空挺ウィッチは今日も辛い (黒助さん)
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第一話

ピクシブより移植。
向こうで続きを書くかと思いますが、こちらでもゆるーくすすめます。

挿絵があります。カノコガ様という絵師よりいただきました!
だいぶ昔にですけど……
めがっさかわいいですし好き……
そちらもぜひご覧ください!

https://www.pixiv.net/artworks/34182425


 私は、翼が欲しかった。

 大空を突っ切って、風のように舞う……あの子達のように。

 でも、私の魔力は微々たるものだった……。

 だから、私は――――――

 

 

chapter1:翼を手に入れる夢

 

 

「ねぇ、聞いた? ガリア方面への反攻が決まったって」

 

 ジャズ調の静かな曲がかかる穏やかなサロン。窓から見える空は藍色に染まり、星々が輝きだしている頃、私は少々うとうとと船を漕ぎつつ、気になる小説の続きをゆっくりと読みすすめていた。シャンデリアのあるきれいな内装でどことなく豪華ではある。しかし、暖房器具とかはむき出しで置かれており、内観はそれほど高尚なものでもないただのサロンであった。

 そんな私の隣にいきなり座ると彼女はそう話しかけてきた。この子はシャロン。シャロン・ホーネット少尉。私の親友で、同じ士官候補生学校を卒業した仲だ。

彼女はそのまま新聞を近くの机の上に乱雑に投げ捨てると、背もたれに満遍なく背を預ける。

 

「そんなこと、もう私の耳にも届いてるわよ。正直、501統合戦闘航空団とやらが何とかしてくれそうな話だけどね」

 

 私は思った感想をそのまま述べ、次のページをめくる。彼女はそれを聞いてフッと笑うと、溜息をつくように言った。

 

「巣を破壊しても残党がいるかもしれないじゃない。それの排除のために私たちがいるのよ」

「でも、解放されたら制空権取れたようなもんだし、上から爆弾落としゃいいじゃない」

「でも時間かかるじゃん。その間に……って、話がそれてるよぉ。私が言いたいのは、ついに私たちも戦場に行くってこと」

 

 私は、はぁっとため息をつく。この話、どうやら本当のことのようで、私たちは空挺部隊として飛ぶらしい。私が所属している部隊は、リベリオン陸軍第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第1大隊A中隊の第2小隊で、小隊長だ。ちなみに、シャロンも同じとこの第3小隊隊長だ。私達は陸戦ウィッチであり、地を駆けずり、地上のネウロイを撃滅し奪還をするのが任務である。正直なところ、戦場に出るということについては、どうにも、良い気がしない。

 

「ため息つきたいのもわかるけど、入隊した以上、やんないとね……」

「まぁ、お互い頑張りましょう」

「えぇ、そのつもりよ。あなたとなら、空を翔る英雄よりも強くなれる気がするわ」

「空をかける、か……」

 

 そこでふと、私は思い出した。つい先程見た、自分の根幹にある翼を欲する夢。私は一度、空を目指したのだ。空軍に入り、ウィッチになって……だが、魔力が少ないために諦めざるを得なかった……。そんな、夢を……思い出した。

 

「ん? どうしたの?」

「……ん~、いや、なんでもないわ。そろそろ戻りましょう?」

 

 私はそう言うと立ち上がり、兵舎の方へ向かう。後ろでシャロンが「やれやれ」とつぶやいたのが聞こえた。

 

     ☆

 

 もうすでにシャワーも済まし、明日への準備もできた私たちは、各々に与えられたベッドに寝転がっていた。私は小さなライトを点け、「誰にでもできるぜ! 初心者のための兵法」というものを読んでいる。今後のことを考えると、小隊を率いるための動きを心得ておく必要があるだろう。気合を入れつつ、続きから読み始める。

 すると、となりから声をかけられた。

 

「ねぇ、ロッティー。私たち、大丈夫……よね?」

 

 シャロンだった。だが、先ほどまであったいつもの元気がない。話し声も少し弱っているように聞こえた。

 

「らしくないわね」

「心配にもなるわよ……きつい訓練にも耐えて、確かに強くなってる。―――でも、戦争は平等に人を殺すわ」

 

 そう聞いて私は本を閉じ、シャロンの方を見た。掛け布団で顔の口元まで隠し不安そうな表情で天井を見つめていた。先にあった大撤退戦やヨーロッパの各惨劇はこのリベリオンにまで轟いている。その戦地へと赴くとならばそうなっては当然だろう。

 

「でも、何かあったわけじゃないでしょ?」

「うん、でも」

「えい」

「あぅ」

 

 こちらを向いたシャロンの眉間を、人差し指で小突いた。シャロンは眉間を触りながら不思議そうにこちらを見る。

 

「心配したって始まらないし終わらないわ。まぁ、安心なさい。私だってついてるからさ」

「…………ほんと、ロッティーはすごいなぁ」

 

 そうぼそりとシャロンはつぶやくと、えへへとはにかんだ。何が凄いかは分からないが、私は笑みを返すとライトを消す。そして仰向けに寝た。段々と暗い部屋に慣れた目に、何度も見た無機質な天井を映す。

 

「……明日は、ブリタニアか……」

「……いいお店があるといいわね」

「そうね……クスクス」

「……ふふふ」

 

 私たちはそれから、最近できたお店の話や最近うちの隊に来たイケメンな扶桑の隊員とか、どうでもいい話を少し話して、就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 音が、聞こえる。

 そう、これは……この音は、ストライカーの音。

 風を切る、プロペラの音。

 激しく動く、エンジンの音。

 理解した瞬間、私の目には蒼い空と雲の海が写り、それらは歓迎してくれるようにも見えた。

 あぁ、私は飛んでいるのだ。

 頭から生える狐の耳から、ストライカーを履いている足の先まで……全てに飛んでいるという感覚がある。

 これが、私の望んだ空。

 これが、私の望んだ翼。

 これが、私の望んだ夢。

 

 ―――夢

 

 

 

「ふふ、いいものが見れたわ」

「何で、泣いてんのよ……?」

 

 私は目元の違和感から眼をこすり、起床する。私は、夢を見ていた。その私に、もうそろそろでブリタニアだとシャロンが苦笑して教えてくれる。私は一つ、伸びをしてハンモックのようなベッドから降りる。窓から外を見ると、一面青色の世界が見えた。時折揺れる船体が、どことなく気持ち悪さを助長する。そう、私たちは今、船で移動をしているのだった。

 

「まぁ、いろいろあってね。そっちはもう用意できたの?」

「できてるわよ。後は上陸するだけ~。そっちはもちろん出来てな―――」

「出来てるわ」

「―――いでしょうから待つ……早いわね」

 

 遮って、もうすでにまとめておいた荷物を手にし、シャロンの所まで行く。シャロンは遮られたからか頬をふくらませ、ジト目でこちらを睨んでいた。

 

「まぁ、元々荷物は少ないほうだし……さて、そろそろね」

「ええっと……そうね。んじゃ、甲板に行きましょう?」

 

 現在0805時……集合時刻、0830時。余裕で間に合う時間である。が、0810時に甲板にてお茶会が開催されるとのこと。ブリタニアは平和でいいなぁ。と私は思った。心の余裕があるというかなんというか。ネウロイという怪物は海を渡らないため、ブリタニアの島国までは侵攻をしていないのだから、まぁ事実平和ではある。しかし、こちら(リベリオン)の方が断然平和であるが。

 そうしているうちに、お茶会の席に着いた私たちの前で、ブリタニア紳士としてしっかり振舞う誰かが、名演説を繰り広げていてくれた。

 

「―――であるからして、皆様にはここで英気を養っていただこうと思います。では、お茶会を楽しんでください」

 

 その合図により、静かでいて、ゆっくり休まるお茶会が始まった。各々がティーカップから香る茶葉の匂いを堪能し、菓子をつまんで話を楽しみ始めた。

 

「というよりも、もとからそうさせていただくつもりだわ」

 

 そう言いながら私は紅茶をいただく。休めるときには休んでおくものだわ。案外美味しい紅茶に、少し心がおどるのを抑えてカップを置いた。すると、シャロンが見たことのない作られた表情で、いつもよりも声音を高くして言う。

 

「ふふ、お手厳しいこと」

「シャロン、そのキャラは似合ってないわよ」

「もぅ、人がせっかく気分を楽しんでるのにぃ……」

「ふふふ」

「……意地悪」

 ぷくっと頬を膨らますシャロン。こういう可愛いところを見ると、なんだか意地悪をしちゃいたくなってしまうのだ。それを微笑ましく眺めつつ、私は隣のテーブルの方々の話を盗み聞きする。どうやら、ウィッチたちの話をしているようだった。

 

「例の部隊に依頼して、前線の偵察を頼んでいたが……どうやら、地上では激戦になる可能性が大きいそうだ」

 

 そう言ったのは襟章から大佐クラスの人であった。近いし耳がいい私だけが聞こえるからいいけど、白昼から機密情報を話し合わないでよね。ここお茶会だし、凄く人いるし。あれは紅茶じゃなくて、度のきついお酒が入ってるんじゃないの?

 そう思いつつ、紅茶を一口。すると、大佐の隣の方がその話を続ける。

 

「……対空砲火が激しくなる、と」

「それだけじゃない。カールスラントで鹵獲されたタイガーとか、そういったものを真似たタイガー級ネウロイもいる」

「……空は、大丈夫かね」

「ストライクウィッチーズは、ブリタニアの防衛で忙しい。まぁ、ブリタニアの空軍とか、いろいろ護衛はつくだろうさ。心配はないよ」

「しかし、我が子を行かすようで心配なんだわ」

「気持ちもわからなくはない。が、俺たちはそういう役だろ?」

「だが、ほかにも問題点の多い作戦であると思うのだが……」

 

 どうやら、上陸作戦も空中強襲も激戦になるらしい。嫌な話だ。私は、はぁとため息をつき、また紅茶を一口いただく。そんな私を見かねてか、心配そうにこちらを伺うシャロン。

 

「どうしたのよ。なんだか困った顔をしているわ」

「……いいえ? なんでもないわ」

「ほんとにぃ?」

「本当よ」

 

 そう言って話を切り上げる。先ほどの不機嫌ですよオーラよりも悪化し、ブーブーと文句を言うシャロン。私は少し笑うとほかのテーブルへと耳を傾けた。ちなみに、シャロンはまだプンプンと可愛い怒りをあらわにしている。

 

「ねぇ、あなたはカールスラント出身でしょ」

「え? そうですが」

 

 どうやら、私たちの部下たちのようだ。片方はレベッカ・マーティンでカールスラント出身の方はカルステン・ベックマンという名前だ。

 

「これだから多国籍部隊はいいわ! ねぇ、カールスラントのどこの方出身なの? どんなところだった?」

「リュクサンブールの田舎町さ。冬は寒いところだったなぁ」

「へぇ~、景色は良かったんじゃないの?」

「よかったね。一面銀色で、子供の頃はよく兄貴と雪玉を投げ合ったっけ」

「ふふふ、仲のいい兄妹だったのね」

「ああ。……でも、軍に入隊を志願して、ダイナモ作戦時に……」

「え……あ、ごめんなさい」

「いや、いいんですよ。仕方のなかったことです」

 

 なんだか重たい話になってるわね。と紅茶を一口。私もたまに部下の愚痴や相談に乗ったりしているが、今の話は初耳だった。まだ、知らないことが沢山ある。それを聞いて、記憶に止めておきたいというのも私の夢である。

 そしてそのまま聴き続けていると、今度は扶桑の山崎 雪名(せつな)が現れた。

 

「なんの話をしているのさ」

「げ、雪名」

 

 雪名の登場によってレベッカの顔色が変わる。雪名は持参していたセンスとやらを広げ、自身の口元を隠した。

 

「あら? 奇遇ね、レベッカさん」

「奇遇なわけないでしょ……なんでここにいらっしゃるので? 怖くなって祖国に帰ったと思っておりましたのに」

「ぐっ……そういうあなたはどうなのさ? 足がガタガタ震えて、飛ぼうにも飛べないとなったら困るのだけど?」

「ぐくっ……ちょっと表に出なさいな?」

「あら、ここが表ではないのか? それで、こんなところで何をするつもり?」

「むきー! あなたという人はいつもいつも突っかかってきて!」

「あんたもそうじゃないの! というより、最初に突っかかってきたのはあんたの方よ!」

 

 がやがや、騒がしくなってきたわね。そう思いつつまた一口……と思ったら、カップの中が空になってしまっていた。さて、おかわりをいただきましょうか。近くを通ったメイドさんに紅茶のおかわりを頼む。

 その間にまた、ほかのテーブルを見た。

 

「ねぇねぇ、それはなんの本なの?」

「……」

 

 片方は元気よく質問をするコレット・バルテレモンという子で、寡黙な方はジーナ・ボルジェーゼ。コレットは確かガリア出身で、ジーナはロマーニャ出身だ。

 コレットはむーっと頬を膨らませ、それでも質問を続けた。それに観念したのか、ジーナはひとつため息をして本をぱたりと閉じ、表紙を見せた。

 

「三つの蘭のミステリー……?」

「……そう」

「ミステリー小説が好きなの?」

「……む、割と」

「へぇ~! すごいなぁ……私、推理ものとかよくわかんないし……」

「……いろんな小説を読んでいけば、理解できるようになる」

「むぅ……うん! 頑張ってみる!」

 

 少しだけだが、ジーナが笑ったように見えた。普段、ジーナは笑ったりとか悲しんだりとか、そういった感情を表に出さないのだ。それをあの子は……案外といいペアなのかもしれない。

 そう思いつつ、入れ終わっていた紅茶を一口。うん、美味しい。……ふとシャロンを見ると、「うーん、やっぱり私はコーヒーのがいいかも……」とつぶやいていた。

 

「ねぇ、シャロン」

「んぇ? 何?」

「……ふふ」

「い、いきなりだったから変になっただけよ! 笑わないでよ、もぅ」

「ごめんなさい。で、さっき言いかけたことだけど、このあと基地に向かって、荷物を置いてそれからすぐ訓練なのよね?」

「ええ、そうよ。全く、船で来てるんだから少し休みが欲しいものだわ」

 

 こちらもむーっと頬を膨らませる。でも、これは子供のおねだり特権だから、なんというか可愛さで少し負けているきがする。言ってしまえばまた怒られることだし、心の奥底にしまっておこう。

 さて、これから忙しくなるなぁ。私はそう思いつつ、紅茶を飲まずに自室に戻ることにした。

 

「どこ行くの?」

「ちょっと忘れ物を取りに行くわ」

 

 忘れ物、というより……忘れられない、でももう見ることのないあの時の空の記憶を……

 その後、居眠りを注意されたのは言うまでもない。

 




じつはあらすじにはああ書いていましたが、まだストライクウィッチーズはブリタニア防衛戦です。
開放はまだだ……!

まだ私自身わかっていない部分が多いので、こういった資料ではこういう動きもあったよ~等の報告を頂けると幸いです。

又、私の拙い文章の中には誤字脱字誤文や間違った表現があるかもしれません。もしあれば、これも報告していただけると幸いです。


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第二話

 約10ヶ月、部隊編成の為にブリタニア上陸を遅れたが、私達はその間もしっかり訓練を積んでいた。

 まず、実戦の訓練。ネウロイを挟撃する為にどう動くか、中隊長と副中隊長である私が決め、二手に別れてT字路を制圧する。これについて来られないものはおらず、皆しっかりと指示通りに動いてくれていた。

 これなら大丈夫ね。と思っていたのだが、パラシュート降下の際、何秒も飛ぶのに戸惑うものが出てきた為、また再編成をする事となる。部隊から外され、違う部隊に移るときの彼女たちの表情は、まるで九死に一生を得た様な助かった顔であった。

 彼女達は出て行く時、とてもいい返事であったのを私は覚えている。

 そして、各国から集められた多国籍部隊の再編成が完了したのは約三ヶ月前。そこで訓練をして、やっとブリタニアまでに至る。

 ここでは最終調整として、実践的な訓練ばかりする事となる。もちろん、基礎訓練は欠かさないが。

 

 

 

 

「さて、まずはみんなの相棒を紹介するわね!」

 

 一際テンションの高いこの人はヨランデ・カルゼン=ブラッカー大尉。私達A中隊の中隊長である。この人にはいろいろと恩があるので、頭が上がらない。

 カールスラントのリベリオン陸軍の中隊長はリベリオンのどこを探してもこの人しかいないと思う。……ま、調べていないから憶測ではあるが。

 閑話休題

 

「まず、私たちは多国籍部隊であ~る! そのため、各国それぞれに合った期待がベストだと言われている。そこで、各国で使われている機体をみんなに提供します!」

 

『おおおぉ』

 

 そう言いながらヨランデ大尉が覆い被さった布を勢いよく取ると、みんながざわつき始める。まぁ、無理もない。向こうでの訓練では、全員が使いすぎてボロボロになった空挺ストライカーユニット、M22通称「ローカスト」だけしか使われていなかった。そして、今目の前に扶桑、リベリオン、ブリタニア、オラーシャの空挺ストライカーがあるため、自分のあったものを選ぶ必要があるからだ。ちなみに、ローカストと名づけたのはブリタニアの人たちで、それが私たちにも移ってしまっただけである。

 

「ねぇ、ロッティーは何にするの?」

 

 隣にいたシャロンが話しかける。

 

「私はローカストで行くわ。他のを履いて試していくうちに感覚を忘れちゃいそうだもの。で、シャロンはどうなの?」

「まぁ、私もそうするんだけどね」

 

 そうシャロンは言うと前を向く。私も前を向くと、ヨランデ大尉がむすっとした顔で全員を見ていた。どうやら、話の途中でざわついたのが原因のようだ。そして、皆が話をやめると大尉は一つ咳払いをし、続きを言い始めた。

 

「んんっ……で、全員の装着を二分で済ましなさい。そんで整列、いいね!?」

『イエス・マム!』

 

 大尉の掛け声とともに、皆が一斉に動き出す。用意されていた機体を一人一人履いて、金属の擦れる音が良く聞こえた。私も、皆とともに機体のもとへと向かい、その前に立つ。

 そして、私は履く前にその機体を撫でた。この子とは長い付き合いになりそうな気がする……そう感じたからだ。

 

「……君は、君の名は……ファルコン。……よろしくね? ファルコン」

 

 そう言って、私は勢い良く塀を超えるような形で飛ぶと、ファルコンを履いた。我ながら器用に履いたなと思いつつ、体勢を立て直す。すると、固定台が自動で分離し、地に足をつけることができた。二、三歩動いてストライカーを確かめると、私は急いで隊列に戻った。

 

「さぁて、みんな揃ったね。それじゃあ訓練開始! 今日も同じメニューだよ!」

 

 みんなが揃ったところでヨランデ大尉はそう言った。すると、みんなが一斉に動き出す。

 まずは走り込みだ。と私が言うと、みんなが私の後ろに付いて、始まるのを今か今かと待っていた。そして、私は指示を出し、動きはじめた。

 私は、いつもと変わった景色を楽しみながら道を走る。後ろを振り向くと、全員が真剣な顔をしていた。まぁ、私は元々体力のある方なので、こういった真面目なみんなを見ると、面白くて笑ってしまう。

 

「さて、みんな! ペース上げるわよ!」

「良いわねぇ、許可するよ!」

 

『えええええ!?』

 

「……あ、悪魔……」

 

 シャロンが何か呟いたので私は満遍の笑みをしてこう言った。

 

「何か言ったかしら?」

 

 

      ☆

 

 

 そして、訓練が終わった。私達は与えられた部屋で休むことにした。

 

「ねぇ、ロッティー?」

「ん? どうしたの?」

 

 シャロンはラジオをつけて、こちらのベットに座る。しかし、その声音は少し震えていた。

 私は、どこか不安げで、しかしニヤけているシャロンが不思議であった。

 

「す、好きになった事……ある?」

「? ……何を?」

 

 とても目が泳いでいる。何だろう……少し面白い。でも、話の意図が掴めないでいた。シャロンも、「えーっと、えーっと」と言いながら、言葉を選んでいるようだ。

 

「私は……ずっと好きで、大切なのはあるよ」

「え!? い、一体ど―――」

「空よ」

「んな人……空? 空ってあの……?」

 

 頭に疑問符を浮かべながら、人差し指で上を指すシャロンに、私はこくりと頷いた。すると、シャロンは少しその状態のまま固まると、深い溜息をして俯いた。

 

「あのねぇ……likeじゃなくてloveの方なのよ?」

「知ってるわよ。だから、私は空を愛してる」

「……はぁ」

 

 今度は額に手を当てて宙を仰いだ。何かおかしいのかしら?私はそう疑問を持ちながらシャロンの様子を見た。何故か周りを気にした後、耳元で囁くように告げた。

 

「誰かを好きになる、こ……恋人にしたいとか思う人はいるの?ってことよ」

 

 そう聞いて、私はシャロンの顔を見た。赤面で、恋する乙女のような表情。可愛い、とつい言ってしまいそうな顔に、私は思わず少し笑ってしまった。

 

「……ふふ、そこまでしなくても良いことじゃない。答えだけど、私には居ないわ」

「居ないの? 本当に?」

「本当よ。あなたはどうなの? ねぇシャロン?」

「…………」

 

 自分自身、口元がニヤけているのが分かる。が、敢えて私はそれを見せつけた。シャロンは尚も赤面状態で、こちらを恨めしそうに睨んでいる。可愛いなぁ……主に弄ると。

 数分間その様な状態が続き、やっとシャロンは口を開いた。

 

「……こ、告白されちゃって……」

「告白!?」

 

 不覚にも、私は驚いてしまった。ここら辺ではあまり男の隊員はいないからである。一体どこで……まさか、どこかのお店で一般の人に……? 私は、混乱から冷静な判断ができない状態のまま、話を続ける。

 

「ど、どこの誰よ? 話なさいシャロン」

「……初めて見たかもしれない。ロッティーがここまで慌てるの……」

「い、良いから話なさいよ」

「ロッティー、可愛い♪」

 

 ぐ、くぅぅ。先程の礼と言わんばかりにニヤけるシャロン。私は呻くような声が出た。してやられたわ。私は目をつむり、一回落ち着いてシャロンの話を聴く。

 

「……で、どこの誰なの?」

「……昨日話していた、あの男の子なの」

「え?  あ、あの扶桑の……」

「……うん」

 

 ズキリ。何か、胸を刺す痛みが走った。それは一体何なのか……私は、分からないまま話を続けた。

 要約すると、どうやらシャロンは、昨日話していた、最近私達の所に来たイケメン君に、告白をされた様なのだと。そして、どう返事をすべきか悩み、考える時間を頂き逃げてきた……らしい。

