夜明けの魔法少女 (LWD)
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設定
登場人物


◇ウェシャス

 

●リズ・ノスカード(イメージCV:花澤香菜)

 

 主人公。ラヴァーナル帝国本土の学園に通う光翼人の少女。

 

 生まれながらにして他の光翼人とは根本から異なる価値観を持つことに加え、幼い頃から「困っている人がいたら助けなさい」という母の教えを受けたことで、種族問わず優しい人物へと成長した。

 

 前述の人格から祖国や同胞の残虐行為には強い憤りと反発心を持ち、傷付けられている他種族を積極的に守ろうとする。が、所詮は一個人なので根本的な解決は出来ず、苦悩が絶えない。また、その様な同胞たちから見てかなりズレた性格故に、学園内では虐めの対象にされている。

 

 帝国では当の昔に廃れた”騎士”に憧れている。

 

 名前の由来は米国の女優『エリザベス・テーラー』の愛称”リズ”から。

 

 

●マエ・マギライト(イメージCV:喜多村英梨)

 

 本作のヒロインポジション。次元神シャイヘルの巫女にして魔法少女。

 

 光翼人ではあるものの、とある理由でラヴァーナル帝国から非道な所業を受けた過去を持つ。シャイヘルに救出されて以来、彼の巫女として帝国の圧政に苦しむ人々を救う活動をしている。

 

 実は行方不明の兄がいる。

 

 名前の由来は日本語の”前”から。

 

 

●ミシェル・ラスク(イメージCV:佐倉綾音)

 

 リズが通う学園に転校してきた少女の一人。リズと同じ価値観の持ち主で、親友のエリーと共に転校初日から彼女の友人となる。

 

 とても強気な性格で、鋭い目つきも相まって相対する者を威圧してしまう。

 

 

●エリー・マルクス(イメージCV:水瀬いのり)

 

 リズが通う学園に転校してきた少女の一人。リズと同じ価値観の持ち主で、親友のミシェルと共に転校初日から彼女の友人となる。ミシェルやリズより背が低く、小動物の様な愛らしさがある。

 

 とても大人しい性格で、何故か片言でしか話せない。

 

 

●ユトエル・ノヴァロン(イメージCV:花守ゆみり)

 

 リズの通う学園に属する少女。リズから見て先輩にあたる。

 

 スポーツ万能のイケメン少女で、男女問わず人気を誇る学園の二大美女の一人。

 

 

●フィサリー・エイリエル(イメージCV:早見沙織)

 

 リズの通う学園に属する少女。リズから見て先輩にあたる。

 

 ラヴァーナル帝国最大の貴族『エイリエル公爵家』本家令嬢兼学園中等部の生徒会長で、その肩書に恥じぬ文武両道・容姿端麗の持ち主。ユトエルと人気を二分する学園の二大美女の一人である。

 

 

 

 

◇神

 

●シャイヘル(イメージCV:高山みなみ)

 

 魔法少女『ウェシャス』の創設神。境界を司る次元神で、日本神話のアメノサギリと同一存在。幼い人族の少年の姿を取る。

 

 光翼人とは遥か昔から深い関わりがある。

 

 

●シャマシュ

 

 異世界の太陽神。日本神話のアマテラスと同一存在で、日本人は彼女の眷属。虹色のグラデーションが掛かった白い長髪の少女の姿を取る。

 

 基本的に自身が見守る世界を荒らした光翼人を憎んでいるが、リズたちの様な例外的な存在には複雑な感情を抱いている。

 

 

●アスタルテ

 

 異世界における豊穣の女神で、エルフたちの主神。シャマシュの一番の部下兼友人。日本神話の豊受姫と同一存在。

 

 魔王軍に滅亡寸前まで追い詰められた人類を救う為に、自らの名前を忘れ去られるのと引き換えに旧日本軍を異世界へ誘った。

 

 名前を忘れられる原因となった光翼人を憎んでいるが、リズたちの様な例外にまで敵意を見せる様な無分別な人物ではない。

 

 

●空間神

 

 ラヴァーナル帝国が信仰する光翼人たちの主神。

 

 シャイヘルと同じ境界を司る強大な神である。”境界”を操れることから、日本神話のクニノサギリと同一存在と考えられる。

 

 光翼人の主神という立場からシャマシュを筆頭に多くの神々から憎まれており、また同じ性質持ちのシャイヘルとも敵対関係にある。

 

 

 

 

◇ラヴァーナル帝国

 

●テラー・ノスカード

 

 主人公リズの実の母親。幼いリズに人助けを言い聞かせ、後の彼女の人格形成に貢献した。

 

 しかし、彼女の言う”人”とは光翼人のことで、決して光翼人も含めた全人類のことではなかった…… だが、それでもリズのことを愛しており、(光翼人基準で)異常な娘に愛想を尽かした父親とは異なりどこまでも子供想いの女性である。

 

 名前の由来はリズの愛称を持つ女優『エリザベス・テーラー』のセカンドネームから。

 

 

 

 

◇被支配層

 

●メテオル・ローグライダー

 

 ラヴァーナル帝国の一貴族が所有する人間族の奴隷。主人から満足に食事を貰えず酷使されていた為、成長期の子供とは思ない程瘦せ細っていた。

 

 リズの通う学園に連れて来られた日に学生たちから暴行を受けたが、彼女に助けられたことで仲良くなる。

 

 メルテス・ローグライダーという父親と、同じ人間族の母親の3人家族。



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用語

●ウェシャス

 

次元神シャイヘルと、彼の加護を受けた少女たちで構成される対魔法帝国抵抗組織。巫女たち全員が光翼人の、人類からすれば極めて異例の組織である。

 

元は魔法帝国の一国民だった巫女たちは幼少期より祖国や同胞の非道な行為に反発しており、シャイヘルの関与を境に離反、人類側に付いた。

巫女6人でパーパルディア皇国の精鋭兵3000名を降しながら、200名の人質全員を救出できるだけの実力を持つ。

最終目標は打倒魔法帝国だが、他にも奴隷解放や人命救護を実施するなど、他者を救い役立つ活動をしている。

 

フェン王国で人質にされた同胞を救われたことで日本から明確に存在を認知され、朝焼けを背景に戦う姿から”夜明けの魔法少女”と異名で呼ばれるようになる。

 

名前の由来はインド神話の女神『ウシャス』から。

 

 

●魔法少女

 

対魔法帝国抵抗組織『ウェシャス』に属する巫女の別称。この呼称はシャイヘルと日本のみで使用され、当人たちは認知すらしていない。

 

彼女たちの戦闘服はシャイヘルにより、日本の魔法少女系アニメを多分に参考にされたもの。これは日本人に巫女たちを強く意識させる為である。フェンにおける人質救出作戦で、シャイヘルの目論見通り日本は興味を惹くことになった。

尚、この服装は露出の多さから一部の巫女には不評な模様。

 

 

●カヤノ島

 

ウェシャスの拠点となる巨大な空島。シャイヘルの力で濃霧に覆われているため一見すると巨大な雲にしか見えず、また電波や魔力に対するステルス性を持つためレーダーでの発見もほぼ不可能。ただし太陽光を取り入れる為に真上はぽっかりと空が開けており、衛星やより高空を飛ぶ航空機から見下ろせば発見は可能。

島内最高峰の山の頂に巫女たちの居住区と、シャイヘルを祀る社が存在する。

 

名前の由来はアメノサギリの母親にして野の女神『鹿屋野比売神』。社が建つ山も父親の『大山祇神』から『大山』と呼ばれている。

 

 

●ヴィストリア

 

ラヴァーナル帝国の帝都。人口1200万人に達する帝国ひいては世界最大の都会。

中枢には惑星を統べる皇帝の居城や政府の各省庁が集結し、それらを囲む様に1000m級の摩天楼や数多の商業施設が建ち並ぶ。その発展度は21世紀の地球を上回る。

 

 

●エイリエル公爵家

 

ラヴァーナル帝国にて最大勢力を誇る大貴族。ラティストア大陸の8分の一を領有し、政界や財界、皇室への影響も計り知れない。

ウェシャスの魔法少女の一人、フィサリーは公爵家の本家令嬢である。

 



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プロローグ
太陽は魔法少女と出会う


オリジナリティが強過ぎて伸びが悪かったので、プロローグの内容を変更し、また原作要素を多く含む現代編や魔王編の話も古代編の合間に入れようと思います。


「……はぇ?」

 

 パーパルディア皇国の皇族レミールは混乱した。

 

 彼女はつい先ほど、フェン王国ニシノミヤコで捕えた日本人観光客を眼前の朝田という男に見せ付け、此方が提示した要求を呑むよう命令。その際生意気にも同胞の解放を要求してきたので、手始めに数人ほど処刑する旨を現場指揮官に指示した。

 

 察した男が止めるよう叫んだが無視。奴は自らの無礼さを自覚しなくてはならない。その為の教育だ 

 今までと同じ。捕虜にした敵国民を少数殺処分し、それを見た敵国が屈することで戦争を回避する。敵味方双方の犠牲を最小限に抑え、且つ皇国は確実に目的を達せられる。とても合理的で、敵国民のことも考えた慈悲深き手段。

 これで日本は世から消え、皇国はまた一歩世界制覇へ近付く……そう確信していた。この時までは。

 

「な、何だ奴らは……!?」

 

 想定外の事態だ。何処からともなくローブを纏った不審人物が現れ、皇国兵士が日本人に振り下ろそうとした剣を同じく剣で止めたのだ。

 

 仰天し固まる兵士たちに、その人物はすかさず剣を横に振るう。するとどうだ。それだけで暴風が発生し、数十人の兵たちが纏めて遠くまで吹き飛ばされるではないか。地面や木々に叩き付けられた彼らは気絶し、残りの兵たちは慌てて”敵”に武器を構える……驚愕の色を隠さないまま。

 

「誰だ……?」

 

 それはレミールも同じだし、朝田と篠原ら日本人外交官も同じだ。ただ彼らとレミールでは内に秘めた感情は異なる。故に顔色も大きく異なる。

 

(そ……そんなバカな!! 有り得ない……!!)

 

 レミールは”それ”を確認し、その雪の様な白い肌が蒼褪める。謎の人物が背中から放つは……”光り輝く翼”。

 

 彼女の脳裏に、この世界の誰もが知る御伽噺が浮かぶ。

 かつて世界を恐怖と力で支配した大帝国――ラヴァーナル帝国。彼の国を建国した種族が持つ最大の特徴を、不審人物は持っていた。

 

 おかしい。奴らは神の裁きから逃れるため大陸ごと未来へ転移した。僅かな生き残りも他種族に狩られて既に絶滅している。現時点でこの世界に存在している筈がないのだ。いや、それ以上に有り得ないものをこれからレミールは見せ付けられることになる。

 

 突如画面外から『く』の字状の何かが2つ現れ、捕えた日本人たちの拘束具を一瞬で破壊。直後に剣を所持する人物と同じ格好の者が数名現れる。不審人物は一気に6人に増えた。

 ある者は剣を。ある者は槍を。ある者は未知の武具を。ある者は先の『く』の字の武具を。ある者は何も持たず。そしてある者は六芒星の小さな魔法陣を周囲に浮遊させていた。

 

 そこから先は……一方的な戦闘だ。

 

 数百名もの兵が放ったマスケットの銃弾は目にも留まらぬ剣捌き、槍捌きによって弾かれ、また障壁で容易く防がれる。

 

”嘘だろ!?”

 

”こんな至近距離で全弾防ぐなど……!”

 

 兵たちが口々に叫びながらも応戦するが戦況は全く覆られない。それどころかさらに不利に陥っていく。目に見えない何かで地面に縫い付けられる兵たちもいれば、六芒星の魔法陣から放たれた魔光弾の雨に吹き飛ばされる兵たちもいた。あっという間に500人以上の兵が無力化される。

 

”皆! 此処に集まってくれ!”

 

 不審人物の一人が声を発する。かなり若い声だ。

 何時の間にか人質にされた日本人たちは彼らによって一箇所に集められ、現れた巨大な魔法陣の内側に入れられた。兵たちが発砲するも、全て障壁で阻まれる。魔法陣は絨毯の如く人々を乗せ、何処かへ飛んでいく。おそらくフェン王国の首都アマノキへ向かうのだろう。

 

 たった6人で皇国精鋭兵3000人による包囲網を容易く撥ね返し、同時に人質全員を救出してしまう圧倒的な力。それを齎したのが例の御伽噺の種族なら納得だと思いたいが、レミールはどうしても受け入れきれない。何故なら……

 

「何故奴らが……光翼人が下等種と呼ぶ人間を助けたのだ!!?」

 

 光翼人――それがラヴァーナル帝国を建国した種族の正式名称だ。プライドが高く傲慢で、他種族を見下し家畜扱いする恐ろしい種族。レミールは勿論、この世界の住民は誰もがそう教育されてきた。

 

 しかし魔像画面に映されるものは、レミールや皇国兵にとっての非常識を連発する。

 魔法陣に向けて発砲しようとした者は優先して武具の柄や拳などを腹に叩き込まれ、鎮められる。日本人たちを守るだけじゃなく、明らかに皇国兵殺害を極力避けている。力を抑えてる筈なのに、それでも全く敵わない。

 

「そんなことが、ある訳がない!! 光翼人が他種族を殺さないよう配慮した戦い方をするなど、そんな現実があってたまるか……!!」

 

 長きに渡って心に染み付いた固定観念が、目の前の事実を全力で拒否する。

 

”全員奴らから離れろ! 魔導砲を撃て! リントウ゛ルムも前に出すんだ!!”

 

 兵たちが一斉に不審者たちから距離を取り、間を置かずに牽引式魔導砲の弾が着弾。謎の集団はカラフルな爆炎に飲まれる。

 

「よしっ! 皇国の力を見たか悪魔どもめ!」

 

 レミールもこれにはガッツポーズを取る。今のは確実に仕留めた、と。取り戻し掛けた自信溢れる笑みは、すぐに凍り付いたが。

 

 ローブが舞う。謎の6人組が纏っていたものだ。

 

 直後に立ち上がる煙の中から何かが飛翔した。現場の記録係が魔導通信の受信カメラを動かしてそれらを追う。それらが着地と同時に魔導砲が全て破壊された。

 

「な……」

 

 朝焼けに照らされた彼らの姿が、荒い魔像画面にもはっきりと映る。朝田と篠原もその正体に言葉を失った。

 

「お、女の子……?」

 

 6人組は全員が少女だった。日本人で言えば中学生くらいの年齢だろうか。如何にもアニメの魔法少女らしい、可憐と神秘を併せ持った服を纏っている。

 

(まるでアニメじゃないか……流石異世界だな)

 

(くっ……白黒じゃなくてカラー画像で見たかった)

 

 日本人たちがどうでも良いことを考えている最中も、少女たちの攻勢は激しさを増す。

 

”緊急事態!! 光翼人だ! 光翼人を確認した! 魔法帝国が復活した可能性大! 至急、全世界に通達をグべッ!!?”

 

 最後に白銀の髪の少女が周囲に猛烈な弾幕を放ち、皇国側の残存戦力に止めを刺す。指揮官のベルトランが最後に通信を入れてきたが、途中で強制的に途切れた。

 3000人もの皇国兵はほぼ全てが地に伏せ、残ったのは記録係の兵士数名と、怯えて豆粒ほどに遠ざかっているリントウ゛ルムの群れだけだった。

 

 陸戦隊の壊滅を確認した少女たちは、画面外へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

「こ……これは一大事だ。光翼人が復活するとは……」

 

 レミールも、周囲の衛兵やメイドたちも顔面蒼白で狼狽えている。

 

「……朝田さん。結局あの女の子たちは何者だったんでしょう?」

 

「分からん。私の失言の尻拭いをしてくれたのは確かだが」

 

 完全に日本側は置いてけぼりを喰らっていた。異世界人たちは彼女らを見てかなり慌てているが、地球から来た新参者の彼らにこの世界の事情など分かる訳なく、立ち尽くしたままその様子を眺めていた。

 

 だが、朝田と篠原のピンチはまだ終わっていない。

 

「……貴様ら、今のはどういう意味だ?」

 

 レミールが朝田たちを見る。その顔は先ほど以上に敵意に満ちていた。憎しみが籠っていると言っても良い。

 当然、日本側にしてみれば何でそこまで睨まれなければいけないのか全然分からない。寧ろこっちが聞きたい。

 

「どういう意味と申されましても……何が起きたのか我々にはさっぱり」

 

「とぼけるな!! 光翼人と手を組む人類の裏切り者が!!」

 

「「はぁ!?」」

 

 突拍子もないことを言われて唖然とする朝田と篠原。

 レミールたち皇国側は朝田らが異世界人だと露ほども信じておらず、光翼人のことも知っていて当たり前と思っている。そう思うが故に日本人を光翼人の手先だと結論付けてしまったのだ。

 

「やがて復活するであろう魔法帝国には人類一丸で立ち向かわなければならない! なのに自分たちだけ慈悲を得る為に我々を売ろうとは……やはり蛮族!! 卑しい精神しか持たぬ!!」

 

他国を恐怖で支配しておきながらどの口が言うんだと思う朝田だが、皇国に絶対服従=平和と定義してるレミールにそれを指摘しても無意味だ。

 

「しかし残念だな。傲慢な光翼人が貴様らの様な野蛮人に慈悲を与える筈がない。裏切られるのが関の山だ。世界からも魔帝からも、貴様らは孤立していることを理解しろ」

 

(さっきから一方的に決め付けやがって……!!)

 

 此方の言い分は全く聞かず、自分たちだけで話を完結させようとするレミールに朝田は焦りと同時に苛立ちが募る。傲慢なのはお前だろうがと、内心悪態を付かずにはいられない。

 

「何度も申し上げますが、我々とあの少女たちは無関係で」

 

「衛兵! この者らを捕縛して情報を引き摺り出せ! 場合によっては神聖ミリシアル帝国に突き出さねばならん!」

 

(くそっ、ダメだ! まるで聞く耳を持ってない……!)

 

 兎に角説得を試みるが完全に無視され、数人の衛兵に囲まれ鋭利な槍を向けられる。絶体絶命のピンチに気の弱い篠原は泣きそうだ。捕まれば間違いなく拷問を受け、殺されるだろう。何とか脱出する方法を考えねばと思考を巡らせていると、

 

 

 

「――ん? 何だ?」

 

そんな時、朝田たちの目の前に小規模な霧が出現し、中から人が飛び出してきた。

 

(……え?)

