Fate/EXTRA SSS (ぱらさいと)
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Fate/EXTRA編
英霊召喚:女帝降臨


 好きなサーヴァントがライダー、アサシン、バーサーカーに集中している作者です。
 EXTRAでセイバー、アーチャー、キャスターしか使えず絶望した気持ちがずるずる尾を引いた結果、この二次創作が生まれました。
 アサシンで召喚されたセミラミスをサーヴァントに、謎の転生主人公がEXTRAの世界を駆け抜けるお話です。


 目の前で生徒が倒れる。

 顔のない奇妙な木偶に何度も斬られ、肉体が限界に達したらしい。

 学園生活(ロールプレイ)の時は、見た目こそアレだったが成績優秀な一人だったのに、宝の持ち腐れだったか。

 俺にとって数少ない話し相手の役を演じてくれていた訳だから、せめてもの礼だ。別れの挨拶と死に水くらいは取ってあげるとしよう。

「やあ、七原さん。顔色が悪いけど大丈夫?」

 第一声から間違えた。

 自分から話しかけるのに慣れていないもんだから口調がおかしくなってしまった。

 安っぽい三流アイドル面の少女は、絶望に染まった顔をさらに絶望させて俺を見る。……三流は所詮三流、見ていてもつまらないことこの上ない。

 涙を流し、餌を与えられた鯉のように口をパクパクと開閉する。痛みが酷いのか声も出ないらしい。

 このままではムーンセルに消されておしまいだろうから、俺の役に立って死んでもらいたいところだ。

秘技・乙女ノ肉壁(死体ガード)!!」

 無傷の木偶が放つ不意打ちを七原さんのボロボロになった肉付きのいい身体で遮る。

 どうやらそこで形を保てなくなったのか、盾は塵になって消えてしまった。こちらも木偶があるので、感覚で指示を出す。

 あちらの木偶が放つ斬撃と刺突をこちらの木偶があしらい防いで隙を狙っては殴り吹き飛ばす。

 受け止めた損傷は軽微だ。あと二合ほどで決着はつくだろう。

 待機状態に戻った木偶に追加で指示を与え、突進させる。

 結果は明確。

 どうやら殴打が装甲の薄い部分に直撃したらしく、あちらの木偶は力なく地面に倒れた。

 

『随分と惨いことをするものだな、少年。仮初めとは言え、恋人だった相手にああして止めを刺すとは。私も久々に面白い思いをさせてもらった。そして、そんな君の冷徹で手段を選ばぬ主義に相応しいサーヴァントが残っている。期待しているよ』

 

 声が途絶えると、四方からガラスが砕け散る甲高い音が響く。それまでの、海底を彷彿とさせる薄暗さから一転、目映い光が空から降り注ぎ、背景も聖堂のような荘厳な装いに変わった。

 破砕音と急な眩しさに驚いた俺は手で目を守る。

 光が弱まったように感じて恐る恐る目を開くと、部屋の中央に背筋が凍るほど美しく、それでいて浮かべた笑みは男なら無条件に見蕩れる妖艶な黒衣の女性が立っていた。

「ふん。見た目は及第点か……久々に契約相手が現れた手前、幾つかの不敬は見逃そうぞ」

 美女は不満げな目で俺を値踏みし、ため息をつく。

 たったそれだけの仕草さえ美しいとは、やはり逸話は伊達ではなかったようだ。

「では問おう。貴様が我のマスターか?」

「いかにも。聖杯を手にするため、力を借りたい」

 俺の答えに美女は何故か笑った。

「アサシンとして喚ばれた我に力を貸せとな? ククク、泣きを見ても知らんぞ? 小僧(マスター)

 自らをアサシンと名乗った女性は俺をマスターと認めた。

 焼き印を押されるような張り付く痛みを引き連れて、選定に合格した魔術師(ウィザード)に与えられる参加者(マスター)の証である聖痕、令呪が左手に宿る。

『手に刻まれたソレは令呪。サーヴァントの主人となった証だ。サーヴァントの力を強化。或いは束縛する、三つの絶対命令権。簡単に言えば使い捨ての強化装置だ。だが、それはこの戦争の参加資格でもある。精々、使いすぎない様にすることだ』

 麗しき漆黒の暗殺者は、部屋の端に転がされた無数の男女の骸を眺めて微笑んでいる。

『一先ず、おめでとう。取り敢えずはここがゴールだ』

 手の甲の痛みはますが、ここに来る間際に味わったモノに比べれば大したことはない。

『勝ち残るには智恵が必要だ。それは主人(マスター)に仕える従者(サーヴァント)。敵対する存在を密やかに排除する暗殺者。これからの戦いを切り開く為に用意された英霊。それが君の隣にいるものだよ』

 重々しく、厚みのある男の声が薄れていく。

 見るとアサシンの肉体も徐々に透過している。ここから、元いたあの校舎に転位されると考えてよさそうだ。視界が白に染まる直前、アサシンの艶めいた唇が笑ったような気がしたが、確かめる間はなかった。

 

 

 

 かくして、俺の二度目の人生は幕を切った。

 128人の魔術師によるトーナメント――月の聖杯ムーンセル・オートマトンを賭けた戦いに、必ず勝ち残らねばならない。

 そのためなら俺は手段を選びはしない。

 七人の魔術師を斃し尽くし、熾天の玉座に至ってやる……そうだ、他のマスター全員を踏み台にしてでも。




 オリ主のチートはFate作品に登場したサーヴァントのマトリクスを把握しているだけです。性能はシンジ(WAKAME)の数段階下です。

 マスターのプロフィールとセミラミス様のステータスは次回の後書きにて記載します。
 感想、評価お気軽にどうぞ。
 お待ちしております。


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第一回戦:太陽の鎧

 実はアサシンってみんなマスターに忠実なんですね。
 しかもやたら人間卒業した奴らが多いと。

 え? 百の貌のハサン?
 『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』、どうぞ。


 一回戦の組み合わせが発表されたと運営から通達があったので、二階の掲示板を確認しに足を運ぶ。何人かマスターが集まっているのがそうだ。

 張り出された一覧の中に、俺の名前が記された紙があった。

『マスター:ジナコ・カリギリ

 決戦場:一の月想海』

 ほう、最初はジナコ・カリギリがマスターなのか。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんやて工藤!?

 ちゃう。いや、違う。俺は西の高校生探偵ではないし、ここには東の高校生探偵もいない。

 まずは落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。

 

 ジナコ・カリギリ。登場はFate/EXTRAの続編にあたるFate/EXTRA CCC。サーヴァントはランサー、真名はカルナ。確かインドの大英雄で、槍兵のくせに多数の高性能な宝具を所持する優れたサーヴァント。

 

 ……いきなり詰みゲーじゃないですかヤダー!!

 

 

「お前が南方周(ミナカタ・アマネ)か」

 聞き覚えのある静かな声。

 その主は誰あろう英雄カルナその人だった。

 ボサボサの白髪と不自然に白い顔、黒い身体と黄金の鎧が一体化した奇妙な出で立ちは間違いない。最期が不幸じゃない貴重なランサーである。

「となるとそちらはジナコ・カリギリのサーヴァントになるわけだ」

「そうだ。本人の弁では死ぬほど多忙なので、こうして代わりに俺が出向いた」

 ボーッとした顔のランサー。これがエミヤなら説教のフルコース、アルトリアなら即死刑もおかしくないクソニートぶりだ。

 個人的にはシンジよりジナコが消えるべきだと常々感じていたところだし、幸先がいい。

「用が済んだので俺は帰る。アリーナでジナコと会ったときはよろしくしてやってくれ」

 挨拶をしてとことんいい人な黄金の神槍使いが去ってから、アサシンがようやく実体化した。どのみちアリーナで会うから隠れても無駄な気もする。

 毒殺されたくないから言わないけど。

「一戦目からとんでもないサーヴァントと出くわしたものよ。して小僧、我のマスターを名乗る以上、当然の如く勝算の程はあるのだろうな?」

「当たり前だ。アイツは太陽神の鎧を取り上げられたから死んだ英霊……攻略法は確実に存在しているさ」

「一目見て、一言交わしただけであるというのに、もうそなたは目星がついていると申すのか?」

「間違いなくあのランサーはカルナだ。マハーバラタで『滅ぼされる側』として語られる太陽神の息子……ま、雷神の息子に殺られるんだが」

 真名を当てた時点でマトリクスが全て開示されたらしいし、図書室に行く手間が省けた。それと同時に、端末トリガーコードの精製完了が伝えられた。

 霊装とアイテム、資金の回収もしたいしアリーナに向かうとしよう。キャスターとしての宝具を完成させるための材料を集めないといけないしな。

 

 

 

 

 

