D.T 童貞はリアルロボゲーの世界に転生しても魔法使い (装甲大義相州吾郎入道正宗)
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初級ミッション 陽動迎撃作戦+α
廃棄都市No.052


旧ナゴヤ近郊

 

「クソッタレの糞課長! 岩殻亀の群れとかどういう事!? クソクソクソ!」

「あのー。無理ゲーなのは分かるんスけど、もう少し上品に喋って下さいスカ●ロ班長」

[………]

「ス、スカ!? アタシのコードネームはスカーレット! ……こうなったらクリムと私で射撃、外販を盾役にして迎え撃つわよ!」

「りょうかいッスー」

[…了解]

 

物音一つすら消え失せた、廃棄されて久しい前時代の都市に、姦しくも若い女性二人の声と平坦で無機質な応答が響く。

 

標的は既に都市外縁部へと到達し、かつては中流家庭向きに大量販売されたという一軒家のストリートを踏破中。推定5匹の群れによる密集陣形の突進は凄まじく、破壊した瓦礫を物ともしない踏破能力で建造物を薙ぎ倒す。

その先には彼女達が潜むビル群があり、接敵までそう時間は掛からないだろう。

 

それは亀と呼称されるに相応しい巌のような甲羅を背負っているが、中身の部分は首長竜に近く、爆走しながらも高い位置から頭部を揺らして周囲を警戒する習性がある。当初の予定では都市に誘導してから直前まで姿を隠して奇襲する作戦だったが、逆にそれが仇となり群れを察知するのが遅れてしまった。

 

迎撃態勢を取る為、無骨なコンクリートと鉄骨で編まれた廃墟ビルから姿を現わしたのは数名の人影……ではなく。見上げるような高さの巨人であり、もっとありのまま端的に伝えるならば、それは人型の外観を持つ駆動兵器。【DT】と呼ばれる次世代のロボットだった。

 

「迎撃ポイント自体は予定通り、大通りの交差点よ」

[……了解]

「いや〜貧乏クジ引かせて悪いッスね、うまく生き残れたら良い感じに報告書上げとくんで」

 

彼女らはこの機体を駆るパイロット【ホッパー】であり、とある民間警備会社の社員として岩殻亀の討伐指令を受けている。故にどんなに不利な状況であろうと戦わなければ契約違反であり、例え先行情報と実際の戦力が乖離し、マトモに戦えば壊滅必至の相手だろうと即時撤退は認められない。せめて一定の戦果を収めなければ職務放棄と見做され、査定に響くのは目に見えているからだ。

 

三者とも暗澹とした気持ちだけは共通させて、ひび割れたアスファルトを踏み締めながら各々の配置に着く。

一番初めに愚痴を漏らした班長が搭乗する真紅のDTは、ホッパーの性別を表すように細身で先鋭的なフォルムであり、機動性に優れる特性を活かして迎撃ポイントとなる大通りのすぐ側、交差点に面する手頃な高さのビルに向かって跳躍。屋上へ着地すると電磁加速式のアサルトライフルを構える。

その向かい側には同様のシルエットを待つピンクの色違いが背面にマウントしていた重機関銃を取り外し、互いの射線が被らないよう車道に陣取ると、反動抑制用のバイポッドをアスファルトに突き刺して射撃態勢を整えた。

 

「ちょっとクリム、そんなに近づいて大丈夫なの? 盾に巻き込まれるわよ」

「コッチの実弾は離れすぎると火力落ちるんス。なる早で倒さないとこの人死んじゃいますって」

[……]

「それが? 所詮は陸地で細々と働くしか能がない名ばかりの社員、外販じゃない。本店の私達とはブランドが違うのよ?」

[……………、………]

「いやいやいや、この作戦に失敗したら今月の査定…というか借金がヤバいんで」

「ギャンブルのしすぎよアンタは!」

 

スカーレットとクリムによる場違いな掛け合いに挟まれる外販と呼ばれた人物のDTだが、話題の渦中にいながらも自分には無関係とばかり微動だにしない。

その機体は全高こそ両者と同等だが、厚い装甲を纏っているおかげで全体的に線が太く、施されたカラーリングが赤黒い塗料一色という地味な見た目も相まって、女性陣の機体と共通点はあるが大きく印象が異なるシルエットをしている。

特に差異が顕著なのは武装だ。

 

[杖で…障壁を使う]

 

この機体が持つのは機関銃でも大砲でもなく、まるで剣と魔法のファンタジーで出てくるような魔法の杖であり、他に弾丸を撃ち出す近代火器の類を装備しているようには見えない。しかも両肩には対衝撃用の積層布をマントのように羽織っているので、その姿は機械化された魔法使いと表現しても差し支えないだろう。

 

それは指示通り、交差点の中央から一歩引いた信号機辺りに移動すると杖を正面に突き立て身構えた。同時に先端に設置された琥珀色の球体が輝き始めて光沢を放つと、機体のそこかしこから機械の鼓動が脈動を開始、互いに干渉し、擦れ合い、反響していく。

やがて咆哮のような大音量で金属音を掻き鳴らすと、不可思議な金色に輝く粒子の風を巻き起こしてマントを翻す。前者2機も同様に淡い燐光を纏う姿は科学的には証明出来ないような一種の幻想さを感じさせる。

 

そう。

DTという人型駆動兵器は単なる機械のロボットではない。最先端の科学と秘匿されてきた魔法学の融合によって生み出された現代の巨人(ゴーレム)というべき存在であり、その本領を発揮する前兆として光り輝いているのだ。

鋼の四肢から漏れ出る魔力の唸りが既存の物理法則に干渉し、魔法を行使する。

岩殻亀の群れはその特徴的な機械音と魔力の光を認識したのか、怒濤のような勢いは保ったまま進路と隊列を変更してDT目掛けて突き進む。まるで怨敵を見つけたような愚直さは亀のような【モンスター】特有の習性であり、作戦通りに事が運んでいる証左だ。

 

「よーし良いわよ。そのまま一当てされたら持ち堪えなさい。私とクリムで討伐しておいてあげるから」

「とりま1分おなしゃーす」

[……いや]

「なに? 今更になって怖気づいたのかしら」

 

外販の声には抑揚が無い。まるで機械音声のように淡々とした口振りだが、どこか不機嫌さを含んでいるように感じるスカーレット。自分の作戦に対して文句の一つでも出るかと予想するが…。

 

 

 

[1分もいらん]

 

 

 

「なん……ですって?」

「ひゅー♫」

 

―――自分一人で倒してみせる。

 

そう言わんばかりの返事に驚きと感嘆の声が混じる。呆気に取られるスカーレットだったが、これ以上の言葉は不要とばかりに押し黙られては二の句が継げない。

段々と大きくなる地響きから接敵まであと僅か。真意を問う時間も惜しい頃合いだ。

本来、岩殻亀は1匹でDTと同格とされるモンスターであり、数的不利の場合は盾役を用いて注意を逸らし、防御が薄い腹面を攻撃するのが常套手段として知られている。

それを5匹纏めて相手取り、尚且つ撃退するなど現場を知らない一般人はまだしも、正気のホッパーが口にするなどあり得ない。スカーレットはそれを承知で、半ば嫌がらせの形で盾役を指示したのだが、まさか撃退まで口にするとは思わなかった。

 

(こいつ……何者なの…!?)

 

散々馬鹿にした外販という存在。DTを扱う本店の社員として経費で潤沢な整備を受けられる身とは異なり、機体の購入から修理や改造に至るまで全て自費で賄う彼らは有事以外自由に行動出来るメリットこそあるが、常に自転車操業のような資金難に悩まされる貧乏人が殆どである。故に拠点から離れた依頼は移動費の面などで断るケースが多く、現地での小さな御用聞き依頼をこなす姿から、外回りでセコセコと働く外販と揶揄されている存在だ。

 

そんな一般常識に則って馬鹿にしていたスカーレットだったが、あり得ない大言壮語を吐かれて改めて見つめ直す。

廃墟に聳え立つ赤黒き鋼の威容。一歩も引かぬ覚悟で大地にしっかりと足を付けて迎え撃つ姿は微塵の揺るぎも無い。

DTの操作はホッパーの精神状態に反映される為、不動の態勢を貫くという事は即ち、怯えの一つもアレは抱いていないのだ。

…もしかして何か秘策があるのか。

彼女はここに至ってモンスターよりも気にすべき相手に息を呑んだ。

 

 

『GAAAAAAAAA!!』

「来た!」

 

岩殻亀による鬨の声。車道に沿って縦列を組むモンスター達は連結車両のような近接距離で爆走してくる。

ただでさえ、その質量と速度から繰り出される突撃が厄介な相手だというのに二の矢、三の矢どころか5連続など真正面から耐えられる存在がこの世にどれだけ居るだろうか。

それでも赤黒いDTは退こうともしない。

せめて多少はバラけるだろうと楽観視していたスカーレットの予想に反した状況でも、泣き言一つ出てこない様に思わず叫びそうになる。

そして、亀達が直接視認できる距離まで近づいた所で事態は急変する。正面のDTが宣言通り障壁の魔法を使おうと杖を振るい、一拍のタイミングがズレた瞬間。

 

『GAAA…GAAAAAAAAA!?!』

「道路が陥没した!?」

 

突如として先頭を進む亀の足が呑み込まれて態勢を崩す。クラッカーのように飛び散るアスファルト片を掻き分けながら、それでも止まらず突き進むのは、後方から続く亀に無理やり追い立てられているせいだ。

止まらぬ勢いに焦らず更に杖を振るうと、今度は2頭目の亀に異変が起きる。硬直したように動きを止めて、為すがまま後続の突撃に晒された。同様の質量を持つ2匹が邪魔になるが、桁違いの馬力を持つ亀達はそれでも勢いを衰えずに迫り来る。彼我の距離は最早100m未満。待ち構えるDTと正面衝突する直前に至り、未だ障壁を張らずに動こうともしない姿に対して今度こそスカーレットは叫んだ。

 

「クソ馬鹿! 旧式だからって素で受け止められる筈が……えっ?」

 

目の前の光景に唖然となる。

動きを止めた2匹の岩殻亀がDTの目の前。交差点の真ん中で突如として急停止すると、完全に地面へ食い込んで防波堤の役目を果たしたのだ。

玉突き事故のように動かぬ障害物と化した同族に減速無しで衝突した3匹は、凄まじい速度と重量を己の身で受け止める羽目になる。前方と自分の甲羅に挟まれる位置にあった頭部に逃げ場は無く、押し潰されて殆どが絶命。最後尾の亀だけはタイムラグから危機を感じ取り首を引っ込めて難を逃れるが、勢いそのものは殺し切れず轟音を立てて追突し、ひっくり返る。ジタバタと巨躯を揺らして復帰を試みるが、その形状からして最早再び動く事は叶わないだろう。

 

つまり。

 

押し寄せた岩殻亀全てがたった一機のDTに対して戦闘不能に陥り、ついでに言えば1匹は生け捕りの状態で確保されてしまったのだ。

目と鼻の先で亀達の死体が転がっている状況にもかかわらず、身動ぎ一つしない姿に今度こそスカーレットは恐怖した。

 

こいつは只者ではない。と。

 

 

「―――そうか地下鉄…! いや地下街に嵌めたッスか!」

「えっ、地下…鉄?」

 

暫し口を閉じていた相方の言葉に耳慣れない単語が飛び出して首を傾げるが、それに気付かないまま興奮した様子で呟いた。

 

「ナゴヤ中央に張り巡らされた地下鉄のトンネル。普通はDTが乗っても陥没しない強度があるけど、この都市は道路の真下に大規模な地下街がある…! そこに障壁の魔法を展開して内側から崩したんスね!!」

「ここってそんな危ない構造してるの!?」

「地下街の浅い角度から沈んで、地下鉄の深さで完全に身動きを止める。二段構えだからこそ、亀を止められた…! あぁ…やっぱり君は最高に素晴らしいッス!」

「……クリム?」

 

かつてナゴヤには都心を中心として円を描く環状線の他に、主要駅に停車する為に道路と同じ方向に進む路線が入り乱れていた。

通常の地下鉄であれば、上から大荷重が掛かったとしても応力を分散する丸型トンネルの構造が多く採用されているが、この地域では地下に街を構える都市計画が推奨されて様々な場所から通路が伸びている。特に3人が待ち構えていた大通りの交差点は駅よりも広大な地下商店が並ぶ一帯で、その下を走る地下鉄線へ簡単にアクセス出来るよう階段やエスカレーターが多数設置されていたのだ。

障壁の魔法は、初歩的な難易度だけあって強度こそあれど攻撃能力はほぼ皆無。しかし0では無い。その隙間を狙って無理やり押し広げたのだろうというのが、クリムの予想だった。

 

(視認不可の地下に対してこれ程のコントロール能力…惚れ惚れするとは正にこの事ッスよ)

 

「はぁ…はぁ…」

 

自然と荒くなる息使いに気付かないまま感嘆するクリムと、色々な意味で驚きに包まれているスカーレット。

 

その様子を知ってか知らずか。ようやく今になって動き出した赤黒いDTは生け捕った亀の反対側へ向かって移動していく。

 

[後は…任せた]

 

―――後処理ぐらいやっておけ。

 

漸く喋ったかと思えば、言葉に淀みこそあれど緊張した様子は無い。

それどころか、またも言外に伝わる意思を汲み取ったスカーレットは思わず舌打ちをする。確かにこのままでは職務放棄として報告されるかもしれないと渋々ながら従う。

 

(くっ…強いのは認めるけど本店の私を使い走るなんて……これだからクソクソのクソ外販は!)

 

今に見ていろ、と内心で芽生えた対抗心を燃やす彼女。幸い今回の出向で滞在する事になったこの島国に到着してまだ日は浅い。今度こそ思い知らせてやると意気込む。

 

「この後、基地に顔出しなさい!直接話がしたいわ!」

[…断る]

「は?」

 

基地に顔を出す。というのは本店が外販を相手に作戦後の修理や補給を代替わりするという暗黙の了解の上で成り立つ申し出であり、それを断るという事態は通常起こり得ない。要は実力を認めてヘッドハンティングするという側面も持ち合わせているので、スカーレットは何故断られたのか本気で見当がつかない。

 

[…金だけ…振り込め]

 

そう言い残して立ち去る赤黒いDT。

 

 

 

その様子を、重機関銃に設置された隠しカメラが録画しているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数分前。

 

 

 

 

 

 

 

[1分もいらん]

「1分も掛からずに死ぬわ!!!!」

 

亀相手に盾役という時点で、即時撤退を提案しかけたが、査定に響くというピンクの言葉で、自分も資金難だという事に気が付いてしまった。

ここで引いたら借金の返済が滞って利子がとんでもない事になる。何としてもこの仕事はやり遂げなければならないのだ…!

 

しかし俺も人間。目の前の恐怖に何もせずに耐えられる筈が無い。何処かの柱男のように機体の中で絶叫してストレスを発散するが、このオンボロDTは音声通信の類の一切がぶっ壊れて使い物にならないので誰にも聞こえてはいないだろう。唯一、外部への連絡手段として文字入力による音声読み上げ機能はあるが、反応が鈍い上、タイピングそのものが苦手なせいで操作が覚束ない。

お陰で自分でもぶっきらぼう過ぎる返答ばかりだとは思うが、修理する金が無いんだよなぁ…。

 

今回は岩殻亀相手に1分耐えるとかいう無理ゲーを強いられて流石に文句を言う筈が、打ち間違えて謎の強者感を出してしまった。急いで訂正しようとしても亀共が近づくせいで、揺れに揺れてマトモに入力出来ない。

 

え、マジで俺一人で盾役すんの? ねぇ何で二人とも静観してるの? 普通に考えて無理だよね? ねぇさっきのはイジメとかのフリで本当は嘘だよーってオチは……あっ、無い? そう……。

 

「……うがぁぁぁぁ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ! 絶対無理だって! ゲームでもこんな理不尽難易度そうそう無かったのに、何で転生した時に変な乱数引くんだよチクショウメェェェェェェェ!!」

 

コクピット内でジタバタと年甲斐も無く暴れるが、操縦桿から手を離しているので機体はピクリとも動かない。これが最新型のエール式DTなら思考を読み取ってボディランゲージでも何でもこっちの慌てっぷりを伝えられるが、初期配布機体で古めかしい見た目通りのコイツはラガー式。正しく触れなければ操作を受け付けないのだ。

 

「ふぅ、ふぅ…落ち着け…落ち着くんだ俺。こんな時は自分が無双系の主人公になったと思い込んで、モノローグを語りながら心に余裕を持つんだ」

 

例え……本当はチート能力一切無しの一般人なのに役だけは主人公という苦難の連続であろうと諦める訳にはいかない。死にたくないのは当たり前だが、何としても数年後に引き起こされる機神イベント関連に巻き込まれて人類半減の犠牲になるのだけは阻止しないと不味い。

 

そう、それがかつてやり込んだオンライン対戦アクションゲーム【D.T・Ⅱ ブレーキングドーン】の世界に転生した俺に課せられた唯一の生存方法にして、使命なのだから…!

 

 

 

 

『GAAAAAAAAA!!』

「来た!」

 

スカーレットの反応で無理やり意識が現実に引き戻される。

ヤバい、現実逃避してたら何にも対策考えてなかった!

 

本来、砂岩亀と呼ばれるモンスターは敵の中でも10m級というランクに分類され、DTと同格の存在として扱われている。

ゲームの頃でも序盤に立ち塞がるパーティ必須の強敵とされ、ソロプレイが多い初心者の数々を葬り去る姿から野生のボスと呼び名が付くほどの難敵だ。

機体や武装が充実するストーリーモード中盤以降ならまだしも、今乗っている初期配布機体の【チェイサー】では荷が重すぎる。倒せない事は無いが、盾の役割で防戦に徹するのは絶対に無理だ。

 

女どものエール式は旧式ラガーの代名詞でもあるこの機体と比べて、あらゆる面で性能が上回っているのに手伝ってくれない。まぁフラグが立ってないから何だろうけどさ、ちょっとぐらいバグって手伝って貰えませんかねぇ…。

特に通称ポンコツデレさんと知られるスカーレット班長なら、ポンポン好感度が上がるはずだからワンチャン……いや、やっぱいいや。

この子、能力の伸びが悪い癖にやたら絡んでくるから効率プレイだと真っ先に外されるキャラ筆頭だったわ。ゲームと違って資金繰りが異様に厳しい現状だと関わり合いになる事自体ちょっとキツい。

 

あの頃は無料で出来てた塗装もDTを収めるガレージの賃料も、当たり前だが衣食住…いや四六時中コクピット内で過ごしてるから住は省くが…とにかく金が掛かる。要はゲームで省かれていた生活費や雑費も転生して現実になった世界ではキッチリ金が取られるのだ。

なので意外に資金を食う機体の外装は最低限の赤黒い錆止めを塗っただけに抑え、派手なカラーリングも洒落たエンブレムも省いて無骨を地で行く見た目にしている。コストを考えたらこれが一番効率がいいので、やれ専用カラーにしろと文句を垂れる馴染みのエンジニア共には無言でDTの中指を立てて無視を決め込む。

そんな節制の甲斐も無く、いつも金欠な俺。…理由は分かってるんだが、この世界に転生した時点で避けて通れないハンデを背負ってしまった以上仕方がない。

 

その中で、何とか杖だけでも買い換えられたのは不幸中の幸いだ。これなら障壁の魔法が連続で使用できる。

 

真正面から迫り来る亀を見ながら、兎にも角にも障壁の魔法を展開する。当然だがマトモに相手する気はサラサラ無いので、適当に壁を貼って無理です!と諦めて、なし崩しに援護させよう。会社からの評価は下がるかもしれないが、命という代価には変えられない。

 

じゃあまぁ目の前の座標に魔法をセットして……一番下の位置に合わせればいいか。

そいや!

 

 

ガゴンッ!

 

『GAAA…GAAAAAAAAA!?!』

「道路が陥没した!?」

 

何事!?

 

え、何で急に亀が転倒してんの? てか障壁どこいった? 何処にも見当たらないんだけど…不発?

 

ヤバいヤバいヤバい! 後ろからドンドン亀が押し寄せて来てるじゃん、ゲームみたいに死体が消えないのに気にせず突っ込んで来るとか脳筋すぎんだろ、いい加減にしろ!

 

「うぉぉあああ! 間に合えーー!!」

 

時間ギリギリで再度障壁の魔法を展開。……が、焦って座標を変更し忘れたせいか、またもや壁は現れない。

いよいよ万事休すか、と回避すべく身を捻ろうとした所で今度は2匹目がすっ転んだ。何で?

しかも沈み込む角度がドンドン深くなって、惚けている内に完全に停止してしまった。そしてゴチン、ブチャ! という悍ましい擬音が立て続けに鳴り響き、反射的に身を縮こまらせて硬直している内に目の前には物言わぬ亀さんの墓場が出来上がり。1匹だけひっくり返っているが、体の構造上復帰は難しいだろう。

 

「あれ、もしかして…勝った?」

 

よく見れば亀がくり貫いた穴というか、埋まった溝には人工建造物の残骸が其処彼処から掘り返されており、それで漸く地下鉄か何かに足を取られたのだと理解した。こんなミラクルあり得るんだな…。

 

そう考えていたらクリムが通信越しに今回の詳細を説明口調で呟いていた。そこら辺はゲームっぽい。

 

クリムことクリムゾンのコードネームを持つ彼女は、スカーレット同様に仲間になるキャラクターの1人で、赤組と呼ばれる企業集団一の切れ者である。

〜ッスなんて巫山戯た口調に騙されやすいが本来、人事部という名の暗殺集団に組する冷徹な性格をした人物であり、うっかり会社に不義理を働くと容赦なく粛清に来るので涙を呑んだ初心者プレイヤーも多い。

そんな彼女とは既に何度か仕事を共にした事があり、最近は熱心な視線を浴びせてくる事から粛清イベントの予兆を感じ取って警戒していたのだが…今回の依頼は正に渡りに船だった。これでしばらくは安心だろう。

 

因みに、恋愛攻略不可のサブキャラクター枠にもかかわらず、コアなファンが多い事でも有名なキャラクターである。

 

「この後、基地に顔出しなさい!直接話しがしたいわ!」

 

うわ、来た。

 

これはスカーレットの固有イベントに違いない。普通ならこのまま基地に向かって生身で会うのだが、ポンコツデレさんはクソチョロく、そこでよっぽど変な行動を取らなければ一目惚れされてしまう。

そうなると何かにつけて仕事を手伝わされる上にプライベートにもガンガン干渉して来るので非常に不味い。

 

最後には捨てる…距離を置くのが定石として、仲間にしておくだけなら有能な面もある彼女だが、この世界では絶対にお近づきにはならない…なれないのだ。

 

[…断る]

 

端的に断って、サッサとズラかろう。俺はチェイサーをなるべく早く走らせて専用ガレージである歩行式重巡洋艦へと帰還する。

 

通信にヒステリックを起こした彼女の声が耳に入るが無視だ無視。基地に行くだけならまだしも生身を晒すのだけは許可できない。

 

 

何故なら…………。

 

 

「待ちなさい! 女同士、裸での付き合いはホッパーの基本でしょう!」

 

 

 

 

「俺は……男だ!!!」

 

この時ほど、通信機能が故障して幸運だと思った事はない。

 

 

 

 

 

 

【D.T・Ⅱ ブレーキングドーン】

 

初代から続く本格ロボットゲームという数少ないジャンルでありながら、続編を担当した開発者はどんな味付けしようと思ったのか、当時流行っていた百合ブームに乗っかる形で登場人物の殆どを女性に改変。恋愛ルートを多分に含んだシミュレーション要素を付け足してしまったのだ。もはや上等なステーキにトリュフとフォアグラを添えるが如き所業に古参ファンほど怒り狂った。

 

だが、考えて欲しい。前作は硬派なロボゲーを作っていた開発が、突然立ち上がって萌えや尊いを理解し、恋愛要素を万全に表現出来るか、否か。

 

答えは当然、NOである。

 

コスト削減の為か、前作の大部分を使い回している弊害で世界観は異様にシビア。裏切り、報復、環境汚染、代理戦争など。百合どころかペンペン草も生えないような過酷さの中で、可愛い女の子達が真っ当に恋愛できる筈もない。

それを何とか打開しようと無駄に頑張ったシナリオライターは、女性だけは特別に色恋が出来る=特権階級とし、逆に男性は適当なモブとして随所に配置される。

最終的に出来上がったのは、荒廃した世界でも女性上位の特権階級が幅を効かせる(男性にとって)終末のディストピアだった。

 

 

そして一番問題なのは。

 

本来の主人公であるマコトの性別は女性であり、転生した俺は前世と同じ男の身体である点。

 

女にさせられても困るが…この差はかなりデカい。何せ先述の通り世界観として女性全てが上位の存在と認知されており、余計な男性を産む必要は無いと考えられ、多くは同じ顔と体躯のクローン体として産まれてくるくらいだ。

……実際にはゲーム側の都合でグラフィックを使い回した言い訳なのだが、この世界に転生したら本当にクローンなので初見で驚いたのは記憶に新しい。

ここまで原作と同じなら当然、【アレ】も再現されている。その事態に気づいた俺は恐怖に慄きながら女性主人公になり切る事を決意した。

モブとして細々と生きるのも考えたが、それでは先の通りストーリー中盤の強制イベント【機神舞踏祭】(オクトーバーフェスト)でいつ死ぬとも分からない。ならいっそ原作の流れに沿ってシナリオを進めるしか生きる道が無いのだ。

一応、やり込み要素として他キャラクターと顔合わせをしなくともクリアする動画を見た事があるので多分きっと何とかどうにかなる…はず。

 

余談だが、ブレーキングドーンという言葉は本来《夜明け》を意味し、そしてそれを阻むというラスボスへの伏線が込められた真っ当なサブタイトルである。しかしメインタイトルのDTをディーテー。ドーテー。童貞と呼び、夜明けの太陽を玉に見立て、それを繋ぎ合わせた【童貞 玉潰し】という最低なスラングも生み出されている。

 

そしてこの玉潰しの部分。恐ろしいのはゲーム設定的に一致している部分があり、そこが何よりも恐ろしい。

 

 

 

 

この世界では、男は総じて。

 

 

 

 

――――去勢される。




DT

ドール・トルーパーの略称。
所謂人型ロボットで全長10m程。既存技術を全く使用しない四肢駆動で人形(ドール)のようだと比喩されてこの呼び方が根付いたが、本来の意味は異なるらしい。
また、初披露のお目見え時では完成度が低く、まるで酔っ払い(ドランク)のようにフラついていたからという説もある。


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歩行型重巡洋艦【筑摩】

「大将が帰ったぞー! お前ら錨を下ろしてやれ!!」

 

廃棄都市から間も無い位置で鎮座していたDT用移動ガレージ、筑摩に赤黒い機体が帰還する。

この艦船はかつて世界大戦時代に海原の覇者として駆け回っていたが、モンスター出現により人類間での戦争が中止された後、とある理由で他船種共々死蔵されていた。しかしそのまま朽ち果てるのは惜しいと一部の物好きが考えた結果、武装部分をそのままにDTの技術を流用した脚部を設置。自衛攻撃が可能な移動要塞として新たな息吹を吹き込まれる。

本来バラストタンクと呼ばれる注水部と船倉は丸ごと一新され、厚い装甲に守られた上で整備施設を内蔵。防御力と機密性も高く、外販のような機体を降りると後ろ盾がない者は拠点として専属契約を結ぶ事が多い。

 

[…やっぱり…本店の奴は…いけ好かないな]

「ガハハッ! まぁ外販と馴れ合うのも癒着やら不正を疑われるからな、仕方ねぇさ」

 

係留された赤黒い機体、チェイサーから流れる読み上げ音声を聞いて、壮年の髭男性が笑う。

彼は荒々しい性格とは裏腹に精密な技術を要求されるDT整備の主任者であり、筑摩の全権を任される責任者でもある。皆からは船長と呼ばれて親愛も厚い。

加えて言えば周囲で作業を進める同じ顔をした整備員達のようにクローニングで培養された人間ではなく、真っ当に女性と男性の間から産まれた天然児という、この世界では珍しい出生でもある。

 

[…整備は…給水…だけでいい]

「ほう珍しいな…んじゃ醸造の方も自分でやるのか?」

[あぁ]

「了解だ。……あんまやり過ぎて酔うんじゃねえぞ」

[あぁ]

 

一向にコクピットから顔を出さず、音声だけでやり取りするホッパーの奇行に今更顔を顰める者はいない。

 

白上 マコト。

 

第1世代のラガー式DTを好んで使用する外販のホッパー。目立った功績こそ無いが堅実な戦い方と窮地に陥った際に用いる搦め手の巧みさから《表向きの》任務達成率90%を誇り、地元では随分と頼りにされている存在だ。何より全く人前に姿を現さない奇行で仕事の評判よりも名が知れた人物でもある。

 

その徹底ぶりはホームグラウンドとも言える筑摩でも同様で、腹心とも言うべき船長ですら顔を見た事が無いという。通常であればそんな不審な相手にマトモなやり取りをしようとは思わないが、どんな男性が相手だろうと決して色眼鏡で見ない態度。偏見や差別を一切しない対応を始め、充分な休暇や給金を払い、口数こそ少ないが労いの言葉を欠かさないなど、男性軽視の世界で生きてきた者ほどマコトを慕う者は多い。

 

だからこそ直接会って話したい者は後を絶たないが、それら全てを断り続けている理由とは何なのか?

噂では絶世の美女である事を隠す岩戸の姫だとか、DTと一体化した鉄のラプンツェルなんて眉唾な呼び名が飛び交っているが、本人は恥ずかしがっているのか《大将》なんて色気の無い愛称を好んでいる。そのため容姿に付いて世間一般の多くはまるで推察出来ていない。

 

一番近い真実を知るのは船長だけだ。

 

(コイツは誰も信用しちゃいない、だから外に出る事すら忌避して個人情報も最低限に留めてるんだ。個人的に《あの事件》の被害者と知ってるから理由は分かるがな……)

 

奥底にあるのは過剰なまでの警戒心と疑心暗鬼。船長はマコトと初めて会った時を思い出し、歯痒い思いに舌打ちを一つ鳴らすが過去は過去。人と対話出来るようになっただけでも上出来だと前向きに考えて、まずは他整備員に指示を飛ばしていく。

 

チェイサーを整備用ハンガーにしっかり固定すると、今回の依頼で装備していた【魔術師形態(マギウス・スタイル)】の除装に掛かる。特徴的な杖とマント及び専用装甲を爆発ボルト…緊急時には炸裂してパージ可能な取付部を慎重に外し、非武装の本体を剥き出しにした。その姿を見て、数名の整備員が愚痴るように口を開く。

 

「しっかし相変わらず中身も地味ですよね。塗料の節約ってのは分かりますけど色気が無いというか…」

「船長に塗装代くらいサービスしましょうって相談しても、許可降りねえし」

「そこだけやけに頑なだよな…。塗料の乗りが悪いのが関係してんのかな?」

 

彼らが見上げる鋼の巨人には幾つか曰くがある。

最初期に生産されたラガー式でありながら部品の経年劣化が少ない。

反面、装甲に施す塗料は剥がれ落ちやすく塗り直しの頻度が高い。

もはやカタログの画像でしか残っていない同型機と比べると見慣れないパーツや部品が増えている、など。筑摩の整備員でしか気付けない差異が其処彼処に点在する。そこにマコトが好んで旧式のチェイサーを使用する所以があるのだと多くは推察するが、真相は未だ語られず雇われの身である彼らは今日も黙々と作業を続ける。

 

「よぉーし! 装備は捌けたな、開栓するからクレーン寄越せ!」

 

ようやく自分の仕事が回ってきたと意気込む船長が目の前にするのは、機体の背面。完全な人型とは異なる迫り出した背中には大きなコンテナが併設されており、これがDTの心臓部たる動力源が内蔵されている箇所だ。

 

そこを専用の工具と設備を用いて開封すると、厚い装甲に包まれた中には【樽】と俗称される寸胴型の燃料タンクが据え付けられており、開けた拍子にシュワシュワと泡立ちが溢れて金色の水に溶け込んでいた魔力が一気に揮発していく。その濃密な魔力に酔わないよう気を付けながら濃度が下がるのを待つ。

余談として、この発泡する魔力水(ビア)を各駆動部に送って稼働するDTは機体体積のおよそ7割を水分で満たす。それは人間の身体を構成する水分量の比率と同じで、巨大なゴーレムと呼ばれる所以でもある。

 

「マコトさん! 今日の食事をデリバリーですヨ!」

 

そんな作業の合間。船員の中でも一際若い1人が片言の日本語で食事用のランチパックを掲げている。いくらマコトが人前に姿を現さないライフスタイルとはいえ、食事や睡眠、排泄は人として何度も繰り返さなくてはならない。仕事中は全て機内でこなせるよう専用の改造が施されているが、毎食暖かい食事までは用意は出来ず、仕事の合間に帰還した際は、この船員が手料理をデリバリーするのが常となっている。

目出し帽を深く被っているせいで表情は見えないが、軽く弾んだ声から深く慕っているのが良く分かる。そんな子犬のような相手にマコトも気を許しているらしく、素顔こそ晒さないがコクピットから手を伸ばして直接受け取る程度には距離が近い。

 

「今日ハですねー、湯豆腐味のナチョスと、明太高菜のバリカタオートミールでス!!」

 

スッ……

 

「何でバックするですカー!?」

 

(((今日は外れの日か…)))

 

整備員達の心の声が一致する。

基本的に船内コックが料理を担当するのだが、偶に親しみが暴走する若き船員はチャレンジ精神旺盛な自作料理を振る舞おうとするので注意が必要だった。

せっかくの料理を食べてもらえずブーイングを繰り返す様に、周囲は合掌の意を込めて黙々と作業を進めていく。頑張れ大将、多分断っても食べるまでそこを退かないぞ。と思いながら。

 

その後は作業も順調に進み。魔力がスッカリ抜けて透明な水に満たされた樽の内部が露わになる。

構造自体は単なる水流ポンプであり、DTにおける最も重要な機関であると同時に1番シンプルな造りで、魔芽という結晶体が投入されている以外は100年以上前の既存品と全く同じだ。コクピットの複雑なコンソール関係を除けばDTは全体的にかなり簡素な作りで、手足に至っては装甲で守られた水風船といっても過言ではない。特に新型のエール式ともなればその特徴は更に顕著で、機動性確保の為にスリムにしたせいで魔力無しでは自重すら支えられない程に軽い。逆にチェイサーのようなラガー式は骨格が内部に配置されているので、魔力がほとんど無い状態でも稼働可能だ。

どちらも水を魔力に変換する醸造の作業が必要となる共通性があり、それを行える魔法適性持ちが【ホッパー】となる最低限の条件である。

しかしながら、巷では誰でも搭乗可能で、更に安価な第3世代のDTが開発中との噂もある。

 

船長主導の下、サービスでの点検が終わると給水と排水用のホースがそれぞれ連結されて循環し、本格的に水が入れ替わっていく。

一度魔力を通した物体は伝達性が著しく低下するという特性を持っているので、性能を保つには全て入れ替える必要がある。

 

後はコクピット内のマコトに魔力を流して貰い、揮発を最低限に抑えながら樽に封をする注ぎの工程を残すだけ。敢えて泡を発生させて漏れを防ぐ専門の技術が必要となるので、一番腕の良い船長に任されている重要な工程だ。

 

「よおし、んじゃ始め……」

「船長! マコトさん! お、お客さんが来ました!」

「なにぃ!?」

「うぅ…ネバー頑張ったのに食べてくれないデース…」

 

新しい水で満たされたタイミングを見計らったように、船員の1人が駆け寄って来る。随分と慌てた様子で通信機器を使わず直接報告に来た時点で、船長は嫌な予感が頭を過ぎった。

 

「おう、誰が来たって?」

「そ、それがですね…」

 

周囲を警戒した後、そっと船長に耳打ちすると露骨に顔を顰めて悪態を吐く。

 

「ーーーカーッ! まぁた来やがったのかアイツは。懲りねえ奴だな」

[…船長]

「おう、察しは付いてると思うが…問屋が来たぞ」

[………そうか]

「もしかして高菜ですカ? 最初に高菜を入れたのが間違いでしたカ?」

 

若い船員はともかく。あからさまに反応が遅いマコトの様子に事情を察して同情する船長と船員。だが肝心の相手はすぐそこまで船内に通されていたようで、相槌のように言葉が返ってきた。

 

「全く…わたくしが来たというのに随分な態度ですわね。借金の利子を増やしてあげましょうか?」

 

不機嫌そうに口を開いたのは、上等なシルクを重ねたような白銀の髪をした女性だった。

キッチリ着込んだスーツ姿でありながらその豊満な肢体は隠し切れず、肌に密着するせいでかえって扇情的なイメージを拭えないキャリアウーマン。問屋と呼ばれるDT専門企業キリンの営業担当であるクラリッサ・スチュートが、自慢のロングヘアを靡かせている。

 

「あー…悪りぃけど大将は作業中でな。時間というか日を改めて…」

「なら待たせてもらいますわ。借金の返済についてお話がありますので」

「……そうかい」

 

船長の言葉を意に介さず、クラリッサは近くの整備員に椅子を用意させて帰ろうともしない。

傍若無人な振る舞いだが、この世界において女性というだけで上位の権利が保障される関係上、逆らった所で報復に遭うのが関の山だ。そのせいでホッパーに成り立ての頃のマコトは理不尽な借金に囚われて、今でも危険な仕事を繰り返す状況が続いている。船長は鬱陶しげに頭を掻き毟ってから注ぎを再開した。

 

「じゃあボチボチ始めていくか」

[了解]

 

合図と共に、樽内の水に輝きが混じ始め、気泡が沸き立つ。徐々に金色へと強まる色合いに応じて周囲が明るく照らされていく様子にクラリッサは溜息を吐いた。

 

「相変わらず非効率な醸造ですのね。素直に我が社に頭を下げれば上等な魔力水とエール式DTを都合してあげますのに」

(……そうなったら今以上に利用する気だろうが、女狐め)

「何か言いまして?」

「あー、気のせいですぜクラリッサ様」

 

個人で醸造される魔力水はホッパーの資質によってDTの性能に大きく影響する。故に多くの外販は自身の魔力消費とコストを天秤に掛けて、問屋から高品質な代物を仕入れて使用するのが基本だ。巨人の機体を満たす水分量を醸造するのは半端な労力ではない。

 

ーーーそれを容易く可能とする目の前の凄まじさに気が付いていないのは、門外漢のクラリッサと外の評価に頓着しないマコトだけだ。

 

熟練の技で樽に栓をした船長は周囲に作業完了の合図を飛ばして撤収の準備に取り掛かる。接続されていたホースや固定用クレーンが次々とチェイサーから離れて、再びその無垢の姿を露わにすると残された作業用ブリッジに足を掛けてクラリッサがコクピットに近づいた。

 

「さて。今月分の返済分を回収しにきましたわ」

[…まだ…月末…ではない]

「こちらにも都合というのがありましてよ。第一、借りた側が文句を付けられる立場ですの?」

[…………キャッシュで…用意する]

 

あからさまな間を置いて、折れたように理不尽な催促に応じるマコト。普段なら口座からの引き落としなのだが、態々こちらに出向いたのは そういう事 だろうと推察し藪蛇を突く前に交渉を打ち切った。

 

「……払えますの?」

[…蓄えは…少し…ある]

「そう、ですか。なら遠慮なく頂いておきますわね……ウフフ」

 

折角の美人顔に生まれながら台無しにするような含み笑いに、端から様子を窺っていた船長とまだランチパックを手に持つ若い船員がドン引きしている。

 

[…用件は…それだけか]

「おっと! 仕事の依頼ですけれど…丁度良いですわ、このまま現地に出撃しなさい」

[…なに?]

