半鬼半人闘技録 (ハチミツりんご)
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昔々のお話

 

 

 ある王様が言いました。「可愛い娘の夫に迎えるべきは、この子を守れる実力ある男だ」と。

 

 あるお姫様が言いました。「私を守ってくれる、強い殿方と結ばれたいわ」と。

 

 

 

 

 そして国中、いや国外にも大々的にお触れを出しました。

 

 

【姫の婚約者を決める闘技大会を開く。身分、経歴、一切問わず】

 

 

 大切なお姫様の結婚相手、まさかそれが身分も問わず、経歴すら問わず。例えならず者であっても、指名手配を受けるような極悪人であろうと、闘技大会を勝ち上がれば一国の王になれると言うのです。

 

 

 これには国中がてんわやんわ。美しく、民に優しいことで知られていたお姫様と結婚出来るかもしれない。平民が王になるかもしれない。

 

 

 

 これは一大イベントだ。そう感じた民衆は、闘技大会が開かれる闘技場の観戦権をこぞって求めました。

 それを見ていた商人達は、金儲けの良い機会だとすぐさま露店を開き、飲み物や食べ物、観戦権の売買を一手に仕切り、闘技大会当日には立派な店が立ち並びました。

 

 

 当然国の貴族達も黙ってはいません。麗しの姫様と結婚出来る、自分がこの国を背負って立つ。そう決意した彼らは武芸を鍛え、装備を整え、来たる闘技大会に向けて万全の準備を整えました。

 

 

 

 

 そして、闘技大会当日。姫様と結婚したいと願う猛者達が、国内外から山のようにやって来ました。

 

 ある者はこの国の騎士団長。

 ある者は貴族家の中でも武闘派と名高い嫡男。

 ある者は世間でも有名な傭兵。

 ある者はとある組織でも指折りの暗殺者。

 ある者は修行の旅を続けてきた拳闘士。

 ある者は魔術に優れた魔道士。

 ある者は他国で武勇を轟かせた英雄。

 

 

 ある者は、ある者は、ある者は………皆が皆、腕に覚えのあるものたちが集まりました。

 

 

 闘技大会の死闘は何日も続きました。人死が出ないように万全に整えられた医療設備が揃う闘技場では、それでも再起不能になるもの、死んでしまう者が現れるほどに白熱した試合が続きました。

 

 

 そして全ての試合が終了した後。姫様と結婚出来る栄誉を勝ち取ったのは、騎士団長でも、貴族でも、英雄でもなく。

 

 

 ………なんと無名の平民でした。

 

 

 

 魔法の武具に身を固めた他の闘技者達を押し退けて優勝した平民に、皆は驚きました。まさかあんな男が勝つだなんて。

 誰もが信じられませんでしたが、王様と姫様は互いに目を輝かせ、護衛の騎士たちが止めるのも聞かずに闘技場へと降りていきました。

 

 

 

 

 近くにやってきた王族達に、慌てて平民の男は跪きました。

 先程まで勇猛果敢に戦っていた男が、姫様を見た途端まるで小童のように顔を赤くする様子を見て、姫様はおかしってクスクスと笑みをこぼしておりました。

 

 

 

『誠あっぱれな戦いであった。貴殿こそ、ワシに代わりこの国を統べるに相応しい武人じゃ』

 

 

 

 王様からの言葉に、平民の男は恐縮しっぱなしです。

 そんな彼に向けて、姫様がふと思ったことを訪ねました。

 

 

 

『闘技大会には沢山の猛者達が集っていました。実力も武具も、全てが一級の武人達でした。貴方は彼らと戦うことが怖くなかったのですか?』

 

 

 平民の男は少し驚きながらも、照れ臭そうにこう答えました。

 

 

 

『一目惚れだった貴方様の横に立てるかもしれないと思ったら、身体が勝手に動いておりました。誰にもこの人を渡したくないと』

 

 

 

 帰ってきた言葉に目を丸くした姫様のお顔は、やがて真っ赤に染まりました。

 そして同時に、自分が何を言ったのかを理解した平民の男の顔も真っ赤に染まりました。

 

