救出まで二課と協力体制に入る。

 

 

 ◆

 

 

 うおおおおおおおお! トリプルアクセル! 

 

「なんの! せい!」

 

 うわああああああ! 俺のキャラが場外にいいいい!? 

 

「……楽しそうだね。というか、よくゲームができるね」

 

 後ろから観戦していたクリスちゃんが何処か呆れた声を出す。

 まあね。街の悪ガキ共と店頭で試遊場でよく遊んでたからね。

 うちテレビが無くてゲームできないから、あそこでしかできないんだよな……母ちゃんにゲーム買って貰えない子どもたちはソウルメイトだぜ。

 

「あたしはたくさん持っているデスよ! といっても相手は弱っちい博士だけでつまんないデスが」

 

 相変わらず言葉の何処かにトゲがあるねキリカちゃん。

 

「さて、これであたしの十連勝──ぐっふっふ。敗者は勝者に従う。そう言いましたね?」

 

 ぐぬ……確かにそう言った。

 あわよくば十連勝して此処から逃して貰おうと思ったけど、まさか負けるなんて……! 

 

「意外と小狡い……」

 

 賢いと言って! 

 

「小賢しい……」

 

 クリスちゃん? 

 

「まーまー。敗者に口無しデスよ──という訳で、モフらせろー!」

 

 ぐあー!? モフられたー!? 

 でも仕方ないよね! 俺、ぷりちーなイーブイボディだから! 

 おまけでつぶらな瞳もプレゼントしてあげよう! 

 

「あざとい。そういうのは良いのデス!」

 

 ひどす。

 

「作られた可愛さは……ね」

 

 いやクリスちゃんも人の事言えな──ああ、何でもないです。だからイチイバル握り締めないで。

 それにしても……ふむ……。

 キリカちゃんは、その……発育が良いですね。

 やわっこいのが当たってらっしゃる。

 というか、会う子だいたい発育がよろしい。響ちゃんもそうだし、奏さんもナイスだし。目の前のクリスちゃんなんてメガシンカしてらっしゃる。

 翼さん? 滑りやすそうだなって。

 あとこの前のリボン付けた子も……まあドンマイ。

 

 ──余談だが、この瞬間若干2名殺気立った。

 

「あー、癒されるデスねー。クリスもどうですか?」

「……わたしは、良い」

「えー、何でですか? そうやっていつも拒否して」

 

 あれ? キリカちゃん知らないの? 

 クリスちゃんキリカちゃんが寝た後二人っきりになったら存分に甘──はい、何でもないです。

 

「二人っきり……!? なんだか、えっちデス!」

「そういうのじゃないから!」

「慌てて強く否定するとか、ますます怪しいデス!」

「だから……! コマチも、何か言って」

 

 クリスちゃんは……その……凄かったです、ポッ。

 

「……!」

「あ、ヤベーデス。本気で怒らせてしまったデス」

 

 おいおい、死んだわ俺たち。

 

「──随分と賑やかね」

 

 己の死期を悟って、どうせ死ぬならクリスちゃんの胸の中で……! と、思っていたら第三者の声が聞こえた。

 その声を聞いたクリスちゃんもキリカちゃんも動きを止めて、何処となく固い雰囲気を醸し出す。

 もしかして、この人が……? 

 そう思い振り返って──絶句した。

 

「……お久しゅうございます」

 

 何か言っているが頭に入らない。何故なら──新たな胸囲……じゃなくて驚異が現れたからだ。

 しかもノー装備! つまり裸族! 辛うじて白衣を羽織っているけどそれで余計にエロい! 

 不味いぞ……囲まれた! メガおっぱいにデスデスおっぱい、そしてノーガードおっぱいに囲まれた……! 

 翼さん三人呼んでこい! 相殺するから! 

 

「えっち……」

「確かこういうのを淫獣って言うんデスかね?」

「……はぁ」

 

 ……失礼、取り乱しました。

 

「いや、もう遅いから」

 

 クリスちゃんの視線が心無しか冷たい。ひんひん。

 そうやって泣きそうになっていると、裸族おっぱいさんに抱き抱えられた。

 

「相変わらず変わりませんね」

 

 性分でな。

 ……あれ? 会った事あったっけ? 

 

「……覚えていないのなら結構です」

 

 そう。あ、単刀直入に聞くね。

 君がフィーネ? 

 

「はい、そうです」

 

 そっかー……。

 その答えを聞いて、俺は腕の中から抜け出して、彼女から離れた。

 

「ブイブイ!」

 

 君がフィーネなら、今は仲良くできない。

 あなたの所為で、苦しんで、泣いている人を知っているから。

 

「……そうですか」

 

 うん。

 

「…………そう、ですか」

 

 ……うん? 

 

「──はぁ」

 

 絶句してしまった。

 突如目の前の女性、フィーネが深いため息と共に膝を突いて、何だか凄いショックを受けている。

 それを見たクリスちゃんたちも驚いていた。

 え? 何が起きているの? 

 

「き、気になさらないでください……覚悟していたとはいえ、やはり心に傷が……」

 

 大丈夫? とあまりにもあまりな姿に思わず近づいて問い掛けた。

 いや、してきた事は許せない人だけど流石にね? 

 

「──本当、相変わらずですね」

 

 どうにか持ち直したのか、フッと意味深な笑みを浮かべるフィーネさん。

 俺の事を知っているのか? 

 

「ええ、知っています──貴方以上に」

 

 ふーん。まあ、いいや。

 それはそうとフィーネさん。俺を解放して。

 

「ええ。構いませんよ」

 

 え? 

 

「え?」

「……どうしたクリス。不服か? 元々そういう手筈だろう?」

「……うん」

 

 一瞬、フィーネさんとクリスちゃんの間で不穏な気配が流れるが、すぐに消えた。

 フィーネさんはこちらを見て、言葉を続ける。

 

「ただ、タイミングはこちらで決めさせて頂きます。ですので、もう暫く此処に」

 

 う──────ーん。響ちゃん的に早く帰りたいんですが。

 

「それならご安心を。今は冷静になり、二課と協力体制にあります」

 

 マジ? あの響ちゃんが? 

 どういう心境の変化なんだ? 

 

「大事、だから……。だから、手段を選んでいられない」

「以前より厳しい戦いになるという事デスね」

「それもある。けど──」

 

 んー? やっぱりクリスちゃんの様子がおかしいな。

 後で話を聞くか。

 

「では、こちらに来てください」

 

 え? なんで? 

 

「貴方を攫ったのは、ある目的の為──しばらく大人しくして貰います」

 

 大人しくって──って、待って。

 

 

 

 それが何でこの世界にあるの? 

 

「では、行きます」

 

 ちょ、まっ──。

 

 

 ◆

 

 

 立花響が二課と協力体制に入ってしばらくし、ある事件が起きる。

 広木防衛大臣の暗殺事件。

 それを機に二課は慌ただしくなり──ある計画が実行される。

 

 完全聖遺物デュランダルの移送計画。

 この件に、装者たちは外敵を警戒し警護に回され──その日、再び二つの勢力が衝突した。

 



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第六話「水面に写る太陽掬い上げて」

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐くクリスちゃん。

 元々元気が無かったけど、フィーネさんが帰って来てから日に日に元気が無くなっている。

 どうしたのー? モフるかー? 

 

「……うん」

 

 コクリと頷くクリスちゃん。

 随分と素直だね。キリカちゃんの前だとツンツンしているのに。

 そう思いつつも、ベッドに座っているクリスちゃんの膝に乗り体を丸める。

 さあ、来い! 

 

「相変わらずテンションがおかしい……」

 

 ツッコミつつもクリスちゃんは優しい手付きで俺の背中を撫で始める。

 いいですね、これは。心地良くて寝てしまいそうだ。

 でもお客さん──あなた、悩みがありますね? 

 

「どういうテンション……?」

 

 いや、気が紛れればと思って。

 

「……はぁ」

 

 ……まぁ、正直俺に解決できるか分からないけど話してみ? 

 そうすれば気が楽になるかもしれないし、場合によっては俺も一緒に考えるから。

 

「……それ」

 

 ん? 

 

「なんで、わたしたちに優しくできるの? わたしたちは、貴方の家族を傷付けたんだよ……!?」

 

 あー……やっぱりというか何というか、その事で悩んでいたんだねクリスちゃん──それも最初から。

 

「……っ」

 

 迷っていたんだね。俺と響ちゃんを引き離す事を。

 よく話したしね。あの子の事。

 素直じゃなくていつもムスッとしてて俺の事滅多にモフらないし、ムフらせようとしたら毛玉扱い。

 でも本当は優しくて俺を助けてくれて──伸ばした手を繋いでくれた普通の女の子。

 

 だから、この誘拐の事は、許せない。どんな理由があろうとも。

 

「……」

 

 でもそれとこれとは話が別。

 

「え……?」

 

 確かに許せないけど、だからって友達を見捨てる理由にはならない。

 あの事を後悔しているなら、響ちゃんと会って謝って欲しい。

 そしてできたら友達になってあげて欲しい。

 そのソロモンの杖も捨てて、ネフシュタンも二課の人に返して。

 

「それは……」

 

 言い淀むって事は、クリスちゃんには譲れないものがあるんだね。

 

「──わたしは、この世から争いを無くしたい」

 

 うん。

 

「その為には力が必要。わたしが絶対的な力を持てば、争いを起こす気すら失くさせてみせる。

 ……その為に、わたしはフィーネに協力する」

 

 ──だから、あの子とは友達にはなれない。

 悲しそうに、しかし断言するクリスちゃん。

 信念を曲げてはならないという強迫観念と──そこに悩みの根幹がある事を俺は悟った。

 

 だから俺は彼女に言った。

 フィーネさんのやり方に疑問を持っているんだね、と。

 

「──そんな事」

 

 だってクリスちゃんずっと難しい顔してるよ? 

 昨日のキリカちゃんの体からネフシュタンの鎧の浸食を取り除く為の雷撃も嫌そうにしていたし。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()も最後まで反対していた。結局聞き入れて貰えなかったけど。

 

 だからクリスちゃんが何を考えているのかなんて、分かるよ。

 

「……」

 

 俺は忘れちゃうだろうけど、これだけは言っておくね。

 ──親子は喧嘩してなんぼ。

 

「え……?」

 

 クリスちゃんが本当の両親の事を大事にしているのは知っている。

 それでも、今まで公園で君の愚痴を聞いた俺は言うよ。

 恐れないで。怖がらないで。

 きっと君の思いは伝わる。

 ……その時、君の本当の夢が分かると思う。

 

 だから、頑張って。

 

「──うん」

 

 その会話を最後に、俺は()()()()()()()()()()、フィーネさんにより新たな力を──いや、力を思い出した。

 それを自覚して使えるかはともかく……。

 

 第六話「水面に写る太陽掬い上げて」

 

 

 完全聖遺物の護送作戦開始までの時間の間、響は食堂にて一人食事を摂っていた。

 今回の作戦で敵が襲ってくる可能性は十分高いと見ている。

 ここ最近のノイズの発生が、二課本部に安置されているデュランダルを狙ってのものだと日本政府が判断し、別の場所に移し替える、というのが筋書き。

 

 しかし、響にとってはそんな事はどうでも良い。

 ようやく、彼女たちと再会できる。

 ネフシュタンの鎧。イチイバル。そしてフィーネ。

 

「絶対──取り戻す」

 

 敵を思い、コマチを想って自然と響の体に力が入る。

 

「──そんなに肩に力入れてると、いざという時転けちまうぞ?」

 

 そんな彼女の肩にポンと手を置く者がいた。

 

「……奏さん」

「前、座っても良いか?」

 

 彼女の問いに響は何も答えず、自分の食事の続きを始めた。

 それに奏は苦笑いしつつ、響の返答を聞かずに前に座った。

 何か言いたげな響だったが、奏は努めて気にせずに食事を始めた。

 ……ちなみに、響は奏の皿の上を見ないようにしている。口の中が酸っぱくなりそうだからだ。

 コマチには絶対真似させる訳にはいかない、と思った。

 

「ここでの生活には慣れたか?」

「全然」

「即答かよ……」

 

 ははは、と苦笑いを浮かべる奏。

 彼女のこの反応は日常だけではなく、戦場でも現れている。二課に従うと決めたその日に彼女は──。

 

『連携は無理なんで、担当を分けて戦いましょう』

 

 と、宣い、翼が若干切れた。

 しかし実際に戦場に出ると響の物言いは正しく、結果三人でノイズと戦うというよりは、二人と一人でノイズを殲滅している、が正しい。

 ……ただ、彼女が紫電の力を使う度に懐かしい気持ちになる。

 

「……そんなにあたし達二課の事が信用できないか?」

「……」

「確かにお前からしたら、あたし達は助けてくれなかった相手だ。だが──」

「──勘違いしないでください」

 

 奏の言葉を遮る響。

 

「確かに今は、アイツを取り戻す為に……あの子の言う事を聞いていますが、それが終わったらそれまでです。だから馴れ合う必要はない。それだけです」

「馴れ合いとかなくて、あたし達は──」

「──それに、わたしにはこの二課を信用できない理由がある」

「──理由?」

 

 取り付く暇も無い響が、いつもと違う事を言った。

 それに奏が反応すると、響はハッと己の失言に気づき首を横に振る。

 

「すみません、忘れてください」

「そうは言っても……」

「──そんなに気になりますか。わたしが戦場に出るのが」

「っ……」

 

 なおも食い下がる奏に、響がピシャリと核心を突く。

 

「話は伺っています──光彦さん、でしたか。彼がわたしの命を救ってくれた、と」

「……ああ。何もできなかったあたしと違ってな」

「言わば、わたしはその光彦さんの忘れ形見」

 

 

 二課の設備を使い過去のデータを見させて貰った響。

 協力をする代わりの対価として求めたのだが……色々と知る事ができた。

 

「──似ています。アイツと」

「アイツ……コマチ、か?」

「はい。自分を顧みず誰かを助ける為に命を賭ける。人が悲しんでいたら、必ず慰めてくれる」

「……」

「──会ってみたかった、と思いました」

「響……」

 

 意外な言葉に奏が驚きの表情を浮かべた。

 響自身も驚いていた。コマチと未来以外に関心をみせる自分に。

 だから、柄にもなく聞いてしまった。

 

「……辛くないんですか? 家族を失って」

「──辛いに決まっているさ。正直、今も引き摺っているし、叶うならあの日に戻りたい」

「……それなのに、何故前に向かって歩けるんですか?」

「そっか、お前にはそう見えるのか」

 

 ふーっと息を吐く。

 奏は食堂の天井を見ながら力なく言った。

 

「あたし自身歩けているかなんて分からないよ」

「……」

「いつも後ろ見て、過去を引き摺って、フラフラしている。だからコマチを見た時驚いた。ああ、光彦みたいな奴が居たんだって──それこそ、アイツがまだ生きているって錯覚してしまうくらいに」

「……」

「だからな、響」

 

 視線を響へと戻す。

 

「お前は、絶対にアイツを取り戻せ。そして今度こそ手放すな──それができなかった先輩からのアドバイスだ」

 

 そう悲しそうに言う奏に──。

 

「──言われるまでもなく」

 

 響は真っ直ぐに見つめ返して答えた。

 

 ──数時間後、作戦が開始される。

 

 

 ◆

 

 

「響!」

「……!」

 

 出発する直前に、突如響は呼び止められた。

 振り向くとそこには未来が。

 本来なら外部協力者である未来には今回の作戦を伝える事は無いのだが、響を二課の協力者へと招き入れた功労として、今回限りこの場に居る事を認められている。

 

「……もしかしたら、またしばらく会えなくなるかもって思ったら、居ても居られなくて」

 

 彼女は何となく察していた。

 今回の作戦を機に、また響が離れる、と。

 響もまた、何かを感じ取っており、目の前の未来と同じ考えだった。

 

 未来がギュッと響を抱き締める。

 その温かさを忘れないように、自分の温もりを相手に伝えるように。

 

「また、会おうね」

 

 会えるかな、ではなく。

 会おう、と彼女は言う。

 それは願望ではなく、決意であり覚悟。

 どれだけ離れようと、どれだけ拒絶されようと、あなたの側に立ち、思い出させるという強い想い。

 その想いに響は──。

 

「うん」

 

 コクリと頷いた。

 

 

 

 

 奏と翼、響は既にシンフォギアを纏ってそれぞれの配置に付いていた。

 奏はデュランダルが入ったケースを所有している了子の車の上に、響は護送車の軍団の前方を紫電を纏いながら走り、翼はサーフボード状の剣に乗って上空を駆けていた。

 弦十郎もヘリに乗り、上から指示を出していた。

 防衛大臣殺人犯の検挙という名目で検閲し、一般人は居ない。

 

 ──つまり、人影があれば、それは敵という事。

 

「──来た」

 

 響が拳を目の前に突き出すと同時に、弾丸が飛来し衝突。

 狙撃だ。

 

「──イチイバル! 翼!」

『分かってる!』

 

 飛行速度を上げ、翼は狙撃地点に向かって突っ込む。

 同時に橋の一部が崩れ、そこから車が一つ落ちる。

 本格的に敵の妨害が始まった。

 響たちはそのまま速度を維持し、目的まで走るが、下水道からの攻撃により護送車が次々と、正確に脱落させられていく。

 

 そこで弦十郎は薬品工場エリアにあえて入り、敵の攻め手を封じる算段を取る。

 結果、弦十郎の狙い通りに行くが、了子の車含めて大破し──響と奏の前にキリカが現れる。ソロモンの杖を携え、ノイズを引き連れて。

 

 それを見た響の頭が怒りで染め上がる。

 

「──奏さん。櫻井さんを守ってて」

 

 こいつは、わたしがやる。

 

 それだけを伝えると、拳を握り締めて──突貫。

 

(っ──前より、速いデス!)

 

 回避行動を取る前に、響の拳がネフシュタンの鎧を穿つ。

 衝撃が体に響き渡り、キリカは思わず苦悶の表情を浮かべる。

 

「この──」

 

 鞭を振るうが、それをパシリと受け止めて引き寄せると──掌底。

 

「かは──!?」

「前と同じだと思った? ──そんな訳、ないだろ……!」

 

 さらに拳を握り締めて、追撃。

 

「この時の為に、身を焦がすこの激情を燃やし続けてきた!!」

 

 ガツンと衝撃と電撃がキリカの頬を打ち抜く。

 グラグラと視界が揺れ、ビリビリと脳が痺れる。

 そしてネフシュタンが再生を試み、彼女の命を蝕む。

 

(このままじゃ不味いですよ──クリス!)

 

 キリカが仲間に助けを求め、それにクリスが応える為に動く。

 狙い定め、猛攻を続ける響に向かって弾丸を放ち──。

 

「うらあああああ!!」

「っ!?」

 

 しかし奏が割り込んで、彼女の槍がクリスの狙撃を弾き飛ばした。

 クリスは弾道を読まれた事に驚き、それを為した奏はニヤリと笑う。

 何故? 位置取りは完璧だった筈だと眉を顰めるクリス。

 取り敢えず移動しようとして──影。

 

「狙撃手も、可愛い女の子も、寄られたら何もできないのは同じだ!」

 

 空から索敵していた翼が、クリスへと強襲。

 弦十郎仕込みの近接戦闘を叩き込み……。

 

「──むっ!」

「訳の分からない、事を!」

 

 しかしクリスはそれを捌き、空中で踏ん張りが効かない翼を蹴り飛ばした。

 翼は驚いていた。ゴリゴリの後方支援タイプかと思っていたら意外にも近距離戦もできる事──ではなく、その動きが自分と似ている事に。

 

「その構え、一体何処で!」

「飯食って、映画見て、寝る──それで強くなれるらしい」

 

 そう言いつつも何処か納得していない様子のクリス。

 フィーネに指示された時はそんなバカなと疑っていたが、今ではそのバカな事が有効で未だに現実を疑っている。

 だが、それで力を付けることができた。

 争いを無くす力を。

 

 そして、そんな彼女と相対する翼は笑みを浮かべていた。

 

「──面白い」

 

 スッと構えるその姿は、クリスと似ていた。

 

「攻略しがいがある──強敵も、可愛い女の子も!」

「──できるものなら……!」

 

 

 翼がクリスを抑えている間に、響はキリカへと攻め立てる。

 キリカはそれに焦り、ソロモンの杖を使用しノイズを召喚。響と自分の間にノイズを置こうとし──。

 

「ノイズに恨みがあるのは、あたしだって同じだぁ!」

 

 槍を振るい、響の露払いをする。

 

「こんだけ居りゃあ、少しは気が晴れそうだ! ──だから響!」

「……!」

「取り戻してこい! 家族を!」

「──!」

 

 激励を受け、響は言葉無く応え、キリカへと拳を叩き付ける。

 キリカは鞭を操り受け止めるが、それを響が払い退け、次々と拳を彼女に当てていく。

 破壊と再生が繰り返され、キリカに痛みが蓄積されていく。

 

 戦況は二課側に有利であった。

 このまま行けばネフシュタン、イチイバルを撃破し二人の少女を捕獲する事ができるだろう。

 

 このままいけば。

 

「──覚醒……起動!?」

 

 ケースから飛び出したデュランダルに、了子が驚きの表情を浮かべる。

 この場には四人の装者が居り、歌い、フォニックゲインを高めている。それでも本来なら完全聖遺物を起動させるだけの力はないはずだ。

 それでも起きたという事は──それを為した要因が居る。

 

「あれがデュランダル! ターゲットデス!」

 

 キリカは、響との戦闘を放棄しデュランダルへと飛び付いた。

 これ以上長続きすればこちらが負けると判断し、さっさと目的を果たそうと動き──後ろからの強襲で地面に叩き付けられた。

 

「ぐあ!?」

「──まだ、終わってないぞ……わたしの怒りは!」

 

 殴り落としてそう叫んだ響は、次に目の前に浮くデュランダルを見た。

 これが敵の狙い。欲しかったもの。

 なら、これを使ってやれば──。

 躊躇なく手を伸ばし掴んだ響は──闇を纏い、全てを壊す獣へと堕ちた。

 

【グウウ……グオオオオオオオオオオ!!】

 

 空気が揺れる。地面が揺蕩う。世界が軋む。

 暴走した少女が、破壊の力を手に、敵を消さんと振り被る。

 それを見て飛び出す者が──二人。

 

「待て、響」

 

 その力の危うさに、そして何より行ってはいけない方へ行こうとしている彼女を助ける為に奏が。

 

「そんな力を振りかざすから、世界は──!」

 

 自分の夢を叶える為、自分のような者を生み出さない為、そして認めてはならない力を否定する為にクリスが。

 

 二人が響の前に立つ。

 それを響は──躊躇なくデュランダルを振り下ろした。

 

「奏!!」

「クリス!?」

 

 極光が世界を照らし──。

 

 

 

「──ブイ!」

 

 それを日陰が優しく受け止める。

 

【──!!】

 

 極光の先に現れた家族の姿に、響の意識が戻る。

 そして──叫んだ。

 

【ダメダ──ニゲテ!】

 

 よりにもよって大切なものに破壊の力を振りかざしている。

 このままでは、自分の手で日陰を壊してしまう。

 

 あの時のように。

 響の脳裏にトラウマが蘇り、胸にあの時の絶望が湧き上がる。

 その負の感情がどんどんデュランダルの出力を引き上げていく。

 

【ヤメロ──やめろおおおお!!】

 

 懇願するように叫び。

 

「ブイ」

 

 パクリと口を開いて食いつく。

 するとシュルシュルと破壊の光がイーブイの体へと入っていき、その次には響の闇が、そして最後にはデュランダル本体が粒子化して飲み込まれる。

 

「イーップイ……」

 

 それにイーブイが満足そうに寝転んで前足で自分の腹を撫で付ける。

 まるでご飯をたくさん食べたかのようだ。

 そんなイーブイに響が駆け寄り──。

 

「ブイ!?」

「この、バカ……! 心配、させないでよ……!」

 

 涙を流しながら強く強く抱き締めていた。

 イーブイは突然の事に驚き、目をシロクロさせていたが、響が泣いている事に気がつくとペロペロと舐めて、まるで慰めているかのようだ。

 

「…………」

 

 それをクリスが悲しそうな目で見て──離脱した。

 

「あ、待て!」

 

 それを翼が追おうとして。

 

「どっこいっしょ!」

「!?」

 

 キリカがエネルギー弾で牽制し、その後鞭で弾き飛ばして自分も離脱。

 すぐに追おうとする翼だが。

 

『深追いをするな翼!』

「だけど!」

『これ以上は、危険だ……』

「……く」

 

 弦十郎の判断により、それも一時取り止めとなる。

 一方地上では、敵が居なくなり、響も大切なものを奪還し、戦場特有のピリピリした空気が無くなりつつあった。

 

「……ふう。良かったな、ひび──」

 

 だから奏は気が付かなかった──響の反応に。

 近づこうとした奏の足元に紫電が走り、強制的に足を止められる。

 

「え……?」

 

 何が起きたのか分からない。

 そう愕然とする奏に、響は冷たく──拒絶した。

 

「それ以上近づけば──敵対とみなして攻撃します」

 

 訳が分からなかった。

 通じ合えないまでも、少しは仲良くなったと思っていた。

 だが、なんだあの目は。何故彼女は、響は──二課を敵視する? 

 

「何を言って──」

「鎌倉の風鳴」

 

 一つの言葉が、奏を遮った。

 事態に気づいた翼が降り立ち、感情を顕にする。

 

「なんでお前の口からその名前が……!?」

「そっちに居る間に色々見せて貰ったから。──この力を使えば、機械なんてわたしにとって赤ん坊当然。丸裸」

 

 響は知っている。

 かつて、コマチと似た存在である光彦がどのような扱いをされていたのか。

 鎌倉がどのように考えているのか。日本政府がコマチをどう使おうとしているのか。

 

 ──二課は信じる事ができる。

 だが、その後ろがダメだ。

 

「──アイツらのせいかよ……!」

 

 翼が怒りで拳を強く握り締める。

 自分から全てを奪う風鳴が──憎かった。

 だが、奏は諦める事はできなかった。

 

「あたし達がそんな事させない! だから──」

「……知らないって事は、時に罪ですね」

「……何を、言って」

「後で弦十郎さんに聞いてみてください──ライブ後の日本政府が立てていた光彦さんの扱いを」

「──」

 

 予想外の名前が出て、奏の言葉が止まる。

 その隙を突いて、いつの間にか眠っているイーブイを優しく抱き留めながら紫電を体に纏い。

 

「あと」

「……」

「──わたしの復讐相手が居る組織に、そう易々と身を預けられないから」

「え……?」

 

 その言葉を最後に、響はある人物を強く睨み付けて──その場から離脱した。

 

 かくして、デュランダルは失われ、協力者であった立花響は離散し、不穏な言葉を残して事態は終結した。

 

 その場に誰もが、何も言わず佇んでいた。

 

「──◾️◾️◾️◾️様、申し訳ありません」

 

 風が鳴り、その言葉は──誰にも届かなかった。

 



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第七話「日陰と太陽、そして陽だまり」

 デュランダル移送作戦は、デュランダルの喪失という形で失敗に終わった。

 その責を問われかけた風鳴弦十郎だったが、鎌倉の介入でそれも無くなり落ち着いた。

 実際は、鎌倉に貸しが出来てしまい素直に喜べないらしいが。

 そんな中、本部にて奏が弦十郎に詰め寄っていた。

 

「旦那、教えてくれ! 響が言っていた事は本当なのか!?」

 

 彼女は、響の言っていた事を信じたくなかった。

 しかし、あの目が、あの行動が、彼女の言葉を嘘だと切って捨てる事が出来ないでいた。

 詰め寄られていた弦十郎は目を閉じ黙っていたが──何も言わない事は不誠実だと判断したのだろう。

 彼が口にしたのは──残酷な現実。

 

「響くんの言う通り──あのライブの後、光彦くんは日本政府に引き渡される可能性が……いや、そうなっていただろう」

「なんでそんな話が……」

「鎌倉の爺が、また何か言っていたんだろう? それしかねえだろ……!」

 

 吐き捨てるような翼の言葉。彼女の私怨が混じったものだが、ほぼほぼその通りだった。

 しかし、何故光彦の有用性を知っている鎌倉、そして日本政府が……? と疑問に思う奏。

 そのおかげで彼は奏たちの側に居られた。

 

「ネフシュタンの鎧。あれを使えれば、光彦を分析して生態兵器を造った方が良いと考えたそうよ」

「──は?」

 

 了子の言葉に、奏の口から声が漏れる。

 それは──激しい怒りだった。

 

「なんで──なんでなんだよ! アイツは、自分の境遇に文句言わず頑張っていたじゃないか! それをなんで!」

「──有能過ぎたからだ」

 

 怒りを受け止めながら、弦十郎は重く、答えた。

 

「あれを大量生産出来れば国防は安泰──そう、考えたのさ」

「──んだよ、それ!」

 

 納得できず、怒りを口から吐き出すが収まらない。

 そしてこんな事を考えてしまう。

 こんな事を考える国のために、アイツは……命を賭けたのか? と。

 

「……この事を話さなかったのは、オレと奏が落ち込んでいたからだよな」

「ああ、それもあるが──それ以上にこんな事、知って欲しくないと思った。何せ──」

 

 大事な仲間の尊厳を貶めるような事だからな。

 その言葉がその場に居た全員の胸に重くのしかかり──やるせない感情が包み込んだ。

 

 

 第七話「日陰と太陽、そして陽だまり」

 

 

 無事に己の大切な日陰を取り戻した響。

 しかし、彼女の家族の様子が何処か可笑しかった。

 昨夜、一緒に寝ようとした所、いつもなら女の子に慣れていない男子のように若干照れたように躊躇してからベッドに入るのだが、今回は特に恥ずかしがる事なくベッドに入り自分の寝やすい場所を探して丸くなって寝た。

 大変愛らしいのだが──まるで犬猫のようで違和感があった。

 いや、ペットみたいなものなのだが。何なら今までの方が人間臭くて可笑しいまである。

 

 次に食事。いつものように出した所なかなか口に付けず、クンクンと匂いを嗅いで戸惑っていた。

 しかし意を決して食べると目を輝かしてガツガツと食べ始めた。

 久しぶりだったから、混乱したのかな? 

 そう思って自分が考え過ぎだと思い直し──食後の光景を見てやはり可笑しいと認識し直す。

 

 イーブイ用に盛られたご飯が残っていた。

 食べてはいる。食べてはいるが──摂取量が少なかった。

 イーブイの体を考えれば妥当な量だが、今までならペロリと平らげていたはず。

 それなのに何故。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

「ケップ……ブイ?」

 

 見た所不調な様子は見えない。

 満腹になってお腹がポッコリと膨らみ、少しだけ苦しそうだが。どうやら残すまいと頑張ったようだ。

 その相変わらずな所に、響は思わず苦笑し優しく撫でる。

 

「体調が悪いなら、そう言いなよ」

「ブーイ♪」

 

 擽ったいのか、体をモソモソと動かして鳴き声を出すイーブイ。

 キャッキャっと楽しそうな姿を見て響の頬が綻び──気付いた。

 

 彼の言葉を理解出来ない。

 普段なら何となくイーブイの鳴き声を聞くと、何を言っているのかが分かっていた。しかし今はそれが全く分からない。

 お互い不調はない。

 何故? 向こうに居た時に何かされたのか? それが一番可能性が高いが──響はふと気付いた。

 

「そういえば、あの時……」

 

 響が思い出すのはデュランダルを握った時の事。

 自分から大切なものを奪った相手が憎くて、それがさらに増大し、全てを壊そうとした。

 そしてその感覚はあの時が初めてではなく、身に覚えがあるものだった。

 目の前の小さな存在に救われたあの日。自分を化け物だと罵ったクラスメイトを壊そうと闇に堕ちた時の感覚。

 それが、あの日に再び蘇った。

 そして、響はあの日に一時イーブイの言葉が分からなくなっていた。

 

「もしかして、わたしがまた暴走したから……」

 

 心の何処かでまた拒絶してしまっているのか? 

 そう考え、そんな筈は無いと否定したくて、しかし手を差し伸ばしてくれた奏や翼を現に払い退けて此処に居るわけで。

 そして何より、何処までも自分を信じてくれたあの子を、響は──。

 

「ブイ!」

「っ──」

 

 思考のドツボにハマりかけていた響の頬を、ペロリとイーブイが舐める。

 いきなりの事に目をシロクロさせる響に、イーブイは真っ直ぐ彼女の目を見て鳴き声を出しながら首を傾げる。

 元気でた? と言わんばかりに。

 

「──……ふ」

 

 響はイーブイの頭をガシガシと少しだけ強く撫で付ける。するとイーブイは楽しそうな声をあげてされるがまま。

 やっぱり勘違いだった。この子は変わっていない。

 心地のいい日陰。

 

「気分転換に外出る?」

「ブイ!」

 

 やっぱり言葉は分からなかったけど、嬉しそうにしているのは分かった響であった。

 

 

 ◆

 

 

 食材を買う時以外ではおそらく初めてであろう外出。

 イーブイを肩に乗せ、パーカーを被せて隠そうとし、そういえばこの街の人と顔馴染みだと言っていた事を思い出してやめた。

 それに、パーカーを被せなければ街をよく見れると思ったからだ。

 しばらく歩いていると、小さな子ども達が響たちに駆け寄ってきた。

 

「あ!! ブイちゃん発見!」

「おい毛皮! 最近見なくて怪我したのか心配したぞ!」

 

 正確にはイーブイに、だが。

 しかしイーブイは子ども特有の元気があまりある勢いに怖気付いたのか、響の背中に隠れてしまった。

 その様子を見て首を傾げる子ども達。

 

「どーしたのブイちゃん?」

「お腹いたいのか? 母ちゃんのクッキーやるぞ?」

 

 心配そうに見る彼女達に、響は慣れないながらも助け舟を出す。

 

「コイツ……今日はちょっと調子悪いんだ。また今度遊んでくれる?」

「そっか……うん! 分かった!」

「ちょーしわるいんならしゃーねーな! 元気になったら遊んでやるよ!」

 

 ばいばーいっと大きく手を振って走り去っていく子ども達。

 それを見送って響はイーブイに言った。

 

「……人気者」

「ブイ?」

 

 その後も次々とイーブイを見掛けた人達が一声掛けていく。

 そしてその度にイーブイが引っ込み、響が説明する流れが出来ていた。さらに響の手にはイーブイ宛のお見舞いの品々があり、彼がどれだけ好かれているのかを知り……響は嬉しく思いつつも少しだけ妬いた。

 

「知ってる? アンタみたいなの八方美人って言うらしいよ?」

「ブ、ブーイ?」

 

 人差し指で頬をグリグリとしてやれば、戸惑いの声を上げる。それが面白くて響はちょっと笑ってしまった。

 

 しかし、普段とは違い遠巻きに見ている者が居た。

 

 一人は男のホームレス。

 なんだかんだと交流が続いていたのだが、最近はバイトで忙しく顔を合わせていなかった。そして今日偶然この街に来てイーブイを見つけたのだが……。

 

「……」

 

 彼は、イーブイを肩に乗せている響を見て逃げるようにその場を走り去ってしまった。

 その事に気付ける者は──今は居なかった。

 

 そしてもう一人、遠巻きに見ているのは──弁当箱を持ったクリス。

 彼女もまた、一人と一匹を見て表情を暗くさせていた。

 響達の前に出る事は──出来る筈もなく、見つかる前に帰る事にした。

 しかし最後にチラリとイーブイを見て──涙を流しながら立ち去った。

 

「お、おも……」

「ブ、ブーイ?」

 

 響の予想以上にイーブイが好かれていて、彼女の手には山のように積まれた商店街からの見舞品がグラグラと揺れていた。

 肩から降りて眺めているイーブイは、凄いなぁと感心した声を出す。

 

「アンタ、好感度稼ぎ過ぎ……!」

 

 このまま散歩するのは無理そうだな、と思い家に帰ろうかと考え始めた響に、救いの声を出す者がいた。

 

「半分持ちましょうか、お嬢さん」

「……いや、だいじょう──」

 

 申し出を断ろうとした響の言葉が途中で止まる。

 その隙にヒョイっと荷物の半分を取られ、響の隣に並び立った少女──未来は言った。

 

「ねえ、お腹空いていない? 良いお店知っているんだ」

 

 未来の問いかけに応えたのは──きゅうーっと鳴ったお腹の虫だった。

 

 

 

「おやおや、何だか珍しい組み合わせだねえ」

「おばちゃん、コマチの事知っているの?」

「コマチ……なるほど、覚えたよ。今日はよく食べる子も居るからじゃんじゃん焼くとしますか!」

 

 張り切ってお好み焼きを焼き始めるフラワーのおばちゃん。

 その様子に未来は苦笑し、視線を隣のイーブイへと向ける。

 

「そっか。君が響の隣に居たんだね」

「……? 知っている?」

 

 響の疑問にうんと答える未来。

 以前公園でグッスリと寝ていた所を起こした事があると伝え、毛並みがフワフワだったと伝える。

 それを聞いた響は無防備な事にため息を吐きコツンと拳を付けた。

 イーブイはよく分かっておらず、首を傾げて、とりあえず響の腕に頭を擦り付けた。

 その様子を見ていた未来が思わず零した。

 

「なんだか……響と似ているね」

「え? コイツと私が?」

 

 その言葉にショックを受ける響。

 自分はこんな風に……能天気に見えるのかと落ち込んだ。

 それに未来が慌てて、思った事を正しく伝える事にした。

 

「正確には、昔の響に、ね」

「昔の私?」

「うん。私のお日様で、温かくて優しくて、でも無理してるのを見てハラハラさせられる……」

「……」

 

 しかし、その時の彼女は──もう居ない。

 

「実はね──私、二課の人達に頼まれて響を説得してた時、別に二課に行かなくても良いと思ってた」

「……え? それってどういう──」

「──だって、響がまた傷付くと思うと怖くて」

 

 卑怯だよね、と未来は自傷気味に言う。

 

「私はあの時、響が二課に行ったらまた戦う。だからそれならって……でもどっちみち響は無茶するからって思ったら」

 

 己の罪を告白するかのような物言いに、響は──。

 

「私があの時二課に協力したのは、キミが居たからだよ」

「え?」

「あの人達は……もっと言うとその後ろの人達は信用できなかった。でも、君なら、君の言葉なら──信じて良いと思った」

「──」

「だから、結局こうやって二課から逃げて、君を裏切っているようで心苦しくて──」

「ううん、良いよ。私は、さっきの言葉で救われたから」

「……」

 

 ふんわりと笑顔を浮かべた彼女に、響は温かさと共に痛みを感じていた。

 ここまで自分の事を想ってくれている彼女を忘れてしまっている。

 その自責が響を襲い──。

 

「はいお待ち! 名付けてコマチスペシャル!」

「ブーーーイ!?」

 

 しかしそれを遮るように、耳に響く鳴き声とジュワア……と熱い音が響いた。

 そちらを見ると、イーブイの前にイーブイよりも大きいお好み焼きが置かれていた。その存在感にイーブイは体をガクブルさせていた。

 ちなみに未来と響の前には通常サイズが。

 

「この前来た時はたっっっっくさん食べたからね! 今日も遠慮しなくて良いよ!」

「ブ……ブブイ……ブブブブイ」

「……うん? どうしたんだい?」

 

 ようやく様子が可笑しい事に気が付いたのか、フラワーのおばちゃんが首を傾げる。

 それに響は深くため息を吐き、未来はよく分からず頭上にハテナが飛び交っていた。

 響がイーブイの不調を伝えると、おばちゃんはあちゃーと頭を抱えた。

 

「ごめんねえ。確認を怠ったばかりに。残して良いからね? 食べられる分だけ食べな」

「ブ……ブイ」

 

 響は分かっていた。そう言われてもイーブイは無理に食べようとする。そして食べ切れず凄く申し訳なさそうにする、と。朝もそうだったからだ。

 だから響は仕方が無いと言わんばかりに溜め息を吐き、イーブイを一度持ち上げ自分と席を入れ替える。すると自然と目の前のお好み焼きのサイズも変わる。

 

「ブ、ブイ?」

「そのサイズなら食べられるでしょ? 私はこっちを貰うから」

「で、でも大丈夫なのかい? 作った私が言うのもなんだけど馬鹿げた量で──」

「──別に大丈夫」

 

 ──だって。

 

「私は、コイツの5倍は食べる」

 

 そう言って響がコマチスペシャルに挑戦し──その横顔を、先程よりも近くなった距離で未来は微笑みながら見ていた。

 

 

 

 

「また来るんだよ! 特に響ちゃん! もっと食べに来な」

「気が向いたら……」

「ブイ!」

「ではおばさん、失礼します」

 

 食事を終えて店を出た二人と一匹。

 帰路はそれぞれ逆方向だ。

 店の前で響と未来が見つめ合う。

 

「……また、会えるよね?」

「……」

 

 その問いかけに、響は一度目を閉じ──フラワーを見て一言。

 

「全部終わったら──またここに食べに来る」

 

 その時隣に座られても──別に良いから。

 それだけを伝えると響は荷物を持ってイーブイと共に歩き出す。

 未来はその背中に。

 

「うん、分かった!」

 

 陽だまりのような笑顔を浮かべて、まるで約束だと言わんばかりに叫んだ。

 それを聞いて響は少しだけ笑い──頷く。

 



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第八話「迷いの弾丸。受け止める刃」

 ──夢を見ていた。

 何千年も前の昔の……愛しき記憶。

 

『◾️◾️◾️様。◾️◾️◾️◾️様っ』

 

 いつものように慕っている想い人とその友人に向かって、フィーネは駆け寄った。その手には花で造られた冠があり、彼女が誰にそれを贈ろうとしているのか、見て明らかであった。

 二人はフィーネに気付き、歩みを止める。

 

『どうしたんだいフィーネ』

『あ、それって……うわー、綺麗な花冠!』

 

 想い人は不思議そうに首を傾げ、しかしすぐに気付いた彼の友がフィーネを褒める。

 褒めて褒めて褒めまくって、その存在価値を上げた所で◾️◾️◾️◾️はひょいっと友人の頭に乗せた。

 

『はい◾️◾️◾️。うわ、やっぱり似合っている!』

『……そうか?』

『うん! うん! 物凄く! フィーネもそう思うでしょ?』

『え? あ、その……はい』

『……そっか』

 

 嬉しそうに己の頭の上にある花冠に触れる◾️◾️◾️。

 それを見て胸が温かくなり締め付けられる感覚を覚えるフィーネ。

 ◾️◾️◾️◾️はそれをニコニコと楽しそうに見て──。

 

『不愉快だ』

 

 それを壊す者が現れた。

 腕の鋭い一振りが◾️◾️◾️に向かって放たれ、それを咄嗟に◾️◾️◾️がしゃがんで避ける事で、花冠が無惨な姿に切り払われてしまう。

 それを見てフィーネが絶句し、◾️◾️◾️は鋭い目で己に茶々を入れた者を睨み付ける。

 しかし、彼女──◾️◾️◾️◾️は、気にした様子を見せず、ツカツカと◾️◾️◾️◾️の元へ向かうとそっとその手を取る。

 

『健在のようだな◾️◾️◾️◾️。どうだ? あちらで綺麗な景色が見れる。共に見ようではないか』

『あっかんべー』

『……ふふ、相変わらず釣れないな』

 

 もっとも、と言葉を続け、しかし目つきを変えて◾️◾️◾️を見る。

 

『やはり気に入らんな。お前ごときが◾️◾️◾️◾️の主だと』

『仕方がないだろう。皆で決めた事だし、他ならぬ◾️◾️◾️◾️が決めた事だ』

『ふん。ならばもっと自覚を持って──このような物に現を抜かすなど』

 

 そう言って◾️◾️◾️◾️は足元の花冠だったものを強く踏み締めた。

 それを見てフィーネは思わず叫んだ。

 

『お辞めください◾️◾️◾️◾️様! それは──』

『──端末風情が我に意見するのか……?』

『──ひっ』

 

 しかし神の威光にただの人間が抗える筈もなく、フィーネは蛇に睨まれたカエルの如く動けなくなり、◾️◾️◾️◾️の手が怪しく光りそして──。

 

『それ以上の愚行は許さないぞ◾️◾️◾️◾️』

『ちょっとやり過ぎだと思うよ』

『即刻この場から立ち去れ』

『……ちっ』

 

 舌打ちをして彼女はこの場から立ち去った。

 威圧感が消え、フィーネが思わず腰を抜かしたその場にへたり込む。

 その様子に二人は笑い、フィーネは恥ずかしくなった。

 赤くなった顔を隠すために顔を背けると、それを拗ねたと勘違いした◾️◾️◾️が謝罪する。先ほどの同僚のことも含めて。

 

『アイツは気に入らないんだ。オレが選ばれた事が』

『適性があったのが君だけだったからね。仕方ないよ』

 

 ──今でもその適性の意味は分からない。

 あの後二人はその事を口にしなかったからだ。

 しかしフィーネは別に良かった。彼らと一緒に居られれば。

 

 

 

 

 そして、統一言語を失いリインカーネーションにて蘇ったフィーネは、そこで初めて彼と出会った。

 

『◾️◾️◾️◾️!? まだこの星に居られたのですか!? お願いです。あの時何が起きたのか──』

 

 必死に声を掛ける彼女に対して、◾️◾️◾️◾️は──。

 

『キミは……だぁれ?』

 

 首をコテンと傾け……絶望を与えた。

 

 

 第八話「迷いの弾丸。受け止める刃」

 

 

「キリカ。あなた達との契約、今日で終わりよ」

「……ほへ?」

 

 突然放たれた解雇宣告。

 寝そべってポテチを食べつつゲームをしていたキリカは呆然とし、次にフィーネの言葉を理解すると顔を真っ青にして叫んだ。

 

「ほげー!? 何でデスか!? 新人のあたしの仕事ぶりに納得行かず!? これが噂に聞くハケンギリという奴ですか!!」

 

 多分違う。

 

「……はぁ。そもそも、私の作戦の準備が全て終わるまでの追加戦力。それが貴方の仕事だったはず」

「デース? ……デース!」

 

 思い出したらしい。

 

「全ての準備は整った──故に、これも不要」

「おっとと。これは」

 

 フィーネが放り投げ、キリカがキャッチしたのは──ソロモンの杖。

 キリカが……正確にはキリカをフィーネの元へ送った人物が欲していた完全聖遺物。

 それが彼女の手にあるという事は──本当にお役御免という事。

 

「ふむ……つまりあたしは帰らないといけない訳デスね」

「ええ、そうね」

「……」

「少し、寂しいですね」

「──!」

 

 今の今まで黙っていたクリスが、キリカの言葉に反応を示す。

 

「クリスと離れたらと考えると……」

「キリちゃん」

 

 彼女の言葉に、クリスが嬉しいような気恥ずかしいような、そして別れへの寂しさが思い浮かび──。

 

「そうだクリス。せっかくだから貴方もその子に着いていきなさい」

「──え?」

「デス?」

 

 予想外の言葉にポカンとする二人。

 しかしすぐにキリカが言葉の意味を理解し表情を輝かせる。

 

「デスデスデース! それはナイスな提案なのデスよ! 

 クリスには一度あたしの家族を紹介したかったです! 博士に、調に、そしてあの子にも! 

 あ、クリスが居ればスマブラできるですよ!? 力を合わせて博士をボコボコに──」

「──ちょっと待って!」

 

 興奮したキリカを、クリスが叫んで遮る。

 そしてキッとフィーネを睨み付けた。

 

「どういうつもり? 何でそんな事を──」

「別に。ただ私、貸しを作ったままで居たくないだけよ」

「でも……!」

 

 尚も食い下がるクリスに、フィーネは冷たい目で見つめ。

 

「──私の言うことが聞けないの? 平和の為でしょう」

「……」

「その程度の覚悟で、あなたの夢は叶うのかしら?」

「──っ」

 

 それだけ言うと、フィーネはキリカに今後について詳細を伝える。

 ネフシュタンの鎧の除去率と日程。戦闘データ。ソロモンの杖に関する取引。

 その傍らでクリスは強く強く拳を握り締め──。

 

「コマチを……また攫う」

「──」

「デエス!?」

 

 突然の言葉に今度はフィーネも驚いた。

 目を大きく見開いて彼女を見て──氷のように冷たい声で問い掛ける。

 

「立花響に同情でもしたか?」

「違う。計画の為なら手元に置いておいた方が都合が良い──そうでしょう?」

「……」

 

 思わずフィーネは押し黙った。

 クリスの言っている事は正しく、コマチがあの状態なら可能な事だからだ。

 

「……やってみろ」

 

 悩んだすえにフィーネはそう答え──それと同時にクリスは館を駆け出した。

 まるで急ぐかのように。

 

 

 ◆

 

 

(確かこの時間ならあそこに……!)

 

 既に立花響の動向は知り尽くしている。

 その為、クリスは迷い無く一直線に街を走っていた。

 このまま行けば響の元に、コマチの元に辿り着ける──そう思っていた。

 

「──そんなに急いで。デートに遅刻しそうなのかい?」

 

 子猫ちゃん。

 その言葉と共に、クリスの前に立ち塞がったのは──二課所属アメノハバキリの装者、風鳴翼。

 クリスは走る足を止めてどっしりと腰を落として構えを取る。

 

「おいおい、ここでやるのか? 勘弁してくれよ」

 

 翼の言葉を聞いてチラリと周囲を見渡す。

 確かに一般人が多く、ここでシンフォギアを纏って戦った際にはどれだけの被害が出るか。

 それはクリスの望む展開ではなく、そしてそれは目の前の翼も同様だった。

 

「あっちの人目の無い所に行こう」

「……」

 

 応えなかったが、クリスは翼の後を追った。

 そして通されたのは、何処かの街外れの廃墟。

 確かに此処で戦えば無関係の人を巻き込む事はない。

 

「……二課には連絡しないの?」

 

 道中、仲間を呼ぶ素振りを見せなかった翼にクリスが問い掛ける。

 すると……。

 

「おいおい。女の子と会うのに仲間呼ぶなんてそんなダセー真似できるかよ」

「……っ」

 

 チャランポランな言い分に、クリスがイラッとする。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Killter Ichaival tron」

 

 だから、すぐに風穴空けて通り抜けよう。

 

 ギアを構えたクリスはすぐ様撃った。

 構えてからの射撃が速く、一瞬翼は面を喰らう。

 しかし、その弾道を翼は覚えていた。

 ほとんど反射で弾を剣で弾き、地を蹴って拳を構える。

 遠距離タイプである狙撃手は寄られたら何もできない。

 それが普通だが──クリスは近接戦闘も強い。

 

「ふっ、はっ!」

「は、せい!」

 

 拳が打ち合い、弾き、足が舞い上がり、攻防が延々と続く。

 そんななか、翼が叫んだ。

 

「拳を交えて分かった! キミは美しい!」

「!?!?」

 

 当然の言葉に一瞬意識が持っていかれ、その隙に翼の裏手がクリスの頭を吹き飛ばした。

 しかしすぐに体勢を立て直し継続して打っていく。

 

「鞭のようにしなるその腕はまるで芸術品のようだ! 正直キミのような華奢な少女とのギャップに、オレは興奮している!」

「何を馬鹿な事を……!」

 

 羞恥と苛立ちがクリスを襲う。

 さっさとコイツを倒してしまおうと力が入り──。

 

「だから──教えて欲しい、キミが何に悩んでいるのかを」

「っ……」

 

 パシンと拳を容易く受け止められる。

 しかし、クリスは振り解くことができなかった。

 翼に核心を突かれてしまい、うまく体が動かせない。

 

「今のキミでは、何を成し遂げても後悔する──出直した方が良い」

「──なんで」

「ん?」

「なんでわたしにそんな事を……? それに前から、その……ナンパのような」

「ああ、それか。そうだな──」

 

 んー、と考え。

 

「……わからん」

「……!?」

「いや、拳交えて分かるのはいつもの事だし、それで助言するのも癖というか。ナンパもかわい子ちゃんを見つけたら癖でよくするし」

 

 何を言っているのか分からないが、女の敵だという事は分かった。

 

「ああ、でも」

 

 しかし翼は遠くを、過去を思い出しながら。

 

「光彦を思い出したから、かなぁ」

 

 翼は、光彦を守れなかった事以外で後悔している事がある。

 

「アイツ、オレ達が留守番から帰った時嬉しそうに抱き付いてくるんだ

 ──それまで、背中丸めて凄く寂しそうにして、な」

 

 記憶の中の光彦は、存外寂しがりだった。

 ライブに生で見たいと言っていたのもそれが原因だったのかもしれない。

 ……永遠に会えなくなるのなら、一緒に街に出てたくさん思い出を作れば良いと思った。

 

「だからオレは後悔しないようにしている。キミに優しくするのも……後悔したくないから、かもな」

「……」

「ところでお嬢さん。お名前を聞いても?」

「……敵に教える気はない」

「ありゃりゃ」

 

 ──だけど。

 

「次、アナタを倒したら教えてあげる──地に背を着けて見上げる、自分を倒した者の名前を」

「──おお、怖い怖い。その日が来る前に、ぜひ攻略してみせるよ」

「──フン」

 

 その言葉を最後に、クリスはその場を離脱した。

 胸の奥にシコリを覚えつつ、彼女は走り続ける。

 

 ──コマチ、わたしは……。

 

 クリスの言葉に応える友は──今はいない。

 



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第九話「大切だからこそ、アナタを傷付ける」

 ──やっぱり私が言った通りね。

 ──変な気を起こさず言う通りにしなさい。

 

 そう言われ、クリスはキリカと共に館を出た。

 今は、キリカの言う博士の隠れ拠点に向かっているところ。

 

「向こうに着いたら歓迎会をしたいデスねー! あ! だったらその前に買い物しましょう! 多分お菓子しかないでしょうから、色々買わないと。あの二人、あたしが居なかったら永遠とお菓子ばかり食べますから」

「……」

「クリスは何か食べたいものとかありますか? いっぱい作るデスよ?」

「……」

 

 しかし、クリスは答えることができなかった。

 このままで良いのか。

 何も為せず、フィーネから離れて良いのか。

 ……友を見捨てて良いのか。

 そんな彼女を見てキリカは大きなため息を吐いた。

 

「これはダメデスね……──クリス」

「……」

「クリス!!」

「ひゃ!?」

 

 反応しない彼女に業を煮やして、前に回り込んだキリカは、パチンッとクリスの頬を両手で挟み込みながら大声で呼び掛けた。

 すると、流石に衝撃と声で気づいたのか、クリスが目をシロクロさせながら意識をキリカに向ける。

 

「一度決めた事なら迷ったらダメデス! 最後まで醜く足掻く! それがアナタ達人間でしょ!?」

「キリちゃん……」

「やると決めたんデスよね。だったら一度や二度の失敗で諦めるな、デス」

 

 ほら行くデスよ。

 そう言ってきりかはクリスの背を押して、フィーネの居る館に戻るように促した。

 クリスは少し悩んで──駆け出した。

 

「ありがとう! キリちゃん!」

 

 すぐにクリスの姿は見えなくなり、それを眺めながらキリカはふうと深く息を吐いた。

 

「まさか調以外にここまであたしが入れ込むとは……思っていなかったですよ。──頑張れ、あたしの友達」

 

 彼女の言葉は風に吹かれて消えた。

 

 

 第九話「大切だからこそ、アナタを傷付ける」

 

 

 

「フィーネ!」

「……クリス?」

 

 館に戻るなりフィーネの名を叫ぶクリス。

 フィーネはクリスが戻ってきた事に驚き慌てて目元を拭うと、キッと彼女を冷たく睨み付けた。

 

「……何をしにきたの?」

「もう一度、わたしにチャンスを……!」

「何を馬鹿な事を言っているの? 何回しても無駄よ」

「それでも、わたしは──」

 

 尚も食い下がらないクリスに苛立ちを見せるフィーネ。

 なぜここまで言ってクリスは従わない。これだけ冷たくしても──自分にそんな目を向ける事ができる? 

 

「……もし私に縋りたくて、私の為と思っているのならやめなさい。そんな事をしても──」

「違う。これは私がしたいからだ」

「──」

「わたしがこのままだと嫌だからだ!」

 

 だから。

 

「計画を終えたら、あの子に、立花響にコマチを──」

「──はぁ」

 

 深く、深くため息を吐いた。

 まるで、これで最後と言わんばかりに。

 フィーネは決意した。

 その為にも──。

 

「いいわ、行きなさい」

「! フィーネッ」

「御膳立てしてあげるわ。二課の邪魔があって、また失敗してもう一度なんてされたら鬱陶しいもの──行きなさい」

 

 その言葉を聞きクリスは覚悟を決めた顔で館を出て──フィーネの視線に気付かなかった。

 

 

 ◆

 

 

 街に多数のノイズが現れ、人が逃げ惑う中、二課の装者が人々を助けるべくギアを振るう。キリカから一時的にソロモンの杖を返却して貰い、その力でノイズを操っているらしい。

 そんななか、ノイズ発生地点から離れた場所にて──響はイーブイを伴ってそこに居た。

 そして、彼女の鋭い視線の先には……クリスが居た。

 

「こんなものまで渡して、何のつもり?」

「ブイブイ? ブーイ!」

「アンタはちょっと黙ってて」

 

 響がグシャリと握り締めたのは、クリスからの果たし状。

 彼女は、響にイーブイを賭けて勝負しよう、とそれを出した。

 当然響の機嫌は悪くなり、さらに己の復讐者の関係者からの挑発とも取れるその行為にイライラしていた。

 

「わたしは、大切な人を助けたい。止めたい──その為にこの戦いは負けられない。コマチを渡して」

「──結局、また奪いに来ただけじゃないか。わたしの日陰を……!」

「今はそう取って貰って構わない。恨んでいい。憎んでいい──それでも、わたしは!」

 

 二人は胸元のペンダントを掴み、胸の歌を歌った。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

「Killter Ichaival tron」

 

 ガングニールとイチイバルのシンフォギアを纏い、それぞれ拳と大型ライフルを構える。

 先制はクリスからだった、高威力の弾丸をぶっ放す。

 当然速度もあり、意表を突かれた響は回避に意識を持っていかれる。

 その隙にクリスが距離を詰め、ライフルで殴り掛かってきた。

 咄嗟に腕でガードをするが、そのガードの上から彼女は吹き飛ばされる。

 

「ブイ!?」

 

 イーブイの心配そうな鳴き声が響き、しかし響は体勢を整えて着地をする。

 思いの外重い一撃に意表を突かれたようだが、まだまだ行けると判断した模様。

 何より──今の一撃に迷いが無かった。

 覚悟の乗った重い一撃だった。

 

「──負けるかぁ!」

 

 しかし、臆していられない。

 もうあんな思いをしたくない。してたまるか。

 だから目の前の敵を──ぶん殴ってでも倒してみせる。

 

 響の腕に紫電が迸り、その拳をクリスのアームドギアに叩き付けた。

 すると、アームドギアから煙が吹き出し、嫌な予感がしたクリスはライフルを投げ捨てた。すると爆発し四散し、カケラが飛び散る。

 響の紫電の力は、ギアを壊す力を有している。

 特にクリスのライフル型のような複雑な構造をしている物にはさらに効くらしい。

 

 ──ならば。

 

「! 狙撃手が接近戦!?」

「強くなる為なら何でもしてきた!」

 

 映画見たりとか。

 

「ブ、ブイブーイ!」

 

 イーブイの前では少女二人が無手で打ち合っていた。

 以前のクリスと翼は似た動きをし、一手一手が相手の上を行こうとする組み手に近いものだったが、今の二人は違う。

 技とゴリ押しの力のぶつかり合い。クリスがいなし、響がそれを押し通そうとする激しい戦いだった。

 それにイーブイが見惚れ……。

 

 ──プルルン。

 ──バルルン。

 

「──ブイ」

 

 ──別のものに見惚れていたようだ。

 

「──フン」

「ブギャ!?」

 

 そしてそんな不埒な視線に気付いた響が、足で砂かけをしてイーブイはのたうち回っている。

 クリスは顔を真っ赤にして横目でイーブイを睨み付けていた。なんでそこは変わっていないんだと言わんばかりに。

 

「──埒があかない」

 

 打ち合うなか、響は一度距離を取り──エネルギーを収束。

 アームドギアを生成できない響は、一つの技を作り上げていた。

 それは、ギアを作るエネルギーを技として無理やり使う方法。

 無理矢理で無茶苦茶だが──存外効く。

 それこそ、大型のノイズを一瞬で消しとばすくらいには。

 

「──喰らえ!」

「っ!!」

 

 それをクリスに向かって放とうとし──視界の外から伸びた鞭が二人を弾き飛ばした。

 

「くっ!?」

「きゃっ!?」

 

 クリスと響は吹き飛び──さらに響の作り出したエネルギーが暴発して、爆発が起きる。

 至近距離にいた二人はそれをまともに受けてダメージを受ける。

 

「ブイ!?」

 

 二人を心配するイーブイだが……。

 

「ケホケホ……心配しないで」

「コホンコホン。これくらいじゃやられない……」

「ああ?」

「なに?」

 

 ちょっとした事で喧嘩をし始める二人。

 

「そんな余裕があるのかしら?」

 

 そんな彼女達にさらなる一撃が放たれる。

 二人はそれを察知して避けて相手を見て──クリスは叫んだ。

 

「フィーネ……なんで!」

「なんでも何も、見ていたらダラダラと戦って──もう見ていられなかったわ」

 

 ──もう、アナタは要らないのよ。

 

「っ……」

 

 傷付き、泣きそうな顔をするクリス。

 そんな彼女からすぐに視線を外し、響を見るフィーネ。

 響は──ようやく会えた相手に、笑みを浮かべていた。

 

「会いたかったよ、フィーネ……!」

「あら? これがお初だったかしら?」

「……あそこで殺そうとしても二課が邪魔をする」

 

 ──だけど。

 

「今、此処なら!」

「──! 待って!」

 

 激情のまま突っ込む響と、それを追うように駆け出すクリス。

 そんな二人にフィーネは──鞭を操り、打ち付けると同時にエネルギー弾を至近距離で放出。

 ガードをする暇も無く直撃し、二人は倒れ伏した。

 

 一撃。

 一撃でシンフォギア装者は、フィーネに敗北した。

 

「ふん。やはりこの程度か──他愛もない」

 

 そう吐き捨てると、フィーネはイーブイを見て。

 

「では、またいずれ」

 

 ──◾️◾️◾️◾️様。

 

 その言葉を最後に彼女は飛び立ち。

 

「待て……待てええええええ!!」

 

 それを響が体を無理矢理動かして追いかけ。

 

「ブイ……ブイ!」

 

 それをイーブイが響とクリスを見て悩み……。

 クリスの方へと駆け付け、何とか楽な体勢にさせようとし。

 

「行って……」

「ブーイ……」

「大切なご主人様でしょ? ほら、早く……」

「──ブイ!」

 

 クリスの言葉を聞いたイーブイは彼女を追った。

 それを見送ったクリスは目を閉じて。

 

(フィーネ……)

 

 涙を一筋流して──意識を手放した。

 

 

 ◆

 

 

 ──わあ! 君って凄い歌が上手だね! 

 

 クリスは歌が嫌いだった。

 音楽で世界を平和にしょうとした両親が死に──そんな事はただの夢だと思い知らされたと、思い込んでいたからだ。

 

 しかし、その考えを改める機会を得た。

 コマチとの出会いである。

 

 ──ねえねえ! もう一回歌って! 

 

 茶色の毛玉の鳴き声が、何故か理解できて。

 しかも歌のリクエストをしてくる。

 不気味以前にその無遠慮さに苛立ちを覚えたクリスはそのまま帰り──次の日にもあった。

 

 ──ごめんね昨日は。歌を聞かせてなんて。あまりにも綺麗だったから。

 

 歌は嫌いだが、綺麗と言われて悪い気がしなかった。

 だが、人前で(人じゃないが)歌うのは恥ずかしかった。

 

 ──ねえねえお名前教えてよ! 俺はコマチ! 

 

 しかしこの毛玉、妙な事を言い出した。

 

 ──友達になら、歌を聞かせてくれるよね! 

 

 そこから奇妙な関係が始まった。

 クリスは頑なに自分の名前を教えず友達にならないようにし。

 しかし向こうはいつの間にか友達認定し。

 ひょんな事から弁当を毎日作るようになり、それが褒められる事が嬉しくて。

 

 いつからか、自分の歌を聞いてほしいと思った。

 

 

 だからクリスは誓った。

 友達を、大切な人を絶対に救うと。

 その思いの強さは、かつてクリスの両親と同じくらいに、尊く、強くなっていた。

 

 

 ◆

 

 

 目を開ける。視界いっぱいに翼の顔があった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

 驚いて飛び上り、声にならない悲鳴をあげるクリス。

 

「──!?」

 

 続いて周囲を見渡して自分が魔境(翼の部屋)に居る事を自覚して二度目の悲鳴を上げた。

 

 その後、別室の掃除をしていた奏が飛び込んできて、翼が説教されるまでそう時間は掛からなかった。

 

 

「なんでわたし、拉致した相手の部屋を片付けているの?」

「拉致なんて酷いな。保護したんだよ保護!」

「拉致か保護はともかくお前の部屋で寝かせるな翼」

 

 現在、奏とクリスは翼の部屋を掃除していた。

 滅茶苦茶な部屋で話はできないというのと、クリスが置かれた状況が可哀想。あり得ない。と家事スキルを発揮した為だ。

 翼は参加させていない。さらに汚す為。

 30分後ようやく片付き、一息つく事に。

 

「やっと片付いたな」

「お前が言うな翼!」

「やっぱりアナタとは合わない」

 

 二人にキレられショボンとする翼。

 部屋の隅で丸くなり、その間に奏はクリスに説明した。

 聖遺物の反応に駆け付けてみればクリスを発見。翼が保護をすると言い、弦十郎も賛成したこと。

 そして怪我の手当てをしようとし、そこまでの傷がなかった事。

 

「……」

「答えたくなければ良いのさ。ただ──響と会ったんだよな」

 

 アイツは──どうだった? 

 その問いかけにクリスは首を傾げる。何故敵である自分に? 

 そう思いつつも助けられた手前黙っているのは居心地が悪く素直に答えた。

 

「怒りで燃えてて凄く元気だった」

「そっか……」

 

 奏はホッとしたような悲しそうな顔をする。

 それを見てクリスは、フィーネから聞いた話を思い出す。

 奏は、響に対して強い負い目がある。だから彼女に対して消極的になる。

 それを思い出して、見て──少し前の自分を思い出して、つい言葉が出てしまった。

 

「──助けられたお礼に、助言をする」

「え?」

「──迷ってないでぶつかって。逃げてばかりじゃ話ができない。止めたいならぶつかるしかない。諦めたらダメ」

 

 ──わたしの友達なら、そう言うから。

 

 その言葉を聞いた奏はパチクリと目を瞬かせて、しかしすぐに笑みを浮かべると立ち上がりすれ違い様に彼女の頭を撫で付ける。

 

「そうだな──ウジウジしている暇なんてないよな」

 

 ありがとう。それだけ伝えると、奏は部屋を出て行った。

 それを見送り、今度は翼が彼女の前に座った。

 

「なあ──オレたちと一緒にこないか?」

「え?」

「見る限り、お前の大将とは決別してんだろ? ……いや、違うな。止めようとしているのか」

「……」

「だったら──手を組もう。オレ達もソイツを何とかしないといけない。響も止めないといけない。だから──力を貸してくれ」

 

 翼はクリスと拳を交え、その心を読み、信頼できると思っていた。

 弦十郎もまた話を聞き、クリスの事を調べ上げ、翼の意見を尊重すると言っていた。

 クリスは、翼の差し出した手を──叩いた。

 

「!!」

「勘違いしないで」

 

 しかしすぐに力強く握り締めた。

 

「フィーネを止める為に──アナタ達を利用するだけだから」

「──ふっ、相変わらずおもしれー女」

 

 クリスの不敵な笑みに、同じように笑って翼は応えた。

 

 

「それにしても柔らかい手だな。まるでお姫様──」

「やっぱりアナタとは合わないっ!!」

 

 再び手が叩かれた。

 



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第十話「約束」

 ──それは、遠い記憶。

 

「光彦……!」

「チャア……」

 

 奏は、光彦に対して怒っていた。

 顔を真っ赤にさせてプルプルと体を震わせて、感情に支配されてどうにかなってしまいそうだった。

 しかし、目の前の家族の為にその感情を蓋にしてあくまで冷静に対処しなくてはならない。

 奏は、息を深く吸って、そして同じだけ吐いた。

 

 それを数度繰り返して──説教を始める。

 

「こ、ここここっっこここんなもの、持ってはいけましぇん!」

「ピッカ」

(噛んでやんの)

「ちぃたぁ反省しろ!」

 

 バンッと机の上のエッチ本を叩き付ける奏。

 

 どういう訳か光彦は何処からかこの本を持って来て、戦っている時の奏ちゃん、この人ら並みにえっちですよ、と丁寧に教えてくれたのだ。ふざけんな。

 そのせいでこれからの出動に支障が出てしまいそうだ。

 

「ったく……何処から持ってきたんだこんなの」

「チュウ」

(川辺)

「前の出動の時、なんか一回離れたな? その時か! てか何であるの知っているんだよ」

「ピッ……ピカピカチュウ」

(えっと……藤堯さんが前そんな話してた!)

「後であの人とも話さねえとな」

 

 藤堯、未来で死亡確定。

 ある程度の説教が終わり、奏は光彦を抱き抱える。

 

「光彦……ごめんな」

「ピ?」

「お前をこんなトコに閉じ込めて……本当は外で遊びたいだろ?」

「ピー……ピカピカ」

「ははは。こういう時は気を使うんだな」

 

 気にしていないと首を横に振る光彦に、奏は苦笑する。

 時折ふざけたり、突拍子も無い事をするが、基本この小動物は優しいのだ。

 二課の事を考慮して、行動を制限されても暴れたりしない。

 その事が少しだけ、奏は寂しかった。

 

「……いつか、さ」

「ピ?」

「外で遊ぼうぜ。ショッピング行ったりゲームセンター行ったり。あ、カラオケなんかも良いな。他にも山に行ったり海に行ったり──」

「ピッカア……!」

「はは。楽しみか? だったら楽しみにしてくれ。いつかあたし達がそうできる明日を掴んでみせるからさ」

 

 ──しかし、その約束が果たされる事なく

 光彦はライブ会場にて奏と響の命を救い──その命を燃やし尽くした。

 

 故に、奏は──響と手を取り合いたい。

 家族が命をかけて助けた彼女が地獄を見た。そして新たな心安らぐ場所を得て──奪われようとしている。

 そんな未来を穿ち、消す為に──奏は諦めない。

 

 

 第十話「約束」

 

 

 フィーネはソロモンの杖を使って、計画最後の飛行要塞型のノイズを召喚した。

 そして四方から東京スカイタワーに向けてゆっくり、じっくりと侵攻させる。

 ノイズが現れれば立花響と二課の装者、そしてクリスがそこに向かうだろう。それだけの数を投入している。もし二課本部に装者の誰かが居たとしても──完全聖遺物を()()()自分の敵では無い。

 

「これで本当に御役御免よ。アナタには延長して付き合って貰って悪かったわね」

「いえいえ。僕もそのソロモンの杖の能力を、この目で確かめたかったのでね」

 

 そう言って一人の男性がフィーネからソロモンの杖を受け取る。

 撫で回すようにしてその杖を触る男。余程嬉しいのか怪しい笑い声をあげる。

 フィーネはその男に興味を失ったのかリディアンに向けて歩を進める。

 

「ああ、そういえば」

「……」

「最近、ある国がキナ臭い動きをしているようです。魔女の手から離れた使い魔は、時に契約者すら食い殺す。夜闇には気をつけてください」

「──そうさせて貰うわ」

 

 忠告を払い除けてフィーネはその場を立ち去り、男はやれやれと肩を揺らすと端末を取り出す。

 

「もしもし? ええ、手筈通りに……はい、はい。今夜は好きにしていいそうですよ。僕も楽しみにしていますから」

 

 連絡を終えた男の顔は──人をゾッとさせる笑みを浮かべていた。

 

 

 ◆

 

 

 リディアンに辿り着いたフィーネは、まず二課本部の機器を掌握した。この日の為にジャミング装置を作り、いつでも発動させる事ができるようにしていた。

 次にノイズ発生警報を起動させる。

 学校内はすぐに騒がしくなり、しかしすぐにシェルターへと波となって逃げていく。

 

「有象無象には興味がない──精々生き延びるよう祈っておくが良い」

 

 フィーネはその隙にエレベーターを使い地下に向かう。

 そしてそのまま発令室に向かい──。

 

「止まるんだ、了子くん」

「──やはり気付いていたか、弦十郎」

 

 隔壁を拳で突き破り、フィーネの前に立ち塞がったのは……風鳴弦十郎だった。

 お互いが相手を敵として見ている。そこに戸惑いはなく、お互いが知っていた事を示している。

 フィーネは自分の存在がバレている事に。

 弦十郎は自分がフィーネの事を疑っていた事に。

 一つ違うとすれば──。

 

「了子くん。今からでも遅くない──もうやめるんだ」

「……」

「君は何かの目的の為に動いていた──なるべく人を殺さないように」

 

 弦十郎は思い浮かべる──確かに了子は裏でコソコソと動いていた。しかし、彼女が為した事で人が死ぬ事は無かった。

 

「何を言うかと思えば。広木防衛大臣の暗殺は? ライブでの大量虐殺はどうだ? 米国と繋がりを持ち、ソロモンの杖を有する私の存在が、貴様の甘い空論を打ち砕く」

「甘く見るな。既に調べはついている。防衛大臣の暗殺は米国の暴走。故に君は彼らと手を切った。ライブの件でも、君は()()()()()()()()()()()()()()()の発生に、乗っかってネフシュタンを強奪したのみ──それに」

 

 弦十郎は思い出す。自分と部下達を守る為に手を翳した金髪の女性の姿を。そして、その後テレポートで光彦が外へ運ぶ際──流した涙を。

 

「女の流した一つの涙には、積まれた万の虚言を凌駕する!! もう一度言うぞ了子くん!」

 

 ──戻って来い。

 

 弦十郎の言葉に、一瞬フィーネの瞳が揺れ──答えは振るわれた鞭。

 襲い掛かる鞭を弦十郎はつかんで受け止める。

 

「知らないのか? 涙は──女の武器だという事を!」

「ぐっ!」

 

 フィーネが鞭を操り、それを弦十郎がいなす。

 鞭がどんどん通路を破壊していき、しかし相手には当たらない。

 

「──仕方ない」

 

 弦十郎が覚悟を決めて、攻勢に出た。

 床が陥没するほど踏み締め、猛スピードでフィーネとの距離を縮め──。

 

「──やはりお前は甘いな、弦十郎」

 

 当たる直前に拳が止まり、そして──。

 

「だがその甘さ──嫌いじゃなかったわ」

「!! りょう──」

 

 巨大な衝撃音が響き──弦十郎は地に伏せた。

 おそらく人類最強の男といえど、急所はある。

 そこを蹴られ、弦十郎は意識を失った。

 フィーネは蹴り上げていた足を下ろし、発令室に向かった。

 

「楽しかったわ──貴方との時間」

 

 聞こえない相手に言葉を残して。

 

 

 発令室に辿り着いたフィーネはその場に居た者全員を無力化した。

 唯一の難点である緒川も気絶させられ、二課の者達は縛られて動けなくなる。

 それを見届けたフィーネは機器を操作し、外の確認をする。

 どうやらリディアンの者達は全員避難したらしい。敷地内に生体反応は無かった。

 フィーネはシェルターのロックは厳重に固定し、バリアコーティングを施す。これで一定の衝撃ではびくともしないだろう。

 翼たちには、自分が録音した音声を時間差で届くようにしている。ノイズを殲滅した後、こちらに駆け付けるだろう──彼を連れて。

 

「さて……何か言いたげだな、小日向未来」

 

 フィーネの先には強い視線で彼女を見る未来がいた。

 どうやら休日を利用して二課の手伝いをしに来たようだ。

 それでこのような騒動に巻き込まれるのだから不幸なものだと見ていると、未来が口を開く。

 

「貴女が……貴女が響を!」

「ああ、なるほど。確かにお前から……いや、立花響から見るとそうなるか」

 

 つくづく甘く……残酷な男だな、風鳴弦十郎。

 と、内心で呟くフィーネ。

 しかし──。

 

「己を忘れた相手によく執着するな」

「っ……!」

「だが──嫌いではない」

「……?」

「興が乗った──貴様の問いに三つだけ答えてやろう」

 

 突然のフィーネの言葉に驚きの表情を浮かべる未来。

 何故いきなりそのような事を? 

 疑問に思う未来だったが、何か突破口があるかもしれないと口を開いた。

 

「貴女の目的は何?」

「月を穿つ」

「え?」

「ほら答えたぞ──残り二つだ。質問はよく考えるんだな」

 

 月を穿つ。それだけではダメだ。それだけでは何も分からない。

 

「どうやって?」

「エレベーターの壁画は見たか? あれはカ・ディンギル──荷電粒子砲だ」

「荷電……粒子砲……」

「あれを地上に顕現させ放つ──シンプルだろう?」

 

 ──まぁ、今となっては手段の一つでしか無いが。

 

 これで質問は二つ。

 未来は悩んで──一番聞きたい事を尋ねた。

 

「響を不幸にさせたのは──貴女?」

「──そうだな。この私と……世界だよ」

 

 フィーネは語る。

 

「バラルの呪詛により相互理解ができない人類は隣人を殺す事で生き抜いてきた。言わば生存競争。立花響も同じだ。人の生存競争に呑まれ、負けた」

「そんなこと!」

「あるのさ──人類は醜い。幾千年も私は見てきた」

 

 しかしそれも今夜で終わる。

 

「世界が変わった時、お前は感謝するだろう──その時を待っているが良い」

 

 その言葉を最後に、フィーネはその場を立ち去り──表へと出る。

 

 

 ◆

 

 

「──なんでエンキって人……いや、神様達がバラルの呪詛を施したのか。記憶を失った今、僕には分からない」

「喋らないでください! このままでは本当に……!」

 

 フィーネの胸の中で、◾️◾️◾️◾️が口からを血を流していた。

 腹部に複数の傷痕があり、頭部からも大量の血が流れている。

 ある部族の人間を救い、そして超常の力を持つ彼を恐れた人間が与えたものだった。

 感謝の念の前に恐怖が勝ってしまった。

 それによって起きた結末。

 

「私が、貴方を信じていれば……! 私が側に居れば……!」

「フィーネ……」

「私が殺したも当然です! 私が、私が──」

 

 後悔し、泣き叫ぶフィーネに彼は言った。

 

「フィーネはさ、いつかあの月を壊すんだよね」

「……はい、そのつもりでした。しかし、結局私のような者が──」

「だったら、約束してよ」

「──え?」

 

 ◾️◾️◾️◾️は──笑っていた。

 

「色々考えたんだ──そして、キミに決めた」

 

 そして彼が託すのは一つのボール。

 

「僕は、前の僕でも、かつての友ではなく──今生に出会った最高の友、フィーネを信じる事にした」

「◾️◾️◾️◾️様……」

「この先キミは長い時を生きるのだろう。

 間違えるのかもしれない。酷い事をするのかもしれない。

 キミの側に立てないのかもしれない。

 それどころか、もしかしたらキミの前に立ち塞がって、敵として相対するのかもしれない」

 

 それでも──。

 

「少なくとも、今の僕は──キミの味方だ」

「──」

「だから月を穿つ時、どうか僕を使ってくれ。これはその時に使ってくれ──残酷な事を言っている事は分かっている。でも忘れないで」

 

 ◾️◾️◾️◾️は──光となって消えながら彼女に言葉を送った。

 

「頑張ってねフィーネ。──僕の想い、キミに託した」

 

 

 ◆

 

 

「──幾千年の想い、必ず……!」

 

 ──◾️◾️◾️◾️様。

 

 



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第十一話「本当の名前」

 ノイズが発生したのを感知した響は、イーブイを伴って東京スカイタワーに向かった。

 その動きに淀みはなく、先日のフィーネとの戦闘で負った傷は完治しているようであった。

 

(あそこにおそらくフィーネは居ない……でも!)

 

 あれだけの大量のノイズを無視する事が、響にはできなかった。侵攻速度が遅く、避難は既に完了しているが……もしもの事が起きれば自分は後悔するだろう。

 故に現場に急行し、響はその拳でノイズを殴り壊した。

 

「──響!」

 

 耳に己を呼ぶ声がしてそちらを見れば、二課の装者──と、何故かクリスが居た。

 思わず顔を顰める響。

 何故彼女が、二課と一緒に。

 

「響、お前も来てくれて──」

「──近寄らないでください」

 

 歩み寄ろうとした翼を、冷たい声で切って捨てる響。

 

「ソイツと何故一緒に居るのか知らないけど、それならそれでわたしはアナタ達を信用できない」

「……」

「行くよ」

「ブイ」

 

 言う事だけを言ってノイズに向かおうとした響を──奏が彼女の前に出て止めた。

 邪魔をされたと感じたのか、響の目元がピクリと動く。

 

「邪魔をするなら──」

 

 しかし──奏はクワッと目を見開くと大声で響の言葉を遮った。

 

「あたしは天羽奏ッ! 19歳ッ! 誕生日は7月28日で、血液型はO型! 身長は169cm! 体重は秘密! スリーサイズは上から95! 62! 92! 趣味はカラオケ! 好きなものはケチャップ!」

「…………は?」

 

 突然の自己紹介にポカンと口を開ける響。

 イーブイも驚き、クリスは困惑し、翼だけが腹を抱えて笑っていた。

 奏は少しだけ赤くなった頬をそのままに、響に近づき──その手をギュッと握った。

 

「響とは仲良くしたいと思ってな。だからこうしてあたしの事を知ってもらおうと思った。結構悩んだぞ? スリーサイズまで教えるかどうか──」

「──意味が分からない!」

 

 バッと繋がれた手を振り解き──しかし諦めずに奏がその手を取る。

 

「──知って欲しかったのさ。あたしの事を、こうして手を繋げる事も。……もう、あたしが諦めないって事も」

「──」

「響──一緒に戦おう」

 

 呆気に取られる響に、奏は強く言い切った。

 もう、奏の中に迷いは無かった。

 あんな想いをしない為に、させない為に──この手、容易く放さない、と。

 

 響の瞳が揺れる。

 隠していた感情が顔を出す。

 

「……そんなの、できるわけ」

「できる……いや、させて欲しい」

 

 次に言葉を発したのはクリスだった。

 彼女もまた、響に近づき真摯な態度で協力の姿勢を見せる。

 

「……どの口が」

「アナタがわたしの事をどう思っているのかなんてよく分かっている。……わたしはそれだけの事をした。でも、フィーネを止めるまでの間だけで良いから、一緒に戦って欲しい」

 

 ──その後なら、何をしても良いから。

 

「……わけわかんない」

 

 響はプイッと顔を背けてそれだけを言う。

 しかし奏と翼はその言葉と態度からある程度察していた。

 素直じゃないな、分かっている癖に、と思わず笑みを浮かべてしまう。

 それに気づいた響がイライラし始める。

 

 そんな中、一体のノイズが彼女達に襲いかかって来た。

 狙われたのは──クリス。

 全員が構えて──その前にイーブイが立ち塞がり「まもる」を使ってノイズからクリスを守った。

 

「ブイブイ!」

「アンタ……」

 

 振り返って響に向かって鳴き、響はその意味を察する。

 今まで自分を狙っていた相手を守り、無防備に背中を晒している。

 彼は、彼女達との共闘に賛成したという事。

 それに響は呆れたように言葉を溢そうとして──止めた。

 

「──仕方ない。とりあえずフィーネを倒してからだから」

「──! うん、ありがとう」

「勘違いしないで──許したわけじゃ無いから」

 

 先に行く。それだけ告げると響はイーブイを肩に乗せてノイズの大群に突っ込んだ。

 それを見て彼女達も戦いに赴く。

 

「よし、行くぞ翼! 後輩からお許しを得たんだからな!」

「おう、そうだな! ──行こうぜクリス」

「──うん」

 

 最初に突撃した響の腕に紫電がバチバチと纏わり付く、さらにイーブイが「てだすけ」を使ってさらに威力を倍増。

 引き絞った腕をまるで弾丸のように突き出し、進行方向のノイズを殲滅しながら群れの中心に辿り着く。

 周囲にノイズしか居ない事を確認した響は、体中の力を一気に放出した。

 

──我流・雷塵翔來

 

「──次!」

「ブイブーイ!」

 

 肩の上でイーブイが騒ぐ中、響は淡々とノイズに殴りかかって行く。

 

「あたしも負けていられないな」

 

 それを眺めているのは同じガングニールを纏う天羽奏だ。

 響とは違い槍を操る彼女は、大振りに槍を振り回し広い範囲のノイズを斬り払っていく。それを見たノイズたちはジリジリと距離を取り、槍の射程範囲から逃れようとする。

 

「良いのか──そんなに近くに居て」

 

 しかしそれを見た奏はニヤリと笑い槍を掲げて──胸の雷をバチバチと迸らせる。

 

「あたしの万雷は──そこまで狭くねえぞ!!」

 

──THUNDER VOLT♾NOVA

 

 天から地に向かって万の雷が降り注ぐ。

 ノイズが回避しようとその瞬間には雷に穿かれ、余剰の電気が近くのノイズを痺れさせ……連鎖するかのように次々とノイズが消し炭へと変わって行く。

 

「やるなー響も奏も」

「響はともかく、奏は殲滅能力が高い」

「光彦が残してくれた力だからな──さて、オレたちも行くか」

「え?」

 

 突然翼がクリスをお姫様抱っこし、ブレードをボード状に変形させて空を飛ぶ。

 どうやら彼女たちは空のノイズを倒すつもりなようだ。

 クリスは翼の腕の中から抜け出すと大型ライフルを構えてエネルギーをチャージする。それを見たノイズ達は脅威と感じたのか、一斉にクリスに向かって襲い掛かる。

 

「そうがっつくなよ──モテないぜ?」

 

 しかし翼はそれを見事なボード捌きで避け続けて、クリスに擦り傷一つ負わせない。

 

「そら、チケットだ! 受け取れ!」

 

 それに小太刀を精製しては投げつけて、ノイズを挑発するかのようにばら撒く。ノイズ達は回避行動を取ろうとし──一ヶ所に集められていた事に気づいたのは、お互いの体をぶつけ合った時。

 

「──今」

「よし、ぶっ放せ!」

 

 ──空襲・BUSTERED

 

 翼のトリッキーな技で誘導されたノイズ達は、クリスが溜めに溜めたチャージ砲にて塵も残さず消滅させられた。

 確かな手応えを二人は感じ、お互いに顔を見て──ニッと笑みを浮かべる。

 

「即興にしては良いなオレ達」

「言えてる──次、行こう」

「応ともさ!」

 

 それぞれの力で次々とノイズを殲滅していく四人と一匹。

 しかしノイズ達も黙っていない。

 ズシンッと重く強い足音が響く。シンフォギア装者たちがそちらを向くと──超大型のノイズが響たちをまるで睨みつけているかのように佇んでいた。

 

「超大型……!」

「こいつを見るのは久しぶりだ……!」

 

 空から全容を確認し舌を巻くクリスと翼。そんな彼女たちの視界に、響が紫電を走らせながら突っ込む姿が見えた。

 

「シッ!!」

 

 拳を叩き付ける響。しかしやはり相手が大き過ぎるのかほとんど効いていない。

 おそらく奏の万雷といった大技も一度だけでは効きが悪いだろう。

 

 故に必要なのは──。

 

「響! 連携してこいつを叩くぞ!」

「──っ……そんな事、できるわけ……」

「──できる!!」

 

 拒絶しようとした響の手を、奏が掴んでグイッと引っ張る。

 その強引さに響が目を白黒させるなか、奏はなお叫んだ。

 

「響……これはあたしたちのファンサービスだ」

「……はぁ?」

「あの時ライブに来てくれたって事は、ツヴァイウィングのファンって事だろ」

「……」

 

 否定しようとして──できなかった。

 確かにライブに行く前は、響はツヴァイウィングの事を何も知らなかった。

 ライブに来たのだって、親友に誘われて──。

 

「っ……」

 

 頭に痛みが走り──すぐに気にならなくなる。

 それはともかく。

 ライブで二人の歌を聴いて──響は魅了された。ライブに。歌に。──ツヴァイウィングに。

 

「シンフォギア装者としてじゃなく、二課の人間としてじゃなく──ツヴァイウィングの奏として言う。一緒に、空っぽになるまで歌おうぜ!」

「──」

 

 言葉を失う響に追い討ちをかけるように、翼が続く。

 

「ふっ……ファンなら仕方ないな。任せておけ、オレはファンサービスは得意なんだ。クリス、良かったらお前も──」

「その話に乗るけど、えっちなところ撫でないで」

「い、いででで! 抓るなクリス!」

 

 どうやら翼とクリスも賛成らしい。

 あまりにもあんまりな暴論に響が答えあぐねていると、響の肩からイーブイが飛び降りた。

 

「ブイ!」

「お、お前もやるか? さて、ご主人様はどうかな?」

「──わたしはソイツのご主人様じゃ無い」

 

 ヒョイっとイーブイを抱えていつもの位置に乗せて、響はクルリと超大型ノイズへと振り返る。

 こちらに背を向けた事でダメかと思われたその時──。

 

「歌は……」

「……?」

「歌は……逆光のフリューゲルが良い──それが一番好きだから」

「──リクエスト、確かに頂いた!」

 

「聞こえますか……?」激情奏でるムジーク

 

 先ずは奏が歌い出すと同時に、槍を構えて駆け出した。

 

天に解き放て

 

 クリスを狙撃地点に下ろした翼が、雑多のノイズを空から小太刀を複数投げつけて援護する。

 二人は長年の相棒に笑みを以て応えた。

 

「聴こえますか……?」イノチ始まる脈動

 

 それに追随する響は紫電を纏いながらノイズを蹴散らしながら超大型に向かう。

 

愛を突き上げて

 

 飛行型のノイズが響を狙って突撃を行おうとするが、それをクリスが撃ち払う。

 かつて敵同士だった二人が視線を交え、顔を背けると同時に笑みを浮かべた。

 

遥か 彼方

星が

 

 響が奏に追いつき、二人は真っ直ぐと前を見て──それぞれのガングニールを突き出した。

 

音楽となった 彼の日

 

 二つの槍は見事超大型の体を貫き、反対方向まで穿つ。

 

風が 髪を さらう 瞬間

 

 クリスが超大型の頭部に一つの弾丸を放ち、翼はその弾丸に小太刀を投げつけ……。

 

君と僕はコドウを詩(うた)にした

 

 衝突すると同時に弾丸に込められたエネルギーが弾けてノイズに無数の傷痕を作っていく。

 

そして 夢は 開くよ

 

 その隙に響、奏、翼が三方向に距離を取り──突進。

 そして──。

 

見た事ない世界の果てへ……

 

 それぞれの拳、剣、槍、そしてクリスの遠距離からの弾丸が超大型にさらなるダメージを与える。

 

Yes, just believe

 

 超大型は痛みに悶えるように咆哮を上げ、他のノイズが加勢しようとするが。

 

神様も知らない

 

 クリスが狙撃地点から弾丸で次々と撃ち落とし。

 

ヒカリで歴史を創ろう

 

 響が拳の連打を大群のノイズに叩き付け。

 

逆光のシャワー未来照らす

 

 翼と奏が、長年のコンビネーションを以て踊るように幾つものノイズを斬り裂き。

 

一緒に飛ばないか? 

 

 全てのノイズが消え──残っているのは超大型のみ。

 

Just feeling 涙で濡れたハネ

 

 今度は前衛の3人が超大型に突っ込む。

 拳が、槍が、剣が、ノイズの体を壊していく。

 

重くて羽撃けない日は Wish

 

 自分の死を悟ったのだろうか。

 超大型は崩れるなか、遠方の敵を見据え──口からレーザーを放つ。

 

その右手に 添えよう

 

 それをクリスが迎撃しようとライフルを構え。

 

僕のチカラも

 

 ジャンプしレーザーの射線状に入った響……そしてイーブイが、拳と力で防ぎ切った。

 

「……っ!」

「……」

「ブイ!」

 

二人でなら翼になれる Singing heart

 

 それを見届けたツヴァイウィングの二人は槍と剣でノイズをクロス状に斬り裂き、響たちもまたそれぞれの渾身の一撃をど真ん中に叩き込んだ。

 

 

 ◆

 

 

「やるじゃないか響!」

「わたしは……別に」

 

 ノイズを殲滅し終わり、奏が響の肩を抱き寄せて喜んだ。

 響は頬を少し赤く染めながら、しかし強く拒絶する事はなかった。

 そこにクリスを回収した翼が降り立ち、キメ顔で言った。

 

「君の声──胸に響いた」

「──響だけに?」

 

 空気が凍った。

 

「──ぶふっ!!」

 

 翼以外は。

 翼は、先程のクリスのダジャレにツボったのか腹を抱えて倒れ込んだ。

 それを奏は「えー……」と困惑した目で見て、響は自分の名前でふざけた事を言われてイライラしていた。翼が笑っているのも要因だ。

 

 そんな中、クリスが響の前に立ち──頭を下げた。

 

「──ありがとう」

「……別に」

 

 それに対して響は素っ気なく答えるが……全員が分かっていた。照れ隠しだと。

 

 四人の間に穏やかな空気が流れるなか──奏の端末が鳴り響く。

 

「もしもし? どうしたんだ旦那──」

『──大変よ奏ちゃん! リディアンが! 二課が!』

 

 その言葉を最後に、通信が途切れる。

 

「了子さん……了子さん!?」

「何かあったみたいだな」

「……」

 

 再び緊迫した空気の中、響とクリスは奏の持つ通信先の相手を想う。

 

 ──決着の時は近い。

 

 四人は、リディアンに向かった。

 

 

 ◆

 

 

 リディアンに着いた四人。

 しかし、どういう訳か学校は壊れておらず、襲撃が起きた様子が見られない。

 ただ、シェルターが作動しており、そこに人の気配がする。

 

 ──それ以上に気になるのは。

 

「了子さん! 無事だったのか」

「ふう。あんな通信受けて心配したぜ」

「……」

 

 しかし、どういう訳か了子は何も応えない。

 それに違和感を覚えるなか、クリスが呟いた。

 

「フィーネ」

「──え?」

「あれが──わたしの止めたい人」

 

 クリスの言葉に呆然とする二課の二人。

 信じたくない、嘘だと言おうとして──側の響が殺気立っていた。

 

「──もう、隠れないのか」

「──その必要が無くなったからな」

「了子、さん……?」

 

 了子の口から冷たい言葉が吐かれると同時に──変わった。

 いや、戻ったと言うべきか。

 了子からフィーネに。そしてその身に纏うのはネフシュタンの鎧。

 

 彼女が──一連の黒幕だ。

 

「そんな、了子さん! その姿は!」

「──響が言っていたのは、アンタの事だったのか」

「その通り」

 

 フィーネは一言肯定すると、ある物を取り出した。

 それは、上が赤で下が白のボールの機械だった。

 フィーネはそれを──響の肩の上のイーブイに向けていた。

 それに顔色を変えるクリス。振り向き、響に叫んだ。

 

「避けて!」

「っ!?」

 

 咄嗟に避けると同時に、先ほどまで響が居た場所を赤色のレーザーが通り過ぎる。

 フィーネは舌打ちをし、さらに構え──。

 

「奏! 翼! 絶対に阻止して!」

「ああ、もう! 何がなんだか!」

「行くしかないのか!」

 

 三人はギアを纏ってフィーネに突っ込む。

 それをフィーネは鞭で捌きながら、尚もイーブイを狙い続ける。

 響は、自分の大切なものが狙われ怒り心頭だった。

 

「この──」

 

 加勢しようと動き──。

 

「──そんなだからお前は、取りこぼす」

 

 背後からフィーネの声が聞こえ視線の先のフィーネが聞こえる。

 

「ブイ!?」

 

 耳元で己の日陰が聞こえ──重さが消える。

 響の肩の上には──何も居なかった。

 そして、フィーネの手には──Mと書かれた紫色のボール。

 

 響の膝が崩れ落ちる。

 

「確かに返してもらったぞ」

「コマチ!」

 

 クリスの叫び声に、フィーネは苛立ち混じりに言う。

 

「なんだそのふざけた名前は──気に入らない。気に入らなかった。

 私の慕う友を、コマチだと──()()だと呼ぶ貴様らが」

「──なん、だと」

 

 フィーネの言葉は──奏の心を揺さぶった。

 

「どういう事だ!!」

「──簡単な事。光彦という存在とコマチという存在は──同じという事」

 

 しかし、フィーネからすればそれはまやかし。

 

「この方は、かつて神と呼ばれる存在に認められ、我々人類と寄り添って下さった異界の人」

 

 教える気は無かったが、冥土の土産に教えてやろう。

 

「その名は──アカシア。

 貴様ら下賤な民が軽々しく触れて良い存在ではない」

 

 ──不敬だ。その罪、命を以て詫びるが良い……! 

 

 

 第十一話「本当の名前」

 



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第十二話「わたしの大切な人」

 ――奏は思い出す。光彦との思い出を。

 

『ピカピカ……チャア』

(奏ちゃんあんまり無理しないでよ? 奏ちゃんが倒れたら俺悲しいからさ)

 

 いつも奏の身を案じ、傷を負って帰ると大騒ぎして救急箱をひっくり返していた。

 ――そしてライブの事件で命を落としたと思い……生きている事を知った。

 

 それなのに――その大事な家族は敵の手にある。

 

 ――返してくれ、と彼女は懇願する。

 

 

 ――翼は思い出す。光彦との思い出を。

 

『チャア……チュウ……』

(翼ちゃんまた我慢しているでしょ? それみんなにバレているから、素直になりなよ)

 

 時折喧嘩をする仲だったが、それでも大好きだった。家の事を考え塞ぎ込んだ時は元気出せと背中を叩いてくれた。そして何より……光彦と過ごす二課での生活は、実家では感じられなかった『家族との時間』が、確かにそこにあった。

 

 ――返せよ、と彼女は怒りに燃える。

 

 

 ――クリスは思い出す。コマチとの思い出を。

 

『ブイブイ!』

(相変わらず美味しいね! 流石我が友!)

 

 公園で友達だと言われた時は嬉しかった。攫った後も、変わらず友達だと言ってくれた時は胸が締め付けられる想いだった。

 フィーネを止めたいという想いとは別に、彼を助けたいという想いも強くあった。

 それが今は無い事にクリスは胸を締め付けられる想いだった。

 

 ――返して、と彼女は涙を流す。

 

 

 

 ――響は思い出す。コマチとの思い出を。

 

『ブ〜〜……ブイブイ!』

(心配しないで。キミが歩けるように、俺は側に居るから)

 

 救われた後もあの地獄を夢に見て飛び起きた時がある。その度にコマチはすり寄って大丈夫だと、キミを独りにしないと言ってくれた。温もりを与えてくれた。

 彼が居たからこそ、響は復讐以外の、怒り以外の感情を思い出していく事ができた。

 

 ――返せ、と響は怒りに燃える。

 

「返してくれ」

「返せよ」

「返して」

「返せ」

 

 

 

『――今すぐ、返せ!!』

 

 

第十二話「わたしの大切な人」

 

 

 四人の叫びを聞いたフィーネは嘲笑う。

 

「返せだと? 妙な事を言う――そんなに大事か? 自分を慰めてくれる相手が」

 

 ふざけるなよ、とフィーネの額に青筋が浮かび上がる。

 

「貴様らはいつもそうだ! そうしてこの方の優しさに縋り、救いを求め――そうやって幾千年も苦しみを与え続ける!」

 

 そもそも、とフィーネは語る。

 

「お前らが過ごした時間は、この方にとってはほんの一部にしか過ぎない――そしてその時間も失われる。この方が命を賭して人を救い続ける限り」

 

 奏の脳裏に、光彦が死んだ日の事が浮かび上がる。

 

「――まさか」

「流石に分かるか。ああ、そうだ。あの方は祈りにより他者を救う事ができる。それこそ、絶唱で死にかけた装者や死にかけの人間を万全な状態に戻すくらいには」

「――その代償が、記憶の喪失とでも言うのか!?」

 

 翼の問いにフィーネはあえて答えないが――それこそが何よりも雄弁に答えていた。

 光彦が死にコマチになった際に、彼はその時の事を全て忘れる。故にツヴァイウィングと出会っても思い出せない。他人だから奏ちゃん、翼ちゃんではなく、奏さん、翼さんとなる。

 そして彼は――アカシアはそれを何度も何百回も何千回も――永き時の中、己を磨り減らしながら行ってきた。

 

 ――フィーネはそれに耐えた。他でも無い本人が望んだから。

 

「良い事を教えてやろう――アカシア様は、失った記憶を取り戻す事はできない」

『――っ!?』

 

 ツヴァイウィングの二人は目を見開く。

 

「確かにあの方は何度も復活するが――死んでいるんだよ。何度も何度も何度も――お前たちの想う光彦は既に死んでいる。もしかしたら、という可能性は――無い」

 

 改めて家族の、大切な者の死を突き付けられた二人は――静かに涙を流した。

 ポッカリと空いていた穴に残酷な真実が埋め込まれる。コマチの存在を知り、無意識に浮かんでいた期待が――崩れ落ちる。

 

 彼女たちの温かな雷光は――既に途絶えていた。

 

「――うるさい」

 

 そんななか、響はなお怒りに燃える。

 

「わたしは――奪還する。忘れさせない。失わない! ソイツは約束したんだ! 傍に居るって!」

「――なんだ聞いていなかったのか。クリスがそちら側に着いているからてっきり」

「……っ」

 

 フィーネの言葉に、クリスがピクリと反応する。

 

「――どういう事?」

「ふん。大層執着する割には気付かないのか……いや、あの方の本質が変わらないから、か……」

「――どういう事かって、聞いてんの……!」

 

 バチバチッと響から紫電が迸る。

 それをフィーネは冷たい目で見下し――決定的な事を言った。

 

「――知れた事。お前の言うコマチは……もうこの世には居ない」

「…………は?」

 

 コマチが、居ない。それはつまり――。

 

「デタラメを言うな! アイツは死んでいなかった! 現に、取り戻してからも変わってなくて――」

「本当にそうか? ……貴様なら分かるんじゃないか? 違和感を感じたんじゃないか? ――あの方の言葉が分からなくなったんじゃないか?」

「――」

 

 そう言われ――思い出すのは、取り戻してのすぐの事。

 食事量が減った。顔馴染みの筈の街の人に戸惑い隠れる姿。一緒に寝る時、風呂に入る時に照れが無かった。――言葉が伝わらなくなった。

 ちょっと待て、と響は瞳を激しく揺らす。それではまるでフィーネが言っている事が――本当じゃないか、と思ってしまう。

 

「……ごめんなさい」

 

 クリスが顔を俯かせて謝る。

 

「あの装置を使ってフィーネはあの子の記憶を消した。そしてアナタに再び返してノイズと安全に戦わせてデュランダルとの融合係数を上昇させて――再び自分の手元に」

 

 それが――フィーネの計画の一部。

 響は――利用されていた。

 そしてクリスはコマチが記憶を失ってしまった事を響に知られたくなくて、大切な人を失った真実で傷付ける事が――自分と同じ痛みで苦しむ事に我慢できなくて、どうにかコマチを回収しようと思っていた。

 そして計画が全て為された後に、どうにか記憶を戻せないかとフィーネに縋ったが――その目論見も全て潰えた。

 

 ――大きな喪失感を装者たちが襲う。

 それを確認したフィーネが動き出す。

 

「そこで見ているが良い――私の積年の想いが稔る瞬間を!」

 

 リディアンを地響きが襲う。

 シェルターから悲鳴が響き渡り、敷地内を突き破って巨大な塔が地上に現れた。

 

「これこそが、月を穿つ恋文――荷電粒子砲カ・ディンギル」

「荷電粒子砲……!?」

「月を穿つ――月を壊すというのか!?」

 

 奏と翼の問いに、フィーネはそうだと答える。

 

「人類の不和はバラルの呪詛が原因――そしてその呪いはあの月を破壊する事で解く事ができる!」

 

 その暁には――。

 

「私のこの胸の想い――届けてみせる!」

 

 ――だが、そんな事をすれば地球がどうなるのか等……分かりきった事。

 

 故に、彼女たちは立ち上がる。

 光彦が、コマチが、今まで守ってきた命を――未来に繋げる為に。

 

「――やはり立ち上がるか」

 

 ならば。

 

「私()()が迎え打とう」

 

 そう言ってフィーネは、手に持ったボール型装置を投げた。するとパカリと開き中から光が飛び出し――それは一つの生物へと変わる。

 

「キリュリリュリリイイ!!」

 

 コマチ――ではなかった。

 それはエメラルド色の体を持つドラゴン。

 目を赤く光らせ、咆哮を上げる。

 戦う為だけに選ばれたかのように、そのドラゴン――レックウザは、装者たちを睨み付ける。

 

「行きましょうアカシア様――今こそ誓いを果たす時です」

 

 フィーネの覚悟に呼応するように、レックウザが叫び返した。

 カ・ディンギルは依然としてその砲身にエネルギーを溜めていた。

 

 

 

 

「キリュリリ!!」

「くっ、こいつは……!」

 

 レックウザはその巨体に似合わない俊敏さで襲いかかった。ただ動くだけでその巨体は一つの武器となり、槍で防ぎながら回避した奏が痛みで呻く。

 それ以上に心が痛かった。

 姿形が変わっても分かる――あれは光彦だ。感じる力が彼のもので……しかし何処か機械的で彼らしくない。

 

「了子さん……いやフィーネ! お前、何しやがった!!」

「……このモンスターボールはアカシア様専用の制御装置。かつて、アカシア様が……己の友と作った物だ」

「なに!?」

 

 自分自身で、自分を制御する装置を作った事に眉を顰める奏。

 それにフィーネはなんらおかしくないと言った。

 

「アカシア様の力は強大過ぎる。――あの方は優しい。だから己に枷を嵌める事になんら疑問をもたない」

 

 そして、フィーネが使ったのはその中でも最強のマスターボール。その制御率は最高だ。

 

「慕っている相手を操って、それでお前はいいのか!?」

 

 ブレードをボード型にしてレックウザの周囲を飛び牽制する翼。話を聞いていた彼女は怒りに顔を歪めながらフィーネに向かって叫び。

 

「良いわけあるかぁ!!」

 

 それ以上の怒りを以て、鞭で翼を叩き落とした。

 

「がはっ!?」

「翼!!」

 

 駆け寄るクリスに構わず、フィーネは叫ぶ。

 

「かつては私の想いを察し手を差し伸べ! 記憶を失っても尚寄り添い、身と心を案じ、背中を押してくれた! そして何度記憶を失っても、敵対者である私に慈悲の念を送って下さる――そんな相手を操る私が! 何も! 感じてない筈があろうか!!」

 

 それでも。

 

「それでも! 私は誓った! 月を穿つと! ――そう約束をしたからだ!」

「っ……」

「翼、無理しないで。それと――」

 

 フィーネが怒りを爆発させるなか、クリスは翼の身を案じつつこっそりとバレないように耳打ちをした。

 それに翼は目を見開くも――クリスの覚悟の決まった目を見て何も言えなくなる。

 

「そして! 何よりも気に入らないのは――貴様だ立花響!」

 

 フィーネの視線の先には――呆然としている響の姿が。

 

「あの方に縋るだけの貴様は、私の逆さ鱗に触れまくった! そうやって心を死なせたまま戦場に立つのなら――身も朽ち果てろ!」

 

 鞭を勢いよく振るい、鋭い一撃が響に振るわれ――その間にクリスが入り込む。

 

「な――!?」

「――」

 

 フィーネと響が驚愕の表情を浮かべる。

 クリスの腹部にはグッサリとネフシュタンの一撃が突き刺さっていた。血に染まった鞭の先端が響の目の前で止まり、ポタポタと赤い雫が垂れる。

 それを見たフィーネは鞭を切り放した。

 クリスはそれを見て――嬉しそうに笑った。

 そしてクルリとフィーネに背を向けて響の元まで近寄ると――パンっと乾いた音が響いた。

 クリスが響の頬を叩いたのだ。

 しかし、響は叩かれても何処か呆然としており、クリスはそんな彼女の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

 

「――諦めるなよ!」

「――」

 

 いつも物静かなクリスとは思えない強く荒っぽく粗暴な――しかし優しいのは変わらない。雪音クリスの言葉が紡がれる。

 

「わたしに襲いかかってきた時の気概はどうした! 絶対に取り戻すって! 大切なものを奪わせないって! そう叫んでいただろうが!」

「――でも」

 

 しかし、響は――折れていた。

 

「もう、居ないんだ――わたしの日陰は。もうわたしの事を覚えていないんだ。それで取り戻したって……アイツにとってわたしは他人で、傍に居てくれるって約束も忘れて……!」

 

 静かに涙を流す響。

 今の彼女は――戻っていた。

 ライブの事件で生き残った結果、周りの人間から謂れのない誹謗中傷で心をズタズタにされた時の彼女に。

 しかし唯一違うのは――独りで居ることに耐えられない事。

 温もりを感じた少女は――孤独に身を震わせる事に驚いている。

 

「そうだよな――辛いよな一人ぼっちは」

 

 そんな震える彼女を、クリスは優しく抱き締めた。

 優しく頭を撫で、謝る。

 

「加担したわたしが言えた事じゃない。ごめんなさい。でもこれだけは分かって欲しい。そこで諦めたら――一生会えなくなる」

「……っ」

「だからどうか――手を伸ばすのを諦めないで」

 

 それだけ伝えると、クリスは響を放しフィーネへと向き合う。

 フィーネは攻撃せずにジッと彼女たちのやりとりを見ていた。そこに軽蔑を嘲笑もなく、ただジッと見ていた。

 クリスはその様子に心中で笑みを浮かべて――強い眼差しでフィーネを見据える。

 

「わたしは……アナタを止める」

「ふっ……やはり賛同できないか」

「違う」

「では何故だ? 何故止める? 利用してきた私が憎いからか? 捨てた私への意趣返しか?」

 

 皮肉を込めてフィーネが嗤いながら問い掛け――。

 

「――わたしが、アナタの事が大好きだから」

「――は?」

 

 ――クリスの言葉に、口を開いて止まった。

 

「何を、言って――」

「大好きな人が間違っている事をしているから。やりたく無い事をしているから。苦しみながら歩いているから――それをわたしは止めたい」

「……何故だ。私とお前の関係は利害一致で繋がった冷え切った物。それを――」

 

 フィーネは必死に言葉を繕う。

 まるでそれだけは言わせないと言わんばかりに。

 しかし――クリスははっきりと言った。

 

「わたしはね、フィーネ――アナタの事をもう一人のお母さんだと思っているから」

「――」

「だから――絶対に止めてみせる」

 

 明らかにフィーネが動揺する。

 

「っ……もう、遅い! お前では止められない」

 

 それを振り切るようにして、フィーネが鞭を伸ばす。

 

「ぐっ……!」

「!? 馬鹿、よせ! 死ぬぞ!」

 

 しかしクリスはそれを腹に刺さったままの鞭を強引に引き抜いて、自分を捕らえようとしていた鞭にぶつける。

 思わず叫んだフィーネにクリスは嬉しそうな笑みを浮かべて――叫んだ。

 

「――つばさぁぁぁああああ!!」

「――ああ!」

 

 血を吐くように応える翼。

 クリスが跳ぶと同時に、翼のボードが彼女を乗せてカ・ディンギルへと向かう。

 それを見たフィーネが顔を青ざめさせて、鞭を使ってクリスを捕らえようと振るった。

 しかし、その間に翼が現れ妨害する。その姿を見たフィーネが叫んだ。

 

「貴様分かっているのか!? このままではクリスが!」

「分かっているさ――アイツの覚悟を!!」

 

 クリスは妨害に合う事なくカ・ディンギルの砲口から中に入る。すると眼前には今にも砲撃を放とうとエネルギーを溜める姿が。

 

 ここに全てのエネルギーを叩き込めばどうなるかなど――分かり切った事。

 

 そして、月を穿つ程の威力にぶつけるのなら――それ相応の力が必要だ。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 クリスの脳裏にフィーネとの思い出が浮かび上がる。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 淑女であれと厳しくされ――しかしいつしかそこに愛を感じた。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 戦争で命を落とした両親は偉大だったと、自分の大切な人を認められた時は――涙を流して喜び……初めてありがとうと言った。

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

 そしてその日は一緒に寝て――もう一人のお母さんだと思えるようになった。

 

 だからクリスは――フィーネを止める。

 

(バイバイ、フィーネお母さん。コマチ。――みんな)

 

 

 

 

「……やめろ! やめてくれ――やめなさい!!」

 

 ――フィーネのその懇願は、果たして積年の想いが阻まれるからか。それとも……。

 

 しかし、彼女の叫びは虚しく響き、そして届かず。

 

 

 

 ――目の前で、カ・ディンギルが大爆発を起こし……イチイバルの反応が消えた。

 

「あああ……」

 

 それを見ている事しかできなかった響は――。

 

「――ああああああああああ!!!」

 

 ただただ……泣き叫ぶことしかできなかった。

 



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第十三話「シンフォギア」

崩壊を続ける塔。

それを絶望した表情で見る四人。そんな中、いち早く気を取り戻したフィーネがギリっと音が鳴る程強く奥歯を噛み締めて胸に浮かんだ感情を吐き捨てる。

 

「――無駄な、事を……」

「無駄だと!?」

 

 それに噛み付いたのは奏だった。奏はレックウザが目を紫色に光らせながら塔を見ている隙に、フィーネの元に駆け付け胸倉を掴む。

 

「あの子のさっきの言葉を聞いていなかったのか!? アイツは、アンタにこっ酷く捨てられても尚好きだと言って、命を賭けてアレを止めて――」

「――それを無駄だと言っている!」

 

 奏を振り解き、クリスの血で濡れた鞭を鎧と連結し、そのまま地面に叩き付ける。

 

「かは……!」

「奏!」

 

 相棒の名を呼び駆け寄る翼に向かって、フィーネは奏を投げつける。空中で激突した二人はそのまま墜落した。

 それを荒んだ感情のまま睨み付けながら、フィーネは語る。

 

「例えカ・ディンギルを失っても――月を穿つ手段はまだあるのだ。そして――貴様たちは絶対に止める事はできない」

 

 断言した後、フィーネはマスターボールを掲げてレックウザをボールの中に戻す。

 そしてとある腕輪を取り出し取り付けると、ボタンを押して大量のフォニックゲインを放出させる。どうやら、フォニックゲインを蓄積させ、状況により解放させる機能があるらしい。

 解放されたフォニックゲインは、マスターボールへと流れていき――変化が起きる。

 ボールが赤い光を発しながら巨大化していき、人の顔以上の大きさへと変化した。

 フィーネはそれを一度愛おしげに撫で付けると――。

 

「アカシア様――ダイマックスです!」

 

 かつて本人から教えられた言葉を紡ぎながら己の背後に向かって投げつけた。

 すると、中から飛び出したレックウザは、全身にエネルギーを迸らせながら巨大化し――頭部付近に怪しげな赤い雲を纏わせながら、咆哮を上げた。

 

「キリュリリリ!!」

 

 元々レックウザの体は大きい。頭部に人を一人乗せて飛翔する事ができると言えば、だいたいの大きさが分かるだろう。

 だが、今の――ダイマックスをしたレックウザはそれの何倍も大きい。巨大ビルを一飲みできそうな程――大きかった。

 

「――デカすぎんだろ」

 

 それを見た奏は、正直勝てる気がしなかった。単純にスケールが違う――神と肩を並べたという話もあながち間違いでは無いと思える程に。

 翼もゴクリと生唾を飲み、ほとんど思考が止まっていた。

 

「この方の力で貴様らを消し炭にするのは容易いが――」

 

 フィーネはギロリと天に輝く月を睨み付ける。

 

「――もう、全てを終わりにしよう」

 

 スッとフィーネが月を指差し――レックウザに命じた。

 

「アカシア様――破壊光線です」

 

 それを聞き届けたレックウザは、口を大きく開けてエネルギーを溜めていく。

 

「――キュオオオオオオオ……」

 

 そして一度だけ咆哮を上げ――それ以降はエネルギーのチャージに専念し始めた。

 

 だが。

 その咆哮は――少しだけ悲しそうだった。

 

 そして、その声を聞いた奏と翼は――そこに懐かしさを覚えた。光彦が戦う時に時折発した悲しい声。それが今聞こえた。家族が悲しんでいる。

 

 

 それだけで、二人は立ち上がる事ができた。

 

「奏――」

「ああ、分かっている」

 

 レックウザの破壊光線はもう止められないだろう。しかし彼女たちは不思議と落ち着いていた。先ほど感じていた絶対的な力の差を感じていないかのように。

 

 しかしそれも当然なのかもしれない。

 家族相手にそのような感情は不要なのだから。

 

「――響」

「……」

 

 奏の声に響は何も応えない。

 それでも彼女は――託した。

 

「後は――光彦は頼む」

「――え?」

「アイツは、お前が取り戻すんだ」

 

 それだけ伝えると、二人はフィーネと相対する。

 覚悟を決めた二人の表情に、フィーネが顔を顰める。

 

「何のつもりだ。既に匙は投げられ、月に届く。地に縛られた貴様らではもうどうすることもできない」

 

 嫌な予感がした。目の前の二人からは先ほどのクリスと同じものを感じる。

 止めなければ、といつでも動けるようにして――サク……と翼の小太刀が彼女の影に刺さった。

 

 ――影縫い。

 

 相手の動きを縛る、翼が緒川から習った技だ。

 それも、つい最近。そして使うのは――今日が初めて。

 故にフィーネの虚をつけて――家族を止める事ができる。

 

「き、貴様ら!」

「さて、行こうか翼。あたしたちツヴァイウィングは――」

「何処へまでだって飛んでいける――それこそ天に輝く雷光にまでだって」

 

 覚悟を決めた二人が、空を駆ける。

 奏は、胸の奥に残った家族の力にて、翼はかつての家族が楽しいと笑っていた力にて。

 空高く、限界まで、天に届くまで舞い上がり――二人はこちらを見上げる家族にそれぞれギアを見せつける。

 

「さあ、来い光彦……」

「お前の我がままを受け止めるのは……」

 

 ――何時だって。

 

『オレ/あたしたち、ツヴァイウィングの特権だからな』

「! キュリリリ――」

 

 レックウザが目を紫色に光らせて二人を視界に入れて――破壊の鉄槌を解き放った。

 それを二人は二つのアームドギアを束ね――いや、シンフォギアの力全てを注ぎ込み、レックウザの破壊光線を真正面から受け止める刃を作り出した。

 ズンっと二人に衝撃が伝わり、口から、鼻から、目から、血を垂れ流し、それでもなお彼女たちは笑みを浮かべていた。

 

「どうした光彦おおおお! お前の駄々はこんなもんじゃねえだろおおおお!!!」

「しばらく見ないうちに大人しくなったなあああああああ!!!」

「昔みたいに来い! なんたって――」

「弟の面倒を見るのは――」

 

『姉ちゃんの仕事だからなあああああ!!!』

 

 だから――。

 

『――戻って来い、光彦おおおおおお!!』

 

 二人の決死の叫びと共に――ギアは砕かれ、光線は全てを消し飛ばし――月に到達した。

 

 ――ガングニール。アメノハバキリ……反応消失。

 

「か、なで……さん。つば、さ……さん」

 

 そして響は――独りになった。

 

 

 

 

「――ちっ」

 

 フィーネが舌打ちをする。

 彼女の視線の先には破壊された月……ではなく、一部が欠けた月。威力、射線がズレてしまったのだろう。たった二人の装者に妨害された事により彼女は苛立っていた――それが、月を破壊する事ができなかったのか、それとも……。

 

「――結局、貴様はその程度か」

「……」

「……私に復讐するのではなかったのか? ――まぁその感情も的外れなものだがな」

「……なに?」

「貴様が恨むべき相手は私ではないと言っているのだ。立花響」

 

 フィーネは八つ当たりするかのように語る。

 

「ライブ事件のノイズ共は、私が呼び寄せた訳ではない。ソロモンの杖も起動していなかったからな。

 並行世界から流れ込んだだけだ――大方、お前の後ろに居た奴に唆されたのだろう」

「……」

「ふん。真実を聞いても反応なし――所詮、貴様の復讐はその程度だったんだ。――だが!」

 

 彼女が最も気に入らないのは――。

 

「貴様が、そのくだらない復讐にアカシア様を巻き込んだのが気に入らない!」

「――あ」

「人間は――お前は、アカシア様を不幸にする。その身に宿した呪いで」

「――ああああ……!」

 

 響は頭を抱えて――苦しみ、悶え、叫んだ。

 クリスも、奏も、翼も――そしてコマチも居なくなった。

 ポッカリと空いた胸の穴に、自己嫌悪という()()に最も効く悪感情が埋まり――闇に堕ちた。

 

 全身を破壊衝動で包み込んだ響は、獣のように唸り声を上げ、視界に入ったフィーネに向かって襲い掛かる。

 

【ガアアアアアアア!!】

「その程度!」

 

 しかし暴走による短調な動きはフェーネにあっさりと見切られ、鞭によるカウンターが叩き込まれる。

 拳を振るっても、蹴りを放っても、紫電を迸らせても、響はフィーネに辿り着けない。

 

「キリュリリ……!」

【――! ガア!!】

 

 何度もフィーネに地面に叩き付けられた響は、鳴き声が聞こえた方向を見て、レックウザが視界に入った為に襲い掛かった。

 理性もなく、目に入ったものを壊す本能しかない。

 それをフィーネは冷たい目で見る。

 

「己の大切なものすら壊すか――本当、お前は人間だよ立花響」

 

 ――そんな彼女が、何故選ばれたのか、フィーネは苛立ち混じりに唾を吐く。

 暴走した響がレックウザ相手に勝てるとは思っていない様子だった。……それに、彼女も少し疲れていた。

 

「アカシア様――後はお願いします」

 

 フィーネの言葉に応えるようにして、レックウザが振り上げた尾と響の握り締めた拳が激突する。

 

「貴様に勝てるはずがない。ただの人間でしかないのだから。

 私は負けるわけにはいかない。幾千年の約束を果たす為に」

 

 彼女の言葉はおそらく響には届いていないだろう。

 今あるのは目の前のものを壊す衝動のみ。

 

 その、筈なのに。

 闇に沈む中――響はあることを思い出していた。

 

 一つは、未来との約束。

 そして、もう一つは――。

 

 

 

 

「――え? お母さんからの伝言?」

 

 故郷から戻り、コマチと一緒に寝る前に彼女は己の母から伝言を預かったと聞かされる。

 コマチと心通わせた響だが、結局のところ自分の故郷から、家族から逃げ出している。

 その事を思い出すと気が落ち込み、母の伝言を聞くのが怖くなる。

 

 そんな彼女の手に優しくコマチが手を乗せた。

 

「ブイ」

「――うん。ありがとう。聞かせて……お母さんの言葉」

 

 覚悟を決めたコマチに、彼女の母からの伝言を伝える。

 

 それは――何処でもあるありきたりな言葉だった。

 娘を心配し、怒り、そして愛する母の当たり前の言葉だった。

 かつて響が家族と共に過ごしていた時に言われていた言葉だ。

 

 そして最後に――手紙くらい出して、と響を想う言葉が紡がれる。

 

「……それだけ?」

「ブイ!」

 

 それだけだよ、とコマチが言い、それだけか、と響が呟く。

 

「……でも、わたし」

 

 不安な様子を見せる響に、コマチは擦り寄る。

 

 大丈夫だよ、と。

 一緒に書こう。一緒に伝えよう。

 そしていつか、家族の元に帰って――手紙では伝えきれない言葉を伝えよう、と。

 だから大丈夫だと……コマチは言った。

 それに響は――。

 

「うん。分かった。じゃあ――」

 

 

 

 

 

 ――約束だよ。

 

【――ウオオオオオオオオオ!!】

 

 雄叫びを上げた響が跳び上がり引き絞った拳を解き放ち、それにレックウザが尾を叩き付けて――世界が暗転した。

 

 

 

 

「ここは……」

 

 暗闇の中、響は意識を取り戻した。

 暗く、なにも見えない。

 しかし自然と心地良く感じた。

 

「響ちゃん?」

「え――」

 

 後ろから、自分と同じ声が聞こえた。

 そちらを振り向くと――コマチが居た。

 

「アンタ――」

「大丈夫。なにも言わなくても。フィーネの感情から何が起きているのか分かっているから」

 

 言葉を遮って説明は不要だと言うコマチ。

 そんななか、響は気づいた。コマチは口を動かしていない。

 コマチは、響のイメージを共有させて彼女に言葉を伝えている。故に、聞こえる声は響と同じものだ。

 イーブイの短い足を使って歩き、響の前に立つ。響はコマチを抱き上げようとして――フィーネの言葉を思い出し引っ込める。

 

 

 

 そして、知った事かとコマチが響に飛び付いた。

 

 

 慌てて響は抱き留めて、その温もりを感じ――涙を流す。

 コマチは、いつだって響の傍に居てくれる。

 しかし今の響は――。

 

「わたし、どうすれば良いのか分からない」

「そっか――だったら、俺が傍に居るよ。響ちゃんが分かるまで」

 

 そう、約束したからね。

 

「――アンタ、変わらないな」

「そりゃあそうさ! ――だから、諦めないで」

 

 そう告げて、ふとコマチは言った。

 

「ねえ、響ちゃん。俺、君の歌が好きなんだ」

「――」

「ねえ、響ちゃん。シンフォニーって言葉には二つの意味があるんだ」

 

 一つは「交響曲」。

 交響曲とは弦楽器や管楽器、打楽器といったオーケストラによって演奏される大規模な楽曲の事を指す。

 

「さっきのさ、響ちゃんたちみたいだよね。四人で歌ってたくさんのノイズを倒していく姿は、歌は、凄く胸に響いた。

 そして二つ目は――」

 

 二つ目の意味は――調和。

 

「調和……」

「うん。そうだ調和だ。――響ちゃんがそのシンフォギアを纏っている限り、いや纏っていなくても君は他者と手を取り合い、調和し――前を進むことができる」

 

 だからだろうか。

 

「このシンフォギア……これは君だけの力じゃない。君が出会ってきた人々との絆、歌、想いが響き合った――温かい力だ」

「……そっか」

「響ちゃんはその力を、化け物の力って言ったけど――俺はそう思うんだ」

 

 だからコマチは――シンフォギアが好きだと伝える。

――不思議と、コマチの言葉を聞くと。

 響は心が落ち着き、拳を握り締めることができる。

 挫けそうになっても、闇に堕ちても、彼女はその度にコマチの声で――立ち上がる。

 今のいままでは聞くことができなかったが――言葉を胸に、響は目を開けた。

 

「――行くよ」

「うん。いってらっしゃい」

 

『約束を果たす為に――』

 

 そういえば、と響が意識を覚醒させるなか――。

 

(アイツの名前、ちゃんと呼んだことなかったな)

 

 自分自身に約束を取り付けて――響の心に花が開く。

 

 勇気という名の花が。

 

 

 

 

「――うおおおおおおおおお!!」

 

 響が雄叫びを上げながら()()を掴み、レックウザの体から引き抜いた。

 突然起きた事態に、フィーネが目を見開く。

 何故ならそれは本来あり得ないことだからだ。

 現在、レックウザはダイマックスし、ただでさえ大きな体をさらに巨大化させている。

 

 そこから、確実にソレを――。

 

「――デュランダルを!?」

 

 ――デュランダルを引き抜く事など本来ならあり得ない。

 しかし、響はそれを為し、天に掲げ……コマチとの絆の力――紫電を纏わせて()()()()()させる。

 

「――届け、コマチの想いいいいいいい!!」

 

 デュランダルから光が……フォニックゲインが溢れ出し、響と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を包み込む。

 デュランダルが起動前の状態に戻り響の手から離れ地面に突き刺さる。しかしフィーネは空に輝く四つの光に目を奪われていた。

 

「――まだ戦えるだと……!?」

 

 フィーネはそれを知らない。

 

「何を支えに立ちあがる……? 何を握って力と変えた!?」

 

 フィーネはそれから目を逸らしていた。

 

「そうだ、お前が纏っているものはなんだ? 心は確かに折り砕かれていた筈……! なのに……何を纏っている!?」

 

 フィーネはそれを――忘れていた。

 

「それは私が造ったモノか!? お前が纏うそれは一体なんだ!? なんなのだ!?」

 

 フィーネはそれを――思い出す事を恐れていた。

 

 だからこそ、響は伝える。

 自分の大切なもの、日陰が愛した――その名を。

 

「――シンフォギアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

第十三話「シンフォギア」

 

 



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第十四話「流れ星、堕ちて燃えて尽きて、そして──」

「良かった……みんな」

 

 彼女たちの戦いを見守っていた者たちが居る。

 リディアン地下に居る二課の職員、そして未来だ。

 彼女たちは、カ・ディンギルが起動した後ようやく動き出す事ができるようになった。幸い、起動直後の揺れによって二課本部が()()()崩壊する事なく、全員無事であった。

 唯一負傷者と言えるのは緒川と弦十郎のみ。その彼らもアカシア由来の力によって体を麻痺させられているくらいだ。

 

 そして、通信機能以外は無事な機器を用いて外の様子を確認していた彼らは、戦況に一喜一憂していた。

 未来もまた、響が絶望したり暴走した際には流石に心配気にしていたが──それでも彼女は信じていた。

 

「了子くん……」

 

 そして、弦十郎は映像越しに見る同じ時を共にした友を想い瞠目した。

 彼女の様子を見れば、いま何を感じているのか、己の行いの末に起きる事象に対して耐えられるのか──推測するまでもなく分かり切っていた。

 

 弦十郎は拳を握って己の体の調子を確かめる。

 

(──あと、もう少し)

 

 そんななか──外では最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 ◆

 

 

 エクスドライブ。

 シンフォギアに搭載された決戦機能の一つ。

 それを、アカシア──否、コマチの思いと響の想いが混じり合った結果ひきおこした奇跡。

 さらにコマチの抗いが三人の少女を救い、不滅の剣が堕ちると共に、天には四人の戦姫が希望を胸に、終末の巫女を見据えていた。

 

「──アカシア様!」

 

 フィーネの声と共に、レックウザが四人に襲い掛かる。技を用いないただの突撃だが、動くだけで人を破壊する力を有する。

 

 だが。

 

「ふん!!!!」

「──!?」

 

 それを翼が胸で受け止めた。

 

「──どうした光彦。お前、ちょっと見ないうちに甘えるのが下手になったな」

 

 あり得ない、とフィーネはその光景に動揺した。

 限定解除され普段の何倍もの力を引き出すエクスドライブといえども所詮は聖遺物の欠片から作られた代物。

 ダイマックスしたレックウザの突進を受け止める事など不可能な筈だった。

 

『──良い事を教えてやるフィーネ……いや、了子さん』

「っ、念話まで……!」

『家族を受け止めるのに──大きさは関係ないんだ!』

 

 そう叫ぶと共に、翼はレックウザの頭に掌底を叩き込み、そのまま大地に沈めた。

 地が揺れ、呻めき声を上げる姿を見て、翼はへっと鼻を掻いた。

 

 その得気な頭に向かって、ブチ切れている響が手刀を繰り出した。

 それを奏が慌てて横から止めて、ガキンッと重い音が響く。翼はすぐ側で起きた音に驚き、クリスは響の凶行に目を丸くさせた。

 

「ちょ、おま!? 何してんだ響!?」

「何してんだはこっちの台詞なんですけど!? あれ、アイツですよ!? 何普通に叩きのめしているんですか!?」

「……あ」

 

 テンションが上がって細かい事をかんがえていなかったらしい。

 しかしすぐに翼は弁明し始める。

 

「いや! でも! 割とオレたちはあんな感じだったんだ! 喧嘩しまくって、それで最後は仲直り!」

「……アイツには半径5メートル近づかないでください」

「なんでだ!?」

 

 理不尽なような、妥当なような。

 外野の奏とクリスがため息を吐くなか、フィーネはさらなる指示を出す。

 

「まだだ! アカシア様、ダイドラグーンです!」

 

 竜の力を纏った台風が響たちに向かって放たれる。

 地上から天に向かって四人を包み込むようにして、エネルギーが昇っていき──。

 

「──おらぁ!」

「──はぁ!!」

 

 しかし、奏の雷とクリスのエネルギー砲がダイドラグーンを吹き飛ばした。

 

「なるほど、翼が逸るのも分かる。これなら光彦を──」

「全てが今までとケタ違い。これならフィーネを──」

 

助ける(止める)事ができる』

 

 二人の強い眼差しを受けて、フィーネが思わず後ずさる。

 それでも負けるわけにはいかない。

 彼女はなお諦めずマスターボールを構える。

 

「……っ! まだだ! まだ私は──」

「──キュオオオ……」

「──アカシア様!?」

 

 しかし、レックウザはそうでもないようで、徐々に体を小さくさせてダイマックスも解かれた。

 フィーネの計算ではまだ持続する筈だった。しかし現に解かされており──彼女の脳裏に、響がデュランダルを引き抜いた時の光景が蘇る。

 あの時に、大量のフォニックゲインが奪われたのだ。

 だからレックウザは元に戻った。戻ってしまった。

 月を穿つには──力が足りない。

 

「──ならば」

 

 その不足を補うのは──彼女自身だ。

 響たちも様子のおかしいフィーネに気付いたのか、警戒する。

 

「アカシア様──失礼します」

 

 そう言って彼女はレックウザの頭部に触れ──鞭を自分とレックウザを包み込むようにして一つの繭を形成させる。

 

「──まさか」

 

 響が違和感に気づくがもう遅かった。

 ネフシュタンの浸食の力を利用し、フィーネは──レックウザと融合を果たした。

 繭から飛び出したのは、漆黒に身を包んだレックウザ──否、フィーネ。

 フィーネはその瞳に敵意を宿らせて吠える。

 

「コマチと、融合を……!」

【ふん。貴様だってそうだろう。天羽奏もそうだ】

 

 彼女の視線は、それぞれの胸……否、心臓に向けられていた。

 

【あのライブ事件の際、貴様らはアカシア様に命を助けられると同時に力を手に入れていた】

 

 奏の万雷の力と響の紫電の力。

 フィーネに言われて心当たりがある二人はそっと胸に手を当てる。

 奏はやっぱりかと自分の罪を自覚しながら。

 そして響は──。

 

「──そっか。アンタは、わたしが助けてほしい時に……いや、その前からずっと傍に居たんだ」

 

 彼の優しさに、愛に、頬を綻ばせていた。

 

「フィーネ、もうやめて! それ以上はコマチも可愛そう! それに貴女も本当は──」

【──黙れ!】

 

 言葉を遮って、フィーネは破壊光線を放った。

 月を穿つ程の威力は無いが、街を焦土に変える程度の威力はある。それがクリスに向かって威嚇目的として放たれた。

 

【既に私はこの方を凌辱している! その事を一番理解しているのは私自身だ! ──許されるつもりはない。私は】

「──全く分かっていないよ、フィーネ」

 

 響が静かに言葉を紡ぐ。

 

「アンタ、ずっとソイツと友達なのに──どれだけお人好しなのか分かっていないの?」

【──姦しい! もう黙れ! 貴様らと交わす言葉は無い! 幾千年の想いの前に果てろ!】

 

 フィーネは叫ぶと共に、装者たちに向かって突っ込んだ。それを翼と響が真正面から受け止める。

 

「どうする!? 時間をかけて優しく説得するか!?」

「──ふう。仕方ない。コイツも男の子……ちょっと痛いの我慢して!」

「ふっ──お姉ちゃんの拳骨は効くぞ光彦ぉ!!」

 

 二人の鉄拳がフィーネの頭部に激突し、再び地面に叩き付けられる。それに続くようにしてクリスと奏がそれぞれの武器を構える。

 

「止められないなら、止めてみせる!」

「アンタには色々と言いたい文句があるんだ。大人しくしやがれ!」

 

 放たれた捕獲弾が奏の雷を帯び、着弾すると同時に麻痺を付与させながら動きを阻害させる網が形成される。

 フィーネは獣の雄叫びをあげながら苦しみもがく。

 

【くっ……まだ──】

「──持ってけ。オレからのサービスだ」

 

 さらにそこに翼の影縫いが、フィーネの影に差し込まれ遂に身動き一つできなくなる。

 

【不味い──】

 

 焦りの表情を浮かべるフィーネ。

 だが、彼女たちは待ってくれない。

 それぞれが力を振り絞り、拘束時間を持続させようと踏ん張っていた。

 

 ──彼女に繋げる為に。

 

「──勝機は今だ!」

 

 奏が叫ぶ。

 

「──取り零した手を、掴みに行け!」

 

 翼が叫ぶ。

 

「──アナタが、わたし達の切り札!」

 

 クリスが叫ぶ。

 

『アイツを──取り戻せ!』

 

 三人の叫びが重なり──。

 

「──必ず、取り戻す」

 

 響がそれに応えた。

 空を駆け、愚直に、真っ直ぐに、一直線にフィーネに向かっていく。

 

【やらせるか!】

 

 しかしそれをフィーネは辛うじて動く鞭で障壁──ASGARDを形成し、響の拳と激突する。

 

【貴様が救えるか!? その手に復讐を誓い、胸に闇と怒りを抱いた貴様が! 結局殺す! お前のような人間は!!】

「殺さない!!」

 

 障壁にヒビが入る。

 

【っ……】

「ソイツが教えてくれたんだ! わたしの力は化け物の力じゃない。大好きな歌の力だと! なら、わたしは、この力を振るう事を──もう恐れない!!」

 

 ピシリッと音を立てる障壁。

 

【っ……! 幾千年も前に誓ったのだ! その為に私は全てを捨てて此処まで来た! 想いを遂げる為に! 手を差し伸べた友を利用してでも! ただの人間が、この私に勝てる筈がない!】

「──だからこそ!!」

 

 障壁が砕かれ始める。

 

「わたしは諦めない! 例えお前の幾千年の想いが重く、強いとしても──わたしのアイツへの想い、ちっぽけだと誰にも言わせるものかぁ!!」

 

 ASGARDが、砕け散った。

 もう響とフィーネの間に──否、響とコマチの間に阻むものはなかった。

 

【なんだそれは──その腕に宿っている力はなんだ!? 私への、復讐の力ではないのか!?】

「復讐なんかじゃない。この手は、日陰を取り戻す為の──想いの力だ!」

 

 響と黒きレックウザの距離が──ゼロとなる。

 

【っ──うおおおおおお!!】

 

 苦し紛れに鞭を響に向かって突き刺すが──。

 

『──家族を!!』

「──コマチを!!」

 

 ──花咲く勇気が打ち砕き、そしてついに。

 

「奪還する!!」

 

 響の手が──コマチに触れた。

 それと同時にレックウザの体が光と変わり、ホロホロと崩れ──響の腕の中には、彼女の日陰が居た。

 

「──おかえり」

「──ブイ」

 

 ただいま。

 

 

 ◆

 

 

「ネフシュタンの鎧が……」

「起動前の状態に戻っている……?」

 

 彼女たちの目の前には、フィーネが先程まで纏っていた鎧と、そして響が引き抜いたデュランダルが覚醒前の状態で地面に転がっていた。

 起動すれば無尽蔵に、誰でも使えるのが完全聖遺物。

 それがなぜ? と疑問に思う二人。

 それに答えたのは、力無く座り込んでいるフィーネだった。

 

「……アカシア様はフォニックゲインを吸収する」

「……コマチが?」

 

 クリスの問いかけに彼女は頷いた。

 

「あの力を遺憾無く使うには大量のフォニックゲインが必要だ。その為に私はデュランダルを用意したが……まさかあのような使い方をされるとは」

 

 おかげで、アカシアと融合したフィーネが着ていた鎧も起動前に戻されてしまった。

 加えて、響たちのシンフォギアを起動させるフォニックゲインすら吸収したのか、彼女たちもギアを纏っていない。

 

「そっか……じゃあ、コマチはフィーネも助けたかったんだね」

「……え?」

 

 クリスの言葉に、虚を突かれた顔をするフィーネ。

 

「だって、ネフシュタンの鎧は使えば使う程浸食するから……だから、それからフィーネを助ける為にコマチはネフシュタンを元に戻したんだ」

「ブイ!」

 

 その言葉を肯定するかのように、響の腕の中にいるコマチが元気に応える。

 そして、そんな彼らの人助けを後押しする為に彼女たちもフォニックゲインを差し出したのかもしれない。それも無意識に。

 

 それを聞いたフィーネは泣きそうになり──グッと堪える。

 涙を流してはダメだ。自分にそんな資格はない。だから。だから──。

 

「フィーネ……」

 

 そんな彼女をクリスが悲しそうに見つめ──。

 

「ブイ……ブイッ!」

「あ、ちょコマチ──え?」

 

 コマチは、響の腕の中ら抜け出すと──その身は光に包まれ。

 

「──ミュウ」

 

 かつて、フィーネや友と一緒に居た時の姿へと変身した。

 その姿の名は──ミュウ。

 ありとあらゆる遺伝子を持つ存在であり──アカシアと名付けられ、彼本来の姿だ。

 

「どういう事だ……? まさか、記憶が──」

「いや、違うよ翼。あれは多分──」

「──コマチの、優しさだ」

 

 しかし力を無理矢理使っているからか、コマチの顔は辛そうだ。響に救われた際に多くのフォニックゲインが消費されてしまったらしい。──それだけ二人とも記憶を失いたくないと思ったのだろうか。

 

「──アカシア様?」

「ミュウ」

 

 ふわりと彼女の前に飛んできた彼は、そのままスリスリと顔をフィーネにすり寄せる。

 それをフィーネは震える手で触れて──あの時の事を鮮明に思い出した。

 

 想い人──エンキが笑い、アカシアが彼にちょっかいをかけ、それをフィーネが傍で見守り。

 それに気付いたアカシアが彼女の手を引いて、友にくっ付かせて、エンキとフィーネはお互いに謝りながら頬を染め。

 その後やり過ぎだと、調子に乗りすぎだと二人に怒られ

 しょんぼりした顔がおかしくて、いつしか三人で声を出して笑い──。

 

「──あぁ……! あぁ……! アカシア様! アカシア様……! 私は……わ、たしは……!」

「ミュ……」

 

 ──フィーネは涙を流して、アカシアを抱き締め続けた。

 幾千年前に失われた筈の温もりを抱き締めて。

 幾千年前に捨てた筈の感情を思い出して。

 幾千年前に亡くした友の存在を感じて……。

 

 

「──自首するわ」

 

 力を使い果たし、イーブイに戻ったコマチを愛おしげに撫でながら彼女は言った。

 

「私は、もう──これ以上望む事はない」

「フィーネ……」

 

 ようやく止まる事を決めた彼女に、しかしクリスは微笑む事はできなかった。

 大好きなこの人を止める為に戦いに臨んだが──それでもやはり悲しいものは悲しい。

 

「そういえば、地下のみんなは大丈夫なのか?」

「まさか、生き埋め?」

「そうはならないように設計はさせて貰った……カ・ディンギルが起動した以上、以前のようにあそこを使う事はできないが」

 

 今頃バックアップシステムで辛うじてこちらをモニタリングしている程度だろう。とフィーネは語る。

 

「もう少ししたら弦十郎に施した麻痺も取れ、奴だけなら自身だけで此処まで這い上がってくるだろうな」

「何を言っているのフィーネ。そんな事できる訳ないじゃない」

「いくら先生でもそれは──」

「──できそうだなぁ、旦那なら」

 

 弦十郎に対する評価に響とクリスは呆気に取られる。

 果たしてそれは人と呼んでも良いのだろうか? 

 

「……立花響」

「……」

 

 不意にフィーネが彼女の名を呼ぶ。響は無言で、しかし、はっきりと彼女の言葉を聞く姿勢を示す。

 

「私は──貴様に謝らない」

「……」

「だが、これだけは言っておく──アカシア様、いやコマチ様を手放すな」

「フィーネ……」

 

 響はフィーネの言葉に──強く頷いた。

 それに満足したのか、フィーネはふっと笑って後は弦十郎が来るのを待つのみ。

 しかし、彼女は……クリスだけは違った。

 クリスはフィーネの元に駆け寄ると、目に涙を溜めながら言う。

 

「フィーネ──わたしも償う!」

「クリス……」

「もうアナタを悲しませたくない。苦しませたくない。……独りにさせたくない。なりたくない。だから!」

 

 彼女の懇願に、フィーネが応えようとし──目を見開いてクリスを思いっきり突き飛ばした。

 

「きゃ!? フィーネ、何を──」

 

 ──クリスの言葉は、それ以上続かなかった。

 何故なら。

 目の前のフィーネの肩から──真っ赤な花が咲いていたからだ。

 それを見た奏が、翼が、響が──クリスが叫んで駆け寄る前に、銃声が響く。

 

『動くな!』

 

 硝煙の匂いを漂わせながら現れたのは──米国のエージェントたち。

 彼らは瞬く間に響たちを囲んで銃を突き付ける。

 

『ネフシュタンの鎧とデュランダル確保しました!』

『よし。あの()()()の言っていた通りだな』

『キマイラの制御装置も手に入れた。後は──邪魔者を始末するだけだ』

 

 米国のエージェントたちが次々と仕事をこなしていくなか、クリスは錯乱してフィーネに声を掛け続けていた。

 

「フィーネ! フィーネ! しっかりして、フィーネ!」

「お……ちつけ……しず、か……に」

「でも! こんなに血が!」

 

 その姿が堪に触ったのか、エージェントの一人がクリスに銃を向ける。

 自分たちを裏切った魔女に縋る女を撃つ事に、彼は何も感じないのだろうか。

 もしあるとすれば──不快感。

 敵の味方は敵だ。

 だから黙らせる為に──他のエージェントたちと共に銃を放つ。

 

 しかしそれは阻まれた。

 

「──うおおおおおおおお!!」

「──ブウウウウウウウイ!!」

 

 二人の……否、一人と一匹の漢によって。

「まもる」を使い銃弾を弾くイーブイ。体に痺れを残しながらも発勁で地面をめくり上がらせて銃弾を防ぐ弦十郎。

 

「先生!」

「旦那!」

 

 ツヴァイウィングの二人は最強の助っ人に活路を見出だし、コマチもまた嬉しそうに鳴いた。

 そして響はまた無茶をしたコマチに若干切れていた。

 

「話は聞いている──まずはこいつらを片付けてからだ!」

 

 弦十郎の人間離れした動きにより、次々とエージェントたちが倒されていく。聖遺物も制御装置もその過程で奪取される。

 このまま事件解決──するには世界が残酷過ぎた。

 

『動くな!』

「──っ、しまった!」

 

 声が響きそちらを向くと、エージェントの一人がクリスを捕らえて人質にし、銃を突き付けていた。

 動けばクリスを殺す。そう言わんばかりに。

 

「クリス!」

「っ……くそ」

 

 翼が叫び、フィーネは血を流しながら悪態を吐く。 

 

 弦十郎もまた内心舌打ちをした。

 彼の計算ではもっと早く全員倒していたはずだった。だが、麻痺によって数段動きが鈍っていた。

 それによりエージェントを二人残したまま、クリスを人質に取られてしまった。

 

『そのまま動くなよ! ……おい、やれ』

『ああ』

 

 銃声が二つ響き、弦十郎の両足から血が流れる。それでも倒れなかったのは意地だろうか。

 何はともあれさらに弦十郎の動きを鈍らせた。

 

『すぐには殺さん。貴様はジワジワと殺す。その後はフィーネ、お前の番だ』

「──っ!」

 

 フィーネを殺すと言われ、クリスは動揺した。

 このままでは、自分のせいで大切な人が殺される。

 なら──。

 

「──風鳴弦十郎! わたしに構わずこいつらを無力化させて!」

「──なにを馬鹿な!」

「──もう、何も失いたくないから!」

 

 そう叫ぶと、クリスは暴れて拘束から抜け出す。その際に腕を噛んだ事でエージェントは怒り心頭で、クリスを見た。

 絶対に殺すと、眼でそう言っていた。

 銃を突き付けるエージェント。振り返って腕を広げるクリス。それを見て駆け出そうとする装者とコマチたち。

 そんな無防備な彼女たちの背中を撃とうとするエージェント──を発勁で無力化する弦十郎。

 

 故に、誰も間に合わない。

 トリガーが引かれ、銃弾が放たれた。

 

「──あああああああああ!!」

 

 そして、フィーネは二度クリスを庇い──血を吐いた。

 

『フィーネ! くそ! 死ね!』

 

 さらに数発の銃弾が放たれ、その度にフィーネの体が揺れる。血を撒き散らし、蹈鞴を踏んでも……倒れなかった。

 何故なら──背後にクリスが居るから。

 

「うおおおおおおお──せいやあああああああ!!」

『ぐっほあ……!?』

 

 そこでようやく弦十郎が最後のエージェントを無力化させ──しかし、間に合わなかった。

 急所に何発も銃弾を受けたフィーネは、瞳の光を失わせながら倒れ伏し、血の池溜まりに身を投げた。

 

「フィーネ! フィーネ! いやああああああ!?」

 

 自分が血濡れになる事も厭わず、クリスがフィーネを抱き起こす。しかし、フィーネは浅く息をするだけで……その命が尽きかけなのは明らかだった。

 

「ブイ!」

 

 そこにコマチが辿り着く。

 そして躊躇無くフィーネを救う為に「いやしの願い」の使用を試みる。この肉体が朽ちようとも、記憶を燃え尽きさせてでも、彼女を救う事に何ら疑問を持たなかった。

 それだけの覚悟があった。

 ──あった、のだが。

 

「──ブイ!?」

「コマチ?」

 

 突如、技の発動がストップする。

 もう一度試みるも発動せず、何度も何度も失敗に終わる。

 一体何故? 力の使い過ぎか? 

 その答えを持っているのは──やはり彼女のみ。

 大量の血を吐き、呼吸を繰り返した後、フィーネは語った。

 

「あの、制御……装置で……アナタの……力に、制……限を掛け、させて貰い……ました」

 

 ──フィーネは耐えられなかった。

 その命を燃やし、記憶を失いながら己を犠牲にする姿を見ることが。

 だから決めた。

 彼を手中に収めると同時に、いやしの願いを封印し、二度と彼が苦しまないようにと。

 もう犠牲にならないようにと。

 もう……悲しませないようにと。

 そして何より、自分を救って犠牲になられるのが一番イヤだった。

 

 しかし、結局──。

 

「わた、しも……人の事を言え、ませんね……」

「──そうだよ! 何やってんだよ! なんで、わたしなんかを助けたんだ!」

 

 クリスは泣き叫んだ。

 こんな結末を望んでいた訳ではないのに。 

 

「あら……分から……ないの、かしら」

「え……?」

「アナ、タが……言った、事よ? ……いい? 一度、しか……言わないから」

 

 フィーネは力を振り絞って、グイッとクリスを抱き寄せる。

 そして──耳元で愛を囁いた。

 

「娘を守らない母親なんて、居ないわ」

「──ぁ」

 

 じんわりとクリスの胸の中に熱が広がる。

 

「良い? クリス。よく、聞いて。

 部屋の掃除は……こまめにするのよ。そして言葉遣いもお淑やかに。淑女の方が男に好かれるから。

 料理は……いつの間にか、私より上手になってたわね。凄く、美味しかったわ」

 

 最期の力を使って、フィーネは彼女に言葉を伝える。

 淀みなく、途切れる事なく、クリスに刻み込むように。

 

「友達を作りなさい。できれば、幾千年経っても、記憶を失っても傍に居てくれる人が良いけど──もう、手に入れているようね」

 

 翼と奏の瞳に涙が溢れる。

 騙され、敵だったとしても──やはり同じ時を一緒に過ごした、あの時間は嘘ではなかった。

 

「それと恋をするのもオススメするわ。私みたいに一途でも良いけど、たくさんの男と経験するのも良いわね──ただ、最後は絶対に良い人を手に入れるのよ」

 

 フィーネの言葉を聞いていたクリスは涙を流しながらコクリと頷く。

 それに柔らかな……母の様な穏やかな微笑みを浮かべて見ると、次に弦十郎の方へと視線を向ける。

 

「弦十郎くん。ここまで騙して、酷い事をして、虫の良い事を言っているのは分かっている──どうか、クリスだけは助けてください。……お願いします」

「……」

 

 フィーネの懇願に弦十郎は応える。

 

「ああ、分かった──親子二人の尊厳、必ずオレが守ってみせる。いや、守らせてくれ」

 

 それも、クリスだけではなくフィーネを含めて。

 彼の言葉に呆気に取られるフィーネだったが、すぐに可笑しそうに笑って。

 

「まったく──アナタは変わらないのでしょうね」

「性分だからな──だが、オレはこれで良いんだ」

 

 弦十郎の言葉に同意するように頷いて──血を吐いて咳き込む。

 

「フィーネ!」

「どう、やら……これで最期のようね」

 

 ゆえに、彼女は最期に、言葉を送りたい人に、送りたい言葉を送る。

 その相手は──。

 

「クリス」

 

 最後の生で得た──愛娘だった。

 

「──絶対に幸せになりなさい」

「──はい。お母さん……!」

 

 ──こうして、フィーネは。

 最期の最期には、終末の巫女としてではなく、アカシアの友としてではなく、遙か昔から続く亡霊ではなく、たった一人の娘の、愛おしい娘の母親として──この世を去った。

 

 

 ◆

 

 

「僕も送らせてもらうよ、ド派手な線香を」

 

 

 ◆

 

 

「──ブイ」

「コマチ」

 

 突如、コマチが空を──正確には月の欠片を見上げる。

 全員が彼の行動に首を傾げるなか、コマチは光に包まれ──その身をレックウザへと変えた。

 

「コマチ!? 何をしているの!?」

「キリュリリ……」

 

 コマチは、響に伝えた。

 

 月の欠片が地球に向かって落ちている、と。

 

「……そんな!?」

 

 響からそれを伝えられた皆にも動揺が走る。

 

「マジかよ……」

「どうする? オレ達のギアは動くのか? いや、動かせるのか」

「そんな……それじゃあフィーネとの約束が」

 

 そんな彼女達にコマチは言った。

 

 ──大丈夫。何とかしてくる、と。

 

「──何言ってんの!!」

 

 それを響が叫んで止める。

 

「もうやめて! そうやっていつも自分一人で頑張って! 犠牲になって! 少しは周りの、みんなの事も考えろ!」

 

 響は恐れていた。

 またコマチが遠くに行ってしまうのではないか、と。

 また一人苦しむのではないか、と。

 

「──キュリリ」

 

 ──だとしても、とコマチはそれを否定する。

 

 大丈夫だと。絶対に帰ってくると。君に傍にずっと居るから、と。

 

 だから信じて欲しい。祈って欲しい。

 

 俺に、君たちを、俺の大好きで大切なものを守らせて欲しい、と。

 

「──っ」

 

 響は俯いて、頭をガシガシと掻き乱して、そして──。

 

「ああああああああ! もう!」

 

 叫んだ後、ビシッと指を突き付ける。

 

「──デート」

 

 響らしからぬ言葉が、彼女から出た。

 自分でもそう思っているのか、頬が赤い。 

 それでも伝える。

 

「あの子、未来と約束したんだ。全て終わったらデートするって──コマチ、アンタもね」

 

 だから──。

 

「──必ず帰って来て」

 

 真っ直ぐと見据えて響がコマチに約束を取り付ける。

 

 そこに彼女達も乗っかる。

 

「おいおい、あたしたちも混ぜろよ」

「ふっ。可愛い女の子がたくさん居るのなら、オレという存在は不可欠だな」

「翼は留守番してて。……わたしも行く。フィーネとも約束したし」

「ちょ、アンタたちは別に呼んでいな──」

 

 ワイワイガヤガヤと騒がしく、姦しくなっていく少女たち。それをコマチが茫然と見て、弦十郎が微笑ましそうに見ている。

 

「女の子とのデート……すっぽかしたら後が怖いぞ?」

「……キリュウ」

 

 コマチは弦十郎の言葉に苦笑し──覚悟を決めた顔で空を見上げる。

 騒がしかった四人も彼を見上げて──祈った。

 強く強く祈った。

 彼と──コマチと明日を過ごす当たり前の未来を。

 

 ──その祈りは、届いた。

 

 コマチの体に強いエネルギーが宿り、その身を変える。

 天空を支配する龍の真の姿。

 その名は──メガレックウザ。

 迸る力を溢れさせながら──彼は空を駆ける。

 

「いってらっしゃい──コマチ」

 

 祈りを、想いを受け継いだコマチは、地球を脱し、こちらに向かう災厄の石に向かい──激突。

 画竜点睛。

 皆の幸せを完了させる為に、彼はその身で以って仕上げの一撃を叩き込んだ。

 

 砕かれた月の欠片は、果たして──。

 

 

 第十四話「流れ星、堕ちて燃えて尽きて、そして──」

 

 

「コマチ……」

 

 ──響ちゃんの悲しそうな声が聞こえる。

 

「──コマチイイイイ!!」

 

 そして泣きながら俺の名前を叫んだ。

 

 なので、ココから出る事にする。

 

「ブイ!」

 

 はい、呼ばれました! コマチです。

 

『…………え?』

 

 え? 

 

「……ブイ?」

 

 なんで皆不思議そうにしているの? 

 皆言ってたじゃないか──必ず戻って来てって。

 デートするって。俺楽しみすぎて──帰って来ちゃったよ。

 

「コマチ!」

 

 響ちゃんが駆け寄り、俺を強く抱き締める。

 

「──良かった」

 

 ──約束したからね。

 ずっと傍に居るって。

 

「光彦!」

「よく戻ってきた、流石オレの友!」

「良かった……本当に良かった!」

 

 奏さんたちも嬉しそうにこっちに駆け寄って来て──ってその勢いで来たら響ちゃん事倒れて──って言わんこっちゃない! あ! 誰だ俺の尻尾にぎにぎしているの! なんか触り方いやらしいぞ!? あ、待って! なんかポヨポヨしたのが当たってる! やわっこくて気持ち良いけどちょっと待ってほしい! む、壁もあるな。固いなこれ──殺気!? というか皆一度落ち着いて、ちょっと──誰か男の人呼んで──!? 

 

 

 

 

 そうしてオレたちがしっちゃかめっちゃかしてる頃、弦十郎さんは壊れたマスターボールを手に思い耽っていた。

 

「──そうか、了子くんはコマチくんの記憶を消すのではなく──保存していたのか。

 

 もし、再び記憶を失うような事があれば、それを防げるように。

 コマチくんを想う誰かが傷付かないように。

 コマチくんが傷付かないように。

 ──ありがとう、コマチくん。君のおかげで──皆の明日を手に入れる事ができた」

 

 ──とりあえず助けてください!! 

 

 

 ──こうして、俺たちの戦いは終わった。

 世界ではまだ人間同士が争い、ノイズの脅威も残っているけど。

 

 ──俺達は、当たり前の日常を歩んでいく。

 




これにて原作無印は終了です
三話くらい番外編投稿したら原作G編に突入します


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ゲットできないシンフォギア
後日談的なの


【先史文明期の巫女──フィーネが起こした、通称『デルタショック』事件。

 彼女が呼び起こしたエメラルド色の龍──認識コード・デルタ──による月への破壊活動は、特務対策起動部通称二課により最小限の被害で済んだ】

 

 

 

 

 はい、月を壊そうとした悪いドラゴン、デルタでええええええす!! 

 

「本当に怒るよ?」

 

 すみませんでした。

 

 さて現在、俺は響ちゃん他3名の少女達の前で正座……は出来ないので伏せている。イーブイボディで伏せるとか可愛いの魂かよ。さすがブイブイ。

 

「反省してねえみたいだな」

 

 雷様も裸足で逃げ出すような声で奏さんが凄んでくる……こわ……。

 

「いや、奏が怒るのも無理ないと思うぞ? ──なんでお前が主犯扱いになっているんだ?」

 

 翼さんもオコオコのオコだな……。彼女この中で一番低い声が出せるからそういう声出されると怖いんだよね……。

 

「茶化していないで真面目に答えて」

 

 ぴえん。クリスちゃんも怖い。イチイバルを出しかねないレベルだ……。

 

 んー、まあ、説明するとだな──これは俺の我がままだ。

 

「我がまま……?」

 

 目つきを鋭くさせた響ちゃんが、こちらを見据える。もうちょっと優しい目で見てください……。

 

 最初は弦十郎さんも反対していた。でも正直、これが一番手っ取り早いんだ。

 

 この作った報告書の【デルタ】は存在したけど、同時に存在しない。

 見た目が派手で力も派手で良いスケープコートになったよ。

 

「言いたい事は分かるけどよ……」

 

 不満タラタラな奏ちゃん。

 でもこればかりは我慢というか、許容して欲しい。

 

 ……俺もフィーネさんを助けたいんだ。

 

「フィーネ……了子さん?」

 

 うん。もし俺がこの案を出さなければフィーネさんが一連の黒幕にされて終わると思う。

 状況的にそれが一番最適だし、残った人……クリスちゃんを助けるにはそれが一番だ。

 でも、それじゃあクリスちゃんの心が救われない。

 

「コマチ……」

 

 だから、デルタという邪龍がフィーネ事櫻井了子を操り、クリスちゃんも利用されていた。

 そして一連の黒幕は最後月を壊す為に突撃するけど月のカケラに激突して自滅。

 

 ……納得しなくて良い。でもこれが今できる俺のやり方の、君達親子を救う方法だ。

 

「──分かった」

 

 クリスちゃんが頷く。

 当事者である彼女が了承したからか、ツヴァイウィングの二人も不承不承ながら了承した。

 

 残りは響ちゃんだけど……やっぱりフィーネの事許せない? 

 

「……わたしの」

 

 うん。

 

「わたしの復讐は結局……仮初のものだった。今思うと、あの人は自分を復讐相手にする事で──」

 

 そこまで言って──響ちゃんは首を振る。

 

「いや、そんな事はどうでも良いな──わたしはあの人の事を許せない。結局あの人は、アンタを酷い目に合わせたから。でも」

 

 チラリとクリスを見て、響ちゃんは恥ずかしそうに言った。

 

「──ともだ……同僚の親を悪く言える程、わたしは落ちぶれていないから」

「響……!」

 

 響ちゃん……! 

 

「わ、ちょ、アンタら!」

 

 俺は嬉しくなって彼女の肩に飛び乗り、スリスリと体を擦り寄せる。

 クリスちゃんも静かに響ちゃんに抱きついて何度もありがとうと言い続ける。

 最初は戸惑っていた響ちゃんだったけど、フンっと鼻を鳴らすと抵抗をやめて受け入れた。

 

 て、てえてえ。

 素直になれない響ちゃんとお淑やかなクリスちゃんてえてえ……。

 これは俺はお邪魔虫ですね。

 尊い景色を崩さない為に離れようとした瞬間。

 

「──仲良いじゃないか、お前ら」

 

 バサっと翼を広げるように二人に肩を回し、彼女達に囁くのは──フラットチェスト。

 そして彼女は、尊い二人に怪しく微笑みながら……怪しい色を含んだ言葉を口にする。

 

「オレも混ぜてくれよ──可愛い子猫ちゃん達」

 

 

 

 

「なんでオレはボコボコにされているんだ?」

 

 二人の間に挟まろうとしたからじゃないですかね? 

 何故か響ちゃんとクリスちゃんに抱えられた俺は、己の欲に従い愚行を為した女の敵を見下ろしていた。

 いや、俺も人の事言えない状況だけど本人達が気にしていないし、所詮ペット枠ですし。

 

「翼。そのキャラあたしに憧れて作ったって言ったら本気で切れるからな」

「奏もオレを見捨てた……」

 

 慰めてくれ光彦〜と情けない声を出す翼ちゃん。

 やれやれ、仕方ないなつば太くんは。

 響ちゃんとクリスちゃんの山脈から

 抜け出し、彼女の元に駆け寄る。そして頭を撫でようと手を伸ばし──ガシッと掴まれる。

 

「そういえば──フラットチェストってどういう意味だ光彦……?」

 

 ──やっべ。

 みがわりを使って拘束を抜け出し、とっとと逃げる。

 

「あ、これ可愛い……じゃなくて、待て光彦!」

 

 みがわりを抱えたまま追いかけてくる翼さん。

 

「お前本当に記憶無いのか!?」

 

 いや、本当に覚えていないんだって。

 

「それにしては弄りが変わっていないんだが!?」

 

 じゃあ、アレだ。

 翼さんはそういう星の下で生まれたという事──て危な!? 恐ろしく早い手刀!? 俺じゃなかったら見逃しちゃうところなんだが!? 

 

「待てーーー!!」

 

 この剣、可愛くない!! (怖さ的に)

 

 

 ◆

 

 

「……奏、実際のところどうなの?」

「アイツの言う通りだよ。フィーネの言う通り、光彦の時の記憶は残っていない。コマチの時の記憶が残っていたのは、了子さんの作ってくれた装置のおかげだ」

 

 ──ライブ事件の際、了子もまた光彦が死んだ事を悲しんでいた。

 乗り越えたと言いつつも、実際はそうではなく。

 彼女は己の友が何度も死ぬ事に悲しみ、涙を流していた。

 ……彼から託されたボールに記憶保有装置を施したのは、彼女の未練と未来に彼の隣に居る誰かへの願いだったのかもしれない。

 

「寂しくないの?」

「寂しいに決まっているさ──でもアイツは生きて、あたし達の近くに居る。だったら、失われた思い出ばかりじゃなくて、これからの未来を描いて行こうと思ってさ」

 

 強がりなのだろう。本当はあの日の日常を願わずにはいられないのだろう。

 それでも彼女は──彼の家族として、羽ばたく。

 

 

 それが、彼が愛したツヴァイウィングなのだから。

 

 奏の想いを聞いたクリスはそれ以上聞かなかった。

 それ以上は……無粋だと思ったからだ。

 

「にしてはコマチじゃなくて光彦呼びなんですね」

「ひ、響……!」

 

 しかしここで響が鋭く突っ込む。クリスが嗜めるように言うが、奏は気にしておらず笑って答えた。

 

「ああ。それはアイツ自身が言ってたんだ」

「アイツが?」

「ああ。自分はコマチの時の記憶しか無いけど、良かったら呼びやすい名前で呼んでってさ……相変わらず優しいな」

 

 強く羽ばたくが──羽休めも必要だ。

 だから奏はそれに素直に従い、翼と共に彼の事を光彦と呼んでいる。

 

「ちなみに、二課の人間は光彦呼びだ。やっぱりそっちの方が思い出深いんだろうな」

「そっか……それじゃあ、コマチって呼んでるのはわたしと響だけ?」

「……いや、未来もコマチって呼んでる。後、街の人達も」

 

 二つの名前でよく混乱しないな、と二人は思った。

 

「それじゃあ、あの子は光彦って呼ばれたり、コマチって呼ばれるんだ。なんだか、不思議」

「いや、それだけじゃないぞ」

 

 しかしそれを奏が否定する。

 

「弦十郎の旦那はアカシアって呼ぶらしい」

「アカシア……」

 

 それは彼の本当の名前であり、フィーネ亡き今失われた名前でもある。

 にも関わらず、弦十郎がその名で呼ぶのは──。

 

「何でも、一人くらいならその名で呼んでやっても良いだろう……ってさ」

「──そっか」

「……ふん。相変わらずお人好しばっかり」

 

 つまり、そういう事だろう。

 彼の優しさにクリスは目に涙を浮かべながら微笑み、響は呆れた様子を見せつつも笑みを浮かべた。

 

「そういえば未来で思い出したんだが、デートはいつ行くか決まっているのか」

「……いや、まだ」

「だったら、空けていて欲しい日があるんだ」

「空けていてほしい日?」

「ああ。実は──」

 

 

 ◆

 

 

「響、大丈夫?」

「……ん、大丈夫」

 

 心配そうな未来ちゃんの問いかけに、響ちゃんは若干固い表情で答えた。

 なので俺は周りバレないようにちょんと前足で抱えられた腕を叩く。

 すると響ちゃんの表情が柔らかくなり、ふっと息を吐いた。

 

 ──うん、大丈夫みたいだ。

 

「凄い人の数……」

「ツヴァイウィングのライブだからね。それに重大発表もあるらしいし」

 

 そう、現在俺たちはツヴァイウィングのライブに来ている。

 それも、あの日、運命とも言うべき日に行われたあのライブ会場で。

 

『辛かったら断ってくれても良い。響にとってあそこは呪われた場所かもしれない。あたし達のライブはトラウマなのかもしれない──だからこそ、見に来てほしいんだ』

 

 最初は戸惑い、怖がっていた響ちゃんだったけど──今は独りじゃない。

 俺が居る。

 未来ちゃんが居る。

 クリスちゃんも居る。

 だから彼女は──首を縦に振り、此処に居る。

 首を縦に振った時、奏ちゃんはそれはもう嬉しそうにしていた。

 

 にしても。

 

「ブーイ」

 

 なんで俺は人形のフリをしないといけないんですかね……? 

 

「こらコマチ。大人しくして。じゃないとライブ見れないよ」

 

 響ちゃんの腕の中にいる俺に向かって、クリスちゃんがこっそり注意してくる。

 そりゃあライブは見たいけどさ、もっと他に方法はなかったの? というかこの作戦考えた翼さんはちょっと頭おかしい。でも奏さんは笑いながら懐かしそうにしていたけど……。

 

「というか、何でわたしがこの役をするの?」

「似合っているよ響?」

「……嫌なら変わるけど」

「は? そうは言っていないじゃん」

 

 ほらほら喧嘩しない。

 ライブは楽しくね。

 あー、それにしても。

 

 

 

 ──ようやく、生で二人のライブ見れるのか。

 

 ふと浮かんだ記憶は泡のように消えたが──感情だけは胸に残った。

 

 

 ◆

 

 

「──ようやくだな、翼」

「──ようやくだな、奏」

 

 あたし達は、揃って体を震わせていた。

 緊張? 武者震い? 歌いたいのを抑えきれない故の激情? 

 どれも合っていて外れている。確かにそれらの感情を抱いているが──あたし達には、今日のライブはそれ以上の意味がある。

 

「二年か」

「二年だ」

 

 あの日、光彦の願いをあたし達は叶える事が出来ず、それどころかその機会を永遠に失ったかに思われた。

 あの日ほど泣いた日はない。あの日ほど怒りに身を任せた日はない。……あの日ほど後悔した日はない。

 

「それにしても」

「ん?」

「まさかオレの作戦が、二年越しに採用されるとはな」

 

 くつくつと翼は笑いを堪えて腹を抱える。確かに言われてみればそうだ。あの時は翼が慕っている子を使おうとして失敗して──今は信頼できる仲間に託している。

 思えばこいつも変わったな。あたしの後ろを追いかけていたこいつが、今では隣に立ち一緒に歌っている掛け替えのない相棒へと成長した。

 

 そんな翼となら、最高のライブで全力で歌える。

 そんな翼となら、何処へだって、世界の果てまでだって飛んでいける。

 

 でも。

 今日は。

 今だけは──。

 

「それじゃあ、行きますか」

「ああ。あたし達の家族との──」

 

 ──約束を果たしに。

 

 

 ◆

 

 

 コマチは、響の腕の中で見て、聴いていた。

 皆の声援と想いを一身に受け、輝き続ける彼女達二人の姿を。

 その姿はとても眩しく、しかし優しくずっと見ていたくて。

 雷光に照らされて初めて輝いていた二人は、自らの光で皆を魅了していた。

 

「ブイ……」

 

 それを見てコマチは──。

 

『──ピカ、チュウ……!』

 

 光彦は、とっても楽しそうにツヴァイウィングのライブを楽しんで──終わるまでずっとずっと笑っていた。

 

 ありがとう、奏ちゃん。

 ありがとう、翼ちゃん。

 ありがとう──ツヴァイウィング。

 君たちの羽ばたき──確かに見届けたよ。

 

 

 

 ライブが終わり、ツヴァイウィングが世界へ羽ばたく事を発表した際、コマチは涙を流して祝福した。

 思い出はなくとも、感情が覚えている故の──涙。

 

 かくして、幻と消えた夢の舞台は蘇り、彼らに尊き思い出がまた一つ追加された。

 



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日常的なの

 

 特異災害対策機動部二課。

「突起物」なんて揶揄される事もあるけど……ここの人達はその反対で、全然トゲトゲしていない優しい人達ばかりだ。

 特に風鳴弦十郎さんは──。

 

「君が我々を信じられないのも分かっている──だが、どうか信じてくれ。君も、君の大切なものも決して傷つけさせない。守ってみせる」

 

 そう言って、彼は本当にコマチを、わたしの事を守ってくれた。

 詳しい話は分からないけど、米国のエージェント達、残された完全聖遺物二つ、そしてフィーネが残した櫻井理論と記録。それらを駆使して、私たちへの干渉をとことん防いだと翼さんが言っていた。鎌倉の野郎どもざまあみろって言ってたけど、何があったんだろう。

 

 ともかく結果を言えば、わたしとコマチは二課で過ごすようになった。わたしは装者として。コマチは特異戦力として。

 同じくクリスも二課に所属し、先輩であるツヴァイウィングの二人と日々を過ごしている。

 

 

 ◆

 

 

「ふぁ……」

 

 自然と目が覚めて、起き上がる。着ていたシャツがズレ落ちてはだけているが……翼さんも居ないしそこまで気にしない。

 そして横を見ればコマチが気持ち良さそうに眠っている。その寝顔を見て思わず手が伸びて、サラサラとして毛並に指を解かす。

 普段は恥ずかしくてできないが、こうして本人が寝ている時は割とやりたい放題だ。……バレたら絶対に面倒な事になるし。

 

 それにしても、あの時と比べて……よく眠れるようになった。

 あの頃は、コマチすら拒絶した時は、目を閉じるとあの地獄が、傷付けて来る人達が現れて、とてもじゃないけど眠れなかった。

 

 でも、この日陰のおかげでわたしは──安らかに夢を見る事ができる。

 だから、ありがとうを込めてわたしは優しく手を動かした。

 

 

 しばらくするとコマチが目覚め、身嗜みを整えて食堂に向かった。

 

「おはよう響。コマチ」

「……ん、おはよう」

「ブイ!」

 

 しかし先客が居た。クリスだった。

 彼女はこちらに気づくと朝の挨拶の言葉を口にする。それに対して対照的な反応を示すわたしとコマチ。

 コマチは挨拶に応えると同時に、クリスの膝の上に乗って脱力した。それに彼女は苦笑しながらも手枷でコマチの背中を撫でる。

 

「相変わらず甘えん坊。今日も食べさせてあげる」

「ブ〜イ……」

「……」

 

 ここ最近になって見るようになった光景に、思わず自分の目が吊り上がるのを感じる。

 最初は、こんな事は起きなかった。

 ただ、昼食時に奏さんによくコマチが取られ、それにクリスが不満そうにし、関係ないけどクリスを口説こうとした翼さんが惨敗して、その次の日からそれは始まった。

 

 クリスの、コマチへのあーんが。

 

 話を聞くに、コマチは元々クリスにお昼に弁当を貰っていたらしい。……聞いてなかったんだけど。

 そしてその度に膝に乗せて存分にイチャ……コミュニケーションを取って食べさせてあげていたらしい。聞いて何故かイラッとした。

 

 しかしここに来てからは奏さんに取られて、結果朝に時間変更された、と。

 

 うん。納得できない。

 そもそもなんでアイツはされるがままなんだ? イヤなら抵抗してよ。

 

「ブ……ブ〜イ」

 

 ──滅茶苦茶喜んでる……!? 

 

 それを見て以来、わたしは何故か止める事ができず、しかしやきもきしながら眺める事しかできないでいた。

 ……わたしにはあんな事頼んでこない癖に。

 だからここ最近はむすっとした顔でご飯を食べており、後からやって来る二人に揶揄われる。

 

「おーっす。今日も響はご機嫌ナナメだな。低血圧か?」

「別に。……そうではないです」

 

 思い出したかのように敬語をくっ付けるような言い方は、せめてもの意趣返しだろうか。

 わたしの反応に奏さんは苦笑する。……この人、あれ以来わたしに対して余裕ができたな……わたしもその方が過ごしやすいけど。

 そして、この人が来たという事は……。

 

「おはよう響。今日も健康的な──」

 

 わたしの太ももに伸びる手。

 

 ──ヒュッ。

 

「おっと」

 

 それを阻むように飛来する箸。

 翼さんは寸での所で手を引っ込めて回避し、箸をキャッチ。

 そして下手人であるクリスに箸を返しながらケラケラと笑う。

 

「今日も情熱的じゃないかクリス。しかし、オレは間接キスは恥ずかしくてとても……」

「朝から盛るな。コマチの教育的に悪い」

 

 それはわたしも同意見だ。

 ……でも、そうやって抱き締めて押し付けている凶悪な代物の方が教育に悪いと思うんだけど。

 

「はあ。翼、後輩とのコミュニケーションはもう少し考えろって」

「──ふっ。オレも罪作りな女だ」

「セクハラで積んでんじゃねーよ。ほら、さっさと行くぞ」

「あ、ちょ──また昼にな!」

 

 奏さんに引き摺られながら、少年のような笑顔で手を振る翼さん。

 ……そっちの方が受けそうなんだけどな。

 クリスも同じ事を思ったのか、わたしの方を見ると首を横にブンブン振って頬の赤みを消そうとする。

 まあ、それはどうでも良いんだけど。

 そろそろ、さ。

 コマチ放してあげよう。窒息するから。

 

 

 食事を終えたら、出動が無い限り訓練室で体を動かす時間だ。フィーネが人為的にノイズを出していた時と違って、ノイズが出てくる回数は割と少ない。

 だから、より早くより多くのノイズを倒す為に力を蓄える。

 

「ふっ、はっ!」

「せい、やあ!」

 

 二課に入る前は独りで黙々と練習をしていた。コマチも協力してくれる時はあったけど、それも技の確認くらいだ。

 でも今はクリスが居る。クリスはフィーネの教育とその身に宿る才能で、狙撃手でありながら近接戦闘もできるハイブリット装者となっている。

 だからこうしてスパーリング相手としては申し分ない。

 ……ただ。

 

 バルルン。

 

「ブイ……」

 

 ぷりりん。

 

「ブイ……!」

 

 ほにょにょん。

 

「ブーイ!!」

 

 ──コマチがうるさい! この淫獣が!!! 

 こういう時コマチは、わたし達の真横に座ってジッとこちらを見て笑顔で鳴く。

 視線は言わずもがな。

 目の前のクリスも気付いているのか顔が真っ赤だ。わたしもだけど。

 しかし彼女は特に注意しない。恥ずかしがっているけど嫌がっていないという事。

 

 だからわたしが注意するハメになる。

 

「ふんっ!!」

「ブイ!?」

 

 チョップが炸裂し、コマチは痛みに悶えていた。

 え、エッチな目で見たから自業自得……! 

 わたしもクリスも胸元を隠しながらコマチをジトっとした目で見る。

 

「ブ、ブイブ〜イ」

 

 するとこちらから目を逸らしながら口笛を吹く真似をする。全くできていないけど。

 ったく……そんな事で誤魔化される訳が……。

 

「もう、仕方ないな……」

 

 !? 

 

「ブ〜イ」

「確かに気になったけど……コマチは別にそういう意味で見てないんだよね?」

「ブ………………ブイ!」

「そっか。よしよし」

 

 アンタの目は節穴か!? 

 そう叫んでしまいそうになる。明らかにソイツその、えっと、え、エッチな目でおぱ……胸を見てたんだけど!? 

 ……フィーネに育てられて、その辺の感覚麻痺しているのか……? 

 

「それにしても──」

 

 チラリとこちらを見て。

 

「──恥ずかしいからって、チョップは可哀想だよね」

 

 そしてニヤリと口元を歪ませる。

 こ、こいつ……! 

 あざとい通り過ぎて悪魔だ! 

 魔女に育てられたから性格悪いのか!? それとも素か!? 

 ともかくわたしをダシにコマチに取り入ろうだなんて……! 

 

「ブーイ」

 

 ──クリスの胸の中で蕩けたような声を出すコマチに、わたしの中のナニカがブチリと千切れた。

 そーかそーか。結局大きいのが正義って訳か。

 

「──訓練の続きするよ。コマチとクリス対わたし。実戦形式。時間制限無し。どちらかが戦闘不能になるまで」

「──え? ちょ、響……?」

「ブ、ブイ?」

 

 二人がオロオロしているが──関係ない。

 ガションと腕の装甲が稼働し、わたしの体にバチバチと紫電が迸る。

 

「ちょ、その力使うとか本気も本気──」

「うるさい。行くぞ」

「ブ、ブーーイ!?」

 

 何か言っていた気がするが、わたしは気にせず──目の前の相手を殲滅した。

 

 

 ◆

 

 

「うう……響、酷い……」

「しらない」

 

 対面の席に座っているクリスがボロボロの状態で昼食を摂っている。

 かく言うわたしもボロボロだ。

 あの後駆け付けた弦十郎さんによって喧嘩両成敗されそのまま二人纏めて叩きのめされた。

 ……なんであの人シンフォギア纏ったわたし達より強いんだろう。

 何はともあれ、さっきのイライラは消えたので、クリスからの愚痴を聞き流しながらご飯を食べ……チラリと別の席を見る。

 

「ほーら光彦。あーん」

「ブー……イ。ムグムグ」

「今日もオムライス……奏もすっかりケチャラーだな」

「光彦も前はそうだったんだぞ」

「ブーイ……」

「今は違うみたいだぞ」

 

 そこでは奏さんにご飯を食べさせて貰っているアイツと、それを眺めている翼さんが居た。

 あの二人は仕事や学校でコマチと一緒に居る時間が少ないからと言って、昼食の時は譲っている。……別に寂しくないけど? 

 それに、二年も離れていたんだ──それくらいは良いかなって最近は思っている。

 

「はい、あーん」

「なあ、光彦。次はオレの所に来いよ」

「……ブ」

「おい今どこ見て鼻で笑ったテメエ」

「おい翼。行儀悪いぞ」

 

 ……ただ、奏さんの胸を枕にする必要ある? 

 現に固いのは断るって言ってるし。

 やっぱりアイツ一回その辺分からせるか……? 

 

「そういえば響。先生からあの話聞いた?」

「……何のこと?」

「学校だよ。ほら、翼や未来の居るリディアンにって」

 

 そこまで聞いて、わたしも思い出した。

 カ・ディンギルが起動した事によりリディアンの施設は使えなくなった。

 よって別の場所に校舎を移し、学校が再開されると同時にわたしとクリスに復学を勧めて来た、んだけど……。

 

「……」

 

 正直、不安だ。

 わたしの記憶で最後に覚えている学校の思い出は──迫害と罵倒、虐めしか無い。

 未来や翼さんが居ると分かっていても、どうしても考えてしまう。

 学校に行ったらまた同じ目に合うのでは無いか? わたしの事を知っている子が居るんじゃ無いか? 

 そして何より、コマチが来れない。

 それが──わたしがその話に肯けない理由だ。

 

「──大丈夫」

 

 そんなわたしの不安を感じ取ったのか、クリスがそっと手を重ねて来た。

 

「響の過去の事は知っている。だからこそ──友達のわたしが守るから。コマチの分まで」

「……クリス」

「それに翼や未来も居るから大丈夫だよ。わたしだけじゃなくて、みんながアナタを守るから──彼処は、響が行っても良い場所。そして、たくさん思い出を作って帰る場所にしよう。ね?」

 

 真っ直ぐとこちらを見据える綺麗な目に、わたしは思わず視線を逸らし。

 

「……恥ずかしい事、よく真顔で言えるね」

「ふふふ。多分コマチのが移ったんだと思う」

「影響されすぎ──アンタも、わたしも」

 

 もうちょっと考えてみようかな、とわたしは思った。

 

 

 

「ふっ、美しいな──」

「同感だ。だから素直に座っておけ翼。また吹っ飛ばされるぞ」

「ブイブイ」

(てえてえ)

 

 ……なんか視線が恥ずかしい! 

 

 

 ◆

 

 

「ブイブイブイブーーーイ!?!?」

「こらこら暴れるな光彦。ちゃんと風呂入らないとくちゃいままだぞ?」

 

 今日はノイズが出現する事なく夕方になり、入浴する時間になった。

 そして毎度の如く奏さんに捕まったコマチが暴れている。

 

「こいつ、別に風呂嫌いじゃないのにいつも嫌がるよな」

「エッチな子ですけど、一線は超えたくない……まるで紳士」

 

 いや、紳士では紳士でも変態紳士の部類だよおそらく。

 

「こういう所はあん頃と変わらないなー」

「響と二人暮らしの時はどうだったんだ?」

 

 翼さんの問いかけに、わたしは当時を思い出して答える。

 

「それぞれ別々に入っていました。ソイツ、自分で洗えてましたし、何なら風呂掃除とかもしてました」

「どうやって!?」

「念力とか? いや、でもあの時はまだ使えていなかった筈……」

 

 奏さんとクリスが驚いた表情を浮かべて叫んだ。

 ……いや、確かにそうだな。コマチの抜け毛とか気にして、毎回わたし、コマチの順で入っていたし。それにアイツ翼さんの部屋をずっと綺麗な状態に維持できる程綺麗好きだし……。

 

「そう言えば、一時期わたしたちの所に居た頃は……」

「ああ。誘拐した時か」

 

 

 

 

 

「……うん」

「ちょ、翼もっとオブラートに言え!」

「被害者のわたしが言うのも何ですが、翼さんそういうところですよ」

「ブイ」

「なんでオレが総スカン喰らってんだ!!」

 

 デリカシーのない翼さんは置いといて。

 クリスの話を聞く事に。

 

「わたし達の所に居た時も一緒に入るのを拒否してよくフィーネを落ち込ませていたんだけど……」

 

 何してんだあの巫女。

 というかメンタル弱いな……。

 

「でも、キリちゃん……あ、キリカって子が『獣のくせに抵抗するなデース!』って言って無理矢理お風呂に入れてたんだ」

 

 ……そういえばアイツもそこそこ大きかったな。

 

 ネフシュタンの鎧を着ていた女を思い出し、拳に力が入る。コマチめ……。

 しかし話には続きがあった。

 

「でもね、キリちゃん力加減下手くそだからコマチが悲鳴を何度も上げて、抜け毛凄くて、それでフィーネがブチ切れて……。

 キリちゃんに入れられるくらいならってわたしかフィーネと入るようになったの。

 ひとりで入っているとキリちゃんが突撃するし……あ、でも善意だから。あの子も悪気があった訳じゃ……」

 

 関係ない、次会ったらぶっ飛ばす。

 それはそれとしてしっかりと堪能してそうなコマチとは後で話すとして。

 

「時間無いし、さっさと行こ」

 

 グダグダ話していたらそこそこ良い時間になってたので促す。

 すると奏さんは改めてコマチを抱きかかえて、逃げるチャンスを失ったと気づいた彼は尚も暴れるけど──結局奏さん達に揉みくちゃにされて、悲鳴を上げながらお風呂に入った。

 

 わたしは離れた所で洗って入って関係ないふりした。

 

「ブイブイブーイ!」

(助けて響ちゃん!)

 

 あーあー、聞こえない聞こえない。

 

 

 ◆

 

 

 就寝時間になり、わたしはコマチと一緒にベッドに入る。

 この時間だけは、わたし達二人だけの時間だ。

 最初は奏さん達も抗議して来たが……コマチが理由を話すと納得して引き下がってくれた。……今思い出しても恥ずかしい。

 

「まったく。おかげでみんなの目が生優しくて、背中が痒いんだけど」

「ブッ、ブー……」

 

 えいえいと頬を突けば、コマチは変な顔で変な声を出す。それが可笑しくてちょっと笑ってしまった。

 

 ……わたしは、コマチが居ないと眠れない。

 いつも悪夢を見て飛び起きて、眠りが浅くなってしまう。

 ……コマチを攫われた時はもっと酷かった。

 見る悪夢の内容が違った。

 わたしの手から大事なものが零れ落ちて──一生戻って来なくなる夢。

 その夢を見る度にわたしはトイレに駆け込んで、腹の中の物を全部ぶち撒ける。

 

 そんな夢をまだ時々見る。

 ……夢の内容については、皆には言っていない。言ったら余計な心配させてしまうし、あの子に変に気負わせてしまう。

 

 コマチはその辺のわたしの気持ちを汲んでくれてこう言った。

 

 傍に居るって約束したし、俺が響ちゃんと寝たいんだ。ごめんね。

 

 皆も何か察したのかもしれない。だから嫉妬するんじゃなくて身を引いてくれた。

 でもその代わり変な目で見られる羽目になった。

 

「こいつ、こいつ」

 

 本当、コイツのせいで……コイツのおかげで──。

 

「おやすみ、コマチ」

「ブイ!」

 

 ──今日もわたしは、グッスリと眠る事ができる。

 そして少しだけ素直になったわたしは、コマチと◾️◾️、二課の皆と一緒に楽しい夢を見る。

 

 

 

 ──これが、わたしの新しい日常であり、守りたい時間だ。

 



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前日談的なの

 

「──情報が少ないな」

「そうですね……ここまで少ないと、やはり何かしらの組織が動いていると見て間違いないでしょう」

 

 現在、発令室にて弦十郎と緒川は唸っていた。

 彼らは現在ある事を調べていた。

 それは、先日起きた【デルタショック事件】と関わりのある事柄であり──二課の情報網を使っても尚、捕らえられない情報。

 それは──。

 

「響くんに復讐を煽った協力者。了子くんにキリカなる戦力を提供した人間……」

「どちらも実態を掴めません……相当な隠蔽能力があるかと」

 

 今回の事件で未解決な部分はあった。

 しかし調べても調べても掴めずに居る。

 特に響の背後にいた者はタチが悪い。

 

「この端末、回収されて調べられる事を前提にして響さんに渡してありますね」

 

 二課が入手できる情報を取捨選択し、あえて流している印象があった。

 認めたくないが、相手は二課よりも情報戦では優位に立っている事が確定している。

 

 そして得た情報は……。

 

「米国政府への情報の横流し。日本各地に隠れアジトの存在の有無。二課への妨害工作──」

「その他にも色々とありますが……」

 

 肝心な所は分かっていない。

 何者なのか、何が目的なのか──それが分からずじまいだ。

 正体不明の敵。それが今後も何かしらの形で、二課の前に立ち塞がるのは──明らかだった。

 

「今後も情報を探ってみます」

「そうしてくれ──子どもを利用する奴は許せんからな」

 

 響の故郷での出来事を思い、弦十郎は強く拳を握っていた。

 コマチが居なければ、今頃彼女はかつてのクラスメイトを手にかけ闇に落ち……。

 

「必ず見つけ出しましょう」

「だな──と言っても、問題は山積みだ」

 

 先日、永田町の記憶の遺跡にネフシュタンの鎧、デュランダルが移送、そして隔離封印された。

 二年前、そして今回の騒動の中心になった二つの完全聖遺物は慎重に扱うべきと判断された故の処置である。

 

 だからこそ、コマチについて日本政府が引き渡しの指示を出すのは必然だった──が。

 

「結果的には我々二課の扱いになり、今後日本政府の干渉は無くなりました……が」

「理由が理由だけに気になるな──何故、鎌倉が擁護して来たか……謎だな」

 

 二年前の時点では日本政府同様引き渡しを命じて来た鎌倉こと風鳴本家。

 しかし今回は二課に全て任して余計な干渉をするべきではないと言い出した。

 二課にとって都合が良いが──素直に喜べないのが事実だった。

 

「悩んでも仕方ない──そろそろ時間だ、向かうぞ」

「向かうって……ああ、彼らの元ですか」

「ああ──米国のエージェントの聞き取り調査がまだある」

 

 現在日本政府は、捕らえた米国のエージェントを使って米国に抗議を行っている。二課のデータベースへのハッキングや広木防衛大臣への暗殺等、揺さぶるネタは揃っている。

 しかしエージェントたちは何も言わず、米国も知らぬ存ぜぬと頑なな態度を取っており難航している。

 そしてこれから弦十郎は緒川と共に、そのエージェント達の所へ向かう予定だ。

 ──仲間を殺されたのだ。絶対に彼らから情報を得る。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 そして二人はエージェント達の元に向かい──。

 

 

 

「──どういう、事だ……!?」

「これは……!」

 

 そこに居たのは、首から上の無いエージェント達の変わり果てた姿であった。

 緒川が近づき傷痕を見る。

 綺麗に両断されていた。刀による一太刀。

 それを為したのは相当の手練れ。

 

「──ふん。今更来たか」

 

 ふと二人の背後から気配がし──同時に濃厚な血の匂いが漂う。

 彼らが振り返るとそこには──風鳴訃堂がそこに居た。

 そして手には彼の刀があり──エージェントの首を誰が跳ねたのか雄弁に語っていた。

 

「まさか、貴方がこれを!?」

「それがどうした?」

「彼らには情報を吐いて貰う予定でした。それに殺してしまったら米国から何を言われるか」

 

 弦十郎と緒川の追及に、訃堂は鼻で笑い飛ばし、阿呆と彼らを罵る。

 

「これ以上生き永らえさせようとも、此奴らは役に立たんよ。死に間際に吐かれた情報も益の無いもの。それに、向こうが言っていたではないか──駒など居らぬとな」

 

 だから殺した。

 国を脅かす不届き者が、自分の国で同じ空気を吸っている事が我慢できない。

 だから殺した。

 日本に対して舐めた態度を取っている敵国の狗をそのままにする理由がなかった。

 だから殺した。

 

 もはや米国のエージェント達に人権はない。他ならぬ米国がそう言ったのだから。殺されても──嘆く者も怒る者も居ない。

 

「時間を無為にするくらいなら、護国に専念せよ」

「……は」

 

 胸の内にある思いを必死に押し留めて、弦十郎は頭を下げて言葉を吐いた。

 それを見た訃堂は踵を返してその場を去ろうとし。

 

「──手に入れた刃、精々錆させぬようにな」

 

 その言葉を最後に残して、彼は立ち去った。

 気配が遠退き消えた。

 それを確認し、二人は揃って深くため息を吐いた。

 これからこの死体の処理もしなくてはならない。恐らく日本政府もこの事を知っているが……やるせなかった。

 それはそれとして。

 

「司令。先ほどの……」

「ああ……」

 

 手に入れた刃──翼の事ではないだろう。

 そして二年前の主張を180度変えた鎌倉。

 つまり訃堂の言葉は──。

 

「アカシア君。君は一体──」

 

 弦十郎の言葉に答える者は誰も居なかった。

 

 

 ◆

 

 

 こんにちは、コマチです。

 今日は二課本部から出て外に出ている。

 何をしに来ているかって? それは──。

 

「やって来ましたデートの日!」

 

 テンション上げて叫んだ翼ちゃんが言う通り今日はデートの日である。

 

「5人と1匹っていう訳のわからない人数だけどね……」

 

 せやな。響ちゃんの言う通り、デートというには大人数だ。

 でも未来ちゃんは気にするどころか嬉しそうに受け入れてくれたりする。天使かな? 

 

「ありがとうな未来」

「いえいえ! この前ライブに誘ってくれましたし、それに──」

 

 そう言って未来ちゃんは、クリスと談笑している響を見る。

 

「響と仲良くしてくれている人を、わたしは拒絶しません」

 

 女神かな? 

 

「コマチも来てくれてありがとう」

「ブイブイ」

 

 頭を撫でてくれる未来ちゃん。

 んー……やっぱりこの子の手は日向みたいに温かくて気持ち良いな……。

 目を細めてポヤポヤしていると、未来ちゃんが笑った。

 

「ふっ、今日は良い日だな……!」

 

 心地良い感覚に身を委ねていると、翼さんがこっちに来た。さっきの上がったままのテンションのまま。

 

「こんなにも可愛らしい子猫ちゃんとデートできるなんて──まるでハーレムだな」

 

 何言ってんだこの人。

 

「今日は誘ってくれてありがとう──未来」

「は、ははは……どういたしまして」

 

 未来ちゃんの顎をクイッてさせてキメ顔をする翼さん。でも未来ちゃん苦笑いしかしていないし、そのキャラやめた方が良いと思うよ? 

 それにほら……。

 

『フンッ!!』

「あいたっ!?」

 

 背後から来た響ちゃんとクリスちゃんが、すんごい痛そうなチョップを炸裂させた。

 そして響ちゃんが翼さんと未来ちゃんの間に体を割り込ませて、クリスちゃんが翼さんをグイッと引っ張って離れさせた。

 

「本当いい加減にしないと怒りますよ翼さん」

「翼……パンドラの箱を開けるような真似しないで」

 

 おー……響ちゃんこわー。

 クリスちゃんは戦々恐々としている。でも翼さんはフッと笑っている。

 

「悪い──癖になっているんだ、綺麗な花に触るの」

「造花でも買って家で愛でてください」

 

 響ちゃん、辛辣だなぁ……それにしても未来ちゃんのこと大事にしてるな。無意識みたいだけど……。

 そして大切にされている事に、未来ちゃん凄い嬉しそうにしている。

 それにしても……翼さん、なんでいつもあんな調子なんだろ……? 

 

「まぁ、混乱しているからだな」

 

 俺の疑問に奏さんが答えた。

 混乱? どういうこと? 

 

「いや、翼意外と人見知りでな? 二課以外で居る時はああやって変な感じになって……」

 

 コ、コミュニケーション能力の欠如……! 

 

「実はここだけの話、リディアンで王子って呼ばれているの恥ずかしいらしい」

 

 何してんだあのアメノハバキリ??? 

 思っていたよりも愉快な事になっている翼さんに思わず笑ってしまった。

 という事は、仲間である響ちゃん達に対しては、時間が解決してくれる? 

 

「だなぁ……ただ、クリスに関しては」

 

 クリス? 奏さんの言葉に、俺は二人を見る。

 

「ホント、節操なし」

「ふふふ。綺麗な花畑に来ると身を投げ出したくなるだろ? それと一緒さ」

「意味がわからない」

「嫉妬かい? 可愛いなクリスは」

「……撃っていい? ねえ撃っていい?」

 

 俺にはいつものように見えるけど。

 

「翼なりの気遣いさ」

 

 ……なるほどね。

 翼さん、本当に不器用だね。

 

「だなー」

 

 

 

 暫くして、俺たちはデートを開始した。

 服を見に行った時は、未来ちゃんとクリスちゃんがはしゃいでいた。二人とも女子力高くて、後半は奏さん、翼さん、響ちゃんを着せ替え人形にさせていた。

 俺? 俺はなんか犬猫用の服着せられました……。

 

 次はゲームセンター。

 クリスちゃんは初めて来るのか終始目をシロクロさせて面白かった。

 響ちゃんがパンチングマシンを壊した時はどうしようかと思った……。

 ツヴァイウィングの二人がUFOキャッチャーに貯金しまくったのには笑った。でも壊そうとはしないでね? 

 レースゲームで独走していた未来ちゃんは流石の一言。バイク持っている翼さんが「バイクなら……」って負け惜しみを言っていたのは、いとあわれって感じ。

 でも納得できないのは、俺が音ゲーでフルコンボ叩き込んだら皆がドン引きしていた事。ええやん上手でも。街に一人で行った時にJKの子達と練習したんや。

 って言ったら何故か響ちゃんにグリグリされた何故??? 

 

 最後に撮ったプリクラは、大人数でしっちゃかめっちゃかで、でもそれが味が出て面白かった。

 色んな組み合わせで撮ってて、てえてえって拝むほど。

 

 何より形として残るのが良かった。

 

 他にも色々回って──最後に来たのはカラオケ。

 

「な、なんだか申し訳ない気持ちになるな……ツヴァイウィングとカラオケなんて」

「そう畏るなって。今日はあくまで友達とデートしに来ただけだ」

「そうだぞ未来。これは友達の特権だ。思う存分に楽しもう」

 

 未来ちゃんが緊張していたけど、二人の言葉でそれも次第に無くなっていき──楽しく歌った。

 流石というかツヴァイウィングの歌は凄く上手で聴いていてライブの事を思い出した。それを伝えると、二人とも嬉しそうに、優しい顔で、頭を撫でて来た。

 クリスちゃんも上手だった。両親が音楽家だとの事で、才能ならツヴァイウィングにも負けていない。そして、歌が好きだという想いが凄く伝わって来た。……フィーネさんが好きって言う訳だ。

 響ちゃんはあまり歌おうとしなかったけど、未来ちゃんが引っ張ってデュエットして、恥ずかしがりながらも楽しく歌ってた。

 やっぱり俺、響ちゃんの歌が好きだな……。

 

 その後も組み合わせを変えてデュエットしたり、合唱したり。聞いていて凄く楽しい。

 

「ほら、光彦」

「ブイ?」

「お前も何か歌ってみろよ。歌詞は歌えなくても、ハミングでいけるんじゃないか?」

 

 そう言ってデンモクを渡してくる奏さん。

 え? 俺が歌うの? 

「イ」「ブ」しか言えないんですけど? 

 しかし、他のみんなも期待した目でこちらを見ている。

 特にツヴァイウィングの二人はめっちゃ目をキラキラさせている。

 う〜〜〜〜ん……仕方ない。

 俺はテーブルに置かれたデンモクを操作して曲を送信。そしてマイクを未来ちゃんに支えて貰い、歌い出す。

 

 

 最近ハマっている歌手、マリア・カデンツァヴナ・イヴのDark Oblivionを。

 

『ちょっと待てえええええ!!』

 

 しかし曲を止められて、ツヴァイウィングの二人に詰め寄られた。

 

「あたしらの前で別の歌手選ぶとはいい度胸してんじゃねえか……!」

「何が不満だ言ってみろ。改めてやるから。お前の認識を……!」

 

 結局その後、響ちゃんが切れて滅茶苦茶に騒ぎ出し、店員さんに追い出されるまでカオスは続いた。

 

 

 

 そして最後は、街並みが見れる高台へとやって来た。

 夕焼けが街を照らし──この街を皆で守ったのだと思うと、胸にくる物がある。

 しかし、それ以上に……。

 

「──約束、守ってくれてありがとう」

「──別に……いや、そうじゃないね」

 

 一度はそっぽを向こうとした響ちゃんだったが、首を横に振って未来ちゃんに向き合う。

 そして彼女の瞳をしっかりと見て。

 

「約束を破りたくなかったから──わたしも、ありがとう」

「──響!」

 

 感極まった未来ちゃんが響ちゃんに抱きつく。

 響ちゃんはそれを拒絶する事なく、それを受け入れた。

 以前の彼女だったら考えられない光景だ。でも、今は──。

 

 

「──強くなったな」

「ブイブイ」

「……あたしさ、響の事は、あたしが何とかしなくちゃいけないと思ってた。でも何時の間にかああやって立ち直って──なんて言えば良いのかな」

 

 そう言って笑う奏ちゃんの目元には光雫があった。

 

 ……そんな事ないよ奏さん。奏さんの言葉で、今の響ちゃんがあるんだ。

 

「……言葉?」

 

 ──生きるのを諦めるな。

 

「──っ」

 

 確かにその言葉で苦しんだのかもしれない。

 でも、生きるのを諦めなかったからこそ、響ちゃんは生きて、こうして此処に居る。

 だからさ、奏ちゃんは確かに響ちゃんを救っていたんだ。

 

「──そっか、ありがとうな」

 

 どういたしまして。

 

 

 こうして、俺たちのデートは終わり──新たな戦いが始まろうとしていた。

 

 



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第四部 戦姫絶唱シンフォギア 波導・ガングニール編
第一話「烈槍──ガングニールの少女」


喪失──さよならバイバイ。わたしの光


【グオオオオオオオオオオ!!】

 

 雄叫びを上げる完全聖遺物ネフィリム。

 このまま放っておけば、此処の人達も、ナターシャも、マリアもセレナも──全員コイツに喰い殺される。

 

 それは……嫌だな。

 

「リっくん先輩……?」

 

 親しみと敬意が混ざった結果妙な呼ばれ方をされたな──と思いつつ、今は気に入っている。

 しかしこう呼ばれるのも……これが最後なのかもしれない。

 

 大きくなった腕を伸ばし、こちらを茫然と見上げる彼女の頭を撫でる。

 

『アイツは絶対に止めるから、これからも姉妹仲良く元気でいてくれ』

「なんでそんな事言うの──待って! 行かないで!」

 

 静止の声を振り切って、俺は奴の前に飛び出した。

 最後にチラリと後ろを見た際、彼女は泣いていた。

 そして、そんな姉妹の隣で、彼女は覚悟を決めた顔でこちらを見据えていた。

 ……止めても来るんだろうな。

 

 俺は奴の前に立ち、構える。それと同時に──背後から歌が聞こえた。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 そして、隣にアガートラムのギアを纏った彼女が降り立った。

 その力で、何処か懐かしさを感じるその力で、奴を止めるつもりなんだろう。

 

 ──無理はして欲しくない。

 ──だが、止まらないのなら。

 ──先輩が頑張るしかないだろう……! 

 

『説教は後だ──行くぞ』

「うん」

 

 スーッと深く息を吸い──力を解放させる。

 そして──。

 

『──波導は、我にあり』

 

 ──基地が大きく揺れた。

 

 

 第一話「烈槍──ガングニールの少女」

 

 

 ツヴァイウィングとマリア・カデンツァヴナ・イヴのコラボレーションライブ「QUEEN of MUSIC」。

 デビューして僅か二ヶ月で全米ヒットチャートの頂点に昇り詰めた超新星。

 ツヴァイウィングとコラボするには話題性も才能も申し分無し……ってこの雑誌に書いてあるね。

 

「ふ〜ん……そういうの見るんだ」

 

 ん? うん、まぁ、ツヴァイウィングの事よく書かれているし、他にも注目されている歌手が取り上げられて面白いよ。響ちゃんも見る? 

 

「いい。興味ない」

 

 あら、素っ気無く断られちゃった。

 というか、ちょっと機嫌悪い響ちゃん? 

 

「……わかんない。でも此処に近付いたら、胸の方がムカムカして」

 

 ん〜〜〜……体調が悪い訳じゃなさそうだけど……。

 大丈夫? 無理はしない方が良い。

 

「いや……せっかく奏さんたちが招待してくれたから」

 

 そう言って広げてくれていた雑誌を閉じると、彼女は椅子に深く座って目を閉じる。

 う〜ん。これはしばらくソッとしておいた方が良さそうだ。俺は響ちゃんの肩から降りて、クリスちゃんの膝に座って丸くなる。すると優しく撫でてくれた。

 

「いやーそれにしても、まさか私たちまでお呼ばれするなんてね……未だに信じられないよ。アニメの世界みたいで」

 

 ふと会話が聞こえる。

 そちらを見ると、未来ちゃんと響ちゃんの友達、板場ちゃんが若干緊張した面持ちで会場を見ていた。

 それに同意するように、彼女と一緒に招待された安藤ちゃん、寺島ちゃんも頷く。

 

「まさかあの駄々が通るとはね……」

「みっともなくて全然ナイスじゃなかったですけど、この状況は結果的にナイスです」

「ちょ、二人とも!? その話蒸し返さないでよ! まさか本当に行けると思わなくて──」

 

 彼女たちは未来ちゃんの……いや、未来ちゃんと響ちゃんのリディアンでの友達だ。

 街でも何度か会った事があって、俺がここに居たことに最初は驚いて「立花さんのペットだったの!?」と叫ばれて、即否定した響ちゃんには笑ったな……。

 

 響ちゃんと三人が友達になった話も面白かったな。響ちゃん不良って思われて、でも未来ちゃんと交流があるのを見て混乱したらしい。

 そこで響ちゃんを尾行して、でも途中で見失って本物の不良とエンカウントして──そこで響ちゃんに助けられて友達になった、と。

 良い話だ……。

 

「……ちょっと、その目ヤメてくれる?」

 

 おっと響ちゃんに睨まれちゃった。

 クリスちゃん助けてー。

 

「うん、任せて。わたしは優しいから」

「……っ」

 

 抱きしめられて何も見えねーけど、響ちゃんの苛立ちがビシバシ感じるぜー。

 ほら響ちゃんリラックリラックス。君の友達もちょっと怖がっているよ? 

 

「だったらデレデレしない」

 

 あいあい。

 

「アンタもあまり甘やかさないで」

「アンタ……って。響、わたし響より一つ上で先輩なんだけど。先輩って呼んで?」

「……」

「無視した……」

 

 ムーっと頬を膨らませてあざとく拗ねるクリスちゃん。

 クリスちゃんの言う通り、彼女は響の一個上だったのだ。正直驚いた。

 響と同じ教室で授業を受けられない事を知って落ち込んでいたクリスちゃんだけど、翼さんが「それなら響の先輩だな。そしてオレはさらにせんぱ──」の発言を受けて、度々先輩呼びを求めてウザがられている。

 見ていてメッチャ面白い。

 

 ……それにしても先輩、か。

 なんだか、懐かしいフレーズだな。

 

 先輩と言えば、彼女たちの頼れる先輩たちは緊張していないだろうか? 

 

 

 ◆

 

 

「QUEEN of MUSIC」。

 ツヴァイウィング控え室にて。

 奏と翼は時間まで寛いでいた。その顔に緊張の色はなく──しかし、これから行われるライブへの高揚感、そしてコラボ相手のマリアに対する熱が抑え切れない程に燃えていた。

 

「二人とも、今から力を入れたら後半持ちませんよ」

「そう野暮な事言わないでくれよ、緒川さん。今回のライブはいつもとちっと違うんだ」

「いつもと……?」

 

 奏の言葉に首を傾げる緒川。

 彼の疑問に答えたのは同じ想いを抱いている翼であった。

 

「今日のライブでオレたちはマリアに勝ち、証明しないといけないんだ」

「証明? というか勝つって今日のライブはコラボ……」

「──オレ達の方が凄いって事を、光彦に教えてやる……!」

 

 先日のカラオケにて、彼がマリアの曲を選んだのがよっぽど面白くなかったらしい。

 加えてデビューして間も無い頃の出来事であり、つまり人気とか話題性ではなく、好きだから選んだという事。

 嫉妬するには十分だった。

 

 話を聞いた緒川はため息を吐いて苦笑い。

 何はともあれやる気があるのは良い事だと判断し──一つの気配が近づいてくるのに気付いた。

 

 少しして、控え室のドアがノックされる。

 予めドア近くで控えていた緒川が対応する。

 

「はい」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴのマネージャーのセレナです」

「ああ、先ほどの……どうぞ、お入りください」

 

 話は前以て聞いていたのか、中に通す緒川。

 ガチャリと開けて入って来たのは、黒いスーツを着こなしサングラスを掛けた女性だった。

 セレナと名乗った女性はツヴァイウィングの二人に一礼する。

 

「初めまして、ツヴァイウィングの天羽奏さん、風鳴翼さん。わたし、マリア・カデンツァヴナ・イヴのマネージャーのセレナです」

 

 よろしくお願いしますの言葉と共に、二人に名刺を渡すセレナ。

 それを受け取る二人。

 

「はぁ……」

「これはどうも」

 

 対抗心を燃やしていた相手のマネージャーの丁寧な対応に毒気を抜かれる二人。

 そんな彼女たちに構わず、此処に来た本題に入るセレナ。

 

「今回、こちらのマリアとコラボして頂きありがとうございます。マリアもこの日を楽しみにして──」

「──そのマリアはどうしたんだ?」

 

 しかし、セレナの言葉を遮る翼。

 彼女の言う通り、当の本人のマリアは居らず、挨拶に来たのはマネージャーのセレナのみ。

 翼の言葉を聞いてグッと険しい顔をする。

 

「……マリアはライブに備えて集中しており」

「ふ〜〜ん……良いご身分だな」

「おい翼。よせって」

「何言ってんだよ奏──オレはこれをツヴァイウィングへの挑発と受け取るぜ」

 

 奏はあちゃあと額に手を当て、セレナは苦い顔をする。

 血気盛んな翼がこうなる事は予想できていた。奏も同じ気持ちだが──それでも、対抗心を燃やし過ぎと言える。

 光彦の件とは別に、翼もまたマリアを注目していた──ライバルとして。

 だからこうしてギラギラとした笑みを浮かべている。

 

「……それは」

「──そう逸らないで、風鳴翼」

 

 答えあぐねているセレナの代わりに答えたのは──マリアだった。

 全員が彼女の声に振り向いた──いや、()()()()()()()

 今のいままで気配を感じなかった筈なのに、いつの間にかそこに居た。

 同じ女性でも息を呑む感性されたプロポーション

 そして──感じるこのプレッシャー。

 僅か二ヶ月全米チャートの頂点に上り詰めたのは伊達では無いと言わんばかりのカリスマ性。

 何より、全員が息を呑むほどの存在感。

 生物としての何かが、常人と違った。

 

「ね、姉さん!?」

「セレナ、勝手な事をしないで。でもまぁ……」

 

 チラリと視線を翼へと向ける。

 

「天下のツヴァイウィングがどんなものか気になっていたから、チャラにするわ」

「……言ってくれるじゃねえか」

 

 バチリと翼とマリアの間で火花が散る。

 しかしマリアがすぐに視線を外し、踵を返す。

 

「此処で格付けするのも一興だけど、今はその時ではないわ──舞台はライブで。そこでシロクロ決着付けましょう」

「──ふう。そこまで言われたら引き下がれねーな」

 

 その背中にあくまで冷静な態度で見守っていた奏が、口を開く。

 

「あまり見下してると、勝機見失うぜ?」

「ふん。覚えておくわ」

 

 その言葉を最後に、マリアはセレナを伴って部屋を出た。

 それを見送るツヴァイウィングの目は──これからのライブに燃え上がっていた。

 

 

 ◆

 

 

「もう、姉さん! 何を考えているのですか!」

「別に。これから戦う相手を確認しに行っただけよ」

 

 パクリとドーナツを口に入れながら、セレナの問いに答える。

 しかしセレナはその答えに納得していないのか、未だに顔を顰めている。

 

「それに、あんな所で……」

「誰にも見られていないし、こうやってすぐに()()()じゃない」

「むー……」

「はあ……。セレナ、こちらにいらっしゃい」

 

 不機嫌な妹を呼び寄せるマリア。セレナは言われるがままに膝を突いて、マリアに身を寄せる。

 すると彼女は優しくセレナの頭を撫でながら愛おしげに呟いた。

 

「大きくなったわね……」

「……」

「リッくん先輩にも見せたかったわ」

「姉さん……」

 

 過去を想うマリアに、セレナは悲しそうな目で姉を見上げる。

 しかし、マリアの表情に影は無く──覚悟が決まっている、芯の通った顔をしていた。

 

「リッくん先輩の意志を継ぐ──なんて言い訳はしない。

 わたしがしたいから。憧れるのはもうやめたから。先輩の後を追いかける弱い後輩じゃいられないから──ただのマリア・カデンツァヴナ・イヴとして、ライブも……世界の救済も為してみせるわ」

 

 マリアの言葉にセレナはただただ──悲しそうな顔をしていた。

 

 

 ◆

 

 

 ライブが始まった。

 コラボというには荒々しく、力強く、ぶつかり合うように歌っていた。

 しかしそれが逆に観客達を熱狂させ、彼女たちに没頭させていく。

 一夜限りの舞台。

 この時間が永遠に続くかと思われた──が。

 

「うわあああああ!」

「ノイズだあああああ!?」

 

 これは序章である。

 これから始まる戦いの前哨戦に過ぎない。

 

「どういう……こと!?」

「なんでノイズが此処に!?」

 

 そして運命の糸に絡め取られるのは──過去の亡霊。

 

「狼狽えるな!!」

 

 マリアはマイクを手に、会場の皆に、世界に、そしてこの場に居る敵に告げた。

 会場に蒼い炎のようなものが広がり、その場に居た者の前髪を浮かばせ、頬を伝い、全身を震わせる力が、彼らの間を迸った

 

「わたしの真の名は、フィーネ! 武装組織フィーネの象徴にして、終わりの名を持つ者!」

 

 その名の意味を知る者たちが──息を呑む。

 

「永年の野望を叶える為、今ここに蘇った──そして」

 

 彼女は一つのペンダントを取り出して──胸の歌を歌った。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

 そして顕現するのは──三槍目のガングニール。

 

「そんな……!?」

「ブイ!?」

 

 黒き覚悟を身に纏ったマリアは叫ぶ。

 

「この手に宿るのは烈槍──この槍でわたしは突き進む」

 

 握り締めた拳から蒼き炎……否、亡き友から受け継いだ力──波導を纏わせながら胸の言葉を吐き出した。

 

「付いて来れる者……止められる者だけ、わたしに付いてこい!!」

 

 ──宣戦布告。

 今日この日、フィーネを名乗る少女、組織が世界に戦いを挑んだ。




では皆さん良いお年を


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第二話「再会──されど望まれず」

 

 ガングニールを纏い宣戦布告をしたマリア。

 彼女の言葉に全世界が混乱した。

 特にフィーネの存在を知る者はそれが顕著だ。米国政府はこの映像を見て慌ただしく動いている。

 二課もそうだ。ガングニールもだが、彼女が己をフィーネと名乗るその意味を図りかねている。

 

 そんななか、マリアは堂々とした姿で続ける。

 

「このようにわたし達にはノイズを操る力を持つ──この意味が分からない国はあるまい」

 

 脅している。彼女は、本気で世界と戦うつもりだ。

 

「ノイズを使って国を滅ぼす事は容易い──が、それはしない。わたしの要求を飲むのなら」

「要求だと……!」

 

 奏が睨み付けながら言葉を繰り返すと、マリアはチラリと彼女を見て再び前を見る。

 

「要求は──今後我が組織フィーネに対する無干渉」

「無干渉!?」

「ええ、そうよ──わたし達のする事に口出しするな、手を出すなと言った方が早いかしら?」

 

 ニヤリと悪どい笑みを浮かべる彼女に──遂に奏が切れた。

 

「──ふざけるな!」

「……!」

「ライブ会場でノイズを出して、関係ない人を危険な目に合わせて──何様のつもりだテメエ!!」

「──貴女がそれを言うの?」

 

 しかし、奏の激昂を強制的に沈めるプレッシャー……波導が迸った。

 思わず奏が息を飲み──次の瞬間、マリアが奏の直ぐ近くに居た。

 

「……!」

「奏!」

 

 咄嗟に駆け寄ろうとした翼を、掌を向けて静止するマリア。

 そしてそのままソッと奏の耳元に口を寄せて──。

 

「──臆するなら、また大切な家族を失うぞ──天羽奏」

「っ──その、声は……!?」

 

 信じられないと驚きを顕にする奏。

 何故なら、今聞こえた声は──。

 しかしマリアは直ぐに離れると

 マイクを手に再び叫んだ。

 

「呑めないならその時は構わない! が、その時は己の国が煤だらけになる事を覚悟するが良い!」

 

 目的の為なら手段を選ばない──彼女はやる時はやる。その気概を翼は近くで感じ取っていた。

 故に、信じたくなかった。

 

「どうしてだマリア! お前は先ほど──」

「そういえば、シロクロ決着付けようと言ったわね」

 

 でもごめんなさい、と彼女は一言謝る。

 

「思ったよりも貴女達が強くて──こっちで付けたくなっちゃったの」

 

 そう拳を突き付けてマリアが不敵な笑みを浮かべた瞬間──音が消えた。

 

 

 第二話「再会──されど望まれず」

 

 

 ガングニールの反応を感じ、そしてノイズを見た瞬間──響は飛び出そうとした。

 それを寸での所でクリスが止める。

 

「何を!?」

「冷静になって……今行っても状況は変わらない」

 

 しかしそれで止まらないのが響だ。

 言葉で止まるのなら、彼女は此処に居ない。

 クリスの静止の言葉を無視して尚行こうとする。

 

「わたしがノイズもマリアも全部ぶっ飛ばす! そうすれば──」

「──だからっ。そうする為に考えようって言っているんだ!」

 

 クリスの滅多に聞かない叫び声に、響だけではなく未来たちも驚いて彼女を見た。

 しかしクリスはそれに構わず、あくまで冷静に言葉を紡ぐ。

 ──自分が起動させた聖遺物が原因かもしれないという罪悪感を押し殺しながら。

 

「まず問題は此処に観客が居る事と生放送されている事。このせいで奏も翼も下手な行動が出来ない」

 

 此処でシンフォギアを纏えば各国の政府に、彼女たちが装者だという事がバレてしまう。

 加えて、人質がいる状態で武器を構えれば──死人が出る。

 

「だったら、わたしの電気でカメラ全部壊して、そしてそのまま」

「ノイズを出している敵が何処にいるか分からない。目に見える範囲のノイズを倒しても意味がない」

 

 現在緒川がライブ中継されているカメラの対処に回っている。

 つまり彼女たちはノイズをどうにかする方法を考えなくてはならず──。

 

「ブイブーイ!」

 

 しかしそこで、救いの手が上がった。

 コマチは言った──どうにかできるかもしれない、と。

 

 

 ◆

 

 

 とーーーーーーう!! 

 パリンッとガラスを突き破って、俺はライブ会場の空に飛び出した。

 いきなりの大きな音に、観客も舞台のマリアさんもこちらを見る──二課の装者と未来達は目を閉じていた。

 

「ブ────イ!!」

 

 俺の体が()()()()()()。それを見た人たちは、目をグルグルと廻して何が何だか分からないと混乱するだろう。

 それこそが俺の目的だ。

 ザッと周囲を見渡して、皆混乱しているのを確認した俺は──()()()

 その音色は心地良く──聴いた者を瞬く間に夢の世界へと誘う。

 俺の歌を聴いた者達はバタリバタリと次々に倒れていく。

 

 それと同時に、裏で紫電が走り次々とカメラが壊されていく。……請求されないよね。

 

 最後の仕上げとして──俺はあるエスパー技を使う。それは……。

 

「──まさか!」

 

 波導で防いだのか、混乱せず起きたままのマリアがこちらを見て驚きの表情を浮かべていた。

 しかしもう遅い。既に発動した──テレポートはな! 

 俺の力でライブ会場に居た観客達は外へと転移される。同時に、この場を中継する機器は無くなった。

 後は二課の人達が観客の皆を保護してくれるだろう。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 さて、響ちゃん──思いっきりぶつかって来い! 

 

「おおおおおおおおおお!!」

「っ──」

「だりゃああああああああ!!」

 

 ドゴンッと大きな音と衝撃が走り、響ちゃんとマリアさんが激突する。

 響ちゃんは融合症例で紫電の力もあり、その突破力は二課でトップクラス。弦十郎さんの半分の力の拳と相殺できるパワーがある。その一撃を受けたノイズは跡形も残らない。

 

「翼、この隙に!」

「ああ!」

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 翼さんと奏さんがノイズの殲滅に移る。外に出て被害が出ないようにする為だろう。

 しかし杞憂というべきか、ノイズは外には行かず目の前の奏さん達に襲い掛かって居た。これもマリアさんの指示だろうか? 

 

 そして、何でだろう。

 響ちゃんのあの一撃を受けて──マリアさん平然としてませんか? 

 

「愚直な程に真っ直ぐね」

「っ、なめるな!」

 

 紫電を纏った響ちゃんの高速ラッシュ。

 翼さんとクリスちゃんの二人の手数を圧倒するスペック頼りのインファイト。

 どうやら響ちゃんは数で勝負に出たみたいだが──マリアさん、余裕な表情で避けてません?

 

「喧しい波導ね。アナタの次の動きが手に取るように分かるわ」

 

 ──圧倒されている。あの響ちゃんが。

 その光景を見て戦況の不利を悟ったのだろう。

 カメラが壊れて心置きなく変身できた奏さんと翼さんが加勢する。

 

「響、一回下がれ!」

「! ──っ」

 

 奏さんの合図を聞き、その場から跳躍して下がる響ちゃん。

 それと入れ替わるようにツヴァイウィングが前に出て、槍と剣による連携攻撃をマリアに叩き込むが──。

 

「両翼揃ってその程度か!?」

「ぐっ!?」

「がっ!?」

 

 背中のマントを強引に振り払って武器の上から二人を叩きのめした!? 

 この人、技だけじゃなくてパワーもあるのか……!? 

 しかしツヴァイウィング二人も黙っていおらず、さらに仕掛ける。

 

「はっ!」

 

 空中に飛び上がった翼ちゃんが小太刀を無数に投げつける。それをマリアさんはマントを傘のようにして防ぎ──その懐に入るようにして奏さんが突撃。

 奏さんが槍を大振りに振り……さらに背後に回っていた響ちゃんが拳をバチバチ言わせながら、槍の如き一撃を振り絞る。

 

「貫け……!」

「土手っ腹に……!」

 

 三方向からの時間差攻撃。

 気づいても対処が難しく、何れかには当たるはず──しかし、それは俺たちが見た夢だった。

 マリアさんは、奏さんの槍を片手で掴むとそのまま流れるようにもう片方の手をかざし──波導を球状に形成して……いや、波導弾を放った。

 

「な──ガハッ」

 

 直撃した響ちゃんは吹き飛ばされて観客席に激突。

 

「ひび──ガッ!?」

 

 さらに奏さんにも同じように波導弾を放ち、吹き飛ばした。

 俺は咄嗟に受け止めようとして──勢いを殺せず一緒に壁に激突した。

 

「奏! 響! くそっ!!」

 

 それを見た翼さんが激昂して、空からマリアさんに突っ込む。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 滅茶苦茶な軌道を描いて、囚われないようにして動いている。

 技巧派な翼さんの良くやる動きだ。

 でも。

 それじゃあ──ダメだ! 

 

「──ふっ」

「な、消え──」

 

 俺の危惧した通り、マリアさんはゆらりと動いて──翼さんの視野の死角を見切ってそこを通り。

 煙のように彼女の横へと入り込むと、そのままソッと掌を体に添えて──衝撃を与えた。

 

「──こ、れは……!」

「発勁──アナタ達の師の得意技よ」

 

 しかし、おそらくマリアさんの言葉は彼女に届かず、翼さんは白目を向いてそのまま──堕ちた。

 不味い。奏さんも意識を失っている。響ちゃんも沈黙して無事かどうか分からない。

 クリスちゃんが撃っていないという事は、その隙が無いという事。

 

 ──強い。

 

 俺は、奏さんの前に立ち、いつでも技を出せるようにする。

 しかし、俺を見たマリアさんは──。

 

「──リッくん……先輩」

 

 何故か、悲しそうな目をしていた。

 

 

 ◆

 

 

 コマチの力でどうにか戦う状況を作り出す事に成功したクリスたち。

 響はコマチと共に前線に出て、マリアを抑えに行った。奏と翼も合流し、四対一で始まった戦闘は──クリスが狙撃位置に着く前に、終わった。

 途中何度か射とうとし、その度にスコープ越しに睨まれて牽制されていた。彼女は見えているのか……? 

 背筋をゾッとさせながらも、クリスは狙撃位置に付きコマチの援護の為に構える。

 しかし相手の様子がおかしい。コマチを前にして動きを止めた。視線もこちらに向けていない。

 

 撃つのなら、今。

 

 トリガーに指を掛けた、その時──。

 

「癖は変わっていないようデスね、クリス。見つけるのが簡単だったデスよ」

「──っ!!」

 

 声が聞こえたと同時に、前へ飛ぶようにして転げ、そのまま後ろに向かってライフルを構える。

 銃口の先に相手の心臓が突き付けられ──同時に、クリスの首元に魂を刈り取りそうな程鋭い鎌が添えられた。

 

 クリスは、月の光で白く輝く相手を見ながら──呟いた。

 

「久しぶり──キリちゃん」

 

 それに対して──キリカは普段と変わらないように明るく再会の言葉を紡いだ。

 

「お久しぶりデース! 元気そうで何よりデスよ、クリス」

 

 かつての友との再会。

 変わらぬ言葉と変わった心。

 戦場で彼女たちは交わす──言葉ではなく力で。

 



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第三話「覚醒──夜明けの光」

 

「フィーネの事は聞いたデス……お悔やみ申すデス」

「──!」

 

 キリカの言葉にピクリと反応するクリス。

 しかし、それを悟られないようにしつつ、彼女はキリカに問いかける。

 

「なんで、こんなことをしているの?」

 

 何故手伝っているのではなく、何故しているのか。

 質問の仕方から、クリスがどれだけ察しているのかが伺える。

 ──ソロモンの杖は、元々彼女……の背後に居る人物が欲している完全聖遺物だった。

 それを容易く手放し、マリア達に渡すとは思えない。

 つまり──キリカもまた主犯の仲間という事になる。

 

 クリスの問いに、キリカは困ったように頭部を掻いた。

 

「すみませんが、それは言えないデース」

「……また()()?」

 

 キリカの()()に、クリスは不快そうに吐き捨てた。

 ……クリスは、二課に言っていない情報がある。

 別に彼らを信頼していないから、ではなく彼女が言いたくなかったから。それを汲んで弦十郎も他の者達も無理に聞き出す事は無かったし、それで何か不都合があった訳では無い。

 しかしこれからは違う。

 敵対者の情報として、クリスは話すだろう。

 ──友を助ける為に。

 ──母を助けられなかった時のような想いをしない為に。

 

「本当、言いたい事を言えなくするのは──気分が悪い」

「んー、それが人間とあたしの違いなのかもしれないデスね」

「──変わらないよ、わたし達もキリカも」

「──いいえ。違うデス。そうじゃないと助けられないデスから」

 

 譲れない想いが、叶えたい願いがある故に。

 忘れられない想いが、約束した願いがある故に。

 彼女達は──ぶつかり合う。

 

 

 第三話「覚醒──夜明けの光」

 

 

 クリスとキリカが激闘し爆煙を起こす中、マリアはコマチの首を掴んで持ち上げていた。

 

「さぁ、力を解放しなさい──今日このライブの目的はアナタなのよアカシア?」

 

 アカシア。その名を知っている者は極僅かしかいない。

 にも関わらずマリアが知っているという事は、可能性が高いのは彼女の言う通り──。

 しかしコマチは、先ほどの悲しそうな顔が忘れられない。

 

「早くしなさい! 例え貴方でも、わたしのこの力があれば殺せる──また、記憶を失いたいの!?」

 

 こうして毅然とした態度が──とても痛々しい。

 なんとかしたいが、動けない。

 首を絞められ、波導で技を使う力の流れを阻害されているコマチは何もできなかった。

 唯一できるのは、ライブの際に吸収、増幅させた力を解放する事くらいだが──。

 

 コマチの中の本能が警鐘を鳴らしている。

 それはダメだと。

 それをしてしまえば──夢の中で見た事が現実に起きると理解していた。

 

 だからコマチは必死に我慢し──背後で怒りの奔流が会場を包み込んだ。

 空気が重くなる。ステージに乗せられた足が、ビキリとヒビを作り上げる。

 マリアはそれを涼しい顔で見据え、コマチは苦しみながらも振り向き、ダメだと叫びたくてもできなかった。

 

「──何を、している……!」

 

 響が……怒っていた。

 

「コマチを……放せえええええ!!」

 

 紫電が迸り、響がマリアの懐に入る。

 

「フン」

 

 しかし波導で先読みしているマリアはそれを受け流そうとし──直前で響の拳の軌道が変わった。

 

「──っ」

 

 ギリギリで気付いたマリアは、長い脚で蹴り上げる事で拳を弾いた。

 しかし今の一手で響の危険性を感じたのか、ここで初めて後退した。

 その際に掴んでいたコマチを無意識に抱き寄せて、コマチは「お?」と反応し、響は怒りのボルテージを上げる。

 ごめんって、とコマチが無言で謝った。

 許さん、と響は無言で睨み付けた。

 

「復讐、いや妄執の力か……!」

 

 先の戦いで見せた響の力。

 その片鱗を見て流石のマリアも冷や汗を掻く。

 

「おおおおおおお!!」

 

 追い縋る響。その瞳には敵対者を叩きのめすというギラついた敵意しかなかった。紫電を纏った高速のラッシュが暴風雨のようにマリアを襲う。

 それでも尚直撃を免れているのは、波導による先読みとガングニールの力故に。

 しかしこのままでは時間の問題である──彼女が一人なら。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 新たな歌が──戦場に響いた。

 銀色に輝く刃が舞台を舞い、そして勇者を守る妖精の如くマリアの前に飛来し──エネルギーシールドを形成する。

 響の拳はその盾に阻まれた。

 一瞬動きを止めた彼女に、マリアがカウンターを叩き込むようにして握り締めた拳を振り抜いた。

 

「ガッ──」

 

 響は頬を打ち抜かれて吹き飛び、再び観客席に叩きのめされた。

 それを見送ったマリアは、背後に立った自分の妹に礼を言う。

 

「助かったわセレナ。おかげで無駄な波導を使わずに済んだ」

 

 そう言ってマリアは溜めていた波導を自分へと還元する。どうやら迎撃する用意はあったようだ。

 セレナはその言葉に心配そうにしつつ、視線をマリアの胸の中にいるコマチへと向ける。

 

「それが……」

「ええそうよ──わたし達の切り札」

 

 だけど──と言葉を続け。

 

「マムの言っていた通りね──ネフィリムを解放させるだけの力がないみたい。それに、こちらの言う事を聞いてくれない」

「では……」

 

 計画を思い、セレナが問いかける。

 マリアは頷いてはっきりと答えた。

 

「──このまま来てもらうわ」

 

 しかし──マリアのその言葉は……地雷だった。

 ビキリと四人の額に青筋が浮かび上がり、逆鱗に触れられた彼女達はマリアの前に集結した。

 そして──全員が怒りの表情を浮かべて叫ぶ。

 

『絶対に、させない!!』

 

 セレナがその怒気に思わず後退り、しかしマリアは。

 

「できるのかしら──貴女達に?」

 

 ちゅっと抱き寄せたコマチの額に口付けを落としながら挑発し──第二ラウンドが始まった。

 

 

 ◆

 

 

「ひゃー。これは凄い事になっているデスね」

 

 クリスと戦闘をしていたキリカだったが、突如その相手がブチ切れてマリアの方へと向かった為、彼女も舞台の方へと降り立った。

 しかし戦闘に加わる事なく、キリカは二課の四人とマリアの激闘を見て感心していた。

 

「それにしても凄いデス──あのマリアに喰らい付けるとは」

 

 キリカの知る中で最強はマリアだ。

 自分もまた依頼先の荒事で、戦闘経験は豊富な方だが……あの状態のマリアには勝てる気がしなかった。

 

 波導による先読み、遠中近距離に対応した技、攻撃力の高いガングニール。そしてそれらを使いこなす戦闘スキルと血の滲むような努力。

 

 先日模擬戦をしてコテンパンにされて以来、キリカは敵対したくないと心底思った。

 

「でも時間は大丈夫なのデスかね──その辺どうなのですかセレナさん?」

「……」

 

 キリカの問いに、セレナは黙して語らず。

 両者の間には、三人分の距離があり──それが心の距離を表していた。

 

「ありゃ、その反応は答えられない、デスか」 

「……個人的に、答えたくないだけです」

「それはそれでオッケーデース。どうせ調と博士が分かっている事でしょうから──それよりも」

 

 スッとキリカが指さしたのは──セレナの胸。

 

「その相変わらずなみょうちくりんは、息、しているデスか?」

 

 ……の中で幸せそうな顔でこの世を去ろうとしているコマチだった。

 キリカの指摘にコテンと首を傾げて疑問に思い、視線を下に下ろして……彼女は顔を青くさせてアワアワと慌て出した。

 

「リ、リッくん先輩!? ごめんなさいわたし気付いていなくて──」

「いやソイツおっぱい好きデスからそのまま死なせてあげた方が本望デスよ」

「そういう訳にもいきません! ああ、リッくんせんぱ〜〜い!?」

 

 山脈の中で遭難仕掛けていた登山者コマチは──「ブイ」と一言呟いてう前足を上げて──満足そうな顔をして再び埋もれた。

 セレナの悲鳴が木霊する。

 

 

 

「あんの淫獣!!!!!!!」

 

 そしてそれを見た響がブチ切れていた。

 

「落ち着け響! 取り戻して説教だ!」

「奏の言う通りだ! あの節操なしをオレ達で粛清する為にもマリアを倒す!!」

「お前が言うなって言いたいけど、今回は翼に賛成……!」

 

 二課の三人も切れていた。

 コマチ、どの道死ぬ事が確定した。ブルリと体を震わせ、彼は今この瞬間の幸せに身を委ねる事にした。人、それを現実逃避と言う。

 マリアは一人呆れた様にため息を吐き、装者たちに言った。

 

「余裕の無い女は捨てられるわよ」

『!!!』

 

 火にガソリンをぶち込むような行為だが、それでも彼女は四人の怒りの炎を凉し気に受け流していた。

 その事に響たちは歯噛みする。

 怒りで火照った頭がすぐに鎮火される程の実力差。

 クリスが合流し、近接での手数を増やしたにも関わらずマリアに攻撃が当たらない。

 四人で歌い、攻撃も速度も通常の倍以上に高めているが、マリアは一人でその歌に対抗する。

 さらにそれを乗り越えようと四人の

 歌が激しくなり──そうして堂々巡りをしていると、マリアの元に通信が入る。

 

『マリア。ネフィリムの起動に成功しました。長居は無用です──撤退なさい』

「OK、マム」

 

 通信に答えると同時に、マリアは装者達を弾き飛ばしてセレナとキリカに間に降り立つ。

 

「セレナ、放してあげて」

「はい」

 

 そしてセレナにコマチの解放の指示を出す。するとコマチが地面に降り立つと同時に、響が雷速で回収しすぐさま距離を取った。

 ギュッと抱き締めたコマチが苦しそうにしているが……響は緩めずマリアを強く睨み付けていた。

 

「さっきのアレはただの挑発だったの?」

「まさか。でも状況が変わった──今夜は帰らせてもらうわ」

「させると思っているのか!?」

「そう思っているのよ」

 

 奏の言葉に不遜な態度で返すと、彼女はギアを変形させ──奏と同じアームドギアを手に持った。

 

「温存していやがったのか!?」

 

 驚きの表情を上げる翼に構わず、マリアは槍を掲げ矛先に全エネルギーを集中させる。

 ギアの力と波導の力が混ざり合い──空気が揺れる程のエネルギーが暴れるその時をいまかいまかと待ち続けている。

 

「これに耐え切れたら──また、会いましょう」

『──っ!!』

 

 ──HORIZON†SPEAR+

 

 そして放たれた砲撃は──大気とステージを根こそぎ吹き飛ばしながら響たちに襲い掛かった。

 その威力──絶唱に届かんばかりに桁違いだった。

 響達はそれぞれ対抗する為に、ギアの出力を上げれるだけ上げて技を放つ。

 

──我流・雷塵翔來

──蒼ノ一閃

 LAST∞METEOR

──LAST∞METEOR

SEPULTURA BUSTERRAY

 

 雷が、竜巻が、斬撃が、弾丸が、マリアの一撃と激突し──押し負ける。

 

「嘘だろ!?」

「っ……」

 

 奏が叫び、クリスが絶句する。

 翼は前に立ちアメノハバキリで受け止めようとして──そんな彼女の肩を足場にし、前へと飛び出す影があった。

 

「ブイ!」

「コマチ!?」

 

 響が泣きそうな声で叫ぶ中、コマチは次々と技を発動させていた。

「みがわり」「ひかりのかべ」「バリアー」「まもる」で受け止める態勢を作り、「サイコキネシス」「ねんりき」「じんつうりき」で力の流れを操り直撃を避けるように操作し「このゆびとまれ」で響達に万が一に逸れないようにし──。

 

 

 ライブ会場は、爆音と閃光に包まれた。

 

 

 ◆

 

 

 アレだけの大技が放たれたのに、俺達は、それどころかライブ会場の外に居る観客達も無事だった。

 ……さっきの感触。

 響ちゃんたちの技が破られて焦って色々と頑張ったけど……最後のあれって──。

 

「完敗だな」

 

 奏さんがポツリと呟く。

 振り向いてみれば、全員心底悔しそうなかおを浮かべていた。

 

「アイツに……マリアにビビっちまった」

 

 ギュッと拳を握り締める翼さん。

 

「目的は分からないが──アイツの覚悟を決めた目に負けちまった」

「わたしもそう」

 

 クリスちゃんは悲しそうな顔で、疲れたように言葉を吐く。

 

「そうであって欲しく無いと思って、わたしは何もかもが中途半端だった──あの時後悔したのに……友達と戦う事を怖がった」

 

 やっぱりアレは見間違いではなかったのか。

 クリスちゃんを抑え込んでいたのは──キリカちゃんだった。

 クリスちゃんは、母親当然であるフィーネさんと戦って、そして……。

 

「ちくしょう……!」

 

 ガンっと響ちゃんが地面に両腕を叩きつける。

 

「わたしは、守れなかった……! アイツはコマチをどうとでもできた……!」

 

 響ちゃんの言葉に俺は──応える事ができなかった。

 ……あの時の事を思い出しているのだろう。今回は見逃されていたが……。

 

「ちくしょう──ちくしょおおおおお!!」

 

 ──俺はまた、悲しませてしまった。

 響ちゃんの叫び声が、虚しく響き渡った。

 

 

 ◆

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……悪いわねセレナ」

 

 ギアも波導の力も解けたマリアは、現在顔を青褪めて荒く呼吸を繰り返し、体をガクガクと震わせながら──セレナに横抱きに抱えられていた。

 セレナは、そんな姉の──無理をした結果の姿に涙を流しながら叫んで問うた。

 

「姉さん、なんであんな力の使い方を──最後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 コマチの感じた違和感の正体は──これだった。

 マリアはあそこに居た者たちが死なないように手加減をするのではなく、限界を超えた全力で以て救ってみせた。

 矛盾に見えるこの行為。しかしマリアからすれば当然の事。

 

「わたしは──月の落下から皆を守る為に立ち上がった。決して誰かを殺す為ではない」

「だからって──何で長時間その力を使うの!?」

「……」

「ただでさえLinker使ってガングニールを纏えるのに、加えて時間制限のあるそれを、しかもライブ前から使うなんて!」

 

 マリアの手にはガングニールのコンバーターと朱色の宝玉の中に、深い蒼と赤が入り捻れた紋様が刻み込まれたアクセサリーを握り締めていた。

 

「──ツヴァイウィングと張り合うには必要な事だった。それに、二課や世界にわたしの力を見せつけて動きを鈍らせるのも作戦のうち。マムも納得していたわ。おかげで、彼女たちはわたしを最大限警戒してくれる」

「でも!」

「それに──見せたかったから」

 

 マリアの瞳には──遠い記憶が映っていた。

 

「リッくん先輩にわたしの力を見て貰って、もう守られるだけの存在じゃないって、そう教えたかったから……」

「姉さん……」

「……馬鹿ね。もう、わたし達との思い出は覚えていないというのに」

 

 過去を振り切り、再び強い意志を瞳に宿したマリアは、セレナの腕の中から降り立つと、ビシッと人差し指を妹に刺しながら彼女に言った。

 

「それはそうとセレナ。あなたもしゃんとしなさい。戦いはこれからなのだからっ」

「わ、分かった」

 

 見上げてくる姉の眼差しに思わず背筋が伸びるセレナ。

 さらにマリアは釘を指す。

 

「それと、彼女達の前で気を抜かない事」

「……姉さん、でも」

「信頼を置くには時間が短いし、目的が不明瞭。──それでも選り好みはしていられない。だったら、利用させてもらうまで」

 

 非情に聞こえる姉の言葉。

 しかし彼女のことばはどこまでも正しかった。

 それをなかなか受け入れる事ができないのは──セレナの優しさだろうか。

 

「これからミーティングよ──隙は見せないでね」

「──はい」

 

 妹の返事を聞いたマリアは、彼女を連れ立って個室から出て、ナスターシャと()()()が居る部屋へと入る。

 

「おやおや。ようやく主役の登場ですか」

「あら、待たせてしまったかしらウェル博士?」

 

 いの一番にマリアに声をかけたのは、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 生化学を専門としている研究者であり、協力者の一人。

 

「いえいえ。ただ先ほどは二課と激しく戦っていらしたので。もしかしたら、と」

「ふん。なら覚えておくと良いわ。そのもしかしたらは無いと」

「そうさせて頂きます──なら僕からも一言」

 

 クイッとメガネを押し上げてウェルは言った。

 

「僕は博士ではありません。白衣着てこんな格好をしていますが、あくまで助手です。それを忘れなきよう──」

「──お前の拘りなんて、誰も興味ないから」

「アイタ!?」

 

 突如ウェルは背後から臀部を蹴り上げられて悲鳴を上げる。そんな彼を冷たい目で見上げるのは、サイズの合っていない白衣を着て、ショートボブヘアーにぐるぐる眼鏡を頭に掛けた少女──月読調だった。

 

「調博士」

「……別に呼称に興味は無いから。好きにして」

「そんな……」

 

 自分の拘りを一刀両断され、意気消沈するウェル。そんな彼に調はふいっと視線を外して端末を操作して何かのデータを閲覧する。

 

「元気出すデスよ博士!」

「キリカくん……」

「そんなにしょげていても、ウザ……鬱陶しいだけデス」

「訂正しても酷いですね!」

 

 そして最後の協力者は、先ほどのライブ会場にも居たキリカだ。

 彼女は晴れやかな笑顔を浮かべてウェルを無意識にディスっていた。仲間が居なくてウェルは若干涙目だった。

 

 ──そこに、調の冷たい声が刺さる。

 

「なんでお前が此処に居るの?」

 

 調の視線の先は──キリカ。

 キリカはビクリと肩を跳ねらせて、恐る恐るといった様子で調を見る。

 

「で、でもデスね調。もしもの事があったら──」

「うるさい。口答えするな。……さっさとアジトβに戻って回復ポッドに入って。お前にはまだまだ働いて貰うんだから」

「…………分かったデスよ」

 

 悲しそうな顔をしてキリカはその場から退出した。重い空気が流れ、思わずセレナが口を開く。

 

「調さん。さっきのはあまりにも……」

「……こっちの問題。口出ししないで。わたし達はあくまで協力関係──過干渉はしないのがルールの筈」

 

 しかしピシャリと言い跳ね除けられ、セレナは何も言わず体を小さくさせた。

 その様子にマリアはため息を吐き、謝罪する。

 

「ごめんなさい。さっきの失言は撤回するわ」

「……うん、分かった──それにしても」

 

 少しだけ、調の興味がマリアに向き──。

 

「こうして見ると本当に貴女がお姉さんなのね──見た目はこんなに可愛いのに」

 

 その言葉にマリアは──。

 

「か、可愛いって言うな!」

 

 頬を赤く染めて感情豊かに叫んだ。

 

 ──もしこの場に二課の装者、それも奏や翼が居れば驚くだろう。

 何故なら、今のマリアは──。

 

 先ほどの威風堂々とした大人マリアではなく。

 とても可憐で背伸びした、子どもの姿だったからだ。

 




「ロリマリア」「大人セレナ」「調博士」のタグを、明日投稿した後に追加します


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第四話「日常──それはきっと誰もが求めるもの」

 

 戦いが終わり、二課の仮説本部へと帰投した響達。

 しかし全員表情が暗く、マリア一人にほぼ押し切られたのがよっぽど堪えたようだ。

 それを見かねた弦十郎が装者達に喝を入れる。

 

「今日の敗北は忘れられないだろう──だったら次だ! 次こそは勝てるように切り替えろ!」

 

 幸い、人的被害は無くコマチも攫われる事は無かった。

 しかし次もそうなるとは限らない。それに備える為にも、彼女達は立ち止まっている暇は無かった。

 彼の言葉に、装者達も意識を切り替えた。……響は少しだけ引き摺っているようだが。

 

「さて、敵について話す前に……彼女、マリアは自分の事をフィーネと名乗っていたが──」

「嘘だろ絶対」

「なー? 流石に分かる」

 

 奏と翼がすぐに否定した。

 実際にフィーネと対峙し、戦った事のある彼女達の言葉は真実味があった。

 

「了子さんなら、光彦にあんな目にさせないだろう。何となく、あたしはそう思うよ」

「声も多分物真似だな……そうなると、過去に会った事があるのは確実か」

 

 奏と翼に続くように、クリスも答えた。

 

「わたしと戦ったキリちゃん……キリカが言っていました『フィーネの事は聞いたデス……お悔やみ申すデス』って」

「ふむ……すぐ近くにフィーネが居る状況でその発言は変だな……だがブラフの可能性は?」

 

 弦十郎の問いにクリスは首をフルフルと横に振る。

 

「あの時の言葉は本気だった。私の事を想って悲しんでくれていた……」

「──そうか」

 

 ただの感情論を参考材料にする事は、本来ならあり得ない。

 しかし弦十郎はそれを尊重し、良しとする。

 彼の事を甘いと罵る者も居るだろう──だが、それが弦十郎という男だ。

 

「あと、キリちゃんアホの子だからそんな腹芸できない」

「そ、そうか……」

 

 辛辣な評価も時には参考にする。

 二課の中でマリアはフィーネでは無いと固まりつつあるなか、

 

「でも」

 

 響が一つの波紋を作った。

 

「アイツ……マリアはコマチに──多分、わたし達と会う前のコマチに執着していた」

 

 ギュッと腕の中のコマチを抱き締める響。

 

「コイツは覚えていないと思うけど──仲が良かったんだ。ずっと一緒に居たかったんだ。……でも、コイツはお人好しだから、多分」

 

 誰かを助けて命を落とし、マリアの元から消えた。

 響が語った可能性は大いにあり──彼女が実感を持って語った為に、全員がほぼ信じていた。

 しかし、そうなると──。

 

「だったら、アイツらの目的はなんだ? 光彦と元仲間だったり、家族だった奴が、人を悲しませるような事をするなんて、オレは──」

「翼っ。……フィーネもかつてはコマチと友達だった」

「……っ」

「止まれない事もあるんだよ……」

 

 ギュッと拳を握り締めて──クリスは言う。

 

「今度こそ止めてみせる──フィーネを名乗るなら尚更に」

 

 友を想い、母を想い、クリスが覚悟を決め。

 それに奏達も負けていられないと笑みを浮かべた。

 

「……」

「ブイ?」

 

 ただ一人だけ、響だけが暗い表情を浮かべていた。

 

 

 第四話「日常──それはきっと誰もが求めるもの」

 

 

 あの戦いから一週間が経った。

 武装組織フィーネはその間何かしらの行動をする事なく、不気味なほど静かに、そして当たり前の毎日が続いていた。

 

「……」

 

 昼休み。響は何処までも広がる青空を見上げて物思いに耽ていた。

 

(……負けた)

 

 地に伏した自分を思い出す。

 

(──負けた)

 

 コマチを抱え、威風堂々と立つマリアを思い出す。

 

(──負けた!)