 

 

 

「はぁっ!!!」

 

 それはニシノミヤコで日本人を救ってくれた6人の内の一人だった。後ろに結った桃色の髪を揺らし、少女は衛兵へ剣を振るう。

 

「何……故……悪魔、め……」

 

 圧縮された高濃度の魔力を含んだ突風が室内を荒らし、衛兵とレミールを気絶させる。朝田と篠原は少女が作った障壁で無事だった。

 

「……どうやってニシノミヤコから皇都まで? これも魔法か何かか?」

 

 朝田は眼前で起きた非科学的な現象に困惑する。少女は霧を通って自分たちの所へ現れた。多分某ネコ型ロボットが持つ、何処へでも行けるドアの様な魔法だろう。

 

「天使だ……」

 

 篠原が思わず呟く。力強く輝く光翼を持った可憐な少女。この姿を天使と呼ぶ以外の表現が思い付かない。

 

「ふぇ? 今なんて……?」

 

 振り返った少女がキョトンとした様子で首を傾げる。格好はアレだが、それ以外は何処にでも居る普通の少女と言った感じだ。

 

「あのぅ、怪我とかは在りませんか?」

 

「え、あぁ……大丈夫です。貴女が助けてくれたので」

 

「そうですか。間に合って良かったぁ」

 

 笑みを溢すその姿はとても愛らしく人を引き寄せる魅力があった。レミールが言っていたイメージとは大きくかけ離れている。

 

(おいおい、この子のどの辺が悪魔だって言うんだよ?)

 

 少なくともレミールよりは遥かに真面で良い子じゃないか。

 

「ニシノミヤコで貴女たちが助けたのは我が国の国民です。あともう少しで殺されるところでした。本当にありがとうございました。……しかし、何故我々を? 貴女たちは、何者なんですか?」

 

「えっと……」

 

 朝田の問い掛けに、少女は少し考えてから答えようとしたが、

 

「あっ、ちょっと待って下さい!……はい……はい……分かりました」

 

 突然朝田たちから背を向け、耳に手を当て小声で誰かとやり取りを始める。無線かと思って見守っていると、通信を終えた少女が焦った様子で朝田と篠原の手を掴んだ。

 

「すいません。今の騒ぎでこの国の兵隊が近付いているそうです。今すぐ脱出しますので捕まってて下さい!」

 

「え、ちょっ」

 

「待っ」

 

 結局名前は教えて貰えなかったが、朝田たちは少女の魔法で無事皇国を脱出した。

 

 

 

 

 

 後に救出された人質の一人が、スマホで撮影した少女たちの戦闘シーンをネットに投稿。

 

 ネット上における反応は……

 

 

 

魔法少女キターー!!!!

 

こんなアニメみたいな魔法少女が実在するなんて。異世界最高!!

 

可愛い! 結婚したい!!

 

翼すごい綺麗……見とれちまいそう。

 

これ実体あんの? そうは見えないけれど。

 

何か光だけで出来てるっぽくない?

 

青い女の子は俺の嫁な。

 

違う、俺の嫁だ!

 

じゃあ私は桃色の子で。

 

俺は銀髪の子。

 

私は緑の子で。

 

お前ら……じゃあ俺は紫っ娘で。

 

あの黄色ツインテの娘 マミらないよね?

 

「もう何も怖くない」

 

フラグ立てんのやめい。

 

衣装ちょっと露出多いな。脇舐めたい。

 

夜明けを背景に映る翼の少女か……お前ら、この子たちの呼び名こんなのはどうだ?

 

 

夜明けの魔法少女

 

 

意外と悪くないじゃん?

 

何で疑問形?

 

翼の魔法使いのが良いかなと思って

 

悪(今回はパ皇)を倒して夜明けを齎すって意味なら確かに似合うな。

 

イイね、押しました!

 

夜明けの魔法少女。この子たち一体何者なんだろう?

 

 

 

 天使の如く光の翼を生やし、魔法少女の如く可憐な格好で敵の大軍を圧倒する美少女たちは、日本国では大きな話題となった。

 




プロローグはレミールや朝田視点での話です。
魔法少女たち視点の話は別の機会で。


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空間の占い

中央暦1639年1月某日

エモール王国 竜都ドラグスマキラ ウィルマンズ城

 

 

 リズたちが現代に現るより少し前。

 

 空間の間にて開かれる年に一度の占い。国の帰趨に関わる内容を知る為、竜人でも特に魔法素養が高い者たちが集まり、空間の神々に干渉し未来を視るのだ。

 

「あり得ない……!!」

 

 荘厳なる空間に悲鳴に近い叫びが響く。声の主は汗だくで上記の台詞を呪詛の如く呟く。

 

「どうしたアレースル、汝は何を視たのだ?」

 

 竜王ワグドラーンが問い掛ける。それにより少しばかり落ち着きを取り戻したアレースルが口を開いた。

 

「ま、魔帝なり……」

 

「何だと……!?」

 

 その言葉に誰もが強い衝撃を受けて一斉に立ち上がる。

 

「魔帝が……神話に謳われる魔法帝国が、近い将来……復活する」

 

「あの恐怖の国が、復活だと!?」

 

「奴らの出現はまだ遥か先の事ではなかったのか!?」

 

「何ということだ! これは世界規模の一大事だ!!」

 

「静かにしろ! まだ儀式は続いているのだぞ!!」

 

 伝説の超大国、ラヴァーナル帝国。通称『魔法帝国』と呼ばれる超文明の出現が予測され、場は騒然となる。

 

「待て! 私が見たのはこれだけではない! 絵師を連れてきてくれ! 私が見たものを描き起こさせて欲しい!」

 

「わ、分かった! 誰か、絵師を連れて来い!」

 

 そうしてアレースルの話に従って絵師に描かせた絵が公開される。竜王は勿論、儀式に参加している有力貴族や他の占い師たちも集まり、その絵に釘付けになる。

 

「アレースル、これは……?」

 

 描かれていたのは対峙する2つの勢力。左側は上に描かれた漆黒の太陽と糸の様な物で繋がった、翼を背中から生やした人に近い集団。アレースルに説明されるまでもなく魔法帝国の光翼人だろう。しかし問題は右側だった。周囲が困惑する中、ワグドラーンに促される形でアレースルが説明を再開する。

 

「魔法帝国は近い将来復活する。――しかし恐れることなかれ。魔法帝国を打ち倒し、人々に安寧を齎す者たちあり」

 

「この絵の右側で光翼人どもと対峙している連中がそうなのか……?」

 

「これは……まさか、そんなことが」

 

「見間違いでは……ないのか? 本当にコイツ等が……?」

 

 人々の盾になる様に光翼人と向かい合う存在。それは頼もしさを感じさせる巨大な太陽の下、構える様な姿勢を取る少女たちだった。だが、誰もが愕然とした表情で絵の少女たちを見て、あるいは先のアレースルと同様に『在り得ない』と連呼していた。その理由は彼女たちの背中に生えた、敵対している光翼人どもと同じ形状の”翼”以外にない。

 

「魔帝に立ち向かう者たちは2つ。1つはこの太陽を模した勢力――人間族が治める国、『日本国』。もう1つは太陽に照らされし少女たち――神々の恩恵を受けし光翼人、『ウェシャス』」

 

「なっ……!!?」

 

「嘘だろ……!?」

 

 認めたくなかったが、改めてアレースルの口から人類に味方する光翼人が語られ、驚愕するワグドラーン一同。先に出てきた魔法帝国に対抗するもう一つの勢力、日本を完全に無視してしまう程に。

 

「信じられるか! 光翼人が光翼人と戦うなど、質の悪い冗談だ!」

 

「神々は何を血迷ったことを!」

 

 竜人は光翼人のえげつなさを遺伝子レベルで理解させられている。何せ奴らは同等の力を持っていた当時の先祖に装飾品用の材料として竜人を提供しろと命令し、それが叶わないと判断するや否や多大な犠牲と引き換えに先祖たちを絶滅寸前へ追い込んだ程なのだ。傲慢どころか頭がイカレてるとしか思えない狂暴な種族、それが光翼人なのだ。だからこそ光翼人が同胞と敵対し、下等種と呼び蔑む人類を守ろうとする占いの内容が、とても受け入れられない。

 

「貴殿の見間違いではないのかアレースル殿!? 光翼人どもが人類に味方するなぞ、有り得ん!!」

 

「これは紛れもなく空間の神々が我に視せたもの! 断じて見間違いではない! ……そりゃ私だって信じたくねぇよ

 

 アレースルがそっぽを向いて本音を漏らす。彼だって信じられないのだ。いくら神々から視せられた内容で、98%の確率で視た通りに実現する未来だとしても。

 

「皆の者、静粛に」

 

 混乱する場を威厳に満ちた声が制する。ワグドラーンだ。

 

「空間の占いは極めて高い的中率を誇る。故に国儀として取り入れておるのだ。それを疑うは国の舵取りを大きく誤りかねない。ここは神々が視せた通りに対策を進めるべきではないかね」

 

 ワグドラーンにとっても信じ難い話だったが、『在り得ない』だの『そんな馬鹿な』だの繰り返していても話は全く進まない。竜王の言葉に完全とはいかなくとも、一同は無理やり自身を納得させる。儀式会場は漸く落ち着きを取り戻した。

 

「さて、我らがやるべきことは決まった。そのウェシャスとやらに属する光翼人どもと……あと何だ?」

 

「日本です、陛下」

 

「そうだ。その日本とやらについて調査室を設け、世界中から情報を集めるのだ。魔法帝国の脅威を確実に取り除く為に」

 

『御意』

 

 エモール王国は日本とウェシャスの調査に動き出した。

 

 

 

 

 

「――やれやれ、竜人とは何と面倒くさい連中か」

 

 遥か高次元から、霧で出来たモニターを通じて空間の占いを覗いていたウェシャスの守り神、シャイヘル。竜人たちの占いに干渉する神の一柱でもある彼は、早速己の巫女たちを彼らにアピールしてみた。リズたちの幸せの障害は何も魔帝だけではない。彼女たちを絶対に受け入れないであろう竜人族にも対処しなければならない。

 

「場合によっては脅は……コホンッ、直接話し合う必要もあるかもしれんの」

 

 竜人は終始受け入れ難い態度を取っていたが、一応はリズたちを関与すべき相手と見做した様なので、まぁ良しとしよう。

 

「あとはリズたち次第じゃな。――頑張るんじゃぞ」

 

 シャイヘルが別の霧に視線を変え、柔らかな笑みを浮かべる。そこには人類の希望となり得る少女たちが、拠点たる天空島の草原で心地良さそうに昼寝をしている姿が映っていた。

 



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古代編
次元神の巫女は仲間を求める


マエ・マギライト(CV:喜多村英梨)
シャイヘル(CV:高山みなみ)


――貴様、何のつもりだ……? 儂を騙しおったな!?――

 

――私だけだと”駒”を生み出せなかったからホント助かったわ。ご苦労さん、アンタは用済みよ。さよなら――

 

――ふざけるな! その子らはあくまで”守り子”じゃ! 貴様の”駒”になぞさせてたまるか!! ま、待てーー!!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……神も夢を見る事があるのじゃな。何とも懐かしく、嫌な夢じゃ……」

 

”シャイヘル様、こっちの準備は完了です。何時でも襲撃出来ます”

 

「了解、敵の位置はそっちに送った。頼むぞ、マエ」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

ラヴァーナル帝国は、本土のラティストア大陸以外で支配下に置いた土地に統治庁を設置している。この島に置かれているものは、奴隷化し商品作物を作らせている現地住民を監視する為のものだ。

 

それが現在、半壊状態で火の手を上げていた。周囲に散乱した瓦礫に混じり、統治者である光翼人が気を失って倒れている。此処を襲撃した者の仕業であった。

 

「さあさあ、出た出た! 外でアンタらの家族友人が待ってるよ!」

 

統治庁の地下にある牢獄に閉じ込められていた人々を解放した襲撃者は、まだ若い。若過ぎる。日本人でいえば、まだ中学校に通ってなければならない年頃の少女だった。神秘的で愛らしい服装の彼女に促されるがまま、光翼人に反抗し閉じ込められていた様々な種族が地上を目指していく。その様子を見送った少女は地下全域を巡回し、生存者を捜索して回る。

 

魔導回路が破断した影響で真っ暗な牢獄エリア。とはいえ捜索に十分な明るさの光源は確保してある。光源は二つ。一つは少女の側で浮遊する光の球。そしてもう一つは少女の背中から噴き出す様に放たれる、白く輝く光の翼。

 

そう。襲撃者の少女は支配者たちにとっては同胞――光翼人なのだ。

 

”――どうじゃマエ? 他に捕えられた人の子は居るか?”

 

「シャイヘル様」

 

少女以外誰も居ない筈の空間の何処からか聞こえる謎の声。子供の様に幼い声だが、威厳に溢れる老人の様な喋り方に、マエと呼ばれた少女は驚くことも疑問を抱くこともない。見知った者の声だからだ。

 

「このエリアの奥まで調べましたが、誰も居ません。さっき出て行った人たちで最後かと」

 

”分かった。上層階は儂が確認したが、こっちも誰も居らんようじゃ。捜索を切り上げて地上に上がった者たちの移送を急ぐとしよう。儂は一旦拠点で受け入れの準備を行うから先に戻る。ご苦労じゃったな”

 

「はい。また後で」

 

シャイヘルなる人物との遣り取りを終えたマエは地上を目指す。階段を上る過程で今後の課題を溜息交じりに溢す。

 

「……しっかしどうすっかなぁ? シャイヘル様が用意してくださった世界は新人を受け入れる余裕が残ってないし、これ以上の解放運動は難しくなりそうだ」

 

その時、鋭い痛みが走る。気付いていなかったが、倒した警備兵から受けた銃弾が肩を掠めていたようだ。マエが早速回復魔法を掛けると、光に包まれた患部は跡形も無く消えていく。

 

「いたた……まーた何時の間に怪我してたのか。やっぱ一人で戦うのは限界かもしれねぇな。隙を突かれて痛手を負いかねないし。だからってシャイヘル様に手伝って貰おうにも、あの方は神様だからなぁ……必要以上の介入は出来ないし……」

 

神々は異物である光翼人を等しく目の敵にしているらしい。大多数の悪人は勿論、ほんの僅かに含まれる善人たちも。彼らにとって、光翼人である事自体が大罪なのだ。

 

そんな中自分の様な者に可能性を見出し、力を授けたシャイヘルは彼らにとってとんでもない異端であろう。神の掟に重大な違反レベルで介入すれば、これ幸いと討伐に現れるかもしれない。恩人でもある彼を、マエは必要以上に危険な目に遭わせたくない。

 

「協力者を探そうにも勧誘する以前に話が通じないしさ……」

 

出会った光翼人は、どいつもこいつも他種族を人と思ってない連中ばかり。誰もがマエを頭のいかれた裏切り者と罵った。

ならばと他種族に協力を仰ごうとしたが、こっちは逆の意味でダメだった。みんな、マエを恐れて逃げ出してしまう。

 

「おいあれ! あの翼はまさか!」

「嘘っ! あの女の子、光翼人だったの!!?」

「た、頼む! 拷問するなら俺だけにしろ! 妻と子供は許してくれ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「やだやだやだ……! 爪を剝がされるのは嫌ぁ……」

 

(……ほぅらね。まっ、しゃーないけどさ……)

 

今回もこうして正体がバレた瞬間怯えられた。地上では奴隷にされた人々が家族や友人と喜び合っていたが、マエの登場で一気に静まりかえり、恐慌状態寸前に陥る。彼らの受けた仕打ちは苛烈を極める。同じ光翼人である自分を恐れるのも無理はないと、マエは半ば諦めていた。

 

とは言えいつまでも怯えられては話は進まない。まずは彼らを少しでも安心させよう。

 

「拷問なんて野蛮なこと、あたいはしないよ。そもそも同胞倒してまで助けた奴が、そんなことして何の意味があるのさ? ……取り敢えず、まずはアンタらの怪我の治療をさせてくれないか……頼むよ」

 

マエは震えて後退る人々に近付くと、深く頭を下げた。人々は目を見開いて驚く。あの傲慢なイメージしかない光翼人が、家畜同然の自分たちに頭を下げた。それは長年奴隷として使役されていた彼らにとって極めて衝撃的な光景で、逃げるという選択肢が自然と彼らの中から消え失せていた。勿論、それでも警戒の目は向け続けていたが。

 

逃げることをやめた彼らに回復魔法で治療を施していく。一人二人と治療を続けていくうちに危険は無いと判断したのだろう。怪我を負った者はすすんでマエの所へ来て治療して貰った。

 

「ありがとう、お姉ちゃん!」

「……ん? あぁ。怪我が治って良かったな」

 

子供たちの大半はマエに対して完全に警戒を解き、彼女に無邪気な笑顔を向けていた。彼女が良い人だと、本能的に察したのだろう。久方ぶりに向けられた友好的な表情に、マエもまた年相応の少女らしい笑みを溢した。

 

だが、大人たちは違った。マエの側にいた子供を即座に自分の元へ引き寄せた父親は、今度は憎しみの籠った目でマエを睨んだ。

 

「“良かった”だと……? この子が怪我したのも、俺らが散々な目に遭うのも、全部お前らのせいだろうが」

「悪魔め……世界の屑が!」

「この程度のことで許されると思うんじゃねぇぞ!」

 

一人の大人からの怨嗟の声が全体に波及し、あっという間にマエへの罵倒の嵐が始まった。殺意に満ちた彼らの視線は、それだけで彼女の身体を穴だらけにしてしまいそうだ。通常の光翼人相手にこんな反抗的な真似をすれば容赦なく殴られ、最悪殺されていただろう。マエなら心配ないと判断したからこそ、人々は蓄積された恨みを、彼らに対して何も酷いことをしていないマエにぶつけるのだ。

 

「……まだ治療してない人は居るかい?」

 

まあ、こんなことは一度や二度じゃないから流石に慣れたもので、無視して残った怪我人の治療を続ける。それが癪に障ったらしい。一人が石を掴んで後ろに立つと、

 

「何とか言えよ光翼人!!」

 

「ぐっ!?」

 

殺すつもりでマエの頭部に石を叩き付けた。治療に専念して防御が疎かだったマエは諸に受けてしまい、地面にうつ伏せで倒れる。

 

「「「お姉ちゃん……!!」」」

 

子供たちが悲鳴を上げて近付こうとするが、親たちが無理矢理止める。

 

「いっつぅ……」

 

流れ出る血を手で抑え、激痛に悶えながら立ち上がろうとするマエだったが、殴り掛かった者とは別の男性が血で赤く染まった白銀の髪を鷲掴み、無理やり引っ張り上げる。

 

「いったっ!! や、やめろ、離せよ……!!」

 

「黙れ! お前らはそう懇願する俺たちを笑いながら蹴り飛ばしたじゃないか! なのに自分の番になった途端命乞いしやがって!!」

「そうだそうだ! それに、このガキだって他の連中と同じことしてるに違いない! ちょっと優しくするフリをしたって騙されないぞ!!」

「日頃の恨みを晴らすチャンスだ! やっちまえ!!」

 

次第に暴徒化していった大人たちは報復を口々に叫び、近くの石や瓦礫、農園で働かされていた時に持っていた鍬などを掴んでマエを取り囲む。

 

「やめて! やめてよお父さん……!」

「お姉ちゃんは優しい人だよ! 乱暴しないで……!!」

 

離れた場所から子供たちが訴えるも大人たちは耳を貸さない。人格の違いなぞ、彼らにはどうでも良い。光翼人だから。体よく溜まった恨みをぶつけるのに、これ程都合の良い理由があっただろうか。

 

(あぁ、やばい、これ以上は……。仕方ない)

 

身の危険を感じたマエが魔法で人々を吹き飛ばそうとした時、

 

 

”儂の巫女に何をしとる?”