 アリーナの一層目はかなりシンプル、というかこれは殺風景すぎやしないか。

 巨大な穴の真ん中にほんのちょっと入り組んだ通路が浮いているだけなのは知っていたが、いざ実際に踏み込んでみるとかなり気味が悪い。

 アサシンもお気に召さないのか、さっそくエネミーを嬲っている。

 俺が契約したアサシン、アッシリアの女帝セミラミスはかなりピーキーだ。まず筋力がE。逆に魔力と幸運はAで、敏捷と耐久がD、宝具はAだ。監督AIの麻婆、じゃなくて愉悦……言峰神父は教会があると言っていたし、多少は改善の余地がある。

 次々に沸いてくるエネミーを毒で溶かして直に取り込むとかどう見てもメルトリリスです本当にありがとうございました。それでもまだ一番目のアリーナに出てくる雑魚の極みなわけで、そんなにプラスにはならない。

「あんまり入り口にいたらランサーと鉢合わせする。奥の方まで行って、そこでエネミーを狩ろう」

「正面切って戦うのは我の性にも合わぬしな。よかろう、では疾く案内せよ」

 ひたすらエネミーを溶かしては取り込みつつ、アサシンは答える。ライダー戦の時と違いがなければそう複雑ではないハズだ。

 ジナコみたいな駄肉も調子に乗れば厄介なマスターであることに変わりはない。

 君子危うきに近寄らずの精神でいかないと。

 

 

 

 ひとしきりアリーナを探索し、霊装などのお宝も全て回収した。リターンクリスタルがあることだし、もう少しエネミーを潰してから戻ろうかと出口付近を散策する。

 アサシンの攻撃スキル『優美なる復讐の黒爪(ニノース・エルゴット)』で群がるエネミーは瞬く間に消えていく。経験値はかなり低く、この調子だと、四回戦まではスキルポイントを追加で貰えそうにない。

「……小僧、我は疲れた。帰るぞ」

「分かった。今日はこの辺にしとこう」

 女帝様はスカートの裾を翻し先に出口へ向かう。

 彼女のヒールが踏みしめた床から、触ったらダメそうな黒い花が咲いては枯れていく。こりゃまた凄いが、かなり怖い能力だな。

「ほれ、早う来ぬか。そんな花、欲しければ後で幾らでもくれてやるわ」

 サーヴァントに急かされ、俺は急いで出口の光の中に入る。

 つーかジナコと会ってないぞ俺……。

 ワカメと誰か変わってくれ。頼む。

 イライラして胃潰瘍になるわこんなん。

 

 

 

 

 すべてのマスターがムーンセルから与えられる完全な自由空間、個 室(プライベートルーム)に戻る。

 普通の教室と同じ素っ気ない内装で、女帝としては不安があるようだ。

 溶かした机や椅子、黒板とエネミーの一部まで利用した大改装が行われた結果、どう考えてもアッシリア帝国の王宮を再現したであろう絢爛豪華な玉座の間に早変わりである。

 葡萄酒を注いだグラス片手に、悠然とした面持ちで月光に照らし出されうっすらと輝くグラウンドを眺める最古の毒殺者。固有スキル『二重召喚(ダブルサモン)』の効果で魔力ステータスに優れ、マルチクラスの特権として二種類の宝具を所持しているとは言え、近接戦がまともにこなせないのは厳しい。

 俺は自分が使えるコードキャストを整理し終え、今後の方針を練っている。

 整理と言っても、サーヴァントの魔力を強化するgain_mgi(16)と、相手をスタンさせるhack(16)しか習得していない。明日はアリーナで遠見の水晶玉を作るのに必要なソースを回収、あわよくば何かしらのキャスター的なトラップを仕掛ける予定だ。

 酒の肴にでもするつもりなのか、新しい酒瓶を取り出したアサシンは俺に声をかけた。

「のう小僧、そなたは勝算があると言うたが、どのようにしてあの鎧を打ち破るつもりか? さしもの我とて、太陽の具現化たるアレがあっては毒を打ち込めぬ」

「アサシン、悪いが俺はカルナと戦うつもりなんて無い。初めからマスターを狙っていくが、不満か?」

 俺の答えにアサシンはニンマリと目で笑う。

 策謀、計略、詭計……策略と智謀に彩られた暴君があんな顔したらマスターでも怖い。

 具体的には『何かされたのか』と不安になる。

「ふん。小賢しいだけかと思うておったが……戦略眼は確かであったか。命拾いしたな」

 さりげなく今、俺は解答次第で殺されていたと言われた。

 CCCのギルガメッシュじゃないんだから、選択肢間違えて死亡なんて勘弁してほしい。

 あの黄金の鎧がある内は、たとえ毒を打ち込んでもカルナの体内を満たす浄化の炎ですぐに無力化されてしまう。

 最終宝具『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』を使わせれば問題の『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』は無くなるだろう。しかし、こっちは防御スキルが『母なる神魚の鱗盾(アシュケロン・デルケトー)』しかない今、それを食らえば確実に負ける。

 どうあがいてもジナコを攻めなければ勝ち目はない。

 しかもより確実に、より精密に仕留めるなり心をへし折るなりしなければダメだ。

 必死になって作戦を練っていたせいか、いつの間にかこっちの玉座の肘掛けに座りながら俺を見下ろすアサシンにちっとも気が付かなかった。

「しかしだ……マスターが男で真によかった。手ずから籠絡し、虜にする楽しみがあるからな」

「!? ちょ、なッ……何物騒なこと軽いノリで言ってるんですか女帝様」

「そういう冷たい眼をした男は嫌いではないぞ? ククク。精々足掻き、我を興じさせよ小僧」

 Fate作品においてキャスター陣営は仲がいいというジンクスがあるが、この場合もそれが適用されたりするんだろうか? そうであるに越した事はないが、セミラミスが相手だと大切な何かを失いそうな気がしてならない。

 男としてソレは決して嫌じゃあないんだが、うーん…………。




 一回戦からいきなりお前かよと。
 
 では予告通りにキャラ紹介をば。

 ・第二主人公:南方(ミナカタ) (アマネ)
 Fateの世界が創作である時空からセラフに転生した少年。
 元の世界に帰るべく聖杯を求めており、勝利のためには手段を択ばない。
 容姿はちょっとマイルドになった長身のユリウス。人と会話するのが苦手で、自分から他のマスターに接触するのが苦手。
 現在習得しているコードキャストはgain_mgi(16)とhack(16)の二つ。
 

【サーヴァント】アサシン
【真名】セミラミス
【キーワード】最古の毒殺者
        大魔術師
【ステータス】筋力:E  耐久:E  敏捷:D  魔力:A  幸運:A  宝具:A
【クラス別スキル】
 気配遮断:B
 サーヴァントとしての気配を断つ。
 隠密行動に適しているが、攻撃行動に移ると大幅にランクダウン。

 道具作成:B
 魔力を帯びた器具を作成できる。
 毒薬をはじめとした薬物の精製に特化している。
 【固有スキル】
 二重召喚(ダブルサモン):A
 複数のクラス適性を持つ英霊が稀に獲得するスキル。
 女帝セミラミスはアサシンとキャスターのクラス別スキルを獲得している他、ステータスへの補正も受けている。
 最大の恩恵はムーンセルで召喚されるサーヴァントは一体につき宝具は一つという制約も受けておらず、アサシンとキャスター、それぞれの宝具を持ち込めたこと。

 優美なる復讐の黒爪(二ノース・エルゴット):―
 攻撃用の戦闘スキル。
 対象に魔力で錬成した猛毒を放つ。
 判定によって数ターン猛毒状態が続く。魔力ステータス次第で効果時間は変化する。

 母なる神魚の鱗盾(アシュケロン・デルケトー):―
 防御用の戦闘スキル。
 数ターンの間、自身の耐久を強化する。
 また効果中は被ダメージの一部が相手に還元される。

 


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第一回戦:異なる二人

 果たして白野くんのサーヴァントは誰なんでしょうね?
 それは私の気分で決まります。


 一回戦二日目の午前中。

 校舎のどこかにジナコがいると信じて探し回っていると、岸波白野と間桐慎二が掲示板前にいた。視界に存在するという事実だけで神経を逆なでするあのニヤケ面と、どこか上の空な顔に何故かアサシンは興味があるらしい。気配遮断スキルを利用してコソコソと近寄っていく。(マスターの俺は気配を察知できるようだ)

 俺自身は階段の踊り場に身を潜め、様子をうかがう。

 一回戦で主人公がシンジと戦うのは決定事項らしい。

 友と呼びあった人物と殺し合うことに困惑する白野をシンジがこき下ろしているのだろう。妙に気取った声が聞こえてくる。

 まあ、サーヴァントの性能も魔術師としての実力もシンジの方が遥かに優っているわけであるから、単に強がっているというのでもない。実際、フランシス・ドレイクは宝具もそこそこ使いやすいし。初回プレイがキャスターだったから毎回即死させられたっけ……。