 

 そして、自分から遠のいていくコマチを思い出す。

 

(もう、あんな思いはしないって、させないって誓ったのに。また、守れなかった。

 わたしは何も変わっていない。弱いままだ。

 マリアの気が変わらなかったら、もしくはコマチをただの力としか見ていなかったら──)

 

 彼女の日陰は再び失われていただろう。

 そう思うと胸に怒りが湧き上がり──背筋を震わせる程の寒さを覚える。

 

 もう、独りには──なりたくない。

 

「響?」

「……未来」

 

 元気がない響を気にして未来が彼女の近くにやってきた。

 手には弁当箱が二つあり、一つは自分の分、もう一つは響の分だった。

 響の前に座り弁当を渡すと、何かあったのか尋ねた。

 

「あのライブの……マリアさんの事だよね」

「……うん」

「……わたしには言えない?」

「……ごめん。一応機密だから」

 

 未来は二課の協力者だが、あまり情報が与えられない。

 下手に情報を持てば、よからぬ者に命を狙われ、危険な目にある可能性があるからだ。

 響はその事を聞いて、記憶を失いながらも、未来を争い事に巻き込みたくないと強く想った。

 よってなんとか説得し、現在に至る。

 

 響の言葉を聞いて未来はため息を吐き──。

 

「どうせコマチ関連でしょ?」

「っ……誰から聞いた?」

 

 翼か? と彼女は疑った。

 

「誰も聞いていませーん」

「だったら」

「響の事だもん。分かるよ」

「……」

「あーあ、コマチが羨ましいなー。こんなに想われて」

「……っ」

 

 頬を赤く染めて黙り込む響。

 未来はその姿に可愛いと思いつつ、ソッと彼女の頬に手を添えて、目と目を合わせる。

 

「でもね響。わたしもそれと同じくらい響の事を心配しているから──だから、無茶はしないで」

「……うん」

 

 ──何故か、響は彼女に強く出る事ができず、こうして素直に従っていた。

 満足したのか未来は弁当を開けて食べ始める。響も食事を開始した。

 

「そういうコマチはどうなの?」

「……変わらない。相変わらず学校楽しんでいるかって聞いてくる」

 

 答えて、深くため息。

 

「わたし、怖がられていて板場さんたち以外の友達できないんだよね……。

 なんとか努力してみたけど、こっちを見たと思ったら悲鳴を上げて逃げたり、何故か気絶したり──」

 

 わたし、呪われている、と落ち込み気味に呟く響だが──勘違いである。

 響は人気者だ──それも百合的な意味で。

 鋭い目つきに高い身体能力。さらに普段あまり喋らず、しかし進んで人助けや手伝いをする(響の努力)。

 さらに何処から流れたのか、響不良説が良い感じに伝わり、まだ思春期の女の子達の胸を打ち──響はモテた。

 モテにモテまくって──未来の目からハイライトが

 消えた。

 

「……」

 

 当然下駄箱にラブレターというテンプレなイベントも起きていたが、丁寧に検閲された後本人に返された。

 本人に直接渡せない意気地無しは

 帰れとの事。

 告白しようとした相手も面接をした。愛の前に障害は乗り越えるものだが、未来の圧迫面接を通過した者は居ない。

 

 何処かのツヴァイウィングの片割れも動こうとしたが未来が動く前に沈められた。

 響を手篭めにしようとガチなお姉様は、未来が懇切丁寧にオハナシしてリディアンを去って貰った。

 

 未来は、裏で色々と動いていた。

 動いていたが──。

 

「大丈夫だよ。きっと友達ができるよ」

「だと良いんだけど」

 

 何も語らず、いつものように過ごした。

 響も何も気付かず、彼女と穏やかな時間を過ごし──。

 

「そういえば──」

「ん?」

「最近、こんな事言っていたなアイツ」

 

 悪夢を見るって。

 

 

 ◆

 

 

 時は少し流れて放課後。

 現在クリスは──翼に横抱きにされていた。

 

「……」

「……」

 

 夕陽に照らされる中、二人はお互いに無言で見つめ合う。

 まるでそこだけ時間が止まったかのように。

 

「ん……」

「!?!?」

 

 しかし突如翼が目を閉じ、口先を前に突き出して徐々にクリスへと近づき。

 

「な、何する気!?」

「ヘブ」

 

 グイッと掌で顔を押し退けられ変な声が出る翼。

 その際に力が抜け、クリスはその間に脱出して距離を取る。

 

「まったく……せっかく飛び込んできた所を受け止めてあげたのに」

「と、飛び込んだんじゃなくてぶつかっただけ……!」

「……それで? そのぶつかったクリス様は、一体何から逃げていたんだ?」

「……」

 

 クリスが答えあぐねていると、遠くから足音が響く。

 それに気付いたクリスの表情が苦いものになり、翼はそれで察したのか、彼女の手を取って空き教室に入る。

 その後、クリスの名を呼ぶリディアンの生徒が通り掛かるが──そのまま行ってしまった。

 

「……どうやら学祭のお誘いのようだぞ?」

「……」

「まだ慣れないか? 普通の学校が」

「……うん」

 

 響もそうだが、クリスもまた上手く馴染めないでいた。

 彼女は考えてしまう。人を不幸にしてしまった自分が、戦いの場に居た自分が、平和な世界に居た彼女達の隣に居て良いのかと。

 

「まったく……良いに決まってんだろ」

「え?」

「お前がそう考えるのも勝手だが、伸ばしてくれてる手くらいは掴んでやれよ」

「……」

「そうしないと──フィーネが心配してまた出てくるぜ?」

 

 了子ではなくフィーネと言ったのは──彼女を想ってだろうか。

 クリスは翼の不器用な優しさにキョトンとし、しかしすぐにクスクスと笑い──。

 

「もうちょっと頑張ってみる」

「ああ、そうしろ! 困った時は翼先輩に相談してみな!」

 

 彼女の言葉に、クリスは珍しく素直に頷いた。

 

「そういえばさっきの子達、可愛かったな。今度紹介してくれ」

「……」

 

 すぐにいつも通りになったが。

 

 

 ◆

 

 

『【グオオオオオオ! ガアアアアアア!!】』

「……」

 

 モニターの中で、聖遺物を次々と喰らい咆哮を上げるネフィリムを、顔を顰めて眺めるセレナ。

 そんな彼女に背後から近付いたナスターシャが問い掛ける。

 

「そんなに不満ですか。ネフィリムを使う事が」

「当たり前です! だってアレはリッくん先輩を……姉さんを……!」

 

 セレナの脳裏にあの日の光景が蘇る。

 ──大切な人を失ったあの日を。

 ギュッと自分の体を抱き締める。もっと自分に力があればと後悔しない日は無かった。

 そうすれば──。

 

「何事も力は使い方ですがね」

「……ウェル、博士」

「ただのウェルです──さて」

 

 ウェルがモニターの中のネフィリムを見て──満足そうに笑った。

 

「どうやら順調なようですね。これなら早いうちに次のステップに行けるでしょう」

「次のステップ……」

 

 作戦の内容を思い出し、思わずセレナが目を伏せた。

 

「ええ、そうです──祭りが始まりますよ」

 

 彼らが話す中、ネフィリムは変わらず貪り尽くしていた──与えられた餌を淡々と。

 



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第五話「創造──人の業。人の罪。人の悪意」

 緒川の調査により、マリア達が潜伏しているであろう場所が判明した。

 それは街の外れにある廃病院。

 ずっと昔に閉鎖されたはずだが──一年程前から物資が持ち込まれているらしい。

 時期的に関係無いと思われたが、他に怪しい場所は見当たらない為、ここを調査する事にしたらしい。

 いざ突入しようとして──響、翼、奏は後ろを振り返る。

 

「どうしたんだクリス。早く行くぞ」

「あまりモタモタしないで」

 

 ガングニール姉妹が急かすが、クリスはコマチを抱き締めて一歩もそこから動かず、ブンブンッと残像ができる程に首を横に振った。

 ついでにコマチも首を横に振りまくった。

 二人とも揃って顔を青くさせてガクブルと体を震わせていた。

 

「……もしかして」

 

 響の呆れたような視線にギクリと肩を跳ねらせる。

 その反応で奏も気付いたのか、ニヤリと笑った。

 

「……怖いのか?」

「だ、だって! いかにも出そうだし!」

「ブイブイ!」

 

 抗議を始めるクリスとイーブイ。

 どうやら幽霊やお化けといった物が苦手なようだ。クリスとコマチは揃って突入を拒否していた。

 そんな彼女達を見てどうしたものかと困り果てる奏と響。

 

 しかしそこで動く者がいた。

 

「寒いのか、子猫ちゃんたち」

 

 ソッと後ろからクリスに近付き。

 

「だったらオレが温めて──」

「きゃあああああああ!?!?」

「ブウウウウウウウウウウイ!?!?」

 

 しかし抱き締めようと触れた瞬間、絶叫したクリスの本気のビンタが炸裂。恐怖によって放たれたクリスの一撃は、翼を吹き飛ばすには十分だった。

 

「へブウ!?」

「あ、翼!? ご、ごめんなさい! まさかお化けの仕業──」

「いや思いっきりアンタの仕業だから」

 

 半分錯乱したクリスが、ガクンガクンッと翼の肩を掴んで揺さぶり、翼はどんどん顔を青くさせていく。

 関わったら次は我が身と判断し、ガングニール姉妹はスルーし、コマチは響の元へと避難した。

 

「それにしても光彦がお化け苦手なのって意外だな」

「……それもありますが、おそらく」

 

 コマチの悪夢はずっと続いている。

 夜中に目を覚まし、側に響が居る事を確認し、左腕を見て、安心して眠る。

 それを何度も続けている。

 響はそれが心配で、しかし本人は詳しい事を語らず──ただギュッと抱き締める事しかできなかった。

 

 

 第五話「創造──人の業。人の罪。人の悪意」

 

 

 現在、廃病院の中には響と翼、そしてコマチが突入している。

 大技が多い奏と遠距離タイプのクリスは外で待機し、敵が逃げ出した際に捕らえるように待ち伏せする事にした。

 クリスは凄く喜んだ。

 コマチは泣いた。

 翼は疲労困憊だった。

 

「何しているんですか……」

「いや、今回はオレ悪く無いだろ……」

「ブイブイ」

 

 日頃の行いでしょう、とコマチは言う。

 そうだな、と響が同意し。

 味方が居ない、と翼が涙を流す。

 

 それはともかく廃病院の奥へと進む二人と一匹だが、心無しか空気が重い。特に響と翼がそう感じ、クリス達ではないが何か出そうだと感じ──廊下の先に動く影が見えた。

 

「ブイ!?」

「まさか、本当に!?」

「いや違う──ノイズだ!」

 

 翼が叫ぶと同時に──彼女達は胸の歌を歌う。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 それぞれギアを纏い、拳と剣を構えてノイズへと立ち向かう。

 コマチも彼女達に続いてシャドーボールをぶつけて煤へと変えていく。

 このままいけばノイズを全滅できる──しかしそうはならなかった。

 

「なに、これ……っ」

「体が、重い!?」

 

 どういう訳か響と翼の攻撃を受けたノイズが、炭素分解されずそのまま現界し続けている。

 加えて装者たちの動きも鈍く、息切れをし始めた。

 

「ブイ!?」

 

 彼女たちの不調に、コマチは嫌な予感がして前に出る。

 そして何発もシャドーボールを放ち、ノイズを倒していく。

 その間に響たちは後ろに下がり、自分たちの不調を調べてもらう。

 

『響さん、翼さんの適合係数が低下しています!』

『それによりギアの力を引き出せていないと思われます』

 

 オペレーターの報告を受けて苦虫を噛み潰したような顔をする二人。このまま無理して戦い、さらに大技を使おうものならバックファイアで装者の身が持たない。

 つまり現状まともに戦えるのはコマチだけ。

 それを彼も分かっているから前に出た、という事。

 二人は不安に思うが、戦力的には問題無い。コマチはノイズ程度なら傷付けられる事は無く、むしろダメージを与えられた事はなかった。

 

 このままなら何も問題ない──このままなら。

 

「──っ! コマチ、避けて!」

 

 最初に気付いたのは響だった。

 響の声に反応したコマチが、その場から跳んで後ろに下がると同時に、先ほどまで居た場所に何かが襲い掛かった。

 床をバリバリと噛み砕き、何も喰えていない事を確認したソレは、すぐに回避したコマチに襲い掛かる。

 

「オラッ!!」

 

 そこに翼が横から割って入り、返す刀で弾き飛ばす。

 彼女のアメノハバキリはしっかりと斬り込み傷を付けた筈だった。しかし──。

 

「アームドギアで斬ったのに炭素分解しない!?」

「という事は、ノイズじゃない……?」

 

 彼女たちの推測は、闇の奥からの拍手が答えた。

 

「聡いですね。流石はあのフィーネを倒しただけはある」

「お前は……」

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。親しみを込めてウェルと呼んでください。以後、お見知りおきを」

「以後なんて無い──アンタ達は今日ここで潰す」

 

 コマチが狙われているからか、響の言葉にはトゲがある。

 しかしウェルは余裕の表情を崩す事なく、ある装置を取り出し──コマチに喰いつこうとしていたネフィリムに強い電流を流す。

 

【グオオオオオオオオオオ!?!?】

「大人しく戻りなさいネフィリム。今はまだその時ではないのですから」

 

 電流を流すのを止めると、ネフィリムはコマチの方を強く睨み付けてから檻の中へと戻った。

 これでようやく話ができると一息ついて、ウェルは彼女達──否、コマチへと視線を向ける。

 

「それにしても随分と愛されていますね──キマイラ」

「──ブイ?」

 

 その呼称にコマチは不思議そうに首を傾げ、それを見たウェルが「ああ、そうでしたね」と思い出したかのように呟き、深い笑みを浮かべる。

 

「人を助けて記憶を失っているんでしたね……ククク」

「──何がおかしい」

 

 その笑みに強い不快感を覚えたのか、響が目付きを鋭くさせて前に出た。

 

「おっと勘違いしないでください。可笑しくて笑っているんじゃありません。嬉しくて笑っているんですよ」

「……」

「傷ついた人を助け! 惜しまれながら逝く! それを先史文明期から幾度となく続ける──奇跡の体現! 救いの英雄! これが笑わずにいられましょうか!」

「……っ」

 

 ギリっと音が鳴るほど奥歯を噛み締める響。

 人助け? 奇跡? 救い? 英雄? 

 ──冗談じゃない。

 アレは、そんな生優しいものじゃない。

 アレは、肯定してはいけない。

 アレは──褒め称えて良いものではない。

 何故なら──()()()()の為に、響は、大切な家族を失いかけたのだから。

 

「しかし、それも失われた──本当に残念です。フィーネも余計な事をしました」

「──いますぐ口を閉じて潰されるか、潰されてから口を閉じるか決めろ」

「ん?」

「好きな方を選ばせてやる……!」

 

 だから、ウェルのその言葉に響は我慢する事ができなかった。

 迸る敵意を胸に抱いてウェルに今にも飛びかからんとばかりに、拳を握り締めていた。

 

「落ち着け響」

「止めないでください、アイツは」

「良いから止まれ──それは、後に取っておけ」

「……!」

 

 肩に手を置き止める翼に対して、苛立ち混じりに視線を向ける響。

 しかしすぐに目を見開いた。

 いつも後輩の前では飄々とした態度を取っている翼が──ブチ切れていた。響の肩に置いている手にも力が入り、爆発しそうな怒りを必死に押さえ込んでいた。

 

 しかし、それも無理もない。

 

 翼は、大切な人を助けて欲しいと願い──そして叶えられた。救われた。奇跡をその目で見た。

 それと同時に、大切な家族を失った。

 嬉しかったと思った事はない。良かったなんて口が裂けても言えない。

 

 笑える訳が無かった。

 

「ずっと気になっていた事がある──キマイラって何だ?」

「んん?」

「デルタショックの時、米国のエージェントも言っていた──そっちに居た時の、光彦の名前か?」

 

 もしもそうなら──合成獣(キマイラ)と、研究機関がそう名付けたのなら、黙っていられる自信が無かった。

 

「ふむ、難しい事ではありません。僕たちが彼の事を【完全聖遺物キマイラ】と呼んでいただけです」

「──完全、聖遺物?」

 

 何の冗談だ、と翼の頭の奥が白く染まった。

 

「おや、その辺りの情報は隠されていたようですね。相変わらず固執していたようですねフィーネは」

「どういう事だ! 光彦は、ずっと昔から生き続けた──」

「何を勘違いしているんです? ()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 誰もが勘違いをしていた。

 

「フィーネは否定していましたが、キマイラは先史文明期から、いやそれより以前から活動していた生きる聖遺物! 一度起動すれば誰もが扱える完全聖遺物と何ら変わらない! 奇跡を起こす願望機!」

 

 ノイズを倒せるのは──聖遺物の力。

 触れられても炭に変わらないのは、聖遺物だから。

 

「誰もが求めた! その力が欲しいと! ──そしてFISは手に入れ、さらなる力を求め──ある力を発見した。それは──聖遺物を吸収する力」

 

 響の脳裏に、デュランダルを吸収したコマチの姿が浮かび上がった。

 

「あらゆる聖遺物が彼に与えられました。姿を変える力。人を殺す力。力を操る力。生き物を生み出す力。できる事を増やせば、願いの幅も広がると信じていたのでしょうね」

 

 しかし、度重なる実験に嫌気が差し、ある日キマイラは消え──すぐに見つけた。

 その際に捕らえた時の姿は、随分と変わり観測される力も強くなっていたが、彼らからすればどうでも良かった。

 実験さえできれば。

 実験の際に、他の子ども達に手荒な真似をすれば暴れると言われた際には、実験施設を複数に分けて人質とし言う事を聞かせた。

 全て、実験の為だった。

 

「それもネフィリムの騒動を機にキマイラが()()し消滅した事で終わりましたが──」

「──」

「こうして十全に動いている姿を見て、僕も安心しました」

「──」

 

 二人の怒りのボルテージが上がっていくが──ウェルは気付かない。

 

「ああ、そうだ。キマイラには──いや、アカシアでしたね。アカシアには随分と助けられました。君の細胞は、僕の研究で大いに活躍しましたよ」

 

 そしてニッコリと笑って──お礼を言った。

 

「おかげで僕の野望も後一歩という所まで進みましたし、お小遣いも稼げました──どうも、ありがとうございます」

 

 ──彼女たちの逆さ鱗を激しく刺激する様に。

 

『──いい加減その口を閉じろ!!! このクソ野郎がぁああああ!!!』

 

 二人は激昂し──散布されたAnti Linkerを物としない程の力を解放した。

 

 

 ◆

 

 

「うぇ!? 何で怒っているんだ!?」

 

 いや、あんな言い方すれば怒るでしょ? 

 二人の怒気にビビり散らすウェルって男。

 響ちゃん達はさっきの不調が嘘の様にノイズをブチのめして、真っ直ぐにウェルさんに向かっていく。

 

「くそ……!」

 

 そして──ってアイツがソロモンの杖を持っていたんかい!? 

 ウェルさんはソロモンの杖でノイズを呼び出すと、壁の様に設置していく。

 時間稼ぎか? と思っていたら病院が激しく揺れた。

 いや、違う。これは外か……? 

 俺の疑問に答える様に、響ちゃんと翼ちゃんに通信が入る。

 相手は──奏さんだ。

 

『響! 翼! こっちにも敵が!』

「なんだと!?」

『それにコイツは──うわ!?』

 

 通信が途切れると同時に、再び病院が激しく揺れる。

 そしてウェルさんの近くの壁が破壊され、そこから白いギアを纏った女性──確かセレナさんが入ってきた。

 新手の登場に、二人は構えを取る。

 それに構わず彼女はウェルさんを抱えた。

 

「どうもありがとうございます。このままだと僕の命も危なかったもので」

「……アナタが協力者でなければ、引き渡したいところです」

「あらら? 随分と嫌われていますねえ」

 

 何やらブツブツと言い合いながらも……セレナさん達は外へ逃げて行った。

 やばい、追わないと! 

 

「コマチ!」

「ブイ!」

 

 響ちゃんの呼び掛けに応じ、彼女の肩に乗る。

 そして二人は外に出てウェルさん達を追って──マリアさんの前で膝を着いている二人の元へ駆け付けた。

 

「奏!」

「クリス!」

 

 二人を助け出そうと翼さんがマリアさんに斬りかかり──割り込んできた()が受け止めた。

 

「──!? この、刀は……!?」

 

 翼さんが驚いた顔をする。

 しかしそれも無理もない。

 だった、翼さんの刀を受け止めた刀は、それを為したキリカちゃんは──。

 

「なんと──アメノハバキリ、デス!」

 

 ──翼さんと同じ、アメノハバキリのシンフォギアを纏っていたのだから。

 アームドギアで翼さんを斬り払い、キリカちゃんはマリアさんとセレナさんの近くに降り立つ。

 奏さん達も痛む体を抑えて下がった。

 

「どういう事なんだ、これは!?」

「どうもこうもねえよ。それに──」

「キリちゃんが使えるのは──アレだけじゃない」

「──何があったの?」

 

 混乱が抜け出せない俺達に──キリカちゃんは自分の力を見せつける。

 

「こういう事、デス!」

 

 アメノハバキリを解除し、懐から

 別のコンバーターを取り出し、──アレって奏さんが持っているのと同じLinkerを使った!? 

 一瞬痛みに顔を歪めたキリカちゃんは──歌を歌った。

 

「Killter Ichaival tron」

 

 この歌は──クリスちゃんの歌!? 

 自分の耳を疑っている前でキリカちゃんは──イチイバルのシンフォギアを纏った。

 

「──イチイバル……だと!?」

 

 動揺を隠せない俺たちに、ウェルさんが興奮した様子で叫んだ。

 

「どうですか僕の最高傑作は!? 僕の開発したキリカくん専用Linker! フィーネからくすねた聖遺物で作った数多のシンフォギア! そして──」

 

 イチイバルを纏ったキリカを指差し──俺たちは信じられない言葉を、彼は履いた。

 

「僕と調博士が作り上げた過去! 現在! 未来において最高にして! 最優にして! 最善な作品!! ──()()()()()()キリカくん!!」

 

 キリカちゃんが──ホムンクルス。

 

「それって──」

「人造人間って事か?」

「人に作られた──人間」

「……」

 

 俺達の動揺を他所に、キリカちゃんはギアを構えて──()()()を揺らして襲いかかってきた。

 

 

 ◆

 

 

『調はアタシが守るデース!』

『いつまでも一緒デスよ?』

『──奇跡があるのなら、生きたいデス』

『ごめんデスよ調──どうか、生きて』

 

「──切ちゃん」

 

 過去を想い、胸を痛め、見上げる調の先には──。

 

「……」

 

 生命装置を付けられた()()の切歌が目を閉じて、穏やかに眠っていた。

 ずっとずっと──親友を置き去りにして。

 




投稿後、タグ変更行います


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第六話「暗躍──その目に映る未来は」

今回、八つ手さんよりグレビッキーとコマチの絵を描いて貰いました!ひゃっほい!


【挿絵表示】


八つ手さんより、この絵を描いた際のコメントをいただきました。
【イラストを正面向きにした理由は『もう逃げない』。
 右目の光があまりない理由が、イーブイの光がまだ届ききってないため。
 雷が足元で紫色になりかけているのは、イーブイなしの響という存在の脆さ、暴走の示唆】

そしてこちら更新の時にTwitterに載る方です


【挿絵表示】


こちらでもコメントが!

【OGPイラストはG~GXあたりの響の曲のCDのオマージュ・リスペクトですが
背景の白模様は、原作響のスッキリした疾風とは違い
荒々しい豪雷の風情を混ぜています】

エモいですね。ヤバイですね。抜剣しそうです。
八つ手さん、ありがとうございました!


 

 あたしは人間じゃないデス。

 博士と調に造られた――暁切歌の偽物。

 与えられた人格も作り物。

 与えられた記憶も作り物。

 与えられた役割は――生まれた瞬間に消えた。

 

 でもアタシは――調の事が大好きデス。

 だから、あの子が笑顔になれるなら何でもしたデス。

 博士の実験も耐えられたデス。

 守れる力が欲しいと改造もして貰ったデス。 

 

 でもアタシは偽物だから、調はちっとも笑ってくれない。

 だからアタシは切歌を絶対に目覚めさせると誓ったデス。

 ――例え捨てられるとしても。

 ――本物が蘇った時、アタシがお払い箱になるとしても。

 

 だから、アタシは――友達を撃つ事になっても戸惑わないデス。

 

 ……ごめんデス、クリス。

 調の為に――倒れて欲しいデス。

 

 許してとは言わない。

 恨んでくれても良い。

 

 アタシは──ホムンクルスだからこんな事しかできないから。

 

 

第六話「暗躍──その目に映る未来は」

 

 

 キリカの構えるイチイバルは、クリスのイチイバルとは少し違っていた。

クリスのイチイバルは一撃の特化したスタイルで形状は大型ライフル。対してキリカが取り出したのは――重火器。それもクリスの一点特化とは違い、広範囲殲滅タイプだ。

キリカは二つのガトリング砲を抱えると、二課の装者たちに向けて一斉放射。

 ばら撒かれる弾丸に、彼女たちは散り散りになって回避をする。

 

「クリスのと比べて随分と荒っぽいな!」

「どっちも……どっち!」

 

 翼と響がそれぞれ斬撃と紫電を纏った拳圧を放つ。

 しかし、それをマリアがマントにて弾き飛ばし、キリカを援護する。 

 その隙に弾幕が展開され、装者たちは強制的に後退させられる。

 

「さっきのアメノハバキリもそうだが、微妙に違うな!」

「一撃はわたしの方が重いけど、速度と弾数に負けている」

 

 先ほどの戦いと今のキリカのスタイルを見て、何となく彼女の力の本質に気づき始める奏。

 クリスもまた冷静に分析していた。

 キリカの力は、こちらを完全に上回っている訳ではない。

 方向性が違うだけだ。

 初見故に翻弄されているだけだ。

 なら――。

 

「パワーのゴリ押しで、吹き飛ばしてやる!」

 

 奏が槍を掲げて暗雲を呼び、胸の雷を空に向かって放出。そして今か今かと解放されるのを待っている万の雷を。

 

「喰らいやがれ!」

 

──THUNDER VOLT♾NOVA

 

 槍を思いっきり振り下ろし、キリカ達に向けて落とした。

 夜闇を切り裂く閃光と静粛を壊す衝撃が廃病院を照らし出す。

 キリカがばら撒いていた弾丸も雷により消し炭となり、彼女達も万雷に襲われ巻き起こった土煙により姿が見えない。

 やり過ぎたか? と奏がタラリと冷や汗を流し――煙が晴れ見えた光景に言葉を失う。

 

「おいおいおい――マジかよ」

 

 そこには――無傷のマリア達がそこに居た。

 セレナが先頭に立ち、短剣を四方に散らして自分たちを包み込むようにエネルギーシールドを展開。

 そして形状を三角錐にする事で衝撃と雷を地面に流していた。

 完璧に対処されている。

 奏は息を乱し、膝を着きながら悔しそうに睨み付けた。

 

「いや、ナイスだ奏!」

 

 しかしそれを称賛する者が居た。

 アメノハバキリに乗り、空から奇襲を仕掛けている翼だ。

 剣先にギアのほぼ全てのエネルギーを集束させて、セレナのシールドを突き破るつもりだ。

 奏の万雷に上手く紛れたようだ。

 だが――。

 

「奇襲するのなら、その口を閉じる事を覚えなさい!」

 

 マリアが跳躍し、対処する。

 槍に波導を纏わせて、翼を斬り落とそうと振りかぶった。

 

 それを見た翼が笑った。

 

「何――!?」

 

 悪い予感がし振り返ると――コマチに「手助け」されて、拳を光らせる響がセレナ達の背後に回り込んでいた。

 

「セレナ!!」

「おっと、行かせないぞ!」

 

 マリアを足止めする翼。

 どうやら自分が囮になってマリアを引き付け、他の装者を先に倒す算段のつもりなようだ。

 セレナ達も背後の響に気付いて対応しようとし――クリスもまたチャージを終えたイチイバルを彼女達に向けていた。

 

 奏の万雷から皆が個人個人で動いて繋いだ連携技。

 これまで良いように翻弄された分、纏めて返すつもりのようだ。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

「はあああああああああ!!」

 

 響とクリスの雄叫びが上がり。

 

『いっけえええええええ!!』

 

 両翼が後押しした。

 

 

「はぁ――舐めないで」

 

 しかしそんな危機的状況を覆すからこそ――彼女はフィーネと名乗り、世界と敵対している。

 翼の近くでパンッと乾いた音が響き――マリアの姿が消える。

 

「どこにーー」

「――良い景色ね。空から敵を眺めるのは」

 

 上から声が聞こえた瞬間――翼はアメノハバキリを両断され、そのまま地面に殴り落とされた。

 殴られた際に意識が飛び、落下の勢いにより強制的に目を覚まし、そして地中深くまで突き抜け、海底に沈んで白目を剥いた。

 

「つば――」

「次は我が身って分かっていないの?」

 

 背後からの声に、奏はほぼ反射でアームドギアを振るった。長年の戦闘によって培われた経験による反撃。

 しかし奏のアームドギアは、マリアのアームドギアと衝突し――奏の槍に波導が流し込まれ、黒く変色し、マリアの烈槍に吸収されてしまった。

 

「な――」

「同じガングニールだからかしらね――でも」

 

 グイッと槍を掲げて。

 

「装者の差は歴然ね」

 

 地響がする程の威力で――奏の意識を刈り取った。

 さらに――マリアはそのまま槍を投げた。

 槍の向かう先は――クリスのライフルの砲身。

 今まさに放たれようとしていたエネルギーは、外部からの物理的干渉により――暴発。

 大爆発を起こし、担い手であるクリスは――煤だらけになって倒れ伏した。

 

 その光景に一瞬響が目を奪われ――高速で移動して来たマリアが彼女の拳を、片手で受け止めた。

 込められた力が衝撃となり、マリアに向かって放たれた。

 轟ッ!! とマリアの長く綺麗な髪が揺られ――それで終わった。

 

「――な」

「力の使い方が未熟――出直して来い!」

 

 マリアの握り締められた拳が響の頬に叩き込まれ――そのまま廃病院へと吹き飛び、瓦礫の山へと変えて――沈黙した。

 

「ブイブイ!?」

 

 響によって咄嗟に投げ飛ばされたコマチは、瓦礫と化した廃病院に向かって走る。彼女を助ける為に。

 それをマリアがジッと見つめて――しかしすぐに視線をウェルへと向ける。

 

「もう十分でしょう? 行きましょう」

「ええ、そうですね。アカシアの状態も確認できました。ククク……これで、僕はようやく――」

 

 怪しく笑いながらウェルはキリカに抱えられ戦線を離脱し、セレナもそれに続こうとし――動かないマリアに声を掛ける。

 

「姉さん……?」

「――何でもないわ。行きましょう」

 

 しかしすぐにマリアはキリカ達を追いかけ、セレナもそれに続いた――完全敗北した二課の装者達をチラリと見た後に。

 

 

 

 

「用意周到だな」

「はい。やはりというか、今回の突入は向こうの罠だったようです」

 

 戦闘が終わった後、二課は瓦礫を撤去後敷地内を調べた。

 しかし、そこには何も無くもぬけの殻であった。

 つまり二課の襲撃はあちら側が立てた台本だという事。

 さらに結果は――完全敗北。

 

「他のアジトの特定は?」

 

 弦十郎の問いに緒川は首を横に振る。

 二課の捜査網を使っても分からないとの事。

 ……彼らはこの状況に身の覚えがあった。

 響の居所が分からなかったあの時と同じだ。

 

「裏に何らかのデカい組織があるのは確かだが――まさか、な」

「あり得ないと言えないのが、不気味ですね」

 

 うーむ、と唸る弦十郎と緒川。

 政府の方も調べているようだが、何も分かっていないようだ――米国政府を除いて。

 悩みの種が尽きず、思わず弦十郎がため息を吐き、彼は緒川に尋ねた。

 

「装者たちは?」

「……精神的ショックは大きいようですが、光彦さんがメンタルケアをして頂いたおかげで、問題ありません」

 

 メンタルケア(モフモフ)。

 

「はぁ……自分が一番混乱しているだろうに、本当に彼は……」

「……完全聖遺物、ですか」

 

 ウェルの語った話は、当然ながら二課の間でも動揺が走った。

 どこからどう見ても動物にしか見えない彼が、聖遺物と言われ――正直困惑しているのがほとんどだ。

 しかしそれ以上に、仲間が実験動物扱いされていた話を聞いて――誰もが義憤に駆られていた。

 それは緒川も、そして弦十郎もだった。

 

 ――そして、気になる事がある。

 

「了子さんは知っていたんですね」

「ああ。だから守ろうとしていたんだ――米国から、日本政府から……そして鎌倉から」

 

 ――妙だとは思っていた。

 あのライブ事件の後の強引な引き渡し。米国の干渉。鎌倉の圧力。

 初めは未知の力に対する警戒からくるものだと思っていた。実際、政府もそのような姿勢を見せていた。

 

 ――だが、もし彼の正体を知っていれば?

 そうなると話が変わってくる。

 彼らは未知の力では無く、知り尽くしている強力な力が欲しかったのだ。

 だからあそこまで過度な干渉をして来ていた。

 

「――ままならないな」

 

 弦十郎は――一人拳を強く握り締め、後手に回っている自分に怒りを抱いた。

 

 

 

 

「ウィヒヒヒ……ハハハハハハッハハハハハハ!!」

「……ご機嫌ね、ウェル博士」

 

 別のアジトへと帰投したマリア達。

 しかし帰ってすぐウェルが狂気じみた笑い声を上げて、マリアは不快そうに、セレナは少し怯え、キリカはうんざりしていた。

 ナスターシャも厳しい視線を彼に向けており、周りからの目に気付いた彼は、しかし気にする事なく言葉を紡ぐ。

 

「それはもう! 我々の希望が後もう少しで手に入るのですから! 感謝しますよフィーネ! アナタのその圧倒的な力!! あと僕は博士じゃありません」

「どういたしまして。それで? 肝心のネフィリムはどうなの?」

「ネフィリムですか? ああ、こいつなら――」

 

 ズレたメガネを押し上げ、彼は言った。

 

「思っていたより成長していなくて、ヤバイですね……」

「はあ!? 聖遺物は全て喰らい尽くした筈よ!?」

 

 二課を誘い込む為、その前に持ち込んだ聖遺物を全てネフィリムに与えたマリアたち。しかしどういう訳か、想定以上に成長が遅い」

 

「考えられるのは、過去に受けた傷が思ったよりも深かった。

 アカシアの一撃をまともに喰らったのですから、まあ当然でしょう」

『……』

 

 その時の光景を思い出し、口を閉じ悲壮な表情を浮かべるマリア一行。

 しかしウェルはそれに構わず、もう一つの推測を上げる。

 

「後はそうですね……飢えているとか?」

「飢えている?」

「はい。聖遺物を喰らっている時、心無しか作業的でした。もしかしたら喰いたいナニカがあるのかもしれませんね」

 

 ――この時。

 マリアとセレナは、何故か強い悪寒を感じていた。

 それを見逃してはならないと。

 しかし現時点で気付く事なく、違和感を抱きながらも受け流してしまった。

 

「仕方ないですか、聖遺物を与えて地道に成長させましょう」

「何を言っているのです。我々にはストックされている聖遺物は、もう」

「アナタこそ何を言っているのですか? 聖遺物なんてこのご時勢、その辺にゴロゴロありますよ」

「確かにそうデスね!」

 

 そう言ってキリカが複数のコンバーターを掲げた。

 ウェルはそれをそっとキリカの胸元に戻した。

 

「まさか、二課の?」

「ええ、そうですよ。敵の戦力を削ぎつつ目的を完遂する。良い作戦だと思いませんか?」

 

 利に適っているが――正直セレナはその手を取りたくなかった。

 目的の為に、他人の物を取り上げる――胸が締め付けられる思いだった。

 しかしマリアはその作戦に賛同した。

 

「分かったわ。それじゃあわたしが――」

「あー。わざわざアナタの手を煩わせる事はありません」

 

 マリアの申し出を断り、彼はキリカの肩に手を乗せて――笑った。

 

「キリカくんに頑張って貰いますよ――ふふふ」

 

 せいぜい楽しんで貰いますよ。

 不気味な笑みを浮かべてそう宣う彼の姿は――まるで悪戯を思いついた悪魔のようであった

 



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第七話「雪解──わたしの帰る場所」


またもや素晴らしい絵を頂きました!
書いてくださったのはHITSUJIさんです!


【挿絵表示】


コメントも貰いました!
【こうね、二人ともスタンス違うから違う方向向いてほしかったんだ、イーブイが挨拶してるってことはそっちに人がいるってことなんだけど響はそっぽ向いてる、でもこの二人には信頼関係が欲しかったのでマフラーの中にしっぽを入れることに】

エモ過ぎかよ…エモ過ぎてエモンガになったわ…


 

「ブーイ」

 

 うーむむむ……。

 俺が完全聖遺物、ねえ……。

 

「……気になる?」

 

 俺の唸り声が聞こえたのか、ゴロンと横になった響ちゃんが問いかけてくる。

 まーね。でも正直実感が湧かないというか、今更言われても俺は俺だし……。

 ただ、フィーネさんは大昔に神様の一員として認められたと言ってて、そこから今まで何処かで本当に死んで聖遺物になった──って考えると、何故か引っかかるというか。

 

「──どうせ、アイツのデタラメだよ」

 

 だとしても、ウェルさんの言葉全てが嘘とは限らないんだよな……。

 二課の皆が割と信じているのは、俺の力のデタラメさと──フィーネさんの残したデータから判断されているものだ。

 

「……」

 

 響ちゃんも知っているでしょ? 

 二課で観測されていた俺の反応は彼女の偽装したもので、実際に観測される反応は──聖遺物から観測されるソレと酷似しているって。

 

「……」

 

 この事を知ったのはつい最近だけど──多分弦十郎さんたちは知っていたんだ。

 それでも言わなかったのは──。

 

「分かっている。でもさ──」

 

 それに俺も言っていたけど、弦十郎さんたちも言っていたじゃん。

 俺が何者だろうが、関係ないって。

 力が欲しくて俺と一緒に居るんじゃない。俺と居たいから一緒に居られるって。

 

 だから──あの子たち止めて、知っている事全部調べ上げて、それから俺を守る術を模索するって、その言葉を信じよう。

 

「……」

 

 あの人たち優しいから、ね? 

 

「……はぁ。お人好しなのは誰だか」

 

 響ちゃんも優しいよ? 

 

「……フン。明日早いから寝るよ」

 

 了解! 明日はリディアンの秋桜祭! 未来ちゃんや響ちゃんたちと回るからね! スッゲー楽しみ! 

 という訳でおやすみ! 

 

「……おやすみ」

 

 ──今日も、あの夢を見るのかな。

 

 

 第七話「雪解──わたしの帰る場所」

 

 

 ──ワイワイガヤガヤ。

 

 やってきました秋桜祭!!! 

 

「うるさっ」

 

 おっと、ゴメンね響ちゃん。

 俺ほら祭りの男だから、テンション上がっちゃってさ。

 

「祭りの男って何よ……くだらない事言っていないでコレ食べときな」

 

 そう言って響ちゃんは食べかけのアメリカンドッグを俺の口の中にねじ込んだ。

 ムグムグ……美味しい! ケチャップとマスタードが良い味出してる! 

 ──ムムム。響ちゃんそれって……。

 

「チョコバナナ……いる?」

 

 いるぅ! 

 

 

 

「自然とシェアしてんなアイツら。ムグ」

「あの、奏さん……ケチャップ掛けすぎでは?」

「そうか?」

 

 

 

 お? あそこに居るのは奏さんと未来ちゃんじゃないか。

 おーい、二人ともどこ行っていたんだ? 見つからなくて探したぞい。

 

「何言ってんだ。お前が目輝かせて飛び込んだんだろ」

「響も一緒になって楽しんでたね……」

 

 こちらをジトっとした目で見る二人。

 ふむふむ。

 響ちゃん楽しんでるね! 

 

「アンタだけには言われたくないっ」

 

 顔を赤くさせた響ちゃんに、頭をガッと掴まれた。

 あの……痛いんですが……。

 ギリギリと響ちゃんの照れ隠しを感じながら、ふと気付く。

 奏ちゃん、何そのサングラス? 

 

「これか? そりゃあお前変装だろ」

 

 変……装……? 

 

「あたしも翼も有名人だからな。と言っても翼はまだ在校生だが」

 

 そう言ってケチャップがめちゃくちゃかかったホットドッグに齧り付く。

 ……周りがザワザワと騒いでいるのですが。「本物?」「あのケチャラーはツヴァイウィングの……」「でっっっっっっっ」って色々と言われてますが。

 

「響、口汚れてる」

「ん……」

 

 そしてこっちはこっちで自分たちの世界に行っている。未来ちゃん、嫁力強いな……。

 そう思っていると、未来ちゃんがこっちを見た。

 

「あ、コマチも」

 

 そう言って俺の口元を拭こうとして──横から伸びた親指がグイッとケチャップを拭った。

 視線を向けると、ペロリと親指を舐めている響ちゃんが。

 ……男前過ぎない? 

 

「ちょ、響!?」

「……?」

 

 未来ちゃんが顔を真っ赤にさせてワタワタするが、響ちゃんはよく分かっていない様子。

 はは。カオス。

 ──あれ、そういえば翼さんとクリスちゃんは? 

 

 

 ◆

 

 

「調、これ美味しいですよ?」

「興味ない」

 

 リディアンの秋桜祭に、キリカは調を連れてやって来ていた。

 これもドクターの指示であり、楽しんで来いと笑っていた。

 

 調は切歌の側から離れたくないと初めは拒否していたが、ウェルの口八丁手八丁により、此処にやって来た。

 

 そしてキリカは調を楽しませようと彼女が好きそうな物を見繕って持ってくる。

 調はそれを見て強く目を閉じ、絶対に喜ばないと決めて冷たく引き離す。

 キリカはそんな彼女の態度に、拒絶に一瞬悲しそうにしながら、次々と露天に行き、その後ろ姿を調がジッと見つめる。

 

 とても秋桜祭を楽しんでいるように見えなかった。

 しかしそれで正解だったのかもしれない──ターゲットを見つける事ができたのだから。

 

「ハッハッハッ……!」

 

 キリカの視線の先に、走り去るクリスの姿が映った。

 誰かに追われているのか、しきりに後ろを気にしている様子。

 

「調! カモネギが居たデスよ!」

「ちょ──」

 

 グイッと調の手を握り、クリスの後を追い掛ける二人。

 しばらく追うと誰かと話しているクリスを見つけ、物陰に隠れる。

 

「雪音さんお願い!」

「もう時間が無いの!」

「っ……!」

 

 コッソリと覗いてみると、そこには翼の背中に隠れているクリスと、彼女に詰め寄っている三人の生徒が居た。

 どうやら、今行われている歌唱勝ち抜きステージに出て欲しいと頼んでいるようだった。

 しかしそれをクリスが拒否しているらしい。

 

 ──本当に嫌なら、彼女たちも無理に勧めないだろう。

 

「クリス。お前は──歌は嫌いなのか」

「……」

 

 翼の問いに、クリスは目を閉じる。

 かつては嫌いだと言った。

 しかしクリスの歌が好きだと言ってくれる存在が現れた。

 そしてクリス自身もまた──歌が好きだった。

 

 それでも、一歩を踏み出せない。

 人を不幸にした自分が、人を救おうとした両親と同じ場所に立つのが──怖い。

 手が震え、俯くクリス。

 翼も三人の生徒たちもその様子に強く言えないで居ると──。

 

「クリス!」

 

 そこにキリカが飛び込んできた。

 

 

 ◆

 

 

 はえ〜〜〜。みんな歌が上手だな〜〜。

 現在俺たちは勝ち抜きステージに来ていた。

 響ちゃんの友達、面白いね! 今度あのアニメ見てみようかな。

 

「はぁ、好きにして……」

 

 なんで疲れた顔してるの? 

 未来ちゃんも苦笑いしている。奏さんは爆笑。

 板場ちゃんたちのアニソンの後もたくさんの人が楽しく、熱く、本気で歌っていて胸が温かくなった。

 

 そういえば、響ちゃんは歌わないの? 

 

「っ……なんで?」

 

 いや、なんとなく? 

 俺響ちゃんの歌が好きだから聞きたいなーっと思って……。

 

「……無理」

 

 そっかー。

 

「でも──いつかきっと聞かせてあげる」

 

 ホント!? 

 うわー楽しみだな! 響ちゃん戦う時以外ほとんど歌わないしなー! 

 カラオケでも未来ちゃんとのデュエットくらいでしか歌わないし! 

 

 約束だよ響ちゃん! 

 

「──はいはい」

 

 何処かおざなりに、でもしっかりと返してくれる響ちゃん。

 そんな彼女に俺たちは思わずニッコリと笑ってしまった。

 

「さて! 次なる挑戦者の登場です!」

 

 お、次の子が出てきた──ってんん!? 

 

「あれって──」

「クリス?」

 

 響ちゃんも奏さんも知らなかったのか、驚いた表情でステージの上のクリスちゃんを見ている。

 翼さんのサプライズか何かかな? 

 とりあえず──。

 

「ブイブーイ!!」

 

 クリスちゃん頑張ってー! と俺は叫んだ。

 

 

 ◆

 

 

 ──あたし、クリスの歌が大好きなのデス! 

 

 本来此処には居ない筈のキリカが現れ──クリスに発破を掛けた。

 翼も予想外の出来事に目をシロクロさせていた。

 それに構わずキリカは真っ直ぐとクリスの目を見て言った。

 

 ──例え百人の人間がクリスの歌を嫌っても、例えクリス自身が自分の歌を好きじゃ無いとしても、あたしは大大大好きなのデス! 

 ──だからどうか、自分に嘘を吐かず思いっきり歌ってほしいデス。

 

 何故此処にいるのか。

 敵対していたのではないのか。

 聞きたい事はたくさんあったクリスだったが──彼女の言葉で胸に火が付いたのは明らかだった。

 

 故に彼女は──此処にいる。

 帰る場所は此処だと。

 大切な場所は此処だと、想いを歌に乗せて──伝えた。

 

「──」

 

 歌いながら、クリスは思い出す。

 

『キリカと言います……突然ですけど歌を聞かせてほしいデス!』

『ほへー。こんなに綺麗な歌は久しぶりデス! 調と同じくらい好きデス!』

『ねーねークリスー、もっと聞かせるデスよー』

 

 

 

『アナタの歌は、両親譲りで素晴らしいものね』

『……あら、もう終わりなの? 私に遠慮せずに歌いなさい』

『──あの方にも聞かせたかったわ』

 

 

 

『ブイブイ! (綺麗なお歌──! もっと聞かせて!)』

『ブーイ……(聞いていると安心する……うん、心が洗われるようだ)』

『──ブイ(クリスちゃんの歌、俺好きだよ)』

 

 

「──っ」

 

 クリスが歌い終わると同時に──拍手喝采が起きた。

 皆がクリスに見惚れ、歌に感動し、心惜しむ事なく称賛した。

 しかしクリスが見ているのは──自分を認めてくれた人たち。

 視線の先に響たちが居り、彼女たちも拍手をしながら笑顔でクリスを見て──自然と涙が頬を伝った。

 

 

 ──だが、楽しい時間もここまでだ。

 

「さあ、新チャンピオンの誕じょ──」

「ごめんなさい、わたしはこれで」

「って、ちょっと!?」

 

 司会の呼び止める声と観客のどよめきを聞きながらクリスはステージを飛び出し外へ。

 そして予め翼と決めていた合流地点に向かい──。

 

「クリス! さっきの歌良かったですよ!」

「……」

 

 かつての友が満面の笑みでクリスを褒め、その傍には黒髪の少女が佇んでいた。

 

 

 ◆

 

 

「お前ら……!」

 

 翼の連絡を受けて響と奏も合流する。キリカを見つけるなり、響は睨み付けながらコマチを片手で抱えて警戒する。

 そんななか、調がコマチを見て呟いた。

 

「それが完全聖遺物キマイラ……」

「──言葉に気を付けろよ。ソレ、あたしらの地雷ワードだからな?」

 

 怒気を込めて調を牽制する奏だが、当の相手は気にした様子を見せず、興味は失ったかのように視線を外した。

 

「さて──何が目的だ?」

「ズバリ! 貴様らのペンダントデス!」

「ペンダント?」

「ネフィリムの餌にするのです!」

 

 その言葉に全員が構えた。

 

「ここでやり合っても良いけど、周りを巻き込んで困るのはアナタ達の方」

「──人質のつもりか?」

「──目的達成の為に必要なら、やる……!」

 

 翼と調が強く睨み付け合う。

 バチバチと火花が散るなか、キリカがワタワタと慌てふためて──叫んだ。

 

「そうだ! 決闘デス!」

 

 素っ頓狂な彼女の発言に、皆が固まる。

 

「勝った方が相手の言う事を──」

「お前、ナンセンスなことを言うな」

 

 しかし、調がキリカの言葉を遮り、強い言葉で黙らせる。

 

「で、でも」

「考える頭がないくせにでしゃばるな。すっ込んでて」

「……ごめんなさい、デス」

 

 悲しそうなキリカは、調の言った通りに下がろうとし──。

 

「──そんな言い方無いんじゃない?」

 

 それにクリスが待ったをかけた。

 調を睨みつけて、キリカを守るような発言をする。

 

「──なに? 文句あるの?」

「あるよ。大アリだよ。キリちゃんはアナタの事をすごく大切にしている──それなのにアナタは……!」

「──お前に、わたしの何が分かるって言うんだ……!」

 

 調もまた、クリスの言葉に怒りを顕にした。

 このままでは戦闘勃発──の寸前で、キリカの腕輪から音声が流れる。

 

『──良いと思いますよ、決闘』

「──くそ助手」

『丁度装者も四人──ここで一気にケリを付けるのも悪く無いと思いますが』

 

 

 ◆

 

 

「どう思いますフィーネ?」

「一気にケリを付けるのは賛成よ」

 

 ウェルの視線の先には、幼い姿のままガングニールを纏ったマリアが居た。

 波導の力を用いない際のガングニールは白く、戦場では些か不釣り合いだった。

 しかし──今のマリアのガングニールは血で赤く染まっている。

 彼女の足元には米国からの追手が両手足を折られ、血を吐いて倒れていた。

 

 全てマリアがした事だ。

 

「二課にこう伝えなさい──全力で叩き潰してあげるから本気で来い、と」

 

 ──純白の鎧を纏い、その身を血で赤く染め。

 ──その胸に漆黒の意志を抱き、鮮烈な過去を思う。

 

 マリアは止まらない。

 波導を手に、覇道を突き進む。

 それが例えどんな茨の道だとしても。



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第八話「喪失──さよならバイバイ」

 

「姉さん大丈夫?」

「何が? ――って聞くのは無粋かしらね」

 

 カ・ディンギル跡地にて、マリア達は二課の装者が来るのを待ち受けている。

 既にウェルの持つソロモンの杖によって戦いの狼煙は上げられている。ノイズの反応を探知した二課がすぐに駆けつけるだろう。

 

 この場に調とナスターシャは居ない。

 調は「付き合いきれない」と両断して切歌の居るアジトに帰り、ナスターシャは非戦闘員の為、檻の中のネフィリムを監視しながら、戦いの観測を行なっている。

 

 そんな中、セレナが問い掛けたのは――先日の出来事。

 マリアは、追って来た米国のエージェント達をガングニールの力を用いて返り討ちにした。

 殺してはいない。しかしトラウマを刻み込むには十分な傷を与え――二課に回収させた。

 セレナは、その事を心配していた。

 優しい姉が人を傷付ける事が――心を殺して率先して

泥を被り続ける姉が心配だった。

 しかし、この小さな姉は――。

 

「大丈夫よセレナ――わたしは立ち止まっていられないから」

「でも、もしリッくん先輩が居たら――」

「――セレナ」

 

 マリアの感情を押し殺した冷たい声が、セレナを黙らせる。

 

「あの人はもう居ないの。そんな【IF】の話をしても仕方ないし――わたしは、わたしの行いを、あの人を理由にして正当化させたい訳じゃ無い。

 ()()はわたしがやっている事。わたしの意志でやっている事よ――それでも、受け継いだ力を使わせて貰っているから何も言えないけどね」

「姉さん……」

「――わたしはあの人とは違う。わたしは――波導の勇者にはなれない」

 

 冷たい風が彼女達の頬を撫で。

 

「来ましたね」

 

 ウェルの言葉を聞き――マリア達はギアを纏った。

 

 

 

 

「ブイ……」

「……どうしたの?」

 

 響ちゃんが心配そうにこちらを見る。

 どうやら俺の様子がおかしい事に気付き、気遣ってくれているようだ。

 それは嬉しい。でも――どうする事もできない。

 だって――。

 

「ブイブイ?」

「――はぁ。何度も言っているでしょ。マリアが居る以上、わたしも出張らないと勝負にならない。負けたら向こうは確実にアンタを要求してくる――絶対に負けられない」

 

 この通り、今回だけは響ちゃんは二課で待機できないか? と提案しても却下される。

 他の皆は、俺の様子を見て血相を変えて賛同したが……彼女が譲らなかった。そして結局こうして皆で出動した訳だけど……。

 

「……」

「……」

 

 ツヴァイウィングの二人が暗い。

 仕切りに俺と響ちゃんを気にして、辺りを警戒している。

 ――あのライブの事件の事を思い出しているのだろう。

 不測の事態に備えて、これまでに無いくらいにピリピリしている。

 クリスちゃんもその空気に当てられてか、表情が固い。

 

 そして、それを和ませる余裕が俺には無く、そのまま――決闘の場所へと着いた。

 

 マリアさん。セレナさん。キリカちゃん。ウェルさんが既に居り、学園祭で見た調って子は居ない。

 

「ああ、調くんならお留守番ですよ。代わりに僕が出張って来ました」

「ちっ。あの顔に弾丸ぶち込んでやりたかったのに……!」

 

 おっとクリスちゃん過激なこと言っている。

 ……よっぽど友達への態度が腹に据えかねているようだ。

 彼女の様子にキリカちゃんは複雑な顔をしている。嬉しいような悲しいような、そんな顔だ。

 

「ところで二課の皆さん。ここで僕から一つ提案があるのですが」

 

 一つ前に出たウェルさんが、にこやかな、そしてメチャクチャ胡散臭い笑顔で――耳を疑う事を言った。

 

「我々に力を貸してくれませんか?」

『――は?』

 

 彼の言葉に響ちゃん達だけではなく、マリアさん達も呆気に取られていた。

 何を考えているんだろうあの人は。

 

「僕たちは別に世界を混乱させたい訳ではありません。ただ、人類救済の為に動いているのです」

「は! 救済? これから天変地異でも起きるっていうのか?」

 

翼ちゃんが鼻を鳴らして、睨みつけて言うが――彼はそれを肯定した。

 

「その通り! これから人類は滅亡の危機に瀕する――月の落下によって!」

『―!?』

 

 彼の言葉を、俺たちは信じられない、と驚いた。

 

「そんな……月の公転軌道は各国機関が計測している……落下するなんて答えが出たら黙って――まさかっ」

 

 クリスちゃんが何かに気付いた。

 その反応を見てウェルさんが満足気に頷く。

 

「流石にフィーネの所に居ただけに視野が広い――そうです。黙ってしまうんですよ、国は。さらなる混乱を招かない為に、とか何とか理由を付けてね」

「――もしそれが本当だとしても、嘘だとしても、何でコマチを狙う?」

 

 しかし響ちゃんにとってはそこまで重要じゃないようで、苛立ちながら尋ねた。俺を狙う理由を。

 分かりきった事だと言わんばかりにウェルさんは肩を竦めて答える。

 

「そんなの必要だからですよ」

 

 チラリとこちらを見るウェルさん。

 

「先日話した通り、彼には聖遺物を吸収する力がある――そして、それを扱う力もね」

「聖遺物を、扱う力?」

 

 ……俺にそんな力が?

 

「その通りです! フロンティアを起動させる事ができるネフィリムを吸収させ――」

 

 そしてゴソゴソと取り出したのは――モンスターボール!?

 

「このフィーネが作った制御装置にて操作し、月の落下の阻止を行う――簡単でしょう? だからどうです皆さん? どうかご協力してくださいませんか?」

 

 ウェルさんの提案の答えは――。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Balwisyall nescell gungnir tron」

「Killter Ichaival tron」

 

 戦闘態勢を構えてでの――拒絶。

 俺も操られたく無いので、大地を踏み締めて拒否の姿勢を取る。

 それを見たウェルさんは不思議そうな顔をした。

 

「おかしいですね……失敗ですか」

「いや、成功しているよ――挑発って意味ではこれ以上ないくらいにな!」

 

 奏さんが怒気を撒き散らしながら突っ込み、槍をマリアさんに向かって叩き付けんと振り被る。

 マリアさんそれを冷静に受け止めようとして――。

 

「――光彦!」

 

 奏さんの合図と共に、()()()()()()()()()()()()()()

 いきなり現れた俺にマリアさんがピクリと止まる。

 その隙を突いて──フラッシュ!

 

「っ──」

「眩しい……!」

「まさかの目眩しデスか!」

 

 作戦は成功したようだ。

 俺は今ある技を使えるようにしている。その技はサイドチェンジ。隣の仲間と位置を入れ替える技だ。攻撃技じゃないけど、使い方次第でこのように虚を付ける!

 

 そしてフラッシュで目が眩んだ隙に──。

 

「はぁああああ!!」

「ぐっ──」

 

 今度は響ちゃんと交代して、彼女の拳がマリアに届いた!

 それでも硬化させたマントで受け止められているのは、流石マリアさんと言った所だ。

 響ちゃんが追撃の連打を仕掛けるけど、おそらく波導で見切られている。

 

「姉さん!」

「ちょこざいな!」

 

 視界が戻ったのか、セレナさんとキリカちゃんが援護に向かう。

 それを翼さん、奏さん、クリスちゃんが立ち塞がった。

 

「――!?」

「こいつら――まさかマリアが狙いで!?」

 

 そう、今回俺たちはマリアさんを先に攻略する事にした。

 前回、マリアさんを足止めして他の装者を倒そうとしていた俺たちだが、マリアさんのスペックによるゴリ押しにより敗北した。

 そこで閃いたのが今回の作戦だ。

 基本は一人の装者がマリアさんの相対するのだが――。

 

「一人で勝てると思っているの!?」

 

 握り締めた槍を響ちゃんに叩きつけようとするマリアさん。

 しかし当たる寸前に、俺と響ちゃんの位置が入れ替わる。

 目の前にガングニールが迫り来るが――「まもる」で受け止める。

 

「なっ――」

 

 動揺してマリアさんの動きが止まり、その隙に今度は翼さんと入れ替わる。

 そしてそのままアメノハバキリの一閃が叩き込まれる。

 

「っ――」

「相変わらず化け物染みた反射速度――だが!」

 

 翼さんの一太刀が、マリアさんに掠った!

 痛みに顔を歪めるマリアさん。やっぱり俺の予想は正しかった。

 マリアさんの波導の力は凄い。万能に見える。響ちゃんの雷速を捉える程だ。どれだけ速くても、どれだけ手数が多くても見切られる。

 

 でも、瞬間移動なら虚を付ける。

 

 マリアさんの強化された探知能力が逆に仇となっている。

 だから響ちゃんの攻撃が通じる。

 そして――。

 

「っ!?」

「ブイブイ!」

 

 マリアさんは俺を本能的に攻撃できない。

 ……いや我ながら酷いと思うよ?

 でもこうでもしないとこの人に勝てないから。

 

 とにかく、俺がチェンジした一人がマリアさんを強襲し、他の三人は他の装者を牽制する。

 この流れを崩さないのが勝機と見た。

 

「――だったら!」

 

 それをマリアさんも分かっているのか、俺を無視して跳躍する。

 そしてセレナさん達を牽制している響ちゃんの所に向かい――俺と響ちゃんの位置が入れ替わる。その際にマフラーだけが瞬間移動せず、フワリと俺の体に巻き付いた。

 

「っ……!」

 

 再び止まるマリアさん――。

 

「うおらあああああ!!」

「カフ……!?」

 

 ――に、再三入れ替わった響ちゃんの拳が突き刺さる。

 直撃だ……!

 痛みに顔を歪めるマリアさんに、さらに拳を振り抜く響ちゃん。

 しかし次は受け止められ、距離を取られる。

 

「ちっ……!」

 

 舌打ちをするマリアさん。

 響ちゃんも手応えを感じているようで、拳を掲げて構えを取る。

 俺はそんな彼女の肩に乗ってマフラーを返した。

 ――このままいけば勝てる。

 そして、話を聞かせて貰うんだ! 

 

 

 

 でもやっぱり、この方法は辛いな……。

 

 

 

 

檻の中でソレは目覚めていた。

 近くに旨そうな気配がしている。

 近くに飢えを満たしてくれそうな気配がしている。

 近くに――忌々しい気配がしている。

 

 ああ――ああ……!

 

 そこにいたのか。

 居なくなって物足りなかった。

 会いたかった。

 会いたくて会いたくて――涎が溢れ出る。

 

【――グオオオオオオオオオオ!!】

 

 ネフィリムは咆哮し――己を縛る全ての拘束を強引ブチ破った。

 そして向かうのは――極上の餌がある戦場。

 

 

 

 

『――マリア! ネフィリムが!』

「マム!?」

 

 戦闘の最中、マリアの元に緊急通信が入り――悪寒が走った。

 そしてそれはマリアだけではなく、その場に居た全員が感じ取っていた。

 皆が見上げる。影が現れる。戦場に獣が降り立つ。

 

【――グオオオオオオオオオオ!!】

 

 咆哮を上げたのは堕ちた巨人――ネフィリム。

 ネフィリムはダラダラと涎を垂らし――響達に襲い掛かった。

 口を大きく開け貪り尽くそうとし、しかし避けられる。

 さらにそれをネフィリムが追いかけ――その様子を見たセレナがウェルに詰め寄った。

 

「ウェル博士! あれは貴方の差し金!?」

 

 ネフィリムにトラウマのあるセレナの動揺っぷりは凄まじく、ウェルを見る目は厳しかった。

 それに対してウェルはフッと笑みを浮かべる。

 

「何を言っているんですか? 僕は何もしていませんよ?」

「白々しい……!」

「人聞きの悪い。なら、これで良いですか?」

 

 そう言ってウェルは端末を取り出し、スイッチを押す。

 するとネフィリムに電流が流れ動きを止め――電流を流している首輪を強引に掴み、引き千切った。

 

「あら……? 首輪が外れましたね」

 

 タラリと冷や汗が流れる。

 どうやらウェルにとっても予想外のようで、それを感じ取ったセレナも困惑する。

 なら、この状況は……?

 

「くそ、なんだコイツ!」

「タフで固くて早い! 油断するな皆!」

 

 翼と奏が迎撃に出るが、彼女達のアームドギアでは傷付ける事ができない。加えて動きが早く、何度か噛み付かれそうになっていた。

 もしネフィリムが捕食ではなく攻撃を選んでいたら危なかったのかもしれない。

 そしてネフィリムの狙いが――コマチでなければ、装者たちの誰かは片腕を喰われていたのかもしれない。

 

「ブイブーイ!?!?」

【グオオオオリュリュリュリュリュ!!】

 

 何で自分を追いかけるんだとコマチが悲鳴を上げ、それすら最高のスパイスと言わんばかりに嗤いながら追いかけるネフィリム。

 

「コマチをいじめるな……!」

 

 それに怒りを燃やすクリスがイチイバルの一撃を放ち、ネフィリムに風穴を空けようとする。

 しかし、クリスの放つ弾丸ですらネフィリムの躯体に傷一つ付けられない。

 焦るクリス。助けようと走る翼と奏。

 そして、それ以上の速さでネフィリムをぶん殴る――響。

 

【グオ!?】

 

 紫電を纏った一撃を喰らったネフィリムは、ここで初めて痛みに声を上げて吹き飛ばされた。

 コマチを庇うように響が立ち、怒りの表情を浮かべて拳を握り締める。

 響は、怒っていた。

 コマチを喰らおうとした事。逃げるコマチを嗤った事。そして何より――悪意を持って追いかけている姿に、過去を思い出し、そこにコマチを落とし込まれた事が許せなかった。

 

 だから響は手加減しない。

 

「はああああああ!!」

 

 紫電を纏い、四方八方から拳を叩き付ける響。

 ネフィリムも対応しようと、気配のした方へと口を開き噛みつこうとするが、尽く回避されダメージが蓄積されていく。

 紫電がバチバチと鳴り響き、まるでそこは台風の目。

 響の拳が当たる度にネフィリムの肉が削ぎ落とされていき、このままでは破壊される。

 誰もがそう思った時――ネフィリムの口角が上がった。

 

 まるで悪魔が嗤ったかのように。

 

「これで、最後――」

 

 渾身の一撃を叩き込む響――しかしその一撃は、ネフィリムが体内から放出した紫電によって阻まれる。

 ――響によって蓄積されたのはダメージだけでは無かった。

 彼女自身が何度も流し込んだ雷を、ネフィリムは最後の最後に使った。

 

 拳を突き出したまま、体が麻痺し動けない響。

 

「響!!」

 

 それをネフィリムは悠々と大きく口を開け――。

 

「逃げろ、逃げるんだ!!」

「くそ、間に合わ――」

 

 仲間たちが悲鳴を上げるなか――鮮血が舞った。

 

 

 

 

 ――来る痛みに対して、思わず目を閉じてしまった。

 

 グジュリグジュリと肉を貪り食う音が直ぐ近くでする。

 グロテスクで、鼻につく血の匂いに吐き気を催し――違和感に気付く。

 

 痛くない。

 感覚が麻痺したのか? と思い――彼女は自分の両腕が、それどころか体全体の何処にも痛みが無い事に気付いた。

 

 目を開けて、自分の両腕を見下ろす。

 綺麗な手がそこにあった。

 

 しかし。

 

 視界の隅に、血があった。

 

 

()()()()()()()()()()()そこにあった。

 

 ネフィリムはその血や毛すら余す事なく腹に収める為か、地面事それを喰った。

 

 響が顔を上げる。

 

 ネフィリムが、血に濡れた口を動かし咀嚼していた。

 

 口の端に――見慣れた尻尾があった。

 

 肩に乗った際にクルンと巻き付けて来る――温かくふんわりとした尻尾。

 

 それが血に濡れて根本が赤く染まり――それすらネフィリムがゴクンと飲み込んだ。

 

 ――何が起きた?

 

 ――何でわたしは無事なの?

 

 ――アイツは、何を喰った?

 

 その答えは――仲間の叫び声で理解させられた。

 

「――()()()()()()()()()!!」

 

 クリスが叫んだ。

 響はその声がした方へ向き――涙を流し、絶望した表情をしているクリスを見つけた。

 

 そうだ、コマチ。アイツは何処にいる? 

 ネフィリムに狙われているんだ。早く居場所を確認して助けないと。

 

 そう思って響は辺りを見渡して――見つける事が出来なかった。

 

 視界に映るのは、泣き叫んでいる翼、奏、クリス。

 顔を青く染めて茫然としているセレナとキリカ。

 驚きの表情を浮かべてポカンとしているウェル。

 そして、血が出る程拳を握り締め俯いているマリア。

 

 居ない。何処にも居ない。

 仲間が保護している訳でもなく、敵が捕らえている訳でもない。

 

 視線を再びネフィリムに戻し――響は気付いた。

 

 ネフィリムの足元に、彼女のマフラーがある。

 首元を触り、何も無い事に気付き――思い出した。

 

 コマチとのサイドチェンジで時折、響のマフラーだけ取り残される事があった事を。

 響が激しく速く動く事、そしてコマチがいまいち使いこなせていなかった事により起きた現象だ。

 しかし響はその事を気にしていなかった。

 コマチがすぐに返してくれるし、自分に巻き付いた響のマフラーの温もりに喜んでいた姿を見て早く技を完璧に習得しろと言う気が無くなったからだ。

 

 ――だが、そのマフラーが示していた。

 

 喰われかけた響がサイドチェンジにより、別位置に移動した事により難を逃れた事を。

 そして何より――コマチが、ネフィリムに喰われた事を。

 

【――クギャギャギャギャ】

 

 嗤う。

 

【ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ】

 

 悦ぶ。

 

【ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ】

 

 ――勝ち誇る。

 

 ネフィリムは、かつて自分を下した相手を貪り食う事により――満たされた。

 ご満悦なネフィリムに対し――響は。

 

「――ああ……」

 

 ただただ現実を受け入れる事ができず。

 

「ああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 泣き叫ぶ事しかできなかった。

 

第八話「喪失──さよならバイバイ」




話の内容によりタグの「イーブイ」を外しました


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第九話「現実──逸らせず、背負えず、突き刺さる」

「ブブ……」

「……何してんの?」

 

 呆れた顔でコマチを見た響が問い掛けた。

 二課のシミュレーションルームで訓練をしていた響。途中マフラーが外れ何処か行き、探して見渡した所、コマチがマフラーに絡まって転んでいた。

 最初は解こうとジタバタしていたようだが、どんどん複雑に絡まっていき、今は全てを諦めた顔をして床に頬をくっ付けて寝ている。

 

 どうしてそうなったんだろう? 

 

 そう思いつつ訓練を一時中止して、響はコマチに絡まったマフラーを解こうとする。

 ……思っていたよりも複雑に絡まって取れない。それどころか一つ解く度にギュッとコマチを縛りつけ、強制的に変顔をさせている。

 

「──ブーーーイ!」

「ちょ、今暴れたら……!」

 

 

 

「響。さっき奏が……」

 

 そこにクリスがやって来た。

 響を探していたようで、彼女の名を呼びながら部屋に入り……。

 

「……何してるの?」

「……見れば分かるでしょ」

「分かんないから聞いているんだけど」

 

 マフラーで繭状になり顔だけ出したコマチが、響の右腕に寄生していた。

 どうやら、解こうとしている最中に暴れられて響の右腕を巻き込んでさらに絡まった結果こうなったらしい。

 

「いや、そうはならないでしょ」

「ブイ、ブイ!」

 

 なっとる、やろがい! とコマチが叫んだ。

 響も困り果てた顔をし、どうしたものかとため息を吐いていた。

 

「こうして振り回したら飛び出るかな?」

「ブブブブブブブブ」

「ちょ、ストップストップ! コマチがバイブみたいな声出してる!」

 

 バイブ。

 

「わたしが外すから待ってて」

 

 仕方ないなとクリスが呆れた顔をしながら、響の腕にそっと触れる。

 そして解こうとマフラーを引っ張っていくが。

 ……明らかに、クリスの記憶にある長さと違う。

 そもそも、響が巻いていたあのマフラーの長さで、彼女の腕とコマチを包み込む事ができるのか? 

 疑問に思いつつもクリスは腕を動かし──。

 

 

 

「おーいクリスー、響ー。ここに居るのかー?」

「ふっ。まさかイチャイチャして時間を忘れたんじゃ──」

 

 響を探し、クリスにも呼んでくるように頼み、しかし来なかった為、奏と翼も探しに向かい、こうしてシミュレーションルームにやって来た。

 しかし彼女たちは、部屋の中に居た響たちを見て言葉を失った。

 視線の先に居たのは……。

 

「……」

「……っ」

「ブーイ……」

 

 マフラーがクリスをエロチックに縛り上げ。

 響の手がクリスの胸を鷲掴みにし。

 コマチは顔を真っ赤にして尻もち着いたクリスの下敷きになっていた。

 

『そうはならんだろ……』

『なっとる! やろがい!!』

「ブイブイ!」

 

 結局、響がギアを解除すれば良いと気づくまで、全員でワチャワチャと騒ぎ、四苦八苦し、五人で大騒ぎ。

 

「……ふ」

 

 そんななか、響はその光景に人しれず笑みを浮かべ──。

 

 

 

【──あああああああああああ!!】

 

 コマチを失った響は──闇に飲まれた。

 

 

 第九話「現実──逸らせず、背負えず、突き刺さる」

 

 

「──あれは、暴走?」

 

 失意の底に二課が沈むなか、奏は響を見て呆然と呟いた。

 彼女の視線の先には響が黒く染まり、獣のような荒い息を吐きネフィリムを睨み付けていた。

 それを彼女は──彼女たちは見る事しかできない。

 

【フウウウウ……! フウウウウ……!】

 

 コマチを失った事による喪失感。それを上回る怒り。ネフィリムへの憎悪。

 かつて、コマチを奪われた際にも彼女は自我を保てなくなっていた。

 響が暴走状態になるには──十分だった。

 

【グ──】

 

 様子の変わった響にネフィリムが警戒を顕にする。

 それと同時に苛立ってもいた。

 せっかく美味しい御馳走にありつけたのに、不快な感情をこちらに叩きつけて来る害虫が居ることに。

 だから目の前の彼女も喰ってしまおうと飛びかかり──一瞬で懐に入り込まれ、拳を叩き付けられた。

 

【ゴア……!?】

 

 その衝撃で浮いた瞬間に頬を蹴られて吹き飛ばされる。

 ネフィリムの巨体を物ともしないその怪力に、ウェルは立花響の暴走の力にゴクリと生唾を飲み込み──呟いた。

 

「不味いですね。このままだとネフィリムが殺される」

 

 それは、計画遂行の為に看過できない事態だった。

 

「キリカくん! ネフィリムの保護を!」

 

 ウェルの指示にセレナがギョッとして叫んだ。

 

「アナタ、自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」

 

 セレナは知っている。

 キリカはコマチの事を気に入り、友達だと思っていた事を。

 そんな彼女に、友達を喰った怪物を助けろとあの男は言っているのだ。

 嫌悪の感情を隠す事なく、セレナはウェルを睨み付けた。

 

「君こそ何を言っているんだ!」

 

 それをウェルの怒号が打ち返す。

 

「ネフィリムはフロンティアを使うのに必要な完全聖遺物! 貴方方の目的の為にも、僕の素晴らしい野望の為にも掛け替えの無い存在だ!」

 

 彼の言っている事は正しかった。

 

「──本来とは逆となりましたが、こうなっては致し方なし! そうでしょうマリアさん?」

「──ええ、そうね」

「姉さん!?」

 

 ウェルの言葉をマリアが肯定し、セレナが悲鳴にも似た声を上げた。

 あの光景を見てマリアが何も思わない筈が無い。

 それを彼女は己の感情を押し殺して、目的を達成するべく──かつての、そして今の仇を助けようとしている。

 

 セレナは苦虫か噛んだ表情をしながらアームドギアを構え、キリカも悲しそうな顔をしながらウェルの言葉に従い。

 

 それを翼たちが立ち塞がる。

 

「悪いが、此処は通さねえぞ」

「てめえらを先に片付けてから、響を助ける……!」

 

 血を吐くようにして翼がそう言い、奏は瞳孔が開いた目でマリア達を見ていた。

 クリスもまたスコープ越しにマリアを覗いて援護態勢に入った。

 それを見たウェルが唾を吐き捨てる。

 

「止める相手が違うぞトッキブツ!」

「何を!」

「君達が今止めるべきなのは憎き敵ではなく、手を伸ばすべき隣の仲間!」

 

 ウェルが響を指差す。

 

「復讐の手助けをするのも良いが──そういう人間は総じて最期は悲惨な目に遭う!」

 

 そして彼は──決定的な事を言った。

 

「このまま彼女を放っておけば──戻れなくなるぞ」

 

 彼の言葉と同時に、響の体から黄色に輝く結晶が突き抜けた。

 それを翼たちは──目を見開いて見ることしかできなかった。

 

 

 

【グ──】

 

 煩しそうに響は、自分の肉の内側から生えた結晶を掴み強引に引き抜く。

 ブチブチと嫌な音が響き、彼女の手には先が血で濡れた結晶が握られ。

 

【……】

 

 それを握り締めて砕き──破片が響の闇に染まると同時に一本の刀へと変えた。さらに背中から生えたもう一本の結晶も同じ方法で刀に変え──ニヤリと笑みを浮かべてネフィリムに斬り込む。

 

【グオ!?】

【ガア!?】

 

 ザシュッと鮮血が舞い、肉を削ぎ落とされていくネフィリム。

 苦悶の声を上げるが、ネフィリムはカウンターの拳を響に叩き込む。

 太い腕により遠くへと殴り飛ばされた響の背に、さらに結晶が二本生える。

 しかし紫電が走ると結晶はボロリと崩れ去り、さらに響の手にある刀を崩そうとする。

 それを響は──邪魔をするなと憎悪の黒雷で紫電を打ち消し、さらなる結晶を翼のように生やして、羽から磁場を発生させて空を飛んだ。

 

 空高く飛び上がった響は、刀を眼前に突き出しそのまま体を高速回転。

 黒い雷を撒き散らしながらそのままドリルのようにネフィリムへと突進し──そのまま大きな風穴を空けて、辺り一帯に肉片を撒き散らした。

 

【──】

 

 絶叫を上げる事なく、コマチのように呆気なく、稼働停止に追い込まれたネフィリムは音を立てて倒れ込んだ。

 

【フー……! フー……!】

 

 しかし、響はまだ殺したりないのか、未だに殺意を滾らせてネフィリムの遺体へと飛び乗る。

 そしてそのまま──考えられるだけの暴力を繰り返した。

 殴る。蹴る。引っ掻く。噛み千切る。捻り切る。掴んで引き千切る。

 が、どれだけ痛みを与えようと、どれだけ怒ろうが──コマチは帰って来ない。

 

 その虚しさを埋める為に憎悪を滾らせ、悲しみを誤魔化す為に怒りの炎を燃やし、響は右腕に全エネルギーを集中させる。

 彼女の右腕を中心に力の渦が生まれ

 そして腕は闇より深く漆黒に、右腕以外は元に戻り覗かせた顔は、頬には血の涙が、口からはギリギリと歯を噛み締める音が鳴り響き。

 響は──全てをネフィリムに叩き込んだ。

 

「あああああああああああ!!!」

 

 悲しみの絶叫と共に。

 

 そして響を中心に閃光が走り──遅れて大爆発が起きた。

 

 

 ◆

 

 

 その場に居た皆が爆風に晒される中、キリカの元にナニカが飛んできた。

 キリカはそれをキャッチし、ウェルは彼女の手にある物を見て驚いた。

 

「それは──ネフィリムの心臓!」

 

 そしてもう一つは──卵だった。

 ほんのりと温かい。

 

「キリカくん。撤退しますよ」

「……でも博士」

 

 キリカが何を気にしているのか、ウェルは分かっていた。

 それでも尚、彼は撤退するように指示を出す。

 

「僕の野望を叶えてくれるんですよね? ──調くんの為に」

「っ……」

 

 ウェルの言葉にキリカの肩がピクリと跳ね上がる。

 ここで彼の言葉に従わなければどうなるのか。

 目の前の人間に情が移り、本当に大切な人を悲しませて良いのか。

 彼は言外にそう言い、キリカは悲しそうな顔をして──。

 

「……分かった、デス」

 

 痛みに耐えるように、悔しそうにしながらウェルに従った。

 それを見たウェルは穏やかな表情を浮かべて彼女の頭を撫でる。

 

「英断、感謝しますよ。流石は僕の最高傑作だ」

「……」

「悲しむ事はありません。君は僕の言う通りにすれば良いのです」

 

 しかしキリカは表情が暗いままで、それを見ていたセレナは激情に駆られ今にも飛び出しそうになっていた。

 

「おや? どうしたのですかセレナさん」

「──いえ、何でもありません」

 

 これでは飼い殺しだ。

 反吐が出る。

 その言葉を飲み込んで、セレナは目を伏せる。

 ──目的の為にはウェルの言動が正しいのだから。

 

 しかし、マリアだけはウェル達と別方向へと歩いていく。

 

「……姉さん?」

「先に帰ってなさい──すぐに追い付くから」

 

 マリアの言葉にセレナは不安そうにするが、振り向いた姉の顔を見て──ウェル達と共にこの場を去った。

 セレナは、彼女に言葉を掛ける事ができなかった。

 だって、先ほど振り向いたマリアの顔は──あの時、リッくん先輩を失った時と同じだったからだ。

 

 セレナ達が離脱するなか、翼たちは動かなかった──いや、動けなかった。

 失意のどん底に堕ち、響が復讐を為しても──胸の奥が晴れる事は無かった。

 

『……』

 

 それでも、マリアが響に近づくのを止めようとした。

 ……した、のだが。

 

「退きなさい」

『……』

「今のあなた達では──わたしを止められないわ」

 

 それだけ伝えるとマリアは彼女達の横を通り過ぎ、クレーターの底にいる響の元に向かう。

 彼女がマウントを取っていたネフィリムは先程の爆発で完全に消滅したらしい。

 それだけの怒りが響にあった。

 それだけの怒りを抱く程に──コマチが大切だった。

 

 マリアが響の前に立つ。

 膝を突き、俯いている彼女の顔は見えない。

 しかし、地面に絶えず落ちている水滴が、マリアに響が今どんな顔をしているのか、容易に想像させた。

 

「……──」

 

 口を開いたマリアが言葉を紡ごうとした瞬間──響が掴み掛かった。

 マリアはそれに抵抗せずそのまま押し倒され──頬に握り締められた拳が打ち込まれた。

 鈍い音が響き、マリアの頬に衝撃が伝わり、ポタリポタリと響の涙が落ちた。

 

「返せよ」

 

 響が殴る。

 

「返せよ……」

 

 しかしガングニールを纏っているマリアには効かない。

 

「返せよ……!」

 

 それでも響は殴り続ける。

 訴え続ける。

 

「返せよぉっ!!!!!」

 

 殴る。殴る。……殴り続ける。

 コマチと繋いでいた手を握り締めて、大切な人との温もりを感じていた手で。

 目の前に居る許せない相手に、冷え切った心で手を握り締めて叩き付ける。

 

「言い訳じゃ無いけど、アレはわたし達も予想外の出来事だった」

「そんな言い訳ぇ!」

「事実よ──でも、あなたのそれは八つ当たりでは無い」

「そんな事──」

 

 パシリと響の拳が受け止められる。

 グイッと持ち上げられ、マリアが立ち上がり、宙吊りになった響は、目の前の女を睨み続けた。それをマリアは真っ直ぐな目で見つめた。

 

 ──それが、誰かを助けようとしているコマチに似ていて、響は怒りの表情から悲しみの表情へと変わり、泣いた。

 

「なんで……」

「……」

「なんで、わたしから奪うの……! なんで、わたしの日陰を奪ったの……!」

 

 心が、折り砕けた。

 

「わたしは、ただアイツと一緒に居たかっただけなんだ」

 

 涙が流れ続ける。

 

「ただ馬鹿みたいに遊んで、美味しい物食べて」

 

 言葉から紡がれるのは、もう叶えられないささやかな願い。

 

「そして最後は一緒にあったかい布団で、幸せな夢を見る──それだけが、わたしの!!」

 

 その願いは──永遠に絶たれた。

 

「ねぇ……お願い」

 

 マリアが響の手を離し、しかし彼女は縋り付く。

 

「返して……」

 

 涙を流しながら、心を震わせながら。

 

「返してよぉ……」

 

 マリアに懇願した。

 

 それをマリアは──。

 

「できないわ」

 

 力強く、響の言葉を拒絶した。

 

「わたしにそんな力は無い……いえ、あったとしても無理でしょうね」

 

 マリアの言葉が、紡がれる。

 響にとって耐え難い厳しく、強く、真っ直ぐな言葉を。

 

「わたしはあなたの敵だから」

 

 同じ痛みを知る敵同士。

 

「だから謝らない。許して欲しいとも思わない。可哀想だと思ってはいけない」

 

 歩み寄る事は不可能だと、彼女は言う。

 

「わたしにできる事はない──」

「っ──ぁああああ!!」

 

 響が泣き叫び、握った拳を目の前の敵に振り翳し──ギアと波導の力を解いたマリアの頬に叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 幼い姿のマリアは吹き飛び地面に倒れ伏す。

 口の端から血が流れ、腫れ上がり──響が傷付けたのだと明確に表していた。

 

「ぁ──」

「っ──それが、復讐、よ……」

 

 痛みに耐えながらマリアは立ち上がり、響を強く見据えながら言った。

 

「あなたにはその権限がある──でも、忘れないで。()()が殴るという事。復讐だという事──彼が最も望んでいない事」

「──」

「それを、その痛みを」

 

 マリアはギュッと胸を握り締めながら。

 

「我慢しながら、抱えながら、進むしかない事を覚えておいて──もう支えてくれる人は居ない事もね」

 

 それだけを伝えるとマリアは再びギアと波導を纏い大人の姿になると、最後に響を振り返って──その場を去った。

 

 

 ◆

 

 

「響くん!」

 

 二課のスタッフと共にカ・ディンギル跡地にやって来た弦十郎。

 彼は他の者に翼達を頼むといの一番に響の元に向かった。

 暴走したというのもあるが、やはり一番精神的に不安定だと判断したのだろう。

 呆然とマリアが去った方向を見続ける響の前に立ち、彼女の肩に触れて強く揺さぶると、ようやく彼の方へ向かった。

 

「……げんじゅろーさん」

 

 覚束ない口調で彼を呼ぶ。

 そんな彼女を痛まし気に見ながら、なんだ? と優しく力強く尋ねる。

 

「こまちは、どこですか?」

「──」

「さっきからさがしているんですけど、いないんです」

 

 キョロキョロと不思議そうにコマチを探す響。

 

「まったく、しかたないやつですね。わたしがいないとダメだ。はなれたらわるいやつにつかまる──」

「響くん……アカシア、いやコマチくんは──」

「──あぁ、そっか。喰われたんでしたっけ」

 

 響が弦十郎の手を払い除けて、クレーターを駆け上がる。それを慌てて弦十郎が追い、彼女は地上に出ると叫んだ。

 

「──コマチィ! 出て来なさい!」

「響くん……!」

「あんた、また何かやらかしてて、このタイミング利用して隠れているんでしょ!? ほら、今出て来たら怒らないから!」

 

 支離滅裂だった。

 響は──精神崩壊を起こしかけていた。

 

「響くん……彼は、もう」

「うるさい! アイツはわたしと約束したんだ! ずっと側に居るって! そう言って助けてくれた! だから今も──」

「響くん」

「コマチ! いい加減にしないと怒るよ! コマチー!」

「響くん……!」

「ねぇ、お願いだからさ、コマチ……コマ──」

「響くん!」

 

 ピタリと響が叫ぶのが止まり、振り返って弦十郎を睨み付けた。

 邪魔をするなと。現実を突き付けるなと。これ以上わたしを悲しませるなと。

 

「うるさい! あいつは絶対帰ってくる!」

「……」

「ああそうだ! ボール! ほらフィーネが作ったあの装置! これだけ探しても居ないって事はそこに居るんだ! 二課にあるんでしょ? コマチはそこに──」

「響くん」

「……」

 

 たしかに二課にコマチの制御装置はある。しかし肝心の記憶をセーブする機能が無い。

 そもそもアレを作れるのは、記憶をセーブする制御装置はフィーネだけであり、それもあの戦いの後、コマチが復活と同時に失われた。

 

 そして、二課にあるその制御装置にコマチは戻らなかった。

 

 加えて──響にとって更なる絶望する情報があった。

 

 弦十郎の元に通信が入る──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『風鳴司令。やはり見つかりませんでした、アカシアの反応は。前回の誘拐に備えて、フィーネが残したデータから作り上げた探知機能にありませんでした。影すらも』

「!? 馬鹿者! 今すぐ口を──」

『これでは確定していますね、彼の死は。そしておそらく復活しても無いでしょう──コマチとしての記憶が』

 

 報告は終わりです、と告げてそのオペレーターからの通信が途絶える。

 

「おい待て! お前は何を考えている! そもそも本当に二課の者か!? くそ! 友里、先程のオペレーターは──」

「──そっかぁ。コマチは本当に死んだんだぁ」

「──っ! 響くん! 気をしっかりと持て! 響くん! 響くん!」

 

 コマチは死んだ。

 あまりにも重く、背負い切れない事実が響にのし掛かった。

 

 弦十郎の必死の呼び掛けが続く中。

 

 響は──目の前が、真っ暗になった。

 



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第十話「回帰──忘れたあの想いをもう一度」

「本当、よく生きていられるよね〜?」

「知らないの? 特異災害保険って言って、ノイズに襲われて怪我すればお金が貰えるらしいよ?」

「えー……あの子そこまでしてお金が欲しいの?」

「信じられないよね? 人殺してまで」

「人殺し……」

「金の亡者……」

「なんでアナタが生きてるの?」

「お前が死ねば良かった」

 

 ──アイツと出会って、もう見なくなった夢。

 わたしの目の前には、地獄が広がっていた。

 わたしを苦しめた人が、わたしを苦しめる言葉を吐き続けている。

 わたしは、ただ生きるのを諦めなかっただけだ。それなのに、彼女たちはそれを認めてくれなかった。

 心がクシャクシャになって、耐えられなくて──家族をめちゃくちゃにして壊した。

 

 わたしは、自分の家から飛び出した。

 それでも人の悪意がわたしに纏わり付き、足が縺れ、黒い炎がこの身を焼き尽くさんと蝕んでいく。

 

 助けて、と手を差し伸ばして何かに触れる。

 心地良い温もり。

 グイッと炎から引っ張り出され、わたしの前に居たのは……。

 

「コマチ!」

 

 やっぱりコマチはわたしの日陰だ。

 苦しい時に助けてくれる。

 ほら、今だっていつもの笑顔で──。

 

 あれ? なんで──そんなにホッとした顔をしているの? 

 なんでいつもの笑顔じゃないの? 

 なんで──そんなに申し訳なさそうな、悲しい顔をしているの? 

 

 コマチが、トンッとわたしの胸を押す。

 決して強くない、それどころか優しい衝撃に、何故かわたしは抗えず後ろへと退がる。

 

 ダメだ。

 

 行っちゃダメだ! 

 

「コマ──」

 

 手を伸ばそうとして。

 

【グチャリ】

 

 目の前でコマチは──喰われた。

 血飛沫が撒き散らされ、頬に生暖かいモノが触れる。

 それにそっと触れて、自分の手を見て──。

 

「──あ」

 

 この手は、何処までも呪われているのだと──改めて気付かされた。

 

 ──わたしが、コマチを殺したんだ。

 

 

 第十話「回帰──忘れたあの想いをもう一度」

 

 

「──何だよこれ」

 

 コマチを失い失意の底にいる二課の装者たち。

 本来なら療養して貰いたいところだが──そうも言っていられなくなった。

 弦十郎も初めは、今の彼女たちに言うつもりは無かった──しかし、間が悪く聞かれてしまい、問い詰められ、話す事となった。

 

 弦十郎が貼り付けたのは、響のカルテ。

 そこに映し出されているのは──全身を蝕むガングニール。

 シンフォギアとして纏うためにエネルギー化と再構成をした結果だ。

 

「なんで……!? 今までこんな事!」

「──響くんは、戦う時かつての光彦くんの力を使っていただろう?」

「……ああ」

 

 弦十郎の問いに、奏が胸元を握り締めながら答えた。

 今回の事で嫌でも思い出す──あの日のライブの事を。

 大切な家族を喪失し、胸に残った力。

 響は、奏と同じ状態になっている。……痛い程、彼女の苦しみが分かる。

 

「響くんのあの力はシンフォギアに干渉する力と思われていたが──正しくは聖遺物に作用する」

「聖遺物……」

 

 翼は、初めて響と戦った日の事を思い出していた。紫電を纏った拳であっさりと剣が砕かれ、意識を刈り取られていた事を。

 今のいままで弦十郎の言うようにシンフォギアに干渉し機能不全を起こさせていたのだと思っていたが──。

 

「響くんは、ずっと前からガングニールを纏っていた……それも何度か暴走して。しかしその後、今回のような侵食は見られていない──それは、彼の力がガングニールの侵食を阻んでいたからだ」

 

 先ほどの戦いの際にも、紫電は響の体から突き破って生えた結晶を打ち消していた。

 まるで響を守るように──否、実際に守っていた。

 彼女を化け物にしないように。

 ただの少女のままで居させる為に。

 しかしその力も響の憎悪で抑制されてしまった。その結果、響の激情と暴走により一気に侵食が進み──現在に至る。

 

「そんな……! だったら、このままだと響は!?」

 

 聖遺物との融合など、ろくな事にならないと誰もが分かっていた。

 クリスの悲鳴に弦十郎は顔をしかめ……血を吐くように言った。

 

「このまま融合が進めば──響くんは死ぬ」

「──そんな」

「そうでなくてもこのまま融合状態が続けば、それは果たして人として生きていると言えるかどうか──」

 

 

 

「──関係、ない……!」

 

 バッと弦十郎たちが会話に割り込んだ声へと振り返る。

 そこには、肩で息をし、目を血走らせた響がいた。

 彼女の名を呼び、響の元へと駆け寄る三人。

 しかし彼女はそれを無視し弦十郎の前に立つと言い放った。

 

「ここから出して」

「……何をする気だ」

「決まっている」

 

 ──アイツら全員殺しに行くんだ。

 

「っ……!」

 

 やはりか、と苦い表情をする弦十郎。

 この部屋に入ってきた彼女の目は──闇よりも昏く、ドロリとした憎悪が渦巻いていた。

 クリスたちも響の言葉に目を見開き、しかしすぐに止めるべく口を開いた。

 

「響! そんな事しても意味がない!」

「そうだ。──光彦はそんな事望まないんだ」

「思い出して……コマチの優しさを。アナタがその道を歩めばどんな顔するか……」

 

「うるさい!!」

 

 だが──彼女たちの言葉は届かなかった。

 

「止めるのか? このわたしを!」

 

 振り返った響の目を見て──全員息を呑んだ。

 そこには──何も映っていなかった。

 仲間の筈である奏たちの事が見えておらず、彼女を想った声が耳に入らず、憎悪がグルグルと廻り続けていた。

 

「意味がない? あるさ、アイツらを殺せばコマチが浮かばれる! この感情も晴れる! 

 

 コマチが望んでいない? そんな事はない! 死ぬ瞬間痛かった筈だ! 怖かった筈だ! だったらそれ以上の痛みと恐怖を与えてやる!」

 

 ツヴァイウィングの二人の言葉を否定し。

 

「アナタたちは慣れているからそんな綺麗事が言えるんだ!」

「っ! なんだとテメェ! もう一回言ってみろ!」

「やめろ翼! 響も言い過ぎだ! あたしたちだって……!」

 

 慣れるわけがない。大切な人との別れなど。

 それが分からない響ではない、のだが──。

 

「響! そんな言い方──」

「──お前が言うのか?」

「──え?」

 

 しかし今の彼女は冷静ではなかった。

 

「思い出してだと? アイツの優しさを? 

 この道を歩けばどんな顔をするかだと? 

 ──かつて、わたしからアイツを奪ったお前が、それを言うのか……!?」

「──」

「それはお前が一番分かっているのじゃないのか!? 言ってみろ雪音クリス!!」

「ちが、わたしは、そんなつもりじゃ」

 

 響の剣幕に、言葉に、クリスは顔を青褪めて、体を震わせて、しかし答える事ができなかった。

 なぜなら、響の言っている事は悲しい程に的を得ており、クリスの忘れてはならない罪だからだ。

 

「いい加減にしろ!」

 

 それに翼がついに切れ、響に掴みかかった。

 

「お前がやっている事はただの八つ当たりだ! そんな事してもどうにもならないんだよ! ──死んだ奴は、生き返らないんだよ!」

 

 翼の脳裏に一人の女性が浮かび上がる。

 

「それでも! 残された側は必死に生きていかないといけないんだ! 辛くても! 苦しくても! それが助けられた側の、託された側の義務だ!」

「──」

 

 翼の真っ直ぐな言葉に、真っ直ぐな眼差しに、ギリッと響は奥歯を噛み締める。

 胸の奥がざわつき、目の奥がチカチカし、漏れ出る息が熱くなる。

 

「響くん」

 

 そんな彼女に、弦十郎が司令として、大人として、響を止める為に想いを告げる。

 

「君の気持ちは、痛みは、分かっている筈だ──故に君を此処から出す訳には行かない」

「っ!! なんで!?」

「今の君を送り出せば、俺たちが──いや、君自身が後悔する」

 

 ポンッと響の肩に手を置く弦十郎。

 

「君は休むんだ。いや、もう戦わない方が良い。もし君に何かあったら俺たちは彼に──」

「……分かった」

 

 俯いた響が頷いた。

 それに弦十郎がホッと息を吐いた。危ういかと思っていたが、仲間との時間が彼女を引き止める事ができたのだと、彼は安心した。

 

「もう、いいよ……」

 

 しかしそれは。

 

「響くん?」

 

 彼の甘さが招いた──誤ちだった。

 バチンッと黒雷が弦十郎を襲い、彼は膝をガクガクと震わせながら踏ん張る。

 しかしそれ以上は無理だった。

 弦十郎はまともに動く事ができず顔を上げて──能面のように無表情の響を視界に捉えた。

 

「アイツを守れない此処は要らない」

 

 黒雷が響に纏わり付くように迸り、黒ずんだ黄色い結晶が彼女の体を包み込んでいく。

 

「アイツらを殺せない此処は捨ててやる」

 

 バキバキと結晶が砕け散りながら、歪にギアを作り上げていく。

 

「わたしは一人で行く」

 

 まるで悲鳴を上げるかのようにギアがギチギチと音を立てて、響の肉体を蝕んでいき──。

 

「いや──独りが良い」

 

 彼女は、かつての響へと戻って行く。

 翳り、闇に落ち、昏く、暗く──。

 

「──ダメ!」

 

 それをクリスが止める。

 響にしがみ付き、この場から離さないようにするが……。

 

(っ! 何これ、熱い……!?)

 

 ジュッと肉の焼ける音がし、クリスの白い肌が赤くなり、火傷を負う。

 ガングニールとの融合によって生じたエネルギーが熱となって表に現れた結果だ。

 このままではクリスに傷痕がつくのだろう。

 しかしクリスは放さなかった。

 また失うのは──嫌だったから。

 それを響は──。

 

「……」

 

 一瞬目尻を下げ──しかしすぐに目つきを元に戻すとクリスの腹に拳を叩きつけた。

 

「カハ……!?」

「クリス!?」

 

 生身でギアを纏った響の拳を受けたクリスは、肺の中の息を全て吐いて倒れ伏した。それを見た翼が急いで駆け寄り抱き起こす。

 それを横目に響が歩き去り。

 

「響」

 

 彼女の前に奏が立ち塞がり──拳を思いっきり叩きつけた。

 しかし響はびくともせず、それどころか奏の拳から嫌な音が響きタラリと血が垂れてポタポタと床を赤く染める。

 ゆっくりと拳を離すと、響の頬は奏の血で赤く染まっていた。

 

「これで目を覚ませ……!」

 

 奏は、懇願するかのように言葉を吐いた。

 これ以上仲間が傷付くのも、仲間が仲間を傷付けるのも見たくなかった。

 そして響を絶対に独りにしたくなかった。

 故に拳を持って説得するが。

 

「目なら、とっくに覚めてるよ」

 

 今の彼女には届かない。

 

「結局わたしは呪われている。その事に気付いた」

「何を言って」

「わたしが呪われているから、コマチは死んだ」

 

 楽しい言葉を交わす相手も、手を繋ぎたい相手も、この呪いで殺してしまった。壊してしまった。あの日のように。

 

「もう、わたしの事は放っておいて」

「待て……おい響!」

「ひび、き……くん……!」

 

 さよなら──わたしの温かい場所。

 

 

 

 こうして響は二課から離脱し──それを知った日本政府は立花響の拘束を命じた。

 

 

 危険因子として……。

 

 

 ◆

 

 

「成長したネフィリムの心臓を得たのは幸福でしたね。当初の予定とは違いますが、このまま作戦を進めましょう」

 

 淡々とウェルが言葉を紡ぎ、それをナスターシャとセレナが厳しい視線を向ける。

 その視線に気付いているウェルは深く深くため息を吐き、問いかけた。

 

「まだ疑っているのですか? あれは僕の策略だと」

「当然です! だってアナタは野望があるって!」

「野望があったら人間みんな悪いことするんですか〜? もう少し感情論ではなく、理論的に発言してくださいよ!」

「〜〜〜」

 

 セレナ、何も言い返せず顔を真っ赤にさせる。

 根が優しい彼女に口論など土台無理な話であった。

 そんな彼女をウェルが鼻で笑い、さらにセレナが怒る。

 

「では、私から」

 

 そこにナスターシャが切り込んだ。

 彼女の鋭い両眼が、ウェルを突き刺す。

 

「元々意志があり制御の難しいアカシアと、暴走はしますが機械的制御ができるネフィリム。合理的に物事を進めるアナタならどちらを選びますか?」

「もちろんネフィリムです」

「ほら!」

「でも知らないんですよね〜。それはあくまで状況的に見た可能性。証拠も何もありません。そもそもネフィリムを持ち出し、計画に使うと決めたのは貴方方ではありませんか?」

 

 ぐっと言葉に詰まるセレナとは対称的に、ナスターシャはそれこそが証拠だと言う。

 

「どういう事です?」

「アナタはアカシア制御装置を持っていた。だからこそ彼を使う作戦を立案した──しかし」

 

 ギロリと彼女がウェルを睨む。

 

「アナタの、我々の目的とは別の目的を達成する為の前準備と考えたら……?」

 

 ナスターシャの推測にセレナがハッとする。

 思えばウェルが参加してから全ての筋書きが彼の言う通りだ。

 そこに不安要素に見せかけたテコ入れをして、自分にとって有利に進める事など──。

 

「買い被りすぎですよ。僕にそんな大それた事はできません」

 

 ナスターシャの推測を否定するウェル。

 しかし、ただ……とウェルは一言添えて。

 

「ネフィリムを使うのに策略を企てるというのは──僕もそう思います」

「……私がそうだと?」

「いえいえ。貴女ではありませんよ」

 

 もっと別の方です、とウェルはそう吐き捨てた。

 

 

「そういえば、そちらのマリアさんは? それにあの卵も」

「あの子は卵と一緒に部屋に居ます」

 

 へぇ、とウェルが笑った。

 

「それはそれは──」

 

 なんとも微笑ましいですね、と呟いた。

 セレナはそんな彼に肩を震わせる。

 

 ちなみにキリカは先に調の居るアジトへと帰らせられている。

 

 

 ◆

 

 

 マリアは歌を歌っていた。

 妹とよく歌っていた故郷の歌を。

 そして、彼との思い出の歌を。

 

 戦場にいる時とは打って変わって、穏やかに、ただの優しいマリアが、大好きな歌を歌っていた。

 

「……」

 

 歌い終わったマリアは、膝の上に乗せた卵を優しく撫でる。

 ほのかに温かく、時折揺れ動いている。

 特に、先ほどAppleを歌っていた時は、歌に合わせて動いているように思えた。

 

「ふふ……」

 

 マリアは思わず笑ってしまった──昔を思い出して。

 

「この歌好きだったものね……記憶を失っても、歌が好きなのは変わらないのね──リッくん先輩」

 

 マリアは卵を優しく抱えながらベッドで横になり、腕の中の温もりを感じながら目を閉じ──遠い日の事を夢で見始めた。

 

 

 ◆

 

 

 そして、同時刻。

 その日は雨が降り続いていた。

 響は自分が濡れるのも構わず、灰色の空を見上げていた。

 

「コマチと会ったのも、こんな感じな雨が降っていたっけ……」

 

 響は、コマチと初めて出会った裏路地に来ていた。

 此処に来ればコマチと会える──とは思っていない。

 ただ、自分の起源を思い出せると思ったからだ。

 孤独で戦うあの日々の事を。

 全てに怒り、復讐にのめり込んでいた日々の事を。

 

 そして思い出す──失われた日陰。

 

「……」

 

 ──ジリリリリリリリーーン……! 

 

 彼女にとって耳障りな、しかし待ち望んでいた音が響く。

 響はすぐに現れた固定電話を手に取り、叫んだ。

 

「協力しろ、ヒトデナシ……!」

『挨拶も無しかい? 久しぶりなのに。語ろうじゃないか、存分に』

「うるさい黙れ。お前はわたしに手を貸すだけで良い」

『ふむ……ちなみに聞いても良いかな? 君の目的を。面倒だからね、認識のすれ違いは』

「決まっている……!」

 

 響は──かつてと同じ言葉を協力者に伝えた。

 

「復讐だ……! わたしから大切な物を奪ったアイツに!」

 

 それに対してヒトデナシも愉快に、爽快に、面白そうにこう答える。

 

『楽しみだね、君がこれから踊るのは。見せてもらうよ、特等席でね』

 

 禁断の果実に触れた者の末路は──果たして。

 



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第十一話「勇者──しかし彼女達にとってはただの優しい先輩」

あおい安室さんから素晴らしいモノを貰いました!


【挿絵表示】


他にもパワプロ風の絵も描かれています!

https://twitter.com/aoiamuro/status/1348226423153061888?s=21


 これは、遠い昔のお話。

 

 

「此処に居ましたか、リオル」

『ナターシャ?』

「ナスターシャ、です。何度間違えるんですか」

 

 FISの研究施設に、それは居た。

 完全聖遺物キマイラ。

 過去に捕らえた際にありとあらゆる聖遺物と融合させその能力の拡張に成功し、しかし一時逃げられてしまう。

 しかし再び彼らの前に現れ、特に抵抗される事なく確保する事ができた。

 

 ネフィリムとはまた違う自立型聖遺物。

 その聖遺物である彼は、窓から覗ける外を見上げており、そこにナスターシャが二人の子どもを連れてやって来た。

 

『その子達は?』

「レセプターチルドレンです。この子達もまた、フィーネの魂を宿す可能性を秘めています」

 

 ナスターシャの言葉に──リオルは唾を吐いた。

 

『幼い子どもを連れて来て実験動物扱い。気に食わないな』

「……」

『ナスターシャ……此処の奴らはいつまでこんな事を続けるんだ? 大人がイタズラに子どもを傷付けて──俺はそれが許せない』

 

 険しい顔でギュッと拳を握るリオル。

 しかし今の彼には制御装置が付けられ、さらに施設を分けられる事により下手な行動はできなくなっていた。

 

 無力感。

 それに苛まれている彼は、半ば八つ当たり気味にナスターシャに言葉をぶつけた。

 彼女に喰って掛からないのは、ナスターシャの真意を知っているからだろう。

 リオルは視線を外から二人の少女へと向ける。視線を向けられた二人はピクリと体を震わせてナスターシャの影に隠れる。

 

『……孤児か?』

「えぇ……彼女達の両親は」

 

 ナスターシャはそれ以上の言葉は続けなかった。リオルが視線で言うなと強く訴えた為に。

 リオルは二人に近付き、にこやかに笑みを浮かべながら手を差し出す。

 

『初めまして。俺はリオル。君達の先輩だ──俺は君達を歓迎しよう』

 

 身長はリオルの方が低い為、自然と見上げる形になる。

 しかし堂々とした佇まいに彼女達は気圧され──。

 

『か、かわいい……!』

『……は?』

 

 ……る事なく、リオルに目を輝かせて飛び付き無遠慮にペタペタと触り出した。

 

「お人形さんみたい!」

『人形じゃない、生きてる! だから耳を引っ張るな!』

「リオルだから……リッくん! アナタは今日からリッくんね!」

『リっくん!? いや、さっきも言ったけど俺は君達の先輩だから! だから……』

「じゃあリッくん先輩!」

「姉さんそれ可愛い!」

『ちょ!?』

 

 一気に打ち解けた三人を、ナスターシャが微笑まし気に見ていた。

 やはり子どもは笑っている方が良い。

 リオルに険しい表情は似合わない。

 

 できるのなら、彼らに少しでも幸福が訪れて欲しいと彼女は思った。

 

『助けてナターシャ〜!』

 

 

 第十一話「勇者──しかし彼女達にとってはただの優しい先輩」

 

 

 

 マリアとセレナはあっという間にリオルに懐いた。周りの大人が厳しく冷たい者ばかりで、同じ立場の子どもたちも何処か暗かった。

 だからいつも優しく笑顔にしてくれる彼の事を大好きになるのに、時間はかからなかった。

 

 反対に、マリア達以外の子ども達は、リオルから遠去かる。

 嫉妬ではなく、未知への恐怖と諦め、そして大人達の態度から。

 リオルは同じ実験体にも関わらずある程度自由が認められている。それは、大人達がリオルに下手に逆らえば命が無く、まだ彼の要望に応えれば実験に素直に従ってくれるから。

 それを知らない子ども達は、リオルと関われば同じように見られてしまうと、彼を拒絶した。

 

 異端は、排除される。

 

 だからこそ、マリアとセレナの存在は大人達にとって予想外のものだった。

 今までの実験と別のデータが取れると判断し、彼女達はリオルと一緒に居る時間が増やされた。

 

 その事を知ってるリオルは複雑に思いながらも、彼女達のことを大切にした。

 

「見てリッくん先輩〜。絵を描いたんだ!」

『ほう。セレナは絵が上手だな。これは……俺とナターシャとセレナとマリア。それに……』

「うん! 今はみんな仲良くなれないけど、いつかは!」

 

 その絵には、たくさんの子ども達がリオルに集まり笑顔を浮かべていた。

 とても優しい光景にリオルは嬉しいそうに笑い、背伸びしてセレナの頭を優しく撫でた。

 

「わ、わ!?」

『セレナは本当に優しいな──ありがとう』

「? どういたしまして!」

 

 この日、リオルに一つ宝物が追加された。

 

 

 ◆

 

 

 数年が経った。

 

「ふっ! はっ! てやぁ!」

『もっと踏ん張るんだマリア! そして心を乱すな!』

 

 訓練室にて、マリアがリオルに稽古をつけて貰っていた。

 年齢を重ねて、身長も体重もマリアの方が勝っているのだが、リオルは彼女の拳や蹴りを尽く払い落とし、そして回避していく。

 

「っ、なんで当たらないの……!? 目隠ししているのに!」

 

 さらにマリアの言う通り、リオルは布で目元を覆い視覚情報を遮断した状態で彼女の攻撃に対処していた。

 ハンデを物としないその動きに次第にマリアは焦り。

 

『はい』

「あっ……」

 

 スパンッと綺麗に足払いが決められ、体勢を崩したマリアはそのまま倒れ込み──しかしその前に背中と膝裏に手を差し伸ばされ支えられる。

 痛みに備えて思わず閉じていた目を開くと、マリアの視界にはこちらを優しく見守るリオルの姿が。

 

『大丈夫か?』

「……えぇ」

 

 頬を赤く染め上げながらプイッと顔を背け、そんな彼女に苦笑しながらリオルはソッとマリアを下ろす。

 若干名残惜しそうにしているマリアだったが、すぐに表情に影を落としてため息を吐く。

 

「リッくん先輩みたいに強くなりたいけど……そう簡単にはいかないわね」

『強い? 俺が? ──ははははは! 俺が強いか!』

 

 何気ない一言だったが、リオルにとってはそうではなかったらしくひとしきり笑って──悲しい表情を浮かべながら言った。

 

『俺は強くなんか無いよ。ずっと弱いままだ』

「弱い? アナタが?」

 

 リオルの言葉を聞いてマリアは信じられない気持ちだった。

 何故なら、彼女にとってリオルは尊敬する相手で、目指している者で、憧れで──大好きな先輩だからだ。

 だから、彼が自分を弱いと言っている事が、我慢ならなかった。

 

「アナタは強いわ! わたしやセレナ、マムだけではなく、たくさんの人を守っている! それはアナタが強いから──」

『マリア。そこは勘違いしてはいけない』

 

 興奮するマリアを、リオルが止める。

 

『強いから守るのと、守れるから強いのは違うんだ』

「……意味がよく分からないわ」

『俺もだ。……ただ、人にはそれぞれの強さと、弱さがある』

 

 ギュッと握り締めて己の拳を見つめるリオル。

 その目には果たして何が映っているのだろうか。

 守ってきた命か、それとも──。

 

『腕っ節が強いだけじゃ全ては守れない。だからといって力が無ければできることも限られてくる。

 俺はまだ弱い。弱いから強くなれる。成長できる。進化できる──そう信じている』

「弱いから、強くなれる……」

 

 その言葉を聞き、マリアは胸の奥が熱くなり──深く刻み込まれた。

 

『お、良い顔になったな──組み手続けるか?』

「──うん! お願い!」

 

 今度は、リオルもヒヤッとするほどマリアは絶好調だった。

 

 

 ◆

 

 

「やはり機械での完全聖遺物の制御は無理か!?」

「このままでは……!」

 

 暴走したネフィリムにより、基地は崩壊の危機に瀕していた。

 それを不安そうに見ているマリアとセレナ。

 ナスターシャは他の研究員と共になんとか対処しようとしているが、それも無駄だろう。

 

 このままでは皆死ぬ。

 

 それを許せないと思ったからこそ──リオルは、その力を手に入れた。

 

 光に包まれ、体が大きくなり、身に宿す波導が比べ物にならない程、爆発的な増大する。

 

「──ルゥオオオオオオオ!!」

 

 守る者のために立ち上がったのは、波導の勇者ルカリオ。

 鋼の如き堅い意志と鍛え抜かれた闘志を待つ戦士の名だ。

 

【グオオオオオオオオオオ!!】

 

 リオル──否、ルカリオの波導を感じたのか、雄叫びを上げる完全聖遺物ネフィリム。

 このまま放っておけば、この研究施設にいる皆が、彼の事を恐れていた子ども達も、ナスターシャも、マリアもセレナも──全員コイツに喰い殺される。

 

 それは……嫌だな、とルカリオは強く思った。

 

「リっくん先輩……?」

 

 親しみと敬意が混ざった結果妙な呼ばれ方をされたながらも、今では気に入っている呼び名に彼は優しい笑みを浮かべた。

 それと同時に、こう呼ばれるのも、これが最後なのかもしれないと思い寂しく思った。

 

 大きくなった腕を伸ばし、ルカリオを茫然と見上げるセレナの頭を撫でる。

 

『アイツは絶対に止めるから、これからも姉妹仲良く元気でいてくれ』

「なんでそんな事言うの──待って! 行かないで!」

 

 静止の声を振り切って、彼はネフィリムの前に飛び出した。

 最後にチラリと後ろを見た際、セレナは泣いていた。

 そして、そんな姉妹の隣で、マリアは覚悟を決めた顔でルカリオを──先輩を見据えていた。

 ……止めても来るんだろうな、とルカリオは苦笑する。

 

 彼はネフィリムの前に立ち、構える。それと同時に──背後から歌が聞こえた。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 そして、隣にアガートラムのギアを纏ったマリアが降り立った。

 その力で、何処か懐かしさを感じるその力で、ネフィリムを止めるつもり──ではなく。

 

 ただ大好きな先輩の隣に立ち、共に戦いたい。

 そして弱さも強さも共に背負いたいと思ってこの場に立っていた。

 それが分かっていながら、ルカリオは彼女を止める事ができなかった。

 

 ──無理はして欲しくない。

 ──だが、止まらないのなら。

 ──先輩が頑張るしかないだろう……! 

 

『説教は後だ──行くぞ』

「うん」

 

 スーッと深く息を吸い──力を解放させる。

 そして──。

 

『──波導は、我にあり』

 

 ──基地が大きく揺れた。

 

 

 そして。

 

「姉さん……姉さん!!」

 

 片腕を失ったルカリオと、絶唱を歌いなんとかネフィリムを基底状態に戻したものの、命の灯火が消えかけているマリアが、戦場に残された。

 

「くそ、せっかく起動したネフィリムが!」

「キマイラもやばいぞ。このままだと」

「面倒な事をしやがって。装者を見つけるのも大変なのに、無駄に命を使って」

 

 そして投げ掛けられるのはどこまでも冷たい大人達の言葉。

 セレナは振り返って泣きながら叫んだ。

 

「なんでそんな事を言うの!? リッくん先輩も! 姉さんも! アナタ達を助ける為に……それを!」

『よせ、セレナ』

 

 そんなセレナを血塗れのルカリオが止めた。

 体に走る痛みに悶えながら、しかし目の前の少女の胸の痛みを受け止めようとしている。

 

「でも!」

『こういう事は、よくある。例え守ったとしても感謝されない……それどころか何故助けてきたと掴み掛かってくる人だっているんだ』

「……っ」

『そしてマリアもその事を分かっていた』

 

 故にこのまま彼らが息絶えようとも──この残酷な世界から見れば当然の事。

 人は、人を傷付けてしまう。

 そして傷付けまいとすれば、己が傷付く。

 

 痛みが人と人を繋ぐ。

 

 正しいとは言い切れないが、間違っているとも言い切れない。

 

 だからここでマリアが死ぬのも──もしかしたら世界が望んだ事なのかもしれない。

 

『──だとしても!』

 

 それでも彼は──手を伸ばし、人と手を繋ぐ事を諦めない。

 

『マリアだけは助けてみせる!』

「リッくん先輩……?」

『これは、俺の我がままだ! 彼女にこれからももっと世界を、未来を──輝く明日を見て欲しいという、俺の我がままだ!』

 

 ルカリオの残っている腕がマリアの胸に触れる。

 

『波導最大──生きるのを諦めるな、マリア!!』

 

 彼らを中心に、基地の瓦礫を吹き飛ばすほどの波導が荒れ狂い、そして──。

 

 

 

「ここは……?」

 

 目覚めたマリアの体は──幼く、縮んでいた。

 マリアの命が尽きかけた事。ルカリオも瀕死状態だった事もあり、彼女が問題なく生命活動ができる肉体年齢まで圧縮した事により起きた事象。

 

 そして。

 

「これは……」

 

 マリアの視界に揺らめく蒼い炎のようなモノが見えた。

 それは、波導だった。

 生きとし生きる者全てが持つ生命エネルギー。

 それを彼女は継承していた。

 

 しかし。

 

 それよりも。

 

「あああ……ああああああ──!!」

『泣くなよセレナ。……俺も悲しくなる』

 

 泣き叫びながらセレナに抱き付かれ、徐々に体が消えていくルカリオから──目が離せなかった。

 マリアは起き上がるなり駆け出して、しかし体が縮んだことにより足を縺れさせて、ルカリオの前で転んだ。

 それを驚いた表情で見ていたルカリオが、心配そうに彼女の名を呼ぶ。

 

『大丈夫か、マリア?』

「……大丈夫、じゃない」

 

 マリアの頬に一筋の涙が描かれ、しかしそれは次々と流れていく。

 

「大丈夫じゃないわよ! アナタが!」

『……まぁ、そうだな』

 

 困ったように笑いながらそう言う彼に、彼女は喰ってかかる。

 

「どうして! どうしてなの! どうしてアナタが……リッくん先輩が……!」

『……どうしてと言われても、決まっているじゃないか』

 

 セレナを撫でていた手を離して、マリアの頭に手を乗せるルカリオ。

 ネフィリムに喰われた際、吸収されない為に自爆させたが──その事を彼は少し後悔した。

 もう泣いている二人を、同時に頭を撫でてあげる事も、抱き締める事もできやしない。

 それでもこの胸に抱いた想いは伝える事ができる。

 

『マリア……セレナ……そして、ナターシャ』

 

 彼は泣いている二人と、必死になって駆け付けたのであろう息を乱したナスターシャを見て、最期の言葉を送った。

 

『俺は君達の事が大好きだ。大切だった。失いたくなかった。──だから、俺はこの選択を取り続ける』

 

 彼は幾千年も前から、続けていた。

 

『その為ならこの命惜しくない』

 

 その時、その時代の大切な人を守る為、救う為に。

 

『許せとは言わない。残していく君達に』

 

 そして最期は、涙を流して──別れる。

 

『だから──ありがとう。俺に、君たちを守らせてくれて。救わせてくれて』

 

 その言葉を最期に──ルカリオは光となって消えた。

 

「あああ……あああああ!!」

 

 セレナは泣いた。泣き続けた。

 彼との思い出が深ければ深いほど、彼女の悲しみは強くなる。

 優しい故に思ってしまう。自分が代わりになれれば、と。

 そしてすぐに分かってしまう。それを彼は止めていただろう、と。

 セレナは泣き続けた。喉が枯れても。涙が流れなくなっても。

 

 ナスターシャも涙を流していた。

 ルカリオの存在は、彼女の心を救っていた。

 この施設に所属しているが故に救えない命を、子ども達を、彼は恐れられながらも救っていた。

 そしてナスターシャの苦悩を理解し、寄り添ってくれたからこそ──胸の痛みが収まらない。

 

「……ナスターシャと言っているでしょう──この馬鹿息子」

 

 そして。

 コロンとマリアの前に一つの球状の結晶が転がり、彼女はそれを拾った。

 

 波導を継承した彼女にはすぐに分かった。

 これには、彼の波導が遺されている。

 マリアはそれをギュッと握り締めて──。

 

「──まだ、伝えてなかったのに」

 

 その想いに決別し、キッと力強く空を見上げる。

 

「──わたしは、わたしのまま明日へ突き進む。だから見ていて先輩」

 

 ──必ず追い付いてみせるから。

 

 

 こうして、FISは完全聖遺物キマイラを失い。

 別れに悲しむ彼女達は未来へと歩き出し──かつての先輩と敵として相対し、再び殺した。

 




なお直近の勇者
「おっぱああああああい!!」


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第十二話「強奪──廻り続ける復讐の連鎖」

『……旦那、既に響は居ない』

「……そうか。全員帰投してくれ」

 

 通信を終え、弦十郎は思わずため息を吐いた。

 あれから……響が二課を去ってから数日。街の至る所で破壊活動がされていた。

 駆け付けた装者が調べた所、そこはマリア達──正確にはウェル達──の隠れアジトと思われる痕跡が見つかり、また紫色の雷が落ちたという目撃情報から、響の仕業だと考えている。

 さらに破壊活動が続いている事から、まだ彼女はマリア達を見つけていないという事であり、二課は彼女が取り返しの付かない所まで堕ちる前に確保するつもりであった。

 

「……司令。日本政府からまた」

「わかった。俺が何とか誤魔化しておく」

 

 また、今回の響の行動を理由に、彼女を拘束後こちらに引き渡すようにと日本政府が圧を掛けてきた。

 どうやら彼女の融合症例としての力を危険と判断したらしく、扱いが聖遺物に対するソレであった。

 弦十郎はその命令に抗議しつつ追及を躱しているが──それも時間の問題だ。

 

 さらに、問題はまだある。

 月の落下についても各国の機関は消極的であり、月の落下について隠蔽していた米国政府と情報の共有や、方針を定めてから調査するべきだと、あまりにも保身的に動かれ歯痒い想いをしていた。

 

「……こんな幼き子が、立ち上がらないといけない世界に──」

 

 映し出される本来の姿のマリアを見て弦十郎はため息を吐いた。

 二課の皆も彼女の正体に驚き、顔を顰めていた。

 誰だって、子どもが戦場に立つ事を喜ぶ者は居ない。そして、そこまで強い覚悟を強いる彼女が居た環境に──思う所もあった。

 

 対して装者達は複雑な心境だった。

 どうしても比べてしまう。自分たちと彼女を。

 

「──ままならんな」

 

 弦十郎の虚しい呟きが、発令室に響いた。

 

 

 第十二話「強奪──廻り続ける復讐の連鎖」

 

 

【ブイブイ】

「うん。大丈夫だよコマチ。わたしがしっかりアナタの痛みを、アイツらにぶつけるから」

 

 頭の奥にコマチの声が響く。

 その声は怨みで篭っていた。

 痛いと、苦しいと、助けてくれと。自分の仇を取ってくれと響に昏く囁いていた。

 それを彼女は頷いて肯定し、復讐の炎を滾らせながら街を歩く。

 

【ブイブイ】

「そうだね。許せないよね」

【ブイ……ブイ】

「うん。わたしも許せないよ」

【ブーイ……】

「そうだね──同じ目か、それ以上の痛みを、辛さを、悲しみを……!」

 

 既に次の目的地は見つけている。

 協力者は嗤いながら教えてくれた。

 今回は当たりだろう、と。

 そしてそれは正しく、響は目の前の廃倉庫から人の気配を感じ取っていた。

 

 響の体から結晶が生え、黒雷が纏わり付く。

 バキバキと不快な音が響き──ガングニールのギアが形成された。

 

 今の彼女に胸の歌は要らない──いや、ない。

 コマチが好きだった歌が──いつか聞かせてあげると言った歌をもう思い出せなかった。

 約束も──もう果たされる事はない。

 好きだと言ってくれるコマチも──もう居ない。

 

「──ぅあああ!!」

 

 拳を叩き付ける。するとシャッターはひしゃげ、紙のように吹き飛んだ。

 中に入り、視線を奥に向けると──。

 

「──ミツケタ」

 

 そこには、生命維持装置に繋げられた切歌を庇うように立つ調と、さらに彼女達の前に立ちペンダントを握り締めるキリカが居た。

 

「お前は……!」

「久しぶりだね、キリカ。──いや、アンタはホムンクルスだったっけ。なら……」

 

 彼女の視線が眠り続けている切歌へと向かう。

 その目を見た調がゾッと背筋を凍らせて、両手を広げる。

 

「な、何する気……!?」

「──決まっているでしょう」

 

 響の体が、心が闇に染まる。

 そしてニヤリと人を恐怖させる笑みを浮かべて、調にとって信じられない事を言い出した。

 

【ワタシトオナジメニアワセテヤル──ソイツヲコロス】

「──」

「ま、待つデス!」

 

 絶句する調。叫ぶキリカ。

 

「切歌は何もしていないデス! コマチを喰ったのは、アナタの復讐相手はネフィリムの筈デス! それに──」

【ナニヲイッテイル?】

 

 しかしそれに響は取り合わない。

 

【ニクイノハオマエラゼンインダ──絶望を、苦しみを、痛みを! お前らに与えなきゃ気が済まない!】

「っ……!」

【誰よりも……何よりも……護りたかった!】

 

 しかしもう居ない。ネフィリムに喰われた事によって。

 

【だけど、それをアイツに──オマエラに奪われタんだ……!】

 

 許せない相手が目の前に居る。

 大切な人が側にいない。

 

【オマエらが憎くて、憎クテ……気が狂いそうになる……! 造られた存在であるオマえに、この気持ちガ分かるかぁあッ!!】

 

 その言葉にキリカは悲しそうな目をし、調の目つきが鋭くなる。

 

【モウ、この手をツナグ相手がイナイ。オマエラが、ウバッたんだ!】

 

 体から生えた結晶を引き抜き、それを黒雷で握り砕き──人を殺す為の刀へと変える。

 コマチと手を取り合う手は既になく、他人の命を、大切なものを壊す力を握り締めていた。

 

【コレは、ワたシの日陰を奪っタお前ラをコロす為の手ダ──ッ!】

 

 その言葉を最後に──響は彼女達に襲い掛かる。

 調達は胸の歌を歌おうとするが間に合わない。

 その前に響が切歌の前に既に移動しており、刀を振り翳していた。

 

「切ちゃん!!」

「切歌!!」

 

 二人の少女が腕を伸ばし──バチンッと障壁が響を弾き飛ばした。

 

「──!?」

 

 弾かれた響は驚いた表情をし、感じた力に──苦い顔をする。

 

【ソコニいるノカ──フィーネ】

 

 顔を上げた先の二人、いや三人の中に──フィーネが居ることを感じ取った響。

 反対に調達は何が起きたのか理解できずに居た。

 しかし、これで時間は稼げた。

 ペンダントを握り締めて少女達は胸の歌を歌う。

 

「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

 

 調が纏うのはシュルシャガナ。ボール型の浮遊物に座り二体のドローンロボを従えて響を睨み付けていた。

 キリカが纏うのはイガリマ。手に持つ鎌で切歌と調を守るべく、刃先を響に向けていた。

 

「切ちゃんを狙うのなら容赦しない」

「例えクリスの友達であろうと、その所業は許せないデス」

 

 その言葉に響は──。

 

【──オマエラガソレヲイウノカァアアアア!!】

 

 激昂し、二人に襲い掛かった。

 キリカが前に出てイガリマの鎌で受け止め、その隙を調のドローンロボが突撃する。

 

【コザカシイ!】

 

 しかし響が手に持った刀を一振りするだけでキリカもドローンロボも吹き飛ばされた。

 それを見た調は頭部に付けた装飾が響へと向け、砲身からビームを放つ。

 が、それすらも響は咆哮の一つで掻き消した。

 

「っ、強過ぎる……」

「このままだと不味いデス……」

 

 明らかに戦力不足で、力負けしていた。

 このまま時間が経てば、Linker頼りの調とキリカは負け、大切なものを失う。

 それは、嫌だった。

 許せなかった。

 認められなかった。

 だから──。

 

「っ──」

 

 プシュッと軽い音がし、キリカの身にLinkerが打ち込まれる。

 それを見た調が悲鳴を上げた。

 

「お前、何して──」

「Linkerの過剰投与からの絶唱……! それしか手は無いデス!」

「やめろ! そんな事したらただでさえお前の体は──」

「あたしは!!」

 

 キリカが、調の静止の声を止めて叫ぶ。

 

「あたしは、切歌の代わりにはなれないから…….だからこうする事でしか、調の役に立てないデス!」

「──っ」

「調は切歌を守るデス──あたしが絶対に助けるデス!」

 

 そして彼女は──己の命を賭して歌を歌う。

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

──Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 イガリマの対象の魂を一閃し物質的な防御を無力化する。

 その力を用いて、響に対抗しようとしていた。

 

 ──しかし。

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

──Emustolronzen fine el zizzl

 

 響が絶唱を歌った途端、キリカのギアからフォニックゲインが抜け、全て彼女に取られてしまう。

 いまだに謎の多い響の力。しかし、彼女の絶唱は、この力の性質を見る限り──強奪、と見るべきだろう。

 

 常に奪われ続けた彼女の絶唱の力が強奪とは、なんて皮肉だろうか。

 

「──そんな」

【ダマラセテヤル!】

 

 力が抜けて膝をつくキリカに向けて、響は拳を構える。

 体中に荒れ狂う熱と痛みをぶつけんと振り被る。

 絶唱二人分により生じた高エネルギーが、キリカ達に牙を剥く。

 

【死ね】

 

 そして殺意と憎悪の塊が──放たれた。

 自分たちに放たれた暴力の嵐に、キリカと調は呆然とそれを見て。

 

「ダメえええええ!!」

【!? 未来!?】

 

 その射線状に未来が両腕を広げて立ち塞がった。

 

 

『そんな、響が……それにコマチも……!』

『悪い……止め切れなかった……!』

 

 響が去った翌日の事、未来は奏から事の顛末を聞いていた。

 コマチが死んだ事、響がまた独り復讐に走った事を聞き、彼女は涙を流した。

 

『絶対、あたし達が連れ戻すから……だからその時は、未来がアイツを受け止めてやってほしい』

『わたしが……?』

『ああ。光彦が居ない今、アイツの隣に居てやれるのはお前くらいだ──あたし達は振り払われてしまった』

『……響』

 

 未来は、闇の底にいる響を想い──。

 

 

「わたしが助けるんだ──もう二度と独りにしない!!」

【グ、クソ、ニゲ──】

 

 響は何とか攻撃を逸らそうとして、しかしそれもできず、胸の奥が騒ついたまま、こちらを見据える未来の姿を見る事しかできず──。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

 歌が空から聞こえ──響の意識は衝撃と共に途絶えた。

 

 

 ◆

 

 

「彼女はすぐに目覚めるわ──移動するわよ」

 

 瓦礫と化したアジトにて、マリアは切歌が入ったポッドを担ぐ。

 残り二人の調とキリカは戦闘の余波で体をフラフラさせながらも立ち上がり、頷いた。

 

 切歌は、マリアの介入により傷付く事なく守られた。

 もし一歩でも遅かったら取り返しのつか無い事になっていただろう。

 

「……」

 

 しかし、それはマリア側から見たらの話で──彼女は間に合っていないと、遅かったと強く思っていた。

 そう思う原因に対して、悲しみを帯びた視線を向け──自分が何を言っても無意味だと突き付けられる。

 視線に気付いたキリカが、彼女に近付き訪ねた。

 

「あの……立花響は──」

「──わたし達にできる事はないわ」

 

 だって。

 

 

「わたしは──彼女の敵だから」

 

 その言葉を最後にマリア達は立ち去った。

 

 そして。

 

 目を覚ました響は。

 

 地獄を見た。

 

「え──」

 

 絶唱により吹き飛んだアジト。

 瓦礫が周りを囲んでおり、響が放った一撃の苛烈さを物語っていた。

 調たちを殺せたのか。その事を確認するにはあまりにも破壊尽くされていた。

 

 だが、それ以上に──響は目の前の光景に言葉を失った。

 

 気を失う前に見たのは、両手を広げて涙を流しながら響の名前を呼ぶ未来の姿。

 そして目の前にあるのは──彼女が付けていたリボンが血溜まりに落ちている光景。

 

「あああ……」

 

 装者でもない普通の少女にあれを止める術は──生き残る術はない。

 ならばどうなったのか? その答えを突き付けられた響は己の手を見て──血で汚れていると、認識し──。

 

「ぅ──」

 

 腹の中の物を吐き出し──しかし何も出ず、零れ落ちるのは後悔のみ。

 

「──あああああああああああ!!!」

 

 どうしようもなく、呪われた自分に嫌悪した響は泣き叫び続けて──陽だまりを失ったのだと、消したのだと、ゆっくりとじっくりと噛み締めて──ずっとずーと……泣き続けた。

 

 彼女に寄り添い、日陰になる者も。

 傍に立ち、温かく受け止めてくれる陽だまりも──もう居なかった。

 

 

 

 その後、クリス達が駆け付けるが響の姿は無く。

 そしてそれからすぐに小日向未来の行方が知れない事が発覚した。

 

 悲しみは、止まらない。

 



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第十三話「侵蝕──その命の使い方」

「響……」

 

 マリア達の所有するエアキャリア内にて、少女──未来は、心配そうに窓の外を見ていた。

 

 彼女は、生きていた。

 

 しかし響の傍に居る事なく、日常に帰るわけでもなく、武装組織フィーネ達と行動を共にしていた。

 何故彼女が此処に居るのか? それは──。

 

「あなたの親友なら大丈夫ですよ。少なくとも命は」

「……」

 

 未来に充てられた部屋に無遠慮に入ってきたのはウェル。

 彼はにこやかな笑顔を振り撒きながら響は無事だと言う。

 ……それでも言葉の節々から、胡散臭さが抜けないが。

 

「本当、何ですよね……? アナタに着いて行けば響を──親友を救えるって」

「当然ですとも! 僕はただ善意で彼女を助けたいと思っていましてね」

「……」

「そして都合よく、偶然にも──いや、これは奇跡! 運命! 君が我々の前に現れたのは必然だったんだ!」

 

 ウェルは心底嬉しそうに高笑いを続けた。

 嬉しくて嬉しくて堪らない。

 感情を、表情を繕えない程に笑い続け──未来の視線に気づきコホンと咳払いする。

 

「ともかく、安心して下さい。君の望みは直に叶うから」

 

 それでは失礼します、と言いたい事を言ったウェルは退室した。

 そんな彼をため息混じりに見送り──少し前の事を思い出す。

 

 

 第十三話「侵蝕──その命の使い方」

 

 

 両腕を広げ、響の絶唱に包まれる寸前──マリアの波導が相殺した。

 力と力の衝突により、周辺一帯は爆心地のように吹き飛ばされるが、それをマリアはマントを器用に伸ばし、切歌の入ったポッド、調、キリカを包み込み、自分は未来の前に立ちアームドギアで衝撃を吸収。

 そしてそのままカウンターを響に叩き込んで気絶させた。

 絶唱の嵐が消え去り、響が倒れ込む。

 

「響!」

 

 そんな彼女に未来が駆け寄った。その際に衝撃で破れていたリボンがスルリと彼女から解け落ちる。

 

「響! 響! 返事をして!」

「──安心して下さい。気絶しているだけです」

 

 彼女の名を叫び続ける未来の元に、男──ウェルが現れる。

 彼は端末を操作し、響の簡易的な身体検査をして──顔を曇らせる。

 気絶しているだけなのは確かだが──それ以前の問題だった。

 

「不味いですね。このままでは聖遺物と融合が進み、彼女は人間として死にます」

「──そんな……!?」

 

 誰に聞かせる訳でもない、しかし大きなウェルの独り言に未来が反応を示す。

 本来なら親友が敵対している者の言葉を信じる事はないだろう。だが、その前に奏から響の状態を聞いていた未来は、彼の言葉が戯言でも虚言でもない事が分かってしまった。

 だから思わず縋ってしまった目の前の男に。

 

「どうしたら……」

「ん?」

「どうしたら、響を助けられるのですか!?」

 

 未来は必死で気づかなかった──目の前の男が笑っていた事に。

 ウェルは笑みを引っ込めて穏やかな表情を浮かべると、未来に問い掛けた。

 

「彼女を救いたいですか?」

 

 未来の答えは──肯定だった。

 力強く頷き、彼好みの目で真っ直ぐとウェルを見据えた。

 それに気を良くした彼は、未来の懇願の手を掴み取った。

 

「良いでしょう! ならば僕たちに着いてきて下さい──最高の力を授けましょう」

 

 ウェルは手に入れた。あの力を使いこなす少女の愛を。

 未来は手に入れるだろう。親友を取り戻す力を。

 それをマリアは複雑そうに見ていた。

 明らかに戦いとは無縁の少女が巻き込まれようとしている。それも、響にとって大切であろう存在が──。

 

「では僕たちは先に行きます」

「……あの、響は?」

「……申し訳ありませんが、今は一緒に連れて行く事はできません」

「……」

「彼女を救う為です──呑めないのなら、この話は」

「分かりました──待っててね響。すぐに助けるから」

 

 最後に眠る響にそう伝え、未来はウェルに着いて行った。

 

 それをマリア達は見送ると、自分たちも追い掛けるべく後処理を行う。

 と言ってもデータを消して、切歌の入っているポッドを回収するだけなのだが。

 

「──コホッ」

 

 その最中、乾いた咳がマリアの鼓膜を震わせる。

 振り返ると、キリカが青い顔をして何度も咳込み、何かに耐えているようだった。

 しかし咳は次第に酷くなり、ついには──。

 

「コホ、コホ──カハッ」

「──!?」

 

 大量の血を吐き出し、立っていられず膝を突いた。それを見たマリアはすぐに駆け付け背中を摩り、調は無表情でその様子を見ている。

 その間もキリカの吐血は止まらず、ビチャビチャと地面を赤く染めた。

 

「これは、絶唱の後遺症? いや、違う、これは──」

 

 キリカの波導を見てマリアは察していた。

 彼女の波導は普段から何処か不安定だった。ウェルと合流した際には安定しているのだが、時間経過と共に乱れ、その度にタイミング良くウェルが現れたり、アジトに帰ったりしていた。

 その疑問は今この瞬間理解した。

 マリアはこの事を知っているであろう調に尋ねた。

 

「調、キリカは──」

「絶唱の後遺症でしょう。無茶をしたしっぺ返し」

「いや違う。彼女のこの吐血は──」

「──だったらなに?」

 

 調は震える声でマリアに聞く。

 

「今ここで言っても仕方が無い──わたしには関係ない」

「そんな言い方っ」

「──良いのデスよマリア……調の言う通りです」

 

 少しだけ体調が戻ったのか、それでも青い顔でマリアの追及を止めて調を庇うキリカ。

 口元の血を拭うと彼女はマリアに自分の事を話した。

 

「お察しの通り、あたしはもう長くないのデス。切歌の代わりとして作られたあたしの最大の欠陥は──この短い命」

「っ……」

 

 ギリっと調が奥歯を噛み締める音が響く。

 

「だから、あたしは頑張らないといけないのデス。この残された短い時間を使って本物の切歌を助けるデス。……そうすれば、あたしの事も少しは覚えてくれるかなって──」

「──あり、得ないから……!」

 

 しかしそれを調が否定する。

 

「そんな事しても、わたしの中には残らない」

「調……」

「馬鹿な事考えている暇があれば、もっと時間を有意義な事に使って」

「──それでも、あたしは……」

 

 それ以上、二人がその事で口を開く事は無かった。キリカも調も耐え忍ぶ顔をして黙々と作業をし、マリアもまたそれ以上の追及はしなかった。──できなかった、が正しいのだろう

 

 そして。

 

「彼女はすぐに目覚めるわ──移動するわよ」

 

 マリア達はその場から離脱し、その際に風が吹いて未来のリボンがフワリと浮き、キリカの吐いた血溜まりに落ちた。

 

 

 ◆

 

 

 エアキャリアに着いたマリアは、ウェルをナスターシャとセレナが居る操縦室へと呼び出した。

 二人にも情報を共有させる為だろう。

 マリアは早速ウェルに詰め寄った。

 すると彼はあっさりと肯定した。

 

「ええ、そうですよ。それが何か?」

 

 表情を変える事なく、それどころか無表情で答えるウェルに、セレナが思わず彼に掴みかかって叫んだ。

 

「そんな……そんな言い方っ!」

「うるさいなぁ……服が伸びるでしょうがっ!」

 

 しかしウェルも苛立ち混じりにセレナの手を振り払い、襟元を正すと深呼吸して落ち着きを取り戻す。

 それを見ていたマリアは、自分の妹を戒める。

 

「セレナ、貴方も落ち着きなさい」

 

 先ほどウェルを追及していた怒りを見せず、冷静な声を出すマリア。

 そんな姉にセレナは反抗する。

 

「でも、姉さん!!」

「──セレナ」

 

 しかし、マリアがもう一度静かに妹の名を呼ぶとセレナは押し黙った。

 タラリと冷や汗が流れる。

 今のマリアは──本気で怒っている状態だ。

 怒りで熱くなっていたセレナは冷水を掛けられたように静かになる。

 

「ごめんね──続けてミスターウェル」

「──ふむ。簡単な話です。如何に天才の僕でも、最高傑作の彼女の寿命だけはどうにもならなかった」

 

 科学技術で作られたホムンクルス。人造人間。

 フィクションの話でよくあるように、キリカは短命である。寿命を伸ばすには技術的に不可能であった。

 

「……さらに彼女はありとあらゆるシンフォギアを使えるように調整しましたからね。その調整で体はボロボロ。特殊Linkerの使用で蓄積される汚染。さらに先ほどの絶唱で寿命は削られる始末」

「……」

「でも安心してください。この天才の僕が解決してみますから!」

 

 もし、ホムンクルスの寿命問題が解決されれば、現代の科学は何歩も前に進むだろう。

 実際、キリカの存在は現時点でどの国も欲しがる程に価値が高く、日が経つほどに昇り続けている。

 裏ルートでウェルにコンタクトを取り交渉してくる国も多い。

 

「まっ、今のところは頷いた事はありませんが」

「──その為に、彼女を利用しているのですか?」

「人聞きの悪い! 君は僕の事を何だと思っているんだ!」

 

 憤慨しながらウェルはそう言い。

 

「まだまだ手放すつもりはありませんよ──彼女にはフロンティアに着くまで頑張って貰わなければなりませんからね」

 

 そう言ってウェルは心底楽しみだと言わんばかりに、怪しい笑みを浮かべた。

 その笑みにセレナはゾッとし、マリアはジッと見据えていた。

 

 

 ◆

 

 

「どうした、食べないのか? オレの奢りだぞ」

「いや、奢るのは良いんだけど……」

 

 現在、翼とクリスはファミレスに来ていた。

 時刻は夜の八時を過ぎており、少し遅めの夕食を摂りに来たのだろうか。

 しかし──。

 

「多くない?」

 

 テーブルに上にはナポリタン、ピザ、グラタン、カレー……と所狭しとたくさんの料理が置かれていた。

 とても二人で食べ切れる量ではない。

 乙女達のカロリーを賭けた戦いが、今始まる……! 

 

「いくら何でも多過ぎる……」

「これくらい入るんじゃないか?」

 

 そう言って翼はクリスの豊かな胸を強く睨みつけた。

 乙女達の胸囲の格差を賭けた戦いが、今始まる……! 

 

「はぁ、頼んだものは仕方ない。翼はそっち食べて。わたしはこっち側を」

「……? 食べないぞ?」

「は?」

「夜八時以降の食事は摂らない事にしているんだ」

 

 何を言っているんだこいつは、とクリスが信じられない目で翼を見る。

 

「何を考えているの???」

「……? 何って、奢ろうと思っただけだが」

 

 どうやら嫌がらせではなく、本当にクリスが全部食べると思って頼んだらしい。

 流石に善意からの行動にケチを付け辛く、クリスは押し黙る。

 

「……奏は?」

「用事だ。それに奏もこの時間は食べない」

 

 孤軍奮闘、決定。

 

「…………」

 

 クリスは、ガッとフォークを掴んで戦いに挑む。

 後日ダイエットという孤独な戦いにも挑む事になるが。

 

 

「本当に食べるのか」

 

 クリス完食。

 翼驚愕。

 

「──今度からはイチイバルだから」

「わ、悪かった」

 

 流石にクリスの苦しそうな声に、自分の勘違いに気付いたのか、申し訳なさそうに翼が謝る。

 

「そ、それにしても綺麗に食べるな。クリスはテーブルマナーが得意なのか?」

「……昔フィーネに叩き込まれた。何処かの誰かみたいになって欲しくないって」

「なるほど。了子さんの近くにはよっぽどアレな人が居たんだな」

 

 よっぽどアレな人を見ながらクリスはため息を吐き──本題に入る。

 

「それで、此処にわたしを連れて来たって事は、話がしたいって事だよね?」

「っ……よく分かったな」

「翼は分かりやすいから──響の事?」

「……」

 

 現在、響の扱いは悪い。

 命令違反に加えて悪戯に力を振り回し、街の至る所で破壊活動を行なっている──もはやテロリスト扱いだ。

 既に日本政府からは立花響は見つけ次第拘束しろと命令が出されており、二課は苦い顔をしている。

 翼達も暗い表情をしており──何より、響に拒絶された事が堪えていた。

 さらにコマチを失ったショックも癒えていない。

 

「響は……オレ達のことどう思っていたんだろうな」

「……」

「オレはあいつの事を仲間だと思ってた。だから──あの言葉が悲しかった」

 

 ──アナタたちは慣れているからそんな綺麗事が言えるんだ! 

 

「ホント、慣れる訳無いんだよなぁ……」

「……」

 

 翼の言葉を受け、クリスもまた思い出していた。

 

 ──思い出してだと? アイツの優しさを? 

 ──この道を歩けばどんな顔をするかだと? 

 ──かつて、わたしからアイツを奪ったお前が、それを言うのか……!? 

 ──それはお前が一番分かっているのじゃないのか!? 

 ──言ってみろ雪音クリス!! 

 

「……わたし、響の叫びに答えられなかった」

「……」

「──だから、答える為に連れ戻す」

「……!」

 

 クリスは──諦めていなかった。響と再び手を取り合う事を。言葉を交わす事を。……想いを伝える事を。

 

「そしてそれは奏も翼も一緒だよね?」

「──」

「だから頑張ろう。絶対に取り戻そう。そして仲直りするんだ」

 

 喧嘩をしたら仲直り。

 本気でぶつかり合って思いを伝える。

 彼女はその事を学んでいた。

 だから諦めない。諦めるわけにはいかない。

 

「──フ」

 

 ──後輩が頑張っているのに、先輩が腑抜けていられないな。

 

「分かった──オレも頑張ってみるよ」

「違う」

「え?」

「オレ達……でしょ?」

「──そうだな」

 

 響を助ける為、彼女達は決意を新たに決めた。

 

 そして翌日、彼女達はアメリカの哨戒船からの救助要請により──戦いに赴く事になる。

 全てを取り戻すための、最後の戦いに。

 

 

 ◆

 

 

「──ハア、ハア、ハア……!」

 

 響は独り、裏路地で息を荒げて苦しんでいた。胸を抑え、脂汗を掻き、涙が次々と流れ出る。

 

【ブイブイ】

【どうしてわたしを殺したの? 響……】

「違う……わたしは、わたしは……!」

 

 頭を抑えて苦しみ悶える。しかしすぐに自分にそんな資格は無いのだと言い付ける。

 彼女達はこれ以上の苦しみを抱いて死んだ。

 自分が殺した。

 この、呪われた手で。

 

「──苦しんでいるようだね、随分と」

 

 そんな彼女の前に、一人の男が現れる。

 誰だ? と思う前に、その()を聞いて、この男が誰なのかを理解した。

 

「お、まえは……!」

「予想以上だ、僕が考えるよりもずっと。だから出張って来たんだ。これを君に渡す為に」

 

 男が取り出したのは──ドヴェルグ=ダインの遺産。

 

「さあ抜くと良い。魔剣ダインスレイフを」

 

 そう言って男は手に持っていたその欠片を──響の胸に突き刺した。

 グチャリと腕ごと突き刺さり、血飛沫が飛ぶ。

 男が腕を抜くと血が流れ出て──しかしすぐに結晶が飛び出して、まるでカサブタのように塞ぐ。

 

「あ、あ、ああああああ──!!」

 

 しかし、響は未だに悶え苦しみ、胸から闇と黒雷と燻んだ結晶が、此処は自分の場所だと言わんばかりに彼女の体から這い出てくる。

 それに上出来だと言わんばかりに笑みを浮かべて眺めていた男は、ふとある事に気付いて忌々しげに呟く。

 

「まだ残っていたのか、アカシアの力が。未だに助けようとしているのか、この少女を?」

 

 響の胸元から弱々しく紫電が飛び出し、闇、黒雷、結晶に触れて次々と分解しようと奮闘する。しかし力も数も負けており、やがて逆に取り込まれるようにして打ち消され──響は闇に呑まれた。

 身体中の至る所から結晶を生やし、四肢からバチバチと黒雷を迸らせる。

 グルルルルルルと獣のように唸りながら、世界を睨んでいた。

 

「行ってくると良い、復讐に。その為に受け入れたんだろう、その力を」

【アアアアアアアアアアア!!!】

 

 雄叫びを上げて響は跳び上がり、それを男は笑みを浮かべて見送った。

 

 響が目指すのは海のその先。

 マリア達のいる場所──フロンティアの眠る海域だった。



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第十四話「暁光──翳り裂く閃光」

「それではフロンティアの封印を解きましょうか」

「ええ、そうですね……」

 

 ウェルの提案にナスターシャが肯定する。

 しかし……。

 

「と言っても、機械的に制御された神獣鏡ではできないでしょうが」

「――!? 何故それをっ」

「ミス・マリアに感謝して下さいナスターシャ教授。彼女の誠意により僕はあなた方に協力しているのですから」

 

 ウェルの言葉により、ナスターシャはマリアの独断を此処で初めて知る。

 

「――マリア、あなたまさか」

「ごめんなさいマム。でもこれがおそらく最適解」

「そうそう。協力して欲しいのなら、騙すのではなく誠意が必要ですからね〜。フィーネの名を騙ってまで、自分たちの優位性を崩したくなかったようですが」

 

 どうやら、マリアがフィーネではない事も彼は知っているらしい。

 操縦棍を握りながらナスターシャはタラリと額に汗を流す。

 この局面でこちらの嘘がバレたのは不味い、と。

 下手をすれば計画に支障が――。

 

「マム、気にする事ないわ」

「マリア……?」

「フロンティアは目前。彼の目的もまたフロンティア。そして封印を解く手段は確立している――確かに私たちの間に仲間意識は無いのかもしれないけど、状況的に裏切っても損をするだけ」

 

 故に心配はない、と彼女は言い切った。

 その真っ直ぐな目にナスターシャは動揺が収まり、冷静になり理解した。

 彼女の言う通りだ。ならこのまま最後まで進むまで。

 

(――彼に似てきましたね、マリア)

 

 その胸に娘の成長を喜びながら。

 

「仲間意識がないだなんて酷いな〜」

「あら? あなたにそれがあるのかしら?」

「んっん〜。そう言われると僕も口を閉じざるを得ませんが――」

 

 ジロリとマリアを見て、彼は言った。

 

「貴女にはそうそう背中を預けられそうにありませんね」

「奇遇ね。わたしも全く同じ思いよ」

 

 不敵に笑い合う二人を乗せたエアキャリアはフロンティアが眠る海域に到着し――アメリカの哨戒部隊の母船を占拠後、ソロモンの杖を使い二課を呼び寄せ……全ての決着を付ける為の狼煙をあげた。

 

 

 

 

「――それが本当の姿か? マリア・カデンツヴァ・イヴ」

「今さら本当か嘘かの是非を問うなんて、野暮だと思わない? 天羽奏」

 

 アメリカの哨戒船のドッグにて、マリア達と奏達……シンフォギアを纏った装者達は対峙していた。

 互いに相手を強く見据えてビリビリと空気が重い。

 そんななか、マリアは確認するように二課の装者に尋ねた。

 

「ガングニールの融合症例――立花響はどうしたの?」

「――それを、お前らが聞くのか!? FIS!?」

「響は、あなた達を独りで――」

 

 彼女の物言いに思わず翼とクリスが激昂し、それを見たマリアは呟いた.

 

「なるほど.随分と働き者なのね」

「――あたしからも聞きたい事がある」

 

 マリアの一言一言に感情を顕にする翼とクリスを……そして自分の怒りを抑えながら、奏は努めて冷静に問い掛ける。マリアがどうぞ? と促すように掌を彼女に向けると――ギンッと槍のように鋭い眼光が向けられる。

 

「未来を――小日向未来を拐ったのはお前達か?」

 

 奏は、責任を感じていた。

 響の事を話し、その重みを彼女に課した結果――今回の行方不明に繋がったのではないか、と。

 そして血溜まりの中にあった彼女のリボンと、それがあった場所がマリア達の元アジトである事が――無関係だとは思わなかった。

 正直外れて欲しかった――しかし、マリアは奏達を見下したような笑みを浮かべて。

 

「――だとしたら、どうするの?」

 

 小馬鹿にしたかのように、逆に尋ねた。

 

「――取り戻すに、決まってんだろ!」

 

 それに奏は叫び返し――彼女達の最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

「はあああああああ!!」

「っ……!」

「どうしたどうした――さっきの威勢は、虚勢だったのか!?」

 

 マリア達と奏達の戦闘は――二課側が有利に働いていた。

 これまでの戦闘と比べて、何故奏達が、それも数で負けている彼女達が押しているのか?

 様々な要因があるが――一つはマリアの戦力ダウン。

 

「――遅い!」

「ちっ――」

 

 マリアは、ガングニールと波導の力を併用する事により二課を圧倒していた。しかし今回はガングニールしか纏っておらず、パワーもスピードもテクニックもスペックもリーチも――全てが落ち、その力は奏たちと同程度。故に今までのはちゃめちゃが起きず、マリアは苦戦を強いられていた。

 

「コホコホ、カハッ」

「――キリちゃん?」

 

 二つ目はキリカの不調。シンフォギアを纏っているのもやっとな状態で、顔を青くさせて息切れを起こしている。

 さらにそれを気にしてか調の攻めが消極的な上、キリカを守るかのように動き、戦場で機能していない。

 

「まったく、世話の焼ける……!」

「ごめんデス、調……」

 

 三つ目は、セレナ以外の装者の体内のLinkerによる汚染が、まだ除去されていない事。

 先日の戦いの後、ウェルは急かすようにフロンティアに向かった。

 道中体内洗浄を行われたが――適合係数は依然として低いままだ。

 

(――明らかに疲弊している。それなのに何で戦うのキリちゃん……!)

 

 セレナが奮闘するが彼女のギアはサポート型で、三人共攻撃的なギアの二課と比べてFISは火力負けしている。

 

「単体なら――負ける気がしねえ!」

「くっ……!」

 

 マリアが波導の力を使えば形成逆転は可能だが――そうなると、()が苦しくなる。

 戦況を見たナスターシャが、ウェルに提案をする。

 

「現状、そちらのキリカと調博士が足枷となっていますが――二人を退かせますか?」

「そもそも勝手に飛び出したのはあの二人なんですがね――まぁこれで理解したでしょう。さっさと連れ戻して下さい」

 

 彼の賛同を受け、ナスターシャは二人のギアに通信を繋げようとして――エアキャリアが大きく揺れた。

 

「っ――何事ですか?」

「ちょっと待って下さいね――ちっ、どうやら主役の登場のようだ」

 

 舌打ち混じりに吐き捨てた言葉と彼の視線。それを追って船を見下ろしたナスターシャは――ゴクリと生唾を飲み思わず呟いた。

 

「あれは――魔物?」

 

 ――戦場に、闇が堕ちた。

 

【グルルルルルル……!】

「――響?」

 

 呆然と呟いたクリスに向かって――響が鋭い爪を振り被って彼女に襲い掛かった。

 それを激突していた奏とマリアが気付き、それぞれの槍を割り込ませてクリスを守った。

 しかし……。

 

「くそ、なんて力だ……!」

「暴走している……!」

 

 ギリギリと二人の槍を押し始め、その膂力に二人は険しい顔をした。

 

「クリス! 奏!」

「姉さん!」

 

 仲間を助けようと戦闘を中断して駆け付ける二人。

 それを自分に襲い掛かる外敵と判断したのか、響は腕から生えた結晶を力む事で砕き――それを黒雷に変えて翼達に向かって薙ぎ払った。

 

『!?』

 

 翼はアメノハバキリをボードに形態変化させて射程範囲から緊急脱出。空へと飛んで響の雷を回避しようとする。

 

 セレナは、自分を、仲間を、そして姉を今まで守り通してきたエネルギーシールドを展開して防ごうとする。

 

 だが、響の雷は――あまりにも暴力的だった。

 空へ飛んだ翼に向かって黒雷が角度を変える。

 

「なに!?」

 

 それを翼はボードを駆使して逃げ続け、しかし徐々に黒雷がバチバチとギアの端やボードに擦り始め、ついには――。

 

「が――」

 

 翼に一つの黒雷がタッチし――意識を失った瞬間、今まで追って来ていた黒雷が彼女に殺到し――黒焦げになった翼は海へと墜落した。

 

「つばさあああああ!?」

 

 その光景を見せられていたクリスが叫んだ。

 

 まだ終わりではない。

 翼を襲った黒雷は次にターゲットを探し――下に生意気にも耐え忍んでいるセレナを見つけ、落ちた。

 

「かっ――」

 

 許容範囲を超える黒雷にセレナは倒れ伏し――さらにその肉体を貪り喰らおうと彼女に襲い掛かる。

 一度、二度、三度――何度も何度も黒雷が音を立てて襲い、セレナは気絶と覚醒を繰り返し――最後にはピクピクと痙攣するだけとなった。

 

「――」

 

 変わり果てた妹にマリアは絶句し……ギンと響を睨み付け――。

 

「――パヴァリア光明結社……! お前らの仕業か!」

 

 その後ろに居るであろう黒幕に向かって叫んだ。

 

「聞こえているのでしょう!? ああ、答えなくて良い――ただ、これだけは覚えておけ」

 

 戦場で滅多に感情を荒げないマリアが――怒りに燃えながら叫んだ。

 

「いつか絶対に潰す! 首を洗って待っていろ!」

 

 そう言って彼女は槍で響を弾き飛ばし――波導の力が込められた石を取り出した。

 

「――波導は、我にあり」

 

 マリアの体と宝玉から蒼い炎――波導が放出される。

 放出された波導は、マリアの背後で犬型の巨人へと形成され、まるで彼女を見守るかのように、しかし威風堂々と佇む。

 

「我が心に答えろ奇跡の石――進化を超えろメガシンカ!」

 

 かつて教えられた言霊を口にし、マリアと背後の巨人が石を媒体に繋がり――マリアの元に光と波導が集っていく。

 やがて光は力の繭となって彼女を包み込み――それをブチ破って出て来たのは、大人の姿になり黒いガングニールを纏ったマリアだった。

 マリアはアームドギアを形成すると、奏達に向かって叫んだ。

 

「一旦戦闘中止! アレを止めるぞ!」

「――くそ! 分かったよ!」

 

 複雑そうな表情を浮かべながらも、奏は響を止めるべく了承。

 後ろの意気消沈としているクリスに向かって叫びながら、マリアに続く。

 

「クリス! 翼は緒川さんが回収してくれる! あたし達は響だ!」

「――っ。分かった!」

 

 奏の言葉にクリスは従い、イチイバルを構える。

 

(響……!)

 

 スコープ越しに見る友達は闇に呑まれて、変わり果ててしまった。さらに翼を襲い、傷付けた。

その事実がクリスの胸を締め付け──だからこそ止めなければ、と強く思う。

 

「キリカ! 調博士! アナタ達はセレナを連れて撤退を!」

「で、でも――」

 

 キリカが咳き込みながらマリアの言葉に眉を顰めていると。

 

「――了解」

「し、調!?」

「黙ってて――舌、噛む」

 

 調が有無を言わさずキリカを抱え、セレナはドローンロボで回収しエアキャリアへ帰投した。

 

 それを見送ったマリアは前に出て奏とクリスに叫んだ。

 

「わたしが隙を作る。畳み掛けろ!」

 

 波導を駆使し、響の動きを先読みするマリア。

 獣のように襲いかかってくる響の爪が、大気を、甲盤を切り裂くが、マリアは無傷だ。

 

【ウウウウウウウウ】

 

 苛立ち始める響。唸り声を上げる彼女を牽制しながら、マリアは二人に指示を出す。

 

「天羽奏! 万雷を叩き込め!」

「――!」

「彼由来の力なら、彼女の意識を呼び起こせるかもしれない――そこに一撃を叩き込め雪音クリス!」

 

 本来なら敵である彼女の指示に従う事はあり得ない。

 だが、響を助ける手段が分からない以上、マリアの判断に賭けるしかなかった。

 

 ……何より、彼女の純粋な怒りが、この瞬間は共に戦って良いと思わせた。

 

「ハア!!」

 

 波導弾を放ち、牽制。

 響は両手両足を使って獣のように走り回り、マリアは波導弾を連続で放つ。

 その間に奏は槍を掲げ胸の中の雷を解放するべく集中し、クリスは狙撃体勢に入り救う為の弾丸を放たんとその時を待つ。

 

「天羽奏、まだか!?」

「――くそ、なんでだ……? 力が定まらねえ……!」

「――なに?」

 

 しかしどういう訳か、奏はなかなか万雷を放てずに居り、それどころか力が霧散しているのを感じた。

 マリアが怪訝な顔をすると同時に――彼女が突如膝を突いた。

 

(――何故? まだ時間は)

 

 突然の不調に戸惑うマリアに、響の拳が遠慮無く打ち込まれる。

 吹き飛んだマリアは壁にめり込み、彼女の中の波導が乱れる。

 それにより、マリアは理解した。

 

「これは、呪いによる汚染? それで彼の奇跡の力に影響が――」

 

だが、響の悪感情でそこまでの力が発揮されるのかと疑問に思い――マリアは、彼女の胸に何かが刺さっているのを波導の力によって見つけた。

 

「――アレ、か……!」

 

 呪いに関する聖遺物。それが彼女を闇の底に引き摺り込んでいる。

 それを理解したマリアは、思わず呟いた。

 

「――このままでは、彼女を救えない」

「どういう事だ!?」

「立花響は、憎悪と怒りを呪いで汚染されて闇の底に沈んでいる――掬い上げるには、呪いが邪魔だ」

「つまり……響は助けられないって事」

「――その前に、獣と成り果てて死ぬ」

『――っ』

「だが! わたしの目の前でそうはさせない!」

 

 痛みを堪えて立ち上がったマリアは、響に向かって叫んだ。

 

「立花響! お前の敵は此処にいるぞ! 仇を討ちたいなら――こんな所で呪いに、闇に、力に呑み込まれるな!」

 

 しかし――響には届かない。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

 呪いを撒き散らしながら雄叫びを上げ、そのままマリア達に向かって走り出し――。

 

「Rei shen shou jing rei zizzl」

 

 

 光が、戦場に切り込んだ。

 

 

 

「――未来!? その姿は……」

 

 奏は、未来の無事に安堵しつつも彼女の姿に言葉を失った。

 加えて先ほどの聖歌。

 彼女は――未来は、装者として此処に立っている。

 その事に奏は驚きと戸惑いにより、なんて声を掛ければ良いのか分からなかった。

 

「奏さん……クリス……そしてマリアさん。わたしは、響を救いたい。だから、どうか力を貸してください」

「でも――」

 

 クリスが言い淀んでいると、彼女達、さらに二課の本部に向かって通信が入る。

 

『お話の所失礼します』

「この声は、あの時のメガネ……!」

『はいそのメガネです。時間がないので手短に言いますね』

 

 ウェルは、響を救う為の手段を彼女達に伝えた。

 そして当然ながら反論される。

 

「無茶を言うな! 未来は今までロクに戦った事がないんだぞ! それを――」

『オレからも承諾しかねる。――響くんをこんな状態にさせた我々が言える立場ではないが、もし未来くんに万が一の事があれば――』

「大丈夫です」

 

 しかし彼らの心配の声に、未来は笑顔で答えた。

 

「弦十郎さん。奏さん。わたしの事を想って響の事を教えてくれてありがとうございました。そして勝手な事をしてすみません」

『未来くん……』

「だから、後でうんと説教してください――響と一緒にそちらに戻りますから」

 

 弦十郎は――言葉が出なかった。

 自分たちの無力さ故に響も未来も立たなくて良い戦場に立ってしまっている。

 それなのに、当の本人である彼女が大丈夫だと、帰ってくると言って来た。

 認める訳にはいかない。大人として。

 だから――全力でバックアップをする。

 

『奏! クリスくん!』

「言われなくても分かっている!」

「うん……わたしも力になる」

 

 二課側が援護態勢に入り、マリアもまた波導を滾らせて無言で未来の隣に立つ。

 

『2分40秒。それが制限時間です。ちなみに勝算は如何程で?』

「――思いつきを数字で語れますか?」

『……クハハ。科学者の僕にそれを言いますか? ――時間経過すれば体が持ちません。お気をつけて』

 

 そこで通信が途絶え、未来は前に出て響の前に立つ。

 

「響……」

【グウウウウウ……】

「一緒に帰ろう? 皆待ってるよ?」

【――ガアアアアアア!!】

 

 しかし、届かない。

 響は雄叫びを上げて未来に殴り掛かり、それを彼女は空へと飛んで避ける。

 それを響が体に電気を走らせて、電磁浮遊し追走する。

 

【ウオオオオオオオオオ!】

「響!」

 

 響の闇に染まった拳と、未来の眩い光の閃光が激突し、お互いに弾かれる。

 すると……。

 

【グウウウウウ……ウ、ア……】

「っ! 響!」

 

 今まで獣同然だった響の声に、彼女の心が浮かび上がった。

 魔を払う神獣鏡の力が、響にタッチしたのだ。

 しかし、彼女は未だに闇に囚われたままだ。まだ、呪いも憎しみも怒りも――悲しみも晴れない。

 だから――マリアを見つけて彼女は叫んだ。

 

【――マリアアアアアアアアアアアア!!!】

「響!」

 

 マリアに向かって突っ込もうとした響の前に、未来が立ち塞がる。

 響は彼女の前で止まり、叫んだ。

 

【ジャマヲ……スルナアアアアア!!】

 

 全身から黒雷を放出し、未来を自分の前から消そうとする。

 どうやら錯乱しているようで、未来が無事な事にも気付いていないようだ。

 しかし神獣鏡の光により届かず、未来はジッと彼女を見据えていた。

 

「響、わたしが言った事を覚えている?」

 

 未来は語る。胸の想いを。

 

「わたし諦めないって。思い出してもらうのを絶対に諦めないって言ったよね?」

 

 太陽に対する想いを。

 

「今でもそれは変わっていない。だから、響が辛い時には側に居たい。苦しい時は助けたい。挫けそうな時は支えたい」

【……】

「だからお願い響! あなたはそんな暗い所に居てはいけない!」

 

 未来の必死な訴えに、響は――。

 

【――ダマレ!!】

 

 それを拒絶する。

 

【ワタシは、わたしのコの手ハ、呪われている! だからアイツを、コマチを殺シタ!】

「……」

【アンタにわたしの気持チノ何ガ分カル!? モウわたしを助けてくれる日陰ハイナイ!】

「……」

【ダカラ復讐ヲスルと決めタ! 殺スと決めタ! 壊スと決めタ!】

「……響、違うよ」

 

 しかし未来は語り続ける。

 

「響の手は呪われてなんかいない。人と手を繋ぐ事ができる優しい手」

【戯言を! ヨク見ロ!】

 

 そう言って響は右手に体から引き抜いた結晶の剣を、左手に黒雷を握り締めて目の前の彼女に見せつける。

 

【ワタシの手にあるノハ、人を殺す力ダケダ! もう誰トモ手ヲ繋グコトナンテ――】

「嘘だよだって――」

 

 響、握ってなんかいない。

 未来がそう言うと共に、響の手から剣と雷がボロボロと崩れ去った。

 ――それに驚く響だが、元よりそうであった。

 彼女が握った暴力はすぐに消え去り、響はほぼ常に無手となっている。

 まるで誰かと手を繋ぐために。

 だがそれでも響は認められない。

 

【だが! もう遅イ! ワタシはもうそちら側に行かない! 日向を歩けない! 独りが良い――ダカラ】

 

 もう――わたしの事は諦めてくれ。

 響は弱々しく、懇願するかのようにそう言った。

 

 

 ――だとしても!!

 

「――小日向未来は、絶対に響を見捨てたりしない! 独りにしない! 諦めない!」

【――】

「絶対にっ!」

 

 未来は歌った――胸の歌を。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 親友を――お日様を助けるために。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 彼女は命を賭ける。

 

【絶唱……!?】

 

 それに対して響は――心を震わせた。

 

 その歌を唄ってはダメだ。

 唄ってしまったら取り返しのつかない事になる。

 未来も死んでしまう。また殺してしまう。

 ――コマチのように。

 

 それは、ダメだ。認められない――認めてはいけない。

 何故なら彼女は、響にとって――。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 ――未来を助けないと。

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

 ――わたしの、陽だまりを!!

 

 

 

 空に向かって響が()()()()束ねた絶唱の光が立ち昇る。

 その似た現象を見た事のある調が呟いた。

 

「あれは、強奪する絶唱? でも――」

 

 なんて綺麗なのだろう、と見惚れていた。

 

 

 甲盤から見上げながらマリアは一人呟いた。

 

「ようやく、彼女の手を繋いだのね」

 

 遅すぎるわよ、と何処か嬉しそうに彼女は言った。

 

 

「そう言えば、光彦が言っていたな。アイツの腕がアームドギアだって」

 

 訓練中、アームドギアを出せない響に全員が不思議がっていた時にコマチが言った言葉だ。

 響は色んな人と手を繋ぐから武器を持たない。拳を握り締めるだけではなく、手を繋ぐ事ができる優しい力だと。

 その意味を、彼女は今理解した。

 

 

 そして、光の中から出て来たのは――エクスドライブした神獣鏡を纏った未来だった。

 純白のギアを纏った彼女は、自分の中に感じる温かい力に、やっぱり響はあの時と変わっていないと――涙を流していた。

 

【ア、アアアアアアアア!?!?】

 

 呪いに犯された響が悶え苦しむ。

 

【ヤメロ……その光でワタシを照らスなッ!! もう、ワタしに日陰は無い! 優しく守ってくれるあの温モリは……!】

 

 しかし、その光は――彼女を助ける為のお日様の光だ。

 未来が言う。

 

「響、あの時と同じ事を言わせて貰うね――わたしは響に手を伸ばす事を……諦めたくない」

 

 それは、彼女を闇から掬い上げる言葉。

 

「だからお願い響――響の本音……聞かせて」

 

 それは、彼女を闇から救う言葉。

 

【グウウ……!】

 

 響の心が軋む。悲鳴を上げる。

 

【望みナンテナイッ! ワタシはヒトリがイイ……】

 

 ――違う……苦しい……独りはもう嫌だ……。

 

【モウわたしを助ケテクレルあいつはイナイ。ダッタラ始めからヒトリの方が……】

 

 ――望んだらダメだ。助けを求めたら、また誰かを殺してしまう……。

 

 ――そんな事、分かっている筈なのに、なんでこの人ならって思ってしまうんだ。

 

 ――思ったらダメなのに。

 

 ――ダメ、なのに……。

 

「――お願い……助けて」

 

 その言葉に対して、彼女は当然こう答える。

 

「もちろん!」

 

 ――ようやく差し伸ばした手を、未来はしっかりと掴み取った。

 

 

第十四話「暁光――翳り裂く閃光」



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第十五話「未来――晴れて歩む日向」

 ──さぁ、仕上げだ。

 

 陰でヒトデナシが笑う。

 

 ◆

 

 

【グ、アアアアアア!!?】

「響!?」

 

 突如苦しみ出す響。

 未来が声を掛けるが、胸から溢れる呪いがそれを阻む。

 下から波導を用いて見ていたマリアには、全てが見えていた。

 胸のダインスレイフが活性化し、響を蝕んでいるのを。

 

「小日向未来!」

「──!」

「やる事は変わらない──一気に駆け抜けるぞ!」

「──はい!」

 

 未来はアームドギアを構えて、かつて零れ落としたお日様を取り戻しに行く。

 

 

 第十五話「未来──晴れて歩む日向」

 

 

♪ (暁光)……苦しむキミの明日(あす)を♪ 

 

 未来のアームドギアと響の拳が激突する。

 聖遺物由来の力を打ち消す未来の神獣鏡だが、彼女のギアの出力が響の闇の出力に負けている。

 

 だとしても、諦める訳には行かない。

 

♪ (永愛)……嘆く過去の涙を♪ 

 

 光を放射し、それを響は避ける。

 しかし力任せで無理矢理な肉体の操作は、響に痛みを与え──それが傷の代わりに結晶となって表に現れる。

 

【アアアアアア!?】

「っ……!」

 

♪ 照らし乾かすような 存在になりたい (I believe you) ♪ 

 

 痛みに悶える響に、未来は泣きそうになる。

 変わり果てたその姿に悲しみを覚える。

 

♪ 例えどの世界の 違うキミに出会ったとしても♪ 

 

 それでも彼女は変わらず手を差し伸べる。

 例え響が変わろうと、忘れられてしまおうと。

 

♪ 待ってるいつでも必ず (I love you) ♪ 

 

(誰かが響を操っている。誰かが響の体を好き勝手している。──誰かが、響を奪おうとしている!!)

 

 その誰かが彼女を苦しめている。

 なら──。

 

「──絶対譲らない!」

【グア!?】

 

♪ と再びキミに歌う♪ 

 

 もう隣から離れないように。

 温かい手を放さないように。

 未来は戦う。

 

♪ 守られるのではなく♪ 

 

 彼女を傷付けるのではなく。

 

♪ 守る為に歌う♪ 

 

 救う為に戦う。

 

 だから──。

 

──信じて

 

 と未来は手を差し伸ばす。

 例え自分を傷付ける拳であろうと受け止める。

 その為に彼女はこの力を手に入れた。

 

♪(聖煌)……もう二度と泣かせない♪

 

 腕を結晶で覆い杭のように尖らせた響が、未来に突っ込む。

 

「はぁ!」

「マリアさん!」

 

♪(響信)……すべてを抱きしめたい♪

 

 ギチギチと響の腕を受け止めるマリア。

 波導の力が残り少ないのか、その表情は険しい。

 

「わたし()()が援護する!」

「そういうこった!」

 

♪どんなキミだっていい わたしには最愛 (I trust you) ♪ 

 

 奏が槍で響を弾いて距離を稼ぐ。

 

♪きっとキミはキミを 今は忘れているだけだから♪

 

【グ──】

「行かせない!」

 

 甲板に落ちた響が再び飛び上がろうとするのを、クリスが狙撃で阻む。

 

 

♪繋ぐ勇気をもう一度……(I love you)♪

 

 さらに追撃の光が未来から放たれ、響は回避行動を取らざるを得ない。

 

♪どんな闇が広がり♪

 

 動きを止める為に未来達は甲板に降り立つ。

 

♪空を忌み尽くしても♪

 

 マリアと奏が先行し、それに未来も続く。

 

♪陽だまる為の太陽(ヒカリ)♪

 

 しかし響は狙撃を弾き、奏を掴んでマリアにぶつけた後、未来へと突撃した。

 響の拳が未来のアームドギアと直撃する。

 

「くっ……!」

 

 当たれば常人なら即死。ギアを纏った装者でもただでは済まない拳。

 

 しかし。

 

未来(わたし)は負けはしない!!」

 

 未来はそれを受け入れて──ギュッと彼女を抱きしめた。

 

♪(信じて)♪

 

 そしてそのまま海上へと飛び、未来は叫ぶ。

 

「ウェルさん!」

『分かっていますよ!』

 

♪正義を握り締め 立つ花をいつも見てきたから♪

 

 エアキャリアから幾つものピットが射出され、神獣鏡の光を反射する

 

♪わたしもできる……必ず! (I love you)♪

 

【グ……!?】

 

 反射された光は響と未来を囲み、鳥籠を形成する。

 これで響はもう逃げられない。

 

♪幸せそれ以外の♪

 

 それを察した響──否、裏で操っている者は、大雑把に、強引に対処するように命じた。

 

♪涙は流させない♪

 

 未来を払い除け、籠の中でできる限り離れると──。

 

【アアアアアアア!!?】

 

 苦悶の絶叫を上げ、体の至る所から結晶を生やしながら、右腕にエネルギーを集中させる。

 

♪連れて帰ると決めた♪

 

 それを見た未来もまた、目から血を流しながらギアを構える。

 彼女を救う為に。

 

♪この愛を嘗めないで……!♪ 

 

【アアアアアアアア!!】

 

 響が咆哮を上げながら、腕を振るい──闇色に輝く砲撃を放つ。

 撃たせられた本人の腕が千切れそうな程の力の奔流が空間を震わせる。

 

 それを見た未来は──。

 

「絶対譲らない!」

 

 親友を好き勝手されている事に怒りを覚えながら、力を解き放つ。

 

♪と再びキミに歌う♪

 

 響の闇が彼女に激突する瞬間──光が切り裂いた。

 

──暁光

 

 解き離れ、闇を、翳りを裂いた閃光は一直線に響に向かい──。

 

【ガア!?】

 

 まるで何かに引っ張られるように空中を動いた響は、閃光の射線から外れる。

 

 しかし──未来は動揺せず、胸の歌を唄いながら、そのまま響へと飛んで抱き着いた。

 

守られるのではなく

 

 

【ガアアアアアア!?!?】

 

 苦しみ踠きながら暴れる響。自分を傷付けるなと怯えるように。

 しかし未来は絶対に放さなかった。助ける為に。守る為に。

 

 口の端から血を流しながら、彼女は叫んだ。

 

♪守る為に歌う……!♪ 

 

「──ひびきいいいいいいいいい!!」

【──ミ、ク】

 

 彼女の叫びが響に届き──エアキャリアによって反射された暁光が二人を包み込み……。

 

「──わたしを」

 

(信じて)

 

 ──闇が晴れ、太陽を取り戻した。

 

 

 第十五話「浮上──決戦の地フロンティア」

 

 

 未来の放った暁光が響を蝕んでいた呪いを解き放った。

 

 ──しかし、解き放ったのはそれだけではなかった。

 

 海面が揺れ、大陸がその姿を表す。

 

 ──浮上、フロンティア。

 

 未来の光は、フロンティアの封印をも消し去ってみせた。

 その光景をエアキャリアの操縦席で見ていたナスターシャがウェルに問い掛ける。

 

「これもアナタの企みですか? 一番の障害だった融合症例の無力化しつつフロンティアの封印を解く。それも彼女の親友を使って……」

「まったく。貴女もセレナさんも僕の事を何だと思っているんですか」

 

 呆れ返ったように彼はため息を吐いた。

 

「フロンティア浮上は偶然の副産物ですよ。僕はただ単に死にかけている一人の少女を救う為に、それを為せる人に託しただけ」

「……」

 

 正直、信じられる話ではなかった。

 利用するだけ利用したと言われる方がまだ信じられるくらいだ。

 

「例えそうだとしてもギャンブルが過ぎませんか? それにしては随分と確信していたようですが──小日向未来が立花響を止めると」

「ああ、それは確かに確信していました」

「やはり。私の知らない何かを知っているんですね」

「そうですね。僕は信じていましたよ──彼女の親友を想う愛を!」

「何故そこで愛!?」

 

 素っ頓狂な事を言うなとナスターシャが叫び、心外だとウェルが反論する。

 

「愛の力は侮れませんよ。何せ、大切な者の為に命を賭けるのは──何時だってその胸に、その想いを強く抱いているもの」

「……」

 

 覚えがあるのか黙り込むナスターシャ。

 

「僕は、そんな愛を抱いている人の背を押したいだけです」

 

 そこまで言い切ったウェルは、話は終わりだと言わんばかりに意識を切り替えてマリアに通信を繋げる。

 

「マリアさん。帰投してください。目的は果たしました」

 

 

 

 

「──すぐに行くわ。後処理をしてから」

 

 それだけ伝えると、マリアは波導を使って飛び──海へと落下している響と未来を受け止めた。

 そしてそのまま奏とクリス達が居るアメリカの哨戒船の甲板へと降り立ち、彼女達に引き渡す。

 

「──お前」

 

 奏は、何か言いたそうにして──口を閉じた。

 正直、響を助ける事ができたのはマリア達のおかげだ。未来が神獣鏡のギアを纏えたのも、安らかに寝息を立てている響が此処に居るのも──。

 

 だが、マリアはジッと奏を見据えて黙らせていた。その言葉を口にするな、と。

 そして、彼女の敵であるマリアは──言った。

 

「決着をつけたいのなら来なさい──フロンティアに」

 

 それだけを伝えると、マリアはエアキャリアへと飛んで行った。

 奏たちも一度、二課仮説本部に戻らなくてはならない。

 しかし──つい、マリアの心配をしてしまう。

 何故なら──。

 

「奏。マリアはもしかして」

「ああ。あたしと同じ時限式だ」

 

 マリアが去った空を──フロンティアを見ながら奏は言う。

 

「とっくの昔に制限時間超えて、それでも尚敵である響を助ける為に無茶していやがった」

 

 マリアは、目から血を流していた。

 倒れてもおかしくない体で響の拳を受け止め続け、彼女を救う為に戦っていた。

 

 奏は、クリスは──彼女が本当に敵であるのか、分からなくなった。

 分からなくなったから──。

 

「行くぞ、フロンティア」

「うん……!」

 

 故に向かう。この事件を終わらせる為に。決着をつける為に。

 

 

 ◆

 

 

「っ……!」

 

 二課のメディカルルームにて、響が目を覚ました。

 体を起こし、見た事のある光景をボーッと見て。

 

「──未来」

 

 思わず呟いた愛しき名前に──返事が返ってきた。

 

「なぁに? 響?」

「っ!?」

 

 声のした方を見れば──そこには柔らかな笑顔を浮かべた未来が、響を優しく見守っていた。

 彼女を見つけた響は──。

 

「未来!」

「わ、響!?」

 

 未来の名を叫んで抱き着いた。

 突然の事に未来は目をシロクロとさせながら、しかしすぐに優しい表情を浮かべると響をそっと抱きしめた。

 響は、未来の存在を確かめるように強く抱き締めながら謝った。

 

「ごめん、未来。わたし……」

「ううん。良いよ。わたしが響を助けたかったから──」

「──違う」

 

 未来の言葉を遮って、響は──涙を流しながら言った。

 

「何で忘れていたんだろう」

「──え?」

「わたしの隣には日陰だけじゃなくて──陽だまりもあったんだ」

「──ひ、び……き?」

 

 ──神獣鏡の光は響を蝕む多くのモノを消し去った。

 闇。憎しみ。怒り。呪い。ガングニールの侵食。そして──大切な記憶を封印していた邪悪な力。

 彼女の閃光は──確かに翳りを裂き、失われた思い出を取り返した。

 

 それを理解した未来は──大粒の涙を流しながら、響に縋り付いて泣いた。

 

「ひびき……ひびき! 響ッ!」

「未来……!」

 

 ──辛くない訳が無かった。

 

「わたしの方こそごめん……! 響が一番辛い時に側に居られなかった……!」

 

 大切な人に忘れられるその痛みは、確実に彼女の心を蝕んでいた。

 

「わたしだって未来のことを忘れて、たくさん酷い事を言った! 許される事じゃない! わたしは、わたしは……!」

 

 大切な人を忘れ傷付けるその痛みは、自覚した瞬間堪えられなかった。

 

「でも、思い出してくれてありがとう……!」

「未来も、ずっと側に居てくれて、諦めないでいてくれてありがとう……!」

 

 それでも、彼女達は乗り越え──手を繋いだ。

 二年以上の空白の後に、ようやく再会できた。

 

 ──温かいな。

 

 響は思い出した陽だまりに触れて強くそう想い。

 

 ──あったかいな。

 

 未来は取り戻したお日様に触れて強くそう想い。

 

 ──しばらくの間、彼女達はそのままお互いの温もりを抱き締めていた。

 

 もう忘れないと

 もう手放さないと。

 

 誓うようにして──。

 




コマチとは翳り歩む日陰
未来とは晴れて歩む日向
太陽は日陰と日向を作ることができる


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第十六話「浮上──決戦の地(バトル)フロンティア」

 

 ついに浮上したフロンティア。

 その地に足を踏み入れたマリア一行とウェル達は、各々の想いを胸に抱く。

 

(月の落下を止めて皆を助けるんだ)

 

 無辜の人々を想うセレナ。

 

(ようやく此処まで来ましたね……)

 

 これまでの戦い、そしてそれまで頑張ってきた二人を想うナスターシャ。

 

(──さて、彼女達は来るのかしら)

 

 追って来るであろう者たちを想うマリア。

 

(ようやく切歌を──)

 

 大切な人の、大切な人を救えると想うキリカ。

 

(──切ちゃん)

 

 ポッド内にいる友を想う調。

 

 そして──。

 

「ようやく、僕の野望が果たされる」

 

 一人笑みを浮かべるウェル。

 

 彼女たちは遺跡へと向かった。

 

 

 第十六話「浮上──決戦の地(バトル)フロンティア」

 

 

 響は発令室前の扉で立ち竦んでいた。

 

「……」

 

 眉を顰めて、手を前に出したかと思えば引っ込めて。

 頭をガシガシと掻きむしったかと思えば、深く息を吸って、咽せる。

 

「大丈夫?」

「…………うん」

 

 沈黙が長かった。

 未来が隣に居ることでなんとか平静を保てているが──響は自分のした事を……仲間に言った事を覚えている。

 後悔するほど傷つけた。

 後悔するほど拒絶した。

 後悔するほど──言ってはいけない事を言った。

 

 だから、今更どんな顔をすれば良いのか分からず二の足を踏んでおり──。

 

「もう、響! 行くよっ」

「え? ちょ、待って未来──」

「待たない!」

 

 未来はコマチと違ってグイグイと来るタイプだった。そりゃあ街に繰り出して危ない技を出す響の前にも飛び出す。時代が時代なら女傑と呼ばれていたのかもしれない。

 ちなみにコマチなら一緒に待っている。何分も何十分も何時間も。それはそれで重い。

 

 未来に引き摺られる形で発令室に入った響は──トンッと軽い衝撃が腹部に感じた。

 視線を下げると、ふわふわな銀髪が見えた。

 

「クリ──」

「──許さない」

 

 有無を言わさずクリスは響の言葉を遮り。

 

「また一人で居なくなったら許さないから……!」

「──ごめん。それに酷い事言った」

 

 クリスは無言で首を横に振り、響はじんわりと服が熱くなるのを感じた。

 ポンポンッとクリスの背中を叩き、それを未来は優しい眼差しで見ている。

 

「よ! 効いたぜお前の雷」

「翼さん──」

「オレはクリスほど甘くねえぞ」

 

 包帯を巻いた翼は、響の後悔した暗い声にピシャリと言い放ち。

 

「今度飯を奢ってくれ。それでチャラにしてやる」

「──そんな事で?」

「おいおい何言ってんだ。お前の財布がすっからかんになるまで食ってやるから覚悟しとけって言ってんだ──逃げるんじゃねーぞ」

「──はい」

 

 強引に約束を取り付け、いつも通りに接して響に気にしていないと不器用に伝える翼。その素直じゃない思いやりに響は思わず笑みを浮かべて受け入れた。

 

「響」

「奏さん」

「──ありがとう戻ってきてくれて。そして生きていてくれてありがとう」

「あ──」

 

 ──生きるのを諦めるな! 

 

 かつて響は彼女の言葉で苦しみながらも、生きる事を諦めなかった。

 記憶を取り戻した今、それが鮮明に思い出される。

 生きるのを諦めなかったから──こうして未来と手を繋ぐ事ができた。

 

 そして、奏は大切な家族を失った。最も生きるのを諦めて欲しくなかった相手に。

 さらには今回同じ想いをし──響は酷い事を言った。

 

「奏さん、わたし──」

「いや、言わなくても分かっているだろうからそれ以上言わなくて良い──ただ、これだけを覚えていてくれ」

「……」

「どんなに苦しくても、どんなに辛くても──生きるのを諦めないでくれ」

 

 奏は再びあの日と同じ言葉を送る。

 

「そうしたら──あたし達が絶対に助けてやるからな」

 

 そう言ってニカッと笑い、あのライブの日に言えなかった事を言う。

 失う辛さも、失われる辛さも知っている奏だからこそ言える言葉であり、同じ痛みを持つ者にはよく伝わる。

 響は胸が締め付けられ──涙を流しながら強く頷いた。

 それを奏は、満足そうに見ていた。

 

 

 

 しばらくして落ち着いた響は、改めて二課のスタッフ達にも謝罪した。

 勝手な事をしてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい、と。

 しかし二課の者達は誰一人響に恨み言を言わず、それどころか彼女の帰還を心から喜び、歓迎した。

 

「司令も、その……」

「ん? ああ、あれか」

 

 響の気にしている事を察した弦十郎は、険しい顔をしながら呟いた。

 

「──許せんな」

「っ……」

 

 流石に直接害した手前、響は当然の事だと受け入れようとし。

 

「オレの未熟さにな」

「え……?」

 

 しかし続く言葉に呆然とする。

 

「例えアカシアくん由来の力といえど、二度も不覚を取ったからな……また一から鍛え直しだ」

「でも、あれは……わたしが」

「それに」

 

 ポンッと響の頭に手を置き。

 

「子どもの我がままを受け入れられないで何が大人だ。不甲斐ないオレ達だが、それでも君を助けたいと思っている──だからもうこれ以上自分を責めるんじゃない」

「……はい」

 

 響の中の蟠りを晴らし、彼らは現状の確認を行うことになった。

 

 まず響の体について。

 

「響くんの体内にガングニールは無い。未来くんの力のおかげだ」

 

 メディカルチェックの結果、響はガングニールとの融合が解け、普通の少女へと戻っていた。彼女を利用していたダインスレイフも記憶を封印していた力も消え、晴れて響は自由の身。

 

「ただ……」

「──分かっています」

 

 言い淀む弦十郎に代わって、響が言った。

 

「コマチの力も、無くなっているんですよね」

「それって……」

 

 今まで響を守ってきた紫電の力が──光が喪失していた。

 翳り、闇色の道を温かく照らし、響を支えていた力。それを失った響は──しかし、寂しそうにしていない。

 

「響、その……」

「未来のせいじゃないよ」

 

 しかし今の響は──日向の道を歩む事ができる。

 何故なら隣に陽だまりがあるのだから。

 

「多分未来の光に照らされる前に限界だった。……わたしがそういう使い方をしてたから」

 

 初めは命を救われた。ライブで死にかけていた彼女の手を掴み、闇から光へと。

 次に、戦いの日々に投じる彼女を人として留めていた。ノイズを、その裏にいるフィーネを強く恨み、連日連夜ノイズを倒すべく力を奮っていたにも関わらず、響はガングニールとの融合による人としての在り方を失わなかった。それは彼女が気付いていない所で必死に抵抗してたから。

 そして最後は、闇に堕ちた響を繋ぎ止め続けて獣に成り果てるのを必死に阻止していた。

 

(──コマチ)

 

 唯一残っていた彼との繋がり。

 しかし響はそれを喪失と思わなかった──彼女はもう迷わない。

 

「大丈夫。わたしはもう一人じゃない。未来がいる。皆がいる──だから明日に歩いて行ける」

 

 響の力強い言葉を聞いて、皆はとりあえずは大丈夫だと判断し次の話題へと移る。

 

「次はフロンティアだ」

 

 FISによってフロンティアは浮上し、モニターには大陸が映り、レーダーでは全体図が映し出される。

 レーダーに映し出されたフロンティアを見る限り、海上に出たのは本の一部だという事が分かった。

 あまりにも巨大。これが稼働する際のエネルギーは? そしてそれが兵器として使用された際には──。

 

 最悪を想定すればするほど、ゾッとしてしまう。

 

「アイツらはこれを使って月の落下を防ぐつもりなのか?」

「うん、そのつもりみたい──マリアさん達は」

 

 翼の疑問に未来が答える。

 とても気になるニュアンスで。

 クリスが代表して彼女に問い掛けた。

 

「どういう意味なの、未来?」

「えっとね。まず武装組織フィーネは一つの勢力内に二つの勢力があるの。それが月の落下を阻止したいマリアさん、セレナさん、ナスターシャさんのFIS組。

 そしてフロンティアを起動させたいウェルはか……ウェルさん。調博士、キリカ」

「ふむ……つまりウェル博士はフロンティアが目的だったわけか」

 

 ウェルの存在は二課にとって判断し兼ねる相手であった。

 言動が怪しいにも関わらず、未来に対しては真摯に協力し、彼女の身には何ら後遺症が無かった。

 力を手にして誇示したい──そう考えるには、あまりにも情報がまだ少ない。

 

「他には……」

「えっと。フロンティアが使えれば野望が果たせる、と」

「──野望、か」

 

 未来からの情報に、弦十郎達は思案する。

 今までの言動から、その野望は果たして健全なものかはたまた……。

 少なくとも月の落下を二の次にしている事から、無辜の人々を救う以上の目的があるのは確かだった。

 

「でもアイツ、コマチのおかげで小遣いできたって言ってたぞ」

「それにキリちゃんを最高傑作だってまるで物みたいに……」

 

 翼とクリスはウェルの言動から、彼を警戒すべきだと主張した。

 

「だがあのマリアがそんな奴と手を組むのか? 胡散臭いけど」

「胡散臭いけど言動はどうあれ響を助ける力もくれました。それに……」

 

 奏と未来は状況的判断から、彼のことを危険ではないと言う。胡散臭く感じながらも。

 

 意見が二つに割れる中、響が言う。

 

「──どのみち、フロンティアに行かないと」

 

 響は未来から聞いていた。

 ネフィリムが倒された際、マリア達は心臓と卵を手に入れていた。

 そして、マリアはその卵を大切に扱い──未来に伝言を託した。響に向かって。

 

『彼が次に目覚めるとしたらこの卵から──取り戻したいのなら、わたしを倒しなさい』

 

 ──もう、コマチは自分の事を覚えていないのかもしれない。

 

 でもやっぱり──彼女は諦める事ができない。

 

 闇に堕ちて尚、暴走しても尚、彼への想いは翳らなかった。

 

「──取り戻すんだコマチを」

 

 もう、迷わない。間違えない。

 響は、仲間と共にフロンティアに向かう。

 その胸に歌を抱いて。

 

 

 ◆

 

 

「これでフロンティアは起動──時期に生命力が行き渡ります」

 

 ネフィリムの心臓をフロンティアに専用の機器にて接続したウェル。彼の言葉通り、外を見ると徐々に木々が生い茂げ始めていた。

 それを眺めていたナスターシャ達に、ウェルが操作端末を投げ渡す。

 

「これは……?」

「フロンティアを使う為のアクセスキーとでも言いましょうか。ネフィリムの心臓に取り付けている機器と連動し、このフロンティアの操作を可能とします」

 

 そう言ってウェルもまた同じ端末を見せつける。

 

「では、月の落下阻止は任せましたよ。こちらはする事があるので」

「……? いったい何をする気なのですか?」

 

 ウェル達が月の落下の阻止をマリア達に丸投げをしているのは、共有されている認識だ。

 しかし、彼らが何をしようとしているのかは分からない。セレナが問い掛けると、ウェルはニヤリと笑みを浮かべて答える。

 

「──知りたいですか?」

「──っ!」

 

 それにセレナは怯えた表情を見せ──。

 

「いいえ、言わなくて結構。それは後で説明してちょうだい──時間がないはず」

「──そう、ですか。分かりました。では」

 

 マリアの言葉を受けたウェル達はブリッジルームへと向かった。

 彼らを見送った後、セレナはマリアに詰め寄る。

 

「姉さん、良いのですか?」

「なにが?」

「なにがって──」

 

 言い淀むセレナの額をバチンッと指で弾くマリア。

 セレナはその衝撃と痛みで思わず声を上げた。

 

「いたい!?」

「心配し過ぎよアナタは──マム、わたし達も制御室に行きましょう」

「そうですね」

 

 話を終えた三人は、制御室に向かった。

 セレナは額を押さえながら。

 

【──】

 

 そして誰も気付かなかった──ネフィリムの心臓が怪しく脈動するのを。

 

 

 

「手分けして探しましょう。その方が効率的です」

「ダメ助手にしては真面な意見」

「酷い! ……キリカくんは休んでいてください。君は……」

「大丈夫デス! ここまで来たのデスから最期まで!」

「……」

 

 三人でフロンティアを使い、蓄積された情報を開示、分析していく。

 ウェルも調もキリカも真剣な表情で次々と膨大な情報を閲覧していく。

 そんななか──。

 

(え──?)

 

 それを見た彼女は、()()()()を動揺で大いに揺らした。

 

(これって、アカシア様の──)

「──あった!!」

(──っ!)

 

 しかし、ウェルのその一言により意識は塗り替えられ再び眠りに付く。

 歓喜の声を上げるウェルに、調もキリカも振り返って彼を驚きの表情で見ていた。

 

「これで! これでようやく僕の野望が──」

 

 ウェルの高笑いが響き渡り──フロンティアが揺れた。

 

 

 ◆

 

 

 ソレは、ずっと機会を伺っていた。

 響に倒され、動けない状態のまま、ずっとずっと狙い続けた。

 しかし動く為の体が無く、ウェルの技術で封じ込まれていた為行動する事ができなかった。

 

 ──が、フロンティアと繋がり()()()を暴食し、再び起動した。

 

 暴走ではない。

 外敵を喰らうという欲求に従った、自分を叩きのめしたアイツを取り込んでやるという悪意が生んだ──本当の化け物。

 

 それが、牙を剥いた。

 

 フロンティアに行き渡っていた生命力がネフィリムの心臓へと集中し、さらに至る所から半透明な触手が現れた。

 触手は何かを探し出し──食事を開始した。

 

「──っ!」

 

 最初に気づいたのはマリアだった。

 彼女は目覚めた悪意に対処しようとし──。

 

「マム!!」

「っ!?」

 

 背後のセレナからの悲鳴に振り返った。

 するとそこには床から飛び出した触手がナスターシャを飲み込んでいる光景があった。

 セレナが駆け寄り救おうとするが──取り込まれて床に消えた。

 

「マム……!」

 

 動揺を顕にするマリア。

 故に気付かなかった次の標的は自分だと。

 部屋の至る所から触手が殺到し、マリアは避ける間も無く取り込まれた。

 

「姉さん!」

「く……!」

 

 悲鳴を上げるセレナ。

 逃げろと叫ぼうとし、しかしその前に口元まで呑み込まれもうダメかと思った瞬間──。

 

「──!?」

 

 マリアの持っていた卵が光り、触手を光の壁で押し戻す。

 しかし力が足りないのか、できたのは子ども一人を通す程度の空間で──そこからマリアは、まるで背中を押されるように脱出させられた。

 

「姉さん!」

 

 飛び出したマリアを受け止めるセレナ。

 しかしマリアはすぐに立ち上がって振り返り──。

 

「──リッくん先輩!」

 

 確かにそこにあった温もりに手を伸ばし──しかし卵を吸収した触手は嬉々としてその場から消え去った。

 

「──っ」

 

 ──マリアは、強く拳を握り締めた。

 守れなかった、と。

 

 

 

 そして異変はウェル達の居るブリッジでも起きていた。

 

「ぐ……!?」

「ダメ助手!?」

 

 ウェルもまた触手に取り込まれていた。

 それに気付いた調とキリカが助けようとし──。

 

「違う! 何をしている!」

 

 だがウェルは叫んで彼女達の足を止め。

 

「切歌くんを連れて逃げるんだ!」

「──切ちゃん!?」

 

 最も救うべき人の名前を叫んだ。

 それに反応した調が生命維持装置が繋がれたポッドに目を向ければ──。

 

「──あ」

 

 ガラスを突き破り、中の切歌を取り込んでいる触手があった。

 

「お前──」

 

 激昂し突っ込む調を、別の角度から飛び出した触手が彼女を襲う。

 

「調!」

 

 それをキリカが横から抱え込んで回避する事で難を逃れた。

 

「放して切ちゃんが!」

 

 そう叫ぶ調だったが──既に取り込まれてしまっていた。

 ウェルもまた既にこの場には居らず──絶望だけが残った。

 

「あ、ああああ……!」

「……調」

「──あああああああ!!!」

 

 調は泣き叫ぶ事しかできず、キリカはそんな彼女を抱えて逃げる事しかできなかった。

 

 

 

 ウェル。ナスターシャ。切歌。そしてアカシアの卵。それらを吸収したネフィリムは、フロンティア状に肉体を作り上げて姿を現した。

 

 それは、なり損ないだった。

 

 本来なら大地を作り出す程の力を持つ原始から生き続ける伝説のモンスター。

 ネフィリムはそれを歪んだ形で再現し、ドロドロとマグマの体が零れ落ち、大地を溶かす。

 

 ──メタグラードン。

 

 誰に願われる事なく、ネフィリムは己の欲望に従い──全てを喰らわんと咆哮を上げた。

 

 まるで、産声をあげるかのように。

 




ジラーチの映画で出てきたアレ


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第十七話「奇跡──それは残酷な軌跡」

「なんだ、あれは……!?」

 

 アメリカの第二哨戒船部隊が到着し、浮上したフロンティアに近付き──乗組員は絶句する。

 

 怪物が、そこに居た。

 

 怪物は流体の触手を海へと伸ばし、その海底にいる生命全てを飲み込んでいた。

 触手の周りだけ空間が広がり、渦潮が発生している。

 それを遠方から眺めていた彼らは──こちらへと迫る触手に気付くと、怯え叫んだ。

 

「た、たすけ──」

「逃げろ、こんなの聞いて──」

「ああああああ!! かあさああああああん!!」

 

 次々と取り込んでいき、その身に蓄積させていくネフィリム。

 その光景を、触手からの猛攻を何とか回避しながら二課の者たちは見ていた。

 

「あれは、いったいどうなっているんだ!?」

 

 これが果たしてFISの企みの果てにあるものなのか。

 しかし、さらに事態は動く。

 ネフィリムは突如動きを止めると、空を──その先にある月を見上げる。

 

 ──『◾️◾️◾️◾️っ』。

 

 ネフィリムには存在しない記憶が、ノイズを生む。

 

 ──これは──面白いな。

 

 アカシアという存在を恨んでいるネフィリムは──彼が最も嫌がるであろう行為を進んで行った。

 フロンティアを操作し、月へとアンカーを射出し──打ち込む。

 それによってフロンティアは月にぶら下がるように宙へ浮かび、天に輝く月もまた地球への落下を早めた。

 

 そしてそれに巻き込まれた二課の仮説本部はフロンティアに打ち上げられるように上陸した。

 

「皆無事か!?」

「なんとか……」

 

 どうやら今の衝撃で負傷者は出ておらず、弦十郎はホッとため息を吐き──モニターに映るメタグラードンを見る。

 

「……フロンティアが枯れていく」

 

 メタグラードンによってフロンティアはそのエネルギーを吸われ続け、端からボロボロと崩れ始めていた。

 事態の急変に二課は戸惑いながらも──それでも迷わず進む。

 

 それが、特務災害機動部二課の仕事なのだから。

 

 

 第十七話「奇跡──それは残酷な軌跡」

 

 

 二課は装者を防衛組と斥候組に分ける事にした。万が一を考えて全滅をしない為である。

 斥候組に組み込まれた翼とクリスは、翼のボードに乗ってネフィリムに向かって飛んでいた。

 しかし近づけば近づくほど相手の大きさが認識でき、以前戦ったダイマックスしたレックウザを彷彿させる巨体であった。

 戦力差に二人が顔を顰めていると──クリスがあるものを見つけた。

 

「翼っ」

「ぐえ!? な、なんだ?」

 

 グイッと服を引っ張られ窒息しかけるも、翼はすぐにクリスの指示に従ってボードを操作。

 急降下し大岩の陰に降り──そこに隠れていた者たちの前に立つ。

 

「──! クリス……」

「キリちゃん……」

 

 そこに居たのはキリカと調だった。

 彼女たちは翼たちに敵意を向ける事はなく、翼たちもまた彼女たちに敵意を向ける事はなかった。

 それ以上に事態が切迫しているというのもあるが──調に生きる活力が無かった。

 

「……切ちゃん」

 

 それをキリカが悲しそうに見ていた。

 

「……何があった?」

「えっとデスね」

 

 翼の問いに答えたのは、失意の底に堕ち、全てを諦め自暴自棄になった調だった。

 

「ネフィリムが暴走した」

「ネフィリムが?」

「そう。そしてアカシアの卵を吸収したんだと思う──あの姿がその証明」

 

 ネフィリムに姿を変える力はない。

 遠くに見えるネフィリムは、確かにアカシアが姿取るソレと似ていたが──化け物染みているのは取り込んだ元となったネフィリムのせいか。

 そして暴走したネフィリムはありとあらゆる生命を吸収する為に触手を伸ばし──切歌を調から奪った。

 

「せっかく……せっかく切ちゃんを助ける術を見つけたのに」

 

 絶望する調。

 事の顛末を知り言葉を失う翼とクリス。

 

 しかし、キリカだけが──ジッとメタグラードンを見ていた。

 

「つまりアレは生命力の塊という事ですね」

 

 そして何故か何処か希望を持った声色で呟き。

 

「だったら──これはチャンス、という訳デスね」

「……? キリちゃん、何を言って──」

「──お前! まだそんな事を言っているのか!?」

 

 キリカの言う事が分からず首を傾げるクリスと違い、その言葉を聞いた調は激昂してキリカに掴みかかった。

 しかし、キリカは微笑みを絶やさず穏やかな声で彼女に言った。

 

「調、大丈夫デスよ。理論上は──いや、絶対成功するデス」

「だから! 何の為にわたし達が別の方法を調べていたと思って!」

「ハハハ! やっぱりそうでしたか──調は、優しいですね」

 

 言い合う二人だが、様子が対照的だ。

 キリカはどこまでも希望に満ちてとても嬉しそうに笑っていた。

 調はどこまでも絶望に満ちて、とても悲しそうに、悔しそうに、泣いてキリカを止めようとしていた。

 

「おい、お前らは何の話を──」

「──こいつが! こいつが自分の命を使って切ちゃんを救おうとしている! そう馬鹿げた事を言っているんだ!」

『──!?』

 

 目の前の人間が命を投げ出そうとしている。

 それを聞いた二人は目を見開いた。

 特にクリスは、キリカを友達だと思っている彼女の動揺は凄まじく、調同様詰め寄った。

 

「キリちゃん! どういう事!?」

「──どうもこうも、これが一番確実だったのデス」

 

 キリカは言う。

 

「あたしの命と力を使えば、切歌はもっと早く目覚める事ができたデス。でも優しい調たちはそれを却下して、今のいままで方法を探していたデス。でもそれができないから、最終手段を取る──そんな簡単な話です」

「簡単な話な訳あるか! そんな勝手な事、許せない!」

 

 翼は──理解した。

 調は、キリカの事が疎ましいからあのような冷たい態度を取っていたのではない。

 それどころか、もしかしたら目覚めさせたい親友と同じくらいに大切に想っていたからこそ──認められなかったのかもしれない。

 頑張れば頑張るほど、準備が整うほど、キリカは調の望まない方法で、一刻も早く彼女の望みを叶えようとする。

 

 なんて優しくて──残酷だろうか。

 

「もうこれしかないですよ。それに──コホッ」

 

 口元を抑えてキリカが咳き込み──その手にはベットリと血が付いていた。

 

 キリカの寿命も残り少ない。

 ならば、それを有効に使おうと、彼女はそう言っているのだ。

 それを見た調は顔を漂白させて──涙を流して縋り付く。

 

「ダメ──ダメダメダメ……ダメ!!」

「調……」

「わたし、もっと頑張るから。寿命を伸ばせる方法を見つけるから──明日に進む日を貴女にあげたいから」

「……」

「だからお願い──キリちゃん……!」

「──」

 

 キリカは──。

 

「あたしを、そう呼んでくれるのですね」

 

 心底嬉しそうに笑みを浮かべて。

 

「──ありがとうデス。調。大好きですよ」

「あ──キ、リ……ちゃん」

 

 トンッと当て身をして、調の意識を絶った。

 倒れる彼女を支え、ゆっくりと地面に下ろすと、翼たちに背中を向けて言った。

 

「調を頼みます。あたしは──」

 

 トンッと軽い衝撃が彼女の背中に伝わり、ギュッと細い腕がキリカを締め付けた。

 

「ダメ──行ったらダメ!」

「クリス……」

「そんな事しても、残された方は辛いだけ! だから──」

「──行かせて」

 

 それをキリカは──彼女は、クリスを落ち着かせる声で、そっと手に触れた。

 

「大切な者の為なら命は惜しくない──確かにそれはエゴだけど、体が勝手に動いてしまうもの」

「──」

「でも、二度もそんな思いをさせるのは、本当に申し訳ない──ごめんデスよ、キリカ」

 

 それだけ言うとキリカはクリスを振り払ってメタグラードンへと駆けて行った。

 

「キリ──」

「危ない、クリス!」

 

 呼び止めようとしたクリスを、翼が調共々回収し終え空へと飛ぶ。

 どうやら彼女たちの生命エネルギーに気付いてしまったようで、タイミング悪く彼女たちを襲い始めたようだ。

 

 結果キリカは最短距離で真っ直ぐに一直線でメタグラードンに向かい、翼たちはそれを追う事ができず、クリスの叫び声が虚しく響いた。

 

 ──キリちゃん!! 

 

「──クリス。調」

 

 しかしキリカにはしっかりと届き、雫が空を舞う。

 それでも彼女は走り続ける。

 命ある限り、燃やし続けて、大切な人の為に走り続ける。

 

「ただのホムンクルスが、本物になれなかった偽物が、よくここまで来れたものデス」

 

 もしくは、この時のために自分は存在していたのでは無いか、と彼女は思う。

 

 メタグラードンを睨む。

 大切な人の掛け替えの無い存在は──キリカにとっても大切な人となっていた。

 故にこれは奪還だ。

 未来へ──明日へ歩いて行く為の奪還だ。

 

「Zeios igalima raizen tron」

 

 数ある聖遺物の中で最も適合率の高いギアを纏い、キリカはメタグラードンに突っ込む。

 ウェルに頼み備え付けられた右眼の義眼には、切歌の生命反応をしっかりと捉えていた。

 そこに向かって彼女は一直線に突き進む。

 

「さぁさご覧あれ! 造られし短命の人形ホムンクルス! 胸にある歌は贋作! されど心の臓に宿るこの想いだけは偽物にあらず! 我が主、月詠調が想いと共に返してもらうぞ!」

 

 キリカがアームドギアをメタグラードンに突き付けて叫ぶ。

 

「我が手にあるのは魂を切り裂く鎌イガリマ! デカブツ相手なら当てやすい──命惜しければ、盗った物全てそこに置いていけ……デス!」

 

 それに対するメタグラードンの応えは──吸収の為ではなく迎撃の為に伸ばした触手が全てを物語っていた。

 キリカはイガリマで切り裂きながら舌打ちをする。彼女は吸収する為にあえて挑発したのだが──。

 

「クソ! 残りカスには興味無いデスか! 意外とリッチな舌してるデスね!」

 

 吸収してくれないのなら突撃するしか無い。

 キリカは走りながらイガリマを振るい続ける。

 しかし──。

 

「──カハッ」

 

 体内汚染が残っているキリカの口から血が吐き出される。

 一瞬動きが鈍る、その隙を突いて触手がキリカを叩いて吹き飛ばした。

 空を舞うキリカ。

 

「っ──」

 

 しかし彼女はその状態でLinkerを打ち込み、別のギアを取り出す。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 手にするのはアメノハバキリ。

 日本刀を手に体勢を立て直した彼女は、蒼い斬撃を放ち触手を切り捨てる。

 そしてアメノハバキリの機動性を以って、襲い掛かる触手の大群を刀を奮い続けながら突き進んだ。

 

「っ……!」

 

 タラリと鼻から血が垂れる。

 視界もかすみ、頭の奥がスッーと冷たくなっていく。

 呼吸も浅く早くなっていく。

 足に力が入らなくなり、倒れそうになる。

 

 もう、限界だ。

 

(──だとしても!!)

 

 キリカは限界を超えて、走る。走る。走る──。

 血反吐を吐きながら、目から血涙を流しながら──その血を握り締めて歌う。

 

「あたしは絶対、諦めないデス!!」

 

 それを嘲笑うように触手が殺到し──。

 

「はあ!!」

「せい!!」

 

 ──全て、マリアとセレナが斬り払った。

 キリカは目の前に現れた二人を、茫然とした顔で見ていた。

 

「生きていたデスか二人とも……でも、何で此処に……?」

 

 彼女の問いに、二人は振り返って──優しく微笑んだ。

 

「確かに初めは利害の一致からなるただの協力関係だったかもしれない──でも、一生懸命なアナタの事をずっと好ましく思っていた」

 

 マリアが歩み寄る姿勢を見せて、キリカと仲間になりたかったと告白する。

 

「これが終わったら歓迎会をしようかなって思っています。……やっぱりわたし、キリカさんの事、放っておけません──ごめんなさい、今まで冷たく接して」

 

 セレナは未来の事を話した。これまで話せなかった事、やりたかった事をして──友達になろう、と。彼女はキリカの手を掴んだ。

 

「──マリア。セレナ」

「そう。わたしはマリア・カデンツヴァ・イヴ」

「はい。わたしはセレナ・カデンツヴァ・イヴ」

 

 ──武装組織フィーネはお互いに相手のことを知っていた。

 故に自己紹介は最低限であり、そこに仲間意識はなかった。

 しかし、ここでは──確かに新たな絆を作ろうとしていた。

 

『貴女の名前は?』

 

 二人が、彼女の名を問う。

 

「──あ、あたしは……あたしはっ!」

 

 キリカは、胸に宿る初めての想いに言葉を詰まらせながら叫んだ。

 

「──あたしはキリカ! 調博士とウェル博士に造られたホムンクルス! 普通の人とちょっと違うデスが、それでもこの胸にある想いは本物デス!」

「──その胸にある想い、聞かせてちょうだい」

「──調の、調の笑顔を取り戻す為に、暁切歌を助けたいデス! 

 ずっとずっと奪われていた光を、あたしの大切な人に届けたい!」

 

 キリカの願いを聞いた二人は──。

 

「その願い──」

「確かに聞き遂げた──」

 

 波導と白銀の刃が道を拓く。

 

「行け! 我が同志キリカよ。その願い、叶えてみせろ。だから──」

「安心してください。キリカちゃんの背中はわたし達が守ります。だから──」

 

 ──振り返らず、進め。

 

「──ありがとう、デス!」

 

 キリカは、涙を流しながらメタグラードンへと突撃し──その体内に入り切歌の元へと突き進んでいく。

 それを見送った二人は──。

 

「姉さん」

「なに?」

「──わたし」

 

 マリアの優しく温かい手がポンっと彼女の頭に乗せられ、ゆっくりと撫でられる。

 

「──もう少し早く歩み寄っていれば良かったわね」

「……うん」

「──あの子の好きなもの、聞いておけば良かったわね」

「…………うん」

「──もっと楽しく過ごしたかったわね」

「──うん……!」

 

 セレナは、流れ出る涙を拭い、しかし後から後から涙が溢れ出る。

 それをマリアは優しく見守り──キッと前を睨み付ける。

 

「行くわよ──キリカの頑張りを無駄にするな!」

「──はい!」

 

 二人は破竹の勢いでメタグラードンの触手を殲滅を行い、注意を引き付ける。

 彼女の最期の頑張りを無駄にしない為に──。

 

 

 ◆

 

 

(──見つけたです!)

 

 メタグラードンの体内には、たくさんの人々が捕われていた。

 まるでメタグラードンの細胞のようにゼリー状の膜に覆われ、循環している。

 時間を掛けて吸収するつもりなのだろうか? 

 しかしおかげで、ここは生命力で満ち溢れている──キリカにとって都合が良い。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 セレナと同じアガートラムを纏い──血を吐く。

 しかしキリカはそれに構わず切歌に近づき──笑った。

 

「……そんな状態になっても、誰かを守るんですね──コマチ」

 

 ──暁切歌は、生命維持装置を付けられて初めてその命を繋ぎ止めていた。

 しかしネフィリムの悪意によりそれは無理矢理外され、反対に吸収されている筈だった。そうなればとっくの昔に命を落としている。だから調は絶望していた。

 

 だが、そうはならなかった──彼女のすぐ側にある卵によって。

 

 その卵はネフィリムに逆らい、切歌に生命力を与え続けて生き長らえさせていた。

 だからこそ切歌は死なずに済み、キリカは間に合う事ができた。

 

「ありがとう、守ってくれて」

 

 彼女の言葉に、卵が弱々しく脈を打ったような気がした。

 キリカは、持っていた最後のLinkerを手に取り、胸の歌を歌おうとして──。

 

 

「──やめろおおおおおおおお!!!」

 

 遠くから、踠きながら、必死に、死ぬ気で、叫びながら、流れに逆らうように泳ぎ、キリカの元へ駆け付けようとする一人の男が居た。

 

「このクソ餓鬼……! テメエ何しようとしてんだ!!」

 

 男の名はウェル。

 かつてFISに所属し、英雄になる事を夢見て──。

 

「僕の野望を壊すつもりか!!?? ──だから今すぐやめろおおおおおお!!!」

 

 調がFISから離脱する際に誘拐され、利用され、その仕返しを目論み──。

 

「──生きるのを諦めてんじゃねえぞ! 何の為に此処まで来たと思ってんだ!!」

 

 ──いつしか、彼女達を本気で助けようとしていた、ただのウェルだ。

 

「確かにアガートラムの絶唱を使えば切歌くんは助ける事ができる──だが!」

 

 ──キリカ君は死んでしまうじゃないか……! 

 

「そんな結末認めないぞ僕は! ビターエンドなんてクソほろ苦いものより、ご都合主義満載の甘々なハッピーエンドが良いに決まっている!」

 

 だから。

 

「だから今すぐ馬鹿な事をやめろ!!」

 

 息を荒げ、髪がボサボサになるほど感情を顕にするウェル。

 そんな彼を見てキリカは──笑っていた。

 

「──何笑っていやがる……何で笑っているんだ!」

 

 ウェルが怒りの表情で叫ぶ。

 

「ようやく見つけたんだぞ! 君の寿命を伸ばす方法も、切歌くんを助ける方法も!」

 

 しかしその怒りの矛先は果たして。

 

「ここまで頑張って来たじゃないか! 調くんの笑顔を見たいと言っていたじゃないか!」

 

 誰に向いているのだろうか。

 

「此処で死んだら見れないんだぞ!」

 

 きっとそれは、おそらく──。

 

「──目覚めた切歌くんと一緒にお話したいって言ったじゃないか。

 調くんとまた学園祭に行きたいって言ってたじゃないか。

 クリスくんと仲直りしたいって言っていたじゃないか。

 響くんに謝りたいって言ってたじゃないか」

 

 力の無さを実感している自分自身だろう。

 

「──全部諦めるのか! それで良いのか!? ──良い訳、無いだろう……!」

 

 彼の頬に涙が流れ、懇願する

 

「お願いだ生きてくれ……君は……君は、僕にとって──」

「──やれやれ。博士は仕方ないデスね」

 

 キリカが移動し、ウェルと視線を合わせる。

 彼女の表情は穏やかで、反対にウェルの顔はぐちゃぐちゃだった。

 

「博士がそんな調子でどうするデスか。そんなんじゃあ、調も切歌も任せられないデス」

「……そうだ。僕は大した人間じゃ無い。女の子一人救えない屑だ」

「──でも、あたしは知っているデスよ。博士が凄い人間だって」

 

 そっとキリカが手を伸ばし、しかし膜に遮られて触れられず。

 しかし温かさは──伝わった。

 

「あたしの為に、調の為に、切歌の為に、死に物狂いで頑張っているのを知っているデス。そんな博士だからこそ──あたしは、貴方の事を心から尊敬し、博士って呼ぶんデスよ」

「──キリカ、くん」

「だからシャキッとするデス! じゃないと、あたしが調の代わりにケツを蹴ってやるデスよ!?」

「それは……凄い痛そうですね」

「そうです。痛いのデス。だから──」

 

 あたしに蹴られないように、頼むですよ博士。

 

「キリカくん──キリカくん!!」

 

 背後のウェルの必死の叫び声に、彼女は振り返らず切歌の元へ辿り着くと──絶唱を歌った。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 絶唱を口にするなか、キリカはこれまでの短い生で、心に強く刻まれた記憶を思い出していた。

 

 それは、調と初めて会った時の事を思い出していた。

 

 

 

『──実験は失敗ですね』

『……うん。でも』

 

 

 調がそっとキリカに触れる。

 

『この子はこの子。わたし達が生み出した命』

 

 彼女が微笑んだ。

 

『生まれて来てくれてありがとう──キリちゃん』

 

 

 ──その記憶も歌と共に燃え尽きる。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 次に思い出すのは──クリスとの出会い。

 

 

『今日からよろしくデース!』

『……』『およよ?』

 

 初めは素っ気なかった。

 協力関係でしか無いから深く関わるなと言われていたからだろう。

 しかし……。

 

『これ』

『何デス?』

『……ご飯』

『? 頂くデス──美味しいデエエエス!!』

 

 二人が仲良くなるのに、時間は掛からなかった。

 

 

 ──その味も、燃え尽きる。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 

 ──そしてキリカは、マリア達との暮らしも思い出す。

 

『マリアはどうしてそこまで強いのですか?』

『強い? わたしが?』

 

 キリカの問いにマリアは珍しく笑い、キリカは目をシロクロさせた。

 それに彼女は、謝り、かつて自分が言われた事を言う。

 

『わたしは強くなんか無いわ。弱いままよ』

『そうデスか? それにしては──』

『ふふ。確かに腕っ節は他の人より強いのかもしれない──でもそれだけ』

 

 マリアは、優しい声で彼女に伝えた。

 

『人にはそれぞれの強さと弱さがある。そして、弱いからこそ強くなれる。成長する。進化できる──わたしはそう学んだわ』

『ほへー! なんだかカッコいいです!』

 

 そう団欒していると、セレナが割り込んできた。

 

『ちょっとセレナ? 何しているの?』

『ツーン……』

『……これ、嫉妬しているわ』

『それはそれで可愛いです!』

 

 ──楽しい日常も、燃え尽きる。

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

 ──最後に思い出すのは、大切な人。

 

『アガートラムの絶唱で、自分の命と引き換えに蘇らせる?』

 

『──ふざけるな』

 

『あなた、わたしを舐めているの? そんな事しなくても切ちゃんは絶対蘇らせるから」

 

『──しつこい! それ以上言ったら許さないから!』

 

『……そう。そこまで言う事聞かないなら』

 

『お前の行動を制限させて貰った』

 

『──もう二度と、馬鹿な事を言うな……!』

 

 ──仲直りする機会を、燃やし尽くした。

 

 全て燃やし尽くして──。

 

「──なんだ」

 

 キリカは気付く。

 

「あたしって──こんなに好かれていたのですね」

 

 彼女たちが抱いていたその感情を。

 そして、今キリカが抱いているその感情の名を。

 

「そっか。これが──「嬉しい」って感情なのデスね」

 

 その感情にキリカは──太陽のような笑顔を浮かべて、綺麗な涙を流す。

 

「最期にこんな素晴らしい感情に気付けて──キリカは幸せ者デス」

 

 故に、彼女はこの言葉を、これまで出会った人々に送る。

 

「──ありがとう」

 

 キリカの純粋な感情にアガートラムは応え──眩い閃光がフロンティアを照らした。

 

 

 ◆

 

 

 あーあ。これで調とお別れですか。寂しいデスけど、仕方ないデス。

 

 でも、心配はしていないデスよ? 

 だって超天才の、あたしの尊敬するウェル博士も居るデスし、頼りになる仲間のマリアやセレナが居るデスから。

 

 それに──これからは、本物の切歌が調の側に居てやれるデス。

 あたしにはできない事を、できる筈だから。

 

 ──それとコマチ。

 

 ごめんなさいデス。痛かったデスよね? そんな姿になってまで切歌を助けてくれてありがとうデス。

 

 だからお礼って訳じゃないデスけど、貴方にも目を覚まして欲しいデス。

 

 アナタが居なくなってクリスが凄く泣いていたデス──それを見て胸が痛くなって……悲しいって、辛いって、初めての感情を知ったデス。

 

 だから、響さんにも謝りたかったデス。

 彼女、物凄く怒っていたデス。物凄く泣いていたデス。……物凄く辛そうにしていたデス。

 

 あんな顔をもし調がしていたと思うと──ゾッとして、そしてこのフロンティアで見せつけられて──イヤだとハッキリ思ったデス。

 

 だから──。

 

 だから……! 

 

「──切歌ッ!! コマチッ!! いい加減目を覚ますデスッ!!」

 

 ──彼女の叫びに呼応するように。

 

 ──切歌は目を開き、卵は強く脈打ち……パキッとヒビ割れた。

 




今話の内容により「ホムンクルス切歌」のタグを削除しました。


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第十八話「波導――ガングニールの勇者」

 

 光が晴れた途端、メタグラードンはその姿を保てずドロドロと溶けるようにして崩れていった。

 さらにメタグラードンの体内から光の球が無数に飛び出し、フロンティアに降り立つ。

 光が晴れるとそこには──メタグラードンに吸収された人達が居た。

 アメリカの軍人達は何が起きたのか分からず困惑し、そんな彼らの前に──事態を重く見て出張っていた弦十郎が駆け付けた。

 

「特務対策機動部二課の風鳴弦十郎だ──ここに居ては危ない。我々の船に避難してくれ」

「こちらです。着いて来てください」

 

 弦十郎と共に行動していた緒川が、アメリカ軍人達を連れて仮説本部へと向かう。

 アメリカ軍人達は初めは迷ったが、命が惜しい為素直に従った。

 それを見送った弦十郎は、振り返り残った二人の男女を見る。

 

 今回の騒動の中心である武装組織フィーネに所属するジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスとナスターシャ教授。

 彼らは助かり、力無く地面に座っている。

 特にウェルは覇気が無く──今にも死んでしまいそうだった。

 

「──何が天才だ。何が英雄だ」

 

 彼は──失意の底に堕ち、絶望していた。

 

「僕は無力だ──何の為に生きて……」

 

 キリカを失ったショックは──大きかった。

 そして別の場所でも、キリカの死に涙する者がいた。

 

「キリちゃん……」

 

 調が目を覚ました時、既にキリカは力を使った後で──彼女が死んでしまった事を知った。

 彼女の胸にあるのは大きな後悔。

 今まで冷たく接してしまった事。それにより彼女を悲しませてしまった事。

 

 そして何より──もう、彼女と明日に向かって歩く事ができない事が、悲しかった。

 

 涙を流し続ける調。

 そんな彼女に──手を差し伸ばす者が居た。

 

「Zeios igalima raizen tron」

「──この、歌は……!?」

 

 調に影が差し、歌が聞こえる。

 キリカではない。記憶の底にある大好きだった彼女の歌──。

 調が、勢い良く頭を上げれば──そこに、居たのは。

 

「──ただいまデス。調」

「──切、ちゃん……?」

 

 エクスドライブへと至ったイガリマを纏い、長い金髪を揺らす暁切歌が、微笑んでいた。

 エクスドライブの効果により空を飛べる彼女は、長年眠っていた事による筋力の低下を補うように、スーッと浮いて移動する。

 調の前に来た彼女は、手を伸ばし──。

 

「──わたしに、触ったらダメ……!」

「調……」

「わたしは、取り返しの付かない事をした……切ちゃんに触れられる資格なんて──」

 

 拒絶する調を、切歌は優しく抱き締めた。

 

「ぁ……」

 

 その温もりに、思わず調が声を漏らし、切歌は頭を撫でながら、ずっと伝えたかった事を、ようやく伝える。

 

「ずっと見ていたデスよ。あのドクターと一緒に、もう一人のアタシと頑張っていた調の事を」

「──」

「みんなの想い、しっかり届いていたデスよ──ありがとう、調」

「──切ちゃん……!」

 

 調は泣いた。ようやく取り戻した親友の腕の中で。

 調は泣いた。腕の中から取り零してしまったもう一人の親友を想って。

 

「調、アタシ戦うデスよ。このままだと、もう一人のアタシが守ったこの星が壊れてしまうのデス」

「……」

「調は……どうするですか?」

「……わたしは」

 

 迷う素振りを見せる彼女に──クリスが発破を掛けた。

 

「──立ち上がって……!」

「……」

「キリちゃんはいつも言っていた。あたしの尊敬する調は凄いって──だから、戦おう! あの子の分まで! そして生きるんだ!」

 

 クリスもまた、友を失って涙を流していた。

 その涙を見て調は──。

 

「──ありがとう。キリちゃんの為に泣いてくれて。……友達になってくれて」

「調……」

「──落ち込んで、いられない。わたしは、戦う!」

 

 調が立ち上がり、シンフォギアを纏う。

 彼女はまだ乗り越えていない。

 しかし、キリカの想いを抱いて突き進む。

 それは、彼女が好きだと、凄いと尊敬していた月詠調の強い姿だった。

 

(こっちは何とかなったデスがドクターの方は──)

 

 ふと心配するキリカだったが──。

 

(──)

(──そうデスか。分かりました。なら、アタシ達はアタシ達の仕事をするデス!)

 

 切歌はその声に従い、調たちと共にネフィリムの居るフロンティアの心臓部へと向かった。

 

「……」

 

 その輝きを、軌跡を呆然とウェルが見つめていた。

 切歌は無事救出され、この星を守ろうと立ち上がっている。

 調もまた取り戻した親友と共に、失った親友の想いを引き継いでいる。

 しかし自分はどうだ。

 何もする気が起きない。

 胸にポッカリと穴が空いたかのように、心が死んでいた。

 

「ミスターウェル。此処に居ては危険だ。早く逃げ──」

「──この僕に生きる価値があると思いますか?」

 

 弦十郎の言葉に、しかしウェルは投げやりに答える。

 

「こんな屑みたいな無価値な僕なんて死んだ方が良い──それこそ、キリカくんの代わりに」

 

 生きるのを諦めた彼だったが、それ以上言葉を続ける事はできなかった。

 

 ──パシイイイイン!! 

 

 突如頬を思いっきり、叩かれていた。

 ウェルは勢い良く地面を転がり、無気力な目で自分を叩いた者──ナスターシャ教授を見た。

 ナスターシャ教授は、肩で息をしながら彼に近づき、襟元を掴んで引き寄せた。

 

「何を呆けているのです! 今立ち上がらなくて何時立ち上がるのですか!?」

「……」

「──確かに辛いでしょう。娘当然に可愛がっていた子どもが命を落とし、そして自分が何もできないのは」

 

 ナスターシャの脳裏に、息子のように想っていた勇者が過ぎる。

 

「だとしても! 耐えなけれななりません! 何故なら──託されたのだから」

「──っ」

 

 ウェルがキリカとの最後の会話を思い出す。

 

「あなたの仕事は此処で死に腐る事ですか!? 娘が愛したこの星が滅ぶのを黙って眺めている事なのですか!? ──答えなさい! ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス!!」

 

 ナスターシャの必死の訴えに、ウェルは。

 

「うるさいなぁ……」

 

 ナスターシャの掴んでいる手を振り解き、そのままゆっくりと立ち上がって──迫り来る月を見る。

 

「──強いなぁ、子どもって」

 

 思い出すのは、キリカの笑顔。

 

「──辛いなぁ、大人って」

 

 思い出すのは、薫陶を受けた小さな勇者。

 

「──残酷だなぁ、世界って」

 

 全てを思い出して──ウェルはナスターシャを睨み付ける。

 

「ここまで言われて黙ってちゃあ、キリカくんにケツを蹴られますからね──止めましょう月の落下を」

「──それこそ我が協力者……いえ、仲間です」

「やめてください。寒気がします」

 

 悪態を吐きながらも、愛する子どもに大切な者を託された大人二人は制御室に向かう。

 

「オレも行こう。手伝わせてくれ」

 

 それに弦十郎が加わり、彼らは走る。

 子ども達の未来を守る為に。

 

 

 ◆

 

 

 生命力の流れを逆流させられたネフィリムは、アカシアの卵との接続を切り、フロンティアの心臓部へと逃げた。

 そこで暴食を繰り返し、次に備える。

 それを止める為に、装者達が向かう。

 

「──じゃあコマチは」

「はい。月の落下とネフィリムを止める為、あちら側に残っているデス。おそらく、ネフィリムと制御権の取り合いをしているデス」

 

 その際に生命力のほとんどを切歌に送った為、彼女はエクスドライブへと至ったが……反対に、アカシアは弱っている。

 

「だから、あのちんちくりんを助けるデス!」

「──ハア、全く。相変わらず変わっていないな」

 

 翼が呆れたように呟くと。

 

「──それこそが、彼を彼たらしめる要素よ」

 

 そこに合流したマリアが、付け加えた。傍にはセレナも居る。

 波導で何が起きているのか、自分のするべき事を理解しているのか、マリアも切歌たちと同じ方向へ向かっていたらしい。

 マリアが切歌を見て──。

 

「──そう、やり切ったのね。彼女は」

 

 目を閉じ、キリカの最期を悟り。

 

「──この奇跡。そう簡単に絶たせない」

 

 強く前を見据えて、心臓部に向かう。

 他の装者も頷き、彼女に続いた。

 

 

 しばらく進むと、フロンティアの心臓部に辿り着いたが──。

 

 そこは、灼熱地獄だった。

 

「これは──!」

「あれを!」

 

 セレナが指差す方向には──触手が突き刺さっているアカシアの卵と、熱を放出し全てを溶かそうとしているネフィリムの心臓があった。

 

「不味いデスよ!? またアイツに呑まれたら」

 

 先ほどの怪物が──否、それ以上の怪物となってネフィリムは地球を喰い尽くすだろう。

 

 それを阻止しなくてはならない。

 装者が武器を構えた瞬間──声が聞こえた。

 

「これって……」

「テレパシーだ」

 

 翼の疑問に、マリアが応える。

 そのテレパシーの発信先は──アカシア。

 

 アカシアは、朦朧とする意識の中──。

 

『──え?』

 

 謝った。

 こんな事になってごめん、と。

 

「何を言っているの……?」

 

 マリアが人一倍酷く狼狽した声で聞いた。

 いや、確認に近いのかもしれない。波導の力で深くアカシアの考えている事を理解した彼女は──突っ込もうとして、バリアーによって阻まれた。

 

「っ、これを解いてリッくん先輩! リッくん先輩!」

「ね、姉さん? いきなりどうし──」

「──彼は、ネフィリムと対消滅しようとしている!」

『──!?』

 

 彼は言う。コイツを止めるにはこの方法しかない。

 自分はあまりにも力を削られ過ぎた。

 だから、此処でお別れだと。

 

「待って……待ってコマチ!」

「行くな光彦! お前が居ないと……!」

「キリちゃんがせっかく助けたのに。そんなの認められない!」

「そうデスよ! 生きて皆で帰るのデス!」

「また、行っちゃうんですか……!?」

「──リッくん先輩! お願いだから……」

 

 対消滅をすれば──アカシアはもう二度と目覚めないかもしれない。

 それが認められなくて、許せなくて、彼女たちは必死に叫ぶ。

 しかしバリアーに阻まれて手が届かない。

 

 アカシアはさらに、力を行使する。

 

「あれは、ソロモンの杖……?」

 

 彼がサイコキネシスで取り出したのはソロモンの杖。

 アカシアはそれを使い──バビロニアの宝物庫を開く。

 

「あ──」

 

 それを見て全員が理解した。

 彼は、そこで対消滅する気だと。

 

 皆が、止めようと叫ぶ。泣く。手を伸ばす。

 

 しかし彼女たちはどうすることもできず、アカシアの卵とネフィリムの心臓は浮き、バビロニアの宝物庫へと向かって。

 

 

「──コマチ!!」

 

 そこに、奏に抱えられた響が辿り着いた。

 彼女は奏の腕から飛び降りると、アカシアの卵に向かって真っ直ぐに一直線に突き進む。

 

 そして、マリアたちを阻んでいたバリアーに向かって、ペンダントを握り締めた拳を振りかざす。

 

 それは、陽だまりが言葉と共に、彼女に託した──胸の歌。

 

(──当たると痛いこの拳。だけど未来は誰かを傷付けるだけじゃないって教えてくれた)

 

 だったら。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 ──わたしの歌に、想いに応えてよ! 

 

「──ガングニイイイイイイイル!!」

 

 響の拳がバリアーにぶつかると同時に──ガラスが砕け散る音が響いた。

 そして彼女はそのまま跳んで、握り締めた拳を開いて──アカシアの卵を掴み、そのままバビロニアの宝物庫へと落ちる。

 

「──あたし達も続くぞ!」

『──っ!』

 

 奏のその言葉に全員反応し、響の後に続き──フロンティアの心臓部から全員消えた。

 残されたのは、アカシアが月の遺跡を再起動させる為のフォニックゲインと、フロンティアに出した一つの指示のみ。

 

 それは、誰も傷付けずゆっくりと落ちろという彼らしいものだった。

 

「月の再起動を確認。公転移動も修正はされました」

「よし、では即刻避難するぞ」

「ええ──調くん、切歌くん……いや、皆さん、どうかご無事に……!」

 

 

 ◆

 

 

 ウェル達が無事に月の落下を阻止していた頃、装者達はソロモンの杖を手にノイズと戦っていた。

 

「くそ、数が多い……!」

 

 奏が悪態を吐くように叫ぶ。

 現在、空を飛べる者が中心になってノイズと戦っていた。

 調、翼、セレナ、マリア、は息切れを起こしている。

 奏とクリスは数少ない足場に陣取り、遠距離攻撃で援護をしている。

 響はインパクトハイクを用いて卵を抱えながらノイズを打ち滅ぼし、どこかに消えたネフィリムの心臓を探していた。

 そして切歌はエクスドライブの力でソロモンの杖を使い、何とか外へと繋ぐ扉を開こうとしていた。

 

「さっさと開くデス……みんなと帰るのデス──キリカの想いは絶対に無駄にしないデス!!」

 

 彼女の想いが届いたのか、ソロモンの杖が反応し──外への扉が開いた。

 それを見た皆が希望を見出す。

 

 ──それを、絶望が覆い隠す。

 

【ガアアアアア!!】

「ネフィリム!?」

「まさか……喰ったのかノイズを!?」

 

 外への扉を塞ぐようにして、ノイズを吸収し巨大化したネフィリムが立ち塞がる。

 

 ここで逃す訳には行かない。

 アカシアを喰らって、復讐をする。

 それだけがネフィリムを動かしていた。

 それを見た響は──憐むようにして見ていた。

 

「──そっか。こう見えるのか……復讐に取り憑かれたモノは」

 

 響の視線を感じたネフィリムは──怒った。

 なんだその目は。なんだその表情は。──なんだその言葉は! 