 

現在は亀との戦闘を終えて、ちょうど正午を回った辺りの時間帯。何処に赴くにも夜の時間帯に差し掛かるというのに、彼女は嘯く。

整備なら今終わったでしょうと、手元のタブレットからチェイサーへデータを転送しながら、依頼文を口頭でも説明する。

 

「現在、旧ギフ都市を中心に突如として3m級モンスター、油蝮が大量発生。これを速やかに殲滅するため、近隣のホッパー全てに参加を要請しています。人数に制限を設けませんので作戦開始時間に間に合う方ならば何方でも構いません。悪辣なるモンスターによる被害拡大を防ぐ為、どうか我が社に力を貸して下さい。

 

また、作戦区域内に存在する同社の研究施設を最重要防衛対象と致しますのでご留意を。」

 

[…なるほど]

 

依頼の節々から感じる企業の思惑に思い至るマコトだが、何かしらの思惑があるのか。殆ど休憩も挟まないまま再出撃の準備に取り掛かる。

 

[…船長…出撃する]

「はぁ!?」

[…【剣闘士形態(ウォーロード・スタイル)】に…換装してくれ]

「おまっ……あぁもう仕方ねえ! 野郎ども設備を戻して、大将のおべべを着せ替えてやれ! 速攻だ!」

「あわわわ…!?」

「おら若造! お前は飯を無理やりでも詰め込んで来い」

「! 了解デース」

[!?]

 

剣闘士とは名ばかりの、大剣に槍や鎚など質量武器を積載量限界まで詰め込んだだけの装備へ衣装変えを行うチェイサーに加え、ゲテモノ料理を押し込まれるマコト。途端に慌ただしくなった筑摩の様子に元凶を持ち込んだ本人は事の大きさを理解出来ず、内心オロオロとしながらもポーズだけは整えていた。

 

「そ、それではお金を拝借…回収したら帰りますわね」

 

これだから一度火が付いた男は苦手だとクラリッサは人知れず愚痴を零して、そそくさと退散していく。

 

 

そしてこれから連続して依頼に赴かねはならい不運なマコトの様子といえば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「BOXガチャきたーーーーー!!!」

 

 

 

周囲の心配とは裏腹に、一攫千金のチャンスが来たと大喜びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 白上 マコト

 

「いつ見ても、デカい買い物したと思うな…」

 

ナゴヤから徒歩で帰還する先には大枚叩いて買ったDTガレージ艦船【筑摩】が、荒野のど真ん中で待ち受けていた。

以前のここは只の住宅地だったらしいが、モンスターの出現により真っ平らに整地されて見渡す限りの荒野に変貌している。おかげで目立って仕方無いが、高脅威度モンスターがいない地域を選んで停泊しているし、雑魚程度なら備え付けの主砲副砲で撃退出来るので心配無用だ。

かつては画面越しのスケールしか認識していなかったが、転生して実物を拝むと何よりそのサイズに圧倒される。DTの搬送しか出来ない小型クラスの駆逐や軽巡と値段の桁が違うわけだ。

……その分のお値段はキッチリ取られたが。今更ながらコスパが良い軽巡の【明石】にするべきだったかもしれない。筑摩を無理して購入したせいで多額の借金をこさえるわ、弾代含めた銃火器が買えないとか、資金が常にカツカツでハードモードもいい所だ。

 

でも明石は野戦修理しか出来ないし、自衛戦力も皆無だから整備中に襲われたら一巻の終わりという弱点があるので難しい所だ。

転生した以上、ここは現実でリスタートもコンティニューも存在しない。何事も命を対価に戦わなければ、ホッパーという仕事に明日はない。物理的に。

 

「大将が帰ったぞー! 錨を降ろしてやれ!」

 

見張りの船員から放送が響き、筑摩に横付けしたチェイサーに向かって昇降用リフトが降りてきた。

通常の乗艦手順に則って甲板のハッチを経由して艦内部に機体が収納されていく。

油圧エレベーター独特のウイィィィン…という心地よい重低音を聞きながら降り立ったのは直通の整備場。筑摩…というか利根型重巡洋艦には《あるオマケ》が付いてくるので内部スペースが同艦種の中でも切り詰められた設計になっているせいだ。

すぐ目の前にある整備用クレーンがこちらのコクピット近くまで寄せられ、そこで腕組み待ち受ける髭もじゃの壮年男性、恐らく一番お世話になっている人に向けて、今回の仕事内容を端的に伝えながら愚痴を零す。

 

[…やっぱり…本店の奴は…いけ好かないな]

「ガハハッ! まぁ外販と馴れ合うのも癒着やら不正を疑われるからな、仕方ねぇさ」

 

船長はその名の通り筑摩の責任者で、何かと都合を付けてくれる大恩人である。どうも前世を思い出す前、幼少期時代の俺を知っていたらしく、他の好条件を断って契約してもらった過去がある。

……身も蓋もない言い方だと、ゲーム時代にあった通称、船員ガチャで初回限定確定SSR引いたような関係なのだが、リアルのこの世界ではキッチリと人物関係が構築されている訳だ。出来れば美人な女性が良かった気もするが……うん、そこを深く考えるのは止めよう。俺が男の時点でマトモな人付き合いなんて不可能だしな。

 

[…整備は…給水…だけでいい]

「ほう珍しいな…んじゃ醸造の方も自分でやるのか?」

[あぁ]

「了解だ。……あんまやり過ぎて酔うんじゃねえぞ」

[あぁ]

 

お金が無いから補給も自前が基本。

魔力水代も馬鹿にならないのでもっぱら自分で精製してばかりの貧乏性だ。ゲーム時代ではプレイヤーのスタミナを消費して賄う緊急手段で、品質が最低というデメリットがキツくあまり使わなかったが、今世では船長の腕が良いのか、今のところ動作に支障が出たり能力が下がる事態には陥っていない。

 

いくつか確認のやり取りを終えて補給作業の準備に取り掛かる整備員達を尻目に、少し手隙になったので改めて自分について考える。

 

 

 

白上 マコト。

 

白上は前世の苗字で、マコトはゲーム主人公のデフォルトネームだ。

 

こちらの世界で5歳くらいの頃、モンスターの被害を恐れながらも、海上都市に住む資格が無いならず者達、ブーアに両親共々襲われたショックで目覚めたのが《俺》だ。

 

当時はそんな非常識を信じられず、幼少期の数年は彼女らの奴隷として波風立てずに生活。その後、地域清掃という名の任務で訪れた本店のホッパーに救われたのを契機にようやく自由となり、自分の足で歩き始める……というゲームまんまのオープニングイベントを実体験し、ようやく転生したと確信した。

 

旧式のチェイサーはブーア達が隠し持っていた正真正銘の骨董品で、チュートリアルでしか使えないような低性能だが、新品を買う余裕が無いのでずっと使い続けている。ゲーム通りなら、とんでもない隠し要素があるしな。

 

前世持ちにして天涯孤独の無一文。

どっかで聞いた名乗りのような身の空で、拠点を持つ所まで成り上がれたのは密かな自慢だ。死なないよう、生きていられるよう、努力を欠かさず鍛錬と仕事ばかりに明け暮れたおかげで今の自分がいる。このまま即死級イベント《機神舞踏祭》を乗り越えて必ずや未来を掴んでみせる! てかしないと死ぬ!!

 

「マコトさん! 今日の食事をデリバリーですヨ!」

 

そんな決意を新たにしたところで、ショタの声がする。

ぐっ…この子苦手なんだよな…。

天真爛漫を絵に描いたような仕草は愛らしいが、男だ。

 

男である。

 

たぶん…男かも?

 

いや男でも可愛いなら問題無いのでは…?

 

いやいやいやいや落ち着くんだ俺ぇ! いくら前世を合わせて女性経験が皆無で母親以外との会話経験すら不足しているピュアな身持ちでも、少年に恋心を抱くのは流石に不味い。倫理観のオーバードウェポンだ。

いつものルーチンでコクピットを開けて差し出された食事に有り付こうとするが、その白魚のような指が一緒に視界に映り、自分や船員達とはまるで違うきめ細やかさに目を奪われ……。

 

スッ…

 

「どうしてバックするデスかーーッ!!」

 

手なんか握ったら好きになっちゃうだろ!!

 

童貞特有の拗らせ…純朴な心が軽いコミュニケーションすら断ってしまう。くっ、どうすれば良いんだこの気持ち。女性上位の世界じゃ風俗すら無いから凄いムラムラしちゃうぜ!(錯乱)

 

「さて。今月分の返済分を回収しにきましたわ」

 

そんな時、渡りに船とばかりに問屋のセールス担当クラリッサがこちらを訪ねてきた。相変わらず理不尽かつ唐突な返済の催促だが、こちとらゲームの頃からその傾向と対策は済んでいる。あらかじめ隠し口座に金が貯めてあるので返済に問題は無い。そして延滞せずにこのまま着服を見逃して好感度を上げると、とある特殊な仕事を斡旋されるようになる。そこまでの辛抱だ。だからこそ割り切って付き合えているので本当は船長達と同じ気持ちなんだよ本当。

 

そして、今回の仕事はその特殊な仕事に関する重要なフラグ付きというナイスなタイミングだった。しかも掃討作戦という報酬がBOXガチャ方式で、更に油蝮という特定のフィールドを利用したハメ技が使えるモンスターが対象という神イベントだ。ここだけでも我慢してクラリッサと付き合いを持った甲斐があるモノだと言える。

そろそろ浮いた金で音声読み上げソフトでも導入しようかと思ってたからな。流石にこのまま誰の目にも触れずにホッパーを続けるのは難しい。順次、変声機能とホログラフ映像を用意していきたいもんだ。

 

ーーー金に余裕があればな!

 

既に日は中天に差し掛かり、午後が始まるが、今回の仕事は夜から明け方まで続く長時間戦闘になるので休める内に休んでおこう。

 

狭苦しくも自室に篭っていた頃のように快適な小型空間で俺は寝る準備を始めるのだった。

 




D.T・Ⅱ wiki Q &Aコーナー

Q.どんなゲームなの?
A.ロボゲーの世界でハートフルな百合展開を満喫すると思っている初心者を容赦なく殺す対人動物園ゲーム。

Q.どういう事だってばよ…
A.パッケージや公式ページでは百合百合な女性ばかり描かれているが、好感度の前に金を稼がなくては容赦なくガメオペラするから。ファンタジーなのは設定だけ。
主な敵がモンスターであるストーリーモードは初心者でもまだ頑張れるが、オンライン対戦モードは完全に魔窟でオープンフィールドに野生のラスボス=上位プレイヤーが突然現れるのは日常茶飯事。酷いと戦争に巻き込まれて拠点ごと灰燼に帰す。
ガチャ要素有り。ただし機体性能に直結する部分は対象に含まれず、通称船員ガチャで拠点を充実させるのが役目。


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旧トウカイ地方上空 高度2000m

「ーーーいいかい、少年。男性は30歳まで童貞だと魔法使いになれるんだ。40歳で大魔導士。50歳で賢者。そして生涯を童貞で貫いた者は………」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー異世界に転生出来るんだ。

 

 

 

 

 

 

「……ん…トさん……マコトさん! 返事をプリーズ!」

「うお!?」

 

急な出撃で休めなかった分、少しでも疲労を回復させようとコクピット内でうたた寝をしていたら、特徴的すぎる口調の通信が飛んできた。この周波数は筑摩購入時のオマケであるVTOL艦載機、現在はチェイサーを現地まで空輸している【瑞雲】のパイロットからで間違いない。原型機に似た胴体に垂直離着陸用のプロペラと推進機を取り付けたなんちゃって瑞雲なので専門家に見られたら怒られそうなデザインをしているが性能は申し分ない。

そういえばこのパイロットの子。換装作業中も食事を摂らない俺に駄々を捏ねて無理やり志願したんだったか…。焦った様子で何かを伝えようとしているが、存外深い眠りだったせいで上手く物事を考えられない。

えぇとたしか岩殻亀を倒して、ポンコツデレさんに塩対応して…それから、そうだ問屋のクラリッサの好感度上げに依頼を受けたら、ゲーム時代でも重宝したBOXガチャイベントで、逃さないよう急いで飛び出したんだった。

うーん、眠気もあるけど醸造で少し酔ったかな? コクピット周りの防水パッキンが脆くなって隙間から流れ込んで来たのかもしれないとボンヤリ考えていると。

 

「マコトさぁーーーん!!!」

 

こ、鼓膜が破れそうな音量だな…。慕われてるのは分かるんだけど、たまに重いというか、迫真すぎる時があって怖い。

 

船員【No.0120・ナギ】

この世界において、男性クローンは将来に就く職業に最適な遺伝子調整をあらかじめ施してから産まれる。

人として名乗る苗字は持つ事は許されず、工場の識別No.を名乗るのが通例で、それはナギとて例外ではない。彼は通常個体より未熟な体格をしている通り、不適格品扱いで廃棄寸前だった所を拾ったのが出会いだ。

 

…船長とは逆に船員ガチャでハズレを引いただけだと思うが…それは言わぬが花だろう。キャラクター全ての情報を覚えている訳ではないので役に立つか分からなかったが、筑摩の運用には最低50人は必須。10連5回の船員募集ガチャで余剰人数は生まれないのだ……!

ちなみに、DT:Ⅱの船員ガチャで女性キャラクターはSSR以上しか輩出されない。そして我が筑摩に搭乗している船員は、確定枠で数少ない男性SSRの船長を除いて全員、男性。

 

……やっぱガチャって悪い文明だわ。

 

当時、あまりの不運さに片乳首タップ教や触媒準備法、書いたら出る理論で必死になってガチャ募集に熱狂していた頃を思い出す。あの時はまだ仲間じゃなかった船長にやたら親身になって慰められ、ようやく冷静になった俺は羞恥に悶えてうっかり生声を漏らした過去がある。その時の反応が…。

 

「もういい…もう一人で抱え込まなくてもいいんだ…。泣きすぎて酷え声になってるぜ」

 

素の声ですとは言えなかった…。

色々とサポートしてくれるし、将来はああいう歳の取り方をしたいもんだなぁ…。

 

「Hi! 早く通信に出てくだサイ! イエローバードが烏合の衆デス! ヤンキーゴーホーム!」

 

………は?

 

促されて周囲をモニターで確認すると、こちらを中心に編隊飛行を組む輸送機の群れ。機体を無駄に揺らしながら付かず離れずの煽り運転で空を舞っている。そこだけ見れば衝突の危険を感じるかも知れないが、こちらと同じようにワイヤーロープで懸架されたDT達が慣性の法則に従い、前後左右にぶん回されてグッタリとしているので寧ろ不憫にしか見えない。

こ、この頭の悪い行動と、全機が黄色に染められたエール式DT集団は……!

 

「黄組の取り巻きか!?」

 

ゲーム時代ではランダム増援としてプレイヤーの邪魔をし、この世界でも戦場のハイエナとして毛嫌いされている世紀末ヒャッハー集団が、どうしてこのタイミングで?

安眠用に通信類を全て切ったおかげでここに至る経緯かまるで分からない。緊急時でも瑞雲からしか受け付けない設定にしたのが完全に裏目った形だ。ゲームだと目的地までファストトラベル一発で瞬間移動出来てたから道中の危険なんて完全に忘れてたわ…。

 

幸い、厄介な首魁の姫さんは不在のようで無駄に金ピカしている専用DT【ソンテ】の姿は見えない。

趣味が悪いカラーリングとやたら派手な装飾てんこ盛りの噛ませ臭が芳ばしい機体なので発見は容易な筈だ。

現段階では取り巻きに煽てられて指揮を取る傀儡でホッパーの腕も未熟と、ぶっちゃけ弱いのだが、ネタバレすると最強クラスのDT【十二機神(ダース)】に名を連ねる凄まじい潜在能力を秘めた機体とそれを操る才能を持つ最重要キャラクターの一人である。

 

残念ながら肝心の姫さんがそれを理解していないので、覚醒イベントをクリアしないと宝の持ち腐れ感がすごい。しかし現実となったこの世界、何がキッカケでフラグが立つか分からないので警戒は必須だ。

相手がいくら取り巻きの雑兵達とはいえ、撃墜して万が一不興を買うのも不味いし、どうするかな…。

 

そうしてウダウダしていると、相手さんは痺れを切らしたのか、定まらない照準のまま銃口を構え……撃ちやがった!?

 

「ノー! このままだとビーハイヴまっしぐらデス!」

 

くっ…やはりというか、ブランコ状態で放たれる弾丸は全て明後日の方向に飛んでいくので、今のところ当たる気配は無い。しかしそれもアイツラが冷静になるまでの問題だろう。改めて状況を確認すると周囲に展開するDTは全部で8機。得意な市街戦ならまだしも、障害物が一切無しのお空の上で抵抗するのも難しい。一番良いのは、このまま戦闘を避けてやり過ごす事。今回の依頼先となる現場周辺は私闘禁止区画に設定されており、流石の阿呆共でも手は出せない。もし破れば重いペナルティが課せられ、彼女らの推しである姫さん達に悪影響が及ぶからだ。

 

「そういや企業絡みの赤組に、魔法急進派の青組、そして野良で暴れ回る過激派の黄組。

三大ルートのどれを選んでも気に入らないってイチャモン付けられて、襲い掛かって来たよなコイツら……血に飢えた蛮族かよ」

 

前世では、仲間になる黄組ルートでも平気で現れて戦いを挑んで来たが所詮はゲーム要素。邪魔程度にしか考えなかったが、今世は倒してお金が直接ドロップする筈もなく、かといってDTを売り払おうにも、ホッパーがいない機体は魔力が切れて自重を支え切れず、その場で修復不可能なくらい自壊してしまうのが殆どだ。

 

正しく、百害あって一利なしだ。

 

時間を掛けてでも無傷で通り抜けたいが、現在地の座標と目的地までの距離を測ると、既に依頼受付時間までギリギリ。この状態で迂回して煙に巻くのは悪手でしかない。賭けになるが真っ直ぐ突っ切るようナギに指示を出すしかあるまい。

 

[…このまま…真っ直ぐ…飛べ]

「ッ! この場所でストレートですか!?」

[…絶対に…曲がるな]

「りょ、了解デース!」

 

何やら驚いているようだが、寄り道して依頼自体に間に合わないのが一番困る。

タダでさえ金の掛かる遠征、路中の燃料費だって馬鹿にならないのだ。報酬を必ず頂かなくては家計が火の車どころか燃え盛るパンジャンドラムになってしまう。

俺の指示で航行速度から最高速へと移るべく微細な振動を皮切りに瑞雲のエンジンに本格的な火が入ったのを実感する。前方を防いでいた黄組の輸送機は、突然の加速に反応が遅れ、進路を明け渡すしかなかった。

 

よしよし、一旦前に出れば撃たれる方向は後方のみ。【障壁の魔法】を使って防御に徹すれば、こいつらの粗末な武装程度、全て防いでみせるぜ…!

 

 

 

 

 

「ーーーshit! お前ら相手に逃げる訳ないデス!」

 

ん?

 

「はぁぁぁ!? マコトさんがチキンとか節穴にもほどがありますヨ! お目目かっぽじるデース!」

 

瑞雲からの通信がやたらと剣呑としている…。そういや通信のオフ設定がそのままで外部の音が聞こえてなかった。たぶん黄組の連中は口が悪いので罵倒や罵りが飛んでいるのだろう。それを真正面から受け止めてナギが反論しているみたいだが、正直ヤンキーじみた奴は憂さを晴らしたいだけで、いくら論破しようとも黙らせるのは不可能に近い。こういう時は相手にするだけ無駄なので無視して行動するのが一番良いぞ。

 

[…耳を…閉じて…進め]

「!?……うぅ、でも!」

[いいから…閉じろ]

 

不満たらたらなナギだが、宥めすかすような長文を文字入力して話すには時間が足りない。とにかく今は現地集合に間に合わせたいので最低限の言葉で納得してもらう。

そろそろ障壁を貼らないと被弾しそうだしな。

 

操縦桿を握り込み、発動する魔法をイメージ。自分の体中に潜んでいる魔力を通して粘土を捏ねるようなイメージで具現化していく。かつてはボタン一つで発動した動作も、リアルになった今では面倒だらけだ。

…よし、後は脳内で固まった障壁の魔力を、杖の触媒に移せば準備完了。背面の杖を取り出して…取り出し……。

 

「ーーーーーーそういや直前に外装を取り替えたんだっけ」

 

すっかり忘れてた。

 

 

オ、オオオオォォォォ……

 

 

「ーーーやっべ」

 

機体各部から漏れ出る、大気を振動させるような低音を感じ取って冷や汗を垂らす。

 

ここで誰に喋る訳でもなく、豆知識の時間だ!

 

この世界において人間が扱う【魔法】とは、体内に術式を描いて魔力を流す事で発動する現象の総称である。

DTを介して使用する場合でもそれは変わらず、ホッパーを起点に、魔力水によって術式の規模を拡大、それに対応した杖の触媒などを通して始めて、DT用の魔法が発動する仕組みになっている。

つまりあくまで人間がメインであり、DT自体が直接行使しているのではない。ここ、テストに出ますよ。

 

故にパイロットであるホッパーは古めかしく言い変えれば【魔法使い】その人であり、女性上位の世界では魔女と呼称されてきた存在だ。そこからも分かるように、この才能は女性に対して だけ 発現し、モンスターという脅威と戦う状況下におかれた世界で、男性の地位が低下するのは致し方なかったという背景がある。

 

え? じゃあ何で男の俺が魔法を使えるのかって?

 

ーーー分からない…俺は雰囲気で魔法使ってる…(震え声)

 

…少し脱線したが今、俺が行使した魔法は魔力水によって大きく増幅された段階で機体内に保持されており、出力先となる触媒が存在しない限り尽きる事は無い。巡り巡って何割かは還元されるが、大部分は爆発寸前の風船みたいなもので、後は時間の問題でDTの各部から魔力が吹き出すだろう。

 

問題なのは乗っているDTが、チェイサーである点だ。

前回の亀相手に魔法を使った時、全身から咆哮のような騒音が聞こえたのを覚えているだろうか? あれは魔法術式と金属物質の相性の悪さから引き起こされる拒絶反応みたいなもので、DTであれば大なり小なり必ず付き纏う問題点の一つだ。しかしラガー式のコイツは骨格と呼べる部分を金属パーツで構成している関係上、その影響が特に顕著で音の規模が大きい。そのため魔術師形態で装備していたように、専用の防音装甲を被せなければ煩くて仕方ない大音量を発生させてしまう。

…それを最低限の自重を保つ魔法しか対応していない剣闘士形態で放つとどうなるのか。まして発動すらせず、拒絶反応増し増しの絶叫がどれほどの規模に達するのか。

 

 

「………せ、せめてに粉々にはなりませんように…!」

 

世界一情けない思いで、秒読み段階に入った衝撃に備える。こんな初歩的なミスなどホッパー史上あるか無いかぐらいの失態だ。ゲームなら文字が灰色になってブザー音がする程度だったのに、どうしてこうなった…!

 

 

オオオ…オオォォォォォォォォォォォ!!!

 

 

「ッッッ!!?!」

「うるっせぇぇぇぇぇ!!」

 

モニターが焼き付きそうな閃光と同時に押し寄せる大音響。

まるで本来は交わる事が無かった科学と魔法の関係性に嘆きを告げるバンシーのような悲鳴に、言葉も出ないナギと、爆心地である俺は鼓膜がぶち破れそうな音圧に耐えて何とか意識を手放さずに済んだ。

 

クラクラする頭を抑えて機体状況を調べると、奇跡的に満載した装備の類に損傷は少なく、武器の幾つかが弾き飛ばされただけのようだ。

もしかしてお祈りが通じたか?

 

そして、よく考えればこれだけの衝撃を事前準備なく喰らった黄組の連中も只では済まないだろう。棚から牡丹餅では無いが、これで幾らか時間を稼げるはず。 ガハハっ勝ったな飯食って来る。

やはり自分はガチャ以外の運が良いなと自画自賛し、実はまだ手を付けていないナギの食事をスルーして携帯食のシリアルバーを齧る。サクッとした食感にほのかな甘み。味の種類も豊富で意外にこれだけ食べてれば生きていけ

 

瞬間。コクピットに表示されるダメージアラートの数々。それはつまり

 

「滅茶苦茶撃たれてんじゃねぇか!?」

 

何故か数を減らしている残り3機のDT達が手に持つのは杖。飛んでくるのは火球や雷球といった魔法で…あークソそうだよな、相手側にも魔術師仕様の機体はいるよな!

換装によって性能を変化させられるラガー式と異なり、エール式は設計段階で得意分野が決定されるから、この手の奴は元から防音性能が高いんだった。

 

「万事休すか…」

 

ここに至っては死ぬという最大のリスクを避けて適当な所へ降下して迎え撃つしか無いだろう。

…今回の依頼は一定数のモンスターを撃破する毎に報酬品が獲得出来るのに加え10箱分、つまり一定数以上の戦果で必ず強力な武器が入手出来る檄うまイベントとして期待していただけに、惜しい事この上ない。

せめてもの抵抗に大剣を構えて盾代わりにしようと担ぎ上げた所で、前方から超スピードで迫り来る謎の飛来物に気が付いた。空を飛ぶ魔法は魔法学側で厳重に秘匿されている為、大空を駆けるのは依然として飛行機やヘリコプターが大部分を占める。それなのに飛んで来るというのは例外中の例外としか言いようが無く、俺はそれに対して嫌な心当たりがあった。

 

「まさか……」

 

ご都合主義のようなバッチリのタイミングで現れるのは、恐らく《出待ちしていた》のだろう。

彼女との因縁を語るには時間が足りないので割愛するが、この世界に転生して一番の厄ネタが、ここぞとばかりに名乗りを上げてしまう。

 

 

 

 

「ーーー私の妹を泣かせたのは、誰だ!!」

 

 

 

 

 

ゲーム時代における青組筆頭、同時に世界最強の名を欲しいままにする魔女の才媛。

そして今世では、ひょんな出会いからメタ知識で好感度を上げまくった結果、姉を自称するクレイジーサイコレズに暗黒進化した残念美人。

 

エリザベート・フォーゲル。

 

本来の設定ならば、孤高のクールビューティとして恋愛攻略難易度最高峰を誇る天上の存在が、こちらを助ける為、鬼気迫る迫力を伴いながら専用DT【プロージット】で空を駆けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

白上マコト達が目指す依頼の座標。そこに鎮座するのは神話や伝承の挿絵でしか表現されないような雄大さを感じさせる巨大な世界樹。

 

通称、魔女の庭園(ビアガーデン)

 

横幅1kmという馬鹿げた敷地面積に加えて、モンスターからの襲来を避けるため、拠点基部を樹木で支えて自然物と偽装する超巨大なツリーハウスだ。

幹の中央は各階層へのエレベーターが内蔵されており、枝毎に専門の施設を設けてデパートのような構造をしているが、その内1階層全てを貸し切ってプライベートエリア扱いをしている者達がいる。

 

「それで、お姉様は、件の、ホッパーを、迎えに?」

「だいぶ前から待機してたよ。はぁ、どうしてこうなっちまったのかねぇ…」

 

端的な質問を浴びせる無表情な少女と、それに答える眼帯の女傑は、丸いテーブルの冷めた紅茶を前にして項垂れる。

 

「変調は、一年前の依頼、からだった」

「あん? そういや…それぐらいの時期だったね。あの鉄面皮が難儀な病を患ったもんだよ」

 

彼女らが思い返すのは、マコトと出会う前のエリザベートの勇姿。

伝統ある魔女の家系に生まれ、その有り余る才能で数々の実績を積み重ねてきた天才は、人類側の勢力を二分する代表として申し分のない。しかしそれがどうだ。今では親愛と情愛の区別も付かずに一人の人間に入れ込んで熱中しているなど、表向きは対等な関係でたる科学側と日夜、利権や損得しのぎを削って余裕が無い上の連中に知られたら、どうなってしまうのか。考えたくもないと女傑は寒気を覚えて首を振る。

 

「今から、でも、連れ戻す?」

「どうせ今回の依頼でコッチに来るんだからノンビリ待てばいいさ…って、冷めた茶を啜ってんじゃないよ、みっともない」

 

口寂しさからか、無言で紅茶を含む少女の手を止めて柔肌に触れる。

 

「ん…、分かった…」

 

女傑に掴まれた片手を反対側の手で覆い、確かめるようにキュッと力を込める。身長差40cmという違いで大人と子供のような印象を受けるが、意外にも年の差は1つしかない。

当初は少女側がコンプレックスから一方的に嫌っていたが、経験豊かな女傑はその手の扱いも心得ていたらしく、こちらは一年も掛からず深い関係になっている。

 

「フフッ…なんだい甘えん坊だね。考えてみれば姉貴がいない分、羽目を外せるからマイナスばかりでも無いか」

 

可愛らしくニギニギと控えめに指を絡める少女の仕草に微笑ましく思いながら、エリザベートが帰還するであろう時間までどうやって有意義に過ごすか考えて、とりあえずはお茶を楽しむ事にした。

 

「おい、そこの男。新しいのを淹れ直しな」

「承知致しました。銘柄の方は如何致し…」

「は? それぐらい予想して用意するのが給仕の役割だろうが」

「ガッ!?」

 

二人の女性がテーブルを囲む部屋の隅には、ビアガーデンに所属する男性スタッフが待機していたのだが、仕事を割り振られた瞬間に壁から飛び出してきた荊の縄に首を絞められる。

 

「はぁ…これだから機微を感じ取れない男は嫌いなんだよ。女同士なら言葉にしなくても通じ合えるってのにね、キキ?」

「でも、給仕は、男しか、見た事、ない」

「そりゃ雑事は全部男にやらせればいいからね。意思疎通が出来るからって嫌な仕事を任せるのは相手が可哀想だろ」

「そう…、だね、モーラ」

 

息をするような平静な態度で、少女のキキが漏らした疑問を打ち消すモーラは、その幼気な感想に加虐心を唆られてつい、力加減を誤った。

 

「……ありゃ、死んじまったな」

「まずい?」

「あはははっ! 冗談きついよ、たかが備品を壊した程度でお咎めなんて知れたもんさね。第一、ここはビアガーデン。魔女の私らに意見出来る奴なんて何処にもいないさ」

 

首を捩じ切られた男性を荊で釣り上げて放ると、部屋の外で待機していた別のスタッフに後片付けをさせる。

その男性は配属…出荷されて間もないのか、同情も哀れみも何とか飲み込んで遺体を運び出そうとしたが、魔女達がお茶会と称する空間に足を踏み入れると、思わず足が竦んでしまう。このままでは前任者のように粗相を仕出かす。そんな恐怖に打ち勝とうと決死の思いで一歩ずつ歩き、業務をこなす。それを面白い余興だと楽しむモーラに反してキキはほんの少しだけ違和感を感じたが、すぐに気持ちに蓋をして世間知らずな自分に新しい世界を教えてくれた彼女に、縋るように手を握る。

 

「モーラ…」

「ん? 何だい」

 

モーラ、モーラ、モーラ、モーラ

 

「私の、モーラ…」

「あははっ! 可愛いねぇ本当」

 

モーラ、モーラ、モーラ、モーラ、モーラ、モーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラモーラ

 

「この手を、離さない、でね」

 




チェイサー

ゲーム時代では、初期配布機体として全プレイヤーが一度は操作する初心者用のDT。プレイヤー機のデフォルトネーム。
癖のない操作性に加えて、武器の互換性が高くどんなミッションであろうと対応出来るので、一部のプレイヤー間では縛り要素やRTAで引っ張りだこの人気を誇った。特にマコトはRTA走者で癖を知り尽くしている。

異世界では、世界初の正式量産型として生産されたミリオンモデルでDTの始祖というべき名機。
エール式が登場するまでは頻繁なボトムアップと局所対応のカスタム機として改修を繰り返し、様々な派生機の礎として名を馳せたが、金属部品の老朽化が進むに連れて、魔法との親和性が著しく低下する欠点が判明した事で、新造されるDTはエール式一辺倒となり、次第に名を忘れ去られていった。

マコトは気が付いていないが、こんなロートルもいい所の機体を使用しているのは現在彼一人だけ。また整備が出来るのも船長ぐらいしか居ない為、奇跡の巡り合わせで稼動状態を保っている。

チェイサーとは、酒飲みの合間に口直しで出される飲料の事。日本ではもっぱら水が出てくるが、地域によっては度数の低い酒で風味を押し流したりする。その中には当然ビールも含まれ、様々な酒類を指す広義の言葉である事から名付けられた。


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緊急ミッション 大規模掃討作戦
浮遊型航空母艦【加賀】【瑞鶴】【グラーフ・ツェペリン】


ビアガーデン中層 管制塔の一室

 

「……お金目当てとはいえ凄い数だなぁ…」

「心配事か! クレナイ新入社員!」

「きゃっ!?」

 

デスクワークの合間に小休止を挟み、窓から見える光景をボーッと眺めていた少女に向かって、突然声が飛んできた。驚いて振り返ってみれば、スーツ姿の上司がいつの間にか仁王立ちで待ち構えている。

 

「初仕事で緊張しているようだな! だが安心したまえ! 君がオペレーターとして担当するのは2人だけだ! 皆忙しいがな!」

「は、はい…頑張ります課長」

「よし!」

 

