静寂を纏う白兎の狂奏曲 (あルプ)
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終わりの英雄
1. 出会いと決意


ある所ではゼウスの忘れ形見

 

 

ある所では可愛らしい白兎

 

 

ある所では英雄候補

 

 

ある所では…

 

 

 

 

 

いや、よそうか。こんな運命(ストーリー)はいずれも、ただの幻想に過ぎない。それはこれから始まるのも同じ。ボタンのかけ違い一つから始まる運命(巡り合わせ)の悪戯。

そうさ。この物語ですら、数多に分岐する物語のひとつに過ぎない。

 

ある所では死闘を繰り返し

 

ある所では理不尽な目に

 

ある所ではハーレム形成

 

 

どこの物語も波乱万丈。この少年にはそういう運命が巡ってくるのだろう。

それらと比較すると、この物語はあまりにも静かで、幼く、それでも、大切な人を守るために時として激情する。至って普通の少年の英雄譚。

 

えっ、この物語の語り部は俺なのかって?ははっ、まさか。俺以上の適役がいる。その人に、語ってもらおう。最後に俺から一つだけ。

 

この物語は、静寂に包まれたとある少年の物語だ

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「おばさん!見て見て、こんなにしゅーかくできたよ!」

 

「だれがおばさんだ、こら」

 

軽い手刀が少年の頭を直撃し、脳天を揺らす。

 

「あ…アルフィアおかーさん。いっぱいとれたね!」

 

「ふふっ、良かったな、ベル。お義母さんの所もこんなに沢山。今年は大豊作だ」

 

海も顔負けの澄んだ青色の空の下。季節に合わぬ新雪のごとき真白な髪の少年と、少年によく似た灰色の長い髪をなびかせる女性が籠一杯に野菜を詰め、2人仲良く農道を歩く。誰も来ないような山奥にひっそりと佇む、親子2人だけの場所。

 

「こんなにいっぱいははじめて!がんばったからかなあ?」

 

「ああ、頑張ったからだろうな。本当にお前は良い子だ」

 

空いている片方の手で少年の頭を優しく撫でると、少年はとろける様な甘い顔をする。

"お義母さん" そう呼ばれた彼女の胸の内は、酷く混濁したものだった。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

それは、数年前に遡る。とある男神からの提案に、ザルドと私は乗りかけた。端的に言えば、次代に生まれる英雄のため、生贄となる役割である。しかし、男神の素朴な疑問により、その決心は簡単に揺らいだ。

 

 

「君は、妹だけは愛してたんだろ?」

 

 

 

「なら、その息子に会った事はあるのか?」

 

 

 

「その子にーー会わなくても、良いのか?」

 

 

 

 

 

 

 

私達は山奥のとある小屋の前に立っていた。会うことは無い、そう思っていた忘れ形見(家族)との出会い。

私自身、家族だけは心の底から愛していた。最後の家族を看取り、病弱であるこの身がいつ朽ちても良いよう覚悟もしていた。それなのに、天から舞い降りたかの如くその報せは私に届いた。私の妹の息子が居ると。紛れもない、私の肉親(生きる理由)がそこにあると。

 

それでも…それでも、1度は『見捨てた』

 

引き取る選択をせず、死地へ赴こうとした。だが、一朝一夕の軽い意志は、生きて、強くあるための信条としていた『()()()()()』の前に儚く崩れ去った。

 

そして今に至る。

 

数々の修羅場をくぐり抜けたと自負できる私ですら、この時は額に伝う嫌な汗が流れるのを感じていた。

少し腐りかけた木造の扉をノックする。

 

キィ…と、木造の扉が開く。

 

「ど、どちらさまですか?」

 

扉から出てきたのは小柄な少年。見覚えのある雪のように白い髪に、燃え上がるような深紅の瞳。その姿は背丈や中性的な顔立ちも相まってか、子兎の様な可愛らしさを演出している。

 

私は、その顔を、その瞳を、その髪を見て、ああ。と、言葉を一言交わした時に、耐えられない寂寥感と感動に押し潰された。

 

大切な人の忘れ形見である、名も知らぬ少年を抱きしめて、柄にもなく私は泣いた。元々身体が弱いこの身の上、決して弱みだけは見せまいと必死だった。それでも、やはり耐えられなかったのだ。

 

 

どこか信じられずにいた。妹の死を、受け入れたようでその実、フリをしているだけにすぎなかった。

 

 

しかし、妹の子供に出会い、皮肉にも妹の死と初めて、真正面から向き合った。

 

 

何重にも被った仮面が、1枚ずつ、音を立てて剥がれていくように感じた。

 

 

その時、私は誓った。残り少ないこの命の灯火は、この子の為に使おう。たとえ私程度の小さな(あかり)だとしても、この少年の(未来)を照らす一助になるのなら…

 

 

 

 

 

 

気づいた頃には、少年の方が泣き疲れて眠ってしまっていた。

可愛らしく、純粋で、あどけない寝顔。その心は、何者も寄せつけないほど白く、脆く、儚い。

 

「対面式は済んだかの…?」

 

流石にこの状況では気を利かせたようである好色爺に事のあらましを話して許可を取り、少年を抱き上げて家の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

「ん…ほえ、、ふわあっ!?」

 

朝起きた時、不思議な感覚に包まれた。今まで味わったことの無い優しさに、愛情に包み込まれる感覚。その所在を探るためにモゾモゾと横を見ると、幼い自分でも分かる程美しい女性が僕を抱いて寝ていた。

 

「あっ…え、あ…プシュウ」

 

顔が蒸発する位真っ赤になっていくのを感じると同時に、再び深い深い眠りへと誘われていった。

 

 

 

数分後、アルフィアは目を覚ました。自分の腕の中ですぅすぅと寝息を立てている少年を見て、酷く安心する。この子は私達のように病に侵されていないようだ。その点はこの子の父親に感謝しなければ…と思いつつ、少年が起きるまで、優しく頭を撫で続けた。

 

 

 

 

「ん…むにゃ」

 

「起きたか。おはよう、少年」

 

「ん?んー…ふぁへぇっ!??!」

 

少年は飛び起きる。が、警戒はしていないようだ。

 

「だ…だれ?」

 

「驚かせて済まない。私はアルフィア。お前のお母さんの姉だ。だから…お前の唯一の救い肉親、でもある。これから、よろしく頼む」

 

私は少年に手を差し伸べる。あのころと同じように、そっと…

 

不安が脳内を駆けずり回る。ただでさえ弱く、脆い私の精神を蝕む。もし、この手を取ってくれなかったら。私は1度拒んだ悪に身を堕とすことになるだろう。次代の英雄の為、私は『()()()()()』として、後世に名を語り継がれる存在となる。そしてこの子はいずれ知る。私が肉親であったことを。何千、何万もの無垢なる民を虐殺した悪魔だということを。

私だってなりたくてなるわけじゃない。その証拠に、この子と会う機会を設けてもらい、決断のときを遅らせた。

 

 

 

ーだから、どうかこの手を取ってくれー

 

 

 

少年の中に燃える炎の色が消されるのではないかと言うくらい、涙を流した。

ああ、この泣き顔ひとつとっても、妹によく似ている。嘆かわしい程に。この子のための礎になるのだったら、喜んで身を堕とそう。私は静かに、差し伸べた手を下ろした。

 

瞬間、私の体にふわりと抱きつく少年がいた。私の胸に顔を埋めて、これでもかと言うくらい泣いている。おかあさん、おかあさん、と。

 

私も感化され、柄にもなく泣いてしまう

 

妹以来だ。2度も、この私を泣かせるのは

 

未だ泣きじゃくる少年を優しく抱きしめ、大丈夫、大丈夫だから。と、優しく撫で続けてた。

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、神すらも恐れた美貌と強さを併せ持つ静寂(アルフィア)なのか…」

 

「傍から見れば、親子にしか見えんのう…」

 

「ええ、同感です。あんな顔を見せられたら、流石に俺の行くところ(終末の墓場)には連れて行けない」

 

「しかし…本当に良いのか?お主一人で全ての悪を一身に引き受ける事となる。誰よりも優しく、誰よりも不器用なお主が後世に『絶対悪』として名を刻まれるのはワシとて気分が悪い」

 

主神の言葉に、ザルドは微笑みを返す。

 

「なに、エレボスが3ヶ月の猶予をくれた。その間に、悔いを残さぬよう好き勝手させてもらうさ」

 

ゼウスがザルドを真剣な眼差しで射抜く。しかし、ザルドは構わず話を続ける。

 

「俺が破壊と殺戮を行う理由など、勇者や猛者は知る必要は無い。俺はな、ここにいる3人が、俺がどんな気持ちで()()へ行くのかを知っていれば十分だ」

 

「それに、俺は何も無駄死にをしに行く訳では無い。未来を繋ぐ『糧』となるために行くだけだ。らしくない顔をするな、ゼウス。俺はエレボスと出会って、あの時皆と死ねなかった理由を理解した」

 

「俺は先程話した通り…そして、アルフィアは『あの子』見守るため。まさに神々の思し召しなのだろう。なあ?ゼウスよ」

 

ゼウスは無言を貫く。ザルドはため息をつき、再び2人を眺める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで…あの子の名前はなんという?」

 

「なっ…分かってなかったのか」

 

「ああ。なんならアルフィアも分かっていない。あいつはあの子自身から聞き出すつもりらしいが、生憎おれはそんなこだわりは無い」

 

「そうか。では、心して聞け。あの子の名前は………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむに…」

 

「おはよう、少年」

 

「ふえっ!?……おはよう、えっと、おばさん?」

 

「おばさんじゃない、アルフィアお義母さんだ。叩くぞ」

 

「いたい…もうたたいてる」

 

「全く…デリカシーのない所は父親譲り?なのか…」

 

「あう…」

 

「そう落ち込むな。っと、そうだな。お前の名を聞いていなかった。少年、名前はなんという?」

 

「ぼくのなまえ…えっと、なまえはね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ベル・クラネル」」

 

 

 

 

 

 

 

 



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2. いつもの日常

アルフィアの喋り方が掴めない


 

 

ピヨピヨと囀る(さえず)小鳥達の声を合図に、私は目を覚ます。私の横ですやすやと寝息を立てているのは、妹の息子であり、今は私の息子でもある少年、ベル・クラネル。小柄な体躯を余すことなく使い、さらに小さく丸めて私の胸元に頬を擦り寄せ甘えている。

まるで小動物の()()であり、幼子からは恐怖の対象としか見られなかったことに若干のトラウマを抱えていた私は、その委ねられた信頼ゆえの行動に限りない愛情を抱く。

 

私はここへ来てから。少し早めに起床してベルの顔を眺めるのが密かな日課になっていた。昼間は無邪気に走り回り、寝ている時はこうしてすやすやと眠る。正に可愛さの暴力だ。甘え上手の辺りは妹の血が濃いな、と考えつつ、ベルの頭を優しく撫でる。

 

「さて…そろそろ起きるか」

 

何時までもこうしては居られない。私はベッドから少しの名残惜しさを振り払いつつ立ち上がり、炊事場へと向かう。

 

 

 

旅人も訪れないような山奥における秘境。温泉やら世界樹やらという特に目立った物もなく、あるのは2軒の山小屋と隣接された畑だけ。

山小屋のうち1軒は年季が入っていて極東で言う『わびさび』然とした趣がある。もう1軒は新築なのか、木の香りが立ち込める新鮮な出で立ちだ。理由としては、新たに住むことになった()()の「貴様らと一つ屋根の下ではベルに悪影響が出る可能性が高い。あと、不潔だ」という、何とも子供思いの理由で新しく増築したのだ。しかし、食事は皆で食べるに限るとの事で、2軒は屋根のある通路で繋がっており、真ん中には炊事場がある。

 

「っつ…相変わらずこの時期は冷えるな」

 

炊事場には似つかわしくない黒を基調とした華美なドレスを着る女性が一人。手馴れた手つきで様々な食材を切っていく。

 

〜十数分後〜

 

ある程度調理が終わったあたりで、寝ぼけた声が聞こえてくる。

 

「おあよう…」

 

「おはよう、ベル。こらこら、枕なんか持ってきて。布団に戻してきてザルドとゼウス(あれ)を起こしてきて」

 

「うん…」

 

まだまだうたた寝状態のベルは枕を戻しに布団へ戻る。これは二度寝コースだな…そう思い、元いた小屋とは逆の、オンボロ小屋へと足を運ぶ。

 

「お前たち、朝だ。料理が冷えるからとっとと起きろ」

 

「…いや、あと少し」

 

福音(ゴスペ…)

 

「まてまて、起きるから。俺はともかくゼウスが召される。文字通り」

 

「ならば早く起きろ。ベルに示しがつかん」

 

「ん…分かったから、その殺気を抑えろ…その、あー。ベルが怯える。というか、今お前の後ろで怯えてる」

 

ふと目線を下に落とすと、ベルが私の服の裾を掴んで震えている。目には大粒の涙を溜め、今にも泣き出しそうだ。

 

「お、おかあさん…」

 

「な、泣くな。もう怖くない。な?よしよし、怖くない、怖くないぞ」

 

「う、ん」

 

ベルを慌てて抱き上げ、泣き止ませる。本当によく泣く、手のかかる子だ。それ故に可愛さもひとしお、という所もあるのだが。まあ、朝食はこの子をあやしてからだな…

 

 

 

「ん…どうしたザルド。ぽかんと豆鉄砲でもくらった顔をして、お前らしくない」

 

「一つ聞きたいことがあるんだが…いいか」

 

「なんじゃい改まって。言うてみい」

 

「人が殺気に対して怯える時、普通はその殺気を放つ対象から離れるよな」

 

「なに当たり前のことを言うとるんじゃ。それより早く朝飯を食べに行くぞ」

 

「あ、ああ……今行く…」

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

朝食を食べ終えた男3人は、着替えて畑仕事へと出ていく。屈強な男2人にヨタヨタと身の丈に合わない農具を持ってついて行く姿は本当に可愛らしい。初め、農作業はあまり子供にやらせるべきでないと言ったが、それは間違いだったようだ。

 

「さて…と。私もやるべき事をやるか」

 

まず初めに取り掛かるのは洗濯だ。不治の病を患い、命が尽きるのもそう遠くないこの身の事を案じられ、比較的身体を使わない仕事を任された。言うなれば、家事全般だ。私とて冒険者である前に女。家事は一通りこなせる程度には出来る。まあ、妹には負けるが。

比較的身体を使わないと言ったが、これも中々重労働だったりする。何故なら、家事では冒険者としての力は全くと言っていいほど関係ない。それでいて、泥のこびりついた冒険者有数の巨躯を誇っていた男と神にしてはガッチリした体型である男の服を洗わなければならない。最初は正直目を回した。

しかし、2ヶ月もすれば手慣れるものだ。30分とかからずにそれを終える。

それからは掃除。私とベルの住む小屋は当たり前だが、綺麗だ。ベルもそんなに散らかさないので苦労はしない。いや、元々は散らかしていたのだが、1回雷を落としたらそれ以来はせっせと片付けるようになった。

 

それよりも…だ。

 

「なぜ、あの男は身の回りの事が出来んのか…」

 

ザルドと大神(ジジイ)の小屋を見渡す。ザルドの区画はなんだかんだで整理整頓はされている。問題は神の方だ。ベッドに散乱する服、埃っぽいタンス。ベルの為に書いているであろう英雄譚は机やその下で杜撰に扱われている。

 

「なぜ、こんな空間で生きていられるんだ…」

 

早々にベルとこれ(ゼウス)の住む場所を引き離して正解だった。生活力皆無の子になってもらっては困るからな。

 

掃除は部屋がこの有様なので、普段からかなり時間を要する。くそっ、今度こそ1回思い切り殴る。掃除をしているうちにいつの間にか昼食時になっていた事を嘆きつつ、己の心に誓いを立てた。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

昼食を終え、大人の男2人は再び畑仕事へ。そして、私とベルは居住区画から少し歩いたところにある、開けた場所へ来ていた。

ここは常日頃からベルの好きな遊び場所であるらしい。道中はモンスターや熊なども出るらしく、中々連れて行ってもらえる場所ではなかったそうだ。だが、私達が来てからは毎日のようにせがまれ、仕方なく行っている。

 

「あっるっこーあっるっこーわたしはーげんきー」

 

大神(ジジイ)から教えてもらったという歌を歌いながら、軽やかなステップを刻んでいる。もちろん危ないので、手はしっかり繋いだ状態で。

 

「あっ!リボンがあるから、もうすぐだよおかあさん!」

 

「ん…いつの間にあんなリボンが」

 

「きのうつけた!」

 

子供というのは恐ろしいと実感する。僅か数分目を離しただけで、予想もつかないことをやってのける。

 

「すごいな。分からなかったぞ」

 

「ばれないよう、やった!」

 

胸を張って自慢気なベル。本当に可愛い。

 

「それは凄いな。でも、お義母さんがいない時に行ったことない所へ行くのはやめような?」

 

「なんで?」

 

「この辺りはモンスターや熊が出るぞ?ベルなんて一口だ」

 

ベルはひいっ、 と怯えると、私のドレスの裾を掴んで離さない。

 

「いかない。おかあさんからはなれない」

 

「そうだな。そうしてくれ。だが、ベルがもう少し大きくなったら私を守ってもらうぞ?」

 

「もちろん!でも……びょうきからは、まもれない」

 

ああ、やはり見られていたようだ。なるべく気づかれないようにしていたのだが。

 

最近よく咳が出る。それも、血の混じった咳。病状がここに来て、僅かな回復を見せていたと思った矢先の出来事だった。何とか騙し騙しやっているのだが、いつ限界が来るか分からない。

私の身体はまさに、諸刃の剣の状態だ。一方の切れ味は白く、鋭いが、もう片方の刃は腐りかけ、黒く堕ちている。故に私は灰。髪色ですら私の歪を物語っている。私には妹のような、ベルのような無垢な白さがない。そんな私でも。せめて、せめてこの子(ベル)が一人前に育つまで持って欲しい。いつかは黒が侵食し、僅かな私の中の()を蝕んで腐り堕ちようとも…

 

「おかあさん?」

 

声のする方向に顔を向けると、ベルが不安に揺れた瞳でこちらを見ている。物思いにふけっている内にかなり時が経っていたようだ。

 

「ねえねえ、みてみて。はな、つんできた!」

 

ベルの手に握られているのは、灰色の花。嬉しそうに手を前へ伸ばし、見せつけるようにしている。

 

「そうか。だが、もっと綺麗な花を摘んできた方が良かったんじゃないか?例えばお前の瞳と同じ、赤色とかはどうだ?」

 

私の言葉に、珍しく首を横に振る。

 

「やだ」

 

「どうしてだ?そんな汚い色、とてもじゃないけど綺麗とは「いやだ!これがいちばんきれい!」

 

ベルがなぜその色にこだわるか理解出来なかった。私が最も忌み嫌う色。それをベルは一番綺麗だと言う。

その疑問の答えは、すぐに返ってきた。

 

「おかあさんの、いろだから」

 

「わたしの…いろ」

 

「そう!おかあさんのいろ!ぼくの、せかいでいちばんのいろはこれ」

 

「ずっとさがしてたんだ。やっと、みつけれた」

 

心底満足そうに、ベルは言葉を拙くも、しっかり繋いでく。

 

「おかあさんに、プレゼント」

 

そう言うと、空いている私の掌に小さな灰の花がヒラリ、と落ちてくる。

私はその時、初めて灰色(自分の色)を美しいと思った。ベルの言葉は、私の苦しみを、葛藤を、根こそぎ消し去っていった。

感極まり、目の前にいるベルをひしと抱きしめる。

 

「ありがとう…ありがとう。ベル、お義母さんも、この色、大好きだ」

 

無垢な白い心は、薄汚れた私の心を洗い流してくれた。どうしたって私は灰色。この黒が消え去ることも、白で塗り潰されることも無い。だが、それでも良いと、今の私が良いと言ってくれる息子がいる。ならば、私はこの子の前に立ち続けよう。道を示し、灯りを照らしてあげよう。この子が目指す()()()を成し遂げるまで。

 

 

 

ひとしきり泣いた後、ベルと手を繋いで小屋へと戻る。ベルにすぐ泣くな、と注意出来ないな。いつの間にか私も泣き虫になってしまったようだ。

 

「おかあさん、ごはんなに?」

 

「そうだな、ベルの好きなものでいいぞ」

 

「おにくも?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

「わーい!」

 

私から手を離して喜びで走り回る。危ないから走るな、そう言い終える前にどてっ、と転んで大泣き。泣くベルを抱き上げ、あやしながら向かう先には大柄な男2人。1人は苦笑いしてベルを受け取り、1神は豪快に笑い飛ばす。

 

自分の色が好きになれた日に、もう一つだけ気づいたことがある。

 

日常の当たり前の光景こそ、一番大切で、守るべきものということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、ザルドとベルがチャンバラをしてアルフィアお気に入りのグラスを壊し、烈火の如く怒られたのはまた、別の話

 



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3. いつもの日常2

キャラ崩壊注意。アンケートを取ります。結果次第で誰が生きているのか、出てくるキャラ、ヒロインが変わってきます


ぼくのえいゆう

 

 

ぼくはベル・クラネル。アルフィアおかあさん、ザルドおじさん、おじいちゃんとくらしてます。まいにちクワをもって土をたがやしています。とってもつかれますが、おじいちゃんとザルドおじさんといっしょなのでたのしいです。

 

おじいちゃんはとてもたくさんのことをしってます。たべられる花や草、切ってもいい木です。文字もおじいちゃんからおしえてもらいました。まだまだ下手だけど、おかあさんみたいにもっときれいにかけるようになりたいです。

 

おじいちゃんは英雄のおはなしをしてくれます。おじいちゃんのはなす英雄はどれもかっこよく、とってもおもしろいです。

いちばんすきなのはアルゴノゥト。はじまりの英雄がいつのまにかミノタウロスをたおします。おじいちゃんはそのおはなしを【喜劇】と言いました。

 

「英雄が99を救うとしたら、私は英雄が取りこぼした"1"を救う英雄となろう」

 

「誰もが苦悩し、絶望し、悶絶し、罵詈雑言が飛び交い、皆が笑顔を忘れても、私だけは笑顔でいよう。【惨劇】にしかになり得ない世界を【喜劇】とするため、私は笑う。その為に、私は【道化】となる」

 

ぼくは、このおはなしの中で、よくわからないけどこのことばがいちばんすきです。ぼくのしょうらいのおよめさんは、いつも笑ってくれる、おかあさんみたいにキレイな人がいいなあ。

 

ぼくもしょうらい、大人になったらミノタウロスをたおせるくらいつよい、英雄になります!それまでぼくを、みまもってください。いつもありがとう!

 

ベルより

 

 

 

 

「頑張って書けたな。さ、早く渡しに行こう」

 

「うんっ!」

 

何枚かに重ねた紙を大切に持って、2人はもう一つの小屋へ。

 

「おじいちゃん、入っていい?」

 

「おお、ベルか。良いぞ」

 

ベルは少し躊躇うも、アルフィアに背中を押されて一歩前へ進む。

 

「どうしたんじゃ?改まって」

 

「こ、これ。あげる!」

 

紙を祖父の胸に押付け、顔を真っ赤にしてその場から走り去る。

 

「ベル!」

 

アルフィアの叱責が飛ぶも、誰に似たのか逃げ足だけは速い。ピューっと走る先は、おそらくベッドだろう。恥ずかしさで布団にうずくまる姿が容易に想像できる。

 

「全く…すぐ逃げる癖は治さなければいけないな。後でゲンコツだ」

 

「まあ、確かに逃げ癖がついてる気は…しなくもないのう。して、アルフィアよ。これはなんじゃ?」

 

「今日は極東ではケイロウという日らしい。そもそも暦が違うから今日かどうかは分からんが、老人を労る日らしいからな」

 

「なるほど。どれ、読んでみるか」

 

 

 

その夜、ゼウスの笑い声と悲鳴が夜空の星々に木霊した。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

料理対決

 

 

 

目の前には包丁、鍋などの各種調理器具に肉や野菜などの食材。視界の斜め下には羨望の眼差しを向けるベル。余計な事を考えてるのが顔に書いてあるのを隠そうとしないゼウス(ジジイ)。後ろからのどぎつい殺気はアルフィアだろう。

 

どうしてこうなった…

 

時は昨日の夜まで遡る。

アルフィアが風邪を拗らせて寝込んでしまい、ベルがオロオロして大変だった時に俺が料理をすることになった。仮にも【暴喰】の名を冠するゆえ、料理は人並み以上にできると自負している。とは言えブランクが大きい。ここ2ヶ月はアルフィアがベルのため、良い義母親たらんとするために栄養に配慮してしっかり予定立てて作っていた。だから、その期間全く料理をしていない。酒のつまみを作ることさえままならなかった。

その夜、俺は失敗しにくい肉と野菜の炒め物など、オーソドックスな料理をした。

 

「おいしい!」

 

ベルは素直に喜んでくれた。しかし、その後の言葉がまずかった。

 

()()()()()()()()()()()

 

幼子の純新無垢な感想。それはアルフィアにとてつもない衝撃を与えた…らしい。

 

「ザルド…明日の夜、勝負しろ。もちろん料理で、だ」

 

俺は背中に氷柱をぶち込まれたような悪寒がした。下手したら、俺は明日死ぬ。そう感じた。

もちろん予防線も丁寧に敷かれている。逃げるなと、手を抜くな。これらをしたら間もなく死ぬらしい。いや、耐えれんことは無いが、アルフィアの事だ。ゼウス諸共消すんだろう。

 

柄にもなく怯えて床につき、朝起きた時はまだ夜明け前だった。何とか数時間を擁して覚悟を決め、現在(いま)に至る。

 

「ザルド、今一度確認しておく。この中の食材を使って、いかにベルとゼウスを美味いと言わせるか。食べてもらう順番は作り終えた順。裁定は2人にしてもらう。良いな?」

 

「ああ、それでいい」

 

「2人とも準備は出来たか?それでは…スタート!」

 

ゼウスの掛け声と共に俺は食材の選別へ走る。料理は食材が命、鮮度の低い物を使うともれなくアウトだ。鮮度の低い物を化けさせる方法もあるにはあるのだが、如何せん時間は無いし、不足しているものが多すぎる。この勝負の分かれ目は『速さ』と俺は見た。()()()()()()。理由はもちろんベルだろう。

絶賛親バカ発動中のアルフィア。一見普通のルールに見えるがそこが落とし穴。ベルは毎日美味しそうに残さず食べる。故に速さ。まだまだ幼いベルは食べる量が少ないから、ベルを満腹にした瞬間、確実にベルの投票先は決まる。

 

「よし…やるかっ?!」

 

目の前にある食材はロクな物がない。鮮度はまあまあ、しかし、これでは…彩りが悪すぎるっ……!!

 

「どうしたザルド。さっきからずっとブツブツ呟きおって。アルフィアはもう材料の下ごしらえはおわったみたいじゃぞ」

 

なっ…なにっ!?後ろを見ると、それは洗練されたアルフィアの料理風景が。まさに母親の調理風景。質も兼ね備えて量もある。そして何より、速い。アルフィア曰く、

 

「妹の甘味を勝手に食べた罰で私が料理を何ヶ月と作らされ続けたから、多少は出来る」

 

とのこと。

まずい。冒険者の勘が囁いている。速く作らねば、手を抜いたとされてもれなく今夜は夜空の下で眠る事になると。

深呼吸をして、思考を落ち着かせる。

 

……よし、覚悟は決まった

 

「見ておけ、ベル。これが【暴喰】の本気だ」

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

調理が全て終了した。同時にアルフィアも調理を終えたようだ。

 

「同時か。では、2人揃って料理を出すのじゃ」

 

「では、まずは俺から」

 

俺は魚が余っていたので、魚の包み紙蒸し焼きだ。余った野菜のことを考えると、彩は無視した方が良いと判断してこれに落ち着いた。

 

「見た事ない料理じゃな。詳細を教えてくれんかの?」

 

「まずは包み紙を開いてくれ包み紙の中には白身魚から出る出汁と野菜の甘み、旨味が溶け合い絶妙な美味さを感じさせると言った一品だ。ヘルメスの受け売りだがな」

 

2人が包み紙を開けると、ほのかな香りのする湯気が各々の鼻をくすぐる。味の方は…

 

「美味しい!」

 

「まだまだその腕は健在じゃの」

 

「うむ、美味い。流石は【暴喰】と言ったところだな」

 

大好評。作った甲斐が有った。

さあ、次は問題のアルフィアだが…

 

「私の料理は、これだ」

 

コトリ、と置かれた平皿には小麦を練った弾力のあるパン、何やら茶色い?ドロっとした物が小皿に収まっている。

 

「あ、アルフィア。この得体の知れない料理は…」

 

「これは南方に伝わる()()()というものらしい。昔の遠征の時に見たレシピをうっすらとだが覚えていて、それを参考にして作った。さあ、早く食べろ。冷めないうちにな」

 

俺とゼウスは思わず、ゴクリと生唾を飲み込む。見栄えも何もあったものじゃない。だが、見た目とのギャップがありすぎる各種の香辛料の香ばしい香りが食欲をそそる。

 

「ベルはこっちだ」

 

「あむんむ…おかあさん、これおいしい!」

 

「そうか。それは良かった」

 

硬直する俺とゼウスをよそ目に、義母子(おやこ)仲良く食事を始めている。

 

「く、食うか」

 

「そ、そうじゃな…ザルドよ、毒味をしてくれんか

 

何言ってんだもうろくジジイ。眷属(こども)にさせることでは無いだろ

 

50過ぎた立派なおっさんを子供と呼んでやる義理はないわい。さあ、食べた食べた

 

「チッ…いただくとしよう」

 

恐る恐る、震える手でパンをかれーにつけ、口へ運ぶ。

瞬間、口の中を駆け巡る辛さ。それと同時に迫り来る香辛料の風味と、溶けた野菜の甘み。それらが染み込んだ極上の肉。

 

「う…美味い」

 

認めるしかなかった。いや、認めてなかった訳では無い。しかし、心のどこかで俺の方が料理は上手いという自負があった。

だが…これは、まさに

 

革命的な美味さだ

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

ああ、星が綺麗だ。澄んだ空気に見渡す限り一面の星空。時折流れ星も見える。

 

「結局こうなるのか…」

 

あの後、ゼウス(ジジイ)は最後まで抵抗して食べず、アルフィアに吹き飛ばされた。もちろん小屋ごとだ。いつも通りベルはショックで気絶、アルフィアはそんなベルを抱えてさっさと自分たちの小屋へ引き払ってしまった。

 

「どうしてこうなったのかのう…」

 

「十中八九貴様のせいだクソジジイ」

 

そうそうかと笑い飛ばす我が主神。蹴り飛ばしたいが、もう頭から下は土の中のためにやり場のないモヤモヤだけが残る。

そうそうかと笑い飛ばす我が主神。蹴り飛ばしたいが、もう頭から下は土の中のためにやり場のないモヤモヤだけが残る。が、どうでも良くなってきた。

 

 

 

……む、なにか忘れてる気がする。まあいいか

 

 

 

 



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4. 英雄の道は涙の果てに

ファミリア加入イベントはこれを含めて3〜4話後までやります。
ヘスティア…オーソドックスな展開、おそらく他作品とダブること多い

アストレア…基本原作通りに進むが、登場キャラが大幅変更。

ロキ…どうやって展開広げてくか全く考えてない。おそらく更新頻度は遅くなる。でも、キャラは動かしやすいから日常回がメインになるかも

これを踏まえた上で投票お願い致します。


爽やかな秋晴れ。木々の葉は山をキャンバスにして彩り、その様子はまさに絵画に描かれた1枚の作品。一方、全てを出し尽くした葉は拠り所から脱落して細い獣道を覆う。

枯れ果てた名もなき屍の山を悠然と踏みつけ、木漏れ日を背に受けて、俺は進む。

木々の枝には果実が実り、1つ手に取って口に含むと自然由来の甘みが全身の疲れを癒す。何故か禁忌を犯したかのような背徳感にも似た感情も芽生える。

飽きのこない、先へ進めばどこを見ても変化してゆく景色の先に、俺の目的地があった。

 

 

 

「君たちがどんな選択をするのか……楽しみだよ」

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

今日も一日が平穏に過ぎ、ベルが寝静まった頃、1柱の男神が現れた。名はエレボス。今私達がたっている大地より下を支配する神。誰よりも狡猾で、残忍で、機知に富み、英雄を愛し、この下界(せかい)を愛すがゆえ、破滅へと導かんとする賢者。

………それとも愚者か、それは人智の及ぶところではない。

そんな神がふらりと、期日ピッタリにやって来た。

 

「やあ2人とも。元気してたかい?」

 

「気の抜けた雑音を出すな。危うく送還しかける」

 

「おっと、それはやめてくれ。子供はもう寝静まったかい?」

 

私は横目でちらりと確認する。

 

「大丈夫だ」

 

「俺達も、大丈夫だ」

 

「それでは、2人の決意を聞こうか。まどろっこしい話しは無しだ。単刀直入に聞く、君たちは【悪】に染まる覚悟は出来ているか?」

 

「もちろんだ」

 

「ああ、出来て「お前は行くな」

 

【静寂】を【暴喰】が喰らった。

 

「なっ、何故だ!私は先の戦いで()()()()()()()()()!残り少ないこの命を後進の糧とするのに、何の…」

 

私の言葉は最後まで続かなかった。結局、それが運命の分岐点だった。

 

…いや、分岐点では無い。あの時、抱きしめたから。あの時、出会うことを選んだから。こうなることは必然だったのだろう。

 

「ベルはどうする」

 

ザルドが被せてきたたった一言の言葉は、私を黙らせるには十分過ぎた。

ザルドは冷静に、淡々と言葉を繋ぐ。

 

「お前がいなくなったらあの子はどうなる?まさかあの大神(ジジイ)1人に任せるのか?今のお前はヘラ・ファミリアの【静寂】では無い。ただ1人の、ベルの肉親だ」

 

「お前が居なくなれば、ベルは拠り所を失って壊れるだろう。ましてやあのベルだ。支える存在無くしては独りで生きてゆくことなど夢のまた夢…いや、支えられることを知った人間は、もう独りでは生きて行けない。妹の幻影を追い続けるお前や、ファミリアの記憶を抱き続ける俺のようにな」

 

ふと、冷淡な表情が崩れ、口元が緩む。

 

「母親は強い。俺達が必死に、泥水啜って命がけでやろうとすることをその2本の細腕で成し遂げるんだからな」

 

「だから…お前は残るんだ。俺の、ゼウス・ファミリアの最期の願いを聞き届けて欲しい」

 

 

反論の余地など無かった。全て身に染みて体感していたことだった。ベルを捨てたら、私は支えを再び無くして死地の道を一直線に駆けてゆくだろう。妹の幻影を支えに…か。紛れもない真実だ。痛い所を突いてくる。

それに、最期の願いと来た。ならばその願いとやらに、手を差し伸べなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

アルフィアは意を決したように、普段は閉じている瞳を見開き、真っ直ぐに1人と2柱を見据えた。

 

 

 

 

 

 

「分かった。私はベルを育てるため、ここに残ろう。お前たちに誇れるほどに、立派に、逞しく、優しく、強く……かっこいい男にしてみせるさ」

 

 

 

 

 

 

決意の言葉に、エレボスも応え、宣言する

 

 

 

 

 

 

 

「汝が誓いを告げるならば、(おれ)自らに誓おう。我らは次代の英雄…いや、()()()()()を求め、果ての見えない漆黒に染ることを。我らが礎となりて、彼らを英雄たらしめんとすることを」

 

 

 

 

 

エレボスが誓いを告げ終わると同時に、小さな少年がトコトコと枕を持ってやって来て、アルフィアのドレスの裾を掴む。まだまだ眠いのに、朝だと勘違いしたのか起きてきた少年は、眠気に負けまいと船を漕ぎつつ立っている。

 

「ベル、まだ夜だ。寝ててもいいんだぞ?」

 

「ん……おき、ゆ」

 

まだまだ脳は眠っているらしく、まともに話せてもいない。

 

「その子が…ベルか」

 

「ああ、私の妹の息子であり、今は私の息子だ」

 

ベルは大人たちの会話を聞きつつ、ぽやぽやとした意識から次第に覚めていく。

目の前にいるのは、一目見カッコイイと思える男神様に、旅支度の祖父、黒い鎧を身に纏うザルドおじさん。

 

「お出かけ…?」

 

「んー、そうだね。ザルドを借りてくよ」

 

「おじいちゃんは…」

 

ゼウスは、ベルの頭にボフンッと手を乗せ、頭を撫で回す。

 

「わしはまた、英雄譚を集める旅をすることにする。いつか帰ってくるのを楽しみに待っておれ」

 

「…? うん、、」

 

ゼウスの次に、ザルドがベルの目線に合わせてしゃがむ。

 

「ベル、よく聞け。俺はもう、ここには帰ってこない」

 

「え…?」

 

「いいか、ベル。俺はお前と、お母さんの未来を創りに行く。そのために俺は『悪』へと身を堕とす」

 

「おじさんと最期の約束だ。一つだけ、必ず守ると誓って欲しい」

 

 

 

 

ベル、お前は()()()()()()()()()になってくれ

 

 

 

「英雄じゃなくても良い。誰かを導かなくても、それでいい。100を救う前に、お前はお母さんという1を、大切な存在を守り通せる男になれ」

 

 

 

 

ぱちくりと紅い目を見開く。ぽたぽた、ぽたぽたと乾いた木の板に涙が落ちる。もう会えない、4人で過ごした数ヶ月はもう、二度と来ない。それを理解したベルの瞳からはとめどなく涙が溢れ出していた。

 

 

「ぅぅうっ…うっ…あ…ヒグッ、あう…うわぁーん!!!!!!!!!!!!」

 

 

とどまることを知らない涙が流れる。我慢してた声も出る。アルフィアがベルを慰めようとするも、やだ、やだ、やだ、いっしょがいいと、ザルドにくっついて離れない。

 

そんなベルを、ザルドは優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣き疲れてベルが寝てしまった頃、男たちは夜明けと共に出発する。

…と、その時だった。アルフィアが抱くベルの元へエレボスが歩み寄ってきた。

 

「なんだ、エレボス。用はもう済んだのではないのか」

 

「いや、一つだけ忘れたことがあってね」

 

そう言うと、エレボスは携行している小刀で自らの指を切り、ベルの背中に滲んだ血を一滴落とす。

 

「これは…言うなれば、俺なりの別れの挨拶。悪に堕ちる前の、ただ純粋に英雄を望む一柱の神として、誓いを君の背中に刻むよ」

 

エレボスの行為に、アルフィアは顔を歪める。

 

「だが…この子の了解を取らないことにはあまり褒められたことではない。この子がオラリオを夢見た時、この恩恵はこの子にとって身を滅ぼさんとする刃になり得てしまう」

 

アルフィアの指摘に「もっともだ」と言いつつも、話を続ける。

 

「俺はこの子に原初の英雄(アルゴノゥト)の面影を見た。誰よりも優しく、純粋で、弱く、脆い。幻影かもしれないが、この子が最後の英雄になるかもしれないと感じてしまった。滑稽だろ?笑ってくれ。英雄を生み出すためにオラリオを絶望の縁へ導くこの俺が、次代の英雄を最も渇望する事を。たった今この手で、英雄候補を創り上げてしまったということを」

 

最後にベルとアルフィアの頭をぽん、ぽんと軽く叩き、今度こそ発った。

 

 

 

 

 

 

 

誰も知らないのだろう。過去には英雄と呼ばれた亡霊(おとこ)が、何が為に冒険者を殺戮しているか。

 

誰も知るはずがないだろう。狡猾な罠に英雄の生まれる都市(オラリオ)を嵌めた悪神が、何を望んでいたかなど。

 

それでも彼らは英雄候補(ぼうけんしゃ)に試練を与える。知略で、戦闘力で、物資で……ありとあらゆるものを総動員して、全てを滅ぼしに。

 

その先に、創りあげられる物語があると信じて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お義母さん、ここが…」

 

「ああ。ここがオラリオだ」

 

 

 

 



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5. 足りない何かを埋めるため

まず最初にお詫びを。
ヘスティアルートのプロットが他の方の作品と酷似していたためにアンケートを打ち切りました。少し似ているどころか。内容がほとんど被っていたからです。誠に勝手ではございますが、投稿頻度、パクリなどの批判を避けることを考慮してアストレアルートで物語を進行して行きます。

アンケートに投票してくださった皆様、本当にすいませんでした



迷宮都市オラリオ。僕とお義母さんは毎年この地へ訪れる。目的はただ1つ、とある人への、神への手向けの花を捧げるため。

 

最初に来た時は、取りすがって泣いた。

2度目、3度目は現実に引き戻されて、胸にぽっかり穴が空いた気分になった。

4度目、5度目は目を背けた。涙が零れないように、上を向いて帰り道を歩いた。

そして、今日が6度目。ザルドおじさんの事を思うとまだ涙が溢れてくる。恥ずかしいからお義母さんに悟られないように、必死になって我慢する。

 

……広大な墓地の奥のさらに奥に、僕と、僕達の家族がいる。僕達以外、誰からも手を合わせられることの無い家族が、静かに土の中で眠っている。

他の墓より不格好で、手入れもされてない。毎年4束の花が添えられているだけだ。鬱蒼とした雑草の中で隠れるように佇んでいる。

 

「いつ見ても、墓には見えないほどに荒れ果てているな…」

 

お義母さんの言葉に、僕は反応できない。改めて見るその荒れ様に怒りを覚え、ただ、噛み切った口の中に広がる鉄の味を感じることしか出来ない。

 

「おかあさん…」

 

「どうした、ベル」

 

「どうして…ザルドおじさんは、こんな扱いを受けなければならないの?」

 

僕の声に内包される怒り、憎悪、怨嗟が入り交じる少しの機微ですらお義母さんはしっかりと聞き分ける。

その上で、お義母さんはこう言った。

 

「当然…いや、墓があるだけまだマシだ。動機が何であれ、【悪】に堕ちるということは、()()()()()()()()

 

僕は悔しさを血と共に噛み締める。果たして、おじさんは本望だったのだろうか?何年も英雄の生まれる場所(オラリオ)へ降り立っているが、一向に英雄と言う単語を聞かない。

おじさんはこの地で戦い、その果てに何を見たのだろう?

先の戦いで間違いなく、英雄は表れはしなかった。おじさんが望んだ未来には結局、成りはしなかったのだ。

 

 

 

 

 

おじさんが悪なら、一体正義はどこにあるの…

 

 

 

 

僕の呟きは誰にも拾われず、虚空へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハックション!」

 

「アリーゼ…もっと乙女としての恥じらいをですね」

 

「細かいことはいいじゃない。それより、何か噂をされた気がするのよね」

 

「何を言っているのですか。墓参りの帰りからおかしいですよ」

 

「何言ってるの!私はいつも通りよ!ね?」

 

「はぁ…そういうことにしておきましょう」

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

僕とお義母さんは露天街に来ていた。何やらまだ行くところがあるから、ここでご飯を買うらしい。

 

「ベル、好きなものを選んでこい」

 

今更だけど、お義母さんは変装をしている。いつものドレスではなく、質素な町娘の出で立ち。それでも髪色と相反する黒色の服装は変わらない。なんでも、お義母さんがアルフィアって事がバレたら()()()()らしい。おおごとってなんだろう?

そんな事をちょっと考えながら歩いていると、おいもを揚げた香ばしい香りがする。

僕はその屋台の前に立ち止まる。

 

「ん、決まったか?」

 

「うん、これにする」

 

「これはまた久しい物だな…本当に今日、オラリオへ来てよかったと思うよ」

 

僕はよく分からずに小首を傾げる。

 

「好きなのを頼んでいい。値が張るものでもないからな」

店舗に入ると、まさかの女神様が店番をしていた。

 

「いらっしゃい!メニューはコチラだぜ。何にするんだい?」

 

「えっと…じゃあ、塩じゃがまるくんをひとつ下さい」

 

「そちらのお姉さんはどうするんだい?」

 

「…ああ、私のことか。では、小豆クリーム味を一つ」

 

「まいどっ!今週ならいつでも使えるサービス券、今ならボクのファミリアに入れる特典付きだよっ!」

 

ツインテールが特徴的な女神様のあまりの勢いに、僕は少したじろいでしまう。

 

「えと、、その…」

 

しどろもどろな僕の代わりにお義母さんが応対してくれる。

 

「すまないが、私たちはここから遠く離れた辺境に住んでいる。ここには墓参りに来ただけだから、気持ちだけ受け取ろう」

 

「いやいやいや!謝る必要は無いさ。見かけない顔だからつい、ね」

 

平気平気と言いながらも少し落ち込んだ感じの女神様。後ろから妙齢の女の人が叱咤を飛ばし、女神様はペコペコしながらじゃがまるくんを作り始める。

数十秒後にそれは出来上がり、ほいっと僕達に渡してくれる。

僕はお代を払う前にパクッと食べてしまい、ゲンコツを食らう。美味しいけど痛い。

 

「あはは…まっ、まいどっ!また来てくれよな!」

 

苦笑いの女神様が元気よく手を振って見送ってくれる。と、お義母さんが不意に振り向いて、女神様の耳元で囁く。

女神様はポカンとして、僕とお義母さんを交互に見る。

そんな女神様を放っておいてお義母さんは先をゆく僕に追いついてきた。

 

「お義母さん、女神様と何を話したの?」

 

「たわいもないことだ。さあ、先を急ぐぞ」

 

「まっ、待ってよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…いつものじゃがまるくん2つください。あれ、どうしたんですか?」

 

「おお、ヴァレンシュタイン君じゃないか……いや、あそこで歩いている2人、親子らしいんだ」

 

「お母さん、とても若いですね」

 

「本当に驚きだよ…」

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「お義母さん、ここは…?」

 

お義母さんに連れられてやって来たのは、賑わいの声は遥か遠く、オラリオの中でも少し寂れた住宅街の一角。似たような建物が立ち並ぶ中で一際異彩を放つ建物の前に、僕達は来ていた。

 

その建物とは、教会。

 

手入れも随分されてないらしく、元々白かっただろう大理石の壁は酷く黒ずんでいて全体的に傷んでいる。

他にも、ツタが絡まり蜘蛛の巣が張っていて、よほど見れたものでは無いと言うのが正直な感想だ。

 

「ここは…私の妹、お前のお母さんが大好きだった場所だ」

 

少し寂しげなお義母さんの声。でも、どこか少し嬉しそう。

優しく、そっと花束を教会の前に置く。

 

「ふふっ。今までお前が連れて来れる状態じゃなかったからな。でも、ああ、やっと連れてこれた。メーテリア、よく似ているだろう?お前の子だ。こんなにも立派に成長してくれているよ」

 

「…」

 

「ほら、ベル。お前もお母さんに挨拶するんだ」

 

「…え、と……こ、こんにちは…?お母さん」

 

促されるままに挨拶をするも、実感が湧かない。実際、僕は母親の顔を知らないし、僕にとっての母親はアルフィア(お義母さん)だけだから。

お義母さんは仕方ないな、と言った感じの溜息を吐いて、再び()()()()に話しかける。

 

「このとおり、元気に育っているから安心してくれ。大丈夫、私が生きてる限りは必ず守り通してみせる。だから…私がそちらに行くまで、3人1神(4人)で見守っていてくれ」

 

言い終えると、そのまま天を仰ぐ。僕もつられて空を見る。途端、涙がポロポロと溢れてきた。お墓参りの時に我慢してた分も流れてきて、一向に止まる気配はない。

お義母さんの方を見ると、目を開いて少し驚いた顔をしている。その瞳には一粒の涙。

その後、ちょっと頬を緩ませて、僕の事を優しく包み込んでくれた。

 

 

なんで涙が流れたのかは分からない。でも、僕にも確かに()()()()も、()()()()もいた。2人の温もり、愛情を一瞬でも受けて育ったことを知ることが出来て、嬉しかったことは間違いない。

 

 

今はお義母さんが、何年か前まではザルドおじさんに、おじいちゃんからも沢山の愛を注いでもらった。ほとんど覚えてないけど、エレボスっていう神様も、僕の家族であると聞いた。こんなに多くの人から愛され、今の僕はここに立っている。そう思うと、僕は自然と誇らしくなって、涙を流しながらも笑顔になった。

 

 

伝えないと伝わらない。そう思った僕は、今まで伝えられなかった家族の分の気持ちを込めて、

 

 

 

 

 

おかあさん。僕を愛してくれて、僕のおかあさんでいてくれて、僕の家族になってくれて。本当にありがとう!