 

【ギャオオオオオオオオ!!】

 

 認められない。その一心でネフィリムは響に襲い掛かり──。

 

「ごめん──そこを退いて」

 

 ──一撃。

 

「コイツと帰るんだ──だから」

 

 響が振るったのは、守る為の拳。

 その拳は──彼女が今まで奮ってきた拳で一番強かった。

 

「──さよなら」

 

 ネフィリムは、何が起きたのか理解できず、そのまま活動限界を迎え、基底状態となり──ノイズの間へと落ち、見向きもされずそのままバビロニアの宝物庫へと消えた。

 

 それを見送ること無く、響は言う。

 

「行こう──わたし達の世界に」

 

 響たちは、ノイズを蹴散らしながら外への扉から宝物庫を出て──アカシアの卵を取り戻した。

 

 

 ◆

 

 

 彼女達が飛び出したのは、海面に降り立ったフロンティアの大陸上だった。

 二課は響たちの反応を察知し、すぐ様彼女たちの元へと駆け付ける。

 

「う……」

「切ちゃん!」

 

 ギアが解け、全裸になり倒れる切歌。それを調が受け止めようとするが。

 

「よっと」

 

 それを、ウェルが自分の白衣で切歌を包みながら受け止めた。

 

「お帰りなさい、調くん。そして初めまして暁切歌くん」

「あなたが、博士」

 

 キリカと同じ顔でそう呼ばれたウェルは表情をクシャッとさせるが──耐えて笑みを浮かべた。

 

「起きたばかりでまだ本調子ではありません──お願いします」

「かしこまりました」

 

 駆け付けた二課の女性スタッフに切歌を預け、彼女は医務室へと連れて行かれた。

 それを見送った調が言う。

 

「──ありがとう」

「──どういたしまして」

 

 二人の間に、言葉は無かった。

 

 

「響!」

「未来。わたし──」

 

 取り戻したよ、そう伝えようとして──響は突然の突風に吹き飛ばされる。

 

「ああ!?」

 

 その衝撃で卵が手から放れ──マリアの手に渡る。

 体勢を整えた響が、マリアを強く見据えて叫んだ。

 

「何を!?」

「何って、当然じゃない──まだ決着は着いていない」

 

 マリアは──波導の力を使い、その身を全盛期のものへと変えた。

 

「姉さん!?」

「黙ってセレナ──これはわたしと彼女の戦いだから」

 

 マリアが、波導を全開にさせながら叫んだ。

 

「この子を取り戻したいのなら、わたしを倒して奪え!」

「……」

「わたしはお前の敵だ──来い! 立花響!」

 

 その言葉を受けて、響は立ち上がる。

 そして──スッと拳を構えた。

 マリアを見る目は──とても澄んでいて綺麗だった。

 その眼差しを受けたマリアは笑って──。

 

「──はあああああああ!!」

「──うおおおおおおお!!」

 

 二つの影が、交差した。

 

 

 第十八話「波導──ガングニールの勇者」

 

 

「──見事」

 

 マリアのギアが解け、元の幼い姿になり背後へと倒れる。

 その手には卵が無かった。

 マリアが視線を上げる。その先には──。

 

「ブ〜イ!」

「──コマチ?」

「ブイ!」

 

 おはよう響ちゃん! とコマチがニコニコした笑顔で響に前足を上げ、響は──。

 

「このバカ!」

「ブイ!?」

 

 大きな声で叫んで。

 

「──もっと早く戻って来てよ……!」

「ブイ?」

 

 状況がよく分かっていないコマチを抱き締めて、座り込んで泣いた。

 コマチは戸惑い、ああ、モフらせようと尻尾を彼女の顔に触れさせると、そのまま鼻をかまれて絶叫した。

 

 それを優しい顔で見ていたマリアは、立ち上がり、己の背後に立っていた弦十郎に向かって言葉を紡ぐ。

 

「良い部下ね。独断専行の命令違反をしながら、見事我々を止めてみせた──敵ながら天晴れね」

「──! 君は、まさか彼女の敵となる事で……!?」

 

 マリアの言動の真意を察した弦十郎が驚きの表情を浮かべている。

 つまりは、そういう事だ。

 しかし、それを口にするのは野暮だとマリアはシーッと人差し指を己の口に当て。

 

「投降するわ──全ての罪はわたしが背負う」

 

 その言葉に、弦十郎は。

 

「させんよ」

 

 キッパリと断った。

 

「必ず君たちを助けてみせる──恩返しをさせてくれ、世界を、一人の少女を救った勇者よ」

「わたしは勇者なんかじゃないわ」

 

 マリアは、目を閉じ、掴みかけた過去を想い──。

 

「わたしはマリア──あなた達の敵だった者よ」

 

 最後にそう言って──響とコマチを見て微笑んだ。

 

 

 ──こうして、後にフロンティア事変と呼ばれる戦いが終わった。

 




これにてG編は終わり
番外編やってGXです!


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進化しないシンフォギア
後日談的なの


「──つまり、ネフィリムがアカシアくんを喰らった事が、記憶の保持に繋がったと?」

「ええ、そうですね。そもそも、活動を終えると同時に、記憶をリセットして別の姿になる方が妙なのです。いち聖遺物としての権能にしては多才過ぎる」

「なるほど……」

 

 なるほど──さっぱり分かんない! 

 

 現在俺は、おやっさんに連れられてナスターシャ教授と面会をしている。

 何でも、今回俺がコマチのまま蘇った理由を、聖遺物に詳しい彼女なら何かしら知っているのでは? と思っての事らしい。

 結果はこの通りですが。

 

「しかし彼なら……ミスターウェルならこう答えるでしょうね──愛の力だと」

「何故そこで愛ッ!?」

 

 この人見た目に似合わず茶目っ気あるな!? 

 

「知りません。彼ならそう言うと思っただけです」

「そうなのか……」

 

 でもその理論だと響ちゃんが俺の事大大大(以下略)好きになっちゃいますけど大丈夫ですか? む、悪寒。

 

「ただ、マリアが気になる事を言っていました」

「マリアくんが?」

 

 何だろう。

 

「あの状態のアカシアは、酷く不安定であり、同時に安定していたと」

 

 不安定で安定……? 

 謎謎か何かかな? 俺、そこまで頭よろしく無いんだ……。

 

「完全聖遺物キマイラ。そう呼ばれてはいましたが、力の本質は別の所にあると思います」

「力の本質?」

「はい……ネフィリムに喰われ基底状態に戻ったからこそ、本来の力が剥き出しになった。そして、その状態でキリカがエネルギーを注入させた結果」

 

 ──今ここに居る俺って訳か。

 ……まったく。あの白髪デス子め。

 何で自分の命を使ったんだって怒ってやりたいのに、俺の扱いが雑なアイツに自慢のフワフワ尻尾でビンタしてやりたいのに。

 ああ、本当──何で死んだんだよキリカ……! 

 

「ブイ……」

「……貴重な話をありがとう」

「いえ、構いません──ですので、どうかマリアを」

「分かっています──彼女達は必ず守ります」

 

 おやっさんは最後にそう約束して、ナスターシャ教授に宛てがわれている部屋を出ていく。

 出る際になんとなく、おやっさんの肩の上で手を振ると、一瞬驚いた顔をして──しかし直ぐに笑みを浮かべて手を振った。

 

「さて。オレは発令室に戻るがアカシアくんは?」

 

 ん〜……マリア達の所へ行くよ。

 響ちゃん達は学校だし、調ちゃん達はこの時間忙しいだろうし。

 発令室に居ても、ふっじー達の邪魔になるしね。

 

 と、身振り手振りで伝えてみる。

 

「そうか。分かった。何かあったらすぐに戻って来い」

 

 おやっさんと別れ、俺はマリア達の部屋の前まで走る。

 ドアの前に立ち、足元のセンサーに手をかざして中に入る。

 

「あら? どなた──」

 

 来客に気付いたセレナがこっちを見て──。

 

「キャー! リッくん先輩じゃないですか!」

 

 嬉しそうに悲鳴を上げて、俺を抱き上げて頬擦りし始めた。

 恐ろしく早いモフモフ……! 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

「まったく。セレナ、はしゃぎすぎよ」

 

 呆れた声で妹を嗜めるちっこいお姉さん事マリア。

 何やら本を読んでいたようで、パタンと音を立てて閉じる。

 ……何読んでいるの? 

 

「愛憎」

 

 本当に何読んでいるの!? 

 

「適当に見繕った本がこれだっただけよ。深い意味は無いわ」

 

 そ、そうなのか……。

 それにしても外見に合わず難しそうな本を読んでますね……。

 

「外見に合わずは余計よ。やる事が無いから本を読む事くらいしか、暇潰しできないのよ」

 

 ふむ。ならば割と一人の時間が多い俺が、暇潰しの方法を伝授させてやろう。

 もちろんセレナにもね。

 

「わー! ありがとうございます! あ、紅茶煎れますね」

 

 うむ。でも冷やしてね? 猫舌じゃないけど熱いの舐めるとアチッてなるから。

 

「……それ、猫舌でしょ?」

 

 

 ◇

 

 

 ──そして哀れなふじもんは、俺のやらかしにより【美少女動物園ロリコン管理員】なる汚名を被ってしまったんだ……。

 

「っ……そんなの悲しすぎます。笑えませんっ」

「いや赤の他人からしたら涙流して笑うわよ。話術で流されないで」

 

 でも本人も割と満更じゃなさそうだった。

 

「リッくん先輩。そのホームレスとは縁を切りなさい。切らないならわたしが切るわ」

 

 そう言ってマリアはシュッと手刀を繰り出した。わー、痛そう。

 ……そういえば、なんでこんな話していたんだっけ? 

 

「さあ?」

「……ハア」

 

 俺とセレナが二人揃って首を傾げていると、何故かマリアがため息を吐いた。

 どうしたん? 

 そう問い掛けるも「別に」と素っ気無く返される。

 

「あ、茶葉が切れたので隣の部屋に行って取りに行って来ますね!」

 

 扉を開けてパタパタと走り去って行ったセレナ。

 うーん。自由だなー。

 

「拘束されている自覚は無いのかしら……」

 

 まぁ有っていないような物だしね。

 

 現在マリア達は二課が身柄を確保している。しかし割と自由にさせているのはおやっさんの温情──ではなく。

 ちょっと世論がややこしい事になっているからだ。

 

 現在、武装組織フィーネは「世界に宣戦布告したテロ組織」と「月の落下を阻止した英雄」と、二つに別れて見られている。

 あのライブでソロモンの杖を使い、無関係の人間を危険な目に合わせた、宣戦布告した、世界を混乱させたと声高に言うのはアメリカ。元々FISはアメリカ管轄の組織で、そこから暴走して手綱を握り切れなかったと見られるのが嫌らしく、マリア達の身柄の受け渡しを要求していたんだけど、蕎麦食っていたおじさんが先手売って牽制しているらしい。FISが過去にしてきた事とか、証拠隠滅の為に実験に使われていた子ども達を処分しようとしたりとか、月の落下を黙っていた事とか。

 それで今、世界全体から猛烈に非難されて対応に追われているらしい。

 

 そして、マリア達を英雄視しているのは……ある宗教団体らしい。

 詳しくは聞かせて貰えなかったけど、この世界ではとても発言力があるらしく、大国であるアメリカも無視できないだとか。だからマリア達に対して下手な扱いをするなと日本政府から通達があったとか。

 

 俺が分かるのはこれくらい。政治はよく分からん。

 

 でもおかげでマリア達が息苦しい思いをしなくて済んでるから結果オーライかな。

 

「……コホン」

 

 突然マリアが咳き込んだ。

 風邪かな? なんか心無しか頬も赤いし……だったらお暇させて貰おうかな。悪化したら悪いし。

 

「そ、そうじゃなくてっ」

 

 しかしマリアは俺を強く呼び止めて、キョロキョロと周りを見渡し、セレナがまだ帰って来ない事を確認し──。

 

「……ん」

 

 とても恥ずかしそうに、瞳をウルウルさせて顔を真っ赤にさせたマリアが、俺に向かって両手を広げた。

 ……素直じゃないなぁ。

 俺はマリアに近づき、ぴょんっと跳んで彼女の腕の中に収まる。

 

「──モフモフ」

 

 マリアが蕩けた顔でそう呟いた。

 普段のキリッとしたマリアからは考えられない姿だ。

 実はこうして二人っきりになると、彼女は甘えてくる。

 ふん、流石は俺のイーブイボディだ。

 

「……夢みたいだわ」

 

 ふと、マリアが語り出す。

 

「以前もこうして抱かせて貰っていた。でも、それは二度と叶わないと思って──」

 

 ポタリ、と俺の背中に雫が落ちる。

 

「──ずっと会いたかった……! こうして抱き締めたかった……! もっともっと一緒に過ごしたかった!」

 

 彼女は、過去を想い、胸に抱えた想いを伝える。

 

「あの卵に触れた時、気付いた。願えば取り戻せると。でも──」

 

 俺の隣には既に響ちゃんが居た。

 だからマリアは身を引いた。

 辛く無い訳が無かった。……でも、彼女は。

 

「ブイ」

 

 ありがとうマリア。

 君のおかげで、俺は大切な人を忘れないで済んだ──感謝している。

 

 ──強くなったな……マリア。

 

「──リッくん先輩っ」

 

 マリアは泣き続けた。

 俺を抱き締めてずっとずっと……。

 俺は覚えていないけど、涙を流すほど、取り戻したい時間があったのだろう。

 でも、それでも彼女は──奪いたい訳ではなかった。

 

 ……本当に強いな。

 

 彼女は、勇者だ。

 胸にある勇気で、誰かの笑顔を護る強き者。

 

 尊敬するよ、本当に。

 

 でも今は。

 

 ただの少女であってくれ。

 

 その為なら──幾らでもモフらせてあげるから! 

 

「──姉さん……!」

 

 マリアは、しばらく俺を抱き締めていた。

 

 

 ◆

 

 

「あ、ちんちくりん」

 

 誰がちんちくりんじゃい。

 俺はコマチだ! 

 

「あはは! 冗談デスよ!」

 

 本当に分かっているのだろうかこのデス子は……。

 それはそうと体は大丈夫? 

 

「ん……まだ走り回ったりとか激しい運動は無理デスが、体調的には元気モリモリなのデス!」

 

 そっか……。

 俺に癒しの力が残っていれば良かったんだけどな……。

 

「……立花響の前でそういう事言わないでよ。たるいから」

 

 ジト目でこっちを見ながら調博士が、俺に釘を刺してくる。

 わ、分かっているよ……もし言ったらどうなるかなんて分かり切っているし……。

 

「だったら良い──それに」

 

 調博士がそっと切歌ちゃんに触れて、強い意志を持って言う。

 

「切ちゃんはわたしが支える。……キリちゃんと約束したし」

「──そうデスね! 早く元気になってもう一人のアタシを安心させてあげるデスよ!」

 

 ──ありがとう。

 

「なんでコマチがお礼を言っているデスか?」

「むしろお礼を言いたいのはこっち」

 

 それでも、受け取って欲しい。

 俺の言葉を受け、二人は困ったような笑みを浮かべて。

 

「仕方ないデスねー」

「受け取らなかったらしつこそうだから、貰っておく」

 

 それでもしっかりと俺の我がままを受け止めてくれた。

 何かあれば手伝うから! 俺ができる事なら何でもするよ! 

 

「──へえ」

 

 ──あれ、悪寒。

 調博士の目が怪しく光る。

 切歌ちゃんは何故か「あちゃー」と額に手を当てていた。

 え? どういうこと? 俺何か不味い事言った??? 

 

 ガシッと調博士に掴まれる。

 早すぎて気付かなかった。

 

「わたしから言うと立花響に殺されそうだから言えなかったけど──当の本人が“良い”って言うのなら、良いよね」

「ブ……ブイ?」

 

 えっと、一体全体何の事でしょう……? 

 

「科学者の端くれとして、あなたの事はとても興味を持っていた。だから──」

 

 頬を染めて、ハアハアと息を荒げながら──。

 

「──解剖させて?」

 

 とんでもない事を言い出した。

 

 ──俺は、悲鳴を上げて調博士から逃げようとし、それを「先っぽ! 先っぽだけだから!」と調博士が追いかけ回し、切ちゃんが彼女を止めるまでこの鬼ごっこは続いた。

 

 

 マッドサイエンティスト、こわい。

 

 

 ◆

 

 

 夕方になり、学校を終えた皆が仮説本部へとやって来た。

 収録していたツヴァイウィングも一緒なのか、ゾロゾロと人数が多い。

 俺は彼女達の出迎えをする。

 

「光彦!」

 

 俺を見つけた奏さんがいの一番に駆け付け、そのまま抱き上げてギュッとやわっこい大きなアレで俺を包み込んだ。

 やっほい! やっほい! 

 

「ただいま〜」

 

 おかえり〜。

 

 あの日以来、俺はこうして彼女達に抱擁されながら、ただいまとおかえり、とその存在を確かめ合っている。

 ずっと俺が居なかったから不安らしい。全面的に俺が悪いので、受け入れている。

 

 それに柔らかくて役得だしね! 

 

「次はオレだな。ほら来〜い光彦〜」

 

 翼さんが俺を抱き上げて、奏さんと同じ事をする。

 ……。

 ゴツゴツして痛えわ。壁か? 

 

「はっはっは──剣だ」

 

 シュッと手刀を突き付けてハイライトが消えた目で、俺を至近距離で見つめる翼さん。

 こわいこわい。チビりそうだから止めて。

 

「こら、そんな事言わないの」

 

 ヒョイっと翼さんから俺を取り上げて、メッと注意してくるクリスちゃん。

 やっぱりこの子あざといな。

 それにおっぱいも翼さんと違ってデカい。年下なのに。身長低いのに。

 

「……」

 

 翼さんの目が死んでますね。クリスちゃんの巨大ミサイルを斬り落としかねない目で見ている。

 しかしそれに気付いていないクリスちゃんはギュッと俺を強く抱き締めている。

 役得! 役得! 

 

「はい、次は響の番だよ」

 

 堪能したのか、クリスちゃんは後ろでみんなを見ていた響に俺を手渡そうとする。

 

「いや、わたしは良いよ」

 

 しかし、響ちゃんはそれを拒否する。

 というより恥ずかしがっていますねこれは。毎度の如く。

 はぁ、まったく素直じゃ無いんだから。

 俺はクリスちゃんの腕の中から飛び出して、響ちゃんの肩に乗る。そしてふわふわの尻尾をクルンと巻き付けて一声鳴いた。

 

「ブーイ」

 

 素直になりなよ? 

 

「……うるさいっ」

 

 しかし響ちゃんはプイッと顔を背け、それでも俺が巻いた尻尾を払い除ける事はなかった。

 

「じゃあわたしが纏めて抱き締めるねっ」

 

 そんな俺たちに、背後から近付き、俺ごとギュッと抱き締めるのは──未来ちゃん。

 

「み、未来!?」

「なぁに? 響」

 

 驚いた声を上げる響ちゃんに、未来ちゃんはニッコリと笑顔を向けて。

 

「──ううん。何でも無い」

「そう、分かった」

 

 目を閉じてそっとため息を吐き、でもこっそりと笑みを浮かべる響ちゃんに、未来ちゃんは嬉しそうにギュッと抱き締めた。

 

 ……翼さん。

 

「なんだ?」

 

 この二人に挟まるの、大罪な気がする。

 

「だろうな。でもお前は大丈夫じゃないのか?」

 

 そうなんですかね……。

 

「ああ。……で、何でオレに聞くんだ?」

 

 そりゃあ、ねえ。

 

「納得できねえ!」

 

 グヌヌと唸る翼さんを眺めながら、俺はお日様と陽だまりに挟まれ、その温もりを感じ取っていた。

 

 

 ◆

 

 

「ん」

 

 はいはい。

 

 就寝時間になり、ベッドの上で響ちゃんが両手を広げる。

 俺はその腕の中に入り、そのままゴロンと横になる。

 

 皆の前では素直になれない響ちゃんだが、この時間はとても素直だ。

 ギューっと痛いくらいに抱き締めてくる響ちゃんの抱擁を、俺は甘んじて受け入れる。

 

「──おやすみ」

「ブイ」

 

 パチンと部屋の電気が消え、俺も目を閉じる。

 しばらくすると、響ちゃんが話しかけてきた。

 

「コマチ、此処に居るよね?」

「ブイ」

「もう何処にも行かないで」

「ブイ」

「──おかえり、コマチ」

「──ブイ」

 

 その言葉を最後に響ちゃんは安らかな寝息を立てて──俺もいつの間にか眠った。

 

 ……おやすみ、響ちゃん。

 ……ただいま、響ちゃん。




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また、すべてのIF装者が揃いましたのでタグを整理しました。


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ウェル回的なの

 

「ほほう。君があの完全聖遺物キマイラですか?」

『──君は?』

「僕の名前はジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス──未来の英雄だ!」

『そう──なら君は英雄失格だ』

「──はあ?」

 

 ──僕たちの初邂逅は、お互いに最悪だったと言える。

 

 

 ◆

 

 

「──ほう。思っていたよりも早かったですね」

 

 トッキブツのお世話になっている僕ですが、なんと面会したいと申し出ている変わり者が居るらしい。

 

 と言っても、米国……つまり元上司なんですがね。

 正直予想はついていました。

 

「それで? 世界を混乱させた悪の科学者とどんな話をしたいのでしょうね」

「いや、向こうは月の落下を止めた英雄と話をしたいと言っている」

「──」

 

 思わず、風鳴弦十郎の言葉に口を閉じる。

 ──そう、ですか。英雄である僕に会いたい、と。

 そうですかそうですか……。

 

「──良いでしょう。会ってみましょうかね、その僕のファンとやらに」

「っ! 話は最後まで聞け! これは明らかに罠だ! 面会場所も此処では無く、我々にも隠されている未知の会場。それにこの話を進めているのは親米派の石田防衛大臣だ! 絶対にロクな事には──」

「大丈夫ですよ。すぐに殺されはしません」

 

 何故なら──。

 

「僕は天才ですからね」

 

 

 ◆

 

 

「僕は天才だ! だからこそ英雄に相応しいイイイイイ!!」

 

 この胸に抱いた野望を、声高々に謳う。

 凡人には理解されないが、僕は英雄になるべき人間だ。

 僕は来たるその時の為に爪を研いでいる。

 ただ。

 

「こうも明らかに雑用を任せられると辟易しますね」

 

 何故か僕はFISの所有する数ある施設のうち、そこまで重要ではない施設に配属された。

 まったく、これだから凡人は。天才を扱えず宝の持ち腐れとは!? 

 ああ、僕もネフィリムについてもっと研究したいんだけどな〜。あれは僕が英雄になるのに役立ちそうだというのに。

 フィーネが作った玩具、シンフォギアの複製なんて……聖遺物があれば簡単だというのに。

 

「君も思いませんか? この僕が辺境に追いやられているこの状況!」

『知らん』

「釣れないですね〜。こう見えて僕はあなたを尊敬しているというのに」

 

 僕の言葉に、キマイラが反応を示した。

 

『……なんだと?』

「何故なら! 君は僕の英雄像そのものと言っても過言ではない!」

 

 正直、データを見た時あり得るのかと震えた。

 

「君の力はすばらしい! そして為して来た所業も感嘆の一言! 加えて、君が記憶を失っている事からも──アナタは、我々が想定しているよりも多くの人間を救っている!」

『……』

「だからこそ、君は僕にとって希望なんだ」

 

 そして、高揚し切っていた僕は、キマイラが何を思っているのかも分からないままこう叫んだ。

 

「故にこう思う! 君のようになりたいと!」

 

 故に──この時の僕は気付かない。

 

『そうか。だったらなってみるか英雄に?』

「え?」

 

 虎の尾を、龍の逆鱗を──触れた事に。

 

 

 ◆

 

 

 面会までの時間はまだある為、僕は切歌くんと調くんの所へ向かった。

 しかしそこには、アカシアくんも訪れていた……ようですが。

 

「……あのー。何をしているので?」

「ブウウウウウウイ!?」

「見ての通り」

 

 いや、見ての通りって言われても分からないのですが……。

 涙目で暴れているアカシアくんを、調くんが顔を赤くさせて酷く興奮しながら抱えている。

 はい、やっぱり分かりませんね。

 

「ウェル博士!」

「博士じゃありませんよ」

「そんなことより! 調を止めるデス! コマチを解剖したら響さんに殺されるデス」

 

 解剖!?!?!? 

 そんな事したら、響さんどころかマリアさんにも殺されますよ!? あの勇者、アカシアくんの事になると本当に容赦無いですし! 

 

「調くん! 妙な事は──」

 

 止めようと飛びかかると──。

 

「アンタが妙な事するな」

 

 そう言って鋭い蹴りが放たれ──僕の急所に当たった。

 目の奥がチカチカし、崩れ落ちる。

 

「切ちゃん。流石に解剖しないよ?」

「そ、そうでしたか! 早とちりデス!」

 

 そ、その早とちりで僕は死にそうなのですが……。

 

「ブイ」

 

 何処か同情的な表情でアカシアくんが近寄り、てしっと僕の頭に前足を置く。

 慰めているのでしょうが、今はそっとしておいてください。

 

「博士……」

 

 悶えている僕に、切歌くんが近付き。

 

「ごめんなさいデス」

 

 しょぼんとした顔で謝って来て──キリカくんと重なった。

 同じ遺伝子構造をし、双子以上に似ている二人。

 でも──彼女を通してキリカくんを見るのはダメだ。

 

「……気にしていませんよ何故なら──」

 

 僕は痛みを堪ええグッと立ち上がり。

 

「天才ですから」

 

 キリカくんが胡散臭いと笑っていた表情で、そう答えた。

 

 

 ◆

 

 

「何だ……これは……!」

『……』

「これが、英雄になった者に待っている末路なのか? いや、違う! これは──」

『違わない──それが真実だ』

 

 キマイラの力により、僕は彼の半生を追体験した。

 そこにあったのは僕が追い求めていた理想の英雄ではなく──厳しい世界の真実に打ちのめされ続ける地獄の日々だった。

 

「こんなの……こんなの認めないぞ!」

『……』

「英雄が、英雄がこんな──」

『……確かに俺は、お前達の言う通りたくさんの人を救って来た』

 

 キマイラが口を開く。

 

『だがそれ以上に──救えなかった命が、見殺ししてしまった命の方が多かった』

「……!」

『それに、少なくとも俺が知っている英雄は、お前が求める英雄は──不幸な人が居て初めて成れるものだ』

「──っ!?」

『お前は、英雄になる為に──誰かが不幸になる事を良しとするのか? もし、そうなら──』

 

 ──お前はやっぱり英雄失格だよ。

 

 この時、僕は気付かされた。

 英雄とはなるものじゃない──なってしまうものだという事を。

 

 

 ◆

 

 

「行かない方が良いわ」

「マリアさんですか」

 

 緒川さんに連れられ、車に向かおうとしていた僕を呼び止めたのはマリアさんだった。

 彼女は険しい顔で僕を見据えて言った。

 

「司令も忠告していたし、貴方も理解しているでしょうから、言っても無駄なのかもしれないけど……」

「だったら何故言いに来たのです?」

「? 当たり前じゃない。仲間なんだから」

「──」

 

 本当に当たり前のように言い切られて、言葉に詰まった。

 

「でも直接視て安心したわ。これから死ににいくような考えはないようね」

「なんでそう思うんです?」

「波導がそう言っているから」

 

 意味が……分からない……! 

 

「ともかく──ちゃんと帰ってくるのよ。あの子達にはアナタが必要なのだから」

「──言われなくても」

 

 マリアさんの見送りを背に、僕は二課を後にした。

 

 

 ◆

 

 

 ショックを受けた僕は、自分でも分かるほど変わってしまった。

 英雄に関する話題を口にしなくなり、代わりに彼の事を聞き始めていた。

 

「──愛の力ぁ?」

『ああ。そうだ。誰かを想う──それこそが、最も強い力だと俺は信じている』

「ハン! 馬鹿馬鹿しい! 愛の力でどうにかなるのなら科学なんていりませんよ!」

『ふっ、それはどうかな? 俺の予想だと、君は愛を追求し、永遠とそのテーマを胸に科学を発展させていきそうだが』

「やめてくださいゾッとします」

 

 ……今思えば僕は楽しいと思っていたのかもしれない。こうして彼と会話することが。

 そして、柄にも無く彼のことをこう思っていたのかもしれない──友だと。

 

「それでリオル。君は結局胸が好きなのかい」

『誰がそんな事を言った!?』

「いえ、以前そういう系統の本をあえて放置した所、君がこっそり持って行ったのを確認したので」

『ば、ちが、あれは!?』

「なるほど……君はむっつりなんだね」

『──一発殴らせろ!』

「暴力反対!」

 

 しかしその楽しい時間も──彼が暴走したネフィリムを止めた際に、活動停止……つまり死んだと聞いて、突然終わったのだと突き付けられた。

 

 僕は──何もする事ができず、友を失った。

 

 

 ◆

 

 

「やあ、会えて光栄だよウェル博士。国を代表して礼を言うよ。よくぞこの星を」

「あー。御託は良いのでさっさと要件を言ってください。僕も暇では無いので」

 

 ガラス越しに居る男の顔が一瞬歪むが、すぐに元に戻る。

 現在僕は米国政府と日本政府が用意したある場所の面会場に連れてこられている。

 部屋は強化ガラスで遮られており、銃を持った兵士が二人控えている──が、果たして本当に警護の為に此処に居るのか……。

 

「では単刀直入に言おう──戻って来てくれないか? 祖国に」

「……」

「君の技術はすばらしい。数ヶ月前、クローン技術による義肢治療の草案──アレは君がばら撒いた情報だろう?」

 

 ああ、アレですか。

 アカシアくんの細胞データを基に作り上げたあの。

 資金調達の為に依頼を受けて確かにデータを渡しましたが……どうやら流出したようですね。

 そしてそれを違法に手に入れたのを隠しつつ、僕がばら撒いた事にするつもりですね。脅しのつもりでしょうか。

 

「君の力があればたくさんの人が救える──英雄になれる! だから──」

「──先ほど言いませんでしたか?」

 

 本当、癪に触りますね──彼も、僕と初めて会った時はこんな気持ちだったのでしょうか。

 

「御託は良いのでさっさと要件を言ってください──暇では無いと言ったでしょう」

 

 だとしたら……謝りたかったですね。

 

 

 ◆

 

 

「穏やかじゃありませんね──確かアナタは月詠調さんでしたか?」

「……」

 

 僕の問い掛けに、少女は何も答えない。

 代わりに突き付けられたアームドギアが僕の薄皮を切り、ツーっと血が流れる。

 

「黙ってわたしの言う通りにして。そうすれば命だけは助けてあげるから」

「いったい何をしようとしているのか、教えてくれませんかね」

 

 と言っても、僕もこの施設の科学者の端くれ。何が行われ、そして何が起きたのかは把握している。

 目の前の少女は──。

 

「暁切歌」

「──っ!」

「確かアナタは彼女と仲が良かった筈。しかし彼女は──」

「──切ちゃんは、死んでいない!」

 

 目の前の少女が、僕の言葉を遮って叫ぶ。

 

「わたしが、助けてみせる! 手遅れなんかじゃない! 廃棄品なんかじゃない! だから……だから!」

「……」

 

 僕は、彼女の叫びを聞いて──無意識に尋ねてしまった。

 

「君は、彼女の事を愛しているのですか?」

「──当たり前だ」

 

 その答えを聞いて、僕は──。

 

「ふむ。良いでしょう。協力します」

「え……」

「しかし、一つ条件が」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて──かつて友と語ったテーマに挑戦してみる事にした。

 

「わたしはあくまでアナタの助手です。手伝いますし、知識も授けましょう──しかし、第一人者は調くん、君だ。君が、博士となるんだ」

「……わたしが?」

「当然です。まさか今更無理だなんて言いませんよね?」

 

 僕の挑発するかのような言葉に、彼女は──。

 

「──上等」

 

 覚悟を決めた顔でそう言い──その日僕はFISから脱退し、彼女に着いて行った。

 

 

 ◆

 

 

「君達が使っていたアジトには何も無かった──そう、何もかもだ」

 

 これが本性を表す、と言うのでしょうか。

 目の前の男は先ほどまでの穏やかな表情を引っ込め、醜悪な顔でペラペラと語り出す。

 

「君が携わって来た研究データ。特にあのホムンクルスに関する情報は全く無かった」

 

 そして狙いはやはり──。

 

「そう君が作り上げた完璧なホムンクルス──キリカだ」

 

 ──彼女でしたか。

 

「あれは素晴らしい。ほぼ100%オリジナルと同じホムンクルス──我々はその技術が欲しい」

 

 彼は饒舌に語る。

 

「錬金術を使わずあそこまでの作品を造り上げたその腕──同じ畑の人間として素直に関心する」

「ほう、アナタもその道の人間でしたか」

「ああ。だからこそ分かる。アレの価値が!」

 

 ……。

 

「ノイズを殲滅するあのシンフォギアを適正関係なく使える能力! 短命なれど驚異的な身体能力! そしてこちらで制御可能でいつでも切り捨て可能──こんなに便利な物はない!」

 

 …………。

 

「いやはや! まさに最高傑作だ! 幾つか欠点があったそうだが、フロンティアでそれを解消する術も手に入れたのだろう? それと合わせれば──」

「──名実共に最高傑作という訳ですか」

「そうだ! そしてそれを上手く扱えるのは我がアメリカ──いや、この私だ!」

 

 ………………。

 

「必ず有効活用してみせる! 人類の進歩の為に! だからどうかデータを──」

「──はあ、此処まで言われたら仕方ありませんね」

 

 僕は、ンガと大きく口を開けて指を突っ込み──奥歯を引き抜く。

 しかしこれは義歯であり──中には、キリカくんに関するマイクロチップが入っている。

 全てのアジトのデータを破壊した以上、最後に残っている彼女のデータであり……僕が未だに縋り付いている未練。

 

「おお! もしやそれが──」

「ええ、お察しの通り。キリカくんに関する全てのデータです」

「まさか本当に持っていたとは! 今取り出したという事は!」

「そうですね。僕も良い加減親離れしようかと」

「存外話が分かるな! さあ、それをこちらに!」

 

 そう言って男が懐から端末を取り出してボタンを押す。すると部屋を二つに隔てていたガラスが天井へと上がり収納される。

 

「さあ!」

 

 男が歓喜に染まった顔でこちらに手を差し伸ばす。

 僕も義歯を持った手を伸ばし──そのまま床に叩きつけて、バキッと踏み潰して破壊した。

 

 

 ◆

 

 

「デスデスデース」

「今日は随分と機嫌が良いですねキリカくん」

「あ、博士!」

「博士じゃありません助手です」

 

 アジトの外で歌っていたキリカくんは、僕に気付くと近付いて来て笑みを浮かべた。

 

「どうしました? 良い事でもありましたか?」

「たくさんあったデス! 今日の朝の卵が双子さんだった事、調の研究が想定よりも進んでいた事、あと新作の料理を美味しそうに食べていた事! それと──」

 

 なんて事はない日常で起きた出来事を、良い事として話す彼女に僕は笑ってしまった。

 

「クックック……キリカくんは本当に調くんの事が好きですね」

「えへへ……」

 

 恥ずかしそうに照れ笑いをするキリカくん。

 感情の方も順調に成長しているようでなによりです。

 

「あ、でもデスね」

「?」

「あたし、博士の事も好きデスよ!」

 

 ──。

 

「……僕に年下の趣味はないのですが」

「いや、そういう意味じゃないデスよ!」

 

 まぁ、当然分かっているのですが──しかし不思議だ。

 

「それにしてもおかしな話ですね。そのように調整したつもりも無いですし、調くんと違って僕は暁切歌くんと会った事がない」

「何を言っているのデスか博士」

 

 どうやら柄にもなく動揺しているようだ。

 一度咳払いをして、僕は尋ねてみる。

 何故、僕の事が好きなのかと。

 

「そうデスね……正直あたしも何て言ったら分からないデス。でも、博士と一緒に居たら安心するデス」

「安心」

「はいデス。この人はあたしを守ってくれる。優しくしてくれる。叱ってくれる。そう思うと胸がポカポカするのデス! それが、凄く心地良いのデス!」

 

 それは──。

 僕は、彼女が感じている感情の正体が何なのか理解し──思わず笑ってしまった。

 

「ククク……ハーハッハッハッハ!」

「おお! 心底嬉しい時に出る博士の悪役笑い! 外だと普通に勘違いされるデスからやめてくださいね!?」

「それどういう意味ですか」

 

 しかし、なるほど。

 ……正直気恥ずかしいが──悪く無い、な。

 ええ。ええ。悪くありませんね。

 

「キリカくん」

「何デス?」

「お小遣い足りてますか? 僕からポケットマネーを◾️◾️くらい出しましょう」

「いきなりどうしたデスか!? 気持ち悪いデース!」

 

 その後、調くんにうるさいとケツを蹴られてうやむやになったが──この時、僕は確かに彼女の事を愛した。

 

 そう、僕はキリカくんの事を──。

 

 

 ◆

 

 

「すみませんね、僕の最高傑作を──彼女の生きた証を、赤の他人に好き勝手されるのは我慢ならないのですよ」

 

 男は、何が起きたのかゆっくりと理解し──僕を突き飛ばして擦り潰されたデータを見て絶叫した。

 

「き、貴様! 自分が何をしたのか分かっているのか!?」

「ええ。ええ。理解していますよ──むしろ理解していないのはアナタ方の方だ」

「なんだと!?」

 

 僕を英雄と呼んで彼らは此処へ連れて来たが──とんでもない。

 彼らが呼んだのは、月の落下を止めた英雄ではなく──。

 

「──貴様らの前に居るのは、悪の科学者だ。世界よりも己の欲望を優先するマッドサイエンティスト……交渉する相手を間違えましたね」

「──貴様ああああ!!」

 

 男が拳を握り締め振り被り──ゴッと鈍い音を立てて僕を殴り飛ばした。

 頬に痛みが走り、メガネが飛んだ。

 非力な僕は床に倒れ、男は馬乗りになり何度も何度も僕を殴り続ける。

 

「よくも! よくも! よくも! このデータがあれば私は英雄になれたのに!」

「──英雄ですか。大した夢ですね」

「貴様に何が分かる! 矮小な欲求に従い、大局を見ない貴様なんかに!」

 

 ──ええ、そうですね。もう、僕には分からない事ですね。

 既に捨ててしまった……いや、捨てる事ができた。

 そして、この男の言うちっぽけな──でも、とても大切なモノを手に入れた。

 

 

 僕は、それで満足だ。

 

「アナタの言う事を今更理解しませんよ。それに理解されるつもりはありません──何はともあれ、嫌がらせできてスッキリしました」

「──クソ!」

 

 最後に一発殴った男は肩で息をしながら立ち上がり。

 

「射殺しろ」

 

 近くに控えていた兵士に告げた。

 

「元々この男は、用済みになれば事故死する人間だ──両政府がそう決めている」

 

 ──ああ、やはりそうでしたか。

 何となく理解はしていました。

 米国政府にとって僕は不都合な真実を知る人間。

 日本政府にとっては、というよりもあのゴマ擦り防衛大臣にとっては目の上のタンコブ。

 始末される理由なんて幾らでもある。

 

「クソ、本当に愚かな事を……! アレだけのデータを本当にこの世から消すなんて」

 

 愚痴を零す男は、苛立ち気に叫ぶ。

 

「何をしている! さっさとコイツを──」

「──申し訳ありませんが、それはできません」

 

 しかし──兵士は従わなかった。

 兵士のその言葉に、男は信じられない顔で彼らを見る。

 

「……なんだと? もう一度言ってみろ」

「何度だって言います──我々はこの方を撃てません!」

 

 兵士たちは──震えていた。

 

「だって、彼は──彼が泣くほど助けたかった彼女に、我々は助けられたんだ!」

 

 ──彼は……いや、彼らは、メタグラードンに一度吸収され、そしてキリカくんに救われていた。

 

「我々は知りません! あそこまで愛に生きた彼女の事を! 助けられなくて、それでも立ち続ける彼を!」

「何を訳の分からない事を!」

「分からなくて結構! ただ一つ言えるのは──これは、我々の恩返しだ!」

 

 兵士二人が僕を庇うようにして立ち塞がる。

 

「貴様ら! 自分たちが何をしているのか分かっているのか!? ソイツに加担するという事は、命が惜しく無いという事か!?」

「ああそうだ! この命を散らしてでも、彼女が愛した彼を──ミスターウェルを守ってみせる!」

 

 ──アナタは、居なくなってでも尚、僕を守るのですね。

 まったく──親孝行者すぎて、こちらが情けないくらいですよ。

 

「──そうか。だったら貴様ら全員此処で死刑だ!」

 

 バッと男が腕を上げると、扉を開けて外にいた武装兵士が雪崩れ込んできた。

 

「貴様ら、通信で全て聴いているな!? 此処に居る逆賊諸共、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスを撃ち殺せ!」

 

 男の指示が下ると共に、兵士達は全員銃を構えた。

 

「──おい、貴様ら何をしている?」

 

 しかし、その銃口は──男に向けられていた。

 兵士達は男に問われても何も答えなかった。

 

「何をしているのかと聞いているんだ!」

「──この場の全員が彼に救われたという話なだけだ」

 

 代わりに答えたのは──弦十郎だった。

 本来この場に居ないはずの彼の登場に、男は驚いた。

 

「貴様トッキブツの! 何故此処に! 立ち入りは禁止されていた筈──」

「国内で不貞をやらかすテロリストの鎮圧──それだけだ」

 

 弦十郎の脳裏に、蕎麦をすする一人の男が浮かび上がる。

 しかし男は、余裕を持って笑った。

 

「テロリスト? そんなものは居ない! 居たとしても揉み消される!」

「……」

「今回の出来事は我が祖国と貴様らの国がやった事! 私も捕らえていいが、貴様らもただでは済まんぞ! まあ、できるものならな!」

 

 弦十郎に向かって高笑いし、男は叫ぶ。

 

「この場にいる全員、私以外全員殺される! それを私は高みの見物とさせて貰おうか! ははは……ははははっはははは!」

「──させませんよ。米国も、日本も、どちらにも責任は負ってもらいます。もちろんアナタにも」

 

 一発の銃弾が撃ち込まれ、男の影が縫い付けられる。

 緒川の影縫いだ。

 彼は、遅れて登場すると──彼に言った。

 

「──国連として」

「──こく、れん……!?」

 

 ──フロンティア事変を経て、二課はある動きを進めていた。

 それは、日本直轄の二課を再編し、国連直轄の新組織の設立。

 弦十郎が、響を、アカシアを、マリア達を──そして、ウェルを、アメリカ政府、日本政府から守る為に考えていた鬼札。

 

「馬鹿な! 祖国に仇なすと言うのか!?」

「違う──守る為だ!」

「今回の事は各国政府に報告し、両政府には厳しい追求をさせて頂きます──もちろんアナタにも」

「くっ……!」

 

 男は逃げようにも、言い逃れしようにもそれができない事を悟り、項垂れて膝を突いた。

 

「連行してください」

「ハッ!」

 

 そして男は兵士に連れられていく。

 そんな男の背中を見ながら、ウェルは落ちていたメガネを拾いながら言った。

 

「受け売りで申し訳ありまぜんが、一つアドバイスをしましょう」

 

 拾ったメガネを掛け、クイッと押し上げながら──友の言葉を紡いだ。

 

「あなたは──英雄失格だ」

 

 

 ◆

 

 

 後処理を終え、二課に帰る車の中、ウェルは二人から突っつかれていた。

 

「まったく、無茶しすぎです」

「挑発して本性を表す為とは言え、普通殴らせるか?」

「うるさいですねえ。うまく行ったのだから良いじゃないですか」

 

 どうやら今回の一連の騒動は、彼らの策略の一つだったらしい。

 これで政府は動き辛くなるだろう。

 

 ……それでも、あの場に居た兵士達がキリカに助けられた兵士たちだったのは予想外だったようだが。

 

「でも、良かったのですか?」

「何がです?」

「その、キリカさんの……」

 

 あの場所で破壊されたデータは、正真正銘現存する最後のデータだった。

 しかしあの場で破壊された為、もう存在しない。

 

 キリカを蘇させるデータは、もう無い。

 

 ──が。

 

「何言っているんですか。ありますよデータなら」

「え!? そうなのですか?」

 

 ウェルは驚きの言葉を言い、思わず緒川は振り返る。

 

「ええ。ちゃんとありますよ」

 

 そう言ってウェルは。

 

「此処と」

 

 頭を指差し、そして──。

 

「──此処に」

 

 己の()にあると、無くならないと──柔らかな笑顔を浮かべてそう言った。

 それに緒川は。

 

「──そうですか」

 

 ただその一言だけを言って──振り向かなかった。

 

(ええ。無くなりませんよ。何故ならキリカくん。君は──)

 

 僕の最高傑作(愛娘)なのだから。

 



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前日談的なの

 ──フロンティア事変は確かに解決された。

 

 月の落下を止め、悪意を覚えた完全聖遺物ネフィリムの暴挙を防ぎ、星を、世界を救った。

 

 ──だが、それだけだ。

 

 まだ、残された命題がある。

 まだ、残された禍根がある。

 まだ──取り除かなければならない種がある。

 

 彼らは致命的な見落としをしている。

 

 故に──人形は笑う。

 彼らが守った世界を──壊す為に。

 

 

 ◆

 

 

 浮上したフロンティアは、謂わばパンドラの箱であった。

 異端技術に関する情報が溢れるようにして存在し、フロンティア事態、現存する兵器を凌駕する力を有していた。

 どの国も、その力を欲していた。

 しかし一つの国がフロンティアを所有すれば、世界情勢のバランスが崩れるのは明らかであった。

 故に、慎重に話し合うことになったのだが──。

 

 そのフロンティアにて、襲撃が起きていた。

 

「うわあああああ!?」

「何なんだお前は!? や、やめ──」

 

「煩いな、ハエどもが。用はないんだよ、貴様らに」

 

 大雑把に力を使い、各国が派遣していた軍事船は海に沈み、人はゴミの様に散る。

 しかしそのヒトデナシは興味を見せる事なく、そこに向かう。

 彼が目指すのは──フロンティアの心臓部。

 正確には、現在世界で唯一開いているであろうバビロニアの宝物庫への扉。

 男は、何者にも邪魔される事なく目的地に着き、そのまま──宝物庫へと足を踏み入れた。

 

 

 ◆

 

 

 ──何故、奴を喰えなかった? 

 ──何故、このような目に合っている? 

 ──何故、あのような眼で見られなければならない? 

 

 基底状態になったネフィリムは、何度も何度も自分が負けた理由を考えていた。

 アカシアを取り込んだ際に得た感情と知性で、蓄積された知識を閲覧して理由を模索する。

 だが、分からなかった。分からなかったが──答えを得ることができた。

 基底状態になったネフィリムを拾った人形によって。

 

「君は立花響とアカシアに負けたと思っているが違う。彼らではない」

 

 人形は言う。

 

「君は彼女に負けたのだ。あのホムンクルスに」

【──!?】

 

 ネフィリムが強く脈打ち、抗議する。

 ふざけるな、と。あの残りカスに自分は負けたのか、と。

 アカシアやガングニールの装者に負けたのなら良い。

 しかし、あのような出来損ないの人形に負けたと言われるのは、我慢ならなかった。

 

 その怨嗟の声を聞いた人形は──。

 

「ならばこれからじっくりと味わうが良い。その人形に使われる屈辱を」

【!?!?!?】

 

 ネフィリムは強大な力により自我が奪われ──ただの力となった。

 それを何の感慨も無く確認した人形は、扉を開け外へと出た。

 

 

 ◆

 

 

「無駄骨だったな、態々出向いたというのに」

 

 扉から出たヒトデナシは、得るものがなかったのか不服だった。

 心臓部の外に出て、空へと飛び、フロンティア全貌を見渡せる高さまでたどり着くと、振り返る。

 そこには、救援要請を受けたのか追加の軍事船が到着しており、事切れている大量の軍人達を前に言葉を失っていた。

 

 それが、彼らの命運を賭けた。

 

「──黄金に消えよ、フロンティア」

 

 ヒトデナシの服が吹き飛び、掲げた腕に太陽が君臨する。

 それを見上げた軍人達は──自分が死んだ事に気づく事なく蒸発し……フロンティア事消え失せた。

 

「これで消えた、不安要素は。しかし遂に現れなかったな──あの魔女は」

 

 アカシアが関係している以上、現れ何かしらの妨害をしてくると思っていた。

 しかし現れなかった。

 肩透かしだが、障害が無いのなら計画を進めるだけだ。

 

 ヒトデナシは、その場を去り──。

 

「……」

 

 それをジッと見ている者が居た。

 

 

 ◆

 

「みんな、丸くなったな」

 

 翼さんのその一言が──乙女達に火を付けた。

 

 これは、尊厳を賭けた聖戦である。

 

 

 

 事の始まりはこうだ。

 拘束されたマリア達だったが、これから設立される国連直轄の組織SONGに所属する事により自由の身となった。

 元々緩かったけど、これで大手を振って外に出られる。

 響ちゃん達もその事を喜び、同じ仕事場で働く事となる彼女達の歓迎会をしようとした矢先に──先ほどのセリフだ。

 

 和気藹々した空気が一転、重く冷たくなる。

 気付いていないのは、本人だけで、周りは戦慄していた。

 

 ……ちなみに、翼さんは性格的な意味でマリア達に丸くなったと言っている。敵対していた時は、目的の為にピリピリしていたから、こうして落ち着いている姿を見れば丸くなったっと思うのも無理は無い。

 

 ──が、俺は気付いている! 

 

 プリンよりプリン体が大好きなセレナ! ちょっと最近呑み過ぎてお腹周りを気にしている!! 

 

 普段から運動不足の調博士! 二課(現在SONG)の職員が作る栄養満点の食事を取りながら、研究か寝るかの生活をして肉が付いている! 

 

 切歌ちゃん! もっと食え! 

 

 そして、丸くなっているのは元FIS組だけじゃない! 

 

 奏さん! 最近ケチャップ使って大食い番組に出てお腹気にしてる! 

 

 クリスちゃん! 成長期でまたおっぱいデカくなったと別の意味で丸くなる!! 

 

 未来ちゃん! 響ちゃんとお好み焼きフラワーによく行くようになって、胸よりお腹が成長! 

 

 そして最後に響ちゃん! 最近いつもよく食べるようになって成長からの成長! 正直一緒に寝る時柔らかくて枕としてさいこ──。

 

 ──ズンッ。

 

「──それ以上言ったら……もぐ」

 

 ナニを!? 

 

「……とりあえず、トレーニングするか?」

 

 奏さんの申し出に、全員頷いた。

 

 

 

 仮説本部には、装者のスキルアップをする為の施設がたくさんある。税金の有効活用ですね。

 そこで、その施設を使ってダイエ……トレーニングする事になったのだけど、人数が多いから二つに分ける事になった。

 

 αチームには翼さん、セレナ、調博士、未来ちゃん。

 βチームには奏さん、クリスちゃん、マリア、切歌ちゃん、響ちゃん。

 

 親睦を深める意味も込めて、普段行動を共にしている組はあえて分けている。

 ちなみに俺は参加しても仕方ないので、両チームの様子を見る事に。

 

 先に様子を見に行ったのはαチーム。

 彼女達はジムでトレーニングをしている……のだけど。

 

「カフュー……カフュー……」

「ぜえ……ぜえ……ぜえ……!」

 

 元々体力の無い調博士と装者じゃない未来ちゃんがグロッキーだ。

 比べて翼さんとセレナはケロッとしている。

 セレナは死に体の二人にスポーツドリンクを渡しながら謝った。

 

「すみませんペース配分を間違えていました。いつも姉さんがこなしているメニューをさせてしまい……」

「あ、あれがトレーニング……?」

「拷問の間違いじゃなくて……?」

 

 二人はセレナの言葉に戦慄していた。

 

「なるほど。あの規格外な戦闘能力には、このトレーニングメニューによるものか」

「頭おかしいわよ、あのロリ勇者。身体年齢はわたし達の中で一番下でしょう……!?」

 

 まぁ、正直俺もドン引きしている。

 そしてそれに着いて行ける翼さんは翼さんですげえ。

 

「確かにキツイけど、オレには秘策があるからな」

「あるなら……先に言って……」

「わたしも……知りたいです……」

 

 グロッキー組の懇願に、翼さんは胸を張って答えた。

 

「訓練後のご褒美をイメージすれば良い」

 

 訓練後のイメージ? 好きな食べ物とか? 

 

「ああ、分かります。訓練後に飲むビールはかくべ──」

「訓練終わったらな。奏がお疲れ様って頭を撫でてくれるんだ。クリスもタオルとか持ってきてくれて労ってくれる! そう考えるとトレーニングも苦じゃないだろ!?」

「──そうですね! 確かにそういうご褒美があると、トレーニングも楽々ですよね!」

 

 翼さんの理論、かなり頭痛いな……。

 そしてセレナが必死に誤魔化している姿もかなり痛々しいな……。

 調博士も翼理論が理解できないのか、苦言を漏らす。

 

「そんな根性論で乗り越えれる訳がない……」

「そうなのか? 調は訓練の後に切歌に労って貰っても嬉しくないのか?」

「……」

 

 翼さんの言葉に、調博士が黙り込む。

 え? もしかして、マジですか? 

 

「──舐めないで、切ちゃんの笑顔にはエナドリ10本分以上のエネルギーがある」

 

 こればかりは譲れないと、強い意志を持って応える。

 ……いや、そこでムキになる所なの? 

 

「わ、わたしだって! 響の笑顔があれば!」

 

 ちょっと待って未来ちゃん君まで参戦しないで??? 

 

「ふふふ。わたしも分かります。普段真面目な姉さんが見せる優しい笑顔と、あのちっちゃな体を抱き締めた時の感触、そして照れて赤くなる顔──ふふふ、堪りません」

 

 そしてセレナさん、多分アナタだけ趣旨が違う。色々とやばいよ発言とその顔は。

 

「よし! じゃあみんなまだまだ頑張れるって事だな!」

『え……?』

「そうですね。最初は姉さんがしているウォーミングアップでいっぱいいっぱいだと思いましたが、この調子なら本メニューでも行けそうですね」

『──え?』

 

 さて、俺は響ちゃん達の方へ向かうか。

 

 背後から聞こえる悲鳴に聞こえないフリをしながら、俺は水練場に向かった。

 

 

 俺が来る前に一泳ぎしたのか、みんなプールサイドに座って休憩していた。

 こっちには切歌ちゃんも居り、リハビリも込めてプールでトレーニングをしている。

 

 

「マリアは泳ぎ方を教えるのも上手デスが、泳ぐのも上手でしたね! 凄いデス!」

「まさかぶっちぎりで勝つとは思わなかったぜ……」

「うん……早かった……」

「というか、その体の何処にあんな力があるだろ……」

 

 どうやら、切歌ちゃんを抜いた四人で競争しているらしい。

 そして一番早かったのはマリア、と。

 相変わらず凄いなマリアは……やること為すこと人並み以上だ。

 

「わたしが勝てたのは、アナタ達と競争したからね」

「……なに? 優越感に浸れるから勝てるって思ったの?」

 

 響ちゃんが何処かトゲのある言葉で聞き返す。彼女、まだ何処かマリアに対して苦手意識持っているんだよね……。

 しかしマリアは、響ちゃんの言葉に苦笑して首を横に振る。

 

「別にそういう訳では無いわ。ただ、古来、人は競争を繰り返す事で進化して来た。

 相手に勝ちたい。相手に負けたく無い。

 その想いが弱い人間に進化を、成長を促して今がある」

「……」

「切磋琢磨──日本には良い言葉があるわね。隣人と互いに己を高め合う。そして、その力で相手を助ける事ができる──。

 だからわたし、こういう事好きなの。独りで黙々と自主練するよりも、皆で仲良くした方が、わたしも、アナタ達も、一秒前の自分よりも強くなれるから」

「……」

「まっ、そういうのが苦手な人も居るんだけどね」

 

 そう言ってマリアは茶目っ気たっぷりにウィンクした。

 しかし、皆マリアの言葉に感心してポカーンとしている。

 すぐに復帰した切歌が彼女を褒め称えた。

 

「マリアは凄いデス! カッコいいデス!」

「ふふふ。ありがとう」

 

 素直に称賛の言葉を受け止めるマリア。

 しかし──。

 

「そんなにちっこいのに、凄いデス!」

「──」

 

 続く切歌の言葉でビシリっと動きが止まった。

 

 ──いきなりだが、此処で解説しよう! 

 

 βチームのメンバーは奏さん! クリスちゃん! 響ちゃん! 切歌ちゃん! 

 そしてマリアだ! 

 一見特になんて事はないが、実はこのチームには一人仲間外れが居る! 

 

 その少女の名はマリア・カデンツヴァ・イヴ! このチーム唯一のペッタン娘だ! 

 

 奏さんとクリスちゃんは説明不要! 響ちゃんは良い物持っており、切歌ちゃんも何気に立派な物を持っている! 

 

 が! 

 

 しかし! 

 

 マリアだけは! その身体年齢によって絶壁! 赤壁! 風鳴翼! ウォールマリアなのだ! 

 

 競争する前から負けている! 切磋琢磨するには無さ過ぎる! 

 

 辛い現実が、彼女達とマリアを隔てていた! 

 

 ……水泳勝負で勝ったのって抵抗力が無いから──。

 

「フンッ!!」

「ブイ!!!???」

 

 突如、マリアがプール越しにある入り口……つまり俺が隠れている場所に向かって拳を振り抜いた。

 するとプールがモーゼの如く真っ二つに割れ、俺は拳圧で吹き飛ばされた。

 

「ちょっと待ってなさい」

 

 それだけ言うとマリアは──っていつの間に俺を掴んでいるの? いつ移動したの? と言うより、もしかしてさっきかんがえている事分かったの? どうやって? 

 

「波導で全て知っているわ。リッくん先輩、着いて来て貰うわ」

 

 え、ちょ、まっ。

 さっきの事は謝るから、だから許し──。

 

 

 あああああああああ。

 

 

「わたしだって大人になったらこれくらいあるわ」

 

 メガシンカの力を使ったマリアは、大人の姿となって皆の前に戻って来た。

 響ちゃんたちは何とも言えない表情で、マリアを見ていた。

 

 ……マリア・可変バストァ・偽部。

 

「──フン!!!」

「ブウウウウイ!?」

 

 ドボンッと俺はプールの中に捨てられた。

 



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第五部 戦姫絶唱シンフォギア 獣の奏者キャロル編
第一話「奇跡の殺戮者」


世界を◾️◾️為の歌がある。


『おや、起きたのかいキャロル』

 

 ──これは、夢だ。

 

 焼き残ったパパとの大切な思い出。

 

「紹介しよう。僕の友人の──だ」

 

 思い出にノイズが走り、見えないもの、聞こえないものが現れる。

 

「──」

 

 影が過去のオレに話しかける。

 何を言っているのか──思い出せない。

 思い出せないまま、オレが──わたしが口を開く。

 

「そうなの? だったら」

 

 しかし、この時オレは何を言ったのか思い出せず──目を覚ました。

 

 

 第一話「奇跡の殺戮者」

 

 

 七月になり、暑い日差しの中、響は未来と共に登校していた。

 ジンワリと汗が伝い、彼女は呟いた。

 

「あっつ……」

「暑いねぇ……」

 

 気温は30度を上回り、周りの他の生徒も暑そうにしている。

 心なしか響の表情も険しく、未来も疲れているような顔をしている。

 

「……そういえばコマチは大丈夫? 見た目からしてわたし達より暑そうだけど……」

「……朝、冷蔵庫の中に入ろうとしていたから叱っておいた」

 

 毛皮モフモフなコマチは、どうやら暑さに弱いらしい。

 今朝も暑くて暴れて、響にお灸を据えられていた。

 現在はSONGの本部で涼んでいるだろう。

 ……そう思うとイラっとする響であった。

 

「あ、響さん! おはようデース!」

 

 朝からダウナーな響とは違い、明るく元気な声が彼女に掛けられる。

 視線をそちらに向けると、車椅子(ウェル&調&ナスターシャによる改造済)に座っている切歌が笑顔で響たちに手を振っていた。

 ……そして、その後ろで切歌の車椅子に圧し掛かり、溶けている調も居た。

 挨拶を返しつつ、響がジト目で彼女に尋ねる。

 

「何してんの?」

「しんでる」

 

 思っていた以上に死に体な声で響たちは驚く。

 

「あつい……しぬ……」

 

 どうやら元々体力のない調だったが、この暑さにやられてダウンしているらしい。

 それでも切歌をここまで連れて来た根性には脱帽ものだが。

 しかしそうなると、疑問が生じる。

 何故、まだ体が回復し切っていない切歌は元気いっぱいなのか? それは──。

 

「調、代わるデスか? この車椅子ウェル博士の頭のおかしい技術で気温が保たれているデスから気持ちいいですよ」

「いや、いい……それで切ちゃんに何かあったら悔やんでも悔やみ切れないから……」

 

 どうやら切歌の為に作られたこの車椅子は、彼女を最大限守る為の機能が搭載されているらしい。科学者ども自重しろ。

 しかしこれにより、切歌は学校に通う事ができ、思い出作りができている。調もその事はうれしく思い、ウェルの願いが込められているのが伺える。

 

「まったく、だから普段から運動しなさいと言っているでしょう」

 

 そこに、調に苦言を漏らす者が現れた。

 この状況で小言を言われるのは嫌なのか、うへえと顔を顰めながら調が牽制する。

 

「この暑さで説教は勘弁」

「切歌を守るのでしょう? シャンとしなさい」

 

 背筋を伸ばしハキハキと注意するのは──調たちと同じ制服を着ているマリアだった。

 

「今日も可愛く着こなしているデスねマリア!」

「うんありがとう。でもできたらスルーしてくれたら助かるわ……」

 

 切歌の純真無垢な誉め言葉に、マリアは顔を真っ赤にさせてプルプル震えている。

 

 そう、何故かマリアは調たちと同じ学年に配属されている。

 

 経緯はこうだ。

 調だけでは、切歌が心配だとウェルがマリアに相談し、調に尻を蹴られたある日のこと。

 思案したマリアは、彼にこう申し出た。

 

「わたしも(教師として)学校に行くわ」

「え? ミス・マリアが(生徒として)学校に?」

 

 二人だけならしばらく話し合えば、お互いの勘違いに気づき軌道修正ができただろう。

 しかし、そこに極上のハイエナが現れた。

 

「姉さんだけに負担はかけられません! (私欲10割) わたしが手続きしておきますね? (全てを理解している)」

「あらそう? それじゃあお願いね(全てを理解していない)」

「あ……(察し)」

 

 こうして、マリアは制服を着て登校している。切歌が純粋に喜んでいる為、結局撤回することができず、セレナが一人勝ちした。

 ちなみにそのセレナはちゃっかりと教師として赴任し、マリアの可愛さを堪能しつつ教師生活を楽しんでいる。

 それを見たコマチが爆笑し、波導を叩き込まれた。

 

 ちなみに、初等学科の配属も視野に入れられており、それにマリアがガチギレして現在の形に落ち着いた。

 セレナの策略勝ちである。

 

「ほら、行くわよ」

 

 しかし──。

 

「……あいつ、何だかんだで楽しんでいるよね」

「響っ」

 

 響の言葉は未来によって阻まれたが、つまりはそういう事である。

 

 

 ◆

 

 

 はー、今頃響ちゃんたちはクリスちゃんの家で、翼さんたちの海外ライブの応援しているのかなー。

 俺も行きたかったけど……。

 

「まだ落ち込んでいるのですか? アナタも大概メンタル弱いですね」

 

 不貞腐れている俺に、ウェルさんがため息を吐く。

 だってさ、ライブだよ? ツヴァイウィングの! それなのにこんな……。

 

「アカシア、我慢してください──国連所属となった以上、何かしらのしがらみは増えるものです」

 

 ナスターシャ教授も諭すようにして語り掛けてくる。

 でもさ──本当に必要な事なの? 

 

「ええ、当然ですよ──あなたの予知夢は精度が高すぎる」

 

 そう、今回俺がこの二人に拘束されているのが──また、未来で起きる夢を見てしまったからだ。

 それを知った響ちゃんはおやっさんに報告し、かつての俺を分析していた二人に検査を命じた。

 

「ツヴァイウィングのライブ事件。ネフィリムの暴走。現在確認されている予知夢二つともが、当たっている」

「これを軽視する事はあり得ません」

 

 というわけで、ウェルさんのダイレクトフィードバックシステムの応用で俺の予知夢を調査することになったのだが……肝心の予知夢がな……。

 

「それにしても不可解ですね。視点がコロコロと変わる夢というのは」

「しかし夢の内容は同じ──」

 

 ウェルさんの言う通り、俺は何度も瞬間しているかのようにして若干見える視界が変わっている。にも関わらず、場所は変わっていない。

 そして夢の内容は──。

 

「──響さんと戦っている夢」

「──にわかには信じがたい夢ですね」

 

 そうなのである。模擬戦とかそういうのではなく、ガチの戦闘を行っている。

 しかも、夢の中の響ちゃんはとても辛そうで──正直見ていられなかった。

 不安だ。

 そう思っていると、ポンっと頭に手が乗せられる。

 

「夢の内容が分かれば回避できるかもしれません──アナタは何時だってそうしてきたじゃないですか」

「今度は我々が助ける番ですよ──数多にある恩の一つくらい、返させてください」

 

 ──ありがとう。

 

 俺は二人にお礼は言い──その数十分後、夢の内容を俺は知る。

 しかしそれは調査によってではなく、現実によって。

 

 

 ◆

 

 

 火災が発生し、SONGに救援要請が出される。

 クリスと響が先行し、響の活躍により人命に被害は無かった。

 

 しかし、この火災を起こした原因がまだ見つかっていなかった。

 響が人命救助をしているなか、クリスが索敵を行い──敵と遭遇した。

 

 敵の名は──ファラ。

 とある錬金術師が作り出したオートスコアラーというの名の戦う人形。

 クリスが応戦するなか、響は一人の少女と相対する。

 

「貴様が立花響か」

「……民間人、じゃなさそうだね」

 

 逃げ遅れていない人が居ないか、辺りは見回りしていた響は、目の前の少女に警戒し、構える。

 どういう訳か、本部ともクリスとも通信が繋がらない。

 

「オレの名はキャロル・マールス・ディーンハイム──奇跡の殺戮者だ」

「──奇跡の、殺戮者……?」

「ああ、そして──」

 

 

「ブウウ──────イ!!」

 

 空から特徴的な鳴き声が響き、シュタッと響の肩に降り立つ。

 本部から通信が繋がらなくなった響の元にテレポートし、しかし何故か座標がズレて空に投げ出されたコマチである。

 衝撃はサイコキネシスで無くしたが、それでもびっくりしたのか目が回っている。

 

「……大丈夫?」

「ブイ……」

 

 響の言葉に、大丈夫だと答えるコマチ。

 

「──くっ」

「……?」

「ああ、悪い。こういう所は一緒──わかったわかった、もう言わん」

 

 それを見て何故か笑い出すキャロル。

 さらにぶつぶつと独り言を呟き、響とコマチは怪訝な表情を浮かべる。

 彼女たちの反応に気づいたのか、キャロルはコホンと咳ばらいをし、キッと表情を改める。

 

「すまんな、話を続けるぞ──役者は揃ったようだしな」

「役者……? 何が目的?」

「何簡単なことだ」

 

 スッとキャロルが手を前に出し──。

 それにコマチが反応して前に出るのと、響がペンダントを握りしめるのは同時だった。

 

「貴様らの力を、見極めさせてもらう──世界を守れるのか」

 

 キャロルが力を行使し、爆炎が放たれる。

 それをコマチが「守る」で防ぎ、響ごと炎に包まれた。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 しかし、炎の中から歌が聞こえ──薙ぎ払われると、そこにはガングニールを纏った響が現れた。

 

「アナタが何者で、何が目的か分からないけど──」

 

 響がグッと拳を握り締め。

 

「とりあえず倒してから、話を聞かせてもらう!」

 

 一跳びでキャロルとの距離を詰め、そしてそのまま拳撃が繰り出され──。

 

 

 

「──ブラ、ッキー!!」

 

 キャロルの前に飛び出したナニカによって「まもられ」た。

 

「──!?」

 

 それを見た響は目を見開いて、動きを止めた。

 だって、何故なら、目の前に居るのは──。

 

「フィーア!!」

 

 さらに突風が別方向から放たれ、響が吹き飛ばされ壁に激突する。

 

「ブイ!」

 

 それを見たコマチが駆け寄ろうとし──彼の前に二つの影が立ち塞がる。

 

「──リー」

「──ブー、スター!」

 

 そして、鋭い斬撃と炎の一撃が叩き込まれ、コマチも吹き飛ぶ。

 しかし、空中で動きを止められた。

 

「ブ──」

 

 そこで、コマチは相手の正体を見た。

 あり得なかった。

 この世界に、自分以外は存在していない筈だ。

 それなのに、何故──。

 

「──改めて自己紹介しよう」

 

 キャロルの元に八匹の獣が集う。

 

「オレはキャロル・マールス・ディーンハイム、奇跡の殺戮者だ──それと同時に」

 

 彼女が従えるのは──ブースター。サンダース。シャワーズ。エーフィ。ブラッキー。グレイシア。リーフィア。ニンフィア。いずれもイーブイの進化系。つまり──。

 

「獣の奏者でもある──以後お見知りおきを」

 

 ポケットモンスター。縮めてポケモン。

 それが、彼女の元に集い、コマチを睨み付けていた。

 



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第二話「最悪の天敵」

「くっ……!」

「狙撃手にしてはよく動きますね」

 

 クリスは現在、正体不明の敵と戦闘を行っていた。

 剣を持ち、風を纏う斬撃を振るう謎の女性──否、人形。

 彼女の拳を以てしても倒れない。

 さらに。

 

「っ……」

「しっかりして……」

 

 クリスは怪我人を庇いながら戦っていた。

 それも、明らかに目の前の人形がつけたと思われる裂傷をその身に刻んで。

 イチイバルで弾丸を放ちながら、クリスは問い掛ける。

 

「アナタは何者……? 何が目的?」

「──ファラ。それがこの身に刻まれた名。そして、私の目的は──」

 

 ファラの剣が上段から振り下ろされ、それをクリスがライフルで受け止める。

 が、ビキッと音を立てて刀身が食い込む。

 

「マスターの本懐を遂げる事!」

「答えになっていない……!」

 

 ライフルを破棄して後ろに下がり、新たに作ったアームドギアで破棄したライフルを撃ち抜き爆発させる。

 ファラはそれを至近距離で受け、しかしそれで倒せると思っていないクリスは少女を抱えて走る。

 

「あのレベル相手に近距離戦は不利。離れないと……」

 

 戦況は最悪に近く、響とも連絡が取れない。

 加えて、クリスは嫌な予感がしていた。

 目の前の相手から。

 

 

 第二話「最悪の天敵」

 

 

「ブウウウウ──イイッ!!」

「──!」

 

 コマチは、エネルギーを自分の体内に溜め、それを一気に解放した。

 それにより、相手のエーフィのサイコキネシスを打ち破り拘束を解いた。

 まさか外されると思わなかったエーフィは驚きの表情を浮かべ、しかしすぐに憎々しげにコマチを見る。

 コマチは、その視線に戸惑いながらも響の元に駆け寄る。

 

「ブイ!」

「大丈夫、それより──」

 

 瓦礫の中から這い出て来た響は、目の前にいる光景に言葉を失っていた。

 コマチに似た生物が、八体居る。

 しかも、全員キャロルに従い──自分たちと敵対している。

 それが──響は酷く悲しく思えた。

 まるで、コマチと戦っているようで、拳を握り締める事ができない。

 

「ブイ! ブイブイ!」

 

 響の前に出たコマチが訴えかける。

 何で襲ってくるんだ。戦わなければならないのか、と。

 同じポケモンなら、こんな戦いするべきではない、と。

 しかし……。

 

『シャ──!!』

「ブイ!?」

 

 何故か大顰蹙を買い、威嚇されてしまう始末。

 思わずコマチは響の首元のマフラーに逃げ隠れる。

 それを見たキャロルが言った。

 

「奇跡の体現者アカシア。こいつらはお前を、お前の存在を否定する──その為に造られた」

「──造られた?」

 

 キャロルの言葉に、響が反応する。

 どういうことだ。それではまるで──。

 響の考えを裏付けるようにして、彼女は言う。

 

「アカシア・クローン」

 

 それは、禁忌の存在。

 

「──アカシア、貴様から造られた存在だ。とことんお前を否定し、そして倒す為の悲しきモンスターさ」

 

 キャロルの言葉が重く乗し掛かり──胸に宿る怒りを晴らすかのようにして、アカシア・クローン達は襲い掛かった。

 

「──ダース」

「っ、はや──」

 

 バチっと音が鳴ったかと思えば、サンダースが既に響の懐に入り込み──にどげりにてコマチと引き離した。

 

「ブ──」

「コマ──」

 

 自分の元から離され、ダメージを負うコマチを見て、彼女は手を伸ばし。

 

「お前の相手は──オレだ!」

 

 しかし、キャロルの錬金術によりそれも阻まれる。

 風が、炎が、水が、金属の槍が、響に襲い掛かる。その対処をしながら、コマチを助けるにはキャロルを倒さなければならない事を悟る響。

 

「コマチ……!」

 

 響が心配するなか、コマチは必死になって逃げていた。

 流石は進化系という事もあり、身体的なスペックは向こうが勝っている。一定の距離を保って囲まれてしまっている。

 響と合流する為には、どれか一体突破しなくてはならない。

 一つ思案して──コマチはブースターを選んだ。

 

 確かに攻撃力が高く、炎の力は危険だ。

 しかし見る限り、この中で走るスピードは遅い方だ。

 なら、彼から抜け出せば良い。

 

 急な方向転換を行い、ブースターに向かって突き進む。

 そしてある程度距離が近づいた瞬間、でんこうせっかを行って振り切るためにスピードを上げ──。

 

「──ダー!」

 

 舐めるな、とコマチ以上のでんこうせっかで横から体当たりするサンダース。

 それにより態勢を崩したコマチは──不味い、と背筋に悪寒が走った。

 隙を見せたことで相手の猛攻が始まる! 

 

「ブウウ──スタァ!」

「ブイ……!」

 

 至近距離からブースターのオーバーヒートが炸裂し、まもるを使ったコマチだが勢いを殺せず吹き飛ばされビルに叩きつけられる。

 

「シャウ──ワァ!!」

「ダース!」

 

 さらにシャワーズがハイドロポンプを放ち、そこにサンダースがでんげきはを加える。

 直撃すれば感電してしまう。

 コマチは回避することを諦め、まもる力に集中し受け止める。

 それが相手の狙いだと気づかずに。

 

「シィイイ──ァア!!」

 

 グレイシアのれいとうビームがハイドロポンプ事コマチを凍り付かせる。

 氷の牢獄に閉じ込められたコマチは、電気による痺れと身が凍える寒さに耐えながら脱出する為に意識を集中させテレポートし。

 

「フィー!」

 

 エーフィにそれを察知させられ、コマチは無理矢理空中に転移させられてしまう。

 さっきのテレポートもエーフィの仕業だったのか、とコマチは己の失策に内心舌打ちし──しかしすぐに意識を切り替えさせられる。

 

「リー……!」

 

 すぐ目の前でリーフィアがリーフブレードを発動させ斬りかかってきている! 

 コマチはアイアンテールに応戦をする。

 しかし──リーフィアの方が速く、鋭かった。

 二合三合と切り結ぶ度に追いつけなくなり、すぐに防戦一方になり、そして最後には着いていけなくなり地面に叩き落された。

 

「ブ──」

 

 まともにダメージを受け、コマチの意識が遠のく。

 連携、連撃が彼をじわじわと追い詰めていく。

 

 だとしても。

 ここで倒れるわけにはいかなかった。

 何故戦わないといけないのか。

 何故そこまで自分に怒りの感情を向けるのか。

 それを知るまで──。

 

「ブ──イ!」

 

 ここで負けるわけにはいかない。

 コマチは、全エネルギーを集中させて、高威力のシャドーボールを形成する。

 この技を叩き込んで一度怯ませて、響と合流する。

 それが彼の狙いだった。しかし……。

 

 ──キュアアアアア……! 

 

 それ以上の力の奔流を感じ、視線を向ければ──八匹の獣たちが集い、一つのシャドーボールを作り上げていた。

 コマチが作ったシャドーボールの何倍も巨大なシャドーボールを。

 彼は驚きの表情でそれを見て──そしてそのまま自分に向かって放たれた。

 

「──ブイ!!」

 

 それに焦ったコマチもシャドーボールを放ち、しかしすぐに押し負けて消し飛ばされ、シャドーボールがコマチのいた場所を吹き飛ばした。

 衝撃でコマチは空中に吹き飛び、気づいた。

 ノールタイプのイーブイにゴーストタイプのシャドーボールは効かない──撃たせられた! 

 その事に気づいた時はもう遅く、空に舞うコマチに向かってブラッキーとニンフィアが──。

 

「ブウウラァ!」

「フィイイァ!」

 

 悪の波導と破壊光線が解き放たれ、コマチに直撃し──彼はどうしようもなく敗北し、空からそのまま力なく堕ちた。

 

 

 ◆

 

 そして、敗北したのはコマチだけではない──シンフォギアもまた、敗北していた。

 

「──ノイズじゃ、ない!?」

 

 ファラと戦闘を行っていたクリスが。

 

「どういう事、だ……!?」

 

 ロンドンでレイアと戦っていた翼が。

 

「コマチ……!?」

 

 キャロルと戦っていた響が──負けた。

 

「何するものぞ──シンフォギア」

 

 シンフォギアは──ノイズであってノイズではない、アルカ・ノイズにより敗北に喫した。

 

 

 ──だが、彼女達には仲間がいる。

 

「──翼!」

 

 ギアを失い、膝をつく翼を、ガングニールを纏った奏が庇う。

 アルカ・ノイズは、奏も無力化しようと攻撃を繰り出すが──。

 

「──っ! ……ん?」

「──!?」

 

 しかし、奏の胸に宿る雷がノイズを弾き、そのまま煤へと変えた。

 それに奏は戸惑い、レイアは忌々しそうにする。

 

「やはり地味に効かないか──特記戦力には」

 

 レイアはコインを取り出し、奏に向かって撃ち出す。

 奏はアームドギアを振り回して弾き飛ばし。

 

「なんだか知らねえが、一気に決めてやる!」

 

 槍を掲げ、胸の雷を解放し、召喚されたアルカ・ノイズを万雷を以て蹴散らした。

 

──THUNDER VOLT♾NOVA

 

「ちっ、情報通り派手な技だ──が、地味に目的は果たした」

 

 ここは退かせて貰う。

 それだけ言うと、レイアは転移しその場から消え、万雷を回避した。

 

「何だったんだアイツは……」

 

 何もなくなった戦場で、奏は一人零した。

 

 

 ◆

 

 

 レイアが言った特記戦力。

 その意味をSONGはまだ理解していない。

 しかし──彼女が、特記戦力と言われる事は納得できるだろう。

 

「ハアッ!!」

「グッ──!?」

 

 クリスが倒された直後、彼女を守るようにしてマリアが到着した。

 そしてそのままアルカ・ノイズを蹴散らし、そのままファラと戦闘に突入し──圧倒している。

 

「やはり、アナタが一番計画の邪魔なようですねっ!」

「その計画とやらが何なのかは──ベッドの上で聞かせて貰うわ!」

 

 ファラの剣を殴り折り、顔面を蹴り吹き飛ばす。

 パキリと顔にヒビが入り、苦悶の表情を浮かべながらもファラはアルカ・ノイズを召喚する。

 彼女には、クリスのシンフォギアを壊した力が届かない。それでも一瞬でも時間を稼げばと思い──。

 

「──無駄よ」

 

 しかし、流れるようにアルカ・ノイズの間を走り抜け、そのまま再びファラに肉薄する。

 ファラは剣を使う近接主体の戦闘スタイル。その彼女から見ても──マリアと近接戦闘をするのは憚れた。

 

「くっ!」

 

 苦し紛れにマリアを弾き飛ばして、テレポートジェムを取り出すが。

 

「遅い!」

 

 槍の一閃で砕かれ、さらにファラも吹き飛ばす。

 それによりファラは離脱できずにダメージを負っていく。

 

「化け物め……!」

 

 思わず悪態が出るが、状況は変わらずファラは窮地に陥り、マリアが勝負を決めようとした瞬間──大地が揺れた。

 

「な──」

「好機!」

 

 それを見たファラはさっさと予備のテレポートジェムにて戦線を離脱。

 敵を逃してしまったマリアは、しかし遠方に居るであろう響たちの身を心配していた。

 加えて、先ほど感じた力──。

 

「まさか……」

 

 彼女は、ギュッと胸を握り締め──クリスと襲われていた少女を救助する。

 

 

 ◆

 

 

「響さん!」

 

 セレナが到着した時は既に──戦闘は終わっていた。

 アルカ・ノイズによりシンフォギアが解除された響。

 傷だらけになり力無く倒れているコマチ。

 

 そして、威風堂々と佇むキャロルとアカシア・クローンたち。

 

「リッくん先輩!? そんな──」

「弱い──弱すぎるぞシンフォギア。このままでは、世界は本当に崩壊するぞ」

 

 舌打ち混じりにそう吐き捨て。

 

「だが、それも仕方ないのかもしれないな」

「フィー」

「……ああ、分かっている。目的は違えないさ」

 

 心配そうに擦り寄ってきたエーフィの頭を撫で、不安そうに見つめるアカシア・クローンたちに笑みを送った。

 

「あなたは、一体……!」

「ソイツに伝えろ──戦えないなら戦場に立つな、と」

「……!?」

「はっきり言って目障りだ──精々足掻くんだな装者共よ」

 

 それだけ伝えると、専用テレポートジェムでアカシア・クローン達を収納すると、彼女はその場を飛び去った。

 セレナはそれを見送ることが出来ず──抱えた響とコマチが目を覚ましたのを確認すると、呼び掛けた。

 

「リッくん先輩! 響さん! 大丈夫ですか!?」

「──大丈夫、なんかじゃない……!」

 

 ギリっと響が奥歯を噛み締める。

 反対にコマチは酷く落ち込んだ様子で静かにしており、そんな彼を抱き寄せながら叫んだ。

 

「──戦えなかった。コマチじゃないって頭の中で分かっているのに、心が拒絶した!」

 

 アカシア・クローンが目の前に飛び出した時、響は動きを止めてしまった。

 それも、何度も。

 握られた拳が解かれ、胸の歌が止まり、戦意が削がれる。

 

「わたしは──あの子達と戦えない」

 

 アカシア・クローン。

 それは──装者の天敵だった。

 彼に助けられた者ほど、彼と同じ時を過ごした者ほど──戦うことができない。

 そして、彼に助けられた装者は──多すぎる。

 

 最悪の敵の出現に──その意味を知った彼女たちは、絶望する。

 

 彼女たちは──アカシア・クローン相手に戦えない。

 

「……」

 

 そしてコマチもまた──彼らの事を想い、胸を痛めていた。

 

 

 錬金術師たちとの初戦は──どうしようもなく、大敗を喫していた。

 



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第三話「装者たちの黄昏」

毎日21時の更新出来なくてすみまセント君


 クリス、並びにマリアに保護された少女は、自らをエルフナインと名乗った。

 エルフナインと名乗る少女は、自分の正体を──ホムンクルスである事を打ち明けた。

 メディカルチェックを担当したウェル曰く。

 

「エルフナインくんに性別はありませんね。錬金術で作られたホムンクルス──なるほどね……」

「……ねえ、あの姿は」

 

 今はSONGが用意した服を着ているエルフナインに向かってクリスが問い掛ける。

 どうやらあの時の姿が衝撃的だったらしく、エルフナインに尋ねていた。

 それに対して、オートスコアラーからの追撃を免れる為、と答えた。

 それを聞いたクリスが、趣味ではない事が分かりホッとしていた。

 

 とりあえず、便宜上エルフナインは女性として認識される事となった。

 ウェルの言葉を聞いた後だと違和感があるが、すぐに慣れるだろうとの事。

 

 そして彼女の目的は──キャロルが為そうとしている事を止める。その為に逃げ出した事を話した。

 

「──万象黙示録」

「世界を……バラバラに」

 

 話を聞いた装者たちは表情を険しくさせた。

 特にキャロルが完成させたアルカ・ノイズの力をその身を以て知っている。

 ギアが分解されるあの感覚。あれが世界に向けられた結果──その先はきっと陸でもない光景が広がっているだろう。

 

「ねえ、聞きたい事があるんだけど」

「何ですか?」

「──アカシア・クローンって何?」

 

 響の言葉に、全員が知らず知らずのうちに体に力が入る。

 コマチもあの時の事を思い出しているのか、元気が無い。

 その場にいる全員の眼差しを受けて、エルフナインは語り始めた。

 

 アカシア・クローンの正体を。

 

 

 第三話「装者たちの黄昏」

 

 

 そもそも、アカシアの細胞は様々な組織が所有している。

 しかしその力を活用させて、実際の運用させる事はできなかった。長年の間、誰もがあの奇跡を起こしてみせようと、自分の物にしようと、また、助けられたお礼を言いたいと、再び同じ時間を過ごしたいと──願い続けた。

 が、それが叶う事はなかった──あの日までは。

 

「フロンティア事変の最中、アカシアはネフィリムに喰われて吸収され──その後、響さんによって葬り去られました」

「……」

 

 その時の事を思い出したのか、響の表情が曇る。

 他の装者たちにとっても忘れ難い苦い思い出で、暗い顔をした。

 それに構わずエルフナインが続ける。

 

「響さんの拳で肉片と化し飛び散ったネフィリムの細胞には、アカシアの細胞も含まれていました」

 

 アカシア単体では使えないが──そこに聖遺物を取り込み己の物とするネフィリムが加われば話は別だ。

 ネフィリムを操る技術はFISにあり、それを応用すれば。

 

『──』

「それを回収し、錬金術で造られたのが──アカシア・クローン」

 

 それが、キャロルに付き従う獣達の正体だ。

 ノイズを基に造られたアルカ・ノイズ。

 アカシアを基にして造られたアカシア・クローン。

 レシピは既に、とうの昔にできていた。

 

「アルカ・ノイズも、アカシア・クローンも戦力としては大変優秀で──」

 

 ──ガンッ!! 

 

 エルフナインの言葉を遮る様にして、鈍い音が響く。

 

「……!」

「響……」

 

 壁に拳を叩きつけた響に、奏がそっと寄り添う。

 許せないのだろう。大切な者の尊厳が弄ばれ、兵器として使われている事に。

 そしてそれは奏も──いや、この場にいる誰もが同じ気持ちだった。

 

「一つ疑問なんだけど、何故奏とわたしはアルカ・ノイズに分解されなかったの?」

 

 空気を変える為、マリアが気になっていた事を尋ねた。

 

「それは、アナタ達にアカシアの力が宿っていたからです。アルカ・ノイズは……いや、ノイズはアカシアに完全不利な関係です。その力を行使できずそのまま無力化されます」

 

 その言葉を聞いて彼女達は確かにと、過去の戦いを思い出していた。

 聖遺物という事を抜いても、彼はノイズに対してあまりにも無敵だった。

 

 エルフナインはそんな彼女達に、自分が此処に来た真の理由を告げる。

 

「キャロルを止めてください。その為に切り札を持ってきました」

 

 取り出したのは、アカシア・クローンを作る際に使われた細胞データとその実物。

 

「聖遺物とアカシア細胞の共鳴から成る新たなギア──デュオレリックギアを!」

 

 

 

 

「……」

 

 学校の放課後、響は頬を突いてブスッと表情を険しくさせていた。

 側から見て明らかに不機嫌だと分かり、板場たち三人娘はどうしたものかとは悩んでいた。

 

 というより、凄く怖い。

 正直声を掛けるのも怖いくらいだ。

 

「どうする?」

「どうすると言いましても」

「こうなったら、とにかく話題作ってお話しよう!」

 

 そう言って特攻隊長板場が選んだのは。

 

「今度の進路について! 未来について話し合えば行けるって!」

 

 と、その話題を選んだ──選んでしまった。

 知らず知らずのうちに死地に向かう彼女に、二人も着いて行く。

 

「ビッキー! ビッキーって将来何に──」

「ごめん、今はそっとしておいて」

 

 勢い良く話しかけた板場だったが、絶対零度の如く冷たい声が一刀両断した。

 心が折れそうになる三人。

 しかし、彼女達は耐えた。

 ここで退いてしまえば、彼女の友人おなれない。

 

「そういえば、三者面談誰が来る? わたしはお母さん」

「うちはお父さんかなー?」

「響さんはどうですか?」

 

 努めて明るく尋ねた──のだが。

 

「……」

「あの、響さーん……?」

 

 明らかに先ほどよりも機嫌が悪くなり始めた響。

 さすが不味いか? と彼女たちが身を震わせて冷や汗を流した所、救世主が現れる。

 

「もう、何しているの?」

「ヒナ!」

 

 三人が顔を輝かせて未来を見るなか、彼女は言った。

 

「今日はこの後響と用事があるから、先に帰ってくれない?」

「え? でも──」

「──ね?」

 

 ニッコリと笑みを浮かべて、三人に静かにお願いする三人。

 すると彼女たちは敬礼をして素直に従った。

 

『サー! イエッサー!』

 

 お疲れ様でーす! と言いながら教室を出て、未来は響の前に座り尋ねる。

 

「……おばさんの所にはまだ?」

「……うん。まだ踏ん切りが着かなくて、未だに手紙のみ」

 

 響は、故郷に帰っていない。

 一応、彼女の心境を考慮して弦十郎たちも強くは出ていないが、一度面と向かって話し合って欲しいところ。

 仲間もできた。記憶も取り戻した。コマチもそばに居る。

 それでも、まだ一歩踏み出せない。

 

「……あの、おじさんは──」

「──お願い。アイツの事は話さないで」

 

 未来ですら、その話題に触れられるのが嫌なのか、強く拒絶する響。

 

 彼女を大切だと言ってくれる人が居れば。

 彼女を苦しみから助け出してくれた人が居れば。

 彼女の側を離れない人が。

 

 そんな温かい人が居れば居るほど──響は、彼の事を許せない。

 

 側から離れ、助けてくれなくて、大切だと言ってくれていたのに──だからこそ、響は、父を許せなかった。

 

 

 ◆

 

 

「そんな事が……」

 

 下校の途中、未来は昨日起きた事の顛末を聞いた。

 特に驚いたのがアカシア・クローンについて。

 正直、今までの戦いで辛い戦いなのではないかと思っていた。装者としても、コマチとしても。

 

「それでも、いざという時は覚悟を決めなくてはならないわ」

 

 そんな未来に、マリアが強い意志を持って答える。彼女は、ギアを修理中ゆえに戦えない響を護衛する為に、わざわざ学校に残っていた。

 そして先輩方に可愛いともみくちゃにされた。

 マリアは切れた。いつかセレナを泣かすと。

 

 マリアの言葉を聞いた響が、目つきを鋭くさせて噛み付く。

 

「アンタは大切じゃないの? コマチの事が」

「大切よ」

「だったら──」

「だとしても。それで戦わなければ──傷付くのは彼」

 

 響の反論を、マリアがピシャッと跳ね除ける。

 

「考えてもみなさい。自分から作り出された存在が、世界を壊そうとしている──これ以上ない程に、彼を深く傷付ける」

「……っ」

「彼は、この世界に居る顔も知らない誰かが傷付く事すら悲しむ。それを自分が為したと思えば──正直想像したくないわね」

 

 実際、彼がリオル時代、救えなかった命に強く後悔していた。

 そんな彼が手を汚せば──果たしてその時、彼は正気を保てるのだろうか。

 自分の命を犠牲に、他者を救う選択を躊躇無く選ぶ彼が。

 

「だから、わたしは迷いたくないわ──少しでも彼の負担を無くせるのであれば」

「でも──」

「だったら貴女は、彼に強いるの? ──自分殺しを」

「──っ!」

「それをさせるくらいなら、わたしは──っ」

 

 そこまで言って、マリアは何かに気付いたかのようにして、響たちを庇うように立ち、木陰を睨み付ける。

 

「出てきなさい──人形といえど、波導は見えるわ」

「鋭いですねえ、見た目はちっこいのに」

 

 そう言ってマリアを見下しながら嗤い、クルリクルリと回りながら出てきたのは──。

 

「初めまして。オートスコアラーのガリィと申します──別に以後お見知り置きしなくて良いですよ?」

 

 そう言ってケタケタと笑う彼女に、目的は何だと尋ねるマリア。

 

「思い出集めに繰り出したところ、探し物を見つけたのですが──」

 

 ハア、とため息する動作をするガリィ。

 

「見失ってしまいましてね。ガリィちゃん、割とショック」

 

 だから、と続けて。

 

「弱々の装者でも虐めて、憂さ晴らしでもしようかと!」

 

 そう言ってガリィは、氷の礫を響に向かって解き放つ。

 狙われた響が逃げようとし、さらに未来が庇おうとして──。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

 前に出たマリアがガングニールを纏い、アームドギアで全て叩き落とした。

 それを見たガリィが舌打ちをして、憎々し気に吐き捨てる。

 

「そこでジッとしてろよ特記戦力! ガリィちゃんはアンタなんかと──」

「嘘を付くなら、もっと上手に付きなさい」

「──」

 

 ガリィの表情が変わる。

 

「アナタの目的は響ではない──そうでしょ?」

「──は」

 

 ベロリと舌を突き出し、凶悪な顔をするガリィ。

 

「見破ったからなんだって言うんだ!」

「……」

「粋がっていても、シンフォギアのみのお前なら、コイツらに勝てないだろ!」

 

 そう言ってテレポートジェムを放り投げ──アルカ・ノイズを召喚。

 それも、速度重視した飛行タイプだ。マリアに波導の力を使わせないつもりなようだ。

 自分のギアを破壊しようと迫るアルカ・ノイズに対して、マリアは──。

 

「ハア──」

 

 拳を突き出して、アルカ・ノイズと衝突。

 しかし翼やクリス同様、押し負けて分解を始め──。

 

「波導は我にあり──」

 

 しかし、溢れ出した波動が分解を押し返し、マリアの腕のギアが黒く染まる。

 

「我が心に応えろ奇跡の石──」

 

 さらにマリアは反対の腕を突き出してアルカ・ノイズを殴り飛ばし、その腕も黒く変化。

 そして次々と攻撃を繰り返すたびにマリアのギアが変わり、遂には──。

 

「進化を超えろ、メガシンカ!!」

 

 マリアの全身を包んだ光が晴れた瞬間──そこには、波導の勇者が居た。

 彼女はそのままアムードギアを薙ぎ払い、アルカ・ノイズを蹴散らす。

 赤いチリが舞い、視界が晴れると──そこには誰も居ない。

 

「──後ろがお留守ですよ」

 

 しかし、背後にはガリィが居り、氷を腕に纏わせてそのままマリアに突き出し──。

 

「言った筈よ」

 

 が、マリアの波動弾がガリィを吹き飛ばし。

 

「──嘘は、もっと上手く付けと」

 

 そして、水の力で姿を消していたガリィ本体を、水で作り出した幻共々弾き飛ばした。

 ガリィは、本気で焦った顔で叫ぶ。

 

「これを初見で見破るとか、なんだお前!?」

「──ただの装者よ!」

 

 トドメを刺すべく駆けるマリア。

 ガリィはテレポートジェムを取り出し──しかし間に合わないと悟る。

 万事休すか──そう思われた、その時! 

 

「シャー……ワ!」

「シイイイイイ、ア!」

 

 水と氷の塊が、ガリィとマリアの間に叩き込まれる。

 

 その技を見た響の鼓動が早まる。

 

「シャワ」

「シア!」

 

 ガリィを庇うように立つのは──アカシア・クローンのシャワーズとグレイシア。

 現れた天敵に──マリアの表情が揺らいだ。

 



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第四話「戦う為の意志」

今回は短め


 

「シュウワア!」

 

 シャワーズのハイドロポンプがマリアに向かって放たれる。

 激水の奔流をマリアはマントで防ごうとし──直前に、響と未来を抱えて回避行動を取る。

 結果、ハイドロポンプはコンクリートを砕き、続けて放たれたれいとうビームが音を立てて氷の花を咲かせた。

 

「シア!?」

 

 避けられた事にグレイシアが驚く中、マリアは二人を安全な場所に置くと響に言った。

 

「耐えられないなら、見ない事をお勧めするわね」

「っ……!」

 

 その言葉の意味を理解できない響ではなく、そしてマリアもまた全てを教えてくれるほど優しく無い。

 

 マリアが駆け出し、水と氷の砲弾を槍で砕きながら肉薄する。

 

 一方、アカシア・クローンに守られたガリィが、舌打ちして悪態を吐く。

 

「余計な事をしやがって」

 

 そんな彼女に、マスターから撤退命令が出される。

 

「あら、よろしいのですかマスター? せっかくの獲物が」

 

 ガリィの言葉に、すぐに応援が来るから逃げ出すべきだと言い放つ。

 それに、自分も現地に向かうから万が一は計画の調整をするから問題ない、と。

 ガリィは不服そうにしながらもテレポートジェムを取り出し。

 

「覚えていろよ……!」

 

 心底苛立った様子でこの場を去り、それを見たマリアが内心毒付く。

 

(引き際を弁えている──厄介な)

 

 目を鋭くさせたマリアは──拳を振り抜き、シャワーズの腹部に拳撃を叩き込んだ。

 

「──っ」

 

 それを見た響がヒュッと息を呑み、目を見開いた。

 

 本当に、やった。

 

 その事に血が昇りそうになって──マリアの顔を見てそれも直ぐに冷めた。

 

 そうだ、彼女も──。

 

 マリアは続けて波導弾をグレイシアに叩き込み、吹き飛ばす。

 

「シャワ!」

 

 それを見たシャワーズが悲鳴を上げて、グレイシアに駆け寄る。

 

「シア……」

 

 大ダメージを受けたグレイシアが弱々しく鳴き声を上げ、シャワーズはそんな彼女に回復する為の技を発動させる。

 しかし体の奥深くまでダメージが根付いているのか、なかなか起き上がらない。

 

「──拘束してそのまま連行させて貰うわ」

 

 それを無表情で見ていたマリアが近付き、それに気付いたシャワーズがグレイシアを守るようにして立ち塞がる。

 

「──」

 

 それを見たマリアが、一瞬動きを止め──。

 

【ッ──!】

 

 その瞬間、禍々しい鎧と剣を持った黒い騎士が現れ──そのままシャワーズとグレイシアを斬り付けた。

 

「シャワ!?」

「シイ!?」

 

 悲鳴を上げるシャワーズとグレイシア。

 

「何を!?」

 

 突然の事に叫ぶマリア。

 

 しかし黒騎士はそれに構わず、剣についた血を満足そうに見つめ──そのまま、現れた時同様姿を消した。

 

「待て!」

 

 突然現れた騎士に声を上げるマリアだったが、それも意味を為さず。

 その場に残ったのはマリア達と血濡れて横たわる二体のアカシア・クローン。

 

「──遅かったか」

 

 そこに、キャロルが駆け付けた。

 瀕死の二体を痛まし気に見つめた後、専用テレポートジェムで収納し、マリア達を見る。

 

「流石だな、マリア・カデンツヴァ・イヴ」

「……あら? わたしのファンかしら?」

「ファンでは無いが、よく調べさせて貰ったよ──そこの立花響と天羽奏共々な」

 

 この三人の共通点はガングニールの装者である事とアカシア由来の力を行使する者だ。

 ──正確にはだった、が正しい。

 

「だが、今回のことでハッキリした──立花響」

「……!」

「お前は、オレ達の敵では無い。アカシアの雷を失い、クローンの存在に胸を痛め、戦うべき時に戦えない──論外だ」

「──」

 

 キャロルの強い言葉が、響の心を打つ。

 

「もうオレ達の前に立たない事をお勧めする──ではな」

 

 それだけ伝えると、キャロルはその場から居なくなった。

 

 いやな静粛が場を包む中、一つの声が響く。

 

「マリアさん! 響さん!」

「……エルフナイン?」

 

 どうやら居てもたっても居られなくなり、此処まで来たとの事。

 本部に通信を繋げてみると、エルフナインが消えたと大騒ぎになっていた。どうやらまだ通信妨害らしい。

 

 まだ荒れそうだな、と一人マリアはため息を吐いた。

 

 

 第四話「戦う為の意志」

 

 

 本部に戻り、エルフナインが説教をされた後。

 エルフナインから、キャロルについて説明される。

 特に今回主に活動しているオートスコアラーについて。

 

「なるほどデス。オートスコアラーは四体で、今のところ戦闘用のミカがまだ出てきていない、と」

 

 切歌の言葉に、エルフナインは頷く。

 ミカは活動させるのに多くの想い出が必要であり、動いていないという事は想い出不足。

 しかし、それが無くなればSONGに猛威を振るう事は想像に難しく無い。

 

「逆にあのガリィってのは戦闘に不向き……それぞれ役割分担しているんだ」

 

 調が呟くように言い、それをエルフナインは肯定する。

 

「じゃあ、アレか? 今回出てきたアカシア・クローンはその補完って訳か?」

 

 奏の問いに、エルフナインは顎に手を添えて思案し、そうなのかもしれない、と曖昧に答える。

 アカシア・クローンは基本キャロルの側に居る。

 そこから離れるという事は、彼ら専用の仕事を与えられているか、それとも──。

 答えが出ず、基本はそうなのかもしれない、とエルフナインは言った。

 

「それで、この黒騎士は」

 

 クリスが上げたのは、アカシア・クローンを斬り倒した騎士について。

 騎士は、マリア達に敵対する素振りは見せなかった。むしろ彼女達の敵であるアカシア・クローンを斬り伏せ、駆け付けたキャロルに舌打ちまじりにその存在を疎く思っている節があった。

 

 SONGの仲間と認識するにはまだ早く、目的が不明瞭。

 しかし、キャロルと敵対しているのは明らかだった。

 

 

 ◆

 

 

 ──また夢を見ている。

 

『パパ、どうしたの?』

『ああ、すまない……ちょっと考え事をね』

 

 記憶の中のキャロルの父、イザークは珍しく悩んでいる素振りを見せていた。

 それが気になったキャロルが心配し、娘の優しさに笑みを浮かべながら言葉を濁す。

 

『パパ! 言ってみて!』

『え?』

『一人では無理でも、二人なら解けるかもしれない!』

 

 その言葉にイザークは驚き──しかしすぐに優しい顔で、キャロルの頭を撫でた。

 

『わ、わ!?』

『ありがとう』

 

 その時の手はとても大きく、そして温かった。

 ──だから、失った時彼女は。

 

『実はね──』

 

 イザークは、キャロルに自分の悩みを少し話した。すると。

 

『なーんだ! だったら大丈夫だよ!』

『もしパパが無理だったらわたしが──』

 

 

 ◇

 

 

 ──わたしが、助けてみせるよ! 

 

「──夢、か」

 

 遠い日の忘れていたと思われる記憶。

 それを夢という形で見たキャロルは──身動きができなかった。

 

「……こいつら」

 

 自分の体を見下ろすと、そこにはアカシア・クローン達がピットリと彼女に張り付いて眠っていた。

 温もりがあり心地よいが、体の小さなキャロルにとって、彼らは些か重すぎた。

 

 しかし、払い除ける事はしなかった。

 こうして彼らが擦り寄るのは、キャロルが魘されている時。

 そして先ほどの夢は──胸が温かいから見たのだろうか。

 

「……」

 

 キャロルの視線の先には、シャワーズとグレイシアが入ったテレポートジェム。

 今は傷付き休んでいる。しばらく外に出す事はできない。

 

「──必ず、命題を」

 

 成し遂げてみせる。

 改めてそう誓い、キャロルは再び目を閉じた。

 

 

 ◆

 

 

「……」

 

 響ちゃん……。

 

 現在、響ちゃんは物凄く落ち込んでいる。

 先ほどマリアさんがシャワーズたちと戦ったみたいなんだけど──割と遠慮なく攻撃を当てているのを見てショックだったみたいだ。

 

 ……いや、正確には傷付けられているところを見て、か。

 

 それも仕方ないのかもしれない。

 相手はイーブイの進化系。どうしてもイーブイである俺を連想してしまう。

 

 絶対無いけど、もし俺と響ちゃんが敵対したら大変な事になるな。

 

「ブイ」

 

 響ちゃん、大丈夫? と尋ねる。

 しかし無言で首を横に振るだけ。

 ダメか。

 さらに俺を抱き締めてベッドで横になる。

 これは相当参っていますね。

 

「わたし──アンタの為なら、世界とだって戦えると思ってた」

 

 おおう。結構重い事言いますね。

 

「でも──わたしでも戦えない相手が居た」

 

 ……響ちゃん。

 

「……エルフナインが言ってた。わたしにはアンタの力を使えないかもって」

 

 ……。

 

「アカシア・クローンに対して否定的だと、反応してくれないって。ねえ、コマチ──」

 

 ──わたし、戦えない。

 

 響ちゃんの訴えは、とても弱く──折れてしまいそうだった。

 



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第五話「思い出の力」

「デュオレリックシステムの進捗率は95%。ほぼ完成しています」

 

 SONG本部にて、オペレーターの友里が新生シンフォギアの経過報告を行う。

 

「本部のメンテと被った時はどうなるかと思いましたが……」

 

 ホッと安心する様子を見せつつ、藤孝がボヤく。

 SONG本部は潜水艦であり、定期的にメンテンスをする必要がある。

 その間当然本部の施設は使えないのが普通だが、稼働に必要なエネルギーは外部からの供給により補われている。

 

「二課時代のアメノハバキリとイチイバルのデータにより、想定以上に進みが早いです」

 

 また、新生シンフォギアの進捗率を上げているのは三人の人間の活躍によるものがある。

 ナスターシャとウェル、そして調だ。

 

「せっかく救われた世界です。分解されては堪りません」

「ボクにはまだやるべき事がありますからね。協力は惜しみません」

「キリちゃんが好きだったこの世界は、絶対に守ってみせる」

 

 彼女たちの協力により、響のガングニール、翼のアメノハバキリ、クリスのイチイバル、セレナのアガートラム、調のシュルシャガナ、切歌のイガリマは新たな力を得ようとしている。

 

 ちなみに切歌はそんな彼女たちの身の回りの手伝いをしている。

 

「しかし、シンフォギアの改修となると機密の中枢に触れるという事──よく許可が得られましたね」

「事が事だからな……それに、八紘の兄貴の口添えもあったからな」

 

「……っ」

「翼?」

 

 弦十郎の言葉に、翼の表情が険しくなる。

 それに気付いた彼女が声を掛けるが、何も答えない。

 奏だけは、何か知っているのか複雑そうな顔をしている。

 

「聞いた事があります。確か──」

「風鳴八紘。内閣情報官。司令の兄であり、戸籍上は翼の父──」

 

「あんな奴! オレの父親なんかじゃねえ!!」

 

 セレナとマリアは、SONGに加入する際に世話になった為、その男の事を多少知っていた。

 しかし知っていたのはあくまで情報だけ。

 ゆえに触れてしまった──翼の逆さ鱗に。

 感情を顕にして叫ぶ翼は、皆が自分を見ている事に気づき、そして自分が口走った事を自覚して。

 

「──すまねえ」

 

 一言それだけ言うと、彼女は発令室から飛び出していき。

 

「翼!」

 

 それをクリスが追い掛けて行った。

 奏はそんな二人を見送り、ため息を吐いてジロリと弦十郎を非難するように見る。

 

「……旦那」

「必要だと思ったから言ったまでだ」

 

 それに後から知って「あの男が関係してたのなら使わない!」と駄々を捏ねられる可能性もあったと弦十郎は語る。

 

「何か訳ありのようね」

「……こればかりは本人の口から聞いてくれ」

「そうさせて貰うわ」

 

 そう言うなり、マリアはセレナを伴って発令室を出て、翼とクリス達の後を追う。

 何処にいるのかは、波導で分かっていた。

 彼女達の向かった先は食堂。

 そこに翼とクリスが座っていた。

 

「翼」

「……マリア。それにセレナも。さっきはすまなかったな」

 

 クリスによって、落ち着かされたのかマリア達に謝る翼。

 マリア達は気にしていないと謝罪を受け入れ、本題に入る。

 

「聞かせて貰えるかしら? 彼とアナタの間にあった事を」

「……」

 

 翼は、語り始めた──何故自分が防人である事を捨て、装者になったのかを。

 

 

 かつて、翼がまだ【オレ】ではなく【わたし】と言っていた頃、彼女には大切な人が居た。

 その人は、翼の夢を応援してくれていた。

 その人は、翼の存在を認めてくれていた。

 その人は──翼の自由を願って息絶えた。

 

 風鳴家に恨みを持つ者によるテロだった。

 その人間は翼を狙い、殺そうとした。

 防人の後継者を殺せば、憎しみが晴れるとでも思ったのだろう。

 しかしそれは失敗した。

 翼は守られた──彼女にとって大切な人、母によって。

 

「──風鳴に縛られることなく、自由に羽ばたきなさい」

 

 その言葉を最期に、彼女は逝った。

 翼は悲しんで、泣いて、悔やんで──その言葉を胸に夢を叶えようとした。

 

 しかし、父にその夢を否定された。

 

 防人に歌は不要。

 もしその道を行くのなら、風鳴を捨てろ。

 

 昔から厳しかった父の言葉が、この時は突き刺さり悲しかった。

 

 その悲しみが怒りに変わるのに時間は掛からなかった。

 

 翼を狙ったあのテロ事件は──風鳴が起こしたのだと知った。

 より強い防人を育てる為に、邪魔な者を排除し、心を鍛え上げる為の茶番。

 

 そして、それを──翼の大切な人の夫が容認した。

 

「オレが問い詰めたら何て答えたと思う? ──防人の為だと抜かしやがった!!」

 

 ──翼が、父を殴ったのはそれが初めてであり、最後であろう。

 

「だからオレは決めたんだ。防人なんかにはならない。人を救う装者になるって」

 

 そして、胸に誓った言葉を綴る。

 

「そして、母さんとの約束を守るって決めたんだ」

 

 その話を聞き、クリスは翼がかつて響に言った言葉を思い出していた。

 

 ──それでも! 残された側は必死に生きていかないといけないんだ! 辛くても! 苦しくても! それが助けられた側の、託された側の義務だ! 

 

(翼……)

 

 母との約束。

 それを想いながら、父を恨む翼は──果たして青空の下を飛べるのだろうか。

 

 彼女は、それが酷く気になった。

 

 

 第五話「思い出の力」

 

 

 ──警報が鳴り響く。

 モニターに現れるのはアルカノイズの文字。

 

「アルカノイズの反応を検知!」

「座標を絞り込みま──」

 

 友里の言葉を遮る様にして、本部が揺れる。

 モニターには、大量のアルカノイズがある物に向けて攻撃を行っていた。それは──。

 

「敵の狙いは──我々が補給を受けているこの基地の発電施設!」

「本丸を叩きに来たか……!」

 

 現在本部は外部のエネルギーで稼働している。その状態でエネルギー源を絶たれれ、本部が強襲を受ければ一溜りもない。

 

(しかし、何故このタイミングで……? 狙っていたのか?)

 

 違和感を抱く弦十郎だが──迎え討たなくてはならない。

 それに、新たな牙は既に研ぎ終わっている。

 

「装者達を向かわせろ──反撃の狼煙を上げる!」

 

 既にデュオレリックシステムは完成していた。

 

 

 ◆

 

 

 出動したのは、奏、翼、クリス、マリア、セレナの五人だ。

 調と切歌はシンフォギアの改修により体力を使い果たし、響とコマチは待機させられている。

 

 戦場に出た五人はギアを纏い、アルカ・ノイズの大群へと突っ込む。

 奏は特に問題無く、マリアも波導の力を使っていないが己のスキルにより対応している。

 そして改修されたギアを纏っているセレナ、翼、クリスは──。

 

「よし……分解されません!」

「行けるぞ!」

「うん……!」

 

 どうやら無事アカシアの力が組み込まれているようで、アルカ・ノイズと問題無く戦っている。

 分解されないのなら、このまま装者たちの力で全滅できると誰もが思っていた。

 

 そう、このままなら。

 

「キャハハハハ!!」

「っ!」

 

 突如、翼が横から殴り飛ばされる。

 

「翼!」

 

 吹き飛ばされる翼をクリスが受け止め、現れた敵を睨み付ける。

 通信で敵の姿を見ていたエルフナインがその正体を言った。

 

 オートスコアラー最後の一体にして、戦闘特化のミカ。

 その強さは今までのオートスコアラーの比ではない。

 

「はああ!」

「せい!」

 

 奏とマリアがアームドギアの槍を叩き付けるが。

 

「弱いゾ!」

「ぐっ!」

「きゃっ!」

 

 取り出したカーボンロッドで受け止め、そのまま力付くで弾き飛ばした。

 膂力は突撃のあるガングニール以上。

 強敵の出現に歯噛みするなか、翼とクリスの元に通信が入る。

 

『翼さん、クリスさん。実はそのギアはまだ未完成なんです』

『え?』

 

 その言葉に耳を疑う二人に構わず、エルフナインは言う──彼女たちが纏うシンフォギアの真の力を。

 

『アナタたちに備わっているその力は、謂わば卵。可能性に満ち溢れています』

「卵……」

「可能性……」

『それを引き出すのはアナタたちの──アナタたちとアカシアとの思い出の力。それが卵を孵化させて、新たな力を得る事が出来る筈です』

 

 エルフナインの言葉を受けて、二人は目を閉じる。

 思い出すのは──彼と歩んできた道と貰った想い。

 

(コマチ……)

 

 クリスは考える。

 彼から何を貰ったのか。何を得たのか。何を授かったのか。

 そして、その時彼女の胸に宿ったのは何なのか。

 

(光彦……)

 

 翼は考える。

 彼から何を貰ったのか。何を得たのか。何を授かったのか。

 そして、その時彼女の胸に宿ったのは何なのか。

 

 

 答えは既に、彼女たちの胸の歌と共にあった。

 

(そうだ。わたしはコマチから勇気を貰ったんだ。人に歩み寄り、手を繋ぐ為の──真っ赤に燃える勇気を!)

 

(そうだ。オレは光彦に背中を押して貰ったんだ。そしてその背中から奏と一緒に、何処までも、何時迄も、世界の果てまで飛んで行ける──さらにもっと貴く!)

 

 クリスのギアから炎が吹き出し、それが彼女の装甲となる。

 赤く、紅く、朱い炎のマントとウサギのような長い耳が揺れ、炎を撒き散らしながら銃身が炎と化したイチイバルを構える。

 

 ──イチイバル・レイジングフレア。

 

「猛火を抱いて、敵を撃つ!」

 

 

 翼のギアからは大量の青い羽が舞い上がり、それが彼女の翼となる。

 青く、蒼く、碧い羽が彼女の背中に集い、彼女を連れて空へ、さらに向こうへ、もっと貴く飛ぶ為の翼が生えた。

 

 ──アメノハバキリ・フリューゲル。

 

「天に解き放つ翼で、敵を斬る!」

 

 

 ◆

 

 

 コマチ/光彦との思い出が、アカシアの力を解き放ち、姿を変えた二人にマリアたちの視線が向けられる。

 

「こいつは──」

「わたしたちに──」

『──任せてくれ!』

 

 敵から見れば大口。しかし味方から見れば──。

 

「──任せた!」

「行ってこい、翼!」

 

 何よりも頼もしい覚悟ある言葉だ。

 マリアと奏は、セレナと共にアルカノイズの殲滅に赴く。

 ミカには目もくれず。

 

「生意気だゾ!」

 

 それを挑発と受け取ったのか、ミカが翼たちに向けて勢いよくカーボンロッドを射出──しかし。

 

 ──QUEEN'S ABYSS。

 

 放たれた炎の弾丸がカーボンロッドを溶かし、そのまま突き進む。

 

「っ!」

 

 受けたらダメだと判断したミカが回避し──着弾点にて大規模な爆発が起きる。

 

「ぐ……!」

 

 ミカはその爆風により身を焦がしながら吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がる。

 しかしすぐに立ち上がりカーボンロッドを取り出し。

 

「ボコボコにしてやるゾ!」

「──誰を?」

 

 しかし背後で声がした瞬間、視界でチラリと青い羽が舞う。

 後ろだ。

 ミカが振り返ると同時に、彼女は強烈な向かい風に煽られる。

 ──いや、正確には追い風だ。

 翼が高く、速く飛ぶ為の──風だ。

 

 翼が剣を構える。

 

「──っ!」

 

 それを見たミカがカーボンロッドを手に飛び出し──交差。

 お互いに武器を振り抜いた体勢で止まり──しかしすぐに片方が崩れる。

 倒れたのは──ミカだった。

 

「な、なんだ今の──」

 

 ミカの両手のカーボンロッドと両足は綺麗に斬られていた。

 しかしそれ以上に不可解なのは、斬られた瞬間にあった。

 

「一回で三回斬っていたゾ……!?」

「さすが戦闘用。よく見えたな」

 

 ──飛剣・燕返し。

 

 必ず当てる為の翼の剣。

 それがアカシアの空を飛ぶ為の力と合わさって完成された三つの斬撃を一度で放つ技。

 それによりミカは武器破壊と足を潰された。

 

 形勢は逆転された。

 翼はトドメを刺すために剣を振りかぶり──。

 

「オラァ!」

 

 勢いよく振り下ろした──が。

 

「──ブラァ!」

「──っ!」

 

 ミカとの間にブラッキーが現れ、翼の剣からその身を、そして家族を守った。

 

「フィー!」

 

 さらに、空中に跳んだニンフィアが破壊光線を発射。

 

「っ!」

 

 それを見たクリスが相殺するべく、炎の砲撃を放つが。

 

「ブー、スター!」

 

 その射線上にブースターが割り込み、クリスの炎を貰い受けて吸収した。

 

「──そんな」

 

 それにより、破壊光線はそのまま翼に向かい──しかし直前で回避してクリスの側に降り立った為、直撃は免れた。

 

 守られたミカは腕を使って上体を起こし。

 

「お前ら、何のつも──」

 

 しかし、悪態を吐く暇も無くマスターから撤退命令出される。

 

「そんな! まだ戦えるゾ!」

 

 ミカが反論するが、マスターは受け入れず、代わりは既に向かわせると言い、強く戻れと言った。

 

「……分かったゾ」

 

 不承不承ながら了承し、ミカはテレポートジェムを使って戦線を離脱した。

 それをブラッキーは悲しそうに見つめ。

 

「よくやった」

「……ブラ」

 

 そんなブラッキーの頭に手を乗せて褒めるキャロル。

 それにブラッキーは泣きそうな声を出し、キャロルは慰めるように強く撫でた。

 

「キャロル!」

 

 敵の首領が現れたと、翼が声を上げ、アルカノイズを殲滅し終えたマリア達も集う。

 そしてキャロルの元にもシャワーズ、グレイシアを除いたアカシア・クローンが集結した。

 

 両陣営が睨み付けるなか、キャロルは翼とクリスのギアを見て感心したように呟いた。

 

「ほう。炎と飛行か。良い力を開花させたな」

「アンタを止める為に、エルフナインが頑張ってくれたんだ」

「それに、調たちも」

 

 その言葉を聞いたキャロルは──。

 

「──何だと?」

 

 目を見開いて驚いた。

 そしてそれはアカシア・クローン達も同様であり、戸惑っている様子だった。

 

「馬鹿な生きて……いや、確かにあの時──」

 

 ブツブツと独り言を言っていたキャロルだったが──キッと装者たちを睨み付けて言った。

 

「どうやら、その船に用ができたみたいだ」

「させると思うのか!?」

 

 ギアを構える翼たち。そこに援軍が駆け付ける。

 

「到着デース!」

「切ちゃん、無理しないで」

 

 ギアを纏った調と切歌も出張ってきた。

 何でも、エルフナインの進言で彼女たちも出動させたらしい。

 キャロルを止めるなら此処でしかない、と。

 

「ほう。これで丁度数が揃ったな」

 

 キャロル。ブースター。サンダース。エーフィ。ブラッキー。リーフィア。ニンフィア。

 

 奏。翼。クリス。マリア。セレナ。調。切歌。

 

 七対七。確かにキャロルの言う通り、戦場での両陣営は数が揃っている。

 

「良いだろう──力比べといこうか!」

 

 キャロルの錬金術が炸裂し──第二ラウンドが開始された。

 




ほのおタイプのクリス
飛行タイプの翼


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第六話「戦う為の理由」

 

 獣の奏者であるキャロル。

 波導により先読みができるマリア。

 

 自然と司令塔はこの二人になり、お互いに狙うべき相手を理解していた。

 故にこの戦いは、如何に仲間を動かして、ターゲットに辿り着くかに掛かっている。

 

「──サンダース!」

「──翼!」

『相手よりも疾く駆け抜けろ!』

 

 主人の、仲間のオーダーにそれぞれ疑う事なく、サンダースと翼は前に出た。

 そして電撃と剣が衝突し、すぐに別の場所で移動し──戦場を駆け巡る。

 優勢なのは──サンダースだった。

 

(ぐ、いやに痺れるな……!)

 

 理由は──タイプの相性。

 翼が纏っている力は電気に弱い。故に激突する度に相手よりもダメージを負ってしまう。

 加えて翼は、何処か攻撃するよりも受け止める姿勢を取っている。それにより衝突しながらも受け身な彼女ばかりダメージが蓄積されていく。

 

 キャロルとマリアはそれを理解していた。

 故に次の一手を打つ。

 

「クリス! 火力で押せ! セレナはガードを!」

「ブースター! 炎を受け止めろ! ニンフィア! 畳み掛けろ!」

 

 クリスの強化された炎が、ブースターに吸収され、その影からニンフィアがハイパーボイスを放ち、歌を見出そうと連発する。

 しかしセレナがエネルギーシールドで受け流し、クリスの援護をする。

 

 戦いはまだ続く。

 

「奏! 万雷を!」

「よし来た!」

 

「受け止めろブラッキー!」

「ブラァ!」

 

 放たれる雷。それを防ぐ鉄壁の防御。

 しかし、奏の放った雷が地面を伝わり敵の体を痺れさせる。

 

「なに!?」

「よし!」

 

 ここで二人の間に差が生まれた。

 

「切歌! 調!」

「了解デース!」

「さっさと片付けて、寝る!」

 

 ドローンロボと共に突撃する切歌。

 

「迎え撃て、エーフィ! リーフィア!」

「フィー!」

「リー!」

 

 調のドローンロボがサイコキネシスで止められ、切歌の鎌とリーフィアのリーフブレードが激突した。

 

 そこで初めてキャロルは気付いた。

 

「──まさか!」

「遅い!」

 

 ──アカシア・クローンはそれぞれ全員足止めされている。

 キャロルの使役するアカシア・クローンの強みは、それぞれの個性を活かした連携。それを一体ずつ丁寧に押さえ込まれてしまえば──活路は開かれる。

 

 マリアが飛び出し、奇跡の石を握り締める。

 

「波導は、我にあり」

 

 マリアの背後にルカリオの幻影が現れ並走する。

 

「我が心に応えよ──奇跡の石」

 

 そして紡がれる解放の言葉。

 

「進化を超えろ、メガシンカ!」

 

 マリアの身に波導が集束し、光の繭が形成され──弾けると同時に、波導の勇者が拳を握り締めて飛び出す。

 

「はあああああああ!!」

「くっ!!」

 

 振り抜かれたマリアの拳を、キャロルは錬金術で障壁を作り出し受け止める。

 しかしすぐにヒビが入り、押されたキャロルの腕に痛みが走る。

 やはり、この女は強い。

 それを改めて実感しながら、ガラスの割れるような音と共に障壁が砕け──キャロルは殴り飛ばされた。

 

「ブラ!?」

 

 それを見たブラッキー達が、アカシア・クローン達が相手をしていた装者達を振り切ってキャロルの元に駆け付ける。

 

『……!』

 

 そして各々が遠距離攻撃をマリアに向かって放ち、まるで追い払うかのように威嚇する。

 それをマリアは波導で力の動きを見ながら回避し、装者たちの元へ戻る。

 

「──随分と容赦が無いな」

 

 頬を赤く腫らしたキャロルがふらりと立ち上がる。

 それを心配そうにアカシア・クローン達が見つめるが、彼女はふっと笑みを送ってマリアを見据える。

 

「見た目通りの年齢ではないでしょう?」

「なるほど。見てくれでは騙されないという事か」

 

 一言そう呟き。

 

「お前は違う、とそう言いたいんだな」

「……?」

 

 キャロルとマリアの問答に訝しげに二人を見るセレナ。

 彼女達は何の話をしている? 

 疑問に思う二人だが、それに応える者はおらず。

 

「まぁ良い。オレはオレの命題を成し遂げるまでだ」

 

 さぁ、次はこちらが通す番だ。

 そう告げようとして──戦場に呪いが、凶刃が現れる。

 

 

 第六話「戦う為の理由」

 

 

 モニターで皆が戦っている姿を、俺は見ていた。

 俺も響ちゃんも、あの子達と戦う勇気が持てなかった。

 だって、彼らと戦いたくないと思ってしまった。

 なんで俺に対して怒っているのか、話をしたかった。

 でも、伸ばした手は払い退けられ、拳を突き付けられる。

 それが悲しかった。

 

「響、コマチ?」

 

 未来ちゃんが部屋に入ってくる。

 塞ぎ込んだ響ちゃんを心配して来ていたのだろう。

 

「もう、コマチの事も心配だったんだからね?」

 

 ……ごめん。

 素直にそう謝ると、未来ちゃんは陽だまりのように温かい手で俺を撫でてくれた。

 そして布団に包まっている響ちゃんの側に座り、俺たちに語り掛ける。

 

「響たちの気持ち、わたし分かるよ」

 

 そう言って、彼女は──フロンティア事変の時の事を思い出していた。

 

「響を助ける為に、響と戦わなくないといけない──ギアの力で響を傷付ける度に苦しかった」

 

 でも、と未来ちゃんは優しい笑みを浮かべた。

 

「それ以上に響を助けたかったから。話をしたかったから」

 

 ……助けたかった。話をしたかったから。

 

「そしてこうやって手を取り合う事ができる」

 

 そう言って未来ちゃんは俺の手と響ちゃんの手を握った。

 チャリっと音が鳴り、未来ちゃんが響ちゃんに何かを握らせたのが分かる。

 

「響、これ渡しておくね」

 

 彼女が渡したのは──響ちゃんの胸の歌、ガングニール。

 

「あの時もこうして渡したね──響、わたしもう一度言うよ」

 

 ──響の拳は確かに痛い。でもそれだけじゃない。誰かと手を繋いで助ける事ができる優しい手なんだ。

 

「……未来」

 

 響ちゃんがようやく反応し、陽だまりの名を呼ぶ。

 

 そうか、戦いは傷付けるだけじゃないんだ。

 

 ……響ちゃん、俺先に行くね。

 

「コマチ……?」

 

 俺やっぱり──あの子たちと話したい! だから、行ってくる! 

 未来ちゃん、響ちゃんをお願い! 

 

「うん──行ってらっしゃい」

 

 未来ちゃんの言葉を背に、俺は走り出した。

 

 

 ◆

 

 

 ──戦場に降り立ったのは、黒騎士だった。

 

「あれは、あの時の!」

 

 映像データでその姿を見たことのある装者たちが反応を示す。

 奏は実際に相対したことのあるマリアにそと耳打ちする。

 

「味方なのか?」

「……」

 

 黒騎士は、ピンチに陥ったアカシア・クローンを倒す為に現れた。

 キャロルの敵なのは間違い無いのだろう。

 だが──敵の敵が味方とは限らない。

 

「警戒を」

 

 マリアは一言そう指示して、黒騎士の出方を見る。

 

「こいつが出張ったという事は、奴が近くに居るという事か?」

 

 そう言ってキャロルが周囲を警戒し──その隙を突いて黒騎士が突貫した。

 

「リー!」

 

 リーフィアが黒騎士の剣をリーフブレードで受け止める。

 しかし膂力の差で徐々に追い込まれていく。

 そして最後には力押しで遠くへと弾き飛ばし、キャロルとの距離を詰める。

 

「っ──」

 

 キャロルは回避しようとし──ガクンと膝が地に着く。

 

(さっきのダメージが)

 

 マリアの拳が思っていたよりも効いていたらしく、咄嗟の反応に体が悲鳴を上げた。

 そして黒騎士はそれに構わず剣を振り下ろし──。

 

「ブラ……!」

「──ブラッキー!?」

 

 キャロルを体当たりして吹き飛ばしたブラッキーをバッサリと斬りつけた。

 鮮血が舞い、倒れ伏せるブラッキー。それを見たキャロルが駆け寄る。

 

「ブラッキー! ブラッキー! くそ、何を馬鹿な事を……!」

「ブラ……」

 

 浅く息を吐くブラッキーを、錬金術で応急処置し、キャロルは叫ぶ。

 

「──おい! これからブラッキーをそちらに送る! 手当てしていろ! ……馬鹿者! ならばその場ごと解体してやろうか!? ──初めからそう言え! このダメ人間!」

 

 何者かに指示と罵倒を送った後、キャロルはブラッキーをテレポートジェムで転移させた。

 そしてキッと黒騎士を睨み付け──様子がおかしい事に気が付いた。

 

【……ァ……ア】

「──なんだ?」

 

 アカシア・クローン達がキャロルの元に集い、前に立って黒騎士を警戒する。

 しかし黒騎士は頭を抑えて悶えるようにして体を震わせ、そして──。

 

【ァ、アカシアァアアアアアアア!!】

 

 憎悪を含んだ、呪いの雄叫びを上げた。

 黒騎士を中心に瘴気が吹き出し、その場にいた全員が目を見開く。

 

「あれは、まさか!」

 

 その力を、その破壊衝動を──その怒りを彼女達は知っていた。

 かつて、コマチを失い闇に堕ちた少女──響の暴走状態と同じだった。

 

「悪タイプのブラッキーのエネルギーで、奴の制御から脱したか──どのみち厄介な」

 

 悪態を吐くキャロルだが、そう悠長にしていられない。

 黒騎士は、憎悪のままに剣を構え、視界に偶然入ったキャロルに向かって駆ける。

 

「ブー、スター!」

「ダース!」

「リー!」

「フィー!」

「フィア!」

 

 それに向かい討つべくアカシア・クローン達が前に出るが──。

 

【──】

『!?』

 

 今までアカシア・クローンを狙っていたのが嘘のようにすり抜けて、一直線にキャロルに襲い掛かる。

 

「っ……!」

 

 黒騎士の強襲に、キャロルは残り少ない思い出を燃やして錬金術を行使しようとし──。

 

「ブイ!!」

 

 割り込んだコマチが「まもる」で黒騎士の剣を受け止め、さらに出力を瞬間的に上げて弾き飛ばした。

 それを見たキャロルとアカシア・クローンは信じられないものを見た表情をする。

 しかしコマチはそんな視線に構わず、キャロルに振り返り。

 

「ブイ! ブイブイ!」

 

 怪我は無いかと、大丈夫かとその身を案じた。

 その光景を見ていた装者達は──呆れながらも笑っていた。

 

「まったく光彦の奴……」

「アイツらしいと言えばアイツらしい」

 

 昔から、それも死んでも変わらない彼に奏と翼は仕方ないと言わんばかりに肩を竦め。

 

「うん……それが、コマチだよね」

 

 響と引き離した自分のことを友だと変わらず言っていた彼の優しさにクリスが嬉しそうに笑い。

 

「やっぱり存在が不条理。でも」

「ああいう所に皆救われてきたデス」

 

 一緒に過ごすうちに感じた優しさを、嫌いではないと、むしろ好きだと零す調と切歌。

 

「リッくん先輩……」

「──ようやく、戻って来たか」

 

 人を守るその姿に、心配は要らないと心を熱くするセレナとマリア。

 

『シャー!』

 

 しかし、アカシア・クローン達は認められない。認めてはいけない。

 すぐにキャロルとコマチの間に立ち、彼を威嚇する。

 しかしコマチはそれに怯まず、真っ直ぐと、強い目で彼らを見据えた。

 その輝きに、アカシア・クローン達は戸惑う。

 

「ブイ、ブイ!」

 

 コマチは言った。

 君達が俺の事を嫌いなのも、存在を拒絶しても構わない。

 理由を教えてくれるまで手を伸ばす。そしてその理由を知ったら、絶対に手を繋いでみせる。

 

「フィー!」

 

 それにエーフィが否定する。

 そんな事はあり得ない、と。

 そもそも何故敵である自分たちを、キャロルちゃんを助けたのだと問い詰めた。

 何を企んでいる。何をするつもりだ、と。

 

「ブイ」

 

 コマチは一言返した。

 人助け、と。

 

「ダース!?」

 

 敵だぞ!? とサンダースが突っ込むが──コマチは言った。

 

 人助けに敵も味方も関係ない。

 目の前で困っている人が居れば助ける──君たちだってそうなんじゃないか、と。

 

『……』

 

 黙り込むアカシア・クローンたち。

 そんな彼らに、コマチは宣言した。

 

 この花咲く勇気で、いつか君たちと仲良くなってみせる。

 だからそれまでせいぜい待っていろ。絶対に友達になってやるからな! 

 

 それだけ言うと、コマチは転身し黒騎士に向かって行く。

 アカシア・クローン達はそれを黙って見る事しかできず、キャロルは。

 

「──ふふふ」

 

 笑っていた。

 

「ハハハハハハハハ!」

 

 心底面白そうに、アカシア・クローン達が心配する程に笑った。

 一通り笑ったキャロルは──息を吐いて思い出す。

 八体の元となったあの子の事を。

 

『ヴイ!』

「──情景を抱いた相手は、存外似ていたようだぞ」

 

イヴ、と過去を思い出しながらそう呟いた。

 キャロルはアカシア・クローン達に命じた。

 

「オレ達も行くぞ! オリジナルに負けるな!」

『──!』

 

 彼女の言葉に、アカシア・クローン達は駆け出した。そして、勢いよく飛び出した癖に、攻撃を避けられ何度も反撃を受けてボコボコにされているコマチの援護をする。

 

「ブ〜イ……」

「フィア!」

 

 ごめんね、ありがとうと腫れた顔でコマチが礼を言い。

 情けない! とニンフィアが叱咤する。

 

 電撃が、炎が、緑の斬撃が、超能力が、幻想の力が黒騎士に叩き込まれる。

 さらに、装者たちとキャロルも続いた。

 

【……!】

 

 戦場に居る者全員からの総攻撃に、堪らず膝を着く黒騎士。

 このまま行けば倒せる──誰もがそう思った、その時。

 

【──!】

「ブイ!?」

 

 一瞬の隙を突いて、黒騎士がコマチの首を掴み、人質に取った。

 

「コマチ!」

 

 クリスが叫び、装者たちが駆け出そうとした瞬間、チャキッと剣がコマチに添えられる。

 もし動けば、この首を跳ねると言わんばかりに。

 

「この後に及んで三下染みた事を……!」

 

 キャロルが歯噛みし、皆が身動きできない中──歌が聞こえた。

 

「Balwisyall nescell gungnir──」

 

 その歌は、戦場を駆け抜け──。

 

「──トロオオオオオオオン!!」

 

 勢い良くそのまま、黒騎士の顔面を殴り通した。

 それによりコマチを奪還した響は、彼を抱えたままキャロルの隣に降り立つ。

 

「……迷いは無くなったのか、立花響」

「──無くなってなんかいない」

 

 キャロルの問い掛けに、響は否定の言葉を返す。

 しかし。

 その胸には、昔から変わらない戦う理由があった。

 

「でも、こいつが、この馬鹿が傷付くのは我慢できない──だから」

 

 コマチを守る為に、わたしは此処に来た。

 

 見ず知らずの苦しんでいる誰かを救う為に立ち上がるコマチ。

 そして、その度に傷付くコマチを守る為に響も追い掛ける。

 

「落第点も良い所だ。だが──」

 

 そういうのは、嫌いじゃない。

 キャロルはそれだけ伝えると、視線を前に戻す。

 響の拳を受けて倒れた黒騎士の兜が半壊している。今ならその下の素顔が見れる筈だ。

 だが──その下には何もなかった。

 

「え……?」

「なんだ、あれは?」

 

 クリスと翼が戸惑いの声を上げる中、黒騎士は剣を掲げ──その身に宿る力を地面に叩きつけた。

 

 瞬間、黒騎士から大津波が発生し、皆を巻き込む。

 

「ぐ……!」

「リー……!?」

 

 さらに、剣先から冷気が発生し──飲み込んだ装者とキャロル事、凍り付かせた。

 

『……!!』

 

 それを見届けた黒騎士は駆け出し──彼女たちを飛び越えて、逃げ出した。

 

「──ハアアアア!!」

「ブー、スター!!」

 

 それと同時にクリスとブースターが氷を溶かすが──既に黒騎士は居なかった。

 

 

 破壊の後を残して、呪いは消え去る。

 

 

 ◆

 

 

「……今回は退かせてもらう」

 

 興が削がれたのか、もしくは消耗しすぎたのか、はたまた別の理由か。

 キャロルは装者たちに背を向ける。

 彼女たちもまた追撃はしなかった。

 何故なら、彼女たちのなかにある疑問があるからだ。

 それをマリアが尋ねる。

 

「アナタは……何がしたいの?」

「命題を完遂する。それだけだ」

「それが、世界を壊す理由?」

「……」

 

 しかし、キャロルはそれに答える事なく。

 

「また、会おう──世界が壊れる前に」

 

 それだけ告げると──アカシア・クローンと共に、テレポートジェムを用いてその場を立ち去った。

 

 彼女たちは、キャロルの言葉の意味を考え。

 

「皆さん、無事でしたか」

 

 そこにエルフナインが現れる。

 どうやら彼女たちの身を案じて出て来たらしい。

 

「キャロルは……逃げてしまったようですね」

 

 エルフナインが残念そうにそう呟くなか、マリアが尋ねる。

 

「エルフナイン。キャロルは──本当に敵なの?」

 

 その問いに、エルフナインは。

 

「はい。彼女が命題を完遂しようとする限りは──だから止めましょう」

 

 迷い無くそう答え──。

 

「──そう」

 

 マリアは一人、この事件について考えていた。

 

 ──本能が警鐘を鳴らしている、致命的な見落としを見つける為に。

 



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第七話「刻まれた胸の痛み」

21時に定期更新するのは難しくなってきました
毎日更新は途切れさせたく無いです


 青い空、白い雲。

 そして透き通るように綺麗な海に、キラキラと光る砂浜。

 

「ブウウウウウウイ!!」

 

 詩的な感想はもういらねえ! 

 つまり海だ! やっほおおおおおおおお! 

 そして! 

 海と言えば当然──水着だあああああああ!! 

 

「荒ぶってんな、光彦の奴……」

 

 奏さんがなんか呟いているけど、知らないや! 

 

 ──俺達は現在、特別訓練の為、政府が保有するビーチに遊びに来ています。

 

 弦十郎さん、ありがとう……! 

 拝む俺に、何故か視線が何度も突き刺さった。

 

 第七話「刻まれた胸の痛み」

 

 

 活かしたメンバーの水着を紹介するぜ! 

 

「なんか始まった」

 

 まずは奏さん! 

 明るいオレンジのビキニタイプ! スタイルがよく活発的な奏さんに見事ベストマッチしており、ぐっとおぶぐっと! ボリューミな髪もいつもと違って上で纏められて、普段と違った印象を受ける! 

 

 次は翼さん! 動きやすさ重視で選びました言わんばかりの青いビキニ! しかし俺は知っている! この日の為に選びに選んだと! ……割と可愛いのも好きなんじゃ──危な!? 解説の途中で手刀しないで! 

 

 そして真打ち登場! ク・リ・ス・ちゃん! デカアアアアアアイ! 説明不要ミサイルをこれでもかと主張させる真っ赤に燃える真紅の三角ビキニ! かなり恥ずかしがっているけどそれが尚良し! 翼さん良い仕事をした! (後日二人揃ってボコボコにされる)

 

 次はマリア! 子ども体型にはやっぱりこれでしょうとセレナが持ってきたのは──スク水! 胸のところに「まりあ」と書かれているのがコマチ的にポイント高い! セレナも良い仕事をした! (後日二人揃ってボコボコにされる)

 

 そしてマリアをコーディネートしたセレナ! 白いタンキニでグラマラスな体型をカバー! ビールでちょっとプニってる体をカバー! 正直今回の訓練で一番テンション低かったのをカバー! 

 ごめん言い過ぎた。許して。

 

 まだまだ続くぞ! 白ずぎて心配したくなる程のインドア調博士は、ピンクのワンピースタイプの水着に──は、白衣だと!? まさか此処で新境地に赴くとは──流石科学の申し子。探究心が半端ない……! え? 冷房機能付いてる発明品? ……可愛いから良し! 

 

 そしてお次は切歌ちゃん! 緑色のハイネックビキニを着こなし、調博士よりも良いスタイルをスッキリとヘルシーな印象に見せて、彼女の自尊心を守ろうとしているのが分かる! でも無駄だね! おっきいからね! 可愛いよ! 

 

 さらに此処でレアキャラ登場、未来ちゃんだ! 紫色のオフショルダービキニを着こなし、綺麗な肩周りを見せつけている! 美麗で言うことなし! ……え? 胸? 死にたくないからノーコメントで。

 

 そしてそしてそしてぇ! 最後は響ちゃん! 俺が選んだ黄色のホルターネックタイプの水着が彼女を包み込み──なんでいつもの灰色パーカー着てんの? 

 

「恥ずかしいから──それより」

 

 はい、何でしょう。

 

「獣にもセクハラは通用すると思うんだ」

 

 ……優しくしてね☆

 

 ──俺は、青空の下、綺麗な放物線を描いて、海に投げ込まれた。

 

 

 ◆

 

 

 そういえば、エルフナインは来ないの? 

 

「断られちゃった」

「でも正直助かったかも……恥ずかしいし」

 

 そう言ってクリスちゃんはもじもじする。うむ、胸の破壊力が凄まじいな。

 しかし、恥ずかしいのか……。

 確かにホムンクルスで性別がなくて、同じ女の子と言えないかもしれないけど……まぁ、その辺は感覚の問題かな。

 

「……わたしは、アイツの事苦手」

 

 あー……響ちゃんは最後までデュオレリックシステムに反対……いや、今もしているのか。

 普段の様子から何となく察していたけど、ちょっと悲しいな。せっかくの仲間なのに。

 

「……」

 

 ん? どうしたのマリア? 

 

「いえ、何でもないわ──それはそれとして、切歌は大丈夫なの?」

「大丈夫デス! それどころか楽しくて仕方ないデス!」

 

 そう元気に告げる切歌ちゃんに、しかし尚心配する者が居た。

 クリスちゃんだ。

 

「無理しないで。まだ本調子じゃないんだから」

「だ、大丈夫デスよ! 相変わらずクリス先輩は心配性なんですから!」

「──うん。ごめんね」

 

 そう言ってクリスが謝り、切歌ちゃんの笑い声が響き、何故か微妙な空気が流れる。

 うーん。あの二人も普段からこの調子か。

 俺が調博士に視線を向けるも、首を横に振られる。

 こればかりは時間が解決するまで待つしかないか。

 

 ──グ〜〜……。

 

 む、誰かのお腹の虫が悲鳴を上げている。

 上げたのは……響ちゃんか! 

 

「……っ」

 

 顔を真っ赤にさせて、響ちゃんが睨み付けてくる。でも皆は生暖かい目で彼女を見ており、それがさらに羞恥心を加速させる。

 くぁいいね! いいね! 

 

「ふん!」

 

 あふん。照れた響ちゃんにデコピンされる。

 

 さてさて。ご飯を食べるにしても、このビーチに基本俺たち以外の人はいない。

 つまり食料を調達するには、少し距離のあるコンビニまで買いに行かないといけない──これは、始まるな。

 

「買い出しジャンケン……!」

「おー! 楽しそうデス!」

 

 あ、切歌ちゃんは強制的に不参加ね。

 

「何故デス!?」

 

 いや、そりゃあ流石にそんな事させたら調博士怒るし、ウェルさんもウェルさんで何するか分からない。

 

「……怒りのウェル博士、ノットウェルカ〜ム」

「ブホッ!?!?」

 

 ……なんだか、夏なのに寒いな。

 それに一人変なツボにハマっている人居るし……。

 とりあえずクリスちゃんと翼さんは買い物組ね。

 

『異議無し』

『なんで!?』

 

 当然の処置だよっ! 

 という訳で、残りのメンバーでジャーンケーン──。

 

 

 はい、ジャンケンの結果、買い物組は翼さん、クリスちゃん、響ちゃん、未来ちゃん、マリアとなりました。

 いやー、最後に残った俺とマリアのジャンケン勝負は白熱したね……。

 

「なんでアイツジャンケンあんなに強いんだ?」

「奏、多分それは考えたらいけない事だと思う」

 

 なんだかツヴァイウィングがコソコソ話していますが気にせずに。

 

 買い物組さん、頑張ってねー! 

 あ、俺おにぎり欲しい! 

 

「あまり調子に乗ってるとモグよ」

 

 ……ふぁい。

 響ちゃんの脅しに屈した俺は、へんにょりした尻尾を振って皆を見送った。

 

 

「まったく、クリス先輩は気にしすぎデス」

 

 待っている間は日光浴しようと決めた俺たちはパラソルの下のんびりしていた。

 そんななか、切歌ちゃんがブーたれていた。どうやら、クリスの過保護がお気に召していないらしい。

 

「──アタシは、キリカじゃなくて切歌なのに」

 

 ……どうやらそれ以前の問題なようだ。

 

「あの、リッくん先輩」

 

 どうしたものかと悩んでいると、セレナが側にやって来た。

 どうしたの? と聞いてみると、逆にある事を聞いて来た。

 

「あの黒騎士に見覚えはありませんか? 何故か酷くリッくん先輩の事を……」

 

 ──正直分からないな。

 俺のクローンと俺を執拗に狙っている様子から、かなり恨んでいるみたいだけど……俺、記憶失っている事がほとんどだからな。だから──。

 

「違うんです」

 

 ……? 

 

「確かにリッくん先輩は姿を変えて何度も生まれ変わっています。でも──」

 

 ──今の姿を見て明確に憎悪していたように見えました。

 セレナは静かにそう言った。

 ……そう言われてみれば確かにそうだな。俺の力を感じ取って……というには違和感がある。

 それに、イーブイの進化系の彼らを執拗に襲っているのももしかして……。

 

「それにわたし……あの黒い騎士と会った事があるんです」

 

 なんですと!? 

 

「何処で会ったのかは分かりません。でも──嫌な感じです」

 

 神妙な顔で彼女はそう言い──次の瞬間、海がひっくり返った。

 

「──な!?」

「デスデスデース!?」

 

 いや、実際には違う。

 ひっくり返ったと思う程の何かが、海水の中から飛び出したんだ。

 俺たちは流される海から脱出し、そして──上を見上げて口をポカンと開いた。

 

「……」

 

 デカイ。

 そこに居たのは、包帯に身を包んだ女の巨人だった。

 さらにその肩にいるのは──翼さん達を襲ったレイア! 

 

「さて──派手にその力を見せてもらおうか!」

 

 コインの銃弾が俺たちを襲い──戦場に歌が響いた。

 

 

 ◆

 

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 

 いの一番にギアを纏ったのは──アガートラムの装者セレナ・カデンツヴァ・イヴ。

 彼女に続くようにして調と切歌、奏も胸の歌を唄いギアを纏う。

 

 それを見たレイアは大量のテレポートジェムを放り投げ、砂浜を埋め尽くさん限りのアルカノイズを召喚した。

 

「調さん、切歌さん、リッくん先輩はアルカノイズを! 奏さんはあの大きいのを! オートスコアラーはわたしが!」

「分かったデス!」

「了解!」

「ブイ!」

「それが良さそうだな!」

 

 敵戦力を分析し、指示を出すセレナ。コマチ達もその指示に素直に従い、それぞれ動く。

 

「オラオラ! あたしの槍を受けてみろ!」

「……!」

 

 奏の槍の一撃は装者の中でもトップクラスに強力だ。

 しかし相手は巨人。片腕で悠々と受け止めていた。

 体格通りの守りの固さに、奏は内心舌を巻く。

 

(こりゃあ、撃ちどころミスったらやられるな)

 

 槍を振るいながら、奏は勝機を狙い続ける。

 

 一方、セレナとレイアの戦いは拮抗していた。

 レイアの終わらない銃撃でセレナは攻勢に出れず、レイアもまたセレナの盾を貫けず攻めあぐねていた。

 

(戦況を見間違えていた!? やっぱりわたしにはマリア姉さんみたいには……)

 

 しかし、この拮抗はすぐに崩れるとお互いに気付いていた。

 

 セレナのアカシアの力が孵化すれば、形勢は彼女に傾く。

 故に──セレナは迷っていた。

 

(明らかに──誘っている)

 

 戦っていて分かる。目の前の相手の動きの違和感に。

 彼女は何かを狙っている。

 そしてその為にセレナにあの力を使わせようとしている。

 果たして、その企みに乗って良いのか? 

 

(リッくん先輩だったらもっと上手く……)

 

 悩むセレナに──跳弾した金色のコインが、背後からセレナの銀の鎧を穿つ。

 

「っ……!?」

「使わないなら使わないで──派手に散らせるまで!」

 

 セレンの迷いを読み切ったレイアの銃撃に激しさが増す。

 それに耐えながらセレナは考え続け──姉の言葉を思い出す。

 

『アナタは悩み過ぎてドツボに嵌る事が多いわ』

『仰る通りです……このままだと、姉さんみたいに──』

『こら』

『あいたっ!?』

 

 ウジウジと悩む妹に対してマリアはため息を吐き、そのままデコピンした彼女は言う。

 

『アナタはアナタのまま強くなりなさい』

『でも』

『──リッくん先輩は、強いアナタじゃなくて、優しいアナタが好きだと言ったのよ』

『──!』

『そしてそれはわたしも同じよ、セレナ』

 

 

「──迷う必要は無かった!」

 

 セレナは自分を覆うようにしてエネルギーシールドを展開し、胸元のギアに触れる。

 

「リッくん先輩みたいに強くはなれないかもしれない。マリア姉さんみたいに凄くなれないかもしれない! ──それでも」

 

 セレナのギアが──変わる。

 

「あの背中に憧れていられるから、わたしはわたしらしく居られるんだ!」

 

 憧れる二人からの想いが、まるで魔法の様にセレナの心を包み込む。

 セレナのギアから愛に満ち溢れた光が溢れ出し、その身を包み込む。

 そして光が晴れたその姿は──一見何も変わっていなかった。

 

「なんだ? こけおどしか?」

「──こけおどしかどうかは──」

 

 ──これから見せます。

 そう言ってセレナがその場で腕を振った瞬間──レイアが弾き飛ばされた。まるで何かに叩かれたように。

 

「!? これは──」

 

 セレナが再び腕を振るい、レイアは咄嗟に全方位にコインを弾く。

 すると、幾つかのコインが何も無い所で弾かれ、そのままレイアが再び叩かれる。

 

「これは──不可視の鞭か!」

「いいえ──リボンです!」

 

──アガートラム・マジカルベール

 

 セレナが開花させたのは不思議な妖精が持つ魔法の力。

 一見見た目に変化は無いが、セレナの目にはハッキリと自分に巻き付くリボンが見えている。

 それでレイアを攻撃していたのだ。

 だが──彼女の力の真価はここからだ。

 

「はっ!」

 

──MAGIC†DECORATION

 

「デス!? なんか巻き付いて──」

「切ちゃん!? 何事──」

 

 不可視のリボンが二人に巻きつき──透明化させた。

 二人とも自分の手を見て、お互いを見て、セレナを見て。

 

「すごいデス!」

「これなら!」

 

 二人を見失い、右往左往しているアルカノイズを次々と倒していく。

 そばで戦っていたコマチは、アルカノイズがいきなり刻み込まれてビックリしてひっくり返っていた。

 それを見てセレナは可笑しそうに笑い──レイアを見る。

 依然として不可視のリボンはレイアを何度も弾き飛ばしており──さらに、準備は整っている。

 

 レイアの周囲50メートルが光り出す。

 それも何かの紋様で。

 

「これは、錬金術!?」

「いいえ、これは──妖精の操る魔法!」

 

 魔法陣から冷気が発生し、パキパキとレイアの体が凍り始める。

 

「──!」

 

 それを見た巨人が助けようとし。

 

「おっと──隙を見せたな」

 

 すかさず奏が槍を掲げて──胸の雷を解放した。

 

──MAGIC†EXECUTION

──THUNDER VOLT♾NOVA

 

 氷の棺が全てを閉ざし、破壊の万雷が青空の下轟き──戦場に二つの影が駆け抜けた。

 

 

 ◆

 

 

「セレナの力、凄いデス!」

「驚いた。割とチート級」

 

 うお、びっくりした!? 

 いきなり消えたと思っていたら、急に現れた! 

 二人の言葉から察するにセレナの新しいギアの力っぽいけど──どんな力なの? 

 視線を向けるとでっかい氷の棺ができている。さらに奏さんも万雷を解放したみたいで、巨人が倒れている。

 

「戦闘、終了です」

「一丁上がりってか」

 

 セレナさんと奏さんがハイタッチを交わす。

 どうやら本当に終わったみたいだ。

 さて、しばらくしたら響ちゃんたちもこっちに──。

 

「──フィア!!」

「──ダース!!」

「ブイ!?」

 

 と、思っていたら撥ね飛ばされた!? 

 

「リッくん先輩!?」

 

 地面に落下する俺を何かが包み込む。

 なんだこれ? もしかしてセレナの力? 

 どうやらそうみたいでセレナは露骨にホッとして──視線を彼らに向ける。

 

「前回は共闘しましたが、リッくん先輩を傷付けるのなら拘束します!」

 

 そう言ってセレナが手を翳し。

 

「フィア!」

「ダース!」

 

 しかしニンフィアが一声上げるとサンダースは頷き──ニンフィアを背に乗せて、指示通りに駆ける。

 

「まさか、見えて──」

 

 セレナが驚きの声を上げる中、ニンフィアは口から不思議な色を放つ炎を吐き出した。

 その炎は氷の棺に当たると──消滅した。

 溶けたのではなく、消滅した。

 え? 何が起きたの? 

 

「まさか、わたしと同じタイプの力? それで干渉して──」

 

 なんかセレナが難しいことを言っているが、不味い。

 レイアが解放されて、さらにサンダースがあの巨人を縛り付けていた電気を吸い取りやがった。

 

 ニンフィアたちに助けられたレイア達は、ググッと起き上がると──。

 

「……っ! 相変わらず妙な真似をする奴だ!」

「……!」

 

 そう言って──ニンフィア達に攻撃を仕掛けた。

 

「な──!?」

「何をしているデスか!?」

 

 ──仲間割れ? 

 コインの銃弾と、巨大な手が砂浜を撒き散らし、ニンフィア達は後ろに跳んで避ける。

 だが。

 そんな事よりも──何で、ニンフィアたちも、レイアも巨人も苦しそうな、悲しそうな顔をしているんだ? 

 

「フィア……」

「ダース……」

「っ……やめろ……! そんな目で、見るな……!」

 

 レイアは、食いしばりながらコインを持った腕を伸ばし──その腕を握って無理矢理下ろす者が現れた。

 

「──黒騎士」

「……」

 

 レイアの隣には──黒騎士が居た。

 でも、それはあり得ない。

 なんで、キャロルちゃんと敵対している黒騎士が──オートスコアラーの仲間のように隣り合って立っているんだ? 

 

「フィア……!」

 

 黒騎士を見たニンフィアが威嚇し──黒騎士は一飛びで距離を詰めた。

 

「ダ──」

 

 サンダースの体がパリッと光のと、黒騎士の一閃が振るわれたのは同時だった。

 鮮血が舞い、ニンフィアが深く斬り付けられて吹き飛び、サンダースはかすり傷を負いながら距離を取る。

 

「ダース……!」

 

 どうだ、とサンダースが笑い。

 

「……」

 

 しかし黒騎士はその挑発に乗らず、倒れ伏せているニンフィアに向けて剣を掲げた。

 

 ──もう動けないのに、さらに刺すつもりか!? 

 そんな事、させるか! 

 

「ブイ!」

 

 俺は、テレポートで黒騎士の前に出て「まもる」を発動させる。

 遠くでセレナたちの悲鳴が聞こえるが、それどころじゃない。

 こいつ……この前よりもパワーが増している! 

 耐え切れず膝を着き、まもるの発動が途切れそうになる。

 

「フィ……フィア……」

 

 後ろのニンフィアが何か言っているが、正直聞き取る余裕も無い。

 バチバチと障壁から音がなり──ついにはパリンと音が鳴る。

 そして黒騎士は俺ごとニンフィアを突き刺そうと剣を振り被り、せめてこの身で受け止めようと踏ん張り──横からの突進で弾き飛ばされた。

 横を見る。そこには──。

 

「──ダース!」

 

 サンダースが、ふざけんなと俺に対して怒りの視線と、そして──ちょっぴりの感謝を込めた感情が乗っており……そのまま、剣に刺されて地面に串刺しにされた。

 

「──ブウウウウイ!!」

 

 ──くそ! くそ! くそ! 

 守れなかった! 

 しかし、俺に悔やむ時間は与えられない。

 黒騎士はさらにサンダースを傷付けようと剣を構える。

 

 ──させるか! 

 

 俺はニンフィア達をテレポートで逃した。

 送り先は──二人を大事に思っている人の場所! 

 黒騎士の剣が砂浜に埋まり、そしてジロリとこちらを見る。

 

「──ブイ……!」

 

 ──やる気なら、相手をしてやる。

 今の俺は──怒っているんだ……! 

 黒騎士と強く睨み合い、場がピリピリするなか──戦いを沈めたのはレイアだった。

 

「退くぞ。マスターも仕事は済んだと言っている」

「……」

「この場に用は無い──もう一度言う。退くぞ」

 

 そう言ってレイアはテレポートジェムを使い、黒騎士を何処かに消した。

 巨人も海の中に潜り去っていく。

 レイアもその後を追おうとするが──そのまま行かせる訳には行かない。

 

「ブイブイ!」

 

 何で、黒騎士を止めなかったんだ! 

 俺は見てたぞ。お前が、ニンフィア達が斬られた時一歩踏み出したのを! 

 それを! 何で! 

 

「──派手に勘違いしているな。そんな事はあり得ない」

 

 ──何故なら、アイツらはただの餌だからだ。

 

 その一言を残してレイアは去り──俺は、悲しくて、悔しくて、何も言えなかった。

 

 

 ◆

 

 

「ブーイ……」

「まだ落ち込んでいるの?」

 

 戦闘が終わった頃になり、響達もセレナ達と合流を果たした。

 さらにエルフナインもその場に現れ、セレナ達が見た出来事を聞くと思案顔になり。

 

『オートスコアラーはともかく、アカシア・クローンの追跡はできるかもしれません。そこから事件の全貌が明らかになるかと』

 

 それにより、装者たちは手分けしてアカシア・クローンの捜索に乗り出した。

 コマチは響と一緒に居る。その方がメンタル的な回復に努める事ができると判断したからだ。

 そしてマリアはエルフナインと行動を共にすると名乗り出た。その事に誰も文句を言わなかった。

 

「ほら、元気出して。早く見つけて手当てして話を聞こう?」

「……ブイ」

 

 珍しく慰めてくれる彼女に、コマチは感謝の意味を込めてペロリと頬を舐め、それに響が気恥ずかしそうに頬を染め──。

 

「──響?」

 

 ──その声に、体を硬直させた。

 そして声がした方向へ視線を向け……声が、漏れた。

 

「──お、父さん……?」

 

 ──突然起きた親子の邂逅。

 過去の出来事が、響のトラウマを刺激し、体を震わせるなか……さらなる衝撃が、彼女を襲う。

 

「おい、アキラ。どこをほっつき歩いて──」

 

 響の父の名を呼びながら現れたのは──キャロルだった。

 

「……ブイ?」

 

 ──どういう、事? 

 混沌とした場のなか、コマチの困惑しきった声だけが……響き渡った。

 




フェアリータイプのセレナ


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第八話「残された者の想い」

『お父さん? 何処行くの? ねえ、お父さん』

『……』

 

 遠い日の記憶。

 ……忘れてしまいたい記憶。

響は、父の背中に縋り付き、泣いていた。

 

『行かないで……わたし、頑張るから。だから――』

『――ごめんな、響』

 

 しかし、彼女の父は。

 

『もう、オレ――限界なんだ』

 

 握り締められていた響の手を振り払って――姿を消した。

 

 ――お父さんが悪い。

 ――辛い時に側に居てくれなかった。

 ――助けてって言っても来てくれなかった。

 ――家族もバラバラになった。

 

 ――……ああ、でも。

 ――お父さんをあんな風にしたのも、家族をバラバラにしたのも。

 

 ――全部、わたしのせいだ。

 

 ――だから、わたしには――。

 

 

第八話「残された者の想い」

 

 

「響、その……大きくなったな」

 

 戸惑いながらも、響の父洸がへにゃりと笑みを浮かべて言葉を掛けるが。

 

「いまさら父親面しないで」

 

 返答する響の言葉は、何処までも冷え切ったものだった。

 当然と言えば当然のその反応に、洸はどうしたものかと後頭部を掻く。

 

「そうは言っても、実際オレは響の父親な訳で」

「認められるか――わたしを捨てたくせに」

 

 彼女の言葉に、洸の表情が曇る。

 響が言っている事は――本当の事だから。

 彼が側に居なかった結果、響は……。

 

「ブイ……」

「――! お前は……!?」

 

 二人のやり取りが見ていられなくなったコマチは、仲裁するように二人の間に降り立った。

 すると、洸が反応を示す。

 彼は顔を輝かせると、コマチを抱き上げて頬擦りする。

 

「ブイ太郎! ブイ太郎じゃないか! 相変わらず美味しそうだな!」

「ブイっ!!!」

 

 パァンッ! と肉球パンチが炸裂する。

 頬にコマチの足跡を付けながら、洸は訂正する。

 

「あ、相変わらず美味しそうなほどプリチーです……」

「ブイ!」

 

 それで良い、くそホームレス。とコマチが鼻を鳴らす。

 ――しかし次の瞬間、強い力で、グイッとコマチは洸の腕から引き離される。

 モフモフを取られた洸が名残惜しそうに腕を伸ばし、それを響が普段の五割増しに鋭い目付きで彼を睨む。

 

「……コマチと知り合いなの?」

「……えっと〜」

 

 洸の目が泳ぐ。

 何故なら、洸とコマチの関係は加害者と被害者。

 ホームレス時代に彼を食べようと血迷い、追いかけ回してしまった過去がある。

 それにより、コマチも彼にはどこか遠慮も愛想も無い。

 

 それを目の前の娘に馬鹿正直に話そうものならーー今の反応で分かる。修復不可能なほどに、親子の関係が砕け散る。

 

 それだけは何とか回避しようとした洸は、胸を張って答えた。

 

「親友さ!」

「コマチ教えて」

「ブイブイ」

 

 追いかけ追いかけ回された関係です、とコマチはかなりオブラートに包んで答えた。

 

「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん……」

 

 響の視線が零度を通り越してマイナスへと至っている。

 洸は、人は視線でも人を殺せるんだな、と初めて知った。

 正直娘の視線に耐え切れなかった。過去のやらかしで、彼は今、未来を閉ざされようとしている。

 自業自得とも言う。

 

「茶番はそこまでにしてもらおうか」

「キャロル……!」

 

 口を挟んだキャロルにも鋭い目付きを向ける響。

 

「何でアンタが、こいつと一緒に居るんだ!」

「居たくて共に居る訳じゃない。ただ、錬金術師は等価交換でな――コイツに助けられたオレは、その対価を払っているところだ」

 

 その言葉を聞いて、響とコマチは――ゴミを見るような目で洸を見る。

 

「ブイブイ……」

「こんな小さい子に何させてんの……?」

「おい! オレはお前らより年上だぞ!」

 

 キャロルが何か言っているが、二人は聞く耳持たず、洸を見続けていた。

 その視線に彼はたじろぐが、響の追求は止まらない。

 

「キャロルが何をしようとしているのか、知っているの?」

「いや、知らないが……生活の世話になっている」

「――はあああああああ??????」

 

 コマチはのちに、こう答える。

 この時ほど、響ちゃんのドスの効いた声は聞いた事ないし、もう二度と聞きたくなかった。

 

「はあ? はああ? はああああああああ???? アンタ! 自分が! どれくらい情けない事言っているのか? 分かってんの???」

「し、仕方ないだろ! オレだって巻き込まれたし、それでバイトもクビになったし――」

 

 尚も言い訳を重ねる洸。

 

「それに世話になってるばかりじゃないぞ! 飯だって準備してる!」

「インスタントか出前だな。オレの用意した金で」

「……掃除だってしている!」

「ルンバ任せだな。オレの金で買ったやつで」

「……風呂だって沸かしている」

「一番最初に入っているよな。あと出る時は色々と処理してくれ。アイツらの不満が凄い」

「……」

「……」

『……』

 

 

「ブイ」

 

 ダメじゃん、とコマチが呟くのと、響がブチ切れるのは同時だった。

 

「──なんで」

 

響は──目の前の男が自分の父親である事が許せなかった。

 

「家族を捨てて! 自分だけ逃げて! 挙句の果てには醜態晒して! お父さんは恥ずかしくないの!?」

 

響の荒れに荒れた感情が爆発し──洸もまた、カチンと来て言い返してしまう。

 

「恥ずかしくない訳ないだろ!お父さんだって必死に生きているんだ! 情けない事なんて自分が一番よく分かってる!」

「だったら!」

「それに──元々は響のせいじゃないか!」

 

洸は、自分の吐いた言葉に一瞬遅れて気づいて。

 

「あ、いや、違う。これは」

 

言うつもりのなかった事を言ってしまったと響に見せつけてしまい。

それを見た響は──。

 

「――もう良い」

 

 響がペンダントを握り締める。

 

「纏めて連行する!」

 

 そう言って胸の歌を唄おうとして――。

 

「――悪いが、そういう訳にはいかない」

 

 キャロルが錬金術で突風を引き起こす。

 それに響は怯み、腕で顔を庇い――気付いたらキャロルも洸も居なくなっていた。

 テレポートジェムを使って転移したのだろう。その事を理解した響は。

 

「――くそ……!」

 

 舌打ちをして、悪態を吐く。

 荒れに荒れている響を心配し、コマチが彼女の肩に乗りクルンと尻尾を巻き付けさせる。

 それにより響は深呼吸し……落ち着きを取り戻し始める。

 

「……ありがと」

「ブイ」

 

 気にしないで、彼がそう宥めていると端末に通信が入る。

 響は耳に当て、通信に出ると――。

 

「はい、こちら響――え?」

 

 信じられない報告を聞き、言葉を失った。

 

「――マリアとエルフナインが?」

 

 ――敵の襲撃を受けた二人が重傷を負い、医療施設に運ばれた事。

 そしてマリアは意識不明の重体であり――助かるのかは彼女次第。

 

 空に暗雲が立ち込め、雨が降り始めた。

 

 

 

 

『……』

 

 本部に帰還した装者たちの顔は……暗い。

 特に妹であるセレナは目元を赤く腫らしており、どれだけ動揺したのか伺い知れる。

 

 回復したエルフナインによると、黒騎士がエルフナインを襲い、それをマリアが庇った結果、今回の事態に陥ったとの事。

 

「エルフナインくんは、僕の治療によりすぐに良くなるでしょう。傷跡も残りません」

「あの、姉さんは」

「……全力は尽くしました。しかし、心臓を貫かれたのが不味かった。どうやら波導で傷口を塞いだようですが……それが無ければ即死。正直今こうして生きているのも不思議なくらいです」

「……そう、ですか」

 

 セレナが顔を俯かせる。

 

 ――が。

 

「――安心してください。僕が絶対に助けてみせますよ。……もう目の前で誰かが死ぬのはごめんですからね」

「――ウェル、博士」

「博士じゃないです――それでは、僕はこれで」

 

 報告を終えたウェルが退室する。

 それを見送った皆は、次にセレナを見る。

 奏が代表して彼女に言った。

 

「今日はもう休め。マリアが目覚めた時にお前が疲弊し切っていたら怒られるぞ?」

「そう、ですね……そうさせて貰います」

 

 セレナは奏の申し出を素直に受けて、その場を後にした。

 残った装者たちもまた、解散する事になった。

 しかしその前に確認する事がある。それは……。

 

「響、本当なのか? お前の父親がキャロルと一緒に居た事は」

「……」

 

 コクリと彼女が頷くと、皆が苦い表情を浮かべる。

 そうなると――弦十郎が言っていた事が現実となる。

 

「――謹慎、ですね」

『……』

「司令からは聞いています。わたしの疑いを晴らすために必要だと」

 

 ――装者の父親が、敵と行動を共にしている。

 そうなると響に掛かるのはスパイ容疑。

 SONGの職員にそう思う者は居ない。しかし、上の者は違う。

 この情報を知った国連の上層部は、響に疑いの目を向けて最悪身柄の拘束に乗り出すかもしれない。

 故に先じて謹慎処分し、響の無実を証明する必要があった。

 

 ――皆、納得できないが、仕方のない事だった。

 それでも響は気にするなと言う。

 

「大丈夫ですよ。すぐにわたしとあの男と関係無いって分かります。それまでの辛抱です」

 

 そして何より辛いのは。

 己の感情を隠して、気にしていない素振りをする響を見る事だった。

 

 

 

 

 ガングニールや端末を回収された響は、本部に備えられた個室に入れられベッドで横になっていた。

 しばらく天井を見上げていたが――。

 

「……わたしよりもマリアの所に居なよ。あっちの方が大変なんだから」

 

 そう言って視線を横に向け――彼女を見るコマチに言った。

 

「ブイ」

 

 ウェルさんが頑張っているし、セレナも着いているから大丈夫、と彼は言った。

 どうやら、ウェルがマリアを絶対に助けると信じ切っているらしい。

 そして……今は響の近くに居る事を選んだようだ。

 コマチはベッドに上がり、横を向いている響の腕の中に入り丸くなる。

 その温もりを感じた響は――。

 

「――コマチ……!」

 

 涙を流して彼を抱きしめた。

 

「――なんで、お父さんが敵と一緒に居るんだろう。なんであんな情けなくなっているの……」

 

 胸にある想いを暴露し始めた。

 

「わたし、怖いんだ。仲間を傷付けた相手の仲間がお父さんだと思うと……!」

 

 もしマリアが死んだらと思うと、彼女はセレナに顔向けできない。

 

「それに、それに……!」

 

 そして、一番辛いのは。

 

「わたしが悪いのに、お父さんにあんな事言ってしまった……!」

 

 己の罪を、逃げたからと、かつて大好きだった人に押し付けてしまう事だった。

 

「コマチ……コマチッ……!」

「ブイ……」

 

 泣き続ける響を、コマチは寄り添って大丈夫だよと言い続ける事しかできなかった。

 

 ――その日、響は泣き疲れるまで謝り続けた。

 自分が悪いのだと、自分のせいだと。

 

 コマチは、自分の無力さに悔やみ続けた。 

 



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第九話「オレの大切なモノ」

「娘と向き合うんじゃなかったのか?」

「……」

 

 現在、キャロルと洸は円卓越しに向かっている。

 しかしキャロルがジッと真っ直ぐ視線を向けるのに対し、洸は居心地悪そうに目を背けてソワソワし、口を開いては閉じてを繰り返していた。

 

 それを見ていたキャロルの額に青筋が浮かび上がり、怒号が響き渡る。

 

「シャキッとしろ! 男だろうが!」

「は、はい!」

 

 このやり取りだけで彼女たちの力関係が把握できる。

 キャロルは深くため息を吐き、彼に語りかけた。

 

「この国には『二度あることは三度ある』という諺があるが……まさか身を以て教えてくれるとはな」

 

 洸は、過去に響から逃げた事が二回ある。

 一度目は、ノイズ生存者へのバッシングが激しくなり、響たちの家が標的にされた時。

 二度目は、響とコマチを街で見かけた時のこと。

 奇妙な縁でコマチと交流し、ダメ人間ながらも手に職つけて頑張ろうとしたその時──自分の娘を見つけた。

 過去に覚えている時よりも、目付きを、雰囲気が刺々しく変わってしまっていた娘を。

 まるで自分の罪を突きつけられているようで、洸は逃げ出した。

 

 そして今回──キャロルの協力のもと、二人の前に出て……失敗した。

 

「……また覚悟が決まったら声を掛けろ。それが対価だ」

「ああ──ありがとう」

「ふん……それにしても」

 

 キャロルは先ほどの二人の問答を思い出して、一言。

 

「情けない」

「ぐはっ!?」

「立花響の味方をする訳では無いが──お前がもしオレのパパだったらゾッとするな」

「げほぅおぁ!?」

 

 キャロルの容赦の無い言葉責めに、洸は瀕死寸前だった。

 彼女が言っている事が全て正しいのがさらに質が悪く、洸は言い返せなかった。

 

「そ、そこまで言わなくても良いじゃないか!」

 

 それでも辛いので、不満を返そうとした瞬間、キャロルのテレポートジェムからアカシア・クローン達が飛び出し、洸に威嚇する。

 

『フシャー!!!』

「ひぃいい!?」

「こら、お前たち。勝手に出てくるな」

 

 ブースター、エーフィ、リーフィアを叱りながら落ち着くように撫で付けるキャロル。

 叱られたアカシア・クローンたちは威嚇をやめ、シュンと落ち込みながらキャロルの側に寄る。

 それを見た洸はほっと安堵し、キャロルはそのままアカシア・クローンたちのブラッシングを始めた。

 

『……♪』

 

 気持ちよさそうに目を細める彼らを、キャロルは優しい顔で見つめる。

 その光景を見ていた洸は、いつの間にか口を開いていた。

 

「なぁ」

「なんだ」

「そいつらは、何なんだ?」

 

 洸の問いに、キャロルは怪訝な顔をし、答える。

 

「以前にも答えただろう。こいつらはアカシア・クローンと言って──」

「ああ、違う。そういう事じゃ無い」

 

 洸は、キャロルの言葉を遮って──改めて問う。

 

「そいつらは、君にとって何なんだ?」

「──」

 

 その問いに、キャロルは一瞬言葉に詰まり──しかし、すぐに真っ直ぐと彼を見据えて淀み無く答えた。

 

「オレの、大切な家族だ」

 

 

 第九話「オレの大切なモノ」

 

 

「完全聖遺物キマイラとネフィリムの細胞。これでオレにどうしろと?」

『好きに扱ってくれても構わないさ、別にね。それとキマイラではなくアカシアと言うんだ、本当の名は』

 

 初めは面倒だと思った。

 パパの命題を完遂する為に、世界を壊す為の歌にて、万象黙示録を果たそうとしていたオレは、奴からの贈り物に微塵も興味も抱かなかった。

 

 いや、それは少し語弊があるな。

 

()()()()()()

 

 それが、オレの嘘偽りの無い感情だった。

 

 キマイラ──否、アカシアの事は知っている。

 様々な時代で、様々な場所で、多くの人間を救って来た奇跡の体現者。

 

 オレにとって、到底認められる存在ではなかった。

 パパを殺した奇跡という名の毒の塊みたいなもの。それがオレのアカシアに対する印象だった。

 

 ──奇跡の体現者なら、何故パパをあの時助けてくれなかった? 

 

 そう思ってしまう自分に苛立ち、アカシアの細胞を送り届けて来た奴に突っ返そうと思っていた。

 だが、奴は言うだけ言って立ち去ってしまった。

 返却する機会を失ったオレは、それを放置しようとして──いつの間にかアカシアとネフィリムの細胞を使って実験をしていた。

 

「何をしているんだろうな、オレは」

 

 自分自身に呆れながらも、研究はオレの内情を無視して進み、ついには完成してしまった。

 

「──ブイ?」

 

 アカシア・クローンは初め卵になる。その後孵化して初めてその実体を見る事ができるのだが──オレの前に現れたのは、データで見たアカシアの色違い、真っ白なアカシアだった。

 アルビノの色違い。

 それが、オレが初めて作り上げたアカシア・クローン──イヴとの出会いだった。

 

 

 ◆

 

 

「ヴイ♪ ヴイヴイ、ヴイ!」

 

 アカシア・クローンは、奴によりイヴと名付けられた。オレは特に反対する事なく、アカシア・クローンの事をイヴと呼ぶ事にした。

 

 イヴは好奇心旺盛だった。

 チフォージュシャトーの中をキョロキョロと見渡しながら歩き回ったり、自分の尻尾を追ってその場をグルグルと回ったり、オートスコアラーの周りをうろちょろしたりとやりたい放題だった。

 

 そして何が楽しいのか、毎回オレの元にやって来て、今日の出来事を報告してくる。

 ……初めは鬱陶しいと振り払っていたが、次第に諦め、横でブイブイと喧しいと思いながら──いつしか、心地よく感じていた。

 

「なあ、イヴ」

「ヴイ?」

「お前、世界を見てみたいか?」

 

 イヴは、チフォージュシャトーの中から出た事が無かった。

 そもそも、彼女は生まれたばかりで、知らない事が多すぎる。

 故に目に映る物が新しく、彼女の心を刺激する。

 アレは何だろう? 

 コレは何だろう? 

 走るのは楽しいな。

 歌を唄うのは楽しいな。

 そんな彼女に、キャロルからの申し出は青天の霹靂で──何より嬉しいものだった。

 

 イヴは、キャロルと世界を回った。目に映る物に目を輝かせてアレは何? コレは何? とキャロルに尋ね、そしてキャロルはイヴと問いに全て答えた。

 

 煩わしいとは思わなかった。面倒だとは思わなかった。

 それどころか、胸の奥がポカポカと温かくなり──消えた筈のあの日の思い出を思い出していた。

 父イザークと旅をしていた頃、キャロルもまた彼に尋ねて回っていた。

 その時の父は──微笑ましそうに優しい笑みを浮かべていた。

 その時の父は──どのような想いでキャロルを見ていたのか、今はっきりと分かっていた。

 そして、あの時──最期に命題を託した時、彼は何を想っていたのか。

 

 ──その意味を、キャロルは改めて考えさせられていた。

 

「──」

 

 イヴに世界を見せる為の旅が、キャロルに世界を識る為のきっかけを与えた。

 

 それは、奇跡ではなく──他者を想う愛だろう。

 

「奇跡の殺戮者が、奇跡の体現者のクローンに絆されるとはな……」

 

 しかし。

 

「──だが、世界は醜い。今のままならいっそ世界を」

 

 長年積み重ねられた恨みは、想いはそう易々と消えない。

 イヴの事を大事だと想い始めたからこそ、この世界を認める事ができない。

 万象黙示録は、未だ止まらず。

 

 だが──彼女には、時間がなかった。

 

「ヴイ……」

「──イヴ?」

 

 突如、ドサリとイヴが倒れ──。

 

「──イヴ!」

 

 キャロルは、彼女の名前を叫ぶ事しかできなかった。

 

 

 ◆

 

 

『寿命だね、倒れた理由は』

「そんな……! オレのレシピは完成された──」

『元々多いからね、アカシアの謎は。そもそも無理だったのかもしれない、彼の代わりを作るのは』

 

 電話先の男は、既にイヴに対して興味を失っていた。

 

『まぁこれから研鑽すると良い、アカシア・クローンについては。惜しむつもりはないさ、支援を』

「──少し、時間をくれ」

 

 黒電話が消え、キャロルは自室へと戻る。

 そこには浅く息をし、苦しそうな表情をしているイヴがいた。

 錬金術ではどうにもならなかった。それ以外の知識も役に立たなかった。奇跡も起きなかった。

 

 イヴは死ぬ。

 それだけが──キャロルに突きつけられた真実だった。

 

「──は」

 

 キャロルが鼻で笑う。

 

「奇跡の殺戮者とはよく言ったものだ──今こうして殺そうとしている」

 

 思い出すのは、イヴとの短い時間。

 

「ああ、そうだ。オレは奇跡の殺戮者だ」

 

 依頼で作ったアルカ・ノイズとは別の戦力として作られた兵器。それがイヴだ。

 

「パパの命題を完遂する為に、止まる訳には行かない……」

 

 それだけの筈だった。

 ──それだけの筈だったのだ。

 

「謂わば、貴様も……お前も……」

 

 万象黙示録を成す為の寄り道。

 奇跡の体現者という唾棄すべき存在のクローン。

 そう思っていた──筈なのに。

 

「──オレは、また失うのか、家族を……!」

 

 もう、己の心を誤魔化す事はできなかった。

 キャロルの掲げた目的は──彼女の世界を壊す歌は、ちっぽけな、しかし彼女の中では大きな存在となったイヴによって打壊しかけていた。

 キャロルはその場で崩れ落ち、涙を流す。

 

「ヴイ……」

 

 イヴは、限界を越え今にも朽ちそうな体を動かし──ポスンとキャロルの膝に乗る。

 

「イヴ……?」

 

 イヴは──力を行使し始めた。

 それを見たキャロルは驚き、慌てて止める。

 

「やめろ! そんな事をすれば寿命が──」

 

 しかし彼女は力を使うのを辞めず──キャロルに己の想いを伝えた。

 今まで共に過ごした短い時間を、しかし確かにそこにあった思い出と共に。

 

 楽しかった。キャロルと一緒に居られて嬉しかった。役に立てないのが悔しかった。もっとたくさんの場所に、キャロルと行きたかった。

 

 キャロルの中に、イヴの全てが注ぎ込まれていく。

 

 さらに──彼女の力は、キャロルが焼却にした筈の思い出を一部再生した。

 

 父の温もり。父の優しさ。父の成したかった事。

 そして──身を焼かれながら、キャロルに託した命題。

 

(──あ)

 

 キャロルは──自分に優しかった父を、そしてイヴとの暮らしによって……命題の真の意味に触れた。

 

(パパは──本当に世界が壊れるのを良しとするのか?)

 

 イヴは、そんな世界を見たいと言うのか? 

 

 それは分からない。父の想いを、イヴの想いを識るには──キャロルはあまりにも世界を識らな過ぎる。

 

「ヴイ……」

「──! イヴ!」

 

 イヴの行使していた力が失わられ、ポスンとキャロルの膝の上で力尽きる。

 キャロルはイヴの名を呼んで抱き起こした。

 

 それにより理解してしまった。

 イヴの最期は、もう直ぐそこにまで来ているのだと。

 

「ヴイ……」

 

 イヴは、ふと溢した。

 彼のように、アカシアのようになりたかったと。

 たくさんの人を助けて、たくさんの人と手を繋いで──たくさん友達を作りたかった、と。

 でも、偽物である自分は──それができない。

 その事が悔しかった。──妬ましかった、と。

 

 だが──それをキャロルが否定する。

 

「──馬鹿。お前はお前だ。お前はアカシアには成れないし、アカシアもお前には成れない。そして何より」

 

 ──オレに……独りだったわたしに温もりをくれたのはお前だ。アカシアじゃない。

 

「それだけははっきりと言える。それだけは、アカシアよりもお前の凄いところだ。だから」

 

 ──誇って良いんだ。お前はアカシアを超えた。

 

 その言葉を聞いたイヴは、初めは驚いた顔をし、しかし直ぐに心の底から、魂から喜んだ顔をして──。

 

「──ヴイィ……」

 

 キャロルにありがとうと言い──光の粒子となり、コロンと石のカケラを残して消えた。

 

「──」

 

 キャロルはその石を強く握り締めて、天を仰ぎ──。

 

「──馬鹿。それは、オレの台詞だろうが……!」

 

 彼女の頬を雫が溢れ落ち、ポタポタと床を濡らした。

 

 

 ◆

 

 

「──その後、イヴのデータを使って、想い出を用いて生まれたのがコイツらだ」

 

 謂わば、彼らはイヴの生まれ変わりであり、彼女が遺した形見でもある。だからという訳ではないが、キャロルはアカシア・クローン達を大切にし、家族として扱っている。

 

 それでも、あの時のイヴはできなかった。

 だが、キャロルはそれで良いと思っている。

 彼女との大切な思い出は焼却される事なくキャロルの中に残されているのだから。

 

「まぁ、寿命の問題を解決する為に調整したからか、アカシアからは程遠くはなったがな。それに、アカシアに対してコンプレックスを感じているのか、奴の存在を否定している」

「ブー、スタァ!」

「リー!」

「フィー!」

 

 キャロルの言葉を聞いたアカシア・クローン達が抗議の声を上げる。

 しかしそれは図星から来るもので、キャロルは微笑し気に肉球パンチを甘んじて受けていた。

 

「それで……」

 

 だからだろうか。その光景を見た洸が問い掛ける。

 

「……それで、世界を壊すのか?」

「……それは」

 

 洸が問い掛けにキャロルが答えようとしたその時──洸の携帯に通知が入る。

 

「誰だ? ……っ」

 

 メールの差出人の名前を見た洸は、思わず息を飲んだ。

 そこには『立花響』と書かれていた。

 




第六話「戦う為の理由」を夜間モードでキャロルの発言をもう一度見るとちょっとした気づきがあります


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第十話「夢の途中」

遅れてごめんちゃい


「龍脈の要石、だと?」

「ええ、そうです。ここ三日のオートスコアラー達の動きを探った所、各所の要石が破壊されていました」

 

 緒川からの報告に、弦十郎が唸る。

 狙いが龍脈の要石という事。そしてエルフナインの話から察するに、敵はレイラインを解放し、そのエネルギーを利用する気だと察した。

 

「そうなると、装者を手分けして配置しないといけないな……だが」

 

 襲撃されるであろう要点。

 出撃可能な装者。

 それらを考慮した結果、弦十郎は深くため息を吐いた。

 

「──背に腹は変えられないか」

 

 

 第十話「夢の途中」

 

 

「──ちっ」

 

 緒川の運転する車の中に、翼の舌打ちが響く。

 それを見咎めた奏が、苦言を漏らす。

 

「翼、いい加減切り替えろって」

「……」

「──翼」

「──けどよぉ奏。なんでオレが」

 

 今回装者達は、龍脈の要石を守る為に襲撃予測ポイントに振り分けられた。

 しかし、マリアが殺されかけた事を考慮し、装者は二人一組で行動するように指令が出された。

 翼と奏。調とセレナ。切歌とクリス。戦力、相性の元このように編成されたのだが。

 

 翼は、自分がこれから向かう場所を守らないといけない事に、苛立ちを覚えていた。

 彼女が向かっているのは──翼自身の実家である。

 

 翼は、父を、防人を、風鳴を嫌っている。

 だから、弦十郎に任務を言い渡された時は反論した。

 しかし、聞き入れて貰えず、こうしてブスッと不満顔を晒している。

 

「着きました」

 

 車が止まり、三人は降りると階段を昇り、門を潜り抜け敷地内に入る。

 奏たちは要石の無事を確認する。どうやらオートスコアラーはまだ現れていないようだ。

 

「ご苦労、慎次」

 

 翼の身体が強張る。

 その厳格な声を彼女は忘れることはなかった。

 その固い表情を彼女は忘れることはなかった。

 

『もう忘れろ。奴は風鳴に相応しくなかったのだ』

 

 ──彼の言葉を彼女は絶対に忘れない。

 

 風鳴八紘。戸籍上、翼の父であり──彼女と深い確執を持つ男である。

 八紘は、緒川に労わりの言葉を送ると仕事の話を続ける。

 

「アーネンエルベの神秘学部門よりアルカノイズの報告書も上がっている……アカシア・クローンについては、何も分からないそうだが」

 

 後で開示させよう。

 緒川にそう伝え、次に八紘は奏を見る。

 

「天羽奏。君の活躍は昔からよく知っている」

「……どうも」

「今後もよろしく頼む」

 

 それだけ伝えると、彼は転身し屋敷に入ろうとし。

 

「待てよ、クソ親父」

 

 その前に翼に呼び止められた。

 歩みを止めるが振り返らない八紘に、翼はイライラしながら毒を吐く。

 

「相変わらず変わっていねーみたいだな」

「そういうお前は随分と変わったな」

「──はっ。粗暴な口調は風鳴の名を汚すとでも言うつもりか?」

 

 何処か挑発じみた彼女の言葉に、しかし八紘は──。

 

「いや、そのようなつもりはない」

「──」

「むしろ、お前が未だに【風鳴】を名乗っている事に驚いている──未練でもあるのか?」

「てめえ!」

 

 彼の言葉に翼が激昂し、肩を掴んで無理矢理グイッと引っ張る。

 それを見た八紘の護衛が銃を向け──。

 

「お前たちは動くな!」

 

 八紘の一喝で動きを止め、しぶしぶ銃を下す。

 それを見届けた八紘は振り向いて翼と顔を合わせる。

 血走った目を向けている彼女と違い、落ち着き払っていた。

 その態度が翼の神経を逆撫でし──感情が爆発する。

 

「オレがこの穢れた血に執着していると思っているのか!? オレがこの名を捨てないのは、貴様らに復讐する為だ!」

「……」

「貴様らが不要だと、恥だと罵った女の娘がいつか風鳴を滅ぼすためにあえて名乗っている! だからオレは──」

「まだ、母に縋るのか」

「っ……!」

 

 憤る翼は、八紘の言葉に動きを止める。

 

「母を理由に復讐し──お前はどうする。その先はどうする」

「──うるせえ!!」

 

 翼が勢いよく離れる。

 まるで、八紘に──否、彼を通して見た己を見て怯えるように。

 

「オレは、お前らとは違う! 防人に執着するような奴らなんかとは! だからオレは!」

「翼落ち着け!」

 

 錯乱し掛けている翼を、奏が背後から抱き留めて落ち着かせる。

 奏は、八紘に厳しい視線を向けながら言った。

 

「今回は要石を守るために来た。親子喧嘩はまた今度にさせて貰う」

「──ああ、分かった」

「……?」

 

 しかし奏は、今の彼の返答に首を傾げる。

 翼の聞いていた通りの人間なら、ここで──。

 

「──っ」

 

 思案する奏をよそに、気配に気づいた緒川が素早く銃を取り出し発砲。

 しかし竜巻が銃弾を反らし、中から現れたのは──オートスコアラー、ファラ。

 

「あら、親子の語り合いに水を差すつもりは無かったのですが」

「てめえは、クリスを虐めた……!」

「レイアと申します。以後、お見知りおきを」

 

 そう言って彼女は剣を構え、翼と奏は胸の歌を唄った。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 ガングニールとアメノハバキリが戦場に顕現し、それぞれ槍と剣を携えてファラに突っ込む。

 それに対して、ファラはテレポートジェムにてアルカノイズを召喚し、八紘たちに向かわせる。

 

「! させるか!」

 

 それを見た奏がガングニールにてアルカノイズを迎撃。

 翼はファラに斬り掛かりながら叫ぶ。

 

「邪魔だ! 引っ込んでいろ!」

「──うむ。努めを果たせ」

「──言われなくても!」

 

 一瞬、翼は悲しそうな顔をするが──すぐに憎まれ口を叩き、目の前の相手に集中する。

 

「あたしはノイズを! 翼は──」

「分かっている! オレの相手は──コイツだ!」

 

 ──蒼ノ一閃。

 

 アメノハバキリの一太刀が、ファラを襲うが──ファラは事も無げに斬り払う。

 

「──っ」

 

 それに違和感を覚える翼だが、構わず蓮撃を浴びせていく。

 しかしファラは微笑みを絶やさず、反対に翼の額に汗が滲む。

 

「翼、どうした!?」

「こいつ、なんか……!」

 

 翼がアメノハバキリを叩き付けた瞬間──剣が砕け散った。

 

「──な」

「ソードブレイカー。我が哲学の牙は──」

 

 そして、ファラの風の刃が──翼を蹂躙する。

 

「剣を打ち砕く」

「──かはっ」

 

 血を吐いて翼は宙に投げ出され──纏っているギアが解除される。

 それを見た奏が──叫んだ。

 

「翼あああああああ!!」

「あら? アナタ、自分を剣だとでも思っていたのかしら?」

 

 予想以上にダメージの深い翼にファラが軽く驚き、しかし【それならば】と笑う。

 

「でも剣にしては──脆いわね」

 

 翼が地面に投げされると同時に、ファラの斬撃が要石を砕く。

 

「しまった!」

「その子に伝えてください──目が覚めたら、また踊りましょう」

 

 その言伝を残してファラは立ち去り──戦場には立ち尽くす槍と打ち砕かれた剣のみが残った。

 

 

 ◆

 

 

「……」

「……」

 

 別の要石がある場所にて、調とセレナが周囲を警戒していた。

 しかし、セレナは何処か上の空で──それも無理はないと調は思っていた。

 

「セレナ」

「──あ、ごめんなさい。ちゃんと守りますから」

「いや、そうじゃなくて」

 

 自覚していたのだろう。セレナはすぐに謝るが、調が首を横に振る。

 彼女は、セレナにしっかりしろと叱咤するつもりはない。むしろ、マリアの側に居て欲しいと思っているくらいだった。

 

「わたしも、切ちゃんが居なかった時は気が気じゃなかったから」

「調さん……」

「それに、もしセレナが無茶をして、マリアが目を覚ました時に何かあったら物凄く心配すると思う」

 

 調の脳裏に、切歌とキリカの姿が浮かぶ。

 彼女は、セレナの気持ちを痛いほど理解していた。

 だからだろうか。柄にもなく気を使っているのは。

 

「──ありがとうございます、調さん。でも」

 

 セレナはその気遣いを嬉しく思った。それでも、彼女はこの場に居ることを選ぶ。

 

「もし此処でわたしが挫けていたら、姉さんに怒られます──だから大丈夫です」

「……そ。だったらしっかりと任務を達成するよ」

「はいっ」

 

 彼女の強さに、調はプイッと首を横に背けながらしかし尊敬を示し、セレナはそんな彼女に笑顔を向けた。

 

 

 ◆

 

 

「──ここは」

 

 目を覚ました翼は、見慣れない、しかし何処か懐かしい天井に戸惑い──思い出す。

 

「そうだ、オレは──」

 

 ──父親の前で、敵に負けた。

 

「──っ!」

 

 その事を自覚すると同時に、彼女の胸に形容し難い感情が浮かび上がった。

 

 負けた。

 よりにもよって自分が全て投げ出した場所で、見られたくない相手の前で負けた。

 

「──くそ!」

 

 ダンッと拳を振り落とすとどうじに、房間が開き奏が入ってくる。

 

「起きたか翼」

「……奏」

「今、緒川さんとアルカノイズの報告書を見ていた所だ。お前も──」

「──なぁ、アイツは何か言っていたか?」

「……次の戦場に移り、努めを全うしろ、だとさ」

 

 その言葉を、八紘の言葉を聞いた翼は──。

 

「──はっ。防人にも、剣にもなれない役立たずは去れってか」

「……翼」

「まぁ、それも仕方ないか。オレは元々生まれた事を望まれていない。それどころか恨んでやがる」

「翼」

「……結局、アイツの言っている事は正しかったんだ。オレが、母さんを殺して、アイツの人生を無茶苦茶に──」

「翼!」

 

 自暴自棄になっている翼の肩を、奏が強く握って揺さぶる。

 

「お前を此処まで運んだのは──八紘さんだ!」

「──え?」

「それに周りを見てみろ! お前の昔の部屋を」

 

 そう言われて見てみれば──かつて、幼い頃の翼が過ごしていた部屋がそのまま残っていた。物が散らかり、とてもトップアーティストの自室とは思えない。

 

「……はっ。オレが憎くて部屋に入りたくもないって事か」

「違う! この部屋は──」

 

 ──その時、奏の叫びを遮るようにして、外から轟音が響く。

 何かが破壊された音。

 二人はすぐ様ペンダントを握り締めて音の発生源へと向かう。

 するとそこには、屋敷の一部を破壊し、剣を構えて己を誇示するかのように屋根に立つファラが居た。

 

「てめえ、何しにきやがった!」

「あら? 言伝は聞いていないようですね」

 

 ならば、直接伝えるまで。

 

「アナタと再び踊りに来ました──一曲どうです?」

「──上等だ。今度は叩き斬ってやる!」

 

 挑発に乗り、ギアを纏う翼。

 そんな彼女を奏が呼び止める。

 

「待て翼! アイツの能力はお前と相性が悪い! ここはあたしが──」

「ここまで舐められてすっ込んでいられるか! 奏はそこで見ていろ!」

 

 そう言って、翼は胸のギアを掴み。

 

「今度は最初から全力だ──力を貸せ光彦!」

 

 しかし──アカシアの力は反応しなかった。

 

「──!? どうしてだ! 何故力が……!?」

「来ないなら、こちらから行かせて貰いますっ」

 

 剣を構えたファラが突貫し、鋭い一太刀が振るわれる。それを翼は避け、剣をボード状にして空へと舞う。

 

(何故応えてくれない──いや、今はそれよりもアイツの攻撃から逃げて──)

「──上へ逃げるのは、愚作でしてよ」

 

 そう言うと、ファラは竜巻を起こし、その中に翼を巻き込む。

 当然その竜巻の中にもソードブレイカーの哲学の力は練り込まれており、翼のギアがズタズタにされ──彼女は地に堕ちていく。

 

「翼!」

「ちくしょう……ちくしょう!」

 

 倒れた翼に奏が駆け寄ろうとし──それよりも前に駆け出し、翼を受け止める者がいた。

 固い地面ではなく、無骨な、しかし温もりのある腕の中で翼は目を開け──視界に映った顔を見て、驚愕の表情を浮かべる。

 

「──親父?」

 

 翼を受け止めたのは、八紘だった。慣れない運動をしたのか息は切れ、額に汗を浮かび上がらせ──酷く安心した顔をしていた。

 

「翼──お前は、何の為に装者になった?」

「……」

「憎き風鳴に、俺に、復讐する為か──違うだろう!」

 

 八紘の叫びが、戦場に響き渡る。

 

「我が妻──お前の母さんの意志を、願いを、守る為じゃなかったのか!?」

「──いま、なんて」

 

 翼は、己の耳を疑った。

 

「お前は、母さんの事を、存在を認めていなかったんじゃないのか──」

「──アイツの事を忘れた事はない。そして、お前の事も」

「──」

「翼は、忘れるな。力を求めるのではなく、歌で世界を救おうとした風鳴翼の事を。己の夢を」

 

 呆然とする翼に奏が叫ぶ。

 

「翼! お前の部屋は確かに昔のままのように見える──ただ、埃ひとつ無かった!」

 

 果たして、娘を疎ましく思う父親のする事だろうか。

 血が繋がっていないからだと、呪われた血だと蔑む相手にする事だろうか。

 

「どっちも不器用過ぎるぞ──この似た者親子!」

 

 その言葉を受け、翼が八紘を見ると──彼は静かに頷く。

 

 それを見て翼は──静かに涙を流した。

 

 確かに彼女は、八紘の事を恨んでいる。しかしそれと同時に──強く、確かに父と見ていた。……娘と見て欲しかった。

 

「──母さんの事を愛していたのか?」

「ああ──あの時は伝えられなくてすまなかった」

「──オレは、母さんの意志を継げていたのか?」

「ああ──少なくとも、このどうしようもない父親よりはな」

「オレは──夢を追っても良いのか?」

「ああ──恐るな。歌う事を。救う事を。お前は──夢の途中だろう」

 

 八紘の、彼の──父の言葉を受けて、翼はゆっくりと彼の腕の中から抜け出し、改めてレイアに向き合って胸のギアを掴む。

 

「──だったら見ていてくれ」

「……」

「オレが──羽ばたくところを!」

「ああ──行ってこい、翼」

「──はい!」

 

 ギアから、青き翼が広がり──奇跡の力が顕現する。

 

 ──アメノハバキリ・フリューゲル。

 

「──天に解き放つ翼で、敵を斬る!」

 

 翼は、背中の翼を羽ばたかせて空を舞う。

 

「いくら奇跡の力を纏おうと、ソードブレイカーの前で剣は無力──」

 

 先ほどと同じようにレイアは竜巻を起こし、翼へとぶつけ──。

 

「──何!?」

 

 しかし、彼女の風は、翼の手に持った剣──否、明日へと飛ぶ両翼で掻き消された。

 

「何故私のソードブレイカーが効かない!? 剣なら──」

「確かに剣ならな! だが──これはオレの翼だ!」

 

 翼が、ファラに向かって突っ込む。

 

「天に、明日に──夢に向かって羽ばたく為の翼! オレの翼は──そんじょそこらの力じゃあ折れやしねえぞ!!」

 

 高速で飛来する翼に対し、ファラは剣を構えるが──既に勝負は決していた。

 翼はもう──折れない。堕ちない。

 

「喰らえ!」

 

 ──絶翔・ブレイブバード。

 

 青い炎を纏い、一羽の鳥となった翼の一撃が叩き込まれ──。

 

「──リー!」

 

 しかし、その瞬間、横から飛び出したリーフィアがリーフブレードを掲げて──翼の絶翔を受け止め……吹き飛ばされる。

 

「──!?」

 

 それに翼が驚き。

 

「……来てしまいましたか」

 

 悲しそうにファラが呟き。

 

「……え?」

 

 そんな自分に、自分で驚く。

 

「リー……」

 

 大ダメージを受け動けないリーフィア。

 何とか立ち上がろうとし──その背に魔剣が突き刺さる。

 

「──!!?」

「お前!」

 

 現れた黒騎士に、翼と奏は警戒する。

 しかし、黒騎士は彼女たちに構わず剣をグリグリと執拗にねじ込み、その度にリーフィアの悲鳴が響く。

 

「──もう、いいでしょう」

 

 そんな黒騎士に、ファラが剣を向ける。

 

「目的は果たしました。去りますよ」

【……】

 

 ファラのソードブレイカーは、黒騎士にも効くのか、黒騎士は素直に従った。

 魔剣に刺さったリーフィアは、階段下に向けて振り抜いて飛ばし捨てる。

 それを見たファラが顔を歪ませて──テレポートジェムを使い、黒騎士と共にその場を去った。

 

「──行ったか」

 

 何処か釈然としない翼。

 ──敵が去り、戦場に嫌な風が吹いた。

 

 

 ◆

 

 

 要石は守れなかったが、敵を退けた翼。

 報告の為、奏たちと本部に戻る翼に、八紘が声を掛ける。

 

「翼」

「! ……親父」

「──これからは、盆と正月くらいには顔を出せ」

「──気が向いたらな」

 

 何処までも不器用な二人。

 そんな親子に奏は苦笑し──ひとつ、確執が埋まった。

 

 




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こちらにて今作に関する報告があります
興味ある方は是非ご覧ください


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第十一話「誰が為の気持ち」

「ウェル博士」

「おや、エルフナインくん」

 

 マリアが眠る病室にてバイタルチェックを行っていたウェルの元に、エルフナインが訪れた。

 エルフナインは、ウェルの治療によりすでに完治している。

 しかし──マリアはまだ目覚めない。

 肉体的にはウェルの献身により傷跡なく、後遺症も残らない程度には治療が終わっていた。

 にも関わらず目を覚まさないのは……。

 

「代わりますよ。休んでください」

「しかしですね」

「あまり無理すると調博士に蹴られてしまいますよ?」

「……それは勘弁して欲しいですね」

 

 仕方ない、とウェルは立ち上がり体を反らし──バキボキと人体から出てはいけない音を出す。

 この人どれだけ体を酷使しているのだろう、とエルフナインは思った。

 

「ではよろしくお願いしますね」

「はい」

 

 そう言ってウェルは立ち去ろうとし。

 

「──本当に、頼みますね?」

「……? はい」

 

 釘を刺すかのようにそう言い──彼は退室した。

 彼を見送ったエルフナインは、部屋に居るのが眠っているマリアと自分だけである事を確認すると、部屋に備えられた注射器を取り出し、そして。

 

「──」

 

 懐から取り出した試験管の中身を入れると──そのままマリアに突き刺し注入した。

 

 

 ◆

 

 

「むう。結局現れたのは翼さんたちの所だけだったデス……」

 

 食堂にて、セレナ、クリス、調、切歌は食事を摂っていた。

 そんななか、不満を零すように呟くのは切歌だった。

 彼女もクリスと共に要石を守る任務についていただのが、敵は現れず。

 意識を失っているマリア、謹慎中の響、そしてそれに付き添っているコマチの分まで頑張るつもりだったのだが、不完全燃焼で終わってしまった。

 

 それを見て咎めるのはクリスだった。

 

「駄目だよ切歌。無茶をしたら。アナタはまだ体が……」

「──大丈夫デスよ。最近は調子良いデスし、訓練だって絶好調デス」

「でも、いつもそうとは限らない」

 

 クリスは食い下がらず続ける。

 

「前回の任務だって、本当なら本部で待機していた方が良かった筈。幸い敵が現れなかったから──」

「──でも」

「切歌、焦らないで。アナタは──」

「──余計なお世話です!」

 

 切歌が机をバンっと叩いて立ち上がり叫ぶ。

 そしてキッとクリスを睨み付けて言い放った。

 

「そんなにアタシが邪魔デスか!? そんなにお荷物デスか!?」

「そんな事……! わたしは、ただ──」

「──アタシはキリカじゃないです」

「──っ!」

 

 クリスの言葉が詰まり、切歌は今のいままで抱いていた不満を言い放つ。

 

「アタシを通してあの子を見るのは辞めて欲しいデス!」

「違う、そんなつもりじゃ──」

「──失礼するデス!」

 

 言いたいだけ言うと、切歌は食堂を飛び出し。

 

「切ちゃん!」

 

 その後を調が追いかけていき。

 食堂に残されたセレナは気まずそうに、クリスは辛そうな顔をしていた。

 

 

 第十一話「誰が為の気持ち」

 

 

「おや、どうかなさいましたか?」

「ウェル博士」

「博士じゃありません。助手です……それで、何故クリスさんはそんなに落ち込んでいるので?」

「……実は」

 

 セレナは、一度クリスに確認を取ってからウェルに先ほど起きた事を話した。

 話を聞いていた彼は、時折頷きながらも最後まで聞き、そして。

 

「まぁ切歌くんの言う通りですね。クリスさんはキリカくんと彼女を同一視している」

「……」

 

 否定したいができず、ぐうの音も出ないクリス。

 相変わらず直球で物事を言うなぁとセレナが、ウェルをジトっとした目で見る中、ウェルは続ける。

 

「まぁ無理も無いでしょう。同じ遺伝子ですし」

「うわ、サイエンティスト……普段愛とか言っている癖に」

「だからこそ、ですよ。人の感情はそう単純ではありません。何せ目に見えず、しかし確かに存在している」

「……」

「それで、どうするのですか?」

「──え?」

 

 ウェルの言葉に、クリスが俯かせていた顔を上げる。

 

「このままという訳にはいかないでしょう。これからも顔を合わせる訳ですし。それにクリスさんも切歌くんもお互いに相手を好ましく思っている。だったらさっさと謝り合って仲直りしてください」

「──」

「それとも、彼女のことは嫌いですか? キリカくんの代わりでしかないのですか?」

「──そんなことない!」

 

 わたし、行ってきます。そう告げるとクリスは食堂を走り去り、切歌の後を追った。

 それを見送ったセレナは、ウェルに言う。

 

「相変わらず口は悪いですけど優しいですね」

「僕は自覚ないのですが……セレナさんが言うのならそうなのでしょうね」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味です。僕の口調に釣られて深読みし、人を悪者扱いして──悲しいです」

 

 そう言ってククク……と笑う。

 この笑い方も勘違いされる原因なんだよな、とセレナはため息を吐いた。

 

 ちなみに、ウェルとの交渉で深読みし自爆した者が過去におり、裏社会では割と恐れられていたりすウェル。

 ちなみにフロンティア事変の時にセレナが感じた悪寒は生理的なものであり、調も「あいつは女性に嫌われるのが得意」と言わしめるほど。

 ウェルは少し泣いた。セレナも謝った。

 

「クックックッ……少女たちには笑顔が一番似合いますからね」

「はぁ……」

 

 おそらくこの先も勘違いされていくんだろうな、とセレナは思った。

 

 

 ◆

 

 

「切ちゃん……」

「……」

 

 とある神社にて、切歌はベンチに座りいじけていた。

 彼女を追ってきた調は息を切らしながら彼女の隣に座る。

 

「分かっているデスよ、アタシが焦っているのは。それを見咎めてクリス先輩が心配しているのも」

「……」

「そして何より、あの子の代わりにって一番思っているのは──アタシ自身です」

 

 戦闘能力で言えば、切歌はキリカの足元にも及ばない。

 それだけキリカは強く調整されており──調の為に頑張っていたという事だ。

 ──命を賭けるくらいには。

 

「アタシでは、あの子のように調を、みんなを守れないデス。でも、それでも──」

「切ちゃん」

 

 彼女の名を呼び、そっと頬に触れる調。

 切歌は、彼女を見上げ、視線と視線が交じり合う。

 

「わたしが切ちゃんの事が好きなのはキリちゃんの代わりじゃなくて、切ちゃんだから。

 キリちゃんが居なくなって悲しんだのは、切ちゃんの代わりじゃなくてキリちゃんだったから」

「調……」

「代わりなんてなれないんだ。わたしは二人とも大好きだから。それぞれ個人として──だから」

 

 切ちゃんは切ちゃんらしく頑張ってほしい。

 そして、そのお手伝いをしたい。

 

「クリスも、切ちゃんと仲良くしたいんだ。キリちゃんとしてではなく」

「……」

「だから、ね? どうか許してあげて欲しい──そして改めて仲間として、友達として戦っていこう」

 

 調の言葉に、切歌は頷き──。

 

「──見つけたゾ」

 

 カーボンロッドが切歌たちに向かって放たれ、二人はその場を跳んで避ける。

 賽銭箱が破壊され、小銭がばら撒かれ──それを踏みしめながら現れたのは──ミカだった。

 

「お前は、あの時の……!」

「正直、残っているのがお前らなのは不満だけど──楽しませてもらうゾ!」

 

 カーボンロッドを両手に突っ込んで来るミカに対して、二人は胸の歌を唄う。

 

「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

 

 シュルシャガナとイガリマ──ザババの二振りの刃が戦場に舞い降りる。

 切歌は、イガリマの鎌を構えてミカの一撃を受け、しかし力負けし吹き飛ばされる。

 

「っ……!」

「貧弱だゾ!」

 

 追撃を試みるミカだが、行く手を遮るようにして調のドローンロボが立ち塞がる。

 

「こんなもの!」

 

 しかし、カーボンロッドで簡単に弾き飛ばすと、狙いを今度は調に向ける。

 持っていたカーボンロッドを投げつけ、それを調が避けながら頭部の装飾を向けてレーザーを放つ。

 

「弱いゾ!」

 

 ミカが手を掲げてレーザーを受け止め、炎を噴出し打ち消す。

 ニヤリとミカが笑みを浮かべ、その背後を切歌が取る。

 

「遅いゾ!」

「が!?」

「切ちゃん!」

 

 イガリマの鎌が当たる前に、ミカが切歌を殴り飛ばした。

 切歌の肺から空気が強制的に吐き出され、調が叫びながら空を飛び受け止める。

 

「隙だらけだゾ!」

 

 そんな二人に対してミカがカーボンロッドを二つ掌から射出し──切歌と調は撃ち落される。

 地面に落ち、倒れ伏せる二人。

 ダメージを受け苦痛に顔を歪める彼女たちに、ミカが言い放つ。

 

「さっさとアカシアの力を使えよ。じゃないと勝負にならないゾ」

 

 ミカの言う通り、アカシアの力を使わなければ彼女は倒せない。

 しかし、調と切歌には一つの懸念事項があった。

 ──二人は、他の装者に比べてアカシアとの思い出が少なく、弱い。

 だから何処か、アカシアの力を使えないのではないか、と思っていた。

 

「来ないなら、こっちから──」

 

 ミカが突撃しようとし──遠くから飛来した弾丸が、彼女を弾いた。

 

「ぎゃあ!?」

「今のは……」

 

 先ほどの赤い軌跡に見覚えがある切歌の元に通信が入る。

 

『切歌、調、無事!?』

「クリス先輩!」

『さっきはごめん。でも今は──』

「いえ……アタシも言い過ぎたデスよ──ごめんなさいクリス先輩」

 

 彼女の謝罪に、クリスは驚き、通信先で首を横に振る。

 

『ううん。わたしのお節介があなたを傷付けた。なら──』

「これからもお節介しても良いと思うよ」

 

 通信に割り込んで、調がクリスの言葉を遮る。

 

「完璧な人間なんて居ない。みんな助け合って生きている。わたしだってそう。あのバカ助手にはたくさん助けられている──だからこそ、わたしは月読調としてここまで生きてこれた」

「そう、デスね……アタシは焦っていたデス。あの子の代わりになろうと」

 

 でも。

 

「これからは、たくさん世話をかけるデス! そして今度はアタシがみんなを助けていくデス! その為にも──」

「わたしも、ダルいけど、切ちゃんが頑張るなら頑張る。でも、途中で良く息切れするから。その為に──」

 

 ──どうか、これからは一緒に歩いて行こう。支えながら、押しながら、引っ張りながら。

 そしてこれからたくさんの思い出を──。

 

『分かったっ。一緒に戦おう!』

 

 クリスが力強く彼女たちの想いを受け止め──シュルシャガナとイガリマから光が、力が溢れ出る。

 

「──コマチ」

「──ホント、お人好し」

 

 彼もまた、彼女たちの力になりたいと、呼び掛けに応えた。

 二人はそれぞれのギアに触れ──これから紡がれていく思い出を胸に力を解放する。

 

「変幻自在、銀色の力!」

「魂を抱いて進む、緑色の力!」

 

──シュルシャガナ・バリエーションシルバー。

──イガリマ・グリーンソウル。

 

 調のギアが銀色に変わり、しかしすぐに元の色に戻る。さらに彼女が座っていた球体浮遊物が解けて流動化し、さらにドローンロボもその姿を鳥や犬、変幻自在に姿を変える。

 硬く、一定の形を持たない鋼の力──それが、調が得た新たな力。

 

 切歌のギアもまた、姿を変えていた。

 手に持つ鎌には蔓が巻き付き補強され、身にまとったギアにも所々蔓が巻き付き、そして綺麗な花を咲かせていた。

 さらに、切歌が足をつけた場所から生命力が溢れ出し、草が生える。

 その草は切歌の身を癒し──常に最高の状態を保つ優しい力だった。

 

「感じるゾ! 強い力! 楽しませて貰うゾ!」

 

 ミカは空中に飛び上がり、たくさんのカーボンロッドを召喚させて調たちに向けて放つ。

 しかし──調の操る鋼が二人を覆うように展開され、カーボンロッドをすべて弾いた。

 

「なんだそれ!? 柔らかいのか硬いのかどっちなんだ!?」

「両方よ」

 

 グニャリと蠢き、ミカに巻き付く鋼。

 ミカは悲鳴を上げて地面に落ち──その瞬間、飛び出した植物の根がさらに縛り上げる。

 

「んな!?」

「地に触れていれば、相手が何処にいるのか分かるデス──だからこうして捕まえられるデス」

 

 切歌がググっと鎌を構え、調がレーザーを打つ構えをし、遠く離れた地でクリスがライフルを構える。

 

「くそ、逃げ──」

「させないデス! アタシが切り刻んで!」

「わたしが大穴開けて」

『最後に、蒸発させる』

 

 絶対に逃げられないミカに対し、三人はそれぞれ技を放った。

 

 

 ──草刃・Heンゼ流tお愚Reエテ流。

 ──禁巧β式・斬滅砲マシーナリー。

 ──BLAST BARN。

 

 新緑の刃が、レーザーが、炎の一撃がミカを包み込み──爆発した。

 

 

 ◆

 

 

「切歌、その……」

 

 戦いが終わり、クリスは改めて切歌と向き合っていた。

 しかし、こうして相対するとクリスはもじもじし始めて。

 

「切ちゃん、で良いデスよ」

「っ、それは……」

「アタシとも仲良くして欲しいデスよ──クリス先輩」

 

 そう言って手を差し伸べる彼女は、クリスの記憶の中にある彼女と同じで──同時に新たに刻まれた思い出だと強く思った。

 

「うん──もちろん」

 

 クリスが照れながらも手を握り締めると、テンションが上がった切歌がそのまま彼女に抱き着き、二人仲良く転んで倒れた。

 そんな二人を調は苦笑しながら見て──。

 

(それにしても)

 

 三人で撃った爆心地を見て、一人違和感を覚える。

 

(──本当に、倒したの?)

 

 一瞬だけ調の目には──ミカとは別の赤い影と黒い影が見えた。

 

 

 ◆

 

 

 ポタポタと、血が垂れる。

 黒騎士の手に持つ魔剣は赤く染められていた──ミカを助けるために割り込んだブースターの血によって。

 

「やはり、オートスコアラーを助けに入る瞬間が一番隙がありますね」

 

 そんな黒騎士を見ながら、独り言を呟く者が居た。

 

「普通に追い掛け回しても、巧みに逃げ、隠れ、そしてキャロルを守る。

 アカシア・クローンとキャロルの組み合わせには、僕にも苦労させられました」

 

 その影は思い出す。

 アカシア・クローンを斬るために襲ってもキャロルが邪魔をし、キャロルを斬ろうとしてもアカシア・クローンが邪魔をするその光景を。

 

 しかし、装者がオートスコアラーを破壊せんと追い詰めたその時──アカシア・クローンは主の静止の声を振り切って飛び出し、黒騎士の餌食となる。

 

「所詮は獣。知能がないから何度も同じ手にかかる」

 

 ──しかし、それは否。

 罠だと分かってでも、彼らはオートスコアラーを、家族を救いたいから飛び出してしまう。

 それを黒騎士は分かっておらず、影の口からは、彼らを罵倒する言葉が吐き出される。

 

 黒騎士が、剣についた血を、今しがた手に入れた炎で蒸発させる。

 そして、テレポートジェムでミカの後を追い。

 

 

 ◆

 

 

「──ふう。あともう一息です」

「何を言っているんです? まだまだこれからですよ?」

「あ、そうですね。ごめんなさいナスターシャ教授」

 

 エルフナインは、笑みを浮かべてナスターシャに謝り──響のギアの調整を行った。

 

 



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第十二話「本当のアナタ」

「響!」

「未来……」

 

 謹慎されて響だったが、本日を以て解除された。

 彼女が本部に居る間、オートスコアラーは変わらず活動し、キャロルの姿も何度か確認された事により、彼女のスパイ容疑は晴れた。

 

 加えて。

 

「コマチもありがとう。ずっと響の側にいてくれて」

「ブイ!」

 

 コマチが響の側から離れなかったのも理由の一つだった。

 響の不在により、貴重な戦力であるコマチが動かない。これは国連の間でも問題視されていた。さらに例の宗教団体がこの件について介入してきたのも大きかった。

 

 ともかく、解放された響は未来から(本来はスタッフの仕事だが、未来の懇願により変わって貰った)通信端末やギアのペンダントを受け取り──。

 

「……っ」

 

 響は、自分の携帯を見て顔を強張らせた。

 着信がある。送り主は──響の父親。

 響は、それを見て──知らず知らずのうちに生唾を飲み込む。

 

「──ついに来たか」

 

 響は──開放されて早々休暇を取る。それと同時に報告をした。

 敵の仲間を捕まえることができるかもしれないと。

 

 

 第十二話「本当のアナタ」

 

 

 ファミレスにて、俺は響ちやん、未来ちゃんと共にあのホームレス──じゃなくて、響ちゃんのお父さんを待っていた。

 メールで今日、この場所を指定して来たからだ。

 

「話す事なんて、無いのに……」

「響……」

「それに『覚悟は決まった。今日なら会える』って……何様のつもりなんだろう」

 

 時間が経つにつれて響ちゃんの機嫌が悪くなっていく。

 それを未来ちゃんと連携して両隣に座って落ち着かせているが……爆発するのも時間の問題かなぁ。

 

「というか、何でわたしの連絡先知ってるんだろ……未来教えた?」

「いや、そんな事していないけど……」

 

 いやー、不思議なこともありますね! 

 何はともあれ、話す機会が得られたのは良いことだ! 

 そういえば、エルフナインが執拗に何処に行くのか聞いていたな……結局、SONGもすぐに動ける様にモニターで見るって聞いて納得してたけど。

 

 ──お、来たみたいだ。

 

「響……」

「っ……」

 

 洸さんの声に、響ちゃんはピクリと体を震わせて、そしてジロリと彼を見る。その視線に洸さんはたじろぐが、それでもグッと視線を逸さなかった。

 それにより、逆に響ちゃんの方がたじろぎ、視線を逸らし同行者を見る。

 

「来たんだ……」

「ああ。エーフィも来て貰っている。……まさか、今更やはりダメだと言わないだろうな?」

「──はぁ?」

 

 何のことだと響ちゃんが、キャロルを怪訝な目で見る。

 それに対し、キャロルも眉を顰める。

 

 おっと、これはまずい。

 

「そもそも、そちらから──」

「ブイブイブ──イ!!」

 

 まぁまぁお二人とも! せっかく集まったんだから席に座って話をしよう! ね? ね? 

 

「……なるほど、そういう事か」

「──コマチ?」

 

 おっと、どうやら俺の冒険はここまでのようだ。

 ここはセーブをして一旦電源を切って退散しよう。時間が解決してくれる。

 俺はピョンっと跳んでこの場を去ろうとし──サイコキネシスで囚われた。

 って、何してくれてんの!? 

 

「よくやったエーフィ」

「フィー」

「コマチ、怒らないから正直に言って? 怒らないから」

 

 じゃあ何で二回言ったんですかね? 

 

 

 ──キャン! 

 

 

 

「なるほど、立花響の母から連絡先を聞き、洸に連絡したと」

「コマチ、何でこんな事を……アンタらしくないよ」

 

 キャロルちゃんが納得し、響は怒りの表情ではなく困惑し切った顔で聞いて来た。

 

 いやだって、響ちゃん何度も話がしたいって言っていたじゃん。

 

「──っ」

 

 これが本当に響ちゃんを傷付ける結果に繋がるのなら、君が望まないのならしなかった。

 でも響ちゃん。メールを見た時──嬉しかったんだよね? 洸さんが歩み寄って来てくれたって喜んでいたよね。

 

「……」

「響……!」

 

 だから響ちゃん──一緒に一歩踏み出そう。

 

「わたしも一緒だよ響」

「コマチ、未来……」

 

 響ちゃんは俺と未来ちゃんを見て──洸さんと向き合った。

 

「改めて──話がしたい」

「ああ、俺もだ」

 

 こうして、二人の会談が始まる──。

 

 あ、その前に。

 俺はでんじはとサイコキネシスを使って、近くの監視カメラにちょいと細工をする。これでSONGは変わらない映像を見続けるだろう。

 

「コマチ?」

 

 親子喧嘩を他の人にジロジロ見られるのは嫌でしょ? 

 おやっさんには俺が怒られるから思いっきりぶつかってこい! 

 

「──ありがとう」

 

 

 ◆

 

 

 響はそう言って、洸を見る。

 

「お父さん。わたし、大変だった。学校で虐められて、家に帰っても石を投げられて、生き残った事を否定されて……そして」

 

 疲れ切った祖母と母の顔を見て、

 響は逃げ出したと言った。

 

「結局同じなんだ。お父さんと」

「……」

「耐えられなくなったから、全部捨てて逃げた──大嫌いだと思ったお父さんと!」

 

 ダンッと響がテーブルを叩く。

 

「ねぇ、何でわたしと会おうと思ったの? わたしが全部悪いのにお父さんのせいだって言って、八つ当たりだと自覚しながらお父さんを許せないって思ってて、でも、心のどこかで期待して勝手に失望している──こんな、醜いわたしに!」

「──」

「今のお父さんを見ていると、胸のところがクシャクシャするんだ。昔はあんなにカッコいいと思っていたのに、わたしが足引っ張って、奈落の底に落として──」

「響」

 

 そっと洸が彼女の肩に触れようとして──バッと振り払う。

 拒絶、ではない。

 恐怖、からだろう。

 自分のせいでまた父を傷つけ──また目の前から逃げられることが。

 その事を理解している洸は、自分の手と響を見る。

 

「……」

 

 そんな彼を、キャロルが横でジッと見ていた。

 その目には──彼に対する疑いの色は無かった。

 

「響──」

 

 彼が、己の娘に胸の内を曝け出そうとした瞬間──強い衝撃が襲いかかり、悲鳴と轟音が響き渡る中……響は何かに包み込まれた。

 

 

 ◆

 

 

「コホコホ。何が起きて……」

 

 エーフィとコマチ、そしてキャロルが咄嗟にそれぞれの力で店内に居た人々を守った結果、死人はでなかった。

 未来もまた彼女達に守られており、舞う砂塵に咳き込んでいると。

 

「お父さん! お父さん!」

「っ、響!」

 

 親友の切迫詰まった声に未来は駆け出し──そこで、頭から血を流して響に縋られている洸の姿があった。

 どうやら、先ほどの衝撃の際に響を庇ったらしい。

 

「ひ、ひびき……無事か……?」

「何で……何でわたしを、わたしなんかを……!」

 

 泣き叫ぶ響の頬に、洸の手が触れる。

 今度は──振り払われなかった。

 その事が、彼は凄く嬉しかった。

 

「──娘を守らない父親なんて、居ないさ」

「──」

「でも、俺は一度、見捨て──」

 

 そこまで言って、洸の手から力が抜け落ちる。

 

「お父さん! おとう──」

「どけ!」

 

 錯乱する響を押し除け、キャロルが洸を視る。

 険しい表情を浮かべていたが、しばらくすると深く息を吐く。

 

「気を失っているだけだ。治療すれば命に別状はない」

 

 彼女の言葉に皆がホッとし、響はようやく落ち着きを取り戻した。

 

「本当……?」

「こいつには借りがある。それを返すまで死なせはしないさ──だが、その前に」

 

 キャロルが、砂塵の向こうに居る誰かに、覇気の籠もった声を突き付ける。

 

「お前の仕業か? ──呪いの塊」

 

 現れたのは──黒騎士。

 彼の騎士の登場に、全員身構え。

 

「──いえ、僕がやりました。キャロル」

 

 しかし、続いて聞こえたその声に、その姿にひびきも、未来も、コマチも──信じられないと目を見開く。

 

「──やはりお前だったか」

 

 ──ノエル。

 

 SONGにてエルフナインと名乗り、そう呼ばれていたホムンクルスは、同じ顔をしたオリジナルにそう呼ばれた。

 

 

 ◆

 

 

「ノエル? コイツはエルフナイン──」

「いや、こいつは正真正銘ノエルという名を持つホムンクルスだ──なるほど、そういう事か」

 

 キャロルは全てを理解した。

 

「お前は、エルフナインと名乗りSONGに取り入った」

 

 彼が何者なのか。それを正しく理解する者はSOGOには居なかった。

 何故なら、彼がエルフナインと名乗ったから、皆は彼の事をエルフナインと認識し、そう呼んでいた。

 本物であるとか、偽物であるとか、それ以前の問題だった。

 ただ、真実なのは──エルフナインと騙り、暗躍していたという事。

 

「効率良く進めた訳だな──万象黙示録の準備を」

「ええ。オートスコアラーと黒騎士だけでは、あなた達を追い詰める事ができませんでしたからね」

 

 だからこそ、シンフォギア装者を使った。

 彼女達とオートスコアラーの戦い。必ず介入してくるアカシア・クローン。そしてそれを斬る黒騎士。

 

 何もかもがノエルの計画通りだった。

 

「ちょっと待って。アナタはキャロルを止める為に──」

「ええ、彼女を止めるつもりでしたよ──世界を壊す為の歌の書き換えを」

 

 ノエルは、かつてキャロルは万象黙示録を為そうとしている事を伝えた。

 そして、キャロルを止めるのを手伝ってくれと言った。

 

 彼の言葉に嘘は無い。しかし真実は無かった。

 だからこそ、マリアすら欺けた。

 

「マリアを斬ったのは、お前か!」

「──そう受け取って頂いても構いません」

 

 彼の物言いに、響の頭に血が昇る。ただでさえ父の事で心が乱されているのに、さらなる真実で荒れに荒れている。

 

「しかし解せんな」

 

 そこに、冷静なキャロルが指摘する。

 

「その黒騎士はダインスレイフを元に動いているようだが──力を、アカシア・クローンの力を吸い取る能力は無かったはず」

 

 だからノエルが事を為すには時間が掛かると認識し──裏を掻かれた。

 

 キャロルの言葉に、ノエルは笑みを浮かべて黒騎士に指示を出す。

 すると黒騎士は鎧の胸元を開けて──心臓部を見せる。

 それを見たキャロルは──否、響とコマチは驚愕の表情を浮かべた。

 何故なら、そこにあるのは──。

 

「──ネフィリムの心臓!?」

「堕ちた巨人か。確かにそれなら……だが、それを何処で?」

「──バビロニアの宝物庫にありましたよ」

 

 事も無げにノエルは答える。

 

「フロンティアにてバビロニアに通じる道が開いていましてね。回収させて頂きました」

 

 ノエルは、ネフィリムの力でアカシア・クローンを吸収し、万象黙示録を発動させる為のエネルギーを蓄えていた。

 

「コイツのアカシアへの怨念は素晴らしいですよ。ダインスレイフと合わさって、出力が増しています」

 

 そして、あと一回──エーフィのエネルギーを吸い取る事でエネルギーは溜まる。

 後は、キャロルを斬る事で譜面を作り、オートスコアラーを斬れば世界を壊す為の歌が発動する。

 

 だが、その前に。

 

「響さん。僕と一緒に来ませんか?」

「──なに?」

 

 ノエルが手を差し伸ばす。

 

「アナタは世界に呪われているとしか思えない。そんなアナタだからこそ──」

「──ふざけるな!」

 

 しかし響は叫んでその誘いを蹴り飛ばす。

 

「確かに辛い事ばかりだった──でもそれ以上に大切なものに気付かされた!」

 

 日陰と陽だまり。

 そして遠い記憶に居た父の姿。

 

「わたしには、まだ生きていたい理由がある!」

「残念です……キャロル、あなたは?」

 

 響に断られたノエルは、次にキャロルを見る。

 

「同じ記憶を持つアナタなら、いい加減目を覚ましている筈です──パパの無念を晴らしましょう」

 

 スッと伸ばされる手を──キャロルは振り払った。

 

「オレの答えはあの時と変わらん。

 ──オレは世界を識りたい。その事を気づかさせてくれたこいつらに報いたい。だから──今、世界を壊す訳にはいかない」

「つくづく残念です──理解ができません」

「──それにな、ノエル」

 

 キャロルはチラリと黒騎士を見て。

 

「オレはもう取り零したくない──全員救ってやる。オートスコアラーも、お前も!」

「──戯言を。全員纏めて魔剣の餌食にしてやる」

 

 ──世界を賭けた戦いの序章が、今幕を開けた。

 




以下、解説。

第三話より。
 今はSONGが用意した服を着ているエルフナインに向かってクリスが問い掛ける。
 どうやらあの時の姿が衝撃的だったらしく、エルフナインに尋ねていた。
 それに対して、オートスコアラーからの追撃を免れる為、と答えた。
 それを聞いたクリスが、趣味ではない事が分かりホッとしていた。

ノエルは見た目青年っぽく、逃げていた時はSONGに保護されやすくする為少女の姿だった。
故にクリスが聞いたのは原作のあのハレンチチックな姿ではなく、少女から青年姿になったノエルに対しての趣味なのか?という言葉
もしハレンチチックならクリスは赤面してるが、ここではしていない。

第七話より

 そういえば、エルフナインは来ないの? 
 
「断られちゃった」
「でも正直助かったかも……恥ずかしいし」

性別が無いとはいえ、青年姿のノエルと海に行くのはちょっと……なクリス。

黒騎士登場後、出てくるエルフナイン(ノエル)

黒騎士を操っていたのがノエルだから。SONGの機器でアカシア・クローンの反応を検知してすぐに現場に向かっている。その時の理由は心配だったから、と言っている。

黒騎士が必要以上にアカシア・クローンを虐めてる理由

ダインスレイフが呪いでブーストしてるのがネフィリムの悪感情だから。

こんな感じです。
ちなみにGX前日譚で、あたかもヒトデナシがフロンティアに行ってバビロニア庫に入って、ネフィリム回収して、フロンティア沈めたように見えますが

?????

ノエル、フロンティアからバビロニア庫に入りネフィリム回収して離脱

アダム、フロンティアからバビロニア庫に入りネフィリムとソロモンの杖探すも見つからず、フロンティア沈める。そして帰る。

????


となっています。


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第十三話「取り戻す為の戦い」

 

「ブイ!」

 

 コマチがテレポートを使い、非戦闘員を遠くへと、SONGのスタッフ達が居る場所へと飛ばす。

 そんな中、未来は響に言った。

 

「響、お父さんは任せて。だから──」

「うん、ありがとう──」

 

 短いやり取りの後、戦場に残ったのは響、キャロル、コマチ、エーフィのみ。

 相対するのは災厄の呪いを撒き散らす黒騎士と、それを操る奇跡の破壊者と成り果てたノエル。

 ノエルの錬金術が発動し、黒騎士に力が注ぎ込まれる。

 目が怪しく光り──黒騎士は一飛びでエーフィの目の前に立ち、魔剣を振り下ろした。

 

「──!」

 

 しかしそれを、コマチがサイドチェンジで場所を入れ替わり、まもるを使って受け止める! 

 

「ブイ!」

 

 コマチが叫び。

 

「はあああああああ!!」

 

 響が素早く反応し、黒騎士の背後から殴り飛ばす。

 ビルを三つほど貫通して黒騎士は瓦礫の山に埋め尽くされる。

 

「ノエル!」

 

 一方キャロルは、錬金術を行使しノエルを捕らえようと試みる。

 それにエーフィのサイコキネシスが加わる。

 黒騎士と引き離した今がチャンスだと、彼女は考えている。

 しかし、それは──黒騎士がテレポートジェムでノエルの前に現れる事で覆される。

 魔剣の一振りでキャロルの錬金術を振り払い、身に余る悪意でサイコキネシスを無効化する。

 

「そのアカシア・クローンで最後なのです──大人しく斬られなさい」

「誰が!」

「させはしない!」

「ブイ!」

 

 戻ってきた響たちがキャロル達の隣に立つ。

 それを見たノエルは内心歯噛みする。

 アカシアとシンフォギア装者に、キャロルとアカシア・クローン。

 なかなかどうして切り崩せない。

 ノエルの奥の手を使えば彼女達を倒す事ができるが、後の事を考えると今は使えない、と彼は考えた。

 

 故に──少しだけ妥協する事にした。

 

「黒騎士、少しだけなら許可します──蹂躙しなさい」

【──】

 

 ノエルの許しを得た黒騎士は──魔剣に炎を纏わせて、そのまま振り下ろした。

 すると、炎を孕んだ竜巻が響達に襲い掛かる。

 それを見たキャロルが叫んだ。

 

「まさか、吸収したブースターの力を!」

 

 前に出て障壁を作り出し受け止めるキャロルの顔は、苦し気に、しかし何より怒りで満ち溢れていた。

 自分を支えてきた優しい家族の力が、利用されている。それだけで頭が沸騰しそうだった。

 コマチとエーフィもそれぞれの力で炎を受け止める。

 

「──ハッ」

 

 その隙を突いて、響が拳圧で炎を掻き消す。

 そして突撃し、黒騎士に向かって腕を振り下ろし。

 

【──】

「! ブイブイ!」

 

 黒騎士が剣を下げるという妙な行動をし、それを見たコマチが危険を察知し、響に警告の声を出す。

 しかし、一歩遅く彼女の拳が叩き込まれ──そのダメージが魔剣に吸い寄せられていく。

 

【──】

「しま──」

 

 そしてそのまま受けたダメージを倍にして、響に叩き込んだ。

 手痛いしっぺ返し。

 鮮血が飛び、ギアの破片が舞う。

 

「ブイブイ!」

「──大丈夫、擦り傷」

 

 駆け寄ってくるコマチにそう返し、響は黒騎士を睨み付ける。

 此処に来て押され始めた。時間が経てば援軍が来るが──それまで持つか。

 

「使うか──」

 

 響は、コマチとの日々を思い出し、新たな力を行使しようとして。

 

「──え?」

「無駄ですよ」

 

 ──何も、沸き起こらなかった。

 どうしてと戸惑うなか、ノエルは言う。

 

「アナタが謹慎されている間に、ギアからアカシアの力は抜き取っておきました。ウェル博士やナスターシャ教授が気が付かないように器だけ残していますが──中身が無いのなら意味がない」

「……っ」

「感謝してくださいね。アナタだけは最後までその力を忌避していましたから」

 

 彼女のガングニールにはアカシアの記憶が無い。

 だから響は孵化する事ができない。

 戦う為の想いを──盗られてしまっている。

 その事にギリッと奥歯を噛み締める響をノエルが嘲笑し──。

 

「随分と警戒しているんだな、立花響を」

「──なに?」

「奴はフロンティア事変の際に、アカシアの力を失った──にも関わらずお前は奴を警戒していた」

「……」

「──恐れているのだろう立花響の可能性に。

 そして、それと同じくらいオレは賭けている!」

 

 キャロルの錬金術が発動し、エーフィが彼女に向かってシグナルビームを放った。

 

「何を」

 

 ノエルが怪訝な表情を浮かべ──黒騎士の背後に現れた紋様からシグナルビームが射出される。

 

「な──」

【……!】

 

 ギチギチと嫌な音を立て、黒騎士が吹き飛ぶ。

 貫通させる事はできなかったが、しっぺ返しを行った後の、悪意に囚われている黒騎士になら、この技は効く筈だった。

 

「終わらせるぞ、ノエル!」

 

 手に力を溜めてエーフィと駆け出すキャロルだったが。

 

「! フィー!」

「っ! お前、何を──」

 

 途中、エーフィに体当たりされて態勢を崩し──パタッと赤いナニカが彼女の頬に触れた。

 エーフィの血だった──キャロルを庇い、飛来する魔剣に貫かれた為に。

 

「エーフィ!」

 

 キャロルが叫ぶなか、魔剣から腕が、鎧が、呪いが形成されていく。

 見た目で誤解されがちだが、黒騎士の本体は魔剣ダインスレイフ。逆再生のように黒騎士が現れ、血濡れのエーフィから剣を抜き──再び突き刺す。

 エーフィの悲鳴が上がった。もう、エネルギーは吸収したというのに。

 

「エーフィ! この!」

「っ……!」

「ブイ……!」

 

 黒騎士に向かって、三人が攻勢に出る。

 それを見たノエルが言った。

 

「全てのアカシア・クローンを吸収したのです──良いのですか? 無警戒に近付いて」

 

 黒騎士から八つの光が溢れ出し──炎が、水が、雷が、吹雪が、草刃が、妖しい風が、念力が、悪意が解き放たれた。

 世界を壊す為のエネルギーが彼女達を襲い──倒れ伏した。

 

 

 ◆

 

 

「ブ、ブイ……」

 

 い、いてえ……まもるを使い過ぎて自分で防ぐ事ができなかった。

 それに響ちゃんとキャロルちゃんへのダメージも……。

 

 でも、この子は守る事はできた。

 

「フィー……」

 

 なんで助けたか? って。

 そんなの、君の事を助けたいって、大事だって言って泣いている人が居たからだ。

 

「──」

 

 今は回復に努めてくれ。消えたらキャロルちゃんが──。

 

「うるさいですね」

 

 ──グサっと刺される感触が、俺の体に走る。

 痛いと思う前に──苦しいと思った。

 どんどんどんどん体の力が吸われていく──これ、が……! 

 

「……流石はオリジナルですね。アカシア・クローンの九匹分はあります。おかげで消費した分は賄えました」

「コ、マチ……!」

 

 響ちゃんの声が聞こえるが、応える事ができない。

 それどころか、剣を抜かれて血がダクダクと流れ出ている。

 

【──】

 

 さらに、黒騎士が俺に剣を振り被っているのを感じる。

 それを止めようと響ちゃんが必死に起き上がろうとしているのを感じる。

 どうにか、しないと──。

 

「──もう、十分でしょう」

 

 しかしその前に、ノエルが黒騎士を消した事で、斬られる事はなかった。

 ノエルは魔剣を持つと、倒れているキャロルを抱える。

 

「フィー……」

「無駄ですよ。もう万象黙示録は止まりません──世界が壊れるのを静かに待っていると良い」

 

 それだけ伝えるとノエルはジェムを地面に叩きつけ──。

 

「ちっ……お前らだけでも……!」

 

 その前にキャロルちゃんが、七つのジェムを放り投げ──ダメージを負って動けないあの子達を逃した。

 

「……アカシア。こいつらの事をたのん──」

 

 そして、最後に俺に向かって言葉を紡ぎ──その途中で消え去った。

 

「ブー……スタァ」

 

 何でオレ達を置いて行ったんだ、と声がする。

 

「シャワ……」

 

 ボク達は、君の役に立てないの? と声がする。

 

「ダ……ース……!」

 

 ワイの力が足りひんのか? と声がする。

 

「リー……」

 

 何という体たらく。武士として情けない……! と声がする。

 

「シア……」

 

 キャロルちゃん、死なないで、と声がする。

 

「フィア……」

 

 ウチ、こんな結末嫌だよ、と声がする。

 

「ブラ……」

 

 一人で背負いこむつもりか、と声がする。

 

「──フィー」

 

 守れなかった、と声がする。

 

 声がする。声がする。……声がする。

 痛いくらいに、悲しいくらいに、耳を塞ぎたくなるほどに──悔やんだ声が。

 

 俺達は、敗北した。

 

 

 第十三話「取り戻す為の戦い」

 

 

「エルフナイン……いや、ノエルは元々キャロルの補佐として彼女の計画を手伝っていたとの事です」

 

 アカシア・クローンから聞いた話をコマチが聞き、それを響に伝えて文章化された報告書をオペレーターの二人が読み上げる。

 

「しかし、魔剣ダインスレイフに触れた事で呪いに犯され様子が可笑しくなり──キャロルと対立」

「そして、秘密裏に準備をしキャロルからありとあらゆる権限を剥奪し──今に至ります」

『……』

 

 エルフナインが、ノエルが裏切り者──否、そもそも仲間と思っていないのなら、裏切りとは言えず。

 彼が黒幕だと知った装者たちのショックは大きかった。

 利用されていたと思うと、怒り、悲しみ、悔しさが募る。

 だが、それ以上に──。

 

「マリア姉さんを刺したのは、ノエルさん?」

 

 セレナの呟きに皆神妙な顔をし──。

 

「彼ではないわ」

「姉さん!?」

『マリア!!』

 

 それを当の本人であるマリアが否定した。

 現れた彼女に皆驚き、セレナは駆け寄り彼女を抱き締めた。

 

「姉さん! 姉さん!」

「ごめんなさいね、セレナ。またアナタに心配を掛けた」

 

 セレナを慰めながら、マリアは他の装者達にも笑顔を向ける。

 

「遅れてごめんなさい。でもこの通り、ピンシャンしてるから」

 

 そのいつもと変わらない姿に皆がホッとする。

 

「それで、さっきの話の続きなのだけど──」

 

 マリアは、自分が刺された日の事を思い出しながら語った。

 

 

 

「ねぇ、エルフナイン」

「はい、なんですか?」

「──アナタの本当の名前を教えてくれる?」

「──っ!」

 

 その言葉にエルフナイン──否、ノエルは心底驚き、誤魔化そうとし……マリアの真っ直ぐとして目を見て諦めた。

 

「……いつから気付いていたんですか?」

「初めからよ」

 

 彼女の言葉に、エルフナインは言葉を失う。

 

「アナタが名前を呼ばれる度に波導が揺らいでいるのが見えた。それ以外は本当の事を言っているのに。それに、アナタの波導とは別の淀んだ波導が見えて何かあると思っていたの」

「……なるほど。それで僕を泳がせていた訳ですか」

「……ごめんなさいね。本当はこんな事したくなかったの」

 

 でも。

 

「誰かを強く想うアナタを、その呪いから助けたかったから」

「──え?」

 

 彼女の言葉に、ノエルは理解できないと頭が真っ白になる。

 

「エルフナインと呼ばれる度にアナタは苦しそうに、そしてその人に対する強い想いが溢れているのを感じた。そして、キャロルに対する怒りと謝罪と悲しみと──たくさんの感情を抱いてその名を呼んでいる事も、全て感じている」

「──」

「ねぇ、教えてちょうだいアナタの本当の名前。そしてできたら、わたしにアナタを救わせて欲しいの」

 

 理解できなかった。敵であるノエルを救おうとするマリアに。

 ……いや、そもそもノエルの事を敵として見ていない。救うべき対象として、手を差し伸べる相手として見ている。

 そんな彼女が眩しく見えて。

 

「──僕は」

 

 ノエルは──突如、マリアに突き飛ばされた。

 

「なに、を──」

 

 そして目の前に広がる光景に──言葉を失った。

 ノエルの背後から現れたのであろう黒騎士が、マリアをその剣で突き刺していた。

 ジンワリと血が滲み、苦悶の表情を浮かべるマリア。

 

【何を絆されている人形】

「──! お前は……」

【やはり所詮は人形。心が移ろいやすく、脆い】

 

 ──ネフィリムだ。

 彼は、ノエルが呪いから解放されるのを嫌って襲撃したようだ。それも、マリアを確実に刺す為にノエルを狙って。

 

「随分、と恐れているのね……わたしの事を」

【ああ、そうとも。その忌々しき波導──感じるだけでイラつく】

 

 魔剣を引き抜き、マリアの腹部から血が吹き出す。

 そしてトドメを刺すべく、剣を構えた。

 しかし、それをノエルが止めた。

 

「よせ、此処で殺したら──」

【人形風情がオレに指図するな】

「ぐあ!」

「ノエル!」

 

 ノエルもまた魔剣で斬られ、そして呪いが蝕んでいく。

 

「あ、が、ああああ……!」

【お前は破壊者としてあり続ければ良い。さもなくば──苦しんで死ね】

「あ、あ、ああああああ!!」

 

 苦しみ悶えるノエルに──マリアがそっと触れる。そして波導を使って呪いを消し……しかし吐血をして途中で止まる。

 

「全ては払えないか……」

【……何のつもりだ】

 

 しかし、マリアはその問いには答えず、黒騎士に近付く。

 それに対し黒騎士は剣を突き付け──マリアは自らの心臓が貫かれるのも気にせず、前に出る。

 

【──!?】

「これで満足でしょう? わたしが死ねば、この事がバレないで済む。この子が苦しまないで済む」

【貴様、正気か!?】

 

 マリアは、ノエルを助ける為に命を賭けていた。

 それが理解できない黒騎士が後退り、しかしその分マリアが前に出る。

 

「だが、忘れるなネフィリム。わたしは死なない」

【──!】

「仲間を助ける為なら、わたしは不死鳥の如く蘇ってみせる。そして、この手でこの子を救ってみせる──貴様のちっぽけな呪いと怒りなど、どうという事はない!!」

【……!】

 

 ──次に相見えるその時まで、その安い心臓守り通してみろ。

 

 その言葉を最後にマリアは──立ったまま気絶をした。

 

「──マリア、さん」

 

 その背中をノエルが見つめて──しかし呪いにより上書きされる。

 

 

 

「と、いう訳よ」

『いや無理し過ぎ!?』

「そうね、ちょっと痛かったわ」

「おい、誰かハリセン持ってこい。痛みってものを教えるから」

 

 マリアの言葉に翼がブチ切れるなか、マリアはコテンと首を傾げる。

 

「でも、絶対に助けてくれると信じてたから」

『──』

「それに、わたしが居なくても負けても立ち上がる──そして救ってくれるって思っていたから。だから無茶もできた」

『……』

「だから、ありがとう」

 

 マリアの言葉に、信頼に、皆が顔を赤くさせて目を逸らした。

 このスタイル以外完璧超人、人誑しの才能もあるらしい。

 

「そう言えば、リッくん先輩は?」

「アイツなら──」

 

 マリアの問いに、響が答える。

 

 アカシア・クローン達の所、だと。

 

 

 ◆

 

 

 ありがとうウェルさん。おかげで元通り! 

