魔法の杖ってドロップアイテムだけじゃないの? (星火 悠瑠璃)
しおりを挟む

#1 私、リュシーと申します。

 皆さんこんにちは、悠瑠璃です。

 世界観描写練習も兼ねた、ダウナー系逸般人リュシー嬢のお話です。
 彼女の瞳に映る世界に彩りが戻っていくストーリーをこの先描いて行きたい所存です。

 その過程で中身成人女性の魔法少女と化しても止まりませんので。

 主人公:リュシーのイメージです。

【挿絵表示】

 首から上だけで申し訳ありません。
 お客様の中に「男子かよってくらいに引き締まっていて、女性的な部位がストンとした身体」を描いてくださる方はいらっしゃいませんか?
 私が描くともれなくコラ画像かキメラになります(筆者は絵と文章を練習中の理系大学生につき鈍足片手間半独学)。

 ごゆるりと。


 合縁奇縁なんとやら。

 

 令和の日本にて、冬に生まれてしまった虫のように死んだ私は中世ファンタジー世界の農村に生まれ落ちたのでした。

 

 …はい。前日譚は以上です。特筆すべきことはありませんでしたから。

 

 今生ではフランス語で「光」を意味するLucie(リュシー)と名付けられました。

 

 15歳の村娘として弟と妹の世話に加えて、目の前に広がる丘いっぱいの畑での農作業に追われています。(中身に無駄な知恵の詰まった)次女って辛いですね。上の顔を立てつつ、下の我儘を宥めつつ、親の目を気にし続ける。少子化世代で一人っ子だった私には決して縁のない話でした。

 

 veuve(ヴーヴ)(未亡人)と言うのが村での私の渾名、蔑称です。

 

 感情を失ってしまったかのように表情の変化に乏しく、家族揃って赤味のある茶髪の中で私だけが黒髪(喪服色)であること、大人顔負けの能力・行動実績(量産中)があること、男っ気に乏しいこと、それらが合わさって私を面と向かってそう呼ぶ方もいらっしゃいます。

 

 中身喪女と言えども15の少女にそれはないのではないでしょうかッ!?

 

 とはいえども、全て事実ですので私も否定する必要性は感じていません。

 

 

 やっぱり割愛し過ぎましたので、ちょっとだけ前世の昔話をしましょう。

 

 前略、とつけてもつけなくても良いほどに私の前世は自分の中で完結していました。

 

 何不自由なかったと形容されるようにハンディキャップとは無縁で、これといった思い出もないと言える、総じて苦楽に乏しい人生でした。

 誰もが人間社会から与えられる課題をクリアして、評価されるためだけに生きている。そう思い始めたのも小学校の頃。それ以来、私も含めた殆どのことが色褪せたありきたりのことのように思えていました。

 

 とはいえ、私自身もありきたりという幸せを享受していたことは確かです。ちょっと本が人より好きで、スマホが手放せず、勉強も求められる程度には出来、特に打ち込んだ物事は…レジンクラフトくらいでしょうか。えぇ、レジンクラフト。

 エポキシ樹脂、通称はUVレジンと呼ばれる紫外線で効果する液体を着色、型に流し込んでブラックライトで硬化する、ただそれだけの簡単な趣味です。素材も物によっては100均で買い揃えられるため、小学生の頃に知って以来ちまちまと買っては作っていました。

 また、私みたいにやり込もうとすると硬化の際に気泡が入らないように強力なドライヤーのようなヒーターを使ったり、マニキュアのトップコートのようなもので艶出しをしたりといくらかやり込む要素も多くありました。

 アクセサリを自分で作るのは楽しかったです。誰と語らうとかではなく、ただ自分が求める色や形へと漸近させていく感覚は、その時間だけは紛れもなく他の誰でもない私だけのものでした。

 

 でも、もう私の、私だけの場所はありません。

 

 この世に生を受けて、自分ではない名前を呼ばれて、気づいてしまったのです。抱えあげられた身体が捉える空気感ととこの目に映った世界は、言ってしまえば21世紀に比べて原始的で、多分生きていくだけで精一杯な人に溢れているのだと、分かってしまったのです。

 

 

 

『あぁ、この世界でも私はきっと他の誰かの模造品のように生きて、当たり前の幸せを享受して、ただただどこにでもある量産品のように、神とも世界ともつかないものに捨てられていくのだ。』

 

 なんて、悲劇のヒロインでも何でもないことを悲しいことのように何度も思い浮かべてしまうのは、我ながら引いてしまいます。

 

「享受するだけの人生を良しとする人よ。辿る人生は安寧に包まれども、誰に必要とされることもない日々をおくることでしょう。」

 

 

 厭世というよりも諦観。そう名付けるべき言葉が漏れました。

 

 与えられる課題を熟すだけの人を厭うたはずの私自身が、何より私の嫌いな人間そのものだったのです。そしてその課題を“評価されるため”の物から“生存に直結する”ことに看板をかけかえただけ。時代が違えど人は全く変わっていなかったと思い至らされた私はポッキリと折れてしまいました。

 

 ただただ卒なくやり遂げるだけの暗くて気味の悪い子供だったことでしょう。えぇ、いかに出来が悪かろうと兄や姉、弟や妹たちの方が可愛がられていました。

 

 

 何の出来か、ですか?

 

 農作業とそれから簡易ながら学校がありました。

 

 農作業は小麦などの穀類に加えて、根菜類、それから何故かジャガイモ。あと牛や鶏もいます。体力仕事なので農筋が付きました。姉は嫌がってしませんし、弟たちは遊び倒すしで私にお鉢が回ってきました。

 不思議ですよね、ジャガイモ。ここが私の名前の通りにフランスで、今が史実に忠実なら活版印刷も羅針盤も見たことのない今の時代的とは噛み合いませんが、美味しいので良しとしましょう。

 

 話を戻して、もう一方の学校では単純な語学と算数、それからもう一つがメインでした。どっちかと言うと託児所のような側面もあるようなのですが、私は上に二人居ましたし問題ないと判断され、しばらく預けられることがありませんでした。ですが、あまりにも鉄面皮だったからでしょう。子どもらしい振る舞いを覚えて来いと言わんばかりに放り込まれ、文句なしの成績優秀者でした。何も変わる事のなかった私を見た両親の脳裏には「違う、そうじゃない。」という言葉が浮かんだことでしょう。

 

 さて、それでも私には未知の分野がありました。それが授業のもう一つの主科目「魔法」です。

 

 8歳で入学して魔法の話を聞いて、ようやく史実とは異なるのだと言う発想を得ることができました。とは言え、魔法自体が扱うには、遠くの都にあるという専門の学校に“ペーパーテスト(及び賄賂)”で入学してから、検査や詳しい知識、道具などの準備を得てから、でなければ使う事すらできないそうです。

 なので人によってはいつまで経っても無縁という方もいらっしゃるとのこと。それ故、私は8年間魔法というものを知ることすら無かったわけです。

 まぁ、田舎娘なのでいきなり都会に行っても白い目で見られるだけでしょうし、学費的にも無理だろうと言うことで進路にも影響はなかったわけです。

 

 せっかくの未知も為すべき事に無縁ならば、勿体無いですが時間の無駄になりそうです。それでも経験と言わんばかりにやってみたのはやはり少しばかり前世が懐かしかったからなのでしょう。無論、良い悪い含めて今の自分の一部になっているので前世の世界に戻りたいなどと考える意味はないのです。

 

 

 大きく話が逸れましたね。こうして前世の人生は評価される実績を作るだけの人格を形成し、それに沿った人生を送らせているのでした。

 

 そういえば、前世で見かけたラノベやネット小説では神様から貰った特典だとか、前世では評価されなかったことだとかでチヤホヤされてましたね。そこのところ、本当はどうなんでしょう。

 前世で真面目に課題を行いながら大学まで過ごしていれば、効率的に物事を行う思考なんて一定程度は身につきます。ずっと評価され続けるために生きる生活のおかげですね。

 

 えぇ、ただそれがペーパーテストから実践に移り変わっただけ。

 

 結局、現代で身近な人が評価してくれるペーパーテストにやりたい事、そんな一つや二つだけにすらしがみ付けないのなら、時代が変わった程度でチヤホヤされることすらないのでしょう。…課題を熟せるだけでは人に避けられる人生にも変わりはありませんが。

 あぁ、勿論どうしようもない理不尽というものはあるのでしょう。助けを求めたところでその先すら真面とは言い難い現状が蔓延っていましたし。

 

 どの時代であれ、私に出来るのは生きていくことしかないのです。どんなに感情が人生を否定しても、他人が人生を否定しても、私は日々の些細なことに命をすり減らす人生しか、生き方を知らないのです。

 

 

 それでも安らぎは欲しいのですけれど。特に娯楽に乏しいのでお風呂とか、お風呂とか安眠とか。

 

 1番近い街でもう捨てられてしまう樽を貰ってきて、頑張って補強してドラム缶風呂風に自作しました。変人の異名が付きましたが、安らぎは嘲りに勝るのです。えっ、お湯はどうやってるのか、ですって? 律儀に沸かして何度も浴槽の中に注いでいますが、何か? おかげで毎日筋肉がつきますよ。

 

 特にフランス語系の名前だったので身構えましたが、あの宗教が台頭しているわけではなさそうなのでよかったです。何ですか「悪魔は水から体に入る」って。はぁぁ〜、やっぱりお風呂は良いですねぇ。いえ、別に世界に台頭した価値観が嫌いなわけではないです。ただ、私がこの世界で最も寛げる場を好まなかった思想というだけです。相手の一部だけ見て相手の全てを否定していては一生喧嘩しかできません。

 

 そうやって自分と違うものを否定して、都合のいい耳障りの良い言葉だけでまとまった人間(その隣人とも違いがあるのに)が、あふれた時代でしたから、それだけではいけないと思うのです。

 

「リュー姉、水路壊れたー」

 

 自分で直してください(それは否定したい)。

 

 いえ、やりますけど。前世と同じ憩いの時間を潰されるのは堪えるものがあるのです。きれいな布に恵まれたわけでもないので、ずぶ濡れになる度にお風呂に入るわけにもいきませんし、ポカポカに温まった体が脚から冷える感触というのは不快です。

 

 父は長男が畑を継いでからは都会へ出稼ぎ、母は体が弱めで掃除と内職。姉は食事の支度に数時間はかけますし、下の子たちでは出来ることも限られます。ともなれば前世の経験から正しい体の使い方を知っている私が最も身軽にかつ効率的に動けるわけです。無駄にタイムマネジメントの本が溢れていたわけではないのですよ。

 

 teenの弟が身内とはいえ裸の異性の居る所に突撃してきたことはまぁ、なれました。えぇ、私が殊更他人に感じてしまっているだけなのだと言い聞かせて、なれました。なれたのです…

 

「具体的にどこが壊れたのですか?」

 

 ともあれ、乙女の尊厳などというものに拘っているだけでは何の解決もしません。ですので、頑なにこちらに体の正面を向けない不審な輩に内容を問うこととしました。

 

「うーんとね、関板*1。」

 

 適当な板でも差し込んどけよ。自分で考えろ。

 

*1
用水路の水位を上げるために堰き止める板。ただの板。




 取り繕っても消えない軽い見下し(無自覚)。

 本当に自分のことのためにやってれば、見下しなんてないんじゃないか、と自分のことすらままならない私は考えて見たり。(至らなく思えても考え抜いた末の行動がそれなら)相手を尊重してやりながら、自分に被害が及ばないように避けるのがイイ大人って奴なんでしょうけど、理想って遠いと黄昏てみたり。

 次回、リュシーの良く行く街(仮)。

 では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 いつもの街

 こんにちは、悠瑠璃です。

 リュシー嬢のキャラ掘り下げのためにAM4時までレジンクラフトをやって昼夜逆転してるアホです。しかも満足行かない出来に泣けてきました。
 暗くて荒々しいモチーフで作りたい時もあるのですが、その激しさを表現するのがとても下手です。こんなんで魔法の杖の炎とかのエフェクト造る描写できますかね?(少なくともあと十何話か先ですので時間はありますが)

 何はともあれ、今は未だ風景描写の文章を練習中の私です。至らぬところもありますがしばしお付き合いを。

 では、ごゆるりと

P.S.
 炙りしめ鯖の踊り食い 様 高評価ありがとうございます(評価を下さった最初の5人の方までは名前を述べさせて戴くことになるかと思います。色が見えたら多分お礼と返信より前に文章力向上で気が気でなくなっていると思うので)。


 

 用水路の手直しを弟にレクチャー、という名の木材選びのコツを教えた翌日、私は馴染みのご老人の荷馬車で街まで農作物を卸しに来ていました。

 

 雪解け水が作る泥跳ねが春の訪れを感じさせる一方で、その泥のぬかるみに馬車がハマるなどすれば、街が雇った用心棒の詰所から離れた場所では野盗の餌食です。乗合馬車では大荷物を持っていけないので、ありがたいことですが、このお爺様、馬車の操作術か護身術の腕に覚えでもあるのでしょうか。

 

「しばらく泥が跳ねるから真ん中に寄っておくといい。」

 

「はい、お気遣いありがとうございます。お爺様。」

 

 こういったドライビングテクニックの腕が光るのは確かですが、それだけではないような気がするのですが。

 