 だから、どう応えるべきなのか私に相談した、ということらしい。

 

「な、何か、無い?」

「何か、ねぇ……」

 

 そういわれても、どう答えるべきなのか~等は私がわかるわけがない。私は少し考えて、シャロンに質問をしてみた。

 

「ねぇシャロン、あなたはどう思っているの?」

「ど、どうって……正直、良く分からないわ。初めてだし……」

 

 シャロンの顔はまた赤く染まる。その内、煙でも出るんじゃないの?と思う私がいた。

 

「嫌いでもないし……胸がドキドキするし、顔を直視できないし、いつも必ず噂を聞くようにしていたし……」

「……あー、最後のは冗談としてとっといて……それは恋じゃないの?」

「そ、そう、なの?」

 

 私が答えると、シャロンは驚いた表情で聞き返してきた。私が「きっとそうよ」と肯定すると、シャロンはまるでパズルの最後の一ピースが揃ったような感覚を覚えたような表情をする。どうやら、本当に彼のことが好きらしいわね。私はそう、確信をもてた。

 

「で、どうするの?」

「ど、どうするって……」

「返事。彼に恋して、彼も貴女が好きなのよ? お互いがお互いを好きになってる。違うかしら?」

「……ううん」

 

 シャロンは小さく首を振った。両想いであるとしっかり自覚したからだ。なら、後は背中を押すだけ。私には、それしか出来ない。少しだけ、彼が羨ましくなった。何故かは、分からない。

 

「じゃあ、今の内に行きなさい」

「ぅえ? で、でも」

「思い立ったら即実行、よ。いつまでも逃げていたら終わらないから、逃げたらすぐに戻りなさい」

「あぅ」

「戻って、そして伝えなさいよ。貴女の気持ちを」

 

 そう言いつつ、私はシャロンの背を押し、ドアまで歩かせた。

 

「後は貴女がどうするか、よ?」

「…………ありがとう、ロッティー」

 

 シャロンは少しの間考えると、覚悟を決め、その扉を自分の意志で開いた。私は微笑んで彼女を見送る。

 無事、凱旋するだろう。だけど……何故だろう。こんなにも……寂しいと思うのは……。

 ひとり、バラード調の曲が流れるこの部屋で、立ちつくしながら……私はそう、感取した。

 




まだ私自身わかっていない部分が多いので、こういった資料ではこういう動きもあったよ~等の報告を頂けると幸いです。

又、私の拙い文章の中には誤字脱字誤文や間違った表現があるかもしれません。もしあれば、これも報告していただけると幸いです。


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第三話

 その日は、とても晴れたいい天気だった。

 昨日のような、作戦を一時中止する天候はもうこりごりだわ。私がそう思うのは、三回くらい見た映画を見させられる羽目になるからなのだ。

 隊員達はいろんな手続きをし、 C-47スカイトレイン輸送機の横に座る。装備の確認も、何もかも、全て確認できているのだ。かく言う私も確認を終え、手続きも終え、あとは飛ぶのみとなっている。

 そこで、ふと、昨日のことを思い出した。

 

 

chapter2:片翼の兵士たち

 

 

「この映画、面白いの?」

 

 急に、隣に座っていたシャロンが、そう私に耳打ちをした。私は「そうね」と呟き、考える。既に見た映画で、作品として言うならまあまあ面白い、という意見を持つ。

 だが、今の私からすると面白くない。というより、つまらないのだ。そう考えると、急に見たくなくなった。

 

「んー、まあまあ面白いと思うわ」

「へぇ、そうなの。んじゃ、このまま見てみるわ」

「私はパスね」

「えぇ~、何でよぉ」

 

 情けない声を出すシャロン。そこまでして私と見たかったのか。でもねとここまで思い、理由は言うべきねと考え、話す。

 

「私はもう何回も見てるのよ……」

「……そうなんだ。それじゃあさ、私はこの映画見てるから、何かあったら呼びに来てね」

「分かったわ」

 

 私はそう言うと、誰の邪魔にもならぬよう、小さく手を振るシャロンに手を振り返しながら、簡単に作られた映画館……テントから抜け出した。

 一応、作戦前なのでいろんなウィッチが集結しているので、目立った行動はできない。まぁ、私はただなんとなく散歩をしたかっただけなので関係はないが。

 何故、散歩がしたいのか……それは主にシャロンのことで、だ。

 

 あの日から、彼女達は恋人同士となった。彼と顔を合わせるときは、執拗に服装を確かめるシャロン。その行動を毎日して欲しいものだ。なにせ、シャロンの服装はいつも細部まではこだわらないような感じである。少しは気にかけるべきだわ。

 だけど、そんなことでは困らない。とある外出許可を貰った日のことだ。彼とデートに行く!と言い出し、服装選びに私が巻き込まれたのである。まぁ、一日ならいいが、許可が出るたびに巻き込むのは止めていただきたい。それに、大尉まで面白がって私を差し出すし……。

 つまり、私は少し疲れているのだ。休みをいただいたからには空を眺めていたい……。

 その時だ。

 私の背後から、急に伸びた手が私の肩を掴んだのだ。

 

「ふぁっ!? ……?」

「誰でしょう?」

 

 咄嗟に後ろを振り向いたものの、目を手に覆われ、暗闇に包まれてしまった。でも、私にはこの声に聞き覚えがあった。

 

「……もしかして、フェリシア?」

「せーかい♥」

 

 そこにいたのは、私が入ろうと目指していた空軍の制服を着た同い年の子がいた。 名前はフェリシア・リーヴス。階級は中尉で、私とは幼馴染である。

 彼女は少し苦い顔をして、こう話した。

 

「私は、貴女はきっとこっちに来て、一緒に空を見る。と、思ってたんだけどな……」

「仕方ないわ。私の魔力は極端に少ないもの」

 

 そう、私には魔力はある。だが、飛べる程はないのだ。だから、私は……。

 ふと、彼女の顔を見る。やはり、申し訳のない表情だった。

 

「えっと……その、今回の作戦頑張ろ?」

「……はぁ、そんなに気にするくらいなら、触れなくてもいいのに。まぁ、」

 

 私はそう言うと、フェリシアの頬をつまみ、上にクイッとあげる。

 

「えぅ? いひゃいよ?」

「私は気にしていないから、笑いなさい」

「わかっは、わかっはから、ほいへぇ~」

「はいはい、解くわ」

「はぁ……」

 

 私が手を離すと、フェリシアは頬をさすった。ぅ~、と少し唸りつつこちらを少し睨む。シャロンとは違う可愛さがあるわね。私はそう思いつつ顎に手を当て、頬をニヤつかせる。

 

「もぅ……久しぶりに会ったし、楽しいことを話すのもいいけれど、でもやっぱり気がかりなことを何とかしておきたくて……だって、空を飛ぶのに頭をごちゃごちゃにしておきたくないじゃない?」

「……そうね。って、まさか負い目を感じてるの?」

「う~ん……多少はね」

 

 そう言って、フェリシアは頬を人差し指で掻く。

 ……そういえば、私は彼女の隣にいつもいた。同じ目標を持つことは多々有り、喧嘩もして、その回数だけ仲直りしてきた。だが、魔女に目覚めたのはバラバラで、私が先に魔女となった。そして、少し経つとフェリシアも魔女に目覚めたのだ。その頃から私たちの目標は同じだった。

 

「だって、私よりも……いや、誰よりも空を目指して、勉強も欠かさなかったあなたが飛べないって聞いて……」

「違う部隊だったから知らないだろうけど、私は一回だけ飛べたわ」

「―――え?」

「……あ~、その時の話聞きたいかしら?」

「え、ええ。聞かせて」

「あの日は、澄んだ空が眩しくていい日だったわね」

「そうね……初めて私が飛んだ日。まさかロッティーもその日に?」

「そうよ。その日、私は初めて乗ることに緊張気味だったわ。でも、好奇心とか興奮の方が大きかったわね……」

 

 懐かしむように空を仰ぎ、私は話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達はまず、個人個人で飛ぶこととなった。最初に私が選ばれ、練習台となったっけ。まぁ、どんな理由かは忘れたけれど、教官と私 の二人で飛行機倉庫に向かったのだ。

 そこにあったのは、私が一番見たかった空に行ける『翼』だった。

 私はその輝くフォルムに目を奪われ、少しの間呆けるようにそのストライカーを見つめていた。教官は私の眉間を人差し指で小突くと、微笑んで「乗ってみなさい」と私に言った。

 私はそのストライカーに触れ、その形を少し、なぞる様に撫でた。その後、装着するための台の階段を一段一段踏みしめて上ったわ。そして、台の上に立つと私は飛び、ストライカーを履いた。

 こんなにも鮮明に思い出せるのは、その時が一番幸せだったからなのよ。やっとの思いでこのストライカーを履けるのだからね。

 私はついに空を駆けるウィッチとなった。

 

 

     ☆

 

 

「で、その後に飛べなくなった?」

「……一回飛んだって言ったでしょ?」

 

 話している最中に、フェリシアが茶を濁すように言った。だが、言っていなかったのだから、色々混乱しているのだろう。

 私は話を続けた。

 

「そしてその後、私は教官に手順とどういう風に飛ぶのかを教わって……そして、初のフライトをすることになったの」

「へぇ~……どうだった?」

 

 フェリシアがそう言うので、私は笑顔でこう答えた。

 

「言葉で言い表せるかしら?」

「そうねぇ、言い表せないわ」

「風を切る、あの瞬間。上下左右何処へにでも行ける、あの空で。全ての喜楽の感情が入り混じる、私を……太陽は祝福してくれた」

 

 その時だった。丁度、私の同僚達も、私と共に空を駆けようと付いてきた。私は飛ぶのに少し慣れ、仲間の隊列に加わろうとした。

 

 ―――そして、私は堕ちたのだった。

 

 私は重力に引っ張られ、堕ちたのだ。唐突に魔力が切れ、プロペラはカラカラと乾いた音を立て、推進力は落ち、為す術もなく引きずり落とされる。反転した視界に広がる蒼い海は、まるで嘲笑うように波打っていた。

 視界の端の入道雲は私を憐れむように見下ろしていた。

 お前の夢は、現実にならないと。

 現実の冷たさを知れと……。

 

 私はそのまま気を失い、後から聞いた話だが、他の仲間に助けられたらしい。私は救護施設のベッドで目を覚まし……静かに、泣いた。

 

 その後調べて見たが、落ちた

 原因は不明。後に、ただ魔力がごっそり減って、プロペラを回せるかどうか分からない状態になってしまった事が原因であると言われた。だが、そのごっそり減ったという点が原因不明のままである。

 私はその後、何度も乗った。

 プロペラを回し、台から外れる。

 しかし、私は地面を転がり倒れた。

 それでも……それでも私は止めなかった。教官に止められようと、仲間に止められようと、私は構わず空を目指した。

 いくつもの傷が出来た。

 でも、ストライカーを履いては滑った。

 最早、私に道はなかった。

 それでも、私は模索した。

 どうにかして、飛ぶ方法を……飛ぶ道を。

 同時に、私は焦っていたのかもしれない。

 このまま空を飛べないのでは?と。

 あの蒼い空に、あの照らす太陽に、私は……もう二度と届くことが無い。私は怖くて……あの堕ちた瞬間のように怖くて、続けた。

 気が付けば、私は空軍から外された。いろんなところを回って、陸軍の士官学校へと入学したのだ。それから色んなことがあり、ここへ来た。空挺ウィッチの部隊に。

 

 

     ☆

 

 

「まるで、イカロスね」

 

 フェリシアはそう言って、悲しい顔をした。やっぱり、話すべきでは無かったかしら?そう思っていたところだったので、少し不意を突かれたように感じた。

 

「イカロス……なるほどね」

「太陽に手を伸ばし、近づき過ぎたために蝋で出来た翼が溶けて堕ちた……片翼のイカロス」

 

 確かに、私はイカロスの様に空へと行けた。……だが、違う点がある。

 私は少し考えて、ニヤリと笑うとフェリシアにこう言った。

 

「片翼でも、空を飛ぶことはできるわよ」

「え?」

 

 フェリシアは驚いた表情で、こちらを見る。まぁ、普通はそうだ。片翼では飛ぶことは出来ない。……でも、私達は違う。空から舞い降りる様は、まるで飛んでいるかのようだからだ。……いや、違う。飛んでいるのだ。片翼で、確実に。

 でも、敢えて私はフェリシアに教えず、内緒と微笑んでみせた。

 

「えぇ~……話してくれても良いじゃない?」

「ふふふ、話さないわ」

「ぶーぶー」

 

 口をアヒルの様にし、不満だと言わんばかりにぶーぶー言うフェリシア。私はそれを見て、また笑うのだった。

 

 少し談笑して、私達はあるところに向かった。そこは、兵士達の酒場で、多くの陸戦ウィッチや男の兵士達が杯を持って笑っていた。

 私達はそのテーブルの端に座り、お酒を頼んだ。周りは五月蠅く、でも心地よい雰囲気があった。

 

「 When Johnny Comes Marching Home Again,」

『Hurrah! Hurrah! 』

「 We'll give him a hearty welcome then」

『Hurrah! Hurrah! 』

「 The men will cheer and the boys will shoutThe ladies they will all turn out」

「 And we'll all feel gay, When」

『Johnny comes marching home. 』

 

「はっ……何を歌ってるのかと思えば…まだ気が早いわよ……」

「まぁ、これで士気が上がるのだから、良いじゃない?」

 

 聞こえてきたのは「ジョニーが凱旋するとき」という歌だった。ウィッチに混じって男たちも歌っていた。とても陽気に。

 中にはジョッキを握り、音楽に合わせて腕を上げたり下ろしたりしているウィッチも居る。

 皆が皆、戦争前である事を忘れ、羽を伸ばしていたのだ。私達はそれを眺めながら、小話をする。

 

「そっちの調子はどうなの?」

 

 私がそう聴くと、「そうねぇ」と呟き、こう答えた。

 

「まぁ、何とかやっていけてるわ。何だかんだで部下もできたし」

「部下ねぇ……可愛い?」

「そりゃもちろん。だって私の部下だもん」

「へぇ~。見てみたいわね……貴女が手塩にかけて訓練させた部下を」

「ふっふっふー♪」

 

 フェリシアはそう言って、腕を組むとニヤリと笑う。とても気になるわね。そう思いつつ、一体どんな部下なのか想像した。と同時に頼んでいたお酒が来る。フェリシアはビールで、私はワイン。

 

「あっ、やっと来たぁ」

「それじゃあ、頂きましょう?」

 

 そう言って、私がグラスを向けると、フェリシアはジョッキをグラスに優しく当てる。小さくガラスの合わさる音が聞こえた。

 そしてフェリシアは一気にジョッキを傾けた。私は苦笑いで「はぁ。」と息を漏らしつつ、ワインを楽しんだ。口に広がるぶどう酒の味わい。ほんの少しあるアルコールに、私の体は満足していた。

 一方、フェリシアは傾けてから勢い良くジョッキをテーブルに叩きつけるように下ろした。

 

「豪快ねぇ」

「やっ、だって久しぶりに飲むもの。スカッとしておきたいでしょ?」

「髭ついてるわよ」

「むっ」

 

 私が指摘すると、ハンカチを取り出し、口元を拭った。それに私はクスクスと笑う。すると、フェリシアはむすっとした顔でこちらを睨んだ。

 

「笑わないでよぉ」

「ふふふ、仕方ないじゃない」

「もぉ」

「本当に、シャロンに似た性格ね」

「えっと、あの子だっけ?」

 

 フェリシアとシャロンは一度、私の家で会ったことがあるのだ。その時、私を置いて行くぐらいに意気投合し、私のお酒を殆ど掻っ攫ったっけ? まぁ、後から扶桑の友人から教えてもらった、セイザというのをやってもらう事で許したけれど。

 

「そう、一緒にセイザをした子よ」

「うっ……根に持ってる?」

「持ってないわよ? その後に足の裏をつんつんってして楽しんだし」

「あぅぅ、もうあれは勘弁して欲しいわ……」

「ふふふふふ」

 

 そう言って、またワインを呑むと隣の方から足音と歌が聞こえてきた。そう、先程の彼女たちである。よほど酔いが回ったのか、顔を赤くして、男達と肩を組んだり、ウィッチ同士で腕を組んだりして2列で行進していた。

 その列は、他の客も巻き込んで行く。が、誰もがそのテンションについて行き、列に加わってゆく。その列の先頭が私達の方まで来たのだ。

 

「うぇぇえ? ちょ、ちょっと、こっちに来てるんだけど?」

「参加したら?」

「な、何でよ?」

 

 そう言うフェリシアは、とても混ざりたそうにソワソワしているのだ。こういった祭りごとには、進んで参加したい性格なのだ。理解しているからこそ分かる。

 先頭が通り過ぎたその時、フェリシアは驚いた表情をした。

 

「モリー!? 何で貴女が参加してるの!?」

「リーヴス中尉? リーヴス中尉! さぁさ、中尉もご一緒に!」

「え、えと、え、」

 

 モリーと呼ばれたウィッチは、フェリシアの腕を組む。するとフェリシアは此方と列を交互に見た。どうやら、私の事を気にしているらしい。そうと分かれば、背中を押すように言葉をかけるだけだ。

 

「行きなさいよ。私は大丈夫―――」

 

 そう言った時だった。急に腕を組まれ、立たされた。

 

「えっ? え?」

「貴女もご一緒に!」

 

 先頭の二人のウィッチが私の両腕を組んだのだ。私より階級が低いのに、よくやるわね……。そう思いつつ、はぁ。と溜息を漏らすと、私はその二人の肩へと組み直す。その二人は更に笑顔になると、行進を再開しだした。

 まぁ、たまにはこういうのも……悪くないわね。

 私も口を開き、ともに歌い出した。

 

『 When Johnny Comes Marching Home Again,

Hurrah! Hurrah!

We'll give him a hearty welcome then

Hurrah! Hurrah!

The men will cheer and the boys will shoutThe ladies they will all turn out

And we'll all feel gay, When

Johnny comes marching home.

 

The old church bell will peal with joy

Hurrah! Hurrah!

To welcome home our darling boy

Hurrah! Hurrah!

The village lads and lassies sayWith roses they will strew the way,

And we'll all feel gay When

Johnny comes marching home.

 

Get ready for the Jubilee,

Hurrah! Hurrah!

We'll give the hero three times three,

Hurrah! Hurrah!

The laurel wreath is ready nowTo place upon his loyal brow

And we'll all feel gayWhen

Johnny comes marching home.

 

Let love and friendship on that day,

Hurrah! Hurrah!

Their choicest treasures then display,

Hurrah! Hurrah!

And let each one perform some partTo fill with joy the warrior's heart,

And we'll all feel gayWhen

Johnny comes marching home. 

 

lalalalalalala

lalalala

lalalalalalala

lalalala

lalalalalalalalalala

lalalalalalalala

lalalala

lalalalalala……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだ私自身わかっていない部分が多いので、こういった資料ではこういう動きもあったよ~等の報告を頂けると幸いです。

又、私の拙い文章の中には誤字脱字誤文や間違った表現があるかもしれません。もしあれば、これも報告していただけると幸いです。


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第四話

今回は短めです


 

 その後、ラジオの曲が終わるまで、ジョッキを掲げたり、近くにあった棒を上げたり下ろしたりして行進を続けた。

 私は先頭で肩を組み、疲れたら腕を組んだりして歌い、そして歩き続けた。

 そして、終わると皆が乾杯!と言いながら持っている物を掲げた。ガラスとガラスがぶつかり合う音が、そこら中から聞こえる。そんな中で、私は椅子に座り、ふぅ……と一息ついた。

 

「あはははは! いや、楽しかったね!」

「そうね。たまにはこういうのも」

「悪くない、かしら?」

「……ふふっ正解」

 

 そう言って、飲みかけだったワインを呑む。グラスに入っている全てを飲み干し、静かにテーブルの上に置いた。

 

「そういや、お酒に弱いんだっけ?」

「えぇ、そうよ?」

「大丈夫なの?」

 

 フェリシア自身が飲み過ぎて赤くなっているのに、私の心配をするの?と少し疑問に思いつつ、私は答えた。

 

「らい……大丈夫。問題はないわ」

「……一杯しか飲んでないのに……本当に弱いのね」

 

 呆れてるような顔でそう言うが、私は本当にまだ大丈夫である。ただ、少しフワッとしているだけなのだ。

 そうして、フェリシアに心配されつつ、私は店を出た。外はすっかり夕暮れであった。少し話をしながら歩いていると、前方からジョギングしながら手を振る人影が見えた。

 

「ロッティー!」

「シャロン?」

 

 そう、シャロンである。私達に合流すると、シャロンはこちらを見てむっとした顔になった。

 

「フェリシアさん、ロッティー、飲んだでしょ」

「まぁ、少しだけよ」

「そうそう、少しだけー少しだけー」

「にしては二人共、顔赤いけど?」

「ほんろ……本当に、少しだけしか飲んでないわよ?」

「私もそうよ!」

「……」

 

 呆れた顔でシャロンはこちらを見た。何か、デジャヴを感じるわね……。そう思いつつ、私はしっかり説明をする。

 

「……もぅ、呼んでくれたらいいのに! すっごく楽しそうじゃない……むー」

「まぁまぁ、もう大夫暗くなってきたし、そろそろ兵舎に戻りましょう?」

 

 誤魔化す私。フェリシアもそうそう!と相槌を打つ。シャロンはため息をつき、そうねと言って私の手を握る。

 

「それじゃあ、私達はあっちだから」

「うん。それじゃあねー! シャロンとロッティー! また会いましょう!」

「……そのつもりよ。ふふっ」

 

 私の手を引き、シャロンは歩きはじめた。勿論、フェリシアと手を振り合いながらだ。私もつられて手を振る。フェリシアは笑顔のまま、こちらに手を振り、去ろうとしていた。が、急に振り返ると、フェリシアはこう言った。

 

「私の部隊、一人空いてるからー!」

「……諦めないわ!」

 

 そう言うと、フェリシアは満足気な顔をして、背を向けた。私も微笑みながら、シャロンについていき、去るのであった。

 

   ☆

 

「保険、加入し忘れていませんかー?」

 

 近くを通った兵士の声で、現実に戻る。私の乗る輸送機の隊員に、シャロンがいない。その為、少し暇である。あ、勿論だけど、保険等の手続きも済ませている。だが、まだ物資が来ないものがいたりするので、時間が余る。

 そうして、退屈なまま居ると、隣から声をかけられた。

 

「クローディア中尉」

「ん? 何かしら?」

 