緊張で業務を中断していた訳ではないクレナイは曖昧な笑顔で誤魔化して相槌を打った。それを健やかとはまた異なる明瞭さで受け取った上司はスタスタと窓側へと歩を進め、眼下に居並ぶ威容に感嘆の評価を告げる。

 

「このビアガーデンに集いしDTの混成部隊! 我々、本店所属の最新型DTも素晴らしいが、外販達のカスタム機もまた個性があって見応えがあるな!」

 

促されるまでもなく、クレナイも同じ感想だった。

今回の油蝮(アブラマムシ)掃討作戦は近年モンスターによる被害が低調な極東方面では珍しく大規模な戦闘であり、多数のDTが参加している。

近隣周辺に滞在する外販だけでなく、本店からの救援戦力や、受付時間内に到着すれば誰でも参加が認められるという条件の下、巨大な世界樹であるビアガーデンは世界のDT見本市のような様相を呈していた。

 

彼らの多くは中層に位置する駐機場に集合し、作戦開始を待ち構えながら外販同士で情報共有や親交を深めるのに余念がない。

同階層にはクレナイら本店の社員が詰める管制塔が辺り一面を睥睨しており、参加機体とホッパーの照合や、作戦中にオペレーションを担当する人員の割り振りなど事前準備に忙しい状態だった。

そもそもの依頼主はこのビアガーデンのオーナーで魔法側の人物なのだが、如何なる理由か、援軍として魔女達は一切派遣しないと明言し、四方八方へとホッパーを募集。本店に連絡業務や作戦指揮を丸投げ…委託して上層で引き篭もっている。おかげで参加者数が増えに増えて統制が取れず、急遽、新入社員であるクレナイまで担ぎ出された。報酬に関しては中抜きをたっぷり挟んだとしても有り余るほどの金額が用意され、経営陣としても、集まったホッパー達にも有難い話だろう。…その分、割りを食っているのは定額の給金で働いている末端の社員だけである。

 

「見たまえクレナイ新入社員、馬鹿みたいな大きさの狙撃銃を担いだDTを! あれは問屋の用心棒【鴨撃ち】だな。スポッター用に小型のUAVを搭載しているからすぐに分かるぞ!まさしく馬鹿のひとつ覚えだ! …むっ? あれは【八寸】か! 私のように前線から退いたと思ったが、息災のようで何より! いつも通り雑多な武器塗れで汚らしい!」

「え、あ…そうですね」

 

ナチュラルに口が悪い上司の言葉に少しだけイラッとしながらも、視線はDTに吸い寄せられる。新入社員でありながらコードネームを与えられるほど優秀なクレナイは表面上、模範的な社員を演じているが、その内面は生粋の《DTオタク》。説明されずとも有名どころのホッパーとDTの仕様は丸暗記しているし、窓から眺めるだけでも恍惚とした気分になれる上級者なのだ。冒頭で憂鬱そうな溜め息を吐いていたのは、いきなり多忙に叩き込まれながらも、役得な仕事だと幸せを噛み締めていた最中の仕草である。

 

「【紅葉】に【骨裂き】、【串刺し屋】までいるな! 実に壮観! 有象無象が紛れているがこれだけの戦力が揃えば仕事は完遂したも同然だ!」

「そう…ですね。………ん? 滑り込みでもう一人参加っと、これは…ラガー式のDT? 珍しいですね」

 

励ましなのか、単なる独り言なのか分からない上司の言葉を聞き流していると、不意に業務用パソコンへ連絡が入り、最後の参加者になるであろうホッパーの登録情報が表示された。その詳細情報の中には現在の駐機場で待機しているどのDTよりも古い仕様のラガー式で、間も無くこの場に現れるという。

 

「5分前行動がなってないな! 参加は認めるがあまり期待は出来ない手合いだ! しかも古臭い、カビの生えたようなラガーなのだろう!」

「(旧式だからって色眼鏡で見ないでよね…)しかし、任務達成率は90%オーバーですごく頑張ってる人だと思いますよ。しかもこれ、チェイサーですよチェイサー。骨董品レベルの機体がよく動いてるなって……課長?」

 

「ーーーチェイサー」

 

その単語が出た瞬間。

 

上司の視線が窓の外に固定された。

ハキハキした言葉遣いも忘れて凝視する様は無言の威圧感を周囲に撒き散らし、クレナイは二の句すら告げられず息を飲む。

会社から支給された同じスーツを身を纏っているが、上司のそれは空調の風に揺られて片腕の袖が宙を舞う。

 

隻腕のアザレア。

かつては外販のホッパーでありながら卓越した腕前で本店役員へと成り上がった傑物。色褪せた赤花のコードネームが示すように歴戦の経歴を持つ妙齢の女性は普段、本店に所属する社員や新人の外販にDTの扱いを教える教官としての職務を熟す身だ。しかし普段の明るい振る舞いと人付き合いの良さに隠されているが、その本質は大きく異なる。

新人のクレナイが気づく由も無いが…こうしてビアガーデンに滞在している時点で通常業務の範囲から逸脱しており、かつて指導した弟子をダシに居座っているのが現状だ。

 

「亀程度では止まらんか……当然だな」

 

隻腕。今では幻肢痛しか反応を返さない利き腕があった袖を握り潰してアザレアが呟く。せっかく成り上がった地位が脅かされる危険があっても彼女が優先するものは何なのか。その答えは数秒後に訪れる。

 

魔女達の直轄範囲であるビアガーデン上層からDTが駐機場へと降り立つ。モンスターは人工物に対して高い敵愾心を持つ習性がある為、ビアガーデンへの入場は彼らの感知範囲外である高高度空路に限定されている。故に輸送機を使うホッパーが大半であり、資金に困窮している者は相乗りで定期便に搭乗するのが基本である。

 

ーーーしかし、そのDT、チェイサーはそのどちらにも該当しない。とんでもないエスコート役を伴って舞い降りる。

 

「えっ、あれってまさか……プロージット!?」

「最強の魔女を足代わりか…」

 

錆止め塗装の赤黒い外見をしたチェイサーを背後から抱き締めながら降りて来るのは藍蘭色をした細身のDT。梟を模した鳥型のウィングバインダーを両肩に乗せ、二対の翼で大空を駆ける魔法側最強の機体である。

それはまるで壊れ物を扱うかのようにチェイサーを降ろすと、周囲で待機していたDT達を一瞥し、翼を大きく翻す。すると驚きから静観の構えを取っていた周囲がビクリと震え、恐慌状態に陥ったように我先にと後退していくではないか。

 

「え、え…何が起こって?」

「……魔女め、人払いの魔法を使ったな」

 

プロージットの梟は超一流の材質で創り出された触媒で、既存機の武装で言う所の杖に当たる。普段は浮遊と推進の魔法によって飛行を可能としたり、攻撃と防御を同時に行使するなど魔法の同時使用に特化している。今回は人払いという名の短期催眠を二重掛けで周囲にばら撒いているらしく、強制的に空きスペースを確保しているのだろう。

 

「うわ…ここまでは影響しませんよね?」

「……安心したまえ。本店の設備は魔法耐性がある金属素材を織り込んでいる」

「そ、そうですか…良かった…」

「…それ無しで、しかも至近距離で、魔法を喰らって微動だにしない奴もいるがな!」

 

調子が戻ってきたアザレアの言葉通り、ほぼ密着しているチェイサーにも魔法の効果が及んでいる筈だが、まるで応えた様子は無い。直立不動のまま佇むのみだ。

 

「……あれって、操縦桿を離してるだけでは?」

「その胆力! その蛮勇! 《あの頃》を思い出すな!」

 

DTを良く知るクレナイの実は的を得ている疑問を他所に、アザレアは牙を剥くような笑顔を見せて何かを懐かしんだ。

 

 

「か、課長!? どちらへ」

「私も出る! クレナイ新入社員! 今回のオペレーションはチェイサーと私で決まりだ!」

「えぇ!?」

 

何故、魔女が抱き抱えていたのか、どうして周囲に行き場を失った子犬のように旋回している輸送機に誰も触れないのか、など多くの疑問を残しながら、油蝮掃討作戦が開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

廃棄都市No.058 旧ギフ 山岳方面

 

上空3000m

 

浮遊型航空母艦【加賀】

 

【ビアガーデンの枝分かれした中層そのものが空母であり】、その内の一隻である加賀が甲板の駐機場に大量のDTを乗せて夕闇の空を飛んでいる。

速力を犠牲に積載量と長期間運用に特化した本艦は、その図体に見合う魔力と化石燃料を消費する為、個人で所有するには巨大すぎる移動拠点である。扱うのは専ら企業である本店や問屋などであり、後続として随行する【瑞鶴】【グラーフ・ツェペリン】も例に漏れない。普段はビアガーデンと合体する形で連結されているが、今回のような有事であれば即座に飛び立ち作戦区域までの足となる。

 

「いいか! 貴様と私で討伐スコアを競う!」

[分かった]

「互いの戦闘に介入しない! 目標が被った場合はカウント無し! 制限時間は作戦終了の明け方までだ!」

[分かった]

「今度は負けんぞ!」

[分かった]

 

響くような大声でチェイサーを指差すのは薄い赤色のDT。スカーレットやクリムゾンといった本店直属のホッパーに支給されるエール式【アンカー】のカスタム機だ。

背面から鎌首を跨げる《追加の二本腕》は鉤爪が装備されており、魔法学の応用で滑らかな可動を維持しながら合金製の刃で敵を切り裂く仕様で、元の両腕にはそれぞれロングマガジンのサブマシンガンを携帯し近距離戦闘に特化している。

 

対するチェイサーに乗るマコトといえば、興奮するアザレアの言葉を完全に無視するかのように素っ気ない定型文を繰り返すような相槌ばかりだ。

時折、我慢出来んとばかりに機体表面を擦るような鉤爪の牽制が飛ぶが、それでも微動だにしない。《まるで見てすらいない》ように感じる。

 

「……トウカイ方面に命知らずのヤバい奴がいるって聞いてたけどアイツよね?」

「たぶんそうでしょ。噂だと趣味の悪いカラーリングをしてるらしいけど【成り上がり】相手に真正面からメンチ切る奴が普通な訳ないわ」

「魔女の時といい、どんな神経してるんだ…」

 

周囲の外販ホッパー達がヒソヒソと本人の預かり知らぬ面を噂する内、作戦開始直前のアナウンスが流れた。

 

「ーーー只今より、油蝮討伐作戦を開始します。参加者の方々は出撃前の最終準備をお願い致します。また、繰り返しになりますが同作戦中における注意事項をご確認下さい。

 

今回の目標はギフ地方に大量発生した油蝮の駆除です。3m級の低脅威度モンスターですが、当該地域の河川周辺に大規模な巣穴が発見され、相当数が潜んでいると思われます。このモンスターは強い毒性を含んだ体液を保持しており、万が一浄水施設の機能を上回る毒素が川に流れ出すと深刻な水質汚染が引き起こされます。特にテラフォーミングの要である天然樹木のビアガーデンに甚大な被害が及ぶ事態だけは避けねばなりません。

 

作戦中、母艦への被害を減らす為、直接帰還は認められません。定期的に周回軌道を回る発着便の小型艇をご用意しますので、それにご搭乗下さい。

 

油蝮の習性から、動きが鈍化する夜間での戦闘です。定期的に照明弾を投下しますが、充分に周囲を警戒して下さい。

作戦終了は暫定的に明日午前6:00までとしますが、目標である油蝮の掃討が完了しなければそのまま延長させて頂きます。ご都合の悪い方や、中断される方は最終便の小型艇に必ずご搭乗下さいませ。

 

…最後になりますが、作戦区域内には当社運営の研究所が存在致します。理由なき立ち入り、接近行為は重大な規約違反と判断し、即時の依頼取り消しと排除行動が実行されますのでご注意下さい。

以上で最終ガイダンスを終わります。以降の質問事項等は担当オペレーターまでお願い致します。ーーーご健闘を」

 

この放送を皮切りに各空母から駆動音が戦慄き、甲板の発射カタパルトがセッティングされる。元は航空機を出撃させる際、短距離で速度を確保する為に据え付けられた加速装置だが、改造された今では電子制御された射出装置によって任意の座標にDTを投下する現代の投石機じみた代物に変更されていた。

 

「さて、何処に降りるかねぇ…」

「……八寸の姉御。お供しても?」

 

「山岳部からの狙撃は射角的に不可能アルか…下流で伏せるしか無いのは痛いネ」

 

「おいおい、雑魚モンスター相手にビビりすぎだっての」

「そうよ! 適当にやればそれで充分、適度に手を抜いて終わったら食事でも行きましょう」

「わたし、買いたい化粧品があるからパース。奢ってくれてもいいのよ?」

 

出撃に備え、駐機場では十人十色の話し合いと、連む相手と固まって打ち合わせを行う者が多い。基本的にソロ活動が多い外販達だが、魔法を利用した新しいネット通信技術は健在で、旧時代から続くSNS文化によって直接顔を合わせなくとも、現地で会えば行動を共にしようとそれぞれ事前に打ち合わせていたのだ。特に今回は夜を徹しての作戦となる為、周囲への警戒が疎かになるのを危惧して臨時のパーティが其処彼処に生まれていた。

この中で尚も単騎で行動しようとする者は、よほど自分の腕に自信があるのか、それとも。

女同士のコミュニケーションに付いていけず……ボッチで戦うしか無い者だけだ。

 

「! もう往く気か!」

 

無言でカタパルトに向かうチェイサーを見咎めたのはアザレア。姦しい周囲の声を無視して担当オペレーターのクレナイに希望座標を既に送っているようだ。

 

《承りました…って本当にここで良いんですか?》

[……え]

《? どうしましたか》

[…問題…ない]

《そうですか…そこにはあんまりモンスターは居ない筈ですけど…本当に良いんですか?》

 

マコトから送られた座標は山岳部の裾野に位置する作戦区域ギリギリの末端だった。事前情報でモンスターの分布図が配布されているにも関わらず、勝負を吹っかけられている事すら知らないような素振りにクレナイは思わず口を出してしまう。

 

[…被害を…抑えるのが…先決だからな]

《そうですけど…》

[…それに…あそこは…ボーナス…何でもない]

《はぁ…》

 

何やらおかしな単語を耳にした気がするが、空母の管制官から出撃準備完了の報告が上がりその指示に従う。

マコトが操るチェイサーは足裏をカタパルトに接続。前傾姿勢を取って加速時の衝撃に備える。電磁加速レールの先には展開済みの魔法術式が待ち構えており、対になる魔法が投下ポイントに設置してあるので細かな軌道修正が無くとも互いに引き合い着地する仕組みになっている。落下時の衝撃は足裏に接続された使い捨てのアブソーバーとDT自身の慣性制御で和らげる。

 

[白上マコト、目標を駆逐する]

 

ホッパーの嗜みである掛け声と共に、重量級の装備【剣闘士形態】のチェイサーが空母から飛び立つ。大量に積んだ武器の数々は相当数を相手取る為の下準備か、それとも取らぬ狸の皮算用になるのか、多くの外販は先程まで見せられたマコトの偉丈夫さから前者だと推察し、その動向を気に留める。

 

「ハハハッ! 先走るのは良いが、精々《事故には》気をつけ給え!」

 

この言葉の真意を知る者は、今この場に居なかった。

 

 

 

3m級モンスター・油蝮(あぶらまむし)

 

低脅威度に分類されながら、人体に有害な毒素を含む溶解液と体表から分泌される油性の体液によって銃弾及び直接打撃に耐性を持つモンスターだ。潜伏型の生態で脅威となる事態は少ないが、それ故に発見が難しく気付けば群れに遭遇するのも珍しくない。

 

このようないつ、何処で発生したか不明のモンスターは様々な地球生物に酷似した外見的特徴を有しているが、共通して巨大な体躯を持ち、体格に応じた強さで分類出来る特徴がある。

標準的なDTの体長が10mという事もあり、脅威度はそれを下回れば楽。上回れば強敵とされるのが通例だ。以前戦った岩殻亀も一見は7mクラスの体だが長い首を含めれば10m級に達し、この分類に漏れない強さを秘めていた。

 

これには魔法的なカラクリがある。

地球上の生物は海洋を例外として、1mを超えるサイズ差が同種内で発生する事はない。生き物の殆どは長い進化の過程で適正な体長と体重を獲得しており、そこから逸脱するような体型は設計ミスと言わんばかりに不具合を起こすのだ。人なら人。犬は犬。厳密に言えば差異はあれどそこには一定の不文律がある、と魔法側は定義したのだ。

 

故にDTであれば、 10m級の強さを持つだけの体長を保有している。これは【人の体型をしているから不具合は起こさない】という科学に喧嘩を売るような乱暴かつ逆説的な理論付けで魔法を行使しており、本来ならば自重を支え切れないような構造でも人並みの動きが可能だった。

無論、可能というだけで実際に動けるかどうかは別問題であり、そこは科学側の技術力によって解消されている。ちなみにこれが撃破されたDTが直ぐに自壊を起こす理由である。

 

モンスターもまた同種間では生育の差はあれど、体長が標準から大きくズレる事は無く、何らかの魔法的要因により【体格が明確に基準化】されているお陰で、目視での脅威度判定が容易とされている。

 

それは油蝮とて例外ではない。

 

 

 

《ッ! 片腕が…!》

 

作戦開始から30分ほどが経過した頃。

山岳地帯、伊吹山方面で孤軍奮闘するチェイサーは本格的な夜間戦闘の始まりを告げる照明弾の明かりに照らされて見上げた一瞬の隙を突かれ、大きく口を開けた油蝮に右腕を咥え込まれる。その直径3m。悠々と肩口まで喰らい付くと二本の牙を突き立て、溶解液を垂れ流す。

事前情報から腐食性は低く、長時間晒されなければ致命傷には至らないと知っているにしても、リアルタイムでDTの戦いを見るクレナイは驚きの声を上げるしか無かった。

 

[問題ない]

 

しかし、マコトは一切動じる事なく、寧ろ効かないとばかりユックリとした動作で反対の手にナイフを構えて突き刺す。

ヘビ科目の生態上、臓器が少ない胴体への攻撃は効果が薄い。返す刃で鱗ごと肉を引き剥がし、油に塗れていない内側を掴んで投げ飛ばした。そのまま山肌叩き付けられて絶叫する油蝮だったが、そこへトドメと大槌が飛来して頭部を叩き潰されて絶命する。

 

《うわぁ…グロい……って腕は大丈夫なんですか!?》

[問題ない]

 

照明弾の光によって粘液が不気味に輝くも、溶け出した様子はどこにも無い。厳密には湯気が多少立ち昇っているが、表面を僅かに焦がす程度で揮発してしまう。

 

《あぁ、だから全身が錆止めなんですね!》

[え]

 

赤黒い塗膜で覆われているチェイサーは、元より腐食に対して非常に高い耐性を持ち、更には何度も厚塗りを繰り返している為、生半可な侵食攻撃は全くと言っていいほど通じない。随分地味な見た目だと内心侮っていたクレナイは、そういう魂胆だったのかと思わず感心してしまう。

 

《てっきりラガー式の装甲がサビやすい材質なので、塗装代を出す代金を浮かせるためかと思ってました》

[…………もっと…上に行くぞ]

《あっはい! 次は…また登った先に群れがいますよ》

[…だろうな]

 

大槌を回収し、今度は二振りの大剣を取り出し、杖のように地面に突き立てて急斜面を登山するチェイサー。主戦場である河川からはドンドン離れて行くが、撃破スコアの伸びは悪くない。まるで行く先に群れが居るのを知っているかのようだ。

 

反面、対決を申し出たアザレアは河川一帯で暴れ回って油蝮を血祭りに上げているが、銃弾の効果が薄い相手ではサブマシンガンの頻繁な給弾作業で手間を取られて、思ったほどスコアが伸びていない。さらに言えばそこは他外販も狩場に選んだ激戦区で、獲物の取り合いが頻発しているのも足を引っ張っている。

 

「クレナイ新入社員! もっとデカい群れは無いのか!」

《えぇ…基本的に潜伏型ですから離れた空母側だと判別が難しいです。それに皆で追い立てたせいで散り散りに別れてるみたいで…》

「チェイサーめ、そこまで見越しての単騎駆けか! やはり、やはり侮れん!」

 

飛び掛かる油蝮に副腕の鉤爪を合わせ、頭から串刺しにして脳幹を破壊。即座に動きを止めたソレに気をかける事も無く、次なる獲物を求めて河川周辺を探し回るアザレア。

そこには例え勝負が不利になろうと隠し切れない喜びがあった。

 

「さぁ今の実力を見せてくれ…! 存分にな!!」

 

機体が不自然に片腕を上げると、それに呼応するように一機のDTが乱戦に紛れながら、密かに山岳方面へと移動を開始した。

 

一方その頃、斜面を登り切ったチェイサーの方は、こちらも遭遇した6匹を事も無げに屠ると、やや開けた場所に辿り着くと足を止めて周囲を念入りに調べている。

 

《? そこにはモンスターの反応がありませんけど…休憩ですか? それなら簡易拠点(バル)に行った方が…》

 

半日近い作戦時間内では各自の判断で補給や休憩が認められる。弾薬やDT数機程度ならば小型艇の積載量で賄えるが、万が一の動力源である魔力水(ビア)の枯渇や軽度の修理などコクピットから離れて現地整備を行う場合、自重で自壊しないよう専用のハンガーに固定する必要がある為、バルと呼ばれる野戦用の補給拠点が幾つか点在していた。

対モンスター自衛用に砲塔が設置され、急な襲撃にも耐え得る装甲フェンスで守られているので外販からは立ち飲み屋とも呼ばれる。まさにソロにはうってつけの場所の筈だ。しかし、マコトはその提案を即座に蹴った。

 

[…休む暇は…無い…イベントは…駆け抜ける]

《イベントって…途中でスタミナでも切れたら…それに睡眠も…》

[…食事も…睡眠も…全て済ませた]

 

話す事はこれ以上無いとばかりに、チェイサーの大剣で周囲の木を切り倒す。何度も何本も伐採を続けて樵に従事する姿は、目的は知らないが、余計な会話に口を挟まないクールなマコトの心情を表すように、心のササクレを感じさせる荒々しさだった。

 

《ごめんなさい…余計な口を訊きました…少し、黙りますね》

 

その轟音に驚いたクレナイは機嫌を損ねたと思い込み、これだけ強いマコトならオペレーターの役目も薄いとして、半ば職務放棄気味に通信から耳を離した。

 

もう一人の担当であるアザレアはしきりに補給とモンスターの位置情報を求めてくるので、本店の社員としてそちらを優先するべきという建前もあるが、少しバツが悪いと項垂れる。

 

(本当はDTの事で話が合うと思ったんだけどなぁ…)

 

女でありながらDTに並々ならぬ関心を抱くクレナイは周囲の【平均的女性であるべし】という社会を以前から窮屈さを感じていた。機械関連に知識を持つのは男っぽい、という世間の目だけで奇異の対象に見られるからだ。本当ならすぐにでも整備員として就職出来るくらいの知識と技術はあるが、周囲の目が気になってなれず仕舞い。それならせめて近くで眺めたいと本店のオペレーター志望で入社した。

特に好みであるロボット然としたラガー式DTは琴線に触れる造形美で、出来る事なら自分の手で徹底的に整備や改造を施したいほどである。

だからこそ、それを操るマコトに同族の匂いを感じたのだが、やはり外販という荒くれ者の一人。安全な海上都市での暮らしが長い自分とは感性が合わなかったのかな。と自閉気味な感傷に浸り、数時間が経過した。

流石に一報程度は連絡しなければと持ち直し、マコト側にオペレートを繋いで様子を見る。

 

 

 

そして、

 

 

伊吹山が、燃えていた。

 

 

 

 

 

《えええええええええええ!?!?!?》

「や、山火事だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

当の放火魔は、火元であろう両手の大剣。正確には白熱式大剣を投げ捨て、きっちり証拠隠滅を図っていた。




Q.三大ルートってなんぞや?

A.本店に中途採用されて社畜になる赤組ルートと、百合展開でエチチな会話シーンだらけの青組ルートと、グランド・セフト・オートみたいになる黄組ルートの事。

A.シナリオモード中盤で必ず発生するルート分岐《機神舞踏祭》のイベントで、応援に駆けつける陣営が三つ分かれていた事から呼ばれるようになった非公式ワードです。ここでヒロインがいる陣営を選ばないとハッピーエンドは到達不可能になるので注意しましょう。


追記:攻略班から未確定情報だが、好感度をカンスト状態にして専用ルートを選ばないと、そのヒロインが何故か拠点や戦闘時に現れるバグが発生する模様。公式からアナウンスが無いので情報求む。


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伊吹山 標高600m付近

本作の造語が気になる方は、+酒 と検索すると法則が分かったり分からなかったりします。





本気で焦った。

 

突然、聞き覚えがある声…というか脳内に直接響く音を拾ったかと思えば、太陽を背に現れたのは藍蘭色の翼を広げるDTの姿。最初はシルエットしか分からないほど遠方だったのに、一瞬で距離を詰めると黄組の連中を瞬く間に撃破して眼前に急停止。等速移動しながらこちらと正面から向き合う。

モニター画面一杯に表示される巨人の顔は何の感情も映し出さず、ただただ真っ直ぐと、此方を射抜く。無機質なカメラアイの奥にはまるで深遠なる闇が覗き込んでいるようで…。

 

「…いや怖い怖い怖い! 少しは離れてくれる!?」

 

ゾッとする視線に怖気付きそうなるが、これでも敵意は無いはずである。たぶん。

構えていた大剣で背負い直して両手でグッと押すと少しだけ距離を置いてくれたが、相変わらず視線がこちらを捉えて離さない。こういった反応に目敏いナギに干渉役を頼みたい所だが、どうも先程の大音響で気絶しているようだ。通信機器から小さく「ふにぁ〜…」と目を回しているような反応しか返ってこない。

 

「ーーーあぁ…今日はいつにも増して声が聞き取り辛いな、マコト。その鉄で編んだドレスはお前に似合わないと、前から気になっていたんだが…」

 

男だからね仕方ないね。

俺を女性、妹扱いしているので頭に女装した姿を思い描くが、どう見繕ってもグロ画像にしかならない。女のはずの主人公ポジに転生した身だが、エロゲーなどよく見かける女体化ミラクルは俺には起らず男性のままだし、体型や顔つきも前世と全く同じ中肉中背モブ顔から変わっていない。

 

「む…気分を悪くしたか? お前の全てを理解出来ない、駄目なお姉ちゃんですまない…」

「………こっちの声は届いてないけど、やっぱ感情を読むとかチートだわ本当。…目が見えないってのは、重すぎるペナルティの気がするけど」

 

モニター越しに言葉を交わすが、それで直接やり取りをしている訳ではない。彼女は魔法で通信機器を介さず思念を飛ばし、俺は独り言のように喋っているだけだ。

 

自分の正体を…性別を秘匿している俺にとって、実際の声を出す行為は色々な意味で命取りで、控えるべき行為である。しかし彼女に対してだけは発声しながらでないと逆に危ない事情がある。

 

ブルーブロンドのポニーテールに黄金比の肢体、絵画のような整った美形のエリザベート・フォーゲルは、【心相掌握】(ユミル)という()()()()()する魔法を行使して、相手を丸裸にしてしまうのだ。

代償として視力を失い、常に瞳を閉じているが、それを不自由と感じている様子は一切無い。

彼女の前では凡ゆる攻撃や害意も意味を成さず、戦いにおいては全てを見透かす最強の魔女にして、二重魔法の使い手、二大巨頭のホッパー【雷霆(ヴォーダン)】の名を世界に轟かせている事でも有名だ。

 

前世ではCPU特有の超反応をそれっぽく後付けした、フレーバーテキスト程度にしか考えていなかった魔法だが、リアルで目の当たりにする効果は凄まじい。

単に心を読まれるだけなら感情の起伏や反応を抑えて繕えば、一応の対処はできる。しかし先を読む…つまり彼女が質問等を投げ掛けた瞬間には、こちらがまだ思い浮かべていない心根の部分を、言語化する前の感情の機微を、本人より先に見透かして把握してくるのだから誤魔化しが一切通用しない。

 

せめてもの抵抗は、魔法全般に対して抵抗力を持つ金属製の密閉空間に引き篭もるか、喋って余計な考えを頭に巡らせない程度だろう。だから彼女と会話する時はチェイサーのコクピット内で、なるべく口に出しながらコミュニケーションを取るようにしている。

 

因みに問屋のクラリッサや赤組のクリムゾン、まだこちらの世界では出逢っていない黄組の一人といった、一皮剥けると三下っぽい性格をしている彼女らとの相性は最悪で、()()()()()()()()()()()でも好感度が下がり、エリザベートの恋愛攻略難易度がブチ上がりする要因になっていた。

 

「…マコト?」

 

おっと危ない。いくら金属部品に守られているとはいえ、これだけの至近距離。俺の頭の中にあるゲーム関連や前世云々を知られる訳にはいかない。適当に話を合わせてやり過ごすか。

 

「助かったよ、姉さん。いつも通り頼りになるな」

「……少し壁を感じるがまぁ良いだろう。それで 今日は疲れているだろうに、何処に行く気だ? 空のピクニックというわけではあるまい」

「あぁ〜…この先に岐阜、じゃないや旧ギフのビアガーデンに仕事をね」

「なるほど。 偶然にも 私や義理の妹達も其処に滞在しているからな。一緒に向かおうではないか」

「え…」

 

青組揃ってんの!?

 

「最近は何かと物騒だからな。巷では野蛮なブーア共が大規模な徒党を組んで、良からぬ事を企てているとの話もある。万が一を考えて出来るだけ側に居てやりたいんだがな…」

 

待って、待って待って!エリザベートから出たブーアの話からして、既にとあるイベントの前兆が始まってるっぽいが、それより何より青組が全員こっち方面に顔を出しているのはヤバすぎる。

彼女達の本拠地である西海方面はモンスター被害が頻発する危険地帯で、難易度的にはストーリー終盤でしか行けない魔境の土地だ。故に求められるホッパーの実力も高く、その中でも生え抜きの青組三人が同時に抜ければ戦力の大幅減少は目に見えている。

 

表面的にはここ、旧ニホンのように焦土作戦を実行して沈静化しているように見えるが、水面下では《機神舞踏祭》を引き起こす黒幕が虎視眈々と西海陣営の被害拡大を目論んでおり、下手をすればこれから受ける仕事と同様の、モンスター大量発生イベントを人為的に引き起こす可能性がある。

更に群れが獲物を求めて移動する大暴走(スタンピート)や最悪、大陸間を横断する規模にまで膨れ上がり、逃げる人間を追い詰める終末列車(トレイン)イベントまで発展してしまう。これではたださえクリアするのが困難な、《機神舞踏祭》が、あり得ない難易度まで上昇する可能性がある。

 

こんな時、チート系主人公ならサッサと直接、黒幕を倒しに行くのだろうが、生憎とただの一般人である俺に()()()()()()()()()()()()のは現状不可能だ。本当、資本主義者はろくな事しねえな…。

 

「ともあれ、エリザベートには悪いが何としてでも西海に帰って貰わないとだな…。しかしどう切り出したもんか…」

 

むやみやたらと俺に執着している彼女を、穏便に説き伏せるのか。好感度の上げ方は知ってるけど、それを利用して話を誘導する方法とかwikiにも載ってなかったしな…。我ながら恋愛?クソ雑魚すぎる。

 

「ーーーところで、マコト」

「ん?」

 

 

「最近、身の回りが五月蝿くはないか?」

 

 

スンッ…と、空気が重くなるような気配を感じ取って口が閉じる。余計な感情を読み取られる前に喋らなくてはいけないのに、その雰囲気に圧倒されて身動きが取れない。

 

「ただでさえ、あんな汚らしい男共と暮らすという重圧に耐えているんだ。多少の息抜きには目を瞑ろう。彼らと距離を置く為に、DTから降りずに無理して生活しているのは承知しているからな。……だからと言って、アレは少し、気に触る」

「あ、アレ…とは…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーナゴヤでビルに隠れる時、本店の奴と距離が近かったな」

 

ッッッ!?

 

「流石にここからでは声まで拾えなかったが……どんな弱みを握られて接近を許したんだ?」

 

おいおいまさか、亀の…あの時点で出待ちしてたのかよ!?

 

「私もね? 過保護だという自意識はある。しかし、しかしだ。お前は私が愛する唯一の妹。万難を排して健やかに生きて欲しいと願うのはごく自然な願いだろう…だから」

「ッッッ!!?」

 

しまった! ずっと目の前にいるのは、感情を直接伝える魔法を準備してたからか!

定点に向かって直接送り込まれるエリザベートの感情。今まではDTの装甲に阻まれて言語化出来る程度の密度だったそれが、大海のようにさざ波立つと、津波の情報量を伴って叩きつけてくる。

 

愛してる。愛してる。愛してる。

 

世界で唯一、人間で唯一、人生で唯一、

 

私を理解した。私を感じた。私を愛した。

 

好きで、大好きで、愛して愛される愛があれば愛に生きる愛こそが愛に殉じ愛に抱かれて愛を捧ぎ愛を寿ぎ愛は普遍で愛は不朽で愛は愛を誘い愛と愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を

 

 

「ぐ、がぁ…あぁぁぁぁ!! こんの…どっせい!」

 

頭がおかしくなる怒涛の感情は、魔法を防ぐ筈のコクピット内に直接放たれたせいで反響し、狂った聖歌隊のように大合唱を奏でて脳を揺らす。

このままでは不味いと、パンクしそうな頭を抑えて間一髪コクピットを無理やり開け放つ。

さ、三半規管が死ぬ…。

 

すかさずコクピットに流れ込む高度2000mの冷風が、少ない酸素量のまま肺に注がれて思わず咳き込む。久々に感じる自然の風に心地良さを感じる反面。しまった。と思った時にはもう遅かった。

 

 

 

 

「ーーーやぁ、マコト。久しぶりに顔を合わせるね」

 

 

そうなるように仕向けた本人が、エリザベート・フォーゲルが、片眼を開けて、こちらを見つめている……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか! 貴様と私で討伐スコアを競う!」

[分かった]

「互いの戦闘に介入しない! 目標が被った場合はカウント無し! 制限時間は作戦終了の明け方までだ!」

[分かった]

「今度は負けんぞ!」

[分かった]

 

「……………ん?」

 

あれ、ここは何処だ…?

 

やたらと威勢の良い声で目を覚ますと、そこは見慣れたチェイサーの内部。不自然に物が散らかってたりするが、概ね異常は無い。はて、直前まで何をしてたんだろうか…? 思い出そうとしても霞が掛かったように思考が晴れない。確か黄組にイチャモン付けられて逃げの一手だった筈だから…。

 

「…マジで記憶が飛んでるな。やっぱ疲れてんのかな……ナギ?」

 

頭を捻るが、どうしても思い出せない。

それに何やら全身から香水の匂いが漂って妙に落ち着かないのも、なんだかムズムズして違和感がある。事情を知らないかとナギに通信を送ろうとしたら、着信履歴に列をなすFrom:ナギ 100〜件 の文字。

恐る恐る通信をオンにすると、涙目どころかガン泣きの声がチェイサーのスピーカーを鳴らす。

 

《ど、どうして無視してたデスかーーー!!!!》

 

俺にも分からねぇよ!?

 

どうやらあちらも気絶していたらしく、直前に俺の指示で航路を真っ直ぐにしていたら、いつの間にか目的地に辿り着いたらしい。今は別階層で瑞雲と共に作戦終了まで待機を命じられたらしい。

という事はここはもうビアガーデンなのか。

 

ファンタジーRPGでいう所のギルド的役割を担うこの場所は、拠点の次に訪れる機会が多い重要施設の一つだ。ストーリーモードでお世話になるのは勿論、オンライン対戦モードではここを拠点化して陣営戦を行う期間もあったので馴染み深い。シミジミと辺りを見回すと、其処彼処にネームドDTが点在し今回の作戦が如何に大規模かが分かる。

 

「ヤバそうなのは【鴨撃ち】と【紅葉】ぐらいだな。……さっきまで隣に誰か居たような気もするが…おっと作戦内容をキチンと聞いておかないとな」

 

艦外放送の声を聞いてそちらに意識を集中させる。概要までしか語られないが、概ねゲーム時代と変わりは無いようで、この様子ならモンスターの配置や地形も想像通りになっているだろう。ならしっかり10箱分。500匹目指して頑張りますか!