 

 

ストン、と、僕の中でぽっかり空いてた穴が塞がった気がした

 

 

 

 

おかあさんは綺麗な翡翠色と黄金色の瞳を揺らして、微笑んだ。

僕が見た中で、1番嬉しそうな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかあさん、僕の本当のお母さんってどんな人だった?」

 

「お前に似て、とても可愛かった。病気がちで、冒険者には全く向いてなかったがな…ああ、でも、甘味の事になると人一倍怖かった」

 

「えっ、おかあさんに怖いものがあるの?」

 

「たわけたことを言うな、私にだって怖いものはあるさ。おや、妹の甘味を…忘れもしない、じゃがまるくんの小豆クリーム味を勝手に食べてしまった時、私は死を覚悟した程だった」

 

「えっ…」

 

「ふふっ。もしかしたら、私より怖かったかもしれないな」

 

「お、おかあさん でよかった 」

 

「冗談だ。怒ると私より怖いが、すごく優しかったからな。甘々だったかもしれん」

 

「あまあま?」

 

「そう、甘々だ」

 



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6. 始まりは鐘の音色と共に

いつの間にかお気に入りが200件突破してました!本当ににありがとうございます!


ここはオラリオ…ではなく、似ても似つかぬ森林の奥地。木漏れ日が観衆集まるステージのようにとある一点に降り注いでいる。光の先にはダンジョンさながらにモンスターに囲まれ怯える1匹の白兎が。

 

「どっ、どうしてこうなったんだろ…」

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

時は過ぎて13歳になった年の冬。寒さもだいぶ厳しくなってきた。寒さの影響からか、お母さんはこの時期に必ずと言っていいほど体調を崩す。今年も例に漏れず、病弱の母の身体を寒さは確実に蝕んでゆく。ああ、冬なんて無くなればいいのに。

でもお母さんの前では禁句だ。僕が冬が嫌いなこと、その理由を告げた時、いつも通りのゲンコツは降ってこなかった。みあげると、お母さんはただ悲しい顔をして僕を見ているだけだった。1()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それ以来、冬が嫌いな素振りをするのはやめた。

 

そんなわけで、今日も外へ出て何か面白いものを探す。お母さんも

 

「私が外に出れない分、お前がたくさん色んなものを見つけてきてくれ。楽しみにしている」

 

って言ったから。昨日は冬眠中の虫、一昨日は冬ごもり中クマの親子を見た。その前には悠々と走り回る小鹿。さあ、今日は何が見れるんだろう。

 

僕は近くの木々を探したり、畑をひっくり返して覗き込んだりしてみた。はぁ…夏なら、お母さんが近くにいるのに。だんだん気分が沈んでくる。

その時だった。お母さんやおじいちゃんに教えてもらったことのない蝶々が飛んできた。羽は僕の大好きな灰色。でも身体は炎みたいに真っ赤。凄くワクワクして来て、その蝶々に見惚れながらついて行った。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

蝶々は瞬く間にあちらへ、こちらへと飛んで行く。僕は捕まえようと、ぴょんぴょんと飛んでみるが、いかんせん背が低すぎる。13歳のはずなのに、お母さんに抱っこされても全く違和感のない小ささらしい。こればかりはどうしようもなく、成長期になるのを待つしかないと聞いた時は愕然とした。僕にとっては不服でしかないが、お母さんはこれはこれで可愛いと頭を撫でてくれるのは…嬉しいんだけど、なんともむずがゆいものもある。

 

僕は可愛いじゃなくて、かっこいいと言って欲しいのにな…

 

お母さんにとってはそんな男心は露知らず…なんだろうな。なんか悔しいけど。

 

己の身長に対する愚痴を吐きつつ、蝶々を追いかけてどのくらい経っただろうか。

いつの間にか知ってる風景では無くなっていて、知らない、見たことも無い木々が立ち並んでいた。これは…もしかして

 

「遭難…した?」

 

答えとばかりに寂しげな木枯らしが僕を襲う。僕は突然の事に尻もちをつく。そしてその場に座り込む。

どうしよう、これは絶対に遭難だ。お母さんは病気だし、いつも見つけてくれるおじいちゃんもここにはいない。助けてくれる宛てが、文字通り何も無い。そう思うと、不安が形になって現れそうになる。僕はそれを必死に我慢して、遭難した時の対処法を思い出す。

 

「えっと…まずは川の音を聞く」

 

何も聞こえない。川のせせらぎは吹き荒れる木枯らしの音に攫われている。

 

「あとは…高いところに行く」

 

渡りを見渡すも、ここは山の中。そんなに都合良く小高い所があるわけが無い。木に登るしかないかあ…

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「よいしょっと」

 

小柄な体躯を活かしてスイスイと木を登り、辺りを見渡す。

うん、わっかんない。同じくらいの木しか無いから当たり前だけど!何となく気づいてたけど!

気落ちして木から降りようとした時、何か異様な音が聞こえた。山崩れ、クマ、イノシシでは無い。意図的に目的を持った破壊音に、僕は少し気分が上向いた。

 

もしかしたら、助けに来てくれたのかも

 

そんな淡い希望を持って音の鳴るほうへと急ぐ。木を降り、草むらをかき分け、獣道を進んで、遂に辿り着いた。間違いなく人影だ。しかし、背丈は僕と同じくらい。オラリオで見た小人(パルゥム)よりは大きいかな。

 

「あの〜、すいません。ここってど…こ…」

 

話しかけてもこちらを振り向くだけで返事はない。否、返事が返ってくる訳が無いのだ。

 

肌は深い緑色。その身体は人間と違って毛というものがほとんど無い。瞳は真白であり、生気を感じさせない。ゴゥ、ヴェ、アガァなど言葉とは到底思えない呻き声で意思疎通をしている。手には棍棒を持っており、僕なんて一撃喰らったら呆気なく死んでしまうだろう。

 

そう、僕が救いの民だと思って話しかけたのは、絶望を運ぶ使者(ゴブリン)だった。

 

「えっ…あぁ…その、じゃあ、僕はこれで」

 

完全に僕の事を認識していたゴブリン。僕はそいつらから一目散に逃げる。

死にたくない、ただその一心で。

僕は走る。木の枝でズボンは破れ、服は汚れ、手や顔からは血が滲む。痛みなんて気にしてられない。後ろからいつまでも明確な殺気が追いかけてくる。が、一瞬殺気が消えた。僕はその隙を見逃さず、全力で走った。

 

それが()()()()()になろうとは、()()()()()()()()()()のだから

 

ゴブリンが姿を消した理由、それはたった一つだけ。生物界においての基本原理。弱肉強食の世の中においての鉄則。この世の理。ゴブリンはこれらを忠実に体現しただけに過ぎない。そう、

 

()()()()()()()()()()()()

 

ただこれだけの、しかし十分すぎる理由だ。

 

僕は振り向き、ゴブリンが居ないことを確認して一息つく間もなく、後ろからとてつもない衝撃に襲われた。背骨の砕けた音が自分の耳に伝わり、肺を貫く。口から吐き出すのは僕の瞳と同じ色の、淀みのない真っ赤な血。

 

「コヒュー…ヒ、ヒュー」

 

言葉が、いや、音が出ない。血走る目を後ろに向ける。

 

そこに…()()はいた。

 

 

 

 

 

それは、少年にとっての【悪】の象徴であり、ちょっとした【羨望】の対象でもあった。原点はもちろん、始源の英雄アルゴノゥト。神の恩恵(ファルナ)すらない、神時代以前の物語。英雄になるなどと語った大言壮語甚だしい1人の【道化】が、数多もの【喜劇】を重ねてなし崩し的に諸悪の根源を討伐し、王女を救う。そんな物語。

このアルゴノゥトの【悪】こそまさに、目の前で僕を見下ろす怪物。牛のような顔立ちに、雄々しくそびえる二対の角。筋骨隆々の出で立ちで、万物を握りつぶさんとするその拳に、僕は吹き飛ばされたのだと気づく。

 

そう…少年にとっての【恐怖の象徴】であるその名は、

 

ミノタウロス

 

いつか勝てると良いなあと思ってた。そんな淡い期待があっさり打ち砕かれるくらいに、その存在は随分と大きなものだった。

 

「あっ…あぁ…」

 

さっきからまともに息ができない。嫌だ嫌だ、まだ死ねない。お母さんと、まだやりたいことは山ほどあるんだ。灰色の蝶々をプレゼントしたり、一緒に遊んだり、お母さんのご飯だってまだまだ食べたい。そのうちオラリオに行って……ザル、ドおじさ…んと、の。ヤクソク、、、果たさな…きゃ、

 

 

「英雄じゃなくても良い。誰かを導かなくても、それでいい。100を救う前に、お前はお母さんという1を、大切な存在を守り通せる男になれ」

 

 

少年の脳裏に、約束の言葉が鐘のように響き渡った

 

 

地面を這いずり、血反吐を吐き、土を掴み…少年は立ち上がった。ミノタウロスは一瞬、ほんの一瞬だけ怯えるように鼻を鳴らした。

 

呼吸は荒い。と言うよりは、もう虫の息だ。小刻みに何度も何度も酸素を求め、ヒューヒューと体内から抜けていく分を補おうとする。怖い、怖いけど、ここで逃げたら英雄なんてな乗れない。おじさんが遺してくれた覚悟、神様が遺してくれた愛、おじいちゃんが残していった憧れ。そして、お母さんを守ることができるようになるため……僕は()()に対峙する。

 

 

 

 

ミノタウロスは瞬時に自分が有利であると判断した。相対するのは敵ではない。ただの食糧。しかも少し掠めた程度の一撃で既に瀕死だ。まさに格好の獲物。状況も、鳥籠の鳥。否、檻に入れられた白兎と言ったところか。ならば話は早い。作業のように殺し、喰らうまで。

ミノタウロスは躊躇いなく、拳を振り上げた。

 

 

 

「ヴモッ…?」

 

 

 

その拳は間違いなく少年を捉えていた。しかし、対象は忽然と姿を消している。

次の瞬間、ミノタウロスの意識は刈り取られた。最期に見たのは自分の胴体(からだ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…間に合った。よかった、本当に良かった」

 

突如としてベルを救い出したのは、灰色の髪に女神すら戦慄するその美貌を持つ、ベルの母親だった。

アルフィアは慌ててポーチに入ったハイ・ポーションをベルに飲ませる。

 

「何とか…今度は、間に合った」

 

しかし予断は許されない。ミノタウロスは何とかなるとして、ベルが持つかどうか。ポーションを飲ませたから余程大丈夫だと判断できるも、呼吸の音からして肺に穴が空いている事は疑いようが無い。

 

即座に反転して刹那の内にミノタウロスを殺し、そのまま家へ一直線に走っていった。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

僕は暗闇の中を歩いていた。どこまでも続く終わりの見えない黒の迷宮(ラビリンス)。感覚も何も無い、そんな空間で出口を捜し求めてただひたすらに進む。

 

その時だった。ある方向から光が差し込んで来た。暖かく安心する、どこか懐かしい包容力がある光。僕はその光を追いかけて、必死に走った。転んでも這って進んだ。

 

 

 

 

 

 

「ん…お、おかあ…さん?」

 

気づけばそこはいつもの家の、僕のベッドだった。ゆっくりと体を起こした時、お母さんが濡らしたタオルを持って扉を開け、僕のことを認識するや否や、飛んで来て抱きついてきた。

 

「ベルっ、良かった…良かった!夢じゃないんだな。本当に、…心配かけて。ほんとう、ほんと…に」

 

途中から嗚咽混じりに、矢継ぎ早に僕へ言葉を投げかける。僕は泣いた。心配させてしまったこと。ここまでお母さんを、守るべき人を追い込んでしまったこと。お母さんの心労は顔からも見て取れた。

灰色の整えられた綺麗な髪は無造作に後ろで纏められているだけ。いつもは閉じている瞳は見開かれ、充血している。頬には涙の跡がくっきり残っており、肌色も悪い。口元からは、絶えず血が流れている。当たり前だ。僕を助けに、体調の悪い中寒空の下を駆けて来たのだから。

 

もう、泣くしかなかった。

 

「お母さん、おかあさん、ごめ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

お母さんの胸に顔を埋めて、大声で泣いてしまう。お母さんを泣かせてしまった罪悪感が、形になって流れ落ちていく。流しても流しても出てくる涙の止め方を、僕は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は今日、新たな決意をした

 

その道のりは果てしなく、下り坂なんてものは無い

 

少したりとも妥協など許されない、茨の道

 

それでも、僕は進む

 

憧れの人(ザルドおじさん)との誓いを果たすため

 

大切な人(お母さん)を守るため

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん…ぼく、英雄の生まれる街(オラリオ)英雄候補(冒険者)になる」

 

 

 

 

 

お母さんやザルドおじさんが夢見た英雄に、僕はなってみせる

 

 

 

 



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7. 洗礼と蜘蛛の糸

遅くなってすみません。テスト週間のため投稿頻度は下がりますことを、ご理解よろしくお願いします。


14歳の春、僕は初めてオラリオの地に足を踏み入れた。お墓参りの場所としてでは無く、冒険者の街としてのオラリオへ。

そう考えるだけで胸に込み上げてくる何かがある。小さい頃から抱き続けてきた淡い希望。その一歩を踏み出した感慨で目頭が熱くなる。

僕が上機嫌なのはもう1つ理由がある。それは…

 

「凄く楽しみだよ、()()()()!!」

 

お母さんが共にいることだ。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

英雄になると、お母さんに面と向かって宣言した日。お母さんは涙を流して喜んでくれた。その後、オラリオへ行くにあたっての話を聞かされている時にお母さんの話ぶりに違和感があった。

 

「お母さん、何で…何で、僕一人だけで行く口振りなの?」

 

お母さんは少し黙った。その後にこう続けた。「私など、いたところで邪魔になるだけだ」「病人を抱えて進めるほどお前の進む道は平坦なものでは無い」と。

僕はそれを全力で否定した。お母さんの病状はミノタウロスの一件以来悪化の一途を辿っている。もう先は短いのかもしれない。それなのに、お母さんをこの何も無い、閑散とした山奥で孤独にするなんて考えられなかった。

第一、僕が最初に守ると誓ったのはお母さんだ。これが出来なくて、何が英雄か。

気づいた時には勝手に口が動いていた。

 

「僕は英雄になりたい。でも、それ以上にお母さんと離れるのは嫌だ!」

 

「お母さんがここに残るってことは、僕が知らない間に…その…もしかしたら、し、死んじゃうかもしれない。そうなったら僕は孤独(ひとり)。そんなの…そんなの嫌だ!」

 

目を腫らしながら訴える僕の我儘に、お母さんは優しく応えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんのその時の笑顔を、僕は一生忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

僕が冒険者になるためにしなければならないこと、それはギルドへ行くことだった。ギルドと言えば冒険者が集まる、僕にとっての憧れの場所の一つだ。

僕は期待に胸を膨らませ、ギルドの扉を開く。

そこに居たのは筋骨隆々の戦士たち。線の細いエルフに屈強なドワーフ、僕より小さいのに凄く存在感がある小人(パルゥム)などが武器を背負って思い思いに振舞っている。あ、僕と同じ人間(ヒューマン)もいる。

あちこちに目を移していると、お母さんに溜息と共に引きずられる。引きずられた先は、受付。

そう、受付だ。男が憧れるギルドの受付。チラッと見ても、仕事をしたり応対する人は皆揃って美人。しかも冠言葉に「絶世の」がついてもおかしくない。スタイルも抜群で、制服越しからでもわかる胸あたりの膨らみに目を奪われてしまう。

 

案の定ゲンコツが降ってきた。痛い。

 

その後、近くのエルフ、いや、ハーフエルフの職員の人に声をかけた。他意は無いです。いや、本当に。だからお母さん、そんな目で見ないで!

 

僕の怯えは露知らず、お母さんとそのギルド職員、エイナ・チュールさんは淡々と話を続けて行く。途中、笑い声が聞こえたけど、あんまり気にしないようにする。っていうか、少し遠くにいた金髪のエルフに目を奪われていた。

 

話が終わったらしく、僕は何故か笑いを堪えるチュールさんからオラリオの探査系ファミリアのリストを受け取って、ギルドの外へ出た。

 

「お母さん、チュールさんは何であんなに笑ってたの?」

 

「いや、何でもない。いずれ分かるさ」

 

本当になんだったのだろう…

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

僕は宿屋を探すと言ったお母さんと別れ、所属するファミリアを探す。しかし、そこに待っていたのは過酷な現実だった。

 

「この小ささでヒューマン?冒険者舐めるのも大概にしろ!」

 

「見るからに軟弱そうなのよね…悪いけど他を当ってくれる?」

 

「話だけなら聞くよ」

 

「玩具になるんなら入ってもいいけど。どうする?」

 

「金はあんのかよ、金」

 

探査系ファミリアを回ってみるが、ロクな答えが帰ってこない。大抵は罵倒を言われて返される。軟弱、ひ弱、チビ。何度言われただろう…僕だって、好きで小さいわけじゃないのに。

 

そして、極めつけはこれだった。

 

「君は以前、どこかのファミリアに入ってたことがあるのかい?」

 

「えっと…小さい頃、エレボスファミリアに…?」

 

瞬間、優しかった青年の顔が豹変した。怒りを噛み殺し、自制を、理性を総動員させてベルへ告げる。

 

帰ってくれ。二度と俺たちの前に…いや、この街に足を踏み入れるな。命が惜しいならな

 

あっという間に噂は広まった。元エレボスファミリアの少年が、冒険者になるために街を歩き回っていると。

それだけで僕は石を投げられ、道行く冒険者に胸ぐらを掴まれてボコボコにされた。

 

今日一日はそれで終わり。待ち合わせ場所に着いた時のボロボロになった僕の姿を見たお母さんは驚き、その後に激しい怒りを顔に滲ませた。

 

「ベル…これをやった奴等を始末しに行く。いや、生爪一枚一枚丁寧にじっくりと剥がす方が良いか?死なない箇所を順繰りに抉っていくのも良いな…」

 

「お母さんそれはダメ!犯罪者で牢屋に入れられて二度と会えなくなる!」

 

「私を捕えられる者などこのオラリオにはおらぬわ!」

 

「まって、まってってば!」

 

止めなきゃ本当に行きそうなくらい怒っている。僕は憤怒するお母さんをひたすら宥め、歩を進めるお母さんにしがみついて大丈夫だからと説得する他無かった。

 

今日は色々疲れて、日も暮れないうちにそのままぐっすり眠ってしまった。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

チュンチュンチュン

 

目蓋越しに朝日が差し込んで、僕は目覚める。

 

「ん…」

 

「起きたか、ベル。朝ごはんを食べたら早く階下に行け。人を待たせている」

 

人を待たせている?僕の交友関係は、生きている人ではお母さん、おじいちゃんしかいないはずだけど…

寝ぼけた思考でヨタヨタ椅子に座り、朝ごはんを食べる。今日の朝ごはんは極東のコメというものらしい。ガリガリしてて食べにくかった。

早めにご飯を食べ終えて階下へ急ぐ。そこにはいたのは、名も知らぬ男神が1柱に女性が1人。男神の方は少しウェーブがかかっている鈍い黄金色の髪に吟遊詩人然としたハット帽を被っている。服もどこか旅人のような出で立ちだが、どこか知っている雰囲気の持ち主。

女性の方は空色の髪に整った顔立ちをしている。ここではあまり見かけない眼鏡が知的さを醸し出してとても似合っている。白いマントを羽織り、いかにも冒険者と言った出で立ち。でも、どこか疲れきっている雰囲気だ。

 

「やあやあ!君が、ベル・クラネルだね? 俺はヘルメス。今後ともよろしく頼むよ」

 

やけにフランクな口調なので、僕は少し怯えてしまう。1歩後ずさり、

 

「よ、よろしく、お願いします…」

 

と消え入るような声の挨拶になってしまう。

 

「アデキュ!」

 

「すまないな。ベルはあまり人に慣れていない。無礼があるだろうが許してやってくれ」

 

ゲンコツが降ってきた。痛い。

 

「ヘルメス様、時間も押してますし、早くしてください」

 

アスフィと呼ばれた青髪の女性は、かなり焦った表情で主神を急かしている。

 

「おおっと、ごめんよアスフィ。じゃあ、早速だけど君のファミリアに連れて行こう」

 

僕は自分の耳を疑う。ファミリア?僕の?

 

「えっと…それはどういう」

 

「悪いですけど、細かいことは後にしてください。正直なところ、今は一刻の猶予も無いんです」

 

何やら切羽詰まった状況らしい。

 

「そうそう、あと10分でここを発つから。裏でファルガー達も待ってる」

 

何がなにやらわからぬままに僕はお母さんに引きずられて支度をして、宿屋を離れた。




感想お待ちしております!


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8. 家族(ファミリア)

「ここは…?」

 

神ヘルメスに連れてこられた場所は、一見すると普通の家屋。赤い屋根に白い壁といったオーソドックスな色合いで少し大きめの家と言った感じであり、地方の貴族とかが住んでそうな屋敷を少し小さくしたらイメージ通りかもしれない。そんな家だった。

 

「ここが君たちのホームとなる場所さ。なに、話は付けているよ。にしても、改めて見るとちゃっちいなぁ……前はもっと大きかったんだが、如何せん7年前にあんなことがあったからなあ」

 

7年前と言えば、僕にとっても曰く付きの年だ。やはり、何かがあったのだろう。このオラリオを揺るがす、決定的な何かが。

でも、その事を僕は知らない。歴史に葬られた僕の英雄が、オラリオで一体どんな事をしたのか。あの【悪】に堕ちるという言葉の意味を、真意を、僕はまだ知らない。

 

「7年前に何があったんですか…?」

 

「いっ、いやあ!?何でもないよ!?うん、なぁ、アスフィ!」

 

「えっ、ええ…そ、そうですね」

 

僕が聞くと、目に見えて動揺して、おどけた口調で返される。そんな2人に言い返そうとした次の瞬間、目の前の家から女神様が現れた。

 

「やっと来たのね!待ち侘びたわよ。さあ、中へいらっしゃい」

 

淡い赤銅色の長い髪に透き通るような白い肌。硝子細工のように細く脆そうな細い身体のライン。誰もが1度は振り返るようなその美貌は、若干のあどけなさを残している。僕は、その柔らかな雰囲気にお母さんに似た者を感じた。

 

「流石は女神というか…女である私でも見とれてしまうな」

 

普段は女の人に見とれたらゲンコツなのだが、どうやらお母さんも見とれてしまったらしく、ゲンコツは無かった。とは言えやはり女神様、侮れない。

ともかく、促されるままに扉を開けて中に入る。

 

その先の光景に、僕は顔どころか全身が真っ赤になった。何故なのか、それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の女性が着替えている真っ最中だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

1人は、まさかのまさか。昨日ギルドで見とれていたエルフのお姉さんだった。きめ細やかな、腰まで伸びている金髪にエルフ、そしてその中でも一際目立つ絶世の美人。まさに僕の好みのど真ん中を狙い撃ちするためにいるような人だ。瞳は鈍色と深緑の中間と言った感じだと思う。均整のとれた無駄のない身体付きの一部が、少しだけ顕になっている。

 

これだけでも赤面案件だが、これはまだ可愛い方だった。

 

もう1人の人間(ヒューマン)の女性。僕の瞳と同じ色である燃え盛る炎のような明るいルビー色の髪に、エメラルドのような瞳。女神様やエルフの人に負けないくらいの美貌だ。その中でも問題の部分……僕が思わず凝視してしまったのは、すらっとした肢体の中でもひときわ自己主張が強い部分が…シャツに押さえ付けられていた()()が、勢いよく、プルンと、激しく揺れて出てくるところだった。

薄桃色の突起が見えたところで、僕は意識を失った。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ふにゃ…」

 

「あっ!アルフィアさん、リオン、アストレア様!ベルが起きたわよ!」

 

元気ハツラツと言った感じの声が頭上から聞こえてくる。頭の下には程よい柔らかさの何かがあって、寝心地が凄く良い。あ、ここにだきまくらもある…

 

「ひゃっ!?ちょっ、ちょっと!???」

 

「むぅ〜」

 

「ど、どうしようアル…フィアさん!この子また寝、ちゃったわ!」

 

「いや、問題はそこじゃないでしょう…」

 

「もう仲良くなったのね。羨ましいわ」

 

「アス、トレア様もほのぼ、のしてない…で!」

 

「悪いが、我慢してくれ。ベルには後できつく言っておく。その状態になると自分からしか起きることは無いからな…」

 

「だっ…て、ベルっ、凄くっ…ひゃん!ダメなとこに…」

 

ベルは今、赤髪の少女に膝枕をされている。そしてベルは先程寝ぼけていた。義母親だと思ったのであろう、いつものように抱き枕代わりに少女の細い腰に抱きついている。

災難なことは、ベルがその体制になると何時間も寝てしまうということ。そして、不可抗力ではあるが少女の敏感なところに触れてしまっていることだろう。

だが、アルフィアは何故か動かない。

それもそのはず、本当にこの状態になるとベルは全く起きないのだ。誰よりも寂しがり屋で、誰よりも普段から肩肘張ってるベルだからこそ、だろう。意識が朦朧とすると甘えが全面に出る。人間、一定の状態で安心しきると中々それを止めないものだ。

 

「どうしてこうなったんでしたっけ…」

 

「それは…だな」

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「えっ、えっ、えっ??」

 

「アストレア様…これはどういうことなのですか?と言うか、その方達は…」

 

知らぬ女性と少年が主神と共に目の前に現れたこと、その少年が鼻血を噴水のように出してぶっ倒れたことなどで少女達は整理が追いつかない様子。

 

「2人ともごめんなさいね。まさかそんな所で着替えてるなんて思わなくって」

 

「いえ…それは良いのですが」

 

「そうね、この子の紹介をしないとね。って言っても気絶してるけど」

 

目の前の白髪の少年はまだ鼻血を出して意識を失っている。それを少年の姉?のような人が介抱している。

 

「この子はベル・クラネル。私たちの新しい家族よ」

 

「私はこの子の母親だ。正確には妹の息子だが」

 

 

 

 

 

 

 

「」

 

「」

 

 

 

 

 

 

 

 

ええーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!????????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那の静寂。その後に甲高い絶叫が響き渡った。

 

「どっ、どうしてですかアストレア様!」

 

「今まで新しい子も全部断ってたじゃないの!今更なんで!?」

 

「それに1人は男の子なんですよ!?」

 

「あっ、それは問題ないわ」

 

「アリーぜ!?」

 

アリーゼと呼ばれた赤髪の少女にスパンとハシゴを外されて戸惑うエルフ。その動揺する表情がツボにハマったのか、アリーゼはケラケラ笑い出す。

 

「なっ、なんで笑うのですか!」

 

「だって、リオンが、いきなり捨てられた子猫みたいな、アハハハッ!!無理、耐えられないわ!」

 

「〜!」

 

「ほらほら2人とも。早く着替えなさい。いつまでそうしているの」

 

「すまないが、早くしてくれないか。この子を早く寝かしたい」

 

アルフィアはお姫様抱っこされている少年を見やりながらお願いをする。

その時、アリーゼが「はいはいはーいっ!」と手を挙げて謎の立候補をする。

 

「どうしたのアリーゼ?」

 

「多分気絶しちゃったのって私が原因だと思うの。だからお詫びも兼ねて膝枕してあげるわ!」

 

やたらと自分に自信のある物言いだが、アルフィアは少し逡巡した後に少し笑ってベルを渡す。

 

「では、頼むとしよう。()()()()()()()()

 

「か、覚悟…?」

 

アリーゼの額から嫌な汗が顔を伝って、無機質な木板にポトリと流れ落ちた。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「アルフィアさんが言ってた覚悟はこういう事だったのですね」

 

「ああ…正直私も初めての時はしてやられた。無意識な分責めることも出来ないからな。困りものだ」

 

「ちょっ…そこっ、たっ、助けヒッ!てぇ…」

 

アリーゼが限界に達しようと言う時、パチッと少年が目を開けた。

 

「べ、ベル…?起きた?」

 

「お、おはよう?ございますぅ…」

 

ベルは起き上がって現状を確認する。

僕が枕にしてたのは赤髪のお姉さんの膝。抱き着いていたのはお姉さんの細い腰だろう。そして当のお姉さんは蕩けきった顔で息を荒くしている。

 

「えっあっ、そ、その」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさああぁぁぁい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

今、机を挟んで向かい合うは、アストレアを主神とするアストレア・ファミリアの3人。1人は澄ましていて、1人は顔が真っ赤。アストレア様はやけににこやかな表情をしている。

こちら側は私と、私の後ろで縮こまっているベルの2人。

 

「遅くなっちゃったけど、自己紹介を始めましょう!」

 

アストレア様の一声で各々の自己紹介が始まる。

 

「まずは私からね。言わなくてもわかるかもだけど、私はアストレア。アストレア・ファミリアの主神よ」

 

アストレア様の次は金髪のエルフが少し前に出る。

 

「私はリュー・リオン。種族はエルフで、レベルは5です。これからどうぞよろしくお願い致します」

 

なるほど、エルフらしい生真面目で面白味のない挨拶だ。私の家族(ヘラ・ファミリア)でもエルフはこんな感じだったな。

 

次は未だに顔を赤らめている人間(ヒューマン)の番。

 

「わっ、私はアリーゼ・ローヴェル。アリーゼで良いわ。レベルは5。これからよろしくお願いね!」

 

なるほど。先程から見ていて何となく察していたが、この娘は何か闇を抱えている。過去に何があったかは知らないが、その辺りはベルと通ずるものがありそうだ。

 

アストレア様のアイコンタクトを合図に、私とベルも自己紹介を始める。

 

「私はアルフィア。元冒険者だったが、今はこの子の母親としてオラリオへ再びやって来た。言うなれば保護者として、だ。これから厄介になるが、よろしく頼む」

 

未だに背中に隠れているベルを引っ張って前に出し、次はお前の番だと促す。

 

「ぼ、僕はベル・クラネルです。英雄になるためにオラリオへ来ました!どうか、これからずっとよろしくお願いします!」

 

「よろしく!」

 

「よろしくお願いしますね」

 

「よろしくね。じゃあ早速神の恩恵(ファルナ)を与えましょうか」

 

「えっ、あ、はいっ!」

 

横になって、と言われて素直に寝転ぶベル。もう少し警戒心を持って欲しいのだが。1度信頼したら裏切ることは無いと思っているのだろうか?

 

「じゃあ、失礼して………あらあら、これは凄いわね」

 

ベルへ恩恵を与えた後、2枚の紙に写す。一つをベルの方へ、もう一つを私に渡す。

 

 

 

 

アルフィアは受け取った一枚の紙切れを、天使のような微笑みで嬉しそうに眺めていた。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

ベル・クラネル Lv1

 

力:0

耐久:0

器用:0

俊敏:0

魔力:0

 

 

 

魔法

エルピス・ヴェーリオン 詠唱式【福音(ゴスペル)

 

 

 

スキル

福音信仰(ゴスペライズ)

対象が存在する限り成長補正(大)

対象との誓いを諦めない限り成長補正(大)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足ですが、ベルの身長はだいたい147cmくらいです。


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邂逅
9. 憧れの場所へ


投稿遅れてすみません!ここが物語の分岐点…いえ、色んな物事の邂逅だったので、時間をかけてしまいました。文量としては300字くらい多めになります。是非!楽しんでお読みいただければと思います!


「ベル、起きなさい!ギルドへ行くわよ!」

 

朝、まだいつもなら寝ている時間にバタンっ、と扉を開けて元気ハツラツな声が聞こえてくる。もちろん声の主は僕のファミリアの団長、アリーゼさん。

 

「着替えて食べて用意して!ほら、早く早く!」

 

「んみゃあ!?」

 

いきなり近寄ってきたかと思えば、いきなり服を脱がされそのまま新しい服に着替えさせられる。赤を基調とした普通の服で、袖口や襟などにはお洒落にピンクのラインが入っている至って普通の服だ。

 

…ちょっと女の子っぽいけど

 

「下はここに置いておくわね。早くしないと私が全部食べちゃうわよ?」

 

そう言って嵐のように去っていったアリーゼさんをポカンとしつつ見送り、渡された服を見た。

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「アリーゼさーん!なんですかこれ!」

 

ドタドタドタと階段を駆け下りて一言。ベルが着ている服は、どちらかと言えば女の子らしい可愛い服装だった。上は先程着せられた服。色合い的に女の子らしいと言えばらしいのだが、問題は下の方だった。

そもそもズボンだと思っていたものはスカートであり、それも白いレースが装飾としてあしらわれているようなものである。

それでもベルが着ている理由としては、ベルが服を持っていないから。これに尽きるだろう。

 

「似合ってるわよベル!ちなみにそれ、私のお古だから!」

 

「お、お古ぅ!?い、嫌ですよ!なんで女装なんですか!」

 

「嫌なんだーあーそーなんだー」

 

「あ、いや、そんな、アリーゼさんのお古が嫌という訳ではなくて」

 

「じゃあそれ着て行ってくれるのね!」

 

「なんでそうなるんですか!」

 

「はぁ…だから言ったじゃないですか。やはり男の子らしいものが良いって」

 

リオンさんが呆れながら取り出したのは、エルフが来ているような肌を覆う衣装。僕は大切に受け取ってタタタタッと階段をかけ登った。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「リオンさーん!」

 

ドタドタドタと再び階段を駆け降りる音。皆が注意を向けるとそこには上はアリーゼの物、下は…今にもずり落ちそうなリオンがあげたと思わしき狩人風の衣服。

 

「リオンさん、サイズが合わないです!」

 

「ブフッ!」

 

「なっ…って、アリーゼ!何笑ってるのですか!」

 

思わず吹き出すアリーゼ。リオンは顔を真っ赤にしている。

必至にズボンを持ち上げているベルは、涙目で母親に無言の訴えをする。

 

「……はぁ。分かったから。そんな顔しなくても、後で調節してやるから。とりあえず飯を食え」

 

「あ、ありがとう!」

 

たちまち機嫌が治るベル。扱いやすいことこの上ない。

とてとてとてと椅子に座って、朝ごはんを食べ始めるベル。

 

 

自分のズボンが脱げている事を知らずに食事をしていたベルは、その後直された物を受け取る時に気が付き、再び羞恥で顔を赤く染めるのだった。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

昼間の太陽が路面を焦がすように照りつける中、ギルドへの道を歩く3人。頭1つ分小さい少年は他2人に両手をしっかり掴まれており、すっかり落ち込んだ様子。だが、仮にも美少女2人に手を掴まれてるわけである。道行く人々から良くも悪くも視線を集めている。大部分は嫉妬の眼差しではあるが。

 

「リオンさん。そろそろ離してくれませんか…?」

 

「ダメです」

 

勇気を振り絞ったお願いも、ピシャリと拒絶されてしまう。

 

「アリーゼさん!」

 

「流石にダメ〜」

 

うっ…目が笑ってない。不自然に口角が上がってる分、より怖い。

何があったのか。端的に言ってしまえば、僕が迷子になって襲われて裏路地に隠れた僕をアリーゼさん達はひたすら探す羽目になってしまったという感じだ……本当に、申し訳ない。結果、朝イチで出発したのに昼になってしまったという訳だ。

 

「ベル。今まで見た事ない冒険者の施設が沢山あるからってちょこまか走り回っちゃダメ。しかもベルはちっちゃいんだから。探すのに苦労するのよ?」

 

何気ない『小さい』言葉が僕の心に突き刺さる。

 

「うっ…ご、ごめんなさい」

 

「うん、いいわ。でも、悪いけどダンジョンに潜るのはまた今度ね。ギルドの手続きって割と時間かかるのよ」

 

「ふぁい……」

 

物凄い落ち込みようのベル。心無しか無いはずの兎耳がペタン、と垂れてるようにみえる。

 

「しょぼくれててもしょうがないですよ。ほら、もう着きます」

 

いつの間にか目の前にはギルドが。開かれたドアから中へ入ると、一斉に冒険者達の注目が集まった。リオンさんが

 

「何度来ても居心地の悪い場所だ」

 

と小声で呟いている。対照的にアリーゼさんは皆へ愛想を振りまいている。

そのまま空いている職員の元へ。

 

「すいませーん。冒険者登録しに来たんですが」

 

「冒険者登録ですね。ではこちらへ……あら、一昨日の白兎くんじゃない」

 

案内してくれたギルドの職員は何の因果か、あの時のハーフエルフのお姉さんだった。

 

「はい。おかげさまでファミリアが決まりました!」

 

そう言うと、営業スマイルを崩して優しく微笑んでくれる。

 

「良かったね。保護者同伴でギルドに来る人なんて初めてだったから心配したけど、ちゃんと決まったんだね」

 

「はいっ!これから頑張るのでよろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしくね。じゃあこの書類を書いてくれるかな?アリーゼさんはこちらをお願いします」

 

「は、はい」

 

「分かったわ!」

 

30分くらいかけて何枚かの書類を書き終えた後、ハーフエルフの職員、もといチュールさんが質問をしてきた。

 

「ベルくんは担当アドバイザーを付ける気はありますか?」

 

担当アドバイザー?聞きなれない単語だ。

するとアリーゼさんが

 

「付けてあげてくれない?この子本当に何も知らずにこの街に来たみたいだから」

 

「では、明日また来てください。担当アドバイザーは今空いているのが1人だけになるのでそちらの方にはなりますが、よろしいですか?」

 

「だって。ベル、良いわよね?」

 

「は、はい!」

 

「分かりました。それでは冒険者登録は完了です。ベルくんはまた明日来てくださいね?」

 

なんだかよく分からないうちにあれよあれよと色んなことが決まってしまった。まあいっか。

 

ギルドを出ると、アリーゼさんは用があるからと言って足早に先に帰ってしまった。

 

「どうしよう…」

 

ちょっとばかし途方にくれていると、横から思いがけない幸運が降ってきた。

 

「ベル。少しだけダンジョンに行ってみますか?」

 

その幸運は、耳元で小さく囁かれた。僕は驚いて横にいるリオンさんを見ると、人差し指を口元にピンと立てて少しだけ嬉しそうにしていた。

 

「少しだけならバレることはないでしょうし…私も、後輩が出来たのは初めてですから。ベルも【魔法】を試したいでしょう?」

 

エルフは高潔で、こう言った事はやらないとばかり思っていた。特にリオンさんはどちらかと言うと硬いタイプだと思っていたので、驚きが大きかった。

後でお母さんやアリーゼさんに怒られるかもしれないが、それでも嬉しいものは嬉しい。僕は首をブンブン縦に振って了承の意図を示した。

 

「では、早めに行って早めに帰りましょう。行きますよ」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

バベルとは、世界中の冒険者が集まる場所。皆それぞれの思いを抱いて、天へとそびえる摩天楼へ集結する。

己が野望を成さんとする者、一旗揚げようと田舎からやって来る者、種族の栄華を渇望する者、ただただ純粋に強さを求める者……

人類に希望や夢への切符を与え、時に牙を向いて絶望を与えるる場に、今日も1人、新たな冒険者がやって来た。

雪色の髪に炎の瞳、体躯は小さいが決意は大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英雄に至らんとする少年が、その一歩を踏み出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぅぅぅうううわああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 

少年は目を剥き敵を切り裂く。その姿はまるで()()。過去を切り捨てるように、憎しみを乗せてモンスターを屠っていく。

 

「ベル!そんな戦い方ではこの先生き残れない!」

 

後ろから見ていたエルフの少女が注意すると、少年はビクッと背筋が伸びてギギギと首を後ろに向ける。

 

「ご、ごめんなさい。モンスターを見ると昔の事を思い出してしまって」

 

「はぁ…()()()()()()()()()にここまで苦戦する冒険者は中々いない。ベル、はっきり言わせてもらいますが、あなたは冒険者の素質が皆無だ。ゴブリン一匹で武器を1本潰し、血を浴びるほど苦戦している」

 

「うっ…」

 

ど真ん中ストレートで言葉を全力投球されて心にグサッと刺さる。

それでも、少年は少女から目を逸らさなかった。

 

「……ですが、それを乗り越えてこその英雄です。都市最大派閥の幹部にも、スキルや魔法が一切発現していない人がいますから」

 

そう言い終えると、少女は少しはにかむ。金色の髪を揺らし、ベルに目線を合わせるようにしゃがんで頬を撫でながら告げた。

少年は顔を赤くして、少しだけ涙を浮かべた。

 

「はいっ!が、頑張ります!」

 

少年の心からの決意。それを受けた少女は頷き、立ち上がる。

 

「貴方の決意、逆境を突きつけられても絶望しないその心の強さは間違いなく英雄になるために必要な才能です」

 

「さあ立ってください。時間が押してますし、魔法を撃ちましょう」

 

「は、はい!」

 

2人は歩を進め。少し先へ進んだ所にある広めのフロアに辿り着いた。

 

「ここは…?」

 

「フロア。ダンジョンに点在する広めの空間です。ここで撃ってみてください」

 

少年は促されるままに腕を前へ突き出す形で構える。

 

「魔力を対象にぶつけるよう集中して……今です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福音(ゴスペル)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鐘の音が辺り一帯に鳴り響く

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「何も…起きませんね」

 

「はい…どんな、ま、ほうな でしょう」

 

急激に意識が遠くなってゆく。虚脱感が凄い。なされるがままに意識を手放した。

 

 

少女は少年をおぶって、誰も居ないフロアへと問いかける。

 

 

 

 

 

「たったの一発でマインドダウンですか。ここまでリスクの大きい魔法なのに何も起きないとは………一体なんなのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー。今日もロキの無茶ぶり…疲れたっす」

 

「そんなこといちいち気にしてたらキリないわよ」

 

「そうっすよね。それでも深層に2人は割とキツい……ん?鐘の音が」

 

「こんな所に鐘がなる場所なんてあったかしら」

 

「そんな物聞いたことが…あ、アキ!あれを見るっす!!」

 

「こ、これって……」

 

「あまりにも…惨い」

 

 

 

 

 

ラウル・ノールドとアナキティ・オータム…オラリオきっての上級冒険者をも驚愕させる光景。それは

 

 

 

 

 

 

 

血を吹き出し、瀕死であるゴブリン達の山と、対峙していたであろう冒険者達が積み上がっていたものだった

 

 

 

 



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10. 前触れ/久しぶり

お気に入り数300、UAも2万を超えました!本当にありがとうございます!


p.s.この話から明確にオリジナル要素を追加していきます。どうかよろしくお願いします。




「団長!緊急報告が!!」

 

物凄い勢いで扉を開けて来たのはラウル・ノールド。言わずと知れたロキ・ファミリアの幹部である。

その報告を受けたのは金髪の小人(パルゥム)、フィン・ディムナ。都市最大派閥を纏めるオラリオきっての冒険者だ。

 

「どうしたんだい?何か問題があったりしたのかな」

 

優しく、柔らかく接するフィンとは対照的な焦りようのラウルは、一気に言葉をまくし立てる。

 

「37階層からの帰還途中の第一階層で摩訶不思議な現場に遭遇!現場は多数のゴブリンが瀕死、そしてそれらと対峙していたと思われる冒険者数名が気絶していました!迅速に瀕死のゴブリンにトドメを刺し、今ようやくアキと冒険者達をバベルの医療施設へ運び込んだ所です!」

 

フィンは焦るラウルを右手で制し、落ち着くように呼吸を整えさせる。

 

「状況で不審な点は?」

 

「……瀕死になっていたゴブリン、冒険者達は()()()()()()()()()()()()()

 

外傷を負っていない…?あまりにも不可解な情報、そして疼く親指。

 

「何か……強大な物がオラリオに紛れ込んでるようだね。外傷無く敵を、か。闇派閥(イヴィルス)でなければ良いんだが」

 

「なっ…と、とにかく、回復した冒険者への事情聴取を今アキが行っている所です情報を待ちま「団長!情報が掴めました!」

 

ラウルの言葉を遮って入ってきたのは猫人(キャットピープル)の女性冒険者、アナキティ・オータム。主神の趣味からか美形揃いのロキファミリアの中でも一際可憐な容姿をしている。こちらもまた上級冒険者だ。

 

「そうか、詳しく説明を頼むよ」

 

「はいっ!倒れていた冒険者からその当時の状況ですが、全員が『鐘が鳴った』『何に攻撃されたかも分からない、ただいつの間にか意識を失っていた』とだけ…」

 

考え込むフィン。一瞬の沈黙の後、2人に問いかける。

 

「Lv4の君達からして、その光景は異常極まりないものだったんだね?」

 

「は、はいっす」

 

「そうですね。こんな事、見た事も聞いた事もありません」

 

「そうか。人的被害も特になし、何かを盗まれた訳ですらないとなると…考えられる事は3つ」

 

「1つ目はさっき話してた闇派閥(イヴィルス)の計画的犯行っすね」

 

「2つ目は新種のモンスター、幻覚等の精神汚染系統ですかね」

 

フィンは神妙な面持ちで頷く。

 

「ああ。2つはそれで間違いない。そして残る1つは、【魔法】だ」

 

「ま、魔法っすか」

 

ラウルは拍子抜けと言った感じに情けない声をあげる。

 

「しかし周囲には冒険者はおろか、ゴブリン以外のモンスターすらいなかったと言ってましたが…」

 

被害にあった冒険者達の証言も加えつつ、有り得ない事だと言いたげなアナキティ。

 

どこか間の抜けてしまった2人の顔が引き締まる様な恐るべき事を、フィンは告げた。

 

 

 

 

「いたんだよ、昔のオラリオには。()()()()()()()()()()で全てを灰にする冒険者が」

 

 

 

 

 

苦虫を噛み潰したような顔をして、疼く親指を押さえつけるフィン。その視線は眼前の2人ではなく、遥か虚空を見つめていた。

 

「まさか、まだ生きてるとでも言うのか?オラリオ史上で右に出る者はいないと言われた才能の怪物、【静寂】が………」

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「くしゅん!」

 

「あら、風邪かしら?大丈夫?」

 

「ああ、問題ない。誰かが噂をしているのかもしれないな」

 

ここはアストレア・ファミリアのホーム。机ではハーブティーの入ったティーカップを片手に、談笑している主神と保護者が居た。

元来女性はおしゃべりな生き物と言われるが、その中でも特に際立つ長さを誇るのが子連れの井戸端会議である。子供にとって狂気の集会とも言えるそれは、どこから話題が湧き上がるのか、永久機関の如く時間という絶対的な制約が迫るまで話し続ける。

まさに今がそれだった。子連れと言うのにはいささか疑問点があるが、今まで眷属(子供たち)を世話してきたアストレアと、亡き妹の子を自分の子供のように愛情を注いできたアルフィアである。話が合わないはずがない。いわゆるママ友と言うやつである。また、【静寂】を好むアルフィアではあるが彼女もまた女性。おしゃべりが嫌いな訳では無い。

 

「噂ねえ…そう言えば、ベルくん遅いわね」

 

「ベルに限らず、3人とも遅いな。何か厄介事に巻き込まれてなければ良いのだが」

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

ベチン!