 話しかけてきたのは、ベックマン軍曹だった。その顔は苦笑いを浮かべており、すっと何かを差し出した。

 

「あの、頼む分量を間違えて……良かったらどうぞ」

「……チョコレート?」

 

 そう、渡してきたのは板型のチョコレートである。彼女のバックパックを見ると、少しだけチョコレートがはみ出していた。

 私は、はぁ……と溜息を漏らす。

 

「あのねぇ……遠足に行く訳じゃないのよ?」

「は、はい、それは理解しています。ただ、レーションの一つとして持って行こうとしたら……」

「……ふふふ」

「わ、笑わないでください……ぅぅ」

 

 必死に何か言おうとする姿から、大体理由は分かる。だが、その姿があまりにも分かりやすいため、つい笑ってしまうのだった。

 

「じゃあ、貰うわね?」

「ああ、どうぞ」

 

 そして、私はチョコレートを貰うと、バックパックに仕舞う。と、同時に乗り込む合図が出た。全員が輸送機に乗り込む。私も階段を登り、入り口から2番目に座った。

 そして、最後の一人が乗り込み、扉を閉める瞬間、私達はエンジンの始動音を聴くこととなる。

 

 それは間違いなく、私達、片翼の兵士達の羽ばたく音である。そう、私は思った。



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第五話

 暗い。

 闇夜の中、私達は彷徨う。

 だが、普段の夜とは違い、遠くでは閃光と爆発音が聞こえる。

 でも、遠くからだけではない。

 私の周りにも闇夜に紛れ、対空砲火を放つ奴がいた。

 しかし、厄介な事に対空砲火だけではなく、銃撃もしてくるのだ。

 私は身を屈め、姿勢を低く保ちながら、走る。

 奴らの名はネウロイ。

 私の、私達のーーー敵である。

 

chapter3: お前達は何だ

 

 深夜を迎え、遂に作戦は開始された。私達の降下目標まで、あと少しである。といっても、輸送機にある小窓からでは良く分からないので、ただの勘である。雲を幾つか超え、そろそろ地表面が見えて来る筈なのだ。

 窓から見えるのは、雲と他の輸送機、そしてウィッチである。もしも、を考えてなのか、対地攻撃をするためなのか、良く分からない。私は、気にしない事にした。何故かと言えば、今の感覚がとても好きであるからだ。

 今、私は飛んでいる。輸送機に乗ってではあるが、飛んでいる感じはそのままだ。私は飛ぶのはまだか?と期待を込めていた。

 そして、雲が晴れ、次第に地面が見えてきた。

 

 

 ーーーと、同時に激しい閃光と爆発音がする。

 

 

「……!?」

 

 解っていた。ネウロイの攻撃はあるということは。だが、ウィッチも居るのだ。そう簡単には落とされない筈である。

 小窓から外を見た。

 

「!? ……嘘でしょ?」

 

 飛行型ネウロイ。それとの対戦により、ウィッチ達の援護が消えた。他のウィッチ達も、対地爆撃に降りていった。

 光は一定の間隔を開け、空を割っていく。遠くであったり、近くであったり。まるで、雨である。それも、天から地面にではなく、地面から天に。

 そして、それらは近くの輸送機の翼に着弾した。爆発、炎上を起こし、どんどん高度は下がっていく。

 やがて、大きな爆発と共にその機体は散った。確実に、陸戦ウィッチ達もだ。背筋に冷たい物が伝う。

 ゾッとしたのだ。

 

「そ、そんな……!?」

 

 私の隣の子が、突然震えだした。貧乏揺すりを止められず、膝の上に拳を乗せ、「まだなの?」と小声で何度も何度も呟いていた。私は、そのギュッと固く握った拳に手を乗せ、優しく包む。すると、その子の震えは収まり、こちらを見た。

 

「大丈夫。私達は無事に降りれる」

 

 そう言って、私はまた小窓から外の様子をうかがう。包み込んだ手からは震えは伝わってこなかった。

 外の様子は相変わらず怖ろしい状況である。少し上方にいた機体に着弾し、大きく炎上しだしていた。

 そして、その機体から、燃えながら飛びだす空挺ウィッチの姿が見えた。必死に手で火を払い、何かを叫びながら落ちていく、その姿を。

 

「!? う、ぁぅ……ぅ」

 

 見ていられなかった。こんな、こんな地獄が私の望んでいた事なのか? いや、ちがう。こんなもの、私は望んでなんかいない!

 またも、爆発音が聴こえた。先程の機体が2つに折れたのだ。そして、そのまま落ちていった。私は、只々ランプが青く光るのを待つしか無い。

 そして、私達の機体のランプが赤く点灯した。私の隣が叫ぶ。

 

「ランプ点灯、立て!」

 

 みんなが一斉に立つ。私も立つと出口が見えた。そこからの外の様子も、ネウロイのビーム砲撃と、それに直撃して落ちていく、輸送機とウィッチの最期しかなかった。

 

 ……あの空は、何処へ行った?

 

「まだなの!?」

「死にたくはないの! 早く!」

 

 後ろから二人がそう叫ぶ。だが、誰も応えはしないし、誰も耳を貸しはしない。早く出れば沼に落ち、遅く出れば海に落ちるからだ。

 要はタイミングが大切なのだ。彼女達もそれは理解しているだろう。が、この状況の中で正気を保てるか?と問われると、私は首を振るだろう。

 しかし、私は冷静なままでいた。その事実自体が正気の沙汰ではないのかも知れないが、逆に不その叫びで不思議と冷静にいられたのだ。

 そして、ほんの少し待った時、遂に私たちの機体にも着弾した。

 

「ぎゃあっ!」

「いやぁぁあああ!!」

 

 出口が2つに増えた。機体の胴体を抉ったネウロイのビームは、そのまま雲を裂き、空に消える。私達は空に晒された状態であった。

 丁度、そこに立っていた者はおらず、皆はギリギリ回避できていた。

 高度が下がる。抉られたところは燃えている。絶体絶命であった。

しかし、タイミングよくランプが蒼く点灯した。

 

「GOGOGO!飛べぇ!!」

「飛べない奴は置いて行くわ!来なさい!」

 

[pixivimage:35858029]

 

 と、叫んで飛ぼうとした前の兵士に合わせて、私も叫ぶ。が、前の兵士が飛ぼうとする瞬間に、出口をビームが掠った。と同時にランプはパーンという音と共に機能しなくなった。

 前にいた子は後ろに飛ぶ。そして、そのまま壁にぶつかり、機内が揺れた。

 だが、気にしている暇はなく、私は拉げた出口から飛び出した。そして、背筋が凍った。

 

「え、あ、いや、いやぁぁあああ!!」

 

 ーーー墜ちる。

 

 あの時の感覚。急に魔力が足らなくなり、堕ちていく……あの悍ましい浮遊感。私が感じたのは、それであった。

 いや! 落ちたくない! そう思った時、バッと純白の翼が広がった。先程よりスピードは落ち、だんだん失速していく。

 私は、感動した。最初こそ落ち着かなかったが。今は落ち着いて、逆に感動している自分がいたのだ。

 

「……ふ……ふふ……!?」

 

 でも、それは直ぐに絶望に変わった。ネウロイの集中砲火によって、降下傘が破られたり、予備傘が絡まり、スピードを上げながら落ちていく者が見えたからだ。

 私は、空を見た。パラシュートでよくは見えないが、星と、煙と、輸送機と、ネウロイのビームで、混沌としていた。

 

 

 「これが、私の望んだ空……か……」

 

 呟いて、やっと私は気づいた。

 

 

 私の望みは、叶いはしない……と。

 

[newpage]

 

 気がついたら、私の望んだ時間は過ぎていた。そろそろ地面が近くなる。私は着地の姿勢をとった。

 もう、私に名残惜しいという気持ちは無かった。いや、寧ろもう勘弁願いたいと思うほどだ。

 そして、私は着地した。全身を使って、なんとか衝撃を和らげる。ふと、地面から空を見上げた。自分の望んだ空は、相変わらず黒ずんで、私の望みを、全てを否定していた。

 私は、その後すぐにパラシュートを適当な形に畳んだ。 そして、やっと現実に戻った。

 辺りはビームの閃光によって照らされる。見を低くかがめ、装備を確認する。

 

「……うそ……くっ」

 

 しかし、武器の類が殆どなくなっていた。どうやら、降下した際に衝撃で外れたのだろう。私は何とか落ちていたM1911A1ピストルを拾い、構える。チュン、チュンと小さなビームがいろんな所から飛んで来ていた。

 

「……ど、どこから……!?」

 

 移動を開始し、直ぐに何かが落ちてきた。それは、バラシュートからウィッチである事が分かる。

 ……そう、ウィッチであったが、片腕が欠損していた。そして、倒れたままグッタリとしている。私は駆け寄って、安否を確認するが

 

「……くっ……し、死んでる……」

 

 もう、瞳孔も開き、手遅れであった。よく見ると、体にも大きな穴が開いていたのだ。

 吐きそうになる。が、吐くにも吐けないのが現状であった。

 動かなければ、死ぬのだ。

 私は、前に見た映画のウィッチたちを思い出す。空を駆け回り、敵を殲滅していくあのウィッチ達を。

 

 ここは……全く、違った。

 

 あの華やかさは無い。

 あの無敵さは無い。

 あの自由さは無い。

 ここには全て無かった。いや、あったと言うべきか。

 ここには戦争の全てがあったのだ。

 

 私は、その子の瞼を閉じさせ、装備を頂くと、近くにあった林に向かう。途中、他の仲間とも合流したが、直ぐにビームが頭を貫通した。

 私は駆け寄ることもせず、只々無我夢中に林を目指したのであった。

 動かなければ死ぬ。

 動かなければ、死ぬのだ。

 

 林の中へ無事に入ると、ガーランドを下ろし、身を屈めて進む。

 すると、後ろから声が聞こえてきた。

 

「……中尉?」

「っ! ……カルステン軍曹?」

「は、はい」

 

 振り向くと、チョコをくれたカルステンがいた。彼女は私に会えたことが嬉しいのか、笑顔で返事をする。私は反射的に構えたガーランドを下ろし、短い溜息をした。

 

「他に誰かいた?」

「い、いえ……誰にも会えませんでした」

 

 カルステンの使い魔の耳が、しゅんと垂れる。表情もどこか怖がっていた。どうやら、戦死したのを見たのだろう。

 私は彼女の手をゆっくり握り、笑顔で言う。

 

「大丈夫。ついて来なさい」

 

 そう言った後、彼女は少しぽかんとし、「はい」と安心したような返事をした。

 私は手を離し、彼女より前に出る。なるべく体を出さないようにして、周りの状況を確認した。 すると、前方に二人の人影が見えた。

 私はカルステンに「合流するわね?」と言う。カルステンも準備出来ていたようで、親指を立てた拳を突き出した。

 私はそれを確認すると、腕を伸ばして、頭上から人影に向けて下ろす。と同時に私達は合流しようと走った。

 

「ねぇ、あなた達!」

「! だ、誰!」

「私は第1大隊A中隊クローディア。中尉よ」

 

 そう言うとこの二人もふぅ、と短い溜息をする。

 

「私は第86師団ダイアン・ウォーカー軍曹です」

「同じく、イーディス・ケリー二等兵です」

「分かったわ。貴女達もついて来なさい」

 

 私がそう言うと、2人共コクリと頷いた。

 

「ねぇ、誰かライト持ってる?」

「私が持っています」

 

 そう聞くとカルステンが自分の装備からライトを取り出した。私はコンパスと地図を取り出し、つけようとする。そこで、ふと辺りを確認した。道があり、遠くの空では絶え間なくあの忌々しい光が伸びている。……近いか?

 私はイーディスに何か覆うものを頼み、早急に手にする。バッと頭から被り、ライトをつけた。位置は……おそらく、オードゥヴィル= ラ=ユベール。ここらに降下したようだ。

 確認した私はすぐにライトを消し、被った羽織りを返して立ち上がった。

 

「ありがとう、助かったわ。早いところ、目標を抑えなきゃ……」

「目標って?」

「ユタ・ビーチよ。あそこを確保しないと男たちと他陸戦ウィッチ達が上陸できないでしょ?」

「ですね……」

「でもまず、その場所の付近であるサント=マリー= デュ=モンへ目指すわ。歩かなきゃ」

 

 私はそう言って歩き出し、皆も各々頷いてゆっくりとついてきてくれた。そして道の脇を歩いて少し、遠くで何かが動いたのが見えた。

 

「……!」

 

 私は姿勢を低くし、手を上げた。みんなも姿勢を低くして止まる。

 ネウロイのビームと足音が聞こえるのだ。それも、すぐ近くのトンネルから。

 私は腕を上げ、手のひらを前に向けて弧を描く。そして、その腕と手でトンネルの出入り口付近を指し示した。

 そして 私は、準備は良い?と聞く。皆はコクリと頷き、親指を立てた拳を突き出した。 私は腕を伸ばして、頭上から出入り口に向かって下ろす。

 3人はすぐさま動いた。出入り口付近の壁に張り付き、様子をうかがう。すると、先頭にいたケリー二等兵が腕を水平より少し高く上げ、手のひらを前に向けて頭上で数回振った。注意の合図だ。

 私もすぐに合流すると、ケリー二等兵と先頭を代わる。そして、念のためにもう一度様子を伺った。

 確かにネウロイだ。こちらに向かってきている。しかし、一体だけでしかいない。

 私はその速度から、どのタイミングで出入り口から出てくるか考え、皆に向けて腕を差し出し、水平より少し高く上げ、手のひらを向ける。

 皆はM1ガーランドやM1928トンプソンを構え、準備した。私はタイミングを頭の中で秒読みする。5…4…3…2…1…

 そして、丁度ネウロイの胴体が姿を現した。

 私は、手のひらを下に向け、腕を体の前に伸ばしたまま、水平に大きく数回動かした。

 瞬間、銃声が響く。魔力を込めた銃弾はネウロイの装甲を抉り、削っていく。

 だが、ネウロイもそれに気づき、砲塔をこちらに向けた。そして、ビームを放つ。私は瞬時にシールドを張った。が、その一発だけでシールドは破壊された。そして、壁に張り付き攻撃する。が、砲塔がこちらを向いた。

 

「くっ!!」

 

 殺られる。

 

 と思った時だった。ネウロイのコアが露出した。そう、やはり奇襲した私達の方が少し早かったのだ。しかし、ネウロイは一矢報いたかったのか、ビームを放った。

 そのビームは私の真横へ消えた。

 そしてコアに銃弾が当たり、ネウロイは崩れた。私達の勝利だ。

 

「やった、やったぁ!」

 

 これが、初めて指揮し、初めてネウロイを仕留めた瞬間である。

 思わずなのか、ダイアン軍曹がそう叫んだ後、はっとして口に手を当てた。

 だが、私は素直には喜べないでいた。今回は運良くコアに近い場所を、魔力のあるダイアン軍曹とケリー二等兵が魔力を込めた弾で撃ったからなのが強い。私達の部隊は魔力が低い者が多いのだ。だから、危惧していた。

 私達、A中隊だけであったら、勝てるのか?私の頬を、冷や汗が伝った。

 

 また、空が光る。まるで、雷が落ちたような轟音と共に、まだ飛んでいたC-47は鉄屑と化した。それは爆破し、終わりを迎えている花火の様に落ちていく。

 だが、私達にできることはなく、只々その光景を眺めるしか無かった。

 

「中尉、ここに居られましたか」

 

 他の3人とは違う方向から、幾つかの足音と、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「シャロン少尉、無事だったのね……」

 

 安堵の声と共に、溜息が出たのがわかる。だが、私の心配事の一つが解決したのだから、するのは誰でも分かるはず。

 シャロンも同じだったのか、ホッとため息を吐いた。

 

「敬語、やめても良いわね?」

「堅苦しそうだし、別にいいわ」

「ありがとう」

 

 シャロンは微笑みを作り、そう言った。が……その笑顔は、少しだけ引き攣っている様に見えた。

 気のせいかも知れない。そう思ってはいたが、原因が分かる以上、気のせいとも思えなかった。

 私は、シャロンに話しかける。

 

「大丈夫? だいぶ疲れてるように思うのだけれど……」

「大丈夫、大丈夫……っていうことにしてて」

 

 やはり、大丈夫では無いようだ。しかし、大丈夫だと言い聞かせなければ、今にも逃げ出したくなるような状況だ。仕方がない。

 取り敢えず、その事については置いておき、シャロンにくっついて来た子たちの名前を聞くことにした。

 

「じゃあ、他の皆……紹介して」

「え、えっと、私はシャルロット・レイゲルです。階級は伍長です」

「私はレイチェル・マクファーレンです。階級は軍曹です」

「…………」

 

 シャロンも3人連れてきていた。一人目は顔色が優れない、可愛い子だった。青ざめて、それでも我慢している様に見える。

 2人目は凛々しい子だった。でも、手が震えているのを上手く隠せていないでいる。平然を装うには、色んなものを見すぎた様だ。

 3人目は、黙りこくっていた。暗い性格の様に見える黒髪は、黒目と合わさり、扶桑人であることを証明していた。

 そして、2人に励まされ、その子はやっと口を開いた。

 

「私は……片山 千鶴(かたやま ちずる)……です……階級は軍曹……です」

「私の小隊の子ね」

 

 シャロンが補足をした。そうか、片山軍曹は私の部下でもあるのか。

 シャロン以外の隊員に会えて、少し嬉しくなる。だが、本当に少しだけ。彼女の身体が震えているからだ。だから、嬉しいより、心配なのが大きい。

 

「大丈夫よ。心配しなくていいわ……」

 

 そう言って、私は3人の頭を撫でた。一瞬、何をされたのか分からない様な顔をした。そして、やっと3人は安堵した。

 

「ロッティー、これからどうするの?」

「取り敢えず、合流ポイントまで歩くわ」

 

 そう言いながら、シャロンが取り出した地図を受け取り、確認した。

 

「そこまで行けば、大隊本部があるはず。そこで、貴女達も仲間と合流できるわね」

 

 私はそう言って、微笑んでみせた。すると、彼女達の顔も明るくなる。勿論、私に付いてきた子達も含まれていた。だから、と私は続ける。

 

「だから、頑張ろう。私達は、生きて帰るの。その為に、先ずは合流しましょう」

『了解!』

 

 皆が敬礼をする。私はそれを気にせず、シャロンの横を通る。と同時に、シャロンの肩を軽く叩き、小声で呟いた。

 

「大丈夫」

 

 そして、私達は進み始めた。

 

[newpage]

 

「皆ぁ! うわあぁぁぁ……」

「ちょっと、ケリー!」

 

 無事に、私達は合流地点に辿り着いた。だが、ケリー二等兵の様に嬉しい顔をする者は少ない。どこの部隊の者も、俯いてグッタリとしていた。

 ケリー二等兵とウォーカー軍曹はすぐに自分の部隊の子を見つけた。 だが、マクファーレン軍曹らの部隊は見当たらなかった。私達の部隊も見当たらない。

 

「み、見当らないわね」

「きっと見つかるわよ」

 

 レイゲル伍長が弱々しく呟いた。それに私は答える。でも、その言葉は同時に、私自身に言い聞かせていた。

 大丈夫。私の部隊はあんなに過酷な訓練を乗り越えたのよ?皆、そんなにすぐ、やられるような子たちじゃない。そうでしょう?私。

 

「あっ! 可憐!」

 

 マクファーレン軍曹はそう言うと、駆け足でそちらに向かう。

 

「見つかったのね」

「はい! ここから師団の合流ポイントへ向かうのですね?」

「ええ、そうよ。私達も合流できたら、すぐに出発するわ」

 

 そう微笑んで答える。すると、マクファーレン軍曹もまた、笑顔でこう言った。

 

「ありがとうございました!」

「今度、また会うために……生きて」

「はい!」

 

 そう言って、私は彼女達とは違う方向へと向かった。ここでないなら、あっちだ。もう少しで、会えるわね……皆。

 

 

「可憐! 良かったぁ。無事だったのね」

 

 私はそう言って、可憐・シルヴァの傍による。レイゲル伍長は他の子達を心配して、そちらの方へ向かうことにしたようだ。

 可憐は自慢の黒髪を指でくるくると巻いたりして遊んでいた。

 

「レイチェル……貴女は生きてたのね……」

 

 私はその声音に恐怖を覚え、体がビクリと震えた。可憐の目に光は無かった。表情も微笑んではいるが、元気が無い。遊んでいる指は、よく見ると震えていた。

 私は、思わず一歩後ずさった。可憐は誰にでも明るく接する子だ。だけど、いつもの可憐はここには居なかった。

 

「……貴女はって……あ、ラミカが見当たらないのだけど? あの子はすぐ迷子になるから、しんぱ」

「死んだわ」

「ーーーえ?」

 

 目を逸らして可憐は言った。その表情は髪に隠れて見えないため、分からない。だけど、頬を伝う涙が事実であることを語っていた。

 

「マカは?」

「あそこよ」

 

 指差す方向にあったのは、人1人ぐらいの大きさの袋だ。

 私は、膝から崩れる。私の友人が死んだ。覚悟はしていたけど、……いや、出来て、いなかったんだ。

 私の視界が歪んだ。頬に何かが伝う。声は出なかった。私は、ただただ静かに泣く。

 ああ、これが大切な人を失う悲しさか。私は、昔からの親友を亡くしたのかっ……!

 

「……ぅぅう……っぁぁあぁ……」

「……もう、貴女は死なないで……」

 

 そう言って、可憐は私を抱く。彼女もまた、静かに泣いた。

 

 

 

「……私達だけじゃないのね」

 

 少し落ち着いた私たちは、近くにあった木陰で休んでいた。可憐はそう言って、私の頭を撫でる。とても、優しく……。

 私は、その言葉を聞いて、あたりを見回した。

 ある人は袋の前で蹲り、泣いていた。

 ある人は肘から先を失ったのか、包帯で巻かれた切断面を撫でていた。

 ある人は失った脚で歩こうとしていた。すぐに仲間が駆けつけ、共に歩いてゆく。

 

 ああ、私達は悲劇のヒロインなんかじゃないんだ。皆……ここに居る者は皆、何かを失ったんだ。

 

「……何て、言えばいいのか……分からないわ……」

「……何も……言わなくていいの」

 

 私は、そう聞いて……可憐に甘える。頭を可憐の肩に乗せたのだ。

 

「そういえば、貴女と居た中尉って……どこの部隊の人?」

「確か、……A中隊だったはず」

 

 そう言うと、可憐は同情をするような目をする。そして、「あぁ」と呟くと、「可哀想に」と言った。

 

「……何で?」

「確か、A中隊が一番被害が大きかったらしい……」

「……」

「何でも、一番訓練の成績が良い人達で、一番魔力の弱い人達の中隊らしいから……だから、一番被害が大きいの……」

「……」

 

 私は肩に乗ったまま、ボーっと遠くを見る。まだ戦争は続いていた。

 

「生き残ろう。絶対に」

「……えぇ、絶対に」

 

 

 

「ロッティー……」

 

 私はロッティーに話しかける。その背中はとても悲しそうに語っていた。

 遂に合流できたはいいが、被害が甚大であった。

 死者およそ12名、行方不明者86名、重傷者14名、その他の負傷者は私とロッティー、ヨランデ大尉、カルステン以外全員、45名である。その内、行方不明者から半数は戦死したと考えてもいいだろう。他の合流者からの証言とドッグタグからまだまだ増えそうなのだ。……余りにも、多くの戦力を失い過ぎた。聞くに、師団は9割方戦力を失っているらしい。

 私は、ロッティーの肩に触れようと手を伸ばして、触れる寸前で躊躇する。

 何て、声をかければいい?