 この時期には農作物を卸しに行くほど収量がある農家は少ないです。春先に採れる食物は芽物が大半ですが、街に比べて土地の広い農村ならば、私などのように貯食を活用して幾らかの季節外れの物を売りにいくことが出来ます。私だけが(こっそり雪に埋めて)作っている雪の下キャベツ、甘くて美味しいですよ。畑の隅を毎年転々としなければなりませんが、その労力に見合った物だと思えます。

 

 ところでご存じでしょうか? 雪ノ下キャベツの起源。

 聞くところによるとキャベツの暴落によって輸送費の方が高い見込みになってしまい、泣く泣くキャベツ農家の方々が冬前に畑にキャベツを捨てたのが始まりだそうです。

 その後売る商品がなかったわけですから、厳しい飢えに耐えるために(とも、春先に雪かきをしたときにとも)雪の下からキャベツを掘り起こして食したそうです。それが越冬によって凍らないために糖度を増やした(高校で化学基礎をとっていれば、もしや今は中学でも学ぶのかもしれませんが…『凝固点降下』という言葉はご存じかと)ために、非常に甘いキャベツとなっていたそうです。

 

 ありがとうキャベツ暴落。前世の祖父母たちが苦労したそうですが、今世の私の数少ない定期的な収入源にして癒しの味覚です。

 

 市場で売るのも手ではあるのですが、学生時代の友人の実家が営んでいるお店に直接売った方が良い値がつくのです。手数料ばかり取って安く買い叩く商会は腐り落ちて仕舞えば良いのですがね。

 安価に買い取り、飲食店に高く(現実的なお値段ではありますが)売りつける商会に卸しているのは、土地の名義人である兄であるので、私が独自の伝手で“お裾分け”する分には問題がないだろうという言い分を通させて貰いました。その代わりに、商会や兄が馬車を出したりはしないので、知り合いのお爺様の荷馬車に乗せてもらうわけです。

 

 遠目に見えてきた白っぽい煉瓦の推定3メートルの壁が外壁です。2時間ほど畑だろうと突っ切って歩けば着く距離ですが、馬車だと道なりに行かなければならないので小一時間はかかります。

 道が曲がりくねっているのは地形もありますが、路村の家家を増やして宿場を増やしたいという街の意向もあったとか。村人は乗合の馬車も含めた馬車道という認識です。

 野盗に襲われれば溜まった物ではありませんから、道の上に飛び出そう物なら馬に踏み殺させる勢いの馬車や早駆けする伝令の軍用馬も通るようでして、普通に人が歩くための小さな道が脇に出来、少しばかりのショートカット用に畑の脇も土が踏み固められる始末です。

 

 街の入り口の警備の方は、この辺りでは珍しいストレートな漆黒の髪を遠目に見ただけ私だと分かるようで、あっさりと顔パスで通してくれました。通行料やら入街料? のような物を取ろうという案も上がってはいるようですが、いかんせん祭りやバザールを頻繁に行うために、行商人達を歓迎せざるを得ない街なのだから、それを制限するのもどうかと議論は平行線のままなのだ、と毎年この街に住む友人の親御さんから愚痴を聞かされています。

 

「おい、ヴーヴが来たぜ。」

 

「あぁ、今晩はあの店で宴会だな。」

 

「チキショー、なんで今日に限って夜の仕事入れちまったんだ。」

 

 通してくれた警備兵の厳つい男性が休憩室に下がって、本人は小声のつもりで仲間に声をかけていました。体格も声も大きいので小声のつもりで普通に聞こえてるんですよね。

 ですが、私の野菜が認められてる気もして少し嬉しいです。

 

 入り口で箱型の台車を借りて、お爺様に乗せてもらっていた作物を積み替え、乗せてもらったお礼を言って別れました。夕方に会うことができれば帰りも乗せてもらいます。

 もし、私に緊急のバイト(臨時収入)の用事ができたりなどして、会えなかった場合はお爺様に私の家に一晩遅れる旨を伝えてもらいます。

 

 街が雇っている用心棒の方が詰所まで交代に行く際に同行させてもらえれば、野党などの心配はありません。

 それもできない場合は金品は友人の店に預けるか、猫糞される覚悟で兄がこちらに顔を出した際に、商会の窓口で渡してもらうようにお願いしましょう。以前手数料として500円玉(ワンコインお昼ご飯)相当を持ってかれましたからやりたくありませんが。

 

 土を踏み固めた地面も鉄性の車輪も、前世に比べれば綺麗な面とは言い難いですし、衝撃を吸収しないのでガタガタと手が震えますが、さすがは商人が多く訪れる街と言ったもので、故障するなどの不具合はありません。その分、年季の入った物の方が信頼できる、などという新しい職人が減りそうな現実がありますが。

 

 カラン、キンッと道端の石を跳ねる音を立てながらも、定期的に入り口からの距離が変わる見慣れた風景を探します。街の外郭が翌春訪れれば店になり、防壁が一回り大きくなって外側にズレるのも当たり前のようです。そんな地図の書き換えを平然と行うという派遣で訪れる都の魔法使いとは一体どういう化け物なのでしょうか。

 

 昨年の外郭に沿って街の中心部を迂回すれば、新しい薬局などが見つかることもあります。旅の商人向けで高い店もある一方で、性能が確かであるといった一長一短な特徴もあるので、見かけたお店の評判を尋ねることもあります。

 

 間違い探しをするかのように煉瓦の森を見渡しながら、今年出品予定のバザールのために頭の中の地図を補正しつつ、見知った建物を探しましょう。

 

 街の店頭で販売するのは母の身体が弱い我が家では基本的に姉や、兄の街に住まう恋人(街に暮らす商人の家の長女、家は我が家と同じく兄が継ぐらしい)の仕事なのですが、時折私が店頭に立つこともあります。私が接客だと買い手が減る気がするのですが。どうなのでしょう。

 

 そうこう考えている間に目的の店先に友人の姿が見えました。

 

「久しぶり、ソラ。」

 

「リュシー!」

 

 赤味かかった茶髪を腰あたりで纏めた快活な彼女の名前はソラ。暗く、授業にのみ懸命だった私にも分け隔てなく接してくれた数少ない友人です。私と違って(筋)肉付きは少ない方ですが、すらりと伸びた手足を長い髪が引き立てて、遠目でもスタイル良く見えます。

 私ですか? 髪は農作業の邪魔なのでバッサリ。全身農筋装備ですよ。タンパク質?大豆じゃないですか? お肉は高いですし。いや豆も割と高いですけどね。

 

 ちなみに「野菜」というのは食事に取り入れているのは割と少数派なんですよね。歴史的に。イタリアでパスタが機械化によって大量生産がされ、主食になる前。割と近代に近い頃のイタリアでミネストロ、今でいうミネストローネにパスタが含まれていなかった野菜スープが主食だった地域がありました。それが「野菜喰い」と揶揄されていたそうなのです。大体ダウィンチさん宅のレオナルド君が大成していた頃の文化人の本とかに「健康に長生きしたければ野菜を食え」と残ってるそうです。

 

 なんでイタリア、かと言いますと、今日はイタリア料理のお店に泊まるかもしれないのです。なんで宿やこちらにいる親類の家ではないのか、と申しますと、今が冬が明けたお祭りの時期だから、という言葉に集約されます。

 

 私の村は路村の類で、時折旅の方が一晩泊めてくれということもありますが、それ以上にこの街で定期的に行われる大規模なバザールやお祭りがあって宿が満室になる時期に自分の家を一部屋空けておく習慣があります。民泊などの臨時収入が目的なのですが、特に冬明けのこの頃は日本の初物買いのようにとんでもなく金払いがいいのです。というのも、その昔の旅商人さんが…いえ、この話は程々にしておきましょう。思考がとことん脱線してしまいます。

 

 ただ、この辺りを縄張りにしている旅商人さんにとって初物買いはこの時期で、金払いもいいのです。

 

 単純に冬の間の備蓄が切れたところには高く売り込めるから、という昔話全無視の事情は穿ちすぎでしょうか? それともドライ?

 

 ともかく、この街の住人も今回や今回ほどではないにしろ、そういった祭りの時期などを当てにした商売をしている方が多いのです。私の親友のソラのお父さんもその一人です。なんでも彼女のお母さんと駆け落ち同然にこの街にやってきたそうです。ですが、彼女が学校に入る前にお母さんは亡くなりました。ソラは卒業してからずっとお父さんの酒屋の看板娘として働いているのです。

 

「いつもありがとう。今は祭りではないが暫く二人で歩いて来るといい。」

 

 無愛想な口調、アジアンテイストどころか日本風の顔立ちがトレードマークなのがソラのお父さんです。娘は母親似なのかこの辺りでよく見かけるタイプの顔立ちです。彼女の快活さはお父さんの反動でしょうか。

 ですが、良くも悪くも踏み込まないスタイルはお店にも表れていて、私も一度食事をしていたときには紳士的な常連客に溢れていたことに驚きました。酔ってソラ(当時10代前半)にセクハラしようとした客は道路のレンガの間に頭から生やされていました。他のお客さんの手によって。

 

 色々な意味でそれで良いのでしょうか?

 

 あまり口うるさくないのも相まってか、酒や料理、土産話を楽しむようなお客さんが多く、どちらかというと酒を浴びる様に飲んでどんちゃん騒ぎをする人は少ないです。店主がもうちょっと野菜やお肉の買い付けが得意であれば、高級料店として値段を上げてもやっていけそうなほど料理も美味しいです。

 ここしばらくは甘いキャベツのペペロンチーノが看板メニューです。値が張る唐辛子や胡椒のトッピングが飛ぶように注文されるそうです。いいなぁ。私の財布だと辛いですし、生産者サービスにしてもらうにはちょっと高すぎて気が引けますし。くっ、私にも毎日暮らせる働き口があれば…

 是非とも店主には香辛料の価格交渉が上手になって欲しいです。

 

 彼の口数が少ないのは異国の言葉故に単語で会話する癖があるから、と言えなくもない気がします。私も昔はこんな口調だった気がしますが、彼が言葉を学んだのが主にソラのお母さんだったそうで、勉強が実践に限られていることもあるのでしょう。

 言葉が不自由故に買い出しにも苦労した(今でこそ値段と良い品の交渉に競り負ける程度の致命傷で済んでいる)そうです。そういう話を学校時代に彼女から聞いていたから、今もちょっとした農作物の差し入れをしているわけですが。

 

 ソラが学校に入ったのも言葉をちゃんと学ばせるためというのもあったのかもしれません。実際に彼女も言葉がうまく出なくて苦労していた時期があったのは確かですし、子供はそういう所を受け入れられる子と受け入れられない子に分かれますから、友人の選択肢も最初から限られたことでしょう。

 

 台車ごと農作物をお店に置いて、泥がついてしまった腰布を軽く払って結び直しました。本当はお店の中に入る前にと思ったのですが、お店の入り口までなら問題はないとのことなので、ありがたく、台車による服の汚れを気にさせて戴きました。

 

「行こっか、リュシー。」

 

「そうだね。」

 

 私達は彼女の父の勧め通りに街を歩くことにしました。冬は湿気った雪が数日かけて膝まで積もり、買った糸で民芸品作りに励む生活を営む私の家はどうしても冬の街の事情には疎くなります。

 兄などは防寒処理を施した荷馬車で街に買い出しに行ったり、他の街や都で流行している作物の聞き出しに行ったりするのですが、流石に私にお鉢は回ってきません。

 

 街の除雪は警備の方のトレーニングとして、街までの道の除雪は退役したという魔法使いの方が小遣い稼ぎとして未明のうちに炎の魔法でやっているそうです。なんでもありか魔法使い。

 

 街の中心には昔は大きな教会の一部だったという鐘塔が見え、それを取り囲むように円形に街が広がっています。今は外周を含めて4本ある環状の大通りの内側から2本目をぐるりと回ってみることにしました。この辺りは古い石材が一般的ですが、石材の強度に任せた杜撰な建築は崩れかけ、解体も行われているのが目立ちます。

 

「学校ね、移転しちゃうんだって。」

 

「そう、なんだ。」

 

 私達の学舎は私達が通っていた頃の時点で相当に老朽化が目立っていました。ですが、それ以上にこの街には移民、というよりも出稼ぎの方が相当に多く、こちらで家庭を築く方、こちらに家族が移ってくるなどの子供の増加が目立っています。

 拡張か移転かで意見が割れていましたが、老朽化が新入生用の教室で表層化したそうで、街の中心部から現在の街の外郭に新しく大規模に建てられているそうです。でも、決まってから建築を始めたにしては早いですね。

 

「あれ、でももう出来かけてるの?」

 

「えっとね、元々魔法使いの人が遠征の拠点にするための建物を作るって話があったんだけど。ほら、学校から都の方に進学する人も多いじゃない? だから、王様が肝煎りで3階建てにして学校も同じ建物にしちゃうんだって。そこの一階が来月から新しい子達の学校になるって。わざわざ特別な工事をする人達が来て、お酒を飲みながら教えてくれたんだぁ。」

 

「ネリ姉、悲しむね。」

 

 今までは教会に隣接している学校で、時折私達の2つ上の先輩だったシスターが教室に押しかけてきました。本名をコーネリア。教会を継いだ家庭の長男長女のみが、コルネリウス、コーネリアの名前を継ぐことのできる、教会に住まう一族です。

 