 

 

全てを見透かされるような声が、暴走寸前の大人たちと泣き叫ぶ子供たちを等しく鎮める。本能的に逆らってはいけない神聖な存在だと誰もが理解させられた。

 

「シャイ……ヘル、様……」

 

直後、虚空から人の頭ほどの大きさの温かなオレンジの光球が現れる。人々は、特に精霊とも密接な繋がりを持つエルフたちは、それが自分たちより遥か上位の存在だと認識した。――神の降臨である。

 

”移住先の準備を整え様子を見に戻ってみれば……。その子に救われた恩を忘れ、仇で返そうとは……とんだ愚か者どもじゃな”

 

「あ、貴方は……貴方様は……神様、でしょうか?」

 

”そうじゃ。我が名は『シャイヘル』。神域の神が一柱じゃ”

 

光の塊がそう名乗るや否や人々は血相を変え、咄嗟に平伏する。

 

「こ、これは神様……! まさかこの悪魔っ……いえ、この少女が貴方様の眷属だったとは、とんだご無礼を……!」

 

マエを悪魔呼びしようとしたエルフの男性は、シャイヘルからの威圧が増すのを感じて慌てて訂正する。が、彼はその男性に目を付けた。

 

”……お主はエルフ族じゃな? なら知っておるじゃろ? 神が見初めるは慈愛の心を持つ者のみと”

 

「そ、それは……存じてますが」

 

仮に邪気を持つ者が神の力を受ければ体が猛烈な拒否反応を起こし、最悪死んでしまう。善なる心を持つ者でなければ神の力を受け取ることはできないのだ。でも、分かってはいても現実を受け入れきれない。近くで倒れている光翼人が善良な者だなどと、どうしても信じられない。

 

だが、神に真っ向から反抗して更に怒らせたくない。だからエルフ男性は自分の意見を言えず、途中で黙り込む。神と相対するという想定外の事態に真っ白な肌は青く染まり、溢れ出た冷汗が頬を伝い地面を濡らす。他のエルフやそれ以外の種族たちは男性を憐れみながらも、自分が目を付けられまいと身を縮こませ存在感を小さくする。

 

”貴様らが考える光翼人なら無理じゃろう。が、この子は特別じゃ。お前たちを襲い傷付けることは絶対に無い。儂が保証するから……黙って助けられろ”

 

「は……ははっ!!」

 

神にここまで言われれば反論できる余地はない……元より反論する勇気も無かったが。大人たちは渋々納得してシャイヘルに再び頭を下げた。

 

シャイヘルとしては自分の巫女に手を出した愚か者に少しお灸を据えてやろうと考えていたが、マエが望まないだろうから止めた。

 

「神様、ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!!」」」

 

”うむ。……さて、移住先の準備が整ったと先も申したが、其処は結界に覆われた我が領域じゃ。ちと狭いが、魔法帝国の脅威が去るまで、お前たちには其処で過ごして貰うとしよう。少なくともお前たちが危険に晒されることは無いから安心せい”

 

「お、おぉ……! 神様の庇護下に入るということですか!」

「良かった! これで魔帝の脅威に怯えなくて済むぞ!」

「ありがとうございます、神様!」

 

子供たちからの感謝の言葉に満足げに返答したシャイヘルから威圧感が消える。そして彼から元奴隷たちへ己の領地へ案内する旨が伝えられる。解放されたは良いが行く当ても無かった彼らにとって安全地帯の提供は大変喜ばしい話だ。大人たちもシャイヘルへ感謝の意を伝える。

 

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

「あっはっはっ、平気平気! これぐらい魔法ですぐ治せるさ。心配してくれてありがとう」

 

子供たちが倒れているマエに優しく声を掛け、起き上がらせる。頭から血を流しておいて大丈夫な訳ないが、彼らの純粋な好意が嬉しかったマエは心配させまいと、得意げに笑って一人一人頭を撫でてあげる。

 

”……”

 

シャイヘルは集団から少し離れた場所で大きな円を描くように宙を動く。すると彼の後を追うように白い霧が発生し、次には中央部から仄かなオレンジ色の光を発した。人々は魔法とは異なる神の不思議な力に感嘆の声を漏らす。

 

”ゲートを開いた。この先が我が領域じゃ。準備が整い次第、順次此処を通れ。住居等の詳細は到着後に説明する”

 

「我々の為に何から何まで……本当に感謝しか御座いません」

 

”……儂はあくまで銃後を守っとるだけじゃ。助けようと最初に言い出したのも、直接お前たちを助けたのも、其処に居るマエという少女じゃ。そこの所、勘違いするでないぞ?”

 

「は、はい。分かりました。……みんな、行くぞ! これで奴隷生活ともおさらばだ」

「お姉ちゃん、バイバイ!」

「助けてくれてありがとう!」

「あぁ、またな」

 

大人たちに連れられてゲートの向こうへ消えていく子供たちに、マエは手を振る。結局最後まで大人たちはマエを怯え憎み、感謝の言葉も謝罪も全く無かった。それにシャイヘルは心底不満そうだ。

 

”――フン。儂には礼を言いながら、一番自分たちの為に頑張ったマエは完全に無視か。ちゃんと礼を言える幼子たちの方がよっぽど大人だわい”

 

「仕方ないですよ。あの人たちが受けてきた苦しみは、言葉で簡単に表現出来るものじゃないですから」

 

”むぅ……じゃがのぅ。儂はお主のことを大層気に入っておるのだ。今回以上のことが起きたらと思うと心配でしょうがない。頼むから他種族と会う時は儂の側にいてくれ”

 

光球が少し弱弱しく明滅する。その反応が何処となく可愛らしくて思わず微笑む。

 

シャイヘルの心配もよく分かる。今回は彼が早く現れなければ本当に危険だったかもしれないのだから。マエとしても唯一にして最大の理解者である彼を不安にさせたくない。だから素直に彼の指示に従おうと決める。

 

「分かりました。シャイヘル様がいらっしゃるなら、誤解を解くことも容易ですからね」

 

そう言って回復魔法を施そうと頭部の傷口に手を当てた時、シャイヘルが「待て」と一言。

 

”お主はかなり消耗しておる。儂に任せろ。なぁに、傷の一つや二つ塞ぐくらい、掟には違反せぬ”

 

「良いんですか? じゃあお願いします」

 

光の球がマエの真上に浮かび、まるでUFOの様な光の線を下部に放ち、彼女の全身を包み込む。

 

”全く――この子は何も悪いことをしとらんのに……!”

 

「まぁまぁ」

 

治療中、先の大人たちの対応に再び不満を募らせ愚痴を溢すシャイヘルを宥めつつ、マエはこれからのことを考える。

 

(やっぱ協力者は必要かな。一緒にラヴァーナルと戦ってくれる人が居ればシャイヘル様も少しは安心出来るだろうし……)

 

マエはある方向に視線を向ける。その先には最早祖国などとは微塵も思っていないラヴァーナル帝国の本土、ラティストア大陸がある。

 

(次は帝国本土の収容所を襲う予定だったし、ついでに探してみっか。……あたいと同じ奴を)

 

治療を終えたマエは一旦休息を取る為、シャイヘルと共に拠点へ帰還。暫くして帝国軍 第3辺境旅団が応援に駆け付けたが、其処にはボロボロに崩れた統治庁と、記憶が混濁し呆然とする職員のみが残されていた。

 

帝国側の人員に死者は一人も出なかったが、第3植民地の奴隷全てが行方不明となり、帝国辺境管理省及び警察省は調査室を設置。現場の残留魔力から襲撃犯の特定を急いだ。




ここはこうした方が良い、と言った意見がございましたら感想欄にて教えて頂けると有り難いです。


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歪なのは私? それとも世界?

リズ・ノスカード……実年齢:68歳(外見年齢は13歳)、CV:花澤香菜




――このお話は日本と言う国が神様によって召喚される、ずっと大昔から始まる。

 

 

 

 

 

お父さんとお母さんは、私は病気だと言った。

 

先生には頭の変な子と言われた。

 

友達は気持ち悪いと私から離れていった。

 

それは私が皆から見て歪だから。

 

でも、私の目には世界の方が歪に映った。

 

この世に生を受けてから70年間、ずっとずっと。

 

ある人は人間族の人に首輪を付けて歩かせて、ある人はエルフの人を怒鳴って殴り倒してた。

市場で”奴隷1号”、”奴隷2号”と書かれたプラカードを首に掛けられ、商品として並べられている人たちが居た。

貴族の人たちは竜の人の鱗を剥いで作ったバッグを自慢げに見せ付け、平民の人たちはそれを羨ましそうに眺めていた。

 

見るに堪えられない。物凄く気分が悪くなる。

 

泣いている人がいた。手足が欠けていて殺してくれって譫言(うわごと)の様に呟く人もいた。なのに皆その人たちをことを無視して、時には五月蠅いと乱暴をはたらく。

酷いよ……どうして他人を平気で傷付けられるの? 私たちと同じ、人間でしょ……? 頭の中は疑問でいっぱいだった。

 

ある時、ドワーフの子供が同級生に虐められていた。助けてって、ごめんなさいって、その子は泣きながら叫んでいた。

気が付けば私は同級生たちを張り倒し、怪我を負った子供の身を守ろうとした。激憤した同級生たちから暴力を受けようと、この子だけは傷付けさせまいと全身を盾にして。

 

だが、それは無意味に終わった。その子は偉い人の奴隷だったから、私の抵抗も虚しく後から来た護衛の人たちに取り押さえられ、その子は連れて行かれた。

残ったのは呆然と立ち尽くす私。そして奴隷の子を虐める楽しみを奪った私に対する苛立ちの視線だけ。最悪なことに、相手の集団はクラス内でも序列トップのグループで、しかも序列下位の人たちを普段から見下しているような人たちだった。

 

その次の日からだった。私への壮絶な虐めが始まったのは。

 

「おーい、ノスカード! お前の弁当地味過ぎたから見栄え良くしといたぜ~?」

「良かったわね~! その弁当、家畜にあげるんでしょー? 偶には見た目を変えなきゃ飽きられちゃうわよー!」

「ついでに机もアレンジしてやったから感謝しろよー、変人!」

 

もう、何十年経つかな? 学園に行けば必ず聞こえる男子の悪意に満ちた笑い声、そして女子たちの嘲笑。目の前には”異常者””死ね”と落書きされた机の上に、中身がグチャグチャの手作り弁当が置かれている。私は何も言い返さず、彼らの嘲笑に背を向けながら黙々と後片付けを行う。

 

これが私、『リズ・ノスカード』の日常である。

 

 

 

 

 

お昼休みの時、いつも私は学園裏側の小さな庭で過ごすことにしている。教室から結構離れてるし、わざわざこんな辺鄙な場所で食事をしようと考える生徒は居ないから。学園において唯一心の休まる場所だ。

 

でも今日は事情が違うみたい。

 

「邪魔すんじゃねぇよ下級生!! テメェ何処の誰だよ!?」

「俺知ってる!  確か奴隷を庇ったり優しくしたりする変な奴が居るって!」

「なんだそりゃ? いかれてんじゃねぇかコイツ!?」

 

先生か誰かの奴隷だろうか。見たことのない人間の男の子が上級生数名に囲まれ、蹴られていた。その間に私が割って入った結果が、この状況だ。男子生徒の標的は私に変わり、容赦のない暴力が私を襲う。

上から覆い被さって守る私の目と、奴隷の男の子の目が合う。不安に満ちた表情で震えていたので、痛みで顔が歪むのを我慢しながら微笑む。怖がらないで、私は貴方を守りに来たんだよ。

 

「……ちっ、興醒めだ」

「行こうぜ、昼休みが終わっちまう」

 

漸く諦めてくれたみたい。最後に男子生徒たちは私に唾を吐き付けると、踵を返して校舎へ戻っていった。

 

「いたた……」

「……」

「大丈夫、君?」

 

そう聞くと、私を呆然と見詰めていた男の子はコクリと頷いた。さっき助けたこともあって警戒を解いてくれたみたいで、私の回復魔法も大人しく受けてくれた。

 

きゅるるるる~

 

そんな時、男の子のお腹が可愛らしく鳴いた。食べ物をくれ~って言う感じで。

 

「お腹すいたの?」

「ふるふる」

 

顔を赤く染めて首を必死に振る姿が、結構可愛い。ふふ、誰だって他人に腹の虫を聞かれるのは恥ずかしいものね。

 

私は男の子の体を観察する。

ボロボロとはいえ服の上から見ても分かりやすい程ガリガリに痩せていた。腕なんか枯れ枝の様に細く、生気が薄い。明らかに碌な食事を与えられていない。育ち盛りの時には十分な栄養が必要な筈だけど、多分この子の主人はそんなこと少しも考えてないみたいね。顔も知らない人に内心怒りを覚えながらも、この子の前では決して表情に出さない。

 

「こういうのしかないけど、食べる?」

「……」

「実は私、もうお腹いっぱいなんだ。代わりに食べてくれると嬉しいんだけど?」

 

今の私のやるべきことは、昼食用に買ったサンドイッチと甘い紅茶をこの子にあげることだ。

 

 

 

 

 

少し古めのベンチに、私と男の子は並んで座る。

 

「美味しい?」

 

私の言葉にも一切反応せず、男の子はむしゃむしゃとサンドイッチにありつく。自分で作った物じゃないけど、こんなにも美味しそうに食べてくれると何だか嬉しくなるな。

 

「うぐっ……!」

「だ、大丈夫!? ほら、お茶飲んで!」

 

慌てて食べ進めたせいで喉に食べ物を詰まらせた男の子に、私は咄嗟に紅茶の入った容器を渡す。男の子はそれを引っ掴んで一気に飲み干すと、次第に落ち着きを取り戻す。

 

「……ありがとう」

 

容器から口を離した男の子が、初めて言葉で私に接してきてくれた。

 

でも、やっぱり……お礼を言われても素直に喜べない。

 

「私は自分に出来ることしかやってないし……やれてないよ」

 

そう、私の行動は根本的な解決にはならなかった。ただ目の前で苦しむ人をその場だけ救うことは出来ても、その後の彼らの運命を変えるだけの力は無い。

『ありがとう』とお礼を言った人たちの笑顔が次の瞬間、本来の持ち主に力ずくで連れて行かれ、一瞬で絶望に満ちるのを私は見てきた。助けようにも周囲に抑えられ、彼らが人込みに消えていく様子をただ見ることしか出来なかった。

 

”自分たちは、どの種族よりも圧倒的な魔力を持つ。故に他種族では不可能なことも我々なら可能である”……いつかの授業で、そう先生が光翼人を誇らしく語っていた時がある。

 

嘘だ。目の前で苦しむ一人も本当の意味で救えないのに。こんなに沢山の魔力があっても、何の意味も無いじゃない。

 

「メテオル」

「お父さん……!」

 

そこへ人間族の男性が現れ、男の子はその人の元へ駆け寄り抱き着く。どうやらこの子の父親らしい。奴隷同士で夫婦になり、子供が生まれること自体は珍しくない。持ち主としては労働力が増えるので無理して止めようとしないのだ。

 

「……ひっ!? ……こ、光翼人様、息子が何か粗相でも?」

 

光翼人の他種族への扱いは非常に苛烈。その証拠に男性の体にも青痣や擦り傷が至る所に付いている。そして不本意ながら私も光翼人。男性が怯えるのは当然だった。

それでも息子を守ろうと前に出る姿は、父親らしくてとても格好良く見えた。

 

「君のお父さん、立派な人だね。あの人とは大違い」

 

そう。世間体ばかり気にする私の父よりも、ずっと。

 

「え、え、え?」

「安心してお父さん。このお姉ちゃん、すごく良い人。あんな悪魔みたいな奴らとは違うよ」

 

まさか褒められるとは思わなかったのだろう。男性は困惑している。そこへ私の代わりに詳しく説明してくれる男の子。おかげで男性も警戒を緩めてくれた。未だ半信半疑な様子だけど。

 

「そうだったのか……息子を助けて頂き、ありがとうございました。お礼をしたいところですが、何分我々は卑しい身分故……」

「気にしないで下さい。私がそうしたいと思ってやっただけのことですから」

 

あまりにも腰の低い態度に男性は仰天した様子で、恐る恐る訊ねてきた。

 

「え~と、貴女は……失礼だが……本当に光翼人?」

「え、えぇまぁ、はい。信じられないかもですけど……」

「あぁ、夢でも見てる気分だ。あの残虐が服着て歩いている様な、血も涙もない最低最悪なろくでなしの、神に何時かぶっ殺してくれと多くの人たちが毎日祈っている、あの光翼人が!」

 

男性の語気が徐々に強まり、怒りと憎しみで表情が歪む。

何もそこまで言わなくても……とは殆ど思わなかった。こうして他種族の人たちの批判を聞くと、私の国が彼らにどれだけ酷いことをしているかひしひしと伝わってくる。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、胸が張り裂けそうだ。同じ光翼人として、恥ずかしい。

 

「あ、あの……」

 

とは言え、そろそろ止めて貰った方が良い。絶え間なく続く罵詈雑言に息子さん、ちょっと引き気味だし。

 

「ん? おっと、失礼。何もお嬢さんのことを悪く言ってる訳じゃないんだ。誤解しないでくれ」

「えと……はい。それは勿論、分かってます」

 

完全に心を許してくれたのか、怯えた顔は消えて穏やかに笑い、物腰も柔らかくなっていた。

 

「そうそう、自己紹介がまだでしたね? 私はリズ、『リズ・ノスカード』と申します」

「ご丁寧にどうも。『メルテス・ローグライダー』です。こっちは息子の『メテオル・ローグライダー』」

「メテオルです、宜しく」

「宜しくお願いします。メルテスさん、メテオルくん」

 

私はメルテスさんの怪我を治した後、親子と雑談した。

……え、お昼休み? とっくに終わって午後の授業が始まってるけれど?