 

 そんな娘と未来の息子に、王様は豪快な笑い声をあげました。

 それに合わせて、見守っていた民衆たちも立ち上がり、大きな拍手と声援で彼を讃えました。

 

 

 

 

 ______新王様万歳!

 

 ______王妃様万歳!

 

 

 

 こうして闘技大会は幕を閉じ、新王の政治の元、平和な時代が築かれました。

 そんな新王の傍には常に王妃様が寄り添い、いつまでも幸せに暮らしました。自分たちの子供が産まれたら、婚約者を闘技大会で決めようという伝統を残して______。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………それも、今は昔々のお話。

 

 

 

 今でも闘技大会は、王女様の婚約者を決めるために開かれています。民衆も、この闘技大会を楽しみにしています。

 

 

 しかし。当時は武芸を鍛え己で挑んでいた貴族達は、いつしか代理人に依頼をして、己は戦わずに闘技大会を勝ち抜こうとしておりました。

 

 それだけではなく、自分たちのライバルになりそうな闘技大会参加者を事前に闇討ちしたり、参加出来なくしてしまう……そういった、本来闘技大会にあるまじき行いが平然と横行するようになりました。

 

 

 王になる可能性を高めること。副賞の金銭や珍しい魔法の道具を手に入れるのが目的で、王女様との結婚は二の次三の次。

 

 

 

 歯車が狂ってしまった闘技大会。それでも伝統に則って、今でも闘いは開かれています。

 

 

 

 

 そして、一人。姫様と結婚したい………訳ではなく。『お金が欲しい』という至極単純な願いを胸に秘めて、闘技大会に足を踏み入れる【女の子】がおりました。

 

 

 これは、とても………とても単純なお話。

 

 記念すべき、第50回王国主催闘技大会。その闘いを紡いだ、ただそれだけの話だ______。

 

 

 

 



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鬼備津 桃

 

 ______【大和国】。

 

 

 大陸の南東、海に面した小国。外界との関わりを制限し、独自の文化を育て繋いで来た、古き良き伝統の残る場所。

 

 人と鬼が、鬼と妖が、妖と人が。

 

 種族が異なるもの達が寄り添い、共に暮らしてきたその国は、小さいが故に国王と民達との親交も深いもの。

 何せ王が畑を耕すなんて日常茶飯事。王宮に子供が遊びに来るし、王と民を守る近衛の武士達が子供達と一緒に遊ぶ国王に平気で注意をする。そんな光景が当たり前に繰り広げられるのがこの場所。

 

 

 恵まれた都会ほどの利便性は無くとも、小国故の距離の近さで民と民とが助け合いながら日々を過ごす。

 

 そんな至極平和な大和国の入口には、平時では考えられぬ人集りがあった。

 

 

 

「よしっ……と!」

 

 

 

 自身の持ち物を確認し、武装一つ一つに手を当てて満足気に頷く。気合いを入れるように小さな声でそう呟く彼女が立ち上がると、身につけた具足や背に背負った大太刀がガシャり、と音を立てた。

 

 

 

「本当に、いくのかい?」

 

「もー、おじちゃんそれ何回目?心配しなくても大丈夫だって!」

 

 

 小柄な身体に似合わぬ大荷物を肩に背負った少女に向けて、民衆の中から声が掛かる。

 聞き覚えのあるその声は、この国を統治する人。大和国の国王である、初老の男性であった。

 

 立派な髭を生やし、人の良さそうな暖かな目を細め、国王は心配そうに出発するのかと尋ねる。それに対し少女は、当たり前だと笑って返した。

 

 

 

「……すまんのう。ワシのせいで……」

 

「別におじちゃんが悪いわけじゃないって!今回のは……そう!誰も悪くない!ただただ、お天道様の機嫌が良くなかっただけだよ!」

 

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げようとする恩人に、それは違うだろうと慌てて否定の言葉を投げる。今回の件、確かに突き詰めれば国王が悪いとも言えるかもしれない。だがそれは少々酷というものだ。

 

 