 何て言えばいいのか分からない。

 こんな時、何て言えばいいのよ……

 そういう思いや考えが、私を戸惑わせた。ロッティー、どう……すれば、どうすればいいの?

 私は耐え切れず、ロッティーの背から目を逸らした。

 解った気で居た。戦争を。覚悟していた気で居た。仲間や自身の死を。

 私達が、間違っていたのだ。気づくには、遅すぎた。

 そう、私が間違いを考えていると、ロッティーが動き出した。そして、とある兵士の元まで行くと立ち止まった。

 

「ブラッカー大尉はどこなの?」

 

 突然訊かれた兵士は驚いたのか、体をビクリと跳ねさせた。そして、親切にその質問に答えてくれた。

 

「えぇっと、あの三角座りをしている人がそうです。俯いてて、表情が分からないですが、大きなショックを受けているかと……」

「ありがとう」

 

 そう言って、ロッティーはヨランデ大尉の方へと向かう。ヨランデ大尉は、一人で壁にもたれながら、三角座りをして丸まっていた。

 

「大尉」

 

 そうロッティーが話しかけると、大尉の体がビクリと動く。でも、大尉はそれっきり動かないでいた。顔を上げようともしない。

 ロッティーは、大尉の方に触れると少し揺さぶって、こう言った。

 

「大尉、ここから動きましょう」

「ダメよ」

 

 大尉はその姿のままそう答える。鼻声である事から、泣いていたのかもしれない。 それでもロッティーは大尉を揺さぶって、ここから動きましょうと言う。

 

「ネウロイは周りに沢山います。動いていかなければ……ただただ待っているだけでは、いずれ攻撃に遭います。負傷者達を何とか運びましょう」

「でも、まだ行方不明な子たちが……」

「来るのですか?」

 

 大尉が言った言葉を、一刀両断する様にロッティーは言った。大尉は目を逸らして「でも」と言う。

 

「来る確証は、ありますか? 大尉、ご自身が何を言っているのか考えて下さい。……私だって、待っていたいです」

「……」

 

 大尉は、ふっと顔を上げた。目元が赤くなり、ヒドい顔になっている。その目をロッティーに向けると2人は少し見つめ合った。

 そして、ロッティーは柔らかく、優しい微笑みを見せた。

 あぁ、やっと、いつものロッティーが戻ってきた。私はそう安堵する。でも、その微笑みは、いつものとは違い、悲壮感のあるものであった。

 そして、それを見た大尉は、もう一度顔を俯かせてまた顔を上げた。

 だが、その顔は先程より……いや、何時もよりも『大尉』らしい、覚悟の決まった表情であった。そして、立ち上がるとみんなに向けてこう言った。

 

「皆、移動するよ! 重傷者を何とか運んで、大隊本部まで移動! 死者は……戦死者は、墓を作ってそこに埋めて!」

 

 怒号の様に響く大尉の声。まだ19にもなっていない子が、こんなにも大きく、雄々しい声を出せるとは、空を駆ける騎士たちには分からないだろう。

 泥の中で這いつくばって、藻掻きながらも歩みを止めない……私達、空挺ウィッチ達を。

 お前たちは何だ?

 そういう質問に答えるなら、こう言おう。

 地を駆ける誇り高き泥まみれの騎士達と。




またいくつか修正すると思います


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第六話

グロ注意です。今更ですけど。


 私は一つ、勘違いをしていた。

 あの夜明け前の、瑠璃色の空を見た時……私はそう気付いた。

 平和に居過ぎたのかな?

 右手には拳銃を。

 左手には誰かも分からない一本だけの腕を。

 私はへたり込んで、その空を見上げながらそう思う。

 

 こんな筈じゃ、なかったのに

 

 

chapter4: 左腕

 

 遂に私たちは空を飛んだ。ストライカーでではなく、輸送機でだ。

 まだ少し眠気が残っているのか、瞼が重い。だけど、私は少しの恐怖よってずっと起こされたままだ。

 呑気な子はこんな状態でも寝ている。小さな吐息が少し可愛かった。

 

「ねぇ」

 

 隣に居たにっくきライバルが私に話しかけてきた。私はこいつと話すのは癪に障るのだが「なに?」と聞き返す。戦う前にコイツの顔なんて見たくないわっ

 

「私は、さ……私は……」

「歯切れが悪いわねぇ、何……」

 

 いつもと違う感じの声音に少しだけ不安を感じ、私は山崎 雪名を見た。だが、私は言葉を失う。

 何時もは高飛車な雪名も、今回は顔色を何時もよりも白くしていた。

 

「……ほんとは話したくも無かったけど……怖いのさ」

「……ふぅん」

 

 珍しい。怖いのは確かだ。けど、たとえどんな時であっても、私に隙を見せようとしないこのライバルがこんなにも小さくなるなんて。

 私はそれに鼻で笑った。

 

「らしくないわね」

「……そういう貴女も、落ち着いたら?」

 

 声が震えていた。私自身、こういった隙を見せるのはらしくない。でも、仕方が無かった。

 だから、雪名の指摘した場所は無意識に震えていた。

 

「……っ!!」

 

 私の足が、貧乏揺すりで動いていたのだ。私ははっとして、足の震えを止めた。

 

「……」

「……」

 

 そして、少し気不味い雰囲気になる。何時もなら啀み合うけど、今回ばかりはそうなれない。

 静寂が煩わしい。真夏に汗をかき、張り付くシャツのように気持ちが悪い。

 すると、そんな静寂を破って雪名はあのさと話をし始めた。

 

「私は最初、貴女のことが羨ましかった」

「え……?」

 

 雪名の言う事に、私は目を丸くした。私の事が、羨ましかった?

 

「誰とでも話せて、楽しく喋るあなたが」

「え、えっと、え?」

「だから、私も仲良くなりたかった」

「ちょっと待ってよ!」

 

 私は訳がわからなくなり、止める。彼女の顔は困惑していた。たぶん、私も。

 

「私と仲良くなりたかった? だったら何で」

「私は……よく私を隠すの」

「はぁ?」

「ありのままの私を出さないで……強くあろうとしていたのよ」

 

 そう言う雪名の表情は、曇っていた。少しの間、機内にエンジン音が響く。私は何も言わず、ただただ次の言葉を待った。そして、彼女はゆっくりと話を再開する。

 

「自分でも、直したい事だけど……どうにもならなかった」

「……」

「だから、最初に貴女が突っかかってきた時にこの関係が出来てしまったの」

「……ごめん、なさい……」

 

 私は、しっかり話を聞いて言いたくは無かった言葉を言う。目を合わせづらくて、視線を逸らしてしまったままであった。

 

「いや、私の方こそごめんなさい。あの時、私が謝るべきだった。それが出来なかったのは、私が弱いからなのさ」

「……強いよ」

「え?」

 

 私は口から漏れた。はぁ、まったく。張り合ってるのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ。

 

「今、こうして自分のことを話した。そして、謝る事さえもできた。それって強くない?」

 

 私も……私も一緒なんだ。雪名の前だと、本当の自分が出ないのだ。いや、扶桑人の前では突っかかってしまうのだ。

 だから、それは強いと思った。まだ、何もしようとしていなかった私よりも。

 

「……私は、貴女と友達になりたい。私も、強くなりたい」

 

 私はそう言って、逸らし続けていた雪名の目を見た。そこに、もう一人の私も見えた気がした。

 向き合おう、彼女と。何よりも、自分と。

 

「……友達に……なってくれますか?」

 

 

 

 

 

「やっと、仲直りしたねぇ」

 

 私達はその後、握手しようとするのだが、触れそうになると引っ込めてを互いに繰り返していた。

 そして、やっと手を繋いだ。握手では無くなってしまっていたが、もうどちらでも良かった。この歳にもなって……恥ずかしい。

 そんな場面を見たのか、レミー伍長がそう言った。

 

「距離感の掴めないカップルみたいやなぁ」

「な!?」「ちょ!?」

 

 そして、そう言いながら私たちの肩を叩いた。彼女は階級こそ下だが、私達よりも年上である。私ちも気を許していたが、この人はフレンドリー過ぎるでしょ……。

 

「……」

「……」

「あり? ほんまにカップルやったん?」

 

 私達は、何だか恥ずかしくなって目を逸らし合ったが、どうやら誤解を深めてしまったようだった。私は慌てて誤解を解こうと努める。

 

「カカカカカップルじゃないわよ!」

「そそ、そそうさ!」

「あっはっは! 分かった分かった、そういう事にしとくぅ」

 

 そう言って、 笑いながらレミーは外を眺めた。しかし、その一瞬のうちで先程とは打って変わって、何処か哀愁の漂う雰囲気がある横顔が見えた。

 

「でも、仲良くし過ぎると辛いよ?」

 

 そして、誰にも聞こえないようにそう呟いた。

 私はかろうじて聞き取る事ができた。どういう意味なのか考える際に、私は記憶の中のレミーのページを開く。

 レミー・マッカー伍長。元は空軍曹長であったが、ネウロイとの対戦にて多くの同僚をなくした後に、陸軍に入ったとのこと。事故か何かが原因で魔力の低下及びその他の空戦能力を失ってしまった。

 だから、なのかな。仲良くし過ぎると、辛いと言ったのは。

 

「……そろそろ、着く頃ね」

 

 誰かがそう呟いた。すると、感傷に浸る時間もないわねとレミーは言って、前を向く。私と雪名は手を握り、その時を待った。

 その時、遠くで爆発音がした。

 

 始まりを告げる、闇夜に輝く花火。でも、そこに美しさは無い。

 破片とウィッチを散らす様は、華の散り様を連想させた。

 

「っ……っ……」

 

 荒々しい呼吸や足の震えの音が、閃光や爆発音に混じって聞こえてくる。

 私も、同じように貧乏揺すりが止まらなかった。片手で必死に抑えようとするが、どうにもならない。

 落ち着け。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。

 何度もそう言い聞かせながら抑えようとする。どうにもならないのに。

 すると、私の手が少し強く握られた。はっとして、雪名の方を見ると、ギュッと手を握りしめたまま、膠着した膝のただ一点だけを見つめて、俯いていた。

 ……彼女もきっと怖いんだ。

 私だけじゃない。誰もが、怖いんだ。

 私はそれに気付き、雪名の手をしっかりと握った。雪名がこちらに気づき、はっとした顔でこちらを見た。

 表情が引き攣っている。肩も少し震えていた。それを見て、私は雪名のおでこに自分のおでこを引っ付けた。

 

「!?え、な、何……?」

「じっとして、目を瞑って」

 

 私はそう言った。雪名もそれに従ってギュッと目を瞑る。……こうやって近くで見ると、結構可愛いなぁ……。そう思いつつじっとしていた。

 そして、何もしない私が気になったのか、片目を開けて、不思議そうにこちらを見た。

 

「軽く目を瞑るのよ。そうしたら、落ち着くでしょう?」

「あ……」

 

 雪名は声を漏らし、私の意図に気づいた様な表情をする。そして従うまま、軽く目を瞑ると、先程よりも大分安心した顔をしていた。

 私達はその後、合図が来るまでそうしていた。

 そうそう、いつの間にか、私の足の震えは止まっていたな。こうしているのは、意外と良かったのかもしれない。

 周りはとても恐ろしい音と恐ろしい世界ではあったが、今の私達には、雑音程度にしか変わらない。今こうしている時間が、多ければなぁ……。

 

 ……もっと早く、こうなっておくべきだったのかもしれないなぁ……。

 

 

 

 

 

 私たちはその後、立ち上がった。ランプが赤く点灯し、今度は青くなるのをただ待つ。だけど、その待つ間が恐ろしく緊迫した空気だった事もあり、とても長く感じた。

 

「……まだ、なの……?」

「ねぇ、もう、降りるべきなんじゃ?」

 

 震え声で言う彼女達は視線が彼方此方に動く。その視線の先には必ず窓があり、外の危険な状況を確認していた。

 クワッ

 その、エネルギーが一斉に集まる音が聞こえた後、

 バガァァァァアアアン!!!

 という、鉄屑の吹っ飛ぶ炸裂音が夜空に響く。勿論、その音はしっかり聞こえた。

 

「今のとても近いよ!?」

「ヤダヤダヤダヤダ!!死にたくない!」

 

 そういう叫びもあるが、殆どの子は喋らずにただその時を待っていた。怖いからこそ、声が出ないのだ。

 そして、最悪なことが起こった。

 機体が突然大きく揺れたのだ。

 

「あっぁあ!? うわぁぁあああ……!」

「ラミア!」

 

 ラミアと呼ばれた子が、出口から勢い良く空中に放り出される。

 彼女のパラシュートが開いたことを確認しようと出口から見下ろすが、幾つものパラシュートから見分けることは難しかった。

 そして同時に、対空砲火の射線に交じることを確認できた私はこう叫んだ。

 

「何かに掴まれ!! 第2射、対空砲火ぁ!!」

 

 そして、一瞬間があいて、激しい揺れと機体が剥がされる爆発が起こる。私は、その着弾点をしっかりと把握できていた。

 

「コックピットが……!」

 

 前方が壊され、たぶん不細工な格好になった機体が速度と高度を下げていっているのが分かる。パイロットは確実に死亡しただろう。

 それがどういう事かといえば、点かなくなったランプが意味をなさない事とこのまま落ちる事だ。

 最悪である。

 

「降りよう!」

 

 だから、私はこう叫んだ。そして、出口から降りる。どちらにしても死ぬのなら降りよう。

 そう思い、私が初めに飛び降りた。出口のスイッチを押して、青にすることで後続にも促して。躊躇や戸惑いを現す前に、簡単に体は宙へと放り出される。

 

「ううぅぅぅううううう!」

 

 飛び降りてから私のパラシュートがぱっと開くまでの数秒間、死を覚悟した。この、正面から受ける風に、デタラメに振り回される感覚が私にそう思わせたのだ。

 

「うっ!……はぁ、はぁ」

 

 何とか無事にパラシュートが開き、息を整えるがその間も対空砲火が続いていた。

 私は、微力ではあるが、魔力を使ってシールドを張る。気休め程度にもならないが、何が自分を救うのか分からない中で、他に方法がないのだ。

 そして、そのまま無事に地上へと降り立つのだが、その前に私が乗っていた輸送機が完全に爆発四散した。あぁ、もしかしたらまだ残っていたのかもしれない。そう思うと、気分が悪くなる。あの機体には、私と同い年の子が沢山いたのだ。

 

「うぅ……畜生め……!」

 

 私は辺りを睨み、闇夜に紛れて対空砲火をするネウロイを憎んだ。

 

「……倒す……必ず、すべてを……!」

 

 地上に着いて初めてした事は、涙を拭うことだった。

 

 ★

 

 そして、パラシュートを畳んでから、周囲を見渡す。暗い中、彼方此方に閃光が走っていた。どこへ逃げれば安全か、なんていう考えは、もはや思い浮かびもしない。

 

「畜生、どこに行けばいいのよ……!」

 

 そうぼやきながらそこらを右往左往すると、近くで何かが来る音が聞こえてきた。

 

「っ!」 

 

 私は近くの倒木の影に隠れ、様子を伺う。何が来たの……? 私はそう疑問に思いつつ、仲間であってと願う。

 だけど、神様は残酷だ。

 

「……!? うそ……」

 

 少し出した頭をすぐに引っ込めた。そう、ネウロイだ。しかも、一個小隊もの数だ。

 そのまま丸まり、頭を抱える。嫌だ、死にたくない!

 しかし、足音は近づいてくる。無情に、仲間を殺す音が聞こえてきた。何も出来ないのか、私は!

 悔しいが、無駄死にをしたいとは思わないため、何出来なかった。

 そして、心臓を掴まれるかのような音が聞こえた。思わず閉じた目を開けると、私の体から数センチの所に、ネウロイの脚が地面に突き刺さっていたのが見えた。

 声を出さず、息を呑み、潜める。そう、ネウロイ小隊は私の脇を通っているのだ。

 いつバレてもおかしくない。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。

 気が狂いそうだ。もう、出ても、まだ、いっぱい?

 ガタガタと身体が震える。恐怖が頭上を横切るのだ。

 ああああああああああああ!

 いつになったら出られる!?どのタイミング!?無数の足音が私の耳を抉る様だ!!

 長い時間、そこにいた気がした。私は生きてるの?死んでいるの?

 まだか。もう出ても、いや、まだいる。居るはず。いつ出る?いつ出れる?

 私は自問自答を幾百回と繰り返し、もう頭が痛いどころでは無かった。

 何故私がこんな目に……。

 泣きそうになる。いや、もうすでに泣いていた。どうすれば良い?どうすれば良かった?

 そこで、ふと気がついた。ドシンドシンという、重い足音はすでに無かったのだということに。

 

「っは!っはぁ、はぁ、はぁ……」

 

 長い時間、息を止めていたためか、とても苦しい呼吸を繰り返す。

 私は、助かった……?

 そう思い、安堵しようとする。がそれと同時に近くで発砲音が聞こえた。

 

「……!! もう、やだよぉ……」

 

 三角座りでその場に留まる。足が動かない。動くのだけど、動けなかった。

 でも、その足はすぐに動いた。

 声が、聴こえたのだ。

 

「!!……雪名!」

 

 扶桑人の言葉が聴こえたのだ。間違いなく、雪名だ!

 私はすぐに駆け出し、その方へと向かった。

 会える。今まで、思い返すと啀み合いしかしていなかった私達。でも、空を飛ぶ中で握り締めた手は、啀み合いから生まれた友情の暖かさがあった。お互いに、あんな喧嘩がなければ、今頃どうとも思っていなかったはず。

 私は、駆ける。言いたいんだ、大好きだって。私は、認めていたんだよって……!

 

「はっはぁっ……雪名!」

 

 そして、残酷なのを思い出させられた。無理矢理に。不条理に。

 ヒュッという風を切る音が聞こえた瞬間、雪名がいるはずの場所が爆発四散する。地面がえぐれ、短い悲鳴が聞こえた。多分、断末魔というものだろう。

 全部がバラバラに吹っ飛んだ。全部だ。

 

「あ……あぁ……? え、雪、あ」

 

 言葉を失った私の元で、ドッと何かが落ちてきた音がした。私は恐る恐るそれを見る。

 

「……あ、あぁあ、あああああああああああああ!!」

 

 左腕だった。まるでつい先ほどまで見ていた輸送機の破片の様に、バラバラになって落ちてきたのだ。

 切り口は焼き切れ、赤黒く変色し、鳥のささみを焼いたような、それでいて動物性の油が腐ったような、そんな臭いが鼻腔に刺さる。骨は突き出さず、切り口は意外なほどに綺麗だった。

 嫌だ。嘘だ。私は、その腕を拾う。すると、近くで何かが光った。

 それは腕時計であった。そういえば、以前私がその時計を侮辱した時に、雪名は激怒していたことを思い出す。

 あぁ、形見だったっけ……

 

 瞬間、現実から逃げられなかった。現実にぶつかった。

 間違いない。この腕は、雪名のーーー

 

「ぅぅう、うわぁぁ……うわぁあぁあああぁぁ」

 

 涙が、涙が止まらない。

 腕を抱えて、何やってんの? 死んじゃうよ?

 分かっている。

 分かってない。死のうとしてんの? 早く行かなきゃ。

 分かってる。

 分かってない。死にたいのか?

 死にたくない。

 死にたがり。

 死にたくは、ない。

 

「……死にたくない。死にたくない……」

 

 




誤字脱字などありましたらご報告いただけると幸いです。


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第七話

 気がつけば、私は見知らぬ場所にいた。林の中なのは分かる。でも、現在地が分からない。

 遠くでは、まだ戦争が続いていた。いや、ここも戦地ではあるけど……静かだ。

 私は、左手に左腕を持っているのに気づいた。だが、もう、どうでも良かった。

 その時、右手から何かが落ちた。銀色に輝くそれは、雪名のお爺さんの形見の腕時計であった。あの衝撃で壊れたのか、短い針は1時を向いて、長い針は3時を向いていた。

 私はそれを、無言で右手首に付ける。使えない時計だが、彼女の大切な時計なのだ。

 最後まで、持っていよう。必ず、彼女の、墓に……!