 コーネリア先輩と昔は呼んでいたのですが、2年ほど彼女の愛称である「ネリー」を押され続け、互いに頑ななまま腐れ縁のようにお互いの顔を覚え、気付けば「ネリ姉」と呼ぶようになっていました。完全な性善説の体現者にして信奉者のような方ですが、何故か疑神暗鬼かつ性悪説論者の私とも普通に付き合ってるんですよね。

 

「むっすぅ。」

 

 ふと空気の抜ける音がして隣を見てみれば、赤茶の髪が頬に張り付くほどにほっぺたを膨らませて、私怒ってます、とアピールしています。

 

「私という女がすぐ横にいるのに、別の女の名前を。」

 

「いや、私とソラは恋仲ではないですよね?」

 

「はっ、そこで同性という否定をしないあたり、まさかっ!?」

 

 膨らませていた頬を凹ませるようにわざとらしく驚いてみせました。長い髪が勢いよく跳ねて、反動で私に当たりました。わざと振り回してるでしょう。その髪編み込んで財布みたいに貴重品ぶち込みますからね。あまりの重さに皺と抜け毛に悩まされやがってください。

 

「私は否定も肯定もしません。誰かとの関係にそう名付ける人もいるだけでしょう。」

 

「はぁ、やっぱりリュシーは敬語の方がしっくり来るとはいえ、心の内まで敬語なんだよねぇ。」

 

 そして今度は「心の距離を感じるよ」、と芝居がかった泣き真似まで始めました。そうかと思えば唐突に肩に腕を回してきました。さらに耳元で囁きました。

 

「わ た し だ け のリュシーが見たいなぁ。」

 

 元はと言えば、家族にも半ば敬語(いつもではない)が出る私に敬語抜きで話してという要望をソラが出したのが、昨年の夏。私が持ってきたトマト並に赤く染まった頬を覚えてはいますが、いつからこんな相手がイチコロの行為を平気でするようになったのでしょう。元からか。

 

「私はソラが居なければ、こうして街に野菜を持って来ることもなかったでしょう。私がこの街に居ること自体、ソラに会うため、ではダメですか?」

 

 ソラの足が止まり、肩に掛けられた腕でアームロックがかかりました。

 

 首が締まり、仰反るようにして彼女の肩に頭が載りました。痛いです。

 

「相変わらず、誑しだねぇ。」

 

 ため息と共に耳元で囁いていますが、ちょっと返すだけの息が私の肺に入ってこないです。

 前世の流行りが耳障りの良い言葉を並べ立てるばかりの、誑しの主人公物に溢れていたからかもしれませんね。そんな軽口が頭の中で空回りしました。苦しいです。

 

「それに免じて、敬語を許すッ!」

 

 その代わりにおんぶしろっ、と私が仰け反った状態でぴょんぴょんと跳ね出しました。幸いにも私の背骨がお腹を突き出して折れる前に止めてくれましたが、お転婆なところは変わらないようです。あと、免じたのに別のことを対価として求めるのは暴君だと思うのですけど。

 

「ふふっ、リュシーのおかげで口説いてくる客が三流に見えてあしらいやすいんだよ。」

 

「未亡人なんて仇名の私には縁の無い話ですね。」

 

「いざというときは私が貰ってあげようぞ!」

 

 結局私の背中の上に乗っている彼女が声を張らない程度に声を上げました。靴の汚れは泥跳ねとして腰に巻いてた布のおかげで心配はありませんが、少しは躊躇して欲しいです。

 

 あと、私の首に巻きつけている腕を私の体に沿って下さないでください。酒入ってるんですか。

 

 このフランクさが為すセクハラOL(想像)感が寧ろ嫌いじゃないのですが、男慣れ(遇らう意味で)し過ぎて将来が心配ではあります。最期の時に彼女が側に居ると良いとは思いますが、その時までこの街や彼女のお店があるとも限りませんし、彼女の未来を縛り付けるのも趣味ではありません。

 

「いつかはもうすぐ適齢期の兄が嫁を取り、私や家族がお払い箱になり、どこか別のところへ。そんなすぐ先すら見えませんね。」

 

 私はいつかの流浪の民。見えざる大きな手に運ばれるままに安寧に包まれるだけ。今歩いているこの道は最初の場所へと戻り回り続けますが、私の道は途中で最初からなかったかのように途切れているのでしょう。神が飽き、社会が諦めた縁で私は朽ちていくのです。

 

「そうなったら私が養ってあげる。」

 

「ふふ、働き口として相談に行くことはあるかもですね。」

 

 どうか、私の1番の友人の人生が、その故郷が清く美しい帰る場所であれ。

 

 心から、願いました。




 主人公の名前の由来はフランス語。人口が急増する街。あとは、わかりますね?

 主人公の瞳が名前通り展望の光に満ち溢れて、友人のために一生懸命になれないと解決に携わることが出来ません。よって私が描きたい本編の追加シナリオにならざるを得ないのです。この作品本編全てが書き上がったその時点での私のモチベに依ります。モチベに依ります(頑張るので高評価下さい)。

 魔法があるので現実ほど悲惨なことになる前に不思議パワーでどうにかしてくれるでしょ、とリュシー嬢が申している現状です。

 あと、この二人が平然とイチャ付き出すのは周知の事実です。二人とも下手なアプローチを平然と超えてくるので、吟遊詩人などが目を輝かせ、近所の奥様が頬を赤らめ、プロポーズしようとしている人が参考にしようと、それぞれ聞き耳を立てています。
 蜜月じゃないから秘めとく必要ないよね、と流用してリュシーは知らぬが仏となっています。ソラ? 酔って忘れてるんじゃないですか?

 次回「(未定)」
 多分、友人のお店のお食事(謎の農家目線)と兄嫁(仮)と姉を名乗る聖人(シスター)、のどれかになる筈です。
 どう考えても長いのでどこかで分割するため未定です。

 では、また。


P.S.
 今回も気付けば前回の倍程になってたのに、友人との会話パートに分量がないのは、語らう友人が滅多にいないためです。すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 友人のお店

 こんばんは、悠瑠璃です。

 お酒(1缶)を飲んだら、15年分ほどの自己嫌悪で明け方まで眠れず、視力検査で右目の視力が異常に弱っていることになりました。それでも私は酔ってないです()
 あの時、が積もり積もって、至らぬ自分、友人でいたかった元同級生、そういうことで4時間瞼を閉じ続けるだけの時間が過ぎましたが、でも不思議と朝すっきりしていました。
 今更やってみたところで無駄じゃないか、どうせならあの時から、初めておけばよかった。

 それでも、出来ることは今日のことだけなのですよね。だとしてもやっぱり、小1の私の間抜けな横っ面にドロップキックしてきたい。「お前が目の前でスルーした門に今更飛び込むのって結構勇気居るんだぞ」って。


 さて、「進みたい研究室に凸する心構え」と「課題」と「キャラの絵を描こうとして挫折」それから「ライザ2」で時間が溶けました。申し訳ございません。

 では、場面もあまり進みませんが、数人続投の登場人物(名前未定も)おりますゆえ。

 ごゆるりと。

P.S. A_3様 高評価ありがとうございます。


 毎日の人通りの多さを示す踏み固められた路も、この雪解けの時期には矢張り何処か泥っぽくなります。

 ソラを背負っている間に付いたのであろう、左右横一筋ずつの土汚れを見て、泥除けを着けたままで良かったと一安心しました。もしこちらに一泊することになった場合、着替えなんて持ち歩けるものではありませんので。

 

 冬の間に農筋が多少は落ちたといえども、別に何もしなかったわけではありませんでしたから、疲れもあまり感じていません。ソラ、しっかり食べてますか。(女性的な)肉付きの良さは背負った際に分かりましたが、そういう女性的な部位にのみ栄養が偏る体質とか言いませんよね。いろんな意味で心配になります。

 

 その後も軽い散策に留め、共通の井戸で水を組んでから戻りました。料理人と看板娘である二人は決して非力ではないのですが、農家の娘(実務)の筋肉とは比べるまでもありません。力仕事くらいは手伝います。

 

「お帰り。何か食べていくといい。」

 

 なおこの言葉の間に「水を持ってきてくれてありがとう、特に買い物もしてないみたいだね。素材の代金分の値引きとお駄賃がわりに何か…」という部分が省略されているというか、うまく言えてないから略している、と出会った頃に娘のソラに翻訳されていました。流石に商談などではゆっくりでもちゃんと言うのだそうですが、身内だと慣れない言葉の大半を略してしまう癖が出てしまうそうです。

 

「ありがとうございます。」

 

「えぇー、でもちょっとお昼には早くない?」

 

 いつもの流れとはいえ、お昼ご飯をいただけるとのことなのでありがたくいただくことにしましょう。なお、ここで断ると帰りに馬車の中で、そこらへんで買った屋台メシを食べることになります。馬車の揺れで食べ辛いのはいうまでもありませんが、特殊な器具を必要としない料理が大半なので材料さえあれば家で作れるというなんともいえない気持ちになります。

 

「ついさっき新しいパスタの仕込みが終わったんだが。」

 

「お父さん。お腹減った!」「是非お願いします。」

 

 揃って食い気味に詰め寄ったものですから、ちょっと苦笑いです。ただ新作パスタというと、私が以前零した前世で女性人気のあったパスタのことなのでは、と思ったものですから、つい。

 

 この世界のイタリア、に属する国がどういう時代なのかはわかりませんが、その昔ここよりも南東の方で現地民から習った小麦粉を使った食事として、店主が手打ちで作るパスタは絶品です。特に冬や夏の盛りの保存食としての乾燥パスタではなく、一部の時期しかお目にかかれない打ったその日にだけ食すことのできる生パスタは前世の専門店にも劣りません。

 

 泥除けは店の裏手で干してもらえることになり、私たちは未だお昼時には少しばかり早いのを良いことにテーブルの一つに陣取って話すことにしました。

 

 お客さんは入り口側の4人掛けテーブルに座っている雑に茶髪を後ろで縛った女性。春先なのに暑そうに腕まくりしています。火を使う屋台で働いているのかもしれません。

 それから玄関にかけられたコートの持ち主であろう、旅商人っぽい細い体躯に揃えられた金髪の男性二人組。女性と通路を挟んで反対側のテーブルに座って何やら談笑中です。どちらも慣れた様子ですが…

 

 あとは周りを見て食べ方を真似しながら、物珍しげにパスタを口に運ぶ銀髪の女性。私の泥除けと同目的なのだと思える黒いマント? ローブ? いや、あれ袖を通してない外套ですね。まぁ、番長スタイルの方、旅人でしょうか、案外都から来た方かも知れませんね。そういう方は初めて来た場合は、遠い街ほど上着などを店に預けたくないらしい、とソラが言ってました。

 

 この近隣の建物自体、街の成り立ちからある程度時間が経った時期に一括でいろんな建物を作った時期に出来たらしく、煉瓦などで出来たどこも似通った見た目です。ですが、このお店は入って左奥にバーカウンターのような調理スペースがあり、右側の壁に沿って長い椅子が置かれ、その前に丸テーブルと椅子を並べた「飲み屋」と「大衆食堂」を混ぜたような内装です。

 

 まぁ、大衆食堂ではないので、奥といっても4人掛けテーブル4つとバーカウンター側にも1つテーブルがある程度で結構小さいです。それでもお店としては現代と比較しても大きいですね。私たちが座ったのが向かって右奥、つまりカウンターのバックヤード側出入り口前です。

 

 私たちが席に着くのと同時にお昼の一つ前を告げる鐘が鳴りました。これの次から商会などの窓口のある施設などがお昼休みになり、その前後で食事処が休憩を入れることが一般的です。

 このお店は午前は客入りが少ないですが、昼過ぎの15時ちょっと前に当たる時間が休憩時間で、私がバイトした時にはたまたま来ていたお客さん共々おやつを食べました。丁度街の祭りで繁忙期かつ、何かのイベントで人が引いていた時間が重なったこともありますが、ソラ曰く

 

 いつもこんな感じ、とのことです。

 

 そういえば、この街の特産としてビートがありましたね。私の村とは別方向で私の村よりももう少し離れているそうですが、その村のビートを一括で買い上げているそうなので、この街では特産品の砂糖を作る職業で多くの人間が働く工場もどきがあるとか。

 

 そういったことを考えながら、次の新商品に使えそうな素材について話しているとすぐに料理が運ばれてきました。

 

「お待遠、このあと仕事があるからソラに合わせてニンニクは少なめだが、少し辛めに仕上げてみた。」

 

 テーブルに置かれたのは大皿に盛られた緑と赤と白のコントラストが目を引く、グリーンパスタのトマトパスタでした。私が持ち込んだ瓶詰めの乾燥野菜を砕いた物、それをパスタに練り込んだ緑。赤はトマト、白は仕上げに振りかけられたチーズ。

 

『いただきます。』

 

 これまでの看板メニューとは違い、自家製の細めのスパゲッティーニは新たにフェットチーネの平麺に、ニンニクや香辛料ではなく野菜とチーズが全面に押し出された、重労働者以外もターゲットにした品です。

 一口含んでみるとトマトの酸味、その次にチーズの少しクセのある塩味が口の中に広がりました。ですが、決して舌に残ることはなく、あっさりとした味わいです。

 あれ、でもこのチーズ、街では珍しいですけど、食べたことがあるような。

 