 

「アナタのことは調べ尽くしていますからね。そのデータからアナタ専用の回復薬は出来ています」

 

 なるほど〜。

 

「まぁ、劇薬で使えるのは限られますが」

 

 ちょっと???? 

 

「大丈夫ですよ。副作用は絶対ありません」

 

 ……本当ですか? 

 

「ええ──キリカくんに使っていましたから」

 

 ──そっか。それなら大丈夫だな。

 でも……彼らには。

 

「……アナタを基にして造られたとはいえクローン。錬金術は畑違いの為、そう易々と使えません」

 

 じゃあ、体を癒すには。

 

「ええ。自然に治癒するのを待つしか無いですね」

 

 そうか……あ、でもウェルさん。あの方法なら……。

 

「却下です」

 

 なんでー。

 

「そんなの、アナタの負担が大きいからに決まっています。それに、その方法だと回復薬が効きません。今度はアナタが倒れますよ」

 

 でもな──この子達を助けたいんだ。

 

「……はぁ」

 

 ウェルさんはため息を吐いて──部屋を出て行った。

 お、怒らせたかな? 

 そう思っていると、何かが動く気配がした。

 

 あ、起きた? まだ寝てて──聞いてたんだ。

 えっと、それは──で、──を、──するんだ。

 ──ん? うんうん。分かった。

 

 

 ──ああ、約束だ。絶対に君達のご主人様を助けよう。

 



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第十四話「世界を壊すための歌」

「ねぇ、◾️◾️◾️。何故アナタはお父さんと仲良くしているの?」

 

 幼き日のキャロルの問いに、彼は答えあぐねた。

 故に彼は質問に質問で返した。何故、そんな事を聞くのかと。

 

「だって、◾️◾️◾️は人間を嫌いって言っているのに、お父さんとは仲良くしているから」

 

 そう言われて、影は確かに当然の疑問だと頷く。しかし答える気はないと伝え、キャロルはムッと頬を膨らませる。

 それならば、と影の友達について尋ねた。

 

「その人はどんな人だったの?」

 

 彼女の問いに、影は遠い過去を思い出し、そして痛みを堪えるようにして、こう答えた。

 

 ──キミがイザークに対する想いと同じくらいには大切だったさ、唯一の友だからね。

 

 

 ◆

 

 

「今のは……」

 

 目を覚ました時、キャロルは夢を見ていた。

 それは、父の友人──知り合いと交わした日の出来事。

 しかし、想い出の焼却により消えてしまったのか、誰と話していたのか思い出せない。

 額を抑えて胸にシコリを覚えているキャロルに──声が掛かる。

 

「ようやく目を覚ましましたかキャロル」

「っ! ノエル……」

 

 顔を上げるとそこには、黒騎士を伴ったノエルが居た。

 さらに彼だけではなく、離れた場所には──。

 

「レイア、ファラ、ガリィ、ミカ……」

『……』

 

 オートスコアラー達は、表情を変えずキャロルを見ていた。

 逃げ出した際に捕らえる為? 

 それにしては──表情が固く感じる。それこそ人形以上に。

 

「アナタをこの黒騎士で斬り、オートスコアラーを壊せば──歌は完成される。世界を破壊する為の歌が」

「やはり、そうか──」

 

 ──元々、キャロルの計画では、シンフォギア装者に魔剣ダインスレイフを与え、その呪われた旋律をオートスコアラーに刻み込むつもりだった。

 

 しかし、ノエルは別の方法は取った。

 

「カケラを集め、ネフィリムで補強したダインスレイフならば、シンフォギアに頼らずとも呪いの旋律は奏られる」

 

 その為には膨大なエネルギーが必要だが──それはアカシア・クローンにより解消された。

 レイラインのエネルギーも用いれば、問題なく事を進められる。

 さらに、黒騎士のネフィリムでチフォージュ・シャトーを起動させ、ダインスレイフと共鳴させれる事で、歌は世界を包み込む。

 

 キャロルが此処に居る時点で全ての準備は整っていた。

 ノエルが、倒れ伏すキャロルに問い掛ける。

 

「さて、死に行く元オリジナルよ。何か言い残す事は?」

「──オレは、まだ諦めていないぞ! お前を、あいつらを救う事を!」

 

 その言葉にノエルが目を細め、オートスコアラー達がピクリと体を反応させ──それを振り払うように黒騎士がキャロルを斬った。

 

「ぐはっ!?」

「奇跡の殺戮者ともあろうものが──最期の言葉がソレとは、ガッカリです」

 

 黒騎士がさらに斬り付ける。

 

「ああ!?」

「……」

 

 ガリィが酷く詰まらなそうに見ている。

 

「っ……!」

「……」

 

 ミカがソワソワと体を動かし、落ち着かなそうにしている。

 

「うっ……!」

「……」

 

 レイアが眉間に皺を寄せてコインを握り締める。

 

「……!」

「……」

 

 ファラが表情を歪ませて体を震わせた。

 

「……薄っすらと障壁を展開。まだ抗うのですか」

「──とう、ぜんだ……」

 

 血を大量に流しながらも、キャロルは目が死んでいなかった。

 必ず助ける。

 絶対に諦めない。

 ──そう、家族に誓ったのだから。

 

「そうですか──やりなさい黒騎士」

【──!】

 

 ノエルの言葉に従い、黒騎士がトドメを刺そうとし──割り込んだ剣を見てピタリと止める。

 そして振るわれる斬撃を紙一重で回避し、ノエルを掴んで距離を取った。

 

「──ファラ?」

「──申し訳ありません、マスター」

 

 キャロルの前にはファラが立っていた。

 ソードブレイカーで魔剣ダインスレイフを砕き、キャロルを──今まで彼女を殺そうとしていたのが嘘のように、彼女を守った。

 

「派手に鬱憤を晴らす!」

「イライラをぶつけてやるぞ!」

 

 さらに、ミカとレイアがカーボンロッドと大量のコインをノエル達に向けて射出。

 ガードするが砂塵が舞い、しかし黒騎士がすぐに斬り払い、キャロルを守っているファラ事、炎の竜巻をぶちかました──しかし、ファラとキャロルは水となって蒸発して消えた。

 

「ガリィか! ──という事は」

 

 ノエルが視線の先には、穴が開けられた壁があった。

 

 

 第十四話「世界を壊すための歌」

 

 

「お前たち……!」

 

 息を切らし、意識を失いかけているキャロルは、ガリィの腕の中でオートスコアラー達を見る。

 彼女達の表情には──マスターであるキャロルに対する敬愛の情がしっかりと戻っていた。

 どうやら、ノエルの洗脳が解けたみたいだ。

 しかし、何故このタイミングで? 

 

「予兆はありました──彼女達が、我々を呼び起こしたのです」

 

 ファラは、ファラ達は思い出す。アカシア・クローン達が傷付けられた際に感じた不快な感情を。家族が血を流し、悲鳴を上げる光景を。

 

「これは後でシアちゃんとシャワちゃんに怒られちゃいますね」

「ブー太郎にまた髪チリチリにされるのはゴメンだゾ!」

「リーお姉様に叱られてしまいますね」

「私も我が弟に雷を落とされそうだ。妹はフィア嬢に地味ネチネチ言われるな」

 

 全員思い出していた──あの日の温かい記憶を。

 キャロルが俯く。

 頬に何かが流れるが──オートスコアラー達は気付かないフリをしていた。

 

「とりあえず、何とか外に出て──」

 

 レイアは言葉の途中に三人を突き飛ばす。

 それと同時に雷光が迸り──次の瞬間、レイアは黒騎士に魔剣で串刺しにされていた。

 

「レイア!!」

 

 キャロルが叫び──レイアはゴミを捨てるようにして地面に転がされる。

 彼女に駆け寄ろうとし──キャロルは胸を抑えて倒れ込む。

 

「ぐっ──ああああああ!?!?」

「マスター!?」

「これは──まさか!?」

 

 マスターの異変に、ファラ達は察してしまう。

 

「ええ、そうです。儀式は充分だったようで」

「──ノエル!」

 

 忌々しそうにファラが叫び、ノエルはゆっくりと黒騎士の側に寄る。

 ダインスレイフの呪いの力により、キャロルの体の中で呪いの歌が錬成され具現化されようとしていた。

 さらに、レイアが斬られたことにより──世界の破壊は加速した。

 

「お前ら、此処から逃げろ……!」

「そうしたいのは山々なんですけど、そう簡単に逃げさせてくれそうにないですよ」

 

 ガリィの言う通り、黒騎士はその目を怪しく光らせて──にじり寄って来ていた。

 それを見たミカは──一人突貫する。

 

「ファラ! ガリィ! 後は頼んだゾ!」

「ミカ!?」

 

 ミカは、自身の想い出を、駆体を燃え上がらせる。

 バーニングハート・メカニクス。彼女の切り札であり──捨て身の力。

 

「──っ。行きますよマスター!」

「だが、ガリィ!」

「──あの普段何も考えていないミカが! 覚悟を決めているのです! ……無駄にさせたくないのです」

 

 そう告げると、ガリィはキャロルを抱えてファラと共に逃げる。

 それを追おうとする黒騎士の前にミカが立ち塞がる。

 

「お前の相手はあたしだゾ!」

 

 ミカは、皆とは違う腕を振りかざして黒騎士に立ち向かう。

 

「ごめんだゾ、ブー太郎! もう会えないと思う──大好きだったゾ!」

 

 ──ミカは黒騎士と戦い、そして燃え尽き……呪いの旋律を奏でた。

 

 

 

「ちょこまかとアルカ・ノイズ風情が!」

「時間が無いというのに!」

 

 ガリィ達はアルカ・ノイズによって足止めされていた。ミカが時間を稼いでいる間にテレポートジェムを手に入れて脱出する算段だった。

 しかし防衛システムにより思うように進めず、そして。

 

 どさりと三人の前にある物が投げ捨てられる。

 それは、変わり果てたレイアとミカだった。

 

「レイア! ミカ!」

 

 叫ぶキャロル。しかし、敵は待ってくれない。

 

「──っ!」

 

 咄嗟にファラが割り込み、キャロルに斬りかかった黒騎士の魔剣を受け止める。

 ギリギリと音が鳴りつば競り合いになる。

 しかしこの状況は、ファラにとっては好都合だった。

 

「私のソードブレイカーは、剣なら必ず打ち砕く──それは、魔剣ダインスレイフも同じ事……!」

 

 ファラが哲学兵装の力を持ってダインスレイフを砕こうとするが──折れない。

 

「何故……!?」

 

 ソードブレイカーが効かず、狼狽するファラ。

 そんな彼女に構わず、黒騎士は──その身にあるドス黒い呪いで以てファラを剣ごと真っ二つに裂いた。

 その瞬間、ファラは風鳴翼との戦いを思い出した。

 彼女は自分の剣を翼だと評し、彼女のソードブレイカーを打ち破った。

 ──似ているのだ、あの時と。

 

「──まさか」

 

 剣ではなく、呪いを、怒りを、憎悪こそが己の武器だと定義つけたのか? 

 だからこそ、剣を砕く力が作用しなかった。

 狙ったのか? もしくは初めから──。

 

「ファラ!」

 

 地に落ちた彼女の名を叫ぶキャロル。

 キッと黒騎士を睨み、錬金術を行使する。しかし、黒騎士は蓄積させているアカシアの力で相殺し、逆にキャロルを吹き飛ばした。

 

「ぐっ!」

「マスター!」

 

 彼女を追おうとして──ガリィの前に黒騎士が立ち塞がる。

 ガリィはそれにより──自分は助からないと悟った。

 だからこそ──性根の腐った彼女らしく、一つだけ……一人だけ逃す事ができるジェムを躊躇なく使う──キャロルに。

 人数分を確保しないとキャロルは絶対に使わせないと思っていた故に、使えなかったジェム。その使いどき。

 投げたジェムがキャロルに当たり発動する。

 

「──ガリィ」

「──凛としてくださいまし。あなたは……私達のマスターは何時だってそうだったじゃないですか」

「──ガリィイイイイイ!!」

 

 キャロルの叫び虚しく彼女は転移し──呪いの旋律が奏られ、世界を壊すための歌が起動した。

 

 

 ◆

 

 

「──ブイ!」

 

 キャロルちゃん! 

 

 俺達は、以前ノエルと戦った場所にチフォージュ・シャトーが現れた為に、現場に急行した。

 これが現れたという事は、全ての準備が整ったという意味だと、あの子達が教えてくれた。

 そして実際、チフォージュ・シャトーが現れた場所には、血だらけのキャロルちゃんが倒れていた。

 響ちゃんが助け起こすと、キャロルちゃんが言う。

 

「──止めろ、ノエルを……アイツを……!」

 

 意識を朦朧とさえながらもそう呟くキャロルちゃん。

 

「ブイ……!」

 

 うん、絶対に止めてみせる。

 そう答えると、響ちゃんが俺を止めた。

 

「アンタはキャロルを守っていなさい」

 

 え、でも……。

 

「──今のアンタは、体調が良く無いでしょう。無理ばかりして」

 

 でも! だとしても! 

 キャロルちゃんが助けを求めている! 泣いている! だったら手を差し伸べないと──。

 

「──必要ないですよ。そんな世界、無くなりますから」

 

 しかし、俺の言葉を遮って、拒絶して現れたのは──ノエルだった。

 

「ノエル!」

「無事だったんですねマリアさん」

「ええ、おかげ様でね」

 

 ノエルの瞳が一瞬揺れるが──すぐに鋭く俺達を見る。

 

「もう少しで万象黙示録が完遂する──邪魔をしないで頂きたい」

「そういう訳には、いかない……!」

「オレはまだまだ歌っていたいんでな。全力で邪魔させて貰うぜ」

 

 クリスちゃんと翼さんがそう返し──世界が揺れる。

 

 城内に居る黒騎士のネフィリムの心臓がシャトーを動かし、ダインスレイフが共鳴し、エネルギー波がせかいを巡り──ぶんかいを始めさせた。

 

「不味いデスよ!?」

「止めないと!」

 

 世界の滅亡を前に調と切歌が焦り。

 

「──させる訳にないだろう」

 

 立ち塞がるノエルが取り出したのは──堅琴・ダウルダブラ。

 そして、ノエルがひと撫で奏でると──彼は、否、完全なる肉体である女性の体へと再構築。インストールされた思い出から奇跡の殺戮者であるキャロルを呼び起こし──ファウストローブを身に纏う。

 

「貴様ノエル、ダウルダブラまで……!」

「──体に力が漲る……! この力があれば、パパの命題を完遂できる!」

 

 ノエルは、音を奏でて糸を装者たちに向けて振るう。

 その力は凄まじく──エクスドライブしたシンフォギアのそれ以上。

 そんな彼を倒してシャトーを止めるのは容易ではないと誰もが思った。

 故に──判断は一瞬だった。

 

「二手に分かれるぞ!」

 

 マリアの言葉に全員が頷き──奏、響以外はギアの力を解放した。

 

「我が心に応えよ奇跡の石──進化を超えろメガシンカ!」

 

 マリアの肉体が進化を超え──その身に波導を滾らせる。

 さらに。

 

 

──アメノハバキリ・フリューゲル

──イチイバル・レイジングフレア

──アガートラム・マジカルベール

──シュルシャガナ・バリエーションシルバー。

──イガリマ・グリーンソウル。

 

 全員、初めから全開だ。

 五人は、アカシアの力を持ってノエルに叩き込む。

 

 ──羽踊・幻惑剣。

 ──FLARE TORNADO。

 ──α式・百輪改。

 ──草切・呪りeッTぉ。

 

 羽が、炎が、銀色のノコが、緑の刃がノエルを包み込む。

 しかしノエルは大量のフォニックゲインを解放し──目前にセレナの力で透明化したマリア、奏、響の拳で地面に叩き落とされた。

 

「チーム分けは!?」

 

 響がマリアに聞くと、彼女はすぐに応えた。

 

「わたし、奏、切歌と調博士で行くわ!」

『了解!』

 

 全員がその指示に従い、走る。

 

「させるか……!」

 

 それを止めようとノエルが瓦礫の中から起き上がるが……。

 

「テメェの相手はオレだ!」

「アナタを助ける為に、アナタを倒す!」

「それが姉さんの願いだから!」

 

「ちっ……!」

 

 ノエルは立ち塞がる装者に舌打ちし──しかし止められないと確信していた。

 何故ならシャトーには──。

 

 

 ◆

 

 

 シャトーに潜入し、制御室に向かう四人。

 そこに黒騎士が居るとマリアの波導が感知していた。

 出てくる敵はアルカ・ノイズのみ。このまま行けば──。

 

「っ!」

 

 その道中、マリアは背後から気配を感じマントで攻撃を受け止める。

 だが。

 

「──これは」

 

 その攻撃に目を見開き──爆煙に包まれる。

 

「マリア!」

「くそ!」

 

 それを見た切歌と奏が援護しようと駆け出そうとし。

 

「──! 二人とも!」

 

 飛び出した二つの影に反応した調が、シュルシャガナの流動する銀で二人を守る。

 ギャリギャリと斬り付ける二つの音が響き、影は煙の向こうへと撤退し、マリアも奏達のところへ退いた。

 だが、様子が変だった。

 マリアの顔が青ざめていた。

 

「マリア?」

 

 調が彼女の名を呼ぶと共に──煙が晴れ、敵が現れた。

 

 

 彼女達にとっての最悪の敵が。

 何故なら彼らは──。

 

「──リッくん、先輩……?」

『──久しぶりだな、マリア』

 

「──キリちゃん?」

「──もう一人のアタシ?」

『──また会えるとは思わなかったデスよ、調。そして初めましてデス切歌』

 

「──光彦?」

『──ピッ、ピカッチュウ!』

 

 彼女達にとって忘れることのできない大切な──そして何より、失ってしまい、もう取り戻す事ができない家族なのだから。

 



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第十五話「過去からの祝福」

「何が起きているのです!?」

 

 発令室のモニターを見て思わずナスターシャ教授が声を上げる。

 あり得るはずがなかった。アカシアはリオルの時の姿と記憶を失い、今はコマチとして響と共に戦っている。

 故に、マリアの前に──彼女がリッくん先輩と慕う勇者は居るのはおかしいのだ。

 加えて──。

 

「──光彦くん」

 

 弦十郎の目に映るのは──かつて助ける事ができず失ってしまった仲間。

 それどころか、最期には逆に救われ──彼に強い後悔を刻み込んだ。

 

 

 ──そして。

 

「──」

 

 ウェルは──何も語らず、モニターをジッと見つめていた。

 果たしてその心中にあるのは、愛娘を愚弄する敵への怒りか、それとももう二度と見ることのできない姿をもう一度見ることができた故の喜びか──。

 彼が何を想い、何を考えているのかは分からない。

 ただ──彼は、拳を強く握りしめて己の感情を抑え込んでいた。

 ウェルは藤尭の席へ行くとマイクを取り、通信先のマリア達に言う。

 

「マリアさん。奏さん。切歌くん。調さん。目の前にいる彼女たちは本物ではありません。チフォージュ・シャトーが造り出した幻想です。相手にせずそのまま──」

『──分かっている!』

 

 通信先の誰かが、悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

『でも、こうして前にすると思ってしまうんだ──偽物でも、と』

 

 奏の心が軋む。

 

『手が届かなかった相手が目の前に居る。その事が凄く嬉しくて──凄く悲しい』

『調……』

 

 調の手が震え、切歌はそんな彼女に寄り添う事ができない。

 

『──そうだ。ミスターウェルの言う通りだ』

 

 そんななか、マリアは努めて力強く目の前の想い出を否定する。

 

『生きている筈がない。此処に居る筈がない──わたしの大好きだったその目でわたしを見ている筈がない』

 

 彼女ならば、とSONGのスタッフ達が思うが──ウェルは、ナスターシャは表情を歪ませる。

 通信先のマリアの声が──震える。

 

『でも──声が、眼差しが、魂が──どうしようもなく本物だと思ってしまう……!」

 

 ──マリアのバイタルが乱れ、波導の力が霧散する。

 奏たちが彼女の名を呼び、驚きの声を上げる。

 

『ねぇ、リッくん先輩なの? わたし、わたし──』

『マリア!』

 

 幼きマリアは、過去に囚われフラフラと彼に近づき──轟音が響いた。

 

 

 第十五話「過去からの祝福」

 

 

『──よくやった、ガングニールの少女!』

「てめえが攻撃しておいてよく言うぜ……!」

 

 リッくん先輩の波導弾から、マリアを救った奏は悪態を吐く。

 しかし、それも無理もない。

 先ほどの奇襲から違和感はあったが──。

 

『ピ、ピッカ!』

 

 空中に飛び出した光彦が「避けて!」と叫び──広範囲に渡って10万ボルトが放たれる。

 それを調が流動する鉄壁で避雷針とし、仲間を守る。

 光彦がそれを見てホッとしありがとうと笑顔を向ける。

 調は、やり辛そうに顔を歪め、キリカを抑えている切歌が困惑しきった声で叫んだ。

 

「さっきから何なんデスか!? 殺意バリバリで攻撃しながら、こちらを心配して──」

『あたしもしたくないのデスが!』

 

 切歌と同じイガリマを纏ったキリカが、心底悔しそうに叫ぶ。

 

「肉体だけは操られて、この想いは──アナタ達の想いそのものなのデス!」

 

 もし彼女たちが、マリア達の想いから作られた厳しい過去、悲しい過去、乗り越えるべき過去として立ち塞がったのなら、傷付きながらも、迷いながらも、胸を痛めながらでも、最後には勝ち、前に進める事ができたのかもしれない。

 

 しかし、彼女たち──この敵は違う。

 この想い出は、彼女たちが支えにしてここまで歩くことができた──温かい想い出。

 辛い時、苦しい時、挫けそうになった時に、背を押し、手を引き、笑顔で助けてくれた──最悪の敵だ。

 

『マリア、しっかりしろ! 俺は亡霊だ! だから──』

「でも……!」

 

 自分は偽物だから、と。気にしてはだめだと叫ぶ。

 だからこそ、マリアは泣きそうになる。

 マリアを気にして助言し、何とかしようと足掻いている。その足掻きがマリアを追い詰めてしまう。

 リッくん先輩の拳が床を砕き、破片がマリアを襲う。

 

『ピイ……!』

「光彦……」

 

 光彦は、無理矢理体を止めて攻撃しないように抗おうとする。

 その光景が痛ましくて、させているのが過去に囚われて戦えない自分のせいで、奏はクシャリと顔を顰める。

 抵抗むなしく電撃が放たれ、槍で受け止めた奏の手が痺れる。

 

「きゃっ!?」

『調!? 切歌!』

「分かっている、デス!」

 

 調を弾き飛ばし、さらに追撃するキリカ。

 そこで切歌にカバーするよう指示を出し、何とか止めてもらう。

 

『そうデス。今の動きは良かったデス! でも次は通用しないデスよ!』

「オリジナルのアタシより高性能ってどういう事デスか!?」

『博士の愛の賜物です!』

 

 得意げにウェルの事を話すその姿は、確かに調の記憶そのもので──彼女は俯く。

 

 状況は最悪だった。戦いたくない相手と戦わされて、装者たちはジリジリと追い詰められている。

 このままでは全滅もあり得る。

 

「──そうデス! 戦う相手を変えるデスよ!」

『おお! ナイスアイデアデスよあたし!』

 

 切歌の案に、キリカが褒めて名案だと光明を見出すが。

 

『いや──それは止めたほうがいい』

 

 リッくん先輩が、波導で未来を少し見て──首を横に振る。

 キリ切シスターズがなんでだと抗議の声を上げるが、彼は冷静に応える。

 

『大切な者が再び失われそうな時──おそらく彼女たちは止める。仲間を攻撃してでも』

『──っ』

 

 ない、と言い切れず、敵の流す嘘だと笑い飛ばす事もできなかった。

 この場に居る全員、失う怖さを知っている。

 それを、信頼されている仲間が手に掛け、もう一度見せられるとなると──体が勝手に動いてしまうだろう。

 キリカ達もリッくん先輩の言葉の意味を理解し、シュンッと落ち込む。

 

『──酷なことを言うが』

 

 リッくん先輩が構える。

 

『どうか、過去を踏み越えて欲しい──マリア』

「……っ」

 

 マリアは──応える事ができなかった。

 

 

 ◆

 

 

「どうにかして奏の所に行きたいが──」

「──させると思いますか?」

 

 ダウルダブラの音色が響き渡り、錬金術が行使される。

 炎、水、風、金の槍が装者たちに襲い掛かり、各々防ぎ、回避し、または拳で打ち砕く。

 そんななか、コマチとセレナに守られているキャロルが痛みに耐えながら訴える。

 

「やめろ、キャロル……こんな事をしてもエルフナインは──」

「──エルフナインは、アナタが殺したエルフナインは戻らない、ですか?」

 

 ノエルの言葉に──装者たちの動きが一瞬止まる。

 エルフナインとは、ノエルが騙っていた偽名だ。しかし今のニュアンスからすると、本当のエルフナインが居て……キャロルが手に掛けた、という事になる。

 

「キャロルさん、一体何が──」

「……オレと奴が対立し、戦闘になった際、間に割り込んだ奴がいた」

 

 それが──エルフナイン。

 エルフナインは、家族が殺しあう事が耐え切れず止めようとし命を落とした。

 その事を思い出し、キャロルが表情を歪める中。

 

「死んでいませんよ」

「なんだと?」

 

 ノエルの言葉に、キャロルが怪訝な表情を浮かべる。

 

「馬鹿な、確かにあの時」

「ええ。確かに肉体は死にましたが──記憶のインストールにより、彼女の魂だけは別の躯体に移送しています」

 

 キャロルの記憶と裏社会で出回っているクローン技術を用い、容れ物は作ることはできた。

 チフォージュ・シャトーの力で問題なく記憶は転写された。

 

「でも、それだけなんです」

 

 しかし何故かエルフナインは目覚めなかった。

 現在は生命維持装置に繋がれて、無理矢理生かされている状態だ。

 

「ノエル、お前──」

「──優しい彼女だけが死ぬなんて間違っている」

 

 ノエルが、SONGに潜入する際エルフナインを騙ったのは──もしかしたら、その名をできるだけ多くの人に知って欲しかったのかもしれない。

 

「だから、世界ごと終わらせて彼女に送るんだ──鎮魂歌を」

「そんな事をしても、エルフナインは──」

 

 キャロルの言葉は、途中ではばまれる。ダウルダブラの一撃によって。

 セレナとコマチが何とか防ぐが、その怒りは、怨念は──凄まじい力を孕んでいた。

 

「アナタがそれを言うのですか!」

「……っ」

「僕はパパを殺した世界を許さない。エルフナインを殺したアナタを許さない」

「──」

 

 彼の言葉を聞いたキャロルは、酷く悲しそうな顔をした。

 

 

 ◆

 

 

「──着いた!」

 

 戦いながらも何とか制御室にたどり着く奏たち。

 部屋の中央には制御装置に剣を突き立て沈黙している黒騎士の姿が。

 あれを引き離し万象目次録を止めなくてはならない。

 しかし──。

 

『そう容易く世界の崩壊は止められないか……!』

『そろそろイライラしてきたデス。勝手に体を操られるのは』

『ピカァ……』

 

 黒騎士を守るようにして、かの想い出たちが立ち塞がる。

 彼らを倒さなくては、黒騎士の元に辿り着けない。

 

「リッくん先輩……」

 

 特にマリアの戦意は無に等しく、彼を前にして言葉を紡ぐことしかできない。

 それは奏たちも同様で、構えたギアに力が入っておらず──。

 

『──何を躊躇っている!』

 

 そこにリッくん先輩の叱咤が入る。

 

『俺たちはもうお前たちの傍には居ない! 世界を守るために此処に来たのではないのか!? 胸の歌を信じて戦って来たんじゃないのか?』

「でもリッくん先輩、わたしアナタを敵として見て戦うことなんて──」

 

 マリアの頬に涙が流れる。

 それでも尚、彼の言葉は止まらない。

 

『マリア! お前は敵として立ち塞がり、救うことができる優しさを持っている筈だ!』

「──っ!」

 

 マリアの脳裏に、フロンティア事変の時の記憶が蘇る。

 

『俺は、お前のその優しさに尊敬したからこそ──後を託したんだ!』

「リッくん、せん……ぱい……」

『マリア、強くなくて良い。弱いままで良い。何故なら』

「──弱いから、強くなれる」

 

 彼女の言葉に、リッくん先輩は満足そうに笑い──その身を光が包む。

 

『マリア──最後の組手だ』

「──はい!」

 

 マリアも石を──強き意志を胸にその身を波導で包み込む。リッくん先輩もその身を成長……否、進化させる。

 ルカリオとなったリッくん先輩と黒きガングニールを纏った大人のマリアが相対する。

 

『行くぞ! 波導は──』

「──我にあり!」

 

 一直線に、真っすぐに、全力で突き進んだ二人は激突し──爆風が起きた。

 

 

『やれやれ。少し前のコマチは随分と熱血だったみたいデスね』

 

 マリアとリッくん先輩の激闘を見ながらキリカはそう言い、調たちを見る。

 

『あたしは、頑張れだとか立ち上がれだとか、言わないデスよ』

 

 何故なら。

 

『調が頑張っているのは良く知っているデスし、切歌が調の隣に立って支えているのも──見たら分かるデスよ』

 

 そして何より。

 

『はああああかああああせええええ!! 聞こえているデスよねえええ!?』

 

 でかい声で叫ぶが、応答は無かった。

 しかしキリカはそれでも構わないのか、彼に一言だけ、この言葉を送る。

 

『──二人を頼んだデスよ? もしサボったら調の代わりにケツを蹴りに行くですから!』

 

 ──ウェルしか知らない筈のやり取り。

 何処かで彼の想い出を取られていた? 

 否。

 キリカは、ウェル博士の最高傑作は何時だって調が大好きで、切歌を応援して、ウェルを尊敬している。

 それだけの事だった。

 

『──では、二人とも行くですよ?』

 

 キリカがイガリマを構える。

 

『ただのホムンクルスが、本物になれなかった偽物が──まさか敵の親玉を守る幹部役とは、よくここまで来れたものデス』

 

 無言で彼女の言葉を、一句一言聞き逃さないようにしていた二人もギアを構える。

 

『──あたしはキリカ! 身に纏うは魂を刈り取るザババの二振りの刃が一つ! イガリマ! この身は調博士とウェル博士に造られたホムンクルス! 普通の人とはちょっと違うですが、この胸にある想いは本物デス!』

 

 ──名前を聞いても? とキリカが問う。

 それに二人は応えた。

 

「──わたしは月読調。切ちゃんの親友で、うるさいけど役に立つ助手を持つ博士。身に纏うは奇跡の力を宿すザババの二振りの一つ、シュルシャガナ・バリエーションシルバー。……そして、もう一人のキリちゃんの自慢の親友」

「──アタシは暁切歌。調の親友で、助手になるべくウェル博士から色々と学んでいる最中で……アナタに助けられました──本当にありがとうデス。そしてアナタと同じで、でも少しだけ違うイガリマ・グリーンソウルを纏う新人装者でもあるデス!」

 

 名乗りを終えた三人は。

 

『行くですよ!』

『おうとも!』

 

 まるで再会を喜ぶかのように、ぶつかり合った。

 

 

 

『ピカピ……』

 

 光彦は戦いたくないと、必死に体を動かさないようにしていた。

 大好きな奏を傷つけたくないと、大好きな奏と戦いたくないと。

 誰かを守る為の戦いの時にはいの一番に駆け付けるのに、こういう時は駄々をこね、梃子でも動こうとしない。

 

「まったく……」

 

 仕方ないな、と奏は苦笑する。先ほどのリッくん先輩の叱咤で覚悟が決まったらしい。

 彼女は、光彦のこういう所が大好きだった。

 訓練よりも昼寝が好きで、ケチャップを使いすぎて怒られて、翼とよく喧嘩して弦十郎に怒られて、その後了子の元に行き慰められて──最後は、奏の所に戻って来る。

 

「光彦」

『……ピ?』

「──おいで」

 

 奏は、槍を捨てて両腕を広げる。

 それを見た光彦は、ダメだと、行っちゃだめだと拒否する。

 

『ピカチュウ、チャア!!』

「おいおい。お前はいつものように甘えてくれば良いんだ。あ、でもあざといのは無しだ」

『ピカ!』

 

 ふざけている場合じゃない! と光彦が叫ぶ。

 今の彼は奏たちを攻撃するように調整されている。精神との隔離により何とか保って来たがそれも限界だ。彼は、奏を傷つけたくない。

 

「光彦──もう大丈夫だ」

『……ピ?』

 

 奏は、あの日から言いたかった事を、あの日の光彦に言う。

 

「もう、あたしはお前の前で死なない。お前が一人で頑張らなくても良いように強くなった──だから、来い。受け止めてやるから」

『……ピ』

「お前には戦いは似合わないよ──存分に遊ぼうぜ!」

 

 その言葉に光彦は──。

 

『──ピカッ!』

 

 駆け出していた。しかし、防衛システムにより戦闘行為が入力され、自然とボルテッカーが発動させてしまう。

 黒いノイズを倒す力を持つ光彦の技。受ければただではすまない。

 光彦は、どうにか軌道を変えようとして──。

 

「──光彦!!」

 

 しかしその前に、彼の大好きな声が聞こえ。

 

「──来い!!」

『──ピカピッカ!!』

 

 そのまま、光彦は奏の胸に──飛び込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 ネフィリムは信じられない、とその光景を見ていた。

 侵入者の想い出から最も大切な人を呼び出し、想い出を全て最大限本物に似せた。

 その結果、ネフィリムの狙い通り侵入者たちは攻撃ができず苦しんでいた。

 

「はぁあああ!!」

『ぐっ……!』

 

 マリアとインファイトしていたリッくん先輩は、波導で見切り見切られ──彼女の一撃を許してしまう。その後に続く連撃は対処するが──マリアの表情に苦悶は無い。

 

『──やっぱり二人の連携は素晴らしいデス』

 

 キリカもまた追い詰められていた。

 かつて自分はついぞできなかったが──調と切歌の連携攻撃がキリカに何もさせない。

 ガングニールも、神鏡獣も、アメノハバキリも、イチイバルも、イガリマも、シュルシュガナも、アガートラームも、全て対応される。

 それが──彼女は嬉しかった。

 

 ──やはりアカシア。忌々しい存在だとネフィリムは内心歯ぎしりする。

 

「──言ったろ光彦」

 

 奏は──。

 

「お前の事は絶対に受け止めるって」

 

 光彦のボルテッカーを受けても無傷だった。

 それどころか、彼のボルテッカーと彼女の胸の雷が共鳴を起こし──バチバチと新たな領域へと至ろうとしていた。

 奏は、万雷を放つ事しかできなかった。受け取った力を解放する事しかできなかった。

 だが、今の彼女は──万雷を受け止め、その身に纏わせてガングニールをリビルドさせていた。

 彼女の身に雷の鎧が形成され、奏もまた雷そのものになっていた。

 

 ──ガングニール・サンダーマグニフィセント。

 

 雷を受け止め、威風堂々と佇む奏を──光彦はきらきらした目で見ていた。

 

「もう、大丈夫だ」

 

 奏が雷を放ち──チフォージュ・シャトーの制御権を強引にぶん盗った。

 それにより光彦は体が自由に動くようになり、キリカも、リッくん先輩も戦いの手を止める。

 

「悪いな、覚悟決めてたのに」

『……いや、どのみち』

『──決着は着いていたデスよ』

 

 そう言って二人は──ボロボロの姿で膝を着く。

 過去を乗り越えた装者達は、迷わない彼女たちは、負ける未来を打ち壊し、今ここに立っている。

 

『──強くなったな、マリア』

「いいえ、まだ弱いままよ──だからこれからもっと強くなる」

 

 マリアの言葉に、リッくん先輩は安心したかのように笑った。

 

『いやー参ったデスね。二人には適わないデスよ』

「当然」

「だって、アタシたちは一蓮畜生デスからね!」

『それを言うなら一蓮托生デス』

「およよ! 学力で負けてるデス!」

「切ちゃん……」

 

 まるで戦いなどなかったかのように和気藹々と談笑する三人。

 その光景を見た一人の男は涙を流し──「良かったですね」と呟いた。

 

 戦闘が終わりひと段落した所で、マリアが改めてシャトーを止めるべく動く。

 

「万象黙示録を止めましょう。黒騎士は──」

 

 そう言って黒騎士を見て──目を見開いた。

 

「──っ」

『どうした、マリ──これは!』

 

 リッくん先輩も気付いたのか、彼女同様に目を見開く。

 奏が怪訝な顔をし尋ねる。

 

「どうしたんだ」

「──抜け殻よ」

「は?」

 

 マリアが叫ぶ。

 

「この黒騎士は抜け殻! 万象黙示録を発動させていた二つの聖遺物が無くなったという事は──行き場を失った力が暴走する!」

 

 その言葉の直後──シャトーが激しく揺れ動いた。

 奏は慌てて制御しようとするが、受け付けない。

 ハンドルがない状態で車を動かすようなものだ。このままでは──。

 

「どうするデスか? 逃げるデスか?」

「いや、多分周囲一帯が焦土と化すから……」

 

 此処で逃げても、意味がない。

 

「どうする? どうやって止めれば……」

「こうなったら、わたしの波導で……」

 

 マリアが力を行使しようと腕を上げた瞬間──横から伸びた腕が止める。

 

『俺がやる』

「──リッくん先輩」

『暴走を抑え込むだけの時間は残されている筈だ』

 

 そう言う彼の足は、薄っすらと透明になっていた。

 シャトーの暴走で防衛システムに障害が発生したのだろう。このまま時間が経てば彼は消える。

 

『あたしもアガートラームでお手伝いするデスよ!』

『ピカ、ピカチュウ!』

『ふむふむ。シャトーの電力の肩代わりしてくれるらしいデス!』

『助かる』

 

 勝手に話を進める彼らに、装者たちは止めようとして──彼らがこちらに向ける優しい目に何も言えなくなる。

 理解してしまった。ここでお別れだと。

 

 リッくん先輩が、マリアの頭を撫でる。

 

『マリア、君と会えて嬉しかった』

「ええ、わたしもよ」

 

 彼女はそっとリッくん先輩の頬に口づけし、彼は顔を赤く染めて咳払いした。

 

『デース!』

「わわ!?」

「キリちゃん!?」

 

 キリカが切歌と調を抱きしめて──想いを込めて一言だけ送った。

 

『──大好きですよ、二人とも!』

「──アタシもです!」

「──うん、わたしも」

 

 光彦は奏の肩に乗り、スリスリと体を摺り寄せる。

 

『チャア~』

「──ああ、あたしもだ」

 

 奏は優しい顔で光彦を撫でて──その温もりをしっかりと胸に刻み込んだ。

 

 別れを済ませた装者たちは、脱出する為に出口に向かう。 

 その前に、リッくん先輩がマリアを呼び止めた。

 

『マリア』

「……なに?」

『君は、この先も進化し続ける──胸の歌を、波導を、そして──愛を信じるんだ』

「──うん、分かった」

 

 マリアは頷いて──愛しき家族に最後に歌を送った。

 それは、かつて彼女が歌い、彼が好きだった歌。

 リッくん先輩はそれを歌い終わるまで聞き──ありがとう、と呟く。

 歌い終わると、マリアは仲間と共にこの場を去り──キラリと光る何かが彼女の頬から落ちた。

 

『──世界は、壊させない』

『──大好きな人たちの明日の為に!』

『──ピッカアアア!!』

 

 三つの魂からの叫び声が城に響き──シャトーは崩壊しながら、しかしゆっくりと地に落ちた。

 大切な人を、世界に送り届けるために。



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第十六話「奇跡の完遂者」

「何故だ……」

 

 崩れ落ちていくシャトーを眺めながら、ノエルは呟く。

 

「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ──何故だあああああ!!」

 

 しかしそれは次第に悲痛な叫びへと変わり──頭を掻き毟りながら、認められないと、信じたくないと、彼は睨み付けた。

 

「何故──シャトーから制御権を手放した、黒騎士!!!」

 

 万象黙示録の完遂を前に起きたトラブル。

 いや、トラブルというにはあまりにも酷い。

 狙ってやったとしか思えない。

 響たちも困惑している。マリアの報告で制御室に居ない事は知っていたが、一体何の為? 

 

 答えは、すぐに現れた。

 

「これは、テレポートジェムの反応?」

 

 ノエルの前に赤い光が現れそこから黒騎士が飛び出し──その手に持っているもの、いや人物を見て、その場にいた者たちは目を見開く。

 

 装者たちは見た事のある顔故に、ノエルとキャロルはその人物が誰かを知っているが故に。

 黒騎士は──エルフナインを掴んでいた。

 

「──エルフナイン!」

 

 ノエルが狼狽する。

 彼女は、ノエルだけが知っている場所で安置されているはずだ。それを何故黒騎士が……? 

 

「ぐ、あ……!」

「何をしている黒騎士!」

 

 突如エルフナインが呻き声を上げ、ノエルはそ黒騎士を止めようとし──体が動かない。

 見ると、黒騎士が手を翳して超能力で動きを止めていた。ノエルは力を込めるが、不可視の拘束を解く事ができない。

 やがて準備が終わったのかエルフナインも沈黙し──しかしすぐに口を開く。

 

「この体を使えば、テメエは何もできないだろう? ノエル」

「エルフナイン? 違う、お前は──ネフィリムか!」

 

 ニヤリとエルフナインが──ネフィリムが笑う。

 どうやらエルフナインの体を使って自分の意思を代弁させるつもりなようだった。

 

「元々、オレは世界を分解する事に興味は無い──復讐ができればそれで良いのさ」

 

 彼の視線の先には──響とコマチが居た。

 視界に入れる事でネフィリムの怒りが増大し、それにダインスレイフが共鳴し、重く、黒く、デカくしていく。

 

「前に言っていたなノエル」

 

 ──ならばこれからじっくりと味わうが良い。その人形に使われる屈辱を。

 

「そのまま返す──ゆっくりと味わえ、見下した相手に使われる屈辱を!」

 

 そう言って黒騎士は魔剣をノエルに突き刺した。

 それだけではない。

 濃厚な呪いがノエルに注ぎ込まれ、彼の自意識が闇に飲まれていく。

 

「が、が、があああああ!?!?」

「さらに──」

 

 そして黒騎士は、ネフィリムは、手に持ったエルフナインと──融合した。

 エルフナインを取り込んだ黒騎士は、鎧の隙間から黒炎を吐き出し、正気を失ったノエルとともにコマチを見る。

 

「さあ──奇跡を殺戮し尽くそうか」

 

 

 ◆

 

 

 闇の魔剣と堕ちた弦糸が響たちを襲う。

 どちらも触れたらダメージは免れない。

 しかし、それ以上に。

 

「ぐあ、ああああああああ!!」

 

 ノエルの悲鳴が、少女たちの胸を締め付ける。

 命題も関係無く、助けたい人は闇に呑み込まれ、自身すら操り人形。

 とても見ていられない。

 そしてそれはキャロルも同じで──。

 

「ノエル!」

 

 錬金術を行使し、ノエルを止める為の術を顕現させる。しかし、ダウルダブラを纏い、ダインスレイフの呪いでパワーを増しているノエルには効かない。

 

「ブイブイ!」

「キャロルさん無理しないでください。今は──」

 

 キャロルを守っていたコマチとセレナは後ろに下がらせようとし。

 

「そういえばノエルはキャロルを憎んでいたな──面白い」

「──っ! 不味い!」

 

 ノエルをクリスと響に任せ、自分は一人黒騎士と斬り結んでいた翼は、目の前の悪意から嫌な予感がし、そしてそれは的中する。

 妨害しようと剣を振るうも避けられ、ノエルとの接触を許してしまう。

 

「殺してしまえ憎いなら。──まぁ、昔は仲良かったみたいだが」

 

 それはそれで面白そうだ、とネフィリムは笑う。

 ネフィリムの言葉を聞いたノエルは雄叫びを上げて術を行使する。

 火、水、風、土を混ぜ込まれた破壊の鉄槌。

 セレナとコマチが障壁で防ぐが──破壊されて、キャロル共々吹き飛ばされる。

 

「きゃあああああ!」

「ブウウウウウウイ!?」

「ぐ……!」

 

 さらに、キャロルはその際にコマチ達と離れてしまい孤立してしまう。

 それを見た響達が駆けつけようとするが、黒騎士が行手を阻む。

 

「邪魔するなよ、良いところなんだから」

「この、外道が!」

 

 ノエルがさらに錬金術を使う。

 確実に殺せる為に、先ほどの術よりも魔力を込めて。

 

「逃げてくださいキャロルさん!」

「ブイ!」

 

 セレナとコマチが叫びながら駆けつけようとするが間に合わない。セレナの不可視のリボンも長さが足りない。

 

(万事休すか──)

 

 キャロルが己の死を悟り、術が放たれ──八つの盾が彼女を守った。

 

「ブー、スタァ」

「シャワ!」

「ダース!」

「フィー」

「ブゥラッ!」

「リー!」

「シア!」

「フィア!」

 

 力の奔流が吹き荒れる中、キャロルは見た──駆け付けたアカシア・クローン達が力を合わせて己の主人を守っているのを。

 ノエルの錬金術が止まり、それと同時にアカシア・クローンは息切れを起こしながら倒れそうになる。

 

「お前達!」

 

 キャロルがアカシア・クローン達の元へ駆け付け、それを隙と見たノエルが彼女を殺そうとするが。

 

「させません!」

「ブイ!」

 

 セレナとコマチが割って入り妨害をする。

 装者達が黒騎士とノエルを食い止めているのを確認したキャロルは、錬金術でアカシア・クローン達を治そうとする。

 しかし、それを本人達が止めた。

 

「何を言っている! まだこんなに衰弱しているのに、技を使ったから、お前達は……!」

 

 キャロルの脳裏に、イヴが逝った日のことが過ぎる。

 もう失いたくなかった。

 家族を目の前で失うのは──もうたくさんだった。

 

 そんな彼女をアカシア・クローン達は、覚悟を決めた顔で見つめていた。

 その為に──彼と、コマチと交渉したのだから。

 

 

 アカシア・クローン達は、キャロルを助けるためにコマチに力を分けて欲しいと頼み込んだ。

 ……図々しいのは理解している。アカシア・クローン達は、そのコンプレックスから手を差し伸ばしたコマチを否定し、拒絶し、傷付けた。

 断れても、罵倒されても良いと思っていた。

 それでも──彼女を助けたかった。自分たちの力で。

 しかし、自分たちだけではどうする事もできず、それどころかキャロルに逃がされた。

 悔しかった。悲しかった。

 だから、だからどうかと彼らは懇願し──。

 

「ブイ!」

 

 彼らの願いを、コマチは嬉しそうに引き受けた。アカシア・クローン達に対する恨み言を一言も口にする事なく。

 思わず彼らは聞いた。どうして、と。

 

「ブイ!」

 

 コマチは答える。大切な人を助けようとしている子達の力になれるのなら喜んで、と。

 それに元々俺は君たちとは戦いたくなくて、手を取り合って話をしたかった、と。

 だから力を、手を貸して欲しいと言われて嬉しかった。拒絶する理由なんてない、と。

 

 彼の言葉を聞いてアカシア・クローン達は──適わないな、と思った。

 

「フィー」

 

 エーフィが言う。絶対にキャロルを助ける、と。

 それに対してコマチも頷いた。約束する、と。君たちのご主人様を助けよう、と。

 

 

 こうして、コマチは彼ら全員に立ち上がるだけの体力を譲与し、自身はフラフラになる。

 それを何となく察していたウェルはため息を着きながら体力回復増進効果のある注射を取りに行っており、何も言わず、何も聞かず、コマチを回復させ──今に至る。

 

 

 

「フィー」

 

 エーフィは、この場に転移する力を感じ取り──その人物が誰かを理解すると、キャロルの背中を押す。

 

「おい、何を──」

 

 エーフィの行動に戸惑い──目の前に現れた彼女に、キャロルが目を見開く。

 転移してきたのは──今にも稼働停止し掛けているガリィだった。

 

「──ガリィ!」

「シャワ!」

「シア!」

 

 キャロルが駆け付け抱き起し、それにアカシア・クローン達が続く。

 ガリィは、ギギギと首を動かし、キャロルが生きているのを確認し、そしてアカシア・クローンを、特に仲の良かったシャワーズとグレイシアを見て──優しい笑みを浮かべた。

 

「マスター、ご健在で何より。シアちゃんもシャワちゃんも、皆も──今までごめんなさい。そして、マスターを守ってくれてありがとう」

 

 その言葉に、その表情にアカシア・クローン達は涙を流した。結局助ける事ができず、そして──。

 ガリィもまた、内心悔やんでいた。家族を苦しめた事に。そしてアカシア・クローン達に、覚悟を決めさせてしまった事に。

 お互いにこれからも生きて欲しいと思う。しかしそれ以上に、相手の気持ちを、想いを、覚悟を尊重させたかった。

 

「マスター、これを」

「これは──ガリィに渡した……!?」

 

 ガリィがキャロルに渡したのは──全オートスコアラーの想い出を込めた聖杯。

 

「崩れ落ちるシャトーのなか、他の三人に託されましてね──どうか、受け取ってくださいまし」

「そんな事をしたら、お前たちが──」

 

 受け取るのを拒絶──否、恐れる彼女に次はアカシア・クローン達がキャロルに言葉を贈る。

 

「フィー」

「──な!?」

 

 エーフィの言葉に、キャロルは絶句する。

 何故なら……。

 

「そんな事できるか! お前たちを──お前たちを使って賢者の石を作ることなど!」

 

 ──アカシア・クローンを作る際に、偶発的に発見されたある石の存在。

 それは、彼女の取引先相手が喉から手が出るほど求めていた物であり──アカシア・クローンを作る事ができた賢者の力。

 アカシア・クローン達は、その力を本来の使い方で使えと言っているのだ。

 しかし──。

 

「馬鹿者! そんな事をすればお前たちは──」

 

 ──存在自体が消え、二度と元には戻らない。

 すなわちソレは──彼らの死を意味する。

 

「マスター、酷ですけど受け入れてください。もう、彼らは限界なのです」

「──っ」

 

 アカシア・クローン達は、その身に宿る力を吸い取られると同時に呪いに蝕まれていた。

 だからこそ回復できず体を動かす事もできず、どんどん家族が傷付けられていく様を見せつけられ──大好きな人を攫われた。

 コマチの力で何とか動かせているが、それも直に消える。

 だったら、その前にできる事をしたい。そう思っていた。

 

「フィー……」

 

 キャロルにも、そして騙す形になってしまったコマチにも申し訳なく思う。

 二人とも、アカシア・クローン達がこの先生きていく事を願って、そして信じていた。

 それだけが心残りだが──それ以上に、苦しんでいる家族を……ノエルとエルフナインを救いたかった。

 

「──オレは」

 

 己の父を、イヴを──家族を失った日の事を。

 

「オレは、また家族を救えないのか……失うのか……!」

 

 心に巣食う闇が、彼女を蝕む。

 もう、嫌だった。大切なものを失うのは、独りになるのは──。

 悲しみに震えるキャロル──そんな彼女に、アカシア・クローン達が寄り添う。

 冷え切った絶望を、希望という温もりで溶かすように。

 

「フィー」

 

 それは違うよ、とエーフィが言った。

 

「ブゥラ」

 

 君は独りじゃない、とブラッキーがほほ笑む。

 

「フィア」

 

 ウチ達も、離れ離れは嫌だしね、とニンフィアが苦笑する。

 

「シア」

 

 犠牲になるんじゃないんだよキャロルちゃん、とグレイシアが優しく伝える。

 

「リー」

 

 某たち、常にわが主の心と永遠に、とリーフィアが誓いを口にする。

 

「ダース」

 

 心配せんでもずっとずっと一緒やで、とサンダースが笑い。

 

「シャワ」

 

 だからマスター、とシャワーズがキャロルの涙を拭い。

 

「ブー、スタァ!」

 

 オレ達を連れて行ってくれ、とブースターが願い。

 

 

 家族を取り戻すんだ、と彼女たちが叫んだ。

 

「──」

 

 それをキャロルは──目を閉じ、胸元にあるイヴの形見のペンダントを握り締める。

 そして思い出すのは──彼女たちとの記憶。

 

 

 

『お初にお目に掛かります、マスター』

『さあ、マスター。なんなりとご命令を♪』

『あたしもバリバリ手伝うゾ!』

『派手に計画遂行と行きましょう』

 

 ……初めは、大仰なポーズを取る姿を見て、自分の中にそういう想いがあったのかとへこんだ。性根の腐っているガリィを見てさらにへこんだ。

 ──今ではその想い出も、愛しく、懐かしかった。

 

『リー!』

『リーお姉さま、何度も言いますが私のソードブレイカーと貴方様では相性が』

『リー!』

『いや、そのような根性論を言われても──ああ、わかりました。だから泣かないでください……仕方ないですね』

 

 結局ファラが完封し、リーフィアが拗ね、オロオロと慰めるオートスコアラーの姿がそこにあった。

 それを見たキャロルが呆れてため息を吐き、それにリーフィアが駄々を捏ねてファラと共にどうしたものかと頭を悩やませた。

 

『水鏡さん。氷鏡さん。この世でかわいいのはだぁれ? もちろんガリィちゃんですよねー?』

『シャワ』

『シア』

『ガリィ以外ってどういう意味だコラ! 表出ろ!』

 

 ガリィとシャワーズ、グレイシアはよくケンカしていた。

 大抵そのきっかけは些細かつくだらないもので、キャロルは次第に叱りつける事はなかった。

 ただ、キャロルの事になると話が合い、仲のいい光景がよく見られた。

 

『ブー!』

『ブー太郎はかっこいいゾ! あたしの憧れだゾ!』

『スタァ』

『憧れは理解から最も遠い……? よくわかんないけど、あたし達はずっと一緒だゾ!』

 

 単純なミカは、まるでブースターの事を兄のように慕っていた。

 ブースターも不器用ながら彼女の事を可愛がり、しかしミカが何も考えず甘えるため、二人はいつも仲が良かった。

 模擬戦もよく行っており、その時間を二人は楽しんでいた。

 そして、シャトーの一部を壊してよくノエルに怒られ説教されていた。

 

『何か派手な事はないか』

『フィア!』

『おお! 妹よ、なかなか派手ではないか!』

『……』

『ダース……』

 

 派手好きなレイアとニンフィアは、よくレイアの妹とサンダースを振り回していた。

 振り回される二人はよくニンフィアにデコレーションし、それをレイアが派手だと褒めていた。

 そんな光景をエルフナインは面白そうに見ていた。

 

『わわ! エっちゃん放してください!』

『フィー』

『え? 睡眠ですか? それなら先ほど15分ほど取りました。レム睡眠に入る前の仮眠ですので、体はまだ動かす事が』

『フィ』

『ちょ、素直に話したら放してくれるって、ねえ、エっちゃんてば!』

 

 よく徹夜し作業に没頭するエルフナインを叱りつけ、ベッドに寝かせるのは何時だってエーフィだった。

 しっかり者の姉とどこか抜けている妹。

 傍から見たらそう見え、微笑ましい光景だった。

 

『──うん。思っていた通りの味ができました』

『ブラ』

『ありがとうございます。今日も喜んでくれますかね、キャロルもエルフナインも』

『ブラ、ブラ!』

『ふふふ……だと良いですね』

 

 ノエルは食事係を担当し、ブラッキーはそんな彼をよく手伝っていた。

 ブラッキーにはよく味見をして貰い、より良いものを家族に送ろうとしていた。

 ──しかし、ダインスレイフにより彼は変わってしまい……ブラッキーはその事を凄く後悔していた。

 あくタイプの彼のほうが呪いに侵されやすく、それを防いで己を犠牲にした為にノエルは──。

 

 

「──」

 

 キャロルは──覚悟を決めた。

 犠牲を踏み越えて、記憶を償却して前に進むのではなく。

 想い出を胸に抱えて、絶対に忘れずに明日へ歩いていく覚悟を。

 

 そんな彼女を見たガリィとアカシア・クローン達は安心した表情を浮かべ。

 

 ──ずっと一緒ですよ……我らの愛しき人。

 

 彼女と共に歩いて行けることを心の底から喜んだ。

 

 

 ◆

 

 

「──はぁ!!」

「──があああああ!!」

 

 ネフィリムのエルフナインの体の負荷を度外視した一撃と、ノエルの想いの焼却を無視した一撃が、装者たちを吹き飛ばす。

 

『きゃあああああ!?!?』

「ブイ!」

 

 コマチがみんな! と叫んで駆け付けようとして、ネフィリムとノエルが立ち塞がる。

 ネフィリムは愉しそうに嗤った。

 

「あの時の傷が癒えていないのか? それにしては動きが悪いが──好都合だ」

 

 どうやら、アカシア・クローン達に力を譲与した負荷が此処に来て響いているらしい。

 しかし、コマチはそのことをこれっぽちも後悔していない。

 誰かを助ける事ができるのなら、犠牲になっても──。

 

「お前と立花響には恨みがある。お前たちを殺さなければ、オレは明日に向かえない!」

「ブイ!」

 

 そんな明日なんて、とコマチが叫ぶ。 

 しかし、ネフィリムはそれを弱者の遠吠えと決めつけ──遠くで倒れている響を見て嗤う。

 

「そこで見ていろ立花響──またお前の前で、こいつを喰ってやる」

「っ! やめろおおおおおお!」

 

 響が叫ぶ中、ネフィリムはゆっくりと魔剣を掲げて。

 

「死ね、アカシア!」

 

 勢いよく振り下ろし──ガキンッと甲高い音が響いた。

 ネフィリムは、いやネフィリムだけではない。守られたコマチも、それを見ていた響も驚いていた。

 そこに立っていたのは──キャロルだった。

 

「キャ……ロ、ル……」

「させんぞ──こいつには、大きな借りがある」

 

 魔剣を受け止めたまま錬金術を行使し、キャロルはネフィリムとノエルを吹き飛ばす。

 そしてゆっくりとコマチに振り返った。

 

「──ありがとう」

「ブイ?」

「オレの言葉ではない──あいつらの最後の言葉だ」

「──!」

 

 その言葉にコマチは周りを、気配を探し──アカシア・クローン達がこの世界に居ない事に気が付いた。

 正確には、キャロルの持っている八つの石の欠片に宿っている。

 しかし、それはつまり──。

 

「──ブイ」

 

 なんで、とコマチが呟く。

 自分が力をあげたのは、犠牲になって貰うためではない。彼女のために、傍に居てもらう為だったのに、と。

 そんなコマチを見て、自分と同じ思いを抱いて、涙を流す彼を見て──キャロルは改めて受け継いだ命を、覚悟を、意志をこの場で見せる。

 

「勘違いするな──あいつらは死んでいない。ここに居る──オレの想いと共に!」

 

 キャロルは、イヴの形見のペンダントを取り出した。

 穢れを知らない真っ白なペンダント。彼女が愛し、尊敬し、命題と向き合うきっかけを与えた愛の結晶。

 そして、キャロルの事を愛し、これからも永遠に一緒だと言ってくれた未完成の賢者の石。

 それを束ねるのは、かつて父から教わり、忠義を尽くしてくれた家族から受け取った想いの籠った錬金術。

 

 その三つが合わさり──生まれるのは、白金の石。賢者の石。

 ラピスを、家族との絆を手にキャロルは──キャロル達は、奇跡を起こした。

 

 光に包まれ、彼女が纏うのはファウストローブ。

 しかしそれはノエルの纏うダウルダブラのファウストローブとは違っていた。

 想い出の四色。奇跡の八色。愛の白。覚悟の金。

 何度も道を迷い、踏み外し──しかし歩み直した彼女が至り、そしてこれからも進んでいくキャロルの新たな力。

 

 ラピス・フィロソフィカスのファウストローブ。

 それが、彼女の──絆の力。

 

「それですよ、マスター。わたし達が欲しかったのは──」

 

 ガリィは最期にキャロルを見届け──笑みを浮かべて稼働停止した。

 そしてネフィリムは、その輝きを目にし苦悶の声をあげる。

 

「なんだ、それは! なんだその姿は! この身の怒りを、闇を、呪いを分解するような、その力は……!」

 

 ──さあ、奏でよう。家族を呪い苦しめる闇への逆襲の歌を。

 ──さあ、歌おう。胸に刻まれた蓋世の歌を。

 

「何なのだ──一体お前は何者なんだ!」

 

 ネフィリムの怯えを含んだ叫びに、キャロルは凛として応える。

 破壊、破砕、全反転し、闇よ光を識れ──と。

 

「オレは──奇跡の完遂者だ!!」

 

 

 第十六話「奇跡の完遂者」

 

 

 光が──世界を識るための歌が、奏でられる。

 

 

 

 




次回、獣の奏者キャロル編最終話
第十八話「世界を識るための歌」


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第十七話「世界を識るための歌」

ごめんなさい遅れました
獣の装者キャロル編最終話です


♪ 逆襲ノ歌ヲ……  蓋世ノ歌ヲ……!♪ 

 

 キャロルの発するフォニックゲインが響たちを包み込む。

 

♪ 矜持なる旋律を聴け♪

 

 それによりギアが再稼動し、ギアが修復されていく。

 

「これなら……!」

「──行ける」

 

♪ 叡智と数美の交響曲♪ 

 

 翼が高速で空を翔け、黒騎士に斬りかかる。

 受け止めた黒騎士は、ガクンと力負けし膝を地に着ける。

 

♪ 破壊、破砕、全反転し、闇よ光を識れ♪

 

 そこにキャロルとクリスの炎のレーザーが直撃し、吹き飛ばされる。

 

「!?!?!?」

 

 先ほどと違って簡単に防御を抜かれて、黒騎士は焦る。

 焦った彼は、ノエルに攻撃を指示。

 

♪ 0と1に鎮座した 音楽の源とは♪

 

 しかし、そんなノエルにセレナのリボンを巻き付けた響が組みつく。

 

「そう長く持ちません!」

「一瞬で十分!」

 

 セレナの忠告にそう返し、響は拳を叩き込む。

 ノエルの体に衝撃が走り、彼女はそのまま空へぶん投げた。

 

♪ 二元論、始祖と終極♪

 

 ノエルは何とか体勢を整え、糸を走らせるが──キャロルの風の錬金術で簡単に切られる。

 

♪ 「世界を識る……」その言葉通りだ♪

 

「──!?」

 

 さらに、ノエルの身に水が叩き付けられ──氷へと変化し、その身を拘束される。

 

♪ Swear song 心が分かり合うためにも♪

 

 さらに、空から巨大な金属──否、コインがノエルの氷を砕きながら地面に叩き付けられる。

 

♪ 万象、万物を読み解こう♪

 

「セレナ!」

「響!」

『──!』

 

 翼がセレナを呼び、クリスが響を呼ぶ。

 それで彼女たちの意図を察した二人は、黒騎士に向かう。

 

♪ 血肉を焼かれても守り紡ぐ♪

 

 黒騎士が向かってくる響に向かって剣を振り下ろすが、セレナのリボンが腕に巻き付き軌道をズラす。

 

♪ 愛が託した命題を♪

 

 拳を一発腹部に叩き付け、拝んだ隙に背負い投げで黒騎士を投げ飛ばした。

 

♪ さあ……宇宙が傾く歌に爆ぜよ♪

 

 そして、黒騎士が飛んで行った先は──ノエルの居る場所で、既にキャロルは術式を起動させていた。

 

「やめろ……やめろおおおお!!」

 

 黒騎士が最後の足掻きに、叫びながら斬撃を飛ばすが──。

 

♪ ……Check mate♪ 

 

 キャロルの火、水、雷、世界を反転させる衝撃が二人を包み込み──。

 

──エレメンタルユニオン

 

 ノエルとエルフナインを、ネフィリムの呪いから引き離した。

 

 

 ◆

 

 

【……!】

 

 倒れ伏す黒騎士の前に、気絶しているエルフナインとノエルが居た。

 二人からは、己が施した呪いの気配が全くしなかった。

 分解したというのか──闇を、怒りを、呪いを。

 認める事ができなかった。認めたら、此処まで生き永らえてきた自分は──何だったのか。

 

【──っ!】

 

 黒騎士は、限界を超えた身体を動かしてノエルに向かって駆け出した。

 再びあのホムンクルスを吸収し、憎しみを増幅すれば──。

 

 しかし、空から降ってきたある人物の拳によって地に沈められた。

 

「──言ったでしょう。仲間を助ける為なら、わたしは不死鳥の如く蘇ってみせるって。この子を助けてみせるって」

「姉さん!」

 

 戻って来たマリアに、セレナが喜びの声を上げる。

 

「マリアが来たって事は──」

「遅くなったな、翼」

「奏!」

 

「ただいまデス!」

「酷い目にあった……」

「切ちゃん! 調!」

 

 シャトー潜入組が戻って来た頃により、ますますネフィリムの勝ち目が無くなった。

 それが許せなくて──彼は、もう全てを壊す事を決めた。

 

【──!】

「おっと」

 

 マリアを振り払い、その際片腕が捥げたが構わない。

 黒騎士は装者たちから離れると──大量のテレポートジェムを取り出し、ありったけのアルカノイズを召喚した。

 

「今更ノイズ!」

「観念しろネフィリム! お前はここで終わりだ!」

 

 セレナとマリアが叫び──しかし、次に彼が取り出したものを見て顔色を変える。

 ネフィリムが取り出したのは──ソロモンの杖だった。

 

「何故それを!?」

「隠し持っていたのデスか!」

 

 ネフィリムは、その取り出した杖を──自分に突き刺した。そして、大量のノイズを呼び出し、その身に吸収を始める。さらに、呼び出したアルカノイズすら吸収し、その身を宿るアカシアのデータを元に──ある存在へと姿を変えた。

 

 それは、ある世界で災厄と呼ばれるモノの成り損ない。

 その存在感も、力も、大きさもオリジナルとは程遠いが──溢れ出る呪いは、世界を壊すだけの力を持っていた。

 

 黒騎士? ネフィリム? ──否、ブラックナイト。

 ブラックナイトは、巨大な禍々しい手のような姿で、掌にある目で地上を見た。

 

「──バビロニアの宝物庫で何か喰ったか」

 

 赤黒い呪いを撒き散らすブラックナイト。見上げ、睨み付けながら、キャロルは呟いた。

 このまま放っておけば、世界は呪いに包まれ──父との命題を果たせなくなる。そして、家族との想い出を失ってしまう。

 しかし、キャロルのラピスだけではあの特大な呪いを払う事は難しい。

 

 あともう一つ必要だ。

 そしてそのもう一つは、既に此処にある。

 

「立花響!」

「──なに?」

「──お前が可能性だ」

 

 キャロルは──ずっと彼女を見ていた。

 

「本来なら記憶を失い転生を繰り返すアカシアを繋ぎ止めた唯一の存在」

 

 取引でガリィをヒトデナシに貸し、回収した想い出を見て──胸糞悪い想いをした。

 

「これを奇跡と言わず、何という」

 

 しかし──立花響は闇に堕ちずに此処にいる。

 

「ノエルがお前のガングニールには器しか無いと言ったな──ならば好都合」

 

 故に、彼女は立花響に可能性を感じた。

 そんな彼女をこの世に顕現させたのは──立花洸である。

 

 キャロルには、彼に借りがある。

 だからこそ、彼女は洸を保護した。

 

「手を繋げ──お前の大切な者と! そして咲かせてみせろ──お前たちの勇気という花を!」

 

 響は、キャロルの言っている事が分からなかった。

 だが──コマチと手を繋ぐのは好きだった。

 

「──コマチ!」

「ブイ!」

 

 響の肩の上にコマチが乗る。

 それは、いつもの光景だった。

 正直、キャロルの言う可能性や奇跡よりも──これが自分たちらしいと思った。

 

「キャロル、オレ達にできる事は無いのか?」

「アカシアの力を使って結界を張って欲しい」

 

 アカシアは、どんな姿になっても誰かを守る為の力は何時だって使えた。

 アカシアの力を取り入れた翼達のギアなら、必ずその力が使えるとキャロルは言った。

 

「むしろ、奴を倒した後が気掛かりだ──頼めるか?」

 

 もし、キャロルが独りなら──ここで終わっていたのかもしれない。

 しかし、彼女は──もう一人じゃない。

 

『──任せろ!』

 

 装者達は威風堂々にそう言うと、手を天に掲げる。すると、それぞれが力光となりてブラックナイトを包み込み──虹色の光球が出来上がった。

 

「あそこがラストステージだ──着いて来れるか?」

 

 キャロルの問いに、響は──コマチと共に強く頷く。

 そして。

 

「この戦いが終わったら──聞かせて欲しい。君の家族の事を」

「ブイブイ!」

 

 終ぞアカシア・クローンと戦わなかった響は、キャロルの家族を……コマチの友達の事を知りたいと思い、真っ直ぐな目で彼女を見る。

 その言葉に、その眼にキャロルは──嬉しそうに笑った。

 

「一晩では足らん──オレ達の想い出はな」

「ブイブイ!」

 

 だったらそのガールズトークの為にも、世界を救わないとね! 

 と、コマチが言い、響は普段と変わらない日陰に呆れながらも笑い、その光景を見てキャロルはあの日の事を想い出し──必ず守り通すと決意を新たにする。

 

「──行くぞ!」

 

 キャロルが飛び、響はコマチのサイコキネシスで彼女の後に続き──結界の中に入る。

 

 最後の戦いが、始まる。

 

 

 第十七話「世界を識るための歌」

 

 

【キャロル……タチバナヒビキ……そして、アカシア……!】

 

 結界内に入ると同時に、氾濫する呪いが響達を襲い、頭の中に直接怨嗟の声が響く。アカシアの力でテレパシーを使っているのだろうか。

 コマチはすぐ様力を使ってシャットダウンし──響とキャロルは、敵を見据える。

 

「デカい……」

「それだけではない──来るぞ」

 

 キャロルの言葉と共に現れたのは、ブラックナイトの欠片。

 骨だけで作られた竜の形のソレは──視界を埋め尽くす程に、それこそ無限大と言っても過言では無い程に現れた。

 

「っ……」

「ブイ……」

「──臆するな! オレに続け!」

 

 二人を叱咤し、キャロルが前に飛び出す。そしてすれ違い様にラピスの輝きでブラックナイトの欠片の一体を倒す。

 響も続き、ブラックナイトの欠片の一体と戦闘を行うが──。

 

「こいつ、無駄にタフ!」

 

 殴った感触から、かつてレックウザとなったコマチと同程度の力を有しているように思えた。

 それが視界を埋め尽くす程に存在し──彼女は思わず叫ぶ。

 

「ねえ、他の皆は──」

「奴らでは無理だ!」

 

 しかしキャロルが一刀両断する。

 

「呪いに満ち溢れたこの空間に入れるのはラピスを持ち浄化できるオレと、耐性のあるお前とアカシアのみ! 他の装者では破壊衝動に呑まれ暴走する!」

 

 見れば、コマチはサイコキネシスで響を浮かしながら、しんぴのひかりで彼女を守っていた。

 

「それに、この空間を維持するのには相当の力を有する──七人の装者だからこそ、できた事だ」

「……? それってどういう──」

 

 響の言葉は続かなかった。ブラックナイトが光線を放ち、咄嗟に防ぐも弾かれてしまった為に。

 

「ぐ──」

「ちっ」

 

 キャロルが援護に回ろうとするが──その行手をブラックナイトの欠片達が阻む。

 

 下に堕ちて行く響だったが、コマチの力で体勢を整える事に成功。

 

「ありがとう」

「ブイ」

 

 礼を一言述べ、キャロルの元に戻ろうとして──。

 

「──どうして?」

「……え?」

 

 ふと、聞き慣れた声がし、そちらに視線を向けると──そこには、響がいた。

 

「──わたし?」

「ブイ!?」

 

 響とコマチが戸惑う中、目の前の響は言う。

 

「なんで世界を救おうとするの? 壊れても良いじゃん──わたしを苦しめた世界なんて」

「──」

 

 響は理解した。これは、ブラックナイトの呪いが見せる幻影だ。

 そして、それと同時に──過去の自分。

 彼女は、目の前の自分と向き合う。

 

「辛かったよね? 苦しかったよね? 悲しかったよね? それでも生きていこうと思って──わたしは耐えられなかった」

「学校でわたしを虐める奴らが憎い。家に石を投げる奴が憎い。家族を傷付ける奴らが憎い」

 

 次第に、響の憎しみは増大して行く。

 

「助けてくれない世界が憎い。わたしを地獄に落としたキッカケを作ったツヴァイウィングが憎い。──逃げ出したお父さんが、憎い」

「……」

「ねえ、そうでしょ? アナタもそう思うでしょ? だからお父さんにあんな酷い事言えたんだ!」

「そうだね。酷い事言ったね」

「でもこんなんじゃ、足りない! もっともっともっと──」

 

 

「──でも、お父さんはわたしを助けてくれた」

 

 増大する響の憎しみは──響の言葉であっさり止まった。

 響は、全てを憎んでいる響は訳がわからないと叫ぶ。

 

「そんなの、ただの咄嗟の行動で、どうせまたわたしを捨てる!」

「そうかもしれない。……今まで逃げていたから」

「だったら!」

「──それでも、わたしのお父さんだから」

 

 響は、洸に助けられた時嬉しかった。

 気を失った父を見て胸が騒ついた。

 ──彼女はやはり、なんだかんだ言っても、逃げ出した事を許せなくても、家庭をぐちゃぐちゃにしてしまった負い目を感じても──立花洸の事を、父の事を愛している。

 

「──そんなの」

「……」

「そんなの一時の気の迷いだ! アンタだって、アイツの事を憎んで……!」

「……」

「また裏切られるかもしれない! それでも平気なの!?」

 

 目の前の自分の叫びを聞いて、響は過去を思い出す。

 何故奏の言葉を忘れずに居られたのかを、その源を──彼女が忘れ、そして今再び得た最強の言葉を口にする。

 

「──へいき、へっちゃら」

「──」

「今はコイツが、未来が──皆が居る」

「──」

「だからアナタも──生きるのを諦めないで」

 

 そうして響は、目の前の、呪いに犯された──死にたいと思っていた時の自分に微笑みかけた。

 それに目の前の響は──。

 

「──へいき、へっちゃら……か」

 

 その言葉を胸に──最後は笑顔を浮かべて光となり、呪いは祝福へと転じた。

 キラキラと輝くそれに響が触れた途端、彼女の頬に涙が伝う。

 

「ブイ」

「ん……何でもない。ただ──」

 

 こうやってわたしは誰かにへいきへっちゃらって言って欲しくて。

 でも自分が気付いていないところで助けられたのだと、今理解した。

 ただ、それだけだった。

 

「ねぇ、コマチ」

「ブイ?」

「わたし、コマチの力で戦うのが怖い」

 

 響は──アカシアの力とシンフォギアのデュオレリックシステムが苦手だ。

 まるでコマチを兵器のように扱うそれに。実際は翼達は想い出を胸に立ち上がり、明日へと向かう力へと昇華させたが──響は違う。

 かつて、紫電の力を憎きノイズを倒す為に酷使していた時のことを思い出す。

 あの時確かに響は戦う為の力として使っていた。

 だから──ノエルに、自分のガングニールにはアカシアの力が無いと言われた時、ホッとしてしまった。

 

 ──だが、今は違う。

 

「コマチ、わたしと一緒に戦って」

「……」

「アイツを倒す為じゃない。アンタと過ごす、この心地良い世界を守る為に」

 

 響の言葉に、コマチは──。

 

「ブイ!」

 

 笑顔で、当然だと答えた。

 

 ──彼女達の気持ちが一つになった時、祝福が二人を包み込み、奇跡が起きる。

 

 コマチの体が光り輝く。

 そして、呪いを照らす八つの光が彼にさらなる力を与える。

 

 それは、コマチに感謝したアカシア・クローン達が授けた彼らの力。

 その力はコマチと共鳴し、彼の潜在能力を全て上げる。

 

 ──ナインエボルブースト。

 

 彼のとっておきの中のとっておき。

 コマチは、その身に宿す力を──響へと。

 

 しかし、託すのではない。バトンタッチするのではない。

 一緒に戦うのだと。一緒に守るのだと。一緒に明日へ向かって歩くのだと決めた決意は──二人を一つにする。

 

 響が右手を翳し、日陰がしっかりと握る。

 

「──融合!」

「ブイ!」

 

 そして、反対の手を翳し、託された力が宿る。

 

「──進化!」

『ヴイ!』

 

 彼女の胸の歌が──溶け合って、さらなる旋律を奏でる。

 

「この手に花咲く勇気を!」

 

 響は、その名を叫んだ。

 何時だってコマチと共に走り抜けた──その撃槍の名を。

 

「──ガングニィィィイイイイイル!!!」

 

 光が闇を照らし、呪いを祝福へと変える。

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・ラストシンフォニー。

 

 

 ◆

 

 

 虹色に輝くマフラーが靡き、純白のギアを纏った響が、拳を握り締め、そして──。

 

 ──リッくん先輩のコメットパンチ! 

 

 響の横に、波導の勇者が現れ──そのまま共に技を繰り出した。

 それを結界の外で感じ取っていたマリアは思わず呟いた。

 

「──リッくん先輩?」

 

 彼女が戸惑うのも無理はない。

 シャトーで出会ったマリアの中にあるリッくん先輩ではなく、正真正銘のあの時のリッくん先輩の波導を感じたのだ。

 

【なんだ、それは──なんだ、その力は!!】

 

 ──アカシッククロニクル。つまり、アカシアの記憶。

 響は、響とコマチのこの力は、かつてアカシアが辿ってきた奇跡の記憶を歌と共に再現する力を持つ。

 その力は──彼の歩んできた記憶は、無限大程度では受け止めきれない! 

 

 ──コマチのシャドーボール! 

 ──アカシアのサイコキネシス! 

 ──アカシアのはかいこうせん! 

 

 かつて神と時間を共にしたアカシアが、その力を振るいブラックナイトの欠片達を落としていく。

 

 ──イグニスのだいもんじ! 

 ──インベルのぼうふう! 

 ──セレニィのむしのさざめき! 

 

 人と時間を過ごし、悔やみながらも、だとしてもと前に突き進んだアカシアの力が、敵を吹き飛ばしていく。

 

 ──アミのハイドロポンプ! 

 ──モビーのなみのり! 

 ──エールのあまごい! からのウェザーボール! 

 

 冒険の日々の中、刻まれたアカシアの記憶が全てをなぎ払う。

 

 ──インフィルノのねっぷう! 

 ──ヤンインのかまいたち! 

 ──ヒューのみずのはどう! 

 

 人と過ごさず、ひっそりと離れる時もあった。しかし結局人を助け、その尊さを胸に今日まで生きてきた。

 

 ──ぷーちゃんのうたう! 

 ──マサルのさいみんじゅつ! 

 

 共に歌った日もあった。

 共に騒いだ日もあった。

 全て、忘れてはいけない記憶ばかりだった。

 

 ──オヤジのメガトンパンチ! 

 ──ゴローのストーンエッジ! 

 

 しかし、それを忘れてでも──彼は人を助けたかった。

 

 ──ルーちゃんのアクセルロック! 

 ──イルのつじぎり! 

 ──シールのあくのはどう! 

 

 そして、彼は姿を変え、記憶を失って此処にいる。

 

 ──スラちゃんのへんしん! 

 ──スラちゃんのダイマックス砲! 

 

 彼はその事を後悔しない──そして、その隣を立花響は歩んでいく。

 

 ──リッくん先輩のはどうだん! 

 ──ぺろぺろまるのスパーク! 

 ──からの。

 ──光彦のボルテッカー!! 

 

 稲妻を身に纏った響はブラックナイトの欠片を蹴散らして行き──全てを倒した。

 

 それを見たブラックナイトは吠える。

 

【何故だ! 貴様らは良く知っている筈だ!】

 

 彼は、よく知っていた。彼女達の怒りを、呪いを、憎しみを。

 故に理解できない。自分の前に立ち塞がる事が。

 

【また戻るかもしれないんだぞ! 貴様らが苦しんだ世界に! それでも良いのか!!??】

 

 ブラックナイトが全てを破壊する呪いの光線を二人に放つ。

 しかし、二人はそれを受け止め──そのまま勢いよく突っ込んだ。

 そして──。

 

【良い訳ない! 我を倒しても世界が良くなる保証は──】

『だとしてもおおおおおおおおお!!』

 

 二人の浄化する力が、呪いを打ち消し──彼女達の拳がブラックナイトを貫いた。

 

「この奇跡で──」

「この花咲く勇気で──」

『オレ/わたしは、未来(あした)を掴み取る』

 

 ──ネフィリムは、奇跡の力によりその心臓を基底状態にし。

 ──そして、蓄積された呪いは全て浄化され。

 ──アカシアから学んだ初めての感情『憎悪』を失い。

 ──二度と起動する事は無かった。

 

 世界を識るための歌。それを鎮魂歌に──。

 




次回後日談で書き残してる事書きます。
ちなみに「融合!」は完全に作者の趣味です。
たのちぃ!


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メガシンカできないシンフォギア
後日談的なの


今後は毎日更新できそうにないのでタグ外しときますね


 

「……本当に行くの?」

「ああ。オレにはやる事があるからな」

 

 響の問い掛けに、キャロルは胸元の白金のペンダントに触れながら答える。

 

「エルフナインの事はよろしく頼む」

 

 唯一の気掛かりを口にしながら、キャロルはテレポートジェムでその場を後にした。

 あまりにもあっさりと、そそくさと立ち去る彼女に、響は一人ため息を吐く。

 ……そもそも、出迎える事が出来たのは響だけだ。彼女が追いついた時もキャロルは驚き、それと同時に少しだけ嬉しそうにしていた。

 

 ──後に、黒騎士事変と呼ばれる事件から三日後。

 キャロルは大きな別れと再会を果たした。

 

 

 ◆

 

 

「──お礼を言いますよ、ウェル博士。あなたのおかげで、エルフナインは助かりました」

「……」

 

 緊急治療室のベッドで横になっているノエルが、傍らに居るウェルに対して礼を言う。

 

 ──助けられたエルフナインだが、魔剣ダインスレイフの呪いにより寿命が削られていた。

 しかし、ウェルがかつてフロンティアで得た延命技術により、彼女は普通の人と同じ時間だけの自由を得た。

 

 ──それでも、ウェルの表情は優れない。何故なら……。

 

「賞賛は要りません──僕は、君を救う事ができないのだから」

 

 ──ノエルは、とうの昔に限界を超えていた。

 魔剣ダインスレイフ、ネフィリムの怨念を長く、濃くその身に蓄積させてしまったが為に魂はボロボロ、さらにダウルダブラを無理矢理使う為に肉体の分解、再構築した為にいつ朽ち果ててもおかしくない状態。

 

 それでもこうして意識を保っているのは──。

 

「ノエル!」

「……っ」

 

 入ってきたのは、元気に走り回る事ができるようになったエルフナインと、ノエルが目覚めたと聞いて駆け付けたキャロルだった。

 ノエルは、二人を見て──。

 

「すみませんでした二人とも──僕が愚かでした」

 

 ──ノエルは、二人に謝りたかった。

 その為だけに、意地だけでこうして生き永らえている。

 エルフナインは、その言葉を聞いて涙を流しながら彼に駆け寄る。

 

「そんな! ノエルは悪くない! 悪く、ない……!」

「それでも……家族を傷付けてしまった。パパの命題を間違えてしまった」

 

 ノエルは──酷く後悔していた。

 あれほど抱いていた恨みが、怒りが、憎しみが偽りのもので、それなのに家族を失う痛みをキャロルに強いて、エルフナインも巻き込んでしまった。

 

「エルフナイン、お願いだ」

「……何?」

「たくさん学んで欲しい。僕が目を逸らし、見ようとしなかった世界を。……SONGの人達は良い人ばかりだから」

 

 特にマリアは、敵だったノエルを救おうとしていた。故に、ノエルの話を聞き──一人涙を流していた。

 彼女だけではない。騙された筈のSONGの職員達全員が、彼が助からない事を聞いて悲しんでいる。少しの間、共に過ごした……ただそれだけで。

 

 だから、彼はエルフナインを預けることに迷いは無く、キャロルも賛同した。

 エルフナインは、ノエルの願いに──涙を流しながら強く頷いた。

 それが、自分にはない強さだと思った。

 

 ノエルは、次にキャロルを見る。

 

「キャロル、どうでしたか? 間違った自分を見るのは……?」

 

 ノエルは、キャロルにとっての鏡だった。

 

 父を失った事で世界を憎み、命題を完遂する為に誤った道を歩いたキャロル自身。

 彼に問いに、彼女は答えた。

 

「最悪だ」

「……そう、ですか」

 

 飾りも無い彼女の本音に、ノエルは納得し──。

 

「──だが、家族を失うのは……それ以上に最悪だ」

「──」

 

 キャロルの言葉に、ノエルの瞳が強く揺れる。

 

「アナタは……こんな僕を、家族だと、失うのは悲しいと──そう言ってくれるのですか」

「当然だ」

 

 簡潔に、即答で、迷い無く断言する。

 ノエルは、それが堪らなく嬉しくて──。

 

「──ありがとう」

 

 彼の未練を払うには十分で──ノエルは二度と目を開く事なく、安らかに眠った。

 

 

 ◆

 

 

「……」

 

 キャロルは、レイアの妹の頭の上に乗り海を渡っていた。

 唯一生き残った家族の一人だ。

 ……彼女は、姉が居なくなって寂しそうだが──それでもキャロルに着いて来てくれた。それが嬉しいと彼女は思う。

 

 キャロルは、記憶の中で気になる事があった。

 父と会話していた謎の影。

 その男を、キャロルは知っている。思い出した。

 

 しかし──どうにも腑に落ちない。

 記憶の中の彼と、今現在の彼は──あまりにも存在が隔離している。

 

 キャロルの知らない間に、何かがあった。

 そう判断した彼女は──姿を晦ましているあの男を探し出すためにも世界へと飛び出した。

 

「……そういえば」

 

 キャロルは、ふと思い出した。

 立花洸の事を──そして、立花響の事を。

 

 

 ◆

 

 

「正直、まだお父さんに対しては……許せない気持ちもある」

「響……」

 

 洸が目を覚まし、体調が回復したところで……親娘は向かい合って話し合っていた。

 傍にはキャロルとコマチがおり、二人を見守っていた。

 洸は、響の言葉を受けて仕方ない事だと受け入れる。

 が──。

 

「でも、助けられた時昔を思い出して嬉しかった。そして、その時の思い出があったから──わたしは、お父さんを許したいと思った」

「──」

「お父さんは……どう思っているの?」

「……オレは」

 

 洸が、胸の内に燻っていた思いを告白した。

 

「仕事を失って人生が無茶苦茶になって……オレは辛かった」

「……」

「でもそれ以上に、逃げ出したオレの事が……今は一番許せない。辛い。……後悔している」

 

 ギュッと拳が力強く握り締められる。

 

「やり直したい……! みんなに謝りたい……! もう、逃げたくない!」

「──お父さん」

「響、こんな情けない父親だけど……許してくれるか?」

 

 彼の問いに、響は。

 

「許さない」

「……っ」

「戻って来て、わたしと一緒にお母さんたちに謝らないと……許さない。──わたしも、逃げたから」

 

 響がギュッと握り締められた洸の拳に触れる。

 

「だから、一緒に頑張ろうお父さん。そして元に戻りたい、わたしも……!」

 

 響は、涙を流しながらそう言って。

 

「──響!」

 

 洸の腕の中で、泣き続けた。

 まだ完全には取り戻していない。父と母達の間には、響と母親達の間には溝があるだろう。

 それでも響は、洸は「へいき、へっちゃら」だと歩み寄るのを恐れない。

 

 繋ぐ事がもうできないと思われた手と手が繋がれたのだから。

 

 コマチはその光景を号泣しながら眺め、キャロルは一人笑っていた。

 

 

 ◆

 

 

「今日はここで休もう」

 

 そう言ってキャロルとレイアの妹は、無人の島に上陸した。

 食事の後、錬金術で寝床を整えて睡眠を取り。

 そして、キャロルは──優しい夢を見る。

 

 

「──マスター」

 

 聞き慣れた声に、キャロルが目を開けると──そこには、失った筈の家族がいた。

 

「ここは……」

 

 周りを見渡すと、そこに映る景色は無人島のソレではなく、シャトー内の……大切な想い出、楽しき日々を過ごした場所であった。

 そして、目の前にはガリィが居た。

 こちらを見て性根の腐った笑顔を浮かべていた。

 

「まだ寝ぼけているようですねマスター? そんなんだと、イタズラされちゃいますよ?」

 

 クスクスとそう述べるガリィ──に、水がぶっかけられ、さらに吹雪が彼女を凍らせる。

 

「ギャ!? な、何しやがるこの鰻野郎! パッツン氷!」

「シャワー(マスターに近寄る邪悪を冷凍保存しようかと)」

「シア(というかイタズラするのアンタくらいじゃん)」

「くそ……! 良いから溶かせこのブリッ子ども!」

「シャワ!! (お前には言われたくないわ!)」

「シア!! (鏡見ろ性悪人形!)」

 

 そう言って二匹は凍って動けないガリィの体を転がしてキッチンに向かう。どうやら冷凍庫に入れるつもりらしい。

 ガリィの怒号を聞きながら、キャロルは呆然とする。

 そして、そんなガリィ達と入れ違うようにしてファラとリーフィアが入って来た。

 

「何だったのでしょう、今のは」

「リー(某達には預かり知らぬ事。放っておけば良い)」

「そう、ですか」

 

 困惑し切ったファラに、やれやれと呆れ顔を浮かべるリーフィア。

 早々に先ほどの記憶を忘却の彼方に送ると、ファラ達はキャロルを見て首を傾げた。

 

「マスター、如何なさいました?」

「リー? (まさか、先程の問題児達が何かやらかしたので……? もしそうなら彼奴らに腹を切らせましょう。介錯は某が)」

「リーお姉さま、過激でごさいます」

 

 忠誠心が強く暴走しがちなリーフィアを、まぁまぁと落ち着かせる。

 このまま放置すると本当に実行に移しかねないからだ。

 

「リー……(しかしだなファラよ)」

「それよりも、ほら例の件が」

「……っ。リー! (! そうだったな!)」

 

 では失礼します! 

 そう言ってリーフィアは部屋の奥へと駆け出して行った。その後をファラが可愛らしいなと微笑みながら着いて行った

 視線を辿ると、どうやら武器庫に用があるらしい。……物騒な事はしないでくれよ、とキャロルは思う。

 

「あー……ガリィ何処に居るんだ〜……お腹ペコペコだゾ〜」

「ブー(頑張れミカ)」

 

「地味に暇だな……」

「ダース……(ホンマ頼むから妙な事はすんなよ? フリやないで?)」

 

 次に入って来たのは頭にブースターを乗せたミカと、サンダースを連れて思案顔を浮かべているレイアだった。

 

 まず先に、ミカがキャロルに尋ねた。

 

「マスター、ガリィを見なかったか? 見つからないんだゾ……」

「……シャワーズとグレイシアにキッチンに連れて行かれたな」

「キッチンか! 分かったゾ!」

「スタァ……? (なんでキッチン……?)」

 

 ミカが元気良く走り出し、彼女の頭の上でブースターが首を傾げる。

 それを見送ったレイアが、そう言えばと自分の妹とその傍に居るニンフィアへと映像通信を繋げる。

 

「ニンフィア、仕上がりはどうだ?」

「フィア! (完璧よ!)」

『──!?』

 

 それを見たサンダースとキャロルはギョッとした。何故なら、レイアの妹に巻き付けられているリボンがピンク色に変わり、さらに光を灯していたからだ。

 心なしかレイアの妹は疲弊し切っていた。

 

「ダース(なんて酷い事を)」

「む、この派手さが分からないとは地味にナンセンスな奴」

「フィ〜(ナンセンス〜)」

「ダース??? (お前らシバいたろか???)」

 

 サンダースが額に青筋を浮かべていると──二つの爆音と共にシャトーが揺れた。

 あわや襲撃かとサンダースとレイアがキャロルを守る位置に着くと、しばらくして……キレているノエルにロープでぐるぐる巻きにされ、引き摺られているガリィ、シャワーズ、グレイシア、ミカ、ブースターと、その後に続く呆れ返ったブラッキーが。

 反対からはこちらもまたキレているエーフィが、ファラ、リーフィア、エルフナインをサイコキネシスで拘束して運んできた。

 罪人のようにキャロルの前に座らせられた彼女達は──ノエルとエーフィがそれぞれ何があったのかを確認し合い、それから説教を始める。

 

「キッチンは遊ぶ場所ではありません! 料理をする場所です! 何で凍ったガリィを保管したり、爆発する必要があるんですか!?」

「フィー! (テンション上がったからって武器庫で戦わないでください! 案の定爆発してるじゃないですか!)」

「ブラ……(今日はまた一段と凄い日だな)」

 

 怒り心頭の二人に、ブラッキーはため息を吐いた。だいたいエーフィかノエルがやらかしたメンツに説教をするのだが、二人同時は珍しい。

 キャロルの前で罪を白日の元に晒されるので、何気にダメージもデカい。

 

「あの、何でボクまで?」

「フィー? (何徹?)」

「……」

「フィー(有罪)」

「弁護の機会は!?」

 

 当然そのような物は認められず、彼女達は延々と説教され続けた。

 そんな、見慣れた光景の──しかし、もう二度と見る事ができない愛しき日常にキャロルは──。

 

「──ヴイ」

 

 ポスンと膝の上に重さと温もりを感じた。

 キャロルは、視線を下げて──ソッと自分の甘えてくる家族に触れた。

 

「イヴ……」

「ヴイ?」

 

 ──なぁに、キャロルちゃん? 

 白い体毛をキャロルに撫でられ気持ちよさそうにしながら、その宝石のように綺麗な瞳を向けて首を傾げるイヴ。

 そんな彼女にキャロルは微笑みかけ。

 

「いや、何でもないよ。ただ──」

 

 もう少し、このまま。

 この優しき夢を。

 どうか、どうか……眠っている間だけでも浸らせてくれ。

 

 キャロルはしばらくの間──想い出の中で家族との日常を過ごした。

 その存在をしっかりと感じるように、刻むように。

 



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入れ替わり的なの

 

「──よし、今日はこれまでにしましょう」

 

 マリアのその言葉を聞いて、俺と響ちゃんは融合を解いた。

 お疲れ様響ちゃん! 大丈夫? 疲れていない? 

 

「……ん、大丈夫」

 

 響ちゃんはいつもと変わらない様子で頷いて、俺はそれにホッとする。

 響ちゃんの……いや、俺たちの新しい力はまだ分からない事があるからね。色々と心配しちゃうのさ。

 かつてガングニールと融合していた響ちゃんは、後もう少しで人で無くなる所だった。だから、俺と融合する事でその時と同じ事が起きる──そう危惧したのだけれど、杞憂に終わりそうで良かった。

 ウェル博士とナスターシャ教授が調べ尽くした結果、ガングニールの時みたいな事は起きないとお墨付き。

 後は使いこなせと言われて、マリアに訓練相手として手伝って貰っている。

 

「それにしても凄いわね、その能力の多彩さはは」

 

 マリアが俺達の新しい力に対して、感心したように言う。

 アカシッククロニクル、タイプ・ラストシンフォニーは確かに強力だけど、フォニックゲインが大量に必要でそう簡単に使えない。

 でもその代わりの力がある事が判明し、日夜鍛えている。

 ……あの子達が残してくれたおかげだ。

 

「でも今日は疲れたでしょうから、しっかり休みなさい。そして何か不調があればすぐにミスターウェルに報告するように」

「うん、分かった」

 

 オッケー! 

 俺達はマリアの言葉に素直に従い、その後はお風呂入ってご飯食べて布団で眠って、そして──。

 

 

 ◆

 

 

 ──ん。

 

 ふと、目が覚めて体を起こす。二課に所属してから健康的な生活を続けた結果、目覚まし無しで起きる事ができるようになった。反対にコマチはぐっすりと眠っていて、わたしが起こさないと起きない。

 だからいつものように起こそうとして──目の前の光景に固まった。

 

「すう……すう……うへへ、もう食べられないよぉ」

 

 そこに居たのは、だらしない顔をしたわたしで。

 

「ブ──!?」

 

 そして、自分の口から漏れ出たのはコマチの物で。

 わたしは急いで備え付けられている鏡に向かい──そこに映るコマチ、いやわたしに……思わず叫んでしまった。

 

「ブウウウウイ!?」

 

 何がどうなっているの!? 

 何でわたしがコマチに!? 

 そんな風に混乱していると──ヒョイっと抱えられる。

 誰だと振り返ると……。

 

「響ちゃ〜ん。朝からそんなに騒いじゃダメだよ〜」

 

 わたしを抱えたのは、多分わたしの体と入れ替わったコマチで。

 そして寝惚けてるのかそのままわたしごと布団の中に入り──。

 

「──ブイ!? ブイブイブイ!」

 

 いやいや! 寝ている場合じゃないって! 

 起きてコマチ! コマチ! 

 

「うへへへ……ご飯&ごは〜〜ん」

 

 コマチィィィィィィイイイイイ!! 

 

 

 ◇

 

 

「どーしてこうなったんだろうね?」

「ブイ……」

 

 そんなの、わたしが聞きたいんだけど……。

 あの後、何とかコマチの目を覚まさせて、コイツにも現状を理解して貰い、落ち着くのに時間が掛かった。

 思わずため息が出る。

 

「それにしても……」

「?」

 

 コマチはジッと自分の、というよりわたしの体を見て。

 

「いやー、その……良い体してますなー」

「ブイ!!!!!」

 

 ふんっ!!!!! っと尻尾を使って目の前のダラけ切った顔をぶっ叩く。

 

「いったい目がぁぁぁあああ!?!?」

「ブイブイ! ブイ!」

 

 次にそういうことを言ったら、本気で叩くから! 

 悶絶しているコマチに思わず怒鳴った。

 まったく……どうしてコイツは、その、え、えっちなんだ。

 

「とりあえず皆に報告しようか」

「ブイ……ブイ?」

 

 コマチの提案に賛同しようとし──ふと思い直す。

 今コマチはわたしの体に入っている。その状態で皆の前に出る? こんなアホ面しているコイツを? 

 ──ない。ないわ。絶対ないわ。

 

「ブイ」

 

 コマチ、この事は司令とミスターウェル、そしてマリア以外にはバレないように。

 

「え? なんで?」

 

 ──良いから!! 

 

「わ、分かった……」

 

 コマチの了承を得て。

 

「じゃあ、着替えるね」

 

 そう言ってグイッとパジャマを脱いだこの獣畜生に、デリカシーを叩き込む事から始めた。

 

 

 ◇

 

 

「俺……じゃなくてわたし、わたし、わたし──うん、良し!」

「……ブイ」

 

 とりあえず言動とか一人称、そして仕草を矯正した。これで何とかバレない筈……。

 現在わたし達は食堂に向かっている。できれば、そこに誰も居なければと思うけど……どうやらそうも言っていられないらしい。

 翼さんと奏さんが食事を摂っていた。

 

「ブイブイ!」

 

 わたしはコマチに釘を刺すことにした。

 良い? コマチ? いつも通りに接してよ? 

 

「いつも通り? うん? 分かった?」

 

 首を傾げながらもコマチは自信満々にそう返し。

 

「──翼さぁあああん! 奏さぁあああん! おはようございまぁああああす!」

『──!?!?』

 

 太陽のようにキラキラと輝く笑顔を浮かべて、元気に挨拶するわたしの体を持つコマチ。

 そしてそれを見た奏さんと翼さんは、信じられない物を見たと目を見開いて固まっていた。

 

「──ブイ!」

 

 ちょっとこっち来い。

 

「え? 何どうしたのひび──うわ!?」

 

 コマチを物陰に引き摺り込み、問い詰める。

 

 わたしは! 普段のわたしと同じように接してと言った筈なんだけど!? 

 

「あ、そっか。ごめんね響ちゃん」

 

 そう言って叱られた仔犬のようにしゅんとするコマチ。

 あああああああ! わたしの体でそんな顔しないでええええええええ!! 

 発狂しそうになって悶えていると、先程の衝撃から立ち直ったのか、奏さんと翼さんが駆け付けてきた。

 

「どうした響! 何か悪い物でも食べたのか!?」

「いや、奏。光彦じゃあるまいし、それはあり得ない。多分、疲れているんだ……」

「心外な。落ちている物を食べたりしませんよ。あ、でも5秒ルールは適応されます?」

 

 かなり酷い事を言っていたツヴァイウィングの二人だったが、コマチの言動を見て再び固まった。

 

 あーあ。もう無理だこれ。どうにでもなーれ。

 

 

 

「なるほど、精神が入れ替わったのか……」

「ブイ」

 

 司令とマリアには既に報告済みです。

 本当はメディカルチェックを受ける予定だったんですけど、コマチがご飯食べたいと駄々を捏ねて。

 

「なるほど──それにしても」

 

 奏さんの視線の先には、朝食を勢い良く食べているコマチの姿が。

 わたしの体だからか、食欲がいつもより凄いらしい。でも、乙女の体でそんな食べ方やめてくれないかなー。

 

「それにしても、さっきの響には驚いたぜ」

 

 しみじみと翼がそう言って、そっとコマチの口元にある米粒をヒョイっと取り。

 

「だが──それはそれで魅力的だ」

 

 いつものキメ顔でコマチを口説くように目を見つめ。

 

「あむ」

「は!?!?!?!?!?」

 

 しかし次の瞬間、コマチは翼さんの取った米粒をパクリと食べ、ペロリと舐めとる。

 そして──。

 

「ん──翼さんの味がする」

「──」

 

 無意識に、わたしから見ても艶やかな表情でそう言って──翼さんは顔を真っ赤にさせて倒れた。

 

「あれ? 翼さん?」

「あー、大丈夫だ。それよりも」

「ブイ」

 

 チラリと奏さんが、頬を赤く染めながらこちらを見る。

 ええ、そうですね。今のコマチを見て確信しました。

 

 ──コイツ、人の体でいつも通りの動作するから、威力が高い。

 

 これは、しっかりと見ておかないと。

 

「じゃあ、あたし達はこれで」

 

 そう言って奏さんは立ち去り──って。

 

「ブイブイ!?」

 

 見捨てるんですか奏さん!? 

 わたしがそう訴えると、ピタリと彼女は止まり。

 

「響──生きるのを、諦めるな」

 

 それだけ言い残し、ダッシュで逃げた。

 あの人、自分の名言使って乗り切ったつもりなの??? 

 

「えっと──分かりました、奏さん!」

 

 いや、アンタじゃないから! 

 はぁ、先が思いやられる。

 そう思っていると、新たな犠牲者が現れた。

 

「おはよう二人とも」

 

 ──げ。クリス。

 どうする? 隠すか? でもさっきのでそれは無理だと分かったし、ここは事情を説明して……この際わたしの羞恥心は良い。被害が広がる前に──。

 

「クリスちゃぁあああん! おっはよおおお!」

「きゃっ。ひ、響……!?」

「ブゥウウウウイ!?」

 

 ちょ、何してんのぁおおおお!? 

 わたしの叫びが聞こえていないのか、コマチはダラけ切った顔でクリスの胸の中に飛び込み、ギュッと抱き締めている。

 

「あわわわわわ……!」

「んー……やっぱりクリスちゃんは柔らかくて良い匂い」

「にお!?」

 

 コマチの発言でクリスの顔が真っ赤になり、目がグルグルと回る。

 あーもう。ダメだこれ。わたし明日からどんな顔してクリスと会えば──。

 

「──良いよ」

 

 ──ん? 

 

「響なら──良いよ?」

 

 そう言ってクリスは瞳を揺らして──って。

 何が!? 良い!!? んですか!?!? 

 

「……良く分からないけど、わーい!」

「はぅ」

 

 コマチがさらにギュッとクリスを抱き締めて──彼女はそのまま気絶した。

 ……ほんっっっっっっっとに、明日からどういう顔して会えば良いんだ……! 

 

 

 ◇

 

 

「いやはや、愉快ですね。こんな事象見たことありません」

 

 眼鏡破るぞこの野郎。

 

「響ちゃん。女の子がそんな汚い言葉使ったらメ!」

 

 そう言ってわたしを抱き締めるコマチ。

 くそ、普段と逆転しているから何も出来ない。

 

「それにしても、何故入れ替わったのかしら」

 

 マリアが思案顔で呟くと、ナスターシャ教授がその疑問に応えた。

 

「かつて響さんはガングニールとの融合症例でした。そしてあの力も本質は同じです」

 

 まぁ、融合してるからね……。

 

「溶け合って分離を繰り返している内に、精神の境界線があやふやになってしまった。そう考えると妥当でしょう」

「それじゃあ、もうこの力は」

 

 ……あの力を使えなくなるのは寂しい。

 わたしもコマチもそう思ってしまった。

 手を繋いで、明日に向かうあの力を──そんな目で見たくない。

 

「安心してください。ダイレクトフィードバックシステムの応用で何とかなります」

「え? 本当!?」

 

 コマチがウェル博士に詰め寄り、彼は仰け反りながら頷く。

 

「はい。それに、響くんのガングニールのメンテもしないといけなかったですから丁度良かったです」

 

 マリアに引き離されながら、コマチはホッとした顔を浮かべる。

 かく言うわたしも安心した。

 ……あの力は、温かいから。

 それにしても。

 

「ブイブイ」

「ふむ……? すみません、通訳を」

「えっと、ガングニールのメンテって多くない? って言ってる」

 

 コマチがわたしの言葉をウェル博士に伝えると、彼は「ああ」と眼鏡のズレを直しながら答える。

 

「やはり気になりますからね。託した僕が言うのもなんですが」

 

 わたしのガングニールは、ウェル博士から未来に、未来からわたし……いや、神獣鏡の光からコマチの紫電が守った事を考えると、未来とコマチからわたしに渡ってきた歌だ。

 だから彼には感謝している。それと同時に思う。何をそんなに気にしているのかと。

 

「いえ……キリカくんの為に集めた聖遺物ですが、全てが全てフィーネから手に入れた物では無いのですよ」

 

 そう言って、彼は──ウェルは苦虫を噛んだような顔をして言った。

 

「かつて、我々を支援していた組織が居まして、そのトップから押し付けられたのが──このガングニールと神獣鏡」

 

 そして、と彼は続けた。

 

「響くん。君を利用して企んでいるヒトデナシ──その男こそが」

「──ブイ」

 

 まさか──。

 

「……あの時、響くんを救ったのは間違い無く未来くんの愛だと、今でも思っています。

 しかし、その愛を利用した不埒者が居る。だから僕は、あの輝かしき愛を汚したくないのです」

 

 そう言って、ウェルはコマチからガングニールを受け取った。

 ……本当に、此処にいる大人は。

 

「やっぱり優しいですねウェル博士」

「博士ではありません。……ところで」

 

 ウェルの視線が、部屋の隅に向かう。

 それに全員が見ないようにしていた物を見なくてはならなくて、微妙な顔をする。

 

「あのもう一人の不埒者はどうします」

「不埒者なんて失礼な。わたしの何処が不埒なんですか?」

「存在、ですかねぇ」

 

 呆れ返ったウェルの視線の先には、セレナが居た。

 それも、なんかコスプレ用の服を手に取って。

 そしてサイズ的に……マリアと今のコマチに着せるつもりのようで。

 

「セレナ。わたし、悲しいわ」

「待ってください姉さん! その台詞はこの服を着てからで! リッくん先輩も! ほら!」

「えっと、響ちゃん?」

 

 キタラ、ゴハン、ヌキ。

 

「──ごめん、セレナ。俺では君を救えない!」

「なんでそんな事言うんですか!」

「本当に救えないわよセレナ……」

 

 そう言ってマリアの頬に涙が伝う。

 うわー……アイツのあんな顔、早々見ないのに……。

 そう思っていると、コマチは何か思いついた顔をし。

 

「セレナ、その服を着る事はできないけど」

 

 そう言ってコマチは、マリアの背後に回り。

 

「こうやって、眼福な光景を見せてあげる事はできる」

「──!?!?」

「どうだ、響ちゃんとマリアのツーショットだ」

 

 その光景にセレナは。

 

「──アナタが神か」

 

 いや、神だけど。

 感涙して涙を流すセレナに呆れ、わたしはマリアを見て──さらにため息を吐いた。

 

 取り敢えずコマチ、程々にしてあげて。

 

「程々? ……うわ!?」

 

 コマチの腕の中にいるマリアは、顔を真っ赤にさせてカチンコチンに固まり、しかし乙女の表情を浮かべて気絶していた。

 

「マリアァアアアアア!?」

「まったく、騒がしいですね」

 

 ウェル博士のぼやきに、全くその通りだと頷いた。

 

 

 ◇

 

 

「──ここが天国か」

 

 ごめん未来。その反応既にセレナがしている。

 

「え、本当? それにしても──」

 

 ギューっと未来がわたしとコマチを抱き締めて幸せそうにしている。

 

「あの日の元気な響が大きくなった響と、いつものグレグレな響みたいなコマチ──最高……」

「あはは。未来ちゃんは甘えん坊だなぁ。よしよし」

「〜〜〜〜」

 

 物凄く幸せそうな顔をする未来に、わたしもコマチも苦笑している。

 そんなわたし達を調と切歌が見ていた。

 

「ほへー。昔の響さんってコマチみたいだったんデスね」

「科学でも説明できない突然変異」

 

 ……二人とも、今度訓練してあげるよ。

 実戦形式で。

 

「デデデデース!?」

「うあ、藪蛇だった。怠い」

 

 まったく。失礼な後輩にため息を吐いていると、切歌が聞いてくる。

 

「そういえば、いつ戻るのデスか」

「ブイ」

 

 ウェル博士曰く、反応から見るに明日の朝には直るらしい。

 それを聞いた未来が葛藤している。

 

「う……戻っちゃうのか。でも、普段の二人も大好きだし」

 

 わたしは未来が楽しそうで何よりだよ。

 それに。

 このままだと、コマチが戦わなくちゃいけないからね。だから戻らないといけないんだ。

 

「──本当に大切なんだね、その子の事」

 

 それはお互い様でしょう? 

 調の言葉に、そう返すと彼女はキョトンとして……そうだね、と笑った。

 

「あ〜〜〜〜。わたしったらどうしたら」

 

 ……未来は落ち着いて、ね? 

 

 

 ◆

 

 

「お、戻ってる」

 

 朝になり、響ちゃんが自分の体を確認する。

 俺もいつものプリチーなイーブイボディになっていた。

 いやー、昨日は楽しかったな。

 

「あ、コマチ」

 

 何? 響ちゃん? 

 

「──昨日、好き勝手してくれたね」

 

 ──あ。

 

「──おしおき!」

 

 ちょ、やめ、擽りは──あああ……。

 

 

 次入れ替わった時は自重しようと思いました、まる。

 



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前日談的なの

 

「ブイブイ……」

「響、本当に大丈夫? わたしたちも一緒に」

「ううん、大丈夫。お父さんも居るから」

 

 日本の港に止まっているSONG本部。

 どうやらメンテナンスを行っているようで、スタッフが慌ただしく動いている。

 それを尻目に、コマチと未来は心配そうな顔で響を見ていた。

 

 現在の響は、たくさんの荷物を持っており、これから何処かに出掛けるようで……その行き先を知っているコマチと未来はハラハラと落ち着きがない。

 そんな過保護な二人に響は呆れつつも嬉しく思った。

 しかし、今の彼女は──もう大丈夫だ。へいき、へっちゃらだ。

 もし故郷で過去と同じ目に遭っても、だとしてもと自分の意志を貫き通し、逃げる事は無いだろう。

 

「だから、待ってて。わたしを信じて」

 

 そして、ここまで強くなれたのは──傍に居てくれた目の前の陽だまりと日陰、そして仲間たちのおかげだ。

 彼女の真っすぐな目を見た未来とコマチは、物凄く心配だが──信じて送り出すことにした。

 

「──いってらっしゃい」

「ブイ」

「行ってきます」

 

 二人に見送られながら響は走って洸との合流場所まで駆けて行った。

 ──本当に強くなったなぁとコマチ達は思った。

 

「おや、どうしたんですお二人とも。こんな所で」

「ブイ!」

「あ、ウェル博士」

「博士ではありません、助手です……ふむ、どうやら響くんのお見送りのようですね」

 

 愛されていますねぇ、彼女。とウェルが笑いながら言うと未来は顔を赤くさせて照れ、コマチはえっへんと誇らしげに胸を張る。

 未来の反応はともかく、コマチの反応は理解ができず内心首を傾げるウェル。あの時とはまるで別人だな、と感慨深げに思った。

 

「……里帰りですか」

 

 遠くなった響を見てウェルが目を細める。

 彼女の過去は、SONGの人間なら全員知っているし、眉を顰めるものだ。それはウェルも同様で、人の汚い所を調たちの代わりに見てきた分敏感になっている。

 人は、時には残酷に手を取り合っていた隣人を平気で殺す。

 だから、響には無理をして欲しくないのが本音だが──この二人がこうして見送っているという事は、彼が介入しても変わらないのだろう。その事を察したウェルはそれ以上追求せず、逆に彼の格好を見た未来が疑問に思い尋ねた。

 

「そういうウェル博士もお出掛けですか?」

「ええ、そうですね。あの赤ゴリラと忍んでないニンジャに──」

 

 ──おいウェル。いい加減有休を消化してくれ。働きすぎられても困るんだが。

 ──少しはご自愛してください。さもないと強制的に休ませますよ。

 

「──っと、自分たちのほうが休んでいないのにこの船から追い出してくれやがりました。まったく……」

「仲良いんですねお二人と」

「やめてください、鳥肌が立ちます」

 

 ちなみに。

 弦十郎、緒川、友里、藤尭、ナスターシャ、ウェル、セレナは飲みに行く仲である。

 十分に仲が良かった。

 そして、だいたい酔いつぶれた人間を介抱するのはペースを守る友里、超人の弦十郎、緒川、そしてあまり飲まないウェルである。特にウェルはセレナの介抱をよく任されており、彼女のことを女性として見ていない。おんぶした状態で頭からぶっかけられればそうもなる。

 

「ブイブイ」

 

 コマチが何処かに行くの? と尋ねるとウェルは頷いて答えた。

 

「まずは行きつけのデパートに行ってお菓子を買って、その後は花屋ですね」

「花屋? ……あ」

 

 その言葉でウェルのこれからの予定を察したのだろう。未来が声を上げ、ウェルは気づかれたかと息を吐く。

 

「すみません、無神経でした」

「いえいえ、気にしないでください。別に隠すような事ではないのに、変な意地を張ったこちらが悪いのです」

 

 ウェルは滅多なことでは休暇を取らないが、毎週一日は何処かへ出掛ける。

 そしてその度に行きつけのデパートで彼の好みとは少し外れた……しかし大好きになったお菓子を買い、花屋で綺麗な花を買い──愛娘の名が彫られた墓前で手を合わせる。

 緒川と弦十郎から教わったこの国の亡くなった人への……愛していた人への弔い方を彼は続けている。

 欠かさず、急な任務があった際には終わったらすぐに向かう程度には。

 

「ブイ」

 

 流石の愛の人、とコマチが優しい目で見ると、ウェルはンベッと舌を出して言った。

 

「マリアさんみたいな事言わないでください」

「ははは。確かにマリアさんなら言いそうですね」

 

 しかも真っすぐ純粋に尊敬の念を持って言って来るのだから、ウェルからしたら背中が痒くなって仕方ない。

 

「では僕はこれにて」

「はい、行ってらっしゃい」

「ブイ!」

 

 二人に見送られてウェルは立ち去り──少しして、調と切歌が走って来た。

 

「あの助手、また何も言わず……!」

「デース。お見送りくらいさせて欲しいデス……」

 

 どうやら、ウェルに行ってらっしゃいと言うために急いで来たらしいが今回もまた間に合わなかったらしい。

 調の反応を見るに、ウェルが何かしらの工作を行っているみたいだ。

 そんな二人に未来とコマチは笑った。

 

 

 ◆

 

 

「暑いな……」

「だらしない……」

「響は平気なのか……?」

「鍛えているし、季節考えずベタベタしてくるのが居るから」

 

 響の脳裏にコマチが現れる。

 あついー、とけるーと言いながら引っ付いてプールに行かせようとする淫獣。

 でもなんだかんだ、我慢していた響を気遣っていたり。

 その事を思い出し、響は自然と笑みが零れた。

 

「……仲が良いんだな」

「うん」

 

 何せ、響をこの町で救ったのだから。

 だから、響も頑張ろうと思っている。父と共に。

 

「──あら、立花さん」

 

 そんな彼女たちに、声を掛ける者がいた。

 洸も響も聞き覚えのある声だった。かつて町内会で交流のあった人物であり──ライブ事件で生き残った響が非難され始めると、今までの交流が無かったかのように、冷たい態度を取り迫害に加わった女性だ。

 二人は体を固くさせて、しかし努めて冷静に挨拶を返す。

 すると、その女性は笑顔を浮かべて近寄ってきた。

 

「立花さんどこ行っていたんですか、長い間姿を見せないで」

「え、いや、あの」

「みんな心配してたんですよ? それに、立花さんの家の奥さんも大変で──」

 

 ──なんだ、それは。

 ──なんだ、その言葉は。

 ────なんだ、その態度は。

 

 響は、目の前の女性に、存在そのものに吐き気を催した。

 過去と向き合い、父に八つ当たりし後悔した響は、自分を責める彼女を心配する者の存在を知っている響は──間違えない。

 ゆえに思う。

 過去を無かったかのように接してくる。

 同じ人間だと思いたくなかった。

 

「──っ」

 

 目つきを鋭くさせた響が叫ぼうとした瞬間、洸が力強く彼女を止め、女性と向き合った。

 

「はい、私も十分承知しています。これから向き合って来ようかと」

「あら、いいわね。仲直りしたら家に来なさい。お祝いしましょう」

「いえ、そんなご迷惑を」

「良いってことよ。立花さんとうちの仲なんですから」

「……では、失礼します」

 

 背後から約束よー! と声を掛けられるが、二人は振り返る事は無かった。

 しばらくして、響が詰め寄る。

 

「お父さん、なんで……!」

「あそこで詰め寄っても仕方ないさ──それに、俺たちが関係を直したいのは彼女じゃないだろう?」

「……」

 

 確かにあそこで響が感情のままに叫んでも、事態は好転せずそれどころか悪化していただろう。

 洸はそれを大人の対応で流した。

 納得していない響だったが、荒れる感情を押し込んで洸の思いを尊重した。

 それを洸は嬉しく思い、響の頭を優しく撫で付ける。

 

 しかし、彼女たちにすり寄ってくるのは先ほどの女性だけではなかった。

 老若男女問わず、かつて響たちを迫害した者、距離を置いた者、遠巻きに見ているだけだった者、見捨てた者、たくさんの人たちが響たちに「おかえり」と言い、笑顔で出迎える。

 響は、それが溜まらなく気持ちが悪かった。

 ここまでくると、流石に二人も事態の異様さに気付き始める。

 

「響……」

「いざとなったらSONGの皆を頼る」

 

 彼女の言葉に、洸は頷いた。

 本来なら、家でゆっくりと話し合いたい所だったが──そうも言っていられないようだ。

 

 二人は足早に家に向かい──玄関先に立つ二人の姿を見て、嫌でも体が緊張する。

 響にとっては母と祖母。洸にとっては妻と義母。

 二人が逃げ出して、置いて行ってしまった家族。

 

「……」

 

 まず、洸が前に出て──手を差し伸ばした。

 それに、響の母と祖母が戸惑いの表情を見せる。

 手紙で、電話で話は聞いていた。彼がやり直したいと。

 しかし彼女たちは信じ切ることができずにいた──それでも、こうして会って話したいとも、言いたいこともあると思っていた。

 

 だから、一番最初に逃げ出した彼が手を差し伸べた事に、驚いた。

 洸は語る。

 

「信用できないのも分かっている。勝手なことを言っている事も分かっている。──許せない事も分かっている」

 

 それでも、と彼は一歩前に出る。

 

「俺にチャンスをくれ。今すぐじゃなくても良い。本当に嫌なら、二度と顔を見せない──ただ」

 

 洸は、響を見る。

 

「もし、響を許せないと思っているなら──どうかコイツだけは許してほしい!」

「お父さん……!?」

 

 彼が此処に来た本当の理由は──響を許して貰うため。

 確かに家族みんなと手を取り合って元に戻りたい。そうなれば最高だ。

 ただ──その前に、娘だけは温かい場所に戻ってほしかった。

 キャロルから全てを聞いていた。自分が居なくなった後のこと。コマチに助けられながら、それでも辛いことがあって、挫けそうになって──そして今があると。

 

「響が逃げ出したのも、家族がバラバラになったのも俺が不甲斐ないせいだ! 響は暗闇の中もがき続けていただけなんだ! ──だから、どうか……どうか!」

 

 洸の訴えは──響の母によって止められた。

 

「早とちりしないで……響のことを恨んでなんかいない」

「──お母さん?」

 

 母の言葉に、響が目を見開く。

 手紙でやり取りをしていた。

 温かい言葉を知っていたつもりだった。

 それでも、不安だった。

 だけど──。

 

「娘を恨むなんて、そんな母親失格な事はしたくありません」

 

 彼女はいつだって響のことを案じていた。

 

「いつもいつも心配で、コマチくんが傍に居るって思ってもやっぱりね……。

 大切な娘だから。掛け替えのない娘だから──」

 

 母が、響の傍に歩み寄り──ギュッと抱きしめる。

 

「あ──」

「こうやって、ずっと抱き締めたかった──ようやく、届いた」

「──お、かあ……さん」

 

 響の感情が、涙が──溢れる。

 ずっとずっと言いたかった言葉が──溢れ出る。

 

「お、かあさん……ごめんなさい……わたし……わたし──わたし!!」

「馬鹿ねこの子ったら」

 

 震える声で叫ぶ響を、より一層強く抱き締める。

 そして──彼女もまた、震える声で、涙を流しながら愛する娘に言った。

 

「──こういう時は、ただいまでしょう……!」

「──お母さん!!」

 

 ──何年ぶりだろうか。母の腕の中で泣いたのは。

 ──何年ぶりだろうか。母の温もりを感じたのは。

 ──何年ぶりだろうか。母に想いを告げたのは。

 

 二人は抱き締め合い、涙を流し続けた。今までの空白の時間を埋めるように。

 

「──敵わないなぁ」

 

 逃げ出した自分とは違い、娘を待ち続け受け止めた妻に、洸は思わず呟いた。

 

「洸さん」

「お義母さん……」

「正直、私もあの子も貴方のことは信じていません」

「……」

 

 仕方のないことだ、と彼は思う。

 それだけの事をしてしまったのだから。

 

 ──しかし。

 

「だから、これから見せてください」

「え……?」

「貴方があの子の夫として……響の父親としてやり直していけるのかどうかを」

 

 ──認めてはいない。しかし、彼女たちもまた歩み寄ってくれた。

 彼女たちもまた、元の家族に戻りたいと思ってくれていた。

 そう思ってくれたのは、おそらく──響が勇気を振り絞って手を繋いでくれたから。

 洸の手が握り締められる。響が、父と母の手を繋いでいた。

 

「もう、簡単には放さないから」

 

 ──だって、こうする事が正しいって信じているから。

 

(そうだよね──コマチ)

 

 響は、太陽のような笑みを浮かべて両親の手を強く強く握り締めた。

 家族との絆を取り戻すために。

 

 

 

 ──そんな彼女を、天に輝く黄金が照らし──。

 

 

 ◆

 

 

 そして、その日を境に千葉県の半分が消し飛び多くの人間が行方不明となり。

 その中には立花響とその家族、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの名が連なっていた。




次回からAXZ編に入ります


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第六部 戦姫絶唱シンフォギア 神殺英雄戦姫ヴァルキュリア編
第一話「錬金術師」


死を灯す永遠の輝き


「--モニターに反応あり!」

 

バルベルデ前線基地では、緊張状態が続いていた。

国連軍がこちらに近づいているという情報を得て、撃退指示が出されていた為に。

防衛ラインを超えられれば、バルベルデは瞬く間に拘束されてしまう。

ゆえに、モニターに反応が出たと同時に、兵士たちは武器を構える。

オペレートをする兵士も顔に緊張が表れておりーーしかし、モニターに映る反応を動きを見て顔色を変える。

 

「ちょっと待ってください! なんだこの反応……速い!?」

 

 車両にしては、現存する移動手段として用いられる乗用車にしては速い。

 故に、彼はすぐに気づき警告を発した。

 

「これは、間違いありません! シンフォギアです!」

 

 --彼の叫び声が響くと同時に、前線に展開されていたアルカ・ノイズが爆発と共に蹴散らされた。

 それを為したシンフォギア装者ーー天羽奏は、雷槍を振り払い爆煙を晴らす。

 

 --ガングニール・サンダーマグニフィセント。

 

 雷速で戦場に到着した彼女の視線の先には、武器を構え対空砲を守ろうとするバルベルデの兵士たちが。

 しかし……。

 

「普通の人間が、雷の速さに反応できる訳ないだろ!」

 

 そう叫んで、対空砲を雷速で移動し破壊する奏。兵士たちは突如背後の対空砲が壊されたことに驚き、そしていつの間にか移動していた奏に悲鳴を上げる。

 

「ひぃ!?」

「この野郎、よくも!」

 

 彼女に向けて銃、戦車の砲身が向けられーー空からの正確無比な狙撃が全て撃ち抜く。

 手に持った武器が壊れ、彼らが空を見上げるとーーそこには、翼の操るボードに乗りライフルを構えるクリスの姿が。

 あそこから全部狙い撃ったのかと動揺する彼らを、背後に回った翼が当身をして気絶させていく。

 その隙に奏とクリスがアルカ・ノイズを殲滅していき、それをモニター越しに見ていた兵士が司令官に伝えた。

 

「このままでは前線が崩壊します!」

「仕方ないーーアレを使え!」

「……っ、了解!」

 

 兵士が前線の仲間に通信で何か伝えるとーー戦場に変化が表れた。

 

「--なんだ?」

 

 戦車を廃車に次々と変えていった奏が、気配を感じてそちらを見ればーー召喚反応。そして、表れたのはーー鋼と大地の力を持つ鉄蛇のアカシア・クローン。

 アルカ・ノイズと同じく兵器として軍事政権に流出された異端技術。

 

「--■■■■!!」

 

 キャロルの作ったアカシア・クローンとは違い理性も感情もなく、兵器として作られたこのアカシア・クローンは、躊躇なく装者たちに襲い掛かる。

 三人は鉄蛇の攻撃を回避し、しかしその顔は苛立ちに染まっていた。

 ただでさえ虫の居所が悪いのに、家族の尊厳を汚す行為をされている。

 許せなかった。作ったあの組織も、そして使っている目の前の敵も。

 

「翼!」

「ああ!」

 

 翼とクリスがギアに宿る力を解放する。

 

 --アメノハバキリ・フリューゲル。

 --イチイバル・レイジングフレア。

 

 鉄蛇が尾を地面に叩きつけて地震を起こすが、衝撃が伝わる前に翼がクリスと奏を回収して空へと退避する。

 それを鉄蛇は顔を上げて咆哮を上げーー。

 

「--ごめんね」

 

 --FLAME RADIATION

 

 クリスの放った炎が鉄蛇を焼き尽くしーーそしてそのまま自壊した。

 それを見て三人は悲しそうな顔をする。

 先日起きたアレキサンドリア号事件で覚悟していた事だがーー兵器運用されたアカシア・クローンを救う方法が倒す事だけというのは、彼女たちには酷だった。

 

 しかし、敵は彼女たちが感傷に浸っている時間を与えてくれない。待ってくれない。

 アカシア・クローンがあっさりやられたのを見た司令官は、虎の子を呼び起こした。

 光が天に上り、空に現れるのは鉄の船。

 フローティングキャリア・正式名称SFC2番艦エスペランザ。

 異端技術によりありえない兵器ーーあってはならない兵器となり果てたモノ。

 人を殺すことしかできない悲しきモンスターはーー奇跡を起こすシンフォニーで鎮めよう。

 

 翼が空へと駆け、奏もまた雷光を纏い天高く舞う。

 

「させるか! 狙うぜ狂い咲き!」

 

 艦内にいる司令官は爆弾を二人に向かって落としーーしかし、全て斬り裂かれて無力化される。それを見た司令官はさらに無数のミサイルを放ち、己を害そうとする敵を撃ち落とそうとする。

 しかしーー。

 

「くそ! くそ! 何故落ちない!」

 

 翼と奏は、一羽の鳥のようにミサイルを避け、優雅に飛び続ける。

 焦りに焦った司令官は悪態を吐くことしかできずーー。

 

「--捉えた」

 

 地上で狙い定めていたクリスに気付かなかった。

 クリスは、スコープ越しに司令官を見てーー狙撃。

 弾丸は彼女の狙い通りに突き進み、艦の鉄壁を貫き、そしてーー。

 

「--へあ?」

 

 司令官に当たると同時に、炎の牢獄が形成されーーそのまま天井を彼を連れ込んだまま突き進んでいく。

 

「おおおおおおお!?!?」

 

 司令官は炎の牢獄の中から、何が起きているのか理解できずそのまま外へと放り出されてーー自分の横でとてつもないエネルギーを纏い、巨大化させた槍と剣を掲げる奏と翼の間に挟み込まれる。

 

「喰らいな」

「消し飛ばす」

 

 強い眼力で司令官を睨み付けながら、二人はアームドギアを振り下ろしーーそれを見た司令官は失禁しながら気絶し、フローティングキャリアは二つの刃で四分割され、大爆発を起こして消滅した。

 

 奏と翼は、それを見下ろしながら呟く。

 

「あとは国連軍に任せるか」

「……ああ」

 

 しかし、二人の表情は暗いまま。

 そしてそれは地上にいるクリスも同様だった。

 

 無理もない。何故ならーー響もウェルも、未だに見つかっていないのだから。

 

 

 第一話「錬金術師」

 

 

「パヴァリア光明結社。間違いなく彼らの仕業でしょう」

 

 千葉が半分消し飛び、多くの人たちが行方不明となった事件から三日後。

 調査の結果、マリアは集まった装者たちにそう断言した。

 それに補足するように、藤尭が発言する。

 

「事件当時、現場から10メガトン級のーーツングースカ級のエネルギーが検知されていました。また、同時にガングニールデルタ……響さんのギアの反応も検知されましたがーー」

 

 その後、反応は途絶し今日まで行方知れず。

 また、ウェルの端末の反応もその日に途絶えておりーーキリカの墓の前に破壊された状態で発見されていた。

 

「パヴァリア光明結社……私たちが起こしたフロンティア事変にて、FISを武装蜂起させた組織」

「それだけではありません。その組織はキャロルに支援活動を行っていました。チフォージュ・シャトーの建造。そしてアカシア・クローンの……」

 

 ナスターシャとエルフナインが、当時を思い出しながら付け加えた。

 

「それだけでは無いな。かつて、響くんの背後に居たのもまたこの組織だ」

「おそらく了子さんを消すために、当時復讐に囚われていた響さんを利用したのでしょう」

 

 どちらにしろ危険な組織だ。

 響を闇に落とし暴走させる程度には、行動が非道だ。

 人を人として思っていない事が行動の節々から伝わる。

 

「そしてーー響に執着しているわ」

 

 マリアの言葉に、皆が反応を示す。

 

「それって……姉さん、もしかして」

「ええ。状況は最悪だけどーー彼女は生きている」

 

 だから。

 

「諦めず手を伸ばしましょうーーそして必ず救ってみせる」

 

 マリアの言葉に、皆頷いた。

 

 

 

 

「--この先ね」

 

 ボードに乗り、新たに発見されたバルベルデの軍事拠点にマリア、セレナ、そしてコマチが向かっていた。

 彼女たちが向かうのは化学兵器が製造されているプラント。

 被害を抑えつつ制圧するのが彼女たちの仕事だ。

 奏たちは別任務に就いている為、戦力は分散しているが……問題は無いだろう。

 問題があるとすればーー。

 

「……」

 

 コマチは、あの日から笑顔を浮かべる事ができなくなっていた。

 響の事が心配なのだろう。

 その事を二人は察しており、だからこそ叱咤の言葉をマリアは送る。

 

「しっかりしなさい、リッくん先輩」

「ブイ……」

「確かに心配かもしれないけど、今は前をーー」

 

 彼女の言葉はそれ以上続かなかった。

 ボードに乗る彼女たちに向かってライトが照らされ、兵士たちが銃弾を放ち始めたから。

 それにより三人とも意識を切り替え、マリアとセレナはシンフォギアを纏いーー作戦が開始される。

 

 防衛システムがアルカ・ノイズを召喚するが、三人の敵ではなくあっさりと殲滅されていく。

 兵士たちも銃でもって応戦するがーー相手が悪かった。

 

「なんだあの幼女!?」

「銃弾が当たらないんだけどマジで!?」

「結構可愛いじゃねえか!」

 

 銃弾の雨の中を波導で見切り、回避するマリアに動揺する兵士たち。

 そんな彼らにマリアは近づき、全員に掌底を叩き込み沈めて……。

 

「可愛いって言うな」

 

 冷たい目で見下して、次の敵に向かう。

 なお、この際意識があった者は新しい扉を開いて気絶した。

 

「わが軍が押されているだと? ならば」

 

 諸共吹き飛ばしてやる。

 そう言ってこの工場の責任者である男は、大型のアルカ・ノイズを召喚。そして大量のアルカ・ノイズを呼び出し、兵士、捉えられた民間人関係なく暴れさせようとしーー。

 

「ブイ!!」

 

 させない、とコマチが力を使う。

 かみなり。サイコキネシス。きあいだま。マジカルリーフ。だいもんじ。みずのはどうーーありとあらゆる技を繰り出してアルカ・ノイズを殲滅し、人への被害をゼロにする。

 その隙に、マリアとセレナが大型の対処を行う。

 

「我が心に答えよ奇跡の石ーー進化を超えろメガシンカ!」

「リッくん先輩、力お借りします」

 

 --アガートラム・マジカルベール。

 

 不可視のリボンを身に纏ったセレナと波導にて黒きガングニールを纏ったマリアが、空へと飛ぶ。

 

「はっ!」

 

 まずセレナがリボンを伸ばし、大型アルカ・ノイズを拘束する。

 身動きができなくなった所を、マリアが手を掲げてーー巨大な波導弾を形成し、そのままーーぶちかました。

 

 姉妹の連携であっさりと大型アルカ・ノイズは撃沈したが、それは隠れ蓑だったようで、兵士が空を見上げて叫んだ。

 

「あれは! まさかこの工場に突っ込むつもりなのか!?」

 

 先ほどと同じくらい大きなアルカ・ノイズがプラントに突っ込もうとしている。そんな事をすれば、周囲一帯は汚染されてしまう。

 それをコマチ達が黙って見ている訳がなかった。

 

「──ブゥゥゥゥゥイ!」

「──っ、リッくん先輩!」

 

コマチに呼ばれたセレナが、マリアをリボンで包んで彼の元に飛ぶ。

彼女は、コマチの前に立つと、彼の指示に頷いてリボンで自分とコマチを繋ぐ。

 

「──はぁああ!」

 

そして、アガートラムの力で、アカシアの力の流れを制御し──コマチの身に奇跡の力が顕現する。

 

「ブゥゥゥゥゥゥ──イッ!!」

 

その状態で彼はとっておきの中のとっておき──ナインエボルブーストを発動。コマチの潜在能力が解放され、彼はそのままマリアに手を差し出す。

 

「ブイ!」

 

マリア!とコマチが彼女の名を呼び。

 

「ええ、分かったわ!」

 

それに彼女は疑う事なく応える。

二人の手が触れ合い、コマチの身に宿っていた力が全てマリアへと譲渡される。

漲る力を拳に溜め込み、マリアは落ちてくる大型ノイズに向かって跳ぶ。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 そして、そのまま拳を突き出しーー大型ノイズを赤い塵に変え貫いた。

 その圧倒的な力を見せつけられ、それどころか命を救われたバルベルデの兵士たちは、銃を捨ててその場に膝を付き両手を挙げた。

 降伏の姿勢である。

 それを確認したマリア達は、工場を見る。

 

「後はここの責任者をーー」

「貴方達のお目当ての人物なら、此処に」

 

 マリアは、突然聞こえた声に警戒しながら振り返り、セレナとコマチを庇うように立ち塞がる。それに続いてセレナとコマチも、彼女に倣って視線を向ける。

 その先には、此処の工場長と思われる男を縛ってこの場に引き摺ってきた一人の女性が居た。

 

「こいつは、形勢不利だと察すると近くの村へ逃げようとしていた。放って置けば、無用な被害が出ると思って拘束させて貰った」

「--貴方は?」

 

 マリアの問いに、女性は答える。

 そんななか、コマチは視線が釘付けだった。

 彼女が男装をしているから? 違う。

 傍らにアカシア・クローンーーヒトカゲを連れているから? 違う。

 彼が見惚れたのはーー。

 

「私はサンジェルマン。話がある」

 

 彼女の真っすぐな強い瞳だった。

 

 



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第二話「撃槍沈黙」

 

調査部の報告により、とあるオペラハウスが衛星からの補足が出来ないことを知ったSONG。

友里、藤尭、その他エージェント達は切歌と調の護衛の元、潜入を開始したのだが……。

 

「──死んでる」

「デース……」

 

そこにあったのは、事切れているバルベルデ大統領とその他重鎮達であった。外傷は無いため、何かしらの力で命を刈り取られたと推測される。

 

「──!こっちに地下がある」

 

そんな中、藤尭が地下に続く階段を発見。

友里、調を先頭に進み、最後尾には切歌と藤尭が後ろを警戒しつつ進み……。

 

「あーん。既に目当ての物は盗られてるじゃない!」

「結局後手に回っていたワケだ」

 

その先には二人の女性が居た。

何か探していたのだろうが、目的の物は見つからず不満を漏らしていた。

彼女達が上の大統領達を殺したのだろうか?

友里以下エージェント達が警戒するなか──藤尭のパソコンからタイミング悪く音が鳴る。ここに貼られていた結界が解かれ、捕捉出来た為に起きたミス。

その音に気づいた二人の女性が振り返り、友里達は拳銃を向け、調と切歌がギアを手に前に出る。

 

「あら?もしかしてSONG?」

「シンフォギアがあるという事はそういうワケだ」

 

しかし二人の女性は敵対する姿勢を見せず、それどころか此処を嗅ぎ付けた手腕に感心する始末。

彼女達の反応に藤尭達が戸惑いを見せるなか──本部から通信が入り、指示が下る。

 

目の前に居る二人の女性──錬金術師を丁重に案内しろ、と。

 

 

第二話「撃槍沈黙」

 

 

 SONG本部にて、装者たちは集合し、目の前の突然の客人に強い視線を向けている。

 代表者である弦十郎は落ち着いた姿勢を取っているが――内心は気が逸っていた。

 

 何故なら――目の前に居るサンジェルマンは「立花響について話がある」とマリアとセレナに言ったのだから。

 もしこれがマリアでなければ、他の装者だったら詰め寄って一悶着あったのかもしれない。

 実際、先ほども奏や翼、クリスが詰め寄ろうとして止められた所だ。

 

「話を始める前に、こちらで確認したい事がある」

「ああ、分かった」

 

 弦十郎の許可を得たサンジェルマンは、切歌と調に連れて来られたカリオストロとプレラーティに視線を向け問い掛ける。

 

「アンティキティラの像は無かったのね」

「それどころかパヴァリアの錬金術師達の影も形も無かったわ」

「あの時足止めされたせいなワケだ――」

 

 ――立花響に。

 プレラーティの言葉に、装者達は強く反応した。

 特にコマチはそれが顕著で、弦十郎の静止を無視してプレラーティに詰め寄る。

 

「ブイ! ブイブイブイ!」

「……オリジナルのアカシア。何を言っているのか分からないワケだ」

「ブ――」

 

 尚も詰め寄ろうとするコマチだったが――突如クルンと体に蔓が巻き付き、プレラーティから引き離される。

 そしてそのまま――彼を捕らえた主の前に移動させられた。

 

「ダネ、ダネフシ!」

「ブ、ブイ!?」

 

 コマチに落ち着かせようとしているのは、プレラーティの相棒のアカシア・クローンのフシギダネ。ニックネームはジル。

 ジルはコマチを下ろすと、何事か話し始める。

 

「ダネ、ダネダネダネ!」

「ブ、ブイ……ブイブイブイ!」

「ダーネ。ダネフッシ!」

 

 そう言ってジルは蔓でコマチの頭を撫でて、コマチは薄っすらと涙を浮かべてコクリと頷く。

 

「まったく、相変わらずお人好しなワケだ」

(いや、何を言っているのか分からんのだが)

 

 弦十郎がそう思っていると、サンジェルマンとカリオストロが持つボール型制御装置からパカリと開き、二体のアカシア・クローンが飛び出す。

 サンジェルマンの相棒のヒトカゲ。ニックネームはイグニス。

 カリオストロの相棒のゼニガメ。ニックネームはカメちゃん。

 イグニスとカメちゃんは、コマチに近付くとジル同様慰め始める。

 絶対大丈夫だよ。必ず助けようね、と。

 

 それを横目に、サンジェルマンは説明を始めた。

 先ずは、自分たちについて。

 

「我々は錬金術師協会に所属している錬金術師。パヴァリア光明結社とは敵対関係にあります」

「錬金術師協会……パヴァリア光明結社とは別組織なんだな?」

 

 弦十郎の問いに、サンジェルマンが頷く。

 

「よく間違えられるのよね〜。同じ錬金術師だからって」

「まぁ、それも無理は無いワケだ――錬金術師協会は、元々アダムが作ったワケだしな」

「アダム?」

「はい。錬金術師協会初代統制局長にして、パヴァリア光明結社現統制局長アダム・ヴァイスハウプトは――我々の長年の宿敵にして、立花響を手中に収めた人物でもあります」

 

 ――元々、錬金術師協会のトップだった彼は、とある友との約束で人類を裏から見守る番人であった。

 しかし、ある日を境に錬金術師協会を捨てパヴァリア光明結社を興し神の力を求め始め――その目的は人類の支配。

 その為に裏で暗躍を繰り返し、響はそれに巻き込まれた――否、その中心にあると言える。

 

「彼女とは交戦しました――とても、辛そうでした」

 

 しかし、それと同時に抗っていた。

 戦闘の途中で歌を唄うのを辞めてサンジェルマン達を見逃した。

 ――その姿を、サンジェルマンは痛ましく思った。支配されながら他者を助けるその姿に、在りし日の事を思い出してしまう。

 故に――助けたいと思った。

 

「元々、二代目統制局長の命により貴方方に助力する予定ではありましたが――何があっても彼女の支配を解き放つと約束します」

「こんなにやる気に満ち溢れたサンジェルマンは久しぶりに見たわね〜」

「普段から真面目だが、今回は熱意が凄いワケだ」

 

 サンジェルマンの様子に苦笑するカリオストロとプレラーティだったが、彼女に一生着いて行くと決めている二人。何も疑う事なく、協力の姿勢を見せた。

 

「話は有り難い。響くんの情報も感謝する。しかし――」

 

 いまいち、装者達が信用し切っていない。

 波導でサンジェルマン達の善性を確認しているマリアと違い、その目は懐疑的だ。しかしそれも無理は無い。仲間が行方知れずで装者達は精神的に余裕がない。先ほどの話も何処まで信じているやら……。

 加えて。

 

「一つ良いか?」

「どうぞ」

 

 奏が、語気を強めて問い掛け、サンジェルマンは冷静に対応する。

 

「あのアカシア・クローンは、お前が……?」

「……ああ、そうだ」

「――何で造ったんだ? 様子を見る限りレプリカタイプじゃ無いみたいだが――」

 

 レプリカタイプとは、理性を削除し戦闘行為のみを行うように調整されたアカシア・クローンである。軍事政権を始め、裏社会にパヴァリアが流出させたアカシア・クローンはこれが主体だ。

 そしてこのタイプのアカシア・クローンは、倒す事でしか救う事ができない。以前、アレキサンドリア号事件の最中、保護し治療を試みた結果――ボロボロと体を崩して自壊した。

 敵に利用されない為に設定されているのだろう。一定時間戦闘行為を止められた彼らは、その力を自分に向ける。苦しみ踠きながら。

 そして、現在レプリカタイプを救う手立ては無く、一思いに倒すのが最善策である。

 

だから、彼女達は――アカシア・クローンを作った人間を許せない。

 

「お前何だろ? シャトーで見たんだ――お前の名前を」

 

 そして、サンジェルマンこそが――世界で初めてアカシア・クローンを作り出した人物であり、レプリカタイプの自壊機能の理論もまた組んでいた。

 奏の問いにサンジェルマンは。

 

「ああ、そうだ」

 

 言い淀む事なくハッキリと答えた。

 それを聞いた奏は――。

 

「――っ!」

 

 怒り心頭で拳を振り上げ。

 

「やめなさい」

 

 パシリと、間に割り込んだマリアによって受け止められた。それも、波導を使って大人の姿で。

 

「マリア! 何でだ!」

「彼女に今当たっても無駄よ。これから共同戦線を組む相手にする事じゃ無いわ」

「だけど!」

「それに、わたしにはあれが害する為に組んだ理論だとは到底思えない」

 

 奏とマリアがジッと見つめ合い――折れたのは奏だった。

 サンジェルマンの事は許せないが、仲間であるマリアの事を信じたのだろう。

 

「皆も良い?」

 

 マリアの言葉に、奏と同じ思いだったのか、他の装者達も渋々ながら頷いた。

 

「感謝する、マリア・カデンツヴァ・イヴ」

「礼には及ばないわ――アナタの相棒見て思ったのよ。大事にされているって」

 

 そう言って二人はコマチにじゃれついているイグニスを見る。

 ゆらりゆらりと揺れる炎を見て、サンジェルマンは――。

 

「――大事にするさ」

 

 遠い日の記憶を思い出し、コマチとイグニスを重ねて見ていた。

 

 

 

 

 サンジェルマン達、錬金術師協会から情報提供を受けている最中、アルカ・ノイズの反応を検知した。

 場所はエスカロン空港。モニターに映る映像では、パヴァリアの錬金術師であろう者達がアルカ・ノイズを使って現地の人間を襲っていた。

 

 装者達は、サンジェルマンのテレポートジェムにて現場に急行し――戦闘を開始した。

 

「――来たか、シンフォギア共!」

 

 装者達が現れたのを確認すると、パヴァリアの錬金術師達が動きを見せる。

 

()()を呼び出す為に時間がいる!」

「分かっている!」

「ああ、目に物を見せてくれる!」

「錬金術師協会の犬共も、纏めて蹴散らしてくれる!」

 

 錬金術師達は、アルカ・ノイズを操り襲わせて、自分たちも錬金術で支援攻撃を行う。

 装者達は、アルカ・ノイズを蹴散らしながら、歯噛みする。

 

「ちょこまかと鬱陶しい!」

「だったらわたしが……!」

 

 苛立ち混じりに翼が叫び、クリスがライフルで直接錬金術師を狙う。

 しかし――。

 

「おっと、危ない」

 

 錬金術師達は新たなテレポートジェムを使い――アカシア・クローンを呼び出した。

 呼び出されたのは銅鐸型と古代の盾。

 

「ドー、タク……」

「トーリデデデ……」

 

 二体は、その身でクリスの狙撃を受け、痛みに苦しみながらも立ち塞がる。

 

「ははははっはは! やはり便利だなアカシア・クローン! 流石は奇跡の模造品!」

『――』

 

 錬金術師の言葉に――ギリっと奥歯を噛み締める音が複数聞こえ、堪忍袋の緒が切れる音が何本も聞こえた。

 

「ブイ……!」

 

 コマチもまた悲しそうにし、彼らを助けようと踏み出し。

 

「カゲ」

 

 それをイグニスが止めた。

 ここはオレに任せろ、と。

 そして振り返ってサンジェルマンに呼び掛ける。

 

「カゲ! カゲ!」

「――ええ、分かったわ」

 

 サンジェルマンは、イグニスの呼び掛けに応えてボール型制御装置を取り出す。そして、魔力を込めて中央から光を相棒に向けて解き放ち――。

 

「イグニス――進化!」

「カアアアアゲエエエエエエ!!」

 

 イグニスの体が光に包まれる。

 そしてそのまま体が一回り大きくなり――オレンジの体から、真紅の体へと変化した。

 

「リザー!」

 

 ――イグニスは、リザードへと進化した。

 尻尾の炎を燃え上がらせて、イグニスは突っ込んだ。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 サンジェルマンの指示に従い、イグニスが炎を吐き出す。それを受け止めた銅鐸型は――耐え切れず、光となってその支配から解放された。

 

「一撃……!? いや、まだもう一体居る!」

 

 顔面が盾のような形をしたアカシア・クローンが、その頭を鋼の様に硬くさせてイグニスへと突っ込む。

 それを見たサンジェルマンは、さらに指示を出す。

 

「かわらわり!」

「リザ!」

 

 赤く染まった腕を、振り下ろす。

 すると、ガキンっと甲高い音がなりアカシア・クローンはそのまま光となって消える。

 

 ――強い。

 

 イグニスの背中を見て、コマチは素直にそう思った。

 

「リザ!」

「ひぃい!?」

 

 そのまま錬金術師を抑えようとイグニスが走り出し――遠くから放たれた光弾で弾かれる。

 

「リザ!?」

「イグニス!」

 

 サンジェルマンが悲鳴を上げ、視線を光弾を放った方へ見れば、そこには戦闘に参加せずに一人魔力を高めていた錬金術師が居た。

 彼は歪んだ顔で笑みを浮かべ――。

 

「これで終わりだ――シンフォギア、そして錬金術師協会!」

 

 ある存在の専用のテレポートジェムを使用した。

 そして現れたのは――。

 

「――ブイ?」

 

 ――響だった。行方不明だった筈の。

 しかし、彼女を見て誰も喜びの表情を浮かべなかった。

 誰もが彼女を見て言葉を失い。

 

「嘘……そんな……なんで……!?」

 

 特に調は信じられない、信じたく無いと響を――バイザーを付けて表情が見えない響を見て酷く動揺していた。

 

「さぁ、目覚めよ――我らが英雄よ!」

 

 その言葉をトリガーに、響の体が光り、その身に戦う為の、かつての仲間を殺す為の撃槍が宿る。

 しかし、妙だった。

 

「なんで、歌ってないのにシンフォギアを……!?」

 

 胸の歌を介さず、ガングニールが起動した。

 それは何故か?

 その答えは――。

 

「知れた事。コイツが纏うのはシンフォギアに有らず」

 

 錬金術師は、酷く興奮した様に叫ぶ。

 

「これは錬金術師の叡智の結晶――ファウストローブだ!」

 

 ――響の巻いていたマフラーが、ぶわりと広がり響の身を包み込み、ローブへと変わる。

 

 ガングニールのファウストローブ。

 

 それが、今響が纏っている――力の名だ。

 



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第三話「呪詛蔓延」

ガングニールのファウストローブを纏った響。

バイザー越しにはその表情は窺い知れない。

だが──彼女の仲間達は、痛い程視えた……響が泣いているのを。

 

勝ち誇った錬金術師達が何か言っているが──何も聞こえない。

あるのはただ──怒りのみ。

大切な仲間を操ったアダムに対して。そして彼女を物のように扱う彼らに対して。

 

だからこそこれは当然の展開であった

この場に居る四人の錬金術師は──瞬く間に意識を失う。

 

『――!』

 

 何故か精神的に動揺している調以外が、アカシアの力を解放する。

 そして、雷速で動く奏と飛翔能力を得た翼がギアを手に一人の錬金術師に接近し――一閃。

 

「がっ……!?」

「残念ながら峰打ちだ」

「死にはしねぇ――その代わり、死ぬ程痛ぇぞ」

 

 奏と翼の言葉は当然ながら彼の耳には届いておらず、しかし彼女達はその事を全く気にしない――言葉を伝えたいのは彼では無いのだから。

 

「――っ」

 

 クリスもまた、怒りを炎に変え、それを弾丸に込めて放つ。

 狙われた錬金術師は障壁を展開するが――。

 

「甘いデース!」

 

 草の力を付与したイガリマの斬撃が障壁に叩きつけられ――根を張る。それも、障壁の魔力を吸い取って。

 

「なに!?」

 

 動揺する錬金術師に――クリスの弾丸が直撃。

 彼女の炎は草をよく燃やし、しかし錬金術師は切歌の治癒する草の力で死ぬ事ができず――激痛で精神が限界を迎えるまで燃え続け、火が消えた頃には意識が燃え尽きていた。

 

「――動けん!?」

 

セレナは不可視のリボンで錬金術師を拘束していた。

 そして。

 

「え、ちょ、まっ――」

 

 ――グシャリ、とそのまま意識が消え、体がギリギリ潰れない力で締め付けた。

 ドサリ、と落ちた錬金術師は口から泡を拭いて時折ビクンビクンと痙攣するのみ。

 

 そして、最後は。

 

「はあああああああ!!」

「はや――」

 

 一息で、響を召喚した錬金術師に肉薄すると、全身の波導を瞬間的に拳に集束させる。

 それを見た錬金術師は己の死を悟り全力で障壁を展開し――呆気なく打ち抜かれる。

 顔面が陥没する程の力でぶん殴られ、吹き飛び――木々や山を貫通し、1000キロ先で止まる。死んでいないのが奇跡だった。

 

 ――3秒。

 パヴァリア光明結社の錬金術師が全滅するまでの時間だ。それを見たカリオストロとプレラーティは唖然とし、サンジェルマンは冷や汗を掻く。

 

「ブイ!」

 

 敵が居なくなり、コマチが駆け寄ろうとして――。

 

「――っ!」

 

 響がコマチに向かって跳び、そのまま拳を振り抜くのと、波導でその動きを察知し、マリアが彼を守るために回り込んだのは同時だった。

 響の拳がマリアの腕に激突し、衝撃波が発生する。ギリギリと受け止めながら、マリアは憎々しげに呟く。

 

「アイツらを倒しても意味無いのか――やはり、お前を倒さないとダメなんだな……!」

 

 ――アダム・ヴァイスハウプト。

 

 マリアは、フロンティア事変の際に操られ暴走した響を思い出し――その身から波導を滾らせた。

 絶対に、その顔面をぶん殴る、と。

 

 

第三話「呪詛蔓延」

 

 

「はああああ!!」

「……っ」

 

 波導を用いて常に最善手を選ぶマリア。

 片や、操られて何処か機会的な動きを見せる響。

 

「――やっぱり」

「? 調?」

 

 そして、その光景を見ている調が表情をさらに険しくさせて、隣に立つ切歌が首を傾げる。

 

 一方戦局はマリアに優勢だった。

 一番優しく、一番強く、そして一番間違えないマリアは、確実に響を追い詰め傷付ける事なく抑え込み――。

 

「此処――!」

 

 彼女を直接操っている頭部のギアに触れようとして――。

 

「っ、ダメえええええ!!」

 

 それを、調がドローンロボでマリアを突き飛ばす事で妨害した。

 それによりマリアは態勢を崩し、響は距離を取る。

 

「調!? なにをしているデスか!?」

「何で姉さんの邪魔を!?」

 

 切歌とセレナが問い詰める。

 そんななか、調は――認めたく無いと思いながらも、響を傷付け無い為に、まるで罪を告白するかのように言った。

 

「あのギアを――ダイレクトフィードバックシステムを無理矢理外したら、脳と接続されている端末が、響を傷付ける!」

『――!?』

 

 装者達の間に激震が走る。

 響を傷付けてしまう事もそうだが――それ以上に動揺したのは……ダイレクトフィードバックシステム。

 それを使えるのは、扱うのは、作ったのは――。

 

「――話は後だシンフォギアども!」

 

 そんな彼女達に、サンジェルマンが警告する。

 

「何かするみたいだぞ!」

 

 そう言われ、全員が響を見れば――彼女は赤い宝石を手に持っていた。

 その宝石には不思議な力が宿っていた。

 戦場に居る誰もがその力の波導に既視感を覚え――一番初めに気づいたのは()()()()()()()()()クリスだった。

 

「あれは、まさか――」

 

 響が持つその宝石は、アカシア・クローンを作る際に生まれた副産物。単体ではアカシア・クローンにもなれないただのエネルギー源でしかないが――響が使う事で真価を発揮する。

 

「――掌握」

 

 響が赤い宝石を握り砕く。

 

「――変換」

 

 炎の力が彼女を包み込む。

 

「この手に燃え盛る情熱を……!」

 

 そして、顕現するのは全て焼き尽くす灼熱の力。

 

 ――ガングニール・アカシッククロニクル。

 ――タイプ・ブレイズスマッシュ。

 

「ブイ!?」

「あれは、まさか……!?」

「アカシッククロニクルの力まで使えるの……!?」

 

 コマチはあり得ないと泣きそうになり。

 その力を訓練でよく知っているマリアが険しい顔をし。

 クリスは敵の力に慄いた。

 

 今響が使っているのは、本来コマチと融合して初めて使える力。

 しかし、ガングニールのファウストローブとジュエルの力により再現されてしまった。

 

 こうなると、装者達も油断できない。

 響のこの力はラストシンフォニー程万能では無いが――。

 

「っ!」

「――が!?」

 

 ――それでも、十分強い。

 炎の噴出で加速した響は、最も近くに居たプレラーティを殴り飛ばす。

 障壁を張っていたようだが、それでも突破されてしまった。

 

「プレラーティ!」

「ダネダネ!」

 

 彼女の心配をするサンジェルマンとジルだが、プレラーティはすぐに起き上がる。

 

「大丈夫なワケだ――それよりも!」

 

口から垂れる血を拭いながら、プレラーティが叫ぶ。

 

「この爆発力は侮れないワケだ──一気に決めた方が良いワケだ!」

 

そう言って彼女はボール型制御装置を取り出す。

 

「そのようね!」

 

カリオストロもまた制御装置を取り出し、二人は魔力を込める。

 

「ジル──」

「カメちゃん──」

『進化!』

 

プレラーティとカリオストロがそれぞれ相棒に光を放つ。

 

「ダァァァアアネェェエエエエ!!」

「ゼェェェエエ二ィィイイイイ!!」

 

 ジルとカメちゃんの体が光り輝き、イグニスのように体を一回り大きくさせ、進化させる。

 

「ッソウ!!!」

「メェェェエエル!!」

 

 ジルはフシギソウへと、カメちゃんはカメールへと進化した。

 プレラーティ、カリオストロ、ジル、カメちゃんはサンジェルマン、イグニスの元へと跳ぶ。

そして、三人の魔力を掛け合わせて相棒達に譲与し、強化する。

 

「行くぞ!」

 

 ──三位一体!!

 

 イグニスは大文字を連射し、ジルがソーラービームを発射、カメちゃんはハイドロポンプを放出した。

 三つの技が合わさり、一つの切り札へと昇華されたその技は、響に直撃する。

 

「……!」

 

 受け止める響だが、勢いそのままに地面を削りながら後ろへと押されていき――炎を纏った拳で打ち消した。

 

『――!!』

 

 それを見たサンジェルマン達は驚きの表情を浮かべる。どうやら先ほどの技は彼女達によって上位に位置する威力だったようで、簡単に掻き消されて動揺が大きいようだ。

 

「……」

 

 尚も戦おうとする響。そんな彼女に、コマチが駆け寄る。

 

「ブイブーイ!」

「っ、迂闊に近づくな!」

 

 サンジェルマンが警告するが、コマチは止まらず。

 そして彼女の前に立ち、何度も訴えかける。

 戻って来て響ちゃん。一緒に帰ろう、と。

 しかし操られている響は応えず、そのまま拳を握り締めてコマチに殴りかかり──。

 

「コマチ!」

 

 クリスが悲鳴を上げ──しかし直前で響の拳が止まる。

 

「――こ、ま……ち……」

 

 響の拳は、体は……震えていた。

 しかしコマチはそれ以上に――そのバイザー越しにある彼女の目から、涙が流れているのを感じ取っていた。

 

 響は、抗っていた。

 

「……た、すけ――」

 

 そして、拳を開きコマチに手を必死に伸ばし――。

 

「ブイ!」

 

 その手を握ろうとコマチが飛んだ瞬間。

 

 

 響は、テレポートジェムによりこの場から転移して姿を消し。

 コマチは伸ばされた手を掴むことが出来ず。

 

「――ブイ……!」

 

 虚空を切り、コマチは一人項垂れ――SONGも錬金術師協会達も、彼女を救う事ができなかった。

 

 

 

 

「――っ、はぁはぁ……」

 

 テレポートジェムにより帰還させられた響は、ファウストローブが解除されると同時に荒く息をする。

 

「――コマチ、みんな……!」

 

 ――響は確かに戦闘中その身体を操られていた。

 しかし、精神は操られておらず、戦場での出来事を全て覚えていた。

 当然、自分がコマチを殴ろうとした事も。

 

「……っ」

 

 それが辛くて、響が顔を歪め。

 

「お疲れ様です、響さま……」

「お、お召し物を変えさせて頂きます」

 

 そんな彼女に酷く怯えた様子で接する少女達が居た。

 全員老婆のように髪が白く、顔も窶れ、娼婦のような服を着せられた体は痩せ細っていた。

 

 彼女達は、かつて響の故郷で、響を迫害し、響が暴走した際に殺してしまいそうになり、コマチに救われた元クラスメイト達だ。

 あの事件の後、行方不明になっていたのだが……。

 

「――どうだい? 新しい力の感想は?」

「――っ」

 

 その声を聞き、響が鋭い目つきで声がした方向へと視線を向ける。

 元クラスメイト達は体をガクガクと震わせて怯えたように顔を伏せる。

 

「最悪だよ――このヒトデナシ」

「そうか、気にいると思ったんだげどね。君への特注品だったのだが」

 

 現れたのはアダム・ヴァイスハウプト。

 パヴァリア光明結社のトップであり、響の自由を奪った張本人。

 

「見せてもらったよ先ほどの戦い、君の瞳から。あんなものじゃないだろう、槍の力は」

「……」

「――どうなっても良いのかな、君の家族が」

「――っ」

 

 アダムの言葉に、響がギリッと奥歯を噛み締める。

 ――響は、体の自由を奪われた状態で戦っている。しかし、戦意を持って動けばガングニールのファウストローブは力を発揮する。

 しかし先ほどの戦いではその兆候が見られず、故にアダムは脅す。

 

「でも仕方ないか、力を出せないのも。だから少し条件を緩めることにした。君の為にね」

 

 そう言って彼は指を指した。響の側に居る元クラスメイト達に向けて。

 

「――次、装者の誰かを殺さなければ殺そう。そのどれかを」

 

 アダムの言葉は衝撃的で、思わず元クラスメイトが叫ぶ。

 

「は、話が違う! コイツの世話をすれば助けてくれるって――」

「――道具風情が。遮るのかい、僕らの会話を」

 

 しかしアダムは冷たい目で彼女を見て。

 

「別に良いか、此処で死んでも」

「っ、い、いや! 死にたくない!」

 

 そう言って彼女は土下座をし、みっともなく無様にアダムに許しを乞う。

 

「お、お願いします殺さないでください、どうか……どうか……!」

「……」

 

 そんな彼女を響は見ていられず目を逸らしてしまう。自分を害した存在が、今では――。

 

「別に良いんだ、どうでも。ただ、そうだね――」

 

 アダムは本当に興味なさそうにし、響に告げる。

 

「この中から殺すのはキミの嫌いな者からしよう、装者たちを殺せなかった時は」

「――」

「だから、そうだね。四回までだよ、君がサボれるのは」

 

 そう言うとアダムは背を向けてこの場を立ち去った。

 それを確認した元クラスメイト達は一斉に響に媚を売り始める。生き残る為に。

 

「響さま、食事の用意をしております! わたしが作りましたのでぜひ!」

「っ、それよりも湯浴みにしましょう! 私が綺麗にします!」

「それよりもマッサージをしましょうか! 疲れているでしょう!」

「そんな事より響様、気分は大丈夫ですか? 仲間と戦い気分が優れないでしょう? 話を聞きますよ?」

 

 そして彼女達は、横にいる邪魔者を睨み付ける。自分が生き残る為に邪魔な存在を。自分よりも先に死んで貰うための生贄を。

 

「ちょっと邪魔しないでよ! アンタ達性格悪いわよ!」

「普通に考えてお風呂でしょ! 生きる価値ないでしょアンタ達!」

「脳味噌ないでしょアンタら! いい加減にして!」

「自分のことしか考えてない馬鹿ばっかり! 響様、こんなやつら放っておいて――どうか、私を」

 

 醜い争いを続ける彼女達を――響は目を閉じて見ないようにする。

 自分を虐める時はあんなに仲良さそうにしていたのに、今では助かる為に蹴落とし合っている。

 ああ――なんて醜いのだろうか。

 そしてそれを強要しているのは――あのヒトデナシ。

 

(――コマチ)

 

 響は――地獄に居る。

 そう、あの時――響の故郷がアダムにより蒸発させられてから。

 



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第四話「戦姫喪失」

 ──あの日から、立花響は地獄の底に叩き落とされた。

 

 時は、彼女が父と故郷に帰った次の日に遡る……。

 

 

 ◆

 

 

 久しぶりに家族と食事し、そして4人で布団を敷いて同じ部屋で就寝し──響は心の中が温かく感じた。

 まるで本当に昔の、あの日に戻った様に感じて──それでも父と母、祖母の間に気まずさがあり、まだまだ時間が必要だと感じた。

 そう、時間があるのだ。

 少し前の様に歩み寄る事するできなかった時とは違う。家族に戻る為の時間を手に入れた。

 それが響は凄く嬉しくて──。

 

「ちょっと立花さん! 昨日の約束はどうしたのよ!!」

 

 それが再び壊されようとしている。

 

 立花家の玄関に立ち、喚き散らすのは昨日洸と会話をした町内会で交流のあった女性。

 彼女は酷く錯乱した状態で、なぜ昨日来なかったのかと洸に詰め寄っていた。

 

「響、あの人は……? 何であそこまで怒っているのかしら?」

 

 心底不思議そうに幅が問い掛けてくるが──響は、目の前の女性が違って見えた。

 あれは怒っているのではなく、怯えている。それも命の危険を感じている様な──。

 

「テメェこの野郎! 抜け駆けしていやがる!?」

 

 さらに異常は続く。洸に縋っていた女性を、後から来た男性が怒りに満ちた表情で引き離す。女性はそれに悲鳴を上げてやめてと叫ぶ。

 それを無視して男は──にこやかに、洸に擦り寄った。

 

「大丈夫ですか、立花さん」

「え、えっと、その──」

「ああ、あの人は気にしないでください。それよりも」

 

 ガシリと洸の手を掴む男。

 

「あなたとは一度呑んでみたかった。どうです、これから一杯──」

「待ちなさい! 横取りするんじゃないわよ!」

 

 しかし先ほどの女性がさらに割り込んで、男と掴み合いになる。

 明らかに様子がおかしい。

 戸惑う立花家だが──状況はさらに混沌としていく。

 

 目の前の女性たちに続く様に次々と人が集まり、我先にと立花家の人間に話しかけ、良い関係を築こうとする。

 そしてライバルを蹴落とすかのように彼らは罵り合う。

 

「なに……これ……」

 

 響は顔を青くさせてその光景を見ていた。

 醜悪。その一言に尽きる。

 しかしそれ以上に──哀れだと思った。

 

「──これが本性なのさ、人間のね」

『──っ』

 

 突如空から聞こえた声に、町の人達が強く反応する。その顔には恐怖が刻まれており、空を仰ぎ見て平伏した。

 

「アダム様! もう少し、もう少しお待ちを! 今から証明しますから、どうか!」

「いや、見ていたからもう良いさ。十分にね。しかしその前に説明しないとね、彼女に」

 

 縋り付くように言葉を綴る彼らを無視して、男は──アダムは、響を見る。

 

「──お前は……!」

「そう言えば名乗ってなかったね、君には。僕の名前はアダム・ヴァイスハウプト、以後お見知り置きを」

 

 フワリと地に降りたアダムは、帽子を取り一礼をする。男として完成された体に白い貴族服を着た彼のその所作は、女性を見惚れさせるには十分だった。

 しかし響の目付きは鋭く、アダムに強い語気で問いかける。

 

「何を企んでいる……!? あの人達に何をした!?」

「一つずつ答えよう、君と僕の仲だ。それにこれからも長くなるからね、付き合いが」

「ほざくな……!」

 

 怒りを顕にして叫ぶが、アダムは気にせずに語り出す。

 

「覚えているかな、かつて暴走した時の事を」

「……忘れるわけがない」

 

 フロンティア事変の時の事だ。

 

「君の怒りは呪いと相性が良かった、魔剣のね。だからこそ君は融合し、適合したのだろう、その呪いの槍に」

「──呪いの槍?」

 

 響が思わず胸元にあるガングニールのペンダントに触れる。

 

「その呪いは希望であり障害でもあるんだ、僕にとってはね。だから作ることにしたんだ──英雄を」

 

 アダムは、強く語る。

 

「時期僕は神の力を手に入れ、この世界から消し去る──奇跡を! そしていずれ目覚める邪魔な神を殺すんだ──君の撃槍で!!」

「──意味が、分からない。分かりたくもない」

 

 ただ。

 

「何でこの人達を巻き込んだ? 何の意味が──」

「──撃槍の力を、呪いの力を高めるのにうってつけだと思わないか? 彼らの存在は」

「──わたしを利用する為?」

 

 人質、だろうかと響は考える。

 しかしそれはあまりにも人選が間違っていると考えてしまう。SONGの人達やリディアンの友達はともかく、自分たちを迫害してきた彼らを人質にとられようとも──。

 

 ──ブイ! 

 

 しかし、響の脳裏に大好きな日陰の姿が映る。

 彼だったら、迷わず助けただろうと考えて、もし見捨ててしまえば自分は彼の隣に立てない──そこまで考えて、彼女は初めてアダムにゾッとした。

 

「──まさか」

「そう、そのまさかだよ、お察しの通り! 君は大嫌いな彼らを守らないといけないんだ──アカシアと共にある為には!」

 

 ──このヒトデナシ! 

 そう叫びたい彼女に、町の人達が殺到する。

 

「お願い、助けて! あの時の事は謝るから!」

「死にたくないんだ! だから、どうか!」

「うちの子が捕まっているの! 助けるにはアナタに頼るしかない!」

 

 ──心が、軋む。

 助けたくない、と思う相手を助けなくてはと奮い立てないといけない。

 アダムは、彼らの恐怖心を煽って人の醜い部分を響に見せつけている。

 それを理解したからこそ、彼女はアダムを睨み付けこう吐き捨てる。

 

「地獄に落ちろ……!」

「──いいや、落ちるのは彼らだ、この地獄にね!」

 

 そう言ってアダムは手を掲げ──巨大な魔力を力任せに放出した。その際のエネルギーで服が消し飛ぶ。

 それを見た町の人達が怯え、響に守ってもらおうと縋り付く。

 

「ひぃいい! 彼女に取り入れば助けるって約束は嘘だったのかぁ!?」

「──っ」

 

 誰かが叫んだその言葉に、響は絶句し──そんな人間たちに囲まれている事に吐きそうになりながらも、人混みを掻き分けて家族の元へ向かう。

 咄嗟のことだった。ただ周りの人よりも──家族を守りたいと強くそう思った故の行動。

 

「嘘じゃないさ、ただ」

 

 響は服をたくさんの人に掴まれながらも、家族の元へと辿り着き。

 

「──明らかに居ないからね、条件を満たした者が!」

 

 ──故に、宣言通り殺す事にした。

 

「消え失せろ、醜きヒトよ!」

「──Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 ──そして、撃槍の歌と宿っていた奇跡の力は、アダムの黄金錬成を耐え抜き……。

 焦土と化した故郷に残っていたのは、気絶した響とその家族、そしてアダムだけだった。

 

 

 響は──他者ではなく、家族を選んだ。

 彼女は、自分を迫害した者達を見捨て──毎晩彼らの呪詛をその身に受けながら──起きると同時に毎回吐いていた。

 

 こうして響は──地獄の底へと叩き落とされた。

 

 

 第四話「戦姫喪失」

 

 

 ──はぁ。

 あの戦いから……響ちゃんとの戦いから数日が経った。拘束した錬金術師は、錬金術師協会が引き取り情報収集を行い、現地にはツヴァイウィングとマリアは引き続き調査。俺と他の装者はそれぞれ日本と本部に戻った……んだけど。

 

「ブィ……」

 

 ──伸ばした手が届かなかった。

 響ちゃんは助けてって言ったのに、苦しんでいるのに、悲しんでいるのに──俺は約束を守ることができなかった。

 

「……」

 

 響ちゃん……。

 

「──カゲ!」

 

 ジュッ。

 

「ブ!?!?!?!?」

 

 あっっっっっっっつ!?!?!? 

 

 突然お尻に途轍もない熱……というか炎を感じた俺は思わず飛び上がった。

 幸い引火しておらず、少し焦げただけだった。いやそれでも十分酷いけどね! 

 というか、いきなり何してくれてんの!? 

 後ろを振り返って犯人を睨み付けると、下手人──サンジェルマンさんの相棒イグニスは悪戯が成功して嬉しいのか、それとも先ほどの俺のリアクションが面白かったのか笑っていた。

 いや、笑う前に謝れよ! 

 

「カゲ、カゲカゲカゲ!」

 

 なになに……。

 そんな辛気臭い顔していると、幸せが逃げちゃうよだって? 

 いやその前にお尻の毛が焼き消えるわ!? 

 

「カゲ……」

 

 毛深いんだね──ってやかましいわ! 

 はぁ……もう突っ込むの疲れてきた……。

 

「カゲ、カゲ……カゲ!」

 

 ……さっきよりはマシな顔、か。

 お前、俺を慰めようとしてくれたんだな、ありがとう。

 

「カゲ!」

 

 どういたしまして! と笑ってイグニスは俺に抱き付いてきた。

 いや、また君の尻尾の炎でジリジリ燃えているから! 

 そんな風にわちゃわちゃしていると、遠くからイグニスを呼ぶ声がした。

 

「イグニス、一体どこに──お前は」

 

 あ、サンジェルマンさん。

 イグニスは、サンジェルマンさんを見ると甘い声を出して彼女に飛びつき、スリスリとすり寄る。それを彼女は優しい顔で受け止めた。

 信頼、しているんだな。

 ああ、そうだ──サンジェルマンさん。

 

「……なんだ」

 

 う、優しい顔から一転凛々しい顔、いやちょっと俺を睨んでいる? 

 いや、気にしたらダメだ。

 

「ブイ、ブイ!」

 

 俺は、前回の戦いで助けられたお礼を言う。

 正直動揺していたから、下手したら怪我をしていたのかもしれない。

 それに、響ちゃんを助ける為に力を貸してくれてありがとう。

 これからも、よろしくお願いします。

 俺は、そう言って手を差し伸べるが。

 

「──すまないが、馴れ合うつもりはない」

 

 しかしサンジェルマンさんは、俺の手を取らずに横を通り過ぎる。

 どうして!? 俺たちは一緒に戦っているのに! 

 

「確かにその通りだ」

 

 だったら! 

 

「──私に、その資格はない」

 

 ──サンジェルマンさんはそう言って、俺が何度も呼び掛けても振り返る事はなかった。

 でも、俺は何故か諦めることができなかった。

 あの、強い目を見てしまったから。

 

 

 ◆

 

 

 マリア達は、バルベルデ共和国より持ち帰った機密資料の入ったトランクを持って日本へと向かっていた。

 あと数分で空港に着陸する──そのタイミングでパヴァリアの錬金術師達による襲撃を受ける。

 

『うわあああああ!?!?』

 

 揺れ動く飛行機の中、マリアはトランクを手に取り奏と翼に叫ぶ。

 

「操縦士の救助を!」

『了解!』

 

 二人が応え──胸の歌が爆発の中響き渡る。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

 波導とガングニールがマリアの歌に応え、その身に宿るのは黒き勇者の力。

 マリアは、墜落する飛行機から脱出し波導弾でアルカ・ノイズを蹴散らす。そしてチラリと奏達を見て、救助に成功したことにホッと息を吐く。

 

「──っ」

 

 水上に立つ錬金術師達が、攻撃を仕掛けてくる。

 それをマリアは波導を纏わせた腕で振り払い、拳を握りしめて海面を殴る。

 

「うわ!?」

「無茶苦茶な──」

 

 態勢を崩した彼らに、マリアは一撃をお見舞いして吹き飛ばした。

 それだけで錬金術師達は気絶したようで、プカプカと浮かんでいる。

 後は解き放たれたアルカ・ノイズを殲滅して奏達と合流するだけ──そう考え、しかしそれはすぐに覆される。

 

「──掌握」

 

 深い青色の宝石を握り砕いた響が現れる。

 

「──変換」

 

 そして、その身に纏うのは水の力。

 

「この手に優しき清浄を……!」

 

 顕現するのは、全てを優しく残酷に平等に包み込む──紺碧の海。

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・ストリームキュア。

 

「響……!」

 

 ギアとその身を青く染めた響が、拳を握り締めてマリアに襲い掛かる。

 マリアは、波導を用いて前回同様に攻撃を見切ろうとするが──。

 

「ぐ……!」

 

 響の拳が流水の如くすり抜け、マリアにダメージを与える。

 どうやら前回の戦いから学んだらしく、動きに変化があった。

 それがシステムの改良なのか、本人の意思によるものなのかは──分からない。

 

「だとしても、負けるわけにはいかないわね」

 

 マリアの波導の出力が最大値へと引き上げられる。

 どうやら、一気に戦いを決めるつもりなようだ。

 

「はあああああああ!!」

 

 瞬歩で響の懐に入ったマリアの拳が、彼女の体を捉え──。

 

 

『──女の子は優しく扱ってくださいね?』

「──っ、その声は!?」

 

 ──次の瞬間、響の体が動き──鮮血が舞った。

 

 

 ◆

 

 

「──ちょっと! これどういう事よ!」

 

 援軍として駆け付けたカリオストロの目には信じられない光景が広がっていた。

 そして、それを響もまた見ていた。

 

(──)

 

 響の手は赤く染まり、目の前にいるマリアは脂汗を浮かび上がらせて左手で右腕を抑えていた。

 

 しかし、彼女の肘から先はなく──夥しい量の血が流れ出て海を赤く染めていた。

 

「ちょっと勇者ちゃん! 早く引いて治療を──」

「──」

「──え?」

 

 何か二人が会話をしているが──響の体は止まらない。

 脳に接続されたダイレクトフィードバックシステムが、先ほどマリアの腕を斬り飛ばした水の剣を作り出し、駆ける。

 

「頼んだわよ!」

「え!? ちょ──ああ、もう!」

 

 マリアはカリオストロに機密資料が入ったトランクを投げ渡す。

 そして、響の振るう水の剣を避けて胴体に抱き付き海の中へと引き摺り込む。

 そのまま波導を使って深く深く潜っていき──。

 

 

 ──液体化し拘束から抜け出した響が背後に回り、マリアの心臓を貫いた。

 

(──え?)

 

 響は、自分がやった事を理解できなかった。何処か頭の中でマリアなら自分を止めることができると思っていた。

 だから、ギアが解け、力なく海の底に沈んでいき──血の匂いに群がってきた鮫に食い散らかされ、あっさりとこの世を去った事が……信じられなかった。

 

「あ──」

 

 しかし、ふわり頬を撫でたマリアの物だった髪の毛に意識が向き。

 

「あああ……!」

 

 心臓を貫いた感触と、幼い身でこちらを見守る厳しくも優しいマリアを思い出し──。

 

「──ああああああああああああああ!!!!!」

 

 響は、ただ叫ぶことしかできなかった。

 

 

 ──喪失へのカウントダウン開始。

 ガングニール・ベータの反応消失。

 

 残りの装者──6人。

 



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第五話「片翼奏者」

「はははははははははっははは!!」

 

 アダムは、響の目から、感触から、感情から──マリアを殺したことを確認した。

 まさか本当にするとは、と響を嘲笑う。

 

 目的を果たした為に、自動でアダムの元へと転移してきた響は──膝を突き吐いた。

 音を立て彼女の腹の中のものがぶちまけられ──自分はマリアの心臓を貫いて血を吐かせたのだと、殺したのだと強く実感した。

 

「いやはや恐れ入るよ、英雄には。まさか迫害してきた相手を救うために殺すとはね、仲間を」

「──っ」

 

 アダムの言葉に思わず、響は元クラスメイト達を見てしまった。

 

 彼女たちが、自分たちを心底軽蔑した目で見ているその表情を。

 

 響は思わず睨んでしまった。仲間を殺してまで守ったのが──彼女たちなのか、と。

 そう思ってしまい──自己嫌悪してしまう。

 

 さらにそこに嫌悪と恐怖で錯乱した元クラスメイトが叫ぶ。

 

「あ、あなたが勝手に殺したんじゃない!」

 

 それは、今の響を追い詰める鋭利な言葉。

 

「わ、私たちじゃない! 私のせいじゃない! あなたが──」

「や、やめなって! 今そんなことを言ったら──」

 

 そこまで言って、別のクラスメイトに止められて。

 彼女はハッと自分が言った事に気づき。

 

「ちが、いまのは、その」

 

 顔を青くさせた彼女は急いで謝った。

 

「ご、ごめんなさい! 今のは違うんです!」

 

 ──アダムに。

 

「……」

 

 それをアダムは無表情で見下ろし。

 

「冷めてしまったね、興が。次も頼んだよ、立花響」

 

 アダムが立ち去り、場に残ったのは嫌な空気のみ。

 元クラスメイト達は、アダムに殺されないために響の世話を始める。まずは吐瀉物を片付け、響の身を綺麗にする。

 

「あの、さっきのは……」

 

 その際に、先ほど錯乱した彼女を庇おうとする者が居たが。

 

「いや──謝らなくて良いよ。あの子が言っている事は正しいから」

 

 響は光のない目で答えた。

 

「そう、わたしが殺したんだ」

 

 響は、自分の両手を見る。

 既に洗い流され綺麗になっている──しかし、彼女の目には、マリアの血で赤く汚れて見えた。

 

「──わたしが! 殺したんだ!!!」

 

 響の慟哭が──虚しく響いた。

 

 

 第五話「片翼奏者」

 

 

 響と交戦していたマリアのガングニールの反応が消失したのは、SONGでも確認が取れていた。しかし──マリアが死んだとカリオストロから報告を受けてもすぐには信じられなかった。

 奏が思わず掴み掛かる。信じられないと、信じたくないと叫ぶ。

 

「本当にアイツが死んだのか……嘘だと言ってくれよ!」

「あーしは昔はいろんな嘘を吐いてきたけど──そういう嘘を吐いた事はないわ」

 

 そう言ってカリオストロが視線を落とす。

 彼女もまた複雑な心境なのだろう。むしろ、この事を伝えるのが嫌だとはっきり思っているくらいだ。

 

「そんな……」

「響さんが、マリアを……?」

 

 切歌が呆然とそうつぶやいたその時──セレナが発令室を出ようとする。

 それを翼が彼女の腕を掴んで止めた。

 

「何処に行く気だセレナ!」

「決まっているじゃないですか……!」

 

 振り返ったセレナの顔は──悲しみと怒りで染まり切っていた。

 歯を強く噛み締め、涙を流し──荒れ狂う感情を抑えようとしてそれができずにいた。

 

「……復讐というワケだ」

「──待って!」

 

 プレラーティの言葉を受け、クリスがセレナを説得する。

 

「響は操られていたんだ。だから──」

「──だから、姉を殺されたことを許せと、そう言うのですか……!?」

「それ、は……」

 

 ジャミングのせいで、戦いの様子は見えなかった。

 故にカリオストロが見てきたものが全てであり──戻ってきた物も彼女が回収された物が全てだ。

 

 マリアが託したバルベルデの機密資料と──響が斬り落とした片腕。

 それだけがSONGに、家族であるセレナの元に帰って来た物で──彼女は、姉の最期すら見届ける事ができなかった。

 

「わたしは、わたしは──!」

 

 感情を荒げるセレナ──そんな彼女を背後から抱き締める者が居た。

 ナスターシャだ。

 彼女は、セレナを強く強く抱き締めながら──言葉を紡ぐ。

 

「セレナ。優しいセレナ──慣れない言葉を言うものじゃありません」

「マム……!」

「あなたの気持ちはよく分かっているつもりです──だからどうか、取り返しのつかない言葉を吐いて自分を追い込む事はやめなさい」

「う、あ──」

「今は──泣きなさい。私では受け止めることしかできませんが──だから、どうか」

 

 ──セレナは泣いた。

 ナスターシャの腕の中で泣いた。

 大好きなマリアともう二度と会えない事実に、そしてそれを手に掛けたのが救いたい仲間であるという現実に。

 彼女の泣き叫ぶ声は──その場にいる者全員に刻み込まれ、カリオストロ達はそれをただジッと見る事しかできなかった。

 

 

 ◆

 

 

「わたしは……まだ信じられない」

 

 クリスはファミレスにて、奏と翼に胸の内にある思いを告げた。

 

「響は……響は操られているだけなんだ! だから──」

「──だが、実際響はマリアを殺した」

「っ……!」

「翼!」

 

 尚も訴えるクリスに、翼が無情にも現実を突きつける。まるで刃のように。

 それに奏が眉を顰めて止めるが──翼は真っ直ぐと二人を見た。

 

「何言ってんだ──次はオレ達の誰かかもしれないんだぞ?」

『──っ』

 

 しかし二人は、翼の言葉に沈黙させられてしまう。

 響の意思に関係なく、敵はこちらを殺しに来る。

 それは確かな話で、マリアの死がそれを決定的にさせた。

 

「それに下手すれば──さらに被害が出る。関係ない人が殺されたり、な」

「──翼は! 翼は響の事が嫌いなの!? だからそんな酷いことをっ」

「──嫌いな訳ないだろうが!」

 

 クリスの叫びに対して、翼はそれ以上の叫びで返す。

 

「オレだって認めたくないさ! マリアが死んだことも! 響が人を殺したことも! ──だがな! 止めることができなければ、アイツのこれ以上の十字架を背負わせる事になってしまう! だったら、その前にオレが──」

「翼」

 

 

 翼の一線を越えかけた言葉を──奏が静かに止める。

 

「それ以上は言うな」

「だけど!」

「──良いな?」

 

 奏にひと睨みされ、翼は押し黙りクリスも落ち込んだように座り込む。

 そんな二人の頭を順番に撫でてから彼女は言う。

 

「心配するなって何とかしてみせるさ!」

「何とかって……」

「何とかは何とかさ! ──アイツを戦いに巻き込んだのはあたしだからな」

 

 覚悟を決めた顔で奏がそう呟き──彼女たちの端末に緊急通信が入る。

 アルカ・ノイズの反応と──響のガングニールの反応が検知される。

 

 カウントダウンは──止まらない。

 

 

 ◆

 

 

 ──不甲斐ないなぁ。

 

「どうしたのコマチ?」

 

 未来ちゃんが俺を撫でてくれている。相変わらず陽だまりのように温かくて、でも此処にはお日様は無くて──。

 

「……はぁ」

 

 ため息……やっぱり未来ちゃんも心配だよね、響ちゃんの事。

 でも──言えない。

 マリアを響ちゃんが──いや、俺はまだ信じていない。何かの間違いだ。そう思っていないと悲しくて悲しくて……。

 

「ブイ……」

「本当に元気ないね……こういう時響なら」

 

 ──響ちゃん……。

 

「──コマチ、元気出して。大丈夫だよ」

 

 突然未来ちゃんが俺をギュッと抱き締めてきた。

 どうしたの? いきなり。

 

「奏さんがね、絶対に連れて来るって約束してくれたんだ」

 

 奏さんが……。

 

「奏さん、響が戦っている事をずっと気にしているから──だから、日常には、私のところには絶対に連れ戻すって言っていた……また、響に何かあったんだよね?」

「……」

 

 俺は、答えることができなかった。

 しかし未来ちゃんは気にした様子を見せることなく笑ってみせた。

 

「もうこの前みたいな無茶はしないよ? だって──皆の事を信じているから」

 

 ──。

 

「だからコマチも皆を──響を信じよう?」

 

 ──うん、そうだね。

 俺は少しだけ気を取り直して、未来ちゃんの言葉に頷いた。

 

「そういえば、明日奏さんにデートに誘われちゃった。嫉妬して響が出て来るかもね?」

「ブイブイ!」

 

 そうかもしれない、と俺は未来ちゃんに返し──この時の会話を、俺は後に忘れられなくなる。

 

 

 ◆

 

 

「──これは、異空間!?」

「くそ、奏と引き離された!」

 

 アルカ・ノイズと響の反応を追い現場に到着した翼たちは──錬金術師達が作り上げた新たなアルカ・ノイズにより、翼とクリスが隔離されてしまう。本部でも相変わらずジャミングされてしまい、辛うじて拾えるのは音声のみ。

 最後にモニターで確認できたのは、半球型に広がる結界だけであった。

 

「──もしかして」

 

 最後に見た光景に違和感を覚えたエルフナインは分析を始める。

 その最中も戦闘は行われており、奏の方は酷く音声が拾えず、翼とクリスがノイズ相手に苦戦している事が伺えるのみ。

 どうやら結界内のノイズ相手だと攻撃が通り辛いようであった。

 しかし、エルフナインの分析が終わればすぐに攻略できるだろう。

 

 問題は──奏、そして響の方であった。

 

「……」

「響……」

 

 

 ガングニールのファウストローブの響。

 ガングニールのシンフォギアの奏。

 両者配色が違うだけでその装甲は非常に似通っており、何時だったか二人を称してガングニール姉妹と呼ばれていた。

 さらに、戦いに身を投じた理由もまた同じ復讐で──同じ痛みを知り、同じ飯を食べ、同じ時を過ごした。

 

「さあ、我らが英雄よ。装者を亡き者に」

「それが統制局長の願いである──さぁ」

 

 そう言って錬金術師が黄色の宝石を渡そうとし──。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 

 胸の歌が奏でられ。

 

「──させっかよ……!」

 

 雷光が迸る……! 

 

 ──ガングニール・サンダーマグニフィセント。

 

 雷の力を纏った奏が雷速で移動し、錬金術師の腕を強く握りしめた。痛みで悶えるほどに。

 

「が……!」

「こいつは普通の女の子だったんだ……! それなのに、あたしの不手際で同じ所まで引き摺り込んでしまって──そして孤独に耐えて強くなるしかなかった」

 

 しかし、響にも心安らぐ相手ができた。

 そして、過去に失ったものを取り戻し始めた。

 此処からだったのだ。立花響の再スタートは。

 それを──悪意が邪魔をする。響からまた奪っていく。

 

「返して貰うぞ、あたし達の大切な仲間を……!」

「あ、ああああああ!?!?」

 

 錬金術師が叫び──プログラムに忠実に動く響の蹴りが奏の頭部に向かって放たれる。

 それを奏は受け止めるが──それは、陽動だった。

 

「──掌握」

「しまった……!」

 

 錬金術師が投げた黄色の宝石が響の手によって砕かれる。

 

「──変換」

「──ぐっ」

 

 そしてそのまま響の拳が振り抜かれ、奏の腹部に激突し──そこから力がスパークしながら徐々に響の全身を駆け巡る。

 

「──この手に振り切る稲妻を……!」

 

 ギアと髪、瞳を黄色く発光させる響──彼女から痺れる力を感じ取り奏は思わず生唾を飲み込んだ。

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・ライトニングスピード。

 

 バチバチと響の体から電気が迸り、奏へと襲い掛かる。

 奏もまたその身を雷へと変え──両者雷速の超スピード戦闘が始まった。

 錬金術師達の目には光の軌跡と破壊されていくアスファルトや廃ビルしか見えなかった。

 

「──ぐっ」

 

 しかし戦況は──響に有利だった。

 速度は奏が勝っている。が、相性が最悪だった。

 響はライトニングスピードの力で奏の移動先を、落雷先を操作し、カウンターを叩き込んでいる。

 奏の雷速移動は予め移動先を決め、そこに落ちるようにして移動している。その際に思考も加速されている為、早々スピード勝負では負けないのだが──力のほとんどを掌握されてしまえば、できることも限られてくる。

 

(──だったら!)

 

 アームドギアである槍を構えて雷を集束、巨大化させる。

 そして、そのまま振り被り──。

 

「喰らいやがれ!」

 

 ──TITAN∞SACRIFICE

 

 広範囲を物理、雷撃で以て埋め尽くす攻撃を放った。

 それにより錬金術師達は言葉を発することなく攻撃に巻き込まれて全身を痺れさせながら気絶し、そして肝心の響は──。

 

「──冗談キツいぜ」

 

 奏の背後に回り回避していた。

 振り向いて迎撃をしようとし──その前に響の拳が顎、胸、肩にそれぞれ三十発ずつ、さらに腰、脚、左腕を五十発蹴られ、とどめに全身くまなく滅多打ちにされ──奏はサンドバックにされていた。

 呼吸ができず、当然ながら歌えもしない。

 しかし、奏は痛くなかった。何故なら──。

 

「──」

 

 腕を振り被る響のバイザーの下から流れ落ちるのは。

 

「泣きながら殴られたらよぉ、体より心の方がいてぇよ」

 

 ──雷鳴よりもちっぽけな、しかし奏にはよく聞こえる響の悲鳴だった。

 

「──はぁ」

 

 そして、奏は深く息を吐き。

 

 

 ◆

 

 

 エルフナインの分析により、結界中央に新型アルカ・ノイズを倒し脱出した翼とクリス。

 本部から全く情報が見えない奏の援護をする為、急いで出てきた二人が目にしたのは──。

 

「──よぉ、早かったな」

 

 黒焦げになり、槍を支えに立つ奏と。

 空に浮かび、空一帯を埋め尽くす雷を轟かせている響が居た。

 

「ちょっと待ってな──今、話が終わった所だ」

「話って──奏、何を!?」

 

 翼の問い掛けに、奏は申し訳無さそうな顔をしながらも──視線を上に向ける。

 そして「よっこいしょ」と言い、両手を広げて──叫んだ。

 

「──来い、響! 受け止めてやる!」

「──」

 

 響は──奏の言葉に返す事なく、機械的な動きで腕を静かに下ろし。

 そして、全ての雷が奏目掛けて降り注ぎ。

 

「翼──」

 

 最後に奏は、翼に向き直り何かを言い──しかし、雷鳴に掻き消され、閃光と轟音が翼達の感覚を奪い、そして。

 

 

「──奏?」

 

 全てが収まったその時、天羽奏の姿はそこに無く。

 

『──ガングニール・アルファ……反応消失……そんな……!』

 

 通信先で友里の泣き崩れる音が聞こえ、クリスは茫然とその場に座り込み、翼は──。

 

「──ちくしょおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 何も無い空を仰ぎ見て──片翼を失った悲しみ、怒りから叫ぶ事しか出来なかった。

 

 ──喪失へのカウントダウン継続

 ガングニール・アルファの反応消失。

 

 残りの装者──5人。

 



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第六話「愛憎変化」

 

「っ、あああああああ!!」

 

 翼の慟哭が響き渡る中、響は自由の効かない体で──涙を流していた。

 

(──奏、さん……)

 

 ──生きるのを諦めるな! 

 

 かつて彼女に言われた言葉を思い出す。

 死の淵に堕ち、地獄の日々を過ごし、闇に呑み込まれて尚──その言葉は彼女の支えになっていた。

 

 ──どんなに苦しくても、どんなに辛くても、生きるのを諦めないでくれ。

 ──そうしたら、あたし達が絶対に助けてやるからな。

 

 何度も響が拒絶をしても、その度に手を伸ばし続け──奏は、彼女を包み込み愛を囁いた。

 その愛は彼女の心の氷を溶かし──いつしか、響は奏の事を姉の様に慕っていた。

 ガングニール姉妹と呼ばれて、影でコッソリと笑みを浮かべて喜んでいた。

 

 しかし、そんな姉のように想い、大好きだった彼女を──響は雷で消し飛ばして殺した。

 マリアの時と違って遺体は残っておらず──まるであの日、絶唱の負荷で塵と化して消える筈だった運命が戻ってきたかのように、響は奏の命を以て生かされている。

 

「──あああああああああ!!」

「……」

 

 翼が泣き叫び、瞳にドス黒い感情を込めて空に浮かぶ響を睨み付ける。

 

「よくも奏を……よくもっ!」

 

 しかし、今の響を見た翼の瞳から力が失われ。

 

「よく……も……よく、も」

 

 浮かび上がった激情はすぐに鎮火され、翼は項垂れる。

 響を憎むことができなかった。

 何故なら──今、奏を殺して一番恨み、怒り、悲しみ、苦しんでいるのが誰なのかを……理解してしまったからだ。

 

「……」

 

 戦意喪失した翼とクリスを尻目に、響はテレポートジェムでこの場を去る。

 まるで、逃げるように──。

 翼達はそれを追いかける所か、見る事もできず──戦場に残ったのは焼き焦げた匂いと悲しみに泣き咽ぶ声だけだった。

 

 

 第六話「愛憎変化」

 

 

 奏の死。

 それを受け止める暇も無く、SONGはパヴァリア光明結社との戦いに備える為次の仕事を行っていた。

 バルベルデから持ち帰った機密資料を、風鳴機関にて暗号の解読を行う事に。

 それに伴い周辺の民間人に対して強制的に退去指示が下される。

 

 装者達は、パヴァリアからの刺客への警戒、退去していない民間人が居ないか巡回を始めていた。

 

「……」

「ブイ……」

 

 そんな中、コマチは翼と共に居た。

 奏を失い精神的にダメージが大きいと判断され、また忌み嫌う風鳴の力を頼るこの現状にストレスを感じているのではないか、そう考えた弦十郎によりコマチが充てがわれたのだが。

 

「ブイ」

「……」

 

 翼は、何処かボウッと空を見上げていた。

 何も考えてなさそうな、遠くを眺めているその顔に、コマチは心配になる。

 セレナのように感情を荒げるのではなく、コマチのように酷く落ち込むわけでもない。

 大丈夫だろうか? と彼が見つめていると──翼が口を開く。

 

「……オレさ、ずっと奏と一緒に居ると思ってたんだ。ツヴァイウィングとして、何処までも、もっと高く……一緒に歌っていくのだと」

 

 かつて家族に、光彦にそう願われた為に。

 そしていつしか自分たちの夢となっていた。

 

「そしてさ、響やクリス、マリア、セレナ、調に切歌……SONGの皆ともさ、一緒に過ごしてさ──凄く心地良かった」

「ブイ……」

「だからさ──響があんな目にあって、こんな事になって、もう訳が分からないんだ」

 

 奏を失い、それを為した響のことを翼は恨む事ができなかった。彼女だってやりたくなくて、でも操られて、泣きながらその手を血に染められ、のしかかる罪に悲鳴を上げていた。

 

「奏の為にも絶対に助けてみせる……!」

 

 翼は響を助けたいと強く思った。

 そして、必ず彼女を操っている黒幕をこの拳で、響が、マリアが、奏が苦しんだ分だけ殴ってやる。

 そう、決めていた。

 

「ブイ……」

 

 翼の強い意志に触れて、コマチは胸が熱くなった。

 彼女は大丈夫だろう。むしろ、こちらが元気付けられたくらいだと、彼は思い──。

 

「ブイ」

 

 ふともう一人、心配な仲間の事を想う。

 姉を失ったセレナ。彼女の悲しみは深く、そして──響に対して怒りを抱いていた。

 

 

 ◆

 

 

「およよ……これが噂に聞くカカシデスか……」

 

 騙されたデース……と神妙な顔をする切歌を眺めながら、セレナは一人ため息を吐いた。

 弦十郎の判断により、セレナは切歌と行動を共にする事になった。本来なら本部で待機して欲しいのだが──人手が足りない為、彼女にも巡回に出て貰っている。

 

 あと少しすれば、協会本部に戻っているサンジェルマン達と合流する手筈だ。

 それまでセレナも前線に出ることになったが──正直状況はよろしくない。

 

「セレナ、大丈夫デスか?」

「……はい、大丈夫です。ありがとうございます切歌さん」

 

 切歌の心配そうな声に、セレナは努めて笑顔で返す。しかし、明らかに無理をしているのが分かり、切歌はますます心配そうにする。

 

「でも──デス?」

 

 そんななか、切歌が人影を見つける。

 野菜が入った籠を背負った年配の女性だった。

 切歌はすぐに駆け付け、彼女に声を掛ける。

 

「おばあちゃん! 此処に居たらダメデスよ! 退去命令が出ているのデース!」

「あらあら、ごめんねぇ。でもこの子達の収穫時期だったから……」

 

 そう言って籠から取り出したのは美味しそうなトマトだった。それを見た切歌が声を上げる。

 

「凄く美味しそうデース!」

「あらあら。美味しそうじゃなくて美味しいのよ。一ついかが?」

「遠慮なくいただくデース!」

 

 トマトを受け取った切歌はパクリと一口食べ、あまりの美味しさに頬に手を当て喜びの表情を上げる。

 ウェルと調に早く元気になって欲しいと栄養のある、かつ美味しい物を与えられ続けた彼女の舌は肥えているのだが、その彼女をしてこのトマトは美味しかった。

 

「嬉しいねぇ……そこのお姉さんもお一つどうだい?」

「あ、はい。それでは……」

 

 セレナもまた一つ受け取り──ふと思い出した。

 

(そういえば、姉さんトマト苦手だったっけ……)

 

 パクリとセレナも食べ──その美味しさに驚く。

 

「美味しい……」

「そうかいそうかい、それは良かった」

 

 このトマトなら姉さんでも食べられるのではないか? とそう考え。

 しかしマリアはもう死んでいて食べて貰う機会は無いのだと思い出し。

 そして、連動して姉を殺した響を思い出し──胸が熱く、痛くなる。

 

「ど、どうしたんだい? まさか、トマト苦手だったとか──」

「ち、違うんです。トマトは大変美味しかったです」

「本当かい? それなら良いんだけど……」

 

 そんなセレナを切歌が悲しそうに見つめ──。

 

「──見つけたぞ」

 

 そこに、不粋な輩が現れる。

 切歌とセレナが振り返れば、そこに居たのは──パヴァリア光明結社の錬金術師達。

 そして……。

 

「──響、さん……!」

「……」

 

 ファウストローブを身に纏い、バイザーにより表情が見えない響がそこに居た。

 セレナの表情が変わり──彼女はすぐに切歌に指示を出す。

 

「──切歌さんはその方を連れて逃げてください! わたしが時間を稼ぎます!」

「──! で、でもデスね……」

「──お願い、します」

 

 セレナは、ずっと響の方を見ていた。

 その目に宿る激情は──とても純粋な色をしていた。

 切歌は、迷うも──民間人を守るべくギアを纏い女性を担ぐと走り出す。

 

「すぐに応援が来るデスから! 無茶はしないでくださいデスよ!」

 

 しかしセレナはその言葉に応えず。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 アガートラームを纏い、短剣を構えて敵を睨み付ける。

 しかし、錬金術師達は臆さずに笑みを浮かべていた。

 何故なら、シンフォギア殺しの──仲間殺しのスペシャリストが居るのだから。

 

「奴を追いかける前に、貴様から殺してくれる!」

「我らの理想の犠牲となれシンフォギア!」

 

 そうして、響に渡されるのは──幻想の力が宿る宝石。

 

「──掌握」

 

 宝石が砕かれ、響の体に循環される。

 

「──変換」

 

 幻想の力が響のギアを変え、彼女のギアが、髪が、瞳が桃色変化する。

 

「──この手に舞い踊る幻想を」

 

 顕現するのは最も不条理で不可思議な力。

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・フェアリースカイ。

 

 セレナと同質の力を得た響が、彼女に襲い掛かる。

 

 

 ◆

 

 

 響がセレナと戦っている間に、錬金術師達はテレポートジェムを使って転移し、切歌の後を追った。

 しかしセレナはそれを追う事はなかった。

 何故なら、今の彼女の戦う理由が目の前に居るのだから。

 何故なら、彼女の姉を奪った存在が目の前に居るのだから。

 何故なら──憎き敵が目の前に居るのだから……。

 

 セレナは──響の事を許せない。

 例え操られ、彼女の意思では無いとしても──直接手に掛けた事には変わりはない、のだとそう思ってしまう。

 

「──あああああああああああ!!」

 

 悲痛な叫ぶ声を上げてセレナが斬り掛かり、それを響がエネルギーシールドで受け止める。

 そして、空中に紋様を描き──そこから炎を噴出させてセレナを焼く。

 

「っ、ああ!!」

 

 火傷を負い悲鳴を上げ──しかし姉はそれすらできずに死んだのだと己を叱咤し、響に追撃を加える。

 

「よくも! よくもよくもよくも──姉さんを!」

「……」

 

 恨み言を響にぶつける。

 

「なんで姉さんが死なないといけなかったんですか! せっかく大好きだったリッくん先輩に出会えたのに!」

「……」

 

 マリアは、リッくん先輩を失って何処か心に穴が空いていた。しかし彼女はそれを悟らせないように強くあり続け──セレナはその姿が痛ましく思えた。

 

 だから、再会し、同じ仲間として暮らしていける少し前の環境が──楽しく、嬉しかった。

 

 それを、仲間であるはずの響の拳によって壊された。

 

 許せない。許せるはずがなかった。

 姉を奪った彼女を、許してはいけないとセレナは思わないといけない。

 

「なんで──なんで!!」

 

 ──それなのに。

 

「どうして……わたしは、アナタを憎めないの……?」

 

 セレナは──響を許せない感情以上に、彼女を救いたいと強く想っていた。

 姉を殺されたのに。仲間を殺されたのに。

 

 セレナは──優しすぎた。

 故に、響と戦う事が──彼女を敵として見る事ができない。

 

「──」

 

 響が拳を握り締め、セレナを殴り飛ばす。

 殴り飛ばされたセレナは、先ほどの女性の物と思われるトマトが成っている畑に堕ち、そして──。

 

 

 ◆

 

 

(──ああ)

 

 響の視界でゆっくりと地面に堕ちていく──髪の長い人の頭部。

 

 ──意外と大変なんですよ、長いと。

 

 何時だったかそんな会話を思い出し──しかし、地面にぶち撒けられた赤い液体に、潰れて飛び出たソレが、バイザー越しに響へ、響の瞳越しにアダムへと──彼女の、セレナの死を突き付ける。

 

 抵抗が全くなかった。まるで、ただ突っ立っているカカシを殺すかのように──セレナは動かなかった。

 最期に見たのは、響に対する申し訳なさそうな表情で──それを思い出す度に、楽しかった日々が酷く恋しくなり──もう取り戻せないのだと、現実が突き付ける。

 

 これが悪夢なら、幻想ならと想い──ポタポタと響の体から流れ落ちる赤い液体が、それを否定する。

 

(わたしは、もう──)

 

 ──響は……自分の事が、この拳が……許せなかった。

 そして強く想う。

 

(誰か、わたしを──)

 

 ──コロシテクレ、と。

 

 

 喪失へのカウントダウン継続。

 アガートラームの反応消失。

 

 残りの装者──4人。

 



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第七話「黄金錬成」

本日二回目


 

「──アガートラームの装者が……」

 

 遅れて到着したサンジェルマン達に伝えられたのは──セレナが行方不明になったという情報と新たに錬金術師を捕らえたという報告だった。

 サンジェルマンは思わず顔を顰める。

 

 ──状況が悪過ぎる。

 

 響を取り戻せず、どんどんこちら側の戦力が削がれていっている。このままでは後手に回り続け──最悪の事態もあり得る。

 

「バルベルデドキュメントの解析も難航しています。それに……」

 

 エルフナインがその先の言葉を言い淀む。

 ──先ほど、鎌倉から連絡があった。

 弦十郎に放たれた言葉はどれも厳しいもので、その怒りの大きさが窺える。加えて──。

 

「日本政府が保有、封印していた完全聖遺物──ネフシュタンの鎧、デュランダルが何者かによって強奪……」

「それだけではありません。国連が管理していたソロモンの杖も──」

 

 錬金術師の襲撃に合わせるかのように、三つの完全聖遺物が盗まれた。

 どれもSONGと因縁深いもので──何かしらの作為を感じる。

 それもあり風鳴本部の空気はピリピリしていた。

 

「装者達も精神的にダメージが大きい──どうにかせねば」

 

 弦十郎が唸り声を上げたその時──警報が鳴り響く。

 検知したのはアルカ・ノイズ、アカシア・クローン……そしてガングニールの反応。

 

 パヴァリアが攻めてきた。

 

「風鳴帰還から距離1キロ、東北にて反応あり!」

「装者一同、防衛地点に移動開始!」

「──我々も行こう」

 

 忙しなくオペレーター達が情報を整理していくなか、サンジェルマン達は戦場に赴く。

 

「頼む……!」

「言われるまでもないワケだ」

「ようやく、新ドレスのお披露目って訳ね」

 

 勇しく歩む彼女達の手には──赤く光る石があった。

 

 

 第七話「黄金錬成」

 

 

「はああああああ!!」

 

 翼の一閃がアルカ・ノイズを斬り裂いていく。

 彼女は既にアカシアの力を解放し、その背に翼を広げ一人空を舞い敵を殲滅していた。

 

「っ……」

 

 クリスもまた、遠くからライフルで翼の援護をし、時折切歌、調の様子を見ながら撃ち続けていた。

 

 しかし、装者たちの顔は暗い。

 何故なら──セレナは居らず、響がこの戦場に居るのだから……。

 

「……」

 

 響は、錬金術師達を守ようにして佇んでおり、自分から仕掛けては来なかった。

 アルカ・ノイズの数が多く、装者達は攻めあぐねていた。加えて──。

 

「ギュオオオオオオオ!!」

「ブイ……!」

 

 コマチは、アカシア・クローンと戦っていた。

 鉄の鎧を着込んだ怪獣のようなアカシア・クローン。コマチは記憶からその名前を知っている。

 ボスゴドラ。その身にある鋼と岩の力は──生半可な力では崩せない。

 

「ギュウ──ガアアアア!!」

「ブイ!?」

 

 突如、ボスゴドラが苦しみ出し──目を赤くさせて口から破壊光線を出す。

 それを避けるコマチだが、威力は凄まじくダメージを負ってしまう。

 

「ブイ……」

 

 それでも何とか立ち上がろうとし──ふと、影が差し込む。

 

「ギャア……!」

 

 ボスゴドラの腕にエネルギーが収束される。

 

「──コマチ!」

 

 それを見た翼が助けに行こうとし──それをフェアリースカイの力で空を飛ぶ響が立ち塞がる。

 

「どけ! 響!」

「……」

 

 アメノハバキリの一閃を叩き込むも、無表情で受け止められる。

 焦る翼。銃口を向けるも間に合わないと理解してしまったクリス。調と切歌が駆けるも間に合わず──。

 

『──コマチ!』

 

 誰かの叫び声が響き──。

 

「──リザァアアアア!」

 

 割り込んだ炎が、ボスゴドラを殴り飛ばした。

 

「ギャア!?」

 

 巨体を揺らして倒れるボスゴドラ。

 そして、コマチを守るようにして立つのは──リザードへと進化したイグニスだった。

 

「ソウ!!」

「カメ!!」

「──!」

 

 さらに、水の砲撃と日光を収束させた光線が響を牽制し、翼から距離を取らせる。

 カメちゃんとジルもまた進化して戦場に駆け付けていた。

 

「間に合ったようだな」

「ブイ……」

 

 そして、それぞれの相棒の隣に協会の錬金術師達が集う。

 

「さて、これから反撃というワケだ」

「私たちの力、見せてあげる」

 

 そう言って三人が取り出したのは──ラピス・フィロソフィカス、賢者の石。

 彼女達は、石に込められたエネルギーを用いて──その身に纏う叡智の結晶。

 

「あれは──まさか!」

「キャロルと同じ──ファウストローブ!?」

 

 その輝きを装者達は知っていた。

 ありとあらゆる呪いを払う清浄なる輝石。

 

 ラピス・フィロソフィカスのファウストローブ。

 

「二代目の狸爺が手に入れた世界構造を利用──いや、応用したファウストローブ」

「その力は──今までの比じゃないわよ?」

 

 そう言ってカリオストロとプレラーティは、その力でアルカ・ノイズを殲滅する。

 まるでノイズを蹴散らすシンフォギアのようで──装者達は、アカシア・クローンの後ろから指示をするだけではないのかと驚いていた。

 

「──キミを助ける事ができない事を、許してくれ」

 

 一方、サンジェルマンは手に持った銃型のスペルキャスターで弾丸を放つ。

 しかしボスゴドラの体に当たっても軽い音を響かせるのみで……。

 

「無駄な事を! ソレの硬度はアカシア・クローンの中でも折り紙付き! そう易々と──」

 

 得意げに叫ぶ錬金術師だが──次の瞬間、ボスゴドラはその体から黄色の鉱物を生えさせて倒れ伏した。

 

「な!? そんな馬鹿な──!」

 

 あり得ないと叫ぶ錬金術師を無視して、サンジェルマンはボスゴドラを見る。

 サンジェルマンの技で彼は悲鳴を上げなかった。痛くなかった──のではなく、既に感じないという事。そうなるまで能力を引き上げたのだと考えると──彼女は反吐が出る想いだった。

 

「安らかに眠れ」

 

 放たれた龍型の炎がボスゴドラを包み込み──そのまま消し去った。

 

「──75431……また、救えなかったな」

 

 彼女のみが知る数を口にし、それをイグニスが心配そうに見つめ──気にするなと強く頭を撫でるサンジェルマン。

 そしてすぐに強く鋭い目を錬金術師達に向ける。

 

「立花響を返してもらおう」

「……させると思っているのか!?」

「ああ、思っている──その為のラピスだ」

 

 ラピス・フィロソフィカスはサンジェルマン達に力を授けるだけでは無い──響を助ける力を有している。

 

「その少女を操っているのはダイレクトフィードバックシステムだけではないワケだ──つまり!」

「つまり、このラピスでその子に課せられている呪いを払えば良いって訳」

「私の台詞を取るんじゃない! ──とにかく、その後はSONGが拘束を解いてくれるワケだ」

 

 彼女達の言葉を聞いて、コマチ達は光明を見出す。

 響を助ける事ができる、と。

 

「投降しろ──貴様らでは勝てない」

「ぐ──」

 

 サンジェルマン達に錬金術師達が怯み──。

 

「──嫌われるぞ、賢しい人間は」

 

 ──空から、全てを見下しているような冷たい声が響いた。

 その声を聞いたサンジェルマン達はまさかと目を見開き、装者達は新手かと警戒し、錬金術師達は喜び──響は絶望する。

 

「貴様は──」

「アダム様!」

 

 サンジェルマンが睨み付け、錬金術師達が叫ぶ。

 そして、その名を聞いた装者達は──一気に臨界点を超えた。

 

 翼が駆け、クリスがトリガーを引き、調がレーザーを放ち、切歌が斬撃を放つ。

 

『お前が、響を!!!!!』

「ふむ──鬱陶しいね、羽虫の声は」

 

 彼女達の怒りの一撃は──アダムが魔力を込めた腕の一払いで掻き消された。

 

「な──」

 

 そして、最も近くに居た翼の頭を掴み地面に叩き付ける。陥没する程に。

 それを何度も何度も何度も何度も──。

 

「──やめろおおおおおおお!」

「──いい加減に……!」

 

 それを見たクリスと調がそれぞれ遠距離攻撃を放とうとし──。

 

「ふん」

 

 アダムは、パチンッと指を鳴らすと──それぞれの銃口の先に障壁を展開。

 

『な──』

 

 放たれた高エネルギーは障壁に激突し──大爆発。自分たちの力で傷付き、自滅した彼女達は気を失う。

 

「調! クリス!」

 

 二人がやられた事に切歌が動揺し。

 

「返すよ、要らないからね」

 

 そんな彼女に顔面を血だらけにし白目を剥いている翼を、切歌に向かって投げ。

 

「あ──」

 

 それを受け止めようと切歌が両手を広げ。

 

「受け取ると良い、これも」

 

 一跳びで切歌の上に移動したアダムの蹴りが、切歌の首を捉え、『ゴギッ』と嫌な音を立てて吹き飛ぶ。

 それに一呼吸おいて翼も地面に落ち──シンフォギア装者は全滅した。

 

「──」

 

 それを響は見ている事しかできず。

 

「殺していないさ、安心すると良い。僕じゃないからね、殺すのは」

 

 そんな響にアダムがそう言い──彼に向けてシャドーボールがぶつけられた。

 しかしダメージは無く、アダムは無表情で自分に攻撃した相手──コマチを見る。

 

「フー……! フー……!」

「──悲しいね、君にそんな目で見られると」

「──ブイ」

 

 何でこんな事を、とコマチが問い掛ける。

 

「──ブイ!!!!」

 

 何で響ちゃんに、みんなに酷い事をするんだ! とコマチは叫んだ。

 彼は、かつてない程に怒っていた。アダムに対して。普段温厚でどんな人にも優しいコマチらしくないその姿に、サンジェルマンは目を見開く。

 

 対して、アダムは静かに答えた。

 

「同じ事を人間に聞いた事がある、昔にね。彼らはこう答えたのさ、それに対して」

 

 アダムは──何かを思い出していた。

 

「──忌み嫌う存在だからだと答えたよ、恩知らずに。それと同じさ、僕の答えは」

「ブイ!!」

 

 訳のわからない事を! とコマチが叫び。

 

「ああ──分からないさ、キミには!」

 

 アダムもまた叫び返し──空に飛ぶと掲げた腕に膨大なエネルギーを生成した。

 そのエネルギーにより、彼の服が消し飛ぶ。

 

「何を見せつけてくれるワケだ!!」

「金を錬成するのさ、錬金術師だからね!」

 

 アダムの馬鹿魔力で起きるこの力は──ツングースカ級の力を持つ。

 先日、千葉の半分を消し飛ばしたのと同じ威力。

 力を解放する彼の隣に、響が舞い寄る。

 それを見た錬金術師達は、焦りを含んだ顔で叫ぶ。

 

「アダム様! お待ちください! このままでは我々も──」

「──だから?」

「──!?」

「その程度なのさ、お前らの価値は」

「お待ちください、アダム様! アダ──」

 

 しかし、アダムは彼らの言葉を聞く事なく──その手の爆弾とも言うべき力を地表に向かってぶん投げた。

 瞬間、起こる大爆発。

 そして被害は広がり──そこでアダムが眉を潜める。

 

「──なんだ?」

 

 アダムの視線の先には──爆発を抑え込む三体のアカシア・クローンとコマチが居た。

 

 

 ◆

 

 

「リイイイイイイイイイ!!」

「ソウウウウウウウウウ!!」

「カアアアアメエエエエ!!」

「ブウウウウウウイイイ!!」

 

 四匹は、自分たちの力を使って結界を形成しアダムの黄金錬成を抑え込んでいた。

 しかしツングースカ級。そう易々と抑え込めれる力ではなく──故にイグニス達は相棒に叫ぶ。

 

「リザアアアアアア!!」

 

 さらなる力を──さらに進化を、と。

 

「──分かった」

 

 彼の覚悟を見たサンジェルマンはファウストローブを解き、ボールにラピスを翳す。

 

「本気なのかサンジェルマン!?」

「あれはまだ負担が──」

 

 プレラーティとカリオストロが抗議しようとし。

 

「カメエエエエ!!」

「ソウ!!!!!!」

 

 相棒達が「早く!」と叫んだ為──彼女達も覚悟を決めた。

 

「もう、分かったわよ!」

「世話の焼ける友を持つと苦労するワケだ!」

 

 二人もファウストローブを解き、ボールにラピスを翳す。

 そして──。

 

「イグニス!」

「カメちゃん!」

「ジル!」

 

『──超進化!!』

 

 イグニスが、カメちゃんが、ジルが──さらなる進化を遂げる。

 

 翼を広げ雄叫びを上げる──リザードンとなったイグニス。

 肩に大筒を備え鋭い目付きで敵を見る──カメックスとなったカメちゃん。

 蕾が花開き、新緑の力を解放した──フシギバナとなったジル。

 

 彼らの姿を見て──サンジェルマン達は笑みを浮かべた。

 乗り越えたのだと。遂に至ったのだと。

 

「ブイブイ!」

 

 頼もしいけど、そろそろ限界だとコマチが叫ぶ。

 それに対して、イグニス達は──究極の技で応える。サンジェルマン達も、相棒の要望に応えた。

 

「唸れ、燃え盛る猛火──ブラストバーン!!」

「轟け、荒れ狂う激流──ハイドロカノン!!」

「穿て、大地埋め尽くす新緑──ハードプラント!!」

 

 三つの力が解き放たれ──そして。

 

 

 ◆

 

 

「──相殺されたか、だが」

 

 アダムの視線の先には、消えた風鳴機関があった。

 イグニス達の力はサンジェルマン達と装者達の命を確かに守った。

 

 だが、助ける事ができなかった命もあった。

 

「──やはり安いな、人の命は!」

 

 アダムの手には──鐚一文程度の黄金しか無かった。

 

「──」

 

 響は──また人が死んだ事に悲しむと同時に、何処か自分にホッとしている……殺さなくて良かったと、知っている人が死ななくて良かったと思い。

 

(──わたしは)

 

 生きる価値が無い、と深く絶望していた。

 



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第八話「伝説進撃」

 アダムにより風鳴機関が消滅し、破棄される事が決定されて数分後。

 弦十郎は、兄の八紘と共に鎌倉に招致が掛かった。

 そして、二人は通された部屋で正座し──上座に居る男、風鳴訃堂にただただ姿勢を低くして報告していた。

 

「──して、無様にも異国の敵にしてやられたと?」

「申し開きありません。今回の出来事はこちらの落ち度──」

「聞くに耐えぬ」

 

 弦十郎の言葉を途中で遮り、切って捨てる訃堂。

 彼は立ち上がると襖へと歩き出し──しかし足を止めて、弦十郎を睨み付ける。

 

「知っておるぞ。余所の犬の力を借り受けているとな」

「……!」

 

 ──SONGと錬金術師協会が手を組んでいる事は隠されている。

 元々錬金術師協会が裏社会に存在しているというのもあるが、別組織が秘密裏に力を貸している状況は、それだけSONGの組織としての能力の価値が問われてしまう。また、戦力が過剰に増えてしまえば、国連から調査が入ってしまう。

 

 それを訃堂は知っている。タラリと弦十郎の額に汗が垂れる。

 

「だが、それはもはやどうでも良い」

 

 しかし訃堂が今一番腹立だしく思っているのは──。

 

「何故早急に立花響を殺さない?」

「──っ!」

 

 敵となった彼女を相手にSONGが力を出し切れず、戦力をどんどん削がれて行っている現状が──彼の琴線に触れていた。

 

「立花響は敵なのであろう? 何故手を抜く必要がある?」

「──恐れながら! 彼女はアダムなる者に操られており、故に立花響本人は」

「有事に手温い。即刻首を跳ね──」

 

 訃堂の言葉はそれ以上続かなかった。

 彼のすぐ側の襖が破壊され、そこから人影が突っ込んできた。

 そしてその人影──翼は、瞳に敵意を強く抱かせて、握り締めた拳を訃堂に向けて解き放ち──。

 

「果敢なき哉」

 

 しかし、訃堂が右手を少し動かすだけで、翼は投げ飛ばされ──部屋の奥へと叩きつけられた。

 

「か──」

「翼!」

 

 八紘が駆け付け抱き起こす中、翼は訃堂を睨みつけて叫んだ。

 

「響は敵じゃない! アイツは、オレが助ける!」

「貴様では無理だ、翼」

 

 吠える翼に対して、訃堂は冷たく言い放つ。

 

「歌では国も、人も護れぬ──風鳴の血を拒み、防人から逃げ出した貴様なら尚更」

「っ……!」

 

 その言葉を最後に、訃堂は翼に睨み付けられながら部屋を後にした。

 

「──絶対、証明してやる……!」

 

 そして翼は一人覚悟を口にし、そんな彼女を八紘と弦十郎を見据えていた。

 

 

 第八話「伝説進撃」

 

 

「ホントあり得ない! アダムの手を煩わせるなんて!」

 

 甲高い声でプリプリと怒るのは、オートスコアラー、アンティキティラ──通称ティキ。

 ティキはつい先日ようやく錬金術師たちの手で復活した。

 彼女はアダムとの再会を喜ぶのも束の間、響の体たらくに不満を持っているようであった。

 

「……」

「あ! 何その態度!」

「そう怒るんじゃ無いよ、ティキ」

 

 しかし響はそっぽ向いて相手にせず、それにティキがさらに憤慨する。

 アダムはそれを宥めながら口を開いた。

 

「既にノルマを果たしていたからね、彼女は。だから殺す必要が無かったのさ、仲間を」

「……!」

 

 今度は響がアダムの言葉に憤慨し、ギロリと睨み付ける。だが、アダムは彼女の視線を受けても薄ら笑いを浮かべるのみ。

 

「しかし理解しただろう、君もね。戦場に出ねば増えるよ? 無辜の民の犠牲が」

「──ヒトデナシ」

 

 そう吐き捨てると、響はアダムの前から去り自室へと戻った。それを世話係の元クラスメイトが追って行き──ティキがまた怒り出す。

 

「もう! ティキあいつ嫌い!」

「そう言わないでくれよ、ティキ。切り札なんだ、彼女は」

 

 そう言ってアダムは微笑む。

 しかしその笑みは何処までも悪辣で──。

 

「……」

 

 傍でその光景を見ていた男は、掛けている眼鏡を押し上げ息を吐いた。

 

 

 ◆

 

 

「此処が……」

「そう、此処が我らが錬金術師協会の本部だ」

 

 クリス、切歌、そしてコマチはサンジェルマン達に連れられて錬金術師協会本部へと招待されていた。

 何でも、二代目統制局長なる者が協力者であるシンフォギア装者、そしてアカシアに会いたいと申し出た為だ。

 元々、協力関係を築いていた為、顔見せを行う予定だったのだが──パヴァリアにより仲間が次々と殺されていた為、時間が取れずにいた。

 

 しかし今回こうして時間を取り、彼女達は此処へとやって来た。

 ちなみに翼と調は日本に残っている。防衛の観点からも……そして敵の標的を散らす、という意味もある。

 

「ブイ……?」

 

 ふと、コマチがある一室に違和感を覚え首を傾げる。

 

「カゲ?」

「ブイブイブイ」

「カーゲ」

 

 それに気付いたイグニスがどうしたのかと尋ね、コマチが訴える。しかしイグニスはコマチの違和感が分からずコマチ同様首を傾げ……。

 

「ほらほら。あまりウロチョロしないの」

「ブイ」

「カゲ」

 

 しかし後ろを歩いていたカリオストロに促され、二体はサンジェルマン達の後を追った。

 

「……」

 

 そして先ほどの光景をサンジェルマンはこっそりと見ており、しかしすぐに視線を前に戻す。まるで過去は振り返らないと言わんばかりに。

 

 

「二代目、連れて来ました」

 

 厳格そうな扉を超えて局長室へと通されたクリスと切歌。

 しかし中に入り、そこに居た人物を見て切歌が叫んだ。

 

「あああああ! あの時のトマトお婆ちゃん!? 何故此処に居るデスか!?」

 

 先日助けた人物が、あり得ない場所に居る事に切歌が戸惑い、混乱する。

 対して年配の女性は笑みを浮かべるだけで何も答えず、サンジェルマンがため息を吐いた。

 

「二代目……あの現場に居た事はこの際良いとして、その変装を解いてください」

「──仕方ないね、そう言われると」

 

 二代目と呼ばれた女性──否、男は姿形を変える。

 骨格が変わり、髪の色も青くなり、成人男性のソレと同じで──その姿を見た切歌とクリス、そしてコマチは驚いた。

 何故なら、サンジェルマン達が二代目統制局長と呼ぶその男の姿は──先日相対したアダムと全く同じ姿なのだから。

 

「やはり落ち着くね、この姿が」

 

 さらに口調と声色も同じで──クリスはサンジェルマンに詰め寄った。

 

「どういう事? もしかしてわたし達を騙して──」

「勘違いするな。アレは二代目の真の姿ではない」

「え……?」

「落ち着くんだ、この姿が」

 

 人違いだと言われ、コマチ達はよくよく二代目を見る。

 ……確かに言われてみると、何処となく目つきが穏やかで、あの時感じた圧倒的な威圧感を感じなかった。

 

「醜いからね、私の真の姿は。晒したくないのさ、衆目の目に」

「でもだからって、何故わざわざその姿なのデスか?」

 

 切歌に問い掛けに、二代目は──瞠目して答える。

 

「──私にとって理想だったのさ、かつてのアダム様は」

「……アダム」

「……理解しているよ、君たちの思い。そして当然の事だ、彼を許せない気持ちは」

 

 ──仲間が操られている。

 ──仲間が殺された。

 ──そして、仲間に仲間殺しをさせている。

 

 アダムがやってきた事は、やっている事は、そしてこれからやる事は──許してはならない事。

 

「どうか止めて欲しい、あの人を。そして取り戻すんだ、君達の仲間を。その為なら惜しまないつもりさ、君達への協力をね」

「……相変わらずお人好しなワケだ」

 

 二代目の言葉にプレラーティが呆れた様にため息を吐き、サンジェルマンとカリオストロも同様の表情を浮かべる。

 どうやら彼女達にとってはいつもの事らしい。

 しかしサンジェルマン達は不満を持っている訳ではなく──志は同じな様だ。

 

「ありがとうございます……!」

「約束するデスよ! 響さんを取り戻して、あいつを倒してやるデス!」

 

 二人の言葉に二代目は嬉しそうに笑みを浮かべ、視線をコマチへと向ける。

 

「貴方もどうか──しないでください、絶望を」

「ブイ……」

「ただ──どうか己を犠牲にはしないでください、何があっても。残される人は辛いのです、だからあの方は──」

「ブイ……?」

 

 二代目の意味深な言葉にコマチは首を傾げ、サンジェルマンもまた内心疑問を抱いていた。

 

(二代目がアダム・ヴァイスハウプトに執心していたのは知っていたが──アカシアも? いやそれよりも、先ほどの言いよう……もしや)

 

 サンジェルマンは、ある一つの可能性にたどり着いた。

 過去に二代目から聞かされたとある話と照らし合わせると、アダムがヒトに対して過剰とも言える悪辣な行為をしているのは──。

 

「──し、失礼します!!」

「騒々しいね、全く。あったのかい、何かが?」

 

 局長室に入ってきた協会の人間は、二代目に咎められながらも報告を行った。

 それだけの事態が──起きたのだから。

 

「──日本に向かい、三体のアカシア・クローンが進軍中との事! 過去のデータから参照するに──個体名カイオーガ! ルギア! イベルタル!」

「ブイ!?」

 

 伝説級じゃん!? とコマチが叫ぶ。

 実際、過去にその姿だったアカシアは災害を止めるためにその力を行使し──文献にも載っている程だ。

 それが三体現れ、日本に進軍しているとあってはクリス達も穏やかで居られない。

 

「急いで戻らないと!」

「送っていこう。局長、よろしいですね?」

「勿論さ、君たちも力を貸してあげると良い」

 

 二代目はそう言いつつ、ある物を取り出した。

 

「それとこれを持って行くと良い、役に立つだろう」

「! これは……!」

 

 二代目が渡したのは──かつてアダムが過剰な魔力で作り出したアダム・スフィア。

 これがあれば大抵のことはできる。町を復元したり、大量の人間をテレポートさせたり、と。

 受け取ったサンジェルマンは、敵の力を使わなければならない事に複雑に思いながらも胸元にしまう。

 

「では、失礼します」

「くれぐれも気を付けるように──そろそろ本腰を入れて来たからね、あの方も」

 

 二代目の言葉を背に──サンジェルマン達はテレポートジェムにて日本へと跳んだ。

 

 

 ◆

 

 

 レプリカタイプのアカシア・クローンを媒体に、アダムの膨大な魔力で拡張、魔改造し再現された──伝説の力。 

 かつて人々を救った力が、今は逆に人々を害そうと振るわれようとしている。

 三方向から進撃する三体。一体でも日本に上陸し、その力を使わられればどうなるか──それが分からない彼女達ではなかった。

 故に、三チームに分かれて対処する事となる。

 

 カイオーガには、翼、プレラーティ、ジル、コマチ。

 ルギアには、調、切歌、カリオストロ、カメちゃん。

 イベルタルには、クリス、サンジェルマン、イグニス。

 

 何れも厳しい戦い──だが、彼女たちは負けるわけにはいかない。

 

「──デカいな」

「ブイ……」

 

 ブレードボードに乗り空からカイオーガを見下ろした翼が思わず呟き、彼女の肩に乗っているコマチもまた同意するかのように頷いた。

 

「カイオーガ……文献によると、雨を降らす力で海を作った伝説があるワケだ」

 

 プレラーティがそう言うと同時に、ポツポツと水滴が降り──大雨となる。

 

「っ……天候を変えるとか有りか!?」

「文句を言っている暇はないワケだ! 来るぞ!」

 

 プレラーティの警告と共に、カイオーガは口を大きく開き──水の砲撃を翼たち目掛けて放った。それを翼はボード捌きで回避し、プレラーティはジルのまもるの力で防ぐ。

 

「くそ! 次はこっちの──」

「──上だ!」

 

 反撃をしようとした翼だが──プレラーティの叫び声と同時に、途轍もない衝撃が彼女を襲う。

 肩に居るコマチが咄嗟にまもるを使った事でダメージは無かったが──アメノハバキリに宿るアカシアの力が警告していた。

 

「──落雷!?」

「それも絶対に当たるタイプだ!」

 

 錬金術で空を飛んでいるプレラーティは、翼の隣に寄ると文献に書いてあった伝承を伝える。

 

「カイオーガは雨雲を操り雨を降らし無辜の民を救うと同時に、あの雷で災害を打ち消したとある」

「そんなの有りか!?」

「有りだから使っているワケだ!」

 

 自分の得意なフィールドを作り出し、力自体も強い。

 かつてない強敵に、翼は生唾を飲み込む。

 

 

 

「デデデース!?」

「っ、巨体に似合わず速い……!」

 

 調たちもまた苦戦していた。

 既にアカシアの力を解放し、シルバーバージョンの力を駆使し切歌の足場の形成と拘束を行おうとしている調だが──相手が悪すぎた。

 

「──!」

「ぐ、また……!」

 

 流体化しルギアに巻き付いた調の銀が、ルギアがサイコキネシスを使い主導権を強奪。

 そしてそのまま彼女たちを襲おうとし──直前に銀を消して難を逃れる。

 

「あらら……海の力だけかと思ったら、意外と器用なのね」

「ゼニ!」

 

 相棒を肩に乗せ、海面に立つカリオストロ。

 ルギアにはカイオーガのように天候を意のままに操る特性は無いが、その力はやはり伝説級。

 特に、すべてを切り刻み塵と化す大技は、真面に食らえば命はない。

 調は器用に立ち回っているが、相手の力がそれ以上に万能だ。

 切歌も攻めあぐねて、できる事といえば調の援護くらい。

 

「これはちょーと不味いかもね……」

 

 

 

「はぁ!!」

「──!」

 

 イベルタルの赤黒いレーザーとサンジェルマンの錬金術が激突する。

 ラピスの力で何とか相殺できているが──自力が桁違い。

 クリスも狙撃をするが、イベルタルは脅威と見ていないのか見向きもしない。現にクリスの弾は弾かれダメージを与えることができないでいた。

 

「厄介だな……ラピスの力を叩き込めば、相性上有利なのだが……」

「カゲェ」

 

 どういうわけか、イベルタルが攻撃をする度にイグニスの体力が吸われている。

 サンジェルマンの肩の上で気怠げにしていた。

 

「──?」

「どうした?」

「何か、違和感が……」

 

 さらにクリスもギアに違和感を覚えていた。

 アカシアの力が弱まっているような……。

 

「……思っていたより、厄介だな」

 

 他の戦場の様子を顧みて、思わず呟くサンジェルマン。

 伝説と呼ばれる力は、彼女たちの予想以上だった。

 このままでは戦線が崩され突破されてしまう可能性がある。

 

「──仕方ない」

 

 故にサンジェルマンは──切り札を使う。

 

 

 

 そして、それを見ている者が居た。

 

「──ほう。案外早く手を切って来るんですね」

「……」

 

 光学迷彩で姿を消している戦艦の甲板には、ガングニールのファウストローブを着た響が居た。

 そして、その隣には黒い宝石を手に持つ──白衣を着た男。

 

「アダム・スフィア──その力、見せて貰いましょう……ねぇ? 響さん」

 

 そう言って男──ウェルは響に笑いかける。

 

 自分が開発したダイレクトフィードバックシステムにより、沈黙している彼女に向かって。

 



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第九話「墜落無双」

 伝説の力を持つアカシア・クローン達に苦戦するサンジェルマン達。しかし彼女達には秘策があった。

 それは二代目が彼女に託した──アダム・スフィア。

 埒外の魔力の塊を手に、サンジェルマン達は、イグニス達は、新たな力を得る。

 

 

 第九話「墜落無双」

 

 

 プレラーティは、カイオーガの放つ水の砲撃を避けながら翼とコマチに言う。

 自分達がアレを倒すと。

 

「できるのか!?」

「できるワケだ──あの時、限界を超えたジル達なら!」

 

 アダムの黄金錬成を防ぐ際、イグニス達アカシア・クローンはその力を次のステップへと進めていた。

 サンジェルマンが創り上げた彼らと、プレラーティ主導の元創り上げたラピス・フィロソフィカスの相性は抜群──否、良すぎた。

 故に、彼らにラピスの力を注ぎ込む事は一種の賭けであり、下手をすれば暴走していた可能性があった。

 

 しかし。

 

「こういうのはガラではないワケだが──絆の力、というものだ」

 

 プレラーティは、あの戦いの後ラピスとイグニス達を調べ、彼らの進化ができた理由をそう評した。

 

 そして此処にはアダム・スフィアという莫大な魔力がある。

 サンジェルマンから三分の一受け取って居た彼女は──その魔力をスペルキャスターに注ぎ込み、ファウストローブに循環される魔力を制御装置に。そして、そのまま不浄を払う魔力を、相棒へと送り届ける。

 

 絆を経て至る究極の力──その名は。

 

「ジル、メガシンカをするワケだ!!」

「ダネ!!」

 

 それは、マリアが持つ力と同じ力。

 ジルは、フシギダネから最終進化形態のその先へと一気に進化する。

 フシギバナの時よりも巨体になり、その身にある力は本来苦手とする熱や寒さを耐える鉄壁の守りとなる。

 

「バナァァアアアアア!!」

 

 プレラーティとの絆により、メガフシギバナへと至ったジルが雄叫びを上げ──一つの技を繰り出す。

 

「バナ──バァアナッ!」

「──! これは」

 

 いち早く気づいたのは、空を飛ぶ翼だった。

 痛いくらいに叩きつけてきて大粒の大雨が徐々に収まり、雨雲が消え、太陽が顔を覗かせる。

 そして濡れていた体が一気に乾く程の強い日差しが戦場を包み込んだ。

 

「ブイ!!」

 

 コマチが晴れた! と叫び、カイオーガが戸惑うようにひと鳴きする。

 己の力が、雨を降らす力が阻害されるばかりから上書きされた事に驚いていた。そんな事ができるのは、自分と対の力を持つ存在だけかと思っていた。

 現に、コマチが何度にほんばれをしても発動しなかった。

 

 つまり、今のジルには伝説に匹敵する力を持っているという事。

 

「過去に語られた伝説、確かに強力なワケだ。天候を支配する等、正直驚いていた──だが」

 

 けん玉型のスペルキャスターを突き付けて、プレラーティが叫ぶ。

 

「我々は日夜研究し、そして日々強くなっているワケだ! 語り継げられた御伽程度越えられるなくて、何が錬金術師だ!」

 

 理想を追い求めるが為に、彼女達は負けていられない。負けている暇はない。

 

「ジル──ソーラービームだ!」

「バァア──ナァアッ!!」

 

 太陽光を浴びて即時放たれた光線は──カイオーガに確かなダメージを与えた。

 

 

 ◆

 

 

「カメちゃん、メガシンカ」

 

 カリオストロもまた、アダム・スフィアの力を使って相棒に究極の力を授ける。

 ゼニガメ、カメール、カメックスの姿を経由し、メガカメックスへとなるカメちゃん。

 両肩の大筒が一つへと統合され、全てを粉砕する砲身がルギアへと狙い定める。

 

「それじゃあカメちゃん──一発気持ち良いの出しちゃいなさい!」

「──カメェエエエ!!」

 

 背中の砲身に黒く輝くエネルギーが装填され、狙い定めたルギアに向けて解き放つ。

 ルギアはいつものようにサイコキネシスで攻撃を防ごうとし──弾丸はルギアの力を受け付けず、そのまま直撃した。

 

「……!」

 

 何が起きたのか、理解できないルギア。

 しかし、その身に感じるダメージにより直ぐに気付く。

 先ほどカメちゃんが放ったのは──悪タイプの技である悪の波導。そして、エスパーの技は……悪タイプには無効。

 故に、操る事ができずに直撃した。

 加えて、メガカメックスの特性はメガランチャー。その特性は、波導系統の技を強化する。

 

「水、格闘、龍、悪──メインはこれだけど」

 

 カリオストロの言葉に同調する様に、カメちゃんは両腕に追加された砲身を構える。

 そして──。

 

「うちのカメちゃんは器用だから、どんどん弱点突いちゃうんだから」

 

 左腕の砲身からは冷凍ビーム、右腕からはラスターカノンを放った。

 二つの攻撃は直撃し、ルギアが悲鳴を上げる。

 

「さぁカメちゃん、どんどん行っちゃって!」

 

 カリオストロの声に応えるようにしてカメちゃんは次々と技を放ち。

 

「調、アタシ達も!」

「うん、切ちゃん」

 

 切歌と調も続くようにしてそれぞれ攻撃を開始した。

 

 

 ◆

 

 

「──」

 

 ボールとアダムスフィアの力を装填したスペルキャスターを見て──サンジェルマンは遠い日の記憶を思い出していた。

 

 ──なんで、お母さんを助けてくれなかったの!? 