 小国である大和国は、その殆どを自給自足で賄っている。特に主食たる米や野菜は、自分たちの手で育て、それを食卓に並べるのだ。狩りをして肉を調達したり、海や川で魚を釣ることもあるが、それは必要最低限。この国の食を支えるのは、自分たちの手で作った米と野菜だった。

 

 それがこの数年、悪天候が続き不作が続いていた。特に今年は、突発的な暴風や暴走したモンスターが暴れた等の理由で作物の大半が駄目になるという最悪の事態だ。

 幸い交流のある他国から食料を買う事は出来たが、それには金が掛かる。小さなこの国の政は滞りなく進んでいたが、この数年食料費のせいで財政が圧迫されているのは疑いようもない事実だ。

 

 

 そんな大和国の財政を救う為。少女は単身、とある場所へと赴く決意を固めたのだ。

 

 

 

「ワタシ頑張るから!【闘技大会】で優勝して、賞金持って帰ってくるからね!美味しいものとお酒もいっぱい買って帰ってくるから、みんなで宴会しよう!」

 

 

 

 【闘技大会】。

 

 

 大和国より馬車に乗ること幾日か、大陸の中央部に進むと辿り着く大国、【バルファレア王国】。そしてその首都、『ストームファースト』にて執り行われる伝統的な大会。

 

 腕に覚えのあるものを集め、競わせ、優勝者を決める至ってシンプルな大会。闘いを制した者には、王家の血を引き継ぐ者……即ち現国王の娘、王女殿下と婚姻を結ぶことが出来るのだ。

 

 だが、彼女の目的は王女殿下との結婚では無い。女性であり特に同性愛等に興味が無いこの娘が姫様との結婚を望んでいる訳もなく、彼女の目的は別。

 闘技大会の優勝者は姫様との結婚の権利を得るが、その副賞として手渡される多額の賞金。それを手にして国に戻ってくるのが彼女の目的、そして使命だ。

 

 

 大和国は小国、対して闘技大会を開催するバルファレナ王国は大陸でも屈指の大国だ。持っている財産は文字通り桁違い、それ故に闘技大会の優勝賞金も、小国規模の国家予算並の大金が用意されている。

 

 

 

 それさえあれば………それさえあれば、この先口減らしをすることも無く生きていける。それに未知の相手との闘争は心躍るものがある。

 

 父から引いた人ならざる血の影響か、それとも彼女自身の本能か。まだ見ぬ強敵達との切り結びに思いを馳せながら、故郷のみんなに笑顔で手を振った。

 

 

 

 

「それじゃ!いってきまーすっ!!」

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

 

 ______大陸歴682年。世界は混沌を極めていた。

 

 

 魔神の王を自称する一人の悪魔が悪しき心の持ち主を束ね、大陸を我がものにせんと侵攻を始めたのだ。

 

 悪魔は地の底にあるとされる死者の国、そこで秩序を保っていた当代の審判者……閻魔大王【ヤマ】を喰らい、天に昇っては神々から生きとし生けるものを見守っていた監視者【ザフキエル】を貪り、遂には神にも届きうる力を宿した。

 

 

 悪しき者たちから《魔神王》と信仰を集め始めたその悪魔の存在に、神々は己の身を、そして世界の生命全ての未来を危惧した。

 だが、彼らの住まう神の世界ならばいざ知らず、人々の住む世界では精々奇跡を起こすのが精一杯。とても魔神王を倒すには力が足りなかった。

 

 

 ………このままでは、魔神王はいずれ地上の子供達を喰らい尽くし、自分たち神を超える力を宿してこちらに攻め入ってくるだろう。

 

 

 

 そう考えた神々は、地上に生きる子供達に向けて神託を下した。

 

 

『神の奇跡を受けし子供達よ、どうか世界の為にかの悪しき魔神王を打ち倒してください』

 

 

 

 そして世界各地で、神の奇跡を身に宿した子供達………各種族で運命に選ばれた勇者達が産まれました。

 

 

