呪詛師殺しの僕(完) (藍沢カナリヤ)
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廻逅
第1話 邂逅


更新遅め。


ーーーー独白ーーーー

 

 

 

「百鬼夜行を見た」

 

 

 

去年のクリスマス前日、12月24日のことだ。

朝から新宿に出かけ、夜に帰ってきた母は、まるで何かに取り憑かれたかのようにそう繰り返した。

 

ここにいてはいけない。

化け物が襲ってくる。

 

ご近所にもそう言って回る母は勿論、僕も妹も白い目で見られて。

あの家の子とは遊んじゃいけません、なんて、実際に言われるものなんだと感心すらした。

妹は学校でもいじめられていたようで、毎日泣いて帰ってくる。

……まぁ、僕も似たようなものだった。

 

 

 

田舎のばあちゃんが声をかけてくれたのは今年の3月。

どうやら妹が電話をしたらしく、心配して母に電話をかけてきた。

 

そして、結局3月中に引っ越しが決まり、4月から母の実家……ばあちゃん家に僕と母、妹の3人で暮らすことになったのだった。

 

 

 

 

ーーーーF県 5月某日 菅谷家ーーーー

 

 

 

「それで長月(ながつき)

 

「なに? ばあちゃん」

 

(かすみ)の様子はどうだい?」

 

 

畳の匂いがする菅谷家の居間にて。

ばあちゃんが僕にそう尋ねた。

 

 

「どうって……」

 

 

変わらないよ。

僕はそれだけを伝える。

 

そう簡単に変わるわけがない。

おかしくなっていたとは言え、女手ひとつで育ててくれた母親を亡くしたのだ。

それも『あんな形』で。

中学生である霞にとっては辛くないはずもない。

 

 

「そうかい……」

 

「こっちに越してきた時には何ともなかったのにね」

 

 

4月の頭にはピンピンしてて、あの妄言を繰り返してたのだ。

それが……。

 

 

「長月、お前は大丈夫かい?」

 

「…………大丈夫だよ」

 

 

そう。

僕は、大丈夫。

 

ポツリとそう返して、僕は左側から目を背けた。

 

 

 

 

ーーーーF県 5月 石木高校ーーーー

 

 

 

チャイムが一日の終わりを告げた。

と同時に、僕は席を立つ。

授業さえ終わってしまえば、僕はこの教室に用はない。

 

転校してきて1ヶ月。

誰とも積極的に関わってこなかった僕に話しかける人物なんてーー

 

 

 

「菅谷さん」

 

 

 

ーーいた。

物好きな人が一人。

 

この1ヶ月間、ずっと僕に話しかけてくる人物。

常にとろんとしたタレ目にも関わらずどこか品のある整った顔立ち。

腰まで伸びる艶やかな黒髪。

胸も、まぁ、ある。

ただ、それ以上に目を引くのは、右手には火傷で負ったという傷を隠すための黒い手袋。

 

思わずそちらへ向いてしまう視線をどうにか隠しながら、その娘の呼びかけに答える。

 

 

「なんですか、いーー」

 

「名字は止めてください。私のことは(つむぎ)とそう呼んでください」

 

 

彼女はそう言って微笑む。

品のいい微笑み、だけど、どこか圧を感じてしまう。

 

 

「紡さん」

 

「つむぎ、ですよ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

「紡ちゃん」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 

 

それで妥協してくれたようで、彼女はにこりと笑った。

可愛らしい、けど……。

 

 

「僕、帰ろうと思ったんだけどさ」

 

「はい」

 

「……ええと」

 

「どうかしましたか?」

 

 

 

「…………手、離してもらっていいかな」

 

 

 

なぜか僕の制服の裾をちょこんと掴む彼女の右手。

 

 

「あら、すみません」

 

「それじゃーー」

 

 

 

「これならいいでしょうか?」

 

 

え、と反応するよりも速く、彼女は僕の右腕に自分の左腕を絡めてきた。

いわゆる腕組みというやつである。

 

 

「は? え?」

 

「それでは帰りましょうか」

 

 

有無を言わさぬ雰囲気に、僕は黙ってされるがままになるしかなかった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

高校からの帰り道。

 

腕を組んだまま、僕たちは歩く。

商店街を抜けて、住宅街を通り抜けて。

正直、周りからの目は痛かった。

やっと郊外に入ったから、その目からは解放されたんだけどね。

 

それに、

 

 

「…………」

 

 

やはり左側が気になる。

この1ヶ月間、ずっと『こう』だから。

害はないとはいえ、こうもつきまとわれると……。

 

 

 

「菅谷さん」

 

「っ」

 

 

 

急に声をかけられて、思わず身体が跳ねた。

 

 

「どうしたの、紡ちゃん」

 

「いえ、そろそろいいかと思いまして」

 

 

彼女はそう言うと、パッと腕を離した。

そして、彼女は右手の手袋を外して……あれ?

 

見ると、その手には火傷の跡なんてない。

その代わりに、妙な幾何学模様が刻まれている。

2つの二重丸とそこから伸びた線。

 

 

「火傷……って話は」

 

「? あぁ、あれは嘘です」

 

「うそ……? なんでそんなーー」

 

 

 

 

 

ーーバシュッーー

 

『キィィィィィッ!?』

 

 

 

 

僕がそれを聞くよりも速く。

彼女は、僕の左側に張りついていた『それ』をーー3つの眼と5つの腕で僕を捕まえていた『それ』を消し去った。

 

 

「っ!?」

 

「ふぅ、低級の呪いで助かりました」

 

 

彼女のついていた嘘なんてどうでもよくなるくらいの衝撃。

母が死んでからずっと僕を左側から見つめていた異形の化け物を簡単に消し去った彼女という存在。

転校してからずっとつきまとわれていた物好きなクラスメイト、のはずだったのに……。

 

少しの間、呆然として。

その後で、僕は彼女に聞いた。

 

 

君は何者なんだ、と。

 

それに、彼女はまた微笑み、答える。

 

 

 

 

「私は狗巻紡(いぬまきつむぎ)

 

「貴女を監視するために派遣された呪術師(じゅじゅつし)ですよ」

 

「菅谷長月ちゃん」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

これは僕が彼女に殺されるまでの物語。

 

 

 

ーーーーーーーー




2021.0702追記
完全未経験者によるデフォ絵
雰囲気で感じ取ってください。

菅谷長月

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狗巻紡

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第2話 呪術師

ーーーー菅谷家ーーーー

 

 

 

「いいお部屋ですね」

 

 

 

例の帰り道の一件の後。

僕は、彼女ーー狗巻紡(いぬまきつむぎ)を部屋に上げていた。

 

ばあちゃんからは友達を連れてくるなんて珍しいと驚かれてしまった。

そもそも自分の部屋に人を上げるつもりもないし

ただあの場で解散ともいかないだろうし……。

 

 

「長月ちゃん」

 

「……名前、なんだね」

 

「?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

急に下の名前で呼ばれるとは思わず、感じたことを口にしまっていた。

転校前のクラスメイトからですら、さん付けだったし、つい反射的に。

反省しなくては……。

警戒、しなくてはならない。

なぜなら、さっきの彼女の発言からなにやら不穏な気配を感じ取っていたから。

 

 

「それで、狗巻さん」

 

「つむぎ、です」

 

「…………紡さ、ちゃん」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 

 

「さっきの件なんだけど、僕を監視ってーー」

 

 

 

「でも、なんだか不思議な感じですね。長月ちゃんの部屋ってもっと……うーん、なんて言うんでしょうか」

 

「…………」

 

 

なんだろう、この感じ。

調子が狂う。

 

 

「……なにもないと思ってた?」

 

「あ、はい。あっ、気分を害してしまっていたらすみません」

 

「まぁ、いいよ。自分でも意外だし、こんなもの集め出したのもーー」

 

 

 

「あっ、そうでした。監視の話でしたね」

 

「……うん」

 

 

 

……僕、この娘苦手だ。

そんな僕の気持ちとは裏腹に彼女はしっかり話を進める。

 

うん、切り替えよう。

本題だ。

 

 

 

「さて、長月ちゃん。監視の話の前に前提として知っておいてほしいことをお話しします」

 

「長月ちゃんは『呪い』って知っていますか?」

 

 

 

ーーーー説明ーーーー

 

 

呪い

 

日本国内での怪死者・行方不明者は年平均一万人を超える。

そのほとんどが人の負の感情から流れ出た『呪い』によるものだ。

特に学校や病院、大勢の思い出に残る場所には呪いが湧きやすい。

人間が後悔や辛酸、恥辱といった記憶を思い出す度に、その受け皿になるものだからだ。

 

そんな話だった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「信じなくても構いません……といつもなら言うところですが、心当たりがあるはずです」

 

 

 

「長月ちゃん」

 

「貴女、呪いを視認できますね」

 

 

 

「…………」

 

 

沈黙。

それが答えだった。

昔の僕であれば、あり得ないと返していただろう。

けれど、僕の左肩に張りついていた『アレ』を見てしまったから。

 

……いや、違うか。

『アレ』だけじゃない。

 

 

「こちらで調べたところ、昔から見えていたわけではないんですよね」

 

「……あぁ」

 

「では、いつから?」

 

 

いつから、か。

決まっている。

あの日、去年のクリスマスイブ。

母が『アレ』を連れてきた時からだ。

それ以来、呪いが見えるようになった。

路地裏にも、墓地にもいるのが分かった。

 

だから、『アレ』が日に日に母の左肩から背中に移動していったのも。

5つの腕が母の首を徐々に、徐々に締め付けていったのも。

僕は見ていた。

 

見ていて、何もしなかった。

……できなかった。

 

 

「……長月ちゃん、貴女は悪くありません」

 

「…………っ」

 

 

彼女はそう言って、笑いかけてくる。

慰めてくれているんだろう。

 

あの時の僕になにか力があれば……いや、今それを考えてもしょうがない。

今はそれよりも、本題だ。

 

 

 

「……普通は呪いは視えない。けど、僕はそれが視える」

 

「つまり、それが僕を監視する理由ってことだよね」

 

 

 

「……はい」

 

 

死の間際なら視えることもありますが、あの呪霊はそのレベルではありませんでした。

その辺りの話は後程。

そう言った彼女は、一枚の紙を鞄から取り出した。

 

 

「こちらを、どうぞ」

 

 

差し出されたものを受け取ろうとしてーー

 

 

 

ーーバチッーー

 

「痛っ」

 

 

 

ーー弾かれた。

痛みを伴う、例えるなら強い静電気みたいなものがその紙から僕の指に流れた。

 

 

 

「紡さ、ちゃん、これはっ!?」

 

「針倉さんの読み通り、ですね」

 

 

困惑する僕と対照的になにかを納得したような様子の彼女。

なにがなにやら分からず正直怒りたい気持ちもある。

だが、ここは冷静に僕は説明を求める。

 

 

 

「この札はある術式に反応するものです」

 

「『呪霊操術(じゅれいそうじゅつ)』」

 

「貴女には呪いを操り、使役する術式が眠っています」

 

 

 

だから、監視の必要がある。

彼女はそう告げた。

 

 

「術式……?」

 

「はい。簡単にいえば、呪いを払うための武器・能力と言ったところです。呪いは呪いでしか祓えない」

 

「術式を利用して自ら呪いの力を引き出し、呪いを祓う。それが私たち『呪術師』です」

 

 

 

「…………」

 

 

『呪術師』

紡ちゃんが今日名乗ったそれは、呪いを祓うもの。

その武器が術式。

そして、それは僕の中にも……。

 

 

「…………」

 

 

少しの沈黙の後。

僕は口を開く。

 

 

 

「ねぇ、紡ちゃん」

 

「はい。なんでしょう、長月ちゃん」

 

「僕もなれるのかな」

 

 

 

大切な人を死に至らしめたそれを。

大切な人の心を壊したそれを。

 

祓える(殺せる)『呪術師』に。

 

 

 

そんな僕に彼女はにこりと微笑み、言った。

 

 

 

「はい、勿論です。私はそのためにーー貴女を監視し、『呪術師』として導くためにここに来たんです」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第3話 監視者

ーーーーーーーー

 

 

 

呪術師・狗巻紡との出会いから数えて数日、僕は自室の荷物を整理していた。

なぜわざわざこんな大掃除じみた整理をしているかというと、僕に刻まれているという術式ーー『呪霊操術(じゅれいそうじゅつ)』のせいだ。

彼女曰く、

 

「それは使いこなせなければ、呪い……呪霊を集めるだけです。コントロールできるまではこの家にいない方がいいと思います。でなければ……」

 

僕の家族に害が及ぶかもしれない。

ならば、僕はばあちゃん家にはいられない。

 

 

 

ーーーー菅谷家ーーーー

 

 

 

「じゃあ、ばあちゃん行ってくるよ」

 

「あぁ、行っておいで」

 

「……霞は、その……」

 

「……任せな」

 

「ありがとう、ばあちゃん」

 

 

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「いいご家族ですね」

 

 

 

ばあちゃん家から数百メートル先に立つ彼女は、にこりと微笑みそんなことを言う。

 

 

「自慢の家族だよ」

 

 

チラリとだけ振り返り、僕はまた前に立つ彼女に向き直る。

 

 

「昨日、家に近づいてきてたっていう呪霊は……」

 

「心配いりません。私ともう一人で祓いましたから」

 

「ありがとう、紡ちゃん」

 

 

あっ、そういえば……。

 

 

「紡ちゃん、年上なんだよね」

 

「そうですね、今年で二十歳です。お酒だって飲めます」

 

 

ということらしい。

 

僕の高校には呪術師関係のコネで入り込んでいたとのことで、実はもうとっくに成人しているそうだ。

僕が高2だから、3つ上。

まぁ、同性の僕からしても色気みたいなものは感じていたから、まぁ納得といえば納得か。

 

改めて自己紹介をした時に、それを聞き、敬語を使った方がいいか聞いたんだが……。

 

 

「敬語、いりませんからね?」

 

「あっ、はい」

 

 

凄みを感じる。

なんだろう?

彼女には距離をつめることに何やらこだわりみたいなものがあるような……。

 

 

 

ーーーー車内ーーーー

 

 

 

「さて、これから長月ちゃんを監視しにきているもう一人の術師に会いに行きます」

 

 

彼女が運転する車の中で、これからの予定を改めて聞く。

一応聞いてはいたけれど。

 

 

「なんで僕なんかのために、二人も監視に来ているのか」

 

「そんなことを言いたげな顔ですね」

 

 

コクリと頷く。

 

この数日間で、呪術師は人手不足だという話を聞いた。

東京にある呪術高等専門学校ーー通称・呪術高専の今年の入学生だって二人らしい。

二人って……僕が住んでる地域の普通の高専だったらあり得ない話だよな。

とにかく少ない。

だから、呪いを視認できる人間を探してる。

平たく言えば、スカウトだ。

 

今回のこともその活動の一環だとは言っていたけれど、それにしても僕一人に人手不足の呪術師が二人もつくというのは、素人からしてもおかしいと思う。

 

 

「そのくらい、貴女の術式は貴重なんです」

 

「貴重で……危険なんですよ」

 

 

ポツリと呟く声を僕は聞き逃さなかった。

ただなんとなく、その呟きが彼女らしからぬ声色で。

だから、今は聞いちゃいけない気がして、聞かないふりをした。

 

 

 

 

ーーーーF県 氷川市氷川駅前ーーーー

 

 

 

車に揺られること約1時間。

県内では1、2番目に発展した都市の駅前に、僕と彼女はいた。

端から見ると、女子高生が二人で駅前をうろついてるように見えるだろう。

 

ふと、気づく。

そこに近寄ってくる一人の男性の姿。

 

傷んでボサボサの金髪。

その上、髪の根元が地毛の色であろう黒色になったプリン頭。

それに不釣り合いなライダースジャケット。

今時、田舎にもいない一昔前のヤンキー風な外見の人物。

 

それが、

 

 

 

「やぁ、紡ちゃ~ん」

 

 

 

彼女の名前を呼んだ。

それだけなら、彼女に付きまとうストーカーという認識もできたのだが、

 

 

「あ、針倉さん」

 

 

彼女はその男性を認識していることが分かった。

どうやら、この人が例のもう一人の術師、らしかった。

残念ながら。

 

 

 

「長月ちゃん、紹介しますね」

 

「こちらは針倉優誠(はりくらゆうせい)さん。私と一緒に貴女を監視しにきている呪術師です」

 

 

 

「やぁやぁ、君が『呪霊操術』の術式を持っている17歳の女の子・菅谷長月ちゃんだね」

 

 

 

なんとなく話し方が芝居がかっていて、笑顔も偽物臭い。

一目見ただけでそう感じる人物だった。

 

 

「おやおや、どうやら印象は最悪だねぇ」

 

「だから言ったじゃないですか。女子高生に会うんですから、身なりはちゃんとした方がいいって」

 

「まぁまぁ、そんなに警戒しないでくれよ。私だって女子高生にキモがられるのはショックなんだぜ」

 

 

こんな胡散臭い人が僕の監視、か。

呪術師の人材不足というのは本当らしいね。

 

 

「まぁ、腕は確かなので」

 

 

そんな彼女のフォローも、針倉という男性の嘘っぽさで怪しく思えてしまう。

それほどまでに第一印象は悪かった。

そんな彼は、僕の訝しげな視線もなんのそのといった風に、話を進める。

 

 

 

「それじゃあ、行こうか」

 

祓い(おしごと)に」

 

 

 

 

 

ーーーー氷川市 廃アパートーーーー

 

 

 

再び車に乗り込み走ること20分。

僕と彼女、そして、針倉術師はとある廃アパートに来ていた。

昔は普通に人が住んでいたんだろう。

けれど、今は窓ガラスもほぼ割れ、壁にも蔦が張り巡らされていた。

 

 

「ここは?」

 

「廃アパートに決まっているだろう?」

 

 

そんなことは見れば分かる。

僕が聞きたいのは、

 

 

「数日前にお話ししたかと思いますが、呪いは負の感情によって生まれます。学校や病院、墓地のような場所にはそういうものが溜まりやすいんです」

 

「なるほど。こういう廃屋もそれと同じようなもの、ということか」

 

 

その通りです。

僕の答えに彼女は満足そうに頷いた。

 

 

「一週間ほど前にこの廃アパートに肝試しで入った地元の高校生が行方不明という報告を受けたんです。ただの家出なら話は早いんですが、場所が場所ですからね」

 

「行方不明者の捜索と原因の究明が今回の目的です」

 

 

「…………」

 

 

実害が出てる。

それを聞いて、ふと母親のことを思い出す。

とその思考を打ち消すように、針倉術師が指を顔の前にかざしーー

 

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 

 

ーーなにかを唱える。

それと同時に、廃アパートを囲むように、なにか……幕のようなものが辺りを覆っていく。

 

 

「『帳』といいます」

 

「呪いに関わることで人は恐れ、新たな呪いを生みます。そうならないよう、一般人には認識されにくくする結界で覆うんです」

 

 

僕の心中を察したのか、彼女が説明してくれる。

 

 

「まあまあ、気休めみたいなものだけれどね。どうせ中の人間はほぼ死んでいるさ。死体では呪いは生めないからね」

 

「針倉さん、不謹慎です」

 

「呪いに殺されて死体が残るなら幸運な方だから、高校生諸君の日頃の行いがいいことを願おうか」

 

「針倉さん!」

 

 

「…………」

 

「長月ちゃん?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

 

行こう。

そう促し、私たちはアパート内に向かった。

 

 




針倉優誠
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第4話 呪を綴る

ーーーー廃アパート一階ーーーー

 

 

 

不気味な静けさがあった。

いや、もう使われていないアパートだから静かで当たり前なんだけれど。

 

 

「針倉さん」

 

「うん、いるねぇ。少なくとも5体」

 

 

入って早々、そんなやりとりが僕の横で行われる。

いるっていうのは、勿論呪霊のことだろう。

 

 

「長月ちゃん」

 

「うん、なに?」

 

「思ってた以上に数が多いです。だから、今は針倉さんとーー」

 

 

 

「いやいや、長月ちゃんは紡ちゃんと一緒に行ってよ」

 

 

 

「針倉さん、それは……」

 

「だいじょぶだいじょぶ。反応は一階に固まってるからそっちは私がやるさ」

 

 

なにが大丈夫なのかは僕にはよく分からなかったけれど、ともかく僕は彼女と行動することになるらしい。

 

 

「じゃ、そっちはよろしくね」

 

「はい……分かりました」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

そんなやりとりがあったのが、つい15分ほど前のこと。

僕たちは、一体だけ離れているという二階の呪霊の元へ向かっていた。

 

階段を駆け上がりながら確認する。

 

 

「術式、だっけ?」

 

 

僕に刻まれているという、件の『呪霊操術』は今の僕に使えるのか。

その問いに、彼女は首を横に振った。

 

曰く、術式を使うにはまず呪力のコントロールから始めなくてはいけないらしく、僕にはまだその術はない。

そもそも操る呪霊がいないのだから使えない、そんな答えを返された。

 

 

「だから、今は……見学だと思ってください」

 

 

本当は私よりも針倉さんの方が適任だと思うんですが。

彼女のその言葉は聞こえないふり。

あの人と一緒なんて嫌だし。

 

 

「長月ちゃん、簡単ではありますけど説明しておきます」

 

「呪力と術式。そして、等級についてです」

 

 

 

呪力……呪いを祓うためのエネルギー。

術式……呪力を使って生み出す呪術師の武器。

等級……呪霊の強さを表す基準で、呪術師にも割り当てられる。同等級の術師と呪霊が戦えば、確実に祓える。

簡単にまとめると、そんな感じ。

さらに、彼女は説明を続ける。

 

 

「例えば、三級の私であれば、三級の呪いならば祓えるといった具合でーー

 

 

 

 

 

『せんたクモのは、かわキまシたかァァ』

 

 

 

 

 

説明を遮るように。

不意に聞こえてきたのは、エコーのかかった声、音。

 

見ると、階段の上、そこには異形の化物。

巨大な顔の下半分に目玉、上半分には涎をダラダラと流す口。

その顔から直接足が二本。

一目見て、呪霊だと分かるモノ。

 

 

「呪霊……っ」

 

 

身構える、が

 

 

 

 

ーーパァァァンッーー

 

 

 

 

同時に爆ぜた。

 

 

「このように、呪力だけでも同等級の呪霊ならば祓えます」

 

「…………なるほどね」

 

 

彼女が右の拳に込めたという呪力。

気づけば、彼女はもう右手の黒い手袋を外していた。

 

思い返せば、僕に憑いていたアレを祓ったときも呪力の形跡は視えていた。

呪力と等級。

うん、なんとなくだけど分かった。

 

 

「ちなみに、針倉さんは準一級ですよ」

 

「……本当に?」

 

「えぇ、私よりも圧倒的に強いですよ」

 

「…………」

 

 

さっきのでも僕にとっては十分脅威だ。

なのに、あれで三級。

そして、準一級……か。

 

 

 

ーーーー廃アパート一階ーーーー

 

 

 

「6体、想定よりも少し多いねぇ」

 

 

 

まぁまぁ、二級の呪霊程度ならばこんなものかな。

ライダースについた埃を払いながら、見渡す。

高校生諸君の姿は見えない。

 

 

「いるとしたら上かぁ」

 

 

大方、一階のこいつらから逃げ回り上に逃げたところで、二階の呪霊にやられたってところだろうねぇ。

 

まぁ、私には関係ない。

 

今、私が心配すべきはーー

 

 

 

「さてはて、そろそろ見つけた頃かな」

 

 

 

ーーーー二階205号室ーーーー

 

 

 

「……ここです」

 

 

そう言う彼女に付いて、僕もその部屋の前に立つ。

 

階段の奴より気配が濃い。

死の……気配だ。

 

 

「長月ちゃん、私から離れないでください」

 

 

コクリ、と頷く。

今の僕はなにもできない。

彼女の近くにいることしかできない。

 

 

「開けます」

 

「うん」

 

 

 

ーーガチャッーー

 

 

 

ドアを開けると同時に、

 

 

 

ーーーーズズズズッーーーー

 

 

 

僕らは引きずり込まれた。

 

 

「長月ちゃん!」

 

「っ、大丈夫」

 

 

どうにか体勢を立て直した。

幸い近くに彼女はいる。

 

見渡す。

中はアパートの一室というには若干……いや、かなり広い。

どこかの博物館のような部屋。

外側から想定していた部屋の広さとは明らかに違う。

 

 

「生得領域……」

 

「?」

 

 

彼女の発したそれが何かは分からない。

けれど、少なくともいい状況ではないようだ。

 

 

「長月ちゃん、気をつけてください」

 

「来ます」

 

 

彼女の言葉の直後、部屋の奥からゾワリと寒気を感じた。

そして、部屋の奥の暗がりから現れた。

その姿はさっきの呪霊とは全く違う。

 

顔も巨大じゃないし、目も2つ。

腕も足も普通。

それどころかその制服姿はまるで、

 

 

「高校生……?」

 

 

そう。

それは高校生のようだった。

 

 

「恐らく、例の行方不明の高校生の一人でしょう」

 

「うん。でも、あの姿は……」

 

「はい」

 

 

 

「もう、手遅れでした」

 

 

 

形だけを見れば人間と変わらない。

ただ、彼の頭からは緑色の鉱石が張り出し、その鉱石は彼の腹も突き破って不気味な輝きを放っていた。

 

取り込まれています。

 

彼女はそう告げた。

 

 

「鉱石……武器が必要かもしれません」

 

 

そういえば、さっきの奴も彼女は拳に呪力を込めていた。

……相性が悪いってこと、か。

 

 

「針倉さんにどうにか連絡をとります」

 

「わかった」

 

「私が時間を稼ぎますから、長月ちゃんはーー

 

 

 

『ヨいニオイ。オンナがふたリ……いイにくダ』

 

 

 

「!」

 

 

会話を切るように、それは口を開いた。

 

呪霊が喋る。

それ自体は僕でも知っている。

さっきの呪霊も喋ってはいたし、憑いていた奴も何かを話していた覚えがある。

けれど、訳の分からない、意味の通じない言葉だった。

まるでどこかで覚えた言葉を話す鳥のような。

 

だが、目の前のこいつは違う。

 

 

 

『オトこはマズいぃィ、オんナはうんマイぃぃ』

 

 

 

ケタケタと声を上げて笑うこいつの言葉は、明らかに僕らのことを指している。

 

教えられなくても分かる。

会話ができるほどの知能の呪霊なんて、ヤバくない訳がない。

 

 

「っ、紡ちゃん」

 

 

横の彼女の方を見る。

判断を仰ぐために。

 

後から聞いたことだが、言葉が通じ、コミュニケーションがとれる呪霊は相当ヤバいらしい。

少なくとも二級レベル。

三級の彼女が敵う相手ではない、はずだった。

 

だが、彼女は

 

 

 

「ほっ」

 

 

 

息を吐いていた。

諦めではなく、安堵のため息だ。

 

 

『あァ? そのオンななゼアンしんしてイル?』

 

 

僕を指差し、そいつのように恐怖するのが普通だろう、と呪霊は言う。

呪霊にとっても想定外だったのだろう。

それは勿論、僕にとっても、だ。

 

彼女はさらに僕の予想を裏切り、笑う。

普段から垂れている彼女の目尻が下がる。

 

そして、彼女は語り出す。

 

 

「私の術式をお教えしますね」

 

 

 

「『呪言』」

 

 

 

「正確には私というより狗巻家の術式なんですが」

 

「とにかく言葉に呪いを込める術式です」

 

 

説明をしながら、彼女は髪をまとめる。

左手首につけていたヘアゴムで、長い黒髪をポニーテールにしていく。

 

 

「言葉に込めた現象を引き起こす。本来はかなり強い術式です」

 

「ただ、私にはその術式が中途半端にしか刻まれませんでした」

 

「それが、この右手の呪印ーー『蛇の目』と『牙』」

 

 

右手首に刻まれた『蛇の目』と人差し指の『牙』

それが彼女の術式。

 

 

「本来ならばこの術式を持つ者の口からは『呪言』が放たれる」

 

「でも、私が口にした言葉は呪いにはならず」

 

「しかも、言葉の通じる相手にしかこの術式は発動しません」

 

「その代わりーー」

 

 

 

『ナにをだラダラとハナシてルぅぅ……いいかラクワセろぉぉ』

 

 

 

ーーーースッーーーー

 

 

「ーー私の『呪い』は上級の呪霊にすら通じる」

 

 

 

彼女はどこからか筆を取り出し、呪いを込める。

 

視える。

呪いが『蛇の目』を伝い『牙』へ。

まるで墨のように伝っていく。

 

そのまま彼女は『呪言』を、呪霊の身体に書き綴る。

 

 

 

 

砕けろ(クダケロ)

 

 

ーーーーガシャァァンッーーーー

 

 

 

 

その瞬間、何かが砕ける音と共に、部屋の空気が引き戻された。

 

 

「……終わった……?」

 

 

あっという間だった。

目の前には、上半身がバラバラに砕けた呪霊と彼女の姿。

さらに、呪霊が燃えていく。

それを確認した彼女は、僕の方に向き直り、

 

 

 

「はい。終わりましたよ、長月ちゃん」

 

 

 

微笑んだ。

 

 

ーーーーーーーー



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第5話 幕間

ーーーー氷川市 狗巻家ーーーー

 

 

 

廃アパートでの一件の後、僕は彼女の家に来ていた。

彼女はアパート暮らしのようで、二十歳という年齢の割には渋い和室なのが印象的だった。

夜も遅い時間のため、今日はここに泊まりみたい。

 

もちろん、針倉術師はいない。

駅前のビジネスホテルを予約しているらしい。

まぁ、そもそも女子2人だけの家に上がり込む訳はないだろうけれど。

 

 

 

「お疲れさまでした、長月ちゃん」

 

 

コトッと湯呑みを2つ置く彼女。

中には温かいお茶。

5月とはいえ、夜は少しだけ冷えるからありがたい。

 

 

「ありがとう」

 

「いいえ。私も失礼しますね」

 

 

髪も乾かし終わったようで可愛らしいパジャマに着替えている彼女は、僕の対面に座り、ふうっと息を吐く。

 

 

「大丈夫、ですか?」

 

「え……あぁ」

 

 

なんのことかはすぐに察しがついた。

 

 

「全員手遅れでした。恐らくあの呪霊は二級相当。行方不明になってから数日経った今となっては……」

 

 

気を強くもってください。

呪術師の世界にはこんなことは日常茶飯事ですから。

 

そう言う彼女の方が辛そうだ。

普段の柔和な微笑みは今の彼女にはなく、暗い表情をしている。

 

 

「重いんだね、呪術師って」

 

「……はい。やり切れないことは多い、と思います」

 

 

大きな事件であればあるほど救える命は数えるほどで、全員救えないこともある。

今回の事件のように手遅れなことも少なくない。

 

 

「それでも続けているのは……いえ、なんでもありません」

 

 

そう言って、彼女は笑顔を作る。

無理やり作ったぎこちないものだけど、それでも初めて呪霊との戦いを見た僕を不安にさせまいと気遣ってくれたんだろう。

 

 

しばしの沈黙。

二人で静かにお茶をすすって。

 

 

 

「……そろそろ寝ましょうか」

 

「うん」

 

 

僕たちは眠りについた。

 

 

 

ーーーー翌日 氷川駅前ーーーー

 

 

 

「やぁやぁ、よく眠れたかい、ご両人」

 

 

 

午前8時。

平日なこともあって、通勤通学で人が行き交う駅前で僕たちは針倉術師と落ち合った。

本来であれば、僕も高校に通学するはずの時間なんだけど。

 

僕の監視役である針倉術師曰く、転校予定だった呪術師の学校は一番近くて東京にある。

だが、監視役の二人の任務が地方での調査ということで、それがすべて終わってから二人とともに東京に行くらしい。

つまり、彼女たちの任務が終わるまで僕は学生でもフリーターでもないということになる。

……学校に行かなくていいのは、嬉しいような、悲しいような。

 

 

「さてさて、それじゃあ今日から任務を開始しようか」

 

 

と伸びをしながらそう言う針倉術師。

どうにも緊張感がない。

昨日の廃アパートでの戦いを思い出すと余計にそう思う。

彼は準一級術師らしいから、強者の余裕というやつかもしれないけれど。

 

それはともかく、任務の話だ。

針倉術師曰く、昨日のはおつかいレベルの話で、本来二人が就くはずの任務は別にあったらしい。

内容は聞いていないが、今日出掛ける先がそれなんだろう。

 

 

「それで、今日の任務って」

 

「長月ちゃんは昨日同様、紡ちゃんと一緒に行動して見学ね」

 

「いや、そうじゃなくて、何をするんですか」

 

「おやおや? 紡ちゃんから聞いていないかい?」

 

 

チラッと彼女の方へ視線を向けると、なぜか反らされてしまう。

 

 

「?」

 

 

まぁ、いい。

昨日のように恐らく呪霊を祓うのだろう。

この氷川市は僕の住んでいたところと比べても都会と言える。

人口が多い分、呪いを生む一般人も増える。

だから、呪霊もなかなかいなくならないんだろうと当たりをつける。

 

 

「…………」

 

 

ただ。

結果から言うと、僕のこの推論は外れていた。

これから彼らが祓うのは呪霊ではない。

それは、

 

 

 

「呪いをばら蒔く呪術師ーー『呪詛師』を祓う」

 

「いや、殺すのが今日から私たちが就く任務だよ」

 

 

 

化け物ではなく、人を殺す。

それが今回の任務。

 

 

ふと、彼女の方を見る。

彼女は目を伏せ、どこか浮かない表情だった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

僕はその表情が最期まで忘れられなかった。

そして、彼女が人を殺めた時のあの表情も。

 

 

 

 

ーーーーーーーー



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霊詛蒐集
第6話 毒蟲徘徊ー壱ー


ーーーーーーーー

 

 

 

ウゾ……ウゾ……

 

蠢く音。

地の底から這うような音。

 

 

その音は夜の町を蝕んでいく。

緩やかに。

 

 

 

ーーーー西合町ーーーー

 

 

氷川駅から電車でおよそ1時間半ほどでその町についた。

僕が住んでいた田舎とは氷川市を挟んで反対方向にあるこの町は、特に観光資源もなく閑散とした町だ。

この静かさがいいという理由で、移住する人もいるらしいが。

 

 

「緑が綺麗ですね」

 

 

伸びをして、そう言う彼女。

普段は自分の車を使う彼女にとって、電車での旅はあまり得意ではないようで、電車の中では居心地が悪そうにしていた。

 

 

「僕のところより田舎だ」

 

「それがいいんじゃないですか」

 

 

彼女はにこりと微笑む。

……まぁ、いいけど。

 

 

「ところで針倉術師は?」

 

「私も詳しくは知らないんですけど、予定があるらしく遅れて合流するという話でした」

 

「そっか」

 

 

準一級だという彼がいないのは……。

いや、いない方が気が楽か。

それに三級とはいえ、彼女の実力は見ているから安心できる。

それに、

 

 

「『呪詛師』退治ね」

 

 

相手は呪霊ではなく呪詛師、つまりは人間だ。

彼女曰く、日本人以外の術師もいるらしく、その人たちにも術式が通用するように日本語以外も書けるようにしてあるとのこと。

大抵の人間ならば、『呪言』遣いの彼女には勝てないだろう。

 

 

「電車の中でも話しましたが、これから宿に向かいます」

 

「事件は夜に起こるだっけ」

 

「はい、それまでは宿で休みましょう」

 

 

どうやら電車の座席と彼女とは会わないようだ。

東京には住めないね。

そんなことを口にすると彼女は、えぇ、無理ですね、と苦笑を返した。

 

 

 

ーーーー夜ーーーー

 

 

 

「それで、これからどこに向かう?」

 

 

時間は夜の9時。

5月で日も長くなったとはいえ、街灯も少なく辺りが見にくい中、隣にいる彼女に声をかける。

 

 

「……そうですね。どこから行ったものでしょうか」

 

 

彼女も首をひねっている。

顎に当てた右手にはもう黒手袋はない。

 

もちろん、ノープランというわけではない。

事件が起こるのは夜。

それは分かっているのだが、

 

 

 

「場所が特定できないようなんですよね」

 

「人が消えるのはこの町全域らしいので」

 

 

 

という話。

今回の事件はこうだ。

 

 

 

きっかけは、この町の中学生たちが学校行事で清掃活動をしている最中に、人の衣類を発見した。

草むらの中にそれはあり、ただ誰かが古着を捨てたものかと思われ、警察も動かなかった。

 

しかし、それが続いた。

時には、同じく草むらの中に。

時には、無人の車の中に。

時には、コンビニのバックヤードに。

とにかく人の衣類のみが見つかり、それが続くにつれ、自分の家族が身につけていたものだという証言も出てきた。

 

行方不明者が出たことでやっと警察も動いた。

だが、次の被害者は捜索を始めた警察官だった。

他の行方不明者と同じように、彼も衣類を残していなくなったが。

 

 

 

「その警察官のスマホに残されていたわけね」

 

「はい、彼を襲う黒い影と一人の男の姿が、確かに録画されていたそうです」

 

 

つまり、謎の黒い影を使う呪術師……『呪詛師』の男。

僕たちが探し、祓うのがその人物という話だ。

 

影遣いにせよ式神遣いにせよ、術師は遠くにはいけない。

だから、遭遇しさえすれば術師は特定できる。

それが彼女の見立てだ。

 

分かりやすい。

問題はちゃんと遭遇できるか、だ。

 

 

「問題はないと思いますよ」

 

「?」

 

「こんな夜中にか弱い女の子が二人歩いてるんですから」

 

 

格好の的か。

言われてみればそうか。

 

まぁ、氷川市とかだったら違う意味で危険だけどね。

こんな田舎ではその危険も、

 

 

 

「ねぇ、そこの可愛い女の子~!」

 

 

 

「!」

 

 

後ろからかけられた声に、ばっと身を翻す。

男の声。

横目で見れば、彼女も警戒して懐の筆を手にしていた。

だが、

 

 

「この辺では見ない顔だねぇ! 見たところ、未成年? どうお兄さんと遊ばない?」

 

「ナンパ?」

 

 

男の姿はスマホに残っていた映像にあった呪詛師の姿とは違う。

背格好も、雰囲気も。

 

拍子抜けだ。

ただのナンパか。

まぁ、これだって厄介だけどね。

 

 

「ねぇねぇ、こんな時間に出歩いてるってことはそういうことなんでしょ?」

 

「…………」

 

 

こういう手合いは無視が一番だけど。

 

 

「お金かなぁ? お金なら払ってあげるよ」

 

 

いい加減めんどくさい。

一般人相手に使うのは気が引けるだろうけど、彼女に『呪言』を使ってもらえばいいだろう。

 

 

「……紡ちゃん」

 

「……はい。気は進みませんが、仕方ありませんね」

 

 

「あの……」

 

「んん? どうしたのよ、黒髪の可愛いおじょーさん」

 

「手を出していただけますか?」

 

「おぉ!? なになに?」

 

 

彼女の提案に乗り、男は手を差し出す。

その瞬間、彼女が筆をーー

 

 

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

 

 

「!?」

 

「紡ちゃんっ!」

 

 

飛び退く。

それは男を飲み込む影を目にしたから。

 

男は声を出す間もなく、影に飲み込まれる。

……いや、影じゃない。

これは!?

 

 

「蟲……?」

 

 

音を出して蠢く蟲。

これが影の正体。

それがなんの蟲なのか確かめる間もなく、男の姿は消えてしまった。

つまり、喰われた。

 

 

「っ、長月ちゃん! 恐らく術師は近くにいます!」

 

「!」

 

 

辺りを警戒する彼女と同じように、僕も見渡す。

幸いここは田舎だ。

遮蔽物は多くはない、はずなのに……。

 

 

「……いない」

 

 

呪力も感じません。

彼女の言葉。

 

なら、術師はどこに……?

 



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第7話 毒蟲徘徊ー弐ー

ーーーーーーーー

 

 

その日は結局、僕らをナンパしてきた男が目の前で被害に遭ったのを目撃しただけだった。

やはりその場には彼が着ていた衣類が残されており、その影ーーいや、蟲がこの事件の原因だと判明した。

 

その後、辺りを探したが、その蟲を使役する術師は見つけることができなかった。

つまりは……。

 

 

ーーーー深夜 宿ーーーー

 

 

 

「はははっ、任務失敗だねぇ」

 

 

電話口で愉快そうに笑う針倉術師。

スピーカーモードにした紡ちゃんのスマホから聞こえてくるその笑い声は正直不快だ。

 

 

「笑い事ではありません。それに失敗でもありません」

 

「目の前で一般人の被害を出したのに?」

 

「うぐっ……」

 

 

珍しく苦虫を噛み潰したような表情の彼女。

しつこくナンパしてきた相手とはいえ、被害者を出してしまったことは気にしているようだ。

僕だって若干は気にするくらいだから、彼女なら余計に、だろう。

 

 

「まぁまぁ、私にとっては一般人がどうなろうと知ったことじゃないから、気にしなくてもいいさ」

 

「っ、針倉さんっ!」

 

 

不謹慎です、といつかのように繰り返す。

流石に目の前で人が死んだのを見ると、彼女の言うことに同意せざるをえない。

 

 

「さて、どうやら私はあと数日は動けないようでねぇ」

 

「…………なぜですか。元々この任務は私と針倉さんへのものでしょう」

 

「高専の方から臨時で任務が入ったんだよ」

 

「まさか……そんなこと普通はないでしょう」

 

 

「『両面宿儺の指』の回収、と言えば分かるかい?」

 

 

「…………はぁ、なるほど」

 

 

普通じゃないのよね、という針倉術師の言葉を聞いて、彼女はため息を吐く。

それならば仕方がないといった風だ。

僕としてはよく分からないけれど。

 

 

「まぁ、呪詛師相手なら紡ちゃん負けないでしょ?」

 

「…………」

 

 

肯定も否定もしない。

ただ、確かに彼女の術式なら、人間相手に遅れをとることはないかもしれない。

 

 

「さて、本題に入ろうか。蟲を使役する術師か」

 

「心当たりは?」

 

「ないとは言わないよ。ある程度の等級の術師については頭に入っているからねぇ。もちろん呪詛師もね」

 

「教えてもらえますか」

 

「あぁ、勿論。蟲を使役し、なおかつ姿が見えないほどの遠距離からの操作ができ、さらに蟲が人体を捕食する。それらの条件から考えると、絞り込める術師は一人」

 

 

杭葉秋三(くいばしゅうぞう)

 

 

針倉術師曰く。

その男は黒い肉食の羽虫を使うという。

それを使い、裏の世界で依頼された人間を喰い殺し、金銭を稼いでいたらしい。

喰われた後には肉片も残らず、人間の衣類だけが残される。

 

 

「恐らくその男で間違いない、です」

 

「うん、そうだね」

 

 

こちらへ目を向ける彼女に頷く。

 

聞いた話すべて、今日目の前で見た現象と一致する術式だ。

一瞬で人を襲った蟲がなんの蟲か判断できなかったのは、蟲一匹一匹がとても小さな羽虫だったからだろう。

残された衣類といい、状況もそっくりだ。

 

だが一つ、疑問が残る。

 

 

「……一つ、いいですか」

 

「ん? なんだい、長月ちゃん」

 

「蟲が人体を喰ったというのは今日、僕たちが実際に体験したから分かったことですが、衣類の件は既に分かっていましたよね」

 

「うん、そうだね。依頼されたときの報告書にもあったことだ」

 

「心当たりさえついていれば、映像に写った影が羽虫のそれだと想定できないこともないはず」

 

「ふふっ、確かに」

 

 

楽しそうに、針倉術師は笑う。

 

……少し苛立つ。

試されているようで気に入らない。

けれど、答えを持っているのは彼しかいないのだ。

ならば、僕は問い掛けるしかない。

 

 

「ならば、なぜ今までそれを僕たちに教えなかったんですか」

 

 

僕たちにーーいや、僕はともかく直接相手と対峙するであろう彼女には、事件の原因だと想定される人物を教えてもおかしくないはずだ。

任務の成功確率を少しでも上げるためならば、例えそれが杞憂だったとしても教えない理由はない。

 

 

「術式の先入観なんて言わないでください。初見殺しの術式だってあるんだろうし」

 

 

彼女の術式のように。

それを故意に伝えない理由なんて……。

 

 

「…………」

 

「……私のことを疑ってるのかな」

 

「正直にいえば」

 

「ふふっ、正直者だねぇ、長月ちゃんは」

 

 

しばらくの沈黙。

スマホを見つめながら、答えを待つ。

そして、彼は敵わないねと笑い、話し出す。

 

 

「私も考えなかった訳じゃないさ」

 

「ただね、ご両人から話を聞くまで杭葉という可能性は除外していた」

 

「なぜなら、彼はーー」

 

 

 

「ーー自らの術式の暴走で死んでいるはずの人間なんだよ」

 

「羽虫に身体の半分以上を喰われて、ね」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「杭葉くん、身体の調子はどうだい」

 

「問題ない」

 

「君の可愛い子どもたちの調子も……どうやらいいようだね」

 

「人を喰らい成長している。呪力量もそれなりには戻った」

 

「それは重畳。今日も行くのかい?」

 

「あぁ、俺には時間がない」

 

「頑張ってね、杭葉くん」

 

 

 

ーーーー翌日夜 町中ーーーー

 

 

離れた相手の呪力を感知することができるという針倉術師と電話を繋いだまま、また夜の町に繰り出す。

私も忙しいんだけど、という彼を黙らせる紡ちゃんの姿は中々の迫力だったな。

 

 

「長月ちゃん」

 

「……なんです」

 

 

周りを警戒してるんだから、呪力を感知した時以外は黙っていて欲しいんだけど……。

 

 

「君は中々に肝が座ってるねぇ」

 

「別に」

 

「紡ちゃんが作った呪符があるとはいっても、流石に恐ろしいだろう? 人喰い蟲なんてさ」

 

 

私も身震いするくらいだ。

そんなことを芝居がかった口調で話す針倉術師。

 

まぁ、恐ろしいとかはともかく、正直自分でも無謀だとは思う。

僕はまだ術式や呪力を使えない。

それなのにターゲットになることを選んだ。

 

 

「理解不能だよ、ふふっ」

 

「…………」

 

 

……余計なことを考えるのは止めよう。

今は警戒してーー

 

 

 

「あっ、長月ちゃん」

 

「なんですか」

 

「来るよ」

 

「!!」

 

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

 

足下から悪寒が走る。

それと同時に飛び退く。

 

 

「っ、はっ……」

 

 

間一髪、だった。

あと一秒でも反応が遅れていたら、きっと僕は飲み込まれていた。

 

 

「生きてるかい? 長月ちゃん」

 

「どうにかっ……」

 

「よかったよかった」

 

 

それよりも相手の場所は?

そう尋ねると、針倉術師はもう分かったと答える。

どうやらもう杭葉の位置を別の場所で待機している彼女に送信したらしい。

 

なら、あとはこの場を切り抜けるだけ。

彼女から預かった呪言が書かれた呪符は五枚。

 

 

「さ、どうしのごうか……」

 

 

 

ーーーー同時刻 長月のいる場所より南東に1kmーーーー

 

 

 

「杭葉秋三、ですね」

 

 

 

針倉さんから送られてきた場所は思っていたよりも近く、私が待機していた場所からすぐのところでした。

駆けつけると、そこには一人の男性の姿。

5月だというのに、真っ黒いコートを着ており、呪力は微弱にしか感じられなかったものの、明らかに一般人ではない雰囲気を醸し出しています。

 

 

「私は呪言師です」

 

「大人しく投降してください」

 

 

私が呪言を使うという術式の開示。

そうすることで術式効果をあげておく。

万が一、ということもありますから。

 

 

「…………」

 

 

杭葉は私の言葉には何も返さず、私の方を向きます。

街灯が少ないこともあり、彼の顔は見えない。

 

けれど、一瞬だけ。

月明かりが杭葉のことを照らします。

見えたのは、

 

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

 

彼の周りの無数の蟲。

そして、

 

 

 

「顔がっ!?」

 

 

 

右半分しかない顔。

正確にいうと顔はありました。

でも、顔の左側は、目も鼻も耳も口も、まるで蟲に喰われたように穴だらけでした。

 

驚く私をよそに、杭葉は静かにこう呟いた。

 

 

 

「邪魔をするな」

 

「俺には時間がない」

 

「一刻も早く戦力を取り戻すのだ」

 

 

 

「喰い散らかせ、『毒蟲(どくむし)』」

 

 

 

迫り来る蟲を見て、私は筆を取ります。

 

 

……あぁ。

久しぶりですね。

呪詛師の相手はいつぶりでしょうか。

言葉を介する呪霊はともかく、五条悟が存在しているというだけで呪詛師は鳴りを潜めますから。

だから、これは本当に久しぶりの『ちゃんとした』戦闘です。

 

これなら思う存分ーー

 

 

 

 

 

「ーー殺せますね」

 



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第8話 毒蟲徘徊ー参ー

ーーーー長月視点ーーーー

 

 

 

ーーバチンッーー

 

 

 

「っ」

 

 

 

三枚目の呪符で蟲を弾く。

音の壁(オトノカベ)

そう書かれた呪符も残り二枚。

枚数には限りがあるから、どうしても避けられない攻撃だけに使っていたけど。

 

 

「流石に厳しいか」

 

「私としては紡ちゃんと合流することをオススメするよ」

 

「……まぁ、そうだよね」

 

 

これ以上続けてもジリ貧だ。

なら、リスクを負ってでも移動する方がいいだろう、

 

 

「……次、避けたら走り出します」

 

「ここから南東に1……2kmといったところだねぇ」

 

 

2kmか。

若干遠いけど、走れなくはない。

 

 

「ふぅ」

 

 

息を一つ吐いて、もう一度相手を見据える。

黒色の影の塊が音を立てて、蠢く。

 

さぁ、菅谷長月ーー

 

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

 

ーー走れ!!

 

 

 

ーーーー紡視点ーーーー

 

 

 

ぶっ飛べ(ブットベ)

 

 

 

その文字を杭葉の身体に書き込む。

それと同時に彼が吹き飛び、壁に叩きつけーー

 

 

「なるほど、これは危ないな」

 

 

ーーられません。

壁と杭葉の間には、黒い羽虫が大量にいました。

クッション代わり、でしょう。

 

何度かチャンスはあって、その度に書き込んではいるんですが、攻撃が通りません。

もちろん直接の打撃で蟲に触れるのはリスクが高い。

だから、イタチごっこになってる……。

 

正直、相性が悪い、です。

ただの式神使いなら、式神に呪言を書き込めばよかった。

式神には言葉が理解できなくても、それを使役する術師本人は言葉を理解できる。

だから、式神に刻んだ呪言も有効になるはず、でした。

けど、分散する蟲には書き込むことが難しく、あとは本人に直接書き込むしかありません。

 

でも、それもできない。

 

 

「『毒蟲』」

 

「っ」

 

 

また蟲を飛ばしてきて、距離を取られる。

この蟲自体も呪力を纏わせて弾けばどうにか食べられずに済みますが……。

 

 

ーーウゾッーー

 

「また、呪力がっ」

 

 

呪力を吸われる。

身体が食べられるよりはマシ。

けれど、呪力を吸われる度に蟲が速くなっている気がします。

 

 

「俺の術式は『毒蟲』」

 

「肉食の羽蟲を使役する。肉を喰らった蟲は強くなり、増殖する」

 

「さらに呪力を喰らえば速くなる。ただそれだけの術式だ」

 

 

術式の開示。

内容は聞きつつ、警戒します。

そうしてきたということは、術式効果を上げて攻めてくるはず。

 

 

「だがそれ故にーー」

 

ーーブンッーー

 

 

「!」

 

 

速い!

そして、

 

 

ーーガリガリッーー

 

 

横に飛び退いて正解でした。

私がいた場所のアスファルトは何かが噛みついたかのように抉られてしまっている。

 

 

「ーーそれ故に強力だ」

 

 

「っ」

 

 

呪詛師相手であれば。

そう考えた私の考えは甘かったのかもしれません。

羽虫が厄介すぎます……。

あれのせいで呪言が蟲に阻まれて届かない。

 

せめて、蟲がいなければ……。

 

 

「…………」

 

 

戦闘開始から、どのくらい経ったでしょうか。

5分か、10分か。

あるいはそれ以上か。

どうにか蟲を避けながら、一定の距離を保ちます。

けれど、こちらは生身で、向こうは疲れを知らない蟲。

 

恐らくこのままでは……。

 

 

 

「紡ちゃん!」

 

 

 

敗けを覚悟したその時。

私の名前を呼ぶ声がしました。

そこにいたのは、

 

 

 

「長月ちゃん!!」

 

 

 

ーーーー長月視点ーーーー

 

 

 

「紡ちゃん!」

 

 

息を切らせながらの声。

それでも彼女には届いていた。

 

 

 

「長月ちゃん!!」

 

 

 

合流はできた。

だが、状況は想像よりも悪い。

彼女の方も息が上がっていて、言ってしまえば僕と同じ避けるだけの状況だ。

 

どうする?

どうする?

どうする……いや。

 

 

 

「決まっているんだろう、ねぇ、長月ちゃん」

 

 

 

通話したままのスマホからの声。

 

走りながら針倉術師と話したこと。

提案された最悪の最善策。

 

 

「……あぁ」

 

 

小声で返す肯定。

本当ならしたくはない。

しないで済むのが一番だった。

だけど、ここを打破するにはそれしかない。

 

 

「紡ちゃんっ、そこを退いて!」

 

「えっ!?」

 

 

「早くっ!」

 

 

たぶん僕の考えていることは伝わっていない。

でも、彼女は飛び退いた。

僕を信じて。

 

 

……あぁ、仕方がない。

 

信じられてしまったなら仕方がない。

 

 

 

「…………これで死んだら恨む」

 

「ふふっ、ご自由に」

 

 

 

スマホを落ちるのも気にせず、僕は飛び込む。

彼女が飛び退いた場所に立った僕に、前から後ろから蟲が飛んでくる。

黒が迫る。

 

 

 

「長月ちゃんっ!!!」

 

「さて、どう出るかな」

 

 

 

二人の声が途切れ、僕の世界は黒に覆われた。



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第9話 毒蟲徘徊ー肆ー

ーーーーーーーー

 

 

 

「長月ちゃんっ!!!」

 

 

 

叫ぶ。

だけど、それはおびただしい数の羽虫の音に阻まれ、掻き消されてしまった。

 

 

「っ」

 

 

言葉が出ない。

私の代わりに、飛び込んだ長月ちゃんはあっという間に蟲に覆われてしまって。

 

 

「くくくっ」

 

 

呆然とする私の耳に入ってきたのは、彼女の落としたスマホから流れ出した声。

不謹慎な笑い声。

 

 

「っ、針倉さんっ!!」

 

 

思わず声を張り上げる。

らしくない、そう思います。

けど、そうせざるをえなかった。

 

 

「さて、どう出るかな」

 

「あなたが焚き付けたんですかっ」

 

「んん? 何を怒ってるんだい?」

 

「長月ちゃんは、呪力を使えないんですよっ!」

 

「呪力を使えなくたって呪いを祓える人間はいるだろう。ほらほら、禪院家のーー」

 

 

 

「そういう話じゃないでしょっ!!」

 

 

 

呪術師の世界は実力主義。

一部の例外はあっても、強い術師には一定の敬意は払うものだと私は思っています。

それでもこれはーー

 

 

「揉めているところ悪いが」

 

「っ!?」

 

 

ーーブンッーー

 

 

不意打ちの蹴りが私の右頬を掠めます。

いつの間にか杭葉が私に接近していました。

 

 

「俺には時間がない。そう言ったはずだ」

 

 

そう告げる杭葉。

 

 

「見たところ三級程度か。呪言持ちというだけで任務に出されるとは可哀想に」

 

「それにそっちで俺の蟲に喰い尽くされている少女は、そもそも呪力も扱えない素人。論外だ」

 

「……っ」

 

 

熱を感じない声。

私と紡ちゃんの力を正確に分析してくる。

 

 

「…………電話から聞こえてくる声は仲間か。だが、この状況で出てこないということは補助監督かそれとも使えない術師か」

 

 

どちらにしても問題ない。

そう言うと杭葉は一歩、前進してきます。

 

 

「っ」

 

 

瞬時に懐から紙を取り出し、筆を走らせ、飛ばす。

 

 

燃えろ(モエロ)

 

 

けれど、それもーー

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

防がれる。

蟲は燃えても、術師本人には届いていません。

蟲は、まだ……。

 

 

「蟲とは言うが、俺の呪力で蟲自体を覆っている。つまり、俺の呪力が残っている限りは燃えることなどない」

 

「つまり、無駄だ」

 

「そんな……っ」

 

 

もう手はない。

私の呪力量は決して多い方ではない。

それで消耗戦をしても勝ち目は……。

 

 

「はははっ、万事休すってやつだねぇ」

 

「何か……手はないんですか……」

 

「ないね。このままだと紡ちゃんは死ぬ。蟲に喰い殺されておしまいだよ」

 

「………………」

 

 

不謹慎だ、と言い返す気も起きません。

杭葉の言う通り、無駄だから。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

不意にそんなことを呟いていました。

誰への言葉かなんて、分かり切っています。

 

 

 

貴女を監視する?

『呪術師』へと導く?

そんなことを言っておいて、この様です。

 

本当は、貴女をすぐ高専へ送ることもできた。

『呪霊操術』という危険な術式を持つ少女は高専で身柄を預かり、コントロールする。

保守派の上層部はそんな考えだったようです。

 

でも、それをしなかったのは私の我儘で。

 

 

「私は、ずっと一人でした……」

 

 

狗巻家の術師として。

呪言を一部でも引き継いだ者として。

ずっと呪術師の世界に身を置いていました。

高専にも通わずに、一人で。

もちろん、今回の針倉さんのような同行者はいましたが、同年代で心を許せる術師なんて……。

 

だから……。

もしかしたら……。

なんて淡い期待をしてしまったんです。

その結果がこれ。

 

長月ちゃんは蟲に喰い殺され、私も殺される。

 

呪術師に後悔のない死なんてない。

誰の言葉だったかも思い出せません。

けれど、私の我儘のせいで彼女は死んだ。

私が殺してしまった。

そんなの、あんまりだ。

 

 

「覚悟は決まったか」

 

「…………」

 

 

杭葉が私を見下ろしている。

いつの間にか私は膝を屈していました。

終わりを、覚悟する気力もない。

私はそのまま顔を伏せて、その時をただ待ちます。

 

 

「……電話の男」

 

「ん? なんだい?」

 

「この少女は終わりだ」

 

「あぁ、そうみたいだねぇ」

 

「…………見込み違い、か」

 

 

なにか話しているのは聞こえます。

ただ頭に入っては来ません。

 

 

「……無駄な時間だったな」

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

「これで終わりだ。哀れな呪術師」

 

 

 

 

 

ーーむしゃーー

 

 

 

「え……?」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

苦い。

まずい。

ただの虫じゃない。

名前通りの毒だ。

喉が焼けるし、それを飲み込むのを身体が拒絶してる。

 

でも、飲み込め。

呑み込むんだ、僕。

 

口の中に広がる不快感を僕はーー

 

 

ーーごくっーー

 

 

ーー呑み込んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「え……?」

 

 

何かを咀嚼する音。

それは蟲に覆われてしまった彼女の方からする。

 

 

「ふふふっ」

 

「……針倉、さん」

 

 

電話先の針倉さんに声をかけます。

彼はただ愉快そうに笑っているだけ。

 

 

「……何が」

 

 

ポツリと呟く声は杭葉のもので。

見れば、怪訝そうな顔をしていた。

この音は、蟲が人を食べる音じゃない……?

じゃあ、この音は一体?