 

「うぶっ!」

 

「ベル、起きなさい!もうマインドダウンは治ってるはずよ!」

 

「アリーゼ、何も叩かなくても…」

 

アリーゼは両手でベルの両頬をベチンっ、と叩いた後、そのままほっぺたをもにゅもにゅといじくる。

 

 

ここはダンジョンからホームへの帰り道の街道。両側に所狭しと露天が立ち並び、ギルドやダンジョン周辺とはまた一風変わった喧騒がある。

そんな中を3人は……正確には1人おぶられているが、歩いていた。

 

「いたい…」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ほらほら!起きないと奢ってあげないわよ!」

 

「おごる…ですか?」

 

寝起きに弱いベルは蕩けた目でキョトン、としている。

 

「そそ!ベルにこのオラリオのソウルフードを教えてあげるわ!」

 

意気揚々とベルをリオンの背から引きずり下ろして、タタタタターっとベルの手を掴んで走ってゆく。ベルは初動が遅れて半ば引きずられるように連れてかれる。3人がいた場所は、突然の事に反応できなかったリオンだけが取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

「ここよっ!」

 

アリーゼが滑り込んだのはとある屋台。香ばしく、ベルにとってはどことなく懐かしい香りのする場所だった。

 

「急ぎすぎです、アリーゼ。ああ、ベルの服もこんなに汚れて…」

 

リオンさんは未だに目が回っている僕の服に着いた汚れをパンパンと払ってくれる。

 

「あ、ありがとうございます。リオンさん」

 

「どういたしまして」

 

「ベル。このじゃがまるくんがオラリオでのソウルフードよ!買ってあげるから好きなの選んできてね」

 

「ふぁ、あい、」

 

気の抜けた返事をして、屋台に立ち寄る。

 

「すいませーん」

 

「いらっしゃい!…あれ、君、どこかで見たことあるね。具体的には1年くらい前に」

 

ニヤリと笑う屋台の女神。何かを企んでそうな顔だが、ベルはその表情が示すことに全く気づいていない。

 

「もしかしてお墓参りの時の!」

 

「そうさ!その時の女神だよっ!今日はどうしたんだい?またお墓参りかい?君のお母さんはいないようだけど、もしかして…」

 

屋台の女神に呼応する様にベルは元気よく答える。

 

「はいっ!冒険者になるためにここに来ました!」

 

ベルの言葉に女神はぱあっと笑顔になる。

「そ、それじゃあボクの眷属になってくれるんだね!」

 

ピタッ

 

ベルは張り付いた笑顔のまま、硬直する。

 

「ボクの名前はヘスティア!これから末永くよろしく頼むぜ!」

 

ベルにお構い無しでどんどん話を進める女神ヘスティア。

そこに、間が良いのか悪いのか、心配顔のリオンがやって来た。

 

「ベル、アリーゼが早くしてと言ってますよ」

 

今度はヘスティアが硬直する。

 

「べ、ベルくん?これは、どういう事かな?」

 

ベルは目線を全力でそらす。

 

「ボク、君と約束したよね!?あの日、ここで!冒険者になるならまずはボクの所に来るって!」

 

ベルはヘスティアに向き直り、後ろのリオン、どころか辺り一帯に響く声で

 

 

 

ごめんなさあああい!!!!!!!!!!

 

 

 

謝った。

 

 

 

 

 

 

「まあまあ落ち着いてください。ベルも謝ったんですし、1年前の事なんて中々覚えてないですよ」

 

「そんな事あるかい!ボクはしっかりバッチリ覚えてたぞ!楽しみで楽しみで今か今かと一年を過ごしたんだ!」

 

そう言ってギロっとベルを睨む。

リオンの後ろに隠れているベルは涙目で謝罪の言葉を繰り返す。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

「む〜!モヤモヤするけど決まってしまった事は仕方ない……そこのエルフくん、どこのファミリアなんだい?」

 

「あ、アストレアファミリアです」

 

「アストレアかー。愚弟の娘…だっけ?かなりのお転婆娘とは聞いているよ」

 

リオンは苦笑いで返す。

 

「突飛な事はたまにしていますが、基本は落ち着いた良い主神ですよ」

 

「なら大丈夫そうだね。何せこの子だから。近くに大人がついてなきゃ不安だろ?」

 

再びリオンの背後にいるベルに目線を向ける。

 

「僕、一応14歳なんですけど…」

 

「ええっ!?そうなのかい?てっきり10歳いくかいかないかとばかり思ってたよ」

 

「うっ!は、ははは………はぁ」

 

 

 

その後、アリーゼが我慢できなくなって突撃し、ヘスティアにじゃがまるくんを作る様に急かして、受け取った後に足早に店を離れた。

 

ベルは手を引かれながらも後ろを振り返る。ベルの瞳に映ったのは、昼と夜の境界が曖昧になる幻想的な瞬間だった。地平線の彼方に沈んでいく太陽を見ながら、ベルは決意した。

 

 

 

 

 

 

 

いっぱい食べて、早く大きくなろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………遅い、遅すぎる。しっかりお灸を据えてやらなければいけないようだな」

 

 

 

 



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11. ヤキモチ

受験が近いので2月まで更新頻度は大幅に下がります。完全に活動休止では無いです。しかし、勉強の合間に気晴らしで書く程度しか出来ないと思います。楽しみにしてくださっている方々、本当に申し訳ございません。その代わり、3月頃に怒涛の更新頻度になると思います。それまでの数ヶ月、お待ち頂けたら幸いです。


「ベル、私が怒っている理由は分かるな?」

 

「はい…」

 

「いつもいつも繰り返してるだろう。私を怒らせるような事になると分かっているなら、最初からするんじゃないと」

 

「う、うん」

 

静かな怒りの声がホームの一角で聞こえてくる。矛先はもちろんベル、それにリオン。2人は正座で小さくなっており、ベルは早くもぐずり始めている。リオンも顔を俯かせて落ち込んでいる様子。

 

発端はもちろん、2人の今日の行動である。アリーゼがディアンケヒト・ファミリアへダンジョン探索用のポーション類を買いに行っている間、2人がダンジョンに立ち入った事だ。

 

「ベル、英雄になるなら無茶は必要だ。だがな、無茶はしても無謀な事はするなと何度も言っただろう!戦い方のひとつも知らない子供がダンジョンという無法地帯に何の知識もなく足を踏み入れるなんて言語道断だ」

 

「は、い、ご、 ごめんなさい…」ズビッ

 

「リオン。お前もだ。いくらLv5であるお前がいるとはいっても、ポーション、ベルに至っては防具すらない状態でそのまま死地(ダンジョン)に放るやつがあるか!」

 

「す、すみません」

 

「アルフィア、その辺りにしておいたら?2人ともしっかり反省してるようだし」

 

アストレアが助け舟を出すと、アルフィアも深いため息をついて頷く。

 

「そうだな…リオンにはあと一つだけ。ベルが魔法を撃ちたいという気持ちを汲んでくれた事には感謝する。これからこういう事をするならば安全を第一にしてくれ」

 

「分かりました……以後気おつけます」

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

ベルは1つ、治らない癖がある。母親であるアルフィアがいくら治そうとしても治せなかった、矯正出来なかった癖。それが今まさに発動していた。

 

「ベル。そろそろ離れたら?」

 

「もう食事の時間ですし、アルフィアさんも困ってしまいますよ」

 

それでもベルは離れない。ベルはアルフィアにピタリとくっついて離れない。小柄な体躯から小さい子供の微笑ましい光景とも見て取れたりするが、彼は14歳なのである。少々マザコンが過ぎやしないか。

 

「ベル、いい加減その癖を治せ。もう14歳だろう?」

 

「でも……」

 

「アルフィアさん、これってどういう…」

 

「ああ、ベルは怒られたら私から引っ付いて離れない癖があるんだ。私にも責任の一端はあるから強く出れない。だから中々癖も治らなくてな」

 

はぁ、とアルフィアは深い溜息をつく。表情からして嫌だとは思っていない。どちらかと言うと我が息子のこれからについての心配をしている感じだ。

 

「アルフィアさんにも責任の一端があるってどういうことなの?」

 

アリーゼが率直な疑問をぶつける。

 

「いや、抱きついてくるベルがあまりにも可愛くて…小さい頃は私からも抱きしめて落ち着かせていたからな。それに加えてベルに両親がいない期間が長かったというのもあるかもしれん」

 

返って来た答えは普段のアルフィアからは想像出来ないような可愛らしいものと、ベルの少し暗い過去。どちらに反応すれば良いのか判断しかねて、流石のアリーゼも黙ってしまう。

それをアルフィアはどう受けとったのか、少しだけ口角を上げて助け舟を出す

 

「まあ、じきに治るとは思う。人間誰しも反抗期はあるからな……多分」

 

最後の方が自信なさげになっていくアルフィアの言葉に、苦笑いで返す他無いアリーゼ達だった。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

翌朝。昨日に引き続いて衣服でのアリーゼのイタズラとリオンのポンコツが発生したものの、何とか朝のうちにギルドへ着いた。

ちなみに今日はベル1人である。

 

「チュールさん、おはようございます」

 

今日は朝早いのもあってどこの受付も空いていたが、見知った顔の元へテクテク歩いてゆく。

 

「あ、ベルくんじゃない。今日はアドバイザーの件について、だったよね?」

 

チュールの問に「はいっ!」と元気よく答える。それを見て、ギルドにいた誰もが入学したてのちびっ子を思い浮かべ、その日の話題をさらったのはベルの知らぬところの話。

 

「じゃあこちらへどうぞ」

 

促された場所はギルドのカウンターを抜けた先にある小さな個室。そこは長椅子が2つ、机を挟んで向かいあわせになっているだけの簡素な部屋だ。

 

「じゃあ改めて。私はエイナ・チュール。君の担当アドバイザーをさせてもらいます。これからよろしくね」

 

「よ、よろしくお願いします、チュールさん!」

 

「エイナで良いよ。じゃあまずは何をやるか、だね。それじゃあ…」

 

ベルの気分は有頂天に達していた。何せ美人揃いのギルドの中でもベルの憧れである種族、エルフのお姉さんが担当アドバイザーなのだ。ファミリアではリュー・リオンというこれまたオラリオきってのエルフ美人冒険者もいる。年頃のベルは今にも天国に昇るような気持ちでいた。

 

そんなベルを現実に引き戻す音が、目の前の机を力強く叩いた。

音の元を視線で辿るとそれは、何冊かの分厚い教本。ベルは分かっていながらもつい聞いてしまう。

 

「あの、これは…?」

 

「教本だよ。ダンジョンに行くためには欠かせない知識が沢山載ってる資料とか、地図。それにモンスターの種類の本だね」

 

ベルは露骨に顔を引きつらせる。教本には特に良い思い出は無い。母に文字(コイネー)などを習う時のスパルタでもう見たくないと思っていた程だ。

 

「これを…やるんですよね」

 

「もちろん!全部覚えてもらうからね。このくらい覚える覚悟が無いとダンジョンになんて行っちゃダメだよ。情報は生きるための術、だからね?」

 

「うっ…はい。分かりました」

 

「じゃあ今日はダンジョンって何なのかを覚えようか。全部覚えるまでは帰れないって思ってね」

 

「ひえっ…」

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

物覚えが決して良い方ではないベルは、半分程を何とか覚えたあたりでやっと解放された。言わずもがな、外はもう日が暮れている。魔石を使った街灯が闇夜を照らし、眠らない街を暖かく彩っている。

街には昼間の威勢のいい客引きや駆け回る子供たちの姿はなく、賭け事に興じる見てくれの悪い男達やダンジョン帰りの冒険者達が今日の出来事を口々に話している。

何気に初めて夜のオラリオを1人で歩く白い子兎は、それら一つ一つに興味を持ちながら市街地を抜け、ホームへ歩く。途中、路地で男女二人組の知らない人に声をかけられたが全力で走って逃げた。どうやら追っては来なかったらしい。

 

その後は何事も無く、安心してホームに辿り着く。

 

「ただいま…」

 

ベルはカバンを自分のフックに掛けて、ホームの談話室に顔を出した。

 

そこで、ベルは硬直した。

 

「こんな感じで良いか?」

 

「ありがとうございます。アルフィアさんって髪を梳くの上手いんですね」

 

「妹が生きていた頃はよく他人の髪を整えてからな。ベルを育てるようになってからはそこまでやらなくなったが」

 

「どうしてですか?ベルも髪は長い方ですよね」

 

「あんまり髪を弄られるのは好きじゃないらしいんだ。やってやろうとするとどこかに逃げていく」

 

「ベルらしいですね。特にどこかにすぐ逃げて行っちゃうところ」

 

「私も直そうとは努力したんだが、どうにも逃げ癖は自分でどうにかするしかないようだな」

 

 

 

視界に映るのは母と娘のように喋っているアルフィアとリオンの姿が。ベルは心の奥がモヤモヤするのを感じる。耐え難いこのモヤモヤはベルにとっては初めての経験だ。言ってしまえば、リオンに大好きなお母さんを取られたという、いわゆる()()()()を妬いているのだが、ベルは()()()()が何なのかを肌身で感じたことは無い。

 

「〜〜〜!!!!!!!」

 

頬をふくらませ、ベルはアルフィアの元へ走る。

アルフィアが気づいて振り向いた時には、ベルはアルフィアに抱きついていた。

 

「おかえり、ベル。どうした?そんなにムスッとして」

 

優しく頭を撫でるアルフィア。ベルの表情が一瞬緩んだが、再び口を真一文字に引き締めてムッとした顔になる。

 

「どうしたんだ?言ってくれないと分からないぞ」

 

それでもなお喋らない。否、喋れないのだ。何故かは分からないが、この気持ちは口に出す事は恥ずかしいものだと本能が告げている。

 

しかし、忘れてはならない。今この場にはもう1人、巷では有名な妖精(ポンコツエルフ)がいることを。

 

 

 

 

 

「どうやらヤキモチを妬かせてしまったようですね。すみません、ベル」

 

 

 

 

ベルの顔がボフンッと赤くなる。リオンになにか言いたげに口をパクパクさせているが、肝心の声は出てこない。

 

「ヤキモチ…?ふふっ、そうかヤキモチか。ベル、お前はまだまだ子供だな」

 

今度はアルフィアに向かってなにか言いたげに口をパクパクさせるが、同じく言葉は出てこない。1歩、また1歩と離れ、駆け出そうとした所で、アルフィアにがっしり捕まった。

 

 

その後、ベルはアルフィアにこれでもかと可愛がられ、これを聞き付けたアリーゼがおちょくり、アストレアとリオンは微笑ましくその光景を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある路地の一角にて

 

「ああっ、見失ったっす!」

 

「下手に警戒されてもダメだし、深追いはしないでおきましょ?」

 

「そうっすね。でも、あんなに小さい子が下手したらとんでもない魔法を……ちょっと想像できないな」

 

「そうね。正直冒険者に成り立てって感じだから、エルフでもない限り魔法が発現してるとも思えないわね」

 

「とりあえずホームに戻ろうか。後の調査は……そうっすね、レフィーヤ達に頼もうかな?ギルドには後で通達しておこう」

 

「それが良いわね。そうと決まれば早く戻りましょ」

 

 

 

 

 

 

 

ヒラリと青年の腰から落ちた人相書き。それは間違いなく英雄を目指す者(ベル・クラネル)の顔であった。




質問、疑問が多かったのでフレイヤ・ファミリアとロキ・ファミリアのパワーバランスについて

・作者の勘違いをそのままに、4兄弟長男アルフリッグはLv6
・現時点でロキ・ファミリアの幹部のLv6はフィン、リヴェリア、ガレスの3人のみ。この時点ではパワーバランスの変化は特になし(オッタルが強すぎるので…)
・ストーリーの進行と共にロキ陣営の他幹部もレベルが上がりますが、それはその都度入れていけれたら入れていきます


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12. 知識と無知

短いです


「エイナさんおはようござっムグッ!」

 

朝、ベルは昨日と同じようにギルドへ行った。朝一番、ギルドの扉を開けて挨拶しようとしたその時、目の前に駆けてきたエイナさんに口を塞がれた。

 

「むーむー!」

 

ベルは動揺して何とか声を出そうともがいている。エイナは人差し指を口元で立て、静まったベルの手を引いて個室へと連れてゆく。

 

「ベルくんごめんね!ちょっと聞かなきゃいけないことがあって。内容的に他の人に聞かれるとあんまり良くないから、個室に来てもらったんだ」

 

「は、はい。どうしたんですか?もしかして僕、なにかやっちゃったんじゃ…」

 

不安げに上目遣いでエイナを見つめるベル。愛らしいベルの姿にドキリと胸が高鳴る。

 

「えっ、えっと、まだ疑いの段階なんだけどね」

 

そう前置きした上で、エイナは話を続けた。曰く、

・Lv1の冒険者が気絶、ゴブリンが瀕死の状態で山のように積み上がっていた

・その時間帯にダンジョンへ入って行った中にベルも含まれる

・他の冒険者は魔法等の性質も知られている著名な冒険者

・現状魔法や実力が不透明なのはベルのみ

 

以上の点から、ベルが怪しまれているらしい。

 

だが、身に覚えの無いベルは全く知らないと横にブンブン首を振る。

 

「そんな、知らないです。僕も魔法の試し打ちはしましたけど、特に何も起きなかったですし」

 

ベルはせっかく覚えた魔法で何も起きなかった事を思い出して徐々に落ち込んでゆく。

 

「ご、ごめんね?何もベルくんの事を責めてるわけじゃないんだよ?ゴブリンを生かさず殺さずの状態にするなんて相当の手練じゃなきゃできないから、私はベルくんがやったんじゃないと思ってるし」

 

それを聞いて少し胸を撫で下ろすベル。

 

「うん。まだ疑いは完璧には晴れてないけど、多分大丈夫だから。それじゃあ、勉強始めよっかな」

 

「あ、はい…」

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

〜2週間後〜

 

「お疲れ様、ベルくん。テストも合格だし、もうダンジョンに行っても問題ないよ」

 

「ほ、ほんとですか。やった…」

 

エイナ特製の最終テストを終え、労いの言葉をかけられるベルは今、机に突っ伏している。これからダンジョンへ行けるという気持ちより、今は地獄が終わったことへの安堵と疲労感が勝っているようである。

 

「ほら、シャキッとして。外でリオンさんが待ってるよ?」

 

「え、リオンさんが?どうしてですか」

 

「私には分からないなあ。でも、勉強も終わったんだし早く行っておいで」

 

「はい、分かりました」

 

ベルは扉のドアノブに手をかけると、ふと思い出したようにエイナの方へ向き直る。

 

 

「エイナさん。2週間も勉強を教えてくれて、ありがとうございました!これからもよろしくお願いします!」

 

 

突然のベルからの感謝の言葉にエイナは面食らったようで、少しの間を置いてから優しく微笑む。

 

 

「うん、これからもよろしくね」

 

 

その笑顔は、まるで大切な物を愛でる妖精のように、幸せそうなものであった。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「リオンさん、お待たせしました」

 

ベルは走ってギルド内のソファに座っていたリオンに声をかける。

 

「いえ、そんなに待ってはいませんよ。して、ベル。 勉強の疲れがあるかとは思いますが、ダンジョンへ一緒に行きませんか?」

 

えっ、と驚くベル。先程まで机に突っ伏していただけあり、疲労は相当なものだ。

 

 

 

 

 

 

それでも、少年は自分の欲求に正直だった。否、自分に対して無知だった。

少年にその判断が身を滅ぼしてしまうという考えは、少年の意識には一欠片も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

故に少年は、地獄の入り口(ダンジョン)へ歩を進めてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ハアっ!!」

 

少年は的確に敵の急所を穿つ。手渡された短剣でゴブリンの喉仏を貫き、流れた短剣を壁に突き刺してそのまま斜め上に蹴り上げ、トドメを刺す。

壁に着地した少年は短剣を壁から引き抜き、持ち前の脚力を活かして壁から一直線にコボルドの元へ跳躍、首をたたき落とす。

この間わずか数秒の出来事、後ろで見ていたリオンも感嘆の声をあげてしまうほど、鮮やかな殲滅劇だった。

 

モンスターの群れというほどではないが、数体のモンスターを相手に苦もなく戦っていた。小さな体躯とそれに見合わぬ脚力を活かした3次元的な戦闘。第一級冒険者でも中々しないような戦い方に、リオンはつい見とれてしまっていた。

 

「リオンさん、どうですか?」

 

少年は戦闘のアドバイスを求める。リオンはその声で我に返る。

 

「凄く良かったですよ。あまり見ない戦い方でしたが、動きにぎこちなさが無かったです。ベルはもしかしたら才能があるかもしれません」

 

「本当ですか!やった、やった!」

 

少年は褒められて、ダンジョンであるにも関わらずはしゃぐ。このように、時折まだまだダンジョンへ来るには早いのではないかとも受け取れる行動をするのがたまに傷といったところか。

 

「ベル、浮かれてはダメです。エイナにも習ったでしょう?ダンジョンはいつ、どこで、どんな危険が潜んでいるか分からない。上級冒険者でさえ、上の階層でも慢心はしません。一喜一憂する暇があるなら、周囲を警戒して次のモンスターの対処の仕方を考えて下さい」

 

「うっ…分かりました。ちゃんと気をつけます」

 

「いい返事です。では、今日は3階層まで進みましょう。基本的に私は手を出しませんので、勉強した事を活かして戦ってくださいね」

 

「はいっ!」

 

大きな返事と共に駆け出した少年。

 

 

 

 

その時、彼女は彼の小さな背中に何を見たのだろうか

 

 

 

 

懐かしむように口元を緩め、モンスターと対峙する少年を彼女は穏やかに見つめていた。




次の話が大きな転換点となります。気合入れて書くので、受験と相まって時間がかかります。ですが、応援して下さる皆様の期待に応えられるような話にしますので、それまでの間待っていただけると嬉しいです。


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13. 『想い』と『思い』の狭間で

荒れた石畳の上を軽やかに駆けていく少年が1人。

 

腰のベルトにつけたホルダーに備えたポーションの瓶が、歩く度にカチリ、カチリと鳴り、返り血の付いた丈の合わない革製の防具は上下に揺れる。

 

敵を見つけては一目散に駆け出し笑顔で屠って行くその姿は、可愛らしい外見と相反して何か【狂気】めいたものすら感じられる。

 

 

 

……しかし、その勢いも3階層までの話。()()()で入った4階層は、ダンジョンが大きく姿を変える最初の特異点である。そのような危険地帯に、少年は迂闊にも足を踏み入れた。

 

彼は乱戦を何とか切り抜けて幾らか進んだ後、弱々しい声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来るんじゃなかった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

事は少し前に遡る。

 

リオンが見守る中、着実に魔物と戦って実戦経験を積みつつあったベルは、下層から鳴り響く大きな音を聞いた。まるで何かから逃げるかのような、石畳を蹴り飛ばす重い音。その音の重なりは奇妙にも少し不気味な音楽にも聞こえて、ベルは怖気付いた。

 

少し後退した時、離れて見守っていたはずのリオンにぶつかった。

 

「リオンさん?」

 

「すみません、ベル。この音…あまり良い音では無い気がします。ですので、少し下まで見てきますね」

 

「えっ」

 

「そんなに不安な顔しないで。あなたの実力なら3階層までは安全です。まあ絶対とは言い切る事は出来ませんから、念の為に余分にポーションを渡しておきます」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

「どういたしまして。ベル、絶対に3階層より下には行っては行けませんよ。あなたが思っている以上に、モンスターの傾向は変わってきますから。約束、ですよ?」

 

「は、はい!」

 

 

 

それから30分ほど経った時、ベルは4階層に続く階段を見つけた。

正直、ベルはこれまでの戦闘を物足りないものだと感じていた。幼少期にあれほど苦しめられたゴブリンも、急所を穿てば一撃で灰になる。そう思うと、最初に抱いていたモンスターへの恐怖感は徐々に薄れていった。

自身の力に手応えを感じ始めたベルは、誰が見ても分かるくらいに()()していた。これはあからさまに危険な状態であり、言うなれば崖から落ちる手前の状態。リオンが別れる際にきつく注意したのもこれが原因である。

だが、慢心は全てを狂わせる。思考と判断力は曇り行動は無謀に。

 

「ちょっとだけなら…いいよね」

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

リオンはダンジョンをそよ風のように駆け抜けていた。先程聞いた音は、間違いなくモンスターの大量発生。その音が響いて来たということは……

 

想像が、冷や汗となって首筋を伝う。最悪の事態、それは【下層からのモンスターの進出】だ。実力に合わないモンスターと相対した冒険者が毎年、幾人もこれで死んでいる。駆け出しで知識も無く、経験も乏しい冒険者にとってこれは文字通り大災害(カタストロフ)なのだ。

 

10階層辺りまで来たところで、こちらへ走ってくる影を確認する。

2Mほどの筋骨隆々とした巨体を揺らし走ってくるモンスター。

闘牛の異名を持ち、数多の古文書に記される太古の怪物でもある生きた化石、ミノタウロス。

リオンは鬼気迫る表情のミノタウロスに疑問を感じたが、すぐさま切り替えて切り伏せる。まさに一刀両断。刹那の出来事だった。

 

魔石を拾おうとした時、ミノタウロスと同じ場所から金糸の髪をなびかせて走ってくる一人の少女を見た。その少女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。【剣姫】と言えばこのオラリオで知らない者はいない。圧倒的な実力に加え、【人形姫】と揶揄される程の無機質な美貌は女神にも匹敵する。

 

「あ、リオンさん。ミノタウロス、見ませんでしたか?」

 

「ミノタウロスなら先程倒しましたよ。何かに凄く怯えてましたけど」

 

「倒してくれて、ありがとうございます。ミノタウロスの群れが、いきなり逃げ出したから」

 

詳細には、レベルの低い団員たちの底上げと連携強化のため、大量発生したミノタウロスを相手していた所、いきなり逃げ出し始めたというのだ。

 

「なるほど。それは災難でしたね」

 

「はい。全部で12体いて、10体は倒したんですけど、逃しちゃって」

 

「え?12体中10体ですか?私が倒したのは1体だけですよ」

 

「え…?リオンさんが道中倒したのって」

 

「今の一体だけですね」

 

 

刹那の虚無が2人を襲う

 

 

「不味い…ですね」

 

「ええ。急がないと、最悪死人が出ます」

 

ポトリ、嫌な汗が地に落ちる

 

不安を拭うように頬を手で触れた後、2人は顔を見合せ、一目散に駆け出した。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

リオンがアイズと出会った頃、ベルは5階層の階段を見下ろしていた。

 

「行こっかな…いや、でも、うーん……」

 

悩ましげにベルは唸る。実のこと言うと、ベルは迷った。4階層で危険にさらされ続け、いつの間にか3階層へ続く階段を見失ってしまったのだ。

地図で知識はあれど、適切な感覚が無ければそれを活用など出来はしないのだ。

 

「リオンさんと上手いこと会えるかも」

 

少年は、僅かな希望に賭けて階段を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パッと見は4階層と変わらないかな」

 

何とか順調に死線を切り抜けていくベル。元々の戦闘の技術はアルフィアから習った護身術などで折り紙付きだ。すばしっこさは父親譲りだとザルドからも太鼓判だった。ステータスは入団当初からさほど変わらないが、スキルの恩恵を受けて何とか戦えている。

戦い方、立ち回りも覚えてきて少し油断した、その時だった。

 

 

 

 

ビキッ

 

 

 

 

 

「ん?変な音がしたような」

 

ベルが振り向いた先の壁には、無数の亀裂が。これが何を意味するかを、ベルは理解するのに数秒を要した。

 

その数秒の間に、()()は起こった。

 

ダムが決壊したかのように次々と溢れ出てくるモンスターの群れ。ゴブリン、コボルド、それに今まで見たことの無いモンスターがうじゃうじゃ出てくる。それはまさに怪物の宴(モンスター・パーティ)。湧き出る怪物達の波を止めることなど、恐怖で萎縮する矮小な白兎には出来るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、白兎(ベル)は武器を取った

 

 

 

恐怖で膝は笑っている。歯はガチガチと鳴り、武器を持つ腕は震えていつ落としてもおかしくない。顔面は蒼白、赤い瞳は瞳孔を開きかけている。

 

 

 

 

 

 

それでも、少年は立ち上がる

 

何故か

 

死にたくないからか?

 

いや、違う

 

名を馳せたいからか?

 

それも、違う

 

ただ、一つ

 

たった一つの約束を

 

悪魔になった家族と

 

ずっと見守ってくれた家族と

 

僕が交した約束を果たすため

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人(お母さん)の英雄になるために、僕は剣を取る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モンスターは数十匹、まだ増え続けている。しかし、幸いにも四方を囲まれるには至っていない。

僕は全ての意識をモンスターに向け、斬り掛かる。まずはゴブリンなどの雑魚から。できる限り、一発で仕留める。

 

銀色の刃が血飛沫を浴びて赤く染まる。身体も無理な動きに悲鳴をあげる。脳は瞬時の判断の連続で焼き切れそうだ。

でも、殺さなきゃ。殺さないと、僕が死ぬ。

ほとんどのゴブリンやコボルドを瞬く間に掃討。ここまでは、かなり順調だった。

 

 

しかし現実は非情であり、物語のように全ては上手くいかない

 

 

 

殺したゴブリンを踏み台にしてオークの首を跳ねた時、ベルの生命線(小刀の刃)が欠けた。

ベルは動揺した。まだ欠けただけであり、折れた訳では無い。しかし、刹那の動揺は『流れ』を変えるには十分だった。

 

受身を取り切れずに体が壁にぶつかる。脳が揺れ、体に激痛が走る。唯一の武器は激突した時点で武器としての役割を果たさなくなった。

 

リオンも感嘆した、ベルの多元的な戦闘スタイルが裏目に出た。

 

激痛で身動きが取れないベルは、先程まで庭の雑草の様に狩っていたはずのゴブリンに殴打された。

視界が流れてきた血に彩られる。

声も出せない。腹にも強烈な一撃が繰り出され、身体中を駆け巡る血が一気に逆流してくる。

幾度となく殴られ、蹴られるうちに、ベルは自らの血の海に沈んでいく。

 

だが、ベルの瞳の炎は消えていない

 

最後の足掻き、その手段をベルは持っている

 

小さく、掠れた声で……力強く呟いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福音(ゴスペル)

 

 

 

 

 

 

 

鐘の音が鳴り響く

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を手放すその時、真紅に染まった視界には見覚えのある立ち姿の【なにか】だけが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ベル、無事でいてください…」

 

「…」

 

リオンとアイズは顔を真っ青にしながら、猛然とダンジョンを駆け抜ける。

このオラリオでも五本の指に入るであろう2人の速さは凄まじく、この時の2人を見た冒険者は

 

「そよ風が吹き抜けていくような感じで走っていったぜ。視界には捉えれなかったな」

 

と有り得ないといった顔で話したほどだ。

 

 

 

 

5階層へと続く階段を視認した時、聞き覚えのある鐘の音が辺り一体に轟いた。

 

「っ! ベルっ!!」

 

先程から纏っている自身の魔法による風を使って階段を飛ぶように跳躍する。

アイズはリオンの表情から、この音がリオンにとってはただ事では無いのだと察した。

 

少し走った所で、壁、地面に無惨な血飛沫が飛散しているのを見つけた。

 

「な、なに?ここ……」

 

「見ているだけで…ちょっと、気持ち悪くなりますね」

 

走るのをやめ、2人は歩く。

ジャプ、ジャプと血溜まりで靴を汚しつつ辺りを確認する。

 

リオンが、何かを見つけて走ってゆく。

アイズもそれを追う。

 

そこには、1人の少年を見下ろすミノタウロスがいた

 

リオンに躊躇いは無かった。次の瞬間には、ミノタウロスは真っ二つに切り裂かれて更なる血の雨が降り注いだ。

 

壁を背に死んだように意識を失っている少年に近づいた時、リオンは驚愕した。

 

「……ベル?」

 

慌ててエリクサーを飲ませ、強引に命を繋ぎ止める。

一安心した所で、後ろからアイズに声をかけられる。

 

「あの、これ、全部この子がやったんでしょうか……?」

 

アイズが後ろを振り向く。リオンもそれにならい、辺り一面に広がる血の海をよく見てみる。

 

ふたりは同時に息を飲み、反射的にリオンはベルを抱き寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、血に浮かんだおびただしい量の魔石が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「うみゅ…?」

 

ここはどこだろう。眩しすぎて目を開けれない。身体を動かそうとしても身体がバキバキ鳴って、動かせない。

頭はやけに柔らかいものの上に乗せられているようだ。

 

「起きましたか?」

 

目を何とかして開くと、目線の先には覗き込むような体勢のリオンさんがいた。

 

僕はじーっと、リオンさんを見つめる。

リオンさんも、僕をじーっと見つめ返す。

 

はっ、とこの状況を理解して立ち上がろうにも身体が動かない。

顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。

 

「やっぱり…嫌でしたか?」

 

「え?」

 

「膝枕です。男性はこうしたら喜ぶと、アリーゼに教えてもらったんですが…」

 

自信なさげに眉を下げるリオンさんにそんなことないと伝えようとするも、上手く口から声が出ない。

アワアワとコロコロ表情を変えていると、リオンさんはクスリと笑った。

 

「ふふ。本当に見た目に合わないですね、ベルは。約束を破って死にかける子とは思えません」

 

真っ赤に火照った顔が顔がサーっと冷えて青ざめた。

 

「本当に心配かけて……今度からこんな事したら、もう知りませんからね」

 

「…でも、無事で良かった。本当に…本当に、良かった」

 

頬に一粒の『(想い)』が落ちてくる。

僕は自分がどんな事をして、どんなに心配をかけたか、ようやく理解した。

 

残される家族の気持ちを、僕は知っていた筈なのに

 

謝りたくても声は出ない。感情が涙に変わって零れ落ちてく。

 

モンスターに襲われる恐怖、薄暗い迷宮で味わった孤独、助かった安心感、そして、助けられた悔しさ。様々な『思い』が滝のように頬を伝って流れ落ちた。

 

リオンさんは泣きじゃくる僕の目尻をそっと撫でてくれた。

 

僕は死の淵から生にしがみつく様に、リオンさんにしがみついて泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣きやみましたか?はい、ハンカチです」

 

「ぐすっ…ありがとう、ございます」

 

「どういたしまして。ベル、涙を拭いたらすぐ行きますよ。今の血まみれのままでは流石に往来を歩けません」

 

「うん…」

 

「気を落とさないで下さい。アルフィアさんには、柔らかく伝えておきますから」

 

「あうっ…」

 

「ふふ。ベルは分かりやすいですね。さっ、行きましょう」

 

 

 

 

 

 

そう言って僕にリオンさんが手を伸ばす

 

その時見た笑顔を、僕は一生忘れないだろう

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その笑顔で、僕は恋に落ちたからだ

 

 

 

 

 

 




お待たせ致しました。次回は1月16日以降になります。たくさんの高評価、応援コメントありがとうございます!
拙い文章と少ない語彙の物語ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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ふたつの約束

お久しぶりです。
まず、感謝を言わせて下さい。
500を超えるお気に入り、閲覧も1万を超え、たくさんの評価をつけて頂き、本当にありがとうございます!
皆さんの応援のおかげで共通テストも乗り切れました!
しかし、今度は私大の入試、そして国公立と続くので、3月までは気が抜けない状況が続きますから、投稿頻度は元には戻りません。申し訳ないです。
ですが、応援してくださる人がいる限り、完結まで持っていきたいと思うのでこれからもどうぞよろしくお願い致します!



あの後、動けない僕はリオンさんにおぶられてホームへ戻った。途中銀髪の狼男(ウェアウルフ)のお兄さんに目を見開きつつ睨みつけられた(すごく怖かった)けど、そのあとは何事もなく無事に着いた。いや、道行く人の視線は凄かった。でも、それだけだった。

 

だが、平穏な時間(とき)は帰り道だけだった事を僕は強く思い知らされる事になった………

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「おかえりー!って、どうしたの!?そんな血まみれでおぶられて、まさか…リオン!」

 

「アリーゼの想像するような事だけは絶対に、確実に、間違いなく無いとは言い切っておきます」

 

やけに上機嫌で出迎えて来たアリーゼと軽口を言い合いながらベルを風呂場へ誘導する。ダンジョンからホームに直行したので、もちろんベルはトマトのように血まみれだ。

 

「アルフィアさんはいますか?」

 

「居るわよ〜!ちょっと待っててね」

 

ドタドタとアルフィアの部屋へ走るアリーゼとすれ違いでアストレアが歩いてくる。

 

「おかえりなさい。リューと…ベルかしら?どうしたの?イメチェン?」

 

ベルはアストレアの口から出てくる聞いた事のない単語に、こてんと首を傾げる。

 

「いめちぇん?えっと、よく分からないけど…多分違います」

 

「ふふ、白兎から赤兎になるなんて思い切ったと思ったけど、違ったのね」

 

「アストレア様…流石に赤兎は」

 

クスッと笑うリオンと微笑み返すアストレア。

依然としてなんの事か分からないベルだったが、そんな思考を吹き飛ばす恐怖を背中に感じた。極寒の地に突然転移させられたような絶対零度の寒気が全身を包む。心臓を突き刺し、脳を貫く目線。歯はガチガチと鳴り、全身は鳥肌を立たせる事によって危険信号を全身に飛ばしている。が、身体は動かない。本能が理性を抑え、その場に留まるよう身体を縛っている。

 

…そう、恐怖の象徴(お母さん)が、これまでに無いくらい怖い顔で、ツカツカと床を鳴らして僕の元へ歩いてきた。

 

すっかり硬直する僕の目線に合わせるように屈んでから

 

「汚れを落として来い」

 

そう言って僕の背中を風呂場へ突き飛ばした。

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

アルフィアは、普段は閉じている瞳を開いてベルの目線と交錯させている。

瑠璃と翡翠、それぞれ異なる色を持つ瞳は、どちらも怒りを携えている。

 

「ベル、自分がなんで怒られるかは分かっているな?」

 

「…はい」

 

「私との約束を守るために《冒険》をしたのは分かる。だが、自分の力を過信しすぎるなと、そして何より約束は何がなんでも守れと口酸っぱく言っているはずだ。違うか?」

 

ベルは首をブンブン横に振る。

 

「だろう?でもお前はそれを破った。約束を二重に破ったんだ。約束を破る事…それ即ち、人の信頼を裏切る事でもある。今までは私とお前の2人しかいなかったから多少甘めに見ていたが、もう違う。お前は独り立ちの一歩をオラリオ(ここ)で踏みしめたはずだ」

 

ベルは借りてきた子犬…いや、子兎のようにプルプルと身体を震わせながら泣くのを堪えて目を見て聞いている。

 

「もし、今度約束を破ったと私が耳にしたら…お前を置いて私は帰るからな」

 

 

 

 

 

 

その瞬間、我慢してた涙がポロポロと流れ、頬を伝う。

 

声も出さず、ただ、ただ涙を流す。

 

「ああもう…本当にすぐ泣いて。ちゃんと反省したんだな?」

 

返事は無かった。ただ、母の胸に縋りつき、泣きながら何度も謝り、懇願するだけ。

 

「ごめんなさい」

 

「置いてかないで」

 

「一人はもうやだ…」

 

「お母さんまでいなくならないで」

 

 

 

ただただ、泣き疲れて眠るまでその言葉を繰り返していた。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「あら、寝ちゃったかしら?」

 

アルフィアに抱きついた状態ですーすーと寝息を立てるベルを、アストレアはニコニコしながら覗き込む。

 

「ああ、少し言いすぎたかもしれん。教育と言うのは難しい」

 

「そうね〜。過去のトラウマが掘り返された感じだったわ」

 

アリーゼもここぞとばかりに茶々を入れる。

 

「む…やはりか。ベルには悪い事をした…」

 

「そんな事ないと思うわよ。少し言いすぎかもだけど、もうベルは同じ事を繰り返さないと思う」

 

ふふっ、と笑うアストレアはまさに慈愛の女神と呼んでも差し支えないだろう。アルフィアが、アストレアから後光が差しているような錯覚に陥るほどに。

 

 

 

 

 

 

 

「…で、アリーゼ。ちょっとお願いが有るんだけど、いいかしら?」

 

「え、なになに?今日は気分が良いからなんでもやるわよ!」

 

「じゃあ豊穣の女主人の所に行って、予約を明日にしといてもらえる?」

 

ピキっ、何かにヒビが入る音がする。

 

「え、え、え、なんで?」

 

「ベルの歓迎会なのに、本人が寝ちゃってるもの」

 

「い、いやよ!それやって前私が一週間働かなきゃ行けないなんてことになったんじゃない!やっと雑務が終わったのに、やっと3人でダンジョンに行けると思ったのに〜!!!!」

 

「でも…ほら、あれを見てそんな事言える?」

 

アストレアが指さす先には、正座を崩した体勢で眠るベルを優しく撫でるアルフィアの姿。

 

「うっ…でも、やっぱり嫌だなあ……」

 

「じゃあ、リューと一緒に行ったら?(も道連れにしたら?)