 なんて感慨に浸っている間に、白野のサーヴァントがキレて実体化した。

「そこまでにしておくがよいシンジとやら。余の奏者は寛大だが、余の方は貴様を松明にしてやらねば気が済まんほど怒り狂っておる」

 なんと……アイツのサーヴァントはネロだった。

 赤セイバーことローマ製ジャイアン、ネロ・クラウディウス。ローマ帝国衰退を招いた稀代の暴君にして自称芸術家の自称男装美少女。おい経歴の半分が自称ってどうなんだ。MUKASHIの英霊はどこまでもフリーダムすぎだろ。

 しかも松明って、それキリスト教徒弾圧した時の処刑方法だろうが。

 セイバーの剣幕に怯んだからか、シンジは捨て台詞を残して逃げた。幸い、校舎の中だけで行える転移を使用してくれたので俺が見つかることはなかった。

 白野たちも転移して姿を眩まし、アサシンと合流するため二階へ昇る。

『喋る海藻というのは随分と滑稽なものよ。そなたも間近で見れば良かったものを』

「シンジとは関わりを持ちたくない。あんな面倒な馬鹿に抱く興味もないしな」

 どうせ一回戦で消える奴にかかずらってる暇があれば、遠坂 凛やラニ=Ⅷの対策を講じている方がはるかに建設的だ。

『さて、喜劇を見たら小腹が空いた。食堂へ行こうではないか』

「どういう理論……ああ、笑ったら腹が減ったのか……。時間的には少し早いけど、空いてるからまあいいか」

 ここの連中はマスターもNPCもフレンドリーすぎる。いきなり相席で話しかけてこようものなら逃げ出す自信がある。

 ここはアサシンの要望通り、食堂で腹ごしらえをして午後のジナコ捜索とアリーナ探索に備えるべきだ。

 そうと決まれば善は急げ。さっさと地下に向かおう。

 

 

 

 

 いざ食堂に来てみると、既にマスターがちらほらといるではないか。

 嗚呼、俺の幸運はEだったらしい。

 マスターの中には、バーサーカー呂布を従えるラニ=Ⅷに加え、ガトーの奴までいる。どうやら地雷源に踏み込んでしまった俺だが、これが孔明の罠だとしたら慌てる訳にはいかない。

『我はそこの激辛麻婆豆腐を選ぶとする。そなたも早う決めてしまえ』

 そうだ。アサシンのように泰山と、否。泰然としていてこそマスターというものだ。

 俺はフルーツサンドとバニラアイスを注文し、トレーを手にしたまま隅の席に座る。ここなら誰も来はしまい。少なくとも、自己主張の塊みたいなマスターは。

「うわ~……その麻婆豆腐を頼むなんて物好きなマスターがいたものね」

 話が違うぞ!! 凛がこっちに来るなんて聞いてない!!

「……違う……」

「じゃあ誰が食べるのよソレ」

「我だ。なにか文句があるなら述べよ魔術師」

 気配遮断を解いたアサシンが凛の真正面に姿を現す。いきなりサーヴァントが出てきたことに驚きもせず、赤い少女は――

「別に? 後悔しても知らないわよ?」

「は。冗談は顔だけにしておけ三流めが。粋がって吠えてみたとて、無様を晒すだけだぞ?」

 挑発してアサシンの情報を探りに来た。

 『あかいあくま』は伊達じゃないが、流石は遠坂を名乗るだけはある。その言葉を鵜呑みにしたのは間違いだ……。

 露骨に嘲笑してアサシン、麻婆豆腐を一口。

 さしものセミラミスを以てして耐えかねるほどの辛味であるか。

 こうなることを想定して、ひんやり冷たいフルーツサンドとバニラアイスを頼んでおいた。そっと二つを差し出し、アサシンに食べさせる。

 瞬く間に皿を空け、霊体化してしまう。

「えーと、食べる?」

「ゴメンね。私、お腹空いてないのよ」

 そして遠坂は逃走(・ ・ ・ ・ ・)か。

 シャレになってないぞコレ……。

 

 

 

 

 しばらく中華は食べたくない。

 あんなマグマみたいな料理のどこに需要があるのか知らないが、ともかくジナコはアリーナにいるという情報を頼りに、昨日と同じく軽いノリで扉をくぐる。

「この強烈な魔力……気を引き締めよ。ランサーめがおるようだ」

 そしてあなたは自然体なんですね。

 とは言っても、果たしてジナコが遭遇したから仕掛けてくる可能性があるのだろうか。そのまま逃げそうな気もする。

 適当にエネミーを蹴散らし、たまに取り込んで奥を目指す。トリガーの近くに来るとカルナを連れたジナコがいた。

 野暮なクロブチ眼鏡とあか抜けない服装。そして何よりも印象的な――

「何なのだ、あの醜い脂肪塊は……。だらしないにも程があろう」

 さぞ美容にうるさいであろうアサシンがドン引きの、ポッチャリとかグラマーという言葉では済まされないパッツパツの太ももや腹。良くも悪くもチートなキャラクターの多いムーンセルの中では珍しい凡人。

 ゲームが得意とかシンジと被ってるんだよ。

 ワカメと豚骨でお出汁コンビか。

「……だそうだぞ我が主よ」

「カルナさん、サーヴァントならそこは反論するとこッスよ」

「我が主ジナコ・カリギリが脂肪と怠惰の二重苦をこの横に長い一身で背負っているのは事実。しかし、本人も自覚しているので、あまり触れないでやってはくれないだろうか」

 大英雄から反論されると思ったら誠実に嘆願されたんだがお前らどう思う?

 こんなタイトル、ライトノベルにありそうだな。最近はスレタイ風にしたら売れると思われてるが、俺はそんな安直なタイトル、見向きもしない。

 タイトルだって選定基準の一つだ。

 それはともかくとして、然り気無く自分もジナコが心身ともにだらけていると肯定しつつ目を伏せるランサー。流石は徳深い『施しの聖人』……なのか?

 だが、その誠実な姿勢にセミラミスは感心していた。為政者ってのは謙虚だとか誠実な人間が好きなのかね。

「貴様の徳に免じそのマスターへの更なる言及はすまい。して小僧、敵と遭遇したが如何する?」

「ジナコ、お前が望むならばこの場にて我が槍の暴威を示す。どうするつもりだ?」

「俺に戦う意思がなくても、あちらがやる気ではどうにもならんさ。さっき来たばかりで脱出というのもあり得ないわけだが……」

 アサシンは「正論よな」と頷いて、切れ長の瞳でジナコの弱気な目を見る。カルナの眼光と俺の三白眼もそれに続く。

「う……あー、え~っとッスね~……」

 ジナコ・カリギリの目が泳ぐ。

 普通の人間からすればとにかく目付きが鋭い悪人面の三人に睨まれているんだから、無理もない。カルナは指示を待ち、アサシンは恐怖心を煽り、俺は急かす。

 取り付く島もない状況に追いやられて出した答えは

「んじゃジナコさんはお先に失礼するッス~。お疲れちゃ~ん」

 無様で無難な豚根性が丸出しだった。

「別段異論はないが、プライマトリガーはどうするつもりだ?」

「あ、明日にとればいいッス。ほらカルナさん、帰るッスよ」

 リターンクリスタルを使いランサー陣営は姿を消した。カルナは相変わらずの無表情だったが、果たしてその心中たるや如何なるものか。

「そなたが主であってよかった。ああも阿呆なマスターではうっかり毒殺しておるだろうて」

「そう言ってもらえて幸いだ。では俺たちもやるべきことをやってしまおう」

 この世界の古代アッシリア人はうっかりで相棒を毒殺するというのか。これだからFate世界のうっかりは侮れない。それとも、つい殺っちゃうのか? 教祖か。ピエロはランルーくんだけで十分です。

 もんもんとしながら、カード型のトリガーをボックスから取り出し、ポケットに突っ込む。これで最低限のノルマは達成した。次は遠見の水晶玉の素材を探さないと。

 あれがあるかないかでアリーナ探索の効率が激変するから、出来るだけ早い内にゲットしておきたい。トレジャーハントやエネミーハンティングではお世話になりました。

 靴の方はまだ構わない。それほど広いアリーナでもないし、使うだけ俺の魔力が無駄になる。

 アサシンは昨晩の打ち合わせ通り、俺がスタンさせたエネミーに道具作成スキルで精製した様々な毒を打ち込む。キャスターとしての能力をフル活用した罠をありったけ仕込み終えた頃には、俺の魔力もアサシンの魔力も底をついていた。