 

そのためにはと、出撃時のイザコザで隅に置いてあったランチボックスに手を伸ばす。確かメニューは湯豆腐のナチョスに明太高菜のオートミールの筈。保温はしてあったようだが、流石に時間が経過しすぎて温かみは薄れて匂いもあまりしない。それでも、ブヨブヨとした湿気塗れのようなトルティーヤにタップリ掛かった白濁したチーズソース。麦の形が丸々残った麦粥に明太子と高菜という塩気の塊が原色の濃い色でケバケバしい彩りを器に添えるそのセンス。

 

「うんうん、これは美味しそうだ。こういうので良いんだよ、こういうので」

 

偶に出るナギの独創的な料理は密かな楽しみで、口には出さないが毎食食べていたいくらいである。まぁ塩分量とか栄養バランスが崩壊してるので長生きするなら避けた方が良いんだが、どうも前世からジャンクフード的な食べ物が大好きなんだよね。この世界、モンスターを引き寄せる石油を始めとした化合製品の製造が制限されて、植物由来の天然製品ばかりが食事に並ぶので息抜きにとてもいい。男の俺にアンチエージングだの美容だのは必要ないのだ!

 

そうしてムシャムシャと遅い昼食を平らげていると、今回の作戦でオペレーターを担当する人物が通信を入れてきた。こちらからは切ってあるが、映像がモニターに表示されてペコリと挨拶される。

 

《始めまして。私の名前はクレナイと申します。白上マコトさん、今回はよろしくお願い致します!》

 

ピシッとした声色の割に、ちょっとだけ辿々しい舌足らずな口振り。そして礼儀正しいその態度には心当たりがある。

 

「こちらこそ、よろしく。っと」

[…こちらこそ…よろしく]

《! はっ、はい! 頑張りますね!》

 

赤組の良心にして、スカーレットと同じメインヒロインの一人であるクレナイは、ディストピアな百合ゲーのキャラクターでありながら、初期の段階では普通に男性を好きになるノーマルな女の子である。趣味と性格の根っこがオタク以外は、あらゆる面で普通な個性をしており、初心者向けの赤組ルートでは終始サポート役として側に居てくれる。その甲斐もあって人気投票では常に2位を保持し続ける屈指の癒しキャラだ。

 

「本来ならルートに入らないと、本店依頼かつ確率でしか出現しないのにラッキーだな」

 

そう考えると赤のヒロインではまだ、ガーネットだけ会ってないのか。あの人もある意味で癒し枠で目の保養になるけど…うん、ゲームじゃないんだからこれ以上、交友関係を増やすと手が付けられん。ただでさえ、男嫌いのエリザベートに注目されてるんだから、慎重に事を運ばないと冗談でも無く背中から刺されて死んでしまう。

 

「性別を知られるのだけは注意しないとな」

 

2回分の人生を生きて、童貞のまま去勢なんてされてたまるか!

 

 

 

 

 

 

 

「これで……3箱目、150匹!」

 

照明弾の光を背に、登山しながら両手の大剣を振り回し、樹木ごと油蝮を斬り捨てる。幹が細い針葉樹が覆い茂るこの地域なら、DTの腕力だけでモンスターを纏めて両断可能だ。

錆止め塗装が偶然にも溶解液に対してメタを貼る結果となったので、ここまでノーダメかつ余力も十分だ。特に【剣闘士形態】はその名の通り【剣士形態】と【闘士形態】2つ分の装備を詰め込んだ状態なので、重量が重くて扱い辛いが、こういった大量撃破の仕事では補給せずとも戦い続けられるのが利点だ。

そして山岳地帯なら、モンスター側は飛んで火に入る夏の虫と勘違いしてヘイトを取らずともこちら目掛けて攻撃を仕掛けてくる。

 

「あとは迎撃するだけで。一丁上がりっと!」

 

馬鹿正直に正面から大口を開けて突っ込む油蝮を右の大剣で袈裟斬り、叩き落とす。間髪入れずに迫る2匹目も左の大剣で袈裟斬り、叩き落とす。

 

《凄く…綺麗な動きですね。まるで機械みたい》

 

相変わらず鋭いな、この子。

 

俺がチェイサーの動きをモーション化…ゲームと同じようにボタンやコマンド入力で固定の動作を繰り返してるのをもう見抜いている。

こうする事で、前世で培った操縦技術をフィードバックさせてるんだが、この世界での行動バリエーションは比較にならないほど多くなり、複雑化しているのに凄いもんだ。流石、整備員や研究者の職業にも付けるだけの才能があるキャラだ。

 

《? そこにはモンスターの反応がありませんけど…休憩ですか? それなら簡易拠点に行った方が…》

 

そしてようやく、山を登ってまでたどり着いたのは、中腹辺りに切り開かれた跡が残る元キャンプ場の敷地だった。クレナイから疑問の声が上がるが、こればっかりは説明のしようが無い。「これから起こるボーナスイベントをゲームで知ってるから」なんて漏らしても誰も信じてくれないだろう。なので話を逸らす意味も込めて、少し存外な態度を取るしかない。

 

[…休む暇は…無い…イベントは…駆け抜ける]

《イベントって…途中でスタミナでも切れたら…それに睡眠も…》

[…食事も…睡眠も…全て済ませた]

 

うまい食事と妙に深い昼寝を済ませてあるので体調は万全である。そして個人的に期間限定イベントは安全マージンを取って、最初から全力で走るタイプなので休んでもいられない。どうもここら辺はせっかちと言うか、RTAを嗜んでいた癖で効率の文字が常に頭を過るので無意識に手が動く。

イベントに備えて近隣の木を斬り倒し、一心不乱にフィールドを整えていると、不意に消沈した声が通信から聞こえる。

 

《ごめんなさい…余計な口を訊きました…少し、黙りますね》

 

「えっ、なんで?」

 

いきなりクレナイが悲しげな顔としたかと思えば、通信を切ってオペレーターの役目を放棄してしまった。えっえっ嘘でしょ? まだ仕事中ですよクレナイちゃん、どうしてそんな酷い事するの。俺、何かしちゃいましたか?

 

「ま、まぁこれからやる事を説明しなくて済むし? 別に普通の女の子とやり取り出来て嬉しかった訳じゃないし? むしろこう…」

 

 

真正面からマトモに相手をしてくれるだけで、自分に気があると勘違いする童貞特有の早とちり

 

なんてしてないし!!

 

自分でも不思議なくらい荒れた気持ちで大剣を振り回して森林破壊。周囲には腰の高さで切り揃えられた切り株と、横倒しになった丸太が無造作に転がっていく。

 

「はぁ…はぁ…良し。これぐらいで下準備はOKだろう」

 

大剣をピック代わりに、近くを流れる川に丸太を投げ入れる。伊吹山は岐阜と滋賀の県境に聳える山で本当に作戦行動範囲の端の端だ。焦土作戦で一度は禿山となり、岐阜側へ流れ込む形に変わった流れに、じゃんじゃん遠慮なく投げ込んでいく。

やがてDTでも流されそうになる水深の川は堰き止められ、行き場を失った水が枝分かれしながら散っていく。

 

後は、油蝮がコッチに寄って来るのを待つだけだ。

 

「…今の内に、もうちょっとキャンプ場を整えるか」

 

あのモンスターは爬虫類のような変温動物に近い生態をしている。自力で体温調節が出来ないので、暑ければ涼しい場所へ、寒ければ動きを止めて熱の発散を防ぐなど常に体調を気遣って行動している。こうして夜に作戦が開始されたのも、それを狙っての事だろう。

朝方までズレ込むと日差しを浴びた油蝮は途端に活性化して手強くなるので、延長戦は色々な意味で美味しくない。だから、誘き寄せる必要があったんですね。元が臆病な性格なので魔法音での誘引も効果が薄い。

 

「川を中途半端に堰き止めて水をばら撒き、突然の冷や水に驚いて動き始めた所に、暖かいフィールドを用意してやればあら不思議。温まりポイントを目指して集まるモンスタートラップの出来上がり、ってね」

 

下流ほど水の枝分かれが増えるので自然と油蝮は上流を目指す。その上流にあたる場所のキャンプ場跡地で、延焼しないよう周囲を伐採した広場の真ん中にある切り株の一つに大剣を突き刺して、今まで隠してきた機能を発動させた。

 

真っ黒な金属の塊だった大剣は次第に熱を帯び、じんわり赤熱を蓄えて切っ先から白く変色していく。そして照明弾の光が途絶えるとパチパチと燻る匂いが辺り一面に充満し始め揺らめく炎が灯る。乾燥していない生木だが、そこは大剣のヒート機能で無理やり乾かして火種にしてしまう。

それを何度も繰り返して、周囲は篝火だらけの特設場へと変貌した。

 

「ゲームじゃ川を地形破壊してからの、火属性武器をワザとパージして誘導する必要があったけど、これで大丈夫だろ。ここなら山肌を背に正面から向かい討つだけで簡単なボーナスステージだ」

 

本当は川の流れを止めてから一気に流すダム的ギミックの仕掛けとして実装された要素なのだが、伊吹山の地形と火属性の誘き寄せ範囲が油蝮の逃走経路ときっちり重なり合い、一箇所に密集してしまうのだ。纏め狩りは効率プレイの最たる例だな。

 

何も知らず集まって来る油蝮を、斬って刻んで磨り潰す。特攻効果がある白熱した大剣で切り裂き、纏わりつく相手にはナイフで対処。時には大槌を振り回して一網打尽にしては、槍で近づかれる前に縫い止める。

その間、何度も噛み付かれて溶解液がチェイサーを濡らすが、クレナイの指摘通り損傷した様子は全く無い。

 

勝ったな。このペースなら早々に300匹は狩れる筈だ。後は時間終了まで、はぐれを狩って過ごせば13…14箱は固いな。

これなら充分、変声機能に資金が届く。やっとマトモなコミュニケーションが取れるようになるのか…胸が熱くなるな。

 

苦節数年、オンボロ過ぎて通信機能だけでなく、動力の樽すら死に掛けていた最初期から漸く通常の水準に戻る事が出来る。この胸に滾る思いは思いの外、熱を発して。むしろ暑いくらいに燃え盛り………

 

 

油蝮に、炎が引火していた。

 

「???? ……そういや死体は消えないんだっけ」

 

亀の時と同じ感想を漏らす俺。燃え盛る死体の山。死にかけた油蝮がのたうち回ってフィールド外に飛び出ると、じゃんじゃん飛び火していく。

 

ーーー後になって知った事だが。

あのモンスターが、常に油性の粘液を帯びているのは体温保持の為であり、火には全く備えていない。そもそも高温に対応した種はいても火中生活を常とする生物はこの世にも存在しない。落雷などの低確率でしか炎は発生しないので、そこを進化の過程に挟む余裕は無かったのだろう。

 

そして油蝮に火気厳禁なのは、いちいち注意事項として伝える必要が無いくらい、当たり前の常識らしい。まぁキャンプファイヤーは熱いので飛び込まないで下さいと注意書きしないような物だ。

 

つまりこれは何かというと、

 

「や、山火事だぁぁぁぉぁぁ!!?!」

 

あわわわ…おち、落ち着くんだ俺。こういう時こそ冷静にしっかり対処するんだ。

まず、犯人が俺である事がバレるのは絶対に不味い。この世界はモンスターへ一気攻勢を仕掛ける際、各地で焦土作戦で実行して木々や自然環境に甚大被害が及んでいる。

モンスターが地球上生物と酷似した特徴を持つ事から、生態環境を破壊すれば自滅するはずという狂気的な発想から始まったソレは、幸い一定の戦果を出して海上都市建設まで人類を持ち堪えさせる事に成功した。

しかし、自然環境の7割を消失した地球は木々の殆どを失い、緑とは程遠い風景しか残らない。そして科学発展によって石油以外からも、様々な製品を自然物質から精製できるようになった今でも、豊かな土壌と森林資源は人類にとって必須であり、重要保護対象として周知徹底されている。

特にニホンは島国であり、モンスターの発生数はともかく流入する数が0なので、諸外国のような過激な焦土作戦は実行されず、元が100年単位で同族で殺し合った戦闘民族の血が復活してしまい、根切り首切り玉砕上等とモンスターの大半を普通に斬り殺して逆転勝利してしまった。

結果、一部地域の地図を書き換えるだけに被害は収まり、木々の残存数が世界で一番多いとされる国だ。

今では万が一を考えて国民は海上都市に移り住んでいるが、どう考えてもヤバいのは日本人側である。そんな人間達の土地を荒らしでもしたら……。

 

 

「駄目だ、現実逃避してモノローグ語ってる暇じゃねえ! 取り敢えず…証拠隠滅!」

 

唯一の火元になり得る武器を二つとも明後日の方向にぶん投げる。たぶん誰にも見られてないから、ヨシッ!

 

炎の壁に向かって投擲したそれは、一直線に飛び立ち、さて本格的にどうするか考えた時。

 

 

 

 

「ーーーなるほど。バレちゃあしょうがないね。まさか炙り出す為に森を焼くとは思わなかったけど…流石、姉貴が入れ込む女だ」

 

誰!?

 

炎に照らされてゆっくりと歩を進めるのは深い青色、ネイビーブルーのDTだ。全身を外套で覆って詳細は見えないが、無駄に豪華な獅子の装飾が施されたハルバードがとても目立ち、あれで大剣を弾き飛ばしたらしい。

まさか人がいるとは…ってこいつは。

 

「悪いね、ここは運悪く通り魔に襲われたって事で…死んでもらうよ!」

 

モーラか!

 

咄嗟の判断で、武器変更と迎撃をコマンド。槍で機先を制してから、ハルバードの攻撃範囲から逃れる。

 

「これを避けるか! ならこいつはどうだい!」

 

襲われる理由を聞く暇もない。片手を突き出して魔法を行使しようとしている所に、先んじてナイフを投げ付けて詠唱をキャンセルさせる。こちとらRTAの試走で何回行動パターンを読んだと思ってるんだ!

 

近づけば大振りの斬撃、離れれば魔法による牽制。モーラが操るカスタムDT【シュバルツ】は魔法側の機体の中でも近接戦闘に優れた脳筋仕様だ。完全な閉所なら性能差で劣るこっちに勝ち目は無いが、中距離で二択を迫り続ければ、その分の武器切り替え時間で十分に回避が可能。逆に言えば一撃でも致命傷を負うだろう。

 

「ハハッ、本当に強いねアンタ! そんな動きの悪いゴーレムでよくもまぁ喰らいつくもんだ…だがね!」

 

光り輝くハルバード。はっ、慢心してる奴ほど動きがワンパターンでありがたい!

 

「ぶっ飛べぇぇぇ!!」

「なに!? がッッッ!」

 

ここでその魔法は詠唱時間が長すぎる! 大槌を拾って思いっきりフルスイングしても間に合うタイミングにすかさず一撃を叩き込んだ。

モーラはまさか魔法の詠唱や効果だけでなく、リキャストを含めた詳細を完璧に把握されてるとは思わず、思い切った行動に対処し切れずにクリーンヒットを許す。

 

地面を転がり、何とか態勢を立て直すが、ひしゃげた右脚からはビチャビチャと魔力水が泡を立てながら漏れ出し、そして瞬時に気泡が固まる。

 

「ちっ…これだからエール式の補修機能は…」

 

自分で乗るならいざ知らず。エール式は装甲が薄い分、傷付きやすい短所を内部に仕込んだ硬化剤で破損箇所を覆って大破を防ぐ。

これがチェイサーの場合、装甲は硬いが一度歪むと総取っ替えが必要となり、拠点に戻らなければ魔力水切れで力尽きてしまう。

持久戦に持ち込まれたら勝ち目は無い。まずは理由を聞いて、これ以上の戦いは回避しないとな。

 

[…こちらに…戦闘の意思は…ない]

「はっ、良く言うね。ウチの姉貴を誑かして、いったい何をさせるつもりだい、汚らわしい!」

 

何の事だよ! 心当たりなんて……今までも奇行が目立つ人だったから該当する部分が多すぎる!?

 

「ここなら、あの瞳も届かない。そうなるよう仕向けたからね。だから死んで貰いたいんだよ。私もキキも。あのお方も」

 

シュバルツから放たれる黄金の燐光が強くなっていく。ナイフは…予備なし。大槌は…駄目だ、あのモーションから来る魔法は早すぎる!

 

「まぁでも…あの姉貴が気にいる女だ。顔を隠しているらしいが、さぞ美人なんだろう? ふふっ最後に味見くらいはしておくかね…」

 

ひえっ…。

 

性的な意味で青組筆頭のモーラから怖気が走る。R-18要素が無い健全なゲームなのに口調とシチュエーションが事後にしか見えないと評判だっただけはある股間思考にドン引く。

そういうエッチなのは、好き同士でやるもんだろうが!

 

「こうなったら、最後の切り札を使って麓まで逃げるしか…そういえばクレナイは……通信もやっぱり封鎖してるよな」

 

山奥で戦っていたせいで、他DTと共闘するのも不可能だ。分の悪い賭けだが、ここは逃げる…!

 

イタチの最後っ屁とばかりに、大槌を投げつけてやろうとチェイサーを身構えさせた。

タイミングを誤れば手痛い攻撃で一気に行動不能に陥る危険性もあるから、慎重に慎重を重ねる。

 

「ひっ、た、助けて下さい!!」

「「!?」」

 

そこで生じた予想外。それは森から飛び出してきた一人の人間だ。どうしてこんな所にいるのか。何故このタイミングなのか。疑問を浮かべる俺より先にモーラが忌々しげな声で視線を移した。

 

「……野生の男…ブーアかい。あぁ本当に汚らしいね。消えな!」

「えっ?」

 

助けを求めて姿を晒した男は、一考を挟む間すら見せず排除に掛かったモーラの一言で唖然とする。向けられる巨大なハルバード。そして出来た千載一遇のチャンス。

今なら気を取られている隙に距離を稼げる…! 男には悪いが所詮は知りもしない間柄。庇ってやる義理なんて何処にも無い、俺が生きる為の必要な犠牲。だから

 

 

 

 

「だからといって、見逃す理由にはならないよなぁ!!」

 

大槌を投げつけて注意をこちらに引く。

 

「……男を庇うなんて、どんな冗談だい?」

[…彼は…関係無い]

「こいつは男だ! なら、それだけで死ぬ必要がある! 男はみんな、乱暴で思慮も欠けて、性的搾取するばかりの不要品だろう!」

 

男が嫌い…だけでは収まらないこの感情。もうちょっとクールな性格だと思ったんだが…そうか、ブーアだからか。

悪どい手だが、ここはメタ知識で煽って冷静さを欠いてもらう。

 

[…男が…怖いのか]

「!!」

[…察するに…女に…逃げただけだ]

「な、何を言って…んだい」

[…だから殺す…近づくのも…触れ合うのも…ゴツくて固い…男が…怖いから]

 

モーラは表の奔放さとは裏腹に、潜在的な男性恐怖症で内面に怯えを隠している。それは彼女の過去に迫害された記憶がこびり付いているからだ。…正直、同情の余地はあるがそれでも男性蔑視の思想に染まっている彼女を好きに動かすつもりはない。

案の定、突かれるはずがない自分のトラウマを刺激されて、激情の波に身を委ねている。

 

例えるならハードモードで本気を出す、上級ミッション並みの難易度まで強くなっているだろう。対するこちらは初期配布機体。しかし、それでも。

 

 

「ーーー上等。RTA走者が如何に狂ってるかみせてやるよ」

 

死なない為には、ここで勝つしか無い。

…本当は死ぬほど嫌だけどなぁぁぁぁ!?




D.T・Ⅱ 攻略wiki

Q.武器が急に弱くなったり、強くなったりするのですが…バグ?

A.機体によって得意武器分野が異なります。一般的にはラガー式は標準的。エール式で東海側の機体は銃火器。西海側は魔法に特化しています。特にラガー式は専用の装備がなければ銃火器と魔法に多大なペナルティが発生するので気を付けましょう。

Q.めちゃくちゃ武器を積んでるDTがいる!ありえない!バグだ!

A.ラガー式は性能が低い分、積載量が多いので物凄く武器を持てます。頑張ればやれる子です。しかし代わりに機動力が死ぬので温かい目で見守りましょう。

Q.武器は3種類だけ? バグってたのか変な攻撃を受けた事があるんだけど…。

A.DTには超レア機体にランビック式と第三世代がいます。前者はNPC専用、後者は拡張版で正式に追加されるので、現段階では顔見せとして偶に出る程度です。





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作戦区域内・某所 地下2500m

主人公機の音声は、ゆかりさんボイスをご想像下さい。





ビアガーデン上層

 

幼いキキと刺激的な遊びに興じていた女傑のモーラは、彼女を一人ベッドに残すと部屋を出る。真新しい私服に身を包んでいるが、火照った体からじんわり滲む汗が気になり、思わず匂いを嗅ぐ。

 

「今からサウナに入るのも面倒だね…」

 

魔女達の入浴はもっぱら蒸気を全身に浴びて発汗を促す蒸し風呂であり、シャワーや湯船に浸かる文化は無い。決められた時間に入る必要も無いが普段の時間と被るので少し面倒だと感じている様子だった。

少しだけ考えた後、辺りを見回すと先程の新しい給仕が通路の端で待機しており、ビクリと肩を震わせてから一礼を返す。

 

(ちっ、ヘコヘコしてみっともない奴だね)

 

気怠い気分から口には出さないが不平を漏らすモーラ。手招きすると給士が脇にあった従業員用のワゴンを引いて近寄って来る。

 

「おい、お前。今から言う物をすぐに用意して…」

「は、はい! こちらに香水がございます!」

「……そうかい」

 

紅茶の一件で同僚が殺されたのを目撃した彼は万事に備えて気を張り詰め、女傑がナニを終えた後にどれを求めるのか、必死に考え抜いて物を用意していた。

他の魔女と比べて粗野な性格上、サウナより香水で匂いを上書きするのではないか? あらかじめお気に入りの香りを選び、念の為に別銘柄も揃えて、勿論気まぐれに備えてサウナの温度も上げて通路で待機していたのだ。

案の定、女傑に呼び寄せられた時は焦って香水を差し出してしまい、自らの迂闊を呪ったが、どうやら今回は正解だったらしく素直に受け取って貰えた。しかし、どうにも様子がおかしい。眼帯で表情が読みにくいが僅かに顔を顰めるモーラに伺いを立てる。

 

「あの…ま、間違えてしまったでしょうか?」

「ーーーいいや? でもそれはそれで腹が立つなと、思っただけさね」

「えっ…ぐふっ!」

 

女傑の拳が彼の頬を捉える。

振り抜かれた右フックは強かに肌を打ち据えるが、八つ当たりで転ばせてやろうというモーラの思惑とは異なり、給士が態勢を崩す様子は無い。身長こそ両者は同様だったが、そこにあったのは純粋な性別による身体能力の差だった。

 

「ッ!」

 

苛立って拳を振るったのにこの始末。苛立ちが瞬間的に湧き立ち、魔法を行使しようと術式を描くが、それよりも先に給士が地面に頭を擦り付けて謝罪した。

 

「申し訳ありません!」

 

プライドの何もかもを捨て去った命乞い。旧ニホンで最も屈辱的で、相手への全面的な降伏を示す土下座を目にしたモーラは鬱憤が晴れたのか、術式を突風に変更して彼を吹き飛ばすに留める。一度、発動した魔法を止めるのは幼年の子供でも分かる危険な行為であり、その発散として風を巻き起こしたのだ。

 

「ちっ…ワゴンを置いてサッサと失せな」

「はいっ!」

 

命拾いした給士は、一目散にこの場から離れ去る。通路に残されたのはモーラただ一人。漠然とした空虚感に身を摘まれるが、被りを振って当初の目的である香水を全身に浴びた。

やや濃い目に調整された薔薇のフレグランスは確かにモーラの好みであり、新人の給士が気を利かせて用意するには些か的確すぎる。

 

(そういや東海側の一流ホテルなんかは宿泊客の趣味嗜好を個別に記録して、対応を変えるらしいがこれもその一環…という事かい。腹の内を探られてるようで気に入らないね)

 

魔女文化に重きを置く西海側で生まれた彼女にとって、機械文明に傾倒する東海側の文化は、やや受け入れ難いものであった。

 

ーーー人類が西と東の海で大別されて早200年。

 

既に過去の世界大戦を記憶している者はおらず、ただ文献に記された歴史書の内容しか伝聞されていないにも関わらず、人々は未だ啀み合いながら世界を二等分に別けて運営している。

 

西海勢力。

大西洋に浮かぶ海上都市群の総称であり、旧西欧文化圏やインド文明を色濃く残す派閥の集まりでもある。また、人類にDTの基幹技術である魔法学を齎した魔女達が本拠地を構え、日夜研究に明け暮れているのが特徴だ。

しかし、最も顕著な事例として挙げられるのは《徹底した女性主義》という点で、ここで製造されるクローン男性は全て去勢済み。生殖行為も市民権も一切得る事は出来ない。付随してそれらの行為に異を唱える事すら罪であり、精神的男性と見做されたら最後、モンスター蔓延る陸地に追放とする法案が可決済みである。

これには、いわゆる魔女文化に傾倒した国家首脳陣の意向や、女性活動家達の働き掛けによるものだとされ、質素な生活を尊ぶ文化圏でありながら男性クローンの製造数は日々増加の一途を辿り、関連技術も精錬されている。

 

対するのは、東海勢力。

世かつて太平洋と呼ばれた海を拠点とした海上都市群は、旧アメリカ大陸から逃れた者や同盟国が集まって構成される派閥だ。

DTの制御及び武装関連に必須とされる科学工学の分野に重きを置き、大戦前以上に進んだ先進文明を築き上げてきた。その裏にあるのは国よりも富み、民衆によって経営される企業の手によるもので、特に本店と呼ばれる軍事派遣会社が幅を利かせているという。

また、男性の地位が低いのは世界的常識であり、こちら側でも変わりないが資本主義社会が深く根付いた文化である為、有能であれば一代限り人間として認められる恩恵があるので、躍起になって上を目指す男性は後を絶たない。

 

両者とも表面上は人類の危機に立ち向かう為というお題目で共闘関係にあるが、歴史を紐解く者が少しでもいれば解るように水面下では互いに化かし合い、裏を搔こうとしている。

 

それは本来、西海側の管理下にあるビアガーデンも例に漏れず。給士達は全て東海側が中層を間借りする際の、ささやかなサービスとして送り込んだクローンであり、その役目が単純に魔女達への奉仕だけでは無い事は明白だ。

故に一見、乱暴なモーラの所業も好意的に解釈すれば、自陣営の防諜行為に準じていると言い換える事は出来る。…例え彼女の本心が単なる憂さ晴らしであっても、男性は次から次へと送り込まれていく。

 

「……ふんっ、男なんて無駄な物、とっとと絶滅させて適当な人型のクローンでも作ればいいのにさ」

 

薔薇の香りに包まれながら、そんな思いを呟いて通路で涼を取っていると、視界の端にフラリと現れ歩いて来る、自分の姉エリザベートを発見した。

 

(相変わらず見惚れる美人で羨ましいねぇ)

 

完成された美というべきか、無駄のないプロポーションと動きは、ただ歩くという行為だけで道に花咲くような気品が溢れている。

 

「随分と遅かったんじゃないか? ブロージットならひとっ飛びだろうに」

 

お陰で随分と楽しめたけどね。

ニヤケながら軽口を叩くモーラだったが、相手の様子が少しおかしい。何事も効率を第一に考えるエリザベートは頭の回転が早く、回答や返事に言い澱むのは滅多に無い。だというのに今日は何処か夢心地のような、足元が浮ついた印象を受ける。

 

「………あぁ、モーラか。ただいま」

「? おかえり。…何かいい事でもあったのかい」

「むっ…そう見えるか」

「そりゃ長年、妹をやってるからね」

 

長姉のエリザベートが白上マコトという外販のホッパーに執心しているのは、血が繋がっていない姉妹でも分かる露骨な事実だった。

今日1日にしても、幾ら予定がないからと言って朝からずっとプロージットに乗って監視しているのは些か以上に興味が強すぎる。

今までは孤高の存在として敬ってきた姉の変貌ぶりにモーラは危うい雰囲気を感じ取っていた。

 

当の本人はそんな心配をよそに「ふむ」と一言呟いてから、じっと見つめて口を開く。

 

「……モーラ。一つ聞きたいのだが」

「最初に質問したのは私なんだけど…何だい姉貴」

「……炎の壁を越えるのは…シグルズでも、グンナルでも構わないと思わないか」

「は?」

「…抽象的すぎたな。では正攻法では勝てない竜がいるとする。奥には期限付きの宝が眠り、それを手にしなければ今までの道のりが、今後の栄光も消えて無くなるとしたら…。最短で正面から挑む蛮勇を選ぶべきか、それとも時間切れまで横道を探して隙間から縫うべきか。お前はどうする?」

「えぇ…」

 

突然すぎる謎かけに戸惑いを隠せないモーラ。要領を得ないのではぐらかそうとも思うが、姉の目は閉じていても彼女を捉えて離さない。

エリザベートの瞳は人の心を先読みするユミルの魔法が秘められており、通常の相手ならば質問を提示して回答を得る必要は無い。

しかしその力、【魔眼】と呼ばれる後天的な

才能を持つのは彼女だけではなく、妹であるモーラ、そしてキキも同様で姉妹間では効力を発揮しない弱点があった。だからこそ話し合っているのだが、エリザベートはその弊害で少しと言うか、かなりコミュケーションや距離の取り方が不器用な面がある。

 

「回答してくれ、モーラ」

「いや意図が分からないからアレなんだけど…まぁ早いに越した事は無いんじゃないの? やってみる前に挑戦すら出来ないのは損した気になるしね」

「なるほど…一理ある」

 

その後、籠の鳥や座敷牢といった謎の質問を繰り返されたがモーラの頭は理解が及ばず、終いには教本でも資料でも参考にしてくれと吐き捨てたら、一人で納得して自室に帰ってしまった。

 

「何だってんだ姉貴の奴…」

 

おかしくなったのは一年前。エリザベートがこのビアガーデンで単独任務を遂行中、偶々居合わせたという白上マコトに興味を持ったのが始まりらしい。詳細は語られていないが行く先々で偶然の出会いを繰り返し、仲を深めたのはモーラも知っている。その度に、無表情だった姉の頬に赤みが差し、時にはほんの小さな笑みを浮かべたまでは良い。相手が外販という貧民の仕事に就いているとはいえ、そこまでなら一時の火遊びで冗談に出来たからだ。

 

だが、最近のエリザベートは己の立場すら忘れているようで…。

 

「……キキも変な影響を受けてるみたいだし、何処かで手を打たないとね」

 

そんな困惑を残したまま何事もなく時は過ぎ。中層の空母が大規模作戦のために飛び立つのを何となく見届け、すっかり夜の時間帯となり、キキと一緒に魔法の鍛錬に身を浸していると、見慣れない覆面姿の魔女が現れ、一通の手紙をモーラに手渡した。

 

「モーラ、だけ? 珍しい」

「本国の総帥からです。お受け取りください」

「…こりゃ本格的に珍事じゃないか」

 

手渡されたのは一通の手紙。無線や電気信号での通信は盗聴の危険があるとして、本当に重要な連絡は昔ながらの紙媒体によってやり取りがなされる。その為、連絡員は精鋭中の精鋭が選ばれるが、邪魔が入るのは日常茶飯事で人員の入れ替わりが激しい。この魔女も顔は知らないが新しく任命されたのだろうと2人は予想した。

そして更に差出人が西海陣営の実質的トップである《魔女会の総帥》からというのは只事ではない。

 

息を飲んでから改めた手紙の内容。そこに記されていたのは、

 

 

 

白上マコトに対する調査指示と、エリザベート造反の可能性についてだった。

 

 

 

 

 

 

西海側ステルス輸送機【ホルテン】

 

当初は静観を決め込んでいた油蝮の掃討作戦に赴いているのは先の指令を受けたモーラである。

金だけ払って保身を第一に考えたビアガーデンの主人に総帥からの意向だと伝えて、数少ない隠密飛行が可能な輸送機で夜の帳が下りた現地へと赴く。

 

魔女全般に言える事だが、彼女達はDTをゴーレムと呼び、一定の忌避感を持っている。

モンスターに対する有用性は重々理解しているようだが、製造に使用される素材の一部がどうしても受け入れられず、ホッパーの道を諦める者もいるぐらいだ。

特に現行の最新型、エール式は陸地を確保出来ない現状から、あらゆる金属資源が希少かつ高騰しており、大部分のパーツが海面栽培に適した品種改良の木々から取れる、植物樹脂や穀物を加工したバイオ資源に置き換わっている。

その原料を育てる《動物性の天然飼料》が受け入れられないと、反対団体は抗議の声を上げ、例年の行事のように尽きない。

ここの主人も、裏側ではその団体に所属しており、潤沢な資源を供出されているだろう。

 

「だからといって、東海側の戦力に依存するのは本末転倒とは思わないのかね」

《魔女は、みんな、利己的。大なり、小なり、ね》

「こりゃ耳が痛い」

 

白上マコトの調査には戦闘データの実録も含まれており、個人的な興味も手伝ってモーラが直接、腕試しに向かっている。オペレーターに志願したのは少し眠そうにしているキキで、その通信に耳を傾けながら到着を待つ。

 

眼下の河川方面では作戦に参加している外販のDTが我先にと功を奪い合いながら、油蝮を追い立てて不粋な狩りに興じている。

 

「火線の光ってのは、どうにも目に悪いね。キキ、画面越しとはいえ直視するんじゃないよ」

《分かって、るよ、モーラ、も、気をつけ、て》

 

魔眼の代償は視力に依存する。

長女のエリザベートは両目を

次女のモーラは片目を。

三女のキキは両目が弱視。

 

それぞれが目に関する障害を抱えている為、こうした強い光や暗闇を嫌う傾向があった。

 

モーラは輸送機に指示を出して高度を更に上げる。3000m付近には空母が待機し、地表では小型艇がひっきりなしに飛び回っているので、万が一の接触を避けるためだ。

今回の調査はあくまで極秘裏の依頼である為、隠密飛行を保ったまま目標と接触しなければならない。

 

そのため普通なら視認すら困難な高さまで飛び上がり、あれほど眩しかった戦場が光点しか見えない位置まで来た所でようやく上昇を止めた。

 

「さて、何処にいるのか…私の瞳からは逃れられないよ…!」

 

眼帯を外した奥には、万華鏡の如く輝く魔眼の真髄。視覚情報を魔力に絞り、万象の動きを把握する【魔相掌握(ヨトゥン)】が視界全てを睥睨する。

今のモーラには、作戦区域内で逃げ回る油蝮の現在地やDTの位置関係を正確に把握出来る。彼女が協力すれば事はスムーズに進んだであろうが、それを指摘出来る者はいない。

そして視えたのは山岳方面にボツンと存在する異様な魔力反応。機体の隙間から溢れ出る魔力が桁違いで、金色の帯を纏っているようだ。

 

「……ラガー式ってのは、オンボロにもほどがあるね」

 

事前情報からチェイサーと呼ばれる機体が経年劣化著しい骨董品というのは聞き及んでいる。だからこそ漏水こそしないものの、魔力水が各所から揮発して輝いているように見えるとモーラは予想した。

 

……ほんの少しだけ、パイロットの魔女が、白上マコトの持つ魔力が、エリザベート並みならば密閉が完璧でも溢れ出るのではないかと考えたが、ありえないと即座に切り捨てる。

 

(過大評価するなんて私らしくもない)

 

眼帯を戻して、気分を落ち着かせたモーラは降下準備に取り掛かった。

 

《モーラ、本当に、一人で、大丈夫?》

「うん? 所詮は旧式、姉貴が気に入ってるにしても私のシュバルツに敵いっこ無いだろうさ」

《でも、相手は、姉様の、お気に入り。本当に、何も、無いとは、思えない》

「そりゃそうだけどね…」

 

所詮は外販。見たところ機体性能も低そうで、苦戦する要素が見当たらないのがモーラの本音だ。油断と言うよりは余裕で相手取る自信がある。

そして、彼女自身、初めての感覚だが白上マコトの魔力を感じていると妙に胸が騒めき、引っ掛かりを覚えている。何故こんなにも苛立つのだろうか。答えが出ぬまま輸送機は本店のレーダー範囲に引っかからないギリギリまで高度を下げて、モーラ専用に誂えたカスタムDT【シュバルツ】を投下した。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつ…狂ってるのかい!?」

 

初対面の感想はこうだった。

 

離れた位置に降り立ち、闇に紛れる色の外套を羽織ったシュバルツだったが、白上マコトはあろう事か森に火を放って油蝮を焼き払っていた。

気が触れているような凶行だが、これだけ火の手が上がれば周囲は昼間のように明るく、外套による迷彩効果が殆ど望めないどころか酷く目立つ上、邪魔な油蝮も寄って来ない事にはたと気付く。

 

(まさか…私が来るのを見越して…?)