 私は、腕で涙を拭う。こんなにも泣き虫だったっけ? 変わり果てた自分に苦笑が出る。半分、ヤケになった笑いだ。

 そして、ふと合流ポイントがあることを思い出す。早く、合流しよう。左手に左腕を持ち、右手にガーランドを持って歩く。

 傍から見たら、私が殺した様に見えるかな。ハハハ。

 そう自嘲しながら私は歩きだした。

 

 そして、歩いて数分後にネウロイを一体発見した。

 

「見つけた……! 数は……一体のみ……!」

 

 私はしゃがみ込んで、様子を伺う。ネウロイは、ゆっくりゆっくり歩いて、敵兵を、私達を探していた。

 

「まだ、殺し足りないか……!」

 

 小声で呟き、睨む。沢山の仲間が死んでいった。それでも、コイツらはまだ殺すつもりなんだ。

 歯が割れるくらいに歯を噛む。許さない。何があろうと、絶対に。

 私はコソコソと付いていき、攻撃の機会を待つ。

 殺す。絶対に。殺す。殺す。殺す。絶対に。

 落ち着いて、息を潜めて、確実に狙う。ガーランドに微力の魔力をありったけ送り、引き金に指をかける。

 まだだ、完全に油断するまで……。

 そして、幾つか時間が経った。コアは何処かはわからない。だが、攻撃のチャンスが来た。

 奴の近くに、少し大きな穴がある。あそこへ叩き入れて、手持ちの手榴弾とガーランドで潰すのだ。

 私は、自分の中で合図をする。3…2…1……

 そして、ダッと地面を蹴り上げ、勢い良く駆け出した。

 

「おおおおああああああ!!」

 

 乾いた音が何発も何発も、叫び声と共に響いた。そして、いくつか削り、コアの場所を把握することができた。見えたのだ、コアが。

 

「ふっ! ぅぅ、ぅぁああああ!」

 

 無我夢中で相手を穴へ落とす。ネウロイも混乱したのか、穴の方へと落ちていった。 そして私は、そこに攻撃する。

 

「消えろ! 消えろ消えろ消えろ消えろぉ!うわぁぁあああ!」

 

 手榴弾を一気に全て使い、ネウロイの胴体に大きな穴を開けた。それは、同時にコアを露出させる事にも繋がる。

 だから、追い打ちと言わんばかりにありったけの銃弾をくれてやる。

 

「ああああああぁぁ! さっさと消えろ!」

 

 リィーンと、弾切れの合図が綺麗な響きのまま周りに伝える。私は、素早くリロードし直そうと、一旦隠れた。ガチャガチャと弾倉を入れようとするが、手の震えがそれを邪魔する。

 

「ぐくっ、入りなさい……!入りなさいよ!」

 

 そして、弾倉が手から落ちた。私はそれを取ろうとする。が、後ろのネウロイの足を動かした音で、反射的に振り向いた。

 

「ひっ!!」

 

 出てきた。出てきちゃった!

 慌ててガーランドの銃口を向けるが、弾切れであるのを忘れていた。

 あああ、どうするどうしろとどうすればいい!?

 腰にあったM1911ガバメントを手にし、それを向けた。

 何だっていい! 奴に一矢報いてやる!

 

「ぅああああああああああ!!」

 

 連続して撃つ。引き金を何回も何回も何回も引いた。銃身はやけ、硝煙の匂いは立ち上る。ハンマーは打刻し、銃弾はネウロイにしっかり当たった。でも、意味の無い攻撃とでも言わんばかりに、ネウロイはその銃弾を弾いた。

 

 そして、ネウロイが彼女に向けて、ビームを発射した。

 

「ひぃっ!」

 

 彼女も、目を瞑りながら最後の銃弾を撃つ。両者共に同時であった。

 ネウロイのビームは地面を抉り、大爆発を起こす。土くれや泥などが飛び散り、その惨状を表していた。

 だが、ネウロイはその一発を放った後、輝き、崩れ始めた。パキィという、ガラスが割れた音が聞こえる事から、コアを破壊することに成功したのだ。

 

「っぱは! ぐっ……どうなったの……?」

 

 そして、土まみれの中、レベッカは起き上がった。そして、ネウロイの方を見ると、状況を理解したのか驚いた顔をする。

 

「やった……? やった! 倒した! 仇は、取ったよ! ううぅ」

 

 喜ぶのだが、涙が出てきた。

 怖かった。本当に怖かったよ。殺されると思ったし、本当は逃げだしたかった。

 でも、雪名の為に戦った。私は、今ここで勇気を得ることができたのかも知れない。だけど、それでも、彼女の死を……。

 私は立ち上がる。そして、行き先の方向を見て涙を拭った。行こう。行くしか無いのだから。

 生き残る為には……

 

 

 

 

 そして、私の足は崩れた。冒頭の事があった後、その目でこの惨状を見た。目の前の惨状は、酷いの一言では片付けられない。それ程までの酷さだ。

 足も腕も、欠損している子が居る。目が見えなくなった子や、耳が無い子も居た。それ以外には、泥だらけの兵士と、人と同じ大きさの袋、そして銃で作られた墓だ。

 

「大丈夫かい?」

「……ぁ」

 

 何なんだ、この惨状は。大泣きしている子もいるし、痛みに呻いてる子も居る。

 

「取り敢えず、その左腕を何とかしなさい。さぁ」

「……」

 

 私は、大人しく彼女の指示に従う。そして、墓の穴か作ってある所に左腕を収めた。そして、埋める。

 

「さよなら……」

「……さよなら」

 

 彼女がそう呟いたので、私も言う。でも、感情が篭ることは無かった。実感がない。こんな、こんな素朴な墓に彼女が居るなんて、思えない。ただ木をさしただけの様な墓は、小鳥の墓しか見たことが無い。

 それと同じ様な墓だ。こんな、ちっぽけで簡単なお墓が、雪名の……

 人の命の重さは、今ここで狂った。 死者の多さに、誰もが死者がでることが当たり前のように感じてきたのだ。

 私も、そうなるかもしれない。

 

「……あなた、どこの子? その部隊に行って、早く生存報告をしなくちゃいけないでしょ?」

「ぁ……ぅ」

 

 そうだ、行かなきゃ。中隊長が、部下が待ってる。私は頭を下げ、その場から離れようと歩きだした。途中で後ろを振り返り、墓を見る。

 あぁ、あんなにも……小さい……

 

 

「良かったです。生きてて」

「え、えぇ」

 

 カルステン軍曹はそう言って、胸を下ろした。安堵の表情が、私を心配していたことを語っている。あの時話しただけだけど、友達になった私を忘れてはいなかったようなのだ。

 嬉しくはあった。でも、上手く笑えたかはわからない。いや、多分笑えなかったんだ。カルステンは苦笑して目をそらしていた。

 

「しばらく……一人にして……」

 

 そう言って、私は木に凭れかかった。ズルズルと背を滑らし、座り込む。カルステン軍曹は空気を読んだのか、既に姿はなかった。

 空を見る。夜明け前の藍色で、瑠璃色な空……。私はその空を見続けて、雪名のことを思い浮かべる。

 あの、 笑顔はもう見れない。あの怒った顔も、どこか悲しそうな顔も。全部……。

 涙は、もう出なかった。枯れたのかな? だとしたら、どうなるのだろう。泣けない悲しみは、どこへ……?

 その時、ブラッカー大尉の合図が聞こえた。重症者を運びながら、目標地点まで行くらしい。

 私は立ち上がり、その隊列に加わる。

 

「大丈夫なの?」

 

 クローディア中尉が声をかけてくれた。でも、私は頷くことしかしない。本当は、しっかり話したい。けど、何故だか話す気にはならなかったのだ。

 大尉や中尉は、強いなぁ。つくづくそう思う。私にも、その強さがほしい。

 街を出るとき、振り返ってそう思い、また前を向いて歩きはじめた。

 

 さよなら、雪名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レベッカ?」

 

 私は勢い良く振り返った。相手は驚いたのか、跳ねたあと後ずさった。でも、私は、だって、私は、

 

「雪名ぁ……ひっ……ぅぇぇ……」

「え!? きゅ、ど、どうしたの急に?」

「だって、だって、雪名ぁ……うわぁぁあああん」

 

 泣いた。何だ、涙はまだ出るじゃない。

 私は雪名の胸の中で、わんわん泣いた。

 

「死んだと思った! 死んだと思ったんだもん!」

「もう……何も言わずに死ぬような事はしないわよ。バーカ」

「馬鹿ぁ!」

 

 雪名も抱きしめ返してくれた。ちゃんと、温もりがある。雪名の体温が、私に安心感をくれた。

 左腕は勿論、しっかりとあった。雪名の左腕。

 

「そうだ、ズズッ……これ」

 

 鼻をすすって、壊れた腕時計を見せた。

 

「あ、それ……壊れたの」

「えぇ。お爺さんの形見って……だから、」

「ありがとう。でも、これは貴女が持っていて」

「え?」

 

 そう言って、前を向いて歩きだした雪名の背中に、大切な時計なのに、何故なのか。気になって聞いてみた。すると、雪名は笑顔で振り返り、こう言った。

 

「だって、貴女も大切な人だから」

 

 

 




誤字脱字等ありましたらご報告いただけると幸いです。
感想、毎回励みになります。続きを早くかけるよう、努力します!


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第八話

 蒼い蒼い空が、私の真上で広がっている。

 北にある海峡を超えた先の、平和な場所でもこの空は見れるのだろう。

 どこの空も、同じなんだ。

 

「大尉……大丈夫ですか?」

「だ……大丈……夫」

 

 大尉はガタガタ震え、その隣に頭の半分を失った死体が横たわっていた―――

 

 

chapter6:赤い手

 

 

 午前8時を過ぎて、日は照り始めてきた。私たちA中隊は、サント=マリー= デュ=モンの南方まで道を開けるのと、時間があれば他のネウロイたちの砲塁の無力化を任された。

 だが、『あの』厳しい訓練を超えていった彼女たちだ……私たちのちからは必要ないだろう。

 私たちは私たちの任務を遂行する。それが私たちの使命であった。

 歩きながら、私は偵察をする。第二小隊としての初の任務は偵察であった。

 

「中尉……私たち、大丈夫なんですかね……」

 

 すると、隣にいるアリシア・ソルビー二等兵がそう呟いた。不安がるのも仕方がない。実際、あの降下を体験したあとだと敵のビームが怖くてならない……。忌々しい赤い色をしたあの光線が。

 だが、この偵察に不安要素はあまりなかった。

 

「大丈夫。少なくとも今はね」

「な、何でそんなに自信あり気に……?」

 

 豆鉄砲を食らったような顔をするこの子に、不覚にも萌える私。扶桑の絵を見せてもらったときに感じたあの可愛さというかなんというか……。

 私は頭を撫でて答える。

 

「それはね、大尉がこの小隊と共に偵察にいるからよ」

 

 そう、中隊長であるブラッカー大尉自ら、最前線にいる偵察部隊に参加しているのだ。そして、その大尉の固有魔法は敵の位置を正確に把握できる能力を持っているのだ。……正直に言えば、私たち偵察部隊がいなくてもいいというわけだ。

 逆に言えば、どうして私たちを偵察部隊として出したのか、疑問を持ってしまうわけなのだが……とりあえずは、この子に安心してもらおう。

 

「大尉が……なら、大尉から命令が無い限り、敵影は捕捉できませんね……」

 

 残念そうな声音とは逆に、顔が安堵の表情に変わり、肩の力がすっと抜けた。私はそれを見てふふふと笑ったあと、なら、少しお話しましょうか。と提案した。

 

 

 

 

 大尉は昔、空軍から陸軍に変わって空挺部隊の小隊長を勤めていた。あの大きな撤退戦で常に前線に立ち、索敵最強の第三小隊と呼ばれていた。

 その経験を活かして、彼女はこのリベリオンの空挺団に入り、多国籍中隊へと入隊したのだ。

 その大尉は今、私達と共に索敵をしている。敵の位置は分かったようなものだ。まぁ、大尉が「もしかすると、私の魔法が効かないことがあるかもしれないから、お願いしたい」と言っていたし、油断はしないように心がけているが。

 

「ーーで、あのお店がとても美味しいらしいの。今度行ってみない?」

「良いですねぇ! 私もそういう雰囲気のお店は好きです!」

 

 あれから、リベリオンのある店について話すと、彼女はすっかり元気を取り戻した。ニコニコと笑う彼女は、とても可愛く、まるで妹ができたようだった。で、彼女は私より3つも年下らしい。お姉さんと呼ばれる日は近いかもしれない。

 そう変なことを考えている時だった。急に通信が入る。

 

「ネウロイの反応があるわ! せ、戦闘準備!」

「!!」

 

 大尉の声だ。私は第一小隊にまとまるように言う。アリシアは先程の笑顔から、青い顔になってしまった。気の利いた言葉をかけるべきだったかもしれない。

 だか、今はとにかく早く対処すべき時なのだ。私は走って大尉の元へと向かう。そう言えば、さっきの通信で気になったことがある。敵の位置、敵の規模、そして大尉の震えたような声だ。

 

「いったい、何で……?」

 

 呟きつつ、大尉の元へとたどり着いた。大尉はゆっくり歩きながらこちらに向かう。……走って来ると、気づいていたからか。

 

「大尉、指示をおねがいします。あと、方角と規模を」

「ヒュー……ヒュー……あ、えぇ、わ、分かったわ」

「……大尉?」

 

 だいぶ青い顔をしていた。呼吸も微妙に乱れ、所々で震えている。一体何があったの……? そう聞こうとして、やめる。まずは指示を出してくれるだろうから。

 

「大尉、指示を」

「……ごめんなさい。敵の規模は2個小隊。進路は大隊がいる方ね」

「……取り残されてなお、抵抗するというわけ……?」

 

 小声で呟く。ネウロイはそんな誇り高い動きをする奴らだったか?……ここは、ただ攻撃をしに来たと捉えるべきだろう。もしくは、何かしらの作戦なのかもしれない。だが、ネウロイにそれほどの明確な戦略的知識は存在しないはずだ。

 

「で、そうね……私とあなた、あと18人くらい近くにいる者を呼んで、その数で戦いましょう。他の子達は一応の為、奴らの進行方向に回らせて、私達が攻撃を仕掛けた後のタイミングで、クロスファイアよ」

「了解。聞こえたわね、皆? 第二小隊から4名機関銃手、10秒で決めて返事!」

 

 私がそう言うと、8秒あたりで了解という力強い返事が帰ってきた。

 良い子たちだ。本当に。

 

「 第一小隊から5名頂戴。 誰にするかはマーティン少尉に任せるわ。第三小隊からは2名。ホーネット少尉、頼んだわ。第四小隊は他の小隊を率いて北北西、だいたい1マイル先に進んでから南西に向い、攻撃して」

『了解』

 

 指示が行き渡り、中隊初の攻撃が始まる。最初の先頭の時とは違い、散り散りにならず、部隊として戦うのだ。言わば初陣。私達は少し、高揚していたのかもしれない。

 

「来たわね?皆、私に付いてきて」

『了解』

 

 一個分隊を編成し、ブラッカー大尉が先頭をゆく。私達はその後に続いた。草木を掻き分けて慎重に進む。流れる汗は冷や汗か、熱いからかはわからない。ただ、とても気持ち悪く感じた。

 

「見えた……!」

 

 誰かが呟いて、全員が一斉に構える。あたりがより一層静かに感じ、何も聞こえない。いや、聞こえる。この一定のリズムの早い鼓動は、心臓の音。

 目が血走っていたのかはわからない。ただ、少し目が霞んだように感じた。瞬きを忘れていたのか。それほどまでに私達は前方に集中した。

 

「居るわね……」

「よ、予想よりも動きが早いわ。第二分隊の展開が気づかれる前に叩く必要がありそう」

 

 そして、補足した途端、私は辺りが見えるようになった。まだ、相手は気づいていない。慎重に、慎重に。まるで獲物を狙うチーターの様に部隊を展開する。そろそろ、攻撃しても良いだろう。もう一つの分隊も後少しで展開できる頃合いだ。

 それを察知したのか、ヨランデ大尉は荒い呼吸のまま、手榴弾のピンを抜いた。

 

「フォイア!!」

 

 瞬間、迫撃砲の爆撃と、手榴弾による爆発がネウロイを襲った。続くように私達もM1ガーランドやM1A1トンプソンなどで応戦をする。敵ネウロイの装甲は一気に剥げ、一体はコアを露出した後に粉々に砕けちった。

 他のネウロイにも弾幕による面攻撃があたり、削ってゆく。効いていた。確実に!

 

「撃破!!」

「ばか! 反撃が!!」

 

 そして、一人が顔を出して喜んだ。それを見過ごすはずもなく、ネウロイがビームを放つ。瞬間、地面が抉れ、湿った土をばらまきながらその子へと直撃弾がゆく。咄嗟にガードをしたものの、展開が遅いためか吹き飛ばされてしまった。

 安否を確かめる時間もないままに、ネウロイは次々にビームを放った。数名でガードを展開して仮の土嚢を用意し、攻撃を放つものの拮抗した戦いが展開されていた。

 しかし、そこへ横からの攻撃を行う部隊から一報が来る。

 

「第二分隊、展開完了!」

「よし!ヨランデ大尉! ……大尉?」

 

 しかし、ヨランデ大尉はそこには居なかった。私はさぁっと血の気が引く感覚を覚える。何故ここにいない? いなければ第二分隊は攻撃ができない!

 私は力の限り声を張り上げ、名前を読んだ。

 

「ヨランデ大尉!!!」

 

 しかし、反応がない。戦死されたか? 指揮はどうする? 部隊の損害は? 盾が保つ時間はあと幾許ある? 作戦の成否は? 私達の命は? この子達は死ぬの?

 どっと、冷や汗が流れた。瞳孔が開く。このままでは、このままではまずい。

 私は、第二分隊の一報を入れた伝令に叫んだ。

 

「第二分隊攻撃開始!! ファイヤ!」

「Yes,Ma'am!!」

 

 そして、更にネウロイが削れる。3体が一気に消し飛んだのを確認し、第二分隊が顔を出しているのに気づいた。やった。間に合った?

 ネウロイは不利であることに気づいたのか、退却を始めるも、もう遅かった。攻撃は止むことを知らず、銃撃は確実にコアを穿いた。

 そして、最後の一体が爆散し、この地区を確実に根城としていたネウロイの掃討に成功したのだった。

 

「やった……?」

「安心しないで、警戒を厳に! 周囲に不穏な点はないか確認を怠らないで!」

 

 その号令を発したあと、吹き飛ばされた仲間のもとへと私は駆け出した。キャタピラを全力で回すと、今までに感じたことのない速さで移動する。走るよりも早く、駆けつけることができた。

 

「!? ヨランデ大尉!?」

 

 そこにいたのは、顔を失った少女と、それを大事そうに抱くヨランデ大尉だった。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 思わず、息が詰まる。あまりにも凄惨な光景だった。人として体は成しているものの、普通、見てはならない、出てはいけないものが散乱していた。ほのかに薫る焼けた肉の匂いが吐き気を催す。人が、人がして良い臭いでも、人が成って良い姿でもない。

 私は呆然としていた。あまりの凄惨さに現実感が沸かないのだ。いっそ作り物だったらどれほど良かったか。彼女の手は血に濡れていた。それにぼうっとしつつも気づいた私は、彼女の名を呼ぶ。

 

「ヨランデ大尉……」

「もう、いやよ。戦争も、戦いも、ネウロイも……ウィッチも」

 

 彼女はこちらに背を向けたままそう語りだした。ガタガタと体を震わせて、その横たわった彼女を見つめながら。だが、指揮官が指揮を蔑ろにすると言うことはつまり、部隊のみんなを危険に晒すということだった。

 はっと、正気を取り戻した私は、非情ではあるが、ここは前に進んでもらわないといけないと考える。私はもう一度名前を読んだ。

 

「大尉」

「もうやめて!!」

 

 だが、彼女は半狂乱に両手をおおきく振り、誰も近づけさせまいとする。そして声のあらん限りで叫んだ。

 

「分かるはずもない!! あのダイナモ作戦時、カールスラントの地を這って、差し伸べるその手を必死に握りしめて救助した!! この手から溢れる命の砂を、落とすまいと何度も、何度も何度も何度も! だけどこの手はなんなのよ!! この赤い手は!!!」

「っ」

「もう沢山よ!! なんで救えないの! 自分の救える範囲ですら! 手の届く距離ですら! 何故……!?」

 

 自身の手を見つめて、彼女は嘆いた。その嘆きはどこにも届かず、ただ青い空へと消えてゆく。この蒼天が今だけ、とても憎かった。

 彼女は自身の頬についた血を含む、赤い涙を流していた。この世の不条理を詰め込んだような、そんな涙を。

 

「どうして、私がウィッチなんだよ……!」

 

 絞り出すようにして、そう言い放った彼女を私はただ見つめていた。怖かった。あれほど優しい人が、激変していた。それはつまり、それまでにどれほどの死を目の当たりにしてきたのかを代弁している。私は、一歩後ずさったのに気づいた。もはや人では無いもの、そして人を諦めそうな人。その光景は確実に心を蝕むのだった。

 しかし、それは唐突に切り替わる。

 

「ごほ、ごほ、ハッハッハッハッ」

「ヨランデ!」

 

 呼吸がおかしい。足速に吸って吐いてを繰り返している。汗の量や苦悶の表情から確実に何かを発症している。私は駆け寄り、彼女を抱えると、仰向けに寝かせた。そして、部隊の方に大声を張り上げる。

 

「衛生兵! 衛生兵!!」

 

 

 

 

 ……それから、ヨランデ大尉は戻らなかった。一命をとりとめたものの、もう魔力の発現ができなかったのだ。大隊に戻った私達が見た最後の彼女の姿は、退役の勲章授与の場面のみであった。その表情はもはや生きた人ではなく、生気すら感じない。

 だが、頬に一筋の光が伝った。それは過去の戦友達を思っての事だったのだろうか。それとも安堵から来るものだったのだろうか。もはや分からなかった。それが最後の姿だった。

 

 ―――そして私は、特進して大尉となったのだった。




誤字脱字誤文等々ありましたらご報告いただきますと幸いです。
しかしながら、続きを書くのって難しいですね……
頑張ってみます。


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第九話

遂にあの人がちらりと登場です。
詳しくはあるドラマをもっかい見てみましょう。


 轟く咆哮の最中、私はキャタピラをぶん回して駆け抜ける。

 土草をかきあげ、泥にまみれながらも私はかける。

 途中、泥状の地形を走って駆け抜けて、乗り越えてゆく。

 私の脚はまだ動く。

 私の魔力はまだある。

 だけど、もう先が見えないのは確かだ。

 だから、せめて―――

 せめて、伝令の任務だけは、全うしなければならない。

 

 

 

Chapter7:2マイルを超えて

 

 

「あなた、ウィッチになる前は何してたの?」

 

 サント=マリー=デュ=モンの南方、ブリュシュヴィルにて戦闘した私達はそのまま南西へと進軍し、この戦線の防衛、そしてネウロイの包囲殲滅による各地の解放を目的として戦線を上げていた。シャーロット大尉が言うに、私達は今カランタンに向かっている。その前にこのブリュシュヴィルを解放することで、航空基地を一時的に設営するそうだ。私達の戦いは無駄ではなかった。

 そのためにストライカーユニットのキャタピラを回して隊列を組んで進む中、隣にいたマルギット二等兵曹がそういう質問を投げかけてきた。私は暖かな日差しを感じながらため息をついて、答える。

 

「陸上の選手さ」

「へぇ? オリンピックを目指してたくち?」

「そうそう。足の速さには自信があるけど、中々結果が伴わなくてさ。数字は残酷だったよ」

 

 そう言って、話を切りげようとした。少々、こういう輩には慣れず、少し鬱陶しいのもある。しかし、彼女の口は閉じなかった。

 

「でもでも脚に自信があるなら、陸戦ウィッチは天職かもね!」

「はは、空挺ウィッチたけどね、私ら」

 