「本日はこのあたりでよかろう。購買で肴を買って個  室(マイルーム)に戻るぞ」

「これ以上出来ることはないしな。別にいいけど……あんまり高いのは厳しいぞ……」

 ギリギリまで働いてもらったし、多少の出費は仕方ない。

 腹を括った俺は、買いすぎて余ってしまった無数のリターンクリスタルを使いアリーナから退去する。

 

 

 

 

 アリーナ入り口前に転移されると、脇に一組のマスターとサーヴァントが立っていた。扉に手を伸ばそうとしていることから察するに、これから探索に向かうのだろう。

「ど、どうも……」

 すれ違いざまに軽く会釈されたので、俺も会釈で返そうと視線を向けて―聖杯戦争が開幕して以来初めて―戦慄した。

 眼鏡をかけた日本人らしき少女は固まったままの俺に不安を感じたのか、傍らに佇む幽鬼のよ(・ ・ ・ ・)うな顔色(・ ・ ・ ・)の黒騎士(・ ・ ・ ・)に伺いを立てる。

「セイバー、私どこか変?」

「いいえ、我が主のご尊顔は変わりなく麗しくあります。どうかご心配なきように」

 このアンニュイな表情と深く厚みのある重低音の声、そして漆黒の甲冑はあの英霊で間違いない。もう色々おかしすぎて、指摘するのもバカらしい。

 怪訝な顔でアリーナへ入っていった少女のマスターとサーヴァントは俺のよく知る連中だった。納得がいかないのはその組み合わせである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どういった手違いで沙条綾香(・ ・ ・ ・)と湖の騎士ランス(・ ・ ・)ロット(・ ・ ・)が契約してムーンセルの聖杯戦争に参加してるんだ!?




 白野に立ちはだかる最後の壁がレオであるならば、周にも似たようなキャラが欲しい。
 ↓
 原作のまんまじゃ捻りがないか?
 ↓
 ガウェインの対局としてランスロット、レオの対局として絢香がちょうどいいかな。←今ここ


 白野の対戦相手が原作と別人のルートはありません。彼が苦悩しながら前に進むのはあのメンバーが最適でしょうしね。
 
 感想、評価お待ちしています。(筋肉微笑(マッスル・スマイル)


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第一回戦:海賊騎士

 Apocryphaを読んでるといつも思うのはセミ様が胡散臭いサーヴァントなのにマスターから信頼されなぁってことです。
 あの人の場合、愛妻願望あってもおかしくないですが同じ女性アサシンのアサ子が不遇だったので微笑ましい限り。


 混雑を極めた食堂でなんとか二人分の空席を見つけて腰を下ろすと、黙々と例の麻婆豆腐を頬張る岸波白野と向かい合わせになっていた。

「……あ、あの……」

「ここ空いてるかしら白野くん」

「と、遠坂……」

 俺が断りを入れるより早く遠坂凛が割って入り、返事が来るより先に最後の席を占拠した。

 アサシンにざるそばの食べ方をレクチャーしつつ、この状況を俺は知っていると再確認する。そうだ。赤セイバーが白野の麻婆豆腐を食べて噎せ返り、凛が焼きそばパンを頬張っていた。

 次に来るのは――

「げっ……お前ら……。白野、まさかお前、こいつと手を組むんじゃないだろうな……」

「あら。アジア圏有数のクラッカーがずいぶん弱気じゃない? マトウシンジくん」

 凛の挑発にシンジは戦慄(わなな)く。

「うるさいぞ遠坂。ちょっと口先が達者なだけのくせに……!」

「ゲーム感覚の人よりはマシよ。まわりを見てみなさい。結構な大物もこの聖杯戦争に参加してるわ。警戒していないのは貴方たちだけね」

 お前が言うな発言に凛はあっさり切り返して白野、シンジ、俺を見た。

 言わせてもらうが、俺は警戒してるし対策も練ってるよ。いざというときに逃げ切れるよう、どうやってお前らを弱体化させるかについて。

 さらに白野と凛が聖杯についてああだこうだ話をしている。

 その間、ワサビを塊で食べようとしているアサシンに、ちょっとだけツユに溶かすよう説得している俺はまた別の闖入者が来ると直感した。

「その通りです遠坂凛。聖杯は僕たち(西欧財閥)の管理下に置かせてもらいます」

 中性的で品のある声に、食堂の空気が一変する。

 赤い制服に身を包んだ少年と白銀の鎧を纏った従者に視線が集まる。レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイと円卓の騎士が一人であるガウェイン卿とあればこのざわめきも必然だ。

 しかし俺はざるそばを食べる。

 あの二人に絡まれるより早く食べ終えないと、確実に蕎麦が不味くなって食欲に響く。

『よいのか? アレはカルナと同格のサーヴァント、手の内を知っておいて損は無いであろう?』

『ガウェインの弱点は太陽が出ていない状況、宝具は聖剣ガラティーンだ。こっちの宝具が完成すれば何も怖くない』

『そなたの目は千里眼か? こうも容易く素性を見破るとは大したものよ』

 念話でないしょ話をしながらレオを見る。凛と岸波しか眼中にないことを不快に感じたシンジが早速噛みついた。こらアサシン、笑ったらメンドクサイ奴らにバレるからやめなさい。

「お前! このボクをずいぶん無視してくれるじゃないか。言っておくけどね! このゲームで優勝するのは誰でもない、ボクなんだ! ハーウェイだかなんだか知らないけど生意気だぞ!」

 転校生に人気を根こそぎ持っていかれて腹が立つからつっかかる小学生か。あ、八歳だから小学生なんだっけこのワカメ。

 ややこしいな……。噛ませ犬のくせに。

「……それは失礼しました。申し訳ありません。そうとは知らず、不快な思いをさせてしまったのですね。……あなたのお名前(・ ・ ・)は?」

 ごく自然にレオは言い放った。

オマエ(・ ・ ・)なんて(・ ・ ・)知らん(・ ・ ・)』――と。

 プライドを傷つけられて憤慨するシンジを、アサシンはピエロを見るような、小馬鹿にした目で観察している。

『あの小僧、見た目の割り言いよるのう。……いや、あの海藻ならば致し方ないな』

『そりゃレオは騎士王クラスのサーヴァントを連れて、なおかつ自身も優秀な魔術師だ。たかだかアジア圏ゲームチャンプ程度の肩書きなんて気にしないだろうよ。サーヴァントも中の上がいいとこだし』

 憐れ愚かな海藻は、怒りに任せて従者を呼びましたとさ。

 胸元を大きく開いた赤いコートに毛先のはねた赤い髪。顔にはこれまた大きな傷跡。クラシカルな2丁拳銃携えし其は騎兵の英霊(ライダー)

 名をフランシス・ドレイク。

 英国を征服せんと迫り来るスペイン無敵艦隊(グラン・フェリシジデ・アルマダ)を撃退せし海賊騎士にして、世界一周を果たし手に入れた数多の財を以てイギリスを大国に導いた星の開拓者(破格の女傑)

 

 ……なんて言えば聞こえはいいが、ドレイクは近代の偉人だからステータスはそんなに突出してないんだよ。

 伝説の騎士王を盟主とした円卓の一柱が相手では部が悪い。

 ガラティーンの一閃を受けたのか、ドレイクは脂汗をかいている。これ以上見ていても意味はないし、蕎麦もご飯も食べ終えた。

 アサシンに目配せし、人混みに紛れて食堂を後にする。

 もし凛や白野と知り合いだなんて勘違いで注目されたら、後々に動きにくくなる。

 

 

 

 

 食後の運動がてらアリーナに行こうと扉へ手を伸ばす。

「あのー……ちょっといいですか?」

「!!??」

 突然呼び掛けられて驚いた俺はつんのめって顔を鉄の扉に叩きつける。

『…………よもやそなたも道化であったか』

 悶絶するマスターを眺めため息をつくアサシンは霊体化を解かず、俺を起こしてくれたのは、昨日ここですれ違ったマスター、沙条綾香のサーヴァントであるランスロットだった。ところでサーヴァントってなんだっけ?