 

最近たまに見せる小悪魔みたいな笑顔で提案する我らが主神。

 

アリーゼの何かがガラガラと音を立てて崩れていった。

 

「ナイスアイデアね!流石はアストレア様!そうと決まればリオン、早く行くわよ!」

 

アリーゼは叫びながらリオンが入っている風呂場へ特攻して行った。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「うう…もう外には出たくなかったのに。湯冷めしてしまいます…」

 

「後でもっかい入れば良いじゃない。それより早く行くわよ!」

 

「あ、待って下さいアリーゼ!一体どこへ行こうと言うのですか!」

 

「ひっみつ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリーゼ…もしかしたら、いえ、もしかしなくても、この道は」

 

「察しが良くて助かるわ!そう、豊穣の女主人に予約の変更を」

 

言い終える前にバッと走り出すリオン。しかし、アリーゼは分かってたと言うように足を出す。もちろんその足に躓いて全身で砂煙を巻き上げる。

 

「な、何をするのですかアリーゼ!」

 

「えー。だって逃げようとしたからじゃない」

 

「逃げようとするのは当たり前じゃないですか!以前同じ事をした時の恥辱、忘れたとは言わせません!」

 

「ちじょく〜?メイド服着てご飯を運ぶだけじゃない」

 

「それが恥辱なんです!あんな…衆目の、男共の値踏みするような、好奇の視線に再び晒されるくらいなら今ここでっ!」

 

胸元から小刀を取り出すリオンを慌てて押さえ付けて止めるアリーゼ。

 

「ちょちょちょ、待って待って!とりあえず一旦付いてきて、ね?」

 

小刀を奪って引きずるようにリオンを引っ張ってゆく。

 

「くっ…これがアリーゼじゃなかったら、差し伸べられた手を振り払って逃げたというのに」

 

ブツブツ言い続けるリオンだったが、この時点で既に好奇の視線に晒されている事には気づくよしもなかった。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「あ、アリーゼさん、それにリュー!いらっしゃい、今日はどうしたの?予約の時間より少し早いですよ?」

 

豊穣の女主人に着くなり、笑顔で迎え入れてくれる一人の少女、シル・フローヴァ。鈍色の髪を後ろでシンプルに纏め、緑のワンピースに白いエプロンを着こなす。瞳は大きく、あどけなさを残した愛嬌のある顔は誰が見ても可愛いと言うくらいには整っている。その童顔ともいう可愛らしさに反して、出る所はしっかり出て引っ込むところは引っ込んでいる理想的な体型をしているとか言う、俗に言って【女神が嫉妬する】タイプの少女である。

 

「ねぇねぇシルちゃん。何時になったら私のことも呼び捨てで呼んでくれるようになるのー」

 

「残念ながらその日が来ることは無いようです」

 

ニッコリ、笑顔で毒を吐く。酷いわよーと抗議するアリーゼを尻目にリオンが例の件を話し始める。

 

「その、誠に申し訳無いのですが、予約の方を明日に変えていただきたくて」

 

「ああ、それならミア母さんに聞いてきますので少し待ってて下さいね」

 

〜数分後〜

 

「3日間のバイトでOKですって〜」

 

「結局やらなきゃいけないのね…」

 

2人は肩を落として深くため息をつく。

 

「あ、それとですね、『ロキファミリアと一緒になるけどいいかい?』と『アストレアファミリアに新入りが入ったんだろ?ならそれも連れてこい』ですって」

 

その時、2人の思考によからぬものがよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

クリンと癖のある白い髪の毛の上にちょこんと乗るホワイトブリム

 

なにかに怯えるような丸く大きい紅の瞳

 

まだ成長期が来ていない小さな体に中性的な顔立ち

 

声変わり途中の微妙に高い声

 

ちょこまかと歩き回る小動物のような可愛い仕草

 

だぶついた、丈の長いメイド服

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでお願いします(するわ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、ベルの預かり知らぬ所で妙な密約が完成したのであった。

 

シルが提示し、完全に忘れ去られた爆弾を取り残したまま…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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酒場の喧騒1

すいません、意外に文字数が増えたので2分割します。



追記)pixivの方でも作品を出してるのですが、何故かベルくんのおねショタ本だけ異常に伸びる傾向があります。不思議ですね。

※暴走注意報発令
※アルフィアはアスフィ謹製認識阻害系ローブ着用


太陽の光も闇に呑まれ、子供達が遊び、商人の陽気な客寄せが響く無邪気な昼の喧騒が去った頃。眠らない街である【オラリオ】は、ここからが本番とばかりに酒に浸った酔いどれ冒険者が街へと繰り出す。ある者は一攫千金を狙ってギャンブルに興じ、ある者は歓楽街へ足を進めて色欲の波に溺れていく。

 

そして、ある者達は祝い事のため、とある馴染みの酒場へと歩いてゆくのだった。

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

アストレアファミリア。団員3人に主神一人、保護者一人の5人だけで構成される小規模ファミリアは、夜の街でも一際目立っていた。

なんせ美女4人、少年1人である。少年には多数の冒険者から妬みの視線や殺気が飛ばされたが、ビクビク怯えて一人の灰色の髪の女性の影にそそくさと隠れるのを見ると毒気が抜かれて皆、興味を無くす。

女性冒険者からは逆に少年を可愛がりたいという視線がちらほらあるが、殺気を感じてこちらもすぐにそっぽを向く。

 

かくしてたどり着いた酒場を見て、少年…ベルは少し期待に胸を躍らせていた。

 

「豊穣の…女主人」

 

僕は名前からしてなんというか…そっち系のような、可愛いお姉さん達が沢山いるのかな?と想像してしまう。

直後、お母さんからの手刀が頭に降ってきた。やっぱりお母さんは心が読めるのでは?と僕は常々感じる。

 

カランコロンと扉を開けると、鈍色の髪をしたとても可愛いお姉さんが僕たちを出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませー!あっ、予約のアストレアファミリア様ですね。こちらへどうぞ!」

 

中に入ると視界に映ったのは、足を机の上に乗せて大酒をかっ食らうドワーフ、カウンター席でウェイトレス姿の猫人(キャットピープル)と楽しげに会話をする人間(ヒューマン)、小さな机でワイワイと会食をしている小人(パルゥム)等…多種多様な人がいる。

 

そんな中を通り過ぎて案内されたのは角の5人がけのテーブル席。隣にお母さんとアストレア様。向かいにアリーゼさんとリオンさんが座った。

席に着いた時、案内してくれたウェイトレスさんが僕たちに話しかけてきた。

 

「ご注文は決まったら呼んでください。…で、アストレア様、ちょっとこの子借りていいですか?」

 

「えっ、」

 

「ええ、いいわよ」

 

「ええっ!?」

 

すると、僕はそのウェイトレスさんの方に顔を向けさせらる。

 

「なっ、なっ、なっ…なに、するんですか?」

 

「ふふっ♪」

 

僕の必死の問いもにこやかにスルーされる。何されるのかと目を閉じて縮こまった時、柔らかい感触が背中から全身を包んだ。

鼻腔を通り抜ける甘い花のような香り、柔らかい感触、特に肩の辺り、非常に柔らかい感触が…

 

「なっ、何してるんですか!?」

 

「何って、ギューってしてるだけですよ?」

 

「な、なんで」

 

「んー?なんででしょう。小さくて目がクリクリしててもふもふだからでしょうか?」

 

言葉に合わせて髪の毛をも執拗に触られる。

 

嫌じゃない…嫌じゃないんだけど…!

 

「小娘、あまり戯れてやるな。ベルはこれでも14歳、そろそろそういう時期に差し掛かっている筈だからな。そして何より、ベルも一端の冒険者だ。子供扱いはあまり嬉しくないだろう」

 

耐えかねた僕に助け舟を出してくれたのはやはり、お母さんだった。

 

「ええっ!14歳なんですか!?こんなにぷにぷにもふもふなのに?」

 

「しっかり食べさせていたつもりなのだがな…」

 

いつまで経っても慣れない、不服な驚かれ方をされた…

僕はムスッと不貞腐れる。

 

その時、アリーゼさんがこちらを向いて口をパクパクさせ、何かを言い始めた。

 

「………か」

 

「か?」

 

「かわいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

むぎゅう

 

「むー!?む、むぅー!」

 

さっきまで静かだったアリーゼさんが僕に抱きついてきた!

レベル差はいかんともし難く、なされるがままにこれでもかと言うほど愛でられる。

しかもシルさんに抱きつかれた時とは違う、真正面から抱きしめられたのだ。身長的にしょうがないとはいえ、僕の顔をアリーゼさん自身の胸に埋めるような体勢で。唯一救いだったのはアリーゼさんの私服が胸元の開いたものでは無かったこと、それだけ。

 

「ねえなに!この子本っ当に可愛すぎるんだけど!さっきのむーって少し怒ってるみたいな顔といい笑ってる顔といい怯えてる顔といい、全てが可愛すぎるわ!何この子、可愛さの化身?アルフィアさんはどうやったらこんなに無垢で可愛い子を育てられるんですか?あーもう、本当に尊敬、感謝、感激です!でも少し許せないのはリューね。私が事務作業に明け暮れている間にダンジョンであーんなことやこーんなことしてたんでしょ!リューにばっかり懐いて私が声掛けてもオドオドしてるのもリューが抜け駆けしたからじゃない?いやきっとそうね、そうに違いないわ!それでも今日は許してあげるだってこんなに可愛いベルを見れたんだもの!」

 

今まで溜まっていた何かが吹き出したように早口でまくし立てるアリーゼさんは、言葉を続ける毎にどんどん僕を抱きしめる力をつよめてくる。やばい、何がやばいって、邪な意味ではなく生命の危機的な意味でやばい。

 

「んーんーんー!!!!!!!!」

 

「あ、ごめんねベル。少し興奮しすぎたわ」

 

抗議の声?をあげたら案外パっと離してくれた。

 

「ぷはぁ!うぅ…柔らかくて、痛かった…」

 

「ご、ごめんね?強く抱きしめすぎちゃってたかも」

 

「強すぎです。ミシミシって鳴ってましたよ」

 

「もう少し加減してあげてね?団長の胸に埋もれて窒息死なんて、洒落にならないんだから」

 

「…事務仕事くらいなら、ベルの事を拾ってくれた恩だ。多少手伝ってやらんことも無い」

 

リューさんとアストレア様は呆れ混じりに、お母さんは何だか哀れむような目でアリーゼさんを見ていた。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

その後、落ち着いたアリーゼさんがいつもの料理を頼み、料理はすぐに運ばれてきた。

一つはみねすとろーね?とシルさんが言っていた血のように真っ赤な液体の中に、野菜などの具材が沢山入ったスープ。でも、そこには無いはずのトマトの良い香りがして食欲をそそる不思議な料理だ。そして大皿に山盛りにされた大量のスパゲティ。5人でも食べ切れるのか、そのくらい多く盛り付けられている。お母さんはそこまで量は食べないし、僕も同年代と同じくらいは食べる…と思う。同年代の男の人に未だ出会ったことないけど。

 

「シル、これいつもの倍くらいありませんか?食べ切れるか分からないのですが…」

 

「なんでも、ミア母さんが『団員が増えたのかい?ならサービスして大盛りだね!値段は同じで良いからね!』って」

 

「はは…サービスしすぎだよミアさん…」

 

乾いた笑いは他の冒険者の喧騒に掻き消される。

 

「そうそう、残したら許さないからね、とも言ってましたよ」

 

その言葉で僕以外の皆が石像のように固まる。どうしてだろう?大きい女将さんにしか見えないけど、もしかして強かったりするのかな?

そんな事を考えていると、ポンっとアストレア様は肩に、お母さんは頭に手を乗せてくる。

 

「ベル、頑張るのよ」

 

「え?」

 

「男を見せる時だ。なに、帰る時は私がおぶってやる」

 

「ええ?」

 

「ベル、大変な時も多いけど、頑張りましょう」

 

「ど、どういう」

 

「何事も諦めない事が大切よ。でも、諦めることだって時には必要なの。分かる?」

 

「な、何を言ってるのかさっぱり…?」

 

何が何だか分からないその時のぼくは、その後の事態に検討もつかないままに悟りきった表情の4人に戸惑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ほらベル!まだまだ沢山あるわよ!」

 

「ほら、沢山食べないと大きくなれないですよ」

 

「も、もうげんか…い…で、す」

 

そこに居たのはこれでもかと大皿のスパゲティを詰め込まれる哀れな子兎(ベル)の姿。他の冒険者はその光景にかなりドン引きしている。

しかし、悲しきかな。大皿のスパゲティはまだまだ半分はある。

 

「残したら貴方がこの後苦しくなるだけよ?ベル」

 

「流石に、もう厳しいんじゃないか?かなり辛そうなんだが…」

 

追い討ちをかけるアストレア様と心配気な声色のアルフィア。アリーゼにぶち込まれたスパゲティを無理やり胃の中に押し込んだ辺りで、静けさがでてきた店内に威勢の良い声が入口から飛んできた。

 

「邪魔するでー!んん?なんやあ、他にも人がおったんかいな」

 

どこかの訛りだろうか。奇妙な喋り方だが風格を感じる。まるで人ならざる人を見ているこの感覚、間違いなく神様だ。そう思ってお母さんの方を見ると、露骨に嫌な顔をしている。

 

「お母さん?」

 

「いや…何でもない。それよりベルは大丈夫か?あまり食べすぎても身体に毒だ。その辺にしておいた方が良い」

 

「う、うん。分かった」

 

その時、僕の頭の中に雪崩が迫ってくる時のような、冷たく嫌な音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か、よからぬ事が起こるという嫌な予感が…全身を駆け巡る。

そして僕は、世界(オラリオ)は思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【静寂】との名を冠された女帝の脅威、集めた畏怖……そして、恐怖を

 

 

 

 

 

 

 

 

 




厚かましいですが、感想いただけると嬉しいです!ご指摘やアドバイス等もどんどんお願いします!


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酒場の喧騒 2

「「「うわははははは!!!!!!!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

まだ眠いのに起こされた時のような不快感がベルの気持ちをドス黒い物へと変貌させる。下品な笑い声、歓声。何処か何か奢っている彼らのーーロキ・ファミリアのものだ。

こんな気持ちは初めてだった。僕は別に騒がしいのは嫌いではない。ファミリアの皆とのおしゃべりも好きだし、お祭りは大好きだ。

 

でも…なんでだろう、()()()()()()は、気に食わない

 

思えばお母さんは静寂を好み、喧騒を嫌う。山での暮らしも一時を除いて静かなものだった。響き渡っていたのは僕のはしゃいだ声だけだった。そう考えると、いつの間にか僕もその血をしっかり受け継いだのかもしれない。

僕は喧騒から隠れるようにして、同様に渋い顔をしているお母さんに擦り寄る。お母さんも僕を引き寄せ、僕の頭を撫でる。

僕の心の中の黒いモヤモヤとは裏腹に、アリーゼさん達はお互い面識がある人がいるようで、手を振ったり会釈をしたりしている。

そんな中、1人の男の人がこちらへ歩いてきた。年齢は20代に差し掛かっているくらいだろうか、短髪であり、パッと見美形揃いのロキファミリアの中では珍しく至って普通の容姿だ。それでも、洗練された立ち振る舞いはオラリオの看板を背負うに相応しい風格を持っている。

 

「すいません、家族(ファミリア)水入らずの所をお邪魔して大騒ぎまでして」

 

僕は耳を疑った。礼儀なんてほぼ無いような冒険者の世界でこんな言葉を耳にするとは思ってもなかった。

その男の人の言葉に、アストレア様が代表して受け答えする。

 

「あらあら、わざわざありがとう。でも大丈夫よ。もうすぐで出るから、気にしないで」

 

「寛大なお言葉ありがとうございます。ハメを外しすぎないように注意したいとおも」バキィ!

 

彼の言葉は最後まで聞き取れなかった。何故か?テーブルの上にあった空の木製料理皿が割れる音が彼の声をかき消したからだ。

音の発生源に視線をやると、ミノタウロスの一件ですれ違った銀髪の狼人(ウェアウルフ)のお兄さんだった。酒に酔っているのか、頬は赤く染まっている。

 

「お前らァ!ちと面白い話を聞きたくはねえか!?」

 

「ベートからそんな話をするなんて珍しいわね。どんな話?」

 

「なになに?聞きたい聞きたい!」

 

「なんやあ、酒の肴になる様なおもろい話なんか?それ」

 

椅子に突っ立って片方の足をテーブルに乗せて皆から興味や関心、注目を集めた優越感からか、(くだん)の事を気分良く饒舌に話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌な予感は、現実になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「もうお前ら遠征組が戻って来る頃だと思ってよ、ダンジョンに行ったんだ。そしたらよぉ」

 

「なんや、何があったんや?」

 

「血塗れの坊主が半べそかきながら【疾風】に背負われてんだよ!しかもあとから聞いたらミノタウロス如きに殺されかけたってんじゃねえか!へっ!泣くくらいならダンジョンなんかに夢見て追っかけて入ってくんじゃねえってんだ。雑魚は雑魚らしくおうちでおかーさーんって縋ってればいいんだよ!」

 

 

 

 

どっと笑いが起きる。醜悪で、下劣。品性の欠片も無い。言っていることは一部を除いては決して間違っている訳じゃ無い。なまじ核心を突いてるだけあって、より癇に障る。頭に、脳内に滑り込んでくる。脳の一層一層に一語一句、刷り込まれてゆく。

 

悔しい

 

 

悔しい

 

 

悔しい

 

 

それでも、構わず続けられる僕の遠回しな公開罵倒会。先のお兄さんや、ほかの数名も止めに入るが全く聞く耳を持とうとしない。

 

 

 

「ベートさん!他のお客さんもいるっす!落ち着いて!」

 

「流石に言い過ぎよ!節度をわきまえて!」

 

「あんまり気分が良いものでは無いわね…」

 

「なんかつまんなーい。だってー、ベートがその現場見たわけじゃないんでしょ?モンスターの返り血かもしれないじゃん」

 

「品位を疑われる。言い過ぎだ」

 

「ベート、君、かなり酔ってるね?」

 

しかしこの声はほんの一部のものでしかない。大多数は…ドワーフは違う区画で酒飲み対決、そしてほとんどは彼の話に耳を傾け、笑いこけている。

ベートは1割の非難の声なんぞ意に介さなかったが、1人の少女の声が彼の語りを止めた。

 

「ベートさん、違います。その子は、弱くなんかない、です」

 

ギロリと金髪の…アイズ・ヴァレンシュタインを睨む。

 

「あぁ?なんだよアイズ。あんのトマト野郎の肩を持つのか?剣姫ともあろうものが?」

 

 

 

僕は身体中に広がる悔しさを無理やり呑み込んだ。鉄の味がトマトの味と口の中で絡み合って気持ち悪い。

 

苛立ちの土石流に飲み込まれ、視界が赤黒く染まりそうになった時、僕を呼ぶ声がした。

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

 

 

 

五月蝿い。ギャーギャーギャーギャーと小蝿如きが騒ぐな。

 

アルフィアは憤っていた。しかし手は出さない。ギリリと歯ぎしりが鋸のように鳴る。

 

私は騒がしい事が嫌いだ。雑音が嫌いだ、喧騒が嫌いだ、そもそも『音』という事象に良い感情は何一つ無い。はずだった。

 

全てが変わったのはあの子に…ベルに出会ってから。

 

大切な、愛してやまない妹の忘れ形見を遠くから見るだけ。本当にそれだけのつもりだった。だが、桶をひっくり返すように溢れ出た感情に私は抗えなかった。

それから、私の世界は大きく変わった。鈴の音のようなベルの声は私の癒しだった。ベルはよく喋る子だったが、それすら心地よく感じられた。灰色に濁った世界は再び白く染まり始め、ベルの声、行動によって色付けられていった。

私はあの子を元気で優しい子に育てる事が生き甲斐になった。メーテリア(あの子)が願っても叶わなかった、穏やかで平穏な家族との生活を与えてやりたかった。

 

しかし、ベルは英雄(茨の道)を望んだ。

 

なら、私が…親がすることはただ1つだろう。

 

息子の鐘の音が鳴り響くまで、支え続けてやることだけだ

 

今のベルは、甘えや弱さで震えているのではない。紛れもなく、悔しさが募っているのだろう。

ならば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…悔しいか?」

 

「……うん」

 

「それは良い事だ」

 

「……しかしベル、その想いは未来にとっておけ」

 

「へ?お、お母さん?」

 

ベル、今は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だけは私に任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

アルフィアはミアに断りを入れて手元にあるフォークをおもむろに掴むと、バレない程度に振りかぶって、銀髪の狼男(ウェアウルフ)へ投げた。

一直線に空間を貫く鈍い光はまるで、ヴァンパイアを突き刺す銀の十字架。

 

しかし、狼男(ウェアウルフ)ことベート・ローガもオラリオきっての第一級冒険者。背後から音速で迫り来る十字架を紙一重で避けた。途端、目付きは鋭く、野獣へと変貌する。

 

「あぁ?なんだてめえ」

 

アルフィアはローブを纏ったまま、無言でベル達アストレアファミリアの横に立っている。

 

「何とか言えよ薄気味悪い雑魚が!」

 

いつの間にか、世界は静まり返っている。時間が、人が、硬直していた。

ただ1人、動きを止めない者がいた。ベート・ローガ。彼は苛立ちを隠そうともせず利己的な制裁を加えるために、凶器を放ったであろうローブ姿の輩へ歩み寄る。

 

そして、胸ぐらを掴もうとしたその時

 

福音(ゴスペル)

 

澄んだ、美しい声色と共にベート・ローガは吹き飛び、テーブルや皿をを割って料理諸共ぶち壊しにする。

あのロキファミリア団長、フィン・ディムナでさえ思考が追いついていない中、吹き飛ばした張本人と思われるローブの女は1歩、1歩と薄汚い木板に音を鳴らす。

 

「弱すぎたか…」

 

「ってえ…なにしやが「福音(ゴスペル)

 

2度目。ベート・ローガが為す術もなく吹き飛び、血を流す。恐らく死ぬ寸前とまでは行かないものの、ピクンと血に塗れた身体が痙攣している。

 

「ふっ…汚らわしい。まるでトマトのようではないか。雑魚が」

 

凛とした佇まいに、ロキファミリアの団員達は吹き飛ばされて血塗れの仲間へ意識が向かなかった。

 

「悪かったな、皆」

 

「だ、大丈夫よ。それより、お会計早く済ませちゃいましょう」

 

「む…料理の方は大丈夫なのか?」

 

「さっきアリーゼとリューが頑張ったわ」

 

「そうか、なら帰ろう。ベル、おいで」

 

「う、うん!」

 

先程の襲撃者はアストレアファミリアと共に颯爽と店を去る。

何かを言いかけた小人(パルゥム)妖精(エルフ)矮人(ドワーフ)、呆然と立ち尽くす彼等(ロキファミリア)を置き去りにして。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「あーっ、大変だった!」

 

「申し訳ない。迷惑をかけた」

 

「いえ、アルフィアさんに言った訳では無いですよ」

 

「そう!当事者がいるってのにあんな言い方!第一級冒険者の風上にも置けないわ!」

 

ホームに帰ってくるなり、アリーゼはクッションへダイブ。リオンも傍らにある椅子に疲れました感MAXで座る。

道中アルフィアの事を「大丈夫?」とか「血、吐かないよね?」等とひたすら心配していたベルは、眠くなったためアルフィアにおぶられている。

アストレアもアリーゼが埋まるクッションに腰を下ろす。

 

「ベル、ステータスの更新しましょ?」

 

「ん……」

 

寝ぼけ眼を擦りながらアルフィアの背から降り、振り子のように揺れながらクッションへと辿り着く。

アストレアは優しく微笑み、ベルの背中に血を一滴垂らす。

 

「どれどれ…まあ、ふふふっ」

 

ベルのステータスを見るなり破顔するアストレアを訝しげに見る3人。

手際良くステータスを写し、皆に見せる。

 

「おお〜」

 

「これはまた…なんというか」

 

「意志の強い奴だ。全く、その辺りはメーテリアそっくりだな」

 

 

その夜、とあるファミリアのホームで赤銅、紅、翡翠、灰。色とりどりの花が咲いた。

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

ベル・クラネル Lv1

 

力:0→D512

耐久:0→D561

器用:0→E401

俊敏:0→E441

魔力:0→C600

 

 

 

魔法

エルピス・ヴェーリオン 詠唱式【福音(ゴスペル)

不可視の音の波動で内部から崩壊させる

対象: 鐘の音に仇なす者達

 

 

スキル

福音信仰(ゴスペライズ)

対象が存在する限り成長補正(大)

対象との誓いを諦めない限り成長補正(大)

 

逆襲者(ワルキューレ)

敵が強者であればあるほど経験値(エクセリア)(増)

敵が強者であればあるほど基礎能力向上

 

侵略者(ゼーレヴェ)

勝利への確固たる意志がある時、魔法威力倍加

 

 

 



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動揺

胸糞回です。すいません。一応ラストに中和できるものを入れときました。


荘厳なバロック調の門の前には屈強な冒険者が、来るものを威圧するように二人立っている。その門を通り抜けると目の前に広がるのは手入れのされた美しく青々とした芝生と鍛錬に励む団員達。

そして、両端の尖頭アーチが象徴的な建築物、【黄昏の館】が見下ろす形で出迎えてくれる。

 

ここはロキファミリアのホーム。その一角では、深刻な面持ちをした面々が一堂に会していた。

 

金髪、精悍な顔つきの小人(パルゥム)が第一声を上げる。

 

「皆、突然の招集に駆けつけてくれてありがとう。第一級冒険者を擁するファミリアでも特に古参である君たちに参加要請をした訳だが…」

 

「御託や挨拶は後でいい。早くしてくれないか」

 

フィンの挨拶に横から割って入るのはフレイヤファミリア団長、オッタル。身の丈2Mはあるかと言うくらいの巨漢は、オークやミノタウロスにも匹敵、否、それを凌駕するほど太い腕を組んで淡々と話す。

 

「そうだね。じゃあいきなり本題から入ろう。聞き覚えが無い人もいるだろうが……」

 

間を置き、語気を強める。

 

 

 

 

「【静寂】が、オラリオに現れた」

 

 

 

「なにっ!?」

 

オッタルは普段どんな事があろうと見せることの無い動揺を顔に浮かべ、言葉に乗せた。

 

「これは由々しき事態だ。7年前の悲劇…もしかしたら、ザルドの再来と捉えてもおかしくはないだろうね」

 

今まで事態を飲み込めていなかった万能者(ペルセウス)…アスフィ・アンドロメダや象神の杖(アンクーシャ)…シャクティ・ヴァルマも、『7年前』という言葉に反応し、驚愕する。

 

オラリオ暗黒時代の終焉を告げる鐘の如く現れ、破壊と殺戮の限りを尽くした【暴喰】ザルド、エレボスファミリアに闇派閥(イヴィルス)。彼女達ももちろん当事者であり、アスフィは当時のヘルメスファミリア団長を、シャクティの愛する妹は冒険者としての未来を失った。犠牲者の遺骸は無惨にもこの世から消え去っていた。服の欠片、肉片1つさえ、いくら探してもどんなに探しても…見つからないほどに。過酷で、凄惨な悲劇を体験した2人である。

 

「故にオッタル。アルフィアと君が対峙したとして、勝算はあるかい?」

 

「ある」

 

自信に満ちた野太い声。皆が安心するのも束の間、次の言葉が彼の口から紡がれる。

 

「条件下によるが…俺にとって最高の状態で勝率は9割、最悪の状態では…2割にも満たないだろう」

 

あたりがどよめく。オラリオの遥か高みに座する彼でさえ、条件次第では負ける、そう言ったのだ。

 

「オッタル。その最悪な条件と言うのを教えては貰えるかな?」

 

「7年。いや、正確に言えば10年以上。あの【静寂】が何もしなかったと考えることそのものが難しい」

 

場は凍りつく。

 

「レベル8…ですか」

 

アスフィの問いかけに、神妙に頷くオッタル。

 

「もちろん、俺ともう1人、第一級冒険者がいれば遅れは取るまい。しかし…」

 

オッタルの目配せにフィンも頷く。

 

「ああ。彼女に攻撃、侵略の意思がある場合、間違いなく裏には闇派閥(イヴィルス)が絡んでいると考えていい。それ以外考えられない」

 

ゴクリ…と誰かが生唾を飲み込む。

 

「そうであれば、早めの厳戒態勢を敷いた方が良いのではないか?先手を打つ方が被害も少なくて済む」

 

「シャクティ、君の言うことも最もなんだが、どうも昨日の行動が引っかかるんだ」

 

「昨日の行動とは?」

 

「昨日、豊穣の女主人に遠征後の宴会をしに行ったんだけどね。その時ベートが酔って他の冒険者…恐らくは駆け出しの冒険者を馬鹿にしたんだ」

 

「…それだけか。まさかあの【静寂】がそんな事で」

 

「そのまさか、さ。オッタル。どうやら僕たちの知る【静寂】とは何か違うらしい。僕たちの知らない間に、大きな変化があったと考えるのが自然だね」

 

「ああ。さらに言えば、正義を謳うアストレアファミリアと行動を共にしていたことも気になる点だ」

 

先程まで黙っていたリヴェリアが口を開く。その発言で、場が凍りつき、再び燃え上がる。

 

「7年前の悲劇でほぼ全ての団員を失ったアストレアファミリアと?それが事実ならば、この話し合いは一体なんのために行ったんだ!」

 

オッタルが目の影を一層濃くして拳を机に落とす。しかし、フィンは慌てた素振りすら見せない。

当たり前だ。あまつさえ闇派閥(イヴィルス)と対峙し、大切な仲間を失った彼女達が、身を堕とすとは到底考えられることではない。

そして、そのようなファミリアと行動を共にするアルフィアも“クロ”とは考えにくいのである。

 

「オッタル。落ち着いて、こう考えてみてはくれないか」

 

そう言って取り出したのは、相関図のようなもの。そこにはアルフィア、アストレアファミリア、闇派閥(イヴィルス)の文字が書いてある。

 

「まず、7年前にアストレアファミリアはほぼ壊滅。現在も第一級冒険者は2人いるが、目立った動きは無い」

 

「そして闇派閥(イヴィルス)。こちらも特に動きは無し。あちら側も最高戦力のザルドやオラリオを欺く程の知神、エレボスも死んで、被害は甚大だろう。しかし、7年前の事だ。活動を再開してもおかしくは無い」

 

「そして最後に【静寂】。こちらは黒龍以来オラリオとの接触は無いだろう。最近、突如としてアストレアファミリアと共にいる所が目撃された」

 

羽根ペンを盤上に走らせていく。

 

「そしてザルドが最期に残した言葉、君なら覚えてるよね?」

 

フィンはオッタルに目線で問いかけ、オッタルも頷く。

 

 

 

 

「そう、彼等は暗に仄めかしていた。“英雄”の存在を」

 

 

 

フィンはペンを置き、続ける。

 

 

 

「“英雄”。僕たちが焦がれ、1度は追い求めたはずの夢。始原の英雄アルゴノゥトから数千年と現れなかった、冒険者としての隔絶された遥かなる高み。そしてその始原の英雄は、神のいない、モンスターが跋扈する時代に存在した」

 

 

 

「まさか英雄を創り出すという行為そのものが、オラリオを破壊する事と繋がるというのか!?」

 

フィンはリヴェリアの問いかけに首肯で返す。

 

「ならば、アストレアファミリアに居ること自体明らかにおかしいのでは?」

 

「アストレアファミリアは隠れ蓑だとしたら?1番闇派閥(イヴィルス)に憎悪のあるであろう彼女達の下にいるなら、全く怪しまれる事無く行動できる。もちろん、彼女達の目を掻い潜ることが前提だが、【静寂】ならば造作もない事だろう」

 

「しかし、神は嘘を暴くことが出来るぞ」

 

「それも、考えがあっての事だろう。シャクティ、アストレア様はなんの神かな?」

 

「決まってる。正義を司る神だ」

 

「そう、正義の神だ。しかし、善人だろうが悪人だろうが、自分の正義を信じてしか人は行動しない。というか出来ない。正義を司る事はすなわち、正義を許容する事。例えどんな正義だろうが彼女は許容してしまうだろうね。なんせ、何千何万という罪なき民の殺戮を主導した神にさえ慈悲を与える程なんだから」

 

グサリと皮肉を言うフィン。

 

「…とは言っても、これはあくまで最悪の事態の想定だ。明日、謝罪がてらそれとなく目的を聞きに行ってみるさ」

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

先程の張り詰めた空気は客人と共に去り、今はロキファミリア幹部が集まっている。

 

「…って事なんだけど、僕とリヴェリアは監督責任的な意味で行くとして、他に付き添ってくれる人はいるかな?流石にあの戦力差を前に僕達は2人で行く勇気はないんだ」

 

もう少し若ければ行ってたかもしれないけどね。と苦笑いのフィン。

 

「本来ならベートが行くのが筋なんだけど…」

 

「ベートさんはまだ自室で伸びてるっす」

 

ラウルがため息混じりに報告する。

 

「だ、そうだ。誰がついてってくれるかな?」

 

「はい。私も、行く」

 

澄んだ声が固まった空気を通り抜ける。

フィンも驚いた様子を隠さず、目を大きく見開いている

 

「珍しいね。じゃあアイズと」

 

「はいはーい!私も行きたい!」

 

元気よくティオナも手をブンブン振り回す。

 

「もう1人はティオナだね」

 

「ん?ティオネは行かなくていいのか?」

 

「行きたいけど、緊急の用事が有るのよ…はぁ、メンテがここまで長引くとは思ってなかったわ」

 

余程ショックだったのか、ズルズルズルと気持ちが身体と共に沈んでゆく。

 

「よし。じゃあ…アイズ、ティオナ。もしもの事があるかもしれない。覚悟はしっかりしといてね。」

 

「はーい!」

 

「は、はい…」

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「こらっ!ベル!待ちなさーい!」

 

「嫌ですー!僕は女装なんか絶対絶対ぜーったいしませーん!」

 

「ベルがしないと昨日行ったお店との約束が守れないのよー!頼むからぁ〜!」

 

「そんなのアリーゼさんがやればいいじゃないですか!」

 

「私も、リオンもやるの!後はベル、貴方だけなの!」

 

「え…」

 

「スキありぃ!」

 

「わっ、やっ、やめて下さい〜!」




コメントでご指摘頂いたので追記。
アスフィはヘルメスに何もかも伏せられた状態で物事を行っていたので、そんなやべーやつだとは思ってなかったって感じです。
ちなみにフィンはいつものフィンではありません。7年前の事を、意識しすぎてするべき事すら見失ってる状態にあります。後手後手になりすぎて犠牲が多かったので、先手を打つのに執着し過ぎています。
この各キャラ綱渡り状態もこの作品の見所(メインはアルフィアママ)としてますので、それも含めて楽しんでみてください。


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涙の意味

前回は全体的にモヤッとした感じの悪い出来になってしまいました。僕の力量不足です。ごめんなさい。
コメントのご指摘で自分の書いてる時に説明不足だった所が何ヶ所もあるという事に気づけました。
作品をお借りして書くという事の重みを改めて理解しました。これからは読者の皆様が不快にならない、読んでて楽しい作品を書いていきたいと思います。
こんな僕でも続けて応援してくれるのであれば、これ以上嬉しいことはありません。
これからも、よろしくお願いします


コンコン。ノックの音が部屋に鳴り響く。

 

「入っていいぞ」

 

ガチャリ。おずおずと扉から現れたのはアイズ。晴天の空のような水色のワンピースを着ており、特徴的な金髪金眼によく映える。しかし、だいぶ前から着ているためにサイズが合わないのか胸元がせり上がっておへそが見え隠れしている状態だ。

 

「ん、アイズか。どうしたんだ?こんな夜更けに」

 

「…ねえ、リヴェリア。聞きたいことが、あるんだけど、良いかな?」

 

ぱちぱちと目を開閉するリヴェリア。

 

「ああ。勿論だ。こっちに座りなさい。今お茶を出すから」

 

茶葉を取り出し、特徴的な形のポットの中にある網目状の場所に、大さじ1つ分落とし、湯を入れる。

こぽこぽと湯気を立てて深緑の液体がコップへ流れてゆく。極東に伝わるギョクロという珍しい茶だ。

出されたアイズは少し怪訝な目で見ていたが、飲んでみると存外美味しかったようであっという間にコップの中は空になった。

 

「それで?今日はどうしたんだ?」

 

「ん。えっとね、今日のフィンって、いつもと違う、よね」

 

リヴェリアは眉を少し持ち上げる。

 

「どうして…そう思ったんだ?」

 

「えっと。フィンは、いつも事が起こってから行動してたのに。今回は違う。なんか…焦っている、気がして」

 

「確かに。普段とは違う行動が多かったように感じる部分も多々あるな」

 

「うん…フィンの話を聞いてると、私たちが謝らなきゃいけないのに、あっちが悪者みたいに…」

 

「……そういえば、酒場の時もアイズは何か言いかけてたな。あれはどうしたんだ?」

 

「ベートさんがあの子のこと悪く言って、ほんとはあの子、凄く強いのに…」

 

「あの魔石が血溜まりに散乱していたという、あれか?」

 

「そう。私が行った時には、もうリオンさんが残ったモンスターを倒した後だったから。でも、ベートさんは何も、何も知らないのに、あの子を…侮辱した」

 

アイズの瞳からすうっと明かりが消える。

 

「…昔のお前に、何か重なったのか」

 

コクリ、頷くアイズの瞳には、涙が溜まっている。

 

「そうだな…私達は都市最大派閥の一翼を担う存在。その第一級冒険者ともあれば影響力が大きいのは必然。自明の理だ」

 

「うん。だから…あの子、私たちの、せいで、私みたいに、これから冒険者として、人間として、崩れていくんじゃないかって。もし、そう、なったら…」

 

涙と共に溢れる嗚咽に言葉が遮られる。

 

アイズの叫びに、リヴェリアは気付かされた。7年前の事を考えすぎて、自分達より強大な勢力憎しで動いているという事実を。相手を敵だと認識して相対すれば、自ずと口調も攻撃的になる。結果、敵では無いものを敵に回しかねなくなる。

何より、リヴェリアは知っていたはずだ。【人形姫】や【戦姫】と言われ、過去の境遇も手伝って無意識のうちに感情を封じた目の前の愛娘(アイズ)の苦しみを。

 

リヴェリアはアイズの頭をそっと撫でる。

 

「そうだな……私たちは憎しみで動きすぎていた。まだ敵だと決まったわけでも無いのに」

 

そう。私達は1人の有望な少年を壊す所だった。それも彼のあずかり知らぬ所で。

そのままリヴェリアに体を預けてすやすや寝てしまったアイズを見て、リヴェリアは意を決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィンへの封じ込め作戦(大量の事務仕事押し付け)を敢行する事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

翌日。日も暮れる頃、道行く人に振り向かれる3人は、ロキファミリアの幹部3人だ。【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴ、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン、【大切断】ティオナ・ヒリュテ。明朝、ティオナが散歩するアリーゼにアポを取り、こうしてアストレアファミリアへ行くという訳だ。

 

「ティオナ、お前はどうして付いてきたのか聞いてもいいか?普段なら面倒臭いとか何とか言って来ないじゃないか」

 

「んー。何かさ、私たち、主にあの駄犬(ベート)が悪いのに、フィンは謝る感じじゃなかったじゃん?あいつがぶっ倒れてる今、ちゃーんとロキファミリアの誰かが心をこめて謝らないといけないと思ってさ」

 

こんな事ガラじゃないんだけどやらなきゃだめだからねー、と少し顔を上げてティオナはのんびり歩く。

 

 

 

 

アストレアファミリアのホーム。中からはドタドタと走る音が聞こえる。

音が止んだ。今度はしくしくとすすり泣く声が聞こえる。

 

「一体何が起きていると言うんだ…?」

 

コンコン、ノックをする。

 

「すいませーん。ロキファミリアの者ですが」

 

「どうぞ!今手が離せないから入ってて!」

 

アリーゼのよく通る声が聞こえたので、言われた通りに中へ入る。

入った瞬間、3人は固まった。とある者に視線を釘付けにされたのだ。

純白の長い髪にぴょんぴょんと猫耳を生やした年端もいかない少女が、そこにはいた。大きな真紅の瞳に涙を溜めて、小さな体を震わせる子兎のような少女だ。よく見ると女装の服は豊穣の女主人のワンピース。そして今、リオンに拘束されてアリーゼにエプロンを着させられる所だった。

 

 

 

「どういう…状況だ。これは」

 

 

リヴェリアの問いは儚く虚空へと散っていった。

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「すまない。騒がしいところを見せた」

 

「いや…大丈夫、です」

 

「ロキファミリアの皆はお茶いるかしら?」

 

「心遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

 

「そう?分かったわ」

 

そう言い、アストレアは席につく。リヴェリアが北側に、アルフィア、アストレアが向かい側にいる形だ。

アイズとティオナは、アリーゼとリオンと向こう側で話している。

 

「挨拶はいい。本題から入ってくれ。」

 

アルフィアに促され、リヴェリアは席を立って頭を深く下げる。

 

「此度の無礼、本当に申し訳ありませんでした。彼も影響力のある第一級冒険者。それの発言の非は私達ロキファミリア全体にあります。なので、ロキファミリアを代表して謝罪に来…ました。本当に…すみませんでした」

 

妖精の王族(ハイエルフ)が地に膝をつけ、敬語を使って謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げる。いわゆる格上の者にする跪拝礼。その行動にアルフィアは少し違和感を覚える。

 

「何もそこまでする必要などないのではないか」

 

本当に分からなかった。プライドを捨て、ここまでの謝罪をする意味が。ベルの罵倒なら少し頭を下げるだけで済むはずである。

 

「いえ、しなければならない理由がこちらにはあるのです」

 

リヴェリアは頭を下げたまま、ポツポツと事の顛末を語り出した。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「良いわ。気にしないで」

 

リヴェリアは驚愕した。身体が震えた。ここまで勝手な推測で貶められ、評判を奈落に落とされる寸前だった。たとえ善神であっても、それは看過出来るはずのない事だ。

 

「しっ、しかし…!」

 

「良いのよ。本人が謝りに来ないのは気になる所だけど。正直私の神としての在り方が多少不明瞭であるって事も原因だと思うから」

 

ああ、どこまでこの神は…普通ならば、何かしらの形で報復する事を念頭に置くはずだ。それを自分の責任でもあるなどと…私達が言わせてはならない、あってはならない事だ。

 

「それに、まだその話は公ではないのでしょ?ならまだ間に合うわ。それにね」

 

「私は確かに正義を司る神。でも、殺戮とかをその人の正義として捉えようとするほど、まだ腐っちゃいないわ」

 

顔を上げて、と言われ、恐る恐る顔を上げる。ここまでの恐怖は、リヴェリアにとって冒険者始まって以来だ。

 

「確かに7年前、貴方達は多くの者を失った。肉親を、仲間を、守るべき民を」

 

「でも、それは私達も一緒よ。あえて厳しい事を言うと。あなた達の推測は亡くなった私達の仲間への侮辱。それさえ分かってくれれば、私としては十分よ」

 

優しい顔が、毅然とした凛々しい顔つきになる。

 

「誠心誠意謝りに来たあなた達に免じて、私はロキファミリアの蛮行を許します」

 

実害も出てないからね、と苦笑するアストレア。

 

「だが、私の話はまだ終わっていない」

ここで沈黙を貫いていたアルフィアが前に出る。

 

「冒険者たるもの、侮辱や嘲笑を受けることは避けては通れん道だ。しかし、あの駄犬は口が過ぎる。貴様の所の団長(生意気なパルゥム)もだ。冒険者として、やっては行けないこと…他の冒険者を()()行為をしたことを私は許さん。次、往来で出会おうものならその度に吹き飛ばして体の骨を折ると伝えておけ」

 

「しかと承りました」

 

「ああ、特にあの駄犬は現行犯だ。次下手をしたらすり潰すとでも伝えろ」

 

溜飲が下がったのか、アルフィアは少し頬を緩める。何も彼女はリヴェリアに怒っているのでは無いので、理不尽な暴力を働くことはない。しっかりと然るべき相手に報いを受けさせる事を了承させた事の方が、彼女にとって大きな意味があった。

 

 

 

「でも、疑惑はここに来た時はまだあったんでしょ?」

 

「はい。ですが、入った時の光景を見て、そんな事をするファミリアではないと判断しました」

 

そんな事するファミリアが、女の子を着せ替えして遊ばないですからね、と、ここでリヴェリアは初めて笑う。

 

 

 

 

 

「あの子は少女では無く、男の子なんだが…」

 

「え?」

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

その日、ロキに考えを伝えたフィンはロキに首根っこを掴まれて一日中説教を受けた。善神はその善良さに付け込まれて利用されることはあっても、自らその身を堕とすことは無い。ましてやアストレア、善神の中でも確固たる意志を持った神を侮辱する事は自分でも許すことは出来ないと。

そして翌日、ロキに引きずられるがまま、謝罪しに行った所宣言通りに天高く吹き飛ばされたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、兎の着せ替え講座part1


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第1回 ベルの着せ替え大会

お気に入り700突破、UA7万突破ありがとうございます!



p.s.他の方の作品を見て感じました。

輝夜に襲われるベル君…襲われるベル君…いいな。めっちゃ良いな。ヨシ




「ねぇねぇ!これも着せてみてよ!」

 

「いーや、次はこれだわ!」

 

「これなんてどうでしょうか」

 

「…よく、わかんない」

 

ワイワイと抵抗しなくなった小動物で遊ぶ人外(少女)達。

あるはずのないうさ耳がぺたりと垂れているようにも見える。

 

どうしてこうなったのか。それは数分前に遡る…

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

 

「本当に、ごめんなさい」

 

一度しか出会ったことの無い、しかも、その記憶は微かなものだけ。もしかしたらリオンさんと見間違えただけかもしれない。いわゆる九割九分初対面の人に、いきなり昨日の無礼を詫びられても、正直よく分からない。

 

「えっ、いや。僕がムカッときたのはあの男の人だけでっ」

 

「それでも、止められなかった、から。ごめんなさい…」

 

「わたしも…本人が居てもいなくても、あんな風に他人の悪口言って酒の肴にするの、ダメだと思っても止められなかった。本当にごめん…」

 

重たい沈黙。僕は言葉をあれこれ探すが、見つからない。

 

「あの、その…えっと」

 

良いですよ。言いかけた言葉は吐く息と共に音も立てず消えていく。

あの後、お母さんにも言われた言葉。

 

「いちいちあんな事で心を揺さぶられるな。冒険者には嘲笑、罵倒、嫉妬は付いて回る。これ以上引きずっても何も良い事は無い」

 

そう。僕は強くならなくちゃいけない。だから、見返すための覚悟を決めた。

 

でも、謝られることは無いと思っていた矢先、こんなに真剣に謝ってもらえるなんて思ってもなかった。だから今、僕の覚悟は揺れに揺れている。許すことで、この覚悟が流れて言ってしまいそうな、漠然とした不安が僕を襲ってきている。

 

「」

 

口をパクパクさせ、声なき声しか出ない。

そんな極度の動揺の中、背後からふわりと僕は優しい何かに包み込まれた。

耳元で囁かれる声は、妙にくすぐったくて、暖かかった。

 

「ベル、あなたが何で悩んでいるか、私には皆目見当もつかない。だけどね、ベル。この場合、迷うならやらない方が良いわよ。そんなの、相手に対する誠意が無いもの」

 

 

ーーーーああ、ほんとに、僕の周りにいる女の人は優しくて、強い。僕の心の内を手に取るように掴んで来る。

 

やっと、僕は決心がついた。簡単な事だった。

 

「大丈夫ですよ。僕はあなた達には特に怒ってないですから」

 