「もしかして、ヤクのチーズ、ですか?」

 

「よく分かったな。つい一昨年から卸し始めた上に、春先に少ししか降ろされないからマイナーだと聞いていたんだが。」

 

「縁があって知り合った方から分けていただいて、癖が強くて家族には不評だったのですが、この主張の強さはこう活かせばよかったのですね。」

 

 噛むほど野菜の味が出るフェットチーネに舌鼓を打ちながら、饒舌になった彼の話を聞くに。

 どうやら街に卸しているヤクのチーズは酒の肴や珍味としては売れているようですが、一般的な牛などのチーズに比べると食べ慣れないなどの理由であまり売れ行きは良く無く、そも牛飼の遊牧民がヤクの遊牧民との交易で手に入れたものを牛車で売りにくるものだそうで、それなりに高い値段ゆえに牛乳のチーズとのミックスでしか満足に提供できない見込みだそうです。

 

 あまり長く饒舌に話しすぎたために喉が痛くなったそうで、彼は店の奥に戻って行きました。きっと今頃お水を飲み続けていることでしょう。ヨーロッパの硬水を大量に飲んでも壊さないお腹、アジアンテイストでもしっかり体はこっち系なのだな、とどうでもいいことを思いました。

 

 ところで、その牛飼さん、多分私の知り合いですね。

 娘さんが牛一頭と共々迷子になって村に来たのが出会いで、ちゃんと親御さんがいらっしゃり、それが切欠となって村の先にあった街でも外貨を得るようになった筈です。今でも私より年下の娘さんが遊びに来て近況を教えてくれます。その時に冬に山から降りてきたヤク飼い、彼らと交易で手に入れたというチーズを分けてもらいました。

 

 夏は高地へ、冬は麓へ、きっと山地に住まう家畜を飼う人々は居場所が二つ以上あるのでしょう。

 

 私は、この街に居場所があるのかな。

 

 旅人も帰り着く場所があるのかな。

 

 あの村の家を出ることになったら、私に、居場所はあるのかな。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、チーズをお裾分けして下さった子は元気かな、と。」

 

 迷子になった頃は未だ牛の背に乗れるくらいだったのに、毎年会う毎に背が伸びてどんどん美人になっていくのですから、良い子の成長は見ていて楽しいものですね。えぇ、私が接しやすい良い子に限りますが。

 

「えぇー、また女ぁ?」

 

 ソラの浮気にうんざりする女房のような言い方に店内にいた全員が吹き出しました。無論、私も外套を羽織った女性も例外ではありません。

 

「10歳の子に欲情はしませんよ。」

 

「つまり、あと5年したら食べちゃいたいと。」

 

「その頃には彼女が連れていた牛は食べ時ですかね。」

 

 手慣れた会話ですが、初見の方には少しインパクトが強かったようです。ちょっと肩を震わせた異郷の女性が戻ってきていたソラのお父さんへ問いかけました。

 

「て、店主? あちらの少女達は、その、そういう?」

 

「私は寛容なだけです。否定も推進もしません。ただそれだけです。あと、ソラは酔っ払いの相手で男を見飽きているだけですよ。」

 

 戻ってきていた店主への小声での問いかけに私が返すと、彼女はこちらに振り返りました。その時初めて彼女が顔を赤らめていることに気づきました。中身三十路とはいえ10代より初心とは、いえ、それは人それぞれですね。要らぬ邪推などはするべきではないでしょう。

 

「あ、いや、済まない。聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、新作パスタの話というのが気になってな。」

 

「それなら、値段も量も半額のハーフサイズ(※皿の使用料が固定値だとその使用量分は店が得する計算)がおすすめですよ! 皆さんもどうですか?」

 

 一瞬で私の気さくな友人から、看板娘の顔に変わったソラが宣伝を始めました。この商売上手さでこの店は成り立っている気がしてきました。店主が口下手な分、うまくやりくり出来る人間の重要性が際立ちます。アコギな商売に向いてそうです。いえ、私は何も言ってませんとも。

 

「あ、あぁ、ではそれを。」

 

「先と同じくガーリックは少なめで?」

 

「あぁ、それで頼む。」

 

 他の方も出来上がったばかりの新メニューを頼んでみるとのことで、ソラは私たちの食器を持って立ち上がりました。

 

「ってことで、私は仕事に戻るね。リュシーはどうする?」

 

「! 君が仕事に戻る切っ掛けは私だろう。なら、料理が出来上がるまでは私が話し相手になろう。」

 

 既にこちらの席まで来てしまっていた彼女を無碍にすることも出来ず、私は全くもって面識のない彼女と話すことになりました。

 

 

 ところでこの場合私に非はないですよね、ソラ?




 ソラとは基本戯れてるだけです。私に百合を書く才能が生えて、尚且つマルチエンディング構想を実現できる実力が身につかない内は、です。実際の女子高生とかってもっとキツイ下ネタで会話してるんでしょうか。友人作りに疎かった私には縁のない話でして。
(それなら尚のこともっと色んな知識とか体験しとくべきだったという自己嫌悪が前書きです。
 私より年下の方? バカ騒ぎして馴れ合うだけなら70億もいるんだから誰でも同じものですが、2000を超える年月の間に人の一生では選びきれないだけの学問が生まれています。本当に辛い時に支えてくれるのは貴方自身が選んできたという事実ですから、目の前の選択から眼を逸らさない、その方がいいですよ。その過程で知りえた人とならきっと無二のバカ騒ぎになりますし。20年に後悔した私の感想です。)


 キャラも見た目のイメージも変えてはいますが、今回登場した牛飼い娘ちゃんと初心な異郷の女性は、確実に私の好きなキャラクターに引っ張られている自信があって辛いです。そのうちキャラクタを乗っ取られてしまわないように、彼女たちの物語を独立させてあげないと(こんにゃくの意思)


 次回「都から来た女(仮)」
 何処かで聞いたタイトルに引っ張られてますね。こんな感じに元ネタから大きく変えていても、どこかで引っ張られてしまわないように善処します。(前回の後書きにて挙げた3つのうちの二つの繋ぎの回でもあり、設定説明の回です。天使なシスターさんを忘れたわけではありません。)


 色々と至らぬ私ではありますが、一欠けらでも貴方様にとって意味があったのなら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯4 都より来たる<前編>

 お久しぶりです、悠瑠璃です。

 今回はあの女性目線なので、表題も#ではなく♯と少し字体が違いますが、別にこの方音楽関連の方ではありませんので、悪しからず。

 説明する量が増えてしまったので、分割しました。ということで、次回、というか続きます。ナンバリングは決めていませんが、できれば年内に出会っていただきたいので、あと6時間ほどの執筆に力を注ぐ所存です。

 小難しくなってしまったので、軽く後書きで補正します。

 では、ごゆるりと。


P.S. あきほ様 高評価ありがとうございます。
  路徳様 評価ありがとうございます。
  ところで、高評価ってどこまでが高評価なのでしょう? 半分以上なのか、正直1以外そう言ってもいいような気もしますし、10と9のみという意見があっても不思議ではない気もします。皆さんはどう思いますか?
  一応、6・7を中の上と定義して、8より上を高いと表記しておりますが、特に気にかける必要はございません。便宜上区別させていただいておりますが、無論強制するものではありません。


 辞令。

 

 それは魔導師にとっては時として死の宣告ともなる。

 

 魔法士である私にとっては何ら関係のない話ではあるのだが、それは“本来“のことだ。

 

 それについてはまず魔導師と魔法士の違いから説明しなければならない。要点だけ述べれば「教師」と「研究者」の違いだ。

 前者は「“導“く」「“師“匠」の字の通り、普段は各地からの留学生に対して教鞭を振るっている。だが、新たな拠点となる街が設立されれば、魔導師の階位の高い人物から派遣される。その時の階位が高いほど拠点となる街での給料が高くなる仕組みだ。なのだが、尚且つ採点官の居ない街では階位の上昇つまり昇級のチャンスは激減すると言ってもいい。そのため、早くに魔導師になり、良い成績を出せそうな生徒の教育実績を出したり、討伐任務を一定以上行うことが、魔法を志す者にとっては常識だ。

 

 街の設立やら強大な魔物の討伐やらが多い年は上の階位が出払っている。そんな理由で階位が低いまま、生活水準の悪い街に飛ばされようものなら、メンタル次第では自殺者だって出るし、大概惨めな余生となる。これが死刑宣告呼ばわりされる辞令の、極端な方。

 

 私は一生を見知らぬ街に縛り付けられるのが嫌で、魔法士3等位のうち最上位の位を手に入れた時点で試験をばっくれた。これの1等位は自動的に魔導師(及び昇階)試験の目標得点が一回り下がる。だが、魔導師になるつもりのない私にとっては益にもなりはしない。研究費の助成が降りやすくなるために手に入れただけの資格。とっとと後進の育成に励めとせっつく事務の嫌がらせか、定期的に研究費を削減される以外、何不自由することなく研究生活に浸ることができた。できたのだが。

 

「貴君を特任魔導師に任ずる。」

 

 は?

 

「従って貴君は…」

 

 私のような不良魔法士を僻地に送り出すために、まさか、新たな仕組みまで作るとは誰が思うだろうか。しかも、よりにもよって私がその第一号だなどと。

 

 そして狙いすましたかのようにやってきた師匠からの手紙。絶対に確信犯だろう。なにせ、ついさっき叙任され、一般の魔導師と比べればろくな給料も無い(そも階位自体がないのだから固定給になり得ない)ままに地方に飛ばされることが言い渡された私に、どうして赴任することを前提とした手紙が届くと言うのか。

 

「『リュシーという少女を助手に出来ないか見極めて欲しい』…だぁ? 」

 

 あのジジイ、それだけのために私の研究ライフをぶち壊したのか?

 

 私が行くことになったのは、砂糖の大量生産地という点が地理の試験で出るため、魔法士見習い、及びその下の魔法使いの誰もが知っている街。

 歴史は深くはない。深くはないのだが、わざわざ魔導師を派遣するほど新興の街ではない。だが、さらにその遠方に新たに街を拓くための下準備という名目はまぁ、全くあり得ないわけではない。文面上は、な。

 

 だが、現在進行形で発展する街の先に造るものといえば、だ。あれは一部の大魔術師の御業のやるべきことであって、断じて魔法に携わる者のできる事ではない。

 

 魔術士、体系化された魔法を体得する魔法士の中で、どう抗っても「教科書に著すことの出来ない技術の使い手」達。その中でもとびっきりの腕の持ち主は、当代に両の手で数えられる程度にしかいない。

 

 そんな大仕事の隠れ蓑として設立する「魔法使い養成学校」。そこでの助手の推薦? しかも、その娘はただの村娘ときた。これはその娘の能力次第では使い道のないジジイの肉を踏み潰し続けないと気が済まない。

 

 というか、私の研究は大体のリタイアジジイ共の金にもなるんだからな、あのジジイ絶対自分の金にする気、いやあの師匠のせいで私もこれ(研究漬け)だからな。まぁ、研究材料はポケットに詰めるだけ詰めてるし、希少材料はともかくとして、メインとなる材料は輸入物だから着いたら、都から街に輸送先を書き換えて郵送しておけばいいか。他の材料も魔法士階位の権限が引き継がれるのなら、討伐任務のオーダーを出せばいい。

 

 私物なんて研究室に持ち込んだ物は数えるほどしかない。それに自室に貴重品なんて置くたちではないのだから、調度品なんてものは後から来る奴にくれてやっても惜しくはない。幸にしてあのジジ…師匠の言う店で毎日一食程度なら食事しても問題ない程度には特任だかでも金が出る。

 

 久しぶりに使うから腕が鈍っていなければいいが、鈍っているならいるでそこらの街で何泊かしても問題はあるまい。

 

「来いっ!」

 

 もう戻って来れるか分からない研究室の窓から、膝まである外套を放り投げ、杖先を向ける。

 

「まっ、この程度すら鈍っているとしたら等位剥奪ものだけどな。」

 

 外套が安楽椅子のような形に変化し、袖がだらりと足の椅子のように垂れ下がった。シートベルトのように体につける奴もいるが、万が一下から攻撃された時の対迎撃用砲身にもなってくれるのだから、そのままにしておいた方がいいと思うのだがな。

 

 都周りでは手に入りにくいマンメイドの杖、師匠が隠居する時に餞別としてもらった師匠のお手製だ。だが、単純な出力ではやはり魔物の骨や鱗を削ったものや、ごく稀に出る希少な討伐によるドロップ品に遥かに劣る。その反面繊細さや制御のし易さに関してはこちらの方が上で、引退した魔法従事者が隠居するような土地だと、そこからの留学生が隠居ジジィどもの小遣い稼ぎとして作られた杖を後生大事に持っていることがある。多くが詐欺レベルの出来だがな。

 

 あくまで初心者用のご当地品扱いに甘んじてはいる。だが

 

「別に作り手の腕次第で出力なんて如何様にでもなる。」

 

 それを覆すのが私の研究だ。

 

 風を推進力として移動するだけで、地上には大風を吹かせるような大馬鹿者もいるが、ハンドメイドならばそこまでの過剰な出力は出ない。そして、師匠ほどの腕前があれば最大出力も、そんじょそこらの魔物の死骸を握れる形にした程度の品には負けない。

 