 人間、森人(エルフ)探鉱人(ドワーフ)小人(ホビット)巨人(ジャイアント)蟲人(インセクティアン)獣人(ウェアウルフ)鳥人(ハーピー)蜥蜴人(リザードマン)猫人(ケットシー)犬人(カーシー)

 それだけではありません。半獣(サテュロス)や各地の妖精(ピクシー)達、蛇女(ラミア)騎馬人(ケンタウロス)人蜘蛛(アラークネ)牛頭人(ミノタウロス)馬頭人(ホースメン)まで______その他の知性ある種族達からも、神の意志に答えんとすべく産まれてきた多くの者たちが、魔神王討伐に向けて、導かれるように集いました。

 

 

 

 本来なら敵対し、殺し合う種族同士でも手を取り合い、魔神王の尖兵を打ち倒して進み続けました。

 

 苦難の連続、ぶつかり合いの連続。種族が異なれば文化も違い、考え方も感性も何もかもが違う。それでも彼ら彼女らは、人間の代表であった少年を中心として、行く先々で仲間を増やしていきました。

 

 

 

 そして長い旅路の末、遂には悪しき魔神王を討ち滅ぼす事に成功したのです。

 

 かの魔神王を討った最後の一振。それは、彼ら彼女らの中で中心にいた少年………一党の中で最も弱く、同時に最も優しい人間だったのだと、各種族の勇者達は口にしました。

 

 

 心優しい人間、神々から太陽の加護を受けた少年は、その剣で魔神王を封印。誰にも解けないよう厳重に神々が管理し、魔神王の元に集った悪しきもの達は大半が討ち取られ、残りも力を失い散り散りに。

 

 

 こうして全ての種族が集った戦いは終焉を迎えました。皆それぞれの住む場所へと戻って行き、中心となった少年は祖国で人々から讃えられ、兼ねてより親交深かった小国の姫君と結婚。王として、その太陽のような優しさで人々を照らし続けました。

 

 

 

 

 

 ______その戦いから1000年以上の時が経つ今なお、人間の勇者の血を引き継ぐ王族の治めるこの場所。この国こそ、大陸一の大国へと成長した人間種の中心国家、【バルファレア王国】である。

 

 

 中心国家に相応しい、文化の最先端を行き、貿易によって栄えたこの地は今日も物を売る商人の威勢のいい声で活気が溢れる。

 

 歳若い婦人が今晩のオカズを何にしようかと青果の店で思考を巡らせていたり、木の棒を持った少年達がかの伝説の英雄の真似をしてはしゃいでいたり。衛兵らしき武装した男達は、住民達と親しげに会話を交わしながらも無法者が居ないかどうか目を光らせている。

 

 

 

 そんなふうに活気に満ち溢れているバルファレア王国が首都、《ストームファースト》。

 

 王の娘、姫君の15の誕生日に開催される闘技大会の会場となるこの都市は、国内でも特に頭抜けた賑わいを見せる街。

 多種多様な種族が入り乱れるこの街には、現在闘技大会に出場する猛者達が次々と集まっていた。

 

 

 

「おー………アレは……探鉱人(ドワーフ)かな?それに向こうには半獣(サテュロス)………おーっ!《松茸鳥》の炭火焼き!うちじゃお祝いの主役しか食べられないのに!」

 

 

 武装した屈強な傭兵達が闊歩する街中、物の見事にお上りさん全開で当たりをキョロキョロと見回す、小柄な人影。初めて見る種族や露店で売られている食べ物に目を奪われ、キラキラとその若草色の瞳を輝かせている。

 

 

 

 彼女こそ、遥か南東の大和国から来たる少女。身の丈を超える大太刀を背に単身この街にやって来た田舎娘………名を【鬼備津(きびつ) (もも)】と言う。

 

 

 故郷の財政難を救う為、まだ見ぬ強者との闘いを求めて。闘技大会に殴り込むつもりでやってきた鬼備津だったが、魅力に溢れる街の様子に意識を奪われたしまっていた。

 

 

 

「あっちには《草原兎》の串焼き!わっバケツみたいな変な兜ー!あの塔高い!畑が何処にもなーいっ!」

 

 