 ──カ、カゲェ……。

 ──嫌い! イグニスなんか嫌い! どっか行っちゃえ! 

 

「……果たして、この力は私に応えてくれるのだろうか」

 

 サンジェルマンの呟きに、肩に乗っているイグニスが首を傾げる。

 それを彼女は優しい顔つきで撫で──覚悟を決める。

 

「──資格が無くとも、私は進まなければならない。……イグニス、力を貸してくれるか?」

「カゲ!」

 

 サンジェルマンの問い掛けに、イグニスは元気よく応えた。

 それに彼女は笑みを浮かべ──相棒にさらなる進化する為の力を授ける。

 

「イグニス──メガシンカだ!」

「カゲ!!!」

 

 過程を飛ばし、最終進化を超えた進化を為すイグニス。

 翼を広げ、炎が灯った尾を振り回し、雄叫びを上げる。すると、日差しが強くなり、ジリジリとイベルタルの肌を照り付ける。

 

 イグニスは、メガリザードンYに進化した。

 メガリザードンYの特性ひでりにより、周囲一帯の日差しを普段よりも強くさせた。

 そして日差しが強い時、アカシアの炎の力は威力を上げる。

 つまり──この戦場に居るクリスとイグニスは、その力を普段以上に苛烈に強く発揮させる事ができる。

 

「イグニス、だいもんじ!」

「グオオオオオオ!!」

 

 太陽の力で威力を増した大文字が放たれ、

 

「わたしも……!」

 

 クリスもまたライフルから炎のレーザーをイベルタルに向けて解き放ち──二つの炎は、イベルタルを焼く。

 

「──!」

 

 痛みに悶えるイベルタルの声を聞き、サンジェルマンは顔を顰める。

 姿は変われど、その力が伝説級であれど──苦しみもがいている声を聞き間違えない。

 

 今回進撃している伝説級のアカシア・クローンは、三体共レプリカタイプだ。

 つまり救うには倒すしかない。

 故に、サンジェルマンは──怒りを胸に、必ず倒すと誓う。

 

「行くぞイグニス──彼を救うんだ!」

「ギュオオオ!!」

 

 イグニスが吠え、クリスの弾丸が唸り──サンジェルマン達は、否他の戦場の錬金術師達と装者達は、アカシア・クローンを確実に追い詰めて行った。

 

 

 ◆

 

 

「さて、そろそろ第二段階に進みましょうか」

 

 フローティングキャリア。かつてバルベルデが使用した存在してはいけない兵器……その兄弟艦「SFC1番艦 アリアス」。

 その甲板に立つウェルは、三つの戦場を見て呟いた。当然隣の響は反応を示さない。

 

「ステルスを解除してください──釣りの時間です」

「ああ」

 

 ウェルの指示に従い、側に控えていた錬金術師が戦艦を操作する。すると、今のいままで姿を消していた巨大戦艦が、その威容さを白日の元に晒す──日本上空にて。

 

『緊急事態だ! 敵と思われる戦艦が日本上空に現れた!』

『司令! あの戦艦からガングニールの反応もあります!』

 

 敵が何を──響に何をさせようとしているのかは分からないが、碌でもない事は確かだった。

 伝説級を押しているが撃破するには時間がかかる。かといってこのままでは──。

 

「アメノハバキリ! 先行しろ! お前が一番速いワケだ!」

「──! しかし……!」

「──ブイ!」

 

 迷いを見せる翼の肩からコマチが飛び降り、プレラーティの肩の上に乗る。

 

「光彦?」

「ブイブイ──ブイ!」

 

 コマチは言う。響を助けてくれと。

 そして自分は此処に残ると──肩の上に居ては、翼が全力で飛べない為に。

 

「桜餅コンビも行ってきなさい! 響ちゃんも厄介だけど、あの戦艦もめんどくさいわよ!」

 

 翼同様に、切歌たちもカリオストロに背中を押されていた。

 

「誰が桜餅コンビデスか! ……でも」

「此処を離れて大丈夫なの?」

 

 しかし、伝説を相手にメガシンカしているイグニス達が居るとはいえ、戦力を分散しても良いのかと心配する装者達。

 それをサンジェルマンが叱咤する。

 

「侮るな! 此処で勇み足しても状況は悪化するのみ──自分たちの仲間だろう? 救ってこい」

 

 錬金術師達の言葉に、装者達は──彼女達の覚悟を尊重し、強く頷いた。

 

 分かった、と。

 

 装者達は、自分たちの最大速度で日本へと向かう。テレポートジェムは、響が居る場所に使ってしまえば、それを察知されて堕とされかけない。

 故に飛ぶしか無く、そして一番最初に辿り着いたのは翼で──。

 

「響! ──な!?」

 

 そこに居た人物に、驚きの表情を浮かべ。

 

「な、何で、か──」

 

 信じられないと動揺した翼は、目の前に現れた黒く染まった響に反応できずそのまま──。

 

 

 ◆

 

 

「あと、もう少しデス!」

「うん……!」

 

 クリスと合流した切歌と調は、目視できる距離までフローティングキャリアへと近付いていた。

 翼が先行している筈なのだが、彼女が到着した後から連絡が無い。

 三人共、嫌な予感がしつつもそれを口にせず飛び続け──。

 

 ──ドゴオオオオオオオオン!! 

 

「──な!?」

 

 突如、フローティングキャリアが爆発し二つに折れる。さらに爆発は続き、赤い炎をその身に包み込むと──最後に大きな爆発を起こして、塵も残さず消えた。

 

『──そんな』

 

 そして。

 

『アメノハバキリ──反応喪失』

「──そんな」

 

 友里からの報告を聞いたクリスは──それを認める事ができなかった。

 

「うそ……嘘だ! 翼は、そんな簡単に──」

 

 頭を横に振り、嘘だと叫び続けるクリス。

 

「いえ、現実ですよ──残酷なほどにね」

「──な!?」

「お前は!?」

 

 そして、そんな彼女達の背後から聞き慣れた声が響き──振り返る前に背中を強い力で殴打され吹き飛ぶ。

 海を跳ね、日本に上陸しても止まらず、最後に辿り着いたのは、崩壊したチフォージュ・シャトー跡地。

 

「いつつ……」

 

 痛みに耐えながら起き上がった切歌。

 しかしすぐにその表情が変わる。

 何故なら──目の前に、テレポートジェムを用いて現れたのは……悪のジュエルを使い、黒く染まった響とその横で悪辣な笑みを浮かべるウェルが居たのだから。

 

「SONGの時から思っていましたが、この力──タイプ・ワイルドスピードは凄まじいですね。暴走の力をアカシアの力で制御する、他のタイプとはまた毛色の違う力。いやはやまったく──まさか、翼さんを一撃で屠るとは」

 

「──は?」

 

 ウェルの言葉を、調は理解できなかった。

 いや、したくなかった……が正しい。

 何故なら、今の彼の言葉が真実なら──。

 

「──ウェル博士!」

「……何でしょう?」

 

 博士ではない、と訂正しなかった。

 

「何故……そこに居るデスか? 何で翼さんが死んだなんて嘘を──」

「嘘じゃありませんよ? ──仕方ありませんね。分かりやすく教えましょう」

 

 ニヤリとウェルが笑みを浮かべて──調がずっと否定したくて、しかし思い浮かべていた最悪の想定を答えた。

 

「響さんにファウストローブを着させ、ダイレクトフィードバックシステムで操り、翼さん──いや、マリアさん、奏さん、セレナさんを殺させたのは……僕たちですよ」

 

 ウェルは──しっかりと言葉にして伝えた。

 

「僕は英雄になる為に──アナタ達を裏切ったのです。いい加減理解してください」

 

 ウェルは調達の敵になったのだと。

 

 喪失へのカウントダウン継続。

 アメノハバキリの反応消失。

 

 残りの装者──3人。

 



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第十話「信頼失墜」

 ──この腕に、翼さんを貫いた時の感覚が残っている。

 

『──掌握』

 

 ウェルから渡された黒いジュエルを握り潰し。

 

『──変換』

 

 悪の力が握り締めた拳から腕へ、腕から体へ──体から心へ侵食していく。

 

『──この手に踏み越える過去を』

 

 そして纏うは、過去に囚われた自分自身。

 踏み越えると言いつつ、響は過去に囚われ──仲間との輝かしい未来を自ら壊していく。

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・ワイルドビースト。

 

 獣のように暴れ、全てを壊す黒き力。

 響はその力で過去に大切な人を殺しかけ──そして今、此処で仲間を手に掛けた。

 

 ズルリと自分の腕から翼が離れ、海に堕ちていくのを眺める響。

 

 ──心が軋む音が聞こえる。

 

『恨むのなら僕を恨むと良いですよ』

 

 その隣に立つウェルが、まるで毒のように、甘く囁く。

 

『アナタは悪くありません。悪いのは──』

 

 ──君を縛り付けるヒトデナシ……僕だから。

 

 しかし、ウェルの言葉は響に届かず──響の意識は闇の奥深くに沈んだ。

 

 

 第十話「信頼失墜」

 

 

「──悪い冗談言ってないで、さっさと帰って来てバカ助手」

 

 ウェルの裏切り宣言を聞いた装者達だが──全員信じていなかった。

 特に付き合いの長い……ずっと助けられ、支えらて来た調は、青い顔でいつもの調子で罵倒する。

 しかしその言葉には力が込めっていなかった。

 

「調さん、アナタが一番分かっているでしょう──響さんにダイレクトフィードバックシステムを取り付けたのは僕だと」

「っ……」

「だからあの時、バルベルデで響さんと初めて戦った時、一番に動揺した」

 

 ウェルの言葉を聞いて、切歌が叫ぶ。

 

「そんな……本当に裏切ったのデスか!? 何で──」

「──何で? そんなの決まっているでしょう」

 

 ウェルは──無表情で、しかし瞳は昏く、淀んだ眼で彼女達を、切歌を……最も大切な人を見て言葉を紡いだ。

 

「英雄となり、神の力をこの手にし──取り戻すんだ! 全てを──キリカくんを!!」

『──!?』

 

 ──偶然にも、残った装者達はキリカと最も絆を育んで来た、もしくは影響を受けた者達であった。

 故に、理解してしまう。ウェルの言葉を、悲痛な叫びを。

 

「僕も最初はキリカくんに胸を張れるように頑張ろうと思っていた──だが、やっぱりダメだった」

 

 ウェルは思い出す。

 

「僕は救えなかった、ノエルくんを」

 

 自分の無力さを。

 

「あの時酷く痛感しましたね。僕がどれだけ無能なのかと」

 

 彼は語る。自分の弱さを。

 

「そして毎度キリカくんの居ない墓に行って──情けなく膝を着き、弱音を吐く僕がどうしようもなく憎かった」

 

 彼は苦しんでいた。大切な人を救えず、仲間も救えず、どんどん咎を背負っていく自分に。

 

 そんな時に出会ったのが──錬金術師だったと彼は語る。

 

「アダムは言いました。神の力があれば、英雄となれば──全てを救えると!」

「でも──だとしても!!」

 

 ウェルの叫びに、切歌が叫び返した。

 

「それで響さんを、無関係の人々を苦しめて良い理由になる筈がないデス!! 博士は、本当にそんな事を望んでいるのデスか!? アタシは信じたくないデス!」

「他ならぬ本人が言っているのですよ? 信じてくださ──」

「──アタシの知っている博士なら!」

 

 ウェルの言葉を切歌が遮り。

 

「──もう一人の……キリカが悲しむような事は、する筈が無いのデス……!」

「──っ」

 

 彼女の言葉がウェルの胸に突き刺さり、思わず表情を歪めてしまい。

 

「──決めました」

 

 すぐに表情を超えて──一線を超えたのだと、ウェルが睨み付ける。

 

「次に退場するのは──君だ、切歌くん」

 

 その言葉と同時に──響が一気に切歌の懐に入る。そして、黒く染まった拳が叩き込まれた。

 

「ぐ……!」

「……」

 

 しかし切歌はイガリマの鎌で防いで何とか直撃を避けていた。

 それでも衝撃は流しきれず、苦悶の表情を浮かべる切歌。

 

「では、籠の中でひっそりと──消えてください」

 

 そう言ってウェルは端末を操作し、響に一つの指示を出す。

 すると、響が懐からテレポートジェムを取り出し──空間を隔離するアルカ・ノイズを召喚し、切歌と共に姿を消した。

 

「切ちゃん!」

 

 調が叫ぶが届かず。

 これで中のアルカ・ノイズを倒さないと脱出できない。しかし中には響も居り──状況は絶望的。

 

「後は、僕を倒すしかないですね」

「──バカ助手!」

「とはいえ、非力な僕ではシンフォギア相手には一秒も保たない」

 

 ──なので。

 

「とっておきのお供を召喚させて貰いましょうか!」

 

 そう言ってウェルは、一つのテレポートジェムを取り出し、一体のアカシア・クローンを召喚する。

 

「そういえば、アナタ達が先ほど相手にしたアカシア・クローンですが、語るのも憚れる程の粗悪品でしてね」

「──何が言いたいの?」

「いえ、皆さんが名付けた戦闘マシーンに堕ちたレプリカタイプ……それの寄せ集めでして」

 

 サンジェルマンも戦いの最中にその事に気づき、救えない事に瞠目した。

 

「その寄せ集めで伝説の力を再現したせいか、攻撃面は再現できているようですが、防御面はからっきし。加えて時間が経てば自壊する」

「……」

「だから、マリアさんと同じ力を得た錬金術師達も時期に此処へ来るでしょう──とはいえ」

 

「キュララララ!!」

 

 召喚されたアカシア・クローンが咆哮を上げ、ウェルが近づき注射を打つ。すると咆哮が収まり、落ち着いた様子でクリス達を睨み付けた。

 

「響さんが切歌くんを始末する時間は稼げるでしょう。そして、アナタ達はこの子に──キュレムには勝てない」

「キュラララララ!!」

 

 ──ウェルが召喚したアカシア・クローンもまた伝説級。

 空気が凍り、氷の力に耐性のあるクリスと調が思わず体を震わせる。

 

「では洗礼です──キュレム! りゅうのいぶき!」

 

 キュレムの力がクリス達に襲いかかり──。

 

「──破ッッッッッッッ!!」

 

 割り込んだ赤い影が竜の息吹を吹き飛ばした。

 それを為した人物を見て、ウェルは心底嫌そうな顔をした。

 

「……アナタが出てくるのは反則でしょう風鳴司令」

「──友が悪道に堕ちたのか否か。それ以前に仲間を殺されそうな時に黙っていられる程、俺は穏やかでは居られないんでな……!」

 

 戦場に現れたのは、弦十郎だった。

 

「司令……!」

「すまないな二人とも──四体の伝説級が現れたと見て、上が泡を喰って突いて来てな」

 

 しかしおかげで弦十郎も前線に出る口実が生まれた。

 

「ウェル──戻って来て貰うぞ!」

 

 弦十郎は、ウェルを心底信じ切った目でそう言い、弦十郎はウェルに向かって跳んだ。

 しかしそれをキュレムが阻み、彼の竜の波導と弦十郎の拳が激突し、爆発が起きる。当然弦十郎にダメージはない。発勁で受け流した。

 

「相変わらず人間辞めていますね……」

 

 伝説級のアカシア・クローンに単身挑んで推せる人間など、目の前の弦十郎か全力のマリアくらいであろう。

 今もキュレムが氷柱を飛ばし、それを弦十郎が涼しい顔で避けている。

 加えて、装者達も援護に回る。

 

「はぁ!!」

「っ……!」

 

 クリスと調のレーザーがキュレムの両翼に直撃しバランスを崩す。その隙を逃さず弦十郎が一撃を叩き込んだ。

 キュレムが悲鳴を上げ、思わず地面に倒れ伏した。

 

「降伏しろ──そして全てを話してくれ」

「──いえ、そういう訳には行かないのです」

 

 ──それに。

 

「どうやら、仕事は早く済んだ様で」

「──何?」

 

 弦十郎が首を傾げると同時に、藤堯から連絡が入る。

 

『司令! 錬金術師協会の三人がアカシア・クローンを撃破! 今、そちらに──』

 

 その言葉の途中で、テレポートジェムによりサンジェルマン達が転移してくる。どうやら戦況を既に把握しているようで、場に着くなり武器をウェルに向ける。

 

「貴様が協力者か」

「おっと、随分なご挨拶ですね」

 

 サンジェルマンに強く睨まれても、ウェルは余裕を崩さず──。

 

「まぁ、そちらは──こちらと比べて一歩遅かった様ですがね」

「──何?」

 

 サンジェルマンが眉を顰めると同時に──友里の悲鳴が通信越しに響く。

 

『そんな……!?』

「どうした、友里!」

『──イガリマの反応、消失』

 

 彼女の言葉を聞き。

 

「──え?」

 

 呆然と調が呟くと同時に──空間が割れ、そこから響が現れる。

 そして、ズルズルと引き摺るナニカを──放り投げた。

 ドシャ、と皆の前に堕ちたのは──目を閉じ、冷たくなった……切歌だったモノ。

 

「──切、ちゃん?」

「どうやら魂を殺した様ですね」

 

 切歌の亡骸に縋り付き涙を流す調を見ながら、響の力を知り尽くしているウェルが語る。

 

「タイプ・ワイルドビーストは身体能力の向上の他にも様々な力を持っています。相手を眠らせたり、魂を操ったり──肉体を傷付けず殺すなんて朝飯前でしょう」

 

 つまり切歌は、魂を殺されてしまったという事。

 魂を刈り取る力を持つイガリマの装者相手にそれを行う等、なんて皮肉だろうか。

 それを為した響は、相変わらずバイザーで表情を隠してウェルの側に立つ。

 

「──なんで」

 

 切歌に抱き着きながら──調が叫んだ。

 

「──なんで、なんで!?」

「理由は先ほど言った通りですよ調さん──もう、アナタとの科学ごっこは終わりだ」

「あ──」

 

 調のギアが──彼女の心に反映して解除される。

 そんな彼女に向かって、キュレムの氷柱が向けられ。

 

「さようなら──」

 

 彼女を穿つ牙となって──襲い掛かった。

 

 

 ◆

 

 

「やれやれ、相変わらず厄介ですね」

「……」

 

 ウェルは響と共に撤退した。

 結論から言うと、最後の一撃は弦十郎に防がれた。その後サンジェルマンがカウンターの攻撃を仕掛けてきたが、転移した事で躱している。

 

「っ……!」

「おっと」

 

 基地に戻った事により響の拘束が解かれ、彼女はウェルの胸元を掴んだ。

 しかしウェルは対して抵抗せずされるがまま。ギリギリと服を掴み続け──響は拳を開いて力無く座り込んだ。

 そして──。

 

「ねぇ、ウェルさん──」

 

 響は──。

 

「ウェルさんの科学で……わたしを殺して」

「……」

「もう、耐えられない──殺したくない。殺すくらいなら、わたしが!!」

「──そして、せっかく手を繋いだ家族を見殺すのですか?」

「──!」

 

 ウェルの言葉に──響の胸の中の絶望が強く、重くのし掛かる。

 

「響さん、恨んでくださいこの僕を。アダムを。そして忘れなさい、仲間を殺した事は。何なら僕が──」

「──良い」

 

 スクっと立ち上がった響は。

 

「やっぱりわたしが背負っていくから」

 

 そう言って響は暗い瞳でウェルは見て──自分の部屋に戻った。

 それを見送ったウェルは──ため息を吐く。

 

「さて──あと二人ですか」

 

 

 

 喪失のカウントダウン継続。

 イガリマの反応消失。

 

 

 残りの装者──2人。

 

 

 



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第十一話「過去焼却」

 切歌の遺体は、一度錬金術師協会が預かる事となった。肉体に損傷がなく、魂が死んだだけなら、錬金術で蘇生ができる――かもしれない、から。

 調は、藁にも縋る思いでサンジェルマン達に頼った。何故なら――調は、自分の力で切歌を救う事ができないと思い込んでいるからだ。

 

 今の彼女の側に――ウェルは居ない。

 

「――死とは何だと思う、サンジェルマン?」

 

 二代目の問い掛けに、彼女は答えあぐねていた。こういう時の彼の問いかけは普通の答えを返しても意味が無い。

 何か、伝えたい事があるのだろう。

 

「肉体が壊れた時? 魂を失った時? 確かにそうなのだろう、普通なら。しかし私はこう考えるんだ、死について」

 

 二代目は語る。

 

「――その人がその人である証を失った時死ぬ、私はそう思うのさ」

「……」

「それと一つ質問するよ、アカシア様について」

「っ! 何でしょう?」

 

 もしや、自分が歩み寄ることができていない事を指摘するのか、そう身構えるサンジェルマンだが、二代目の質問は――思わず感情を荒げてしまうものだった。

 

「君は知っているかい――アカシア様の殺し方を」

「ーー」

 

 空気が、凍る。

 サンジェルマンは、二代目を強く睨み付けていた。

 

「二代目、それはどういう意味ですか」

「ああすまない、変な意味じゃないんだ。ただ確認をしておきたくてね、君には」

「……彼は命を賭けて人を救います。死因はそれがほとんどかと」

「――50点だ、その答えだと」

「それが何か――」

 

 苛立ちが混じり始めたサンジェルマンの声は――二代目の三言で黙らせられる。

 

「――祈り」

「祈り……?」

「ああ、祈りさ――あの方を殺すのは」

 

 サンジェルマンの心臓が、鼓動が早くなる。

 

「力の代償で死ぬ? 確かにそうだろう。しかしそれは死に方であり殺し方ではないんだ、あの方にとっては。

 

 

 死んでくれ。そう強く祈れば死ぬんだ、あの方は」

「――」

 

 奇跡を起こす神を殺す方法は――あまりにも簡単すぎて。

 そしてそれを知る二代目の瞳は――悲しみに暮れていた。

 

 サンジェルマンは思い出す。

 

 ――母さんを救ってくれないイグニスなんて、死……!

 

 あの日、一時の感情で――想ってしまった感情を。

 

 

第十一話「過去焼却」

 

 

 クリスは、人と会う為にSONGの本部から離れていた。

 敵の襲撃が予想される為、本来なら避けた方が良いのだが――クリスに会いたいと言った人間を、彼女は無視する事ができなかった。

 カリオストロを護衛につける事を条件に、クリスは一つのレストランに向かう。

 そして、そこでクリスを待っていたのは――。

 

「――クリス」

「――ソーニャ」

 

 ソーニャ・ヴィレーナ。

 バルベルデ共和国に住む女性で、かつてクリスの両親の思想に共感し協力し――クリスにとっては姉のような存在だった。

 

 

 

「……久しぶりね」

「……うん」

 

 二人の間の空気は、重かった。

 彼女達にあるのは、目の前の相手に対する後悔と罪悪感。

 ソーニャはクリスの両親を自分のミスで死なせてしまった事で、クリスはそんなソーニャを拒絶し罵倒してしまった事を。

 長い長い沈黙が続き――それを破ったのは一人の少年。

 

「もう二人とも! 暗いよ! せっかくこうして会えたのに!」

「ステファン」

 

 彼はソーニャの弟だ。

 クリスと話し合いたいが、なかなか踏み出せずにいたソーニャの背を押した男の子。

 彼はクリスを真っ直ぐな目で見据えて口を開く。

 

「バルベルデではありがとう」

「え……?」

「村の補給の手伝いをしているのと……戦っているのを見たっていう子が居たのを知ったんだ。そして、助けてくれた女の子が姉さんの知人で――仲直りしたいって知ったら居ても立ってもいられなくなった」

「――っ」

「ねぇ。クリスは……ソーニャ姉さんの事を許せない?」

 

 ステファンの問い掛けに、クリスは答えあぐねていた。

 何故なら今――クリスは許されてほしいが、もう許されないであろう少女の事を知っている。

 ……調は、響の事を憎んでいた。

 今は鎮静剤を打ち寝かせているが――目を覚ませば響を、ウェルを、殺しに行きそうな程に荒れていた。

 

 それを見ると――踏ん切りが付かない。

 

「わたしは――過去に酷い事をしてその事を責められて、でも許して貰った事がある」

 

 コマチを攫った時のことだ。

 フロンティア事変で二課から離れる際に、響はクリスを強く拒絶した。

 しかし戻って来て、謝られて、許された。

 だからクリスは、そんな優しい響が好きだ。

 

 そんな響が苦しんでいる。

 それを放置して――ソーニャを許し、自分が楽になるのは勝手過ぎるのではないか? そう思ってしまう。

 ただ……クリスもまた、ソーニャに謝りたかった。

 許されたいからではなく、彼女が好きだから。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が続く。

 しかし、それを破るのは――やはりステファンだ。

 

「二人とも、俺から生意気な事を言う――もう変えられない過去に囚われないでくれ」

『――!』

「それじゃあ二人があまりにも可哀想だよ。この瞬間、これからの未来は変えられるのに――勇み足していたら、変えられるものも変えられない!」

「――でも」

 

 しかしクリスは、ステファンの言葉を聞いても不安が取り除かれなかった。

 

「わたしのせいで未来が悪いものになったら、未来を変えられなかったら――そう思うと」

「――クリス」

 

 俯くクリスの肩を、ソーニャが優しく掴む。

 

「今、クリスは何か辛い選択に迫られているんだね――そんなクリスにこんな事を言うのは、酷だと思うけど」

 

 ソーニャは――言った。

 

「――ごめんなさい、クリス。アナタの両親を死なせてしまって」

「――あ」

「ずっと謝りたかった。許されなくても良い。過去を振り払いたい訳じゃない――ただ」

 

 クリスともう一度、笑い合う為の未来を掴みたいから。

 だから、彼女はクリスに会いに来た。また、ソーニャお姉ちゃんと呼ばれる未来を想って。

 そしてクリスもまた――少しだけ前に進む勇気を胸に宿した。

 

「――わたしも、ごめん」

「――クリス?」

「本当はあんな事言いたくなかった――ソーニャお姉ちゃん」

「クリス!」

 

 ソーニャは、涙を流してクリスを抱き締めた。それをクリスは優しく受け止め――響に許され、彼女の腕の中で泣いた日を思い出す。

 

(響も、こんな気持ちだったのかな)

 

 人を許すには凄く勇気が必要だった。

 そして許して再び手を取り合えるようになると、こんなにも温かい気持ちになる。

 

 ――クリスは覚悟を決めた。

 

「――二人とも、ありがとう」

 

 彼女は、立花響を――。

 

「わたし、頑張るから」

 

 許し、そして助けたいと強く願った。

 ――翼が必ず助けると言っていたその想いを無駄にしない為に。

 

「……フフフ」

 

 そして、笑顔を浮かべる三人をカリオストロは離れた場所から見ていた。

 

 

 

 

「ブイ……」

 

 調ちゃん……自分の研究室に引き篭もって出なくなっちゃった。

 しかしそれも無理も無いよね。

 信頼していたウェルさんに裏切られて、何よりも大切だった切歌ちゃんを失い、それを為したのが――。

 

「……」

 

 翼さん……彼女も……。

 俺があの時、残らずに彼女に着いていけばあるいは──。

 何で俺はあの時離れてしまったんだ。もしかしたら、翼さんを死なせる事も無かった……そう考えてしまう。

 

翼さんも切歌ちゃんも、響ちゃんを絶対に助けるって言ってた。

切歌ちゃんは、響ちゃんの誕生日を豪勢にお祝いしてあげたいとずっと前から言っていた。調ちゃんやウェルさん。マリアにセレナ、翼さん奏さんや弦十郎さん達も巻き込んで……。

 

 皆楽しみにしていた――していたのに。

 

「――いつまで落ち込んでいるワケだ」

「……ブイ」

 

 プレラーティさんが何処か呆れた様子で現れた。

 彼女は俺に近づくと見下ろしてため息を吐く。

 

「お前の事はよく知っている――何度も別れを経験している筈ワケだ。だったら慣れているのではないのか?」

 

 ――何だと。

 

「ああ、そう言えば記憶を失うのだったな――だったら慣れないワケだ」

「ブイ……ブイ!」

 

 例え記憶があっても慣れる訳が無いだろ!

 大切な仲間が死ぬこの悲しさを!

 

「――だったらしっかりと覚えておけ」

 

 プレラーティさんがグイッと俺を持ち上げて、視線を合わせる。

 

「それが、お前が残して来た……忘れてしまった人達の苦しみだ!」

 

 ――っ!

 

「こんな事をお前に言っても無意味なのは分かっている――だが、言わずにはいられないワケだ」

 

 ……でも、それでも俺は。

 

 ――俺が答えあぐねていると、突如警報が鳴る。

 すぐに発令室から弦十郎さんの声が響いた。

 

 響ちゃんのガングニールの反応があったと。

 それと同時にイチイバルの反応もあり――すぐに消えた、とも。

 そういえば、今日はクリスちゃんは出掛けていた。もしかして――。

 

「あ、一人で突っ走るな! 私も同行するワケだ」

 

 俺は、テレポートを使って跳んだ。

 その際にプレラーティさんも割り込んで来たが――それすら気にならない。

 だって、俺たちの目の前にあるのは――。

 

 燃えるお店。

 転がる焼け焦げたサッカーボール。

 無惨に放り投げられた見た事のある半壊したライフル。

 

 そして――。

 

「――カリオストロ!?」

「ごめんね、プレラーティ……サンジェルマンを――!」

 

 真っ赤に燃える拳でカリオストロさんを貫き、そのまま彼女を消し去る――響ちゃん。

 カリオストロさんは光の粒子となって消え去り――燃えるレストランを背に響ちゃんはこちらを見る。

 そして。

 

「――掌握」

 

 緑色の宝石を取り出し、握り砕く。

 

「――変換」

 

 腕を伝い、全身に緑の力を宿していく。

 

「――この手に切り裂く刃を」

 

 そして、握るのは草薙の剣。

 

「――ガングニール」

 

 ――ガングニール・アカシッククロニクル。

 ――タイプ・グラスセイバー。

 

「ブイ……」

 

 俺は、響ちゃんが切りかかってくるのを――ただ、見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

「――響」

 

 何処か浮遊感を感じる中、クリスは――プレラーティとコマチに襲いかかる響を見ていた。

 彼女達を見つめる自分の体は透けており――瓦礫の中に倒れ伏している自分の身体を見つけて理解した。

 

 ああ、自分は死んだのだと。

 よく覚えていないが……最後に見たのは響の悲しそうな顔だった。

 それまでソーニャ達と楽しく会話をしていた。ステファンがサッカーボールを見せつけて俺の夢だと言って、応援したいと思って……でも、そんな彼も、彼の姉も此処には居ない。

 

 せっかく分かり合えたのに、出会えたのに――呆気なく壊された。

 

 しかしクリスは響を恨む気持ちは無かった。

 

 確かにソーニャたちが巻き込まれた事は悲しいが――自分が死んだ事は、彼女に殺された事はちっとも気にしていなかった。

 それは何故か? それは――。

 

(そっか……わたし、響になら――殺されても良いと思ったんだ)

 

 初めは罪悪感からだった。

 次は許されたことへの感謝。

 しかし次第にそれは変わり――クリスは響達の事を大切に想うようになっていた。

 だから響が誰かを傷付ける事を悲しく想い、絶対に止めると思い。

 自分が殺された時は気にせず、むしろそれで良いと思っていた。

 

 響が大好きだから。

 

 唯一気がかりなのは――。

 

(響――ゴメンね)

 

 響が自分を責めて潰れてしまわないか、それだけが気になり――そこでクリスの意識は無くなった。

 

 

 

「――ブウウウウウウウイ!!」

 

 戦場にコマチの叫び声が虚しく響き――響はひたすら黙って凶刃を振るい続けた。

 

 

 

 喪失のカウントダウン継続。

イチイバルの反応消失。

 

 

 残りの装者──1人。

 



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第十二話「凍結世界」

本日二度目の更新です


「……」

 

 響の手甲から緑色の光刃が伸び、それを振るいコマチとプレラーティを斬り刻まんと襲い掛かる。

 それに対抗するように、プレラーティはファウストローブを身に纏い、巨大なケン玉状のスペルキャスターで受け止める。

 

「ジル!」

「ダネ!」

 

 その隙にジルがはっぱカッターを放ち、響を牽制。響はプレラーティから離れ、刃でそれを斬り落とすと斬撃を放つ。

 

「──ブイ!」

 

 それを、コマチが間に入ってまもるで受け止める。

 そしてそのまま叫んだ。

 

「ブイ! ブイブイブイ!」

 

 もうやめてくれと。響ちゃんにこれ以上酷い事しないでくれと。響を操っている黒幕に、アダムに対して悲痛な叫びを上げた。

 

「──例え、操られていたとしても」

 

 だが──状況は最悪だった。

 コマチの背後から、怒りに満ちた声が響く。

 

「もうコイツの手は血に染まっている──取り返しのつかない所まで来ているワケだ!!」

 

 プレラーティは──響を許せそうに無かった。

 長年連れ添った同志であるカリオストロを目の前で殺されてしまった為に。

 ジルもまた、悲しそうにしながらも戦闘態勢を取っている。カリオストロがやられた際,近くに彼女の相棒は居なかった。

 つまり、カメちゃんも──。

 

「ブイ! ブイブイ!」

「どけアカシア! もうソイツは救えないワケだ!」

 

 響を庇うようにして立ち叫ぶコマチ。

 待ってくれと。彼女は悪く無いのだと。

 しかしプレラーティは聞く耳を持たず、そして。

 

「この際はっきりと言わせて貰う──その言葉を、居なくなった仲間にも言えるのか!?」

「──」

「悪気は無かった。操られていただけ──だからお前達は死んだが許してくれと!」

「ブ、ブイ……」

 

 それは、コマチが、装者達が、SONGの皆が目を逸らし続けていた事。

 コマチはプレラーティの慟哭に応える事ができず、そのまま──。

 

「──! アカシア、後ろだ!」

 

 そして、動揺したコマチは背後で響が草刃を掲げている事に気づかず。

 気づいたプレラーティが警告するも時既に遅く。彼が振り返った時は既に刃が振り下ろされており──。

 

「──はぁ!!」

「──ッ……!」

 

 その間に、ファウストローブを纏ったサンジェルマンとシンフォギアを纏った調が入り、刃を弾き返した。

 そしてその隙にイグニスがコマチを抱えて響から距離を離す。

 

「……」

 

 響は、構えを取りまだ戦闘の意志を向け、調達も応対の姿勢を取る。

 

「……響」

 

 調の響を見る目は──鋭かった。

 やはり切歌を失った事が相当堪えている様子で、アカシアの力を発現する事もできない。

 つまり、怒りに呑まれている。

 調が一歩前に出る──その前に、周囲を冷気が包み込む。

 

「──これは」

 

 サンジェルマンは、この冷気に身に覚えがあった。

 ──取り逃がした伝説の力。

 そして、それを操るのは……。

 

「響さん、ノルマはもう達成したのだから撤退しますよ」

「──バカ助手……!」

 

 調が痛みに耐えるような痛々しい表情を浮かべ、それを見たウェルは心底呆れた様にため息を吐く。

 

「まったく──何を期待しているのですか?」

「……!」

「もう僕がそちらに戻る事はありません。縋るのも無しです。さっさと僕の事は忘れるべきですよ」

 

 さもないと。

 

「──死にますよ? 調さん」

「あ──」

 

 その言葉を最後に、ウェルは響とキュレムと共にその場を立ち去った。

 

 

 第十二話「凍結世界」

 

 

「……」

 

 発令室にて、弦十郎が腕を組んで瞠目していた。

 

 クリスが死んだ。遺体も運び出されたが──ほとんど焼けて、潰れて、本当に彼女の物か分からない。肉の塊をそのまま置かれたと言っても良いほどに面影がない。

 

 また、逃げ遅れたと思われるクリスと会っていたバルベルデの姉弟の遺体が見つかっていない。

 現在も捜索中だが──時期に引き継ぎが行われ、そして取り止めになるだろう。

 

 弦十郎は、失った仲間への言及をせず──次の行動に移る為の報告を緒川から受ける。

 

「神社本庁より得た情報ですが──」

 

 神出づる門。

 それが、八紘が提供され緒川へと繋いだ──パヴァリアが狙う神の力に関する情報であった。

 

 

 

 緒川が運転の元、神出づる門の伝承を伝え残している調神社に向かっていた。

 そこは埼玉県にあるらしく……。

 

「元々、多くの神社はレイライン上にあります。そこに加えて神出づる門の伝承がある調神社となると……」

「そこから神の力について調べ、あの男に対する逆転の一手を打てるワケだ」

 

 今回、同行しているエルフナインの言葉に、プレラーティが理解を示す。

 ここまで後手に回り、敵に好き勝手され──仲間を殺されたからか、彼女はやる気に満ちていた。

 しかし、逆に気を落としている者も居た。

 

「……」

 

 外を眺めて、流れていく景色を見つめている調の表情は、いつにも増して変化がなく、しかし明らかに悲しそうにしていた。

 それを隣の席で見ているコマチは、心配そうに鳴く。

 

「ブイ……」

「……ありがとう」

 

 それに気付いた調がコマチの頭を優しく撫でる。

 しかしコマチは嬉しくなかった。

 だって、辛いはずなのに自分を気遣うその姿が──とても痛々しい。

 

「……」

 

 それをサンジェルマンがこっそりと見ていた。

 

 

 

「ウサギがこんなにたくさん……!」

 

 調神社は、狛犬ではなく狛兎が置かれていた。

 それを見たエルフナインが思わず呟き、皆も物珍しそうに見ている。サンジェルマン達、国外の人間は尚更に。

 しかし──調は何処か既視感を覚えていた。

 

「いやはや、遠い所からお疲れ様です」

 

 そんな彼女達に、初老の男性が現れる。

 メガネを掛けた穏やかな顔つきをしているこの神社の宮司だ。

 

「話は伺っていましたが──若い女性、男性を見ると亡き娘夫婦と、そして」

 

 彼の視線が調へと向く。

 

「その孫娘を思い出します」

「……?」

 

 彼の視線と言葉に、調は何か感じるものがあったのか首を傾げる。

 しかし答えは出ずに気の所為かと、すぐに忘れた。

 

「ではこちらへどうぞ──あなた方が求める物はそこに」

 

 

 ◆

 

 

「アダム! 私人間になりたい!」

「──ほう」

 

 ティキと巨大な浴槽に入っているアダムは、彼女の言葉に強い反応を示した。

 対して、無理矢理同行された響は視線を向ける事なく虚空を見つめていた。ここ最近の彼女は何かに関心を見せる事ができず、裸体をアダムに見られても恥ずかしがる事すら無かった。

 

 ティキは、そんな響を嫉妬で染まった目で見ながら言葉を紡ぐ。

 

「うん! アダムのお嫁さんになって、子どもをたくさん作りたいんだ! その為にはアダムと同じ人間にならないと!」

 

 そう言って人形の体をグイッとアダムに擦り寄せるティキ。まるで、響に見せつけるように。お前には負けないと言わんばかりに。

 

「──ふっ、僕が人間か、ゾッとするな」

「アダム?」

「ティキ覚えておくと良い──僕に好かれたいなら」

 

 そう言ってアダムは優しくティキの頭を撫で──そのまま思いっきり掴むと浴槽の底に叩きつけた。

 

「!?!?!?」

「僕が人間だと? 巫山戯るな! 一緒にしないで貰おうか、端末風情と!」

 

 アダムは──ティキの事を神の力を手に入れる為の道具として見ておらず、彼女が自分に向ける感情すら利用していた。

 その為ならティキの望む男を演じる事だってできた。

 

 だが、先程の彼女の発言は許せない物だった。

 アダムは、ティキを何度も何度も叩きつけながら叫び続ける。

 

「あんな悪魔どもと同じにするな、この僕を! 奇跡に縋り、僕の親友を殺したアイツらと! 走るぞ虫唾が!」

「──」

 

 機能が停止したのか、ティキは沈黙した。

 それを確認したアダムは、肩で息をしながら持ち上げて浴槽の外に捨てる。

 そんな彼女を控えていた錬金術師達が恐る恐るといった様子で回収をしていく。

 

「いつものように頼むよ、記録はね」

「は! 先ほどの記録は消去します!」

 

 そう言って彼らは立ち去り──入れ違いでウェルが入ってくる。

 

「やれやれ、またですか」

 

 アダムがティキに乱暴をするのは今回が初めてでは無いのか、呆れた様子を見せるウェル。彼は自分が着ていた白衣を響に羽織らせた後、浴槽の縁に腰掛ける。

 

「あまり無茶していると、いざという時足元を掬われますよ?」

「その時は代用して貰うさ、英雄様に。その為に準備してきたのだから、長い間」

 

 そう言ってアダムが響を見て──。

 

「響さんを部屋で休ませてあげてください。次の戦いがありますからね」

「は、はい」

 

 しかしそれを遮るようにして、ウェルが響の元クラスメイト達に命じる。

 早くこの場から、アダムの元から離れたかったのか、彼女達は響を連れ添って出て行った。

 アダムは肩をすくめてウェルに言う。

 

「惚れているのかい、彼女に? だったらアレは諦めてほしいな、僕のだから」

「いいえ、違いますよ。彼女は貴方の物ではない」

 

 ──ウェルの言葉に力が入る。

 

「彼女の体は、心は──他ならぬ立花響のもの。……アダム、勘違い程恥ずかしい事はありませんよ?」

「──確かにそうだね、君の言う通り。どうやら興奮していたようだ、少しね」

「そうですか」

 

 話は終わりなのか、ウェルはひらひらと手を振りながらその場を後にし。

 

「──囀っていろ、不完全な端末風情が」

 

 呪詛の如き言葉が、響く。

 

 

 ◆

 

 

「……」

 

 神出づる門についての調査は夜にまで進み、パヴァリアの次の行動が予測できるくらいの情報を手に入れる事ができた。

 今は就寝時間だが──調は一人、外で月を見ていた。

 

「……」

 

 目を閉じると、どうしても思い出してしまう切歌の顔を。

 同時に浮かび上がるのは響の姿。

 ──そして、湧き上がる激情。

 

 だが。

 

「っ……」

 

 調は、彼女を許せないと思うと同時に別の感情も抱いていた。

 昔なら……切歌を取り戻すと必死になっていたあの時なら、響に対して抱く感情は恨みのみだったはず。

 でも、今は──。

 

「月見ですか?」

「──別に。アンタには関係ない」

「ほっほっほっほっ。これは手厳しい」

 

 素っ気なく突き放すような物言いをする調に対し、宮司は気にした様子も無く笑っていた。

 

「何か悩んでいる様子。どうでしょう? 出会ったばかりで遠慮する必要の無い、この老いぼれに一つ話してみては?」

「……」

 

 なんだこいつ、と調は怪訝な表情を浮かべるが──吐き出したいとは思っていたので申し出を受ける事にした。

 

「アンタ、確か娘夫婦と孫を亡くしたって言ってたよね?」

「……ええ、そうです」

 

 少しだけ表情を暗くする宮司。

 それに少し心を痛めながらも調が問いかける。

 

「もし、その人達を……車を運転していたのが友達だったら、アンタは許せる?」

「それは、また難しい話ですな」

「わたしは──自分でも分からない。昔だったら絶対に許せず復讐をしていた──でも」

 

 調は思い出す。

 フロンティア事変でコマチを失い、自分達に復讐しようとして──まだ目覚めていない切歌を狙った。

 その時、彼女は恐ろしく感じた。助かった後は許せないと思った。そして、事件を終えて共に戦うようになり、日々を過ごすようになり──響にとってのコマチが、自分にとっての切歌だと気付いた。

 だからあの時の事を、響の行動に納得してしまい、そして感情のままに暴れた姿の悲壮を改めて知り──。

 

 今、切歌を殺された調は、響の事を許せないと思いつつ、助けたいと思っている。

 そんな自分に戸惑い、切歌の無念はどうすれば良いのかと悩み……答えが出ない。

 

「わたしは──」

「──私なら、その人を許します」

 

 宮司が答える。

 その答えを聞いた調は言葉に詰まり──。

 

「とは、言い切れませんね」

「え……?」

「人の感情はそう容易くありませんからな。来たる時に、その時にならないと分からない──ただ」

 

 宮司が、少し嬉しそうに調を見る。

 

「アナタはどうやら、優しい子に育ってくれたようだ」

「え……?」

「既にアナタの中に答えはあるようだ」

「……」

「その答えに従うのか、それとも抗うのか。どちらかは分かりませんが──どうか、後悔しないように」

 

 彼はそれだけ伝えると、己の寝室へと向かった。

 

「──後悔」

 

 彼の言葉を復唱し──調は覚悟を決める。

 

 

 ◆

 

 

 睡眠を取っていたコマチ達だったがSONGからの通信により叩き起こされる。

 どうやらアルカ・ノイズの反応を検知したらしい。代わりにガングニールの反応やアカシア・クローンの反応は無いらしい。おそらく弦十郎の存在を危惧しての事だろう。

 アルカ・ノイズは街に広く散る動きを見せているようで、このまま放置すれば人的被害が図り知れないとの事。

 故に分断する必要があるのだが──。

 

「狙いは月読調、お前なワケだ。どうするサンジェルマン」

「……」

 

 現在、こちらの戦力はコマチ、サンジェルマン、プレラーティ、アカシア・クローン二体、調だ。しかしそのうちの調を一人にしては相手の思う壺。

 

「プレラーティとアカシアは月読調と行動を共にするんだ。それ以外は散開してノイズの処理だ」

「ブイ!」

「了解なワケだ」

 

 全員異論はなく、各自SONGのオペレートに従い移動する。

 

「さて、私達の相手はノイズだけでは無いのは分かり切っていると思うが──」

「……」

「……」

 

 プレラーティの視線を受けて調とコマチが押し黙る。

 彼女は言葉にはしなかったが、目が雄弁に語っていた。

 次、響と相対した時には──情けをかけるな。そう言っているのだろう。

 

「お前が殺されれば、アダムの目的は完遂するワケだ」

「分かってる」

 

 表情を暗くしたまま調が答え──。

 

「──掌握」

 

 そんな彼女達の耳に、声がする。

 

「──変化」

 

 今では死神の足跡に等しい彼女の声。

 それを聞いたプレラーティ達は各々構えて備える。

 ──レーダーには反応が無い。しかし声はする。一体何処から? 

 

「──この手に永遠なる眠りを」

 

 ふとプレラーティは寒気を覚え──視線を下に向ける。

 

「──下だ!」

『!?』

 

 しかし、気付いた時には既に遅く──マンホールから飛び出して来た響がテレポートジェムを砕き、空間を隔離するアルカ・ノイズを呼び出し──三人を捕らえる。

 異空間に引き摺り込まれたプレラーティ達は、直ぐに響から距離を取る。

 

「何故レーダーに反応が無いワケだ!」

「多分、バカ助手の仕業」

 

 プレラーティの疑問に答えたのは調。

 

「アイツなら、SONGのレーダーを掻い潜る事もできる筈。今までして来なかったのも、多分こういう時の為」

「ちっ。厄介な奴だ!」

 

 プレラーティが苦言を漏らすと同時に──氷の槍を従える響が突撃して来た。

 

 

 ◆

 

 

 ──寒い。

 凍えるように、寒い。

 多分使わされているのは、ブリザードロック。

 その力で最後に残っている調を殺させようとしているのかな。

 

 

 まぁ、もうどうでもいいや。

 

 

 わたしの手は血に濡れている。

 したくないけど、体が勝手に動いて殺す。

 今回はどうやって殺すのかな。

 

 マリアの時みたいに心臓を貫くのかな。氷の鋭さならできそうだ。

 

 奏さんの時みたいに、力に物を言わせて殺すのかな。ブリザードロックなら天候も変える事ができるから、多分できるな。

 

 それとも、セレナの首みたいに跳ね飛ばすのかな? ちょっと……嫌だな。

 

「──き」

 

 翼さんの時みたいに一撃なら、気が楽なのかもしれない。殺した実感が一番無いから。

 

 切歌みたいに魂を殺すのは──少し優しいかもと思った。だって、私の手でメチャクチャにしなくて良いから。

 

 ……そう。クリスの時みたいに、無理矢理滅多撃ちにさせられるくらいなら、いっそ。

 

「──響」

 

 ──え? 

 

「ここは……?」

 

 目を開けたら、そこは……SONG本部だった。

 目の前には調が居て、こちらをジトッとした目で見ていた。

 

「何しているの? そんな所で」

「え……っと」

 

 自分の両手を見る。自由に動かす事ができた。ファウストローブに包まれて拘束されていた筈なのに、どうして……。

 

「しっかりして。怠いけどノイズが出たらわたし達で対処しないといけないんだから」

「……」

 

 これは、夢なのだろうか? 

 呆然としていると、調がため息を吐く。

 

「まったく、意外と抜けているんだから」

「……ごめん」

 

 何だか無性に申し訳なくなって謝ると、調は強い口調で言った。

 

「謝らないでよ、仲間でしょ?」

「え……?」

「確かに過去には色々とあった。でも、今はアナタのことを知っているから」

 

 他に誰も居ないからか、調はいつもより口数が多い。

 

「だから、切歌ちゃんの次には大切に思っている──何かあれば絶対に助ける」

「──」

「だから──泣かないで」

 

 調は、不器用な笑顔を浮かべてそっと響の頬に触れ──氷漬けになった。

 

「──え?」

 

 そして、周りの風景にヒビが入り割れると──そこにあったのは地獄だった。

 

「──ブ、イ……」

 

 バイザーが地に落ちる。どうやら不具合で外れたらしい。戦場では必ず付け、それ越しに見て来た仲間の死。

 しかし今回は──直接見せられるようだ。

 

「あ──」

 

 視界の隅に、体の半分を氷漬けにし動けないコマチ。

 そして目の前には──悲しそうな顔をし、こちらにそっと手を伸ばす調と、奥には怒りの表情を浮かべたまま動かないプレラーティの氷像があった。

 

「し、しら──」

 

 響が目の前の調に触れた瞬間──粉々に砕け散った。

 

「あ──」

 

 空間ごと調を凍らせていたのか、周りの氷も連鎖して砕けていく。

 プレラーティも砕ける。

 コマチは体の芯までは凍らなかったようだが、砕けると同時に血を撒き散らして倒れ伏した。

 

「あ、あああ……!」

 

 アルカ・ノイズも共に倒されたのだろう。異空間が解かれ──駆け付けたであろうサンジェルマンが悲痛の表情を浮かべて──響に徹底的な言葉を聞かせた。

 

「──プレラーティ……! 月読調……!」

 

 ──二人とも、死んだ。

 

「ブイ……」

 

 コマチの、響を悲しそうな目で見ているのが、彼女に現実を突き付ける。

 

「──ああああああああああ!!」

 

 響の心が砕ける音が鳴り響き、暴走した力が世界を包み込もうとし──。

 

「キュレム! こごえるせかい!」

 

 ──その前に、響の力を抑え込むようにして氷結の力が真っ向から衝突し、打ち消した。

 さらに街に散ったアルカ・ノイズも全て凍らせ砕いていく。

 

「まったく──勝手な事をする」

 

 それを為した男──ウェルはキュレムの背中に乗って現れると、ダイレクトフィードバックシステムを操作し響を気絶させる。

 そして彼女をキュレムに乗せ──。

 

「──」

 

 チラリと調だった氷の欠片を見て──すぐに視線を外してその場を去る。

 

「待て!」

「ゴギュウアアア!!」

 

 サンジェルマンは、リザードンへと進化させたイグニスの背に乗りウェルを追う。

 しかし追いつけないだろう。それでも彼女は追う。

 

 対して、コマチは──。

 

「……!」

 

 傷付いた体をそのままに地面に横たわり……。

 

(──響、ちゃん)

 

 静かに涙を流し──そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 喪失のカウントダウン終了。

 シュルシャガナの反応消失。

 

 

 装者──全滅。

 

 

 ◆

 

 

「ククク──はーっはっはっはははははは!!」

 

 響の感覚越しに全てを見ていたアダムは、歓喜の声を上げる。

 

「完成だ──神殺英雄戦姫、ヴァルキュリアの!」

 

 アダムの操作により、響は己の心に蓄積された呪いで夢を見た。

 そしてそれを自らの手で壊し──今の彼女に、アダムが植え付けた呪いに打ち勝つ事はできない。

 

「これでようやく為せる──僕の千年計画が! あはははははははは!!」

 

 ひたすら、アダムの笑い声が響き続けた。

 心底嬉しそうに。悲願が叶うと嬉しそうに。

 

「──響」

 

 そして、そんな悪魔を見た一人の男──立花洸は覚悟を決める。

 それは響の母と祖母も同様であり。

 

「もう……終わりにしよう」

「……ええ、そうね」

 

 彼らの想いは一つだった。

 

「──響を自由にさせてあげよう。その為なら」

 

 

 

 ──命は、惜しくない。

 

 子を想う愛が……非情な選択を選ばせる。

 



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第十三話「神殺英雄」

「──英雄、ですか」

「ああ、そうだ。アダム様の元に居れば神の力を得て英雄になれる。貴様は英雄になりたかったのだろう?」

 

 キリカの墓前の前で、パヴァリアの錬金術師がウェルを勧誘していた。

 目の前の錬金術師の言葉を聞いて、ウェルは心底──見下していた。

 

 どうやら、パヴァリアに人の心を理解する者は居ないらしい。

 

 ウェルを知る者なら、此処で頷く筈はないと思う筈だ。どういう理由があるにせよ、キリカの墓の前で怪しい勧誘に傅き堕ちる事はない──筈、なのに。

 

「連れて行ってください。アナタ方のアジトへ」

「──英断だ。歓迎しようウェル博士」

 

 この時彼は、博士ではないと……訂正しなかった。

 

 

 それから時間が経った。

 響がサンジェルマン達を逃した事により、ウェルのダイレクトフィードバックシステムで彼女を操る必要ができた。

 ウェルはアダムに言われた通り戦闘中の響の身体、伝達神経を掌握した。

 結果──装者を全滅まで追い込んだ。

 

「ウェルさん、何で……」

「わたし、もう嫌だ。こんな事したくない」

「もう死にたい……わたしを殺して」

 

 そして響は、ウェルに助けを求めた。

 果てには自分を殺してくれと頼み込んだ。

 ……彼女は、一度もウェルを攻めなかった。

 

「僕を恨んでください」

 

 そしてその度にウェルは響にそう言って──彼女は、何も言わなくなった。

 そんな響を──ウェルは見ている事しかできなかった。

 

 

 ◆

 

 

「放せ! 死なせろおおおお!」

「くそ、暴れるな貴様……!」

 

 フォークを握り締めた洸が、二人の錬金術師に取り抑えられている。

 食事の為に持ってきた際に、フォークを手に取り自害を図ったのだ。それは彼の妻と義母も同じで──三人とも響を想っての事だった。

 

「何事です!」

「彼が、例のあの子を助けようとして……」

 

 駆け付けたウェルは錬金術師から話を聞くと、懐から注射を取り出して洸に近付く。

 

「落ち着いてください。アナタが死んでも彼女は──」

「──何故!」

 

 洸が、ウェルの言葉を遮り睨み付ける。

 

「何故、裏切ったんですか……!」

「……」

「アナタの事は聞いていました──親友を、自分を救われたと」

「──響さんが」

 

 意外だと思った。

 自分は──そこまでの人間ではないから。

 

「尊敬していると言っていた……! いつか恩返しをしたいと言っていた──なのに!」

「──その機会はもう一生訪れません」

 

 そう答えるとプスリと注射を洸に刺すウェル。

 

「ぁ──」

「そのまま僕の事を恨んでください──その激情を忘れずに生き延びて」

 

 それだけ伝えるとウェルは他の二人にも注射を撃ち眠らせる。

 

「丁重に運んであげてください」

「ええ、分かっています」

 

 錬金術師達は洸達を抱えると、別の部屋へと移動させる。今まで住まわせていた部屋は暴れて散らかっていた為に。

 

 ウェルはため息を吐き、アダムの元へと向かう。洸が暴れた事は既に知っているのだろう。故に彼が報告をしないといけない。

 

「……」

 

 ──最善を尽くす為に、全て捨てるつもりだった。

 

 ──最善が無理と悟り、次善策へと移行した。

 

 ──しかし結局最悪の結末を迎えた。

 

「──未練がありますね」

 

 既に決めた筈だ。あの手を取りSONGから離れたあの時に。

 もう──あの場所には戻らない,と。

 だから考えるな。かつての仲間の事を。

 自分は、彼らの敵だ。

 響を操る悪の科学者だ。

 そうでないといけないんだ。

 

「アダム、人質が暴れ出しました」

「ふうん、それで?」

 

 アダムの局長室に入り報告するも、彼は対して反応を示さなかった。まるで、死んでも死ななくても構わないと言わんばかりに。

 その態度に思わず眉を顰め、追求する。

 

「それで? ではありませんよ。彼らが死んだら、響さんの戦う理由が無くなる──そうなると、僕たちに牙を剥くでしよう」

「ならないよ、そうは」

 

 しかし、アダムはキッパリと否定した。

 そして徐に立ち上がり、ウェルの横を通り過ぎようとする。ウェルは、彼の腕を掴んで止める。

 

「待ってください。話はまだ──」

 

 この場に留めて話を続けようとし──。

 

 

「──触るな、汚らわしい人間風情が」

「──っ」

 

 ──ズブッ……とアダムの腕がウェルの腹を貫き、そのまま勢いよく吹き飛びデスクに突っ込む。

 風穴を空けられたウェルは、口から血を吐きながらアダムを睨み付ける。

 

「──もうおしまいにしないか、この茶番を」

「──同感ですね。僕も飽きてきた所です」

 

 

 第十三話「神殺英雄」

 

 

「さて初めの質問をしよう、いつからだ?」

「そんな物、初めからに決まっているでしょう」

 

 ──ウェルは、初めからアダムの味方をする気が無かった。

 気付いていたとはいえこうもはっきり言われると、苛立ちから舌打ちを打つアダム。

 

 二人の間に仲間意識は無く。

 常日頃から相手を欺く事だけを考えていた。

 

「裏切りですらないのか、恐れ入るね」

「インプットしていないのですか? 裏切りとは、仲間を裏切る時に使うのです」

 

 ──自分が裏切ったのはSONGだと思っている。目的の為に、ウェルは許されない事をした。

 だから、パヴァリアの元へ行った時に、アダムが響を掌握している事を悟った時に──決めていた。もう戻れないと。

 

「また一つ賢くなりましたね」

「……」

 

 明らかにアダムを蔑む様に言い。

 対してアダムは無言で錬金術を行使し、ウェルの体を痛め付ける。

 

「ぐ……!」

「だが無意味だったな、貴様の足掻きは。何もできなかったものなぁ、結局」

 

 アダムはずっとウェルを警戒していた。

 ダイレクトフィードバックシステムの為に利用していたが、いつ何が起きても始末できるようにしていた。

 しかしウェルは何もしなかった。ただ響の側に居ただけ。

 それを見て警戒のし過ぎだったと思い、こいつも不完全で何も為せないと、アダムは嘲笑った。

 

「歯痒かっただろう、ずっと。常に視て、感じていたからね、立花響を」

 

 戦場に出ている間、アダムは常に響の感覚と同期させていた。ウェルが何か妙な動作をすれば、すぐに殺せるように。人質である家族を殺して響の精神を壊せる様に。ウェルの企みを木っ端微塵にする為に。

 

 しかし、それは起きず──装者は全滅した。

 

「無様だな、本当に」

 

 全くもって──心底そう思う。

 

「──僕も、質問良いですか?」

 

 嘲笑うアダムに、ウェルが痛みに耐えながら問い掛ける。

 

「僕をこうして始末するという事は──もうダイレクトフィードバックシステムは必要ないという事で?」

「お察しの通りだよ、君のね。彼女は操り人形さ、僕の」

 

 呪いが完全した今、ウェルは必要ない。

 故に邪魔者である彼を此処で殺す事にした。

 

「──なら」

 

 その言葉を聞いたウェルは、懐から端末を押しボタンを押す。

 ──彼はこの時を待っていた。

 響の感覚と同期させていたアダムが眉を顰める。

 

 響の中から、何かが欠落した。それは恐らく──。

 

「……解除したのか、あのオモチャを」

「ええ、既にお試し期間は過ぎていましたからね。全く、とんだお客様に捕まったものです」

 

 しかし──アダムからすれば、不可解だ。

 

「何故そんな無意味な事をするんだ、今更に。何がしたいんだ、君は」

「──決まって……いる、だろう」

 

 ここで初めてウェルは感情を顕にした。

 それは──怒りだった。

 

「彼女を救うために、僕は此処に居る……!」

 

 ──ウェルは、英雄に興味が無かった。

 かつては確かに夢焦がれていたが……今は全くこれっぽっちも目指していない。

 何故なら既に──過去に捨てる事ができたから。

 

「──しかしできなかったじゃないか、一人では。それにあるのか彼女に、救う価値が」

 

 果たして、仲間殺しを成した響を救う価値があるのか。できるのか。もう彼女は戻れないとアダムは言うが……。

 

「──ある!」

 

 彼は全力でアダムを否定した。

 ウェルは、愛に生きる男。

 彼は誓ったのだ。生かされた愛に──最高傑作(愛娘)に顔向けできるように。

 調や切歌達の大切な仲間を助ける事を──諦めなかった。

 

 諦めてしまえば、ケツを思いっきり蹴られてしまうから。

 

「だから、僕は──!」

「──相変わらず下らないな、人間! よく見てみるんだ、結末を!」

「……ッ」

 

 アダムは、強い苛立ちを覚え始める。

 

「救えていないと言っているだろう、さっきから! お前は無意味なんだ、負けたんだよ、この僕に!」

「──はは」

 

 ウェルの口から、声が出る。

 

「──何を笑っている」

「はははははははははははははは!!」

「何を笑っているんだと、聞いている!」

 

 理解できないと。何故笑うのだと。

 目の前の男に苛立ち……恐れを抱くアダムの怒声に、ウェルは──。

 

「──神に作られた人形、思いの外ポンコツですね」

「──」

 

 その言葉は、アダムの琴線に触れ。

 

「──死ね」

「──カハ……!」

 

 彼の手刀がザックリとウェルの体を切り裂いた。

 血がさらに噴き出て、ウェルは目の前が良く見えない程に、目が霞んできた。

 

「──分かるはずがないさ、人間風情に」

「──」

 

 ドチャリとうつ伏せに倒れ、床に血溜まりを広げるウェルは──何も答えない。

 

「……死んだか。どこまでも不快だな、人間」

 

 そう吐き捨てたアダムは。

 

「──手に入れに行こうか、神の力を」

 

 既にウェルへの興味を失い──そのまま外へと出た。

 

「……」

 

 そして、ウェルは──。

 

「っ……」

 

 最期の仕事をするべく、這いつくばりながら動き出した。

 

 

 ◆

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ウェルは、自分に充がれた部屋に向かいながら──犠牲となった装者達の事を想っていた。

 

「マリアさん……」

 

 彼女は、ウェルの事を信じ切っていた。

 彼が恐怖を覚えるくらいに。

 しかし、あの強さは──今は亡き友を思い出す。

 でも一番無茶をする人間で見ていてヒヤヒヤする──その辺の性格を直して欲しかった。

 

「奏さん……」

 

 辛いはずなのに、響を助けようとしていた彼女の強さをウェルは眩しく思った。

 あの強さがあれば、何か変えられたのかと思い──できないから今こうして死にかけていると笑う。

 

「セレナさん……」

 

 自分のことを生理的に無理だと言い、こっちもゲロシャワーしてくる女は願い下げだと言い、喧嘩した日が懐かしいと……そんな当たり前がもう来ないと、少し寂しく思うウェル。

 そして、姉を殺した相手を想い涙を流す彼女は──優しい女性だった。

 

「翼さん……」

 

 奏を失っても尚、暗闇に堕ちることなく響を助けようとしていた。

 それが嬉しかった。復讐に囚われないその強さがあったからこそ、彼女はあの呪われた血に抗えたのだと思った。

 

「切歌さん……」

 

 酷い事を言ってしまった。酷い事をしてしまった。

 彼女は自分の事を信じてくれていた。それを裏切った自分は許されない、と強く思う。

 そして──彼女の魂が抜かれた時、酷く心を乱された。

 

「クリスさん……」

 

 響に殺されても良いと想うその気持ちは、尊いのかもしれない。愛なのかもしれない。

 ただ、ウェルは──響と未来に向かう事を選んで欲しかった。そこまで考えて、自分にそんな事を思う資格は無いと思い直す。

 

「──調さん」

 

 彼女は最後まで自分の事を信じていた。そして成長していた。

 何処か、自分が居ないといけないと思っていたのだが──どうやら思い過ごしのようだった。彼女は、強くなった。

 

「ぐ、はぁ……はぁ……」

 

 ウェルは、部屋に隠していた発信機を取り出す。これを使えば、仲間がこの基地の場所を発見し──響の家族を救う事ができる。

 発信機を作動させ、ウェルはそのまま天井を見上げ、仰向けになる。

 手を自分の腹部に添えると、ぬちゃ……っと音が鳴り、霞んだ視界で己の手を見る。

 霞んでても分かるほど、真っ赤だった。

 

 もう、助からない。

 

「──申し訳ありません、皆さん」

 

 その言葉を最後に、ウェルはゆっくりと目を閉じて──部屋は静かになった。

 

 

 

 

「ダメデスよ博士、こっちに来たら。じゃないとケツを蹴り上げるデス!」

 

 そして、聞こえない筈の声が、聞こえた。

 

 

 ◆

 

 

「ア、アダム様何を!?」

「生贄だよ、神出づる門の為の」

「おやめくださ──あああああああああ!!?!?」

 

 アダムは、パヴァリアに所属する錬金術師達を引き連れて──そのまま生命エネルギーへと変えていく。

 彼らはこの時の為にアダムに飼い慣らされていた。

 

「──」

 

 それを響は無感情に見つめていた。

 もはや彼女の目には──何も映らない。

 鏡写しのオリオン座が、神出づる門が開かれ──ティキに神の力が流れ込んでいく。

 

「もうすぐだ……もうすぐだぞ──アカシア」

 

 神様のヒカリを目に、アダムは紡ぐ。

 

「これで君をようやく──」

 

 神となり、奇跡を殺し、友を救う為に──。



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第十四話「花咲勇気」

「──そうか、プレラーティまでもが。悲しいね、仲間を失うのは」

「……はい」

 

 サンジェルマンは二代目に報告を行っていた。自分の仲間が殉職した事を。

 報告を聞いた二代目は帽子を深く被り目元を隠し、サンジェルマンに表情が見えないようにする。

 

「君はどうなんだ、彼女を失って」

「──尊い犠牲だと」

「……感心しないね、その答えは。隠さなくて良いんだよ、私の前では」

「……」

 

 しかしサンジェルマンは何も語らない──カリオストロが死んだ時と同じように。

 別に何も感じていない訳ではない。むしろ……胸の内に荒れ狂う感情を抑えるのに必死なくらいだ。

 

「しかしこれで三人だけだね、残ったのは」

「はい」

「そろそろ覚悟を決めて欲しい、あの方と向き合う事を。でなければ死ぬよ──あの方が」

「──」

 

 サンジェルマンは、答える事ができなかった。

 このような事態になっても尚、彼女は──過去を乗り越える事ができないでいる。カタカタと腰元に付けているボールが揺れ、イグニスが心配そうに見上げていた。

 

「分かっています」

「だと良いのだけど」

 

 報告が終わった為、サンジェルマンはSONG本部へと戻ろうとする。

 そんな彼女の背中に、二代目が一つ忠告をする。

 

「それと気をつけて欲しい、米国には。最近また怪しい動きを見せている、日本に向けて」

「分かりました」

「SONGにも伝えているけどね、念の為に」

 

 話が終わり、サンジェルマンは協会本部から立ち去った。

 

 

 ◆

 

 

「──」

 

 コマチは──響の部屋で丸くなり……何も考えないようにしていた。

 

 調が死んだ。プレラーティも死んだ。……身近な人がどんどん死んでいった。そしてそれを殺したのは──大切な家族、という事になっている。

 

 SONGは既に響を敵として認識している。……そう上から指示が出された。

 装者の喪失は流石に不味かったのか、事件収束後SONGは解体され、司令官の弦十郎は責任を負う事になっている。

 

 仕方の無い事だと弦十郎は言っていた。

 

 そしてコマチの処遇だが、国連が管理する事となった。

 特異戦力として認識されているコマチだが、国連の反応を見るに彼が完全聖遺物と認識されていた過去を知っているのかもしれない。もしかすれば、彼は実験施設へと送られる可能性がある。

 

 だが、コマチはもうどうでも良かった。

 

「……」

 

 ──響ちゃん……。

 

 コマチは、ただただ響と会いたかった。

 彼女を攻めたい訳ではない。

 救いたい気持ちは当然ある。

 ただ──彼もどうすれば良いのか分からない。

 

 時間を巻き戻したかった。

 しかし、時間を操るとなると伝説の力が必要で──今の彼にそれだけの力は残っていない。

 

 死者を蘇らせる力も無かった。

 生命を造る力も無かった。

 かつて奏を救った様に、己の命を犠牲に誰かを救う力も無かった。

 

 残っているのは相手を傷付ける力のみ。

 

「──っ」

 

 コマチは、己の無力さに怒りを覚えていた。

 大好きな女の子一人助ける事ができなくて──何が奇跡だ。

 

 彼は、何もできない。

 

 そうやって、コマチが自分を責めていると部屋の扉が開く。

 

「入るぞ」

「カゲ!」

 

 入ってきたのは協会から戻って来たサンジェルマンとイグニスだった。

 イグニスは布団に包まり、顔を出さないコマチを心配そうにする。

 

「カゲ? カゲ!」

 

 大丈夫? と問い掛けても返答が無く、イグニスは少し悲しそうにする。

 しかしサンジェルマンはその姿を見て苛立ち──つい、厳しい言葉を掛けてしまう。

 

「いつまでそうしているつもりだ──失われた命はもう戻らない」

「……」

「お前なら、その事をよく知っている筈だ」

 

 しかしコマチは反応を示さず、それを見たサンジェルマンはため息を吐き、彼が塞ぎ込んでいるベッドに腰掛ける。

 イグニスがサンジェルマンの膝に乗って体を丸め、そんな彼を優しく撫でながら、彼女は口を開いた。

 

「少し、昔話をしよう」

「……」

「遠い昔に、一人の少女が居た──そして、その隣には温かい炎があった」

 

 ──その炎は、ある日突然少女の前に現れた。

 炎は、どういう訳か死にかけており、それを救ったのが少女だった。

 炎と少女は瞬く間に仲良くなった。

 日々を必死に生きていた彼女に初めて友ができた瞬間だった。

 炎はその力で食べる物を取りに行き少女とその母に分け与えていた。

 寒い日は尾の先にある炎で暖を取り、暑い日は隅で薄っすらと涙を浮かべる炎を、少女が苦笑しながら抱き寄せる。

 そんな、温かい日々を過ごしていた。

 少女はその炎が大好きで、炎も少女が好きで、病弱な彼女の母を助けようとしていた。必ず治すと誓っていた。

 

「だが、それもあっさりと終わった」

 

 少女の母が死んだ。

 炎は少女の母を助ける事ができなかった。

 少女は悲しみに暮れ──感情のままに叫んでしまった。

 

 嘘つきと。大嫌いだと──死んでしまえと。

 

「その愚かな少女は後悔した──それこそ永遠に」

 

 炎は少女の前から姿を消し──時が経った。

 相変わらず苦しい日々を過ごしていた少女はある日、自分を支配する大人によって人気の無い森に捨てられる。

 

 ただの戯れだった。次の日に生きているかどうかの、貴族達の賭け事。

 当然、少女は何もできず死にかけ、森の獣に食われそうになったその時──炎が現れた。

 

 少女の死を温かい炎で灯し、穴だらけになった翼で優しく少女を包み込み命を守った。

 

「諦めなかったんだ。嫌われても、死ねと言われても──少女を救う事を諦めなかった」

 

 それこそ自分の命を犠牲にしてまで。

 

 少女が意識を取り戻した時、炎は消えていた。

 残っているのは温かなぬくもりと、心に刻み込まれた後悔のみ。

 

 少女は、自分を救った……胸の奥で灯し続ける永遠の輝きに誓った。

 この世界を正すと。自分のような者を生み出さない世界を作ると。悲劇を消し去ると。

 

 そして、いつの日か──彼がゆっくりと昼寝をできる日陰に案内したい。そう、思った。

 

「……話は以上だ」

「……ブイ」

 

 布団から顔を出したコマチが、サンジェルマンを見上げる。

 彼女は目を閉じて、彼に言った。

 

「なぁアカシア──もう良いのではないか?」

 

 サンジェルマンは、語る。

 

「お前が何を想ってそこまでして、何先年も人に寄り添い、己を犠牲にしてまで救っているのかは知らないが──少しだけ我がままになっても良いのでは無いか?」

「ブイ……?」

「人を救う奇跡であるアカシアなら、立花響を倒し、アダムを止め、残された人を救うのだろう」

「……」

「だが、立花響の家族であるただのコマチなら──奇跡よりも優しい笑顔で彼女を救えば良い」

 

 サンジェルマンの言葉にコマチは──。

 

 

 ◆

 

 

 アダムがレイラインを用いて神出づる門を開き、ティキに神の力を注ぎ込む。

 それを読んでいたSONGは、要石を用いてレイラインを遮断。地上に描かれた神出づる門を閉じた──しかし。

 

「──ならば描くのみだ、彼方にある星の海で」

 

 アダムは、己の膨大な魔力で天のレイラインでもう一つの神出づる門を作り上げる。再び神の力がティキに流れ込み──駆け付けたサンジェルマン、コマチ、イグニスがそれを目撃する。

 

「アダム!」

「遅かったね、来るのが。しかし貴様らでどうなる、この状況を」

 

 宙に浮くティキの側に居たアダムが地に降り立ち、沈黙し続けている響の隣に立つと……彼女に触りながら言い放つ。

 

「詰んでいるんだよ、君達人類は。もう存在しないからね、対抗手段は」

「──対抗手段。神殺しの槍、ガングニールの事か?」

「……気取られていたか、いつの間にか」

 

 サンジェルマンの言葉を聞いたアダムは、浮かべていた薄ら笑みを引っ込めた。

 

「風鳴機関での黄金錬成。いの一番にガングニールの装者であるマリア・カデンツヴァ・イヴ、天羽奏を始末したのはその為なのだろう?」

「嫌われるよ、賢しいと」

「賢しい? それは隠す素振りをしてから言え」

 

 スペルキャスターを突きつけて──彼女は言い放った。

 

「アダム──貴様の目的は人類の支配、ではないのだろう。何が目的だ」

「──決まっている、千年前から」

 

 アダムの瞳に──昏くドス黒い炎が浮かび上がる。

 その炎は──命あるものを死へと導く為の灯火──復讐の炎だ。

 

「人間を人間では無くするんだよ──二度と奇跡に縋らないように。その為に僕の端末として使い潰すのさ、神の力で」

「──二代目の予想通りか」

 

 かつて、アダムは歴史の裏から人類を見守っていた。

 しかし、ある日を境に人類を支配しようとした。

 そして、今は──人間という種を神の力で書き換え滅ぼそうとしている。

 

「そんな事はさせない──させるものか!」

 

 サンジェルマンは──屈しない。

 

「我が友に、己に誓ったのだ! 止まらないのだと。今日よりも少しだけ幸せな明日を作る為に!」

「その為に犠牲になっても良いと? 仲間の錬金術師が」

「──良い訳が無いだろう!」

 

 サンジェルマンが、仲間を想い叫んだ。

 

「失いたくなかった。生きていて欲しかった──彼女達の死を犠牲だと片付けたくなかった!」

「ならばこれ以上は無意味だ、戦うのは。僕に抗うから失うのさ、大切なものを」

「──だとしても!」

 

 サンジェルマンの想いを受けて、イグニスがヒトカゲからリザードンへと進化する。

 

「私は──進み続ける! 己に、彼女達に恥じないように!」

「──グオオオオオオオオオオ!!」

 

 サンジェルマンの決意は固かった。人間嫌いのアダムをして強いと思える程に。

 だが──。

 

「……」

 

 コマチは、まだ迷っていた。

 彼は──響を救いたいと思っている──例え仲間を殺していても。

 しかし戦いたくないと思っている──例え仲間を何人殺していても。

 

「……」

 

 それを見たアダムは──サンジェルマンを殺す為に利用する事にした。

 コマチを、アカシアを救う為に。

 

「行け、我が英雄よ──あの錬金術師を殺せ」

 

 そう言って紫色の宝石を響に投げ渡し──響は力を解放する。

 

「──掌握」

 

 宝石を握り砕く。

 

「──変換」

 

 ギアと髪が、彼女の体が紫色へと染まっていく。

 

「──この手に明日に続く未来を」

 

 そして、得るのは絶望への片道切符。

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・サイキックフューチャー。

 

 何処か神獣鏡を纏った未来のギアと似た色合いのファウストローブを身に纏う響。

 サンジェルマン達も響から感じる力の異質さに気付いたのか、警戒する。

 武器を構え、警戒する彼女達──の背後に突如現れる響。

 

「──っ!」

「……」

 

 振り返り迎撃を試みるサンジェルマンだが、未来予知を発動させた響が掻い潜り、そっと胸に手を翳し──念力で吹き飛ばす。

 

「く──」

「グオ!?」

 

 それを見たイグニスが戸惑い。

 

「──」

「グオ!」

 

 フワリと浮いた響が、そのまま鋭い蹴りを放ち、イグニスは両腕を掲げて防御する。

 しかし──今の彼女に触れてはいけない。

 テレポートで逆さに転移され、体を捻り、無防備な腹部に思いっきり足を突き刺した。

 

「!?!?」

 

 サンジェルマンを追いかけるように、イグニスはその巨体を弾き飛ばされる。

 いきなり手痛いダメージを負い、倒れ伏すサンジェルマンとイグニス。追撃するべくゆっくりと歩みを進める響の前に──コマチが飛び出す。

 

「ブイ!」

 

 やめてくれ響ちゃん! と叫び──響はテレポートでコマチの前からサンジェルマンの近くに転移する。

 どうやら響の奥底の本能が、コマチを傷付けたくないと思っているらしい。

 

 サンジェルマンの元へと跳んだ響は、再び彼女に向けて拳を振るう。

 

「グオオ!!」

 

 それを庇うべくイグニスが立ち塞がり拳を受け止め──サイコキネシスで体を拘束され、何度も地面に叩きつけられる。

 

「……!」

「イグニス!」

 

 痛みつけられ苦悶の表情を浮かべるイグニスを、サンジェルマンが救うべくスペルキャスターを構え──彼女に向かってイグニスを投げる響。

 相棒を撃つわけにはいかず、受け止める。

 その結果──二人まとめて加重力で沈められる。

 

「カ……!」

「く……!」

 

 ミチミチと嫌な音が体の奥から響き、肌が裂け血が舞う。

 イグニスはダメージにより力が霧散し、リザードンからヒトカゲへと戻ってしまった。

 このままではミンチにされてしまう──。

 

「──」

 

 その光景を見ていたコマチは──呆然としていた。

 次は、彼女達なのか? 

 このまま、また響が人を殺すのか? 

 それを自分は止めることができない。何故? 

 

 ──響を傷付ける事を恐れているから。

 

 その結果、他の仲間を救う事ができなかった。

 

 響を救いたい。殺させたくない。

 サンジェルマンとイグニスを助けたい。死なせたくない。

 

 コマチは考えて考えて、答えが出なくて、苦しくて──それ以上に彼女達の方が苦しんでいる。

 

「──ブイ!」

 

 コマチは、力を行使し──響にたいあたりした。

 背中を押された響はつんのめって思わず重力を解除した。

 

「──」

 

 ──否。

 響は──ショックを受けていた。

 

 コマチに攻撃された事に。

 つまり──コマチにすら敵だと認識された。

 そう思った響は──光の無い瞳でコマチを見て涙を流した。

 苦しい。辛い──でも、自業自得だと、己を恨み──。

 

「──ブイ!」

 

 そんな彼女に、コマチが呼び掛ける。

 

「ブイ! ブイブイブイブイ──ブイ!」

 

 そして、必死に語り掛けた。

 もう、君を助ける事に躊躇しないと。死んだ人達を想い、君を諦めないと。

 ずっと前に約束をしていた──立花響を助けると。ずっと側に居ると。

 その約束をたがえない為に──いや、違う。

 

 コマチは、ただ響を助けたい。

 たったそれだけの、シンプルな想いがそこにあった。

 

「それは、貴様がアカシアだからか?」

 

 加重力から助け出されたサンジェルマンが、コマチの隣に立ち問い掛ける。

 それに対して、コマチは答えた。

 見ず知らずの誰かではなく──たった一人の大切な者の為に戦うと。

 それは彼の我がままだ──だが! 

 

「そうか──我がままなら仕方ないな」

 

 コマチの言葉を聞いたサンジェルマンは──嬉しそうに微笑んだ。

 そして、キッと目の前を見据える。

 

「敵は強大──」

 

 こちらは消耗し、三人しかいない──とコマチが続け。

 

 ──だとしても、と彼らは諦める様子を見せなかった。

 

「カゲ!」

 

 ダメージを負ったイグニスが、コマチに手を差し伸べる。

 そして、一緒に戦おうと笑顔で言った。

 

「……ブイ」

 

 コマチはその手を握り──問いかけた。

 何故君は会った時から、俺の事を助けてくれるんだ? と。

 それに対してイグニスはこう答える。

 

 かつて、君がイグニスだった頃にサンジェルマンを救ってくれたから、今こうして出逢う事ができた。

 これは、そのお礼のほんの一部だと。

 だから、イグニスはコマチを助ける。大好きなサンジェルマンと一緒に居られる明日をくれた彼に。

 

「余計な事を……」

 

 サンジェルマンが呟き──イグニスと視線を交わす。

 

「救うぞ──お前の大事なものを」

 

 サンジェルマンが、スペルキャスターとイグニスのボールを構える。

 

 ──取り返そう、この手の花咲く勇気で。

 

 手を取り合っているコマチとイグニスが、胸の内にある力を解放し──三人は光に包まれた。

 

 立花響を助ける。同じ想いを抱いて。

 

 

 第十四話「花咲勇気」

 

 

「なんだ──この光は!?」

 

 三人の発する光──力に戸惑いを見せるアダム。

 この力は──マズイ。かつて、自身が挑みなす術もなく倒したあの日の彼女を思い出す程の脅威。

 そして何より──とても温かく、眩しかった。

 見ていられない程に、触れる事ができない程に。

 

「──これは」

 

 サンジェルマンは、自分の姿を見て戸惑いを含んだ声を漏らす。

 彼女が纏っているファウストローブが──変わった。

 姿形だけではなく、その力の強さが、本質が。

 

(感じる──アカシアの、イグニスの想いが)

 

 ファウストローブ・typeⅡ。それが、サンジェルマンがイグニスと育んできた絆と、新たに築いたコマチとの絆で得た──呪いを払う力。

 

「──グオオオオオオオオオオ!!」

 

 そして、イグニスとコマチも──新しい力を手に入れていた。

 サンジェルマンの視線の先には、蒼い炎を吐き漆黒の体を持つメガリザードンXへと至ったイグニス──否、イグニスとコマチが居た。

 

 二体は、絆を紡ぎ、融合を果たし、清浄なる炎を手に入れ──魔を焼き払う聖竜の姿となった。

 

「──グオオオオオオオオオオ!!」

 

 待っていてね、響ちゃんと叫び──サンジェルマンとイグニス、そしてコマチは暗闇を切り裂く稲妻の如く、突っ込んだ。

 

 

 ◆

 

 

♪ 敵でも仇でも 何かのわけがあって♪ 

 

「グオオオオオ!!」

 

 コマチの青いだいもんじが放たれ、それを響は回避する。

 先ほどと違い遠慮が無いのは──響を絶対に救うという覚悟があるからだろうか。

 

♪ 決意を食い縛りブっ込む──大義を♪ 

 

 さらに、サンジェルマンが呪いを浄化する弾丸を放ち、牽制。

 一発でも当たれば祓われると認識しているからか、響を蝕む呪いは必死になって避けようとする。

 

♪ 一撃必愛に 善もなく悪もなく♪ 

 

「これは……マズイね、放っておくと」

 

 サンジェルマン達の力を認識したアダムが、動きを見せる。

 

♪ 重い──覚悟が 魂に変わる!♪ 

 

 被っていた帽子を投げつけ、サンジェルマンへと攻撃する。

 それを大剣へと形態変化させたスペルキャスターで受け止め、弾き返すサンジェルマン。

 

♪ 運命の♪ 

 

「救えると思うのか? あの咎人を」

 

 アダムが囁き掛ける。

 

♪ 歯車が♪ 

 

「彼女は殺し尽くしたぞ──仲間を」

 

 彼女の罪を。

 

♪ 少しだけ♪ 

 

「血に染まっているぞ──彼女の手は」

 

 彼女の行いを。

 

♪ ズレてたら♪ 

 

「彼女は願っているよ──己の死を」

 

 彼女の想いを。

 

♪ 友だった気がしたんだ──絶対♪ 

♪ Wow Wow Wow♪ 

 

「彼女は求めていないよ──救いを」

 

 彼女の──罰を。

 

 しかし──二人は諦めない。

 

♪ 譲れない♪ 

 

「だとしても──」

 

 サンジェルマンが、アダムを青い龍の弾丸で吹き飛ばす。

 

♪ 譲れない♪ 

 

「──グオオオオオ!!」

 

 だとしても、とコマチが響の拳を受け止めながら叫び。

 

♪ 交差した手と手に♪ 

 

「この花咲く勇気で!」

 

♪ 他の出会いでならばと──咽ぶ ♪ 

 

 ──響ちゃんを救うことを諦めはしない!! 

 

♪ I trust! ♪ 

 

 二人は、叫ぶと同時に目の前の相手に掴み掛かる。

 響もアダムも勢いに押され振り解けず、宙へと投げ飛ばされた。

 

♪ だけどハートは♪ 

 

「ぐ!?」

「……!」

 

 そして空中で二人はぶつかり合い──サンジェルマンとコマチの射程に入った。

 

♪ 目に見えない絆が♪ 

 

 サンジェルマンが錬金術を込めた弾丸を放ち、円状の紋様が道を作る。

 

♪ 離──さない! 鼓動のデュエットは♪ 

 

 その道をコマチが通り、拳に青い炎を纏わせる。

 

♪ I believe!  引き裂かないで♪ 

 

 そして、その拳を──思いっきりアダムの顔にぶち込んだ。

 

「ぐあ!?」

 

♪ 宿命は たがえども♪ 

 

 勢いよく地上に向かって吹き飛ぶアダムを尻目に、コマチはガッシリと響を抱き寄せた。

 

♪ さあ 今 ならばどうするか……?♪ 

 

 呪いに操られた響は、触れている所からサイコキネシスでコマチの体を拘束し、引き剥がそうとする──が。

 

♪ だとしても! の続きへ!♪ 

 

『──響ちゃん!』

「──!」

 

 それこそが──コマチの狙いだった。

 

♪ 手を掴み──握ってと♪ 

 

『響ちゃん! 返事して!』

「──コマチ」

 

 肉体接触し、エスパーの技を使っている時を狙い、コマチはイグニスのメガシンカのエネルギーでテレパシーを強化。そしてそのまま響の心の奥底へと踏み込んだ。

 

♪ 空を切る──悲しみの涙♪ 

 

 響の心の中は──とても冷たかった。

 死にたいと、消えてなくなりたいと──強く願っていた。

 

「ごめん、コマチ──わたしもう……嫌なんだ」

 

♪ 残酷は──戯れ笑うように♪ 

 

「家族を助ける為。見殺しにしたくないって思って──大切な仲間を、大事な友達を殺した」

 

 だから響は手を差し伸ばさない。

 握った拳を開かない。

 

 日向と日陰から離れ、地平線の彼方へと消え去ろうとする。

 

♪ ──それでも歌い繋げと……!♪ 

 

「お願い、コマチ──」

 

 響の心からの言葉に、コマチは──。

 

♪ I trust! ♪ 

 

『──イヤだ!』

 

 キッパリと断った。

 

♪ 花咲く 勇気♪ 

 

「──っ!」

 

 響がコマチを振り払い、テレポートをし距離を取ろうとする。まるで拒絶する様に。

 

 しかしコマチは一度繋いだ手を絶対に離さない。

 テレパシーで響を感じ取りながら追い掛ける。

 

♪ 握るだけじゃないんだ ♪ 

 

『例え響ちゃんが死にたいと言っても生かす! 助けて欲しくないと言っても、絶対に助ける!』

「……!」

 

♪ こぶ しを 開いて繋ぎたい……! ♪ 

 

『これは、俺の我がままだ! 響ちゃんが大好きで、取り戻したいって思った──俺の我がままだ!』

 

♪ I believe! 花咲く勇気♪ 

 

 それでも尚逃げようとする響だが──突如動きが止まる。

 サンジェルマンの放った弾丸に当たり、動きを止められたのだ。

 何とか逃げようとする響に、追い付いたコマチがソッと触れる。

 

♪ 信念はたがえども♪ 

 

『──絶対に、助けるから』

「──」

 

 ──響の動きが止まった。

 そして──。

 

「コマチ──助けて」

 

 ようやく響は──本心を口にした。

 それに対してコマチは。

 

 

『──もちろん』

 

 当然の事だと言わんばかりに笑顔を浮かべ、ブイ! とVサインをしながら答えた。

 

♪ さあ 今 目前の天に♪ 

 

 そして空高く舞い──響に向かって急降下。その身に呪いを焼き払う美しい炎を纏わせて。

 

 サンジェルマンも不浄を払う光を手に、響に向かって勢いよく跳んだ。

 

 そして、二人の炎と光が響へと迫り。

 

♪ だとしても! を貫け!!♪ 

 

──シュピーゲルフンケルン

 

 二つの花咲く勇気が交わり──呪いを打ち消し、響のファウストローブが消え去り。

 

 

 

 コマチはようやく、彼女に手が届いた。

 




今作のサンジェルマンを主人公に見立てて番外編を書いた場合
タイトル・アルケミックストーリー
序章・死を灯す温かい炎
第一章・不屈の錬金術師サンジェルマン
第二章・快楽の申し子プレラーティ
第三章・完全なる世界アダム
第四章・終末の巫女フィーネ
第五章・虚構の城カリオストロ
第六章・アルケミックオーダー『アカシア』
第七章・神殺英雄戦姫ヴァルキュリア
と,なります。書けませんけどね。

ちなみに作中の花咲く勇気ですが、VER.AMALGAMならぬVER.ACACIAだな、ブヘヘヘと妄想してたりします。
尚、翳り歩む日陰編で出てきた花咲く勇気はVER.KOMACHIもしくはEVかな……。


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第十六話「謳魂連聖」

前話のラストで「救った」と書いてましたが、感想の指摘により救ってないと判断して修正しました。
また、今回の内容に納得いかないと思いますがご了承ください


「──そうか。アダムが神の力を」

 

 アメリカにて、米国大統領は日本に潜伏している工作員からの情報に──眉を顰めた。

 

「やはり危険だ、神の力は」

 

 彼は──彼の国は、かつてアカシアを研究していた。神秘の時代から続く超常の力の塊であり、誰もが手に入れたいと願う危険な力。

 現に、一度その力で手痛い被害を負わされた事がある。

 その力を危険対象として見ていたアダムが手に入れようとしていると聞いた彼は──。

 

「これは──神からの脱却。そして未来に進む為の人類の一歩だ」

 

 人類の為と強く言葉にし──一つの決断をした。

 

 

 第十六話「謳魂連聖」

 

 

 コマチは確かに響の手を握る事ができた──しかし。

 

「そう簡単に行かないよ──アカシア」

 

 響の服の中に仕込まれていたテレポートジェムが砕け散り、コマチの腕の中から響が消える。

 そして、神の力を取り込み続けているティキの隣にアダムが現れ、さらにその腕の中に意識を失った響が転移。

 

 また、奪われた。

 

 だが、コマチは──諦めない。 

 

「──グオオオオオ!」

 

 翼を広げ、蒼き炎を散らしながらアダムへと向かう。

 響を取り戻す為に。

 もう手放さない為に。

 

 しかし。

 

「──なんで」

 

 神の力をその身に宿したティキが、叫ぶ。

 

「なんでアダムの邪魔をするのぉおおおおお!!?」

 

 そして権限する神の力。兵器として完成されたティキ。

 ディバインウェポン。

 アダムと仲良しの筈の友人が、そのアダムを、大好きなアダムに害を為そうとしている。

 それは──許せない話だった。

 ディバインウェポンの口が大きく開き──光線を発射。神の力により、並行世界を生贄にし放たれたその一撃は──容易く地形を変える。

 

「グ──」

「っ──」

 

 コマチは「まもる」を、サンジェルマンはバリアフィールドを展開してティキの一撃を防ぐ。

 しかし、流石は神の力。

 二人は完全に防ぐ事ができず──そのまま吹き飛ばされた。

 

 一瞬で荒野となった戦場で、倒れ伏すサンジェルマン達を見下ろすアダム。その腕の中には響が、隣にはディバインウェポンとなったティキが。

 

「アダム……ホメテ……アタヂ……アダムノヤクニタヂタクテ」

「嬉しいね、そこまで想われると」

「ダカラハグシテ……アイヂテ……」

「──報いないとね、頑張ったティキの為に。だから、そうだね、とりあえず……」

 

 アダムは、懐から何かのスイッチを取り出した。

 そして、それを──思いっきり押した。

 

「さっさと手放して貰おうか、神の力を」

「──エ?」

 

 ボン……ッとディバインウェポン胸部から煙が出る。そこはティキがおり──内部で爆発が起きていた。

 光の粒子となって分解されていくディバインウェポンと、機能停止に陥りながら堕ちていくティキ。

 

「アダム──ナンデ」

「もう必要なくなったのさ、入れ物は。そして付与する先は──決まっている」

 

 ガシャンと音を立てて地に堕ちたティキは──動かなくなった。

 しかしアダムはそれに気にした様子を見せる事なく、腕の中の響を掲げた。

 

「神力顕現──完成だ、ヴァルキュリアの!」

 

 光が響に集まり──その姿が変わる。

 アダムの手から離れた響は力に取り込まれその姿が見えなくなり、先程のティキと似た姿へと変わる。

 

「──神殺しの力を宿した神。まさに英雄だ──これで、復活するアヌンナキを殺せる! そして──ようやく彼を救える!」

 

 神殺英雄戦姫ヴァルキュリア。

 それは、神を殺す力を持ち、神の力を持つ──最強の存在。

 アダムが千年掛けて用意した対抗手段であり、救済装置。

 

「──グルル……」

 

 ダメージを引き摺りながらも何とか起き上がるコマチだが──次の瞬間体が光り、イグニスとの融合が解ける。

 

「ブイ……」

「カゲ……」

 

 負担が大きかったのか、二体はその場から起き上がる事がなかなかできなかった。

 

「くそ……!」

 

 そしてそれはサンジェルマンも同じで、ファウストローブが解け、苦々しい表情でアダムを睨み付けた。

 

「さて……」

 

 アダムが大地に降り立ち、コマチの元へと歩み寄る。そしてコマチを抱え、イグニスはサンジェルマンの方へと蹴り飛ばす。

 

「カゲッ!?」

「イグニス! ……アダム・ヴァイスハウプト、貴様!」

「邪魔だからね,君たちは」

「ブイ……ブイ!?」

 

 錬金術で拘束されるコマチ。もがくが拘束から脱する事ができず。

 

「もう用済みな存在は消すに限る、特にその偽物は」

「……っ」

 

 アダムがスッと手を出す。

 それを見たサンジェルマンが何とか立ち上がり、スペルキャスターを構える。

 

「だとしても、私は──」

 

 そんな彼女を無駄な足掻きだとアダムは冷たく見放す。

 彼からすれば──もう自分に勝てる者は、神の力を得た響を倒せる者はもう居ない。

 神殺しは、既に手中にある。

 

「消えてなくなれ錬金術師。理想に溺死しながら」

 

 アダムが響に指示を出す。すると口を大きく開けて──アダムに向かって解き放った。

 

「──なに!?」

 

 急いで回避するアダム。

 それを響は追いかけ、巨大な手を何度も何度も振り下ろし叩き潰そうとする。

 そんな彼女の単調な、しかし激しい攻撃を避けながらアダムは気付く。

 

「まさか復讐なのか? 今までの。だとすれば、なんて浅はかだろうか」

 

 空を飛び、アダムを見上げて睨み付ける響。それをアダムは見下す。

 

「もう戻らないよ、殺した人間は。むしろ考えないのかい? 此処で僕に手を出して起きる悲劇を」

 

 ピタリと響の手が止まる。

 

「次は家族かい? 死ぬのは。懲りたんじゃなかったのか? 仲間を殺した事も、復讐する事も」

「──ブイ!」

 

 アイアンテールを発動させて自分を拘束していた錬金術を破壊し、響の前に立つコマチ。

 コマチは、アダムから響を守るようにして、彼に向けて吠える。

 

「ブイ、ブイ!」

「──やはり特別なのか、彼女は」

 

 アダムは目を細め──テレポートジェムを取り出す。

 

「ならば証明してあげよう──己の行動の愚かさを!」

 

 そう言ってジェムを砕こうとして──遠方からの炎の狙撃がジェムを溶かした。

 それにアダムは驚き──それ以上にコマチが驚いた。

 

「ブイ……!?」

 

 先ほどの狙撃。それは──隣でよく見ていた赤い軌跡。

 あり得ない筈だった──しかし、現実だった。

 

「──まさか」

 

 アダムもまたコマチ同様の結論に至り──。

 

「──ご名答。でも一足遅かったわね」

「な──」

 

 背後からの声に振り返ると同時に──波導を纏った拳が深々と突き刺さり、勢いよく殴り飛ばした。

 アダムは地面を削りながら吹き飛んでいき、倒壊したビルに突っ込んだ。

 

「──」

 

 それを見た響は──復讐の相手を見失った事で、アダムへの恨みで浮き上がった自我が消失し、暴走を始める。

 

「ブイ!?」

 

 足元に居たコマチは踏み潰されそうになり──それを背に翼を生やした誰かが救い上げた。

 

「──遅れて済まない、光彦」

「──ブイ?」

 

 コマチは言葉を失った──もう会えないと思っていた人と出会えた事で。

 そしてそれはサンジェルマンも同じだった。戦場に現れた彼女達に驚き──アダム・スフィアで己を回復させる二人の同志に、目を見開く。

 

「随分とボロボロなワケダ」

「そんな泥だらけじゃ女が廃ると言うものよ?」

 

 サンジェルマンは二人に抱え起こされ、イグニスもまた二体の仲間に起こされる。

 

「貴女たち……!」

 

 そして。

 暴走する響の前に立ち、コマチを守るのは──7人の戦姫。

 

 瓦礫の中から飛び出したアダムは──叫んだ。

 

「あり得ない──あり得ないぞ! 確かに僕は!」

「──響の視界、そして感覚越しに殺したのを確認した……と?」

 

 アダムの言葉に、彼女──マリアが答える。

 

「確かにそれは現実だったのでしょう。少なくとも響と貴方にとっては」

「──なんだと?」

 

 アダムが怪訝な顔をし、それに対してこの中で誰よりもソレを知っている少女、調が答える。

 

「ダイレクトフィードバックシステム。あのバカ助手は、アンタから響を助ける為に偽りの情報を響に見せて、アンタを欺いた」

 

 常に付けていたバイザーにより視覚情報を騙し、ダイレクトフィードバックシステムであたかも装者達を殺したように見せつけた。

 それによりアダムは響が仲間を殺したと思い込み、装者達は殺される前に救出されていた。

 

 カリオストロと錬金術師協会によって。

 

「本当大変だったんだから。装者達の説得とか〜。SONGを騙すのとか〜」

 

 カリオストロは、マリアから協力要請を受けていた。マリアが死んだと見せかけたあの戦場で。

 

 

『──女の子は優しく扱ってくださいね?』

『──っ、その声は!?』

『──説明する時間がありません。ですが、響さんを助ける為に協力してください』

『──分かった』

 

 響のギアから聞こえたウェルの言葉に、マリアは疑う事なく了承した。

 それに申し出たウェルの方が戸惑いを見せる。

 

『……僕が言うのもなんですが、もう少し罠とか考えないんですか?』

 

 ウェルの問い掛けは至極マトモな物で、しかしマリアは迷いなく答える。

 

『アナタが理由なくそちらに居る訳が無いでしょう? それで、どうすれば良いの?』

『……全く。そうですね、先ずは──』

 

 その後、アダムを欺く為に死んだフリをするように頼んだウェルだったが、マリア「疑われない為に本当に死にかける」と言って腕を切断、腹部に風穴を開け、カリオストロの協力で海中内で鮫に喰われて死んだように偽装して協会に身を潜めた。

 その後、ダメージが癒えるまで安静にし──後日再会した妹に説教された。

 

 

 

『──という事は、マリアは生きているんだな』

『ええ、そうよ。申し訳ないけどアナタにも協力して貰うわ』

 

 奏を一人にした後、響の動きを止めてダイレクトフィードバックシステムで偽の情報を見せている間に、カリオストロが奏に全てを伝えた。

 

『気乗りしないが──仕方ない、か』

 

 残される翼達の事を想い、渋々ながら了承した奏は、カリオストロの偽装により黒焦げの姿になる。

 そして──。

 

『──よぉ、早かったな』

 

 黒焦げになり、槍を支えに立つ奏と。

 空に浮かび、空一帯を埋め尽くす雷を轟かせている響が居た。

 

『ちょっと待ってな──今、話が終わった所だ』

『話って──奏、何を!?』

(すまねぇな──翼)

 

 こうして、雷光で翼達の視界から見えなくした奏は、カリオストロが転移で彼女を連れ去り、あたかも蒸発して死んだように見せかけた。

 

 

『それでは、姉さんは生きているんですか……!?』

『ああ。これも響を助けるためだ……心苦しいがな』

 

 セレナが墜落した際に、地面は潰れたトマトにより赤く染まっていた。

 そんな畑の真ん中でセレナは奏から説明を受けていた。

 

『辛いだろうが──耐えてくれ』

『……響さん。絶対に助けます!』

 

 その後、響の手刀がカカシの頭を撥ね飛ばし、セレナはその後に合流したカリオストロの手引により行方をくらませた。

 

 

『な、何で、奏が此処に……!?』

『今から説明する』

 

 戦艦の甲板に降りた翼は、奏とウェルから説明を受けていた。

 その間響には外界の情報をシャットダウンし、偽の情報を流した。アダムに気取らないように。

 

『なるほど……協会もグルだった訳か』

 

 この時、戦艦を動かしていた錬金術師は、パヴァリア所属の者達ではなく、協会所属の者達だった。

 普通なら気付かれるが──アダムは有象無象に興味を示さない。人間を嫌っているから。

 

『──ったく、気乗りしないな』

『あたしも同じだ──だが、響を助ける為なんだ』

『……分かったよ』

 

 その後、戦艦が爆発すると同時に転移してあたかも死んだように見せかける。死体が残らなかったと思わせる為に。

 

 

『──此処は?』

『目が覚めたか?』

『──!? 翼さん!? それに奏さんやセレナ、マリアまで!』

 

 

 切歌の際には、空間の隔離とワイルドビーストの眠らせた相手に悪夢を見せる力による効果で魂を回収、その後錬金術師協会で蘇生させた。

 蘇らせた後に全てを話し、彼女もまた来たる日まで協会に身を潜める事となった。

 

『それにしても、良かったデス。皆が無事で……でも』

 

 切歌は、辛そうな顔で言った。

 

『響さん──辛いと思うのデス。それに、博士も……』

『それは、わたし達も同じ気持ちよ。だから』

 

 絶対に助けましょう。

 マリアの言葉に切歌は──強く頷いた。

 

 

『──皆、生きている?』

『ええ、そうよ。立花響を助ける為にちょっとね』

 

 クリスの際には、カリオストロが三人を回収した後、肉の塊にてクリスの死を偽装した。その際に近くに居たソーニャ達も死んだ事にしたのは、アダムに改めて装者が死んだ事を印象付ける為だ。

 響が無関係の者を殺したと思わせれば、彼は信じ込むだろう。実際、潜伏していた錬金術師からの報告ではアダムはその事に笑い声を上げていたとの事。

 誤算はクリスが途中で目を覚ましてしまった事だろうか。説明を受けた彼女はカリオストロに掴みかかり、二代目を思い切り殴り飛ばした。

 

『響の心は──どうなるの!?』

 

 その問い掛けに答えたのは──調達が、凍らされて砕かれたように見せかけ、回収された際に語られる。

 

『記憶を消します』

『──!?』

『そして記録上では、僕とアダムが彼女を操っていた……そうすれば上の者も認めざるを得ないでしょう』

 

 ウェルの言葉に聞かされたクリスと調が言葉を失う。

 それでは、彼はどうなる? 

 もっと他にやり方は無かったのか? 

 何故──響がこんな目に遭わなくてはならない? 

 

『──彼女はアダムと常に感覚情報をリンクさせられています。気取られれば人質である家族が殺されます。そうなれば、彼女は……ようやく家族と元に戻ろうとしていた彼女は耐えられない』

 

 実際、アダムは風鳴機関を消し飛ばした。響に戦わなければ、大切な人を、無関係な人を殺すと。

 だから──。

 

『……でも、彼女に罪の意識を植え付けたのは僕の所為です。謝っても許されません。それでも──助けたかった』

 

 ──ウェルが響を操り、カリオストロが仲間を騙しながら救助。それによりようやくアダムを最後まで騙し切った。

 

 そして今。

 アダムが最後の計画を実行している隙に──人質を救出。

 もう響を縛る物は何もない。

 それを聞いたアダムは──叫んだ。

 

「ふざけるな! あり得るかそんな事! あって良いはずがない、そんな良すぎる都合が!」

「都合が良い、だと? そんな訳があるか!!」

 

 しかし、マリアがアダムの言葉を強く否定した。

 

「ウェルが汚名を被ってでも成し遂げた! 響の心に傷を残すからと──全ての責任を負うのを覚悟して!」

 

 例え嘘だとしても、響は自分が仲間を殺したという実感がある。ウェルはそれを覚悟し、彼女を裏切っていると、酷いことをしていると自覚し──全てが終わった時にはどのような罰も受けるつもりで、響を騙し続けた。

 

 アダムに殺されるであろう事も理解しながら。

 

 故にマリアはアダムを許さない。

 響とウェルを傷付けた彼を。

 自ら切り落とした片腕の痛みすら安いと思う程の怒りを彼女は抱いていた。

 さらに──響の心を踏み躙った事を悲しく思っている。そしてそれは──他の装者達もそうだった。

 

「響──今から助けるからな」

 

 雷を纏い、槍を構える奏。

 

「そしてたくさん謝らせてくれ」

 

 両翼を広げて剣を握る翼。

 

「でも響……わたし達の想いは本当だから」

 

 決意の炎を燃やしてライフルを向けるクリス。

 

「恨みよりも憎しみよりも、アナタの事が大切だから」

 

 妖精のベールを纏い、白銀の刃を携えるセレナ。

 

「響さんになら殺されても良いと思ったデース!」

 

 新緑の力を漲らせながら鎌を構える切歌。

 

「それと同じくらい、アナタを助けたい」

 

 流動する銀に乗りながら、調が真っ直ぐと見て。

 

「終わったらたくさん謝らせて──だから!」

 

 波導を全開にしたマリアが威風堂々と立ち。

 

『もう少し待ってて。今──助けるから!』

 

 囚われた魂に謳い、連なる聖なる者。

 さぁ、飛び立て! 声を翳して。

 沈黙を、暗闇を切り裂く稲妻と化せ。

 ──友を救う為に。

 




謳魂連聖。読みはおうごんれんせい。
身内の適合者から頂きました。いわゆる造語です。


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第十七話「死灯永輝」

「──なるほど。そういう事だったのか」

『ああ。悪かったね、黙っていて。しかし気取られる訳にはいかなかったんだ、あの人に』

 

 SONGでは、二代目が弦十郎に事の顛末を通信にて説明していた。装者達が無事だという話を聞き友里やエルフナイン達は泣いて喜び、藤堯や緒川はホッとしていた。

 しかし──弦十郎は険しい顔をしていた。

 

『気に入らないかい? 今のいままで騙されて』

「いや──響くん、そして彼女の家族や人質を助ける為だと理解している……ただ」

 

 やり切れない、と彼は己の無力感に怒っていた。

 自分にもっと力があれば──友一人に負担を強いる事は無かったのに、と。

 

『彼は救うよ、我々の威信に賭けて』

「ああ──アイツを、ウェルを頼む」

 

 彼の言葉に、二代目は通信先で強く頷いた。

 

『それと一つ忠告しておく──米国には気をつけるんだ』

「米国?」

『アレは何かやらかす気だ、確実にね。いま部下を向かわせている。間に合わないかもしれないが。そちらで何かしらの動きがあるのかもしれない──悲劇を起こす何かを』

 

 その言葉を最後に通信を終え、弦十郎は思案する。

 米国──了子の死因であり、ウェルを取り込もうとした。日本に対して度重なるその行動は──弦十郎に警戒心を抱かせるには十分だった。

 

 そして、それでも尚不十分だと気付かされるのは──すぐ後の事だった。

 

 

 第十七話「死灯永輝」

 

 

「──AAAAAAAAA!!」

 

 甲高い叫び声を上げて、破壊神ヒビキは口から破壊の光線を解き放つ。地面を抉り、射線状にあるビルを溶かし、装者達を襲う。

 装者達は跳んで回避し、マリアは波導を纏わせた拳で弾き飛ばし指示を出す。

 

「散れ! 狙いを定めさせるな!」

『了解!』

 

 散り散りに動き、ヒビキを惑わせる装者達。しかしすぐに狙いを一番厄介であるマリアへと向け──。

 

「どっせい!」

「──!?!?」

 

 雷速で近付いた奏が、その槍でヒビキの頭部の角を切り裂いた。ヒビキは並行世界の同位体にダメージを押し付けて、ダメージを無かった事にしようとするが──失敗する。

 それを見たアダムが舌打ちを打った。

 

「忌々しいな、神殺し!」

 

 これがあるから──ガングニールがあるから、マリアと奏を真っ先に狙った。そして殺したと思い歓喜し──騙された事を知り苛立ちが頂点に届こうとしている。

 

「人間を理解できないヒトデナシに──人間をどうこうする事自体が間違っている!」

 

 そんなアダムに、回復したサンジェルマンがファウストローブを纏って斬り掛かる。後ろからはカリオストロの援護射撃、プレラーティの巨大なケン玉攻撃が、サンジェルマンに続く。

 膨大な魔力で肉体強化し、無理矢理弾き飛ばしながら彼は叫ぶ。

 

「奇跡を殺すにはなるしかないのさ、ヒトデナシに! そしてそれこそが救いなのさ、アカシアの!」

「──そんな訳があるか!」

 

 アダムの言葉にサンジェルマンが怒り、彼女の感情に同調するように最終進化したイグニス、ジル、カメちゃんが遠距離攻撃をそれぞれ放つ。アダムはそれを防ぎ、その隙を突いてサンジェルマンが組み付き、叫んだ。

 

「誰かを救う為に、誰かを犠牲にする──そんなやり方で、アイツが納得する訳がないだろう!」

 

 ──それがイヤだからこそ、彼は自分を犠牲にする。

 助けられたサンジェルマンはその事をよく知っており、故にそれがどれだけ辛いのかを知っている。

 チラリと装者達と共に、響を救おうとしている彼を見る。

 そして思い出す──辛そうにしていた姿を。

 それをさせたのは──目の前のヒトデナシだ! 

 

「貴様のやり方ではアイツは救えない──傷付けるだけだ!」

「──っ!」

 

 スペルキャスターを振り抜き、ガキンっと音が鳴る。

 アダムは切り傷をつけられながら後退り、堂々と立つサンジェルマンの隣にカリオストロとプレラーティ。その前にそれぞれの相棒達が立つ。

 

「行くぞ、二人とも」

「オッケー! あーしも鬱憤溜まっていたしね!」

「今まで好き放題されてきた借りを返せるワケダ!」

 

 サンジェルマンが、カリオストロから譲り受けたアダム・スフィアを使い──彼女達の姿が変わる。

 

 ファウストローブ。TypeⅡ。

 

 今度はサンジェルマンだけでは無く、カリオストロとプレラーティ達のファウストローブも強化された。

 さらに、イグニス達もメガシンカし──アダムを睨み付ける。

 

「厄介だな──錬金術師!」

 

 アダムが強力な火球をぶん投げ爆発し──6つの影が炎の中から飛び出し、ヒトデナシと激突した。

 

 

 

 サンジェルマン達がアダムの足止めをしている間に、装者達はヒビキを助ける為に翻弄する。

 

「マリア! 響を救うにはガングニールを使ったらダメなんだよな!」

 

 神殺しの力でヒビキの力を打ち消しながら、奏が問い掛ける。

 

「ええ! 今神の力は響と完全に融合している! このまま殺せば響を殺す──だから!」

「──もう一つの、神への対抗手段……!」

 

 クリスの弾丸がヒビキの腕を貫くが、神殺しの力が宿っていない為ダメージを無かった事にされる。

 しかし、それはあくまで時間稼ぎ。

 クリスは、皆は──ヒビキを救う為の手段を既に用意している。

 

「ブイブイ!?」

 

 そんな事ができるの!? と説明を受けたコマチが、切歌の肩の上に乗り問い掛けた。

 

「そうデス! 二代目局長とウェル博士が探し当てた響さんを救う唯一の方法!」

 

 ◆

 

 

 神を殺すだけなら、マリアか奏のガングニールを使えば良い。しかし、彼女達の目的は響を救う事。

 故に、7人の装者のユニゾンアタックにて、七つの音階により生じる調和にて神の摂理を突破する。

 

「これは、バラルの呪詛を解く為に用意したものなんだ、終末の巫女フィーネが」

「……フィーネが」

 

 想いを告げる為に全てを捨てようとし、しかし最期の最期には母として逝った──クリスの大切な人。

 その彼女の名が出てクリスは瞠目し。

 

「それじゃあ、フィーネのおかげで響を助ける事ができるんだね」

 

 フィーネがシンフォギアを作った事で、神殺しの槍以外で神を打ち倒し、響を助ける事ができる。

 その事を嬉しく思い、クリスは笑った。

 フィーネを、了子の事を思い出したのか、奏と翼は優しい表情でクリスを見て同意するように頷いた。

 

「しかしあるんだよ、問題が」

 

 まず結論から言って、七人同時攻撃によるユニゾンアタックは推奨されない。

 それだとガングニールの神殺しの力が前面に押し出されてしまう。

 

「だから一つだけなんだ、方法は」

 

 その方法は、セレナのアガートラームで力の流れを制御し、マリアと奏以外の装者に集中させて叩き込む。

 それがいちばん確実だが──。

 

「ウェルは言っていた、それはそれで危険だと。個性的な装者の歌を集めても上手く纏まらないのかもしれない、八割の確率で」

「八割……」

 

 二代目から聞かされたウェルの言葉に、調が眉を顰め、他の装者達も思案顔になり──しかし、それを切歌の気楽な声が吹き飛ばす。

 

「大丈夫デース! 絶対上手く行くですよ!」

「切ちゃん、そんな確証もなく──」

「──確証なら、あるのデス!」

 

 調の言葉を遮って、彼女は断言する。

 

「皆、此処に連れて来られる前──自分が死んででも響さんを助けたいと、救いたいと強く思っていたデス!」

『──!』

「だから、絶対に大丈夫デス!」

 

 切歌の言う通り、全員響の為に命を賭ける覚悟を、強い想いを彼女に向けていた。

 そんな響に向かって想いを込めた歌は──例え個性的な装者達であろうと纏まるだろう。

 

「そこで、ひとつお願いがあるのですが──」

 

 

 ◆

 

 

「──アタシは、キリカのアガートラームの絶唱で蘇りました」

 

 そして、その際力の流れをその身に注ぎ込まれた経験を──切歌だけが持っている。

 だから切歌は皆に頼んだ。響を助ける為に、皆の歌を預けて欲しいと。この想いを届ける為に! 

 

「──させるものか、そんな事! 高々十数年程度の想いに!」

「想いの強さに年月は関係無い!」

 

 切歌達の狙いに気づいたアダムが妨害をしようとするが、それをサンジェルマン達が阻む。

 

「立花響に執着しながら何も見ていないヒトデナシが! 彼女達の透明の様に綺麗な想いに、土足で入り込むな!」

「叩くなよ、減らず口を!」

「いいや、叩かせてもらう──人を、命の価値を、舐めるな!」

 

 アダムは、サンジェルマン達の決死の猛攻により自由に動けず。

 その隙に装者達は響を救う為の準備を行う。

 

「はぁ!!」

「行って!!」

 

 翼の影縫いと調の流動する銀がヒビキの体を拘束する。

 

「姉さん! 奏さん!」

「ええ!」

「おうよ!」

 

 さらに、セレナの不可視のリボンが二人の腕に絡み付き、そのままヒビキを拘束している銀と繋がる。

 それにより神殺しの力が付与され動きを鈍くさせる。

 

「──!!」

 

 それでも、ヒビキは拘束を解こうとし、より強く神の力と響の繋がりを強くさせようとし──ブスリと何かが突き刺さる。

 ヒビキが振り返った先には──調のドローンロボ。そしてその手には空になった簡易注射器。注がれたのはAnti Linker。

 

「あのバカ助手は、かつてアカシアを──神の力を研究していた。だから、そのメカニズムを知っている──まるでシンフォギアのように装着されている、と」

 

 響とヒビキの境界線が──剥がれ始める。

 それを補おうとヒビキはさらに結び付きを強くしようとし──。

 

「──ブイ!」

 

 ──響ちゃん! 

 

 コマチの叫び声が──響に強く、深く届いた。

 結び付きを強くしようとした結果、コマチの声は響の深層意識に強く働きかけ。

 

「──コ、マ……チ……」

 

 ヒビキの口から、響の言葉が漏れ出た。

 

「──今こそ好機デス!」

 

 動きを止めたヒビキの前で、切歌がイガリマを構える。

 そして──奏、翼、クリス、セレナ、マリア、調が飛び立ち、手を翳して──虹色の旋律が切歌の身に宿る。

 

「──」

 

 負担は、無かった。

 此処に居る全員の想いが同じで、言葉を交わさずとも共感できたその想いが──運命さえ抉じ開ける程に疼いた……激しく、強く。

 

『──響』

 

 例え、世界から見放されても──みんな、彼女を見捨てない。

 

『戻って来い!』

 

 そして、嘆きで霞む未来を、信じて貫き進んだ愛が照らし出す。

 

「ハァァァァアアアア!!」

 

 稲妻のように高らかに飛んだ切歌は、イガリマを変形させて右足に纏わせる。

 そしてヒビキの上まで辿り着くと──。

 

「──この想い届け……響けぇええええええ!!」

 

── UNLIMITED OVER DRIVE DEATH

 

 皆の歌が響に届き、そして閃光と虹の果てに──。

 

 

 ◆

 

 

「──ブイ!」

 

 今度こそ。

 ──今度こそ、響が解放された。

 

 神の力分離した響はゆっくりと地面へと落ちて行き──コマチと装者達に受け止められた。

 

「響……良かった……!」

 

 クリスが感涙に体を震わせ。

 

「ったく、世話を掛けやがって」

 

 そう言いつつも心底嬉しそうに泣き笑いする奏。

 

「手の掛かる女ほど魅力的って事さ」

 

 そう言って響の頬を撫でようとしてクリスに牽制され、やれやれと首を振り──皆にバレないように涙を流して喜ぶ翼。

 

「良かった……本当に」

 

 響の無事に笑顔を浮かべるセレナ。

 

「まったく、もう二度とゴメン……」

「でも良かったデスね調」

「……うん、そうだね」

 

 素直じゃない反応をしつつも、しかし切歌の言葉を受けて優しい顔で頷く調。

 

「──よくぞ、戻って来た」

 

 そして最後に、片腕を犠牲に暗躍していたマリアがホッと息を吐き──命を賭けた仲間に心の中で言葉を紡ぐ。

 

 ありがとう、と。

 

「ブイ……」

 

 本当に良かった──コマチがそう思った次の瞬間。

 

『──全員、直ちにそこから逃げろ!!』

「うわ、旦那? どうしたんだ?」

 

 突然、弦十郎が通信を繋げた。

 それも大声を出して、焦りを含んだ表情で。

 しかし──次に続いた言葉で、その場に居た者たちは度肝を抜かれる。

 

『──アメリカが反応兵器を使った!』

『──!?』

 

 ──反応兵器。それは、ガングニールがロストテクノロジーによる神殺しなら、オーバーテクノロジーにおけるもう一つの神殺し。

 

 その威力はアダムの黄金錬成を超える100メガトン──超ツァーリ・ボンバ級。

 炸裂すれば関東圏──それどころか周辺地域が焦土と化す。

 

 それを聞いた装者達、サンジェルマン達も狼狽し──アダムすらアメリカの暴挙に動揺した。

 

「何故そんな暴挙を? 前触れもなく! 兆候は無かった筈だ、それを──」

 

 アダムの視線が……コマチを、アカシアを──完全聖遺物キマイラを捉える。

 

「──まさか」

 

 アメリカは、かつてアカシアに対して実験を行なっていた。その内容は施設の崩落、関係者の落命により明らかにされていないが──アカシアが当時、研究者達に対して厳しい態度を取っている事から、どのような事が行われていたのかは、推して図れる。

 そして、それを知っている者が、アカシアの、神の力の危険性を正しく理解している者達が──排除しない訳がない。

 

 常にあったのだ。ずっと昔から──反応兵器がアカシアに撃たれる可能性は。

 そして、アカシアがコマチとして日本に滞在し、神の力と共にそこに居れば戸惑いなく押すだろう。

 例え、世界中から非難されても。

 それだけの理由がある。それだけの真実を──彼らは知っている。

 

「……」

 

 彼方に輝く凶光を、コマチがジッと見て──アカシアの目の色が変わった。

 

「──!?」

 

 それを見たプレラーティが恐れを含んだ顔で見るが、誰も気に留めない。

 

 コマチは、眠っている響に近付くとピタリと額をくっ付けた。

 彼の力で何かを見せ、何かを伝えているのだろうか。

 暫くして放すと──彼は、寂しそうに響を見て。

 

「ブイ」

 

 ばいばい、と一言告げた。

 

「──え?」

 

 その言葉を装者達が理解する前に──コマチは空中に漂う神の力を吸収し、イーブイの姿からミュウへと変わる。

 そして空高く飛んで行き──その力で日本全体をバリアーで包み込んだ。

 

 万が一、これから行う事に失敗しても良いように。

 

「待って……待って!」

 

 マリアが叫ぶ。

 

「何をする気なの、リッくん先輩!」

『アレを止めるんだ』

 

 テレパシーだ。コマチは──いや、アカシアは彼女達に直接語り掛けていた。

 

 これが最期の会話になるから。

 

『アレを止めるには、みんなを助ける為にはこうするしかない。だから』

「でも!」

 

 奏が、顔を青くさせて叫ぶ。

 あの時と一緒だ。彼は、自分を犠牲にして大切な人達を守ろうとしている。

 己の命を犠牲にして。命を燃やして。

 

「くっ……!」

 

 翼が空を飛び追いかけようとするが。

 

「──通れない……!」

『うん。翼さんならそうすると思ったから』

 

 アカシアの張ったバリアーにより、追いかける事ができなかった。

 翼は、何度も叩くが全くビクともしない。

 

『皆、響ちゃんの事よろしくね──君たちが居るからこの命を使うことができる』

「──ふざけるな」

 

 しかし──サンジェルマンは納得せずに叫んだ。

 

「ふざけるな! そんな事をして、本当に誰かを救えると思うのか!?」

『サンジェルマンさん……』

「何でお前はそうやって──クソ!」

 

 悪態を吐くが、理解していた。

 こうなってはどうしようも無いと。

 アカシアは此処で死ぬ。ずっと昔からそうして来た様に、人を救う為に自分を殺して。

 

「アカシア……!」

『アダム……響ちゃんを苦しめた分だけ殴りたかったけど──』

 

 何でか、心の奥底で嫌いになれない。

 

「っ……!」

『多分友達だったんだね──でも、それでも君のした事は許せない。だから』

 

 次の俺が、君を正す。

 それまで──大人しくしていろ。

 

「──っ」

 

 アダムは応える事はなく、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 

 それを見届けたアカシアは──すぐそこまで来ていた反応兵器へと向き直る。

 そして、サイコキネシスで受け止め、爆発し──。

 

 反応汚染を神の力で抑え込み、閃光が収まった頃には──そこにあったのは光の粒子となった神の力だけだった。

 

 奇跡的にも、日本にはなんら被害が出る事無く、人が死ぬ事もなかった。

 

「──やはり嫌いだ、奇跡は……人間は」

 

 しかし、空を眺める者達の心は──締め付けられ、傷付き。

 

「──コマチ」

 

 未来に続く永遠の輝きを、己の死を以て灯す。

 しかしその未来に──目覚めた戦姫の隣に、日陰は……無かった。

 




フィーネ編から反応兵器を撃つ準備してた米国
コマチが月の欠片と衝突して消滅したと誤認してなかったら、エージェント達の位置情報に反応兵器叩き込んでいたり。


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第十八話「戦姫絶唱」

(コマチ)

 

 響は、コマチにより全てを教えられた。

 彼女は誰も殺しておらず、ウェルが助ける為に奮闘していた事。装者達の響への想い。家族は助けられた事。

 

 そして──コマチがどれだけ響の事を愛しているのか、という事を。

 

(……コマチ)

 

 コマチは謝っていた。響が目覚めた時に、既に自分は居ない事を。

 だからせめて夢の中で触れ合おうと彼の力が、響の心を優しく、温かく包み込む。

 しかし──響はちっとも嬉しくなかった。

 

(──コマチ)

 

 もう大丈夫だから。これからもみんなと暮らせるから。

 だから、生きる事を諦めないで。

 これからもっと幸せになって、と。

 

(コマチ!)

 

 だがそれは、響にとって何よりも辛い事だった。

 自分は仲間を殺した。死んでいないだけで、殺したのだ。

 ウェルのおかげで死なせる事はなかったが、それでも最後に選んだのは自分だ。

 そんな自分を救う為に仲間達が命を賭けて、コマチが己を犠牲にするのは──許せない事だった。

 

 故に、響は──。

 

 

 ◆

 

 

 反応兵器が抑え込まれ──日本を包んでいたバリアーが消える。

 すなわちそれはコマチの消滅──死を意味し、装者達の心に亀裂が走る。

 

 呆気なく、唐突に、大切なものが奪われた。

 その喪失感は──とてつもなく重い。

 

 対してアダムは──怒りにより逆に活気漲っていた。

 

「──こうなれば仕方ない……付与させる、この体に!」

 

 空に漂う神の力が、アダムの肉体へと入っていく。

 神に造られた人形は、ついに創造主と同じ力を手にした──友を犠牲にして。

 体の奥底からアカシアの存在を感じながら、アダムは目の前に佇むサンジェルマンに言った。

 

「──貴様らの相手をしている暇はない、正直ね。今すぐにでも破壊尽くしたいんだ、米国を……!」

「……っ」

 

 アダムは自分を何度も邪魔をするサンジェルマンや、神の力を壊す力を持つ装者達の相手を一度止め──友の仇打ちをしたいと言い出す。

 いずれ来るカストディアン──アヌンナキに対抗する為の力を手にしても、アダムは笑わない。笑うことができない。

 この力で人を殺し尽くすと言っている。

 

「もし復讐を成したとして、その後はどうする!?」

「決まっているだろう、やる事は。実行させていただくよ、当初の予定通り」

「そんな事──」

「──見ていただろうが! 君も! 彼が殺されるところを!」

 

 サンジェルマンの言葉が詰まる。

 

「いつだって人間なんだ、アカシアを殺すのは! ならばするしか無いだろう、この星から、人を、奇跡に群がる害虫を──消すには!」

 

 アダムのした事は、彼女達からすれば到底許せる事ではない。

 しかしアダムからすれば、人間こそが存在する事自体許せない事だった。

 

 かと言って、彼がしてきた事が正当化される訳ではない。

 それでも──人の作り出した物で、人の行いで、目の前でアカシアが死んだ光景を見せられては……否定できない。

 彼女達は、アカシアの事を愛していたから、大切だったから──。

 

「……だと、しても」

 

 故に、その声に。

 

「──だとしても!!」

 

 その言葉に、皆が驚きを顕にする。

 

「──アイツは、コマチは……そんな事を望んでいない!」

 

 立ち上がった響が、アダムの言葉を、これからの行いを否定した。

 誰よりもコマチを愛し、助けたくて、殺した米国を許せない筈の響が──アダムに共感できる筈の彼女が否定した。

 

「──お前は! 大切だったのではないのか、彼の事を!」

「大切に決まっている! でも──」

 

 ギュッと握り締めた己の拳を見て、響は紡ぐ。

 

「無駄にしたくないんだ……!」

「なに?」

「アイツは、わたしに未来を託した──すごく悲しい。寂しい。辛い──でも、次に会った時に胸を張って出会いたい」

「生き返るから諦めるのか、今回は? 貴様も他の人間と同じなのか、結局」

 

 アカシアは己の命を犠牲にし、人を救う。その際に記憶を失うが──蘇る。

 それを知った者はこう考えるのではないか? 

 

 確かに死んで悲しい、忘れられて悲しい。それでも蘇ってくれるのならそれで──と。

 

 アダムはそう思わない。何故なら彼は知っている。アカシアは人を救った回数よりも多く命を落としている。殺されている。尊厳を陵辱されている。

 そして、そんな彼の犠牲を──人は奇跡と呼ぶ。

 

 だからこそ響の言葉を聞いたアダムは彼女を心底見損なった。

 コマチにとって特別な存在である彼女ならば──自分と同じ気持ちだと思っていたのに、と。

 

「違う」

 

 しかし──響はアダムの言葉を否定する。

 

「忘れてほしくない。死んでほしくない──自分を犠牲に、人を救ってほしくない! ──だとしても!」

「……」

「わたしは、わたしであり続ける──アイツの大好きな立花響として」

「──エゴだよ、それは」

「分かっている──それでもわたしは!」

 

 響がガングニールのペンダントを握り締めて──胸の歌を歌った。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 そして、最も繋ぎたい人と繋げなくても、誰かと手を繋ぐ……未来へと続く力──ガングニールのシンフォギアを纏った。

 

 握り締めた拳をアダムに向けて──。

 

「コマチの想いを無駄にしない──その為に」

 

 最期に託されたコマチの想いを紡ぐ。

 

「アダム──アンタを救う」

 

 

 第十八話「戦姫絶唱」

 

 

「救う? この僕を? ──大概にするんだな、でかい口は」

 

 アダムの肉体が、変質する。

 

「僕を救えるのは彼だけさ、唯一。キミは模擬でもするつもりか? アカシアの」

 

 彼が取り込んだ神の力──アカシアの力が、アダムを次の段階へと進化させる。

 

「できる訳がない。人を、世界を救えない癖に。英雄でも奇跡の体現者でも神でもない、愚かな人間である貴様が!」

 

 アダムの肉体が巨大化し──人の姿を捨てる。まるで、怨敵とは違うと言わんばかりに。さらに神の力で高められた力が黄金となり、金色の輝く鎧が形成される。

 

 これが、アダムの神としての姿。

 

『倒せるか? 怪物である僕を! ヒトデナシを! そう容易くは行かないけどね、よくある英雄譚のようには!』

「──わたしは、大切なモノを守れなかった」

 

 しかし、響はアダムを真っ直ぐ見据える。

 

「そんなわたしに……英雄でないわたしに世界なんて守れやしない」

 

 でも。

 

「わたしは──わたし達は一人じゃないんだ」

 

 響の言葉を受けて、彼女の隣に装者達が、錬金術師達が、アカシア・クローン達が並ぶ。

 彼女を、響を助ける為に手を差し伸ばせ続けた者達が──集う。

 

「──これで終わりにしよう……アダム」

「──いいや、これから始まるのさ……立花響!」

 

 ──最後の戦いを、アダムとの因縁を、今ここで決着をつける為に両者が激突した。

 

 

 ◆

 

 

 アダムが大量のアルカノイズとアカシア・クローンを召喚する。中にはウェルが治療し延命させていたキュレムも居るが、どうやら奪われて洗脳されているらしく目が血走っている。

 

 それを見た響以外の装者達は、まずアルカノイズ達の相手をする事にした。

 響は、皆とアイコンタクトを取り、アダムへと突っ込んでいく。

 

「どうして、皆争ってしまうデスか。どうしてあの子を恐れてしまうデスか!」

 

 アカシアの力を使い、地面から生やした蔓でノイズ、クローン達を縛り上げる切歌。

 

「もっと皆が優しくなれれば、争いは無くなる──そう、考えてしまう」

 

 切歌に向かって遠距離攻撃を仕掛けるクローン達。それを流動する銀で受け止め、衝撃を流す調。

 

「原因は──月。バラルの呪詛……!」

 

 その隙にクリスが炎の弾丸を放ち、蔓毎焼き払っていく。

 

「それがあるから、リッくん先輩はずっと傷付く……」

 

 難を逃れたノイズ、クローン達を不可視のリボンで拘束し、動きを封じるセレナ。

 

「それさえ無くなれば──アイツは、光彦はもう犠牲にならないで済むのか!?」

 

 セレナが封じた敵を落雷で消し炭にしていく奏。

 

「少なくとも、この世界はアイツにとって優しくないのは確かだ!」

 

 耐久のあるクローン達をすれ違いざまに斬り楽にしていく翼。

 

「相互理解──それさえあれば、皆がリッくん先輩の事を……」

 

 錬金術師と共にキュレムと相対するマリアだが、しかし自分の言葉に疑問を抱く。

 

「そんなもの実際に分からないワケダ!」

 

 プレラーティの巨大なけん玉がキュレムの氷柱と激突し、氷のカケラが空を舞う。

 

「人にはそれぞれ考えがある。もちろんあーしにもね」

 

 カリオストロの光線がキュレムを穿ち、後退させる。

 

「だとしても。理不尽な支配から解き放つ為に──私達は前に進まないといけない」

 

 サンジェルマンの弾丸がさらにキュレムを追い詰め、イグニス達もそれぞれの技を放ちダメージを重ねていく。

 

 

 そして、少し離れた戦場では神殺しの拳を振るう響と神の力を振るうアダムが激突していた。

 

『救うと言ったね、この僕を。だけどできるかな、人であるキミに!』

「何が言いたい!」

『──キミのクラスメイト』

「──っ」

 

 響の脳裏に、かつて自分を貶める言葉を吐き、そして化け物を見る目で自分を見ていた少女達の姿が過ぎる。

 その一瞬の隙を見逃さず、アダムの拳が彼女を吹き飛ばした。

 

「ガ──ッ」

『やはり憎んでいるんだね、許せないんだね、心の奥底では。しかし当然だ、人間故に』

「……!」

『そして恐れている、許すことができない自分を──ヒトデナシと言われる事を!』

 

 倒れ伏している響の上から、アダムの巨大な拳が叩きつけられる。

 

「だと、しても……!」

『まさか許すのかい、彼女達を?』

「──だとしても!」

 

 響が、アダムの拳を振り払って叫ぶ。

 

「だとしても! 彼女達が──死んで良い存在である筈がない!」

『……!』

「確かに酷い事をした! 許したくないって思う──恨みもした! でも、それで見捨てるのは間違っている!」

『──手を取り合うのか、理解できない相手と』

「違う。理解する為に手を繋ぐんだ」

 

 響は──拒絶された事により人と手を繋ぐ事を恐れていた。

 そんな彼女に手を差し伸ばしたのがコマチだ。

 彼は響が拒絶しても諦めず何度でも手を伸ばし──彼女にとって大切な人となった。そして大切な人を思い出した。

 

 そしてそれは誰だって同じだ。

 響を拒絶した彼女達にも大切な人が居る。それを否定する事は──誰だってできやしない。

 

 孤独は、喪失は──ヒトを狂わせる。

 

「そしてそれは──アダム、アンタも同じだ」

『──違う』

「違わない」

『違う!!!!』

 

 強い否定の言葉と共にアダムの拳が振るわれ、響に受け止められ、ヒビが入る。

 神の摂理によりダメージをなかった事にしようとするが──神殺しの力でそれも阻害される。

 

『僕は違う! ヒトなんか──』

「──でもアダム」

 

 響はアダムに決定的な事を言った。

 

「アンタは──ヒトに嫉妬してるんだ」

『──』

「だって、アイツが寄り添うのはいつもヒトで……だからこそアンタは憎んだ。奇跡で助けられるヒトを」

『──僕は』

「アダム──もうやめて。こんな事してもコマチは喜ばない」

『──』

 

 その言葉は、アダムの心に強く叩き付けられた。

 彼がずっと目を逸らし続けていた事実。彼を助けると言いつつアダムは──八つ当たりに近い復讐をしていただけだった。

 

『──黙れええええええええ!!』

 

 アダムが叫び、飛び上がる。そしツングースカ級の火球を作り出し、それを響に投げつけた。

 響は両手を翳し──閃光に呑まれ、大爆発が起きる。

 

『認めてなるものか、そんな事を。してしまえば、僕は──』

 

 まるで恐るようにアダムが呟き──火球の中で虹色に輝く光を見る。

 なんだアレは? 

 目を凝らして見れば──響は耐え切っていた。しかしそれはあり得ない。アカシッククロニクルを使う為にはコマチとの融合が必要で──そこで彼は気付いた。

 

 響に向かって、手を差し伸ばす7人の装者を。

 全員が最低限戦える程度のギアを残して、その身に纏う力を響へと送っていた。

 

 シンフォギアを形成する聖遺物とアカシアの力。それが響一人に集束し──顕現するのは最高の力。

 

『その姿は──』

 

 ガングニール・アカシッククロニクル。

 タイプ・ラストシンフォニー。

 

「はぁぁぁぁあああああ!!」

 

 アダムの黄金錬成を打ち消し、跳躍する響。近づけさせまいとアダムが錬金術を行使するが、響はそれをアカシアの幻影を作り出し「まもる」で打ち消す。

 

 そして、そのままコメットパンチを叩き込んだ。

 

『グ──』

「うおおおおおおおお!」

 

 さらにほのおのパンチ、れいとうパンチ、かみなりパンチ──様々なパンチ系統の技を叩き込み続ける。

 アダムは両腕で防ごうとするが──響のラッシュにより防御していた腕が千切れ胴体に叩き込まれる。

 

『それでも──』

 

 腕を再生させて半ば強引に響の拳を掴み、ラッシュを止める。

 しかしそれ以上は動く事ができなかった。響に7人分のシンフォギア、アカシアの力が宿った事でスペックに差が無くなり、さらに神殺しによりアダムのダメージは蓄積されていく。

 

「アダム──これだけは言わせて」

 

 口を開いた響が紡ぐ言葉は──。

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉だった。

 

「コマチを愛してくれて。アイツを助けようとしてくれて──アンタが取った選択は最低でヒトデナシで許されない事だたけど──その想いは本物だった」

『──』

「だから──もうこんな事しなくて良い。こんな事をしなくて良い世界にしていくから。だから──」

 

 アダムの力が解け、響の光り輝く拳が──叩き込まれる。

 

「アンタは一度──反省しろ!!」

 

 奇跡の力が込められた一撃はアダムから神の力を引き剥がし──そして彼は……かつての親友と同じ言葉を紡ぐ少女を見て……疲れたように息を吐き出して倒れ伏した。

 

 

 ◆

 

 

 響がアダムを倒した事によりアカシア・クローンは沈黙。アルカノイズは殲滅された。

 そして荒野で全裸で倒れ伏すアダムの周囲に響たちが集っていた。

 拘束はしていない。

 何故なら──アダムから覇気を感じなかったからだ。

 

「──後悔はしていないよ、僕は。反省もしないさ、今更」

 

 その言葉に響以外の皆が眉を顰める。

 しかし、一番の被害者である響が何も言わない為行動はしなかった。

 正直、彼女が苦しんだ分だけ殴ってやりたい。しかし──響を尊重する為に、耐えた。

 その事に響は感謝しつつ──アダムを見据える。

 

「アダム……」

「……救えなかった、僕は。そして人形だからできないんだ、彼に生きてくれと……そう祈る事が」

 

 何度もそう願った。祈った。

 ヒトに殺される時も。救う時も。命を犠牲に世界を救った時も。

 しかし──アカシアは、アダムの嘆きに気付かず、奇跡を起こし続ける。

 

「……言ったな、この世界を良くすると」

「……うん」

「──だったら、足掻くと良い。愚かな人類よ。地獄の底で嗤わせてもらう。その醜態を」

 

 そして。

 

「──せいぜい心折れない事を願うよ、立花響」

「え?」

 

 そう言ってアダムは──空中に漂う神の力を再び吸収し──己の心臓部を自ら引き抜いた。

 

「アダム・ヴァイスハウプト、何を!?」

「駄賃さ、茨の道を歩く彼女への──いや,違うな」

 

 錬金術を使い──反転。

 命を犠牲に皆を守り神の力として霧散したその透明な力に、自分の膨大な魔力、神が作り出した人形の心臓を素材に──呼び起こす。

 

 天でもなく、地でもなく──人を使った神出づる門を用いた召喚儀式。

 

 呼び出す神は──決まっている。

 力が集束し、ひとつの小さな影となり──呆然としている響の前に現れる。

 

「──ブイ?」

 

 それを見届けたアダムは──。

 

「アカシア……僕は、ただ君ともう一度──」

 

 しかし、最後の言葉が紡がれる事なくアダムは消え。

 その場に残ったのは──。

 

「──コマチ!」

 

 想いを引き継ぎ、覚悟を決めるも──やはり日陰を手放せず泣き崩れる戦姫。

 

 そして。

 

「ブイ」

 

 ごめんね。そしてただいま──と日常で紡がれる言葉を口にする小さな神様。

 

 それを涙を流したり、笑顔を浮かべたりと様々な表情を浮かべ、しかし胸に抱く想いは同じの──少女達が見守っていた。

 

 ──今日は九月十三日。

 

 この日、立花響は奪還され──そして生まれた事を祝福される特別な日となった。

 

 



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Zワザ使えないシンフォギア
後日談的なの


「──ここは?」

 

 死んだ筈のアダムは──何故か地球の裏側、砂漠地帯に居た。

 彼がテレポートジェムで逃げたのではない。何者かがアダムが死ぬ前に呼び寄せたのだ。

 しかし、サンジェルマン達凄腕の錬金術師達に気付かれない様に呼び出すには、それ相応の腕が必要であり、それができる錬金術師は限られている。

 

「──久しいな、アダム」

「……君は、キャロル」

 

 倒れて動けないアダムを見下ろすのは、奇跡の完遂者キャロル・マールス・ディーンハイム。

 アダムは、つい彼女から視線を逸らした。それを見てキャロルは納得の表情を浮かべる。

 

「やはりな。貴様……オレから逃げていただろう」

「……」

「それも日本の情報を隠蔽してまで」

 

 キャロルは、ノエルとの戦いの後、アダムを探す旅に出ていた。

 彼女の記憶にある、父と親しかった男は──アダムだった。

 故に彼女は疑問に思った。

 何故彼が──響を、人間を苦しめる様な事をしていたのかを。

 

「お前は……人を嫌っていた。だが憎んではいなかった」

 

 記憶の中のアダムと、今のアダムには隔たりがある。それこそだと別人だと言われれば納得してしまう程に。

 

「何があった──いや、何を知った?」

「……」

 

 しかしアダムは沈黙を貫く。その態度にキャロルが苛立ちを覚えると──。

 

「──もう良いのではありませんか?」

「──君は……」

「お久しゅうございます……アダム様」

 

 現れたのは一人の老人だった。

 老人はアダムを視界に入れると涙を流し始める。

 彼は──何千年も前のアダムに心酔し、そしてかつての憧れをずっと守って来た……錬金術師協会二代目局長だ。

 

 二代目は、普段の模擬した口調ではなく己の口調でアダムに訴えかける。

 

「全てを話したくないのなら、それはそれでよろしいのです。ただ、彼女はずっと貴方様の事を探しておられた……その心を少しだけでも汲んで頂けないでしょうか?」

「──語れば良いのだろう、君が。どうせ知っているんだろう、全てを」

「いえ──彼女は、アダム様の口から聞きたいのです」

「ああ、そうだ。第三者からの又聞きで納得する程、オレはできていない──話せ」

「……」

 

 アダムは暫し黙っていたが──口を開く。

 

「──無下にできないね、彼の娘の頼みとあっては」

「……」

「そう、あれは──僕が捨てられたあの日に遡る」

 

 アダムは語り始めた。

 かつて完全な存在として創られ──失敗だと言われ廃棄されかけるも、当時のアカシアに救われ友になった事を。

 

 そしてそこから始まるアカシアの長い長い旅路と──アダムが人を見限った結末。

 

 時間をかけてゆっくりとキャロルに語り続けた。

 

 

 ◆

 

 

「じゃあね、クリス元気でね」

「うん。ソーニャお姉ちゃんも、ステファンも」

 

 アダムとの戦いの最中、巻き込まれたソーニャとステファンは無事に解放された。と言っても協会の元で暫しの間匿われていただけだが……。

 それでも巻き込んでしまった事は事実で、クリスは申し訳なく思うも……取り戻した絆は強く、気にするなと鼻にデコピンを食らった。

 

 そして、バルベルデに帰る二人を見送りに来たクリスだが。

 

「そういえば、此処にいて良いのか?」

「え?」

「ほら、あの……ヒビキって人」

 

 ステファンが気にしているのは響の事であった。

 彼女は現在、ある決着を付けるべく故郷に戻っている。

 二代目がアダムスフィアで地形を戻し、しかしそれだけではない。実は黄金錬成で殺される前にアダムスフィアで性能拡張したテレポートジェムにて、そこに居た人々を助けていた。

 

 つまり、かつて響を苦しめてアダムに屈した人達は生きている。

 そして今、響はその人達と会っているのだ。

 ステファンは問う。側に居なくて良いのかと。

 その問いにクリスは──笑顔で答えた。

 

「大丈夫。だって響の側には」

 

 頼りになる子が居るから。

 

 

 ◆

 

 

「わたし達家族は此処を出て行きます──もう会う事もないでしょう」

『……』

 

 集められた人達の前で、響は真っ直ぐな目で彼らに言った。

 しかし、反応はなく俯いたまま黙っている。無理もないだろう──彼らの醜悪な行いは、普通の人なら罪悪感を抱く行為。そして彼らはどこまでも普通な人達だった。

 

 そんな彼らに、響は言う。

 

「わたしはあなた達を恨んでます。憎んでます。……許したくありません」

 

 それは、当然の感情だ。

 それだけの事を彼らはしてきたし、響はされて来た。

 結果、逃げ出して、人を信じる事が出来なくなって──。

 

「でも──一つだけ感謝してます」

「感謝……?」

「はい。──あの時の過去があったから、私はこの子と出会えた」

 

 そう言って響は、腕の中に居るコマチをギュッと抱きしめた。

 

「この子だけじゃない。他にもたくさんの人と出会った。許せない人。優しい人。不器用な人。好きになった人。嫌いになった人。──色々な人と出会った」

 

 思い浮かべるのは敵として戦った人達。共に戦い友情を育んだ人達。

 大切なモノの為に全てを捧げた人達。

 そして──自分を助ける為に命を賭けた人達。

 

「だからわたしはもう過去を呪う事をやめました。だから許す──いや訣別します。訣別して、仲間達と未来に行く為に……」

 

 それは、果たして本当に許しなのだろうか。本当はまだ恨んでいるのでは無いのだろうか? 

 そう考えてしまい──しかし、響の、響の後ろにいる家族達の顔を見て、街の人達は理解した。

 もう彼女達は振り返らない。捨てる、とも言う。逃げると捉える者もいる。

 

 だが、少なくとも。

 過去の行いに怯え、後悔し、アダムに屈した人達よりは──強いと思った。

 

「──わたしからは以上です。今までありがとうございました。……さよなら」

 

 その言葉を最後に立花家の人達は、彼らに背を向けて歩き出す。

 街の人達は何も言わずに、その背中を見つめていた。

 

 しかし、人波から飛び出す少女達が居た。

 

「待って!」

「……」

 

 彼女達は、アダムに捕らえられていた元クラスメイト達。

 錬金術師協会に救助され、治療を受けて肉体的にも精神的にも回復し元の姿に戻っている。

 彼女達は立ち止まった響を前に、口を開こうとして、しかし閉じる。

 それでも決心して言葉を吐き出そうとし。

 

「何も言わないで」

 

 その直前に、響の言葉で静止させられる。

 

「わたしは、あなた達を許す。でも謝罪の言葉を受け取らない。言わせない」

「──やっぱり許せないんじゃん」

 

 ギリッと奥歯を噛み締めるのは、パヴァリアの基地にて響を罵倒した少女。

 

「わたしの友達は見せしめとして殺された! わたし達の目の前で」

 

 救えなかった命がある。

 

「アンタのせいだ……」

 

 逆恨みに等しい感情が向けられる。

 

「アンタが居たから、あの子は!」

「うん。知ってる」

「──は?」

「わたしを苦しめた子が殺された事を知っている──名前も覚えてる。わたしに何をしたのかも、何を言ったのかも覚えてる」

 

 振り返った響の瞳は──どこまでも澄んでいた。

 

「彼女の事は忘れない。わたしが救えなかった命だ」

「──なんで」

 

 その瞳を見て彼女は──限界を超えた。

 無様だから、醜いからと隠していた自分を曝け出し、響に向かって叫ぶ。

 

「なんで私たちを恨んでくれないの!? 憎んでくれないの!? じゃないと、私たちは──このまま醜いままじゃない!」

「……」

「助かっただけのアンタが悪くない事なんて、みんな分かってる! 助からなかった人達への喪失感をアンタにぶつけていただけという事も分かってる! だから怖かった。間違いだと攻められるのが! 今度は自分たちがアンタと同じ目に、それ以上の酷い目に合うんじゃないかって!」

「……」

「だから、他でもないアンタに攻められて、裁いて貰えば──」

「許して貰えると?」

「……そうよ」

 

 しかし響はそれをしなかった。

 これが彼女の復讐なのかと、元クラスメイトは怖くて震えていた。このままでは一生この罪悪感を抱えたまま生きていく事になる。

 

「──罪だと、感じているんだ」

「……」

「だったらその想いがアナタの罰となる。そして──もう同じ過ちは繰り返さないよね?」

「──」

「だからわたしは──アナタ達を許します」

 

 故にどうか……どうか、少しだけでも人に優しくなって欲しい。

 もうあのような想いをする人を生み出さず、できれば手を差し伸ばして欲しい。

 

「──なによ、それ」

 

 少女の頬に、涙が伝う。

 

「──それじゃあ、謝れないじゃない……!」

 

 響は彼女達に手を伸ばし、許す事でその胸に罪の意識を植え付けた。

 今後少しでも苦しんでいる人たちを、彼らが救えるように。苦しんでいる人が居なくなるように。

 コマチは、響の決めた事に何も言わなかった。

 ただ腕の中で温もりを与え続けた。

 

 そして。

 

 響の前に一人の少女が現れる。

 その少女に向かって響は一言伝える。

 

「──ただいま」

「──おかえり」

 

 少女──未来は優しく響を抱き締めた。

 

 

 ◆

 

 

「──そうか」

 

 キャロルは、アダムから全ての話を聞き──ため息を吐いた。

 

「拗らせすぎだ、全く。だが、アカシアはお前にとってそれだけの存在だったんだな」

「……」

「アカシアと触れ合い、人を歴史の裏から見守る事を決めた守護者が、友の陵辱に耐えられず人を見限った。そして支配しようとし──」

 

 アカシアの罪を知り、絶望し──人間を人間では無い存在へと変えようとした。

 

「……驚かないんだな、これを聞いても」

「……生憎三度目でな」

 

 キャロルが思い浮かべるのは、アカシアの罪を神の審判だと神聖視し勧誘してきた宗教組織と。

 アカシアを救うために暗躍し、今もなおもがいている一人の女。

 キャロルの言葉を受け、アダムはこれからの未来を察し──彼女に尋ねる。

 

「それでどうするんだい、この僕を。彼女は僕を使う為に送ったのだろう、君を」

「──違う」

 

 キャロルが此処に来たのは。

 

「昔にした約束を果たしに来た」

「──」

「すまないなアダム。もし、もっと早くオレがお前の事に気付いてやれば……三人で貴様の趣味の悪い酒でも飲み交わしただろうに」

 

 この瞬間だけは、キャロルは──アダムとの約束を、友となる約束を果たす為にやって来た。

 響を傷付けた事は許せない。人に対して行った所業も認められるものではないと思っている。

 だが、この時だけは。

 ただのキャロルとして、ひとりぼっちで寂しがっているこの男の手を繋ぎたいと思っていた。

 その言葉にアダムは──。

 

「──ああ」

 

 ゆっくりと目を閉じる。

 

「キャロル──僕はしないよ、これまでして来た行いに。反省など。後悔など。ただ、そうだな……」

 

 そして、優しい目で彼女を見て──。

 

「もっと早く、もっとたくさん──君に僕の友達の事を話したかったなぁ」

 

 魂が満足したのか、アダムの肉体は──塵となって消えた。

 人類の敵アダム・ヴァイスハウプトはこの世から姿を消した。

 かつての親友に大事な人を奪った敵だと認識され、親友であった事を知られぬままに。

 

 当然の報いだろう。キャロルもそう思っている。だが──。

 

「さらばだ、我が友アダムよ──」

 

 その死を慈しむ者が一人だけ此処に居ても──罰は当たらないだろう。

 風がキャロルの頬を撫で──彼女の目的は果たされた。

 

 

 

「──礼を言わせてもらいます、キャロル殿」

「ふん。これはオレがしたかった事だ。──だが、依頼は依頼だ」

 

 キャロルは、二代目からアダムを弔うように頼まれた。

 人格が変わっても彼を慕っていた彼は、唯一アダムに心を許されていた彼女に、アダムが穏やかに逝くようにと……。

 しかし、キャロルはその言葉を切って捨て二代目を厳しい目で見る。

 

「さて報酬を頂こう」

 

 そしてキャロルは──彼を問い詰める。

 

「──奴は、フィーネは何処にいる?」

 

 その問いに二代目は。

 

「──日本。今はそちらに」

 

 ただ簡潔にそう答えた。

 死んだ筈の彼女があたかもこの世に存在するかのように。

 

 

 ◆

 

 

 SONGの本部を眺める一人の少女が居た。

 風が吹き、銀髪が揺れる。

 右目から涙が流れ、その少女は言葉を紡ぐ。

 

「──全く無茶をしすぎデスよ」

 

 呆れたようにそう呟いた彼女は、ふと虚空を見て誰かと話し出す。

 

「む? 良いじゃないデスか。久しぶりのシャバなのデスから──分かった、分かったデス! 全く……幾千年分の癇癪は聞くに耐えないデス……」

 

 余計な事を言い、その少女に向かって怒気を放つ者が居るが姿は見えず。

 少女は、その場から飛び降りると闇夜に姿を消す。

 

「さて、果たしてあるのデスかね」

 

 コマチを救う方法は。

 そして──博士達の未来は。




本編で書かなかった蛇足。

初期アダム・完全なる自分が捨てられて納得いかず
しばらくしてアカシアに「友達になろう!」と言われて愚痴をこぼし、なんで完全なる自分が、あんな不完全な存在に…と
完全なのにわからないの?と煽られて喧嘩して
その後アカシアに見守ってみたら?そしたら見えてくる物もあると言われてXDアダム化
しかし時が経ち、アカシアが魔女狩りとかで何度も殺され自分の事も忘れられて、アニメアダム化する。この時に錬金術師協会を抜け、パヴァリアを作る。
その後イザークと出会い、しかしイザークも殺され、さらにそこにとある真実を知り、本編アダム化。

ちなみにイザークの元にアカシアが現れて助けなかったのは、その前に殺されていた為。親しき者を連続で短期間で殺され、キャロルも行方不明。アダムの憎しみは止まらず、気付いた時にはどうしようもなくなっていた。
もし側に友が居れば、彼は変われたのかもしれない。戻れたのかもしれない。

ちなみに響がアダムをヒトデナシと呼ぶのは拾った後に表せて家に全裸で置いて
「見られても困らないだろう?」
ととても乙女に言うことではない事を言った事と、人と同じ扱いをされたくない為に自らヒトデナシ──人ではないと言い聞かせる為。


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おかえり的なの

ピッピッピッ……と心電図の音と酸素マスク越しの呼吸音が部屋に響く。

此処は、SONG本部にある集中医療室。そこで眠るのは――ウェル。

彼は、端末で協会の協力者に位置を知らせた後、出血多量で意識を失っていた。

普通なら助からない。アダムもそのつもりで攻撃をしたし、ウェルもその覚悟を持っていた。

しかし――彼は生かされた。

 

「――」

 

 ゆっくりと、ウェルの瞼が開き、そして――。

 

「――どうやらまたアナタに助けられようですね……キリカさん」

 

 夢か幻か……果たして現実か。

 ウェルは最後に見た光景を、最高傑作の姿を思い浮かべて深く息を吐いた。

 

 ウェル――死の峠を乗り越え生き返る。

 

 

 

 

 数日が経ち、ウェルは面会ができるくらいには回復した。

 その途端、真っ先に彼の元に現れたのは――響だった。

 部屋に入って来た響はいの一番に頭を下げて礼を述べる。

 

「ウェルさん……わたしの為にありがとうございました」

 

 しかし、ウェルは。

 

「やめてください。僕にお礼を言われる資格はありません」

 

 響の感謝の言葉を受け取ろうとしなかった。

 彼がこのように言うことは分かっていたのか、響は表情をゆがめさせながらも何も言わず、ウェルの言葉を待つ。

 それを見てため息を吐き、観念したように語り出す。

 

「僕はアナタを助ける為とはいえ、到底許されない事をしました――辛かったでしょう、仲間を殺すのは」

「っ……」

 

 響の拳に、仲間を殺した時の感触が蘇る。

 しかしそれはウェルの作り出した嘘で――それでも彼は、嘘だから、死んでいなかったからと、この事を有耶無耶にするつもりはない。

 

「──だとしても」

 

しかし響は。

 

「ウェルさんのおかげで大切な人が死なせずに済み……皆を殺さずに済みました」

「--しかし」

「確かに辛かったですけどーーわたしは救われました」

 

 認めようとしないウェルに、無理やりにでも感謝の言葉を送る。

 

「ウェルさん。わたしは何度でもアナタにお礼を言います。何度でも何度でも……」

「どうしてそこまで……?」

 

 彼の問いに、響は少し笑って答えた。

 

「--愛、ですよ」

「何故そこで愛?」

「……それは、あの子達から聞いてください」

 

 それだけ伝えると響は部屋を出てーーすれ違いに入ってきたのは調と切歌だった。

 二人は、それはもう凄い顔をしていた。ベッドに横たわるウェルを鋭い目つきで睨みつけ、今にもシンフォギアを纏って切り刻んでしまいそうなほどだ。

 その迫力には流石のウェルも冷や汗を流し、落ち着かせようと言葉を紡ぐ。

 

「あの、お二人さん。今は御覧のあり様なのでできれば折檻は後日ーー」

「--バカ助手!!」

「--ウェル博士!!」

「は、はいぃ!?」

 

 部屋を揺らすと錯覚する程の大声に、思わずウェルが縮み上がり返事をする。

 しかし二人はそんな事知らないと言わんばかりに突撃を開始し、ウェルは自分の死を覚悟しーー力なくそっと二人に抱き締められた。

 え? と戸惑う彼の胸元にじんわりと生暖かい感触が広がる。

 視線を下すとーー二人は涙を流していた。

 

「バカ……お前は本当にバカ……無茶しすぎ……!」

「うぇーん! ぶ、無事でよかったデスよー! 死んだらもう二度と会えないんデスよ! そこのところ分かっているんデスか!?」

 

 二人の反応に、ウェルは理解が追い付かなかった。

 彼の想定では怒りを向けられると考えていた。

 彼女たちが響に対して親愛を向けていたのは知っている。だから作戦に組み込んだ。

 だがーー彼女たちが自分に対して泣くとウェルは思ってもいなかった。

 

「二人とも、怒っていないのですか?」

『怒っている!(デス!)』

 

 しかし、その怒りは彼の行いに対する義憤ではなくーー心配しての事。

 

「……分かりません。何故ですか? 何故響さんもあなた方もそんな真っすぐな目で僕を見る」

 

 そう、理解できないーーしてはいけない。

 

「僕は許されない事をしたのですよ!? 裏切ったんですよ!? あなた達を! 酷い事も言いました! 尊厳を踏みにじる事もしました! それなのに!」

「--まだ分からないのか」

 

 取り乱すウェルに静かに声をかけるのは、今しがた部屋に入ってきた源十郎。

 彼だけではない。緒川、ナスターシャ、藤堯、友里、エルフナインーー部屋の外には他のスタッフや、響を筆頭に装者達や未来も居た。

 全員ウェルが騙し裏切りーーそして、孤独に戦った彼のことを想う仲間たちだ。

 

「変な意地張っていないで戻って来てください」

「俺たち、ウェルさんの事信じてましたから」

「ウェルさんには、今回だけではなく普段から助けられていますからね。正直、今抜けられると困ります」

「ボクも、まだまだ貴方から学びたいことがあります!」

 

 緒川、藤堯、友里、エルフナインが言葉を紡ぐ。

 

「そうですよウェルさん。貴方がいないと色々と大変なんだ」

「また一緒にお菓子食べましょうよ」

「以前みたいに面白い話、聞かせてください」

 

 後方スタッフ達。

 

「ウェルさん。貴方のおかげで響は帰ってきたんです」

「うん。だからウェルさんも戻ってきて元のSONGに」

 

 未来とクリス。

 

「あまり意地張っていると後から戻り辛いぞー?」

「その辺の損得、アンタなら分かるだろ?」

 

 翼と奏。

 

「ブイブイ!」

「ウェルさん……」

 

 コマチと響。

 

「--ウェル」

「……ナスターシャ」

「貴方に悪役は似合いませんーーさっさと戻ってきて調さんに尻に敷かれ、切歌さんに振り回されーー愛する娘との誓いを胸に明日へと進む本来の姿に戻ってください」

 

 源十郎も深く頷いて答える。

 

「今回の一件上から色々言われたがーー全て蹴った」

 

 上層部は、ウェルを信用していないようだ。

 今回の一件を重く見て処罰を検討していたようだがーー源十郎により謹慎まで持ち込んだとのこと。

 

「ったく、大変だったんだぞ? --次、一品奢れ」

 

 そして。

 

「俺も奢るーーそれでチャラにしてくれねーか?」

 

 と、源十郎は豪快に笑いながら彼に宣った。

 それでもウェルはーー自分が許せない。許されてはいけないと思っている。

 

「ウェル」

 

 そんな彼にさらに声をかけるのはマリア。

 先日切断された腕をくっ付け、包帯で吊るしているその姿は痛々しい。

 彼女が一番ウェルに協力したと言える。後ろにはセレナも控えており、ウェルを優しく見ていた。

 

「人間は常に正しい選択を取れる訳ではない。何度も失敗し、後悔する」

「……」

「でも、それでもその度に立ち上がり前へと進むことができるーー何故か分かる?」

 

 ウェルは首を横に振り、そんな彼にマリアが答えを示す。

 彼女が指を向けた先にはーー調と切歌。

 

「人は繋がっている。バラルの呪詛で相互理解が阻まれようとーー人を想う愛で繋がっている。そしてその繋がりが支えあい、時に争い、それはいつしか未来へと至る」

「ウェルさんーー調さんと切歌さんの為にも、自分を許してあげたらどうですか?」

 

 二人の言葉にーーウェルの瞳が揺れる。

 

「ウェル」

 

 そんな彼にーー調が言葉をかける。

 

「一度しか言わないから、よく聞いてその出来の悪い頭に刻み込んで」

 

 調は、彼に秘められた想いを伝えた。

 

「わたしは、アンタのことを兄のように想っている」

「--」

「無駄にテンション高くて無駄に何でもできて心底うざいと思うけどーー尊敬している。家族のように想っている」

 

 予想外だったのかウェルはパクパクと口を開けては閉めて、言葉が出ない。

 そんな彼に切歌も想いを伝える。

 

「アタシもウェル博士の事をお兄ちゃんのように想っているデス。いつもたくさんの事を教えてくれて、アタシの話をきちんと聞いてくれて、調に内緒でお菓子をくれてーーそんなウェル博士が大好きなのデス!」

「だからーー」

「だからーー」

 

 

『わたし/アタシから、大切な家族を奪わないで』

 

 

「……」

 

 ウェルはそっと目を閉じーー深く深く息を吐いた。

 そして、視界に映るSONGの皆を一人一人、しっかりと顔を見て。

 最後に抱き着いている二人を見てーーため息を吐いた。

 

「--降参です」

 

 そっと両手を上げ。

 

「愛にはーーこんなに大きな愛には、ちっぽけな僕が敵う訳無いじゃないですか」

「--じゃあ」

「ええーーこれからもよろしくお願いします」

 

 ウェルの言葉を聞いたその場のスタッフ達はーー声を上げて喜び。

 ようやく本来の形へと戻った。

 その光景を、廊下の先でサンジェルマン達が微笑みながら見ていた。

 

「嬉しそうねサンジェルマン」

「ああーー綺麗で素晴らしいものを見た」

 

 

 

 

「しかし兄、ですか……ふふっ」

「きも」

 

 思わず笑みを浮かべたウェルに、調が辛辣な言葉が掛けられるが先ほどの光景の後では照れ隠し以外の何物でもない。

 加えてケガをしている為、いつものように蹴られる事もなく。

 それが分かっているのかウェルはニヤニヤし……調はメモを書き始める。

 

「調、何デスかそれ?」

「バカ助手への借り。治ったらまとめて蹴り飛ばす」

「……」

 

 照れ……隠し……?

 装者と未来以外は仕事に戻り、部屋には彼女たちしかおらず。

 調を止める者は居なかった。

 ウェルが来る未来に戦々恐々としていると。

 

「まったく、貴方も無茶するわね」

『いやお前が言うな』

 

 苦笑しながらそのような事を宣ったマリアに全員から突っ込みが入る。セレナは額に青筋を浮かべて怒ってすらいた。

 予想外の反応にマリアが狼狽するが、皆の反応も無理はない。

 

 響を救うために死を偽装したが、唯一マリアだけが本当に死にかけた。

 ウェルが手伝ってくれと言った瞬間、自ら腕を斬り落とす。

 ウェルはそこまでやれと言っていない。

 その後腹部に穴をあけて鮫に食われた様に演出する。

 ウェルはそこまでするなと叫んだ。

 しかし、マリアはーー。

 

「相手を騙すなら、事実も混ぜた方が良いわ」

 

 これだから頭勇者は、とウェルはマリアが怖くなった。

 しかし実際にこれによりアダムを最後まで騙し通す事ができた。

 その後重体で死にかけたけど。

 そしてセレナが合流し、全てを聞いてーーブチ切れた。

 今のように。

 

「姉さん?」

「--ごめんなさい」

 

 流石に反省したのか、素直にマリアが謝る。

 

「……ごめん」

 

 そして、響もまた皆に謝った。

 

「わたしのせいで、みんなーー」

「もう、それは言わない約束だよ響」

 

 そんな彼女を未来がそっと抱き締める。

 

「お前にも辛い思いさせたしな」

 

 奏がいつもの調子で軽快に笑う。

 

「オレ達もまた謝らないといけない」

 

 安心させるように翼が微笑みかけ。

 

「わたし達はあの時の選択を後悔しない」

 

 むんっと握り拳を作って答えるクリス。

 

「仲間を見捨てる事のほうが何よりも辛いから」

 

 背伸びして響の頭を撫でるマリア。

 

「響さんがわたし達に申し訳なく思う気持ちと同じくらい、あなたを助けたかったんです」

 

 その光景を愛おし気に見ながらやさしい言葉を紡ぐセレナ。

 

「だから響さん、あの言葉を言ってほしいデス!」

 

 切歌が響に訴えかけ。

 

「わたし達はその言葉を聞くために頑張ったんだから」

 

 調がそっぽ向きながらそう言い。

 

「ブイブイ」

 

 響の肩に乗ったコマチが優しい声で伝える。

 最初は戸惑いを見せる響だったがーー柔らかく微笑むと、自分を愛してくれている彼女たちに、その言葉を紡いだ。

 

「--ただいま」

 

 そして、それに応える言葉はもちろんーー。

 

『おかえり!』

 

 皆が、笑顔で当たり前のようにーー響へと送った。

 




きりしらが彼氏連れて来たら「お兄ちゃん認めません!」と叫ぶタイプのウェル
ウェルが誰かと恋仲になったら興味ないフリしつつ相手をバチグソ調査して相応しいか調べ尽くす調とお菓子に釣られてウェルより仲良くなる切歌
そんな一家です


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前日談的なの

「あー! 楽しかったデス誕生日会!」

「切ちゃんずっとテンション高かったね……」

 

 響を取り戻したSONGは、錬金術師協会の三人も巻き込んで誕生日会&祝杯を上げた。料理が得意な藤尭を筆頭にスタッフ達が食事を用意し、弦十郎とマリアのスパーリング(特殊な訓練にて衝撃波を無くしてます)、ツヴァイウィングのライブ、コマチの芸等々……楽しい時間を過ごした。

 そして今は広い部屋にて、装者達と未来がパジャマパーティを開いている。それぞれギアのイメージカラーと同じ色のパジャマを着ている。未来は紫色だ。

 

「楽しかったけど、何でパジャマパーティ?」

 

 コマチの代わりのように枕を抱えて疑問を口にする響。

 いつもの様にコマチと寝ようと部屋に戻ろうとした所、装者達に捕まり、コマチはイグニス達に連れて行かれた。

 そして、こうしてパジャマに着替えさせられて現在に至る。

 

「ふっ……決まっているだろう響」

 

 ゆるりと響に近づき、そっと顎に触れる翼。

 

「──共に長い夜を語り明かしたいのさ」

 

 甘い言葉を投げかけウインクする翼──だが。

 

「はい」

「え?」

「よいしょよいしょ」

 

 クリスと未来が連携し、翼が反応する前に敷布団で簀巻きにし、部屋の隅へと追いやった。

 あまりにも流れるように拘束された為、理解が遅れた翼は、ハッとしてクリスと未来に抗議する。

 

「ちょ、何だよこれ!?」

「いやー、久しぶりでびっくりしたね」

「でもなんだか、帰ってきたって感じがする」

「何日常感じてたんだよ!? 未来! クリス!」

 

 じたばたと芋虫のように暴れる翼だが、ぎっちりと拘束されてしまい脱出できず。

 そんな彼女を無視して、クリスがそっと響の手を握った。

 

「響を取り戻したら、こうやって遊びたかったの」

「クリス……」

「いや、かな?」

 

 このパジャマパーティを発案したのはクリスである。

 特別な日に特別な事をしたい。

 そう思っていたができなかったので──今回実行に移した訳である。

 不安そうに見つめるクリスに、響は頬を赤らめ視線を逸らしながら。

 

「……別に、嫌じゃ──」

 

 そこまで言いかけて、頭を振り。

 

「ううん。うれしい。ありがとうクリス」

「──響!」

 

 その言葉が嬉しかったのか、響に抱き着くクリス。

 柔らかい感触が響の体に伝わり、さらに顔を赤くする響。あと風呂上りという事もあり、いい匂いがした。

 

「響……」

「ちが、未来、これは!」

「──わたしも!」

 

 嫉妬の視線を送っていた未来だったが、響が慌てている様子を見ると自分も抱き着いた。

 二人に抱き着かれ、響があわわと動揺する。

 それを離れたところで眺めるマリア、セレナ、奏。

 

「仲良いなー」

「……良すぎると思うのだけれど」

「眼福ですね!」

 

 何処からか持ち出したのか、カメラでパシャパシャと写真を撮り続けるセレナ。

 この後響に破壊される事も知らずに。

 

 その後、雰囲気が落ち着いた為、翼を解放後トランプゲームをすることに。

 女の子らしくキャッキャっと騒ぎながら遊んでいる中、ふと切歌が響に問うた。

 

「そういえば、響さんはいつもコマチと寝ているんデスよね?」

「うん。そうだけど……」

「抱き心地はどうなのデスか?」

「──最高」

 

 響もテンションが上がっているのか、普段は言わない言葉をしない語調で語る。

 

「ふわふわさらさらでしかもいい匂いがしていつの間にか寝ているの。そして夢の中でコマチの能力かどうか分からないけど夢に出てきて楽しい時間を過ごして起きたら疲れが吹き飛び──」

「わ、わ、わかったデスよ! ……これは藪蛇でしたね」

 

 早口で捲くし立てられ、タラリと冷や汗を流す切歌。他の装者達も苦笑していた。

 しかし、ふとクリスと未来が零す。

 

「でも、確かに響の言う通りかも」

「わたしも一緒に寝たときそんな感じだった」

「──!?」

 

 響が衝撃を受けた顔を浮かべる。

 実はこの二人、コマチと寝たことがある。

 クリスはかつて拉致した時に。未来は響がアダムに囚われていた時に。

 その時の事を思い出したのか、ポヤポヤとした顔を浮かべる二人。

 

「あたし達も以前の光彦と寝ていたなー」

 

 その時は大変だったと奏は語る。

 起きたら静電気で彼女のボリュームある髪の毛が爆発しているのである。

 それを光彦が笑い、奏がくすぐりの刑に処したのも遠い記憶。

 

「オレもあるな……あまり寝てくれなかったけど」

「まず部屋を片付けろお前は」

 

 しょぼんとした顔を浮かべる翼。

 光彦や緒川が掃除をしても何度も汚すその所業は神に等しいとかなんとか。

 

「懐かしいですね。あの時のリッくん先輩は小さくて可愛かったな……」

「……」

 

 セレナも昔のことを思い出し、幸せそうな顔を浮かべる。大好きな二人と一緒に寝るあの時間が、彼女は好きだった。

 一方マリアは何か思い出したのか顔を赤くしている。

 詳しくは語らないが、恋する乙女は成長が早い、という事だろう。

 

「ほへー、みんなあの子と寝たんデスね。コマチ、手が多いデス!」

 

 言い方。

 

「もし人間なら女の敵」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「もし人間なら……?」

 

 セレナの頭にコマチ人間態が思い浮かべられる。

 茶髪の幼い子どもでイーブイを模した服を着ている……そんな姿を。

 そんな状態のコマチが普段と同じように皆と接している光景を思い浮かべる。

 例えば頬ずりしたり、ペロリと舐められたり、頭を撫でられ嬉しそうにしていたり。

 

「──じゅるり」

「セレナ?」

「……ウェルさんならそういう薬も」

「セレナ?????」

 

 妹が何かアブナイ妄想をしているのを感知し、不安になるマリア。

 そんな彼女を放っておき、ふと響が零す。

 

「あいつ、今頃何してんだろ」

 

 思い浮かべるのは──イグニス達に連れ去られたコマチの事。

 仲良くしているだろうか、と思うのは果たして過保護か。それとも……。

 

 

 ◆

 

 

「感謝するよ、協力にね」

『ふん……抜かしおる』

 

 錬金術師協会。

 その局長室にて、二代目は風鳴訃堂と連絡を取り合っていた。

 

 ──今回の騒動にて、二代目はまず訃堂に手を出さないで欲しいと嘆願した。

 異国の人間が日本で活動している事に憤慨を思う彼が、そう簡単に了承する筈もなく。

 当初は難色を示していた訃堂だったが、とある交換条件を元に首を縦に振った。それは……。

 

『神の力──しかと目に焼き付けた。提示された情報に嘘がない事も、な』

「……」

『感謝するぞ錬金術師──これで完全なる護国が為せる』

 

 その言葉を最後に通信は途切れ、二代目は深く息を吐く。

 アダムを相手に響を救うには、訃堂の存在は邪魔だった。風鳴機関の消滅やアメリカの反応兵器の使用には度肝を抜いたが──あの反応から察するに分かっていたのかもしれない。

 

「局長、よろしかったのですか?」

 

 同席していたサンジェルマンが問いかけると、二代目は肩を竦める。

 

「仕方ないさ、立花響を救うためには。それに何れ知っていただろうね、神の力の手に入れ方について」

 

 本来、原罪を背負っている人間に神の力は宿らない。

 しかし響は神獣鏡の光によりその原罪を払われた。おそらくアダムが狙っていたのだろう。彼女に神の力を付与する為に。

 その結論に至ると二代目は確信していた──SONGの小さな錬金術師が既に至っている為に。

 故に備える必要がある。彼の欲する神の力は近い内にこの世界に顕現する。

 そしてその容れ物の候補は──二つある。

 

「局長、一つ質問するぞ」

「なんだいプレラーティ。私に質問って」

「──アカシアについてだ」

 

 プレラーティは思い出す。響と共にありたいと思いながら──たくさんの人が死ぬと分かると全てを投げ出し、犠牲になって日本を守る事に躊躇しなかったあの姿を。

 

「サンジェルマンには悪いが──あれは異常だ」

「……」

「どうみても本心ではない──理性とか本能とか、その辺りとは別の所から来る行動だった。局長」

 

 あれは、なんだ? 

 プレラーティの問いに二代目は答えることができず──。

 

「あれが【アカシア】だよ、本来のね」

 

 ただそれだけしか言わなかった。

 明らかに何かを知っている。

 それでも答えないのは──知ってはならない事だからだろうか? 

 二代目のその態度にサンジェルマンは──心の奥底にシコリを覚えた。

 

 

 ◆

 

 

 ウェル「こんな事もあろうかと!!! 翻訳機を作って置いたのさ!」

 

※これから先は自動翻訳により、コマチ達が普通に話します。イメージが損なわれると思いの方は我慢してください。ちなみに別にウェルは作ってない。作れそうだけど。

 

 

 ◆

 

 

 コマチ達は、用意された部屋で白熱していた。ある話題で。

 

「奏さん、クリスちゃん、セレナが大きいね。翼さんは壁」

「おー……! 見てて思ってたけど、やっぱりその三人が大きいのか」

「響ちゃんも中々の持ち主だけどね」

 

 猥談だった。この会話を響とサンジェルマンが聞けばコマチとイグニスはそれぞれお仕置きされるだろう。

 その光景をジルとカメちゃんが呆れて見ていた。

 

「全く信じられませんよ。ねぇカメちゃん殿」

「まったくよ。女はおっぱいで決められない──」

 

 

「やはりお尻だ」

「脚ね」

『……』

 

 二匹の間で火花が散る。

 

「相変わらずの変態ですね。脚なんて飾りでしょう。プレ殿のお尻を知らないからそんな事を言えるのです。ああ、乗られた時のあの感触……素晴らしいっ!」

「きんも〜。カリオストロの美脚見てないの? あの脚で踏まれたらもうそんな事言えないわよ?」

 

 

「でもアイツら元男じゃん」

『だからなんだ!?』

「え? そうなの?」

 

 イグニスの一言で言い争っていた二匹がブチ切れ、コマチが意外そうに呟く。

 

「完全なる肉体って女の体だからね。ファウストローブも女性錬金術師じゃないと纏えない」

「へー……」

 

 それが良いんだよ! とジルとカメちゃんがさらに白熱して語り出す。

 その辺りは同志なのか、二匹は肩を組んで笑顔を浮かべた。

 

「そういえば気になってたんだけど」

「うん?」

「何でサンジェルマンさんは、響ちゃんを助けようとしてくれたの?」

「──」

 

 コマチの言葉を聞き、イグニスは目を細める。

 サンジェルマンが響を助けようとしたのは──彼女がコマチの、アカシアにとっての特別だったから。

 

 自分では届かなかった世界。失ってしまった世界。それを取り戻したいと、失わせたくないと強く思い──響に手を差し伸ばした。

 

 その事を伝えるのは簡単だが。

 

「内緒」

「えー」

 

 勝手に言えば怒られるので、イグニスは笑ってそう言った。

 コマチは納得しなかったがそれ以上追求せず、ならばと別の質問をする。

 

「ねぇ、何で俺と仲良くしてくれるの?」

「……? どういう事?」

「あー、えっと」

 

 コマチの脳裏に浮かび上がるのは、キャロルの家族であるアカシア・クローン達。

 彼らはコマチに嫉妬し終始友好的な姿勢を示さず──しかし最期には力と想いを託して逝った。

 故に気になり尋ねたのだが。

 

「──? 友達になりたいのに理由がいるの?」

「──」

「変なのー」

 

 そう言ってイグニスは笑い、コマチは心をポカポカさせながら笑顔を浮かべた。

 

 その後も普段のサンジェルマン達の様子や、一緒に寝てる時の寝顔が可愛いとか。

 負けずと響の可愛さについてコマチも語り出し。

 そこにカメちゃんとジルも参戦し、いつの間にか四匹で盛り上がり──。

 

 

 翌朝、迎えに来たサンジェルマン達と響を赤面させるまで語り続けた。

 

 



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第七部 戦姫絶唱シンフォギア 想出のフリューゲル編
第一話「遥か彼方星が音楽となった彼の日」


繋ぐこの◾️には――◾️を◾️す力がある


「──システムオールグリーン。月遺跡の起動を確認。ネットワークジャマー……正常稼働……!」

 

 片腕を失い、血を流しながら男はその場に崩れ落ちる。

 最後の力を振り絞り仰向けになると、乱れた呼吸を繰り返し、霞む視界の中、虚空を見つめる。

 

「まだ、そこに居るのか……? アカシア……」

「──うん。ここに居るよエンキ」

 

 ふわりと彼の前に現れるのは、人から神へと至った孤独の獣──アカシア。

 アカシアは幻獣ミュウの姿でエンキの側に寄ると、彼にそっと触れる。

 そして心底申し訳なさそうにし、彼に謝った。

 

「……ごめんね、こんな事になって。やっぱりボクは──」

「──それ以上言うな。怒るぞ」

 

 後悔に濡れたアカシアの言葉は、エンキの言葉によって遮られた。

 それ以上の言葉は許さないと──これまでの友との時間を否定させないと。

 エンキの想いを汲み、アカシアは謝罪の言葉を呑み込んだ。

 しばらく沈黙が続き、アカシアはモニターを……バラルの呪詛を発動させた月遺跡を見て呟く。

 

「これで時間が稼がれたね」

「ああ──頼むぞアカシア。彼女との約束を違えるな」

「──うん。例え記憶を失おうとも、必ず見つけてみせるよ」

 

 二人は一つの約束をした。

 その約束が果たされるのは、はたして何年後──いや、何千年後だろうか。

 それでもアカシアは強い決意を胸に、エンキに強く頷いた。

 

 エンキが強く咳き込み、血が吐き出される。

 もう、終わりの時間が近い。

 

「お別れだね……」

「ああ……アカシア、もしフィーネに会ったら」

 

 そこまで言って、しかしエンキは被りを振る。

 

「いや……何でもない。お前はお前の仕事をしてくれ」

「わかった──じゃあ、お願いだエンキ」

「……っ!」

 

 エンキは、死ぬ直前とても辛そうにし、そして──。

 

「──死んでくれ、アカシア」

 

 心の底から──そう祈った。

 

「──」

 

 アカシアは粒子と化し、エンキの前から消え──めのまえが まっくら に なった。

 

 

 第一話「遥か彼方星が音楽となった彼の日」

 

 

「──ブイ」

 

 ふと、目が覚めた。

 それと同時に先ほどまで見ていた夢を……忘れてしまった。

 

「ブ〜イ?」

 

 んー、なんだろうこの感覚……絶対に夢を見ていたと確信できるのに、その夢を覚えていないという、こうモニョっとした感覚……。

 魚を食べた時に歯の間に挟まったような、買い物して会計する時にあと一円あったらピッタリ出せるのに出せない時とか、そんなスッキリしない感覚がする。

 

「コマチ?」

 

 俺が起きた事に気が付いたのか、上から覗き込んで来る響ちゃん。

 優しい手つきで俺を撫でていてくれたのか、何となく背中あたりが温かく心地良い。お礼の意味と何でもないよという気持ちを込めて響ちゃんの手にスリスリと頬擦りすると、ピャイッと引っ込められてしまった……照れ屋な性格! 

 

「ひ、響……」

「……何?」

「そろそろ交代──」

「──やだ」

 

 そう言って響ちゃんは俺を抱えて、クリスちゃんからふいっと顔を背ける。それにブチッと切れたのは──奏さんと翼さん。

 

「テメェずるいぞ響!」

「そうだそうだ! 早くその温かいのくれ!」

「……」

 

 体を震わせている二人の言葉にしかし響ちゃんは応えず。

 その光景を見て三人は、寒さから来る震えだけではなく怒りにより体を震わせた。

 

 ──現在、俺たちは南極に来ている。

 何故俺たちがこんな所に居るのか。それは一週間前に遡る。

 

 あれは、錬金術師協会の二代目から聞かされた──アダムの目的についてだ。

 

 

 ◆

 

 

「──棺」

『そう、棺だ』

 

 SONG本部の発令室にて、弦十郎達は装者と交えて二代目からアダムの目的について聞かされていた。

 アダムの目的──それは、南極で浮上する棺の破壊。

 

「神の力を得て──いや、神殺しの力を持つ響を使って為そうとするということは……まさか」

『流石に聡いな、勇者よ。そう君の想像通りにあの中には居るんだ──先史文明期の神が』

 

 その言葉に全員が言葉を呑む。

 神の力の凄まじさは身を以て経験している。

 シンフォギアで受け止めきれない大火力。神殺しと七つの旋律以外ではたちまち回復する力。そして現存する物理学を真っ向から否定する──埒外物理。

 その力を持つ存在が南極に出現する。

 

『あのお方はその棺の中の神を利用するのではなく破壊を選んだ──恐れから。その事から伺い知れる、その存在の強大さを』

 

 アダムはアカシアを救う為にヒトをヒトでは無くそうとしていた。その過程で、その棺にいる“何か”を、その神を邪魔だと判断したのだろう。

 二代目の語る内容に、装者達の顔が強張る。

 

『調べなくてはならない、その神について』

「ああ、そうだな」

 

 SONGの上層部は既に指令を出している。

 南極にて棺の調査、と。

 神の力を野放しにしてはならない。そう判断したのだろう。もしくは──。

 

『サンジェルマン達も同行して貰う。戦力的にね』

「お上からのアレはそういう事だったのか──了解した」

 

 再び錬金術師協会とSONGの共同戦線が構築される。

 任務開始までの一週間、各自準備をおこたらないようにと弦十郎から指示が出され──。

 

 

 ◆

 

 

 そして現在に至るって訳だ。

 南極は寒いからね。シンフォギアを纏うまではどうしても寒い。だから響ちゃんは俺を手放したくないし、奏さん達は俺を欲する。

 へ、人気者は辛いぜ……。

 

『情け無い事しないでそこの四人』

 

 こちらのヘリの中の様子を通信越しに把握していたのか、無線機越しにマリアの声が響く。

 聞くに耐えかねたのか、戒める言葉が紡がれる。

 うんうん。流石はマリア。優等生。学校で成績優秀者として選ばれて先生たちに好かれるだけはある。

 でもね……。

 

「湯たんぽに言われてもね」

『何か言った!?』

 

 ボソッと呟いた響の言葉にマリアが強く反応を示す。

 恐らくだけど今のマリアの顔は赤く染まっているだろう。図星から。

 何故って? それは……。

 

『マリアあったかいデース!』

『子どもは温かい』

『姉さんの抱き心地最高……』

 

 うん、無線機越しのマリア以外の言葉でどうなっているか分かるわ。

 まぁ、つまりはそういう事だ。

 自分の扱いに不満なのかマリアは文句を言っていたけど、暴れたらヘリが墜落する為おとなしくせざるを得ない。

 

『う~……』

 

 かわいいの塊かよ。

 

『まったく……呑気な連中なワケダ』

 

 そんな俺たちのやり取りにあきれた声を出すのは、助っ人のプレラーティさん。

 無線機越しにため息を吐かれた。

 

『でも敵に臆してガチガチに固まるよりはマシよね?』

『ゼニゼニ!』

 

 カリオストロさんが微笑ましそうにそう言い、カメちゃんも同意するように鳴いた。

 ちなみにサンジェルマンさんも彼女たちと同じヘリに乗っている。あっちはイグニスが居るからあったかいんだろうな……。

 

『──着いたぞ。そして』

 

 サンジェルマンさんの凛とした声が響くと同時に──ヘリが揺れる。

 

『──っ』

 

 全員立ち上がり、ヘリの扉を開く。

 そして南極の氷の下から現れた其れを見て息をのむ。

 

「あれが──棺」

 

 呆然と響ちゃんが呟くが、みんな同じ気持ちだろう。

 現れた其れは棺は、棺というにはあまりにも大きく、そして──物騒だった。

 棺から放たれた光は、南極の白雲を吹き飛ばし、澄んだ青空を露にさせる。

 これから俺たちはあれを止めなくてはならない──。

 

「──行くよ、コマチ」

 

 ギアペンダントを握りしめた響ちゃんが俺に呼び掛ける。

 

「──ブイ!」

 

 俺はぴょんっと響ちゃんの肩に乗り──彼女はそのまま飛び降りた。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 そして、胸の歌を唄い──纏うのは拳槍ガングニールのシンフォギア。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Killter Ichaival tron」

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

「Seilien coffin airget-lamh tron」

「Various shul shagana tron」

「Zeios igalima raizen tron」

 

 響ちゃんに続くように奏さん達も胸の歌を唄い、それぞれのシンフォギアを纏い、サンジェルマンさん達も肩に相棒を乗せてファウストローブを展開。

 そんな俺たちの力を感じ取ったのか、棺がこちらに顔を向けて光線を放とうとエネルギーを貯めているのが見えた。空中で無防備な状態を狙っているのだろうけど……。

 あれを防ぐのは──俺たちの仕事だ! 

 

 俺は、響ちゃんの肩から離れて──手を伸ばす。

 響ちゃんもこっちを見据えて──俺の伸ばした手をしっかりと握り締めた。

 瞬間、俺たちは光に包まれた。

 

「──融合!」

「──ブイ!」

 

 俺と響ちゃんが一つになる。

 

「──進化!」

『──ブゥラッ!!』

 

 ギアに搭載された奇跡の力が、月の光を呼び起こす。

 

「この手に踏み越える過去を!!」

 

 そして纏うのは闇と獣の力。その暴力的な力を以て、過去を振り切る強さを仲間を守る強さへと変える。

 その力の名は──。

 

「──ガングニィィィイイイイルッ!!!!」

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・ワイルドビースト。

 

 

 ◆

 

 主を守るため、棺が取った行動は迎撃。

 アカシア以外の存在を消し去るべく棺は光線を放ち、しかし黒い波動によって打ち消される。

 光線が霧散し開けた視線の先には、漆黒のギアと黒く染まったマフラーを揺らす──奇跡を手にした神殺しの響。

 

 ──敵の脅威度を上方修正。

 

 棺が響に狙いを定めると同時に──波導の勇者が空を蹴り一瞬で懐に入る。

 

「──響だけに気を取られるなんて、舐めすぎよ」

 

 マリアは既に波導の力にて大人の姿となっている。

 握りしめた拳が解き放たれる。

 瞬間──棺の巨体が浮いた。加えて、殴られた箇所が凹む。

 生半可な力では傷つかない棺があっさりと。

 

『──!?!?』

 

 ──理解不能理解不能。

 ──敵の脅威度を修正。特記戦力と登録。

 

 ここに来て棺は身の危険をはっきりと認識した。

 全身から突起物を生やし、射出。

 突起物は空を舞う小型のピットとなり、埒外物理の光線を放ち対象を凍らせる緑色の炎を吐き出す。

 しかし──アカシアの力は神の力。

 

「──はっ!」

 

 雷槍を振るい、攻撃を弾く奏。

 棺の埒外物理の攻撃を物ともしていなかった。

 彼女だけではない。他の装者達も攻撃を弾いている。

 その光景を見ながら、サンジェルマンが呟く。

 

「アカシアの力があれば、神の力を防ぐ事はできる──だが」

 

 神相手に攻撃を通すには、響とコマチのように融合する程にアカシアの力を大量に保有しなければならない。それができなかった為に、前の戦いでは破壊神となった響を相手に七つの旋律を用いた。

 そして、この棺は単純に硬い。しかし神の力によるダメージを無かったことにする力はない。

 ならば──錬金術師の力も役に立つ。

 サンジェルマンがスペルキャスターを構え、カリオストロ、プレラーティを同様に構える。

 

「──イグニス」

「──カメちゃん」

「──ジル」

 

『──メガシンカ』

 

 サンジェルマンのファウストローブとアカシア・クローン達の姿が変わる。

 絆の力により次のステージへと至った彼女たちは、空を舞う小型の敵の一掃へと向かった。

 

「はっ!」

 

 サンジェルマンの放つ青き竜の弾丸が、次々と敵を喰らい尽くしていく。

 

「──グオオオ!!」

 

 それに続くようにしてイグニスは天候を日差しが強い状態へと変え、威力の上がった炎を吐き出す。

 さらにジルがソーラービームを連射し、カメちゃんは波導弾をばら撒き確実に命中させていく。

 カリオストロも光弾にてサンジェルマンの援護をし、プレラーティは巨大化させたけん玉にて、アカシア・クローンを狙う個体を積極的に迎撃していく。

 

 錬金術師たちが量産型の敵を相手取ってくれた為、装者達は棺本体に集中する。

 

「──っ」

 

 ──QUEEN‛s ABYSS。

 

 クリスが炎のレーザーをブチかます。レーザーが直撃すると、棺を中心に爆炎が巻き起こり足場の氷が蒸発する。氷の下の海へと落ちた棺。すぐさま浮上しようとするが、上から切歌と調が蓋をするように追撃する。

 

「デース!!」

「沈め」

 

 イガリマの斬撃が叩き込まれ、そこから植物の根が張られエネルギーを吸収し、調の流動する銀が上からコーティングされ剥がれないようにする。棺は徐々に動きが鈍くなる躯体を何とか動かして、拘束を解こうとするが解けない。

 

「セレナ!」

「姉さん!」

 

 そこに追撃を仕掛けるのはイヴ姉妹。

 それぞれ拳に波導と妖精の力を纏わせ、胸部の結晶体に叩き込む。

 バキリ……とヒビが入るが、破壊には至らない──しかし。

 

『──はぁあああああああ!!』

 

 二人はギアの出力を上げて拳を突き出し続け──パキンッと音を立てて砕け散る。

 それにより棺は痛みに悶えるかのように咆哮を上げた。

 

「やはり、あそこが弱所!」

「硬い装甲を狙わず、此処を叩けば!」

 

 攻略点を見出した二人は笑顔を浮かべ──次の瞬間、マリアがセレナを抱えてその場を離脱した。すると、先ほどまで二人が居た場所を棺の腕が通り過ぎる。

 どうやら、まだまだ抵抗を続けるらしい。

 

「──だったら!」

 

 タイプ・ワイルドビーストの獣の如き速さで、響が棺の懐に入り込む。

 そして鋭い爪を形成し、棺の腕に裂爪の一撃を叩き込む。

 

「……!」

 

 切断することはできなかったが傷は与えた。

 しかし響の猛攻は止まらない。

 棺の周囲を動き回り、爪による攻撃を何度も何度も叩き込む。

 棺は響に翻弄され、反撃をする前に体勢を崩され、裂傷を負い、その場でたたらを踏む。

 

「──!」

 

 ──防衛、不可能。

 ──戦線離脱を選択。

 

 故に棺は最適解を選ぶ。

 棺は響の攻撃を無視して、海中へと潜り込んだ。

 

「なに!? 逃げた!」

「海の中だと歌えねーからギアの出力が下がっちまう──」

 

 棺の行動を見た翼が驚きの声を上げ、奏はその選択の有効性を評価し。

 

「──響以外ならな」

 

 しかしそれは無意味だと断言した。

 海中に逃げた棺を見て、響は己の力を変質させる。

 

「──融合!」

『ブイ!』

 

 響がコマチと手を繋ぐ。

 

「──進化!」

『──シャワ!』

 

 そして顕現するのは青き力。

 

「この手に優しき清浄を!」

 

 響のギアに呼応するように、大海が揺れ動く。そして……。

 

「──ガングニィィィイイイイルッ!!!!」

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・ストリームキュア。

 

 水と癒しの力を備えたガングニールを纏い、淡い青に染まった響は棺の後を追うべく海の中に入る。

 

「……!」

 

 棺は、まるで脱皮するかのように装甲を剥がすように調と切歌の拘束を抜け出していた。

 そしてそのまま逃げようとして──海の中に居るにも関わらず歌いながら迫る響に驚く挙動を見せる。

 もしこの棺に感情があるのなら、今感じているのは恐怖しかないだろう。

 棺は、突起物を生やしそれら全てを響に向けて射出し──響の体が溶け、全て回避される。

 

「──!?」

「水の中なら──この力は誰にも負けない!」

 

 海という大きすぎる水と一体化した響は──海を全て蒸発させる力でもないとダメージを受けない。

 響がクンッと人差し指と中指を上へと向けると、棺の周りで渦が発生し、そのまま海面へと押し上げられる。

 押し上げる海流。それが棺を海中から海面へ、海面から空へと追放した! 

 無防備に空中に漂う棺は──いつの間にか、響以外のシンフォギア装者とサンジェルマン達に囲まれていた──エネルギーをチャージした状態で。

 

「──今だ!」

 

 マリアの掛け声と共に、棺に向かって──波導が、妖精の風が、空舞う斬撃が、雷が、炎の弾丸が、レーザーが、魂を刈る鎌が、鉱物化させる弾丸が、光弾が、巨大な鉄球が、竜の息吹が、溶解させる毒が、水流弾が──炸裂した。

 それぞれの攻撃が相乗効果を起こし、大爆発を起こし、その中をタイプ・ワイルドビーストへとタイプチェンジした響が黒い拳を握り締める。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 そして、そのまま弾丸のように突っ込み──。

 

「ぶち抜けえええええええ!!」

 

 棺の巨体のど真ん中に大きな穴を空け──機能停止に追い込んだ。

 

 

 ◆

 

 

「ひゃ~……シンフォギア、凄まじいゼ」

 

 そして、それを眺める少女が居た。

 彼女の名前はミラアルク。

 とある理由から棺の中に居る神を欲する者である。

 ミラアルクは、倒すには少し面倒だと思っていた棺を圧倒したSONGの手腕に舌を巻きながら──。

 

「なぁ、お前もそう思わないか──キャロル」

「ぐっ……」

 

 自分たちを見つけて強襲してきたキャロルを返り討ちにし、倒れ伏しているキャロルの顔をぐりぐりと踏み弄っていた。

 キャロルは、全身を血濡れにしながら何とか逃れようとし、しかし超常の力により動けずにいる。

 自分を睨むキャロルを「おー、怖いぜ」と言いながら、視線をもう一人の敵に向ける。

 

「お前はどう思う? なぁ、おい?」

「……」

「何か言ったらどうでありますか?」

「っ!」

 

 そのもう一人の敵を拘束している少女、エルザが力を込めると苦悶の声を出すが何も言わず。

 ミラアルクはそれにつまらなそうに鼻を鳴らし。

 

「──戯れはそこまでにしておけ」

「あ、ご主人」

 

 ふわりと頭からローブを被り顔を隠した少女が、ミラアルクとエルザの元に降り立つ。

 その少女を見たミラアルクは彼女を主と仰ぎ、キャロルは自分を負かした相手を強く睨み付けた。

 

(こいつは──何だ!?)

 

 何かしらの術を使っているのか、正しく認識できない。

 だがキャロルは直感でこいつはやばいと理解していた。

 ラピス・フィロソフィカスのファウストローブと完全聖遺物の力をものとしない──そんな存在はあり得ない。

 こんな化け物が存在しているのかと、キャロルは恐怖した。

 

「……」

 

 そして、そんな化け物は遠く離れた地に居る一体の獣を見つめ。

 

「──アカシア」

 

 彼女にしか理解できない感情を込めて、彼の名を呼んだ。 

 



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第二話「涙で濡れたハネ 重くて羽撃けない日は」

「──ふぅ」

 

 ライブのリハーサルを終えた奏は、ふとため息を吐いた。

 自分でも分かる。練習に身が入っていない。細かい所に小さなミスがあるのを自覚し、それがストレスとなっていた。

 しかしスタッフはその事に気づいてはない──が。

 彼女と長い時間を共にした者達は機敏に感じ取っていた。

 

「どうした奏? らしくないぞ」

「翼……」

 

 相棒である翼の言葉に、奏が苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる。遠くからこちらを見ている緒川も心配そうな顔をしている。

 しかし、問いかけながらも翼は理解していた。奏が練習に身が入らない理由を。

 

「まぁ、あんな事があればな……」

 

 南極にて棺を倒した後、中から出てきたのは──カストディアン、アヌンナキと思われるミイラ……つまり聖骸。

 その聖骸の移送を米国空母が行っていたのだが──そこにパヴァリア光明結社の残党が襲撃。聖骸を狙っての犯行だと思われる。

 調、切歌、セレナにより聖骸の防衛には成功したものの、残党は逃亡。

 新たな敵の出現に奏は此処にいて良いのかと悩んでいた。

 

「なんか詳しい事知らねーけど、日本……っつーよりSONGにあのミイラと関わらせたくないみたいだ」

 

 各国機関の取り決めにより、アメリカ主導で聖骸の調査が行われる事となった。

 先の反応兵器の使用により、孤立気味なアメリカが主導となったのは、果たして──。

 

「まっ、難しい事は先生達に任せて、オレ達はオレ達の仕事をしようぜ」

「翼……」

 

 にししと軽快に笑い、奏を元気付ける。

 何も考えていないと言えば聞こえは悪いが、その芯には人を元気にさせる明るさがあった。

 相棒のその言葉にその言葉に奏はぷっと吹き出す。

 

(翼と一緒なら、ツヴァイウィングは何処までも飛んでいける──)

 

 その事を改めて確認し、奏はワシワシと翼の頭を撫で付ける。翼は突然のことに目を白黒させて「か、奏?」と戸惑いつつ恥ずかしそうにした。

 普段の飾ったような翼ではなく、女の子らしい……所謂本当の翼の姿に、奏はにやりと笑う。響やクリス、コマチにも見せない──奏だけが見る事ができる姿。

 奏の笑みに揶揄われたと思ったのか、翼が頬を膨らませて拗ねる。それもまた奏だけが見れる特権だ。

 

「ありがとうな翼──ライブ成功させようぜ」

「──ああ、もちろんだ!」

 

 お互いに突き出した拳がぶつかり、奏の目にもう迷いはなかった。

 

 

 第二話「涙で濡れたハネ 重くて羽撃けない日は」

 

 

「まさかあの状況から逃げられるとは思わなかったゼ」

 

 シュウシュウと音と煙を立てて再生する己の腕を眺めながら、ミラアルクは感心したかのように呟いた。

 自分達のアジトにキャロル達を連れて来た所までは良かったのだが──流石は年の功というべきか。隙を突かれて逃げられてしまった。

 

「シンフォギアも手強かったであります」

 

 米国空母に襲撃を掛けたエルザもまた、先の戦いを思い出す。

 調と切歌のコンビネーション。セレナの状況に応じた技や力。

 それによりアルカノイズは意味をなさず、エルザもまた終始押されていた。

 しかしそれと同時に、主に与えられた力を使えば圧倒できると考え──止められた。

 

「エルザちゃんもミラアルクちゃんも頑張っているわ。でもそれで無理して怪我をしたらお姉ちゃん悲しい」

 

 そう言って二人を抱き締めるのは彼女達ノーブルレッドのリーダー()()()ヴァネッサ。

 エルザに帰還命令を出したのも、逃げ出したキャロル達の深追いを止めたのも彼女であり、

 どれだけ二人を大事にしているかが窺える。

 

「そういえば、我が主人様は何処に?」

「また外で月を見ているであります」

 

 ヴァネッサの問いかけに、エルザが外へと視線を向けながら答える。

 彼女達の主人は、時間があれば月を見上げる。まるでそこにある何かに想いを馳せるかのように。

 

「──そう」

 

 そして、ノーブルレッドは自分たちの主人の想いを理解している。

 いや、共感と表した方が正しいだろうか。

 

 彼女達の体はそういう風に造り替えられてしまったのだから。

 

「──そういえば、あのジジィから連絡があったゼ」

「……なんて?」

 

 ミラアルクの言葉に対して、ヴァネッサが目を細める。

 現在、ノーブルレッドは秘密裏に風鳴訃堂の元に下っている。

 神の力を得る為、という理由で。

 そして、その訃堂から出された指令は──ツヴァイウィングのライブを襲撃し、観客を皆殺しにし、翼の心を折り刻印を仕込む、というもの。

 

「それは、また……」

「吐き気を催す指示ね……ミラアルクちゃん。その指令、わたしが──」

「いや、ウチがやるゼ」

 

 この指令をこなせば、必ずシンフォギア装者──特に風鳴翼には強く恨まれるだろう。それを危惧してヴァネッサが実行犯を名乗り出ようとし、それをミラアルクが止めた。

 ミラアルクは、エルザとヴァネッサを大切にしている。

 自分が汚れ役を買って出て、ヘイトを稼いで彼女達の心を守ろうとする程に。

 

「でも……」

「心配いらないんだゼ! ……それに、ウチらの目的を知れば遅かれ早かれ……」

「……」

「……」

 

 そう、ミラアルクの言葉通り、彼女達ノーブルレッドの目的を知ればシンフォギア装者達は目の色を変えて潰しにかかる。それだけの目的が彼女達にあり、そして確信があった。

 ノーブルレッドとSONGは絶対に分かり合う事はできない。そしてそれは錬金術師協会も同様であり、キャロル達とも分かり合う事ができなかった。

 

 それでも彼女達は止まらない。止まれない。──止まるわけにはいかない。

 

 目的の為なら、彼女達は──。

 

 

 ◆

 

 

「──外道にだって、喜んで堕ちるゼ」

 

 ライブ会場の上空にて、ミラアルクはアルカ・ノイズを大量に召喚した。

 そして、何も力も持たない一般人達を次々と殺していく。

 

 ──まるで、かつてのツヴァイウィングライブ事件のような有り様だ。

 

 翼と奏は、その光景を目を見開いて見つめ──次の瞬間。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 胸の歌を唄い、シンフォギアを纏い、アルカ・ノイズを槍と剣で斬り裂き。

 

「誰だ──」

「誰だ──」

 

『──こんな巫山戯た事を、したのは!!!』

 

 それは、ツヴァイウィングのタブー。決して触れてはいけないトラウマ。

 あの事件により彼女達は──大切なものを失った。

 その時と同じ事が起きた──いや、起こされた事に、二人は怒り心頭だった。

 人に襲いかかるアルカ・ノイズをそれぞれアカシアの力を解放し、迅速に、確実に仕留めていく。それでも取り逃がす事があり、一人、また一人と人が死んでいく。

 そんな地獄に二人が歯軋りしながら戦う中──ミラアルクが空から声を張り上げる。

 

「──ウチが来たゼ! ツヴァイウィング!!」

 

 その声に二人が顔を上げる。

 

「お望みの怨敵は──此処に居るゼ!」

 

 不敵な笑みを浮かべて地獄を作り上げるその姿は──まさに悪。

 翼と奏は当然我慢できる筈もなく──高速の羽ばたきと雷速により、ミラアルクを挟むようにして移動し、それぞれアームドギアを構えて振り下ろした。

 ──が。

 

「敵を殺すより、まず人を助けるんだな正義の味方さんよぉ!!」

 

 肥大化させた腕の肉で難なく二人のアームドギアを受け止め、動きが止まった瞬間に二人の背後に周り──地面に向かって蹴り落とす。

 翼と奏は墜落し、ライブ会場に沈んだ。

 

「く……!」

「っ……!」

 

 

 クレーターの中心で倒れている二人は、痛みに耐えながら起きあがろうとし、すぐ側にミラアルクが降り立つ。

 

「おいおい、まさかこの程度って訳じゃないよな? ガッカリさせないで欲しいゼ」

「テメェ……!」

 

 その物言いに翼が怒りを燃え上がらせ、再びミラアルクに斬りかかる。

 背中から生えた翼を羽ばたかせ、ミラアルクを翻弄させようとするが、ミラアルクもまたコウモリ……否、吸血鬼の羽を広げて翼の動きに対応する。

 

「そんなものか!? 出来損ないのウチと互角じゃあ大した事ないゼ!」

「出来損ないだと!?」

「ああ、そうだ──ゼ!」

 

 ゴイン! と音を立てて翼が剛腕に弾き飛ばされる。

 

「風鳴翼! そのアカシアの力はよく知っている──何せ、ウチも同じものを埋め込まれたからなぁ!」

「なんだと!」

 

 ミラアルクの羽に力が込められる──その力は確かにアカシアのそれと同じ物だった。

 

「それだけじゃないゼ!」

 

 ドンっと地を蹴り、ミラアルクは翼に向かって突っ込みながら拳を握り締める。肥大化した腕にもアカシアの力が宿り、しかしそれは──翼やミラアルクの羽に宿ったタイプとは違っていた。

 その力は──マリアの使う力と同じタイプ。

 

「はぁあっ!」

「ぐ──!!」

 

 バギリと音を立てて翼の剣が砕かれながら、後ろへと飛ばされる。

 信じられない事だが──ミラアルクの体にはアカシアの力が二つ宿っているらしい。力を振るわれる度にアカシアの存在を感じ──だからこそ許せなかった。

 

「光彦の力を──」

「ん?」

「光彦の力を汚すな!!」

 

 この惨状を起こした者が、家族の力を使っている事に我慢ならなかった。

 砕かれたアームドギアを破棄し、再構成してミラアルクに向かって斬撃を放つ翼。

 それを腕で受け止め、逸らすミラアルクは……ニヤリと笑みを浮かべて言い放つ。

 

「お前が思っている程、この力は綺麗じゃないんだゼ?」

「うるせぇ! あいつはこの力でたくさんの人を救って──」

「──それが思い上がりなんだゼ!」

 

 腕に力を込めて翼に近づき殴り飛ばすミラアルク。

 翼は空中で動きを整え、再びミラアルクに突っ込み──直前で動きを止めた。

 翼の目の前に一般人が居た──体が下半分斬られ、既に死んでいる少女だ。

 

「こいつはウチが殺したんじゃないゼ」

 

 目を見開く翼に、彼女は囁く。

 

「ただ巻き込まれただけだ」

 

 ──決定的な言葉を。

 

「ウチが弾いたお前の斬撃で、な」

「──ぁ」

 

 そこで初めて翼の視界が──広がった。

 

「翼!」

「翼さん!」

 

 奏と緒川の声が──先ほどからずっと彼女を呼ぶ声がようやく耳に届く。

 翼がミラアルクに掛かりきりになっている間に、多くの人が死んだ。

 

 ──敵を殺すより、まず人を助けるんだな正義の味方さんよぉ! 

 

 ミラアルクの先程の言葉が、翼の頭の中で響き渡る。

 人を助けず、憎いと思った相手を殺す事に集中してしまった結果──人がさらに死んだ。

 

「──」

 

 その事実に翼の心に軋みが生じる。

 

「風鳴翼、お前随分と考えが軽いゼ」

 

 奏を元気付ける彼女の長所、考えなしの明るさ──それをミラアルクが否定する。

 

「もうちっと自分を抑えて、考える頭があれば──ウチの罠にハマらなかったゼ」

 

 ──お前が遊んでいる間に、たくさん死んだゼ。

 

 その言葉が──認めたくないという気持ちが翼を蝕んだ。

 

「──あぁぁあああああああ!!!」

 

 斬りかかる翼から逃げるようにして、ミラアルクは手に持っていた少女の死体を放り投げる。しかし、翼はそれを無視して追いかける。

 

 翼の斬撃が飛ぶ。ミラアルクがそれを避け、会場を斬り裂き、落ちた瓦礫が一般人の前に降り注ぎ、アルカ・ノイズに追いつかれ死亡。翼の瞳が揺れる。

 

 ミラアルクが振り向き様に蹴りを放ち、翼が吹き飛び──その先の小さな女の子を下敷きにしてしまい、死亡。翼の瞳が揺れる。

 

 再び追いかける翼だが、ミラアルクは低空飛行をしアルカ・ノイズと逃げる一般人の間を縫うようにして逃げる。それを見た翼がミラアルクを追うか、人を助けるか一瞬迷い──その一瞬でアルカ・ノイズが、ミラアルクに驚いて足を止めた人を殺す。翼の瞳から光が消え始める。

 

「貴様……貴様ぁあああああ!!」

 

 翼のギアから──アカシアの力が引き離される。

 心が限界を迎えた瞬間だ。

 そして、その瞬間をミラアルクは待っていた。

 

「来た! ──刻印。侵略!」

 

 ミラアルクの持つ第三のアカシアの力──悪の力で強化された邪眼が、翼の心の奥底に印を刻み込む。

 

「目標は達成した──ズラかるゼ!」

「逃がす訳が無いだろうが!!」

「いいや、逃げさせて貰うゼ──こうやって」

 

 上空に飛んだミラアルクの背に巨大な影が現れる。

 それは己の体を崩壊させる事を厭わずに、その口から──全てを破壊する光線を放つ。

 

「──」

「せいぜい生き残るんだ、ゼ!」

 

 そして、ソレは己を代償に破壊エネルギーを解き放ち──ライブ会場は光に蹂躙され、人は……消えた。

 

 

 ◆

 

 

「──ブイ!」

 

 翼さん! 奏さん! 緒川さん! とコマチが叫ぶ。

 アルカ・ノイズの反応を検知し、急いでヘリで駆けつけたコマチと響達だが──間に合わなかった。

 ライブ会場に居た観客は全員死に、生き残ったのは奏がギアの全エネルギーを防御に回して守った……翼と緒川のみ。

 他の人は──死んだ。

 

『……』

 

 悲痛な表情を浮かべる三人。しかし、最も追い込まれているのは──翼だった。

 

(オレは──)

 

 背中で潰した人の感触が蘇る。

 

(オ、レは──)

 

 自分の斬撃の切断面を残した死体が目に浮かぶ。

 

(……わたしは──)

 

 ──そして、取り零した命の多さを痛感する。

 

(また、守れなかった──)

 

 スルリと彼女の手から落ちたアメノハバキリが──軽い音を立てて地面に落ち、砕け散った。

 

 



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第三話「いつの日にか解る時が来るから」

「ブイ……」

 

 あの事件の後、翼さんは力尽きるようにして気絶し──今も目覚めていない。まるで辛い現実を受け入れられず、否定するかのように。

 奏さんは目を覚ましている──でも。

 

『悪い……少し一人にしてくれ』

 

 流石に堪えたのか、暗い表情でそう言って部屋に引き篭もっている。緒川さんは大丈夫だといってくれたけど、やっぱり心配だ。

 ……それに、あの事も気になる。

 

「ぬあー! 何なんデスかこいつらは!」

 

 突如パソコンの前で切歌ちゃんが吼えた。

 この様子だと、また検索したらしい。

 ウェルさんも察したのか、呆れた様子で口を開く。

 

「切歌さん。時間の無駄なので見ない事をオススメしますよ」

「デスけど……!」

 

 バンっとパソコンを叩いて、彼女は叫ぶ。

 

「何で皆ツヴァイウィングが悪いって言うのデスか! 悪いのはパヴァリアの残党なのに!」

 

 ──そう、現在世間ではツヴァイウィングに対する一つの風潮が流れている。

 ツヴァイウィングのライブに行くと、ノイズに襲われて死ぬ。

 あの事件をきっかけに、一部の人間がネットで騒ぎ出し──炎上。

 生き残った二人を槍玉に上げ、悲しみや怒りをぶつけているのが現状だ。

 

 まるで、かつての響ちゃんの時のように。

 

「一般の人はパヴァリアを知らない。だからツヴァイウィングが責められる」

「ですけど調!」

「それに──ツヴァイウィングのライブでノイズの襲撃が起きて、人が死んでいるのは……事実ではあるの」

「っ……!」

 

 ──だからこそ、やり切れない。

 それにパヴァリアがあのライブを襲ったのも二人を狙ってのもの……でも、それでも──。

 

「そういえば、マリアさんやセレナさん、クリスさん。響さんは?」

 

 空気を変える為か、ウェルさんが訪ねてくる。

 えっと、イヴ姉妹はクリスちゃんと待機している。

 響ちゃんは確か──。

 

 

 ◆

 

 

「そっか……ニュースを見て心配だったんだ。無事で何よりだ」

「ありがとう、お父さん」

 

 現在、響は未来と共に両親の元を訪ねていた。

 あの日、響たちもツヴァイウィングのライブに行く予定で、その事を両親に伝えていた。だから、あのような事が起きて彼女の身を心配していたのだ。

 響の無事を確認した洸は、ホッと息を吐く。隣に座る響の母も、祖母も安心した表情を浮かべる。

 それに響は少しだけ表情を和らげて、話題を変える。

 

「そっちはどう? 上手く行ってる?」

 

 現在、洸達は一緒に暮らしている。前のように。

 アダムの一件により、皮肉にも家族の絆を再確認したのだろうか。洸達はお互いに歩み寄る姿勢を見せていた。

 

「響の職場の人たちのおかげで社会復帰できたからな。それに……」

 

 洸はチラリと己の妻を見て、鼻の下を伸ばしてダラシない顔をする。

 それを見た響の母は頬を赤く染めてプイッと顔を背ける。

 その光景に響と未来は首を傾げ、祖母はやれやれと頭を振る。

 

 しばらく世間話をしていると、ふと洸が響に尋ねる。

 

「響」

「ん?」

「──大丈夫か?」

 

 彼の言葉に、響がピタリと動きを止める。

 心配させまいとなるべく明るくしていた響だが──やはり父親。娘の心情を察していたようだ。

 

 響は、ツヴァイウィングのライブ事件により人生が狂わせられた。

 そして今回同じ事が起き──響を蝕んだあの苦しみをツヴァイウィングが今まさに受けようとしている。

 彼女達は仕方ないと、自分たちの咎だと受け入れるだろう。

 だが──響はそれを許容できない。

 だから──。

 

「大丈夫だよ、お父さん」

 

 響は誓った。あの二人を守ると。

 そして。

 

「へいき、へっちゃら」

 

 ──絶対に許さない、とも。

 あの惨劇を起こしたミラアルクを必ず捕まえると胸に誓っていた。

 

「……」

 

 そして、そんな響を──未来が辛そうな表情で見つめていた。

 

 

 ◆

 

 

「どうだい? 傷の具合は」

「ああ。ほとんど治った。次の戦いには参加できるだろう」

 

 錬金術師協会本部にて──キャロルはノーブルレッドから受けていた傷を癒していた。彼女を匿っていた二代目はキャロルの言葉にホッと息を吐き、そんな彼にキャロルが聞き返す。

 

「奴から逃げる際、アイツはオレを庇って死にかけた……完全聖遺物の力で再生するとはいえ──」

「まだ目覚めていないよ、今はね」

 

 二代目の言葉に、キャロルは苦々しい表情を浮かべる。

 責任を感じているのだろう。

 その表情は暗い。

 

「時期に目覚めるだろう、彼女は。損傷自体は治っているんだ、肉体のね」

「後は意識が戻るのを待つのみ、か……」

 

 沈黙が続く。二代目の表情も険しい。

 それだけ状況が悪いという事だ。

 ノーブルレッドを動かしている者が厄介だと彼女達は認識していた。

 風鳴訃堂ではない。もっと根本的に彼女達を従えている──神の力を持ったローブの人物。

 それがキャロル達の敵であり、アカシアを害す存在。

 

「サンジェルマン達には話さないのか?」

「伝えない事にしている、ギリギリまでね。芋づる式にバレてしまうからね、SONGに、彼女の存在を」

「なら、オレは隠れていよう。確か今日は定期報告で此処に──」

 

 ──キャロルの言葉を遮る様に、本部の警報が鳴り響く。

 二代目は直ぐさま部下と通信を繋げ、状況の確認を行う。

 

「何があった」

『し、侵入者です! 相手はパヴァリア光明結社の残党──ノーブルレッド!』

「──!」

「──!」

 

 敵が撃って出てきた。

 二代目が驚く中、報告は続く。

 

『敵の狙いは……宝物庫? いったい何を──』

 

 そこで通信が途絶えた。直前に何かを壊す音が響いたが……おそらくノーブルレッドの誰かに殺されたのだろう。

 二代目は応戦するべく歩き出す。

 

「オレも──」

「いや、残るんだ君は。此処で」

 

 迎撃にキャロルも同行しようとするが、二代目がそれを断る。

 

「限らないからね、此処にきたのが彼女達だけとは。奴が現れた時に頼むよ、君には」

「だが」

「それにそろそろ辿り着く頃さ、サンジェルマン達が。手伝って貰うさ、彼女達に」

「──分かった」

 

 二代目の考えを聞いたキャロルは素直に従い──二代目はテレポートジェムにてノーブルレッドの元へと跳んだ。

 

「いきなりトップのお出まし──局長!?」

「いえ……姿形が似ているだけで別者であります!」

 

 二代目の見た目にミラアルクが一瞬動揺するが、エルザの指摘によりすぐに持ち直す。

 彼女達は、既に事切れた錬金術師を放り投げて構える。

 二代目はそれを見て目を細める。

 

「──何が目的だい?」

「ちょっと欲しいものがありまして」

「できればそれを譲ってくれると有り難いんだゼ」

「できないね、その相談は」

 

 ノーブルレッドの言葉を切って捨て、二代目は錬金術を行使する。

 風と炎により、燃焼能力が増した暴風が二人に襲いかかる。

 

「へ」

「ガンス!」

 

 しかし二人は──一瞬でその場から消え、二代目の攻撃を回避。

 錬金術は廊下を焼くのみだった。

 どこに行ったのだと二代目が視線を辺りに走らせ──衝撃が走る。

 背後からゴキンッと音が鳴り、振り返るとそこには異形の腕を肥大化させ突き出しているミラアルクが居た。

 

(なんだ、この曼荼羅のような防護壁は……!?)

 

 しかし、ミラアルクの拳は二代目に届いていなかった。

 彼の常時展開している多重展開された防御壁が彼女の拳を止めていた。

 アダム・スフィアを使った出鱈目な障壁。それを突破するには──並大抵の攻撃では話にならない。

 

(──見えなかったね、動きが)

 

 一方、二代目もまた内心彼女に対して違和感を覚えていた。

 彼の感知能力は音速を捉える。

 しかし、彼を以てしてもミラアルクの動きを追えなかった。突然消えて、いきなり背後に現れたかのように。

 

 指先に魔力を集め、圧縮し、ミラアルクに照射しながら彼が呟く。

 

「追わないとね、君を倒した後に。もう一人を」

 

 どういうカラクリかは知らないが、エルザは既に宝物庫に辿り着いていた。何か異能の力だろうか。術式で隠されている協会本部を見つけたのも、此処に転移したのも彼女の力だろうか、と二代目が当たりを付ける。

 

『局長!』

「サンジェルマンか」

 

 そこに、協会に戻って来たであろうサンジェルマンから念話が届く。

 

『今すぐ我々も加勢に──』

「いや、君たちは宝物庫に向かってくれ。もう一人の敵を倒す為に」

 

 彼女の申し出を断り、指示を出す二代目。

 敵の力を見誤っていたと言っても良い。

 ノーブルレッドにはアカシアの力以外にも何かがある。

 

「──ふ」

 

 石柱を創り出し、それを投擲する二代目。

 それをミラアルクは拳で砕き──砕かれた石が再錬成され、槍と変わる。

 ミラアルクを全方位から囲うように。

 

「どうだい、これなら?」

 

 槍が彼女に殺到し──直撃する寸前にミラアルクの姿が消え、槍が衝突し合う音だけが響く。

 そして、再び背後に衝撃が走り、ミラアルクが二代目の障壁を殴りつけていた。

 

「超加速? いや、違う──これは」

「うざったい障壁だゼ!」

 

 後ろに退く二代目をミラアルクがラッシュを叩き込みながら追い縋る。

 一枚また一枚と障壁が砕かれ、その度にアダム・スフィアが作り直していく。その隙を突いて錬金術で攻撃するが──ミラアルクは知覚できない動きで回避する。

 二代目はミラアルクを捉えられず、ミラアルクは二代目の防壁を突破できない。

 完全なるイタチごっこだが──。

 

「頼むぜ、エルザ」

 

 ミラアルクにとっては、それで良かった。

 

 

 ◆

 

 

「ダブルブッキングだゼ……」

 

 ノーブルレッドに二つの指令が入った。

 一つは、訃堂によるシェムハの腕輪の強奪。

 もう一つは、ある組織からの錬金術師協会からアカシア・クローンのテレポートジェムを奪う指令。

 

 錬金術師協会は、パヴァリア光明結社が壊滅した後、結社が所有していたアカシア・クローンを保護、治療の為に保管していた。

 しかしそれを面白くないと、彼の神の力の一部を独占するとは何事だと不満を持つ者達が居た。

 ノーブルレッドはその組織からも支援されており、無碍にする事はできない。故に、二手に分かれる必要があるのだが──。

 

「サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティ……さらにその相棒達」

「加えて今はキャロル達も居るであります。一筋縄では……」

「……」

 

 ミラアルクとエルザが協会の戦力に眉を顰め、ヴァネッサは悩む素振りを見せる。三人が揃えば何とかなるかもしれないが、人数を削れば一気に不利になる。

 どうしたものかとノーブルレッドが打開策を考える中──彼女達の主人が、強硬策を出す。

 

「彼奴等の力の断片を与える」

『──!?』

「それを使えば──恐るに足らず」

 

 彼女達の主人が、ノーブルレッドに与えた力。

 それは──。

 

 

 ◆

 

 

(流石はカミサマの力! おかげでこの化け物と対等に渡り合えているゼ! だが──)

 

 コフっとミラアルクの口から血が吐き出される。

 どうやら彼女に与えられた力は、そう何度も使えるものでは無いらしい。

 時間をかければ二代目が押し切るだろうが──神の力を与えられたのは、ミラアルクだけではない。

 

『局長! そちらに──』

「任務完了であります」

 

 宝物庫でエルザを捕らえに行っていたサンジェルマンから、念話が届くと同時に、ミラアルクの背後の空間が──破れる。

 そしてそこから姿を出したのはエルザ。

 どうやらサンジェルマンに追い付かれる前に仕事を終えたらしい。

 エルザの報告にミラアルクがニヤリと笑みを浮かべる。

 

「そういう訳で──ズラかせてもらうゼ!」

「! させるか!」

 

 速度のある雷の錬金術を放つ二代目だが──ミラアルクとエルザは破れた空間の先に引っ込み、逃げ切る。

 直ぐさま感知領域を広げる二代目だが──既に居なかった。

 

「ちっ……サンジェルマン、確認してくれ。彼女達が何を盗んだのかを」

『は!』

 

 ──この日、錬金術師協会はノーブルレッドに敗北。

 また、同時刻にヴァネッサがシェムハの腕輪を強奪し──ノーブルレッドに神の力が集い始めた。

 まるで、そうなる事が決まっていたかのように。



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第四話「逃げ出したくなったら 宇宙を見上げよう」

「──まさか、協会が襲われるとは」

『私達も想定外だったよ、彼女達の動きには。シェムハの腕輪だけを狙っていると思っていたからね、神の力を得る為には』

 

 SONG本部の発令室にて、弦十郎、八紘、二代目が通信にて事の経緯の情報共有を行っていた。

 原作協会では、サンジェルマン達が主導となって協会の立て直しを行なっている。ノーブルレッドの襲撃により少なくない人材を失い、少し混乱しているのだ。

 さらにアカシア・クローンを収納したテレポートジェム、そしてかつて響に使わされていたジュエルが盗まれていた。

 加えて同時刻にアメリカのロスアラモス研究所が襲撃され、シェムハの腕輪を奪われる。これによりノーブルレッドの背後にアメリカが居るのでは? という可能性が限りなく無くなる。

 

『用心するんだ、敵の動きに。時空間を一瞬で移動する力がある、それも凄まじい精度の』

「ふむ……本部の警護強化も視野に入れるか」

 

 弦十郎は、二代目の話からSONGが襲撃された時の事を想定する。

 単純な腕力なら彼が何とかできるが、絡め手を使われれば……。

 

『サンジェルマン達を派遣するよ、そちらが心配だからね』

 

 もちろん立て直しが終わってからの話になるが──。

 

「ああ。協力感謝する」

 

 通信を終え、一息つき、しばらくして弦十郎は装者達を集めて情報を伝達する。

 そして、その中には──目を覚ました翼が居た。傍には自分の中で整理がついたのか、もしくは翼を心配してか奏も居た。

 話を終えた所で、セレナが翼に問いかける。

 

「翼さん大丈夫ですか? 奏さんも」

「ああ、大丈夫だ」

 

 奏はいつもの笑みを浮かべて答える。

 対して翼は……。

 

「……悪りぃ、みんな迷惑をかけたな」

「翼……」

 

 普段の軽快な様子とは打って変わって、暗く、深刻そうに表情を沈めていた。そんな彼女に奏は心情を察し、痛ましげに見る。

 それに気づいた翼がハッとし、笑顔を浮かべていつものように言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫大丈夫! オレはこの通り元気だからさ!」

 

 空元気なのは誰の目から見ても明らかだが、それを指摘するのは憚れ──発令室の照明が落ちる。

 突如暗くなり、皆が驚く中──通信が入る。

 

『果敢無き哉』

「──テメェは……!」

 

 モニターに映し出されたのは、風鳴訃堂。

 翼は、憎き相手を目にし、表情を険しく変化させる。

 そんな彼女を見下し、訃堂は言葉を吐いた。

 

『無様鳴り。防人を否定し、家を飛び出し──挙げ句の果てに歌で世界を守るだと? 片腹痛し』

「何だと!?」

 

 それは、翼にとって言われたくない言葉だった。それがいつか見返すと誓った相手なら尚更だ。

 加えて、彼女の夢は奏や家族と想い、そして描いてきた夢。

 そんな大切な夢を、訃堂に土足で踏み躙られるのは我慢ならなかった。

 

『なら──己が取り零した命の前で、同じ言の葉を紡げるか?』

「──」

 

 しかし、訃堂の言葉でその勢いも止まる。

 頭から冷水を掛けられたような気持ちだった。

 

『忘れるな、歌で国を救えぬ。忘れるな、目を逸らしたその瞬間、人は死ぬと。己の流れる血を汚すな──防人の血を貶めるな』

「……!」

『目を覚ます時は既に過ぎておる──夢見のまま戦場に立つな未熟者』

 

 その言葉を最後に、訃堂からの通信は途絶え、しかし重い空気が場を包み込む。

 沈黙が続き、俯く翼の肩を奏の手がそっと触れる。

 

「翼……」

「──何辛気臭い顔してんだよっ」

 

 しかし意外にも翼は明るい顔で、心配そうな奏に、皆に笑いかけた。

 

「今更あんなクソジジイの言葉で揺らぐオレじゃないぜ」

 

 にしし、と笑い。

 

「──ちょっと部屋に戻るな。嫌な物見て気分悪いからよ」

 

 それだけ行って彼女は飛び出し──奏は追いかけようとして……やめた。

 他の装者たちも同様だ。

 気にしていないと翼は言っていた。訃堂の言葉なんて知らないと言っていた。

 しかし──。

 

「──歌で世界は救えない、か」

 

 今回の惨劇の爪痕に、心に傷を負っている事を、そしてまだ立ち直っていない事を察していた。

 

「──ああ、そうだな」

 

 故に、見落とす。

 

「要るのは──力だ」

 

 彼女の──翼の変化に。

 

 

 第四話「逃げ出したくなったら 宇宙を見上げよう」

 

 

「聖遺物の軌道には通常、フォニックゲインが必要だけど──錬金術でも可能」

 

 七つの音階。時代と共に変化しても根幹は同じ──。

 ヴァネッサはシェムハの腕輪を無事に起動させた。

 訃堂の指示通りに。

 

「これが、時世代の抑止力……!」

 

 神の力を前に、訃堂の目が狂喜で染まる。

 それをノーブルレッド達は冷めた目で見ていた。

 まるで──お前では無理だと言わんばかりに。

 

「さて──神の力、如何程か」

 

 訃堂はそう言って……黒服の部下に命じて一人の少女を連れて来る。

 何処にでもいる普通の女の子で──事実、街にいる何の変哲も無い女の子だ。

 ノーブルレッドは、訃堂が連れてきた少女に怪訝な顔をする。

 

「アイツは?」

「ただの贄よ」

「……何かしたのか」

「防人の力の一部となるのだ──ありがたく思えば良い」

 

 ──外道。

 つまり神の力を試す為に、何の罪もない少女を使っている、という事だ。

 少女は顔を青くさせてガタガタと震え、何故自分が此処に連れて来られたのか分からず、時折「おかあさん」と呟くだけ。

 ノーブルレッドはその光景を苦虫を噛んだ様な顔をして眺め、しかし助けず。

 黒服に引き摺られ、腕輪の前に投げ出される少女。そして、男達によって今まさに腕輪を着けられ──。

 

「──外道共が」

 

 暗闇の空間から、茨の鞭が伸び、少女を掴んでいた黒服の腕を打った。

 

「ぐっ」

「え?」

 

 そしてその鞭はそのまま少女を絡め取り、鞭の持ち主へと引き寄せられる。

 ノーブルレッド達は突然現れた敵を見て、驚きの表情を浮かべる。

 

「結界は張っていた筈……何故此処に!?」

「貴様らが協会から逃げる際に、付けさせて貰っただけだ──発信機をな」

 

 そう言われて、咄嗟にミラアルクが体を弄り──見つける。

 

「くそ!」

 

 してやられたと付けられた発信機を壊すが、もう意味は無い。

 

「貴様は……」

「こうして顔を合わせるのは初めてだな風鳴訃堂」

「……身の丈に合わぬその禍気。何者だ貴様」

 

 訃堂の問いに彼女──完全聖遺物ネフシュタンの鎧を纏った白髪の少女は、一言だけ簡潔に言った。

 

「なに──ただの亡霊さ」

 

 その言葉を最後に──白髪の少女は、アジトを結界ごとぶち壊した。

 

 

 ◆

 

 

 アジトを脱出して少女は、直ぐに外で待機していた仲間──キャロルに抱えた少女を押し付ける。

 

「その子をお願い」

「腕輪はどうした!?」

 

 本来なら、シェムハの腕輪を強奪するのが目的だったのだが、白髪の少女の独断によりそれは断念され、人身救助へと割り当てられた。

 白髪の少女が一言忘れたと言うと、キャロルが苛立った表情を浮かべ、しかし不満を口にする事なく、白髪の少女に問いかける。

 

「どうする? すぐに装者達が来るぞ」

「あの子達が来る前に終わらせるわ──幸い、あの女は居ないようだし」

 

 白髪の少女が辺りを見渡し、自分とキャロルを捩じ伏せたローブの人物を警戒する。彼女の口振りから察するに女性のようだ。

 

「……分かった。コイツを協会に預けたら加勢する。それまでに精々成仏するなよ亡霊」

「相変わらず舐めた口を聞くな、錬金術師」

 

 その言葉を最後にキャロルはテレポートジェムで離脱し、白髪の少女は──四方から飛んで来るミサイルを鞭を振るって迎撃する。

 

「あらあら、避けられちゃった」

 

 そう言って彼女の前に降り立つのはヴァネッサ。

 ミラアルクとエルザは、訃堂を逃す為に動いているらしい。

 ヴァネッサはアルカ・ノイズを召喚するとアジトを破壊させて証拠隠滅に掛かる。それを白髪の少女は眺めるだけで妨害しなかった。それを見たヴァネッサがある提案をする。

 

「提案なんだけど見逃してくれないかしら?」

「それはできない相談だ。貴様らノーブルレッドも、そして貴様らの主人も──この世に存在させる訳にはいかない」

「それは──アカシアに知られたくない事を知られるから?」

「──」

 

 図星を突かれた──故に白髪の少女は、言葉ではなく行動で返答をする。

 茨の鞭が槍のように解き放たれ、ヴァネッサの腹部を貫こうと差し迫る。

 しかし、彼女の腹部に直撃する前に空間に揺らぎが生じ、茨の鞭はヴァネッサを通り過ぎ、彼女の背後の地面を抉った。

 それを見た白髪の少女は忌々しげに吐き捨てた。

 

「アカシア様の残された手記には、四つの神の名があった。

 時を操る神ディアルガ。空間を操る神パルキア。この世の裏側にあると言われる破れた世界の神ギラティナ。

 そして、創造の神──アルセウス」

「……」

「お前達のその力は、その異界の神の力をアカシア様の力で再現した物だろう──だが」

 

 押し黙るヴァネッサだが、尚も白髪の少女は続ける。

 自分の言葉に信じられない、信じたくないと思っている。そのような表情を浮かべていた。

 

「あの方は──その神の力だけは使えないと言っていた」

「……」

「それなのに、何故貴様らが神の力を扱っている? ──居るのだろう。貴様の裏にアヌンナキが」

 

 そして、そのアヌンナキは──。

 

「流石ね──幾千年も亡霊のように生き続けただけはあるわ。でも」

 

 あなたは知り過ぎた。

 ヴァネッサが冷たい声で呟き、凍てつく瞳で目の前の少女を見据える。

 それと同時に彼女の主人が与えた神の力──パルキアの力が、ヴァネッサの体を巡り、それは彼女の右腕に収束し。

 

「死んでもらうわ」

 

 そのまま振りかぶって、目の前の少女に向かって──空間を切り裂いた。

 

「くっ……!」

 

 白髪の少女はその場から跳んで回避行動を取るが──左腕を切られる。

 亜空を切断する力は、ネフシュタンの鎧の防御を無効化する。

 しかし少女は鞭で切り落とされた腕を回収し、そのまま傷口に──再生の力でくっ付ける。

 

「あら。あなたも私たち同様ヒトを辞めているのね」

「とうの昔にな」

「ふふふ……それに、随分と不安定な体を使ってる」

 

 ヴァネッサの瞳には、目の前の彼女の体組織がよく見えた。

 正直言って──ネフシュタンの鎧が無ければ既に朽ちていてもおかしくない程にボロボロだった。

 とてつもなく生命力が低く、寿命は既に尽きている。それを完全聖遺物で無理矢理動かしているのが見て取れた。

 

 まるで、かつて半端な存在だった故に、稀血で命を繋ぎ止めていた彼女たちと同じように。

 

「……」

 

 ヴァネッサの言葉を受けて、白髪の少女の目つきが鋭くなる。

 使わせて貰っている彼女からすれば──大切な人を守るために、救うために、命を賭けたこの体の持ち主を侮辱するヴァネッサの言葉は癪に触った。

 

「とことん気が合わないな」

「それも仕方ないでしょう。だって──私達の目的は逆なのだから」

 

 ──そう、彼女達が敵対するのは根本的な部分で違えている為。

 

「難儀なものね。私もあなたもアカシアを救いたい。でも、その方法が真反対。あなたは、アカシアを生かして救う」

 

 そして、ノーブルレッドは──。

 

「私達は、アカシアを殺して救う」

 

 奇跡を殺す。それが彼女達が神の力を得て、己の命を賭けてでも成し遂げたい目的。

 

「それがアカシアが望んでいるのだから」

 

 そして、それは──かつてアカシアが唯一持った願い。

 

「──認めてなるものか!」

「──認めなさい!」

 

 そして、お互いに全てを知っているが故に──相手の考えを認められない。認めてはならない。

 

 アカシアを、彼を救いたい。

 その想いが強いが故に──。

 

「ノーブルレッドォオオオオ!!」

 

 少女の慟哭が響き渡り。

 

「──フィーネェェエエエエ!!」

 

 そしてヴァネッサは怨敵の名を──終末の巫女の名を叫んだ。

 かつて、フロンティアにて命を散らした──キリカの肉体を経て復活したフィーネの名を。

 

「私はもう──間違えない」

 

 ネフシュタンの鎧。デュランダル。ソロモンの杖を携えて、フィーネは吠えた。

 フロンティアで見た恐ろしい未来を変える為に。




以下、フィーネ復活の示唆を示した箇所一覧

第三章 戦姫絶唱シンフォギア 波導・ガングニール編
第十六話「浮上──決戦の地バトルフロンティア」より。

 ウェルも調もキリカも真剣な表情で次々と膨大な情報を閲覧していく。
 そんななか──。
 
(え──?)
 
 それを見た彼女は、金色の瞳を動揺で大いに揺らした。
 
(これって、アカシア様の──)
「──あった!!」
(──っ!)