そうだ、この人達とあの狼人(ウェアウルフ)とは切り離して考えればいい。そうすれば、覚悟はバラバラにならなくて済む。

 

「ありがとう、ごめんね」

 

「はい。大丈夫です」

 

長い沈黙。お互い何を話せば良いのか分からなくなっている。

しかし、直ぐに僕のすぐ上からこの場に似つかわしくない元気ハツラツな声が降ってきた。

 

「さっ、ベル!服はまだまだあるのよ!どんどん着替えていきましょ!」

 

「えっ、えっ、」

 

さっきまでの頼れる先輩からの緩急差に僕は激しく困惑する。

 

「ベル、あなたの格好からして、シリアスな感じは長く演出出来ないと知りなさい!さっきから後ろでリオンが笑いをこらえてるんだから」

 

ぶんっ、と後ろを振り向くと、確かにリオンさんが笑いを噛み殺していることが分かる。

 

「リオンさんっ。なっ、なんで…」

 

「す、すいませ、ん。私たちが、無理やり、着せた、とは、い、え、女装しな、がら、そ、その、ギャップが、」

 

僕は改めて自分の着ている服を見て、瞬間湯沸かし器の如く顔が真っ赤になる。

髪は同じ色のエクステで、中性的な顔立ちに童顔も相まって見た目なら完全に女の子だ。身長も悲しいかな、お母さんやアリーゼさんとも頭1つ分は違うから余計女の子と言われても納得される。

服装はと言うと、深緑のワンピースに白いエプロン。そのエプロンにはしっかりフリルがあしらわれおり、可愛らしさと華やかさが演出されている。

 

「あうあ…」

 

「ベル、次はこれにしましょ!そうと決まれば早くその服脱いで!じゃないと無理やり脱がせるわよ?」

 

サッと取り出したのは赤色の丈が長めのTシャツに…白いミニスカ。そしてカチューシャ。

 

どう考えても女の子じゃないか。じわりと、僕の瞳に涙が浮かぶ。

 

「や、やです。恥ずかしいです!」

 

僕は恥ずかしさで俯いて縮こまる。

 

「そう…分かったわ」

 

ん?アリーゼさんがすぐに諦めてくれた。まだまだ1ヶ月にも満たない付き合いだけど、アリーゼさんがここで簡単に引くような人では無いことだけは分かる。

不安半分、期待半分で顔を少し上げると、そこには破壊力抜群の天使がいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ベル…おねがい」

 

 

 

 

 

 

いつも見上げていたアリーゼさんが、僕の目線の下にいる。

 

涙目の上目遣い

 

胸元が開いている目のやり場に困る服

 

そこからチラリと見える豊かな乳白色の双丘

 

甘えるような声色

 

普段の勝気な性格からは想像出来ないくらい弱々しい雰囲気を纏っている

 

その全てが僕の思考回路をショートさせた。

 

アリーゼさんはそのまま僕に少しずつ近寄ってくる。

 

「ね、ベル。だめ?」

 

あう…これが、ギャップ萌えってやつなの?おじいちゃん…

 

僕は少しずつ、少しずつ近づいて来るアリーゼさんを前に

 

 

 

「イ、イイデス…」

 

「よしっ!ありがとうベル!」

 

徐々に近づいてきていたアリーゼさんの身体が一気に迫り、僕は反応出来ずになすがまま抱きしめられる。

 

「ベル、顔が真っ赤ですよ」

 

「ま、まっかじゃないです!」

 

「かーわいい!さあ、了解も取ったし、どんどん着せ替えさせるわよー!」

 

そうして手際よく着替えさせられた。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「あの、アリーゼさん。股がスースーします…」

 

上には灰色のパーカー。カチューシャは僕には似合わなかったのか、頭に関していえばヘアピンで前髪を上手く止められている。そして下はまさかのミニスカ。普段はズボン、先程まで着ていた服のスカートもロングだったので初めての感覚に戸惑ってしまう。

 

「そう?じゃあこれとかどうかな?」

 

〜少年?着替え中〜

 

「わぁー!すっごく似合ってる!おとぎ話のアルゴノゥトみたい!」

 

黒いアンダーウェアによく合う黄色と白、2枚の上着を肩にかけるような形で羽織り、赤いバンダナを腰からぶら下げる。ズボンは足元がふっくらしているタイプのもので、これは以前にも着た事のあるものだ。

 

「ほんとね!アルゴノゥトの挿絵そっくり!」

 

「かっこいいですよ、ベル」

 

「うん。似合ってるよ」

 

「え、えへへへ」

 

大好きなおとぎ話の英雄に似ていると言われて照れるベル。先程までの不機嫌はどこへやら、すっかり上機嫌だ。

 

「じゃあ次はっと…これにしてみましょう」

 

〜少年着替え中〜

 

「う〜…」

 

必死にベルは上に羽織る上着を下に下げている。上着はベルより一回り大きいサイズの物で、柄は青と黒のスプライト。しかし、着ているものはそれだけだ。ちなみに先程外したエクステを再び付けている。

いわゆる部屋で着る彼氏服のようになっている。

 

「リオン…あんた、こーいうのが趣味なの?」

 

「ちっ、違います!」

 

「意外…リオンさん、結構攻め…」

 

「せっ、攻めってなんですか!」

 

「まーまー。誰にも好みはあるから、ね?」

 

「だーかーらー、違いますって!ベル、ちゃんと下に着るものも入れましたよね?」

 

「えっ、無かったですけど…」

 

ベルは服の入っていた袋をひっくり返す。確かに何も入っていない。

 

「リオン、もしかしてだけど…あんたの横に置いてあるのじゃない?」

 

「いっ!?」

 

リオンの座る椅子の肘掛けにかけられているのは、黒一色のショートパンツ。

 

「うわぁー、しかもちゃんと女の子用…」

 

「リオンもベルに女装させたかったのね!」

 

「ちっ、ちが」

 

「ここに物的証拠が有るのよ?言い逃れは出来ないわね。しかもこの刺繍!女性冒険者人気No.1のお店じゃない!」

 

ニヤニヤ、ニヤニヤ。3人から好奇の目を向けられるリオン。へたりとその場に座り込む。

 

「うう…ベル、助けてください」

 

何故かベルに泣きつくリオン。しかし、ベルもベルで声を大にして言いたいことがあった。

 

 

「僕から見れば1番の加害者ってリオンさんなんですけど…」

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

その後も様々な服を着させられた。主に、というかアリーゼさん一人に。他の3人は途中から静止に回るほど、色んな服を着た。しかも大半は女の子用。だから、恥ずかしさが徐々に、じわじわと押し寄せてきて、

 

遂に、羞恥心のダムが決壊した。

 

 

 

 

「お、お母さーん!」

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「それでアイズがもう水をとことん嫌がってしまってだな。水中どころか水がダメだから家事もろくにできないもので…このままでは嫁の貰い手が無くなりかねん」

 

「まだまだそれは可愛いものだ。ベルは未だに親離れが出来てなくて…あの子はもう14だ。境遇が境遇とは言え、今の段階では異性に恋愛感情を持つことすら難しいかも分からん」

 

「それはアリーゼとリューもよ。特にリュー!あの子お堅いのに家事はてんでだめで、それが可愛いんだけど…誰か見初めてくれないかしら。若い時に良い関係が無いと行き遅れるんだから」

 

「「全く、その通りだな」」

 

謝罪での陰鬱とした雰囲気は何処へやら、いつの間にか子供の将来を憂うママ友トークになっている。

 

「お母さーん!」

 

そこに母親離れが一向に出来ない少年が、ポロポロ泣きながらやってきた。

ドタドタドタ。ベルは大好きな母親の元へ走ってゆく。

 

「ん、どうしたベル…」

 

アルフィアにひしと抱きつくベル。

 

「うぐっ、ひぐっ」

 

「メ、メーテリア…」

 

アルフィアがボソリと呟いたが、ベルの耳には届かない。ベルは自分の事でいっぱいいっぱいなのだ。

 

「お母さん!僕、男だよね?!」

 

母親に何を当たり前の事をと言われるようなセリフ。しかし、アルフィアは妹の幻影を息子に見ていた。

 

だから失言した。

 

「いや、お前は女…いや、待て。すまん。妹と勘違いを」

 

慌てて取り繕う頃にはもう遅い。アルフィアに見放されたベルはヒックと喉を鳴らし………泣いた。

 

「うわあああ!お母さんのバカー!」

 

ピューっと自室へ走り去ってゆく。ウィッグを付けたまま、女装のまま叫びその場から逃げていく様は、まさに幼い頃の(メーテリア)と瓜二つ。

 

「はあ…やってしまった。妹にあまりにも似ていたから、つい」

 

済まない。アルフィアはそう言って席を立ち、ベルが逃げていった部屋へ歩く。

 

「…アストレア様」

 

「なに?」

 

「甘やかしすぎて、マザコンになったとかの可能性は」

 

「詳しい事は分からないけど、十分あると思うわよ」

 

「まあ、あの女帝がここまで柔らかくなったのも…彼のおかげなのでしょうね」

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「ベル……すまん」

 

ベルは布団から引きこもって出る気配が無い。聞こえるのはすすり泣く声だけ。

 

「お前の姿が、本当に…瞳以外、お前の母親に、妹に似ていたんだ」

 

ベルは布団からひょこりと顔だけを出す。

 

「……」

 

「……」

 

「…おかあさん、ぼく、おとこ」

 

「そうだな。お前は男だ」

 

「ぼく、じょそう、やだ」

 

「うむ。あの子達には辞めるように言っておく」

 

「ほんと?」

 

「ああ、ほんとだ」

 

「………じゃあ、こっち来て」

 

アルフィアがベルの元へ近寄ると、ベルは布団にくるまりながら器用に抱きつく。

 

「このまま…」

 

そのままベッタリアルフィアにくっつく。頬を少し膨らませ、ムゥという表情で離れる気は微塵もないようだ。

アルフィアは知っている。ベルが拗ねた時は治るのに時間がかかる事を。

にしても、抱き着いてくる癖は治すべきだ。結局矯正出来ずにここまで来てしまったが。

 

「はぁ…子育てというものは大変だな。メーテリア」

 

抱きついたまま眠ったベルを撫でつつ、瓜二つの少年に重なる妹へ言葉をなげかけた。

 

 

 

 

次の日、今度は4人でベルに謝る光景がとある酒場にて行われていた。服装はもちろん…

 

 

 




次回、酒場の白兎




追記:吹き飛ばされるフィンは不意打ちアッパーカット入ってます。それはもう綺麗に


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酒場の白兎 1

タグにも追加しましたが、この作品は絶対ベル×リューになる訳ではありません。何ならヒロイン未定です。スキルにも原作のようなスキルが無いように。
アリーゼになるのか、リオンになるのか、はたまたその他の誰かか…楽しみにしていてください。
しかし、最大の障壁を前に皆散りそうでは有りますが。


豊穣の女主人。何人もの見え麗しい美女が給仕をを行い、それに釣られて盛った男共が集まる酒場。料理は絶品、酒も金を積めば積むほど良い酒が出てくる。特に店主、ミア・グランドが手がけた果実酒は恐ろしいほどの人気で、多少値が張っても買いに来る冒険者は後を絶たないほど。

そんな感じで常に賑やかな場所ではあるが、今日はいつも以上に騒がしい。あちこちで黄色い声が飛び交っている。

その輪の中心にいるのは…処女雪を思わせる白い髪に大きな真紅(ルベライト)の瞳を携えた、身長140CM程の小さい白兎だった。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

時は遡りお着替え事件の翌朝。いい歳して母親に抱きついて眠ってしまった恥ずかしさから悶えジタバタする所からベルの一日は始まった。

ごめんね、やり過ぎたねと謝られ、ベルもあんまり引き摺っても良くないと考えてその謝罪を受け入れて朝ごはんを食べた。

そしてその後はアリーゼさん念願の3人でダンジョン…の前に、僕の装備を整える事に。

 

「アリーゼさん。これからどこの武具屋に行くんですか?」

 

ベルは半ば強制的に繋いでいる手を意識しないように務めながら歩いている。

 

「そうね。ゴブニュファミリアでも良いんだけど…今日はバベルの方へ行きましょ。あっちの方が駆け出しにはあってるから」

 

そう言って2人バベルへの道を歩く。リオンは先にダンジョンに潜ってるとのこと。なので、傍から見たらバッチリデートなのだが、そこは特に2人とも気にしてない模様。

 

「バベルに店を出してるファミリアってどこでしたっけ」

 

「ヘファイストスファミリアよ」

 

ヘファイストスヘファイストス………

アリーゼの言葉を反芻して、突然魔蛇に石にされたかの如く往来のど真ん中で立ち止まる。

 

「どうしたのベル?みんなの邪魔よ」

 

「ヘファイストスファミリアって…あの何千万ヴァリスもするって言う最高級ブランドの!?」

 

「ん?まあそうね」

 

繋いでいた手を離し、全力で後ずさる。

 

「いやいやいや僕ごときにそんな高いものは勿体ないです!」

 

キョトン、とアリーゼはベルを見つめていたが、なるほど合点がいったのかニヤニヤしながらベルに詰め寄る。

 

「ふふん。その種明かしは行ってからのお楽しみよ!さあ行くわよ!」

 

「わわっ!ま、待ってくださーい!」

 

ベルをひょいと抱き上げ、ぬいぐるみを持つ子供のようにベルの脇に腕を通してそのまま抱きしめる形で固定する。ベルは為す術なく全身を余すことなく包むその柔らかな感触に身を預けるしか無かった。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ここがヘファイストスファミリアのお店ですか?」

 

「そうよ。ここから先の武具屋は全部」

 

「す、すっごい!」

 

「でしょう?さあ、ベルの武具はこっちこっち♪」

 

抱っこに羞恥心が無くなったベルは珍しい光景に目を輝かせる。ここまで来るともはやデートなどではなく姉と弟、もしくは飼い主と飼い兎(ペット)にしか見えない。

 

エレベーターなる不思議な円盤に乗って上へ上がると、そこは雑多な箱の中に武具が無造作に置かれている店が乱立していた。

先程までの華々しい雰囲気はどこへやら、少し淀んだ空気を感じさせるものがある。

 

「ここですか…?さっきとは感じがまるで違いますけど」

 

「ここは駆け出しの職人が自分を売り出す為の場所。凄いわよね、ヘファイストスファミリアって上から下までくまなく面倒見てあげるもの。その代わり実力主義な所があるから、振るいにかけられて落とされたらそれまでってことね」

 

時たま見せるドライなアリーゼをベルは下から羨望の眼差しで見つめる。

 

「どうしたの?ベル」

 

「い、いやあ…凄くかっこいいなあって」

 

アリーゼさんの翡翠(エメラルドグリーン)の瞳がキランっ、と輝く。

 

「さっすがベル、私の可愛い弟!世界一かっこかわいいだなんて分かってるわね!やっぱり私の目に狂いなんて無かったわ!流石私!人を見る目も素晴らしい!」

 

「アリーゼさん…?」

 

止まらない拡大解釈による自画自賛。ベルは口を開けてポカンとしている。

 

「よし!ベル、好きなものを選びましょ!あんまり高いのは無理だけど、5万ヴァリスくらいなら手持ちがあるから!」

 

「え、そんな、悪いですよ!僕も一応お金いくらか持ってますし」

 

「いーのいーの。1つ条件付きだけど」

 

「条件って、女装は嫌ですよ!?」

 

「違うって。それはこんy…ゴホッゴホッ。まあとりあえず選んできなさい。私も少し見て回るから、ね?」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

指定されたフロアには武具屋が円形に10店舗並んでいる。どれも全てヘファイストスファミリアの名を冠しているが、売られている品物はまだ刻印(名誉)を刻むことを許されていないものばかり。商品も棚には並べられず、床の置かれている木箱に入っている。それでも、一介の職人が精魂込めて作った作品なのでどれも武具としての質は良いものが多い。

ベルはよりどりみどりの環境で、どれが良いかも分からずにあちこちを見て回って物色していた。

 

「これ、かっこいいな」

 

「これは女の子っぽいかな…」

 

「これ凄い!完全鉄製(フルメタル)なのになんで軽いんだろう?」

 

ぴょんぴょん飛び回って商品を物色するベルは、さながら餌を求める白兎。男も可愛いと思うその仕草に強面の店主もお堅い相貌を柔らかくしている。

 

「これもなんか違う…ん?これって」

 

ベルが手に取ったのは埃を被った軽装備(ライト・アーマー)。よく見てみると小手、すね当てなど全ての部位の装備が入っている。これで値段は2万ヴァリス。

ベルはこの装備にただならぬ『なにか』を感じた。己の髪色と同じ粉雪のように淡い純白の鎧に。

 

アリーゼを呼び、強面の店主の元へ商品を出す。

 

「おじさん、これ、ください!」

 

「おお、坊ちゃん…で良いのか?あんがとよ。2万ヴァリスだ。っと、よし。確かに受け取ったぜ」

 

「ありがとうございます!」

 

木箱から持ちやすいように袋に詰め替えた鎧を持ってアリーゼの元へ急ぐ。

 

「アリーゼさん、ありがとうございます!」

 

「良いわよ。それよりベル、こっちに来て」

 

「は、はい」

 

ベルが連れてかれたのは武具が多数置いてある店。剣や(ロッド)、弓矢などのオーソドックスな武器から鎖鎌、槌、極東に由来を置くカタナなど膨大な種類の武具が比較的安価で売られている。

 

「うわあああ…!こ、ここって」

 

「ん。ここで新しい武器をプレゼントしてあげようと思ったんだけど、やっぱりベルが選んだ方が良いと思ってね。もうそろそろ支給された小刀じゃ限界でしょ?」

 

「う…ば、バレてましたか」

 

「あったりまえよ!なんたって私は正義のファミリアの団長。正義を成すためには色んなことに目を配ってなきゃいけないもの」

 

他の人の事にも目を配る

 

決して難しいことでは無いかもしれないが、現状第1級冒険者を2人擁するだけの零細派閥にくらしのゆとりというものは実はそんなに無い。そんな中でも彼女は『余裕』を失わず、当たり前のように他の人のことを思いやることが出来るのか。

 

ベルの尊敬の眼差しを受け取ったアリーゼは少し照れくさそうにして、目線を合わせるようにしゃがんで僕の頭にポンと手を乗せる。

 

「ベルも私達の家族(ファミリア)の一員よ。私を凄いなって思ってくれるのは嬉しい事だけど、私達はベルに同じことを求めてる。アストレアファミリアに入るってのはそういうこと。それを忘れないでね?」

 

「…」

 

「ベル、話聞いてる?」

 

「は、はい!頑張ります!」

 

「ん、よろしい。じゃあ、自分に合う武器を探してきてみて」

 

ベルはサササッと、薔薇のように真っ赤な顔を見られないために店内へ走る。

 

アリーゼの真剣で、凛とした顔に。どこか悲しみを携えていたその瞳に見惚れていた事を悟られないように。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

結局さんざん悩んだ末に選んだのは短刀。そしてアリーゼさんからはカタナをプレゼントされた。

なぜカタナなのか、彼女曰く

 

「短刀だと火力が足りない時がままあるのよ。その時のためのサブウェポン。ベルの魔法も乱発出来るくらい燃費が良ければいいんだけど、リオンから聞く限りそうでも無いらしいからね〜」

 

だそうだ。さっきの件があったから、お礼の時少し意識してよそよそしくなってしまった。

そんな感じでバベルを出ると、日は傾きかけていた。朝に来たはずだが、昼も食べずにぶっ通しで武器防具を物色していた事になる。「お腹すいたわねー」と言うアリーゼさんに全力で謝り、ダッシュでじゃがまるくんを購入して二人で食べた。

 

「もう夜だから…ダンジョンには行けませんね」

 

「そんなに落ち込まないの。ダンジョンは逃げないんだから、ね?それより約束の時間に遅れちゃうから早く行きましょ。リオンも待ってる」

 

そう言われて連れてかれたのは……豊穣の女主人!?

 

「えっ、なんでですか?今日もここでご飯たべるとか」

 

「そんな訳ないでしょ。今日はこっち」

 

アリーゼさんに案内されるがままに行くと、裏口らしき所にたどり着く。ここで僕の第六感が『逃げよ』と告げてきたので逃げようと一歩後ずさる。

ぼふん。何かに当たった。恐る恐る後ろを見ると…

 

「シルさん!?」

 

「あら、ベルさんとアリーゼさん。今日はよろしくお願いしますね」

 

う、嘘だ。だってここは豊穣の『女』主人。僕は男だ。まさか、僕がやらされるわけ…

 

「はい、これがアリーゼさん、これがベルさんの服ですよ」

 

やっぱり。僕の一抹の願いは虚しく塵芥となって消え去った。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

若草色のワンピースに純白のエプロン。背中まで届く長さのエクステに頭にちょこんと乗せられたヘッドドレス。

 

可愛い可愛いベルネルちゃんの冒険?がとある酒場で始まっていた。

 

「なんだいアリーゼちゃん?またそこのポンコツエルフが酒場でやらかしたか?」

 

「や、やらかしてません!ポンコツって、何言ってるんですか!」

 

「あ、あの…注文はお決まりですか?」

 

「おっ、なんだいこの子?可愛いね、もし良かったら俺とこのまま夜の街へ「お客様?潰しますよ?」ご、ごめんよアリーゼちゃん、謝るからそのお盆を振りかざさないで!」

 

初めての接客。記念すべき初のお客様はまさかのヘルメス様だった。しかも僕の事に何故か気づいてない。

 

「かわいー!」

 

「ねぇねぇどこのファミリア?どこにも入ってないならうち来なよ!」

 

「可愛いからもうひとつエール頼んじゃお!その代わりちょっと頭なでなでさせて?」

 

なんか僕の所に人がたくさん…特に女の人がやって来る。撫でさせてくれだとか、こっちに来ているだけでいいとか、ぼくだけよく分からないことになっている。しまいにはミアさんに

 

「坊主は給仕はいいから店の外にでも出て愛想振りまいてきな!」

 

と言われる始末。恥ずかしさをこらえて頑張って客引きすると、

 

「何この子かわいー!」

 

って言われてもみくちゃにされる。もしかして僕、普通の男じゃなかったりするのかな…?と自分自身に不安が出てくる。

最終的に女の人から散々もみくちゃにされて今日の一日は終わった。

 

「お、終わった…」

 

「ふふ。今日は大活躍でしたね」

 

「ほんと!私よりモテモテだなんてあんた良い度胸してるわね」

 

アリーゼさんにほっぺをフニフニされ、リオンさんからは頭をなでなでされる。何この天国。

 

「へ、へも、きょふへほはりへふよね?」

 

「ん?何言ってるんですか?あと2日、頑張らないと行けませんよ」

 

「へ」

 

僕は固まる。こんな事をあと2日も…?考えるだけで酷い悪寒がする。

 

「顔を青くしてるところ悪いけど、諦めなさい。全ては予約キャンセルが悪いの」

 

あと二日、ベルネルを、女の子を演じなくてはならない。

 

僕の視界は奈落に落ちるような速度で真っ暗になった。

 

 

 

 

 




ベルに対しての皆の認識、小話

アルフィア…最愛の息子。少し手がかかるとこもまた可愛い。実はベルを女装させる為に裁縫を覚えた。(結局嫌がられて出来なかった)
ベル評…大好きなお母さん。最近体調が良くなってきてるのでそのままずっと元気でいて欲しい

アストレア…将来有望な可愛い眷属。実は隙あらばなでなでしていたりする。
ベル評…優しく気高い女神様。もう1人のお母さん。でも、スキンシップ多めなのが少し恥ずかしい。

アリーゼ…超可愛い弟。何かと構ってあげたい。愛でたい。出来ることなら四六時中一緒にいて愛でたい。
ベル評…何かと構ってくる美人なお姉ちゃん。アストレア様の比にならないくらいスキンシップが多くていつもドキドキ

リオン…手がかかる可愛い弟分。ベルを撫でている時のへにゃりとした顔を見るのが好き。
ベル評…好みのど真ん中。憧れの人。でも、最近構ってくれなくて少ししょんぼり。


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赤薔薇の笑顔

お気に入りがどんどん減ってってるのなんなんだろう…


開きっぱなしの窓から吹き込む寒風に当てられて目が覚める。

いつもと違う、見たことのない屋根。見覚えのない家具や調度品。整理整頓はされているが、ベッドの下には下着や服が散乱している。

 

……え、なんでブラジャーが落ちてるの?

 

意識の覚醒。と、同時に布団に物凄い力で引きずり込まれる。

 

「うわあああっ!???」

 

情けなく引っ張られた先にいたのは、燃えるような情熱を体現した紅の髪に正義を輝かせる翡翠(エメラルドグリーン)の瞳。非常に整った、絶世の美女と言っても差支えの無い僕の団長兼お姉ちゃんであるアリーゼさん。しかも寝巻きで。その寝巻きも胸元がはだけて、失礼だけどリオンさんとは比べ物にならない程の大きな双丘、その頂上部が顕になっている。

そして今、僕はアリーゼさんと向き合っている。少しでも前に出れば唇同士が触れ合うほど近くに。アリーゼさんは物凄い力で、絶対に離すまいと僕の背に手を回して僕を抱きしめている。

2つの柔らかい果実が僕の胸の下あたりで形を変形させている。

僕の獲物は鎮まることなく、どんどんと硬く強くなっていく。最近忘れられかけているが、僕も小さいだけで立派な14歳、思春期真っ只中なのだ。

「どどどどうすれば……」

 

考えること10分。僕は考えるのをやめ、流されるがままに身を預け、まどろみの中に溶けていった。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

アリーゼは目を細める。あれ、窓なんて開けてたっけ…

通りで寒いわけだ。季節に合わぬ寒気を感じながらうっすら瞳を開けると

 

手の先にはもふもふがあった。

 

えっ、な、なんでだっけ?なんでベルが私の部屋で私に抱きついて寝てるの?と、まだ覚醒しきらない頭であれこれ考える。

 

「とりあえず、朝だし起きなきゃ」

 

声に出して自分に喝を入れる。朝ご飯はリオンと私の担当だから、早くしないと。リオンだけに任せたら朝ご飯が朝ご飯で無くなってしまう。

むくりと起きた瞬間、思考が明瞭になった。

昨日、軽く気絶したベルをリオンが背負って。(ホーム)に戻ったら起きたけど、アルフィアさんもアストレア様も出払ってるって書き置きがあった。寝起きでグズるベルを寝かしつけてたら一緒に寝ちゃったんだ。

改めて考えるとこの子って本当お子様よね。実年齢と精神年齢の乖離が凄まじいわ。

 

「よいしょっと」

 

そのまま寝巻き姿で顔を洗って台所に行く。今日の朝は…余ってる野菜とキノコ、肉の炒め物ね。ある野菜は葉野菜だから後で炒めるとして、キノコと肉をタレに少しつけましょうか。キノコは繊維質だからよく味が染みるようになるしね。

誰に説明するでもないのに頭の中で解説しながら調理していると、トン、トンとゆっくりまったり歩いてくる音が聞こえた。

 

「ん…おはようございます」

 

「おはよう、ベル。今日は早かったのね」

 

「えへへ。なんか、いい夢を見た気がするんです。あ、なにか手伝うことありますか?」

 

「じゃあこの野菜を切っといてくれる?その後にパンも切り分けておいてくれると嬉しいわ」

 

「分かりました!」

 

それから各々の作業を始める。ベルの作業は手際が良く、聞けばアルフィアさんの料理を頻繁に手伝っていたとのこと。やっぱりあの人の母親力は相当高いぞと、改めて舌を巻く。

 

アリーゼは意外にも女子力が高く、しかもそれを磨くことに余念が無い。だからこそ、ベルをここまで育て上げたアルフィアや皆の世話をしていたアストレアは尊敬、憧れの対象でもあるのだ。

 

トントントン。小気味のいいリズムで野菜を切っていく。アリーゼも肉とキノコとタレをを袋に入れて揉みこみ、それを焼いている。

どういう訳か、なんの脈絡もなくベルは不意に昨日の約束を思い出した。

 

「アリーゼさん、昨日買ってもらう代わりの条件ってなんだったんですか?」

 

鼻歌を歌いながら料理していたアリーゼの手がスッ…と止まる。そのままベルの方へ向き直り、にっこり微笑む。

 

「私の事、お姉ちゃんって呼んでみて?」

 

へっ?とベルは野菜を切る手を止める。なんと突拍子の無いことを言うのだろうか、この団長は。そもそもお姉ちゃんなんて呼んだらお母さんがなんて言うか…

 

「べーるー?聞いてる?」

 

肉を焼きながら器用に僕のほっぺたを引っ張ってくる。

 

「わ、わかひまひた!はからひっはふのやへて!」

 

アリーゼは抗議を素直に聞き入れ、その代わりベルの顔を凝視する。

 

「えっ、あっ、そのっ……おねえちゃん

 

恥ずかしさで心臓が跳ねている。ドキドキなんて次元じゃない。でも、高鳴る鼓動の中に少しだけチクリと痛い感情もある。しかし、ベルはその感情の名をまだ知らない。

 

「聞こえないわね。もう1回」

 

おねえちゃん!

 

勇気を振り絞るも、アリーゼの耳には依然として届いてないようだ。ベルは耳まで真っ赤である。

 

「いまいち聞こえなかったわ。もう1回お願い!」

 

 

 

「アリーゼお姉ちゃん!」

 

 

 

 

ばくんっ!今度はアリーゼの胸の鼓動が加速度的に速くなっていく。

お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん。この言葉を心の中で、口でも呟いて噛み砕いてゆく。

アリーゼ自身も天涯孤独、もしかしたらベルよりも凄惨な幼少期を送ってきた。だから【家族】を求めた。オラリオに来て、家族(ファミリア)を得た。しかし、7年前のあの時、あっという間に私の手から流れ落ちてしまった。そこから忘れていた。いや、忘れようとしたのだ。もう二度とあんなに辛い思いをしたくない、その一心で。

だから、少しだけリオンとアストレアと溝ができた。あちら側からは飛び越えられるけど、アリーゼからは決して飛び越えられない深い溝が。

 

しかし、何気なしに言わせた少年の言葉がアリーゼの心を急速に溶かしていった。

 

気づいたら、無意識にベルを抱きしめていた。瞳からは(想い)が少し、零れていた。

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

ベルは驚いていた。アリーゼさんが泣いて僕のことを抱きしめた事に。

ベルは彼女が強いと思っていた。明るく快活で可憐。面倒見が良くて時々意地悪だけどすごく優しいお姉ちゃん。そう思っていた。

しかし、ベルが想像するほど人間強くはないらしい。ベルは振り返る。あれほど強い母親でさえ、ベルに会った当時は泣いていた。今でも本当のお母さん(いもうと)の話をする時は涙声になる。

 

『人は等しく脆弱なもの。それ故に神秘的な生き方をする』

 

いつしか何処かで聞いた神の言葉。

 

14年も生きてきて、ようやくこの言葉の真意を理解した、気がする。強く生きていかなかくてはならないから、()()の仮面を被る。だが、僕はその()()の綻びを目の当たりにしている。

 

アリーゼが何を考えているのか、何に涙しているのかはまるで分からないが、それでもベルはアリーゼを抱き締め返した。

 

やらなきゃいけない、そう感じて

 

少しだけ驚いた表情(かお)をした後に、アリーゼはまたいつもの笑顔に戻る。

 

「ベル、ありがと」

 

ベルの頬に(かす)かに触れる程度の口付けをする。

 

顔を真っ赤にしたベルは、そそくさと自分のする作業に戻って行った。

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

リオンは固まっていた。あまりにも多くの事が起こりすぎて、心の中で感情の大渋滞が起こっていた。

まず1つ。どうしてベルがアリーゼを手伝っているのか。

いや、これはベルが早めに起きたという事で説明がつくだろう。

 

2つ。ベルがアリーゼのことをお姉ちゃん呼びしていること。これも今の状況を見ると戯れには聞こえない。アリーゼのいつになく柔らかい表情がそれを物語っている。

 

3つ。アリーゼが……泣いていた。正確には、涙の跡が残っていた。

 

決して私たちには弱みを見せなかった。少しモヤモヤする気持ち、問いただしたい気持ちもあるが、薔薇色に笑う彼女を前にその気持ちは失せてゆく。

 

だから、リオンはいつも通りにする事にした。私が起きて来るまでの間に何かあったのだろう。それがいつも片意地張ってる彼女の心の壁を壊したに違いない。そう自分を納得させ、新しい仲間(かぞく)に感謝しながら。

 

 

 

 

 

「おはようございます、2人とも」

 

 

 

 

 

 

 

いつもより少しだけ近くなった3人の一日が始まる。

 

 




次回、アストレアとアルフィアの動向

追記:アンケートを追加しました。
やる理由としては、最近お気に入りの伸び悩みによるモチベーションの低下が有るので、それらの改善の参考にするためです
御協力、よろしくお願いいたします


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思い出の場所

進行がやたら遅くてすいません。
20話かけてまだオラリオへ来てから2週間とちょっと…



「悪いな、付き合わせてしまって」

 

「良いわ。あなたが来て楽させてもらってるもの。お礼よ」

 

太陽が空の(いただき)へ差し掛かる頃に、2人は野菜や肉の入った紙袋を持ってとある場所へ行く。アルフィア曰く、大切な場所を管理してくれているお礼とのこと。

 

「いや、正直なところ彼女の境遇を知ると貴方とは相容れない気がしてだな」

 

「そうかしら?私は神の中でだと結構お友達も多い方だったわよ?」

 

「いや、まあ、それならいいんだが」

 

一体誰なんだろう。神友だったら話は早いんだけどなあ、と軽い気持ちで考えるアストレア。

 

相変わらずプラス思考のアストレアに溜息が漏れる。出会って2週間と少し。ある程度この神の事が掴めてきた。

 

気高く高潔。正義を重んじ、何よりも眷属(子供)達を大切にする。

そして、度を過ぎるお転婆だということも。

 

たった2週間の間で語れるお転婆エピソードは枚挙に(いとま)がないほどだ。

最も驚いたのは、何を思い立ったのかいきなりオラリオの外へ誰も連れずに飛び出したことだ。本人曰く、

 

「メレンでお魚が食べたくなっちゃって」

 

いや、それは無いだろう!?しかも買い物の途中に、だ。ここまで思い立ったらすぐ行動を地で行く神は初めてだったので面食らった。振り返ってみても、幼い頃のベルよりも落ち着きが無い。眷属(子供)のいる前では自制しているようだが、いなくなった途端タガが外れるのは如何なものか。

 

行動力の神と言っても差し支えないレベルである。

 

「でだな、今から行くところの主についてなんだが…って、居ない?!」

 

アルフィアが目を離した隙に、どこかへ行ってしまった。探すか…そう思った直後、何故か空から彼女の声が聞こえてきた。

 

「アルフィア、私を受け止めてくれないかしら?」

 

「は、はあ?」

 

「行くわよ、そーれ!」

 

春先に咲く極東のサクラという木の枝に乗っている神、アストレア。日輪のように眩しい笑顔でそこから落ちるさまは、まるで桜吹雪が舞うように可憐なものだ。

しかし、アルフィアにとっては思いもよらない突飛な行動。何とか怪我がないように受け止めることに成功した。手には色鮮やかないくつもの風船が。

アストレアを下ろすと、まだベルより小さい子供たちがわらわらと群がってきた。

 

「かみさま、ありがとう!」

 

「木にスイスイ〜ってのぼったの、かっこよかった!」

 

なるほど、相変わらずお節介を焼いていたようだ。困った人がいるのは見過ごせない。素晴らしくもあり、難儀でもある性分だ。

 

「おねえさんも、ありがとう!」

 

しかし、たまにはこう感謝されるのも悪くは無いな。

 

若干、世話好きのアストレアの色にも染まりつつあるアルフィアだった。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「着いたぞ、ここだ」

 

「えっ、ここって…」

 

2人が辿り着いた場所はオラリオの中心部から少し進んだところの廃教会。ツタや(コケ)がはあちこちに生え、全体的に汚れにより黒みがかっている。見る人からすればれっきとした廃墟。これだけは言える。決して、人々(子供たち)を導く神が住むような場所では無い。

 

「えっと…」

 

「言うな、私も悲しくなる。これでも以前よりは綺麗になった方なのだ」

 

「ええ…」

 

どうやらアストレアが思っていた以上のぐーたらな神のようだ。アストレアは、思っていた感じの神友との再会はできなさそうだと、早くも感じていた。

 

「邪魔するぞ」

 

がチャリと立て付けの悪い扉を開いた先に待っていたのは、地獄のような惨状だった。

 

「「えっ…」」

 

2人揃って生娘のような声を出す。だが、無理もないだろう。

 

そこら中に散らばった衣類。

ヒビが入りかけている窓はそのまま放置で風が吹き込んでいる。

ソファの後方からは謎の液体が。恐らく酒が打ち捨てられているのだろう。

部屋の隅には所々蜘蛛の巣が張っている。

そして机の上には、食べかけたまま腐りそうなじゃがまるくん。

極めつけは、そんな汚部屋に備えられた埃まみれのベッドでぐーすかといびきをかく女神だった。

 

アストレアが横を見ると、そこには般若が、死神が、悪魔の王(サタン)がいた。

 

「ゴ…いや、起きろ!色々と話があるっ!」

 

あ、何とか踏みとどまった、などとどうでも良い事を思うアストレア。

 

首根っこ引っ掴まれてうんうんと唸るツインテールの少女。いや、少女の見た目なのだが、異常なまでの胸部の発育の良さが際立っている。服は…触れないでおこう。天界にいる頃から変わらない、服かどうかも怪しい謎の衣類を纏っている。

 

「アルフィアの言ってた神って、もしかしなくても…」

 

「ああ、『自称』善神、ヘスティアだ」

 

ああ、まさか。いや、筆舌に尽くし難い程の善神であることに間違いは無い。仲が悪い訳でも無い。

しかし、しかしだ。私は正直苦手としている。父の姉…つまりは叔母に当たる訳だが、根本から性格が違うためにこちらから忌避している節がある。

 

まず第一に、何よりもヘスティアはぐーたらである事。

神会にすら聞こえの良い理由をつけて毎回出席せず、私が抜け出して見に行ったら神殿に引きこもってやれポテチだやれコーラだのを食っては飲んで食っては飲んでしていた。

元来、私は活動的な方であると自負している。それが故に、彼女とは上手いこと噛み合わないのだ。

ほら、こんなに私がモヤモヤしてる間にも「お、アストライアーくんじゃないか!こっちではアストレアだっけ?これからもよろしく頼むよ」などと陽気に言ってくる。ホント、憎めないのよね…

 

「この堕落女神(ダメがみ)はヘファイストスのところでぐーたらしていた挙句放り出されてここにいる。だから高潔で貞淑、そしてお転婆なアストレアとは相容れないと思ったのだ」

 

「ちょっと!お転婆って」

 

「それだとボクが高潔で貞淑じゃないみたいじゃないか!」

 

アルフィアはアストレアとヘスティアの抗議に耳を貸さず、手に持つ女神を、放り投げる。放られた先のソファから埃が舞いあがる

 

「さあ堕落女神(ダメがみ)、まずは掃除だ。見かけだけ取り繕おうが中身が伴っていないと森羅万象一切合切灰燼に帰す。見えない所も、見える所も、隈無く美しくするぞ」

 

鞄の中から用意してきた手袋やゴミ袋を装備する。【才禍の怪物】と呼ばれた彼女は勿論、掃除においても真価を発揮するのだ。

 

〜数時間後〜

 

「よし。部屋はこのくらいだろう」

 

「よしって…君はほとんど何にもしてないじゃないか」

 

「ヘスティア、貴方の部屋、貴方の生活区域だ。よって貴方が1番やるのは道理だろう」

 

「結局、君たちはどこを掃除していたんだい?」

 

「私たちがやってた場所はこっちよ」

 

ヘスティアが扉を開けると、そこには見違えるような礼拝堂が。

 

「ほ、ほえー…」

 

絶句。埃まみれ蜘蛛の巣まみれ、よく分からない液体が滲んでいた礼拝堂がまるで結婚式場(チャペル)のように綺麗になっていた。廃教会の面影はもう無い。今はステンドグラスから七色の陽光が彼女達を照らし出している。

 

「アルフィアって凄いわよね。本当に病弱なの?」

 

「ああ。だが、アミッド女医のお陰で病状の進行は止まっている。長生きはするものだな。完治はしないものの、これでベルを見守る時間が増える」

 

「相変わらず子煩悩ね」

 

「貴方に言われたくはない」

 

なんだろう…女帝とお転婆娘が子供たちに関して軽口叩きあってる。むむむむむ〜!いいなぁ!」

 

「心の声が丸聞こえよ、ヘスティアおば様」

 

「ボクをおば様って呼ぶなあ〜!」

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「お、美味しいよ!アルフィア君は料理も出るんだね!なんだか意外だな」

 

「意外だと?」

 

「いっ、いででででで!ごめんなさい、謝るからほっぺた引っ張らないで!!」

 

今日のメニューは野菜や肉をふんだんに使ったシチュー。久しぶりのまともな食事に泣きながら食べる…と言うよりは(むさぼ)り尽くしている。

 

「おば様。食べ方が汚いわよ」

 

「う、うるさいやい!2週間ぶりのじゃがまるくん以外の食事なんだ!あ、アルフィアくん、おかわり!」

 

「分かった。だからアストレアの言う通りもう少し綺麗にだな」

 

人の枠から外れた美女3人の食卓。大多数の男から見ればそれだけで至福の一時なのだが、見た感じはアルフィアお母さんにアストレアお姉さん。そしてわがまま娘のヘスティアと言ったような感じである。

 

「ねえ、どうしてアルフィア君はそんなに家事が得意なんだい?見るからに…こう、じょてい(女帝)!って感じじゃないか」

 

「貴方まで言うか…まあ、やらなければならない状態に追い込まれただけだ」

 

「ベルと二人暮しするってなって、頑張ったのよね?」

 

「なっ…!」

 

アルフィアは顔を少し赤らめ、奇異の瞳(オッドアイ)を開く。

 

「へえ〜そうなんだ。やっぱり女の子なんじゃないか」

 

「ちっ、ちが」

 

「アルフィア、私たちは嘘がわかるのよ。どんなごまかし言ったって無駄だわ」

 

「〜〜〜〜!!!!!!」

 

あの【静寂】が力無き女神2人にやり込められる、今までなら考えられないような()()な一コマ。




次回、お祭り


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祭りと狂騒・白兎

ずっと疑問だったことがありまして、レベルを上げていて人外の境地に至ってるのにどうして爆発くらいで死ぬのかな、ということです。
ですので、【動揺】の該当する箇所のミスを訂正したことを、報告します。


僕の強くなる理由はいつだって1つだった

 

 

大切な人達を守りたい

 

 

大切な人達の英雄になりたい

 

 

そのためなら僕は、この身が削れようと剣を振るう

 

 

 

 

 

 

 

 

勝利の鐘の音が鳴り響く、その時まで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

祭り。それは古今東西で行われてきた大々的な催し。

 

ある物は神を崇めるため

 

ある物は為政者の権威を誇示するため

 

ある物は死者を弔うため

 

多種多様な形式を持つ『祭り』の1つが、この迷宮都市(オラリオ)でも開催された。その名も、【怪物祭(モンスター・フィリア)

人々は往来へ繰り出し、普段よりも多くの出店で食べ、飲み、遊んでいる。

そこから少し離れたとあるファミリアのホームでは、何やら一悶着起きていた。

 

「お母さんも一緒に行こうよ!絶対楽しいから!」

 

「だから何度も言ったろう!?いくらお前の頼みと言えど、祭りなどは真っ平御免被る!」

 

「なんでなんでなんでなんでなんで!」

 

「何度も言わせるな!汚らわしい、耳障りな音が四方八方から聞こえてくるからだ!!」

 

「やだよ、みんなで行きたいよ!」

 

「ああもう、うるさい!」

 

灰色の髪をした絶世の美女が纏う黒いドレスに縋り付く白兎。その白兎の頭に鋭い手刀が振り下ろされた。

 

「ふぎっ!?い、いったぁい…」

 

「お前ももう14だろう。そんなみっともない事をしてくれるな」

 

物凄い勢いで扉をバタンッ!と閉められる。あからさまな拒絶に、先の痛みも重なってベルは泣き出してしまう。

 

「ぐすっ…ヒック…」

 

「ベル、行きますよ。来年も、春夏秋冬お祭りはあるんですから」

 

「でも…」

 

「それともなーに?私達とは不満だった?」

 

アリーゼが翡翠(エメラルドグリーン)の瞳を細めてベルの顔を覗き込む。

 

「いっ、いや!そういうわけじゃ」

 

「なら良し!行きましょ。リオン、アストレア様♪」

 

そう言うとアリーゼはベルをいつもの体勢……小さい子が人形を持つような形で持ち上げる。

 

「お、お姉ちゃん?!恥ずかしいよぉ…」

 

「あら、いつの間にお姉ちゃんになったの?」

 

人差し指を頬に当てて首を傾げるアストレア。ベルがアリーゼとリオンとの地獄の特訓をしている時、ヘスティアの所へ掃除に1泊2日、その後神会に行き、さらにそこから数日留守にしていたのでその間の変化は知る由もない。にしても、その仕草はあざとさMAXである。

 

「武器買った時に呼ばせたら定着したんですよ」

 

ベルも抱かれながらコクコクと頷いている。

 

「あらあら。アルフィアはどんな反応してた?」

 

「凄く…なんとも言えない顔をしてました」

 

「あはは……」

 

雑談をしながらも、祭りの会場へ向けて歩を進める。

歩くこと数分、出店が立ち並ぶ入口に辿り着いた。

 

「わあ…!」

 

さっきまで沈み気味だったベルのテンションがみるみるうちに回復していく。

 

「凄い!お姉ちゃん、リオンさん、アストレア様!あっちにもお店、こっちにもお店!すっごく賑やかです!」

 

これでもかとはしゃぐベル。まるで都会に来た田舎者である。

 

「お姉ちゃん、あれ食べてきて良い?」

 

「お、私もそれ食べて見たかったのよ!行きましょ!」

 