 周囲を気にしながら進む私達はしかし、数時間前の対空砲火、そして地上戦での攻防が嘘のように静かであり、警戒中であることを忘れた。

 

「ここの平原にはネウロイはいなさそうね。これなら航空基地を設営できるでしょうし、ここを拠点に航空支援ができるでしょうね」

 

 すると、付近にいたシャーロット大尉がそう話している声が聞こえた。彼女は通信兵を呼ぶと、大隊本部への連絡を行っていた。

 

「えぇ、今のところは索敵の範囲内に居ません。……分かりました。ブリュシュヴィルの解放は完了したと言っていいでしょう」

「ねぇね! やったね!」

「あぁ! 解放だ!」

 

 そう微笑んで言った大尉の言葉に、段々と皆の顔が綻ぶ。最低限張っていた緊張の糸が今切れたようだった。確かに現状、ブリュシュヴィル内、そして周辺は他の部隊の戦況報告等々より、それは成し得たと言っていいだろう。かく言う私も今の言葉でホッとしていた。

 

「とりあえず、これで次の地域に入れるわね。皆! また気を引き締めて! 警戒を厳にして」

 

 大尉がそう言うと、皆それぞれの国の言語で了解と言っていた。ちょっとしたおふざけだろうか。今は許されるかも知れないが、ものすごく怒られるところだろう。そう思い、苦笑している私にマルギットはまた話しかけてきた。

 

「走るのに自信があるなら、競争とか沢山したんだよね?」

「ん? あぁ、それはもう、心が折れるまでさ」

 

 先程のこともあってか、私も気が緩んでいるようだ。つい昔の話をしてしまう。思い出したくもない過去もあれば、楽しかった頃の思い出もある。それは皆、誰にでもあるだろう。

 

「そう、誰にでもあるような小さな栄光と大きな挫折の毎日だったよ」

「そう……そうだ、じゃあその挫折から陸戦ウィッチじゃなくて、空挺ウィッチに?」

「ま、空でも飛びたかったんじゃないかな」

 

 嘘だ。

 飛び降りる感覚はスリルがある。それが楽しくて入ったに過ぎない。飛びたかったら、航空ウィッチになれば良かったのだ。結局のところ、私はスリルを味わいながら、地に足をつけていたかっただけである。

 だが、それがこんな凄惨な地獄に落ちるとは思いもしなかった。しなかったとも。

 

「む〜、適当にあしらったでしょ」

「ふふ、バレたか」

「もぅ!」

 

 そう言うと、彼女は頬を膨らませた。年相応の可愛らしい怒り方に、私は何故だか可笑しくて失笑してしまう。それに対して彼女はまた怒るのだが、私は内心願った。この時間がいつまでも続けばいいのにと。

 

 

 

 

 それから少しして、部隊は一度静止する。どうやら索敵班が何かを察知したようだ。全員がその場にしゃがみこむと、シャーロット大尉は先頭へと走っていった。ネウロイか? 全員の頭にそうよぎる大きな不安が、日が照りのどかなこの草原でも重苦しい空気へと変えていく。頬を伝う汗が気持ち悪く、袖で何度か拭う。短い呼吸が、嫌というほど耳についた。

 

「全員、戦闘準備」

 

 凛とした、しかし静かな声が通り、全員が残弾を確認して安全装置を外した。目つきが変わる。この瞬間、私達はウィッチとしてのスイッチが入ったのだ。道沿いにある窪みを伝い、小隊毎に動いていく。すると、突然何か大きな音が聞こえた。

 

「誰かがきた! レベッカ!第一小隊を連れて北西の方から側面を叩いて! 第二、第三は私についてきて!」

「ウーラー!」

 

 そう叫ぶやいなや、全員が駆け出し始めた。レベッカ少尉率いる第一小隊は右手に見える道に向かい、展開を始めた。くそ、タイミングが悪い。一体どこの誰が連れてきたのか!

 

「ネウロイ、およそ3体視認! ビームきます!」

「第二小隊、シールドを貼って!!」

 

 その瞬間、轟音とともに赤い閃光が青い円状の魔法陣に弾かれる。地面は抉れ、雲を割る。向こう側に見えたデューブ川が音を立てて水柱を上げていた。だが、ネウロイは止まらず進撃していた。

 そこに、こちらの溝まで走ってきた者が現れる。どうやら別の空挺部隊に配備された男性である。魔法陣もなく、生身で駆けるなんて無茶がすぎる!

 

「こっちよ! 早く!」

「第三分隊は道沿いに進んで、包囲して!」

 

 誰かが叫び、シャロン少尉の怒号が飛んだ。すぐ銃声が鳴り響き、あれほど静かな田舎の道は、穴だらけの野道へ変貌した。

 少しして、彼は溝に転ぶように落ち、第二小隊の陣地までたどり着いた。だが、どうやら無事ではなかったようだった。

 

「なんてこと! 衛生兵! マルギットを呼んで!」

 

 すると、マルギットが私の脇を駆け抜けた。よく見ると彼女のヘルメットには赤い十字のマークがついている。なるほど、衛生兵だったのか。

 ならば、もしかすると先程の会話もメンタルケアの一環だったのだろうか? そこまで考えて、そんなことはないだろうと目の前の敵に集中する。弾はまだある。いちにのさんで頭を出して、確実に仕留める……!

 

「いち、にの、さん!」

 

 爆音が私の手元で鳴り響く。同時に伝わる制御しようのない大きな反動にしかし、体はなれているのかうまく逃しながら、何発も、何発も打ち込む。弾はすぅっとまっすぐ飛ぶと、ネウロイへと向かっているのが一瞬見えた。当たったかは分からない。

 すると、リーーーンと甲高い金属音が鳴り、M1ガーランドのクリップが飛び出す。即座に頭を引っ込めて、私は弾を装填した。手が震え、訓練のときのようにいかない。慌てるな。やるしかないんだ。

 そう思っていた時である。先程とはまた違った甲高い音が響き、何かが崩れる音が聞こえた。銃を構える要領で確認をすると、ネウロイが一体、光の粒子のように崩れ落ちていた。倒した! 一体目を!

 すかさず2体目に対して引き金を引いた。すると、赤い光がネウロイに凝縮されるのを確認して、私は咄嗟に頭を下げた。その真上を、ネウロイの赤い光線が過ぎる。抉れた土がヘルメットを叩き、軍服が土まみれになるが、もはやオシャレなんてものを気にする余裕なんてなかった。

 そのタイミングで、マルギットの叫び声が聞こえ、私はそちらに目をやった。

 

「なんでよ! 止まれよ!! 〜〜っぁぁぁあああ゛!!」

 

 先程の彼女とは思えないほど、獰猛な表情を浮かべていた。眉間にしわを寄せ、息を荒げて怒りからヘルメットを地面に叩きつけていた。その傍らにいた男性は、もう、動かなかった。包帯の跡や、捨てられたモルヒネが無残にも転がっていたのが鮮明に瞳に映る。

 

「もうだめね。一体何を伝えようとしていたのかしら」

「分かりません。ネウロイが3体もいたということは、はぐれた敗残兵か、偵察隊でしょう」

 

 近くでシャーロット大尉とシャロン少尉が冷静に戦況を分析していた。シャーロット大尉は時折顔を出しながら敵を確認していて、シャロン少尉に再び顔を向けた。

 

「おそらく後者ね。後退を始めたわ。本隊と合流するつもりよ」

「だとするとその方向に、本隊がいるのかしら」

「わからないわ。少なくとも、あの男性が走ってきた方向に向かって後退してるのはわかったわ」

「どうするロッティ」

「無論、叩くわ。第一小隊攻撃開始! 側面からの攻撃で叩き潰すわ! シャロン、弾幕をお願い。囮になって!」

「わかったわ!」

 

 そう言うと、シャーロット大尉は勇敢にも更に先頭に向かう。それに士気が上昇したのか、全員が動き出した。相変わらず溝からは出られないものの、キャタピラをうまく利用して速度のある展開を実現しつつ、ビームを複数人のシールドで防いでいた。シャーロット大尉の作戦である。魔力の弱い私達は、こうする他ない。

 

「攻撃! 第二小隊はシールドを! 第三小隊は余裕があればコアを狙って! できるだけ撃ち方をやめないで! 第一小隊はできる限りコアを狙って、絞った攻撃展開を!」

 

 第一小隊の片翼包囲陣形を取る私達は、すぐそこのデューブ川によってネウロイを包囲することができた。私達の弾幕に踊るネウロイは、後退をするも、突然の第一小隊の攻撃に装甲を削られその弱点を顕にした。それからの展開は早く、第三、第一小隊による一斉精密射撃により2体のコアは弾けとんだ。

 

「撃破!!」

「周囲の索敵をして! 平野だから見渡せるでしょ!?」

 

 その号令に全員が周囲を見渡し、全員が敵が居ないことを確認した。私も見回したが、荒れた大地と、遠くには青々とした草が生い茂る、農地しか見当たらなかった。私達の勝利である。

 即座にシャーロット大尉は集合をかけると、損失の有無を確認した。

 

「シャロン、人員は?」

「損失なしよ。やったわね!」

「ふぅ、良かった……」

 

 心底安心したような表情を見せたシャーロット大尉は少ししてきゅっと口を閉じた。周りの皆はその報告とシャーロット大尉の安堵に疲労感と達成感を加えたような、苦笑とも言える表情を浮かべていた。かく言う私も、安心したからか綻びが解けた。

 しかし、だからこそシャーロット大尉のその口を閉じた視線の先が気になって、私は目で追った。その先には、マルギットの背中が見えた。ぺたりと座り込み、男性を看取っていたのだ。丸まっている背中は、何処か小さく見えた。

 

「マルギット、その……」

 

 私は彼女に近寄り声をかけるが、続きが浮かばなかった。どう声をかけるべきなんたろう。どんな言葉も、きっと響かないし届かないだろうに。だけど、彼女は頭を強く振ると、苦笑してこちらを向いた。

 

「大丈夫、分かってるよ」

「……シャーロット大尉が呼んでるよ。行こう」

 

 私は手を差し出した。それを頼りに彼女は立ち上がる。疲れたようにフラフラしていたが、立ち上がってからはしゃんとしていた。

 そこに、シャーロット大尉が来た。

 

「そこの男性は、何を言っていたの?」

「救援要請です。混濁した意識の中で呟いたのはそれと、無線機の損壊、通信手段が無く伝令に来たということのみでした」

「……なるほど。急ぎましょう。全員! キャタビラにて全速で救援に向かうわ!」

 

 そう言うと、シャーロット大尉は皆の中心へと移動した。即席ではあるがブリーフィングの始まりである。男性が走ってきた方向、そしてネウロイが退却し始めた方向を元に、私達はカランタン付近だと予測を立てた。

 そうして、全員が道に沿ってキャタピラを回して進む。キャタピラでの走行は走るときよりも早く、草土をかき分けて前進することができる。車とそう変わらない速度で前進し、私達は へ向かう。そしておよそ1マイル先へ進んだ段階でシャーロット大尉は足を止めた。

 

「戦闘態勢!! アンブッシュ!!」

「そんなまさか!?」

 

 一気に後退し、道沿いの溝や草木に隠れ、攻撃を凌いだ。赤い閃光が無差別に地面を抉ってゆく。私達があと一歩遅れていればそこにいただろう。そう考えるとゾッとする。

 

「橋を確保できれば……くそ!」

 

 そう、誰かが悪態をついた。橋の先に救援を求めた部隊はあり、橋さえ確保していれば救援に行く手立てだってあったかもしれない。何なら合流して戦力を合わせて叩くことだって可能だった。だからこそ、この川を渡る橋こそが重要だったのだ。

 すると、前線を張るもの以外がシャーロット大尉に呼ばれ、集まった。私も参加し、その話を姿勢を低くして聞く。

 

「ここから、1マイルほど離れた場所にサン=コーム=デュ=モンの教会がある。E中隊がそこを通ってカランタンに向かっている手はずよ」

「なら、そこで連携が取れれば」

「橋の奪還、カランタンへの門が開くってわけ」

「ついでに残された部隊も助けられるかも」

「だったら、誰かが連絡を取る必要があるな」

 

 そこまで言って、静寂が訪れる。いや、正確には銃撃音と地面を抉る音が響くのだが、私達はお互いに目を向けあっていた。そうだろう?危険な行為に近い。

 だから、私は目を閉じ、息を整えて言った。

 

「私が行きます」

「ありがとう。あと二人ほど付けたいわ。誰か!」

 

 そう言って、シャーロット大尉は人員を集めた。私達は伝令兵として、この1マイル、往復2マイルを走る。私はちらりとマルギットの方を見た。彼女は全力で応急手当を施していた。魔力量は微小ながら、私なんかよりも全力で、格好良かった。

 

「よし、サン=コーム=デュ=モンに行って、E中隊に至急応援を頼むよう伝えてちょうだい。ついでに、この辺りに味方の孤立した部隊が存在するはずだとも伝えて。救援は早くに超したことはないわ」

「分かりました」

「頼んだわよ。ネウロイには気をつけて。弾幕用意!」

 

 そうシャーロット大尉が叫ぶと、全員が顔を見合わせ、頷いた。準備は整ったのだ。あとは、全力で走るのみ……!

 そして、シャーロット大尉はその優しい顔とかけ離れた怒り顔で叫んだ。

 

「撃て!」

「走れ走れ走れ!」

 

 全力の一斉射。鼓膜を劈くほどの爆音が連発される中、私達三人は身を乗り出し、走り出した。銃撃戦を走り抜ける私は、心臓の音が全く聞こえなかった。何も感じず、死んでしまったのかと思うくらいに。息切れだってする。魔力を全力でストライカーにまわして、体をひねってジグザクに走行し、時にはその脚で走った。

 そして、ビームも、銃撃音も遠ざかった時、やっと心臓がうるさく聞こえた。息は肺を裂き、全身の血がぐるぐると巡る感覚を得る。生きている。

 

「はぁ、はぁ、ふぅ、よし、じゃあ、あ?」

 

 しかし、振り返ると誰も居なかった。私は一人で走り、孤立してしまっていたのだ。サアっと血の気が引く。肩で息をしながら、辺りを見回すがやはり誰もいない。やけに心臓の音がうるさかった。

 

「はぁ……はぁ……ど、どう、する?」

 

 目が泳ぐ。汗が、思った以上に流れていた。目を閉じて、私は一つ深呼吸をする。肩が上下に動いていた。どうする、ではない。やることは決まっている。私は地図を取り出して位置を確認した。あと400ヤードもないくらいだと思うが、部隊がそこにいる気配がしなかった。もしかしていないのか? 間違えたか? そうよぎる不安にしかし、視界に入った教会が安心感をもたらした。

 全力で駆け出し、教会の前へとたどり着いた。勢い余って転び、扉を破っての入場をした私は、倒れふしたまま銃口を向けられていた。私がネウロイでないと瞬時に理解すると、バッと銃を上へ向けた。

 

「だ、誰だ!?」

「いきなりどうした!?」

「何があったの!」

 

 私はE中隊のみんなに起こされ、起き上がった。足が震えている。早く伝えて、応援を向かわせないと。脳裏にマルギットの怒りの表情が見えた。

 

「私はA中隊所属、アリサ・ウィルソン軍曹です! 現在、東南東の橋にて交戦中! 橋の向こうにはおそらく、別の男性による空挺部隊が取り残されており、之の救出の応援を願いに来ました! 支給よろしくお願いします!」

「まってまって、そう慌てないで落ち着いて」

 

 一気に私は捲し立てると、肩を両手で抑えられた。焦っているのは分かってる。これ以上の被害は抑えたかったのだ。

 

「……なら、この橋を落として、回って攻撃しましょう」

 

 そう言ったのは、キレイな金髪のおっとりしたような、それこそシャーロット大尉のような優しさのある女性だった。優しさはあるが、今はどちらかというと勇ましい表情であった。

 彼女は机の上に広げた地図の、近くの橋を指していた。そこから回る形で攻撃し、挟み撃ちにするとのことだ。間に合うのか? そんなことで、救えるのか?

 私はその女性を凝視した。目が合い、彼女もこちらをじっと見つめた。

 

「……ごめんなさい。できる限り間に合わせるわ。迅速に確保し、救援に向かう。今ネウロイはそちらの大きな橋に戦力を割いているわ。だから、今がチャンスよ」

「……なるほど……」

 

 その理由には納得がいった。そう呟くと同時に、他のみんなは銃器の確認をし始めた。なんて結束の高い部隊なんだ。そう思っていると、スッと手を差し出される。部隊長の女性はニコリと笑うとこう言った。

 

「リーナ・ウィンターズ中尉よ。よろしくね」

「え、えぇ。よろしくお願いします」

「この作戦はそちらの部隊が持ちこたえること前提だから、なんとか持たせて。信じて私達は敵陣を突っ切るから」

 

 力強い握手だった。人望というものはきっと、この人の為にある言葉なのだろう。そう思わせるくらいには、自信のある言葉であった。そう言って、彼女は短くブリーフィングを開始する。そして、私に顔を向けると、こう言った。

 

「あなたの任務は退却せず、持ちこたえるよう伝えること。私達のことも伝えてね。必ずよ!」

「わ、分かりました!」

 

 そう言って、私はその場をあとにした。全速力を持って、この情報を伝えなければならない!

 外に出ると、日が照り、新鮮な空気が肺に送り込まれる。目を閉じて、目を開ける。ここは、私の競技場だった。スタートのピストルの合図も聞こえる。私は風の音を置き去りにして、全力でキャタピラをぶん回したのだった。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 肺が悲鳴をあげていた。くそ、泥が多くなっている。なるべく、泥濘の少ないところを駆け抜けているはずだが、それでも足を取られていた。これでは、もしかすると間に合わないかもしれない!

 私はキャタピラを止め、走り出した。ストライカーでの走りは遅く、何より走りづらい事この上ない。だが、私しか居ない。この一マイルを駆け抜けて、届けなければならない!

 

「うぉぉぉああああ!!」

 

 そこに、赤色の閃光が走った。

 

 痛い

 

痛い

   痛い!!!!

 

「あぁぁぁぁ……がぁぁぁぁ!!!」

 

 被弾した!

   どこに!?

痛い!

  お腹!?

 

      どうすれば?

 お母さん……

 

 

 

 混濁する思考の中で、私はシールドを貼った。2発目の閃光はシールドに沿って地面へと突き刺さった。これは、まずい。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 止まらない。血が、止まらない。

 痛い。痛い。痛い。いつの間にか視界は歪み、大粒の涙が溢れていた。

 嫌だ。痛いよ。痛いよぉ。

 

「あぁぁぁぁあああ!!」

 

 それでも、私は足を止めない。立ち上がると、私は駆け出した。激痛で視界がチカチカと明滅するが、どうでも良かった。

 私のレーンには、ゴールテープしか見えちゃいない。ふんじばって、私は駆けた。それをネウロイは、逃すまいと攻撃してくる。私の、伝令の重要性が分かっているとでもいうかのように。

 轟く咆哮の最中、私はキャタピラをぶん回して駆け抜ける。土草をかきあげ、泥にまみれながらも私はかける。

 途中、泥状の地形を走って駆け抜けて、乗り越えてゆく。

 私の脚はまだ動く。

 私の魔力はまだある。

 だけど、もう先が見えないのは確かだ。

 だから、せめて―――

 せめて、伝令の任務だけは、全うしなければならない!!