 

 

ーーむしゃーー

 

ーーむしゃむしゃーー

 

 

また、食べる音がする。

その音はずっと続いて、徐々に長月ちゃんを覆う黒が減っていきます。

 

 

「……まさか!」

 

「喰っているのか、俺の『毒蟲』をッ!」

 

 

それに思い至った杭葉は顔の前で印を結び直す。

術式の再発動。

恐らく蟲を自分の元に戻そうとしたのでしょう。

でも、蟲は戻りません。

その代わりに聞こえてきたのは、

 

 

 

「………………まずい」

 

 

 

女の子が呟く声。

黒い影が晴れ、彼女のーー長月ちゃんの姿が見えました。

 

 

 

ーーーー長月視点ーーーー

 

 

 

「長月ちゃんっ」

 

 

 

視界がクリアになってすぐに彼女が駆け寄ってきた。

すごい勢いで。

 

 

「……ぐっ、つ、つむぎちゃん」

 

「よかったですっ、生きててっ」

 

 

どうにか受け止める。

勢いがつきすぎていたせいで衝撃が……。

 

 

「よかった……よかった……」

 

 

……まぁ、いいか。

 

 

「やぁやぁ、長月ちゃん。気分はどうだい?」

 

 

本当に空気を読まない人だ。

事も無げに彼は聞く。

こっちは死ぬかと思ったって言うのに……。

そう思うと腹も立つ。

 

 

「……最悪」

 

「それはよかった」

 

「でも、助かった」

 

「あぁ」

 

 

そんな会話を交わし、抱きついている紡ちゃんを落ち着かせる。

 

 

「紡ちゃん」

 

「っ、はいっ」

 

「僕はもう大丈夫だから」

 

「…………はい」

 

「僕がやる」

 

 

僕の言葉に頷き、彼女は一歩下がる。

僕は杭葉秋三と対峙する。

未だに蟲を従えているつもりの彼は、

 

 

「……数は減ったが、まだ俺の方に分がある」

 

「『毒蟲』!」

 

 

術式を再び発動する。

だが、

 

 

「…………『毒蟲』」

 

「………………なぜ、だ」

 

 

もう蟲は彼に従わない。

なぜなら、もうそれは僕のものだから。

 

顔の前で印を結ぶ。

彼がやったように。

 

 

 

「『呪霊操術・毒蟲(どくむし)』」

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

 

黒い影が僕を覆うように動く。

さっきとは違い、蟲は僕ではなく彼に向かう。

 

 

「なぜだっ!! 俺は、俺はッ!!」

 

 

 

「喰らい尽くせ」

 

 

 

僕の言葉一つで蟲が蠢いていく。

彼の元へ帰るように、彼を覆う。

 

数秒としないうちに、彼の姿は消えていた。

彼が着ていた黒いロングコートだけを残して。

 

 

「……任務完了、でいい?」

 

 

彼女にそう尋ねると、彼女は頷いて微笑む。

 

 

 

「はい、お疲れさまでした。長月ちゃん」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

菅谷長月が杭葉秋三を『呪霊操術』で喰らった2日後。

西合町のとある民家で、黒い影がその身体を起こした。

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

「はっ、はぁ……はぁ……」

 

 

彼ーー杭葉秋三は生きていた。

辛うじて、ではあるが。

そこに現れるのは、黒いライダースジャケットを着た男ーー針倉優誠。

 

 

「やぁやぁ、杭葉くん。そのボロボロの姿、無様だねぇ」

 

「…………」

 

 

針倉は彼を見て笑う。

その言葉には答えない。

 

 

「…………話が違う。あの呪言師に俺を殺させる。そういう話だったはずだ」

 

「そうだねぇ。でも、予定が変わったんだよ」

 

 

長月ちゃんの前で、紡ちゃんに呪詛師を殺させるのはもう少し後にしようと思ってね。

それに思っていたよりも、長月ちゃんはイカれてた。

そう言って、ヘラヘラと針倉は笑う。

 

 

「……貴様は何がしたい」

 

「そんなこと言うわけないだろう?」

 

 

 

「元二級術師風情に」

 

 

 

針倉は笑っていた。

だが、その貼り付いたような笑みは決して喜の感情ではない。

 

 

「…………まぁ、いい。俺は再び力を取り戻す」

 

 

場所を移し、その日まで身を潜める。

そう続ける杭葉。

身を翻して、そこで気づく。

 

自分の左肩に『針』が刺さっていることに。

 

 

「なんのつもりだ」

 

「ん? ほら、反転術式で君の身体を治してあげようかと思ってさ。優しいだろう?」

 

「そんなことはーー」

 

 

一瞬の戸惑い。

治す?

反転術式を使えることは知っている。

だが、針倉優誠がそんな人間でないことは高専からの付き合いである杭葉はよく分かっていた。

つまり、その針はーー

 

 

「貴様、まさかーー」

 

「バイバイ、杭葉くん(役立たず)

 

 

 

 

「『領域展開』」

 

「『ーーーーーーーー』」

 

 

 

 

ーーーーーーーー



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第10話 細波

ーーーー氷川市 廃校跡ーーーー

 

 

僕が『毒蟲』を取り込んでから約10日。

もうすぐ6月になる。

この10日の間に呪霊狩りをしたり、呪力のコントロールを紡ちゃんから教わったりして過ごした。

勿論、杭葉から取り込んだ『毒蟲』の操作の訓練も行った。

今だってーー

 

 

「隙あり」

 

「っ!」

 

 

軽い足払いで転がされる。

 

 

「まだまだだねぇ、長月ちゃん」

 

 

そう言って僕を見下ろしながら笑う針倉術師。

彼の側には僕が出した蟲も数匹飛び回っている。

 

 

「昨日よりはよくなったけれど、まだまだだよ。蟲の操作に集中しすぎて、近づいてきた私に対応できていなかった」

 

「分かってる」

 

「『毒蟲』を取り込んだことで君の術式は目を覚ましたようだね。ただまだ実戦では通用しないかな」

 

 

そう言って、針倉術師は僕に手を差し出した。

その手は取らず、立ち上がる。

精一杯の抵抗、というわけではないけれど……。

 

まぁ、確かに彼の言う通りまだ実戦では使えないだろう。

前回杭葉を倒せたのは相性がよかった。

彼自身は体術が得意ではなかったようだったから。

 

 

「ふむ」

 

「……なんですか」

 

「いやぁ、ここまでボコボコにされてもめげないんだから見上げたものだよ」

 

「…………」

 

「それに呪詛師とはいえ、人を殺してもなんともないようだからね」

 

 

私なんて呪詛師を初めて殺したときは3ヶ月は寝込んだものだよ。

そんな風に彼は嘯いた。

平気だった訳じゃ……いや、そんなことはないか。

 

 

「……まぁ、あの人は他人だったから」

 

 

彼の言葉に僕はそう答えた。

 

 

「他人、ね」

 

「悪いですか」

 

「いやいや、それがいいよ。それに彼は悪い術師だったわけだしねぇ」

 

 

同情の余地はないだろう。

君の考え方は正しいさ。

 

全肯定……というのもなんだか気持ち悪い。

いや、別に糾弾されたかった訳ではないけど。

 

 

 

「ところで」

 

 

僕の思考を遮るように、話題を変えられる。

僕としても助かる。

あまり詳しく聞かれたいことでもないし。

ただし、

 

 

「どうだい? 同棲生活は」

 

 

変えられた先の話題がマシとも限らない。

むしろ出来ることならこっちの方が話したくない。

 

 

「ただの居候ですよ」

 

「まぁまぁ、そう恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」

 

「恥ずかしくはないけど」

 

「けど?」

 

「毎日大変ではある」

 

 

今、僕はなぜか紡ちゃんの家に上がり込んでいる。

稼ぎのない僕にとってはありがたい話ではある訳だけど。

ただ、西合町での一件以来、なぜか紡ちゃんがベタベタしてくる。

毎食美味しい料理を作ってくれたり、夜も隣で寝ようとしたり。

挙げ句の果てには、風呂まで入ってこようとするし。

 

……とにかく。

何故かは分からないが、人付き合いをあまり好まない僕にとっては……うん。

 

 

「仲がよくて結構じゃあないか」

 

「流石に疲れる……」

 

 

嫌というわけではない。

ただ少し離れる時間だって欲しい。

まるで恋人のようだ、という針倉術師の冷やかしをため息で返し、どうにかならないかと聞いてみる。

すると、彼はニヤリと笑う。

 

 

「なら、ちょうどぴったりの任務が来てるよ」

 

「任務?」

 

 

そんな提案を彼はした。

……なるほど。

任務となれば、確かに少し家からは出られるだろう。

けど、さっきも話してた通り、僕の『毒蟲』は実戦ではまだ使えない。

呪力のコントロールも少しは出来るって程度だし。

それだとまた紡ちゃんと一緒に任務に出ることになって、彼女と離れるという目的は果たされないのでは?

僕がそれを口にすると、針倉術師は笑って答える。

 

 

「この任務には紡ちゃんは連れていかないよ」

 

「それに、君にしかできないことだからねぇ」

 

 

僕にしかできない。

それはつまり、

 

 

「……呪霊を取り込むって話ですか」

 

「そ。察しがよくて助かる」

 

「まぁ、たしかにそれは、僕にしかできないんでしょうけど」

 

 

今の彼女の様子を考えたら、着いてくると言いかねない。

 

 

「それは大丈夫さ。紡ちゃんには別の任務を入れてあるから」

 

「……それなら」

 

「それに心配もいらない。長月ちゃんの任務には私も着いていくよ」

 

「ソレハココロヅヨイ」

 

 

心ない言葉を返すが、彼は気にする様子はない。

まぁ、針倉術師が苦手なのはともかく、何度も言うが、彼女が嫌いとかいう訳ではない。

……なんて言い訳じみたことを心の中で呟きながら、針倉術師の提案に頷く。

 

 

「それで、どんな呪いなんですか」

 

「ん? 聞きたいかい?」

 

「……まぁ」

 

 

なぜか嬉々とした表情の針倉術師。

嫌な予感はするが、聞かない訳にもいかないだろう。

前回の杭葉のことだって、先に聞いていれば何か対策も早めに打てたはずだったから。

 

呪術師としての自覚が出てきたようで何よりだよ。

そんな風に笑い、彼は僕に話をし出す。

 

 

「長月ちゃん」

 

「君も聞いたことくらいはあるんじゃないかな」

 

 

 

「怪人『赤マント』」

 

 

 

「私たちの任務はそれの排除及びーー」

 

「ーー『赤マント』を君が取り込むことさ」

 

 



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第11話 朱殷ー壱ー

ーーーーーーーー

 

 

『特級仮想怨霊』

そう呼ばれる呪霊がいる。

 

呪霊は人間から漏出した呪力の集合体。

実在しなくとも共通認識のある畏怖のイメージは強力な呪いとなって顕現しやすい。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「つまり、都市伝説とか怪談とかの類いってことね」

 

「そう。勿論、その噂通りの性質をすべて備えている訳ではないよ」

 

 

噂っていうものはいつの間にか尾びれがつくものだからね。

だから、噂を知っておくことは必要だけど対策にはならないんだよ。

そう言う針倉術師。

 

それにしても『赤マント』か……。

聞いたことはある。

というより、何かの漫画で読んだ記憶があった。

 

 

「発生の起源すらあやふやなものだというのに、その噂自体は蔓延し、人々の記憶の片隅に残っている。中々に厄介なものだよ、怪談の類いはさ」

 

 

ヤダヤダと言いつつ、彼は肩をすくめた。

 

……さて。

特級仮想怨霊とやらのことも話し終えたし、そろそろ聞いてもいいだろうか。

 

 

「ところで、なんで僕は制服を着させられてるんですか」

 

 

任務に当たって、これを着るようにという指定を受け、僕は私服からこの制服に着替えていた。

まぁ、それ自体はいい。

別に僕自身一応高校に通っている年齢なわけだし。

だが、この制服は恐らく……。

 

 

「よくぞ聞いてくれました」

 

「これから私と長月ちゃんはとある学校に潜入します!」

 

「その学校とはーー」

 

 

「某私立中学でしょ」

 

 

「ご名答」

 

 

ニヤリと笑う針倉術師。

そんな彼もいつものライダースジャケットではなく、スーツ姿になっている。

ただし、髪色はプリンのままである。

そんな状態で、

 

 

「長月ちゃんも私のことは針倉先生と呼ぶように」

 

「…………」

 

 

などとのたまう。

潜入する先が私立中学だというのにあの髪色。

どう考えても教師と呼ぶには無理があるけど、深くは突っ込むまい。

 

 

「なぜその中学校なんですか」

 

「七不思議ってあるだろう? どうやらその中に『赤マント』に関するものがあるようなんだよ」

 

「七不思議……」

 

 

あまり馴染みのあるものではないけど、そういうものがあること自体は知ってる。

ただ、たかが学校の七不思議だ。

そこに一々反応して派遣されていたら、ただでさえ少ない呪術師のキャパは軽く越えるだろう。

きっとそれは任務を出す上層部って人たちも分かってるはず。

ということは、恐らくだけど。

 

 

「実害が出てるってことですか」

 

「正解」

 

 

詳しくは現地で話そう。

針倉術師の言葉に頷いた。

 

ともかく僕は中学生のコスプレをする高校生として。

針倉……先生は不良教師として。

ある私立中学に潜入することになった。

 

 

 

ーーーー福都市 成領中学校ーーーー

 

 

ぼっちはぼっち。

6月の中二なんて、グループが完全に固まってしまっているはずであるという予想通り、僕は潜入先でも浮いてしまっていた。

そんな僕に声をかけてくるのは……って、この下り覚えがある。

 

 

「あ、菅谷さん」

 

 

学級委員長だというこの娘だけ。

名前は、たしか……なんだっけ。

 

 

「あ、えっと、佐藤茜だよ」

 

「……まだ名前覚えてなくて」

 

「しょうがないよ。まだ一日目だもん」

 

 

それが普通だよ。

そう言って笑う佐藤さん。

学級委員長という役割のせいだろう。

転校生に声をかけ、クラスに打ち解けられるように、なんて気を使っているみたい。

……しかし、

 

 

「……中学生に気を使われるのか」

 

「え? 何か言った?」

 

「ううん、なにも」

 

 

思わず漏れた一人言を適当に誤魔化す。

言い様のない虚しさは感じるけど、今回の任務はこの中学校に巣食う呪霊を取り込むこと。

そのためには、周りから情報を集めなければならない。

教員側には針倉術師が潜入し、情報を集めてる。

僕はこっち側担当として、やることをやらなくては。

 

 

「菅谷さんは部活とかどうするの?」

 

「え……」

 

「前の学校は氷川市の学校だったんでしょ! 部活強いところ?」

 

「あー」

 

 

部活、ね。

僕は中学でも高校でも帰宅部だった。

あんまり興味なかったし。

だから、潜入するだけなら入るつもりはないんだけど……。

 

 

「テニス部とか興味あるかも」

 

 

僕はそんな心にもないことを口にする。

すると、佐藤さんは目を輝かせて僕に詰め寄った。

 

 

「ほんと!? わたし、テニス部なんだ!」

 

「放課後、連れてってあげるね!」

 

 

そう言って、僕の手を取る彼女。

 

運がいい。

これは手間が省けた。

これで件のテニス部に効率よく近づける。

 

 

 

ーーーー成領中学校 テニスコートーーーー

 

 

 

針倉術師からの情報によると、赤マント事件の被害者3人のうち、2人がこのテニス部に所属していたという。

 

見学という体でテニスコート内に入れた僕は、辺りの様子をしばらく観察していた。

今、ここにいる部員は11人。

そのうち4人が球拾いをしてるのを見るに、その4人は1年生なのだろう。

ということは、残りの7人が2年生以上。

その中に佐藤さんの姿もあった。

球数を多く打ってるのを見ると、彼女はレギュラーなのかもしれない。

そんなことを考えていると、

 

 

「菅谷さん!」

 

 

その佐藤さんから声をかけられた。

声に応じて、彼女の方に近づく。

彼女のそばには一人の男性と女子生徒が立っていた。

 

 

「紹介するね! 顧問の鈴木先生と部長の神山先輩」

 

 

鈴木先生と呼ばれた男性は、30代ほどだろう。

少しくたびれた雰囲気をもった人物だった。

神山先輩はショートカットでいかにも運動部といった、堂々とした佇まいだ。

だが、その二人には……。

 

 

「残穢……」

 

「ん? 菅谷さん、なにか言った?」

 

「……ううん」

 

 

不思議がる佐藤さんを適当に誤魔化したけど、二人には確かに残穢ーー呪霊の痕跡が残っていた。

どちらも首筋に。

どうやらこのテニス部と呪霊が関係あるのは間違いないみたいだ。

 

 

「君が転校生?」

 

「はい。テニス部に興味があって」

 

「そっかそっか! 歓迎するよ!」

 

 

道具もないみたいだし、今日は練習の様子を見学してよ。

その言葉に頷くと、神山先輩は練習に戻った。

顧問の先生は何も言わずに、校舎の方に戻っていった。

 

 

「菅谷さん、私も練習に戻るね!」

 

「あ、うん。僕は適当に見てるよ」

 

 

さて、僕は調査だ。

まずは部内の噂話でも集めるか。

 



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第12話 朱殷ー弐ー

ーーーー成領中学校 職員用男子更衣室ーーーー

 

 

生徒の間で噂されている話はないか。

 

 

そんな私の質問に、今日同僚になった若い女性教員2人はホイホイと答えてくれた。

顔がいいって得だねぇ。

2人によると、例の『赤マント』のことは生徒の間でこう噂されているそうだ。

 

新学期からここ2ヶ月で、生徒が貧血で倒れるという事件があるそうだ。

被害にあったのは女子生徒3人。

いずれも特別教室がある通称特別棟のトイレの近くで倒れていたらしく、首筋に火傷のような痕があった。

 

 

「そして、3人中2人がテニス部……うん、情報通り」

 

「それに3人全員が長月ちゃんと同じ2年生」

 

 

窓からの報告とも合致する。

しかし、気になるねぇ。

 

 

「どうも作為的なものを感じる」

 

 

被害者が偏りすぎている。

『赤マント』は学校の怪談的な要素も含んでいるから、特に負の感情をもちやすい中学校で発生するのは分かる。

『赤マント』の起源を考えると、女子生徒が被害に遭うのも納得のいく話だった。

けれど、学年や部活まで限定する呪いなんていうのは聞いたことがない。

自然発生の呪いならば、だけどね。

 

 

「……証拠はこれだ」

 

 

鈴木と書かれたロッカー。

そこにハッキリと残穢が残っている。

確か、この教師はテニス部の顧問だったね。

……ただ長月ちゃんの手札を増やすための任務だったけど。

 

 

「ふふふっ、楽しくなってきた」

 

 

 

ーーーーテニス部部室ーーーー

 

 

練習終わり。

僕はテニス部の部室に招かれた。

1年生はコートの片付けをしているようで遅れてきたけれど、ここには11人全員が揃っている。

 

制服に着替えた後、ふと気づく。

それぞれの学年で制服のネームプレートの校章の色が違うから分かった学年構成。

3年生が部長を含めて4人。

2年生が佐藤さんを入れて4人。

1年生が3人。

 

 

「……3人?」

 

 

確か球拾いをしていたのは4人だったから、1年生は4人だと思ったんだけど。

そう思い、2年生の顔を見渡すと……いた。

球拾いをしていた娘だ。

端で静かに着替えている最中だ。

 

 

「…………」

 

「それでそれで!」

 

 

僕の様子を察しない2年生3人が僕に色々な質問をぶつけてくる。

それを流しながら、僕は端の彼女の観察を続ける。

 

決して不細工な訳ではない。

ただ表情が暗いからか、どうも陰気臭く感じる。

……まぁ、僕が言えた義理じゃないんだけどさ。

さて、少し確認してみよう。

 

 

「…………」

 

 

その彼女を注視する。

……うん、予想通りだ。

彼女から、濃い残穢が残っている。

接近、してみるか。

 

ちなみに2年生の質問責めは練習後30分は続いた。

……きつかった。

 

 

 

ーーーー昇降口ーーーー

 

 

「長野さん」

 

 

あの後、部室の鍵を職員室に置きに向かった彼女を昇降口待つこと10分ほど。

無事に彼女ーー長野桜さんに接触することができた。

 

 

「……あなたは転入生の菅原さん?」

 

「菅谷」

 

「あっ、ごめんなさい。わたし、人の名前覚えるの苦手で……」

 

 

そう言って彼女は下を向く。

 

 

「問題ないよ。僕だって人の名前を覚えるの苦手だし。そもそも覚えるのも面倒だ」

 

「……え、えっと」

 

「正直、僕もコミュニケーションとるの苦手だから単刀直入に言うよ」

 

 

「君、化物を見たことあるよね」

 

「っ」

 

 

僕の質問にビクッと体を強張らせる彼女。

この反応……ビンゴのようだ。

問題は、彼女が例の呪霊とどんな関係にあるのかってこと。

接触してるだけならいい。

もし、僕と同じく呪霊を操れるのだとしたら……。

 

 

「…………」

 

 

静かに、でもいつでも印を結べるようにする。

そして、彼女に訊ねる。

 

 

「君はその化物とーー」

 

 

 

ーーきゃぁぁぁぁっ!!!ーー

 

 

 

彼女にそれを訊ねるよりも前に、叫び声が聞こえた。

声は校舎の中から。

確かその方向には特別棟があったはず。

 

彼女は関係ない……?

いや、今はそれよりも……。

 

 

「ひ、ひめい……?」

 

「長野さん、ここから動かないで」

 

 

それだけを告げ、僕は走り出した。

 

 

 

ーーーー特別棟 女子トイレーーーー

 

 

特別棟の2階の女子トイレまで駆け上がると、そこにはすでに針倉術師が到着していた。

 

 

「針倉術師!」

 

「長月ちゃん、私のことを呼ぶなら先生、だろう?」

 

 

そんなことを言ってる場合じゃない。

そう思いつつも、流石に今は突っ込まない。

なぜなら、

 

 

「……あ、あぁ……あ」

 

『………………』

 

 

目の前にはこの任務の目的である呪霊ーー『赤マント』がいたから。

 

トイレの天井に頭が着くほどの長身。

赤いローブに能面。

左手には女子生徒の顔を鷲掴みにし、右手には汚れた50cmほどの長さの注射器があった。

この任務につく前に都市伝説サイトで見た姿と似ている。

 

 

「あの左手の女子生徒の救出を、まぁ、一応優先しようか」

 

 

じゃないと紡ちゃんに怒られるからねぇ。

と緊張感のなく笑う針倉術師。

その様子に少し苛つきながらも頷く。

 

 

「『毒蟲』!」

 

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

印を結び、蟲を呼び出し、同時に左腕に向かわせる。

まずは左腕を喰らい、女子生徒を助け出す。

 

 

「いい判断だ」

 

「喰らえっ」

 

 

僕の指示通り、蟲は奴の左腕をーー

 

 

ーーグシャッーー

 

 

ーー喰らった。

そして、床に落ちた女子生徒を針倉術師が拾う。

抱えたまま、奴から距離をとる。

 

 

「いやぁ、蟲の使い方もずいぶん上手くなったねぇ」

 

「それはどうも」

 

 

『赤マント』を挟んでの会話。

とりあえず救出は成功だ。

あとはこの呪霊から一般人を遠ざける必要がある。

 

 

「一般人の避難は?」

 

「とりあえず人避けの結界は張ったよ。ここからこの女の子を遠ざければオーケーさ」

 

「……その子って」

 

 

奴を挟んだ向こう側。

針倉術師が抱える女の子の顔。

さっきまで奴に鷲掴みにされていたその子の顔を見る。

 

 

「は?」

 

 

思わずそんな間抜けな声が出た。

理由は簡単だ。

その女子生徒は、今日転校してきた僕にとっても見覚えがある顔だったから。

 

 

「長月ちゃん、知り合いかい? この子と」

 

 

知り合い。

そこまでの関係じゃない。

だって、そうだろう?

その子と話したのは、さっきが初めてだったんだから。

僕はその娘の名前をポツリと呟いた。

 

 

 

「長野、さん……」

 

 

 

さっきまで僕と一緒に悲鳴を聞いた彼女の名前を。

 



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第13話 朱殷ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

「どういう、こと……?」

 

 

針倉術師の腕に抱えられる彼女の顔は、確かに長野桜のものだった。

 

双子?

呪霊『赤マント』の術式?

それとも……?

さっきまで昇降口で話していた彼女は一体……?

 

 

「長月ちゃん」

 

「っ」

 

 

『赤マント』を挟んで向こう側からの針倉術師の一声で我に帰る。

考えるのは後だ。

今は目の前の呪霊を取り込むことを考えなきゃいけない。

そう思い直したところに、

 

 

ーーグンッーー

 

「っ!」

 

 

奴の一撃。

咄嗟に体を捻り、避ける。

同時に術式を展開、『毒蟲』を奴めがけて放つ。

だが、その攻撃はすり抜けてしまう。

一瞬の判断だったから狙いがぶれた、とかではない。

すり抜けた、のだ。

 

 

「これは……」

 

「恐らく奴の術式だろうねぇ」

 

 

思っていた以上に厄介そうだ。

そう言う針倉術師。

 

 

「仕方ないねぇ」

 

 

彼は助け出した女子生徒ーー長野さんをトイレの個室に隠した後、やれやれと言いながら個室から出てきた。

 

彼女のことを考えるとここを離脱するのが一番だろうけど、奴に隙がない。

だから、先に祓う。

そう判断したんだろう。

彼はネクタイを緩め、懐から鋭い針を取り出す。

2cmにも満たない短い針だ。

それを、

 

 

ーーシュッーー

 

 

『赤マント』に飛ばす。

飛ばした針の軌道は見えなかった。

恐らく奴もそうだろう。

さっきまですり抜けたはず奴の体ーー腹に当たる部分にそれは確かに刺さった。

奴がそれを認識すると同時にーー

 

 

『ーー』

 

ーーパァァァンッーー

 

 

ーー爆ぜる。

 

 

「私の呪力を針を媒介にして流し込んだ。これが私の術式」

 

「『針灸』」

 

 

爆発を受け、よろめく『赤マント』にすかさず術式の開示。

どれほど効果があるか分からない。

任務に入る前には聞いてはいたけど、彼の術式『針灸』は針を通して呪力を流し込むだけ、という予想以上にシンプルな術式だ。

術式効果を多少でも上げておくに越したことはない、という考えなんだろう。

 

針使い。

そこまで強くはないその術式で準一級まで登り詰めたというのだから、実力は確かなんだと再認識する。

軽薄さと不謹慎な態度は大概だが。

 

……ともかくそれはいい。

今は目の前のことに集中だ。

 

 

「ダメじゃないか、長月ちゃん。咄嗟のことで呪力がこもってなかったよ」

 

「…………はい」

 

 

まだ呪力のコントロールが完璧ではないとはいえ、『毒蟲』の扱いはある程度はなれているはず。

現にさっきは奴の左腕を喰らえた。

けれど、今はーー

 

 

「…………」

 

「さて、長月ちゃんどうする?」

 

 

そう尋ねてくる針倉術師。

やることは単純だ。

 

 

「祓うために術式を探る」

 

「うん、当たりだよ」

 

 

再び構える。

 

まずは整理しよう。

奴に僕の術式は通用する。

それは確かだ。

ただ、もう奴の左腕も腹もは回復している。

呪霊は呪力でその体を再生できるのは、紡ちゃんに教えられて知識としては知っている。

だが、それとはまた何かが違う感じがする。

…………蟲だけでは分からない。

ならばーー

 

 

「……針倉術師」

 

「なんだい?」

 

「こいつを呪力で殴ります」

 

「ふふふっ、いいね」

 

「サポート、お願いします」

 

「はいはーい」

 

 

一瞬、目をつぶり、込める。

目を開けると同時に動く。

 

 

「ーーーー」

 

 

身を低く、長身の呪霊の懐へ。

50cmの注射器。

リーチは長いが、逆に言えば懐に入ってしまえばそれで突き刺すことはできない。

しかし、奴も強引に懐の僕へ注射器を向けてくる。

それを

 

 

「『針灸』、爆ぜろ」

 

ーーパァンーー

 

 

こちらも強引に弾いて、注射器を腕ごと仰け反らせる。

そのまま僕は、

 

 

「ふんっ!!」

 

ーーバキィィッーー

 

 

呪力を込めた拳を上へ振り抜く。

それは『赤マント』の腹を捕らえ、奴を天井に叩きつけた。

 

 

「なかなかいいアッパーだ。ボクシングジムにでも通ってたのかい?」

 

「…………っ」

 

「ん? 長月ちゃん?」

 

 

針倉術師の軽口。

それに、返せる余裕はない。

なぜなら、この機に追い討ちをかけ一気に叩くはずだったから。

けれど、僕は『赤マント』を喰らうための『毒蟲』を出さなかった。

いや、出せなかった。

 

 

「…………右腕、痺れてます」

 

 

僕のもとへ寄ってきた針倉術師にそう告げる。

違和感というにはハッキリしたもの。

『赤マント』を殴った右腕が痺れ、力が入らない。

拳を握るのも厳しい。

 

これもこいつの術式?

長野さんのこと然り攻撃のすり抜け然り、術式が多すぎる。

この呪霊は一体……?

そう思って、僕は奴を叩きつけたはずの天井を見上げて、驚愕する。

そこにはもう奴の姿はなかった。

 

 

「どこに!?」

 

 

落ちてくれば流石に分かる。

穴も空いてないから、上の階に行ったのも考えにくい。

……いや、あのすり抜けがあれば上にも行けるのか?

 

 

 

 

『アカいかみカーーあおイカミか』

 

 

 

 

ゾワリ、と。

背後からの声に思考が中断される。

瞬時に振り返る。

 

僕の顔のすぐ脇に能面があった。

 

危ない、と思うよりも先に。

首筋に激痛が走る。

 

 

「か……ッ」

 

 

それが注射器を突き刺された痛みだと気づく前に、もう一度あの声が耳に入ってきた。

 

 

『アカいカみカーーあおイカみか』

 

 

「長月ちゃん!」

 

ーーシュッーー

 

 

針倉術師の声がして、激痛は消える。

だけど、動けない。

倒れ込み、荒い呼吸のまま、僕から距離をとった『赤マント』を睨み付ける。

 

 

「は……はっ……」

 

『………………』

 

 

あの不気味な問いかけはしてこない。

 

気を張り続けろ。

さっきは目を離した隙に回り込まれた。

このまま注意を反らすな。

注意を、

 

 

「そ、ら…………」

 

 

そこで僕は意識を失った。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

『………………』

 

「まったく……君はよくピンチに陥るねぇ」

 

 

気を失って腕の中でぐったりとしている長月を針倉は笑う。

 

 

「流石にいきなり一級相手は部が悪かったかな」

 

 

しかし、この程度の呪霊は取り込んでもらわないと私が困るんだよ。

誰に言うわけでもなく、針倉は続ける。

 

 

『………………』

 

「私の隙を窺っているつもりかもしれないけど無駄だよ、『赤マント』くん」

 

『………………』

 

「言葉がまともに通じるとは思わないけれど、一級ならこっちの力量くらいは測れるだろう」

 

 

彼の言葉を受けてかは不明だが、『赤マント』は次の瞬間には姿を消していた。

針倉はそれを確認して、長月を抱え上げる。

 

 

「私が祓うのは簡単さ」

 

「けれど、奴は君が祓わないとね、長月ちゃん」

 

 

それは彼女の成長を思ってか。

それともなにか別の思惑があるのか。

意識のない長月には、その言葉の真意を確認する術はなかった。

 

 

ーーーーーーーー



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第14話 朱殷ー肆ー

ーーーー成領中学校 保健室ーーーー

 

 

「油断大敵という言葉を実体験を伴って学ぶことができるなんて羨ましい限りだ」

 

「ねぇ、長月ちゃん」

 

 

僕はベッドから身体を起こして、針倉術師の説教を黙って聞く。

 

 

「呪力を込めるのも不安定な君の一撃ですべてが終わるとでも思ったかい?」

 

「はははっ、お笑い草だねぇ」

 

 

いや、説教というより馬鹿にされているって方が近いか。

ただ、今の僕には彼の話を否定できるほどの説得力はない。

皆無だ。

言う通りに油断……したわけでもないけど、警戒を怠って『赤マント』から目を離してしまったのは事実だし。

 

 

「まぁまぁ、私としては紡ちゃんへの土産話が出来たから万々歳だよ」

 

「…………」

 

 

また不謹慎だと怒られそうなものだが。

……こんな生産性のない話をしてるよりも、話をしよう。

 

 

「針倉術師」

 

「違う違う、先生だよ」

 

「……長野さんは?」

 

「ん? 長野…………あぁ、襲われてた生徒か」

 

 

僕と針倉術師の目の前で『赤マント』の被害にあった生徒。

長野桜。

彼女と最後に会っていたのは、きっと僕だろう。

悲鳴が聞こえた瞬間に彼女は僕と一緒にいたわけだし。

 

 

「その話だけどさ、おかしいよねぇ」

 

「……はい」

 

 

針倉術師に指摘されるまでもなく、おかしい。

だって、あの時長野さんと一緒に聞いた悲鳴は、長野桜本人のものだからだ。

それは僕より現場に先に着いていた針倉術師の話からも合致する。

あの悲鳴は確実に、被害にあった彼女があげたもの。

 

 

「病院に運ばれたあの生徒の親も、被害にあったのは長野桜で間違いないと言っていたそうだ」

 

「そうだ……? 一緒に付き添ったんじゃないんですか」

 

「やだなぁ、そんな面倒なことするわけないだろう? あの生徒だって、私とは無関係な人間だし」

 

 

補助監督に行かせたさ。

そういう無駄な労力は払わない主義なんだよ。

そう言う針倉術師。

ほんとこの人を先生なんて、間違っても呼べないな。

 

 

「ま、ともかく長月ちゃんと補助監督どちらの話も聞き入れるとしたら、明らかに矛盾が発生するね」

 

 

 

「……僕と一緒にいたのは、誰だ?」

 

 

 

よく考えると、人間一人を生み出せる術式なんて、あの呪霊が使えるとは思えない。

幻覚の類いとも違うだろう。

テニス部にも馴染んでいたし、会話も出来ていた。

なら、あれは一体なに?

 

 

ーーーー氷川市 狗巻家ーーーー

 

 

傷を負った僕は、針倉術師に治療され回復はした。

福都市が氷川市に隣接してることもあり、その日は狗巻家に戻ることになったんだけど……。

 

 

「はい、長月ちゃん。あーん、してください」

 

「…………」

 

 

なんだこの状況。

 

 

「もう早く食べないと冷めてしまいますよ?」

 

 

そう言って、僕の口元に牛カツを押し付けてくる紡ちゃん。

 

 

「いや、一人で食べれるからさ」

 

「でも、まだ右手痺れるんですよね?」

 

「……まぁ、それはそうだけど」

 

 

彼女の言う通り、針倉術師からの治療を受けたにも関わらず、まだ僕の右腕にはあの痺れが残っていて、まともに動かすことも難しい。

紡ちゃんへは針倉術師が連絡していたようで、僕がやられたことは彼女も知っていた。

 

 

「あーん、ですよ」

 

「…………」

 

「あーん!」

 

「あーん……」

 

 

圧に負けた僕は牛カツの味を噛み締める。

うん、うまい。

彼女の作った料理を頬張る僕を満足そうに見ながら、紡ちゃんは話を切り出した。

 

 

「ところで、長月ちゃんたちが遭遇した呪霊って?」

 

「『赤マント』っていう呪霊。確か『特級仮想怨霊』って言ってた」

 

「……共通意識によって顕現する呪いですね。私はその『赤マント』っていうものは聞いたことありませんが……」

 

 

この間聞いたけど、紡ちゃんは家の都合で学校にも通ったことがないらしい。

であれば、学校の怪談に疎いのも頷ける。

 

 

「その『赤マント』ってどういうものなんですか?」

 

「能面を着けて赤いマントを着た呪霊でーー」

 

「あ、いえ。呪霊のことではなく、元になったお話のことです」

 

「え……あぁ」

 

 

そっちか。

確かにそれ自体を知らなければ、話もできないか。

えぇと……。

 

 

この怪談が語られ始めたのは、昭和初期。

赤いマントを着た怪人が女児を誘拐し、殺害するというもの。

ここから、様々なバリエーションが派生していく。

そのうちのひとつが「赤い紙、青い紙」

怪人は学校のトイレに現れ、赤い紙か青い紙か尋ねてくる。

実際に、僕があの場でその質問を受けていることから考えるに、恐らく今回の呪霊『赤マント』はこのバリエーションの怪談がベースになってる。

 

 

「その証拠に僕は聞かれたんだ。赤い紙か、青い紙かって」

 

「……答えたらどうなるんですか」

 

「赤い紙だと血塗れに、青い紙だと血を抜かれて殺されるらしい」

 

「それは……ゾッとしませんね」

 

 

こくりと頷く。

今回は答えないという選択をした。

いや、正確には答える余裕もなかったんだけどさ。

あの瞬間を思い出し、自分の首筋をなぞる。

どうやら僕の首筋にも、今までの被害者と同じように火傷のような跡がついているらしい。

少し、嫌な気分だ。

だけど、あれでなんとなく『赤マント』の術式は想像がついた。

恐らく奴の術式は、

 

 

「『血液』に関係するものってところかな」

 

「話を聞いただけですが、たぶんその類いの術式ですね。長月ちゃんの右腕が痺れるのも血液を抜かれたことによる影響でしょう」

 

 

採血で血を抜かれたときにたまにそんな症状がある人もいるそうですから、それに近いものではないでしょうか。

そんな紡ちゃんの分析に納得する。

怪談の内容や奴の手にあった注射器。

それに僕の現状。

どれをとっても、奴の術式が血液に関係するものであることを裏付けていた。

 

 

「人の血液を操作できる、とかかな」

 

「それよりも血を吸うことに特化した術式かもしれません。発動条件は、注射器で刺されるか『赤マント』の体に直接触れること」

 

 

奇しくもどちらの行動も僕はしていた。

だから、気絶するほどに血液が抜かれてしまってたってことか。

 

 

「はい、恐らくは」

 

 

注射器は言わずもがな。

奴に攻撃がすり抜けるのは奴自身の体が血かそれに類するものでできていたから。

再生能力は吸血した血によるものだろう。

どちらも血のストックを削り切れればいいはずだ。

長野さんの件は謎ではあるけど、奴を倒すための指針は決まった。

 

 

「奴の注射器に注意しつつ、体には触れずに何度も喰らう」

 

 

ってところか。

 

幸いなことに、明日と明後日は土日だから学校も休みだ。

僕をテニス部に誘った佐藤さんによると、あんなことがあったせいか部活も休みになったという。

なら、この2日間で体力というか貧血を回復しつつ、呪力も蓄える。

それで月曜日に勝負をかける。

 

 

「……長月ちゃん」

 

「なに?」

 

「あまり無理はしないでください。今回は私は違う任務で同行できないですし」

 

「大丈夫」

 

「……約束ですよ」

 

「…………うん」

 

 

約束、か。

 

 

「…………っ」

 

 

不意に思い出しかけた記憶を頭を振って追い出す。

止めよう。

余計なことを考えるのは。

 

 

「長月ちゃん?」

 

「……なんでもないよ」

 

 

僕の顔を心配そうに覗き込む彼女に、そんな言葉を返す。

 

それならいいんですけど……。

まだ心配そうな彼女を適当にいなして、僕たちは食事の続きをとる。

牛カツは少しだけ冷めてしまっていた。

 

 

 

ーーーー成領中学校 職員室ーーーー

 

 

日曜日。

部活動休止の指示が出て、本来は誰もいないはずの職員室に、ひとつの影があった。

何かを必死に探す様子のその人物。

そのためだろう。

音を消して入ってきたその男の存在に気づかない。

 

 

「鈴木センセ」

 

「っ」

 

 

声をかけられて、初めて気づく。

同時に動きが止まるその人物。

鈴木と呼ばれた教師は、渦中のテニス部の顧問教師であった。

 

 

「あなたは……」

 

「私? 金曜に着任した針倉ですよ」

 

「……あぁ。例の事件の調査のために派遣されたという」

 

「そ、呪術師ってやつですよ」

 

 

針倉が呪術師であるという情報は一部の人間にしか知らされていない。

それが広く知られることで混乱を生じる恐れがあり、また呪霊を生む可能性が高くなるからだ。

校長とこのテニス部の顧問のみが彼の正体を知っていた。

 

 

「呪術師ね……そんなものが存在するのも眉唾ものですが」

 

 

吐き捨てるように呟く鈴木。

それに対して、針倉は笑いながら応答する。

 

 

「いやいや、あなたにそんなこと言われると私、悲しくなっちゃうなぁ」

 

「……何を言っているのか分かりませんが」

 

「分からない? そんなわけないだろ?」

 

「……僕のような一般人には、あなたのような訳の分からない人の言うことなんてーー」

 

 

「ーーじゃあ、なんだろうねぇ。さっきから隠してるそれは」

 

「っ!?」

 

 

針倉の言葉に、鈴木は反射的に隠していたそれに力を入れる。

鈴木に追い討ちをかけるように、針倉は指差し、告げる。

 

 

 

「呪力が駄々漏れだよ」

 

「それ、『呪具』だろう?」

 

 

 

「っ」

 

 

動揺は隠しきれていない。

睨み付ける鈴木に、針倉は投げかける。

 

 

 

「君、何者?」

 

 

 

 



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第15話 朱殷ー伍ー

ーーーーーーーー

 

 

成領中学校での任務中、準一級術師針倉優成が同校教諭鈴木和矢を拘束。

特級仮想怨霊『赤マント』に関わる事件の参考人として聴取するため、呪術高専所属の補助監督への引き渡しを行った。

その後、呪術高専に輸送されてきた車両から、補助監督二名と鈴木の遺体が発見された。

その遺体は、身体の水分が全て抜き取られ、まるでミイラのような状態であった。

 

遺体及び車両から見つかった残穢は、現在までに登録されている呪霊・呪詛師のどれとも合致しなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「ということで、この呪具で次に『赤マント』に襲わせる生徒を決めていたようだよ」

 

 

そう言って、針倉術師は僕に小さな赤い珠を渡した。

ビー玉くらいの大きさで、よく見ると珠自体は透明で、赤く見えるのは中に漂っている濁った赤い気体のせいのようだった。

こんなものであの呪霊を操っていた?

そんなことが出来るのか?

 

 

「まぁまぁ、操るとまではいかないね。あくまでも方向性を定めるだけさ」

 

「方向性……」

 

「そ、この珠を狙いたい相手にぶつけ、中に入っている気体を浴びせることで『赤マント』が狙いやすくする、だそうだね」

 

 

なるほど。

マーキングのようなものか。

針倉術師の説明で、その仕組みをなんとなくだけど理解した僕は、赤い珠を返し、尋ねる。

この呪具がここにあるってことは……。

 

 

「それで、この呪具の持ち主は?」

 

「ん? 高専関係者に引き渡したよ。黒幕についても吐きそうになかったし」

 

「……黒幕?」

 

 

不穏な言葉が聞こえ、聞き返す。

 

 

「鈴木って教師はただの小物だった。そもそも呪術も信じてなかった」

 

 

嫌いな生徒に投げつけると、その生徒が貧血になる。

その程度の認識だったらしい。

録な先生じゃないねぇ、と針倉術師は笑う。

彼に言われたくはないだろうが……まぁ、鈴木がやってることも最低だから、いいとしようか。

 

 

「じゃあ、『赤マント』はもう人を襲わないってこと?」

 

「いいや、そうはいかないねぇ」

 

 

被害を受けた生徒には作為的なものはあったとは言え、もう呪霊自体は動き出してしまっている。

方向性が定まらない分、今までよりも厄介だ、と針倉術師は話す。

って、それじゃあ……。

 

 

「だから、こうしよう」

 

「は?」

 

 

ーーパァンッーー

 

 

彼は、僕に例の赤い珠を投げつけた。

そして、笑いながら言う。

 

 

「次のターゲットは君だよ、長月ちゃん」

 

 

 

ーーーー成領中学校 2階女子トイレーーーー

 

 

 

「はぁ……」

 

 

ため息を吐く。

『赤マント』は僕が祓う気ではいたから、僕がターゲットになるのはいいんだけどさ。

けれど、得体の知れない呪具を女子の顔に投げつけるとか……。

 

 

「ん? なにか言ったかい?」

 

「いや」

 

 

どうやら僕のため息は、トイレの外に待機している針倉術師にも聞こえたようで。

正直今は人の顔に呪具を投げつけるような人と話したくないし、会いたくもないけど、彼のサポートがないと『赤マント』を祓うのは難しいから仕方ない。

……って、早速だ。

思ったよりも例の呪具の効力はあったようで、無駄話をしてる余裕はないらしい。

 

 

「長月ちゃん」

 

「……はい」

 

「気づいてるかい?」

 

「はい」

 

 

辺りの空気が変わる。

目の前の視界が歪み、赤く染まる。

そして、現れる『赤マント』

 

 

『…………』

 

「…………」

 

 

無言で僕と奴は対峙する。

同時に、針倉術師の声が聞こえた。

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 

帳が下ろされる。

かなり狭い範囲に下ろした帳。

事前に打ち合わせた通りだ。

それは外側からの侵入を防がない代わりに、内側からの脱出を完全に封じるもの。

つまり、

 

 

「これで、閉じ込めた」

 

 

幸いなことに、針倉術師の権限で、今日は学校自体への出入りを禁じてもらっている。

だから、帳で外部からの侵入を防がずとも戦える。

内側から奴を逃がさない。

それだけを考えればいい。

 

 

「油断しないように、ね」

 

「分かってる」

 

 

『…………』

 

 

僕の後ろの針倉術師には目もくれない。

奴は僕の方しか向いていない。

それをいいことに、

 

 

ーーシュッーー

 

「『針灸』」

 

 

針倉術師が先に仕掛ける。

奴の足元に針を飛ばし、呪力を送る。

 

 

ーーパァンッーー

 

 

爆ぜた呪力は奴の右足を吹き飛ばした。

だが、勿論すぐに再生する。

 

 

「まだ! 『毒蟲』!」

 

ーーゾゾゾッーー

 

 

そこに追撃。

そのまま左足を喰い千切る。

いける!

 

 

「そのまま全てを喰らえ」

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

蟲が奴を覆い尽くし、喰らっていく。

本来ならここで終わるはず。

だが、

 

 

『……………』

 

 

背後に、いる。

一瞬で再生し、僕と針倉術師の間に現れた。

これなら連携して畳み掛けられる。

 

 

「『毒蟲』」

 

「『針灸』」

 

 

二人同時に、術式を展開。

蟲と針が『赤マント』の周囲へ迫る。

 

 

ーーベチャッーー

 

 

「!」

 

「消えた、か」

 

 

けれど、術式は空振り。

奴の姿が目の前から消失してしまった。

 

だが、帳の範囲は狭い。

遠くへはいけないはずだ。

呪力を感じ取れればーー

 

 

 

『あかイカミか、アオイかみカ』

 

 

 

術式を解いたその瞬間、背後からその声は響いた。

振り返る前に、また激痛ーー

 

 

ーーキンッーー

 

『ーーーー』

 

 

ーーは感じない。

 

 

「流石に、同じ轍は踏まない」

 

『…………』

 

 

注射器が刺さらないことに理解が追い付いてないんだろう。

いや、呪霊が理解なんてものするかは知らないけど。

 

『赤マント』は注射器を刺すことで初めてあの質問が出来る。

 

それは予想がついていた。

恐らく首筋を狙ってくるということも。

ともかく、奴が狙ってくる場所が分かっているなら簡単だ。

術式を解いた振りをして、奴を誘う。

首筋に誘導して、そこにはあらかじめ呪力を纏った『毒蟲』を密集させておく。

これが、

 

 

「『蟲纏(むしまとい)』」

 

 

『毒蟲』の新しい使い方。

 

 

「針倉術師!」

 

「ふふふっ、いいね」

 

『ーーーー』

 

 

僕の声を聞き、針倉術師が動く。

やっと思考が繋がったのか引こうとする『赤マント』。

だが、蟲が奴の注射器を捕まえ、離さない。

それを見て、術式の開示を始める。

 

 

「知ってるかい? 術式には『順転』と『反転』が存在する」

 

「僕の針の『順転』は『針灸』ーー僕の呪力を針へ飛ばし、爆発を起こす」

 

「そして、『反転』はその逆の効果。つまりーー」

 

 

 

「術式反転『吸針ー囲ー(きゅうしんーかこいー)』」

 

 

あらかじめトイレの回りに配置された針が、奴の呪力を吸い始める。

話に聞いていた通りの術式。

送り込む『針灸』と吸い出す『吸針』。

反転術式の応用だと針倉術師は語っていた。

その効果は身体が呪力そのもので構築されている呪霊相手には絶大だった。

 

 

『ーーーーーー』

 

 

崩れ落ちる『赤マント』。

 

 

「長月ちゃん」

 

「はい」

 

 

体を翻し、奴と向かい合う。

呪力と蟲を右手に集中させる。

手刀の要領で、奴の首を、跳ねる。

 

 

 

「『蟲纏・一刀(むしまとい・いっとう)』」

 

 

 

切った首から『毒蟲』が入り込む。

喰らう。

喰らう。

喰らう。

呪力を、奴の血を、喰らう。

内側から喰らっていく。

喰らい尽くすまで『毒蟲』は止まらず。

10秒もしないうちに、奴は消え去った。

残ったのは、その残骸。

 

 

「…………ふぅ」

 

「お疲れ様、長月ちゃん」

 

 

上手くいって……よかった。

安堵の息を吐く僕に、針倉術師は奴の残骸を渡してくる。

 

 

「……これは?」

 

「『赤マント』の残りカスさ。それを君が飲み込み、取り込めば終わり」

 

「…………蟲のときはなかったけど」

 

「それは君が直接食べてしまったからさ、むしゃむしゃと」

 

 

そういえばそうだった。

でも、なるほど。

これを取り込めば、『赤マント』が僕の呪霊になるってことか。

 

 

「分かった」

 

「噛んじゃ駄目だよ。飲み込むようにね」

 

 

その言葉に頷き、僕はそれを口にした。

 

 

「あ、そういえばそれ滅茶苦茶不味いらしいよ」

 

「~~~~っ!?」

 

 

そういうことは先に言え!?

 

 

 

 

 

 

「おえっ」

 



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第16話 両面宿儺

ーーーーーーーー

 

 

6月某日。

宮城県仙台市杉沢第三高校にて。

二級術師・伏黒恵の任務中、同校生徒・虎杖悠仁が特級呪物『両面宿儺の指』を取り込み、『両面宿儺』が受肉した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そのことを知らされたのは、『赤マント』の件が終わってから一週間ほどが経ってからだった。

 

 

「『両面宿儺』……?」

 

 

任務に向かう途中の新幹線の中で、僕は隣に座る紡ちゃんにそれを尋ねた。

なんか聞いたことがあるような……。

首をかしげていると、紡ちゃんが答えるよりも先に、後ろの席に座っていた針倉術師が体を座席の上から乗り出してきて答える。

大変行儀が悪く、大人がする行動ではないが……まぁ、聞こう。

 

 

「『両面宿儺』は大昔に実在した最凶最悪呪術師さ。二対の眼に4本の腕をもつ異形の術師」

 

「呪術全盛期だったその時代の呪術師が総力をあげて挑み、敗北した化物。死してなおその遺骸ですら破壊できない、そんな正真正銘の『呪いの王』」

 

 

私たちなんて足下にも及ばない化物だよ。

その気になれば、人間なんて一瞬で滅ぼせるレベルのね。

針倉術師はそう言って笑った。

 

 

「それが受肉……蘇ったってことか」

 

「正解」

 

 

詳しい経緯は分からない。

けれど、そんな化物が蘇ってしまったならーー

 

 

「終わりだ、って思ったかい?」

 

「……はい」

 

 

神妙に頷く。

だが、針倉術師はそれを一笑に付した。

 

 

「その『呪いの王』だけどね、なぜか一人の少年に抑え込まれているらしいよ」

 

「は?」

 

 

なにかの冗談かと思って、紡ちゃんの方を向いても彼女も頷いている。

どうやら本当のことらしい。

 

 

「件の虎杖という少年ですけど、どうやら『両面宿儺』を取り込むことができ、その上で自我を保てる『器』の可能性があるみたいです」

 

「……そんなことがあるんだ」

 

「いえ、普通はないと思いますよ。この件を受けて、本家で『両面宿儺』に関する資料も調べてみましたけど、『彼』の死後そんな存在が現れたって記述は見たことがありません」

 

 

あり得ない存在って訳さ。

だから、上層部も揉めているようだねぇ。

針倉術師は愉快そうにまた笑う。

上層部……いつだったか聞いた呪術界も一枚岩ではないって話か。

 

 

「その少年を秘匿死刑にすべきっていう保守派と指を全部取り込ませてから死刑にすべきって派閥があるらしいです」

 

「針倉さんの情報によれば、全部取り込んでからという意見に押し切られる流れのようですが」

 

 

どちらにしても死刑か。

物騒な話だけど、まぁ、分からないではない。

誰も敵わない『両面宿儺』なんていう化物を宿す少年の存在。

今は制御できているとはいえ、この先それがどうなるかも分からない。

制御できなくなる可能性も考えると、今すぐっていうのも納得はいく話だ。

確かに罪のない少年を殺すっていうのは罪悪感もあるんだろうけど、むしろ指を全部取り込ませてから、って考える方が恐ろしい。

そんな考えの派閥があることに正直驚かされている。

 

 

「あぁ、派閥とは言っても御三家のうちのひとつがそれを主張しているだけ……というよりは約一名か」

 

 

一人?

その人の意見で、コントロールできなくなるリスクを黙殺されるのか。

それほどの人物って一体……。

僕の疑問に先回りして、紡ちゃんが答える。

 

 

「五条悟」

 

「四人しかいない特級呪術師の一人です。虎杖という少年が生かされているのは彼の意見によるものだそうです」

 

 

五条悟。

特級呪術師。

特級というのがどれほどのものかピンとはこないけど。

 

 

「『無下限呪術』や『六眼』、おまけに『領域展開』まで会得している化物」

 

「?」

 

「そうだねぇ、簡単に言えば唯一『両面宿儺』と渡り合える可能性がある現代最強の呪術師ってところかな」

 

「……それは……なるほど」

 

 

その五条なる人物が抑止力となることで、虎杖少年の即死刑を回避したというわけか。

随分リスキーな話だと思ったけど、力量が並外れているなら納得はいく。

 

と、ここまでは前置き。

ここからが本題、僕たちの目的地に関する話だ。

 

 

「……まぁ、その『両面宿儺』については分かったけど、それとこの任務についてはなんの関係が……」

 

「え、長月ちゃん、針倉さんから説明されてないんですか?」

 

 

紡ちゃんの問いかけに頷く。

 

 

「針倉さん」

 

「ん? 説明なんて現地に着いてからでいいだろう?」

 

「よくありません! 任務前にはそれに関する情報を確認するものじゃないですか!」

 

「そう? 私はその辺は適当だけどねぇ」

 

「貴方は適当すぎます!」

 

 

久しぶりに見たなぁ、このやりとり。

なんて変な感想を抱いている

 

 

「しょうがないなぁ、教えておくね」

 

「今回の任務は特級呪物『両面宿儺の指』の回収」

 

「そしてーー」

 

 

 

ーーパァァァンッーー

 

「っ、なに!?」

 

 

突如鳴り響く爆発音。

何が起こったかは分からないけど、座席から立ち上がり、臨戦体勢をとる。

だが、紡ちゃんと針倉術師がそんな僕を制して前に出た。

 

 

「早速来たねぇ」

 

「はい。長月ちゃん、改めて話しておきます」

 

 

 

「今回の任務は『両面宿儺の指』の回収」

 

「そして、貴女の護衛です」

 

 



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第17話 両面宿儺ー壱ー

ーーーーーーーー

 

 

新幹線内での呪詛師の襲撃から一時間後。

僕たちは東京駅内の土産物屋にいた。

 

 

「で、どういうことですか?」

 

「あの呪詛師は『破裂』の術式持ちだろう。空気を破裂させ、見えない弾を打ち出していたようだよ。特別な眼がある訳じゃないから推測の域は出ないけれどね」

 

「そっちじゃなく」

 

 

僕が聞いたのは新幹線内で拘束した呪詛師のことではない。

勿論、そちらも気にはなるが。

 

 

「今回の任務……僕の護衛って方ですよ」

 

「あー、んー……そうだねぇ」

 

 

僕との会話より土産物に夢中な様子の針倉術師。

この人、答える気なさそうだ。

 

 

「……紡ちゃん」

 

「はい、説明は私からします。針倉さんはあんなですから」

 

 

土産物屋から出て、彼女から話を聞く。

新幹線の中では戦闘でそれどころじゃなかったから、初めて聞かされる今回の任務の内容。

簡単に言えば、『両面宿儺の指』を高専に引き渡しに行くこと。

それと僕を高専へ送り届け、ある一体の呪霊を取り込ませること。

そのために僕を護衛する、らしい。

……ん?

 

 

「ちょっと待って」

 

「……流石に、気づきますよね」

 

 

話を遮った僕の様子で、紡ちゃんは察してくれたようで、ため息を吐きながらも答えてくれた。

 

 

「普通だったら護衛なんて必要ありません。長月ちゃんが狙われる理由なんてないですから」

 

「でも……これを見てください」

 

 

そう言って、彼女は操作したスマホの画面を見せてきた。

とあるホームページ。

そこには、

 

 

「僕の名前と顔写真……?」

 

「このホームページは……呪詛師がよく使う闇サイトだそうです。懸賞金もここに」

 

「……100万」

 

 

僕を殺せば100万円。

いや、生かしたまま誘拐が条件か。

身代金にしては思ったよりも安い金額だな。

 

 

「ターゲット、つまり、長月ちゃんが高専に着くまでという期限付きですが、それでも呪詛師は動きます」

 

「任務の情報って簡単に知れるものなの?」

 

「そんなことはありません。ただ……ここにある情報には、本来知りえない長月ちゃんの術式の情報……今使える呪霊についても書かれてるんです」

 

「…………」

 

 

任務を出す側、恐らく高専内に内通者がいるってことか。

それはまた面倒な……。

 

 

「楽して儲けたい奴らばっかりだな」

 

 

僕の苦言に少し申し訳なさそうな表情をする彼女。

しまったな。

そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけど。

 

 

「ともかくだ。内通者はひとまず他に任せるとして問題は2つか」

 

 

1つ目は僕を誘拐するためにやって来る呪詛師の対処。

これは……まぁいい。

こちらには、対呪詛師なら負けはしない紡ちゃんと準一級呪術師がいる。

そう簡単にはやられはしないだろう。

それに僕自身も少しは抵抗できるし。

 

2つ目は僕を狙う黒幕の真意が分からないこと。

こっちの方が問題だ。

なぜ僕を狙うのか。

そもそも黒幕は誰なのか。

僕たちにはその情報が全くない。

 

 

「その上、『両面宿儺の指』とやらを回収する必要があるわけか」

 

 

なんという無理ゲー。

というか、それなら回収の任務は違う人にお願いすればいいのに。

 

 

「人材不足なんですよ、呪術師は」

 

「そういえばそんな話もあったね」

 

 

優先順位はあくまでも僕の身の安全より特級呪物の回収なんだろう。

例の呪術界の上層部とやら的には。

 

 

「それに先日の補助監督の方が2名殺害された件もありますし」

 

「……あぁ」

 

 

それもあった。

『赤マント』事件の首謀者鈴木が、輸送中に補助監督2名と共に殺害された。

その遺体は皆、ミイラのように全身の水分が抜かれていたという。

針倉術師曰く、鈴木に呪具を渡していた黒幕が動いた結果だろう、と。

 

……なるほど。

その事件に一番深く関わっている僕たちをひとまとめにすることで、もし黒幕がまた動いたとして他の術師が標的になる可能性を下げるっていう狙いもあるんだろう。

効率やリスクを考えれば、納得いかなくはないか。

 

 

「長月ちゃん」

 

「ん、うん」

 

「まずは高専に向かいます。その後に呪物の回収です」

 

「それでいいの?」

 

「はい。どちらを先にとは言われてませんから。それに長月ちゃんの安全が第一です!」

 

 

そう言って微笑む紡ちゃん。

僕の身を案じてくれているのが伝わってくる。

まぁ、ありがたい。

ただ、くっついてくるのだけどうにかならないものか……。

 

 

「分かった。よろしく」

 

「はい!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

高専に向かうため、乗り換え先に向かう途中。

僕は一旦、花摘に別行動をとることにした。

流石に護衛といえど、一緒に個室まで入ってくるわけにもいかない。

入口に紡ちゃんが立ってるから大丈夫だろう。

 

 

 

「っていうのは甘かったな」

 

 

僕は一人呟いた。

周りは暗く、一体ここがどこなのかは分からない。

しかも、体は縄で縛られてるし。

 

そう。

ご覧の通り、僕は誘拐されたのである。

 

手口は覚えていない。

することをしてから手を洗ったのは覚えているんだけど……。

 

 

「生きて誘拐……なら、すぐに殺されることはなさそうだな」

 

 

術式を発動しようとするも、手はガムテープかなにかでぐるぐる巻きにされている。

つまり、今の僕にはなす術がない。

……仕方がない。

紡ちゃんと針倉術師が見つけてくれることを祈ろう。

 



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第18話 両面宿儺ー弐ー

ーーーー紡視点ーーーー

 

 

「今すぐ探しましょうっ!!」

 

「当てもないのに?」

 

「っ」

 

 

突如いなくなった長月ちゃんを探す。

つい感情的になった私への針倉さんの冷静な一言には、返す言葉がありませんでした。

 

 

「と、とりあえず人払いはしましたっ」

 

 

と女子トイレの外側から私たちに声をかけてくる黒スーツ姿の男性。

オドオドとこちらの様子を伺ってきます。

彼は牧さん、補助監督の人です。

 

 

「あ、あのぉ……優誠先輩……ここ女子トイレですよぉ」

 

「牧ちゃん、今、君自身が人払いしたんだろう? なら、問題ないじゃないか」

 

「で、でも……」

 

 

うっとうしいなぁ、もう。

そう言って彼を邪険に扱う針倉さん。

 

 

「あの、牧さん」

 

「は、はいっ! な、なんでしょうかっ」

 

 

以前牧さんには任務でお世話になったことがありますが、なんだか苦手意識をもたれてしまっているみたいで。

女性が苦手、と話されていた気がします。

そのせいか目を合わせてもらえません。

 

 

「5つも下の女の子になにを照れてるんだか」

 

「針倉さん!」

 

「あー、はいはい」

 

 

いちいち針倉さんに茶化されていたら時間がいくらあっても足りません。

彼を制して、私は尋ねます。

 

 

「それで、この周辺で残穢は……」

 

「こ、このトイレの中以外からは検出されていません……ここにも微弱なものしか……」

 

「そう、ですか」

 

「人ひとり運ぶんですから、大きな荷物をもった方がいないかも探しましたが……残念ながら」

 

「…………」

 

 

一体どこに行ってしまったんですか、長月ちゃん。

 

 

 

ーーーー長月視点ーーーー

 

 

少しずつ目が慣れてきて、辺りをある程度把握できた。

どうやらここは駅のトイレ……だろう。

けど、東京駅は広いし、ここがどこのトイレかまでは分からない。

強いていうなら、僕が入ったところに似ているけど。

 

 

「……なんでこんなに暗いんだ」

 

 

気を失ってる間に夜にでもなったのか?