「怪我はありませんか? 宜しければ保健室にお送りしますが」

「だ、大丈夫だ……問題ない」

 よそのマスターの身を案じるサー・ランスロットはサーヴァントの鑑。ただ鎧のせいで差し出された方の手を握った掌がちょっと痛い。あと頭が割れそう。

 校舎でダメージを負うことはないのが幸いだった。現実なら骨にヒビが入っていてもおかしくない。

「で、俺に用事でも……?」

「はい。あの、このくらいの背丈で金髪のセミロングで水色の目で薄緑のロリータ服を着た女の子を見ませんでしたか?」

 

 

 …………………………。

 

 

「やけに具体的ではないか。そなたの知り合いか?」

「知り合いって言うか……実の姉です」

「ミタコトナイナ」

「そうですか……ご迷惑おかけしてすみません。用はこれだけなので、私は失礼します……」

 申し訳なさそうに沙条綾香は去っていく。

 ランスロットも一礼してマスターを追う。

 その背中に俺は心の内で言葉を投げかける。

 

 ――見つからないといいな。お前の姉さん。

 

 

 

 

 頭痛が引いたら胃痛がしてきたような気がする。

 なんだろう、こう、二日続けて悪夢が現実になってしまった感じ……。

 沙条綾香の姉、愛歌がPrototype本編中に契約していたのは確かビーストだった。所謂『666の獣』だな。しかしここは月の中。サーヴァントの選定はムーンセルによって決定される以上、より精神性が近いか性格面で相性がいいサーヴァントになる。

 ガトーのような例外が二度も起こるとは考えにくいし、まあそこまでヤバい英霊ではあるまい。ギルガメッシュは封印されてるし、カルナはジナコと契約している。極刑王は知名度補正が得られず……詰むとしたらヘラクレスかスパルタクス、あとは精々、アンリマユくらいか? 

 そもそも愛歌がいないならそれが最高だけど……。

 憂鬱だ……。

「明日あたりには次のアリーナが開かれる頃であろう。どうだ? 作戦とやらは順調か?」

「それは問題ない……。ジナコの心を決戦日の前にへし折る準備はカンペキだ。宝具の完成度は今でどのくらいだ?」

「まだ基礎すら出来上がっておらぬ。次のアリーナに手頃な資材があればよいのだがな」

 ジナコが仕掛けてこないなら、最低でも魔術工房として機能させられるまでは出来て欲しい。セミラミスは対サーヴァントじゃあのラピュタモドキがないと話にならないんだからな。

 アリーナで回収したリソースを元に遠見の水晶玉を作ったセミラミスは、学校の敷地内でたむろしているマスターやNPCを監視して遊んでいる。いちゃついているカップルを把握したり、サーヴァントのヒントがないか漁っているのだ。

 悪趣味だが、別にいちいち注意する必要もない。

 アサシンやキャスターへの対策を怠ったソイツが単に間抜けだったか、自分の力量すらまともに把握できない阿呆か、そもそも遠見の魔術を知らない馬鹿だ。

 端的に言えば『油断した方が悪い』

 ムーンセルが開催する聖杯戦争はその名の通り、決闘(デュエル)ではなく生存競争(サバイバル)……息抜きは必用かもしれないが、気を抜くことは許されない。そのための個室があるわけだしな。

「のう小僧よ、そなたはいずれのマスターを警戒しておるのだ? 我としてはやはりレオとリンは外せぬと思うぞ」

「レオより、兄のユリウスが厄介だ。李書文の圏境もユリウスの暗殺者としての実力も恐ろしい。あとはラニ=Ⅷの従える呂布奉先も脅威だな」

「ではこの玲瓏館美沙夜はどうだ」

「ヤバいな」

伊勢三(イセミ)(ナニガシ)とやらは?」

「危険だ」

 嫌がらせみたいにプロト勢がいる……。玲瓏館美沙夜と伊勢三って、原作では確か、クー・フーリンとペルセウスがサーヴァントだったよな。兄貴の原点と宝具祭りとか勘弁してつかあさい。割と本気でやめてください死んでしまいます。

 しかし凛が兄貴だった場合、美沙夜はどのサーヴァントに変わっているんだろう。絢香がプロトアーサーからランスロットになってたくらいだ。おちおち気を抜けない。

 大真面目に焦っている俺はさぞかし面白いらしく、セミラミスは逸話に違わぬ淫蕩な笑みを向けている。

「ま、サーヴァントのマトリクスを探る作業に手を貸すのはやぶさかではない。しかし、策を練るのはそなたの仕事だ。よいな」

「そりゃあ少しはマスターらしくしないと俺もプライドが傷つく。それに、俺は貴女を楽しませないといけないしな」

 このサーヴァントは何の見返りもなしにマスターに従いはしない。

 最低限の指示は聞くし、必要とあれば知恵も手も貸す。

 ただし、常に何かしらの報酬を支払わなければ彼女に背後から毒されてくたばる未来が待ち構えている。

 俺が用意すべきは愉悦。聖杯戦争が始まってすぐ、自分を楽しませろと、確かにそう口にした。 ならばなすべきことは一つ。喜劇的な悲劇を演出する、それに尽きる。

「己の立ち位置をよく理解しておくのだな。貴様は我が主であり聖杯戦争に参加するマスター、我が見るに能わぬ茶番に興じておる暇はないぞ」

「他の奴らと本気で仲良くするつもりなんてない。どうせ俺以外のマスターはムーンセルに消されるんだ」

 セミラミスの射し貫く眼光に臆さず、真っ直ぐ見返して答えた。今の解答に満足したのか、またいつもの邪悪で妖艶な笑いを浮かべてこちらを眺めはじめた。

 明日はセカンダリトリガーの取得にアリーナ探索、次の罠を仕掛けてとやることが多い。色々あって疲れたし、今日は早めに寝てしまおう。




 前回の綾香に続きまたpPrototypeのマスターがちらほら。この先出番を用意したいですね。サンクレイドに
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 前半の食堂での部分はコミックスにあった一幕。台詞を一部いじくってはいますがだいたいあんなカンジでした。白野はなぜあの麻婆豆腐を平然と食せるのか気になるパートです。

 感想、評価お待ちしております。


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第一回戦:欺瞞の玉座

 一日遅れの第四話です。


「フッフッフーン。やっぱカルナさんパネェッス。毒食らっても即浄化しちゃうとかまじこんなんチートッス、チーターッス!」

「俺が凄いのではなく父が授けたこの具足が凄いだけだ。マスターとしてそのくらいは把握しておいてくれると訂正の手間が省けて助かる」

「カルナさんは謙虚すぎるッス。もっとジナコさんみいに胸を張るッスよ」

「むしろ胸より腹が張っている。助言はありがたいが俺は少食でな。お前のように四六時中何かを食べていられるほど胃袋が伸びきっていない」

「ボクは普通の女の子よりちょこっと燃費が悪いだけッス! レディにそう言うこと言っちゃダメッス!」

「燃費も悪く消費効率も悪いのか。レディという生き様がそれほどの苦行を伴うとは……感服して開いた口がふさがらない」

 ああ言えばこう言う漫才のようなやり取りをしながら、ジナコとカルナは第二アリーナの最深部を目指して進んでいく。先んじてアサシンと出口の側でたむろしていた俺は、遠見の魔術を使い二人の様子を見張っていた。

 母クンティーが願い、父スーリヤが授けた黄金の鎧と耳飾り『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』による絶対防御能力でカルナ本体への毒攻撃が効かないという確証を得た今、作戦は最終段階に入った。

 アリーナの構造自体は変わらず、風景は船の墓場と化した深海ではなく古戦場。カルナが宿敵アルジュナとの決戦を迎えた終焉の舞台、『クルクシェトーラの戦い』の再現だろう。

 何となくであって確証はないが、白野の第二層が相手のサーヴァントに関わっている以上、そうである可能性は捨てきれない。

 いたく暇そうにアクビをしながらアサシンは周囲の岩や戦車の残骸を回収していく。周回プレイを厭わず作業に苦痛を感じない廃人の性質を突いた罠にジナコたちがたどり着くまで、まだしばらくかかりそうだ。

「電子の魔術師とやらはよく知らぬが、あの牝豚の神経は理解に苦しむぞ。よもやアサシンの本領を知らぬのではあるまいな」

「それは大変だ。あんなに不用心じゃあ後ろから毒を食らってしまう!」

 警戒心のない相手のマスターの姿を見たアサシンは、情けないと言わんばかりにため息をつく。

 マスター殺しに長けたアサシンのことを知らないとは思えない。そんな初歩的なミスはあり得ない以上、考えられるのはこちらのクラスをキャスターと誤解している場合だ。

 AIの管理外とは言え、エネミーに対してあれだけ高度なハッキングが出来るのは一流の魔術師(ウィザード)かキャスター以外にあり得ない。最初の罠は期待していた通りの結果をもたらしてくれた。