でも別に構わない。次の授業は空間神様の素晴らしさについて延々と聞かされる内容のものだし、宗教というものが苦手な私にとっては苦痛でしかないから。それよりも親子の話を聞く方がよっぽど有意義だと思う。

 

「ミリシエント大陸? あのインフィドラグーンがあった大陸の出身なのですか?」

 

食事の後とあってか、メテオルくんはすぐに寝っちゃった。今はベンチの上で私を膝枕にして気持ち良さそうに寝息を立てている。なので後の会話は私とメルテスさんだけで行われた。

 

「正確にはその従属国で暮らしてたんだ。私の一族はその国の騎士階級でね、『ローグライダー』の名はその時の名残さ」

「えっ、じゃあメルテスさんは騎士様だったんですか!? 本とかで見たことありますけど、カッコいいですよね!」

 

実は私、騎士という役職に少し憧れてたりする。重厚な鎧を纏った人が白銀の長剣を構えて魔物と戦う様に、幼い頃は心躍らせたものだ。最も魔光銃や誘導魔光弾が主力の帝国では遠い昔に廃れた職業なので、なる機会は来ないだろうけど。

 

でも可能なら、なってみたいな。

 

「ははは、あくまで私の父の代までの話さ。――それで、この大陸に連れて来られた私は、同じ奴隷だった人間の女性との間にこの子を設けた訳だ。実は妻と私は同じ国出身でね、意気投合してそこからトントン拍子に……という訳さ」

「恋愛結婚だったなんて、素敵ですね。何時か私にも、そんな出会いがあると良いんですけど……」

 

無理だろうなぁ、と私は即諦める。みんなから異質だ歪だ言われている私を好きになる男性が現れるとは思えないし、私も人を人とも思わない人のことなんか好きにはなれない。

 

それからも数十分、私もメルテスさんも、意図的に暗い話題を避けながら他愛の無い話を続けて親睦を深めた。初めて会った人たちとはいえ、久々に楽しくお喋りすることが出来て嬉しかった。

 

「……光翼人が全員、君みたいな優しい子ばかりだったら……世界はどれだけ平和だったんだろうね」

 

会話が一段落したところで、メルテスさんがポツリとそう呟く。続けて何かを言いそうだったので、私は呆けた表情のまま彼の言葉を待った。そして彼は、真剣な面持ちで私に願う。

 

「”闇夜”同然のこの帝国にも、君みたいな”光”があることが知れて良かった。この国を変えてくれなどと、この絶望的な世界を救ってくれなどと無茶は言わない。……ただ、どうか君だけは……ずっとそのままでいてくれ」

 

その切実な願いの中に、”助けて欲しい”という想いが秘められている気がした。

 

……だけど、私がメルテスさんの言う”光”だとしても、私は小さな光だ。希望に成り上がれない、ちっぽけで弱い光。非情な現実を前に繰り返し無力を晒してきた私の心は、彼の本心に応える勇気が湧わず、

 

「……はい、分かりまし「何をやっとる貴様ら!!」

 

ただ返事をしようとしたが、そこへ凄まじい怒声が割り込んだ。メテオルくんは飛び起き、突然の怒号に委縮する私の後ろに隠れる。

 

現れたのは見るからに気弱そうな先生と、煌びやかな衣装に身を包んだ男性の2人。男性の恰好は魔導受像機で見た人たちと衣装が似ている。そういえば元老院議員が来園する話があった気がするが、恐らく彼がそうなのだろう。メルテスさんとメテオルくん親子は、彼が所有する奴隷だったのだ。

 

「何処をほっつき歩いてるのかと思えば、こんな所で油を売っていたとはな。其処の餓鬼を連れて来るのにどれだけ時間が掛かるんだ貴様は?」

「も、申し訳ございません、ご主人様……!!」

 

メルテスさんは咄嗟に男性の元へ飛び込み、震えながら土下座する。しかしそれでも男性の怒りは収まらず。

 

「おまけに生意気にもベンチなんかに座りおって……貴様ら魔力無しは地面以外に座るなと何時もしつこく命令しておるのに。これは今から躾け直さなくてはな」

「ひっ!? お、お許しをご主人様!!」

 

「やかましい!!」

 

「がっ!!」

「お父さん……!!」

 

目の前で始まった理不尽な制裁。男性は鞭を取り出すとメルテスさんの顔面を本気で殴ったのだ。

私は衝動に駆られるまま男性とメルテスさんの間に入る。

 

「待ってください、メルテスさんは悪くありません! 私が話を聞きたいからと引き留めてしまったのが原因なんです! だから許してあげてくれませんか!?」

「あわわ……ノスカードさん! 相手が誰だと思って……!」

 

私の登場に面食らう議員の男性。その後ろでは顔面蒼白な先生が何か喚いているが、今はそれどころじゃない。

 

「誰だお前は!? これはウチの問題なんだ! 部外者は引っ込んでおれ!」

 

男性の方は邪魔されて余計に不機嫌な様子で、私にも怒号を浴びせる。だからって引くつもりはなく、毅然とした態度で相手と向き合う。

 

「引きません。原因は私にあるんですから、メルテスさんたちが制裁されるのはお門違いです。どうしても殴るというなら、代わりに私を殴ってください」

「の、ノスカードさん……」

「お姉ちゃん……」

 

背後でメルテスさん親子が抱き合いながら私を見上げる。ちらりを振り返ると、メルテスさんの顔は鞭で頬に大きな裂傷を作っていて、あまりにも痛々しい。何故もっと早く動かなかったのかと自分を責めながら、もうこれ以上傷付けさせてなるものかと決意を固める。

 

そんな折、男性から溜息が聞こえた。

 

「……貴様は馬鹿か? 私は何時までも来なかったことを怒ってるのではない。家畜の分際で不相応な行動をしたから怒っておるのだ」

「……たかがベンチに座ったことがですか?」

「当然だ。役立つ程度の魔力持ちのエルフや竜人は兎も角、人間だぞ? すぐ老化してダメになるわ、碌な力仕事も出来ないわ。その癖ゴブリンの如くすぐ増えるから後処理も一苦労。……何より魔力が無いに等しい。人間は家畜の中でも極めて役立たずな生き物だ。お前、芸する能力も無い動物に良い餌を与える意味があると思うか? つまりはそういうことだ」

 

男性は特に”魔力が無い”という点を強調して親子を、そしてこの場に居ない人間の人たちを罵った。それも何が楽しいのか笑いながら。メルテスさんたちは顔を俯かせて落ち込んでいたが、それでも罵倒の嵐は止まない。

 

その態度と物言いに私の目付きは鋭くなる。確かに人間族は他の種族に比べると欠点も多いけど、そこを突いて馬鹿にして、優越感に浸るなんて最低だ。この人たちだって、貴方たちの理不尽に耐えながら頑張って生きているんだ。それを否定するような真似は許せない。そもそも差別なんて間違ってる。

 

「下らない」

 

だからそう言ってあげた。途端に愉悦に満ちた男性の顔が強張る。

 

「……何?」

「下らないと言ったんです。魔力が多いことが、そんなに偉いんですか?」

「貴様、それでも誇り高き光翼人か? 我らは他種を圧倒する魔力を駆使したからこそ、これ程の超文明を築いたのだぞ? それを否定すると言うのか!?」

「否定はしませんよ。ここまで発展できたこと自体は確かに凄いですし、誇れることだと思います」

「だったら「でも、それと他種族の人たちを虐げることとは関係ありません。……第一、誰かを抑圧して恐怖で支配することが、本当に文明人のすることでしょうか?」……?」

 

私は勘違いしていた。あらゆる全てが歪に映っていたせいで、気付くのが遅れてしまった。

 

「魔力量の差で人の価値を決め付け、それを理由に他人を見下し傷付けて……それが誇り? ふざけないでよ」

 

歪なのは私でも、ましてや世界でもない……この国だ。魔法帝国――ラヴァーナル帝国なんだ。

 

 

「魔力が多くても少なくても、殴られたら誰だって痛いんだ!!!」

 

 

分からず屋の同胞たちを睨み付け、私は自分の感情を思いっきりぶつけてやった。その拍子で魔力が溢れ、光の奔流が私の背中に現れる。気圧されたのか、先生と男性は飛び上がるように後退った。

 

「……ふ、フン! この学園には歪な考えを持つ生徒が居るという噂があったが、まさかアンタのことだったのか。た、確かに光翼人としての誇りが欠落しているな主任殿?」

「え、えぇ全くです。彼女の意味不明な行動や言動には我々も辟易してまして、どの教師も匙を投げてしまう始末なのですよ……」

 

……結局、私の言葉は意味不明の一言で片付けられてしまった。何で分かってくれないの……? 落ち込みかけた私だったが、その後の男性の台詞に持ち直された。 

 

「と、とは言えだ! そこの家畜どもの折檻を続けたら彼女に何されるか分かったものでもないからな……次の予定も迫ってることだし、私は帰ることにしよう。――おい、そこの2匹! 特別に今回は御仕置は無しだ! 私の寛大さに感謝しろよ!? 分かったらとっとと輸送車に乗るんだ、良いな!?」

 

そう言って逃げるように裏庭から去って行く男性。

今までに無かったことだった。私の訴えが、メルテスさんたちへの暴行を止めさせたのだ。嬉しさのあまり男性に勢いよく頭を下げる。

 

「ありがとうございます!」

 

男性はビクリと震え、歩くスピードを速めた。……怒った私ってそんなに怖いのかな?

 

「の、ノスカードさん! 貴女、お客様に向かって何てことを……!! 今回の件も親御さんにはきっちり連絡しておきますから! 少しはその可笑しな考えを改める努力をなさい!!」

 

先生は火みたいに真っ赤な顔で私に捨て台詞を吐くと、男性に続いて裏庭を後にする。……ごめんなさい先生、全く改める気はないので諦めて下さい。

 

「リズお姉ちゃん!」

「わっ、メテオルくん!?」

 

メテオルくんが後ろから抱き着き、満面の笑顔で私を見上げる。

 

「お父さんを助けてくれてありがとう!」

「ノスカードさん、今回の件、何とお礼を言ったら良いやら……」

 

立ち上がったメルテスさんも私に頭を下げる。

 

「いえ、良いんです! 私がもっと早く動いていたら、その顔……。それに私がやったことはその場凌ぎに過ぎません。お二人をあの男性から解放する方法はないんです……力になれず、本当にごめんなさい……」

「謝らないでくれ。君には本当に感謝している。()()()君みたいな人に出会えて良かった」

 

メテオルさんの笑顔はとても爽やかだった。大丈夫だから、そんなに気負わないでと、励まされている気がした。ここまで言われたら、少なくとも表面上は落ち込む訳にはいかない。私もまた笑顔を返した。

 

「ありがとうございます。あの……私、平日のお昼休みの時は必ず此処で過ごしているので、機会があればまた来てください」

「あぁ、もし主人の気紛れで休憩が貰えたりしたら、その時に」

「バイバイ、お姉ちゃん!」

「うん、バイバイ」

 

メルテスさんとメテオルくんは手を繋ぐと、開いた方の手を私に振りながら去って行った。

 

 

 

 

 

「……」

 

彼らが去ると、私は再び表情を曇らせる。

 

冷静に考えれば、一見すると上手くいったけど、あくまで男性たちは私に怯んだだけだ。彼らにしてみれば、私が厄介な癇癪持ちの子にしか見えなかったのだろう。そうだとすると、ある不安が過ぎる。

 

「大丈夫かな……私の行動のせいで、あの親子が後から暴力を受けるかも」

 

あの男性の人格を考えるとそれが現実になる可能性が高い。私は、余計なことをしてしまっただけなんじゃないのかな? だからって放っておけば親子は大怪我になるし、やっぱり止めに行くしかなかった。でもそれで更に不機嫌になった男性が帰った後に親子を、若しくは他の関係のない人に鬱憤晴らしをしたら……あれ?

 

「もしかして私、本当は無駄なことをしてるだけ……?」

 

直後に重厚なチャイムの音が響く。まるで世界が……ううん、この国が私の予想を『そうだ』と肯定しているようで、私をより暗い気持ちに沈める。

確証はない。でも、本当にそうなったとしたら……。

 

「そんな……私、何の為に……? もしかしたら今までも……そうだったのかな……?」

 

後悔と不安に圧し潰されそうな私は、塀越しで下校中の生徒たちの黄色い声が、自分を嘲笑っている様に聞こえた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

気付けば夕暮れ時だった。こんな残酷な国にも、太陽は温かな光を平等に照らしてくれる。

 

私は無人になった教室から鞄――新たに沢山の切り傷や落書きが付けられた――を回収し、帰路に就く。魔導鉄道を乗り継ぎ約1時間。自宅に着いた頃には、すっかり闇夜に包まれていた。

 

「――ただいま」

「おかえりなさい。遅かったわね?」

 

玄関を開けると、私と同じ桃色の髪を腰まで伸ばした女性が、柔らかな笑顔で迎えてくれた。私のお母さんだ。

 

「……うん、ちょっと色々あってね」

「そう。……あの人はまだ帰って来ていないし、先にご飯食べる?」

「うん、そうする」

 

とっくに私のことを見限った父と違い、お母さんは私のことを大切に想ってくれている。私のせいで周囲から散々変わり者扱いされているのに、決して私を見捨てようとしない。虐めのことも、何度も解決するように先生たちに働きかけてくれている。だから私は、光翼人の中でもお母さんだけは大好きだ。

 

「その前にね、リズ。来週の休日で話があるんだけど……」

 

鞄を見られない様に隠しながらお母さんの横を通り過ぎようとした時、声を掛けられる。

 

「精神科を予約したから、予定空けといてね?」

「……病院は再来週じゃなかったっけ?」

 

私は3週間に一度、精神病院に通っている。正確には通わされてるんだけど。他種族を奴隷として扱うのが常識のこの国では、私は精神疾患を抱えた病人扱いなのだ。

 

「先生から連絡があってね。リズが議員さんを怒鳴り付けたって聞かされたの。流石にお偉いさんにまでそんな態度を取るのは不味いから、改善した方が良いって……だからこれからは毎週」

「嫌だよ、もう行きたくない」

 

私は冷徹な言葉でお母さんの台詞を遮った。

 

散々通院してるけど慣れるものじゃない。自分は正常だと何度言い張っても、周りはただ温かく笑いながら『そうだね』とワザとらしく肯定し、時には可哀想なものを見る目を向けてくる。はっきり言って、ストレスが増すばかりだ。

 

私が拒絶すると、お母さんは困惑した様子で説得を試みる。

 

「り、リズ。そんなことを言わないで。お母さんは心配なの。このままリズの病気が治らなきゃ、これから先きっと苦労するから……」

 

お母さんは優しい人。でもそれは私に対してのみ。決して奴隷にされた人々のことじゃない。そこが唯一お母さんと私の違うところで、私が彼女に対して反発する唯一無二の要素。

 

「だから一緒に頑張って病気を治しましょ? ね?」

 

……やめて。

 

「そうそう! お母さん、お父さんと相談して奴隷を1匹買おうと考えてるの。人間だったら一番安くて手が出やすいからね」

 

……やめてよ。

 

「実際に奴隷を躾ければ、きっと貴女も真面に「私は病気じゃない!!」――!?」

 

お母さんは驚いて言葉を失う。そこへ激昂したあまり容赦なく畳み掛ける私。

 

「どうしてお母さんは分かってくれないの……!? 人を大切にしなさいって、お母さんが言ったことでしょ!? だから私はそうしてるだけじゃない!!」

 

その結果が今だ。誰もが私を異常者扱い。

 

「で、でも……リズ……」

 

そしてそれは、お母さんも同じで、

 

「光翼人以外は……人じゃなくて家畜よ?」

 

さも当然の様にそう返してきた。何言ってるのこの子、といった表情で。途端に頭の中が真っ白になる。

あぁ……そうだ。私はお母さんが大好きだけど、この点だけは全く相容れない。

 

私は下唇を血が滲む程に嚙み、抱えていた鞄を持ち上げた。

 

「皆一緒だよ!! 人だよ!! 私はとっくに真面だよ!! 何度も言わせんなー!!」

 

「きゃあっ!?」

 

そして勢いよくお母さんに鞄を投げ付けると、そのまま2階へと駆け上がった。

 

「ちょ、ちょっとリズ! この鞄、ボロボロ……待って、待って頂戴!」

 

 

 

 

 

私は自室に閉じ籠ると、明かりも点けずにベッドに倒れ込んだ。

 

「……ごめん。お母さん……ごめんなさい」

 

お母さんに暴力をはたらいたことへの罪悪感、誰も私を理解してくれない苦しみ、そして今までの人助けが全くの無駄だったかもしれないという不安……。色んな感情で脳がぐちゃぐちゃにされ、瞳からボロボロと涙が零れ、あっという間にシーツを汚していく。

 

「誰かぁ……私のこと、分かってよぉ……」

 

嗚咽混じりの声で、私は現れるかも分からない理解者を求めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――深夜。

 

ラヴァーナル帝国 帝都ヴィストリアのとある収容所で。

 

 

「メテオル」

「何、お父さん?」

「明日はお父さんとお母さんだけの仕事になる。ずっと待ってるのも退屈だろうから、またあの女の子の所にでも遊びに行きなさい……その時、この紙を必ず彼女に渡すんだぞ?」

「これは何? 手紙?」

「それを読んで良いのは彼女だけだ。他の人には絶対見せちゃダメ。メテオル、勿論お前もだ。約束出来るね?」

「うん分かった! 約束する!」

「よし、良い子だ。じゃあもう寝ようか?」

「うん、おやすみお父さん」

「おやすみ。………………すまない

 




タイトルに対する解答:そりゃこの国でしょ?