「うんっ!」

 

自由気まま(マイペース)に2人を置いて屋台へ走る2人。

 

「昼頃には闘技場(コロッセオ)に集合ですからね!」

 

「「はーい!」」

 

あっという間に2人の背は小さくなっていった。

 

「なんでしょう、この凄い姉弟感」

 

「仲良しなのは良いことだわ。リューも楽しみましょ?ほら、じゃがまるくんお祭り限定verが有るわよ!」

 

「アストレア様も随分楽しそうですね…」

 

思いの外爛々と目を輝かせて屋台へ突撃して行く主神相手に少しため息を着きながらも、リオンは微笑んで彼女を追って行った。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

それぞれ二手に別れて思う存分楽しんだ後、やや遅れてアリーゼとベルは集合場所である闘技場(コロッセオ)にやって来た。

 

闘技場(コロッセオ)は楕円形の闘技場であり、見世物を取り囲むようにして客席が連なっている。見世物となる場には様々な仕掛け(ギミック)が仕込まれており、なんと海中戦闘ですら再現できるほどの物だ。

故に、ここは迷宮都市(オラリオ)の中で三本の指に入る程の人気を誇る場所である。

そんな場所で今行われている催しは、モンスターと人間の壮絶な戦いだ。しかし、ダンジョンとは違って圧倒的強者の側に立つ人間がモンスターを生かさず殺さず屈服させようとしている。

 

「凄いです!モンスターも仲間にできちゃうんですね!」

 

「でしょでしょ!モンスターに少しで、も知能があれ、ば飼い慣らす(テイムする)事ができる、んだよ!私も、こんなんになる前はやってた、んだ〜」

 

「凄いです!アーディさんのやつも見たかったな〜!」

 

「ふふっ♪ありが、とね、ベル。でも今はハシャーナの、かっこいいとこ、を、ちゃんと見てよっか!」

 

「はいっ!」

 

先程からベルと楽しげに会話しているのはガネーシャ・ファミリアのLv3団員、アーディ・ヴァルマ。ローブの奥の鈍色の髪は首の付け根辺りまで伸ばしているセミロング。透き通るような白い肌に起伏のある艶やかな肢体はスポーティな服装でより際立ったものになっている。

だが、右腕右足はは完全な義手義足であり、よく見ると右目も義眼である事が分かる。幼さを残した明るい笑顔が魅力だが、右側にある口元が裂けたように見える大きな裂傷が非常に痛々しい。

 

「ベル、本当にすぐ仲良くなったわね…」

 

「仲が良くなることは良い事だ。だが…」

 

「あらあら。アリーゼもリオンも、アーディちゃんに嫉妬?」

 

「「してません(してない)!!!!!!」」

 

席に座った時、ちょうどベルの隣に座ったのがアーディだった。

アリーゼらが席を離れている間に、ローブを深く被って憂鬱そうに俯くアーディに()()()()()()()、好きな英雄譚などで話が盛り上がった。彼女達が帰ってくる頃には数年来の友人のようになっていたのだ。

 

「そう言えば、アーディさんは普段何をしてるんですか?ガネーシャファミリアの見回りの中では見ませんでしたし」

 

すると、アーディはバツの悪そうな顔になって、話をそらす。

 

「あはは…あ、ベルくん、もうすぐで、テイム完了だ、よ!ここからが最終局面(クライマックス)なん、だから!」

 

釣られてベルがそちらへ視線を向けると、今まさにグリフォンのテイムが完了するところであった。完全に地に落ちたグリフォンをハシャーナなる冒険者が優しく撫でたり、身振り手振りで敵ではないと視覚に訴えかけたりしている。

 

すると、数分後…

 

「凄い!人を乗せて飛びましたよ!」

 

「成功だ、ね!やったあ!」

 

互いの手を合わせてキャッキャと喜ぶ2人。

 

と、その時だった。

微かに聞こえる恐怖と動揺の声。脳や骨身に渡るまで染み込んだモンスターの慟哭。第1級冒険者のアリーゼ、リオンの2人だけは、その響きに気づいてしまった。

 

「聞こえたよね」

 

アリーゼの問いかけに、コクリと頷くリオン。

 

「私が行くわ。リオンはここで待機、みんなを守って」

 

アリーゼは疾風(はやて)の如く混乱する3人を残してその場を後にした。

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ベルっ!待ちなさい!」

 

アリーゼが顔色を変えて急に飛び出したのを見るやいなや、ベルはリオンの制止も聞かずに飛び出していった。追うことは簡単だが、主神であるアストレアを置いてはおけない。

完全な板挟み状態に陥ったリオンの背後から、怯えを含んだ声が聞こえた。

 

「ねえリオン…あの子の事、私に任せ、てもらって、良い?」

 

途切れ途切れの掠れ声。リオンは胸の鼓動が早まるのを感じた。本当に行かせても良いのだろうか。

 

間違いなく、外で起きているのは()()()()なのだから。

 

しかし、アーディの瞳の奥に宿る意思は固いようだった。だから、リオンも意を決する。

 

「……ベルを一刻も早く、連れ戻してください。よろしくお願いします」

 

「うん。任されたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、覚醒


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祭りと狂騒・ 象神の詩

遅れてすみません。友人とマイクラするの楽しくってつい、書くのをサボっていました。

p.s.ゼロ距離爆破についての僕の感じたことなんですが、コメント欄の返信にもあるようにもし爆破されても通常なら死んでるレベルの傷で冒険者は全く死なないので「あれ?これ死なねえんじゃね?」と思いました。
すみません、人体構造とかそういう理化学系の事に関して無知なので破綻してると思いますが、暖かい目で、出来れば映画ドラえもんの恐竜のやつみたいな目で見てくださると嬉しいです。


彼女…アーディ・ヴァルマは、明るくて快活な女の子だった。また、可愛い物と英雄譚が大好きで、変な所で頑固。誰にでも笑顔で優しく接することの出来る自慢の妹だった。

だが、まだまだ若いのに【正義】の答えを知っているような、どこか達観していて儚げな雰囲気を漂わせることもある。

 

それら全部をひっくるめて、私は(アーディ)を愛していた。

 

そんな彼女の歯車が狂い始めたのは7年前のあの日。

奇跡的に生きながらえたものの、右脚は細胞の壊死で切断を余儀なくされ、右腕と右目は爆破で吹き飛んでいた。

私は直ぐに、全財産を叩いてディアンケヒト・ファミリアから義手、義足、少し遅れて義眼を買い揃えた。

取り付けるための手術は成功したもののアーディに笑顔は無く、左目に残るのは虚ろのみ。

やっと口を開いたその言葉は、私の心に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう…何も()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今では本当に悪かったと思ってる。あれだけ献身的に尽くしてくれた、昏睡状態の3日間を寝ずに介護してくれた姉を突き放すような発言だった。

でも、私は私で限界だった。リオンに正義とは何かって偉そうに講釈垂れといて、なんなのって話。敵を信じた結果、私は死にかけた。己の【正義】を振りかざしておいて、己の【正義】に殺されかけた。いや、私の心はもう、あの時に()()()()()

 

 

ーー全てを否定された気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

それから、アーディは外へ出なくなった。()()()冒険者もやめて、今は貯金を崩しオラリオ近郊の人気のないところに小さな家を建ててそこに暮らしている。

だが、年に一度の怪物祭(モンスター・フィリア)だけは欠かさず来ている。アーディが幼い頃から特等席と言って座っていた、主神であるガネーシャから広場を挟んだ真向かいの場所で。

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

 

 

7年。長い月日を私は1人で暮らした。お姉ちゃんは3日に1度は来てくれた。リオンも、アリーゼも、月に1度くらいのペースで来てくれた。でも、直接顔を合わせたことは無い。どうしてって?そんなの決まってる。

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

これだけ。

来てくれている人達がどんなに優しくても、私のことを心配してくれていても、7年前救えなかったあの子のように何か有るのでは……どうしても、そう疑ってしまう。

 

他人と隔絶された世界に1人の生活が続いていた。永遠とも思える時間。壊れた心のネジは見つからず、使われないまま凍っていった。

 

だけど、1人の少年との出会いで、停滞していた私の人生は大きく揺れ動いた。

 

今日、たまたま隣に座ったのはアストレアファミリアだった。もちろん、ローブを深く被っているから気づかれない。

アリーゼに抱かれてやってきた少年は、女性陣が席を外すと急にソワソワし始めた。

そしてぶつぶつと何か呟いた後、あろうことか私に話しかけてきた。

 

「お、おねえさん」

 

「…」

 

もちろん無視。

 

「あ…あの、」

 

「……なに」

 

英雄譚(アルゴノゥト)、好きなんですか?」

 

「え、なんで」

 

「そのストラップ、アルゴノゥトに出てくる主人公の絵とよく似ている、ので」

 

少年が指さした物は、幼い頃姉がくれた1枚の手乗りプレート。

私はそれをぎゅっと握りしめ、いつも通り突き放す言葉を告げる。

 

「関係ない、よ。う、るさい、なぁ」

 

7年まともに人と喋ってないと、上手いこと呂律も回らない。右の口も上手く開かないし、恥ずかしい。

そう言って眼前で行われているモンスターの調教に目を移す。あ、ヴァディーが調教し終わった。つぎはハシャーナかな。

 

それでも、少年はあの手この手で話しかけてきた。私は始末に負えなくなり、青筋立ててこう言ってやったんだ。

 

「なんで、私に構う、の?醜い私に構っ、たって「理由なんているんですか?」」

 

私の言葉は途中で途切れた。

やめて。理由無しに話しかけてもいいことなんて絶対ない!だってあの日、()()()()()私は手を差しのべてっ…!!

 

 

 

 

 

「強いてあげるなら、僕とすごく似てる気がして…仲良くできると思ったんです!」

 

ニィ、と少年ははにかんだ。無邪気に、少し恥ずかしそうに、白兎のような少年は笑った。

私は不思議と、いつもなら冷たくあしらうはずの少年の言葉に呼応した。思えばあの曇りの無い純粋無垢な笑顔が私の琴線に触れ、凍てついた心を少しずつ溶かしてくれたのかもしれない。

 

「そう、かな…」

 

「はいっ!僕、お姉さんと仲良くしたいです!」

 

 

 

 

 

その時、探していた()()が、やっと見つかった気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「エイナさん、ミィシャさん!何が起きたんですか!?」

 

ベルに呼ばれた制服のギルド職員ーーエイナ・チュールとミィシャ・プロットはギョッと目を丸くする。

 

「ベルくん!?どうしてここに!?」

 

「ファミリアの皆と一緒にお祭りに来てたんです!そしたら突然アリーゼさんがいなくなっちゃって、何か恐ろしい事があるのかもって!」

 

話しながらエイナへと詰め寄るベル。あまりにも真剣な表情にエイナは少し顔を赤くして狼狽(うろた)える。

するとすぐ、その後ろから黒いローブを深く被った少女が駆けつけてくる。

 

「ベル!はや、く、戻らないと!あぶ……な、い…

 

途切れ途切れ、たどたどしい喋り方の彼女の声が掠れて小さくなる。エイナ、ミィシャのどちらも、ベルの方をもう見ていない。全く別の方向を見ている。ベルも、恐る恐るその方向を向いた。

 

白い体毛、鋭い犬歯、紅く染まった猛獣の瞳。南方に存在すると言われてるゴリラを想起させられる筋骨隆々の身体。特にせり上がった大胸筋は、見る相手に圧倒的な威圧感を与える。

 

ーー名を、シルバーバックと言う

 

シルバーバックはこちらを視認すると、猛然とアーディさんを狙って突撃してきた。その場にへたりこんだアーディさんを僕は間一髪で救い出す。

 

「アーディさん!?どうして…」

 

僕は、レベル3と聞いていた彼女が全く反応しなかった事に疑問を感じた。

そして、ここでやっと、僕は彼女が()()()冒険者を辞めていると言った理由がわかった。

 

僕の服の裾を掴む揺れる右手

ガタガタと震える足

カチカチと恐怖で鳴る歯

鳥肌で全身を覆い、産毛は逆立っている

見開かれる瞳に広がる瞳孔

 

何より、【純白】を通り越して【透明】と形容できるくらいに怯えた顔色。

 

 

 

………その全てが僕に決意をさせた。

 

シルバーバックはゆっくりとこちらへ振り返る。他の人間なんて興味もないかのように、薄気味悪い笑顔を携えて。

 

僕のステイタスはお姉ちゃん、リオンさんとの地獄の訓練で十分に伸びている。

だから、僕が…この僕がっ!

 

 

「僕がお前を倒すっ!!!!」

 

 

カタナを掲げて大きく吼えた。

少年は何故か標的となっているアーディを抱えて走り出す。ここではあまりに人目が多すぎる。それに、体格で格段に劣るベルには不利だ。ならば地の利を活かせば良い。だから、目的地はダイダロス通り。そこへ全速力で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 



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祭りと狂騒・隠れた狂気

「きゃあっ!!ベルくんっちょっと!?」

 

抱えあげたアーディさんは羽のように軽かった。全く重さを感じないのは逆に不安を覚えるほどだ。ほんとにちゃんと食べてるのかなあ。

 

「アーディさんっ!しっかり捕まっててください!」

 

「えっ、ええぇぇ!???」

 

僕は目的の地、ダイダロス通りへと全速力で駆け抜ける。相手は図体の割にはかなり俊敏。感覚器官も鋭敏だから、すぐに僕達なんて見つかってしまうだろう。だが、そのお陰で上手く引き付けられている。

 

「ダイダロス通り!アーディさん、僕にしっかり掴まって!」

 

「ひっ…うひゃあっ?!」

 

僕は全力で跳躍し、近くの家の壁を蹴り飛ばす。ここの地形なら、僕の戦い方が存分に火を噴くはずだ!

 

十分にシルバーバックから距離を取り、抱えていたアーディさんを下ろす。極度の緊張状態が続いたからか、アーディさんは汗がすごく、顔が真っ赤だ。

 

「アーディさん、大丈夫ですか?」

 

「はぁっ、はぁっ、、だ、れの、せいだ、と…」

 

言いかけた途中、地を揺らす破砕音が僕たちを揺るがした。白亜の猛獣(シルバーバック)が建物の一部を握り潰して、僕たちの方を睨む。

 

「くそっ、もうこんな所まで…!」

 

しかし、ここまで十分に距離は取れた。冒険者じゃない人たちへの被害もここなら最小限に抑えられる。上手く敵の目標をアーディさんから僕に変えつつ、ここで一気にケリをつけるしかないっ!

 

 

 

 

「勝負だっ!お前の相手はこの僕だっ!!!!!」

 

 

 

 

雄々しい少年の雄叫びにより、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

ベルから先手をかけ、短刀を持って素早く敵に突撃。一撃をお見舞いするが、所詮は初級冒険者用の短刀。上層でも指折りの実力を持つシルバーバックには軽い切り傷がやっとだ。

しかし、ベルの攻撃はここで終わらない。突撃した際振り下ろした短刀を思いっきりシルバーバックの足へ突き刺す。全体重をかけた一撃で傷跡からは鮮血が流れ出し、その場に崩れ落ちる。

シルバーバックが自分の足を傷つけた敵を確認しようと視線を下に移すが、そこにもう彼はいない。

瞬間、腕を吹き飛ばされる。小さいがゆえの不可視の斬撃が体全体を切り刻む。

 

だが、シルバーバックもタダでやられる訳では無い。切り落とされてない腕を地へ向けて振り下ろす。ひび割れ、撒き散らされる石畳にベルの動きが鈍くなる。もちろん怪物がその隙を見逃さぬはずがない。石礫(いしつぶて)を避けるため速度を緩めたベルに振り下ろした腕をはね上げてのアッパーカットで攻撃する。割れた石畳をも巻き上げての攻撃。反応して体を捻ったベルの肩に直撃してしまい、受け身を取る術も無く背中から落ちてしまう。

完全に骨がイカれた。空中ではろくに体勢を制御出来ないから、なされるがまま石礫(いしつぶて)を受け続けた。普通なら死んでいただろう。

先程割れた石畳の下の土がクッションになったことが受身を取れずに落下したベルの不幸中の幸いだった。

だが、眼前には白亜の猛獣(シルバーバック)が目を血走らせて照準を定めている。

全身を大きく前に倒し、片腕を地に下ろしてシルバーバックはベルの命を狩りとるため捕食体勢に入る……

 

 

 

 

と、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちだ!バカザル!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如放たれた金切り声が辺り一帯を支配し、静寂が世界を包み込む。

覚悟と決意が滲む甲高い声は住民やベルだけでなく、シルバーバック、果てはさえずる小鳥達をも黙らせて注視させる力があった。

人の目を酷く恐れる彼女(アーディ)はそれでも、叫ぶことをやめようとしない。

 

それはもちろん、シルバーバックの注意を(ベル)から逸らすため。

何故そんなことをするのか。7年間人と関わらなかった、人を信じなかった彼女が出会ったばかりの彼を……

 

 

 

「どうした!怖気付いたのか?私のような弱者1人殺せずにギャーギャー喚いてんじゃないよ!」

 

 

 

当初の目的であったのだろう、アーディを差し置いてのベルとの戦闘。だが、彼女のさらなる追撃(叫び)でシルバーバックは標的を切りかえてしまった。

 

シルバーバックは完全に敵意をアーディへ向ける。それに当てられ、アーディは腰が砕けたようにへにゃりとその場に座り込む。それを視認したシルバーバックは、情け容赦なくアーディへ猛然と襲いかかる。

誰もが目を覆い、アーディも全てを受け入れるように目を閉じ、一雫の涙を流した。

 

この時点で、誰もが彼女の咆哮に、覚悟に釘付けにされていた。

シルバーバックはアーディを突き飛ばそうと勢いよく腕を振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー 白兎(狩人) の存在を忘れ去ってーー

 

 

 

 

 

 

 

 

獣が本能で危機を察知してももう遅い。白兎は背後に迫り、脅威の跳躍力で周囲の壁を足場に足の付け根へ鋭い斬撃を入れる。鋭い切れ味のカタナにより切り取られる肉を踏み台に腕と胴体を繋ぐ腱を切り裂く。そこから再び近くの住居を足場に肩へ飛び乗って一閃。

 

白亜の猛獣(シルバーバック)の首は地に落ち、胴体は(くれない)の液体の噴水となった。

 

周囲から沸き起こる喝采。感謝と称賛の嵐。そんな輪の中心にいる白兎(ベル)は立ったまま空を見上げ、やがて崩れ落ちるようにその場に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血涙を流した彼は、()()()()()()漆黒に真紅の一点を携える瞳を静かに閉じる。

柔らかい感覚にその身を委ね、静かに眠りについた。

 

 

 



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祭り狂騒 運命

 

「ここはっ…?」

 

目の前に広がる光景は全く見知らぬものだった。

鼻をつんざく薬の匂いとじわじわ香る木の芳香。賑やかな嗅覚とは相反するくらい、気味が悪い静かな部屋。

横に置いてある花瓶に立てかけてあるのは『ベルへ』と書かれている手紙が数通。

カゴには果物があり、ベルの好きな形でリンゴが剥いてあった。その切り方の癖は間違いなく(アルフィア)のそれであり、知らない部屋で呆気に取られるベルの顔からクスッと微笑みが零れた。

 

身体を起こそうと手を布団につくも、激痛が走ってぼふんっ、と柔らかい布団に沈んでしまう。

諦めて逆方向を見ると、そこには椅子の背もたれに背を預ける人が1人いた。

 

髪は肩にかかるくらいの鈍色。無造作に切られた髪は整った顔立ちとは真逆のガサツさだ。

瞳の下には薄いクマができている。

右の口元には裂傷が。

右の腕、足、共に機械仕掛けの無機質な鋼色。

 

そう…僕の危機に自ら身を投じて助けてくれた、アーディさんがそこにはいた。

 

僕は無意識に手を伸ばした。不思議と痛みは無かった。

僕の行動に気づいたのかどうかは分からないが、呼応するようにしてアーディさんは目を覚ました。

 

「あ、アーディさん…」

 

「……はっ、ベルくん!大丈夫な、の!?動い、ても痛くない?ちょっとまって、て今すぐアミッドを、呼んでくるから!」

 

慌ただしく部屋から出ていったアーディさんを僕は手を伸ばしたまま見送った。

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「1週間です」

 

「…へっ?」

 

「聞こえませんでしたか?1週間は絶対安静です。なるべく歩かず、布団で寝ていてください」

 

「えと…その……ダンジョンは」

 

「なに馬鹿なことを言ってるんですか。行けるわけが無いでしょう」

 

「で、ですよね。はは……」

 

僕に静かな顔で非情な通告をするのはアミッド・テアサナーレさん。別名【戦場の聖女(デア・セイント)】て呼ばれるほどのお医者さんで、お母さんがよくお世話になっている人だ。

腰まで伸ばした銀色の髪、可愛いよりはクールな印象を与えてくる美貌や起伏がはっきりしている体。その服装も手伝って男性からはすこぶる人気がある。

ちなみに服は『なーすふく』と言うらしい。非常に男心に刺さる不思議な服だ。あまりにも魅力的である。

 

1週間。ようやくダンジョンに潜れるようになって散々しごかれ、それでも食らいついて実力が何とかついてきてから()()()()絶対安静通告。正直絶望だ。

さあ、どうやってここから抜け出そうか…

 

「そう言えば、あなたは自宅療養ですよ。アルフィアさんにも言っておきましたので抜け出そうとしてもダメですからね」

 

なんと、先手を打たれてしまっていた。

 

「大丈夫、だよー。わたし、も、あそびにいくか、らね」

 

しおれる僕の頭をぽん、と叩いてアーディさんが慰めて?くれる。僕は少し顔を紅潮させ、それが恥ずかしくて布団で顔を隠す。

 

「照れてる、の、可愛いなあ。よしよし」

 

頭を優しく撫でられて僕は自然と笑顔になる。お母さんともお姉ちゃんとも違う、なんだかむず痒い安心感がある。感覚的には、リオンさんに似てる…かな?

そんな風に考えてることがなおのこと恥ずかしくて、でもその手を離して欲しくなくて。僕はアーディさんの手を握ったまま、毛布に身を包んだ。

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ベルー!元気?」

 

「アリーゼ、病院では静かに。それにそういう事はベルの病室に入ってからだ」

 

「だってー。後輩が市民を守ったって、団長として鼻高々じゃない?さっすがベル!私の弟分なだけあるわ!育てた私も優秀よね。」

 

「流れるような自画自賛はいつも通り、か…」

 

「まあまあ。アルフィアも家で心待ちにしてるんだから、早く連れて帰りましょう?」

 

病室の外がやけに騒々しくなってきたと誰もが思っていたら、案の定アストレアファミリアの面々であった。正義の眷属、と同時にトラブルメーカーとしての立ち位置も確立しつつある彼女達…主にアリーゼは、なんのお構いもなくバンっと扉を乱暴に開ける。

 

「ベル!お姉ちゃんが迎えに来てあげたわよ。早く起きて、40秒で支度して!」

 

「え、え、え、そんなの無理ですって!」

 

「冗談よ。でも、アルフィアさんが待ってるから早めにね」

 

「は…はい」

 

アルフィアの名前を持ち出した途端、ベルは無邪気な笑顔で支度を始めた。

 

「あなたはアーディですね。その、ベルを守ってくれてありがとうございます。ほんとうに、あなたに会えて嬉しく思う」

 

「…」

 

リオンの言葉にアーディから返事は無い。リオンは何となくわかっていたようで、数秒床に目を落としてから顔を上げる。

 

「ベルも大丈夫ですか?魔法は使ってないようですね。良い子だ」

 

「えへへ…」

 

リオンに褒められて無邪気に笑うベル。

何かを書き始めて、書き終わると同時にアーディは椅子から立ち上がった。

 

「ベル、もう帰ら、なきゃだから…またこ、んどね」

 

わしゃわしゃと髪を撫でてから、耳元に口を近づける。

 

「」

 

アーディは頬を朱に染めながら駆け足で病室を去る。

その様子を皆はポカンと見ていることしか出来なかった。

 

「「なんだったの…」」

 

アリーゼとアストレアの言葉は誰かが答えることも無く、一面の青空へと吸い込まれていった。

夕焼け色が、何かを隠すようにベルの顔を照らしていた。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

ここはアストレアファミリアホーム。心地よく風が吹き抜ける談話室で、アリーゼとリオン、アストレアが談笑している。

 

「いっや〜。完全にアーディ、乙女の顔してたわね」

 

唐突にアリーゼが机に突っ伏しながら本を頭に置いて話し始める。

 

「乙女の顔…とは?」

 

揺り椅子に乗って装備を整えていたリオンが話にく食いつき、それに縫い物をするアストレアが答える。

 

「ふふっ。リオンにも春が来れば分かるわよ」

 

「もう春なんだが…?」

 

「心の中の春よ。それはもう、煮え滾るくらい熱々の春のことよ!」

 

「……?はぁ」

 

口を開けて首を横に倒す。正に意味が分からないと言った感じだ。

 

「そうそう、ベルの戦闘の話聞いた?」

 

「ああ。最後におかしなことが起きたと見ていた住民から」

 

「瞳が真っ黒になったのよね。で、真ん中に1点赤い光…」

 

「聞く限りでは邪の道よね。禍々しすぎる」

 

「もしかしてスキルとか、関係あったりするのかしら」

 

「十中八九そうでしょうね」

 

「何にせよ、身体に影響が無ければ良いんだけど…」

 

アリーゼの一声に2人も頷く。

 

数分の間を置いて、再びアリーゼが話を始めた。

 

「リオン、そう言えばアーディから貰った手紙見せてよ」

 

「ああ、それですか。待っててください」

 

そう言うとポケットから4つ折りにされた羊皮紙を取り出す。

そこには、可愛らしい丸みを帯びた字でこう書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。でも、わたし、負けないから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

女3人が色恋の話しに花を咲かせている頃、ベルは自室で本を読んでいた。もちろん、母親(アルフィア)が隣の椅子に据わって監視している。

 

「…ねえ、お母さん」

 

「なんだ」

 

「外に出たい。歩きたいよ」

 

「ダメだ。体力は落ちるかもしれないが、それでも万全な状態でないと何を成すにも不足が生じる。ダンジョンなら尚更だ」

 

しゅん…と、俯くベル。その瞳はいつもより揺らめいていて、その頬はいつもより朱に染まっている。

 

「ベル、ちょっと」

 

ベルはアルフィアに手招かれるままに吸い寄せられていく。

そこで、両者の額がぶつかった。

 

「熱いな…ベル、風邪なら早く言わないとダメだって言ったろう?直ぐに氷を持ってくるから、大人しく寝ていなさい」

 

コクリと頷き、ベルは横になる。アルフィアもそれを見て、サッと部屋から出る。

 

僕は()()()()()()に思いを巡らせていた。アーディが最後に囁いた言葉。甘い吐息と共に届いた声は何よりも煌めいていて…

その後に僕にだけ見せてくれた笑顔は陽光の乱反射でさえ演出にしかならないほど、何よりも輝いて見えたんだ。

 

「ねえ、ベルくん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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新たな影

※アストレア様のキャラは「兄の嫁と暮らしてます」という作品の希さんをモデルにしてます


1週間。人生で最も果てしなく長い1週間を乗り越えた僕は今、ダンジョン前の噴水で知らない人と話している。

 

「だーかーらー!あなたソロでしょ!?報酬少し分けてくれるだけで良いから私を雇ってくださいって言ってるの!」

 

「えっ、でも…お母さんには知らない人と一緒にいちゃダメだって言われてるし、お姉ちゃん達もあとから来るから…」

 

「お・ね・が・い・し・ま・す・よ!私が居候しているファミリア…みたいなとこ、人が1人しか居ないんです!神様のバイトだけじゃあとてもじゃないけどやっていけないんですぅ!後生ですから助けてぇ…」

 

僕に縋り付いてる栗色の髪を靡かせる女の人はリリルカ・アーデさん。かれこれ20分はこのやり取りを繰り返している。驚くことに僕よりも身長が低い。というのも、耳が人間(ヒューマン)小人(パルゥム)として付いてるはずの場所に無く、犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)の人と同じ場所にあるからだ。普通、その人たちは身長が低いということは無い。むしろ亜人(デミ・ヒューマン)は高い傾向にある。

 

「え〜。でもぉ…」

 

「む〜…分かりました。他を当たります。時間取ってすいませんでした」

 

「え、あ…はい。さようなら」

 

20分も粘ったのに何ともあっさりした感じでその場を離れていった。嵐のような時間だった。ダンジョンに行く前から疲れていると、より疲れてそうな顔の2人がこちらへやって来る。

 

「ベル…申し訳ないけど、私たちアストレア様にお話しなくちゃいけなくなったから。夜ご飯までには帰るようにしてくれてら、あとはテキトーに好きなことしてていいわよ」

 

なんだかすっごくゲッソリしてる。僕は漠然とした不安に襲われて、口を開くとリオンさんがそれを塞いでくる。

 

「ベル…今は何も聞かないで下さい。胃痛が…」

 

「ふぁ、ふぁい」

 

そう言ってホームへ帰る2人は、見たことも感じたことも無い哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

 

「アストレア様!これはどういうことですか!?」

 

慌ただしく入り、扉を乱暴に閉めて2人は主神(アストレア)に詰め寄る。

 

「これ、ちょっとやそっとの事態じゃ無いわよ。1つのファミリアの内部崩壊起こしておいてなんでそんなにケロッとお茶飲んでられるの…!?」

 

問い詰められてもアストレアファミリアが主神は何処吹く風。

一体どうしたというのか、それは数日前までに遡る。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

ヘスティアに別れを告げ、神会へ持っていくお土産を買いにアルフィアと街へ行く途中の事だった。何の気なしに裏路地の方を向くと、明らかに体格差がある2人が取っ組み合いの喧嘩…いや、一方的な暴力を受けていた。

 

「はなして…くだ、さい!リリは盗みなんて、、」

 

「そのセリフは聞き飽きたんだよチビ野郎がぁ!じゃあどうして俺が肌身離さず持ってた指輪が消えてるんだよっ!!」

 

「ど…うせ、無くしたんじゃあないですグハッ」

 

小人(パルゥム)と思わしき子が筋骨隆々とした男に思いっきり殴られる。腹に一発。その衝撃でこちらへと小人(パルゥム)が吹き飛んできた。

流石に一方的な蹂躙は見ていて気持ちのよいものではない。アルフィアは興味無さげ、早く買い物へ行きたいという感じがひしひしと伝わってきたが、アイコンタクト(上目遣い)で説得する。

 

「大丈夫?ちっちゃな冒険者さん」

 

「は、はい…カハッ」

 

ドロドロと口から溢れる血。目も焦点が合わず、意識を保つのがやっとに見える。

 

「おう?なんだぁ、これはこれは、正義を司る善神、アストレア様じゃないですか。聞いてくだせえ、こいつが何回も何回もギルドの換金でヴァリスちょろまかしたり俺たちのもの盗んでやがったんですよ!」

 

なるほど。確かにそれは許されることではない。どんな事情があろうと、盗むのは決して許されることではない。

だが、殴ることも然り、だ。

 

「そうね。盗むのは良くないことだわ」

 

「でしょう?だからそいつをこっちに」

 

「でもね、殴ることもまた良くないことよ」

 

うっ、と当然の指摘。しかし、あからさまに彼の顔から余裕が消える。

 

「あなたのやっていたことは憎しみの連鎖を紡ぐだけ。今殴って気が済んだとして、その後にこの子が金で殺し屋を雇う可能性も有るのよ?巡り巡って憎しみは帰ってくる。だから行動に移してはダメ」

 

男の冒険者はバツの悪そうな顔をすると、踵を返して捨て台詞を吐きながら去ってゆく。

 

「次はねえからな」と。

 

「ふぅ、行ったわね。って、あの子はどこに?」

 

「説教中にどこかへ行ってしまったようだ」

 

「アルフィア、ちゃんと見てなかったの?」

 

「見てたさ。3店舗先の八百屋が一番安い。今日はそこで買おうかと思っている。今夜はベルの好きなシチューだな」

 

「ん〜!そこじゃないんだけどなあ…」

 

〜〜〜

 

場所は変わってガネーシャファミリアのホーム、【アイアム・ガネーシャ】。気まぐれな神達が何となくで始めるこの神だけの会合に、アストレアも出席していた。

 

「うっ…叔母さんもいるじゃない」

 

ドレス姿の中で1人私服の神が1柱(ひとり)。ガネーシャにお礼の手土産を渡した後にヘファイストスと談笑していたが、下の食事会場で縦横無尽に駆け回る神に目がいってしまった。

もちろん、彼女の名はヘスティア。放蕩癖のある父親の姉にあたるのだが、父親が行動力の化身で色好みなのに対し、姉である彼女は高潔でぐーたら。何がどうしたらこんな取り合わせになるのか分からない、似たとこが全くない姉弟である。正直、苦手なタイプだ。

 

「えっと、これはタッパーに詰めて。これも頂いちゃえ!」

 

誰の入れ知恵か、タッパーまで持参してるよあの神!?いえ、ダメではないけどもっと善神としての威厳を見せて欲しいわ…

 

「ねえアストレア。あの子のとこに1人居候が出来たの知ってるかしら?」

 

同じように彼女を見ていたヘファイストスが保護者の顔で話してくる。

 

「えっ?知らないけど…」

 

「そうでしょうね。ついさっき今日の夕方頃。路地裏で倒れてるとこを拾ってきたらしいわ」

 

それを聞き、私はふと今日の昼のことを思い出した。

しかし、心当たりがある事を言う隙が無い弾丸トークが飛んでくる。

 

「その子の主神がソーマなのよ。最近金銭絡みで巷を騒がせているあのボンクラファミリア。なまじ冒険者ギルドに居て内輪揉めで解決してる分闇派閥(イヴィルス)より面倒な所もあるくらいよ。正攻法でぶっ潰すことが出来ないし、すこーしでも外部からの話があればギルドは動くと言ってるけど、全く動く気配も無し。ウチには金にものを言わせて不相応の装備をじゃんじゃん要求してくるし……鍛冶に誇りを持つものとして、武器をちゃんと見ないってのはあまり頂けないのよね。」

 

「あはは…でも、ソーマは結構素直な神よ?お話すれば何とかなるんじゃないかしら」

 

「本気で言ってるの!?」

 

「ええ、本気よ。職人さんだからね、お酒のことだと頑固だけど」

 

「そう…でも、妙な気は起こさないでよ?」

 

「うふふふふ」

 

「いやほんとに!じゃないとオーダーで装備作ってあげないわよ」

 

「それはやめて!?お願いだから、ね?ちょっとお話するだけだから!」

 

 

 

 

〜〜〜

 

「って感じで、ソーマの所にお話しに言っただけよ」

 

無言、ジト目、正座の3コンボで主神を見つめる2人。その圧に押され、左右の人差し指を合わせながら恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「……お酒、作れなくなるよってことを事細かに言っただけよ」

 

 

 

 

 

「「それが明らかに火種でしょうがあぁぁぁぁ!!!!!」」

 

 

 

 

ホームに揺れるように響き渡る甲高い2人の大声。少しビクッとした後、アストレアはまた、普段通りに落ち着く。相変わらず異常に速い切り替え速度だ。

 

「まあ、ソーマがチャチャッと頑張るって言ってたから何とか…なるように助言しておいたのだけども」

 

「今まで全く眷属を顧みなかった主神の話とか聞くかしら?私なら聞かないわよ。それに趣味神だからその辺の要領は悪いでしょうね」

 

「あ…そうよね。全く気が回らなかった」

 

「まあ…そんな感じで更に荒れてるんです。真っ当に酒を探求し、神酒をそれほど欲しない。なんなら自分でそれを作ってみせるという、いわゆる酒造派と従来通り神酒のために冒険し、金銭欲の権化と化すことを厭わないザニス派で」

 

「あら…悪いことをしたわね。で、周囲に被害は?」

 

「いえ、特にありません。いずれ瓦解するファミリアだったので、時期が早まっただけだと。それにもう、事は済んでます。ギルドが介入して、後者が謹慎処分の後、不当な金銭の受け渡しがあったとして冒険者失格処分を言い渡されました」

 

「凄かったわよ。ギルドに行ったら質問の雨あられ。職員からもそなへんの冒険者からも何事だーって狂ったように聞かれちゃった。リオンが言った話もその時に聞いたの」

 

「そう。周囲に被害が無いなら…良くないけど。私が巻き起こしたんだもの。ソーマに謝らなきゃ」

 

心底申し訳なさそうに俯くアストレア。彼女は彼女で、目の前で起きた暴力沙汰を無くそうと【力】が無いなりに立ち回ったのだろう。他ファミリアの干渉という禁忌を侵してまでそれを行った。それは褒められたものでは無いだろう。決して。

 

なぜなら…

 

 

一歩間違えたら、大切な家族を失うところだったのだから

 

 

 

 

 

 



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夜空の誓い

説明し忘れていたことをここで。
「涙の意味」でリヴェリアの地に膝をつけて謝るのは跪拝礼です。
アレクサンドロスが用いたペルシア式のものです。
向こうには土下座なんて文化ないので。ややこしくてごめんなさい


アストレア達の反省会が開かれている時、ベルはワクワクしながらアーディの家へ走る。バベルから徐々に遠ざかる。そして円形都市の端に到着し、関所に交通手形を通してオラリオから出る。

 

「わぁっ…!」

 

目の前に広がるのは果てなく続く草原。草木が風に揺れ、海のように青く広がる空が広がっている。もちろん、壁に阻まれてその先が見えないということも無い。まさに自由、そういった感じだ。オラリオに来てからたった1ヶ月だが、その1ヶ月がいつも通りの風景を新鮮味のあるものへと変えた。

渡された地図を頼りに北へ少し歩くと、そこには柵で囲まれた一軒家がポツンと建っていた。

柵は上だけが尖頭アーチの如く尖っており、その上には鉄条網。外敵の侵入を阻む造りになっている。

木目ですら美しく映えている建材で建てられた丸太小屋は、小さくもそこにあるという存在感をしっかり持っている。

家の横にはこぢんまりとした畑と木が数本、鶏が数羽。几帳面に手入れされており、アーディの優しさを受けてすくすくと育っている。

 

呼ぶために門の隣にかけてある古びている鐘を鳴らす。

 

リーンゴーンリーンゴーン

 

鐘の音は大好きだ。小さい頃、お母さんにせがんで買って貰ったことがある。今でも僕の机に置いてあるその鐘は、1番大切な宝物だ。

鐘が鳴り終わると、直ぐに扉からアーディさんが出てきた。

 

「はーい。わぁっ!ベルくん、じゃない!どうぞどう、ぞ中に入って♪」

 

今この瞬間ぱあっと咲いた満面の笑顔。手を合わせる仕草、その表情に僕は胸が焼けるように熱くなり、顔が沸騰して真っ赤に染まる。アーディさんはその後、頬を少し赤らめ、穏やかな微笑みになる。これを天使以外の何と形容しようか、いや、天使では足りない。()()()()()もあってか、人生で指折りに煌めいている。

白のパーカーに膝丈の水色スカートをヒラヒラさせて、僕の手を握り家へと招き入れてくれた。その間、僕の思考回路は完全に断裂。脳死状態で家へと入ってゆく。

 

「そこに、座って。いま、お茶出す、から」

 

促されるまま無言で座る。これが女の人の部屋……女家族の部屋には入ったことがあるが、完全に女性として意識している人の部屋には初めてだ。

部屋は最低限の調度品が部屋を飾っている。その素朴さが実にアーディさんらしい。

 

「ごめんね、飾り、気無くって。部屋に招き入れるなんて、考えた、ことも無かった、から」

 

「いえっ!この落ち着いた感じ…僕も大好きです」

 

「そう、良かったぁ」

 

あ、すごく可愛い。語彙力壊れる、天使。こんなに可愛い人が僕のことを好き…好きって…いや、違う違う!思い上がるな僕。これは親愛の『好き』であって、お母さんやお姉ちゃんが好きって言ってくれるものと同類だ。そうだ、そうに違いない。じゃないと僕の理性ガガガ。

 

「ねね、新しい英雄譚を見つけたんだけど一緒に読まない?」

 

「えっ?本当ですか!?見ます見ます!」

 

「ふふっ、じゃあこっちにおい、で。ソファで2人で、読も?」

 

「うん!」

 

アーディは駆動音をカチャリ、と鳴らして席を立ち、紅茶をソファの前の机に移す。

 

それからは感想を言い合いながら、2人でその分厚い英雄譚を読破した。途中焼き菓子も出してきてくれた。それはサクサクとした食感、ほんのり香るバターの芳香、口に広がる優しい甘み。お母さんの作ってくれるお菓子にも引けを取らない美味しさだった。

読んだ英雄譚は極東のものであり、珍しく『人』が英雄では無かった。ブショウと呼ばれた古代の人が異国人の侵略を防ぐ際、カミカゼと言われる轟雷、強風、落雷に侵略者が為す術もなく散っていく物語。侵略される側の人はその降って湧いた天地の揺らめきを『カミカゼ』として讃え、語り継いだというものだった。

人ならざるものを【英雄】として讃えるその異質な文化に僕は酷く興味を持ち、極東にぜひ、行ってみたいという気持ちが芽生えた。

 

読み終わる頃には日もすっかり暮れ、今は夜空に星が瞬いている。

 

「あー、もう夜に、なっちゃった。夜ご飯、どう、しよっか」

 

「えと…その、アーディさんと、食べたいなって」

 

僕の答えに、両目を大きく見開く。その後、頬は紅に染まり少し口角を持ち上げる。

 

「そう、分かったよ」

 

アーディさんは目を細め、僕の手をぎゅっと握ってくる。僕も負けじと固く手を握り返す。

 

あぁ、あまりにも幸せで、静か。平和で美しい時間。こんな時は…そう、お母さんと2人暮らしてたあの時以来。

 

『僕は元来静かな方が好きなんだ』

 

そう、それまでの僕を形成していたのは九分九厘お母さんのため。お母さんとの平和な時間を一分一秒でも(なが)くするため。

だから、元々望んでいたものはお母さんのための英雄だった。だけど、今は違う。

 

ヘルメス様に導かれた

 

アストレア様に家族にしてもらった

 

リオンさんに恋をした

 

アリーゼさんが指針になってくれた

 

アーディさんと支え合った

 

この大切な出会いを僕はこれからへと繋いでいきたい。

ズット手を繋ぎあい、寄り添っていたい。

だから…だから僕は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な()()のために全てを投げ打ってでも【英雄】になる

 

 

 

 

 

 

 

英雄になると誓ったあの日とよく似た夜空。だけど、隣にいる人は違う。

それでも僕のやる事は変わらない。誓うことも変わらない。

再び重い決意を背負い、雁字搦めに胸に縛って僕は進むんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜなら、それが冒険者になった理由だから

 

 

 




次回、アルフィアの苦悩


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親の心子知らず

「ぜんっぜん帰ってこん…!」

 

バキッ!

金属であるはずのフライパンが割れる音が家中に響いた。

それは春も終わりかけ、日差しは強く、日が暮れるのも遅くなってきた頃。彼女(アルフィア)はいくら待っても聞こえてこない息子(ベル)の声を待ちながら、台所で今日の夕食を作っていた。

ちなみに、ベルは外で食べるにしても絶対連絡を入れてくれる。故郷では遊ぶ友達などはいなかったから門限は無かったが、オラリオに来てからは夕刻の8時頃を門限としていて、ベルはそれを破ったことは無い。私との約束を破る事は基本無いのだ。しかし…

 

「7時…45分」

 

あと15分。最近ベルとはしっかり顔を合わせていないから、今日こそはと思ったのにっ…!