 ランサーたちが蜂型エネミーばかり配置された脇道を降り始めたところで、アサシンに合図を送る。

「アサシン、そろそろ頼む」

「よかろう」

 白く優美な細指をパチンと弾くと、渦巻きになった坂の頂上に奇怪な人形が現れる。

 長すぎる胴体は左右非対称で、両の肩から生える肥大した多関節の腕はトゲに覆われている。異形の魔物はゆっくりと歩み、階下を目指す。

 第一層で捕獲したエネミーを多数使用した使い魔にランサーが気づいた時にはもう遅い。二人は宝箱がぽつんと置かれた袋小路に入っていた。

「ほばぁっ!? なんッスか、あの巨神兵をちっちゃくしたようなキモいエネミーは!?」

「キャスターの罠だろうな。向かい合って拳を交えるような戦い方をしない、ごくごく普通の魔術師らしい手だ」

「冷静に相手を分析している場合ッスか!? とととととにかくあの化け物をブッ飛ばすッスよ!!」

「主が奴の排除を望むならばサーヴァントとして応じるまで。使い魔であろうと手加減はしない……不器用なんでな」

 退路を塞がれて慌てふためくジナコの命に従い、カルナは僅かながら炎に包まれた手足を身構える。魔力放出で炎の威力を上乗せした槍の力を見たかったが、ワガママがすぎるか。

 先手は使い魔だった。

 右腕をしならせて大きく横に振り払い、カルナの横腹を狙う。しかしカルナはバックステップで一撃を回避する。アリーナの仮想大気を震わせる豪腕は空を切った。生じた隙は拳を打ち込むに十分すぎる。

 伝え聞くカルナの武勇をもってすれば、使い魔の緩慢な挙動を見切り、瞬く間に紅蓮の拳と脚を叩き込むなど容易いはずだ。しかし、ジナコ(マスター)が供給できる魔力の少なさと、自身の燃費の悪さからか全力を出すことが許されない。

 なまじ武勇にまつわる逸話が多く、それぞれが彼の卓抜した技能を伝えているが故、彼の行動には多大な魔力が必要になる。

 かの大槍さえ満足に扱えない素手のランサー(槍兵)はツギハギだらけの急増品と互角だった。それでもやはり英雄、これしきの紛い物など造作もなく打ち破り破砕してしまった。

「…………も、もういない?」

 宝箱の影で怯えるマスターの確認に、掌低を放った後の姿勢からいつもの棒立ちに戻ったカルナは「申し訳ない」と前置き目を伏せて答える。

「お前の命令通りブッ飛ばすことは出来なかったが、アレはもういない」

 額面通りに命令を捉えていたカルナの天然ぶりにジナコと俺は呆れ、アサシンはケタケタと声を出して笑っていた。

 

 

 

 

 暗殺者の英霊が(例外(李書文)を除き)保有する『気配遮断』スキルを解除したアサシンと、追い詰められてやむを得ず使い魔と干戈交え疲弊したカルナが視線を交わす。

「アマネさんの作戦は中々よかったッスよ~。いやホント、カルナさんをここまでバテさせたことだけ(・ ・)はトータルチャンプとして認めてあげるッス」

「流石は神廃人プレイヤー……この手のトラップは何度も経験していたか……」

 サーヴァントが単純に規格外の実力であったから助かったと気づいていないジナコの語りに付き合うのが、これほど不快感に苛まれるとは思わなかった。

 産業廃棄物とはこの豚足にこそ相応しい。

 ま、カルナは日本じゃマイナーだし、多少の配慮はしよう。

「まあアマネさんのサーヴァントがキャスターってのもマズかったッスね。カルナさんは対魔力があるし、耐久もAランクだからぶっちゃけ三騎士でもムリゲーッス。そんなチート鯖にキャスターじゃ勝ち目ないのは当たり前じゃないッスか。使い魔もぶっちゃけあの程度ならカルナさんは瞬殺余裕すぎてチャメシ・インシデントッス!」

「アッハイ」

 なんのこっちゃ。

 しかしだ。カルナの魔力放出は超高燃費、黄金の鎧も高燃費、神槍も高燃費という魔力喰らい(ソウルイーター)なのに、なんでジナコみたいな低ランクのマスターでああも動ける? おかしい。記憶違いでなければCCCのカルナは大幅に弱体化していたし、Apocryphaでもマスターを慮って宝具や魔力放出を控えていたはずだ。

 どこかにこの謎の答えがある。間違いなく前例があって、そこから打開策が見つかるはずだ。

 令呪を用いて魔力を補充すれば『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』だって使えるだろう。そうなるとこちらに勝ち目はない。やはり早々に闘技場での勝利を諦めて正解だった。

 年下である俺の前で、いい大人にしてはあまりに恥知らずな自慢話を繰り広げるジナコ・カリギリ。その身も肉体も魂も、骨の髄まで腐り果てた肉布団でしかないが、聖杯へ手を届かせるための踏み台にはなる。その無価値な命はかならず無駄で無意味に使いきってやるからな。

 

 

 

 

 今回の聖杯戦争に参加した多くのマスターが注視する人間は皆があの小僧の警戒しておる者だらけ。確かに、暇潰しで校内を散策した折に何人か目にしたが、あやつよりはるかに優れた魔術師であった。

 断罪と護国の鬼将を従えた玲瓏館などはなるほど確かに、我のような暗殺と間諜の英霊としてお粗末に過ぎるサーヴァントでは太刀打ちできぬ。あの小竜公(ドラクル)からすれば我は強欲と色欲、そして傲慢の権化故、いざ刃交えるとならば小僧もろとも、微塵の慈悲も容赦もなく伝説の杭にて貫かれてしまう。

 出来るならば早々に庭園の造営を終わらせ、速やかにリストの中でも一際危険とされておる輩を排しておきたいところ。三騎士のマスターは皆殺しでも良いやもしれん。

 アリーナから帰るなり小僧は図書室に籠りまともに出てこんし、まこと退屈よ。はてさて、あの赤い小娘を監視してみるか? 我は女帝であるが今はそれ以前にサーヴァント……業腹だが、多少の奉仕はしてやらねば心行くまで贅沢に耽溺しかねる。

 校舎を徘徊し、教会の正面にある噴水のそばにもっと面白い奴らがたむろしておる。

 ハーウェイの次期当主とその従者が、姿なき声と密談を交わしておるとは……これを見逃す手はあるまいよ。

「では兄さんは、ジナコ・カリギリを脅威ではない、と判断したのですね?」

『うむ。儂も同意見よ。あやつに怠惰を貪る他に能があるようには見えぬ。そなたも同じ考えであろう、太陽の騎士殿よ』

「はい。その点については私もユリウスとアサシンに賛成です。しかし南方周もまた、マスターとしては凡庸でしょう。秀でた才覚もなく、頼りに出来る友もいない孤独な方と聞き及んでいます」

「いいえ、それは違いますよガウェイン。彼は意図的に自分を隠しているのです。アバターもそこまで大きなカスタムはしていないので地味ですし、何より彼は誰とも繋がりがない」

 それはそうであろう。

 あれは思いの外に心を閉ざしておる。なんせ対戦相手に己の一切をひた隠し言葉の虚像で真実を見えなくしておるのだからな。卑劣で下劣な方策を取る者は往々にしてそういう気質であったしな。

「現時点で明確な脅威と認めるべきは遠坂凛、ラニ=Ⅷ、玲瓏館美沙夜、伊勢三さんの四名です。兄さんには彼らに重点を置いて活動を行うよう伝えてください」

『相分かった。確かに伝えておこう』

 面倒なサーヴァントは去ったか。我の言えたことでもないのだがな。

 しかし、我が主の名はなし、か……。ハーウェイ兄弟から意識されておらぬのは喜ばしいが、ふむ。やはり我のマスターが取るに足らぬと暗に言われてよい気はせん。

 八つ当たりをしてから帰るとしよう。

「つまらぬ餓鬼がつまらぬ騎士を引き、つまらぬ兄に助けられ、つまらぬ魔拳士を従えておるのう。そなた、王たるならばそれではいかんであろう」

「おや。僕はそんなに味気ないですか?」

「人間としての魅力も、王としての威光も持たぬ飾り物の王冠を被った餓鬼じゃ。まあ、貴様の座す壊れた椅子を崩すのは容易であろうよ」

「ならばお聞かせ願えますか? 貴女の考える王のなんたるかを」

「それを敵に問う阿呆は知らずともよいことじゃ。そこな愚物と仲良く幼稚な騎士物語ごっこでもしておるがよいわ」

 王などという民の奴隷になり下がりたいと望むことの意味をしかと考えよ。

 ガウェインが怒り心頭の様子だし、そろそろ引き際か。

「貴様らにもし王の在り方が理解できたならまた聞かせよ。精々、その時まで死なぬことだな」

 クックック。

 あの忠義者が最期の瞬間に流す涙はさぞ甘美な味がするであろうな。これは楽しみだ……小僧にはあの欠陥品までたどり着いてもらわねばならんぞ。




 レオの王道は、ギリシアやアジア圏出身の王様だったサーヴァントがこぞって否定しそうなものに思えてならなかったり。

 二回戦の相手をどうしようかと足りない頭を捻りながら次回を執筆しています。
 果たして周とセミラミスに勝ち目があるのか。
 周は何者なのか。
 謎だらけのまま、次回、一回戦五日目をご期待くだされば幸いです。