いや、夜になったからといって、電気を完全に消すだろうか。

僕が転がされているのは手洗い場の側。

入口はすぐそこだから、駅構内の明かりは見えるはずなんだ。

それに目が覚めてから体感だけど、少なくとも1時間は経過してる。

その間、人が誰も入ってこないなんてある訳がない。

……とりあえず用を済ませた後でよかった。

 

 

「……術式は……無理か」

 

 

試しにぐるぐる巻きにされている手を動かしてみるが、発動しない。

針倉術師から聞いた話だと、『呪霊操術』は掌印を省略して使えるようになるらしいが、それは使いこなせばの話。

僕にはまだ出来るはずもない。

 

 

「足は……動く」

 

 

唯一、足はなんとか動かせる。

足首は縛られているものの動けなくはない……歩き方はペンギンみたいになるから端から見たら間抜けだけど。

 

 

「行くか」

 

 

今は情報が欲しい。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

壁を伝ってどうにか歩く。

歩き辛い事この上ないが、あのままじっとしているよりはいい。

1時間くらいは待って助けが来ないということは、思ったよりもずっと面倒なところに連れてこられたということだろう。

その読み通り、

 

 

「明かりひとつない」

 

 

という状況だった。

時々記憶通りの店舗を見かけたし、暗いとはいえ辺りは見たことのある景色だったから、東京駅構内なのは間違いないとは思うけれど、周りを見渡しても明かりがない。

それに、記憶にはない奇妙な光景も目にした。

僕が田舎に引っ越してから2ヶ月は経っているけれど、それでもここまで変わらないだろうという変化。

例えば、地面から突き出ている大樹の切り株。

例えば、3体並んだカエルの置物。

例えば、黒色の壁とその壁にびっしりと貼られた火気厳禁のポスター。

どれを取っても不気味で、本来の東京駅とは結びつかないものだ。

 

 

「違う世界に迷い込んだっていう方が説得力があるね」

 

 

異世界。

昔の、東京に住んでいた頃の僕なら否定しただろうけど、今は呪いを知ってしまった。

だから、ここが元の世界とは違う世界だと言われても、おかしくはないと思ってしまう。

そういえば、と。

廃アパートでの任務で、アパートの一室が博物館のような景色になっていたことをふと思い出す。

たしかあの時、紡ちゃんが言っていた。

その空間は『生得領域』と呼ばれるものだと。

 

 

「なんだっけ……呪霊自身が発動できる結界みたいなものだったかな」

 

 

あの任務の後に教えてもらった『生得領域』というものは、うろ覚えだけど、そんな感じだったはず。

複雑かつ大きな『生得領域』を使う呪霊は強い。

それだけの呪力量があるから。 

とすると、もしこの不気味な東京駅が何者かの『生得領域』なら、あの時の鉱石の喋る呪霊とは比べ物にならない。

つまり、

 

 

「これは本当にヤバい、かも……」

 

 

まだ6月にも関わらず、汗が背中を伝う。

嫌な汗だ。

それを自覚した。

 

 

 

ーーーー紡視点ーーーー

 

 

補助監督である牧さんのおかげで、東京駅の防犯カメラを見ることができました。

数あるカメラのうち、さっきまで私たちがいたトイレの入口付近を映すカメラの録画分を遡って見ても怪しい人物は見つかりません。

 

 

「…………なにか……」

 

 

リアルタイムの映像を見ても、不審な点は見当たらない。

その防犯カメラ以外からも手がかりになりそうなものを見つけようとしますが、流石に数が多すぎる。

人も多く、怪しい人物なんて……。

諦めかけたその時でした。

 

 

 

「いた」

 

「どこですか!?」

 

「ん? ここだよ」

 

 

その針倉さんの声に、私は下げていた顔を上げ再び防犯カメラと向き直ります。

彼が指差した先にいたのは、長月ちゃん……ではなく。

 

 

「……誰ですか」

 

 

見知らぬ女の子。

長月ちゃんよりも少し幼い。

中学生、くらいでしょうか。

長月ちゃんとは似ても似つかない子です。

 

 

「針倉さん……長月ちゃんを見つけたんじゃないんですか」

 

「いやいや、そんなこと一言も言っていないだろう?」

 

「っ、じゃあ、何を見つけたって言うんですかっ!!」

 

 

思わず声を荒げる。

それに萎縮するのは私の左にいる牧さんだけ。

右の彼はそれを気にもせず、マイペースに続ける。

 

 

「興味深い対象さ」

 

「長月ちゃんがいなくなったこと非常事態に何をーー」

 

 

 

「長野桜」

 

 

 

針倉さんが私を遮って呟いたその名前。

それを聞いて、牧さんが反応を返しました。

 

 

「そ、それって、『赤マント』の被害者の中学生じゃあ……」

 

「そ」

 

「被害者の中学生、ですか……」

 

 

『赤マント』に襲われたのにも関わらず、同時に少し現場と離れた場所にいた長月ちゃんとも一緒にいたという人物。

そんな風に長月ちゃんからは聞いていました。

けれど、それは

 

 

「世間は休日ですし、東京に来ていたということもありえると思いますよ」

 

「いやいや、それはないねぇ。実は私も長月ちゃんの話が気になって、彼女の動向は気にしていたんだよ」

 

 

 

「そもそも彼女はあの事件の直後に死んでいる」

 

「え?」

 

 

 

そんな話、長月ちゃんからは……。

 

 

「話してないのさ。流石に長月ちゃんもショックだろうからね」

 

「…………」

 

 

もし針倉さんの話が本当だとして。

だとすると、ここに映っている彼女は……?

 

 

「っ」

 

 

思考が繋がり、駆け出す。

 

 

「どこに行くんだい? 紡ちゃん」

 

「この子のところですっ」

 

 

今はこの人物しか手がかりはありません。

本当に細く弱い手がかり。

でも、今はーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「優誠先輩も、狗巻さんも行っちゃった…………僕はどうしたら……」

 

「ん……?」

 

 

牧の視界の先には先ほどの防犯カメラ。

長野桜と思われる人物が映っている。

その人物と、

 

 

「ひっ!?」

 

 

カメラ越しに目があった。

歪んだ笑顔の彼女と。

 

 

ーーーーーーーー



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第19話 両面宿儺ー参ー

ーーーー紡視点ーーーー

 

 

走る。

あの防犯カメラーー長野桜が映っていたのは、長月ちゃんがいなくなる直前に立ち寄った土産物屋付近のものだったはず。

そして、こっちの方に向かったなら!

 

 

「はぁっ、はっ……」

 

 

息を整えて、恐らく彼女が向かったと予想できるエレベーターに乗り込みます。

見ると、私の他には三人。

一組のカップルとその反対側に灰色のコートを着た男性がいました。

そして、針倉さんが合流して合計5名を乗せてエレベーターは下の階へ動き出します。

 

 

「ふむふむ」

 

「針倉さん、どうしたんですか?」

 

「いや、紡ちゃんは大したものだと思ってね」

 

 

ーーグチャッーー

 

 

「え……?」

 

「こうも呪詛師を引き当てるとはねぇ」

 

 

カップルの男性の体が急にねじ切れる。

一瞬何が起きたか分かりませんでした。

理解が追い付いたのは、時間にして1秒ほど。

女性の悲鳴が響き渡ります。

それをやったのは灰色のコートを着た男性で、異常に肥大した筋肉に覆われた右腕がそのコートから露出していました。

 

 

眠れ(ネムレ)

 

 

エレベーターの中だと『吹き飛べ』や『堕ちろ』などの強い呪言は使えない。

それに彼が何をしたのか分かりません。

ただ術師ーー呪詛師であるならば。

そう判断して、相手を眠らせる呪符を瞬時に作り、飛ばす。

ですが、

 

 

「…………」

 

「効かない!?」

 

「紡ちゃん!」

 

 

針倉さんの声に反応して、未だ悲鳴を上げねじ切れた男性にすがる女性を庇うように女性と術師の間に入る。

その瞬間に、エレベーターが強く振動し、その動きが止まる。

針倉さんが『針灸』を放ったのだと察します。

 

 

「下に落ちた。紡ちゃん、追うよ」

 

「っ、でも、この人を置いてはいけませんっ」

 

「そ、なら先に行ってるよ」

 

 

そう言って、針倉さんは自らの術式でエレベーターに開けた穴から飛び降りて行きました。

このタイミングで呪詛師に遭遇したのはたぶん偶然ではないでしょう。

長野桜とあの灰コートの呪詛師は繋がっている。

そんな気がーーいえ、確信に近いものです。

でも、この女性を放っておくわけにもいきません。

私は……。

 

 

「ここは危険です。私と一緒にここを離れましょう」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

牧さんと合流して、女性を安全な場所に避難させた後、私は再びあのエレベーターに戻りました。

中に入り、空いた穴から飛び降りる。

足に呪力を集め、強化しながら降りていく。

やがて、一番下に降り立ちます。

そこからエレベーターの扉を開けて外へ。

そこは地下鉄のホームでした。

 

 

「針倉さん!」

 

 

辺りを見渡しても返事はーー

 

 

ーーガァァァンッーー

 

「!」

 

 

返事はない代わりに、轟音がホームに響く。

そちらへ駆け出すと同時に、懐から筆を取り出します。

 

 

「『針灸』」

 

 

針倉さんの声。

そして、呪力が爆ぜる音。

音のする方を見ると、いました!

 

 

「針倉さん!」

 

「やぁやぁ、紡ちゃん。遅かったねぇ」

 

 

いつもの軽口。

だけど、いつもと違い、その額には汗が伝っていました。

本来なら不謹慎なことを言いながら、涼しい顔で戦闘も終えるような人です。

だから、その状態が異常なのはすぐに察しました。

 

 

「強いんですね」

 

「……まぁ、それなりにはね」

 

 

針倉さんの視線の先に、灰コートの呪詛師はいた。

『針灸』で吹き飛ばされたにもかかわらず、大きなダメージを負った様子はなし。

ゆっくりと、でも、しっかりした足取りでこちらへ進んできます。

 

 

「呪言で動きを止めます! その間に『吸針』で呪力を吸ってください!」

 

 

言うと同時に、走り出す。

恐らくエレベーターの中では呪符だったから効かなかったんでしょう。

私の『呪言』は呪符ではなく、相手の体に直接書き込むことで効力が強化される。

相手に近づくというリスクを負うことで、術式が強化されるから。

だから、呪力で強化した脚力で距離を詰める。

 

 

「……………」

 

 

幸いなことに相手の動きは鈍い。

懐に入る。

これなら!

 

 

堕ちろ(オチロ)

 

 

相手を地面に叩きつける呪言。

並の呪詛師ならこれだけで勝負がつくものです。

だから、私は油断していた。

 

 

「…………」

 

「え……?」

 

 

何事もなかったかのように、目の前の光景は変わらない。

いえ、目の前の彼はゆっくりと、でも確かに肥大した右腕を振りかぶりました。

そして、彼の右腕は、

 

 

 

ーーバキィィィッーー

 

 

 

私の右腹部を捉え、私の身体を破壊したのです。

 

 

 

ーーーー長月視点ーーーー

 

 

ヤバいとは思ってた。

出られないとか、身動きがとれないとか。

そういう類いのヤバさ。

けど、思ったよりも状況は悪い。

最悪と言っても過言ではない。

なぜならぐるぐる巻きに縛られた僕の前に、とある人物が立っていたからだ。

いや、人物と言っていいのだろうか?

 

 

「……呪霊に近い」

 

 

呪力とか残穢とか。

そういうのがやっとはっきり分かるようになってきた。

だからこそ分かる。

この異世界ーー『生得領域』を作り出してるのが目の前のこの人物であろうことが。

 

 

「…………」

 

『…………』

 

 

沈黙。

相手が呪霊である以上こちらは下手に動けない。

なのだが、相手も動いてこない。

 

 

「…………」

 

『…………』

 

 

試しに、一歩下がってみる。

すると、相手も一歩下がる。

次は右へ。

相手はこちらから見て左へ。

こちらと対称な動きをしてくる。

なぜか敵意は……感じない。

 

 

「お前は……」

 

『お前は……』

 

 

……なるほど。

何となくだけど、この呪霊の正体とこの異世界の正体を理解した。

ならば、できる。

この呪霊を上手く使って、ここを脱出するんだ。

 



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第20話 両面宿儺ー肆ー

ーーーー地下鉄ホームーーーー

 

 

灰コートの攻撃を受け、紡が吹き飛んだ。

その体は地下鉄のホーム下、レールの上へ転がる。

そんな彼女に駆け寄る針倉。

追撃を警戒しながら、反転術式で回復を試みる。

 

 

「……はっ……ふぅ、ふっ……」

 

 

殴られた右肺の損傷が酷く、呼吸が上手くできていない。

そう判断した針倉は針を彼女の右胸部へ。

反転術式で作り出した正のエネルギーを流し込む。

恐らく彼女は、この戦闘ではリタイアだろう。

針倉はそう考え、紡を右手で抱えた。

幸いなことに針が彼女の体に刺さってさえいれば、反転術式は回せる。

 

 

「さて、私はここを退くことにするよ。まだこの娘を殺されるわけにはいかないからねぇ」

 

 

この娘にはやることがある。

そう言って、ニヤリと笑う針倉。

 

 

「君はどうする? 退くのかい」

 

「…………」

 

 

灰コートの男は答えない。

強い呪詛師ではある。

だが、動きは鈍く、逃げることくらいはできる。

針倉には一般人を助ける気は更々なく、もし自分を追ってきたところで一般人を遠ざけるために下ろした帳を上げ、このまま駅に戻って一般人の中に紛れればいいだろう。

そんな風に考え、逃げる算段をつけていた針倉の横、ホームの先から声。

 

 

「いいや、退かせんよ」

 

「!」

 

 

不意に聞こえた声に、針倉は右側へ視線を向けてしまう。

その隙をついて、灰コートの男が雄叫びをあげながら迫る。

 

 

ーーバキィィッーー

 

「グッ……」

 

 

瞬時に判断し、呪力で固めた左腕で受け止める。

咄嗟に紡を抱える右側を庇う形で受けたが、針倉は自分の左腕が折れたことを悟った。

いくら針倉が準一級といえど、異形の右腕とパワーを持つ灰コートの全力の一撃。

まともに受けた結果、その体は壁に叩きつけられる。

勿論、紡も放り出され、彼女の体はある人物の腕の中に抱きかかえられた。

 

 

「女性はもっと丁重に扱うもんじゃ、坊主」

 

 

まるで老婆のような口調で、彼女は針倉に忠告した。

その姿を見て、針倉は一言その名を呼ぶ。

 

 

 

「長野、桜……」

 

 

 

レールからホームへ飛び上がり、紡をホームの床に横にさせた『長野桜』は灰コートの男の側に歩み寄る。

そして、彼の頭を撫でながら、針倉を見下ろし話しかけた。

 

 

「ふむ。思ったよりも元気そうじゃのぅ……呪力の扱いだけでそこまでダメージは抑えられまい。何かしたか?」

 

 

小首を傾げる彼女。

外見だけで言えば、決して不細工ではない。

むしろ中学校での姿よりも人の目を惹く何かを纏っているように感じられる。

 

 

「化粧でも学んだのかい? それ、中学校の校則に違反してるんじゃないかな」

 

「いやはや儂に言える立場かいな、針倉先生」

 

 

お互いを煽るように言葉を交わす針倉と長野桜。

と針倉にとってそれは時間稼ぎ。

呪力を纏わせた針を動かし、ホームまで這わせるための。

そして、

 

 

「『針灸』!」

 

 

呪力が爆ぜる。

その直前ーー

 

 

「『膿腕(のうわん)』」

 

「あぁ、ぁぁぁっ!!」

 

 

長野桜の声に反応するように、灰コートの男ーー『膿腕』が飛び出し、彼女の盾になった。

 

 

「なるほど、その男は君の傀儡ってことか」

 

「いいや、右腕と言ってほしいのぅ」

 

 

男はかなり頑丈なようで、『針灸』を受けてもそこまでダメージを負っていない様子だった。

 

 

「この子は『膿腕』といってな。生まれつき右腕が肥大化し、脳も発達できない子だったのよ」

 

「可哀想なことに親に捨てられてのぅ」

 

「それを君が拾って呪詛師に育てたってことか」

 

 

御名答。

そう言って妖艶に笑う長野桜。

その笑みは中学生のそれではないことは自明であった。

 

 

「……まぁ、それはいいさ。その男の境遇なんて私にはどうでもいい」

 

「おや、つれない反応じゃな」

 

「私が知りたいのは君の目的だ。目的が分からないのは不気味なんでね」

 

「安心しなさいな。儂は坊主とそこの娘には興味がないからのぅ」

 

 

じゃあ、君の目的はーー

 

 

 

「菅谷長月、か」

 

「それも御名答」

 

 

 

長野桜が答えると同時に、膿腕が再び襲いかかる。

真っ直ぐに大振り。

それを跳んで避ける針倉。

空振った右腕の上を駆け、膿腕の右側頭部を呪力を込めた脚で蹴り抜く。

だが、

 

 

「甘いかっ」

 

「あぁぁぁあぁっ!!!」

 

 

ーーブンッーー

 

 

右腕を上へ振る膿腕。

針倉はその腕を蹴り、宙を駆け、二人の後ろへ。

そこには紡の体。

 

 

「これで、私の目的は完了さ」

 

 

横たわる体を抱え、そう告げる。

 

 

「ほう。端から儂らと戦う気はない、と」

 

「言っただろう? 退くってさ」

 

「クックックッ、ようやりおる」

 

 

追おうとしてくる膿腕の足元に、針を飛ばす。

そのまま呪力を流し、爆発を起こした。

 

 

「呪力でホームの床を破砕し、煙幕代わりにしたか。不気味なのはどちらかのぅ」

 

 

興奮する膿腕を撫で、落ち着かせる長野桜。

 

 

「……ふむ、あの坊主が下ろした帳が消えた。いずれ非術師がここに降りてくるじゃろうな」

 

「折角東京駅まで来たんじゃ。めぼしいモノ数匹搾り取ってから帰ろうかの。上手く血を搾り出せたら、膿腕にも少し分けてやろう」

 

 

長野桜の浮かべた笑みは。

まるで御馳走を前にした子供のようで、孫を慈しむ老婆のようであった。

 

 

 

「……向こうではどれ程経ったかは知らぬが、そろそろよいかの」

 

「そろそろ『あの娘』も力尽きておろうて」

 

 

 



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第21話 両面宿儺ー伍ー

ーーーー長月視点ーーーー

 

 

あれから1時間ほどが経過した。

どうにか試行錯誤しながら、僕は元のトイレに戻ってきていた。

 

 

『…………』

 

 

例の呪霊を連れて。

正直、大変だった。

僕が前に進めば奴も前に進み、一歩下がれば一歩下がる。

奴と直面したまま横に動くと、僕を阻むようにピッタリと貼り付くように動いてくる。

まるで、そう。

 

 

「鏡のように」

 

『鏡のように』

 

 

考察するに、こいつは鏡の呪霊。

そして、ここはこいつの『生得領域』ーー鏡の世界ってところか。

思い返せば、僕がこっちの世界で目を覚ましたのはトイレの洗面台、もっと言えば鏡の前だった。

合わせ鏡や紫鏡。

鏡にまつわるものといえば、そんなところだろう。

『赤マント』のように都市伝説の類いの畏れが形を成したもの。

 

 

「……術式で鏡の中に連れ込まれたなら」

 

『……術式で鏡の中に連れ込まれたなら』

 

 

呪霊と鏡の間に立つ。

当然のように、呪霊は僕と向き合う。

僕が鏡の方を向いているにも関わらず、だ。

つまり、鏡に写る呪霊が僕の方を見ている、目が合う。

それと同時に、奴はーー奴等は動いた。

 

 

『『アさで、スヨォォぉ』』

 

ーービュンッーー

 

 

2体が声を揃えて、背後から、そして、鏡の中から襲いかかってきた。

僕はそれを、

 

 

「っ」

 

 

体で受ける。

勿論、わざとだ。

僕の狙いはただひとつ。

この邪魔な縄を切ること。

縄には呪力が込められていて、普通のものでは切ることができなかった。

だから、わざと攻撃を食らう必要があったんだ。

 

 

「ちょっと……痛かったっ」

 

 

けど、2体の攻撃で縄の一部が焼き切れた。

都合よく腕回りだ。

僕はそのまま縛られてる手を口元までもってきて、歯で食いちぎる。

 

 

「やっとだ」

 

 

掌印を結ぶ。

術式に刻んだ呪霊をひとつ、ふたつ。

 

 

 

「『蟲纏』」

「『赤マント』」

 

 

 

鏡の中の方は『毒蟲』を纏わせた僕自身が、背後の呪霊へは『赤マント』が対峙する。

呪力は喰う、けど。

 

 

「一気に潰すッ!」

 

 

奴は人型。

ならば、急所は変わらないはず。

呪力が集まる頭を『蟲纏』で薙ぐ。

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

蟲が切り口から入り込み、呪力を奪う。

背後に目をやれば、ちょうど『赤マント』ももう一体を撃破していた。

手にもった注射器からさっきの呪霊の残穢を感じることができた。

なるほど。

人間相手にはあれで血を吸っていたけど、呪霊相手だと呪力を吸うって訳なのね。

 

 

「……これで終わりか」

 

 

その呟きと共に術式を解く。

呪霊を倒せば『生得領域』は消える。

廃アパートで鉱石の呪霊を倒した時にそれは体験済みだ。

けど、なぜか消えない。

 

 

「呪霊は祓えたはず。なのに、領域が消えないってことは……」

 

 

思考を巡らせる。

聞きかじりの知識だけど、考えられる原因はいくつかある。

一つ目はそもそも今祓ったのがこの『生得領域』の主ではないこと。

二つ目はまださっきのを祓えてないこと。

 

 

「一つ目は、ないか」

 

 

この辺りに漂う呪力と奴のそれは一致していたように感じた。

勿論、この間の一件があるから、自分の呪術に関する知識を過信しすぎるつもりはないけど。

それでも、流石に間違えようがない。

そのくらいこの領域の呪力は濃かった。

……とすれば可能性は、もうひとつの説。

 

 

「祓えてない……そっちの方があり得るかな」

 

 

この大きな『生得領域』に対して、相手が弱すぎる。

歪とはいえ東京駅を再現できる呪霊なんだから、一撃で祓えるって方が不自然だ。

あれは末端かもしれない。

なら、また歩き回れば他の奴に遭遇できる?

それを潰していけばいつか本体に会えるって?

 

 

「そんなことしてたら時間が足りないな」

 

 

ただでさえ、ここでの時間の流れは早く感じる。

末端を一つ一つ潰していくのはあまりに非効率で現実的じゃない。

奴が鏡の呪霊ならば、鏡から鏡へ動けるのかもしれないし。

この歪んだ東京駅にどれだけ鏡があるか……。

でも、掌印を結べる今ならーー

 

 

「『毒蟲』」

 

ーーゾゾゾゾゾゾーー

 

 

蟲を出していく。

あまり複雑なことは命令できないが、鏡を片っ端から壊すという簡単な命令ならば!

 

 

「すべての鏡を喰らい尽くせ」

 

 

僕の言葉に反応して蟲が四方に散っていく。

あとは、待つだけだ。

呪力のコントロールのために、トイレの外に座って目でもつぶっておくことにしよう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

15分弱が経過して、蟲が徐々に帰ってくる。

この蟲の元々の使い手曰く、蟲は肉を喰らうと強く増殖し、呪力を喰らうと速くなる。

奪って以来、呪力だけは喰らっていたおかげで、ずいぶん蟲の速度も速くなっているみたいだった。

おかげで短時間でほぼすべての鏡を壊すことができた。

 

 

「しかも、蟲が呪力を喰らってる」

 

 

恐らくまた数体、鏡の呪霊がいたんだろう。

会敵した時に喰らったって訳だ。

 

 

「一体一体は弱いけど、数が多くて広範囲に分散してるってことね」

 

 

蟲がいて本当によかった。

いなかったら、どれだけかかったか考えただけでゾッとする。

さて、あと戻ってきてないのは八重洲北口の方に行った蟲か。

意識を集中させてみる。

すると、どうやらそちらへ向かった蟲は、

 

 

「……消されてる」

 

 

祓われてるのか単純に消されたのかは分からない。

でも、この世界に引き込まれた呪術師が僕の他にいないならば、恐らくそこにいるのはこの世界を作り出した元凶。

末端でなく呪霊の本体だろう。

 

 

「行くか」

 

 

ーーーー八重洲北口ーーーー

 

 

本来の東京駅であれば……キッチンストリートだったっけ?

飲食店が並ぶ場所に『それ』はあった。

巨大で、圧倒的な存在感。

嫌悪感に近い。

近づきたくない気配を纏う『それ』の周りには3体の呪霊。

守るように貼り付いている。

呪霊が守る『それ』とはつまりーー

 

 

「『紫鏡』」

 

 

よく聞く鏡の都市伝説。

二十歳までこの言葉を覚えていたら呪われて死んでしまう、とか。

 

 

「呪われて、か。案外あり得ない話でもないのかもね」

 

 

ポツリと呟いてから、様子を伺う。

その名の通り、3mはあろうかという鏡面は紫色に染まっている。

塗料ではない。

鏡面に流れている呪力の色なんだろう。

……まぁ、それはいい。

厄介なのは3体の呪霊。

ここからでも分かる、きっきまでに祓った奴等とは比べものにならない呪力量だ。

 

『毒蟲』で呪力は喰らっているとはいえ、あのレベルのを3体同時はきつい。

チャンスは1度きり。

『赤マント』と『蟲纏』で奇襲をかける。

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾーー

 

 

そうと決まれば動きは早い。

一気に『毒蟲』を解放し、一部を纏う。

最低限、右手だけの『蟲纏』。

残りはすべて、3体の呪霊の上方へ。

奴等が蟲に気を取られ、上へ視線を向けた瞬間走り出す。

 

 

「『赤マント』!」

 

 

同時に『赤マント』を展開。

駆ける。

 

 

「一匹目!」

 

ーーバシュンッーー

 

 

首を跳ねた。

そのまま『紫鏡』の方へ走る。

 

 

『オキレいデすねぇぇェエ』

 

 

それに気づいた一匹が僕の方へ迫ってくる。

当たりだ。

やはりこいつらはこの『紫鏡』を守っている。

だからーー

 

 

「簡単に引っ掛かる!」

 

 

一匹をこっちに釣るための罠だ。

体を翻し、迫ってくるもう一匹に手刀を振り抜く。

 

 

『アぁぁアア!?!?』

 

 

呪霊もそれを直前で感じ取ったのか避けようとするが、手刀は奴の腕を掠め、その腕を刈り取った。

勿論、それだけじゃ終わらない。

 

 

「喰い破れっ!」

 

 

蟲が奴の腕から体内に巡っていく。

体を喰い破り、呪力を貪る。

いける!

呪力量は多いけど、思ったよりも知能は低く、耐久性もない。

あと一体。

『赤マント』が足止めしている奴を倒せば終わりーー

 

 

 

ーーキィィィィィィィィィィィィィィィィッーー

 

「っ!?」

 

 

 

突如鳴り響く音。

何かの叫び声のような甲高い音に、耳がやられてしまう。

恐らく鼓膜がやられた。

それに

 

 

ーーグラッーー

 

「平衡感覚も、いってる……」

 

 

上手く立っていられず、膝をつく。

残った呪霊を足止めしていた『赤マント』も解けて、血溜まりになってしまう。

 

 

『オタめシもデキまスヨぉおォォぉ』

 

 

迫ってくる呪霊。

呪力の込もった拳をどうにか左腕で受ける。

だが、ダメージは大きく、骨が軋むのが分かった。

 

 

「~~っ、『毒……蟲』ッ!」

 

 

反射的に『毒蟲』を出す。

奴の頭にまとわりつき、視界を覆い隠す。

その隙にどうにか離脱し、適当な店舗の中へ。

まだ上手く立てないから四足歩行でだけど。

 

 

「しく、じった……」

 

 

痛む左腕を押さえつつ呟く。

幸いまだ呪力は残っているから、奴を撹乱して時間は稼げるけど、難しい操作はできないだろう。

『赤マント』はもう出せない。

『蟲纏』は……ギリギリか。

今の呪力操作が覚束ない状態では、一歩間違えば蟲に自分の体を喰われる可能性がある。

できて瞬間的に1回。

勝負は1回きり。

勝ち筋は『毒蟲』で崩して『蟲纏』で仕留めること。

方針は決まった。

後はやられた平衡感覚が少しでもマシになるまで休んで、もう一度ーー

 

 

 

『おねえちゃン』

 

 

 

背後からの声。

ゾワリと、背筋が凍る。

 

 

『ねぇネぇ、オネえちゃん』

 

「っ」

 

 

反射で背後へ『毒蟲』を飛ばす。

だが、

 

 

ーーパァンーー

 

『おネえちゃン』

 

 

幼い少女の姿をした『それ』。

本来は可愛らしいと感じるはずの姿とは別物のドス黒い呪力。

『そいつ』に近づいた途端に蟲は弾けた。

『そいつ』は何もしてない。

ただ近づいたことでその呪力で爆ぜてしまったんだ。

それほどまでに危険。

今まで遭遇したどの呪霊(ばけもの)よりも呪霊(ばけもの)

 

 

「はっ……は…………」

 

『ねぇ』

 

 

一歩一歩、『そいつ』は僕の方へ近づいてくる。

動けない。

少しでも動くと殺される、そう感じた。

だから、僕はそれを聞くしかない。

聞くことが術式の発動条件だったとしても、

 

 

『キいたことあルカなぁ?』

 

 

ただ、聞くしか、

 

 

 

 

『ム ラ    さ   キ  か が   ミ』

 

 

 

 

僕の意識はそこで途切れた。



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第22話 両面宿儺ー中断ー

ーーーーーーーー

 

 

僕が次に目を覚ましたのは、東京の呪術高専の医務室のベッドの上であった。

つまり、『紫鏡』の『生得領域』から気を失っている間に抜け出したということ。

何があったかは……分からない。

 

 

「入り込まれているかもな」

 

 

ベッドから体を起こし、ここに勤める彼女ーー家入さんの話を聞く。

 

 

「入り込まれている……ですか」

 

「詳しくは分からないが、君の体に残穢がかなり濃く残っている。ただの接触じゃこうはならない」

 

「鏡の呪霊ーーあの『紫鏡』の……。でも、そんなの分かるもんですか」

 

 

あの呪霊にあったのは僕だけだ。

なのに、分かるものなのだろうか。

僕の表情を見て察したのか家入さんは、僕の質問に答えてくれる。

 

 

「その呪霊に関しては報告は挙がってた。だから、呪力自体はこちらでも分かってはいる」

 

「だが、君の話にあるそれは、今までの報告とは明らかに違う」

 

 

家入さんの話によれば、あくまでも『紫鏡』は人を1人、数分程度鏡に引きずり込める程度の力しかない。

その上、その『生得領域』は数m四方。

……とはいえ、人を引きずり込むような呪霊が祓われずにいたのはどうかと思うが。

 

 

「放っておいてもそこまで害はない。そう判断していたんだ」

 

「けど、僕が遭遇したのは……」

 

「あぁ、害がない訳はない」

 

 

少なくとも十数匹の低級呪霊と3匹の上級呪霊。

そして、あの少女(ばけもの)

針倉術師の言葉を信じるならば、一級の『赤マント』と同等ーーいや、それ以上。

つまり、

 

 

「『特級』」

 

「……だろうな」

 

 

思い出しても背筋が凍る。

『特級』……次元が違う。

だけど、あの呪霊は元々はそんなんじゃなかったって……。

 

 

「原因は『両面宿儺の指』だ」

 

「! それって特級呪物の……」

 

「あぁ、それを取り込んでいたみたいだな。もう回収されたからここにはないが」

 

 

そこにあるだけで呪霊を寄せ、呪霊が取り込むことで呪力の格を上げる代物。

 

 

「ちなみに君にも『宿儺』の残穢が残ってる。『紫鏡』の残穢よりも濃く」

 

「…………」

 

 

家入さんの言葉を聞き、僕は自分の掌を見つめる。

僕にあいつが入り込んだというなら、掌印を結べば……。

 

 

「止めておけ」

 

「え?」

 

「回収されたとはいえ特級呪物を取り込んでいた呪霊を使役するのは相当のリスクだ。逆に取り込まれる可能性もある」

 

「……はい」

 

 

暴走。

もし僕が『紫鏡』に取り込まれたとしたら……。

あの背筋が凍る感覚を思い出して、身震いする。

……うん。

これは使わないように、しよう。

 

 

「しかし、『呪霊操術』か。話には聞いていたが……」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや…………少しタバコを吸ってくる」

 

「あ、はい」

 

「恐らくもう体は大丈夫だろうから、出ていっても構わないよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

仕事だからな。

それだけを告げ、家入さんは医務室から出ていった。

どうしたんだろうか。

僕の顔を、いや、『呪霊操術』に何か……。

 

 

ーーガチャーー

 

「え?」

 

 

 

「長月ちゃんっ!!」

 

 

 

家入さんと入れ違いで医務室に入ってきた人物。

彼女は僕の名前を呼びながら、突撃してーー

 

 

ーードスッーー

 

「おぶっ!?」

 

 

ーー僕はベッドに押し倒された。

僕よりも重傷である紡ちゃんに。

 

 

 

ーーーー呪術高専 空き教室ーーーー

 

 

 

「さてさて、二人とも無事復帰したわけだし、話を進めようか」

 

 

とある空き教室にて。

机に座る僕と紡ちゃんの前、教壇に立つ針倉術師。

 

 

「長月ちゃんの護衛は完遂したし、『両面宿儺の指』の回収はひとまず後回しだ。別の任務が入ったからね」

 

 

護衛を完遂…………まぁ、僕が高専にいる時点で解決はしたのか。

当初の目的である呪霊を取り込む任務も、準備にあと数日かかるらしい。

であれば、後は紡ちゃんと針倉術師が遭遇したというーー

 

 

 

「呪詛師・『膿腕』」

 

「長野桜」

 

「両名の確保、もしくは排除だ」

 

 

 

肥大した右腕を持つ呪詛師。

そして、その呪詛師に指示を出していたという、もう1人の長野桜。

恐らく僕が遭遇した方の彼女。

 

 

「長月ちゃんに賞金をかけたのも彼女だろう。長野桜は君を狙っているという話だったからねぇ」

 

「僕を?」

 

「あぁ。もしかしたら件の『紫鏡』をけしかけたのも彼女かもしれないよ」

 

 

呪霊に僕を襲わせる。

特定の人物を……襲わせる?

それって、

 

 

「『赤マント』の時の呪具……呪霊を誘導する赤い珠。あれももしかして、もう1人の長野桜が用意したもの……?」

 

「その通り! ま、彼女が何を考えて君を狙っているかは全くの不明だけどね」

 

 

それで僕を鏡に引きずり込むように誘導したのか。

 

 

「針倉さん」

 

「ん? なんだい、紡ちゃん」

 

「被害は……被害者はいたんですか」

 

 

ふと隣を見ると、口元を抑えながら紡ちゃんはそう訊ねる。

やや声のトーンを落とし、針倉術師は答える。

偲んでではなく、興味がないんだろうが。

 

 

「まぁ、数人ね。水分を抜かれてミイラ状態で死んでたってさ」

 

「…………惨い」

 

 

その死に方、鈴木と二人の補助監督の時と一緒。

なるほど。

やっぱりあの時も長野桜は関係していたわけか。

 

 

「まぁ、そんなわけで私達はあいつらを追う、というか誘き寄せる」

 

「わかっーーん?」

 

 

一瞬流しかけたが、今、なにか不穏な言葉を聞いたような……。

 

 

「針倉さん、まさか」

 

 

怪訝な表情をする紡ちゃん。

彼女の言葉に、針倉術師は笑いながらそれを肯定した。

 

 

 

 

「その通り!」

 

「長月ちゃんを囮に奴らを誘き出そうぜ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第23話 嚥下

ーーーー呪術高専内女子寮ーーーー

 

 

呪詛師の排除の任務が入ったとはいえ、呪霊を取り込む任務がなくなった訳ではない。

東京駅で僕が牧さんによって発見され、高専に運び込まれた時から4日が経っていた。

遂にその時ーー呪霊を取り込む時が来たんだが……。

 

 

「……はぁぁぁ」

 

 

僕は大きなため息を吐いていた。

勿論、理由はひとつ。

 

 

「取り込みたくない……」

 

 

呪霊を取り込めば、手札が増える。

それはいい。

だが、今回の『紫鏡』はともかく、『赤マント』の時は本当に酷かった。

今まで食べたことのないような……いや、そもそも食べ物ですらないな。

で、今回も呪霊を取り込むために、高専で捕獲したという呪霊を僕と高専の術師で祓って、例の呪霊の残りカスを受け取ったんだけど……。

 

 

「…………嫌だ」

 

 

高専の女子寮のリビング。

そこで僕はとにかくごねていた。

高専生はどうやら授業かなにかで出払っているようで、僕1人……ではなく。

 

 

「はぁ、かったる」

 

「…………」

 

 

離れた席でスマホをいじりながら、こちらを見ずに言う女性。

年は……僕よりは上、それこそ紡ちゃんと同い年くらいだろうか。

見た目は派手。

褐色の肌に金髪という所謂ギャル風で本来僕が苦手なタイプ。

たけど、その姿に反してダウナー、ローテンション。

そんな言葉が似合う彼女。

名前は確か……。

 

 

「黒野堀さん……」

 

「なに、取り込む?」

 

「いや……」

 

「さっさとしてよ、ウチも忙しいんで」

 

 

黒野堀明(くろのほりあきら)

そう名乗った彼女も呪術師だ。

呪霊を1人で取り込みたいという僕の提案を飲んだ高専側が監視のためにつけたのが彼女。

 

 

「あー、また死んだ」

 

 

チラリと彼女の方を盗み見ると、スマホを放り投げていた。

……忙しいってゲームかよ。

 

 

「はぁ、かったる……」

 

「……そんなに面倒なら、僕のこと放っておいていいですよ」

 

「そういうわけにもいかないっしょ」

 

 

一応お金はもらってるんだし。

机に突っ伏しながらそう言う。

とても説得力には欠けるが、任務を投げ出すつもりはないらしい。

 

 

「でも、多分まだかかりますよ」

 

「充電保つ限りはここいる。てか、敬語止めてよ、気色悪い」

 

 

なんだろう。

紡ちゃん然り、呪術師女子っていうのは敬語を嫌うんだろうか。

 

 

「…………」

 

「…………で、なんでそんなにグダグダしてるわけ?」

 

 

痺れを切らしたのか僕にそれを聞いてくる彼女。

まぁ、待たせてる身だし正直に答えるか。

 

 

「僕の術式『呪霊操術』はこの黒い塊を飲み込んで呪霊を取り込むんだけど」

 

「んー」

 

「まずい、死ぬほど」

 

「あー」

 

 

生返事だった。

たぶんただの暇潰し、時間潰しなんだろう。

はぁ、仕方がない。

取り込むか。

そんな決意を固めようとして、

 

 

「……うしっ」

 

 

彼女が突然立ち上がる。

いい加減飽きたのかと思いきや、黒野堀さんは僕の目の前の黒い塊を手に取った。

 

 

「なにを……?」

 

「まずいんしょ、これ」

 

「……そうだけど」

 

「10分くらい待ってなよ、適当にこれに合うソースでも作るし」

 

「え、あっ、うん……」

 

 

「さすがに不味いもの食べるのしんどすぎるし。それともウチが作ったものはイヤなわけ?」

 

 

「あ、いや」

 

「んじゃ、てきとーに待ってて」

 

 

そう言うと彼女はリビングに併設しているキッチンへと消えていった。

……あれ?

もしかして、あの人いい人か……?

 

 

ーーーーーーーー

 

 

10分後。

彼女がスパイスから調合したというカレーソースを持って現れた。

彼女の作ったソースはとても美味しかった。

だが、それをつけてもーー

 

 

 

「おえっ」

 

 

 

ーー呪霊は不味かった。

 

 

ーーーーーーーー



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第24話 猜疑会敵ー壱ー

ーーーー秋葉原駅ーーーー

 

 

僕が呪霊を取り込んだ1週間後。

帳を下ろした秋葉原にて、僕と彼女はもう一度顔を合わせた。

 

 

「や」

 

 

黒野堀明。

僕にカレーソースを作ってくれたいいギャル。

デニムのスカートと白のオフショルダー。

……いや、呪詛師退治の格好ではないし、この場所にそぐわないことこの上ない。

 

 

「きぐーじゃん」

 

「ああ、うん」

 

 

今回ここに集められた理由を考えると奇遇でもなんでもないが。

 

 

「長月ちゃん、この方は?」

 

 

と僕に声をかけた黒野堀さんを見て、訊ねる紡ちゃん。

 

 

「あぁ、少し前に僕が呪霊を取り込むのに立ち会ってくれた人」

 

「ん、よろー」

 

 

スマホをいじりながらそう言う黒野堀さん。

悪い人ではないんだろうが、この感じだから誤解されるんだろうな。

なんて、人付き合いの苦手な僕が言えた義理はないけど。

 

 

「えぇと、よろしくお願いします……」

 

「んー」

 

 

辺りを見ると、少し離れたところに針倉術師。

変な形の眼鏡をかけた男性と一緒に何かを話している。

スーツ姿のその男性は、こちらをチラリと見て軽く会釈をした。

それにこちらもお辞儀を返す。

 

 

「……紡ちゃん、あれは?」

 

「あぁ、一級術師の七海さんですね」

 

 

軽薄が服を着て歩いているような針倉術師とは対照的な印象を受ける。

しっかりした大人の雰囲気。

なにやら二人は険悪な様子だった。

 

 

「……あまり仲は良くないようですよ。私も詳しくは知りませんが」

 

「そっか」

 

 

正直あまり興味はない。

関係性云々よりも今は顔と術式を一致させるので精一杯だ。

なにせ今回は、二人の呪詛師との戦闘が僕の仕事なのだ。

 

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

「『膿腕』に紡ちゃんの『呪言』は効かない」

 

「だから、紡ちゃんは長野桜に当てる」

 

 

合理的ではある。

だけど、それはあまりにもリスクが高い。

 

 

「相手の真意も実力も分からない以上ーー」

 

「あー、はいはい。その辺は折り込み済みだよ、私をあまり舐めないでほしいねぇ」

 

「…………」

 

 

僕の言葉を遮って、手をヒラヒラと振る針倉術師。

 

 

「さすがに他にも応援は要請してあるよ。一級が1人に準一級が2人と二級1人、あとは私と君たち2人」

 

「合計7人、ですか」

 

 

呪詛師2人に対しては過剰戦力。

なら……いいか。

 

 

「長野桜には、一級術師と準一級2人、そして、紡ちゃん」

 

「『膿腕』には、私と二級1人」

 

 

勝手だが合理的といえば合理的な割り振り。

って、あれ?

 

 

「僕が入ってないのは……」

 

「ん? あぁ、君は囮だからね」

 

 

囮。

つまり、どちらにも参加しないってことか?

そんな僕の予想は悉く外れて、

 

 

「長月ちゃんはどっちにも参加してくれればいいよ」

 

「戦局を見て、適当にね」

 

 

無茶苦茶なことを言われた。

経験の浅い三級術師に戦局を見ろとか……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「これならどちらかに配置された方がよかった」

 

 

ボソリと呟く僕に、黒野堀さんが声をかけてくる。

 

 

「まー、かったるいし、早めに切り上げよ」

 

「……あぁ」

 

 

そう言うと彼女は大通りの方に向かっていった。

確か彼女は対『膿腕』のグループだったはず。

針倉術師も駅を出て大通りへ向かっていたから、打ち合わせでもするのだろう。

かったるくても仕事はする。

その姿を見て、この間彼女がそう話していたのを思い出した。

 

 

ーーブブッーー

 

「!」

 

 

不意にスマホが震えた。

画面を見ると、メッセージが一件来ている。

送り主は針倉術師の他に来ている2人の準一級のうちの1人。

策敵ができる呪術師だという話だった。

その彼からメッセージが来たということは……。

 

 

「……来たってことか」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

呪詛師の呪力感知

長野桜 日比谷線ホーム

膿腕 大通り神田駅方面より

 

各員持ち場へ

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そのメッセージで全員が動き出した。

秋葉原駅から日比谷線ホームへ七海術師や紡ちゃん、2人の準一級。

恐らく大通りにはもう針倉術師と黒野堀さんが待機しているだろう。

さて、僕はどうするか……。

 

 

「…………とりあえず『毒蟲』で策敵でもするか」

 

 

正直、呪力はある程度残してはおきたい。

まだ『呪霊操術』を使いこなせていない僕には、呪霊自身での呪力の自己補完は難しい。

僕に入り込んでいるかもしれない奴の存在も無視できない。

だから、策敵ができるという準一級の術師に任せていたけど、戦闘に入ったなら話は別だ。

フリーで動ける僕がある程度『毒蟲』で策敵をーー

 

 

ーーブーッブーッーー

 

 

再度感じた震動に掌印を結ぶのを中断する。

また何かの情報かと思い、画面を見れば、長野桜を迎え撃つために日比谷線のホームへ向かった紡ちゃんの名前がそこにはあった。

 

 

「はい」

 

 

すぐに通話に応じて、用件をーー

 

 

 

「準一級術師2名が裏切りましたっ! あのメッセージは嘘偽りですっ」

 

「は!?」

 

「長野桜と『膿腕』は、秋葉原駅の長月ちゃんの近くに来ているかもーー

 

 

ーープツンッーー

 

 

通話が唐突に切れる。

画面には圏外の表示。

……合流しなくては。

スマホをしまうと同時に、紡ちゃんではない声が無人のはずの秋葉原駅に響く。

 

 

 

 

「久しぶりじゃ、菅谷長月」

 

 

 

 

戦局を見て動け。

そのタイミングは想定よりもずっと早く来てしまったらしい。

僕の前には、2人の呪詛師が立ち塞がっていた。

 

 

 

「最悪だな……」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第25話 猜疑会敵ー弐ー

ーーーー秋葉原 中央通りーーーー

 

 

本来ならば休日で歩行者天国になるはずの中央通りに、今いるのは3人だけ。

針倉と黒野堀。

そして、もう1人。

秋葉原駅に向かおうとする二人の前に立ち塞がる人物がいた。

 

 

「ギャルに、チンピラ……やだなぁ……」

 

 

目の回りの隈とボサボサで傷んだ髪。

上下黒のスウェットに身を包み、左の親指の爪を噛むその少年は決して高専側の人間でない。

呪詛師。

名を『才羽(さいば)』と言った。

その名前ですらも本当のものではなく、『膿腕』同様に長野桜につけられたものだ。

 

 

「ボクの苦手なタイプだ……」

 

 

ボソボソと喋りながらも、彼は二人の前から避けようとはしない。

覇気は感じない。

だが、弱くはないのだろう。

 

 

「急いでるんだけど、退いてくれないかな」

 

「それは無理な相談だよ……ボクは時間稼ぎを頼まれてるんだ」

 

 

針倉の言葉にそう答える『才羽』。

 

 

「ふむふむ。なら、仕方がないねぇ。ね、黒野堀ちゃん」

 

「はぁ、かったる」

 

 

針倉の呼びかけにため息を吐きながら、彼女はスマホを取り出した。

ゲームをするため、ではない。

それが彼女の術式。

 

 

 

ーーパシャッーー

 

「『落筆呪法・薙(らくひつじゅほう・なぎ)』」

 

 

 

撮影した対象の画像を編集することで、編集した通りの現象を現実にも引き起こす。

『薙』は撮影した画像に線を入れることで、切断する技。

彼女の術式の中で最も簡単だが、強力なものだった。

 

 

ーースパァァァンッーー

 

 

術式が発動、『才羽』の首が飛ぶ。

崩れ落ち、その体はピクリとも動かない。

 

 

「さっすがだねぇ。『落筆呪法』万能な術式で羨ましいよ」

 

「これさぁ、呪力チョー使うからヤなんだよ」

 

「それじゃ休んでても構わないよ。日比谷線の方は七海くんだしダイジョブでしょ」

 

 

駅に向かって呪詛師2人を祓うだけさ。

針倉はそう言って、歩を進めようとするがーー

 

 

 

「……だから嫌なんだよ。こういう人種は話を聞かなくてさ」

 

 

 

『才羽』はおもむろに立ち上がり、再び針倉たちの前に立ち塞がる。

飛ばされた首は離れたまま。

 

 

「マ?」

 

「……えぇと、首はどこだろう……」

 

 

うろうろと首を求めてさまよい歩く『才羽』。

思わず黒野堀は一歩、後退る。

それを見た針倉は冷静に呟く。

 

 

「不死身?」

 

「そんなところ……」

 

「なるほどね、それは時間稼ぎにもってこいな訳だ」

 

 

さて、どうしようか。

懐から針を1本取り出し、針倉はニヤリと笑った。

 

 

 

ーーーー秋葉原駅構内ーーーー

 

 

 

「長野桜……」

 

「成領中学校の時以来だのぅ、菅谷長月」

 

 

あの時とは違う古風な口調。

こっちがこの人の本来の姿なんだろう。

 

 

「なんで僕を……」

 

 

僕を狙っているというのは針倉術師から聞いてはいた。

だから、『赤マント』や『紫鏡』を使って僕を襲ったんだろう。

だけど、そもそも何が目的で僕を狙っているのかが分からない。

 

 

「オォォオオォォ」

 

「落ち着け、『膿腕』。殺すのはまだじゃ」

 

「…………」

 

 

奴の真意を考えるのは後だ。

今はこの状況を打破する方法を思いつく。

できなければ、僕はここで殺される。

状況を整理して頭を回せ、菅谷長月。

 

灰色のコートの男『膿腕』。

あれが紡ちゃんが会敵したという『呪言』の効かない術師。

そして、筋肉で肥大した異形の右腕。

見るからにパワーでごり押ししてくるタイプだ。

術式を使ったという話は針倉術師からは聞いていない。

ならば、まずはーー

 

 

「『蟲毒』」

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

『毒蟲』を展開して奴らを分断する。

僕から放たれた蟲たちは奴らの身体を瞬時に包み、視界を奪う。

あわよくばそのまま奴らの身体を喰い破れれば……。

 

 

「オォォォオッ!!!!」

 

「鬱陶しいのぉ」

 

 

「…………ダメか」

 

 

『膿腕』は強引に蟲を振り払う。

長野桜は、何故か『毒蟲』の方が奴から離れていってる。

振り払われたのはともかく、長野桜の方はどういう理屈だ?

僕から蟲への指令が届いてない……というわけでもなさそうだけど。

……でも、一瞬奴らの間に距離ができた。

 

 

「『赤マント』!」

 

 

その隙に、『赤マント』を呼び出し、

 

 

「女の方を相手にして」

 

『…………』

 

 

長野桜へ向かわせる。

紡ちゃんの『呪言』が効かなかったことから推測するに、『膿腕』には言葉が通じない。

ならば、問答で術式が発動する『赤マント』は言葉が通じる長野桜に当て、僕が『膿腕』を相手にする。

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

走りながら『蟲纏』を発動。

それと同時に『毒蟲』も展開する。

蟲で翻弄しながら、隙を突く。

これで時間を稼ぎ、紡ちゃんがこちらに来てくれるのを待つしかない。

彼女が来てくれれば、長野桜は倒せるはずだ。

後は『膿腕』を誘導して、針倉術師もしくは七海術師の方へ連れていけばどうにかなる。

 

 

「オォッ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

距離を詰めた僕への右の大振り。

それを身を屈めて避わす。

そのまま、

 

 

ーーゾゾゾッーー

 

「喰らえ」

 

 

屈んだ先にある奴の右足を喰らい切る。

 

 

「ガッ!?」

 

 

成功。

右足を喰われ、バランスを失った『膿腕』はそのまま倒れ込んできた。

このまま心臓を貫く!

これを防がれたとしても、周りから迫る蟲が喰い破る。

長野桜は『赤マント』が足止めしてくれているはず。

奴にとってこの状況は詰みだ。

だがーー

 

 

「オォォッ」

 

「!?」

 

 

普通なら防御体制をとる場面で、奴はさっき振り損ねた右腕を振りかぶる。

体勢が崩れたまま攻撃モーションに入っていた。

 

 

「嘘っ!?」

 

 

想定外の行動だった。

咄嗟に『蟲纏』を解除し、蟲を『膿腕』との間に固める。

さらに周りに放った蟲も集め、蟲の盾を作り出した。

強度自体は大したことない。

その代わり、拳が僕に当たる前にそれを喰い尽くす盾だ。

 

 

「オォォオオォォオォォ!!!!」

 

ーーブゥゥゥゥンッーー

 

「っ」

 

 

ーーバキィィィーー

 

 

結論から言えば、蟲の盾は奴の拳を喰い尽くせなかった。

強引に振り抜いた右拳は、ガードしたはずの僕の両腕の感覚がなくなるくらいには強烈で、僕を後方へ吹き飛ばした。

距離は離せたが、腕は……。

 

 

「……ある、な」

 

 

折れては、ないと思う。

だけど、しばらくは思うように動かないだろう。

『膿腕』を見る。

正確に言えば奴の右拳を。

蟲は役目をしっかり果たしており、その拳は親指側の半分は蟲で喰らえていた。

なのに、振り抜いてきたということは……。

 

 

「避ける気がない……厄介だ……」

 

「アァァア!!」

 

 

ーーブンッーー

 

 

血が吹き出るのも構わずに、喰われた拳をまた振るう。

本当に厄介だ。

こいつは自分の身体を守る気がない。

こいつの頭にあるのは僕を殺すことのみ。

恐らく長野桜の指示を完遂することだけを考えているんだろう。

本当に厄介だ。

……仕方ない。

まだ使い慣れてないからうまく使えるか分からないけど……。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

痺れる手で掌印を結ぶ。

呪力を開放。

 

 

 

「来い」

 

「『惑夢蝶(まどいゆめのちょう)』」

 

 

 



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第26話 猜疑会敵ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

『膿腕』

本当の名を有馬優という。

 

だが、その名前を本人が知ることはなかった。

彼は物心がつく前に捨てられたからだ。

そもそも物心がついてからも、彼は言葉を理解できなかった。

だから、彼が彼女に出会った時、衝撃を受けた。

 

 

「お前はこれから『膿腕』と名乗れ」

 

「アアァ」

 

 

世界で唯一自らを受け入れてくれた存在。

彼が初めて理解した言葉。

だから、彼にとっての自らの名前は『膿腕』になった。

 

 

「呪力を込めろ。呪力は負の感情。お前を捨てた親への憎しみをその右腕に込めるのじゃ」

 

 

親への憎しみ。

そう言われても彼には理解ができなかった。

彼はそもそも親のことなど覚えておらず、捨てられたということすら分からなかったからだ。

だが、彼女が言うのならば憎しみを持とう。

 

彼女の言うことは絶対で、この世のすべて。

 

それが彼の思考だった。

だからーー

 

 

 

「お前はもう要済みじゃ」

 

 

 

彼女の言葉で彼は絶望した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

惑夢蝶(まどいゆめのちょう)

 

 

『惑夢籠』はその名の通り蝶の呪霊。

『毒蟲』とは違い、一匹だけで存在する不可視の蝶。

術式は『夢籠り』。

鱗粉を吸い込んだ者を夢へ誘う。

その人の良い思い出を塗り潰す悪夢へ堕とす悪趣味な術式だという。

 

 

「~~っ、かはっ」

 

 

術式を発動して数秒後、僕は吐血していた。

『膿腕』の攻撃を喰らったからではなく、術式の反動だ。

それほどまでに強力なもの。

だけど、その効果は十分。

 

 

「ア、アア……」

 

 

奴の動きが止まった。

術式が発動できたのは数秒間だけ、今は解除されてしまっている。

どれだけ奴の動きを止められるかは不明だけど、今なら長野桜を叩ける。

 

 

『…………』

ーーバシュッーー

 

「術式を解除した……来るか!」

 

 

足止めさせていた『赤マント』を戻し、残った呪力を『毒蟲』へ集中させる。

『蟲纏』へ変換して、奴との間を詰めた。

 

 

「『膿腕』!」

 

「………………」

 

「チッ、まだ動けんか」

 

 

長野桜の声に返答はない。

大丈夫。

まだ奴は動けない。

殺せる。

 

 

「『蟲纏・一刀』」

 

 

狙うは心臓。

これでーー

 

 

 

ーーガクッーー

 

 

「ぐっ」

 

 

止めの一撃の前に、膝から崩れ落ちる。

あと半歩が届かない。

……限界、か。

これを取り込む前に話には聞いていたが、ここまで早く呪力も体力も持っていかれるなんて……。

 

 

「よそうがい、だ……」

 

「それはこちらの台詞じゃよ。まさか『膿腕』を行動不能にされるとはな」

 

「…………」

 

「天与呪縛と言ってな。この子は生まれながらに脳機能の一部が呪いに犯されておった。人語も理解できないそんな子供じゃ」

 

 

その代わりに与えられたのが強靭な右腕。

与えられた異質のせいで親に捨てられたんじゃから皮肉なもんだがの。

そう言って、彼女は動かない『膿腕』の頭を撫でる。

まるで、

 

 

「おやこ……」

 

「フッ、そんな綺麗なものじゃない。この子は儂がおらんと生きていけん。儂もこの子を利用して目的を果たしておる」

 

 

そう言う彼女の目からは慈愛すら感じ取れた。

って、まずいな……。

いよいよ意識が保てなくなってきた。

 

 

 

「眠るといい。直に朝が来る」

 

 

 

その言葉を境に、僕の視界は暗くなっていった。

 

 

 

ーーーー秋葉原 中央通りーーーー

 

 

「切りがないねぇ、殺しても死なないっていうのはなんとも厄介だ」

 

 

針倉は対峙した『才羽』にそう言う。

その首は既に元の位置に戻り、正常な姿に戻っていた。

面倒くさいという感情が、その様子から見て取れた。

 

 

「かったる……」

 

 

黒野堀は、針倉が攻撃をして相手が行動不能になる一瞬をついて何度かその脇を抜けようとした。

秋葉原駅にいる長月に危険が迫っていることを理解しているからだ。

だが、抜けようにも抜けられない。

『才羽』の術式によって、それを阻まれていた。

 

 

「言ったでしょ。ボクの役目は時間稼ぎだから……足止めするよ、死んでも」

 

「フフフ、死んでもねぇ。上手いこと言うじゃないか」

 

「感心してる場合じゃないし」

 

「いやいや、彼にしかできない言葉遊びだぜ。死んでも死なない彼の死んでもって言葉は軽いようで重いじゃあないか」

 

 

そう言って笑う針倉。

それは時間稼ぎ。

呪力で繋いだ針を巡らすための時間を作るためだった。

彼の狙いは、

 

 

 

「術式反転『吸針ー囲ー』」

 

 

 

呪力を吸う術式。

再生のための呪力を吸い取る算段だ。

 

 

「っ、呪力、持ってかれる……」

 

「黒野堀ちゃん」

 

「わかってる」

 

 

針倉が声をかけるより早く、黒野堀は走り始めていた。

軽薄な男とはいえ準一級。

それに反転術式を使えるという貴重さから等級は抑えられているという話も聞いたことがあった。

つまり、本来の実力は一級に近いだろう。

それが黒野堀の針倉への評価だった。

だから、実力だけは信頼していたのだ。

 

 

「待てよ」

 

「……またっ」

 

 

だが、その行く手は再度阻まれる。

黒野堀の視線の先には、自分の右腕を掴む右手。

切り離された『才羽』の右手があった。

そして、

 

 

ーーグンッーー

 

「っ」

 

 

その右手に連れ戻される。

それは彼の術式『再生力』によるもの。

彼の体内には無数の呪力の糸が張り巡らされている。

それにより、切り離した身体の一部を再び元の場所に戻せるという術式である。

痛みはある。

だが、彼は自身の痛覚を遮断している。

長野桜と呼ばれる女への信仰心がそれを可能にしていた。

 

 

「ここは通さないって再三言ってるだろ……ほんとに話聞かない人種だ」

 

 

だから、嫌いなんだよ。

ボソボソと呟く『才羽』。

その右手には、連れ戻した黒野堀がいて。

 

 

ーーバキッーー

 

「ガッ!?」

 

 

左の拳が腹部を捉える。

倒れ込む黒野堀の顔面に、さらに蹴りを入れ、『才羽』は捨てるように彼女を放り投げる。

 

 

「ぐ……」

 

「あーぁ、酷いことするねぇ」

 

 

投げ捨てられた黒野堀に歩み寄り、その状態を見て針倉は肩をすくめた。

 

 

「呪力量は少なくても発動できるのがボクの術式の強みだ。封印でもされない限り、ここは通さない」

 

「封印……封印ねぇ」

 

 

意味ありげに黒野堀を見る針倉。

彼女を見る彼の視線はどこか冷たさを含んでいて。

 

 

「ま、ここで長月ちゃんを殺されてしまっては元も子もないか。呪力は温存したかったけど仕方がない」

 

「吸った君たちの呪力でプラスマイナスゼロくらいにはできるかな」

 

 

針倉は胸の前で掌印を結ぶ。

そしてーー

 

 

 

ーーピロンッーー

 

「あ」

 

 

針倉がアクションを起こす寸前で、『才羽』のスマホが鳴った。

いきなりのことで一瞬場が固まる。

隙を突いて彼はすぐにそれを確認し、そして、笑みを浮かべた。

 

 

「彼女からかい?」

 

「……残念ながらボクは彼女いない歴はとうの昔に数えるのを止めた」

 

「なら、長野桜かな」

 

「そんな名前で呼ぶのは本意じゃないけど……そうだよ」

 

 

『才羽』は針倉にスマホの画面を見せる。

そこに書いてあったのは、短く一文だけ。

「目的は果たされた」

それが表すのはつまり、

 

 

 

「菅谷長月は回収したってさ」

 

 

 

長月が敵の手に渡る。

針倉にとって最悪のシナリオであった。

 

 

「…………ふぅ、じゃあ、ボクはこの辺で退散するよ。これ以上の時間稼ぎは必要ないし。それにーー」

 

「…………」

 

「殺気が駄々漏れで正直怖いからね」

 

 

「彼女に何をする気だ」

 

 

針倉の問いに『才羽』は答えない。

その代わりに、何かをポケットから取り出し、針倉に向かって投げつけた。

それを針倉は当然、呪力で受ける。

だが、その何かは彼の呪力に触れた途端に破裂する。

それは『赤マント』の時にも使われた赤い珠であった。

 

 

「チッ」

 

「『反魂香』に近いものだよ……すぐに呪霊が寄ってくる」

 

 

雑魚だけど、それこそ時間稼ぎにはなるでしょ。

そう告げて『才羽』は背を向けた。

 

針倉が集まってきた呪霊15体を祓い終えた頃、約3分後には黒スウェットの彼の姿はもうなかった。

 

 

ーーーーーーーー



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第27話 猜疑会敵ー肆ー

ーーーー呪術高専 空き教室ーーーー

 

 

秋葉原での一件の後。

私たちは呪術高専に戻ってきていました。

教壇には針倉さんがいて、席には私と牧さん、そして、教室の後ろの壁に七海さんが寄りかかっています。

重苦しい雰囲気。

そんな中、針倉さんが口を開きました。

 

 

「黒野堀ちゃんは戦闘不能。私の方で治療はしたが、戦線復帰にはもう少しかかるだろうね」

 

 

珍しく苛立った様子の針倉さん。

そこに手を挙げて、牧さんが発言をします。

ですが……。

 

「あ、あの、優誠先輩……」

 

「なんだい? 裏切り者の術師を二人も派遣した無能の補助監督くん」

 

「うぅ……」

 

 

言葉の棘が、すごい。

こんな彼は初めて見る……。

相当苛立っているんでしょうか。

と、ここで七海さんが口を開きます。

 

 

「今は人に八つ当たりをしている場合ではないでしょう」

 

「七海」

 

「菅谷長月、彼女の救出が最優先。違いますか?」

 

「…………あぁ」

 

 

ピリッとした空気が流れる。

けれど、本来の目的を思い出した針倉さんも少し冷静になったのか、一つ息を吐きました。

 

 

「状況を整理しよう。長月ちゃんを拐ったのは長野桜で間違いない。前に本人が言っていたからね」

 

 

東京駅でのことですね。

私が『膿腕』にやられて気を失っていた間に話していたと言っていましたし。

 

 

「問題は相手の勢力です」

 

「そ、そう、ですね」

 

 

七海さんの言葉に牧さんも私も頷きます。

異形の右腕を持つ『膿腕』。

不死身の『才羽』。

長野桜。

そして、

 

 

「あとは七海が仕留め損なった準一級1人、だねぇ」

 

「…………」

 

「ゆ、優誠先輩っ!?」

 

 

また余計な一言を発した針倉さん。

七海さんは……。

チラリと彼の方を見ると、針倉さんの挑発には乗らずに落ち着いた様子だった。

 

 

「逃げられた術師の術式は分かっています。その上で対策をーー1人、猪野という術師に応援を要請しています」

 

 

問題はないでしょう。

そう言う七海さん。

猪野……という方は分かりませんが、一級術師である七海さんが言うのならば間違いないでしょう。

 

 

「ゆ、優誠先輩、七海さん」

 

「なに、牧ちゃん」

 

「……五条悟に協力を要請するわけにはいかないでしょうか」

 

 

五条悟。

現代呪術界において最強の呪術師。

確かに彼に協力してもらえれば……。

 

 

「いえ、あの人は今、別の任務についています。『両面宿儺』関係の任務ですから、こちらに派遣されるのはまずありません」

 

「というわけだね、牧ちゃんにしてはいい考えだったけど」

 

「……そう、ですか」

 

「今いる戦力で叩くしかありません」

 

「んじゃあ、私と紡ちゃんで長野桜と『膿腕』を叩く。『才羽』は七海がどうにかしてよ」

 

 

針倉さんの提案、というだけで信頼はできませんが、それでも今、考えられる最良の割当。

とは思います。

おそらく牧さんも同じ考えのようで、手帳を取り出し、その分担をメモしていました。

 

 

「それでいいよね、七海」

 

 

投げやりに、針倉さんは七海さんにそう投げかけます。

それに七海さんは、

 

 

「…………いえ」

 

 

異を唱える。

 

 

「紡さんは私と一緒に行動してもらった方がいいでしょう」

 

「は?」

 

「あなたは『膿腕』の相手をお願いします」

 

「…………」

 

「『才羽』には紡さんの『呪言』は効くのでしょう。であれば、長野桜と『才羽』、『膿腕』を分断し、長野桜と『才羽』は私と紡さんが担当します」

 

「……はぁ、一級術師様の仰せのままに」

 

 

本当に嫌そうに。

針倉さんはそんな皮肉混じりの返答をしました。

 

 

「……紡さん、黒野堀さんの様子を見てきてもらえますか」

 

 

その後、七海さんの言葉を受けて、私は教室を後にしました。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

紡と牧が退室した後、針倉は七海に問いかける。

 

 

「どういうつもりだい、七海」

 

「……それはこちらの台詞です。私から言えばあなたの考えが分からない」

 

 

そのまま数秒間沈黙が流れる。

沈黙を破ったのは針倉。

一歩、七海の方へ詰め寄った。

 

 

「聞いているのはこちらだ。恐らく長野桜は『膿腕』と離れない。それを分断するという手間を考えれば、紡ちゃんは私と一緒に行動した方が効率がいい。違うかい?」

 

「分断は私の拡張術式『瓦落瓦落』で可能です」

 

 

あなたの言う効率を考えれば『呪言』の使える紡さんと私が組んだ方がいいでしょう。

七海はそう返す。

 

 

「…………七海」

 

「……正直に話しましょう。私はあなたを認めてません……いえ、信用していないという方が正しい」

 

「知ってるさ」

 

「大人である私たちには自分より子供を優先する義務があります」

 

「紡ちゃんは二十歳だぜ。子供じゃない」

 

「えぇ、彼女は擦り合わせもできているのでしょう。立派な術師だと聞きます」

 

「なら、いいだろう。紡ちゃんは私と組むようにしようぜ」

 

「……いえ、術式を自覚して1ヶ月しか経っていない少女を戦場に立たせるような人間には任せられません」

 

「呪術師の世界なんてそんなものだろ? 私や七海だってーー」

 

 

ズレを直すような仕草で七海は眼鏡に触れた。

そして、針倉の言葉を遮るように、七海は彼に告げる。

 

 

 

「あなたは彼女たちーー紡さんと長月さんを使って何か企んでいる」

 

「そんな人間に仲間の命を預けられますか」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「あ、あのっ! 狗巻さんっ」

 

 

医務室へ向かう途中の廊下で、牧さんに呼び止められました。

振り返ると、そこには息を切らせて走ってくる牧さんの姿。

 

 

「どうかしましたか」

 

「あ、そ、その……ずっと下を向いていた、ので……」

 

 

少し気になって。

牧さんはそう言って、私に訊ねる。

 

 

「大丈夫、ですか」

 

「っ」

 

 

どうやら、牧さんにはバレてしまっていたんですね。

 

 

「…………正直、混乱しています」

 

 

長月ちゃんが無事か心配だという気持ち。

早くしなくては、という焦燥感。

何もできなかった自分への憤り。

そして、呪詛師への怒り。

 

 

「今まで、友人と呼べる人はいませんでしたから」

 

 

4月から……いえ、私が呪術師だと明かした5月からの1ヶ月間。

短い間だったけど、私にとって長月ちゃんとの時間はとても大切で。

 

思えば、今までもかなり取り乱していました。

蟲の時も、東京駅の時も。

任務に同行できなかった『赤マント』の時も、長月ちゃんがピンチに陥る度に針倉さんに詰め寄っていた覚えがある。

今までの自分だったら考えられない姿だと自分でも思います。

それでも、すぐにそのピンチを解決してきました。

長月ちゃんは強いから。

 

 

「普通、術式を使い始めて、1ヶ月であそこまで強くはなれませんよね」

 

 

でも、なんでしょうか。

今回は今までとは少し違う。

そんな嫌な予感がしてるんです。

これは一体ーー

 

 

 

「なんなんでしょうか……」

 

「…………」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………っ」

 

 

目が、覚めた。

辺りは暗く、なんとなく湿気っぽい。

 

 

 

「あ、起きた……」

 

 

 

起き抜けで回らない頭で、声の主を探す。

室内は広くないようで、声の主はすぐに見つかった。

入口の側にいる。

長野桜でも、勿論『膿腕』でもない。

黒スウェットのボサボサ髪の少年。

 

不意に思考が繋がる。

恐らくこいつはーー!