 

その驚きを肯定するように、二本の大剣が真っ直ぐシュバルツを狙って飛んで来た。

 

「ーーーなるほど。バレちゃあしょうがないね。まさか炙り出す為に森を焼くとは思わなかったけど…流石、姉貴が入れ込む女だ」

 

率直な感想を述べるがチェイサーを駆るマコトから返答は無い。動揺していると思いきや機体は迎撃の構えを見せており、交戦の意思をヒシヒシと感じる。…面白い。

 

「悪いね、ここは運悪く通り魔に襲われたって事で…死んでもらうよ!」

 

モーラは愛用の得物であるハルバードを振り上げて切り掛かる。炎のフィールドに照らされた白銀の刃がチェイサーに迫るが、相手は即座に片手槍を取り出して連結。伸びたリーチを利用して軌道を逸らす。

 

(判断が早い…!)

 

内心で感嘆するモーラ。続く牽制の魔法も投げナイフによって機先を削がれ、重量級のDTには無害な突風に変換されて、正に風を切る結果に終わった。

 

その後も何度か斬り合うが、有効打がまるで入らず一進一退の攻防が続くのみ。動きをあらかじめ知っているかのような立ち回りに苦戦するモーラは、自分の戦闘スタイルがエリザベートから漏らされたのでは無いかと疑心を抱きつつも得物を強く握る。そんな心の油断を突かれたのか、致命傷には程遠いが右脚が損傷し、凝固剤による修復が機能した事で彼女は更に警戒心を強めた。

 

[…こちらに…戦闘の意思は…ない]

「はっ、良く言うね。ウチの姉貴を誑かして、いったい何をさせるつもりだい、汚らわしい!」

 

そんな中で、無用な休戦申し入れなど受けられる筈もない。モーラの頭の中では既に調査というお題目は忘れ去られ、ただただ生意気な旧式を破壊する事に注視する。

姉貴に気に入られた運の良い子猫かと思えば、とんだじゃじゃ馬を引いたと落胆半分期待半分の気持ちで、不意にニヤリと笑うモーラ。

 

「まぁでも…あの姉貴が気にいる女だ。顔を隠しているらしいが、さぞ美人なんだろう? ふふっ最後に味見くらいはしておくかね…」

 

叩きのめした後に、尋問という手段を踏めば好き勝手出来る事を知っている彼女はペロリと唇を舐めて自分へのご褒美に期待する。

 

《モーラ……》

 

改めて気合の入った様子で得物を振るうシュバルツと、ここに来て明らかに狼狽するチェイサー。

 

今までの激しい打ち合いが嘘のように辺りは静まり返り、第二ラウンドの開始がジリジリと迫る中で不意を打ったのは第三者の介入だった。

 

「ひっ、た、助けて下さい!!」

「「!?」」

 

燃える木々の隙間を縫って、救助を求めて来たのは1人の男性。使い古された衣服に身を包み、年単位で伸びっぱなしの髪は固くゴワつき毛先を少し焦がしている初老の男だった。

 

モーラとマコトはその貧しい身なりから、ブーアと呼ばれる危険な陸上での生活を余儀なくされる難民だと気が付いた。恐らく普段から山の中で隠れ住むブーアの一人で、DTと出会うのも始めてなのだろう。ホッパーには女性しかいないのに、助けを求めるなど自殺志願者にしか見えない。

 

そこからの反応は完全に逆だった。

 

モーラは普段から男性嫌いを公言する女傑で、それ以上にブーアという存在そのものが許せない理由があり、人間相手にハルバードを振り被る。

 

マコトはそれを防ぐ為、質量で対等に渡り合える唯一の武器である大槌を自ら投げ捨ててまで男性を救った。

 

[…広場に…逃げろ]

 

警告され、ようやく自分の置かれた立場に気が付いた男性はチェイサーの合成音声に従い…一礼だけ返してから比較的火の回りが少ない伐採済みの場所へと走り出した。

そんなマコトにとって当たり前のやり取りは、女性上位の社会で囲われるように育ったモーラの、舗装された人生において唯一の汚点。出生に秘められた逃れられぬトラウマをこれ以上無く刺激する。

 

男性を情で生かす。それはこの世でもっとも醜い偽善行為に過ぎないのだから。

 

「こいつは男だ! なら、それだけで死ぬ必要がある! 男はみんな、乱暴で思慮も欠けて、性的搾取するばかりの不要品だろう!」

 

だからこそ、マコトの続く言葉に二の句も、言い訳も出来ない。

 

[…男が…怖いのか]

「!!」

[…察するに…女に…逃げただけだ]

「な、何を言って…んだい」

[…だから殺す…近づくのも…触れ合うのも…ゴツくて固い…男が…怖いから]

 

(何で…何故それを知っている…! 白上マコト!!)

 

女傑と呼ばれる魔女の中の偉丈夫、モーラの極一部にしか知られていない深い闇の過去を示唆する言葉にフツフツと湧き上がる激情がある。こんな真似が出来るのは……。

 

 

 

ーーーエリザベート・フォーゲルに造反の危険有り。注意せよーーー

 

「ッッッ!!」

 

普段なら例え敬愛する総帥の言葉だろうと、激怒してもおかしくない書面の文字。

姉妹の絆を否定する物言いに、即座に反論したい気持ちを抑えて一応の恭順を示してエリザベートには話を通していない。

相手がモーラを動きを知っているのも、あらかじめ待ち構えていたような動きもーーー 全て偶然の産物なのだから。

 

「ッ! そんなはずは無い……あるはずが無いんだよ!」

 

だからこそ、激情に振り回されながらも考える。こちらの動きを把握し、先制もしくは迎撃を得意とするカラクリ。その謎を解明しようと頭を回し、そして先ほどまで考えていた言葉が脳裏を掠めた時、モーラは一つの可能性に辿り着いた。

 

「ま…さか……ッ!」

 

ハルバードの斧部を振り回す動きから、先端の槍で小さな突きに移行し緩急を付ける。しかしチェイサーは突然切り替わった攻撃を巧みに槍で捌いて直撃だけは許さない。

 

(違う…こいつの動きは上手い早いの問題じゃない。あらかじめ私の攻撃を予測してタイミングを合わせている!)

 

それはまるで、モーラの戦い方全てを把握しているような、見透かしているように。

 

 

ーーー人の心を、先読みしている。

 

《モ、モーラ、あのね、この人、もしか、したら》

「言われなくとも分かってるよ!」

 

距離を離して魔法を放とうにも、すかさず追随して隙を与えてくれない足運び。

 

あぁ、やはりこいつは……。

 

「姉貴と同じ魔眼(ユミル)持ちか!」

 

行動の全てを把握しているかのような動きとカウンター。親しい相手以外は知らない過去の私を晒し出す所業。そしてあの姉貴が誰よりも気にかける特別な相手となれば、もはや心を先読みしてるとしか考えられない。いや、きっとそうに違いない。

 

そうなれば総帥からの手紙にあった事前情報とも一致する。普段から姿を現さないのは盲目を悟られない為。声が不自然なのは視力だけでは代償が足りず、言語機能に支障が出ているのだろう。

そして、その強さをアピールする事なく外販の身に甘んじているのも、魔眼持ちという秘密が知られると、東西関わらず争奪戦になる事を見越しての予防策だ。

 

あり得ないパズルピースが、総帥からの指示から着想で埋まり、白上マコトという規格外の存在を浮き彫りにした。

 

モーラは考える。

恐らくエリザベートは同族ともいうべき白上マコトに親近感を覚え、愛玩動物のように独り占めにしたいのだろう。しかしそんなワガママは昨今の社会情勢から許されない。

東西の戦いは日々水面下で蠢いており、モンスターに怯えている現状を忘れて人間同士で再び世界規模の大戦を起こす可能性が高まっている。もしそんな事態になれば、現在は壁の役目を果たしている旧ユーラシア大陸やアメリカ大陸を舞台に、モンスター入り混じっての総力戦になるのは目に見えている。

 

そこで重要になるのは従来の戦争のような数に任せた物量作戦ではなく、有象無象を蹴散らし、敵中枢に大打撃を与え得る特記戦力の配備。半端な戦力ではモンスターに食い潰されて意味を成さないからだ。

 

故に鍵となるは、世界に眠る十二機神。

 

魔法学と科学が融合する前の、太古から眠りに就いた神の現し身。東海陣営の一部はソレに寄らない新しいDTの開発に躍起になっているとの噂があるが、所詮は市井の噂に過ぎない。

現実的な話として、機神のミコたるホッパーには莫大な魔力が求められる為、エリザベートに並ぶ実力者は早期に確保するべきだ。

 

モーラの試算では姉の乗るプロージットと、東海陣営で判明している十二機神【チアーズ】とは機体性能が拮抗しており、このままでは相打ちになるだろうと予測している。

 

ーーーもし仮にだが、世界大戦を回避する場合、最低条件として必要なのは最強の機神を単独で撃破し、神代に寄らない力を示すしか無いのだが…それは無理な相談だろう。

 

「白上マコト。貴様を殺すのは無しだ…痛めつけてから拘束させて貰うよーーーヨトゥン!」

 

もはや遠慮は不要。眼帯を外してモーラは全力を出す。相手から漏れ出す魔力のみを光として感知し、その強弱を読み取る事でDTが動く前の魔力水の流動を捉えて、先読みする力。巨人殺しの瞳がチェイサーを捉えた。

 

(案の定、はち切れそうなほど魔力が漏れてるね…上空の時は単なるオンボロだと思ったけど、見間違いじゃなかったって事だ。だがね!)

 

黄金の帯を纏う相手は魔眼が発動してるのを読み取ったらしく、明らかに警戒して動きが鈍る。

 

「姉貴ほどじゃ、無い!」

 

シュバルツの握るハルバードが一閃。今までの様子見とは異なる、全力の振り下ろしがチェイサーを襲う。

今まで通り、槍でいなそうとするが…無理やり力で押し込んで槍どころか、右腕の装甲を巻き込んで切り捨てた。

 

「チッ、浅いか!」

 

切断したのは外装のみ。余力で叩きつけられた地面に亀裂が走り、その力が如何に強靭だったか物語っている。

間髪入れずにハルバードが跳ね上がり逆袈裟の要領で刃が翻ると、やはりそれよりも早く初動を見せるが、機体がその反応に付いていけず、無残にも左腕が宙を舞う結果となった。

 

追撃を掛けようとするモーラだが、切口から止め処なく魔力水が迸るせいで魔眼の視界が一層眩く染まって前が見えない。その隙にバランスを崩しながらタタラを踏んで距離を空けるチェイサー。そして隠し持っていたらしい小型のパックを取り出すと切断面に押し当てながら粉砕。先ほどのシュバルツのように破損箇所を凝固剤で固めて応急処置を施した。

 

ここに来て機体の性能差が如実に現れた事に、マコトは歯噛みしているだろう。

 

「そんなオンボロに乗ってる自分を呪いな!」

 

大槌も槍も無くした相手はもう武器すらが無いのか、両足を踏ん張って片腕を構えるしか無い。

 

そもそも初期のラガー式はエール式に勝る部分が積載量しかない。

駆動トルクも、機動走破性も、全てに差がついている。唯一、内部骨格という重量に耐えやすい基礎構造にこそアドバンテージはあるが、それも金属製の重量級外装で相殺されるので決定的な優位とはなり得ない。

 

(だからこそ、ここで捕獲しなけりゃ…)

 

もし、ここで取り逃がしてエール式に乗り換えられたら、機体性能が互角なら…自分でも対処出来るか分からない。魔女としての勘から、ここで決めねばとハルバードを必殺の構えに持ち替えてフィニッシュに備える。

 

《モ、モーラ、モーラ、私、私ね、ごめん、なさい、って、思って、モーラ、ねぇ、答え、て…》

 

ゾーンに入ったモーラの耳には既に泣きそうになったキキの声は届いていない。チェイサーの一挙手一投足に全身全霊の集中力で挑んでいるからだ。

 

だからこそ、その言葉を理解出来ない。

 

[…RTAの…基本を…知っている…か]

「……気を逸らそうとしても無駄だよ、覚悟を決めな」

 

場違いな、それでいて意味不明な単語を口走る白上マコト。

 

[…まずは…綿密な…チャート…そして…充分な…試走]

「何を訳の分からない…」

[…そして…一番…大事なのは]

 

そこでモーラは気が付いた。己の駆るシュバルツを中心にして、位置を調整するようにチェイサーが動いているのを…。話しながら時間稼ぎを行なっている事を、

そして、腰を落としたその姿勢こそ。旧ニホンにおける最強の国技、相撲の構えに気が付かなかった。

 

「貴様…!」

 

[…マトモに戦わない事だ]

 

その言葉が終わるや否や、愚直な突進で迫り来るチェイサー。今までの相手の動きを読んだカウンターとは全く異なる猪戦法に、モーラは反応出来ない。武器すら持たずに何がしたいのか。その答えはすぐに晒された。DTによるブチかましと鯖折り。片腕の不安定な状態でもシュバルツを抱き締めたまま、開けた広場から燃え盛る山側へと押し出す。

 

「離せぇぇ!!」

 

シュバルツが両腕を振るって抵抗するが、その度に木にぶつかる衝撃で手元が狂ってしまう。しかも得物が大型のハルバードしか無い為、小回りが利かずに碌なダメージが与えられない。それならばと焦る気持ちを押さえ付けて、ヨトゥンを解除。魔法で吹き飛ばそうと判断した時には、もう何もかもが遅かった。

 

[ーーー警告。固定ボルト全開放。外装を強制解除します]

 

流暢すぎる言葉が聞こえたと思った瞬間、ただでさえ光を纏っていたチェイサーが太陽を直視させるような強烈な閃光を放つ。

 

そして、視界を失ったモーラは一瞬の浮遊感を味わった後。

 

 

 

 

チェイサーとシュバルツは、堰き止めていた川へと落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦区域内・某所

 

地下 2500m

 

 

ーーー第七魔法学研究所(ビアホール)

 

 

 

「何やら外が騒がしい気がするのぉ…」

 

機械で埋め尽くされた小部屋で一人作業を進める老科学者がポツリと呟く。

その男性は、空調機以外に風も音も届かない監獄のような場所でありながら、何かしらを感じ取ったのか、言葉とは裏腹に確信した様子で手元のキーボードを弾いて操作する。数秒後にサウンドオンリー、声だけの通信で何者かと繋がった。

 

《……トラブル発生か。No.0120・アイザック》

「いや〜そうではないんじゃが…すこぉし報告と知りたい事があってのぉ」

《…業務中の私語は禁則事項に指定しているが?》

「そうじゃったの? なにぶん年寄りなもんで物事を覚えるのが億劫でな」

《ならば懲罰を与え…》

「ほっほっほっ、この老体に文字通り鞭なんぞ打ったらそのまま昇天してしまうぞい? ……そうなって困るのは誰だったか、教えてくれるかの」

《ちっ…これだから男は…要件はなんだ》

 

下手に出ながらも強かに交渉してみせた老科学者のアイザックは蓄えた髭を撫で付けながら、余裕の態度で話を始めた。

 

「まずは普通に業務連絡じゃ。先日、納品された十二機神の【チアーズ】じゃがの。ーーーようやく()()()()()()()()()()()ぞ。今はセラー内で破損していた四肢からバラしておる」

《!! 朗報ではないか》

「ふぅむ…じゃがやはり古代に製造されたランビック式は骨格構造が手強くてなぁ……もうちょっと予算があればスムーズに、そうスムーズかつ的確に進むんじゃが…」

《良いだろう、追加予算の概算を出せ。…常識の範囲内でな》

「よっし!」

 

こいつ本当に80代か…? と通信越しの相手は訝しむが、報告の進捗は喜ぶべき成果だ。秘密裏に男性を使うという、世間の理に反した計画を遂行している身からすれば喉から手が出るほど待ち望んだ情報だ。

 

《それで、聞きたい事とはなんだ》

 

やや上機嫌にアイザックの要望に応える相手。この時点で手玉に取られている事には気付かず、先を促した。

 

「ん〜、ちょいと確認して欲しいんじゃが……兄貴は、今ちゃんと仕事しておるかの?」

《なに?》

 

通信相手は今回の計画において、二人のDT研究者(ブルワー)を誘致…拉致監禁していた。世が世なら有名な博士になったであろう彼らは血を分けた兄弟として生まれ、培養クローンの身でありながら筆頭研究者(ブルーマスター)と呼ばれる天才だった。

 

その両方を獲得し、地下研究所にて結託しないよう別々に監視付きで働かせている現状で、何を言い出すんだと疑問符を浮かべるが、念の為に兄側のカメラに目を向ける。

するとそこには、パッと見では分からないほど精巧な身代わり人形が、仕事をするフリをして設置されているではないか。

 

《な、な、なっ!? …き、貴様らまさか脱走を…!》

 

 

 

「あんのクソ兄貴ィィ!! 自分だけ調べに行きよったなぁぁぁ!!!」

 

《は?》

 

肉体の衰えなど知った事かとばかりに、大声を張り上げるアイザック。相手が呆気に取られる間に、彼は手元を素早く動かしてセラーと呼ばれるDTの格納庫を操作する。

そこは空間内に魔力が満たされて、術式を保持するホッパーが一人いれば複数の機体を自壊させずに保てる研究用の設備だ。

 

《何をしているNo.0120・アイザック! 貴様に研究設備以外の操作は許可していない》

「兄貴を捕まえるんじゃろ! だったら、こんな事もあろうかと!計画の副産物でこっそり作っておいたカスタムDTで召し捕ってやるわい」

《そんなもの私は聞いてないぞ!?》

「ナナキ! 機体に乗って兄貴をころ…捕縛するんじゃ!」

《ーーーりょ》

 

研究所内の離れた位置にあるセラーでは、突如動き出した搬出用ハンガーに驚いて、散り散りに逃げ回る所員達が悲鳴を上げたり落ちたり躓いたりしながら避難していく。そんな中、肌にピッタリと吸い付くボディスーツの少女が、フラフラと渦中の中心へと進む。

 

セラーから現れたのは西海側の主力量産DT【オリオン】。それを巨大な車輪の中に納めた異様な姿をしたカスタム機だ。これは車輪内のステークとして本機を組み込む事で魔法による力場無しでも自立稼働を可能にしたアイザックの意欲作らしい。

 

 

 

その名を、【パンジャンドラム】という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

騒々しいセラーの奥には、我関せずと鎮座する一機の……否、一柱の機械神が居た。

 

全身を不粋な機械で拘束され、片腕片脚を捥がれた悲惨な姿であって尚、威光を放つその威容。

 

かつては黄金と雲海を統べる尊き御身は長き時を経て、燻んだ輝きしか返さない程の落ちぶれよう。

 

しかし日輪を背負う古き神は、どれだけ汚されようと、未だ朽ちず、死なず、召されない。

 

 

今はただ静かに

 

 

 

 

主を、待つ。




エール式DT

ラガー式の金属劣化問題から、大々的に更新が行われた第2世代ともいうべき機体。
制御系とコクピットが内蔵された胴体部、動力炉の背面部、センサー類を集積した頭部以外は、内部を魔力水で満たす安価な構造となっているので導入コストが低い。
更にラガー式では自重を動かす為にロスとなっていた駆動トルクを純粋な膂力として回す事が出来るので力でも勝り、また魔法適合率が高い天然系資材を多く使用しているので反応速度や速度も従来を大きく上回る。
初期型は、破損に弱いという弱点があったが中期以降は内部に無数のチューブを経由させる事でダメージコントロールを容易にする等、今尚アップデートが続いている。

ただし、ラガー式から続くDT最大の弱点は解消出来ておらず、世界中でその対策が検討されているが、打開案は未だ提示されていない。
そのため、現在も海上警備や湾岸防衛には旧時代の艦船や航空機が現役な地域も多い。



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革新的試作兵器【パンジャンドラム・AA】

この世界でホッパーとして、曲がりなりにも一人前と自負出来るようになった頃。ふとゲーム時代のバグや仕様の穴を突いたらどうなるのか試した事がある。

 

例えば、二段斬りバグ。

DTで跳躍後、着地寸前で近接武器の攻撃に成功すると空中と地上の当たり判定が連続して発生し、多段ヒットする技だ。

これをチェイサーで試したところ……まさかの成功。操作は一回分なのに二回斬り付けた跡が残った。

当時は無双系主人公になれるのではとウキウキしたが、すぐさま画面に表示された《右腕部破損:50%》のメッセージで正気に戻る。

無理な超高速で往復稼働したらしく、負荷に耐えられずに自損したのだ。

 

他にも、障害物を通過する壁抜けバグは該当箇所が手抜き工事で異様に脆くて破壊出来たり、明らかに弾倉のサイズより弾数が多い設定ミスのような銃火器は隠れた位置に予備弾倉が設置されていたりと、要因は様々だが概ね《この世界とゲームの仕様はリンクしている》という結論に至った。

もっと考察や検証を重ねて謎を解き明かしたいと思っているのだが、二段斬りの一件や加速バグで玉突き事故を起こしたりと、修理その他のお金が馬鹿にならず作業は中断を余儀なくされている。

 

しかし、前世で趣味としていたRTA(リアル・タイム・アタック)の経験から、D.T:Ⅱの仕様は隅から隅まで把握済み。機体挙動やホッパーの特徴は勿論、武器毎の特性やクエスト関連の周辺地理もバッチリ頭に入れてある。

…残念ながら恋愛シミュレーションパートだけは、基本早送りだったのでキッチリとした詳細までは覚えていないが、まぁ良いだろう。

 

何はともあれ、一番大事なのはゲーム時代の知識がこの世界でも存分に活かせるという事だ!

 

 

 

「こんな程度で…破れかぶれも大概にしな!」

 

ザボンッという盛大な水飛沫と共にモーラのシュバルツと俺のチェイサーが、水かさの増した川へと沈んでいく。

いくら踠いても一向に抜け出せない現状に苛立ちを募らせるモーラは、がなり立てながら抵抗するが抱き着いているチェイサーが動く様子は全くない。

 

そう、ほぼ全ての面でシュバルツに劣る旧式のチェイサーだが、唯一勝っている自重で押さえ込めば動きを制限出来る。不意をつく為、炸裂ボルトで【闘士形態】の外装をパージしたので重さが足りるか心配だったが、どうやら杞憂に過ぎないようだ。…やっぱりSUMOUは最高だぜ!

そして持ってて良かった応急処置パック。【剣士形態】の標準装備で、エール式の自動修復ならぬ手動修復によって破損箇所の魔力漏れを最低限に抑える事が可能。いわゆるスリップダメージの回復になる。

もしこれが無かったら、本気を出したシュバルツに《この戦法》を持ち込んだとしても勝つのは難しかっただろう。

 

「そんなオンボロに勝ち目は無いってのに無駄な真似を…!」

 

いいや? 既に勝敗は決している。

 

モーラには悪いがこれ以降、あり得ない程の不運やミスが起こらなければ、俺の勝ちは揺るぎない。彼女は既に敗北への一歩を踏み出してしまったのだから。

 

[…河童を…知っているか]

「はぁ!?」

[…ニホンの…妖怪で…水辺で…人を…引き摺り…沈める]

「だからどうしたって言うんだい!」

[…水辺…川…今…この場所は]

「……は? ………あ、あ……ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

周囲の光景が改めて目に入ったのだろう。顔面蒼白になって叫んだ。

 

水に揺らめく頭部モニターが映し出すのは深夜の闇に閉ざされた水底の風景。煌々と燃える森林火災で照らされるのは互いの姿だけではなく、機体の周囲を漂う黄金の液体。川の流れに沿って対流するそれはDTにとって血液にも等しい魔力水、ビアの輝きも含まれる。

止め処なく溢れ出るその量は、如何に巨人の身であってもあと3分と経たずに消費され尽くす計算だ。

 

「ラガー式もエール式も世代は違えど同じDT、駆動方式は変わらない。…ホッパーの魔法を増強するビアが無ければ、巨大な機体を維持する力場は当然維持出来ない。そして…」

 

コクピットに取り残された人間は ーーー 支えを失った周辺機械に押し潰される。

 

「離せ! このままじゃお前も…道連れにしようってのかい!?」

[…こちらは…ラガー式だ…内部骨格で…形は…保てる]

「くっ…このぉ!!」

 

DT最大の弱点とは《水没》である。多少の水気なら問題無いが機体が真水海水問わず全身が浸かると、密閉しているはずの装甲内部からビアが漏れ出してしまうのだ。そこに如何なる理由があるのか、世界中のDT研究者(ブルワー)達は長年その謎の解明に没頭しているらしいが未だ真相は闇の中らしい。

 

「たぶんエリアオーバーの仕様だよなぁ…」

 

自分だけが知っている裏側の事情を呟くが、それが答えという訳では無い。あくまで知っているのはゲームの話なのだから。

 

昔を懐かしむ俺とは対照的に、半狂乱でシュバルツを暴れさせるモーラだが、既に相当量が内部から失われたようで機体に力が入らない。ついには最大の武器であるハルバードすら握る握力を失って手放してしまう。

 

これが通称《河童》。

作戦領域外である水底に沈むと、高速で耐久値が減る仕様を利用した対DT必勝法である。

ゲーム時代では現実の世界を模した広大なオープンワールドが舞台だったD.T:Ⅱ。しかし海を始めとした海中戦までは敷居を広げておらず、プレイヤーを近づけさせまいとマップの端に辿り着く前に耐久値を一気に減らす手段として導入された仕様だ。他ゲーならば放射線汚染が激しいマップだとか即死トラップが配置されているなど、この手の仕様は割とある。

 

それが現実となったこちらでは、先の説明通り魔力濃度が低下する塩梅で影響している。

 

「ぐぅぅ! そうだ、キキ! 助けておくれよキキ! 私が困ってるんだよ!?」

《ーーー、ーーー》

「いいから早くしな! 誰がアンタなんかの面倒を見てると思ってんだい! こういう時こそ役に立ちなよ!」

《ーーー、ーーーー、ーーーーー、ー》

「何だって!?」

 

何処かに通信を入れているようだが…西側機体のせいか、不足した魔力では上手く繋がらないようだ。

 

「ふ…ふざけるな! そのせいで私は、私が負けるってのかい! 冗談じゃないよ」

 

「うるさい! アンタが全部悪いんだ! アンタが! アンタのせいで!」

 

「あぁぁぁぁ!! 帰ったら覚えーーー」

 

…魔力が尽きて音声すら届かなくなった途端に、シュバルツの四肢が末端からひしゃげて自壊していく。浮力のお陰ですぐさま全損には至らず、彼女も最後の抵抗とばかりにコクピット周りだけ自分の魔力で保持しているがそれも時間の問題だろう。

 

ヒステリーに陥ったモーラが害悪過ぎて仕留めても良いが、これでも青組のヒロインの一人だしこれが影響して《魔女会》への印象が悪くなっても困る。

だからといって好感度を稼ぐ必要も無いし適当な所で助けるか。ただでさえ、姉さ………お姉ちゃんの相手をしているのに妹と仲良くしても姉妹不和を齎らすだけだしな。

 

力なく横たわるシュバルツとは対照的に、チェイサーがゆっくりとだが確実に身を起こす。

ラガー式の数少ない利点、低燃費性がこういった所で役に立つ。金属部品に阻まれているせいか魔力が水に流れ出す量がエール式より明らかに遅く、四肢欠損に近いシュバルツを移動させるくらいなら余裕で魔力が持つ。

水中には音が届かず、暗い視界の中を対岸の灯りを頼りに歩を進め、ほぼ無音となった世界の中でふと気になる事を考えた。

 

「…そもそもどうして俺は襲われたんだ? 黄組の挨拶乱入でもあるまいし、何処かで変なフラグ引いたか…?」

 

彼女はゲームでもヘイトを引く役回りだったが、理由もなく戦闘を仕掛けるような戦闘狂ではないし、まして俺に構ってばかりのお姉ちゃんとの仲を嫉妬している訳でもないだろう。様子見なら顔見せイベント扱いでまだ分かるが、明らかに殺しに来てたからな…。

ストーリーモード本来の流れなら、序盤の進行度程度なのに、遠く離れた西海陣営の彼女が密接に関わってくる事はあり得ない。…まぁまだ《機神舞踏祭》前でルートも確定していないから、変なのに目を付けられた程度に留めておくか。誤差だな誤差。普段はコッチ方面に居ないキャラだし、イベントが終わったら地元に帰るだろう。

 

そう楽観的に考えて水底を掻き分けながら川縁を目指す。その際、堰き止めた木に絡まっていたハルバードを忘れず回収。機体のウェポンラックに引っ掛けておく。レアランクならSSR級のドロップ品だが、このまま使うと普通に盗難品扱いされて捕まるので自重して後で隣に備えておこう。昔、本店の教官相手にチュートリアルの負けイベントをクリアしたらどうなるか試して片腕を奪ったら滅茶苦茶追い回された記憶がある。

 

ただ無報酬というのは頂けないので、シュバルツが装備していたマントを拝借したいと思う。破損した左腕周りを覆うにもちょうど良いし、この程度の装備なら見咎られる心配はいらないはず。

 

やがて川の浅瀬に辿り着き、浮力が無くなって重いシュバルツから手を離す。モーラはまさか助けられているとは思わないだろうから適当に放置だな。自壊しても潰れないよう頭部と背面動力炉といった重いパーツをハルバードで切り離して横に添えておく。ここなら山火事の被害もそう及ばないだろう。

 

「……そうだよ山火事だよ。どうするかなぁ…」

 

剥ぎ取ったマントを左肩の装甲に挟み込みながら考える。不可抗力…とも違うが自分が火元なのは間違いないので、どうにか良い言い訳を考えないと森林火災の犯人扱いされて最悪豚箱行き…。いやそれよりも折角の働いたら働いた分だけちゃんと報酬が貰えるBOXイベントが無駄になる。

 

「たっぷり持ってきた武器も尽きたし、このままじゃ燃料切れもあり得る…仕方ない。バルで補給を受けるか」

 

川から充分に離れた位置まで歩き、先ほどの広場の真下辺りまで進んでチェイサーを待機させる。そろそろクレナイも機嫌を直してくれたころだろうとオペーレーター用の通信を開いて返事を待つが…。

 

…居ると分かってるのに無視するのはボッチに効くから辞めてくれよ。

 

《ーーー 白上さん!? 無事なんですね!》

 

こちらの予想に反して1コールが終わる前に通信に出るクレナイ。切羽詰まった声色からして、どうやらこちらを心配してくれていたらしい。

 

[…問題ない]

《ほ、本当ですか? 勝手に目を離してご迷惑をお掛けした上、森の火災すらお知らせ出来なくて…それに白上さんの通信だけ突然不調になって、やっと正常に戻ったとおもったら反応が川の中で、私…私のせいでもし事故が起こって…》

 

震えるような切羽詰まった物言いは、本心から出た言葉で逆にこちらが申し訳なく感じてしまう。むしろこの世界に転生してから女性上位社会とはいえ同性同士でも明確な格差がある風潮なので、筑摩の男連中以外から始めて聞いた謝罪の言葉かもしれない。

 

くっ…流石は癒しキャラ。俺が童貞でなければ惚れていたかもしれない。

 

[…問題ない…心配かけた]

《そんな…でもご無事で良かったです。あの、それでこれからはどうしますか?》

[…少し…補給をしたい…バルまで…案内を…頼む]

《! 任せてください》

 

名誉挽回のチャンスとばかりに、フンスと気合を入れて道先を示してくれる。目的地はここからほど近い山の麓に設置されているらしく直ぐに辿り着ける位の距離で助かった。サッサと補給を済ませてガチャを引かないと…そうして山を下るべく機体を向きを変えた時、正面にはあの時助けたブーアの爺さんがいつの間にか現れて頭を垂れた。

 

「先ほどは助けて頂いて本当に、本当にありがとうございます」

[…気にするな]

《………白上さん、この男性は》

[…山火事に…巻き込まれていた…からな]

 

しまった。今はクレナイと会話中で通信がバッチリ繋がってるんだった。音声は意図的に文字入力しか受け付けないようにしているが、映像は不正や監視の意味も込めてDT全てにライブカメラが取り付けられている。当然、目の前にいる男性にも気が付く訳で…。俺からすれば身寄りを失ったホームレス程度の感覚で助けた訳だが、この世界の常識からすると…。

 

《そうですか…お爺さんが助かって良かったですね》

 

ニッコリと、何の嫌悪感も感じさせない当然のような物言いに少なからず驚いてしまう。ブーアとは男性が物理的に消費される世界であっても社会不適合者と判断された最下級に位置する存在だ。

それを何の偏見もなく命が助かって良かったと口に出して安堵する人間がどれだけいるだろうか。

 

「ーーーところで、少しお話しをよろしいであるか?」

「ん?」

 

動き出す直前、ブーアの爺さんがジッとこちらを見据えて話しかけてきた。…よく見ればそこにある表情は怯えや感謝ではなく、むしろ真逆の、抑え切れない歓喜の笑みを携えている。

 

「いやはや、面白い魔力反応を調べに出てみればまさか筆頭魔女の一人を倒すとは…予想以上なのであ〜る!」

 

え、何か喋り方の個性強くない?

 

「やはりフィールドワークは大事であるな。閉じ込められて本気を出すのは締め切り間近の漫画家ぐらいであるからして、目で見て肌で感じてこその研究者である。なのでその機体をバラしてお顔を拝見させて欲しいのである。あっそれと紅茶はお好き?」

 

情報量が…情報量が多すぎる…!

 

この爺さん、髪の毛はゴワゴワで服も粗末と一見ブーアの根無し草みたいに見えるが、皮膚は煤に汚れた程度で綺麗だし身体も健康体そのもの。いったい何者なんだ…。

 

《えっと…お爺さんは頭を打ってしまったとか…?》

 

残念ながら正気だと思う。

 

[…見逃す…から…山に…帰れ]

 

厄介事を抱え込んでいそうな雰囲気を感じて放逐しようとするが、爺さんは忠告を無視して機体へにじり寄る。

 

「やはりどう見てもチェイサーである! DT黎明期から改良改悪を積み重ねて50年。初期と後期ではまるで性能が違うというのに阿呆共のせいで一緒くたに引退させられた悲しい過去の持ち主! しかもコイツは幻の最終ロット版!!」

 

下手に動くと巻き込んで潰してしまいそうなので初対面の爺さんに機体をベタベタと触られても我慢する俺。というか俺で無ければ既に殺されても文句が言えないレベルで馴れ馴れしい。…あと5分しても駄目なら無理やり押し通るか。

 

「う〜ん破損はあれど整備は完璧。良い職人が付いているであるな。そしてホッパーの魔力は……ほうほうなるほどなるほど。外からの計測値と目の前の実測値ではだいぶ違いが…ここで飛び抜けて、こっちで滞留して…むむっ自力で還元を! だから帯状の発光現象が…興味深いであるな」

 

《あの…嫌なら断った方が…》

[…この手は…途中で…止めると…余計に…ややこしくなる]

 

心配してくれるクレナイだが、爺さんの目がヤバい。爛々と輝く瞳は見ようによっては活力に溢れた前向きな視線と言えるが、逆に解釈すると年不相応のギラついた眼光を光らせる壁の向こう側にいる人の目だ。

 

「むっ…あともうちょっと、という所であるが、その前に一言」

 

今度はなんだ?突然顔を上げたかと思えば山を見た爺さんが真面目な顔をして口を開く。

 

「ーーー今すぐ伏せる事をお勧めするのである」

 

何が、と疑問を挟む余裕は無かった。

視界の端に捉えたのは燃える山林を爆砕しながら迫り来る異形の巨漢。DTは10mでなければ力場によって人型を保てないという大前提を覆す、倍に達しようかという巨大な《燃える車輪》だ。

あっという間に近づいてチェイサーに体当たりを…って危ねぇ!?

ギリギリの所で避けるが大質量の突撃は凄まじく、川縁の岩をブチ砕いてもまるで効いた様子はない。

むしろ車輪の回転数がドンドン上昇し、砂利や石ころを弾き飛ばしながらユックリと超信地旋回で振り返る。

 

あ、あれはまさか…!?