 

「あぁぁぁぁ!!!」

 

 そして、そこで私の真横を銃弾が過ぎていった。それは更に増えて、後ろから狙うネウロイは、攻撃を続けられなくなっていた。

 

「こっちよ! 早く!」

「よく頑張った! タッチダウンだよ!」

 

 何を言っているかはわからない。だけど、全力の私を受け入れるゴールテープがそこにはあった。確かに、暖かな、大きなテープが。

 

「飛び込め!」

 

 足が縺れたように飛び込んだ私は、激痛に顔を歪ませた。早く、早く、シャーロット大尉に言わないと。

 すかさず、シャーロット大尉が駆け寄ってきた。危ないですよ、大尉。私はそう呟けなかった。

 

「マルギット! すぐ来なさい!!」

 

 大尉はそう叫んでマルギットを呼んだ。悪いことをしたなぁと、私は思った。マルギットは泣きそうな顔で懸命に治療に当たっている。なけなしの魔力を全力で回して。この顔だって、させたくはなかったのに。

 

「どうだった? 何を言われた?」

「大尉! 喋れる状態じゃないの! 黙って!」

「伝令よ。時間が全員の命にかかるわ。あなただって分かってるでしょ?」

 

 静かに、大尉はマルギットを叱った。私はマルギットの手に手を添えると、私は大尉に顔を向けた。

 

「E中隊は南西の橋を奪還し、回り込んで応戦するとのことです……ぐっ! ……ですので、ここで耐えてください……お願いします」

「なるほど……こっちが主力だし、そうなるわね。わかったわ。ゆっくり休んでちょうだい。マルギット、後は頼むわ」

「了解……!」

 

 そう言うと、切り込み分隊を解体し、防衛陣を大尉は敷いた。それを見て私は空を仰いだ。澄み渡る青空は、戦争中であることを忘れさせる。そんな綺麗な青空だった。戦闘の音も何もかも、遠く聞こえた、そんな吸い込まれそうな、綺麗な

 

「綺麗な、空……」

 

 いつかの競技場で走りきった後に倒れた空と同じ、清清とした空だった。

 

 

 

 

 

 

 それから、少し。

 私はマルギットの応急手当により一命を取り戻した。あの後、E中隊の電撃的な応戦により私達は橋の確保ができた。これにより、カランタンへの門は開き、E中隊と合同でこれを解放した。

 そこを拠点とするため、他の部隊達が道路を伝って進入し、私達の目的はおよそ3日で達成したのであった。

 

 私は、原隊に即復帰することは叶わず、カランタンにて治療に専念することとなった。だが、私は良かったように思う。これでしばらくは、マルギットの苦々しい顔も、悔しい顔も悲しい顔も見ないで済むのだから。




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第十話

短めと期間が空きましたので、ちょっと感覚がわからなくなってるかもです。
よろしくお願いします。


 またこの場所に来たのか。

 空を見上げればさんさんと輝く太陽と、どこまでも青い空。

 前を見ると、どこまでも続く平原に、変化の少ない風景。

 でも確実に誰かが倒れ、誰かが生き残った痕跡がある。

 ここは天国だろうか。

 それとも地獄だろうか。

 空を征く輸送機は、ただ私達を見送ることしかしなかった。

 

 

 

チャプター: A中隊、出撃

 

 

 

 カランタン制圧より数日後、ブリタニアとリベリオンの歩兵師団による半島の解放が行われ、これを機にガリア軍、カールスラント軍の歩兵師団、航空師団も加わり、ガリア西部の解放作戦が行われた。しかし、巣を失ったネウロイだが、その脅威は健在で、犠牲は少なくなかった。

 だが、爆撃機隊による航空支援により歩兵師団は予定より早くに各地にて戦果と解放を挙げていた。特にカールスラントの空挺ウィッチと空挺部隊による混成降下猟兵師団は、迅速な行動により早期展開を実現し、私達と同じくネウロイの背後や側面を突く形となり、ネウロイは多方面の戦線を展開せざるをえなくなっていた。

 加えて、ネウロイの巣の撃破後ということもあり、敗残兵と化していたネウロイは増えることもなく、その勢力は国境線まで追い詰められるほどに弱まっていた。最初から爆撃できればどれほど助かったか。見積もりが甘かったのもあったが、ネウロイの体制が整っておらず、新たな巣が発現しない今たたくしかなかったのだという。

 

 兎にも角にも、私達の本来の役割である橋の確保、カランタン制圧による分断に成功し、目標は達成された。

 そういった経緯もあり、私達は一時ユタビーチの基地に戻り、ブリタニアに戻る予定であった。

 

「はぁ、これで一旦帰れるな」

「そうだねぇ。なんだかんだ激戦をくぐり抜けて、包囲もできたし、お手柄でしょ」

 

 私の呟きに、レイチェル軍曹は苦笑してそういった。およそ2週間ほど偵察や防衛でネウロイとの戦闘があり、疲れてきているのは目に見えてわかった。と言っても、最初の頃と比べるとまだマシとも言えるだろうが。

 

「帰ったらまず何する?」

「そうだな……お風呂にでもゆっくり浸かりたいかな」

「いいねぇいいねぇ、確かにどろんこだもんね」

 

 周りを見やると、確かに泥だらけだ。汚れのない人は誰一人としていなかった。それにクスリと笑うと、私達は話を続けた。

 

「カルステンはさ、どこに降りたんだっけ」

「デューブ川の近くさ。あそこはひどい有様だったよ」

「川の近くが? 何故?」

「氾濫で、泥沼になっていたんだよ」

 

 私は、それから降下時のことを思い出した。

 私達の輸送機は被弾することはなかった。だけれど、航空ウイッチ隊による支援はなく、対空ビームが絶え間なく雲を裂き空を焼く。生きた心地がしなかった。

 

「けれどもなんとか降り立った後、別の空挺部隊と合流して動けたんだ」

「空挺部隊ってことは男の人と?」

「そう。晴れて戦場に立てるって言ってたけど、翌朝辺りにはそんな元気もなくして、ただただ戦士の顔になってた」

 

 皆そうだった。私達も、必ず取り戻す使命感と正義感でここまで来たはずだった。今やこの泥だらけな状態で帰れることに感謝するぐらいだ。全員が一様に変化してしまっていても、何らおかしくはないのだ。しかし、興味なさげにレイチェルは続ける。

 

「ふーん? で、何がひどかったのよ」

「降り立った地が、泥沼だった。私はあと少し飛び降りるのが早ければ、死んでいたかも」

「……まさか」

「そうだよ。翌朝、私が近くを通ることになったとき、その場所に何人か見かけた。川に堕ちた者、沼に落ちた者……みんな溺死していたんだ。その装備の重さによってさ」

 

 あの時には見かけなかったが、何人かのウィッチもそうなっていたかも知れない。私はその時ゾッとした。あと少しズレていれば、私もそうなっていたかも知れないと。

 

「……怖いわね」

「あぁ、次の降下時には、ちゃんとした平地がいいなぁ」

 

 そう言ってあたりを見回す。だが、変わらず平和に草花が風に揺れる光景しか見えなかった。

 

 しばらくして、私達はユタビーチへと到着した。みんなヘトヘトではあるが一様に微笑みが戻っており、雑談の声がそこらかしこから聞こえてくる。その声はどこか楽しげであり、少しホッとしていた。

 そして、拠点到着後に、私達はサロンにて待機命令を受け、それぞれが適当な席に座って休み始めた。私も同様にグラスに水を入れて一息つく。ストライカーは途中に整備のために整備所に置いてきたのだが、整備士の方々はどこか難しい顔をしていた。

 

「そういえばさ、なんでさっきあんなに難しい顔をしてたんだろ」

 

 そう考えていると、レイチェルが同じような疑問を呈してきた。気になるのは確かであり、何か不調があったのかと不安になる一方である。

 

「確かにそうだね。泥だらけだったから、とかかな?」

「そんなことはわかってたはずよ。さっき呼び出されたシャーロット大尉も難しい顔をしてたし……」

「そうなの?」

 

 それは見ていなかった。大尉までそのような表情を浮かべるのなら、きっと何か不味いことがあったのだろう。私はそんな嫌な予感を振り切りたい気持ちで手元のグラスに手を伸ばすが、その前に誰かがグラスを奪った。すると、その中身をぐびっと一口飲んで振り下ろす残念な美人がそこにいた。

 

「そりゃ、今回のストライカーがあまりよろしくなかったからだよぉ」

「ぐび姉さん」

「オルドレン准尉……よろしくなかったとは?」

 

 グラスは諦めて、どこか眠たげな表情を浮かべたぐび姉さんこと、オルドレン准尉に質問を投げかけた。

 

「作戦は成功し、開放作戦も順調……その一方で実地投入までに多くの戦力を失った事実と、ストライカーのライセンスという問題が浮上したのよぉ」

「というと?」

「要は、この期に及んで各国は技術提供を渋ったのよ。そのうえでばかすか死んじゃって大変って?」

「そゆことぉ」

「そんな馬鹿な! 協力せねば勝てるものも勝てまい!」

 

 ぎゅっと手を握る。その拳からは血が流れていた。ふざけるんじゃない。何がライセンスの問題だと? たしかに会社企業というものは大事ではあるが、死ぬか生きるかのところに金を絡めるなよ。

 血が登った頭では分かってはいるが抑えきれない怒りを覚える。ふざけるなよ。ふざけんな……!

 オルドレン准尉はまたくぴっと飲むと、話を続けた。

 

「ストライカー自体の性能に問題はないんだけど、持続力であったりシールドの硬度、燃費と戦闘時の消費魔法力……混成空挺部隊な私達が今回先陣を切ったことで各国の差がはっきりしたのよぉ」

「つまり、今回の作戦は問題だらけだったんだ」

「なんてことを……何人死んだと思って……!」

「でも、そうでもしなければ国を取り返す前にお金を失って国が終わりよ。戦時国債なんてものを生み出して、なんとか国としての体裁を保ってるところじゃないかしらぁ」

 

 尤もである。浅ましいが、守る為に金を優先する時もあるのだ。だが、そこは違うだろう。違うだろうよ。

 

「……くそっ」

 

 私は小さく悪態をついた。おそらくこれは、多大な被害を産んでいるヨーロッパ各国のことだ。それはおそらく、カールスラントも、だ。

 宥めるようにレイチェルがフォローする。

 

「仕方がないのよ。全てには理由があるものよ」

「まぁ、砂漠の経験もあるからって少し舐めてたわねぇ。バトル・オブ・ブリテンで何を学んだのかしらねぇ……」

 

 そういうオルドレン准尉はしかし、気だるげなその瞳に怒りをチラつかせていた。チリチリとする怒りの波濤の片鱗をこの身で感じていた。

 

「……私達には余裕がないんだ……カールスラントのあの地には、置いてきたものがたくさんあるんだよ……」

 

 私の亡くしたもの。お墓すら、あったかも分からない。思い出だけが残されたあの場所を。

 

「兄さん……」

 

 必ず、奪還せねばならない。

 

 

 

「では、この勢いのまま、ガリア解放を行うということですか?」

「そうなるな」

 

 大隊長はそう言うと、ため息をついていた。彼もわかっている通り、この大隊はここ数日数々の戦果を挙げると同時に、疲弊していっており、休息がほしいのだ。しかし、ドラグーン作戦による南フランスの解放に伴う戦果の宣伝効果は少ない。そのために彼女たちも広告塔として戦線に復帰してもらう必要があったのだ。

 嫌気が差したのか、シャーロットはため息をついて呟いた。

 

「はぁ、いつになればお風呂に入れるのかしら」

「聞こえてるよロッティ」

「聞こえるように言ってるのよ。そんな目的で部下を危険な目に合わせられないわ」

 

 ちらりと横目で彼女はつぶやく。その刺さるような視線にうぅむとうなりながら大隊長は流れる汗を拭った。

 

「わたしも、そこは承知の上だ。だから、次の作戦のみ参加し、しばらくは休暇をとることとした。如何ようにせよ、巣のない範囲での攻勢はそろそろ決着がつくだろうしな」

 

 そう言うと、彼は渋い顔でため息をつく。だが、そうでもしなければ私達も身が持たないだろう。とりあえず、今後の日程について会議は進み、シャーロット、シャロンはその場を後にするのだった。

 その帰り、何となくサロンのバーカウンターに身を預けると、シャロンが言った。

 

「で、あの子達にはどう伝えるの? そのまま伝えるにしても難しいわよ」

「そうね……」

 

 シャロンはカウンターからお酒を一本いただくと、それを2つのグラスに注いで氷を入れる。片方をシャーロットに手渡しながら、自身も落ち着けられるよう椅子に深く座って一口飲んだ。渋い顔をするシャロンに、シャーロットはクスリと微笑む。なおも続く後味の悪さは、お酒のせいかは分からなかった。

 しばらくそうしているうちに、休める時間は過ぎていった。シャロンとシャーロットは、重い腰を上げて隊員の休むサロンへと向かう。入った瞬間に二人揃って眉をハの字にしたのだった。

 

「ほらぁ、飲みなさいよぉ!」

「もう無理でしゅ……しゅしゅしゅ」

「アハハハ! 体に染み渡るねぇ」

「んんぅ…………もぅ少しねぅ……」

 

「えぇ……」

「……はぁ……」

 

 既に幾名かが出来上がっており、皆完全に休暇モードであったのだ。心苦しいどころか、暴動も起きるかもしれない。本来ならばこれは咎められるべき事態なのだが、シャーロットは考えるのをやめた。

 

「……え、ロッティ? なにしてんの?」

 

 そして思いっきり壁に何かを叩きつけると、全員を黙らせた。シャロンもそれには驚きすぎて、背筋までピッシリ伸ばしてしまうほどであった。

 

「け、傾注!」

 

 そこまでしてハッとしたシャロンはそう言って全員の視線をシャーロットに向けさせる。だが、もはや言う前に皆背筋を伸ばしてこちらを見ていた。まぁ流石に驚くだろう。シャーロットが怒る姿などそうそう見なかった皆んなだからこそ、背筋が凍った。良いも冷めたのではなかろうか。

 

「明日朝08:00にここを経ち、ガリア南東へ向かうわ。これから休められるはずだったあなた達には申し訳ないけど、これは命令よ」

「えぇぇ……なんてこった」

「うぅ、せっかくのお休みがぁ」

「お、温泉もなし……?」

 

 それぞれが辛そうにその事実を飲み込み、悲しい雰囲気にここは包まれた。

 

「明日の朝は早いから、全員、荷物をまとめたら就寝して。以上よ」

「なぜ今なのですか?」

 

 そんな中、手を上げるカルステンは疑問をぶつけた。誰もが帰れると思っていたのに唐突なのである。納得がいく者は少なくなかった。しかし、それに対して淡々とシャーロットは答えた。

 

「オーバーロード作戦上必要な戦闘だからよ。これは命令。……まぁ、この作戦後、私達の休暇は約束されてるわ。全員備えてちょうだいね」

 

 そう言うと、残念がればよいのか喜べばよいのか、微妙な雰囲気にざわつく中で、カルステンは拳を握った。タイミングとしては次の作戦に私達は必要がないはずだ。何故、問題がある中で向かわせるのか。軍の最上部が何を考えているのかは不明だが、きな臭さが鼻腔を通り頭痛を引き起こしそうである。

 

「……くそっ」

 

 私達は、なんの為に戦うのだろうか。

 またあの地に向かうのに、何を掲げればよいのか。

 疑問に、苛立ちに、私は震えながらただただ命令を飲み込むしかなかった。




感想などいただけると幸いです……!


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第十一話

長くなりました……前編です。


 私は自身を極限の状態に置きたかった。

 でも、それは単純であり、かつより複雑な場所へと誘うものだった。

 この地獄に私は、何故来たのだろうか。

 安易な考えで来るべき場所ではなかったのだ。

 そう、後悔は募るばかりだった。

 

 

Chapter:9 遠い橋を眺めて

 

 

 第一陣によるガリア大解放作戦、通称ネプチューン作戦より2ヶ月ほどが経ち、私は新たにこの101空挺に補充兵として配属された。

 A中隊。

 先陣を切り、カランタン攻略をE中隊と共に成し遂げた502大隊のトップエース部隊である。

 その一方で、最も死傷者の多い部隊でもあり、通称『パープルハート空挺部隊』とも呼ばれている。補充兵の多くはそこへの配属を嫌ってはいた。ただ、英雄になることを望む人たちや、私のような変わり者を除いて。

 上層部はネウロイの攻撃を押し返し、ガリアを開放したことで、更なる攻勢を検討していた。国境付近まで伸ばせた戦線に、十分な補給路を構築したことにより、ネウロイの勢力下にあるカールスラント攻略を視野に入れたのである。東部戦線が、動き始めるのだ。

 

 9月。

 私はA中隊の隊長と会うために、さんさんと照らされた街道を歩いて行く。輸送車や多くの男性の軍人たちが忙しなく動いており、準備が着々と進んでいるのを雰囲気で感じ取れた。

 しかし、平和である。

 特に何事も無く日常は流れ、只々訓練をしては遊んで寝るを繰り返している。早く戦場で輝きたいと思う気持ちと、憧れであったウィッチとしてカールスラント奪還をしたいと、はやる気待ちを抑えるので精一杯だ。

 しかし、それも今日で終わりだ。本日付で晴れて配属されることとなった私は、数日後に戦線へと出る。そのための第一歩を歩いていると考えると、早足気味に士官室へと向かった。

 コンコンと軽いノックをすると、入ってと綺麗な声音が聞こえてきた。

 

「失礼します」

「……あぁ、あなたが補充兵の?」

 

 そこにはタイプライターとにらめっこしているクローディア大尉の姿があった。隣にいるシャロン少尉が気づいて、手を止めてくれた。背すじを伸ばし敬礼をすると、敬礼を返すクローディア大尉。彼女は微笑むとこう言った。

 

「ようこそA中隊へ。歓迎するわ」

「は、はい!」

 

 どこか、凄みを感じる優しい声音に、私も微笑みと返事を返した。それから、原隊の場所を教わったのだが、ちらりと見えた文書が気になった私は最後にそれについて質問をした。

 

「あの、大尉」

「何かしら?」

「1つ質問をしても?」

「良いわよ」

「……その文書は、一体なんの文書なのでしょうか?」

 

 単純な疑問であり、教えられない範囲なら教えないだろう。そう軽く考えていたが、大尉はスッと、表情が消えた。その変わり様は部屋の空気をビリっと変えた。

 

「……あー、教えられないわ。ごめんなさいね?」

「……あ、は、はい」

 

 錯覚だろうか?

 背筋を伝う冷や汗が本物だと思わせる。怒らせたのだろうか? それにしては私に対しての怒りや殺気などはなかった。

 不思議に思いながら見つめていると、彼女はふっと微笑んだ。

 

「それじゃあ、部隊の方へ行ってちょうだい」

「分かりました」

 

 そう答えて私は敬礼をすると、士官室から出て配属先の宿舎へと向かう。急ぎ足で進む私は、何か先程のことが気になっていた。頭を振って、そのよく分からない疑問を払拭する。まぁいいや。関係のないことなのだ。

 これから、その文書の意味を知ることとなるとは知らずに。

 

 

 

 宿舎につくと、私は洗礼を受けることになった。

 

「ようこそ! A中隊へ!」

「新人歓迎会はもう始まってるぞー!」

「ていっても、勝手に始めてたんだけどね?」

 

 戸惑いながら私は深緑のテントに入り、先輩方の勧める飲み物や食べ物を頂いた。あたりを見るととても楽しそうにしている。本当にここは、極限の状態でいられる場所なのだろうか? そう錯覚するほど平和であった。

 幾人か、私と同様に来た補充兵たちも混ざっている。が、なんというか、交じるには少し気まずさを感じていた。私達とは違い、卓を囲う彼女達はどこか不思議な結束力があるように感じる。それはある種、見えない壁ともなっていた。

 

「ねぇ、あんた」

「は、はい?」

 

 すると、酒瓶を持って私の前に現れたのは、軍服だというのに妖艶さを感じる色っぽさを持った女性であった。酒臭いのは言うまでもない。

 彼女はニコリと笑うとグラスを差し出した。

 

「一杯どう? 景気づけに、いっとくといいよぉ」

「は、はは、じゃあ一杯だけ……」

「私はレイリー・オルドレン。准尉よ。あんた名前はぁ?」

「ま、マーサ・グローブ二等兵です」

 

 会話をしながら私のグラスに酒が注がれる。挨拶を交わしたこの女性はオルドレン准尉といった。第二小隊副隊長として活躍されているとかなんとか耳に挟んだが、どうなのだろうか。

 

「よろしくマーサ。乾杯よぉ!」

「乾杯!」

 

 キューッと一気に飲むと、彼女は笑って私の肩に手を回した。耳打ちするように私に問いかけるオルドレン准尉に、こそばい思いをしつつ、苦笑した。

 

「これから辛いよぉ? ついてこれるかしらぁ」

「大丈夫です。私はそのためにここに来ましたから」

 

 舐められてるのだろうかと考えた私は、少しぶっきらぼうにそう答えた。だが、その考えは言ったあとの表情で変えることとなる。

 彼女は無表情だった。

 冷たいほど、先程の酒を呷る飲んだくれとは違う、どこか冷たい……。

 しかし、彼女はぱっと声を上げて笑った。

 

「あっはっは! 辛いことのために来たのかぁ。尊敬しちゃうなぁ」

「それが、欧州奪還の、人類の目標のためなら素晴らしいと思います」

 

 少し違う。結果として奪還を叶えるだけであり、私は過程のほうが大事であった。極限の世界を味わうことこそが、私の目的なのだ。

 しかし、そんな何処か英雄願望チックな考えに対して彼女は微笑んだ。いや、何処か苦笑のような雰囲気を感じる。それは、先の戦いで何かを体験したためだろうか。

 どこか否定されたような、馬鹿にされたような感じがして、私は強気に微笑んでみせた。

 

「うんうん。その気持ち、忘れないことだねぇ。絶対に。改めて、よろしくねぇ」

 

 そう言って、私達はこの部隊に歓迎されたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、遂にその時がきた。

 私達は新型のストライカーユニットに足を入れると、そのまま輸送機に乗り込んだ。

 遺書を書いたか? 保険には入ったか? などと言う方々が私達の横を過ぎていった。私も遺書は残している。流石に極限の状態に身を置くのならば、それ相応の覚悟が必要だろう。後悔はないし、今ここにいることが少し誇らしかった。

 輸送機内の席に座ると、隣にはオルドレン准尉がいた。彼女は手を振るとにこやかに笑う。

 

「はぁい」

「……よろしくお願いします」

「ついに来てしまったねぇ……覚悟はできてるぅ?」

「死ぬ覚悟ですか? もちろんです」

 

 冗談めかしてそう言うと、彼女は笑みを浮かべたまま答えた。

 

「生きる覚悟だよ。死ぬ覚悟なんて誰もできやしないさ」

「……」

 

 語気は強く、その眼差しは鋭かった。酒を飲んでいない彼女は、私を震わせた。圧を感じてか、私の頬にはつうっと冷や汗が伝う。人はこれほどまでに切り替わるのか。

 ニコリと笑って彼女は外を眺めた。

 

「ま、死ぬときは死ぬよぉ。覚悟ができてなくてもさぁ。……生き残るよ」

「は、はい」

 

 エンジンが始動し、プロペラが回ってその振動で機体が揺れる。轟音は耳を劈き、皆に緊張の糸が張った。うるさくしていた子も黙り、皆がみんな真剣な表情をしていたのだった。

 そして突如、機体は浮遊感を得て、私達の体にも、違和感のある重力を覚えた。

 

「……」

 

 皆黙りこくる中、私は窓の外を眺める。遠くに基地があり、私達が飛び立ったのを実感した。さらば、私の帰るところよ。どこか心に寂しさを抱きながら、ただただ離れていく基地を眺めたのだった。

 

 それから数時間後。私達はついに目標付近に到達した。降下ポイントまでおよそ三分。全員がオルドレン准尉の指示に従い立ち上がると、降下口のランプが赤に点灯していた。少ない揺れで、私達は難なくその時を待った。

 

「特に問題なさそうね。このまま降りるわけ?」

「敵の猛攻に遭うかと思ったけれど、拍子抜けね」

 

 私の向かい側に座っていた補充兵が、後ろでヒソヒソとそう話した。確かに、もうこのまま降下するならそれほど損害は出ないだろう。D-day初日の対空砲火は凄まじく、多くの死人を出したと聞いていた。が、しかし、のどかな陽射しのもと、私達のパラシュートはぱっと翼を広げるかのように問題なく開くのだ。

 

「総員、降りるわよぉ! 降下!」

 

 青色のランプが点灯し、オルドレン准尉が叫ぶ。その合図を皮切りに全員がその出口から飛び降りた。

 

「うわぁぁぁああ!!」

 

 私も飛び降りると、重力に引っ張られる感覚が襲い来る。と同時にバッと傘が開くと一気に上へと引っ張られる。内蔵がぐるりとひっくり返ったような感覚に、思わず顔を歪める。訓練時にも味わっていたが、中々この感覚に慣れなかった。

 

「……うわぁ……」

 

 しかし、この光景は良いものだった。気持ちが良い。風を切りながら、ゆっくりと降下していく。いやまぁ、それなりにスピードは出ているのだが、それがさらに清々しいのだ。

 遠くに見える平原にのどかに草花が揺らめいている。自然の美しさ、荘厳たる景観がまさにそこに広がっていて、それを一望できる今この瞬間……私は空を飛ぶ鳥のような気分を味わっていた。

 

「凄い……綺麗……」

 

 集中しなければならないのは重々承知なのだが、今このときは何もかもを忘れていた。目的も、願いも過去も、何もかもを忘れたのだ。頬を撫でる風が、気持ちの良い浮遊感が、不安よりもワクワクとした期待と冒険心をくすぐった。