書いてて悲しくなってきた。世界のみならずリズの様な自国民も絶望に叩き落すとは、流石は魔法帝国(皮肉)。原作書籍版では他種族は光翼人の存在を知れば問答無用で滅ぼしに掛かるって言われてますし、マジでリズたちの明日はどっちなんだ?

取り敢えず、次回はもっとリズたちに苦しんで貰いましょう(鬼畜)。

感想、お待ちしています。


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私たちは束の間の平穏を過ごす

申し訳ありません。平穏パート(一応)が長過ぎたので暗い展開は次回以降になります。



ミシェル・ラスク……実年齢:68歳(外見年齢:13歳)、CV:佐倉綾音

エリー・マルクス……実年齢:69歳(外見年齢:13歳)、CV:水瀬いのり


――翌日。

 

十分に寝た筈だけど気分は憂鬱だ。しかし病気じゃない以上家に居ると父が五月蠅いし、昨日の件でお母さんとも気まずいから学園へ行くことにする。

本当はもう少し早起きしてお弁当を作るつもりだったけど、時間が無いし諦めよう。

 

箪笥から新しい制服を取り出して着替え、1階へと降りる。

 

「あ……鞄、お母さんにぶつけたままだった」

 

正直、今は顔を合わせるのも憚られる。

でも、お母さんだってこの国の教育を受けた結果ああなったんだ。言うなれば彼女も被害者。第一我を忘れて人を傷付けるなんて、それこそダメだ。ちゃんと謝って、鞄を受け取ろう。

そう決意してリビングへ向かおうとするけど、どうしても足取りが重くなる。

 

「……お母さん?」

 

何とか己の中の葛藤に打ち勝って辿り着いたものの、リビング内はもぬけの殻だった。父もお母さんも、とっくに仕事に出たらしい。

 

テーブルの上にはお母さんお手製の弁当と、昨日私がお母さんに投げ付けた鞄が置かれていた。

 

「この鞄、綺麗に直されている……」

 

あんなに沢山あった落書きは跡形も無く消され、傷も元通りに近い状態まで修復されている。お母さんが直してくれたんだ。ここまで綺麗にする為に、一体何時間掛かったのか。下手すれば夜明け近くまで掛かった筈だ。それに加えてお弁当まで……ちゃんと寝たのかな?

 

鞄の側には一枚の手紙があったので、読んでみる。

 

”ボロボロだったので直しておきました。朝食は冷蔵庫にハムエッグを入れてあるので温めて食べて下さい。――母より”

 

私のことを気遣ってか虐めについては一切触れず、鞄を直した事実だけが書かれていた。早めに出勤したのも私に配慮してのことだろう。

 

しかし、これだけじゃないみたい。手紙を裏返しにすると、こっちもメッセージが書かれていた。

 

”お父さんは出張の為、帰宅は来週になります。お父さんには上手く誤魔化しておくので、偶には学校のことを忘れてのんびり過ごすのも良いでしょう”

 

遠回しに、辛かったら休んでも良いんだよって言われた。途端に目頭が熱を帯びる。

 

「……ありがとう、お母さん」

 

そしてごめんなさい。昨日、メルテスさんに言っちゃったんだ。平日のお昼休みは、あの裏庭で親子を待つって。それに……万が一父にバレた時のことを考えると、やっぱりお母さんには迷惑を掛けられないよ。だから私は学園に行くね。

 

私は手紙に『ありがとう、昨日はごめんなさい』と書き足すと、用意された朝食をかき込んで家を出た。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

いつも通りの登校、そしていつも通りの虐め。今日は教室の扉を開けた途端、魔法陣が消えて閉じ込められていた水が頭上から落ちてくるトラップから始まった。

 

「どうしたんだ~、そんなに濡れちまって~!?」

「雨でも降ってたんじゃな~い?」

 

早速ずぶ濡れだ。

相変わらず、誰かを不幸にすることに知恵を絞るのを惜しまない人たちだ。彼らの考えた虐めの内容は実に多彩で、逆に感心してしまう。

 

彼らの嘲笑を無視し、赤スプレーで落書きされた机を見ても無感動のまま椅子に座り、荷物から取り出したタオルで濡れた体を拭き取る。

無反応だったのがつまらなかったのか、それとも始業のチャイムが鳴ったからか、嘲笑はすぐに消えていった。

 

「おはよう生徒諸君。早速授業を……と言いたいところだが、今日からみんなと一緒に勉強する新しい仲間を紹介しようと思う」

 

入室した先生から転校生が来たことを告げられ色めき立つ教室内。転校生か……この時期に来るなんて珍しいな。訳アリとか、そういう裏事情でもあるのかと勘ぐってしまう。

 

「それでは2人とも、入って来たまえ」

 

先生の指示に廊下で待機していた2人の女子生徒が入室してくると、多くの生徒から感嘆の声が漏れた。2人とも方向性は違えど、美人という言葉がよく似合う。

 

「今日からこの学園に転校してきました。『ミシェル・ラスク』です。皆さん、宜しくお願いします」

 

金色に近い黄色い髪を緑色のリボンでツインテールにした女の子が、ボードにもう一人の子の名前も書いてから挨拶する。

言葉こそ丁寧だけど不機嫌そうな表情で、その釣り目と視線が合った生徒は思わず目を逸らす……何故かそう言うのは男子生徒ばかりだったけど。

 

「……『エリー・マルクス』、です。よろしく、です」

 

ほんわか。大人しい。

そんな表現が似合いそうなのがもう一人の女の子。空の色をそのまま写し取ったかのような煌めく髪を、両側で編み込んで体の前側に下ろしている。身長もラスクさんより頭一つ低く、小動物の様な可愛さもあって生徒たちからの評判は上々だ。

 

「ちっこくって可愛いじゃん、あの子。ちょっと変な喋り方だけど」

「俺、告ってみようかな? 気弱そうだし押せばいける、だ……ろ……?」

 

一部の男子生徒がマルクスさんを値踏みするかのように観察してたけど、すぐラスクさんに睨まれて机へ俯いた。……あの2人、同じ場所から来た友達同士なのかも。

 

「――!」

「?」

 

その時、私とラスクさんの目が合った。酷く驚いている様子だけど、どうしたんだろう? 

 

 

 

 

 

4限目が終わってお昼休みに入った。私は他の生徒からお弁当を守りながら何時もの裏庭に行こうとしたが、

 

「おい、待てよノスカード。お前、また地味な弁当作って来たんだろ? アレンジしてやるから寄越せ!」

「あっ!!」

 

数人の男子生徒に囲まれ、力ずくで弁当を取り上げられてしまった。

 

「返して、返してよ!」

 

それはお母さんが私の為に作ってくれたお弁当なんだ! 朝から仕事なのに、何時間も掛けて鞄を直してくれたのに、それでも寝る時間を削ってまで作ってくれたかもしれないんだ! 台無しにされたくない!

 

「へへ、『カエシテ』だってさ。おい、お前らコイツが何言ってるか分かるか?」

「いーや、全然。異常者の言葉なんて分かる訳ないだろ?」

「あはは、それもそうか! ほーら、パス!」

 

私の訴えも笑いながら無視され、一人がお弁当を友人に投げようとした。お弁当でキャッチボールの真似をする気だ。中身がグチャグチャになっちゃう!

 

その時……。

 

 

「待ちなさい」

 

 

一人の人物がその男子生徒の手を掴み、お弁当が投げられるのを阻止する。

私は目を丸くした。なんと止めたのはラスクさんだった。その後ろに隠れているマルクスさんも、そのフワリとした髪の間から冷たい目を覗かせ、男子生徒たちを見上げている。

 

「あ、あれラスクさん? どうし」

 

本日話題の美人転校生の介入に動揺する男子生徒だったが、次の瞬間にはその頬が仄かに赤くなっていた。

 

「最低よアンタたち」

 

呆然とする周囲を余所に、ラスクさんは男子生徒からお弁当を奪い返すと、開いた方の手で私の腕を掴んだ。

 

「エリー、行くわよ?」

「ん」

「え、ちょ」

 

私はラスクさんとマルクスさんに連れられ、静まり返った教室を後にした。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「あ、あの」

「アンタ、名前は『リズ・ノスカード』だっけ?」

「え、うん。そうだよ?」

 

ラスクさんから幾つか質問を受けてる最中も、私は困惑から脱せずにいた。

だって虐められている私を助けてくれる人なんてお母さんくらいしか居なかったから。先生は形ばかりだし、同級生からは……これが初めてだ。

 

そしてある程度教室から遠ざかったところでラスクさんは歩みを止め、私にお弁当を返した。

 

「ほらっ、アンタの弁当。多分中身は大丈夫だと思うけど、一応確認しといたら?」

「……どうして私を、助けてくれたの?」

 

お弁当を受け取り、ラスクさんに今一番知りたいことについて訊ねた。転校初日に見ず知らずの私を助けてくれた、その理由を。

 

「私なんか助けたら……ラスクさんもマルクスさんも虐められちゃうよ」

 

自分のせいで誰かが不幸になって欲しくない。折角転校してきたのに、いきなり地獄の様な学園生活を送る羽目になったら絶対に辛い。だから私は助けなくて良いって断ろうとしたけれど。

 

「あのねぇ……そんなに泣いて、『助けて』って顔してる奴を、ほっとける訳ないでしょ?」

「……ふぇ?」

 

目元に触れる。何時の間にか私の瞳からは熱い液体が流れていた。それを自覚した途端、更に溢れ出す。

そこへマルクスさんが私の裾を握り、上目遣いで少し独特な喋る方を見せる。

 

「エリー、ミシェルと同じ。虐め許さない。だから助ける。これからも」

「マルクスさん……」

 

その青い瞳は真っ直ぐに私を見据え、自分たちは真剣だと語っていた。演技でも、冗談でもなく、これからもお前を守るんだって強い意志を宿している。

 

「ふふん、何アンタ? 私たちのことが心配?」

 

得意そうな笑い声が聞こえたのでラスクさんに向き直ると、終始不機嫌そうだったその顔は頼りになる不敵な笑みを浮かべていた。

しかし、その目はマルクスさんと同じで真っ直ぐで、力強くて、初対面なのに私は2人の人となりを理解出来た。私やお母さんと同じ、困ってる人を放っておくのが我慢出来ない人たちだ。

 

「そんなの必要はないわ。弱い者を傷付けて喜ぶ様な最低な奴、こっちから願い下げよ!」

 

でもね。そう言ってラスクさんは私の前に手を出した。

 

「アンタとは是非とも仲良くしたいわ。良かったら私らと友達になってくれないかしら、リズ?」

「貴女、もう一人じゃない。エリーとミシェル、居る。……だから、よろしく、リズ」

 

そしてマルクスさんもラスクさんの横に並び、同じく手を差し出した。

 

あぁ……私は一人じゃなかった。居たんだ、お母さん以外にも味方が。

 

「うん。こちらこそ、よろしくね。ラスクさん、マルクスさん」

「ミシェルで良いわ。私らもリズって呼ぶからさ」

「エリーって、呼んで。エリーたち、もう、リズの友達」

「うん……う゛ん゛……!」

 

私は2人の手を取る。伝わってくる彼女たちの温もりを感じながら、私は声を上げて泣くのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

落ち着いたところで私はミシェルちゃんとエリーちゃんを連れ、何時もの裏庭へ足を運んだ。

この学園に来て初めての、誰かと一緒の食事。

 

「おぉ! リズの弁当すごく美味しそうじゃん! これって自分で作ったの?」

「ううん、お母さんが作ってくれたんだ。食べてみる? お母さんの料理は世界一美味しいから、きっと気に入ってくれるよ」

「ほうほう? エリーを前にしてそこまで言うとは……。じゃあ食べ比べといこうじゃない」

「どうぞ、リズ。食べてみて」

「ありがとうエリーちゃん。……す、すごい。下手したらお母さん以上かも……」

「でしょでしょー? リズのお母さんも確かに天才けど、エリーはもっと天才だからね。お陰で毎日お昼が楽しみだよ!」

「ミシェルちゃんのお弁当も、エリーちゃんが作った物なんだね」

「うん。ミシェルは、料理、ヘタ過ぎ。だから、もっと頑張るべき」

「わ、私は食べるの専門だから良いのよ!」

 

私たちはベンチに並んで腰掛けて互いのお弁当を披露し、おかずを交換しながら堪能する。

一人で昼食を取っていた時は全然違う。料理が何倍も何十倍も美味しく感じる。昨日の親子に続いて、私は友達と楽しい時間を過ごす。

 

「リズってさ……似てるんだよね。かつての私らと」

 

お弁当の中身も半分くらいにまで減った頃、ミシェルちゃんが唐突に話題を切り出した。

似ているって、どういう意味かな? それってつまり……。

 

「ミシェルちゃんも、虐められてたの……?」

「そ、ちょっと前まで孤児院の連中から。あぁ、今いる孤児院じゃなくて前の場所ね。転校してきた理由は、其処が倒壊して無くなっちゃったから」

 

そっか。中途半端な時期に転校してきたのはその様な経緯があったからなんだね。

 

それにしても2人が天涯孤独の身だったなんて……。親が健在する身としては、親無しの人の気持ちは想像するのも困難だろう。

 

「それで私とリズが似てるって話だけど、実は虐められている理由が全く一緒なんだよね。本当に凄い偶然だわ」

「え?」

 

私は卵焼きを口に運ぼうとしていた手を止め、呆けた顔でミシェルちゃんを見た。

理由が一緒……? ちょっと待って。それってまさか……。

 

「私もエリーも、家畜や奴隷の“人”たちを助けて回ったら異常者のレッテルを貼られてねぇ。只でさえ不満が多かった孤児院では一部の子を虐めるのが横行していたから。すぐ次のターゲットとして私とエリーが選ばれちゃったわ」

 

……ミシェルちゃん今、奴隷化された他種族の人たちを”人”って言わなかった? ”物”ではなく、”人”って。

聞き間違いかもしれない。勘違いかもしれない。

 

「ねぇミシェルちゃん、エリーちゃん」

 

だから2人に訊ねる。

 

「2人にとって人間族とかエルフとか、光翼人以外の種族は……人間だよね?」

 

 

 

 

世界が静寂に包まれた。まるで時間が停止したかのようだ。

 

 

 

 

「「……」」

 

ミシェルちゃんとエリーちゃんが、私と正面から見つめ合う。

 

息を飲む。鼓動が早く大きくなる。

もし、もしこれで『他種族は家畜だ』と言われてしまったらどうしよう……心が不安に支配されそうになる。お願い。私と同じ考えであって。

 

 

 

 

「――当たり前でしょ?」

 

世界が、動き出す。

 

「家畜や奴隷扱いなんて許されることじゃない。この国の連中は思い上がってるわ。高い魔力を持ってるから偉い、発展してるから偉い……ホント馬鹿々々しくて呆れる」

「エリーたち、みんな平等。差別、ダメ、絶対」

 

ホッと胸を撫で下ろす。聞き間違いじゃなかった。この2人もまた、人を人と見てる人たちなんだ。

 

「……良かった」

 

安堵する私に、2人は穏やかに笑う。

 

「リズが何を安心してるのか分かるわ。私らも驚いてる。自分たち以外に同じ価値観の奴が居たなんて、今でも信じられない」

「ううん、信じて大丈夫だよ、ミシェルちゃん。私も他種族の人をちゃんと助けられないかなって、毎日悩んでたから」

 

虐めから救われ、友達が出来て、しかもその友達は2人とも理解者だった。本当に今日は幸運の連続だ。

今までは一人で抱え込んでいたけど、ミシェルちゃんとエリーちゃんと協力すれば、もっと良い方法が考え付くかもしれない。『3人揃えば魔は強くなる(三人寄れば文殊の知恵と同義)』ってね。

 

 

 

 

「あっ、リズお姉ちゃん!」

 

 

 

 

そんな時に聞いた声は、この場に居る私たちの誰のものでもなかった。

 

「め、メテオルくん!?」

 

何と昨日出会ったばかりの人間族の男の子が、早速翌日から遊びに来てくれたのだ。ベンチから立ち上がり、彼の元へ駆け寄る。

 

「どうしたの? 今日もこの近くでお仕事?」

「うん、お父さんとお母さんたち大人の人だけの仕事があるみたい! だからリズお姉ちゃんの所で遊んで来なさいって!」

「そうだったんだ。また会えて嬉しいよ。お姉ちゃん、今丁度お昼ご飯を食べてるところなんだけど、良かったら一緒に食べようか?」

「やったぁ!」

 

喜び飛び跳ねるメテオルくんは、ベンチに座るミシェルちゃんとエリーちゃんに気が付く。

 

「ねぇ、リズお姉ちゃん。あのお姉ちゃんたちは……?」

 

咄嗟に私の後ろに隠れて2人について訊ねてきた。もしかしたら酷いことをしてくるのではないかと思ってるのか、小刻みに震えている。

 

「大丈夫だよ、2人とも私のお友達だから」

 

早速、私はメテオルくんを紹介しようとした。

けど2人の様子が少しおかしい。厳密にはエリーちゃんが、だけど。ミシェルちゃんの後ろに完全に隠れ、顔半分だけをこちらに覗かせている。

 

「2人とも……?」

 

「あー、ごめんリズ。ちょっと待っててくれないかしら。――エリー、大丈夫?」

「問題ない。相手、子供。だから平気、一応」

「なら、良いんだけど……」

 

少しの間小声で何か話し合っていたけれど、やがて2人は立ち上がり、メテオルくんと私の前にやって来た。

 

「この子は……奴隷の子だね?」

「うん、昨日仲良くなった人間の男の子。メテオルくんって言うんだ」

「メテオルくんか、カッコいい名前じゃない。私は『ミシェル・ラスク』。リズお姉ちゃんのお友達よ? よろしくね?」

「『エリー・マルクス』。リズとミシェル、エリーの友達。よろしく」

「め、メテオルです! よろしくお願いします!」

 