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

アストレアと買い物へ行き、その後ガネーシャファミリアの所で別れて家に帰った時の夕飯の用意をしようとする時、かなりショッキングなことを聞いた。

 

「アルフィアさん。この子連れて3日くらいダンジョンに篭っていい?」

 

「…」

 

言葉が出てこず、運んでいる皿を落としかけた。衝撃で瞼も持ち上がっていたことだろう。今まで過ごしてきたこの7年間、ベルが居ない生活なんてものは考えもしなかったからだ。

 

「いや、少し驚いただけだ。…ベルにはまだ早いのではないか?」

 

「いえっ!ベルは着実に力をつけてますよ。時間をかけて今のベルに合う階層まで行けたらいいなと思ってます。あと、お金も心許なくなってきたので……」

 

「ああ、そうなのか。私たちが来たからだな。私も助けになれるといいのだが……すまないな。私がダンジョンに潜るとなるとベルを泣かせることになる。それだけは避けたい」

 

「ほんとに、ベルは愛されてますね」

 

「当たり前だ」

 

心苦しいが、ベルの夢の邪魔をするのは保護者として、親としてやってはいけない。だから甘んじて受け入れよう。

そう考えていると、バタンと扉が開いた。

 

「お母さん、お姉ちゃん、ただいま!」

 

色々考えているうちにベルが帰ってきた…お姉ちゃん?まあ聞き間違いだろう。私も疲れているな。

 

「おかえり、ベル。こら、そこで泥をちゃんと落とせ。今日はどうだった?ちゃんと上手く立ち回れたか?」

 

「うん。かなりモンスターは結構安定して狩れるようになったよ!」

 

「そうか。それは良かった」

 

「えへへ…」

 

頭を撫でられ、笑顔を弾けさせるベル。完全に安心しきっている蕩けた目や自然と上がる口角、だらんと緩む腕。ここにマザコン極まれりである。

 

「さ、早く風呂へ入れ。もう沸かしてあるから」

 

「うん!」

 

タッタッタッと子気味の良いリズムで風呂場へ行く。それを見たアリーゼも抜き足差し足で風呂場へ行こうとする。

 

「おい、何している」

 

「えっ?あ、はは…姉として弟の背中を流してあげよかなっ、なんて」

 

「なに戯けたことを言っている。ベルも嫌がるからやめろ」

 

「あ、はは…わかりましたぁ」

 

「それに、最近私と入るのも嫌がるのだ。それがちょっとショックでな」

 

深くため息を着くその様子はちょっとやそっとじゃない程の苦悩と辛さを表している。ベルというマザコンにして、アルフィアという親バカ有り、だ。

 

「それって単に取られるのが嫌なだけじゃ…」

 

「何か?」

 

「イエナンデモアリマセン」

 

「なら良い。私は風呂から出たベルの服とか用意してくる。お前は皿に夕食を盛りつけていおいてくれ」

 

「ワカリマシタ」

 

殺気に押され、台所へそそくさと逃げるアリーゼ。それを後目にアルフィアはベルの部屋へ行き、衣服を取ってそれを洗面所へ置いておく。

数分後、ベルが出ると同時にリオンが洗濯物を干し終わり、4人で食卓を囲む。

 

「ベル、明日から初めての泊まり込みでのダンジョンらしいな」

 

「うん!お姉ちゃんとリオンさんと頑張ってくるよ」

 

再び『お姉ちゃん』という言葉に違和感を覚えるアルフィア。彼女は生来あれこれ考えるのは嫌いなタイプの人間である。ここでも、ベルに正面切って聞くことにした。

 

「ベル。帰ってきてからお姉ちゃん、お姉ちゃんと言っているが…もしや、アリーゼの事か?」

 

「ん?そうだよ」

 

脳内が真白に染まる。何を言っているのか、この子は。お姉ちゃんだと?ベルの姉なら私の娘、私の娘ならベルの姉…

 

「ベル、だめ…ダメだっ!それはダメだっ!」

 

「うええ!?な、なに、どうしたのお母さん!?」

 

その後疲労と混乱で取り乱すアルフィアを3人で説得するのに1時間近くかかったのであった。

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

空は青い。空が一面の青色だと何故か気分が良くなるのは人間の深層心理のなせる技だろうか。そんなことは抜きにしてとにかく気分が良いのだ。なんせ、これから初めての遠征…と言っても、せいぜい3日、僕に合わせた階層までだ。寝食に関しては、ダンジョンにはそれぞれの階層に安全地帯が有るのでそこで済ませるらしい。

なお、この遠征はお姉ちゃん曰く、

 

『リオンと私の白熱!スパルタ特訓遠征!!』

 

らしい。一体どんなことをやるのか、楽しみ半分不安半分だ。その不安というのが、今起きているこれだ。

 

「ベル、体調は大丈夫か?熱は…無いな。ストックの剣は持ったか?ダンジョン何があるか分からんからな、予備は持っていった方が懸命だ。それと、ああ。身だしなみにも気おつけろ。ハンカチは持ったか?服も汚れるだろうから予備を持ってくと良い。ん、寝癖がついてるぞ。ちょっと直してやるからこっちに来い」

 

「え、あ、うん」

 

この通り、不安なのはお母さんだ。必要以上に心配してくれるのは嬉しいけど、これって僕が留守にしてて大丈夫なのかな?

 

「じゃあ、行ってくるね。お母さん」

 

「ああ。気をつけて行ってらっしゃい。絶対に戻ってくるんだぞ」

 

「うん!頑張ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「今日は楽しかったな。また行きたいや」

 

日は既に落ち、月明かりが夜の街を照らす頃にベルはようやく帰路についていた。もちろん、彼は時間など知らない。アーディはその生活柄故に時を刻む物は持っていないので、知る由もないのだ。

そうして浮き足立った状態でホームに帰ってきてしまった。

 

「ただいまー!」

 

ドアを開けたその時、優しい温もりに包まれた。柔らかい感触に包まれ、ベルは安心しきってその身を簡単に預けてしまう。

 

「どこをほっつき歩いてたんだこのバカ…!」

 

小さな声。だが、その小さな声がベルの全身を麻痺させた。

今までこんなに心配されたことは無かった。それは日が暮れるまで、との約束を守っていたからだ。

現在は8時30分。門限を30分も過ぎている。

しかし、かけられた言葉は優しい言葉だった。

 

「さあベル、早くこっちに来い。私はお前に聞きたいことが沢山あるんだから、な?全く、お前は遠征から帰ってきても猫のようにすぐどこかへ行ってしまう。詳しい話を聞かせてくれ」

 

「え、うん」

 

「今夜は久しぶりに2人で夕食だ。遅い時間だから、他のみんなはもう食べてしまったぞ」

 

「……あの、お母さん」

 

「ん?どうした」

 

「ご、ごめんなさい…!遅くなって、心配かけてごめんなさい……!!」

 

泣きじゃくり、頬が、袖が濡れて重くなる。擦る目は腫れ、顔は林檎のように紅潮する。

 

「全く…ベル、こっちを向け」

 

コクリ、頷いてアルフィアの方を向くとペチンっとデコピンをされる。吹き飛ばないようなくらいの力で。しかし、それでもかなり痛いのに変わりはない。

 

「次から気をつけるんだぞ。さ、温め直すから座っててくれ」

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 



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本当の自分
狂い酒・避け・狂い咲け 0


お待たせしました。新章始まります


ここはソーマ・ファミリアの館の一角。雑多に置かれているのは酒の材料、そしてそれらを酒に昇華させるための道具。どれも奇天烈な造形をしているが、他ならぬ酒の神ソーマ謹製の道具であり、もちろん酒を作るため最高の効率が弾き出せるようになっている。

そんな中で酒造派閥に属するある2人の青年が指定の酒を作りながら話していた。

 

「なあ、やっぱりおかしいよ」

 

「なにがだ?」

 

「俺たち、ザニスの野郎を追放してようやくまともな酒造りができるってなったじゃねえか」

 

「ああ。そうだな」

 

男の持つ硝子のフラスコがチリン、と無機質な音を奏でる。

 

「それにしてはここんとこ、流通量がおかしくないか?」

 

「………」

 

「ザニスの奴、脱獄したって瓦版にもあったしよ…あいつの神酒に対する執着は異常なものがあらァ。何かしでかしてないと良いが」

 

「………」

 

「おい、きいてんの…か、、、よ?」

 

突如として途切れる反対側で作業しているもう1人の男の声。

男が背後にいるはずの同僚を確認するため、酒造を中断して後ろを振り向く。

そこにあったのは鮮血でコーティングされた肉塊。それが先程まで話していた彼だと気づくにはさして時間がかからなかった。

 

「おっ ー」

 

恐怖のトンネルから抜け出してようやく声を出したもう1人の男の首は、瞬時に胴体から切り離される。一切何も理解ができないまま、彼の瞳は閉じられることも無く木板に嫌な音を奏でて落ちていった。

 

 

 

 

「まぁ、こんなもんかねぇ」

 

ペロリ、ナイフに付いた紅色に光る真っ赤な液体を妖艶な舌で舐めとり、鞘に入れる。黒く風に靡く髪をサラリと手で掻き上げ、暗闇の中切れ長の瞳をギロリと光らせるその姿はまさに修羅。だが、異様に面積の小さい衣服で隠されている豊満な胸に鉄の香りを帯びたナイフを入れるその仕草は、闇夜であっても美しく洗練されていることが分かる。

そうして彼女は暗い路地裏を去っていく。無論、ドアの開閉音から足音まで何一つ聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の歯車は異物ひとつで大きく狂ってゆく。今、()()()の手によって1つの歯車が回り始めた。

 

 

それはとある家族(ファミリア)を巻き込み、とある少年の前に大きく立ち塞がる試練となる、逆上と狂気の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……一体何が迷宮都市(オラリオ)狂わせるかは皆目見当もつかないな」

 

「ああ。彼が何に酔っているのかは明白。果たしてその酔いに周囲が巻き込まれていくのか」

 

「巻き込まれるさ、間違いなく」

 

「ふーん?どうしてそう言いきれるんだよ」

 

「何故って…そりゃあ」

 

 

 

 

 

 

「人間、なにかに酔っ払ってないとやってけないからねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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狂い酒・避け・狂い咲け 1

長編の時はてえてえ要素は少なくなるかもです。


とある陽気な昼下がりの草原。果てなく広がる芝生の海の上に2人。穏やかに草は揺れ、心地よい風の中で僕は彼女の作ったサンドイッチを夢中で頬張っている。本当に暖かい。まさにピクニック日和だ。

 

「どう?美味しい?」

 

僕のことを優しく見つめる彼女の問いに僕は無言で首を縦に振る。あれほど高いと思っていた彼女も、今では僕より少し小さい。時代の流れを感じる今日この頃。

 

「えへへ♪よかったあ」

 

彼女の太陽のような眩しい笑顔に僕は蕩けてベタァと柔らかい膝に落ちてゆく。

 

「ねえ……は、僕のこと好き?」

 

「好きじゃないよ」

 

「えっ?」

 

「だーいすき!だよ」

 

「うっ…ぼくも……その、、、大好きだよ!」

 

僕がそう言うと、彼女の顔に一輪の花が咲く。そして、徐々にその顔が僕の顔に近づいて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル!いつまで寝ているんだ、とっとと起きろ!」

 

「ふえっ!?」

 

ベッドから吹き飛ばされて目が覚めてしまった。あれ?え?あれは夢?そんなぁ…

 

「全く、なかなか起きてこないと思ったらどんな夢を見ていたのやら。あまりにも腑抜けた顔でつい、吹き飛ばしてしまった」

 

そう言って至近距離でじーっとみつめてくるお母さん。う、な、なに…?

 

「もう昼だ。アリーゼ達はダンジョンに行ってしまったぞ」

 

「ええ!?なら早く起こしてよぉ!」

 

「起こしたのに起きてこなかったお前が悪い」

 

ペチンとデコピンを受け、壁にめり込みそうになる。うう、朝からなんて災難だ。

 

「ご飯は下に用意してあるから、早く食べて行ってこい」

 

「うん…ありがと!」

 

タタタタッと階下へ降りていくベル。そんな息子を見て彼女は一言。

 

「これが…九魔姫(ナイン・ヘル)の言ってた反抗期、か」

 

アルフィアは腰が抜けたようにヘナヘナとベッドに崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「ご馳走様でした!」

 

食べ終わって食器を洗い場に置くと同時に、玄関が開く音がした。

 

「えっと、ここに確か少し置いてあった気が…」

 

「あっ、リオンさん!」

 

「あらベル。やっと起きたのですか?夜更かしはいけませんよ」

 

「夜更かしてなんてしてませんよ!って、あれ?リオンさんはなんでここに?」

 

「ちょっと忘れ物をしてしまいまして」

 

「よく忘れ物しますよね、リオンさんって」

 

「なっ…!ねぼすけに言われたくないですね」

 

少しリオンの頬に赤みが刺す。しかし、それ以上にベルの顔は真っ赤になる。

 

「ねぼすけってなんですか!今日しか寝坊してませんよ!」

 

「未だにアルフィアさんに起こして貰っている内はねぼすけです!」

 

「むう…」

 

「こらこら、あんまり言い争いしないの。リオンもムキにならない」

 

幼稚な一部始終を見ていたアストレアが割って入ってくる。リオンもしゅん…となって半泣きのベルの頭に手を置く。

 

「すいません。ちょっと熱が入ってしまいました」

 

「僕もごめんなさい…」グスッ

 

手持ちのハンカチでベルの涙を拭うリオン。それを見て和むアストレア。そして忘れ去られるアリーゼ…

 

「はっ!アリーゼが待っているのを忘れてました!早く行ってきますね!」

 

そう言ってハンカチをポケットに仕舞うと、慌ただしい音を奏でながらホームを出て行った。

 

「あ…行っちゃった」

 

「それよりベル。あなたも一緒に着いてって貰った方が良かったんじゃない?」

 

「あぁ!ま、待ってよリオンさ〜ん!」

 

ベルは先程のリオンと全く同じ形で玄関を開けてバベルへと向かう。

 

「ふふっ、ほんとに楽しそう。私もバベルに行けたらなあ」

 

「お前だと本当に行きかねんからやめろ」

 

家事を終えたアルフィアがタオルを持ってトコトコと歩いてくる。

 

「あら?その辺の分別はついてるつもりよ」

 

「分別のつくやつは他ファミリアの内部分裂を誘発したりしない」

 

「そこを突かれると痛いわね」

 

そこから長い時間に渡る主婦の井戸端会議のようなお喋りが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

薄暗い部屋の中、とある男と女が机を挟み相対している。かなり長い沈黙の後、神が突然口を開いた。

 

「ねえ」

 

「あんだよ?」

 

「酒に酔うやつってどう思う?」

 

「なんでまた」

 

「いいから」

 

「ったく…悪酔いしなきゃあ別に」

 

「違う、酒そのものに酔う奴のことだよ」

 

「ああ?全く話が見えてこねえ。私もやらなきゃ行けないことがあんだよ。無駄話は後にしやがれ」

 

そう言って女は机を蹴ったあと、扉を乱暴に閉める。この女の行動を見て神は鼻で笑う。

 

「なにも、なあんにも分かってない。笑えるよ。ねえ、イシュタル?」

 

イシュタル。そう呼ばれた女神は奥の暗闇から出てくる。人間離れした妖艶な雰囲気に切れ長の瞳。グラマラスな肢体には誰もが目を奪わられるだろう。まさに美の神と言われるだけはある、所謂()()()である。

 

「ああ、分かっちゃいないさ。あいつ…ソーマの造る酒は神酒そのもの」

 

「そして、それに魅入られた目のあるやつに支援をした…ということか」

 

「そう。そいつが上手くオラリオを引っ掻き回してくれれば、フレイヤも出て来ざるを得ない」

 

「しかし、あの様子を見ると闇派閥(イヴィルス)の協力は今回無いぞ」

 

「ある程度騒げばあいつらも乗じるだろう。奴らにとってキッカケは何でもいいのさ」

 

やることがあるからね、そう言い残してヒラヒラ手を振って去るイシュタル。神はその背中を細い目をして見送る。

 

「……馬鹿だね。実に愚かしい。嘲笑が込み上げてくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アストレアファミリアを潰す…なんて妄言を信じるほど、あいつらは馬鹿では無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言い残し、不気味な笑い声と共に神もその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

夕暮れ時、ダンジョン帰りで楽しげに往来を歩く3人。この頃はロキファミリアが遠征中なので、往来では怪しげな取引が相次いで行われている。しかしその辺には以前の力を持たないアストレアファミリアは関与しないことを決めているのと、ベルにこの街の汚いところをあまり見せたくないという子煩悩の母親による命令とも取れるお達しがあるから、歯がゆそうにも見逃している。そんな3人の手には出来たてのじゃがまるくんがあり、アリーぜとリオンはほどほどに、ベルはじゃがまるくんに夢中になっている。

 

 

「はあー!今日も疲れたわ!」

 

「ええ。でも中々の収穫でしたね」

 

「そうね!いい金額が結構手に入ったわ」

 

「お姉ちゃん、リオンさん、今日はどこも寄らずに帰るよね?」

 

「そのつもりだけど、どこか寄りたいところでもあるの?」

 

「え、ええと…特に無いけど」

 

「あー!分かったわ、お母さんに早く会いたいんでしょ?」

 

アリーゼのいじりたいっ!欲がもれなく爆発しそうなことを察知したベルは首をブンブンと振る。だが、アリーゼにとってそれが逆効果なのは周知の事実である。

瞳を輝かせ始めたアリーゼの言葉を遮ったのは、名も無き住民からの一報であった。

 

 

 

 

 

 

「アストレアファミリアはどこにいる!」

 

「ここよー。なに?なにかあったの?」

 

 

 

 

 

 

「ホームが謎の覆面集団に襲撃された!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の記憶は曖昧だ。はっきりと覚えているのは血の香りと感触。臓物の生臭さ、それと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の屍の上に立つ、邪悪な英雄だけだった

 

 

 

 

 

 

 

 



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狂い酒・避け・狂い咲け 2

900いいね突破!
いつもありがとうございます!感想も70件いきました!ほんとに感謝感謝です!
pixivでもあルプ名義で活動してるので、そちらの方もよろしくお願いします。

ps
前話に重大な伏線の欠陥があったため、急遽書き直しました。もう一度読んでいただけると嬉しいです


全速力で多くの人通りの中路地を駆ける少女が2人と担がれる少年が1人。先の一報で焦りに焦る3人は通行人を押し退けて走る。通行人も文句を言う人は一人もいない。3人の、特に巷でも楽天家で通っているアリーゼの鬼気迫る表情が事態の深刻さを物語っている事を、言葉に出さずとも分かるからだ。

 

「!煙が……ホームの方向から火の手が上がっています!」

 

アリーゼにおぶられているベルがホームの方角から上がる黒煙を指さす。

 

「……スピード上げるわよ。しっかり掴まって!」

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「ふふっ、美味しそうね。あの子達にも食べさせてあげたいわ」

 

「案ずるな。そう言うと思って魚は用意してある」

 

「わあっー!流石ねアルフィア!」

 

「待てっ!抱きつくな!火が燃え移るだろうがっ!」

 

「下手しなければ大丈夫よ〜」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

アリーゼ達は言葉を失っていた。確かにホームから煙は立ち上っている。しかし、その出処はアルフィアが不思議な道具で煽っている謎の器具。その上には魚が乗っており、こんがりと焼けて良い香りがしている。

そんな場面に出くわして、一同は一気に気が抜けてしまった。

 

「ん?お前たち帰ってきていたのか」

 

「あらあら、そんなにへにゃってなってどうしたの?」

 

「「「いえ、なんでもないです……」」」

 

ここまで気の抜ける事が有るだろうか。全身が緊張感で震えていたのが嘘のような光景。

 

「ほら、お前らの分も焼いてやるからこちらへ来い」

 

「ほんと?わーい♪やったやった!」

 

ベルは無邪気に大好きな母の元へ向かう。アリーゼもそちらへ行こうとした時、後ろから肩をガっと掴まれる。

 

「アリーゼ。今までの一連の流れに違和感を感じませんか?」

 

「うーん、無いこともないけど…一応、リオンの考えを聞かせてくれる?」

 

「はい。私達はホームが襲撃と言う知らせを受けた時、何も疑わずに走ってきました」

 

「そうね。でもそれは当たり前でしょう?」

 

「そう、だけど………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして他の人の目撃情報が無かったのですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

「っ…!!!!確かに、そんな大事なら慌ただしくない方がおかしいわよね」

 

「嫌な予感が……しませんか?」

 

「そうね、気を引き締めておいt」

 

 

 

 

 

 

 

ドガアァァッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!!!!!」

 

どこからともなく耳に届いて来た轟音が地を揺らす。その揺れが収まった……かと思うと、次に聞こえたのは耳をつんざくような悲鳴の数々だった。

 

 

 

 

「やめてぇぇえええ!!!!」

 

 

 

 

「ど、どうして俺達がぁぁぁぁああ!?!?」

 

 

 

「嫌だ……死ぬのは嫌だよ…!!!」

 

 

 

「なにっ!?何が起きてるのですかっ!」

 

「そんなことどうだっていいわよ!!とにかく早く行くわ!」

 

アリーゼとリオンは目にも追えぬ速さで爆音響く現場へと走ってゆく。

 

「ま、待って!ぼ、ぼくも…」

 

少し経ってからオロオロと動くベル。だが、やはり(アルフィア)主神(アストレア)が気になるようで1歩を踏み出せない。

しかしそこは育ての親であるアルフィア。ベルの不安を拭うために背中を押した。

 

「行きなさい。神1人くらい、私1人でも守れる」

 

その言葉を背にベルは意を決して前に出る。

 

 

 

「お母さん!無茶……しないでね」

 

 

 

アルフィア(唯一の肉親)を案じる言葉を残して、2人の後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「全く、なんでこんな時に…!」

 

「見て!あれって」

 

「はい。ソーマファミリアのホーム……そして、恐らくはイシュタルファミリアのアマゾネス」

 

「クソっ、ロキファミリアが居ない時に限って…たち悪いわね」

 

と、2人の前に飛び出して急襲してきたのはイシュタルファミリアの面々。

肉体派の彼女たちのハイキックに2人は上手く対応出来ず、そのまま弾き飛ばされる。

 

「グハッ…!」

 

壁に全身を叩きつけられた2人の身体はまともに言うことを聞かない。リオンは軽傷だが、アリーゼの方はもろに頭を打っており意識が薄れかけている。

 

「ええ?2人ともレベル5って聞いたけど弱すぎない?」

 

「一応パワーS、レベル4の蹴りだ。簡単にいなされたらやってらんないよ。それよりアンタは白兎の足止めに行ってこい!」

 

蹴った張本人が隣にいた小柄な娘を引っぱたき、慌ててその子娘はその場を去る。

切れ長の瞳に艶やかな黒髪。出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいるグラマラスなボディ。そして誇り高き女賊(アマゾネス)らしい浅黒い肌。至る所を揺らし、リオンとアリーゼに近づいていく。

 

「ちっ。()()()()()をやるとか、主神様は本当にタチが悪いねぇ。リスクが高すぎるよ」

 

距離を5Mほど詰めた時、リオンは一気に間合いを詰めてくる。しかし先程の衝撃で、力無い刃はいとも簡単に見切られ逃走を許してしまう。

 

「クソっ…!」

 

だが、リオンは大地を踏み切ってアマゾネスの眼前へ……

 

その時、横から風の揺らぎを感じて咄嗟にスキルを発動。アマゾネスを逃して屋根へと着地する。

リオンの風に巻き上げられた何かは、そのまま重力にしたがってリオンの真横へ突き刺さった。

 

「毒矢か…!」

 

間髪入れずに矢は遠距離から放たれる。それを回避し死角へ移動、昏倒しかけているアリーゼを保護しに向かう。

 

「大丈夫ですかアリーゼ!」

 

「あっはは〜……これ、大丈夫だと思う?」

 

頭から頬を伝って赤い雫が服を濡らしている。片目は血が滲み、開くのがやっとだ。見たところ恐らく蹴りのダメージはそれほどないのだろうが、如何せん受身を取れずに壁に追突、その壁の崩落の際に頭を強打したが故の今の状態だ。どんなにレベルを上げても人間の弱点を攻められれば為す術は無い。

 

「でもまあ、何とか…行けるっ!」

 

もちろんこれはアリーゼの痩せ我慢。足取りは覚束無く、頭を打っているからいつどんなことが起きても何らおかしくない。

しかし眼前に広がる状況を前に、休んでなどと言ってられなくなってしまった。

廃屋に潜んでいたアマゾネスが彼女たちの前に立ちはだかる。数にして10人はゆうに超えている。相手からは紛れもない殺気。臨戦態勢を一切解かない姿勢からも戦うことは必至なようだ。

 

「交渉は……無駄、みたいですね」

 

「本調子じゃないけどやってやるわよ。私の力にひれ伏しなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

裏路地の風を切るベルの気持ちは焦りと不安だけ。威勢よく飛び出して来たはいいが足でまといにならないかという不安や、早くつかなければという焦り。そうやって必死に走っていると不意に背後から抱き締められる。

背中に感じる柔らかい感触。身長は僕より少し高いくらいだろうか、警戒はしなければならないが女性特有のの甘い香りに多少油断してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子うさぎくんっ、捕まえたぁ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、発せられた高くどこか幼い声は、間違いなく()()側の響きを彼の骨身に残していった…

 

 

 

 

 



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狂い酒・避け・狂い咲け 3

「くそっ!切っても切ってもキリないわね……」

 

髪色と同じ鮮血に塗れたアリーゼは口元を拭いながら剣を大地に突いて眼前を睨む。纏う血は全て敵の返り血であり、外傷はない。傷という傷は壁の崩落による目眩とふらつきだけ。そんな中で屍…とまでは行かないが、瀕死のアマゾネスの山を築いている。

 

「ええ…ここを襲撃して一体何が目的なのでしょうか」

 

こちらも血のついた刀の血をふるい落とす。美しい黄金色の髪は(まだら)に紅色が張り付いてしまっている。潔癖なエルフの中でも特に潔癖性の高い彼女は無意識的にベタつく髪に再三触れ、花を枯らす程の嫌な顔をする。

 

人気の無い廃屋の密集地帯。そこで右にも左にも敵がいる中、石畳を血で染めあげる『作業』とも取れる戦闘を何度も繰り返していた。

数多(あまた)に湧き出てくるアマゾネス御一行との戦闘に疲労もピークに達し始めている。しかし、2人もやられるばかりでは無い。連戦に次ぐ連戦の中、襲撃地であるソーマファミリアからここまで引き離すことに成功している。

 

「ほんっと…懲りないわねあんた達!」

 

このオラリオにおいて()()()は残酷なまでにわかりやすい序列を表す。レベルが上のものは絶対上位者。たとえ如何なる力を持ってきても単体での戦闘では抗えないのが自明の理なのだ。それを知っているにも関わらず、猪突猛進に2人を攻め立てる蛮族達に流石のアリーゼも嫌気が刺していた。

 

アリーゼが敵を屠り続ける中、リオンはある事に気づき始めていた。

 

「間違いない……敵が、強くなってきている」

 

最初の襲撃者はレベル4程度だろう。しかし、そこから襲撃してきたのはレベル2と思われる雑兵集団。たんぽぽに息を吹きかけるかの如き作業で蹴散らしていき、そんな中で被害が抑えられる戦闘場所の誘導を巧みに行った………

 

 

 

 

 

 

 

その、つもりだった。

 

 

 

 

 

 

それならなぜ、こうも間断なく敵がやってくる?

 

 

なぜ、段階的に敵が強くなる?

 

 

なぜ、なぜ、なぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

私達はなぜ、敵が私達に着いてくると思っていた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいた時にはもう……手遅れだ。

 

全て遅すぎた。あまりにも間抜けだった。

 

歯車はどこから狂っていた?

 

聡明なアリーゼが急襲で思考力を刈り取られてから?

 

そもそも何故ソーマファミリア?

 

ただの生産系ファミリアに一体どんな理由があっての………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーマの所にお話しに言っただけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか……まさか、そんな」

 

「リ、リオン?どうしたの?」

 

リオンの血の気が急速に引いていく。青ざめる彼女をアリーゼは案じるが、その声は届いていない。徐々に瞳孔が開き、カタカタと武器が、身体が震え、遂には地に膝をついてしまった。

ここで、アリーゼも違う異変に気づいていた。

 

「なんで攻めてこないのよ…?」

 

直前まで血気盛んに攻めてきていたアマゾネスの影は1つもない。リオンを心配する際に目線を切ったその瞬間にいなくなったとでも言うのか。

しかし、今はそんな事気にしている場合ではない。即座に死角になる場所を探し出し、そこにリオンを連れ込んでゆく。

 

「ねえ、リオン。ねえってば!一体どうしたって…言うのよ!」

 

「まさか……私達が、そんな、でも……神殺しなど、、いや、あいつらにとっては…7年前の……いや、そんなの…!!!!」

 

ダメだ。最悪の状況の時に出るリオンの錯乱の典型。

 

しかし、アリーゼも限界だった。敵との戦闘に一区切り着いたためだろう。細く脆い集中の糸はもう、限界を迎えていた。

 

「リ、オン?だいじょ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パタン

 

 

 

 

 

 

 

「…アリーゼ?アリーゼ!?」

 

揺れた脳は容赦なく切れかけの集中線を切断する。リオンが自分の世界から抜け出して声をかけても、鉛のように重いまぶたは一向に開かない。

 

アリーゼの頭から流れる血はそのまま頬を伝って、彼女を揺するリオンの膝元へポトリ、と落ちた。

 

 

 

 

その血を洗い落とすかのように曇天の空から雨が、タライをひっくり返したように落ちてくる。

 

 

 

開きかけた瞳孔そのままに、意識が無いアリーゼを背負ってリオンは天を仰ぎ、睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「あなたは誰なんですかっ……!!」

 

「それって答えなきゃいけないこと?」

 

「っ…!」

 

「そんなに殺気立たなくてもいーじゃん。別に取って食ったりしないよ?ただ、私はあなたの足止め役だもん」

 

突如現れた見知らぬアマゾネスの少女と相対するベル。彼は口車に乗せられ、いいように思考がぐちゃぐちゃに掻き回されていた。

しかし、戦闘に持ち込んでも勝てる見込みはない。彼女の足さばき、体の使い方、隙のない立ち回りなどと、どれをとっても自分より上であることが分かる。

 

「でも、僕はあなたを倒さなくちゃいけない。もう一度、聞きます。退いてくれますか?」

 

「やだね、私怒られるの嫌いだし」

 

その言葉が戦闘の引き金となった。先手を打ったのはベル。足元の土がめくり上がるほどの膂力を持ち、敵に猛然と切り掛る。

しかし、残念なことにベルの見立ては間違いなかった。常人から見たら目で追えぬベルの斬撃をあっさりと躱し、背を向けたベルへ回し蹴り一閃。

だが、ベルもタダでは転ばない。咄嗟に体を捻ってその足に小刀を突き刺す。受身を犠牲にした捨て身の戦法であるものの、敵の機動力を奪うことを目的としたベルは蹴られた勢いそのままに大地を転がってゆく。

 

 

「いったあ〜!!よくもやってくれたね!」

 

彼女はあろうことか足に突き刺さったナイフを抜き、それをベルに投げて寄こしてきた。

体勢が立て直せていないベルは避けられず、無情にも鋭利なナイフは右腕を貫通した。そのせいでベルは主武装(メインウェポン)である刀を落としてしまう。そこに間髪入れず、敵の拳が降り注ぐ。

 

「ぐあっ…!?」

 

金属のように硬い拳にベルの体は悲鳴をあげる。ドス黒い血反吐を吐き、最後の1発で血を撒き散らしながら石畳を転がっていった。

 

「足止めしとけって言われたけど、そんな必要あったかな?最初は結構やると思ったんだけど……これ見てると話になんないよ」

 

この一言はベルの心をドロリと抉った。常日頃から無力を嘆き、他者に甘えることのないよう、自らに重りを課して訓練に邁進していたベル。

しかし、強者と対峙によって少しずつ積み重なっていた自信や自己肯定感は、積み木が崩れるかの如くガラガラと音を立てて崩れ去った。

 

「う、う……うわあああああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

それを認めたくないベルは、がむしゃらに名も知らぬ相手へと特攻を仕掛けるが、カウンターを腹に食らってしまいその場で崩れ落ちる。

 

「怒りが自分を強くする〜、そんな事思っちゃったりした?残念、逆だよ、逆。()()()とかあれば別だけど、大抵は君みたいに動きが単調になって自爆特攻がオチだよ」

 

「うう…」

 

アマゾネスは可愛らしいその瞳でベルを一瞥した後、分かりやすいくらい不用意に背中を向ける。

 

「じゃね、またいつか、別の形で会えるといいね」

 

少し長めの髪をゆらゆらと揺らし立ち去る姿を、満身創痍のベルは薄目で見送ることしか出来ない。

それが悔しくて、辛くて、苦しくて……

 

彼女の影が完全に立ち消えた頃、ようやく母が持たせてくれた万能薬(エリクサー)が腰にあるのを思い出す。その辺りをまさぐり、潰れた内臓を癒すために万能薬(エリクサー)を飲み干す。しかし、外傷は完全には治りきらずに全身が、節々が痛む。

よろよろと立ち上がり、転がっている長めの木を手に取って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血みどろの白兎は一旦体勢を立て直すため、(ホーム)へ帰ってゆく。敵に悟られないように路地裏を潜り抜け、程なくして(ホーム)のある場所へ………帰った、はずだった。

 

 

あまりにも凄惨な光景だった。

 

 

(ホーム)があったはずの場所にはその残骸と思わしき木片が散らばっているのみ。その木片をぐしゃりと踏み付けるようにしているのは全身傷だらけ、いかにも醜悪な顔つきでいて見上げるほどの巨躯を誇る蛙女。その周りを何重にも取り囲むアマゾネス達。

そして、血溜まりの中で佇む灰と赤銅、2人の影。その内の1人がゆらりと視界から消えてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルは駆け出した。自身の痛みをも顧みず、その輪の中に割って入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

彼は、彼女らは何も知らずに動き出す

 

亡者に取り囲まれた祭殿を、マリオネットでゆらゆらと

 

しかし、異端がただ1人

 

異端が差し込まれ、マリオネットはちぎれ途絶える

 

全てを投げうち盲目に、狂い咲いては消えてゆく

 

そうだ、今から、さあ始めよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復讐者(ワルキューレ)の祭典が幕を開けてゆく……

 

 

 

 



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狂い酒・避け・狂い咲け 4

私は3つ、致命的なミスをした。

 

1つはベルを育ててきたこの7年間で発生した戦闘に対してのブランクが想像してたよりも大きかった。

 

そしてもう1つ。強さへの奢り。謎の魔法によって強化された奴らを侮っていた。油断があれば格下でも押し負けてしまう事はいくらでもある。

 

最後に……自分の身体が戦闘を拒んでいた、ということだ。

 

でなければこんな醜悪を具現化したアマゾネスなんぞに遅れは取るまい。

しかし、多勢に無勢と言ったやつか。福音(ゴスペル)さえ満足に撃つことの出来ないこの身体で、肉弾戦は辛い。

 

 

だが、それでも、ベルの悲しむ顔は見たくない。私はまだ、生に手をかけられるならそこにしがみついてやる。執着だって言われても、惨めでもしてやるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

愛する甥の…息子が望むなら、無様にでも生き抜いてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

人が1人、崩れ落ちた。

僕ははっきりと、この紅玉色(ルベライト)の瞳で確かに見てしまった。

あれは……あれは………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかあ、さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで、なんで?お母さんに勝てる人なんていない。だってお母さんはレベルが7。あの猛者(おうじゃ)オッタルさんがやっと勝てるという程の猛者なはず。それがなぜ、あんな一介のアマゾネスを前にして倒れ伏しているの?

 

 

まさか、病気の……

 

 

嫌だ、嫌だ、お母さんが死ぬなんて嫌だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕と、家族を引き離す奴らは……僕がこの手で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コロシテヤル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドス黒い殺気を纏い、白兎は喧騒の主役へと躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ な※※※ ※※※

 

 

私は夢を見ている。そう信じたかった。それほどの悪夢がそこにはあった。

 

吹き飛ばされ、木っ端微塵になってしまった数々の思い出が詰まった大切な(ホーム)

無力な私を身を呈して守り続け、そのせいで病魔に蝕まれ目の前で倒れてしまった友人(アルフィア)

行ったっきり戻ってこない2人の大切な眷属(こども)

 

……狂い堕ち、殺戮を続ける目の前の白兎。

 

突然私達の前に降り立ったかと思うと、無言でそのまま飛び立った。最初に、アルフィアの攻撃で傷だらけ、瀕死のアマゾネスを母親譲りの【福音(ゴスペル)】で一蹴。その後も背後で呆然としている彼女達を一閃。それを見て瞬時に切り替えてきた他のアマゾネスも纏めて【福音(ゴスペル)】の一言で宙を舞う。そして次の獲物へ、地面を滑るように移動していく。その光景に辺り一帯が感じたのは、純粋な恐怖。

 

 

彼には確かに、謎のスキルがあった。そして、そのスキルに対しての懸念や不安は大きかった。彼自身の心の問題も、共に過ごすうちに分かってきていた。

 

彼…ベル・クラネルは、あまりにも愛に、家族に飢えている。両親を物心つかぬうちに亡くしてしまい、7歳まで祖父(ゼウス)と暮らしていたと聞く。しかし、7歳の時の体験が全てを塗り替えたのだと私は思う。

それは、ザルド、アルフィアとの出会い。父や母がいるというごく当たり前の【家族】というものを体験した。いや、してしまった。だから、その直後の祖父と父親代わりのザルドとの別れで異様なほど【家族】というものに執着するようになったのだろう。特に最後の肉親であるアルフィアに対しての愛は人並外れている。それ自体は一概には言えないけど、私は良いことだと思う。

それが良い方向に働いたスキルが【福音信仰(ゴスペライズ)】。大切な人を守り抜くための力を欲する彼にとって、最高のスキルと言えたでしょうね。

逆に未知数だったスキル、それが酒場事件の後に発現した2つのスキル。

 

 

逆襲者(ワルキューレ)侵略者(ゼーレヴェ)

 

 

能力自体は相手が強いほど強くなり、勝利への確固たる意思がある時に魔法の威力が上がるというもの。しかし、双方に共通してあった不気味な文言があった。私は咄嗟にそれを隠して彼に能力を見せてしまった。

その文言とは、

 

 

『真紅に染まりしその時に、華は咲いて狂い散る』

 

 

こんなもの、見たことも聞いたことも初めてだった。しかし、その意味が初めて分かった。いや、()()()()()()()()

これはいけない。今私は、蕾が花開く瞬間を目の当たりにしている。

その華とはつまり、ベルの命。現に真紅に染まっているものは、ベルの髪色。可愛らしい真紅(ルベライト)の瞳は漆黒に染まり、朱の残滓は瞳の中央部のみ。

 

しかし彼はまだレベル1。通常有り得ない限界突破をしていると言っても、レベルの差は如何ともし難いはず。

しかし、格上の彼女達と互角に戦っている。いや、それどころか圧倒している。それが意味する事は、危惧していたスキルに神の力をも凌ぐ可能性を秘めているということ。その怨嗟と復讐に塗れた殺戮劇の先に、【英雄】の可能性を秘めていることになる。

 

私は全てを理解して、息を呑んだ。同時に、止めなくてはと、考えるよりも先に行動に出た。

 

「ベル!もうやめて!このままじゃあなたが壊れちゃう!!」

 

しかし、ベルは止まらない。恐怖に腰が砕け、戦闘意欲が欠けらも無いアマゾネスを彼は容赦なく刈り取っている。

そして、アマゾネスが持ってきた謎の鉄格子へと手をかけるその時だった。

 

「ベル…何をやってるのですか」

 

いつの間にか私の横にはアリーゼを抱えたリューが。

アリーゼをそっと下ろし、すぐさまベルの元へと飛んでゆく。

ベルの裾を掴むリオンに気づいたのか、ベルから殺気が引いていく。

 

「ベル、あなたはなんのためにここに来たのですか?あなたの目の前にいる彼女の表情を見てください。あなたは、こんな痛いけな人をその手で殺めるためにここに来た訳では無いはずです!だからどうか、どうか戻ってきてください」

 

だが、まだ足りない。抱きしめるリューの腕を振りほどこうと必死にもがくが、暴れ回っていた頃の覇気は無い。言うなれば欲しいものを買って貰えない駄々っ子と言った方が当てはまるだろう。

 

「ベル、お願いですから…!じゃないと、私はどうしようもなくやりすぎてしまうっ」

 

それでもなお暴れるベルに対して、リューは一言謝罪の言葉を言って手刀を入れる。ベルは口から大量に血を吐き出し、そのままリオンの腕の中で昏倒した。

 

私の目に焼き付いたのは、ベルを抱きながら無惨な死体の山を一歩一歩踏みしめて歩く、純潔の妖精(リュー・リオン)の頬を伝う涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

ベルの狂行は一旦、終演した。時間にしておよそ半時にも満たない時間のはずだが、何日も経ったような疲労感を味わった。

そして数日後の今、私の家族の3人が病室のベッドで眠っている。と言ってもアリーゼは全快に近く、逆にアルフィアは危険域をさまよっている。ベルはアミッドの手を持ってしても原因が分からないらしく、途方に暮れている。

そのベルの横では、リューが大急ぎで呼んだアーディがベルの手をギュッと握りしめている。その目には濃いクマが刻まれていて、ここに来てから眠っていないことの証左が痛々しく刻まれている。

 

「アーディちゃん、そろそろ寝たら?身体壊しちゃうわよ」

 

「それ、はアストレア様も、同じです」

 

「私はいいの。これでも神だから死ぬことはないもの。でも、貴方は違うわ。ベルが起きた時、弱っているあなたを見てどう思うかしら?優しい彼なら自分のせいだって追い込むかもしれない」

 

「……そうで、すね。少し、眠ります」

 

そう言い、その場でベルに縋るように眠ってしまう。やはり相当無理をしていたのだろう。張り詰めた糸がプツリと切れるように眠りに落ちた。

 

それと同時に扉が勢いよく開かれた。

美しい金糸で編んだ髪は汚れでくすみ、切れ長の瞳には生気がない。所々破れた服とそれに伴いゼェハァと肩を上下させる姿は、痛々しささえ感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の襲撃……全貌が分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

乾いた薄桃色の唇の奥から発せられた言葉は、一連の事件を終幕へと。

 

そして、次の()()へ導くものだった。

 

 

 



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狂い酒・避け・狂い咲け 5

扉の木材がすきま風により音を立てて軋む。その扉は金髪のエルフによって弾かれたように勢いよく開かれる。肩で息をする彼女の瞳は一筋の光も携えていない。暗く染まった目で大部屋を見据え、随分とやつれた自分の主神ーーアストレアの元へと向かう。その足取りは鉛のように重く、床の木版がギシリギシリと嫌な音を立てている。

アストレアの目の前に立ち止まり、苦虫を噛み潰したような顔をして数瞬躊躇ったあと、ようやく口を開いた。が、その口は空を食むようにして動くだけ。

アストレアが肩に手を置くと少し落ち着いたように深呼吸をして、言葉を丁寧に1つずつ紡いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の襲撃の全貌が……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

今回の襲撃の当事者。いや、被害者であるにも関わらず、アストレアファミリアは蚊帳の外で事件の究明が行われた。主導したのはガネーシャ・ファミリア。団長のシャクティと応援としてヘルメス・ファミリアの副団長ファルガーが主軸となって捜査に当たった。

捜査は難航した。なぜなら襲撃の痕跡を()()()()()()()()の彼の手で消し炭にしてしまっていたからだ。

 

しかし、意外なところで捜査は進展を見せた。というか、黒幕が出てきたのだ。罪に耐えかねたのか、目の焦点が合っていなかったことからも誰かしらに狂わされていたのだろうか。しかし、今となっては闇の中だ。

 

今回の首謀者はソーマファミリア元団長、ザニス。酒に呑まれ、全てを狂わされた男の復讐劇。

しかし、当初その話に耳を傾ける者は誰一人としていなかったそうだ。というのも、それは当たり前の話。生産系ファミリアの団長など、強さもたかが知れてる。それに動機も余りに稚拙だ。

 

だが、その幼稚極まる話に乗った神がいた。名はイシュタル。紛うことなき美を司る神。理由は何か、それは様々な思惑が絡まりあっての事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「お、おい。俺の話に乗るっての、嘘じゃあねえだろうな」

 

白髪に頬が()け、目下のクマはあまりにも不気味に深く深く刻まれている薄汚い白いローブを羽織った男は、目の前にいる何者かに食いいるように身を乗り出す。

その何者かは煙管を片手に足を組み、目の前にいる男ーーザニスを無言で睨みつける。

彼女の名はイシュタル。美を司る神の1柱にして、オラリオ内にある夜の街を牛耳る者。

男の背筋に冷たいものが走り、黙る。そうして起きる不気味な【間】は、小心者のザニスを屈服させるのには十分すぎた。

 

「乗ってやる。お前には利用価値があると判断した。私達もお前も、向いている方向は同じだ。敵は同じなのさ。だから乗る。しかし、貴様のような弱者が音頭を取れるわけが無い。全てはこちらの主導で行う。それでいいな?」

 

「し、しかしそれではっ!」

 

「いいな?」

 

神の言葉に硬直し、目を伏せ肯定するザニス。イシュタルは傲岸不遜に席を立つと、熱を持った煙管をザニスの目の前へ持ってゆく。

その行動に怯えるザニスに一言。

 

「なに、悪いようにはしない。闇派閥(イヴィルス)との接触はしたのだろう?なら話は早い」

 

「だがっ、あいつらからは門前払いを食らって」

 

「ふっ、案ずるな。お前はただ私の掌で踊っているように振る舞えばいい」

 

そう言い、煌びやかな真珠(パール)のドレスを靡かせて暗室から出ていった。

 

「余計なことはするな」

 

そう言い残して……

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「そこからはどうなったの?」

 

アストレアは紅茶を入れつつリューに尋ねる。一時の昂りが過ぎ、多少落ち着いたリューは出された紅茶を啜って一息つくと、歯切れよく話し始める。

 

「アストレア様に恨みを持っていた双方の思惑が合致し、機を狙って攻撃を仕掛けました。その機会とはロキファミリアの遠征。大規模な戦闘とあれば彼らが出るのは必然が故に、遠征を狙えば虚を突けて動揺したところを一気に潰せる。そういう算段だったようです。しかし、相手は虎の尾を踏んでしまった。まさかの結末にザニスは怖気付き、出頭。ことのあらましを話してくれました。ですが……」

 

「まだ何かあるの?」

 

「おかしいんです。ロキファミリアの遠征は2週間。しかし既に3日はオーバーしています。遠征は日程が命。上手く進まないと待っているのは飢えによる死です。さらに今回は勇者(ブレイバー)九魔姫(ナインヘル)豪傑(エルガルム)などが総出での深層攻略に乗り出している。過去から見ても日程がブレることなどそうそう無い。そして気になる闇派閥(イヴィルス)の動向。ザニスは彼らについては何も話さなかった」

 

「そして、笑ったんです。不気味に、ニヤリと口角を上げて」

 

会話が途切れる。嫌な空気が流れ始めたところに、病院に爆音が1つ鳴り響く。

 

「おい!戦場の聖女(ディア・セイント)を呼んでくれ!」

 

その声は切羽詰まったがなり声。聞き間違えるはずがない、ベート・ローガの声だった。

 



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狂い酒・避け・狂い咲け

爆音により扉が砕けた音がする。ベート・ローガの絶叫とも取れる叫び声によって辺りは、いや、世界が静寂に包まれた。

 

「どうされましたか?」

 

裏の調合室から出てきたアミッドは普段通りに対応しながらも、ただ事では無い事を感覚で察知していた。

 

「毒だ、毒にやられちまった!ありったけの毒薬、それにお前の手を借りたい!」

 

「恐れ入りますが、毒とはどのようなモンスターでしょうか」

 

「そんな悠長なこといってるひまはねえんだ!中層レベルの毒薬をありったけ、即刻だ!急げっ!」

 

声色、態度、声量。彼の一挙手一投足から感じ取れる緊張感を受け、アミッドは慌てて裏へ戻り、毒薬、戦闘衣(バトルクロス)を纏ってベート・ローガと共に出ていった。

 

 

その一部始終を聞いていた2人、リューとアストレアは同時に顔を見合わせる。

 