 感想、評価もマスターをゴーレムの炉心にする感覚で気軽にどうぞ。


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第一回戦:英雄と皇帝

 一応、七回戦までのサーヴァントはみんな決まっていたりしちゃいます。
 分岐もオリジナルサーヴァントもないのですがね。



 ふと手元の本を置いて壁に掛けられたアナログな時計を見ると、いつの間にか日を跨いでいた。これで決戦日まであと二日。作戦の決行日まで一日しかない。

 自分こそが唯一の『女』であり、男を弄ぶことを許された存在。他の女性は子を産むための装置としか認識していない女帝は、呑気に過去の世界で記された娯楽小説を読み耽っている。

 必要な情報を片っ端から集め終えたが、今から片付けるのも煩わしい。ムーンセルに来る前から友人は本だけだったので、図書室のように書物で埋め尽くされた空間は落ち着く。逆にこの絢爛豪華な部屋は広すぎるせいもあって、少しソワソワしてしまうのだ。

 それにしても、久々に読書をして疲れた……。

「やはり何だな。娯楽(悲劇)物語(フィクション)より現実(ドラマ)に限る。我が掌にて躍り狂い、死の間際に謀られたと気づく間抜けの顔はよい酒の肴であった」

 俺のサーヴァントは愉悦部に入る資格十分のようだ。愉悦を肴に酒を飲むあたりが特に。

「そなたの願いはつまらぬが、その道のりには興味が湧いた。127人……予選脱落者を含む998人の願いを踏みにじり、その骸を踏み締めんとする意気込みは感心したぞ?」

「別にそれくらい普通だろ。最後の一人になるってことはつまり、後ろには自分以外の全ての参加者が倒れてることなんだから。俺は単にその事実を当然と考えているだけだ」

「淡白だな。聖杯を手にするために、そなたは最低でも七人は殺さねばならんのだぞ?」

「戦争なら死人は出る。ましてや生存競争なら普通のことじゃないのか?」

 アサシンはやはり笑っていた。

 何がそんなに楽しいのか分からないが、何を考えているかは分かる。むしろ分からなければ色々マズいことになるしな。

 本棚に小説を戻したアサシンは立ち上がり、そのまま俺の真横の席に腰を下ろした。

「ここならば他に誰もおらぬでな。どうだ小僧。ここらで一つ、親睦を深めるというのは」

 窓際の端に座っている俺に退路はなく、アサシンの背筋が凍る美貌が間近に迫る。ガタガタと安楽椅子をずらすが、それより早くアサシンは自分と俺の腕を絡み合わせ動きを封じた。

 確かにサーヴァントと親睦を深めることは如何なる聖杯戦争においても欠かすことは出来ない。マスターに求めるもの、サーヴァントに求めるものを正しく認識しておいた方が、信頼関係をより強固に出来る。

 しかしこれは色々おかしい。

 いや、相手が悪いのか?

 セミラミスは並外れた知性でニノス王を支え信頼を勝ち取り、二人目の夫となったニノス王を毒殺した後は、惚れた男を手にするため侵略戦争を起こすほどの暴君と化したという。

 いやさ、なまじ好色で男を弄ぶのが趣味のサーヴァントだから怖いんだよ。

「ま、まあ悪くないんじゃないかな?」

「そうかそうか。ではそうだな――」

 ぎこちない俺の様子がよほど面白いのか、こちらを上目使いに見つめるアサシンの顔は満足げだった。これはイカン。こんなピュアな顔は初めてで耐性が……!!

「そなたはどのような女子を好くのだ。これまでにも幾人かの面は見知っておろう?」

 修学旅行の夜にありがちなボーイズトークか。

 俺は修学旅行なんて行ったことないから、実際にあるのかどうかなんてまったく知らないんだけども。

「え……あ、うーん……」

「何とか言うてみい。もしや小僧、男がよいのではあるまいな?」

「いや違うけど……」

 ああ気まずい。

 何の因果で俺はホモ疑惑なんぞ……。

「では答えよ。好きな女の種類なぞ男ならば一つや二つはあろう」

「そりゃああるんだが……いいのか?」

「我が主とあらば多少奇特でも大目に見ようではないか」

「綺麗で長い黒髪が好き、か? 今までそんなこと考えようとも思わなかったから、実際は全然違うかもしれないんだけど、やっぱり金髪とかより身近な髪色だから……な?」

 そもそも周りに黒髪ロングがいままでいなかったから、ある種の憧れってのもあるんだよな。

 もう金髪とか茶髪はいらんし、赤髪やらピンク髪に水色の猫なんて飽きたわ。

 てかさ、アサシンが動かなくなったんだけど。何? ムーンセルも処理落ちとかあるのか? いやいやいや、低スペックPCでネトゲしたわけでもないのにおかしいだろ。高燃費が基本のバーサーカーでもないのにか。運営仕事しろをこんな所で口にしなければいかんのか。

「……阿呆が」

 それまで俯いてフリーズしていたアサシンが動き出したかと思うと、いきなり霊体化して消えた。

 人の心は神秘的なミステリーだ。

 明日も素材探しでアリーナにいかないといけないし、もう寝よう。

 

 

 

 

 深夜、校舎の屋上に立つ青年。

 肉体の大半は黒く染まり、胸元から顔は死者を思わせる蒼白。髪も色が抜け落ちた白髪で、それが胸に埋め込まれた赤石と黄金の具足を強調していた。

 マスターから外にいるよう言い渡され、することがないので月を眺めていたカルナは感情の読めない切れ長の瞳で虚数の世界に投影された偽りの空を見つめている。

「……」

 何も考えず、ただ静かに佇むだけの時間は唐突に終わりを告げる。

 屋上と校舎をつなぐ階段の扉を開いたのは、黒衣の女魔術師だった。

「なんじゃ、先客がおったか」

 酒瓶を手にゆるりと現れたセミラミスへ、カルナは気だるげな目線を向けた。

「主はどうした? あの魔術師に毒でも盛ったか」

「馬鹿を言うでないわ。夜風に当たるため、一時的に個室の鍵を借り受けたにすぎぬ」

 カルナは沈黙する。

 多くの英雄は我の強い気質だ。それはカルナ自身もそうであり、かつての宿敵にしてもまた然り。だが、おおよそ英雄の類いではないこの女の性格はただの暴君だ。

 果たして、ジナコの『彼女はキャスターである』という見立てが正しいのやら疑問であった。毒を手繰る魔術師などいるのだろうか? しかしながら、これまで一度も直に戦ったことがない以上は判断材料が少なすぎてどうとも言えない。

 一方のセミラミスは熟考するカルナを見て嘲るように語り掛ける。

「しかしそなたも不運よ。ようやく全力を出せるかと思うてみれば、呪いと計略の次は魔力不足でまともに戦えぬとは……サーヴァントとして同情するぞ、ランサー」

「そうだな、確かに、我が主人の魔術師としての力量は酷く粗末だ。こればかりは俺も否定のしようがない。だが、お前のマスターもジナコとベクトルこそ異なるが、中々に厄介な性分に思える」

 セミラミスは黄金の瞳を細め、黄金の槍兵を見る。

「ジナコは南方周に親近感を覚えている。的外れなものだが、あれは双方を凡人だと思っているらしい。だが、お前の主人はジナコに心を開いていないのではないか?」

「そうやもしれぬし、そうでないかもしれぬ。だが我は理解者など求めておらぬ。あれが聖杯を手にした時に何を思うのかを見届けられれば、他はさほど興味がない。貴様は何故、ジナコとやらに忠誠を誓うのだ」

「ムーンセルがあてがったからとは言え、彼女と契約した以上、俺は主人の槍として振る舞うのみ。他意はない」

「小僧は貴様を悲運の武人と評したが、あれの千里眼も万能ではないな。英雄カルナよ、そなたは他人の意思でしか生きられぬ人形だ。貴様は自ら光を発する太陽にあらず――他者に照らされて輝く弱々しき蒼白の月よ」

「欲がないのは認めよう。だが悲運という点については訂正してもらいたい。俺が俺の人生に不平も不満もない以上、それは悲運でなくなる」

 自分が納得しているから、それでいい――毅然としたカルナの態度にセミラミスは落胆し、たちまち覚めてしまった。

 もはや女帝は太陽の子に微塵の興味もない。

 いかなる結末も認める寛容さは、彼女の求める劇的な最期など望むべくもないからだ。

「さらばだランサー。そなたのつまらぬ誇りが破滅を導くと、最後に予言してやろう」

「お前と俺は相容れないということか。そうとなれば明後日の闘技場にて、お前の毒と俺の槍、どちらが正しいのか決める他にあるまい」

 失望と怒りで目を吊り上がらせるセミラミスは冷酷に告げ、あっさりとしたカルナの物言いには応じず屋上を後にする。

 残された英雄は一人、紛い物の満月を見上げる。

 