第十七話「奇跡──それは残酷な軌跡」より

「ダメ──行ったらダメ!」
「クリス……」
「そんな事しても、残された方は辛いだけ! だから──」
「──行かせて」

 それをキリカは──彼女は、クリスを落ち着かせる声で、そっと手に触れた。
 
「大切な者の為なら命は惜しくない──確かにそれはエゴだけど、体が勝手に動いてしまうもの」
「──」
「でも、二度もそんな思いをさせるのは、本当に申し訳ない」

実は此処で話してるのはフィーネ。
クリスを落ち着かせる声、つまり母の声。

進化しないシンフォギア
前日談的なのより。

ヒトデナシは、その場を去り──。

「……」

 それをジッと見ている者が居た。

此処で見ていたのはフィーネ。
ノエルはソロモンの杖で転移したので、彼ではない。
また、フロンティアで見たアカシアに関する情報が消えた事を確認していた。

第五章 戦姫絶唱シンフォギア 神殺英雄戦姫ヴァルキュリア編
第七話「黄金錬成」より。

「日本政府が保有、封印していた完全聖遺物──ネフシュタンの鎧、デュランダルが何者かによって強奪……」
「それだけではありません。国連が管理していたソロモンの杖も──」

 錬金術師の襲撃に合わせるかのように、三つの完全聖遺物が盗まれた。

パヴァリアを隠れ蓑に完全聖遺物を盗んで、復活する神に備えていた。

フィーネについては以上です。
キリカについては後ほど……。


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第五話「伝い紡ぐコドウを詩にした」

──NIRVANA GEDON

 

 フィーネは初っ端から大技を繰り出す。鞭の先にエネルギーが溜まり、球状となってヴァネッサに向けて投げ付ける。

 それをヴァネッサは腕を変形させ、砲撃を放ち相殺する。爆煙と爆風が二人の肌を撫で付ける。

 

「この程度なのかし──」

 

 挑発の言葉を吐こうとしたヴァネッサだが、途中て中断させられる。

 

──NIRVANA GEDON

 

──NIRVANA GEDON

 

──NIRVANA GEDON

 

「──あらあら?」

 

 フィーネはエネルギー弾を次から次へとヴァネッサに向けて投げ付ける。その光景に流石の彼女も呆気に取られた。本来ならこの様な事をすればエネルギーの枯渇により、ネフシュタンに侵食されて食い尽くされる──しかし。

 

「サクリクトD──不滅不朽の剣デュランダル」

 

 フィーネは起動させたデュランダルにより、エネルギー問題を解決させてネフシュタンの鎧の力を最大限引き出していた。

 

「はぁ!」

「っ!」

 

 さらに、稼働炉として使っているデュランダルでも攻撃手段へと転じる。莫大なエネルギーをそのまま斬撃にして振り下ろし、ヴァネッサは険しい表情を浮かべて回避する。

 かつて響達と戦う際に使った完全聖遺物──あの時よりも巧みに使いこなしていた。

 

 しかし。

 

「負けられないのよ、私達は!!」

 

 ヴァネッサに授けられた力は、完全聖遺物に劣らない神の力。

 彼女は己の肉体を変形させて──数多のミサイルを構える。そしてそのまま──空間の歪みに撃ち込む。すると彼女の放ったミサイルが消え……フィーネを囲む様に空間に歪みが生じ、そこからミサイルが飛び出す。

 

「──っ」

 

 鞭を自分を囲う様に走らせ、紋様を作り上げる。

 

── ASGARD

 

 周囲からの攻撃を防ぐ為の障壁を展開する。しかし障壁が足りず隙間からミサイルが入り込み、爆発。ASGARDが内側から砕かれ、次々と送り込まれたミサイルが彼女の肉体を破壊し尽くす。

 

「これで終われば苦労しないのだけど……」

 

 煙が晴れるとヴァネッサは呆れた様にため息を吐いた。

 体が穴だらけになっていたフィーネは瞬く間にネフシュタンの鎧にて肉体を再生させる。その再生速度からネフシュタンの鎧を纏っているのでは無く、融合しているのだとアタリをつける。

 過去の立花響のデータを基に行ったのだろうが──それだけの執念が彼女にはあった。

 

「これは、面倒ね」

 

 ヴァネッサは確実に倒す為の準備を行う。その間邪魔をされない様にとアルカ・ノイズを召喚し、突撃する様に指示を出す。

 対してフィーネはもう一つの完全聖遺物を取り出す。

 その名はソロモンの杖。バビロニア宝物庫に繋ぐ鍵であり、人類の天敵ノイズを召喚する聖遺物。

 フィーネはノイズを召喚するとアルカ・ノイズにぶつけ、彼女達の間に赤と黒の煤が撒き散らされる。

 

「模造品がっ」

 

 そう吐き捨てるとフィーネは前へと突っ込み──ヴァネッサが放ったレーザーを寸前の所で回避する。

 掠った頬がジュッと溶ける。

 

「このレーザー、特別性なの」

 

 彼女が今放ったレーザーは時間が経てば経つ程速度と破壊力を向上させる能力を持つ。しかし直線しか走らず、射線を把握すれば回避は容易──だが。

 

「でもね、こうやって空間と空間を繋げれば無限に、多角的に撃ち抜けるの」

 

 ヴァネッサの空間を操る能力により、レーザーは彼女の思いのままに加速し続け、フィーネを狙い続ける事ができる。

 レーザーがフィーネの周囲を走り回り、彼女の肩、足、腹部、頭部と貫き、その度に再生していくが──このまま加速すればいずれネフシュタンの再生を上回る。

 

「──小賢しい!」

 

 しかしフィーネはこれを強引に突破する。

 デュランダルの無限なエネルギーをネフシュタンの鞭に収束させ、鎧にヒビが入る程のエネルギーをレーザーにぶつける。レーザーとエネルギー弾は拮抗するが……すぐにエネルギー弾がレーザーを飲み込む。拮抗した時点でレーザーは停止してしまった。故に威力が大幅に下がり、打ち負ける。

 

 それでもヴァネッサは微笑みを絶やさなかった。

 

「嫌がらせ完了ね」

「──ちっ」

 

 彼女の言葉にフィーネが忌々しそうに舌打ちを吐くと同時に──。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 戦場に、歌が響き渡った。

 

 

 第五話「伝い紡ぐコドウを詩にした」

 

 

 アルカ・ノイズの反応を検知したSONGは、先行部隊としてマルチに対応できる響とコマチ、マリアを選んだ。

 しかし、奏がそれに同行するように願い出て──ガングニールの装者三人が向かった。

 そして戦場に降り立った三人は──あり得ない再会を果たす。

 

「──キリカ?」

 

 驚きで目を見開く響。しかし、誰よりも驚いているのは──本部に残っている調、切歌。そして──。

 

「──キリ……カ、さん?」

 

 彼女の事を最高傑作だと、愛を注いだウェルだろう。

 

「っ!」

 

 調は、踵を返して発令室を出ようとして──ナスターシャに阻まれる。

 

「何処に行かれるのですか?」

「……決まっている。現場に。あそこにキリちゃんが──」

「──落ち着いてください、調さん」

 

 落ち着き払ったウェルの言葉に、調はキッと振り返って彼を睨む。

 

「何を言っているの!? あそこにキリちゃんが──」

「落ち着いてくださいと言っているのです! 調さん!」

 

 しかし、ウェルの感情を顕に、動揺し切った彼の怒声に思わず肩を震わせる。

 発令室に居る誰もが彼を見た。

 普段のイマイチ信じ切れない胡散臭いウェル博士はそこに無く、キリカの生存に心を乱されているただのウェルが居た。

 

「落ち着くのはウェル博士もデスよ」

 

 調にそっと寄り添って切歌が優しく彼に言った。

 

「あれが本当にキリカなのか。だとしたら何故生きているのか──冷静に、観察して、分析するデスよ」

 

 今までのように──。

 彼女の言葉に幾分か落ち着いたウェルは。

 

「すみません、冷静ではありませんでした」

「わたしも、ゴメン……」

 

 ウェルと調は改めてモニターを見る。

 彼女の事を知る為には──現場の響達の働きに掛かっている。

 

「──あなた」

 

 そして──波導を扱うマリアは、目の前の少女の正体に気づいた。

 

「フィーネね」

「!?」

 

 マリアの言葉に響と通信越しに戦場を見ている元二課の職員達が驚き。

 

「──フィーネ」

 

 クリスは、ギュッとペンダントを握り締めて愛しきもう一人の母の名を呟いた。

 

「なるほど。キリカはレセプターチルドレンである切歌のクローン。確かにリインカーネーションの条件に合致しているわ」

「マリア・カデンツヴァ・イヴ……やはり貴様は厄介だな」

 

 一目見て大方を察するマリアに、フィーネはゲンナリした顔をする。櫻井了子の時にもマリアと相対した事があるが──当時、絶対に敵に回したくないと思う程の存在だった。

 

「そして、その二つの完全聖遺物で何とか生き永らえている」

「──ホント貴様は厄介だな」

 

 心の底からフィーネが呟き、一つの影がピョンッと彼女に飛びつく。

 

「──ブイ!」

「──アカシア様……」

 

 彼は笑顔で再会を喜んだ。

 彼は笑顔で生きていてくれた事を喜んだ。

 しかし、フィーネは──そんな彼を見て、心底辛そうに表情を歪めた。

 

「アカシア様……アナタは──」

「──ゆっくり話している暇は無いわよ?」

 

 そこに、空間転移でフィーネの背後に跳んだヴァネッサが、手刀でフィーネを──その先にいるコマチを殺そうと突き出した。

 

 しかし、ガキンっと甲高い音が鳴り響き、彼女の刺突は阻まれる。

 フィーネとコマチを守ったのは──奏だった。

 奏は、槍でヴァネッサの手刀を受け止めながら、彼女を強く睨み付けた。

 

「──テメェ……!」

「あら、随分と怖い顔ね」

「抜かせ!」

 

 振り払い、追撃にてヴァネッサを刺し貫こうとする奏だが、簡単に避けられ距離を取られる。

 

「その額の紋様、アイツと同じだ──無関係とは言わせねーぞ!」

「随分とミラアルクちゃんの事を恨んでいるのね──そう、我らはノーブルレッド」

「ミラアルク! それがあの腐れ野郎の名前か!」

「あら、酷いわね。私の家族にそんな言い方──ちょっと怒っちゃう」

 

 目付きを鋭くさせ、低い声でそう言ったヴァネッサは身体中からミサイルを撃ち出す。そして自分は空間転移にて奏の背後に周り手刀を叩き込もうとし。

 

「はぁ!」

「せい!」

 

 ヴァネッサの手刀を割り込んだマリアが槍で受け止め、響は奏と共に飛来するミサイルを拳撃にて爆発させる。

 

「マリア・カデンツヴァ・イヴ……アナタのことはよく知っているわ。我らが主人が警戒する特異な存在」

「主人……!?」

 

 彼女の言葉にマリアが怪訝な顔をし、しかしすぐに意識を切り替えるとヴァネッサを空へと弾く。するとフィーネが鞭にて追撃。しかし彼女の攻撃は当たらず、ヴァネッサは空間転移にて回避し、響達から距離を取る。

 

「ブイブイ!」

 

 フィーネから離れたコマチが響の肩に乗り、いつでも融合できる様にする。自分から離れた彼を名残惜しく思いながらも、フィーネはキッとヴァネッサを睨み付けた。

 

「ノーブルレッド、何が目的なの?」

 

 拳を構えた響の問いには、フィーネが答える。

 

「ソイツの、ノーブルレッドの目的は──アカシア様の抹殺」

『──』

 

 それを聞いた装者達は目の色を変え、濃厚な怒りの感情がヴァネッサに向けられる。ギシリ、と空間が軋むと錯覚する程の激情にヴァネッサは微笑み返し。

 

「そう、それが──そのお方の救済なの」

「──戯言を」

 

 しかし響は聞く耳を持たず、拳を握り締める。

 

「コマチの死が救済? そんな馬鹿げた事があるか。──本当にいい加減にしてよ」

 

 響は思い出す。過去の戦いを。

 記憶を消されて戦う為だけの存在にさせられ苦しい戦いを強いられ。

 自分を庇った為に一度死に、その後も利用され犠牲になりかけ。

 コマチを苦しめる為に世界を壊そうとする奴もいた。

 そして、自分が操られたせいで悲しみ、アメリカの反応兵器から身を挺して日本を、響達を守り──想像を絶する痛みを以って死んだ。

 

「何でコイツがこんな目にばかり遭うんだ──ふざけるな! 人を救い続けて来たコイツが何をした!?」

「──無知とは罪ね」

 

 しかしヴァネッサは、響の怒りを冷たく見下す。

 

「本当に、何も知らないから──そんな戯言を言える」

 

 ヴァネッサの腕に空間を切り裂く力が収束する。それを見たフィーネとマリアはすぐ様動いた。フィーネは響を、マリアは奏を抱えて横へと大きく跳ぶ。

 その一瞬の後に、ヴァネッサは空間を切り裂いた。地面が真っ二つに裂かれ、衝撃が彼女達を襲う。

 

「今日の所は逃げさせて貰うわ」

 

 たった今、ヴァネッサの元に通信が入った。ミラアルクとエルザは無事に訃堂を送り届ける事に成功。時間稼ぎは終わり。

 

「待て!」

「待たないわ──私達も止まれないもの」

 

 空間の穴に入る直前、ヴァネッサはコマチを見て。

 

「またねアカシア──いつか絶対に殺してあげる」

 

 その言葉を最後にヴァネッサは戦場を後にし、残ったのは暴れるアルカ・ノイズと。

 

「……」

「ブイ」

 

 今のいままで暗躍していたフィーネのみ。

 コマチが彼女に声を掛け近寄るが……その分だけ距離を取る。

 

「フィーネ。あなたにはわたし達に同行して貰うわ」

 

 そんな中、マリアが毅然とした態度でフィーネに言い放つ。

 

「あなたが所持している三つの完全聖遺物は本来日本政府と国連が管理している物──しかしある時に奪われてしまった」

「……」

「わたしの言いたい事は分かるわね?」

 

 マリアの問い掛けに対するフィーネの答えは──鞭による一撃。

 つまり敵対行動──マリア達の元には行かないという明確な意思。

 マリアは槍で薙ぎ払うと、視線を厳しいものにして呟く。

 

「何か理由があるのね。そしてそれをわたし達には言えない」

「ああ──すまないが退かせて貰うぞ」

 

 そう言って彼女はテレポートジェムを持ち出し、砕く。

 マリアはそれを追わない。深追いしない。

 フィーネ程の相手にそれは愚策だと判断し──何より敵だと思えなかった。

 

「ブイ!」

「──申し訳ありません、アカシア様。どうか……あの子をよろしくお願いします」

 

 その言葉を最後に──フィーネはその場を立ち去った。

 彼女達に大きな謎を残して。

 



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第六話「逆光に舞う七色の翼」

「了子くん……」

 

 響達が帰還し、緒川達が現場の調査を行なっている最中、発令室では空気が沈んでいた。

 死んだと思われていた者達が生きており、しかし真面に話をする事ができず拒絶されてしまった。

 それでも、彼女達の目的がSONGに害する物ではないと、皆が願っていた。

 

「──あの肉体に、キリカの魂は無かったわ」

 

 マリアが、戦場で確認した事実を──調達にとって悲しい現実を突き付ける。ここで黙っていてもいずれバレてしまう。しかし時間が経てば経つほど真実を知った時のショックは計り知れない。故にマリアは早々に伝えた。

 

「そんな……」

「ええ。直に波導で感じたから確実──残念だけれど」

「っ……!」

 

 調の頬を涙が伝う。そんな彼女に切歌が寄り添い、マリアは申し訳無さそうな顔をした。

 

「──ありがとうございます、マリアさん。黙っている事もできた筈なのに」

「……いえ、でも」

「それでも、と。もしかしたら、と願ってしまうのが人間なのです」

 

 ウェルはマリアに感謝の言葉を送った。

 彼女もまた辛く感じ、しかしこちらを労って敢えて恨み役を買って出た事を理解していた。

 キリカを見てまた会えると思った──思ってしまった。

 しかし、彼女はもう居ないのだ。

 その事実から目を逸らし、彷徨ってしまえば人は容易く堕ちてしまう。

 故に感謝。

 調も理解しているのか、涙を流しながらもコクリと頷き、仲間の間で不和が生まれる事はなかった。

 

(……しかし)

 

 それでもウェルは一つ違和感を覚えていた。

 アダムに殺されかけたあの時、ウェルは確かに自分は死んだと思っていた。SONGの医療スタッフもあと一歩遅れていれば命は無かったと、奇跡だと言っていた。

 ……今のいままで勘違いだと思っていたウェルだったが、彼はあの時確かに──彼女の声を聞いた。

 

 

 第六話「逆光に舞う七色の翼」

 

 

「キリカの魂は既に消えている──あの時、ウェルを助けた時にな」

 

 撤退後、キャロルと合流したフィーネ。

 SONGに自分の存在がバレた事をキャロルと二代目に報告。その後、キャロルはある実験の為にキリカの事を聞いたのだが……フィーネはキッパリと答えた。

 

「フロンティアの時、キリカはアガートラームの絶唱を用いて暁切歌とアカシア様を目覚めさせた──己の魂を使って」

 

 そして空になった肉体をフィーネが操り、メタグラードンに残留する生命エネルギーをかき集めて何とか動ける様にした。

 しかし結局寿命が尽きていた為、後にデュランダルとネフシュタンを回収するはめになったが。

 

「だから私はあの時驚いた。もう無いと、既に燃え尽きていたと思っていたキリカの魂が蘇りウェルを救った」

 

 そう言って彼女はアガートラームのシンフォギアだったペンダントを取り出した。既に壊れて使えなくなっている。

 フロンティアの時点で半壊し、ウェルを救う際に完全に壊れた。

 そしてキリカの魂も──その時に完全に尽きた。

 

 その話を聞き、キャロルは一応の納得を見せる。

 

「それよりも今は──ノーブルレッドだ」

 

 

 ◆

 

 

「あいつらの目的はコマチを殺す事。そう言っていました」

 

 話題が変わり、今回の事件の主軸であるノーブルレッドへと移る。

 そこで響は戦場で聞いた事を皆に話す。

 通信でその事を耳にしていたからか皆顔が険しい。

 コマチの死が、彼にとっての救済になる。そんな事、あり得る筈がなかった。

 

「兎にも角にも、彼女達を確保して詳しい事を聞き出す必要があるわ」

 

 そう言ってマリアは一つのモニターを出す。

 それは、彼女が戦闘の最中にヴァネッサに取り付けた発信機の反応。

 

「ノーブルレッド──彼女達は重要な何かを知っている」

 

 コマチを守るためには、それを知らなければならない。

 

 

 ◆

 

 

 なんだかすごい事になったなー。

 俺は先程の会議を思い出しながらそう思う。今は部屋に戻る最中だ。

 それにしても、俺を殺す、か……。

 んー、何でだろう。普通なら怖いとか思ったり、怒ったりするところなのに……。

 

 あの人達を憎いとも思わない。間違っていると思えない。むしろ安心する……? 

 

 ……いやいや。

 そんな事あり得ないあり得ない。何だって俺を殺そうとする相手に親しみを覚えるんだ。それに、あの人達はライブでたくさんの人を殺したんだ。到底許せる事では──。

 

「カゲ!」

「ブイ!?」

 

 突然、ドンッと体に衝撃が走り吹き飛ばされる。

 何かに体当たりされたようだ。というより飛び付かれた? 

 視線をそちらに向けると、そこにはイグニスがいた。後からカメちゃんとジルも居り……って何で此処に? 

 

「──我々が此処の警備に来たからだ」

「ブイ!」

 

 サンジェルマンさん! それにカリオストロさんに、プレラーティさんも! 

 協会が襲撃を受けて、向こうの立て直しで忙しかった三人。此処にいるって事はもう向こうは大丈夫なのだろうか? 

 

「局長がこっちに居てくれってね」

「全く、人使いが荒いワケダ」

 

 二人がため息まじりにそう言うと、サンジェルマンさんはそっと膝を着き俺の頭を撫でつける。

 

「話は聞いた」

 

 此処でいう話は……ノーブルレッドの目的なのだろう。

 俺を殺す、という。

 

「戸惑いもするだろう。今回の相手は、今までと違う」

 

 だが、と彼女は続ける。

 

「私達が居る。立花響達も居る。──だから、心配するな」

 

 お前は絶対に死なせはしない。

 彼女はそう俺に誓い──一時間後、俺は響ちゃん達と出撃した。

 

 

 ◆

 

 

 採掘場の廃棄された重機の中で、ノーブルレッド達は身を寄り添い合って暖を取っていた。

 こうしていると嫌でも思い出す──かつて人に戻りたいと願い、自分たちを怪物に変えた原因であるアカシアを恨んでいた時を。

 

「あの頃は大変だったわね」

「はい。身に宿るアカシアの力が暴走して、何度苦しんだ事か」

「それも今となっては拒絶していたからと、分かっちまっているんだゼ」

 

 彼女達にはそれぞれの三つの力を植え付けられている。

 悪、飛行、格闘の力を与えられ、吸血鬼としての力を再現させられたミラアルク。

 岩、地面、ノーマルの力を与えられ、人狼としての力を再現させられたエルザ。

 鋼、エスパー、電気の力を与えられ、フランケンシュタインとしての力を再現させられたヴァネッサ。

 本来なら過去アカシアが活動していた際の力、姿を蘇らせ、人に付与させようとする実験の──失敗作。

 結局できたのはこの世界にある伝承の怪物のなりそこない。

 そんな彼女達は周りから卑しき錆色と呼ばれ、結社内でも蔑まれていた。

 自分達の不幸を「仲間がいる」「アカシアのせいだ」と思い続ける事で何とか生き延び──錬金術師協会によって結社が崩壊した後は混乱に乗じて抜け出した。

 そして彼女達はアカシアへの復讐と人へと戻る為に彷徨い──アカシアの想い出により途方もない苦痛を味わう。

 

「本当、あの時が一番辛かったわね」

「ああ……」

「ガンス……」

 

 植え付けられたアカシアの力のせいか、彼女達は全てを見た。

 アカシアの記憶を、感情を──後悔を。

 それを、5000年分以上のそれらを強制的に見て、感じた彼女達は──アカシアへの憎しみはなく、それ以上への愛と“助けたい”という想いが残り、彼女と出会った。

 

『我は貴様らと同じ想いを持つ者──この手を取れ怪物どもよ。我が彼奴を救って見せよう』

 

 そうして、ノーブルレッドはアカシアを救う為に、終わらせる為に──殺す為に立ち上がった。

 

「……さて、そろそろかしらね」

 

 ヴァネッサは立ち上がり、自分に付けられた発信機を手に取る。

 エルザが見つけ、此処で迎え討とうとミラアルクが提案し、ヴァネッサが了承した。

 三人が揃えばシンフォギアと対等以上に戦う事ができる。あの日、彼女達は自らを神と名乗る彼女により、完全なる怪物へとなった。もう稀血も必要ない。加えて異界の神の力も授けられている。

 

「待っていてねアカシア──すぐに殺してあげるから」

 

 彼女達が見上げた先には──ヘリコプターから飛び降りる歌姫達が居た。

 

 

 ◆

 

 

「やはり、既に察知していたか!」

 

 ガングニールを纏い、波導を全開にしたマリアが叫ぶ。

 他の装者達もギアを纏い、予め決められた相手へと向かう。

 

 今回彼女達は数の多さを生かして相手の連携を封じて各個撃破する事を作戦に取り入れていた。

 ヴァネッサには響とコマチ、マリア。

 ミラアルクには奏、翼。

 エルザには調、切歌。

 クリスは遠距離から各戦場の援護、セレナはクリスの護衛をしつつ自分も前に出る仕事だ。

 

「コマチ!」

「ブイ!」

 

 響の手をコマチが繋ぐ。

 

「融合!」

「ブイ!」

 

 二人の力が溶け合う。

 

「進化!」

『フィア!』

 

 緑の力を宿した響の姿が変わる。

 

「この手に切り裂く刃を!」

 

 そして握るのは草薙剣。

 

「ガングニィィィイイイイイイイル!!」

 

 ──ガングニール・アカシック・クロニクル。

 ──タイプ・グラスセイバー。

 

 新緑纏う騎士へと変わった響は、両手を手刀の形にり──そこから緑色のエネルギー状の剣が生成される。そのままその剣をヴァネッサに振り下ろし、ガキンッと甲高い音が響き渡る。

 

「あら、いきなりね」

「当然……でしょっ」

 

 大きな音を立てて、ヴァネッサの腕を振り払う響。

 彼女の瞳には──怒りの色があった。

 

「大切な日陰を殺すと言われて、わたしは呑気していられないっ」

「あらあら、本当に、随分と、執着しているのね」

 

 斬り結びながらもヴァネッサは空間を歪ませて、そこから銃弾やミサイルを放つ。しかしそれはクリスの狙撃により悉く落とされ、思わず舌打ちを打つ。

 そして、爆発の影に隠れて接近したマリアが波導を込めた掌底を叩き込む。

 

「当然よ。彼は大切な家族なのだから!」

「くっ……家族、家族……ねっ!」

 

 痛みに悶えながらも、ヴァネッサはマリアに蹴りを放ち、しかし受け止められ、その隙に響に拳で頬を殴られる。

 その威力は凄まじく、容易く吹き飛ばされ……しかし彼女は笑っていた。それを見た響が叫ぶ。

 

「何がおかしい!」

「ふふふ、ごめんなさい──あまりにも滑稽だから」

 

 しかし言葉とは裏腹にヴァネッサの瞳は冷たかった。

 その光景をミラアルクと戦いながら、目の前の少女に向かって叫んだ。

 

「テメェらがもし本当に光彦を助けたいとしても──それで、何で無関係な人達を巻き込むんだ!」

 

 憎悪の炎を胸の内で燃やしながら、翼は剣を振り下ろす。

 

「人をたくさん殺す事に何の意味がある!」

「──意味なんか、無いゼ!」

 

 それをミラアルクは弾き飛ばしながら、強く返した。

 

「何!?」

「あのライブ会場の人達を殺したのは──お前の為だ! 風鳴翼!」

「オレ……!?」

「ああ! 正直胸糞悪いが仕方なくって奴だゼ!」

「──っ! それで納得すると思っているのか!?」

「ああ、思わないね!」

 

 彼女の怒りを受け流しながら、ミラアルクは答える。

 

「だが、こうも考えられないか──アイツらが死んだのは殺したウチらじゃなく、守れなかったお前達、だと」

「──巫山戯た事を!」

「ああ巫山戯ている! だが! お前は! そう考えた!」

「──!」

 

 ミラアルクの言葉が、ひび割れた翼の心の隙間に入り込む。

 

「お前は何をしていたんだ? 歌うたって、ヘラヘラして、楽観的で──この国を守る家から抜け出して」

「──」

「えーっと、何だったけ……ああ、そうだ。防人。防人からも逃げ出したんだろう風鳴翼」

「違う! オレは──」

「違わないね! この国を守るのに必要なのは歌ではなく、力! 力こそが全てなんだゼ!」

 

 肥大化した腕で翼を殴りつけ、吹き飛ばすミラアルク。対して、翼は彼女の言葉に動揺──何よりも強く共感してしまい、まともに防ぐ事ができず岩盤に叩きつけられた。

 しかし、頭の中にあるのは痛みでもなく、憎き敵であるミラアルクではなく──自分の考えの拙さだった。

 

(──そうだ。アイツの言う通り……かもしれない。いや、そうに違いない。オレは何をしているんだ──何をしていたんだ? オレが今までやってきたのは反抗期の子どもの癇癪以外の何物でも)

 

 思考の海に沈む翼を見て、奏が叫ぶ。

 

「翼! この──」

 

 そして、ミラアルクに槍を叩き込み、怒りの視線を向ける。

 

「テメェ、翼に何しやがった!?」

「ああ、何かしたゼ! でも、当然ながら言わないゼ!」

 

 明らかに翼の様子がおかしく、相手も自分が行ったと自白している。

 それなのに、どうする事もできない。

 通信で翼を呼びかける声が響くが、応答が無い。

 ならば、その操り手を倒すのみ。

 奏の攻めが苛烈化していく。

 それを捌きながらミラアルクは言う。

 

「まぁ、そう熱くなるものじゃないゼ」

「抜かせ!」

「──それに、あながちアカシアと無関係って訳じゃないゼ」

「何!?」

「──人は、それだけの事をしたって事だゼ!」

 

 ミラアルクが奏の槍を弾き飛ばし、腕を大きく広げる。

 

「さぁ──ウチの時間だゼ!」

 

 そして解放するのは異界の神の力。

 ミラアルクを中心に神の力が爆発し──世界はモノクロへと変わる。

 その世界を、彼女だけの世界を、ミラアルクはゆっくりと歩む。

 

「これだけの力を以ってしてもアカシアは殺せない。全く」

 

 残酷な世界だゼ。

 そう一言呟いて──ミラアルクは拳を奏の腹部に叩きつけ、貫通した。

 彼女の肉と血が飛び散り、そして。

 

「──でも、人はこうやって簡単に殺せる」

「がはっ!?!?」

 

 世界に色が戻り、血反吐を吐きながら──奏が吹き飛んだ。

 

「奏!?」

 

 岩盤に叩きつけられ、力なく倒れ伏す奏を、翼が叫びながら助けに向かおうとする。

 しかし、ミラアルクの方が速かった。

 

「んじゃまぁ、依頼主の注文を応えさせてもらうゼ!」

 

 そう言って、ミラアルクは奏の腹を貫いた拳を貫手の形にして構え──違和感を覚える。

 

 肉と血が撒き散らす程に派手に拳を叩き込んだのに、なぜ自分の手はこんなにも綺麗なんだ? 

 

 その答えは──すぐ後ろから教えてくれた。

 

「光彦直伝影分身だ」

「──!?」

 

 ──ガングニール・サンダーマグニフィセント。

 奏の中に宿る光彦の電気の力。その力を用いれば、雷による分身体を作る事も可能。

 そして。

 

「ちっ! 神の力よ、時を──」

「遅い!!」

 

 雷速の拳がミラアルクの頭にぶちかまされ、頭蓋骨を割りながら突き進む。

 

「やっとこさ──やっとこさ届いたんだ。今更待ったは無しだ、このクソ野郎!」

 

 彼女の拳は、時を止められる前にミラアルクへと届く。

 

「おおおおおおおお!!」

「ぬぐああああああ!!」

 

 今度はミラアルクが吹き飛ばされ、岩盤に叩き付けれ、瓦礫に沈む。

 頭から血を流し、ミラアルクは起き上がろうとし、足をもつらせて倒れ込む。しかし、すぐに神の力で傷がなかった事にされて修復された。

 それでも──先程の感覚は残る。

 

(コイツ……イカれてやがる! ウチをガチで殺しに来やがった……!)

「さぁ。立ちな──悪いがあたしは皆ほど優しくないし、折り合いを付けれる訳じゃない」

 

 会議の結果、ノーブルレッドは何かしらの組織の指示で動いていると予想された。故に彼女達は実行犯──しかし奏はそんな事はどうでも良かった。

 自分たちのライブをグチャグチャにし、ファンを殺し、翼を傷つけた。

 それだけで──奏の敵になるのに十分な理由。

 奏の目は、何処までも冷え切っていた。

 

「ミラアルク!」

 

 エルザが仲間のピンチに駆けつけようとして、クリスの弾丸とセレナの短剣に阻まれ、さらに切歌と調の斬撃とレーザーに追撃される。

 

「くっ……やはり劣勢」

 

 エルザはやぶれた世界に二人を連れて逃げ出す算段を付けていた。しかしそれはセレナの存在により無効化されてしまう。

 チラリと己の腕を見る。そこにはセレナに巻き付けられた妖精の力が付与されたリボンがあった。

 

 ノーブルレッドが付与された力は、それぞれ龍の力を宿している。それぞれその力の本質は違えど、異界の神は龍の力を宿していた。

 故にセレナの妖精の力がエルザの力を抑制していた。

 

(恐らく、わたくしめが一番倒し易いと判断してのこの拘束。片腹ですが、賢明な判断)

 

 エルザが倒されれば、ミラアルクとヴァネッサも力を抑制されて各個撃破されていくだろう。

 

(ダイダロスエンド……いや、アカシアの力がある彼女達なら確実に耐える。加えて立花響のタイプ・サイキックフューチャーで簡単に転移で逃げられる)

 

 侮っていた訳では無いが、ノーブルレッドは追い詰められていた。

 ヴァネッサも微笑みの仮面を被りながらこの状況を脱する方法を考えていた。

 

(どうする──どうする!?)

 

 そんな中──戦場に声が響いた。

 

「──不甲斐無いな、怪物共」

 

 そしてその声は、シンフォギア装者達の動きを一瞬止めるだけの恐怖があった。

 魂の底から消されると思い込み、呼吸を忘れてしまい、思考が途切れる。

 全員が上を見上げる。

 果たしてそこには──神が居た。

 

「我が主人!」

「だが、それも致し方無しか」

 

 声からして女性、それも響と同い年くらいの若さ。ローブを頭から被っている為顔が見えないが──彼女が響を見たのを誰もが感じた。

 

「──もう少しだけ、待っておれ。アカシア」

『──ブイ?』

 

 コマチは響の中で首を傾げ、しかしその声に聞き覚えがあった。それは響も同じで、しかし思い出す事ができない。何かしらの結界を張っているのだろうか。

 

「去るぞ、怪物共」 

 

 ローブの女はそう言って片手を空に掲げると──闇色の球体状のエネルギーを作り出した。

 その威力は、かつてのアダムの黄金錬成と同じツングースカ級。

 

『はっ』

「っ! 待て!」

 

 ノーブルレッドはヴァネッサの空間転移でその場から逃げ出し、奏はそれを追おうとするが、マリアに止められる。

 

「追うな! それより衝撃に備えて──」

「また会おう、残酷にも歌う者達よ」

 

 ローブ女が手を振り下ろし、エネルギー弾が地上へと降り──装者達は力に呑み込まれた。

 

 

 ◆

 

 

 結論から言うと、装者達は無事だった。波導を全開にしたマリアの一撃で半分以下まで威力を下げ、響が全員を守る為に巨大な「まもる」を作り出した為に。

 しかしその後すぐにノーブルレッドを追う事はできなかった。

 何故なら──本部であるSONGが日本政府に抑えられた。

 

 そして日本政府は厳しい姿勢でこう言った。

 

 一連の事件との関与が見られる為、内部調査の実施、と。

 密偵の容疑にてサンジェルマン、カリオストロ、プレラーティの拘束。錬金術師協会に対しても場合によっては外敵としての対応を行い。

 

 そして、完全聖遺物「キマイラ」。またの名をアカシアの隔離、封印の為、引き渡しの要求をSONGへと要請される。

 



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第七話「すべては夢と共に」

「──まさか本当に本部が制圧されているとはね」

「制圧ぅ? チミぃ、言葉には気をつけたまえよ」

 

 戦闘の最中、作戦行動を中止させられ帰還した装者達は──日本政府により、行動制限をかけられている弦十郎達。そして、拘束されているサンジェルマン達が居た。

 

 その光景を見たマリアが吐き捨てるように呟くと、目敏く査察官の男が彼女の言葉に指摘を入れる。

 

「幼き子どもはこれだから……言葉を知らない」

「──」

 

 ビキリとマリアの額に青筋が浮かび、セレナがどうどうと落ち着かせる。

 

「護国災害派遣法第六条──日本政府は、日本国内におけるあらゆる特異災害に対して優先的に介入する事ができる……だったか」

「ふふ」

 

 弦十郎の言葉に査察官は得意げな笑みを浮かべて一つの書類を見せつける。それは自分達は正当な手続きをして此処に居ると言わんばかりに。

 

 「そうそうその通ぉりぃ! 我々は日本政府代表としてSONGに査察を申し込んでいるのダァ! ──不可解な事が多いのでねぇ」

 

 そう言って男はサンジェルマン達、アカシア・クローン……そしてコマチを見た。

 

「ふむ、これが報告にあった例の……」

「ブイ……」

 

 査察官はジロジロとコマチを見た後、無遠慮にコマチを掴み上げる。乱暴に、まるで物を持つように。

 それに響がブチギレ査察官に掴み掛かろうとし、切歌と調が急いで羽交い締めにし、口元を抑える。

 

「ん──!!」

「抑えて響……!」

「此処で感情的になるのは不味いデス……!」

 

 その光景を鼻で笑いながら見て、不遜な態度で弦十郎に言葉を吐き捨てる。

 

「これは通告通り押収させて貰おう。そこの三色キラキラもな!」

 

 そう言ってサンジェルマン達のアカシア・クローンもまた、査察官の部下達が取り押さえる。流石に看破できないのか、サンジェルマン達が目つきを鋭くさせる。

 それは弦十郎も同じなのか、声を荒げて抗議する。

 

「そもそも! 何故今更! 彼らの事は報告し、政府から認可されている筈!」

「分からないのかね? 今のいままでが特別だったのだよ。そもそも、未知の力を持つコレらを使わせて来たのが間違いだったのさ!」

「ぐ……!」

「なに、我々も意地悪では無い。しっかりと調べさせて貰えれば、これからの未来を守るための戦力としての使用許可は降りるさ」

 

 空気が重く凍っていく。

 全員が目の前の男の言動に、怒りを覚えていた。

 そんななか、ウェルが口を開く。

 

「長々と語るのは良いんですけどねぇ、今は敵と戦っている最中。まさか装者からギアを奪う、みたいな事はしませんよね?」

「何を言う。ギアにもコレらの力が──」

「ええ!? ではその査察で民衆に被害が出た際には、責任を取ってくれると!? ならば結構ですよ」

「──ちっ」

 

 査察官の男が舌打ちする。

 

「まぁ、この辺が落とし所か。その代わり、妙な事をすればギアは取り上げさせて貰う。そしてしっかりと査察も行わせて貰おう」

 

 男はそう言い──SONGは特別待機命令と言う名の、拘束が言い付けられた。

 

 

 第七話「すべては夢と共に」

 

 

 ずっと、モヤモヤしていた。

 響を救う事ができて、記憶を取り戻して。

 でもその後も響は戦い続けて、この前なんて凄く辛い目にあって……。

 いつも思う。何で響が戦わないといけないの? と。

 もう戦って欲しく無いと思う。何で戦っているのと思う。

 

 隣にあの子が居るからだ。

 だから戦える。戦えてしまう。

 わたしは──コマチに嫉妬している。

 ただ帰ってくる場所で居続ける事が苦しい。隣で温もりを与えているあの子と代わりたいと思ってしまう。

 

 それと同時に、コマチに無理をして欲しくないと思う。

 あの子も辛い目に何度も遭っている。その度に響が怒り、涙を流し──わたしも胸が苦しくなる。

 

 ああ──何でわたしには力が無いんだろう。

 力が欲しい──大切な人達を守れる力を。

 

 そう願ってしまったからか。わたしは──。

 

「──ようやく会えたな、小日向未来」

 

 彼女を拒絶する事ができず、受け入れてしまった──。

 

 

 ◆

 

 

「──ふぅ……」

 

 訓練室にて、模擬刀を手に汗を流す翼。

 どれだけの時間此処に居たのか、彼女の足元は汗で濡れていた。しかし、翼は満足していないのか──否、納得していないのか、再び模擬刀を構え……虚空に憎き敵を思い浮かべて斬り掛かる。

 

(オレは弱い)

 

 幻影は容易く避ける。

 

(何故弱い? 防人から逃げたからだ)

 

 幻影に回り込まれ、背中を蹴られたたらを踏む。

 

(歌で世界を救えると宣い、見返す事だけを考えた)

 

 しかし地面をしっかりと踏み直し、振り向き様に一閃。

 

(力だ。この国を守れる力が──防人の力が必要だ)

 

 幻影の腕を斬り飛ばし、その隙を突いて翼の蓮撃が叩き込まれる。

 

(それを得ればオレは──もう、あんな無様な醜態を晒さなくて済む)

 

 最後に相手の首を刎ねて──模擬刀を降ろす。

 

(その為には、オレももっと──)

「──翼」

「──っ!」

 

 背後からの声掛けに、翼の体が反応し、模擬刀を思いっきり横薙ぎに振るった。

 

「うわ!?」

「──奏?」

 

 しかしその一太刀は虚空を払い、打ち込めず。

 翼の一閃を避けた奏は驚きながらその場に尻餅を着いた。そこで初めて翼は奏のことを認識し、奏は尻を抑えながら翼を睨み付ける。

 

「あぶねーじゃねぇか。怪我したらどうするんだ」

 

 普段と変わらないやりとり。

 しかし──何故か翼は、彼女の物言いが癪に触った。

 

「──訓練中に後ろから話しかけてくるからだろうが」

「ぐっ。まぁ、それは確かに……ごめんな」

 

 奏もそれは流石に翼の言い分が正しいと思ったのか、素直に謝る。

 しかし、何故か翼の怒りは収まらず、それどころかどんどん膨れ上がっていく。

 

「それに奏、お前何してんだ?」

「何って、お前を飯に誘いに──」

「──あのライブの事、何とも思っていないのか?」

 

 普段の翼では考えられない言葉が吐き出される。

 

「アイツに無茶苦茶にされて悔しくないのか? 何でそうしてヘラヘラしていられる」

「──している訳ねぇだろ」

「だったらオレに時間を割く前に、己の技を磨けよ。もう歌っている暇は無いんだ。この国を守る為には力が居る。誰にも負けない力が……!」

「──翼?」

 

 そこで初めて──奏は違和感に気づいた。

 翼がいつもと違う。

 彼女が歌に対してその様な物言いをするはずが無い。

 だって自分たちの夢は──ツヴァイウィングは。

 

「おい、翼。どうしたんだよお前。なんかおかしいぞ」

「──いや、今までがおかしかったんだ。オレは──」

 

 歌っている暇があれば、強くなる努力をすれば良かった。

 

「本当に、無駄な時間を──」

「──おい!」

 

 奏は、それ以上の言葉を聞きたくなくて、翼の胸元を強く掴み掛かる。

 

「本気で言っているのか? あたし達ツヴァイウィングの事を、そんな風に言うなんて──許せねぇぞ!」

「──何でだ?」

「何でって。それは光彦との──」

 

 しかし、奏の言葉は突如遮られる。

 本部内にて警報が鳴り響き、発令室から通信が入る。

 市街地にアルカ・ノイズが出現。奏と翼は直ちに出撃。他の装者は待機命令を出される。

 

 

 ◆

 

 

 奏と翼が出動させられている最中、響達は一つの部屋に集められ待機命令を出されていた。まるで厄介者払いだ。

 その扱いに切歌が不満を漏らす。

 

「まったく。横暴な奴らデス!」

「本当にね」

 

 調も同様の反応を示し、扉前で銃火器を手に持ち自分たちを監視する男達を睨み付ける。

 この男達、響達にイヤらしい視線を送っていた。装者達は見た目が整い、スタイルもそこら辺のグラビアアイドル顔負けな為、目の保養なのだろう。見られている彼女達からしたら勘弁して欲しいだろうが。

 

「最悪なのは、片方がペド野郎って事ね……」

 

 中でもマリアは吐きそうな程顔を青くさせて吐き捨てた。なまじ波導で色々と分かるからか、自分を見る男の視線に堪えているらしい。

 セレナは、自分の体を使って男の視線からマリアを守る様にする。舌打ちされた。セレナはいつか闇討ちしてやろうと心に決めた。

 

「他のみんなは別室に?」

 

 響の問いにはクリスが答える。

 

「うん。そうみたい。ただ、エルフナインは錬金術師だからって一人だけさらに隔離されている」

「エルフナインが?」

 

 クリスの言葉に違和感を覚える響。

 隔離する人間を増やしてしまえば監視の目を増やす必要がある。何か監視以外の目的を持っているのではないか、と思考を巡らせた。

 

 そもそもサンジェルマン達を拘束したのも話がおかしい。もし彼女達が暴れて協会に帰り完全に敵対してしまえばデメリットでしかない。それだけ協会の力は強大だ。

 アカシア・クローン達やコマチを連れて行った事も気になる。

 

(──やっぱり、何か)

 

 モヤモヤとした気持ち悪さを抱えながらも、響はどうする事もできなかった。

 

「──そう言えば、後で未来に連絡しないと」

 

 ──しかしその後、響は未来と連絡を取る事はできなかった。

 

 

 ◆

 

 

 査察官の部下の指示の元、アルカ・ノイズを駆逐していく奏と翼。

 しかし奏もまた違和感を抱いていた。

 

「やっぱり変だ。意味もなく街にアルカ・ノイズが出るなんて」

 

 アルカ・ノイズは錬金術師が使用する兵器。自然発生していた特異災害ノイズとは違う。

 先ほど本部にその事を伝えても真面に取り合って貰えなかった。それどころか……。

 

「奏! まだ無駄な事を考えているのか! オレ達の仕事はコイツらを駆逐する事! 違うか!」

「違わねーけど……!」

 

 翼すら奏にがなり立てる始末。

 奏の中で違和感がどんどん大きくなっていく。それは何れ取り返しの付かない事態を引き起こしそうで──。

 

『──奏さん』

「この声、友里さん!? 今、別室に……」

『悪いが査察は中止させて貰った──一足遅かったが』

 

 どうやら、弦十郎もまた今回の査察に違和感を覚えており、緒川と共に迅速に動いた様だが──。

 

『──エルフナイン君が拐われた』

「な!?」

『加えて、先ほどから未来くんと連絡が付かない。響くんが連絡を取ろうとした所繋がらず、親御さんもまだ見ていないとの事だ』

「何処かで遊んでいるんじゃねーのか!?」

 

 弦十郎の言葉に翼が反論するが、弦十郎は断言した。

 

『いや、未来くんにはある理由から狙われる可能性があるんだ──後で話す。今は』

「──ああ。まずはコイツらを片付ける!」

 

 翼! と奏が呼び掛けようとして──かのじょの様子がおかしい事に気付く。

 先程まで斬り倒していたノイズを他所に遠くを呆然と見て、呟く。

 

「──そこに居たか、クソ野郎」

「翼?」

「よく見たら、こんなにたくさん居るじゃねえか──だったら」

「翼……おい翼!」

 

 瞳から色を失わせた翼が、フワリと空を飛ぶ。そしてその身にアカシアの力を顕現させると大きな翼を広げてアメノハバキリを天空へと掲げる。そして剣先に空間が軋む程のエネルギーを溜め始めた。アルカ・ノイズ相手には過剰なほどに。

 

「翼──翼ぁぁああああ!!」

「神の裁きを受けるが良い──ノーブルレッド!」

 

 そして翼は──奏が居るにも関わらず、アメノハバキリを思いっきり振り下ろした。

 

──神撃・ゴッドバード

 

 神の名を持つ鳥は、空から堕ち──地上をアルカ・ノイズ事吹き飛ばした。

 先ほどまで人が居たとは到底思えない程に蹂躙して。

 そして。

 

「翼……」

 

 何とか難を逃れた奏は──翼を悲しそうに見つめていた。

 

 

 ◆

 

 

「──ブイ?」

 

 ふと目覚めると俺は何処かの屋敷に居た。

 此処は武家屋敷? そんな感じがする……。

 

「──起きたかモノノケよ」

 

 周りをキョロキョロ見渡していると声がして、振り返るとそこには。

 

「ふん、間抜け面を晒しおって──本当に、間抜けよのぉ……」

 

 こちらを見下ろす、ただならぬ雰囲気を纏ったお爺さんが居た。

 

 何故か茶碗一杯のご飯とおにぎりが乗ったお盆を手に持って。

 

 ……どういう事なの? 

 

 



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第八話「暖かいよこの温もり 絶対離さない」

「──此処は」

 

 眠らされていたエルフナイン。ふと彼女は目を覚まし、自分がSONG本部ではなく、別の場所に移動させられている事を把握した。

 何も覚えていない。部屋を案内されて、そこから先の記憶が無かった。

 しかし──この場所は知っている。此処は……。

 

「チフォージュ・シャトー……?」

 

 かつてキャロル達──家族と共に同じ時間を過ごした想い出の場所。

 忘れる筈がなかった。あの金色に輝く日常を。

 

「お、ようやく目を覚ましたみたいだゼ」

「貴方達は……!」

 

 後ろから声がし、振り返るとそこにはノーブルレッドが居た。

 三人ともエルフナインを見据え、とてもではないがエルフナイン一人で此処を脱出するのは不可能。

 

「悪いけど拐わせて貰ったわ」

 

 そう微笑みを浮かべながらヴァネッサは言い、エルフナインは一連の出来事を察した。

 ヴァネッサは空間を自由に移動する力を持っている。その力で一人になったエルフナインを拐ったのだろう。錬金術師協会を襲撃したようにセキュリティを無視して。

 

「な、何が目的ですか!?」

「まずはこちらを見て欲しいであります」

 

 エルフナインの問い掛けに、エルザが二つの映像を見せる。

 一つは完全には起動していないシェムハの腕輪。

 そしてもう一つは──。

 

「未来さん!?」

「貴方にはわたくしめらに協力して貰うであります」

「──まさか、バラルの呪詛から解放された未来さんを……!」

 

 エルフナインの推測は当たっており、ノーブルレッドの返答は無くとも、笑みを浮かべて返した。

 

「キャロルのホムンクルスなら、これを動かせると踏んだんだゼ」

 

 そう言って証明が起動し、エルフナインの目に飛び込んで来たのは未来を神にする為のジェネレーター。

 

「本来ならご本人に協力して貰いたいだけど、でも仕方ないわよね。彼女、強いもの」

 

 故に、非戦闘員でありキャロルと深い繋がりのあるエルフナインが使われる。

 

「それじゃあ、ミラアルクちゃん。お願──」

 

 ふと、ヴァネッサの言葉が止まる。警戒区域に解き放っていた彼女のドローンが何かを見つけたようだ。

 

「どうやら、私達と訃堂の繋がりの証拠を確保したみたいね」

「どうするでありますか?」

「──此処まで来たらもう関係無いわね。捨ておきましょう」

 

 それはさておき。

 

「さぁ、神様を呼び起こしましょうか」

 

 ヴァネッサの言葉に従い、ミラアルクはエルフナインの瞳を覗き込み。

 

「刻印──侵略──バイオパターンを称号。さぁ、認証を突破して貰うゼ」

 

 操られたエルフナインは、ノーブルレッドの言われた通りに言葉を紡ぎ──ジェネレーターを起動させる。

 すると、未来を神にする為の装置が彼女達の思惑通りに動き出した。

 

「稼働確認──成功であります!」

「という事はだ。コイツは用済みという訳だゼ」

 

 何処かぼんやりと虚空を見るエルフナインを見ながらミラアルクは笑みを浮かべる。まるで悪役のように。

 

「待って。後始末はお姉ちゃんが──」

「その申し出は断らせて貰うゼ。……なるべくこういうのはウチがしといた方が良い」

「ミラアルクちゃん……」

 

 ミラアルクは再びエルフナインの瞳を覗き込む。そして刻印を用いて精神を破壊しようとし──。

 

『──オレの家族に手を出して、ただで済むと思うなよ』

「──!?」

 

 ──逆に、ミラアルクは覗き込んだ瞳から精神にダメージを負った。

 思わずエルフナインを突き飛ばし、頭痛に顔を歪めながら倒れ伏す。

 

「ミラアルク!」

「ミラアルクちゃん!」

 

 そんな彼女に二人が駆け寄る中、刻印の支配から解放されたエルフナインは起き上がり、己の両手を見る。

 

 ──今のは……? 

 

「──っ! ヴァネッサ!」

「どうしたのエルザちゃ──これは」

 

 エルザの声にヴァネッサが視線を向けると、そこには膨れ上がる神の力。どうやら、彼の神はもう待つ気が無いようだ。

 溢れ出す膨大なエネルギーが外へと飛び出し、形を成す。まるで、かつてアダムが神出づる門より得たエネルギーで作り上げたヴァルキュリアのように。

 

「このままだとシンフォギアに此処を嗅ぎ付けられるわね──計画通りに」

「……!」

 

 ヴァネッサの言葉を聞いて、エルフナインは察した。

 これは、罠だ。

 彼女達はシンフォギアを相手にしても尚、自分たちの目的が達成できるように準備をしていた。

 

 このままでは、不味い。

 

「っ……」

「あらあら、何処へ行くのかしら?」

「ヴァネッサ……」

「此処は任せてちょうだいミラアルクちゃん。たまにはお姉ちゃんらしい事させて貰おうかしら」

 

 どうやら、ヴァネッサが直接物理的にエルフナインの存在を消すつもりなようだ。

 彼女は、手刀を掲げて超振動を発動させる。

 

「逃げなきゃ──約束したんです。もっと世界を識るって……!」

「残念だけど、その約束は今ここで潰えるわ」

 

 ヴァネッサが跳躍し、勢い良くエルフナインへと手を突き出した。

 

「死になさい!」

 

 そして、ヴァネッサの手刀はエルフナインを貫く──事は無かった。

 

 カツンっとヒールが床を鳴らす音が響き、エルフナインとヴァネッサの間に剣が差し込まれる。

 

 ガキンっと音が鳴り響き、ヴァネッサの腕が弾かれた。

 

「──ソードブレイカー。アナタがそれを剣と定義するのなら、私には敵わない」

「──くっ」

 

 ヴァネッサの腕が砕かれる。

 エルフナインは、驚きを露わにしながら自分を助けた家族の名を叫ぶ。

 

「──ファラ!?」

「お久しぶりですねエルフナイン──よくぞご無事で」

 

 そして、駆け付けたのは──家族の危機に目を覚ましたのは、彼女だけでは無かった。

 ジェネレーターに繋がれた棺桶が破壊され、そこから飛び出すのはレイア。

 

「先手必勝! 派手に行く!」

 

 手に持ったコインを鋭く速くノーブルレッド達に向けて射出した。

 それをエルザがアタッチメントを用いて弾くが──。

 

「──キャハハ! ちゃぶ台をひっくり返すのは何時だってアタシなんだゾ!」

 

 背後に回っていたミカがファイアーロッドにて三人を叩き飛ばす。

 戦闘用オートスコアラーの力は凄まじく、怪物と称される彼女達も不意打ちによりダメージを負った。

 

 その隙を突き、エルフナインを抱えて離脱するのはガリィ。

 彼女に続くようにして他のオートスコアラー達もその場を後にする。

 

「あ、アナタ達は……!」

「あまり喋らないでくださいまし。舌を噛みますよ?」

 

 そう皮肉を溢すガリィの頬はヒビが入っていた。彼女だけではなく、他のオートスコアラー達もその躯体は半壊──つまり廃棄躯体であった。

 廃棄躯体では、かつての力を発揮できない。それでも今こうして目覚めたのは──家族を守る為。

 

「みんな……!」

「感動するのは後! 今は逃げるのが先です」

「ガリィ照れてるゾ」

「うっさい!」

 

 しかし、敵は空間を操る力に加え、時すら操る。彼女達の気分次第ですぐに全滅させられる。

 故にエルフナインは考える。どうすれば生き残れるかを。

 未来を助け出す事ができるのかを。

 

「とりあえず、外と連絡を!」

 

 

『そうか。それでは未来くんもそこに……』

「はい。ですのでボクはオートスコアラー達の力を借りて、未来さんを助けに行こうと思います!」

 

 エルフナインはSONGに通信を繋げ、事の顛末を説明。

 そして未来を助けにいくと伝える。当然弦十郎が止めようとするが──。

 

「無茶は承知の上です。だから、援軍をお願いします!」

 

 エルフナインは一人で戦おうとしない。仲間を頼る事をしっかりと考えていた。

 外に出現している神の力は、ガングニールの装者である響達で対処可能。ならば、他の装者の力を借りれば──。

 

「ボクはそれまで、精一杯生き抜いてみせます!」

『──無茶だけはするな』

 

 通信を終えたエルフナインはゆっくりと振り返る。

 そこにはノーブルレッドが追い付いていた。

 オートスコアラー達は油断無く構え──瞬きする間も無く、背後に現れたミラアルクに殴り飛ばされた。

 

「な……!?」

「これは……!」

 

 背面部分が砕け、破片が飛ぶ。

 握り締めた拳を掲げて、ミラアルクは叫んだ。

 

「いい加減やめようゼ──無駄で無駄な無駄過ぎる抵抗はなァ!」

 

 再びミラアルクの姿が消え──ミカとガリィが叩き潰される。

 

「みんな!」

「コイツらチョロいゼ──エルザ、ヴァネッサ!」

 

 エルフナインが叫ぶ中、戦力差を実感したミラアルクは傍観していた二人に叫ぶ。

 

「コイツらはウチが引き受ける! お前達はシンフォギアを!」

「……その方が良さそうね」

 

 ミラアルクの提案に頷いたヴァネッサは、空間を操り外へと繋がる穴を空ける。

 それを見てエルフナインが歯噛みする。

 このままでは相手の思う壺。舐めていた訳では無いが──このままでは足手纏い。それは──イヤだった。

 

 家族を助けたい。

 友達を助けたい。

 仲間を助けたい。

 もう──何もできず、失うのはイヤだった。

 

「さぁ──此処で尽き果てて貰うゼ!」

「ボクは……ボクは!」

 

 ──まだ、世界を見続けるんだ。

 

 ミラアルクの肥大化した腕が叩き込まれ。

 

「エルフナイン!」

 

 殴り倒されたガリィが悲鳴を上げる中、エルフナインは土煙に飲み込まれ──竪琴の音色が響き渡る。

 

「──これは!」

 

 土煙の向こうの感触から何かが起きたと感じ取ったミラアルクは、次の瞬間片腕を絡み取られ投げ飛ばされる。

 

「くっ!」

 

 明らかに何かが変わった。油断無く構えるミラアルクの視線の先には、先ほどまでの非力な少女では無く、戦う力を持った錬金術師が居た。

 煙が晴れる。

 果たしてそこに居たのは──かつて呪いに犯され、世界を壊す為に暴れ回った一人のホムンクルスが居た。

 

 ダウルダブラのファウストローブ。

 それはキャロルが保有している決戦兵器であり──今この瞬間、エルフナインを守る為に、彼女が()に貸し与えた力。

 

「──キャロルに言われませんでしたか? 僕たちの家族に手を出してタダで済むと思うな、と」

「お前は……!?」

 

 姿形はエルフナインそのまま。

 しかしその瞳に宿る人格は──。

 

「僕はノエル……かつて過ちを犯した半端者です」

『ノエル!』

 

 誰よりも彼女を大切に想う兄だった

 

 

 第八話「暖かいよこの温もり 絶対離さない」

 

 

「ノエル、ですって? そんなのあり得ないわ」

 

 ヴァネッサは、ミラアルクと対峙する者の言葉を否定した。

 かつてノエルが引き起こした事件をパヴァリア光明結社は深く把握していた。ヴァネッサもその情報は得ており、ノエルがダインスレイフとネフィリムの侵食により衰弱し、最期はエルフナインとキャロルに看取られた事も知っている。

 だからあり得ないのだ。彼が此処にいるのは。

 

「キャロルは強欲でして。自分の頭の中にある僕の想い出をコピペして構築と再構成を繰り返し、エルフナインの元へ転送」

 

 キャロル、エルフナイン、そしてノエルが同じ躯体のホムンクルスだから可能だった荒技。

 家族を救う為、家族を守る為──家族を取り戻す為に続けて来た研鑽が、エルフナインを窮地から救った。

 

 オートスコアラー達がノエルの元に集う。

 

「みんな……」

「また会えて嬉しいゾ、ノエル!」

「派手な再会だな」

「流石は我がマスター。そして家族」

「まぁ? 反省しているようですし? あの時の事は水に流して差し上げましょう」

 

 再会を喜ぶ彼女達に向けて、ミラアルクが叫ぶ。

 

「はっ! たった一人増えた所で! ウチらの敵じゃないんだゼ!」

「ええそうね。ミラアルクちゃんの言う通り──でも」

 

 外に繋がる穴に掛けていた手を離し、ヴァネッサはエルザと共にノエルへと体を向ける。

 

「厄介なのは変わりないから、三人でちゃっちゃっと片付けしまいましょう」

「ガンス!」

「ああ!」

 

 ノーブルレッドはそれぞれ神の力をその身に宿し──しかし、此処で起きた奇跡はノエルの復活だけでは無い。

 

「──察しの悪い奴らだな」

 

 ヴァネッサが空けた空間が歪み、別の空間へと繋がる。

 分割、弱体化しているとはいえ、神の力に干渉された事にヴァネッサは驚きの表情を浮かべて振り返り。

 

「二人とも逃げて!」

『!!』

 

 叫び、跳ぶと同時にチフォージュ・シャトーが揺れる。空間の歪みから現れた彼女が、感情を爆発させるかの様に錬金術を行使したからだ。

 

 白金の石を胸に、戦場に降り立つのは奇跡の完遂者。

 その姿を見て、のえるの中にいるエルフナインが歓喜の声を上げる。

 

『キャロル!』

「オレの領域を犯したんだ──覚悟は出来ているんだろうなノーブルレッド」

 

 こうしてキャロル達家族は──かつて過ごした家に再び集まった。

 自分達の大切な世界を、家族を、友を守る為に。

 

 

 




穴の奥からレイア妹も覗き込んでたりします。


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第九話「神話の一つのように紡いだ」

 ──キャロルがエルフナインを助けに行く少し前。

 

「ダメだ。行くな」

 

 キャロルは、フィーネに腕を掴まれ止められていた。

 彼女は、家族に手を出されて怒っている。本来なら、エルフナインが誘拐された時点でノーブルレッド達を八つ裂きにしようと考えていた程に。

 しかし今のいままでフィーネに説得され踏み止まり──今限界を迎えた。

 

「放せ」

「よく考えろ! 今お前が出ていけば、今までの苦労が……!」

「ああ、そうだな。SONGの奴らにオレの存在を認知され、何れはオレとお前、そしてそこの狸との繋がりがバレるだろう」

 

 そうしない為にも暗躍してきたのだが──。

 

「理解しているのなら──」

「だがな、お前も忘れているだろう? オレはエルフナインに世界を識って欲しくて、お前達に協力したと──今家族が害されるのなら、オレは抜ける」

「貴様……!」

「それに、神の力が具現化した今、もう悠長にしていられる時間は無い──アイツらにも協力を仰ぐべきだ」

「……」

 

 キャロルの言葉に、フィーネは押し黙る。

 彼女も分かっているのだ。

 自分たちのしてきた事は実を結ばず、全て敵の思惑通りに進んでいる、と。

 もう自分達だけでは限界だと。

 

「それとお前も思い出せ。何故この世界を救いたいのか。誰を守りたいのか」

 

 その言葉を最後にキャロルはラピス・フィロソフィカスのファウストローブを身に纏い、ヴァネッサの力に干渉してシャトーへと跳んだ。

 それをフィーネは黙って見送る事しかできず。

 

「潮時では無いかね、我々も」

 

 二代目の言葉に返す事もできなかった。

 

 

 第九話「神話の一つのように紡いだ」

 

 

 シンフォギア装者達はエルフナインを、そして未来を助ける為にシャトーへとやって来た。

 そして目視するのは神の力。

 ヘリから飛び降りた彼女達はギアを展開し、神殺しの槍を携えて走り出す。

 

「あれが、神の力──あれがあればこの国は……」

「翼?」

 

 隣で並走する翼の言葉に奏が疑問を抱き──しかし、神の力が攻撃を開始した事でそれも遮られる。

 

 神の力は高質量のエネルギーを解き放ち、シンフォギアを一掃しようとする。

 各々回避行動を取るが──一発放たれただけで、シャトー周辺の半壊していた建造物が溶かされ、破壊尽くされる。

 

「なんてデタラメ……!」

「なんて暴君デスか!」

 

 それでも彼女達は足を止める事はできない。

 仲間を、友を助ける為に。

 

「未来……!」

 

 走りながら響はギュッと拳を握り締め、親友の名を呟いた。

 陽だまりを取り戻す為に。

 

 

 ◆

 

 

 シャトー内では、戦闘が激化していた。

 ノエルが弦を操り部屋中に張り巡らせる。その光景を見てミラアルクは悪態を吐いた。

 

「用意周到な奴だゼ」

 

 もしミラアルクが時を止め移動してもどうしても弦に阻まれる。ならば切って無理矢理進めば良いが、そうすると移動先をノエルに把握され──感覚器官をリンクしているキャロルがそれを察知し、一瞬で迎撃されるだろう。

 ミラアルクには、ノエルが常時展開している障壁を、ダウルダブラの装甲を貫く拳を持っていない。故に慎重にならざるを得ない。

 

 ならば、エルザとヴァネッサの空間を操る力を使えば良いのだが──。

 

「──ノエル!」

「はい!」

 

 エルザが力を使おうとした瞬間、それを察知したキャロルがノエルの名を呼び、ノエルは弦を走らせエルザに攻撃。エルザは破れた世界への道を一度閉じ防御する。いや、させられる。

 ビリビリと体にくる衝撃に眉を顰めながら、エルザは言った。

 

「キャロル……まさか神の力を解析して……!」

「ああ何度も見せられてはな──強い力には予兆がある。厄介な力なら、使わせる前に潰せば良い」

 

 火、水、風、岩の錬金術を行使し、解き放つ。

 それをヴァネッサが銃火器で応射し、相殺する。

 しかし、この場にいる錬金術師は彼女だけではない。

 竪琴の音色が響き渡り、ノエルも同じように錬金術を行使する。

 

「ヴァネッサ! ──くそ!」

 

 避けられないと判断したミラアルクは時を止める力を使う。

 そしてヴァネッサの元へ向かい、彼女を担ぐとノエルの錬金術の射程範囲から逃れ、そこで力を解除し──。

 

 ガチリッと拘束される。

 

「──っ!?」

「言っただろう。予兆があると」

 

 キャロルのファウストローブにて使用された虹色に輝くエネルギー拘束。ミラアルクはヴァネッサ共々捕まり、身動きができなくなった。

 

「ヴァネッサ! ミラアルク!」

 

 エルザが叫び、助けようとして──ノエルの弦で絡み取られる。

 

「っ!」

「さぁ、ご案内しましょう──奈落の底へ」

 

 弦でぐるぐる巻きにされたエルザは、勢い良くヴァネッサ達に叩き付けられ、痛みに顔を歪める。

 さらに弦で三人纏めて簡単には身動きが出来ないようにし、弦による捕縛結界を形成。

 

「これで終わりだ」

 

 キャロルが天に錬金術の紋様を描き、ノエルが床に錬金術の紋様を描く。二つの紋様は共鳴し、バチバチとエネルギーを高まらせる。

 

「これは、まさか!?」

 

 高質量の雷による攻撃。

 全てを破壊する神殺しの雷。

 そしてノーブルレッドは結界により脱出不可能。

 

「──堕ちろ!」

 

 閃光と轟音がシャトーを揺らし──収まったその先には大穴が空いていた。

 それを見たファラが思わず呟く。

 

「凄い……これでは一溜まりも」

「いや、逃げられた」

 

 しかしキャロルが彼女の言葉を否定した。

 ノエルも彼女の言葉に頷く。

 

「ええ。何か外部から強引に干渉された様な……」

 

 結界を張った本人である為、キャロル以上にその力を感じ取れた。

 兎にも角にもノーブルレッドには逃げられた。今後不意打ちをされる可能性がある。

 

「とりあえず今は小日向未来だ。アイツを救出するぞ」

「あらマスター。まるで正義の味方みたい」

 

 ニヤニヤと笑いなガリィがそう言えば、キャロルはやかましいと返しつつ、オートスコアラー達を一瞬で直す。どうやらアダムスフィアを渡されていたらしい。

 

「適材適所という奴だ。外はアイツらに任せる」

 

 それに。

 

「奴もいい加減、自分に素直になっている頃だろう」

 

 

 ◆

 

 

 外では、響達が神の力と戦っていた。

 しかし──攻めあぐねていた。

 ガングニールの神殺しの力で確実にダメージを与える事はできているが、苛烈な攻撃に決定打を欠く状態。

 加えて、神の力が時間が経過する程に何かに共鳴しているかのように、段々と力を増している。

 

「だったら、私の弾丸で道を……!」

 

 イチイバルを構えたクリスが、7つの旋律にて強化された弾丸を放つ。神の力は触手で弾こうとするが、神の摂理をぶち抜いて弾丸が神の力に直撃──しかし。

 

「──また、再生を!」

 

 どういう訳か、神の力は傷を癒す。

 神の力によるダメージを無かった事にする力ではない。まるで、時間が巻き戻っているかのように、7つの旋律も、神殺しも耐え凌ぐ。

 

「何か、別の敵が──っ!」

 

 クリスが違和感を元に、周囲を索敵しようとして──狙われている事に気づく。

 神の力の中央クリスタル部分にエネルギーを集束させ──。

 

「──クリス!」

(油断した訳じゃ無いけど……!)

 

 狙撃する為に遠方に位置取ったせいか、他の装者の援護が間に合わない。響が叫び、クリスが移動しようとするが──その前に蹂躙される。

 翼と奏がアカシアの力を解放して、高速で駆けつけようとして──彼女達の周囲がゆっくりとなる。

 

『──!?』

 

 ──時間干渉。潜む敵はとことんシンフォギア達を邪魔にする。

 そして、誰も駆けつける事が出来ぬまま、神の力はその牙をクリスへと向け、レーザーが解き放たれ──。

 

 ──ASGARD。

 

 クリスの前に現れた人物が、己と融合した完全聖遺物の力で盾を形成し、受け止める。端から削られていくが、無限のエネルギーで無理矢理レーザーを受け止め続け……収まった頃には体をボロボロにさせながらも、クリスを守り切った。

 

「──全く。相変わらず無茶をする」

「──ぁ」

 

 体を再生させながら彼女は──フィーネは振り返り、こちらを呆然と見上げるクリスに微笑みかける。

 

「フィー……ネ……?」

「……本当は貴方達の前に顔を見せるつもりは無かった」

 

 クリスの手を取り、立ち上がらせるフィーネ。

 そんな彼女達の元に響達が集い、彼女を見る。

 仲間なのか? そんな視線を……誰も向けていなかった。

 その事にフィーネは呆れつつも嬉しく思い、自分もキャロルの事を言えないと苦笑する。

 

「このような状況でも、私の目的は言えない──が、あの力をどうにかしたいと思っている。……貴方達を助けたいと思っている」

「了子さん」

「まだ、その名で呼んでくれるのね──アレは、神の力だけではない。ノーブルレッドに力を与えた黒幕も一枚噛んでいる」

「ノーブルレッドの?」

「ああ。潜んで油断している今のうちに、一気にアレを壊したい──どうか力を貸してくれ」

 

 フィーネが頭を下げて頼むと、クリスが彼女の手をギュッと握り返して言う。

 

「わたしは、あの時から変わっていない──フィーネ」

「クリス……」

「キリちゃんが貴方に力を貸したという事は悪い事をしようとしている訳じゃないんだと思う──だったら、わたしに断る理由はない」

「月読調……」

 

 クリスと調の言葉にフィーネが瞳を揺らし、他の装者達も笑みを浮かべて頷く。

 そんな中、響が一歩前に出て、かつて復讐相手だと恨み続け、最後にはその愛の深さに考えさせられ──今は理解できるようになった彼女がはっきりと言う。

 

「わたしは、どうしても大切な人を助けたい──フィーネ、かつての貴方と同じように」

 

 バッと振り返り、拳を握り締め、神の力を見据える。

 

「未来を取り戻す──わたしはそれだけだ」

「──お前も変わらないな」

 

 フィーネが響の隣に立つ。クリスもそれに続き、皆が前に出て改めて神の力を見据える。

 

「さぁ、神殺しと行こうか!」

 

 かつてシンフォギアを作った巫女と、それを纏う歌姫達が、取り戻す戦いに身を投じる。

 

 

 

 神の力の周囲の空間が歪み、そこから刺々しい触手が生える。触手は響達に襲いかかるが、それをフィーネがネフシュタンの鞭で応対。

 さらにセレナとクリスが短剣と弾丸で撃ち落としていき、マリアの波導と翼の斬撃が斬り開く。

 

「弱点は分かり易いあの中央クリスタル! あそこに全戦力を叩き込む!」

「だったら、わたしが行く!」

 

 フィーネの言葉に響が即座に返し、他の装者達は言葉なく援護する為に動く。

 切歌のイガリマの斬撃が、調のシュルシュガナのレーザーが牽制を行う。

 

「未来……!」

 

 破れた世界が展開され、神の力を覆い近寄らせない様にしようとするが、奏の槍が切り払い、神殺しの力で以って無効化させる。

 

「未来!」

 

 クリスとフィーネのエネルギー状の砲弾が、神の力に直撃し、その巨体を傾かせる。

 時間の巻き戻しでダメージを回復させていくが──それこそがフィーネの狙い。

 

「やはりな。一つの神の力を使っている間は、他の神の力を使えない……!」

 

 そうなると、神の力が今使えるのは本来備えている触手による攻撃、神の摂理のみ。

 しかし、それだけなら──響の拳が当たれば全てが終わる。

 

 故に、神の力の抵抗は激しさを増す。

 鱗粉のようにばら撒かれた光が、響を囲い、そして爆発。

 

「やらせないわよ……!」

「マリア!」

「響さん、行って!」

「セレナ!」

 

 しかし、マリアのマントとセレナのエネルギーシールドが響を守り通した。

 おかげで響は無傷だが、マリアとセレナは満身創痍。落下していく彼女達に響が手を伸ばそうとするが──。

 

「今、手を伸ばすべき相手を間違えるな!」

「──っ!」

「行け──立花響!」

 

 マリアの激励に、響は前を向いて──走り出す。

 そんな彼女達の背中を見ながら、マリアは叫んだ。

 

「──全員! 希望を守り通せぇえええっ!!」

 

 その言葉に呼応するかの様に、翼達のギアにアカシアの力が顕現する。

 そして、それを見た神の力は全ての攻撃を響へと集中させた。

 彼女達が、響を守ると理解した為に。

 だが──関係ない。

 

「ぐっ……!」

「ちっ……!」

「翼さん! 奏さん!」

 

 殺到した触手の前にツヴァイウィングが立ち塞がり、受け止め、血を吐きながら響を守る。

 それを響が乗り越えながら突き進む。

 

 神の力がレーザーを響に向かって撃ち、その射線状にフィーネ、切歌、調が躍り出て、それぞれASGARD、銀の盾、草の壁で受け止める。

 

「響さん!」

「跳んで!」

「道はあの子が!」

 

 三人の言葉に従い、響は思いっきりジャンプした。

 神の力はほとんど無防備だ。しかし、距離がある。普通に走って行っても直前に対応されてしまう。

 故に、ここで必要なのは爆発的な突進力。

 それを付与させる為に、クリスがスコープ越しに覗くのは響。

 

「行って響!」

 

 放たれたその弾丸には、相手を穿つ力では無く、響の背中を押す為の力──アカシアの力。

 飛来した赤き弾丸を響が後ろ手に掴む。

 

「融合──進化!」

 

 そして、空を蹴り神の力に向かって飛び込みながら、響が手にするのは──。

 

「この手に燃え盛る炎をぉおおおおお!!」

 

 コマチが居ない為、展開は一瞬。負荷も大きい。

 しかし、その一瞬があれば──。

 

「「「最速で!」」」

「「「最短で!」」」

「「真っ直ぐに!」」

 

 ──未来に手が届く! 

 

「──一直線にぃぃぃぃぃいいいいい!!!」

 

 真っ赤に燃える腕を突き出し、神の力が苦し紛れに放ったレーザーを、そして本体を突き破り、響の拳は全てを貫いた──。

 

 

 ◆

 

 

「よくやった神殺し。これで我も完全体になれる」

 

 

 ◆

 

 

 ──かに、思えた。

 響は、ギアが強制的に解除される中、信じられないものを見た。

 そしてそれは、祭壇で未来を解放しようと儀式の中断に取り掛かっていたキャロル達も同じだった。

 

「バカな! これは……!」

「未来さんに神の力を付与させるのではなく、神の力に未来さんを溶け込ませて……!?」

 

 祭壇の上に居る未来が光の粒子となって消え、そして外にいる神の力と結び付き──響の前に現れた。

 しかし、それは未来ではない。

 ソレは、備え付けらた聖遺物──神獣鏡のファウストローブを身に纏い、口を開く。

 

「遺憾である──我はシェム・ハ。ヒトが仰ぎ見るこの星の神が、我と覚えよ」

 

 そこに──彼女の陽だまりは無かった。

 



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第十話「Yes, just believe」

「──やられた! 奴ら、この事を知っていて……!」

「キャロル!?」

「ノエル! これは罠だ! すぐに外と合流を──」

 

 何かに気づいたキャロルが叫ぶが──もう遅かった。

 

「行くわよ二人とも!」

 

 空間転移により、ノーブルレッドの三人はキャロル達を囲うように位置取り、両手を翳していた。

 

 迷宮には怪物がいるという認識を元に、それを因果逆転させることで怪物がいる場所こそが迷宮──それを実現させる哲学兵装こそ、彼女達の最大奥義。

 

 その名は、ダイダロスの迷宮。

 

「しまった!」

 

 ノエルが叫ぶが──その声もすぐに聞こえなくなる。

 キャロル達は、ノーブルレッドの作り出した脱出不可能な迷宮に囚われてしまった。

 しかし、それを見て彼女達は言う。

 

「おそらくすぐに出てくるわね」

「そうでありますね。相手は奇跡の完遂者。その程度なら……」

「だが、これで……」

 

 コクリとヴァネッサが頷き。

 

「ええ、時間が稼げるわね」

 

 そう言って彼女は、上を──神が居る場所を見上げた。

 

 

 第十話「Yes,just believe」

 

 

「未来!!!」

 

 響が伸ばした手はしかし、届く事なくギアが解除され落下。

 シャトーに叩きつけられる寸前に、マリアが彼女を受け止め、そして空を仰ぎ見て、神を睨み付ける。

 その目を睨み返しながら、未来──否、シャム・ハはゆっくりとマリアの前に降り立つ。その周囲に追いかけて来た装者とフィーネが集う。

 シェム・ハは周りの装者達を見渡し──心底不思議そうに呟く。

 

「何故だ……? 何故貴様らからアカシアの気配がする?」

 

 そして次の瞬間──場を圧縮するかのようなプレッシャーが彼女達を襲った。

 苛立ち。たったそれだけで装者達は呼吸が難しくなる。

 次元が違う。

 そんな中、彼女に言葉を投げかける者が居た。

 

「シェム・ハ……様……」

「──む。貴様、フィーネか?」

 

 旧知の人間に出会ったからか、シェム・ハの威圧が収まる。

 彼女は珍しいものを見たと呆けた顔をした。

 

「あれから長い時が経ったが、なぜ貴様が此処に?」

「──それは」

 

 神の前だからか、元巫女であるフィーネはシェム・ハに強く出れないでいた。

 シェム・ハはジッと彼女を見つめ──察した。

 

「そうか。貴様、アカシアの事を識ったな」

「──!」

 

 その言葉にフィーネは心底驚いた表情を浮かべた。

 何故、悠久の時から目覚めた彼女がそのような事を──その事を識っている? 

 答えは簡単──シェム・ハは全てを識っていたからだ。

 シェム・ハは月を見上げて嘲笑う。

 

「あの月の形から察するに、エンキへの想いを捨てきれず、統一言語を奪われた事への虚しさから、我の代わりにバラルの呪詛を解こうとしたようだな」

「──っ」

「──ハハハ。エンキの献身を無に帰してでも、想いを伝えたかったか! ヒト風情が! それがエンキにとって、アカシアにとって最も残酷な仕打ちと知らずに!」

「ちが、私は……決してそのような想いで!」

 

 フィーネの頬から涙が伝う。

 全てを知った今、彼女は理解していた。自分にしてきた事は、想い人を、尊敬する友を裏切る行為だと。

 それを改めて突きつけられた彼女は、心が軋む。

 シェム・ハはそれを嘲笑いながら見続け──。

 

「いい加減に……して!」

 

 それをクリスが怒りの表情で止めた。

 

「確かにフィーネは間違った事をした! たくさんの人に迷惑をかけた! でも、その想いは本当だった──その想いを踏み躙る権利は誰にもない!」

「何も知らない小娘がよく囀る」

「確かに何も知らない! でも!」

 

 クリスはフィーネを見て、力強く断言した。

 

「フィーネは優しい人だ──だから、彼女の行動には愛がある! これ以上わたしの大切な人を貶めるのなら、許さない!」

「クリス……」

 

 フィーネは、呆然とクリスを見ていた。

 最後に会った時よりも成長していた。強くなっていた。──自分よりも。

 その後ろ姿がとても大きく見え、思わずフィーネは微笑んだ。

 

 その光景をシェム・ハはつまらなそうに見つめ──己に強く干渉する力に、苦悶の表情を浮かべた。

 

「ぐ、あああ……!」

「未来!?」

「──これは」

 

 響が叫び、マリアは未来の体に取り付けられたソレを見て目を見開いた。

 忘れる訳がない。アレは響を闇から守る為にウェルが開発した──ダイレクトフィードバックシステム。

 それが、シェム・ハを拘束する為に悪用されている。

 さらに事態は動く。

 

『刻印──起動!』

「──」

 

 翼の脳内に訃堂の声が響き──翼の精神は彼に掌握された。

 翼は、剣をサーフボードにすると苦しむシェム・ハを抱えて空を飛ぶ。

 その行動にその場に居た全員が、翼へと驚きの視線を向ける。

 

「翼、何を!」

 

 奏の叫び声を翼は冷たい目で見下ろし、吐き捨てる。

 

「もうお遊びは終わりなんだよ、奏」

「──つ、ばさ……?」

「この国を守るのに必要なのは歌なんかじゃない──力だ!」

 

 そして。

 

「それを為す力は、今ここに風鳴が手に入れた」

「お前、何言って──」

「お別れだ奏、みんな──せいぜい生き残りな」

「待て、つば──」

 

 しかし奏の静止の声虚しく翼は飛び去って行き。

 

「追うぞ!」

「うん──む。ちょっと待って。これは……」

 

 突如、チフォージュ・シャトーが大きく揺れ動き始めた。

 装者達はその大きな揺れに狼狽し、何が起きているのかを把握する前に──。

 

 シャトーは、訃堂が仕掛けていた大量の爆弾により大きく傾いた。

 そして、その内外に居た響やキャロル達は──すぐに動く事ができない程のダメージを負った。

 

 

 ◆

 

 

「──ついに、神の力がこの手に」

 

 現在、翼が連れてきたシェム・ハはダイレクトフィードバックシステムによる精神制御が推し進められている。

 それもアカシア・クローンであるイグニス達の生命エネルギーを使っている為、より早く、より深く、神の力を掌握する事が可能だ。

 しばらく経てば、次世代抑止力が完成し──もう二度と日本が外国に蹂躙される事はない。

 

 翼は充てがわれた部屋に連れて行かれ──吐き続けていた。

 刻印により無理矢理頭の中を弄られ、防人としての自分とツヴァイウィングとしての自分がごちゃ混ぜになり、本当の自分が何なのかを分からないでいた。

 

「オレは……わたしは──」

 

 だが──訃堂が一度刻印を起動させれば、防人となり、護国の為に剣を振るうだろう。

 

 そう、例えば──訃堂が推し進めた護国災害派遣法で、鎌倉の家宅捜索をしようとする日本政府とそれに協力するSONG等……。

 

「果敢無き哉……」

 

 すぐに彼らは来るだろう。その時訃堂は迷いなく切り捨てる。

 護国の為に。

 ──しかし。

 

「……」

 

 訃堂はある部屋に訪れた。

 そこには布団が敷きられており、その枕元には──コマチがぐっすりと眠っていた。

 

「イー……プイ……イー……プイ……」

「ふん」

 

 訃堂は、空になったお椀と皿が乗ったお盆を手に持つと、代わりの物をそっと枕元に置く。

 お盆の上に乗っているのは、響やクリスの好きな食べ物──つまり、コマチがここ最近彼女達と過ごし始めて好きになり始めた食べ物だった。

 訃堂はその事を知らない。ただ、コマチがそれらを美味しそうに食べているのを知っているだけだ。

 

「モノノケ。貴様は──」

 

 訃堂がそっとコマチに手を伸ばそうとし──しかし止める。

 

「果敢無き哉」

 

 それだけ言うと、訃堂は部屋を出て襖を閉じると結界を構築させる。そして何も言わずその場を立ち去った。

 

 

 ◆

 

 

「皆はどうだ?」

「軽傷ね。土壇場で駆け付けてくれたサンジェルマン達のおかげだわ」

 

 頭に包帯を巻いたマリアは、発令室にて弦十郎に報告を行なった。

 シャトーで起きた爆発。

 いくらシンフォギアといえど、まともに食らえば無事では済まない。そんな彼女達を救ったのは、サンジェルマン達だった。

 しかし彼女達も爆発に巻き込まれてしまった為、治療の為に一度協会に戻っている。

 

「キャロルとエルフナインくんは?」

「ノーブルレッドの哲学兵装で何度も衝撃波を喰らったそうで、今は寝ているわ」

 

 そして、そんな二人をオートスコアラー達が看病している。

 

「そうか……」

「それで、秘密の招集について教えてちょうだい」

『俺から話そう』

 

 モニター越しに八紘は語る。日本政府の要請により鎌倉へ家宅捜索を実施。場合によっては殺害許可も出ており──それは翼にも適用される。

 現在動ける装者──それも成人している者はマリアしか居ない。

 故に、彼女に協力要請が出た訳だが──そこに待ったの声が掛かる。

 

「あたしにも行かせてくれ」

「奏!?」

「あなた、傷はもう良いの?」

「こんなの、気にしている暇はねぇよ!」

 

 今回の作戦、弦十郎は絶対に奏に知らせるつもりがなかった。

 翼の変化。裏切り。そして殺害許可。

 とてもではないが、翼と一緒にツヴァイウィングとして歩んできた彼女に話せる訳がなかった。

 傷も深く動けるとは聞いていない。マリアも嘘は言っていない。

 では、何故──? 

 

「彼女に機会を与えたらどうですか?」

「ウェル? まさか、お前!」

「奏さんの愛なら、翼さんの目を覚ます事ができる。そう思って優先的に治療させて頂きました」

「お願いだ旦那──行かせてくれ。あたしが絶対にあのバカを連れ戻すから!」

 

 奏の懇願に、弦十郎は──。

 

 

 ◆

 

 

 そして──日本政府並びにSONGによる家宅捜索が開始された。

 現場にはエージェントの他に八紘、弦十郎、緒川、マリア、そして奏が居た。

 八紘の権限で開門され、エージェント達が証拠を収めに突入しようとし──それをマリアが止める。

 

「何を!?」

「よく見て」

 

 マリアの指差す先には──アルカ・ノイズ。

 もしこのまま突っ込めば命はなかった。

 訃堂がアルカ・ノイズまで使用している事に、弦十郎達が目を見開くが……すぐに精神を立て直す。

 

「ノイズはわたしが引き受けるわ!」

「頼んだぞ!」

 

 弦十郎達は屋敷の中へと入っていき、そして奏は──。

 

「よぉ翼──良い夜だな」

「何しに来た──奏」

 

 先日と同じように冷たい目で見下ろす翼と、真っ直ぐ視線を交わしていた。

 

 

 ◆

 

 

 屋敷の奥の奥へと向かう弦十郎とエージェントたち。

 果たしてそこで待ち構えていたのは──護国の鬼。

 

「──っ!!」

「ぁ……」

 

 一睨み。それだけで特殊な訓練を積んでいるエージェント達が臆し、後退さる。

 ならば、彼と相対できるのは──同じ血を持つ者のみ。

 弦十郎は、エージェント達を下がらせ、一人前に出る。

 

「国連の犬に成り下がった親不孝者めが──どの面下げてこの戦場に足を着ける」

「無論、アンタを止める為だ」

 

 訃堂と弦十郎が激突し──部屋が吹き飛んだ。

 

 しかし、それをマリアは気にせずノイズを駆逐していき。

 奏は、翼と激しく打ち合っていた。

 

「翼! お前、本当にこんな事をしたいのか! 未来を攫って! よく分からん力埋め込んで! それで大嫌いな防人って叫んで!」

「ああ、そうだ! オレは本来こうするべきだったんだ!」

「違う!」

「違わない!」

 

 翼の言葉を奏が強く否定する。

 一歩、奏が前に出る。

 

「お前は優しい奴だ! 自分の母親との約束を守る為に! 大好きな歌を歌い続ける為に! あたしと! 一緒に! 羽ばたいて来たんじゃねえのかよ!」

「ぐ……!」

 

 一歩、翼が後に下がる。

 

「今までの全部! 嘘だったのかよぉ!」

 

 奏の槍が翼の剣を弾く。

 

「光彦との約束、忘れたのかよぉ!」

 

 剣を握る翼の手に力が入る。

 

「──黙れぇぇぇェェエエエエ!!」

 

 三歩前に出て、奏の槍を弾く。

 

「それで何が守れた!? 何も守れなかったじゃないか! ──忘れたのか!? あの日、死んだ皆を! お前を助けて死んだ光彦の事を!」

「っ!」

「力ではなく、歌を選んだ結果──オレは全てを取り零した!」

 

 だから。

 

「もう、あんな思いはしたくないんだよ!」

「──だったら」

 

 奏が鍔迫り合いの状態で勢いよく頭を後ろに下げ──。

 

「らしくなく考えるな!!」

 

 ゴンっと鈍い音が響く。

 頭突きだ。

 まともに喰らった翼は痛みでたたらを踏み、その隙に奏が彼女を地面へと押し倒す。

 

「なんであたしに相談してくれなかったんだよ! なんでそんなになるまで塞ぎ込んぢちまったんだよ! ……もっと頼ってくれよ。あたし達──」

 

 二人でツヴァイウィングだろ? 

 

「──」

「翼、あたしもあの時無力だと、守れなかった自分を許せなかったさ。凄く辛かった。どうしてって思った──でもさ、力だけを求めても人は救えないんだ」

 

 かつて、家族を失い、ノイズに復讐する為だけに生きていた奏。

 しかしそれだけではダメだと気付かされた。

 それを教えてくれたのは──自分が助けた人達だった。

 

「翼、お前力を手に入れてどうするんだ──それで、守れた人も、守れなかった人も……忘れるつもりか?」

「──」

「翼、それは絶対にやっちゃあいけない事だ」

 

 いつの間にか、二人の槍と剣は──握られていなかった。

 

「翼、一緒に歌っていこう。それがあたし達だ」

 

 いつの間にか、二人は手を繋いでいた。

 

「翼──苦しみも、楽しさも、辛さも、一緒に抱えていこう。そして絶対に忘れないようにしよう。そして──」

 

 歌で、世界を守ろう。

 それが──。

 

「──あたし達、ツヴァイウィングだ」

「──奏」

 

 翼の頭の奥でガラスの砕ける音が響き──彼女の頬に涙が伝う。

 

「奏……ごめん。オレ……オレッ!」

「ったく。世話の焼ける奴だぜ」

「奏……奏ぇ!」

 

 戦場の中央にて翼が涙を流し続けて、そんな彼女を奏が抱き締め。

 そして、その光景をマリアが見守り──鋭い殺気を察知する。

 その殺気は翼に向けて放たれており、斬撃となって襲いかかる。

 故にマリアはその身を割り込ませて、斬撃を逸らす。

 

「司令は──」

 

 マリアの視界に、頭から地面に埋め込められ力なく倒れ伏す弦十郎を見つける。

 おそらく──目の前の怪物、訃堂に倒されたのだろう。

 

「どけ、国連の犬めが!」

「親なら子どもを見守りなさい!」

 

 叫び、マリアは奇跡の石を取り出す。

 

「我が呼びかけに応えよ、奇跡の石! 進化を超えろメガシンカ!」

 

 マリアの姿が全盛期となり、ギアも黒く染まり──手にするのは波導の力。そして心にあるのは勇者の姿。

 

「風鳴訃堂──アナタとは一度話したかった」

「ふん──果敢無き哉」

 

 訃堂の威圧とマリアの波導が正面かぶつかり合い──ギシギシと空間を震わせた。

 



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第十一話「二人でなら翼になれる Singing heart」

 白銀の煌めきと歴戦の刃が激突し、屋敷が揺れる。

 マリアと訃堂の衝突は、もはや人類が立ち入れる領域を脱しており、近くで援護をしようとしていた緒川は、力なくクナイを下す。

 

 あの戦いに割り込む事は不可能だ。

 

「はぁ!」

「ぬぐ……!」

 

 弦十郎は親子の情により訃堂を殺す事ができず、そこを隙として突かれて敗北してしまった。

 しかし、マリアにはそれはない。

 時限式だが、弦十郎と互角の力を持つ彼女ならば訃堂と渡り合う事が可能だ。

 

「風鳴訃堂!」

 

 しかし、マリアは訃堂を倒す事を目的として彼と刃を交えている訳ではない。

 

「お前が防人に、護国に拘る理由はなんだ! ──何故子である司令や翼に、そのような非道な事ができる!」

 

 彼女は、訃堂の腑の奥を見ようとしていた。

 しかし、訃堂は失笑し、彼女の言葉に返す。

 

「知れた事。先達から引き継いだ心を守る為。国を守る為──その為に儂は外道に堕ちても良いと心得た。鬼になると決めた!」

 

 だから躊躇なく弦十郎を殺そうとできたし、翼も操り人形にした。

 さらに、己の後継者を作る為に、息子の心に決めた女を孕ませ、最高の防人を産ませた。

 

 そして、未来を依代にシェム・ハを復活させ、操ろうとした。

 

 それを聞いたマリアが眉を顰め、しかしずっと感じていた違和感を彼に聞いた。

 

「ならば何故──リッくん先輩を、アカシアを使わなかった」

「──」

 

 訃堂の言葉が、刃が止まる。

 

「──何を」

「どうした! 答えられないのか!? 四年前、貴様は彼の存在に気づいた。しかし──今のいままで、その力を使おうとしなかった!」

 

 マリアの問いかけに、訃堂は──彼女を強く睨み付けて答えた。

 

「──護国に、アレは不要だと断じたまで」

「外道に堕ちた貴様がか? 違うだろう──訃堂、お前は」

 

 ──まだ非道に成り切れていない人の部分があるんだ。

 

 マリアのその言葉を聞き、訃堂は──遠い日の記憶を呼び起こす。

 

 

 第十一話「二人でなら翼になれる Singing heart」

 

 

 風鳴訃堂。5歳。

 

「えい! やぁ!」

 

 風鳴家の保有する屋敷の一つ。そこで彼は一人、己の技を磨いていた。彼の周囲には、彼を世話をする者は居らず、血の繋がった者は別の屋敷に居た。

 防人の為に必要な事だった。

 

「たー! やー!」

 

 しかし、幼い彼にとってそれは──。

 

「……ぐす」

 

 辛く、寂しい事だった。

 それでも防人は泣いてはならないと。ご先祖様に顔向けできないと木刀を振り続け。

 

『君、いつも振り回しているね。疲れないの?』

「え……?」

 

 そんなある日──訃堂は妖怪を目にする。

 

「うわああああああ!?!?」

 

 叫び声をあげて、後へと思いっきり退がり、石に躓いて転ぶ。

 頭を打ったのか、彼は目に涙を溜め、しかし泣かないように努めた。

 そんな彼を覗き込んだ妖怪は、クスクスと笑い始めた。

 

「へんなの〜」

 

 それが訃堂とアカシアの初めての出会いだった。

 

 

 

『あ、またやってる〜』

「……また来たのか、モノノケめ」

 

 あの日以来、モノノケは訃堂の元へ度々訪れた。

 最初は妖怪退治だと斬り掛かった訃堂だったが、あっさりと負かされてしまい、再び目に涙を浮かべる羽目になった。

 しかしモノノケは訃堂を揶揄う以外には悪さをせず、それ所か屋敷の使用人と仲良くなる始末。

 妖怪に屋敷を乗っ取られたとあっては防人の恥と、訃堂はモノノケを追い出そうとするが──全戦全敗。

 あっという間に力関係が構築され、訃堂はモノノケが現れるとムスッと顔を歪ませる。

 

『ほらほらそんな顔しないの。かわいい顔が台無しだゾ』

 

 顔を真っ赤にさせ怒り心頭な訃堂が木刀を振り下ろすが、モノノケはそれをヒョイっと容易く避ける。

 

「降りて来い貴様! その無駄に回る口、二度と聞けないように掻っ捌いてやる!」

『え〜……訃堂ちゃんこーわーいー』

 

 幼き日の訃堂の顔立ちは、翼とほぼ同じであった。

 所謂男の娘というものであり、訃堂はそんな自分の事を気にしていた。

 そしてモノノケはその事に気づいていながら、あえて揶揄っている。

 

『防人語を使う男の娘訃堂ちゃん、萌え〜』

「面妖な言葉で理解に苦しむが、私をコケにしているのは分かった!」

 

 このように、二人はいつも喧嘩を繰り返し、しかしいつしかお互いに心を許し合う仲になっていた。

 訃堂はモノノケに対して奇妙な友情を感じており、しかしその事を口に出す事を恥と思い。

 モノノケも普段の巫山戯た様子からは考えられない程、変わらず接してくれる彼に感謝していた。

 

 そんな日々が十数年続き──ある日突然終わる。

 

 異国の兵器による蹂躙により、人が、地が、国が──汚された。

 燃やされ汚染された土地の前で──守ろうとして、しかし守れなくて死にゆく友を抱きながら、訃堂は泣き叫んでいた。

 

「──」

『訃堂……』

 

 訃堂は、この日──防人のままでは祖国を護れないと判断した。

 甘さを捨てる事ができなければ、こうして友を失うと──身を以って思い知った。

 

 故に訃堂は喜んで外道へと成り果てる。

 しかしそれでも──変わらなかった想いがある。

 

 

 ◆

 

 

「──契りを交わした! 先達に──友に! 志半ばに倒れれば顔向けできぬわぁ!」

 

 気迫と共に、マリアを弾き飛ばす訃堂。

 絶対に倒れない。目的を遂行するという強い意志がそこにあった。

 マリアはビリビリと震える腕を抑えながら、さらに波導を高めようとし──背後から肩に手を置かれる。

 

「代わってくれ、マリア」

「翼……」

「アイツとは──今回の失態の取り返しは、オレがしないといけないんだ」

 

 そう言って前に出る翼を、マリアが止めようとして、そんな彼女を奏と八紘が止める。

 

「行かせてくれマリア」

「奏……」

「アイツの戦いを、見届けてやりたいんだ」

「俺からも頼む」

 

 八紘は、優しい目で……父親の目で翼の背中を見た。

 彼の目には、かつて自分が愛した女と重なって見えた。

 

「翼を信じてくれ」

「──分かったわ」

 

 マリアは、二人の説得に頷き。

 

 そして、翼は訃堂と向き合う。

 

「刻印の呪縛から抜け出したか」

「ああ」

「ふん──」

 

 訃堂が刀を振り下ろす。斬撃が飛び、翼の髪が揺れ動き、彼女の横を通り過ぎる。

 

「傀儡のままで居れば、苦しまずに済んだものを」

「確かにアンタの言う通りなのかもな。今こうして立っている間にも、愛する仲間に対して申し訳なくて──死にたくなる」

 

 ──だとしても。

 

「オレは戦うと決めた。羽ばたき続けると決めた──オレはツヴァイウィングの翼! 防人なんかじゃない!」

「果敢無き哉! 風鳴の面汚しが──引導を渡してくれる!」

 

 叢雲を握り締めた訃堂が一瞬で翼の前に立ち、老体とは思えない力で振り下ろす。

 翼もアメノハバキリで受け止めるが、ビキリとヒビが入る。

 

「っ!」

「貧弱……惰弱! それで世界を守るだと? 笑わせる!」

 

 訃堂が翼以上の速さで、技で、力で圧倒し、アメノハバキリのギアを端から削っていく。

 

「それでも、オレは──」

 

 彼女は思い出す──片翼と雷光との温かい想出を。

 

「光彦に──誓ったんだぁぁああああ!!」

 

 切り返したアメノハバキリから青い羽が舞い上がり、風に吹かれて翼を包み込む。

 

「虚仮威しよ!」

 

 それを訃堂が一閃し──中から出て来たのは、絆を胸に刻み込んだ翼の姿。

 背中から何処までも飛んでいける両翼を広げ、人を守る為の剣を構える。

 

──アメノハバキリ・フリューゲル。

 

 その姿を見た訃堂は──どうしてもかつての日々を思い出す。

 

「──っ。惑わされぬ! 儂は──私は!」

 

 翼が、空から上段に構えた剣を振り下ろす。その刃に全てを乗せて。

 訃堂は、叢雲にこれまでの技、力を乗せる。

 二つの刃が衝突し、拮抗は一瞬。

 アメノハバキリが真っ二つに折れ、叢雲が翼の喉元へと迫る。

 討ったと訃堂が確信し──折れた二つのアメノハバキリがクルリと回り、叢雲を砕いた。

 

「我が命に等しき叢雲が──!?」

 

 訃堂が信じられないと目を見開く中、翼は宙に舞う刃を握り締め──両手に二つの剣を握り締める。

 そして、まるで鳥の様に両手を広げ──。

 

「オレは──オレ達は! 何処へだって飛んで行くんだぁああああ!!」

 

 (そう) (よく)・ツヴァイウィング。

 

 翼の──否、奏と翼、そして光彦の夢の剣が訃堂を斬り裂き。

 そして、訃堂は──その身に歌を刻み込まれて、意識を失った。

 

 

 ◆

 

 

「ぐ……」

「司令、無事ですか?」

 

 気絶していた弦十郎は、緒川によって助け起こされていた。

 目が覚めた彼が目にしたのは、捕縛されている訃堂。そして、涙を流している翼を抱き締めている奏とそれを優しく見守る八紘とマリア。

 どうやら全て終わったらしいと弦十郎は安心しつつも、役に立てなかった事に息を吐き──地面が揺れている事に気づく。

 それだけではない。

 

「なんだ、これは……」

 

 屋敷の奥から光の柱が空へと伸びており、とてつもない力を感じる。

 そして、その光から出てきたのは──。

 

「遺憾である。道具風情が我を使役しようなどと」

 

 ──神・シェム・ハ。

 彼女は完全に自我を取り戻した状態で、弦十郎達を見下ろしていた。

 

「さて。先ほどは面白い話を聞いた──先ずは」

 

 そう言って彼女が取り出したのは──三つの赤い鎖。

 ある命を削って作り出したそれを、シェム・ハはその力を行使する。

 すると、この世界の隣でこちらを見ていた存在に──首輪をかけた。

 

「そら出て来い──異界の神共よ」

 

 グイッとシェム・ハが引っ張る動作をすると──空が割れた。

 そして、そこから三体の神が堕ちてきた。

 その神は屋敷を押し潰しながら地に倒れ伏し、苦しみもがむ。

 

「ディアアア!?」

「パルゥ……!」

「ギラァ!!」

 

 その神達の名は──ディアルガ、パルキア、ギラティナ。

 この世界ではない、遠く離れた世界に存在する──ポケモンという名の幻獣。

 

「我に従え」

『──』

 

 三つの赤い鎖を使い、シェム・ハが命じると──その神達は沈黙した。

 そして──驚くべき光景が広がる。

 

「な──!?」

 

 赤い鎖で繋がったポケモン達は、そのまま鎖の持ち主であるシェム・ハと繋がり──そのまま彼女の体へと飲み込まれてしまった。

 質量を無視したあり得ない出来事。

 弦十郎達は何が起きているのか理解できず呆然とし──。

 

「──ブイ!」

 

 そこに、結界が壊れた事により外に脱出できたコマチが、皆の元へと駆けつける。

 そして彼の傍には、サイコキネシスで浮かばせて運ばれたイグニス達が居た。どういう訳か激しく消耗し、ぐったりしている。

 

「光彦!」

 

 奏がコマチを抱き上げ、翼とマリアはそれぞれアカシア・クローン達を抱える。アカシア・クローン達は衰弱しているが、コマチの身には何も変化が無かった。

 

「ブイブイ!」

 

 コマチは訴える。早くイグニス達を助ける為にSONGに戻ろうと。

 彼の言う事は最もだが──今、此処には無視できない存在が居る。

 

「──会いたかったぞ」

 

 そして、その存在が──音も無く奏のすぐ横に現れ、コマチを奪い取り、蕩けた顔で彼を見つめる。

 

「アカシアァ……!」

 

 彼女の目は──とても熱く、深く、ドロリと濁っており。

 アカシアしか映っていなかった。

 コマチはその目を見て──背筋を凍らせた。

 

 ──5000年の時を超えて、神達は再会する。

 

 

 ◆

 

 

「ようやくこの時が来たか」

 

 ノーブルレッドに主人と言われていた女が、バサリとフードを下ろす。

 視線の先には神が降臨した事により空間が歪んだ風鳴本家。

 

「さて、先ずは顔を合わせよう──我と、な」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるのは──シェム・ハであった。

 

「ようやくお前を救えるぞ──アカシア」

 

 そう言って彼女は空に浮かぶ月──バラルの呪詛を見た。

 

 古の呪いが今、解かれる。



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第十二話「音楽の答えをまだ見つけられてはいない」

「翼さん! コマチ!」

 

 SONG本部の発令室にて、翼とコマチは響達と再会を果たしていた。

 マリア、奏以外の装者達は彼女達が戻って来た事に喜びの表情を浮かべる。

 対して、翼の表情は暗い。

 

「みんな……ごめん。オレはなんて事を……」

 

 謝罪の言葉の後に、後悔していると述べる翼に対し──響達は顔を見合い、そして優しい表情で彼女に言葉を紡ぐ。

 

「翼、かつてアナタは敵だったわたしに手を差し伸ばしてくれた──あの時があるから、わたしは今此処に居る」

 

 普段はお気楽な翼に対してズケズケと言葉を叩きつけ、遠慮が無いクリスだが……それは翼に対する信頼の裏返しから来るものであった。

 だから翼が訃堂の元へ行った時も必ず戻ってくると信じ、再び共に戦場で肩を並べる事に、なんら思う事は無い。

 

「そうですよ、翼さん。思えばわたし達もかつては敵同士でした」

「でも、今はこうして友達に、仲間になっている」

「そうデスよ! 今更さよならバイバイされても困るだけデス!」

 

 セレナ、調、切歌が温かく迎える。

 

「この場に、アナタを拒む者は居ないわ翼」

 

 マリアが真っ直ぐな目で翼を見つめ、心を込めて言葉を紡ぐ。

 

「翼さん」

 

 そんな中、響が一歩前に出て翼と向き合う。

 

「今度、ご飯を奢ってください──財布が無くなるまで食べてあげますよ」

「──!」

 

 それは、かつて響が暴走し、未来に救われ、戻って来た時に翼が響に送った言葉。

 その言葉が意味する事は、響は翼と再び戦いたい、ずっと仲間で居たいという意味。

 

「だから、そんなにクヨクヨしないでください」

 

 そう言って響は手を差し伸ばし、それを翼は握りろうとして、しかし迷い手を引っ込め──。

 

「ブイ!」

 

 それを、コマチがぴょんッと跳び、サイコキネシスで浮かび──二人の手を繋げた。

 

「光彦……!」

「ブイブイ!」

 

 握り締めた手は、繋がった手は──温かった。

 こんなにも仲間との絆は──胸に来るのか。癒すのか。……そして、尊いのか。

 彼女の目から涙が流れる。

 嬉しかった──こんなにも恵まれて。

 

「翼」

 

 そんな彼女を奏が後ろから優しく抱き締め。

 

「──おかえり」

 

 ただ一言だけそう言い、翼は涙声でこう応えた。

 

「──ただいま」

 

 

 

 発令室に装者達が再会を喜んでいる中、ウェルは自室にて風鳴本家に聳え立つ一本の黒い塔を分析しながら険しい表情を浮かべる。

 

「これは……不味いですね」

 

 ウェルは理解していた。シェム・ハの言動からこれから世界で起きる一大事を。

 そして、それに対抗する為には──。

 

「これを使わないといけないかもしれませんねぇ」

 

 そう言って彼が取り出したのは──一つのLinkerだった。

 

 

 第十二話「音楽の答えをまだ見つけられてはいない」

 

 

 時は、少し遡る。

 

「あぁ! アカシアアカシアアカシィイァアア!!!」

「ブゥゥゥゥゥイ!?!?」

 

 コマチを抱き締めモフモフを堪能し、グリングリンと頬擦りをし、腹部に顔を埋めてスーハースーハーし、そして舌を出した所で──マリアの鉄拳がシェム・ハとコマチを引き離した。

 

「無粋な」

「ぶぶぶぶぶぶ、無粋じゃないでしょこの変態!!」

「ブ〜イ……」

 

 邪魔をされて眉を顰めるシェム・ハに対して、マリアは顔を真っ赤にさせてガタガタと震えた。

 コマチからしたらいきなり未来に……かと思えば、別人っぽい人に好き放題されれば恐れもする。

 ギュッと抱き締めてくるマリアの腕の中で体を丸め、なるべくシェム・ハの湿っぽい視線から逃れようとする。

 奏と翼もコマチを庇う様にしてギアを構えて前に出る。

 

「マリア、落ち着け。今は──」

 

 奏の視線がシェム・ハと共に屹立した黒き塔へと向けられる。

 異様な塔であった。まるで血管の様に赤い光が塔の至る所に走り、脈動を打つかのように光を灯す。

 

「おい、それは何だ」

「不完全である道具風情が識って何になる? ──バラルの呪詛で阻まれているとはいえ、癪に障る」

 

 そう言って彼女は翼達を、そして天に輝く月を見ながら吐き捨てる。

 

「もはや分かり合えぬ──早々に滅せよ!」

 

 そう言ってシェム・ハは腕輪から生成した光弾を解き放った。

 それに対し、マリアは抱いていたコマチを奏に預けた後、波導弾を放ち相殺させる。

 その光景を見たシェム・ハが驚きに目を見開きながら、言葉を紡いだ。

 

「驚嘆である。貴様その力──そこの贋作共とは違い真のアカシアの力か」

 

 どうやら、シェム・ハからすれば奏や翼の力よりも、マリアの使うアカシアの力の方がより本物に近いらしい。

 

 そもそも、マリアと響以外の装者達のアカシアの力の使い方は異なる。

 装者達は、アカシアの細胞から作られたエネルギーをギアを介して変換、行使してアカシアの力に近づけている。

 対してマリアは、リッくん先輩が残した力の結晶とガングニールを同時展開している。

 それは、二つのギアを同時展開しているようなもので、普通の人間では到底扱えない。

 しかしそれを為しているのがマリア・カデンツヴァ・イヴという一人の少女であり──シェム・ハが思わず警戒してしまう程に強い。

 

「貴様は邪魔だな──誇るが良い。神である我が直接、その儚き命を摘んでくれよう」

「──ッ!」

 

 尋常ではない殺気を感じたマリアが、皆に叫ぶ。

 

「此処はわたしに任せて退きなさい! 後で追い付く」

 

 撤退。それがマリアが下した判断。

 弦十郎もその判断に賛成なのか、頷くと部下を連れて走り出す。翼と奏も続き、緒川は気絶した訃堂を抱えて走り出す。

 

「ブイ!」

「大丈夫よ──後で会いましょう」

 

 コマチが心配そうに叫ぶが、マリアは微笑んで見送り──体に宿る波動を全開にして、シェム・ハと相対する。

 

「さて、先ずは──これだ」

 

 シェム・ハは身に収めたパルキアの力を使ってマリアの周囲に空間の穴を空ける。そして、そこから解き放つのは銀の輝き。

 マリアは攻撃の挙動を読み、それら全てを踊るようにして回避し、空間の穴に飛び込んでシェム・ハの背後から現れる。

 

「はぁ!」

 

 そして、アームドギアを取り出し思いっ切り振り下ろす。シェム・ハは障壁を展開し槍を受け止めると──障壁の性質を高速転換し、盾から銀の輝きを放出。

 マリアは直前でアームドギアを手放し回避した事で銀の輝きから逃れ、呑まれた槍を見て目を見開く。

 

「これは……」

『埒外物理による物質変換です! 気をつけてください!』

「エルフナイン!? アナタ、目が覚めて──」

 

 意外な人物からの声にマリアが一瞬驚き、その隙を突いて影から刃を突き出したシェム・ハの攻撃をいなす。

 

「ちっ。まだ依代との癒着が済んでいないのか。かつての力の何百分の一も出せん」

「だったら、その隙に小日向未来を奪還する!」

 

 一息で跳んだマリアの拳が、シェム・ハに叩きつけられ様とし──。

 

「──っ。はっ!!」

 

 三方向からの殺気に気づき、ロケットパンチを生成した槍で叩き落とし、狼の顎を模した鉄をマントで受け止め、両脚から放たれる飛び蹴りを体から放出した波動で勢いを殺し、逆に吹き飛ばす。

 しかし、その対処によりシェム・ハの前で無防備に体を晒した。それを彼女は一刀の元に切り裂こうとし──。

 

「──止めだ」

 

 しかし、直ぐに手を収めた。

 マリアもシェム・ハから飛び退き、彼女に付き従う様に現れたノーブルレッドを睨み付けた。

 ミラアルクは、シェム・ハに問うた。

 

「何故攻撃の手を止めたんだ主人様! 此処で四人……いや、五人で囲んでしまえば!」

「喚くな怪物。──此奴、あの瞬間己の命を賭けて我を倒そうとした」

 

 その時の目の輝きを思い出し、シェム・ハは思わず笑みを浮かべた。遠い記憶の彼方に現れる──あの男を思い出した。

 

「決戦の場は此処では無い──命を預ける。来る日まで、生き永らえよ。特異点」

『マリアさん! 司令達の戦闘区域からの離脱を確認しました! マリアさんも──』

「ええ、そうさせて貰うわ」

 

 マリアは通信先の友里と、目の前のシェム・ハにそう言うと、一瞬でその場から姿を消し弦十郎達の元へと向かった。

 

「──やばいなアイツ。あっという間にウチの射程範囲から出て行きやがった」

 

 ミラアルクは耳が良い。その彼女でもマリアの動きを捉える事はできなかった。

 

「捨ておけ──今するべき事は」

 

 シェム・ハはノーブルレッドに──否、その奥に居る人物に視線を向けて口を開く。

 

「話は本当か? もう一人の我よ」

「ああ、本当ともさ。もう一人の我よ」

 

 フードを被ったシェム・ハが、目覚めたばかりのシェム・ハに笑みを向けた。

 

 

 ◆

 

 

 そして、時は現代に戻る。

 

「なるほど、この力を使って時を遡るのか」

 

 黒き塔──ユグドラシル中枢にて、二人のシェム・ハは情報交換をしていた。

 そして語られるのは少し未来の話と過去の話。

 

「ああ、そうだ。そしてパルキアの力を使い、並行世界に存在するまだ起動していない腕輪を見つけ、この時代に再び現れる」

「何の為に?」

「腕輪を二つにする為に」

「──なるほど」

 

 目覚めたばかりのシェム・ハは己の腕輪を外し、目の前の自分に渡す。すると、シェム・ハの意識が遠のくが──その前にもう一人のシェム・ハが彼女に加護を与える。するとシェム・ハは未来との繋がりが強くなり、その状態で肉体の時を止めた。

 

 そして、腕輪を二つ付けたシェム・ハは──よりかつての力を取り戻した。

 

「では、我はこのまま過去に飛べば良いのだな?」

「ああ、だがその前にやって欲しい事がある」

「やって欲しい事?」

「ああ。それは」

 

 シェム・ハは、神の力で変異させたテレポートジェムを取り出し──これから起きる未来を語った。

 

 

 ◆

 

 

 黒き塔──ユグドラシルが地球に現れて、月の遺跡よりシグナルが発せられている事を知った各国機関は、調査の為探査ロケットを打ち上げる事が決まった。

 SONGはそのロケットの警護の為に、鹿児島県にある種子島にやって来ていた。

 

「全く、局長の秘密主義には困ったワケダ」

 

 そして、今回の警護には錬金術師協会の三人も加わり──。

 

「フィーネ。此処まで来ても語らないのか?」

「……」

 

 フィーネとキャロルもこの地に訪れていた。

 事態を重く見た二代目はフィーネとキャロルに協力していた事をSONGとサンジェルマン達に打ち明け、謝罪し──自分たちの目的、そして知ってしまった真実を話さなかった。

 それでもシェム・ハを止めたいのは同じ思いな為、こうして共同戦線を敷いている。

 しかし、サンジェルマン達は納得していない。何故なら──。

 

「シェム・ハが呼び起こした三体の神──あれは、私達の相棒の命を削ってこの世界に縫い付けられている。正直、意思疎通の不備によって起きた──止められた犠牲だと思っている」

「……」

「答えによっては──私はお前を撃つ」

 

 一触即発の空気。サンジェルマンは銃型のスペルキャスターを突き付けて、語気を強くして彼女に言い放った。しかしそれでもフィーネは語らず、サンジェルマンの表情はさらに険しくなる。

 

「おいサンジェルマン。そこまでにしておけ」

「キャロル……貴様、どの口が」

「真実を知れば、お前はその女を責める事ができない」

「キャロル」

 

 今度はフィーネがキャロルに対して睨み付けた。

 キャロルもそれ以上は語るつもりは無いのか、口を閉じサンジェルマンを真っ直ぐと見据えた。

 

「お前達のボスが語らない。その事を考えてくれ」

「──ちっ」

 

 サンジェルマンは二代目の事を信頼している。志を同じにし、人類を歴史の裏から見守る守護者。自分を拾ってくれた恩もある。そんな彼の事を出されてしまっては、彼女はこれ以上の追求できない。

 舌打ちを一つすると、彼女は持ち場に戻った。

 

「サンジェルマン、かなり怒ってるわね──それはあーしとプレラーティもだけど」

 

 そんな光景を見ながらカリオストロは相棒が入っている制御装置を撫でる。あれからアカシア・クローン達は回復しない。まるで今の状態を固定されているかの様に。あの赤い鎖と関係があるのだろうか? 

 そう考えていると──影に覆われ、空を見上げるとアルカ・ノイズが姿を現した。

 

 敵襲だ。

 

 装者達はシンフォギアを、錬金術師達はファウストローブを、フィーネはネフシュタンの鎧を纏い──戦闘を開始した。

 

 

 ◆

 

 

 彼女達は、シェム・ハを警戒して基本的に二人一組になって防衛戦線を構築していた。

 コマチと融合しタイプ・フェアリースカイとなった響とマリア。翼と奏。セレナとクリス。切歌と調。カリオストロとプレラーティ。サンジェルマンとフィーネ、キャロル。

 特に響組とサンジェルマン組はシェム・ハが出て来た時に優先して戦う様に組まされている。

 

「来るのか、奴は」

「さぁな──だが、今は二柱居る。手は空いている──仕掛けない理由は無い」

 

 アルカ・ノイズを駆逐しながらキャロルの問いにフィーネがそう答え──。

 

「ほう。道具風情がしたり顔で宣う」

「──!!」

 

 頭上から声が響き、現れるのはシェム・ハ。

 それと同時に三つの地響きが轟き渡る。

 ──ノーブルレッドだ。

 翼達の元にミラアルク。調達の元にエルザ。セレナ達の元へヴァネッサが、それぞれ襲撃していた。

 

「シェム・ハが目覚めた! つまりウチらの作戦も大詰め──もう手加減は必要ないんだゼ!」

「手加減していたというのか、今まで!」

「その通り!」

 

 ミラアルクの身が無数の蝙蝠へと変化し、翼達に纏わりつき牙や爪で攻撃する。

 二人は何とか振り払おうとアームドギアを振るうが、小さく素早いミラアルクには当たらない。

 

「今までの小細工は全て訃堂に従い、奴にシェム・ハを復活させる為! 厄介な依頼主が居ないのなら遠慮せず! 小細工せず! お前らを冥府に突き落としてやるゼ!」

 

 ヴァネッサもまた、外部パーツを両肩に接続し手数でセレナを圧倒していた。

 クリスはライフルを構えてヴァネッサを狙うが、高速で移動しながら常に射線上にセレナが挟まれている為、撃つことができない。

 

「そう。もうすぐでアカシアを殺せる──救う事ができる!」

「まだそんな事を!」

「そんな事ですって?」

 

 セレナの言葉を聞いたヴァネッサが、彼女のシールドを空間事切って首を掴む。

 

「かは……!?」

「私たちの目的を()()()()呼ばわりする事は許さないわ……!」

 

 ギリギリと怪力で首を絞めるヴァネッサの目には、暗い闇が渦巻いていた。

 

「私たちだって殺したくないわよ! 大好きな妹たちにそんな事をさせたくないわよ! でも、私たちは()()なってしまったんだから仕方ないじゃない……!」

「何を、言って……!」

 

 ヴァネッサの言葉は支離滅裂だった。

 コマチと融合し、タイプ・サイキックフューチャーとなった響も彼女の言葉に眉を顰める。

 しかしフィーネとキャロルだけは険しい表情を浮かべ、シャム・ハは嘲笑する。

 

「呪いに犯された人間の末路は皆同じ」

「何だと?」

「貴様らは知らなくて良いことだ──道具風情が」

 

 シェム・ハはそう吐き捨てると──体からディアルガ、パルキア、ギラティナを放出する。

 

『──!?』

「さて、怪物どもが仕事をしやすい様に場を整えるか」

 

 そう呟くと三体から力が放出され──戦場が特殊なエネルギーに囲まれる。

 瞬間、フィーネ、サンジェルマン達の完全聖遺物とファウストローブの効力が失われ解除される。

 さらにシンフォギア装者達もアカシアの力が突然使えなくなり、響もコマチとの融合が解除された。

 

「──なにが起きた!?」

 

 唯一変化の無いマリアとキャロルが怪訝な表情を浮かべる中、シャム・ハは光弾を響に向かって射出。

 

「ぐ──ああ!」

「ブイブイ!」

 

 響ちゃん! とコマチが駆け寄ろうとするが、その前に響は空間の穴に放り込まれセレナ達の背後に落ちる。

 

「一体何を企んでいる!?」

「そう喚くな。直に分かる」

 

 マリアの問いにそう答えると、シェム・ハはマリアに襲い掛かり、マリアは仕方なく疑問を一先ず胸の中に置き応戦。キャロルは戦闘能力を失ったフィーネ達を守るために陣取る。

 そしてコマチは響の元へ駆け付けようとするが──。

 

「ブイ!?」

 

 ゴツンッと何か硬いものに当たり、それ以上進めなかった。

 透明で見えないが、パルキア達の力で結界が張られている。

 完全に分離されてしまった。

 

 シェム・ハの狙い通りに。

 

「行くわよ二人とも!」

「ああ!」

「ガンス!」

 

 ヴァネッサの呼びかけに応え、ミラアルクとエルザは変異したテレポートジェムを取り出す。

 そして三つの割れる音が響き──ノーブルレッドと装者達が光に包まれる。

 

「ブ──」

 

 コマチが結界の向こうに居る響に手を伸ばそうとし、しかし結界に阻まれ。

 

「コマ──」

 

 それを響は見ることができず──消え失せた。

 ノーブルレッドやロケット──否、地面事。

 ごっそりと削られたクレーターを前にコマチは──。

 

「──ブイ!」

 

 ただ叫ぶことしかできなかった。

 

『ギアからの反応、検知できません!』

『スキャニングエリア拡大中……ですがっ!』

『まさか……これは……そんな事が──!?』

 

 この瞬間、響たちは世界から消失した。

 



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第十三話「この今日へと 続いていた昨日を」

「貴様! セレナ達を何処にやった!」

「何、不相応にもアカシアの力を使う奴らに相応しき地に送ったまで」

 

 そう言ってシェム・ハは空を仰ぎ見て──マリアはそれで全て察した。

 

「まさか……月!?」

「何だと!?」

 

 それに驚きの声を上げたのは錬金術師であるキャロル。

 テレポートジェムは錬金術師が作り出したもの。当然用途や効果を熟知している。

 だからこそあり得ないと、シェム・ハの言葉を頭が否定する。あれだけの大人数に加えロケットや大地を転送するにはたった三つのジェムでは不可能だ。

 しかし、現実に起きており、つまりは──。

 

「神の力……!」

「ふん。あの程度造作もない──さて」

 

 シェム・ハの体から再び赤い鎖が伸び、己の体に取り込む。

 すると、場を支配していたエネルギーが霧散し、フィーネとサンジェルマン達に力が戻る。

 

「くそ!」

「よくも!」

 

 三人の錬金術とフィーネの聖遺物による攻撃、さらにキャロルとマリアもそれぞれ遠距離攻撃を放つ。

 しかしシェム・ハに当たる直前に空間が歪み、明後日の方向へ逸らされてしまう。

 

「無駄なことを──我はもう往く」

「往く……? 月にか?」

「いいや──過去にだ」

 

 そう言ってシェム・ハは己の腕を見せつける。

 そこには腕輪はない。その事にようやく気付いた彼女たちは驚愕に顔を歪める。

 未来はあの腕輪により、シェム・ハに体を乗っ取られている。にも関わらずこうして彼女の意識がシェム・ハのままなのは──もう一人のシェム・ハが何かしたという事。

 そして彼女はこのタイミングで過去に向かう。

 時間をかけて力を取り戻し、未来でより完全体に近づく為に。

 

「待て!」

「待たぬ──未来で会おうぞアカシア」

 

 それだけ伝えるとシェム・ハは──この時間軸から消え失せた。

 

 

 第十三話「この今日へと 続いていた昨日を」

 

 

「はぁあああああ!」

「ぐぅううううう!」

 

 夜空に二つの光が駆ける。

 一つは、アカシアのパートナーであるエンキ。もう一つは──この星にいるヒトを怪物にしようと企む神シェム・ハ。

 そして、その戦いの行く末を見守るのは──アカシア。

 ギリギリとつば競り合いをするなか、シェム・ハは怒りの形相でエンキに叫ぶ。

 

「エンキ! 貴様、何故──何故アカシアを殺そうとする!」

 

 彼女の頬から涙が伝い、それをアカシアは悲しそうに見つめる。

 

「何故もっと模索せぬ! 時は既に無いが、それでも我は諦めぬ!」

 

 血を吐くようにして叫ぶ。

 

「愛した者をみすみす死なせる貴様が憎い! 何故貴様が選ばれた! 何故我が選ばれなかった!」

「……」

「答えろ! この薄情者!」

 

 ガインっと音を立ててエンキの刃を弾き、シェム・ハは力の限り剣を振り下ろした。

 しかし──エンキはそれを冷静に避けると、シェム・ハを大地に向けて蹴り落とす。

 

「シェム・ハ。貴様の野望は潰えた──」

「──確かに、そうかもしれないが……!」

 

 ギラリとシェム・ハの瞳が怪しく光り、それを見たアカシアは嫌な予感がした。

 

「気を付けろエンキ! 彼女はまだ!」

「──だとしても! 我はアカシアと!! 添い遂げるのだ!」

 

 不意打ちで放たれた彼女の銀の煌めきを、エンキは避ける事ができず受け止めようとして──激痛に声を上げた。

 

「ぐ──ぁああああああ!?!?」

「エンキ!」

「く、くははは……白銀に変わり、死ねエンキ」

 

 しかし──エンキもまた諦めなかった。

 物質変換された腕を自ら斬り落とす事で、全身が変えられる事を防ぐ。

 神が神の力で斬り落とした為、彼の片腕はもう治らない。故に、シェム・ハは驚きに目を見開く。

 

「貴様、自ら腕を──」

「──シェム・ハァァァァアアアア!!」

 

 天から地に堕ちたシェム・ハに向かってエンキが突っ込み──彼女の心臓に剣を突き立てる。

 シェム・ハの口から大量の血が吐かれ、命が絶たれる。

 

「ぐ……己の腕を犠牲に命を取ったか。ならば我は──己の命を糧に未来を手に入れよう」

 

 彼女の瞳から光が消え失せ、シェム・ハは顔をアカシアの居た方向へと向け。

 

「さよならだ──アカシア」

 

 そのまま息を引き取った。

 そんな彼女を、既にエンキの後ろに移動していたアカシアが、シェム・ハの死に絶えた横顔を見送った。

 結局、最期まで彼女とは分かり合えず──同じ方向を向けず、視線も合わす事ができないまま……別れる事となった。

 

「ぐ──かはっ!」

「っ! エンキ! すぐに治療を!」

「いや、力は使うな……それよりも、早くネットワークジャマーを……!」

 

 死に体の状態でエンキは歩き出し、それをアカシアは悲しそうな顔をしながら着いていく。

 

「──すまない、フィーネ」

 

 彼が呟いた言葉を聞こえないフリをしながら。

 

 

 ◆

 

 

「……っ、今のは」

 

 気絶していたセレナは妙な夢を見ていた。

 エンキ。シェム・ハ。……そしてアカシア。

 先史文明期の記憶だろうか? 夢にしては鮮明に覚えており、何故今この瞬間に見たのだろうと考え──直ぐにアガートラームとアカシアの力が共鳴したからだ、と理解した。

 根拠は無いのに何故……? 

 

「っ! それよりみんなは!」

 

 気絶する前の事を思い出し、セレナは辺りを見渡して、すぐ側にクリスと響が居た事に気が付く。

 

「良かった、二人とも無事で……」

 

 しかし何やら様子がおかしい。外を見て呆然と──。

 

「──これは」

 

 ようやくセレナも異常事態に気づいた。

 ノーブルレッドのアジトか、シェム・ハが屹立させたユグドラシルの中枢部に連れて来られたのかと思えば、思いもよらない場所に飛ばされていた。

 闇の中で輝く星々。その中で青々と彼女たちに存在を示すのは──地球。

 

「ここは、もしかして──」

 

 セレナ達は、月に飛ばされていた。

 

 

 ◆

 

 

「それじゃあ、セレナ達は無事なのね」

「ああ。フロンティアに記された情報によると月遺跡には人が生命を維持する為に空気、重力、その他諸々が完備されている。遺跡外に飛ばされない限りはな」

「その話は本当かと。月面よりギアのシグナルを発見しました」

「となると、問題は──」

 

 如何にして月遺跡に飛ばされた装者達を地球に帰還させるか、だが……。

 

「ブイブイ!」

「ええ、そうですね。アカシア様であれば今すぐにでも」

 

 アダムとの戦いを経て、コマチは神の力を保有している。

 今なら、宇宙空間を移動できる個体──レックウザにも変身する事が可能だ。

 しかし、その為には。

 

『邪魔だね、シェム・ハが。必ずするだろう、妨害を」

「それに、種子島で使役していた三体の神が居る以上、こちらもそう思い通りに行動は……」

 

 通信越しに二代目が、そしてサンジェルマンが懸念を口にする。

 あの時戦ったシェム・ハは確かにこの世界に居ないのかもしれない。しかし、あれから時を掛けて力の癒着を行ったのがもう一人のシェム・ハだ。

 

「それに、腕輪を二つにしたって事はパワーアップしていると考えても良いわよね」

「あまり考えたくない戦力差なワケダ」

 

 シェム・ハ自身を抑えつつ、三体の神の相手をし、そしてこれから行われる敵の行動に対処。

 どれもが対応策が無く、戦力も削がれてしまい──はっきり言ってピンチであった。

 

「一つ良いですか?」

 

 そんな中、絶望の中に潜む光を模索し見つけた者が居た。

 

「あ、ボクから……というよりノエルからも一つ話が」

「……恐らくオレが思いついた事と同じであろうな」

 

 皆の視線が──ウェル、エルフナイン、そしてキャロルに向けられた。

 

 

 ◆

 

 

「ふむ、どうやらアカシアの力に反応し、月遺跡の防衛システムが眠りついたままのようだ」

 

 月に送ったノーブルレッドから、遺跡で起きている状況を把握するシェム・ハ。どうやらノーブルレッド達はそれぞれ別の場所に転移させられてしまったらしい。仲間と合流するよりも、遺跡のコントロールルームに辿り着くよりも敵と遭遇する方が早そうだ。

 そして、シンフォギア装者達にもアカシアの力が宿っており、防衛システムに引っかからない。

 思ったよりも早く衝突しそうだと彼女は笑う。

 

「既にユグドラシルは地球の地深くに根を張り巡らせている──怪物どもよ。アカシアを救う為に奔放せよ」

 

 そう呟いて彼女は笑い──ピクリと体を震わせる。

 

「ほう、驚愕だ」

 

 シェム・ハは己の両腕を見る。この世界の腕輪と並行世界の腕輪。

 全く同じ物を、自分を依り代と強く結びつける完全聖遺物は問題なく稼働している。にも関わらず、彼女の体の奥深くにて──本来の持ち主の意識が抗っていた。

 シェム・ハは意識を沈め──未来の前に現れる。

 

「放して! わたしの中から出て行って」

「おかしな事を言う──貴様が我を求めたというのに」

「なにを!」

 

 シェム・ハの言葉を否定しようとし。

 

「アカシアに嫉妬したのだろう?」

「──」

 

 続く彼女の言葉に閉口した。

 

「友を救えぬ己と違い、何故彼は? と心に闇を巣食う──滑稽だ」

「ぁ……」

「そして」

 

 ニヤリとシェム・ハが嗤い、未来が恐れから顔を引き攣らせる。

 

「立花響に嫉妬しているのだろう」

 

 今度こそ未来は押し黙った。

 

「強欲よなぁ小日向未来。貴様はどちらも欲し、しかし彼の者らの間に割り込めず──故に貴様はとことん我を欲した」

 

 シェム・ハはアカシアを強く求めている。その心は凄まじく──腕輪の中で5000年もの間、アカシアな事を想い続けてその精神を擦り切らせる事なく、こうして復活させるくらいには。

 

「お前に代わって我が全てを手に入れてみせよう。未来もな」

 

 その言葉を最後に──未来は意識を再び闇の中に落とした。

 

 

 ◆

 

 

「夢?」

「はい。おそらくアガートラームとリっくん先輩の力が見せたのだと思いますが……」

 

 状況を確認し、落ち着いた所でセレナは二人に夢の事を話した。

 今この場所で見たあの夢が、この月遺跡と無関係とは思えなかった為。

 しかし情報が少く、判断に困り──突如、セレナのギアが光を灯した。

 

「わ!? 今度は何?」

「わたし達を導いている……?」

 

 試しに導かれるままに歩き扉に近づくと、まるで彼女たちを歓迎するように開いた。

 この先に進めという事だろうか。

 不思議と罠だとは思えなかった。今までセレナと共に戦ってきた力だからだろうか? 

 兎にも角にも、彼女たちに選択肢はなく、導かれるままに遺跡内を進む。

 

 そして──。

 

『──アカシアの遺伝子情報を確認。どうやら、彼女が語った未来に辿り着いたようだな』

「貴方は……?」

 

 遺跡の中枢部分と思われる場所で、三人はかつての神を模したプログラムデータと邂逅する。

 

『オレは、エンキの人格を元に作り出されたオペレーティングシステム』

「エンキ……さっきの夢の?」

『状況は把握している──ルル・アメル達よ。どうかオレの頼みを聞いて欲しい』

 

 彼は、響たちに告げる。

 

『シェム・ハからこの遺跡を守り通し、バラルの呪詛の解除を阻止して欲しい──アカシアの為にも』

 

 彼は語り出す──シェム・ハがこれから為そうとする恐るべき行いを。

 そしてバラルの呪詛の事を。

 

 

 



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第十四話「絶対に逃げない!」

『本部! 応答せよ! こちら観測部隊! 至急応答せよ!』

「どうした、何があった!?」

 

 突如、鎌倉に屹立したユグドラシルを観測していた部隊から通信が入る。

 

『ユグドラシルに動きあり!』

「──!?」

『指示を!』

 

 シンフォギア装者と依然として連絡が取れない中、起きた──敵の動きに、SONGは。

 

「──全部隊撤収! 後は我々が対処する!」

『了解!』

 

 覚悟を決め、ユグドラシル攻略に向けて動き出す。

 

 この星の未来をこの手に掴むために。

 

 

 第十四話「絶対に逃げない!」

 

 

 端末を用い、セレナは他の仲間の誘導を行った後、地球のSONGと通信を繋げる。

 一瞬のノイズの後に──接続を確認。

 

「本部! こちらセレナ! 装者全員無事です!」

『セレナ! 無事だったのね!』

「姉さん……! ──現在、コントロールルームから他の装者を誘導して合流を行っています!」

 

 響、クリスも既に一緒だと伝えると、通信越しに安堵の声が響く。

 しかし、おちおち再会を喜んでいられない。

 

「そちらの状況は?」

『……ユグドラシルが動き出したわ。それを止めるために作戦行動中』

「──! もう、動き出したの……!?」

「セレナさん、これは……」

「はい──姉さん、みんな。わたし達が得た情報を今から伝えるわ」

 

 そして、語られるのは──自分たち人間に仕掛けられた恐ろしい真実。

 

 

 時は少し遡る。

 

「──これは」

「それじゃあ、バラルの呪詛って」

 

 エンキが語ったのは、人の歴史──造られた理由。

 

 身体機能よりも脳内を強化された人類。

 その正体は、惑星環境改造装置──ユグドラシルを制御する為の生体演算端末群。

 エンキ達、アヌンナキは命を創造し、進化を促し、目的に応じて改造を施し──人類もその過程の産物の一つ。

 そして、此処で一つの問題が生じた。それは──アカシア。

 

「アカシア……リッくん先輩がどうしたの!?」

『──これ以上の情報の開示はプロテクトが掛けられている。すまないが、君たちに教える事はできない。しかし』

 

 しかし、この事が原因で──当時改造執刀医だったシェム・ハは反乱。エンキ達に戦いを仕掛けた。

 自身を言語と置き換える事で、あらゆるシステムに潜伏するシェム・ハを覆滅する事は不可能であり──エンキ達はシェム・ハを封印、そして地球を放棄する事にした。

 

「封印……あの腕輪の事?」

 

 クリスの問いに対して、エンキは否と答える。

 

『シェム・ハはデータ断章となり、全人類に遺伝子情報に存在し続けている』

 

 一瞬、プログラミングされているだけの筈のエンキの顔が歪む。

 しかし響達は話の内容により気付かなかった。

 

「それじゃあ、私たち人類はシェム・ハの──」

『──何度倒してもデータ断章から復活を繰り返すシェム・ハは事実上の不死身。故にオレ達はネットワークジャマー・バラルによって統一言語で繋がれた人類を分断。封印に成功する』

 

 つまり、バラルの呪詛は人類間の不和の根源でありながらも、人をシェム・ハから守護し──死と呪いを止める為の唯一の手段だった。

 

 

 

 

 

「蘇ったシェム・ハはバラルの呪詛を解除し、人類を生体端末群にしてユグドラシルで星と命を意のままに操れる武器──怪物にしようとしています」

「それが何故コマチを助ける事になるか分からないけど……」

「──止めなければならない。絶対に」

 

 話を聞いた弦十郎は指示を出す。

 

『ならば、月遺跡の守護を任せる! ユグドラシルは錬金術師協会、了子くんと協力し攻略する!』

『こちらが片付けばリッくん先輩と共に迎えに行く。だから──』

 

 ──突如、通信の最中に地響きが起きる。

 

「これは──」

『どうした!?』

「何処かで戦闘が起きています。恐らくは──ノーブルレッドと仲間の誰かが!」

 

 セレナの予想通り、月遺跡にてシンフォギアとノーブルレッドが激突していた。

 

 

「翼、無事か!?」

「ああ。だが、それよりも──」

 

 翼と奏の視線の先には──ミラアルク。

 

「さぁ。第二ラウンドと行こうゼ、ツヴァイウィング。ウチの怪物の翼とお前ら歌の翼──どちらが上か比べてみようか!」

 

 そして、別の場所では。

 

「切ちゃん……」

「そうデスね調。油断、してはいけないデス」

 

 調と切歌が相対するは──エルザ。

 

「我らが悲願を叶える為、此処で潰えて消えてもらうであります──シンフォギア」

 

 怪物たちは己の心に従い、人を喰らう。

 万人に非難されようとも、恨まれようとも──それが正しい事だと信じて。

 

 

 ◆

 

 

 月遺跡での戦いに呼応するかのように、シェム・ハもまた動き出した。

 ユグドラシルが地球の核域に潜行し、世界中でユグドラシルが屹立していく。

 

「心踊る。歓喜極まる。このような時、ヒトは歌の一つでも口ずさむのであったな──む」

 

 世界を己の物にせんとする神。それに立ち塞がるのは──この世界に生きる人間たち。

 シェム・ハの知覚範囲に転移反応。そして彼女の視線の先に現れるのは……。

 

「怖いか? エルフナイン」

「しっかりとしてくださいまし。此度の作戦、あなたも中核なのですから」

「派手な活躍を期待する」

「まぁ、いざとなれば我々が」

「家族は守るゾ!」

 

 キャロルにオートスコアラーの四体。

 

「怖いです……でも!」

『未来は取り戻さなくてはならない──世界を識る為にも』

 

 エルフナインとその体に宿るノエル。

 

「私も託されたのでね、アダム様に」

「託されなくとも、我々は戦い続けるでしょう」

「まぁ、あーしはサンジェルマンに協力するだけ」

「それでも──私たちは負ける訳にはいかないワケダ」

 

 錬金術師協会、二代目統制局長並びにサンジェルマン、カリオストロ、プレラーティ。

 

「貴様と肩を並べて戦う事になるとはな」

「オレは嬉しいぞ、了子くん」

 

 かつては櫻井了子であり、フィーネの名を持つ終末の巫女。

 そして人類最強に名高い風鳴弦十郎。

 

「ブイブイ!」

「ええ──あの子達の帰る場所を守りましょう、リッくん先輩」

 

 奇跡を起こし人に寄り添う神アカシア。

 波導の勇者マリア・カデンツヴァ・イヴ。

 

 現在、地球上に存在する最高戦力が神に挑むべく、この地に集結した。このチームなら一国を容易く落としてしまうだろう。

 だが──。

 

「忘れたか? 我の力を」

 

 シェム・ハは己の体からディアルガ、パルキア、ギラティナを放出した。そして赤い鎖で三体の神を操り──世界のあり方を書き換えた。

 

「これで我以外の“力”は無力と化す! 加え、あの時と違い力との癒着はより深く、強くなっている。そこの妙な錬金術師も、勇者も──そしてアカシア、貴様も戦う力は無い!」

 

 シェム・ハの言う通り、この場に居る者の持っている聖遺物、スペルキャスターは輝きを失っている。

 以前の種子島の時と違い、範囲も地球全体、効力もより強くなっている。

 

「蹂躙してくれようぞ、人間共!」

 

 抗う力を奪ったシェム・ハは、眼下にいるマリア達を冷たく見下ろし、嘲笑し──。

 

『──人間舐めないでくださいよ、神様』

 

 戦場に男の声が響く。

 

「──何」

 

 突如、シェム・ハの声に戸惑いの色が強く滲み出る。

 男の声に反応したのではない。世界のあり方が、何か別の力で書き換え変えられているのだ。

 その光景に、マリア達は作戦は成功したのだと察する。

 

 

 

 

「今のままでは戦う力を奪われて赤子同然に捻り潰されます。ですよね、フィーネ」

「……ああ、そうだ。対抗手段は……」

「神殺しくらいでしょう。しかしそれでは圧倒的に戦力が足りない。ですので」

 

 チフォージュ・シャトーを使いましょう。

 ウェルはまるでコンビニに行くと告げるように当たり前のように言った。

 皆が彼の言葉に呆然とする。

 

「あれは世界を壊す、つまり分解し──再構築する力があります。ですので、その力を使ってあの神様が作り上げた世界を分解し、元の世界に再構築──戦う為の場所をセッティングする訳です」

「でも、シャトーを動かすには膨大なエネルギーが。それに動かす為に必要なものも……」

「ヤントラ・サルヴァスパが確か深淵の竜宮にある筈ですが……今から取りに行っても間に合うか分からないのでこれを使います」

 

 そう言ってウェルが取り出したのは。

 

「それはLinker……?」

「ええ。しかしただのLinkerではありません──ネフィリムの体細胞から抽出し、作っておいた……名付けてネフィリムLinkerです」

『──!?』

 

 その言葉に皆が反応し、特にブラックナイト事件と関わり深い者達は強く反応を示した。

 キャロルは特に睨みつける程で、ウェルに問いただす。

 

「そのような物を使って、完全に制御できるのか? ノエルの時のように奴が復活すれば」

「まァ、その時は真っ先に僕を殺してください」

 

 あまりにもあっさりとウェルがそう言い。

 

「──なんてね。死ぬつもりはありませんよ。ケツを蹴られたくありませんので」

「──良いだろう。信用してやる」

 

 ウェルの覚悟の重さを感じ取ったのか、キャロルはため息を一つ吐いて、彼の作戦に乗った。

 

「シャトーには私も同行しましょう。あの城は様々な聖遺物が組み込まれています。何かしらのサポートができる筈です」

 

 ナスターシャが名乗りを上げて、ウェルは鼻を鳴らして頷いた。

 元々助力を願うつもりだったのだろうか。

 

「エネルギーは……」

『それなら俺も協力しよう』

 

 そこに通信を繋げてきたのは八紘だった。

 

『東京周辺のレイラインを用いて供給できる筈だ』

「世界の危機故、遠慮はしませんよ。思う存分使わせて貰います」

 

 これで、戦う為の力を奪われなくて済む。

 しかし話はそれで終わりではない。

 キャロルが次は自分たちの番だと口を開いた。

 

「先程のシャトーの力だが──オレとノエルはあれを錬金術で再現、応用し──シェム・ハと小日向未来を引き離す」

「何、可能なのか?」

 

 フィーネの問いに、エルフナインが頷く。

 

「オートスコアラー達の躯体には、当時のデータとキャロルが入れ直した想い出があります」

「二人がかりとプラス四体による個人的世界の破壊──いや救済だ。やる価値はある」

 

 それでも腕輪が二つな為、そう容易く事が進む事はないだろう。

 加えて、三体の神の妨害もあり得る。

 それを抑えるのが──。

 

「わたし達の出番って訳ね」

「ブイ!」

 

 神殺しの槍を持つマリア。神の力を扱うコマチが気合を入れる。

 

『今回は私も参加しよう。総力戦故に。残りのアダムスフィアを使えば、足止めくらいにはなる』

「私たちもお供します」

 

 二代目の言葉に、サンジェルマンは参戦の意思を示し、カリオストロとプレラーティも彼女に続くように頷いた。

 

 その光景を見ていたフィーネは、ため息を着き弦十郎の元に向かう。

 

「弦十郎」

「どうした、了子くん」

「これ」

 

 そう言ってフィーネが渡したのは──シンフォギアとは違うとある武装。

 

「かつて作りかけ、シンフォギアの完成によりお蔵行きとなった骨董品だ。普通なら、使用者を死に致しめる失敗作も良いところだが──貴様なら、扱えるだろう」

「──これは」

 

 彼女は、その武装の名を口にする。

 

「それはRN式回天特機装束──そしてシンフォギアと同じく聖遺物が扱われ、この局面では最高の代物を扱っている」

「まさか──」

 

 弦十郎に渡されたその武装には、神を殺す為の力が宿っている。

 それはつまり、その聖遺物とは──。

 

 

 ◆

 

 

「ガングニール、だとぉ!?」

 

 弦十郎の振るう力から、マリアの持つギアと同じ力を感じ取り、思わずシェム・ハは唸った。

 

 ディアルガの竜の波導を拳一つで打ち壊し、空気を蹴り戦場を駆けるその姿は、まさしく鬼人。

 パルキアが援護しようと水の波導を放つが、マリアが割り込んで槍で蹴散らし、ギラティナのシャドーボールは二代目、サンジェルマン達の障壁で受け止められる。

 

 その光景を見ながらシェム・ハハ舌打ちし、自分に向かってくるキャロル、ノエルの錬金術、フィーネの光弾を回避する。

 

 戦えている。

 その事に皆が希望を見出す中、ウェルが弦十郎に通信を繋げた。

 

『さっさと片付けてくださいよ。僕、貧弱なものであまり長く持ちません』

 

 ウェルはネフィリムLinkerを打ち込んだ事により、片腕は異形になり、血管も顔まで侵食している。

 その事を把握している弦十郎が思わず問いかけた。

 

「治るのか?」

『無理ですね。切り落とすしかありません』

「──」

 

 あの時にウェルは語らなかった事。もし口にすればお人好しのSONGは止めると分かっていたから。

 悲壮な顔を浮かべる彼に、まるでそれが見えているようにウェルが言った。

 

『なぁに。世界を救えるなら腕一本安いものです』

「だが──」

『──終わらせましょう』

 

 弦十郎の言葉を遮って、ウェルが強い言葉で言い放つ。

 

『より良い世界を取り戻して、子ども達の未来を奪還して──我々大人はそれを肴にする。それで良いのです』

「──」

『その時は奢ってくださいね』

 

 我が友よ。

 

 その言葉を聞いた弦十郎はグッと目を閉じ、そして。

 

「ああ──泥酔するまで飲ませてやる!」

 

 そう返答し、再び力強くディアルガの攻撃を弾き飛ばし──戦いはさらに激しさを増していく。

 




XVラスボス・シェム・ハVS無印ラスボスフィーネ+G編ラスボスウェル&ネフィリム+GX編ラスボスキャロル+AXZ編アダムの姿をした二代目

+α(豪華)。


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第十五話「バトンを渡しても」

 サンジェルマンが作り出したアカシア・クローン──イグニス達は少々特殊だった。

 元来、クローンは短命であり、それはアカシア・クローン達も例外ではなかった。

 キャロルは己の想い出を分け与え続ける事で延命させ、その体組織を作り変えていた。

 

 イグニス達も短命である。

 作られた当初はエネルギー不足により一週間保たないと判断されていた。

 しかしサンジェルマンはそれを自分たちとリンクさせる事で、短命の問題をクリアしていた。

 不死である彼女の存在によりイグニス達は生かされ、絆により双方に影響を与え限界を超えた力を得る事ができる。

 

 唯一無二の存在だった。

 

 故に、アカシア・クローン達が連れていかれる際、サンジェルマン達は激しく抵抗し、そんな彼女達の立場を想いイグニス達は自ら査察官達に従った。

 

 結果、訃堂に利用され未来を操るダイレクトフィードバックシステムのエネルギー源となり。

 

 目覚めたシェム・ハにより、ディアルガ、パルキア、ギラティナを使役する為の道具、赤い鎖の材料にされ。

 

 コマチに救出された時は既に──己の体を動かす事すらできなかった。

 

 再会を果たしたサンジェルマン達は──涙を流し、怒りに燃えた。

 シェム・ハ討伐に名乗りを上げたのは、彼らの為でもある。

 

 そして、イグニス達は──体力を回復させる事ができず、己の主人が必死に戦っているのを見ている事しかできない。

 それどころか、イグニス達の傷を癒す為に自分たちの魔力を渡している所為か、動きが鈍かった。

 

 イグニス達はそれが辛かった。

 このままでは自分たちは足手纏いだ。

 

 だから彼らはずっと考えていた。

 

 自分達の命の使い方を。

 

 

 第十五話「バトンを渡しても」

 

 

 地球にて激戦が繰り広げられている頃、月遺跡でも激しい戦いが行われていた。

 

「切ちゃん!」

 

 調が叫ぶと同時に、切歌はその声に反応し跳躍する。その一瞬後に地面から──否、影から狼の顎が現れ、ガキンッと空間を鳴らす。

 それに続くようにしてエルザも姿を現し歯噛みする。

 

「何故、動きが分かるでありますか……!」

「企業秘密」

 

 そう言って調は流動する銀を操り、注意深くエルザを見据える。

 

(まだ付着させた事にバレていない……)

 

 彼女が攻撃の先読みが行えているのは酷く単純なもので、ギアの一部をエルザにくっ付けているからだ。

 しかし、それでも尚、二人がかりでギリギリだ。

 切歌とのユニゾンと先読みが無ければ、無制限に行える影から影の転移により、瞬く間にゼロ距離からの猛攻に晒され続けて負けてしまう。

 だから彼女は油断できない。

 

「何故、コマチを狙うデスか!」

 

 そんな戦いの最中、切歌がエルザに問う。

 

「今まで戦ってきてこれだけは分かっているデス──アナタ達は、アタシたちと同じ様にあの子の事が好きだと!」

「……っ!」

「だから本当に分からないのデス! 何故殺そうとするのか」

「理解されようとは、これっぽちも思っていないであります」

 

 しかし、エルザは切歌の言葉を切って捨てた。

 

「全てを知った我々はこれが正しいと判断したまで──優しくするだけが、救うとは限らないであります」

「でも──」

「──確かにそうなのかもしれない」

 

 調がエルザの言葉に同意を示し、切歌がギョッとする。

 

「調!?」

「──でも、助ける為にと、正しいからと己の心を殺して、大切な人を傷つければ、必ず後悔する。……自分も、相手も」

 

 調は、キリカに対して冷たくしていた日々の事を思い出していた。

 そして──謝る事ができず、フロンティアで別れた事も。

 だから、エルザの気持ちに共感しつつも“ダメだ”と強く断言できる。

 

「──それでも、我らノーブルレッドは!」

 

 エルザが、全ての武装を解放し──その身を白銀の人狼へと変える。

 そして、その中で吠えるように叫んだ。

 

「この道を! 選んだのであります! 人に戻る道を諦め! 大切な家族と共に血濡れた道を歩く事を!」

 

 だからもう戻れない──戻ってはいけない。

 エルザは涙を流しながら悲壮な覚悟を口にすると、己の怪物の力を最大限にし駆け回る。破れた世界、影から影への道も使い、調と切歌に捕捉されない様に。

 

「だったら!」

「あたし達が!」

『──アナタ達を救う!』

 

 しかし彼女達は──獣の少女を受け止めるべく両手を広げる。そして隣の最愛の人と手を繋ぎ、ギアの力を、アカシアの力を最大にする。

 

「新緑の力よ! 此処に!」

 

 切歌のギアから、床をびっしりと草原に変える力が張り巡り、この場に居る者達全員を回復させる。

 

「敵に塩を送るなど!」

「アナタからしたらそうなのかもしれない──でも切ちゃんの力はとても優しい力」

 

 調が壁と天井に銀の力を伝わせる。

 

「だからわたしは──間違っても止めてくれる」

「──!?」

 

 突如、エルザの足が止まる──流動する銀が纏わり付き、硬質化していた。

 糸のように張り巡らせ、何度も何度も接触し蓄積させていたのだろう。

 一瞬動きを止めれば後は調の独断場だ。次々と銀が飛来し、エルザの身動きを取れなくしていく。バキバキと銀の人狼が締め付けられ、変形し──切歌の力で無理矢理回復し、さらに強く縛られていく。

 

「これは……まさか!」

 

 エルザは──既に箱の中の鳥だった。

 調が銀の刃を、調がイガリマの鎌を構え──一直線にエルザに駆け抜けていく。

 

「少しだけ我慢してくださいデス!」

「これで──終わり!」

 

 アカシア式・滅talli禍。

 

 ザババの二振りの刃がエルザを切り裂き──アカシアの力が彼女の身からギラティナの力を引き離した。

 

「……っ!」

 

 戦う力を削がれ、ダメージを負ったエルザがその場に膝をつく。

 そんな彼女に二人が近づき、エルザは──此処までかと諦めた。

 しかしそれも無理もないと理解していた。ノーブルレッドは人を殺し過ぎた。当然の報いだと。

 

 ──だから、二人が手を差し伸ばした時、目を見開いた。

 

「なんで……」

「さっきから言っているデス──アナタを助けたいと」

 

 切歌は言う。

 

「アタシは色んな人に助けられて此処に居るのデス──例え敵でも理由があるなら聞きたい。そして間違いを正し、前を向いて欲しいのデス」

「わたしは切ちゃんのついで──ああ、でも」

 

 チラリと調が見ながら言う。

 

「他人に手を差し伸ばすのは結構勇気が居る──その勇気を持って切ちゃんはアナタに手を差し伸ばしている事を忘れないで」

「──わ、わたくしめは……!」

 

 二人の言葉に、エルザは──。

 

 ◆

 

 

 地球での戦いは──人類側が優勢だった。

 神殺しを有する二人が最高戦力という事もあり、マリアと弦十郎はそれぞれ一対一で神と相対し、抑え込んでいる。

 そしてコマチは錬金術師協会組と協力し、もう一体の神と戦い気を引く。

 

 その間にキャロルとエルフナイン、オートスコアラー達がシェム・ハと未来を分離するべく隙を狙い、その隙を作る為にフィーネが前に出る。

 

「はぁぁぁぁぁぁあああああ!」

「巫女風情が! 無粋に足掻く!」

 

 ネフシュタンの鎧から繰り出される鞭による乱撃を、シェム・ハはそのままその身で受ける。そして神の力でダメージが無かった事にされ、嘲笑を浮かべる。お前の献身は無意味だと言わんばかりに。

 

「フィーネよ! 貴様、何故我の邪魔をする! 全てを知った今、抗う事こそがアカシアを苦しめると理解しているだろうに!」

「それは違う! アナタの選択は、アカシアを苦しめる! だから私は──」

「不敬な。人で無くなれば、全てが解決する。貴様の憂いも無くなる。ならば、黙し運命を受け入れよ!」

 

 両腕の腕輪から光の剣を形成し、突っ込むシェム・ハ。それをフィーネはASGARDにて防ごうとするが、片手の一振りで砕かれ、もう一振りで心臓を貫かれる。

 

「──カハ」

「便利な玩具よな。この様な致命傷を喰らおうとも死に絶えん──だが」

 

 グリッとシェム・ハが腕に捻りを加えると、フィーネは絶叫を上げながら血を吐いた。

 

「ああああああ!!」

「肉体の前に、精神が死ぬのが先か──愚かな巫女よ!」

 

 邪悪な表情を浮かべてシェム・ハが問い掛け──グッとフィーネが彼女の腕を掴んだ。

 

「ようやく──捕まえた」

「──何だと?」

「侮ったな──シェム・ハ」

 

 此処で初めてフィーネは形だけの敬意を捨て去り、ギロリとシェム・ハを睨みつけた。

 

「確かに神殺しの力でなければ貴様は殺せん──ただ、それだけだ!」

 

 壊さず、殺さず──ただ捕まえるだけなら、神の埒外の力は働かない。

 

 そして、動きを止めたシェム・ハは──彼女達にとって求め続けた大きな隙。

 

「──今だ 錬金術師共!」

 

 フィーネが叫ぶと同時に、ノエルとキャロルがシェム・ハを挟む様にして位置を取り、オートスコアラー達は至近距離で囲い込む。

 

「よくやったフィーネ!」

「これで神と未来さんを──分離できる!」

 

 錬金術の紋様がシェム・ハをフィーネ事囲む。

 それを見た彼女は、フィーネに向かって叫んだ。

 

「貴様、死ぬ気か!」

「──古より目覚めた神には丁度良かろう」

 

 亡霊が、あの世へ案内してやる。

 

「貴様ああああああ!」

「やれぇえええええ!」

 

 キャロル達の術式が発動し──二人は光に呑み込まれた。

 

 その光景を見たキャロルは──ガリィ達に叫んだ。

 

「退け! お前ら!」

 

 え? と振り返る暇もなく──極光が放たれ、射線状に居たオートスコアラー達はそれぞれ半壊しながら地面に叩き落とされる。

 キャロルとノエルも咄嗟に障壁を張り、しかし弾き飛ばされてしまった。

 地面に堕ち痛みに顔を歪めるノエル。

 

「一体何が──」

 

 彼は空を見上げ──光の中から現れたシェム・ハの姿を見て理解した。

 

「神獣鏡のファウストローブ……! あれで、僕たちの錬金術を……!」

「くそ、凶祓いか……厄介な!」

 

 神獣鏡。その光は聖遺物由来の力を掻き消す力を持つ。

 ノエルの扱うダウルダブラも聖遺物であり、キャロルのラピスも完全聖遺物キマイラ──アカシアの細胞から作り出されたクローン達の力が源だ。

 

 故に、シェム・ハの放つ光は二人の錬金術を無効化し、そして──。

 

「──カハっ」

「フィーネ!」

 

 デュランダル、ネフシュタンで何とか命を繋ぎ止めていたフィーネは、瀕死の状態で落下して地面に激突し、そのまま気を失った。

 キャロル達の錬金術を確実に当てる為に捨て身で動きを止めたのが仇となった。

 さらに、キャロル達もまた先ほどの錬金術の行使と防御で想い出の消費が激しく、一時的に出力が低下。

 

 一転して劣勢となる人類側。

 

「さて」

 

 シェム・ハは今まで相手をしていたキャロル達を無視し、離れた戦場で戦っているディアルガ達の元へ向かう。通信で状況を報告されていたのだろう。シェム・ハの姿を捉えた弦十郎達が顔を歪める。

 

「少しだけ──丁寧に、確実に、貴様らに絶望をくれてやろう」

 

 そう言ってシェム・ハは手を翳し──パルキアに力を送る。

 するとパルキアは苦しみ踠き──その身を何倍もの大きさへと変えた。

 

 ──ダイマックス。

 

 かつて操られたアカシアが行った決戦能力であり、その力は──言うまでもない。

 

「──パルキュアァァア!!」

「くっ……!」

 

 パルキアは咆哮を上げると、戦っていたアダム達を無視し空高く飛び上がる。

 移動しただけでサンジェルマン達は吹き飛ばされそうになり、何とかその場に踏み留まる。

 そして、パルキアは何かを探す様に視線を回し──何かを見つけて一点に視線を集中。

 腰ダメに構えた両手の先にどんどんエネルギーを集束させていく。

 

(いったい、何を──)

 

 コマチと共にギラティナと戦っていたマリアが疑問に思い、パルキアの視線の先を見て──気付いた。

 

「みんな! 今すぐアイツを止めて! 狙いは──」

「──ウェルか!」

『──!!』

 

 チフォージュ・シャトーを止め、三体の神の力による世界の侵食を再び行おうとしているのだろう。そうなれば戦う力を失い、世界はシェム・ハの支配に凌辱される。

 

 何としても阻止しなくてはならない。

 

「くっ!」

「させない!」

 

 弦十郎とマリアがパルキアの元へ行こうとし──その前にディアルガとギラティナが立ち塞がる。

 二人は神殺しの拳を振るうが──相手は超常の生物。確かに神殺しでダメージを無かった事にされる事はないが──ディアルガの時の巻き戻しは止められない。加えて元々体力もあり、人の力で与えられるダメージは微々たるもの。

 時間稼ぎはできるが、討伐、突破は不可能。

 

「こうなれば!」

 

 二代目がアダム・スフィアを使って黄金錬成を行う。ツングースカ級の威力を誇るが、神にダメージは与えられない。それでも攻撃を逸らす事は──。

 

「貴様、試験個体と似た力を使うな」

 

 しかし──神はもう一柱いる。

 シェム・ハが射線状に割り込み白銀の光を二代目の黄金錬成に当てる。

 金と銀の拮抗。しかしそれは一瞬で、すぐに撃ち抜かれて二代目に襲いかかる。

 

「局長!」

 

 そんな彼を庇うようにしてサンジェルマン達が立ち、三人がかりで黄金錬成を行い相殺する。

 しかし彼女達の魔力は減衰しており、表情は険しい。

 

 そして、そうこうしている内にパルキアの力が溜まった。

 

「やれ! パルキア!」

 

 シェム・ハの声に呼応し、パルキアは破壊の鉄槌を解き放った。

 一直線に空を突き進んでいく光。それを全員が絶望の表情で見上げ──。

 

「──ブイィイイイイ!!!」

 

 コマチがその光線をその身で受け止めた。

 体に宿る神の力を総動員し、「まもる」で神の一撃を受け続け──しかし、すぐに限界が訪れる。

 

「──!」

 

 出力が違いすぎる。確かにコマチは神の力を取り戻したが、その力はかつてのものと比べると儚く弱い。神の力を取り戻しても、自分の力だけで戦わず、響と融合して戦っている事からも伺える。

 それでもコマチは必死に耐えようとする。守ろうとする。──救おうとする。その命を犠牲にしてでも。

 

「ブ……イ……」

 

 しかし徐々に光の奔流がコマチのまもるを削っていき──。

 

「──ギュオオオ!」

「──バナバーナ!」

「──カメェェエ!」

 

 その前に三つの巨体がコマチの代わりにパルキアの光線を受け止めた。

 コマチは──否、コマチとサンジェルマン達は驚きに目を見開く。

 そこに居たのはメガシンカしたイグニス達だった。死にかけで動けない筈の。

 

「──キュルルア」

 

 やがてパルキアの攻撃は止み、イグニス達は力なく堕ちた。

 それをコマチが追いかけ、サイコキネシスで受け止め──しかし、メガシンカが解けた彼らを見て言葉を失う。

 存在があまりにも希薄だった。

 シェム・ハは攻撃の手を止め、コマチに心配そうに見られているアカシア・クローン達を見て口を開く。

 

「驚愕だ。まだ生きていたか──既に鎖に全エネルギーを吸収されていると思っていた」

 

 その言葉に──サンジェルマンが反応する。

 

「──どういう事だ」

「明白だ──あの赤い鎖とそこの獣らは同じだ」

 

 繋がれた命。

 

「赤い鎖が砕け散れば、そこの獣達は運命を共にしよう」

 

 囚われた命。

 

「もがけばもがくほど、主人の命を鎖に送り続ける──我が理由もなくアカシアの紛い物を生き永らえさせるか?」

 

 闇の底から這い寄る絶望。

 

「そして──これで終わりだ」

 

 ──失われる希望。

 

「もはや止められぬ」

 

 パルキアが──第二波をシャトーに向けて集束させていた。

 神を止める事は、止める事ができる者は──もう、居ない。

 

 

 

「……どうやら此処までの様ですね」

「……ええ、残念ながら」

 

 ネフィリムの侵食に顔を歪めながら、通信越しに状況を把握したウェルは──息を吐いた。

 先ほどまで絶対に生き残ると決意していたのに──そんな人の思いを神は容易く踏み躙る。

 

 それでも、諦めないのが──ウェルという男だった。

 

 

 

 

『マリアさん、お願いがあります。これから──』

「──」

 

 ウェルは通信越しにマリアに言伝を頼み、そして。

 

『すみませんね、ナスターシャ教授。付き合わせてしまって』

『──いえ。世界を救う為です』

 

 最後に二人の会話が聞こえ、そして──。

 

 

 

 パルキアが放った光線はシャトーを穿ち──完膚なきまでに破壊し。

 世界を壊し続けていた力が霧散。三体の神の力が世界を侵食し、マリア達の力が無効化。

 そして──ウェル達の持つ端末の発信源が……消え失せた。

 

 

 ◆

 

 

「──うおおおおおおおお!!」

 

 弦十郎の雄叫びが虚しく響き渡る。

 シンフォギアも、ファウストローブも、錬金術も──奇跡も無効化されてしまった。

 戦う力を奪われた者達は絶望し、天に降臨する神を見る事しかできない。

 

「さて。思いの外楽しめたぞ。貴様らの無駄な足掻きを」

 

 シェム・ハは嗤い続ける。

 シェム・ハは言葉を吐き続ける。

 シェム・ハは──シェム・ハは……。

 

「──ブイ」

 

 ──だとしても、とコマチが立ち上がる。

 皆を守るために、未来を取り戻す為に──彼は諦めない。

 その姿を見てシェム・ハは悲しそうな表情を浮かべ、しかしそれを振り切る様にしてユグドラシルへと向かう。戦う力を失った人間達にもう興味は無いのだろう。全てを終わらせる為に、力を解き放つつもりなようだ。

 対して、倒れ伏したイグニス達はコマチのその背中に希望を見出す。

 そして。

 

「リッくん先輩……そしてイグニス達」

 

 そこにマリアが──痛みを堪える様にして彼らに言った。

 

「この状況を打破する方法がある」

「ブイ!?」

 

 本当? とコマチが問い掛けると──マリアは語った。

 

「──イグニス達の命を燃やし、その力をリッくん先輩に譲渡して……全盛期の力を取り戻つつ──連動して鎖を破壊する。

 

 そうすれば──三体の神の世界の侵略は止まり、戦力が強化される。

 その話を聞いてコマチは言葉を失い、その会話を聞き取ったサンジェルマンがマリアに近づき胸ぐらを掴む。

 

「貴様! どういうつもりだ!」

「……あの三体の神は、イグニス達が作り出した赤い鎖で操られている」

「敵の言う言葉を信じるのか!?」

「わたしも波導で見た! ……確かに生命エネルギーがあなた達からイグニス達に、そしてあの鎖に流れている」

 

 マリアでも意識して見ないと分からない程に神の力で隠されていた。

 悪辣の一言に限る。

 サンジェルマンはグッと押し黙る。自分の魔力がイグニスに流れているのは感じ取っていた。しかし、治るのならと、元気になるのならと信じ、送り続けていた。

 それが──これだ。

 

「な、なんとかできないの? アカシアの奇跡──」

 

 そこまで言ってカリオストロは、その奇跡の力すら封じられている事に気づき、言葉を失う。

 

「……それでも、相棒達が死んで鎖が破壊される可能性は」

「確かに低い。それでも──アカシアが復活する」

 

 マリアがあえてアカシアと口にする。

 

「しかしこのままでは、この子達は無意味に死んでしまう。だから」

 

 ──この子達の勇気に応えてあげて。

 マリアの言葉を聞いたサンジェルマン達は──自分たちの相棒を見る。

 行かせてくれ、と目が強く語り掛けていた。

 この世界を殺したくない。未来を閉ざしたくない。──大好きな人に、明日へと続く道を歩ませたい。

 

 イグニス達は、覚悟を決めていた。

 

「ブ……ブイ!」

 

 しかし、コマチが拒絶する。

 

「ブイブイ、ブイ!」

 

 何とかするから。

 俺が何とかするから。

 だから、命を捨てるなと──生きるのを諦めるなと訴える。

 そんなコマチを。

 

「──カゲ!」

 

 ヒトカゲが、震える体で立ち上がりコマチの頬を打った。

 パシンッと乾いた音が響き、イグニスが──死への恐怖に体を震わせながら、涙を浮かばせながら叫ぶ。

 

「カゲ! カゲカゲ! カゲ!」

 

 もうこうするしかないから、お前に力を託すんじゃない。

 こうしたいから、お前に全てを任せて逝くんだと。

 此処でコマチが失う事に怯え、イグニス達の申し出を断れば──この世界のみんなが怪物になる。未来が失われる。

 だから──。

 

 友達の最期の願いくらい、聞き遂げてくれ。

 イグニスはそう言い、ジルとカメちゃんも強く頷いた。

 

「……ブイ」

 

 コマチは思い出す。イグニスとの思い出を。

 

 自分が落ち込んでいる時は真っ先に慰めに来てくれて、それでも元気が出ない時は尻尾の炎で焚き付けた。

 サンジェルマンの事が大好きで、ずっとずっと共に居たいと語っていた。

 

 コマチは思い出す。ジルとの思い出を。

 

 漫画や雑誌しか見ないコマチに、面白い本を勧めてくれたジル。

 プレラーティと過ごす静かな時間が好きで、また主人がサンジェルマンの為に努力している事を誇らしげに語っていた。

 

 コマチは思い出す。カメちゃんとの思い出を。

 

 カメちゃんは、ちょっとえっちなコマチが赤面する程の、カリオストロの猥談を語るヤベー奴だった。それでもカリオストロへの愛は本物で、響やみんなと仲良くしろよと、こちらの絆に笑顔を浮かべる優しい友でもあった。

 

 その友達が──自分に力を託して死ぬ。

 

「……!」

 

 コマチは頭が痛むほどに、悲しむ。

 彼らを死なせるのは嫌だ。それでも、この世界は守りたい。

 どうすればいい。──どうしてこうなってしまった。

 

「──私からも、頼む……」

 

 そんな彼に、サンジェルマンが──否、カリオストロとプレラーティ達もまた、コマチに頼み込んでいた。

 

「彼らの想いを汲んでくれ──頼む」

「お願い。カメちゃん達を無駄死にさせないで」

 

 一番辛い筈の彼女達の懇願に、コマチは。

 

「──」

 

 コマチは──。

 

 

 世界中でユグドラシルが屹立し、稼働していく。

 いまだにバラルの呪詛は解かれていないが──電子演算機器への侵略により、人を使わなくともシェム・ハはユグドラシルを操作、掌握していた。

 

「もうすぐ、もうすぐだ──む」

 

 その時、シェム・ハは赤い鎖からある情報を得る。

 イグニス達が死んだ。

 どうやら、彼らを殺す事で三体の神を解放しようとしたらしい。

 だが、しかし。

 

「哀れな。我が備えていないとでも」

 

 イグニス達が死んでも、赤い鎖は消えなかった。

 依然として縛り続け、シェム・ハと繋がり、世界を書き換えたままだ。

 故に、シェム・ハは気にする事ではないと捨て置き──彼方より飛来する流星に、気付くのが一歩遅れた。

 

「──キュルルルルアアアア!!」

 

──ガリョウテンセイ!! 

 

 緑色の流星はギラティナへと突っ込み──その首元にある赤い鎖にヒビを入れた。

 

「──バカな、そんな!」

 

 そして流星は──メガレックウザへと変身したコマチは友の想いを無駄にしない為にも。

 

「キュオオオオオ!!」

 

 ──く、だ、け、ろおおおおおおお!! 

 

 ──その戒めを解き放った。

 シェム・ハの鎖が一つ千切れ、縛られていたギラティナは目の色を取り戻し……そのまま世界の法則に従って出ていった。

 同時に、三体の神と形成していた世界の侵食が消え去り──戦士達が再びシェム・ハの前に集結する。

 

「何故抗う。何故救う。何故寄り添う──アカシア!」

 

 理解できないと叫ぶシェム・ハにコマチも叫び返した。

 

 ──絶対に救うと、取り戻すと……負けないと約束したんだ! 

 

 友の死で、未来を灯す為に──コマチは想いを胸に、神と相対した。

 

 



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第十六話「この今日へと紡いできたメロディ」

 セレナの先導の元、コントロールルームに向かっていた調達は曲がり角から人の気配を感じ取って立ち止まる。

 

「誰?」

「……」

 

 呼びかけに応じて出て来たのは──ガングニールのシンフォギアを纏った響だった。仲間との合流に調と切歌はホッとし、しかし目の前の響の視線に気づくと慌てて説明する。

 

「ま、待ってください響さん! この子はもう戦う意志は無いのデス!」

「わたし達が説得して、着いて来て貰っている。……コマチの事が大切な響さんにとって許せない存在かもしれないけど、彼女は──」

「良い」

 

 しかし響は、意外にも調達の言葉に理解を示し、同行しているエルザをジッと見ている。

 

「今なら──何となく分かるから」

「ほっ、良かったデス」

 

 此処最近の響は精神的に成長しているのだろうか、出会ってすぐ戦闘みたいな事にならず、切歌は安堵の息を吐く。

 

「じゃあ、一緒にコントロールルームに──」

「ごめん、行けない。先に行っていて」

 

 響はそれだけ言うと、エルザ……そして切歌と調を順番に見た後走り出した。

 何かあったのだろうか? と考え、そういえば翼と奏もまだ到着していない事を思い出す。

 という事は彼女達を迎えに行っているのだろう。

 そう判断した調と切歌はエルザを伴ってコントロールルームへと向かった。

 

「……」

 

 

 ◆

 

 

 バチバチと床に電気が迸る。奏の力がフィールドに力場を作り出しているようで、それに直接触れているミラアルクは、ビリビリと来る痺れを鬱陶しそうにしていた。

 ツヴァイウィングとミラアルクの戦いは長丁場となっていた。

 時間を止めるミラアルクと高速移動で対処するツヴァイウィング。どちらも決定打を決める事ができず、時間が過ぎていく。

 

「──地球が!」

「どうなっていやがるんだ……!」

 

 そんな戦闘の最中、奏と翼は遺跡から見える青い地球が赤く染まっているのを見て呆然と呟く。明らかに異常事態であり、何か良くない事が起きているのは確かだった。

 対して、ミラアルクはそんな地球を見て酷く落ち着いた表情を浮かべていた。

 

「どうやら始まったようだゼ」

 

 その言葉に翼が反応を示し、彼女に叫ぶ。

 

「あれが、お前達のやりたかった事なのか!?」

「……」

「光彦を殺す。そう言っていたが、アレと何か関係あるのか!?」

「──シェム・ハが真の力を取り戻せば、アイツがアカシアを終わらせてくれる。その為に、力を得る為に人間にはちょっとだけウチらと同じ怪物になってもらうんだゼ」

『──!?』

 

 その言葉に、翼達は絶句した。

 

「何を言って──」

「──神の力じゃないと、アカシアは転生を繰り返し生き続けてしまう! 記憶を失っている間は良いが──時が来たらもう終わりなんだゼ!」

 

 ミラアルクの頬に涙が伝う。

 

「あんなに頑張ったのに! あんなに償ったのに──結末がアレじゃあ、あまりにもあんまりだゼ!」

 

 だから。

 

「何も知らないうちに、アカシアを殺す──それがウチらノーブルレッドの願いだ!」

「──だから、意味が分らねぇって言ってんんだろ!」

「それに、それでライブの人たちを──無関係の人たちを殺して良い理由になる訳がないだろうが!」

 

 ミラアルク達がして来たことを思い出し、奏と翼が怒り心頭で叫び返す。

 だが──無関係。その言葉を聞いたミラアルクは。

 

「──人が人であり続ける限り! 無関係じゃねぇんだゼ!」

 

 その言葉を否定し──ツヴァイウィングに襲い掛かった。

 吸血鬼のスペックを用いたゴリ押し。肥大し、強化された拳の連打を二人に浴びせていく。

 それを二人はそれぞれアームドギアで受け止めるが、ミラアルクはラッシュを加速させながら嘲笑うように砕き、そしてボディに当てていく。

 

「お前達の抵抗は──無駄なんだゼ!」

「くっ──」

「ガッ──」

 

 ガンッ腕の一振りで二人は吹き飛ばされ、その追撃をするべくミラアルクは全身の血液を、筋肉を、怪物の力を全開にしながら突っ込んでいく。

 

「お前達を殺すのはやはり、シェム・ハから譲り受けた神の力! ウチだけの世界で動ける最大の時間は──7秒! その7秒の間に片を付けさせて貰うぜ」

 

 そして、ミラアルクは──。

 

「来れウチだけの世界! 時よ止まれ!!」

 

 世界がモノクロに変わる。

 時が止まった世界で動けるのはミラアルクのみ。それはまるで怪物となった彼女を世界が拒絶し、孤独にしてしまうかのように。

 しかし──ミラアルクは恐れない。

 孤独は孤独でも、同じ孤独であるヴァネッサとエルザが居る。

 だから怖くない──怖いと思ってはいけないんだ。

 

「ウチはたくさん人を殺したからな」

 

 そして今も、これからもたくさんの人を殺す。

 

 ミラアルクは遺跡の天井を砕き巨大な鋼鉄を作り出すとツヴァイウィングの頭上に向けて投げ付ける。

 ミラアルクが触れればその物質はこちらの世界でも動けるようになる。

 だから彼女達を確実に殺すには、時が動き出してからだ。

 もう以前のような分身は使わせない。

 ミラアルクが飛び、ツヴァイウィングの上から拳を構えて襲いかかる。そして──時が動き出す。

 世界に色が戻り──目の前の鋼鉄を掴んで落下しながら叫ぶ。

 

「アイアンローラーだぁあああああ!!」

『──っ!』

 

 アイアンローラー。それは鋼の力を宿すアカシアの技の一つで──戦場に迸るエネルギーをリセットしながら相手にダメージを与える技。

 鋼鉄をツヴァイウィングが受け止めた瞬間、床に迸る電気のエネルギーが鋼鉄に集束、そしてミラアルクへとチャージされ──雷速のラッシュが、剛腕のラッシュが叩き込まれる。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

 鋼鉄越しに浴びせられる拳を前に翼と奏は──ギアのエネルギーを拳に纏わせて殴り返す事で、相殺を試みた。

 

「はぁあああああああああ!!」

「負けるかぁぁあああああ!!」

 

 上と下から猛烈な打撃を受け続けている鋼鉄がひしゃげ、形を歪ませる中、ミラアルクは両腕以外の血液を右腕の集中させていく。

 

「無駄で無駄な抵抗は──無駄なんだゼ! ウリィリャアアアアア!!」

 

 そして掲げた右腕に全てを込めて。

 

「ぶっっっっっっっっっ潰れろォオオオオ!!!」

 

 全てを終わらせる為に振り下ろし──下からの抵抗など無いと言わんばかりに鋼鉄が豪速球で落下し、遺跡の床に轟音を立てて巨大なクレーターを作り上げた。

 

「はぁはぁはぁ……!」

 

 それをミラアルクは見下ろし、ボコボコになった鋼鉄を見て、あれの下敷きになればいくらシンフォギアでも助からないと確信し。

 

 また、殺したのだと思った。

 

「──っ」

 

 しかし、それは──思ってはいけない。

 考えてはいけない事だった。

 ヴァネッサやエルザになるべく手を汚して欲しくないと思い、自分がやると決めた時に──誓った筈だ。

 殺した事を悔やむな。殺した相手に哀れみを抱くな。──殺したくなかったと思うな。

 

 覚悟を持って、目的の為に手段を選ばず、まだ生きていたいと、死にたくないと涙を流した人たちを殺したのだろう? 

 殺させないと自分を止めようとした人間を振り切り、殺し、守ろうとした人間の心を傷つけたのだろう? 

 

 だったら──今更、普通の人間のように罪悪感を抱くな。

 やりたくなかったと後悔するな。

 何故こんな事をしなくてはと被害者面をするな。

 

 そう誓ったのだろう──ミラアルク? 

 

「──ああ、そうだ。ウチは……ウチは!」

 

 

 

「──やっぱりオレ達はお前を許せそうに無い。だがな」

「──それでも涙を流している女の子を放っておく程、冷たくないぜ」

 

 

「──っ、な、うし」

 

 背後からの声に、ミラアルクが振り返ると同時に──二つの拳が彼女の顔面に突き刺さった。

 

「──!?」

「だから、一度本気でぶん殴った後に!」

「無理矢理話を聞かせて貰うぜ!」

 

 ツヴァイウィングの拳が──アカシアの力を解放し雷光と蒼翼となった二人の拳が、ミラアルクを吹き飛ばす。

 床に激突し、ひしゃげた鋼鉄を彼方へと吹き飛ばし、それでも勢いが止まらずミラアルクは床を何度も打ち付けながら吹き飛んでいく。

 時間を操る力を行使するだけの思考がなかった。ただ痛みが彼女の顔面を襲い──しかし、それ以上に二人の言葉が、ミラアルクの涙を案じ、彼女のしてきた事に怒りを抱き、それでも話を聞こうとするその姿勢に、胸が痛んだ。

 やがてミラアルクは壁に激突し、ようやく止まる。

 視界が開け、ミラアルクは時間の巻き戻しで傷を癒そうとし──こちらに向かってくる光に目が眩んだ。

 

「ミラアルク! お前がやった事は消えない。巻き戻せない。無かった事にはできない!」

「だが、これからの未来は変えていける! だから──」

『無駄無駄無駄と駄々を捏ねずに、少しは抗いやがれぇえええええ!!』

 

──雷光のフリューゲル。

 

 奏と翼が雷を纏い輝く羽と化した剣を思いっきり振り下ろし──ミラアルクの体から、ディアルガの力が消え去った。

 

 

 第十六話「この今日へと紡いできたメロディ」

 

 

 一方、地球では──。

 

「キリュルルルア!!」

「パルルルルルア!!」

 

 メガレックウザと化したコマチとパルキアが激突し──ピンチに陥っていた。

 

「キュリュウ……」

 

 ギラティナの赤い鎖を砕く事ができたのは完全に不意打ちのおかげだった。

 鎖の破壊を警戒したシェム・ハは、ディアルガとパルキアの鎖を破壊されないような立ち回りを支持し、空間を操る力を持つパルキアの攻略は難攻を示した。

 断絶させた空間を抜けてパルキアの攻撃を当てる事ができるのはコマチのみであり、他のメンバーからの援護は期待できない。

 加えて……。

 

「ウオオオオオオオ!」

「はぁああああああ!」

 

 弦十郎がシェム・ハに、マリアがディアルガに拳を叩き込む。

 そしてその援護を二代目、サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティが行うが……戦力不足だった。

 神殺しの力で何とか喰らい付いているが──自力が違い過ぎる。

 シェム・ハとディアルガをコマチの元へ行かせないので精一杯だった。

 キャロルやノエル、フィーネ達はダメージにより未だに復帰できていない。

 

 ──このままではイグニス達の犠牲は無駄になるのか? 

 

「……!」

 

 それだけは、ダメだ。

 

「──キュオオオオオ!!」

「──パルルルキュア!?」

 

 コマチが強引に体を割り込ませて、パルキアの空間を操作する力を突破する。

 そしてその長い体をパルキアに絡めさせて全身を締め付けさせて、鎖に思いっきり噛み付く。

 絶対に負けられない、と。

 

「パルキュア!」

 

 それに対しパルキアが激しく抵抗する。目の前に向かって亜空切断を放ち、裂け目を形成。そしてその先にありとあらゆる技を放ち、次々とコマチの体に当てていく。

 どれもがドラゴンタイプの技で効果抜群だ。コマチが痛みに耐えながら鎖に噛みつき。

 

「キュオ──パルルゥア!!」

 

 パルキアの放った亜空切断がバッサリとコマチの体を切り裂いた。

 

「──!」

 

 それでもコマチは鎖を放さなかった。

 イグニスと約束したんだ。絶対に勝つと。そしてみんなの未来を取り戻すと。

 命を賭けて、自分に明日を託した友がいる。

 だからコマチは──。

 

「キュルルゥアア!!」

 

 何がなんでも、彼らを解放しなくてはならないのだ。

 パキンッと音が鳴り、パルキアの赤い鎖が砕け散り──パルキアの目に理性が戻ると、この世界から出て行った。

 それを見送る事なくコマチはディアルガを見る。

 

 残り一体。

 

 しかしコマチの体は、力はボロボロで──だとしても諦めない。

 

「キュオオオオ!!」

 

 明日に向かう為に。

 

 

 ◆

 

 

「……」

 

 エルザとミラアルクが倒された事を感知したヴァネッサは、コントロールルームへと訪れていた。

 彼女達は最後までよくやってくれたと本心から思っていた。二人ともシンフォギア装者に連れられてこの場所に来ている。

 おそらくあの二人はヴァネッサを説得するのだろう。もうやめようと。やっぱり間違っていたのだと。

 そう言われてしまえば、ヴァネッサは悩んで──全てを打ち明けてしまうのかもしれない。

 

 それがたまらなく怖かった。

 

 だから。

 

 狂っているうちに、全てを終わらそう。

 

「だから──アナタ達には死んで貰うわ!」

『──!』

 

 空間転移でセレナ達の間をすり抜け、端末に触れようとするヴァネッサ。

 しかし響がギアを纏い回し蹴りで彼女の腹部を捉え、壁に叩きつける。

 遅れてクリスとセレナがギアを纏い、響が前に出ながら叫ぶ。

 

「二人はバラルの死守を! こいつはわたしが!」

『了解!』

 

 クリスとセレナが空間跳躍による直接攻撃を警戒するべく、ギアを構える。セレナの見えないリボンで結界を形成し、クリスのギアが少しの異音も聞き逃さないようにと集音能力を高める。

 そんな中、響は怒りの表情でヴァネッサと拳を交える。

 

「アンタ達のやろうとしている事は既に分かっている! 絶対に人を怪物にしない! コマチを殺させない!」

「その優しさが、愛が、執着が! アカシアを苦しめると何故分からないの!?」

「分かるかぁ!」

 

 ガインッと響の拳がヴァネッサを弾く。

 

「理由を言わないで、コマチを殺すって、それが救いだと言われて。納得できる訳がない!」

「だったら、アナタが知っている範囲で言ってあげる──アカシアはこの五千年間ずっと人を救い続けた!」

 

 ヴァネッサから無数のミサイルが放たれる。

 

「でもその五千年でアカシアが受け入れられたのはほんのひと握り! 人間は彼を恐れ、迫害し、そして殺す! 何度も何度も何度も!」

「くっ」

 

 レーザーが空間の穴を通じて響の死角から襲い、彼女の足が撃たれる。

 

「そして救えなかった命も多かった──それを彼は悔やみ、苦しみ、涙を流す!」

 

 それでもと響が踏ん張った所で、ヴァネッサのロケットパンチが巨大展開され、響を床に叩きつける。

 

「そして──そして! 例え救えたとしても、彼は必ず命を落とす! アカシアは死ぬのよ。悔やむのよ。泣くのよ!? その苦しみを永遠と味合わせる事なんて──許せない!」

 

 巨大な拳が響を押し潰していく。

 

「だから私は、アカシアを殺して──これ以上の苦しみを!」

「──だとしてもォオオオオ!!」

 

 しかし──セレナのリボンとクリスの狙撃がロケットパンチの軌道をズラし、その一瞬に響の拳がその巨大な鋼鉄を穿ち、破壊する。

 

「わたしは! この手で! アイツと手を繋いで──!」

「く──」

 

 ヴァネッサが空間転移で逃げようとし──四肢をリボンが巻き付け、さらにアカシアの力が込められた弾丸が命中し、炎の結界が作られる。

 そこに最速で最短で真っ直ぐに一直線に跳んだ響の拳が──。

 

「これからも生きていく!!」

 

 ヴァネッサの頬に叩き付けられ、神殺しの力がパルキアの力を打ち消した。

 吹き飛ぶヴァネッサは地面に転がって倒れ伏す。

 早く立ち上がらなくてはならない。

 そして目的を完遂する。

 その為にヴァネッサが顔を上げて響を睨み付け──。

 

「──ヴァネッサ」

「──もう、やめようゼ」

 

 そんな彼女に悲しみを帯びた声をかける者が居た。

 調と切歌に連れられたエルザと、ボロボロの状態で奏と翼に肩を貸して貰っているミラアルクだった。

 ヴァネッサは二人の姿を見て──涙を流す。

 どうして、と二人に問いかける事はできなかった。

 ただ──。

 

「そう……私たちは」

 

 やっぱり、無理だったのね。

 無力感に身を沈めながら、彼女は力を抜いた。そんなヴァネッサに二人が駆けつけ、寄り添い、涙を流す。

 三人で支え合い、目的の為なら何でもしてきたノーブルレッド。

 しかし──諦めてしまった仲間を、苦しんでいる家族を見てしまっては……もう無理だった。

 

「話を、聞かせてください」

 

 涙を流す三人に、クリスが声を掛ける。

 

「アナタ達がコマチの事を嫌っていない事は知っています。だから、どうか理由を」

 

 クリスの言葉に、ノーブルレッド達が顔を見合わせ──潮時かとそう判断し。

 

「──分かったわ。私たちが彼を殺そうとする理由。その理由は」

 

 口を開いたヴァネッサ。

 

「──」

 

 しかし──突如彼女の腕が分離し端末に突き刺さる。

 

「やはりアカシアを救えるのは我だけか」

『貴様、まさか──シェム』

 

 エンキの姿にノイズが走り──その姿がシェム・ハへと変わる。

 それと同時にヴァネッサの瞳の色が戻り──え? と戸惑いの声を出した。

 

「ヴァネッサ! 何を!」

「いや、まさか──これは!」

 

 エルザがヴァネッサの突然の行動に驚き、そしてミラアルクは何が起きたのかを理解した。

 しかしもう遅かった。月遺跡は……既にシェム・ハの手中にあった。

 ヴァネッサの躯体に潜んでいたシェム・ハが月遺跡の制御プログラムに乗り移ったのだ。

 ごっそりと体力を持っていかれたヴァネッサが倒れ込み、端末から腕が落ちる。

 

『よくやった怪物共──これで人間はこの星から消え失せ』

 

 ──我とアカシアだけが生き残る。

 

 その言葉を聞いたヴァネッサ達は──理解し、絶望した。

 

「まさか、シェム・ハ。私たちを騙して……!」

『──何故、愛する人が死する事を良しとする?』

 

 シェム・ハは──初めからアカシアを殺す気がなかった。

 それどころか人類を全て端末化させ、己の力にしようとしていた。

 人類を生かさず、アカシアを生かす。

 初めから──ヒトを捨てるつもりだったのだ。

 

「シェム・ハ……シェム・ハァァアアアア!!」

『愚かな怪物。そして人間。バラルの呪詛に阻まれながらも、繋がり続け、アカシアに縋り、苦しめる害虫共──今日、この日。全てを終わらせてくれる!』

 

 月の遺跡の崩壊と共に、消え失せよ。

 その言葉を最後に、遺跡のあちこちで爆発が起きていく。

 どうやら、月遺跡を爆破する事でバラルの呪詛を解きつつ、響達を抹殺するつもりのようだ。

 

「ギアを! ギアを纏わないと!」

「でも、ギアを纏っても──」

 

 切歌と調の焦りを含んだ声は──遺跡の崩壊に呑まれ、消えた。

 

 

 ◆

 

 

 ──か、に思えた。

 

 響達は生きていた。

 ギアに宿るアカシアの力が彼女達を「まもる」。そしてさらに、爆破の衝撃から守り、地球への帰還通路を形成するのは──怪物達のダイダロスの迷宮。

 

「アナタ達……!」

「……ごめんなさい。真実を言う時間も、勇気も私たちには無いわ」

 

 その身を犠牲にしながらヴァネッサが言う。

 ノーブルレッド達はシンフォギア装者達との戦闘、そして神の力の喪失、並びにダイダロスの形成により──命が尽きようとしていた。

 それでも響達を地球に送り届けようとしているのは──今のアカシアの望みを、大好きな人たちを死なせたくないと思ったからだろうか。

 

「──月読調に暁切歌」

「……何?」

「なん、デスか……!」

「──手を差し伸ばしてくれてありがとうであります。アナタ達の優しさは──温かったであります」

 

 エルザの言葉を聞いて──二人は涙を流す。

 しっかりと手を取ることができた。

 しかし、結局話を聞くことができずこうして別れる。

 本当に自分たちは救えたのだろうかと考えてしまう。

 それでも──二人は頷いた。エルザの為に。

 

「天羽奏。風鳴翼」

「……」

「……」

「ウチは……謝れない」

 

 ミラアルクは、涙を堪えて言葉を紡ぐ。

 

「だから忘れないでくれ。この極悪人のウチの事を。ウチの罪を」

「──当たり前だ」

「絶対に忘れない。絶対に許さない。だから」

 

 お前も忘れるな。自分がした事を。

 あたし達も忘れないから──だからあの世でしっかり謝って、ぶん殴られてこい。

 

「──ああ。そうさせて貰うゼ」

 

 二人の怒りに、言葉に──ミラアルクはまるで救われたかのようにそう返した。

 

「──立花響」

「──何」

「アカシアの事を手放さないで。何があっても」

「当然」

 

 ヴァネッサの言葉に、響が即答で返す。

 それに彼女は笑い。

 

「そう、例え──」

 

 彼が許されない罪を犯してしまったとしても。

 その言葉を最後にヴァネッサは──ノーブルレッドは消える。

 まるで自分たちの想いを無理矢理託したかのように。

 怪物はついぞ人間に寄り添う事はなく、伸ばされた手を掴む事なく。

 しかし──最後の最後に背中を押した。

 

 そして。

 

 響達は──地球へと帰還する。

 

 

 ◆

 

 

 ユグドラシルの稼働が停止していく。

 八紘の指示により動いていた緒川忍軍が各国機関に綱渡しをし──全人類がシェム・ハに対抗している。

 インターネットワークシステムを利用して稼働したユグドラシルシステム。

 ならばそれを止めるのもまたインターネットワークシステム。

 ファイアウォールを形成し、ユグドラシルシステムの妨害を行なっていた。

 

『米国大統領の名において、非常事態宣言を発動する! 腕に覚えがある者、及び各国機関は世界規模で発生しているハッキングに対抗せよ! 各端末の演算機能を死守する事でこれ以上の侵食を死守できる! 人類の総力で押し留めるのだ!』

 

 そして主導して行なっているのは──かつて日本に幾度もエージェントを送り、反応兵器すら使い、アカシアを何度も殺し、殺そうとした国であった。

 シェム・ハという強大な敵を前に、彼らはようやく──幾千年前のあの日と同じように、アカシアの隣に立つことができた。

 

「ちっ……」

 

 ユグドラシルが止まったのを見てシェム・ハが舌打ちをする。

 しかし、対応しようにもできない。

 弦十郎、そして錬金術師協会の四人による妨害がある為に。

 

 そして、コマチは。

 ディアルガと戦っているコマチは。

 

「──!」

 

 空を見上げた。地球に向かって落ちている7つの光。流れ星。

 彼はそれを迎えに行く為に、マリアを連れて飛び上がる。

 

「デュルルガァ!」

 

 それをディアルガが追いかける。

 もう、コマチには力がほとんど残っていたなかった。神との三連戦は瞬く間に力を削ぎ落としてしまっている。

 それでも──未来に繋げる為に、太陽に手を伸ばす。

 メガレックウザの体はぐんぐんと伸びていき、あともう少しで響たちに辿り着く場所まで来た。

 

「──アアアア!!」

「──っ! リッくん先輩!」

 

 そこにディアルガが己の力を、時を集束させて──解き放つ。

 

 ──ときのほうこう。

 

 神の一撃はメガレックウザを貫き、そして──。

 

「──ブイ!」

 

 粒子と化して消えていくメガレックウザの中から、コマチが飛び出す。

 身代わり。

 それが彼が神の力で最後に使った──いや、使わされた技。彼を生かすために友が死した後もコマチを守る為に行使した技。

 コマチはそれに心の中で感謝の言葉を送りながら──目の前に伸ばす。

 

「──コマチィイイイイイ!!」

「──ブイィイイイイイイ!!」

 

 ──させるか! とディアルガが再びときのほうこうを放ち──二人を飲み込む。

 

「──流れ星。堕ちて燃えて尽きて」

 

 

 

『──そしてぇぇええええ!!』

 

 ディアルガのときのほうこうが掻き消され、そこから出てきたのは──タイプ・ラストシンフォニーへと至ったコマチと響だった。

 二人は拳を突き出し、そのまま──ディアルガの鎖を穿つ。

 そしてその勢いのまま流星の如く地上へと駆け抜け、その後を奏、翼、クリス、マリア、セレナ、切歌、調が続き──ユグドラシルを数本折り砕きながら戦場に降り立ち、シェム・ハの前に立つ。

 シェム・ハは苛立ち舌打ちをし、先ほどまで彼女と戦っていた弦十郎達は呆然と響達を見る。

 

「──あれは」

 

 そんな中、ようやく意識を取り戻したフィーネは──ありえない物を見た。

 アカシアの力は凄まじく、その能力は決戦機能というのに相応しい。

 しかしシンフォギアにはエクスドライブという秘められた力がある。

 それを起動させるには膨大なフォニックゲインが必要であり、まさに奇跡の力。

 

「──まだ戦えるだと?」

 

 そして、アカシアは奇跡を起こす。

 

「何を支えに立ち上がる? 何を握って力と変える?」

 

 そして、アカシアはフォニックゲインを蓄積させ、それを解放させる力を持つ。

 

「鳴り渡る不快な貴様らの歌の仕業か……?」

 

 その二つの奇跡が同時に起きた時──彼女達は最強の力を手にする。

 

「そうだ──貴様らの纏うそれは何だ?」

 

 戦姫達は、アカシアの力を使いながらエクスドライブに至った。

 

「このような絶望。心は折り砕けるはず」

 

 その力の名は名付けるならば──アカシック・エクスドライブ。

 

「なのに何故戦える!? それはアカシアの力なのか!?」

 

 未来を取り戻す為の。

 

「貴様らの纏うその力は何だ……!」

 

 人と手を繋ぐ為の──。

 

「──何なのだ!?」

 

 ──切り札だ。

 

 響達は神と全く同じ力を発しながら、それとはまた別の力を解放しながら、シェム・ハの問いに応えた。

 

『──シンフォギアアァァアアアアアア!!!!』

 

 ──闇の中に、光が差し込んだ。




アカシック・エクスドライブ。
簡単にいうとイグナイトモジュールみたいなる超強化する力をアマルガム並みにバンバン使える力をさらに出力上げたやつとエクスドライブを掛け合わせた力。


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第十七話「神様も知らないヒカリで歴史を作ろう」

「ようやく、来たか……!」

「サンジェルマンさん。みんなも、ボロボロ……」

 

 激戦を繰り広げたからだろう。シェム・ハと相対していた弦十郎や二代目達は疲労困憊といった様子だった。

 離れた場所にはノエルとキャロル、フィーネが意識はあるものの体を起こす事ができないでいた。

 

「だったら!」

 

 今まで頑張っていたみんなを癒すまで。

 響とコマチがラストシンフォニーの力を行使し、過去のアカシアを呼び起こす。

 

 ──モノノケ の いやしのすず! 

 

 ──モノノケ の いのちのしずく! 

 

 ──モノノケ の いのちのしずく! 

 

 ──モノノケ の いのちのしずく! 

 

 ──モノノケ の いのちのしずく! 

 

 響の傍に草とエスパーの力を有するアカシアの幻影が現れ、この場に居るシェム・ハ以外の状態異常並びに体力を全快させる。

 ノエルとキャロルの体が動き、オートスコアラー達も蘇り、フィーネの完全聖遺物も修復される。

 

 シェム・ハを討つ為の勇士達がこの場に集結した。

 

「お前達はSONG本部の援護に回れ」

 

 キャロルの指示により、オートスコアラー達が戦線を離脱する。

 SONGがユグドラシルにより沈没寸前まで損壊している事は通信で聞いていた。今はレイアの妹が支えているようだが、そちらに人員を回しても良いだろう。それに、キャロルの錬金術が効かない今、オートスコアラー達は戦いに着いていけない。

 悔しそうな顔をしながらも彼女達はキャロル達に想いを託した。

 

「何をしに来た──立花響」

「未来を取り戻しに来た」

「呪いの拳──神殺しを携えてか?」

 

 はっと彼女が鼻で笑う。

 

「あの怪物共と同じ事を宣うか? 大切な者を救うには殺すしかない──そう言いたいのだな?」

「──殺さない」

「何?」

 

 ギュッと己の拳を握り締めて、ジッと見つめる響。

 絶望し復讐を誓った時、大切な者を奪われ、取り戻そうとした時。彼女はその度にこの拳で障害を打ち砕き、取り戻してきた。

 

 しかし、一番最初に取り戻したあの時は──握った拳を開いて、手を繋いだ。

 

 それに響はもう知っている。

 

「シェム・ハ──呪いは奇跡に変える事ができる」

「──」

「だからわたしは──神殺しの呪いじゃなくて、花咲く勇気で、奇跡で未来を取り戻してみる」

 

 響は──全く屈していなかった。

 迷っていなかった。この力を一ミリも疑っていなかった。

 日陰と寄り添う彼女は──強い。

 対して響の言葉を聞いたシェム・ハは──怒り狂う。

 

「呪いを奇跡にだと? 歌を力に変える貴様らが。人間である貴様らがそれを口にするのか……!」

 

 シェム・ハから計測不可能な程のエネルギーが放出される。

 それに呼応する様にシェム・ハの発する光から南極の棺から射出された戦闘機械と同様の物が無数に召喚される。ディアルガ、パルキア、ギラティナという戦力を失っても顔色一つ変えなかったのはこれが理由だろうか。

 シェム・ハ自身も決戦専用の武装を携える。その巨大な模様から思わずエルフナインは叫ぶ。

 まさにデウス・エクス・マキナだと。

 

 シェム・ハに従う機械群が一斉にレーザーを放った。

 

「うおおおおおお!」

 

 それを弦十郎は己の腕の一振りで吹き飛ばし。

 

「はっ!」

 

 二代目はアダム・スフィアを用いて錬金術で相殺し。

 

「プレラーティ! カリオストロ!」

「分かっている!」

「ワケダ!」

 

 サンジェルマン達は三人の力を合わせて防壁を築いて受け止め、その後は青く燃える龍の顎で機械群に喰らい付く。

 

「我が欲したのはこの星でも力でも権力ではない──愛する者の未来だ!」

 

 翼の何処までも羽撃く斬撃と奏の雷槍が機械群を次々と破壊していく。

 

「我は我慢ならなかった。来る絶望に何もせず、死を受け入れる彼の者に!」

 

 クリスの炎の砲撃とフィーネのエネルギー弾が解き放たれ、機械群の中で混じり合い、弾けて襲い掛かる。

 

「何故死ななくてはならぬ! 何故奴が苦しまなくてはならぬ!」

 

 セレナのリボンとマリアの黒きマントが機械群を一か所に纏め、二人の高質量のエネルギー波が纏めて吹き飛ばす。

 

「我はただ、アカシアに未来へと歩んで欲しかった……!」

 

 調と切歌のギアが一つとなり、二つの巨大な刃を形成する。そして巨大な人型が現れ、二つの刃を持つと振り回し機械群を切り刻んでいく。

 

「我のしている事は、彼が望まない事など百も承知!」

 

 ノエルの弦が機械群を貫き、その弦にキャロルの錬金術が伝い、内部から破壊していく。

 

 統一言語を失った人類が、再び繋がろうとして培って来た技術、力が、シェム・ハの神兵をどんどん駆逐していく。

 アダムが足場を形成し、弦十郎が駆け抜けて拳を振りまわし。

 翼と調の斬撃がプレラーティの錬金術で強化されて機械群を真っ二つにし。

 マリアの波導弾とクリスの弾丸、カリオストロの光弾が次々と風穴を空けていき。

 切歌とフィーネの草と茨の弦が機械群を縛り上げ、それをサンジェルマンの砲撃が飲み込み。

 奏の落雷とセレナの帯電したリボンが機械群をショートさせていく。

 

 それでもシェム・ハは止まらない。

 

「それでも、と! 例え憎まれようとも──我は救うと心に決めた!」

 

 響がイグニス、ジル、カメちゃんを呼び起こし、それぞれの究極技を放ち機械群を墜としていく。

 

 そして、響はコマチと共にとっておきの力を込めて拳を突き出し言葉を紡ぐ。

 

「だったら! これ以上コマチを苦しめる事は──」

「──だからこそだ!」

 

 神鏡獣の凶祓いの光と響の神殺しの拳が真っ向からぶつかり合う。

 

「人が奴を殺すなら、例え奴が人に寄り添おうとも──人を殺し尽くす!」

「──っ、なんで……!」

 

 光が拳に競り勝ち、響の肩を焼いた。

 それだけではなく、シェム・ハの言葉に込められた想いに響は心を動かされ──しかし、絶対に未来を救うと空を駆ける。

 

「うおおおおおお!!」

「ちっ!」

 

 高速で飛来した響の拳が、シェム・ハの光の防壁に穴を空ける。それにより、一瞬シェム・ハの動きが止まった。

 それを見たキャロルが叫んだ。

 

「今が好機だ──行くぞ!」

 

 その言葉に反応した奏、翼、クリス、マリア、セレナ、切歌、調。

 そしてキャロル、ノエル、サンジェルマン、プレラーティ、カリオストロが飛び立ち──響とコマチと共に歌を唄い、フォニックゲインを高めながらシェム・ハに拳を突き出す。

 

 総勢14名による、七つの旋律の挟み撃ち。シェム・ハは腕輪の力で受け止めようとするが──一つの七つの旋律をそれぞれで受け止めるので精一杯だった。

 さらに響、マリア、奏の神殺しの力が徐々にシェム・ハの力を削っていき──今まさに拳が届くと思われた瞬間。

 

「──呪われた拳でわたしを殺すの響……?」

「──」

「──ふっ」

 

 頭では理解していても──僅かに見えた日向の顔、声に響が臆した。

 その隙を突いて、シェム・ハは纏っている巨大な武装を破壊エネルギーに変えて爆破。巻き込まれた響達は勢い良く吹き飛び、岩盤に叩き付けられる。

 

「人よ──いい加減眠れ!」

 

 そしてシェム・ハは二つの腕輪を共鳴させて──全てを白銀に染め上げる光を全方向に解き放った。

 咄嗟の事に動ける者は限られていて、そして大切な者を守る時──魂は呼び起こされる。

 

「──クリス!」

 

 フィーネが叫び。

 

「──調、切歌!」

 

 そして片方の瞳の色が変わり──キリカが大好きな人を助ける為に、フィーネと共に全てを賭けて白銀の光を受け止める。

 

「ぐ、あああああ!!」

「フィーネ!」

「了子さん!」

 

 クリスと奏が叫び。

 

「まさか、キリちゃん!」

「もう一人のアタシ!?」

 

 最期に聴こえたその声に、調と切歌が涙を浮かべる。

 

 指先から徐々に銀へと変わっていくフィーネとキリカ。二人は己の最期を悟り──一言大切な人達に言葉を紡ぐ。

 

「クリス。あなたの成長した姿を見れて──嬉しかった。

 そして、調! もう一人のあたし! 最期のちょっとだけデスけど、会えて良かったデス!」

 

 その言葉を聞いて──三人は手を伸ばす。

 待ってくれと。行かないでくれと──一緒に生きようと。

 

 しかし二人は──。

 

「──愛してくれてありがとう」

 

 これから訪れる未来を託して──白銀に呑み込まれ、砕け散った。

 後に残ったのは二人だった物の破片と変わり果てた三つの完全聖遺物。

 

「──フィーネ!!」

「──キリちゃん!!」

「──キリカ!!」

 

 命を賭して皆を守った巫女とホムンクルス。

 しかし、それを嘲笑うようにシェム・ハが第二波を放つ。

 

「諦めよ」

 

 再び白銀の光が放たれ。

 

「うおおおおおおお!」

 

 それをフィーネから授かった神殺しの拳で受け止める弦十郎。

 既にリミッターは解除されており、弦十郎の精神力を削っている。

 

「先生!」

「司令!」

「お前達……後は──」

 

 そこで言葉が途切れ、白銀の光が消え失せる。それと同時に弦十郎は全ての精神力を使い果たし──その場に崩れ落ちた。

 

「まだだ」

 

 だが──シェム・ハは止まらない。

 三度目の白銀の光を放射し、響達を殺そうとする。

 しかし今度は──全てのアダム・スフィアを用いた二代目が受け止めた。

 

「ぐ、ぬぐううううう……!」

 

 二代目の幻が解ける。アダムの姿が保てなくなり、一人の老人が現れた。それが彼の真の姿。

 醜い、とシェム・ハが見下し。

 しかしそんな彼に駆け寄って魔力を供給する者たちが居た。

 サンジェルマン達だった。

 

「お前達……!」

「何処までもお供します」

「まだ拾って貰った恩返しできていないしね」

「それに──死ぬ時は貴方と一緒にというワケダ」

 

 四人は後ろに居る歌姫達を生かすべく──白銀の光を耐え切り、そのまま気絶した。

 

「──念入りだ」

 

 そして四度目の白銀の光が解き放たれる。

 それに立ち向かうのは──キャロルとノエル。二人は想出を燃やしながら黄金練成にて対抗、それどころか押し返し始めた。

 シェム・ハはその光景に笑みを浮かべて口を開く。

 

「これを押し返すか──だが、その力、己を燃やし尽くして初めて行えるとっておきだろう?」

 

 シェム・ハはすぐにその力の特性を見抜いた。

 ──それでも、と。だとしても、と。彼女達は諦めない。

 

『ボクだって覚悟を決めているんです! ──未来さんを助ける為に、全てを出し切って……!』

「ああ──オレも同じ想いだエルフナイン!」

 

 エルフナインとキャロルの想いが高まり、そして──。

 

「──申し訳ありません。二人とも」

 

 そんな中、ノエルは二人に謝り──黄金の輝きが白銀を押し切った。

 シェム・ハのファウストローブの一部が黄金と化し、それを見届けたキャロルとノエルは──。

 

「取り戻せ、立花響!」

「世界を──皆を頼みましたよ、シンフォギア……!」

 

 言葉を託して、意識を手放した。

 

「あああ……」

 

 人が死に、後を託し、倒れていき──そこに広がる光景の名は。

 

「──ああああああああ!!」

 

 絶望、という他ならない。

 

 

 ◆

 

 

 フィーネとキリカが死んだ事により、クリスと切歌、調は涙を流し続け悲しみに暮れる。

 弦十郎が倒れた事により、誰よりも彼の強さを知っている奏と翼が心に不安という名の闇が生まれ。

 それでもと、身を挺して守ってくれた二代目達の為に、マリアとセレナが立ち上がろうとし。

 響はファウストローブが解除されたエルフナインとキャロルの元に駆け寄り、抱き起こし必死に声を掛ける。

 

「エルフナイン! キャロル!」

 

 しかし、呼びかけに応えない──。

 

「どうやらここまでのようだな」

 

 そんな中、シェム・ハが倒れ伏した皆を見下しながら口を開き。

 

「──いや、これからだったな!」

 

 ユグドラシルが稼働し、球殻からの推進噴射によって地球の公転速度が加速される。

 

「さあ還るのだ──五千年前のあるべき姿へッ!!」

 

 そして起きるのは皆既月食。

 バラルの呪詛が無くなった今、シェム・ハの力は問題なく全人類の遺伝子情報から屹立し──全てが一つになる。

 

「太陽放射による接続障害を抑制、ここに生体端末のネットワークが構築される……。

 さァ──救ってみせようぞアカシアァ!! ふふふ──はははははは!!」

 

 シェム・ハの歓喜に染まった声が響く中──響もまたシェム・ハの光に飲み込まれていた。

 ガングニールに宿る神殺しの力は、シェム・ハの二つの腕輪と神獣鏡の力で無効化されてしまっていた。それはマリアと奏も同じで──彼女達の瞳からは光が失われていた。

 そしてそれはマリア達だけではなく、翼達──否、全人類がシェム・ハと一つとなり、生体端末へと変えられようとしていた。

 

 ──もうダメなのか。

 ──未来を取り戻せないのか。

 ──わたしは……。

 

『──』

 

 そんな中──響の耳に……否、心に何かが聞こえた。

 それはとても聞き覚えがあって、同時に初めて聴くようで、心がざわつき、安らぐ。

 

『──俺が』

 

 コマチの声だった。

 

『──俺の』

 

 いや、違う。これは──。

 

『──手で!!」

 

 ──歌だ。

 コマチが何とか響を、皆を呼び起こそうとして、言葉が通じなくて──最後に紡いだのは歌だった。

 その歌を聞いた響の心が温かくなる。

 体に、手に、拳に──力が入る。

 

「──聞こえる。アイツの歌が」

 

 さらにその歌は──皆に繋がり、コマチの元へ、響の元へと帰ってくる。

 シェム・ハに囚われたまま、全人類が歌を唄った──未来の為に。

 

「──そうだ。わたしは独りじゃない。こんなわたしを支えてくれる皆は、未来は……コマチは、いつだって側に……!」

 

 響のギアが光を灯す。それを見たシェム・ハがあり得ないと目を見開く。

 

「まさか──我の言葉を介して、アカシアの歌を!?」

 

 握り締めた拳を胸に、響が立ち上がる。

 

「みんなが歌っているんだ──だから!」

 

 地球中の人のフォニックゲインが。

 

「まだ歌える……」

 

 想いが。

 

「まだ頑張れる!」

 

 奇跡が。

 

「まだ──戦える!!」

 

 全てが響の元へ集う。

 

「──未来を、取り戻せる!!」

 

 光の翼を広げて、響がシェム・ハに向かって駆け抜ける。

 それを焦燥の顔を浮かべたシェム・ハが応対する。

 

「能わず! その拳は呪いの積層! 神殺し!」

 

 シェム・ハがファウストローブの装飾を振り回し、武器として響を撃ち落とさんと振るい。

 響はそれを光り輝く拳で弾き、前へ前へと突き進む。

 

「撃てば、この身を殺して殺す!」

「──殺さない!」

『──殺させない!』

 

 響が、コマチが叫ぶ。

 

「──っ!?」

「わたしは何時だってこいつと歩いてきた! 呪われた過去を奇跡へと変えた! 未来を、大好きな陽だまりを取り戻す為なら──」

 

 しかし、シェム・ハは響の言葉を認めない──認めてはならない。

 

「足掻くな! 囀るな! ──言葉を紡ぐな! 我が五千年の想い。アカシアと想いたいというこの気持ち! 人風情に、貴様なんぞに──遅れる道理など、ありはしない! あってはならない!」

 

 だからこそ、とシェム・ハは響の言葉を、全てを否定し。

 

「『──だとしてもぉォオオオオオオオ!!!』」

 

 しかしそれでも響は、コマチは、だとしてもと突き進む。

 

「わたしの想いッ! 未来への気持ちッ!! アンタの五千年の想いよりもちっぽけだと言わせるものかァああ!!」

 

 ──響の神殺しの呪いが、未来を取り戻す為の奇跡へと昇華される。

 

「──取り戻す」

「取り戻すんだ……」

「未来を……」

「私たちの明日を……」

 

 歌で繋がった全人類が──たった一つの願いを。

 

『──この星の、明日を!』

 

 祈りを口にする。

 

「きっと、取り戻すんだ……」

 

 調が。

 

「それはとっても大切な……」

 

 切歌が。

 

「本能が求め、叫んでいる……」

 

 セレナが。

 

「──誰もが等しくある為に」

 

 クリスが

 

「その手に束ねるんだ響……!」

 

 翼が。

 

「旦那が、了子さん達が守ろうとした人の価値を……」

 

 奏が。

 

「紡がれてきた──輝きを!!」

 

 マリアが──未来を想って叫ぶ。

 

「──バラルの呪詛が消えた今、隔たりくなく繋がれるのはカミサマだけじゃない!」

 

 この力は響だけの力ではない。

 呪いの衝動に呑まれず、踏ん張り。

 昨日まで、これからのなりたい自分を思い描き。

 

「その力──何を束ねた!?」

 

 理解できないとシェム・ハが黒く輝く刃を振り下ろす。

 

「響き合う皆の歌声がくれた──」

 

 しかし響は彼女の名の通りに、歌を、想いを、奇跡を響き合わせながら開いた手を伸ばし、刃を砕いていき、そしてシェム・ハとの──否、未来との距離がゼロになり。

 

「シンフォギアだァあああああああああ!!!」

 

 強く、強く抱き締めて手を繋ぎ──その奇跡の力はシェム・ハを未来の体から追い出した。

 

『そんな、そんな馬鹿な──』

 

 未来の両腕から腕輪が外れパキリと破れ──粉々に砕け散る。

 

『アカシア──アカシアァァアアアアア!!!』

 

 そして、五千年から紡がれた怨念は此処に消え去った。

 

 

 第十七話「神様も知らないヒカリで歴史を作ろう」

 

 

 ──深く、深く、海の底に堕ちていく感覚をノエルは味わっていた。

 彼は理解していた。あのままではキャロルもエルフナインも記憶を失ってしまうと。

 それが怖かった。自分の事を忘れ去れらる事が。

 だから──彼は己の全てを燃やし尽くしてエルフナインとキャロルの負担を請け負った。

 これで二人は無事だろう。しかしキャロルは流石に無傷と言わず、暫くは気絶したままだ。

 

 それでも生きていてくれて、忘れないでくれる事が──嬉しい。

 

『──ノエル』

 

 消えていくノエルの耳に──二人の家族の声が響いた。

 目を開くと、こちらに手を伸ばすエルフナインとキャロルが居た。

 

「どうして、どうして!」

「お前、何故こんな事を……!」

 

 二人は泣いていた。ノエルの事を想って。

 彼は、その事がとてつもなく愛おしかった。

 

「すみません二人とも──家族に忘れられる事が怖くて」

「でも、だからって、ボク達を救う為に全てを燃やし尽くして……!」

 

 ノエルの胸元に顔を埋めてエルフナインが泣き叫ぶ。

 この戦いが終われば、無事に生き残れば──また一緒に過ごす時間があったのかもしれない。その未来を思うと泣かずにはいられなかった。

 

「──やっぱり最悪だ」

 

 そんな中、キャロルが心を込めて悪態を吐く。

 

「家族を……失うこの感覚は……!」

「──今回は、救うことができたので、僕は嬉しいです」

 

 ノエルは二人の頬に伝わる涙を拭い──最期の言葉を送った。

 

「──ありがとう。愛しき家族よ」

 

 そして彼は光の粒となって消え去った。

 彼女達はそれを強く強く抱き締めた──ノエルという優しい家族が居た事を忘れないように。

 

 

 ◆

 

 

 シェム・ハは討伐され未来を取り戻す事はできた。

 しかしそれでも──ユグドラシルは止まらない。

 

「世界各地にてネットワーク汚染進行中!」

「このままでは……!」

 

 ならば──突き進むしかない。

 

「行こう──この星を救いに」

 

 響、翼、奏、クリス、マリア、セレナ、調、切歌達はユグドラシル中枢部に向かって潜っていく。それはつまり地球の核に向かうと同義であり、ミシミシと重力の圧が襲い掛かる。

 さらに、ユグドラシルを防衛する為のシステムか、彼女達の前に神の機械兵達が立ち塞がる。

 

「こんな時に……!」

「地球からの帰還。さらにシェム・ハとの戦いでこちとら満身創痍だっていうのに」

 

 翼と奏が思わず悪態を吐く。

 

 だとしても、進むしかない。

 未来の為に。

 

「Rei shen shou jing rei zizzl」

 

 覚悟を決めたその時──一つの歌が彼女達の耳に届いた。

 そして天から降り注ぐヒカリが機械群を消滅させた。

 彼女達はこのヒカリを知っている。この歌を知っている。

 響が顔を上げて、大切な者の名を呼ぶ。

 

「──未来!」

「わたしはもう響の背中を見ているだけは嫌だ──だから一緒に、隣に!」

 

 神獣鏡のファウストローブを身に纏った未来は、迷いなくそう叫んだ。

 そんな彼女達に本部から通信が繋がる。

 

『どうやら間に合ったようですね』

「この声は、くそ助手!?」

「博士、無事だったのですね!」

 

 通信越しに聞こえたのは、シャトーと共に死んだと思われたウェルだった。

 彼はナスターシャと共に命辛々救われて、つい先程SONGと合流を果たした。

 それでもネフィリムの侵食を断つ為に片腕を切り落とした為、安静にしないといけないのだが──未来の想いに応える為に、ダイレクトフィードバックシステムを設定し直し、彼女を響達の元に送った。

 

『調さん。切歌さん。それにクリスさん。彼女は、彼女達は……』

 

 シェム・ハとの戦いでフィーネとキリカは死んだ。一番威力のある初撃を身を挺して防いだおかげか、弦十郎も錬金術師協会の四人も生きている。

 それでも彼女達の悲しみは……。

 

「──言わなくて良い」

「アタシ達、前に進むって決めたのデス」

「情けない姿は見せられないから」

『──そうですか』

 

 ウェルは強い子ども達の声にグッと堪えて、ユグドラシル攻略方法を伝える。

 エルフナインが、意識を失う前にキャロルから聞いたその方法を。

 

『その先のユグドラシルを壊しても、他のユグドラシルがメインコンピュータとなってしまうのです』

『ですので、皆さんの歌で、フォニックゲインで──全てのユグドラシルを壊してください!』

 

 ウェルの言葉を遮り、エルフナインが叫ぶ。

 キャロルが見つけた──父からの命題の答えを。

 

「だったら信じよう──胸の歌を!」

「わたしも響と──みんなと一緒に!」

 

 そして彼女達は──胸の歌を唄う。

 

♪ 胸に手を当てて♪ 

♪ 思い出すことは♪ 

♪ 苦しみのことや♪ 

♪ 涙じゃなくて♪ 

 

♪ 手を繋いだこと♪ 

♪ 一人じゃないってこと♪ 

♪ 分かり合えた日々のことだよね♪ 

 

(……バラルの呪詛。繋がりを隔てる呪いさえ無くなれば、この胸の想いは全部伝わると思ってた。だけど──それだけじゃ足りないんだ)

 

♪ 始まりの日から♪ 

♪ 終わりの今日まで♪ 

♪ この物語に♪ 

♪ 意味があったこと♪ 

 

「七つの調和……ガングニール。アメノハバキリ。イチイバル。アガートラーム。イガリマ。シュルシャガナ。そして神獣鏡──まさか了子さんは……!」

 

 統一言語を失った彼女は、七つのシンフォギアを作り出していた。それの意味する事は。

 

♪ やり切ったと♪ 

♪ 胸を張れるよ♪ 

♪ みんなと会えてよかった♪ 

 

「真実を伝えられぬまま、言葉を奪われた了子さんは──あらゆる方法で隔たりを乗り越えようとしていた……!」

 

 そしてその研鑽が、今──。

 

♪ 何も…… 怖くない♪ 

♪ いつでも太陽は昇って♪ 

 

 そうして生み出されたのがノイズ、歌、様々な異端技術。

 ただ繋がりたかった。想いを伝えたかったというフィーネの想いは時を経て、人類全体を繋ぐ奇跡へと昇華された。

 

 それはアヌンナキからの脱却──人類の独立を意味していた。

 

♪ 生きることの辛さ楽しさ♪ 

♪ すべて 奇跡になる♪ 

 

 奇跡が起きたのか、それとも彼女達の歌の力か。

 装者達の前に──彼女達の大切な人達の現れる。

 

♪ ありがとう……さようなら♪ 

 

(母さん……父さん……それに──)

 

 奏の前には父と母、そして妹が居た。

 三人とも今の奏を見て笑顔を浮かべ、奏は笑顔を返しながらも涙が止まらなかった。

 

♪ この儚い世界に♪ 

 

(──お母様)

 

 翼の前には凛とした女性、彼女の母が現れた。

 翼の事をジッと真面目に見ていたが──すぐに優しい顔をする。

 翼はその姿にニカッといつもの調子で笑って、しかし直ぐに耐え切れず久しぶりの母の姿に涙を流す。

 

 そして光彦が奏と翼の元に現れ、変わらない笑顔を二人に見せる。

 

♪ 生まれて……よかった♪ 

 

 クリスの前には彼女の両親とフィーネが現れた。三人ともクリスを愛おしげに見つめ、クリスはその愛に応える様に優しい笑顔を向ける。

 

♪ みんなと出会い繋がって♪ 

 

 そんな中、フィーネの近くに寄り添うのはエンキ。彼は彼女の手を取り抱き寄せ、そして響を……彼女と融合しているコマチを見た。

 

♪ ありがとう……さようなら♪ 

 

 マリアとセレナの元にはリッくん先輩が現れる。彼は大きく成長した二人に笑顔を向け、二人は憧れの先輩との再会に涙を流す。

 そしてリッくん先輩は地上に居るナスターシャとウェル達にも視線を向けた。

 

♪ 振り返れば星が降っている♪ 

 

 調と切歌の元にはキリカが現れる。彼女は二人の仲の良さそうな光景に本当に嬉しそうにし、上に指を……ウェルに向けて指を差し「よろしくデス」と伝えた。

 

♪ 飛んできた勇気の空に♪ 

 

 さらに彼女達の元に魂が集う。

 

♪ 涙を代わりに流すかのよう♪ 

 

 ノーブルレッド。イグニス、ジル、カメちゃん。イヴやキャロルの家族であるアカシア・クローン達、キャロルの父。ノエル。

 

♪ そう……綺麗な別れの花火みたいに♪ 

 

 魂の光は再会を喜んだ後天に還っていく。

 そして歌姫達が紡ぐのは──絶えない唱。

 

Gatrandis babel zigguat edenal (終焉のメロディが)♪ 

 

Emustolronzen fine el baral zizzl(残響に変わるその時)♪ 

 

♪ Gatrandis babel ziggurat edenal(戦姫の歌は幕を閉じ)♪ 

 

♪ Emustolronzen fine el zizzl(旅立ちへと消える)♪ 

 

「──これがわたし達の……!」

 

『絶唱だぁあああああ!!!』

 

 

 ◆

 

 

 皆の歌により全てのユグドラシルが自壊を始めた。

 後は生き延びるだけ──だけ、なのだが。

 

「くっ……このままじゃ不味いぞ!」

「響! テレポートは!?」

「さっきの地球の公転で座標がズレてしまって……!」

 

 つまり自力で飛び立ち、この爆発の余波から逃げ切らないといけない。

 しかしギアが悲鳴を上げていく。

 さらに──。

 

『──ああああああああ!!』

「あれは……!」

「まさか、シェム──」

 

 闇底から飛び出してきた巨大な手に装者達は呑み込まれ──。

 

 

 

 

「何故だ。何故そこまでして諦めない──未来は絶望しかないというのに」

 

 ふと気がついた時、響は未来、コマチと共にシェム・ハと相対していた。

 そして彼女は理解できないと、響達に問いかける。

 

「だとしても、わたしは響と──みんなと明日に向かっていきます。そして」

「──神様の知らないヒカリで歴史を作っていく。だから──未来の絶望だって乗り越えてみせる」

「──」

 

 諦めないその瞳を見て、そんな彼女に寄り添うコマチを見て──シェム・ハはゆっくりと目を閉じる。

 

「ならば──信じてみよう。人の可能性を」

 

 そしてふっと優しく笑みを浮かべ、次にコマチを見る。

 

「アカシア……すまなんだ。だが、我は──」

「ブイ」

 

 言葉を遮って、コマチがぴょんと跳びシェム・ハの肩に乗る。

 そして、そっと頬に口付けを落とした。

 俺の事を想ってくれてありがとう、と。頑張ってくれてありがとう、と。

 その感謝は、その愛は──五千年という執着を溶かすには十分だった。

 

「ああ──アカシア……アカシア……!」

 

 シェム・ハは涙を流し、そして光となって消えて──。

 

 

 ◆

 

 

 巨大な手がそっと響達を地面に下ろした。その巨大な手は砂となって消え去り。

 

「っ……」

「ブイ!」

 

 意識を取り戻した響が、顔を上げるとそこには──。

 

「──光」

 

 コマチの背に輝く──未来の光だった。

 響はシェム・ハとの会話を思い出し、そして最後に手を繋げた事を自覚すると。

 

「取り戻したんだ。わたし達の未来を──」

 

 ──響達はシェム・ハから未来を奪還した。

 

「皆さん!」

「良かった、無事に帰って来て……!」

 

 SONG本部のみんなが駆け寄り、他の装者達が目覚める中──響はコマチと未来を抱き締めてその事を強く噛み締めた。

 




これにてXV編終わり!


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キョダイマックスしないシンフォギア
後日談的なの


 あの戦いから数日後。

 世界各地で起きたユグドラシルによる災害に各国が力を合わせて対処している。そんな、少しだけ人類が手を繋いでいる世界になって。

 

 調と切歌、そしてクリスはウェルと共に墓参りに来ていた。

 あの戦いで砕き散った銀を墓に入れて供養している。

 

「キリちゃん……」

 

 手を合わせて目を閉じる調に、切歌が後ろから抱き締める。

 どのような形であれ、キリカの遺体が彼女達の元へ帰ってきたのは幸いであった。もし、あの戦いがなければ、どこかの国がキリカの遺体の引き渡しを要請していたのかもしれない。

 完全なるホムンクルスであるキリカに加え、三つの完全聖遺物だった物。

 研究資材としてはこれ以上ない程価値があるものだった。

 

 しかしこうして家族の元へ帰ってきた。SONGや八紘が尽力し、他の国々も彼女が人類を救った事を顧みた結果だ。

 こうして弔うことができる。キリカも……フィーネも。

 

「ウェル博士、ありがとうございます」

「いえ、礼には及びませんよ。あと博士じゃないです」

「ママとパパのお墓はあったけど、フィーネのお墓は作れなかったから」

 

 櫻井了子としての墓はあった。しかし、フィーネの墓はなかった。

 それは彼女の名が裏で知れ渡り、安易に作れなかったから。

 今はこうして櫻井了子の墓にフィーネの名を刻む事ができ──フィーネに手を合わせる事ができる。

 

「……」

 

 失った片腕は戻らず、風に揺れる袖を掴みながらウェルは思う。

 彼女達あってこそ、この未来がある。

 そして一年前に……あのフロンティアにて未来に向かって生きていくと、愛の力を信じると決意した。

 その為には何でもやると決めたし、実際にやってきた。

 それでも──。

 

(あなた達も救いたいと思うのは──傲慢なのでしょうか)

 

 寿命のない体。ネフシュタンの侵食。

 戦いを乗り越えても生き永らえるのは難しかったかもしれない。

 

 それでも。

 

 それでも──ウェルは、愛する最高傑作(キリカ)初恋の人(フィーネ)と共に、未来を見たかったと思わずにはいられなかった。

 

 今日も風が吹く。

 

 

 ◆

 

 

「すまないな、肝心な時に役に立てず」

「いや、それは良いんだけどさ……」

「先生、何でもう目覚めているの……?」

 

 奏と翼はあの戦いで気を失った弦十郎の見舞いに来たのだが──何故か既に目を覚ましていた。

 これには医者も看護婦も大混乱で急いで精密検査をし、結果は問題無し。本当に人間か疑われる中、こうして彼女達は顔を見合わせていた。

 同じ様に気絶している二代目とキャロルは目覚めていないというのに。

 

「そういえば、俺が使っていたアレは……」

「あの戦いで壊れたよ」

「でも、それはそれで良かったのかもしれないな。先生でも気絶する代物だし」

 

 弦十郎が気を失った理由は、三割がシェム・ハの攻撃、七割が籠手に精神力を奪われた為である。

 やはりこの男、人類を逸脱している。そして、奏達はその事に慣れ切っていた。

 

「折角、再び了子くんと共に戦えたのだがな……」

「……」

「……」

 

 二課時代、弦十郎達は了子のおかげで戦う事ができた。

 しかし彼女にも譲れない物があり、戦って、それでも手を伸ばして、繋がりかけて──失って。

 そして今回もまた敵対とは言わずとも、戦う理由を教えて貰えず──それでも、クリスを守ろうとした。

 

 彼女は変わっていなかった。

 

 だから──彼女が亡くなった事が酷く悲しい。

 

 病室に重い空気が漂う中、翼が口を開く。

 

「先生。オレやりたい事があるんだ」

 

 翼の語った言葉に弦十郎は目を見開き──奏は優しく笑った。

 

 

 ◆

 

 

「──有り難く招待されよう」

 

 錬金術師協会本部にて、サンジェルマンはこの場に訪れたマリアのとあるお誘いに快く承諾した。

 それが意外だったのか、パチクリとマリアは瞬きをして言葉を紡ぐ。

 

「……驚いたわ。まさか乗って来るなんて」

「ああ。正直あのような災害の後だ。多忙なのは否定しない──しかし」

 

 サンジェルマンが振り返った先では、セレナと話すカリオストロ、プレラーティが居た。

 

「……そうですか。では二代目もキャロルさんもまだ」

「二代目はあーしらを、キャロルはエルフナインを庇ったからね。……正直悔しいわね」

「助けようと思ったのに、逆に助けられたワケダ」

 

 弦十郎と違い、この二人は目覚めていない。白銀に変わる事も、死ぬ事も無かったが……それに代わる様にダメージが深い。

 今はオートスコアラー達が身の回りの世話、ならびに護衛を行なっている。

 

「全てを知っているのはあの二人だけなのに」

 

 セレナが不安そうに零す。

 ノーブルレッドがアカシアを殺そうとした理由。シェム・ハが人を怪物にし端末にしようとした目的。そして、アカシアを救おうと彼女達と敵対したフィーネ達の、最後まで語らなかった真実。

 その事を彼女達が知るのはもう少し後になりそうであった。

 

 そんな三人を眺めながらサンジェルマンが呟く。

 

「ここ最近は負担を強いて来たからな──気晴らしも良いだろう。それに」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ。

 

「共に戦った友の頼みだ。無下にはできない」

「そう。翼達も喜ぶわ」

「ああ。……それに、あまり仕事ばかりしていると怒られる」

 

 ──今は亡き、家族に。

 

 

 ◆

 

 

 昼時のSONG本部の食堂にて。

 そこでは藤堯、友里、エルフナイン、ナスターシャ達、後方支援スタッフが集まって食事を摂っていた。偶然にも休み時間が同じであり、どうせならと同席した次第。

 藤堯はカツ丼とざる蕎麦。友里は日替わり定食。エルフナインは素麺とおにぎり。ナスターシャは肉&肉と思い思いに好きな物を食べていた。

 

「ナスターシャさん、また肉ばかり……野菜も摂った方が」

「結構です」

「しかしバランス良く摂らないと」

「大丈夫です」

「ボ、ボクの素麺を分けてあげましょうか!」

「遠慮します」

 

 見慣れた光景である。偏食家であるナスターシャの健康を気にして友里達が口出しするのはいつもの事。そしてこういう時は決まって……。

 

「私よりもミスター・ウェルや天羽奏さんの方を心配した方がよろしいかと」

『いや、まぁ、そうですけど……』

 

 菓子類しか食べないウェルと過剰にケチャップを使う奏。

 そろそろ健康診断で引っ掛かり、弦十郎の雷が落ちる可能性も──。

 

 これ以上は話しても意味が無いと思ったのか、藤堯が話題を変える。

 

「それにしても、よく無事でしたね」

 

 藤堯が語るのは、あの戦いの最中、シャトーがシェム・ハによって破壊された時の事。

 戦力がシェム・ハ打倒の為に、彼女の元に集っていた為、パルキアの一撃をシャトーが耐える事は不可能だった。ブラックナイト事件にて半壊して墜落し、その機能のほとんどを世界改変能力に回していた為、防衛能力は皆無だった。

 

 にも関わらず、ナスターシャはウェル共々生き永らえた。

 気づいた時にはシャトーの外に居り、ウェルもネフィリムに片腕を侵食されながら生きていた。

 

 その後はウェルが片腕を斬り落とし、急いでエルフナイン達の元へ駆け付け、響達に弦十郎の代わりに指示を出し、全てが終わるとそのまま気を失った。

 

 後日無理をするなと調と切歌に怒られるウェルを、ナスターシャは呆れ返りながら眺めていたとか。

 

 その時の事を思い出しながら、ナスターシャは一言。

 

「奇跡が起きた──それで良いではありませんか」

 

 その言葉に全員何も意義を唱えず──そのまま食事を終え、普段通りの日常へと帰って行った。

 

 世界の復興はまだまだ続いている。

 

 

 ◆

 

 

 ──ツヴァイウィング・復活ライブ。

 

 その情報は瞬く間に世界中に広がった。彼女達のファンは、公式からのその発表に喜びを示し──しかし、世間の目は厳しかった。

 四年……いや五年前のツヴァイウィングのライブ会場の惨劇。そして一月二十一日の十万人の人々が亡くなったライブ。

 誰もが理解している。ツヴァイウィングは悪くない──しかし、彼女達のライブに行けばノイズに殺されるのではないか? と考える者が居るのは確かで。

 復活ライブを行うツヴァイウィングに対して、批判的なコメンテーターが「遺族に申し訳ないと思わないのか」「自分たちのライブは、歌は呪われていると考えないのか?」「自粛、いや引退すべきではないか」と宣う始末。

 ネットでもツヴァイウィングを叩く者が多く、それを見た響が過去のトラウマを思い出し吐き気を催す程。

 

 しかし、ツヴァイウィングは──翼と奏は「だとしても」と力強く、輝く笑顔で言い放った。

 

 どうか、自分たちのライブを見て欲しいと。

 

 世界が大変な今の時期に、と。

 

 家族を失って悲しんでいる今だからこそ、と。

 

 そして周りの人々に様々な言葉、時に罵倒されながらも──ついにツヴァイウィングの復活ライブが行われた。

 

 会場は、かつて響が初めてツヴァイウィングのライブに行った会場。始まりの地。

 

 そこでツヴァイウィングが歌ったのは──双翼のウィングビート。

 

♪ 何処までも飛んでゆける両翼が揃えば♪  

 

 様々な人達が、このライブを見に来ていた。

 

♪ やっと繋いだこの手は 絶対離さない♪ 

♪ ……離さない! ♪ 

 

 ツヴァイウィングのライブを徹底的に否定してやろうと悪意を持って来た者。

 

♪ 惨劇と痛みの 癒えない記憶は♪ 

 

 ライブに参加しそのまま亡くなった娘を持ち、行き場を失った悲しみと怒りを胸抱いてこのライブに来た者も居た。

 

♪ 夢でも呻くほど 胸を刺すように♪ 

 

 ツヴァイウィングを心配し、自分だけでも支えようと思って来た者が居た。

 

♪ 互いの思い出の 写真は微笑みあって ♪ 

 

 誰もがライブを通して別の風景を見ていた。

 

♪ 今日の二人だけの一瞬を ♪ 

 

 しかし──彼ら、彼女達は圧倒される。

 

♪ 表すかのように ♪ 

 

 奏と翼が歌い出した途端、ライブ前に考えていた事が全て吹き飛んだ。

 

♪ 重なる ♪ 

 

 悪意も。義憤も。

 

♪ 色の違う砂時計 ♪ 

 

 悲しみも。怒りも。

 

♪ 「何故……?」と空を仰ぐ ♪ 

 

 同情も。不安も。

 

♪ 時は二度と戻らない ♪ 

 

 全て吹き飛び、残ったのは。

 

♪ 変わ ♪ ♪ らぬ♪ ♪ 過去 ♪ 

 

 興奮と感動だった。

 

♪ 囚われるのはもうやめて♪

 

 二人の歌は、人々の心に光を灯した。

 

♪ 歌が濁りを許さない♪ 

 

 二人の歌は、人々の心に希望を届けた。

 

♪ 両翼だけのムジーク♪ 

 

 二人の歌は──ツヴァイウィングの歌は何処までも羽撃き、人々に未来(あした)に向かっていく温かな気持ちを植え付けていく。

 

♪ 空が羽撃きを待つよ♪ 

 

 もうこの会場にツヴァイウィングを敵視する者も。

 

♪ 逆光の先へと♪ 

 

 心配する者も居なかった。

 

♪ 天へと ♪  ♪ 鳴らし ♪ 

 

 ただそこには歌に魅了された──

 

♪ 伝え合う ♪  ♪ シンフォニー ♪ 

 

 彼女達の歌に救われた人達が居た。

 

♪ 「聞こえますか……?」♪ 

 

 涙を流し、ケミカルライトを振り回しながら。

 

♪ Singing heart ♪ 

 

 人々は一つになる。

 

♪ 運命なんて ♪  ♪ ないことを♪ 

 

 それはきっと彼ら人間が持つ。

 

♪ この奇跡で示せ♪ 

 

 小さな──とても小さな、そして強い奇跡なのかもしれない。

 

「みんな、今日は来てくれてありがとう!」

「オレ達はこれからも歌っていく! どこまでも! いつまでも!」

「だってあたし達は──」

 

 歌がこんなにも大好きなのだから。

 

 ツヴァイウィングのその言葉に観客達は拍手と喝采の声で祝福し──さらにはその後数時間、延長してライブを楽しんだ。

 永遠にこの時間を過ごしたい、そう言わんばかりに。

 

 

 ◆

 

 

「──凄かったね」

「うん……奏さんも翼さんもカッコ良かった」

「ブイ」

 

 ツヴァイウィング復活ライブを観終わった後、響、未来、コマチは近くの公園に寄り道をしていた。

 今回のライブにはSONGの皆や錬金術師協会の人達と一緒に観に行った。その後は本部にて打ち上げの予定なのだが──ただ何となくこうして三人で芝生の上に横になり、夜空を見上げている。

 

「響……コマチ。わたし、二人に伝えたい事が」

「──わたしも、ある」

「──え?」

 

 上体を起こした響が、未来とコマチを見て──優しい笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「この伝えたい想いが一緒なら……。未来。コマチ。わたしね──」

 

 ──風が吹き、三人を優しく包み込む。

 響の言葉を聞いた未来とコマチは──照れつつも彼女を真っ直ぐに見つめて頷いた。

 

 まるで心が繋がっている様に。

 

 

 



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好感度的なの

 これは、まだウェルの片腕が無事だった頃。

 

「最近皆さんの扱いがぁ〜ひどいと思うんですよぉ〜」

 

 土曜日の夜。久しぶり大人組が呑みに行った日。

 へべれけになったセレナがジョッキをテーブルに叩きつけながらウェルに愚痴を吐いていた。

 他の者はウェルに完全に任せ、思い思いに呑んでいた。その事に額に青筋を浮かべながら、彼は酔っ払いの相手をする。

 

「そうですか? 皆さん優しいと思いますが」

「でもぉ、なんだかぁ、疎外感というか、好感度が足りない気がするんですよぉ」

「好感度」

 

 真っ赤にさせた顔をグラグラと揺らせながら彼女は言う。

 

「何というか、それぞれパートナーというか、なんか友達にしては仲が良過ぎるというかぁ。奏さんと翼さんとかぁ。調さんと切歌さんとかぁ。響さんと未来さん、もしくはクリスさんとかぁ」

「あなたにだって姉であるマリアさんが居るじゃないですか」

「それは! 姉妹だから当然ですぅ! もう姉さんはちっこくて可愛くて凛々しくて──」

 

 スッとセレナは両手を合わせて。

 

「──尊い」

「痛々しい……」

 

 セレナの奇行にウェルが酸っぱ過ぎる菓子を食べた時の様な顔をする。

 結局何が言いたいのか分からないが、彼女の言いたい事も分かる。装者同士一定の好感度があり、仲には百合の花が咲くのでは? と思ってしまう者達も……。

 ウェルとしてはそれもまた愛だと思っている為気にしていないが。

 

「というかですね、そういう好感度なら別格の存在がいるじゃないですか。アカシアが」

「リッくん先輩はもうレジェンドですよ。殿堂入りですよ。チャンピオンですよ。何当たり前の事言っているんですか? 大丈夫ですか?」

「ねぇ、僕まだこの酔っ払いの相手しなくてはいけないんですか? 誰か交代してくださいよ」

『がんば』

「よし分かりました。全員表出ろ』

 

 その後、結局ウェルが最後まで彼女の相手をし。

 帰りに泥酔したセレナを背負い、途中ゲロシャワーを喰らってキレるまでが日常であった。

 

 

 ◆

 

 

「その時の事を思い出したんだ。光彦くん、もしかしてハーレム築いてる? って」

「何徹目?」

「五徹」

「寝なさい」

「だが断る」

 

 シェム・ハとの戦いの事後処理で忙しい日々を過ごしている藤堯はある日壊れた。

 しかし友里にとっては見慣れた光景なのか、満足するまで付き合ってやろうと全てを諦めていた。

 

「実際、彼は好かれている。いや愛されている。過去の偉業から納得できるが、それでも異常だ」

 

 お前のテンションが異常だ、と思ったが友里は黙っていた。

 

「これを解明すれば俺もモテ……人類は一歩また前進するのかもしれない」

 

 私情だらけの人類の一歩。

 

「という訳で光彦くんと一定以上関わりのある者から聞き取り調査を行おうかと」

「好きにすれば良いじゃない……」

 

 画して、藤堯による自己満足の為の好感度チェックが今始まった。

 

 

 ──エルフナインの場合。

 

「アカシアさんの事ですか?」

 

 先ずは手始めに身近な人間から攻める事にした藤堯。

 彼の問いにエルフナインは特に疑問に思う事なく自己分析し答えを出す。

 

「好ましいと思います」

「やっぱり!」

 

 思った通りだとドヤ顔をする藤堯に、イラッとくる友里。

 そんな彼に構わず続けるエルフナイン。

 

「彼が居なければフィーちゃん達に会えなかったので。彼の存在がボクの大切な家族を作り出しました。

 それに……キャロルやノエル、そしてボクを救えたのは彼の存在が大きいです」

 

 だから感謝している。

 だから好ましく思っている。

 エルフナインはアカシアに対して恩人に対する想いを抱いていた。

 

「じゃあ結婚したい?」

 

 ブッと吹き出す友里。

 

「結婚……? いえ、そういう訳では」

 

 戸惑いつつもそう答えると、藤堯は納得したように頷いてエルフナインに礼を言うと歩き出す。

 その後を友里が追い、エルフナインに声が届かない所まで来た所で、彼は言った。

 

「よし一勝!」

「何が????」

 

 全く理解ができないと顔を顰める友里に、藤堯が丁寧に優しく教える。

 

「良いか? 先ず前提にオレは光彦が羨ましい。可愛い女の子にチヤホヤされて良いなって思ってる」

「うわ……」

 

 ドン引きする友里。

 

「しかし結局は種族が違う。そうなるとどうなると思う? ──結婚ができない」

「さっきから何を言っているのか分からない」

「つまり、彼と結婚したいと思う程好きと想う者が居たら──それは真の愛。つまり俺の敗北という訳だ。そして逆説的にそうでなければ俺の勝ち」

「寝たら???」

 

 しかし藤堯これを断る。

 まだまだ五徹パワーは止まらない。

 

「それじゃあ次行ってみよう」

 

 友里は、いざと言う時は気絶させようと胸に誓った。

 

 

 ──クリスの場合。

 

「コマチについて……? そう、ですね。コマチはわたしに優しく手を伸ばしてくれた大切な友達です」

 

 それと同時に家族の様に愛おしく思っているともクリスは言った。

 

「わたし家族を失って、大好きなお姉ちゃんに酷い事言って、その後も大人の人達に酷い目に遭わされて……。

 フィーネに助けられて、でもその時のわたしは大人を信じられなくて、ずっとずっと塞ぎ込んで。

 でも本当のフィーネは優しくて──それでもわたしは受け入れるのが怖くて、そんな時に背中を押してくれたのがコマチだった……。

 たくさん悲しい事も辛い事も苦しい事もあったけど、コマチが手を繋いで、そしてみんなに出会えて──今此処に居ます」

「……」

「……」

「だから──うん。コマチの事大好きです」

 

 クリスは心の底から藤堯にその想いを伝え、それを聞いた彼は彼女に礼を述べると友里と共にその場を離れる。

 そしてクリスに声が聞こえない所まで来ると。

 

「ちょっと待って二番目でこの愛の質量は重い。ちょっと休憩する……」

「寝たら?」

 

 藤堯は寝なかった。

 

 ──ナスターシャ。

 

「好感を抱いてはいますが、アナタの想うような感情ではありませんよ」

 

 藤堯の質問に対して速攻で切り返したナスターシャ。これには彼もたじたじとなる。

 しかし友里を見て、色々と察していたナスターシャは、この茶番に付き合おうと思ったのか口を開く。

 

「……私も彼と付き合いが長いですからね。当時機関の責任者だった私は、彼と行動を共にする事が多かった」

 

 あまり語らない過去を聞かせるナスターシャ。

 

「息子の様に想っていました」

 

 もう取り戻せない過去を話すナスターシャ。

 

「何度言ってもナターシャと言い……おそらく、私と会う前の誰かと重ねたのでしょう。彼は優しく、過去を悔いる事が多かった」

 

 過去を話すナスターシャはとても優しい顔をしていた。

 

「そんな彼だからこそマリアもセレナも懐き、彼を目標にし、今の彼女達があるのでしょう」

 

 そして、彼が遺した者達を誇らしげに語る。

 

「だから私にとって彼は──自慢のバカ息子ですよ」

 

 

 ──調と切歌の場合。

 

 

「なんか死にたくなった」

「でしょうね」

 

 ナスターシャの想いを聞いた藤堯はちょっとだけ反省した。

 

「でもそれはそれとして次行こう」

 

 しかし五徹の力は凄まじい。

 頭のネジが外れているのか、彼は意気揚々とウェルの研究室に入る。

 そこには調と切歌が居り、どうやらウェルは外出中との事。

 

 早速藤堯が礼の質問をする。

 

「コマチの事デスか? 大好きデスよ! 大切な仲間で友達デス!」

 

 切歌の純粋な答えに友里の心が少しだけ癒される。

 

「わたしは……凄く興味がある」

「お? 珍しいな、調さんが切歌さん以外でそこまで言うのは」

 

 調は自分の好意を素直に口にする相手は切歌のみで、他の者にはあまり口にしない。別に嫌っているのではなく、恥ずかしがっている為であり確かに好意を抱いている。

 特にウェルに対しては素直にならない。

 故にあっさりとコマチに対して好意を口にする彼女に藤堯は意外そうに声をあげたのだ。

 

 しかし。

 

「うん……前々から調べてみたいと思ってたの。解剖とか──フフフ」

 

 どうやらマッドな理由だったらしい。

 藤堯達は顔を青くして体を震わせて、切歌は「だめデスよ!?」と声を出していた。

 

「冗談だよ」

 

 しかしすぐに蕩けた笑みを浮かべていた調が、真顔になってそう言った。

 逆にそっちの方が信じれなかった。

 気を取り直して藤堯が聞く。

 

「じゃあ、結婚してみたいと思う?」

「……?」

「何言ってるの……?」

 

 二人揃って理解ができないと首を傾げ、友里はいつまで続くのだろうかとため息を吐いた。

 

 

 ──奏と翼の場合。

 

 

「光彦をどう思っているだぁ? 今更そんな事を聞いてどうするんだ?」

 

 奏の疑問を聞き、友里は尤もだと思った。

 奏。翼。藤堯。友里。この四人は二課時代からの同僚で、共に光彦と過ごした想い出がある。

 だから彼女達が光彦の事をどれだけ大事にしているか──それが分からない藤堯ではない。

 

「家族だと、弟だと思っている。オレも奏もそう思っているぞ」

「ふむ、じゃあひとつ思考を変えて──もし、光彦くんが人間だったらどうしていた?」

 

 藤堯は途中で趣向を変えていた。

 それはもし彼が人間だったならば。

 非人間だから彼に向ける愛がどうしても家族、友達未満になってしまうのではないか? そう思って彼は先ほど調達の同様の質問をした所、少し戸惑っていた為、自分の考えは正しいと確信した。

 

 実際は徹夜テンションで様子のおかしい藤堯にドン引きしていただけだが。

 

 そして、あえて彼と身近な関係であるツヴァイウィングの二人にこの問いを投げ掛ければ──。

 

「多分今と変わらねえよな」

「そうだな」

 

 しかしあっさりと返されてしまった。

 藤堯は予想外だったのか、パチクリと目を瞬かせる。

 彼がどうしてだと尋ねると、そう質問される事自体を不思議そうにしながら彼女達は答えた。

 

「と言っても光彦は光彦だしな……」

「正直、アイツが摩訶不思議生物でも、完全聖遺物でも、人間でも……大切な弟には変わらねぇな」

「あ、でももし人間だったら色んな服を着せてやりたいな」

「オレは体を動かす運動をしたい。キャッチボールとか楽しそうだ」

 

 ──圧倒的な深い絆。

 

 それを見せつけられた藤堯はそれ以上何も聞けず、そのまま友里に回収された。

 

 

 ──マリアとセレナの場合。

 

 

「俺、何でこんな事しているんだろ……」

「知らないわよ……」

 

 目的を見失いつつも、藤堯は次のターゲットであるイヴ姉妹の元へと向かう。

 

 そして実際に聞いてみた。

 

「あはは……恥ずかしい話、わたしも姉さんも子どもの頃『リッくん先輩のお嫁さんになる』って言ってまして」

「セレナ!?」

「それでわたしと姉さん喧嘩した事もあって『どっちと結婚するの!?』って困らせた事もあり……」

「セレナやめなさい!!」

「あの時はわたし達子どもだったな……あ! そう言えば、花で結婚指輪を作ったり」

「狼狽えるな! 狼狽えるな!」

「此処だけの話、姉さんリッくん先輩と模擬戦をした後にすっごく可愛い顔でリッくん先輩を見てて」

「セレナァァァァァアアアアアア!!」

 

 

 ──ゲストの場合。

 

 

「うーん。皆そこまで反応が変わらないな」

「ちょっと待って。さっきのグループ明らかに今までと違ったでしょ。それよりもマリアさんのあの反応、もしかして……」

 

 なかなかに混沌としてきた中、藤堯は廊下の曲がり角で誰かとぶつかりそうになる。しかし相手が超人離れした反応で避けられた為ぶつかる事なく、藤堯はつんのめりながらも謝った。

 

「おっとっとっと。申し訳──あれ?」

「アナタ達は、確か」

 

 藤堯達と遭遇したのは、サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティだった。

 二人は挨拶をすると、彼女達に尋ねる。

 

「今日はどうなさいました?」

「ああ。例の件に少し進展があってな。そちらの司令に報告、情報共有をしに来た」

「なるほど。司令なら執務室に居られると思います」

「ありがとう」

 

 短く会話を終えて、別れようとし──藤堯が質問する。

 

「あのすみません。光彦──アカシアの事をどう思っていますか?」

「ちょっと!」

「ふむ……」

 

 友里が驚いて止めようとするが、サンジェルマンは対して気にした様子を示さず、少し考えて──口を開いた。

 

「彼は、私にとっての光だ」

「光……」

「ああ。もし彼と出会っていなければ……そこまで考えや思想は変わっていないのかもしれないが。それでも私は、彼と出会ったことで、今の私があり──イグニスという掛け替えのない存在と出会えたと思っている」

 

 幼い頃は守られるだけであった。

 自分が造り出したイグニスはパートナーとなり──未来を託された。

 そしてそれは、アカシアとの出会いから始まった。

 

「だから私はその出会いを光と呼ぶ」

 

 その答えはとても眩しくて、藤堯は恥ずかしくなった。とても結婚できる? と聞ける空気ではない。

 

「サンジェルマンベタ惚れね。アカシアが良い男だったらくっついていたんじゃない?」

「な、何を言っているの!?」

 

 カリオストロの茶々に、サンジェルマンが顔を赤くして叫ぶ。

 その反応におや? と藤堯が反応するが、友里が後頭部を殴って物理的に止めた。

 

「水を差すようで……サンジェルマンには悪いが、私はアレを好きだと言えないワケダ」

 

 そんな中、ピシャリとプレラーティが藤堯の問いに答える。

 

「無償に手を差し伸ばす等、それこそ愛する者との死別を覚悟して不特定多数の人間を救うなど普通ではない」

 

 アメリカな反応兵器から日本を守った時の事を思い出すプレラーティ。

 そう言われてしまうと、藤堯も確かに……と思ってしまう。

 

「サンジェルマンには悪いがな……」

「それじゃあプレラーティは大嫌いって事?」

「……いや。アレの善性は私も好ましく思っているワケダ。だからその無知な部分も知れば」

 

 それに、と一つ加えて。

 

「ジルに会えたのは、結局──彼の存在あってこそなワケダ」

「……そうね。あーしも同じ」

 

 プレラーティの言葉にカリオストロが同意を示した。

 

 

 ──響と未来の場合。

 

「コマチの事ですか? ……別に。ただの腐れ縁です」

(((いや無理があるでしょ???)))