 早駆けの馬の数倍は早く、されども後に残る風は外開きの窓を優しく揺らす程度。眼下の景色は目まぐるしく変わるが、一度上昇するか都を抜けてしまえば、しばらくは同じ景色が続く。広い平原に森が点在する大地がこの国の領土。

 

 試しに師匠と二人で倒した竜のドロップ品の杖で風を放ってみれば、同じくらいの力の入れ方だというのに、風で目を開け難くなるほどの速度になった。ただし、後ろを振り向いてみれば、平原に湖ほどの陥没跡が見えた。平時でこんなものを人気のあるところでやろうものなら、開戦ものだ。物理的にクビが飛ぶ。

 

 まぁ、竜なんてそう滅多にいるわけでもなく、途轍もない一撃でトドメを刺さないとドロップ品は出現しない。具体的には心臓を消しとばして、竜の再生しようとするエネルギーが一点に集中しながら消滅することで、結晶系のドロップ品が生成される。無論頑丈な骨や鱗が欲しいならそんなことはしてはいけない。普通に倒すだけでも結構固いし、触媒には十分だ。ただ残った量が少なければ少ない程、再生の起点としてエネルギーが集中し、それが全身を再構築できないギリギリの量ともなれば、それはもう伝説級(と私は考えている)素材ができる。

 一般の魔物ならばもう少し違うのかも知れないが、師匠の研究はレアドロ(由緒正しい略し方、らしい)の研究だったし、そのために制御不可能な竜の出現スパン増やしてた(大魔術師に名を連ねる栄誉(笑)を受けられる禁術)のがバレて、研究禁止命令が下されてしまったため、追加の研究は不可能だった。

 

 多くが成体ではなかったとはいえ数千と竜を消し炭にしてきた師匠の戦闘力の高さが理由として、討伐部隊に組み込まれて各地を行脚するか、引退かを迫られた。結果として引退を選び片田舎でスローライフを満喫している。だが、研究過程でレアドロ武器を溜め込んでるかも知れないから、出来れば、国への悪感情の無いままにくたばって貰って、家探ししたいというのが国の立場なのだろう。

 せっかくのレアドロ武器を失いたくない腹づもりなんだろうが…無いんだよな、これが。

 

 ぜんっぜん研究進まなかったし。むしろ、付き合わされた私以外の弟子は皆逃げ出してたから、言ってしまえば、私の戦闘力と忍耐力の育成にしかならなかった。

 

「遠方の魔法の授業なんて、適当に小難しそうなこと並べてれば良いし、それさえやれば研究もしてていいらしいし、飯も美味い時期が長いらしいし。」

 

 街への方向を確認し、私の魔力が一定以下になるまで自動で魔法が使われるよう、即興で術式を組み、魔法が終わるまで眠ることにした。

 

 




基本的には「魔法学」

 都に留学後は
「魔法使い」(一般留学生、)
↓(魔法以外が目当てならこの称号と共に帰郷してリタイア)
「魔法士見習い」(トップクラス魔法士が持つ研究室に出入りできる)
↓(特定の依頼を受けたり、研究室を持てるようになる。)
「魔法士」(3段階あるが1番上の人材は魔導師志望が多く、人手不足)
 として実績をあげていくと生活は保証されます。ですが、副業をしない限りは一般的な衣食住程度しか保証されません。

 魔法使い資格の時点で軍の魔法部門に志願することが可能になり、軍属のままに簡易試験を受けて位を上げつつ給料も得るというのが地方出身の出稼ぎにありがち。ただその場合は位の頭に「軍事」と付き、除隊後に教職としてついても本来の試験をパスするまではあまりいい給料ではない。

「魔法士」⇆「魔術士」
 魔法士は教科書的な能力が高いが、その中でも魔術師は個人の素質による能力が高い。そのため某監督のような擬音でしか説明できない感覚派、クレイジー()な魔法、あとは禁術指定の危険な(女性の師匠がこれに該当)ものを会得している場合はこの称号が得られる。
 凄いけど、教科書に載せられんわっ! ってなった都のお偉いさんが任命するって感覚でいいです。

「魔導師」
 教師(軍からスカウトされることも)。昇給試験(生徒の出来、オーダーの達成内容)があり、魔法に関わって食べていく職業とも言える。遊んで暮らす金が入ってくるだけの稼ぎが期待できる一方で、「もう十分いい夢を見ただろ?」と言わんばかりに新たに開拓された街(僻地)に飛ばされる。
 リュシーの街の教師、の教師がこれにあたる。今の教師たちは魔法については概要を知ってるだけで、使えもしない現地要員。過去の教員たちが都に戻れたのか、それとも近隣で散ったのかは定かではない()。が、一生都に帰れない訳ではない。帰れないわけではない(震え声)

 現代ならこうです。
「魔法使い」高校生・高卒認定(都以外)
「魔法士見習い」大学生
「魔法士」研究費は違うが博士課程や助教
「魔導師」魔法についてしゃべるだけで飯が食える・主に教師

 魔法の詳しい設定とチラッと触れたオーダー(よくあるクエストのようなもの)については近々劇中で。杖はタイトルから察して頂ける通り、主人公が関わるところとなった段階で、このような形で説明させていただきます。

 私も語感から役割を当てはめただけですので、違和感を感じたら遠慮せずお申し付けください。

 あと6時間以内にもう1話投稿できればと思います。では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯5 都より来たる<後編>

 良いお年を!(ヤケクソ)

 はい、20年中に投稿すると言って、間に合わなかったのは誰でしょう。そう、私でございます。申し訳ありませんでした。

 ということで、お察しです。


 ごゆるりと。


「腹、減ったな。」

 

 出る前に食べればよかったとはいえ、まさか一昼夜かかる程に私の腕が衰えているとは思わなかったんだ。研究室に篭り切りになる前なら夜までには着けているつもりだったのだが。くそ、こんなことなら自動制御に頼らないで自分で速度調整をすれば良かった。

 

 並列思考やら、寝ながらでも魔法が操作できるだなんて特殊技能なんて要らない。そういった術式が必要になったのは師匠にドラゴン狩りマラソンだなんて阿呆の所業に付き合わされた時のことだ。戦闘と同時並行で別の魔法を常にかけ続けなければならなかったため、私が開発することとなった。

 獲物のうちの1体が分泌した毒の液を蒸散させ、自らの体温を下げながら周囲の同格以上の存在を屠るほどの毒の霧を纏っていた。この毒の不思議な傾向として、大型生物ほど死に至りやすいという点が(ドラゴンに挑む戦闘職の人間ならば)割と知られている。

 さて、言うまでもないだろうが、これの解毒をしながらの戦闘が、私が若くして魔法自動制御術式だなんてものを作(らされ)る理由となったのである。

 

 話を毒に戻そう。蛇足だとしても、話を中途半端に切り上げられては気になって夜も眠れないことだろう。

 なんてことはない、これは致死量の計算法が違ったのだ。一定以上が体内に取り込まれると体内で毒同士が結合し、致命傷を生じる。他の毒が体重などに比例する中、これは毒の量のみで致死量が決定されるのである。因みに死に方を具体的に言えば…爆発する。太古の賢者が死因を調べようとした結果、刃物で遺体の腹を裂いた途端に液体のようになっていた中身が弾けたと古文書に記されていたのを師匠が見つけた。これのおかげで師匠も私も生きながらえていると言っても過言ではないはずだ。

 最近ようやく死因究明のための解剖という学問が似非黒魔術から切り離されてきたとはいえ、それでも異端子扱いにウジ呼ばわりと変わり者しか知ろうとしない内容に手を出した太古の賢者は賞賛に値するだろう。まぁ、当時の衛生学の認識不足から、最後は流行病の遺体を解剖して自身もその遺体から感染した流行病で亡くなるという、少々、いやかなり残念な死を遂げている。やりたがる人間が少ないのも納得ではある。

 

 師匠はそういった古文書や、実地調査で死骸の傾向を調べていくことで、その毒について解明した(なおその過程で生きたままふん縛られて、悲鳴を上げ続け毒の餌食となった実験動物は数知れない)。

 今では恐らく肉体を構成する最小単位を一定時間壊し続けると推測されているし、師匠の馬鹿騒ぎのせいでほぼ証明されている。

 まぁ、それについて詳しくは、また討伐するような事態になった時に考えるとしよう。

 

 そろそろ空腹で頭が回らなくなってきた。

 

 確か、師匠からの手紙に静かに食べれる店が書いてあった、気がする。

 

 門兵に辞令書を見せるのと一緒に件の店の場所を尋ねると、場所の情報に加えて、丁度ついさっき店の馴染みの生産者が野菜を運んできていたから、数日は美味い料理が出るだろうという話を聞かされた。

 

 街の上から見た時の印象としては、それなり、だ。

 

 ここ数年の発展が特に著しい様子で、中央の鐘塔が真新しい輝きを残したままだった。大体の街は教会や農業用倉庫が街の中心となっていて、1番見窄らしい建物となっていることも珍しく無い。街の形状も中心から円を外側へと広げていくこと自体は珍しくはないが、完全な円を描いたり、袋小路が見当たらなかった点は極めて優秀な設計者の影を感じさせる。

 

 街の中を飛ぶのも悪目立ちする。それに、あまり出歩く予定はないとはいえども、これから住む街だ。見て回っておくべきだろう。

 

 外周の名残りでもある円形の大通りではなく、鐘塔を中心とした広場から十字に伸びる道路を通ることにした。そちらの方が私が入った門からは近いし、街の大体の特徴がわかる。

 

 昔、師匠に付き合わされたレアドロマラソン(文献に載っていた由緒正しい言葉らしい)で色んなところに出向いた。街村と呼ばれる、路村より建物の密度や商家の割合が大きいところでは、旅人向けの宿や酒場が多かった。そこに比べれば、こちらは近くの農産品を売っている店が目立ち、同じ「商人の街」でも、商人同士の売買が目立つ。

 

 無論、冬を乗り越え脂が減った赤身肉の焼けた匂い、薫風を思わせる蒸した芽物の爽やかな香りが漂うように、決して屋台の数が少ないわけではない。だが、矢張りこの街はここで生活する人たちの環境音ではなく、遠いどこかへ向けた声に満ちているように思えた。

 

「いらっしゃい。」

 

 此処だろうという店はそこらの建物と何ら変わらない規格だったが、中身は小洒落ていて派手な塗料などとは無縁な木目模様が目立つ。客は早い時間だからだろう、まばらで3人程しかいなかった。

 

 カウンターに座り、店主に何かオススメのものはあるかと尋ねると、スパゲッティがオススメだと言った。確か、都の南東の方の料理だったか。都には専門店がなかったから食べたことがなかった。

 

 此処で漸く、これから宿舎暮らし故に、同僚などに挨拶しなければならないことに思い至った。そも宿代に足るものなど持っているか定かでない。

 

「そういえば、これから人と会う予定があるのだが、それは、口臭などを気にしなくても大丈夫だろうか?」

 

「それならば、ニンニクを減らしましょう。」

 

「では、それで頼む。」

 

 目の前で行われる手際の良い調理や作り置きの麵の色味に目が行くが、同時に周囲の客がどうやって口に運んでいるかも気になった。何やら平めな棒の先が数本に別れた物に巻きつけて口に運んでいるようだ。

 

 店主は瞬く間に火の上の鉄器の上で麺と素材を混ぜ合わせると店に香ばしい香りが広がった。

 

「金額次第ですが、香辛料はどれくらいかけましょうか。」

 

 珍しい香辛料を使った料理ということにも驚きだが、客が積んだチップの量で使用量が変わるというのは、あからさまではあるが、なかなかに面白いシステムだと思った。

 

 懐の中にある硬貨を弄理ながら、取り敢えず下から二番目程度の量だとどれくらいか尋ねると、一般的な魔導師ならばそれほど高くない値段が提示された。まぁ、こちらに赴任してきたばかりだし、少し豪華なくらいでも良いだろう。その額分テーブルの上にコインを重ねた。なお、この時先ほど頭をよぎった宿代のことなど頭から吹き飛んでいた。

 

「承知しました。」

 

 店主が静かに頷くと豪快に皿の上に鉄器の中身を移し、その上で香辛料のボトル? の先を回した。すると香辛料の粉末だろうものが降り掛かった。成る程、あちらでは都とも違う文化がとても発展しているらしい。

 

 周囲の食べ方を今一度確認しながら口に運ぶうちに二人の少女が入ってきた。二人はそのまま店の1番奥に座って、話し始めた。店の関係者だろうか?

 

 噂に聞いていた香辛料の辛味のある刺激的な味と、干し野菜などの甘味や酸味が食べ慣れない味の筈なのに体に染み入るようだった。

 

 響く声で話す二人だったが、私は黒髪の少女から感じること、いや、“魔法の気配を全く感じない”ことに驚き、会話が頭の中を通り抜けていった。

 

 そして、その少女が「リュシー」。そう呼ばれたことで現実に引き戻された。

 

 そうか、彼女が…

 

 確かに、面白い人材ではある。

 

「少し話さないか?」

 

 その短い会話の末に彼女が中々に面白い思考をしている事が分かった私は、最後にもう一声かけて店を出た。

 

「この後、街の学校の方に来てくれないか?」

 

 

 なお、後々分かったのだが、こちらのことに思考が気を取られて、まるで生娘のように恥じらう感情を微塵も隠せなくなっていたという。確かに肉欲的な話題自体を避けていたので、そういったことに免疫が無かったかも知れない。




 ほとんど中身がない。何だこれ。

 やはり、のんびり時間をかけて短い物を書くのが今の私の能力なのですね。中学生の頃より衰えてるなぁ。ファンタジーを作りたくなるのは中二病が由来だからかな?