2人とメテオルくんはすぐに仲良くなり、互いに握手を交わした。問題なく友好的な関係が築けそうでホッと一息入れた私。

 

 

 

 

そんなほのぼのとした雰囲気に水を差す出来事が起きる。文字通り物理的に。

 

「――ッ! 危ない!」

 

突然飛んできた球状の水に気付いた私は、それが向かう先に立つメテオルくんの前に滑り込む。そして障壁が間に合わないので身体で受け止めた。

あぁ……漸く乾きかけた制服がまたびしょびしょに。

 

「リズ!」

「お姉ちゃん!?」

「ぷへっ……だ、大丈夫。ただの水だったみたい」

 

ミシェルちゃんたちが吃驚した様子で私を気遣う。

 

それにしても今の攻撃、私にはとても身に憶えのあることだ。

 

「――あらら、家畜に当てるつもりが外れちゃったわ」

「代わりに異常者に当たったんだから良いんじゃん?」

「噂通り、こんな狭くて汚い庭で過ごしていたのね。不潔な家畜と一緒に過ごすにはもってこいでしょうけど」

 

現れた4人組の女子生徒が水球を掌に浮かせながら、私やメテオルくんを見てクスクスと笑う。その態度が癪に障ったのか、ミシェルちゃんが怒鳴り声を上げた。

 

「ちょっとアンタら、いきなり何すんのよ!? この子たちに水をぶっかけてくるなんて……!!」

 

ミシェルちゃんが私たちの前に出て、その鋭い眼光を女子生徒たちに向ける。エリーちゃんも無言のままだけど、ミシェルちゃんよりも少し前に出て垂れ目を細めて睨んでいた。

 

「な、何よ急に怒鳴ってきてさ。って言うか、貴女たち転校生のラスクさんとマルクスさんじゃない」

「どうして家畜と家畜を人呼びする変な奴と一緒に居るのよ?」

 

一瞬たじろう女子生徒だったが、すぐに立ち直ってミシェルちゃんたちと私の関係性について訊ねてきた。

 

不安が過ぎる。さっきミシェルちゃんたちは私の味方だと言ってくれたけど、ここで私が望まない答えを述べるのではないかと。

あまりにも失礼だ。でも、長年お母さん以外味方が居なかった為に少なからず疑心暗鬼に陥った私の心が、2人に全幅の信頼を寄せたいという想いを蝕む。

 

「リズもこの子も、私たちの友達だからよ。友達と一緒にお昼食べて何が悪いの?」

「こくこく」

 

結局は私の杞憂だった。少しでも2人を疑ってしまい、申し訳ない気持ちになる。

 

「……ぷっ、あはは! アンタたち正気? そんな奴らを友達だなんて!」

 

女子生徒たちは面白おかしく笑い出す。まるで高視聴率のお笑い番組を見てるかのように。どうやら信じていないみたい。

当然、そんな反応を返されたミシェルちゃんとエリーちゃんの目付きが更に鋭くなる。

 

「はいはい、面白い冗談を聞かせて貰いました。……じゃあそろそろ何処か行ってくれない? そこの異常者と家畜と遊ぶつもりだからさ。何ならアンタたちも一緒にやる? 水球ドッジボール」

 

言外に『邪魔するな』と威圧を掛けてくる女子生徒たち。でも、ミシェルちゃんたちは全く引かない。

 

「……友達を虐めるって分かってるのに、下がる訳にはいかないでしょ?」

 

「あれあれ~? さっきのは冗談じゃないって言いたいの? どうかしてるわアンタたち」

 

「アンタらの評価なんか関係ない。この子たちを傷付けるんだったら私が相手になってやるわ」

「エリー、ミシェルに同じ。リズに、メテオルに、手を出したら……許さない」

 

「……つまり私たちの敵になるってこと? それがどういう意味か分かってるんでしょうね?」

 

女子生徒たちが苛立つ様子で警告する。返答次第では、お前たちも虐めてやるぞと。

それを見た私はミシェルちゃんたちの前に出て、2人を守るように両手を広げた。……やっぱり無理だ。友達に迷惑を掛けられない。

 

「ま、待って! この子たちは偶々此処に来ただけで私とは無関係なの! だから見逃して!」

「り、リズ! ちょっとアンタ!」

「……ごめんね、ミシェルちゃん、エリーちゃん。私やっぱり2人には傷付いて欲しくない。彼女たちの相手は私がするから、今すぐメテオルくんを連れて此処から離れて」

 

女子生徒たちに聞こえないよう小声で2人に嘆願する。

 

「ダメ、エリーたちだけ、逃げる。そんなの、出来ない。友達だから」

「そうよ! アンタ一人だけ置いていく訳にはいかないでしょ!」

 

当然、2人が簡単に納得する筈がなく抗議の声を上げた。それでも何とか受け入れて貰おうと言葉を探すが、その前に時間切れとなった。

蚊帳の外に立たされた女子生徒たちが我慢の限界と言わんばかりに叫んだ。

 

「あぁもう面倒くさい! こうなったら3人纏めてやってやるわよ!」

「そんな変人を庇ったことを後悔するんだね!!」

 

水球が投げ付けられようとする。私たちはメテオルくんを守る為に障壁を展開しようとしたが、そこへ予想外の人物が現れた。

 

 

 

 

「これは一体何事ですの?」

 

女子生徒たちも私たちも、ゆっくりと歩み寄って来る緑髪ロングの女の子に目を丸くした。

一人の女子生徒が女の子の正体を口に出す。

 

「せ、生徒会長!」

 

途端に憧れのスターに会ったかのように羨望の眼差しを向ける女子生徒たち。

一方転校してきたばかりのミシェルちゃんとエリーちゃん、そしてメテオルくんは誰なのか分からず疑問符を浮かべていた。

 

「……会長? どういうことなのリズ?」

「あの人は『フィサリー・エイリエル』。この学園の生徒会長なんだ」

「え、エイリエルって……あの名門貴族エイリエル公爵家の?」

「うん、会長は其処の本家令嬢なんだって」

「そんな凄いお嬢様が、どうしてこんな所へ……?」

 

大貴族の登場に訝しんでいると、女子生徒たちが代わりに質問してくれた。彼女たちは全員顔を紅潮している。無理もない。何せ皇室に近い天上の人だから。住む世界が違い過ぎる。

 

「か、会長がどうしてこんな場所に?」

「いえ、特に深い意味は御座いませんの。お茶会を開こうと思ったのですが人が少なかったので、参加者を募ろうと探して回ってたところですの」

 

ところで貴女たち。そう言って女子生徒たち一人一人の顔を見る会長さん。

 

「是非とも私のお茶会に参加して頂けませんか?」

 

意外な申し出に女子生徒たちは仰天した。

 

「よ、宜しいのですか!? 私たちみたいな平民が!」

「えぇ、構いませんわ。色々な人とテーブルを囲んで紅茶を飲むのが、私の楽しみの一つなのですから」

 

大はしゃぎする女子生徒たち。

しかし会長は私たちのことは無視して、女子生徒たちだけを連れてその場を後にする。

 

ミシェルちゃんは不機嫌そうに会長の後姿を睨んだ。

 

「何よアイツ。私たちだけ完全に居ない子扱いして! ホント腹立つわ!」

「ま、まぁまぁミシェルちゃん。お陰で助かったんだから良しとしようよ?」

「リズはお人好し過ぎ! そんなんじゃこれから先もっと苦労するわよ?」

 

それブーメランじゃないかな? 言ったら余計に怒りそうだからツッコまないけど。

 

 

 

 

そんな折、会長が女子たちを先行させ、自分は最後尾に移動する。

 

「……?」

 

会長の行動を訝しんでいると、会長は首から上だけを振り向かせ――――私たちに笑顔でウィンクをした。

 

「え……?」

 

会長……もしかして、助けてくれた?

 

勿論、その疑問に会長が答えることはなく、すぐに前を向いて裏庭を去った。

 



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現代編
世界にもう一つの夜明けが訪れる


中央暦1639年 4月12日 深夜

 

 

――この日、不思議な現象が発生した。

 

第3文明圏および日本にて、東の空から仄かな黄色い光が観測された。地平線から現れたそれは徐々に大きくなり、周囲の空をオレンジに染め上げる。とても神秘的で穏やかな光景だ。

 

真夜中の時間帯に起きた謎の夜明けに、目撃した者は誰もが魅了され、そしてある出来事を思い出させた。

そう。ついこの間日本が転移した時に起きた、夜が昼間の様に明るくなる現象だ。それに比べれば小規模だが、夜中に光る現象と言う点では共通していた。

 

それ故にこの現象を解明し、己が異世界に来た原因を調べようと考えた日本。しかし、ロウリアとの衝突を間近に控えていたこともあって、調査は無期延期となる。

最も、非科学分野に関与する者の協力なしには、結局分からずじまいになるだろうが。

 

さて、一時的とはいえ無理やり夜を明けさせようとした勢力はというと……

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

ウェシャス拠点 天空島カヤノ

 

 

私、『リズ・ノスカード』は仲間たちと一緒に時間跳躍を行い、無事に目的地へ着地した。

上空を見上げると、島を包む霧の切れ目から2つの月光が差し込み、私たちを優しく照らす。

 

「此処が一万年後の世界……」

 

私たちは一度ラヴァーナル転移から魔王軍侵攻時代まで跳んだことがある。その時は僅か100年。今回は一気に1万年以上先の未来だ。そんな気が遠くなる様な時間も、次元の神様の力ならあっという間である。

それだけ長い年月が過ぎても澄んだ空気や月の光は大昔と変わらず、本当に未来へ来たのか疑問を抱いてしまう。

 

「……ふむ。どうやら儂らは魔法帝国より先に来てしまったようじゃな」

 

浮遊しながらスクリーンの様な物を眺める赤い髪の男の子。彼こそ私たちごと拠点のカヤノ島を未来へ転移させた神様で、私たちに力を授けて下さった『シャイヘル』様だ。

外見は私たちより幼いけれどそこは神様。なんと数百万年も生きて(?)いるんだとか。ハイエルフの人ですら数千年が限界なのだから、神様って本当に不思議で凄い方たちだと思う。

 

「先にって、どれくらいですの?」

「彼の国の出現から約20年前ってところじゃ。本来は奴らの出現とほぼ同時刻に着地出来る筈じゃが……計算を間違えたかのぅ」

「誤差が生じたのはラヴァーナル側の転移魔法では? 例の転移システムは完璧とまではいきませんし」

 

緑のロングが特徴のお淑やかそうな女の子が、難しそうな顔をするシャイヘル様と会話する。

名前は『フィサリー・エイリエル』。ラヴァーナルの大貴族、エイリエル公爵家の元本家令嬢である。

私たちが通ってた学園の元生徒会長で先輩なんだけど、本人の希望で”会長”や”先輩”ではなく名前で呼んでいる。

 

「でもコレはコレで良かったのではないですか? 仮にラヴァーナルと同時期に転移したところで、この時代の各種族がいきなり現れた私らと連携取るのは難しいでしょう」

 

そう主張するのは紫の髪をポニーテールに纏めた女の子。

フィサリーちゃんと同い年で先輩の『ユトエル・ノヴァロン』。私たちは親しみを込めて”ユトー”ちゃんと呼んでいる。

 

「私もユトーに同意よ。それに一万年以上経ってるとは言え、光翼人への恐れが無いとは言い切れない。私たちの姿を見たら、それこそ連携どころではなくなるかもしれないわ」

「問答無用で、攻撃される、かも。エリーたちのこと、少しずつ、教えるべき」

 

ユトーちゃんに同意する女の子二人。

黄色い髪をツインテールにした釣り目の子は『ミシェル・ラスク』、煌めく空色の髪で途切れた様に喋る子は『エリー・マルクス』。

かつて酷い虐めを受けていた時に手を差し伸べてくれた、私の最初の友達。

 

「まっ、20年も猶予が出来たのは寧ろ幸運だと思うね。それだけあればラヴァーナルと戦う為の準備が余裕で出来るって訳だ」

 

そして夜風にサイドテールを揺らし、不敵な笑みを溢す銀髪の女の子。

『マエ・マギライト』。私たち5人よりも前からシャイヘル様の巫女として、ラヴァーナルの圧政に苦しむ人たちを助けて回った子だ。

 

「むぅ、それもそうじゃな。戦いの直前や最中では、お前たちの良い子っぷりを人類どもに知らしめる余裕が無い。危うく巫女自慢が叶わぬところじゃったわ、すまん」

 

シャイヘル様、やっぱりその点が一番重要なんですね。知っていましたけど……。

思わず苦笑いになる私たち。

 

「取り敢えず今後のことは朝に考えるとして、今はそれぞれ部屋に戻って休もうか?」

「そうだねリズ。あたいも……ふぁ〜……流石に眠くなってきたし」

 

今は真夜中。普通なら寝ている時間帯だ。何人かはマエちゃんの様にウトウトしかけている子もいる。

育ち盛りの私たちにとって夜更かしは毒だ。緊急事態でもない限りは、キチンと休んで明日に備えるべきだろう。

 

私たちは一度解散し、各々の自室がある建物へ歩き出す。

 

(ラヴァーナルの好きにはさせない。同じ光翼人として、彼らの暴走を必ず止めてみせる)

 

シャイヘル様の巫女になった目的は変わらずそれ一つだ。その場凌ぎで終わらせない人助け、その為に授かった力で一人でも多く理不尽から救おう。

私は拳を強く握り締め、改めてそう決意を固めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「全くシャイヘルの奴、拠点ごと時間跳躍するとは。これでペナルティがまた一つ増えたな」

 

神域では一柱の神が、霧に包まれたカヤノ島を呆れた様子で見下ろしていた。

太陽神『シャマシュ』。日本の最高神、天照大神と同一の存在だ。

 

「シャイヘル様はこの時代をリズさんたちの終点に選んだみたいですね。シャマシュ様が召喚した日本が存在するのです。リズさんたちの幸せの為に彼らを利用するつもりなのでしょう」

 

シャマシュの側にもう一柱の神が現れ、共に下界を見下ろす。

豊穣の女神『●●●●●』。日本神話の豊受姫と同一だ。我々が彼女の異世界における名前を認識出来ないのは、過去の下界への介入によるペナルティで失われたからだ。

 

「あの光翼人たちに奇妙な格好をさせたのも納得がいった。我が眷属はその手の趣味を持つ者が多い。その上で他者を守る姿を見せれば、確実に注目を浴びるだろう」

 

次元神シャイヘルは己の能力で様々な世界や時代に干渉出来る。事前に知らされた対魔法帝国用の国家の実態を調べ上げるのは造作も無い。

その過程で得た情報から魔法少女というジャンルを取り出し、巫女たちに反映させたのがウェシャスと呼ばれる対魔法帝国抵抗組織である。

まさか本人たちも露出マシマシの戦闘服が、日本に興味を持たせる為に作られた物だとは夢にも思うまい。

 

「まぁしかし、これでリズたちと我が眷属たちが手を組めば大きなメリットになるのは間違いない。彼女たちは魔法帝国の情報をある程度持っている。それを上手く利用すれば眷属たちはより優位に戦える筈だ」

 

何せ数だけで言えば自衛隊は魔帝軍より小規模。国力的にも魔法帝国が上なのだ。質で20年程度しか優っていない以上、数の暴力は十分厄介になる。

そんな折、善良な光翼人が人類側に付いて情報提供を行えば、有効的な対策を魔帝の復活前に立てられる。

 

「ふふふ」

「何が可笑しいんだ●●●●●?」

「いえ、シャマシュ様は随分変わったなと。最初にリズさんたちと会った時は『光翼人など一人残らず皆殺しにすべきだ』と、かなり過激なことを言ってましたのに」

「別に深い意味は無い。偶然にもシャイヘルと私の利害が一致しただけのこと」

 

シャイヘルはリズたちの平凡で幸せな生活を望み、シャマシュは日本や人類の勝利を望んでいる。シャマシュは魔帝打倒の協力の見返りに、ウェシャスに属する光翼人の少女たちを見逃すことにしたのだ。

 

「それに、私が見逃そうと散々光翼人に辛酸を舐めさせられた人類が許すとは思えん。彼の種族は恐怖と憎悪を撒き散らし過ぎた。無論、彼女たちの身に何が起きようと私たちは決して助けない」

 

憎悪に飲まれ、最悪死んだとしてもシャマシュは知ったことではない。いくら神に見初められる程の善良な少女たちでも、所詮は異物。生きようが死のうがどうでも良い……そうシャマシュは主張するが。

 

(それでも積極的排除から放置に変えたのですから、最高神という立場で言えば十分温情だと思いますよ?)