 見るもの全てが新しい。それ即ち好奇心の爆発にも等しく、目移り目移り、あらゆる物に目を向けながらせかせかと街中を突き進んでいく。

 

 そんな折、鬼備津のお腹の虫がきゅぅ、と鳴る。考えても見ればここまで商人の馬車に相乗りさせてもらって来た。その間、口にしたのは固い黒パンや干し肉、木の実類や酢漬けした野菜など日持ちを重視して味は二の次三の次、といった代物ばかりだ。肉の焼けるいい匂いが鼻腔を擽るこんな場所で、食欲が刺激されるのは当然と言えた。

 

 

 

「……お腹減った……けど何にしようかなぁ……どうせなら見たことないようなの………」

 

 

 先程見かけた《松茸鳥》の炭火焼きも良いが、随分人が並んでいたように思える。アレがもし商品を受け取るための順番待ちなのだとしたら、自分がありつけるのは相当先だ。そんなの待ってられないよ、と腹の虫が抗議するので泣く泣く断念する。

 

 《草原兎》の串焼きは癖がなくて好きだが、せっかく見た事ないものに溢れる都会に来たのだ。食べたことの無いものを………と考えていた鬼備津の鼻に、香ばしい匂いが風に乗って運ばれてくる。

 

 

 

「さぁ、いらっしゃいいらっしゃい!お肉屋サクサの美味しいコロッケ!素材も作り方もそんじょそこらの物とは全然違うよー!食べたら病みつき、今なら揚げたて!ロッケ・サクサのサクサクコロッケ!おひとついかがですかーっ!」

 

「わぁ〜!!なにこれなにこれ!アモドの実みたい!」

 

 

 

 匂いの元は、大きな肉の看板が目印になった肉屋。店頭で大きな調理器具を駆使しながら、器用に道行く人々に接客をする青年の姿が印象的だった。

 

 鬼備津の知らぬ、先の部分がひらべったくなって繋がった銀の箸のようなもの………トングを駆使して、油の海から看板商品であろうソレを掴みあげる。

 

 油のはねる音に乗せて届いてくる、香ばしい香り。ホカホカと湯気を立てるそれは見事なキツネ色で、鬼備津の知る木の実に似た色合いを持っていたが成長期の食欲に突き刺さるのは断然こっちである。

 

 

 

「ん?お嬢ちゃん、もしかしてコロッケ知らないの?」

 

「知らない!なにこれどうやって作ってるの!?」

 

「なになに、興味持ってくれた?うちのコロッケはあまーいゼラント産のジャガイモに、ダカール産のタマネギ、あと知り合いの育ててる《巨斧牛》のひき肉を合わせてるんだ。これをこうして丸めて______」

 

 

 

 目を輝かせてじっとコロッケを見つめてくる少女を物珍しく思ったのか、笑顔を浮かべながら青年は慣れた手つきでタネを手で丸めていく。両の手で往復させながら空気を抜き、綺麗に丸く整えると、小麦粉をまぶしてから卵液、パン粉の順につけると、揚げ油の海にそれをゆっくりと投下する。

 

 ぱちぱちとはねる油の音と、揚げられていくコロッケの匂い、そして微かに揺れながら揚げ油の海を揺蕩うコロッケの様子。三重になって襲ってくるパンチに、鬼備津はヨダレを流しながら「ほわぁ〜!」と歓声を上げる。

 

 

 

「綺麗にキツネ色に揚がったら……ほいっ!ロッケ特性コロッケだよ!お近づきの印に、おひとつどうぞ」

 

「えっ!いいの!!ヤッター!!」

 

 

 

 餌付けされた犬のように店頭の台に顎を乗せている鬼備津の様子に苦笑しながら、気を利かせた青年が紙に包んだ揚げたてのコロッケを手渡してくれる。

 にべも無くその厚意を受け取った食いしん坊は、両手でコロッケを紙越しに掴む。揚げたての暖かな温度がじんわりと伝わり、湯気が顔を打つ。鼻に届く香りはより鮮明に、より香ばしく。

 

 

 

「はぁ〜……!いっただきまーす!」

 