「これって…」

 

「いや、まさか……しかし、タイミングが良すぎる。私達は上手く隠れ蓑にされたとしか思えません」

 

「リュー、行ってあげt」

 

「何言ってるんですか。アストレア様も分かってるはずです。私はもうここから離れられない。離れたら恐らくここにも魔の手が伸びてくることでしょう。……クソっ、してやられた!」

 

苛立ちを隠し切れず、ピキピキと自らのコップにヒビを入れてしまう。アストレアが止めるが、結局コップは割れて中からアストレアの髪色と同じ赤銅の液体が流れ落ちてくる。その液体はゆったりと机を伝い、角に差し掛かってポトリ、ポトリと儚げに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

それから数日が経った。回復したアリーゼとリオンが何とか仮の(ホーム)を押さえて、未だ昏睡状態の2人を含め、皆そこに移動した。

その後、数日でアルフィアは回復。しかし、彼女の容態は以前より悪く、常に予断を許さない状況になってしまった。それもそのはず、ただでさえ病魔に蝕まれて虚弱になっているというのに、その原因となる魔法を乱発してしまったからだ。アミッドからは

 

「次、魔法を使ったら命は無いものと思ってください。長生きしたければ戦わない。これが第1条件ですからね」

 

しかしアルフィアは難色を示した。やはり皆が出払った時、息子の主神を守る役割を果たさなければならないという責務を負っていると思っているようだった。だが、その守るはずのアストレアの言葉が決め手になったようだった。

 

「アルフィア。あなた、ベルと約束したんでしょう?彼が英雄になるまでは見届けるって。それが元々残り少ない命であるなら尚更、自分の身体を大切にしなきゃ。最後まで最善を尽くして、限界まで頑張りましょうよ」

 

母は強し、でしょ?とあざとく、かつ真剣な瞳で言われたら頷かざるをえない。たとえそれが怪物すら恐れをなす【静寂】であっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、体の弱いアルフィアがいつもの調子に戻ってきたのに対し、元気ハツラツな息子のベルは起きなかった。眉の1つピクリとも動かさない。不気味なほど静かに、ベッドで寝息を立てている。まさに眠り姫、そういった様相だ。

ベルの髪色は狂乱状態の時から戻り、あいも変わらない美しくモフモフ、処女雪のような白髪だ。

 

ただ、()()1()()を除いては。

 

それは、ベルに流れる一線の川のようにある異質な前髪。その前髪は川とは言っても血の川だ。深紅のラインが1本、美しい白髪に引かれている。

ちなみにこの異常な前髪について、アリーゼは

 

「ふふん!姉である私に似たのね!流石はベル♪」

 

と、上機嫌。

しかし、アーディ、リオン、アストレア、アルフィアは流石に異常な現象に困惑の色を隠せておらず、特にアルフィアの動揺は凄まじかった。

家系的に病弱であり、彼女も彼女の妹も生まれつきの虚弱体質である。特にアルフィアの方は【才禍の怪物】と呼ばれ畏怖されたが、その体質が故にレベル7に甘んじ、戦闘でも制約がかかるという辛酸を舐めさせられていた。

そんな思いを息子同然、いや息子であるベルには味わって欲しくない。英雄になるという愛息子の夢を、病魔なんかで諦めさせたくない。

そんな思いでこれまで育ててきたアルフィアにとって、何日にも渡る昏睡状態と身体の異変は同様の種として十分すぎた。

そしてその時の光景は、アルフィアのかつてを知る者たちは(まなこ)を開いて驚いた。

 

「あぁどうしよう…メーテリアに合わせる顔がない。オラリオに来てからなのか?もしそうなら空気の澄んでいる山にまた戻った方が……でも、ベルは聞かないかもしれん。しかし、病状が悪化したらっ…!!私はどうすればいいんだ、、、」

 

普段は閉じている瞳を見開きながら、焦り混乱してヨロヨロと机や椅子などに当たってなおベルのベッドの周りを歩き回っている。

そんな彼女を諌めようと必死になる家族たちだが、逆に悪化するばかりであった。

 

「アルフィアさん落ち着いて!」

 

「そうです!まだベルが病気だと決まった訳ではありません!」

 

「そうよ、ビシッとお母さんらしく構えてないと、ベルが起きた時不安がるでしょ?」

 

「しかし、ベルはこんなにもメーテリアと似通っているんだ。アストレアなら分かるだろう?私は不安で不安で仕方がないんだ」

 

何を言っても不安が増長されていくアルフィア。メーテリアと仲が良かったアストレアも何か思うところがあるらしく、少し物憂げな面持ちになる。

 

その後もアルフィアはワソワしっぱなしであり、何かをしていないと不安が紛れないと言ってもの凄いスピードで家事をこなしている。

 

「ねえ、病み上がりなんだから休んだら?料理くらい私がやるわよ」

 

アリーゼがこう言っても

 

「いや、大丈夫だ。それより皿を並べてくれ」

 

と言って作業を始める。アリーゼが言われた通りに皿を並べようとテーブルへ行っても、そこには整然と皿が並べられている。そう、頭の整理が追いつかないほどに、何も考えないようにするためにひたすら家事という重労働を延々としていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな慌ただしい日々が数日間、ベルが眠りに落ちて1週間が経とうとした頃。

ベルの頬を照らすように木漏れ日が降り注ぐ朝。アルフィアが毎日ベルの容態を見るのは流石に負担が過ぎるとの事で、最近はアーディが泊まり込みでベルの様子を見ている。リオンとアリーゼは、何をするにも金銭が必要なので近頃は再びダンジョンへ潜っている。

新たな家で新たな生活を始めた彼女達とは異なり、少年の時は停滞している。

しかし、その停滞はなんの前触れもなく打ち破られる。

 

アルフィアがベルの食事を持って行こうとドアをノックし、いつも通り返事が無いのでガチャリ、銀色のドアノブに手をかけた時。

 

「……あい」

 

と微かな返事がドア越しに、確かにアルフィアの耳へと届いた。

左手に持った食器は床に落ち、料理はその場に飛散する。そんな事も意に介さずドアノブに手をかけ、はっきりと目覚めているベルを見て膝から崩れ落ちる。

 

「お母さん、おはよ!」

 

返事は無い。ただただ、アルフィアの瞳からは涙が溢れている。ベルは困惑した顔で、ベッドから降りようとするも力が入らず床に転げ落ちる。

 

「おかあ、さん?」

 

溢れんばかりの涙で床の木を濡らしているアルフィアの元に、ベルは這いずりながら向かう。1週間寝たきりなので付きかけていた筋肉はすっかり削ぎ落ち、痛々しく頬もこけている。

 

泣きすぎて目の前にいるベルの姿がぼやけている。ベルは困った顔をして、母の頬を流れる涙を拭う。

 

アルフィアはそんなベルを優しく、もう離さないようにギュッと抱きしめる。

ベルは気恥ずかしそうに、それでも満面の笑みを浮かべて母親の温もりに体を預ける。母親から抱きしめられるといった事は、実は彼女が恥ずかしがってあまりされたことは無い。そのような些細なことですらベルは思い出して嬉しくなり、もっともっとと体を押し付ける。アルフィアはそれを拒むことはなく、やさしく受け入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル、よく頑張ったな」

 

「うん……」

 

「私のために、格上に怖気付くことなく戦ってくれたらしいな」

 

「えへへ…」

 

「ベル………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓からのすきま風に雪の髪と灰の髪が仲良く揺らり、風に流された。

しかし、不気味な血の髪はなびくことは無く、その場に留まり続ける。

 

確かに、2人は本物の母と子ではない。だが、紛うことなき【親子】であることに変わりはない。

 

それは、優しさ、厳しさ、戦闘スタイルにもよく現れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、病が流れる忌み血を受け継ぐ子であることも、また確かなのであった………

 



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受け継がれるもの

pixivにもこの作品を投稿しますが、そちらはそちらでpixivオリジナルストーリーを入れていきたいと思ってます。良かったら見てくださいね。


目の前が真っ暗になった。理想は血に塗れた真紅の花を咲かせ、虚しくも儚げに散っていった。

抜け先の見えないトンネル……いや、ようやく探し出した光溢れる出口が瓦礫の山に塞がれてしまった。眼前の景色がこの世のものでないような気がした。自分の世界が音を立てて崩壊し始めた。

 

何度も私を救ってくれた愛しい息子の顔にも、笑顔は無い。あるのは開きかけた瞳孔に呆然とし、見るのも辛くなるような表情だけ。

その悲しげな顔で見上げてくるその様は、痛々しすぎて見てられない。それでもしっかりとその顔を、助けを求める眼差しを母親として受け止める。

それでもそこから発せられるちぎれかけの言葉に、私は目を背けざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼく……英雄に、なれるよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は言葉に詰まり、一瞬。ほんの一瞬だけ目を逸らしてしまった。その行為があまりにも罪深く感じられて、私はいつの間にか、何も言わずベルを抱き締めていた。

ベルは私の胸に顔を埋めて静かに涙を流す。その涙は私の心を透過し、罪悪感で胸が貫かれる。ただただ辛いという嘆きと苦悩の涙。ここまで自らの血脈を呪うことは後にも先にも無いだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

ベルは少しのリハビリ期間を終えて復活、さらにステイタス更新でレベルが2に上がった。これは剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインを超えて史上最速。小さな白兎として老若男女問わず愛玩動物的な存在として人気、知名度があったベルの人気はさらに加速していくことになった。幸か不幸か、大派閥は遠征、他の派閥は避難していたりであの狂気じみた姿は見られなかった。因縁をつけるような輩もいるにはいたが、私が手刀で手っ取り早く落としていたらいつの間にかいなくなっていた。

 

ある日の午後。太陽は大地を焦がそうと躍起になって私たちを遥か高みから照らしつけ、風は勢いに押されなりを潜めた灼熱の日だった。

そんな中で一応病人の私が外に出るのはリスクが高い。との事で今日は新しい(ホーム)にリヴェリアを招き、すっかり馴染んできた3人でお喋りを楽しんでいた。

 

「本当に柔らかくなったのだな」

 

「そうねえ。メーテリアから聞いた話だともう少し寡黙で、ツンケンしてる感じを想像してたのよ」

 

「間違ってはないが、所詮過去の話だ。ベルの存在が私をいつの間にか変えてくれていた」

 

「親バカはここに極まっているな」

 

「馬鹿言え、お前も人のこと言えないだろうに」

 

「む……そうでも無いぞ、私は」

 

「この前どこに行ったのかを言わなかっただけで右往左往していたあなたには言えないわよ」

 

「なっ…!どこからその事を!?」

 

「ふふ♪」

 

などと、大抵はくだらない事を延々と話している。会話そのものに不思議と以前のような嫌悪感が無いのもあの子のおかげなのだろうな。

 

「それはそうとお前の愛息子は今日どこへ行っているんだ?ダンジョンでは無いのだろう?」

 

「ああ、それはだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

さざ波のように穏やかに揺れる草原。のどかな風景に似合わない灼熱の日を照らす太陽。しかし、そんな中でもお構いなくはしゃぎ倒す歳不相応の白兎。それを庭に立てたパラソルから和やかに見る3人の乙女たち。

 

「元気ね〜」

 

「そうですね」

 

「楽しそうだな。何も無いのにはしゃげるなんて凄いや」

 

訂正。和やかでは無かった。揃いも揃って暑さにやられてノックアウトしている。

 

「よしっ!私も行くわ!あんた達2人も早く来なさい!」

 

前言撤回、1人はすこぶる元気だった。アリーゼである。燃えたぎる赤い髪にメラメラと闘志を燃やす翡翠(エメラルドグリーン)の瞳。そして太陽を想起させる底抜けの明るさ。素晴らしいことこの上ないのだが、この状況に限っては暑苦しさの権化に間違いないだろう。

 

「私は体力が追いつかないよ〜」

 

「日焼けは嫌ですから遠慮します」

 

「ちぇー、連れないわね」

 

唇を尖らせてブーブー言うアリーゼを後目に、2人はお茶会を再開していく。

 

「改めて、わざわ、ざこんなとこまで来てくれて、ありがとうね」

 

「いえいえ。大変だった時にベルやアルフィアさんの面倒を見てもらったから。お礼に来るのは当然だ」

 

「ほとんどベルに、しか構ってなかったし、言われるほどのことはしてないよ」

 

謙遜しつつも頬を赤らめる乙女アーディ。目の前にいるリオンはおろか、遠目でそれを見たベルですら硬直させる華やかさ、可愛さを発揮している。恋する乙女とは末恐ろしいものである。それが容姿端麗なアーディとなれば尚更だ。

 

「そう言えば、あの日からだいぶ喋りがたどたどしく無くなってきた」

 

「そうね。やっぱりこのま、まだと、これからの生活、に、不便かなって思って。これで、も頑張って治るよう練習してるのよ。ベルもたま、に、来てくれるからね」

 

アーディと出会った日からベルがオフの日にオラリオから頻繁に居なくなるのは門番をメインで行っているハシャーナから聞いていた。どうしてだろうと思っていたが、まさかそういうことだったとは。リオンは知らない所で友人を攻略していっている弟の無自覚な強かさにに少しの恐怖を覚える。

して、改めてアーディの姿形をまじまじと見つめる。

 

腰の少し上まで伸びた銀糸で編まれた、清潔感のある髪

 

丸い大きな瞳、特に義眼である色の違う真紅(ルベライト)は爛々と輝いている

 

傷を負って右側がツギハギの顔になってもなお全体的にあどけない可愛さが残る顔

 

痩せすぎではないかと思うくらいに引き締まった腰と、それに反比例して強調される形が良く、豊満な双丘

 

右腕と右脚の義手義足ですらも、今のアーディからしたら長袖ファッションを際立たせるチャームポイントだ

 

料理や掃除、家事全般をテキパキこなせて気遣いもできる女子力

 

性格も以前の明るさと穏やかさが戻ってきている。少々独占欲は強くなっているが、それも愛らしさを際立たせるギャップとして武器になっている

 

 

「なに?リオン。まじまじと見つめられると凄く恥ずかしいんだけど……」

 

ほら、照れ顔も天使そのものだ。

 

 

方や私はどうか。不安に思って改めて自分を見つめ直してみる。

 

ひとたび髪をなびかせればふわりと柔らかい質感を表す金髪

 

エルフであることを象徴するピンと立った耳

 

遥か遠くの大海を思わせる海色(オーシャンブルー)の大きな瞳

 

細く引き締まった身体

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………それ相応な、谷間も出来ないほどの控えめな胸。

 

 

 

料理はあのアリーゼにすら止められるくらい下手で、戦うこと以外はロクにやれたもんじゃない。

 

性格も自他ともに認める超潔癖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてっ!」

 

「ひゃあっ!?」

 

私は思いっきり頭をテーブルに打ち付ける。額がじんじんと痛む。辛い。

 

「ど、どうしたのリオン!?冷やせるもの持ってこようか??」

 

「だ、大丈夫…。現実の非情さをこの身で受け止めただけだ」

 

「?まあ、大丈夫なら良いんだけど……この木、結構硬いから一応氷持ってくるね」

 

「あ、うん。恩に着る」

 

「はーい」

 

アーディが氷を持って来る間に私は改めて考えてみる。そうだ、エルフは総じてみな控えめで潔癖では無いか。そうだそうだ、私の考えすぎ。だってあの妖精の王族(ハイエルフ)のお方でさ、え、、、

 

「あれ?」

 

いや、あのお方は別格だ。全てが揃った完璧なお方。故にハイエルフなのだ。

他のエルフ、例えば同じロキファミリアの同胞、アリシアやポンコツと名高いレフィーヤ………

 

あれ?えっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえリオン、ねえってば!」

 

リオンは思考回路がショートして全く応答しない。あまり時間を置いておくのも悪化させるだけなので、無許可で氷の入った袋を遠慮なく患部に当てる。

 

「やあっ!???」

 

「あ、良かった。復活した」

 

「あ、アーディ……こういう時は声を掛けて欲しい」

 

「声掛けたよ。全然気づいてなかったけど。なに、悩み事?もしかして……好きな人出来た?」

 

「いや、そんなものは生まれてこの方いたことは無いが……悩み事といえば、間違いなく悩み事だ」

 

「なになに?私に出来ることなら相談にのるよ?」

 

「では……むねg「アーディ!リオン!後ろ後ろ!!」

 

いつになく切羽詰まった表情でこちらへ向かってくるアリーゼとベル。

戦闘感の鈍ったアーディと絶賛混乱中のリオンが背後の存在に気づけるはずもなかった。大きく白い影がゆらりと2人を覆った時、初めて彼女たちは後ろを振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴゴオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白亜の猛獣(シルバーバック)。曰く付きの怪物が、目を血走らせて相対していた。

 

「いっ、いや……いやあ」

 

力なく声を出すアーディと、考え事で脳内が溢れ、すぐさま動けなかったリオン。

 

そんな2人の背後から聞こえるのは、場違いにも美しく清らかに澄んだ鐘の音。聞いたことがあるその音の名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福音(ゴスペル)

 

 

 

 

 

 

 

突然口から血を吐き出し、そのまま地に伏せた。白い毛先は風に揺れ、虚しく移ろうのみ。

 

 

その直後に紅い鞘から剣が抜かれ、対面する猛獣をあっさりと切り捨て、魔石を踏み潰して砕く。

 

 

灰となり消えゆく怪物と、膝を地につき真っ赤な吐瀉物を淀みのない緑の絨毯に吐き散らす少年。

瞳には有り得ない、傷を負った訳では無いのにと、そのほかの可能性に考えが全く及んでいかない。わけも分からないまま思考が引っ掻き回され、瓦解していく。

胸が苦しい。今まで味わったことがない苦痛。体の内側から蝕まれていく感覚に抗うことも出来ず、再び血を吐く。それが契機となり、大切に握りしめた意識をあっさりと手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

コ デ………

 

 

 

 

キチャ ………ドレナク…ル

 

 

ナイ テ

 

ア タ …………メ

 

 

コナイ……デ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

意識が覚醒したのは何度目か分からない、馴染みのある部屋。なるべくここには来たくなかった。苦手な薬剤の香りが仄かに鼻腔をくすぐる。それが嫌で嫌で、匂いから逃げようと瞼を微かに持ち上げると湿った声が聞こえてきた。

 

「起きた!起きましたよお義母さん!」

 

「む……まだお義母さんと呼ばれる筋合いは無いがな。寝ずの番、感謝する」

 

「良いんですよ。どうせ私は暇ですし、いいように使ってください。お義母さんは病み上がりなんですからこういうのは元気な私に任せて!」

 

振り返りざまの銀色の髪が靡いて僕の鼻腔を再び撫でる。苦手な香りが一転、大好きな甘い香りに包まれて気持ちが高揚する。

僕が起きたのを報告しに行くのだろうか。しかし、もう少しここにいて欲しいから引き留めようと声をかけようとするも、身体は言うことを聞かない。口が上手く開けないのだ。

 

「ん…んっ、あっ、うあ。おあああん」

 

「どうしたベル。何か食べたいか?林檎ならあるぞ」

 

「ん」

 

「そうか。少し待ってろ、今皮を剥いてやる」

 

そう言って手際よく林檎の皮を剥いていく。と、皮を半分剥き終えたところでそれを打ち止めして、もう半分は僕の好きな兎の形にしてくれる。小さい頃はからかいの種だったから兎は嫌いだったけど、今は好きだ。アイディンティティとしてちゃんと僕の中に息づいている気がする。

 

「はい、口を開けろ」

 

流石にこの歳での子供扱いは恥ずかしすぎる。顔に熱が昇っていくのを感じていく。

 

「ほーら、早く開けろ」

 

お母さんは早く食えとばかりに林檎をぐりぐりと頬に押し付けてくる。

観念して、何とかどうにか口を開く。

 

久しぶりに食べた林檎は、噛む度に甘さが口の中にじんわり広がっていく。喉が潤ったからか、言葉が上手く紡げるようになってきた。その時に扉がギィ、と立て付けの悪い嫌な音を出して開かれる。

 

 

 

入ってきた彼女は戦場の聖女(ディア・セイント)。しかし、僕には彼女の背後に映る病魔の死神(メッソ・インフィルマム)が僕には微かに、いや、確かに見えてしまった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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現実

いつの間にか1000いいね……本当にありがとうございます!
950辺りで停滞してたのに、一気に伸びて正直戸惑ってます笑
これからも見てくださる方たちのためにスローペースですが執筆していこうと思うので応援よろしくお願いします!


「っ…その………」

 

いつも通りの無機質な声ではなかった。淡々とした、人形みたいな表情でもなかった。眉間に皺を寄せて俯き、目元は影で隠れている。その表情は紛れもなく人間で、にわかに激情家とも言われている一端を覗かせていた。その辛そうな顔が、より一層この後の言葉を暗示させるようで……

 

私は見ていられなくなり、目をアミッド(現実)から背けた。

 

だが、目を背けたところで声は聞こえてくる。現実から逃れる術はないと、透き通った声が逃げる私を縛り付けてくる。

 

絶望の鐘の音が、鐘楼から鳴り響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベルさんは、、、アルフィアさんと似て非なる病気です。それも後天性の……不治の病です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不治の病……」

 

ベルの口から出てくる、悲しみを帯びた声。私は反射的にアミッドの胸元に迫っていた。

 

「治るのか」

 

「えっ……」

 

「治るのかと聞いているんだ!」

 

「だから、その………不治の病なので「お前の力では何とかならないのかっ!私の症状が改善したように、この子も!なんとかっ、ならないのか………

 

 

 

 

 

訪れる静寂。しかし、これは私の愛した静寂では無かった。

 

私はこれでもかと瞳を見開き、地獄の底(現実)に垂らされている蜘蛛の糸に少しでも、惨めにみっともなく取り縋る。そこに希望が、救いがあると信じて……

 

「ごめんっ…なさい………」

 

そう、そんなもの(蜘蛛の糸)など私の幻想でしか無かった。確かに見えた()()は、辛すぎる宣告と共にプツリ、絶たれた。背後ではベルが顔を枕に埋めてすすり泣いている。

 

「症状を、どんなことが契機となるのか。教えてくれないか……?」

 

ベルにはあまりにも酷な話だと言うので、場所を変える提案を受け入れる。

別室に入ってすぐ、私は伏せがちの頭を上げてどんな病気なのかを事細かに聞いた。どうにか未来に繋がるものを見出したかった。

 

「では……アルフィアさん。魔法を使う上で、魔力暴発したらどうなりますか?」

 

「大抵は爆発、威力や系統にもよるものの、どれも下手をしたら死に至るが…」

 

「はい。それが、息子さんの体内で起こっているんです」

 

「……は?」

 

「息子さんの体の中で起きている魔力暴発が、彼のスキルのブーストになっている、ということです。私はおろか、ディアンケヒト様ですら知らないようなものです」

 

「だ、だが、それはスキルの副作用…」

 

「いいえ、これは残念ながら、、れっきとした病気なんです。発症は恐らく息子さんがそのスキルを……いえ、魔法を発現した時でしょう」

 

「まさか、考えられない」

 

「兆候はあったはずです。何か、他の方との明らかな相違点が」

 

「そんなもの、あの子には……」

 

その時、嫌な汗が背中を、頬を伝った。ある、あるのだ。明らかな相違点が。長年連れ添った私にしか分からない、残酷な現実が。

 

「あの子は………背が、全く伸びない。魔法が発現した時よりも少し前からだったかな、柱に刻む線がピタリと上へ行かなくなってしまった。些末なことだと思っていたが、まさか、それが……」

 

 

「はい…、恐らく、それです。魔力による成長への干渉です。人は潜在的に魔力を持っていますが、彼は他とは違う、魔力構造をしている可能性があります」

 

「詳しく、、教えてくれないか」

 

「はい。まず、彼は貴方のように無尽蔵な魔力がある訳ではありません。むしろ魔力の総量は少ないです。だからこそ特定の状況に陥った時、潜在的な力を引き出すためスキルによって、制御装置が解除されて魔力の暴発が体内で起こります。そして彼の特殊な魔力構造により、レベルを超えるほどに大きな、瞬間的で爆発的な力を得ることが出来ます。しかし、その代償は寿()()と、それに付随する成長、これらのっ……あまりにも大きすぎるもの……なんです」

 

「成長とっ、じ、寿命だと…!?」

 

「まだ確定ではありません。神々が授ける恩恵(ファルナ)は未知数なことが多いので、気を落とさないよう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後のことは覚えていない。ただ、茫然自失で時間だけが過ぎていき、気が付けば新しい(ホーム)の部屋にいた。

部屋の外を出ると作り置きが床板に寂しく鎮座していた。盛り付け方からアリーゼだろう、赤い食材を前面に押し出したもの。

私はそれを有難く受け取り、部屋の机に置く。山奥の家から持ってきた丸机に1人。向かい側にも、隣にも人がいないことはベルと生活してきて以来初めてのことだった。

 

「独りがこんなに寂しいものだとは…私も老けたものだな」

 

以前は妹がいなければファミリアでは孤高の存在として君臨していたので、よく1人で行動していた。だが、ベルと暮らし始めてからは1人になることは無かった。山奥での二人きりの生活、ベルは反抗期と呼ばれるものも特に来ることがなく、家出も無かった。オラリオに来ても、誰かは隣にいた。アストレア、アリーゼ、リオン、アーディ……

 

「いや、歳などは関係無いか……」

 

呟くその声は部屋に木霊するでもなく霧散する。そして、無意識に私は誰かいないかと部屋を見渡す。だが、今は誰もいない。孤独だ。私は嫌に胸が締め付けられ、心に巣食う辛さを紛らわすために本棚から無造作に一冊、いやに馴染みのある感触の冊子を手に取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時に、よりにもよって………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手にした少し厚めの冊子は灰色の表紙に彩られたもの。表紙の上には「お母さんへ」と丸く可愛らしい文字で書いてあり、その下には3人と1柱の絵が。

そう、これはベルが幼い頃から今まで描いてきた絵や手紙の数々。それを誕生日プレゼントとして冊子に束ねたものだった。中にはゴミ箱に突っ込まれていた絵を私が拾って冊子に綴じたものもある。だから、少し厚めに、不格好になっている。

 

もう黄ばんできてしまっている表紙を開く。1枚、そしてまた1枚。何度も、何度も繰り返す。

 

もうすっかり渇ききった紙の一枚一枚にいくつもの雫が零れ落ちる。

 

ポツリ、ポツリとどこからか。砂漠に埋もれた記憶(思い出)の中にオアシスが作られるように。

 

長年【才禍の怪物】として孤高に君臨し、突如としてとある怪物に脆くも仲間ごと滅ぼされた。

その後、未来への礎として奈落へと身を落とす寸前に、小さな掌によって引き上げられた。

その掌の主に、どれだけの笑顔を貰ったか。どれだけの夢を貰ったか。徐々に大きくなっていく掌を、いつまで隣で握っていられるのだろうと不安で眠れなかったことがあることなんて誰も知らないだろう。ベル…出会ったばかりのお前のあどけない寝顔を見て、いつまでもこの平穏を護ろうと誓ったあの夜の私の気持ち、お前はもちろん覚えても無いだろうな。

 

童話の英雄(アルゴノゥト)に憧れて私を守れるようになるなんて言い出した時、私は怖かったよ。お前は誰よりも弱く誰よりも幼い。猫からパンチを受けてえんえんと泣いているお前が、季節の変わり目になるとすぐに熱を出して寝込むような子が、真っ暗な深夜の道を1人で歩けない、ただのひ弱で何にも代えられない大切な息子が、自ら死地に赴こうとするなんて私は耐え難いほどにどうしようもなく怖かった。

 

 

 

 

 

 

でも、それでも私はどこか嬉しかったんだ。なによりこの子が、女手1つで育ててきた割に男としてしっかり成長しているということが嬉しかった。将来は私より大きく育ってくれるものだとばかり思っていた。背丈も、器も、その背中でさえも。

英雄になるというのも、私の世界に彩りを与えてくれた子ならひょっとすると、なんて親バカみたいに期待した。

 

そして何より、これからこの掌が、こんなに小さくてぷにぷにしているものが、硬く、大きく成長していくものだとばかり……思って、いた。はずなのに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が冊子を閉じた時には、既に辺り一面に夜の帳が降りていた

 

 

彼女の涙を隠すように、彼女の慟哭をかき消すように、彼女の気持ちを代弁するかのように雨が降り注いでくる

 

 

しかし、そんな儚げな空を仰ぎ見ることなく、彼女は自らの掌で顔を覆って泣き続ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事かを告げる鐘楼の鐘の音が鳴り響いても、青く冷たい雨は止むことはなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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冒険者

大変お待たせ致しました


出来ることならまた、オラリオを出て2人で山奥で静かに暮らしたかった

 

のどかで静かで、木々のざわめきと鳥の鳴き声が心地よいあの場所へ

 

無理にでも連れて帰ることは出来た。でも、そうはできなかった

 

この子の心からの笑顔が消え去る気がしたから

 

この子の瞳が涙で曇りそうだったから

 

この子を家族から引き離してしまうことになるから

 

そして、何よりも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子は私が思っていたより、どこまでも()()()だったのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

朝、日が出始める頃に僕は目覚める。でも、視界に広がるのは未だ見慣れぬ光景。病院特有のツンとした薬草の香りが鼻先を掠め、異様なまでに清潔なベッドで眠っているこの状況は必ずしも【快適】とは言えなかった。

時折加速する胸の鼓動は僕を苦しめ、呻かせる。地獄のような状況下に僕が置かれていても、何事も無く綺麗なまま鎮座するこの部屋を僕は嫌悪し、慣れることは無かった。

 

あの日からお母さんはずっと僕のそばに居てくれる。片時も離れること無く一緒で、今も隣で僕を抱きしめながら寝ている。まるで山奥の村に住んでいたあの頃に戻ったみたいだった。

……でも、お母さんは日に日に衰弱している。咳をする頻度も増えてきて、涙の跡も消える日は無い。それが僕にとっては何より辛い事だった。

 

「ん…?ベル、起きたか」

 

「うん。おはようお母さん」

 

「おはよう。よく眠れたか?」

 

「最近寝てしかいないよ。そろそろ飽きてきた」

 

「そうだな。でも、あと何日かの辛抱だ。我慢してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【この病気はいつになったら癒えるのか】

 

この問いの儚さを少年はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

「ホームに戻っても良いですよ。状態は回復傾向に有りますから」

 

 

アミッドさんからのお墨付きを受け、僕は晴れて病院を出た。久しぶりの外は空気が澄んでいて、同じ香りしかない無機的な病院との違いをありありと感じた。一歩歩けば香ばしい肉の香り。また一歩歩けば今度は甘い花の香り。生きている世界を久しぶりにこの肌で感じて、僕の気分は最高潮だった。

しかし、お母さんの表情は浮かない。笑うこともめっきり無くなって、悲しそうな顔ばかりするようになってしまった。 お母さんが僕に秘密にしていることがあるのは分かっている。アミッドさんからの呼び出しを受けた後に戻ってきたお母さんは、嗚咽をしながら「すまない……本当にっ……」と引っかかる喉奥から絞り出した声で謝ってきたから。多分僕の病気のことってのは想像がつく。

 

「僕のことは心配しなくていいんだよ」

 

そう言えたらなんて楽なことか。でも、そんなこと言えない。僕を守る為に秘密にしているはずなのに、それを無視して気休めを言うなんてできるわけが無い。

 

お母さんに手を引かれ、いくつもの感情を雁字搦めにさせながら僕はホームに帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

帰ってきて数日が経った頃。僕はダンジョン探索の復帰を認められた。

だけど、ダンジョン探索へ行く直前に僕はお母さんに呼び止められ、お母さんの部屋へ連れて行かれた。

 

「お母さんどうしたの?僕もうダンジョンに行きたいよ」

 

お母さんは口を開かない。だが、いつもは閉じてる瞼を開いて美しい灰と翡翠の瞳でこちらを真っ直ぐ見つめている。

 

「お、お母さん…?」

 

もう一度呼ぶ。すると、僕の肩に両手を乗せてポロポロと涙を零し始めた。

状況が理解出来ない僕は、「どうしたの?どこか悪いの?ねえ、お母さん?」と慰めるのに必死になる。

 

お母さんは口を開くが、その口から音という音は聞こえてこなかった。空気が入り、出ていくだけ。

やがて、僕の耳元にそっと口を近づけて呟いた。

 

その言葉は、僕の脳天を貫き思わず体がその場で崩れ落ちてしまうほど、衝撃的な一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ベル。2人でこの街を出ないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

お母さんは僕の背中に腕を回し、強く抱き締めてくる。

 

違和感があった。僕はその違和感の原因に思考を巡らせ、すぐに思い至ってしまった。

 

 

()()()()()

 

 

いつもは優しさそのものに包まれているような感覚があった。お母さんがしてくれる抱擁はどんな時でも暖かく、心地よかった。

 

それでも僕は………その腕を、その体を振り解けなかった。【抱き締める】その行為が、今、僕とお母さんをつなぎ止める唯一の方法だってことを僕は直感的に感じていた。

 

「なんで…?」

 

僕は精一杯声を捻り出す。お母さんとの会話が苦しい。こんなのは初めてだし、何より大切な人と接することで吐いてしまいそうなほどの苦い気持ちを味わいたくなかった。

.

「なんでそんなこと言うの?僕はお母さんの英雄になるために、強くなりたくて……ここまで、来たんだよ?」

 

お母さんは僕と顔を向き合わせる。これ以上に無いくらい悲しい顔をしていて、僕は見ていられずに顔を背けてしまった。

顔を背ける僕の耳に聞こえてきたのは懺悔の言葉。謝罪を繰り返すお母さんが、僕にはどうしようもなく小さく思えた。

 

「ねえ、なんでオラリオから離れるの?」

 

もう一度聞いてみる。今度は返ってきた。今までの苦悩を吐き出すように、涙を零しながら。

 

「私はお前に、、冒険者になんてなってなって欲しく無かった。【冒険】は常に()が付きまとう。限界を超え壊れて消えた奴等などを私はこの目で見てきた。お前にそんなリスクを背負わせたくなんてなかった!!」

 

お母さんの本音は、僕の心を締め付けた。じゃあなんで認めたの?当たり前の問いが脳を駆け巡る。

でも、その答えは直ぐにお母さんの口から発せられた。

 

「でも、メーテリアが死んでしまった以上は私がお前の【母親】なんだ。息子の夢を叶えるよう支えてやる、それが母親の役目だ……。だから、私は認めた。何より、私の英雄になってくれると言ってくれたこと。そこまで言ってくれたお前の夢を潰したくなんてなかったんだ」

 

「でも、もう私はその言葉で……【英雄になりたい】って言葉だけで良かったんだよ。この言葉だけでお前は私の唯一無二の英雄だった」

 

「勘違いしないで欲しいが、ここでの生活も悪くなかった。少し騒々しいが、皆が笑っている。私が憎んだ陰鬱とした雑音は消えていた」

 

「でも、お前の()()姿()を見て、お前の病気を知らされて。これ以上はもう、、、心配で私の心臓が止まってしまいそうなんだ」

 

「そ、そんなこと言わないでよ!嫌だよ、お母さんが死んだら僕は……僕はどうすればいいか分からないよ!!!!!」

 

思わず叫んでしまった。お母さんが病弱なのは知っている。でも、いつ死ぬとか、そんなことは言って欲しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル………それは、お前もなんだ」

 

「えっ………?」

 

時が止まり、空間を包む音という音が消えてゆく。

 

「ど、どういう」

 

「お前の病気は体内で持続的に魔力暴発が起きている。お前がレベルが2つ、3つも離れている敵相手に無双できたのもそれを動力として身体が動いたお陰なんだが……」

 

「僕の体の中は、絶えず魔力が暴発してるってこと?」

 

「ああ。だから見た目以上にお前の体はボロボロなんだ。このまま冒険者を続けていけば、お前はいくつもの困難に立ち向かうことになるだろう。その度に暴発の度合いが高まり、内側から傷ついてゆく。必然的に寿命は短くなってしまうんだ。私は、お前があいつらと同じように壊れてゆくのを見たくないんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

言ってしまった。全て私のエゴ。馬鹿みたいな親としての願望。死んで欲しくない。それも私より早くに。でも、ベルの病気の性質上そうなる可能性が高い。本当に死んで欲しくないんだ。そのために……私は今、ベルの夢を踏みにじろうとている。

 

 

 

あぁ…………それでも、ベル。お前の瞳の中にある決意は揺らいでいないのか。

 

「お母さん。僕は、僕は、死なないよ。死んでも、お母さんと一緒」

 

「ベル、何言って…!!」

 

「僕は冒険者なんだ。ただお母さんに守られているだけの子供じゃないんだよ?それに……僕はその病気に向き合うことも、誰もした事の無い【冒険】だと思う。ただ逃げるんじゃなくて、向き合いたい。そのためにはここじゃなきゃ、オラリオじゃなきゃダメだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は英雄である前に、1人の【()()()】でありたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

まだ街が目覚めぬ頃に少年は目覚める。短く切りそろえた真白な髪に真紅の瞳を輝かせ、ベッドから出て階下へ降りる。

 

「おはよう、ベル」

 

「あら、おはよう。今日も早いのね」

 

「おはよう、お母さん!おはようございます、アストレア様」

 

挨拶を交わして大好きな母の作った朝食を食べる。食べ終わったら装備の用意。

腕には母から貰った腕輪を身につけて、母の作ったアンダーを着込む。赤色のラインが映える白を基調とした軽装備(ライトアーマー)を装備して、靴を履き、扉を開く。

 

そして扉の先から溢れる光を前にして振り返り、一言。

 

「行ってきます」

 

母もはにかんだ笑顔を息子に返す。

 

「行ってらっしゃい」

 

扉の先は色鮮やかな家や商店。その中にただ1つ天へと聳え立つ冒険者の塔、英雄の生まれる場所へ少年は走る。

 

愛する母と、笑顔で共に過ごすため。母の願いを叶えるため。

 

英雄の階段を駆け上がるように、少年は石畳を軽く蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 








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反抗期

ベルくん反抗期編



迷宮都市(オラリオ)の中でも東に位置する路地の奥まった場所にある、世界樹を模した1つの店。客足は多く、その中でも主に長く尖っている特徴的な耳をした亜人(デミ・ヒューマン)の一種、森の妖精(エルフ)の割合が高いようだ。

店の中に入ると柔和な微笑みを浮かべた見え麗しい店員が対応してくれる。肉は出さず、菜食を中心としたメニューが人気なこの店の一角で話し合う2人と1柱がいた。

暖かい日差しが木々の間から木漏れ日として窓へ入り込み、誰もが息を飲むほどの美女達を主役に踊り立たせるかの如く照らし出す。様々な装飾に彩られた店内は華美過ぎることなく落ち着いていて、客や店員の所作からも全体的に店として高い品位が見て取れる。落ち着いた、ゆったりとした時間の中、3人のうち黒ローブを深く被った1人が口を開いた。

 

「どうして、人間は独り立ちしようとするんだ………?」

 

隣で女神がお茶を上品に飲む。向かいのハイエルフはパンケーキを丁寧に切り分け、1口大の大きさにした後にぱくりと口に入れる。

 

何事も起きなかったような空気感が漂い始め、ローブの女の声は霧散してゆく。

 

「……おい、なぜ反応しない」 

「相談があると言われて来たのに、いきなり哲学めいた事を言い始めるから」

「いや待て、聞いてくれ。最近ベルがおかしいんだ」

 

普段は冷徹非道、傲岸不遜を地で行く彼女がこうも慌てるのは妹の息子であり、今は現在悩みを打ち明けているアルフィアの息子でもあるベルに関することだけ。だから、相談があると言われた時点でハイエルフであるリヴェリアはある程度察していた。

 

と言うのも、かつては全く相容れることは無かった2人。こうして机を間に向かい合わせて座るのは先輩ママとしてリヴェリアに教えを乞う時に限られているが、それでも私人間ではかなり良好な関係は続いている。

 

なんだかんだで事の経緯を聞いたリヴェリアが出した結論、それは……

 

「反抗期だな」

「なんだそれは」

「簡単に言えば、子供が親離れをしようと色々なことに反発することを言う。今までやってあげていたのに、急に一人でやるようになったことは無いか?」

 

アルフィアは深く考え込み、記憶を辿ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

「ベル、起きろ。朝だぞ」

 

「もう起きてるよお母さん」

「偉いな。自分で起きれるようになったか」

 

「うん!別にお母さんが起こしに来なくても良いんだよ?」

 

〜〜〜

 

「ベル、今日はダンジョンか?」

 

「そうだけど、どうしたの?」

 

「ポーションは持ったか?武器の整備はちゃんとしてあるか?ああ、寝癖がついている。待ってろ、今梳いてやるから」

 

「梳かなくていいよ。それに、ちゃんと整備も持ち物も用意してあるから!」

 

「そ、そうか。すまなかったな。気をつけて行ってこい」

 

「うん。行ってきます」

 

〜〜〜

 

「ベル、風呂に入るぞ」

 

「え?」

 

「え?じゃない。土汚れが目立つ。そんな状態でうろつかれると困る」

 

「分かった、分かったから離して!って、なんで脱いでるのさ!?」

 

「一緒に入るからに決まってるだろう?」

 

「今日は1人で入りたい気分なの!」バタンッ

 

「お、おい……」

 

〜〜〜

 

「どうした?ソファで寝るのは疲れが取れんぞ」

 

「お母さんがベッド使ってよ。僕はこっちで寝るから」

 

「何言ってるんだ。一緒に寝ればいいだろう」

 

「いいんだよ、こっちで」

 

「良くない。風邪を引く可能性もあるし、明日以降にお前が辛いだけだ」

 

「分かった!分かったから抱き抱えないで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

「心当たりしかない……」

 

アルフィアの気分が一気にどん底へ落ちてゆく。アルフィアも色々と言われているが一端の乙女であり母親なのだ。落ち込むのも、息子を心配するのも当たり前である。……まあ、特に息子のベルのことに関しては繊細過ぎるところがあるのは否定できないが。

 

「案ずるな。アイズですらその時期はあった。1度は通る道だと思って我慢してやれ」

 

「ぐっ……」

 

「そうよ。ベルの成長のために必要な過程と捉えて。ね?」

 

「ああ……」

 

悲痛な決意をしたアルフィア。だったのだが

 

「アストレア」

 

「どうしたの?」

 

「私が耐え切れなくなった時は……あとを頼む」

 

「縁起でもないこと言わないでちょうだい!?」

 

冗談にならないほどにアルフィアの身体はガクガクと震え、顔は青くなっている。見開かれた瞳はいつもの塵を見るような冷淡なものでも、ベルを見る時の優しさに溢れたものでもなく、ただただ先の見えない恐怖を実感する怯えが垣間見えた。

子煩悩を極めている、いわゆる親バカの先行きがあまりにも不安で仕方が無い2人は、アイコンタクトで徹底したサポートをすることを決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

それからも、ベルの反抗期は続いた。アルフィアは逐一気にかけるが、ベルは母の心配一つ一つが癪に障るようで、最近は強い言葉を使うようにもなってきた。

 

ここで問題なのがアルフィアだ。以前ならばベルが少しでも反抗期な態度を取ればすぐさまベルにデコピンなどで何らかの制裁をしていたのに、今はその場で立ち尽くして「そ、そうか……」や「すまなかったな」、「あ、あぁ…分かった」としか言わない。その顔の悲惨さたるや見ていられる物ではなくて、アストレアは固まったアルフィアのフォローをする日々が続いた。

 

そして、アストレアは気がかりなことがあった。極東に伝わる「病は気から」という言葉である。持病に苦しむアルフィアも、ベルが生きていて欲しいと言うからという理由一つだけでなんとか治療を受け続けて生き長らえている状態なのだ。そこにやってきた反抗期は、アルフィアの生存理由そのものを脅かしかねない。それに、あの時自分が言った『成長の過程』という単語が、反抗的な行動に対しての今までのようなお説教に踏み切れない足枷にもなっているようである。これではベルが増長しかねない。

数々の不安により、アルフィアの顔色は日に日に悪くなっていった。

 

 

 

 

 

 

そして、事件は起きた

 

 

 

 

 

それはなんでもない、とある日の昼下がり。ベルはアルフィアと寝るのを嫌がり、最初のうちはいやいや布団に入っていたものの、最近になってとうとうソファで寝始めてしまった。連日やっているうちにソファでの就寝が祟り、とうとう体調を崩したというわけである。加えて、今のベルは病弱の身である。今まで以上にアルフィアは慌て、すぐさま治療院に飛んで行き、常にベルの傍で看病し続けた。その甲斐あって、数日で体調は回復傾向を見せた。

 

「ベル、どうだ?どこか痛いところとかは無いか?」

 

「無いよ、大丈夫。心配しないで」

 

「馬鹿者。息子が倒れて心配しない親がどこにいる」

 

「うん……でも、僕は大丈夫だから」

 

 

 

現在、ベルは母親に何から何までやってもらっている状況である。ベルはこれが嫌で仕方がなかった。まだ治りきっていない状態でダンジョンへ行こうとしたのである。

 

「待て!未だ熱があるだろう!?」

 

「もう問題無いよ!お母さんは心配し過ぎなんだ!」

 

「病気のことをお前は聞いていたのか!?無理をしてはならないんだ!!したら冒険者どころか、お前の寿命まで短くなるぞ!」

 

 

 

 

 

アルフィアはベルの手を引き必死に止める。だが、ベルの「痛いっ!」という一言で隙をつくってしまい、ベルはホームを飛び出してしまった。細い路地に入り込まれて見失い、アルフィアがようやく見つけた時、ベルは虫の息で道端に、ボロ雑巾のように汚れ倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白兎は【冒険者】として誓いを立てた。しかし、目指すものと自らの状態の乖離に未だ気づけていない。

だが、

 

『少年は愚かだ』

 

と、簡単に断じることは出来るのだろうか?

 

人々は【冒険】という言葉を免罪符に死地へと行く。彼女もその1人だった。妹の静止を振り切り何度も死にかけてきた。

 

だからこそ、託された少年に対してどのように接すれば良いか分からなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、とある1人の母親の苦悩に満ちた物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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