 

そもそも魔帝打倒はウェシャスも目指していることであり、協力関係自体が彼女らを殺そうと動く神々を抑える為のポーズに過ぎない。

最高神直々に組まれた協力関係だ。邪神でもない限り彼女の意向を無視する愚かな神は存在しないだろう。

 

冷たい態度を見せながら、その実シャマシュもリズたちを気に入っているのだ。だが光翼人を憎む他の神の手前、表立って庇う様な真似は出来ない。だからこその放置であり、不干渉である。

彼女のそんな意図が分かってるからこそ、●●●●●は微笑む。

 

「せいぜい同胞たちが築いた憎しみや怒りを撥ね返し、幸せとやらを掴み取ってみるがいい……光翼の魔法少女たちよ」

 

適当に返す様な台詞とは裏腹に、シャマシュは世界に憎まれた少女たちの行く末が不安であった。




次回、ギムの虐殺を食い止めろ。


現代編と古代編では話の流れが異なる為、別々に読むことをお勧めします。


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ギムの虐殺を阻止せよ①

今年最後の投稿になります。皆様、良いお年を。

原作キャラは後半より登場です。


カヤノ島

 

 

時間跳躍してから最初の朝が訪れる。

何時もより早起きしてしまった私は気分転換に日の出を見ようと屋根に上ると、既にマエちゃんが座って東の空を眺めていた。

 

「おいっすリズ」

 

私に気付いたマエちゃんが手を振る。

 

「おはよう。マエちゃんも日の出を見に来たの?」

「いんや、只何となく風が気持ち良さそうだから、浴びに来たって感じ」

「そっか。折角だから一緒に見ようよ。隣良いかな?」

「勿論。何ならあたいの胸に飛び込まないかい? ちょいと肌寒いし温めてあげよう! ……なんて」

「本当? じゃあ失礼しまーす!」

「え、ちょ、いや冗だ」

 

両手を大きく広げて待ち構えるマエちゃんに、私は遠慮なく飛び込む。あ~、あったか~い。

 

「ちょ、ちょっと待ったリズ! これだとアンタの頭であたい太陽が見えないって!」

「あ、ごめんねマエちゃん!」

 

いけないいけない。折角一緒に日の出を見ようと思ってたのに悪いことしちゃったね。

 

私はマエちゃんから離れ、その隣にくっつく形で座る。

何故かマエちゃんは意図的に魔力を外に出して光翼を作り、それを器用に曲げて顔を隠していた。至近距離で輝く強い光源に私は目を瞑る。

 

「ま、マエちゃん?」

「気にすんな!」

「いやあの、ちょっと眩しいから光量抑えて欲しいんだけど」

「え、あ、あぁ! 悪ぃ!」

 

光翼を消したマエちゃんを見ると、いつもの肌の白い顔がほんのり赤くなってる気がした。

 

「どうしたのマエちゃん? もしかして風邪? ちょっとおでこ貸して」

「いや、大丈夫! 至って健康だからホント!」

 

4月とは言え朝は少し寒い。風に当たり続けたせいで体調を崩したかもしれない。少し心配だな。

 

「それよりほらっ、リズ! 上って来たよ!」

 

そうしている間に、太陽が地平線から顔を覗かせた。暖かな陽光が私たちに、そしてカヤノ島を優しく照らしていく。

 

「ん〜!!」

 

私は蹴伸びして、仰向けになる。

 

「綺麗な朝日だね〜、マエちゃん」

「あぁ、そうだね。目玉焼きみたいで美味そうだし。あー、マジで腹減ってきた。早くリズやエリーの飯が食いてぇ」

 

さっきよりマエちゃんは落ち着いているように見える。ふぅ、どうやら本当に体調不良とかじゃなさそうでホッとした。

 

「マエちゃんったら食いしん坊なんだからー」

「美味そうに見える太陽がいけない!」

 

などと呑気に言い合ってると突然シャイヘル様から召集が掛かった。こんな早朝からどうしたのだろうか?

 

「……明らかに只事じゃなさそうだね」

「みたいだね。はぁ、朝飯はお預けかぁ……」

 

私たちは屋根から飛び降り、華麗に着地して走り出す。

 

 

 

途中ミシェルちゃんたち4人と合流し、トリイと呼ばれる荘厳な門を潜ってその先の社へ入る。タタミという物が張られた広い部屋の奥では、幼い男の子の姿をした神様――シャイヘル様が待っていた。

 

「突然呼び出して済まないの。早速で悪いが“ぶりーふぃんぐ”を始める」

 

ぶりーふぃ? ブリーフがどうかしたのかな?

 

「何故そこでパンツの話になるのよリズ」

「多分、会議って、意味だと、思う」

「あ、そうなんだ……」

 

ってミシェルちゃん、エリーちゃん。急に心を読まないで……。

 

「……話、続けても良いかのぅ?」

「は、はい、すいません。それでシャイヘル様、どのようなお話でしょうか?」

「うむ、実はロデニウス大陸で勃発中の戦争についてじゃが……」

 

戦争。やっぱり穏やかな話じゃなかったね。

 

「まぁ要するに、出撃命令じゃ」

 

シャイヘル様が指をパチンと鳴らすと部屋が一気に暗くなり、空中に巨大な魔像画面が出現する。映されていたのはロデニウス大陸を中心とした地図だ。

その大陸の北部が拡大され、国境線を境に帝国語で”ロウリア王国”と”クワ・トイネ公国”という名前が表示される。どちらも私たちが暮らしていた時代には存在していない国家だ。

 

「時間がないから説明は省くが、このクワ・トイネ公国は、こっちのロウリア王国から侵略を受けている最中じゃ。クワ・トイネの軍事力はロウリア側よりずっと小規模で、劣勢を強いられておる」

 

私たちが休んでいる最中、シャイヘル様はこの時代の世界情勢についてあっという間に調べ上げていた。相変わらず次元神様の能力は反則過ぎて言葉も出ない。

 

「つまり私たちの役目は、そのクワ・トイネ公国をロウリア王国の侵略から守る為に戦うことですか?」

「いや、厳密にはこの街の住民を避難させて欲しいんじゃ」

 

ロウリアの国境付近にあるクワ・トイネの一都市が指し示される。名前は、ええと……”ギム”って呼ぶみたい。

 

「この街では正に今ロウリア軍とクワ・トイネ軍が激突しておるのじゃが、まだ1万人近くの住民の避難が完了しておらぬ。残念ながら数で劣るクワ・トイネ側が敗北する可能性が高い。そしてそうなれば……逃げ遅れた殆どの住民は虐殺されるじゃろう」

 

ほぼ全員が殺される? 1万人もの人たちが? 一体どういうことなんだろう……?

 

疑問を抱く私たちに、シャイヘル様がロウリアという国の実態を説明してくれた。

 

「ロウリア王国は人間至上主義者の集まりじゃ。対するクワ・トイネは人間以外の種族も暮らしておる。勿論ギムの街にも多くの種族が残されとる。今回のロウリアの戦争目的は”亜人の殲滅”。ギムの住民たちがどの様な末路を辿るのか、想像に難くないじゃろ?」

 

途端に私たちの表情が強張る。

 

「人間以外を殲滅!!? そいつら、何の権利があってそんなことするのよ!!」

 

私のすぐ隣に立つミシェルちゃんが一歩乗り出し、拳を強く握って怒声を発する。他の皆も叫びこそしなかったが、その表情は怒りに染まっていた。勿論、私も。

 

当然だ。ロウリアがしていることは、私たちにとって最も不快で許し難い行為。他種族を差別し傷付け、優越感に浸ることだ。私たちが此処に居るのも、他の光翼人のその様な行為を見てきたからでもある。

 

「そんなの絶対にさせません。虐殺は必ず阻止してみせます!」

 

悲劇を生まない為にも、逃げ遅れた人たちを一人でも多く街から避難させなきゃ。

 

「ギムを襲撃中のロウリア軍先遣隊は、ワイバーン150騎に兵士が約3万。重装歩兵や騎兵、魔獣も多数確認されておる。敵が多い中、大勢を避難させるのは至難の業。決して油断してはならぬ」

 

そして細かいところの調整を済ませ、遂に出撃の時を迎えた。この時代に転移してから初の実戦だ。

 

「分かりました。早速出撃します!」

「頼むぞ。では行くがいい、我が巫女たちよ」

 

「「「「「「了解(です(わ))!!」」」」」」

 

 

 

 

 

私たちは社を飛び出し、駆けながら右腕のブレスレッドに左手を当てる。

 

するとブレスレットから黄金色の光が放たれ、私たちを包み込んだ。身体全体を心地良い風が満遍なく吹いていく感覚。緊迫感も忘れかける程の快感が襲う。

 

光が消える。

学園時代の制服は、一瞬で戦闘服に変わっていた。シャイヘル様が私たちの為に用意して下さった、魔力を増幅させたり魔素の動きを活発化させたりする、兎に角凄い魔法具だ。

まぁでも不満を挙げるとすれば……。

 

「うぅ、もうちょっと露出を減らせないかなぁ、この衣装……」

 

顔を赤らめたユトーちゃんが両手で抱くように体を隠しながら走る。

太ももに脇に、この服は剥き出しの部分が結構ある。パッと見は可愛い衣装なんだけどね。特に頭の羽根付きのカチューシャっぽい装飾具とか。でも自分が着る側となると、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 

「そうか? 滅茶苦茶強くなれるんだし、良いこと尽くめじゃんコレ」

「身体、とっても軽い。エリー、この服着れば、何処でも行ける」

 

マエちゃんとエリーちゃんは平気そうである。

 

「ふふっ、神様とは言え男の子ですもの。仕方のないことですわ」

 

フィサリーちゃんが余裕に満ちた笑みを浮かべる。

でもシャイヘル様はもう男の子って年齢じゃないと思うけどなぁ。実年齢数百万歳って言ってたし。怒られるかもだから口にも念話にも出さないけど。

 

「男の子ってフィサリー……あの方もうお爺ちゃんじゃない? エロガキじゃなくてエロジジイ」

「あ、ミシェルちゃんそれ以上は言っちゃ」

 

“何か言ったかミシェル?”

 

「「うひゃあっ!!?」」

 

私とミシェルちゃんは飛び跳ねる様に驚く。

シャイヘル様は管制役として、任務中は私たちの動きを把握している。当然、今の発言もしっかり聞かれました。

 

“言っておくが、お前たちの衣装は儂の趣味ではないからな?”

 

「アッハイ」

 

シャイヘル様の有無を言わせぬ言葉に、私たちは素直に頷くしかない。神様を怒らせるのは不味いからね。

 

 

 

 

 

さて、強化された脚力で一気に島の端っこへ辿り着いた私たち。

このカヤノ島は空中に浮かぶ島。つまり端から見えるのは海ではなく空。島から一歩踏み出せば地上へ真っ逆さまだ……本来ならば。

 

力強く地面を蹴り、飛び上がる私たち。同時に浮遊魔法を発動させ、光翼を形成させて飛翔する。変身すると神様の加護をより強く受けるので、変身前よりずっと速く、身軽に飛べる。

 

霧の壁をあっという間に越え、私たちは晴天に恵まれた広大な海原に迎えられた。

 

「急がなきゃ。町の人たちが危ないかも」

 

通常の飛行でも十分速いけど、2000㎞以上離れた場所まで行くことを考えると時間が掛かり過ぎる。

しかし転移魔法は使用に莫大な魔力を消費する。3万人の軍勢と150騎のワイバーンの攻勢を防ぎながら住民を避難させなきゃいけないのだ。もしもの時の為にも、満足に戦える魔力は温存しておきたい。

 

なら、”アレ”を試してみよう。

 

「ねぇ、みんな。この服の新機能、使ってみない?」

「十分な魔力を維持して且つ急ぐんなら、それしかないじゃない」

「あたいも賛成だね。それに使いこなせるようになる為にも、早めに試した方が良いと思う」

 

全員が賛成し、シャイヘル様が戦闘服に新たに加えて下さった新機能――超音速飛行を試す。

 

超音速。その世界へ入れるのはインフィドラグーンの竜騎士団か、若しくはラヴァーナルの戦闘機くらいだって、前にミシェルちゃん言ってたっけ。そんなとんでもないことを、私たちは生身(?)で試すのだ。不安と緊張の汗が頬を伝う。

 

戦闘服の背中に折り畳まれた状態で装着された、4つの先の尖った金属の棒みたいな物体。それらが私たちの光翼を挟み込む様に展開し、更に3倍近く全長を伸ばす。まるで金属質の翼4枚と光翼2枚、合わせて3対6枚の翼を生やしている様だ。

この際「ブッピガンッ!」とちょっと気の抜ける音が聞こえたが、特に誰も気にせず次の工程へ入る。

 

「よーし……行くよ?」

 

速く飛ぼうと強く意識すると、体内魔素の大きな変化を感じ取った。

増幅され、全身を駆け巡る高密度の魔素。その一部が私たちの体を塗装するようにコーティングし、更に一部が光翼の付け根に回され、棒状の物体に沿って大量に外へ放出された。

 

結果。新しく背中から現れた光の奔流に元の光翼が飲み込まれ、自分の体の数倍大きく、且つ幅広い光翼が形成された。鳥の翼というより、まるで巨大な蝶の羽だ。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

間を置かず私たちの体は加速を始めた。目だけを覆う様な小型の投影ディスプレイが現れ、速度を表す数値が凄まじい勢いで大きくなる。

最初は時速200㎞だったのが一気に900㎞に。そこから1200……1500……1800と増えていき、2000㎞台後半に達してようやく加速が穏やかになる。

 

”うわっ、ヤバいよ今の私ら、音速の2.3倍以上も出てんじゃん! すっごっ!!”

”それってヤバいことなのミシェルちゃん!?”

”当り前じゃんリズ! なんたって神竜様や戦闘機並みのスピードだからね!”

 

ミシェルちゃんがとても興奮した様子で叫ぶ。音の2.3倍って想像しづらいけど、凄く速いことだけは分かった。

因みに音より速くなると声が届かなくなるらしいので、私たちは念話を使用して話している。

 

”これなら早く現場に着けそうだね!?”

”えぇ、1時間も掛からないわ!”

 

それでも40~50分は掛かるらしい。もどかしいことに変わりはないが、通常の速度で飛ぶよりは遥かに良い。

 

(待っててね! 今行くから!)

 

私たちは最終的に音の2.5倍もの速さで空を駆け、クワ・トイネ公国へ急いだ。

 

……ところでこれ、どうやって止まるんだろう?

 

 

 

 

 

「新機能は問題なさそうじゃな」

 

一方、カヤノ島の社内部では、シャイヘルが己の能力を駆使して必要な情報を逐一集めていた。

 

彼を囲む小規模な水蒸気、いや多数の霧。それ自体がまるでディスプレイかの如く画面を表示し、ロウリア軍対クワ・トイネ軍の様子を様々な角度からリアルタイムで映していた。それら無数の映像を猛烈なスピードで眼球を動かして確認、そして必要な情報を収集、分析していく。

 

そんな中、リズたちウェシャスの魔法少女が超音速飛行する映像を捉え、あれ程素早く動かしていた眼球をビタッと止める。

助けを求める人々の元へ全力で向かう彼女たちを、シャイヘルは慈愛に満ちた表情で見守る。

 

「そうじゃ、巫女たちよ。お前たちはこれまでと同様、ただ己の正義に従い、ひたすら目の前で苦しむ者たちを救っていけば良い」

 

何故あんなにも優しくて良い子たちが光翼人として生まれてきてしまったのか。それがリズたちにとっての最大の不幸だとシャイヘルは思っている。

 

シャイヘルは彼女たちが好きだ。だから幸せになって欲しい。

しかし自分は神である以上、必要以上に下界へ介入出来ない。だから間接的に支援し、彼女たち自身で頑張って貰う他ないのだ。

 

それでもあれだけの力を与えた以上、ペナルティを受けるのは避けられないだろう。このまま間接的とはいえ介入を繰り返したら、最終的に自分はどうなるのか? 多分、いや確実に消えるかもしれない。

 

だが、それでも――。

 

「儂が上手く誘導してやる。後は自分たちの手で掴み取ってこい」

 

次元神シャイヘルは魔法少女たちの幸福が大事なのだ。それ以外の全ても、世界も、そして己の存在自体よりもずっとずっと。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

クワ・トイネ公国 ギムの街

 

 

圧倒的戦力差により、ギムはロウリアの手に落ちた。

 

「いやぁ、放して!」

「うるさいっ、とっとと歩け亜人ども!」

 

結局避難の完了は間に合わず、1万人近い一般市民が生き残った兵士ともども捕らえられ、酷い責め苦を強制されていた。

エルフや獣人などは殴られ、蹴られ、女性に至っては容赦なく犯され尊厳を奪われる。捕らえられたクワ・トイネ人にも人間は居たが、彼らも「亜人と手を組んだ裏切り者」として同等の制裁が振り下ろされる。

日本には「勝者は敗者の尊厳を守れ」という言葉があるが、中世レベルのロウリアにそんな概念がある筈もない。敗者はただ勝者に蹂躙される現実だけがこの街にあった。

 

「こうなると彼の猛将モイジも形無しですね。弱過ぎる。魔獣の投入すら必要ありませんでした」

 

ロウリア軍 東方征伐軍 先遣隊 副将アデム。彼は不気味な笑みと共に目の前の男性を見下ろす。

 

「ふんっ、煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

クワ・トイネ公国 西方騎士団 団長 モイジ。彼は捕虜にされ手を縄で縛られていながらもその意思は衰えず、猫の様に鋭い眼光でアデムを睨む。彼もまた猫の獣人、つまりロウリアにとっては迫害の対象なのだ。

 

「ほうほう。では遠慮なくそうさせて頂きましょう――彼女たちで遊んだ後に」

「何……?」

 

他の兵たちがモイジの眼光に怯む中、唯一アデムだけはより気持ち悪い笑顔を浮かべて不穏な言葉を吐く。

酷く嫌な予感がしたモイジ。そして、それはすぐに的中した。

 

「ご確認頂きたいのですが、此方の中に入ってらっしゃるお二方が……モイジ殿の奥方とご息女で間違いないですかね?」

「なっ!?」

 

アデムが指し示した先には布を被った大きめの檻。それが一気に取り払われると、中にはモイジの妻と幼い娘が捕らえられていた。二人とも酷く怯えている様子で、モイジに気付くと彼に向って叫ぶ。

 

「あなた!!」

「お父さん……!!」

 

「二人とも、何故此処に!? き、貴様、妻と娘に何する気だ!? 二人を放せ!!」

「何って先ほど申したじゃないですか。”遊ぶ”と、ね」

 

モイジの激昂も何処吹く風に、アデムはニヤニヤと笑いながら檻に近付く。

子供を守るように抱きかかえながら睨む女性に、彼は言った。

 

「おやおや~、そんなに抱き締めちゃってまぁ。こんなに愛されてお子さんは本当に幸せ者ですね。……そこで提案なのですが、貴女が私からの責め苦に声一つ上げることなく死んでみせたら、お子さんのみ生かして差し上げようと思うのですが、どうでしょうか?」

 

如何にも残酷そうな見た目の敵将からの意外な申し出に、モイジの妻は戸惑った。

 

「ほ、本当にそうすれば……娘は助けてくれるの?」

「えぇ、貴女とご主人は殺しますが、その子だけは生きて街から出してあげますよ?」

 

嘘だ。

アデムはギムの街で暮らす住民は100人を除いて皆殺しにするつもりでいる。残念ながらその生き残る100人にモイジの娘は入っていない。ただ娘の為に苦しみに耐えながら死んでいく女性の様子を見て楽しみたいだけなのだ。

何という冷酷な男か。人間としての心が無いと言われても仕方ない。

 

「ダメだ!! そいつは絶対に約束を守らない! 俺たちの知る人間だと思うなッ!!」

 