 

 

「『毒蟲』!」

 

「あー、殺そうとしても無駄だよ。ボクの術式は不死身みたいなものだからさ」

 

「っ……お前は……」

 

 

彼の言葉に僕は一瞬、躊躇してしまう。

その隙に彼は口を開いた。

 

 

 

「はじめまして、ボクは『才羽』」

 

 

 



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第28話 猜疑会敵ー伍ー

ーーーーーーーー

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「いや、なにか言えよ……」

 

「そう言われても……」

 

 

さっきまでのピリピリとした空気から一転、そんなやりとりを交わす。

急に敵に自己紹介をされて何を言えというのか。

まぁ……でも、やっとぼやけた頭が晴れてきた。

目の前にいる少年について分かること。

それは、

 

 

「長野桜の仲間」

 

「仲間じゃなくて僕と言ってくれ……」

 

 

その辺はどうでもいいけど。

とにかく長野桜の一派で間違いはないようだ。

 

 

「というか名前」

 

「……名前?」

 

「長野桜なんて名前でボクの主を呼ばないでほしいな」

 

 

そういえば、僕は彼女のことを長野桜と呼んでいたが、あくまでもそれは彼女と顔が同じ成領中の生徒の名前だ。

なら、

 

 

「彼女の名前は?」

 

「主は『無常』、と」

 

 

『無常』

勿論本名ではないだろうけど。

……というか名前は問題ではない。

最大の問題はひとつ。

 

 

「……ねぇ、僕はなんで連れてこられたの」

 

「『無常』の目的は……なんで僕を狙うんだ?」

 

 

僕は『才羽』に問いかける。

彼女の仲間であるというなら、その目的くらいは知ってるだろう。

 

 

「主からは何も?」

 

「まぁ」

 

「なら、ボクに語る資格はないよ……」

 

「…………そう」

 

 

知らない、ではなく語る資格はないか。

彼も目的は知っているんだろう。

ただ彼の言葉の節々からは、彼女への信仰心にも近いそれを感じている。

彼女が僕に告げていないのならば話すことはできない。

万一それが彼女の意にそぐわないものの可能性があるから。

 

 

「その彼女は今どこに?」

 

「さぁ、ボクは君の監視を仰せつかっただけだから」

 

 

監視、ね。

つまり、僕を今すぐどうこうするわけではないということだ。

なら、じっくり待とう。

その間に、やれることをやらなくては。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

さっきちらっと聞いた彼の術式。

確か、不死身に近いものだと言っていた。

……少し探りを入れてみるか。

 

 

「『才羽』、だっけ。術式が不死身って言ってたけど」

 

「ん、そうだよ」

 

 

ボクは死なないよ。

身体の中に呪力の糸が張り巡らされている。

首を跳ねても、切り刻んでも再生する。

ただそれだけの術式だ。

そう彼は話した。

術式の開示にはなってはいるが、その術式の性質上開示をしてどうこうなるものではないらしい。

 

 

「……弱点は」

 

「ない。焼死も溺死も自死ですら死ねない。ただ粛々と再生するだけだ」

 

 

敵に弱点を聞くなんて大胆な奴だ。

そう言って笑う『才羽』。

まぁ、弱点がないから意味はなかったんだけど。

 

 

「そっちは『呪霊操術』だっけ」

 

「…………」

 

 

少し迷って、答える。

 

 

「そう、呪霊を使役する術式」

 

 

いざというときのための術式開示。

勿論それもあるけど……。

 

 

「……あなたの目的はなに?」

 

 

彼からは悪意を感じなかった。

 

 

「目的……? 言っただろ、監視だって」

 

「そっちじゃなくて」

 

「…………」

 

「なんで『無常』の仲間になってるの」

 

「…………」

 

 

僕が感じ取った、彼の彼女への信仰心のようなもの。

信仰するにはそれ相応の理由があるはずだ。

戦った『膿腕』から感じたそれは、きっと拾い育てられた恩。

じゃあ、彼のそれはなんだろうか。

それが少し気になった。

 

 

「…………」

 

「…………はぁ、なんでこう呪術師っていうのは性質の悪い奴しかいないのかな」

 

「…………」

 

「…………昔話をしようか、面白い話じゃないけどさ」

 

 

 

ーーーー独白ーーーー

 

 

彼が幼少期の記憶を思い返した時、母親の背中が最初に浮かぶ。

 

彼の父親は、仕事をせず、昼から酒を飲み、気に入らないことがあれば暴力を振るう。

それが日常で、母親はそれからいつも彼を守ろうとしていた。

自分の代わりに母親が殴られる。

いつしか母親を守りたいと思う気持ちが生まれるのは当然であった。

だが、幼い彼に母親を守るだけの力はない。

だから、彼は父親が泥酔し、動けなくなるタイミングを狙って火をつけた。

 

その結果、父親は死に、母親と彼は生き残った。

ただし、その後母親は自死を選んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「母親が愛しているのは、ボクじゃなくて父親だった……」

 

 

ボクを守っていたのは、ボクを殺したら父親が刑務所に行ってしまうから。

馬鹿みたいだろ。

彼はそう言って自らを嘲笑した。

 

 

「…………」

 

 

……母親、ね。

不意に僕は彼女のことを思い出してしまう。

4月に亡くなった僕の母親を。

 

 

「…………それを救ってくれたのが主だった」

 

 

なるほど。

失意の中、彼女に拾われた。

まぁ、分からなくはないか。

僕もばあちゃんや霞がいなかったら……。

いや……どうだろう。

彼の気持ちは分からなくはないが、それで信仰するほどになるだろうか。

そんな僕の気持ちを察したのか、彼は話を続ける。

 

 

「いや、それだけじゃない。ボクは主のおかげで母親を蘇らせることができた」

 

「ボクのことを守ってくれた最高の母親を」

 

 

そう言って彼は笑う。

どこか歪んだ笑顔で。

 

 

「……蘇らせた?」

 

「あぁ、主はある呪具を持っている」

 

 

 

「特級呪具『降霊杖(こうれいじょう)』」

 

「死者を思い通りに生き返らせることができる呪具だ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第29話 猜疑会敵ー陸ー

ーーーー都内 マンションーーーー

 

 

都内23区内にある高層マンション。

長野桜ーー『無常』はその最上階の一室にいた。

彼女はモニター越しに、数部屋隣の倉庫代わりに使っている部屋の様子を窺う。

そこにいるのは『膿腕』。

彼は膝を抱えて、ブルブルと震えている。

秋葉原駅で受けた長月の術式『惑夢蝶』によって、彼はずっとそんな様子であったのだ。

 

 

「儂の声も届かん……なんとも厄介な」

 

 

術式自体は解除されている。

だが、彼の心はまだ帰ってきていない。

 

 

「さて……困った。どうしたものか」

 

 

ため息混じりにそう呟く『無常』。

実際、彼女にとっての『膿腕』は貴重な戦力である。

そもそも彼女の術式は戦闘向きではなく、事戦闘に関してはすべて彼が担っていた。

針倉との会話の中の言葉、彼が右腕であるというのは彼女の本心。

だから、彼が動けないのは彼女にとって痛手であった。

それに『才羽』には連れ去った長月の監視を命じている。

そのため今、彼女を守る者は存在しない。

 

 

「まずいのぉ」

 

 

だから、彼女にとって現状は芳しくない状況であった。

 

 

ーービキビキビキッーー

 

 

突如として部屋の壁に亀裂が入る。

呪力が壁一面に走った。

 

 

「呪力を物に込める拡張術式ッ!」

 

 

モニターから離れ、部屋の外へ。

同時に、今まで彼女がいたその一部屋が崩落する。

 

 

「人のマンションをよくもまぁ」

 

 

崩れた部屋の前で、ため息を吐く『無常』。

その背後に2人の術師が立っていた。

 

 

「長野桜ですね」

 

 

1人は一級術師・七海建人。

もう1人は、

 

 

「やぁやぁ、東京駅ぶりだねぇ」

 

 

針倉優誠。

 

 

「坊主共……人のマンションを破壊しておいてその態度は褒められたものではないぞ」

 

「人拐いに言われる筋合いはないさ」

 

「菅谷長月はどこです」

 

「さぁ、あの娘は『才羽』に任せているからここにはおらんよ」

 

 

先程から七海は辺りの呪力を感知してはいる。

彼女の返答通り、近くから長月の呪力は感じ取れない。

ここにいる術師の他は少し離れたところに、1人分の呪力を感じるくらいだ。

本来であれば、呪力の感知に関しては、針倉の方が七海よりも上ではある。

だが、

 

 

「それにあの木偶はどうしたんだい? もしかして長月ちゃんにやられたとか?」

 

「……本当に不愉快な坊主じゃな」

 

 

この男を信用できない。

七海はそれをずっと感じていた。

そもそも聞いても虚偽の情報を掴まされる可能性もある以上、自身で呪力を感知する必要があった。

 

 

「ふーむ、何部屋か離れたところにいるあれが件の木偶の坊か。なら好都合だねぇ」

 

 

そう言って、針倉は懐から針を取り出し、呪力を纏わせる。

その針を『無常』へ飛ばしーー

 

 

「『針灸』」

 

 

ーー仕掛ける。

『無常』はその場でしゃがみ針を避けた。

針はマンション廊下の壁へ当たり、呪力が爆ぜる。

同時に七海が動いた。

 

 

ーーブンッーー

 

 

『無常』へ向け、呪符を巻いた鉈を振るう。

 

『十劃呪法』

対象を線分とした時、7:3の箇所に強制的に弱点を作り出す術式。

その威力は刃のないナマクラの鉈でもーー

 

 

ーーブシャァッーー

 

「ぐっ!?」

 

 

ーー呪力で守った人の腕ですら両断できる。

 

 

「ナイスだ、七海」

 

「このまま足を潰します。合わせてください」

 

「はいはい」

 

 

針倉は自身の針に。

七海は鉈に。

呪力を込め、攻撃する。

2人の攻撃は『無常』に命中し、彼女は両足を切断された。

 

 

「ぐぬぅ……」

 

 

残った右腕で、彼女は自らの体を支える。

満身創痍の状態で、これ以上の戦闘続行は不可能であった。

 

 

「呆気なかったねぇ」

 

「…………反転術式で治療を」

 

「必要かい?」

 

「菅谷長月の居場所を吐かせる必要があります。治療を」

 

「もう少しこの無様な姿を眺めていたかったけれど……仕方ないか」

 

 

針倉は針を彼女の左腕と両足に刺し込む。

今度は攻撃ではなく、反転術式による治療のためであった。

呪力が『無常』の身体に流れ込み、傷を癒していく。

 

 

「私の治療を受けられるんだから光栄に思うといいよ」

 

「…………」

 

「……?」

 

「…………坊主共」

 

「! 何かするつもりです! 拘束をーー」

 

 

 

「また会おう」

 

ーーパァァァンッーー

 

 

 

至近距離で彼女の身体が破裂した。

2人の術師は瞬時に呪力で身を守る。

だが、少し遅い。

 

 

ーービシャッーー

 

「っ、これはーー」

 

 

2人の顔に赤黒い液体がかかる。

そして、ほのかに香る花の焼けるような匂い。

七海は話に聞いていた『それ』を思い出し、名を口にする。

 

 

「『反魂香』っ」

 

「チッ、やられた……呪霊が来る」

 

 

純度は今までの赤い珠よりも圧倒的に濃い。

呪霊が集まってくる量も比ではないだろう。

七海はすぐに口を開いた。

 

 

「呪霊が集まってくる前に呪力の感知を!」

 

「言われるまでもない」

 

 

七海の言葉よりも前に、針倉はそれを始めていた。

そして、既にその呪力を捉えている。

 

 

「結果的に私の判断は正しかったねぇ」

 

「……それは結果論です。あなたがしたことは彼女たちを危険に晒す行為でしかない」

 

「なんとでも言えばいいさ」

 

 

七海と口論しながらも、針倉はすぐに電話を取り出し、彼女に伝えた。

 

 

「奴は地下に向かったようだよ」

 

「……あぁ、そっちは頼むね」

 

 

「紡ちゃん」

 

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

黒野堀さんへのお見舞いの後、私は牧さん伝てで七海さんから伝言を受け取った。

内容は今回の任務では、針倉さんが長野桜を、七海さんが『膿腕』を撃破するというもの。

そして、私は『才羽』という少年。

 

結局、あの後七海さんと針倉さんが話をしたのでしょう。

最初に聞いていた内容とは違っているようでした。

針倉さんからの指示ならともかく、七海さんからの指示ならば信頼できます。

なら、私はそれを全うするまで……なんですが。

 

 

「…………」

 

 

1人で、相手にするんですよね。

ふと、そんなことを考えて不安になります。

今まではそれが普通だったはずなのに心配になる。

私はーー

 

 

「大丈夫なんでしょうか」

 

 

何が、なんて惚けるつもりはありません。

それは自分が一番分かってる。

……それでも、私は長月ちゃんを助けたい。

 

 

 

ーーーーマンション入口 紡視点ーーーー

 

 

「彼女は地下に向かったようです」

 

 

針倉さんからの通話を切って、すぐに彼女に伝えます。

 

 

「地下…………何階まであるわけ……」

 

「たしか、地下3階まであったはずです」

 

「はぁ、かったる……」

 

 

そう言って、黒野堀さんはため息を吐いた。

反転術式による治療を受けたとはいえ、完治には程遠く、未だに治らない顔の傷が痛々しい。

それでも、

 

 

「流石にウチの目覚めが悪い……」

 

 

仲間思いというかなんというか。

見た目で誤解されがちなんでしょう。

悪い人じゃない、むしろ呪術師には珍しくいい人ですよね。

 

 

「頼りにさせてもらいます」

 

「ん、それじゃーー」

 

 

 

『落筆呪法・穿』

 

 

 

黒野堀さんの術式。

地面を撮影し、それを編集し穴を開けた。

これで地下への直通の入口が出来上がりました。

 

 

「これを繰り返せばすぐ着くから」

 

「はい!」

 

 

早速、その穴から下へ飛び降りる。

……うん。

きっと大丈夫です。

黒野堀さんと連携して戦えば、きっと長月ちゃんを助けられる。

 

 

 

「待っててください、長月ちゃん」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第30話 猜疑会敵ー漆ー

ーーーーマンション 地下ニ階ーーーー

 

 

『無常』は地下三階に急いでいた。

腕が立つであろう2人の呪術師は呪霊が足止めをしているとはいえ、時間稼ぎもたかが知れている。

『降霊杖』は決して使い勝手のいい呪物ではなく、次に戦闘に入ったら確実に祓われるだろう。

『膿腕』に戦闘を任せられない今、『才羽』と合流して脱出するのが彼女にとっての最善手であった。

だが、

 

 

 

ーーガァァァァァンッーー

 

 

 

轟音とともに、天井に穴が開き、少女たちが降ってくる。

先程とは違う2人の呪術師。

彼女の配下にあった準一級術師からその2人の情報は聞いてはいる。

狗巻紡と黒野堀明。

呪言師と『落筆呪法』の使い手。

どちらも強力な術式持ちで、彼女とは比べ物にならない。

ならば、どうするか。

 

 

ーーダッーー

 

 

逃げの一手。

彼女の選択は間違いではない。

 

 

「『落筆呪法・穿』」

 

ーーガクッーー

 

 

違和感。

足を踏み外した感覚があった。

足元を見ると、さっきまではあったはずの地面の一部がない。

 

 

「狗巻ちゃん」

 

「はい!」

 

 

向かってくる狗巻紡。

その手には筆。

『無常』はそれを見て懐から赤い珠を取り出し、投げる。

彼女の逃げの常套手段である『反魂香』は呪力に反応し、香りを放ち出す。

今回も例外ではなく、狗巻紡の呪力に反応して破裂する、はずだった。

 

 

『落筆呪法・包』

 

 

黒野堀は投げられた赤い珠を撮影して、その回りを囲む呪力の膜を編集して作り出した。

その時間、僅かに1秒。

香は広がる前に膜の中に収まる。

 

 

「くっ」

 

 

『眠れ』と書かれた呪符を手に、狗巻紡が迫る。

それを回避する術は今の『無常』にはない。

状況は詰んでいた。

 

 

 

ーーーーがァァァァンッーーーー

 

 

 

「アァァァァッ!!」

 

 

 

彼ーー『膿腕』が天井を突き破って乱入してこなければ。

 

 

 

ーーーー紡視点ーーーー

 

 

轟音とともに天井から彼が落ちてきました。

 

 

「アァァァァッ!!」

 

 

落下と同時に、彼がその右腕を振るう。

攻撃というよりも、長野桜に近づく私たちを振り払うような動きです。

 

 

「…………『膿腕』」

 

「ウゥゥゥ……」

 

 

彼女を守るように、私たちと対峙する彼。

私の『呪言』が効かない天敵。

なら、答えは一つです。

 

 

「黒野堀さん!」

 

「『落筆呪法・薙』」

 

 

一瞬の判断で彼女は『膿腕』をそのカメラに捉え、異形の右腕を薙ぎ切ーー

 

 

「がァァァァッ!!!」

 

ーーブンッーー

 

 

ファインダーに写るよりも速く『膿腕』が動いた。

彼についての情報はほぼ針倉さんからのものです。

東京駅で私が戦闘不能になった後も少し針倉さんは戦ったようでした。

でも、彼はこんなに速くは動けないって話のはずでした。

なのに、こんな!?

 

 

「っ、黒野堀さんっ」

 

「ヤバッ」

 

 

彼の狙いは彼女。

右腕を振り下ろす、そのための予備動作。

不意にあのときの戦闘を思い出し、背筋が凍る。

一撃で内蔵を破壊される感覚は忘れられません。

もし、この攻撃を手負いである黒野堀さんが食らってしまったら。

 

 

「っ」

 

 

呪符に筆を走らせる。

速記は嫌というほと身体に染み付いています。

振り下ろすよりも速く!

彼女に貼れば!

 

 

「間に合ってッ!!」

 

 

『飛び退け』

その呪符の通り彼女はその場から退避する。

その代わり、

 

 

ーーーーグシャッッーーーー

 

「~~~~っ」

 

 

左腕に走る激痛。

力も入らず、完璧に折れているのが分かります。

幸い折れたのが左腕ならまだ『呪言』は書ける。

まだ戦える。

 

 

「ウゥゥゥゥゥ……」

 

 

唸り声を上げながら『膿腕』がさらに迫ってくる。

 

 

「……っ、黒野堀さん」

 

「……ごめん」

 

「いえ、私も彼があんなに速く動けるのは想定外でした……。それに、黒野堀さんがやられてしまったらおしまいですから」

 

「…………」

 

 

少し俯く黒野堀さん。

何か、決意をしているような……?

 

 

「……紡ちゃん」

 

 

ふと名前を呼ばれる。

さっきまでとは違い、下の名前を。

 

 

「は、はい」

 

「ここはウチに任せてよ」

 

「え?」

 

 

突然の提案でした。

って、なにを……?

 

 

「腕、折れてるなら足手まといだし。だから、先に行って」

 

 

足手まとい。

それが彼女の本心でないことはその表情を見ればすぐに分かります。

 

 

「……でも」

 

「ダイジョブ」

 

「………………また後で、会いましょう」

 

「ん」

 

 

走り出す。

視界の端に写った彼女が笑うのが見えました。

 

 

「通すと思うか」

 

「!」

 

 

地下三階へ向かう階段に立ち塞がる長野桜。

けど、私はそのまま突っ込む。

 

 

「『落筆呪法・穿』!」

 

ーーガリガリガリッーー

 

 

「くっ、小娘ッ!」

 

 

私と彼女の間を削り、隙を作ってくれた。

ありがとうございます、黒野堀さん。

また、後で。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……やってくれたのぉ」

 

 

黒野堀を前にして、『無常』は呟く。

苦虫を噛み潰したような表情で、彼女を睨む。

 

 

「ウゥゥゥ……」

 

「『膿腕』、この小娘は搾り取れ。こいつに成り変わり、あの娘を追う」

 

 

『膿腕』は天与呪縛によって怪力を有している。

同時にその握力も尋常ではない。

それを利用して、人体から血液や水分を搾り取ることは彼にとっては造作もなかった。

そして、人体から搾り取ったそれは『無常』の術式によって再利用される。

 

『変身』

人間の組織を体内に取り込むことによって、その人間に成り変わる。

それが彼女の術式であった。

長野桜の姿も『変身』によるものである。

それを今度は黒野堀で行おうとしている。

 

 

「行け」

 

「オォォォォォッ!!」

 

 

雄叫びを上げて『膿腕』が迫る。

それを見て黒野堀は、

 

 

ーースッーー

 

 

スマホを下ろした。

そのまま、それを捨てる。

画面には、充電切れの表示。

 

 

 

ーーガシッーー

 

 

 

人から血液や水分を搾り取れるほどの腕力を持つ『膿腕』の右手を黒野堀は掴んでいた。

 

 

「グ、ウゥゥゥ……」

 

「……なぜその子の右手を受け止められる」

 

 

理由は簡単。

それが彼女の縛りであったから。

 

 

「スマホのバッテリーが切れるまではウチは一切の呪力を体に纏わせることができない」

 

「その代わり、バッテリーが切れたらウチの呪力は跳ね上がる」

 

 

術式を開示し、更にその呪力は増していく。

 

 

「ウチはさ、友達との約束は守るタイプなわけ」

 

「また後で、って言われたし」

 

 

ニヤリと笑い、彼女は更に力を込めていく。

『膿腕』の掌を握りつぶすほどの力で。

 

 

 

「ウチがあんたらを倒す」

 

「かったるいけど」

 

 

 

ーーーー地下三階 紡視点ーーーー

 

 

地下三階へはすぐに着きました。

階段にも誰もおらず、マンションの廊下にも誰もいない。

突き当たりの部屋以外、どこにも人がいる気配もなく、残穢を簡単に追うことができました。

呪力を右手に纏わせ、扉を破る。

 

 

「チッ、主じゃないのかよ……」

 

 

扉を破り、初めに目に飛び込んできたのは、1人の黒スウェットを着た少年の姿。

恐らく彼女の仲間。

 

 

「…………」

 

 

そして、その足元に横たわる長月ちゃんの姿。

 

 

「なが、つきちゃん……?」

 

「……あぁ、こいつの仲間か」

 

 

長月ちゃんから呪力は感じません。

まったく、感じ取れない。

 

違う。

そんなわけありません。

そんなことありえーー

 

 

「殺したよ。きっちり呪力でトドメを刺したから呪霊に転じる心配はない」

 

 

なにか言っている。

目の前の呪詛師がなにか。

……じゅそし。

そうだ、じゅそしだ。

じゅそしならーー

 

 

 

「ころしてもいいんだ」

 

 

 

 



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第31話 猜疑会敵ー捌ー

ーーーーーーーー

 

 

意識はある。

けど、体が思うように動かない。

僕は横たわったまま、『才羽』と紡ちゃんをただ見ているしかなかった。

 

 

「…………」

 

 

さっき彼の憑いた僕を殺したという嘘で、紡ちゃんは一瞬動揺していた。

けれど、今の彼女にその動揺は見られない。

不気味なほどに静かだ。

 

 

「ん? 仲間が死んだショックでローになった感じ?」

 

「…………」

 

「無視とか……」

 

「…………」

 

 

『才羽』の言葉には一切応じる気配がない。

それが正解のはずなのに。

なんだ、この嫌な予感は……。

 

 

「はぁ、呪術師っていう人種は全員、癪に触る奴らばっかりだーー」

 

 

「ーーなッ!!!」

 

ーードスッーー

 

 

攻勢に転じる『才羽』。

呪力を足に集め、動き、紡ちゃんの目の前へ。

そして、呪力が腕に移動して紡ちゃんの腹部を殴った。

 

 

「…………っ」

 

 

紡ちゃんは体を曲げる。

もろに入った攻撃で思わず体を折ったように見えた。

だが、実際は違った。

彼女は攻撃を受けながらも

 

 

ーーガシッーー

 

「こいつ、掴んで!?」

 

 

『才羽』の腕を掴んでいた。

そのまま、折れているであろう左腕に呪力を纏わせ、

 

 

ーーバキィィィッーー

 

 

彼の顔面を殴りつける。

そのまま『才羽』は吹き飛んだ。

広くはないマンションの一室だ。

彼は壁に叩きつけられる。

けれど、紡ちゃんの攻撃はそこで終わらない。

 

 

「ぐ、うぅ……」

 

「…………」

 

 

ーードゴォッーー

 

「が……っ!?」

 

 

『才羽』が壁にめり込むほどの無言の一撃。

さらに、もう一回殴る。

普通ならこれで十分倒せているだろう。

普通の人間ならば。

 

 

「……こ、の……調子に乗るなぁァァ!!」

 

 

『才羽』の呪力が跳ね上がる。

 

 

「『糸廻呪法』ッ!」

 

 

毛細血管に沿うように無数に張り巡らされた呪力の糸を使う術式。

これが彼の体を廻っている限り、彼は死なない。

どんな殺害方法でも彼は死ぬことはない。

その副産物として、糸の呪力出力を上げることで身体能力を上げることができる。

それが僕に開示した彼の『糸廻呪法』。

 

追撃をしようとした紡ちゃんの拳を受け止め、それを掴み、引き寄せる。

彼女を壁に叩きつけるつもりだ。

だが、

 

 

「…………ッ」

 

「ボクのこれで動かないだと!?」

 

「ッ」

 

 

紡ちゃんは動かず、掴まれていない右拳でもう一撃を『才羽』に叩き込む。

終始紡ちゃんが優勢だ。

だけど、なんだ……?

あの雰囲気、それに『呪言』も使ってない。

いつもの彼女らしくない。

それに呪力が……上がっていってる……?

 

 

「……こい、つ……呪言師じゃなかったのか……」

 

 

壁から抜け出ようとする『才羽』。

構わず彼を殴り続ける紡ちゃん。

おかしい。

彼女の様子はどう見ても異常だ。

 

 

「……つ、む…………ん」

 

 

彼女の名前を呼ぼうとしても声が出ない。

止めなきゃいけない。

そんな焦燥だけが強くなっていく。

 

……何分が経っただろう。

彼女の拳が赤黒くなる頃には、壁にめり込んだ『才羽』はピクリとも動かなくなっていた。

 

死なない、と。

そう豪語していた彼の術式の限界、だったのかもしれない。

それが術式である以上、呪力を消費する。

その消費量は少ないとは言っていたが、それは無限ではない。

 

 

「………………」

 

 

最後、と言わんばかりに彼女は呪力を込めて、彼をもう一度殴った。

そして、

 

 

 

「アハッ、アハハハハハハッ」

 

 

 

笑った。

狂喜に満ちた声。

心からそれを楽しむ笑い方だった。

 

 

 

「たのしいたのしいたのしい」

 

「たのしいよぉ」

 

 

 

「っ、つむぎ……ちゃん……」

 

 

『才羽』のかけた呪術が解けたのだろう。

僕はどうにか起き上がることができた。

立っているのも、声を出すのもやっとの状態だけど。

それでも、そんな僕には気づかず、彼女は踊るように、フラフラと歩き回る。

 

きっと僕は。

その表情を忘れることはできないだろう。

 

 

 

「アハハハハハハッ」

 

 

 

 

人を殺めた、その愉悦に浸る表情を。

 

 

ーーーーーーーー



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第32話 猜疑会敵ー玖ー

ーーーー下水道ーーーー

 

 

誤算であった。

人を雑巾のように搾るほどの怪力の『膿腕』。

人間離れした再生力を持ち死ぬことのない『才羽』。

その二人が破れるなど、『無常』は考えもしなかった。

 

 

「屈辱じゃ……」

 

 

切れる息を整えるために、座り込む『無常』。

自らの計画が根本から崩れたことへの屈辱感。

それ以上に、

 

 

「……優。……泰司」

 

「儂よりも先に死ぬとは……親不孝者どもが……」

 

 

家族を失ったことへの喪失感。

彼女の中にあった感情はそれであった。

 

 

「…………待っていろ。計画を進め、必ず生き返らせる」

 

 

彼女にとって幸いだったのは、二人は彼女に大きな遺産を残したこと。

『膿腕』は死ぬ間際に彼自身の血肉を捧げ、『才羽』は損傷の激しい身体から切り離した頭部を捧げた。

そして、それを『無常』は自らの内に取り込んだ。

つまり、彼女は二人の姿を継承していた。

それだけでなく隷属した人間ならば、記憶や術式ですら継承することができる。

 

だから、彼女は知っていた。

『才羽』が菅谷長月に話した内容も。

 

 

「泰司との会話で、猜疑心の種は植え付けた」

 

「あとはあの娘がどう動くか、じゃのぅ」

 

 

様々な感情の濁流に飲まれながら、それでも彼女は妖艶に笑った。

 

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

 

「逆に君はなぜ呪術師をしてるんだ」

 

 

 

自分が『無常』に仕える理由や彼の術式を話した彼は、僕にそう尋ねた。

なぜ呪術師をしているか?

それは……。

 

 

「なぜって…………僕の……大切な人を死に追いやった呪いを祓うため」

 

 

母親のこと。

おかしくなっていたとはいえ、大切な家族。

呪い殺した呪霊自体は紡ちゃんが祓ったとはいえ、それでも呪いっていうものは残っている。

それに僕には『呪霊操術』という力があった。

ならーー

 

 

「ふぅん、でも、矛盾してるだろ」

 

「…………」

 

「呪いを祓うために呪いを使役する。その術式は君の目的と矛盾してる」

 

 

自覚は、ある。

それでもこの力で少しでも多くの呪いを祓えるのならば……。

 

 

「あとさ、『ソレ』って本当に偶然なのか」

 

「……は?」

 

 

それ、というのが何を指すのかすぐには理解できなかった。

その様子を見て察したようで、彼は続ける。

 

 

 

「君の母親を殺した呪霊」

 

「本当に偶然憑いたのかね」

 

 

 

それは、どういう……?

 

 

「呪術師ってのは万年人材不足ってのは聞いたことあるだろ」

 

「『呪霊操術』……貴重で、その上強力な術式を持つ人間は喉から手が出るほど欲しい」

 

「家族を呪い殺した呪霊を祓いたいと思うのは自然だろう。さらに上手く丸め込めば呪術師として使えるようになる」

 

 

彼の話を聞く内に、背筋に冷たい何かが這うような感覚を覚えた。

彼の言うこと、理解はできる。

可能性だってあるだろう。

でも、彼女がそんなことに加担するとは思えない。

 

 

「狗巻紡、だっけ」

 

「呪術師の家系……狗巻家の人間。なら、余計に可能性はあるだろうな」

 

「…………っ」

 

 

言い返せる論理的な材料は今の僕にはない。

可能性は、ある。

そう考えてしまう自分がいる。

 

 

「……つまり、あの呪霊を僕の母に憑かせたのは狗巻家だと」

 

「ま、その辺は分からないが、はっきり分かることはある」

 

 

 

「呪術師って人種は信用できるものではないってことだ」

 

 

 

「…………」

 

「ま、論より証拠。百聞は一見に如かず」

 

 

そう言って彼は僕に近づき、何かを刺した。

途端に僕の体から力が抜ける。

声も出せない。

 

 

「心配しないでいいよ。簡単なまじないみたいなものさ」

 

「とにかくそこで見てなよ」

 

「ボクが見せてあげよう、呪術師の本質ーー『業』ってやつをさ」

 

 

ーーーーーーーー



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断裁永訣
第33話 疑念


ーーーー記録ーーーー

 

 

2018年6月30日。

都内の呪詛師『無常』が所有するマンションにて。

 

一級呪術師・七海健人

準一級呪術師・針倉優誠

他三名が呪詛師『無常』『膿腕』『才羽』及び元高専所属の準一級術師・有島楽と交戦した。

 

『無常』は逃走。

『膿腕』・『才羽』・有島楽は死亡。

『無常』に拉致されていた現在針倉管理下にある呪術師・菅谷長月を救出、保護された。

 

 

 

ーーーー呪術高専女子寮内ーーーー

 

 

「それで、いつまでここにいるわけ?」

 

 

食堂で黒野堀さんに声をかけられる。

そのまま彼女は向かいの椅子に座った。

 

 

「…………」

 

「紡ちゃんと住んでるんでしょ? 帰らなくていいわけ?」

 

 

どこから情報を聞きつけたのか分からないけど。

まぁ、うん。

 

 

「少し距離を置きたくて」

 

「倦怠期?」

 

「いやいや、そういうんじゃない」

 

 

というか、そういう関係でもないし。

僕が彼女と距離を置きたい理由。

それは、呪詛師『才羽』と会話したあの内容が引っ掛かっていたからに他ならない。

 

 

「黒野堀さん」

 

「ん、なに?」

 

「高専や呪術師が呪霊を一般人にけしかけることってある?」

 

 

高専側の呪術師である彼女にそれを聞くなんて、正確な判断ができる状態ではなかったんだと思う。

そのくらい僕はいっぱいいっぱいだった。

奇妙な質問だったろうに、それでも黒野堀さんは答えてくれた。

 

 

「あるよ」

 

「!」

 

「でも、あくまでも低級の、四級にも満たない蝿頭ってやつだけど」

 

 

事件に絡んだ人間が呪霊を見ることができるか判断するために放つ。

放つ時は必ず呪術師が同伴して、責任をもって祓う。

だから、それが害を為すことはない。

彼女は、丁寧に教えてくれた。

 

 

「……そっか」

 

 

なら、母を呪ったあの呪霊は違うのか。

紡ちゃん曰く、あれは低級。

とは言え、人を殺めることはできたはずだ。

蝿頭ではないはず。

そう納得しかけたところに、黒野堀さんは、

 

 

「ただ……」

 

「上層部は……あの人たちは、何考えてるかわからんし」

 

 

伏し目がちにそう呟いた。

上層部。

たしか御三家とか言ったっけ。

 

 

「……狗巻家はどうなの」

 

 

思わず口をついて出た疑問。

それに、彼女はまた顔を伏せて答える。

 

 

「わかんない」

 

 

僕の中の疑念は、まだ消えない。

 

 

 

ーーーー高専入口ーーーー

 

 

「さ、任務だ」

 

 

高専を出たところに集合。

そう言われて集まると、そこには針倉術師の姿があった。

紡ちゃんの姿は、ない。

 

 

「あの……」

 

「ん? あぁ、紡ちゃんはいないよ」

 

「……そう」

 

 

その言葉に少し安心する自分がいる。

針倉術師と2人、というのは嫌だけど。

 

 

「さて、あと2人来るはずだけど……」

 

 

……本当にこの人は任務の情報を僕に伝えてこないな。

僕は正確には高専所属じゃないから、任務の情報が入ってこないの分かってるのだろうか。

いつも通り、この人への嫌悪感を感じながら待つこと10分。

高専内からこちらへ向かってくる2人の姿が見えた。

1人は、

 

 

「あ、やほやほ」

 

「黒野堀さん」

 

 

少し前まで一緒にいた彼女。

『落筆呪法』を使う二級呪術師。

 

それともう1人。

知らない男性。

黒いスーツを着て、マスクをつけた20代半ばくらいの人で、刺すような鋭い眼光の人だった。

 

 

「やぁやぁ、久しぶりだねぇ」

 

「……針倉」

 

「相変わらず暗いなぁ」

 

「チッ」

 

 

暗い。

そう言った針倉術師に対し、舌打ちで返す男性。

初めて見た僕でも分かるくらい嫌っている。

たぶん七海術師以上に針倉術師を嫌っているだろう。

 

 

「長月ちゃん、紹介するぜ。彼は有島哀(ありしまあい)

 

「なんとこの間高専を裏切り、猪野くんに殺された準一級術師・有島楽のお兄ちゃんだ」

 

 

「…………」

 

 

針倉術師の紹介を無視し、こちらへ歩み寄る有島術師。

身長がある。

僕からだと見上げるような姿勢になる。

彼はマスクをしたまま、訊ねてくる。

 

 

「お前が『呪霊操術』使いか」

 

「え……あ、はい」

 

「チッ」

 

 

いきなり舌打ち。

なんだ、この人。

 

 

「おい、一つ言っておく」

 

「…………俺の目の前で『呪霊』を出すな」

 

 

 

「もし出したら、お前ごと切り殺す」

 

 

 

本当に、なんなんだ。

混乱する僕に背を向ける有島術師。

そんな雰囲気を困ったように、黒野堀さんは見ていて。

そして、

 

 

「親睦も深まったようだし、そろそろ任務に向かおうか。なに、準一級が2人に二級が1人。あとおまけの長月ちゃんがいればすぐ終わる任務だ」

 

 

空気の読めない針倉術師がそれを告げる。

今回の任務の内容を。

 

 

 

「『両面宿儺の指』回収ミッションだ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第34話 仮住ー壱ー

ーーーー仙台市 仙台駅前ーーーー

 

 

4人での任務。

それはいつか中断された『両面宿儺の指』の回収だった。

指があるという仙台へ赴いたんだが、

 

 

「なぜ僕は1人になってるんだ……」

 

 

仮にも4日前まで拐われてたんだけど、僕……。

その辺り、あの人も適当だ。

黒野堀さんもこっちでしか売っていない限定品を買いに行くとかで別行動だし。

もう1人は……。

 

 

「呪霊使いなんかと2人でいられるかよ」

 

 

そう言い残し、どこかへ消えた。

協調性の欠片もないメンバーである。

まぁ、かく言う僕も自分の予定を済まそうとしていたから、人のことは言えないんだけど。

 

 

「不動産屋……初めてくるな」

 

 

仙台駅前のある不動産屋の前に立つ僕。

今、紡ちゃんのところには戻りにくい。

だからと言って、高専にいつまでもいるのは嫌だ。

なら、仮でいいから自分の暮らすところを探そうという算段だった。

ある程度任務もこなして、貯金もある。

それにここなら実家にもそれなりに近いし。

 

 

「……問題は未成年に部屋を貸してくれるところがあるか、か」

 

 

ポツリと呟いて僕は不動産屋の扉をくぐった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「成人されていない方にはちょっと……」

 

 

カウンター越しの男性はそう言った。

まぁ、そりゃそうだよな。

1人で不動産屋を訪れる女子高生なんて、家出かそれに準ずるものに決まっている。

そんなのに部屋は貸せない。

 

 

「せめて保護者と一緒なら話は別だけど」

 

「…………」

 

 

保護者、か。

なんならここでばあちゃんに電話をしてーー

 

 

 

「それなら呪術師が一緒ならどうですかね」

 

 

 

僕と不動産屋の男性の話に割り込むように、僕の後ろから割り込んでくる声。

この不愉快な声は、

 

 

「……針倉術師」

 

「やぁやぁ、奇遇だねぇ。長月ちゃんもお部屋探しかい?」

 

 

そう言って、彼は僕の隣の席に座った。

勿論それを怪訝な目で見る男性。

まぁ、そりゃそうだ。

 

 

「あれ? もしかして話通ってない?」

 

「…………は、はぁ」

 

「おーい、店長! 店長!」

 

「ち、ちょっとお客様っ!?」

 

 

迷惑なことこの上ない。

目の前の男性には同情する。

 

少しして、店の奥から年配の男性が小走りでやってきた。

どうやら店長らしく、針倉術師の顔を見て、すぐに僕と針倉術師は店の奥の事務所らしき場所に通された。

 

 

「…………こんなに早くに来ていただけるとは思いませんで」

 

「まぁまぁ、こんなところで話してても埒があきませんからね。早速、紹介してくださいよ」

 

「は、はい」

 

 

正直、話に置いてけぼりを食らっているんだが……。

そうして流されるまま、僕は店長の運転する車に乗せられて、どこかへと向かうことになった。

 

 

ーーーー仙台市郊外ーーーー

 

 

 

「で、ここは……?」

 

「ん? お化け屋敷」

 

 

と雑な説明をされる。

目の前にあるのは一軒家。

そこまで築年数も経っていないように見えるここがお化け屋敷……?

そうは思ったけれど言われると……なるほど。

目を凝らして見れば、残穢がそこらじゅうにびっしりとこびりついていた。

 

 

「針倉術師、ここ死体でも埋まってるんですか」

 

「フフッ、そんな可愛いものならよかったんだけどねぇ」

 

「?」

 

 

意味深な発言。

死体が可愛い……ねぇ。

 

 

「あ、あの……私は車でお待ちしていてもよろしいですか?」

 

「ん? あぁ、そうだねぇ、除霊してる間は適当に時間を潰しててもらって構わないですよ」

 

「は、はい」

 

 

そう言って僕たちを乗せてきた車に戻る店長。

同時に、

 

 

ーーゴォォォォンッーー

 

 

轟音が辺りに鳴り響く。

その音は彼が乗り込んだ車が爆発した音だった。

 

 

「来たよ、長月ちゃん」

 

 

針倉術師の視線の先にいたのは、呪霊。

しかも、一匹じゃない。

二匹、三匹、どんどん増えていく。

まるで、何かに惹き付けられるように集まってきている。

これはもしかして……いや、恐らくこれが前に聞いてきた例の……。

 

 

「針倉術師」

 

「なんだい?」

 

「この家に『両面宿儺の指』があるってこと?」

 

「フフッ、ご名答」

 

 

ご名答、じゃない。

本当にこの人は重要なことを説明しないな。

今更ながら腹が立ってきた。

だが、この怒りをぶつけるのは後。

今は目の前に集まり続けている呪霊を祓うのが先だ。

 

 

「『毒蟲』」

「『赤マント』」

 

 

掌印を結び、呪霊を呼び出し放つ。

恐らく等級は低い。

このくらいなら問題ないな。

 

 

「いやはや、様になってきたねぇ」

 

「…………」

 

 

軽口を無視して呪霊狩りを続ける。

針倉術師曰く、僕の『呪霊操術』は手数が強みという話だ。

だから、本来であれば低級とはいえ数を取り込んだ方がいいらしい。

だが、正直、あんなまずいものを口に入れたくない。

その結果、今の僕の手札は圧倒的に少なかった。

『毒蟲』、『赤マント』、『惑夢蝶』

そして、詳細の分からない『紫鏡』関係のもの。

幸いどうにかそれでやってこれたけど。

……っていけない。

意識が反れていた。

集中しなくちゃ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

有島哀が任務先の一軒家に着いたのは、針倉と長月を連れてきた不動産屋の車が爆発したすぐ後であった。

これ以上は恐ろしくて近づけないと言って、彼を降ろしたタクシーの運転手に舌打ちしながらも、彼は任務遂行のため、一軒家に足を向けた。

勿論、そんな彼を監視する視線には気づいている。

 

 

「おい、こそこそ隠れるな、うっとうしい」

 

 

その言葉に観念したのか、物陰から出てきたのは、黒野堀明であった。

 

 

「どうせ楽が裏切って、その兄である俺にも疑いが向いてるんだろ。その監視役がお前って訳か」

 

「んー、ま、そんなとこ」

 

 

軽く肯定し、黒野堀は有島を自身のスマホのカメラで写す。

それを操作し、どこかへその写真を送っているようだった。

 

 

「どこの指示かは知らねぇが、安心しろ。あいつと俺は犬猿の仲だ。あいつが裏切ったなら俺は絶対に裏切らねぇよ」

 

「そ」

 

「……チッ」

 

 

いまいち温度を感じない応答に苛立つ有島。

だが、今の彼には、それの優先順位は低い。

監視をされていようが関係ない。

彼は彼自身の信条にのみ沿って動く。

 

すべての呪いの祓除。

それが彼の信条であり、生きる意味。

目に入るすべての呪霊を憎み、祓うのが、有島哀という男であった。

彼にとっては、術師の支配下にある呪いも、自然発生の呪いも変わらない。

 

 

 

「呪いは皆等しく殺す」

 

 

 

彼はマスクの下でそんな言葉を発した。

その言葉は彼以外には聞こえない。

 

 

ーーーーーーーー



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第35話 仮住ー弐ー

ーーーー仙台市郊外 一軒家内リビングーーーー

 

 

外の呪いを粗方片づけ、面倒だと渋る彼をどうにか促し、帳を張った後、僕と針倉術師はそのお化け屋敷の中に入った。

中はごく普通の建築だ。

マンションの一室が博物館のようになっていたり、駅が変異していたりはしていない。

生得領域はなし。

なら、大したことはない。

そう思いたいが、

 

 

「相手は特級呪物だぜ? そんなわけないだろう」

 

 

僕の隣で淡い期待を否定する彼。

 

 

「その証拠にほら」

 

 

針倉術師が指差す方向……たしか車の中で間取りを確認した時は、キッチンだった場所。

そこから妙な呪力を感じた。

それに何かの物音もする。

 

 

「…………『毒蟲』」

 

 

すぐに偵察を飛ばす。

『毒蟲』は物音のするリビングへ。

すると、

 

 

ーーキィィィィッーー

 

 

甲高い叫び声と共に、蟲が消失した。

一瞬の出来事で対応が遅れたことに気づいた時、すでにそれは僕のすぐ側にいた。

 

人、の形はしている。

しかし、肌は赤黒く、普通の人間では生きているのがありえないほどにその体は痩せ細っていた。

小柄である僕よりもずっと小さい子供くらいの大きさ。

でも、それの顔を見れば、子供のそれとは掛け離れているのが分かる。

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

言葉にならない言葉を発して、こちらを睨む『ソレ』。

一瞬、その様相にたじろぐ。

 

 

「『針灸』」

 

ーーパァァァンッーー

 

 

反応の遅れた僕とそれの間に飛ばした針が爆ぜる。

それを見て、僕も我に返った。

 

 

「あれは……」

 

「どうやらあれが『宿儺の指』を取り込んでるようだねぇ。少なく見積もっても一級かな」

 

「一級……」

 

 

同等級の呪霊ならば十分祓うことができる。

僕の等級は三級相当で、針倉術師は準一級。

どちらにしても格上だ。

 

 

「あれあれ? もしかして、ビビってる?」

 

「っ、そんなことはないけど」

 

「大丈夫さ。君の『赤マント』も『惑夢蝶』も等級にしたら一級レベル。つまり、君には一級程度の力は与えられている」

 

 

それを使いこなせるかは別だけどねぇ。

そう言って、馬鹿にしたように笑う針倉術師。

 

 

「『赤マント』!」

 

 

対峙した小さな呪いへ向け、『赤マント』を放つ。

針倉術師に言われたからでは決してないが、『赤マント』ならば人型呪霊には強いはずだ。

 

 

『ーーーーーー』

 

 

何かを発する敵の呪霊。

それに構わず、

 

 

ーーグンッーー

 

 

『赤マント』は手にした注射器で、小さな体を突き刺しにいく。

だが、相手も避ける。

けれど、それは想定の範囲内だ。

 

 

「着地を潰せ」

 

『………………』

 

 

僕の指示通りに、奴の着地地点に合わせて注射器を突き出した。

しかし、それも避けられる。

こいつ、見た目通りに、いやそれ以上に素早い。

 

 

「恐らく何かしらの術式、もしくは呪力操作だろう」

 

 

呪力が動くのが見える。

針倉術師は僕の隣で解説をする……っていうか、あんたも攻撃をすればいいだろう。

そんな僕の心の声を感じ取っていたのか、針倉術師は答えるように掌印を結ぶ。

 

 

「術式反転『吸針ー囲ー』」

 

 

相手の呪力を奪う彼の術式。

針が相手の周りを囲んでないと発動できないって話だったけど……。

 

 

「いつの間に」

 

「外のを祓う時に家の外に刺しといたのさ。一流っていうのは準備を怠らないものだぜ?」

 

 

一流、ね。

ここ数ヶ月で彼の実力が確かだというのは理解してはいる。

人格はともかく。

 

 

「さて、呪力は吸い尽くしたよ。あとは『両面宿儺の指』を回収すればいい。長月ちゃん、探して探して」

 

 

針倉術師の言うように、気づけば呪霊は消え去っていた。

あれは一体なにから生まれた呪いだったのかも考える暇もなくーー

 

 

 

ーージクッーー

 

 

 

目の前で針倉術師が刺された。

 

 

『………………』

 

「は?」

 

 

僕の呪霊『赤マント』によって。

 

 

「なにをしてる!?」

 

『…………』

 

ーーザクッザクッザクッザクッーー

 

 

僕の呼びかけには答えず、『赤マント』は彼を刺し続ける。

 

 

「ぐッ、ガッ」

 

「止めろ!」

 

 

術式を解除しようとするが、上手くいかない。

なんで!?

 

 

ーーバンッーー

 

 

家の扉が勢いよく開く音。

同時に足音も聞こえてくる。

すぐにリビングに現れたのは、黒野堀さんと有島術師。

 

 

「!」

 

「呪力が乱れてるから何かと思えば……やっぱり呪霊使いなんてろくな奴じゃねぇってことだ」

 

 

黒野堀さんはすぐにスマホを『赤マント』に向け、撮影する。

『落筆呪法』で呪霊を祓っているんだろう。

すぐに『赤マント』は血飛沫に変わり、それは針倉術師に降り注いだ。

 

 

「ち、違う……」

 

「…………」

 

 

説明しようとする。

だけど、僕には説明をできる材料がない。

『赤マント』が勝手に彼を攻撃した、なんて信じてもらえないだろう。

 

 

「おい、黒野堀」

 

「…………ん」

 

 

 

「呪術規定に基づき」

 

「菅谷長月、お前を拘束ーーいや、祓う(ころす)

 

 

 

「っ」

 

 

どこからか有島術師は刀を取り出した。

微弱ながら呪力を感じる。

呪具ってやつだ。

 

 

「逃がすな、黒野堀」

 

「……『落筆呪法・包』」

 

 

「っ、『毒蟲』!」

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

僕の周りを呪力の膜が包む。

咄嗟に『毒蟲』を放ち、膜の外へ。

ギリギリ数匹が膜の外に出せた。

外側と内側から喰い破れば……。

 

 

「喰い破れっ!」

 

「させると思うか?」

 

 

有島術師がこちらへ刀を構えたまま迫ってくる。

気のせい、ではない。

彼の周りに呪力の円が見えた。

円と刀。

……嫌な予感がする。

早くこの膜をっ!

 

 

 

「シン・陰流『簡易領域』ーー」

 

 

 

呪力の円が迫る。

 

 

 

「ーー『抜刀』」

 

 

ーーブンッーー

ーーブチッーー

 

 

膜を喰い破ったのと抜刀は本当に同時だった。

予想以上に速く、防御のため咄嗟に出した左手が少し切られる。

 

 

「っ、『惑夢……」

 

 

……いや、今は出せない。

『赤マント』が祓われたことで、僕の呪力量はずいぶん少なくなってしまっていた。

なら、今とれる選択肢は一つ。

 

 

「『毒蟲』ッ!!」

 

ーーゾゾゾゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

残る呪力を使って蟲をばら蒔く。

できる限り多く、目の前が真っ黒になるまで放出する。

 

 

「チッ、おい、これどうにかしろ!」

 

「っ、無理。下手に動くとウチらも喰われるし」

 

「クソッ」

 

 

『毒蟲』を目眩ましにして、僕はどうにかそこから逃げ出した。

 

 

ーーーーーーーー



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第36話 仮住ー参ー

ーーーー記録ーーーー

 

 

菅谷長月の叛逆による被害報告。

 

『両面宿儺の指』の回収任務で、仙台市への出張中、菅谷長月が使役する一級呪霊『赤マント』の攻撃により、準一級呪術師・針倉優誠が重傷を負った。

家入硝子の反転術式で治療を施すが、執拗に首を攻撃されたことによるものと思われる意識障害が見られる。

一級呪術師・有島哀と二級呪術師・黒野堀明により、その現場は目撃され、呪霊『赤マント』は祓われたが、本人は逃走し、現在行方不明となっている。

 

また、連絡調整役として、仙台市に派遣された補助監督・牧荘也が殺害された。

遺体からは菅谷長月の『毒蟲』と思われる呪力の残穢が残されており、呪術高専はこちらの件にも関与しているものと判断した。

 

呪術規定に基づき、菅谷長月を呪詛師と認定し、処刑対象とする。

 

 

 

ーーーー呪術高専女子寮内食堂ーーーー

 

 

「………………」

 

「……ん」

 

 

簡単に作ったスープを紡ちゃんの前に置く。

彼女は憔悴し切っていて、何日間も食事を摂っていないという。

見れば、顔色も悪い。

 

 

「少しでも食べなきゃ体壊すし」

 

「…………」

 

 

今の彼女は普通に食事を摂っても、胃に負担がかかる。

だから、少しでも優しいスープを作ったけど。

 

 

「食欲ないっぽいね」

 

「…………」

 

 

俯き言葉を発しない彼女。

ま、しかたない。

 

 

「菅谷ちゃん、呪詛師として認定されたって」

 

「っ」

 

「……ウチにも任務が来てる。処刑しろってさ」

 

 

たぶん紡ちゃんのとこにも来てるよね。

呪言師ならなおさら。

 

 

「何人かの術師がその任務を受けたっぽい」

 

 

被害を受けたのは2人だけ。

とはいえ、1人は殺されてる。

なにより上層部は『呪霊操術』による呪殺にピリついてる。

去年起こった夏油傑による『百鬼夜行』。

嫌でもそれを想起してしまう。

だから、菅谷ちゃんが力をつける前に、殺してしまうつもりみたい。

 

 

「ウチはかったるいから行くつもりはないけど、紡ちゃんはどーするわけ?」

 

「…………」

 

 

ウチの質問に紡ちゃんは答えない。

……今は無理かな。

 

 

「それ、冷めたら温めて。んで、落ち着いたら声かけて」

 

 

去り際に小さな声でポツリと、

 

 

「ごめんなさい」

 

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

すっからかんだ。

呪力も体力も尽きている。

 

 

「はぁ」

 

 

仰向けになり、ため息を吐く。

そして、思い出す。

僕に向けていた有島術師のあの視線。

僕がやったと完全に決めつけていたよな。

……まぁ、状況的には仕方ないけど。

 

 

「……針倉術師は……生きてるかな」

 

 

『赤マント』に何度も首刺されてたし。

反転術式があるとはいえ、完全に不意打ちだったから、それが間に合わないってことも考えられる。

 

 

「…………」

 

 

いや、今、それを考えるのは止めよう。

あの人ならきっと生きてる。

人柄はともかく実力はある人だし。

 

それよりも問題なのは、これからどうするか、だ。

僕の呪霊が針倉術師を襲ったのは事実で。

勿論『赤マント』の攻撃に僕の意志はなかったから、説明すれば分かるのかも知れないけど……。

 

ーー上層部は……あの人たちは何考えてるかわからんしーー

「……」

 

黒野堀さんが口にしていたことを思い出す。

きっと上層部がどう考えるかが事実よりも大切で、それによって僕の処遇は決まる。

そもそも僕の意志がない攻撃だったことを説明できない。

 

 

「僕は、どうしたら……」

 

 

このまま逃げ続ける?