 

 

 もう腹の虫も待ちきれない。ちゃんと食の神、そして食材達に感謝の念を送りつつも揚げたてのコロッケにパクリとかぶりつく。

 

 

「おにーさん、ボクにも1つ」

 

「あちっ、あちちっ……!」

 

「ん?はいはい、どうぞ」

 

 

 揚げたての熱さに驚きながら、舌で転がす。外はサクリと、中はホックホク。唇ですら容易く切れる程の柔らかさでありながら、ジャガイモのホクホクとした食感も感じられる絶妙な潰し加減。一朝一夕では出せない職人技だ。

 

 噛む度にジャガイモの甘みが口いっぱいに広がる。木の実や菓子などの甘味とはまた違う、素朴で癖になりそうな甘さ。所々に含まれるひき肉とタマネギの旨味が互いを引き立て、味わいをより高みへと引き上げている。

 

 あまりの美味さに腕をブンブンと振りながら噛み締め、こくりと飲み込む。後味はしつこくなく、あれほど油に浸かっていたとは思えない。止まらぬ食欲が赴くまま、一口、もう一口と食べ進めていく。

 

 食べたことも無いはずなのに、どこか懐かしさすら覚える味。熱さに慣れ、初めよりもハイペースでパクパクと食べ続け、最後の一口をつまんでゆっくりかみ締めながら飲み込む。指先についた衣と油をペロリと舐めとると、喜色満面に青年に顔を向け______

 

 

 

 

「______美味しいっ!!」

「______ンまいっ!!」

 

 

「「………ん?」」

 

 

 

 ______思わず隣と声が重なった。

 

 

 

 ふと視線を声のした隣に向ける。そこにあったのは、鬼備津とそこまで身長の変わらないであろう1人の少年だった。

 

 カウンター席のように店頭に備え付けられた椅子に腰掛け、同じようにこちらに視線を向けている少年。額にゴーグルを付けているのが特徴的だった。

 健康的に焼けたような褐色の肌に、縦に裂けた金の瞳孔。燃え盛る火焔を思わせる橙の髪は、前髪部分のみ真っ赤に染まっている。

 

 それだけ見れば、珍しい見た目の子だなで終わるだろう。だがこのゴーグル少年は、珍しいで留まるようなものでは無かった。

 

 

 まず両手。人間と同じように手が生えているものの、彼の肘から先には人ならざる特徴………暗い赤、朱殷とも呼べる色合いの鱗がその身を守る様に腕を覆っていた。視線を向ければ直ぐに分かるが両足、更には両頬も同様のもので覆われている。

 

 更には背中には皮膜とは違う力強い翼、腰からはスラリと伸びてユラユラと揺れる尻尾。額には湾曲した黒々と光る艶やかな2本角。手足の先は人の手ではなく額のものと同様の爪が生え揃い、極めつけは顎下に生えた逆鱗。

 

 

「………ん〜………」

 

「?」

 

 

 鬼備津が何かを思い出そうと唸るのを、訝しげな目でみる少年。

 

 

 兎も角、ここまで条件が揃っている彼を人と呼称する者はそう居ないだろう。

 

 

 人より遥か高み、生態系の頂点に君臨する怪物。存在するだけで英雄譚に名を記され、かの怪物の討伐はそれだけで吟遊詩人が歌い歩くほどの偉業となる。

 

 その腕や尻尾を一薙ぎすれば大抵の生物は武装の上から原型を留めぬほど叩きのめされ、吐き出される炎は全てを焼き尽くす。強靭な鱗に覆われたその身体は傷つけることすら叶わず、佇む威風は堂々と。

 

 

 そんな彼を見ながら、鬼備津は思い出したようにポンッと手を叩く。そして彼を真っ直ぐに指さし______

 

 

 

 

 

「______蜥蜴人(リザードマン)!!」

 

「誰がトカゲだッ!!」

 

 

 

 ______アレー?と首を傾げていた。

 

 

 