モイジもその予測が付いてるからこそ叫び、何とか妻子を助けようと暴れる。

だが、拘束されてる上に数人がかりで取り押さえられては碌に身動きも出来ない。

 

「分かった。その代わり絶対に娘だけは助けて!」

「勿論ですとも。では、早速始めましょうか」

「お母さん! やだッ、行かないで!!」

「やめろ! やめろおおおおおおおお!!」

 

モイジの妻は檻から出され、兵たちが用意した拘束具に縛り付けられる。その周囲には見るからに凶悪な拷問具の数々。全てアデムが自分の屋敷からわざわざ持って来たのだ。

 

「さぁ、お子さんの為にも、しっかり頑張って下さいね」

 

アデムは目を背けたくなるほどの邪悪な笑みと共に、拷問器具の一つを女性に向ける。ブレストリッパーという胸を挟む為の道具だ。その痛みは想像を絶するだろう。

 

「いやだ……こんなのヤダよぉ……」

 

モイジの娘は思った。

何故大好きな父と母が殺されなければならないのか。家族と平穏に暮らしてただけなのに、こんな理不尽な目に遭わなきゃいけないのか。

 

「誰か……助けて下さい……」

 

少女の脳裏に、母親から教えて貰った御伽噺が思い浮かぶ。

かつて魔王が侵攻した際、太陽神の使者たちの様に何処からともなく現れた天使たち。彼女たちは使者や古の勇者と協力し合って魔王軍を蹴散らし、遂に魔王を封印したとされている。

少女は絵本で天使たちの容姿を見て以来彼女たちのことがとても気に入り、何時か会ってみたいと夢見ていた。

 

母が言うには、その天使たちは窮地に陥っている時に現れ、手を差し伸べてくれるという。なら――。

 

 

「お願いします天使様! お父さんとお母さんを、皆を助けてえええええ!!」

 

 

少女は両手を合わせ、天に向かって大声で助けを呼んだ。何よりも自分が大好きな、伝説の天使たちに。

 

 

 

 

 

そして、その願いは――届いた。

 

 

 

 

 

直後、空から何かが高速で降ってきて、地面にぶつかり猛烈な砂埃を舞い上げた。

 

「「「!?」」」

「な、何事ですかあああああああああああああ――

 

衝撃波を受けたアデムは見事に地面を転がっていく。

 

暫くして辺りは静寂に包まれる。

 

「いてて……減速に失敗しちゃった。魔力で体がコーティングされてなかったら死んでかも……」

「……え」

 

少女は爆心地の中心に立つ、自分より年上の少女を見た。

 

「え? 了解です!」

 

目を瞬かせていると、謎の少女は姿の見えない誰かと遣り取りし、そして此方へ一気に飛んできた。光輝く翼を生やして。

 

「!?」

 

それからはあっという間だった。自分の入っている檻は鋭利な刃物か何かで破壊され、また父や母も拘束具から何時の間にか解放されていた。

 

「二人とも、良かった無事で!!」

 

少女は妻と共にモイジに抱き締められる。もう離さないと言わんばかりに。

 

しかし少女の意識は実の両親ではなく、翼を生やした謎の少女に向けられていた。

彼女が右手に持つ白銀の剣。おそらくあれで自分たちを解放してくれたんだろう。

 

「お怪我はありませんか?」

 

朝日で煌めく桃色の髪を靡かせ、不思議な格好をした翼の少女はモイジ一家に微笑みかけた。優しく包み込むような柔らかな笑顔は、少女の抱く恐怖感や絶望感をほぐしていく。

 

「天使……さまぁ」

 

少女は耐え切れず涙を流す。

 

御伽噺は、本当だった。

 



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ギムの虐殺を阻止せよ②

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

2021年初の投稿です。


私たちはギムのすぐ近くまで迫っていた。

 

しかし、

 

”減速を始めたはいいけど……”

”かなりゆっくりですわね”

 

どうやら超音速飛行は加速は凄まじいものの、減速には結構な時間を要するらしい。数分前からスピードを落としているけれど、まだギリギリ音速を超えている。一刻も早く現場に着地したいが、この速度では危険度が高い。

これは改善案件だ。任務を済ませて帰ったら早速シャイヘル様にお願いしよう。

 

「!!」

 

その時、誰かが助けを求める声が聞こえてきた。もしかして……今まさに誰かが犠牲になろうとしている!? もしそうなら一刻の猶予も無い。誰、何処にいるの!? 今そっちに行くから!

私は声の主を探そうと思わず地上を見下ろしたが、その時体を斜め下方向へ傾けてしまう。

 

……あ。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!?」

「え、ちょ!?」

「リズっ!!?」

 

それがいけなかった。私は超音速を維持したまま地面にぐんぐんと近付いていき、そして――。

 

「ッ!!」

 

頭から諸に突っ込んでしまった。辺りに砂埃が舞い、地面は私が直撃した影響で大きなクレーターを作り出す。

爆心地の中心部で、私は咳き込みながらフラフラと立ち上がる。直にぶつかった箇所が少し擦りむいている。予想に反して、極めて軽い怪我で済んだようだ。

 

「いてて……体が魔力でコーティングされてなかったら危なかった……」

 

シャイヘル様のお陰だね。

土埃を叩き落としていると、そのシャイヘル様から念話が入った。

 

”り、リズっ!! 大丈夫か、怪我は無いか!? 応答せい!!”

 

「シャイヘル様。はい、何とか大丈夫です……」

 

”そ、そうなのか? 本当に大丈夫なのか? お主に何かあったら儂は、儂はぁ……”

 

シャイヘル様は今にも泣きそうだ。子供を泣かせたようで強い罪悪感を覚えたが、今は弁明している暇がない。早く助けを呼んだ人を探さないと手遅れになるかもしれない。

 

「ごめんなさい、心配をお掛け致しました。……あの、シャイヘル様! 私、さっき誰かが助けを呼ぶ声を聞いたんです! その人の現在地を教えてください!」

 

”何? 少し待て! ……ふむ。おそらくお前の背後50m地点に居る者じゃ。どうやら捕まっておるぞ”

 

「え!?」

 

振り返るとその先には、檻に閉じ込められている獣人の女の子が。その近くにも人間族の女性と獣人の男性が拘束されていた。

 

”すぐ向かって解放してやれ、リズ!”

 

「了解!」

 

返事より先に体が動く。

 

私は女の子を閉じ込める檻に素早く接近し、虚空から出現させた剣を横に振るった。魔力で強化された腕力と剣の切れ味が組み合わさり、鋼鉄の檻はあっさりと切断される。間を置かず女性と男性の元にも寄り、拘束具だけを綺麗に切り裂いた。

この間僅か1秒。3人にしてみれば私が消えた途端、自分たちを縛る物が一瞬でその能力を失った様に見えただろう。

 

「二人とも!!」

「あなた!」

「お父さん……!!」

「良かった、良かった、無事で……!」

 

男性が女性と女の子へ駆け寄り、抱き締める。どうやら親子らしい。無事に再会できて良かった。

 

「お怪我はありませんか?」

 

タイミングを見計らって声を掛ける。すると――。

 

「天使……さまぁ……!」

 

私を凝視していた女の子が声を上げて泣き出した。え? どうして!?

 

「あの、何処か怪我してるの!? 治してあげるから、お姉ちゃんに見せて!」

「ううん、怪我じゃないの。天使様に会えて嬉しいの!」

 

天使様……? 私のこと? 何で?

私が首を傾げていると、女の子は右腕で涙を拭い興奮した様子で理由を教えてくれた。

 

「だってお姉ちゃんは御伽噺に出てくる、勇者様と一緒に魔王を倒した天使様でしょ? 天使様はとっても綺麗な羽を出してたって、絵本で見たもん!」

 

あ、光の翼のことか。確かに天使っぽく見えなくもないね。納得した。

 

それよりも当時の私たちのことが昔話として伝えられているの? あれから1万年以上も経てば流石に記憶も記録も風化してしまうと思ったけど、そうでもなさそう。

 

(タ・ロウさん、ケンシーバさん、キージさん、ルーサちゃん。あれから4人はどうなったんだろう……)

 

一緒に戦い、ダレルグーラ城で別れた友達のその後が気になる。魔法帝国も魔王も無くなった時代、あの人たちは幸せに暮らしたのだろうか。今となっては分からない。

でも、友達の頑張りが今も語り継がれていることが知れて嬉しい。あの人たちはもういないけど、彼らが勇者として戦った証はしっかりと残されているんだ。

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃんって御伽噺の天使様でしょ? 勇者様たちとの武勇伝、沢山聞きたいなー!」

「え、えっとぉ……」

「ちょっと待てユキ。先に私と話をさせてくれないか?」

「え、でもお父さん!」

「今はまだ危険な時なの。お話を聞くのはまた後にしましょうね?」

「む~、分かったよお母さん……」

 

さて、キラキラとした眼差しを向ける女の子への返答に困っていると、この子の父親が話し掛けてきた。

女の子は不満そうに頬を膨らませたが、女性の宥められて渋々引き下がった。

 

男性は女の子と女性を離すと、私の前に来て頭を下げた。

 

「さっきは助かった。もう少しで私は家族を失うところだった。アンタは一生の恩人だ、この恩は必ず返す」

「いえいえ気にしないで下さい。私はただ助けたくて助けただけですから。……それにまだ危機が去った訳ではありません。敵が近付いています」

 

あれだけ派手に着地したんだ。間違いなくロウリア軍に気付かれている。現に敵の兵士が沢山こちらへ向かっているのが遠目にも分かる。ぐずぐずしていたら人質ごと包囲されてしまう。

 

「リズ!」

「リズー! 無事ー!?」

「みんな!」

 

丁度マエちゃんを筆頭に、ウェシャスのメンバー全員が私の元へ降り立った。ある子は心配そうに、ある子は眉間に皺を寄せた様子で私に詰め寄る。

 

「大丈夫ですの、リズ!?」

「身体、痛いとこ、ないっ!?」

「全く! 防壁のおかげで何とか助かったものの、ヘタしたら死んでたかもしれないのよ!?」

「本当無茶をする! 何かあったらどうするの!?」

 

「ご、ごめんね皆。心配かけちゃった……本当にごめん」

 

みんなに心配掛け過ぎちゃった。同じ事にならないように気を付けなくちゃ。

 

「敵さんが集まってきたみたいだね」

 

予想より早くロウリア軍の兵が集まっている。流石に万単位で一気に攻めてこられたら厄介だ。これ以上の死傷者は何が何でも避けなければならない。

 

「もし。貴方のその恰好、もしや軍人さんでは?」

 

フィサリーちゃんが獣人の男性に問いかける。鎧を身に付けたその姿は兵士と見て間違いない。それも多少煌びやかな装飾も施されていることから指揮官と思われる。

 

「あ、あぁ。私はこの街一帯の守りを担う西部騎士団の団長だ。名をモイジという」

「ではモイジさんにお願いがありますの。生き残った住民や兵士を連れて、この街から脱出してくださいまし。私たちが援護致しますわ」

「な、何……!?」

 

モイジさんはひどく驚いた様子だ。

 

「助けて貰ったことは感謝してる! だが、いきなり現れた君たちを信じて簡単に命を預ける真似は出来ない! こう言っては悪いが、君たちが敵のスパイである可能性も否定できないのだからな」

「お父さん、酷いよ! お姉ちゃんたちは御伽噺の天使様なんだよ!」

 

女の子が抗議の声を上げるが、モイジさんの言っていることは正論だ。私たちは明白に味方だという証明が出来ない。指揮官として味方や一般の人たちを無事に逃がす為にも、私たちのような不安要素は加えたくないだろう。

 

「第一殿を務めるにしても、君たちの部隊はどれだけの規模だ? 100人か? 1000人か?」

「いいえ、此処にいる6人で全員ですわ」

「気は確かか!? たった6人でロウリア軍を相手取ると!? 相手は3万近い大軍なんだぞ!!」

 

当然と言うか、モイジさんは目を剥いて抗議する。普通に考えれば多勢に無勢。囮にもなるか怪しい人数で敵と戦うと私たちは主張しているんだ。正気を疑われても仕方ない。

 

でも私たちは似たような経験をしている。つまり、こんな状況は慣れっこだ。

 

「ご心配なく」

 

フィサリーちゃんが切先に沿って幅広い刃が持ち柄に付いた珍しい武具――薙刀と言うみたい――を出現させる。何をする気が察した私たちは邪魔にならならないよう距離を取った。

そしてフィサリーちゃんは接近中の敵集団と真正面で向き合うと、少し腰を落としながら片足を前に出し、両手で構えた薙刀を横に振るった。

 

「な……」

「嘘……」

「すごーい……」

 

モイジさんも、女性も女の子も固まっていた。

薙刀が起こした衝撃波が完全武装の騎兵100人以上を馬ごと吹き飛ばす様子を見せられたら、そりゃそうなる。

 

「これなら心配ありませんでしょ?」

 

薙刀を一度回転させてから柄の先をガンッと地面に突き立てると、フィサリーちゃんはドヤ顔でそう言った。

 

「さて、今まさにロウリア軍を攻撃した私たちは、これで少なくとも貴方がた同様ロウリアの敵となりました。ここは共通の敵から逃げる為にも手を組みませんこと?」

「……それで証明したつもりか?」

 

フィサリーちゃんが手を差し伸べるが、モイジさんの疑惑はまだ晴れない。

その態度にミシェルちゃんが切れ、ずんずんとモイジさんに近付いて胸倉を掴んだ。

 

「あーもう、さっきからごちゃごちゃと文句ばっかり! 私たちが敵か味方かなんて考えてる暇ないでしょ!? そんなこと考えてたら時間切れで皆死んじゃうわよ! いいから、さっさと全員連れて街を出なさいよ!」

「ミシェルちゃん、焦るのは分かるけど言い方!」

「あッ、う……ご、ごめん。言い過ぎた」

 

私から咎められモイジさんを離すミシェルちゃん。

モイジさんはミシェルちゃんの言葉に当てられたせいか、さっきのフィサリーちゃんの件も含めて少し考え込んでいた。やがて大きく息を吐いた彼は私たちを見据え、

 

「――分かった。君の言う通り、あまり時間は残されてなさそうだ。これ以上部下や住民が犠牲になるのは御免だ。どうか力を貸してくれ」

 

その言葉に私たちはホッとした。

 

「しかし、住民はばらけた形で拘束されている。彼らを敵から守りながらどうやって救出する? それに魔信も使えないから連絡すら取れない」

 

モイジさんが没収された刀剣を回収しながら懸念を口にする。実はこれに関しては既に対応策がある。

 

「アタシの出番だね」

「ユトーちゃん、お願いできる?」

「勿論よリズ。マエ、救出後の人質の周りに障壁を展開させて頂戴」

「おう、了解した! 誰一人傷付けさせはしないよ!」

「それじゃあ残った私たちは、マエちゃんが人質みんなをシールドで保護した後に周囲の敵を排除するよ。周囲の安全を確保したら、人質を救出して街の東端へ連れて行く……流れはこんな形だね。モイジさん、それで良いですか?」

「あぁ、私は近くの同胞を掻き集めて、途上の住民を救出しながら街の東端へ避難しよう。正直、君らの実力を見て尚不安が拭えないが……西側に残された人質を頼む」

「はい、任せて下さい!」

「さあ、行くよ! 準備は良い!?」

 

ユトーちゃんが態勢を立て直そうとする敵集団へ走り出す。その両手にはオリハルコン製の金属具が付いた、折れ曲がったような青い武器。別世界でブーメランと呼ばれているその道具は、シャイヘル様曰く遠くに投げても自分の所へ戻ってくるらしい。一体どんな原理でそうなるのか、凄い武器だ。

 

「シャイヘル様、人質全員の現在地をお願いします!」

 

”安心せいユトー。既にクワ・トイネ側の住民全員の位置情報は割り出しておる。タイミングはお前に任せるぞ”

 

「はい!」

 

それぞれ私たちの顔辺りに出現する映像。人質の位置だけでなく、その人がどのように拘束されてるかまで事細かく情報が示されていた。ユトーちゃんはそれを頼りにブーメランを操り、人質の拘束具のみを破壊する。

 

何故ユトーちゃんが人質解放の役目を担うのかというと、これはマエちゃんとユトーちゃん以外の私たちの攻撃射程が短いことにある。衝撃波を起こして遠くの檻を破壊することは可能だけど、当然それは人質ごと吹き飛ばしてしまうことを意味する。遠距離から、ましてや街中の様に入り組んだ場所で人質の拘束具だけを破壊する、なんて真似は出来ないのだ。

マエちゃんも遠距離攻撃は得意だけど、今回のような正確性の求められる戦い方は苦手である。

 

射程が長く、障害物の多い所でバラバラに位置する住民を安全に解放出来るのは、ユトーちゃんのブーメランだけなのだ。

 

「――フンッ!!」

 

ユトーちゃんは空間を交差するように2本のブーメランを投げ飛ばす。ブーメランは目で追うのもやっとな豪速で、少し離れていた人質の拘束具を一瞬で壊してしまった。

 

「な、なんと……」

 

唖然とするモイジさんを余所に、ブーメランはまるで意思を持ったかのように街の奥深くへと吸い込まれていった。投影画像では頑丈な檻が、縄が、手錠が、罪なき人たちを縛り付ける物が次々と切り裂かれ、みんなを自由にしていく様子が映される。

彼らはすぐにマエちゃんが発動した障壁で、敵と完全に分離される。これでロウリア軍は暫くの間、どう頑張っても人質に手出し出来なくなった。

 

「モイジさん、早く!!」

「あ、あぁッ! 行くぞ二人とも!」

「え、えぇ!」

 

モイジさん親子が私たちと反対側へ走り出す。

 

「お姉ちゃんたち!!」

 

私たちも動き出そうとした時、お母さんに連れられていくユキちゃんが叫んだ。咄嗟に振り返る私たち。

 

「頑張ってー!!」

 

私たちの身を案じてくれているんだろう。応援の言葉とは裏腹に、その顔はひどく不安そうだ。だから安心させようと笑顔で明るく返した。

 

「うん、任せて! 絶対に皆助けるから!」

 

大きく跳躍しながら街の奥へと進む。戦いはまだまだ始まったばかりだ。

 




ユトエルのブーメランは、ゼル伝の風タクに出てた物に近いです。威力や射程、速度、機動性などは前者の方が圧倒的ですが。


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