いや、現実的じゃない。

高専から追手が来るならば、手持ちも少ない僕には一溜りもない。

なら、投降する?

それもなしだ。

殺されかねない。

 

 

 

「紡ちゃん……」

 

 

ポツリともれた言葉。

彼女の名前。

『才羽』を殺し狂喜する姿を見て、思うことがなかったとは言わない。

それに、僕の母親のことだってまだ……。

それでも、今の僕が頼れるのは彼女しかいない。

彼女ならもしかしたら、僕の味方になってくれるかもしれないんだ。

 

 

「…………うん、行こう」

 

 

まずは、紡ちゃんと接触する。

そして、事情を話して味方になってもらう。

やるべきことは決まった。

 

 

ーーーーーーーー



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第37話 仮住ー肆ー

ーーーーF県 石木町ーーーー

 

 

紡ちゃんに連絡をとろう。

そう決めた僕は、早速彼女にメッセージを送っていた。

ただ、仙台市内で秘密裏に落ち合うのは、土地勘のない僕にとっては難しい。

だから、自分の地元まで帰ってきていた。

途中、追手らしき呪術師の姿は見かけたが、呪力を限界まで絞り出して一般人と大して変わらない呪力量になったのが幸いしたのか、どうにか電車を乗り継ぎ帰ってこれた。

 

 

「久しぶり……というにはそこまで経っていないか」

 

 

僕が紡ちゃんに出会って、呪術の世界に入り込んだのが5月だから、たかだか2ヶ月。

ただ、その日々はかなり濃かった。

殺されかけたり、この世のものと思えないものを口にしたり。

それに、人を殺めたり。

 

 

「…………」

 

 

罪悪感は、正直薄い。

他人で悪人。

そんな人を手にかけたところで……。

 

「っ」

 

 

不意に紡ちゃんのあの姿がフラッシュバックする。

壊れたように笑いながら『才羽』を殺した彼女の姿。

 

 

「いや……今は止めよう」

 

 

それは棚に上げておく。

母親のことも、だ。

自分の思考を断ち切るように、スマホに目をやる。

今は午前10時半少し前。

もうすぐ彼女を呼び出した時刻になる。

場所は町にあるチェーン店のスーパーの中。

ここなら追手が来たとしても、人目があるから下手に襲ってこれないだろう。

そう踏んでのことだった。

 

 

「…………紡ちゃん、来るかな」

 

 

菓子売場で時間を潰す。

懐かしい卵形のチョコレート菓子を手に取ったところで、声をかけられた。

 

 

「あの……」

 

「!」

 

 

そちらへ振り返ると、すぐ隣に男の子が僕を見上げていた。

子供は苦手なんだけど……。

 

 

「……なに?」

 

「あの、これ……渡してって言われた」

 

 

そう言って、男の子は僕に紙切れを渡してきた。

とりあえずありがとうとだけ言葉を返し、その紙切れを見る。

「外で待ってます」

それだけが書かれていた。

彼女だと気付き、僕はスーパーの外へ歩き出す。

2つの出入口のうち西側の方へ。

このスーパー自体そこまで大きくはないから、紡ちゃんがどっちにいたとしても問題ないだろう。

 

 

「紡ちゃんは……」

 

 

外へ出てすぐに辺りを見回す。

そして、目が合う。

 

 

「あっ」

 

「……よう、呪霊使いの人殺し」

 

 

最悪の人物ーー有島術師と。

……まずい。

やはりというか、この人も僕の追手の1人。

マスク姿の彼が刀を構えたまま走ってくる。

ヤバい!?

っていうか、周りの人はなんでこんな危険人物に反応しないんだ!?

 

 

「『毒蟲』ッ」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

蟲を飛ばす。

だが、相手は準一級。

それにも対応してくる。

 

 

「一回やっただろうよ、それは」

 

ーーシン・陰流 抜刀『不知火』ーー

 

 

まるで火が搔き消えるように、蟲が散っていく。

 

 

「それに、俺の前で呪霊使いやがったな」

 

「っ!」

 

 

一度抜いた刀を再び鞘に戻し、こちらへ再度向かってくる有島術師。

彼との距離は約50メートル。

くっ、本当は呪力を残しておきたかったけど、仕方ない。

掌印を結び、呪力を込める。

 

 

「来い、『惑夢蝶』!」

 

 

 

「………………え?」

 

 

術式が発動しない!?

呪力量は足りてるはずなのに!

……いや、考えるな。

今は思考よりも反応しろ!

このままじゃーー

 

 

 

「報いを受けろ、呪霊使い」

 

ーーーーブンッーーーー

 

 

「っ」

 

 

確実に斬られる。

そう覚悟して、呪力を身体中に張り巡らせていた僕に、覚悟していた痛みは来なかった。

 

 

「…………あれ……?」

 

 

恐る恐る目を開ける。

目の前にあったのは予想もしていなかった光景だった。

それは、刀を降った有島術師とその前に立つ男の子。

あの子はさっき僕に手紙を渡した子だ。

 

 

「おい」

 

「こんにちは、おじさん。ボク、お手紙ちゃんと渡したよ」

 

「……ガキ、お前何者だ、あぁっ!?」

 

 

有島術師にとっても、僕にとってもイレギュラーな存在。

後から聞いた話だが、このスーパーの周りには『帳』が下ろされていたようだった。

この『帳』は、一般人が入ってくるのを防ぎ、僕の認識を狂わせる効果をもったもの。

だから、スーパーの中に人がいないことは勿論、それを僕は認知できていなかったという。

つまり、人気がないところを避けたつもりで、僕は待ち伏せされ、人気のない場所に誘導されていたというわけだ。

 

そんな中、『帳』の内側にいて、僕を外へ呼び寄せた男の子。

有島術師の刀を受けて……いや、刀で腕を斬られている少年の正体を、僕は何となくだけど悟っていた。

 

 

「……お姉ちゃんを苛めちゃダメだよ、おじさん」

 

「あぁっ!?」

 

 

そう言って、少年は上着のポケットから何かを取り出した。

そして、

 

 

「そんなに呪霊が好きなら、好きなだけ相手してもらうといいよ」

 

 

少年は赤い色をした『それ』を有島術師に投げつけた。

煙と共に『それ』は破裂し、辺りを煙で満たす。

その一瞬で、僕は少年に連れられ、その場を脱出した。

 

 

 

ーーーー石木小学校内ーーーー

 

 

今度こそ人目につく場所ーー平日の小学校の校舎内で、僕は掴まれていた少年の手を振り払った。

そして、訊ねる。

 

 

「なんのつもり?」

 

 

その質問に、少年はにっこりと笑い、首を傾げる。

あの出来事の後でなければ、誤魔化されていただろうけど、今は流石にそうはいかない。

 

 

「ここに逃げ込んだ理由? ここなら、流石にあのおじさんも襲ってこれないでしょ?」

 

「そうじゃない」

 

「……じゃあ、お姉ちゃんを助けたこと?」

 

 

少年の言葉に黙って頷く。

なぜ僕を助けたのか、なんのつもりで……?

 

 

「なんでだと思う?」

 

「…………計画のため?」

 

 

「フッ、ご名答じゃ」

 

 

口調が変わった。

聞いたことのある古風なもの。

そうだ。

少年の姿をしてはいるが、彼女はーー

 

 

 

「『無常』」

 

 

 

その名を口にした途端に、姿が変わる。

少年の姿から長野桜の姿へ。

 

 

「その術式……」

 

「ん? あぁ、言ってなかったか。儂の『変身』は人間の一部を取り込めば、その人間になれる。そういうものじゃよ」

 

 

術式の開示。

それで思い至る。

前に補助監督や鈴木が殺されたのは、彼女の『変身』に利用されたってことか。

 

 

「…………さっきの男の子も殺したってわけか」

 

「ん? いやいや、あれは幼い頃の『才羽』じゃ。流石に儂も小さな童を殺すようなことはせんよ。たぶんな」

 

「………………」

 

「とかく、菅谷長月。呪術師から追われているそうじゃな」

 

 

頷く。

 

 

「ならば、儂と来るといい」

 

「は?」

 

「儂はまだお主を殺されるわけにはいかん。お主は当面の安全を確保できる。儂は菅谷長月という手札を手元に置いておける」

 

「…………」

 

「悪い話ではあるまい」

 

 

 

その申し出に、僕はーー

 

 

 

ーーーーーーーーーー



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第38話 思

ーーーー石木町 菅谷家ーーーー

 

 

「心中お察しいたします」

 

 

補助監督の佐木さんが、長月ちゃんのおばあさんにそう伝えていた。

長月ちゃんが容疑者として追われている。

ここに連絡をしてくる可能性があるから、刑事である我々がここで張り込んでいる。

そんな設定で、私はここにいます。

 

 

「……まさかお嬢ちゃんが刑事だったとは」

 

「あ……はい」

 

「若いのに優秀なんだねぇ」

 

「…………」

 

 

おばあさんの笑顔を直視できずに、私は俯きました。

 

 

「それにしても、長月が人殺し……なんの冗談だい?」

 

「冗談ではなく、本当に私共の同僚が殺害されております」

 

「ふぅむ」

 

 

堅物と評判の佐木さんがおばあさんにそう返しました。

まったく話が通じない、と肩を竦めるおばあさん。

そこでおばあさんは私に話を振る。

 

 

「お嬢ちゃんはどう思う?」

 

「……え?」

 

 

どう思う……?

なにが……?

 

 

「長月が人を殺すかどうか、だよ」

 

「っ、私は……その……」

 

 

私は見ている。

長月ちゃんが蟲使いの呪詛師を殺した姿を。

……いえ、呪詛師は例外ですよね。

 

 

「……私は、長月ちゃんが人を殺したとは……」

 

「狗巻さん」

 

「っ」

 

 

佐木さんに釘を刺される。

余計なことは言うなということでしょう。

 

 

「まったく……女の子の発言を遮るなんて、あんたいい上司じゃないね」

 

「…………構いません。私の仕事はここで連絡を待つだけですので」

 

「心中お察ししてないじゃないか」

 

 

皮肉を言うおばあさん。

 

 

「……長月ちゃん」

 

 

ポツリと彼女の名前がこぼれる。

それを見るおばあさんと視線を合わせることは、今の私にはできませんでした。

 

 

ーーーー下水道ーーーー

 

 

「どこに向かってるわけ?」

 

 

『無常』に連れられ、僕は下水道を進んでいた。

田舎にそんな広い下水道はない。

一応申し訳程度の通路はあるから、まだマシだけど。

 

 

「隠れ家じゃよ。この間、儂の仙台のマンションは坊主共に破壊されてしまったからのぅ」

 

 

あそことは全く比べ物にならんが。

そんな皮肉を『無常』は口にした。

いや、そもそも僕を拉致したのが悪いんだろう。

 

 

「にしたって、お主も相当じゃの。人殺し、と言われていたが」

 

「っ……僕はやってない」

 

 

たしかに針倉術師は僕が攻撃した。

だけど……いや、それは言い訳か。

 

 

「……針倉術師を殺したのは確かに僕、なんだろう」

 

「ん? あの坊主は生きておるぞ」

 

「は? なんて?」

 

 

思わず聞き直してしまった。

彼女は、彼は生きていると言葉を返す。

それはまだ高専に紛れ込んでいる彼女の部下による情報だそうだ。

 

針倉術師は死んでいない。

その事実に少し心が軽くなる。

よかった、生きていてくれた……って、あれ?

じゃあ、有島術師はなんで僕を人殺しだって言ったんだ?

 

 

「補助監督が1人死んだそうじゃ。たしか、牧とかいったか」

 

「! 牧さんが……」

 

「その遺体からお主の『毒蟲』の残穢が残っていたそうじゃ」

 

「…………」

 

 

ショックはある。

だが、それ以上に混乱している。

一体どういうことだ?

針倉術師のことで人殺しと呼ばれるなら話は分かる。

だけど、針倉術師は生きていて、死んだのは牧さんという。

勿論、牧さんを殺したっていうのは全く心当たりがない。

何が起きてるんだ……?

 

 

「……そろそろ着く。その梯子を上に上がるぞ」

 

 

僕の思考を断ち切るように、声をかけられる。

彼女の言うように、目の前に梯子が見えた。

どんな隠れ家に連れていかれるのか分からないが、今は利用するしかない。

もし何かが起こっているなら、僕はそれを知らなくてはならない。

 

そのまま上へ登ると、そこは氷川市の川沿いだった。

こんなところに繋がっていたのか。

 

 

「…………さて、この辺でよいか」

 

 

ん?

彼女の隠れ家に連れていかれるんじゃなかった?

そんな疑問に答えるように、

 

 

「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」

 

「っ、『帳』!?」

 

 

その場から離れようとしてももう遅かった。

『帳』はすぐに河川敷を覆っていく。

 

 

「やっぱり……僕を嵌めたわけか」

 

「いやいや、隠れ家に着く前の軽い運動じゃよ」

 

 

 

「これから呪霊を誘き寄せる。それらをすべて祓い、取り込め」

 

 

 

本当にこの人は何をしようとしてる。

そんなことをしたら、僕の手札が増えるだけで、彼女が僕を殺そうとしているならーー

 

 

 

「あぁ、障害となるじゃろうな。だが、儂の計画にはお主の成長は必須」

 

「お主には極ノ番『うずまき』を使えるようになってもらう」

 

 

 

ーーーー呪術高専地下 霊安室ーーーー

 

 

「ふむ」

 

 

家入硝子は首を傾げていた。

目の前には菅谷長月に殺害されたという補助監督・牧の遺体があり、その解剖を終えたところだった。

 

菅谷長月が人を殺すはずがない。

そんなことは彼女は考えない。

どんな呪術師も呪詛師になり得る可能性があるのは、彼女自身痛感していたからだ。

だから、牧の遺体から『毒蟲』と思しき残穢があることには何も違和感はない。

だが、

 

 

「なんというか……妙な残穢だな」

 

 

蟲の呪霊に襲われたのならば、それは遺体の表面に残るはずだ。

それが目の前の遺体の中にまで、痕跡は残っていた。

喰い破られた、と言われればそれまでだが。

それでも、直感派の彼女には気になる事象であった。

だから、すぐに彼女はスマホをもち、電話をかけた。

 

 

「やぁ、七海。少し仕事を受けてくれないか…………あぁ、ある人物を探ってほしい」

 

「針倉優誠」

 

 

根拠は、彼女の直感。

ただそれだけ。

電話口で、七海はしばらく沈黙した後、それを承諾した。

 

 

ーーーーーーーー



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第39話 影鬼ー壱ー

ーーーー記録ーーーー

 

 

菅谷長月による補助監督の殺害から1ヶ月。

その姿は彼女の地元である石木町のスーパーにて、有島哀と交戦したのを最後に目撃されていない。

また、その際に菅谷長月を庇う少年が確認されており、その少年に匿われているとの話もあるが、真偽は不明である。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「おい」

 

 

声をかけられ、覚醒します。

目の前にいたのは、有島さん。

1ヶ月前からまだ意識混濁の続く針倉さんの代わりとして、呪詛師を殺す任務につくことが多く、自然と私とも組むことが多くなりました。

 

 

「有島さん。任務の手続きは終わったんですね」

 

 

暑さでやられている私の質問に、涼しい顔で彼は頷く。

 

 

「あぁ。ついでに次の任務も受けてきた」

 

「私はーー」

 

「無論連れていく」

 

 

拒否権はない、ようですね。

 

 

「それで、次の任務は何ですか?」

 

「土地神信仰絡みの案件だ」

 

「!」

 

 

呪詛師関係ではない……。

しかし、土地神信仰ですか。

低く見積もっても一級案件、では?

 

 

「だから、準一級の俺と準二級のお前が動くんだろうが」

 

「…………ただの呪霊狩りじゃないということですか」

 

「当たり前だ、寝惚けてんのか」

 

 

「目撃情報があった。あの呪霊使いのな」

 

 

 

ーーーーF県 H村ーーーー

 

 

8月も半ばということもあり、日差しが容赦なく照りつけてきます。

ただ東京とは違い、アスファルトの照り返しがないのは救いです。

 

 

「こんな田舎に来る奴の気が知れねぇな」

 

 

本来、都会の方が呪いは強くなるというのはありますが、それでもこうした信仰は別。

信仰心は閉じた世界であるほど、強くなる。

 

 

「閉鎖的、ですね」

 

「チッ、ヒソヒソと陰で何か言ってやがる」

 

 

他所から来た私たちのことをよくは思ってないのでしょう。

村民の方々は遠巻きにヒソヒソと話しています。

嫌な感じ。

 

 

「あ、こっちです! こっち!」

 

 

とその雰囲気を壊すような快活な声。

私たちを呼ぶ声の主は、ショートカットの女の子でした。

 

 

「うわぁ、黒ずくめ」

 

 

私たちの格好を見るなり、挨拶もせずに一言呟く。

まぁ、気持ちは分かりますけど。

 

 

「って、すみません! わたし、つい思ったことを口にしちゃって……」

 

「わたし、浜松ねねっていいます!」

 

 

情報通り。

こっちで見つけたという協力者。

『窓』を置くにはあまりにも辺境の地すぎるという理由で、現地の霊感が強いと言われている人物を協力者として要請したらしいです。

それが、この浜松ねねさん。

歳は中学生くらいでしょうか。

快活なスポーツ少女って感じですね。

 

 

「……話を聞きたい。早く案内しろ」

 

「お、おぉ、この人、すごいですね!」

 

「あぁ!?」

 

「浜松さん、案内をお願いしてもいいですか?」

 

 

まずい。

このままでは有島さんがキレる。

そう感じた私は浜松さんに促し、すぐに案内をしてもらうことになったのでした。

 

 

ーーーーH村 影踏峠ーーーー

 

 

「ここです!」

 

 

連れてこられたのは、影踏峠と呼ばれる小高い峠にある祠だった。

周りには打ち捨てられたようにボロボロのお地蔵様が数尊転がっています。

 

 

「ここいらの土地神様と言えば、ここに祀られてる御神体しかないです!」

 

 

と言うことらしいんですが、

 

 

「土地神……にしては酷い荒れ様ですね」

 

「祀られている気配は微塵もねぇな」

 

 

有島さんとそんなやりとりを交わす。

隣の彼ですら顔をしかめるほど、荒れ放題の場所でした。

祀る、なんて言葉を使ってはいけない。

そんな様子です。

 

 

「…………しかし、地蔵さんもこんなんじゃあーー」

 

「あっ! ダメです!!」

 

 

お地蔵様を起こそうとする有島さんを止めようと、声を荒げる浜松さん。

ですが、すでに時遅く有島さんはお地蔵様を起こした後で。

 

 

「あ?」

 

ーーゾワリッーー

 

 

呪力、背後の祠から。

振り返ると同時に、手袋を外し、筆を取る。

恐らくこのお地蔵様に触るのが条件なんでしょう。

祠からの呪力は増していきます。

 

 

「有島さん!」

 

「……っ、おい、動けねぇぞ」

 

「え!?」

 

 

見れば、有島さんはお地蔵様に手を触れたままの格好で止まっていました。

 

 

「呪霊ーーいえ、この土地神の術式でしょうか」

 

「考えてる場合か、こいつ壊せッ!」

 

 

なんて乱暴な、とは思いますが、やれるとしたらそれしかないですよね。

『呪言』は恐らく通じない。

ならばと呪力を右手に込めます。

そのまま振り抜こうとして、気づいてしまう。

 

 

『…………』

 

「っ、お地蔵様!?」

 

 

私のすぐ側に立つその存在に。

さっきまでこんなところにはなかった。

それにこのお地蔵様からも呪力を感じーー

 

 

「あ、れ……?」

 

 

急に体が止まる。

私はお地蔵様に触れてないのに、動けません。

 

 

「おい!? なにしてる!?」

 

「すみません……私も動けなくて……」

 

「!」

 

 

触れることが発動条件じゃない?

じゃあ、一体?

 

 

「どうにかならんのか」

 

「…………」

 

 

『呪言』が使えれば……。

でも、私の『呪言』は手を動かさなければ使えない。

今の私には、なす術がありません。

 

 

「…………浜松さん」

 

「え、あ、はい!」

 

「逃げてください」

 

「そ、そんなこと……」

 

「早くっ!!」

 

「っ」

 

 

私の言葉で彼女は背を向け、走っていきました。

 

 

「その『呪言』がこっちにも通用すればなぁ」

 

「あはは、すみません」

 

 

有島さんの皮肉に、乾いた笑いを返す。

覚悟を、決めるしかない。

恐らく私と有島さんはここで殺されます。

少しでもこの土地神の情報を残すために、最後まで目を離さない、そんな覚悟をしましょう。

 

 

「…………有島さん、すみませんでした」

 

「あ?」

 

「私の不注意からこんなことに」

 

「……嫌味か?」

 

「あっ、すみませんっ」

 

「……別に構わねぇさ。楽も死んで心残りはねぇ。強いて言うなら、あの呪霊使いを殺せなかったことか」

 

「…………」

 

 

長月ちゃん、か。

結局、会えず終いでした。

最後に少しだけ会いたかったな。

せっかく友達になれたのに……。

 

 

 

「長月ちゃん……」

 

 

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾゾッーー

 

「『毒蟲』」

 

 

 

その声は唐突に。

その姿は真上から。

まるで、私たちを助けるかのように彼女は現れました。

黒い蟲たちは私と有島さんの側のお地蔵様を喰い荒らし、彼女は私たちの前に立つ。

 

 

「お前はっ!?」

 

「っ、長月ちゃんっ!」

 

 

「…………」

 

 

少し、髪が伸びたでしょうか。

ショートだった白髪は肩にかかるほどになっていて。

それでも彼女だと、長月ちゃんだと分かる。

その眼差しは、

 

 

 

「……紡ちゃん」

 

 

 

私を、鋭く睨み付けていました。

 

 

「……え?」

 

 

その意味が分からず、間の抜けた反応を返す。

そんな私に、長月ちゃんはこう言いました。

 

 

 

「この人殺し」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第40話 影鬼ー弐ー

ーーーー1ヶ月前 菅谷家ーーーー

 

 

 

「なんで、こんな……」

 

 

目の前には、ばあちゃんの亡骸。

僕の腕の中にあるその身体は、もう冷たくなっていて手遅れなんだと分かる。

腹部にも大きな穴が空き、血も沢山……。

 

 

「うっ……」

 

 

嘔吐する。

混乱と悲しみと怒り。

誰が?なぜ?なんのために?

自分でも処理し切れない感情が頭の中をぐるぐるしている。

しばらく混乱が続き、

 

 

「…………菅谷長月」

 

 

彼女の声で、我に返る。

 

 

「……『無常』」

 

「家族か」

 

「あぁ……ばあちゃんだ」

 

 

それを聞き、『無常』は亡骸の前で手を合わせる。

呪詛師にそんな感情があるか分からないが、それでも死を悼んでいるように見えた。

 

 

「ここは儂が処理しよう。無論、この遺体は取り込まん。安心せい」

 

「………………」

 

 

今だけはその言葉を信じることにする。

僕にはもうひとつ確認しないといけないことがあったから。

 

 

ーーーー2階 子供部屋ーーーー

 

 

「…………」

 

 

その部屋の前に立つ。

怖い。

怖い、怖い。

恐怖に支配される。

けれど、僕は確認しなくちゃいけない。

姉として。

 

 

「……霞」

 

 

ノックをして呼びかける。

だが、返事はない。

 

 

「霞、僕だ。長月だ」

 

 

声をかけても、やっぱり返ってくる声はない。

 

 

「入るよ、霞」

 

 

恐る恐るその扉を開ける。

鍵は閉まっていなかった。

だから、僕は最悪の事態を想像していた。

けど、その想像は裏切られる。

中には、誰もいなかった。

想像していたような最悪ではなくて安心する。

ただ安心と同時に膨れ上がる疑問。

 

 

「霞、どこに……?」

 

「菅谷長月」

 

「っ、『無常』ッ」

 

「ふぅ、そう警戒するでない」

 

 

ばあちゃんの遺体は綺麗にしておいた。

後は警察と葬儀屋の仕事じゃな。

『無常』はそう言って、僕に先んじて霞の部屋に入っていく。

 

 

「お、おい!」

 

「……ここは?」

 

「霞の、僕の妹の部屋だ」

 

「ふむ」

 

 

僕の話を聞いて、なにやら考え込む『無常』。

 

 

「何を考えてる?」

 

「いや、随分悪趣味な妹じゃったんじゃな、と」

 

「は?」

 

 

彼女が部屋の一角を指差す。

僕もそちらを見ると、壁には魔方陣のようなものが書かれていた。

 

 

「こ、これ、なんだよ……?」

 

「呪術的なものであることは確かじゃな。じゃが、ふむ……」

 

 

そこまで言って、彼女は黙った。

霞はただの中学生だ。

それはずっとあの娘と過ごしてきた僕が証明できる。

だが、これはなんだ?

壁一面に書かれた魔方陣のような絵。

血で書かれた、とかではないし、残穢は感じない。

 

 

「『無常』、これは一体?」

 

「分からん。じゃが、1つだけはっきりしていることはある。お主の祖母の遺体には残穢が残されていた」

 

「ッ!?」

 

 

叫びたくなる感情をどうにかこらえ、冷静に訊ねる。

 

 

「それは……その残穢は誰のものか分かったのか」

 

「あぁ」

 

 

それは誰のものだ。

それを聞く。

彼女は答える。

そこには思惑も、謀略もない。

ただ事実を述べる温度で告げる。

 

 

 

「狗巻紡」

 

「お主の祖母の遺体には、その呪力の残穢が残されていたよ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

確かに、僕の家のリビングに残されていたのは。

僕と共に戦った彼女の。

『才羽』を殴り殺した彼女の。

彼女の呪力だった。

 

信じたくはないけれど、そうなんだろう。

自分の五感で確認したのだから、間違いないのだろう。

 

ばあちゃんを殺したのは、紡ちゃんだ。

 

 

 

ーーーー1ヶ月後 H村 影踏峠ーーーー

 

 

 

「ひ、人殺し……? 長月ちゃん、何を……?」

 

 

 

「長月」

 

「……あぁ、分かってる」

 

 

私と目があったのは一瞬で、長月ちゃんはすぐ祠へ向かい直りました。

そして、

 

 

「『友引腕(ともびきかいな)』」

 

 

祠を掴む無数の腕を呼び出す。

私の知らない術式でした。

 

 

「加えて『毒蟲』……喰らえ」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

『腕』で掴んだ祠を『毒蟲』が喰らい尽くしていく。

私が呆然としている間に、祠は綺麗になくなっていました。

 

 

「長月、取り込めたか」

 

「いや、まだ。逃げられた」

 

 

彼女とやり取りをする少女。

あの姿は見たことがあります。

一度戦ったこともあるあの少女は、

 

 

「『無常』」

 

 

長野桜という少女を騙った呪詛師。

長月ちゃんを拐った呪詛師。

 

 

「ん? この間は世話になったな」

 

 

私の声に反応して、そんなことを言う『無常』。

そこで納得しました。

長月ちゃんが私を人殺しと呼んだのはーー

 

 

「あなたが長月ちゃんに何かしたんですかっ!」

 

「……何かしたのはお主じゃろうが」

 

「な、なにを!?」

 

「おい、狗巻」

 

「え」

 

 

 

「こいつらの処刑が先だろうがッ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

 

私たちの会話に割り込むように、有島さんが斬り込む。

待ってください、という間もない。

『抜刀』。

シン・陰流最速の技。

私には見えないほどの速度。

 

 

「長月ちゃんっ」

 

「…………」

 

 

心配は、全くの杞憂でした。

有島さんの刀は、長月ちゃんの前で止まっています。

 

 

「! あぁっ!? なぜ止められる」

 

「『首吊梯子(くびつりばしご)』」

 

 

また違う呪霊!?

発動と同時に、有島さんの首に縄が現れる。

そして、その背後に巨大な梯子とそれに足をかける呪霊。

その手には縄。

 

 

「っ! ダメです、長月ちゃんっ!!」

 

「…………吊るせ」

 

『つリマしョウね、ツッテしまいマショうネ』

 

 

その一言で、呪霊はゆっくり梯子を上がっていく。

有島さんも手にした刀で切ろうとするけれど。

 

 

「かっ、なぜ、斬れねーー」

 

「っ、『止めろ(ヤメロ)』」

 

 

咄嗟に呪符を作り、飛ばす。

その呪符は、

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

蟲に阻まれてしまいます。

 

 

「なっ」

 

「邪魔をするな、娘。長月は止まらん」

 

「そんなわけにはいきませんっ!! このままじゃ長月ちゃんが有島さんを殺してしまいますっ」

 

 

なんとしてでも止めます!

梯子を上がる呪霊さえ祓ってしまえばいいんです。

左手に呪力を込めて、梯子に近づく。

 

 

「…………」

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

『ツッテしまーー

ーーグヂャーー

 

 

まずは梯子を壊し、それから呪霊を叩く。

予定通り、私の左拳は呪霊の腹を貫いた。

 

 

「かっ、はぁ……はぁ……」

 

「有島さん!」

 

「死ぬかと思ったぜ……」

 

 

どうにか、なりました。

長月ちゃん、落ち着いてもらわなきゃ。

 

 

「長月ちゃんっ! 落ち着いてーー」

 

 

 

「ーー落ち着いてられるかッ」

 

「僕の家族を、ばあちゃんを殺した相手を目の前にして、落ち着けるかッ!!」

 

 

 

その目は、私を捉えていて。

ドス黒い憎しみが伝わってきました。

 

 

「長月、退くぞ」

 

「…………あぁ」

 

 

黒い蟲が長月ちゃんの周りを包み込み、2人の姿は消えてしまいました。

私は呆然とするしかなくて。

ただ、彼女の名前をポツリと呟きました。

 

 

ーーーーーーーー



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第41話 陰鬼ー壱ー

ーーーー呪術高専ーーーー

 

 

土地神の消失。

それと同時に、私たちには帰還命令が下されました。

勿論私は食い下がった。

あそこにいれば長月ちゃんに会えるかもしれないから。

でも、命令は私が思ったよりも強力なものだったようで、すぐに戻ってくるように指示された。

そして、今、私は、

 

 

「ウチが監視役だってさ」

 

 

明ちゃんと一緒の部屋にいました。

 

 

「明ちゃん」

 

「話はいちおー聞いた。菅谷ちゃんが……」

 

「はい」

 

 

沈黙が流れます。

少しして、それを破ったのは明ちゃん。

 

 

「ごめん、もしかしたらウチのせいかも」

 

「え……?」

 

 

それから明ちゃんは、話をしました。

長月ちゃんから相談されたこと。

そして、長月ちゃんが母親の呪殺に狗巻家が関わってるかもしれないと疑っていること。

それに、

 

 

「『才羽』を殺害した時の紡ちゃん」

 

「っ」

 

「それを見られてたっぽい」

 

 

あれを見られてしまってたんですね。

呪詛師と変わらないあの姿を。

……なら、私を人殺しと呼ぶのも納得です。

 

 

「でも、長月ちゃんのお母さんのことに狗巻家は絶対に関わってないはずです」

 

 

そもそも狗巻家は呪術界と極力関わらないでいたいはず。

だから、呪霊を一般人に放つなんてありえません。

なら、後は

 

 

「私のあの姿……あの衝動を説明すれば……」

 

 

長月ちゃんと和解する。

それを考える私に、

 

 

「ねぇ、あのさ」

 

 

明ちゃんが声をかける。

どうしたんですか、そう返すと、

 

 

「その前に、例の補助監督くん殺しが片付いてないけど」

 

「あっ……そう、ですね」

 

 

そうでした。

まだその件がありました。

 

 

「…………」

 

「その疑惑はまだ晴れてない。なら、和解したとこで意味なくね?」

 

「…………」

 

 

明ちゃんの言う通りです。

なら、私にできることは1つ。

 

 

「私、長月ちゃんのこと調べます」

 

「牧さん殺しと針倉さんへの攻撃。あの2つを解き明かせば呪術高専側も彼女を追う必要がなくなりますから」

 

 

「なら、ウチも」

 

 

そう言って、明ちゃんは頷いた。

かったるそうに、でも、やっぱり、

 

 

「明ちゃんは優しいですね」

 

「べつに」

 

 

ーーーー呪術高専 医務室ーーーー

 

 

「家入さん」

 

「狗巻……紡か。どうした、怪我でもしたか?」

 

 

家入さんの問いに首を横に振る。

怪我ではない。

じゃあ、なんだ?

そう訊ねる家入さんに、私は答えます。

 

 

「紡ちゃんのことです」

 

「……あぁ」

 

「調べてるんです」

 

「そうか」

 

 

コーヒーでも淹れよう。

そう言いながら、入口の鍵を閉めた家入さん。

聞かれたくない話だってことは察してくれたようです。

 

 

「…………それで君はどちら側だ?」

 

 

どちら側。

家入さんはそう聞いた。

ずっと迷っていた私の心の内を見抜いていたのかもしれません。

聞いていた証拠からも分かるように、長月ちゃんが牧さんを殺したのはほぼ間違いない。

それに針倉さんを攻撃したのは事実で。

でも、信じたくない。

そんな2つの感情で揺れていました。

 

 

「私は……長月ちゃんを信じたい」

 

 

「フッ。若さが羨ましくなる」

 

「家入さんだってまだ若いじゃないですか」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

そんな話をしつつ、本題。

 

 

 

「牧さんは、本当に長月ちゃんに殺されたんですか?」

 

「…………これを見てもらおうか」

 

 

見せられたのは、一枚のレントゲン写真。

人の胸部、でしょうか。

それが何か訊ねると、殺された牧のものだと言われます。

その写真の中で家入さんが妙だと感じたのが、

 

 

「傷痕、ですか?」

 

「あぁ」

 

 

牧さんを殺害した際につけられた傷痕だという。

素人目にも、かなり多くの傷がつけられているのは分かりました。

 

 

「どこからも『毒蟲』の残穢が検出されている。それに傷痕のほとんどが内側まで呪力がこびりついていた」

 

「それのどこがおかしいですか?」

 

「……それ自体はまぁ、喰い破られたと言われればそれまでなんだがな」

 

 

ため息を吐きながら、家入さんは1つの傷痕を指差す。

 

 

「綺麗すぎるんだよ、ここだけ」

 

「?」

 

「喰い破られたんだ。普通はもっと酷い状態になる。他の周りの傷のようにな」

 

 

そう言われて見ると、確かにその傷だけ妙に綺麗だ。

スッと何かで刺されたような痕。

確かに普通の刃物ではこうはならない気がします。

なら、一体……?

 

 

「…………さぁな。私から言えることは1つ。残穢は確かに菅谷長月のものだ」

 

「だが、どうにも腑に落ちない」

 

 

「…………」

 

 

違和感。

それを感じているようでした。

 

呪術師っていうのは、どこかイカれてる。

針倉さんや明ちゃん、勿論、私も。

じゃなきゃ、こんな仕事できませんから。

けれど、このイカれ方はなにかが違う。

どこか狂気に近いものがある、そんな気がしてる。

 

 

「…………少し電話してもいいですか?」

 

「あぁ、構わんよ」

 

 

私は今分かったことを伝えるため、明ちゃんに連絡した。

 

 

 

ーーーー石木町ーーーー

 

 

「……ん。わかった、ん」

 

「…………ふぅ」

 

 

紡ちゃんからの連絡で、補助監督くんの死に不審な点が見つかったという事実を聞いたウチは、大きく息を吐いた。

菅谷ちゃんが無実だという可能性もある。

それが分かっただけでも、今の紡ちゃんにとってはいいことだし。

そちらは紡ちゃんに調べてもらうとして、ウチはーー

 

 

「ここっしょ」

 

 

菅谷家。

ここには紡ちゃんは来れない。

上層部は菅谷ちゃんと仲のいい紡ちゃんを監視対象にしてる。

菅谷ちゃんから接触してくる可能性を考えてるから。

だから、ここに来て調べられるのはウチしかいないってわけ。

それじゃ、

 

 

ーーピンポーンーー

 

「…………」

 

ーーピンポーンーー

 

「…………?」

 

 

呼び鈴には反応なし。

 

 

「…………こんちはー、すがや……長月ちゃんの友達だけど」

 

 

声をかけても返事がない。

留守?

鍵は…………かかってない。

 

 

「…………」

 

 

スマホを手にする。

何か、嫌な予感がするから。

 

 

ーーーー菅谷家 リビングーーーー

 

 

中には誰もいなかった。

ただ気配はあった。

 

 

「呪いの、気配……」

 

 

その原因はハッキリしてる。

リビングにベッタリこびりついた血。

人1人が死ぬには十分な量っぽかった。

つまり、人が最低1人は死んでる。

それはーー

 

 

『ヤやっテナイィィぃぃ』

 

「呪霊……」

 

 

ーーこの呪霊の元になった人だと思う。

呪力量からして元々は一般人。

 

 

『チガう、ちガウチチがウ』

 

「…………菅谷ちゃんの家族の誰か」

 

 

情報によると、長月ちゃんにはおばあちゃんと妹ちゃんがいたはず。

たぶん、そのどちらかがここで殺され、呪いに転じた。

 

 

「…………かったる」

 

 

ホントにかったるい。

けど、ここに来たのがウチでよかった。

やっと立ち直り始めた紡ちゃんに、これは酷すぎるし。

 

 

 

「ちゃんと祓う」

 

『オねがガイだ、シんししシンじて』

 

 

 

「『落筆呪法・薙』」

 

 

 

強くない呪霊。

一回で祓うことができた。

 

 

「ウチらは信じてるから」

 

 

ポツリと呟き、静かに手を合わせた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

手掛かりはこの血痕。

これ自体は乾いてる。

ここ数日って感じでもない。

1ヶ月かそれ以上経ってる。

 

 

「遺体はない……ってことは……」

 

 

誰かがウチの前に来た?

警察?

にしては、この建物の管理が雑すぎ。

一般人なら警察に通報してるはずだし。

とすると、ここに来たのは、

 

 

「……菅谷ちゃん」

 

 

それしかない。

って、ん?

そこで気づく。

血痕には残穢が残ってる。

さっきの呪霊のものとそれからもう1つ。

 

 

「これ……紡ちゃんの……?」

 

 

1ヶ月前。

紡ちゃんがここに来たのは聞いてはいる。

でも、呪力を使うようなことはしてないはず。

 

 

「……なるほど。これで、人殺しにつながるわけね」

 

 

少し話が見えてきた。

ん。

これ、紡ちゃんにLINEしとこ。

スマホをいじってメッセージを送る。

 

 

「ん?」

 

 

けど、なぜか送れない。

よく見ると、圏外になってた。

……おかしい。

さっきまではそんなことはなかったのに。

 

 

「まさか……」

 

 

リビングの窓に飛びつき、外を見る。

今は昼の12時。

それにも関わらず、外は真っ暗だった。

 

 

「『帳』……?」

 

 

ウチは下ろしてない。

そもそも『帳』を下ろしたら、ここで何かしてることが高専側にバレる。

だからーー

 

 

 

「やぁやぁ」

 

 

 

振り返る。

家の入口ーーそこに、彼はいた。

ヘラヘラと軽薄に笑う男。

ここにいるはずのない人物が、いた。

 

 

 

 

「針倉……優誠」

 

「元気かい、黒野堀ちゃん」

 

 

 

 

ーーーーーーーー



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第42話 陰鬼ー弐ー

ーーーーーーーー

 

 

「なんで、ここに?」

 

 

短くそう訊ねる。

それに対して、ここにいるはずのない彼ーー針倉は笑う。

 

 

「私も長月ちゃんの無実を晴らしにきたのさ。君だってそうだろう?」

 

「…………」

 

 

胡散臭い。

嫌な感じがする。

 

 

「私は味方さ。だから、その手にしているスマホに呪力を通すのを止めてほしいんだけれど」

 

「ムリ」

 

「なぜ?」

 

 

なぜ?

挙げればキリがない。

 

 

「調査するのに『帳』を下ろす必要あるわけ?」

 

「それはほら、呪霊がいたようだからね。一般人の被害を出さないためにも必要じゃないか」

 

 

違う。

紡ちゃんから聞いていた彼は、一般人に被害が及ぶことを気にする人間じゃない。

 

 

「長月ちゃんの無実を晴らそうとしてるってなんで知ってる?」

 

「そうだねぇ、紡ちゃんから連絡をもらったんだよ」

 

 

違う。

もしそうだとしたら、さっきの電話の時に話してないのは変だし。

 

 

「意識混濁だったんじゃなかった?」

 

「いやいや、ついさっき回復してここに飛んできたってわけだよ」

 

 

違う。

そんな人間がこんなに元気なわけない。

それ以上に、

 

 

「味方だっていうなら、その殺気どーにかしたら?」

 

「…………なんのことだい?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

「……はぁ、もうやめだ」

 

 

やめだ、と。

針倉はそう言って、味方のフリを止めた。

笑うフリを止めた。

 

 

「これ、あんたの仕業ってことでいい?」

 

「そうだよ」

 

 

あっさり認めた。

菅谷ちゃんの家族殺しを。

 

 

「これ、長月ちゃんのばあちゃんだってね。最後まで長月ちゃんとその妹の心配してたよ。馬鹿馬鹿しい」

 

「っ、紡ちゃんの呪力があるのは……」

 

「私の術式。まさか私の術式が『針灸』と『吸針』だけな訳ないだろう?」

 

 

感情が抜け落ちたような表情。

これがホントの針倉優誠。

 

 

「補助監督くんを殺したのも……」

 

「くどいなぁ。私だよ」

 

「……じゃあ、なぜ菅谷ちゃんに攻撃されたフリなんてしたの」

 

「あぁ、それはハプニングだ。咄嗟に反転術式を廻したから生きてるが、下手をしたら死んでいたよ」

 

 

だが、そのお陰で計画は順調だ。

そう言う彼。

少しだけ見せた暗い笑みに、背筋が凍る。

 

 

 

「……さて、そろそろこの『帳』も報告される頃かな」

 

「お終いにしよう」

 

 

「っ、『落筆呪法・包』」

 

 

先制攻撃。

というには、弱いものだけれど。

この人は生け捕りにして高専に突き出す。

そうすればーー

 

 

「『針灸』」

 

ーーパァンッーー

 

 

「!」

 

 

簡単に破られる。

そんなに甘くはないか。

 

 

「こっちは準一級だよ? それで捕まえられると思ったら大間違いだ」

 

「『落筆呪法・穿』!」

 

 

今度は首元に穴を開ける。

それは勿論、反転術式ですぐに回復される。

わかってる。

でも、反転術式は集中力を使うって聞いたことがある。

それを多用させれば、攻撃は来ないはず。

だから、ウチは攻め続ける。

 

 

『落筆呪法・穿』

 

『落筆呪法・穿』

 

『落筆呪法・穿』

 

 

三度、放つ。

胸、腹、喉。

3ヶ所に穴を開けても、回復する。

そう、このまま攻める。

 

 

ーージワッーー

 

「っ、『落筆呪法・穿』」

 

 

目から、耳から、鼻から。

どこから血が出ようと関係ない。

脳がフル回転してるのがわかる。

でも、関係ない。

攻め続けるしかないんよ。

 

 

『落筆呪法・穿』

 

『落筆呪法・包』

 

『落筆呪法・薙』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「終わりかい?」

 

「はっ、はぁ……はぁ…………」

 

 

頭が割れそう。

それでも、目の前の男は笑っていた。

 

 

「ま、だ……『落筆呪法・穿』」

 

 

まだ、再生する。

この呪力、どこから……。

 

 

 

「反転術式を廻させ続ければ、いつかは呪力切れを起こす」

 

「そう思った?」

 

 

「……はぁ……はっ……」

 

 

まるでウチの心の内を見透かしたように、そんなことを言う。

 

 

「私を相手にした人間はみんなそうするからね」

 

「ただ私の『吸針』には吸った呪力をそのままストックできる性質があってね。それを使えば、自分の呪力を使わなくても、ストック分の呪力を使って攻撃できる」

 

 

「こんな風にーーーーねッ!」

 

ーードスッーー

 

 

「がッ!?」

 

 

呪力を帯びた蹴り。

うずくまるようにして見た自分のお腹に残る呪力……これは、紡ちゃんのやつ。

なるほど……趣味悪いわ……。

 

 

「そっちの呪力はもうないか?」

 

「ゲホッ……はっ、はぁっ……」

 

「……ふむ」

 

「ふっ……ふぅ……っ!」

 

 

 

『落筆呪法・薙』

 

ーーバシュッーー

 

 

 

渾身の一筆。

けれど、ヤツには届かない。

 

 

「……っ」

 

「これだから呪術師は怖い。終わりだと思っていても、最期に絞り出してくる」

 

「仕方がない。これ以上、長引くと面倒だ。これで本当に終わりにしよう」

 

 

そう言うと、彼は掌印を結んだ。

両手を祈るように組み合わせ、両の小指だけを立てたまま合わせる。

そして、それを発動する。

 

 

 

 

「『領域展開』ーー『針筵大叫喚(しんえんだいきょうかん)』」

 

 

 

 

空間が断絶し、ヤツとウチの周りだけがその空間に飲まれていく。

やがて、完成したのは『領域』。

針で形作られた無数の薊の花。

そして、その茎のように繋がる夥しい数の巨大な針。

闇の中で鈍く輝くそれからは悪意しか感じない。

 

 

「『領域展開』を見るのは初めてかい?」

 

「…………」

 

「だろうね。これが最初で最期だ」

 

 

その言葉と共に、全身に痛みが走る。

痛い。

痛い。

痛い痛い痛い痛い。

倒れ込んだときに、見える自分の足元。

そして、身体中から咲く薊の針花。

それに呪力も身体の力も吸われていく。

徐々に視界が暗くなっていく。

 

 

「……ご、め…………」

 

 

 

「謝る必要なんてないさ。どうせ皆死ぬ」

 

「……ゆっくりお休み、黒野堀ちゃん」

 

 

ーーーー記録ーーーー

 

 

2018年8月21日。

F県石木町、菅谷長月宅にて、二級呪術師・黒野堀明の遺体が発見された。

遺体からは残穢が検出されており、菅谷長月の呪力であることが判明した。

補助監督・牧荘也の殺害及び準一級呪術師・針倉優誠への攻撃と合わせて、呪詛師・菅谷長月の処刑執行の優先度を上方修正し、準一級呪術師・有島哀及び一級呪術師・シャーロットを処刑執行人とする。

 

 

ーーーーーーーー



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第43話 菊月

ーーーーーーーー

 

 

明ちゃんが長月ちゃんの家で殺された。

友達と呼べる2人目の人がいなくなってしまったことに落ち込んでいたあの時から、早くも1ヶ月が経ちました。

季節が秋へと移り変わっても、長月ちゃんの動きはありません。

私はその間、ずっと高専でとある人物に修行をつけてもらっていました。

そんなある日のことです。

 

 

ーーーー呪術高専 談話室ーーーー

 

 

 

「ヤダよ、だってツムギ弱いじゃん」

 

 

 

シャーロットさんは私を拒絶しました。

弱い、ですか。

 

 

「うん。だって、ツムギ『黒閃』も出せてないでしょ?」

 

 

あくびをしながら、ブロンドヘアの髪先をくるくるといじる。

それでも絵になってしまうんだから、ハーフってすごいです。

それはともかく、

 

 

「……じゃあ、いいです」

 

「あーん、ウソウソ。もー、カワイイなぁ、ツムギは」

 

 

急に掌返しで、猫なで声を出すシャーロットさん。

スリスリと私に頬擦りしてきます。

本当に、この人は……。

 

 

「この1ヶ月鍛えて下さったのは感謝しています」

 

「まぁ、目撃情報もなくてヒマだったからね」

 

「…………」

 

「ウソウソ! ま、でも、たしかにツムギは強くなったよ」

 

 

『黒閃』は出せなかったけれど、呪力操作も体術も1ヶ月前の比ではない。

それは私自身も感じていることでした。

 

 

「なら!」

 

「それでもダメだ」

 

「っ」

 

 

そう言う彼女からは、さっきまでのふざけた雰囲気は感じられません。

あくまでも任務は任務、ということですよね。

私の実力が見合ってない。

それは自分が一番分かっています。

 

 

「ダイジョブ。オネーサンに任せなさい」

 

 

くしゃっと頭を撫でられる。

 

 

「ナガツキはワタシがきっちり連れ戻してくるよ。そういうヤクソクでしょ?」

 

「…………はい」

 

 

修行をつけてもらってハッキリ分かったこと。

一級呪術師・シャーロットさん。

彼女は恐らく限りなく特級に近い実力を持っているのでしょう。

彼女の力があればきっと……。

 

 

「…………」

 

 

そう。

私は彼女を信じて待つしかないんです。

だからーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「……遅い」

 

「あぁ、ゴメンゴメン! 弟子がついてくるって聞かなくて」

 

「あの『呪言師』か」

 

 

有島は舌打ちをする。

それを見たシャーロットは困ったように眉をひそめた。

 

 

「そんなにあの子がキライなの?」

 

「まだあの『呪霊使い』を友達とか呼んでるんだろ」

 

 

そんな奴を好きになる奴なんていねぇよ。

吐き捨てる有島。

彼の脳裏には、長月の顔が浮かび、また気分が悪くなる。

 

 

「ワタシは好きだけどなぁ」

 

「物好きがッ」

 

「だって、カワイイだろう? あんな風に健気でさ」

 

「…………フンッ」

 

 

カワイイ女の子の味方というポリシーのシャーロット。

呪霊・呪詛師は全て祓うという信条の有島。

2人の会話は噛み合わない。

それでも、上層部がこの2人を組ませたのは、

 

 

「目撃情報は?」

 

「ド田舎の自殺の名所だそうだ」

 

「OK!」

 

「発見し次第殺せとの命令だ」

 

「ハイハーイ」

 

 

この2人ならば確実に『呪霊操術』を使う呪詛師を祓えると判断したからであった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「長月」

 

「……あぁ」

 

 

長かった。

奇しくも僕の名と同じ名前をもつこの9月に僕は本懐を遂げる。

僕が呪術の世界に踏み込んだ理由。

『才羽』に聞かれた時は曖昧にしか答えられなかったそれが、今ははっきりしていた。

 

 

僕は『呪霊操術(この力)』で大切な人を守りたかった。

それ以外の人間はどうなってもいい。

だから、僕は僕の大切な人を蝕む『呪い』を許さない。

それを全て祓うんだ。

 

 

「無常」

 

「……覚悟はいいかの、長月」

 

 

覚悟?

そんなものは必要ない。

僕は僕の目的を果たすだけだ。

 

 

 

「早く殺しに行こう」

 

「僕の大切な人を殺した『狗巻紡』を」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第44話 寝覚月ー壱ー

ーーーーF県 I町 百五沢ダムーーーー

 

 

「ここ?」

 

「情報によるとな」

 

 

シャーロットと有島は、菅谷長月の目撃情報があったという場所に来ていた。

巨大なダム。

その周辺には橋が何本かあり、そのうちの1つが自殺の名所になっているとのことだった。

土地神や呪霊を集めているのならば、ここはぴったりなのだろう。

有島はそれを感じていた。

 

 

「おー、高いなぁ」

 

「ここから飛べば楽に死ねるだろうよ」

 

「ヒトバライは?」

 

「してある」

 

「仕事が早いね! 頼りにしてるよ!」

 

「…………」

 

 

有島とシャーロットが組むのは、この任務で2回目であった。

1回目は呪霊狩り。

有島が二級に上がる任務で組んだことがあり、その時から彼女は一級呪術師であった。

年齢は分からないが、その頃から姿はあまり変わってないように有島は感じていた。

熟練の呪術師。

それが彼女の印象である。

 

 

「おーい、アイ?」

 

「……名前で呼ぶな」

 

「? アイはアイでしょ?」

 

「……チッ」

 

 

シャーロットから視線を外す。

同時にその人物の姿が有島の視界に入った。

 

 

 

「…………」

 

 

 

一度殺し損ねた人間。

白髪の呪詛師。

 

 

「菅谷長月ッ」

 

「…………」

 

 

100m先の彼女に向け、有島は走り出す。

 

 

「アイ! 止まれ!」

 

「見つけ次第殺せ、だろうがッ!!」

 

「…………来い、呪霊共」

 

 

有島の『抜刀』。

それに対して、彼女は下級呪霊を盾にした。

両断され、消滅する呪霊。

だが、また湧いてくる。

 

 

「チッ」

 

 

弱い呪霊。

だが、どうにも数が多く、祓い切れない。

そう判断した有島は、一歩引く。

 

 

「おい!」

 

「ハイハーイ!」

 

 

有島と入れ換わるように、シャーロットが前に出る。

彼女は丸腰。

使うのは、その拳のみ。

 

 

 

「お、らぁぁっ!!」

 

ーーバギバギバギバギッーー

 

 

 

拳に纏わせた呪力で、目の前の呪霊を祓う。

下級呪霊とはいえ、一撃。

 

 

「…………呪力のみでこれか」

 

「お? 近くで見るとなかなかにカワイイじゃないか。オネーサン好みだよ」

 

 

長月とシャーロットの距離は二歩分。

詰めれば確実に相手を殺せる距離で、シャーロットは立ち止まっていた。

 

 

「いや、ツムギとのヤクソクでさ。キミを連れ戻すって言っちゃったもんだからね~」

 

「紡と……?」

 

「そ。あの娘、キミの無実を証明するって張り切ってるよ~」

 

「…………」

 

「だから、こっちにおいで」

 

 

そう言って手を差し出すシャーロット。

長月はその手を取らず、彼女と言葉を交わす。

 

 

「……針倉優誠は生きているか?」

 

「ん? まだ意識が戻らないようだよ」

 

「そうか」

 

 

「それだけ聞ければ十分だ」

 

ーーゾゾゾッーー

 

 

またも集まる呪霊。

先ほどの低級の群れではなく、二級以上が五体。

それをーー

 

 

ーーパァァァァンッーー

 

「まずは一匹!」

 

 

蹴りを放ち、呪霊の上半身を吹き飛ばすシャーロット。

続けて、逆足でもう一体、今度は下半身を破壊する。

 

 

「簡単に祓ってくれる……」

 

「じゃなきゃ一級にはなれないのさ!」

 

 

会話をしながらもさらに一体を撃破し、シャーロットは彼女に向き直る。

圧倒的な強度。

それに加えて、準一級もいる。

 

 

「ゴラァッ!!」

 

ーースパッーー

 

 

有島の一閃で、一体の首を跳ねた。

残りは一体だけ。

 

 

「……一級、ここまで化物とはな」

 

 

残り一体の陰に隠れる長月。

だが、それも、

 

 

「無駄だァッ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

有島の『抜刀』により倒された。

 

 

「…………ここまでか」

 

「お、カンネンした?」

 

 

長月は両手を挙げ、目を瞑る。

 

 

「これ以上は無駄だからな」

 

「ムダ?」

 

「あぁ」

 

 

怪訝な顔をするシャーロット。

何かが変だ。

感じ取っていた。

 

 

「…………おい」

 

「っ!」

 

 

 

「学習しねぇなァ、このガキがッ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

 

守るものがいなくなった長月に、有島の刀が迫る。

 

 

「アイ!」

 

 

シャーロットの制止は聞かない。

呪霊使いを殺す。

その一心で彼は『抜刀』で長月の首をーー

 

 

ーースパァァァンッーー

 

 

ーー跳ねた。

 

 

「アイ! 何てことをしたんだ!」

 

「あぁ? 見つけ次第殺すのが俺達の任務だろうが」

 

「あぁ、もう……ツムギにどう説明したらいいんだよぉ……」

 

 

シャーロットは頭を抱えて、長月の胴体に駆け寄る。

それを見ていた有島はため息を吐き、そこで気付いた。

 

 

「こいつはッ!?」

 

 

死んだはずの菅谷長月。

それから香ってくる、甘い、花の焼けるような匂い。

一度嗅いだことのあるその匂いはーー

 

 

「シャーロットッ!!」

 

 

 

ーーバキィィィッーー

 

 

 

彼女の名前を叫んでももう遅い。

音に反応した時には、長月の胴体が動き、シャーロットを殴り飛ばしていた。

 

 

「ッ、こいつ、あの時のッ!」

 

 

『抜刀』の構え。

だが、それよりも速く、胴体は有島に蹴りを見舞う。

 

 

「がっ!?」

 

 

その蹴りは有島の頭を捉え、彼の意識を刈り取った。

薄れゆく意識の中、有島の耳にはその声が聞こえていた。

菅谷長月のものではない声。

 

 

 

「術師は十分引き離した……後はどうにかせい、長月」

 

 

 

 

ーーーー菅谷家 跡地ーーーー

 

 

 

「…………」

 

 

彼女はその場所で手を合わせていた。

弔い。

そんな意味を込めた合掌なのだろう。

けれど、僕にとって、それは意味のない行為にしか見えない。

 

 

 

「久しぶり、『紡』ちゃん」

 

「殺しに来たよ」

 

 

 

僕は今日、大切な人の仇を討つ。

 

 

ーーーーーーーー



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第45話 寝覚月ー弐ー

ーーーーーーーー

 

 

振り向いた私の目の前には、長月ちゃんがいました。

フードを深々と被り、私と目を合わせないようにも見えます。

 

 

「長月ちゃん……なんで、ここに……?」

 

 

シャーロットさん達は、長月ちゃんの目撃情報があったから任務に向かったはずです。

だから、ここに長月ちゃんがいるのはおかしいのに。

 

 

「そっちは僕じゃない。術式で『変身』した無常だ」

 

「僕が『紡』ちゃんに接触するには近くにいたあの2人が邪魔だったからね」

 

「長月ちゃーー」

 

 

「さて、始めようか」

 

 

そう言って、長月ちゃんは手を結んだり開いたり、手遊びを始めた。

それが術式の発動だと気付くよりも先にーー

 

 

「『友引腕』」

 

「!?」

 

 

ーー右腕を掴まれていました。

痛みはない。

恐らく攻撃ではありません。

でも、やるしかないですよね……。

 

 

「『友引腕』の能力は術式の封印。この腕が触れているところで発動する一切の術式を封印する」

 

「『呪言』は厄介だからさ」

 

 

私の『呪言』を封じてきた。

だけど、今の私にはそれ以外の武器がある。

 

 

「はぁっ!!」

 

ーーブチィッーー

 

 

「!」

 

 

よし、切れました。

この1ヶ月、シャーロットさんからつけてもらった修行は無駄ではありませんでした。

今の私なら戦えます。

戦って長月ちゃんを取り押さえる。

落ち着いて話を聞いてもらえるようしなくちゃいけません……。

 

 

「なら、これだ。『腐大蛇(くさりおろち)』」

 

ーーウゾゾッーー

 

 

また新しい呪霊。

大型の蛇型呪霊、その体長は裕に5mはある。

その名前から腐らせる類いのものでしょう。

 

 

「腐らせろ」

 

「っ」

 

 

飛び掛かってくる呪霊を跳んで躱す。

そのまま上から蛇を呪力を込めた一撃で殴る。

蛇型呪霊の耐久性は低く、それで消えていく。

けど、その攻撃の隙を長月ちゃんは見逃さない。

 

 

「行け」

 

 

下級呪霊の群れが襲い掛かってきます。

ただそれも意味がありません。

 

 

「はぁっ!!」

 

ーーブンッーー

 

 

シャーロットさん直伝の足技の前に、呪霊達は散っていく。

次は何がくるかと警戒していた私でしたが、長月ちゃんはそこで攻撃の手を止めました。

 

 

「…………」

 

「長月ちゃん! 聞いてください!」

 

 

今しかない。

そう思って、私は声を張った。

幸いなことに追撃は来ません。

 

 

「私は……確かに人殺しです」

 

 

長月ちゃんに言われたこと。

それは紛れもなく事実です。

沢山の呪詛師を殺した。

しかも、

 

 

「私には……殺人衝動があります」

 

「幼い頃からずっとです。どうしてもそうしてしまいたいという衝動を心の中にもっていて、でも、そんなことしてはいけないって押し殺していました」

 

 

私には『呪言』という力がある。

私が『死ね』と書けばそれが実現してしまう。

 

 

「両親はそれを恐れて、私にある封印を施しました。衝動を1つの人格として構築し、封印する術式」

 

「けれど、その術式は中途半端なもので、時折その人格は顔を出すんです」

 

 

それがあの呪詛師を殺した時に、長月ちゃんに見られてしまったもの。

私にはどうすることもできない衝動です。

 

 

「だから、人を殺したことを多目に見ろと?」

 

「っ、そんなことはーー」

 

 

 

「ーーばあちゃんを殺したことを許せって言うのか」

 

 

 

そう言う長月ちゃんの瞳は、憎しみの感情に染まっていました。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください! そもそも私は長月ちゃんのおばあさんを殺してなんかいませんっ」

 

「なら、どうしてあの場所にーー殺害現場に『紡』ちゃんの呪力の残穢が残ってた?」

 

「……え?」

 

「僕は確かにそれを感じ取った。僕だけじゃなく無常もだ」

 

 

長月ちゃんのおばあさんが亡くなったのは高専からの報告で知ってはいました。

でも、それをやったのは長月ちゃん自身だと聞いていた。

殺害現場からは長月ちゃんの残穢が残っていたと。

勿論、それを信じた訳じゃありません。

牧さんや明ちゃんと同じく、誰かが殺し、何らかの方法で長月ちゃんに罪を擦り付けようとしてる。

そう思っていました。

だけど、長月ちゃんは現場から私の残穢を感じ取った?