 

「パンジャンドラム…完成していたであるか」

 

ちゃっかり岩陰に隠れて様子を見ている爺さんから説明が入るが、まさか関係者かよ。

 

パンジャンドラム。

ゲーム時代においては中ボス枠として登場する通称《史実シリーズ》で、その名の通り実際の歴史に登場した《失敗兵器》をモチーフにしたカスタムDTの一機である。最大の特徴はやはり機体を丸ごと飲み込むような大車輪でありその攻撃力は直撃したら最後、耐久値の半分は持っていかれる恐ろしい相手だ。まさかこのタイミングで現れるとは…っていうか。

 

[…爺さん…あんたを…狙ってるだろ]

「ご明察であ〜る。不肖の弟が我輩を捕縛するために送り込んだのであろう。まったく…ちょっと無断で外出したくらいでムキになりおって…まぁ目的は達したので帰るのである」

 

暴風みたいな爺さんだな。

だがまぁ交戦する必要が無さそうなのは助かる。補給前だし連戦続きで肉体はともかく精神が疲弊しているのか頭が痛くボンヤリしてきた。色々聞きたい事はあるがここは素直に帰還願って後日、縁があればその時話そう。

そう考えて道を譲るように機体を後ろに下げる。これで一安心だろう。

 

「ーーーぶっころ」

「は?」

「は?」

《え?》

 

パンジャンドラムは保護対象が正面にいるにも関わらず、直線上にいる俺目掛けて再び突っ込んできた。

回転する車輪が石飛礫を吐き出しながら突撃するのを今度は目の前で視認していたからこそ避けられるが、先程通り凄まじいスピードだ。こういう手合いは障害物に囲まれた地形に誘い込んで機動力を奪うのが定石だが、この威力だと山林に紛れる程度は問題なく踏破してしまう。

 

……いやこれ本当に不味くないか?

 

言葉を投げ掛けて交戦の意志が無い事を伝えたいが突撃の頻度が高くてマトモにキーボードを操作出来ず、音声が届けられない。そして関係者の爺さんは無駄に華麗な横っ飛びで安全圏に逃げたが、その拍子に腰をやったらしくパタリと倒れ込んで痙攣している。これで説得は不可能だろう。相手は動けない相手より一向に攻撃が当たらない俺に腹が立つのか、狙いを定めて外さない。

 

「ーーーうっざ」

 

端的すぎる殺意をギリギリなんとか今は対応出来ているが勝ちの目がまったく見えない。

そもそも武装は何一つ残っていないのだ。【闘士形態】はシュバルツとの戦いで外装含めて破損または喪失し、【剣士形態】も黄組の乱入で魔法が暴発した時に剣や盾が吹っ飛んでしまっている。

現状で唯一、役立ちそうなのは回収したハルバードだが只でさえ重い両手持ち武器なのに片腕のチェイサーが解体作業はともかく実戦で満足に扱える筈がない。

 

《白上さん、近くのバルに逃げ込みましょう!あそこならバリケードで少しは持つ筈です。私も今から上に掛け合って応援を呼びますから!》

 

クレナイの気遣いはありがたいが、そうは出来ない。パンジャンドラムの攻撃力を持ってすれば途中セーブポイント的存在であるバルですら突っ込んでくる中ボスとして有名な相手なのだ。それに無理して向かっても背中から襲われて轢殺されるのがオチだろう。それなら敢えて視界が広い川の周辺で戦った方がまだ生存確率が上がる。

 

対処法は思い浮かばないが……!

 

「ーーーワロス」

 

反撃すらしてこないチェイサーに相手は嘲りながらも手を緩めない。今まで縦回転していた車輪を突如、横に回転させて突撃。残像で球体のように見えるそれは恐ろしい事に攻撃範囲が僅かに広がるだけでなく明らかに速度が低下しているので余裕で対処できた。

 

《どうして回転方向を変える必要が…?》

 

至極真っ当な疑問が飛ぶがパンジャンドラムについて深く考えてはいけない。そもそもが爆弾を積んだ自爆特攻兵器の名前なのに、燃えながらドリフト走行する車輪の時点でマトモな戦い方じゃない。

しかもこいつ、外輪部分が燃えているだけでも意味不明なのに小型の球体パンジャンドラムを敷き詰めたベアリング構造なので、いざという時は自爆してクレイモア地雷並みの攻撃範囲を発揮するという、モーラ以上に本気を出させてはいけないボスである。

 

「また水没させるか…? いやこれ以上はチェイサーでも耐えられるか微妙だな…何か手は…パンジャンドラムを倒す手立て……せめて速度さえ緩め…いや一旦止めてその隙に……あぁくそこんな時、ご都合主義で超強い味方が現れてくれたり……」

 

刹那、脳裏を掠めたのはデジャヴか天のお達しか。今のチェイサーでも可能な反撃手段を思い出す。うまくいくかは分からない。むしろ自殺行為も甚だしいが実行しなければ轢き殺されてお終いだ。

 

「ーーー男は度胸! やってみるか!!」

 

ドンッとチェイサーが一歩前に脚を出す。回避を捨てた迎え撃つ姿勢に、無駄行動でクルクル回っていたパンジャンドラムも警戒する。

 

「ーーーちょろい」

 

だが乗っているホッパーの性格だろう。様子見はせずに破壊力のある縦回転へと向きを変えた。超高速で回るそれはスピンホイール効果でその場を動かない分、速度を貯めて地面が真っ赤な火花で咲き誇る。そこから飛び出すのはもはや火の車を超えた高速切断機。だがそれよりも早く、チェイサーの全身から黄金の輝きが放たれる。

 

「こ、これは…嫌な予感がヒシヒシである!」

《白上さん何を…!?》

 

一方的に通信を切り、全身全霊の魔力を込める。どこまでもどこまでも…《発動しない魔法》を暴発させる為に、天まで届いた絶叫を再現する為に……!!

 

「ーーーやっば」

 

 

オオオォォォォォォォォッッッ!!!!

 

 

既に突撃していた相手とのすれ違い様、左肩を削ぎ取られながらも発動したのは黄組を撃退した魔法事故。触媒という出力先を失った魔力が引き起こす呻きの絶叫だ。

あの時はそれなりに距離が離れていたが、今回は至近距離な上、パンジャンドラムは西海陣営機体をベースにする事で偽装したガチガチの東海科学技術の塊。対魔法防御力は最低限しかない!

 

「ーーーばたんきゅー」

 

川に波紋が広がるほどの大音量を間近で聴く羽目になったパンジャンドラムは制御を失って惰性のまま転がっていく。なまじ超重量の機体なので位置エネルギーに則い、ころころと山を下る。その余波で木々に火が燃え移り、火災の規模が広がっていった。

 

《なるほど…あの謎のDTが山火事の原因なんですね。上に報告しておきます!》

「え。え…あっ…うーんと…」

 

 

 

[…頼んだ]

 

俺はパンジャンドラムに全ての罪をなすり付ける事にした。

 

ありがとうパンジャンドラム。

さらばパンジャンドラム。

 

出来ればもう二度と会いませんように。

 

そんな願いを込めて見守った俺は、さぁ今度こそ油蝮狩りを、BOXガチャを再開しようと逸る気持ちを抑えて今度こそバルに移動を開始した。

 

「助けて欲しいのであ〜る…」

 

変な爺さんも連れてだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白上マコトと謎のDTが死闘を繰り広げる中、川の周辺でバキリと音が鳴る。それは放置されたシュバルツがとうとう限界を迎え、本格的に自壊を始める合図だった。深い藍色の装甲はコクピット周りだけ残して朽ちたガラクタの山へと姿を変えてしまう。

 

その中から血走った目で周囲を伺うモーラ。憤怒に塗れた精神状態でありながら、現状は身を潜めるしか出来ない現状に奥歯を噛み締める。

 

(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁぁぁ! これで情けを掛けたつもりか白上マコトォォォ!!)

 

怨嗟の声を胸の内に滾らせ、瓦礫となった愛機の装甲や裂けた配線が肌を傷付けるが、そんなものはどうでもいいとばかりに血塗れになりながらチェイサーの戦いを目に焼き付ける。

 

(わざわざ動力炉を引き剥がして満足か陰気な奴め!私はね、正面から戦わない卑怯者がこの世で一番嫌いなんだよ!)

 

DTの急所たる背面の動力炉は胴体部とほぼ同等の大きさであり、とりわけ頑丈な造りをしているので並みの攻撃ではビクともしない。反面、コクピットを簡単に押し潰せる程に増した重量になったそれから助けるには、連結部を断ち切って取り外す必要がある。

その時、配管が千切れるとビアが体外に排出されてしまい、樽の中に封入された魔芽という希少価値が高い結晶体が外気に晒され、砕け散ってしまう。

一般的な量産機は品質が一定である為、同等品の魔芽を交換してしまえば事足りるが、個人のカスタム機はその結晶体が特別製で代替えが効かない。しかもそれが魔女会に名だたる名機シュバルツであれば希少性は更に跳ね上がる。

 

命を助けられたという事実よりも、むしろ特別な自分を助けるのは当たり前だと信じているモーラは己に降り掛かった災難に歯噛みするのみだ。

 

(くそっ、キキの奴も訳の分からない言葉を吐いて誤魔化すなんて何様になったつもりだい。…二人きりになれるおまじない? はっ!ゾッとするね)

 

単なる時間潰しで付き合ってやったのに、拘束する権利が仮の妹風情にあるものかと吐き捨てる。

 

そして燃える車輪に襲われているチェイサーが負けてしまえと睨みを飛ばす。だがやはり動きを先読みして動いているように見える挙動は熟練のマタドールのように直撃を許さないまま相手を翻弄し、時間が過ぎる。

 

そして目にしたのは黄金の輝きを携え、幾重にも絡まる光の帯を纏うチェイサーの姿だった。静観するモーラは眩い光を我慢しながらヨトゥンを起動して、その異常性を直視する。

 

(何て馬鹿げた魔力量……いや濃度なんだ。大気中でも揮発しないどころか、本人の元に戻ろうと魔力そのものが膜を張って帯状に形成されてるんだ…姉貴の羽根と似ているよ本当に!)

 

そう感想を漏らして油断をしていると、直後に襲ったのは鋼の大音量。稲妻のような爆発でモーラの耳朶を存分に打ちのめした。

 

魔女の初心者でもあり得ない魔力暴走を無理やり聞かされて、もはや許しがたい屈辱に塗れるモーラだが耳に反響して残る音とその魔力に違和感を持つ。

まず最初に比較するのは偉大な姉であるエリザベート・フォーゲルの魔力。その他にも今までの人生経験やヨトゥンを介して波長や強弱を読み取った膨大な過去を照らし合わせて原因を探し出す。

 

魔眼持ちの彼女だからこそ出来る致命的な違和感として印象に残る魔力の正体。姉のようなスケール違いでも無い。最近産まれる予定の新しい妹達とも違う。とりわけ特別なありえない魔力。それを探して探して思い出して、白上マコトや己をブーアと偽った謎の老人がこの場を去った後も、弱みを見つけようと必死になった行き先は、消去法で辿り着いたたった一つの答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白上マコトは………………男?」

 

 

 

モーラはまさかの可能性に思い当たり、屍肉を漁るハイエナのような顔で笑みを闇夜に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この日以降。

魔女会筆頭モーラの行方が不明となった。

 

 




D.T:Ⅱwiki質問コーナー

Q.偶に乱入してくる黄色の集団って何? バグ?

A.通称、黄組と呼ばれるアイドルの追っかけです。…そうとしか説明できない連中なので深く考えるのはやめましょう。
首魁である没落貴族で今は山賊行為を働いている《チャイカ》を崇めている宗教集団に近い集まりで、取り巻きの側近二人が全てを牛耳っています。なので個別ルートに入らず黄組を排除したい時はチャイカではなく側近を狙いましょう。

Q.そのチャイカを倒した方が早くね?

A.(人気投票1位に向かって)なんだぁ…てめぇ…


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リザルト

side 外販

 

ビアガーデン下層

 

油蝮掃討作戦は予定を大幅に繰り上げて終了した。

原因は伊吹山方面で発生した謎の大規模山林火災によって討伐目標の殆どが焼け死ぬアクシデントに見舞われたからだ。

 

約100年前に実行された人類による大規模自然破壊はモンスターの生態を狂わせて足止め程度には成功したが、同時に地球の原生生物を含めた環境を破壊し尽くすのは当然の帰結だった。

故に残った森林の保護は最優先事項であり、一時は多数のDTが消火活動に駆り出されて最悪の延焼は防がれたが、その余波で油蝮の住処も巻き込んで全滅するなど誰が考えただろうか。

これにより基本業務の一環で仕事に赴いた本店のホッパーは早上がりというべき事態にむしろ感謝しているが、歩合制の仕事であった為に実質的に報酬が目減りした外販のホッパー達は不満を露わにする結果となってしまった。

しかしチェイサーを駆る白上マコトだけは鬼気迫る残党狩りを行い、ボロボロの機体とは思えないほど多く戦果を挙げたが本人は不満そうしていたらしく、とんだ戦闘狂だと本店外販問わず噂が広がっていく。

 

役目を終えた空母が再びビアガーデンに帰還し、そろそろ日が昇る時間を気にするような時間帯の頃。一部のホッパーは下層にあるバーを貸し切って、愚痴と馴れ合いと戦果報告を合成飲料片手に打ち上げを行っていた。

 

「火事が無かったらもっと稼げたのにね〜」

「それな。50は固かったわ」

「アハハッちょっと盛りすぎ!」

「おい給仕! お代わり早くしな」

 

間接照明で彩られた暖色の室内では幾つかの丸テーブルに別れてグループを作っている。最も多く、それでいて喧しいのは名も無きホッパー達で詮無い愚痴に興じるばかりか情報共有も秘匿もせずに呑み食いに徹している。決して悪いことでは無いが、それだけ余力が余っているという事は本気を出して戦っていない証拠であり、一定以上の実力者からは冷ややかな目で見られている。

 

「あぁいう手合いが本当増えたね…」

「ホッパーの平均魔力量からすれば一度の出撃で疲弊が溜まって仕方ない筈です。慣れた者でも1日二度は不可能。彼女達が如何にサボっていたか分かるものです」

 

離れた位置のテーブルを囲むのは背丈の良いベリーショートの女性と、糸目で表情は分かりにくいが蔑む雰囲気を漂わせる二人だった。

 

外販のホッパーとは危険な仕事を請け負う過酷な労働環境で有名だがエール式普及によるDTの性能向上に伴う弊害として、機体の強さを自らの才能と勘違いした未熟なホッパーが粗製のまま陸地に放たれるようになった。

ただ戦うだけならまだしも安全が法律で保障された海上都市とは異なり、全てが自己責任の外販生活。それを理解していない者の何と多い事か、呆れから二人は同性だとしても注意するつもりもなく、例え口添えしても反発されるだけと知っているので静かに飲料を呷り、手元のタブレットに送られた今回の戦果について意見を交わす。

 

「平均スコアは……20匹か、火災があった割には随分多いね」

「むしろ想定よりモンスターの数が多かったと見るべきでしょう。河川方面は人が集まり過ぎて出現は疎らでしたが、都市跡や高速道路、山林地帯は相当数が潜んでいたようです」

「へぇ、油蝮は対策さえしてりゃ楽な相手だからね。目敏い奴ほどスコアを伸ばした訳か」

「緊急にも関わらず用意出来たのはよっぽど無茶をしたか、出現を予期していた者くらいでしょうが」

 

糸目の女性はグラスに注がれた飲み物をグイと飲み干してテーブルに置くが、その動作は知的な見た目に反して少々荒っぽい。そしてその視線はタブレット画面の上位ランキングにキッチリ固定されているのを対面の女性は面白がって内容を読み上げる。

 

「第5位、67匹【鴨撃ち】。夜間戦闘は凄腕のスナイパーでもキツかったのかね、割と伸び悩んでる印象だ。

第4位は77匹の【紅葉】。お得意の炎系魔法を封じられてもこのランクなら充分すぎるじゃないか、気を落とすなよ」

「落としてません!」

「クックックッ…それでえぇと第3位は129匹【八寸】か。あの人もよく頑張るな…もう結構な歳だろうに」

「伊吹山の麓一帯に陣取って獲物を独り占めしていたらしいですね。バルを拠点に終始補給を絶やさず戦っていたそうですから魔力量の衰えは無さそうです」

「もはや人外だな。いやむしろ見た目から連想するなら……妖怪?」

 

悪戯に仕掛ける子供のような笑みを浮かべる女性だが、【紅葉】が無言で椅子を引いた事に怪訝な顔を見せる。それが何なのか聞く前に頭上目掛けて陶器の徳利が直撃した。

 

「だ〜れが美少女妖怪じゃ、馬鹿たれ」

「ッッッ!? ゲェッ、【八寸】のババ…」

「あたしゃまだまだ若いよ、このすっとこどっこい! 敬って姉御と呼びな!」

 

皺と年季の入った外見とは裏腹に、真っ直ぐ伸びた背筋と信じられない握力でアイアンクローをかます老年の女性。突然の暴行に騒ぎ立てていたホッパーがビクリと警戒を露わにするが、当の本人達は軽いじゃれ合いに過ぎないと何事も無かったようにテーブルを囲む。

 

「イテテ…いや元気すぎるだろ姉御。引退したのはやっぱ嘘かよ」

「はんっ、こっちにも色々事情があんのさ。調子に乗ったガキを締めるとかね」

「新人時代から何年経ったと思ってんだ…」

「アタシから見れば全員ヒヨッコさ」

「……姉御さん、少々お聞きしたい事が」

「あん?」

 

さきほど頭を叩いた徳利から直で透明な飲料を飲む八寸に声を掛ける紅葉。初対面ではないが、改まって聞く程度には深刻な話らしい。

 

「伊吹山の火災の《原因》ついて、何かご存知では?」

「…どうしてそう思うんだい?」

 

紅葉はタブレットを寄せてランキングの続きを見せる。第2位と記されたのはーーー306匹のチェイサー。そして1位は【成り上がり】【隻腕】の二つ名で知られるアザレアで377匹を記録していた。

 

「河川方面から高速道路地帯で独占狩りを始めて加速度的にスコアが伸びた隻腕はまだ分かります。しかし伊吹山で火災に巻き込まれた…いえ容疑者がここまで記録を伸ばせるでしょうか」

「そりゃあ頑張ったんだろうさ。斬撃と威力の高い打撃武器で固めた武装に、対腐食用装甲。準備は万全、戦いも卒がないって評判なんだろ? 地道でいいじゃないか」

「それでも、残党狩りの効率が非常識なのです。通常の武器だけでここまでの戦果を叩き出すなど常識的に考えて無理です」

 

「…ふむ。要は近くに居たアタシが何か不正を見てないかって話かい」

「はい」

 

森林火災の犯人は重罪が課せられる。もし仮に白上マコトがいればゲームなら何のペナルティも無かったと嘯くだろうが、現実の刑法では大きく異なる。最悪、死罪すらあり得る話を紅葉は蒸し返そうとしていた。

しかし。

 

「原因は燃える大車輪って話…信じるかい?」

「ふざけてるのですか?」

「まぁそうなるわな…カッカッカッ!」

「告発すれば相応の資金が支払われますが」

「生憎と老後の蓄えはキチンとしてあるよ。エコノミストだか、自然派だか知らないけど犯人吊り上げて良い気になりたいのはよしな」

「…お年を召すと男性的思考になるのは事実のようですね。失礼します」

 

ある程度の確信を持って追求した紅葉だったが、八寸の答え以上に態度が気にくわないらしくもう一人の女性を無視して離席してしまった。

 

「あんまりイジめてやんないで下さいよ。あれでもベッドの上じゃ可愛い奴なんで」

「体の相性なんざ知った事かい。ったく最近の若いもんは…」

 

その言葉に自分も老害化していないか不安になる女性だったが、徳利の飲料を旨そうに啜る八寸が気になって聞いてみる。

 

「それって確か…日本酒ってやつでしたっけ?」

「そうさね、どうだい一献?」

「あー興味はあるんですけど、やっぱ酒に手を出す勇気はまだ無いっていうか、こっちで間に合ってるんで」

 

女性が傾けるのはグラスに並々と注がれた飲料。それとテーブルに置かれたおつまみと言うべき、色とりどりのゼリーバーや各種サプリメントの盛り合わせ、丸型に押し固められた固形菓子を見ながら八寸はため息を吐いた。

 

「健康に気を使うのは分かるけどね、そういう調整食ばかりなのはどうなんだい? 飲み物だって合法とはいえ興奮剤やらの混ぜ物だろう」

「でも酩酊状態は味わえるし、二日酔いってのも無いから、むしろ姉御が少数派なんですって」

「まぁそればかりは人の好みかい…ウチはキチンとした飯を食わす慣習があるから一族の好みが偏っちまってねぇ」

「あー、日本食? 和食? でしたっけ」

「そうだね、ウチはみんなそればっかりさ」

 

ご禁制とまではいかないが、健康被害が重大だと危険視された日本酒を嗜む者はとても少ない。むしろ酒類を知らずに育った者がほとんどなのでこういった打ち上げでも安全が確保された調整食と合成飲料での飲み食いの基本だった。

 

そんな中、二人が昔を懐かしむように時間を過ごしているとバーの奥側、裏手の調理室辺りで姦しい声が聞こえてくる。その程度の騒ぎでは微動だにしない胆力を持ち合わせているがそれが数分も続くと、元が短気なのか、それとも会話内容が琴線に触れたのかフラリと八寸が立ち上がって近づいていく。

 

「ねぇアンタ何処から入って来てんの?」

「旨そうな匂いさせてんじゃん、味見してあげるから寄越しな」

「てか子供とか珍しくね? 売ったらお金になりそう」

「此処に居るって事は本店と関係無いはずだから持ち帰って小間使いにしようよ」

 

「うぅ…失敗したデース」

 

そこには4人の酔った女性に囲まれる小柄な少年で目出し帽を深く被って表情は見えないがだいぶ困っている様子だった。両手で抱えるランチボックスから考えて調理場を借りて食事を作っていたのだろうと予想がつく。

 

「つーかさ、なに作ってたん? 調整食じゃないよね」

「えっと、その…ブリ大根パンと冷やしカレー中華丼、デザートにザッハトルテ風羊羹デスね」

「「「「???」」」」

 

謎の羅列に首を傾げる4人だが、匂いは悪くないのでランチボックスを奪おうとする。

 

「ノータッチ! これはマコトさんのディナーなんです! 返して」

「は? 男の分際でウザいんですけど」

 

1人が少年の…ナギの頬を張るがグッと耐えて縮こまる。半端な抗議は気分を逆撫でるだけだと相手が興味を失うまで耐えるつもりだった。

 

「こいつマジでウザいんだけど、どう思う?」

「もうさやっちゃっていいんじゃない? こんな奴飼ってる持ち主の躾が悪いじゃん」

「さんせー」

「オラ、ジッとしてないでコッチに来な…!」

「ッ!」

 

たかが子供1人、複数人で掛かれば造作もなく連れ去る事が出来る。嫌がるナギは必死で抵抗するが、身の危険に晒されながらもランチボックスだけは死守しようと自分の身を盾にした。その態度が更に気に食わない周囲の女性はイラ立ちが頂点に達し、滅多に使わない護身用のハンドガンを取り出して額に押し当てる。

 

そんな揉め事に額の皺を更に寄せながら、顔と銃口を突っ込む1人の老婆。

 

「ーーーそこまでだよ小娘共。自分達の血でカクテルパーティでも開きたいなら、あたしゃ構わないけどね」

 

構えたのは護身用ハンドガンが玩具に見えるような大型拳銃。S&W M500と呼ばれる前時代に象撃ち用として開発され、人間の頭部など風船のように破壊する威力を秘めた化け物銃だ。

 

「ちょっ…ちょっとマジになりすぎなんですけどぉ〜」

「アタシら遊んでただけで…そういう干渉とか求めてないし」

「てかぶっちゃけウザいよ婆さん。余計な」

 

ガオンッ!と、落雷のような発砲音が余計な口を開く相手に向かって放たれた。直線上にあった壁のオブジェや間接照明は粉々に撃ち砕かれ、衝撃波で付近の物すら吹き飛んでいる。そして肝心の相手は、照準を外されて存命こそしているが鼓膜が破れたショックで倒れ伏せてしまう。

残る三人は警告無しで実銃を撃つという突然の凶行に唖然とするが、銃口を向けられた途端に我先にとバーから飛び出して逃げ失せる。

反対にナギは何が起こったのか分からず、身を竦ませて八寸を見つめて離さない。

 

「安心しな坊主、取って食おうなんて思っちゃいないよ」

「……リアリィ?」

「その証拠に、ほれ」

 

八寸が硝煙香る拳銃とは反対の手には拳大の球が握られて、そこから発せられた遮音の魔法がナギの鼓膜を守ったという説明を受ける。男だから迫害を受けるのは当たり前の世界で助けられたの二度目であり、ナギは状況を理解するのに時間が掛かったがペコリとお辞儀をして感謝を伝える。

 

「ありがとございマス! お婆さん!」

「礼儀正しい坊主だね、いい子だ」

「oh…」

 

八寸は頭を撫でて無事を確認し、懐のホルスターに拳銃を仕舞う。周囲は驚きに満ちているがこの老婆自身名の知れた存在なので、またあの人かとワザワザ騒ぎ立てる人物は現れなかった。給士の男性が発砲に対して職務上の注意と通報を喚起するが、自分の名前を出せば問題無いと言い張ってナギとの会話を続ける。

 

「まぁちょっとした興味なんだがね…その変…個性的な食べ物は坊主の雇い主用だったかい」

「あ、ハイ! 食材は持ち込んで、ここで調理しましたヨ。マコトさん、調整食嫌いです」

「そうかい…随分とその…偏食だね」

「?」

「何でもないさ」

 

難しい顔をした後、話は済んだと先ほどの女性が囲むテーブルへと戻る八寸だが、ふと思い立ったように頭だけを傾けて振り返るとナギに伝言を伝えるよう投げ掛けた。

 

「小僧に言っときな。ヤンチャが過ぎると山姥に折檻されるぞってね」

 

それが自分で可笑しいのか、カカカッと軽快に笑いながら酌をされながら酒を呷る。周りのホッパー達もこれで騒動は終わったかと何食わぬ顔で打ち上げを再開し、1人置いてけぼりになったナギはとりあえずこれ以上長居してイチャモンを付けられては困ると、もう一度だけ頭を垂れてからバーを後にする。

 

「…随分丸くなったねえ姉御も」

「はっ、単なる年寄りの冷や水…婆のお節介さね。それよりも今回は随分と大人しかったじゃないか。……東海最強の外販【種砕き(ナッツクラッカー)】?」

「アハハッ、ちょいと別件があって忙しかっただけですよ。先代」

 

そんな新旧揃い踏みのテーブルで2人は朝日が昇るまで、昔話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

side 本店

 

「ふんふ〜ん♪ やっぱり白上さんとは話が合うなぁ」

 

今作戦におけるオペーレーターの役割は終了後の処理にあるとばかりに本店の社員達は忙殺されていた。撃破スコアの確認、損傷破損に伴う補填項目の手続き、報酬支払いの窓口と期限を設定など多岐に渡る書類仕事が山積みであり、参加人数が多いだけに猫の手も借りたいと悪戦苦闘していた。

 

しかしそんな中で新入社員であるクレナイに仕事を教えながらや押し付ける訳にもいかず、結果的に彼女だけが時間を持て余す状態になっている。

クレナイは先輩社員達には申し訳ないと思いつつ、下手に手伝うのも禁止されているので幾らか一人で時間を潰した後。ダメ元の気持ちで白上マコトに通信してみるとちょうど気を紛らわせたかったと快諾されてDT関連の話を持ちかけた。

 

どんなDTが好きか。

ラガー式とエール式の魅力について。

人型ロボットのロマン。

DTに限らずメカ関連の話題。

 

普段誰にも打ち明けられないニッチな趣味であるロボオタクのクレナイは、自分の話を聞いてくれるどころか積極的に会話を弾ませてくれる白上マコトとは馬が合うらしく、連絡先まで交換する仲になった。表向きは社交的な性格だが、プライベートになるとどうしてもインドアな性格が顔を出す彼女にとって、初めて出来たお友達はワクワクが抑えられない位に大切で、今回の新人研修を終えて海上都市に帰還してもお話が出来ると上機嫌だ。

 

喋りすぎたせいで喉が渇いたクレナイは割り当てられた仮眠室から出ると自動販売機を目指して深夜の通路を渡り歩く。

 

「…それにしてもビアガーデンって凄いなぁ」

 

巨山の如く聳える大樹はただ巨大であるだけではなく幹の剛性は金属資材すら上回り、空母3隻、軽空母1隻、固定フロア3層を重ねた東海陣営のテリトリーである中層エリア全ての荷重を受け止めている。

 

対する西海陣営の上層は遠近法がおかしくなったような枝葉に包まれて詳細は秘匿されているが、一国を賄えるだけの設備や人員がそこかしこに配置されて宛ら独立国家のような強権を持つ魔女の庭園そのものらしい。

 

窓から見えるその威容に改めて感嘆するクレナイだったが、ふと先ほどまで話していた相手が待機している駐機場に視線を落として気が付いた。外販の殆どが下層の共通スペースで打ち上げを行なっている中、その場にいるのは白上マコトしかいないはず。しかしその乗機であるチェイサーを挟んで2人の人物が対峙しているのを目撃したのだ。

 

「あれは…アザレア課長と……魔女の、エリザベート・フォーゲル……!?」

 

褪せた花の名を持つ女と、鷹の銘を戴く女が一触即発の雰囲気で向き合っている。

 

 

 

「こんな場所に何用かな【雷霆】の魔女! トイレか!」

「…下品な女め。気品も優雅さも足りない」

「ハッハッハッ! 糞みたいな匂いがしたので勘違いしたようだ。許せ!」

 

煽るアザレアの言葉に、鉄面皮のまま怒りを燃やすエリザベートだったが互いの立場と現在地の関係を考慮して短気を起こすようなマネはしなかった。

隻腕のアザレアは成り上がりで本店に勤務する叩き上げのエリートだが、それはただ単に優秀だからという訳ではない。むしろその優れた資質が何故、外販という野に放たれていたのか分からないほど卓越した鬼才なのだ。

その実力は間違いなく東海陣営のトップ3に位置し、マトモに戦えば機体性能差でエリザベートが勝つであろうが、無事では済まないと理解していた。

 

「退け。私達の間に貴様のような邪魔者は必要ない」

 

だが、それとこれとは話が違うとばかりに手は出さないが敵意を剥き出しにする。

エリザベートの両隣に浮かび上がるのは球体型のドローンが2機。浮遊しながら周囲を旋回し彼女を守る姿は古来から伝わる魔女の使い魔のようだ。

 

「うむ! 見た目に反して血気盛んだな! そんなに死にたいか!」

 

対するアザレアは早撃ちの仕草でサブマシンガンを取り出して照準を相手に合わせる。自身の機体と同じロングマガジンに込められた弾頭は全て人体を傷付ける事に特化したホローポイント弾で、こちらも殺意が漲っていた。

 

グラスに注がれた飲料が表面張力でギリギリで持ち堪えているような均衡の間に挟まれたチェイサーだが、外の様子は知らないとばかりに無言を貫き仲介に入る様子は無い。

 

このままでは忍び込んだ身として時間が惜しいと考えるエリザベートは忌々しげにアザレアを見つめながら言葉を吐き捨てる。

 

「何故、邪魔をする。貴様がマコトに固執する理由を私は知らない」

「ほう! 不思議な物言いだなエリザベート・フォーゲル! 魔眼対策はしているのに何を読み取った!」

 

アザレアは胸元から掛けている社員証…に偽装した金属プレートをワザと揺らす。それが何なのかエリザベートは判断がつかないし、興味も無いが、言葉通りユミルの効きが明らかに悪くなっている。

 

「私一人相手に随分と手間を掛ける」

「謙遜はよせ! お前のせいで我が社がどれだけ損害を被っていると思う! 対策改善は企業の常だ!」

 

エリザベートが背負う西海最強の名は伊達ではない。

魔眼によって一対一ではまず勝てず、多数で囲もうとしても事前に察知されるか穴を突かれて味方が障害物と化すジレンマ。

しかもあろう事か専用DTプロージットは唯一《十二機神のコピーに成功》した空戦型であり、領海領空を軽々と乗り越えて神出鬼没に災害を撒き散らす悪夢の象徴だ。

 

表向きは人類同士、そして女性によって統一された現在の地球は《平均的な権利と意志》というスローガンの元。東海と西海は共に手を取り合う関係を国民にアピールしている。しかし、一皮剥ければ利権や支配圏を奪い合う旧時代から続く争いはモンスター出現から200年経っても終わる気配を見せない。

だからこそ出る杭を、目障りな相手をいち早く除外したいと考えるのは至極当然の結果と言えるだろう。

 

「…そうか。なら好きなだけ無駄に足掻け犬。飼い主から貰った玩具でな」

「ハッハッハッ! そうやって油断していられるのも今の内だぞ魔女よ!」

「…どういう意味だ」

「簡単な話だ! チェイサーに構ってばかりで周りが見えていないだろう! ーーー白上マコトは私も目を掛けている。一年以上前から、それこそ熱烈にな」

「………そんな筈は無い。貴様は所詮、ルートも存在しないチュートリアルだけの存在だ」

 

物理的に場の空気が冷たくなるとはこの事だろう。

瞳を閉じているエリザベートの表情は明確に窺い知れないが、凍るような怒気を孕んでいるのは簡単に見て取れる。両脇を固めるドローンはその感情に呼応するようにバチバチと帯電し始め、当初の互いの立場から遠慮するという考えは地平の彼方に飛んでしまったようだ。

 

「ククク…ハッハッハッ! 報告は本当だったな! あの、エリザベート・フォーゲルがこれほど執心しているとは実に興味深い! いや! 白上マコトならば話は分かるぞ、アレは逸材だ!自覚がないのは困りものだがな!」

「モブ風情が…マコトの名を口に出すな」

「ふむ…チュートリアルにルート…それにモブか。先の言葉尻を捉えるようだが…やはり何かあるな、白上マコトに」

 

雷鳴一閃。

ドローン二機から放たれた電光はアザレアの脳天と心臓を狙い撃ったが、先程の金属プレートが身代わりを務めるように輝いて砕け散った。その後の静寂にアザレアは尚も笑う。

 

「まぁ好きなだけ恋愛ごっこで腑抜けるがいい、最強の魔女よ。その間に後ろも隣も全て伽藍堂にしてやろう。そして…最後にアイツを殺すのは私だ!」

 

どこまでも余裕を崩さないアザレアの態度。物怖じしない口から出るのは愉悦に塗れた嘲り。

彼女は知っている。白上マコトの強さを。

彼女は知っている。絶対に勝てない戦いに赴いて勝利を掴んだ怨敵の強さを。

彼女は知っている。その強さに、エリザベート・フォーゲルが惚れている事を。

 

おかしな影響を受けた物言いは気になるが、それよりも憎い相手が雁首揃えて獲物になるとは何たる僥倖か。

今はまだ、白上マコトを狙う事は出来ない。最強の魔女を打ち破り双方を相手取るには準備が圧倒的に足りず、まず外堀を埋める必要があった。

 

最初に嗾けたのは意図的に群れである事を隠匿した岩殻亀の討伐依頼。エリザベートがどこまでの範囲を監視しているか参考になった。

 

次に仕向けたのは今回の掃討戦で勝負を持ち掛け、外販達に注目される事。勝ち負けは最初から考慮しておらず何の条件も提示しなかったのはそのためだ。これでチェイサーに構う有象無象が多くなり、必然的にエリザベートの目を逸らす事が出来る。

 

また事故に見せかけて研究所に近づいたなど、適当な罪をなすりつける事で首輪を付ける作戦もあったが、山が燃えるわ、犯人の車輪を秘匿するよう上層部から指示が飛んでくるわで、こちらはお流れになってしまった。

 

(だが、着実に作戦は進行しつつある。魔女会に送り込んだスパイも良い仕事をした。このまま推移すれば…)

 

片腕を失ってまで生き恥を晒した甲斐がある。

あの時以降…そう、新人研修の一環でDTの模擬戦を行い初心者相手に惨敗を喫した時から、胸に燻り続ける熱い情動は今尚収まる気配は無い。他者が認めなくとも己が最強という自負を砕かれたアザレアは寝ても覚めても脳裏を掠める、怨敵のあり得ないDTの機動を思い返して歯噛みし、繰り返し、想いを馳せる。

 

短気に任せて殺す事も出来た。追い詰めもした。しかしその度に加速度的な成長を見せる怨敵に謎の期待感が芽生えて泳がす選択を取った。なぜそんな気持ちを持ったのかは分からない。強い感情を表す方法を殺意でしか示せない精神の歪みを自覚しながらも、彼女は己を矯正しようとは思わない。

闘争こそが人間の本懐だと、ありのままの姿だと確信しているが故の想いが、初心者であった怨敵の白上マコト。そして本店に所属する者として排除すべきエリザベート・フォーゲルを捉えて離さない。

 

 

 

 

 

だから、エリザベートは笑うのだ。

 

 

 

 

「ッッッ!?」

「その猪口才な板が割れた瞬間に見えたぞ。…やはり貴様はヒロインたり得ない」

 

瞳を閉じたエリザベート。感情の起伏が少ない表情筋。だが、明らかに彼女は笑って、嗤って、安堵する。

 

「私とマコトは結ばれる運命は変わらない。他の可能性がいくら広がろうと全て排除すれば、マコトは必ず振り向いてくれる。何故なら私達は既に通じ合っているから。マコトはこんな私を識ってなお、近づいてくれたのだ。ならそれは両想いに違いない」

 

捲くし立てる言葉の羅列はいよいよアザレアにとって意味不明な物言いへと加速する。

 

「そうだよなマコト。安易な赤組ルートに入らずワザワザ危険な私を最初に選んでくれたのはそういう意味だものな。あぁ大丈夫だ、マコトが意地悪をしない限り勝手に心を読んだりはしないよ。安心して…ふふっそういえば昨日は久々に肌を触らせて貰ったが、やはり婚前に、はしたない真似をして後悔しているよ今度埋め合わせをしよう。次はどうする? マコトのチャート通りなら旧トウキョウで資金稼ぎか? それともタイム短縮を狙って問屋から限定ミッションでも引き出すか? いやいっその事、このまま西海に来るのはどうだろうかオリジナルチャートになるが私が僚機として立ち会えば全てが上手くいくぞ。でも困ったなマコトは束縛は嫌いだから最悪閉じ込めれば済むと思っていたのに最近は周りが騒がしいからなそっちを先に排除しておこうか」

 

多弁症と疑うような言葉に流石のアザレアもたじろぐしか無い。狂気的な雰囲気でありながら、それは花を恥じらう乙女のような純粋で無垢な想いを兼ね備えた矛盾した感情。エリザベートは先ほどまでの怒りはどこへやら。一通り呟き終えるとクルリと反転して踵を返した。

 

「…ッ! 怖気付いたか!それとも白上マコトを諦めたか!」

 

その言葉に、首だけをギュルリと回して向き直す。

 

 

「誰にも、マコトは、渡さない、永遠に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




SR: 暗夜のテクスタイル+

モーラのカスタムDT【シュバルツ】が装備していた夜間戦闘用の外套。静音性に優れた素材に軟質の金属繊維を織り込んでいる為、斬撃属性に対して高い防御力を持つ。
更に白上マコトに付いて来た老研究者の手により、表面に対魔法用のメッキが蒸着されて白い色合いへカラーチェンジし、魔法防御力も向上している。

これ以降、チェイサーの標準装備となる。


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中級ミッション 遅滞防衛作戦
革新的試作兵器【パックルガン】


クレナイ さんより 一件 メッセージが届いています。

 

耳に入ってきたのは軽い電子音。とある理由でチェイサー内で待機していた俺はメールが届いたのを確認してビックリする。

既に連絡先を交換し合った仲とはいえ、お姉ちゃん以外の女の子から通信を貰うのは初めてなので緊張してしまう。

どうやら掃討作戦以降も旧ニホン列島で研修を続ける事になったらしく、また会う機会があればよろしくお願いしますとの事らしい。それと今は昼休憩なので簡易掲示板で話しませんかというお誘いも含まれていた。

 

(うーん…あんまり好感度を稼ぐとフラグ管理がややこしくなるから避けたいが、既読スルーってのは心にクるらしいからな…まぁ一回くらいなら誤差だな誤差)

 

キーボードを叩いて了承の意思を伝えるとクレナイもモニター前だったらしく、すぐさま反応が帰ってきた。

 

クレナイ:こんにちわ!