 太陽はすべてを照らし、暖かな光は身を包んで癒やすようである。思わず笑みが漏れた。

 そうして、心地よい一時を過ごした私は、魔法陣を展開し着地する。揺らめくパラシュートを畳んで、装備を確認した。何も外れてはいないし、特に問題もなさそうである。M1ガーランドを手に、私はキャタピラの動きを試しながら原隊への合流を急いだ。

 ちょうどその時、2、3人程度の人たちが降りてきて、一か所に集まった。私もそれに向かい、キャタピラを回す。

 

「マーサ! 今、今私達飛んだよね! くー!! 最高だったわ!」

「ええ、そうね。戦場だってこと、忘れそうだったわ」

 

 私は自身の装備を確認し、ガーランドをいつでも撃てるよう用意した。チャンバーに弾が装填されるのを確認し、辺りを見回す。隣ではしゃぐ子以外に人は見当たらなかった。

 

「で、マリー。他の人たちは見かけた?」

「えぇ、見たわ。南西に一人降りていくのを」

「なら、ポイントBが最も近い集合地点になりそうね。南西に向かい、合流しつつポイントBへ向かいましょう」

「了解!」

 

 マリーは銃を調整すると、私についてくる。マリーの表情は子供同然にワクワクしていた。私は、先程見かけた人たちが集まったであろう場所に向かい、合流する。そこにはオルドレン准尉の姿もあった。

 

「ついたわねぇ」

「よし、それじゃあ本隊に合流するわ。今現在はネーデルラントのアイントホーフェンの南側……この位置ね。北東の橋を確保するため合流を急ぐわ。アイントホーフェンの中心街がそうなっているはず」

「なら、迅速に行動しましょう。シャーロット大尉もきっと早く会いたがっているわ」

 

 第二小隊の新隊長であるルイーズ少尉がそう言うと、みんながくすっと笑い、全員が良い顔をしていた。マリーを含む補充兵の子たちは特にそれが顕著だった。緊張感のなさが、結局のところ死線を掻い潜った先輩方からすれば、まだまだ新兵と区別されてしまうところなのだろう。

 そうは言っても私達は一つの部隊だ。全員が銃を握りしめてアイントホーフェンへと向かう。道中は不気味なほど静かで、何一つとしてネウロイの気配を感じなかった。開放された地を歩く。それがどれほど安全かを実感するというものだ。

 

「そろそろ街に到着するよ」

 

 合流してから少し。ルイーズ少尉の言葉に気づき、私達は建物を発見した。そう、アイントホーフェンの街に差し掛かったのだ。入り口からも分かるように、至る所が崩落し、痛ましい傷跡をまじまじと見せていた。だが、まだ幾人か人が見える。彼らは故国復興の為に、懸命に家々の建て直しを行っていた。

 を通り、中央へと向かう際にシャルトル大聖堂に似た小さな教会が見えた。青い傘のその聖堂は、外から見える時計塔の代わりにもなっていて、お昼前であることがわかる。あれも修繕したのだろう。その努力には胸打たれる想いがあった。

 

「すごいわ」

 

 思わず呟く私。まだ、まだこれからなのである。人類の反撃はこれからなのだと。そう思わせるには十分なほど奮い立つ。しかし、それだけではなかった。

 

「ウィッチ、ばんざい!」

「ようこそ、アイントホーフェンへ!」

「英雄ばんざい!」

 

 呆気にとられる私達をよそに、彼らは私達を手厚くもてなしたのだ。抱きしめられたり、頬にキスをもらったり。まるでここの解放を私達がした英雄かのように。それはもう凱旋のような歓迎であった。

 紙吹雪が舞い、一種のパレードの様相となったピウスラーンストリートを、私達は横断して北部へと向かう。しかし、オンゼ・リーヴェ・フラウウェ通りから北上するあたりから徐々に人数が少なくなり、数名のカールスラントのウィッチと、A中隊の隊員の姿があった。

 

「合流ね。ルイーズ、隊員の漏れはない?」

「はい。第二小隊は全員います」

 

 そう言うルイーズ少尉は少し肩肘を張っているように見えた。新隊長になっての初戦と、部下の命を背負う立場と考えれば確かに気楽にやろうとも言えまい。

 

「いいわ。ありがとう。シャロン」

「作戦を確認し直すよ。このまま北上したところにソンの町がある。そこのソン橋を確保し、ソンの解放をすることが今回の任務よ。第一報では、ほか部隊が既にウェフヘルの橋を確保したそうよ。ネイメーヘンでも戦闘が始まっているみたい」

「そう、私達もこれに続くわ。今回はカールスラントの空挺部隊も参加しているし、連携していくわよ。いいわね?」

 

 シャーロット大尉の言葉に、皆は大きく返事をした。カールスラントの降下猟兵ウィッチも頷くと別方向から橋へと向かった。

 私達も遂に、最前線を歩くこととなる。私は、本来の目的である、極限の状態を求めて、ただひたすらについていくのであった。

 

 

 

 

「にしても、静かね」

「えぇ……でも、ウェフヘルがあんなに早く確保できたということは、ここも相当ネウロイを駆逐できているということでしょ。たぶん」

「だから、静かねぇ? 本当にそうかねぇ?」

 

 マリーの呟きにしかし、オルドレン准尉は笑みを浮かべながらそう言った。ムッとするマリーを横目に、オルドレン准尉の言葉の真意を探る。この人は笑ってはいるが、余裕なく警戒をしている。静かすぎるのだろうか。

 

「……生き物の声がしない……?」

 

 はたと気づいたとき、私はゾッとした。鳥の囀りも、何もかもがここにはない。風が流れるゴゥっとした音以外に、何もないのだ。それはつまり、人あるいはネウロイが潜んでいるということ……!

 私は銃を握る手に無意識に力を込めていた。手のひらが汗でしっとりとしているのがわかる。あの小さな橋まであと少し。あと少しなのに、その道程が怖い。

 さぁっと背中が寒く感じたその時だった。道が裂けた。裂けたのだ。唐突に。

 

「全員退避! 身を隠せ――!」

「ネウロイ数機出現! 交戦態勢!」

 

 驚いた猫のように身を翻して、私達は飛び出して隠れる。凸凹とした道沿いが私達を救った。ネウロイの数はわからないまま、私達は遭遇戦を繰り広げることとなったが、第二小隊は横ばいに広がっていた。1か所に固まって、纏めてやられるなんてことは回避できそうである。

 

「ルイーズ! 第二小隊はシールドで盾になって! レベッカ! 部隊を連れて南方から囲んで! シャロン、部隊を迎撃にまわして!」

 

 即座に、シャーロット大尉の号令が響くと、それぞれの小隊長が即座に対応する。私は第二小隊だ。つまりは、

 

「第二小隊、シールド展開! 私に続け!」

 

 ルイーズ小隊長に続いて何名かが前に立つと、ネウロイからのビームを一斉に受け止め始めた。弾かれたビームが地を割くと、足場が崩れるような感覚が襲う。それは恐怖となって、あるいは筋肉が耐えられなくなってか、私の足はブルブルと震えていたのだった。

 わたしも、みんなに倣ってビームを受け止めていた。だが、瞬時に理解したのは短時間しか持たないということだった。

 

「ぐっ!!」

「大丈夫よ! 私の魔力も回す!」

「オルドレン准尉……!」

 

 オルドレン准尉は私の背後に回ると、治癒魔法のような形で私へ魔力を回してくれていた。額に浮かぶ脂汗が、彼女の全開を表している。しかし、私にとってはほんの微小にしか感じなかった。

 こんな、こんな量の魔力しか持たない人たちが同じ部隊? 冗談じゃない! こんな所にいたら、すぐにでも肉塊になってしまう!

 焦りと恐怖で竦む手足に、必死になって意識を集中させる。同時に、私はふと理解する。これが、極限の最前線……!!

 

「気を緩めんな! 第三小隊の迎撃を援護せよ!」

 

 現在、敵ネウロイの数は把握できていないが、第二小隊が壁となって第三小隊が迎撃をしていた。第一小隊は南方から回り、カールスラント降下猟兵部隊と共に奴らを北に押し込む形だ。押し込めば私達も加わって、奴らをより追い詰めることも可能だろう。だが、問題は数だった。

 

「がっゔぁ゜」

「ミリアァ!!」

 

 第二小隊は魔法力のあるウィッチが多いものの、壁として耐えるのは普通のウィッチでも困難だ。ましてや、数のわからないネウロイの攻撃を受けてまともに立っていられる娘なんてそうは居まい。ミリアと呼ばれた物は、ダンスでも踊るかのように半回転すると、そのまま地面に突っ伏した。そして、もう動かなかった。

 

「はっはっはっはっ」

 

 呼吸が早くなる。心臓の音がうるさい。それ以上に熱が指を焼く感覚が、恐怖と痛みを刳り込んでくる……!

 

「敵ネウロイ6体確認! まだいるかも知れない!」

「何時まで耐えれば!?」

「衛生兵!!」

「一機撃破!」

「あぁ、レイラ!」

「向こうに回って! 向こうに!」

「衛生兵ぇ!」

 

 怒号は飛び交い、となりにいた人物が撃たれるのを横目に、自身の銃を敵に向けて引き金を引く。目の前のことでいっぱいいっぱいな私は、ただただ悲鳴のような、叫びのような、命令のような、絶望のような言葉を耳に入れた。

 ここは地獄だった。

 

「敵タイガー型ネウロイ視認!」

「そんな馬鹿な! あれは砂漠で発見されて以来報告はなかったはず!」

 

 声を荒らげるシャロン少尉に、私もひゅっと息を呑んだ。報告事例は僅かな大型陸戦ネウロイだ。一撃を受けたなら、その日が命日になるだろう。先程のミリアだったもののように、あっけなく、何もなく、終わってしまうのだろう。

 い、いやだ。嫌だった。何も残せないまま、あんなコバエを潰すかのような呆気無い終わり方なんて。

 

「どうでもいいわ。全員、できる限りゆっくり道沿いで南の方に移動して! 時間を稼ぎつつ、戦闘を回避するわよ!」

 

 それに抵抗するように、シャーロット大尉は自ら先陣を切って隊員を鼓舞して回ると、南方へと向かう。キャタピラを全力で回せば第一小隊とすぐにでも合流できるだろう。だが、彼女はキャタピラと走ることを交互に行い、敵の攻撃を掻い潜りながら私達を誘導していた。凄まじい人だ。

 

「敵攻撃来ます!」

「!! ロッティ!!」

 

 その時、ティーガー型のビームが、シャーロット大尉付近を吹き飛ばした。あまりの出来事に私は銃器が重たくなる感覚を覚える。駄目なのか……? どうなって、しまうんだ……?

 いや、そうじゃない。そうではない! 今目の前で起きたことは、中隊長が吹き飛ばされたということ!!

 

「隊長!?」

 

 全員がそう叫んだ瞬間、別の方向から銃撃音が響いた。第一小隊と、カールスラントの援軍である。私達の戸惑いを他所に、戦況は生き物のように蠢き変わっていく。

 シャロン少尉が叫んだ。

 

「第二小隊、シールド展開! 第三小隊、ここで耐えろ! 大尉の作戦通り、押し込むわよ!」

 

 今度はシャロン少尉が怒号を発し、全員がそれに従った。やるしかない。やらなければ殺される。

 まだ、この地獄は始まったばかりだったのだから。




感想などお待ちしてます……!


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第十ニ話

すっ

いろいろ遅くなりました……


 シャロン少尉が叫ぶ中、私達はシールドを展開してビームを防ぐ土嚢となっていた。一撃一撃が重たく、先程よりも体が重たく感じる。

 大尉の姿が見えない今、頼りになるのはもはやシャロン少尉しかいなかった。第一小隊とカールスラント降下猟兵ウィッチとの連携により、この場を均衡に保つことができたが、如何せん突破口が見つからない。

 このままだとジリ貧だ。シールドが破損したところでは悲惨な状況が待っている。私は胸の鼓動が嫌に早くなるのがわかった。やだ。いやだ。死にたくない。目の前に映るビームの熱波がチリチリと肌を焼き、明確な殺意を見せている。気を緩めばこれが体に穴を開けるのだ。背中をムカデが伝うような気持ちの悪さを感じるよ。たぶん、これが死神の鎌なのだろう。

 

「……ぐっ! どうしてタイガー級が……!」

 

 抑えてる数名がそう呟くと、そこを薙ぎ払うようにビームが飛んできた。タイガー級ネウロイだ。その攻撃にシールドは弾け飛び、衝撃で飛ばされたその肢体が地面に何度も叩き落とされるように転がった。無事では済まないだろう。何本かの骨が折れていると思われる。

 それを見たシャロン少尉は、カールスラント降下猟兵ウィッチの隊長とおぼしき人物と会話をすると、こう叫んだ。

 

「一時退却! 第二小隊を殿に、降下猟兵ウィッチが時間を稼ぐわ! 戻って部隊を再編する! 急げ!」

 

 その言葉に皆が反応すると、行動は早かった。流石1度目の降下を済ませた人たちは素早く動き、他の子たちを牽引する。だが、それはつまり。

 

「シャーロット大尉をおいていくの……?」

 

 私の呟きはシャロン少尉、ルイーズ小隊長の命令にかき消された。なぜその決断をしたのだろう。答えはしかしこの光景をもって明白である。だがその答えは残酷とも言えた。

 ビームの勢いは止まらず、吹き飛ばされるウィッチもいれば消し飛んだウィッチもいた。その惨状を目の当たりにした私は精神的におかしくなったようで、さも当たり前のようにビームを受け止め続けていた。次は自身がそうなるかもしれないというのに。

 

「くっ! 第二小隊! 後退せよ!」

「もう十分だ! 退却! 退却!」

 

 ルイーズ少尉の命により、私達はその場からジリジリと後退する。降下猟兵ウィッチたちが変わりに私達の前へと出ていくが、彼女たちはその場から動かず、ただただ防衛の為に前線に展開して応戦した。もはや太刀打ちできず目に見える敗走に、しかし勇気を持って殿を務めるのだ。

 

「こ、降下猟兵ウィッチたちは?」

「見るなっ!」

 

 彼女らに背を向けて私達は走った。隣でそう心配事を呟いたマリーに、ルイーズ少尉がそう叫ぶ。きっと、後ろでは壮絶な死や、戦いが繰り広げられている。悲鳴が遠くで上がっているはずなのに、それが耳元で挙げられたように五月蝿い。隣で走る彼女は、青ざめた表情で銃を何度も、何度も確認して走っていた。

 

「転けるわよ、マリー」

「わ、わかってるわよ!」

 

 私の指摘に激高するマリー。しかし、その目には涙が浮かび、恐怖に染まった表情をしていた。分かるわ。感情がぐちゃぐちゃになってしまったのでしょう? そう言いかけて私はやめる。同感? 違うだろうに。私も確かに壊れてる。私は逆に冷静で、ただ当たり前のようにこのことを受け止めていた。凄惨な現状に、何も感じないなんて。これが普通なんだと理解するなんて。そんなの、私も感情が壊れてしまったからに決まってるでしょう?

 私はそれから何も言わなかった。ただ、後ろから聞こえる残痕を無視して走り続けた。もはやその目に何も映らなかった。

 

「この部隊始まってから、初めての敗走がこれか……!」

 

 誰かの悔しい声だけ、私の耳に通ったのだった。

 

 

 

 

 

 それから少し南下し、 に防衛陣地を早急に設営すると、私達は横に展開しつつ休息する。燃料や木材を焚べた小さな灯火が揺らめき、辺りを照らすが、すっかり日が落ちる頃には、その明かりすら心細く感じた。周囲を警戒して代わり番で私達はネウロイの奇襲に備えるも、何人かは眠れなかったようだった。少なくとも、そこには私も含まれていた。

 

「……」

 

 手が。

 手が震えるのだ。

 自分を抱くようにして毛布に包まるも、やけにうるさく感じるパチパチという火花の散る音。……だけでなく、何か、何か物凄く低い音。鼓動が早くなり、きっとその鼓動が鼓膜を小さく揺らしているからなのだろう。けれど、どうにもそれが、私の心に闇として巣食う。閉じた目が闇を映し、より研ぎ澄まされた聴覚が不安を捉える。目を開いてあたりを見回すと、寝ている子が沢山いた。それが安心感をもたらすものの、つまりは目を閉じて眠ることができないと語っていた。

 

「どうした?」

「ルイーズ少尉……」

 

 すると、私の前でしゃがみこむルイーズ少尉。髪を耳にかける姿は、揺れる小さな明かりも相まって、少し色っぽさがある。それはどことなく安心感があった。

 

「私、私は……」

 

 大丈夫です、と続けようとしたが、どうにもその一言が口から出てこなかった。その理由はきっと、この音が耳から離れないからだろう。低い音。これは一体、何なのだろう。

 

「大丈夫だ。みんな最初はそんな感じだよ。前のノルマンディーは地獄だった。歩けば死体が転がっている。本当に地獄だったんだよ」

「……」

 

 紙面にも飾ってた勝利と代償。何処か別の世界のように感じていたが、この言葉には説得力があった。

 

「ある時は唐突に隣の人が倒れて、長い長い距離を歩かされて……夜には遠くの戦闘音が子守唄で……常に緊張感があったせいで皆おかしくなっていった……」

「……それは、何も感じなくなるってことですか?」

「慣れちゃうんだよ。死や爆音、銃声に泥まみれグチャグチャな状態に。そして、どこかで死んだ仲間の声を聞く……」

「……ぁ」

 

 その時ふと、分かった。分かってしまった。この耳に離れぬ音は、彼女の声なのだ。目の前で散った、ミリアと呼ばれた女の子の断末魔。血の吹き出る様。消えていく心臓の音……。途端に気持ち悪くなった私は息を荒らげる。フーッフーッと落ち着きを取り戻そうとする私に、ルイーズ少尉は話を続けた。

 

「でも、良かったこともある」

「……え?」

 

 私の肩を抱いた彼女は、ギュッと力を込めた。震えるその手は、見てきた死の重さが故だろうか。その割には言葉がおかしくないか? 良かったこともある? どこが良いのだろうか。

 

「お前たちに出会えたことだよ。私は元来寂しがりやでな……」

 

 そう語る彼女の表情はわからない。だが、その声音は優しさに満ちていた。

 

「皆、生まれは違うのに可愛いし、変わった考え方を持ってれば、大雑把だったり。厳しい子もいれば日和見な子もいたり。皆違うけど、でも私達は同じ時間をともにした。すべて、良い思い出だよ」

 

 何も言えないでいるが、そんなことは分かっていたとも。私は、彼女を抱きしめ返していた。

 

「私は……私は、極限の地を求めてました……でも、こんな……こんな恐ろしいものとは思わなかった……」

「……」

「華々しい戦果もなく、映画にもなるような活躍もせず、ただ地面に埋まるのなんて……」

 

 自然と流れる涙に、私は正気を取り戻した気がしてホッとしていた。おかしいのだ、何も思わないなんて。気づかないだけで傷は多くついているのだ。

 それを黙って抱きしめて、そっと背を撫でてくれる。隊長としての責任感か、あるいはなにか別の思いがあるのかは定かではないが、二人して抱きしめあっていた。ただただ、そうしていた。

 

「分かるよ……私もそのくちさ。どんな活躍をするんだろうと胸踊らせていた頃がずいぶん懐かしいよ。つい数ヶ月前だというのに」

 

 どこか、遠い国の話のように声が重くなる。だが、彼女はふっと笑うと、それまでの話と違う明るい話をし始めた。

 

「最初の頃は皆一致団結というのかな、訓練で1つになった気がしてた。船の上でのパーティも楽しかったし、戦いを知らなかった頃を思うと、本当に幸せだったよ」

 

 懐かしさに目を細めてしまう彼女は、本当に、眩しそうなものを眺めるような表情をしていた。

 

「暗闇の中を降下して、みんな散り散りになった。居なくなったやつもいたけど、会えたときは本当に嬉しくてさ。それからの活躍は皆凄くて、一つの家族のように仲が良くなったものさ。……特にシャーロット大尉は姉のように感じていたよ……心が強くて、誰よりも先を立って……」

 

 そう言うと、彼女の表情が曇った。

 シャーロット大尉については皆がみんなそう思っている。だからこそ、あそこで攻撃を受けた際の光景は信じられなかった。それは皆同じなのだろう。抱きしめる力が少しだけ強く感じた。

 

「さ、もう早く眠りな。明日も早いよ」

「隊長の救出作戦、ですもんね」

 

 その抱きしめられた暖かさを持って、私は少しだけ安心して眠ることができるのだった。

 

 

 

 翌日、本隊を再編し出撃準備をしていると、向こうの方から声が聞こえてきて、他のみんなが集まっているのが見えた。私もその一部の野次馬となってその話題の中心を見やる。

 

「よく、無事に帰ってきたわ」

「総勢18名、降下猟兵ウィッチ、帰還いたしました」

 

 たったの、たったの18人。最初の頃はもう少しいたはずの人数がそれしか残らなかった。皆顔面蒼白で疲労が見える体を引きずって帰ってきたのだ。あまりの壮絶さにぐっと息が詰まる。

 中には、両肩を支えられている子が力なく頭を垂れており、マルギットが脈を確かめると首を横に振った。たったの18名がたったの17名になったのだった。

 

「これだけか……」

 

 ボソリと呟いたのはルイーズ少尉だった。なんて壮絶な戦いだったのだろう。そこに大尉の姿がないのが、もはや答えのような気がしてより一層体が重く感じた。

 

「……シャーロット大尉の姿はあった?」

「……いや、見ていない」

 

 シャロン少尉も奥歯をギリギリと噛み締めたような苛立ちが、薄っすらと見える中そう質問をする。だが、回答は見ていないの一点張りだった。

 

「……ということは、誰も死体は見てないのね」

「ちょっとした希望は見えたってことかな」

 

 シャロン少尉のつぶやきに がそう言うと、ふっと彼女は笑って「パンドラの箱かも」と機上に振る舞った。

 そうしてしばらく、カールスラントの降下猟兵ウィッチたちを労い、迎え入れると私達は立ち上がった。このあとの地獄を思うと足がガクガクするのを覚えている。行きたくない。この先を思うと目を全力で閉じて、耳を塞いで縮こまっていたい。

 だが、私は立ち上がった。形振りなんてかまってられずに。

 

「さてと。じゃあ再編した部隊で大尉を救出に向かうわよ! 全員私に続け!」

 

 そしてその声の音に惹かれて、私達は前線へと躍り出るのだった。




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