それって一体ーー

 

 

「……これ以上は時間の無駄だ。『毒蟲』」

 

「!」

 

 

長月ちゃんは会話を止め、それを放つ。

彼女が最初に手に入れ、最も使い慣れているであろう呪霊を。

 

 

「待ってください! 話をーー」

 

「喰い散らかせ」

 

「っ」

 

 

こうなってしまっては話をするのは後です。

向かってくる黒いそれから逃げなくては。

呪力で強化した脚力で駆ける。

それでも少しずつ蟲との距離は縮まっていく。

 

 

「っ、なら!」

 

 

太ももの外側にしまってあったそれを構えます。

 

 

「暗器?」

 

「いえ、これも歴とした呪具です!」

 

 

呪具『祟り火の小刀』。

呪力を火に変換する術式が付与された短刀で、シャーロットさんから借りているものです。

これ自体は三級呪具で等級も高くありません。

これを借りたのは、呪具に呪力を込めるという呪力操作の練習の一環だったんですが、

 

 

ーーボッーー

 

「役に立ちましたね」

 

 

目の前に迫る蟲を焼き祓うことに成功しました。

 

 

「『蟲纒』」

 

 

遠距離からの攻撃が効かないことに気付き、一瞬でやり方を変える長月ちゃん。

蟲を体に纏わりつかせ、こちらに向かってくる。

 

 

「っ」

 

 

咄嗟に呪力で強化した右腕で受けた。

けど、長月ちゃんの蟲は呪力も奪ってくる。

長くは保ちません。

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

「はぁっ!」

 

ーードゴッーー

 

 

「っ……!?」

 

 

呪力が奪われる前に仕掛けた左手での掌底が彼女の腹に入り、長月ちゃんの体勢が崩れた。

今なら!

 

 

「ごめんなさい、長月ちゃん」

 

 

彼女の右腕を掴み、そのまま引く。

そのまま呪力で強化した膂力で長月ちゃんを床にねじ伏せ、体重をかけ肩の関節を外す。

手応えあり。

荒っぽいことをしてしまいました。

でも、今なら話すことができます。

 

 

「ごめんなさい。すぐに家入さんに治してもらえるようにしますから」

 

「このまま処刑されるのがオチだろ」

 

「そうならないように動いてます。家入さんも、シャーロットさんも上層部に話をしてくれるはずです!」

 

「…………」

 

「信じてください、長月ちゃん」

 

 

これは説得。

……いいえ。

私にできるのはただ自分の気持ちを伝えることだけです。

 

 

「私はあなたの家族に手をかけていない。証拠はありません。でも、私達が協力すれば真実が分かるかもしれません」

 

「だからーー」

 

 

 

「ーー戻ってきてください、長月ちゃんっ!」

 

 

 

「…………」

 

 

長月ちゃんは答えない。

沈黙が流れます。

数十秒ほどで長月ちゃんが口を開きました。

 

 

「僕はーー」

 

 

けれど、その言葉を聞くよりも前に、

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

長月ちゃんの身体を黒い霧が包んでいく。

いえ、これは蟲?

 

 

「長月ちゃんっ」

 

「…………また来るよ」

 

 

フッと彼女に触れていた感覚が消え、同時に長月ちゃんの姿も私の目の前から消えてしまいました。

 

 

 

「…………長月ちゃん」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……無常」

 

「どうやら失敗したようじゃの」

 

「お互い様だ」

 

「あぁ、儂も一度殺された。『降霊杖』でどうにか生き返ったが」

 

「…………ひとつ、聞きたい」

 

「なんじゃ?」

 

 

 

「『狗巻紡』が僕のばあちゃんを殺した……本当にそうか?」

 

 

 

「…………儂に言えるのは、あの場にその娘の呪力が残っていたという事実だけじゃ。それはお主も確認したじゃろう」

 

「あぁ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………まぁ、もしその事実を語れるとしたら、一人しかいないだろう。この数ヶ月、呪霊を取り込むことと並行して探しても見つからなかったがのぅ」

 

 

 

「霞」

 

「妹なら何か見ていたかもしれない」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第46話 寝覚月ー参ー

ーーーーF県 I町 百五沢ダムーーーー

 

 

「ここまで刻めば十分だろ」

 

 

有島はそう言って、納刀する。

彼の前には切り刻まれた肉塊。

彼自身の体や顔を隠すマスクにも返り血がついていた。

 

 

「そこまでやらなくてもいいじゃない?」

 

「チッ」

 

「たしかに2人してブッ飛ばされた時はどうしようかと思ったケドサ」

 

 

どの口がそんなことを言うのか。

有島は先程の戦いでの彼女の姿を思い出して毒づく。

不意打ちで意識を失った有島とは対照的に、シャーロットはあの一撃で一度ダムに落とされたそうだ。

だが、呪力のみでその落下の衝撃に耐え、すぐに戦線復帰。

呪詛師『無常』を完全に押していた。

 

 

「アイを起こしたのは失敗だったかぁ……こんな粉々に切り刻んだらショーコに見てもらえないじゃん」

 

「知るか」

 

 

報告によると『無常』という呪詛師の術式はよく分かっていない。

だが、七海や黒野堀たちからの情報によると、殺しても死んでいなかったということは分かっていた。

 

 

「……もう少し刻むか」

 

 

有島は元の形が分からなくなったその肉塊を更に切り刻む作業に入った。

それと同時に、シャーロットのスマホの着信音が鳴る。

 

 

「お、ツムギ!」

 

 

画面を見て、相手が紡であることを理解したシャーロットはすぐに応答を押す。

 

 

「ツムギ~、どうしたんだい? 寂しくなってデンワくれたのかなぁ?」

 

 

その猫なで声はすぐに真剣なものへと変わる。

 

 

「……すぐ戻るよ」

 

「おい」

 

「ナガツキがツムギの所へ現れた。ワタシたちも合流するよ」

 

「……あぁ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

長月と紡の戦闘が行われた菅谷家。

そこから5kmほど離れたところに彼はいた。

 

 

「さてさて、どうしたものかねぇ」

 

 

彼自身の呪力感知能力と事前に仕掛けておいたカメラを通して、その戦闘を見ていた彼は悩んでいた。

ここまでの2人の動きは想定内で計画は順調に進んでいる。

だが、

 

 

「なんでここで迷うかねぇ、長月ちゃんは」

 

 

それに紡の殺人衝動が思ったよりも弱くなっていることも彼を悩ませる種の1つだった。

2人の絆が想定よりも強い。

それを感じていた。

 

 

「これからの課題は長月ちゃんを考え直させること」

 

「それから紡ちゃんの殺人衝動を引き出すこと」

 

 

2人が殺し合うように仕向ける。

 

それが今、彼がしなくてはいけないことだった。

では、どうするか。

長月の方は簡単だ。

手段はもう手の内にある。

問題は、紡の殺人衝動だ。

これを高めて、あの人格を出させるには……。

 

 

「……ん?」

 

「………………こうしよう」

 

 

彼の視線の先にはカメラ。

そこには、紡の姿とそこに合流した2人の呪術師の姿が映し出されていた。

 

 

 

ーーーー高専女子寮内ーーーー

 

 

夕暮れ時。

私は高専女子寮の一室で、横になっていました。

間借りしているだけなので、ベッドくらいしかない部屋。

流石にそろそろ部屋の明かりをつけないと暗く感じてきました。

けれど、起き上がる気力もない。

 

 

「…………すこし、疲れました」

 

 

ーーコンコンーー

 

 

そんな私の元へ来訪者。

誰でしょうか。

ゆっくりと起き上がって、ドアのところへ。

 

 

「はい。どなたですか?」

 

 

声をかけると、返ってきたのは聞き覚えのある声。

 

 

「ワタシワタシ! 愛しのツムギちゃ~ん」

 

「…………シャーロットさん」

 

 

正直、今は開けたくないですが。

 

 

「は~や~く~あ~け~て~」

 

 

部屋の前で大声で叫ぶシャーロットさん。

今は高専生は交流戦というものの準備や訓練で忙しいと聞きました。

そんな中でそんな声を出されたらーー

 

 

「騒いでる奴誰ッ!? こっちとら投げられ過ぎて体バッキバキで休んでんのよッ!!」

 

「あぁん!? こっちはアレよ! カワイイ弟子をーー」

 

 

「ーーすぐ開けるので、静かにしてくださいっ!」

 

 

案の定、いえ、想像以上の怒号に私はすぐドアを開け、シャーロットさんを引き入れました。

今の方には、あとで謝りましょう……。

ため息を吐く私の横で、シャーロットさんは首を傾げていました。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「それでどうしたんですか」

 

 

そう訊ねるとシャーロットさんは、

 

 

「ん? いや、帰りに買ってきたケーキをツムギと食べようかと思って」

 

 

そう言って、手に持っていた箱を掲げました。

でも、それ……。

 

 

「ホールで買ってきたんですか?」

 

「そ! ツムギ、ケーキ好きでしょ?」

 

「限度があります……」

 

 

ダイジョブダイジョブ。

そう言って笑いながら、プラスチックのフォークを1つ渡してきた。

 

 

「たべよ」

 

「………………はい」

 

 

きっとこれもシャーロットさんなりの優しさなんでしょう。

この1ヶ月修行をつけてもらいながら、一緒に生活をしました。

その中で、この人の人柄をなんとなく理解した気がします。

底抜けに明るい、でも、不器用な人。

それに救われた部分も確かにあって。

 

 

「それで?」

 

「はい?」

 

「どーするの?」

 

「…………」

 

 

これからどうするか。

今日までは正直少し迷いもありました。

でも、今ならーー長月ちゃんと会った今ならハッキリ言えます。

 

 

「私はこれから長月ちゃんの無実を晴らします」

 

「そして、長月ちゃんを連れ戻します」

 

 

何があっても。

連れ戻して、今までの生活を2人で取り戻す。

それが私のこれから。

 

 

「手伝ってもらえますか」

 

「ハイハーイ、モチ!」

 

 

シャーロットさんは明るく笑った。

 

 

ーーーーーーーー



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第47話 寝覚月ー肆ー

ーーーーシャーロット 高専付近参道ーーーー

 

 

ナガツキがやったという遺体の状況を聞きに、ツムギとショーコに会いにいった帰りのこと。

遺体からはスガヤナガツキの呪力が残っていたこと。

それからショーコが少し気になっていること。

そんな話をしていたらいつの間にか日が暮れていた。

ショーコもなにかしら掴んでいるようだったけど、まだ確信がないようだった。

ナナミも動いてると教えてくれたから、そのうち何かしら情報は入ってくるとは思う。

 

結局、遅い時間になったから、ツムギと少し遅めのディナーを食べて高専に帰るところだったんだけど……。

ふとそれを感じ取る。

 

 

「…………ツムギ」

 

「はい?」

 

「ちょっと先に行ってて」

 

 

ツムギにそう促すと、

 

 

「先に行かれると困るな」

 

 

物陰から彼女は姿を現した。

スガヤナガツキ。

ツムギの友達。

 

 

「……長月ちゃん」

 

「僕が今からその女を殺すのを、紡ちゃんには見届けてもらわなければいけないから」

 

「!」

 

 

ナガツキはそう言ってワタシを指差す。

フーン。

舐められたものね。

 

 

「ワタシを殺す、ね」

 

「あぁ」

 

「ま、まってください、長月ちゃん! 私は長月ちゃんと戦う気は……」

 

「……ツムギ、ムダだよ」

 

「え?」

 

「ナガツキは本気みたい。少し下がってな」

 

 

ツムギを少し下がらせた後、重心を落とし、構える。

この間合いなら飛び道具のあるナガツキが有利。

 

 

「『毒蟲』」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

霧のような無数の蟲。

なるほど。

これがツムギから聞いていた『毒蟲』か。

 

 

「はぁぁっ!!」

 

 

呪力を込め、殴る。

 

 

「無駄だ。この蟲は呪力をーー」

 

ーーパァァァンッーー

 

 

「!」

 

 

予想通り。

肉体だけでなく呪力まで喰らう蟲だと、ツムギに聞いていたから出来たこと。

 

 

「ムダ? な~にが?」

 

「……やはり一級は別格か」

 

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

またこっちに向かってくる蟲たち。

けど、何度やっても同じこと!

 

 

「はぁぁっ!!」

 

ーーパァァァンッーー

 

 

呪力を込めたパンチ。

もちろん呪力は喰われる。

けど、その後、ワタシの呪力は爆ぜる。

ワタシの術式は『破裂』。

呪力を破裂させることができる。

それだけ。

ただそれも一度見せたナガツキには想定内だったらしく、爆ぜた煙に乗じて彼女が姿を現す。

 

 

「『蟲纏・一刀』」

 

 

蟲を纏わせた手刀。

流石にそれを素手では受けられない。

だったらーー

 

 

ーービリッーー

 

ーーキュッーー

 

 

「一瞬で服を破って受けたのか」

 

「そゆこと!」

 

 

手刀の周りの蟲は、ナガツキの手に巻きつけた服の切れ端に集まる。

やっぱり蟲に意思はない。

呪力のあるものに触れると自動で喰らいつく。

そんな術式だね。

 

 

「さ、歯をクイシバレ!」

 

「っ、『蟲纏』」

 

ーーバギィィィィッーー

 

 

そのままナガツキは吹き飛んだ。

たぶんワタシの呪力も爆ぜたから、アバラ何本かは折れてるだろうけど……。

 

 

「……しんでないヨネ?」

 

 

恐る恐るナガツキに近づく。

グッタリと動かない。

 

 

「……あぁ」

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

ヤッパリ!

ナガツキからまたも蟲。

って、なんだろ?

『呪霊操術』は手数が強みのはず。

『毒蟲』が通じないなら違う呪霊を使えばいいはず。

なのに、なんでそれしか使わない?

 

 

「『毒蟲』しか使わないのは他が必要ないからだ。一瞬隙があればよい」

 

「? なにをーー」

 

 

黒い蟲に囲まれたままゆっくりとナガツキは立ち上がる。

そして、右手の人差し指と中指のみを立て、唱えた。

 

 

 

 

「『領域展開』」

 

 

 

 

ーーーー紡視点ーーーー

 

 

目の前でシャーロットさんが蟲に包まれた。

蟲に囲まれたくらいなら問題はありません。

けれど、問題はーー

 

 

「『領域展開』……?」

 

 

長月ちゃんはそう口にしました。

何かの間違いかと思った。

けれど、現に、

 

 

「これは……『領域』……しかも、長月ちゃんの呪力です」

 

 

そこまで長月ちゃんは進化していた。

私への憎しみで……?

 

 

「っ、長月ちゃん! シャーロットさんっ!!」

 

「やめてくださいっ! お願いですからっ」

 

 

『領域』に入ることは出来る。

シャーロットさんからはそう教えてもらいました。

けれど、それを阻むようにその『領域』を『毒蟲』が覆っていて。

 

 

ーーザクッーー

 

ーーザクッーー

 

 

『祟り火の小刀』で蟲を燃やし続けても、際限なく湧いてきます。

 

 

「やめてっ」

 

「おねがい……おねがいッ!」

 

 

ーーーー『領域』内ーーーー

 

 

「『領域展開』か……」

 

 

予想外だった。

ツムギから聞いていた話ではそのレベルまでは達していないと思ったから。

でも、ウン。

ワタシの考えは間違ってなかったね。

 

 

「キミ、ナガツキじゃないよね」

 

「………………まぁ、バレるじゃろうな」

 

 

口調が変わる。

なるほどね、また騙されちゃったわけか

 

 

「『無常』だっけ?」

 

「あぁ、この間はよくも殺してくれたのぅ、小娘」

 

「そのセツはドーモ」

 

 

ナガツキの姿のままの彼女と話をする。

この間は『毒蟲』を使ってなかったけど……。

 

 

「使えるようになったってワケ?」

 

「儂の術式は取り込んだ人間の術式を使えるようになるものじゃ。まぁ、儂に従うと誓った者限定じゃがな」

 

「それはナガツキがキミに従っているってことカナ?」

 

 

そうであればヤッカイだ。

ツムギにはナガツキを諦めてもらわなきゃならない。

でも、その必要はないみたい。

この『領域』の中で、ワタシと彼女以外にもう一人、人間がいたから。

 

 

 

「この婆さんの『毒蟲』は長月ちゃんのじゃないよ。杭葉秋三という冴えない呪詛師のものだからねぇ」

 

 

 

その声の主。

いつか見たことがあるその男はこの『領域』の中で不敵に笑っていた。

あぁ、知っている。

こいつは、

 

 

「針倉優誠」

 

「おやおや、一級術師様にも知ってもらえてるとは光栄だ」

 

 

なるほど。

こいつがすべての黒幕。

恐らくこの『領域』もこの男のものだろう。

 

 

「しかし、こんなことをしたらツムギにバレるでしょう?」

 

「問題ないよ。私の『領域』は長月ちゃんの呪力で作ったからねぇ」

 

「…………そういう術式なワケネ」

 

 

これで繋がってた。

ナガツキが殺したというのは、全部コイツがやっていた。

ナガツキのグランマも同じ理屈でツムギの呪力で殺した。

 

 

「後はこれを外のツムギに伝えればいい」

 

「出れると?」

 

 

 

「『簡易領域』」

 

 

 

「一瞬で……この小娘、やはり中々の術師じゃ」

 

 

一瞬で呪力を操作することができなきゃ、ワタシの弱い術式では一級まで上がれない。

そのために練り上げたんだ。

『領域展開』は膨大な呪力量を消費する。

けれど、持久戦は不利だろうな。

だから、術師の針倉を叩く!

 

 

「『簡易領域』か。流石に一級なら身につけているか」

 

「モチ!!」

 

 

呪力で強化した脚力で駆け、針倉は今、ワタシの間合いに入った。

 

 

「トった!!」

 

ーーブンッーー

 

 

 

ーーーー紡視点ーーーー

 

 

「あっ!!」

 

 

長月ちゃんが『領域展開』してから約3分後。

突然、それは消失しました。

現れたのは、ナガツキちゃんとシャーロットさん。

対峙したまま動かない。

 

 

「っ、シャーロットさんっ!」

 

 

私はすぐに駆け寄った。

長月ちゃんの反撃とか、シャーロットさんの言葉とか。

すべて忘れて私はシャーロットさんの側へ。

 

 

「大丈夫ですかっ!?」

 

「…………」

 

 

シャーロットさんは答えない。

その代わり、

 

 

ーーブブブブブブブッーー

 

 

彼女の頭が激しく震え、

 

 

 

 

ーーパァァァァァンッーー

 

 

 

 

爆ぜた。

目の前で、頭が爆ぜ、血飛沫が私の身体中にかかる。

数秒間は何が起こったのか分からなかった。

けれど、すぐに我に返り、崩れ落ちた。

 

 

「い、や…………なんで……」

 

 

私を強くしてくれたその人は呆気なく死んだ。

私の目の前で、まるで見せしめのように殺された。

 

 

「なんで……こんなこと……」

 

「君が苦しむからだ。君に苦しんで死んでほしいからだ」

 

「…………なん、で、長月ちゃん……」

 

「…………」

 

「しんじて、たのに……なんで、ころしたの…………」

 

 

 

「またね」

 

 

 

何事もなかったかのように。

まるで遊んだ後の別れ際のように彼女はそう言って立ち去った。

 

 

「……………………」

 

 

眼前に無造作に転がる死体を眺めていると、私の中の何かが声をあげる。

 

彼女を殺せ、と。

殺したい、と。

 

 

「や…………いや……」

 

 

彼女は友達なんです。

でもひとごろしだよ?

何かの間違いです。

そんなことはないよ、たしかに目の前でみたじゃない。

でも、違います。

ちがわない、あのこがシャーロットをころしたんだよ。

これもきっと彼女を陥れるためのーー

 

 

「ーーみとめなよ、あのこをころしたいんでしょ?」

 

 

「…………」

 

「ころしてふくしゅうをなしとげたい。こみあげるにくしみをぶつけたい。ちがう?」

 

「…………」

 

「………………はい」

 

 

私は心の中の彼女の言葉に頷いた。

私は、

 

 

 

「菅谷長月を殺す」

 

「うん、ころそう♪」

 

 

 



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第48話 寝覚月ー伍ー

ーーーー同時刻 長月視点ーーーー

 

 

数日間、霞の情報を探し続けた。

だが、見つからない。

それどころか、

 

 

「無常も……どこに行ったんだ……」

 

 

霞を探すと決めた翌日から、無常は姿を消した。

正直、彼女の術式は人の情報を探るのに便利だった。

だから、今、いなくなられるのは困る。

 

 

「……まさか、呪詛師がいなくなって困る……そう思うなんてね」

 

 

笑ってしまう。

皮肉なものだ。

 

 

「…………」

 

 

なにもすることがない。

だからだろうか。

少しだけ思い出してしまった。

『彼女』との日常を。

殺すべき『あの娘』との思い出を。

 

 

「…………止めろ」

 

 

思い出すな。

今は事実が分からない。

本当に『彼女』がばあちゃんを殺していた時に判断が鈍らないように、思い出すのを止めろ。

今は静かに待つんだ。

無常を待ち、霞を探し出す。

その時まで。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「流石は一級だ。まさか3分間きっちり『領域』内で戦われるとは思わなかったよ」

 

 

針倉はそう言って笑う。

『無常』からは、彼が上機嫌そうに見えた。

だが、信用ならないという取引前の評価は今でも変わっていない。

 

 

「しかし、君も酷いねぇ。あれだけ長月ちゃんの面倒を見ていたというのに、こうもあっさりと裏切るなんてさ」

 

「儂は目的のために、長月と組んでいたにすぎん」

 

 

その目的のためならば、あの娘を切ることなど何とも思わん。

『無常』はそう言って、針倉にあるものを要求した。

 

特級呪物『ロッポウ』。

またの名を『子取り箱』。

子孫を絶やすために作られた忌まわしき呪物。

 

 

「早く渡せ。それがこの取引の条件じゃ」

 

「いやいや、条件は『他人の姿で何人か殺してもらう』のはずだぜ」

 

「…………もう十分じゃろうて」

 

 

菅谷長月と狗巻紡を殺し合わせる。

それが針倉の計画だと、彼女は聞いていた。

それならばこれで十分だろうと。

 

 

「もうひとつやってもらいたいんだよ」

 

「…………」

 

「君の目的……息子を完全な状態で生き返らすためには『ロッポウ』は不可欠なんだろう?」

 

 

特級呪物『降霊杖』。

彼女が所有するそれに刻まれた術式はシンプルなもの。

『死者の完全な蘇生』。

所有する術師に関しては膨大な呪力のみで蘇生が可能である。

だが、それ以外の人間を蘇らせるためにはそれに加えて、それに関わる忌み物・呪物が必要であった。

 

『無常』は菅谷長月の呪霊を使い、膨大な呪力という条件をクリアしようとしていた。

だが、針倉という呪力をストックできる術式に加えて、『ロッポウ』という特級呪物の存在。

子孫を絶やすための呪物で自らの息子を蘇らせる。

これ以上の呪物はあり得ない。

だから、『無常』は協力した。

信用できない相手ではあったが、現物も見せられた上では乗るしかなかった。

 

 

「…………何をすればいい?」

 

「ありがとう。話が早くて助かるよ」

 

 

そう言うと、針倉はあるものを取り出した。

血の滴る肉塊。

 

 

「これは?」

 

「この人間に成り代わって人を殺してほしい。殺す人物と時間は私が合図するさ」

 

「…………」

 

 

無言で『無常』はそれを飲み込んだ。

鉄の、血の味。

決して美味とは言い難い。

だが、もう慣れた。

無念の内に死んでいった息子を蘇らせるためならば。

 

 

「……また可愛らしい姿になったじゃないか」

 

「戯け」

 

 

差し出された鏡で、成り代わったその姿を確認する。

幼い子供だった。

長野桜と変わらない中学生くらいの女児。

腰の辺りまで伸びた白髪は、あの娘を思い出させる。

 

 

 

「これは、誰じゃ?」

 

「菅谷霞。長月ちゃんの妹だよ」

 

 

 

ーーーー記録ーーーー

 

 

2018年9月30日。

菅谷家跡地にて。

呪詛師・菅谷長月と準二級呪術師・狗巻紡の戦闘があり、内1名が死亡した。

 

 

ーーーーーーーー



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第49話 寝覚月ー陸ー

ーーーー菅谷家跡地ーーーー

 

 

9月30日。

結論から言うと、霞は見つからず、無常も戻らなかった。

ただその代わり、僕は呼び出されていた。

『紡』ちゃんに。

 

 

「久しぶり、『紡』ちゃん」

 

「…………」

 

 

僕の言葉に『彼女』は答えない。

けれど、『紡』ちゃんからは言葉よりも明確なものが伝わってくる。

殺意。

やっとその気になったということか。

 

 

「……『紡』ちゃん」

 

「アハッ」

 

「!?」

 

 

違う。

これはあの時のーー

 

 

ーースッーー

 

 

一瞬で視界から消える。

気付けば、『彼女』は僕の足元にいた。

術式ではない。

呪力による純粋な脚力強化か。

 

 

「っ、『毒蟲』」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

咄嗟に蟲を展開する。

 

 

「喰らえ」

 

 

蟲の壁。

それに構わず、突っ込んでくる。

だけど、それも想定内だ。

『蟲纏』を既に発動し、蟲の鎧を纏っている。

これならば、

 

 

ーーバキッーー

 

「ぐっ」

 

 

腹部への蹴りをもらってしまう。

予想以上の衝撃。

呪力は蟲が喰らったはず……。

なら、これは本人の膂力か。

例の殺人衝動の人格が『彼女』のリミッターを外してるのかもしれない。

後ろに跳んだことで攻撃の衝撃は吸収した。

だが、あの攻撃力と機動力は厄介だ。

まずは機動力を奪わせてもらおう。

 

 

「『友引腕』」

 

「アハッ、なにコレ? みえなぁい」

 

 

『腕』は彼女の頭に取り憑く。

『腕』自体の耐久力は弱い。

この間も『彼女』には引きちぎられている。

だから、今はその視界を一瞬でも奪えればいい。

そうすれば、

 

 

「来い『影踏地蔵(かげふみじぞう)』」

 

 

これを使える。

H村の影踏峠で手に入れた『影踏地蔵』。

影を踏んだ人間の動きを止める呪霊。

加えて、

 

 

「『毒蟲』」

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

さっきの蟲とは違う。

今度は『彼女』を喰い殺すつもりで放つ。

 

 

「アハハッ」

 

 

だが、それにも構わず彼女は笑う。

蟲が『彼女』の体を喰らっていく。

……いや、違う。

喰らっているのは、

 

 

「体の周りの呪力」

 

 

よく見れば、体の周りを薄い呪力の膜が覆っていた。

蟲がそれを喰らうと同時に、次の膜を張っているんだ。

呪力操作の技術が格段に上がっている。

なら、単純な力で押し切ればいい。

こっちには手数がある。

 

 

「『雪鬼』……叩き潰せ」

 

 

『影踏地蔵』の術式で動けない『彼女』に向けて放ったのは、北の方で取り込んだ鬼の呪霊。

術式はもたないが、純粋な膂力は僕の手持ちの中でもトップクラスだ。

呪力消費が激しく、『影踏地蔵』は解除せざるをえないが、これならば、

 

 

『ゴォォォォォオオ』

 

「アハハッ、スゴイスゴイッ」

 

 

『紡』ちゃんは『雪鬼』と組み合った。

倍はあろうかという体格の『雪鬼』に押され、『彼女』は少しずつ後退している。

当たり前か。

このまま押し切ってーー

 

 

ーーゾワッーー

 

「っ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

狗巻紡がシャーロットに修行をつけてもらったのは1ヶ月だけ。

その中で、彼女は呪力操作を学び、物にした。

まだまだだと評してはいたが、シャーロットはその実力を認めていた。

 

ただ、もう一歩吹っ切れていない。

その原因は戦う相手ーー長月に対する思いがあったからだ。

長月を信じる心が彼女の一歩を遠ざけていた。

 

だが、今の彼女にはそれがない。

純粋に長月を殺す。

その思いで拳を振るった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

瞬間、光が爆ぜた。

黒い雷鳴。

 

 

ーーバチバチバチバチッーー

 

 

黒閃(こくせん)

いつか針倉術師から聞いたことがある。

呪力と打撃との誤差が極限まで短くなった瞬間に空間が歪み、その呪力が黒く光る。

通常の2.5乗の威力をもつそれは、『彼女』を完全に抑え込んでいたはずの『雪鬼』を一撃で祓ってしまった。

 

 

「この土壇場で……」

 

「アハハッ♪ コレ、キモチイイッ♪」

 

 

『黒閃』を決めた『彼女』はハイになっている。

これはまずい。

距離を取る。

そのために踵を返そうとして、

 

 

「まってよ」

 

「っ」

 

 

止められる。

後ろから首を掴まれ、動けない。

呼吸こそ止まってはいないが、このままだと首の骨を折られ殺される。

 

 

「クソ……こんなところで……」

 

「ころしちゃうね、バイバイ♪」

 

 

『彼女』が振りかぶるのが分かる。

拳に纏わせた呪力で、僕を貫くつもりだ。

 

 

「まだ、だ……っ」

 

 

まだ僕は何も達成していない。

大切な人の仇を討ててない。

嫌だ……。

僕はーー

 

 

 

ーーグシャァァッーー

 

 

 

僕の後ろで、『彼女』の拳が何かを破壊する音がした。

どうにか視線だけでそれが何なのかを確認する。

 

 

「は?」

 

 

視界の端に見えたそれは胸を貫かれた人間の姿。

僕と『彼女』の間に割り込んだ人物は、

 

 

 

「……霞?」

 

 

 

僕の妹ーー霞だった。



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第50話 寝覚月ー漆ー

ーーーーーーーー

 

 

「っ、『毒蟲』ッ!!」

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

咄嗟に蟲を放つ。

蟲は僕の首を掴む『彼女』を遠ざけるように襲いかかる。

 

 

「っ、霞っ!!」

 

『紡』ちゃんが蟲を祓おうと手を離した隙に、僕は彼女に駆け寄る。

その顔、髪……やっぱり霞だ。

 

 

「ーーーー」

 

「かすみ、かすみっ、しっかりしろっ」

 

 

その体の中央には穴が空いていた。

血がいっぱい。

 

 

「……ーーーー」

 

 

何かを言おうとしてる。

でも、肺にも穴が空いているせいで、発音ができてない。

いや、だめだ。

 

 

「喋るなっ、今、姉ちゃんが助けるからッ」

 

「ーーーー…………ーー」

 

「絶対、ぜったいに助けるッ」

 

 

霞の胸の穴に手を当てる。

見様見真似だ。

でも、家入さんや針倉術師のそれを見ていただろ、僕は。

できるはずだ!

違う、できるできないじゃない、やるんだ。

やらなきゃ僕はまた大切な人を失ってしまう。

 

 

「たのむっ、頼むからっ……」

 

 

穴は塞がらない。

反転術式は使えない。

僕に霞は救えない。

 

 

「なんで…………」

 

「ーー……ーーーー」

 

 

僕に何かを伝えようとする霞。

だが、僕には彼女が何と言っているのか分からない。

ボロボロと大粒の涙が僕の頬を伝う。

それが横たわる霞の体にかかって、穴へ向かって流れていく。

 

 

「…………」

 

 

少しずつ霞の呼吸は弱くなる。

だめだ。

いやだ。

 

 

「やだよ……まってよ……」

 

 

彼女の瞼がゆっくりと閉じた。

やがて、彼女から何の音もしなくなった。

 

 

「………………あ、あぁぁぁ」

 

 

声にならない声をあげる。

 

 

 

「アハハッ」

 

「…………」

 

 

その声が耳障りだ。

止めろ。

笑うな。

 

 

「アハハッ、しんだしんだっ」

 

「……止めろ。笑うのを止めろ」

 

「なんで~? たのしいよ?」

 

 

 

「殺してやる」

 

 

 

もう考えるな。

僕の大切な人を奪った目の前の奴を殺す。

それだけを願え。

 

 

「『大蜈蚣(おおむかで)』『蛞蝓籠(なめくじごもり)』」

 

 

極ノ番『うずまき』。

『呪霊操術』の奥義とも言える術。

手持ちすべての呪霊を1つにまとめ、超高密度の呪力をぶつける。

それを会得するために、無常と2体の呪霊をまとめる訓練をしていたが、一度もできなかった。

けれど、今、殺すためにそれを成す。

 

 

「複合呪霊『蜈蛞(ごかつ)』」

 

 

人間と同じ大きさの粘液を帯びた蜈蚣の呪霊。

その術式効果は、

 

 

「絡め取り、絞め殺せ」

 

「っ、なに、これ……キモチワルイ……」

 

 

脱出不能の拘束。

それに加えて、

 

 

「『転がし坊(ころがしぼう)』」

 

 

子供の姿をした呪霊を呼び出す。

術式効果は平衡感覚の剥奪。

発動条件は『それ』が対象の周りを一周すること。

これで『彼女』は起き上がれない。

 

 

「あれェ?」

 

「終わりだ」

 

 

『蜈蛞』で身動きも取れず、『転がし坊』で立ち上がることもできない。

今なら『蟲纏・一刀』で確実に殺せる。

心臓を貫けば終わりだ。

霞と同じ苦しみを味わって死ね。

 

 

「死ねッ」

 

 

振りかぶる。

そしてーー

 

 

 

「『止まれ(トマレ)』」

 

 

 

「は?」

 

 

それは経験したことのない感覚。

頭ではこのまま『一刀』を振り下ろせばいいことは分かっている。

なのに、動けない。

いや、体が動くことを拒絶している。

 

 

「これは……」

 

「アハッ、こうつかうんだぁ」

 

 

見れば、拘束されている『彼女』の口元になにかが浮かび上がっていた。

それは本来、右手に刻まれているはずの呪印。

蛇の目と牙。

『呪言』を司るもの、それが『彼女』の口元にあった。

 

 

「『呪言』か!?」

 

 

何が起こったのかは分からない。

けれど、今の『彼女』は、

 

 

「『吹き飛べ(フキトベ)』」

 

ーーグンッーー

 

 

『呪言』を話せる。

 

 

「ぐ……」

 

 

水平方向に数m吹き飛ばされ、脳がぐらつく。

くっ、体勢を立て直せ。

 

 

「『毒ーー

 

「『動くな(ウゴクナ)』」

 

「っ」

 

「『術式を解除しろ(ジュツシキヲカイジョシロ)』」

 

 

まただ。

動きが止まる。

その上、『呪言』で術式が強制的に解除され、

 

 

「えいっ」

 

「っ」

 

 

押し倒される。

馬乗りになられ、呪力を帯びた拳で何度も、

 

 

ーーバギッーー

 

 

何度も、

 

 

ーーバギッーー

 

ーーバギッーー

 

 

何度も殴られる。

愉快そうに笑う『彼女』の声を聞きながら、僕は覚悟を決めた。

……いや。

これは覚悟ですらない。

もうどうなってもいいという諦め。

 

 

「もう……いい」

 

 

僕は全てを諦めた。

 

 

 

「来い」

 

「『紫鏡(むらさきかがみ)』」

 

 

『やっと呼んでくれたのね、オネエチャン』

 

 

『彼女』とは違う少女の笑い声。

そこで、僕の意識は途絶えた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

頬に当たった水の感触で、僕の意識は覚醒した。

僕は仰向けで空を見上げていた。

 

 

「雨……」

 

 

いつの間にか天気は荒れ、空から大粒の雨が降り注いでいた。

雨のせいか。

僕の頭はすっと澄んでいた。

ふと、横になった体に重みがかかっていたことに気付く。

 

 

「…………紡……ちゃん」

 

「…………」

 

 

僕の胸の上で。

彼女は眠るようにして横たわっていた。

長時間雨に打たれたせいだろう。

その体は冷え切っていて……いや、そもそも彼女の命の灯はこの雨に消されるよりもずっと前に消されていた。

 

 

「……そうか。殺した……のか……」

 

 

僕は大切な人の仇を討てたんだ。

『紫鏡』を使ってしまったのは不本意だけど、それでも僕が殺したのには変わりない。

 

 

「…………?」

 

 

不意に、頬を伝っていく温かい雫を頬に感じた。

雨、かと思った。

けれど、違う。

これは、

 

 

 

「涙……?」

 

 

 

いったい誰が……?

まさか、紡ちゃん?

……いいや。

それが違うことは分かっていた。

 

 

「……僕が泣いているんだ」

 

 

でも、なぜ?

きっと悲願を遂げたからだ。

そうに決まってる。

 

 

「………………」

 

 

これは嬉し涙だ。

大切な人の仇を討てたのとへの安堵の涙だ。

なのに、

 

 

ーー私は狗巻紡ーー

ーー貴女を監視するために派遣された呪術師ですよーー

 

ーー貴女は悪くありませんーー

ーー呪術師としてできることをしただけですからーー

 

 

なのに、なぜ、紡ちゃんとの日々を思い出すんだろう。

 

 

ーーお出かけしましょう、長月ちゃんーー

 

ーーはい、あーんーー

ーー美味しいですか? それはよかったです!ーー

 

 

あのあたたかい日々を思い出してしまうのはなんでだろう。

 

 

ーーねぇ、長月ちゃんーー

ーーこの先もずっとーー

 

 

僕は、霞を殺した彼女を憎んでいたはずなのに。

なんで……?

 

 

 

ーー友達でいてくださいねーー

 

 

 

「…………」

 

「………………あぁ、そうか」

 

 

僕の隣で、穏やかに笑う彼女は。

僕の大切な人を殺したはずの彼女は。

僕にとって、もうーー

 

 

 

「ーー『大切な人』になってたのか」

 

 

 

僕は、『大切な人』を守るために戦うと決めた。

けれど、その大切な人(紡ちゃん)大切な人(ばあちゃんと霞)を殺して。

そして、僕が大切な人(紡ちゃん)を殺した。

皮肉だ。

僕は自分で自分の戦う理由を殺してしまったんだ。

 

 

「どうすれば…………いいんだよ……」

 

「教えてよ」

 

 

僕に戦い方を教えてくれた時みたいに。

 

 

「紡ちゃん……」

 

 

彼女は何も言わない。

言えない。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

どのくらいそうしていただろうか。

ずっと僕が晒されていた雨を遮ったのは、1つの黒い傘。

 

 

「おやおや」

 

「傷心のようだねぇ、長月ちゃん」

 

 

彼は僕の顔を覗き込み、告げる。

 

 

「紡ちゃん殺しちゃったんだね」

 

「……喪って初めて分かる大切さってやつかい」

 

 

「………………」

 

 

 

「さてさて、長月ちゃん……私とおいで」

 

「紡ちゃんを蘇らせたいんだろう?」

 

 

ニヤリと、彼は笑った。

 

 

 

ーーーー呪術高専医務室ーーーー

 

 

 

「…………っ」

 

 

目が覚める。

ここは……?

 

 

「…………っ、!」

 

 

声が出ない。

呼吸はできるのに、声を出すことができない。

なんで……?

色んな疑問が浮かんで、それの答えがないままーー

 

 

「目が覚めたか」

 

 

わたしは声をかけられた。

白衣姿の女の人。

目の下の隈がすごい人だった。

家入、と名乗ったその人はわたしに聞いた。

 

 

「…………確認していいかな」

 

「君が……菅谷霞、だね」

 

 

「っ」

 

 

わたしはその人の言葉に頷いた。

 

 

ーーーーーーーー



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日常/蛇足
じゅじゅさんぽ 長月と紡


長月が『毒蟲』を手に入れてすぐの頃の話


ーーーー氷川市 狗巻家ーーーー

 

 

「お出かけしましょう、長月ちゃん」

 

 

帰ってくるなり紡ちゃんはそう言った。

任務の詳細を聞きに、針倉術師と待ち合わせをしていたという話だったけど。

 

 

「話は終わったの?」

 

「いえ、バックレられました」

 

 

笑顔の紡ちゃん。

ものすごい迫力だった。

知り合ってそこまで経っていないが、針倉術師の適当さは理解したつもりが。

まぁ、流石の紡ちゃんも限界なのだろう。

 

 

「分かった。準備してくるから待ってて」

 

「はい」

 

 

そうして2人の休日は始まった。

 

 

ーーーー氷川駅前ーーーー

 

 

休日とはいえ、もう午後だから出掛けられる範囲は限られてくる。

市内で遊べるところと行ったらこの辺なんだろうか。

……僕も友達と遊ぶことなんてなかったからどので遊べるか分からないけど。

 

 

「それで、長月ちゃん!」

 

「うん」

 

「どこに行きましょうか?」

 

「……いや、紡ちゃんが考えているものかと」

 

「あ、えっと……私、こんな風に……そ、その友達と遊びに来ることなかったので……」

 

 

少し頬を赤くして紡ちゃんは呟く。

小声なのは、友達がいなかったことを恥ずかしがっているのかもしれない。

 

 

「大丈夫。僕も遊ぶような友達いなかったし」

 

「あ……は、はい」

 

 

沈黙。

しまった。

この空気は友達と遊んだ経験のない僕には厳しいものがある。

 

 

「とりあえずどこかの喫茶店でも入ろうか」

 

 

駅前ならどこかしらあるだろう。

そう考えた僕はスマホを取り出してーー

 

 

「ーーえい」

 

「あっ」

 

 

紡ちゃんに取り上げられた。

 

 

「一緒に歩いて探しましょう。きっとその方が楽しいですよ」

 

「……分かった」

 

 

思えば、県内ではそれなりに都会な氷川市に来たはいいけれど、呪術師の任務やら訓練やらでろくに歩いたこともなかったし。

 

 

「…………」

 

「ん? どうしたんですか? 私の顔に何か着いてます?」

 

「ううん」

 

 

友達と遊んだことがない、なんて言っておきながら、僕が少しでも楽しめるように瞬時に考えて、判断するとは。

紡ちゃんの判断力は…………いや、止めよう。

こんなことを考えるのも野暮だ。

今日は、

 

 

「今日は楽しもうか」

 

「はい!」

 

 

何も考えずに楽しむことにしよう。

 

 

ーーーー氷川駅前ビルーーーー

 

 

「タピオカ……」

 

 

やってきたのは駅前のビルにあるというタピオカ屋。

というよりも、歩いていて見かけた行列に並んでみたらこれである。

後で調べて分かったことだが、2018年現在来ているという第3次タピオカブームに乗っかってできた店らしい。

ともかく僕もよく分からないし……。

 

 

「……紡ちゃん、先に注文どうぞ」

 

「い、いえ。長月ちゃんがお先に」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

しまった。

分からないのはお互い様だった。

 

 

「え、えっと、それじゃあ……コレひとつと」

 

「あっ、え、えっと、私はこれでっ!」

 

 

思っているよりも後ろが詰まっているようで、適当にひとつずつ注文した。

その結果、僕の方はスタンダードなタピオカミルクティー。

……うん、うまい。

そして、紡ちゃんは、

 

 

「…………ブルータピオカ宇治抹茶チャイココアティー」

 

 

食欲減退色。

しかも、癖のあるメニュー。

その前にこんなのメニューとして並べるなよ。

 

 

「あ、あはは……」

 

「焦って変なの頼んじゃったね」

 

「は、はい」

 

 

せっかくだから、と紡ちゃんは飲んでみる。

だが、

 

 

「うっ」

 

 

どうやらそれは苦手だったらしい。

いや、苦手ってかそもそもこの商品自体失敗作だろう。

顔をしかめる紡ちゃん。

 

 

「……ダメっぽい?」

 

「はい……」

 

 

彼女はあからさまに落ち込んでしまった。

はぁ、しょうがない。

 

 

「これ」

 

「え?」

 

「僕は大丈夫だから」

 

「え、でも……」

 

「はい、交換」

 

「あっ、えっと……は、はい……」

 

 

彼女は俯きながら、僕が渡したミルクティーを受け取った。

遠慮しているのかおずおずとだけど。

 

 

「…………」

 

 

まぁ、呪霊よりはマシだ。

そのうちこのメニューはなくなるだろうけど。

 

 

「あ、あの……長月ちゃん……」

 

「ん、なに?」

 

「えっと、それ……」

 

「?」

 

「あ、いえ……なんでもありません」

 

 

なんだろう。

変な紡ちゃんだ。

 

 

ーーーー氷川駅前アーケードーーーー

 

 

「カップルメニューおすすめしてます!」

 

「「え?」」

 

 

2人で入った喫茶店で、店員にそう言われた。

いや、カップルって……。

 

 

「いや、僕たちはそんなんじゃ……」

 

「そんなこと言ってぇ~! 照れちゃダメですよぉ、彼女さん拗ねちゃいますよ」

 

「…………」

 

 

僕、女なんだけど。

図々しいというか、なんかすごい店員だな。

 

 

「今、カップルメニュー頼んでもらうと半額で提供させてもらってるんですぅ」

 

「は、はぁ……」

 

「いかがでしょうか?」

 

「……じゃあ、それで」

 

「はーい」

 

 

勢いに押されて頼んでしまった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

この雰囲気はなんだかなぁ。

別に女同士だからいいけれど。

どうやら紡ちゃんは男に間違われてしまった僕に気を使っているようでなにも話さない。

二度目の沈黙。

……気まずい。

 

 

「お待たせしました~~」

 

 

そうして運ばれてきたのは、

 

 

「うわぁ……」

 

「こ、これは……よく聞くカップルドリンクってやつですね」

 

「これをよくオススメできるな」

 

 

チラリと店員の方を見ると、なぜかウインクをしてくる店員。

なるほど。

まさにお節介なおばさんだな。

 

 

「紡ちゃん先にどうぞ」

 

「は、はい」

 

 

「2人で仲良く飲まないと半額ではなくなりますよぉ」

 

 

「「…………」」

 

 

その後、どうなったかは想像にお任せする。

 

 

ーーーー狗巻家ーーーー

 

 

気晴らしのつもりが、中々に大変な休日になった。

まぁ、特に災難だったのは紡ちゃんだけど。

それでも彼女はさっきからーー

 

 

「~~♪」

 

 

笑顔でキッチンに立っていた。

何故かは分からないが、上機嫌だった。

まぁ、機嫌がいいならいいか。

針倉術師にバックレられた時の圧のすごい笑顔でないなら大歓迎だ。

 

 

「よし、できました!」

 

「あっ、うん」

 

 

並べられていく料理はとても美味しそうで、いつもながら感心してしまう。

昼は適当に食べたから尚更紡ちゃんの作った肉じゃがが輝いて見える。

 

 

「じゃあ、いただきます」

 

「はい、どうぞ」

 

 

さて、食べようか。

そう思って気づく。

箸がない?

 

 

「あっ、これですね」

 

 

そう言って彼女はこの間僕用に買った箸を手にしていた。

紡ちゃん?

なぜそれで僕の方に肉じゃがを差し出してくるんだ?

 

 

「まぁまぁまぁまぁ」

 

「……えぇと」

 

「黙って食べてください」

 

「…………はい」

 

 

いわゆるあーんというやつ。

まさか僕がされるとは。

 

 

「美味しいですか?」

 

「うん」

 

「♪」

 

 

僕の言葉に満足そうに頷くと、紡ちゃんは箸を僕に手渡した。

えぇと、何をしたかったんだろう?

……まぁ、友達の距離感なんてこんなものだろう。

そう考えた僕が間違いだった。

なぜかその夜、僕と紡ちゃんは一緒に風呂に入ったり、一緒の布団で寝たりしたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

それがその後、僕が『赤マント』関係の任務に行くまで、ズルズル続いた。

そう。

きっとそんな日々が続くんだと思っていた。

距離感に戸惑いながら、でも、どこかあたたかい日々が。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………夢か」

 

 

あの頃のことを夢に見た。

まだ少ししか経っていないのに、懐かしい夢。

でも、あの日々は戻ってこない。

 

 

 

「僕は彼女をーー」

 

 

 

ーーーーーーーー



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じゅじゅさんぽ 紡とシャーロット

ーーーーーーーー

 

 

一級呪術師・シャーロット。

本名ではなく、彼女自身がそう名乗っているそうです。

術式も不明ですが、呪力操作による肉弾戦は相当できると聞いたことがありました。

そんな彼女に私が修行をつけてもらっている時の話です。

 

 

ーーーー高専女子寮内ーーーー

 

 

外は雨。

いつも私たちは高専の運動場で修行をしていました。

だから、今日は、

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

「あー! 負けたァァ!!」

 

 

シャーロットさんと一緒にゲームをしていました。

 

 

「なんで勝てないカナァァ!!」

 

 

ゲームに負け、すっごく悔しがるシャーロットさん。

ちなみに、20戦20勝。

もちろん私のですが。

 

 

「……シャーロットさん」

 

「もう一回! もうイッカイ!!」

 

「シャーロットさん」

 

「分かった! ワタシが勝つまでやろう」

 

 

何が分かったんですか……。

 

 

「シャーロットさん、これが何の修行になるんですか?」

 

 

私たちは、コントローラーが2色のゲーム機で世界の遊びを集めたゲームを延々何時間かやり続けていました。

修行の一環だという話ですが……。

 

 

「え、あー、そうそう。集中力!」

 

「…………」

 

「ゲームをずっとやることで集中力がつきます」

 

「…………」

 

「…………ウソです」

 

 

やっぱりですか。

私が間借りしているこの部屋に、お菓子とゲーム機を持ち込んできた時に気づくべきでした。

 

 

「シャーロットさん」

 

「見捨てないでよ、ツムギぃぃ、ワタシもヒマなんだよぉ」

 

「…………はぁ」

 

 

そう言って泣きついてくるシャーロットさんを見ると、あの時のことが嘘のようです。

私が明ちゃんも失って落ち込んでいたあの出会いの時。

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

「やぁ、キミがツムギ?」

 

 

突然高専女子寮の一室にいた私に声をかけたのは、ブロンドヘアの女性。

モデル顔負けの美人。

 

 

「貴女は誰ですか。どうやってこの部屋に……」

 

 

入口は鍵をかけてあるし、ここは五階。

普通なら入ってこれる訳がありません。

 

 

「ん? ワタシはシャーロット。一級術師だよ」

 

 

彼女はそう名乗りました。

シャーロット。

聞いたことがあります。

呪力操作と体術は超一級だという噂で、その技術は五条悟にも匹敵するとか。

 

 

「あ、それウソ、ブラフ。そう言っとけば、ケンカ売ってくるヤツもいなくなるでしょ」

 

 

メンドウクサイじゃん?

そう言う彼女。

 

 

「じゃあ、なんでそれを私に教えたんですか……」

 

「キミから例のスガヤナガツキについて聞こうと思ってさ」

 

 

長月ちゃんのこと。

そうか。

彼女が長月ちゃんの処刑執行人。

なら、私は……。

 

 

「…………」

 

「悩んでるフリ?」

 

「え……?」

 

「だって、キミ、そのナガツキのことまだ信じてるじゃない?」

 

「………………」

 

 

どう答えればいいか。

考える私に彼女は笑ってこう言いました。

 

 

「ダイジョブ。ワタシはカワイイ子の味方!」

 

「ねぇ、ナガツキってカワイイのかい?」

 

 

ーーーー回想終了ーーーー

 

 

あの笑顔に少し救われたような気になりました。

まだ味方になってくれそうな人がいるって。

なのに、

 

 

「ツムギぃぃ、ワタシのヒマつぶしを奪わないでぇぇ」

 

「…………はぁ」

 

 

これですからね。

かっこいいと思った私の気持ちを返してください。

 

 

「…………シャーロットさん」

 

「ウン……なに?」

 

「ケーキ買ってありますけど、食べますか」

 

「食べる!!」

 

 

 

長月ちゃんの無実は必ず私が証明してみせます。

そのために私は強くなるんです。

強くなって、長月ちゃんに罪を着せた人物を捕まえる。

それが私の今したいこと。

 

でも、まぁ。

たまにはこんな日もいいのかもしれません。

何も考えずにいるこんな時間も。

 

 

ーーーーーーーー



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じゅじゅさんぽi Lily-Triangle

i=虚数:存在しえない数あるいは世界線
※百合苦手な方は見ないことを推奨します。



ーーーー狗巻家ーーーー

 

 

「任務の指名、ですか?」

 

 

狗巻家に届いたのは、呪術高専からの任務の指令書だった。

その内容は、とある呪霊を祓霊すること。

しかも、僕を含め2人でとのことである。

で、そのもう一人をどうしようか、紡ちゃんに相談したんだけど……。

 

 

「仕方ないですねぇ」

 

 

そう言いつつ、満更でもない表情でエプロンを脱ぐ紡ちゃん。

行く気満々である。

 

 

「いや、別に紡ちゃんには……」

 

「ん? 何か言いましたか?」

 

「だから、紡ちゃんと行くとは言ってないから」

 

 

そもそも呪霊退治なら別に適任はいるだろうし。

そう思ってのことだったんだけど、紡ちゃんはさっきまでの表情から一転して、怒ったような顔で何故か迫ってくる。

 

 

「長月ちゃんっ!」

 

「は、はい」

 

「いいですか……最近、私とどこか出掛けましたか?」

 

 

どこかって……。

遊園地とか、水族館とか色々行ったよね?

 

 

「ち・が・い・ま・す!!」

 

 

僕の言葉を若干キレ気味に詰め寄ってくる紡ちゃん。

捲し立てるように続ける。

 

 

「いいですか? 遊園地も水族館も確かに行きました」

 

「じゃあ」

 

「でも、それは『私とだけ』じゃあありませんよね?」

 

「…………あー」

 

 

そこまで言われて、やっと察した。

紡ちゃんは……。

 

 

「2人で出掛けたいってことか」

 

「………………は、はい」

 

 

そこで急に紡ちゃんはしおらしくになる。

今まで迫ってきたのを恥ずかしがるように、少し顔を赤らめる。

同性の僕から見てもかわいい。

そういう関係ならば尚更であった。

 

 

「じゃあ、支度してきますね!」

 

 

そう言って、わたわたと紡ちゃんは自室へ戻っていった。

任務をデート代わりに考えるとか舐めていると、有島さん辺りには言われそうだし、シャーロットさんは囃し立ててきそうではあるけれど。

たまにはこんな風に一緒に出掛けるのもいいだろう。

場所からして、どこかに一泊することになりそうだし、僕も少しだけ準備をしてこよう。

そう思った時だった。

 

 

「お姉ちゃん」

 

 

声をかけられた。

妹の霞である。

僕が実家を出ると伝えたらわたしも行くと着いてきて、2人でこの狗巻家に居候になっている。

だから、霞がここにいることに違和感は何もないんだけど。

 

 

「霞?」

 

「紡さんとどこか行くの?」

 

「う、うん……呪霊狩りの任務だから」

 

「ふーん」

 

 

ジト目で僕を見てくる。

 

 

「……どこなの?」

 

「えっと、Y県のO市だけど……」

 

「!!!!」

 

 

目的地を伝えると、霞は目を見開いて固まる。

えぇと……?

どうかした?

そう訊ねると、

 

 

「泊まり? 紡さんと? 温泉あるとこだよね?」

 

 

矢継ぎ早に質問をしてくる。

本当にどうしたんだ、霞は?

 

 

「まぁ、うん。泊まりだね」

 

 

詳しくは調べてないけれど、どうせなら温泉がある宿に泊まりたいとは思う。

そこまで言ったところで、霞が僕のことを拘束してきた。

いつも通り、後ろから霞が抱きついてくるような形だ。

 

 

「霞?」

 

「ヤダ……」

 

「ヤダって……任務だよ?」

 

「じゃあ、わたしがいく」

 

 

一応資格はある。

僕はこの間無事準二級に昇級したし、僕が実家を出ると同時に霞も呪術を学び出し、三級に上がった。

術式こそないけれど、彼女は、

 

 

「紡さんよりもいいでしょ! 『黒閃』だって出せるようになったし!」

 

 

対呪霊に関していえば、確かに霞の方が適任だろう。

体術は圧倒的に霞の方が上だ。

 

 

「…………えぇと……どうするかな」

 

「……ね? お姉ちゃん、霞の方が強いよね?」

 

「まぁ、それは……」

 

 

 

「表に出てください、霞さん」

 

 

 

僕の背中にくっついていた霞の方から、視線を前へ。

そこには鬼のような笑顔を浮かべる紡ちゃんがいた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

この間、牧さんから教わったばかりの『帳』を、こんなことで下ろすことになるとは……。

 

 

「今日こそハッキリさせましょうか、長月ちゃんに相応しいのはどちらかということを!!」

 

「紡さんは弱いんだから、ここはわたしに任せておけばいいんだよ!」

 

 

舌戦である。

怖い。

普段はそうでもないのに、一度火がつくとこうだからなぁ。

 

 

「手加減はしませんよ?」

 

 

いや、手加減はしてよ。

 

 

「殺す気でどうぞ」

 

 

やめて。

そんな僕の願いとは裏腹にその戦いは幕を上げてしまった。

 

 

吹き飛べ(フキトベ)

 

 

開幕と同時に、紡ちゃんが仕掛ける。

『呪言』の呪符を使って、霞を飛ばしにかかる。

けれど、

 

 

「甘いっ!!」

 

 

霞は軽々とそれを避け、距離を詰める。

速い。

 

 

「らぁっ!!」

 

 

あっという間に紡ちゃんの懐に入った霞はそのまま呪力を帯びた拳を振り抜く。

 

 

「ッ、まだですっ」

 

 

それをしゃがんで避ける紡ちゃん。

体勢を崩しながらも、右手の筆で霞の腕に何かを書き込んだ。

 

 

「っ、離れてよっ!」

 

「おっ、とと……」

 

 

紡ちゃんは霞の蹴りを後ろに飛び退けて距離を取った。

霞は腕に書かれたそれを消そうとしている。

よく目を凝らすと、霞の腕には『呪言』がはっきりと書き込まれていた。

 

止まれ(トマレ)

 

そう書かれた『呪言』は霞の右腕に作用して、紡ちゃんに当たる前に止まる。

直接書かれたものだから、術式効果も上がっているはずだ。

 

 

「流石は紡ちゃんだ」

 

 

20年間弱、呪術の世界で生きてきたんだ。

僕や霞とは、その経験値が比べ物にならない。

呪力出力は霞の方が上でも、戦闘経験で紡ちゃんに軍配が上がる。

 

 

 

「~~~~っ、もうっ!!」

 

「!?」

 

 

癇癪を起こしたような霞の声。

それと同時に、霞から感じる圧力が跳ね上がった。

 

負の感情の爆発。

本来、呪力のコントロールのためには感情を制御して常に一定に保たなくてはならない。

それができなくては、大きく感情が振れた時に呪力を無駄遣いすることになるからだ。

けれど、一時的であればーー

 

 

 

「お姉ちゃんと一緒に出掛けるのはーー」

 

「ーーわたしなんだからッ!!」

 

 

ーードゴォォォッーー

 

 

 

地面を割るほどの蹴り。

紡ちゃんは避けたみたいだけど、空中に飛び上がったせいで身動きが取れない。

次の霞の攻撃は当たる。

下から霞が迎撃のために左拳に呪力を込める。

そして、落ちながらも拳に呪力を込める紡ちゃん。

恐らく、これがぶつかればどちらもただでは済まないだろう。

 

 

「はぁ……『廻入道(かいにゅうどう)』」

 

 

「「え?」」

 

 

僕の呼び出した呪霊が二人の間に入る。

2人の攻撃は『廻入道』に当たり、衝撃が呪霊の中を廻り、2人とは別の方向へ逃がしてくれた。

はぁ、流石にこれはやりすぎだ。

 

 

「……2人とも」

 

「な、長月ちゃん」

「お姉ちゃん……?」

 

 

「3人で行くか、それとも2人で留守番をするか決めてくれる?」

 

 

「「……3人で行きます」」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

任務も終わり、旅館に着く。

任務自体は本当に簡単なものだった。

さて、問題はここからだ。

僕は1人で入るから。

そう言って、僕は大浴場に向かったんだけど。

 

 

「……なんで2人ともいるの?」

 

 

大浴場の中に入って、最初に目に飛び込んできたのは、タオルで身体を隠した紡ちゃんと霞の姿であった。

 

 

「お背中、流しにきました」

 

「あわよくばお背中以外も洗ってあげるよ、お姉ちゃん♪」

 

 

後から聞いた話だけど、どうやら脱衣場の入口に紡ちゃんの作った『呪符』が貼ってあったようで。

霞の発案だという話だけど、それを実行に移した紡ちゃんも紡ちゃんで……。

してやられたわけだ。

 

 

「はぁ、勝手にしてくれ」

 

 

ちなみに、何もなかった。

何もなかったからね。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

夜。

また揉めるかと思いきや、どうやら2人で取り決めをしたらしく、3人で布団を並べて寝ることにしたようだった。

疲れていたようで、霞はすぐに眠りについて。

 

 

「ねぇ、長月ちゃん」

 

 

右側から紡ちゃんの声が聞こえた。

寝ている霞に気を遣って小声。

 

 

「なに……?」

 

 

目を閉じたまま、答える。

 

 

「……ごめんなさい、わがまま沢山言って」

 

「…………」

 

「霞さんと喧嘩するのも、その……つい……」

 

「…………いいよ。分かってる」

 

 

分かってる。

そう言って、軽く笑う。

紡ちゃんらしいな。

でも、そうだね。

口に出さなきゃ分からないこともあるか。

 

 

「……大丈夫。僕もちゃんとーー」

 

「ーー分かってます」

 

 

それを言葉にしようとして、遮られた。

そして、

 

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 

言葉と同時に、何かあたたかいものが頬に触れる感触があった。

それが何か聞くのは野暮、かな。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その翌日、3人で帰ったわけだけど。

紡ちゃんはどこかよそよそしくて。

終始赤い顔をしていたのを、霞にしつこく問い詰められたのだった。

 

 

ーーーーーーーー




本編でこそ霞は穏やかですが、本来は相当なシスコンです。
紡が刺激となることでこうなる未来も存在しえます。


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じゅじゅさんぽi ガールズシップADV『呪詛色の百合』

i=虚数:存在しえない数あるいは世界線
※百合苦手な方、悪ふざけが苦手な方は見ないことを推奨します。



ここは東京都立呪術高等専門学校。

国内で二校しかない呪術を学ぶための学校で、僕たちはここの学生でありながら、呪霊と戦う『呪術師』だ。

 

そんな学校に通う僕は、2年生の菅谷長月。

一人称は僕だけど、歴とした女の子だ。

そんな僕にはーー

 

 

「おい、長月」

 

 

思考に沈む前に、同級生の禪院真希さんから声をかけられる。

その側にいる狗巻棘くんとパンダくんも、ニヤニヤとしながら教室の入口を指差している。

何かと思い、そちらを確認すると、

 

 

「長月ちゃ~~ん」

 

 

僕の名前を呼ぶ、少し間延びしたような声。

その声の主は教室の中にまで入ってきて、僕の机の前に陣取る。

 

 

「紡先輩」

 

 

その人は、いつも僕を可愛がってくれている狗巻紡先輩だった。

 

とろんとしたタレ目にも関わらずどこか品のある整った顔立ち。

腰まで伸びる艶やかな黒髪。

僕よりも圧倒的に胸も大きい。

恐らく普通の学校にいれば、男子の視線はあの凶器に釘付けになるだろう。

僕だって見ちゃうし。

それに、

 

 

「長月ちゃん!」

 

「は、はい……なんでしょう」

 

「私のことはなんて呼ぶんでしたっけ?」

 

「…………紡、ちゃん」

 

「はい、おーけーです」

 

 

このフレンドリーさだ。

まさにメインヒロインと呼ぶに相応しい人物である。

それに加えて、

 

 

「紡ちゃん」

 

「? なんですか、明ちゃん?」

 

「菅谷ちゃん困ってるし」

 

 

紡先輩……紡ちゃんの隣で、スマホをいじりながら話す人物。

黒野堀明先輩。

褐色の肌に金髪という、ギャル風な見た目。

その割に、ダウナーでいつもスマホとにらめっこしている姿が印象的な人物。

 

 

「困ってませんよ。ね、長月ちゃん」

 

「…………」

 

「な・が・つ・き・ちゃん♪」

 

「…………はい」

 

 

「はぁ、ま、イイケド……」

 

 

紡ちゃんの圧に押されて、放課後に出掛けることになった僕を見て、気だるげにため息を吐く黒野堀先輩。

結局、3人で渋谷まで遊びに出るのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「菅谷ちゃんはさ、なんで呪術師なんてしてるわけ?」

 

「え?」

 

 

タピオカミルクティー専門店にて。

紡ちゃんがテラス席の場所取りをしてくれている間に、僕と黒野堀先輩で行列に並んでいる時のことだった。

黒野堀先輩は唐突にそう聞いてきた。

 

 

「菅谷ちゃん家、呪術師の家系じゃないんでしょ?」

 

「……まぁ、成り行きで」

 

「フーン」

 

 

スマホをいじりながら、先輩は興味なさそうな様子だった。

って、先輩から聞いてきたのに……。

 

 

「じゃあ、先輩はなんで呪術師やってるんですか?」

 

「………………」

 

「先輩?」

 

 

いつもの先輩と少し違う感情が見えるその横顔が僕は無性に気になった。

黒野堀先輩は感情をあまり表に出さない。

短い付き合いの中でもそれは分かった。

だからこそ、漏れ出たその感情はなんだろう?