マコト:こん

クレナイ:急なお話持ちかけてごめんなさい。迷惑じゃ無かったですか?

マコト:いいやちょうど仕事が受けられなくて暇だったしな

クレナイ:? 体調でも崩されたんですか

マコト:DTがほぼ大破して修理中

クレナイ:その件はそのすみません

マコト:そっちに非はないから

クレナイ:でも私が目を離さなければ被害は減らせたはずです

マコト:当事者が大丈夫といってるので大丈夫。気にしない。はい終わり

クレナイ:でも

 

その後も謝罪やら補填したいだの申し出てくれたが、流石に責任感を持ちすぎだと諌めて強引に話を打ち切って気を紛らわせる。…決してこれ以上掘り返されると放火の罪をパンジャンドラムに着せた罪悪感に心が耐えられないという訳では無い。…決して。

 

クレナイ:そういえばこの前の板挟みは大丈夫です?

マコト:板?

クレナイ:えっと作戦終わりの駐機場でうちの課長と雷霆の魔女さんがチェイサーの前に居た件です

マコト:………まじか

クレナイ:もしかして気が付いてなかったり

マコト:あー所用があって少し離れてたからその時か

クレナイ:え!? DTから降りる時があるんですか!

マコト:いや風呂とか散髪とか、普通に乗り降りはするよ。姿はまぁ事情があって見せたくないけど

クレナイ:へー意外です

 

白上マコトとして発見されるのは大問題だが、一般人に変装して外出する事は偶にある。この世界じゃ特別な理由が無い限り、男性は去勢を済ませなければ社会に出れないという恐ろしい取り決めが存在するので当初は怯えて必死に隠していた。

しかしどうやら長く社会的常識として去勢が浸透した結果、男性器を確かめる検査はほぼ形骸化して問題でも起こして注目されない限りは大丈夫のようだ。

逆に名前が売れてから男性という存在が明るみに出れば、まず間違いなく有無を確認されてチョン切られるので絶対に正体は明かさないが…。

 

「そういや、だいぶ髪も伸びてきたな…」

 

外出といえば、散髪までは自分で思い通りカット出来ず放置気味なんだが、もみあげや眉辺りの産毛まで長くなると不快感を覚えるタイプなので定期的に信頼の置けるホッパーの一人にお願いして整えて貰っている。

人畜無害な性格かつ顔をマスクで隠しても詮索してこない気遣いの持ち主には感謝の念が絶えないが、どうしてか髪を切る長さを控える傾向があるせいで俺の頭がロン毛みたいになっているのだけは文句が言いたい。いくら五分刈り程度で良いと注意しても笑顔ではぐらかされるので絶対面白がってるだろアイツ…。

 

その後もクレナイと当たり障りのないメッセージのやり取りをしていると、程なくしてあちらの昼休憩が終わったらしく、また話しましょうと締め括られた。

 

 

そんな社交辞令でも童貞は気があると勘違いするのでやめて欲しい。

 

 

とは言えず、こちらも楽しみしていると社会人の反応を返してモニターから離れる。

 

「こっちもそろそろ昼飯を済ませるか」

 

お金がないので贅沢は禁物。コクピットに常備してある真空パウチされた特売品のゼリーを取り出して、無感動に啜りながら栄養だけを摂取する。

因みにだが、この世界の食事は基本的に調整食と呼ばれるゼリーの塊や錠剤タイプの食べ物ばかりが好まれる。女性社会なので映えや繊細な見た目を気にした食事が多いと思いきや、健康や美容の観点からと、料理という行為そのものが前時代の搾取される女性の立場を連想させるとして手料理の文化が廃れたらしい。

 

転生した身としては早くこの文化に慣れなければと思うが、やはり日本人はオカズを頬張って米食ってなんぼの種族だからなぁ…。今は亡き両親も同意見だったらしく、ブーアに攫われる前は毎日一汁三菜を欠かさず用意してくれたものだ。

 

「……もっと早くここがD.T:Ⅱの世界だと気付けば助けられたかもしれないな…」

 

元の木阿弥、後の祭り、万事が塞翁が馬の如し。

こんなクソッタレの世界で両親から愛を注がれて育つという得がたい幸運を、前世の記憶から当たり前の権利だと思い込んでいた過去の自分を殴りたくなる。空になったパウチをゴミ箱に捨てて、さてどうするかと思案したところで、途中まで進めていた掃討作戦における収支報告が目に入ってしまう。

 

あれだけ苦労した油蝮の討伐。一般ホッパーの優に10倍の戦果を叩き出した俺の懐事情は……。

 

 

 

 

 

 

 

大赤字である。

 

いや勝手に付いて来た爺さんの口調を真似た訳じゃないが、本当に赤字まっしぐらで懐が寂しいってレベルじゃない。

 

ゲーム時代では豪華報酬目白押しのBOXガチャイベント。こちらでは油蝮掃討作戦として受注した仕事は、アクシデント続きで思うような効率狩りが出来ず、目標の半分を超えた程度で終わってしまったと言える。

それだけならまだ報酬の目減り程度で済む話だが、問題なのはチェイサーの損害状況だ。

 

・右腕:大破

・左肩:基部まで届く損傷有

・装備:全てロスト

・全体:何か諸々の反応が鈍い

 

そんなズタボロもいい所の、スクラップ寸前まで追い詰められた我が愛機は激怒する船長の指示で強制的なオーバーホールへ突入。今は旧トウキョウ地方を目指した海岸線沿いで一時停泊しながら修理の真っ最中だ。

連日のように運送屋から送られてくる修理部品とその伝票を見ていると、吐き気を覚えるレベルで金額が上乗せされていく。

一つ一つは既存兵器と比べて安価に違いないが、チェイサーは型遅れの年代物なので取り寄せるにどうしても値段が張ってしまう。

 

こんな事なら、より安価なエール式に乗り換えた方がお得に感じるが、世の中はそんなに甘くなかった。

確かにDTは導入コストが低いのが売りの一つなのだがこれは原価に限った話であり、製造元と提携した企業しか安値で購入する事は出来ない。

個人がDTを所有する場合にはライセンス料、DT特許使用権、年単位の損害保険、固定資産税など。形にならない料金が大量に発生するからだ。

よっぽど資産に余裕が無ければ俺のように、DT関連の業務を一手に仲介する問屋から借金をこさえて半奴隷生活を強いられてしまう。

 

そんな中での実質的な出撃不可。つまり稼ぎ口が無いにも関わらず、修理費その他諸々によって資金が枯渇し掛かっている訳だ。音声変換機能? そんなお金どこにもありませんよ…。

RTAならリセット前提でゴリ押しながら先に進めたのになぁと思うが嘆いても仕方がない。次に受ける仕事を吟味しておかなければ…。

 

「おーい大将、テストはどうなってる! 返事くらいしろ!」

「我輩の発明が素晴らしすぎて感動に打ち震えている可能性が無きにしも非ずなのであるな」

「あん? 爺さんよ、あんなトンチキな装備を勝手に作って放逐されないだけでもありがたいと思えよ」

 

そんな中、通信から聴こえてきたのは船長とあの時の爺さん…今はドクターを自称する老研究者が喧嘩腰で会話している音声だ。

真面目な船長とフラフラとした性格のドクターは正反対の気質で気が合わないらしいが、根っこが技術者という共通点から致命的な仲までは発展していない。

…男同士で男を取り合うとか、俺は本当に百合ゲーに転生したのだろうか…?

いやそもそも百合とは…恋愛とは…

 

………少し現実逃避してしまったが、現在の俺は筑摩の甲板上で修理中のチェイサーを使った新装備のテストを行なう為に待機している最中だった。

 

膝立ちで構える愛機の左手にはDTという先端技術の集大成が持つには相応しくない、古びた機構の武器が携えられている。

 

リボルバーバリスタ・ディフェンス

 

ドクターが寄せ集めの廃品から作り上げた自動装填機能付きのクロスボウで何故か6発装填の回転弾倉が採用された、見るからに色物とバグパイプの音色がする代物だが、何故こんな物を作ったのかは心当たりがある。

 

ラガー式の弱点に、通常の銃火器の扱いが不得手というのがある。

これは旧式故にOS及び照準システムが未成熟で、エール式に標準搭載されている頭部センサーと武器を連動させる自動ロックオン機能が無い事に由来する。

だったらアップデートすれば良いだろ、な話になるがラガー式は既にサポート対象外になっているのでメーカーに依頼したとしても改造を施しようが無いのだ。

 

しかし、ドクターはソフト面に強い研究者で年寄りのせいか現役時代のチェイサーについても精通しており、独自の照準システムと連動する武器を作り上げてしまう。

 

…普通にライフルにしてくれと頼んだが、それでは浪漫が無いと却下された。誰が雇い主か分からせたいが現状、システム関連を弄れるのはドクターだけなので泣く泣く要求を飲み、しかし性能を直接見ないと納得出来ないと船長に突っ込まれて今に至る訳だ。

 

「見るである! モンスター素材を応用した弦に鉄杭を装填した勇姿! 初速こそクロスボウ機構であるが、その分反動が少ない上、鏃後部に推進ロケットを追加して長距離射撃をも可能にした素晴らしき科学の結晶! お望みとあれば鏃を特殊合金化したダインスレイ…」

「それで問題点の照準はどうなってる」

「逸るな逸るな、である。マコマコよ、コクピット内に追加したバイザーを装着してモードに切り替えるである」

[…了解]

 

さてはて、どうなる事やら。

色物なのは間違いないが、武器自体はゲーム時代に存在していたので不具合は無いはず。というか、あのパンジャンドラムと同系列に位置するシリーズ作るとか関係者どころか張本人じゃねえか。

船員ガチャは初期に加入するキャラクターしか覚えてないから油断してたわ…。有能っぽいけどSSRか? でもデメリットとして紅茶をやたら要求してきたり、勝手に機体を弄くり回すので差し引きでSRくらいかもしれない。

そんなRTAの弊害で知識が偏っている事を自覚しながらバイザーを頭に取り付けて起動スイッチを押す。

すると。

 

 

「………おぉ!? こ、これはまさか…」

 

思わず声が出る。

そこに映ったのはかつて目に穴が空くほど見慣れたUIの数々。これD.T:Ⅱのゲーム画面とまったく同じだ!

照準のグリット表示や、画面隅に並んだ現在の耐久値、武器の残弾数、選択されている武器の名前。レーダーの索敵範囲など、今まではコクピット内の様々な箇所に設置されていた機器を見渡しながら操縦していたが、この一画面に無理やり全てを盛り込んだ雑多なUIこそゲーム時代に慣れ親しんだ画面そのものだ。

こんなサプライズがあるとは…ドクターってまさか有能なのでは?

 

「マコマコが感嘆の声を上げている気がするのであるな。えっへん」

「なぁにがえっへんだ。外付けの照準システムの為にバイザーを付けたら他が見えねえってんで、全部を画面にぶち込みやがってよ。んなもん見難いに決まってんだろが……ん? 監視員、何が起こった」

 

ヤバい。懐かしすぎてテストが楽しみになってきた。かつての楽しかった記憶が蘇り、思い出に浸ってしまう。

 

「モンスターの群れ? いやスタンピードだと!? 何処から来る!」

「ほう…筑摩の前方、1800m付近であるか。種類は苔猪? 山岳地帯が生息地域の筈であるが何故に海岸線まで?」

「確かに妙だな……おい、レーダー以外に目視でも確認しろ!」

 

うーん、早く撃ってみたい。

弾も安価に手作りできるらしいし、ちょっとだけ試し撃ちしよう。そうしよう。

 

「む? 先頭にDTの反応であるか。これはもしやモンスターに追われているでは?」

「多分な…相手にゃ悪いが、今のこっちは片腕のチェイサーしか戦力にならねえ。助けには入れねえな」

「筑摩の艦砲を使えば良いのである」

「それは爺さんがこの武器作るのにバラしやがっただろうが!!」

「…てへ☆」

 

よおし目標は適当に合わせて…おっ、仮想敵の表示まで出るのか、実にチュートリアルっぽくて良いな。そこに狙いを定めて……よし、命中。

 

「お、おい…大将?」

「マジであるか……この遠距離から当てた?」

 

いいね。弾道の反りも最低限で実に癖が無い、流石チュートリアルだ。今のでコツは掴んだから連続で狙ってみるか。

 

「観測員! 向こうはどうなってやがる!?」

「は? 2発目以降は全てヘッドショットとか…まだ撃つつもりであるか!?」

 

やっべ楽しくなってきた。

使うつもりが無かった予備の鏃も持ち出して仮想敵の反応全てを消すつもりでどんどん射撃する。今までが近接縛りだっただけに妙にテンションが上がってしまう。

 

「なんだ…大将は何がしたいってんだ? 仕事でもねえ無報酬の人助けだぞ」

「あるとすれば…逃げるDTに縁があるとか? 吾輩そこまでは知らんであるが」

「こっちにも分からん…だが無意味にぶっ放してる訳じゃないはずだ」

「というか、規模が小さいとはいえスタンピードを一人で殲滅する勢いなのである…」

 

む? もう撃ち尽くしたのか。

仕方ない。今日はもうおしまいにしよう。

 

[…これで…終わりだ]

「なに? まだモンスターは残って…」

「み、見るである! 群れが反転して撤退していくのである」

「……そうか! 苔猪は群れのボスを先頭に他を従える生態だからそいつを狙ってた訳か」

 

え、なに何の話?

 

「なぁるほど、まずは数を減らして動きを観察していたであるか。しかも逃げるDTに被害が及ばないよう排除しながら。そしてボスを守ろうとして動く流れを見定めてからの必中必死とは…さすマコなのである!」

 

???

 

あぁ、仮想敵のシチュエーションの話をしてるのか。ドクターはともかく船長まで乗り気とは…実は仲が良いな?

なら、後は任せて今回のテスト結果を踏まえた新武器について大いに語り合って貰おう。

 

[…後は…任せた]

 

内部ガレージへと帰還すべく身を起こすとシュバルツから拝借した外套が風でなびいて頭部モニターを覆う。これ重りでも付けないと邪魔でしょうがないな…。片腕で大きく振るいながら外套を退けて今日の仕事は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げて…! 一緒に逃げるのじゃ、アンネ!」

「……チャイカ…様」

 

そこは焦熱地獄だった。

 

元々経年劣化で崩壊しかけた廃棄都市だったが、今は全てが真っ赤に燃え盛る炎で囲まれた紅蓮の世界へと変貌している。

 

コンクリートやアスファルトは焼き爛れて異臭を放ち、鉄骨や信号機などの鋼材は見るも無残に変形し出来損ないの飴細工のように首を垂れて原型を留めない。

視界だけでもその惨状だというのに、少しでも耳を澄ませば入ってくる音は人の呻きと絶望の大合唱。死にたくない。助けてくれ。根源的な死への恐怖に支配された人の叫びが其処彼処から響いてくるのだ。

 

「妾のソンテならまだ動く…! だから、だからアンネだけでも一緒に…ぐすっ…動けぇぇ!」

 

そんな地獄の中で一機のDTだけが傷ついた姿でありながら五体満足の状態で動いている。

金色のカラーリングに装甲の至る所から飛び出る棘や鋭角のツノ。これが平時であれば威風堂々とした王の姿に見えなくもないソレはボロボロになりながらも目の前の瓦礫に押し潰されかけたDTを救おうとしていた。

 

「無駄で御座いますよ…。奇跡的にあの悪魔から難を逃れたようですが、チャイカ様のソンテだけでは瓦礫を押し返しても、砕けてわたくしに降り掛かるだけでしょう」

「だからって見捨てられないのじゃ! 妾…チャイカにはアンネが必要なの! だから諦めないで! サーヤが死んで…もうこれ以上は…!」

「……こんな時まで貴方は…」

 

二人ともう一人を始めとした集団が襲われたのは、ほんの一時間前の出来事だった。

彼女達は廃棄都市No.03旧トウキョウを根城にする山賊集団…白上マコトが表すならば黄組と呼ぶ団体だ。

遺伝子操作によって顔立ちの平均水準が引き上げられた世界であっても、尚も可愛さと美しさを兼ね備えた絶世の美を持つ少女のチャイカを旗印に、多数のファンが集まって出来た巨大なファンクラブのような存在である。

 

側近でありマネージャーのサーヤと、ボディガードのアンネ。実質的にこの二人によって運営される黄組は西にも東にも組しないレジスタンスのような風体をしているが、その実はチャイカという商材を利用した営利目的の集まりで末端のファンはともかく、側近二人は彼女を慕って側に付いている訳では無い。

 

だからもし、この団体が解散するような事態に陥ったならば金だけ持ち去って自分だけでも逃げる手筈を整えていた。

 

(実際はこんな目に合うとは…これが天罰というものでしょうか)

 

アンネは出血の酷さから朦朧とする意識の中で、自分達の真意に気付かず己を助けようとする仮初めの主人にほんの少しだけ…人生で初めて心からの謝罪を口にしようとした。

 

どうせ助からない。だから貴方だけでも逃げてください。

 

そう口にするつもりだった。

 

だが、次の瞬間。アンネが見たのはソンテが黄金の機体色以上に輝く姿と全身から生えるように現れた光の御柱による威光だ。

 

(こ…れは…)

 

柱はソンテが持ち上げようとしていた瓦礫の下から再度生成されると、その全てを取り零す事なく支え切る。

 

「やった…! チャイカ頑張ったよアンネ!」

 

幼い少女は集中し過ぎて何が起こったのか理解していないらしい。先程からアイドルの属性として付け足した妾口調が剥がれているのがその証拠だ。対して目の前で起こった奇跡のような現象に、失いかけていた意識が体の震えと共に沸き立つのを覚えるアンネ。

 

「チャイカ様…貴方様は本当に…」

 

祖国の王家伝来で伝わる蔵から強奪同然で持ち出した詳細不明のDT。それがこんな力を秘めているなど誰が思おうか。彼女の血筋といい、何か運命的な繋がりに生きる為の気力が僅かに燃える。

しかし失血による眠気は彼女を蝕み、強制的に意識を閉ざしてしまう。

突然返事が途絶えた事により焦るチャイカだが、まだ存命である事を機体のバイタルチェックで確認し、自壊し掛けたDTからコクピット部だけを丁寧に剥ぎ取って両手で抱き抱える。

 

「もう少し…もう少しだけ辛抱してねアンネ!」

 

脱兎の如き速度で燃える都市から離脱を図る。道すがらには自分を慕って集まってくれたファン達が助命を乞うように呻き声を上げているが、それは決してチャイカへの言葉ではなかった。死の間際になって正気に戻ったからではなく、この地獄を生み出した相手に命乞いをしているのだ。

 

黒煙と炎柱が照らす遥か上空で宙に座す一機のDT。藍色のソレは輝く羽根を振り翳し、魔法の雨を降らせて破壊を齎らす。

 

この行為に何の意味があるのか。

 

それを知る人物はまだこの世に二人しか存在しない。故にこの凶行は空に浮かぶDTのホッパーに対して、東西関わらず強い懸念を抱かせるに等しい行為なのだが、当の本人はまるで気にした様子は無い。

ただ絶対的な強さで君臨し、不必要な邪魔者をただの私欲で排除しているだけなのだから。

 

その閉じた瞳は逃げ去る黄金の機体を認識しているが、とあるイベントが発生しなければただの暗愚だと切り捨てて、廃棄都市を完全に破壊し尽くす事に集中する。

 

選択肢を狭め、愛しい相手から自分を求めてくれるようになるまで、彼女の破壊は止まらない。

 

そして、運良く逃げ切ったチャイカは行く宛もなく彷徨いながら早くアンネに治療を施したいと直感のままに西へと進み、そこで運命的な出会いを果たす。

 

途中でモンスターの群れに襲われ、逃げるままに走っていた所に遠距離からの狙撃が命を救う。見惚れるような射撃精度とソンテに近づく苔猪を的確に排除する隙のなさ。やがてその全てを撤退に追い込んだ救いの主は、歩行型艦船の甲板からこちらを一目確認すると、はためく外套を押さえつけるように手を振ってこちらに来いとジェスチャーをしてくれる。

 

「助かった…助かるよアンネ! あの人はきっと良い人だよ!」

 

唐突な絶望に叩き込まれて消沈していた所に、この救いの手にどれだけ感謝を述べれば良いのだろうか。

 

チャイカは幼い心に芽生えた絶大な信頼を、まだ見ぬ相手に抱くのだった。




シュバルツ

魔女会に三人在籍する筆頭魔女モーラが駆るカスタムDT。
西海陣営のハイエンドモデルである【ヴァイツェン】をベースに改造が施され、魔法触媒も兼ねたハルバードを武器としている。
高い基本性能に斬撃打撃魔法と隙が無い構成だか、固定武装が一切無い上、予備の武器もない為ハルバードを失うと大幅に戦力が低下してしまう。
姉妹機にキキの乗る【ヴァイス】が存在。


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歩行型双胴戦艦【扶桑・山城】

今回は意図的に今までと矛盾している箇所があるのでご注意。





クレナイ さんから 5件 メッセージが届いています。

 

白上マコトはメールボックスに僅かに溜まったメッセージ全てに対して返信すると、チェイサー内のコンソールを操って筑摩内の監視カメラにアクセスする。

映し出されるのは船員のプライベートを阻害しない共通エリアに限定した映像だが、広範囲に渡って配置されたお陰で不審な物を見落とす心配は無い。その中でマコトがカメラのチャンネルを合わせたのは、数日前に筑摩へ流れ着いた二人の女性が寝かされる医務室だった。

 

自身の部下ともいえる船員の福利厚生に気を使うマコトはこの辺りの整備もキチンと配慮しており、医療品や設備は一般水準以上に整えてある。

怪我による失血症状で気を失っていた女性に対して医療員が適切な輸血と治療を施し、もう一人の少女は心身の激しい衰弱と助かった安堵から気絶するように寝てしまったので、点滴を打って様子を見ていた。

 

そうして、ようやく目を覚ました両人に対して簡単な事情説明を行った後、治療を担当した医療員と聴取の為に立ち会う船長、部屋の外には万が一の鎮圧用に警備員が4名待機してこの場を迎えている。

ちなみにドクターは少女が乗っていた黄金のDTに興味津々らしくこの場どころかガレージに篭りっぱなしだ。

 

「…んじゃまずは自己紹介でもして貰おうか、お二人さん」

 

乱暴な質問を浴びせる船長だが、その態度は明らかに不機嫌である。

何故ならここ数日、彼女達の目立ちすぎるDTを内部ガレージに格納した関係でチェイサーが甲板上に追い出されてしまい、修理が一向に進んでいないからだ。そして今も機体と共に風に吹かれながら待機しているマコトを思うと当たらずにはいられなかった。

 

筑摩のガレージ容量は輸送機の瑞雲を格納する仕様とチェイサー用の各種外装を収めるラックがスペースを取ってしまい、同系の重巡洋艦と比べてかなり小振りな間取りになっている。なので致し方ないとはいえ闖入者の為に雨晒しで外に出て、割りを食っているのは気にくわないらしい。

 

目覚めた二人の内、怪我を負っていた方は助けられた身でありながら周囲を囲むのが男性しかいないのを確認すると悪態を返した。

 

「礼儀がなっていませんね。せめて同格の女性を出しなさい」

「お生憎と、この船にゃあ女様は一人しかいねえよ。んでうちの大将はそこから見てるぜ」

 

くいっと指で指す先には天井四隅に設置された監視カメラ。小さな駆動音を立てて女性側に向きを変えると内蔵されたスピーカーから合成音声が流れる。

 

[…体調は…問題ない…ようだな]

「えぇおかげさまで。貴方が白上マコト様で間違いありませんね?」

[…あぁ]

 

まずは探るような挨拶。

事前に説明を受けていたが、本当に姿を現わす気が無いと知り、戸惑いよりも警戒心が強くなる。

外販ホッパー、白上マコト。その名前はチェイサーという旧式のDTに乗っている事から一部界隈では二つ名のように知られているが、人前に姿を現さない事も含めた話はそれほど広がっていない。

しかし、借金を負うのが常である外販の身でありながら単身で重巡洋艦クラスのガレージを保有するという、多大な債務リスクを背負うだけの実力と自信はあるのだろうとアンネは推察する。

 

僅かに気に入らないのは、見ず知らずの相手に無償で治療を施すお人好しさに加えて拘束すらしていないこの始末。外から数名の気配がするが、曲がりなりにもボディガードの役目を仰せつかっていたアンネが本気を出せば簡単に制圧出来る人数だ。

表向きは人類平等女性平和の世界で、裏側の泥を啜って這いずり回った経験がある身からすれば、チャイカのように甘い人種による指示だと眠り込む前は思っていただろう。しかし。

 

「まずは最大限の感謝を。チャイカ様共々、治療を施して下さり誠にありがとうございます」

「あ、ありがとうございます!」

 

釣られるように幼い少女も返事を返して、寝ながらではあるが一礼の所作を欠かさない。そこには純粋な謝意しかなかった。

 

[…構わない…人助けも…世の常だ]

(………も、で御座いますか)

 

まさか本当に親切心だけで助け舟を出した訳ではあるまいと、言葉の節々に気を使うアンネ。先の悪魔による襲撃で文字通り無一文のすっからかんとなった現在では、せっかく心から仕えようと思える相手になったチャイカを守る手段が乏しい。どうにか機嫌を取って援助を引き出すか、それとも以前のように時間を掛けた内側から……。

 

「あの! チャイカはえっと、名前がチャイカ・オブ・ヨー…じゃなくて! わ、妾の名前はチャイカ・グレートブリテン・テムジン! 偉大なる祖先を持つ王族の末裔じゃ!」

 

「「……」」

 

「…チャイカ様。ここは身分を繕う場面ではありませんよ」

「うぇっ!? だって初対面の挨拶が大事ってサーヤが…」

「あのアマ……いえ、失礼致しました。…改めまして、わたくしの名前はアンネリース。こちらのチャイカ様に仕えるメイドで御座います」

「メイドだぁ?」

 

確かにアンネが最初に着ていた服装はフリルやエプロンドレスが付いた衣装だったが、給仕係といえば男性となったこの世では非常に珍しい職業で船長が不思議がるのも無理は無い。

そんなリアクションにピクリと眉を顰めるも、マコトの音声が割って入るように場の雰囲気を堰き止めた。

 

[…旧トウキョウを…根城に…している…き…組織の…トップと…側近…だな]

「ご存知でしたか」

[…何かと…目立つ存在…だからな]

「目立つ……なるほど」

 

やはり前々からマークされていた。そう解釈するアンネ。

 

「それで大将? この女性様が自然に目を覚ますまで事情は聞かない話だったが、もういいな」

「事情って…何の事?」

「お嬢様方が何でモンスターに追われて、スタンピードから這々の体で逃げてたかだ」

「あぅ…それは…」

 

そこは単なる自分のミスだと言い出せず、口籠るチャイカに対して詰め寄るような口調を浴びる船長。しかしそこは問題では無いとマコトから止めが入って、アンネに本題に促す。

 

「わたくし達が何故単独で逃げていた理由ですか…。そうで御座いますね、お話致しましょう」

 

アンネから語られた内容は一言で言えば、天災としか形容が出来ない被害と理不尽さだった。

 

自分達は旧トウキョウを拠点とした正規非正規問わないホッパーの集まりであり、組織立って動く事はあっても正式に契約や賃金の受け渡しを行うなどは管理していない、悪く言えばならず者の集まりだという。

本来ならば、そんな寄せ集めの集団はいつ瓦解してもおかしくない筈だが、チャイカという愛くるしくも人を魅了する少女を信奉するという目的を共通させ、異様な結束を生んで組織としての体を保っていたらしい。

 

チャイカの為に(山賊紛いの)稼ぎを行い、チャイカは皆のために愛想を振る舞う。

 

前時代のニホン文化に存在したアイドルという概念を、期せず復活させた彼女の人気は留まる事を知らず、当初はトウキョウ区内の電波施設一つを占拠して歌や踊りを配信するだけだったのに半し、今では23区全てを傘下に収めて広域放送を行う迄に成長した。

 

配下のホッパーは200人を超え、所有DTも同数以上。側近2人にはカスタムDTを配備するだけの資金的余裕もあり、更には本拠点にしていた歩行型双胴戦艦【扶桑・山城】は長距離砲撃特化した艦船で、旧トウキョウ全てを射程範囲に収める恐るべき性能だった。

故に同地域に引き篭もってしまえば例え本店のDT部隊であろうとモンスターの大群であろうと押し返せるだけの戦力を誇り、正面からの力押しで負けるとは思いもしなかった。

 

「おいおい…するってぇと何だ。それだけの戦力を潰せるようなデカい組織に襲われたって事か」

「違いますよ髭」

「髭だぁ!?」

「わたくし達の組織を潰したのは《一機の空飛ぶDT》です」

 

苦虫を潰したような顔のアンネ。ポカンとする船長。悔しそうに俯くチャイカと話が盛大すぎて付いていけない医療員。一様に言葉を失うがただ1人だけは淡々と言葉を発した。

 

[…おね]

「…おね?」

 

マコトから飛び出た謎の単語。しかもその一言から妙に間が空いて不審がる皆だったが数分の後に、何事も無かったように話は続いた。

 

[………西海陣営の魔女だな]

「え、えぇ…。空戦型のDTとなればあの【雷霆】以外にありえません」

「ねぇアンネ、その事なんだけど…本当に間違い無いの? 空を飛ぶだけなら輸送機を使えば良いし、その人にチャイカ悪い事してないような…」

「わたくし共の悪評は幅広いので、いつ襲われてもおかしくありませんでしたよ」

「え」

「それにしたって都市を壊滅させたのが一機だけとは思えねえな…。本店の空挺部隊って言われた方がまだ納得出来るぜ」

「はっ! あの悪魔を目にしてないからそんな事が言えるのです。あれは…あれはもはやDTの範疇を超えて異常ですらありました。戦艦に備え付けた対空防御兵装による弾幕すら全弾回避など…化け物以外なんだというのです」

 

突然現れてからの無警告爆撃。チャイカの取り巻き以外にも、人が集まれば様々な商売を行う人間もまた集う場所には、一般人や問屋などの企業勤めも複数紛れ込んでいた場所だ。そこを一瞬にして地獄と化した凶行による被害規模は甚大すぎて検討も付かないらしい。

 

少なくとも双胴戦艦は完膚無きまでに破壊し尽くされ、取り巻きのホッパーはほぼ全滅。理由はどうあれ彼女達が住む関係で復興しつつあった廃棄都市が再び沈黙したのは間違い無かった。

 

「…逃げるDT一機を匿う筈が、とんだ大事じゃねえか。こんなもん…世界戦争の火種もあり得る話だろ」

「えぇ今度は明察で御座いますよ髭。ここ旧ニホン列島は今や世界のど真ん中。旧ユーラシア大陸と、旧アメリカ大陸に挟まれた橋頭堡。そこでの無差別攻撃がどれだけの意味を秘めているのか。…西海の魔女は本気で戦争を起こすつもりなのでしょう」

 

例外として、インド洋を中心としたモンスターの魔窟【アジア諸島】は未だ人類による再踏破を拒み続けて様々な種類が跋扈する危険地帯に指定されていた。一説にはモンスター同士が苛烈な縄張り争いと日々繰り広げて危険なガラパコス進化を促すのではという懸念もあるが、実際問題として上陸は不可能。

辛うじて人が住める島は旧ニホンと、僻地となってしまったオーストラリア大陸のみである。

 

一時期はかつての人民大国が、旧チョウセン半島の国境線沿いを核弾頭の爆撃によって吹き飛ばし、陸続きの地形を無理やり海にして自国の島にしようとしたが、結果は中途半端に終わり、余波の放射能汚染と河川が干上がった事で死の大地と化しているので近づく事は出来ない。

 

それらの関係から元より旧ニホン列島は、冷戦の最前線。現代のバルカン半島。など火種には事欠かない状況だった。

そこへこの事件である。

 

「世界大戦の前座にお二人様の組織が選ばれたって話か…。話が急すぎて付いていけねえな」

「あ、あのぉ…マコトさんに指示されて最近のニュースを調べていたんですが、そのトウキョウの件。どこにも情報が流れていないみたいなんです」

「なんだと?」

 

沈黙していた医療員が持っていた資料を掴み取ると情報を精査する船長。

確かに都市一つが半日も経たずに壊滅するという大ニュースにも関わらず、どの情報媒体からも不自然に関連記事が見当たらなかった。

 

いったい何が起ころうとしているのか。

 

漠然とした不安感に包まれる医務室内でマコトだけが再び話を進める。

 

[…その話は…置いておく…として]

「大将…置いとける訳ねえだろ。下手すら匿った俺らまで巻き込まれる可能性が」

[それはない]

 

いつもより早いレスポンス。そしてその言葉は断定に満ちていた。

 

[…悪いが…命令だ…詳細は抜きで…とにかく…2人の処遇に…ついて…話をしよう]

 

押し黙る船長。あくまで自分は雇われの身。個人的な感情と感傷で贔屓目にマコトと接しているがそれが雇い主からの命令であれば従う他は無い。

だが何かを庇うような、意図的に真意を隠している雰囲気が気に入らないと勝手に退室してしまう。そしてそんな場所で1人で居られるかと医療員も部屋を出て、残されたのはチャイカとアンネだけになった。

 

「……なるほど。ここから先は内密なお話という訳で御座いますね」

[え]

「? 白上マコト様?」

[…いや…何でもない]

 

まさか立会人が居なければ話も出来ないという訳ではないだろう。むしろ女性水入らずの方が話しやすい筈だとアンネは思う。

 

「それでお話というのは」

[……あぁ…その…何だ………匿う代わりに…条件が…ある]

「でしょうね。見ての通りの素寒貧で御座いますが、何をお求めになられるのでしょう」

[……まずは…チャイカ]

 

名指しで呼ばれてゴクリと息を飲むチャイカ。助けて貰った相手のためなら何でも出来ると内心決意している彼女だが、次の一言に頭の処理が追いつかなかった。

 

[…君には…俺の…《妹》に…なって貰う]

 

「ーーーはえ?」

 

[…それと…アンネリースは…もう1人の…姉役だ]

 

「謹んで拝命致します、御主人様」

「アンネ!?」

 

予想外すぎる提案に混乱の極みにあるチャイカと、とてもスムーズに了承するアンネという正反対の態度。

 

この取り決めが一体何になるのか。

少なくとも悪い目には合わないと安心する両人とは更に正反対にマコトは苦渋の決断を強いられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ハードモードの黄組ルートを避けるためとはいえ、こうするしか…いや本当に良かったのか…?」

 

自然と視線が渦中のトウキョウ方面へと向かう。

何でこんな所にチャイカとアンネがいる上に都市が滅んだとか言い出すんだ…。ルート未確定の状態とはいえ、原作に無い展開はチャートが壊れるのでやめて欲しい。

 

しかもその犯人が お姉ちゃんだなんて、ありえないに決まっている

 

これではいけないと、咄嗟に黄組ルートの恋愛テーマである《初心な恋心》とはかけ離れた、家族として接するよう要求してしまったが失敗した感が物凄い。下手に好感度を上げると覚醒イベントのフラグになるから注意しないとだ。既に拠点壊滅で一つ分のフラグが解放されてるしな。

 

万全を期すなら今はまだ誰にも存在を知られていない十二機神の【ソンテ】を破壊しておきたいが、マトモな方法じゃ傷も付かないし、解体するにしてもブルーマスター級の研究者がいないと出来ないから無理だな。

もし可能なら色々と装備バグを利用して悪さを考えたが今はそのまま放置するしかない。

 

そういやゲームだと確か、アイドル活動をするチャイカのスキャンダルを防ぐ為にボディーガード兼女同士の恋人役を任されてシナリオが進むんだよな。最初は妾口調で高飛車だけど、本心は幼気な少女で尽くす系。前半とのギャップで、ここだけはD.T:Ⅱの評価ポイントとして名高い。

ただまぁRTA的にはイベント数が多い上に東西の陣営を相手にしなくちゃいけない難易度ハードなルートだからマトモにプレイした記憶が無いんだよな。比較的簡単な赤組と安定すれば一気に安泰な青組と比べるとどうにも走る気がしなかったので知識が浅い。

 

「でもお姉ちゃんの邪魔になるなら…」

 

とてもとても頭が痛むが、きっと気のせいなので、ちゃんと今だけの家族として接しないとな。

 

「そうしないと……そうしないと、なんだ…? 何が悪いんだ…?」

 

どうにも油蝮討伐前後から体調が優れない。

余りに寒気がするのでビアガーデンでは外に出て気晴らしをしてしまったが、あまり効果は無かったようだ。

 

「とりあえず、原因究明じゃないがこのままトウキョウに向かうか…ついでに隠し金庫を開けて貰って資金の足しにしないとな」

 

最近はどうにもゲームのようにはいかないが、この世界でもアイテムやドロップ情報は変わらないはずだ。溜め込んだ黄組の資産を頂いておこう。

食い扶持が一気に3人も増えてソンテというDTまで付いてきたら流石に資金稼ぎをしないと破産してしまう。

トウキョウで仕事を受けて何とか安全圏まで金を確保しないとな…!