 ということで、次回はこの「先生」による魔法助手勧誘回です。そろそろ魔法の杖案件を回収しないとタイトル詐欺ですもの。ちょっと強引ですけど、彼女がなぜリュシー嬢に目が行ったのか、本人の口から説明していただきましょう。

 では、2週間以内にまた。(冬休み明けはレポートとテストが折り重なっているため、これを逃すと完全に1月以上先です。)→後者の1ヶ月先になりましたby2月現在の私


 明けましておめでとうございます。本年もごゆるりと、のんびりしたひと時をお過ごしいただけますように。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 修道女先輩に手を引かれて

 お久しぶりです。悠瑠璃です。

 テストが振るわないどころじゃなく、体調を崩し、新学期こそはと気合を入れようと空回りと、無為に時間が過ぎていきました。

 はい、ストックに手を加えて投稿です。短いです。



 ということで、次回タイトル回収するといったな? あれは、嘘だ。


 すみません、一回やってみたかったんです。ということで、ギャルゲだったらヒロイン√があるであろうキャラの追加です。

 では、ごゆるりと。


 

 お店で昼食を食べた後、私は急遽今日明日の予定について考えることとなりました。先程の都出身だろうナンパ師のお姉さん、失礼、推定するに「派遣された名も知らぬ教員」の方からのお誘いのため、今晩はこの街に泊まることとなりました。先方もこの後すぐにとはいかなかったようですので、明日ということになりました。

 

 と、言いますのにも理由があります。あぁ、こちらで一泊する理由では無く、彼女の身元の方です。大きな決め手としては明日の待ち合わせ場所が新たな校舎のであることでした。他にも都方面の正装?らしきベストをつけていたこと。確か以前私が学校に通っていたころに先生が、その先生の先生から貰ったお古だと言いながら見せてくれた物にデザインが近かったのです。あれは一体何十年前の物なのでしょう。

 

 さて、普通なら親友の家に泊めてもらうのが、現代の考えなのでしょうけれど。ここは(より騒がしい店は他にもあるとしても)酒場としても繁盛しているわけですから、夜中までどんちゃん騒ぎな訳です。いつもの夜のバイト(不作だったり、獣による作物被害の年にはよくしていました)ならば気にすることはないのですが、こちらで稼ぎ時に睡眠を摂るにはお互いに遠慮してしまうことでしょう。

 

 次点として考えられるのが、今向かっている教会です。

 

 ソラとの会話の最中にもでた、先輩兼シスターのネリ姉。姐と言うには所作や言動が穏やかに過ぎるのですが、押しの強さといいこの街の学童皆の姉貴分と言っても過言ではないことでしょう。

 

 この街ができた当初は街の中心にあった教会は、その立地上多くの初期住民達を雑魚寝ではありましたが、雨風から守ってきました。そういった歴史から、移設されても浮浪児や事故で家を失った人の一時的な受け皿となるべく、宿泊部屋が多めに設計されました。

 

 視界の隅にこの町でも珍しい黄金色が糸を引いて流れて、そう思った時には耳元で穏やかに、でも力強いという矛盾をはらんだ声で囁かれていました。

 

 

「あれ? りゅーちゃん? 久しぶりっ!」

 

「恐らく世界中を探しても、私をそんな幼児のような呼び方をするのはネリ姉だけでしょうね。お久しぶりです。ネリ姉。」

 

 どうやら探し回ることにはならずに済んだようです。

 

 斜め後ろから瞬間的に抱き着くようにして表れたのは、絵にかいたような金髪ロングシスター。コーネリア先輩ことネリ姉、探し人その人の方から来てくれました。

 

 あっさりと体を離して、私の正面に華麗なターンで舞うように回り込んで見せました。舞踏会などで鍛えられたとはお家柄思えないのですが…気にしないことにしましょう。だってネリ姉ですから。

 

 この燃料を体から吹き出し続けるかのようなエネルギッシュさは、若さの特権だと思います。いえ、今の私の方が身体は若いのですが、前世での私も彼女くらいの年頃だと…いえ、彼女持ち前の美点のようです。えぇ、思い出すまでもありませんでした。全ての新卒が活力に満ち溢れているなどという風評被害も甚だしいですね。

 

 見慣れた修道服ではありますが、よく見れば裾などに縫い目が見え、まだまだ彼女が成長の最中であることがわかります。そういえば中世の栄養状態の割には背が高い方と自負していたはずでしたが、どうやらまた身長に差が開いているようです。彼女はいつまで成長期だというのでしょうか。

 

「もー、私相手に敬語なんて必要ないって言ってるじゃないのー。」

 

「いえ、ですから身内相手にも基本は此れ(敬語)ですので。」

 

 びしばしと音が鳴りそうな程の勢いで私の肩を叩きながら一方的に捲し立てています。なんで私の周囲には体育会系女子が多いのでしょう。いえ、まぁ、根暗同志が集まるとも限らないですし、寧ろ話しかけてこなければ、私から声をかけることなどない人間なので妥当と言えば、そこまででしょう。類が人を呼ばなければ、友はコミュ力強者。

 

「あの、今晩泊めていただくことってできますか?」

 

「あれ? そらちゃんのお店の仕事じゃないの?」

 

 どうやら新任の方に私の話をしたのはネリ姉ではないようです。学校の方にはこれから挨拶に行くようなことを言っていたので、先生とは思えないのですが、さて、そうなると私と学校の両方に関わりがある、それも街の外に連絡手段のあるような方はそうそう思い浮かびませんね。

 

 先程会った都から新しくやってきた方と明日学校でお会いすることになった件について、私は彼女に話すことにしました。

 

「じゃあ、今から行こっか。」

 

「はい?」

 

「だからぁ、本当にその人が新任の先生なのかとか、なんでいきなりっ、りゅーちゃんにお話ししたくなっちゃったのかとか、ねっ?」

 

 まさかまだ見ぬ校舎に行くことになるとは思いませんでした。

 

 アポなしでも突撃出来るのは、低学年小学生同士の友人宅くらいではないでしょうか?

 

 そこのところ、どうなんでしょう? How do you do. Dear my sister?




 修道女のシスターと姉のsisterを掛けたギャグのつもり、らしいです。

 説明している私ですら鼻で笑いましたが、リュシー嬢は鉄面皮の裏でドヤってます。遠回しに懐いている姉なるものの価値観をdisってますが、彼女の笑いのツボは駄洒落に目覚めた小学生と同等です。

 では、また。


 ・・・つ、次こそ、タイトル回収を(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 魔女の誘い First

 こんばんは、悠瑠璃です。

 前後編、で終わる自信がなかったのでこの表記です。特に予定は決まってないのでやっぱり前後編でよかったじゃん、とかにもなりかねませんが。

 ということで、ようやくあらすじの一部回収です。

 つまり、杖に関しては次回に続くんじゃぁ(度々すみません)


 が、多分ここで切る方が自然だという流れに身を任せました。結果、次回がチュートリアルです。それに関しては間違いございません。


 では、ごゆるりと。


「…私この後じゃなくて、明日っつったよな?」

 

 どうもすみません。

 

 明日、という約束の日時を大幅に早めての再会となったことに戸惑いを隠せないご様子。私もですが、止めきれなかったのはこちらの過失にあたるので文句は言えません。

 

 都から来た女性はクリスと名乗りました。都で研究者として引きこもり生活をしていたところを人手不足を理由にこの町に飛ばされてきたと付け加えました。

 

 私が学校に通ってた頃の顔なじみの先生による案内の下、私たち3人は応接室に通され、そこで明日話す予定だった内容を話すことになりました。

 

 新校舎は未だ建築中の模様でどこか建材の匂いが漂っています。応接間はその臭いを誤魔化すためか春先だというのに雨戸を開け放ちっぱなしで、寒い。クリスさんだけはさっきまで活発に動いていたのか外套を羽織っていないのに、身体中の筋肉が自然体で微塵も凍えていません。

 

 クリスさんに勧められるがままに席に着いた私は、もう一度突然押しかけたことについてお詫びしましたが、別に今日中に片づけなければならない物は無いからと言って下さいました。あの、ネリ姉さん? お茶菓子を漁らないでください。

 

 因みに突然今日学校に来ることになった事について、縷縷に説明すると一言、お前も押しの強いのに囲まれてるなぁ、と突然素に戻ったかのように遠い目で呟いたものですから、私もネリ姉が勝手に3人分注いだお茶に目線を落とすしかありませんでした。

 

「ところで、クリスさんは何で私に?」

 

「昔の知り合いからの推薦でな。お前さんが適任だろうと言われた。無碍にするのも何な相手でな。取り合えずどんな人間なのか、確かめてみたってとこだな。」

 

 クリスさんは時折、思い出したかのように硬い男性的な口調になります。ですが、どうやら砕けた男性的口調と言うべきでしょうか? 姉御肌という方が正しいのかもわかりませんが、とにかくフランクな姉貴分的な素が見受けられます。

 

 私を推薦した人間というのも気になりますが、名前を出さないということは相手の方も知られたくないということなのでしょう。私自身名前だけ知られているということがないわけではありませんから、少しだけ気になる程度、といったところでしょうか。

 

「定期的にお願いしたい仕事内容の説明をしてもいいか?」

 

「あっ、はい。構いません。ですが、私も家が農家なので繁忙期などは全くこちらに顔を出せない期間もあり、普段も農作業がひと段落してからとなると時間も限られたものとなってしまいますが。」

 

「そちらについては私も承知しているよ。」

 

 クリスさんは足を組み替えながら、ティーカップをテーブルに置きました。ちなみにネリ姉は追加のお湯を沸かしながらお茶菓子を食んでいます。さっきからパリポリと聞こえてきます。なんで私より年上なのに成長期なのですか?

 

 正直必死にシリアスな雰囲気を演出しようとしているようにしか思えませんが、静かにクリスさんは話を進めます。

 

「これから数か月後、この学校の建築にひと段落が付いたら、ここが魔法使いの養成所の拠点となることは知っているか?」

 

「いえ、新しい学校ができると聞いた程度です。」

 

 ふむ、と私の答えに数舜考えるそぶりを見せた彼女は、再び口を開きました。

 

「私個人としては研究助手と指導助手を頼みたいところなのだが、後者ともなると君自身も都での授業の数倍の速度で学ぶことが求められるだろうな。どうだろう、報酬としては週5の場合、これぐらいを提示してもいいのだが。」

 

 クリスさんが懐から取り出した二の腕ほどの長さの杖、それの一端を掴む手の内が淡く光ったかと思うと、廊下の方から一枚の紙が飛んできて、私の目の前のテーブルの上にひらりと止まりました。

 

 そこにはやけに0の多い数字。

 

「えっと、これは、年収ですよね? 先ほども言った通り繁忙期などは」

 

「いや、月収だが?」

 

「へっ!?」

 

 私の鉄面皮が音を立ててすっ飛んでいった気がします。驚いたような顔で私を見るネリ姉が、私の持つ紙に目を向けて一言。

 

「確かに農家の次女じゃ、そう見ない額よね。」

 

「それもそうか。だが、魔法に携わる人間としては少ない方なのだがな。」

 

「いや、貴女のような研究漬けや、魔導師と比べられても可哀そうよ。」

 

 ネリ姉とクリスさんが何やら話していますが、耳に入ってきません。

 

 見かねたネリ姉が声をかけてくれました。

 

「大体この額だとまぁまぁ儲かっているとき、ソラちゃんのところのお店の数か月分くらいかしら。」

 

「しかも、それ繁忙期の事じゃないですか。えっと、具体的な仕事内容をお伺いしても?」

 

 ここまで都合の良い話だと一周回って心配です。とてもブラックな業務内容なのでしょうか?