 

 

「あ」

 

「え?」

 

「ウチらの番っぽい」

 

 

そう言った先輩は、もう元の先輩だった。

一体、なんだったんだろう?

 

 

ーーーーーーーー

 

 

用があるという2人と一旦別れ、1人での呪術高専寮への帰り道。

電車の中で、僕は呪霊に遭遇した。

『生得領域』に閉じ込められるタイプの呪霊だったが、

 

 

「いや、サイナンだったね」

 

「まぁ」

 

 

一級呪術師・シャーロットさんの助けにより、僕は窮地を脱していた。

僕一人じゃ死んでいたからありがたいんだけど。

 

 

「お礼にナガツキ、キミの体で支払ーー」

 

「ーーお断りします」

 

 

いつものやりとりを済ませる。

まったく、この人は……。

 

 

「ちぇ~」

 

 

さて、掴み所のないこの女性、なんと僕の保護者代わりである。

勿論、実の親という訳ではない。

高専に編入する時に必要だからと強引に保護者に立候補した変わり者。

白髪の僕とは似ても似つかないブロンドの綺麗な髪。

モデル顔負けのスタイルは、仕事着である真っ黒なスーツの上からでも分かる。

高身長でハーフということもあり、その界隈では非常におモテになるらしい。

しかし、

 

 

「あ~、カワイイ子とふれあいたい……」

 

「…………」

 

 

かなりの遊び人らしく、いまいち信用できない。

本当にこの人に霞を預けていていいものか。

 

 

「ま、ジョーダンはさておき」

 

 

ふと声色を変え、彼女は僕の頭を撫でる。

 

 

「夜も遅いし、寮まで送ってく」

 

「……大丈夫ですよ。子供じゃあるまいし」

 

「ジューブン子供だよ」

 

「………」

 

「ね?」

 

「………………分かりました」

 

 

この人のこういうところはキライだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

シャーロットさんに無事

女子寮の共有スペースに彼女はいた。

 

 

「遅かったのぅ、長月。夜遊びか?」

 

 

ソファーに座り、紅茶を嗜む幼女に声をかけられた。

一瞬、誰か分からなかった。

だが、その喋り方で理解する。

それにしても、絵になるな。

中身が婆さんーーもといお年寄りだとしても。

 

 

「何か、失礼なことを考えとるのぅ」

 

「いや、別に」

 

 

彼女の名前は、無常。

勿論、本名ではない。

自分の容姿すら術式でコロコロと変える彼女曰く、名前は自分の姿と共に捨てた、という。

無常という名前は、この寮の管理人をする際、便宜上つけた名前らしい。

ちなみに、今日は緑がかった髪をした幼女の姿になっている。

その姿で時代がかった喋り方をするのだから、違和感がすごい。

 

 

「それで夜遊びか? 流石はあの遊び人を保護者にもつ娘は違うの」

 

「違うって」

 

 

僕をあの人と一緒にしないでほしい。

 

 

「いやはや、2人揃ってじゃからなぁ……」

 

「は?」

 

 

無常に聞き返す。

2人って、まさか……。

 

 

 

「お姉ちゃ~~~んっ!!」

 

「!?」

 

 

 

僕の胸に小さな体が飛び込んできた。

聞き馴染みがある声。

その華奢な体の持ち主はもちろんーー

 

 

「霞」

 

「うん! きちゃった!」

 

 

僕の妹・霞である。

幼さが残りながらも整った顔立ち。

ショートの僕とは対照的な腰まで伸びたウェーブのかかった白髪。

黒が基本となる呪術師と違い、パステルカラーのワンピースが目に眩しい。

甘えたい盛りなようで、僕にスリスリとしてくる。

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん♪」

 

 

くすぐったいけど、もちろん嫌じゃない。

大切な妹だからな。

 

 

「霞、また抜け出してきたのか」

 

「うん。シャーロットさんもいなかったし」

 

 

まぁ、さっきまで一緒にいたからね。

霞がこうして来るのは珍しいことではない。

だから、無常もそれに慣れており、寮に戻ってくると一緒にお茶会をしていたり、勝手に僕の部屋に通されていたりする。

仕方がない。

もう夜も遅いし、シャーロットさんには僕から連絡をしておくとして。

 

 

「無常。他の部屋は空いてる?」

 

「呪術師なんて年中人手不足じゃから、空いておるが」

 

 

そこまで言って、霞の方を見る無常。

僕の腕の中にいる霞は、

 

 

「イヤ!」

 

「だそうじゃが」

 

「……そうなるよな」

 

 

結局、霞は僕の部屋に来ることになった。

まぁ、いつも通りだ。

そう。

いつも通りの夜が過ぎていった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

夜。

微睡みの中で、僕は誰かと会話をしていた。

靄が濃くかかっていて、それが誰かは分からない。

 

 

「君は誰を選ぶんだい」

 

……誰だ?

 

「私は私さ。まぁ、君には関係のないことさ」

 

関係のないこと。

そうか、そうだな。

 

「君は誰を選ぶんだい」

 

待て。

一体なんのことだ。

 

「君は誰を選び、どの結末を選ぶのか見届けさせてもらおう」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「長月ちゃん!」

 

「っ!」

 

 

僕の名前を呼ぶ声で飛び起きた。

僕を起こしたのは、

 

 

「つむぎ、ちゃん……?」

 

 

紡ちゃん。

寝ぼけた頭で彼女の名前を口にする。

 

 

「はい!」

 

「……なんで部屋に?」

 

「長月ちゃんが中々起きないからですよ。無常さんや霞さんも困っていましたよ?」

 

 

ずいぶん眠りが深かったみたいだ。

僕にしては珍しい。

疲れが溜まっていたんだろう。

 

 

「それよりも早く起きてください。今日はお出掛けをする約束ですよ」

 

 

そう言って、紡ちゃんは部屋のカーテンを開けた。

朝日が射し込んでくる。

笑顔の紡ちゃんを見ながら、僕はひとつ伸びをした。

 

また、1日が始まる。




なんか百合ゲーよりもギャルゲーの共有√寄りになりましたが……。

紡√は裏人格紡との和解
霞√はある呪霊との決着
明√は上層部からの解放
シャーロット√は実力を認められる
True√はヒロインずと協力して黒幕倒す

それぞれの√の結末はきっとこんな感じです。
悪ふざけ失礼しました。
本編ももう少しで完結になります。
お付き合いください。


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霞紡ぎ
第51話 霞隠れ


ーーーー記録ーーーー

 

 

呪詛師・菅谷長月に関する記録。

菅谷家跡地にて、準二級呪術師・狗巻紡を殺害した後、逃走。

その際、元準一級呪術師・針倉優誠が同行しており、状況から彼も呪詛師と認定し、処刑対象とする。

 

また、菅谷長月の実妹である菅谷霞が、9月30日夕方に高専前で倒れており、保護された。

菅谷霞の喉は声帯ごと取り除かれているが、命に別状はない。

家入術師による反転術式で治療を施され、今後、高専の管理下に置くこととする。

 

 

ーーーー高専医務室ーーーー

 

 

「調子はどうだい、霞」

 

「!」

 

 

家入さんの問いに頷く。

声が出せなくなったと分かったその時こそ混乱したけど、今は平気。

それよりも、お姉ちゃんの居場所が知りたい。

 

 

「長月はまだ見つかってない」

 

「…………」

 

「そんな悲しそうな顔をするな」

 

 

何人かの術師が彼女の行方を探している。

直に見つかるさ。

そう言って、家入さんはわたしの頭を撫でてくれた。

 

 

「…………」

 

「……はぁ、その目はまだ自分で姉を探そうとしているね」

 

「っ!」

 

 

そのために家入さんから呪力の操作を学んだんだ。

……半分くらい擬音でよく分かんなかったけどね。

それでも覚えた!

 

 

「君自身の術式はよく分からない。だから、くれぐれも戦おうなんて考えてはいけない」

 

「!」

 

 

さて、と言って。

家入さんはベッドに腰かけた。

ここからが本題と言わんばかりの雰囲気。

 

 

「霞。倒れていた君が手にしていたものは呪具ーー簡単に言えば『呪い』が込められた道具だ」

 

「その中でも最高の危険度、特級に分類されるものだった」

 

 

特級呪具。

あの子から渡されたもの。

 

 

「名を『降霊杖』という」

 

 

これを持って走れ。

わたしはそう言われて、誘拐されていたあの家から逃げ出した。

わたしと変わらないくらいの歳の女の子だった。

不幸中の幸いで、声は失ったものの筆談はできる。

だから、わたしが見たものは全部伝えた。

ただ……誘拐された前後の記憶は朧気で、わたしを誘拐したのが誰かまでかはわたし自身も分からない。

ふと感じた不安に少し俯いていると、家入さんはコトンとコーヒーカップを差し出してくれた。

 

 

「…………辛いか」

 

「…………」

 

 

ふるふると首を横に振る。

今は自分の置かれてる状況を知りたい。

 

 

「強い子だ……じゃあ、話を続けよう」

 

「君の見た外見の特徴から、恐らく君にそれを渡したのは『無常』と名乗る呪詛師だろう。目的は不明だが、それを君に託した」

 

 

一時期、長月と行動を共にしていた人物だが、現在消息不明だ。

家入さんはそう言った。

なら、その人を探すのがお姉ちゃんを見つける近道ってこと?

 

 

「……まぁ、そうだが」

 

「っ!!」

 

「そう興奮するな……探しに行くって言いたいんだろ」

 

「!」

 

 

頷く。

すると、家入さんはため息を吐き、スマホを手にした。

なんだか誰かに連絡してるみたい。

しばらくして、家入さんのスマホが震える。

返事がきたのかな?

 

 

「交流戦が終わったタイミングでよかったな」

 

「探しに行くって話はどうにかしよう。ただ、同行者を2人つける。いいね?」

 

 

「!」

 

 

もちろん、と頷く。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その夜、家入さんから連絡がありました。

出発は2日後。

呪術高専の寮の前に集合だそうです。

 

これで、お姉ちゃんに少しでも近づければ……。

そんな思いを抱きながら、その日は眠りについた。

 

 

 

ーーーー呪術高専内 2年生教室ーーーー

 

 

「はぁ? なんだよ、その任務は?」

 

「まぁまぁ、そういうな、真希」

 

「呪詛師の妹の護衛なんて、私らがやる義理ねぇだろ。しかも、その呪詛師、棘のいとこを殺した奴なんだろ?」

 

「だから、棘を外した俺たち2人なんだろう」

 

「……なのに」

 

「明太子!」

 

「着いて来ようとしてるし」

 

「いいのか、棘」

 

「しゃけ」

 

「いや、お前がいいならいいけどよぉ」

 

「ともかく、護衛対象が録でもない奴なら私は降りるぞ」

 

「ツナマヨ」

 

「まずは会うだけ会う。話はそれからだ」

 

 

ーーーーーーーー



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第52話 無常ー壱ー

ーーーー呪術高専寮前ーーーー

 

 

家入さんから外出の許可が出てから2日。

わたしは集合場所の寮の前で待っていた。

同行者がいるって話だけど……。

 

 

「?」

 

 

キョロキョロと周りを見渡していると、寮から1人の女の人が出てきた。

ここで生活している時に、何度か見かけた人だ。

眼鏡をかけたポニーテールの人。

スタイルもよくて、わたしよりずっと大人っぽい。

あの人……かな?

 

 

「…………」

 

「…………ん?」

 

「!」

 

 

わたしの隣まで来たその人は、顔を覗き込んでくる。

え、えっと……。

 

 

「オマエか? 例の呪詛師の妹って奴は」

 

【はい!】

 

 

家入さんからアドバイスをもらったように、ホワイトボードに返事を書き、その人に見せる。

声を出せないというのは事前に聞いていたみたいで、そのことには触れずに話を進める。

 

 

「…………」

 

【なんですか?】

 

「いや、思ってたより……」

 

「?」

 

「なんでもねぇよ」

 

 

その人は、少しバツが悪そうに頭をくしゃりとかいた。

と、そこでコソコソと話し声が聞こえた。

周りを見渡すと、いた。

2人……ん、え?

えぇぇぇぇ!?

 

 

【あの!】

 

「ん? なんだよ」

 

【パンダ!!】

 

 

指をさす。

そうなのです。

物陰から隠れるようにこちらを見て、コソコソと話している人物とパンダ物。

……パンダ物?

いや、とにかくパンダがそこにはいた。

 

 

「おい、真希。小さな女の子を脅かすなよ」

 

 

しゃべった!?

 

 

「脅かしてなんてねぇよ。そっちこそコソコソ隠れて何してやがったんだ」

 

「おかか!」

 

「そうだそうだ、俺たちは今来たところだ~」

 

「嘘つけ」

 

「……って、おい」

 

「!」

 

 

パンダがしゃべったことに驚きすぎてた。

我に返ると、さっきの女の人がわたしに話しかけてきていた。

 

 

「今回、オマエを私ら3人で護衛する。自己紹介は歩きながらでいいな」

 

「っ」

 

 

コクリと頷き、わたしたちは歩き出しました。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ここの校地はかなり広いらしく、外に出るまでに自己紹介も終わった。

わたしの前を歩く2人。

女の人は禪院真希さん。

『呪具』の使い手。

男の人は狗巻棘さん。

『呪言』?の使う呪術師で、さっきからなぜかおにぎりの具でしかしゃべってない。

そして、わたしの隣を歩くパンダさん。

他の2人のことを紹介してくれたのはパンダさんで、なんとなく一番話しやすそうな雰囲気を感じるパンダさんだった。

ちなみに、パンダさん自身のことはパンダっていう説明だけ。

ともかくそんな3人に連れられて歩く。

 

 

「それで、どこに行くんだ?」

 

「俺たちは聞いてないからな」

 

「しゃけ」

 

 

3人の視線がわたしに集まる。

えぇと……。

たしか家入さんから聞いた話だと、都内にわたしを逃がしてくれた『無常』って人が隠れ家にしてた場所があるみたいで。

 

 

「なるほど。そこに行って情報を少しでも集めようってわけか」

 

【はい】

 

「小学生にしては中々考えてるじゃねぇか」

 

「しゃけしゃけ」

 

「…………」

 

 

そう言って、真希さんに褒められる。

だけど、1つ気になることが……。

 

 

【わたし、中学生です】

 

 

ホワイトボードに書き込んで3人に見せる。

3年生ですが?

 

 

「それはなんというかすまん」

 

 

パンダさんに謝られる。

……そんなにちんちくりんかなぁ、わたし。

 

 

ーーーー都内 マンション跡地ーーーー

 

 

都内23区内にあるとある高層マンション。

少し前までは個人が所有するものだったという話だけれど、今は解体中のようで、安全のために囲いに覆われていた。

 

 

「入るぞ」

 

【勝手に入ってもいいんですか?】

 

「許可は日下部が取ってるはずだ」

 

 

囲いの中へ勝手に入ろうとする真希さんたちにそう訊ねると、パンダさんがそう答えた。

後から聞いたことだけど、クサカベっていうのは先生の名前みたい。

それにしても、先生のことを呼び捨てって……もしかして、不良なのかな?

 

 

「おい」

 

「しゃけ、高菜」

 

 

真希さんと棘さんが突然前に出る。

隣にいるパンダさんを見上げると、呪霊の気配がすると教えてくれた。

 

 

【大丈夫なんですか?】

 

「あぁ、俺たちは呪術師だからな。心配するな」

 

 

俺たちから離れるなよ。

そう言うパンダさんの言葉に頷く。

 

 

「来るぞ!」

 

 

『かイラんバンでェェぇぇス』

『オスそわけデすヨォ』

『いっテキマぁす』

『アそびにキタよぉォォ』

 

 

「っ」

 

 

意味は分かるけど、ノイズのかかったような音を発する呪霊。

聞いた瞬間に嫌悪感が沸き上がってくる。

気持ち悪くなる。

 

 

「っ」

 

 

思わず目をつぶり、耳を塞ごうとする。

けれど、前から、真希さんの声が聞こえてくる。

 

 

「大丈夫だ、すぐ祓う」

 

 

つられて目を開けると、

 

 

「『吹き飛べ(フキトベ)』」

 

「らぁっ」

ーーズバァァンッーー

 

「おいおい、真希、こっちに漏れてるぞ」

 

「うるせぇ、数が多いんだよ」

ーーズバッーー

 

 

軽々と、呪霊を祓っていく真希さんたち。

すごい……。

1分も経った頃には、目の前の呪霊はすべて祓われていた。

 

 

「ふぅ……こんなもんか」

 

 

すごい。

あんなに数がいたのに……。

この一瞬で倒したのかぁ。

 

 

「しゃけ」

 

「?」

 

 

わたしに目線を合わせるようにしゃがんだ棘さんが何かを言ってくる。

けど、何を言いたいかは分からない。

えぇと……?

 

 

「大丈夫か、だとさ」

 

「棘は優しいからなぁ」

 

【お二人は棘さんがなんて言ってるか分かるんですか?】

 

「まぁな、1年半も一緒にいればわかるもんだ」

 

 

そういうものなんだ。

 

 

「しかし……酷い匂いだ……甘い、花の焼けるような匂い」

 

 

真希さんの言う通りだ。

3人が呪霊を倒す前はしなかった匂いがする。

甘い匂い。

 

 

「…………この先に数体それなりの奴がいるな」

 

「しゃけ、明太子」

 

「まぁ、そっちは俺と棘だけでも十分だろ。だから、真希は……」

 

 

そう言って、パンダさんはわたしの方を見る。

正確には、わたしと真希さんのことを見た。

 

 

「おい、パンダ。まさか……」

 

「こりゃあ、報告にもあった『反魂香』ってやつだろ。急がないとまた呪霊が集まってくる」

 

「はぁぁぁ……」

 

 

真希さんは深いため息を吐く。

 

 

「行くぞ」

 

「??」

 

「この先にそれなりの呪霊がいる。そっちはこいつらに任せて、例の呪詛師の手がかりを探す」

 

「!」

 

 

でも、とホワイトボードに書くよりも先に、真希さんに手を引かれ、わたしは走り出した。

 

 

ーーーーーーーー



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第53話 無常ー弐ー

ーーーー手記ーーーー

 

 

息子を失った60年前のこと。

儂は自らの名を捨て、『無常』と名乗った。

 

なぜこの名にしたのか、その記憶は朧気だ。

不変ではないという意味の言葉であるのは、息子の死をーー変わることを否定した儂にとって、大いに皮肉である。

 

『膿腕』ーー有馬優を拾ったのは25年前だったか。

儂が『降霊杖』を諦めかけていた頃で、優の存在が儂の心を支えていた時もあった。

息子のように、変わりの優を育てた。

 

10年前、『才羽』ーー録松泰司は母親に自殺をされ、自らも首を括ろうとしていた。

それを止めたのは、儂自身を泰司に重ねたからだろう。

呪術を教え、呪霊と呪物集めをさせた。

 

死者の蘇生すら可能な特級呪物『降霊杖』を手に入れたのは、5年前。

これを皮切りに、儂は術師を引き入れた。

フリーの呪術師、呪術高専の呪術師、呪詛師。

バラバラの思想の奴らを協力関係にしたのは、いずれも死者の蘇生という手札があったからだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

真希さんと手を繋ぎ、辿り着いたマンションの一室。

壁もボロボロになっていて、部屋とは呼べないその場所で、その人の手記を見つけた。

書かれていたのは、今までのこと。

この人が殺してきた人、犯してきた罪のこと。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

2人とも無言で手記をめくっていく。

そして、最近のことが書かれたページに辿り着く。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

儂は今、息子を蘇らせるための手札をもう一歩で手にしようとしている。

儂の手にある『降霊杖』。

奴が持つ『ロッポウ』。

やっとだ。

これでやっと儂の悲願が叶う。

 

だが、1つ気がかりがある。

儂にシャーロットという術師を殺させてまで、長月と狗巻紡を殺し合わせて何がしたいのか。

儂を長月の妹の姿に変えさせて、何をしようとしているのか。

奴の真意が分からない。

 

協力関係にあるとはいえ、相手の目的が分からんのは気味が悪い。

儂は呪詛師に頼み、奴の隠れ家を探し出し、そこで儂が成り代わったはずの長月の妹を見つけた。

喉は抉られていたが、生きてはいる。

 

この子を逃がす。

長月へのせめてもの償いだ。

万が一のことを考え、『降霊杖』をこの娘に持たせ、逃がした。

 

 

これから儂は奴とともに、長月と狗巻紡の殺し合いを見届ける。

 

なんにしろ、これが終われば息子は帰ってくる。

あと少しだ。

待っていろ、高秋。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

手記はそこで終わっていて、続きのページは空白だった。

 

 

「なるほどな」

 

 

納得する真希さんの横で、わたしは考えていた。

この人のこと。

そして、お姉ちゃんのこと。

 

 

【あの、真希さん】

 

「なんだ?」

 

【この人は……】

 

 

それだけで察してくれたようで、真希さんは首を横に振る。

 

 

「死んでるだろうな」

 

 

やっぱり、ですか。

 

 

「呪詛師の言葉をそのまま鵜呑みにするわけではねぇけど、こいつが言う『奴』っていう奴が黒幕なんだろ」

 

【その人が、お姉ちゃんを人殺しにさせたんですね……】

 

「…………」

 

 

拳を握る。

お姉ちゃんはその『奴』っていう人のせいで、紡って人を殺した。

家入さんからは2人は友達だって聞いていた。

そんな友達を殺させるなんて。

 

 

「霞」

 

【なんですか?】

 

「もし今、その『奴』のせいで、姉ちゃんが人殺しになったって考えてるなら、それを恨むのはお門違いだ」

 

【え……?】

 

「オマエの姉ちゃんが棘のいとこを殺したのは、姉ちゃん自身の選択だ」

 

「それに多分だけどな、姉ちゃんももう手は汚してる。だから、『奴』のせいで人殺しになったわけじゃねぇよ」

 

「っ」

 

 

真希さんの言葉に、わたしは何も返せない。

わたしは呪術師じゃないから。

呪力は使えても呪術師じゃない。

だから、それには何も言えなかった。

……でも!

と、わたしがホワイトボードに書くより先に、真希さんはボソリと呟いた。

 

 

 

「だが、仲間同士を殺し合わせるってのは胸糞わりぃ」

 

 

 

隣の真希さんの雰囲気が変わる。

さっきよりもずっと刺すような鋭い雰囲気。

 

 

【真希さん】

 

「なんだよ?」

 

【真希さんって優しいんですね】

 

「ッ、うるせぇ」

 

 

友達の殺し合い。

それに怒る真希さんはきっと友達思いの優しい人なんだなって。

そう思った。

 

 

「……で! 何か思い出さねぇのかっ」

 

「!」

 

「こいつがオマエを助け出したんならこいつに関することとか、恐らくオマエを誘拐した『奴』のこととか」

 

「………………」

 

 

何か。

何か覚えてることはーー

 

 

 

ーーズキッーー

 

 

 

「っ」

 

 

ふと頭が痛んだ。

なにか……なにかが……。

 

「霞だけは……」

「せっかく私が苦しまないように殺してあげようとしてるのに、なんで抵抗するかなぁ」

「逃げろ、霞」

「逃がすと思うかい?」

 

血塗れのおばあちゃん。

そして、おばあちゃんを傷付ける男の人の姿。

なに、これ……?

 

「さてさて、君のおばあちゃんは死んだ」

「けれど、おめでとう。君には利用価値があるからねぇ」

 

そう言って男はわたしの喉をーー

 

 

 

ーーバツンッーー

 

 

 

そこでわたしの意識は途絶えた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「………………」

 

 

針倉優誠の計画は順調であった。

『呪霊操術』ーー菅谷長月を、狗巻紡を蘇らせることを餌に、駒として動かせるようになったこと。

特級呪物『ロッポウ』を手に入れたこと。

そう。

順調であり、彼の目的の成就まであと一歩に迫っていた。

 

だが、2つだけ、計画にはないことが起きていた。

1つは彼の隠れ家に捨て置いていた菅谷霞の姿がないこと。

もう1つは『無常』の死体から『降霊杖』が見つからなかったこと。

それが堪らなく煩わしい。

 

 

「どうしたものか」

 

 

誰もいない部屋の中に、声が響く。

仮面を脱ぎ捨てた温度のない声。

彼自身の本物の声。

 

 

「針倉」

 

「!」

 

 

不意にかけられた声は、彼の駒である長月のものだった。

 

 

「やぁやぁ、どうだい? 調査は順調かな?」

 

 

仮面をつけ直し、訊ねる。

あの日以来、長月の目は虚ろで光がなく、まるで屍のように針倉の指示によって動いていた。

調査、というのは『降霊杖』の在処を探させていたものだ。

彼女の蟲は何かを探らせるには都合のいい道具であった。

 

 

「『降霊杖』の在処が分かった。呪術高専の中だ」

 

「なるほど。高専忌庫か」

 

「どうする、襲撃するか」

 

「………………」

 

 

考えている針倉のスマホが震えた。

その画面を見た彼はニヤリと笑い、襲撃を否定した。

 

 

「…………いやいや、まだ動かなくていい」

 

 

時期が来れば向こうから忌庫を開けてくれるさ。

針倉はそう言った。

 

 

 

「襲撃は10月31日の夜」

 

「忌庫から持ち出された『降霊杖』並びに呪具を強奪しーー」

 

 

「ーー君と私の目的を果たすとしよう」

 

 

ーーーーーーーー



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第54話 無常ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

瞼に感じる光で目が覚めた。

目の前に広がるのは白い天井。

少しして、そこが呪術高専の医務室だと気づく。

どうやらわたしは気を失っていたみたい。

 

 

「目が覚めたか」

 

「…………」

 

 

ベッドで眠っていたわたしの顔を覗き込むように、綺麗な髪が視界でゆらゆらと揺れる。

 

 

「例の場所で、気を失ったらしい」

 

 

身体をゆっくりと起こし、枕元にあったホワイトボードを手に取る。

 

 

「身体に異常はないか」

 

【はい】

 

「…………少し顔色が悪い。まだ休んでいた方がいい」

 

【家入さん……わたし、思い出しました】

 

「思い出した?」

 

 

家入さんにコクリと頷き、書き込む。

思い出したことを。

 

 

【誘拐された時のこと……おばあちゃんが殺されたときのこと】

 

「…………」

 

【わたし、おばあちゃんが殺されるのを見ていました】

 

「…………」

 

【おばあちゃんはわたしを庇って。わたしの手のなかで冷たくなっていきました】

 

 

思い出したくない。

だから、蓋がされていたんだ。

でも、思い出してしまった。

 

 

【家入さん】

 

「なんだ?」

 

【呪術高専は……おばあちゃんを殺したのはお姉ちゃんだって】

 

「……あぁ、彼女の残穢が残っていた」

 

【違いました】

 

 

わたしが見たのは、お姉ちゃんじゃない。

ここに保護されて見せてもらったお姉ちゃんと一緒に逃げているという男の人の写真。

わたしが思い出したのはその人物の顔だ。

その人物の名前はーー

 

 

【おばあちゃんを殺したのは】

 

 

 

【針倉優誠です】

 

 

 

身を呈して庇うおばあちゃんに、張りついたような笑顔で針を刺していくあの顔。

わたしから声を奪って連れ去ったあの人。

なんで忘れていたんだろう。

忘れてはいけないはずなのに。

 

 

「……やはり、か」

 

 

わたしの言葉を見て、家入さんは大きなため息を吐いた。

そして、

 

 

「だそうだ」

 

 

医務室の入口に向け、声をかけた。

誰かいるの?

目をやると、そこには長身の男の人。

眼鏡をかけ、スーツを着た姿は、呪術師というよりはサラリーマンと言われた方が納得するような印象を受ける。

 

 

「家入さんの勘が的中した、という訳ですか」

 

「残念なことに、な」

 

 

家入さんと話すその人は、ゆっくりとわたしの方に近づいてきて。

 

 

「初めまして。七海といいます」

 

 

近くに来ると思ったより大きくて、少し萎縮してしまうわたしに、家入さんは大丈夫だと声をかけてくれる。

 

 

「安心していい。脱サラ呪術師だから、そこいらの呪術師よりは常識のあるいい奴だ」

 

「……五条さんのようなことを」

 

「げ」

 

 

なにか苦虫を噛み潰したような表情をする家入さん。

とにかく、信頼していい人なんだよね。

 

 

【菅谷霞っていいます】

 

「よろしく」

 

【よろしくお願いします】

 

「家入さんから依頼されて、針倉優誠のことを探っていました」

 

 

他にも案件があり、随分遅れてしまいましたが。

そう言った七海さんから、一枚の紙を渡される。

報告書、と書かれたその紙には、針倉って人のことが書かれていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

詳しい専門用語は分からないけど、2人の様子からあまりいい情報でないことは分かった。

 

 

「非術師の家系に生まれながら、『針』を使った術式で準一級まで上がってきた生え抜きの呪術師」

 

「『反転術式』も使え、悟と同じように術式反転も可能。これほどの術師がなぜ一級に上がっていないのか。分からないな」

 

「……深いところまで調べることができませんでした。上からストップをかけられまして」

 

「ますますキナ臭い」

 

「えぇ、上にとっても不都合なことがあるのでしょう」

 

 

それから2人は針倉って人のことについて話して、今後の方針を立てていく。

そして、わたしの話になった。

 

 

「霞さん」

 

【はい】

 

「針倉は貴女のことを狙ってくる可能性があります」

 

 

それはなんとなく分かってた。

何もなければ、あの時ーーおばあちゃんを殺した時にわたしも一緒に殺されてるはず。

わたしを拐ったのには理由がある。

そう考えるのが自然だ。

 

 

「本来であれば、私が貴女の護衛をするのが理想なのですが、如何せん優先するように言われている任務が入っています」

 

「だから、霞には引き続き真希たちを護衛につける」

 

「私も任務が終わり次第合流します。それまで何も起きないとは限りません。ですから、私の権限でしか通らない申請をいくつかしておきます。それで少しは彼から身を守れるはずです」

 

 

頷く。

 

 

「動くなら早い方がいい。今から申請をしてきます。家入さん、あとはーー」

 

「あぁ、任せろ」

 

「では、また近いうちに」

 

 

席を立ち、医務室を出ていく七海さんを見送った。

医務室に家入さんと2人だけになる。

 

 

【家入さん】

 

「今日は色々あっただろう。真希を呼んでおくから一緒に寮に戻れ」

 

 

少しして真希さんが来てくれて。

その夜は更けていった。

 

 

ーーーー呪術高専グラウンドーーーー

 

 

【真希さん、呪具の使い方を教えてください】

 

「…………」

 

 

翌日、わたしたちは呪術高専のグラウンドにいた。

棘さんやパンダさんも一緒だ。

 

 

「……何を言い出すかと思えば」

 

【わたしは戦える力が欲しい】

 

「話は聞いてる。だが、私らが護衛としているんだ。それに一級術師も動いてるって家入さんに聞いてる」

 

「………………」

 

「はぁぁぁ……分かった、分かったよ」

 

 

そんな目で見るな。

真希さんはそう言い、パンダさんを呼んだ。

そういえば、前のマンションに向かった時も、パンダさんが真希さんの武器を運んでた。

 

 

「私が教えられるのは呪具の扱いだけだ。それに呪力を込めるのは他の奴に聞け」

 

【はい!】

 

 

そうして、わたしは真希さんから教えてもらうことにした。

 

 

ーーーー呪術高専寮内ーーーー

 

 

その夜。

わたしはベッドに横たわり寝込んでいた。

ずっと引きこもってたこともあって、思っていた以上に筋肉がなくなってたみたい。

それに、真希さんも結構なスパルタだったし。

でも、そのお陰で呪具の使い方が分かってきた……気がする。

パンダさんや棘さんも呪力の使い方を教えてくれたから、呪力を込める感覚も少しだけ掴めた。

まだまだ、だけど。

 

 

「…………」

 

 

それにしても、本当に身体が痛い。

なんだか風邪……ううん、それよりももっと酷いインフルエンザにかかった時のような症状で。

あ、これホントにヤバイかも……。

 

そういえば、前にインフルエンザにかかった時、お姉ちゃんが看病してくれたことあったっけ。

あの時は結局、そのあとお姉ちゃんもインフルエンザになって、2人して寝込んじゃった。

懐かしいなぁ、ふふふっ。

 

そんなことを考えながら、わたしは気を失うように眠りに落ちた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

夢を見た。

 

お姉ちゃんと話す夢。

他愛もないことを話す夢。

 

それから、その後に見たもうひとつの夢は、会ったことのない人と話す夢。

真っ白な、何もない場所にわたしとその人だけが存在してて。

これは、誰だろう?

おばあちゃん?

お母さん?

…………ううん、違う。

 

 

「どうやら無事に逃げられたようじゃの」

 

「え?」

 

 

意識が思っているよりもハッキリしてる。

そういえば、聞いたことがある。

自分の意思で動かすことができる夢、たぶん明晰夢ってやつだ。

というか、あれ?

 

 

「声が……出せる?」

 

「当然じゃな。ここはお主の夢の中。声帯を失おうとも話すことなど造作もないじゃろう」

 

 

その人は座ったまま、穏やかな声でわたしに話しかけてくる。

 

 

「まぁ、座れ。少し話でもしよう」

 

 

わたしの夢の中の人物なのに、その人はわたしの意思とは無関係に話し出す。

 

 

「……あなたはだれ?」

 

「ふむ。そういえば前に会ったのはこの姿じゃなかったのぅ」

 

 

そう言うと、その人はわたしの目の前で姿を変える。

 

 

「あっ!」

 

「この姿ならば少しは覚えているか?」

 

 

その人の姿が変わり、わたしの目の前には、わたしと変わらないくらいの年齢の女の子。

でも、口調は変わらず。

見た目と口調が合っていないこの感じは……。

 

 

「数日ぶりじゃな」

 

「あなたは……」

 

 

あの時のわたしはいっぱいいっぱいで。

それでもその姿は見覚えがあった。

 

 

「わたしを助けてくれた……」

 

「助けた……というと語弊があるがの」

 

 

「儂は『無常』」

 

 

その人はそう名乗った。

うん、知っている。

わたしに『降霊杖』を渡して、逃がしてくれた人だ。

 

 

「そのせつはありがとうございました」

 

「……止めろ、礼など言われる筋合はない」

 

「でもーー」

 

「儂は呪詛師。好き勝手に呪術を使い、人を大勢殺してきた。お主を逃がしたのもただの気まぐれじゃ」

 

「…………」

 

 

あの手記を読んで、この人がしようとしてたことは少しは理解してるつもりだった。

けど、目の前の『無常』さんの顔を見たら。

色んな感情が入り交じった表情に、わたしは何も言い返せなかった。

 

 

「……まぁ、いい。儂がここに存在できる時間は少ない。手短に話すぞ」

 

「は、はい」

 

「儂から話すことは2つ。特級呪具『降霊杖』の使い方と針倉優誠の術式について」

 

「!」

 

 

とても有益な情報だった。

わたしはそれらを黙って聞いた。

 

 

「ーーという訳じゃ」

 

「なるほど……」

 

 

そして、確信した。

この情報は、これからお姉ちゃんを探して、助けるのに必要な情報だ。

どちらも家入さんたちと話していた時よりも、ずっと詳しいことが聞けた。

これでさらに対策も立てられるはず!

 

 

「……あぁ、そうじゃ」

 

 

わたしが今聞いたことを必死に反芻していると、『無常』さんは何かを思い出したかのように声をあげた。

大切なことを忘れていた、と。

 

 

「そもそも儂がここにいるのは、お主に儂の魂の情報の一部を分け与えていたからじゃ」

 

「魂の情報……?」

 

「難しくは考えんでいい。儂も顔馴染みの婆さんから昔無理矢理聞き出したことじゃから、詳しくは覚えておらんしな。ともかく儂が死んだ後に、お主の『生得領域』に現れるように細工をしておいた」

 

「?」

 

「…………端的に言おうか」

 

 

 

「数日後、お主にとある『術式』が刻まれる」

 

「その『術式』はーー」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第55話 針壊ー壱ー

ーーーーーーーー

 

 

「……い、おい、起きろ!」

 

「あれ……?」

 

 

男の怒号で目が覚める。

最悪の目覚めだ。

目の前には、親友の顔。

見飽きたむさ苦しい顔があった。

 

 

「やあやあ、杭葉」

 

「やぁ、ではない。いつまで寝てるんだ、お前は」

 

「いいだろ、こんな天気のいい日に昼寝をしない道理はないさ」

 

「……任務だ、俺達が指名されている」

 

 

そう言って、杭葉は手を差し伸べて来て。

私はその手をとった。

 

 

「それなら仕方がない。行こうか、杭葉」

 

「だから、俺はさっきからそう言っている」

 

 

 

ーーーー呪術高専1年教室ーーーー

 

 

我らが1年教室で待つように杭葉に言われ、教室に入る。

呪術師という人種の稀少性もあり、私達の学年は2人だけ、のはずなんだが。

 

 

「君は誰だい?」

 

「…………」

 

 

目の前には、1人の男子。

勿論、誰と聞くのだから、知らない人物だった。

彼は私の質問には答えず、黙ったまま。

その上、杭葉は補助監督を連れに行ってしまった。

ふむ、困ったな。

 

 

「……今回の任務に必要な人物?」

 

「…………」

 

「それとも護衛対象?」

 

「…………」

 

 

喋らない。

さてはて、どうしたものか。

 

 

「よし、殴り倒すか」

 

「…………」

 

 

そんな小粋なジョークにも無反応。

早く来てくれ、杭葉。

そんなこんなで10分が経過して、やっと杭葉が教室に戻ってきた。

 

 

「すまん、遅れた」

 

「遅い!!」

 

「……あぁ、もう会っていたか」

 

「それはそれは、10分間も見知らぬ話さぬ男ときっちり一緒にいたさ」

 

「それは悪かったよ」

 

 

心にもない謝罪をする杭葉。

さては自分の方が等級が高いから、調子に乗っているな?

 

 

「二級術師風情が調子に乗るなよ」

 

「三級は黙っていろ」

 

「ぐっ!?」

 

 

自分で掘った墓穴につまづいた私を放置したまま、杭葉は彼に話しかける。

 

 

「今回、あなたをこの2人で護衛いたします」

 

「…………」

 

「ムダムダ、どうせ何も喋らないよ」

 

「…………」

 

 

名前も何も知らぬまま、私と杭葉は彼の護衛をすることになったのだった。

 

 

 

ーーーーF県T村 共同墓地ーーーー

 

 

新幹線で一時間半。

車で一時間半。

計三時間の長旅を経て、私達はとある墓地にやってきていた。

なんの変哲もない墓地。

とりあえず辺りに呪霊がいないかどうかを確認してしまうのは、呪術師の悲しい性である。

 

 

「で、こんなド田舎まで何しに来たわけ?」

 

「…………」

 

「まーた、無視かよ」

 

 

そろそろ慣れてきた。

こいつに話しかけるだけ時間のムダだ。

 

 

「…………」

 

 

と心のなかで毒づいていると、急に彼は立ち止まった。

ん?

なんだ?

 

 

「…………」

 

「俺達はここで待っていますので」

 

 

杭葉の声が聞こえているのか分からないが、再び彼は歩き出す。

そこからは階段になっていて、ここから少し見上げたところに彼が目的とする墓地はあるようであった。

 

 

「おい、杭葉」

 

「なんだ」

 

「説明」

 

 

ここまで詳しい話も聞かずに着いてきてやったのだ。

そろそろ説明があってもいいだろう。

私の心中を察したようで、杭葉はため息を吐きながらも話し始める。

 

 

「俺も詳しいことは聞いてない」

 

「はぁ?」

 

「柳沼を通して話があってな。あの彼を護衛しろとの話だ。それ以上は俺も知らん」

 

 

柳沼というのは我らが担任。

いつもそっちから話が来る。

 

 

「おいおい、それだけの情報で任務を承諾したのかい?」

 

「……仕方がないだろう、上層部から直々の命令だそうだ」

 

 

上層部?

無口な彼はそんなに重要な人物なのか?

 

 

ーーゾワッーー

 

「っ!?」

 

 

思考を中断するように感じた悪寒。

これは呪霊の気配。

 

 

「杭葉!」

 

「分かっている。行くぞ」

 

 

私と杭葉は彼が向かった石段を駆け上がった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そこには呪霊がいた。

腰を抜かした彼のすぐ目の前で、彼を見下ろすような形で。

 

 

「…………あ、あぁぁぁっ」

 

 

彼は身体を丸め、ガタガタと震えている。

無理もないか。

 

 

「俺が行く」

 

「あぁ、頼む」

 

 

杭葉の言葉に頷き、私は彼の安全を確保しに回る。

杭葉の方はすぐに呪霊の懐に入る。

 

 

「『毒蟲』」

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

杭葉の『毒蟲』は操る距離を縮めれば縮めるほど強度が増す。

見たところこの呪霊はそこまで等級は高くない。

すぐに片がつくだろう。

それより今はーー

 

 

「大丈夫かい?」

 

「……はぁ……はぁ……うっ、おえっ」

 

 

嘔吐する彼の方が心配だ。

落ち着くように、背中を撫でる。

 

少しして落ち着いたのか、彼はゆっくりと身体を起こした。

杭葉も終わったようで、私達の元へ寄ってくる。

 

 

「落ち着いたようだね」

 

「…………」

 

「おいおい、さっきまで話してくれていたのにだんまりかい?」

 

「おい……」

 

 

「………………すみません、でした」

 

 

やっと聞けた彼の第一声は、謝罪であった。

 

 

「それは私の膝に吐いたことに対してかな?」

 

「…………」

 

 

杭葉が私に茶化すのも大概にしろという視線を送ってくる。

まったくもう半年も経つのだから、私のことを理解しても良さそうなのにな。

 

 

「僕は……呪いが見えます」

 

「だろうな。死の危険があるならともかく、さっきの呪霊は人を呪い殺せる力は高くない」

 

「…………呪いが見えるようになったのは、7歳の頃。両親が殺されてからです」

 

 

それから呪いが見えるようになり、身寄りのない彼は呪術界のとある家に引き取られたという。

そこでは厄介者扱いをされ、生活していたという。

 

 

「それは不憫な境遇だねぇ」

 

「……今回の墓参りはその家族の墓参りという訳か」

 

「…………はい」

 

 

なるほど。

 

 

「なぁ、お前は何かしたのか?」

 

「……え?」

 

 

気になったことを口にする。

なにかしたのか、と。

 

 

「おい」

 

「何かって……」

 

「何かは何かさ。さっきから聞いてたら被害者面で気にくわないんだよねぇ」

 

 

まぁまぁ。

呪霊に殺された、それは確かに可哀想だ。

だが、こいつの言動を見てると、どうにもイラつく。

 

 

 

「僕は可哀想だ、って思い込んでるだろ?」

 

「っ」

 

 

 

その顔は図星だな。

 

 

「現状を受け入れ、仕方がないと意見を言わず」

 

「そんな奴に同情なんてするかよ」

 

 

嘲笑する。

それに対して、彼は、

 

 

「っ、そんなの……僕の気持ちなんてッ!!」

 

 

そう言って掴み掛かってくる。

おぉ、いいじゃないか。

 

 

「感情出せるじゃないか」

 

「なっ」

 

 

掴み掛かられながらも、チラリと杭葉を見る。

彼は目を瞑っていた。

勝手にしろ、ということかな。

ふふっ、なんだ、やはり杭葉も私のこと分かっているじゃないか。

 

 

「なぁ……呪霊に家族を殺されたのが、君だけだと思ったら大間違いだ」

 

「え……?」

 

 

「私もそうなんだよ。私の両親も当の昔に殺されているんだ。呪霊に目の前で腸を引き摺り出されてね」

 

 

思い出したくもない記憶。

しかし、今でも鮮明に思い出せる記憶だ。

あの頃は酷かった。

寝ても覚めても思い出すものだから自死することすら考えた。

けれどーー

 

 

「私は両親を殺した呪霊を祓うために」

 

「そして、この世から呪霊を抹消するために呪術師になった」

 

 

だから、君だけが不幸なのではない。

不幸だから何もできない訳ではない。

 

 

 

「もう一度聞こう。君は何かをしたのか?」

 

「…………」

 

 

 

答えは分かり切っている。

その上でこれを聞こう。

 

 

 

「君、呪術師に興味はあるかい?」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

これが私ーー針倉優誠と、その運命を変えた呪術師『漣幸(さざなみこう)』との出逢いだった。

 

 

ーーーーーーーー



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第56話 針壊ー弐ー

ーーーー呪術高専1年教室ーーーー

 

 

「さてさて、晴れて彼も呪術師の仲間入りだ」

 

「おめでとう」

 

「ようこそ、東京都立呪術高等専門学校へ」

 

 

拍手をする私に対して、2人のリアクションはない。

なんと薄情なことか。

 

 

「せっかく2人の同級生が3人に増えたんだぜ? もっと感情を露にして喜びを分かち合おうじゃないか」

 

「……あ、あの杭葉くん」

 

「慣れろ、こういう奴だ」

 

 

私に動揺する彼に、杭葉はあしらうようにそう言った。

こういう奴とは?

まったくたかが半年やそこらで私のことを知った気になるとは、杭葉もどうかしているな。

 

 

「……杭葉、何か失礼なことを考えてないかい?」

 

「さぁな」

 

 

まぁ、いい。

私は寛大だからね。

 

 

「おい、悪ガキ共」

 

 

そんな他愛のない会話をしていると、教室の入り口に人影。

ゆるいパーマのかかった亜麻色の髪。

それにネクタイまで真っ黒な喪服のようなスーツ。

そして、低身長。

我らが担任、柳沼女史である。

 

 

「悪ガキ……酷いですねぇ、杭葉はともかく……」

 

「おい、ごら」

 

「事実だろうが。杭葉に漣、そして、針倉。ほら、クソガキだ」

 

「えぇと……」

 

「慣れろ、こういう人だ」

 

 

あたしは子供が嫌いなんだよ。

そう言って、唾を吐き捨てる動きをする柳沼女史。

恐らく外であれば実際にしていたであろう。

聖職者らしからぬ言動だ。

……まぁ、教師である以前に呪術師であるから、その辺は『イカれている』の範疇だろうが。

 

 

「それでどうしたんです? 私と杭葉は、今、つい先日入学した彼に呪術の何たるかを教えていたところですが」

 

「嘘つけ」

 

「バレましたか。さてはて、何か用ですか?」

 

「授業も終わったんだから、寮に帰れ……と怒鳴り付けに来たんだけどな」

 

 

そう言って、彼女はため息を吐いた。

ふむふむ。

 

 

「任務か?」

 

「流石に杭葉は勘がいいな、陰湿なだけある」

 

 

陰湿!

彼女の言葉に爆笑を返す。

流石、的を射ているねぇ。

 

 

「……それで内容はなんですか?」

 

 

率先して、その任務の内容を訊ねる。

いい心がけだ。

だが、

 

 

「お前関連だ」

 

「………………え?」

 

 

柳沼女史は彼を指差した。

 

 

「またか。ついこの間、彼の護衛をしたばかりだと言うのに」

 

「あぁ、この短いスパンで面倒な任務を引き寄せる。さてはお前疫病神か?」

 

「そ、それは……」

 

 

柳沼女史は彼にメンチを切る。

ふふっ、本当に柄の悪い先生だ。

面白くて仕方がないね。

さて、性質の悪いタイプの元ヤンに絡まれて、彼も困っている。

助け舟でも出すとしようか。

 

 

「柳沼先生」

 

「あ?」

 

「任務は本日付ですか?」

 

「いや、3日後だが」

 

「なら、今日は寮に帰るとしましょう。彼の歓迎会の準備もしていますからね」

 

 

そう言って、彼に視線を送る。

昨日、入学手続きも終わり、やっとここに入ることが出来たのだ。

流石に歓迎会のひとつでも開いてやらなくてはね。

 

 

「先生も来ますか?」

 

「行かん。仕事終わりにまでガキと話すのなんてごめんだ」

 

「残念です」

 

 

3日後に任務だ。

忘れるなよ。

それだけを言って、柳沼女史は教室を後にした。

 

 

「さて、それでは寮に帰ってパーティーを始めようか」

 

「……あぁ」

 

「えぇと、いいのかな? 僕絡みの任務があるっていうのに……」

 

 

そんなことを言う彼は、どうやら物の道理というものが分かっていないようだ。

 

 

「いいかい? 2人の同級生が3人になった。これは大きなことだ」

 

「……は、はい」

 

「私はね、君にそういう楽しみも味わって欲しいんだよ」

 

「!」

 

 

そう。

彼にはその権利があるはずだ。

勿論、私たちにも。

 

 

「おい、杭葉!」

 

「なんだ」

 

「彼にちゃんと部屋の案内をしてくれよ」

 

「……言われるまでもないが」

 

「後はあれだ。飲むと酩酊できる麦飲料も準備してくれ」

 

「え、それって……」

 

「無論だ」

 

「えぇ!? 流石にまずいんじゃ」

 

「ふふっ、不味いものか。あれ程素晴らしいものはない」

 

 

そうして、彼の歓迎パーティーは開かれた。

杭葉が持ってきた麦飲料を飲んだ私たちは、次の日まで潰れていたのだが。

まぁ、彼にとってもいい思い出になるだろう。

 

 

 

ーーーー3日後 呪術高専1年教室ーーーー

 

 

任務の日。

遅れて教室に入ると、もう2人が揃っていた。

いや、3人か。

 

 

「やぁやぁ、おはよう」

 

「……おはよう」

 

「遅い」

 

 

2人と挨拶を交わし、席に座る。

教壇には柳沼女史がいて。

 

 

「遅ぇよ」

 

「いやぁ、申し訳ありません。準備が色々ありましてね」

 

「……まぁ、いい」

 

 

咳払いをひとつして、柳沼女史は話し出す。

曰く簡単な呪霊の祓除。

だが、

 

 

「彼に関連すること、という話なのでは?」

 

「……その呪霊の近くで、そいつの姉が目撃されている」

 

「え……? 姉さんが……?」

 

 

姉?

両親は殺されたと聞いたが……?

私や杭葉の疑問を察してか、彼は話し出す。

 

 

「僕の両親は呪霊に殺されました。けど、3歳上の姉は……行方不明なんです」

 

「行方不明?」

 

「はい。あの時、姉も呪霊に殺されたのかもしれない、そう思っていたんですが……」

 

 

そう言って、彼は俯く。

ふむ。

彼が7歳の頃に殺されたのなら……9年ぶりの再会という訳か。

 

 

「……まぁ、その姉が本人なのかは分からんが、呪霊の祓除と同時にその調査もしろって話だ」

 

「…………」

 

 

見ると、彼は俯いたまま喋らない。

立ち直り、前を向こうとした途端にこれか。

とにもかくにも、その姉らしき人物に会わない限り、彼は前に進めないかねぇ。

 

 

「善は急げだ。行こう」

 

「えっ!? ちょっと……」

 

 

彼の手を引いて、私は教室を飛び出した。

 

 

 

「はぁ、馬鹿か。どこに向かうかも聞かずに……」

 

「補助監督に話は通してある。高専の前に車を準備してるはずだ」

 

「…………」

 

「杭葉は行かんのか」

 

「行く。あの馬鹿ほどじゃないが、俺もあいつは助けてやりたい」

 

「そうか。じゃあ、とっとと行け」

 

「あぁ」

 

 

 

ーーーー針倉優誠が知り得ない情報ーーーー

 

 

柳沼は3人が出ていくことを確認すると、上着のポケットから携帯電話を取り出し、どこかへ通話を開始した。

5コール後に、電話の相手は着信に応じる。

 

 

「…………柳沼です」

 

「はい、3人は任務に向かいました」

 

「…………分かっています。去年の夏油傑のようなことにはなりません」

 

「はい……手筈通りに」

 

 

 

「手筈通り、針倉優誠の抹殺を」

 

 

 

電話の相手はその返答に満足そうな様子であった。

更に、その相手は念を押すように彼女への指令をした後、電話を切った。

 

 

「…………」

 

 

一級術師である彼女にとって、呪詛師を殺すのは日常茶飯事で。

上層部の利益のためならば、一般人を殺害することもある。

しかし、彼女にとって、教え子を殺すのは初めてのことだった。

 

 

「クソガキが……」

 

 

彼女は歯軋りをした。

そのせいだろう。

少し奥歯が痛んだ。

 

 

ーーーーーーーー



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第57話 針壊ー参ー

ーーーーーーーー

 

 

呪霊狩りは至極簡単なものであった。

等級としては三級程度で、私でも十分祓うことができた。

正直な話、呪霊を祓うよりも、これから東京へ戻るために車で長時間移動する方がストレスに感じている。

 

 

「呪霊も祓い終わったし、どこか旅館でも泊まるとしようぜ。そうだな、温泉旅館がいい」

 

「あ、あの……」

 

「まだ終わりじゃないだろうが」

 

 

杭葉の言葉に、彼も頷いていた。

仕方がない。

温泉旅館には勿論泊まるとして。

他ならぬ同級生のためだ。もう少し働くとしようか。

 

 

「君のお姉さんが目撃されたのはどこだい?」

 

 

その質問に杭葉がまた任務の詳細を見ていないのかと言わんばかりの視線を向けてくる。

無視して話を続けよう。

 

 

「えぇと、たしか……古い空き家があるらしくて」

 

「空き家?」

 

「はい。そこに僕の姉らしき人が入っていくのを、村の人が何回も目撃している、ということみたいです」

 

 

写真もあるようで。

そう言って渡されたのはピンボケ写真。

 

 

「これが君の姉?」

 

「……分かりません」

 

 

まぁ、当然といえば当然か。

9年も経っていたら、人の外見など簡単に変わる。

小学5年生が成人するほどの年月。

当時7歳だった彼も今や立派な高校1年生だ。

姉の容姿もそりゃあ変わる。分かるわけもないだろう。

 

 

「…………ふむ」

 

「あ、あの……」

 

 

どうもキナ臭い。

上層部の彼に対する執着めいたものを感じる。

両親が呪霊に殺された少年を保護する。

これはまぁ、分かる。

だが、彼の護衛を任務とすることも、彼の姉の情報を仕入れていることも、上層部がそれをする理由が見当たらない。

すると、何かの罠か?何のために?

 

 

「おい」

 

「…………」

 

 

考え出すとキリがない。

ならば、どうする?

いやいや、今さら自分に問う必要もない。

答えは簡単だ。

 

 

「君はどうしたい?」

 

「え?」

 

「私はここで止めてもいいと思っているよ。正直、私には関係ないからね」

 

「!」

 

「けれど、君にとっては無関係ではないはずだ。唯一の肉親が生きているかもしれないんだからねぇ」

 

 

「だから、判断は君に任せよう。君はどうしたい?」

 

 

ここでそれを聞くのは、愚問だっただろうね。

彼はもう決めているはずだ。

呪術高専に入った瞬間に、彼はもう選んでいるのだから。

 

 

「僕はーー」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ここかい?」

 

 

徒歩で移動すること20分。

村の外れにその空き家はあった。

ド田舎な上、こんな昼間でも人通りもなく、周囲を木々で覆われた場所にあるのだ。

 

 

「隠れ家には丁度いい訳か」

 

 

私の言いたいことを代弁する杭葉。

しかし……。

 

 

「今からここに入るのか」

 

「どうかしました?」

 

「……いやはや、私は虫が苦手なんだよねぇ」

 

 

杭葉のそれは勿論だが、普通に虫も嫌だ。

ここに来る途中だって嫌なことこの上なかった。

 

 

「杭葉、君が先人切って入ってくれないかな」

 

「……最初からそのつもりだ」

 

 

そう言うと、杭葉は歩を進める。

流石、二級術師様だ。

三級術師の私とは違うねぇ。

 

 

「さて、杭葉が安全を確認してくれるようだし、私達もそれに続くとしよう」

 

「はい」

 

 

ーーーー空き家玄関ーーーー

 

 

森の中にある家ということもあり、昼間とはいえ中は想像以上に暗かった。

呪霊の一匹や二匹なら憑いていそうな雰囲気だ。

玄関は空いていた。

 

 

「杭葉、どうだい?」

 

「分からんが、少なくとも現時点で呪霊の反応はない」

 

「人の気配もないね」

 

 

見たところ廊下には埃が被っており、長い間ここの廊下を通る人間はいないだろうことが分かる。

これは……。

 

 

「情報はガセか」

 

「……そう、みたいですね」

 

 

彼も杭葉も、人が生活している様子がないことを理解したようだ。

そのまま踵を返し、そこを出ようとする。

だが、不意に呪力を感じた。

 

 

「杭葉!」

 

「あぁ」

 

 

彼もそれを感じ取ったのだろう。

『毒蟲』を放ち、臨戦態勢に入った。

私も呪力を拳に込める。

呪力からして、恐らくそこまで等級は高くない。

2人で十分だろうが、

 

 

「2人とも……もしかして……?」

 

 

彼を守りながらか……大丈夫か?