 

 藤堯の問いに対して、ふいっと顔を背けて髪の毛を弄りながら照れた表情でそう宣う響。それに対して藤堯、友里、未来は内心で激しく突っ込んだ。

 今までの響とコマチを見て腐れ縁だと言われて納得する者は居ない。それで信じるのは余程の目が節穴な者か、言われた事をそのまま信じる底抜けに純粋な者だ。

 グレデレな響に苦笑しつつ、未来が答える。

 

「大好きです。わたしのお日様と同じくらいに」

「未来……」

 

 コマチを想う気持ちが、響を想う気持ちがシェム・ハに付け込まれてしまった。

 しかし未来はこの想いを偽ろうと思わず、素直に口にした。大好きな響と、大好きな響を救い続けた大好きなコマチへの想いを。

 

「じゃあ二人とも結婚できるくらいには好きって事?」

「「けっ……!」」

「おまっ」

 

 フルスロットルで叩き込まれた爆弾。

 炸裂する衝撃。

 絶句する友里。

 

「な、ななななな!!」

 

 顔を真っ赤にさせた響が地面を掴むようにして踏み込み。

 

「あ、アイツと結婚して一戸建ての家に住んで仲睦まじい家庭を作って!」

 

 その衝撃を足から膝。膝から腰。腰から胸。胸から肩、腕、そして腕に流し。

 

「一姫二太郎の近所の評判の家族になるなんて──」

 

 そしてそのインパクトを藤堯の胸に添えると同時に炸裂させる。

 

「そんな事、考えていないです!」

「ぐほぉあ!?!?」

 

 瞬間、藤堯は体を五回転くらいさせてから地面に叩き付けられて気絶。

 響は顔を真っ赤にさせてその場を走り去り。

 

「ちょ、響!? 何でそこまで詳細な未来予想図を!? もしかして普段から考えてる!? ちょっとこっち見て! ちょっと話そう! わたし怒らないから! 響──響ぃぃいいいいい!!」

 

 

 ◆

 

 

「いてて……」

「もう、何してるのよ」

「──え?」

 

 ふと目覚めたら、藤堯は友里の膝枕で寝かされていた。

 慌てて起きようとするが彼女に頭を押さえつけられてしまう。

 

「あまり無茶しないの──もう私の気も知らないで」

「……え?」

 

 ふと友里が頬を赤くして拗ねた表情を浮かべた。

 

「可愛い女の子に結婚したいかどうかなんて聞いてる姿──あまり見たくなかった」

「……どう、して?」

「──女の私から言わせる気?」

 

 空気が何処かピンク色になる。

 

「私は、あなたの事が──」

 

 体を震わせて精一杯の勇気で口を開こうとする友里は、まるで恋する少女の様で──。

 

「抜け駆けを許さんぞ!!」

 

 しかし次の瞬間、弦十郎がふんどし一丁で大声を出しながら登場した事で吹き飛んだ。

 

「藤堯ぁ! 好きだゾォ!!!」

「ちょ、司令、は? あれぇ!?」

 

 筋肉ムキムキなナイスバディを揺らして寄ってくる弦十郎に、藤堯は半狂乱だった。先ほどまで居た乙女な友里はおらず、いつの間にか部屋の隅に追い詰められていた。

 

「返事はぁ!?」

「すみませんノーですぅうううう!」

 

 しかし悪夢は止まらない。

 

「ンンンンンンン、藤堯くぅん! 僕と一緒に愛について語り尽くしませんかぁ!?」

 

 ウェル参戦。

 

「藤堯さん。あなたの事はお守りします」

 

 何故かホストスタイルの緒川参戦。

 

「っかぁ!! 果敢無き哉……」

 

 突然の風鳴訃堂! 

 

 漢達に囲まれた藤堯は顔を真っ青にして逃げ出し叫ぶ。

 

「こんなの絶対嫌だぁあああ──」

 

 

 ◆

 

 

「──はっ」

「あ、起きた」

 

 ふと気がつくと藤堯は──仮眠室で横になっていた。

 傍らには友里が居り、彼の目覚めに気がつくとため息を吐く。

 

「急に気絶してビックリしたわ。これに懲りたらもう徹夜テンションで変な事しないことね」

 

 どうやら先ほどまでの事は夢だったらしく──藤堯は心底安心した。

 

「──次からはそうします」

「よろしい」

 

 がっくりと項垂れた藤堯に、友里は笑いながらそう言った。

 

 

 ところで。

 

「ブイ?」

(響ちゃんどうしたの?)

「……何でもない」

 

 何処から何処までが──夢だったのか。それを知る者は誰も居ない。

 

 

 



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前日談的なの

「かつて、ノーブルレッドは我が本部に侵入しある物を盗んだ――アカシア・クローンだ」

 

 錬金術師協会は、パヴァリアとの戦いの後、結社が保有していたアカシア・クローンを回収していた。他にも裏に出回っていた物も回収し、保存、ゆくゆくは治療を試みていた。

 しかし、神の力を有していた彼女達により全て強奪されてしまい、協会設立以来の大失態であった。

 一つだけでも戦場を支配できる巨大で……暴れていないと自壊してしまう悲しき力。

 故に、彼女達は一刻も早く取り戻したかった。

 

「初めは、風鳴訃堂が隠し持っているかと思いましたが――結果は白。この件に鎌倉は関与していませんでした」

 

 緒川の言う通り、訃堂はノーブルレッドにアカシア・クローンに関する命令は出していなかった。唯一捕らえ、利用したのはイグニス達のみ。

 かと言ってシェム・ハが使用、保有していた様子はなく、アカシア・クローンの行方は不明なままだった。

 

 ノーブルレッドの行動を調査していた際に、ある団体が浮上するまでは。

 

「ノーブルレッドが支援を受けていたのは鎌倉だけではなかった。鎌倉以外にも、彼女達に力を貸していた存在がいた」

 

 アカシアを殺す為に、救う為に動いていた彼女達を影から支え、そして操ろうとしていた団体。その名は――。

 

「アカシック教。一国に必ず信者が居ると言われている。米国でも手が出せない宗教団体だ」

 

 アカシック教。奇跡と救いの神を信仰する世界的に有名で、しかし過激的な規律、思考故に、知っているけど関わりたくないと言われる宗教団体。

 彼らの意思に背けば、国に潜んだ信者が工作し国崩しが行われると根強い噂がある。かつて、マリアの扱いに口出ししたのもこの宗教団体であり――この時に弦十郎達は、彼らが信仰する神の存在を認識した。

 

 アカシアの記録――アカシック・クロニクル。アカシックレコード。

 少し考えればすぐに結びつく安直な名前。

 

「アカシア・クローンは、彼らにとって許せない存在だろうな」

「信仰する神のクローンだから。どうやら協会が保有していたクローン以外も独自に回収していたらしい」

 

 弦十郎の見解に頷きながら、サンジェルマンは新たに分かった情報を彼に伝える。

 そして、世界各地に存在する信者が動きを見せているらしい。巧妙に偽装しているが、とある場所に集合している。

 もう少し調査をすれば、現場を抑える事ができる。

 SONGは錬金術師協会と連携して、アカシック教の企みを探り、場合によっては武力行使をする事になっている。国連もかの団体の動きに警戒しているらしく、先日正式に命令が下された。

 

「世界が平和に向かって歩み出しているんだ――倒れていった者達の為にも」

「ああ。あの力を集めるなど碌な事を企んでいない――共に戦いましょう」

 

 弦十郎とサンジェルマン達は決意を胸に未来に向かって歩き出す。

 

 

 

 

「そういえば、そろそろアタシとコマチの誕生日が近いデスね」

「ブイ?」

 

 3月の下旬。ふと切歌が思い出したかのように呟き、コマチが反応して首を傾げる。

 

「まぁ実の所、アタシの誕生日も本当に4月13日なのかは分からないのデスが――コマチは響さんと初めて会った日を誕生日にしたのデスよね?」

「ブイ!」

「まぁね。こいつに聞いても分からないって言うし」

「コマチは何度も生まれ直しているから仕方ないと思う」

 

 調の言葉に皆が頷く。

 それでも誕生日に祝うことは大切な事。その人に生まれて来てくれてありがとうと、感謝を述べる事ができる特別な日。

 彼女達はその日を楽しみに、大切にしている。

 

「アタシ楽しみにしているデスよ! 皆さんからのプレゼントと美味しい食べ物!」

「全く切ちゃんったら」

 

 ちなみにいつも去年の誕生日はウェルと調が張り切りすぎてしまい、彼らの後に誕生日を渡す者達が萎縮したとかなんとか。

 切歌の言葉に皆が苦笑しつつも楽しみにしておいてくれと言い。

 

「ブイブイ!」

 

 俺は祝ってくれるだけで良いよ! とコマチが言うと。

 響がギュッと強く抱き締めてお仕置きをしながら言った。

 

「またアンタは遠慮して……前回の誕生日もなかなかプレゼント受け取らないし」

 

 何故かコマチは、照れているのか自分の誕生日を嫌がる。

 照れているのだろうか?

 それとも一年経つ前に死に次に移るため慣れていないせいか。彼は己の誕生日にどこか否定的で、響はそれが気に入らないので全力で祝う。

 

「ブイブーイ」

「全く……自分は他の人の誕生日を全力で祝う癖に」

「その辺は光彦の時と変わらないな」

 

 そう言って奏は首元に掛けている赤い翼のネックレスに触れる。

 これは、初めて彼女が貰った彼からの誕生日プレゼント。

 常に身につけており、翼も青い色違いを付けている。

 

「わたしも貰いましたねー。小さい頃と最近にも」

「ええ、そうね。リッくん先輩はそういう所マメだから」

 

 そう言ってセレナは銀色のイヤリングを、マリアは紺色のリボンに触れる。

 調も部屋にあるおしゃれ用のピンクのメガネを思い出し、切歌もお揃いの緑色のおしゃれ眼鏡を此処ぞとばかりに取り出す。

 

「でも、時々え、えっちだよね」

 

 そう言ってクリスは顔を赤くして自分が身につけている赤くてアダルティな下着を思い出す。

 響の抱き締める力が締め落とすレベルまで進化した。

 なお、クリスにはちゃんとした物も渡されている。

 

「はは……コマチらしいよね」

 

 そう言って未来は自分が貰った紫色のマフラーを見て、次に響の髪留めを見る。それは、コマチと未来が選んだ物。渡して以来、響はいつも付けており、彼女は嬉しく思った。

 

「で、結局どうするの。今回の誕生日」

 

 お仕置きを終えた響が解放しながらコマチに問う。

 それはいつもの光景だった。

 なかなかプレゼントを受け取らないコマチを、響が説得に説得を重ねて、彼が根負けし、いつも頼むのは――。

 

「……ブイ」

 

 歌って欲しい。と彼は少し照れ臭そうに頼む。

 この時だけは、彼は遠慮せず、言い訳をせず、本音で求める。

 音痴で歌を唄うのは苦手だが――彼は歌が好きだ。

 特に皆が唄う歌は好きで、誕生日の時に彼女達が唄うと目を輝かせて子どものように喜ぶ。

 

 そして、みんなは……響はそれが。

 

「まったく仕方ないな――期待しておいてね」

 

 その喜んだ顔を見るのが――何よりも大好きだった。

 太陽のように、花が咲いたようなコマチのその笑顔が。

 だから彼女達は、彼を喜ばせる為にこっそりと猛特訓をする。ツヴァイウィングの二人もライブ並みに、いやそれ以上に熱心に練習する。

 

 全てはコマチに喜んで貰うために。

 

 

 

 

「バラルの呪詛は解かれた――それは何を意味する?」

 

 闇の中で、一人の男が言葉を紡ぐ。

 まるで踊るように、歌うように。

 彼は待ち望んでいた。はるか昔から、先祖の血を、想いを引き継いで。

 故に狂喜した。己の代で――アカシアの望みが叶えられる事に。

 

 五千年。五千年掛かったのだ。忌々しきエンキの手によりバラルの呪詛が施され、彼らが信仰する神の力が阻害され――最後の審判が実行されない事に。

 

 しかし予言の通りに事は起きた。

 

 巫女による月への一撃。堕ちた巨人による引き寄せ。フロンティアによる軌道修正。力の覚醒。そして、シェム・ハの復活と討伐――全人類が歌で再び繫がった事。

 全てが――アカシック教の予言書に書かれていた事。

 

「それにしても――キャロルも二代目もフィーネも。愚かな人達だ」

 

 男が吐き捨てる様に呟いた。

 

「我々の差し伸べた手を払い除け、あまつさえ我が神の意向に叛く等」

 

 怒りを堪える様に呟いた。

 

「だから無駄に無様に死ぬのだフィーネ。貴様のその死は罰だ。我が神の意志を受け入れなかった愚かさが招いた種だ」

 

 彼はフィーネの死を侮辱する。

 

「シェム・ハもだ。自分よがりに我が神を苦しめ――同じ神なら寄り添うべきだった」

 

 アカシアを想ったシェム・ハを軽蔑する。

 

「シンフォギア。錬金術師協会……最大の障害であるキャロルと二代目が動けないのは不幸中の幸いだが……まだ厄介な者たちが居る」

 

 現状、彼が特に警戒しているのは風鳴弦十郎。マリア・カデンツヴァ・イヴ。そして――立花響。

 

「まぁ――準備が整った今、全てが些事よ」

 

 彼が振り返ったその先には――この地球上に存在していた全てのアカシア・クローン達。皆が苦しんだ顔を歪めているが、男は気にしない。

 

「――さぁアカシア様。五千年前の続きを始めましょう! もう待たなくて良いのです!」

 

 最後の審判だ。と彼はこの場に集った全ての信者を見下ろす。

 

「アカシア様に幸あれ!」

 

 ――アカシア様に幸あれ!

 

「アカシア様に栄光あれ!」

 

 ――アカシア様に栄光あれ!

 

「アカシア様に未来を!」

 

 ――アカシア様に未来を!

 

 熱に浮かされた信者たちの声は――山奥の教会に響き渡り続けた。

 まるで――呪いの様に。

 

 

 ◆

 

 

『――そうか。シェム・ハが死に、バラルの呪詛が解除されたか』

 

 世界の境目にて、時間も空間も反物質も無意味と化す異空間――超克の時空にて。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナは――コマチ達の世界で起きた事、起きている事全てを話していた。

 その報告を聞いたあるポケモンは――瞠目し、思案し、残念そうに呟いた。

 

『そうか……そうか』

 

 彼は悲しそうに目を伏せた。

 

『アカシアは――私との約束を守れなかったのだな』

 

 ならば。

 

『約束の時だ――裁きを与えよう』

 

 その言葉を残し――そのポケモンはコマチ達の世界へと向かった。

 

 

 

 全てを終わらせる為に。

 

 

 

 

 今日も一日が終わり、響ちゃんとベッドに横になって待っていると俺はふと思い出した。

 

 ねぇねぇ響ちゃん。最近お父さんの所に帰っていないけど大丈夫?

 

「……うん、大丈夫。電話で連絡を取っているし。というか、暫く帰らないでくれって頼まれたし」

「ブイ?」

 

 え? なんで? どういう事ですか?

 あいつまた変な事言い出したの? 俺のモフモフ尻尾鋼鉄化させて叩いてあげようか?

 

「物騒……いや、なんかサプライズするからって」

「……」

「……」

「……ブイ?」

 

 サプライズするのに本人に教えたら意味無いんじゃ……?

 

「まぁ、アンタが考えているような悪い事じゃ無いから安心して。ほら、寝るよ」

 

 そう言って響ちゃんは電気を消してベッドに入り、俺を抱き寄せる。

 もうすぐ四月とはいえまだ肌寒い。俺を抱いて寝ると温かくて安眠できるとか。モフモフ最強かよ。

 

「……コマチ」

「ブイ?」

「アンタは誕生日を祝福されるの嫌がるけどさ――ちゃんと祝いたいんだ、わたし」

「……」

「わたしはアンタに救われた。……でもわたし素直じゃないからさ、こういう日じゃないと素直に想いを伝えられないから。だから」

「ブイ」

 

 響ちゃん。

 言葉にしなくたって通じてるよ。

 

「……」

 

 いつも一緒に居るから何となく分かるんだ。

 いつも君の歌を聴いているから分かるんだ。

 お日様の様に温かい君の想いが、いつも俺に元気と勇気を与えてくれる。

 

 でも、大好きな響ちゃんに言われたら、俺も意地張っていられないな。

 

「コマチ……」

 

 誕生日、楽しみにしているね。

 俺が言うと、響ちゃんは優しい笑顔を浮かべて俺を抱き締めると。

 

「ずっと一緒だよ――コマチ」

 

 そう囁いて――そのまま静かに眠った。

 俺も響ちゃんに続くように眠りについた。

 

 こんな日々がずっと続く事を祈りながら。



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第八部 戦姫絶唱シンフォギア LOST SONG編
第一話「君ト云ウ音奏デ尽キルマデ」


この最終章を考えてる時エジソンは出てないので彼らの出番は無し


「ブイブーイ!」

「空気が美味しいデス!」

 

 風が優しく吹き、草原が揺れる。そんな心地よい空間をコマチと切歌が走り回っていた。

 そんな彼女達を見守る響達。

 

 今回彼女達は、アカシック教の調査並びにアカシア・クローンの保護を目的にこの国の片隅の田舎にやって来ていた。

 アカシック教の教会は山奥にある今現在も多くの人間が集まっている。しかしすぐに強襲をする事はできない。そんな事をすれば保護対象であるクローン達が使われる可能性がある。

 よって、錬金術師協会と国連のエージェント達が包囲網を築きつつ、主力である響達は村人を装いひっそりと近づき、今夜突入する予定となっている。

 

 そして現在、事前調査でアカシック教とは全く関係の無い田舎の村でお世話になる事となっていた。今夜突入時には二手に分かれて残る装者達とエージェント達が避難誘導を行う予定となっている。

 なるべくアカシック教を刺激しない為の措置であった。

 

「それにしても本当に大丈夫か? 今からでも避難させた方が」

 

 ライブ事件の事があるからか、奏が心配そうに呟く。

 それを翼が安心させるように言った。

 

「大丈夫だって──絶対に守り通すから」

 

 もう、あの日の惨劇は起こさない。

 安全を考慮すれば今すぐにでも、奏の言う通り避難させた方が良いだろう。人質にされ、殺されれば後悔しかない。

 しかし、彼らにもまた暮らしがある。こちらの都合を押し付けるには酷な話だ。だから、村の人たちの為にも、クローンを助ける為にも、翼は全力で守ると決めていた。

 

「……」

「ブイ!」

「ん、おかえり」

 

 その光景を響が黙って見ていると、走り回っていたコマチが帰ってきた。向こうでは派手に転けた切歌を調が助け起こしに行っていた。

 呆れため息を吐く響の肩にコマチが飛び乗り──そんな彼女達に強い視線を送る者が居た。

 

「わー……!」

「君は……」

「その子、かわいいね!」

 

 小さな女の子が目を輝かせてコマチと、そしてそんな彼を慣れた様子で肩に乗せる響を見ていた。

 少女はとててて……と響に近づくと、彼女を見上げながら一つお願いした。

 

「その子、触らせてください!」

「ブイ!」

 

 良いよ! とコマチが元気よく返事をした。

 本人が良いと言っているなら良いか、と響はコマチを抱えると地面に下ろす。すると少女が恐る恐るコマチに手を伸ばし、頭を撫で、次第に毛並みを堪能する様に触り始めた。

 

「ふわふわ〜……!」

「ブ、ブイ!」

 

 この子割とテクニシャン……! とコマチが悶えているのをジトっと見つめていると、少女が響に問い掛けてきた。

 

「おねーさん! この子のお名前は?」

「……コマチ」

「コマチ……! 不思議なお名前! でもかわいい!」

「ブイ!」

 

 余程気に入ったのか、少女はギューっとコマチを抱き締めた。コマチもされるがままで、少女の抱擁を受け入れペロリと頬を舐める。

 それに少女はキャッキャッと喜びながらますますコマチを抱き締める力を強くする。

 微笑ましい光景だ。響は思わず優しい笑みを浮かべて見守り、そんな彼女に後ろからこっそりと近づいたクリスが一言。

 

「……嫉妬しないの?」

「アンタわたしの事なんだと思っているの?」

「だって、普段わたし達がコマチと遊んでいたら、物陰から凄い目でこっちを見るから」

「それは……!」

 

 カァ……っと頬を赤くする響とそんな顔も可愛いな〜と内心萌えているクリス。図星を突かれてアタフタしていた響は言葉を口走る。

 

「だって、アンタ達がコマチをイヤらしい手つきで触るから」

「子どもの前で何言っているの?」

「この前だって『……コマチも男の子なんだ』って眺めてたじゃん……」

「ちょ、おま!?」

 

 慌ててクリスが響の口を塞ぐが時既に遅く、少女がコマチを抱き締めたま不思議そうな顔で二人を見つめ。

 

「コマチ男の子なの? どうやって分かったの?」

『──』

 

 遠くでその光景を見ていた翼が笑いすぎて咽せて、奏に飽きられていた。

 

「いや、その……」

「ナニというか……ナニがナニだから」

「ブイ」

 

 下品、とコマチがピシャリと言葉で跳ね除け、響達は顔を赤くしながら反省をする。

 翼は過呼吸になり、マリアが掌底を叩き込んで治療をしていた。

 少女はよく分からないとコテンと頭を傾げながら、その話題に飽きたのか響たちに問い掛ける。

 

「おねーさん達、今日は村に泊まるの?」

 

 小さな村だからか、ちょっとした変化もすぐに村人達に伝え渡る。

 響は少女の言葉にコクリと頷くと、少女はパァッと顔を輝かせてとある提案をする。

 

「じゃあ、わたしのお家に来ませんか! お父さんのお家凄く広いからたくさんの人が泊まっても大丈夫なんだよ! それにそれに! わたしもっとコマチと遊びたい!」

「ブイブイ!」

「えっと……」

 

 コマチが何も考えず賛成! と叫ぶ中、響はどうしたものかと悩む。

 宿は既に取っており、泊まるところも決まっている。

 響の一存では決められず、チラリとマリアへと視線を向ける。

 すると、ピクピクと痙攣し息を吹き返した翼の治療を終えたマリアが、その視線に気づき響達の元へ歩いて来た。

 

「どうしたの?」

「実は……」

 

 事情を説明する響。話を聞き終えたマリアは少女と目線を合わせようと屈む……必要が無く、そのまま向き合い彼女に尋ねた。

 

「あなたのお父さんはあの村の村長さん?」

「うん、そうだよ!」

「……」

「どうしたの?」

「いえ、何でもないわ……」

 

 同い年か近い年齢だと思われているのだろうか。少女のその反応にマリアが渋い顔をしつつも話を続ける。

 ちなみその光景をセレナが愛おしげな表情を浮かべながら端末で写真、動画を撮っていた。

 マリアは少女の返答を聞くと、ふわりと優しい表情を浮かべながら言った。

 

「良かったわね。今日泊まらせて貰うのは、あなたのお父さんのお家なの」

「本当!?」

「ええ、本当よ」

「やったー! コマチ、たくさん遊ぼうね!」

「ブイブイ!」

 

 コマチは少女と一緒になって喜び、それをセレナが(以下略。

 

(そっか。そういえば村長には話を通しているって……)

 

 今回避難誘導を予めしなかったのもその村長の頼みあってのものでもあった。先ほど顔合わせの際にこの少女が居なかったのは席を外していたからだろうか。

 そんな事を考えていると他の者達も話を聞いて集まってきた。

 

「それじゃあ自己紹介しないとな。お世話になるのだし。あたしは天羽奏。で、こっちが──」

「オレの名前は風鳴翼。よろしく頼むよ──小さなお姫様……?」

「ふぁ……!」

 

 少女が二人を見て、興奮した様子で彼女達を見つめた。

 

「わたし、知ってる! ツヴァイウィングのカナデさんとツバサさん! この前来た旅の人が二人のお歌を教えてくれて、凄く綺麗で、ポワポワして、えっとその、大好きです!」

「お、こんな所にもアタシ達のファンが居たのか」

「それは何とも、光栄だな。うん、嬉しい」

 

 少女の言葉にツヴァイウィングの二人が照れつつも嬉そうにした。

 少女の目はとてもキラキラと輝いており、興奮し、二人に会えた事を心の底から喜んでいた。

 

「今日の夜……は難しいから、明日アタシ達の歌を聴かせてあげるよ」

「ホント!?」

「喜びなお嬢様? たった一人のファンの為のファンサービスだ。こんな豪華な事はなかなか無いぜ?」

「わー! 楽しみ! 約束だよ!」

 

 少女の純粋なその反応に思わず微笑むツヴァイウィング。やはりこうしてファンの心の込もった言葉と反応は、彼女達の胸に光を与える。

 

「アタシの名前は暁切歌と言うデース! よろしくデス!」

「月読調……別にわたしはよろしくしなくて良い」

「ちょっと調!」

 

 元気ハツラツに挨拶と自己紹介をする切歌に対して、ダウナーにマイペースな自分を崩さない調。しかし流石に年下の、それも幼い少女にその態度はいただけないのか、注意する切歌。

 

「あ、気にしないでください! 人の性格は人それぞれですからね! でもわたしは調さんの事をしっかりと覚えておきます!」

「──」

「幼女に徳の高さで負けてるデスよ調!?」

「幼女言うな」

 

 打ちのめされる調と焦る切歌。

 そんな二人に呆れつつ、マリアが自己紹介する。

 

「わたしはマリア・カデンツヴァ・イヴ。よろしくね」

「うん、よろしくー!」

「……」

「……?」

 

 見た目の都合上仕方ないが、やはりマリアは少女から同い年くらいに見られていた。マリアの外見年齢は10歳で止まっており成長も遅い。入学する際に切歌達と同学年なのもギリギリだったりする。とても22歳には見えない。

 しかし、マリアはその事を語らず、グッと堪えて笑顔を浮かべた。その健気な姿にセレナは萌えつつ自分も自己紹介する。

 

「わたしはセレナ・カデンツヴァ・イヴ。この子のお姉さんです」

「!?!?」

 

 しかしセレナの言葉はいただけないのか、グリンと振り向いて凄い顔で彼女を凝視するマリア。

 

「よろしくお願いしますセレナおねーさん!」

 

 しかし無情にも受け入れられ、マリアはセレナの妹と認識されてしまった。

 その姿を事情を知る装者達はどんまいと思いつつも、訂正する事なく見送った。

 

「雪音クリス。よろしくね」

「……立花響」

「もう、響っ。そんな無愛想な」

 

 クリスと響も自己紹介するが、照れているのか何処か素っ気ない。

 そんな彼女の反応にクリスが呆れながらも、少女に本当は優しい子だと伝える。

 

「ごめんね? こういう性格なの」

「アンタはわたしのお母さんか」

「だって未来に頼まれているし……」

「ったく……クリスも未来も心配し過ぎ」

 

 そう言いつつも悪い気はしないのか、見えない所で頬が緩んでおり。

 しっかりとそれを見ていたコマチがニヨニヨと微笑ましそうに見て。

 それに気づいた響が、頬を赤く染め上げながらジトッとコマチを睨んだ。

 その光景に少女はクスクスと笑い、みんな仲良しなんだなと理解し、嬉しく思い、笑顔を浮かべて自分の名前を元気よく口にした。

 

「わたしの名前はエレオノーラ! エルって呼んで!」

 

 どうやら彼女の村の居る者達は、親しみを込めて彼女の事をエルと呼ぶらしい。

 少女は──エルは響達に向かって光輝くような、明るい笑顔でそう言った。

 

 

 ◆

 

 

 エルに連れられて村に戻ってきた響たち。

 道行く人たちがエルを見かけると声を掛け、旅人である響達にも気さくに話し掛けていく。

 

「エルおかえり! 今日も草原の所に行ったのか?」

「相変わらず元気ねエル」

「お、エルその動物は何だ? 可愛いな」

「あら、その人達はお友達? みんな可愛いわね」

「旅の人! 良かったらこれを持って行ってくれよ! あまり物だが味は落ちていない。美味しいぜ?」

「お、村長の宿に泊まるのか? あそこは良いぞ? 何せ村長は料理の達人だからな! 今夜は楽しみにしていてくれ」

「エルゥ! しっかりとご案内してあげるんだぞ!」

 

 先ほどは村長と少しだけ話し、荷物を置いて調査の為にすぐに村を出たが、こうしてゆっくりと歩いていると、この村がどれだけ居心地がよく、住んでいる人間が優しいのかが良く分かる。

 来て数分だが、装者達はこの村が好きになっていた。

 

「良いところだな」

「ああ、そうだな」

 

 エルもこの村とここに住む人たちが好きなのか、元気な顔で手を振り、掛けられる言葉一つ一つに返事をしていた。

 

「最近ちょっと元気がなかったけど、良かったな」

「でも仕方ないさ。何せ……」

「おい、聞こえるぞ。それに」

「あ、ああ……悪い。あの子だけじゃ無いよな」

 

「……?」

 

 だから、歓迎の言葉に混じるエルを心配する言葉とそれに続く会話に、マリアは違和感を抱いていた。

 

 

 

「やぁ、お帰りなさい。おや、エルも一緒だったか」

「パパ!」

 

 エルはコマチを響に渡すと、自分の父に飛び付いた。

 彼女の父は愛する娘の行動に苦笑しつつしっかりと受け止めて抱きかかえた。

 その光景を見ながら切歌と調がコソコソと話す。

 

「さっきも思いましたけど若いデスよね」

「うん。村長って言ったら歳を取った中年男性が普通だから」

「前の村長は、二ヶ月前に亡くなりまして……」

『!!』

 

 聞かれていたとは思っておらず、村長の言葉にピクリと反応を示す調と切歌。そんな二人にため息を吐いて呆れるマリアと、すみませんと謝るセレナ。

 村長は気にした様子は見せず、事情を説明した。

 

「そこで妻が代わりを務めましたが、その妻も先週……そこで入婿ですが、私が村長になりました。村の人たちの助けで何とかなっている未熟者ですが……」

「……」

 

 少しだけエルが寂しそうな顔をする。

 しかしそれも無理もない話だ。まだ幼い時機に祖父と母を立て続けで亡くしているのは──少女にはあまりにも酷だ。

 それでも普段明るく過ごしているのは、父の愛情と村の人たちの優しさのおかげだろうか。

 エルはすぐに笑顔を浮かべると「全然大丈夫だよ!」と言い、父親の腕の中から降りると、コマチを響ごと連れて自分の部屋に案内する。

 

「夕ご飯まで時間があるから遊びましょう! 良かったら皆さんも!」

「ブイブイ!」

「わたしは強制か……」

 

 連れて行かれる響達を他の装者達も追いかけ、村長も娘をよろしくお願いしますと笑顔で見送った。

 しかしマリアだけは残り、彼に尋ねた。

 先ほど来る途中で聞こえた会話と事前調査で気にかかっていたある事を。

 

「この村は少し前に流行り病でもあったの? 何人か亡くなっているようだけど……」

「……それは」

「話は先ほどした通りです。協力感謝しています。必ず守ります。だから、少しでも気になる事があるのなら」

「……正直分からないのです」

 

 村長は語る。

 二ヶ月前から、年配の方から徐々に亡くなり始めた。

 しかし原因は病死ではなく老衰。緩やかに苦しまず、最後は遺す家族にお別れの言葉を紡いで逝っていく。

 それだけを聞くと、最も幸せな死に方だと思うだろう。

 

 だが、村長は違った。

 

「死んだ人達は──一度元気になるのです」

「元気に?」

「ええ。足が悪かった者は歩ける様に。耳が聞こえなかった者は聞こえる様に。中には寝たきりの方も居ましたがある日突然元気になり村の中を走り回る事も。さらに認知症を患っていた者もそれが治り、家族と幸せな時間を過ごしていました」

 

 ──しかし。

 

「その者達は例外なく死んでいます。悔いが残らない様に短い時間を愛する者と過ごした後に」

「──」

「妻も最期は笑って逝きました。泣きじゃくるエルに『すぐに会えるから。良い子で居てね』と言葉を遺して。……エルを慰める為の優しい嘘かもしれませんが、私は……」

 

 その話を聞いたマリアは、何故か酷く背筋が凍る思いをした。

 もしこれがこの村の善性で成り立つ奇跡ならそれで良い。

 しかし、近くにはアカシック教が居る無関係とは思えなかった。

 何かの術か呪いか──とにかく、後でセレナと待機しているサンジェルマン達に結界を張ってもらう事を決意した彼女は、村長に言った。

 

「大丈夫です。我々が解決します」

「マリアさん」

「だから、村長さんは娘さんの大好きなご飯をたくさん作ってあげてください。わたし達も楽しみにしておきますから」

 

 マリアは聖母のような表情でそう言い。

 

 

 夕飯時に食卓に呼ばれ、絶望していた。

 

「今日は腕によりを掛けて作りました! 遠慮せず食べてください!」

「わーい! パパのトマト料理だ!」

 

 そう、村長が作ったのはたくさんのトマト料理。

 マリア以外はその見た目と匂いに唆られて口に運び、絶賛する。

 しかしマリアは動けなかった。

 何故なら──彼女はトマトが苦手である。

 料理を前にカチンコチンに固まっている彼女に、隣に座っているエルが首を傾げる。しかし村長は気づいたのか、ハッとして申し訳なさそうにマリアに謝った。

 

「すみません。トマト、苦手なんですね?」

「え!? いや、その!?」

「事前に確認するべきでした。ナスは大丈夫でしょうか? 材料があるのでそちらで……」

「大丈夫だよ? パパのトマト料理は美味しいんだから!」

 

 しかしそこでエルが待ったを掛けた。村長は「こら、エル」と止めようとするが、エルは止まらずにマリアに語り掛ける。

 

「わたしも昔はトマトが苦手だったの。でも死んだおじいちゃんに好き嫌いせずに食べるって約束して、頑張って食べようとして、いつの間にかパパのトマト料理が大好きになったんだ!」

「そ、そう──そうね。好き嫌いは良くないわね。せっかく用意してくれたもの」

 

 覚悟を決めたマリアはフォークを掴み、意を決して村長の料理を口に運び──あまりの美味しさに目を見開く。

 トマトの青臭さや酸っぱさが無い。

 マリアは次々と料理を食べ始め、エルが問いかける。

 

「美味しいでしょう?」

「ええ、とっても!」

 

 見た目相応にトマト料理にぱくつく彼女の姿に皆が微笑み、セレナは興奮しながら写真と動画を撮り続ける。

 そんな中、奏はトマト料理に狂喜乱舞し持参したケチャップをかけようとし、流石に冒涜過ぎんだろとエルに見えないように翼に物理的に止められていた。

 

 食事を終え、皆が重い思いに過ごす中、エルが父のお手伝いをするべく、外に出る。明日の準備で近くの店の主人の元へお使いに行くらしい。

 まだ幼いのに立派だと感心しつつも、夜遅い為に装者達は心配になる。

 しかしこの村は良い人ばかりで危険性は無いと思いつつも、美味しい料理を食べさせて貰ったという理由で着いて行く事になり……。

 

「らん♪ らん♪ らん♪」

「ブイ! ブイ! ブイ!」

「子どもって元気だな……」

 

 眠いのかあくびしつつ、響はコマチとエルを見てそう呟いた。

 コマチが懐かれているという事もあり、響がエルに着いて行く事となった。

 他の者達は後片付けや明日の宿の仕事の準備などをして、一宿一飯の恩義という訳では無いが、村長の手伝いをしている。

 

 山奥だからか、虫の鳴き声が音楽のように響き渡り、エルの歌とコマチの声がハーモニーを奏でる。コマチは音痴だが。

 しかしエルは気にした様子を見せず、それどころかコマチと歌う事を喜んでいるのか輝くような笑顔を浮かべていた。

 そんなエルを見ながら──思い出すのは村長の話。

 彼女は優しい家族と日常を過ごしていた。幸せだったのだろう。エルの優しさから、彼女の愛情の深さを感じ取れる。

 それを失ったのに──エルは強く生きている。

 

(わたしよりも強いな……)

 

 響は己の過去を振り返り、照らし合わせてそう思った。

 自分は日常を失った時、復讐に走った。

 自分はコマチを失った時、憎しみに身を任せて暴れ回った。

 自分は家族を失いかけた時、仲間を傷つけてしまった。

 自分は未来を失いかけた時、コマチのおかげで何とか踏み留まり取り戻す事ができた。

 そう考えると──たくさんの人に支えられている事を思い出し、彼女は笑みを浮かべる。

 

「おねーさん?」

「ん……何でもない」

 

 不思議そうにこちらを見るエルにそう返しつつ、響は彼女を促してお店に行き目当ての物を受け取る。

 そして宿に向かって歩き──異様な気配を感じた。

 平和で優しいこの村に似つかわしくない──異端な力。

 響はすぐさま意識を切り替えてエルを庇うようにして前に出る。

 

「お、おねーさん?」

 

 戸惑いと怯えを含んだ表情を浮かべるエル。

 そんな彼女に響は、自分の肩にコマチが乗った事を感じ取りながら言葉を返す。

 

「大丈夫──へいき、へっちゃら」

 

 そして──パキンッと軽い音が闇の中で響くと同時に、響の前にアルカ・ノイズが現れた。それを見たエルは怯えた表情を浮かべ──しかし、目の前から、響から聞こえた歌に魅了される。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 響の胸の歌が紡がれ──彼女は纏う。

 奇跡の力を宿すシンフォギアを。

 響は肩にコマチを乗せながら、唄いながらアルカ・ノイズに殴りかかり、通信で本部に連絡を取る。向こうも反応を検知したのか、返信はすぐだった。

 

「本部! こちら立花響! アルカ・ノイズと遭遇。民間人の救助の為に戦闘開始!」

『状況は把握しています! 現在そちらにイチイバルとアメノハバキリが向かっています! 付近に怪しい人物は!?』

 

 素早く周りを見渡すが、アルカ・ノイズを召喚、使役している人物は見当たらない。しかし逐一アルカ・ノイズが召喚されている事から何処かに潜んでいる事は確実。

 響は、エルの背後に近寄って来ていたアルカ・ノイズを一息で距離を詰めて吹き飛ばす。そしてすぐにエルの無事を確認した。

 しかしエルは全く怯えた様子を見せなかった。自分を殺せるノイズがすぐ近くに居るのに恐れない。それ以上に──響を輝いた目で見ていた。

 

(村の人達に危害が及ぶ前に──最速で最短で見つける!)

 

 ノイズを蹴散らしながら、響はコマチの名を呼ぶ。

 

「コマチ!」

「ブイ!」

 

 コマチが飛び上がり、響が伸ばした手と繋ぐ。

 

「融合!」

「ブイ!」

 

 そして二人の力と想いが一つに溶け合う。

 

「進化!」

『フィー!』

 

 顕現するのは陽だまりを想う力。

 

「この手に明日に続く未来を!」

 

 響はその力を叫ぶ。

 

「──ガングニィィィイイイイル!!」

 

 タイプ・サイキックフューチャー。

 明日へ、未来へと手を伸ばし続ける光が具現化した力。

 響とコマチはその紫色の眼光で見えない物を見る。

 

「『見破る』」

 

 未来すら見通す超能力の瞳は──すぐに見つけた。

 響達はその方向に向かってサイコキネシスを発動。

 

「そこ!」

「ガッ!?」

 

 バシンッと音が響いて悲鳴が聞こえる。

 するとゆらゆらと景色が歪み、ローブを頭から被った男が──野良の錬金術師が現れた。

 錬金術師はよほど自分の術に自信があったのか、見破られた事が信じられず喚き散らす。

 

「おのれシンフォギア! オレの邪魔をしやがって!」

「目的は後で聞く。今は眠って──」

「──捕まってたまるか!」

 

 男はそう叫ぶと──口の中に潜ませていたテレポートジェムを吐き出す。

 すると男の姿が消え。

 

「動くな!」

「きゃっ!?」

「──っ!」

 

 背後から男の怒声とエルの悲鳴が聞こえた。

 響が振り返ると、そこにはアルカ・ノイズを従えた男がエルを人質に響を睨み付けていた。

 

「動けばこの小娘の命はないぞ!」

「ひ、響さん──」

 

 エルが響の名を呼ぶ。

 それに響は──彼女を怖い目に合わせている事に、自分自身に怒りを覚える。

 しかしそれ以上にエルを心配し、その心を救おうとして──笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫──必ず助ける」

 

 その笑顔を見たエルは──男に人質に取られているというのに、少しも怯えた表情を浮かべず、じっと響を見つめていた。

 

「何を戯言を──」

 

 男が苛立ったように口を開き。

 

「──テレポートは」

 

 そして一瞬で響を見失い。

 

「アンタ達錬金術師の十八番じゃない」

 

 転移で男の頭上に移動した響の蹴りを頬に叩き込まれて一瞬で意識を失い、ノイズも煤へと変えられ、エルは優しく彼女に抱きかかえられた。

 

「ごめんね、巻き込んで」

 

 響が腕の中のエルに謝ると、彼女は首を横に振り笑顔でたった一言響に言った。

 

「──ありがとう!」

 

 その言葉は──響を笑顔にした。

 

 

 ◆

 

 

 錬金術師は捕らえられ、協会が連れて行った後。

 マリアはサンジェルマン、弦十郎と今後の話し合いをしていた。

 今すぐにでも突入するか、当初の予定通りに動く、か。

 

『あの男とアカシック教に繋がりは見られなかった。単独犯と運悪く出会ってしまっただけだ』

 

 調査の結果を淡々と語り、サンジェルマンは予定通りに動くべきだと主張する。

 

「先程の戦いを察知していないのか、奴らに動きは見られない。村に張った結界のおかげだろうな。それにテレポートジェムによる転移反応もなかった』

 

 故に此処で焦って突入しても、村人を避難させてから動いても。

 激しい戦闘になるか、察知されて逃げられてしまうか、だ。

 絶対に逃さず、被害を出さない為には予定通りに動くべきだ。

 

『しかし、村の人達に迷惑が』

「……この村の村長も住民もこちらの指示に従うと言っています。今すぐに避難しろと言われれば避難すると」

『むぅ……』

 

 弦十郎が唸る。民間人の好意に甘えるのは主義に反する。だが守らなくてはならない。

 

『今から避難と突入、そして村に被害が及ばないように三つ同時進行で動くか?』

『それしか無いか』

「分かりました。すぐに皆に伝えて来ます」

 

 通信を終えたマリアは、すぐに動き出す。

 村長と大人達が集まっている彼の執務室に向かい、これからの方針を伝えるのだろう。

 それを見ながら、響はコマチを抱えながらエルと会話していた。

 どうやら先程の戦いで彼女に酷く懐いたらしく、目を輝かせて響に詰め寄っていた。

 響はそれにタジタジとなり、コマチも他の装者達も笑ってその光景を見ていた。コマチは強く抱き締められてお仕置きされたが。

 

「響さんカッコ良かったです! こう、歌を唄ってズババー! って」

「あ、あの……あまり言われると、その、照れる……」

 

 しかしそれもエルの言葉で弱々しくなる。純粋な目と言葉と感情に戸惑っているようだった。

 先ほどから戦いの様子を、その時に感じた想いを伝えられて正直響は逃げ出したかった。まぁ他の者が阻むだろうが。

 

「わたし、響さんみたいになりたい!」

「……わたしみたいに?」

「はい! 戦う事はできないと思いますが……歌で誰かを救いたいです!」

「──」

 

 本当にこの子はわたしなんかよりも強いな、と響は心の底から思った。

 響は困ったような、しかし優しい笑顔でエルの頭を撫でる。

 すると彼女は気持ちよさそうに目を細めた。

 エレオノーラという名前は、明るい光。輝く光という意味を持つ。

 彼女にぴったりの名前で、両親が彼女にどのような人間になって欲しいのか、どれだけ愛情を注いでいるのかが分かりやすく──。

 

「エルなら成れるよ。それどころかわたしよりももっと凄い──皆を照らす太陽の光みたいに」

 

 響の言葉を聞いて、エルは名前の通りの笑顔を浮かべてとても嬉しそうにしていた。

 

 

 ◆

 

 

「それじゃあ行くわよ」

 

 装者並びに錬金術師協会の戦力、話し合いの結果、突入組にはマリア、奏、クリス、響とコマチが組み込まれた。マリアと響達は対応力の高さから。奏は逃げられた際に雷速で追いかけ、クリスは狙撃で食い止める為に。現地ではサンジェルマンが監視しており、合流後そのまま突入する事となっている。

 避難誘導、防衛組はセレナ、調と切歌、翼となっている。プレラーティとカリオストロも組み込まれており、彼女達はセレナと組んで結界を張り、概念的障壁にて村で起きている不審死を防ぐ役割があった。そして調と切歌のユニゾンと翼のスピードで物理的な防衛線を築く。

 そしてSONGと錬金術師の後方部隊が村人の避難を進める事となった。

 

「響さん!」

 

 セレナ達が結界を張り、後方部隊が避難を進める中、エルが響達の元へ駆け寄って来た。すっかり響に懐いており、まるで姉妹のようだ。

 周りの皆も微笑ましそうに、面白そうに視線を送り、響はくすぐったそうにする。しかしエルは気にした素振りを見せず、響にある物を送った。

 

「これ、お守り!」

 

 エルが彼女に渡したのは不思議な形をしたネックレスだった。装飾された赤い石はまるで動物の角のようで、響はあまり見たことがない。

 表情に出ていたのか、エルが響にこのネックレスについて教える。

 

「これはねコルノって言って幸運を呼ぶシンボルだったり、魔除けの力があるの! これから響さん、大変なお仕事をするからって。だからママから貰ったこのお守りを付けていれば大丈夫!」

「──っ」

 

 受け取ったお守りが母の形見と知って、響は受け取れないと返そうとする。

 しかし──エルは顔を横に振って彼女に言った。

 

「わたし今まで寂しかったの。お爺ちゃんがお星様になって、お母さんも居なくなって。それでそのお守りをずっと持っていたら、お母さん達が近くに居る気がして寂しく無くなって──でも、響さんみたいになりたいから、ちょっとでも強くカッコよくなりたいから! だからね、これからみんなを守る響さんの力になってくれたら、凄く嬉しいの!」

「──」

「わたしも頑張るから、響さんも頑張って!」

 

 興奮した様子で己の想いを伝えたエル。彼女の純粋な想いを聞いた響は、受け取ったネックレスを身につけて──エルの想いをしっかりと受け止めた。

 

「すぐに終わらせて帰ってくるから──そしたらツヴァイウィングのライブだ。一緒に楽しもう」

「わーい! 約束だよ! 奏さんもクリスさんもマリアちゃんもね!」

 

 エルは笑顔で響、そして他の皆と約束を結ぶと父の元へと帰って行った。そして他の村人達と避難しつつ、響達が見えなくなるまで手を振り続けた。

 そんな彼女を見送った響に、奏が肩を組んで笑いながら絡んでくる。

 

「響〜。なぁにあたしらのファンを横取りしてんだぁ?」

「うざ絡みしないでください……」

 

 エルの懐きように奏がニヤニヤし、響は心底鬱陶しそうな、しかし頬を赤くしてくっついて来る奏を引き離そうとしていた。

 そんな二人をクスクスと笑いながらマリアとクリスが眺め、二人も口を開く。

 

「二人とも仲の良い姉妹みたいだったわ」

「エルちゃんが妹だと、響も少しは素直になるのかな?」

「好き勝手言って……!」

 

 ヒクヒクと米神に青筋を浮かべながら、しかし響はふと呟く。

 

「あんな子が妹だったら、確かに楽しいかも」

 

 彼女のその本心に、先ほどまで揶揄うような表情を浮かべていた奏達が優しい表情を浮かべる。

 守らないといけない。彼女の日常を。明日を──未来を。

 

「ブイ!」

 

 コマチが行こう! と促すと響達は頷いて山奥へと向かった。

 

 予めルートを頭に叩き込んで来たのか、妨害もなくスムーズに目的地へと辿り着いた。

 茂みに身を潜めるサンジェルマンを響達は見つけ、合流し彼女に問いかける。

 

「動きは?」

「無い」

 

 マリアはサンジェルマンの答えに、やはりと頷く。

 道中罠は無く、アカシア・クローンもアルカ・ノイズも現れなかった。

 それだけ自信があるのか。それとも気づいていない? 

 不気味に思いつつもマリアは波導で建物を見て──結界に阻まれて中が見えなかった。

 

「これは、ノーブルレッドの隠れ家やバルベルデであった……」

「ディー・シュピネの結界だ。……これを使っているという事はいよいよきな臭くなって来たな──アカシック教」

 

 そして戦力が整った今──監視に努める理由は無い。

 

「──行くぞ!」

 

 サンジェルマンの掛け声と共に、響達は建物の中に入る。

 扉を開けたその先は荒れ果てた礼拝堂で、しかし少し前まで人が居た痕跡がある。

 しかし外に出た様子も転移した反応も無い。

 中に入ってしまえば結界の効果はなく、マリアは波導ですぐに地下に続く道を見つけた。

 

「こっちよ!」

 

 マリアを先頭に、響達は階段を降っていく。

 石造りの階段は音を反響させて、彼女達の鼓膜を震わせる。恐らく相手にも気付かれているだろう。故に素早く駆けつけ無力化させなくてはならない。

 階段を降りた先には道が続いており、マリア達は駆け抜ける。そして大きな扉に辿り着き、迷う事なく開け放つ。

 

 そして。

 

 彼女達は。

 

 部屋に敷き詰められた無数の遺体を発見した。

 

『──っ』

 

 全員が絶句していた。

 誰が想像できようか──自分たちが駆けつけたその先で、自分たちが捕らえようとした組織の人間が全滅している等。

 

「──違和感はあった」

 

 ふとマリアが呟く。

 

「波導でどれだけ見ても見当たらなかった」

 

 生きている人間には等しく波導が宿っている。

 しかし──死んだ人間には無い。

 マリアはこの建物に入ってから響達以外の波導を感じ取れなかった。

 人間も。アカシア・クローンも。

 マリアがたくさんの人間の遺体から、それも幸せそうな表情で死んでいる遺体から視線を外し──祭壇を見るとそこには亡骸のように崩れ落ちている大量の砂があった。

 

「何が起きたんだ……此処で!」

 

 ──少なくとも。此処にアカシア・クローンは居ない。全て殺されたと見るべきだろう。壁や天井、床に描かれた術式は発動後特有の反応を示しており、アカシア・クローンを作り、錬金術師であるサンジェルマンは嫌でも理解させられた。

 

「くそ……何が起きているんだ!」

 

 しかし──何故アカシック教の人間達が死んでいる? 

 術式が暴走でもしたのだろうか? 

 妙な雰囲気に徐々に響達の心に不安という闇が生み出されていく。

 何かがおかしい。此処に居てはダメだ。──空気に当てられてはダメだ。

 

「──ブイ?」

 

 そんな中、コマチは──己の変化に戸惑っていた。

 体調が頗る良い。

 それどころか身体中に力が漲り、自分の中の何かが成長していく感覚があった。

 コマチはその感覚を知っている。

 そして──それは、絶対にダメだという事を本能が理解していた。

 

「ブイ! ブイブイブイ!」

「コマチ!? どうしたの!?」

 

 突如、コマチが体をガタガタと振るわせて叫び出す。

 肩に乗せていた響は、コマチのその反応に戸惑い、そして。

 

『──奏。奏!』

 

 そこに、翼から奏に──否。混乱しているのか、動揺しているのか、全装者に一斉送信で緊急連絡用の通信が入る。

 

『エルが──みんなが!』

 

 その悲鳴を聞いて響達はサンジェルマンと増援のエージェント達にこの場を任し、急いで村へと引き返した。

 

 

 そして。

 

 

 第一話「君ト云ウ音奏デ尽キルマデ」

 

 

 そこに広がっていた光景は──先ほど響達が見た物と同じだった。

 

「セレナ! 早く回復を!」

「それが、全然効かなくて……!」

 

 翼が叫ぶも、セレナは顔面蒼白で首を横に振り。

 

「プレラーティ、どう!?」

「──ダメだ。死んでいる」

「くそ──次よ! まだ間に合うのかもしれない!」

 

 次々と村の人達を見て周り、錬金術で治せないか試みるカリオストロとプレラーティ。

 

 そして。

 

「博士! どうにかできないデスか!?」

「お願い。その子はとっても優しい子なの……だから!」

 

 絶望し、しかしそれを信じられないとウェルに縋り付く調と切歌。

 

「……すみません──もう、手遅れです」

 

 この場に駆け付けたウェルは、血を吐くような声で立ち上がり──響達の目に映り込んだのは。

 

「──え?」

 

 安らかな表情を浮かべて──永遠の眠りについたエルの姿だった。

 

「おい……どういう事だよこれ……!」

 

 奏の声が震える。

 

「何が起きたの……?」

 

 クリスは目の前の現実を受け止めたくないのか、困惑し切った顔で呟き。

 

「まさか、アカシック教の仕業?」

 

 マリアが一番可能性の高い原因を口にすると。

 

 響が怒りのままに地面を殴り付けた。

 地面は粉々に砕け、しかしそれ以上に──響の心は乱れに乱れていた。

 

「なんで……なんで!」

 

 響はエルと約束をしていたツヴァイウィングのライブを楽しもうと。

 響はエルに憧れていた。自分みたいになりたいと言ってくれて恥ずかしく思いつつ嬉しかった。

 響はエルが頑張っている事を知っていた。大切な家族を失っても未来に向かって明るく過ごしていた。

 響は。響は。響は──。

 

「──うあああああああああ!!」

 

 しかし──仇は居ない。アカシック教の人間は既に死んでいる。

 つまり、エルは、村の人たちは彼らの行いに巻き込まれて死んだのか? 

 もしそうなら許せない──許せないのに、この拳を向ける相手が居ない。

 

「なんで、エル達が死なないといけないんだ!」

 

 響の泣き叫ぶ声が、夜の闇に響き渡り──。

 

『──その者らが命を落としたのは、彼の者達の仕業ではない』

 

 ──光が闇を照らし、神々しい声が響の言葉を否定した。

 夜に関わらず、“ソレ”が現れた事でその空間は“ソレ”の発する力で昼間のように明るくなる。

 

『高エネルギー反応を確認! これは……まさか!』

『パターン照合──シェム・ハと酷似! 間違いありません。アレは……! 

 』

 

 SONGのモニターに『GOD』の文字が映し出される。

 そう……響達の前に現れたのは正真正銘──神。

 そしてその神の名は──。

 

『我が名はアルセウス。この世界で起きている全てを知る者』

 

 アルセウスは、コマチを見る。

 見られたコマチは思わず響の体に隠れた──酷く怯えた様子で。

 

「ブ、ブイ……!」

「コマチ?」

 

 響がコマチの様子に言いようのない不安を覚える。

 何故だ。

 何故──こんなにも心がざわつく。

 そんな中、マリアが臆す事なくアルセウスに問いかけた。

 

「あなたはさっき、エル達を殺したのがアカシック教の人間ではないとそう言ったの?」

『そうだ』

「だったら誰がこんな事を!」

 

 マリアもまた怒りに燃えていた。年齢を誤解されていたとはいえ、エルとは年齢関係なしに友達になりたいと思っていた。

 それだけ彼女に好感を抱いていた。

 だから、彼女を、彼女達を殺した者を許せなかった。

 マリアの問いかけに、アルセウスは素直に答えた。

 

『アカシアだ』

 

 ──音が消えた。

 

『この者達を……彼の者達を殺したのはアカシアだ』

 

 アルセウスは、到底彼女達が信じる事ができない真実を語る。

 

 そして。

 

『そして──この星の全ての人間を殺すだろう』

 

 絶望の未来を──呪われた彼女達に、全人類に告げた。

 



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第二話「ルミナスゲイト」

 アルセウスの言葉を信じる者は居なかった。

 

「ふざけるな!」

 

 奏が怒りを込めて叫び、アームドギアをアルセウスに突きつける。

 

「テメェ、光彦とがこれをやっただと? アイツが人を殺しただと? 殺すだと? ――そんな訳があるか!」

 

 奏は、光彦が命を賭けて、燃やし尽くして、彼の存在を全て使って救われた。

 それだけではない。

 彼女は知っている。光彦がどれだけ優しいかを。どれだけの人を救って来たのかを。どれだけ――優しいのかを。

 それを。

 それを――。

 

「適当な事言ってんじゃねぇぞ! これ以上はあたしが許さない!」

 

 奏の想いを聞いた他の装者たちもギアを構えてアルセウスを見据える。

 彼女達も同じだった。

 コマチは、アカシアは、リッくん先輩は、光彦は――絶対にそんな事をしない。できない、と。

 だから必然的に、アルセウスの言葉は自分たちを惑わす虚言と捉え、彼を敵と判断するのは当然だった。

 

 しかし。

 

『私に敵対の意思はない』

 

 アルセウスは――全く意に返さなかった。

 

『納得して貰えるように詳しく、全てを話す――だが、その前に』

 

 アルセウスの視線が、亡くなった村人へと向けられる。

 

『彼らを埋葬しよう。それからでも遅くない』

「……っ」

 

 それは、神であるアルセウスが人を慈しんだ故に出てきた言葉。

 彼もまた、かつて人と心を通わせた過去を持つ。

 アルセウスは人を愛し、人と共に生きた時があり、人を尊重する心がある。

 しかし――その姿は、奏達にとっては毒でしかなかった。

 

 アカシアが人を全て殺すと言った存在が、人を慈しむ。

 人に寄り添うその姿に好感を抱いてしまう。

 なら――先ほどの言葉はなんだ?

 戯言だと、虚言だと思いたい。

 しかし――人の死を悲しみ弔う存在が嘘を言うだろうか?欺こうとするだろうか。

 

 装者達は、脈打つ心臓の音を聞こえないフリをしながら丁寧に遺体を埋葬していった。まるでその作業に没頭する事で何も考えない様にしているかのように。

 

 

 

『さて、何から話そうか』

 

 アルセウスは力を使って、SONGのモニターに己の顔と音声を繋げた。これにより映像の中にあるアルセウスがスムーズに皆に説明する事ができる。

 アルセウスの神力が強いせいか、すぐ側に居ると人間は息苦しくなる。それ故のアルセウスの気遣いだった。

 

 その気遣いが装者達を追い詰める。

 

『まず私がこの世界に干渉したのはこの時間軸より約五千年前』

「となると、先史文明期か」

 

 アルセウスの言葉を聞いて弦十郎の脳裏にシェム・ハの姿が思い浮かばれる。

 

『そうだ。その時代――エンキ、シェム・ハが存在した時代だ』

「――っ。心が読めるのか」

『すまない。話を円滑にする為だ――私がこの世界に来た時、既にアカシアはとある技を発動させ、当時の人の命を己の糧としていた』

 

 アルセウスはエンキやシェム・ハといったこの世界の神の存在を知っていた。実際に会った事があるのだろう。

 しかし奏達はアルセウスの言葉を信じられない。

 何故なら一貫としてアカシアが人を殺すと、殺していると言っているからだ。

 

「だから、そんなの信じられないって――」

『――アカシアは一つの歌を唄った』

「歌? 何を言って――」

 

 ――瞬間、全員が押し黙る。

 アカシアは音痴でまともに歌を唄えない。カラオケに行っても音程を外して、最終的には部屋の隅に縮こまってしまい、皆で慰めるのは一種の恒例行事だった。

 

 しかし、歌の……否、音の技は問題なく使えた。

 

 うたうという技がある。その技は対象を眠りに誘う効果があり、響をぐっすり眠らせた。

 

 くさぶえという技も問題なく使えた。どこからとも無く出した草で切歌を眠らせた。

 

 ほえるも使える。むしのさざめきも使える。りんしょうも使える。

 

 そして――恐ろしい技も使える。

 その技の名前は――。

 

『アカシアはかつて明確な殺意と憎悪を持って“ほろびのうた”を歌い、全人類を呪った。そしてその呪いは――人類の魂に刻み込まれ、人が人であり続ける限り消えない』

 

 その技は一定の時間の後に、己と対象を戦闘不能にする凶悪な技。

 そしてこの技の厄介な所は、使った本人が居なくなっても倒れても効果が残り続ける事。

 

『さらに、負の感情で増幅されたその技は全人類に、無差別に及んだ。そして――アカシアが居る限り必ず発動し続ける』

 

 ポケモンバトルでは交代すれば効果は消える。

 しかし全人類に掛けられたその呪いは交代を許さない。効果を消せない。

 さらにアカシアが存在する限り発動は止まらず、そしてアカシアは――死んでも世界に蘇る。

 殺した人間の経験値と培って来たレベルを犠牲に。

 

『故にエンキとアカシアはバラルの呪詛を施した』

 

 そうしなければ――既に一定時間が発動し、後は死ぬだけの人類を救う事ができないから。

 

『故にシェム・ハはヒトをヒトで無くそうとした』

 

 そうしなければ――アカシアを救えないから。技の対象である“憎き人類”を消し去り、アカシアが自責の念で悲しみ、壊れてしまうから。

 

『だが、ヒトはヒトのままこの星に居る』

 

 バラルの呪詛が解除され、滅びの歌が再開された状態で。

 

『このまま放っておけば、この星の人類は一週間で絶滅し――その全てがアカシアの糧となる』

 

 約70億人の人類が――消え去る。

 人に寄り添い、奇跡の力で守り、救って来たアカシアを遺して。

 

『しかし、この絶望の未来を回避する方法が一つある』

 

 その言葉に、コマチが顔を上げた。

 

『アカシア――お前の存在を最初から無かった事にする』

 

 しかしそれはあまりにも残酷で。

 

『さすれば滅びの歌が発動したという事実は無くなり、アカシアに蓄積された命は本来の流れに戻り、この世界の歴史の流れが正常の物となる」

 

 アルセウスの力を使えばとても簡単で。

 

『さぁアカシア。あの時と同じ問いを、再び此処で問いかけよう』

 

 しかし、響達には、アカシアに救われてきた者達にとってはとてつもなく難題で。

 

『貴様はどちらを取る? 世界か――それとも己か』

 

 かくして、コマチ達は選択を迫られた。

 コマチを犠牲にして世界を救うか。

 世界を犠牲に人類を見殺しにするか。

 

 答えられる者は――誰も居なかった。

 

 

 第二話「ルミナスゲイト」

 

 

 あれから三日が経った。

 アルセウスの問いかけに対して、響達は――答える事ができなかった。

 いや、答えようとして……答える事ができなくなった。

 その理由は――。

 

 

 ◆

 

 

――だと、しても……!

 

 俺は、自分でも分かる程に泣きそうな顔で響ちゃんの肩から飛び降りて、アルセウスを真っ直ぐと見据える。

 

「ブイ、ブイブイブイ!」

 

 かつての俺は貴方の言う通りに過ちを犯したのかもしれない。しかし記憶を失った今の自分はそれを自覚できない。

 だから、この選択は間違っているのかもしれない。

 だとしても、皆を死なせたくない。殺したくない。

 だとしても、死んで皆と別れたくない。まだ一緒に居たい。

 

 だから。

 

「――ブイ!」

 

 俺は、みんなを救いつつ自分も生き残る道を探す!

 

「――コマチ」

 

 響ちゃんの声が響いた。

 約束した声だ。誕生日に歌を唄って貰うって約束したんだ。ずっとずっと側に居るって約束したんだ。

 その為には俺は絶対に生き残らないといけない。消える訳にはいかない。

 みんなも救わないといけない。一週間後は俺の誕生日で、救えなかったら俺は一人ぼっちだ。

 

 そんなの、絶対に嫌だ!

 

 だから――俺もみんなも救う!

 俺はアルセウスに覚悟を決めてそう言った。

 

『――それは貴様に記憶が無いから言える事だ』

「ブイ……!」

 

 言い返したいけど、言い返せない。

 でも諦めたくないと言う気持ちは、響ちゃん達と未来に行きたいと言う気持ちは嘘なんかじゃない!

 だから、俺は――。

 

『そこまで言うのなら――思い出してみるか? 全てを』

 

 ――え?

 

『私の力なら、貴様の記憶を復元する事が可能だ。だが」

 

 ――お願いします。

 

「――コマチ!?」

 

 背後から響ちゃんの悲鳴が聞こえる。

 うん、正直怖い。響ちゃんと同じように。

 俺の覚悟を聞いて、アルセウスがあんな事言って、それでも諦め無い俺に記憶を取り戻してみるか? って聞いているってことは……相当やばい記憶なんだろう。

 でも――俺は生きるのを諦めたくない。

 みんなとの明日を、未来を取り戻したいんだ。

 

『――良いのだな?』

 

 ――はい。

 

 

 

 そうして、俺は――僕は全てを思い出し。

 

 自分のした事を後悔し。

 

 死にたくなり。

 

 でもそれすらも怖くて。

 

 その場から逃げ出したくなって。

 

 何もできず絶望し。

 

──目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 それ以来コマチは部屋から出て来なくなってしまった。

 コマチはずっと己を責め続け、響以外の人間は入れない様に結界を貼ってしまった。

 ……それでも彼はどうにかできないかと試行錯誤をしていた。

 ありとあらゆる技を用いて滅びの歌を止めようとして、でもその方法が見つからなくて。

 アルセウスに何度も聞いて、しかし彼の力でもどうする事もできなくて。

 

 彼は自分が消えるべきだと思っていた。

 

 しかしそんな事を皆が認める筈もなく、何か方法は無いか探し続けた。

 アルセウスに頼み、コマチを消すのを待って貰うように頼み込んで。

 それをアルセウスは了承するも、時間が経てば経つほど皆が辛くなるだけだと忠告を残して一度この世界から出て行った。

 

 そして、アルセウスの忠告の通り、日が経つ毎に絶望が大きく、重く、強くなっていく。

 

 アルセウスが現れて翌日。世界中がパニックになっていた。世界各地で大勢の人間が安らかに安楽死し、この一日だけで死者数は一万人を超えた。

 ウイルス兵器によるテロか。自然発生した病か。

 原因が分からず、表の世界ではアメリカが主導で緊急事態宣言が発令される。

 

 そして日本政府は、コマチの引き渡しをSONGに要請し、弦十郎が必死に説得をし――7日後までに事態解決の方法を見つける様にと指示が出された。

 

 2日後――友里あおいが倒れた。

 ついに身近な人間にも被害で出てしまい、病室にはたくさんのSONGのスタッフが痛ましげな表情で彼女を見ていた。

 そして、彼女の事を心配しているのはコマチも同じで、彼は恐る恐る友里の元へ向かった。

 

 しかし――部屋に入った途端向けられた視線に、コマチは足を止めた。

 後から追いかけた響は、コマチを見るスタッフ達の、仲間達の視線が信じられず――叫んだ。

 

「何で……何でそんな目でコマチを見るんですか!」

『……』

 

 彼らの視線には怯えと恐れが多分に含まれ、とても今まで戦ってきた仲間に向ける物ではなかった。

 彼らの目が語っていた。お前のせいだと。

 お前のせいで友里が死んでしまう、と。

 それが響は許せず、感情任せに怒鳴ってしまう。

 

「コマチは、今までたくさんの人たちを助けて来ました! わたしだって、あなた達だって……それなのに、何で!」

「――そんな事、分かっているよ!」

 

 しかし、響以上の大声で――友里の手を握っていた藤堯が叫び返す。

 

「俺達だって信じたいさ! どうにかしたいさ! でも……でもっ!」

 

 観測されているコマチの数値が、人が死んでいく度に上がっていき。

 身近な人間がこうして突然死にかけているのを見てしまうとーーコマチを恨みたくないのに、恐れたく無いのに、怯えたく無いのに、そういう視線を向けてしまう。

 

 藤堯はごめんと一言だけ謝り、他のスタッフも血を吐くような顔で俯き――コマチは逃げ出した。そして部屋に引き篭もりなるべく誰とも会わない様にした。

 

 そしてその日の深夜0時に、友里は「光彦くんは悪くない」とだけ告げて――この世を去った。

 

 

 三日後。ようやく此処に来て二代目とキャロルが目を覚ました。

 

『――そう、か……』

『くそ。遅かった……!』

 

 弦十郎から話を聞いた彼らは――既に取り返しのつかない事態になっている事を知り、思わず表情を歪めた。

 弦十郎は、彼らの反応を見て思い出す。フィーネの言動を。

 

 もし、彼女が言っていた事が、この事なら――。

 

「おい、もしや了子くんはこの事を――」

『――知っていたとも、全て。そして私たちも彼女から話を聞き、協力していた。この事態を回避する為に』

「っ、何故言ってくれなかったんだ!」

 

 思わず弦十郎が問い詰めて。

 

『言って何になる。奴ですら解決方法を見つけられなかった。加え、アカシアに救われて来た奴らがこの事を知れば――結果は見えているだろう』

「く……」

 

 キャロルの言葉は正論で、弦十郎は押し黙った。

 彼女達はこの非常な現実を受け止める事ができなかった。

 そして何とかしようとそれぞれ過去の文献や古文書を元に調べている。

 だが――それは無駄な時間と言える。

 そのような事をしても――アカシアが人を殺す真実を突き付けられるだけだ。

 

 

 

 

「姉さん、もう休んだ方が――」

「休んでなんていられないわよ!」

 

 セレナの言葉に、憔悴し切った表情でマリアが叫ぶ。

 しかし、その言葉には普段の覇気がなく、あの日から寝ていないのか目の下には隈があり、足取りも覚束なく、いつ倒れてもおかしく無かった。

 それでも意識を手放す訳にはいかない。

 次に目が覚めたその時、リッくん先輩はもう居ないのかもしれないと考え。

 それどころか、二度と目を覚さないかもしれないと考え――そんな事を考えてしまう自分が嫌だった。だって、それでは――。

 

「リッくん先輩はそんな事しないわ! 絶対に!」

 

 マリアは世界中から集めた歴史書を波導を用いて閲覧していき、この事態を回避する方法を模索し続ける。

 それをセレナも手伝うが――彼女はマリア程熱心に調べる事ができなかった。それだけ世界中で人が死んでいる事が、友里が死んだ事が堪えているのだろう。

 

 そして。

 

「姉さん」

「……何」

「マム――もう話せなくなった……!」

 

 絶望は止まらない。

 

「お医者さんが言うには――今夜が峠だって」

「――っ」

 

 ギリッとマリアの奥歯から音が響く。

 彼女達は闇の中を歩き続け――皆と一緒に転げ落ちていく。

 それは呪いとしか言いようがなく、それを施したのが好きな人である事に――マリアは耐える事ができなかった。

 

 

 

 

「調、大丈夫デスか?」

「うん、ありがとう」

 

 ――装者の中でも症状が現れた者が居た。

 調は突然の頭の中に歌が聞こえたかと思うと――そのままバイタルが不安定になり倒れ、それ以来ベッドから出る事ができないでいた。

 ウェルがどれだけ処置を施しても、切歌がどれだけ励ましても――調はベッドの上で虚ろな目で天井を見ていた。

 

「切ちゃん」

「なんデスか?」

「手を握って……」

 

 彼女のお願いを聞いた切歌は、すぐに調の手を握り締めた。

 とても――冷たかった。

 人にある本来の温もりが無く、自分の体温で火傷させてしまうのでは無いかと思える程に――冷たかった。

 そしてそれは、切歌に調が死に向かっている事を深く体感させ、彼女の目から涙が、心から感情が溢れ出す。

 

「調、嫌デスよ……」

 

 お気楽者である自分が調を元気にさせる。

 その想いで無理矢理笑顔を浮かべて明るく振る舞っていた切歌だったがーー限界だった。

 

「死んじゃ嫌デスよ、調ぇ!」

 

 かつて自分が長い眠りに着いた時も、調は同じ思いをしたのだろうか。

 もしそうなら――耐える事なんてできはしない。

 もしそうなら――キリカやウェルは調を本当の意味で救っていた。

 しかし、自分はできそうにないと思ってしまう。

 何もできないまま、大切な人を死なせてしまうと――とても怖くなった。

 泣きながら体を震わせる切歌。そんな彼女を――調が優しく手を握り締める。

 

「大丈夫だよ切ちゃん」

 

 そして彼女は優しく語り続ける。

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 しかしその優しさが――今はとても辛かった。

 

 切歌は調に寄り添う事しかできず。

 調は切歌の涙を拭うことができなかった。

 こんなにも心が通じ合っているのに。想い合っているのに。――近くに居るのに。

 

 

 

 

「――クソ!」

 

 ウェルは残った腕でテーブルを強く叩きつけた。

 彼は、マリアが過去の歴史書から解決策を探っている事から、別角度からアプローチを仕掛けていた。

 ウェルはSONGの保有する膨大なデータベースから、過去のアカシアの行動から解決の糸口は無いかを探っていた。

 

 しかし――調べれば調べる程、気づけば気づく程、一連の事態の真実味が増していく。

 

 まず、デルタショック事件。

 あの事件の際、アカシアはフィーネに制御されレックウザとなり装者達と敵対した。その際、月を穿こうとして奏と翼に逸らされたとあるが――よく見ると違う。

 

 アカシアが無理矢理軌道をズラしていた。

 

 彼は本能で覚えていたのだ。バラルの呪詛が解かれればどうなるかを。だからあの時月を破壊する事を阻止しようとしていた。

 

 さらにネフィリムの行動からも、バラルの呪詛がアカシアの歌を止めていた証拠となる。

 ネフィリムは一貫としてアカシアへの復讐の為に行動していた。それで起きたのがブラックナイト事件だ。

 しかしそれ以前、フロンティアでもネフィリムはアカシアへの嫌がらせをしていた。

 ネフィリムはアカシアを取り込んで、嫌がらせの手段として月を地球に引き寄せた。人をたくさん殺してアカシアを絶望させるという意味もあったのかもしれない。しかし、それ以上に――バラルの呪詛を解除して、アカシアにアカシアが寄り添い、愛した人類を殺させようとしていたのだ。

 だからあの時ネフィリムは月を引き寄せた。最高の嫌がらせとして。

 

 此処まで証拠が出揃うと芋づる式に、今までアカシアを救おうと戦って来た相手の心情が見えてくる。

 

 アダムは人を憎み、嫌っていた。

 アカシアを何度も迫害していたと言うのもあるが――彼らが居る限り、人間である限り、アカシアは絶望する未来へと歩き続けていた。

 彼が人を愛するが為に。

 

 ノーブルレッドのアカシアを殺す事で、彼を救う事に繋がると言う言葉にも納得が行く。全てを知ったアカシアは絶望した。おそらく今彼が一番求めているのは――己の死。

 しかし、例え死んでも人類は滅びの歌で死ぬから、心を苦しませながら、それすら許さず、アカシアは人を救う方法を探している。

 だからノーブルレッドは――アカシアが全てを知る前に、彼を殺そうとした。自分を憎み、苦しみ、罪の意識で涙を流させない為に。

 

 シェム・ハは分かりやすい。

 彼女は人を怪物にする事で滅びの歌の効果範囲から外そうとしていた。

 そうすればアカシアは人を殺すと言う事実が無くなる。苦しまなくて済む。

 そう考えての行動であった。

 

 そして。

 これだけの神が、超常の存在が動いていたにも関わらず――人類を救う手がかりは全く見つからなかった。

 

「――クソ」

 

 ウェルは悪態を吐きながら、希望を探し続ける。

 その身に救う呪いが、蝕んでいる事に気づきながらも――。

 

 

 

 

「コマチ……こっちおいで」

 

 部屋の中で、響が優しく語りかける。

 しかしベッドの上に居るコマチはシーツの中から出て来ず、反応も示さない。

 そんな彼に――響が語りかける。

 

「わたしは――信じない」

 

 響はずっとコマチに寄り添っていた。

 

「わたしはアンタに何度も救われた」

 

 響はずっとコマチと一緒に居た。

 

「ずっとアンタの事を見てきた」

 

 だから、コマチの事を何でも知っていると響は言った。

 

 響から見ればコマチは妙な生き物だ。

 普通の小動物とかけ離れた思考をし、ご飯&ご飯が大好きで、ちょっとエッチで、戦いに臆病で。

 誰にでも優しくて、他人を救う為なら自分の命を犠牲にして、奇跡で何人もの人々を救ってきた。

 

 だから信じない。信じたくない。

 

 コマチが、人を殺すなんて。

 

 もしそれが真実だとしても、何か理由があったのだろう。

 

 そうしなければならない理由があったのだろう。

 

 だから響は。

 

「アンタは悪くない! 悪い奴なんかじゃない! わたしを苦しめて来た故郷の奴らの方がずっとずっと悪い人間だ! だから、アンタみたいなお人好しがこんな事する訳ない!」

 

 その叫びに対して、コマチは。

 

『――僕がやったんだ』

 

 完全なる否定で応えた。

 

「――」

『響ちゃんは僕の事を悪くないって言うけど――本当に僕がやった事なんだ。だから僕は死ぬべきだ。罰を受けるべきだ』

「――だとしても! アンタは! 今まで何人もの人を救って来た! だから――」

『――たくさんの人を救ったのなら、人を殺して良いの?』

 

 テレパシーで直接投げかけられたその問いに――響は応えることはできなかった。

 

 アカシアは殺した人数よりも多くたくさんの人を奇跡で救って来た。

 しかしそれ以上に間に合わず、救えなかった人が居た。

 そんな救えなかった人の数よりも、彼を拒絶し、迫害し、殺してきた人間が存在し。

 

 そしてアカシアは、そんな人間よりもずっとずっとずっとーーたくさんの人々をこれから殺す。

 

「そんな、でも――」

『それにね、響ちゃん』

 

 コマチの言葉を否定しようとする響に、彼は。

 

『罰を受けるのは悪い人じゃないんだ』

 

 絶望し切った心で。

 

『罪を犯した人が罰を受けるんだよ?』

 

 見えない未来を見て――どうしようもなく己の犯した罪の重さを教えた。

 

 響は――応える事ができなかった。

 

 




各章のキャッチコピーの伏せ字、並びに込められた意味の開示。
序章。滅亡のカウントスタート。
第一章。歌には血が流れ、詩には魂が宿る。歌う事で血が流れる。つまり死を意味し、詩には魂が宿る。は人類はずっと滅びの歌を抱えていたという事。
第二章。現在は開示条件を満たせていないので省略。
第三章。喪失──さよならバイバイ。わたしの光。わたしの光、つまり未来が喪失しているという意味でもあります。
第四章。世界を殺す為の歌がある。滅びの歌の事。
第五章。死を灯す永遠の輝き。つまりアカシアが生き続ける事で滅びの歌もまた灯り続けたという意味。
第六章。繋ぐこの歌には──人を殺す力がある。はい滅びの歌滅びの歌。
そして最終章は、あえて言うなら【明かされる罪と罰】


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第三話「繋いだ手だけが紡ぐもの」

「サンジェルマン殿」

「──! まさかお前が連絡係として来るとは」

 

 SONGに在中しているサンジェルマンの元に、錬金術師協会より使者が訪れた。その人物は中年の男性で、サンジェルマンが驚くほどの人物。

 目の前の男はサンジェルマン、カリオストロ、プレラーティを除けば、実力、地位共に高い幹部だ。

 だから連絡係として遣わされている事に彼女は驚き、それと同時に協会内部の状況を察する。

 

「本部は今どうなっている?」

 

 二代目からの連絡事項を聞き終わった後、サンジェルマンは男に尋ねた。

 するとそれまで表情を変えなかった男が、顔色を険しくし、言いづらそうにしながらもサンジェルマンに伝える。

 

「統制局長が抑えていますが──今すぐにでもアカシアを彼の神に抹消させ、この世界を、未来を救うべきだと全員が……」

「やはりか……」

 

 予想通りの展開に思わずサンジェルマンは舌打ちをする。

 米国も何処からか情報を掴んだのか、日本政府、並びに国連に働きかけてアカシアを消そうとしている動きを見せている。兼ねてよりアカシアの存在を危険視していたが、シェム・ハの一件で日本と歩み寄りを見せていた為に、その言葉の強さ、誠実さはアメリカにあり……SONGの立ち位置は危うい。

 このままでは強制捜査、そして捕獲が行われるのも時間の問題だ。

 もう、この世界から人がどんどん死んで行っている事実は、表と裏関係なく皆が感じ取ってしまっている。

 

 あの日、アカシアの歌と繋がった為に、それは強く強く──結び付けられていた。

 

「お前はどう思っている?」

「……私は」

 

 サンジェルマンの問いに、男は答えあぐねた。

 彼は知っている。サンジェルマンのアカシアへの──イグニスへの想いを。

 協会でも常に一緒で、イグニスがサンジェルマンに甘えている光景は微笑ましく、サンジェルマンがイグニスへと向ける目はとても優しくて。

 だからシェム・ハとの戦いでその命を落としたと知った際にはとても悲しく思えた。

 

 二人の絆を知っているが故に、彼は安易に己の本音を打ち明ける事ができない。

 それを察したサンジェルマンは忘れてくれと言う。

 

(知らず知らずのうちに、私も精神的にキているのか)

 

 己自身にため息を吐きつつ──ふと彼女は先日のプレラーティの言葉を思い出す。

 

 

 

「これで納得が行ったワケダ」

「……どういう意味かしらプレラーティ」

 

 ピリッとした乾いた空気が二人の間で流れ、それを察知したカリオストロは二人の衝突を止めようと口を開く。

 

「ちょ、ちょっと二人とも? 今は緊急事態なんだから穏便にね?」

「……」

「……」

 

 それは目の前の女の言動次第だ。

 そう言わんばかりに二人からプレッシャーが流れ、カリオストロはすぐに仲裁は不可能だと判断し、傍観に徹する事にした。

 彼女が引っ込んだ事を確認したプレラーティは、サンジェルマンの問いかけに答えた。

 

「以前私はアカシアの無償の人への救済行為に違和感と君悪さを覚えていた」

 

 だが、しかし。

 

「今回の件で全てが分かった──あれは無償の救いではない。単なる罪滅ぼしだ」

「──」

 

 サンジェルマンが、二人には今まで決して見せた事がない表情でプレラーティに掴み掛かった。そして怒りのままに振り上げた拳をカリオストロに止められる。

 

「ちょ、サンジェルマン落ち着いて!」

「放せカリオストロ! 今の発言は看過できない!」

 

 暴れ始めるサンジェルマンをカリオストロは仕方なく錬金術で拘束し──思いっきり平手打ちをした。

 パシンッと音が鳴り響き、打たれたサンジェルマンは呆然とし頬が赤く腫れる。そんな彼女を真面目な顔で見据えながらカリオストロは口を開いた。

 

「冷静になってサンジェルマン」

「カリオストロ……」

「プレラーティがあなたを怒らせる為にそう言っている訳ないでしょ?」

 

 普段なら、普段の冷静なサンジェルマンなら汲み取れる事だった。

 しかし、サンジェルマンも動揺していたのだろう──らしくなく、食って掛かってしまった。

 カリオストロの平手打ちで正気に戻ったのか、サンジェルマンはプレラーティに謝りつつ先を促す。

 

「……簡単な話なワケダ。呪われているのは人類だけではなく、奴自身もだ」

「アカシアが呪われている?」

「ああ──罪悪感という名の呪いだ」

 

 誰の目から見てもアカシアは善性側の存在。

 とても自分から人を殺すようには見えない。

 しかし殺した。理由はまだ明かされていないが、アルセウス曰く殺意と憎しみによって。

 そしてこれからも殺していく。本人の意思とは関係なく。

 

「その事を本能が覚えていたワケダ。だから人間を救おうと──己の命を燃やしてでも救おうとしたワケダ」

 

 それこそ愛する者と居たいという気持ちを殺し、たくさんの人を救いにあたり前のように命を投げ出すくらいには。

 そしてそこにその時のアカシアの意志はなく、あるのは負の感情を爆発させて滅びの歌を唄い、その後後悔した一番初めのアカシアの遺志だけだ。

 

「だから、彼も救うべきだと私は思うワケダ」

「──プレラーティ」

「だからサンジェルマン。お前は」

 

 かつてと同じ後悔を絶対にするな。

 

 

(それでも──世界中が「死ぬべき」とアカシアを否定する現状は耐え難い)

 

 サンジェルマンでもこうなのだ。

 シンフォギア装者達……特に響の心労は計り知れない。

 

「引き続き此処は私が受け持つと二代目とプレラーティ達に伝えてくれ」

「かしこまりました。……どうぞお気をつけて」

「ああ。……ところで」

 

 ふとサンジェルマンは男に尋ねた。

 状況が状況故に、目の前の当人を見ると心配してしまう。

 

「娘と妻は無事か?」

 

 男は錬金術師としてこの世界に入った時、愛する妻と娘と別れた。

 家族仲はとても良かった。良かったからこそ、彼女達を巻き込みたくないと男は判断し、別れた。

 しかし男の妻は新しい夫を作る事もなく、娘も父に対して恨言を言う事もなく、二人は男がいつでも帰ってきても良いようにと強く生きていた。

 男と仲の良い錬金術師がそれを伝え、周りからやり直せと言われる程にその家族の絆は強いものだった。

 

「ええ、無事です。だからこそ、彼女達に被害が及ぶ前に解決したいものです」

「そうだな」

 

 

 男の決意に満ちた言葉にサンジェルマンは同意を示し、男と別れて発令室に向かった。

 男の言葉を胸に刻んで。

 そして──男の瞳の奥深くに潜む感情に気づかなかった。

 

 

 第三話「繋いだ手だけが紡ぐもの」

 

 

「うん……うん。わたしは大丈夫。ソーニャお姉ちゃんも無理しないでね……」

 

 悲壮な表情を浮かべてクリスは電話を切り、深く深くため息を吐いた。

 世界中でたくさんの人々が死んでいる──滅びの歌で。

 それにより世界はかつてない程の大混乱を引き起こしていた。

 人というのは慣れるもので、仮に世界中で流行している病気でたくさんの人が亡くなっても、テレビ越しに見たその光景を「大変だ」と言う感想を抱き、明日の仕事や学校に影響が無いかを心配する。

 所詮他人事なのだ。身近な人が亡くなって初めて事態の重さを思い知る。

 

 しかし今回の出来事は──世界中の人たちが危機感を抱いている。

 多いのだ。一日における世界各地の死者数が。

 アルセウスは一週間で全人類が死ぬと言った。それはつまり、一週間で70億の人間が死ぬという事であり──一日における死者数は平均で10億人。

 既にゴーストタウンどころか、国として機能していない国も出て来始めている。戦争をしていた国は戦っていた相手と手を取り合おうとしてその前に全員死に、豊かな土地と人で溢れ返っていた都市は人の気配がなく、回収し切れていない遺体が腐敗し始めて異臭がし始める始末。

 

 SONGでも友里や他のスタッフが死に、ナスターシャはウェルの延命で何とか生きているがいつ死んでもおかしくなく、調はシュルシャガナのアカシアの力が必死に命を繋ぎ止めている。

 

 そして、クリスは此処最近睡眠時間が増え起きている時間が減っている。食事も摂れなくなり、栄養を取ろうと無理やり食べれば消化し切れずすぐに吐いてしまう。

 さらに姉妹当然に仲の良かったソーニャの家族のうち三人が死んだと聞かされた。電話越しの彼女も悲しみ、疲れ切っており、クリスは励ます言葉が見つからなかった。

 

 原因を知っているが為に、と思い。

 この事態をコマチのせいだと無意識に、当たり前のように考えている自分に嫌悪し。

 でも弱り切った体と心が仕方ない事だと諦めていた。

 

「……コマチ」

 

 クリスはあの日以来コマチと会っていない。

 それにも関わらず寂しいと思わない。

 彼を嫌いになったのではない。むしろ常に身近に存在を感じて──耳を澄ませば歌が聞こえてきそうだと思った。

 

 それが滅びの歌だと気づかないフリをしながら──。

 

 

 ◆

 

 

「親父……!」

「泣くな翼──最期は笑っていてくれ」

 

 政府直轄の病院にて、翼は──父の最期を看取りに来ていた。

 呼吸器とや心電図に繋がれた八紘はやつれており、どうしようもなく、彼は助からない事を翼に非常な現実を突き付けていた。

 

「もっと見ていてくれよ! オレが歌っている所を──羽撃いている所を!」

「すまないな……俺もそうしたいのだが」

 

 彼は既に目が掠れて翼の顔も見えていなかった。彼女が泣いていると分かったのは泣き叫ぶ声と握り締められた手が震えているからだ。

 悲しみに暮れる翼を見ながら、八紘は場違いにも──嬉しく思った。

 翼の為と思いながら幼少期に辛く当たり、彼女の母を貶してしまった。ブラックナイト事件の際に歩み寄ることができたのは奇跡に近かった。彼は翼に一生憎まれる事も覚悟していた。

 だから訃堂に操られていると知った時は怒りに燃えた。

 だから今こうして自分の為に涙を流している事を嬉しく思えた。

 

 しかし、それ以上に。

 

「翼、歌を嫌いにならないでくれ」

 

 彼女の夢をこのような形で壊して欲しくないと思った。

 

「ずっとずっと見ている」

 

 母の想いを受け継ぎ、ツヴァイウィングとして羽撃く彼女を想い続ける。

 

「だから、どうか──」

「……親父?」

 

 心電図に示された脈拍の反応が途絶える。

 呼吸音が聞こえなくなる。

 ──全く動かなくなる。

 

「親父……おい、親父! ──お父様!」

 

 翼が必死に呼び叫ぶが、しかし風鳴八紘は──風鳴翼の父は。

 

「お父様ぁぁぁあああああ!!!」

 

 この日、最期まで娘を想いながら──この世を去った。

 翼は泣き叫び──立ち上がる事ができなかった。

 

 

 ◆

 

 

「……」

「光彦……」

 

 先ほど、翼から連絡を受けた奏は──コマチの部屋の前の廊下で座り込んでいた。おそらく、この事を彼は知っている。力で通信連絡の類を傍受する事ができるからだ。

 しかしそれ以上に──死した魂が経験値としてコマチの元に集う以上、八紘の死を誰よりも早く察知できるのは彼だけだ。

 今は響が側に居て何とか慰めているが、効果はないだろう。

 響以外の人間は結界により中に入れず、こうして閉ざされた扉を見る事しかできない。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息を吐き。

 

「失礼、お嬢さん。少し聞きたい事が」

「……アンタは」

 

 そんな彼女に話ける者が居た。

 

「私は錬金術師協会の者です。この度はサンジェルマン殿に言伝があり、訪問させて頂いた次第です」

「はぁ、どうも」

 

 男の自己紹介に、しかし奏は元気なく答える。

 状況が状況の為仕方ないとはいえ、外部の人間に失礼な態度だ。にも関わらずこうして覇気がないのは相当参っているか、それとも──彼女自身も肉体的、精神的に限界だからだろうか。

 

「と言っても既にサンジェルマン殿とは合流を果たした後。私の仕事は終えているのです」

「はぁ……」

「ですので、未だに私が此処に居るのは完全な私情」

 

 そう言って男は──コマチが居る部屋を見る。

 

「あそこに例のアカシアが居るのですね」

「……だったら何だ?」

 

 奏の問いに、男は答えず。

 

「そうか、そこに居るのですか──」

 

 確かめる様に何度も頷きながら扉を見て。

 

「──居るんだな。其処に……!」

 

 目の色を変えて、激情を込めて扉を、その先に居るアカシアを睨み付けて錬金術を行使した。

 男の手から放たれた破壊の炎は結界ごと扉を破壊し、SONG本部に警報が鳴り響く。奏は目の前の光景に驚いて呆然とし、しかしすぐにギアを纏うと慌てて男の後を追い、部屋に入る。

 

「アカシアァアアアアア! 死ねぇええええ!!」

 

 其処には、憎しみを込めて叫びながら氷の剣を思いっきり振り下ろす男と、コマチを庇って抱き締める響が居て。

 奏は光彦の雷を纏い男の頭を掴んで思いっきり床に叩きつけた。そして槍で氷の剣を砕く。

 

「がっ……放せぇ!」

 

 痛みに悶えながらも男は叫んで拘束から抜け出そうとするが、ギアを纏った奏に勝てる筈もなく動けなかった。

 しかしそれでも彼はアカシアを憎み、殺そうとして──呆然とこちらを見るコマチに恨みの限りを叫んだ。

 

「お前のせいだ! お前がみんなを殺した!」

 

 その言葉は鋭利な刃となってコマチの心を傷つける。

 

「だからと言って、光彦を殺しても何にもならないんだよ!」

 

 暴れる男を止めようと奏がイラつきながら言い。

 

「それに、アイツだって本当はこんな事……!」

 

 光彦の事が好きだからこそ、彼も苦しんでいるのだと伝えようとし。

 

「──なんで死なないといけないんだ」

 

 しかし男の次の言葉に。

 

「娘はまだ未来があったんだ……!」

「──」

 

 奏は黙らされた。

 

 罪悪感で苦しんでいる? 殺したくないのに殺してしまう事を悲しんでいる? 確かにそうだろう。アカシアは優しい。優しいからこそ、彼は苦しみ、彼の事を好きな者たちも悲しみながらどうにかしようとしている。

 

「とても優しい子だった! 勝手に離れた私の事をお父さんとずっと呼んでくれていた!」

 

 しかし、本当に苦しいのは、悲しいのは──アカシアなのか? 

 

「妻が泣きながら言っていた! 死にたくないと! まだやりたい事があると! 将来の夢も持っていた!」

 

 本当に苦しいのは──可哀想なのは。

 

「私の娘を返せぇ!!」

「ブ、ブイ……」

 

 何の罪も無いのに、悪い事をしていないのに、ただ人類だから、アカシアに呪われていたからというそんな理由で──理不尽に殺される子ども達なのではなかろうか? 

 

 騒ぎを聞きつけた弦十郎達SONG、そしてサンジェルマン達は──彼の悲痛な叫び声に打ちのめされていた。

 

「駆け付けた時には死んでいた……」

 

 そしてそれはコマチに寄り添う響も。

 

「私は娘の最期にも間に合わなかった……!」

 

 コマチ自身も何も言えず、泣きそうになり、でも泣く資格は彼には無くて、それは侮辱で──俯く事しかできず。

 

「何故──何故あの子が死ななくてはならないんだ……」

 

 男は力無くそう呟き、そのまま拘束され。

 しかし彼に対して誰も責める視線も咎める言葉も投げ掛ける事なく。

 

 ただただ──どうしようもない絶望だけがそこに残った。

 

 

 ◆

 

 

 それから翌日。

 弦十郎はサンジェルマンと共に、二代目と通信越しに先日の事について話し合っていた。

 まず二代目が謝罪を行った。

 

『すまなかったね、先日は。全ての責任は私にある、申し開きの無いほどに』

「いや……」

 

 弦十郎は応えあぐねていた。

 あの男の言葉を聞いてしまった以上、全てを否定する事ができない。彼を責めるには──あまりにも酷だ。

 かと言ってこのままで良いとは言えず、あの一件以降SONG内でも嫌な空気が流れている。

 

『今後は全て通信でやり取りさせて貰うよ、流石にね』

 

 それはつまり、既に錬金術師協会の中にアカシアを害さないと完全に言える人物が居ない事の証明であり。

 これが唯一のアカシアを守るための手段だ。

 

 しかしそのアカシアもさらに塞ぎ込み──ついには響すら拒絶してしまい、彼女も部屋に入られなくなった。

 もう彼と接触できる者は居ない。

 

『……庇う訳でも、言い訳する訳でもないが。信じていたんだ、彼を。彼ならできると思ったんだ、冷静な判断を』

「……今、その男はどうしている?」

『……』

 

 弦十郎の問い掛けに、二代目が押し黙る。

 何かあったのだろうか。

 常に余裕の態度を崩さない彼にしては珍しく、眉を顰め険しい顔をしていた。

 そして、伝えるべきだと判断したのか、口を開いた。

 

『死んだよ、彼は』

「──なん、だとぉ……!?」

 

 弦十郎もサンジェルマンも目を見開いて絶句した。

 

「自殺か!?」

『いや、おそらくアカシア様の歌で死んだのだろう』

 

 そう言われて嫌な考えが浮かんでしまうのが人間の嫌な所で、二人はアカシアを殺そうとしたから呪いの力が強まって彼を死なせたのではないか? と思い──その考えを自然と抱く自分にゾッとする。

 もう、彼らは今までの様にアカシアを見る事ができないでいた。

 これはもう──災害として見てしまっている。

 

 しかしそれ以上の絶望的な真実が、彼らのそんな考えを吹き飛ばす。

 

『ここからなんだ、話は』

「何かあったのか?」

『ああ。彼は最期──アカシア様への謝罪の言葉を口にしていた』

「──は?」

 

 それは──どういう事なのだろうか。

 何故死ぬ間際にアカシアへ謝る? 男は娘を殺されたとアカシアに対して強い憎しみと怒りを抱いていた。

 しかし一点して彼は申し訳なさと後悔を胸に抱いて「アカシアは悪くない」「彼に酷い事をしてしまった」「せめて彼の糧になろう」と言い残し──あれ程愛していた娘への言葉無く死んでいった。

 

「なんだ、それは……!」

 

 これが二代目の冗談であれば、どれ程良かっただろうか。しかし実際に見聞きした彼自身も困惑の表情を浮かべている。とても嘘を吐いている様には見えない。

 男がアカシアを苦しめる為に言ったという線は、男の事をよく知るサンジェルマンが否定した。アカシアを憎んだが、その心根は変わっていない。アカシアを貶める為だけにしたとは思えなかった。

 

 だからこそ理解できない。

 何故アレだけ憎んでいた彼がその様な事を? 

 愛が深ければ憎しみも強くなると聞くが、その様な風には見えなかった。男はアカシアと接点が無かった。

 だからもし死ぬとしても恨言を零しながら無念のまま死ぬ筈で、謝罪の言葉を遺しながらアカシアの糧になる事を受け入れて安らかに死ぬ事など──。

 

「──まさか」

 

 サンジェルマン、ある者達の存在を思い出した。

 

「どうした?」

「推測でしかないが──」

 

 弦十郎の問いに、サンジェルマンは顔面蒼白で自分が行き着いた可能性──否、真実を語る。

 

 かつて、ノーブルレッド達はアカシアの細胞を植え付けられて怪物と化していた。

 普通の人から怪物となった彼女達は結社の中でも扱いが悪く、その言いようのない孤独感を胸にアカシアを恨んだ。

 

 アカシアが居なければ、自分たちは普通の人間でいられたのに、と。

 

「しかし彼女達はある日突然──アカシアに対して深い愛情を抱き、助けたいと思った」

 

 何故なら彼女達は知ってしまったからだ。アカシアの全て──つまり、記憶、経験、そして感情を。

 それを知ってしまった彼女達はアカシアを憎む事ができず、苦しみながら彼を助けようとし──シェム・ハの言いなりとなった。

 

 そこまでサンジェルマンが言って──二代目も弦十郎もサンジェルマンが言いたい事に気づいた。

 

『──まさか』

「人は……アカシアくんの歌で死ぬ人は、直前にアカシアに対して全く恨みを抱けなくなるのか……!?』

 

 アカシック教の人間達も、エル達も、友里も他の皆も──アカシアは悪くないと言いながら、笑顔で安らかに死んでいきアカシアに魂を捧げていた。

 

 どれだけ彼の事を嫌おうが、憎もうが、恨もうが、恐れようが。

 アカシアの記憶、経験、感情──全てが注ぎ込まれて強制的に共感し、愛し「アカシアの為なら死んでも良い」と思い、命を捧げる。

 

 それはもはや洗脳であった。

 

 アルセウスは言っていた。人間を糧にしていると──そしてそれは正しい表現だった。

 

 人類は、己を殺す相手を恨むという当たり前の感情すら奪われる。

 

 彼を愛する綺麗な魂は、アカシアをどんどん強くしていく。彼が望まなくとも。

 

『──』

「──」

「──」

 

 三人とも何も言えず──ただ押し黙るしか無かった。

 

「……っ」

 

 そして──その話を、響は聞いてしまい、その場から音も無く逃げ出した。

 

 

 ◆

 

 

「う、うああぁぁぁあああああ!!」

 

 SONG本部を抜け出し、人気の無い場所で──響は感情のままに叫んでいた。

 しかしそれで胸の痛みは、苦しみは消えず、ただただ闇の中で彷徨うだけ。

 

「なんで、何でこんな事に……!」

 

 その答えは既に知っていて、しかし信じる事ができなくて。

 でも彼のせいでたくさんの人が死んだとみんなが言って、それも洗脳されて言葉が裏返しとなる。

 

「ああああぁあ!! ──ああああああ!!」

 

 コマチが悪いことをしているのなら、響は迷いなく止めて共に償うだろう。

 その気持ちは今この瞬間も変わらない。

 しかし──コマチは望んでいないのに人を殺している。善悪区別無く、全ての人間を。

 

「っぐううううううう!!」

 

 そして寄り添う事すらできない。

 

「あああああああ!!!」

 

 人を救う事もできない。

 

「──うああああああああああああああああ!!!」

 

 響は──己の無力さにただ叫ぶ事しかできなかった。

 

 払いきれない絶望の闇に、響はもがき続け。

 そんな中──携帯が鳴り響く。

 

「──……」

 

 心をズタボロにしながら、光の無い瞳で携帯を開き画面を見る。

 するとそこには。

 

「──お父さん?」

 

『話したい事があるんだ』。

 簡素に書かれたメールは、父から響への呼び出しで、彼女は擦り減った感情のまま、画面の文字を見つめていた。

 



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第四話「Stand up!Ready!」

 響は父である洸に呼び出されて、引っ越した家族の家へと向かっていた。しかしその肩にはいつもの日陰は居らず。

 その代わり、という訳ではないが……未来が付き添いとして響の隣を歩いていた。

 

「ごめんね未来。付き合わせて」

「ううん。良いよ。……わたしにはこんな事でしか響の役に立てないから」

 

 そして思い出すのは――先日での出来事。

 

 未来は神鏡獣のファウストローブを所有している。

 かつての戦いの際に残った彼女の戦う力で――アカシアの歌を消す事ができるのではないかと希望が見出されていた。

 

 未来の神鏡獣は、かつてアダムの策略で暴走した響を救った事がある。

 その際に原罪とアカシアの力を掻き消した為、その力を使えば滅びの歌を無くす事ができるのではないかと試した結果は……現状が物語っている。

 アカシアの滅びの歌は人類の魂と融合を果たしており、神鏡獣はそれを邪悪な力だと、不浄の力で掻き消す物と認識しなかった。

 加えて、現在未来が使っているファウストローブはイグニス達アカシア・クローンの生命力で起動させられたからか、同じ力の源であるその歌に干渉する事はできなかった。

 

 だからこそ友里は死に、未来は皆を救えない事に――ずっと涙を流していた。

 

「でも、だからこそ。こんな事でも響の役に立てるのならわたしは……」

「――ありがとう」

 

 絶望の中でも二人は手を繋ぐ事ができた。

 また陽だまりの道を歩ける様にと、そこに日陰も加わってくれる様にと願いながら。

 

 そうこうしているうちに、響たちは洸達の住む家に辿り着いた。アダムの一件でSONGからの援助を受けているからか、そこそこいい物件に住んでいる。

 思い出のある家は既に引き払ったが、響はこの家が好きだった。

 コマチも居心地が良さそうにしており、いつかは本部暮らしからこっちに引っ越す事も視野に入れていた。

 そんなあり得たかもしれない未来を見て悲しく思い、それがもう叶わないと、コマチを助けられないと自然に考えている己の頭を振って雑念を払う。絶対に、コマチを救うと響は心に決めていた。

 インターホンを鳴らすと、しばらくして扉が開き洸が出てきた。

 

「おかえり響」

「――」

 

 洸にとっては普段通りに声を掛けていたのだろう。

 しかしその普段通りが響にとってとても大きな救いだったのだろうか。父の姿を、声を、言葉を聞いた響は――。

 

「――響?」

 

 涙を浮かべて父に抱きつき、彼の胸に顔を埋めて涙を流した。

 そんな娘の様子に戸惑いを見せつつも、しかし洸はしっかりと受け止める。

 もう逃げ出さずに、娘を迎え入れた。

 

「――ごめん。しばらくこのままで居させて」

「……ああ。分かったよ」

 

 玄関先で、響は少しだけ抱え込んでいた感情を曝け出した。

 その光景を未来は黙って見つめ続け、洸は何も言わず響の涙を、悲しみを、全てを受け入れていた。

 

 

 

 一通り泣いた後、響は家の中に迎え入れられ、当然ながら家族に心配された。

 

 無理をしていないか? 辛い時は帰ってきても良い。もうお前が我慢する事も、頑張り過ぎる事もないんだと。口々にそう言った。

 アダムに拉致され人質にされた事がトラウマになっているのだろう。洸達は響の身を案じていた。それに対し、響は照れ恥ずかしく思いながらも嬉しく思い、大丈夫だと、平気へっちゃらだと答えた。

 

 逆にコマチの事は聞かれなかった。何となく察しだのだろう。何かがあったのだと。事の顛末は語られていないが、洸達は問い詰める事はなかった。

 響を傷つけたくない為に。

 

「というか、しばらく帰って来るなって言ったのお父さんじゃん」

「いやーその、ハハハハ……」

 

 サプライズの為、と言い訳をする洸だが、この場に居る全員からジトッとした視線が送られていた。から笑いをする洸だが、形勢の悪さを感じたのか笑うのを辞めて肩を落とし「ごめん」と弱々しく、情けなく謝った。

 その姿を見て先ほど頼もしく感じていた響は、やっぱりお父さんだと呆れながらも少し笑った。

 

「本当はもう少ししてから教えたかったんだ。響を驚かせて、喜ばせたかったから。でも今世界、こんなんになっているだろ?」

 

 その言葉に響と未来は思わず表情が曇り。

 

「だから伝えられる今のうちにって思ったんだ」

『……?』

 

 そして続く洸の言葉に響と未来は首を傾げ、祖母は微笑ましそうにし、母は頬を赤く染めた。

 そんな中、洸は響に伝えた。

 

「響――今、母さんのお腹の中にはお前の弟か妹がいる」

「――え?」

「つまり――お前はお姉ちゃんになるんだ」

 

 洸の言葉に響は言葉を失い、父の言葉を理解すると――勢いよく母へと顔を向けた。

 

「お母さんホントいつの間に!?!?」

「ほ、本当よ……」

 

 母の反応からガチだと察した響は言葉を失い、未来はおめでとうございますと素直に祝福した。

 そういえばと響は過去を思い出し、父と母がどこか仲が良さそうだと思っていた事を思い出す。当時はノーブルレッドの存在があり忙しく気が回らなかった様だが。

 しかしまさか子どもができる程仲良くなっていたとは思えず、響はどこか現実味を感じなかった。

 母の腹部を見るも膨らんでおらず、まだ発覚して時間が経っていないのだろう。父がサプライズしたいからと言っていた時期を考えるとギリギリ一月経つくらいだろうか。

 そうなると出産は年末近くになると考え――。

 

(――あ)

 

 そこまで人類が生き延びている可能性はーー低い事を思い出した。

 アカシアの歌のせいで。

 母が死ねば響の弟か妹は産まれる事はない。未来は……無い。

 アカシアの歌は今生きている人間だけではなく――これから産まれてくる人間も殺すのだと、響に突きつけた。

 

 未来もその事に気がついたのだろう。先ほどまで祝福していた笑顔が消え、表情を真っ白にさせている。

 

「それでな、響。これから産まれてくる子の名前なんだが――」

 

 洸は一つ響にある事を聞いた。

 

「――え」

 

 本来なら喜ぶであろうその言葉を響は受け止める事ができずに、呆然と呟いた。

 

「やっぱりさ。色々と考えたんだけど、どうしてもこの子にはこの名前を付けたいと思うんだ。アイツは俺たちに家族を繋いてくれたからな。だからアイツの名前を――コマチの名前をこれから産まれてくる子に付けたいんだ」

「――」

「立花小町。女の子でも男の子でも付けられる――そして絶対に未来を諦めない強い子になれるとそう思ったんだ。だから――」

「――やめて!!」

 

 響は思わず大声で洸の言葉を止めた。

 だって、このまま彼の言葉を聞いていると、その未来を想うと――コマチを否定しているようで酷く心が不安定になるから。

 洸にそのつもりはないのだろう。ただ新しい家族の誕生に喜び、その喜びを響に教え、伝え、共有しようとしただけだ。

 何故なら、これから産まれてくる命は彼にとって希望であり、光であり、明日へ続く未来なのだから。

 

 しかし響は違う。

 

 響にとっては絶望であり、闇であり、コマチを消し去った先にある未来だからだ

 

「響――」

「っ……!」

 

 ――それ以上の話を響は聞くことができなかった。

 立ち上がり外へ飛び出していく。背後から家族と未来の呼び止める声が響いたが、彼女は止まる事なく走り続けた。逃げ続けた。

 走って走って走って。

 逃げて逃げて逃げて。

 息が苦しくなって、心が苦しくなって。

 足をもつらせて転けてしまう響。しかし彼女は立ち上がる事ができず――雨が降り始める。

 

「――」

 

 響はいつの間にか路地裏に来ていた――初めてコマチと出会ったあの路地裏だ。

 

『ブイ!』

 

 彼の声を思い出し――響の頬を雨の雫が伝う。

 雫は何度も何度も頬を濡らし、しかし響の心の闇は洗い流す事はなかった。

 

「う、あああああああああ!!」

 

 先ほどの会話で響は全てを理解した。

 

 コマチを生かせばみんな死に、これから産まれる新しい家族を失う。

 新しい家族を得る為には、コマチを犠牲にしなければならない。

 他の方法は――未だ見つからず。

 タイムリミットは既に迫っている。

 どうしてこうなったのだろう。どうしてコマチはあんな歌を唄ったのだろう。

 できる事ならやり直したい。彼女はそう強く思い、そして――。

 

「ディルルガァ!!」

 

 彼女の前に――一柱の神が降臨した。

 その神の名はディアルガ。

 その神の力は時を操るもの。

 その神は――響に救われた。

 

 だからディアルガは彼女の前に現れた。

 

 響が一番その力を欲しているから。

 響は、目の前に現れたディアルガを呆然と見つめ、同時に目の前の神から流れてくるイメージに頭がパンクしそうになり、しかしディアルガがやろうとしている事を理解して――問いかけた。

 

「できるの? ――わたしを過去に飛ばす事が」

 

 ディアルガはその問いに――頷いて答えた。

 

 時間逆行。やり直し。響はディアルガの力を理解するとすぐにその言葉を思い出した。かつてシェム・ハも時を遡り、腕輪を二つにして自分たちを苦しめた。

 なら、目の前のポケモンの力を借りればそれができる。

 同じ事ができる。

 もはや現状を打破するには――コマチを救いながら未来を取り返すには、歴史を改変するしかない。

 

「――響!」

 

 そこに追いかけて来た未来が彼女に追いつき、ディアルガを見て――かつてシェム・ハの依代だった故に、響のやろうとしている事を察した。

 

「……行くんだね?」

 

 未来は止めようとしなかった。ただ響にその覚悟を、決意を問いかけた。

 響はコクンと黙って頷き――未来はふわりと笑顔を浮かべた。

 

「そっか……うん、そうだよね。わたしの知っている響は絶対に諦めないもんね」

「未来……」

「――行ってらっしゃい響。わたし、待っているから」

 

 彼女の言葉に響は――。

 

「――行ってきます」

 

 それだけ言うと、ディアルガから力を譲り受け、ガングニールを展開し、そして――。

 

 

第四話「Stand up! Ready!」

 

 

『――誰だ!?』

 

 そこで出会ったのは――響の知らないコマチだった。

 

『人間……? また私を傷つけに来たのか?』

 

 彼は全身を返り血で赤く染めていた。

 

『何故私がこんな目に遭う』

 

 その手には巨大なスプーンを持ち。

 

『私が一体何をした』

 

 その身はかつてアカシアの神の姿として知られる『ミュウ』よりも大きく、強大で、威圧的で――寂しそうだった。

 

『醜い人間。もう私に関わるな!』

 

 その怪物の姿の名は――アルセウス達の世界では『ミュウツー』と呼ばれ、人間に造られた存在であり。

 

『何故私は此処に居る――何故、私は……!』

 

 今のコマチと同じ様に人を恨み、憎み、拒絶し、嫌悪し。

 

『こんなにも乾く……!?』

 

 人を全く信じなかった。

 まるで――コマチに出会う前の響の様に。



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第五話「誰かの為のヒカリ」

 響はディアルガの力で過去へと飛んだ。滅びの歌が発動される前にコマチを止めて──あの未来を無かった事にする為に。絶望を希望に変える為に。光で闇を照らし、明日に向かう為に。

 

 そして──始まりの時で出会った日陰は──暗く、昏く、黒く堕ちていた。

 

「──コ」

 

 コマチ、と呼ぼうとして響は咄嗟に口を閉じた。

 目の前の彼は響の事を知らない。此処で下手な事を言ってしまい、それこそ取り返しの着かない事になれば……。

 だから響がまずすべき事は、何故滅びの歌が発動したのか。その原因を知る事にある。

 故に彼女は──なるべく刺激しないように歩み寄りを見せる。

 

「……わたしの名前は立花響。……わたしは貴方と話がしたい」

『……』

 

 しかし目の前の獣は、響の言葉に反応を示さない。

 ただジッと彼女を見つめている。

 何を考えているのか分からなかった。コマチの考えている事はあんなにも分かるのに──過去の彼の考えが分からない。

 それでも──響の事を警戒しているのは確かだった。響が少しだけ歩みを進めるとすぐ様に手にもった曲がったスプーンを突きつけて近づけさせない。

 

 痛い沈黙が続き──。

 

『──これで通じるか?』

「……!」

 

 ふと響の脳内に声が響いた。

 目の前の獣からだ。どうやらテレパシーで響と言葉が通じる様にしていたらしい。言語を合わせるのに手間取った故の沈黙だったらしい。

 響はいつもとコマチと話している感覚が戻った事にホッとしつつ──しかし。

 

『言葉が通じた様だな。ならばもう一度言おう』

 

 獣は響を睨み付ける。──ホッとしたのは、彼と繋がれて嬉しく思ったのは響だけだったようだ。

 

『──私の前から消えろ。人間』

 

 冷たい声でそれだけ言うと、獣は宙に浮かび立ち去っていく。

 拒絶。

 あれだけ優しくて、あれだけ人と繋がろうとしていた彼が──人と関わるのを、繋がるのを、恐れ、伸ばされた手を振り払う。

 響はそれが酷く悲しかった。

 でも、それだけではなかった。

 

(アイツは……優しいままだ)

 

 拒絶するだけなら言葉が通じる様にしなくても良かったはずだ。その身に宿す力で壊し、殺し、消せば良い。しかし彼はそれをしなかった。

 響はそこにコマチの面影を見た。

 

 諦めない。絶対に。

 

 心にそう決めた響はガングニールを纏い、獣の後を追った。絶対に未来を変える為に。

 

 ……その際、彼が食い散らかしたであろう動物の肉片は避けた。

 どうやらガツガツと食べる癖は五千年以上前から変わっていない様だ。

 とりあえず、追いついたら返り血を拭おう。

 そう心に決めた響は獣を追いかけた。

 

 

 第五話「誰が為のヒカリ」

 

 

『何故着いて来る。人間』

 

 響が獣と行動を共にするようになって三日が経った。

 初めは警戒し逃げていた獣だったが、翌日には無視し、その次の日には響の存在にイラつき始め、そして今日ついに問いかけた。

 それに対して響の答えは決まっていた。

 

「アンタを救う為」

『くだらん』

 

 しかし、彼女の言葉を獣は真面に受け取らなかった。

 

『貴様もどうせ、あの研究所の奴らと同じ目的なのだろう』

「……研究所?」

『そうやって惚けていると良い。だが──』

 

 獣がブンッとスプーンを振るうと、地面に円状に線が描かれた。

 

『この線を超えた範囲に近づけば──私はお前を殺す』

「──」

 

 響は、彼が自分に「殺す」と言った事にショックを受け。

 

『それが嫌なら──さっさと自分の居場所に帰るんだな』

 

 それと同時に、根っこの部分は変わっていない事に安堵する。

 

『私は誰も信じない』

 

 だからこそ──今の彼の姿に悲しみを覚えた。

 

 今日はそれ以上響が話しかけても──獣は応える事はなかった。

 

 

 ◆

 

 

『まだ居たのか』

「……諦めるつもりは無いから」

 

 あれからさらに一週間経った。

 獣は呆れた様子で響を見た。初めの頃に比べて獣は響に対して警戒しなくなって来た。この十数日、彼を害する事なく側に居続けるだけだった響に対して、獣の中で敵からよく分からない奴へと変わったのだろう。

 敵が近くに居る際には食事をしない獣が、響が側に居ても食事をする事からもそれが伺えた。

 

『……』

「……」

 

 先ほど狩ったばかりの獣を焼いてから食い始める獣。最近は生肉ばかりで飽きたらしい。しかし食べにくいと思っていた。

 焼いたから、ではない。響の視線が気になるからだ。

 獣の記憶の中で、響が食事をした姿を見ていない。普通の人間なら死んでいる筈だが、どうやら彼女の体の中の時間が止まっているらしく、老いる事も餓死する事もなさそうだった。

 しかし精神はその限りではなく、腹が減らなくても目の前の肉が美味しそうだと感じるらしく垂れる涎を止める事ができていなかった。

 

 ──だから帰れと言ったのに。

 

 だが、獣に施しをする必要はない。

 獣は響の視線を無視し、そのまま全ての肉の食事を終え、結界を張ってそのまま眠りに着いた。敵が来たらすぐに起きれる様に、響が妙な事をすればすぐに動ける様に浅く、最低限体力が回復する様に。

 

 その次の日も、響はずっと獣の側にいた。

 その次の日も。その次の次の日も。さらにその──。

 

『──目障りだ!』

 

 ある日、獣は響にスプーンを突きつけながら怒鳴った。

 

『私に何をするでもなく、ただずっと側に居て──貴様は何がしたい!?』

 

 獣の問いに、響は──。

 

「アンタを救う為」

『……っ!』

 

 響はあの日と変わらない答えを口にし、それに獣は激しい苛立ちを表情に浮かべ。

 

『くだらん』

 

 彼もまた同じ言葉を、しかしあの日と少し違って心を揺さぶられながら呟いた。

 

 その日、獣は焼いた肉を残し。

 それを響に向かってぶん投げ、彼女は思わず齧り付き。

 その姿に品位もクソもないな、と相変わらず響を不快そうに見ていた。

 

 

 ◆

 

 

「何を見ているの?」

『……人間だ』

 

 あれから一ヶ月が経った。

 時が経ち、獣は簡単な受け答えなら応じる様になっていた。

 荒野にある崖上から遠くを見つめる獣の後ろから響が尋ねると、彼は答えつつ地平線の彼方をスプーンで示す。当然人間である響には見えない距離だ。

 

『この世界の人間は統一言語とやらで繋がっている。言葉を介さずに連携し狩りをするあの姿は、私の知る人間の何歩先も進んでいる』

「統一言語……」

『故に不可解だ』

 

 ジロリと獣が響を見る。

 

『種は同じなのに、貴様はアイツらを違う』

「っ……それは」

『ふん。自覚はしている……いや、知っているというべきか』

 

 興味を失ったのか、獣はこの世界の人間からも、響からも視線を外しまた当ても無く進み始める。

 響はその背中を見て──寂しそうだと思った。

 彼は他者と繋がりたくないと言いながら、こうして繋がっている人を見続ける。その瞳に情景を宿して。

 

 響はスプーンの射程範囲よりも中に入って獣の後を追った。

 獣は何もしなかった。

 

 

 ◆

 

 

『私はこの時代の未来からやって来た』

「……!」

 

 響がこの時代にやって来て半年が経った。

 流石に時間が経ち過ぎたのか。それともずっと側に居るにも関わらず害を為さない響を障害と感じなくなったのか。獣は響が着いて来ても文句を言う事がなくなった。

 それどころか、一週間に一度には響の作る料理を口にする様になった。

 美味しいとも、ありがとうとも言わないが。

 

 そんなある日の夜。獣は自分の事を語り始めた。

 

『私がこの世界に来た時、今ほどの力を有していなかった』

 

 使える力も小石を浮かせたり、マッチ程度の火を起こせたりと大したものではなかった。

 しかし彼には一つだけ特別な力があった。

 

『私には、聖遺物を吸収し我が物とする力があった』

 

 獣は響のシンフォギアを見ながらそう言った。

 彼を捉えた研究所の人間達は、どういう訳か獣の事を知っており、完全聖遺物キマイラと呼び──彼が苦しみ、悶え、泣き叫ぶ中次々と聖遺物を埋め込んでいった。

 

『痛かった』

 

 しかし大人達はやめてくれない。

 

『怖かった』

 

 しかし大人達は笑い続ける。

 

『だから私は──僕は願った』

 

 肉付けされた獣の仮面が外れ、怯えた一人の子どもが顔を出す。

 

『此処から逃げたいと。もう傷つけられたくないと。こんな目に遭いたくないと』

 

 結果──獣は研究所事、過去へと逃げ出した。

 そして、記憶の底にある獣にとっての力のある存在──ミュウの姿へと変わり、さらに傷つけられない為にミュウツーへと姿を変えた。

 

 獣は、彼は──その子どもは、少し変わった力があるだけの人間だった。

 

 それが、悪意を持つ大人達によって獣へと、力へと無理矢理変えられた。

 

 それがアカシアの正体。

 

 それが完全聖遺物キマイラの正体。

 

 万を越え、億に至る姿を変える聖遺物の力を宿した怪物。

 

 身と心を傷つけられ、癒えない恐怖と蝕む孤独感により──彼は人を信じない。

 

 彼が初めて起こした奇跡は誰かを救う為ではなく、自分が助かる為の独りよがりのものであった。

 

『……分かっただろう。私を救う事はできない。私と一緒に居れば不幸に──』

 

 獣の言葉が途中で止まった。何故なら。

 

『──何故、お前が泣いている?』

 

 拳を握り締めて、涙を流している響を見てしまった為。

 彼女は泣いていた。彼を想って。

 彼女は泣いていた。彼の代わりに。

 彼女は泣いていた。──泣けない彼の事が悲しくて。

 

「──アンタが、泣かないからだよ!」

『──』

 

 その涙は──獣の胸に温かく響いた。

 

 

 ◆

 

 

『──私はこの世界に来る前に、罪を犯していた』

 

 一年が経ち、獣は響に己の事を話し始めた。

 

『実は、私が異世界に来るのは今回が初めてではない。二度目なんだ』

 

 獣はかつて普通の人間だった。

 響達の世界のようなノイズはなく、ポケモンも居ない普通の世界。

 その世界で彼は普通の人生を歩んでおり、ある日交通事故により亡くなった。

 そしてその世界での記憶を持ったまま次の世界に行き、半端に記憶があるせいで早熟となり、親に捨てられる。

 さらに彼を拾った大人はいわゆる悪い人間で、その世界で10歳の時、彼はポケモンを使って悪事を働き、組織に貢献する兵士として育てられた。

 

 環境が彼を悪人にした。

 

 彼の行いが巡りめぐってたくさんの人とポケモンを死なせた。

 殺したのではなく、死なせたという表現は、実行犯は組織の長であり、彼の行いは組織全体から見れば他の者の行いと大差ないものだった。

 しかし──罰を受けたのは彼だけだった。

 その時にたくさん死んだ人間の中に──彼以外の組織の構成員が含まれていた。

 彼を拾った大人も、彼を兵士として育てた大人も、彼と同じ境遇だった少年少女も──彼以外死んだ。

 

 彼だけは運良く──否、運悪く生き残った。

 

 生き残ってしまった彼は──その罪全てを背負わされ、罰を与えられ──組織の被害者に、組織を許せない正義の心を持つ民衆に、その正義に乗っかった人間達に殺された。

 

 そして彼は──アルセウスにより、この世界に送り込まれた。

 

『何故あの人が私をこの世界に送ったのかは分からない。哀れみか。それとも犯した罪に対する罰か。または神による気まぐれか』

「……」

『だからヒビキ』

 

 一年も経てば情が湧き、その人間を理解し、好み──だからこそ彼は彼女を拒絶する。

 

『私を救う必要はない』

 

 かつてコマチは響に言った。

 罪を犯した者が罰を受けるのだと。

 そしてその者を救う必要は無いのだと、獣は優しく響に語りかけた。

 

「──だとしても」

 

 しかし、それでも響は。

 

「わたしは、アンタを諦めない……!」

『──』

 

 その言葉を聞いて獣は、彼女の優しさと獣を想って悲しむその心に嬉しく思い、思わず「五文字」の言葉を送ろうとし──その資格が自分には無いのだと、己を戒めて、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 それから二週間後。

 二人は運命の──未来を決定づける出会いをする。

 

 




コマチと響が始めから会話できていた理由。
第一章翳り歩む日陰編でコマチと響が何の障害も無くスルッと会話できたのは過去に飛んだ響とかつてのコマチ、獣がテレパシーでチャンネルを合わせて、それが五千年後も生きていた為。尚他の装者達はコマチの意志を身振り手振り、声のニュアンス、筆記、波導、そして魂に刻みがれた歌により理解しています。シンフォギア装者達がコマチの意志を難なく理解できるのは彼女達が装者だからであり、響だけがコマチの言葉を理解している。

【「あらゆる聖遺物が彼に与えられました。姿を変える力。人を殺す力。力を操る力。生き物を生み出す力。できる事を増やせば、願いの幅も広がると信じていたのでしょうね」
 
 しかし、度重なる実験に嫌気が差し、ある日キマイラは消え──すぐに見つけた。】

第三章 波導・ガングニール編 第五話「創造──人の業。人の罪。人の悪意」

これは本編で語られている通り、アカシアがまだ人間の姿でこの世界に来た際にFISに完全聖遺物キマイラとして捕らえられ実験動物にさせられて、過去に逃げて、そして五千年後にFISに再び捕まったという訳です。
また、第三章第五話のタイトルはウェルがホムンクルスを作ったからこのタイトル、という意味の他にこの話の本質を表しています。

そして本編の解説ですが
主人公は現実世界(ポケモンがゲームとしてある世界)→ポケモン世界→シンフォギア世界へと転生をしている、という意味です。


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第六話「響-こえ-」

「ふぁあああ……!」

『……』

 

 獣の前に一人の幼い少女が居た。

 少女は威風堂々に佇む獣を見上げて、目を輝かせている。

 彼の持つスプーンの範囲内に既に入っているが、少女は殺される様子はない──響にとっては当たり前の事だが。

 

 少女はウロチョロと獣を見続ける。

 獣はそんな少女に苛立ちを……見せている風に見せかけて、内心酷く困惑している。何なんだこの少女は、と。

 一通り獣の姿を見終わったのか、少女は獣の真正面に戻ると──興奮高らかに叫んだ。

 

「カッコイイ!」

『──???』

 

 テレパシーにより言葉は通じているのに、獣は少女の言っている意味が分らなかった。

 困惑し切った獣のその姿に響が思わず吹き出し、獣は響を睨み付ける。

 少女はぴょんぴょんとジャンプして獣に語りかけた。

 

「ねえ! あなたのお名前は何? 私のお友達になってよ! 私はラルメル!」

 

 姦しい少女だった。あまり口を開かない響とは正反対だ。

 可愛げはこちらにあるな、と考えた獣。

 何か失礼な事考えたな、と獣をジロっと見る響。

 混沌とした空間の中、思わず獣はため息を吐いた。

 

 そもそも彼が此処に来たのは──滅びた町を見かけた為。

 そこなら拠点として使えそうだと思い……少女を見つけた。見つけてしまった。

 親を亡くしたのだろう。痩せ細った体で両親の物と思われる遺体の前で泣き叫ぶ少女。放っておけば衰弱死する弱い命。

 関係ないのだから放っておけば良い。人間と関わるつもりは無いのだから。

 昔の彼なら……孤独だった彼ならそうしたのかもしれない。

 そしてずっと後悔し続ける。

 しかし響と出会って変わった彼は──余計なお節介をしてしまった。

 食料を分け与え、響と手分けして死んだ人たちを埋葬し、少女が元気になるまで数日町に滞在した。

 その後少女は回復したが、そこで彼らは少女が失明している事に気づき──獣が四苦八苦しながらも何とか失明を治し。

 

 現在に至る。

 少女は初めて見た獣を怖がる事なく、彼と友達になりたいと言い出し、抱きついた。

 獣はそれをサイコキネシスで剥がすと、スッとある方角を指さす。

 

『あの方角へと真っ直ぐ進めば、人間の里に辿り着く。食料も渡す。三日あれば着く』

 

 それは少女──ラルメルの友達になろうという言葉への拒絶だった。

 響と触れ合っても──否、響と触れ合ったからこそ、獣は人と共に居るべきではないと考えている。

 それが響やラルメルのような優しい人間なら尚更だ。

 

『ヒビキ。送ってやれ。それとお前とも此処までだ』

 

 だから獣は独りになろうする。

 

『──ではな』

 

 それだけ伝えて獣はその場を立ち去り。

 

『──何故着いて来ている!?』

「だって別に了承していないし」

「ないしー!」

 

 サバサバと返す響と元気よく響の真似をするラルメル。

 チッと舌打ちをしようとして、幼いラルメルを怖がらせてしまうか? と彼は当たり前のように考え、それに気づき顔を歪めてため息を吐く。

 此処で何を言ってもどうせ響に言いくるめられると察したのだろう。

 一年以上突き放しても、一年以上付き纏われた響を撒く事ができるとは到底思えなかった。

 

『好きにしろ』

 

 獣はそれだけ告げると、彼の後ろで響とラルメルがハイタッチをしていた。

 

 それからの獣の日常は、響と過ごして来たこれまでよりも騒々しい物となった。

 ラルメルは常に獣に引っ付き、話しかけ続けていた。静かに寄り添う響とは違って。

 

「ねーねー! お名前教えてよー」

『名前など不要だ』

 

 ラルメルの言葉に素っ気なく返す獣。

 五千年の中でたくさんの姿とたくさんの名前を得るとは思えない言葉だ。

 その言葉に響は少し寂しくなる。

 獣は尻尾にしがみ付いているラルメルを振り張ろうとして、しかしラルメルはブンブン振り回されても離れず、そして巻き起こされた砂塵が響の顔面を襲った。

 切れた響が二人を説教し、獣は不貞腐れてラルメルは楽しそうにする。

 それを響が呆れたように見て、その視線は不服だと獣が抗議し、駄々を捏ねているとラルメルがケラケラと笑った。

 

 そんな日常をいつの間にか彼らは過ごしていた。

 この瞬間だけは。

 獣は己の罪と罰、そして孤独を。

 響は未来で待っている変えなくてはならない絶望を。

 ラルメルは家族を失った喪失感を。

 それぞれ忘れる事ができた。

 

 そんな三人の日常が当たり前に成り始めたある日、ラルメルが響に問いかけた。

 

「ねえ響お姉ちゃん。コマチって誰?」

「──」

 

 それは、響の気の緩みからくる失敗だった。

 響は獣が近くに居ないことを確認すると、ラルメルを問い詰めた。

 

「何処で聞いたの?」

「えっとね。夜起きた時にね、寝ている響お姉ちゃんがそう言っていたの」

 

 響は、夢を──悪夢を見て魘されていた際にコマチの名を呼んでしまったらしい。

 

「……アイツは聞いていた?」

「んーん。その時ぐっすり寝てたよ。私がおしっこに行く時には起きたけど」

「……そう」

 

 祈るしかなかった。獣が響が誰の事を呼んでいたのかを察しないように。

 

「ねぇ響お姉ちゃん? 誰なの?」

「そうだね……わたしのとても大切な人」

「好きなの?」

 

 その言葉に響の頬が羞恥で赤く染まり──しかし、彼女は頷いた。

 この想いを隠す気はなかった。

 響はコマチが好きだ。かけがえのない存在だ。だから過去にやって来てまで彼を救おうとしている。

 

「そっか。じゃあ、あの人も?」

「うん。好きだよ」

「そっかー! 私と同じだね!」

 

 少女は輝く笑顔でそう言い、響も釣られて笑顔で少女の言葉を肯定した。

 その後、帰ってきた獣は二人の様子に首を傾げ、何かあったのかを聞くも響達は笑って「内緒」と言い、獣を大いに困惑させた。

 それでも少女達の楽しそうな声は止まず。

 

 

 

 次の日、ラルメルの姿が消えた。

 

 

 ◆

 

 

『チッ──何処だ』

 

 獣は力を使って空を飛びラルメルを探していた。響もシンフォギアを纏って彼を追いながらも地上からラルメルを探し続ける。

 響は走りながら、探しながら、追いかけながら獣に問いかける。

 

「ねぇ、何でラルメルが攫われたの?」

 

 獣は何かを察した様子を見せ、怒りを顕にしていた。

 まるで知っている誰かが彼女を攫ったみたいに。

 まるで知っている誰かが彼女を攫うのとは別に目的があるみたいに。

 まるで──自分のせいだと言わんばかりに、彼は攫った相手以上に自分に怒りを向けていた。

 

『以前、話しただろう──私が未来からこの時代に逃げた事を」

 

 響はかつて獣が語った過去の出来事を思い出す。

 彼は実験動物として人間に虐げられ、この時代に逃げた。

 そして──その際に近くに居た研究所の人間も巻き込んだ、とも。

 

 獣は常に人を警戒していた。

 獣は常に人と関わらないようにしていた。

 しかし響とラルメルと出会い、時が経ち──彼は彼女達を拒絶できなくなった。

 そんな彼女達は、獣は憎む人間にとっては──人質になり得る。

 

『おそらく何かしらの道具を使い、私の意識から逃れていた』

 

 獣はずっと研究所の人間達を探していた。しかし見つける事ができず──こうしてラルメルを攫われた。

 

「──必ず、取り戻す」

 

 響の言葉に、獣は応えずとも──その心中は同じで。

 

 

 

 だから、その光景を見て言葉を失った。

 

 獣を捕らえる為ならラルメルは生かされるだろうと思っていた。人質の価値とはそういう物だ。

 

 だから、響と獣は彼女を救う為に覚悟を決めていた。

 助ける事ができると思っていた。

 

 しかしこれは現実。悲しい程までに残酷な現実。

 アニメや物語の様に、整えられた状況はなく、ピンチからの逆転を狙える程優しくはない。

 

 それを彼らは思い知る事となる。

 

「──来たかキマイラ」

『やはり貴様らか……!』

 

 数人の大人の男達が、やって来た獣を憎々しげに睨みつけていた。

 獣に巻き込まれてこの時代で必死に生きて来たのだろう。体も服も、そして心もボロボロで、しかしそれでも生きるのを諦めなかった。自分たちをこんな目に合わせた獣に復讐をする為に。

 彼らの足元にはラルメルが横たわっていた。眠らされているのか目を閉じており、しかし妙なティアラを付けられている。

 何かの聖遺物なのだろうか、妙な術が彼女に掛けられている。

 

「ラルメルを返せ!」

「ふん。取り戻してみるんだな」

 

 響の叫びに対して、研究者たちは見下すような笑みを浮かべながらそう言い。

 

 獣に向けて銃弾を放った。

 

『無駄な──』

 

 それを獣はバリアで防ごうとし──しかし銃弾はバリアの存在を無視して、獣の肉体を貫いた。

 瞬間、獣は苦悶の表情を浮かべてその場に膝を着いた。

 身体中が痛くて、内側から破壊尽くされているかのような不快感。

 そして何より──力が安定しない。

 

「お前みたいな危険物を、抑止力無しに研究する訳がないだろう」

 

 彼らが使ったのは聖遺物をあえて暴走させる銃弾。聖遺物の研究の際、暴走してしまう事は珍しくなく、彼らはその時の現象を調査、研究し、解決策は見つからなかったが引き起こす事はできるようになった。

 その技術のノウハウは並行世界のある場所でも行われており、それによりたくさんの人を失い、片翼を失う者も居る。

 

「そして仕上げはコレだ」

 

 そう言って男が次に取り出したのは──聖遺物の活動を沈静化させる銃弾。

 今この瞬間に獣に撃てば──不安定な獣は戦う力を暫くの間失うだろう。

 そうなれば──彼らの鬱憤を晴らすには十分な時間が稼げる。

 

「さぁ、もっと苦しめキマイラ!」

 

 男達は躊躇なくその銃弾を使い。

 

「──く」

 

 そして響は迷いなく獣前に立ち、その銃弾をその身に受けた。

 

「っ──あああああああ!?!?」

 

 すると響の体に耐え難い激痛が走り、ギアが解除される。

 それを見た獣は響に駆け寄ろうと手を伸ばし。

 

「ラルメルを──!」

『……っ』

 

 しかし決死の響の言葉に、獣は彼女とラルメルを見て──自分の中で暴れ回る力と衝動を抑え込みながらサイコキネシスでラルメルを掴み、自分たちの方へと引き寄せた。男達が庇った響に意識を取られている隙は大きく、難なく取り戻す事ができた。

 男達は驚いた表情を浮かべていたが──獣とラルメルを見るとすぐに笑みを浮かべた。

 

『ラルメル。無事か──』

 

 獣が男達に付けられたティアラを外し、彼女の目を覚まさせようとしたその時。

 

『──』

 

 彼は──言葉を失った。

 

 獣と響が、研究所の人間達が潜伏していた村に辿り着いたその時──既に、ラルメルは死んでいた。

 顔は殴り尽くされ原型を留めておらず、あの明るい笑顔はもう一生見る事はできない。

 獣の事を好きだと、響の事をお姉ちゃんと呼んでいた口は、折り砕かれた歯でズタズタにされて、舌は乱暴に切り裂かれていた。

 手足の指は折られ、切断され、砕かれ。

 彼女の綺麗な髪は焼いた後に引き抜いたのか見るも無惨で。

 そして体は──男達の醜悪な欲望で汚され、犯され、壊されていた事が辛うじて分かる程度だった。

 

 ──人間のする事ではない。

 ──もはや悪魔のする所業。

 

 そして悪魔は獣に囁く。

 

「貴様を殺す事が最大の復讐だと思っていた」

 

 しかしそれはある日を境に変わった。

 

「随分と入れ込んでいたな。そのガキとそこの女に」

 

 彼らはずっと見ていた。獣の事を。

 

「だから決めたんだ。お前を殺すのは最後だって」

 

 彼らはずっと見ていた。彼が少女達と心を通わせるのを。

 

「これからそこの女を犯して、壊して、貴様に見せつけてやる。そこのガキのように」

 

 獣の中に力が──もう抑えられない。

 

「貴様が悪いんだ。──貴様のせいでこいつらは酷い目に遭って死ぬんだ!」

 

 獣は──彼らと同じように怒りと憎しみで狂い。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!』

 

 そして──虐殺が始まった。

 響はその光景を──獣が男達を蹂躙し、殺す姿を見る事しかできなかった。

 5分も掛らなかった。獣はありとあらゆる力を使って、まるでラルメルの痛みをそのまま返すように男達を殺した。

 しかし男達は悲鳴を上げなかった。それどころか笑い続けた。

 嬉しかったのだろう。憎んでいる獣が苦しんでいるのが。そして──死ぬことでこの地獄から救われる事に。

 

 獣は、彼らを殺す事で救い出した。

 

 彼は初めて人を殺し、そして救った。

 

 奇跡でも優しい心でもなく、暴力と煮えたぎった激情で。

 

『……』

 

 返り血で赤く染まった獣を響は見ている事しかできなかった。

 彼女の心にも闇が翳す。

 自分のせいでコマチが苦しんでしまったと、そう思っていた。

 

 

 まだ、地獄は終わっていないのに。

 

「この、化け物!」

 

 その声と同時に、獣に向かって石が投げられた。

 獣がそちらを見ると、そこには怯えた様子で獣を見る村の人たちがいた。

 彼らは今の一部始終を見ていた。

 いや、それどころかラルメルが殺される所も見ていた。泣き叫ぶ声も聞いていた。声が聞こえなくなり、力なくただの肉の塊になるところも見ていた。

 

 彼らは男達を止めようとした。

 そのせいで見せしめに村の何人かの女子供が殺された。

 

 彼らからすれば、獣達は疫病神だった。それが凄惨な殺し方をしているのを見れば当然の反応だった。

 それがつながりが隔たれている、彼らからすればあり得ない存在なら尚更で。

 大切な隣人を守る為なら、それは勇気ある正義の行動なのかもしれない。

 

「出ていけ!」

「俺たちと関わるな!」

「もう殺さないで!」

「壊さないで!」

「誰か助けて!」

 

 言葉と石が投げつけられ、獣の中でどんどん黒い感情が湧き出していく。

 

 何故僕が石を投げられているの? 

 僕は悪くない。こいつらが悪いのに。

 僕だって悲しいんだ。辛いんだ。怒りたいんだ。

 それをお前らは──。

 

 しかしそれでも獣は耐えた。耐えて耐えて耐えて──耐えようとしていた。

 

「やめて! 今この子を傷つけるのは!」

「うるさい!」

「キャッ!」

 

 ──しかし。

 ──獣を庇おうと立ち塞がった響が、運悪く頭部に石をぶつけられ。

 ──そして倒れた彼女の頭から血が流れているのを見て。

 ──獣は……全てを見限った。

 

『──やはりニンゲン、は……!』

 

 ふわりと浮かんだ獣の体から神々しくも恐ろしい光が発せられる。

 それを見た村人達は罵倒も石を投げる為に掲げていた腕もぴたりと止める。

 そして──彼らは呆然と獣を……否、荒ぶる心を持つ神を見上げた。

 

『──ニンゲン……は!!!』

 

 その姿に村人達は魅入られ──畏怖と信仰をその心に、魂に刻み込んだ。

 

「ダメ……コマチ。その歌を唄ったら──」

 

 響が必死に獣に手を伸ばすが──しかし届かず。

 獣は、人類への明確な殺意と憎しみを抱いて。

 

「ダメ……ダメェぇェェエエエエ!!」

『──全て、根絶やしにしてくれる!!』

 

 こうして。

 

 アカシアとなる前の獣は滅びの歌を唄った。

 

 その歌は全人類の魂に刻み込まれ、これから生まれてくるヒトにも呪いをかけた。

 

 歌い終わった獣は涙を流し。

 

 響は泣き叫び、届かない声に絶望し──未来を変える事ができなかった。

 

 

 第六話「響-こえ-」

 

 

「──これは」

 

 そして、その異常事態を察知した一柱の神がいた。

 その神は原因を探るべく、同僚の神に一言言って出発する。

 

「少し出る。此処は任せたぞ──シェム・ハ」

「ふん、好きにするが良い」

 

 こうして物語は──始まりへと至る。

 




タイトルはビクティニと白き英雄レシラムED響-こえ-より。


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第七話「風といっしょに」

『──待ってほしいだと?』

 

 アルセウスは己が送り出した魂の異常を察知し、響達の世界へとやって来た。

 そして、そこで知ったのは──彼がこれからたくさんの人を殺すという事。

 既に滅びの歌を止める段階はとうの昔に過ぎており、アルセウスでも止める事はできない。後は原因である彼は──アカシアを消して歴史を修正する事でしか、この世界を救えない。

 

 にも関わらず、エンキとアカシアは待って欲しいとアルセウスに嘆願した。

 

『無理だ。このままではこの世界が滅ぶ。それを見逃せと?』

「違う! 俺達は諦めないと誓ったんだ! 彼女と!」

「記憶は無いけど、感情が、心が諦めたくないと言っている」

 

 彼らは希望を諦めない。

 

「もし間に合わなければ、バラルを使ってでも時間を稼ぐ」

「だからアルセウス──どうかボク達に時間をくれ」

 

 エンキとアカシアは──あの日の別れを胸に、アルセウスを説得し。

 そしてその願いは聞き遂げられ──五千年後に約束は果たされる。

 

 彼らが人類を救えないその時は、アルセウスがアカシアを裁く、と。

 

 これは、バラルの呪詛が施される一週間前の話であり。

 響がエンキとアカシア──否、コマチ達と約束をした数年後の話だ。

 

 時は遡る──。

 

 

 ◆

 

 

 ──止める事ができなかった。

 

 響の中に払いきれない闇と絶望が大きくなっていく。滅びの歌を止めて未来を変える為に過去に来たのに──自分のせいでコマチは唄ってしまった。

 

「──ぁ」

 

 そうだ──自分のせいだ。

 コマチは一度立ち止まろうとしていた。ラルメルの死に絶望し、男たちを殺した後にその事を悔いて──響が傷付いているのを見て唄った。

 

 何故響は怪我を負った? 石をぶつけられたからだ。シンフォギアを身に纏っていれば回避できた事だ。

 

 何故シンフォギアを纏えなかった? 研究者の撃った弾丸をコマチから庇った為。もっと他の方法を取っていればシンフォギアを纏う事ができた為。

 

 そもそも何故このような事になった? ラルメルが攫われたから。

 何故攫われた? 男たちがコマチに復讐する為。

 何故──彼はラルメルや響を見捨てる事ができなかった? 

 それは──響と出会い、変わってしまった為。

 

「──わたしの、せいじゃないか……!」

 

 運が悪かったと言えればどれだけ楽だろうか。

 響は自分の行動がどんどん悪い方向へと進めているようで、そしてそれがコマチを傷つけ──ラルメルを死なせてしまって、立ち上がる事ができなかった。

 

 しかし。

 

『ニンゲン──コロス!』

「──っ!?」

 

 シャドーボールを形成し、獣を見上げている村人達を殺そうとしている彼を見た途端──響は無理矢理ガングニールを纏い、跳躍して獣に抱き着いて止めた。

 

『ハナセ!』

「離さない! ──殺させない!」

『──』

「もうアンタを苦しませたくない!」

 

 そう叫んで響は獣とラルメルの遺体を回収すると、村を飛び出した。

 人気の無い所に連れて行き、獣を落ち着かせる為。そしてラルメルを安らかに眠らせる為。

 

「ああ。神よ」

「我らに審判を下すのでは無かったのですか?」

「我ら一同、いつまでもお待ちしております」

 

 そして村の人達は、走り去っていく響に抱えられた獣を崇拝しながらその様な事を呟いた。

 

 その狂った信仰は五千年後にも強く根付いていた。

 

 

 ◆

 

 

「……」

『……』

 

 周りに人気が無い事を確認した後、響はラルメルを埋葬した。

 その際力の暴走が収まった獣が彼女の体を綺麗に直し──しかし目覚める事はなく、そのまま永遠の別れとなった。

 その後、二人は何も言わず、何も語らずラルメルの眠る墓の前で黙って座っていた。

 二人の間にあるのは──後悔だった。救えなかった。変えれなかった。その思いが彼らを蝕んでいく。

 

『これで、分かっただろう』

 

 ふと獣が呟く。

 

『私と一緒に居れば不幸になる──そして』

 

 獣は泣き出しそうな声で、言葉を吐き出した。

 

『私は──これからたくさんの人を殺す』

「──っ」

『──私が存在したばかりに、人は』

 

 響はそれ以上の言葉を──悲しみの言葉を言わせたくなくて、獣に抱き締めた。

 獣は、振り払う力も、拒絶する意志も持たなかった。

 ただただされるがままで、そんな彼に響が叫ぶ。

 

「アンタは……アンタは悪くない!」

 

 ──彼は人を殺した。

 

「アンタはたくさんの人を助けてきた」

 

 ──彼は無関係の人間にも呪いを掛けた。

 

「もう十分苦しんだ!」

 

 ──そしてその罪を忘れて五千年過ごした。

 

「もう十分泣いた!」

 

 ──全てを思い出した彼は、己の死を望んだ。

 

「もう──もう……逃げてよ……」

 

 それが響はとても悲しかった。

 

「何で優しいアンタが、こんな目に、こんな思いしないといけないんだ……!」

 

 そして、救えない自分が大嫌いで。

 そんな自分を好きだと、救ってくれたコマチが大好きで。

 

「──コマチ……!」

『──』

 

 彼女は──コマチの為に泣いた。

 その涙を見た獣は──コマチは呆然と、しかし全てを理解した。

 響の存在と──この時代に、この場所にやって来たその意味を。

 

『そうか……私は』

 

 ──アナタのお名前は何て言うの? 

 

『未来でキミと出会うのだな』

 

 コマチは──愛おしげに響を抱き締め返した。

 

 

 ◆

 

 

『──っ!』

「コマチ……?」

 

 コマチは、近づいて来る強い力に反応を示し、響を庇う様に立ち上がる。響が呆然と彼の名前を呼ぶと同時に──彼女達の前に一つの流星が舞い降りた。

 

「──君たちは何者だ?」

「アナタは……」

「オレはエンキ──この星の人々の異変を察知して此処に来た」

 

 エンキはそう言って──コマチを見る。

 

「なるほど……君の仕業か」

 

 エンキは、目の前の存在から自分達と同種の力を感じ取り、それがこの星の人々の魂に宿っているのを理解した。

 響は咄嗟にコマチの前に出て叫ぶ。

 

「待ってください! コマチは──」

『待てヒビキ。……全て話す』

「コマチ!」

『どうせすぐに分かる事が──私は裁かれるべきで、彼には私を裁く権利がある』

 

 彼はそう言って響を優しく後ろにやって──エンキに全てを話した。

 話を聞いたエンキは険しい表情を浮かべる。

 本来なら彼を処断するべきなのだろう。しかしエンキは彼に同情し、そして響の嘆願を無視する程非常に慣れなかった。

 だから彼が口にした言葉は、彼らに寄り添ったものだった。

 

「……どうにか解除できないのか?」

『……無理だ。暴走した状態で行使した結果、本来の効果よりも凶悪になっている。私が死んでも必ず発動をする。──この世界の人類が繋がっているが故に、死の呪いは連鎖する』

「……繋がり、か」

 

 その言葉を聞いてエンキは一つだけ解決方法を思い出す。それはある理由から制作が進められていたネットワークジャマー。それを使えば滅びの歌の発動を止める事ができる。

 しかしそれは──人から統一言語を奪う事を意味する。

 エンキがその方法を伝えると、コマチを首を横に振った。

 

『確かにそれを使えば私との接続が切れる。その後私を殺せば滅びの歌は発動しつつも止まる──だがそれだといつかは発動する。延命措置に過ぎない』

 

 ──滅びの歌は常にカウントを進めている。術者が居なくなれば繋がりを持たずともそのひと個人の中で発動し──殺す。

 それを回避するにはコマチ自身が常に側に居て技の始動をリセットし、その後発動前に死ぬしかない。

 そうすればコマチの力は霧散し、技は発動しない。

 

 バラルの呪詛による人の繋がりの切断と、コマチの無限転生による技のリセット。この二つでようやく滅びの歌の発動を遅らせる事ができる。

 だがそれは同時に滅びの歌がコマチによって永遠と残り続ける事を意味し、根本的な解決にはなっておらず──探さなければならない。

 滅びの歌を消す方法を。

 

「──俺も協力しよう」

『……先ほどからイヤに協力的だが』

「……君たちを見ていると分かる。優しく、互いに想い合うその姿は、俺が人に求めていたもの」

 

 完全ではなく不完全を、可能性を見せる人類のその先を──エンキは信じていた。

 

「死なせたくない、と──そう思った」

 

 だが──とエンキは悲しそうな顔をして響を見る。

 

「ヒビキ、だったな」

「はい」

「これだけは言っておく──過去は変える事ができない」

 

 ──シェム・ハはかつてディアルガの力で過去へと戻った。

 

「え……」

「君のその過去に戻ったという行為自体、本来の歴史に組み込まれているものなんだ」

 

 ──そして、もう一人の自分と会い「ああ、そういう事か」とすぐに受け入れた。

 

「──」

「だから──申し訳ないが、君が元いた世界で起きた事は変えられない」

 

 ──シェム・ハはアカシアを救う為に何でもした。しかし過去へと飛び、歴史の改変だけはしなかった。否、できなかった。

 

「そん、な」

「それがこの世界のルールだ」

 

 響に突きつけられる絶望。

 コマチは知っていたのか、視線を逸らす──響の目的、心を察して。

 

 響の目の前が真っ暗になりそうになる。

 

 しかし。

 

 それでも。

 

 ──だとしても! 

 

「──あき、らめない!」

『──!』

「わたしは絶対にコマチを救う! 例えそれが世界のルールだとしても! もしそれがダメなら別の方法で! ──コマチから貰った奇跡で、この花咲く勇気で、絶対に、明日に続く未来を掴んでみせる!」

 

 その言葉は──コマチにとっての希望になっていた。

 彼は自分は死ぬべきだと、死にたいと思っていた。

 でも、死ぬ訳にはいかなくなった。諦める訳には行かなくなった。

 

 彼は──もう迷わない。

 

『──ヒビキ』

 

 彼の声に、響がコマチを見る。

 

『お願いだ──助けてくれ』

 

 その言葉に響は──。

 

「──もちろん」

 

 当然の様にそう答えた。

 

 なお昏き深淵の底から、自分の大切な日陰を救い出すために。

 

 

 第七話「風といっしょに」

 

 

「──え?」

 

 瞬間、響の体がふわりと浮かび上がり、突然開いた次元の裂け目へと吸い込まれようとしていた。

 もうこの時代でできる事はないという意味か。それともディアルガの意思か。はたまた力の喪失か。

 理由は定かではないが──響とコマチの別れの時が来た。

 

「──コマチ!」

 

 響が手を差し伸ばすが──コマチは首を横に振ってそれを拒絶する。

 

『君と手を繋ぐべきなのはこの時代の私ではない──未来の私だ』

「……っ」

『君は未来の私を救いに来たのだろう? ──なら、こんな所で止まっている場合ではない』

 

 響が泣きそうな顔をするが、反対にコマチは嬉しさで胸がいっぱいだった。

 どれだけ邪険に扱っても、どれだけ人に絶望しても、彼女は彼の隣に居続け、そのお日様の様な温かさでコマチを癒し、花咲く勇気で手を繋いでくれた。

 そしてどれだけ絶望に侵されても「だとしても」と諦めないその姿に──彼は憧れた。

 それこそ何度も死に、殺され、拒絶され、記憶を失っても、五千年経っても彼の根幹に刻み込まれる程には。

 彼は──次からは、この力で彼女の様に人を救いたいと、寄り添いたいと想った。

 

 そんな彼の表情を見た響は──涙を流しながら叫ぶ。

 

「──必ず」

 

 響が叫ぶ。

 

「必ず助けるから! またいつもみたいにバカやって、みんなと笑い合える当たり前の日常を取り戻すから!」

 

 底抜けでお人好しで、優しくて、ちょっぴりえっちで、ご飯を限界まで食べて苦しんで、それをみんなが心配して──でも最後には笑顔になる当たり前の日常。

 それを響は──大切な居場所を取り戻すと誓う。

 

「だから──未来で待ってて!」

『──うん、待ってるよ……響ちゃん』

 

 その言葉を最後に響は──次元の裂け目の奥へと消え、この時代から立ち去った。

 約束を結んで。コマチとの日々を想って。

 

 彼女を見送ったコマチは、エンキに言う。

 

『私は一度死に、滅びの歌をリセットする』

「……それは」

『ああ。私の蓄積された全てが無くなる。力も。記憶も』

 

 それはつまり響との想い出も手放すという事。

 しかし彼に恐れは無かった。

 彼女と約束したからだ。

 彼はその未来に向かってどこまでも歩き続けて、大地を踏み締めて、目指したあの夢を掴むまで──諦めない。

 

 だから今は──(うた)といっしょに立ち止まる時だ。

 コマチの力が高まり──彼の最期の願いが、彼を包み込んでいく。

 

『次は──強くなくて良い。

 凄い力があっても人を殺すだけに特化した今の私ではなく。

 凄い力があっても誰かを助ける為の力を、誰かと手を繋ぐ事ができる私になりたい。

 人が恐れる私でなくて良い。

 見るだけで逃げ出すような大きな体も、威圧する姿もいらない。

 小さくて、人が簡単に抱える事ができて、抱き締める事ができる私が良い。

 そして──響ちゃんみたいになりたい。

 花咲く勇気を胸に人に手を伸ばして、人を恐れず、人を信じ、人を愛する事ができる様になりたい。

 そんな──価値のあるものに変わりたい』

 

 コマチの願いは聞き遂げられ、そこにエンキに一つお願いをする。

 

『エンキ、私に名前を付けてくれ』

「名前……しかし君は」

「コマチは私に付けられるべき名前ではない。コマチは今私に付けられるべきではない。

 あれは彼女と彼女の隣に寄り添う未来の私だけのものだ。

 だから──どうかよろしく頼む』

「──分かった」

 

 エンキはコマチの願いを承諾し──神からの祝福を送った。

 

「アクシアという言葉がある。価値あるものという意味を持つ言葉だ。

 しかし今君にそれを送っても、君の中にある後悔がそれを受け入れないだろう。

 だから一つ文字を変えて──アカシア。

 俺の知っている花の名前であり──これから隣に立つ俺からの友情の証として、どうか受け取って欲しい」

 

 アカシアの花言葉は友情、豊かな感受性、気まぐれな恋、そして──秘密の恋。

 これからはエンキだけが知る彼らの事を、その想いを名前に込めて、いつかの未来で彼女に届く様にと……そんな願いが込められた名前。

 コマチはその名を魂に刻み込み。

 

『──ああ。私には勿体ない名だ。

 ありがとうエンキ。そしてさよなら──そして、これからもよろしく頼む』

 

 その言葉を最期にコマチは光に包まれ──。

 

「──ミュウ?」

 

 ──アカシアとなった。

 

 

 ◆

 

 

「ミュ? ミュウミュウミュ〜ウ」

「やぁ、初めまして」

「ミュウ!?」

「俺の名前はエンキ。君の名前は?」

「ミュウ……」

「そうか。名前が無いのか。……良かったら俺が名付けようか?」

「ミュウ!」

「そうだな。君の名前は──」

 

 こうして、アカシアをエンキは温かく迎え入れた。何も知らない。忘れる事を選んだパートナーを。

 響との約束を守る為に、守らせる為に、未来を掴む為に。




第二章。幾千超えて変わらぬ恋、幾千超えて変わる愛。これはフィーネの事であり、エンキの事であり、響の事であり、コマチの事でもありました。

名前について。
彼の本当の名前がアカシアなのは確かです。コマチと名付けられたのはあくまで未来。しかし彼の心の中では一番初めはコマチと思っていました。それだけの強い想いがあり、結果……。

 ──コマチのシャドーボール! 
 ──アカシアのサイコキネシス! 
 ──アカシアのはかいこうせん! 

第四章 獣の奏者キャロル編 第十七話「世界を識るための歌」にて、
アカシッククロニクル、タイプ・シンフォニーで過去のアカシアを再現した際に、初代・ミュウツー(コマチ)。二代目・ミュウ(アカシア)三代目・エムリット(アカシア)と一番古い順番に技を出した際に出てきました。

そして基本可愛いポケモン系のマスコットタイプが多いのは、彼が強さよりも人と寄り添える姿を願ったからです。

今話のタイトルはミュウツーの逆襲より「風といっしょに」です。
ミュウツー繋がりなのと、始まりの歌の歌詞から来ています。


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第八話「君が泣かない世界に」

 次元の境目に吸い込まれ、過去から現代へと送られる中、響は声を張り上げてディアルガに願った。

 

「ディアルガ、お願い! わたしはまだ帰るわけには行かない!」

 

 響は約束した。全てが解決した世界で、未来でコマチと出会うと。

 ならば、一度失敗した程度で、そういう決まりだからと、世界のルールに縛られるつもりは毛頭なかった。

 

「わたしはありとあらゆる過去で、コマチを救う方法を探し出してみせる! ──それに」

 

 響が思い出すのは、共に戦って来た仲間たち。彼女たちなら、もしかしたら響が見つける事ができなかった方法を見つける事ができるかもしれない。

 だから、現代はみんなに任せる。

 その間に、響は時間が許す限り過去で抗うつもりだ──運命に。

 

 ディアルガは響の願いを聞き入れ──彼女を再び過去に送った。

 

「──ありがとう!」

 

 ディアルガにお礼を言い、響はそれから──体感時間で約五千年間過去を彷徨う事になる。

 あらゆる時間を、あらゆる場所を。

 

 

 第八話「君が泣かない世界を」

 

 

 響は繰り返した。コマチを救う為に。

 

 しかし、見つからない。

 

 何をしても、何を探しても、何もしなくても──あの未来へと初めから決まっているかの様に歴史が紡がれていく。

 

 ラルメルを、家族を救おうとしたが絶対に間に合わず彼女は死ぬ。

 研究者たちを止めようと……殺そうとしたが、最終的に逃げられ、あの最悪の結末を迎えてしまう。

 

 その後もエンキに協力しても、シェム・ハを支援しても、フィーネを導いても──未来が変わらない。

 

 結局先史文明期ではコマチを救う方法は見つけられず、バラルの呪詛を発動させるしかなく──シェム・ハ、エンキ、アカシアの死を見届けて彼女は別の時代で救う事を決意した。

 

「次だ」

 

 その時代では真実を伝えられず、エンキに見限られたと思い込んだフィーネとアカシアが居た。

 バラルの呪詛を解除しようとするフィーネと、それを記憶を失った故に手伝うアカシア。

 

 響は彼女達の前に現さなかった。

 厳密にはできなかった、が正しい。

 フィーネが響と初めて出会ったのはずっと先の未来で、この時代で出会った素振りを見せていなかった。

 それは先史文明期のシェム・ハも同様で、結局直接会うことはできなかった。

 

 だからこの時代もそうだと分かりつつも、フィーネの行動から何か手掛かりがあるのではと行動を監視し──彼女は再び人の悪意を目撃する。

 

 統一言語を奪われ、繋がりを隔たれた人間は隣人同士で争い合い、他者を拒絶する。

 

 しかしそんな人間達でも協力する時があった──それは、アカシアを殺す時。

 

 彼らはアカシアという存在を恐れた。それも理由もなく──否。

 

 確かに普通の人間……それこそフィーネから見れば、人間は何故かアカシアを拒絶し、殺そうとする。

 しかし全てを知った響は──その理由を理解していた。

 魂に刻み込まれた滅びの歌が、人間達の本能に働きかけアカシアを恐れる。自分達を殺そうとする猛獣を恐れ、殺される前に殺すのは──人として当たり前の防衛本能。

 

 結果、彼らは無抵抗のアカシアを殺し、フィーネに、響に人間への絶望を植え付ける。

 

 それでもフィーネはアカシアと約束し、諦めなかった。

 

 それでも響はコマチとの約束を思い出し、諦めなかった。

 

 例え、その心に人への信頼を失墜させようとも。

 

 それからもアカシアは殺され続け、フィーネはバラルの呪詛を解く為に翻弄し、響は希望を探し続ける。

 

 そんな中、一つの兵器が作られた。

 それは人が人を殺すために作られた、未来では特異災害と呼ばれる──人を殺す為の兵器ノイズ。

 しかしこのノイズには人を殺す以外にもう一つ、それこそそれよりも優先して作られた機能があった。

 それは──アカシアへの殺意。

 ノイズはアカシアを見つければ、人を無視して殺そうとする機能が備えられた。完全聖遺物であるアカシアはノイズに全く負けないが、ノイズが襲った先にはアカシアが居る為、人は効率良くアカシアを祈って殺す事ができた。

 

 それを知った響は──何でコマチはこんな奴らの為に苦しまなくてはならないのだろう? と思い。

 しかし彼との約束が彼女を踏み留まらせた。

 

 結局、フィーネの近くに居ても響はコマチを救う方法を見つけられなかった。

 

「諦めない」

 

 

 その時代では、友と出会い不完全を学ぼうとし、しかし友に対する理不尽に人類に失望し、事実を知って全てに絶望したヒトデナシが居た。

 響はそのヒトデナシ──アダムと三度接触する事ができた。

 

 一度目はアカシアの友であり、人類を見守る守護者だった時のアダム。

 

「何者なんだい、君は。妙な力を持っているようだが、ヒトにしては」

「……」

 

 アダムは響が自分を、正確には自分とアカシアを監視している事に気付いていた。しかし彼女から悪意を感じ取らなかった為放置していたのだが、やはり気になったのか接触した。

 

「そこまでしなくて良いよ、警戒は。それと席を外して貰っているよ、アカシアには」

「……!」

「悟られたく無いのだろう、彼には?」

 

 アダムは響に気を遣って、アカシアの彼女の事を伝えなかった。

 響の知るアダムなら嫌がらせか策略を疑う所だが──目の前のアダムは違う。

 

「まだだったね自己紹介が。僕は錬金術師協会統制局長、アダム・ヴァイスハウプト──君達を見守る者さ」

 

 目の前の彼には人類に対する愛が、敬意が、真摯さがあった。

 友が信じ、寄り添う人類の可能性に、完全である自分には無い不完全の可能性に興味を示している──原初の人間。

 彼が響に対して優しく声をかけるも、響の声は固い。

 

「……ごめん、わたしは名乗れない」

「ふむ……あるようだね、事情が」

 

 アダムは、響の言葉に嫌悪感も不快感も疑いを持つ事なく受け入れる。

 そういう事ならそれで良い、と。

 話せる時がくればその時に話してくれれば良いと思っていた。

 

「ともかく聞こうではないか、君の話を。僕の弟子が作ったお菓子でも食べて」

 

 変装の錬金術や料理ばかりが上手い、不詳の弟子だがねとアダムは笑いながらそう言った。

 

 その笑い声には──感情が込もっていた。

 

「アカシアと居て気付いた事、か」

 

 パキッと食しながらアダムは響の質問を繰り返して言葉にする。

 響は未来の事も、過去の事もアダムに話すつもりはなかった。

 事実を知って凶行に走った彼を知っているが故に。

 アダムは響の質問を頭の中で咀嚼し、飲み込み、自分なりの答えを彼女に伝える。

 

「お人好しだね、頭にバカが付くほどの」

 

 アダムは思い出し、笑いながら答える。

 

「彼は僕を変えたんだ、愚かだった僕を。完全ではなく不完全を選んだ神に不満を抱き腐っていた僕に言ったんだ【反省しろ】とね」

「──反省?」

「ああ。恥ずかしい話だが……僕はかつて害していた人間を。そこにアカシアが現れ、僕を叩きのめし──知らないなら知るべきだと、完全で満足するなと言った」

「……」

「そして──なったのさ、僕の掛け替えの無い友に」

 

 感謝しているのだろう。好きなのだろう。

 アカシアを語る時のアダムの顔はとても優しいものだった。

 

 だからこそ──。

 

「……時々怖いけどね、その優しさが」

「……」

 

 響はアダムのその不安に答えを示す事ができず。

 その後は大した情報を得る事ができず。

 それっきりしばらくアダムと接触できなくなった。

 

 次に接触できたのは、アダムが人間を見限った時だった。

 彼は、神の力を得て人類を支配し、二度とアカシアが奇跡を起こして死なないで良い世界を作ろうとしていた。その為に錬金術師協会を抜け、パヴァリア光明結社を設立し、様々な方法で神の力を求めていた。

 その為には罪人も、悪人も、罪なき人も、善人も──関係なく平等にアダムに利用され、たくさんの人が死んでいった。

 

 響はそれを見てもあまり心が動かなかった。

 それどころか──コマチを殺す人間を思い出し、彼の痛みはこの程度ではないと思った程だ。

 

 響はパヴァリアの構成員に連れられ、アダムの執務室に連れて来られる。通された部屋は装飾が豪華で──かつて菓子を共に食べたあの部屋に比べると月とスッポン程の差があった。

 

「思っていたよ、会えるとね」

「……」

「時が経っても変わらない姿と妙な力。察するね色々と」

 

 目の前のアダムは、響の記憶の中のアダムに近付いていた。

 

「見たまえ、そっくりだろう君と?」

「……これは」

「アンティキティエラ──アカシアを救うための道具さ」

 

 アダムは──もうアカシアしか見えていなかった。

 彼と過ごした日々も。彼と語り合った夜も。彼と喧嘩した思い出も。

 それら全てを胸の奥に仕舞い込み、アカシアだけを救おうとしていた。

 そして彼を救う為には──響が必要だと思っていた。

 

「探していたんだ、ずっと。しかし見つからなかった、ずっと。──そして気付いたんだ、君の正体に」

 

 アダムは──神の摂理を知っている。

 故に、過去の改変ができない事も知っており、それと同時に人類の事も深く理解しており。

 

「──跳んだのだろう、過去へ。そして足掻いている、醜く」

 

 かつて響を気遣っていたアダムの姿はそこになく、ただ目的を遂行する為に冷徹なヒトデナシとなったアダムだけが響の前に居た。

 

「肯定するよ、僕だけは。何故なら同じだからだ、君と僕は」

 

 それだけ伝えたかったのだろう。

 響はアダムの部下によってパヴァリアから追い出され──それから結社の悪行を見続ける事となる。

 

 苦しみもがく人間が居た。響は助けなかった。こういう運命なのだからと無意識に考えていた。

 アカシア・クローンが利用され始めた。響は助けなかった。彼女が助けたいのはクローンではなく本物だから。

 

 響はコマチを助ける為に、未来を手に入れる為に。目の前の、過去の犠牲となった人間とクローン達を見捨て続け──完全に外道に堕ちたアダムと最期に言葉を交わした。

 

「──この為だったのか、君が過去に来たのは」

 

 アダムは──フロンティアでアカシアの身に起きた全ての事を知った。

 それを知る事ができたのは──響が書き記した為。

 そこに書けば彼が知る事ができると考え、動きを制限される事なく成功し──響は自分のせいでアダムが外道に堕ちたのだと理解した。

 

 アダムが過激になればなるほどアカシアを救う情報が手に入る。

 人体実験を繰り返していけば、アカシアが人を殺して悲しむ未来を見なくて済むと、そう考えていた。

 

「礼を言うよ、未来の人間。これで僕は迷いが無くなった──人類を抹殺する事を」

 

 それを最後に響はアダムと出会うことは二度となかった。

 しかし響はそれに対して何ら興味を示さず、この時代もダメだったかと次の時代に向かう。

 

「まだまだ」

 

 

 響は懐かしい風景を見た。

 彼女は、自分達がシェム・ハと戦っている時代にやって来た。

 一つ確認したい事があり、彼女は月遺跡に足を踏み入れ時が来るまで隠れている事にした。

 

「誰?」

「……」

 

 しかし調達に勘づかれてしまい──別に良いかと姿を表す。すると彼女達はホッとした表情を浮かべた。どうやらこの時代の響と勘違いしているらしい。

 だがそれよりも響が気になるのは──ノーブルレッドのエルザだ。思わずジッと彼女を見てしまい、慌てた様子で切歌と調が口を開く。

 

「ま、待ってください響さん! この子はもう戦う意志は無いのデス!」

「わたし達が説得して、着いて来て貰っている。……コマチの事が大切な響さんにとって許せない存在かもしれないけど、彼女は──」

「良い」

 

 しかし響は、二人の言葉を遮った。

 彼女の事は──今なら響の方がもっと理解しているから。

 

「今なら──何となく分かるから」

「ほっ、良かったデス」

 

 何も知らない切歌が安堵し、響と一緒に目的地へと進もうとする。

 

「じゃあ、一緒にコントロールルームに──」

「ごめん、行けない。先に行っていて」

 

 響はそれだけ言うと、エルザ……そして切歌と調を順番に見た後走り出した。

 

 今はもう見る事ができない光景で──時間逆行の繰り返しにより摩耗した精神が少しだけ色付いた。

 

 切歌達は不思議そうにしながらも立ち去っていき。

 

「……」

 

 響はそれを黙って見送った。

 

 そして暫くし、シェム・ハにより月遺跡が爆破され、この時代の響達が脱出した後に──時を止めた。

 自分とメインコンピュータに侵入したシェム・ハ以外の時を。

 

『──これは』

「久しぶりシェム・ハ──と言っても、アンタにとっては今さっき会っただろうけど」

『貴様は──いや、そうか。そういうことか』

 

 シェム・ハは神の視点から全てを察した。

 時を止める力。目の前の少女から感じる気配。そして紡がれる言葉。

 何より──己と同じ目。

 

『そうか。貴様全てを知ったな。そして歴史を変えようと未来から訪れたのだと』

「……」

『そうなると──我は負けたのだな』

 

 だから響はシェム・ハの前に存在し、そして絶望をその瞳に宿しながらも諦めていない。

 ならばシェム・ハが彼女を敵視する理由は無くなる。

 己を超え、地獄の底で足掻く様を楽しむ趣味はなかった。

 

『それで、何用だ?』

「一つ聞きたい──バラルの呪詛が復活したら滅びの歌は止まるの?」

『無理だな』

 

 響の問いにシェム・ハは即答する。

 

『一度解かれた以上、もはや止められぬ。例えバラルの呪詛を再び起動させようとも人の死は止まらぬ』

 

 加えて、シェム・ハを倒す際に響とコマチは全人類と歌で強く繋がった。

 今更その繋がりを隔てようとも歌は発動し人を殺す。

 

「……そう」

 

 響は大して落胆する事なく、確認事項を確認し終えたように頷くとシェム・ハに背を向ける。

 

『もう行くのか?』

「立ち止まっていられないから」

『そうか──貴様の行く道に幸あらん事を』

 

 その言葉を最後に月遺跡は爆破され、響は時間跳躍で立ち去った。

 

 

「約束したんだ」

 

 響は何度も何度も過去へと戻り続ける。

 

 シャトーを調べるついでにウェルとナスターシャを助けた。

 錬金術師の元へ赴き、世界を識る為の歌について調べた。

 哲学兵装「アルモニカ」を利用できないかとアリシアという女性と相対し、争った。

 とある発明家のメイドを救い、彼の頭脳でどうにかできないかと相談した。

 

 全て無意味だった。

 誰も、何も、どれも──未来を救う手立ては見つからなかった。

 

「どうして」

 

 約五千年という月日は、響を、彼女の花咲く勇気を枯らすには、そこで見聞きした人の悪意は、アカシアへの拒絶は──十分すぎるほどだった。

 何より堪え難かったのは、彼女の手でアカシアを殺さないといけない時があった事だろう。

 祈りで死を望まれるアカシアだが、時折その祈りが届かず苦しみ続ける時があり──その度に響は神殺しの手で彼を殺した。

 楽にさせる為に。苦しまないように。次は今よりも幸せでいてと願いながら。

 

 だがそれももう──疲れた。

 過去をどれだけ変えても未来は変わらない。

 

「未来が変えられない──未来……」

 

 ──未来? 

 

「過去は変えられない──でも未来なら」

 

 ──未来なら、皆が救われた未来なら、自分たちの世界を救えるのではないか? 

 響は──藁に縋る思いで。

 

「ディアルガ──お願い」

 

 過去へと飛ぶことをやめて──自分の知らない時代へと飛んだ。

 果たして響に待ち受ける未来は──希望か。絶望か。

 もしくは──。

 



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第九話「おきてがみ」

ピンポンパンポーン
キミ決めよりお知らせ
作者の知識不足により見出しの順序が間違っておりました
よって章→部へと変更しました
序章は第一部になる感じです
ピンポンパンポーン
そして私はアンポンターン


「くっ……!」

 

 次元の裂け目に入り、過去から現代──を超えて未来に向かう響だが、体への負担が大きかった。

 体感時間五千年の中で幾度と無く繰り返した時間逆行にて、体への負担は慣れていたつもりだったが、今回はそれらと比べ物にならない。

 それでも響は諦めない。心が擦り切れ、人への信頼も、関心を失えど、たった一つの約束の為に。

 

「──だとしても!」

 

 輝く明日に向かって手を伸ばし、そして──。

 

 

 ◆

 

 

「……此処は」

 

 響の戸惑いの声が、街並みの声に溶けて消える。

 彼女が過去に跳ぶ際、最後に見たのは暗く沈んだ、人が住んでいるともは思えない程の──絶望が具現化したかの様な光景。

 しかし、今彼女が見ている光景は──とても懐かしい物だった。

 

「ねぇねぇ。昨日のドラマ見た? 流石光彦君だよね。流石は伝説のアイドルの息子」

「ねー? でも養子だから見た目は似てないよね」

「でもでも凄くカッコいいよ!」

 

「あ、それってSKWの新モデル?」

「そうそう。前のも使い心地が良かったけど、新しいのはもっと良い」

「いいなー。わたしもお金貯めて買おう」

 

「ママー! 今日のお夕飯はなに?」

「ふふふ。いっくんの好きなハンバーグよ」

「わーい! ぼく、ママのハンバーグ大好き!」

 

 そこにあったのは、人が当たり前に過ごす日常。争いもなく、死も遠く、絶望の無い──明日へと続く未来。希望。

 

 滅びの歌なんて無かったかの様に、人々は穏やかに、平和に、幸せそうに過ごしていた。

 

「まさか、本当に──」

 

 響の胸に温かな光が灯り始め──。

 

『──はい。私はツヴァイウィングに憧れてこの道を選びました』

 

 ──ふと、彼女の耳に、イヤに残る声が聞こえた。

 響が視線を向けるとそこには、あるアイドルのインタビュー風景を流している街頭テレビがあった。

 それを見た彼女は──何故か体が固まり、釘つけになる。

 擦り切れた記憶の中に浮かび上がるのは、自分の事を慕ってくれた……そして助ける事ができなかった一人の少女。

 

『昔、私の故郷に旅人さんが来ましてその時にお二人の歌を聴いたのが始まりでした』

『流石は伝説のアイドルユニットというべきですね』

『はい。当時幼かった私は何度も聞いていてお父さんやお母さんもちょっと呆れていたり……。でもですね、数ヶ月後に凄い事が起きたんですよ』

『以前にも話されていましたね。確か──』

『はい。何とお二人が私の故郷に偶然立ち寄って、しかも私の為だけにライブをしてくれたんですよ。それ以来さらにお二人への憧れが強くなって……』

『それでアイドル歌手になる為に遥々日本へと』

『はい! ……ただ、この道に進んだのはもう一つ理由がありまして』

『その理由とは?』

『ツヴァイウィングのお二人が来られた際に、彼女達の友人の方も一緒に来られていたんです。その人も綺麗な歌を唄って、そしてその時偶然村に潜んでいた山賊から私を守ってくれたんです。だから私もその人みたいになりたいと思って、この歌で誰かを励まして、救いたいと思いました』

『──届くと良いです。エレオノーラさんの歌』

『はい!』

『それでは最後に、今度共演するアイドル大統領ことアリア・カデンツヴァ。イヴさんに対して一言』

『マーちゃん先輩。ライブを楽しみましょう! そして負けないですからね!』

 

「──エル?」

 

 それは、あり得ない光景だった。

 エルは死んだ筈だ。その事実は変える事はできない。だからこそ、響は滅びの歌を止めようと、もう彼女の様な子を生み出さない為にと──過去へと跳んだ。

 ずっと忘れないと思い、しかし──五千年の月日が響の心から引き剥がし、そして今思い出させた。

 

 だから──何故彼女は生きている? 

 

「──っ!」

 

 ざわりと響の心が波打つ。

 そしてそのざわめきは希望を絶望へ。光を闇へ。明日に続く未来を閉ざす。

 何故こんなにも落ち着けない。何故人々の笑顔に不安を覚える。

 何故。何故。何故──。

 

 響の疑問は深く深く沈んでいき。

 

「──お姉ちゃん?」

「──え」

 

 そんな彼女の疑問を答える者が現れた。

 響が掛けられた声に振り返る。そこに居たのは──。

 

「……わたし?」

 

 今の自分をそのまま幼くしたかのような少女が、響を不思議そうに見つめ。

 

「──まさか」

 

 しかし、響は彼女の言葉と──過去に遡る前の父の言葉を思い出した。

 

 ──やっぱりさ。色々と考えたんだけど、どうしてもこの子にはこの名前を付けたいと思うんだ。アイツは俺たちに家族を繋いてくれたからな。だからアイツの名前を──コマチの名前をこれから産まれてくる子に付けたいんだ。

 

 ──立花小町。女の子でも男の子でも付けられる──そして絶対に未来を諦めない強い子になれるとそう思ったんだ。

 

「──わたしの妹?」

 

 響は──十年後の未来で己の妹と初めて出会った。

 

 

 第九話「おきてがみ」

 

 

 響と小町は、近くの喫茶店に入った。平日の昼間だからか、周りに客は居らず、店員も優しそうな表情を浮かべた男しかいない。

 

「……」

「……」

 

 二人は沈黙し続けていた。

 響は目の前の妹の存在に困惑している為。自分に妹が出来た事を知ったのも過去に跳ぶ直前で、そしてその後も過去に何度も跳び、正直先ほどまで忘れていた程だ。だから目の前の少女も自分に似た他人にしか思えず──小町という名前が響の心を騒つかせる。

 対して小町は、うんうんと唸り、そして。

 

「うん。整理できた」

 

 そう一言呟き。

 

「あの、お姉ちゃん。お姉ちゃんは過去から来たんだよね?」

「──っ」

 

 その言葉に、響は眉を顰めた。

 

「……知っているんだ」

「うん。お姉ちゃんに教えられたんだ」

 

 このお姉ちゃんというのは、おそらくこの時代の響なのだろう。

 そう言われれば納得し、しかしそれと同時に一般人であろう妹に話すのか? と疑問を抱く。

 そんな響の疑問を察したのか、小町は背筋を伸ばして口を開く。

 

「では改めて自己紹介をさせて頂きます。私は立花小町。立花響の妹で、SONG所属のシンフォギア装者候補生です」

「──!?」

 

 情報の濁流で響の頭が混乱した。

 

「あ、でも残念ながら私が適正あったのはアメノハバキリなんだ。ガングニールはエル先輩で……」

「待って待って……ちょっと良く分からない」

「あ、ごめん。えっとね」

 

 話を纏めると、小町は適合者だったらしく将来はSONGの装者になるべく日夜訓練しているとの事。翼から免許皆伝すれば晴れて正式にアメノハバキリ装者になるらしい。

 そしてアイドルとなったエレオノーラもまた適合者だったらしく、ツヴァイウィングの様に歌手活動をしながらガングニール装者となってたくさんの人達を救って来たらしい。彼女のギアは奏から引き継いでいるとの事。

 

「ちなみにこの喫茶店もSONG関係のお店だから、気にしなくて良いよ」

「……はー」

 

 なんかもういっぱいいっぱいで言葉も無い響に。

 

「──お姉ちゃんはこの世界を見てどう思った?」

「──」

 

 小町は話の本題を斬り込んできた。

 響は妹のその言葉に息が止まり、答えあぐね……素直に言った。

 

「──気持ち悪い」

 

 響は──望んでいた世界を見て、しかし決定的な欠落を敏感に感じ取り、この世界を……未来を否定する。

 

「死んだ筈のエルが生きている。たった十年であの悲劇が……災害が無かった事の様に明るい皆が怖い」

「……」

「翼さん達だってそうだ。新聞やテレビを見たけど、皆幸せそうにしている。後輩や養子、新しい仲間に囲まれて──わたしはそれが怖い」

 

 それは、響が望んでいた事だ。

 皆と笑い合える明日の為に彼女は頑張って来た。

 それなのに──何故こんなにもこの未来を受け止めきれない? 

 

「ねぇ、アンタ」

 

 響は、目の前の妹を小町と呼ばない。

 

「──コマチは何処に居るの?」

 

 自分の日陰に縋り付いている為に。

 小町は姉のその姿に泣きそうにながらも──現実を突き付ける。

 

「──居ないよ」

 

 それは──響にとっては絶望で。

 

「最初から居ないよ」

 

 世界にとっては希望で。

 

「十年前に歌で死んだ人は──ううん。五千年以上の間で死んだ人も、殺された人も、最初から居ない」

 

 過去から未来へと紡がれる歴史であり。

 

「コマチさんは──アカシアさんは、アルセウスの力で消されて歴史は修正されたの」

 

 変える事のできない運命で。

 

「だから──コマチさんは居ない」

 

 コマチとの約束が果たされなかった明日へと続いていた。

 

 ──響の中で何かがボキリと折り砕けた。

 

 

 ◆

 

 

「──ふざけるな!」

 

 ガタンッと音を立てて立ち上がった響は、目の前の今の自分よりも幼い妹へと叫ぶ。

 認められない。受け入れられない。──諦める事ができない。

 

「それじゃあ皆が──わたしがコマチを見殺しにしたって事じゃないか!」

 

 響の脳裏にコマチとの日々が、彼が泣いて自分に救いを求めたあの時の事が過ぎる。

 

「それにアルセウスは言っていた。コマチを消して歴史を修正するとわたし達の記憶からも消えるって!」

「……」

 

 小町は一つの紙束を響に渡した。

 

「これはお姉ちゃんが集めた物」

「──わたしが?」

 

 響はその紙束を受け取り書かれている内容を見ると──目を見開く。

 そこに書かれているのは、アカシアの生涯。一目見て理解できたのは、響がずっと寄り添っていたからだ。彼を救う為に。

 

「それは【おもいでプレート】って言われている完全聖遺物。その内容のコピー」

 

 小町が語り出す。

 

「最初は世界中に散らばっていて、カケラだったの。お姉ちゃんが全部集めるまでは予言書。アカシックレコード。奇跡のレポートなんて呼ばれていた」

 

 そのうちの一部はアカシック教が所有していたそうだが、響が壊滅させた後に回収したらしい。

 

「アルセウスによってアカシアさんは消されたけど、蓄積されたエネルギーが、彼の記憶が記録となってこの世界に残ったの」

 

 だから歴史は修正されたが人々の記憶からアカシアは消えない。

 覚えている者も時が経つに連れて減っていくが。

 彼によって死んだ人間は歴史の修正で復活し、彼によって救われた人間はおもいでプレートにより救われたままだ。

 まるで彼を犠牲にして成り立っている様に。

 

「──それを」

 

 それを聞いた響は。

 

「──それを許容した未来が、この世界なのか……!」

 

 全てに絶望した。

 

 過去は変えられない。時間を遡り手を加えたと思った行動は、それは本来の歴史である。

 ならば──この世界が、この未来があるという事は、アカシアが消え、歴史は修正され、彼を犠牲にした未来が確定したという事。

 

「う、うあああ……!」

 

 響は約束を果たせなかったという事。

 

「あああああ……あああああ……!」

 

 響は──彼を救えない。

 

「──あああああああああああ!!」

 

 彼女の泣き叫ぶ声が──虚しく響き渡った。

 外では当たり前の日常が紡がれている。それが余計に響の心に翳りを生んだ。

 

 だから。

 

「──お姉ちゃん」

 

 そんな悲しむ姉の姿を見た彼女は──これ以上悲しませたくなくて。

 

「まだ、可能性はあるかもしれない」

 

 この世界にとっての絶望に──破滅に繋がる一つの方法を、大好きで憧れで、そして愛している姉に教える。

 

「これを見て」

 

 響は、小町が別に持っていた紙を渡される。

 それは未来の響が妹には見せたくないと隠していた一つのレポート。

 そこに記されているのは希望も絶望もなく、生も死も関係なく、夢も幻も現実すら捨て──救えずとも諦めない先にある一つの特異点。

 

「──」

「──」

「──、──」

「……──」

 

 響は妹の言葉を聞いて──しかし迷ってしまう。

 

「……でも、これだと」

「うん。この世界に、未来に辿り着かない──私は生まれない。存在しない……お姉ちゃんと会えない」

「どうして、そこまで」

 

 響が戸惑い、思わずそう問いかけてしまう。すると彼女はキョトンとした後、すぐにお日様の様な優しい笑顔を浮かべて目の前の姉に言った。

 

「だって私はお姉ちゃんの事が大好きだから。だから──泣いて欲しくない。悲しんで欲しくない。絶望して欲しくない」

「──」

「ちょっと怖いし、お姉ちゃんと会えないと思うと泣きそうになるけど──だとしても」

 

 だとしても、と響が、コマチが諦めたくない時、手を伸ばす時に口にする言葉を紡いで、小町は響の手をギュッと握り締める。

 

「今のままだとお姉ちゃん、全部諦めちゃいそうだから」

 

 小町の頬に一筋の涙が伝い。

 

「生きるのを諦めないで」

 

 響の胸にその言葉が重く重く乗し掛かった。

 震える手と温もりと共に。

 

 

 ◆

 

 

 そして響は──久しぶりに元の時間に戻って来た。

 ディアルガがなるべく過去へ跳ぶ前の時間に戻そうとしてくれたそうだが、それでも少しだけズレてしまっているらしく、一日先の未来に来ていた。

 その間に何人死んでいるのかと考え──頭の片隅でどうでも良いと思っている自分が居て、響は自分は壊れてしまったのかとぼんやり考えた。

 

「……」

 

 雨が降っていた。かつて独りになっていた時、ずっと降って欲しいと思っていた。そうすれば嫌いな自分も流してくれそうだと思い……今も同じ事を考えている。

 

「……」

 

 これからどうすれば良いのか分からない。未来の妹のおかげで一つだけ方法を見つけた。しかしそれは──選べば戻れなくなる。

 

 ──PPPPP。

 

 突如、響の持つ通信機が鳴り響く。

 どうやらSONGの誰かが響を呼んでいるらしい。画面を見ると「未来」の文字が。

 応答ボタンを押して連絡に出る。

 

「未来……」

『帰って来たんだね、響』

 

 陽だまりの優しい声が、響の冷たくなった心をじんわりと溶かしていく。

 彼女に会いたかった。会ってこの胸の苦しみを全て曝け出したかった。

 

「未来。わたし──」

『あのね響。落ち着いて聞いて欲しいの』

 

 口を開いた響の言葉を遮る未来。

 

 過去から帰って来た響におかえりと出迎えの言葉も送らず。

 

 そこで響は──違和感に気付く。

 街が……否、世界がおかしい。

 神の力で何度も時間を遡り、またその五千年の中で様々な経験を得た彼女は──敏感にその変化に気付いた。

 

 そして。

 

『わたし達ね、決めたの』

「未来、何を──」

 

 その変化は、既に。

 

『わたし達……コマチの願いを叶える事にした』

 

 取り返しの付かない所まで進んでおり。

 

『これから──アルセウスにコマチを消してもらう』

 

 ──全ての終わりが始まろうとしていた。



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第十話「FOR THE FUTURE」

ちょっと特殊演出加えてます。


 響が過去へと跳んだその日も、皆諦めなかった。

 何か方法がある筈だと。コマチを救い、滅びの歌を止め、明日へと続く未来へと進む為に。

 マリアは寝不足で倒れそうなのを必死に堪え、セレナはそんな姉を心配しつつ手伝い。

 ウェルは死にそうな人達を何とか延命させつつ解決方法を模索し。

 切歌は調に寄り添い。

 奏や翼、クリスは世界中を飛び回り調査をし。

 二代目は錬金術師協会を管理し。

 キャロルとエルフナインハはシャトーの力で何とかできないかと想い出を遡り。

 サンジェルマン達は研究を進める。

 

 そんな中、弦十郎は未来から報告を受けていた。

 

「響くんが過去に……」

「はい。ディアルガの力を借りて歴史を変えようって」

「それができれば良いのだが」

 

 ──彼らは知らない。歴史を変えるのは不可能な事を。

 ──彼らは知らない。未来に行き、響が絶望している事を。

 

 それでも彼らは諦めず、信じて、手を伸ばし続ける。

 

「──ブイ」

「──コマチ!?」

 

 そこに、コマチが未来と弦十郎の元へやって来た。

 未来は驚き、彼に駆け寄って抱き上げる。

 引き篭もっていた部屋から出て来たのは嬉しいが、状況が状況だ。下手をすれば殺されてしまう。

 

「コマチ、今出てきたら」

「ブイ」

 

 心配から彼を注意しようとした未来だが、彼は彼女の言葉を遮って弦十郎に頼み込んだ。

 未来は彼の言葉を聞いて不思議に思い、思わず復唱した。

 

「みんなを集めて……?」

 

 コマチは──覚悟を決めていた。

 

 

 ◆

 

 

 そこはかつてシェム・ハと戦い、勝利し、彼女と手を繋ぎ──未来を奪還する事ができた場所。

 ユグドラシル跡地。関係者以外入って来られないその場所に──シンフォギアを纏った皆とアルセウス。そしてコマチが居た。

 コマチは(そら)を見上げる。あの日見た星空はなく、そこに広がるのは闇のように黒い暗雲のみ。

 雨が降り続け──まるで皆の心を表しているかのよう。

 しばらくジッと見続けて……コマチは皆に謝った。

 

「ブイ」

 

 ──ごめんね。皆に辛い選択を強いて。

 

 その言葉に皆答える事ができない。

 本当なら彼と別れたくない。彼を犠牲にしたくない。

 しかし──彼の願いを、祈りを、想いを刻み込まれた彼女達は……コマチの言葉を無碍にする事はできない。

 だから、涙を堪えて俯く事しかできなかった。

 

「ブイ……」

 

 ──みんな、響ちゃんに伝えて欲しい。

 ──勝手な事をしてごめんって。

 ──勝手に約束を破ってごめんって。

 

「──分かったわ。わたしが……伝えておくわっ」

 

 彼のお願いに、マリアは頷いて引き受けた。

 死にそうな程苦しそうな顔で、今にも血を吐きそうに。

 コマチはそんな彼女の優しさに笑みを浮かべて、アルセウスへと向き直る。

 

『……良いのだな』

「……」

 

 コクリ、とコマチが頷く。

 装者達は最期の時が来たと、目を逸らしそうになりながらも、しかし耐えて彼の消滅を目に焼き付けようとして。

 

 

 

「──うあああああ!!」

 

 響が、駆け付けた。

 コマチはその声に、ずっと聞きたかった声に、大好きな響へと振り返る。

 響は駆けながら目の前の光景を、装者達がまるでコマチを逃さない様に彼を包囲していたのを見て。

 その光景は、嫌でも響に──現実を突き付ける。

 

 通信越しに未来が言っていた事は本当だという事が。

 

「ああああああ!!」

 

 響は装者達の包囲網を突き抜け、コマチを抱き上げ、アルセウスから離れようとして──サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティ、キャロルの四人が張った結界に阻まれる。

 結界にぶつかり、尻餅を着き。

 

「響!」

 

 皆が駆け付けようとして。

 

「……どうして」

 

 ギリッと奥歯から音が鳴り響き、握られた拳からは血が滴り、響から悲しみに染まり切った声が響いた。

 

「どうして!」

 

 響は信じていた皆を睨みつける。対して奏達は、彼女の視線を受け止める事ができずに視線を逸らしていた。

 

「ブイ……」

 

 ──なんで、響ちゃんが此処に。

 

 コマチは響にはこの事を教えないまま、この世界から、歴史から消えようとしていた。

 そうすればこれ以上彼女が苦しむ事も、悲しむ事もないと思って。

 装者達にもそう伝え、協力して貰っていた。

 しかし、現実は非常で響は間に合ってしまった。

 

「ごめんねコマチ。わたしが教えたの」

「ブイ……」

「やっぱりこのままだと……響は納得しないと思ったから」

 

 未来の言葉を聞いて、コマチは強く目を閉じて──響の説得を決意した。

 

「ブイ」

 

 響ちゃん、とコマチが彼女の名を呼ぶ。

 しかし響はその言葉を聞き入れず叫んだ。

 

「なんでこんな事を! なんで──なんで!」

 

 響の叫びに、コマチの心が軋む。

 迷ってしまう。悲しませたくない、と。でももう後には退けず。

 そんな彼に代わるようにして、マリアが口を開いた。

 

「彼の願いなの。歴史を修正してこの世界を、皆を救ってくれって」

「マリア……!」

 

 マリアの言葉に、響の目に怒りの感情が──否、憎しむの感情が浮かび上がる。

 

「何で……何で!? 皆あんなに必死に、何とかしようって……信じていたのに……いたのに!」

 

 響の言葉が皆の心を軋ませる。

 あれだけ信用していた皆を、好きだった皆を──受け入れる事ができなくなっていく。

 何故ここに来て皆諦めてしまうんだ。あれだけ救おうとしていたのに、考えを裏返して彼を殺そうと──。

 

 そこで響は、コマチがした事に気づいた。

 

「──コマチ。アンタまさか」

「……」

「力で、皆を──!」

「──ブイ」

 

 ──こうでもしないと、皆納得してくれなかった。

 ──だから……考えを変えて貰った。

 

 コマチはこの世界を、皆を救う為に……皆を洗脳した。

 ご丁寧に死にかけていた調を復活させて、絶対にアルセウスの力で消滅できるように、何があっても全てを──自分以外を救えるように。

 そんな彼のやり方に──響は絶望した。

 

「──ブイ」

 

 ──響ちゃん、ごめん。

 

 そしてコマチは、その力を響にも使った。

 直接触れている為に侵食は早く、ドクンっと響の心臓が、魂が脈打ち、頭にモヤが掛かる。

 ──しかし響は五千年分の執念と神殺しの呪いで、コマチの洗脳に抗う。

 

「ぐっ……」

 

 それでも、コマチの洗脳は、力は、彼の意思は諦めずに響を説得する。

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「……っ」

 

はい ▶︎いいえ

 

 頭に浮かんだコマチからのメッセージを、強い信念で拒絶する。

 ならばとコマチは──皆の力を借りる事にした。

 

「響……分かってくれ。光彦の願いを蹴るって事は生きる事を諦める事なんだ」

「そんな訳……!」

「あたしだって嫌だよ! でも……仕方ないじゃないか……!」

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

 奏の諦めるなという言葉を、その諦めてしまった言葉を。

 

はい ▶︎いいえ

 

「まだ、何か方法がある筈だ!」

 

 諦めたくない気持ちが払い除ける。

 

「方法って……何だよ」

「だからそれを」

「お前だって過去に跳んで探して来たんだろ!? でも……見つけていないじゃないか」

 

 翼の言葉が、響の心を深く斬り付ける。

 

「このままズルズルと時間が経てば……想いを遺してくれた皆を、親父達の死を……無駄にしてしまうんだぞ!?」

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「まだ、時間はある!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 響は残り少ない時間に縋り付いて、翼の言葉を弾き飛ばした。

 

「それって……皆が死ぬまでって事だよね?」

「……それは」

「そんな地獄を、コマチに見せるの? コマチを……孤独にするの?」

 

 クリスはこの先にある絶望よりも深い地獄を思い浮かべながら、彼により辛い想いをさせる響の言葉を否定し、撃ち砕こうとする。

 

「響は本当にそれで良いの!? 大切な人を目の前で失う痛みを、孤独になる苦しみをよく知るあなたが!?」

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「そんな事はさせない!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 響は目を塞ぎ、耳を塞ぎたいと思いつつも反論する。

 

「響さん……それは優しさなんかじゃ無いです。リッくん先輩の事を本当に想うのなら──」

「だけど!」

「──よく考えてください! 本当に辛いのは誰なのかを! それでも心を押し殺して、リッくん先輩は……せん、ぱいは……!」

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「よく考えるのはアンタ達の方だ!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 響は、優しさを捨ててでも彼女達を拒絶し、コマチを救おうとする。

 

「考えてないと思うデスか? ──皆必死に考えているデスよ! 博士だって死にそうになりながらも一生懸命に……!」

「でも!」

「それに! ……このままだと調が死んでしまうのデス。それは──コマチを犠牲にするのと同じくらい嫌なのデスよ……!」

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「わたしだって……わたしだって……!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 切歌の涙は、響の歪んだ視界では見る事ができなかった。

 

「ここまで来て目を逸らすの? ──あなたが彼の願いを拒絶すればする程、彼の胸の苦しみは強くなる」

「──」

「だから、選択を間違えないで」

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「嫌だ……! 嫌だ……!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 調の言う彼の心は、響は翳した心では触れる事ができない。

 

「──響。あなたが決断できないのなら……わたしが決めるわ」

「マリア……!」

「恨んでくれて構わない。……わたしは結局、あなたの味方にはなれなかった」

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 響はマリアを、皆を恐れてその場から逃げ出そうとする。

 しかし結界がそれを阻み、逃げる事ができない。

 

「響……」

 

 未来が響の名を呼ぶが、彼女には届かない。

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「やめてくれ! やめてくれ! お願いだから、やめて!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 まるで子どものように響が泣き叫び、それを皆痛々しげに見る。

 

「──ブイ」

 

 コマチはそんな彼女を見ていられず、アルセウスに一言だけ呟いた。

 お願いだ、と。

 

『──良いのだな?』

 

 アルセウスの問いにコマチはしっかりと頷き──響の手からふわりとコマチが引き離される。

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「待って! お願い! やめて!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 取り戻そうとする響の前に、装者たちが立ち塞がる。

 彼女達は涙を流しながら、悲しみに苦しみながら、コマチの意思に従う。

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「わたしから日陰を──」

 

はい ▶︎いいえ

 

コマチ  あきらめますか ? 

 

「奪わないで!!」

 

はい ▶︎いいえ

 

 

 

コマチ  あきらめますか ? 

はい ▶︎いいえ

 

 

 

コマチ  あきらめますか ? 

はい ▶︎いいえ

 

 

 

コマチ  あきらめますか ? 

はい ▶︎いいえ

 

「──ああああああああああああ!!」

 

 

 

みんな  ころして コマチ  すくいますか ? 

 

 

 

▶︎はい  いいえ

 

「響……?」

 

 ──脈打つ鼓動が煩かった。聞こえる全てが雑音に、視界に入る全てが灰色に、軋み上げる心が翳り堕ちていく。

 

「──まさか」

 

 マリアが響の波導から──彼女の愛憎を感じ取った。

 

「バルウィシェル……!」

 

 響は唄う。コマチを救う為に。

 

「ネスケル……!」

 

 響は唄う。手を繋ぐ為ではなく、拳を固く固く握り締める為に。

 

「ガン、グニィイイル……!」

 

 響は唄う。花咲く勇気を枯らしてでも。

 

「トロォオオオオオン!!」

 

 響は唄う。……大切で、大好きな掛け替えの無い仲間達を殺す為に。

 

 

 ギアを纏った響が拳を振り抜き、それを奏が槍で受け止める。

 

「何してんだ響!?」

 

 しかし響はもう何も答えず、殺す為に、救う為に前へと進む。

 響の拳と奏の槍が何度も衝突し──バキリと奏の槍が打ち砕かれる。

 

「な!?」

 

 それに一瞬気を取られた奏は、響の回し蹴りを諸に喰らい吹き飛ばされる。

 

「ぐあ!?」

「奏!? ──くそ!」

 

 響は本気だ。その事を理解した皆は彼女を止めるべくアームドギアを手に、向かってくる響に応対する。

 翼と切歌が響の行方を阻むように斬撃を振るいながら、彼女へと言葉をかける。

 

「やめろ響!」

「話を聞くデス!」

 

 しかし響は退かず、ギリギリのタイミングで回避しながら前へ前へと進み──アメノハバキリとイガリマの刃を握り締め、そして折り砕く。

 そしてその握り締めた拳で二人を殴り付け、翼をセレナの方へ、切歌を調の方へと吹き飛ばす。彼女達はそれぞれ受け止められるが、響は止まらない。

 

「翼さん!」

「切ちゃん!」

 

 殴られた仲間に気を取られた彼女達に、響の手甲が唸りをあげ、空間を殴りつける事で衝撃波がセレナ達を襲う。

 

『きゃああああ!?』

 

 四人が悲鳴を上げて、地面へと投げ出される。

 その光景を見ていたサンジェルマン達は、響を止めるべく結界を解こうとし──その前に響がギロリと彼女達を睨みつけた。

 

「──させない」

 

 響は──この五千年の時間逆行で錬金術を学び、己の物とした。

 コマチを救えると信じて、力になると思い、しかし無駄だった。

 その無駄が──何千年分の研鑽はサンジェルマン達の錬金術を掌握する。

 サンジェルマン達の逃がさない為の結界は、響の誰も入らせない──繋がりを隔てる壁へと変わった。

 

「──な!?」

「邪魔はさせない……!」

 

 空を睨み付ける響に一つの弾丸が放たれる。

 しかしそれを響は簡単に受け止め、自分を狙い穿ったクリスへと視線を向ける。

 その視線はどこまでも冷たく、クリスの熱は、炎は……届きそうに無かった。

 

 そこに波導を纏ったマリアが拳を振り抜き、響の拳と激突し、衝撃が走る。

 

「──それが、あなたの選択なのね」

「……」

 

 マリアの問いに響は答えず、力で応える。

 ガンッと音が鳴り、マリアは響の拳の力を受け流しながら後ろに飛び、未来の隣に降り立つ。

 

「響……」

 

 未来が悲しそうに、辛そうに彼女の名を呼ぶが──響は陽だまりすら拒絶し、自ら翳す。

 他の装者たちも悲しみを帯びつつも、響は止まらないのだと理解し──覚悟を決めて立ち上がる。

 

「ブイ……」

 

 それをコマチは。

 

「──ブイ」

 

 見ている事しかできず──。

 

 

 

 彼女達は血まみれになるまで殺し合いをし──。

 

 

 ◆

 

 

「っ、ぁ……」

 

 凄惨な戦いの後、倒れ伏したのは──響だった。

 彼女も、彼女を叩きのめした装者達も、皆ボロボロだった。

 マリアが居て数で負けている以上、コマチとの融合が使えない響に勝ち目はなかった。

 

 響が負けても死んでいないのは、装者達が響の事が大好きで、愛していて、仲間だと思っているから。

 

 装者達が血塗れになりボロボロなのは、それだけ響がコマチの事を大好きで、愛していて、家族だと思っているから。

 

「……お、ねがい」

 

 掠れた声で響が懇願する。

 

「ころ、さないで……」

 

 それは命乞いではなかった。

 

「け、さな、いで……」

 

 それは──。

 

「わたしから、コマチを……奪わないで……」

 

 それは──少女の祈りだった。

 

 しかし、人の祈りを聞き遂げて奇跡を起こす神は既に居らず、日陰は裁きの時を待つのみ。

 

「ブイ……」

 

 

 コマチはその光景を目に焼き付けながら、どうか自分が居なくなってもまた皆が仲良く、幸せになれるように願い。

 アルセウスに向き直り、最期の時を受け入れるべく目を閉じ、アルセウスもまた力を行使しようとし。

 

 凶祓いの光が力の行使を中断させ、黒きマントがコマチを包み込んでアルセウスから奪われる。

 

「──ブイ!?」

 

 コマチは戸惑う。何故なら、それはあり得ない行動だからだ。

 自分の力で彼女達は自分に賛同してくれている。

 だから邪魔をする筈が無い。

 それなのに──奏が、翼が、クリスが、未来が、マリアが、セレナが、切歌が、調が……響の側に立ち、涙を流していた。

 

『──何故だ。貴様らは納得したのではないのか?』

 

 アルセウスが、コマチの代わりに問いかける。

 それに対する答えは──。

 

『──している訳無いだろ!』

 

 彼女達は正気に戻ったのではない。心が変わったのではない。考えが変わったのではない。

 ただ、響の涙を見てしまった。泣いている所を見てしまった。傷つけてしまった。

 そうなるともう……ダメだった。

 人間は感情で動く。それを本能で抑え、理性で動く事もできるが──本当に大切な事は、心に従う。

 

 人間はそうやってずっとずっと生きてきた。

 

「みん、な……?」

 

 響が顔を上げて、仲間達を見る。

 

「ごめんな響。あたし達まだこれが正しいのか迷っている」

「それでもオレ達はお前を放っておけない」

 

 憎しみに囚われて涙を流し苦しんでいた響を知っているからこそ、奏と翼は今──いや、あの時から彼女を救おうとする事に戸惑わない。

 

「わたしは何度も間違えてしまう……それがあなたを傷つけてしまう──そうしてでもあなたと隣に居たい」

 

 道に迷い、撃つ弾丸を間違えても、クリスは響に寄り添いたい。

 

「同じ痛みを知っているからこそ、何が正しいのか、何が間違っているのか、分からなくなる」

「それでも。偽善と言われてでも、後悔したくないのデス。響さんを泣かせるのは、嫌だから」

 

 調と切歌が響に肩を貸し、立ち上がらせる。

 

「もう優しさが何なのか分かりません──でも優しくなくても、わたし達は」

 

 セレナがその力で響の体を癒す。その行為が罪の意識から来るのか、泣かせてしまった事に対する贖罪なのか、優しさなのか、もう分からない。

 

「もう弱いままでも、強いままでも居られない。あなたの敵でも、味方でも居られない。でも、それでも……裏切れない」

 

 マリアは弱々しくコマチを抱き締めながら、弱音を吐く。

 

 もう皆──訳が分からなくなっていた。

 狂っていると言われても仕方がない。

 それでも──響の涙を見たくない。コマチを悲しめたくないと言う気持ちは同じで。

 

「みんな……!」

「響……」

「未来……」

 

 響は、未来の伸ばした手に触れて、皆の顔をそれぞれ一人一人見て、このどうしようもない絶望の中で、崩れかけた世界に咲いた胸の歌に、応えてくれた残酷さえ抱き締める(こえ)に──。

 

『──認められない』

 

 しかしそれをコマチが否定する。

 マリアの腕から飛び出したコマチは、アルセウスの隣に浮いて戻ると──彼女達を見つめる。

 もう彼は声を出さず、テレパシーだけで一方的に彼女達に告げる事にした。

 声に出すと、感情が込もってしまうから。

 

「コマチ……!?」

『俺は──消滅してでも、この世界を救う!』

 

 その言葉を最後に、彼はアルセウスへ助力を頼み。

 響達は、コマチの言葉を、行動を認められず──。

 

「それでも、わたしは……わたし達は!」

『邪魔をするなら……!』

 

 アルセウスとコマチが光を放ち、それを止めるべくシンフォギア装者達は必死に喰らい付き、彼女達の歌は、彼の覚悟は、魂は、世界は──まるで流れ星のように、堕ちて、燃えて、尽きて、そして。

 

 

第十話「FOR THE FUTURE」

 

 

 ──動かない装者達。

 ──傷だらけになり、神殺しの力で瀕死の状態のアルセウス。

 ──そして、その地獄の中心で立つのは──血塗れになった響と、彼女に首を掴まれているコマチ。

 

『響、ちゃん……』

「……ごめん、コマチ」

 

 もう──どうしようも無い。

 皆が死んでしまった。皆がこれから死んでしまう。

 それなら、響が取れる選択は。

 

「わたしは」

 

 響は。

 

「世界を壊してでも──アンタを救う」

 

 未来を翳してでも──自分を救うしか無かった。

 

 グシャリとナニカが潰れる音がし──一つの世界が終わった。

 

 もう、誰も止められない。

 止める者が──居ない。

 

 




次回、LOST SONG編 最終話


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第十一話「キミだけに」

「これは……」

 

 未来で見せられたその記録は――響を絶句させた。

 

「お姉ちゃんは神殺しの力を持ちながら、神の力をその身に宿して戦ってきた。つまり、この世界で一番神の力を使いこなせる存在」

 

 コマチと融合し、ディアルガの時の力を使いながらも、響が神殺しの力でそれらを跳ね除けなかったのは――彼女には才能があるという事だろう。

 神の力を――世界を支配する力を扱う才能に。

 そして、その力を使えば……この未来に行きつかない世界に変える事ができる。

 

 それは可能性だ。

 彼女が選ぶ事ができる可能性であり――選ばない事を選んだ末に辿り着いた袋小路。

 

 しかし響はそれを許容する事ができない。だからこそこの時代の響も妹に見せないようにしていたのだろう。

 

「わたしが思うに、未来は……世界はたくさんあると思うんです」

 

 だから。

 

「お姉ちゃんは――お姉ちゃんだけの世界を作って」

 

 小町はそうして大好きな姉の背を押して――永遠に自分が生まれない、大好きな姉と出会えない可能性を作り出した。

 

 

 そして響は――全てを拒絶する世界を作り上げた。

 

 

第十一話「キミだけを」

 

 

 響は神殺しの力でディアルガ、パルキア、ギラティナを殺し、自分の身に吸収させた。かつてのシェム・ハの様に。

 アルセウスも取り込もうとしたが――逃げられてしまう。しかし響はそれに構わず、次に出会った時は逃がさないと決めた。

 

 響は三体の神の力を使って世界を書き換えた。

 パルキアの力で空間的閉鎖を行い、ディアルガの力で時間的閉鎖を行い、ギラティナの力でそれを循環させる様に世界全てを反転世界に置き換える。

 そしてコマチを――否、アカシアを神殺しの力で分裂させ、三体に分かれた彼らをこの世界を安定させる為の軛にした。偶然にもその姿は――リッくん先輩、光彦、そしてコマチとなった。しかし彼らにその時の記憶はなく……ただの獣当然だった。

 

 それでも響は構わなかった。これで――全てが止まるのだから。

 

 世界はこれから何度も同じ時間を繰り返すだろう。滅びの歌が再始動したあの日から、全てが死に絶える最期の時まで。

 死んだ魂は永遠に世界に囚われ続けるだろう。この世界に閉じ込められた為に。

 そして人はこの反転した世界で夢を見続ける。

 自分が望んだ世界を。愛する者との世界を。優しい世界を。

 生と死。現実と夢。過去と未来。希望と絶望。始まりと終わり。

 全てが曖昧となった世界で死んだ人間も生きている人間も始まりからやり直し、永遠に終わらない夢を現実として、希望も絶望もなく、過去も未来も関係なく――眠り続ける。

 

 

 こうして世界は終わった。壊れた。――滅んだ。

 しかし滅びの歌は紡がれず――この世界から消えた。

 コマチが好きだと言っていた歌と共に。

 

 

 

 

「おはようございます、フィーネ」

「ええ、おはよう」

 

 平日の朝、クリスはリビングに降りて同居人のフィーネに朝の挨拶をする。フィーネは新聞片手にコーヒーを飲みながら穏やかに挨拶を返した。

 

 全裸で。

 

「もう……わたしとフィーネしか居ないけど、服を着てって言っているのに」

「なんだ? 照れているのか?」

「呆れている……」

 

 しかし今に始まった事ではないのか、クリスは諦めた様子でそれ以上言わず、キッチンに入り朝食を作りつつ弁当も作る。

 朝食は自分とフィーネの分。

 弁当は四人分。

 その光景を見たフィーネがニヤニヤしながら彼女を揶揄う。

 

「いつもいつも健気で微笑ましいなクリスは」

「……別に」

「しかし別に同性婚を否定する訳ではないが、もう少し男に興味を」

「ひ、響とはそんな関係じゃないから!」

「ん? 私は一度も立花響の事とは言っていないが???」

「――フィーネの弁当の分は無し。翼にでもあげるか」

「ちょっと待って! それは無いだろう!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐフィーネを無視し、クリスは弁当を仕上げていく。

 彼女の言う通り、クリスは家族の分とは別に響とコマチの分も作っている。

 クリスは、自分が作った弁当を彼女達に食べて貰うのが好きだった。

 美味しい美味しいと明るく元気に分かりやすく食べてくれるコマチも、静かに黙々と、しかし綺麗に全て食べてくれる響も、二人が大好きだった。

 だからこうして作り、学校で渡して食べて貰っている。

 

「人の事をどうこう言う前に、フィーネもいい人見つけたら?」

「あら? 小娘がこの私に恋路の話で説教するつもり?」

「一途なのも良いけどそのまま行き遅れ続けるのもどうかと思う」

「逆さ鱗に触れたぞ、その言葉……!」

 

 そんな風に二人で騒ぎながらも楽しく食事をし。

 

「そういえばソネットと雅律からメールが来ていたぞ。息災だそうだ」

「そう、良かった。ソーニャお姉ちゃんも一緒だし」

 

 家族の様に当たり前の日常を過ごし。

 

『クリスー! 学校に行くデース!』

「あ、キリちゃん」

「全く、毎度毎度煩い奴だ白い方は」

 

 しかしそれは彼女が望んだ幸せな世界で。

 

「それじゃあ行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 残酷な程に優しい――夢だった。

 

 クリスは夢を見続ける。

 

 

 

 

「ピカピ! ピカピ! ピッピッピカ!」

「あははははは! 光彦なんだよそれ!オタ芸って奴か?」

 

 二課にある奏の部屋にて、光彦が奏と翼の顔が描かれた団扇を持って踊っていた。それを見た翼は腹を抱えて笑い転げ、奏は呆れた様にため息を吐いた。

 可愛らしいピカチュウの姿のおかげで微笑ましく見えるが、もしこれが脂ぎった成人男性なら普通に引かれる動きだった。

 それだけ洗練されており、故に翼のツボにハマった。クリスのクソ寒ギャグで呼吸困難する感性故に。

 

「ピッピカ!」

「あ〜ん?最高のライブには最高の応援だとぉ? 一丁前な事言いやがって」

 

 そう言って奏は光彦を抱き上げ、「ほれほ〜れ」と頬擦りする。赤く柔らかい頬っぺたが心地よく、光彦の照れたような鳴き声もまた愛おしい。

 その光彦は奏の豊満なお胸様にタジタジになっているが。

 

「なんだよこいつ、オレたちの事好き過ぎだろ」

 

 そう言って翼は奏から光彦を取り上げて、奏と同じ様に頬擦りをする。やっぱり彼の頬は柔らかく、ツヴァイウィングの二人はこの感触の虜になっていた。

 光彦も翼の柔らかなお胸様に……お胸様に……。

 

「……ピッ」

「ふんっ!!」

「ピカチュウ!?」

 

 鼻で笑った光彦を、翼が米神に青筋を立てて彼の頬っぺたを引っ張り伸ばした。

 痛みに悲鳴をあげる光彦だが、翼はお仕置きをやめてくれず、奏はそんな二人を笑って見ていた。

 

「誰が絶壁・アメノハバキリだこら! 丘くらいはあるわ!」

「ピカ」

「何が整理された後の平野だゴルァ!!」

「ピカァ!!」

 

 15分程してようやく光彦は解放され、赤く腫れた頬っぺたを抑えてサメザメと泣く。しかし自業自得な為、彼のお姉ちゃん達は放置していた。

 

「次のライブが終わったら休暇があるんだっけ」

「ああ。奏はどうするんだ? オレは師匠と一緒にお父様とお母様の所へ帰る予定だ」

「あたしも実家に帰省だな。妹が早く会いたいと煩いんだ」

「……という事は」

「……ああ、分かっている」

 

 そこで二人は真剣な表情を浮かべ――それぞれ右手を繰り出した。

 

『ジャンケンポン!アイコでしょ!しょ!しょ!しょ!』

「よしあたしの勝ち! という訳で今回はあたしが光彦を連れて行くからな!」

「ちくしょおおおおおおお!!」

「ピカピー」

 

 自分を賭けてジャンケンで争う二人を見て呆れた声を出す光彦。

 しかし二人は本気で、勝った事に死ぬほど喜び、負けた事に泣くほど悔しがっていた。

 そして勝者である奏は機嫌よく光彦を抱き上げて彼に言う。

 

「妹も喜ぶぞー。最近はあたしの話よりもお前の話に興味津々だ」

「ピカピ?」

「ヤキモチ? ははは。それよりもあたしは嬉しいかな。妹と弟がこんなに嬉しいんだから――さて、そろそろ飯にしよう。今日もケチャップたっぷりオムライスを食べような」

「ピカ!」

「……いや、二人ともほど程々にな? 健康的にもそうだけど、最近食堂のおばちゃんの視線がこえーんだよ……」

 

 残酷な程に優しい――夢だった。

 

 ツヴァイウィングは夢を見続ける。

 

 

 

 

『甘いぞマリア! もっと早く!』

「はい!」

 

 何処かの草原にて、リッくん先輩とマリアが組み手を行なっていた。

 お互いに波導を駆使し、相手の動きを読み、自分の攻撃を届かせようと手を伸ばし続ける、

 しかし力量差は歴然で、リッくん先輩はマリアに指導する程の余裕があり、マリアは汗だくになりながらその指導に従って辛うじて喰らいつける程。

 五分程経つとマリアの動きに精細さが欠け、そこを突かれた彼女はリッくん先輩に負ける。

 

「……参りました」

『うん。お疲れ様』

 

 そう言ってリッくん先輩はマリアの頭を撫でる。

 お互いに体が大きくなり、幼いあの頃と比べると二人は強くなった。

 それでも変わらないものがある。

 マリアは恥ずかしく思いながらも嬉しく、されるがままにリッくん先輩に撫でられ続ける。

 

「ねえさーん! リッくんせんぱーい! お昼にしましょー!」

 

 そんな彼らに、丘の上にある大きな木の下でセレナが大声で呼びかける。

 ビニールシートを広げて弁当箱を開いており、それを見た二人のお腹から「ぐー」と腹の虫が鳴り響く。

 

『……行くか』

「ええ、そうね」

 

 リッくん先輩はセレナに手を振って応えると、当たり前の様にマリアの手を握って歩き出す。マリアはそれにされるがままで、しかし全く嫌ではなくむしろ嬉しくて、思わず繋いでいる手を見つめる。頬を赤く染めて、心臓の音を煩いほどに高鳴らせながら。

 

「は〜……尊い」

「セレナ……」

 

 その光景を蕩けた表情でセレナが見つめ、そんな彼女にナスターシャが呆れる。

 四人は、家族の時間を大切に過ごしていた。

 セレナが作った弁当を食べるリッくん先輩は、いつもの様に彼女を褒める。

 

『また腕を上げたなセレナ。前よりも美味しくなっている』

「えへへ。ありがとうございます! ここ最近だとその味が気に入っているみたいでしたし」

『セレナは優しいな。見るところ、皆の好みに合わせて弁当の中身を変えている』

 

 リッくん先輩の言う通り、セレナが作った各弁当の中身はそれぞれ食べる人の事を考えて作られていた。手間暇掛かるだろうに、彼女はそれを苦だと思わず一生懸命に作っていた。

 愛情が込められている。それが分かる弁当だった。

 

「えへへ。ありがとうございます」

『――しかし』

 

 ヒョイっとリッくん先輩がセレナが飲もうとしていた水筒を取り上げる。

 それにセレナが「あっ」と声を出し、いたずらがバレた子どもの様に表情を浮かび上がらせる。

 

『ピクニックに酒を持って来るなよ……』

「いや、その、こんなに気持ち良い所で呑んだら美味しいかなーって」

『セレナ』

「うぅ……ごめんなさい」

 

 しょぼんとするセレナだが、リッくん先輩は構わずに酒を没収した。

 家に帰れば返してくれるだろう。

 

『ナターシャ。貴女も注意してください』

「ナスターシャです。それに貴方も少し厳しいのではないですか? 良いではないですか、こういう日くらい羽目を外しても」

『限度というものがあります。それにセレナは最近飲み過ぎて少し肝臓の数値が悪い。嗜む程度なら何も言わないが、泥酔する程飲むなら――家の酒全部水に変えてやる』

「わー! それだけは勘弁をー!」

 

 リッくん先輩の言葉にセレナが泣きつき、彼はため息を吐いた。

 これから気をつける様に、と言ってやめてくれた。

 つまりこれ以上目に余る様なら本当に実行するつもりなようで、セレナは涙を流した。

 そして次の矛先はナスターシャに向けられる。

 

『ナターシャ。貴方もですよ。肉ばかり食べて……野菜も取ってください』

「ナスターシャです。良いじゃないですか、それくらい」

「貴方はそうやって! 貴方がそんなだからセレナもその辺緩いのですよ! そもそもですね、貴方は――』

 

 そんな光景をマリアは幸せそうに見ていた。

 弱さを自覚して強き姿で居られないといけなかったあの日とは違い、マリアはただのマリアで居られる。

 勇者で居なくても良い。

 自分に厳しくしなくても良い。

 正しくあろうとしなくても良い。

 ただ、好きな人の隣で、時々甘えて、普通の少女で居られる――そんな後輩で居られる世界に浸り続ける。

 

 残酷な程に――優しい夢だった。

 

 彼女達は夢を見続ける。

 

 

 

 

研究所の一室で大爆発が起きた。すぐに扉が開けられ、モクモクと黒煙が廊下に流れていき、咳き込みながら髪をアフロに身体中を煤だらけにしたウェルとキリカが抜け出してきた。

 

「……どうやら失敗の様ですね」

「ケホケホッ。も〜う。何をやっているデスか博士!」

 

 白い髪だからか煤が目立っており、キリカがプリプリと怒り出す。

 しかしウェルは気にした様子も見せず、一つ咳払いをし彼女に教える。

 

「良いですかキリカくん?そもそも失敗なき成功は無いのですよ。つまりこの失敗は布石。成功への一歩。ゆくゆくは僕の研究も――」

「――それで何度も爆発させるな。その度に起こされるこっちの身にもなれ」

「痛い!」

 

 長々と自慢げに語っていたウェルだが、物凄く不機嫌な調が背後から現れて彼の尻を思いっきり蹴った。ウェルは悲鳴をあげて廊下に投げ出され、そんな彼を調が冷たく見下ろす。

 

「この馬鹿博士。もっと上手くできるでしょ」

「か、過大評価です……」

「評価?違う。命令だ」

「横暴!」

 

 そんな漫才みたいなやり取りをしている二人を尻目に、キリカは調と一緒に駆け付けた切歌によって体を綺麗に拭かれていた。

 

「あまり無茶させたら駄目デスよキリカ。博士は頭の何処かのネジが行方不明なのデス」

「面目無いデス。でも博士なら、と思うと……」

「相変わらず博士に甘々デスね」

 

 デスデスデースと同じ声で、同じ顔で話している光景はまるで双子のよう。髪の色が違うのですぐに見分けがつくが、目隠しをされて声を掛けられて当てられる者はウェルと調以外には居ないだろう。

 尻の痛みが治ったウェルがよっこらせと立ち上がり、腕時計で時間を確認する。そして切歌と戯れているキリカに言った。

 

「キリカくん。体を綺麗にした後、朝ごはんにしましょう。そろそろ学校に行く時間です」

「オヨヨ!もうそんな時間デスか!? それじゃあちょっと行ってくるデス!」

「あ!待つデスよ!キリカは烏の行水ですから、アタシがしっかりと洗ってあげるデス!」

 

 切キリコンビは元気に姦しくシャワールームへと駆けて行った。

 それをウェルと調は見送り、調がジロリと彼を見上げる。

 

「……爆発を目覚まし時計代わりにしないでくれない?」

「はて、何の事やら」

「それとキリちゃんに経験を積ませる為なんだろうけど、もう少し安全にして」

「ふふふ。ええ、心得ています」

「でしょうね。……じゃあわたしもシャワー浴びてくる」

 

 調は言いたい事を言いたいだけ言うとマイペースに切キリコンビの元に向かい、三人仲良くシャワーを浴び、キリカの作ったご飯を食べて、ウェルに見送られながら学校に行き、思い出を作っていく。

 休みの日には何処かに行くのだろうか。動物園。水族館。遊園地。もしかしたら友達の家。

 もしくはウェルや調の研究を進めるのだろうか。それで世界中の困っている人を助け、笑顔にしていく。

 どちらでも良い。何故なら、家族全員が揃っているのだから。

 

 残酷な程に――優しい夢だった。

 

 彼女達は夢を見続ける。

 

 

 

 

 みんなが夢を見続ける。

 子どもも。大人も。赤ん坊も。老人も。男も。女も。

 優しい人も。厳しい人も。愛の深い人も。憎しみの深い人も。良い人も。悪い人も。

 夢を見たいと思う人も。夢を見たくないと思う人も。

 皆平等に夢を見続ける。それはアカシアも例外ではなく、人々の夢に溶け込んで、優しい夢を見続ける。

 

 

 響以外は。

 

「……」

 

 響だけは眠る事を許されない。

 響だけは夢を見る事は許されない。

 この世界の管理者となった彼女は、この世界を維持する為に、彼女だけが起き続けなくてはならい。

 

 たった独りで。孤独で。

 

 何故なら、彼女がこの世界を選んだから。決めたからだ。

 世界を壊し、未来を閉ざし、産まれて来る筈だった命を――妹を、人々の将来の夢を捨てた――その咎を背負い、まるで罰を受けている罪人の様に。

 

「――」

「……コマチ」

 

 響の肩にイーブイの姿をしたアカシアが乗る。

 彼女はそれをコマチと呼んだ。

 しかしそのコマチの鳴き声は――聴き慣れたものではなく、まるで獣の鳴き声で文字にするには簡単で、難しい鳴き声。

 コマチと呼ばれたイーブイは、響に興味を失ったかの様に肩から飛び降りて気ままに世界を歩き続けた。反転し、何も無い世界を。

 響はそれを止めず、視線も向けず、ただ空を見続けた。

 

「これで良いんだ」

 

 響は永遠にこの世界に君臨し続ける。

 

「これで良かったんだ」

 

 それがコマチを救う唯一の方法だと。

 

「……これで」

 

 響は――翳り堕ち、歌が消えた世界で独りで居続けた。

 彼女に寄り添う日陰は……居なかった。

 

 




 キミ決め第八部を終えて。

 この度は、『戦姫絶唱シンフォギア 〜キミに決めた! 〜 第八部 LOST SONG編、並びにこれまでの物語を読んで頂きありがとうございました。
 こちらにてキミ決めについて、私なりの想いを語らせて頂こうと思います。

 第一部。滅亡のカウントダウン。ずっと昔からカウントダウンは始まっていたというキャッチコピー。
 ポケモンといえばピカチュウ! という訳で、初めはピカチュウスタート。ポケモンになってしまった! と伝えやすい配役だと思い決定。サブタイトルもポケモンゲーム風にしてみました。そして奏さんの声ってサトシと同じやん! 良いネタだ! ……と勘違いしたアホが私です、はい。コナンとサトシがごっちゃになったみたいですねちくせう。
 後、奏は原作で主人公である響に想いとガングニールを託す重要なキャラな為、本編に入る前の交流するキャラとして相応しいと思いこうなりました。
 そして此処で変化点。翼のアナザー化。母が死に、父に捨てられ、そして厳しくも優しかった母を死なせた風鳴家を恨んだ彼女は、弦十郎について行き風鳴の家を出て行く。そしてその先で出会った奏に憧れ、口調を真似、不器用ながらも独学で調べた結果こうなった。どうしてこうなった……。髪もバッサリと切り少年のような服を、言動した結果女の子にモテて、女の子にモテる男らしい。男らしいという事は強い。つまりもっとモテれば強い、という。野生動物みてぇな思考で暴走した結果女たらし(笑)になりました。そして、奏を慕っている為にユニットを組みながらも「姐さん」と呼び、それ故に対等な関係ではなく、奏はモヤモヤしていたり。
 そんな中、了子さん事フィーネもチラリ。大抵二次創作だとオリ主を利用する事に定評がある彼女ですが、今作では友情ルート。フィーネさんアカシアの事大好き。どれくらい好きかと言うとエンキとアカシアでハーレム築いても良いくらい……。
 なので彼の名前には人一倍思い入れがあり、光彦と命名された時はブチギレてました。
 ちなみに光彦はコナン繋がりです。
 その後は二課で過ごす光彦。すっかりツヴァイウィングの弟枠を獲得。
 まぁライブで死にかけた奏と響を救って死にましたが。
 このシーンはとある作品を読んで私もやってみたいと思い、書きました。
 そして背後に目の前が真っ暗になったで終わり。これは、冒頭でも書いてあり、つまり光彦になる前にも誰かを救って死んだ事を示しています。
 此処から奏は光彦の幻覚が見える様になります。翼とも対等になるけど失ったものはあまりにも大きかった。
 フィーネはアカシアの死に心を痛めながらも過去のアカシアとの約束を優先して……。
 ラスボスはカルマノイズ。コイツが居なければ光彦は死ななかった。
 此処で序章が終わり、次からメインヒロインのグレ響の登場です。

 第二部。歌には血が流れ、詩には魂が宿る。歌う事で血が流れる。つまり死を意味し、詩には魂が宿る。は人類はずっと滅びの歌を抱えていたという事。
 サブタイトルは無印を意識したものがチラホラ。この章は主人公とメインヒロインであるグレ響の出会い、すれ違い、主人公の格の部分、そして手を繋ぐまでの物語。
 本編響ともXDグレ響との違いは、やはり力と境遇。奏のガングニールの破片で死にかけたのは同じですが、主人公の力で回復した為生死を彷徨う事は無かった。しかし光彦の力が減衰していた事もあり傷痕が残る。
 此処からが相違点。今作の響は傍から見れば無傷でライブの生還しており、本編よりも翳り裂く閃光よりもイジメが激化。それにより未来両親が巻き込まれるのを恐れて引っ越し。此処でグレルート突入。さらに家族にも被害が及び出し、家を飛び出し──響の時間逆行により、響の事をずっと探していたアダムが接触。アカシアを救う為に彼女を利用する為、フィーネの事を伝え、衣食住、そして情報を提供して響を駒にしました。翳り裂く閃光のグレ響は学校に通っていたので家族との繋がりはあると思いますが、こちらでは無し。断ち切ってしまっており、それが彼女のストレスを増大させていました。
 ちなみに! アダムの金で食いたい物をいっぱい食べて! ノイズとの戦いで動きまくったこの響は! 出るとこは出て! ひっこんでるところは引っ込んでる! それはもうムチムチでエッチィナイスバディなんですよぉ! ははは! 
 そして紫電のちからですが、これは当然光彦の遺した力。しかし復讐に囚われて黄色の閃光から紫電へと変質、さらに融合症例により効率化してその強さは作中トップクラス。ぶっちゃけ瞬間火力はラストシンフォニーよりかと。ちなみにこの紫電はエレクライトを基に構想を練りました。
 後は故郷のクラスメイトに適度に虐めて貰いつつコマチと繋がりました。ラスボスはアダムのカルマノイズ。花咲く勇気でぶっ飛ばせ。
 これによりグレデレ響の出来上がり。

 第三部。幾千超えて変わらぬ恋、幾千超えて変わる愛。これはフィーネの事であり、響の事であり、アカシアの事でもありました。
 サブタイトルは続投で無印イメージ。
 此処でツヴァイウィング、響、フィーネクリスキリカの三つ巴と未来さん曇り展開。そしてアカシアの名をお披露目。ツヴァイウィングと響の衝突、クリスとフィーネの関係。チラつくキリカ。お陰様でフィーネを魅力的に書けました。響さん相変わらず曇ってますね。未来さんも曇ってますね。アナザーキャラによる無印再構成は大変楽しかったです。そしてラストバトルではXVラストをイメージして書きました。ラスボスはフィーネ。

 第四部。喪失──さよならバイバイ。わたしの光。わたしの光、つまり未来が喪失しているという意味でもあります。サブタイトルは喪失──融合症例第一号みたいな形式。
 此処でアカシアの過去をチラリと乗せるスタイル。マリア達の所にも居たという形式。そして当然アナザー化。しかしロリマリアではアイドルは難しい。ならば可変式や! 波導? なんか強そうやな! どうせなら精神的にも強くさせたろか! こう、愛した人からの影響とかマシマシ! 
 はい、G編におけるヤベー奴第一号の完成です。どうしてこうなった……。波動込みの戦闘能力は弦十郎並で、時限式で戦いで弦十郎に負けるレベル。それでも二課からしたら勘弁して欲しい存在。覚悟ガンギメで最後まで止まらなかった。エロさと迷いとかはセレナに譲った。
 そしてもう一組は調とキリカ、そしてヤベー奴第二号ウェル博士。この世界のウェル達はロボ系ではなく生態系なので作ったのもアンドロイドではなくホムンクルス。色々いじって全シンフォギア使えるぜ! と思ってたら原作の方で何かみんなの歌を集めてて草生えたんですよね。
 そしてキリカの存在からウェル博士が超有能に。何人か泣かせる罪な男になりました。フロンティアのキリカとのシーンは書きながら泣きました。キリカ共々お気に入りです。
 そしてまーた曇る響さん。コマチさよならバイバイして暴走して、未来さんと繋がる。そしてマリアと決着して取り戻す日陰。正直響の曇るシーンは書きやすかったですね。ここら辺で己の性癖を自認しました。
 ちなみにルカリオ映画の主題歌バトルフロンティアでして、なんか運命感じるなーと。そして歌詞が何となくマリアとリッくん先輩みたいで。
 ラスボスはネフィリム……ではなくマリア。

 第五部。世界を殺す為の歌がある。滅びの歌の事。サブタイトルは〇〇の〇〇形式。
 この章は三つ巴に見せた叙述トリックを用いたり、イグナイトの代わりにアカシアの力を入れたり、イーブイフレンズ出したり、奇跡の完遂者したりと込み込みでした。そして出てくる響パパ。ホームレス時代にコマチ食おうとしやがった響パパ。グレてるから原作以上に響との関係がやーばい。さらにキャロルと関わった事で絵面がやーばい。でも響も家族から逃げたからね……結局曇るのよ。それでも絆の力で乗り越えてようやく出せたアカシック・クロニクル。つまりアカシアの記録。響とコマチが到達した最高の力ですね。仮面ライダーで言うといきなり最終形態出してるんですよねこれ。変身の台詞ウルトラマンジードなんですよねこれ。属性的にはきずなへんげキャロル(感想欄より借りパク)と同じ。奇跡の力。お借りします! 
 ラスボスはブラックナイトネフィリム。

 第六部。死を灯す永遠の輝き。つまりアカシアが生き続ける事で滅びの歌もまた灯り続けたという意味。サブタイトルは四つの漢字。
 おら出番だぞヒトデナシ! そして出てくるのは錬金術師協会とサンジェルマン、そして御三家。イグニスは読者さんのを借りパク。やられたぜ……。この会ではヒトデナシが大暴れし、ガングニールのファウストローブが火を吹いた。みんな響好き過ぎて死ぬ事を恐れなかったの怖いですね。そして再び頑張るウェル博士。腹に穴を空けながら響を救いに。正直ウェル博士がパヴァリアに居なければ詰んでましたね。ナイスウェル。そして響の過去の決着とアカシアの闇に触れ始める回。その事に気づけたのはプレラーティのみ。
 ラスボスはアダム。

 第七部。繋ぐこの歌には──人を殺す力がある。はい滅びの歌滅びの歌。サブタイトルは逆光、虹色、未来へのフリューゲルの歌詞から。
 此処では一足先に洗脳されたノーブルレッド、防人ジジイ、マスターサイコゴッドマスターサイコ事シェム・ハの登場ですね。だいたい原作沿いの展開をしつつ目的とか心情とかコネコネ改変しました。此処で物語の革新にサワサワしつつXVを乗り切りました。そして初めて出てくる本物のポケモン。最終章の伏線を撒きつつ最終回ぽく仕上げてみました。
 ラスボスはシェム・ハ。

 第八部。明かされる罪と罰。サブタイトルは各装者とポケモンの曲名です。そしてLOST SONGなので、その曲の意味が失うというメッセージがあります。
 第八部で語りたいことは一言だけ。
 凄く楽しかったです。


 さて、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。縁がありましたらまた何処かでお会いしましょう。
 この作品を読んだ方、この活動報告を読んでくださったお礼に少しだけおまけを載せます。スクロールして閲覧ください。では、どうぞ。


















 閉ざされた世界──そして、未来。
 人を殺す歌は廻り続け、奇跡は絶望へと変わる。
 それでも、彼女は大切な日陰を生かす為に、世界を捧げ、未来を捧げ……ゆらゆらと揺れ動く。
 これが正解だと、これが救いだと信じて。
 大好きな日陰の悲鳴に耳を塞ぎ、大好きな日陰の泣き顔に目を閉じ、大好きな日陰の願いを……心を翳し、踏み躙って──。

「──だとしても!」

 そんな彼女に──手を差し伸ばす一人の少女が現れた。

「もうやめて! もう一人のわたし! こんな事をしても、アカシアさんが悲しむだけだよ!」

 その少女の名は──立花響。
 人と手を繋ぐ勇気を持つ、並行世界のガングニールの装者。

「わたしも大切な人を失いかけた事がある! 気持ちは分かるつもり! だから他の方法を──」
「黙れ……! 取り戻せたお前に、わたしの気持ちが分かるなんて絶対に言わせない!」

 しかしこの世界の響は、並行世界の響を拒絶し、戦いは人と人から──世界と世界同士の戦いへと大きく捻れていく。

「世界を、人を守るのが防人の努め! それを忘れたか!」
「防人防人って──イラつくなぁお前!」

 風鳴翼。

「何でお前が──あたしが生きるのを諦めているんだ!」
「何も知らないお前が──好き勝手言っているんじゃねぇ!」

 天羽奏。

「人は何度だって間違える! けどな、それを殴ってでも止めるのが友達じゃねぇのか!」
「うるさい……! 耳障り……! もう放って置いて!」

 雪音クリス。

「アナタ──本当にマリアなの?」
「質問の意図が分からないわ──わたし」

 マリア・カデンツヴァ・イヴ。

「あなたはそれで良いの? 本当に──」
「わたしだって、本当は嫌ですよ。でも……でも……!」

 セレナ・カデンツヴァ・イヴ。

「大切な人が居なくなると苦しくなる。アナタはその事を誰よりも理解している筈。それなのに!」
「黙れ偽善者──刻んであげようか?」

 月読調。

「アナタまでそんな調子じゃ、お気楽者のアタシ達がそんなんじゃ、みんな間違えちゃうデスよ! しっかりするデス!」
「それでも、どうにもならない事はあるのデス!」

 暁切歌。

「ねぇ、あなたはそれで良いの? 大切な人が間違って、苦しんで──それで良いの?」
「……」

 小日向未来。

 相対するはもう一人の自分。
 突き付けられるのはどうしようも無く正しく、だからこそ受け入れられない。

「わたしは……わたしは……!」
「ねぇ、手を差し伸ばして──大丈夫。へいき、へっちゃらだよ!」

 何故なら──。

「──わたしはその為にこの世界に来たんだ」


 戦姫絶唱シンフォギア 〜キミに決めた! 〜

 第九部 戦姫絶唱シンフォギア LAST SONG編

「コマチ……なんで──」
「ありがとう響ちゃん──大好きだよ」

 近日公開。


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第九部 戦姫絶唱シンフォギア LAST SONG編
第一話「Synchrogazer」


 ──イヤだ。

 

 ──独りは、イヤだ……。

 

 ──わたしを独りにしないで……。

 

 ──未来……奏さん……翼さん……クリス……。

 

 ──マリア……セレナ……切歌……調……。

 

 ──……コマチ。

 

 ──お願い……誰か……誰か……。

 

 ──助けて。

 

 

 

「──き。響!」

「……未来?」

 

 午前6時。

 少女、立花響は親友である小日向未来の声により、眠りから覚めた。

 ムクリと体を起こして己の陽だまりを見ると、何故かとても心配そうにして響を見ていた。

 いったいどうしたのだろうか。

 首を傾げつつ、響は未来に尋ねる。

 

「どうしたの未来?」

「どうしたのじゃないよ! 物凄く魘されて……! それに、ほら」

 

 未来が響の頬を指差す。響は不思議に思いながらも自分の頬に触れると、何故か濡れていた。

 何故濡れているのか? その理由はすぐに分かった。

 響は泣いていた。

 眠りについたまま涙を流してしまった為、頬が濡れていたのだ。

 しかし──何故? 