 

 

 そう問いかけると、クリスさんはチッと舌打ちしてコイン(銀色に光りませんでした?)をポケットから取り出し、ネリ姉に向けて親指で弾いて一声かけました。

 

「私の負けだ。これで屋台で好きなもん買ってこい。」

 

「わぁい、ありがとうございます。 じゃっ、りゅーちゃん? 親御さんに相談しても、まぁ、多分就職確定だけど、ちゃんと相談して決めるのよ?」

 

 そう早口でまくし立てると、もう修道服の姿は部屋には見えませんでした。

 

 取り合えず、クリスさんの方に向き直ると、彼女は力ない様子ながらもにかッと笑いながら、一転して和やかな雰囲気のままに言葉を紡ぎ始めました。

 

「わりぃな、そも都と地方じゃ物価も違うからあっちの雇用感覚で話せば、当然金額は高くなる。私は話も聞かずに働くのを決めるに賭けた。んで、アイツは警戒して詳細を聞くに賭けたんだよ。」

 

 ポケットに残ってた数少ない金なんだがなぁ、とポツリと呟いたクリスさんの姿はどこか哀愁が漂っていました。本当に都ではお金があったのか心配になります。

 

「都でしか扱わない貨幣をここで両替すれば金になるんだがな。即金で払わなきゃならないもんは御免だな。」

 

 そう言って私に見せたのはクリスタルで出来た5円玉のような物体でした。

 

「これがこっちの金貨5枚分だと思ってくれて構わない。」

 

「もうインフレにいくら驚いても足りない気がしてきました。」

 

「都から派遣された魔導師は地方じゃ圧倒的な財力を持ってるからなぁ。但し武功とか優秀な生徒引き抜き合戦を真面目に取り組んだ奴等な。私はそこらへん真面目にやってなかったから、良くてさっきの嬢ちゃん所と同等。」

 

「それでも街でトップクラスの財力なのですね...」

 

 そんな貴重なお金を懐にしまい込んだ彼女は笑いながら、そこらへんの価値観の知識も仕事する場合は覚えなきゃな、と言いました。

 

 そういえば、彼女に私のことを紹介したのはやはり、ネリ姉さんであったのでしょう。二人がいつ示し合わせたのかもわかりませんが、以前から知り合いであったのなら二人が賭け事なんてやってた理由も合点が付きます。それにアポとずれても問題なくお話しできたことにも。

 

「まっ、今のはこれからそういう金に物を言わせる奴らがじゃんじゃかやってくるって話な。」

 

「商人の方ならば、そういった事情には詳しいかもしれませんが、とても私には縁のない世界ですね。」

 

「そっ、つまりは基準自体が違うから給与は増えるって話さ。」

 

 外貨が大量に流入することによる弊害など、政治家や商人さんからすれば頭の痛い状況なのかもしれませんが、確かに一介の村娘の私などからすればこれ以上ない仕事の一つと言っても過言ではないでしょう。

 

「まっ、私の異端研究が実用化されなければ、君にゃ無関係な話だがな。」

 

「はい?」

 

 突然、犬歯を剝き出すような笑みと共に冷たさを帯びた声で告げました。

 

「さっき見せた都の硬貨、あれが使えるのは魔力の使い方を知っている奴だけ。」

 

 

 

 

 

 君は10、いや、100年に一人と言っても良い『微塵も魔力を持ちえない』人間だからな。

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、私の思考は今度こそ完全に停止しました。

 

 




 正直、何度クリスさんにキセルを吹かせないように苦心したことか。

・言葉遣いと魔女というワードのおかげで、『魔女の旅々』のシーラさんが頭から抜けませんでした。シーラ先生とフラン先生のバディが過去現在どちらも微笑ましかったので、多分私の中の魔女像の一つとして留まり続けるんだろうな、とも思ってます。
 なので私の中でシーラさんとのダブりが消えたら容姿の描写を加筆します。ご迷惑をおかけします。

・破戒シスターは正直何でこうなった、としか思えません。暴食シスターは多くの作品で覚えがあります。ですが、執筆直前に某映画祭の雑誌で、修道院を舞台としたある有名な映画のあらすじを読まなければ、多分ここまで破天荒にはならんかった。
 来月観に行きたい(見に行く暇がなかったよ…by1年後の私)。


 ということで、こうしてキャラの裏事情で考えないようにしてますが、魔力云々の説明なども含めて「RPGにおける設定の説明」のノリですので、続きます。
 察しの良い方は「RPGにおける●●」がまだいくつかあるとお分かりになっていると思います。

 つまり、ここまでRPGにおいてはプロローグの「旅に出る動機」が入る、前の描写です。我ながらどれだけかかってるのでしょう。

 ということで、次回「魔女の誘い2nd」何で彼女は選ばれたのか? です。

 では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8 魔女の誘い Second

 こんにちは、悠瑠璃です。

 ようやくタイトル回収…したのかなぁ。

 と、言いつつもあと少しで物語がきちんと加速してくれる筈、という長らくプロットというか、断片として頭の中で暴れるストーリーの山場と、その山場まで辿り着けずにエタッてしまった作品の悪夢が、過りますね。

 そのうち一度設定入れないといけないですね。具体的には私の頭の中のクリス先生の服装が白じゃなくなったらですが()

 では、ごゆるりと。


 君は10、いや、100年に一人と言っても良い『微塵も魔力を持ちえない』人間だからな。

 

 魔力。多分、魔法を使うための力のことでしょう。

 

 一応都からいらっしゃる方は、行商人以外の方はなんだかんだと魔法について学んだ方だったりはしますが、その実、魔法を見せビラかして下さった方のものは、どうしても「しょぼい手品」の域を出ませんでした。

 

 自己顕示欲に伴わない能力だったといいますか、ちょっと鳩を出しますね、のノリで自分の帽子が跳ねて落ちていくだけのものを見せられても、困るのです。あの微妙な空気は笑えば良いのか、喜べば良いのか、ホステスの如くおだてれば良いのか、とても悩ましいものでした。

 

 聞いていますか? 飲み会でウェイウェイ言って学んでいることを誇りながらも、その実、出来ることに中身のないMr.陽キャ。中身を伴うために勉学に励んできては? 中身の伴った陽キャなんて実力者は私とは縁がないので、耳も痛くない方はお気になさらないで。

 

 そういえば、先の魔力の言い方について、少し気になったことがありました。

 

「“持ち得ない“、ですか?」

 

 持たないというのは分かります。

 現に私自身に不思議パワーがあるとは長年知りませんでした。それに、何より学校の授業で軽くかじった瞬間に、自分の机を浮かせてしまったり、濡らしてしまう子はいました。が、私にはそういう兆候はありませんでした。因みにどちらも暴風とか川とか大規模なイメージしたところでそれだったそうですが、たかだか数ミリ未満の浮遊に、涙程度の水でした。魔法ってショボいなぁ、とかいう感傷はありましたね。

 

 話を戻しますが、そういった身体機能にも満たない魔法を使うことができないというのは、まぁ、頷けます。ただ、なんで、それが「魔力を持つことができない」という点まで分かるのでしょうか?

 

「冷静なんだな。」

 

 果たして私は冷静、なのでしょうか? 私はただ実感が、ないだけのような気がします。

 

 実際問題、都へと魔法を学びにいくような話ならば兎も角として、農家の娘をやる分には魔法なんて微塵も縁がないものです。それの適性がどうのこうの、どいう話をされても、なんとも言えません。

 

 クリスさんはまぁ良い、と一言呟いて、お茶を含んでから続けました。

 

「魔力を生み出す能力というのは強くすることができる。筋肉と同じで付きやすい、付き難いという差異はあるがな。だが、それは言った通り、筋肉なんだ。生まれながらに誰もが大なり小なり、どんなに微弱でもそういう『器官』がある。だが、君にはそれの探知に長けた私でさえそれを感じることができない。」

 

「つまり、私は何らかの臓器が欠けてるようなもの、と?」

 

 とはいえ、生きてるので腎臓の片方、みたいなものでしょうか。

 

「まぁ、そうなるな。私も文献でしか見た事はないが、ごく稀に現れる、という。まぁ、日常生活を送る分には不自由することはないだろうけどな。

 ただ、都での生活はかなり難しいだろう。」

 

 あの、金銭に続いてのパワーワードですね。何でしょう、地方と都ではカルチャーギャップというべきものが存在しているように思えるのですが。

 

 今私が暮らしている国って、魔法国家とかいうようなファンタジー主人公が訪れたり、仲間の魔法使いキャラの出身国みたいな国ではなかったと記憶しているのですが、それでも魔力って大事なんでしょうか?

 

 目が点になっている自信はありますが、澄まし顔でお茶を飲んで間を広げないで下さい。思考が停止、なのではなくて、情報が不足していて理解ができないだけですから、むしろ、説明を、早く、して、下さい!

 

「先ほども言った通り、あちらは物価が違う。それは出稼ぎなどの人の往来を制限することも目的ではあるが、別に数晩凌げるような場所はいくらでもあるから、それは主目的ではない。だが、先ほども見せたあの小銭は、魔力を通すことで本当の価値が出る。」

 

 そう言ってクリスさんが懐から取り出したあの透明な五円玉は一瞬にして淡い朱色を放ちながら、金色に染まっていました。オーラのような赤は霧散してしまいましたが、金色は未だ残っていて、魔力を通し続ける必要な無いように見受けられます。というか、先生の魔力の色って朱色なんでしょうか。いえ、魔力に色があるとかいうのは前世の創作物の知識ですので、一概にはいえませんが。

 

「このように魔力を通すことで、この貨幣は真偽や価値を確認することができる。これができない君は、騙されたり、同様の仕組みの身分証明証が利用できなかったりととてもじゃないが都では生活が難しいだろう。」

 

 大概は身分証発行時に簡単な魔力の使い方は覚えるんだけどな。そう彼女は締めくくりました。

 

 身分証に魔力って…真偽の確認とか個人証明でしょうか? まぁ、私にはそう縁のない話だとは思いますが、少し気になりますね。

 とはいえ、これで分かったことがあるといえば、私には都に出稼ぎに行くことができない、ということくらいでしょうか。

 

「が、それは私の研究次第ではある。」

 

「はい?」

 

 タバコか、吹けてない口笛なのかわかりませんが、ふゅう、と口から息を虚空に吹きかけた彼女は足を組み替えて、シニカルな笑みで話を再開しました。

 

「私の研究の副産物、ではあるが、使い捨て式の魔力タンクの研究もしている。それを再充填が可能なシステムを組むことができれば、例えばそうだな…」

 

 彼女自身の左手首を指し示しました。腕時計のようなものは見えませんが、右手の人差し指にあの硬貨と同じ材質の指輪のようなものが見えました。何かのマジックアイテムだったりするんでしょうか。

 

「ブレスレットのような形にはなるかもしれない。そうすれば左手限定だがそういうものを使用できるようになる。」

 

 そして左手で指を鳴らし、ゆっくりと開いた掌の中に小さな炎が生まれました。因みに指パッチンの音はなりませんでしたが、そこには言及しないことにしました。カスッというような擦れた、あ、いえ、掠れたような音は出てました。

 

 正直、酒場で見せて下さった酔っ払いは、瞬間的な爆発でご自慢のお髭がアフロになっていました。その後、木製の食器を一つ焦がしたとかで、店長にジャーマンスープレックスを受けて、店先の樽で犬神家をやってました。因みに樽から足が生えた着ぐるみみたいな感じで、酔っ払ったまま街中を歩いたらしく、その後はお店のマスコットとして、ビール樽が定着しました。

 

 そんな酒の肴の笑い話を思い出し、緩みそうになった表情筋を引き締め直しました。流石に本職の方ですから爆発はしないと思いますが。

 

「これと似た仕組みでな、アイテムに記録された通りの動作をトリガーとして手首から先の一部のみで魔力を使う。」

 

 器用に炎は手の平から人差し指の指先へと滑っていき、クイッと指先を上へ跳ね上げると、炎は弾かれたようにティーカップの上へと放物線を描き、飲みかけで冷めてしまっていた私のお茶は再び湯気を出し始めました。

 

 炎というものは物質が大気中などの酸素と結びつく、現象、ですから、何も可燃物がないところで燃えるわけがないと思うのですが、そこはファンタジー。機会があれば調べてみたいものですね。

 

 いえ、そこではありませんでした。以前のその飲兵衛爆発さん太郎のそれとは違い、クリスさんのそれは静かなもので、結合し続ける現象を一定に保ち続けるという、ある種の脅威的なコントロール力を誇っていた、ということを後々私は知ることとなったのでした。

 

 普通は火なんて属性はなく、爆発するだけで「風」属性中の2つの主流のウチの一つとして扱われているとか。そういうことを学んでいくことになるのです。因みに、もう片方はそよ風を生み出すことの延長線上のタイプだそうです。机を浮かせた子が多分それですね。普通に持ち上げた方が高効率だったので頭の隅に追いやられていましたが。

 

「まっ、これは魔力操作と感知がメインの私なりの解釈。だが、私がメインで行っている『杖』の研究も含めて、私が長らく修行したコントロールの精度でも自分の魔力が邪魔になってね。魔力の持たない人間に作業をお願いしたいんだよ。」

 

 魔法の杖って、素材を削るとかじゃなくて魔法使いさんが作るんですね…

 

 こうして、クリスさんからの仕事の説明を受けた私は、家族に相談するため、当初の予定通りに今日中にお爺様の馬車で家へと帰る事ができたのでした。

 

 まぁ、ネリ姉さんも言っていた通り、寧ろ強く勧められることになるという、確信はしていました。




 設定が生えました。
 魔法は使えても気づかないレベルが一般的で、入門書で日常だとものを投げるような感じで魔力が瞬間的に流せて、非義務教育で多少はNARUT○っぽく属性話ができるようになって、越えられない壁を経て、専門家が飛んだりバトルできるレベル、ですかね。
 なおそれでも実力者がウォーターカッター、単発の爆発、土砂崩れ。魔法剣士が剣を加速させたりなんかすごく熱くして切ってるだけです。(正直いきなり魔法がファンタジー満載で始まるのもつまらんかった。「派手になればすごくてつよい」って出尽くしてるし、というなんとなくです。完成形は魔法科高校の○等生の物理現象チックな魔法ですけど、中世でそこまでの出来は釣り合わない)
…土の形を変えたり、ものを動かしたりで初期の描写は説明できるから、問題はない、筈。


 設定はそのうち練り直します。

 次回、多分「助手のお仕事始めます(魔法についてのあれこれの授業)」。
 ところでコレRPGにおける第1章のタイトルコール前なのでは、と何度も思うこの頃です。我ながら筆が遅い。