「このボクをトカゲと一緒にしないでください!ボクは誇り高き竜の血を継ぐ半竜半人(ハーフドラグネス)!かの英雄、偉大なる竜殺しと大いなる竜の巫女を祖先に持つ竜族の一員!列記とした()()()()です、ド・ラ・ゴ・ン!」

 

 

 

 そう、彼はドラゴン。身を覆う鱗だけならば鬼備津の言うように蜥蜴人(リザードマン)という選択肢もあったが、強靭な翼や尻尾、角に爪。何よりも顎下に生える逆鱗が、彼を竜に連なるものだと鮮明に主張していた。

 

 

 

「どらごん?」

 

「………まさか貴方、知らないっとか言いませんよね……?ドラゴンですよドラゴン……?」

 

「んー………あっもしかして緑色で炎吐くやつ?それなら故郷に火を吐いたからぶっ倒したよ!」

 

「緑?あー《緑竜(グリーンドラゴン)》ですか。アイツらはプライドもなく弱きものを虐めて、宝を眺めて悦に浸る軟弱者です。そんなのと一緒にしないでください」

 

 

 

 物語の鉄板、人々が思い浮かべる最強種族。しかし大和国ではあまり一般的な存在ではなく、鬼備津が知っているのは住む場所を追われて人を襲う様になった下級の竜のみ。

 しかし目の前、この少年から感じる力強さは、決して下級に収まるものでは無い。臍出しノースリーブにレザーベスト、ホットパンツという身軽な装いだが、どれも普通の市井で手に入るような代物では無い。

 

 

 

「ボクは誇り高きシグルズ家の嫡男、【ドラッヘンテーター・フォン・シグルズ】!家名に誓って、罪なき人へ牙を向ける事はありません!」

 

「んー……?取り敢えず、悪い人じゃないってことだよね!ワタシは鬼備津 桃!宜しくね、えーっと………ドラちゃん!」

 

「ドラちゃっ………まぁ良いです。こちらこそ、モモさん」

 

 

 堂々たる名乗りをしたにも関わらず、取り敢えず人に害を及ぼすようなものでは無い、と大雑把に判断した鬼備津。

 初対面でいきなりちゃん付け、しかも略称で呼ばれたことにドラッヘンテーターが頬を引くつかせるが、どうにも言っても無駄そうだと早々に諦める。

 

 

「それにしても、キビツなんて珍しいお名前ですね。モモなんて家名も聞き覚えはありませんが……」

 

「?桃は私の名前だよ。苗字が鬼備津!」

 

「……?でもキビツ=モモさんなんですよね?」

 

「そうだよ?」

 

「???」

「???」

 

 

 ドラッヘンテーターからしてみれば随分と馴染みのない名前だと思い訪ねると、お互いが首を傾げて疑問符を浮かべる事態に。お互いがお互い、真実を言っているので何が何だか分からないでいると、小さく笑いながら肉屋の青年が声を掛けてくる。

 

 

 

「キビツさんは、もしかして南の方出身?」

 

「うん、大和国!」

 

「あぁなるほど。えっと、シグルズ君だったかな?彼女の出身国では家名が先に来るんだ。だからキビツが家名で、モモが個人名なんだよ」

 

 

 北方方面出身のドラッヘンテーターは……というか大陸に住む人の多くは家名より先に個人名や貴族の称号が来る。

 だが鬼備津の出身である大和国周辺では、個人名よりも家名を先に名乗る風習があるのだ。それ故に、彼は彼女の個人名をキビツ、家名をモモだと勘違いしたのだ。

 

 

「……なるほど!家名が先とは珍しい………失礼しました、キビツさん」

 

 

 即座に呼び方を訂正して軽く謝罪すると、鬼備津が不思議そうに今一度首を傾げる。

 

 

 

「桃でもいいよ?」

 

「いえ、初対面で女性の名を呼ぶのはマナーに反しますので」

 

「気にしなくていいのにー」

 

「ボクの誇りの問題です、お気になさらず」

 

「そういうもの?」

 

「そういうものです」

 

 