この数日で、呪力を使う感覚は少し教えた。

とはいえ、彼はまだ呪術高専に入ったばかりで、呪霊を祓うどころか呪霊から身を守る術も持っていない。

呪霊が見えて、呪力もあるのだから、何らかの術式もあるとは思うけれど……。

 

 

「まずはこの家を出る。異論はないな、杭葉」

 

「あぁ、珍しく同意見だ」

 

 

彼にも合図をして、家から出る。

そこで、

 

 

 

ーーパァァンッーー

 

 

 

私は撃ち抜かれた。

 

 

「な!?」

 

「何者だ」

 

 

辺りを見渡しても何もいない。

いや、それより私が今すべきなのは……。

 

 

「…………っ」

 

「出血が……!?」

 

「呪力は、感じない。あの音……っ、凶器は拳銃だろうね」

 

 

撃たれたのは腹。

思ったよりも出血が多く、恐らく撃たれた箇所が悪い。

まずいねぇ、これは。

 

 

「杭葉」

 

「……なんだ」

 

「呪霊と私を撃った相手。相手するならどっちだい?」

 

「ちょっ!? 動いたらっ」

 

「大丈夫さ。このくらいじゃあ人間は死なない」

 

「…………」

 

 

心配そうに私を見る彼と辺りを警戒し続けている杭葉。

このままこの状態が続くと、最悪私が死に、彼と杭葉だけで呪霊と襲撃者を相手することになる。

襲撃者が何人いるかも分からないこの状況で、それは2人の生存率を大きく下げることを意味する。

ならば、

 

 

「おーい、襲撃者の方! 降参だ」

 

「私とここにいる大男は、君にもしくは君たちには攻撃しない。だから、姿を見せて目的を教えてくれないかい?」

 

 

普通の人間ならば出てこないだろう。

だが、私たちを狙っているのだ。

恐らくだが、

 

 

「これは『縛り』だと思ってくれて構わない」

 

「おい!!」

 

 

杭葉が大声を出すが、構いはしない。

相手が呪詛師ならば、この『縛り』で出てこないはずはないだろう。

向こうは姿を見せて目的を教えるだけ。

こちらは襲撃者を攻撃しない。

襲撃者の目的がもし私達の殺害だとして、この『縛り』では私達を殺害することを禁じていないのだから。

ここまで襲撃者に有利な『縛り』もあるまい。

 

少しして、私達の左側の草むらが揺れた。

そして、襲撃者が現れる。

 

 

「え? なんで……?」

 

「お前……」

 

 

2人の反応も無理はない。

私も痛みと出血で朦朧としていなければ、驚き慌てふためいていたに違いない。

 

 

「やぁやぁ……やっぱり心配で来てくれていたんですねぇ」

 

「柳沼先生」

 

 

「………………クソガキが」

 

 

彼女は苦虫を噛み潰したような表情で、私達の目の前に姿を現した。

銃口は未だ私を捉えている。

目的はなんですか?

そう聞くと、彼女は短く答える。

 

 

「針倉優誠とそれに加担する人間の抹殺」

 

「……それだけだ」

 

 

どこか苛立ったような、けれど温度のない声。

いつもの彼女らしくはない。

まぁ、上層部からの命令なんだろう。

守れと言ったり、殺せと言ったり。

言うことが変わる上司をもつと大変だねぇ。

 

 

 

「というわけで、針倉」

 

「死んでくれ」

 

 

 

彼女の言葉と共に、その銃口から銃弾は放たれた。

 

 

ーーーーーーーー



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第58話 針壊ー肆ー

ーーーーーーーー

 

 

放たれた銃弾が目的に達する前に、私の身体を貫いた。

 

 

「なっ!?」

「おいっ!?」

 

 

彼の方へ倒れ込む。

衝撃がないということは、彼は私を受け止め、抱きかかえてくれたのだろう。

 

 

「か……っ、は……はぁ……」

 

「なんで……なん、でっ!!」

 

「ど、せ…………私は、死……」

 

 

なんで、と叫ぶ彼に答えを返そうとするも、息がし辛く言葉が中々出ない。

どうやら今回の銃弾は肺を撃ち抜かれたのだろう。

咄嗟のことで呪力による防御が不十分だった。

……いや、今度は呪力を弾丸に纏わせたのだな。

流石は柳沼女史といったところか。

 

 

「っ、『毒蟲』ッ!!」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

「喰い殺ーー」

 

 

「やめっ、ろっ」

 

 

蟲を呼び、指令を出そうとしたところを止める。

当然だ。

攻撃しないという『縛り』をつけたのだから、それを破れば何が起こるか分からない。

本当は目的だけ聞いたら、杭葉の『毒蟲』で退散しようとしたんだが失敗だったな。

 

 

「だがっ!!」

 

「いい……もう、たすか……らん……っ」

 

「~~ッ」

 

 

杭葉のそんな表情は初めて見た。

半年というそれなりの付き合いだが、こいつのそんな顔を見れたのだ。

撃たれた甲斐もあったねぇ。

 

 

「なん、で……っ」

 

 

見れば、彼は泣いていた。

ボロボロと涙を流していた。

なぜ会って数日の人間相手にそれほど泣けるのか分からないが……いや、人のことは言えないか。

 

 

「きみ、が…………にて、た……から」

 

 

私に。

あの時、彼には偉そうに語ったが、家族を失い、自暴自棄になっていた時期なら私にもあった。

その時期が遅いか早いかというだけだ。

それを支えてくれる人がいたかいなかったかというだけだ。

その支えになろうとしたんだが、どうやらそれは叶わないらしい。

ならば、その代わりにーー

 

 

ーープスッーー

 

 

懐に忍ばせていた針を、彼の額に刺す。

彼の体が死角になっているようで、柳沼女史は気づかない。

好都合だ。

勿論、針に害意はない。

これは私の術式に必要なもの。

 

 

「おい、まさかここで……!」

 

 

杭葉の言葉に頷く。

事前に杭葉には話してあったからな。

 

彼の脳に何らかの『術式』が行使されていたことを。

 

そのせいで、彼の記憶や感情、思考が制限されていた。

胸糞悪い術式だ。

恐らく彼が何か不都合なことを思い出し、考えないようにしていた。

上層部が考えそうなことだ。

 

 

「……なに、を……?」

 

「うご……な、す……終わ…………」

 

 

だから、私がそれを壊してやろう。

彼が自分の生き方を、やりたいことをできるようにしてやろう。

私の『術式』なら、それができるのだから。

 

痛みのピークは当に超え、もう体に力も入らない。

最期の力を振り絞れ。

彼に声を届けろ。

 

 

「さて、はて」

 

「もう喋らないでっ」

 

 

 

「君は、何をしたいん、だい?」

 

 

 

その答えは悪趣味な『術式』が解けたらでいいさ。

杭葉にでも伝えてやれ。

私は、君がしたいようにできることを願っているよ。

 

ねぇ。

 

 

 

「ゆうせい、くん……」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

俺は、彼女が死んでいくのを黙って見ているしかなかった。

たかが半年の付き合い。

だが、漣は親友だった。

 

 

「…………漣……」

 

 

こいつに振り回されながらも、つるんでいたのは楽しかったからだ。

だから、こいつのしたいようにさせた。

それに付き合おうと思った。

 

……いや、分かってはいたんだろう。

俺が彼女のことを少なからずよく思っていたことは。

だが、踏み出せず、そのまま彼女を失った。

 

 

「ッ」

 

 

今更歯を喰い縛ったって遅い。

分かっている。

だが、俺はっ!

 

 

「俺はァァッ!!」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

「! 『縛り』を破るつもりかッ」

 

 

構うものか!

ここで漣の仇を討たずにいられる訳がない!

『縛り』を破ってでもーー

 

 

 

「待って」

 

 

 

俺を止めたのは、そいつの声。

漣を抱える針倉の声だった。

……待って、だと?

お前も漣と同じことを言うのか?

俺にこいつを殺すなと?

 

 

「そんなことできるわけないだろうッ!!」

 

 

『縛り』を破ってでもこいつは殺す。

そうしなければ俺の気が済まない。

 

 

「彼女の意思を」

 

「僕を庇った漣さんの意思を、君を止めた意思を無下にしないでください」

 

 

確かに、漣は俺を止めた。

『縛り』を破った時の俺の身を案じて。

そして、針倉を庇った。

自分はもう助からない。

ならば、せめて、と。

 

 

「だが、ならッ、俺はーー」

 

 

そこまで言って、俺は気づいた。

針倉の様子がさっきまでと違うことに。

 

 

「おい、針倉……」

 

 

 

「話は終わったか。順番は変わっちまったが、次は針倉だ。ちゃんと殺してやる。安心しろ」

 

 

痺れを切らしたのか、柳沼は針倉に銃口を向けた。

まずい!

呪力の操作を少しは教えたとはいえ、柳沼の練度には到底及ぶはずもない。

このままでは針倉が死ぬ。

 

 

「くっ」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

『縛り』があっても防御はできる。

彼女が針倉を庇おうとしたなら、この行動は間違いではないはずだ。

俺は『毒蟲』を放とうとして、

 

 

 

ーーパァンッーー

 

 

 

目を疑った。

急に柳沼の銃が暴発したのだ。

いや、違う。

暴発させたのか?

 

 

「…………」

 

 

針倉はおもむろに立ち上がった。

そして、ゆっくりと柳沼に近づいていく。

 

 

「チッ、ガキがっ」

 

 

柳沼も次の銃を取り出し、構えて、

 

 

ーーパァンッーー

 

 

また銃が破裂した。

これは、針倉がやっているのか?

俺の疑問はすぐに解消された。

 

 

「…………」

 

 

柳沼の前に立つ針倉は、手にした『それ』を彼女に突き刺した。

 

『針』

漣が術式の発動のために、針倉に刺した針。

それは不意を突かれた柳沼に突き刺さり、

 

 

ーーーーパァァァンッーーーー

 

 

彼女の身体をただの肉塊へと変えた。

 

血飛沫が針倉の体を真っ赤に染める。

その中で、彼は静かに微笑んだ。

張り付いたような気味の悪い表情で。

 

 

ーーーーーーーー



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第59話 針壊ー伍ー

ーーーーーーーー

 

 

漣さん。

漣さんのおかげで、僕、思い出したんだ。

両親のこと。姉のこと。

 

 

僕には確かに3歳上の姉がいた。

でも、姉はもう亡くなっている。

原因は呪霊じゃない。

 

同級生によるいじめ。

 

顔もよく勉強もできた姉は、同じクラスのリーダー格の女子によく思われていなかったらしい。

教科書や靴を隠され、暴力を振るわれ、髪を乱暴に引き千切られた。

無邪気ゆえの悪意は暴走し、エスカレートしていった。

それを他の同級生は見て見ぬフリをし、大人たちは見ようともしなかった。

 

その結果、姉は死んだ。

偶然いじめの主犯の目に止まり拉致された僕を、蹴り飛ばされ殴られていた僕を、その悪意から庇い切り殺された。

その遺体は惨たらしい状態で、とても見れるような状態ではなかった。

顔も体も痣だらけ。その上、関節は本来曲がらない方向に曲がっていた。

当然、僕の証言から両親は学校に訴えかけ、いじめの主犯も判明した。

だが、主犯の親はその土地の名士らしく、ちょうどその時、他の事件で逮捕された人間を実行犯に仕立て上げ、姉のいじめはなかったといじめの事実自体を有耶無耶にされ、消されてしまった。

 

 

両親は狂った。

父親は酒に溺れ、いじめの主犯を学校帰りに刺し殺そうとした。

それは失敗に終わり、父親は刑務所へ。

その後、僕たちは小学生を殺そうとした異常者の家族というレッテルを貼られ、その村を後にした。

父親の面会の時、母親は後ろ指を刺され続ける生活を嘆き、泣き崩れた。

その数日後、父親は首を吊って死んだ。

 

父親の死後、母親はオカルトに縋るようになり、『呪い』に手を出す。

どの筋から手に入れたかは分からないが、母親は手にした呪物で、いじめの主犯を無事呪い殺し、その後も自分たちにレッテルを貼ったテレビ局や出版社の人間を殺し続けた。

だが、その呪詛はついに本人に返ってきて、負の感情で成長した呪霊に母親は殺された。

 

僕はその後、呪霊を祓いに来た呪術師に保護され、その後、記憶を操作された。

名目は僕の心を守るため。

その実、どうやら母親に呪物を売った呪詛師が、元々呪術界の上層部にいた人間らしい。

だから、その事件自体を抹消するために、僕は記憶を操作され、監視のために呪術師の家に保護された。

 

これが僕が思い出した記憶のすべて。

 

 

 

非術師は嫌いだ。

父親と姉を殺したから。

 

呪霊は嫌いだ。

母親を殺したから。

 

呪術師は嫌いだ。

君を殺したから。

 

 

 

「君は何をしたいんだい?」

漣さんは僕にそう聞いたよね。

決まったよ、僕のやりたいこと。

 

 

僕は全てを抹消したい。

非術師も呪霊も呪術師も。

 

この世界を終わらせたいんだ。

 

 

それが僕のーーいや、私のしたいことだよ。

だから、見守っていてくれ。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「私は残るとするよ」

 

 

私は杭葉にそう答えた。

 

 

「おい、何を考えてやがるッ」

 

「何? 私はこの呪術高専に残り、呪術を学ぶとそう言ったのさ」

 

「ッ」

 

 

事件の後、私と杭葉は上層部に呼ばれ、事情を話した。

柳沼が私たちの命を狙ったこと。

それにより、漣幸が殺害されたこと。

そして、柳沼の目的は『分からなかった』こと。

ずいぶん探りを入れられたが、どうにか乗り切り、呪術高専への復帰を許された矢先に、杭葉に今後どうするかを訊ねられたのだった。

 

 

「まだまだ私は弱いからねぇ。ここで学ぶのが一番だろう?」

 

「お前ッ……本気で言っているのか」

 

「あぁ、本気も本気。大マジさ」

 

「…………それを止めろ」

 

「ん? それとは?」

 

 

「漣の真似事を止めろと言ったんだッ!!」

 

 

彼は叫ぶと、私の胸倉を掴んだ。

まったく野蛮だねぇ。

 

 

「離してくれないかな?」

 

「っ」

 

「話が通じたようで助かるよ」

 

 

手を離した彼に、私は逆に問いかける。

 

 

「それで? 君はどうするつもりなんだい?」

 

 

ここを離れるというからには何か考えがあるんだろうね。

その予想通り、彼は話し出した。

上層部を皆殺しにするために、ここを離れて力をつけること。

そのために『毒蟲』に人間や呪霊を喰わせること。

そして、彼女ーー漣幸を蘇らせること。

 

 

「そうか。元気でね」

 

「…………」

 

「どうかしたのかな? 名残が惜しい?」

 

「お前は…………」

 

 

 

「漣を蘇らせたいとは思わないのか」

 

「……思わないねぇ」

 

 

 

それだけを聞き、杭葉は呪術高専を去った。

勿論、彼は呪詛師と認定され、追われることとなったようだが。

それは私には関係のないことだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私の計画は簡単だ。

世界を終わらせる力を手に入れること。

それは兵器でも権力でも呪力でも、なんでもいい。

 

そして、数年後、僕は知る。

 

無限にも近い数の呪霊を従わせ、世界に蔓延る膨大な数の人間を全滅させることができる『呪霊操術』の存在を。

解錠した存在の属する種を絶やし、種全体が子孫を残すことを禁じる特級呪物『ロッポウ』の存在を。

 

それらを手に入れ、世界を終わらせる。

やることは決まった。

 

 

 

「君は何をしたいんだい?」

 

「私は世界を終わらせたいんだよ」

 

 

 

心の中で微笑む彼女に、私は笑顔でそう答えた。

彼女は笑い続けている。

 

 

 

 

ーーーー現在ーーーー

 

 

「……針倉」

 

 

その声で覚醒した。

どうやら少し寝ていたらしい。

 

 

「ん、あぁ、なんだい? 長月ちゃん?」

 

 

彼女が声をかけてきたということは、そういうことなんだろう。

椅子から立ち上がり、鈍った体をバキバキと鳴らす。

 

 

「渋谷に『帳』が降りた」

 

「あちらの計画も順調に進んでいるようだねぇ」

 

「高専にいた呪術師もそちらに向かってる」

 

 

本当に計画通りだ。

後は……。

 

 

「動いてもいいのか」

 

「あぁ、私たちも呪術高専に向かうとしようか」

 

 

高専を襲撃するのは合図があってからだが、いつでも襲撃できる位置には移動しておきたい。

合図があり次第始めよう。

 

 

 

「五条悟が行動不能になり次第、呪術高専を襲撃しよう」

 

「長月ちゃん、悲願達成はすぐそこだよ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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第60話 呪詛師殺しー壱ー

ーーーーーーーー

 

 

21時30分。

針倉の携帯に連絡が入った。

「五条悟封印」

彼にとってそれは待望の瞬間だった。

これをもって、彼の計画は最終段階へと突入する。

 

 

ーーーー呪術高専ーーーー

 

 

「さてはて、長月ちゃん。これから高専忌庫を襲撃し、保管されている『降霊杖』を奪還しよう」

 

「…………あぁ」

 

 

そうは言ったが、私にとって『降霊杖』は重要ではない。

それよりも、術式行使のために必要な呪力を長月ちゃんに集めることが計画の要だ。

恐らく、今の彼女では膨大な呪力を制御できずに暴走する。

そう踏んでいた。

 

 

「……予想以上に静かだ」

 

「今、渋谷で大変なことが起こっていてねぇ。高専には数人の術師しかいないんだよ」

 

 

計画で一番厄介であった現代最強の呪術師・五条悟は封印され、戦闘不能。

それの救出のため、ほぼすべての呪術師がそちらへ向かっている。

ここには録な警備もおらず簡単に侵入できる。

いても忌庫番程度だろう。

そんな私の考えは裏切られる。

 

 

「と思ってきたんだけどねぇ」

 

 

高専に侵入しようとする私達の目の前には『帳』が下ろされていた。

脳裏に浮かぶのは『天元』の存在。

だが、思い直す。

『帳』は『天元』のものではない。

『天元』の結界は隠すことに特化していて、術師ならば一目で見つかるような結界を張ることはしない。

 

 

「……壊して入る」

 

「ふむ、それしかなさそうだ。長月ちゃん、頼んでいいかな?」

 

「…………」

 

 

静かに頷くと長月ちゃんは呪力を込めた拳で『帳』を打つ。

予想に反し、『帳』は呆気なく破壊された。

 

 

「?」

 

「行こう」

 

 

おかしい。

いくら渋谷の件があり、手薄になるとはいえ、呪術界の総本山をこんな弱い『帳』1枚で放っておくだろうか。

そう思いながらも歩を進める。

世界を終わらせる、その時が近いのだ。

五条悟もおらず、高専がここまで手薄になるのは今を置いて他にない。

順調だ。

 

 

「…………長月ちゃん」

 

「分かってる」

 

 

高専の校舎が目前まで迫ったその時、ふいに呪力を感じた。

強いものではない。

 

 

「誰か、いる?」

 

「…………」

 

「やぁやぁ、いいのかい? 君は渋谷に行かなくて」

 

「………………」

 

 

確かにそこに人影がある。

夜、人が少ないということもあり、暗くて顔は見えない。

その人物は一歩一歩、ゆっくりと歩を進めてくる。

街頭に照らされて、その顔を見た途端、私は言葉を失った。

やっと絞り出したのは一言だけ。

 

 

「なぜお前がここに……?」

 

 

いるはずのない人間。

そうだ。

ここに……いや、この世にいるはずのない人間だ。

なのに、なぜここにいる?

 

 

 

「『無常』」

 

「………………」

 

 

 

そう。

呪詛師・『無常』。

彼女は、菅谷霞に姿を変えさせ、紡ちゃんに殺させたはずだった。

『降霊杖』を使ったのか?

いや、一度彼女は『降霊杖』を使っている。

それから呪力を溜めるには時間がないはずだ。

 

 

「……今までどこに行っていた?」

 

 

混乱する私と違い、冷静に彼女に話しかける長月ちゃん。

当然だ。

長月ちゃんは『無常』が死んだことを知らない。

紡ちゃんに殺されたのは、妹だと思っているのだから。

だからこそ、自然に話しかけられる。

……これは良くない流れだ。

この流れを変えるには……。

 

 

「長月ちゃん……そいつに近づいてはいけないよ」

 

「お前を探していたんだ」

 

 

「っ、近づくなっ」

 

ーースッーー

 

 

針を飛ばす。

長月ちゃんと奴を接触させてはまずい。

もし、何かの拍子に、菅谷霞が生きていることが長月ちゃんにバレたら計画が狂う。

 

 

「『針灸』」

 

ーーパァァンッーー

 

 

針が奴に刺さるのと同時に、術式を発動させる。

これでーー

 

 

「……針倉」

 

「!」

 

 

針は奴に当たってはいなかった。

呪力は針を止めた黒い靄ーー『毒蟲』に当たっていた。

 

 

「邪魔するな」

 

「っ……長月ちゃん、そいつは偽者だよ」

 

「なぜそう言い切れる」

 

「呪力が彼女のものとは違うからねぇ」

 

「…………」

 

 

長月ちゃんは、私の言葉を受けて奴を見る。

 

 

「私は呪力感知が他の術師よりは優れているのは知っているだろう? 私には分かるんだ」

 

「…………」

 

「長月ちゃん、目的を思い出そう。こうしている間にも忌庫へ術師が向かうかもしれないぜ。そうすれば目的は果たせない」

 

 

どうだ。

正直、これで長月ちゃんが動くか五分だが……。

 

 

「……まぁ、いい。僕の目的は『降霊杖』だ」

 

 

そう言って、長月ちゃんは彼女の横を通り過ぎた。

肝を冷やしたが、むしろ事態は好転している。

 

 

「長月ちゃん、先に行っていいよ。道順は前に教えた通りだ」

 

「あぁ」

 

「すぐに追いつくさ」

 

 

さてはて、『無常』は戦闘向けの術式は持っていない。

すぐに始末して、追いつくとしよう。

彼女の姿が見えなくなってから、私は構える。

 

 

「さて、君の目的はなんだい?」

 

 

『ロッポウ』を奪うこと?

それとも裏切った私への復讐か?

どちらにしろやることは変わらないが、計画のリスクを下げるためだ。

そう考えて訊ねるが、

 

 

「…………」

 

 

彼女は答えない。

話す気はない、ということらしいねぇ。

ここでこの女を殺したとしても、この期間では『降霊杖』の発動に必要な呪力は貯まっていないだろう。

ならば、ここで始末するのが最善の選択だ。

 

 

「悪く思わないでくれよ。君だって好き勝手に生きただろう」

 

ーースッーー

 

 

 

「『針灸』」

 

ーーパァァァンッーー

 

 

呪力が針を媒介として流れ込み、爆発を起こす。

だが、これはこの女にはバレているはずだ。

爆発の煙の中に人影。

そこに追撃で、

 

 

ーーパァァァンッーー

ーーパァァァンッーー

ーーパァァァンッーー

 

 

三針打ち込んだ。

 

 

「さぁて、流石に死んーー」

 

「…………」

 

「ーー殺せたと思ったんだけどねぇ」

 

 

視界が晴れた先には、まだ彼女がいた。

しかも、何らかの呪具を手にしている。

それで針を防いだ、という訳か。

 

 

「じゃあ、これだ」

 

 

フッと膝から力を抜くと同時に縮地、彼女の死角に体を入り込ませる。

手にしている針を直接打ち込み、

 

 

「『吸針』」

 

 

呪力を吸う。

これで行動不能、反撃不能で私の勝利ーー

 

 

「…………は?」

 

 

ーー私は確かに死角に入っていた。

その上での攻撃は防ぎようがないはずだ。

なのに、

 

 

 

『こンンンにチワぁぁアぁァ』

 

 

 

なぜ呪霊がいる?

なぜ彼女を守るようにしているんだ。

『反魂香』か?

いや、あれは使えば花の焼けるような匂いがするはずだ。

そんな匂いはしていない。

 

 

「お前……何者だ……」

 

「…………」

 

 

その質問に彼女は答えない。

 

 

 

「答えられる訳がないだろ」

 

「!」

 

 

 

その声。

ここにいないはずの、先に目的を果たしに向かったはずの人物の声が聞こえた。

そこにいたのは、

 

 

「……長月ちゃん」

 

 

菅谷長月。

『無常』を守ったのは彼女だった。

 

 

「もう『降霊杖』は手に入れたのかい」

 

「いいや」

 

「……なら、なんで戻ってきたのかな」

 

「そもそも僕は『降霊杖』を取りに行く気がなかったんだよ」

 

「なにを言っている……?」

 

「だって、『降霊杖』はこの子が持ってるから」

 

 

そう言って、長月ちゃんは彼女の頭を撫でた。

『無常』の頭を。

そこで違和感を感じた。

 

目の前のこの女は本当に『無常』か?

 

あの女は確実に死んだ。

それは私も確認している。

ならば、これは誰だ?

この場にいる可能性があるのは誰だ?

 

繋がった。

 

 

 

「菅谷霞」

 

「正解だ」

 

 

 

長月ちゃんの言葉に呼応するように、姿が変わる。

それは『変身』の術式。

その手には先程とは違う呪具。

 

あぁ……なんてことだろう。

私が感じていた煩わしさ。

それが今ここで現れるとは。

 

 

「菅谷霞に『降霊杖』……両方が一度に現れるとはね」

 

 

そして、そうか。

 

 

「長月ちゃん、君はそちら側なんだね」

 

「あぁ」

 

 

菅谷霞を庇うように一歩前に出て、彼女は告げる。

 

 

 

「大切な人に仇を為す全てを祓うために、僕はいる」

 

「だから、針倉優誠」

 

「お前を祓う(殺す)

 

 

 



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第61話 呪詛師殺しー弐ー

ーーーー回想ーーーー

 

 

ばあちゃんも。

霞も。

紡ちゃんも。

大切な人を全員失って、僕は自暴自棄になっていた。

 

「さてさて、長月ちゃん……私とおいで」

「紡ちゃんを蘇らせたいんだろう?」

 

その言葉に僕は縋った。

僕がもつ呪霊を『うずまき』で集めた呪力と紡ちゃんの筆。

そして、『降霊杖』があれば、僕が殺した紡ちゃんを蘇らせることができる。

それが空っぽになった僕にとっての希望になった。

 

呪霊を集めるのと同時進行で極ノ番『うずまき』を使えるようにするための訓練として、まずは複合呪霊を作っていった。

その途中でできた呪霊『宿夢』。

他人の夢ーー正確には『生得領域』に入り込む術式をもつ呪霊で偶然、僕は霞に入り込んだんだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「霞……?」

 

「……お姉ちゃん……?」

 

 

 

「っ、かすみっ!!」

 

 

 

気づいたら僕は霞を抱きしめていた。

目の前の彼女が本物かどうかなんてその時は考えてもいなかった。

抱きしめずにはいられなかったんだ。

 

 

「お、おねえちゃん……くるしいよ……」

 

「っ、ごめん!」

 

 

霞の訴えに、彼女の体を離す。

少しだけ冷静になった僕は、霞の前に座る。

 

 

「霞、なんだよな。本当に」

 

「うん。そうだよ、お姉ちゃん」

 

「…………っ」

 

 

無言で、ペタペタと彼女の頬を触る。

くすぐったそうにしながらも霞はにこりと笑いかえる。

あぁ、霞だ。

本当に、生きてた。

しばらくの間、霞を近くに感じて、それから僕はそれを切り出した。

 

 

「…………霞、教えてくれ。何があったんだ」

 

「うん」

 

 

僕は霞からすべてを聞いた。

針倉がばあちゃんを殺したこと。

僕に成り代わった『無常』が針倉と結託して、シャーロット術師を殺し、紡ちゃんの別人格を目覚めさせたこと。

霞を『無常』が逃がしたこと。

霞が見たという『無常』の手記に記された内容のすべてを。

 

 

「そっか……それが真実なんだな」

 

「うん」

 

「…………」

 

「……あ、あのね、お姉ちゃん」

 

 

緊張した面持ちで、霞は僕を呼ぶ。

少し俯いてから霞はそれを口にした。

 

 

「家入さんや七海さんにこのことは伝えてる。上層部?って人たちにも悪いのは針倉って人なんだって分かるはず!」

 

「だから……戻ってきて……」

 

「………………」

 

 

牧さんや黒野堀さん、シャーロット術師、そして、ばあちゃんを殺したのも、すべて針倉だ。

それが濡れ衣であることは間違いないし、家入さんや七海術師が動いてくれているという。

それならば、僕の嫌疑が晴れるのも時間の問題なんだろう。

それでも、僕は

 

 

「戻らないよ」

 

「っ、なんで!」

 

 

 

「紡ちゃんを殺したのは紛れもなく僕だから」

 

 

 

そうなるように誘導された。

針倉によって、僕と紡ちゃんはお互いを憎み、殺し合うように仕向けられた。

僕の意思ではない、と言われればそうかもしれない。

 

けど、彼女を殺したのは僕の意思だ。

僕が紡ちゃんを殺した。

 

その事実は変わらない。

例え、僕に被せられた全ての濡れ衣が晴れたとして。

例え、僕が再び高専に受け入れられたとして。

それでも僕の心に『それ』は残り続ける。

『大切な人』を殺してしまったという罪は。

 

 

「っ、お姉ちゃん」

 

「ごめんな、霞」

 

「いやだよぉ……お姉ちゃん……」

 

 

また霞は僕の胸に顔を擦り付け、泣いている。

ごめん……ごめんな、ダメなお姉ちゃんで。

でも、ここで戻ってしまったら、僕はきっと自分で自分を許せなくなる。

 

これは僕のエゴだ。

 

『大切な人』のための戦いなんかじゃ決してない。

霞は泣かせるし、ばあちゃんにもきっと怒られる。

紡ちゃんには……ううん、きっと怒られるな。

 

 

「霞」

 

「っ、うんっ」

 

「針倉を祓う(殺す)。それが今の僕にできる贖罪だ。そしてーー」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「針倉、お前の目的は知らないし、興味もない」

 

「僕は僕のために、お前を祓う(殺す)

 

 

「あぁ、構わない。私も同じだよ」

 

「私は私のために、生きとし生けるものを終わらせるだけだ」

 

 

 

そう言って、針倉は空を仰ぐ。

空っぽの笑顔を携えながら。

 

 

「霞、危ないから……」

 

「!」

 

 

霞は首を横に振った。

わたしも戦う、とそう訴えていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………分かった」

 

 

僕もわがままを言ったんだ。

最期に霞のわがままだって聞いてやらなきゃな。

その代わり、命に代えても守るよ。

 

 

「始めようか、ご両人」

 

 

ーースッーー

ーーパァァァンッーー

 

 

初撃。

地面に向けて針倉は針を放ち、呪力を破裂させた。

煙幕代わりだろう。

この手は、彼と一緒に任務をする中で嫌というほど見ている。

 

 

「『毒蟲』」

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

それに対して、蟲を展開する。

煙幕とは言っても、土埃の延長にある。

ならば、僕の蟲で喰い切れる。

その思惑通りに、視界がすぐに晴れた。

それと同時に、針倉は僕の目の前にいた。

 

 

「やぁやぁ」

 

ーーグググググッーー

 

 

呪力を帯びた拳が僕目掛けて放たれる。

だが、

 

 

ーーバキッーー

 

 

それを止めたのは、霞だった。

呪力を纏わせた右手で、針倉の攻撃を受け止めていた。

 

 

「その子も中々、呪力量が多いようだねぇ」

 

 

「『友引腕』」

 

ーーガシッーー

 

 

すかさず『友引腕』で奴の右手を掴まえる。

これでこの一瞬奴は右手で術式発動することができない。

つまり、必然的にーー

 

 

「『針灸』」

 

 

ーー左手で針を持つしかない。

だから、ここを叩く。

 

 

「潰せ、『雨丑(あめうし)』」

 

 

人の腕ほどの大きさのアメフラシ型の呪霊。

術式はないが、人間を攻撃することに特化していた。

『雪鬼』ほどの力はないが、確実に人の腕を吹き飛ばすくらいの力はある。

 

 

ーーバギバギバギッーー

 

「ほう」

 

 

『雨丑』に接触した瞬間に、針倉の左腕は音を立てて壊れる。

その代わりに『雨丑』は自壊する。

普通の術師だったら複雑骨折で使い物にならなくなるはず。

だが、

 

 

ーーポウッーー

 

「この程度で止まるとでも思ったか」

 

 

『反転術式』を回しながら突っ込んでくる。

その腕の勢いは止まらない。

 

 

「っ」

 

「っ、……!!」

 

 

奴の左手の針は僕の腹に差し込まれ、同時に、

 

 

ーーパァァァンッーー

 

 

爆ぜる。

 

 

「~~っ、『蜈蛞(だかつ)』ッ!!」

 

ーーズゴゴゴゴゴゴッーー

 

 

『蜈蛞』を呼び出し、頭は針倉へ向かわせ、尻尾で僕と霞を掴み後方へ投げさせる。

 

 

「っ~~!!」

 

「大丈、夫」

 

 

心配そうな表情の霞にそう告げ、体勢を整える。

傷は深くない。

少し左腹の肉が抉れた程度だ。

 

 

「それよりまだ来るはずだ。油断はーー」

 

 

ーーシュゥゥゥーー

 

 

「!」

 

「『蜈蛞』が消えていく……『吸針』か」

 

 

巨体の『蜈蛞』がみるみるうちに縮んでいく。

針倉の『吸針』。

『針灸』を反転させることで、呪力を吸収する術式。

そして、それを蓄えるという効果を隠していた。

つまり、『呪霊操術』は相性最悪だ。

だが、攻撃の手は止めない。

 

 

「『影踏地蔵(かげふみじぞう)』」

「『嵐獣(らんじゅう)』」

 

 

『吸針』を使う隙を与えるな。

『影踏地蔵』で針倉の動きを止めて、『雪鬼』と並ぶ膂力をもつ『嵐獣』を放つ。

 

 

「まだ、だっ!!」

 

 

これで終わるわけがない。

すべてを出し切るぐらいの覚悟で攻める。

 

 

「『毒蟲』」

「『裏女(うらめ)』」

「『戸潜(とくぐり)』」

 

 

喰い尽くせ。裏返せ。臓物を突き破れ。

僕のすべてで奴を殺せ。

 

 

 

「『呪霊操術』……やはり厄介だ」

 

「…………ここで殺すのは惜しいが、やむを得ないか」

 

 

呪霊に囲まれる針倉。

それでも奴には余裕があった。

体は縛りで動かないはず。

それでも、奴は『それ』を発動した。

 

 

 

『領域展開』

 

 

 

「『針筵大叫喚(しんえんだいきょうかん)』」

 

 

 

 

「っ」

 

「さようなら、長月ちゃん」

 

 

 



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第62話 呪詛師殺しー参ー

ーーーーーーーー

 

 

『領域展開』

無常さんに聞いてはいた。

それは必殺の術式を必中必殺にする結界術だって。

 

それが今、わたしの目の前でお姉ちゃんを呑み込んだ。

 

 

「っ」

 

ーーバギッーーバギッーー

 

 

呪力で強化した攻撃でも割れない。

なんで……?

『領域』は閉じ込める結界だから、外からの攻撃には弱いって話だったのに。

わたしの力じゃ足りないってこと……?

 

 

「っ……お、ね…………ちゃ……」

 

 

ううん。

お姉ちゃんなら、きっと大丈夫。

大丈夫だから……。

 

 

「っ」

 

 

 

ーーーー領域内ーーーー

 

 

「残念だったな、菅谷長月」

 

 

無数の針の花。

あれは薊の花だろうか。

針薊に光が反射し、周囲を不気味に照らす。

これが『領域展開』。

一握りの術師のみが使えるという呪術の境地。

 

 

「綺麗だろう?」

 

 

そう訊ねる針倉。

言葉とは裏腹に、彼から感情を感じ取れない。

 

 

「これが私の『針筵大叫喚』」

 

「この領域内では呪力の所在はこちらの思うがまま。君の体で私の呪力を爆発させることも、逆に君の内にある呪力を吸い尽くすこともできる」

 

「そしてーー」

 

 

ーーバヂッーー

 

「ッ!?」

 

 

激痛が走った。

まるで僕の内側から喰い破ってきたかのように、左腕に一輪の針薊が咲いていた。

僕の血と呪力を吸って、赤暗く輝いている。

 

 

「君の呪力を糧に咲く薊。さっきのお返しだ」

 

「何がお返しだ……そっちは『反転術式』があるから実質無傷だろ」

 

「それでも呪力は使う。本当はそんなことに呪力を消費するのも勿体ないんだが」

 

「っ、『毒蟲』っ!」

 

 

ーーゾゾゾゾッーー

 

 

「蟲か。無駄なことを」

 

 

会話の途中に不意打ちで放つ『毒蟲』。

だが、それも消されてしまう。

 

 

「言っただろう。この領域内では呪力は私の支配下にある」

 

 

……なるほど。

僕と独立して存在する呪霊は、自身の呪力で存在を確立している。

そのせいで呪力のみの存在である呪霊は、この『針筵大叫喚』の中では存在することすらできない。

本当に、僕の『呪霊操術』とは相性が最悪だ。

 

 

「『呪霊操術』では敵わないか」

 

「そういうことだ。諦めて死を受け入れろ」

 

 

そう言って、針倉は一歩近づく。

このままでは負ける。

………………なら、やっぱりこれしかないんだろう。

 

 

「…………何を笑っている」

 

 

僕の表情を見て、針倉がそう訊ねてくる。

笑ってる?

たしかに勝算がないわけではない。

けれど、今の僕にいっぱいいっぱいで、そんな余裕はないはずだ。

なのに、笑ってるなんてな。

 

ーーイカれてなきゃ呪術師はできないよーー

 

それはいつだったか、目の前のこの人に言われたことだった。

 

 

「……僕もしっかりイカれてる訳か」

 

 

こんな博打にしか頼れない状況で笑えてるんだからな。

その呟きは針倉にはきっと聞こえない。

僕の声には触れず、針倉はまた一歩こちらへ歩を進めた。

そして、告げる。

 

 

「時間もない。これで終わりにしようか」

 

 

僕の方へ掌をかざす。

領域の中だからその術式は必中。

きっと針薊が僕の全身から咲き乱れ、僕の息の根を止めるだろう。

 

 

 

「さようなら、菅谷長月」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……なぜ、だ?」

 

 

数秒後。

僕の体に針薊が咲くことはなかった。

 

 

「何をした」

 

「………………」

 

「答えろ、菅谷長月ッ!」

 

 

霞からすべて聞いた。

それは針倉の『領域展開』のこともだ。

『領域』を使われたら僕は確実に死ぬことは分かっていた。

だから、その対策をしない訳がない。

 

 

「対策……? 『簡易領域』か」

 

「違う。覚える時間も教えてくれる人もいなかったから」

 

「……ならばーー」

 

「そう。こっちも『領域』を展開する。それがお前の『領域』を攻略する方法だ」

 

「何かと思えばハッタリか? それは無謀というものだろう。君に『領域展開』は使えない」

 

「…………」

 

 

針倉の言おうとしていることは分かる。

僕が『領域展開』できるわけがない、と。

そう、その通りだ。

今の僕にはそれができるほどの力はない。

だからーー

 

 

『モういイ? オネえちャん?』

 

 

声。

僕に寄り添うように『それ』はいた。

奴の領域内でも存在できる呪霊の少女ーー『紫鏡』。

 

 

「『紫鏡』か」

 

『オネえちャん、イい?』

 

「あぁ、頼む」

 

 

『あハはッ』

 

 

 

 

『『領域展開』ーー『金輪紫鏡合(こんりんしきょうごう)』』

 

 

 

 

針倉の『領域』を押し戻す鏡面の結界。

薊の針を砕きながら、紫色の鏡はその体積を広げていく。

やがて、『領域』の侵掠は針倉のそれを半分ほど覆ったところで止まった。

 

 

『あ~ァ、サンねンじゃあ、こノくらイかぁ』

 

「十分だ。これで奴の術式は必中じゃあなくなったんだろ」

 

『うン』

 

「これでまともに戦える」

 

 

『紫鏡』。

いつか裏側の東京駅で僕に入り込んだ呪霊。

……そう。

取り込んだのではなく、入り込んだ。

『呪霊操術』で取り込んだ呪霊とは違い、こいつだけは独立して存在できない。

僕の呪力に依存する呪霊。

言い換えれば、僕の呪力の一部。

だから、針倉の『針筵大叫喚』の中でも僕の術式として発動できた。

 

 

ーーズキッーー

 

「っ」

 

 

頭に痛み。

針倉の攻撃によるものではない。

それはきっと急激な呪力消費の結果なんだろう。

 

 

『だいジョウぶ? オネえちャん』

 

「あぁ……これが『領域展開』か。かなり辛いけど……」

 

 

領域同士がせめぎ合って拮抗している状態。

向こうは針倉自身が、こちらは『紫鏡』がその維持をしているのだ。

針倉は『領域』を解除できない。

もし解除してしまったら、その瞬間に『紫鏡』の領域で殺される。

勿論、こうしている間にも、僕もかなりの呪力がもっていかれてる。

けれど、僕が攻撃に集中できる分、こちらが有利なのは変わらない。

 

 

「面倒なことをっ!」

 

 

針倉の表情が変わる。

初めて見たな、怒りの感情が表に出ているのは。

正真正銘、これがーー

 

 

 

「これが最期の殺し合いだ」

 

 

 



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第63話 呪詛師殺しー終ー

ーーーーーーーー

 

 

 

「極ノ番『うずまき』」

 

 

 

僕の所有する一級呪霊56体・それ以下の呪霊359体、すべての呪霊をひとつにして、高密度の呪力を集め放つ。

それに対して、針倉はそれを受け止める体勢に入った。

『吸針』ですべてを吸収し、取り込むつもりなんだろう。

上等だ。

 

 

「消し飛べ」

 

 

僕の手から離れた呪力の塊は針倉へ放たれた。

 

 

 

ーーーー霞視点ーーーー

 

 

ーービキッーー

 

「!」

 

 

『領域』にヒビが入っていく。

それはお姉ちゃんと針倉の戦いが終わった合図だ。

お姉ちゃんが話した通りに事が進んでるなら、ここから出てくるのはきっとーー

 

 

「死ぬかと思ったな」

 

 

その声の主は、お姉ちゃんではなかった。

 

 

「結果的に彼女がもつ呪霊を集めた呪力すら手に入れた」

 

「もう私の邪魔になるものはいない」

 

 

領域から出てきたのは、針倉優誠。

つまり、お姉ちゃんは……。

 

 

「菅谷霞か」

 

「っ、お、ね…………」

 

「声帯を呪力で補って発声しているのか。恐ろしい才能だが、まだ蕾。私の計画にはなんの支障もない。そして」

 

 

「菅谷長月は死んだ」

 

 

「……っ」

 

 

お姉ちゃんは死んだ。

針倉はそう言って、さっきまで領域があった場所に視線を送る。

そこには、横たわるお姉ちゃんの姿があった。

 

 

「っ」

 

 

駆け寄りたくなる気持ちを無理矢理に押さえつけて、わたしは彼と対峙する。

目は離さない。離せない。

たぶん気を抜けば、一瞬で殺される。

少ししか呪術を学んでないわたしでも、お姉ちゃんから呪力を奪った目の前の人の呪力がおぞましい程の量だってことは理解できた。

 

 

「ここで大人しくしてるといい。私の計画に少しでも役立ってくれたからね」

 

 

どうせ死ぬなら緩やかに死ぬことを許そう。

彼はそう言って、わたしの横を通り過ぎようとする。

それを、

 

 

ーーガシッーー

 

 

止める。

 

 

「なんのつもりだ、菅谷霞」

 

「…………」

 

 

声は出せない。

それでもこの人から目を離さない。

この人はここで足止めするんだ。

 

 

ーーバギッーー

 

「~~ッ!?」

 

 

見えないほどの速さで、わたしは殴られていた。

呪力による強化。

同じことはわたしもできる。

でも、これはレベルが違いすぎる。

 

 

「…………時間がないんだ。邪魔をしないで貰おうか」

 

 

血を吐きながら倒れ込むわたしには目もくれず、彼はまた通り過ぎようとする。

けど、

 

 

ーーガシッーー

 

「…………またか」

 

 

ーーバギッーー

 

 

「ッ、~~っ」

 

 

声はあがらないまま、またわたしは倒れ込む。

まだ……まだだ。

お姉ちゃんが作ってくれたチャンスを、わたしが台無しにするわけにはいかない。

ここで離すわけにはいかない。

 

 

ーーガシッーー

 

「しつこい」

 

ーーバギッーー

 

 

「~~ッ、は…………ない」

 

ーーガシッーー

 

 

離さない。

彼の一撃ごとに、体が壊れていくのが分かる。

骨が、内蔵が、壊されていく。

それでも、離すもんか……。

 

それを何回も繰り返して、手に力がもう入らなくなってきた頃。

諦めかけたその時、変化は起きた。

 

 

「鬱陶しい。折角拾った命、無駄にしたな」

 

ーースッーー

 

 

何度も掴み続けるわたしに苛立った様子の彼はそう言って、針を構える。

そして、その針はーー

 

 

 

ーーグサッーー

 

 

 

深く、深く刺さった。

わたしの手にある『降霊杖』に。

 

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

「『降霊杖』は死人を生き返らせるという高度な術式のせいで、色々と発動に面倒な制約がある」

 

「制約……?」

 

 

無常さんにそれを訊ねると、彼女は頷いた。

無常さん曰く。

必要なのは、生き返らせたい人物に因果をもつ呪物。

それから膨大な呪力。

 

 

「問題はその呪力じゃよ」

 

「?」

 

「方法は実に簡単じゃ。『降霊杖』に呪力を供給するには、杖自体に呪力を流し込む。それだけでよい」

 

「じゃあ、何も問題はないんじゃ……?」

 

「ただのぅ……如何せん、融通が効かん」

 

 

「『降霊杖』が呪力を取り込み始めたならば、その術師の呪力をすべて奪うまで止まらん」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『降霊杖』に呪力が吸われていく。

私自身の呪力も、今まで『吸針』で吸ってきた呪力でさえも。

針を離そうとしても離れない。

 

 

「まさか、これを狙ってっ!?」

 

「っ、~~っ」

 

「姉妹揃って、私の邪魔をするなァァッ!!」

 

 

杖のせいで、自身に呪力は込められない。

だが、こんな小娘を殺すのにそんな手間はいらない。

菅谷霞の首を締める。

 

 

「か……っ」

 

 

こんな小娘に邪魔をされてたまるか。

恐らく『降霊杖』は持ち主に依存する呪物だ。

ならば、この小娘を殺し、呪力を取り込んだ『降霊杖』の所有者を私にしてしまえばいい。

そうすれば、また『吸針』でこの呪物から呪力を私へと還元することができる。

だから、まずはこの小娘を殺す。

その細い首に、力を入れていく。

 

 

「死ね」

 

 

首が絞まっていく。

バタバタと見苦しく足掻く。

だが、もうーー

 

 

ーートスッーー

 

 

気づけば、私は貫かれていた。

得物はただの小刀。

捉えられたのは心臓。

そして、それを持つのは、

 

 

「待たせたな。よく頑張ったぞ、かすみ……」

 

 

白髪の老婆。

こんな人間、さっきまでいなかった……いや、違う。

こいつは、まさか……!

 

 

「菅谷……なが、つき……」

 

「おね…………ん」

 

 

反射的に、小娘の首を締めていた手を離した。

地面に落ちた彼女は苦しそうにはしていたが、まだ生きている。

 

 

「賭けは、僕の勝ちだ」

 

 

そこで、やっと思い至った。

 

呪霊操術 極ノ番『うずまき』

その特性を失念していた。

手持ちの呪霊を集め、高密度の呪力として放つ術式だけではない。

『うずまき』には準一級以上の呪霊の術式を抽出する術式効果がある。

つまり、それを利用して死を免れたという訳か。

 

 

「無常から『うずまき』の特性は……散々聞いていたからな」

 

「僕が抽出し、取り込んだのは『老剥神(おいはぎがみ)』」

 

「急激な老いと引き換えに、老衰以外の死因を一度だけ拒絶する術式」

 

 

ーースッーー

 

 

術式の開示をしながら、彼女は私の胸の小刀を引き抜いた。

瞬間、私の胸から血が吹き出す。

 

呪力もない。

『反転術式』も廻せない。

……そうか。

私は、これで終わりなのか。

倒れ込む。

少しずつ力が抜けていく。

 

 

「…………負けたよ、長月ちゃん」

 

 

地面に横たわる僕の口からそんな言葉がこぼれた。

計画は破綻し、僕だけが死ぬ。

もう少しですべて終わらせられた。

だが、ここで終わりだ。

 

 

「針倉」

 

 

老婆になった長月ちゃんが僕を見下ろしてくる。

 

 

「…………強くなったんだねぇ」

 

「あぁ、あんたや紡ちゃんのおかげで」

 

「フフ、どうやら……君を使おうとしたのは、間違いだったみたいだ」

 

「…………針倉、あんたはーーーー

 

 

 

 

そこから先の長月ちゃんの言葉は聞こえない。

 

意識が消えていく。

……あぁ、これが死か。

 

僕はちゃんと生きられたんだろうか。

君が死んだあの時から、僕は僕のしたいように生きられたのだろうか。

分からない。

けれど、これでーー

 

 

 

「今、逝きますね」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

そうして、針倉は僕の目の前で息絶えた。

あれほど狡猾で強大な術師だった彼も、その死に様は呆気ないものだった。

心臓を刺されて、死んだ。

これで、彼との決着はついた。

あとはーー

 

 

「霞、大丈夫……じゃないな」

 

 

霞の容態はよくない。

かといって、今の加速度的に老いが進行していく僕には彼女を運ぶこともできなかった。

 

 

「霞。ごめんな」

 

「お………ちゃ……」

 

「最期は抱き締めてやりたかったんだけど、もう霞の体がもたない」

 

 

それに、僕の体には老い以外のものも近づいている。

『紫鏡』の領域を使ったことによる僕自身の呪霊化が始まっていた。

体感的に分かる。

自我を保っていられるのも残り僅か、もう長くはない。

 

 

「…………ありがとう、ごめんな」

 

「っ」

 

 

僕の言葉に、霞はボロボロと涙を流しながら、首を横に振ってくれた。

会話はなくても分かる。

姉妹だもんな。

そんなことないよって、お姉ちゃんは悪くないよって、言ってくれてるんだ。

本当に……僕には過ぎた妹だよ、霞は。

優しくて、家族思いの素敵な女の子だ。

 

最期に、僕は霞の体に害が出ない程度に、頭を軽く撫でてあげて。

 

 

「貰ってくよ」

 

 

霞から『それ』を受け取った。

 

 

「…………」

 

 

膨大な呪力が込もった『降霊杖』。

そして、彼女を手にかけてから、ずっと持っていた『筆』を取り出す。

そして、僕は静かに、『筆』に『降霊杖』を突き刺した。

術式が展開されていく。

『筆』を媒介にして、肉体が再生されていく。

骨が、筋肉が、皮膚が再生されていく。

 

 

「…………」

 

 

1分ほどが経って。

僕の前に彼女は立っていた。

 

 

「………………ながつき、ちゃん……?」

 

「紡ちゃん」

 

 

流石、だと思う。

こんなに年老いた姿でも、僕だって分かってくれたんだから。

その時の彼女が、すべての状況を分かっていたとは思わない。

けど、僕の目を見た彼女は何かを悟ったようで、ただ涙を流した。

 

 

「霞を、おねがい……」

 

「っ、はい」

 

 

残された時間は少ない。

僕の大切な霞のことをお願いする。

あとは、なんだろう。

…………あぁ、そうだ。

あとはこれだけ言っておかなきゃね。

 

 

 

「元気でね」

 

「はいっ」

 

「大好きだよ」

 

「っ、私もっ……ですっ」

 

 

僕のもう1人の大切な人が、きっと元気でいますように。

そんな願いを込めて、告げた。

 

彼女は、静かに僕の方へ歩いてくる。

震える手には『筆』が握られていて。

そして、彼女は僕の体に『それ』を書き込んだ。

 

 

 

 

「さよなら、長月ちゃんっ」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

これは僕が彼女に殺されるまでの物語。

 

その物語の幕は、今静かに下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー



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最終話 あの日の貴女へ

ーーーーーーーー

 

 

頬を伝う暖かな雫を感じ、目が覚めました。

 

 

「泣いて、たんですね……」

 

 

夢を見ていたような気がする。

夢の内容はあまり覚えていなくて、でも、懐かしいという感情だけは残っています。

 

 

「…………」

 

 

枕に顔を埋める。

夢の続きが見れるようにと。

けれど、私のささやかな願いは叶いません。

微睡むあの感覚はなく、どうやら私の頭は完全に覚醒してしまっていたようでした。

 

 

「二度寝、好きだったんですけど」

 

 

あの日以来、私は睡眠時間が減ってしまっていた。

だからと言って、寝つけない訳でも目覚めが悪い訳でもなく、単に体がそこまでの休養を求めてこないという感覚で。

 

 

「こうして、生きているだけでも奇跡みたいなものなんですから」

 

 

贅沢は言えない。

人よりも1日を長く過ごせると考えれば、むしろ得。

最近はそんな風に考えるようになっていた。

 

寝る前に充電していたスマホを見ると、メッセージ受信の通知がきていました。

1件。

私の交遊関係は広くないから、相手はなんとなく想像がつく。

アプリを起動して、メッセージを確認すると、やはり相手は予想通りの人でした。

 

 

「…………もう起きてるかな」

 

 

改めて時計を見ると、朝の6時前。

7時には動こうと話をしていたから、そろそろ起こしに行ってもいいでしょう。

そう思い立った私は、着替えをして部屋を出ました。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

部屋に入ると、彼女はまだ寝ていました。

穏やかな寝息を立てていて、少し前までの取り乱した彼女の姿は夢幻だったんじゃないかとさえ錯覚してしまう。

けれど、それを乗り越えて今の彼女があるのだから、そんな風に思うのは失礼なんでしょう。

 

 

「朝ですよ」

 

 

軽く揺する。

反応無し。想定内。

 

 

「朝ですよ!!」

 

 

少し声を張っても、反応はありません。

今日はいつも以上に深いですね。

その後、何回か起こそうと試みますが、結果は変わらず。

仕方ありませんね。

 

 

起きろ(オキロ)

 

 

そんな風に書いた呪符を彼女に張り付けます。

呪力が流れ、

 

 

「ッ!?」

 

 

彼女は飛び起きました。

 

 

「おはようございます、霞ちゃん」

 

「……おはようございます……紡さん」

 

 

彼女ーー霞ちゃんは不服そうにあいさつを返した。

何もそこまでしなくても、と言いたげですが……。

 

 

「7時に出かけるって言ったのは霞ちゃんですよ?」

 

「うぐっ……」

 

 

そう言うと、彼女は口をつぐんだ。

どうやらそれには自覚があるらしい。

私とは対照的に、彼女はあの日以来目覚めが悪くなったと言う。

たぶん夢の中で『彼女』と会っているせいなんでしょう。

……それについては、私には何も言えない。

霞ちゃんから『彼女』を奪ってしまったのは私だから。

こうして起こしに来るのも罪滅ぼしのつもり、なのかもしれない。

そんな感傷に浸っていると、

 

 

「紡さん?」

 

 

霞ちゃんが心配そうにこちらを見上げていました。

やっと聞き慣れてきた声。

呪力で補っているとはいえ、『彼女』とどこか似た雰囲気の声。

やっぱり姉妹なんだと実感します。

 

 

「っ、すみません。なんでもないです」

 

「?」

 

「ともかく準備をしてください」

 

 

私達の任務は一応8時からの予定だけど、少し早く動き始めるのには理由がある。

 

 

「お墓参り、行くんでしょう?」

 

 

今日は『彼女』の月命日。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

2人で静かに手を合わせる。

そこは呪術高専の敷地内にひっそりと建つ『彼女』のお墓。

正直、作りは粗末で、こんなんじゃ供養できないよね。

 

でも、10月31日に起きた『渋谷事変』と呼ばれる騒動で、今、日本中が混乱に陥っている。

そのせいで、ちゃんとしたお墓も建てられなかった。

この混乱が落ち着いたら、『彼女』の家があった場所にちゃんとしたお墓を建てようと話はしていました。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

しばらく2人で手を合わせた後、どちらともなく立ち上がる。

そろそろ時間ですね。

 

 

「行きましょうか」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

呪いは待ってはくれません。

世界が混沌としている今ならば尚更。

それでも、私達は日常を大切にしようと誓い合いました。

『彼女』が守った『彼女』の『大切な人』(わたしたち)の日常を。

だから、2人で手を繋ぎ、祓いに向かう。

 

 

「霞ちゃん、準備はいいですか」

 

「もちろん、紡さん」

 

 

繋いだ手にぎゅっと力を込めます。

この手は離さない。

 

 

 

今度は私が貴女の『大切な人』を守りますから。

あの日の貴女の選択が間違っていないと証明しますから。

 

ね、長月ちゃん。

 

 

 

ーーーーーー終ーーーーーー




以上をもちまして、『呪詛師殺しの僕』完結となります。

拙い作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。
完結させられたのも読んでくださった皆様のおかげです。
評価や感想等励みになりました。

もし、完結に際して、感想や評価していただけたら泣いて喜びます。返信もさせていただきたいと思います。
また次も何か書いていきたいと思いますので、お付き合いいただけたら幸いです。
では、また。


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完結後のエンドロールのようなもの
余談雑談


余談だったり、なんとなくの着想だったりを書き加えていきます。随時更新予定です。
イメージ絵すべて追記していきます。

物語自体についてやキャラ余談で「こいつが知りたい」等ありましたら、感想や直接連絡でも構いませんので、教えてください。
いつでもお待ちしてます。

※7月10日リクエスト貰いましたので『キャラクター余談5・6・7』追記しました。


◎物語の始まりと終わり

 

1 物語のモチーフ(取っ掛かり)

①空っぽの主人公と複雑な内面をもつヒロインの対比構造

②最後はどちらかが死ぬ

 この辺から始まりました。それから術式を詰めていって今の『呪詛師殺しの僕』に至ります。

 

2 エンディングの候補

①長月と紡が互いに殺し合い共倒れエンディング

②針倉によって紡が殺され、長月が復讐してエンディング

③『無常』により紡が乗っ取られ、長月が祓ってエンディング

④霞ちゃんが実は呪霊で、長月と紡が協力して祓った後に長月が死を選んでエンディング

⑤今のエンディング

 実は⑤が最もマシなエンディングという。そして、5個のエンディング中3個はどちらかが死ぬという地獄のような状態でした。⑤にたどり着けたMVPは霞ちゃんです。

 

 

◎キャラクター余談

1 菅谷長月

 主人公。主人公は空っぽであってほしかった。『呪詛師殺しの僕』自体が長月が出会いの中で、自分にとって何が大切なのか知っていくお話です。なので、本人は本当に満足して死んでいきました。

 術式『呪霊操術』は、実は最初から決めていました。百鬼夜行後なので、脳ミソからも狙われない。その上で応用が効くという魅力……オリジナルの呪霊は気味の悪い要素を混ぜ合わせた結果です。

 

2 狗巻紡

 ヒロイン。ヒロインは癒し枠という信念の下、とにかくいい娘……なんだけど、イカれてる要素を付け加えようと思ったら殺人衝動になりました。黒髪は作者の趣味です。次作もそうです。

 術式『呪言』は、あくまでも原作キャラよりも強い『呪言』にはしたくなかったので、今の形になりました。後半は勢いで強化されてしまいました。

 

3 針倉優誠

 ラスボス。ヘラヘラしてるけど強い男が作者の好みです。名前は優しくて誠なのにやべえ奴というコンセプトでした。ただし、過去編の影響でなんとなく愛着が湧いてしまい、あの最期になりました。本来はもっとぐちゃぐちゃで死ぬ予定でした。

 術式『針』は、とにかくインパクトだけで言うとビミョーで弱いのがいいなと。弱いんだけど応用きくのがそれでした。なので、名前が先に決まって名字は後からつきました。

 

4 『無常』

 中ボス。一人称が「儂」のキャラを書きたかった。強いおっさんとかばあさんが死ぬほど好きです。

 術式『変身』は、語感が好きで……。作中の誰かには変身させたかったのでこうなりました。ただ蓋を開けてみたらとても使いやすい術式で話の展開にも役立ちました。さんきゅー、むじょー。

 

5 菅谷霞

 裏ヒロイン(シスコン枠)。初期から出てきていて、必ず登場させようという構想がありました。名前を出してから「あっ、三輪ちゃんと被ってる!?」となり凹んだ思い出。声を出せなくなったのはライブ感で書いていた弊害で表現に苦労しましたが、なんとか書き切れた。境遇的に可哀相な子。

 術式『変身』は、言わずもがな『無常』から引き継いだものです。ちなみに、この時の『無常』には一切裏はなく、長月と一緒にいたことで少しだけ芽生えた情と罪悪感による贖罪のつもりでの行為でした。

 

6 黒野堀明

 友達ギャル枠。ギャル好き。ローテンションなんだけどなんだかんだお人好しで世話焼きという作者の好みを詰め込んだ子でした。しかし、今時ギャルを表現できなかったのが心残りです。本当は終盤まで生きている構想もありましたが、針倉の『領域展開』を見せるためにああなってしまいました。最初はあそこで退場するのは紡の予定でした。

 術式『落筆呪法』は、ギャルを出発点に連想していった結果出来上がりました。写真を撮ってからラクガキするまでが早すぎるのは気のせいです。

 

7 シャーロット

 師匠枠。可愛い女の子が大好きで味方をするお姉さんという私的な理由ではあるが、他人のために動いていた良心の1人でした。制限のある『呪言』だけでは、紡が長月と戦えないことを踏まえて出した記憶があります。本人は『黒閃』2連続までは出せる設定。

 術式『破裂』は、作中では最弱レベルの術式です。それで一級まで上がった彼女はとてつもなく強いと作者は思います。

 

 

◎お絵かき集め

 

雰囲気絵(イメージ絵)落書きです。

藍沢はお絵かき完全初心者のため、クオリティは非常に低い。

読む上では必要ではないけれど

「あー、はいはい。こんな感じね。把握」としてもらうためのものです。見なくても全然OKです。見なくてもいいですからね。

 

菅谷長月

 

【挿絵表示】

 

 

狗巻紡

 

【挿絵表示】

 

 

針倉優誠

 

【挿絵表示】

 



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