 では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9 魔女の誘い After

 お久しぶりです。悠瑠璃です。

 大学6連レポート締め切り三日間に集中の型を最後の最後に食らい、やり遂げ…ではなく、何とか耐えきりました。

 そして来週は外部の英語の試験です。勉強期間とはいったい…


 ということでお待たせしてしまった方、次から展開が動き出します(おい)。

 テスト勉強の傍らで恐縮ですが、リュシー嬢の波乱の日常をお楽しみいただければ幸いです。

 ごゆるりと。


 なんとかお爺様の帰る時間に間に合いました。

 

 行きは私の家の、私が独自に手をかけた野菜を運んでいた部分には馬のエサらしき藁、もしくは寝藁でしょうか、それがあるからかはわかりませんが、何処か馬の脚も子気味良く、心地の良いリズムです。

 

 そうして何事もなくゆらゆらと馬車に揺られて見慣れた村へと帰り着きました。

 

 道に沿って似たような大きさの家が立ち並び、井戸の近くには大きめの広場、建物によっては玄関の近くに屋台の骨子のようなものが残り活発に商品のやり取りが行われていることがわかります。雪解けを迎えたばかりなので行商人の馬車も見当たりませんが、そのためのスペースや客室や酒場を兼ね備えた一際大きな建物。

 街のようにレンガ造りではなく、多くがウッドハウスのような質素かつ素朴で、手早く作られた中でも質実剛健といったコンセプトにも感じられます。

 

 私は村の井戸の近くでお爺様にお礼を言って馬車から飛び降り、清水をバケツより一回り小さいほどの木製の桶一杯分だけ汲み取って、帰路につきました。

 

 どうやら近くの酒場では街からか新しい植物の種を購入した、という声も酒に酔った大声に乗って漏れ聞こえてきました。

 

 閑静な村々に時折、陽気な農夫の声が聞こえる。少しだけ冷えるけど、一年を通して住み心地の良い気候。多分、前世を鑑みても極めて人の居住に適した環境と言えるでしょう。

 

 えぇ、なんてことのない日常が恵まれている、そういうことに気付けるときは足取りが軽くなるというものです。先ほどの馬もそうだったのかもしれません。

 

 そういえばお爺様が別れ際に、私の次もよろしくお願いしますという言葉に対して、今晩でも構わないとおっしゃっていました。あれは一体どういうことなのでしょうか。

 

 ふとした疑問もあまり脳裏に残ることなく、家までたどり着きました。

 

 我が家は私の魔改造…というのも何ですが、前世の寒冷地のお宅に倣って木製ながら玄関フードというものをつけています。云わば二重玄関というやつです。これは外の冷気を玄関を通して家に入れる

過程でもう一段改工程を踏むことで、寒さを和らげさせるものなのです。が、残念ながら現代ほどの遮熱素材ではない以上、そも家自体が冷えることもあるため、あまり意味を為しませんでした。

 

 お爺様に頼まれてお爺様の家にも作ったのですが、そちらはちゃんと機能していたのに。我が家のこれは要改良なのですが、あまり大きな木材が手に入らなかったことも含めて計画が滞っています。

 

 さて、井戸水を数少ない金属鍋に移し替えて調理窯(現代でいう所のコンロなのだが言葉が…)の上に置いて居間を見やると丁度母が編み物をしていました。

 

 都での働き口を見つけました。

 

 母にそう報告すると少し目を見開いたすぐに、どんなところなのか、と聞いてきました。

 

「今度街にできる魔法の学校の先生の助手です。都では研究一筋だった方だそうで、現地要員としての働き手を探しているとのことです。」

 

「そうなのね、貴女が大丈夫だというのならきっと大丈夫なのでしょう。」

 

 少し目を伏せた母でしたが、そういえば、と思い出したようにこちらに向き直りました。

 

「いつもお世話になってる、えぇと…ほら、今日も街まで乗せてくださった。」

 

「オールデンお爺様のことですか?」

 

 今日も街まで乗せてくださった、という言葉で母が言おうとしているのがお爺様の事だと分かりました。絵画やファンタジー映画によく出てくる白くてフワフワのサンタクロース髭が珍しいので印象に残りやすいのですが、こちらでは一般的なのでしょうか? 私以外の人からはあまり覚えられていないようです。

 

「そう、その方がね、もしこれから貴女が街で仕事を得て、それでもここで暮らすようなら、その子のお昼ご飯と引き換えに1頭老馬を貸して下さるそうよ。」

 

 …いや、馬って結構食べますよね? 食費が馬鹿にならな、い。あぁ、はい、そういえば私のお仕事って物価が違う職業なんでした。給料の前借とか大丈夫ですかね。

 

 というか、そもそも馬なんて一人で乗った経験なんてないのですが…、もっと言ってしまえば、補助が居ようと居まいと、前世も含めて30年以上の記憶の中に馬の背に乗るはおろか、直接馬に触れた事すらないのですが。

 

「かなりのお年寄りみたいだから速度は出せないけど、あまり食べないし、散歩がてら街まで歩かせてやってくれって。」

 

 練習する時間が欲しいです。あと定年後の道楽だとして馬って何頭も養えるものですか? 少なくともお爺様は3頭以上馬を所有しているように感じられるのですけれど。

 

 それこそ都出身でもなければ…いえ、詮索は失礼ですよね。

 

「それならば先ほど直接話してくださったらよかったのに。」

 

「貴女の方が働くかもしれないという話をしてあげてないのではなくて?」

 

 たしかに。

 

 帰り道の中、お爺様には今日の就職関連のお話をしていませんでした。今年は何育てよう程度の話と言いますか、普通に農村トークでした。

 

「今回のお誘いの返事をしに行く際にお話しすることにします。」

 

「えぇ、それがいいわ。あっ、でも未だ日があるのだし、夕食の用意は私がしておくから、今のうちにあの方のところにお伺いしてみたらどうかしら。それで都から来た新参者の方はとかく信用が落ちぶれようが、利益を出せるなら構わないところがあるから、ちゃんと仕事が始まったらお祝いしましょう。」

 

 あの、お母様? 貴女の中の都会から田舎へ来た人のイメージはどうなっているのですか?

 

「数字っていうのは慣れなのよ。生活にかかる金額、儲けとしてでる金額。あとは特産品みたいな場所によってはたくさんあるもの。そういうものの使い慣れた量とズレてしまうと、どうしても帳尻を合わせようとして、後々大事になるものを切り売りしてしまう人も少なくないのよ。」

 

 どこか懐かしむような、悲しむような目で手元を見やった母でしたが、さて、と立ち上がって、私に明日にでもお爺様に預けてくださる予定だという馬を明日借りれないか、聞いてくるよう言いました。

 

 日も暮れかかっていますが、少し早足で行けばお爺様の家まで行って帰ることはできるでしょう。

 

 

 

 行ってきます。

 

 

 

 たったそれだけの言葉が生涯耳に残り続けるとは、この時の私は思ってもいなかったのです。




 短いし質も低いですって?

 私も思います()


 徐々に勘を取り戻しながら、改めて魔法学校支部編(今考えたテキトーな名称)を次の次あたりからお楽しみいただけるよう、次話を執筆していきます(えっ)。

 趣味を再開し始めまして、学業でシャレにならないから、やりたいことが多すぎてシャレにならないに比重がシフトしています。ですが、いろんなことを経験して、作品内でキャラクタに還元できれば、という思いも2割くらいはありますので、もうちょいこっち優先しろや、位でご容赦いただけると幸いです()

 では、また、今度こそ近いうちに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯10 いつか、その日が来るとき<前編>

 お久しぶりです。悠瑠璃です。

 次話でプロローグは最後となります。

 亀更新過ぎて私自身引いているところですが、プロットのプロット、自体は見えています。「肉」の前の「骨」の前の「タンパク質」の前の「DNA」…どころか「テロメア」レベルですね。つまりどこまでやって区切りか、その区切りがいくつで終わりか、位です。

 つまり、亀更新は変わりません。申し訳ない。

 では、ごゆるりと。


 今でも夢に見ることがある。

 

 誰にも憚ることなく、情熱のままに駆け抜けた華やかな日々を。

 

 そして熱情のままに踏みつけてしまった地雷の爪痕を。

 

 だから、終には二つある。

 

 一つは自らの蒔いた種より芽吹いた大樹の木陰にいるかのような、穏やかに愛しい者に看取られていくこと。

 

 もう一つは徒に踏み荒らしてきた花畑に花を育てようとするような、一人泥臭く足掻いたまま朽ち逝くこと。

 

 自らの行いを最期に顧みていくことで、自分はどちらの末路への道を歩んでいるのか、自ずと理解できる。

 

 だけれども、往々にして愚か者や勇者、そして夭逝するものはこの例に当てはまることはない。自らのことを顧みる前にその命を落とすからだ。それは人生を一冊の本に例えるなら裏表紙のない、途中で落丁したっきり、もしくは破れた本のようだ。そんなものは「結び」と呼ばれることもない、ただの断絶だ。

 

 断じて、終わり方と呼んで良いものではないのだ。

 

 そして、それは人生のみに非ず、一つ一つの事物にも言える。

 

 誰かが投げ出した、放棄した、遣り残したことは終わらない。

 

 忘れ去られ、いつかどこかでだれかが完遂させることを待ったまま埋もれていくものもある。

 

 だが、人生と違うのは、次の担い手になることを選ぶ誰かがいるということだ。

 

 それは誰かがやらなければならないことだから、もしくは誰かにとってやるべきことだから。それから、それが、その故人との縁によってなされることもある。

 

 縁とは随分と包括的なもので、多くは愛情を思い浮かべるが、時に憎悪、嫌悪すらも繋がりとなる。

 

 一人死に行くような結末だとして、託す物は、最期の贈り物というものはそれを辿って結ばれるのだ。

 

 どんなに祈ったとて、どんな感情で結ばれるかなど、誰にも決めることはできない。だから、その最期が後悔とか憤怒、怨嗟などであれば、悪いことなのだろう。私ももれなく後悔の中で朽ちゆく人間だと、そう思う。

 

___________

 

 

「オールデンお爺様!」

 

 

 馬の轡を外して馬それぞれの餌を選り分けていると、先程家の近くまで送り届けた少女が駆けてきた。

 

 いつも穏やかな笑みを絶やさない母親とは似ても似つかない、その無愛想さに加えて職人気質な結果至上主義で有名なリュシーだ。だが、親しくしてみれば厳し過ぎる程の礼儀作法や法律、規則に則っているだけで、奥底には新しい物に思いを馳せ、形作る時にだけ見える、本人も自覚してないであろう試行錯誤の化身がいると分かる。

 

 自らを縛りつけるものに身を委ねて退屈を感じてるだけ。

 

 だから、村で平凡な農婦になる安全で平和な変わらない日常より、だ。それよりも、自分自身の意思で街に出る機会を掴んで、それこそ、旅の商人辺りと結婚して、新鮮な世界を歩き続けて欲しいと思った。だから、彼女には何も言わずに彼女の母にだけ、街で働き場所が見つかったのなら、儂の馬を一体貸し与え、いつかは譲る腹積もりだと話した。

 

 いつか、儂の遺産を分ける時に、何処にいても、あの世界を拓いていく瞳の助けになるように。

 

 軽く汗をかきながら、泥が跳ねるのも気にせずに走ってきた。彼女の人となりを知らない余人からすれば、一際揺れる鬢は焦っているだけにも見えよう。だが、これはただ急いているだけなのだ。

 

「私、街で働くことになったんです。」

 

 新しいことを知っていく。そんな冒険心に背を押されて。

 

 未だ周りの事を考え過ぎて、表には出せないけれど。必ずその輝きが彼女自身や出会う場所に明かりを灯す。

 

 だから、その種火が消えないように精一杯の祝福を。

 

「では、そうだな。就職祝いに君が乗る馬を決めようか。」

 

 一番老いてる馬、などと口にした気もしたが、どの道1頭はこの村に置き続けることはできないように育てたし、何より世界を周れるような健脚の馬もいる。いつか彼女の、世界を「識っていく」ための力になってくれるはずだ。

 

 儂とは違って、留まる理由なんてなくていい。ただ帰る場所があって、見たい何処かがあって、それで歩んでいく力さえあれば、きっと。

 

 立ち止まり、小さな世界で得意になって過ちを重ねることなんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、世界を焼べる鼓動が再び鳴り響いた。

 

 

 

 それは一息つきながら、彼女の口から魔法に携わる職場に就くと嬉しそうに語らってくれていた内容について、昔を想い馳せながら聞いていた時の事だった。




 今話が爺様目線なのは、リュシー嬢の「転換点」はその時じゃなくて、過去として描く方がしっくりくると感じたからです(投稿数時間前の暴挙)。

「今、辛い現実にどうすればいいか」はわからない。でも「過去に辛かったことを経て、どう生きていくか」は、誰もが言葉にできる。

 惑う少女ではなく、過ぎ去ったジュブナイルを思い返しつつ凛として歩み行く魔女こそが、私にとってのリュシー嬢でした。


 無理に飲み込まなくていい、受け止めなくていい。でも少しずつ、目を向けていかなきゃいけない。いつか、生きてくために。


 ということで、次回
「いつか、その日が来るとき<後編>」(投稿未定)。


 では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。