 

「……どうして?」

 

 不思議そうにする響は──先ほどまで見ていた夢を綺麗さっぱり忘れていた。

 

 ◆

 

 

 立花響。

 人助けが趣味の頭に馬鹿が付くほどのお人好しで、かつては普通の少女だった。

 しかし今は様々な出会い、戦いを経てSONG所属のシンフォギア装者として日夜人助けをしている。

 そんな少女も私立リディアン音楽院高等科の三年生だ。

 未来や切歌、調と登校しながらぼやく様にして、彼女は胸の中に潜む不安を口にする。

 

「将来かー。未来のわたしってどうなっているんだろう」

 

 この年頃のこの時期の少女なら、誰もが抱く不安と期待。

 シェム・ハ、世界蛇、そしてTECとの戦いを終えた彼女の次の相手は自分の進路だった。

 しかし響の言葉を聞いた切歌が不思議そうにしながら、彼女に言った。

 

「将来も何もこのままSONGとして働くのではないのデスか?」

「うーん。それも良いとは思うけど」

「……意外と司令になったりして」

 

 調の言葉にその場に居た全員が、大人になった響を思い浮かべる。

 何故か彼女が師匠と呼び慕う弦十郎と同じ赤いシャツに赤いネクタイをつけた響の姿を。

 しかも中々に様になっており、響もそれはそれでアリかもと思っていた。

 

「後はそうデスねー……お嫁さんとか」

「オヨメサン!??!?」

 

 何故か未来が激しく反応を示す。

 

「お嫁さんかー……えへへ。それも良いかも」

「響ぃ!?」

 

 考えれば考えるほど、未来の響が無数に増えていく。まるで並行世界ができていく様に。

 響は何となくこうして、未来の可能性を思い浮かべるこの瞬間が好きだった。

 狼狽した未来にガクガクと揺さぶられながらそう思った。

 

 その後はいつも通りに、しかし三年生だからか先生達からも将来の事を考える様に言われながらも一日を終える。

 特に予定もなく、待機日では無い為、未来や他の級友とフラワーにでも行こうかと話していたその時──SONGから通信が入った。

 

 

 ◆

 

 

 時は少し遡る。

 とある地にて、翼はアメノハバキリのシンフォギアを纏いある敵と戦っていた。

 彼女は歴戦の戦士。防人。

 並大抵の輩では相手にならない。パヴァリア光明結社、ノーブルレッド。さらに並行世界に暗躍する組織との戦いを経て彼女は強くなっていた。

 

「く……面妖な!」

 

 しかし、その彼女をして──その敵に押されていた。

 翼のギアは、アームドギアは所々氷漬けにされており、緒川から習った忍法の炎で溶かしているが、それも焼け石に水。

 それだけ相手の力が──凍らせる力が強いという事だ。

 

「レジジジジジジ──レェジィアァイィスゥ!!」

 

 違法研究所の錬金術師が呼び出したのは、アルカ・ノイズとは違う兵器。

 その兵器の名は──アカシア・クローン。

 本来ならこの世界には──否。ある並行世界以外では存在しない、存在してはいけないクローンだ。

 

「氷の物怪よ。何故我が身にその刃を向ける」

「レェエジィイイ!!」

「くっ……やはり対話は不可能か」

 

 アルカ・ノイズとは違った生物特有の気配を感じていたのだが、翼の言葉に耳を傾けない。

 

「なら──斬り捨てるのみ!」

 

 翼は歌いながら剣を振るい、アカシア・クローン──レジアイスと応戦する。

 別地点ではマリアとクリスも戦っていろと連絡があった。それも、自分の目の前に居る存在と似た物怪と。

 ならば即刻倒して援軍に行かなくてはと彼女は防人の歌を、刃を、翼を戦場で羽撃かせる。

 

 何故か、その胸に鋭い痛みを感じながら。

 

 

 

「レ、レジ……レ──」

「……やったか」

 

 氷の塊のような生き物はその身を両断されて、光の粒子となって消えていった。

 それを見届けた翼は肩で息をしていた。アマルガムを使ってようやく倒せる程の強敵。マリアとクリスも似たような状況らしく、通信越しに濃い疲労の色が見て取れた。

 しかしそれ以上に。

 

「何だ……この胸の騒めきは」

 

 ただ錬金術師が呼んだ怪物を倒したにしては、翼は酷く動揺していた。

 初めて見る筈なのに、初めて会った感じがしない。

 それはマリアもクリスも同じで、彼女達は知らず知らずのうちにある4つの言葉を呟いていた。

 その言葉の意味を、彼女達はまだ知らない。

 

『翼、無事か?』

「──! 司令。はい、わたしは無事です」

『そうか。なら後処理は他の者に任せて帰投してくれ──少し妙な事が起きている』

「……それは、先程の物怪と関係が?」

『分からん。だが、オレの勘だが──』

 

 嫌な予感がする。

 弦十郎のその言葉は嫌に耳に残った。

 

 響達に通信が届く前の出来事だった。

 

 

 ◆

 

 

「で、おっさん。いったい何があったんだ? というかアレは何だったんだ?」

 

 開口一番、クリスが少し苛立った様子で弦十郎に問いかけた。

 彼女も翼と同じ感触を味わいながら「レジスチル」と鳴く妙な生き物と戦い、弾丸で撃ち砕き──そのまま光の粒子となって消えていく様を見ていた。心を騒つかせながら。

 だから八つ当たりの様な言動をし、響が思わず彼女を宥めようとする。

 

「まぁまぁクリスちゃん。何があったのか分からないけど、少しリラックスして──」

「──ッ、何でお前がそうヘラヘラしてんだ!?」

 

 しかしクリスは目に涙を溜めて叫んで響に掴み掛かり。

 

「──え?」

「──は?」

 

 響の驚いた顔を見て、自分も驚く。

 クリスの行動に皆驚き、彼女は自分のした事を顧みて、掴みかかった手を放して響に謝った。

 

「悪ぃ……どうかしてた」

「う、ううん! 大丈夫だよ!」

 

 しかし妙な気まずさが発令室を包み込む。

 何かが変だ。

 それを強く実感しているのは翼とマリアだった。

 何故なら、先程のクリスの言動に違和感よりも先に共感があったから。

 まだ何も分からないが──あの生物は、ただの戦うだけの存在ではない事は確かだ。

 

「それで司令。先刻告げられた妙な事とは?」

「ああ。……翼たちが例の未確認と戦闘に入る直前、完全聖遺物ギャラルホルンが起動した」

 

 その言葉に装者達が反応を示す。

 完全聖遺物ギャラルホルン。SONGが二課時代から極秘に管理していた完全聖遺物であり、この世界と似て非なる世界──並行世界と繋ぐ能力がある。

 そしてこの完全聖遺物が起動する時は総じて繋がった並行世界側に異変が生じた時である。

 

「まさか」

「ああ。あの生物は繋がった並行世界の物だろう」

「おそらくノイズやアルカ・ノイズの時と同じ現象だと思われます」

 

 世界同士が繋がった結果、その世界からこちらの世界に脅威が流れ込んでしまう。

 それを解決するには繋がった先の並行世界の異変を解決する必要がある。

 ──ある、のだが。

 

「実は切歌くんが試しに渡ろうとしてな」

「何してんだこの馬鹿!!!」

「デデデース!? もう散々怒られたから許して欲しいデスよ!」

「だが、おかげで分かった事がある」

 

 待機日の為SONGに居た切歌と調。そこでギャラルホルンが起動した結果、一人の少女の好奇心が生んだのは──ギャラルホルンの異常事態。

 

「渡れなかったんだ。ギアを纏っていたにも関わらず」

「何ですって……?」

 

 マリアがその言葉に反応を示した。

 

「ギアを纏っていれば……聖遺物があれば渡ることができるはず。本当に起動しているの?」

「はい。過去のパターンから間違いなく起動しています。……この事から推測するに」

「向こう側の世界に何かがあり、世界間の移動ができない何かが起きている……と考えるべきだ」

 

 しかしそうなると不味い。

 

「という事は──アレが何度もこちらの世界に来るという事ですか?」

「アマルガムを使ってようやく倒せる奴が、か……」

「落ち着くまで撃退──少しゾッとするわね」

 

 今の所追加個体は見られないが、もし対応できない程に流れ込んでしまったら対応できなくなる可能性がある。

 

「しばらく警戒態勢を取る。我々も捜査は続ける予定だ」

「スクルドのユリウスさんにも協力を仰ぎましょう。何か知っているかもしれません」

 

 その日はそれで解散となり、アカシア・クローンも出現しなかった。

 しかし響は何故か言いようのない不安を抱き、それは口にしない物の他の装者たちもそうであった。

 

 

 ◆

 

 

 スクルド。それは、多くの並行世界を破壊してきた世界蛇と共に戦った同盟組織である。

 その組織の一員であるユリウスは弦十郎に事の顛末を話した。

 

「様々な並行世界で出現しているだと!?」

「ああ。間違いない。この二人の世界でも出現したとの事だ」

 

 そう言ってユリウスは、この世界とは別の世界からやって来た奏とセレナに視線を向ける。二人はユリウスの言葉にコクリと頷き、事実だと述べる。

 

「妙な奴だったぜ。体全部が電気みたいな奴ですばしっこかった」

「わたしの所は竜の頭みたいでした」

 

 彼女達もまた翼達と同じ様にデュオレリックの力でようやく倒す事ができ──そして、光の粒子となって消えていく姿に言いようのない胸の騒めきを覚えた。

 

「なんかアレ見ているとイライラすんだよな……」

「わたしは……凄く、悲しかったです……」

 

 奏は自分の髪をガシガシと掻きむしり、セレナは目を伏せて語る。

 ユリウスも独自に捜査していたのか、SONGにも情報を開示する。

 

「デュプリケイターを使ってみたが入る事はできなかった。それとアレはどうやら星の命を吸い取っているらしい」

 

 ユリウスの言葉を聞いて思い出すのは──かつてニコラ・テスラが起こした事件。

 彼は全並行世界を消して一つの理想郷を作ろうとしていた。

 しかしその野望はこの場に居る装者達、そして彼女達に似て何処か違う装者達と……ニコラ・テスラの仲間で居続け、手を伸ばし、歌を届けた一人の少女によって集結した。

 それと同じ事が起きているのだろうか。

 

「だからギャラルホルンは起動したの……?」

 

 響が疑問の言葉を口にした──その時! 

 

『──それは違う』

「──!」

 

 突如、この場に居る全員の頭の中に声が語り掛けられていた。

 響達が驚く中──さらに驚く事態が起きた。

 

「──! 高エネルギー反応検知! 場所は……此処です!」

 

 藤尭が報告すると同時に、彼女達の前に三つの光が生じ──そこに現れたのは。

 

「ツクヨミさん!?」

「アマテラスさん!」

「それにスサノオだと!?」

 

 かつて並行世界の命運を賭けた戦いの際に、響達に力を貸した三柱の神。

 その神達がこの場に現れ──自分たちとは別の神の存在に驚いていた。

 ツクヨミが語り掛ける。

 

『何故今になってやってきたのじゃ──アルセウス!』

 

 ツクヨミがその名を呼ぶと共に──空間がねじ曲げられる。

 SONGの発令室が一瞬で超克の異空間へと変わり、響達は見えない床の上で慌てふためく。

 

「わ、わ、わ!?」

「何がどうなっているの!?」

 

 そんな彼女達の様子を尻目に──アルセウスはその身を現した。

 

『私もあの世界以外に干渉するつもりは無かった──だが、事は全並行世界に及ぶ』

『何じゃと!?』

『──立花響』

「ええ!? わたし!?」

 

 いきなり超常の存在に名指しで呼ばれて驚く響。

 

『どうか──彼の望みを聞いて欲しい』

「──え?」

 

 そう言って彼は一つのプレートを取り出し……それは光に変わり形を作る。

 そして現れたのは、この世界に現れ始めた生物──アカシア・クローンに似た雰囲気を放つ生物。

 その生物はピンク色の尻尾を振り、同じ色の体をふわりと踊らせ、綺麗な緑色の瞳で彼女を見た。

 

『僕の名前はアカシア』

 

 響は、その目を見て酷く悲しいと、辛いと、寂しいと……そして何より。

 

『どうか──世界を救って欲しい』

 

 ──愛おしいと思った。

 

 

 第一話「Synchrogazer」

 

 

 アルセウスとアカシアは全てを話した。

 ある世界で起きた悲劇を。それを止める為に一人の少女が取った選択を。

 そして──それにより生じた全並行世界の壊滅の危機を。

 

「世界を、人を殺す歌……」

「それがあたし達、いや全ての世界に広がるだと!?」

 

 セレナがその歌の恐ろしさ、悲しさに顔を青くし、奏は伝えられたその絶望的な状況に思わず叫んだ。

 

『うん。あの世界は様々な並行世界の中でも大きな可能性を秘めていた。そして、そこではたくさんの人が生きて、たくさんの人が死んだ』

 

 それこそ全並行世界と同じ人物があの世界に居るのでは? と思われるくらいには。

 そして──今あの世界では生と死の境目が曖昧になり、全ての人間が蘇っていると言って良い。

 その魂に滅びの歌を刻み込んで。

 そしてその歌はあの世界では止められているが──。

 

『精神リンクで繋がった先の平行同位体はその限りではない』

「──つまり」

『──このままでは、全ての並行世界の人間が死ぬ』

 

 だからこそギャラルホルンは起動した。起動しなくてはならなかった。

 しかし完全聖遺物程度の力では神の力を抜ける事はできなかった。

 故に装者達はその世界に入る事ができずにいる。

 

『問題は人の命だけではなかろう?』

 

 ツクヨミの確信を得ているであろう疑問に、アルセウスは頷く。

 

『同じ時間を繰り返したあの世界は──すぐに星の命が枯渇し始めた。故にあの世界の管理者は、このアカシアのクローンを使って他の並行世界の命を吸収し始めた』

 

 つまり。

 このままでは人の命も、世界の命も危険だという事。

 しかしギャラルホルンの力では侵入ができない為──アルセウスが出てきたという訳だ。

 

「できるのか?」

『あの世界を閉ざしている力は元々は私が作り出したもの。突破は容易い』

 

 クリスの質問にも律儀に答え──アルセウスは響を見る。

 

『……先程述べた通り、敵は貴様たち自身だ。覚悟はあるか?』

「……覚悟とか、そういう話じゃないです」

 

 響はアルセウスにそう返し、視線をアカシアへと向ける。

 アカシアはその真っ直ぐな目に思わずたじろいだ。

 もう見れないと思っていたから。もう捨てたと思っていたから。──もうその目を向けられる資格はないと思っていたから。

 

「アカシアさん。本当のお願いを言ってください! 話を聞いていて分かります。アナタが救いたいのは本当は──何ですか!?」

『──』

「助けたいのは──誰ですか!」

『──僕は』

 

 アカシアは──少しだけ本音を言った。

 

『響ちゃんを助けたい。孤独になってしまった彼女を助けたい』

「──分かりました」

 

 その言葉を聞いて──響に迷いはなかった。

 他の装者達は、そんな彼女を見て変わらないなと呆れつつも絶対の信頼を胸に笑顔を浮かべる。

 いつだって彼女は助けを求める誰かの手を掴み、繋いでいく強さがある。

 そんな彼女が──立花響が、迷う事など無かった。

 

「全部救おう! 全ての並行世界を! その世界を! ──そして、その世界のわたしを!」

 

 その花咲く勇気を見て、アカシアは。

 

『──ありがとう』

 

 枯れたと思われていた心に、一つの雫をこぼした。

 




スクルド。戦姫絶唱シンフォギアXDのギャラルホルン編で出てきた組織。ユリウスという男はその組織の一員。並行世界を移動する術を持ち、SONGと協力関係にある。

ツクヨミ 、アマテラス、スサノオ。並行世界を管理する神様。並行世界を作ったのはアヌンナキ達で、この三体はそのオリジナルの分身みたいなもの。人の姿をしておらず機械的


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第二話「Vitalization」

 協力を取り付けた事により、アルセウスは今後について説明を始める。

 

『あの世界の立花響は時間、空間、反物質の力を得ている。どの並行同位体の立花響よりも強い』

『なるほど。それだけの力があれば、其方を追い出す事はできる』

 

 ツクヨミは納得したかのように呟き、他の皆は驚く。

 目の前のアルセウスから感じる力は、かつて戦ったシェム・ハ以上だ。検知された数値からもそのデタラメさは示されており、実際にその数値を見た藤堯は卒倒しそうになる。

 

『いや……違う。私が負けたのはあの世界の装者達だ』

『何じゃと!?』

『いえ、あの世界にこの場に居るシンフォギア装者が居ると考えれば納得できます。神殺しの槍が三つ。それで削られたのでしょう』

 

 ツクヨミが驚き、アマテラスがその世界の特異性を思い出しながら納得を示す。

 

『いや……私をほぼ削り切ったのはマリア・カデンツァヴナ・イヴだ』

 

 彼女が居たからこそ私は負けたのだと言い、その言葉に彼の力を知るツクヨミ達は驚く。

 そして響達はマリアへと視線を向け、向けられた彼女は慌てながら否定する。

 

「わ、わたしじゃないわよ!?」

『いや、間違いなく貴様と同じマリア・カデンツァヴナ・イヴだ。ただ……少し貴様と違う所もある』

 

 アルセウスはあの時の戦いを振り返る、語り出す。

 

『彼女は強かった。私の力を悉く打ち砕き、仲間に攻撃する手段を与え、神殺しと波導の力で駆使する……まさに勇者であった』

『其方がそれ程まで語るとは……』

 

 アルセウスの語るマリアのデタラメさにツクヨミが絶句する。

 

『だから私も本気を出さざるを得なくなり──殺してしまった』

 

 そして、アルセウスの語った内容に響達が言葉を失った。

 

『その後は姉を失ったセレナ・カデンツァヴナ・イヴが、その次は雪音クリス。天羽奏、風鳴翼。最後に月読調、暁切歌が死に──立花響が私にトドメを刺した』

 

 悲しみ、憎しみ、怒り狂った彼女達は絶唱を、命を使ってアルセウスを倒そうとした。

 彼と戦う前に立花響と戦ったその体で。彼女を独りにし、涙を流させる事を心を痛め寄り添った筈なのに。

 結局立花響は独りになり、己以外を夢の世界へと誘い、閉じ込めた。

 それが救いだと信じて。

 

「……」

 

 語られたその悲しき結末に、装者達は悲しそうな顔をする。

 それと同時に理解した。

 彼女達は響が、アカシアが本当に大好きで、愛していて、助けたかったのだと。

 だからアカシアの決断が許せなかった。彼を消そうとするアルセウスが許せなかった。

 そしてその感情が精神リンクにより、この世界のクリス達に流れ込んで来た。

 パルキアの力で阻まれ、微々たるものだというのに感傷的になってしまう程に。

 

『勝てるのか? 其方を倒した奴らに』

 

 ツクヨミの問いに、アルセウスは響達九人の装者達を見て頷く。

 

『確かに今の立花響は脅威だが、あの世界のマリア・カデンツァヴナ・イヴが居ないのなら勝てるだろう』

「そうなのデスか?」

『うむ。私も力を貸す。可能な限り彼女の神の力を抑止する。さすれば彼女の打倒は叶い──世界は救われる』

 

 この場の戦力とあの世界の響の実力を分析したアルセウスはそう言い。

 

「違うよ──話をする事ができるんだ」

『──ああ、そうだったな』

 

 響の言葉に、アルセウスは同意を示した。

 

 何はともあれ、攻略する術は見つかった。

 

『ふむ。ならばそのアカシア・クローンはスサノオに対処して貰いましょう。彼の力なら対応できます』

『他の並行世界の者達にも伝えよう。先の戦いを乗り越えた者達ならそうそう負けはせぬじゃろうが』

 

 アマテラス、ツクヨミが響からの並行世界への攻撃に対する対応を口にする。

 

『……ともあれ、少し整理する時間が必要だ。二日後突入する』

 

 その間に他の世界への連絡、戦いの準備を整える。

 アルセウスはアカシアへと顔を向け、彼に言った。

 

『貴様は彼女達と共に過ごせ。……共に戦う仲間となるのだ』

『……うん。分かった』

 

 アルセウスが空間を元に戻し、彼自身は消えた。

 世界の外側に移動したのだろう。ツクヨミ達も一緒に行ったのか、姿を消していた。

 そして残されたのはアカシアのみ。

 

『えっと、よろしくお願いします』

 

 アカシアの言葉に、装者達は何処か戸惑っていた。

 全ての事情を知り、助けたいと言った響の言葉に同意を示している。

 しかし──精神リンクのせいか、彼に対して距離を計りかねている。

 

 響以外は。

 

「うん! よろしく!」

 

 彼女の笑顔に、アカシアは何処か救われた思いで──そう思ってはいけないと思い込もうとした。

 

 

 第二話「Vitalization」

 

 

 アカシアはSONGが用意した空き部屋で過ごす事となった。

 その部屋は偶然にも──響と過ごしていた部屋だった。

 しかし当然ながら世界が違う為、彼と彼女と過ごしていた名残はなく、最低限の物しか置かれていなかった。

 

『……』

 

 誰も居ない。響も、奏も、翼も、クリスも、マリアも、セレナも、切歌も、調も──みんな居ない。

 離れ離れになってアカシアは彼女達を、あの世界をどれだけ好きだったのかを痛感した。こうして独りで居ると余計にそう思う。

 助けたかった。でも自分の力の大半は響に奪われた。だから今アルセウスに消されても意味が無い。

 

『響ちゃん』

 

 思わず彼が呟き──扉が開く。

 入って来たのは、この世界の響だった。

 

「アカシアさん! 少し時間良いですか?」

「……君は」

 

 響ちゃん、と呼ぼうとして言葉に詰まる。

 その名で呼ぶのはややこしい……と感じる前に、この呼び方は自分の知る響にしか使いたくないと思ってしまい──こんなにも執着しているのに、消そうとしていた自分に、そしてその結果響にあの決断をさせた自分が嫌になる。

 この世界の響は彼の考えている事全ては分からない。しかし何となく彼が想っている事は察した。

 

「立花で良いですよ」

『え……?』

「同じ名前だと紛らわしいですからね! 他のみんなもそれで良いと言ってました! それに、その呼び方は仲直りしてから思う存分呼んであげてください!」

 

 彼女の、響の気遣いはとても優しく彼は深々と頭を下げて礼を言った。

 ありがとう、と。

 それに響は照れた表情を浮かべつつも、ここに来た理由を彼に言った。

 

「アカシアさん、ちょっと来てください!」

『……? 何かあるのか?』

「はい、でも秘密です! サプライズなので!」

『……』

 

 サプライズをするならサプライズと言ってはいけないのではないか? そう思いつつもアカシアはその事を口にしなかった。彼なりの気遣いである。

 

 アカシアは響の案内の元、食堂へと連れられて行く。

 人の気配が多く、静まりかえっている。今後の戦いについて改めてみんなと話し合うのだろうか? 

 そう考えていた彼は食堂に辿り着くと同時に──クラッカーと紙吹雪によって出迎えられる。

 

「「「ようこそSONGへ! アカシアくん!!」」」

『……へ?』

 

 アカシアの目の前には笑顔を浮かべる者、呆れた顔を浮かべる者、苦笑する者様々だが──全員がアカシアを歓迎していた。

 

「ほらほら主役はこっち!」

 

 そう言って響がアカシアの背中を押して中央の席へと座らせる。テーブルの上には様々な料理、飲み物が並べられていた。

 アカシアの隣に響きが着き、その反対には未来が座る。他の者達も椅子に座ったり、立ったままコップを持つ者も。

 戸惑うアカシアに響が笑顔を浮かべて言った。

 

「これから一緒に戦うのですから、もう仲間です! だから歓迎会をしようって!」

「まったく……世界滅亡の前に気楽だな」

 

 響の言葉にジュースを手に持ったクリスが呆れた様に呟き、その隣に居る翼が苦笑しながら言った。

 

「あれが立花だ。お前もよく知っているだろう?」

「……へーへー」

 

 彼女と手を繋いだからこそ今があるクリスは、翼の言葉に照れながらも同意を示す。

 

(……僕は)

 

 そんななか、アカシアは昔を思い出す。

 こういう風景はよく見覚えがある──自分が皆と繋がりたいと思い、SONGの皆を巻き込んでよくやっていた。

 その度に響は呆れながらも笑い、奏や翼、クリスは微笑ましそうにしながら参加し、マリアやセレナは優しい表情を浮かべながら手伝い、面倒臭がる調を切歌が引っ張って来ていた。

 

 その事を彼は忘れていた。

 人と繋がる資格は無いと思っていたから。

 

「うおっほん! とにかく今は英気を養うとするか」

 

 そう言って弦十郎がコップを掲げて。

 

「それでは──乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 

 響の音頭と共に、アカシアの歓迎会が開かれ皆思い思いに食べたり、飲んだりし始める。

 そしてアカシアの隣に居る響と未来は彼に話しかけ始めた。

 

「アカシアさん。もし良かったらアカシアさんの居た世界のわたしの事、教えてくれませんか?」

「ちょっと、響」

「辛いのかもしれません。でも、もう一人のわたしと話す為には知っておきたいんです。もう一人のわたしが何を想っているのか──どんな子なのか」

 

 響達は倒しに行くのでは無い。救いに行くのだ。

 だからその力の強大さだけではなく、相手の心の痛み、愛の深さ、考えを知りたいと想っていた。

 アカシアの犯した罪。響の取った選択。これから起きる破滅。それだけを知っていても意味がないと響は判断した。

 だからこうしてアカシアを歓迎し、仲間になった、その仲間の想いを、大切な人を知りたいと彼に言った。

 

 その言葉にアカシアは──まるで自分の罪を口にする様に、懺悔する様に語り始める。

 

 初めて出会った時の事。諦めず自分を救おうと未来から来てくれた事を。

 そして約束をし──やがて約束は重圧に、呪いに変わってしまった事を後悔している事も。

 

 二回目の出会いは記憶を失っていた。

 その時の彼は何故か苦しんでいる彼女を救いたいと思い、鬱陶しがられながらも付き纏い──お互いに掛け替えの無い大切な存在となった。

 こちらの響とは違い素直ではなく、彼はいつも彼女を笑顔にしようと頑張っていた。巫山戯ていた。共に笑っていた。己の犯した罪を愚かにも忘れて。

 

「でも、楽しかったんですよね? ──取り戻したいんですよね?」

『……』

「その想いはもう一人のわたしも同じだと思います。だから必ず助けましょう!」

 

 その言葉にアカシアは──答えることはできなかった。

 まだ、迷っている為に。

 そして──彼はあの日常を取り戻してはいけないと思っている為に。

 

「あの一つ聞きたい事が」

 

 未来が逆隣からアカシアに尋ねる。

 

「その世界のわたしは響を止めなかったのですか?」

『……彼女は一番響ちゃんの痛みを知っていた』

 

 だからこそ──一番最初に響に作った夢の世界に呑まれてしまった。

 響が好きだから。響を悲しませたくないから。

 その想いが強かった彼女は、響の決定に全く逆らわずに受け入れた。

 

「……そう、ですか」

 

 その話を聞いた未来は。

 

「話をしないといけないのは響だけじゃない」

「未来?」

「わたしは大丈夫──さて」

 

 ガタリと席を立ち、未来は響を連れて行く。響きが「ちょ、未来!?」と動揺するも彼女は気にせずにアカシアに言った。

 

「わたし達だけではなく、皆と話してください──皆もそうしたいみたいですし」

 

 そう言って彼女は半ば強引に騒ぐ響を連れて行った。

 その光景を見て全く似ていないのに、自分の世界の響と未来を思い出し──アカシアは泣きそうになる。

 

「隣良いか?」

「失礼する」

 

 そんな彼の隣に奏と翼が座る。

 二人はかつてツヴァイウィングとして歌い、しかし片翼を失い、そして再び出会った。

 だからだろうか、アカシアの話を聞いて欠ける事なくツヴァイウィングとして居られるもう一人の自分達を羨ましく思っていた。

 故に興味があった。自分たちを救い、そして大事にされているアカシアともう一つのツヴァイウィングに。

 

「なぁ、お前にとってその世界のあたし達はどういう存在だったんだ?」

『……姉の様な存在で、大切な家族だった』

 

 アカシアはアルセウスの力で全ての記憶を思い出している。

 故にツヴァイウィングの二人との出会い、日常、そして別れたあのライブの事も知っている。

 だからこそその喪失感は大きかった。

 

「姉、か……。考えた事も無かったな」

「翼はどちらかと言うと妹って感じだよな。寂しがりで不器用な」

「か、奏!」

 

 凛として思案する翼も奏の前では一人の少女に戻ってしまう。

 その光景を見て、奏は自分の知る奏と似ていて、翼は自分の知る翼とは違うのだと思い。

 

「だが──そこまで想っているという事は、向こうも同じ想いだったのだろう。だからこそ、戦場で感じた痛みは重く鋭かった」

「だな。多分あたしが翼に、翼があたしに想っているくらいには大事だったんだろうさ」

 

 しかし根幹の部分は変わらない事はよく分かった。

 二人のアカシアを見る目は優しい。あの世界の二人の様に弟に向ける感情ではない。

 しかし、もう一人の自分の想いを汲んで、彼にその想いを伝える。アカシアがその想いを受け止める資格は無いと考えているの事が分かるから。

 

「あたしにも妹が居るから、姉の気持ちはよく分かる。会ったら思いっきり甘えてやれよ。それは下の兄弟の特権で、姉の特権でもあるからな」

 

 そう言って奏はアカシアの頭をグリグリと撫でつけた。まるであの世界の奏の様に。

 対して翼はあの世界の翼と違い、真面目な顔で彼に言った。

 

「わたしは姉というのがよく分からない。しかし家族を失う辛さはよく知っている。だから恐れるなアカシア。手を伸ばす事を。その勇気を。それでも不安なら──我が剣がその闇を切り払うと誓おう」

 

 翼の絶対にしない喋り方で、あまり言わないであろう言葉で、しかし彼の知る翼と似た優しさで、彼女はアカシアを鼓舞した。

 その不器用さは──方向は違えど、彼の知る翼と同じだった。

 

「わたしの言いたい事は以上だ。後は……後輩の時間だな」

「だな」

 

 そう言って奏と翼は立ち上がり、チラチラとこちらを伺っていたクリスに微笑みかけて席を外した。

 しばらくして照れているのか顔を赤くしたクリスがドカッと翼が座っていた席に腰掛けた。

 

「ったく。お節介な先輩たちだ」

 

 そう言って彼女は粗暴な口調で乱暴に目の前にある骨付き肉に齧り付く。

 その姿は先程の翼よりも自分の知るクリスと掛け離れていた。

 というより全然違う。ショックすら受けている。

 彼の知るクリスはもっとお淑やかで、優しくて、お嬢様みたいな癒しみたいな存在だった。

 対して目の前の少女は色々とインパクトがあった。

 お胸様もインパクトがあった。そこは変わらなかった。

 ついでにさっきの翼の胸もこっちの世界の翼と同じだった。防人でも防人じゃなくてもどうやら絶壁・アメノハバキリのようだ。

 

「──」

「どうした翼?」

「いや、何か失礼な事を考えられた様な気が……」

 

 殺気を感じてアカシアは思考をカットした。

 やはり翼は翼だった。

 

「あー、なんだ。あまり考えすぎるなよ」

 

 クリスが気遣った様子でアカシアに話しかける。

 

「その場その場の判断が取り返しのつかない事になるなんて事は割とよくあるんだ」

 

 彼女にもそういう経験があるからこそ、クリスは敏感にアカシアの後悔を感じ取っていた。

 アカシアは優しすぎた。優しすぎたからこそ洗脳という手段を取った。洗脳しながらもその行為に迷いを生み、最後は装者達は響側に着いた。

 そして何より──響の想いを考えてしまった。だからこそ未来の行いに怒れず、響を説得しようとし──失敗し、大切な仲間同士の殺し合いを見せつけられ、最後は次々と死んでいく光景が繰り広げられ、響に重い決断を強いた。

 

「でもそこで諦めたらダメだ。それが分かっているからあの馬鹿に、あたし達に助けを求めたんだろ?」

『……』

「それができるだけお前はあたしよりも上等だよ。……昔の馬鹿なあたしに比べたらな」

 

 しかしアカシアはクリスの言葉に賛同できなかった。

 そしてずっと考えてしまう。もっと良い方法は無かったのかと。

 

「お前、あの馬鹿と似ているな」

『え?』

 

 クリスの視線の先には、響の姿があった。

 

「人に手を差し伸べる癖に、自分は二の次で傷ついてもアホ面晒してる。んで辛い事を抱え込んでしまうあの馬鹿に」

『……』

「だからあたしはアイツの事が放って置けなくて──まぁ、そのなんだ」

 

 友達だと想っている、とクリスは小さな声で呟いた。

 

「そして、それは多分お前の世界の奴らも──もう一人のあたしも同じなんだよ」

『……』

「だから取り戻してやろうぜ。その為の弾は十分あるからよ」

 

 じゃあな、とそれだけ告げるとクリスは言いたい事は言ったのかその場から離れた。そして満面の笑顔を浮かべた響に絡まれ、恥ずかしがり、しばらくして調子に乗るなと吹き飛ばした。

 その光景は見た事がなくて、そういえば響にくっ付くのは自分からで、その後にクリスもこっそりと加わっていたなと思い出した。

 

 それを壊したのは自分なのに。

 

「不思議? 聞く所によるとそちらの世界の響とクリスは性格が正反対だし、仕方ないわよね」

「以前共に戦った響さんとクリスさんと似た性格ですよね? それだと確かに珍しいのかもしれません」

 

 クリス達の戯れ合いを見ていたアカシアの元にマリアとセレナがやって来る。

 

『君たちは……』

「よろしくねアカシア。と言っても貴方からすれば知っている存在でしょうけど」

「姉さん。話によるとアカシアさんの世界のわたし達は……」

「……そうだったわね。少し見た目が違うのかしら」

 

 そこで二人が思い出すのは幼い姿のマリアと大人の女性となっているセレナ。

 それは二人が生き残っている世界のイヴ姉妹であり、この二人が失ってしまった可能性の世界。

 彼女達はそんな自分たちが羨ましいと思った事があり、そしてそんな「もしも」の自分達が他にも居た事に驚いていた。

 

 しかし、それよりも驚いたのは……。

 

「……それにしても未だに信じられないわ。その世界のわたしが司令と同等クラスだなんて」

 

 ギアも無いのに装者達を圧倒する弦十郎を思い浮かべて、それを自分を重ねようとして……できなかった。

 どうもイメージが湧かない。それに聞くところによると、その世界のマリアは終始強い姿で居たと聞く。

 アルセウス曰く、夢に囚われた仲間をあの世界の響は起こさないだろうと語っていた。戦力にすれば強力だが──それをしないだろうな、と

 響が全てを背負い込んでしまっているが故に。

 

「その世界のわたしは一体どんな人なんでしょう。気になります」

『えっと。優しい子だったよ。後は──』

 

 そこでアカシアは、自分を抱いて寝ているマリアに興奮したり、ウェル達と呑みに行ってゲロゲロしたり、その後二日酔いして死にそうになっている姿を思い出し──。

 

『うん、優しい子だった』

「そうなんですか……?」

 

 真実を語らない。それもまた優しさの一つだった。

 

「わたしも聞きたい事があるわ」

 

 そこにマリアが鋭く切り込む。

 

「それだけ心身共に強いのなら、その世界の立花響の行動を止めると思うのだけど……」

『マリアは……』

「……その様子だと夢の世界に居るという事ね」

 

 彼女の言葉にアカシアは頷く。

 マリアはアルセウスの語った内容を思い出していた。響はあの世界の全ての人間に夢を見せている。望む者、望まない者関係なく。

 アカシア達がこちらの世界に逃げる際、何人か抗っている者が居るとアルセウスは語っていた。その中に果たしてマリアは居るのか──それが気になった。

 

(アルセウスと戦闘をした事を考慮すると、もしかして……)

 

 マリアは自分に置き換えて、そして何より誰からも強いと思われ、頼られ続けたその世界の自分を考え──最もあり得る可能性に行き着く。

 しかし、その事をアカシアに伝えるつもりはなく、それ以上語らなかった。

 

「それにしても可愛いですね!」

 

 セレナがアカシアをキラキラした目で見てそう言った。妹のその発言に、マリアは確かにと胸中で深く頷いた。

 マリアは可愛いものが大好きだ。とある神社に行った際にはそこで祀られているウサギにうっとりとし、南極に行く際にはペンギンが載っている写真集にメロメロだった程。

 そんなマリアからしてみれば、目の前のアカシアはどストライクだった。

 

「ちょっとぎゅーっとしても良いですか?」

『うん、構わないよ』

「ありがとうございます!」

「!?」

 

 そんな中、セレナがアカシアをぬいぐるみの様に抱き締めた。マリアはそんな妹の積極的な姿に戦慄を覚える。というより羨ましいと思っていた。

 

「わ、わたしも──」

 

 思わず手が伸び。

 

「──はっ!」

 

 こちらを見てニヤリと笑みを浮かべている翼に気づき、動きを止めた。

 翼は目で遠慮するな、ほれほれとマリアを笑い、彼女はそれに対して握り拳を作ってプルプルと震える。

 

 ──あの剣、可愛くない! 

 

「姉さん?」

「な、なんでもないわ!」

 

 結局マリアはアカシアを抱き締める事ができず、セレナのみが堪能し陰で大いに涙を流した。

 

 その後もアカシアは様々な者たちと語り、親交を深めた。

 弦十郎、エルフナイン、友里、藤孝、緒川、その他SONGのスタッフ達。

 皆アカシアの知っている人達で、生きていた者も居れば死んでいた者達も居た。

 彼らの笑顔が、優しさが──今は辛かった。

 その後歓迎会は終わり、お開きとなった。その後アカシアは自分の部屋に帰るが、眠られずテレポートで外に出て空を見上げる。

 

『最後に見たあの世界の空は……雨雲で良く見えなかったな』

 

 とても綺麗だと思い、かつて響達ともこういう夜空を見に行った事がある事を思い出し、それはもう叶わないのだと思い知る。

 

 それだけの事をアカシアはしてしまったのだ。

 

 だから──正さなくてはならない。歴史を。

 

「──アカシアさん?」

 

 そんな中、響が彼の背後から声を掛けてきた。

 振り返ると不思議そうな顔をした彼女が居り、しかしすぐにムッと眉を顰める。

 

 その顔が、自分のよく知る響と重なった。

 

「もう、ちゃんと寝ないとダメですよ? それにさっきもあまり食べていませんでしたし!」

『……ごめん。でも僕は食事を必要としないから』

「でもでも! ご飯は皆と食べるから美味しいんですよ! 向こうでも食べていたんですよね?」

『……まぁ、ね』

 

 そういえば、と彼は思い出す。

 あの日、アルセウスに己の罪を教えて貰ってから何も食べていなかった。

 普段ならすぐにお腹が減って響にご飯&ご飯を頼み込んで、初めは健康に悪いから、食べ過ぎは良く無いと断られ──そして最後には根負けしたかの様にこっそりとおにぎりを一つ作ってくれた。

 そしてそれが後にバレて未来やクリス、奏やマリアに怒られる。

 そんな日々を過ごしていた。

 

「ねぇアカシアさん。歌は嫌いですか?」

『……いきなりどうしたの?』

「えっとですね。あの話の後にこんな事を言っていいのかは分かりませんが」

 

 響はそれでも真っ直ぐと彼を見て言った。

 

「歌を嫌いにならないでください」

『──』

「確かにあの世界は歌のせいで皆……アカシアさんも悲しい思いをしているのだと思います。だとしても、あの世界のわたしと共に居た時間、あの世界のわたしの歌を嫌いにならないで」

 

 アカシアの居た世界とこの世界は似ているのだ。辿って来た歴史が。

 さらにシンフォギアまであるとなると、歌の力で未来を切り拓いて来たという事であり──そんな彼女達と一緒に居たアカシアが歌を嫌いになる事は悲しいと思った。

 

「アカシアさんは、もう一人のわたしの歌は好きでしたか?」

 

 それは質問というよりも確認だった。

 アカシアは誤魔化せないと悟り、白状して頷く。

 

『うん。大好きだった。誰よりも側で聴いていたいと思っていた。──響ちゃんの歌は、胸の歌は……いつだって僕を照らしてくれるお日様の歌だった』

「だったら、取り戻しましょう! 未来も、世界も、日常も! 大好きな歌も!」

『──うん、そうだね』

 

 そうなれれば良いな、とアカシアは口にしなかった。

 呟いてしまえば彼の核にある本音を悟られてしまうと思ったから。

 

「なので! 元気が出るようにこれを食べてください!」

 

 そう言って取り出したのは、一つのおにぎりだった。

 

「こんな簡単な物しか作れませんが、美味しいですよ! あ、ちなみにわたしの好きな物はご飯&ご飯!」

『──』

「ではわたしは戻りますね? 味の感想教えてくださーい!」

 

 それだけ伝えて響は戻って行った。

 おにぎりの感想と言われても、美味しかった、塩が効きすぎだ、くらいしか無いだろうと普通の人間なら言うだろう。

 アカシアは渡されたおにぎりを、包まれていたラップを剥がして口に運ぶ。

 なんて事のない普通の塩おにぎりだ。普通に美味しい。──普通に美味しい筈なのに。

 

『ああ──とても。とても……』

 

 懐かしい味だと、アカシアは夜空に広がる満天の星々を見上げながら、忘れかけていた幸せの味を噛み締めた。



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第三話「Exterminate」

 ──時は来た。

 

 アルセウスの力で響の世界へと向かう──この世界の響たち。

 人が居らず、空いた地を探した結果、彼女達はユグドラシル跡地に集合した。

 偶然にも、かつてアカシアとアルセウスが響達に敗れた地でもある。

 

『準備は良いか?』

 

 アルセウスの問いに響達は頷いた。

 それを確認したアルセウスは力を行使する。

 

(──響ちゃん)

 

 アカシアは自分のお日様に想いを馳せて──彼と九人の装者、そしてアルセウスはこの世界から消える。

 

 

 第三話「Exterminate」

 

 

 光の繭に包まれた一向は、まるで嵐の中を突き進むかの様に世界の壁を越えようとしていた。響の行使したパルキアの空間的閉鎖。それを突破するには相応の力が必要で、アルセウスですら容易くいかない。

 

 しかし。

 

『アルセウス』

『うむ……これは!』

 

 それを抜きにしても違和感があった。

 神故にいち早く気づいたアカシアとアルセウス。その反応に響達が尋ねようとしたその瞬間、抵抗が無くなり──彼らは空間の壁を突き抜けて世界に侵入する事に成功した。

 

 そして。

 

「こんにちはアルセウス──会いたかったわ」

『──な!? 貴様は、マリア・カデ──』

 

 アルセウス達を出迎えたのは、この世界のマリアだった。

 マリアは波導の力で全盛期の姿となり、ガングニールのシンフォギアを──神殺しの拳を握り締めていた。

 

「──はぁあああああああああ!!」

『ぐ、ぁあああああああ!?!?』

 

 そして彼女はその拳を思いっきりアルセウスに叩き込む。

 アルセウスの体から血飛沫が上げられ、神殺しの力が回復を許さない。

 アルセウスが悲鳴を上げて、地面へと落下していく。それにより響達を包んでいた繭が消え去り、彼女達は空の上で投げ出される。

 彼女達を救おうとして……神殺しの力で阻害される中、アルセウスはこの世界の異変に気づいた。

 

(何故だ。この世界は反転させられた筈)

 

 響以外の人間に夢を見せる為に、この世界は反転し……破れた世界へと変わっていた。

 故に空も、大地も、森も、海も、全てがぐちゃぐちゃになっていた。右を見れば大地、左を見れば海、見下ろせば空、見上げれば別の大地と森。そんな世界に変えられていた筈だった。

 

 しかし今のこの世界は──元の世界に戻っていた。響とアカシアが過ごしていた世界に。

 それが意味するのはただ一つ──響が世界の法則を戻した、という事。

 さらに先程のマリアの存在から察するに、彼女は夢の世界から解放されている。

 

『何故──』

 

 訳が分からず疑問を抱きながら思考を繰り返すアルセウス。そんな彼に答えを教えるのは──。

 

「──さっき負けたから。だから……皆に手伝って貰う事にした」

 

 ──この世界の響だった。

 ズシンッと彼女の前にアルセウスが血を流しながら倒れ伏し、響は空を見上げる。この世界にやって来た装者達を──もう一人の自分達を。

 

「──行け」

 

 彼女のその一言と共に、八つの影が飛び出した。その影は響の形をしておりそれぞれ色を持っていた。

 それは──コマチと響の想い出の力だった。

 八つの影はアカシアと響以外を抱えると、それぞれ散り散りになって装者達を運ぶ。

 

「くっ、この!」

「は、放すデース!」

 

 抵抗する装者達だが影は放さず、それぞれの場所で解放した。

 しかしそこは──響が用意していた彼女の仲間達の前であった。

 錬金術師協会に所属する全錬金術師が配置されているのだろう。それぞれの場所で彼女達は囲まれていた。さらに。

 

「天羽奏、か。こちらの世界と似ているな」

「……ううん。奏じゃない──敵」

 

「チッ……厄介な奴が居やがる」

 

 奏の前には、この世界のキャロルとクリスが。

 

 

「やっぱりやり辛いな。似てないのがせめての救いか」

「関係ないさ奏──相手は子猫ちゃんじゃなくて……この世界を蝕む蛇だ」

 

「この世界の先輩達かよ……」

 

 クリスの前には、この世界の奏と翼が。

 

 

「さっさと倒そう。この時間が非合理的だから」

「うん……それが正しいのデスね」

 

「二人とも……!」

 

 未来の前には、この世界の調と切歌が。

 

 

「響の為に……やらなくちゃ」

「例えこれが、間違っていたとしても」

 

「未来さん……セレナ……」

 

 調の前には、この世界の未来とセレナが。

 

 

「申し訳ないけど、あーし達も必死なの。……ごめんね」

 

「カリオストロさん……」

 

 セレナの前には、この世界のカリオストロが。

 

 

「ジルの残したこの世界、滅ぼさせないワケダ」

 

「ヤバい相手が居るデスね……」

 

 切歌の前には、この世界のプレラーティが。

 

 

「すまないな。これも彼女の……私達の選択だ」

 

「サンジェルマン……!」

 

 マリアの前には、この世界のサンジェルマンが。

 

 そして。

 

「──叔父様」

「──何も語るまい」

 

 翼の前には、この世界の弦十郎が居た。

 

 響は確実に倒す為に、そして大事な仲間にもう一人の自分と会話させない為に分断した。

 対話による理解も、奇跡による逆転も起こさせない──そんな強い覚悟があった。

 

 そして、自分の前には──もう一人の自分とアカシアが居る。

 

「アルセウスはわたしが抑えておくわ」

「うん。お願い」

 

 そう言ってマリアはアルセウスに拳を添えて動けなくし、響は──もう一人の自分を見る。

 とても冷たい目だった。全てを諦めたような、たった一つの大切なものに縋り付いているような──絶望に染まり切った目だった。

 

「もう一人の、わたし──」

「喋るな……もう、お前の声は聞きたくない」

 

 その言葉を聞いてアルセウスは察した。

 

『まさか、貴様──』

「流石はカミサマ。察しが良いね──そうだよ。時間を巻き戻したんだ。わたし一人じゃ、アンタの狙い通り負けたから」

 

 響は──この世界の響は負けた。

 アカシアと共に来た響の言葉に耳を塞ぎ、力で全てを捻じ伏せようとした。

 でも出来なかった。だからもう一度やり直す事にした。今度は失敗しない様に──ただ日陰を取り戻してこの世界を永遠にする為に。

 

「コマチ……待っててね」

『響ちゃん……』

 

 響が錬金術を行使し、目の前の響と自分だけを閉じ込める。

 その事に並行世界から来た響は驚き、展開された結界を見る。

 

「錬金術!? わたしが!?」

「お前じゃない。わたしだ。わたしがコマチを救う為に必死に覚えた力だ──そして」

 

 ギリッと奥歯を噛み締めて、憎しみの目でもう一人の自分を見る響──否、破壊神ヒビキ。

 

「ソイツの隣に居るべきなのはわたしなんだ!! お前なんかじゃない!!」

「うっ……!」

 

 放出される神の力がプレッシャーとなって響を圧し潰そうとする。

 そして何より──恐らくヒビキ自身が絶っているだろう精神リンク。それを介さずとも感じてしまう彼女の激情。それが悲しく、激しく、寂しく、響に叩きつけられた。

 

「──だとしても!」

 

 それでも、響はアカシアとの約束を守る為にギアの力で振り払い、ヒビキへと向き直る。

 

「もうやめて! もう一人のわたし! こんな事をしても、アカシアさんが悲しむだけだよ!」

 

 そして必死に言葉を紡ぎ、手を差し伸ばそうとする。

 しかし──ヒビキはそれを振り払う。

 

「そんな事既に分かっている!」

「だったら──」

「だとしても! アイツが……アイツが生きていけない世界なら、わたしは迷わない! 壊してでも、コマチを救うと──そう決めたんだ!」

 

 ヒビキの悲痛な叫びが、アカシアの心を軋ませる。

 響も悲しそうな顔を浮かべながら、それでも分かり合おうとヒビキへと語り掛けた。

 

「わたしも大切な人を失いかけた事がある! 気持ちは分かるつもり! だから他の方法を──」

「黙れ……! 取り戻せたお前に、わたしの気持ちが分かるなんて絶対に言わせない!」

 

 もし認めてしまえば──あの未来に辿り着くと分かっているから。

 

「未来に絶望しないお前なんかに!」

 

 コマチの死を受け入れ、前に進む立花響に──ヒビキはなりたくない。

 己の妹を殺してでも。

 

「でも、そんなの悲しいよ! いつだってわたしは、立花響は拳を開いて、手を伸ばして、明日へ続く未来を掴み取って来た筈だよ! あなただってそうでしょう!? アカシアさんが愛したその胸の歌で──」

「──歌なんて要らない」

「──え?」

 

 ヒビキがガングニールのペンダントを取り出す。

 

「歌があったからコマチは苦しんでいるんだ……歌のせいでみんな……世界が! 全てが呪われた! だったら!」

 

 ──わたしはもう二度と歌わない。歌わせない。

 

「そん、な……」

「だからこそわたしは──お前だけは認める訳にはいかないんだ!」

 

 心の底からそう叫び、ヒビキは錬金術を行使し──ガングニールの力を解放する。

 そしてその身に戦う為だけの力を纏った。

 目の前の響と同じ装甲。神殺しの拳。そしていつもコマチを包み込んでいたマフラーは、まるで全てを拒絶するかの様にローブとなってヒビキを包み込んだ。

 

「歌わないで、シンフォギアを……!?」

「違う。これはシンフォギアなんかじゃない──これは、お前達を殺す力。コマチを取り戻す力。世界を壊す力。そして──歌を消し去る力だ」

 

 ヒビキが纏ったのはガングニールのファウストローブだった。かつてアダムに操られていた際はダイレクトフィードバックシステムと呪いで操られて身に纏っていたが──今は己の意志で纏っていた。

 彼女の言う様に歌を捨て去って。

 ガングニールのシンフォギアとガングニールのファウストローブ。

 どちらも見た目は似ており、使用者も同じ人間で、聖遺物も同じ。

 しかし──悲しい程に、徹底的に違っていた。

 響はそれが凄く胸に突き刺さった。

 

「そんな……アカシアさんはあなたの歌が好きだと──」

「──だとしても」

 

 響の言葉を遮り。

 

「それで消えなくちゃ行けないなんて──嫌なんだ!!」

 

 ヒビキが手を上に翳す。

 

「来い!」

「──」

 

 彼女の呼びかけに応えて、空間の穴からイーブイが飛び出して来た。

 ヒビキはそのイーブイを掴むと──自分に溶け込ませる。

 

「──融合」

 

 イーブイは何も言わずただの力としてヒビキの拳に宿り。

 

「──進化」

 

 そして蓄積された歌への憎しみがヒビキの胸から湧き出し、ガングニールと己を黒と紫……闇色へと染めていく。

 

「ガン……グニール……!」

 

 最後にヒビキは、血を吐く様にして、これまでコマチと歩んできた想い出を、奇跡を否定する様にして呪いの槍の名を呟き──ただ目の前の響を否定する為だけの力を顕現させた。

 その力の名は──。

 

「アカシッククロニクル──タイプ・ロストソング」

「ロスト……ソング……」

「この手には──呪いしかない」

 

 立花響は──呪われている。

 孤独という悲しき呪いに。

 

 ヒビキは全ての並行世界すら壊して──独りになろうとしていた。

 コマチの歌で誰も死なない様に──その前に世界を壊し、そこに住む人々を消し去る事で。

 

 翳り散らす呪いが、花咲く勇気に襲い掛かった。

 

 

 ◆

 

 

 戦況は芳しくなかった。

 ヒビキが巻き戻しをした事により戦力を把握されてしまった彼女達は孤立させられ、さらにユニゾンして力を増す相手、もしくは単純に強い相手と戦わされていた。さらに各戦場で錬金術師達が結界を張る事で容易に離脱、そして合流できない様にさせられている。

 

 とことんまでに効率的に響達を潰そうとしている。

 それを強く感じた。

 

『みんな……!』

 

 アカシアが力を行使して何とか状況を打破しようとしたその時、ふわりと背後から優しく抱き締められ、波導の力で彼の力が散らされる。

 

『マリア!』

「ごめんなさいリッくん先輩──もうあなたには何もさせないから」

 

 マリアに拘束され、アカシアは抜け出す事も技を使う事もできなくなった。そもそもヒビキにより分割されてしまい、彼にはほとんど力が残っていない。その状態でマリアに勝つ事自体が不可能だ。

 そして他の装者達も強敵相手に倒れない様に立ち回るので精一杯だ。アマルガムやデュオレリックの力を解放してようやく生き残っているレベル。対してこの世界の装者達はアカシアの力を使わずに温存している始末。

 

 故に、勝負の行方は響に掛かっていた。

 

「うおおおおおお!!」

 

 響は既にアマルガムを使用していた。黄金に輝く友との絆の拳を、ヒビキへと叩き付ける。

 

 しかし。

 

「受け止めろ、ワイルドビースト」

 

 ヒビキが己の影を錬成し、響のアマルガムの拳を受け止めさせる。

 その光景に響は歯噛みした。

 

 タイプ・ロストソング。その力はタイプ・ラストシンフォニーに似ている。

 タイプ・ラストシンフォニーは過去のアカシアの記憶を歌で再現して共に戦う力。

 しかしタイプ・ロストソングが呼び出すのは己自身。コマチと戦って来た己だけを、力だけを呼び起こし、使役する力。

 その種類は全部で八つ。ヒビキは一人で八人以下の敵に数的有利を取る事ができる──ひとりぼっちの力。

 

 そしてこの力はフォニックゲインを元に作られており、ヒビキの塊はフォニックゲインの塊。

 だが、そのフォニックゲインはヒビキからの供給で顕現しているのではなく──周りから、相手からのフォニックゲインで作り上げている。

 

 つまり相手がシンフォギアなら、歌ってフォニックゲインを高める装者相手なら最強で。

 胸の歌で奇跡を起こしてきた響にとっては最悪の相手であった。

 

「また、吸われて──」

 

 ワイルドビーストがアマルガムのフォニックゲインを吸収し続けて──響のギアが強制的に元に戻される。

 そしてワイルドビーストの黒い拳が叩き付けられて、響は結界の端まで殴り飛ばされた。

 

「うああああ──っ!?」

 

 しかしヒビキの攻める手は止まらない。

 ワイルドビーストが吸収し溜め込んだフォニックゲインを用いて、彼女の影が増やされる。

 ブレイズスマッシュ。ライトニングスピード。ストリームキュア──新たに増えた三色の影は、ワイルドビーストと共に響に向かって飛ぶ。

 

「くっ……」

 

 それを響は走り出し、ヒビキの影の攻撃を捌きながら、歌いながらヒビキに向かって真っ直ぐに、最短で、最速で、一直線に駆け抜ける。

 影の相手をまともにしても消耗させられるだけ。

 だったら直接ヒビキを止めるしかない。

 そしてそれに気付かない程──ヒビキは自分を見失っていない。

 

「サイキックフューチャー」

「くっ……」

 

 未来を閉ざす為の影が新たに響を阻む。サイコキネシスでその身を拘束される。

 響が負けられないと無理矢理抜け出して歌い続ける。

 

「グラスセイバー」

「まだ……!」

 

 雑草を狩る様に、鋭い刃が響の命を断とうとする。

 響は腕の装甲で逸らし、しかし斬り砕かれてしまい、それでも歌う事はやめない。

 

「ブリザードロック」

「諦めないっ」

 

 猛吹雪が放たれ、響を永遠なる眠りへと誘う。

 それでも響は目を開いて歌い続けた。

 

「フェアリースカイ」

「負ける訳にはいかない!」

 

 甘い幻想を捨て去れと桃色の羽根が響を彼方へと飛ばそうとする。

 ギアが半壊する程に踏み込んで響はその場に立ち留まり、ボロボロになりながらもヒビキへと手を伸ばす。

 

「ワイルドビースト。ブレイズスマッシュ。ライトニングスピード。ストリームキュア」

「──だとしても!」

 

 変えられない過去が、燃え尽きた情熱が、もう走れない稲妻が、捨て去った優しさが──響の四方から彼女の体に拳が突き刺さる。

 しかし響は諦めず、負けず、だとしてもと手を伸ばし──その胸の歌で、花咲く勇気でヒビキを救おうとする。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 ──その開かれた手を。

 

「わたしはお前とは違う」

 

 パシンッとヒビキが払い除ける。

 そしてそのまま彼女を掴み──反対の拳を固く硬く──頑なに握り締める。

 

「だからもう──歌うな」

 

 呪われた拳に八つの影が収束、重なり──闇よりも深く、暗く、昏く、黒く染まり上げられる。

 相手を殺す為の、拒絶する為の悲しき拳が──響の腹へと深々と突き刺さった。

 

 ──ロスト・エンド

 

「──っ」

 

 そして響はそのまま吹き飛ばされ、ヒビキの結界すら突き破って──言い訳もしようもなく、完全に敗北した。

 ギアが解かれた彼女は──。

 

「もう歌なんていらない」

「だ、め──」

「アイツを生き永らえさせる力さえあれば、それで──」

 

 その言葉を最後に口の端から血を流しながら──意識を失った。




第三部・月穿つ恋文編
第十四話「流れ星、堕ちて燃えて尽きて、そして──」より。

「……アカシア様はフォニックゲインを吸収する」
「……コマチが?」

タイプ・ロストソングの力はこの力と同種です。


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第四話「Glorious Break」

「……」

 

 ヒビキは、気絶して倒れ伏している響に背を向けた。

 トドメを刺すつもりはなかった。

 この世界で殺しても──死んでも意味がないから。

 だからそのまま放置して絶望し──夢の世界に囚われてしまえばいいと考えた。そしてゆくゆくは自分達が生きていく為のエネルギーになれば……それで良いと。

 ヒビキはファウストローブに備え付けられた通信機でSONGに繋げる。

 

「友里さん。他の戦場はどうなっている?」

 

 ヒビキの力で死んだ事が無かった事になり、夢の世界に出迎えられ、そして他の装者達と同様ヒビキを救う為に目覚めた友里。

 彼女は淡々と、しかしかつてあった明るさはない声でヒビキに伝えた。

 

『既に戦闘終了──こちらの勝利です』

 

 ヒビキが響を倒した時、ほぼ同じタイミングで戦いを決着していた。

 まるで世界と世界の戦いで──勝利を掴み取ったのはこちらの世界だったようだ。

 響達の世界の装者達は、完全敗北しギアを解かれて拘束されていた。中には気絶している者も居る。

 

「そう、ありがとうございます」

 

 それだけ告げると、ヒビキはマリアの元へ……アカシアの元へと跳ぶ。

 そしてマリアから彼を受け取る、愛おしげにアカシアを撫でた。

 

「コマチ、これで終わったよ……もう苦しまなくて良いから……」

『響ちゃん……ダメだよ、こんな結末は……!」

 

 アカシアが必死に彼女に呼びかけるが、ヒビキはその言葉に、声に耳を傾けない。

 彼に否定される事は分かっていた。

 だから──彼を閉じ込めてでも救うと決めた。

 ヒビキの呪われた手が怪しく光る。その手を翳し、ゆっくりとアカシアに近づけながら、ヒビキは愛を囁くように言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫。もう何もしなくて良いから。誰も救わなくても良い。奇跡なんか起こさなくて良い。もう殺させない。死なせない。苦しませない。だからコマチ。良い子だから……さぁ──」

 

 闇よりも深い愛に、アカシアが呑み込まれそうになったその時──。

 

『──仕方ない!』

 

 アルセウスが、最後の力を振り絞って立ち上がった。

 マリアの拳でもう喋る事も立ち上がる事も──ましてや力を行使する事もできない筈なのに。

 

 ヒビキの腕の中からアカシアが溢れ落ちた。

 否。

 アカシアの体がどんどん透明になりすり抜けてしまったのだ。

 ヒビキはその光景に絶望し、強い憎しみの感情を込めてアルセウスを睨み、叫んだ。

 

「アルセウス! 何をした!」

『──彼女達がこの世界に来た歴史を消した!』

「──」

 

 消えていっているのはアカシアだけではなかった。響も、各戦場の装者達も消えていっている。

 これにより、響達はこの世界から脱出する事ができる。

 アルセウス以外は。

 

『私が此処に囚われている以上、完全な歴史の消去とはいかない──だが、今回は好都合だ』

 

 何故なら──彼女達の記憶に残ってしまうから。

 故に彼女達はこの事を覚えたまま元の世界に戻り、敗北に挫折してしまうかもしれない。

 さらに世界の滅亡は変わらず、それ所かヒビキの時間の巻き戻しとアルセウスの歴史の消去で進んでいる可能性もある。

 

 それでも。

 

『頼んだぞ──アカシア! シンフォギア!』

 

 未来への希望を絶やす訳にはいかなかった。

 

「アルセウスウウウウウ!!』

 

 ヒビキの怒りの声が響き渡る中──アカシアと響達は無事にこの世界から脱出した。

 アルセウスを犠牲にして。

 

 

 第四話「Glorious Break」

 

 

『……』

 

 SONG本部の発令室にて。

 アルセウスに逃がされた装者達の顔は暗かった。

 弦十郎は難しい顔をして腕を組み、エルフナインは心配そうにして彼女達を見ていた。

 

 アルセウスの力で世界を跳んで1時間足らずで帰ってきた響達。

 そこで語られた内容は──衝撃的で、どうしようもなかった。

 相手が勝つまで時間を巻き戻されてしまっては、今回の様に徹底的に叩きのめされる事が判明した。

 さらにアルセウスが捕まった事で向こうの世界は完全に閉ざされ孤立。

 ギャラルホルンで侵入できない以上──打つ手が無かった。

 そして時間が経てば──世界が終わるか、全ての人間の死が待っている。

 完全なる手詰まりだった。

 

「……ッ」

 

 そして響は一人ギュッと拳を握り締めて、ヒビキの事を思い出して、何かを思い出そうとしていた。

 それが何なのかは、まだ分からない。

 

「どーすんだよ」

 

 長い沈黙の中、クリスが少し疲れた声で呟く。

 

「どうやってあのチートに勝てば良いんだ?」

『……』

「なぁアカシア。お前の力でどうにかできるのか?」

『……それは巻き戻しの事? それとも世界への侵入の事?』

「両方だよ」

 

 クリスの問いに、アカシアは。

 

『……ごめん』

 

 ただ謝る事しかできなかった。

 ──もう死を待つしかできないのか? このまま破滅するのを指を咥えているしかないのか? 

 

 それでも。

 

「──大丈夫だよ! 絶対に何とかなる……方法がある筈だよ! だから!」

 

 響が諦めないと声を上げる中。

 

「──そうですねぇ。諦めるには早いと思いますよ」

 

 この場に居ない筈の人物が現れた。

 それに真っ先に反応したのはマリアだった。

 

「あなたは……ドクターウェル!?」

 

 メガネを掛けて胡散臭そうな微笑みを浮かべるその男──その名はドクターウェル。

 この世界のウェルはすでに死んでいる為、並行世界のウェルなのだろう。おそらく調博士の助手をしている世界の。その世界の彼女達は並行世界を跳ぶ手段を持っている。

 何故彼が此処にいるのか? と疑問に思っていると──彼の背後からもう一人現れた。

 

「そう! 僕こそが英雄の男、ドクターウェルウウウウウウウウウ!!」

「ぎゃー!? やばい方も来ているデスー!?」

 

 さらに腕をネフィリム化させた絶賛英雄故事しているウェルも現れた。こちらはシンフォギアの無い世界のウェルだろう。彼を見て元FIS組が露骨に顔を歪ませた。

 

「あの、僕も傷つくんですが……」

 

 もう一人のウェルも顔を歪めた。

 

「それで、何故君達が此処に?」

「いえね。ちょっと厄介なことに巻き込まれたというか、メッセンジャーにされたというか」

「ふん。全く以って理解できない! 今なら英雄になれるチャンスだというのに、それをドブに捨てるとは! あんなのが僕の──」

「はいはい。話が進まないので黙っていてくださいもう一人の僕」

 

 ウェルが英雄願望の強いウェルを黙らせ。

 

「とりあえず本人に聞いてください──ちょっとある部屋とある装置を貸して欲しいのですが」

 

 

 ◆

 

 

 二人のウェルの要望により、皆ある部屋へと集められた。

 その部屋はかつてエルフナインとマリアがダイレクトフィードバックシステムを用いて、マリアの記憶の中に潜り込み、Linkerを完成させた場所だった。

 現在そこでは二人のウェルがダイレクトフィードバックシステムを装着し、眠りに付いている。

 エルフナインが指示された通りに端末を操作すると、備え付けられたモニターに変化があり──そこにウェルの顔が映し出された。

 

『──ふう。どうやら素直に協力してくれた様ですね』

「あの、貴方は……?」

 

 全員状況が飲み込めていなかった。

 ダイレクトフィードバックシステムを付けたウェルが眠ったかと思えば、モニターに出てきたウェルはこの二人のウェルと何処となく雰囲気が違い、そもそも何が起きているのか分からない。

 その様子を見た──いや、二人のウェルから感じ取ったのか、モニターの中のウェルは説明する為に自己紹介をする。

 

『見た事のありそうでなさそうな皆さんは初めまして。そしてアカシアはお久しぶりです。分かりやすく言うと僕は』

『──まさか』

『ヒビキさんの世界のウェルです──皆さんに協力する為に、こうして通信を繋げさせて貰いました』

 

 ──彼は、絶望の中にある唯一の希望だった。

 

 

 ◆

 

 

「あの世界のウェル!? 何でその世界の人間が──」

 

 何かの罠か? 

 クリスの抱いた疑念は他の装者も同じで、しかしアカシアだけは信じたいと、彼は味方だと思いたくて尋ねた。

 

『君は、僕達の味方なの?』

『そう受け取って貰っても結構です』

『……でも』

 

 もしそれが事実なら、彼は。

 

『お察しの通り──僕は彼女にとって最低の裏切り者で、敵です』

『……っ』

 

 その言葉は、アカシアの心を軋ませるには充分だった。

 響はウェルの言葉を聞いてそれを否定した。

 

「そんな事無いです! だってウェルさんは」

『正しい事をしてると。世界を救う為に、彼女を救う為とそう言いたいのですね』

 

 どの世界の響さんも優しいのですね、と微笑むウェル。

 もう以前の様な胡散臭い笑みは、人を勘違いさせる様な笑みは無かった。

 そんな彼を変えたのは──彼の仲間達だろう。

 だからこそ彼は──裏切った。

 

『しかしそれでも僕は裏切り者です。……彼女も貴女もそう思わないでしょうが』

 

 クソッタレなバッドエンドも、ほろ苦いビターエンドも認めたくないウェルは、甘々なご都合主義満載なハッピーエンドにする為に、ヒビキの願いを踏み躙り、彼女の愛を否定する。

 

『僕は──悪い悪い悪の科学者ですからね』

 

 彼の言葉に──誰も疑えず、何も言う事は出来なかった。

 

『さて、とりあえず現状の問題点をあげましょう』

 

 一つ、時間の巻き戻し。どれだけ戦力を整えても時間を巻き戻されてしまっては勝てるものも勝てない。記憶の保持もできない為、完璧な対策で何もできずに倒されてしまう。

 二つ、もう猶予が無い。

 三つ、戦力差が大き過ぎる。

 四つ、世界への侵入手段が無い事。アルセウスが囚われてしまった以上他の手段を探さないといけない。そしてもし入れたとしてもヒビキの罠である可能性が高い上に、アカシアだけ奪われる最悪の事態になるのは目に見えている。

 

『これくらいですかね、貴方がたが感じてるであろう問題点は』

 

 細かい所はまだあるだろうが、大方はウェルの言う通りであった。映像の向こうにはホワイトボードがあり、それに先ほどの問題点を書き連ねていた。

 精神世界だからか、割と自由にイメージ映像を送り付けており、全員なんとも言えない顔をする。

 

『と言っても既に解決方法は考えています』

 

 しかし続くウェルの言葉は予想外だったのか、皆驚きの表情を浮かべる。

 

「マジかよ!?」

『ええ、おおマジですよ。では一つずつお答えしましょう』

 

 まず一つ目の巻き戻しだが。

 

『あの技はもう使われません。と言うより、使えないでしょう』

「それは、何故?」

 

 調がウェルに尋ねる。ウェルは彼女の問い掛けに、少し間を置いて答える。……彼の知る調との互を違いに少し言葉が詰まってしまったから。

 

『単純に世界が保たないからです。アレは星の命を媒体に行使されたヒビキさんにとっても苦肉の策。各並行世界に派遣されたアカシア・クローンが撃退されている現状、時間を巻き戻す事はできません』

 

 だからヒビキは絶対に負ける訳には行かず、マリア達の力を頼った。

 ウェルの言葉にホッとする皆だが、ふと未来が気付いて彼に聞いた。

 

「でも時間を操る力はあるんですよね? その、未来予知とか時間移動とかは使われるのでは……」

 

 アカシアの話ではその世界のシェム・ハは時間の逆行にて己の力を二倍にしていた。

 それと同じ事や未来予知で今回の様にアドバンテージを取られるのでは無いかと心配していた。

 

『時間逆行はしないでしょう。もしするのなら巻き戻しを使わずに既に使っている』

 

 つまり時間逆行では勝てないと判断したのだヒビキは。

 そしてこの場の戦力でそこまで追い詰める事も可能だという証明にもなる。

 

 そして未来予知については、アカシアが答えた。

 ヒビキは絶対に未来予知をしない、と。

 

『響ちゃんは確定した未来を見るのが怖いんだ。もしその未来が自分にとって絶望の未来だったら……立ち直れないから』

 

 だからこそ彼女は未来を諦め、夢の世界に皆を閉じ込めた。

 それを聞いて皆が悲しそうな顔をする。

 

『二つ、もう猶予が無い、ですが。これはどうしようも無いですね。負けたら終わり。勝てたらアルセウスの力で元通りです』

 

 つまり気にしないで良い、と彼は言った。

 

「しかし」

『そちらに気を配るくらいなら、如何に勝てるかを考えてください。世界が心配で実力が出せませんでした、では笑い話にもなりません』

 

 ウェルの言葉に封殺され、皆押し黙るしかなく、渋々納得した。

 

『三つ目、戦力差についてですが……できれば後四人程追加してください。できれば錬金術師が良いです』

「錬金術師デスか?」

『ええ。相手は錬金術師がたくさん居ますからね。その対処をして欲しいのです』

「しかし、たった四人の助力で戦況を覆す事ができるのか?」

『それは貴方達次第です』

 

 主戦力をサポートする錬金術師達は放って置くと、分断や妨害によりこちらが不利になると彼は言った。

 故に、彼らよりも強い錬金術師達で一掃できれば、と考えている。それでもあちらにも強力な錬金術師が居るが……。

 そして翼の疑問に、ウェルはキッパリと答える。

 

『今回はこちらから攻める番です。前回の様に分断される前に、各個撃破してください。そして、倒すべきなのは──自分自身』

「──!」

『ただ勝つだけでは意味がありません。彼女達とぶつかり合い、精神的にも勝たなくてはなりません──あの世界は、今はそういう状況です』

 

 そうすれば、後に説明するアカシアの力を取り戻す方法へと繋がると彼は言った。

 ──正直不安だった。自分たちとは違う強い力を持ち、意思も固い。さらに一度負けてしまっている。

 それでも……自分自身には一言言ってやりたいと思っていた。

 

「……」

 

 そんな中、響だけは一人考え込んでいた。

 

『後は、こちらの世界からも援軍が来るので頑張ってください』

「援軍だと?」

 

 怪訝な表情で呟く奏に、ウェルは肩を竦めながら言った。

 

『あまり信用しないでください』

「お、おう」

『さて、最後にこちらの世界への侵入方法ですが──』

 

 そこで語られた方法に──その場に居た者達は言葉を失った。

 

 

 ◆

 

 

 ウェルからの指示により、装者達は戦力集めの為に各並行世界へと赴いていた。

 

「──という訳で、おっさんだけでも来れないか?」

 

 クリスがやって来たのは装者の居ない世界。

 彼女は英雄志望のあるウェルを送り届けるついでに、弦十郎とフィーネに助力を訴えかけていた。

 しかし……。

 

「ごめんなさい。助けたいのは山々なのだけど、私たちもアカシア・クローンの対応で精一杯なの」

「すまんな……」

 

 申し訳なさそうにフィーネと弦十郎が断った。

 しかしクリスはそれも予想していたのか、大して気にした様子を見せる事なく頷いた。

 

「いや、良いよ。他の世界にも声を掛けてみるから」

「そう言ってくれると助かるわ……ところで」

 

 チラリ、とフィーネが荒れに荒れているウェルへと視線を向ける。

 

「あれが! 僕!? 認めない! 認めないぞ! あれが僕なんて!!」

「……どうしたの、あれ?」

「あー……」

 

 クリスはどう説明して良いか悩み、言いあぐねる。

 ウェルがイライラしているのは、世界へ侵入する方法に不満があるからだろう。話が終わった途端、あの世界のウェルに向けて酷く罵倒しながら目覚めたものだ。

 だがクリスはそれも仕方ないと思っていた。

 それだけ──あのウェルは、この世界のウェルにとって認められない存在なのだから。

 

(──もし)

 

 もし自分が同じ立場に居たら──穏やかな気持ちに居られないだろうな、とクリスはやり切れない表情でそう思った。

 

 

 ◆

 

 

「すまねぇな。そっちを手伝う余裕がない」

「そうか……」

 

 翼は、もう一人の自分とクリスの世界にやって来ていた。この世界の二人は、あのヒビキの世界に居る翼とクリスと似ている。その為戦力になるかと思ったようだが、アカシア・クローンの対応により不参加となった。

 

「それと、どのみちオレ達は行かない方が良い」

「……何故だ」

「アンタより似ている分、共感してしまうからさ──下手したら向こう側に着いてしまう」

「うん……正直アカシア・クローンと戦うのも辛いくらいだから」

 

 この世界の翼とクリスの語る内容に、翼は目を見開いた。

 精神リンクが切られているにも関わらずここまで影響が出ているという事は、彼女達は頼れない。

 

「分かった。二人ともすまない」

 

 しかしそうなると、戦力集めは難航するのでは無いか? と翼は不安になる。

 

 

 ◆

 

 

「だいたい分かったよ、話はね。ならばあの四人を連れて行くが良い」

「良いのか?」

 

 奏の問いに、アダムは頷く。

 

「その世界の四人とこちらの四人は似ている様で違う、装者達と違って。恐らく僕の存在だろう、大きな相違点は」

 

 あの世界のアダムはパヴァリアを率いて終始サルジェルマン達と敵だった。その違いは大きな差となり、歩んで来た道にアカシアの有無が重なり、サンジェルマン達はあの世界で問題なく戦えるとアダムはそう判断していた。

 奏もまた同じ理由で、あちらの世界の奏に引き摺られる事が無かった。

 翼が死んだか死んでいないかの違いが。

 

「さて、他はどうかね」

 

 

 ◆

 

 

「そちらに加勢はできないけど、あなたの世界を守ってあげるわ」

 

 小さいマリアは、セレナの勧誘を断った後にそう言った。

 

「攻めるのも良いけど、その間の世界はどうするの?」

「それは……」

「……少し意地悪だったわ。とにかく、あなたには借りがあるし、可愛い妹だから助けてあげる。だから──わたしの分までわたしを殴って来て」

 

 小さいマリアの激励にセレナは強く頷いた。

 

 

 ◆

 

 

 マリア達や翼達と同じ理由で、ウェル助手の居る世界の調と切歌も世界への侵入には参加せず、響達の世界を守る事となった。

 しかし調はそれよりも気になる事があった。

 

「何しているの?」

「もう一人の僕に頼まれた事がありましてね……はぁ」

「……随分と気を落としてるデスね」

 

 切歌の言葉に、ウェルは当然ですよと答える。

 

「だってあの世界の僕──死ぬつもりですよ?」

 

 呆れ切った顔でウェルはそう返し、調達は眉を顰めて何が起きるのか彼に尋ね──返されたその内容に思わず息を呑んだ。

 

 

 ◆

 

 

『こちらの世界に入るのは簡単です。僕の夢の世界に入って、そのまま壊してください』

 

 生と死。夢と現実が曖昧になったあの世界で、夢の世界の崩壊は──存在の消滅を意味する。

 

「な──」

『そうすれば最後のチャンスを得られます』

 

 皆が絶句するなか、ウェルは当たり前の様に己の死を口にする。

 

『頼みますよ──彼女を、ヒビキさんを救ってください』

 

 彼は──当たり前の様に言った。

 自分を犠牲に世界を救え……と。

 



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第五話「UNLIMITED BEAT」

 ダイレクトフィードバックシステムとギャラルホルンを使う事により、並行世界のウェルの夢の世界へと侵入。それがあの世界のウェルの秘策だった。

 

「信じても良いのか?」

 

 今回参加するキャロルが響達に尋ねる。

 彼女は自分の世界ではウェルと出会っておらず、いまいち人となりを把握していない。故にこれから戦う世界の住人であるウェルを信用していなかった。

 

「罠だったらどれだけ良かったか……」

「……?」

 

 しかしクリスはその問いに顔を顰めてそう呟き、他の装者達も表情が暗い。その事にサンジェルマンが首を傾げる中──時間が来た。

 

 ギャラルホルンが作動し、彼女達の為に用意された簡易型ダイレクトフィードバックシステムが唸りを上げて──彼女達は夢の世界へと堕ちた。

 

 

 第五話「UNLIMITED BEAT」

 

 

「マズいデス! 遅刻デース!」

 

 とある一軒家にて一人の少女がドタバタと身支度をし、朝食のパンを咥えて玄関にて急いでワタワタと靴を履こうとしている。

 彼女の名前は暁切歌。私立リディアン女学院に通う高校生だ。そしてSONGに所属するシンフォギア装者でもあり──。

 

「ちょっと待ってください」

「ほへ?」

 

 ウェルの家族でもある。

 彼は呆れた顔をしながら、こちらをポカンとした表情で見ている彼女の元へ赴くと、曲がっているネクタイを直してあげる。

 

「むむむ。あまりキツくすると苦しいのデスよー。堅苦しくて」

「いい加減慣れてください。貴方も二年生なのですから」

 

 キュッとウェルが締めた後、切歌は己のネクタイに触れながらブーたれる。

 

「あまり過保護になると、あたしも調みたいに反抗期になるデス」

「おっと。それは恐ろしいですね」

「──って遅刻デス!」

 

 時計を見て切歌は慌てて玄関を飛び出し走り出す。

 ウェルは外まで見送りに来ると、切歌の背中に向けて言い放った。

 

「今日のデザートにシフォンケーキを買っておきますよー!」

「──ありがとうデース! やっぱり博士は最高デース!」

 

 嬉しそうに、楽しみにしてそうな顔で切歌はウェルに手を振りながら走って行き、ウェルはそんな彼女を見ながら苦笑しながら一言。

 

「まったく単純なんですから……僕も、彼女も」

 

 そう言って彼は家に戻った。

 いつもの日常を過ごす為に。

 

 

 

 一通りの家事を終えた後、ウェルは携帯を開きメールボックスを確認する。

 そこには日直の為、切歌より先に出ていた調からメールが届いており、その文面には。

 

『切ちゃん遅刻して怒られた。もっと早く起こせ。帰ったら尻を蹴る』

「やれやれ……相変わらず切歌さんに甘いのだから」

 

 ウェルは苦笑しながら、調の部屋に散乱している衣服や下着を回収していく。これも後で気づいた調が文句を言ってくるのだろう。しかし放置していると衛生上よろしくないので仕方のない事だ。

 それに、もしも本当に嫌ならギアを出すだろうし、切歌のフォローもあるだろう、とウェルはぼんやりと考える。

 

 一通りの家事を終えた後、ウェルは仏壇の前に正座をして線香を立てる。

 遺影にはキリカが写っていた。

 

「さて、君に尻を蹴られない様に頑張りますよキリカくん」

 

 それだけ告げてウェルは家を出た。

 

 

「おはようございます」

「おはようございますウェル」

 

 SONG本部に出勤して来たウェルは、己の仕事部屋に既に居たナスターシャに挨拶をしつつ席に着く。

 彼は彼女と共に、此処で聖遺物の分析、調査、実験などを行っている。

 他にもLinkerの調整やギアの整備、装者達のバイタルチェック、他のスタッフの健康管理も彼らの仕事だ。

 と言ってもここ最近は大した戦いもなく、ウェル達は暇を持て余していた。

 

 それは、彼にとって理想でもあった。

 

「ナスターシャ。体の調子はどうですか?」

「ええ。貴方の治療のおかげですこぶる健康です」

「全く。栄養の偏りで倒れるだなんて。今後は野菜もしっかりと食べてください」

「菓子類しか食べない貴方には言われたくないのですが」

 

 バチバチと火花を散らしてブーメランを投げ合う偏食家達。しばらくしてどちらともなくため息を吐き、苦笑し合った。

 しかしすぐにウェルは真面目な顔をしてナスターシャを気遣った。

 

「……本当に大丈夫ですか?」

「……」

 

 肉体的に、ではない。精神的に、だ。

 ナスターシャは、彼女は他の者達同様アカシアとの想い出がある。故に、彼が居なくなった時──泣いていた。

 

「──大丈夫、と言うには失ったものが大きすぎます」

 

 彼は、アカシアは彼女にとって息子当然の存在だった。

 FISで死んだ時も悲しかったし、世界を救う為、滅びの歌を止める為に歴史から消えた事も──まだ納得していないし、悲しいままだ。

 

「しかし私は彼に託されたのです。マリアの、セレナの、私たちの未来を」

 

 ずっと過去にしがみ付いて、囚われたまま夢を見ていたかった。

 優しい彼と、強い彼と同じ時間を過ごしていたかった。

 しかしそれはできなかった。

 絶望した。未来が嫌になった。生きていくのが辛かった。

 それでも、だとしてもアカシアの願いを蔑ろにするのは──もっと嫌だった。

 

「だから──私は頑張ります。戦います。歩き続けます。それが」

 

 約束ですから。

 ナスターシャはアカシアの想いを胸にウェルにそう言った。

 

 彼はそんな彼女を眩しそうに見ていた。

 

 

 ◆

 

 

「はぁ……」

「どうしたのですか。また合コンでうまく行かなかったのですか」

「うぐ。何故そう鋭いんだが」

 

 食堂にて、藤堯と食事を摂っているいるウェル。

 彼は目の前の友の様子から的確に状況把握をしてみせ、図星を突かれた藤堯は嫌そうな顔をする。

 

「世界が少し平和になったから、彼女でも〜と思ったんだけどなぁ……むぐ」

「友里さんはどうしたのですか?」

「ブフォ!? ゲホ、ゲホ、ゲホッ!」

 

 ウェルの不意の言葉に喉を詰まらせる藤堯。

 何をしているんだと呆れた目線を向けながら水を渡すウェル。

 それをゴクゴクと飲み干し、咽せた喉を元に戻し息を吐くと、顔を真っ赤にさせた藤堯が彼に詰め寄る。

 

「な、な、なななななな!?」

「合コンに行って時間を潰すより、さっさと告白してくっ付けばいいものを」

「なんで知って!?」

「知らないの本人達だけだと思いますがね」

 

 はぁ、とため息を吐くウェルに、藤堯は椅子にドカリと座った。

 そして暫くして、懺悔する様に呟いた。

 

「俺には勿体ないよ──俺は、彼女が助かった時、光彦くんが消えた時ホッとしてしまったから」

「そんな最低な自分はその資格がないと? 青いですね」

「茶化さないでくれよ! 俺だって──」

「──己の愛に、人を使って誤魔化すんじゃない」

 

 ピシャリとウェルが厳しい言葉で藤堯を叱咤する。

 

「アカシアは皆に幸せになって欲しいと消えたのです。なら、彼を理由に己の幸せから、愛から逃げるのは……これ以上無い程の裏切りだと僕は思います」

「──」

「君も後悔しているのでしょう。あの時、友里さんが死んでいく中、アカシアに向けた視線を、感情を……だとしても、託されのなら己を偽らないでください」

 

 ウェルの言葉に藤堯は。

 

「……重いなぁ、色々と」

「想いとはそういうものですよ。また一つ賢くなりましたね」

「くそ、嫌みかよ。この天才が」

 

 そんなやり取りをし、二人は吹き出して笑い合った。

 悩み、苦しみ、それでも人は生きていく。時に支え、支えられながら。

 

 

 ◆

 

 

「今日も行くの?」

「マリアさん」

 

 仕事を終え、退勤しようとしていたウェルを待っていたのはマリアだった。

 彼女は腕を組み彼を見ていた。

 しかし、その姿は何処か弱々しく、かつての凛として強いマリアは居らず。

 大切な人を失い、立ち直る事ができないただの少女が居た。

 ウェルはそんな彼女に向き直り、頷く。

 

「はい。皆が否定する中、唯一肯定し、この世界を望んだ僕の仕事だと思っていますから」

「──わたし達はアカシアを、あなたをまだ許せない」

 

 ギリッと涙を浮かべながらマリアはウェルを見る。

 

「ねぇ、何でわたし達からリッくん先輩を奪ったの? ──まだ、ずっと、一緒に居たかった!」

「……」

「大好きだった! 助けたかった! それなのに──なのに!」

 

 マリアがウェルに掴み掛かり──しかしすぐに縋り付く様にして膝を折る。

 

「わたしはもう歩けないわ……」

「マリアさん──どうか自分に負けないでください」

 

 ウェルがそっと彼女を立ち上がらせる。

 

「アナタ達は愛が強く、深い故に立ち上がれない。未来に向かって歩いていけない。しかし、アカシアから託された愛がある」

「……」

「もう分かっている筈です──今のままではダメだと」

「強くあれ、とあなたは言うの? 負けるなって言うの?」

「そうではありません。弱くていい。負けても良い。しかし最後には、それら全てを抱えて未来に向かって歩かなくてはいけません」

 

 それが生きるって事なのだから。

 そしてアカシアは生きたいと思いながら、それ以上にマリア達に生きて欲しいと願っていた。

 

「……辛いのね、生きるのって」

「それが分からないマリアさんではないでしょう」

 

 ウェルのその言葉に、マリアは深く深く息を吐いた。

 まだ立ち直れない。歩めない。悲しみが胸を掻きむしる。

 それでも彼女は──これからも生き続けるだろう。

 

「……あなたは最低ね」

「褒め言葉と受け取っておきましょう」

 

 マリアの涙で濡れた瞳を真っ直ぐと見据えて、ウェルは悪どい笑みを浮かべた。

 彼女はそれを似合わないなと思いながら見ていた。

 

 

 ◆

 

 

 その後もウェルは装者達のメンタルチェックの為に彼女達の元へ向かう。

 奏。翼。クリス。セレナ。未来。

 全員が明日に向かって歩む事ができないでいた。調と切歌が立ち直れたのはウェルの事を愛していたが故に、アカシアの願いを聞き入れる事ができたのかもしれない。

 それだけ愛する者の言葉は心に作用する。良くも悪くも。

 全員が耳を塞いだ。全員が目を閉じた。全員が罵倒して来た。

 それでもウェルは根気良く話しかけ、恨みの感情を受け入れる。

 いつか立ち直れると信じているから。

 そんな彼の心情を理解しているからこそ、装者達は最後には必ずウェルにこう言うのだ。

 

 ごめん、と。

 

 そして最後に彼がやって来たのは、響の元。

 しかしその部屋の扉は開かず、硬く閉ざされたまま。

 故に彼はその向こうに居る彼女に、いつも同じ言葉を紡ぐ。

 

「響さん。僕は、僕たちは待っています。道を誤っていても僕たちは待ち続けます。

 正しい選択を取る事ではない。

 彼の愛から逃げない事です。

 いつか彼の愛に向き直る、どうするのか。それを考えて──再び未来へ歩む日を待ち続けます。

 だから──その花咲く勇気をどうか大切に」

 

 しかし響は彼に応えず、推し黙ったままだ。

 それをウェルは今日もダメだったかと残念に思いつつ、明日また此処に訪れるだろう。

 未来の為に。

 

 

 ◆

 

 

 そして家に帰る前にケーキを買い、ウェルはキリカの眠る墓へと訪れる。

 

「あなたが作った物よりは美味しくないかもしれませんが、僕のオススメです」

 

 そう言って供えて、線香を立てて、彼女の安らかな眠りを祈る。

 

「キリカさん。意外と難しいですよ、貴方の尊敬する父親で居るのは」

 

 しかしウェルはその約束を絶対に破らない。

 

「でも僕は諦めません。その為なら──」

 

 そこまで言って、ウェルは立ち上がり振り返る。

 

「──消滅しても構わない」

「ウェル博士……」

「……博士じゃないですよ。響さん」

 

 そこには、アカシアを連れた響が居た。

 この世界──ウェルの見る夢の世界の響ではない。

 ヒビキを救う為に、そしてこの世界を壊す為に入って来た響だ。彼女の後ろには他の装者たちも居るが……全員が表情が暗かった。

 

「不思議でしょう? 本来夢は優しいもの。普通ならキリカくんが生き残った世界で、アカシアの居る世界で……皆が幸せな世界を見る筈なのに」

 

 この夢は優しくなかった。

 ひたすらに辛く、誰にも優しくなく、残酷な現実を突き付けていて──しかし未来があった。

 

 ウェルは信じていた。皆が大切な者の死を、アカシアの消滅を乗り越えて未来に向かって歩んでいける事を。

 その為ならウェルは何でもすると誓っていた。

 罵倒を受け入れてその激情を受け入れる事も。悩み、これで良いのかと道を迷う者の隣に立ち、一緒に歩いていく事を。

 

 そんな世界を──ウェルは壊せと彼女達に言った。

 しかしそれができないから──そのまま彼の夢を見ている事しかできなかった。

 

「辛く、ないのデスか?」

 

 精神リンク、ではないだろう。

 しかし、自分に似た存在が幸せそうな顔を見ていると共感してしまい、思わず涙が浮かんでしまう。

 切歌が泣きながら彼に叫び、問いかけた。

 

「消滅が怖くないのデスか! 自分が居なくなる。忘れられてしまうかもしれない! そう思うと自暴自棄になってしまうものデス!」

 

 かつての切歌は、己がフィーネの器だと思い込み、調達の思い出から消えていく恐怖に挫けてしまった。

 だから問わずにはいられない。

 

「そうですね──確かに怖いです」

「だったら」

「それでも──自分の消滅よりも怖いものがあるのです」

 

 それは──託して逝った最高傑作(愛娘)との約束を守れない事。

 それは──家族の未来が永遠に来ない事。

 それは──孤独という呪いに蝕まれ、苦しみ続ける少女を救えない事。

 

「だからどうか──僕の大切な人たちをお願いします」

 

 そんな彼の願いを。

 

「──分かったわ」

「マリア!?」

「他に手段が無いのは本当よ」

 

 そう言ってマリアはウェルの前に立つ。

 

「──恨んでくれても構わないわ」

「──いいえ、感謝しますよ」

「っ……」

 

 穏やかな表情でそう告げる彼に、マリアは唇を噛み締める。

 最低な英雄だとは言えなかった。最高の英雄だとも言えなかった。

 

「……最後に遺したい言葉は?」

 「そうですねぇ……」

 

 マリアの問いにウェルはこれまでの人生を振り返って。

 

「ケーキ、届けられなかったですね」

 

 それだけ言うと、白銀の刃に貫かれ──彼の夢は終わった。

 

 

 ◆

 

 

 ──ふむ。これが死……ですか。意外とあっさりしていますね。

 ……いや、ヒビキさんの力ですね。生と死が曖昧になっているから、消滅までにこうして一刻の猶予がある。

 

 それにしてもやはり心配ですね。

 調さんも切歌さんも悲しむでしょう。

 調さんは平気なフリをして、一人で泣いて。

 切歌さんは凄く泣いて、しばらく何も手付かずで。

 でもいつか二人は立ち上がってくれる。──そして未来へと歩んでいける。

 僕はそう信じています──だからどうか、未来に絶望しないで欲しい。君たちにはまだまだできる事が、なれる自分が居るのだから。

 

 ……さて、ヒビキさんは大丈夫でしょう。アカシアも、響さんも居る。

 必ず彼女の事を救ってくれる筈です。

 僕ができる事は全てやりました。

 

 だから──もう良いでしょうキリカくん。

 

 僕、自分で言うのもなんですが頑張りました。

 何度も命を賭けて、最期にはこの命を使った。

 かつて憧れた英雄というべき行いかもしれません。別世界の僕は否定しますけど。

 父親としても……まぁ及第点をください。

 

 だから。

 

 だから……! 

 

「ようやく会えますね──キリカくん」

 

 ──その言葉を最期に、僕の命は……消滅した。

 

 

 ◆

 

 

 ──ウェルの夢の世界を破壊し、世界に侵入した響達。

 世界に降り立つと同時に──響は叫んだ。

 崩壊する直前、ウェルの想いが、言葉が魂に流れ込んで来ていた。

 

「──うおああああああああああ!!」

 

 そして振り返って──涙を流しながら皆に言った。

 

「──絶対……絶対にこの世界を救う!」

 

 彼女の言葉に、涙を流している装者達は力強く頷いた。

 

 

 ──世界の滅亡を懸けた戦いが、今始まる。

 



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第六話「TESTAMENT」

 世界に侵入した響達の動きは迅速だった。

 ウェルの夢の世界が壊され、彼女達がこの世界にやって来た事は既にヒビキに察知されている、とは事前にウェルが言っていた事。

 故に彼女達はチームを決め、それぞれ別れて行動をする様にと言われていた。

 

 Aチームは奏と翼。彼女達はSONG本部に居る分裂したアカシアの一体を回収する。そのアカシアの個体名は光彦。

 

「できればウェルの言っていた援軍が来る前に片を付けたいな」

「……そうも行かないでしょう」

 

 奏の言葉に、翼はため息を吐きながら答える。

 あそこには恐らく弦十郎が居る。まず自分たちだけでは突破はできない。かと言って戦力は分けられない為、ウェルの差し向けた援軍待ちとなる。しかしツヴァイウィングの二人はその援軍の手を借りたくなかった。

 それでも、弦十郎を突破する為には必要な事な為、彼女達は不安と不満を押し込めた。

 

 次にBチームはマリアとセレナ。彼女達もまた分裂したアカシアの一体の回収任務が言い渡されている。個体名はリッくん先輩で、その所在は──おそらくこの世界のマリアと共に居る。つまり彼女達はこの世界のマリアを捕捉する必要がある。

 

「勝てるのかな、姉さん」

「そうね……切歌達の任務が終わって、合流を期待した方が良いかも」

 

 アルセウスすら倒した彼女に対して、マリア達は慎重な行動の判断を下した。一応マリアにもこの世界の刺客が放たれる予定だが、彼女達もウェルも期待していなかった。

 

 Cチーム。このチームは主に錬金術師達への対処と遊撃が求められており、切歌と調、クリス。そしてキャロル、サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティが所属している。戦況によっては他のチームへの援護も熟さなくてはならない。

 

「割とハードね」

「だが、相手が相手だから仕方ないワケダ」

「気を引き締めて二人とも」

 

 サンジェルマン達は気を引き締め。

 

「……ふん」

 

 キャロルはこの世界を見て目を細め。

 

「絶対にやってやるデスよ」

「気合十分だね切ちゃん」

「まぁ、あんなのを見せられたらな」

 

 切歌、調、クリスは決意を胸に、まだ見えぬ自分を想う。

 

 そして最後にDチームは、ヒビキの打倒と最後のアカシアの一体、個体名コマチの奪取。そして、ヒビキを止めるのは──響、未来、そしてアカシアだ。

 

「響、大丈夫?」

「うん。わたしは平気。それよりも未来は?」

「私は全然。むしろ──」

 

 未来は何かを確信し、誰かと戦う事を察し、覚悟を決めていた。

 

『──』

 

 そして一人、アカシアはヒビキを想い続ける。

 

 皆を救う為の手段をずっと考えながら。

 

 

 第六話「TESTAMENT」

 

 

「さて、無事に辿り着いたが……」

 

 奏と翼は、SONG本部が着港している港にて身を潜めていた。

 響達と別れて此処まで来るまでに、ヒビキの妨害は無かった。

 気づいていない……という事は無いだろう。妨害が無かったという事は放置しても構わないと判断された。そうとしか考えられない。

 舐められているなー、とイラッとしつつも二人は先の事を考える。

 

「で、どうする? そう簡単に入れてはくれないと思うけど」

「そーだなぁ……あっ」

 

 名案を思い付いたと奏が声を上げる。

 

「この世界のあたしって、あたしとほとんど変わらないんだよな?」

「……雪音の話ではな」

「だったらさ。コッソリと潜入してあたしがこの世界のあたしのフリしたらサクッとアカシアを取ってこれねぇか?」

 

 奏の言葉に、翼は──。

 

「いや……どうだろう」

 

 かなり微妙な表情を浮かべてそう答えた。

 

「何でだよ。結構良い作戦だと思うんだけど」

「まずこの世界のわたしとわたしは似て非なる存在。その差異は無視できない」

「あー……言われてみればそうだな」

 

 奏はこの世界の奏と翼の関係を知らない。自分たちと似ているのだろうが、確実に違う所がある。

 それはやがて違和感となり、気づかれてしまうだろう。

 翼の言葉に考えを改めた奏は頷き。

 

「──それとあたしとお前達じゃあ決定的に違う所があるぜ」

『!?』

 

 殺気と共に上から聞こえた声に、すぐ様その場を駆け出した。

 それと同時に奏達が先ほどまでに居た場所に、無数の槍が降り注ぐ。何とか貫かれる事を回避した二人は安堵の息を吐きつつ空を見上げる。

 そこに居たのは、この世界の奏と翼──否、ヒビキに従うカナデとツバサだった。ツバサのブレードに二人で乗り、カナデの槍で強襲したのだろう。しかし元々殺せると思っていなかったのか、もしくはすぐに終わらせる気は無かったのか、彼女達は外した事を大して気にした様子を見せずに地面に降り立つ。

 奏は、カナデに向かって問いかけた。

 

「決定的に違う所って何だよ」

「それは勿論──あたし達の家族の事だよ」

 

 カナデの言葉に、翼はアカシアの語ったこの世界の出来事を思い出す。

 

「そうか。この世界のわたし達はアカシアと時を共にしていた。確かに彼女達の言う通りだ」

「アカシアじゃねぇ──光彦だよ」

 

 翼の言葉を、ツバサが否定し、訂正させる。

 

「オレ達はアカシアじゃなくて、光彦と絆を築いて来たんだ。そしてこれからも幸せでいたい」

「それを分からないお前らとあたし達──同じ訳が無いだろうが」

 

 その認識の差は他人からすれば些細なものだが、当人からすれば譲れないものであった。

 そしてそれを怖そう自分たちの領域に入ってくる目の前の存在は──殺したい程に認められない。

 

「──光彦は渡さねぇぞ!」

「──もう失いたく無いんだ!」

 

 槍と剣を携えたカナデと翼が襲いかかる。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 それを奏と翼は胸の歌を唄い、ガングニールとアメノハバキリを纏い応戦する。

 奏とカナデの槍が激突し、翼とツバサの剣が鬩ぎ合う。

 

 奏は何度もアームドギアを振り、火花を散らしながら目の前の自分に向かって叫ぶ。

 ずっと言いたかった事がある。

 

「おい、あたし」

 

 ずっと聞きたかった事がある。

 

「何でお前が」

 

 ──ずっとずっと許せなかった事がある。

 

「何でお前が──あたしが生きるのを諦めているんだ!」

 

 ガキンッと槍と槍がぶつかり合う音が響く。

 

「託されたんだろ? 助けられたんだろ? だったら──それは、あたしが最もしちゃあいけない事だろうが!」

 

 ヒビキに従い、夢の世界に逃げ、他の並行世界が滅ぶのを許容する等──天羽奏ならあってはならない事だと彼女は言う。

 それでは光彦の想いを無視し生きている事を諦めるのと同義だからだ。

 だから奏は目の前の自分が許せず──それは向こうも同じだった。

 

「うるせぇ!」

 

 カナデが怒りを込めて叫ぶ。

 

「何も知らないお前が──好き勝手言っているんじゃねぇ!」

 

 そんな事は誰よりもカナデ自身が分かっていた。

 それでも──カナデは諦めざるを得なかった。

 

「ヒビキはな、泣いているんだよ!」

 

 カナデの振るう槍が力に耐えられず、砕け散る。

 まるであの日のライブの時のように。

 そしてその破片はかつてヒビキの胸に突き刺さり、彼女の地獄の原因となった。

 カナデはその事を覚えている。忘れる訳がない。時を共に過ごせば過ごすほど──罪悪感で潰れそうになる。

 

「あたしが諦めたくないってだけで、これ以上あいつを苦しめたく無いんだよ!」

 

 砕けた槍を放り投げ、新しい槍を作り出し再び斬りかかるカナデ。

 

「あたしが死ねばあいつが助かるなら──いくらでもこの命捨ててやらぁ!」

 

 それをカナデは覚悟だと、決意だと叫びながら目の前の奏を消し去ろうとし。

 

「──」

 

 奏は──静かにカナデの言葉にブチギレていた。

 

 

 

「防人の剣、受けてみよ!」

「ちっ!」

 

──蒼ノ一閃

──蒼ノ一閃

 

 斬撃と斬撃がぶつかり合う。

 威力は同じで蒼ノ一閃は相殺し、しかし翼は大して気にせず駆け抜ける。

 それをツバサは舌打ちをしながらブレードに乗り、空中から無数の小太刀を降らせながら距離を取る。

 

「この程度!」

 

 それを翼はアメノハバキリで弾きながら、小太刀が自分の影に入らない様に注意しながら跳んでツバサに斬りかかる。

 ツバサはそれを乗っていたブレードで受け止めて、翼の斬撃の威力を利用しながら距離を取る。

 

「なぁ、もう一人のオレ」

 

 地面に着地しながら頭上から斬り掛かってくる翼の一撃を受け止めながら言葉を紡ぐツバサ。

 

「何でお前は戦っているんだ」

「知れた事!」

 

 その問いに対して、翼は迷う事なく答える。

 

「世界を、人を守るのが防人の努め! それを忘れたか!」

「防人防人って──イラつくなぁお前!」

 

 しかしその答えはツバサにとって気に入らないもので、思わず眉を顰める。

 

「忘れるも何もオレは違う! オレは防人ってのが大嫌いだ!」

「……!」

「どうせテメェはあの家に縛られてんだろ? だからその言葉を口にする!」

 

 だがオレは違うとツバサは目の前のもしもの自分を否定する。

 

「防人の剣じゃあ光彦もヒビキも世界も守れない! 守れなかった!」

「それは……!」

「そんな時代遅れの考えなんかイラねぇんだよ!!」

 

 ツバサの一撃が翼を吹き飛ばした。

 

「それに──結局歌ですら何も救えなかった」

「──」

 

 しかし翼は──諦めず、それどころか目の前の自分の言葉に目を見開く。

 

「だったらもう……夢の世界に居た方が良いだろ」

 

 その言葉は──翼にとって到底認める事ができないものだった。

 

「──翼」

「──分かっている」

 

 別世界のツヴァイウィングがある事を決めた。

 

「これは絶対に──」

「──負ける事は許されない」

 

 彼女達の目に闘志が宿る。

 

「──それは無理だ」

 

 しかしそんな彼女達に──圧倒的な力が襲いかかる。

 濃厚な闘気に思わず翼と奏は目の前の自分達から離れて合流し、声のした方向を見る。

 そこには──赤い鬼が居た。

 赤いシャツの袖を捲り、口から漏れ出る息はまるで蒸気の様に熱を持っているかのように錯覚し、こちらを見る眼光は強く輝いて見えた。

 

 風鳴弦十郎。この世界の三つの難関の一つだ。

 

「悪いがすぐに終わらせる」

 

 その最強を前にして──翼と奏は落ち着いていた。

 

「──結局こうなるのか」

「ああ。不承不承ながら──任せるとしよう」

「……何を言っている」

 

 ツヴァイウィングの言葉に弦十郎が怪訝な表情をする中──。

 

「──果敢無き哉」

 

 ──それは現れた。

 弦十郎よりも深く重いプレッシャーが戦場に現れ、一息で彼の懐に入り込む影。

 その影は手に持った名刀で弦十郎に斬りかかり、彼はそれを間一髪で回避する。

 しかしその顔は驚愕に染まっていた。ツバサとカナデも同じだった。

 何故なら、その男はこの世界に居ないはずだから。ヒビキが解放させる訳がなかったからだ。

 

「──誠に風鳴家の面汚しよ」

「──親父殿!?」

 

 弦十郎の前に立ち、彼に刀を向けるのは──風鳴訃堂だった。

 

 

 ◆

 

 

『あの世界の裏切り者は僕だけです。故に夢から覚めている人間はヒビキさんに解放させて貰った人達。つまり、アナタ達の敵です』

 

 しかし、と彼は続ける。

 

『世界を改変した影響か、厄介なモノや人達も復活してましてね。彼女はその封印も行なっています。そこに僕の夢の世界の崩壊という綻びを作り出せば──ヒビキさんの敵が現れます』

 

 それがウェルの言う援軍だった。

 

『ヒビキさん達はその敵の対処をするでしょう。そこを利用して彼女達を倒し、救ってください』

 

 そしてウェルの語る援軍が誰なのか、何なのかを聞いた彼女達は動揺し、不安に思いながらも頷いた。

 

 

 ◆

 

 

「何故ノイズが此処にいる!」

 

 ヒビキの世界のサンジェルマンが驚きに目を開きながら叫んだ。

 この世界に侵入した装者と自分たちを止める為に錬金術師協会総出で向かっていた所、彼女達の前に立ち塞がる様にしてノイズが現れた。

 ノイズだけでは無い。アルカ・ノイズも、カルマ・ノイズも。この世界を壊そうと襲い掛かって来ている。

 

 これは、世界のカウンターだ。

 ヒビキが未来を閉ざした結果生じた、世界自身が生きる為に行った彼女への敵対行動。

 ノイズ達は世界を守る為に、今この世界を脅かしているヒビキ達に襲い掛かる。

 

「──くっ」

 

 その光景を見たヒビキは思わず舌打ちした。

 何故邪魔をする。わたしはコマチに生きて欲しいだけなのに。

 これではまるで──世界すら彼が生きる事を許さないと言ってるようなものだ。

 

 そしてこの世界に呼ばれたヒビキの敵はノイズや訃堂だけでは無い。

 

「──久しいね、立花響」

「……お前は」

「また会えるとは思わなかったよ……君とは」

 

 ヒビキの前に現れたのは──アダムだった。

 

 ヒビキは変わらないアダムを見る。人類を嫌悪し、たった一人の友を救おうとし──ヒビキに敗北し、足掻き続けろと呪いの言葉を送り……友を託した、変わらないアダムを。

 

 アダムは変わってしまったヒビキを見る。コマチを愛し、ずっと一緒に居ると誓い──しかし残酷な真実に、滅びの歌に花咲く勇気を喪失し、孤独になり間違い続けている、変わってしまったヒビキを。

 

 ヒビキは目線を逸らし、アダムは彼女を真っ直ぐと見据える。

 

「少し話そうか、戦う前に」

 

 無機質な彼の声が、今は優しく聞こえた。

 

 

 ◆

 

 

「グオオオオオオオオオオ!!」

「姉さん! あれって!」

「ええ……ネフィリムだわ」

 

 マリアとセレナの視線の先には堕ちた巨人ネフィリムが暴れていた。最も強い姿を選んだのか、ネフィリム・ノヴァとなって人の居ない街を暴れて壊している。

 ウェルの作戦ではこの世界のマリアを抑える役目を与えられた筈だが……どうやらウェルの予想通り欲望のままに動いているらしい。

 

 アカシアを困らせる。その為だけに。

 

「グギャギャギャギャギャ!」

 

 この世界はアカシアの大好きなヒビキが作り出した世界。元々ヒビキにも恨みがあるが、それ以上に彼の大切な者が作った世界を壊す事は、彼にとって絶頂に達する程の快楽。

 故にヒビキ達の敵対よりも、アカシアを苦しめる為に暴れる。融合したからこそ理解していた。アカシアの苦しむ事を。今もまさにヒビキを止めてこの世界を止める事に、心を痛めている事をネフィリムは知っていた。

 

「グルルルルル」

 

 飽きたら装者達を喰らおうと笑みを浮かべるネフィリム。アカシアと絆を育んだこの世界の装者達も、彼に頼まれて世界を救いに来た並行世界の装モノも、どちらも喰らってやろうと目論むネフィリム。

 全てはアカシアを苦しめる為に。

 そしてその後はこの世界の神となって滅びの歌を再起動させるのも良いかもしれない。

 そんな邪悪で醜悪な事を考えていたネフィリムは──。

 

「消えなさいネフィリム」

 

 空から飛来したマリアの一撃で、断末魔を上げることも無く消え去った。

 黒きガングニールに蒼き波導。

 この世界の最強の一人、マリア・カデンツァヴナ・イヴは復活した最強状態のネフィリム・ノヴァを倒した。

 そして──もう一人の自分を見る。

 

「そうよね──わたしの相手はわたしよね」

 

 この世界のマリアの後ろにリッくん先輩とセレナが降り立つ。

 

「そうよ、わたし。──アナタには聞きたい事がある」

 

 並行世界のマリアはタラリと冷や汗を垂らしながら、自分とはかけ離れた強さを持つマリアに対して挑発的な笑みを浮かべる。

 

 ──各地で戦いが始まる。

 

 

 



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第七話「FAINAL COMMANDER」

「──マリアが相手と合流したらしい」

 

 セレナからの通信で向こうの戦況を把握したクリスが調と切歌に伝える。

 

 現在、彼女達は身を隠しつつ移動し、どの他のチームの救援に行ける位置取りをしていた。

 翼と奏は港。マリアとセレナは街中。そして響達はカ・ディンギル跡地に向かっている。

 サンジェルマン達はノイズの出現で混乱している錬金術師協会を囲んで袋叩きにするべく二手に別れて迂回しながら左右に展開している。

 

「どうするデスか? この世界のマリアはとんでもなく強いのデスよね?」

「救援に行った方が良いんじゃ……」

 

 本来この世界のマリアを消耗させる予定のネフィリムは一撃で倒されてしまった。生と死が曖昧になっている以上死んでいないだろうが、再び現れるには時間が必要だとウェルは言っていた。つまりアテにできない。

 

「そうだな。先にマリアの方を──」

 

 ──次の瞬間、クリスは調と切歌を庇う様にして立ち、リフレクターを展開する。その直後、彼方から飛来した炎のエネルギー砲がリフレクターに激突し、とてつもない衝撃が走った。

 

「ちっ……何と無く察していたが、向こうもかよ」

 

 クリスの視線は東京スカイタワーに、正確にはその頂上に立つこの世界の自分に向けられていた。

 あそこなら、大体の場所の狙撃も熟せるだろう。現に、錬金術師協会と戦っているノイズを撃ち抜きその数を減らしている。

 正直ノイズは倒されても良いと思っている。この世界で炭素分解されないと分かっていても、ノイズが人を襲う光景は見たく無かった。今は肉壁となって引き付けているだけだが、もし襲い出したらクリスは飛び出していただろう。

 

 それよりも、だ。

 

 向こうのクリスも遊撃を任せられているらしい。彼女を放置すれば厄介だ。

 故にクリスは、彼女を止めるのは自分だと判断する。

 

「あたしはアイツを止める! お前達はマリアの援護を!」

「クリスさん!」

「頼んだぞ!」

 

 それだけ伝えると、クリスは人が乗れる程度の大きさのミサイルを出せるだけ出してぶっ放す。そしてその一つに乗り、東京スカイタワーに居るもう一人の自分に向かって飛んだ。

 

「……!」

 

 破天荒な手段で接近してくるクリスに驚く狙撃手クリス。

 彼女はライフルをクリスに向けて狙い定まる。

 そしてスコープを除いて引き金に指を掛け。

 

「堕ちろ」

 

 クリス、ではなくその下のミサイルに向けて弾丸を放った。

 

 そしてクリスはそれを読んでおり、狙撃手クリスが撃つ直前に別のミサイルに飛び乗った。

 

「──っ」

 

 ミサイルが一つだけ爆発し、他のミサイルは依然として狙撃手クリスに向かっており、その上にはクリスが不敵な笑みを浮かべてイチイバルを構えている。

 狙撃手クリスは再びスコープを覗き、狙い定めて撃つ。今度は先ほどよりも一呼吸早く。

 しかしクリスは完璧なタイミングで回避する。

 ならばと狙撃手クリスはミサイルを撃ち堕とした後、クリスの飛び移るミサイルを予測して堕とそうとし──それすらも読まれてしまう。

 

「こうなったら……!」

 

 狙撃手クリスはライフルにエネルギーを限界まで溜めて──全てのミサイルを薙ぎ払った。空で幾つもの大爆発が起き、爆風と熱が狙撃手クリスの頬を荒々しく撫でる。

 そして──。

 

「自分の事はよぉく分かってる」

「──!」

「期待通りだ──おら、持ってけダブルだ!」

 

 ミサイルの爆発を隠れ蓑に狙撃手クリスの背後に周っていたクリス。彼女はゼロ距離で特大のミサイルを二つ作り出し──そのまま自分諸共大爆発を引き起こした。

 

 

第七話「FINAL COMMANDER」

 

 

「無茶苦茶やるデースクリス先輩!」

「でもこれでマリアの所に……」

 

 狙撃される心配が無くなった街道を切歌と調が走り抜ける。

 爆発音が続いている事から相手もクリスも未だ健在な様だ。

 しかし、この世界で遊撃に選ばれたのはクリスだけではない。

 

「──! 調!」

 

 切歌が調を掴んで後ろに跳ぶと同時に、レーザーが道路を穿つ。

 その威力に戦々恐々としながら見上げると、そこには──もう一人の自分達。

 

「──ようやく」

「──会えたデス」

 

 この世界の調と切歌は、ギアを構えると問答無用でもう一人の自分達に襲い掛かった。

 そして。

 彼女達のこの世界への侵入方法を考えれば、次に放たれる言葉は決まっていた。

 

「──よくも馬鹿助手を!」

「──よくもウェル博士を!」

『──私達の家族を!』

 

 ウェルが抗っているのは知っていた。自分達と真逆の夢を見ていたのは知っていた。ヒビキが心を痛めながら夢の世界から出られない様にしていたのは知っていた。

 でもそれで良かった。

 もう彼には頑張ってほしくない。命を賭けて欲しくない。悲しんで欲しくない。

 だから自分達が全てを引き受けて終わらせようとした。

 

 それなのに。

 

 諦めない自分達が居るから。

 ウェルが諦めないから。

 ヒビキを、自分達を救おうとしたから──死んだ。

 

 もう胸の中がグチャグチャだ。

 だから──これは最低な八つ当たりだ。

 誰も喜ばない復讐劇だ。

 ウェルが一番嫌う──苦い苦いバッドエンドへの道。

 

 この世界の調が三体のドローンを飛ばし、もう一人の自分へと突撃する。

 シュルシュガナ同士がぶつかり、刃と刃が削り合う中、この世界を救いに来た調が叫ぶ。

 

「大切な人が居なくなると苦しくなる。アナタはその事を誰よりも理解している筈。それなのに!」

「黙れ偽善者──刻んであげようか?」

 

 わたしの家族を殺した癖に、と恨みが込もった視線が向けられる。

 

「っ……」

「何よりも許せないのは」

 

 頭部に備え付けられた装飾が動き、砲身が向けられる。

 

「──その顔で、その声で、わたしが、アイツを見殺しにした事が許せない!!」

 

 殺意が向けられる。

 

「──ぐ」

 

 シュルシャガナの丸鋸の側面でレーザーを受け止める調。しかし目の前の自分の想いは強く、重く、激しく。

 

「──きゃああああ!!」

 

 容易く砕かれ、吹き飛ばされてしまった。

 

「調!」

 

 切歌が吹き飛ばされた調を見て思わず叫び、それをロングヘアーの切歌がイガリマの鎌で首を刎ねんと振るい、ショートヘアの切歌は同じイガリマで受け止める。

 

「……っ!」

 

 そして、怒りに染まった目でこちらを見る彼女に、ショートの切歌は叫ぶ。

 

「アナタまでそんな調子じゃ、お気楽者のアタシ達がそんなんじゃ、みんな間違えちゃうデスよ! しっかりするデス!」

「それでも、どうにもならない事はあるのデス!」

 

 ロングヘアーの切歌も負けじと叫び返す。

 

「頑張れば頑張るほど、どうにもならなかった時辛いのデス! だからウェル博士には頑張って欲しくなかった! ずっとずっとずっと……キリカとの幸せな夢を見ていて欲しかったのデスよ!」

 

 想いを叫び、ロングヘアーの切歌はショートの切歌を弾き飛ばし、並行世界の調の元へと叩き付ける。

 

「だからもう」

「何もせず、切り刻まれて」

 

 そんな諦め切った声に──ウェルに大切なものを託された二人は、真っ直ぐ強くもう一人の自分を見据えた。

 

 

 ◆

 

 

 戦場だというのに静かだった。

 この世界のマリアはジッともう一人の自分を見る。ネフィリムを一撃で葬り去った自分を冷や汗混じりに見るマリアを。

 

「セレナ」

 

 マリアは傍に居る己の妹に言い放つ。

 

「あっちのセレナを頼んだわよ」

 

 それだけ伝えると、マリアは波導を纏って一息でもう一人の自分の前に立つ。

 

「え?」

 

 そして彼女に認識される前に掴むと、その場から跳躍しリッくん先輩と共に別の場所へと向かった。

 

「っ……姉さん!」

 

 風圧に晒されながらセレナは自分の姉の名を叫び。

 

「まるで過去の自分を見ているかのよう」

 

 自分よりも成長したこの世界のセレナと対峙する。

 

「なんで」

 

 セレナは思わず問い掛けた。

 

「あなたはそれで良いの? 本当に──」

 

 自分がこの世界を受け入れている事が信じられなかった。悲しかった。故に問いかける。彼女なら……セレナ・カデンツァヴナ・イヴなら、と。

 

 しかし。

 

「わたしだって、本当は嫌ですよ。でも……でも……!」

 

 この世界のセレナは自分の姉の泣いている姿を思い出す。

 

「あの姉さんですら絶望して涙を流した。頑張れば頑張るだけ辛くなる」

 

 だったら。

 

「このままの方が良いんです」

「──」

 

 それは優しさを履き違えた残酷な言葉で、自分の言葉にセレナは──息を飲む。

 

 負けてはいけないと強く思った。

 

 

 

 そして離れた地では、波導を纏ったマリアがもう一人の自分を抱えて着地する。

 並行世界のマリアはすぐ様離れて、何もかもがデタラメなマリアを警戒する。

 

「あら? そんなに怯える事無いじゃない」

 

 そんなマリアをこの世界のマリアは微笑ましそうにしながら言う。

 圧倒的な実力から来る余裕だろうか、と思いながらマリアはアガートラームを油断なく構える。

 

「懐かしいわね。わたしがそのギアを纏ってたのはあの一度切り」

 

 マリアは思い出す。大好きだった人との最期の想い出を。

 

 しかしそれはもう無意味な事だと思い直し、傍のリッくん先輩に触れた。

 

「どうしてアナタ達は戦うの?」

「え?」

「ヒビキが他の世界の星命力を奪っているから? もしそうなら心配する事はないわよ。アルセウスを得た以上、少し経てばもう迷惑掛けないから」

「何が言いたいのかしら」

「邪魔しないでって言っているの」

 

 スッと細められた目がマリアに向けられる。

 

「確かにちょっとだけ迷惑を掛けたけど、それはアルセウスが逃げたから。リッくん先輩もヒビキが必ず取り戻す。そうなると、もうアナタ達がこの世界に来る意味は無いのよ」

 

 この世界のマリアの言葉に、彼女は──。

 

「アナタ──本当にマリアなの?」

「質問の意図が分からないわ──わたし」

 

 不思議そうな顔で、しかし瞳には何も映さずにもう一人の自分を見るこの世界のマリア。

 

「正直、この世界の事を聞いて羨ましいと思った。みんな弱さを抱えながら未来に向かって強く在ろうとしている姿に」

「……」

「でも、今のアナタの──アナタ達の姿は何?」

 

 各戦場で自分達を見て、その想いを、諦めてしまった姿を見て──負けてはいけないと、認めてはいけないと強く思った。

 

 本心を偽り、諦め、無為に時間を浪費する彼女達を。

 

 彼女達を認めてしまえば──アカシアの想いは、ウェルの想いは無駄になってしまう。

 

「力の差なんて関係ない」

 

 マリアが銀の腕を構える。

 

「わたしの弱さで、アナタの強さを打ち砕く!」

「──」

 

 その銀の煌めきは──今のこの世界にとって眩しく見えた。

 

 

 ◆

 

 

「──という事は、アイツらは……お前達は洗脳されている訳ではないのだな」

「ああ、そうだ」

 

 キャロルは、並行世界から来た自分の問いに素直に答えた。

 ノイズによりほとんどの錬金術師は倒されてしまった。サンジェルマン達幹部も自分自身に抑え込まれている。

 

 そしてこの戦いに初めからやる気の無かったキャロルはあっさりと負けていた。

 

「……どうして戦わない」

「虚しいからだ」

 

 自分の問い掛けにキャロルは答える。

 

「理想の世界。追い求めていた夢。それを見せられれば見せられる程──心にポッカリと穴が空いていく」

 

 夢の世界でのイヴとの時間は楽しかった。

 だが、それではダメだと想い、しかし抜け出せられない。

 だからヒビキに力を貸してくれと言われた時、すぐに夢から覚め──終わっているこの世界を見て、虚しくなった。

 

 こんな世界の為に、家族の想いを受け継いだのでは無かったのに。

 この時初めてキャロルは──自分は未来が欲しかったのだと自覚した。

 イヴ達との夢よりも……。

 

 そしてそれはサンジェルマンたちも同じだった。

 イグニスとの夢は心地良かったが――それでも心の核の部分で違うと思ってしまう。

 だから何処かこの戦いに消極的で、サポートしかしていない。

 

「かと言って立花響に逆らう事もしないとはな」

「……」

「ふん。少しそこで頭を冷やせ」

 

 それだけ告げるとキャロルは他の仲間の援護に向かおうとし、その前一つ質問をする。

 

「夢の世界から目覚めていない奴らが居るようだが、どうなっている?」

「簡単な話だ。装者の中で起きて欲しくないと思った奴が居て、それをヒビキが聞き入れただけだ」

 

 故にフィーネやノエルは死から復活しても、戦力としては復活していない。

 その話を聞いてキャロルは納得し、その場を飛び去る。

 

「という事は、だ」

 

 ヒビキは孤独を選びながらも──目覚めて欲しいと思ったという事だ。

 

 

 ◆

 

 

 キャロルの至った結論には、アダムも辿り着いていた。彼の場合は二代目が目覚めていない事からだが。

 戦力として数えるなら、目覚めさせていない者が多いのだ。

 あまりにもチグハグで、人間らしいとアダムは思った。

 

「よく分かっただろう、僕の気持ちが。でも解せないんだ、君の行動に」

「……」

「何故選ばない、アカシアだけを。何故捨て切れない、愚かな人間を」

 

 アダムの問いにヒビキは答える事ができない。

 しかしアダムは答えを知っていた。知っていて聞いていた。

 ヒビキにそれを自覚させる為に。

 彼女は──孤独の闇に入りながらも、人との繋がりを捨てられず、助けを求めている。

 

 それをアダムはかつて醜悪だと断じて壊そうとし、最後には響の人と手を繋ぐヒカリに敗れ去った。

 

 だから今の彼女は見ていられなかった。

 だから今の彼女はアダムを見る事ができなかった。

 

「どうや無駄な様だね、問答は」

 

 アダムはこれ以上ヒビキの顔を、自分に勝った相手のそんな顔を見たくなくて、力を体に巡らせて怪物の姿となり構える。

 

「だったら君を倒して代わってあげよう、この世界の神に。その後に終わらせてみせる、全てを」

「──させない」

 

 ヒビキがガングニールのファウストローブを纏う。

 

「いい加減目覚めたらどうだい、現実に」

「みんなの夢は終わらせない。終わらせたくない──お前も寝てろ」

 

 ヒトデナシと孤独の少女が──激突した。

 



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第八話「METANOIA」

「くっ……!」

「儂を倒していながら──果敢無き哉。全くもって見るに耐えぬ」

 

 訃堂の剣閃が煌めき、弦十郎は必死になって避ける。訃堂の一閃一閃が必殺で、避けるので精一杯だ。

 しかし彼が顔を顰めているのは訃堂の攻撃に対してではなく、彼の言葉にあった。

 

「俺は、ヒビキくんの──」

「迷いを含んだ力無き言葉よ」

 

 険しい表情を浮かべる弦十郎にそう言い捨てると、訃堂は刀を振るい続ける。

 それを横目に、翼はある事を確信していた。

 訃堂に弦十郎を殺す気がない事を。

 ただ単に足止めをし、自分たちの邪魔をさせないようにしていると。

 

(ウェル博士から予め聞かされていたが、まさか本当だったとは)

 

 ウェル自身も訃堂が協力してくれるかは賭けだった。

 それでも結果は見ての通りで、何故彼が助力してくれたのかは──訃堂自身にしか分からない事。

 

「アイツの力を借りるなんて、ますますオレと違うな!」

 

 ツバサが吐き捨てるように言い放ち、翼の剣を弾く。

 この世界の訃堂も翼の世界の訃堂も、どちらも外道だ。両世界で行われた所業は到底許せるものではない。

 違うのは──彼が誰に、何に誓いを立てた事か。

 しかしそれ自体は翼達には関係なく、彼女達は目の前の自分に集中す流。

 

「わたしは──お前に負ける訳には行かない!」

「ああ、そうかい! それはこっちも同じだ!」

 

 そう言い放ち翼を弾き飛ばして、翼はギアに眠る力を解放する。

 途端彼女は蒼い翼に包まれ──アカシアの力を解放する。

 

 ──アメノハバキリ・フリューゲル。

 

「お前達を倒して──夢の続きを!」

 

 空を飛ぶ翼の力が宿った斬撃がツバサから放たれ、あまりにも大きなエネルギーに爆発が起きる。

 蒼く光る羽の形をしたエネルギー残滓がひらひらと空を舞い──爆煙ごとそれら全てを吹き飛ばして出てきたのは、黄金の力を身に纏った翼。

 

「夢とはなんだ」

 

 アマルガム。

 ギアを形成するエネルギーのシールドでツバサの一撃を受け止めた翼は、その手に巨大な剣を携えてもう一人の自分に問いかける。

 

「眠り過去に縋り付き、明日に続く未来を……目を閉じ、耳を塞ぎ、歩みを止める事か?」

「……ッ」

「だとすれば──軟弱にも程がある!」

 

 二つの剣が激突する。

 

「そうではなかった筈だ──風鳴翼は、そういう女では無かった筈だ!」

「知った口を!」

「知っているからこその口だ」

 

 ガインッと音を立ててツバサの剣が弾かれる。どうやら一撃の重さは翼の方に分があるようだ。

 

「少なくとも──思ってもいない事を囀る貴様の口よりはマシだ!」

「本当にイラつくなお前は!」

「貴様が本当に胸惑わせているのは──己自身だろう!」

 

 ツバサが空を駆り、ヒットアンドアウェイで翼を翻弄しようとする。

 しかし、翼はそれを全て見切り、一撃一撃を丁寧に受け止めていく。

 

「何を!」

「いい加減目をかっ開け! 胸の内を曝け出せ──そして、己が使命を見失うな!」

「──黙れええええええ!」

 

 二つの刃は、言の刃は、激しさを増していく。

 

 

 

「うおらぁああああ!」

「グッ!」

 

 奏同士の戦いも激しさを増していた。

 通常状態では勝負が付かないと判断した二人は、早々にデュオレリックの力をそれぞれ使っていた。

 

 ──ガングニール・サンダーマグニフィセント。

 

 光彦との絆が生んだカナデの雷の力。

 

 ──ブリージンガメン。

 

 並行世界の奏が得た業火の力。

 

 炎のガングニールと雷のガングニール。

 二つの力は互角で、破壊のエネルギーが周囲を徐々に焦土へと変えていく。

 

「言葉は呪いと変わる。歌ですらそうだった!」

「なんだと!」

 

 炎の中を突っ切りながらカナデは叫ぶ。

 

「あたしが生きるのを諦めるなって言ったせいでヒビキは苦しんだ。光彦は歌が大好きなのに、その歌のせいでみんなを殺しちまう!」

 

 そんなの。

 

「悲しいじゃねえか!」

「……!」

「あたしはいつも空回りしてしまう! だったらもう何も言わない方が良いんだよ!」

「んな訳あるか!」

 

 雷で形成された槍を炎で焼き尽くしながら、奏は叫ぶ。

 

「アンタはアイツの先輩だろうが! だったらどっしり構えて見本になってやれよ!」

「何を言って……!」

「お前がそんなんだと、後輩のアイツは心配して、無茶して、傷ついてしまう!」

 

 翼を失い、一人だと思い込んで、そして並行世界の翼と出会って、認められなくて──結果響が傷ついた。

 それを見て──奏は自分が間違っていると自覚する事ができた。

 それでも認めるのが怖くて直ぐには受け入れられなかった。

 

「先輩ってのは辛いもんだ。後輩より前を歩かなくちゃいけねぇ。でもな、それで後輩を盾に自分だけ楽な方に逃げるのは違うだろ!」

「あたしは逃げてなんか──」

「だったら!」

 

 ゴオッと炎が唸り、奏はカナデの胸ぐらを掴んだ。

 

「なんで嘘吐くんだよ」

「──……ッ」

「そんなのあたしらしくねーぞ」

 

 一瞬カナデの動きが止まり──しかしすぐに雷鳴が轟き、強引に奏を振り解く。

 

「うるせぇ! もうテメェの説教はうんざりだ──黒焦げにして消してやる!」

「──黒焦げになって反省するのはテメェだよ!」

 

 炎と雷がぶつかり合い、轟音が絶え間なく響き鳴り響く。

 

 

 ◆

 

 

「くっ……」

「よく避けますね。見えていないのに」

 

 ──アガートラーム・マジカルベール。

 

 透明なリボンが小さなセレナを捕らえようとするが、悉く回避されている。同じセレナだからだろうか? それとも……。

 

「精霊さんの力、ですかね?」

「──!」

「わたしのこの力は妖精の力。似ているからか、見えてしまうのかもしれません」

 

 精霊ヴェイグ。世界蛇の戦いの際にセレナと心を通わせた精霊。

 その精霊はどうやら見えないリボンを見る事ができるらしく、セレナに助言していた。

 小さなセレナは、目の前の大人のセレナに叫ぶ。

 

「もうやめてください! こんな戦い……!」

「意味がない、と? 確かにあなたの言う通りなのでしょう」

 

 でも。

 

「それだけでは、優しさだけではヒビキさんも、リッくん先輩も救えなかった」

 

 だったら。

 

「優しさを捨てて、力で相手をねじ伏せないと──幸せになれない」

「そんな幸せ……!」

「そうです──意味がないんです! それでも!」

 

 セレナの不可視のリボンがセレナを捕らえる。 

 

「守りたい世界があるんですよ!」

「──それでも!」

 

 小さなセレナは、自分の言葉を認めない。

 

「優しさを失ったら──誰も笑顔で居られないんですよ」

 

 白銀の刃がリボンを斬り裂く。

 

「優しいだけではダメだと。力不足だと。役に立てないと……自分が嫌になる」

「……」

「だからといって今までの自分を捨てたら──悲しいんです」

 

 小さなセレナの言葉は、大きなセレナに突き刺さり。

 

「──そんな事!」

 

 認めてはならないと、力で黙らせようとリボンを鞭の様に振るった。

 

(何とかしてあそこまで引き付けないと……!)

 

 希望を絶やさない為に、セレナは諦めない。

 

 

 ◆

 

 

「ちょっせい!」

 

 クリスが弾丸をばら撒きつつ、この世界のクリスへと突貫する。

 手数で押し切るつもりだ。

 しかしこの世界のクリスに──苦手な距離は無い。

 近づいて来たクリスにあえて自分から距離を詰め、握り締められた拳が振り抜かれる。それを紙一重で回避しながらクリスは手に持った二丁拳銃で弾丸を放つが、弾道を予測したこの世界のクリスが最小限の動きで避ける。

 そして鋭い蹴りが放たれ,それをクリスは腕で受け止めるが弾き飛ばされる。受け止めた腕がジンジンと痛み、思わず悪態が出た。

 

「狙撃手が格闘戦してんなよ!」

「そんなのそっちの勝手な思い込み」

 

 冷たくそう言い放ち、この世界のクリスはライフルを構える。

 銃口を向けられたクリスは慌ててその場を飛び退き、一瞬遅れて地面に風穴が空けられる。

 それを冷や汗を垂らしながら見て、クリスは叫んだ。

 

「なんでそんな力がありながら……」

 

 イチイバルが姿を変え、ガトリングとなり数多の弾丸が解き放たれる。

 その嵐の中、この世界のクリスは踊るように回避しながら時折狙撃をする。

 狙撃をいなしながらクリスは叫んだ。

 

「人は何度だって間違える! けどな、それを殴ってでも止めるのが友達じゃねぇのか!」

「うるさい……! 耳障り……! もう放って置いて!」

 

 拒絶の言葉にクリスは。

 

「放って置ける訳ないだろうがっ!」

 

 狙撃弾でガトリングを破壊されながらも、その爆発音に負けないように叫び返す。

 

「こちとら託されているんだよ! お前の家族に! お前の仲間に」

 

 クリスの脳裏に悲しみの表情を浮かべるアカシアと命を散らしながらも仲間の幸せを願うウェルが過ぎる。

 

「何より──気に食わないんだよ!」

 

 クリスはこの世界に来てから気に入らない事があった。

 

「別に夢の世界に逃げる事を悪いとは言わねぇ! あたしだって逃げ出したいと思った事は何度もある!」

 

 こんな筈ではなかったと。もっと良い未来があった筈だと──いつも思う。

 

「でもそれじゃあダメなんだよ。理想ばかり追いかけて真実から目を逸らしたら取り返しのつかない事になる!」

 

 ヒビキの行いを、彼女の顔を見ていると──より一層そう思えた。

 

「その前に止めろよこの馬鹿野郎!」

「それができないからこうなったんだ!」

 

 特大ミサイルと巨大なレーザーが真正面から激突し、閃光が迸る。

 その中を二人のクリスが走り抜け、銃とライフルが激突する。

 

「わたしだってヒビキには……!」

「……あぁ。その調子だ」

「……!?」

「その調子でどんどん──本音を曝け出しやがれ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてクリスがそう宣い、この世界のクリスは怒りの炎を燃え上がらせた。

 

 ──イチイバル・レイジングフレア。

 

「──その口、焼き尽くしてやる……!」

 

 

 それに対抗する様に、クリスもアマルガムを使い黄金の力をその身に纏う。

 

「ぷちょへんざだ。──さぁ派手に火遊びと行こうぜ!」

 

 破壊の弾丸が火を吹く。

 

 

 ◆

 

 

 ──シュルシャガナ・バリエーションシルバー。

 ──イガリマ・グリーンソウル。

 

 地上が草原に覆われ、脚を着ければ蔓が拘束し。

 空を移動すれば流動する銀が覆い尽くす。

 

「デデデデース!?」

「っ、厄介……!」

 

 切歌と調は緑と銀の拘束から逃れる為に絶え間なく走り続けていた。

 足を止めても、無闇に跳んでも捕まる。

 自然と選択肢が狭まれていた。

 

「隙……!」

「だらけデス!」

 

 そこにこの世界の切歌が斬りかかり、調が後方からビームを放ってくる。

 受け止める事も、防ぐ事も許されず、二人は避けるしか無い。

 

「っ、切ちゃん!」

「調!」

 

 さらに切歌と調を分断する様に攻撃してくる為、二人は必死になって纏って動こうとする。分断を許してしまってはたちまち火力差でゴリ押しされてしまうが為に。

 自分達と同じ故に、自分達の強みを理解し、それを崩そうとしている。

 強き絆で困難を打ち砕くのではなく、絆を壊して相手を弱くする。

 そんな戦い方だった。

 生き残るよりも邪魔者を殺す戦いだった。

 

「いい加減、倒れろ……!」

「これ以上苦しいのは、辛いのは、悲しいのは──嫌なのデス!」

 

 悲痛な叫び声だった。

 もうどうしようもない現実に心が折れてしまい──未来を見るのを諦めた叫び。

 二人の刃が重なり、緑と銀が混ざった斬撃が切歌と調を襲う。

 

 しかし、耐える。

 それは、認めてはいけない叫びだ。

 

「──偽善でも何でもいい」

「それでも忘れないで欲しいデス。あなた達の為に命を賭けた人がいる事を」

 

 アマルガムを発動し、そのエネルギーシールドで受け止めていた彼女達は、黄金の力で押し返す。

 

「優しさを捨てたらダメデス!」

「託された想いを踏み躙ったらダメ」

 

 ウェル博士の夢の世界を破壊してこの世界に入ってきた彼女達は、憎き敵だろう。

 しかし復讐心でがむしゃらに戦い続ければ──彼女達の心は擦り切れる。

 それではダメだ。

 誰も喜ばない。誰もが悲しむ。

 だから彼女達を止めなくてはならない。

 偽善者と罵られようと。お気楽者と蔑まれようとも。

 

「切ちゃん、忘れないでね」

「分かっているデス。──絶対に勝つために、あそこに行くデス!」

 

 サババの二振りの刃同士が激突する。

 

 

 ◆

 

 

「──諦めなさい」

 

 無傷で佇むガングニールを纏ったマリアの視線の先には。

 

「くっ、かは……」

 

 血を吐き、苦悶の表情を浮かべるアガートラームを纏ったマリアが居た。

 

「実力の差は歴然よ、わたし。自分自身だから分かるでしょう──わたしとあなたの違いが」

 

 何処までも冷たい目で自分自身を見下すマリア。

 ふいに各戦場へと視線を向けて、波導で相手と味方の動きを感知し、口を開く。

 

「何か考えているようね」

 

 でも、とマリアは続ける。

 

「無意味よ。あなた達の使う力とわたし達のアカシアの力は互角のようだけど、世界自体がこちらの味方。ヒビキがアダムの相手を終えれば、直ぐにフォニックゲインを吸い取られて終わり」

「……ッ、その前にあなた達を倒せば」

「──だから」

 

 一瞬でマリアの前に移動し、蹴り放つ。

 まるでボールの様に吹き飛ぶアガートラームのマリア。

 

「それが無理って言っているのよ」

 

 吹き飛んだ先に移動して殴り、また移動して槍で弾き、そして再び移動して蹴り……それを延々と繰り返し、白銀の鎧を削っていく。

 

「時間が経てば経つほどあなた達は疲れていく。タイムリミットもある。でも倒せないし、時間稼ぎもできない。そんなあなた達に何ができるの? わたし達よりも弱いあなた達が──」

「──随分と強さに拘るのね」

「──」

 

 一際強く拳が振り抜かれ、地面に沈められるマリア。

 一瞬意識が飛び、しかし痛みで覚醒する。

 そんな彼女の頭を強く踏み付けるガングニールのマリア。

 

「弱かったから、守れなかった」

「……ッ」

「弱いままなら強くなれる──そう、信じていたのに」

 

 かつて教えられた言葉が無意味だったと彼女は語る。

 

「救えないなら、守れないなら──弱いままで居られない!」

 

 拳に波導が込められる。

 

「わたしは強くなくてはいけなかった」

 

 そしてその拳はふり抜かれ、地面が揺れ、大地が砕け散り──しかし血塗れとなったマリアがその拳を握り締めながら立ち上がる。

 その姿にガングニールのマリアは目を開き──口の中で誰かの名前を呼ぶ。

 

「本当にらしくないわね──わたし」

 

 ギロリと睨み、マリアは。

 

「あなた強いけど──今までで一番弱く見えるわ」

 

 そう言って白銀の腕は──深々と相手の頬に突き刺さった。

 吹き飛ばされるガングニールのマリア。今まで自分が与えたダメージを考えれば、大して効いていない筈なのに。その拳はズキズキと痛む。

 

「確かにわたしは──わたし達は一人では勝てない」

 

 だったら。

 

「みんなで勝つ! 手を繋いで!」

 

 マリアがそう叫ぶと同時に──各方向から幾つかの流星が降り注ぐ。

 その流星はガングニールのマリアの側へと落ち──この世界の装者達が軽傷を負いながらも倒れ伏していた。

 

「翼! 奏! 切歌! 調! クリス! セレナ!」

 

 そして、アガートラームを纏ったマリアの側にも彼女の仲間の装者たちが降り立つ。

 全員が戦うべき相手をこの戦場に連れて来た。

 何が目的なのか、今一理解できないこの世界のマリアは──目の前の自分達の上空にいつの間にか陣取っている一人の錬金術師を見つける。

 

 彼女はキャロル・マールス・ディーンハイム。

 基本世界では奇跡の殺戮者であり、この世界とある世界では奇跡の完遂者であり。

 

「高く付くぞ──」

 

 彼女の歌は、70億の絶唱を凌駕するフォニックゲインだ。

 

「オレの歌は!!」

 

 キャロルの歌で生じたフォニックゲインが、並行世界のマリア達に力を与える。

 マリア達が止める間も無く──奇跡の力が顕現する。

 

 エクスドライブ。何時だってシンフォギアに勝利を、意志を通す絶対的な力を授けた彼女達の希望の歌が此処に現れた。

 相対するのは自分自身。纏うのは 奇跡と絆が生んだ異界の獣の力。

 

「さて、精々気張れよシンフォギア」

 

 消耗したキャロルは息を切らしながらそう言って戦線を離脱し。

 

「──負けられないのよ!」

 

 アカシアの力に縋っているマリアが泣きそうな声で叫び。

 

「──負ける訳にはいかない!」

 

 奇跡の力で立ち上がったマリアが強い意志で叫び。

 

 装者達は踊る様に、荒々しく、歌い紡ぎながら戦闘を開始した。

 

 

 ◆

 

 

「──ちっ。厄介な」

 

 その光景を見つめるヒビキは思わず舌打ちをした。

 アダムとの戦闘に気を取られてエクスドライブを許してしまった。あれだけのフォニックゲインを吸収するには時間が掛かる上に、できないだろうと判断した。

 

「何か言い残す事ある?」

 

 ヒビキは倒れ伏し、夢の世界へと消えていくアダムに問い掛ける。

 

「──無いさ、特に。もう吐きまくったからね、人類への恨み言は」

「──そう」

 

 その言葉を最後に呆気なくアダムはこの戦いからリタイアし。

 

「さぁ、次はアンタ達の番だ」

 

 そう言ってヒビキは視線をアダムから次に戦う相手へと向ける。

 そこにはアカシア、未来、そして響が居た。

 ヒビキの瞳には感情が込められておらず、まるで作業をするかの様に無機質だ。そうしないと心が保てないから。

 

「でも神獣鏡は厄介だな」

 

 向こうの世界の未来を見てヒビキは呟き。

 

「手伝って、未来」

「──うん。ヒビキ」

 

 翳りが入った己の陽だまりを呼び。

 陽だまりは光を失ったお日様に従う。

 

 ヒビキと未来がそれぞれファウストローブを纏い、シンフォギアを纏った自分達を見据える。

 

「最後の戦いだ──これで全てを終わらせる」

 

 神の力を解放させながら、ヒビキは強く響を睨みつけた。

 



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第九話「FIRE SCREAM」

『響ちゃん……もうやめてくれ』

 

 こちらを見るヒビキに対してアカシアは説得を試みた。

 

『もう君たちが泣いた顔で戦う姿を見たくない。それに、ウェルだって──』

「──安心してコマチ」

 

 ニッコリと笑顔を向けるヒビキ。

 しかしその笑顔はアカシアの大好きな笑顔とはかけ離れていた。

 

「すぐにこいつらを──ウェルさんの仇を討つから……!」

『違うよ響ちゃん! 彼女達は!』

 

 尚も言葉を届けようとするアカシアを響が手を翳して止める。

 その様子を見てヒビキは舌打ちをしてもう一人の自分を激しく睨み付ける。しかし響は臆する事なくヒビキを見据えた。

 

「アカシアさん。下がっていてください」

「お前がコマチに命令するな!」

 

 ヒビキはもう一人の自分の前だけでは感情を表に出す。それもアカシアと隣り合って立っている姿なら尚更に。

 

「命令なんかしていないよ。わたしはただ、あなたを救いたいだけ」

「まだそんな事を言っているのか! わたしはもう未来なんかいらない! 歌だって──」

「だったら──」

 

 次の響の言葉は、ヒビキの胸に鋭く突き刺さった。

 

「何でこの世界のみんなはシンフォギアを纏っているの? 何で歌う事を許しているの?」

「──」

「あなたの力なら、シンフォギアをファウストローブに変える事もできる筈──それをしなかったって事は」

 

 ヒビキは──まだ歌の事が好きで、捨て切れていなかった。

 響の言葉に、ヒビキは認めないと、認める訳にはいかないと、怒号混じりに叫ぶ。

 

「ふざけるな! そんな事ある訳──」

「分かっている筈だよ! アナタは自分の歌が、アカシアさんが好きだと言ってくれた歌が大好きで、それと同じくらいみんなの歌も好きなんだ! だからそれを取り上げる事ができない!」

「黙れ! 勘違いするな! わたしはただお前らを倒す為の戦力を──」

 

 しかしその言葉は、すぐに響が否定する。

 

「だったら何でそんなに辛そうな顔をするの!? 悲しい顔をするの!?」

「っ……」

「本当は分かっている筈だよ全部! もう自分に嘘を吐くのはやめて!」

「──うるさい」

 

 ヒビキの頬に涙が伝う。

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」

「……」

「お前にだけは言われたくないんだよ……! お前の言葉を認めてしまったら、わたしのやって来た事は無価値になる」

「……ならないよ」

「なる!」

「ならないよ!」

「なるんだよ! ──だって、お前はわたしで、わたしはお前で……! 間違っているのはわたしで、正しいのはお前──それを認めたら、認めてしまったら……!」

 

 グシャグシャと自分の髪の毛を掻きむしるヒビキ。

 しかしそれ以上に胸の中がグチャグチャで、自分のやっている事に吐きそうで、でももう後戻りできない。

 

「こんな気持ちになるのはお前が居るせいだ! お前さえ居なければ──」

「ううん。君が後悔しているのは、君が優しいからだよ。それに──」

 

 響は拳を握り締めて、少し前に見た夢を思い出す。

 今のいままで思い出せなかったが──あの時助けを求めていたのは目の前の自分だった。

 それが分かると、目の前の彼女の拒絶の言葉全てが助けを求める声に聞こえて──だからこそ、彼女はもう迷わない。

 

 拳を開いて手を差し伸ばす事を。

 

 胸にある花咲く勇気で自分を救い上げる事を。

 

「──まずはその分厚い孤独の殻を、ぶん殴る!」

 

 シンフォギアを纏い、胸の歌を信じている響が構える。

 

「そんな事、できっこない!」

 

 ファウストローブを纏い、胸の歌を信じられないヒビキが手を翳す。

 

 ──一瞬の空白の後、二つのガングニールが。

 

「──はぁぁああああああ!!」

「──うおおおおおおおお!!」

 

 激突した。

 

 

 第九話「FIRE SCREAM」

 

 

「ヒビキ……」

 

 自分自身と戦い始めたヒビキを心配そうに見つめる──ミク。

 彼女はヒビキの心中を理解していた。孤独に苦しみ、皆を夢の世界に閉じ込めている事に罪悪感を覚え、結局アカシアを、コマチを救う事ができていない事に悲しんでいる事を。

 しかし彼女は側に寄り支える事ができず──。

 

「ねぇ、あなたはそれで良いの? 大切な人が間違って、苦しんで──それで良いの?」

「……」

 

 そんな彼女に神獣鏡のシンフォギアを纏った未来が静かに問い掛ける。

 しかしミクは答える事ができない。

 力無く項垂れる事しかできず、カカシのように立っているだけ。

 

「わたしは嫌だ──わたしの響も、この世界のヒビキも助けたい。だから、わたしは行くよ」

 

 そう言って未来は空を飛び──それを遮る様に凶祓いの光が走る。

 

「行かせない──ヒビキの邪魔はさせない!」

「──わたしも同じ」

 

 アームドギアを突き付けて、未来は言い放つ。

 

「ヒビキを救う邪魔をさせない!」

 

 神獣鏡のシンフォギアとファウストローブの光が侵食し合う。

 

 

 ◆

 

 

 装者7人同士のぶつかり合いは、激しさを増していた。

 七つの旋律と七つの旋律の衝突は世界中に響き渡り、夢から覚めそうな程に激しい音楽が鳴り響く。

 

「くっ……!」

 

 苦悶の表情を浮かべるのは、この世界のマリアだった。

 アカシアとシンフォギアのデュオレリックの力。

 膨大なフォニックゲインで解放されたエクスドライブの力。

 その出力の差は直ぐに現れた。

 アマルガムやデュオレリックの力には対抗できるが、エクスドライブの相手は苦しかった。

 アカシアの力の特異性で何とか誤魔化しているが、スペックのゴリ押しでねじ伏せられている。

 加えて……。

 

「力が、抜ける……!」

 

 ヒビキの身に何かあった訳ではない。

 しかし世界が変わりつつある。

 この夢の世界が。

 

 要因はある。世界がカウンターとして解き放ったカルマ・ノイズ。そのノイズが夢を見ている人達に悪夢を見せ「夢を見ている限り幸せ」というこの世界の法則を乱している。それにより人々の意識が目覚め始めたのだ。

 

 加えて──目の前の自分達。

 

「諦めないわ! この世界を救う事を!」

「生きる事を諦めさせてたまるか!」

「ただ朽ちていく無辜の民を見捨て置けるか!」

「楽しい事はたくさんあるのデス!」

「たくさんの人と出会う事もできる!」

「いい加減目を覚ましやがれ!」

「だから、皆さんどうか──」

 

 彼女達が諦めず、訴え続けた事で──未来に絶望していた人達が『生きたい』と思い、願い、祈り、明日へ歩もうとしていた。

 そしてそれは夢を見ている人達だけではなく、この世界の装者達も同様であり──。

 

「──認めてなるものか!」

 

 カナデが叫ぶ。

 

「オレ達まで未来を見てしまったら、ヒビキはどうなるんだよ!」

 

 ツバサが叫ぶ。

 

「そんな事、できない!」

 

 クリスが叫ぶ。

 

「彼女を一人ぼっちにさせたくないデス!」

 

 切歌が叫ぶ。

 

「だからわたし達は決めたんだ!」

 

 調が叫ぶ。

 

「例え間違っているとしても!」

 

 セレナが叫ぶ。

 

「彼女と寄り添う──最期まで!」

 

 マリアが叫ぶ。

 

 全員がヒビキの為に自分の心を殺して叫んでいた。

 それが結果的によりヒビキを孤独にし、傷付けると知りながらも。

 彼女が望んでいるからと無理矢理納得させて。

 

「──ふざけるな!」

 

 そんな彼女達をマリアが怒鳴る。

 

「間違った道を歩く仲間を殴ってでも止める──それが本当の仲間でしょう!」

 

 マリアが腕を上げるとギアが巨大な拳へと変化し、そこに他の装者達がフォニックゲインを送り込む。

 

「いい加減──向き合いなさい! 己の過ちに! そして今すぐ──」

 

 七つの輝きを放つ拳が解き放たれ、この世界の装者へと突き進んでいく。

 

「取り戻しにいけえええええええ!!」

 

 エクスドライブ七つ分の力が宿った拳を、マリア達は受け止めるべく彼女達もフォニックゲインを集束させる。

 それをマリアが波導で纏め上げ、巨大な拳を形成。そして落ちてくる拳を受け止め。

 

「それでも! わたし達は──」

 

 ──轟音と閃光が世界を揺るがした。

 

 

 ◆

 

 

「うおおおおおおおお!!」

「オオオオオオオオオ!!」

 

 拳と拳が激突し、手甲に備え付けられた機構が作動しインパクトが発生。衝撃が互いの拳を痛め付け、苦悶の表情を浮かべるが──両者共に退かない。

 

「てやああああああ!!」

「うらぁ!!」

 

 響がラッシュを叩き込めば、ヒビキはそれらを逸らして拳撃を外へと流し。

 空いた懐に入ってヒビキの貫手が響の鳩尾に突き刺し、目を見開いて息を吐くも直ぐに気合いで意識を確立させて固く握り締められた拳がヒビキの頬に激突する。

 

「くっ……!」

 

 頬の痛みにヒビキが苛立ちながら、陣を形成する。そしてそこから炎、岩石、水、風、氷柱、電撃とありとあらゆる錬金術を行使する。

 それを響は一つ一つ拳で打ち砕いて、再びヒビキと拳を噛み合わせた。

 ガキンッ! と大きな音が響き渡り、響とヒビキは再び至近距離で視線を合わせる。

 

「しつこい……! いい加減諦めろ!」

「絶対に諦めない! 約束したから!」

 

 約束。その言葉がヒビキの胸の内を騒つかせる。

 

「アナタだってアカシアさんともう一度一緒に居たい筈! だから──」

「──もう遅いんだよ!」

 

 振り抜いた腕が響を弾き飛ばす。

 

「わたしは覚悟を決めた!」

 

 もう誰も止めさせない。止まらない。止まれない。

 

「だから──消えろ!」

 

 ヒビキが手を翳す。

 すると空間に穴が空き、そこからイーブイが飛び出す。

 

「融合!」

 

 彼女の手に触れたイーブイがヒビキの中へと入る。

 

「進化!」

 

 そして逆の手には闇色に輝く光が渦巻き、彼女の全身を染め上げる。

 

「この手に呪いを!」

 

 彼女が握るのは胸の歌を拒絶する孤独な力。

 

「──ガングニィイイイイル!」

 

 ──ガングニール・アカシッククロニクル。

 ──タイプ・ロストソング。

 

「──この力で全ての歌を消してやる!」

 

 呪詛を蔓延させながらヒビキは響を睨み付け。

 

「──消えないよ。わたし達の胸の歌は!」

 

 響が握り拳を掲げると黄金の蕾が花開く。

 アマルガム。響とサンジェルマンが手を繋ぎ、花咲く勇気で信念を貫く力。

 黄金の巨大な両腕を構え、響は走り出す。

 

「無駄な事を!」

 

 叫び、召喚するのはブレイズスマッシュ。赤き影。燃え尽きた情熱。

 ヒビキの赤き影はその身を焼きながら突っ込み、響のフォニックゲインを吸収しようとし──。

 

「──させない!」

 

 それをミクからの攻撃を捌きながら、未来が神獣鏡の光で消し去る。

 

「な──」

 

 神獣鏡の光は聖遺物由来の力を消し去る力を有している。

 その力はロストソングが作り出す影にも有効で、結果はご覧の通りだ。

 

「よくも!」

 

 ミクがファウストローブに備え付けられている紐状の装飾を用いて未来を攻撃するが、しかし簡単にあしらわれる。

 

 戦闘経験の差がそこにあった。

 

 未来は神獣鏡のシンフォギア装者として数多の並行世界で戦い、ミクはマトモに戦った事はない。

 フロンティアの時はウェルのダイレクトフィードバックシステムで、響達と戦った時はシェム・ハが体を動かしていた。

 だから同じ未来でもここまでの差が出る。

 それがミクは悲しかった。ヒビキの力になれない事も。自分が間違っていると突き付けられて何も言い返せず、何もできない事も。

 

「わたしは響を助ける! だからアナタに構っている暇はない」

 

 未来が光を集束させる。神獣鏡もまた聖遺物だ。その光を浴びればファウストローブは解かれてしまうだろう。

 

「はぁ!」

「──ごめん!」

 

 未来が光を放ち、ミクは何もできないと目を閉じて涙を流し、その光景をヒビキが歯を食い縛りながら見る事しかできず──。

 

「──まったく。そう簡単に折れるな小日向未来」

 

 銀の煌めきが、戦場に眩いた。

 

 

 ◆

 

 

「っ……」

 

 戦場にて、七人の装者が倒れ、七人の装者が立っていた。

 果たして、打ち勝ったのは──。

 

「──ようやくゆっくり話ができるわね」

 

 アカシアに救いを乞われてやって来た並行世界の装者達だった。

 装者達は戦意を喪失し、倒れ伏している自分達の元へと向かい──肩を貸して立ち上がらせる。

 

「何を……」

「アカシアの、立花響の所へ行くわよ」

 

 この世界のマリアの問いに、並行世界のマリアは答えた。

 

「アナタ達まっっっっっったく素直にならないから、みんなで集まって反省会」

「ふざけた事を──」

「──ふざけてなんかいないわ」

 

 怒りに顔を歪みかけた顔が止められる。

 

「アナタ達が他人の、自分自身の言葉で止まらない事は良く分かった。説得しても余計に意固地になる──だったら、せめて納得できる答えを出して貰いたい」

 

 それはこの世界の事を知った装者達が思った事だった。

 諦めて、考える事を辞めて、全てを投げ出して欲しくない。でも自分だからこそこちらの話を聞いてくれないのは分かっていた。

 だったら用意してやりたかった。アカシアとの話し合いの場を。

 

「そういう訳だからさ、もう少し頑張ってくれよ。あたしだって諦める事があるのは知っているけど、それでもさ……後悔したくないし、して欲しくねーんだ」

「……」

 

「全てが分からなくなり、ただ流されるままに、楽になりたいと思った事はわたしにもある。だがそれでは何も守れない。誰も守れない。防人で無くて良い。だが、その胸にある輝きだけは失わないでくれ」

「……」

 

「傷付けたくなくて、傷付きたくなくて、考えて考えて、最良と思った事が最悪で……嫌になっちまうよな。でもさ、それで投げ出してしまったら一生後悔する。だから考えようぜ──自分の見つけた居場所を無くさない様に」

「……」

 

「自分の優しさを弱さだと思ってしまう。でもわたしはこの優しさが、無くしてはいけない大切なものだと知っています。教えてくれました。だからどうか、あなたも……わたしも優しさを忘れないで。大好きな人達を守る為に」

「……」

 

「人との距離を見誤ってしまう。大切な人を失う事を、傷付ける事を恐れてしまう。でもそれって当たり前の事だってわたしは大切な人に教えて貰った──あなたもそうでしょう? だったら、あなたが今すべき事を思い出して」

「……」

 

「お気楽者と言われて悲しくなる事があるデス。でもそのお気楽さで救える人も居るのデス。だってみんなの事が大好きだから。その大好きを壊したくないから。……だったら、あなたも暗くなったらだめデスよ」

「……」

 

「ねぇ、わたし」

 

 マリアが、この世界の自分に優しく語り掛ける。

 

「あなたは、この先も強くなれる──胸の歌を、自分の力を、そして──愛を信じて」

「──」

 

 その言葉は──かつて彼女の先輩がマリアに送った言葉と似ていた。

 その言葉を思い出したマリアは空を仰ぎ見て──彼との約束を破った事に今更ながらに涙を流す。

 

 そしてそれは他の装者達も同じで、しばらく少女達の啜り泣く声が続いた。

 

「──あれ? そういえば」

 

 並行世界のマリアは周りを見渡すが──リッくん先輩の姿は無かった。

 

 

 ◆

 

 

「シェム・ハさん……!?」

 

 呆然と響が呟く。

 かつて星の命運を賭けて戦い、呪いを祝福に変えて彼の神から陽だまりを救い、そして最後の最後に手を繋ぐ事ができたアヌンナキ。星の守護者として全てを任せたという言葉は今でも響の、未来の胸の中に残っている。

 

 そしてこの世界でも同じ事がヒビキ達の間で起きていた。

 

「……シェム・ハ」

 

 ヒビキが思わず顔を逸らしてしまう。彼女はシェム・ハから託された物を守れなかったから。結局は彼女の言う通りで、絶望しないで欲しいと、未来に向けて歩いて欲しいと言われつつ──それら全てを裏切ってしまったから。

 

「その様な顔をするな立花ヒビキ」

 

 しかしシェム・ハの言葉は優しいものであった。彼女がヒビキを見る目には失望も同情もなく、あるのは信頼のみ。

 その様子に響と未来は最悪の事態を察してしまう。

 

「まさかシェム・ハさん!」

「わたし達と戦うつもりですか……!?」

 

 思わず構えてしまう響と未来に対して──首を横に振るシェム・ハ。

 

「いや……我はこの戦いに手を出さんよ」

『──!?』

 

 シェム・ハはヒビキにも、響にも手を貸さないと言う。

 

「我はそこのヒビキに全てを託した。例えこの先の未来が滅亡でも停滞でも──我は受け入れよう」

「シェム・ハ……」

「だが、その前に我は──全てを曝け出して納得して欲しい。故に」

 

 シェム・ハは未来を見る。

 

「あの者らの戦いに、何人たりとも邪魔立てさせぬ。故に我は小日向ミクの深層意識の底から目覚めた」

 

 ──シェム・ハさん……。

 

 シェム・ハと入れ替わったミクが意識の底から彼女の言葉を、考えを聞いていた。

 シェム・ハは託したヒビキ達を尊重している。だからこそ力を貸さない。邪魔をさせない。

 

「さてどうする並行世界の小日向未来よ。あの戦いに介入するなら、我らが全力で阻もうぞ」

「くっ……!」

 

 思わず未来が歯噛みする。

 響は一度ロストソングの力に負けている。故にウェルは神獣鏡のシンフォギア装者の未来をヒビキにぶつけようとした。未来も響の手助けをしたいからこそ賛同し、この場に立っている。

 しかしミクはともかくシェム・ハを突破して響の加勢が出来るとは思えない。

 だとしてもそこで諦める訳には行かず、未来はアームドギアを構えて──。

 

「いいよ未来」

「響!?」

「シェム・ハさんの言う通り、わたしを納得させないとこの戦いは終わらない。ウェルさんは星の寿命があるから時の巻き戻しは無いと言っていたけど、納得しなかったら多分……」

 

 恐らく寿命が尽きてでも、もしくは自分の命を削ってでもやり直そうとするだろう。

 だったら響のやる事は決まっている。変わらない。そう、昔から──ずっとずっとしてきた事だ。

 

「行くよわたし──絶対に手を繋いでみせる! そして!」

「諦めてわたし──もう手を繋ぐ事はない。そして──」

 

「アナタを、世界を救ってみせる!」

「世界を壊してでも、コマチを救ってみせる!」

 

 ──決着の時だ。お互いに全力全開の力で、拳で相手を倒す/救う。

 

 ヒビキが手を翳し、全ての自分の影を作り出す。

 ブレイズスマッシュ。

 ストリームキュア。

 ライトニングスピード。

 サイキックフューチャー。

 ワイルドビースト。

 グラスセイバー。

 ブリザードロック。

 フェアリースカイ。

 

「はぁぁぁぁぁああああああ!!」

 

 それら全ての影を融合させ、作り出すのは奇跡の具現化の影──ラストシンフォニー。

 コマチとヒビキが紡いできた想い出の結晶。

 それを響にぶつける。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 響もアマルガムの拳で受け止めるが……押しているのは影の方だった。

 ビキビキと黄金の拳が、ギアが罅割れていく。

 アマルガムが砕かれていく。希望が砕かれていく。未来が砕かれていく。

 

「無駄だ! この力はわたしとコマチの最強の力! その程度の力で対抗できる筈がない!」

 

 さらにフォニックゲインが吸い取られていき、パキンッ……と決定的な音が響く。

 

 ──ヒビキがラストシンフォニーを使った時点で勝負は決していた。

 

「──だとしてもぉおおおおおおお!!」

 

 ラストシンフォニーはコマチとヒビキが手を繋いで初めて扱える力。

 その力は敵を、絶望を、呪いを、全てを吹き飛ばす最高の力。

 

「──な!?」

 

 だから──力だけを求めた今のヒビキには扱えない。

 最強ではなく、最高の力なのだから。

 

「そんな、ラストシンフォニーが、コマチとの想い出が……!」

 

 響のアマルガムが砕け散ると同時に、ラストシンフォニーの影が呆気なく消えていく。

 その光景をヒビキは絶望した表情で見つめる事しかできず──そこに拳を握りしめた響が突貫する! 

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 響のギアが変わる。砕け散った黄金とラストシンフォニーの力が彼女にギアへと再構築され──お日様の歌が紡がれる。

 

 それは、ソルブライト・ガングニール。

 呪いを、暴走を、絶望を乗り越えた太陽の光。

 

「く……!」

 

 ヒビキが障壁を展開し、響の拳を受け止める。

 そして反対の拳に闇の光を収束させて、目の前の太陽を翳し、呪い、消し去ろうとする。

 

「そんな光なんかに──」

 

 しかし──響のギアの変化はまだ終わっていない。

 バチリ、と綺麗な蒼い色の雷が響の胸元から溢れ出し──その身を包み込む。

 

 それは、かつて並行世界を喰らおうとした世界蛇を操る一人の少女を打倒した──託された希望の雷。

 

 ミョルニルギア。ガングニールとのデュオレリックギアであり──無限に響き渡る彼女の優しい拳。

 

「あああああああああ!!」

 

 響の拳が障壁を打ち破る。

 もう影もない。お互いの拳が届く距離だ。

 

 絶対に救ってみせると響が究極の一撃を──。

 絶対に負けられないとヒビキが全てを終わらせる呪いの拳を──。

 

 叩き込む。

 

「とどけぇぇえええええええ!!」

「ぶちこわせぇぇえええええ!!」

 

──UNLIMITED BEAT

 ──ロスト・エンド

 

 日輪に輝く雷光と孤独の闇のぶつかり合いは。

 

(──あ)

 

 ヒビキにあの日──死という闇に堕ちていく彼女を温かい雷が救い上げたあの日を思い出させ。

 

(コマ……チ……)

 

 かつて雷が、日陰が少女の孤独を消し去った様に……ヒビキの呪いの拳は穏やかに響の温かい掌に包み込まれて──翳りは晴らされた。

 

 

 ◆

 

 

「わたしは……わたしは……!」

 

 響に負けたヒビキは膝を着き、涙を流しながら……その胸の中にある悲鳴を吐き出す。

 

「──イヤだ」

 

 平気な筈ではなかった。 

 

「──独りは、イヤだ……」

 

 神様になってたった独りの神様になる事など、できはしない。

 

「──わたしを独りにしないで……」

 

 皆を夢の世界で捕らえる事もしたくなかった。

 

「──未来……奏さん……翼さん……クリス……」

 

 しかし、先のないこの世界で皆を起こしたくなかった。

 

「──マリア……セレナ……切歌……調……」

 

 その想いを、並行世界の自分に連れて来られて聞かされた装者達は──死ぬほど後悔した。

 彼女だけに重荷を背負わせた事に。支える事ができなかった事に。──救うどころか、追い詰めた事に。

 

「──……コマチ」

 

 ヒビキは自分を救ってくれた日陰の名を呼ぶ。 

 

「──お願い……誰か……誰か……」

 

 そして自分を、日陰を、世界を。

 

「──助けて」

 

 救ってくれる誰かを呼んだ。

 

 

 

 そして、それに響が応える。

 

「ねぇ、手を差し伸ばして──大丈夫。へいき、へっちゃらだよ!」

 

 お日様の笑顔で、響はヒビキを闇の底から引っ張り上げる。

 

「正直、この世界を救う方法も、アカシアさんを助ける方法も分かっていない」

 

 彼女は助けを求める声に必ず答える。

 何故ならそれが彼女の趣味で、人助けをするのは立花響という少女だからだ。

 

「だとしても! わたしは絶対に諦めない! だから──一緒に探そう! そして歌おう! アカシアさんの好きな歌を!」

「──」

 

 その言葉に、希望に──ヒビキは胸の想いを、溢れる想いを抑えることができなかった。

 

「わたし一人じゃ、何もできない……」

 

 それは彼女の本音。

 

「なんとかしようって、頑張ってきたけど、全然うまくいかないんだ……」

 

 自分自身だから、本気でぶつかって来てくれたから言うことができた。

 

「五千年かけて過去を遡っても無理だった。コマチと一緒に居られる未来が無かった。だから世界を閉じ込めて、夢の世界にみんな閉じ込めて──でも本当は、苦しいよ、辛いよ、独りは……」

「うん、そうだよね。よくわかるよ」

 

 同じ気持ちだと、ヒビキの気持ちを分かってくれる彼女に、ヒビキは救われる。

 

「歌が好きだった──ううん、今でも好きなんだ。コマチが好きだと言ってくれた歌が。でもその歌のせいでみんな苦しんで、だから捨てようとして……でもできなくて、どうしようもなくて──もう奪いたくない。傷つけたくない」

 

 だから、とヒビキは目の前の自分に求めた。

 

「お願い、助けて──」

「──もちろん!」

 

 その言葉に響は当然の様に答える。

 

 かつてコマチがヒビキを救った様に。

 

「ほら! そうと決まったら手を繋ごう!」

 

 仲直りの握手! と響が笑顔で手を差し伸ばし、ヒビキは涙を拭い、目元を赤くさせながらおずおずと手を伸ばし──。

 

『──悪いけど、その手は繋がせない』

 

 しかし、それを止める者が現れた。

 上空に現れたソレは、その身に宿す力──神の力を開放する。

 すると、ヒビキが有していた神の力が強奪され──この世界に囚われていたアルセウスが解放された。

 そして、ソレは──アカシアは自分の神の力でアルセウスの傷を癒し、ヒビキを見下ろす。

 

「コマ……チ……?」

『響ちゃん──お別れの時だ』

 

 ──日陰が、世界を包み込む。




次回、第十話「Acacia」


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第十話「Acacia」

「コマチ、何を言って──」

『返して貰うよ、僕自身を』

 

 アカシアがそう言うと、突然ヒビキの体が光り出し──ロストソングの力が解除される。そして彼女と融合していたイーブイはそのままアカシアの元へと飛んでいき、吸収される。

 

「ぁ──」

『さぁ、キミ達も帰っておいで』

 

 その言葉と共に、彼方から一つの光がアカシアの元へ飛来する。

 それはSONG本部で隔離保護されている筈のピカチュウだった。

 そのピカチュウすらアカシアは吸収し──マリア達が負けた際に解放されたルカリオの分も含めて、彼は全ての力を取り戻した。

 

 だからだろうか。彼が力を取り戻した事で、ノイズ達はアカシアの存在を強く感じ取り、相手取っていた錬金術師達を無視して飛来し、彼に襲い掛かった。

 

『無駄だ』

 

 しかし彼が一睨みすると、ノイズ達は何もできずに煤になり消え失せた。アルカ・ノイズも、カルマ・ノイズも。

 その光景を見てシェム・ハは気付いた。

 

「アカシア……貴様まさか!」

『うん、そうだよ──さっきまで響ちゃんが座っていた席に、今居るのは僕だ』

 

 つまり、彼はこの世界で全てを操る事ができる。

 そして、彼の目的は一つだ。

 

『──僕はこの命を使って、世界を、未来を救う』

 

 アルセウスによる歴史の修正を行うつもりだ。

 それを知ったヒビキ達は顔を真っ青にさせて止めようとする。

 

「やめてコマチ! そんな事をしたらアンタが!」

『そんな事は分かっている。でも今しか無いんだ』

 

 そしてヒビキから響へと視線を向けるアカシア。

 

『そして立花さん──キミの言う他の手段を探す時間はない』

「──え」

『この世界は同じ時間を繰り返し過ぎた──その因果が呪いに上乗せされている』

 

 そしてこのまま世界を解放してしまえば、当初の危惧通りに滅びの歌が並行世界に浸透し──人間は全員死んでしまうだろう。

 それを聞いたヒビキは──。

 

「そんな……わたしのせいって事……?」

『──違うよ。僕があの歌を唄った事が始まりだ』

 

 だから。

 

『歴史を修正して、全てを無かった事にする』

 

 もうそれしか──アカシア以外を救うにはそれしか無かった。

 当然、装者達が認める筈もなく、彼女たちは必死になって彼を説得しようとした。

 自分自身とぶつかり、彼と未来に歩みたいと思ったからこそ──彼女たちは夢ではなく、現実の世界で彼と生きようとする。

 

「光彦、生きるのを諦めるな! あたしは絶対に許さないぞ!」

『ごめん奏ちゃん。僕はそれ以上に皆がこのまま死んでいく事が諦められないんだ。だから許してくれ』

 

「ふざけるなよ光彦! お前、それでオレ達が納得できると思っているのか!?」

『思っていないよ。でも仕方ないんだ。だって、このまま皆が死ぬ方が納得できないから』

 

「やめて、コマチ……! お願い……!」

『ごめんクリスちゃん。もうキミを慰める事もできない。恨んでくれても憎んでくれても構わないから、だから』

 

「アンタがそんなんじゃあ、アイツの頑張りは……!」

『大丈夫だよ調ちゃん。歴史を修正すればウェルも蘇る。だからその世界で、未来で仲良くしてね』

 

「それじゃあ意味が無いですよ! 博士だって!」

『……うん、そうだね。でもこのままという訳にも行かないんだ。だから分かっておくれ」

 

「リッくん先輩! そんなの優しさじゃないです! だからどうか……どうか……!」

『……ごめんセレナ。優しいだけでは無理だったみたいだ。でもキミはどうかそのまま……』

 

「いやよ……いやいやいや……! わたし、まだリッくん先輩と一緒に居たい! 消えるなんて、そんなの……!」

『マリア──ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ』

 

「駄目だよコマチ──それじゃあ、わたし達は何の為に!」

『……ごめん未来ちゃん。響ちゃんをよろしく』

 

 ──皆の言葉はアカシアに届かない。

 彼はも決めたと、自分を消して世界を、未来を取り戻すことを選んだ。

 

「──なんで」

 

 ヒビキが、届かない場所に居るアカシアに手を伸ばす。

 

「コマチ……なんで──」

『ありがとう響ちゃん──大好きだよ』

 

 アカシアは笑顔と共にそう言って──アルセウスに向き直る。

 それを見たヒビキ達はギアを、ファウストローブを構えた。

 言葉で止まらないなら──力ずくで止める。

 それだけの覚悟があった。

 

 しかし。

 

『──僕はもう失敗しない』

 

 そう言ってアカシアは──自分に纏わる力全てを封印した。

 するとヒビキ達のファウストローブも、シンフォギアも解除されてしまい、彼女たちは戦う力を奪われる。

 

「何で……!?」

『流石に皆と、それも立花さん達も居るんじゃあ勝ち目が無いからね──皆が止めようとする事は分かっていた』

 

 故に、彼は自分の力でヒビキ達のギアを使えない様にした。

 唯一マリアのギアだけはアカシアの力と関係ないが……ガングニールの力だけでは彼女はアカシアを止められない。

 

 ──くそ、アカシアの力で蘇ったのが仇になったか……! 

 

「シェム・ハさん!?」

『神の力も使わせないよ。未来ちゃんのファウストローブも元々はイグニス達の命で循環作動している──神獣鏡も使わせない』

 

 これで、もうこの世界の皆はアカシアを邪魔する事はできない。

 しかし懸念事項はある。

 並行世界の響達だ。

 彼女たちだけは戦う事が、止める事ができる。

 だから説得しなくてはならない。

 

『立花さん。みんな。どうか、見逃してくれ』

「──ううん。無理だよ」

 

 アカシアは響の答えに驚かなかった。

 彼女がそう言うと分かっていたからだ。

 

「でも、止めるのはわたし達じゃない」

『──なんだって?』

 

 しかし、続けて紡がれたその言葉は予想外だった。

 響はギアを解除して、首にかけたペンダントを持つと──ヒビキに渡した。

 

「これを使ってわたし!」

 

 響が渡したのは──ガングニールのシンフォギア。

 

「このまま何も言えず、何も伝えられず、何もできず──お別れなんて悲しいよ! だからこれで……思いっきり喧嘩してきて!」

「……!」

 

 そして、自分自身にギアを渡すのは響だけでは無かった。

 

「おい、行ってこいあたし」

 

 ギアを解いた奏が乱暴にカナデにガングニールのペンダントを押し付ける。

 

「お前……」

「弟や妹の我がままを聞くのも悪くないが、たまにはガツンと言ってやれ!」

 

 自分にはできなかった事をもう一人の自分に託す奏。

 カナデは──力強く頷いてペンダントを受け取った。

 

「もう一人のわたし。どうかこの剣を──翼を受け取ってくれ」

 

 アメノハバキリのギアをもう一人の自分に差し出す翼。

 

「わたし達はいつだって間に合わず後悔する。だが、そうならないように──身命を賭して戦う。それが防人……いや風鳴翼だろう?」

「──はっ! 言われるまでもねぇ!」

 

 パシッと乱暴にギアを掴むツバサは、何処までも羽撃く為の剣を、翼を胸に抱く。

 

「なぁあたし。もうその気持ち抑え込む必要ないぜ」

 

 クルクルと指先に引っ掛けたペンダントを振り回し、「バァン」の一言と共に飛ばして渡されるクリスのイチイバル。

 

「全部乗せてぶちかまして来いよ! お前の想い!」

「──うん。分かった」

 

 銃爪に引っ掛けた指で夢を、愛を撃ち抜く為の覚悟という弾丸を装填する。

 

「わたしもあなたに……だから!」

 

 純粋な心で、調は想いを突き立てる為の牙を渡す。

 

「自分の気持ちに嘘を吐かないで」

「……あまり恥ずかしい事言わないで。解剖するよ? でも、ありがとう」

 

 調は月の様に優しい微笑みに照れながらもしっかりとギアを受け取った。

 

「何も言わずに受け取ってください!」

 

 バチンッと音が鳴るほどに強くペンダントを持った手を重ね、握らせる切歌。

 

「お気楽に! 元気に! それがアタシデス!」

「……そう、デスね!」

 

 太陽の様に強く、輝いた笑顔を浮かべる二人。

 

「大切な人を助ける為の力を、あなたに!」

 

 セレナも自分のギアをもう一人の自分に渡した。

 

「優しさを忘れないで! そして──」

「ええ、分かっています──ありがとう」

 

 腕に包まれた優しさを落とさない様に、セレナはペンダントを握りしめた。

 

「わたし。あなたにこれを」

「それは……」

 

 マリアが渡すのはガングニールのギアではなく、アガートラームのギア。

 

「アカシアの力とガングニールのギアを同時に使いこなせていたあなたなら出来る筈」

 

 それは、紡がれる魂。

 

「常に波導と共に在った拳と、わたしの想いを込めた白銀の拳──それで、生意気な先輩の横っ面に一発叩き込んで来なさい!」

「──感謝するわ。わたし」

 

 アガートラーム(はがね)のギアを受け取り、今まで共に戦って来たガングニール(かくとう)のギアを握りしめて、波導の力が無くとも、勇者(リッくん先輩)の様に強く、凛々しくアカシアを見据える。

 

「ねぇ、わたし。ヒビキの隣に居たいよね?」

 

 ミクの沸き立つ想いを感じていた未来が神獣鏡のギアを差し出す。

 

「お日様と一緒に未来を見たいよね? 歩きたいよね? 前に進みたいよね? だったら──」

「──こんな所で立ち止まっていられない!」

 

 花咲く勇気で助けられた少女は、今度は自分がと一歩踏み出す。

 

 そして、ヒビキは

 

「──分かった」

 

 皆がギアを受け取ると同時に、ガングニールを握りしめた響の手と繋ぎ、受け止めた。

 

 響の無言の視線に、彼女は頷いて応え、ヒビキは、装者達は──。

 

「──胸の歌を、信じて!」

 

 歌を、唄った。 

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

「Killter Ichaival tron」

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」(Seilien coffin airget-lamh tron)

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

「Various shul shagana tron」

 

「Zeios igalima raizen tron」

 

「Rei shen shou jing rei zizzl」

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 ヒビキ達がギアを纏う。自分から託されたギアを。

 

『──みんな』

 

 そんな彼女たちを見て、アカシアは。

 

『本気なんだね』

 

 覚悟を決めた。

 

『分かった──だったら、もう少しだけ付き合って貰う、僕の我がままに!』

 

 アカシアは空を飛び、アルセウスの頭上に降り立った。

 

『力を貸して、アルセウス!』

『──良いのだな?』

『うん──これが、最後だから』

『──心得た』

 

 アカシアとアルセウスが融合し──黄金色へと変わったアルセウスがヒビキ達を見下ろす。

 

『行くよ──みんな!』

 

 彼女たちの、最後の戦いが──否。

 

 最後の十重奏(デクテット)が始まる。

 

 

 第十話「Acacia」

 

 

♪ 透明よりも綺麗な あの輝きを確かめにいこう♪ 

 

 かつてアカシアは滅びの歌を唄い、それが原因で唄えなくなった。

 彼の魂が、唄うことでまた人を殺してしまうと思ったから。

 

♪ そうやって始まったんだよ たまに忘れるほど強い理由♪ 

 

 しかしそんな彼に、歌が好きだと思わせたのは彼女達だった。

 

♪ 冷たい雨に濡れる時は 足音比べ 騒ぎながらいこう♪ 

 

 アカシアは──本当は彼女達と一緒に居たい。

 

♪ 太陽の代わりに唄を 君と僕と世界の声で♪ 

 

 彼女達は──本当は夢ではなく現実で一緒に居たい。

 

♪ いつか君を見つけた時に♪ 

 

 でもお互いに譲れないから、彼は、彼女達は、力で、歌で、繋がって戦う。

 

♪ 君に僕も見つけてもらったんだな 今♪ 

 

 アカシアが重力を操作し、ヒビキ達を抑えつけようとする。

 

♪ 目が合えば笑うだけさ 言葉の外側で♪ 

 

 しかし全員上から掛かる圧力を殴って吹き飛ばすと、そのまま跳躍する。

 

♪ ゴールはきっとまだだけど♪ 

 

 そしてそのままアカシアへと手を伸ばし。

 

♪ もう死ぬまでいたい場所にいる♪ 

 

 アカシアの貼った障壁で阻まれ、竜巻により吹き飛ばされる。

 

♪ 隣で  隣で♪ 

 

 しかし彼女達は諦めずすぐに立ち上がり。

 

♪ 君の側で♪ 

 

 アカシアも全力で応えるべく、裁きの礫を解き放ち。

 

♪ 魂がここだよって叫ぶ♪ 

 

 響達の歌とアカシアの歌が、彼女達のギアの力とアカシアの力がぶつかり合う。

 

♪ 泣いたり笑ったりする時♪ 

 

 まるでこれまでの想い出を思い出す様に。

 

♪ 君の命が揺れる時♪ 

 

 まるでこれからの未来を夢見て思う様に。

 

♪ 誰より 近くで♪ 

 

 それでもアカシアは一緒に居てはいけないと歌い続け。

 

♪ 特等席で♪ 

 

 想いとは裏腹のその歌に響達は歌で包み込み。

 

♪ 僕も同じように 息をしていたい♪ 

 

 早く素直になれと叱る様に叩き付ける。

 

「同じ歌を唄っている……戦っているのに」

 

 クリスの呆然とした言葉に響が答える。

 

「敵じゃないから。家族だから」

 

 響達はいつだって、自分達の意思を貫き通す時は歌と共にあった。

 そしてそれはこの世界のヒビキ達も、アカシアも同じなのだろう。

 

「だから自然と同じ歌を唄えるんだ」

 

 何故なら彼、彼女達の想いは同じで──それを歌にするのだから。

 だからアカシアとヒビキ達は手を繋いで歌い続け──それはとても優しい戦いだった。

 

 

♪ 君の一歩は僕より遠い 間違いなく君の凄いところ♪ 

 

 カナデの槍の一撃が、裁きの礫の一つを砕く。

 

♪ 足跡は僕の方が多い 間違いなく僕の凄いところ♪ 

 

 ツバサの剣の一閃が裁きの礫の一つを両断する。

 

♪ 真っ暗闇が怖い時は 怖さを比べ ふざけながらいこう♪ 

 

 クリスの放つ弾丸が裁きの礫の一つを撃ち抜く。

 

♪ 太陽がなくたって歩ける 君と照らす世界が見える♪ 

 

 未来の光が裁きの礫の一つを消し去る。

 

♪ 言えない事 聞かないままで♪ 

 

 マリアの黒と白銀の拳が裁きの礫を10個ぶち壊す。

 

♪ 消えない傷の意味 知らないままで でも♪ 

 

 セレナの短剣が裁きの礫の一つを打ち落とす。

 

♪ 目が合えば笑えるのさ♪ 

 

 調の砲撃が裁きの礫の一つを消滅させる。

 

♪ 涙を挟んでも♪ 

 

 切歌の鎌が裁きの礫の一つを両断する。

 

♪ 転んだら手を貸してもらうよりも♪ 

 

『くっ……!』

 

 降り注ぐ裁きの礫の雨を突破した装者達に焦りの表情を浮かべるアカシア。

 

♪ 優しい言葉選んでもらうよりも♪ 

 

 でも負ける訳にはいかない。

 

♪ 隣で 隣で♪ 

 

 彼女達を助ける為には──。

 

♪ 信じて欲しいんだ♪ 

 

「──コマチィイイイイイイイ!!」

『──!?』

 

♪ どこまでも一緒にいけると♪ 

 

 しかしそんな彼にヒビキが叫びながら突っ込み、彼の障壁を突破する。

 

♪ ついに辿り着くその時♪ 

 

 そして彼女は神殺しの拳を振り上げ。

 

♪ 夢の正体に触れる時♪ 

 

 それを目の前のアカシアに向かって思いっきり振り下ろす。

 

♪ 必ず 近くで

 

 しかしアカシアは神殺しの拳で殴られる事はなく──温かい掌がそっと彼の頬に触れた。

 

一番側で♪ 

 

「コマチ!」

 

 至近距離でヒビキが叫ぶ。

 

♪ 君の目に映る 景色にいたい♪ 

 

「一緒に居よう!」

 

 彼女は神殺しの拳ではなく、ただ繋がりたいという、共に居たいという我が儘でアカシアを捉えた。

 

♪ あの輝きを♪ 

 

「わたしはアンタの事が大好き──」

 

 それはヒビキの本音。

 

♪ 君に会えたから見えた♪ 

 

「アンタが居たからわたしはここまで来れたんだ!」

 

 故に彼女はアカシアと──コマチと一緒に居たいと叫ぶ。

 

♪ あの輝きを♪ 

 

『──僕も……俺も響ちゃんが大好きだよ』

 

 それはコマチの本音。

 

♪ 確かめにいこう♪ 

 

『でも一緒に居たら、みんな前に進めないんだ!』

 

 故にコマチはヒビキと──響と一緒に居られないと叫ぶ。

 

「この、頑固者!」

『そっちこそ!』

 

 コマチがサイコキネシスで響を引き離し、しかしその背中をツバサとカナデ──翼と奏が受け止め、さらにクリス、未来、マリア、セレナ、調、切歌が押し出す。

 

 ──コマチも、彼女達も一歩も譲らなかった。

 

♪ どんな最後が待っていようと♪ 

 

『俺だって本当は嫌だよ! でも!』

「だったらこっちに来い光彦!」

「絶対になんとかするから、だから!」

 

♪ もう離せない手を繋いだよ♪ 

 

『でもどうやって! もう時間が無いんだ!』

「それでもわたし達は諦められません!」

「わたし達はリッくん先輩に救われた。だから今度はこっちが!」

 

♪ 隣で 隣で♪ 

 

『……っ』

 

♪ 君の側で♪ 

 

『でも──でもでもでも!』

 

♪ 魂がここがいいと叫ぶ♪ 

 

『それでも俺は!』

 

♪ そして理由が光る時♪ 

 

『君達には生きて、未来に進んで、幸せで居て欲しいんだ!』

「そんなのわたし達も、響も同じだよ!」

「コマチ、帰ってきて……お願い……!」

 

♪ 僕らを理由が抱きしめる時♪ 

 

『──それができないから苦しいんだ! 悲しいんだ! けど!』

「少しでも可能性があるなら諦めない。実験と同じ!」

「アタシ達が諦め悪いの知っているデスよね!」

 

♪ 誰より 近くで♪ 

 

「コマチ」

 

♪ 特等席で♪ 

 

「一緒に行こう」

 

♪ 僕の見た君を 君に伝えたい♪ 

 

「まだアンタに見せたい景色が、伝えたい想いがあるんだ」

 

♪ 君がいる事を 君に伝えたい♪ 

 

「だから」

 

♪ そうやって始まったんだよ♪ 

 

「──帰って来て、コマチ」

『──響ちゃん。みんな……』

 

♪ そうやって始まったんだよ♪ 

 

 響達の差し伸ばした手を、アカシアは……コマチは──。

 

──Acacia

 

 思わず手を伸ばして──温かく、優しく……握り締められた。

 

 




次回、LAST SONG編最終回。


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第十一話「始まりの(バベル) アクシアの風といっしょに」

 歌い終わり、アカシアと響達は世界に降り立つ。

 もう彼らの間に言葉は要らなかった。歌がアカシアと響達を繋ぎ、お互いの想いを……ずっと一緒に居たいという気持ちを理解した。

 

 故にアカシアはこの選択に後悔は無い。

 

 アルセウスとの融合を解いたアカシアの体は──光の粒子と化して消えようとしていた。

 それを見た並行世界の響達は目を見開き、何でと口にする。

 

『──戦う前から既に歴史の修正は完了していたんだ』

「そんな……それじゃあ!」

 

 結局救えていないじゃないか、と並行世界の響は顔を歪める。

 この世界の響達も泣きそうな顔をしていた。一緒に歌を唄っているうちに理解し、どうにかできないのかと語りかけ──アカシアは時間切れだと伝えた。

 

 

 だからあの時間を、一緒に唄った時間を愛おしげに想う。

 

 しかし響は違う。

 

「──結局変わらないじゃないか……!」

 

 響は思い出す。エンキに言われた事を。

 過去は変えられない。確定した未来がある故に、今彼女達が居るこの時間も、未来においては過去だ。

 そして未来で見たレポートには響のした事が書いており──この結末も初めから決まっていた、という事だ。

 

「意味なんて無かったんだ! わたしの行動は……!」

 

 響の泣き叫ぶ声に。

 

『違うよ響ちゃん』

 

 しかしそれをアカシアが否定する。

 

『あのまま消えていたら──僕は忘れる所だった。忘れて良いと思っていた』

 

 最後に一緒に唄った事でそれは変わったとアカシアは言う。

 

『響ちゃんの見た未来で、みんなは僕を覚えていた──僕はその未来が良い』

「──」

『忘れて欲しくない。人助けとか関係ない。僕の我儘剥き出しな……祈りだ』

 

 だからどうか。

 

『僕の事を覚えておいて。忘れないで──お願い、します』

「……っ」

 

 響は涙を流し。

 

「ばか」

 

 震える声で何とか言葉を紡ぎ。

 

「忘れる訳ないでしょっ!」

 

 アカシアを強く強く強く見据えた。

 

「お前の事を、忘れる訳ないだろうが! ……今までも、これからも」

 

「オレはお前が居なければどうなっていたか──忘れるくらいなら腹を切る」

 

「コマチの事を忘れたら……わたしはわたしを許さない。だから!」

 

「響を助けて、支えて……みんなが、わたしが感謝している。それを忘れるなんて事ないよ!」

 

「アナタみたいな特異な存在、忘れる方が難しい。だから……ずっと覚えておく」

 

「コマチは衝撃的な事ばかりしてたから忘れるのは無理デス! ……本当に無理、デスよ。忘れるなんて」

 

「リッくん先輩の優しさを忘れるなんて──そんなの無理です。だってわたしはアナタの優しさに憧れたのだから」

 

「──この力も、この勇気も、永遠にわたしと共に、未来に紡いでいくわ」

 

 忘れない、と装者達はアカシアに想いを込めて言い、響も想いを伝える。

 

「絶対に忘れない。アンタと過ごした日々も。アンタに救われた事も。アンタの事が大好きだった事も! ──約束する」

『──ありがとう、響ちゃん』

 

 響の言葉にアカシアは心の底から喜び──体の殆どが消え掛かっていた。

 

 もう、お別れの時間だ。

 

『──最後にもう一つだけ』

 

 アカシアが最後の我儘を彼女達に言う。

 

『歌を唄って欲しい』

 

 それはかつて、アカシアの、コマチの誕生日の話の時に彼が言ったお願い。

 

『最後はみんなの……みんな歌を聴いて消えたいんだ。みんなの歌が好きだから』

 

 そんな彼のお願いに、彼女達は。

 

「もちろん」

 

 と答えて、並行世界の自分達から託されたギアを解き、本人に返した。

 ……彼を見送る為のギアは自分達のギアを使いたいのだろう。

 アカシアとの想い出が詰まった、彼が大好きなシンフォギアで。

 

 装者達は──歌い出す。

 

 

 ◆

 

 

Croitzal ronzell gungnir zizzl(託す魂よ)

 

「なんだこいつ? ネズミ……か?」

「ピカチュウ、チャア!」

 

 初めて出会った時は、その不思議な姿に奏は警戒していた。

 

「うわ、あざとっ」

「──」

 

 しかし警戒してるのもアホらしくなる程に無害で。

 

「〜〜〜あああ! 可愛いなお前〜!」

「ピカ!?」

 

 ただの可愛い動物だと思ってて。

 

「ありがとう、光彦」

「チャア〜」

 

 でも自分の事を真剣に考えてくれて、誕生日プレゼントまでくれて、いつの日にか家族の様に想ってて。

 

「死ぬな! 光彦! ……死なないでくれ」

 

 その家族に命を助けられて。

 

「──光彦?」

「ブイ?」

 

 再会して。

 

「光彦って呼んで良いのか? でも今のお前は」

「ブイブイブイ!」

「──ったく、相変わらずお人好しなんだから」

 

 変わらない彼の存在に救われて──だから悲しかった。

 彼ともう二度と会えないのが。

 しかし彼を見送る為に、彼女は歌を送る。

 

 

 ◆

 

 

Imyuteus amenohabakiri tron(天を羽撃くヒカリ)

 

「煮ても焼いても食えなさそうだな……」

「ピカ!?」

 

 初めは妙な生き物だと思った。

 

「やいへんちくりん! オレの姐さんに何かしたら許さないからな!」

「ピッピカー……」

 

 奏が取られると思い、変な対抗意識を持っていた。

 

「ピカピ」

「……ん。大丈夫だ。ありがとうな光彦」

 

 しかしそれをすぐに収まり、奏と同じ様に仲良くなり。

 

「誰が絶壁・アメノハバキリだコラァ!」

「ピッ」

 

 時には喧嘩し。

 

「光彦、ありがとうな。素直に嬉しいよ」

「ピカチュウ!」

 

 誕生日プレゼントを貰えるほどに親密になり。

 

「お願いだ光彦……また一緒に馬鹿なことしよう」

「チャア〜」

 

 命を散らして奏を助け、消えた彼に手を伸ばし、届かず涙を流した。

 

「ブーイ」

「相変わらずだなお前も」

 

 そして再会することができ。

 

「ブイブイブイ!」

「あーん? 別に無理してねーよ。てかそれはオレの台詞だ──今度はオレが守るから」

 

 誓いを胸に、剣に立てて──しかしそれが叶わず。

 後悔しながら、納得しないまま。

 それでも弟の頼みを聴いて彼女は歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Killter Ichaival tron(弓に番えよう)

 

「ブイブイ!」

「とも、だち?」

 

 公園で初めて会った時は、言っている意味が分からなかった。

 

「ブーイ!」

「美味しい? そう……ありがとう。嬉しい」

 

 でも段々と一緒に居る時間が楽しくなり、もっと一緒に居たくなって。

 

「ごめん、コマチ」

「ブイ……」

 

 すれ違いつつも、それでもコマチの優しさを感じて。

 

「──うん。これからもよろしくコマチ」

「ブイ!」

 

 響やフィーネ、翼達と繋がりひとりぼっちじゃなくなって,それはコマチのおかげで。

 だからここで別れる事が悲しくて、嫌で。

 それでも彼の為に歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Rei shen shou jing rei zizzl(沸き立つ未来)

 

「大丈夫?」

「ブイ?」

 

 初めて会った時はかつての響の様に思えた。

 

「そっか……君がずっと響の事を守っていたゆだね。ありがとう」

「ブイ!」

 

 お日様にずっと寄り添っていた事に感謝し、それはやがて好意となる。

 

「助けて──響。コマチ」

 

 シェム・ハの言う通り二人に嫉妬し、二人の事が好きだと自覚して、伝えたい想いがある事を知った。

 

「これからは響やコマチの隣に居たい──だから覚悟してねコマチ?」

「ブイ? ……ブイ!」

 

 宣戦布告を聞いてもコマチは理解しておらず、その純粋な姿が愛おしかった。

 でも結局宣言通りにできず、彼女は誕生日プレゼントに歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Granzizel bilfen gungnir zizzl(紡ぐ魂よ)

 

「リッくん先輩! リッくん先輩!」

『だからリッくんは……あぁ良いよ、うん。だから泣きそうな顔しないで』

 

 初めての存在にドキドキして、いつも甘えていた。ずっと一緒に居たいと思った。

 

「リッくん先輩! わたしを鍛えてください! わたし、アナタみたいになりたい!」

『……うむ。分かった。でも俺の修行は辛いぞ』

 

 いつしかそれは憧れとなり、リッくん先輩との時間は充実していた。

 

「あの、リッくん先輩……何でもないです」

『……? うん?』

 

 そして憧れは恋へと変わり。

 

「リッくん先輩!」

『さよならだ、マリア』

 

 しかし別れ、彼の意志を受け継ぎマリアは強くなった。

 それでも彼女はリッくん先輩に敵わなくて、弱い所もあって、でも彼女はそれが自分の強さに繋がる事を分かっていて。

 マリアは教えてくれたリッくん先輩に感謝しながら、歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Seilien coffin airget-lamh tron(腕に包まれて)

 

『セレナは優しいな』

「えへへ。ありがとうございます!」

 

 彼女の優しさはリッくん先輩から褒められて、大人になっても忘れなかった。

 

「何で、こんな事に……!」

『泣かないでセレナ。最期は笑った顔を見せてくれ』

 

 だからリッくん先輩との別れには涙を流し、リッくん先輩はそんな彼女の優しさを愛おしく思っていた。

 

「ブーイ」

「ふふふ。可愛いなリッくん先輩」

 

 そして再会した彼は自分達との想い出は失われ、それでも一緒に居られて幸せだった。

 

「きゃー! リッくん先輩! マリア姉さん! 最高です!」

「ブイ……」

「セレナ……」

 

 愛し過ぎて暴走して、それに巻き込まれる二人は疲れた顔をしながらも、楽しい時間を過ごしていた。

 その時間が永遠に失われると思うと悲しい。でもそれを見せないように、彼を悲しませない様にと彼女は優しく歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Zeios igalima raizen tron (太陽のように強く)

 

『そんな! アナタも一緒に帰るデスよ! それがキリカの願いデス!』

『ごめん。でも俺はこのやらかしのケジメを付けないといけない』

 

 キリカの力で目覚める際に、切歌はコマチの優しさで五体満足で起きる事ができた。

 感謝しつつも、無理をする彼に少し怒っていた。

 

「コマチ! 次はこれで遊ぶデスよ!」

「ブイ!」

 

 その後の日常は楽しく、切歌が遊ぼうと言えばコマチは嫌な顔せず切歌に付き合った。

 ウェルや調には心配掛けたくなかった為、彼の優しさは嬉しかった。

 

「コマチ……キリカの事忘れないでくださいね」

「ブイ!」

 

 そしてキリカに救われたコンビとして、二人だけの約束があった。

 その約束にコマチを忘れない、も追加されて。

 切歌は彼の為に歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Various shul shagana tron(月のように優しく)

 

「解剖してみたい……」

「ブイ!?」

 

 初めはただの興味だった。

 

「切ちゃんとまた遊んでくれたんだね。ありがとう」

「ブイ!」

 

 切歌と仲良くしている事に感謝していて、大親友の友達程度と認識だった。

 

「……呆れるほどお人好し」

「ブイ?」

 

 しかし共に過ごしていくうちに、コマチの優しさを心地良く思う様になった。

 

「アンタが居なくなったらみんな悲しむ。だから勝手に居なくなったら切り刻むから」

「ブーイ……」

「……冗談」

 

 だからずっと居たいと思った。

 これからも居たいと思った。

 それが敵わないから。

 切り刻む代わりに歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Balwisyall nescell gungnir tron(繋ぐ魂よ)

 

 

「ブイブイブ〜イ」

「わたしに触れないで」

 

 初めは拒絶していた。

 

「期待したくない……! 光に焦がれて、この身を焼いて痛い思いをするのなら──一生闇の中で良い。独りで良い」

 

 闇の中に身を落とし続ける響を、コマチは諦めなかった。

 

『──だとしても、俺は君に手を差し伸ばす事を諦めない』

「──っ」

 

 響はコマチに救われ。

 

「──ブイ」

「──コマチ!」

 

 ネフィリムに食い殺された時は頭がおかしくなった。

 アダムに囚われた時は死にたくなった。

 ……コマチの滅びの歌を唄った過去を変えられなかった時は悲しかった。

 

「コマチ。わたしはアンタの事が大好き」

 

 だからこの別れの時が訪れるのが怖かった。

 永遠に来なければ良かったと思った。

 でも──彼は生きて欲しいと言う。歌って欲しいと言う。

 ならば──。

 

「お誕生日おめでとう──コマチ」

 

 彼女は彼の為に歌を唄う。

 

 

 ◆

 

 

Gatrandis babel ziggurat edenal(何億の愛を重ね)

 

 彼女達の想いがアカシアに届く。

 

Emustolronzen fine el baral zizzl(我らは時を重ねて)

 

 

 アカシアの想いが彼女達に届く。

 

 

Gatrandis babel ziggurat edenal(奇跡はやがて歴史へと)

 

 

 彼の最期は、大好きなみんなの歌と共に。

 

 

Emustolronzen fine el zizzl(誇り煌めくだろう)

 

 最期は呪われた滅びの歌ではなく、彼女達の祝福の歌により──見送られた。

 

『みんな』

 

 アカシアは涙を流しながら、歌ってくれたみんなを見下ろす。

 彼女達は──泣いていた。彼と同じ涙を流していた。

 別れるのが寂しい。辛い。嫌だ。

 

 しかし──もう未来を否定する事はないだろう。

 何故なら彼と約束したからだ。その約束を忘れない限り彼女達は大丈夫だろう。

 それを感じ取ったアカシアは。

 

『ありがとう』

 

 その短い言葉に想いを込めて彼女達に送り──世界から、歴史から、過去現在未来全てから消滅し、滅びの歌は消え去った。

 

 その直後、彼女達は──彼の名を叫んだ。泣きながら。別れを惜しみながら。忘れない様に。

 愛する者の名を。

 

 

 第十一話「始まりの(バベル) アクシアの風といっしょに」

 

 

「んあ……」

 

 とある町のとある一軒家にて、一人の子どもが目を覚ました。

 上体を起こし、体をグッと伸ばし……何故か頬を伝っていた涙を拭った。

 

「何で俺泣いているんだろ……」

 

 その子どもは寝ている時に見た夢を思い出そうとし、できなかった。

 ただ、夢の中にでてきた人達の事は愛おしく想い──何故そう思ったのか思い出せない。

 不思議な感覚に首を傾げていると、ガチャリと扉が開く。

 

「あ、起きてる」

「……ノックくらいしてよヒビキちゃん」

 

 その子どもの言葉に、ヒビキと言われた少女は鼻を鳴らして答える。

 

「起こしてあげたんだから感謝しなよ」

「……はいはーい」

「……」

 

 その反抗的な態度にヒビキは。

 

「はいは一回」

「いでででで! 分かった! 分かったからギブ!」

 

 その子どもにアームロックを掛けてお仕置きし、子どもの悲鳴が響き渡る。

 

 それがこのシンフォギア地方ソロタウンの、朝から見られる日常だった。

 

 

『決まったー! 四天王サンジェルマンのリザードン戦闘不能! よって勝者はチャンピオンマリア!』

『ワアアアアアアアア!!』

 

 昨日録画したチャンピオンと四天王によるエキシビジョンマッチを流しながら、その子どもはヒビキと朝食を摂っていた。

 パンを食べながらキャロル、プレラーティ、カリオストロ、そして今まさにサンジェルマンのシンフォギア地方四天王を下したマリアをボケーと見つめる。

 

「相変わらずチャンピオンのルカリオは強いなー。ヒビキちゃんは戦った事あるんだっけ?」

「まぁね。でも勝てなかった」

 

 故に今はノーマルタイプのジムリーダーとして研鑽しつつ、マリアに挑む時を待っているらしい。

 やる気満々の彼女に思わず苦笑いする。

 

「そういうアンタこそ、今日からジム戦巡りするんでしょ? 気合入れてよね」

「んー、分かっているけど」

 

 そう言って思い浮かべるのはこの地方のジムリーダー達。

 電気タイプのカナデ。飛行タイプのツバサ。草タイプのキリカ。鋼タイプのシラベ。フェアリータイプのセレナ。エスパータイプのミク。そして目の前のヒビキと最強のジムリーダーのドラゴンタイプのゲンジュウロウ。

 全員ととある縁で知り合いな子どもは、げんなりとした。

 

「勝てる気がしない……」

「バッジの数によっては手加減するから。ほらそろそろ博士の所に行くよ」

 

 ヒビキに手を握られ、その子どもはズルズルと引き摺られていき、この町の研究所へと向かう。

 そこには初心者用のポケモンが用意されており、この子どもも今日受け取る予定なのだ。

 

「ですから! それはそちらの管轄でしょう! あまり僕の愛娘に頼らないでください!」

『喧しいこの親バカ! こちらに居る以上私に従って貰う!』

「だったらナスターシャ教授に──ってフィーネ!? ……通信切りやがった」

 

 はぁ、とため息を吐き電話を置くこの研究所の主、ウェル博士。

 彼はこちらに向くと、子どもに気付き表情を明るくさせて声をかける。

 

「おお! アカシアくん! よく来てくれたね! ヒビキくんも付き添いご苦労様です」

「いえ」

 

 子ども──アカシアは緊張した表情でウェルと向き合っていた。

 そんな彼にウェルは優しい笑みを浮かべながら、ポケモン図鑑、傷薬十個、モンスターボール二十個、ランニングシューズを渡す。

 

「そう固くならないでください。これからの旅は君にとって楽しいものになる筈です。子どもは旅を通して成長する──自由に行きなさい。怪我もして良いし、心配をかけても良い。ただ絶対に後悔をしない選択を」

「──はい!」

 

 ウェルの激励の言葉に、アカシアは強く頷いた。

 その姿に彼は微笑み、三つのモンスターボールを台の上に置く。

 

「さて、このモンスターボールには三体のポケモンが入っています。他の地方と違って少し経路が違いますが……」

 

 そう言ってウェルが三つのモンスターボールから解放したのは。

 

「イーブイ。ピカチュウ。リオル。どれも成長すれば君にとって最高のパートナーになるでしょう。さぁ、誰を選びます?」

「──」

 

 ウェルの問い掛けに、アカシアは一体のポケモンを選びモンスターボールを譲り受ける。

 残ったポケモンをモンスターボールに戻しながら、ウェルは満足そうに頷きながら言った。

 

「──では行きなさい! 君の冒険に!」

 

 アカシアは、選んだポケモンとヒビキと共に研究所を後にした。

 

 

 

「えっと、最初はデュオタウンだね」

「そ。道中の草むらには野生のポケモンが居るから気をつけてね」

 

 そんな会話をしながら歩いていると、彼らの視界に一人の幼い子どもが転んでいるのが見えた。

 

「あ」

 

 それを見たアカシアは当たり前の様に助けに行こうとし。

 

「よう、坊主大丈夫か?」

「……うん」

「よし、泣かなかったのは偉いぞ!」

 

 そう言って別の青年がその幼い子どもを助け起こした。

 幼い子どもは一言二言青年と話した後、浮かんでいた涙を引っ込めて笑顔を浮かべ、青年に手を振りながら走り去っていく。それを見ている青年はまた転けない様にと苦笑しながら声を掛け。

 

「そっか。僕が無理して助けなくても大丈夫なんだ」

 

 アカシアは、何故かそう思った。

 

「僕だけが頑張らなくても、人は助け合って生きていける。祈らなくても、奇跡なんか無くても──転んでも立ち上がって、支え合って未来に向かって歩いていけるんだ」

「……アカシア?」

 

 ヒビキが不思議そうに問いかけると、アカシアは日陰を吹き飛ばす様な明るい笑顔を浮かべて。

 

「何でもない!」

 

 元気にそう答えて走り出した。

 その後をはヒビキは首を傾げながらも、しかし優しい笑みを浮かべながら追いかける。

 

 これからこの少年には様々な出会いが、試練があるだろう。

 しかし彼は一人ではない。

 何故なら彼は人と手を繋ぐ事ができるから。

 もう、自分を犠牲にする事はない。

 

「──む!」

 

 ガサゴソと草むらが揺れ、アカシアはポケモンが入ったモンスターボールを構える。

 

「よし──キミに決めた!」

 

 唯一持っているポケモンに信頼を込めてそう叫んで、彼はモンスターボールを思いっきり投げた。

 

あ! やせい の ポケモン が とびだしてきた! 

 

 そして彼は今この瞬間に、ポケモントレーナーとして未来へ一歩踏み出した。

 その一歩は──とても小さく、しかし大きなものだった。

 

 

 こうして、一つの物語が終わり。

 神様も、人も、ポケモンも知らない歴史が刻まれ。

 新たな物語が始まった。

 

レポート  これから  こと  かきこみますか? 

 

 

 

▶︎はい  いいえ

 




次回 戦姫絶唱シンフォギア 〜キミに決めた!〜 最終話


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戦姫絶唱シンフォギア 〜キミに決めた!〜
最終話「紡ぎ -Rhapsody-」


 ……はてさて。

 腕を組み頭を傾ける……いわゆる考えるポーズはできない為、首を傾げて……俺は困っていた。

 しかし俺の乏しい……というには波瀾万丈な人生経験では、今の状況を打開する術ないし、良いアイデアも思いつかない。

 まぁ、なんだ。つまりどうしようもないというやつだ。

 ハァ……とため息を吐きそうになり、グッと堪える。そういう暗いのはただの現実逃避で、俺はしたくないと思った。

 

 ……俺は何処にでもいる普通の人間だった。

 名字二文字に、名前が三文字の何処にもでもいる普通の人間。

 社会の歯車となり、ほどほどに疲れて家に帰って飯食って風呂入って寝る。

 

 そして死んで生まれ変わって償い切れない罪を犯し。

 また別世界に行き、そこでも俺はやらかして──でも素晴らしい出会いがあった。

 

 記憶を、想い出を駆ける。鮮明に想い出されるのは──お日様と虹と閃光。

 最期に見たのはみんなの涙と笑顔。そして──歌。

 

 俺はアカシアだったモノ。

 あの時歴史の修正により消えた筈なんだけど……。

 

「ブイ……」

 

 水溜りを覗き込むとそこにはイーブイが居た。

 ……いや、この表現は正しくないな。

 

 ──イーブイのまま、コマチのままの俺が居た。

 

 頭の中に疑問が浮かんでいく。

 目が覚めた時は戸惑い、どういう事だと叫びたかったが……

 

「──ブイ」

(多分アルセウスの仕業なんだろうな)

 

 こんな事ができるのは彼だけだ。……俺を憐れんだのだろうか。

 だから俺をこのままの状態でこの世界に置いている。彼は人が好きだから、元人間の俺を助けようとしたのかもしれない。あっちでもそうだったし。

 

 ただ。

 

「ブイ……」

(あれって……)

 

 そういう事、だよな。

 俺は先日ある町に行った。そこには懐かしい雰囲気があり、感じた気配を探すと──俺と響ちゃんに似た人がいた。

 響ちゃんだけではない。この世界には、あの世界と似た人達が生まれて、暮らして、生きている。多分アルセウスがこっちに帰って来る時にみんなの魂を少しだけ持って来たのだろう。

 そしてこの世界の理に乗せて転生させて、あの少年──俺の生まれ変わりと一緒に居させている。

 

 つまり彼も彼女達も、そして俺も偽物じゃない。本物だ。

 向こうのみんなは覚えてないみたいだけど──不思議と悲しくも寂しくもなかった。

 幸せそうに、仲良さそうに暮らしているからだろう。

 だから俺は──その場を立ち去った。

 

 あの光景を見れただけで満足だった。

 この世界に辿り着けたと思うと──これまでの旅路は無駄ではなかったのだと、救われた思いだった。

 

 だからこの世界のみんなはこの世界の俺に託した。

 

「ブイ……」

 

 よって俺はこうして余生をのんびり過ごそうとポケモンしかいない森に居るのだけど……。

 

「……」

 

 ふと青空に浮かぶお日様を見て──もう一度響ちゃんに会いたいと思うのは、俺の弱さだろうか。

 そんな事をぼんやり考えながら、俺は昼寝をした。日陰が心地良い。

 

 だんだんと意識が無くなっていく中──。

 

「──ようやく見つけた」

 

 俺はその声に驚き、思わず立ち上がった。

 

 

 最終話「紡ぎ -Rhapsody-」

 

 

「まったく。わたしの為なら消えても良いなんて二度と言わないで」

「うう……ごめんなさい」

 

 コマチと別れて十年後。

 響は自分の妹、小町に対して凄く怒っていた。

 先ほど、過去からやって来た響におもいでプレートのコピーを見せて貰ったのだが……やはり自分が行くべきだったかと悩んでしまう。

 

「ごめんなさい……」

「……はぁ。仕方ないから許す」

 

 そう言ってやれば、小町は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 ──あれから大変だった。

 コマチとの別れはとても悲しくて、立ち直れなくて……それでもみんな未来に向かって歩き出した。

 

 奏さんと翼さんはツヴァイウィングを引退した後、彼女達に憧れていたエレオノーラを歌手としても装者としても鍛え上げて後継者にした。今ではスッカリTVに引っ張りだこの彼女を溺愛している。

 また、戦地で保護した男の子、名前は光彦。

 光彦くんを養子にして、今では人気俳優。電話でも親バカ炸裂で正直鬱陶しい。

 ただ翼さんの女タラシが移ったのか、よくエレオノーラにしばかれている。……素直になれば良いのに。

 

 クリスは世界中を飛び回って、彼女の両親と同じ様に歌で世界を平和にしようとしている。

 行く先々で求婚されては断っているらしい。そろそろ良い年なんだから受ければ良いのに、というと凄く怒られた。……何でだろう。

 

 未来はリディアンの教師になった。小町もリディアンに通っており、よく懐いているしよく可愛がられている。

 二人はとても仲良しで、見ているとどうしても昔を思い出してしまった。

 

 調と切歌はウェルさんと共に会社を設立して、社会に貢献している。ウェルさんが居るからか、いつも凄い発明品を世に出しては騒がられている。

 最近ウェルさんの財産目当ての女が彼に言い寄っているらしく、調と切歌がその事で愚痴っていた。彼女達の母親になる人はハードル高そうだ。

 

 マリアはアイドルになった。セレナの策略らしい。最初は嫌がっていた彼女だけど、今ではノリノリでアイドル活動をしており、ファンからはアイドル大統領と呼ばれている。

 ナスターシャさんとセレナに支えられて、彼女は幸せそうだ。

 

 キャロル達も忙しそうだ。SONGが介入できない仕事にコッソリと協力して解決している、歴史の裏から人類を見守る守護者みたいになっている。

 サンジェルマンさんは三代目統制局長としての仕事にやりがいを感じながらも疲れているらしい。とりあえずまた過労で倒れない様にして欲しい。

 

 SONGのみんなは相変わらずだ。エルフナインはキャロルとよく会っているらしい。

 緒川さんも弦十郎さんも現役でバリバリ仕事をこなしている。

 藤堯夫妻はお子さんの教育にヒーヒー言っているとか。送られた写真を見る限り、楽しそうだ。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

「なに?」

「もし歴史が変わっても、わたしはわたしだったと思う」

 

 小町の言葉は、わたしを気遣ってのものだった。

 多分、コマチがあのまま生きていたらこの世界はどうなっているのか、と考えているのだろう。

 消えるのかもしれない。もしくは分岐した並行世界として残るのかもしれない。または融合して未来が変わるのかもしれない。

 

 それは今となっては分からない。

 

「小町、気にしないで。わたしはもうこの未来を否定しない──前を向いて歩くって、忘れないって約束したから。だから」

 

 へいきへっちゃらとわたしは笑って──。

 

 

「──また、か」

 

 ──予知夢を見終えた。

 

 あれからわたしは未来の光景を夢として見るようになった。

 コマチの力か、もしくはディアルガの力かは分からない。

 前のわたしだったらコマチの居ない未来に絶望したのだろう。

 でも今は違う。夢の中で妹に語った様に──忘れないから。

 

「さて、行きますか」

 

 わたしは着替えて学校に行こうとし。

 

『──緊急事態だ! 響くん!』

 

 SONGからの緊急通信に意識が切り替わる。

 

 ──仕事の時間だ。

 

 

 ◆

 

 

 世界は完全に平和になった訳ではない。

 悪い人間も居り、何かしら良からぬ考えを持つ者が暗躍し、一般人に危害を加える事もある。

 野良錬金術師はアルカ・ノイズを使うし、並行世界から逃げて来た犯罪者がこの世界を自分の世界にする、という事もあった。

 その度に響達は戦った。

 アカシアに、コマチに託されたこの世界を守る為に。

 

「──ウェルさん!」

「おや、来ましたね響さん」

 

 弦十郎に言われた場所に向かうとそこには既にウェルが居た。他の装者達はまだ急行中で、響が一番乗りな様だ。

 ウェルは誰かと話していたのか、響が駆け寄って来ると通信を切って彼女に向き直る。

 

 ウェルが蘇った時、誰もが喜んだ。

 彼の命のおかげで今の彼女達がある。ウェル自身は「キリカくんに蹴り返されてしまいました」とお茶らけていたが──調と切歌に泣きつかれた際に申し訳なさそうにしていた事から、彼自身も思うところはあるらしい。

 

「さて、少し時間がありますね」

 

 ウェルは何か知っているのだろうか。SONGが感知した高質量のエネルギー体。それがこの世界に真っ直ぐ来ている。故に全装者に連絡が行き、侵入地点だと思われる此処──ユグドラシル跡地に集結しつつあった。

 そんな中、ウェルはのんびりと響に話し掛ける。

 

「響さん。僕の信条は知っていますか?」

「……?」

 

 いきなり何だろうか? 響は首を傾げ、怪訝な表情で彼を見た。

 しかしウェルはいつもの調子で胡散臭く「ククク」と笑うと、バッと両腕を広げてまるで演者の様に叫んだ。

 

「クソッタレなバッドエンドよりも! ほろ苦いビターエンドよりも! ご都合主義満載のハッピーエンド! それが僕の心情です!」

「……それは」

 

 よく知っている。だから彼はキリカを救おうと必死だった。呪いに犯され死んでいくノエルを救えなかった事を凄く後悔した。響の心を守る為に自ら悪役となり命を賭けた。シェム・ハとの戦いでは片腕を犠牲にした。そして最後には世界を、響達を救う為に一度死んだ。

 よく……知っていた。

 

「響さん。僕はね、納得していないんですよ……本当は」

「……」

「夢の世界ではアカシアが居なくなってもみんな立ち直ると信じていました──あなた達の強さに甘えて。そして今まさにあなた達は立ち上がり、辛くても、悲しくても、苦しくても……彼との約束を守る続けている」

 

 歴史が修正されたのに──彼女達はアカシアの事を忘れなかった。約束の通りに。

 それはとても美しい光景であり、しかしウェルからすればビターエンドの残酷な光景だった。

 

「よく我慢できますね。尊敬します」

「……」

「──でもごめんなさい。僕だけは我慢できなかった」

 

 ──ビキリッと空間に亀裂が走る。

 

「──ウェルさん?」

「やっぱり僕はどうしてもハッピーエンドが良いみたいだ。なので」

 

 パキンッ! と甲高い音が響き、そこから出てきたのは。

 

「──ちょっと頑張ってみました」

 

 あり得ない光景だった。

 もう会えないと思っていた。

 だからこの想い出を、記憶を──彼との日々を胸に未来に向かって歩いて行こうと決めていた。

 しかし──それはもうできない。できる筈がない。

 

「──感謝しますよ」

「別にアンタの為じゃない」

 

 ウェルの言葉にその少女はツンとした態度を取りつつも、その声は何処までも優しいものだった。

 その少女は響と同じ顔をしていた。以前戦ったもう一人の自分よりも、より響に似ていた。性格も目つきも、瓜二つと言っても良い。

 黄色と紫の装甲を解いたその少女は、オレンジ色の服に黒のハーフパンツ、そして紫色の靴へと変わる。

 

「アンタが諦めなくて、もう一人のわたしが手を伸ばしたから──わたしの歌が、手がこの子に届いた」

 

 ──かつてウェルは過去のコマチの行動から打開する術を探していた。

 そしてそれは響が絶望してからも模索し続けて、ついに見つけた。

 エンキは未来は変えられないと言った。もし変えたとしても歴史の修正力で元々そういう時間軸になると響に教えた。

 残酷な真実だった。

 しかしその残酷な真実を覆した者が居る。

 

 アカシア……いや、光彦だ。

 

 光彦は奏が死に、翼が泣き叫び、自分が呆然とその光景を見ている事しかできない未来を予知夢として見ていた。

 しかし彼はそれを変えた。自分の命で。奇跡の力で。

 

 つまり本当は──未来を変える事はできるのだ。

 響一人ではダメだった。

 響二人では届かなかった。

 しかし響三人の繋がりが──運命を、未来を変えた! 

 

「死ぬ前にもう一人のマシな方の僕に頼んでおきました。ユリウスさんにそちらの響さんを見つけて貰って、助力して貰う様にと」

 

 全てが終わった後にアカシアを迎えに行ってほしい、と。

 しかし話は簡単ではなく、こちらの世界とアルセウス達が居る世界はとても遠かった。かつて世界蛇が手を出そうとし諦める程の距離。

 それをこの響は人の力で──エレクライトとシンフォギアの力で覆した。

 

『──本当に驚いた』

 

 空間の裂け目から別世界の響を追いかけて来たアルセウスがようやく追い付く。

 神の力を全力で使っても間に合わなかった。追いつけなかった。それはつまり人の力が神の力を超えた証明であり──神からの独立を意味する。

 

「奪い返しに来たの?」

『そうではない──お礼と別れの言葉を言いに来た』

 

 そう言ってアルセウスは頭を下げた。

 

『ありがとう。その子を救ってくれて』

 

 彼ではアカシアを完全に救う事はできなかった。

 魂を分けて人としてあの世界で幸せに暮らせる事しかできなかった。こちらのアカシアは平和な世界で暮らせるも、あの時の温もりはもう戻せないと諦めていた。

 

「良いよ。礼なんて。わたしがやりたかったから。もう辛い涙を流して欲しくなかった」

 

 だから。

 

「──わたしはその為にこの世界に来たんだ」

『──ありがとう』

 

 アルセウスはそれ以上は言わなかった。

 そして次に彼女の胸の中に居るアカシアに視線を送る。

 

『アカシアよ。よく頑張った』

「……」

『もうお前は自由だ。その身に咎は無い──十分過ぎるほどに苦しんだ。償った。だから』

 

 どうか、自分を許してやってくれ。

 どうか、幸せになる事を許してやってくれ。

 どうか──。

 

『──居るべき場所に、居たい場所に帰るんだ……! ──コマチ!』

「──」

 

 アカシアは──コマチは、別世界の響の腕の中から恐る恐る抜け出し、この世界の大地に降り立つ。

 そしてゆっくりとゆっくりと歩き出し、少女の足の前で止まり、空を、お日様を──大好きな響の顔を見上げる。

 

 ──ある日、気がつくと人の身を捨て、獣へと落ちたコマチ。

 神の仕業か、もしくは呪いか──その時の彼は知らなかった。忘れていた。

 嘆けども怒れどもその身変わらず、滅びの歌を唄い、大切な人を絶望へと落とした。

 

 

 だとしても、と必ず自分の家に……響ちゃんの居る家に、未来に帰ると胸に誓った。

 

 その道中、何度も寄り道しようとも──道を閉ざされようとも、絶たれようとも。

 

 ついに彼は──帰って来た。

 

「──ブイ」

 

 ただいま、とコマチが涙を流しながら響に言うと。

 

「──バカ!」

 

 響は膝を着き、コマチを抱き締めて。

 

「──ずっと一緒に居るって言ったのに! 独りにしないって言ったのに!」

 

 それでも彼女はもう独りではなかった。

 

「辛かったら一緒に居るって言ったのに!」

 

 しかしその声は届けども、どうしようもなくて。

 だからこの温もりが嬉しかった。

 

「──もう離さない」

 

 ギュッと強く優しくコマチを抱き締め。

 

「──おかえり……コマチ……!」

 

 響もまた涙を流しながら、ずっと言えなかった言葉を言う事ができた。

 

 二人は涙を流し続けた。これからずっと居られる事に嬉しくて、未来を一緒に歩く事ができて。

 その光景はウェルがずっと見たかった──まさにご都合主義満載のハッピーエンドだった。

 

 

 その後、他の装者達も到着し、コマチが帰って来た事に涙を流して──喜びを分かち合った。

 

 

 最終話「紡ぎ -Rhapsody-」

 

 

「コラァ! 待たんかい光彦!」

「ブイブイ!」

 

 SONG本部の食堂でコーヒーを飲んでのんびりしていた奏は、二人の声に呆れた表情で顔を上げる。

 

「テメェいい加減絶壁言うのやめろ! 最近成長しているんだぞ!」

「──ブ」

「よし三枚おろし決定!」

 

「相変わらずだなーあの二人」

 

 ──天羽奏。

 ツヴァイウィングとして翼と共に世界中で歌い続けながら、装者としても戦い続ける。

 また、戦争で家族を失った子どもを積極的に保護する様になり、最近は周りからママ呼ばわりされて困ってるとかなんとか。

 

 

「今日という日は許さんからなー!」

 

 ──風鳴翼。

 ツヴァイウィングとして奏と共に世界中で歌い続けながら、装者として戦い続ける。

 奏が保護する子ども達の世話を自分も見ていた所、何故かパパ呼ばわりされてしまう。それをコマチが胸のせいかな? と煽られてキレて追いかけ回し、弦十郎や奏に説教させるのがテンプレと化している。

 最近告白してフられた。

 

 

 ◆

 

 

「それで此処に避難して来たと」

「まったくお騒がせ野郎な奴デス」

「ククク。最近は暇ですからね。それくらいが良いですよ」

 

「まぁ、その通りデスね! 楽しいのが一番!」

 

 ──暁切歌。

 調とウェルの助手として活躍中。最近は学校の成績も上がり、学年では調とツートップ。

 街中でナンパをよくされるが、過保護な二人によって蹴散らされており「アタシ行き遅れ確定デス」と肩を落としている。

 その時はウェルに責任を取って貰おうと画策している。

 

「本当に興味深い。解剖して良い?」

「ブイ!?」

 

 ──月読調。

 学会に様々な発表をし、注目され始めている。

 最近はクローン技術で完全な肉体の欠損部分の再生を目指している。特に腕。

 ウェルが最近モテ始めて唾を吐くことが多くなった。コイツ絶対に結婚できないだろうと思っている。

 

「勘弁してくださいよ。怒られるのは僕なんですから」

 

 ── ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 暇だからと裏で色々とした結果牛耳ってしまい、管理が面倒だと錬金術師協会に丸投げしたらブラックリストに載せられた。

 新技術を人類に小出ししつつ、どうすれば娘達に理想の彼氏ができるかと難関問題に日夜頭を悩ませている。

 

 

 ◆

 

 

「では行って参ります」

「くれぐれも怪我の無いように、三人とも」

「は〜い」

「当たり前なワケダ」

 

 ──錬金術師協会。

 裏社会から人類を見守りつつ、ウェルがぶん投げて来た案件に追われている。

 それでも充実した日々を過ごしており、彼女達は戦い続ける。

 そして。

 

「行くぞ──イグニス」

「カゲ!」

「早く終わらせようねカメちゃん!」

「ゼニ!」

「無理はしたらダメなワケダ、ジル」

「ダネ!」

 

 その傍らには掛け替えの無い相棒が居た。

 

 

 ◆

 

 

「──ふ。世界を識るにはまだまだ時間が掛かりそうだよ、パパ」

 

 ──キャロル・マールス・ディーンハイム。

 錬金術師協会に所属しながらも、家族と共に旅を続けている。時折エルフナインと連絡を取り合っているとか。

 そして。

 

「ぎゃー! また鬼畜コンボ決めやがったこのコンビ! この氷溶かせ!」

「シャワ」

「シア」

「この性悪!」

 

「リー」

「ええ、風が気持ち良いですねリーお姉様」

「リー」

「え? 風が泣いている? よくわかりませんが……」

 

「アハハ! こっちだゾ! ブー太郎!」

「ブー、スタァ!」

「大丈夫だゾ。転んでもそうそう壊れ──ぬあー!?」

「ブースタァッ!?!?」

 

「ガリィの奴、派手に転けたな」

「ダース……」

「……」

「フィア♪」

 

「ブラ……」

「フィー……」

 

「相変わらず騒がしい奴だ」

 

 思い思いに過ごす家族達を何処か呆れた目で見て。

 

「ヴイ!」

「ん……そうだな。これがオレとお前が見たかった世界だな」

 

 再会する事ができた最愛の家族と笑い合った。

 

 

 ◆

 

 

「そっか! みんな元気そうなんだね!」

「うん。あの世界はもう大丈夫」

 

 ──並行世界にて。

 アカシアに力を貸した装者達は、別世界の響の言葉にホッとし喜んだ。

 

「守るべき者が居るのなら、あのわたしももう道を間違えないだろう」

「まぁ、また何かやらかしたらぶん殴りに行くぜ」

 

「自分にしょーじきになれてるかねぇ、あの世界のあたし」

「大丈夫だよ。響もわたしも居るから」

 

「なにはともあれ!」

「良かったね」

 

「……」

「どうしたのセレナ?」

「いや、あの世界のわたし大きかったなって」

「……そうね」

 

「それじゃあ行くね」

「もう行くの?」

「うん──まだやりたい事あるから」

 

 それだけ言って別世界の響は世界を渡り、響達も日常に戻って行く。

 

『──』

 

 その光景を見届けた一体の神は、自分の世界へと戻って行った。

 

 

 ◆

 

 

 ──SONGメンバー。

 

「ふむ……」

「どうかなさいましたか司令」

「いや、親父の言葉を思い出してな」

 

 あの戦いの後、訃堂は自ら牢屋に入った。

 その後はおとなしくしており、何か企んでいるのでは? と各国機関は警戒している。

 

 

 

「──ふん。戻ったかモノノケめ」

 

 そして当の本人訃堂は、コマチがこの世界に戻って来た事を知ると。

 

「──ふっ」

 

 誰も見た事の無い、子どもの様な……友愛に満ちた顔を浮かべて微笑み。

 

「果敢無き哉──もう手放すでないぞ」

 

 一人コッソリと祝福の言葉を送り──友を守ろうとしていた防人から、冷徹な護国の鬼に戻り目を閉じる。

 

 

「……」

 

 実際に戦った弦十郎は他の皆と異なった考えを持ち、ずっと考え込んでいる。

 

「──オレもまだまだだな」

「……僕も同じです」

 

「そういえば兄貴が翼に見合いの話を」

「また拗れますよあの親子」

 

 

 

「ぬぁー疲れたー!」

「何徹目?」

「五」

「寝ろ」

「嫌だ」

 

 藤堯と友里はいつも通りの会話をし。

 

「ダメですよ藤堯さん! 睡眠はしっかり取らないと!」

「エーフィさんが復活して随分としっかりするようになりましたねエルフナインさん」

 

 そこにエルフナインとナスターシャが加わり、いつものようにワイワイと楽しく日常を過ごす。

 

 

 

 

「わたしがアイドル!?」

「ええ、そうです。もう応募してしまいました」

「アナタまた勝手なことを……!」

 

──セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。

姉がアイドルに憧れているも、それを隠しているのを敏感に察知。素直になれない彼女の為に、そして自分の為にマリアをトップアイドルにする為に暗躍を始める。

ゆくゆくはコマチと共演させて可愛いオブ可愛いを全国に流したいと思っている。

 

「わたしはやらないわよ!……なんで笑ってるの!?セレナ!」

 

──マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

最近学校の同級生から告白されて困り、さらにセレナの奇行にも頭を悩ませている。

最近気合と波導でLinker無しでギアを纏える様になり、弦十郎との模擬戦でも白星が増えてきた。各国機関がマリアの行動に注視し、任務で国を渡れば緊急警戒態勢を敷く国がある。そういう国は大抵後ろ暗い事をしており彼女に潰される。

最近アイドル大統領と呼ばれる様になり赤面する。

 

「リッくん先輩助けて……」

 

 

 ◆

 

 

「アブー」

「きゃああああああ!! 可愛いー!」

「未来、それ毎回する気?」

 

 ──小日向未来。

 立花家に生まれた次女小町に最近メロメロになっている。小町も彼女によく懐いており、初めての言葉が「みくねーちゃ」で立花家を撃沈させた。

 

『まったく……我が依代ながら嘆かわしい』

『良いじゃないですか可愛くて! シェム・ハさんのアカシアさんに向けた偏屈な愛に比べれば』

『こやつ、言うようになったな……』

 

 ちなみにシェム・ハとは精神を共にしており、主に戦闘時には協力して貰っている。

 

「まったく……このままだとお子さん取られますよ?」

「ははは。案外その方が立派になるかもね」

「情けない事言わないでよアナタ」

 

 ──雪音クリス。

 最近は未来に付き合って小町の所に顔を出している。未来の暴走で抑えているが、彼女も小町を溺愛している。

 最近大学でナンパされて響に相談するも「付き合ってみたら?」と言われて喧嘩の真っ只中。でもすぐに仲直りする。

 

「そういえば響は?」

「響なら確かコマチと──」

 

 

 ◆

 

 

「……良い空だ」

 

 青空を見て、響は笑顔を浮かべる。

 

 ──立花響。

 

「ブイブーイ!」

「あ、ようやく来た」

 

 彼女は取り戻した日陰を離さない。

 

「さて、今日は何処に行こうか。久しぶりのデートだし。水族館? 動物園?」

「ブイ!」

「でもなんか食べられそう」

「ブイ!?」

「映画館……はペット禁止だろうし」

「ブイブイ!!」

 

 お日様が青空の中輝く限り、日陰はできるように。

 

「まぁ、のんびり歩いて行こう──ね、コマチ」

「ブイ!」

 

 彼女達は共に未来に向かって歩き続ける。

 花咲く勇気で、愛で、奇跡で──温もりある手で繋いで。

 

 

 八千八声、泣いて血を吐く不如帰。

 人が人でいる以上、これからも争いは無くならず、誰かが涙を流すだろう。

 

 だとしても、彼女達が居る限り胸の歌は無くならない。

 希望は潰えない。奇跡だって起こしてみせる。

 そしてそんな彼女達の側には、一匹の獣がいる。

 

「ブイ、ブイ、ブーイ♪」

「〜〜♪」

 

 ふと響はガングニールを(そら)に翳す。コマチと一緒に居た胸の歌を。

 それを見たコマチは楽しそうにクルリと体を回し、響に寄り添った。

 二人は歌を唄いながら、幸せそうに歩き続ける──何処までも。

 お日様が輝く青空の下を。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 戦姫絶唱シンフォギア 〜キミに決めた! 〜

 

 THE END

 




最後のドット絵はあおい安室さんより頂きました!ありがとうございます!

そしてこれにて完結!皆様ここまでお付き合いしていただきありがとう!
後日活動報告の方にて後書きめいた事を書かせて頂きます。


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