 ふーん、と生返事を返しながらコロッケの紙を折りたたみ、キョロキョロとゴミを捨てる場所を探し始める。

 そんな彼女に気を使って、肉屋の青年が「捨てとくよ」と言って紙を受け取る。鬼備津は再び彼の厚意に甘えることにしたようで、礼を述べながら食べ終わったコロッケの紙を手渡した。

 

 

 

「ねぇねぇコロッケのお兄さん、聞きたいことあるんだけど!」

 

「ん?なんだい?」

 

「闘技大会の受付所って、何処にあるの?」

 

 

 カウンターに顎を乗せて足をパタパタさせながら、親切な青年にそう尋ねる。笑顔を浮かべながら話を聞く姿勢になった青年だったが、闘技大会という単語を聞くとピクリと______隣に腰かけるドラッヘンテーターも______反応した。

 

 

 

「……受付所なら向こうに見える闘技場の前にあるけど………誰か知り合いの応援にでも来たのかい?」

 

「ううん、ワタシが出るの!」

 

 

 王都ストームファーストの中心部に聳え立つ巨大な闘技場、通称コロッセウム。受付所ならばそこにあると口にした青年は、この少女は兄や父、もしくは友人辺りの応援目的でこの都市に来たのかと言葉を投げるが、鬼備津本人が笑って否定する。

 

 

 それを聞いた青年は目を丸くし、ドラッヘンテーターは僅かに細める。

 

 闘技大会に出場するのは大抵が腕に覚えのあるものばかりであり、図体や自信だけのならず者風情は予選すら突破出来ないのが常だ。そんな闘技大会に、小柄な少女が参戦すると笑って言ったのだ。信じられないのも無理はない。

 

 

 

「……キビツさん、闘技大会は姫様の結婚相手を決める大会って知ってる?」

 

「知ってるよ!でもワタシの目的は優勝賞金だから、関係ないかなー。みんなとの約束だし!」

 

「約束って………あぁちょっと!」

 

 

 その先を問おうとした青年だったが、それよりも先に鬼備津は荷物を持って軽く駆けだす。進行方向は先程青年が言っていた闘技場のある方向だ。

 

 

 

「ありがとう!コロッケ美味しかったからまた来るね!ドラちゃんもバイバイ!」

 

 

 くるり、と背を向けて2人に別れの挨拶を告げると、そのまま人混みの中に駆け込んでいく。

 

 人混みで見えなくなっていく小柄な人影を眺めながら、青年はポリポリと頬を掻いて心配そうな顔を浮かべる。

 

 

 

 

「大丈夫かなぁ、あの子………」

 

「……心配ないと思いますよ」

 

「え?」

 

 

 

 最後に残っていた一口分を食べ終えたドラッヘンテーターは、ハンカチで丁寧に手を拭いてからそう呟く。

 

 首を傾げる肉屋の青年を他所に、ドラッヘンテーターは先程彼女が消えていった人混みに目を向ける。竜の血を継いだ彼の目は、人混みの中に薄ら見える鬼備津の姿を捉えていた。

 

 

 

 

「______あの荷物でこの人混みの中をぶつからずに走っていく、ね………」

 

 

 

 鬼備津は闘技大会の間この都市に身を置くつもりなのでそれなりな荷物を持っていたし、何より背中には身の丈よりも大きい東方の剣………カタナと呼ばれるものを背負っていたはずだ。

 

 その状態で人混みの中、誰にも当たらずスイスイと駆け抜けていく………自分の持ち物の大きさは勿論のこと、周りの人がどう動くか、どこに隙間が生まれるのか………把握していなければ難しい芸当だ。

 

 

 

「キビツ=モモ………ちょっと面白そうだけど、お金目的の人にボクは負けませんよ」

 

 

 

 全ては一族の為。誇りのため。

 

 

 小さく呟いた竜の血を継ぐ少年は、青年に礼を言ったあと静かにその場をあとにした______。

 

 




今回のお話で

ロッケ・サクサ(ホネ星人様)

ドラッヘンテーター・フォン・シグルズ(はっぴーでぃすとぴあ様)

の2名にご登場頂きました。まだ活動報告にてキャラ募集しておりますので、参加していただけると嬉しいです


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