 

 

 

 

 

 

 

 

筑摩付近・揚陸偵察艦【あきつ丸】

 

「駄目アルね…チェイサーの奴、数日前からずっと甲板で見張って隙が無いね」

「しかも見慣れない射撃仕様ッスか。的を絞らせない為に外套も羽織って準備万端って感じスね」

「アイヤー。油蝮であれだけ損傷しながらもう復帰出来るとか、予想外も良いところヨ」

「ふふん、マコトを甘く見てはいけないッスよ!」

「いや誰の味方アルかお前」

 

真っ黒なステルス塗料と流線型のボディに覆われた一隻の艦船が、海岸線を歩く筑摩の姿を捉えていた。

その中には怪しげな日本語を話す女性と、本店に所属するホッパー、クリムゾンことクリムが操縦室の望遠カメラで肩を並べながら目標を捉えていた。

 

「さしずめあれは【弓兵形態(アーチャー・スタイル)】っスね。見えてるクロスボウ型の武器だけでもヤバそうな雰囲気ッス」

「頭の方アルか?」

「はぁ!? マコトの事だったらぶっ殺すッスよ【鴨撃ち】!」

「じょ、冗談! 冗談アルから! 拳銃を仕舞うヨ!」

 

いきなり血走った目で銃口を突きつけられて

焦る、鴨撃ちという二つ名持ちのホッパーは必死で無害をアピールして後退る。

 

(ひえぇ…小遣い稼ぎで問屋サンの紹介を受けたアルが…とんだストーカーね…)

 

問屋専属のホッパー【鴨撃ち】。

 

危険な陸地に赴き、商談を成立させる事が多い問屋の業務において護衛を務める役目はホッパーに一任されている。その中でも多大な戦果を挙げ、多くの外敵を特殊なスナイパーライフルで仕留めてきたのが専属契約を結ぶ彼女である。

 

ちなみに特に中華系の出自という訳ではない。

 

基本的に問屋からの指示でしか動かないのだが、拝金主義者で隙あらば金稼ぎを欠かさない性格も相まって、折角の休暇であろうと割りの良い仕事にはすぐに食い付いてしまう。今回も問屋からの紹介で本店に勤務する社員から僚機としての指名を受けたが、まさか《ストーキング》に付き合わされるとは思ってもみなかった。

 

「ちっ…次に失礼な口を聞いたら、どうなるか分からないッスよ」

「承知仕ったヨ!」

「だったら監視に戻るッス。…あぁ…マコトに悪い虫が付く前に早く排除しないと…」

 

彼女らが乗るあきつ丸は偵察目的で新造された艦船であり、陸上への強襲揚陸機能を合わせ持つ為、内部にDTを二機搭載している。

スペースが限られている為、出撃しなければ身動きが取れないが各種センサーが船体と連動しているので索敵範囲はとても広い。

 

「急に東へ移動したと思ったら、甲板で警戒する謎の厳戒態勢…。何か…何かあったんスねマコト…アタシには分かるッスよ…!」

「それだけの理由でワタシは呼ばれたアルか…」

「女の勘って奴ッスよ鴨撃ち。マコトは完璧で完成されたホッパーッスけど、周りが足を引っ張って才能を活かせない可哀想な子なんス…アタシがちゃんと管理してあげないと…」

 

今度はウットリと虚空を見上げて悦に入るクリム。

岩殻亀戦でも見せた神業的技量と作戦。

ベクトルは違うがマコトへの執着を見せるアザレア課長に取り入って間近で観察したが、やはり素晴らしい人材だと心から想う。

マコトは覚えていないかもしれないが、新人研修でその課長を打ち破る瞬間に立ち会ったのが全ての始まりだった。

 

一刻も早く監禁…手元に置きたい彼女はあの手この手でニホンに出向し、スケープゴートにスカーレットを仮初めの班長に据え置いて捕獲の機会を伺っているが、今のところその気配すら感知されているのか、一向に隙を見せてくれない。

前回で基地に誘った時はでかしたと思ったが結局マコトが来る事は無かったので、クリムからスカーレットへの評価は右肩下がりのままである。

 

「それでこれからどうするヨ? あと2日で契約は終わりアル。いくらお給料良くても本職は外せないネ」

「分かってるッスよ。万が一の場合に備えて、正体を隠して狙撃する目的で雇ったんスから何事も無ければ帰っていいッス」

「だったら監視のお仕事はお任せしたいアル…」

「アタシは一日、五時間はマコト部屋に籠らないと体調が崩れるんス。その間くらい仕事するッス」

「30秒毎にチェイサー越しの撮影も仕事か?」

「当たり前ッス」

 

鴨撃ちは偶然見てしまった彼女の自室。ーーー 部屋全面に貼付された1枚の隠し撮り写真を見て心底恐ろしい相手だと思っている。

引き伸ばしたり、拡大したりで画像は荒いがチェイサーから姿を現わす白上マコトが収められた貴重な画像との事だ。

 

…といっても、それは手首だけ。人相などは全く分からない。それでもクリムはその画像を大切に保管し、自分を配置したコラージュ加工や、予想イラストを絵師に依頼したりと1人で二次創作に走って妄想を掻き立てている。

 

本当は筑摩が定期的に排出するゴミ類からマコトの私物や、それに類するアレやコレも収集したいらしいが、《何故かマコトに関する私物は一切外に出てこない》ので、困っているらしい。

 

(サッサと帰りたいネ…)

 

絶対に気が合わない今だけの雇い主に引きながら、ここ数日代わり映えのしない監視カメラからの映像を見るが、ふと変化を感じ取った。

 

「ん?」

「どうしたッスか」

「あ、いや…気のせいアルよ」

「………(ガチャ)」

「拳銃は駄目ヨ!? えっとその、変な方向を見てる気がしてね、きっと偶然だヨ」

「…具体的には」

「その……トウキョウ方面…アル」

「……今、情報規制がされてる地方ッスか」

 

つい先日、本店からの指示で詮索しないようお触れが出た曰く付きの廃棄都市。

マスコミはおろか本店、魔女会ですら対処にこまねくという異常事態の場所へ何故注視するのか。白上マコトという人間を過剰に評価するクリムは気になって…気になりすぎて、本店のデータベースに躊躇なく不正アクセスする。

 

「……物凄く嫌な予感がするヨー…」

 

血眼になって操作する内、どうやら気になる資料を手に入れたらしく爪を噛みながら呟く。

 

「やっぱり本店側で情報が堰き止められているッスね……それと本社からニホンへ直通便…? 積荷は不明…いや総重量から逆算すればこいつはDTッスね。…担当者はたぶん偽物…」

 

映し出される資料データには隠蔽工作を示すような回りくどい認証項目がいくつも用いられており、正規の手順で輸送されている訳では無いと推察出来る。

 

「【超重駆動兵器(メチル)】の【アルバコア】まで居るッスか…。しかもDTは輸出仕様のモンキーモデルじゃない正規品の【バドワイザー】。それをカスタムした特殊機体…ピッチフォーク? 何かの隠語ッスかね…。ん、作戦名?」

 

次々と出てくる不穏な単語や情報に何かが起ころうとしているのを肌で感じる。

 

そしてそれを代弁するするように一連の本店の動きを纏めた資料の作戦名及びタイトルがそこには記載されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《魔女狩り》

 

 

 

 

 

本来ならば、ゲーム終盤のイベントが形を変えて始まろうとしていた。




D.T:Ⅱ Q&Aコーナー

Q.オンライン対戦でインド洋がマップに表示されなかったり、参加出来ないミッションがあるのは何故? バグ?

A.インド洋は所謂ラスボスの城で、侵入するにはストーリーモードクリアで解除される実績【夜明けの引き金】が必要です。それにより世界各地に【神話級モンスター】が解禁されるので参加出来ないミッションはそのためです。
余談ですが、オンラインモードはストーリーモード終了後の世界線なのでネタバレが嫌いな人はまずそちらを先にクリアしましょう。


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旧トウキョウ チヨダ方面 半径30km

年末年始が忙しいので暫し停止です。


筑摩内部ガレージ

 

クレナイ さんから 12件 メッセージが届いています。

 

「…多くない? いや女性同士ならこれぐらい普通なのか?」

 

よくよく考えてみれば女性との文のやり取りとか前世合わせてもほとんど無かった。あったとしても業務連絡や掛け声くらいなもので、マトモに言葉を選んでキャッチボールをするのは始めての経験だ。

内容は完全にロボオタクのソレなので返事に詰まったりする事は無いが、最近は「お返事待ってます」「もう寝てしまいましたか?」「既読しましたよね」など直接会話に関係無い催促が増えている気がする…。

 

良くも悪くも自分の性別を偽る生活を続け、更にはバレないよう他者との接点を謹んできたので、ここに来て女性同士の暗黙の了解というか、普通の感覚?が解らなくなってきた。というか偶に出てくる月の物って何だろうか? ムーンレイス? サテライトシステム?

 

「御主人様。お目覚めの時間でございます」

「……悩みすぎたな」

 

溜まったメールをちょっと怯えながら処理していたら結構な時間が経過していたようで、チェイサーのコクピット前にはメイド服に身を包んだアンネが礼儀正しい所作でモーニングコールにやって来た。

別にそれぐらいなら通信で良いし、何なら必要ないと一度は断ったのだが、彼女曰く。

 

「メイドとして働く以上、主人に尽くすのは当然の義務です」

 

と譲らない。

 

チャイカと合わせて仮初めの姉妹関係を結んで貰ったので、ある意味俺ともそういったフランクな繋がりで接してくると思いきや、これには少し意外で驚いた。

 

あぁでも、かつての主人であるチャイカに「アンネお姉ちゃん?」と呼ばれたらヤバい顔つきでハァハァ言い出したので、彼女なりに自制の意味を込めて主従という一線を引いているのかもしれない。

 

他の船員に対しても男性ばかりという事で、顔はゴミを見るような侮蔑の表情をしているが男所帯の輪を乱すような真似は今のところしていない。

俺が一応の主人として厳命したのもあるが、チャイカに男女で態度を使い分ける二面性を見られたくないのが本音だろう。

 

[…おはよう]

「おはようございます。それでは朝食の方をお運び致しますので少々お待ち下さいませ」

 

バターブロンドの柔らかい色合いをしたロングヘアーのうなじを掻き上げ、インカムから指示を飛ばすアンネ。

うーん…絵になるな。

最近は定期的に頭が痛いしボーッとしてしまう時間も増えたので、こういった目の癒しは実にありがたい。…ベタだがメイド萌えなんだよね俺。D.T:Ⅱをプレイしていた時も有料DLCでいいから衣装追加が欲しいと要望を送った事もある。いやーあの頃は若かった。

 

程なくしてカラカラとコクピットへ繋がる移動通路を通るワゴンの音が大きくなってくる。

現在のチェイサーはいつもの定位置である内部ガレージで再び修理作業中なので、一々食事を届けに彼女達が甲板に出る必要は無い。

 

逆にガレージから追い出された居候のDTソンテといえば、そのままだと無用な誤解や怨みを買うので急遽製作した外付けのカーゴ…とは名ばかりの棺桶型の箱に入れて筑摩の艦橋に立て掛けてある。

これで空きスペースを確保できたのは良いが何分応急処置に過ぎず、鎖でグルグル巻きにしたので吸血鬼でも封印しているかのようなビジュアルになってしまい、やたら怖い。

艦砲も半分に減ったし、俺の筑摩は一体どこに向かってるんだ…。

 

「ヘイ、スタップ! マコトさんのご飯はナギのお仕事デスよ!」

「違うもん! マコさんのお世話はチャイカがするの!」

 

ワゴンの音が間近に聴こえてきたので頭部モニターの視界をズラすと、通路の途中で似たような背丈の2人が顔を突き合わせて言い争っている。

 

[…またか]

「で、御座いますね」

 

その場で待機していたアンネが溜息を吐きながら、それでも若い2人の喧嘩を微笑ましく見ているようだ。

先の通り、この世界では普通の男性軽視の思想を持つ彼女だが、ぶっちゃけロリコンというか性癖がペドフィリアなのでナギが無礼な態度を取ってもセーフ判定らしい。

ちなみにチャイカの方は完全に箱庭生活の純粋お嬢様なので、偏見というより男女の違いすら分かっていない節がある。

 

なので双方の《少年少女がメイド姿》でも突っ込む者がいない。

 

やったぜ。

 

「今日はマコトさんの大好物、シラスのかき揚げマフィンなんデスよ!」

 

「こっちだって、頑張って目玉焼きを10個焼いたもん!」

 

[…先に…今日の予定…を…頼む]

「承知致しました」

 

このままではいつまで経っても食事以降の行動をこなせないのでスケジュールの確認を取った。

アンネは大掛かりな組織を曲がりなりにも運営していた元側近なだけに資金管理はお手の物で、流石にいきなり貯蓄や銀行口座を触らせてはいないが現在の収支情報や借金の返済プランなど上手く組んでくれて非常に優秀な所を見せてくれている。

 

ただその彼女から見てもやはり「もっと稼がないと破産します」と忠告されたので、今は事件があった旧トウキョウ中央に直行するのではなく、オオタ区を経由して彼女の裏金金庫を目指して進んでいる。

 

この知識はゲーム時代の物なので、本当は俺が知るはずがない隠しアイテムの情報だ。現地に着いたら偶然を装って回収するつもりなのだが、近づくにつれて遠回しにルート変更を提案してくるので少し面白い。悪いがあと3箇所も頂いていきますよっと。

 

「御主人様。キチンと聞いておられますか」

[…すまない…もう一度]

「……雇って頂いてから日が浅い身ですがご忠告申し上げます。体調管理にはもう少しお気を付け下さい」

[…大丈夫だ]

 

いやいや今は普通に気が逸れてただけだし、特に問題はない。頭痛だって慣れればきっと普通に過ごせる。

 

「…今日の予定はいくらかキャンセルしておきますので、身体をお休めしますようお願いします」

[…大丈夫だ]

「いいえ。ここはメイドとして譲れません」

 

むぅ…。我慢すれば頑張れるのだが、どうにも女性に睨まれると下手に出てしまう。この辺も改善していかないとな…。

 

その後、結局2人分の朝食を何とか平らげると流石に何もしないというのは性に合わないので、こっそりドクターに作って貰ったシュミレーションモードで射撃の腕を磨く。…今回はちゃんと現実と見分けが付いているから安心だ。

 

バイザー越しの懐かしい視界にかつてを思い出しながら無心で的を狙い、トリガーを引き、武器の癖を体に染み付ける。

どうやらクロスボウに苦手意識を持っていたのは単なる食わず嫌いだったようで、慣れればライフルより扱いやすい。

 

給弾時の隙や弾数制限もスピードローダー型の矢筒があるのである程度カバー可能だし、弓と同じ機構のお陰で無駄に静音性も高い。

ただまぁ弱点があるとすれば、鏃の種類によって弾道がメチャクチャ変わるので、それに慣れないとマトモに扱えない辺りはある意味ゲーム通りで面白い。

これなら専用弾倉を追加して機関銃のように連射出来る改造も可能なので今度正式に依頼してみるとしよう。

 

……そういや最近ドクターの姿を見ないがどこで何をしてるんだ?

 

《ーーー 大将。少し良いか》

 

気になる事を考えていたら、船長から通信が入った。大事でなければ通信は切るようにアンネが指示していたので、それなりのトラブルが発生したようだ。

 

《トウキョウ方面なんだがな…ちょいと望遠カメラを回すから見てくれ》

 

バイザーを外してモニターを通常モードに切り替えると筑摩から送られてきたリアルタイム映像がコクピット内に映り出される。

 

廃棄都市No.03.旧トウキョウ

 

23区からなるかつての首都は、200年という荒廃の年月を経る事である程度の荒廃は予想していたが、曲がりなりにも最も人口密度が高い地域だっただけに一部の建造物の強度は非常に高く、ランドマークも幾つか残っていた筈なのだが…。

 

[…バリケード…いや…検問所…か]

 

トウキョウ地方をグルリと囲むように配備された目立つトラテープとポールが乱立し、一定間隔でエール式DTの代名詞【バドワイザー】が警備を行なっているようだった。

 

まだ距離が遠いのでハッキリとは視認出来ないが、全てのDTに特徴的な赤いラインが入っているので本店の手によるものだと分かる。

 

……あれ? 警備用DTに紛れてゲーム時代に見慣れた上に、つい最近仕事を一緒にした真っ赤なDTが所在なさげにウロウロしてるんだけど…。

 

東西及びモンスターが跋扈するニホン列島は、ビアガーデン以外の所有地や不当な区画管理を認めていないので、この警戒態勢はかなり強引な手段に出ているはず。

人員の数も凄まじそうだから急遽、駆り出されたのかもしれない。相方のクリムゾンもいそうだがこの場に姿は見えなかった。

 

思ったよりも切迫した状況の現場に思わず喉が鳴る。

黄組壊滅事態はゲーム時代でも発生していたのである程度楽観視していたが、よく考えれば時期が早過ぎる上に、犯人と思わしきお姉ちゃんの動機が分からない。直接会って聞くのが手っ取り早いが、何日もあそこで待ち構えているだろうか。

 

こちらの情報は黄組の断片的な記憶と逃走時の状況報告だけ。

バリケード周辺にはこの緊急封鎖で立ち往生を余儀なくされた他の歩行型艦船の姿もチラホラ見える。

 

【鈴谷】に【不知火】【セントルイス】【クリーブランド】までいる。ん、あれは…うわ【金剛】までいるじゃん! ガレージ艦船基準だと最高性能だからいつか欲しいと思ってたが…ゲームじゃないから先に買われるのも当たり前か。比叡や榛名の姉妹艦でも良いが、やっぱネームシップって特別な感じがして好きなんだよね。

いったい誰が所有してるんだろうか…。

 

甲板にやたらゴチャゴチャした装備のDTが佇んで、ポンコツデレさんの赤いDTを恫喝しているように見えるんだが、あそこで何が起こってるんだ。

 

《大将。たぶんバリケードや艦船に目が行ってる思うが、俺が言いたいのはもっと先の景色だ》

 

先…?

 

言われて映像を広角に移すと確かに、あからさまな異常が広がっていた。

 

これは確かに予想外すぎる。

 

[…街並み…そのものが…無い?]

《あぁ、メイドの話じゃ復興途中で建造物もそれなりにあったらしいが、チヨダ方面を中心に殆どが更地になってやがる》

 

自動車が通るアスファルト道路も、摩天楼のように聳える高層ビルも全て砂になってしまったかのような空虚っぷり。真っ平らに整地された建築現場のように何も存在しない砂だけの異質な空間が数キロメートルに渡って広がる。

かつて黄組の本拠点である双胴戦艦が鎮座していた場所はその面影を一切排除し、まるで古代の闘技場みたいな円形で刳り抜かれていた。

 

そして何より異質なのは、その直上。

 

晴天の空でチヨダ区だけを覆う巨大な積乱雲が王者の如く君臨している。

幾重にも渦を巻く暴風を纏い、時折発生する稲光が黒雲を迸り周囲に畏怖を撒き散らす異常気象。

局所的なタイフーンによる風の壁はぶ厚く、その中央にナニがいるのかは一見したところで何も分からない。

 

だが、この世界で俺だけはその正体を知っている。

 

だからこそ、ありえない。

【アレ】だけは絶対にありえない。

 

目の前に映る天変地異の光景を、ゲーム時代に何度も煮え湯を飲まされた極悪イベントがこんな序盤に発生する筈がないのだ。

 

《どういう理由でああなったのか俺には分からんが、とにかく近づくべきじゃねえ。…舵を切っていいな、大将》

 

いや…それはどうなんだろう?

 

一見、危険そうに見えるがアレでは無いはずだ。ーーー きっと大丈夫に違いない。

 

「ッ……そうだ、ありえないんだから。何も悩む必要は無いじゃないか」

 

再び軋む頭の痛みを我慢して考える。

 

船長からもっともな意見が出るが、ここで踵を返しても何の収入にもなり得ない。借金がキツい事情は向こうも承知済だが悪くいえばアチラは雇われの身で、俺が破産しても雇い主を変えれば済む話になってしまう。

 

しかし、俺は破産して生活が困窮する事よりも当初の目的である《機神舞踏祭》を生き抜いて、あわよくば人類の大量死を防ぎたいと思って行動している。

自分の性別以上に誰にも明かさない、話したところで理解もされない転生者の義務のような目的は良くも悪くも俺の原動力だ。

 

多少のリスクは飲み込んで行動しなければ先には進めない。そうでなければ前世でも、本来の主人公にも、そしてこの世界で俺を守って犠牲になった両親にも申し訳が立たない。

 

そのために、偶然出会ったとはいえゲーム時代で最も強力で味方になるヒロインに近づいて、一騎当千の戦力を手に入れようと会話を試みて…そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー あぁ…ようやく見つけた」

 

その時、既に何かサレていた。

チェイサー越しの会話といえど、相手の心を的確に把握するような言葉を選び続けてご機嫌を伺うなど、今になって思えば不審でしか無かっタのに。

 

だからおね……彼女が警戒するのハ当然で、一度は殺され掛けたりアクシデントはあったがソレを選択肢ミスだとか、乱数が偏ったなんてゲームみたイナ言い訳をして良好な関係を急ぎすギタ。

 

 

 

「私の、私だけの理解者を」

 

彼女…エリザベート・フォーゲルは俺の心を読んだ。

不審な態度ハ何がゲンインなのか探るタメに。

そこで何を読み取ったのか。ナニヲ知ってシマッタのか。それは分かラナい。

 

タダ一つだけ、ハッキリしているのは。

エリザベートは俺という異分子ヲ認知シタ事で必要が無かった感情を、切り捨てられた感情を、その感情だけを知ってシマッタ。

 

 

 

 

 

 

 

「愛の存在を」

 

 

 

 

 

「ぐぅゔゔ!!?」

 

突然の脳髄を焼くような痛みに呻き声を上げるマコト。

 

同時にホッパーのバイタルサインを示す計器類が異常を感知して、赤の警告表示となって緊急停止コマンドが起動した。

しかし、万が一にも異常を察知した外部の人間がコクピットに近づかないよう意図的に外部への出力を切っていたのが災いし、一人のたうち回る。

 

[沢avwp368かのゆ]

《……大将?》

 

痛みから逃れる為に暴れた際、キーボードを弾いて謎の単語が発音されてしまうがそれに構う余裕が一切無い。ただ一人、孤独に苛まれながら割れるような痛みに耐える。

 

脳を犯す大量の情報と記憶の数々。

まるで今までの半生を強制的に早回しで閲覧させられるような知識の洪水が、ただの人間であるマコトの脳内処理能力を遥かに超えて押し込まれる。

 

本来、人の記憶は時間経過で劣化して脳の記憶野を圧迫しないよう忘却のセーフティが掛けられている。しかしこれはその機能を無視した、まるで心をコピー&ペーストされるような丸写しの感覚。

 

当時の心象や忘れた筈の詳細までハッキリと再生されて感情が追いつかない。

その強制的に深層心理を書き換えるような現象に抗う術はどこにも無い。

世界最強の魔女が使う魔法に、ただ転生しただけの人間が抗うなどあり得ない。

 

 

 

「ーーー さぁ、時は来た。特等席で私達の門出を祝おう」

 

「あぁ……やっトお姉チャんの声が、ハッキリとキコエル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筑摩甲板上・ソンテ仮置き場

 

「ねぇねぇドクターさん、チャイカのお願い聞いてくれた?」

「ん? また来たであるかチミっ子。お代は先に頂いたであるから、ちゃんと仕事してるである」

 

艦橋の影からコソコソと隠れるように、筑摩内の船員で最も年の離れた二人が密談を交わしている。

 

「チャイカね、何か嫌な予感がするの。だからね少し急いで欲しいなって思って」

「ふぅむ…チェイサーの修理を優先したであるから、今すぐは流石の天才と言えど無理であるからして」

「そこを何とか…何卒お願いします!」

 

慣れない言葉遣いを使ってまで急かすチャイカを見るドクター。

いつもなら惚けて自分の意見を押し通す彼だったが、健常な親子関係がまだこの世界にあれば孫ほどに歳が離れた相手に無体を働くのも気が引けて、らしくない安請け合いをする。

 

「仕方ないであるなぁチミっ子。とりあえず動かすだけなら直ぐに出来るであるが、性能はお察しであるぞ?」

「! ありがとうドクターさん!」

 

花咲く笑顔を向けられて、ガラではないと照れるという珍しいドクターの一面。さてもう踏ん張りするかと、こっそり立て掛けてある巨大な箱に忍び込もうとして異変に気付いた。

 

「ぬぬ? 出撃警報? まだトウキョウの外縁にも達していないであるが…」

「うわっ、マコさんのDTが出てきた!」

「テスト中の【弓兵形態】で何をするつもりで……いかん!」

「きゃあ!?」

 

誂え直した白の外套に身を包み、赤黒い錆止め塗装の頭部だけを露出したチェイサーがクロスボウを片手に甲板から飛び降りる。

 

その余波で巻き上がった強風から身を呈して庇うドクターと怯えるばかりのチャイカはその姿を呆然と見つめる事しか出来ない。

ドスンと地響きを立てると無言のままトウキョウ方面へと駆け出すのはいったい何故なのか。

 

歩行型重巡洋艦【筑摩】は無言で離脱した主人を追って、渦中の場所へと歩を進める。

 

そして、

海から監視を行なっていた一隻の偵察艦も釣られるように進路を同じにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間前。

旧トウキョウ湾・近海

 

人工的に拡張された海の玄関口の奥底で、息を潜めて潜伏する巨大な影と、使い捨ての潜水装備に包まれた50機のDTが小隊規模で気を伺っていた。

 

《チェリー1より、ワダツミへ定期連絡。機体状況を報告せよ》

《こちらワダツミ。本体及び牽引の装置に問題無し。……そろそろツキジでこいつもご機嫌ですよ隊長》

《ヒュー! サッサと魔女のクソをネギトロに変えてスシパーティでもやりましょうよ》

《チェリー1より、チェリー2.チェリー6。私語は慎め。そしてツキジは中央区方面に存在した海鮮販売所であり、作戦のチヨダ区には該当しない》

《マジレスありがとうございます、隊長!》

《?》

 

ドッと隊員達から笑いが起こるが意味が分からない隊長は、訝しみながらも作戦を遂行する。

 

民間軍事会社、通称《本店》において社長直属の特務部隊である彼女達に下された命令は《【雷霆】の魔女を討伐》するというシンプルかつ世界の軍事バランスを変えるような内容だった。

 

作戦前のブリーフィングでは隊員達に動揺が走ったが仕事であれば従わざるを得ないと、明らかに説明不足な事態の推移を聞き流して海上都市からニホンへと直通で赴いた。

 

《表向きの理由》は中立緩衝地帯であるニホン列島内において、突如として民間人を含めた無差別攻撃を行ったエリザベート・フォーゲルに対する報復と牽制行為である。

 

通常時は西海陣営最強の存在である彼女を庇う為、魔女会と呼ばれる組織が東海陣営の政治機関へ働き掛けを行い、責任管理問題を有耶無耶にしてきたのだが今回に限り、それがいつまで経っても届く事はなかった。

 

万全を期するなら、魔女会からの連絡を待って取引に持ち込むのが常道なのだが、東海陣営一の曲者、国家の軍事顧問も兼ねる本店の社長はこの気を逃す手は無いと首脳陣に対し進言。突然の事態に動揺していた彼女らを嘲笑う。

 

「君達〜ちょっと臆病過ぎじゃなぁい? 俺はさぁ常々言ってたよね? 【雷霆】がやらかすのは時間の問題だから備えとけって。時は金なり、タイムイズマネー! ここでやらなきゃ誰がやる、ってさ。ギャハハハハッッ!!」

 

傲岸不遜、唯我独尊の塊だが確かな才能と権力と力を持つ凶暴なピエロじみた社長に、市民から任命されただけの首脳陣に抗う術は無い。

 

「あっそれとさ。魔女達が音信不通で、手をこまねいてるのは俺の作戦だから気を使う必要は無いって話したっけ? アイツら馬鹿だから、ちょ〜とそれっぽく煽ったらもう見放す算段をしてるんだよ笑えるねぇ」

 

他者とは隔絶しすぎた実力によって味方からも危険視されていたエリザベート。しかも一年前からその不和は更に広がり、筆頭魔女の三姉妹以外からは不平不満が溜まり続けていたのだ。

そこに今時手紙でやり取りをする伝達員に偽装してスパイを送り込むなど容易いの一言だったのだろう。

 

更に一部の者は極秘裏に東海陣営と恒常的な繋がりを持ち、魔法学研究所…共同研究機関【ビアホール】で革新的技術開発を目論んでいる。

 

だからこそ今なのだ、と社長は言う。

 

「魔女達も冷静になれば【雷霆】を失うのは不味いと気付くだろうけどさ。その前にパパッとやっちゃう訳。てかもう俺の手駒送ってるし? いざとなったらこの前発掘したICBM(大陸間弾道ミサイル)使うから安心だよん」

 

環境保護が最優先される世の中において、国の中枢に関係する者が放った言葉とは思えない発言に息を飲むが、確実に成功させれば今後の世界情勢で大きく前に出れると判断されて作戦は認可される。

 

「んじゃ始めようか…久々に、人間同士の無価値で無意味な同士討ち、殺し合いってやつをさぁ! ギヒッ、ギャハハッッ!! ヒャーハッハッハッ!!!」

 

こうして《魔女狩り》と名付けられた単独のDTの撃破及びホッパーの始末は、本店直属部隊の手に委ねられた。

そのために現地の本店社員を総動員してバリケードを築き、対外的に安全を確保していると言い訳出来るようにして、機密保護を優先している。

 

散々暴れ回った前科を持つエリザベートとプロージットの組み合わせだが、それだけ活動すれば如何に十二機神のコピーであり専属のホッパーであろうと、詳細な特性や癖を見抜くのは容易い。

 

海で作戦開始を待つ彼女達はそのために厳しい訓練を施されただけでなく。専用の対雷霆用装備に加えて【超重駆動兵器(メチル)】という魔法学に拠らないとっておきの巨大兵器まで持ち出したのだ。更に万が一を考慮して牽引している装置を起動すれば正に鬼に金棒。

 

ここまでして負けるはずなど無いと隊員の多くは自信に満ち溢れて今か今かと時を待ち続ける。

 

《コマンドポストよりチェリー小隊各機。目標がチヨダ方面にて再度、飛翔を開始。大規模な天候操作を行なっている模様》

《天候…? 具体的にはなんだっての》

《コマンドポストよりチェリー2.。発言の際はコールサインを提示せよ》

《ちっ、隊長と違って愛想がない。…こちらチェリー2.、天候操作とは具体的に何だ。詳細を求む》

 

今作戦における司令部として随行中のコマンドポスト、浮遊型軽空母【エンタープライズ・ハーフ】二隻は現地で既に展開している多数の偵察部隊とのデータリンクを駆使しながらも、不可思議な現象に結論は出せないでいた。

 

《コマンドポストより、チェリー2.。現時点で詳細は不明。大規模な気圧変化を確認しているが状況が変化し続けている。確認が取れるまで待機せよ》

《なんだそりゃ…》

《チェリー1.、了解。このまま待機を続行する》

 

目標の不自然な動きに懸念を抱くが、それでも仕事は変わらないと海中で時を待つ。

 

実働部隊。チェリーNo.率いる小隊50機。

強行偵察部隊。270機に及ぶ現地所属の本店ホッパー。

警備及び封鎖部隊。トウキョウを覆う750機の外販ホッパー。

 

そして秘密兵器。旧ニホンにおいて海の神を意味するワダツミの名を冠したコードネームの巨大駆動兵器は、別命を受けて河川をゆっくり溯上していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼女達は知らない。

 

相手にするのは【雷霆】の魔女だけではなく。

 

後に【レッドキャップ】と怖れられる乱心の悪魔が、白上マコトが、この戦場にて真価を発揮する事を。

 




魔女狩り

青組ルートにおいて、エリザベートをヒロインにした場合に発生する最終イベント。
彼女を最難関と呼ぶ原因がこの戦闘パートであり、敵の支援砲撃を掻い潜りながら大量のDT部隊を倒す必要があります。
僚機としてエリザベートもプロージットで強制参戦するが、シナリオ上の都合で本気を出せないどころか打たれ弱く、撃墜されると失敗判定なので一切気が抜けません。
クリアさえ出来ればエンディング一直線なので迷わず全ての力を出し切ろう。


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