 

 

 

 アサシンが帰ってくると、突然白ワインをグラスに注いで俺に押し付けてきた。夜更かしは得意だが、酒なんか飲んだことないってのに……。

 黙ったり外をふらついたり酒を飲ませてきたり……忙しいなあおい。

「ランサーめには何がなんでも勝て。今回はどのような手段を講じてもよい」

「楽しませるってのはどうしたんだ? いやさ、アサシンがそれでいいなら俺は何も言わないけども。俺はあんなメチャクチャなサーヴァントとまともに戦うつもりなんてないしな」

「宝具の開帳もやぶさかではない。庭園も工房としてなら機能させられんこともないぞ」

「工房程度の性能で高く飛べないんじゃ神槍を喰らって負ける。まだ四割しか出来上がってないんだ、無理に動かして完成を遠のかせる必要もないだろ」

 あの神槍が対神宝具である以上、Cランクの神性スキルを持つアサシンは無傷では済まない。ましてや要塞としても不完全で、竜翼兵さえろくに配備できていないのに籠城なんて自殺行為もいいところだ。

 セミラミスがキャスターの宝具として持ち込んだ、架空の伝説から生まれた『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』は一騎打ちに使うには不便すぎる。 それこそドレイクのような、宝具で艦隊を召喚するサーヴァントが相手ならまだしもだ。

 まあ、アサシンがご立腹なのはさすがの俺でも察することが出来たので、飲むのは出来ないがお酌くらいはしよう。

 それくらいのスキンシップなら出来なくはない。

「先ほどは我が尋ねた故、此度はそなたが尋ねるがよい。何でも答えてやろう」

「何でも、ねぇ……」

 大量のリソースを投じて新調した長いテーブルの上座に落ち着き、二人きりで晩酌している。こうして誰かと雑談なんて何年もしていないなぁなんて考えていたら、アサシンはさっきの続きを持ちかけてきた。

 これは質問しないといけない場面なんだよな。

 なら、俺はやはり――

「アサシンは聖杯に願いを叶えさせるなら、何を願うんだ?」

「我が再び皇帝となり世界に君臨するのだ。そなたが望むならば愛人として我の隣に並ぶことを赦そう」

 世界帝国とはまた大胆な。

 酔っているのか素面なのかで俺の反応は変わるわけだが、ここでふと気になる単語があった。

 皇帝と王……一般的には帝の下に王がくる。

 さて、この世界には英雄王(ギルガメッシュ)征服王(イスカンダル)騎士王(アルトリア)極刑王(カズィクル・ベイ)と四人も王様がいて、それぞれ王道がある。

 うちギルガメッシュとイスカンダルは紛うことなき暴君だ。で、そんな二人と同じく皇帝ネロと女帝セミラミスも暴君だが、違いはあるのだろうか?

 本人がいるのだし、聞いてみるか。

「王様じゃあダメなのか? 俺には大差ないような気がするけど」

「大違いじゃたわけ。そも皇帝とはだな……」

 地雷を踏んでお説教が始まるかと思いきや、アサシンは吊り上がった目を急に猫のような笑いで歪めた。

「まずは考えてみよ。この一回戦、我を無傷で勝ち進めることが出来れば答えを授けてやろうではないか」

 何でも答えてやろうではないかって言ったよね?

 

 あれは嘘か。




 王様が四人なら、金ピカサーヴァントは三人いますよね。
 慢心全裸、天然毒舌とリストラされたあの人です。
 ヴラドは王様じゃあなくて地方領主の気もしますが、原作では王の一人なんでスルーしましょう。

 感想、評価お気軽にどうぞ。
 お待ちしております。


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第一回戦:魔女の微笑み

 まだ七話目なのにお気に入り登録数が六十手前。
 セミラミス様人気に唖然としています。


 昼過ぎ、図書室に本を返して食堂に向かう。

 あの間目とかいうNPCが無駄に話しかけてくるせいで余計に時間を食ってしまった。校舎の食堂は一日中開いてるが、どうにも昼休みの感覚が抜けないせいで一時を過ぎたらついつい慌ててしまう。

 人のまばらな空間にいるのは店員NPCを含めてもごく僅かだ。壁に張り出された告知には、ムーンセル権限で例の麻婆豆腐が販売停止となった旨が記されていた。

 言峰神父の無念が手に取るように分かる。

 同情はしないがな。あんなメシテロをのさばらせるわけにはいかないだろ。ムーンセルも多くのマスターやサーヴァントと同意見だった、それだけのことだ。

「さて、我は何を頼もうかのう」

 そしてブレない我がサーヴァントは、単品でもかなりお高い天ぷら定食をガン見している。また俺はざるそばか。仕方ない……。

 回復薬やリターンクリスタル、礼装にインテリアと出費がかさみがちな序盤から容赦なく財布を締め付けてくれるよ。流石は暴君様々だ。

「おお、追加料金で味噌汁がソバになるのか」

 好きなのねお蕎麦。俺も好きだけど、今は……泣きたいかな。

 

 

 

 エビに大葉、蓮根と四季折々の具材を油で揚げた天ぷらにちんまりした冷ややっこの小鉢、温かいソバ、 白いご飯に目を輝かせるアサシン。俺はざるそばにタケノコご飯とお新香。ワサビがいつもよりツーンとくるのは錯覚だろうか。

「ほれ小僧、こちらを向け」

 アサシンに言われて右を向く。

 ――ぐい

 

 エビの天ぷらが口に押し込まれた。

 サクサクと軽い歯応えの衣と、ギッシリ肉厚でプリプリと踊るエビが醤油ベースの天つゆと大根おろしで統一されていた。

 天ぷらというのはこんなに美味い料理だったのかと目を剥くほどの味わい。ムーンセルの蔵書には、至高の天ぷらまで記録されていたらしい。当然、アサシンは未知の美食にご満悦である。

「そなたの国ではこれが粗食だそうだな。東の果てと侮っていたが見直した」

「お気に召して何よりだ」

 天ぷらが粗食なのは江戸時代くらいまでの話だ。

 現代では立派な高級料理の一員であると知れば、アサシンはどんな反応をするだろう。もしかしたらアッシリアには揚げ物がないから喜んでいるのかもしれない。

 とりあえず、今度から俺、蕎麦を食べるときは天ぷらつけるんだ……ちくわのだけど。だって紅ショウガとかサワラとか絶対高いし。店員がAIだから融通も何もあったもんじゃない。セミラミスは皇帝だから『黄金律・皇帝特権』あるけど金は増えないし。

「む。……おい小僧、あれを見よ」

「ん? 何かあったの……か……?」

 アサシンに小突かれてパンや総菜を売っているコーナーに目をやる。

 その衝撃のあまり、危うくポルナレフ状態になりそうだったが辛うじて踏みとどまれたのは奇跡と呼んでいいであろう。

 カルナが商品ケースのスナック菓子を前に固まっていた。おおよそ、ジナコの使いッ走りだろう。そもそも本人は小食らしいし、ああいうのは彼のマスターのエs……もとい主食だ。

 しかし、よくもまあ英霊にパシリをさせられるもんだよな。

 カルナじゃなきゃ死んでるぞ。反逆されて。

「どういう状況だあれは」

「マスターにパシらされたはいいが、何を買うか分らず困惑してるんだと思う。だからああしてどれが最善か考えてるんじゃないか?」

「分けのわからん奴らよ」

 呆れたアサシンの心境は俺も同じだ。

 何というダメ人間。何というニート。何という負け犬気質。まさにポルカミゼーリアの言葉が相応しい。

 まあ、この後も予定があるから敵に構っている暇はないし放っておこう。

 だいたい、自分で買いに来ればなんら問題は起きずに完結するのを面倒くさがって栄養分の過剰供給を行い人間腐葉土と化すことに危機を覚えないから悪い。満足な魔力も供給できないくせに。そのせいでカルナは黄金の鎧を破棄しているのに。

 よくよく考えれば、ジナコがマスターのカルナが『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』を使えたのはBBの支援があったからであって、ろくに経験値も稼いでいない状態では攻撃スキルさえ発動できるかどうか怪しいんだ。これで算段は全て整った。

 さて、後は適当なマスターに取引を持ち掛けてしまえば王手だ。

 

 その前にこのざるそば食べきらないと。

 

 ……うわ、のびてる……。

 

 

 

 

「お、おい。本当にお前、あの赤いセイバーの真名を知ってるんだろうな?」

「もちろんさ。なんなら、お前のサーヴァントの真名もあててやろうか? ついでにダン・ブラックモアや遠坂凛のもな」

 結局、一番取り入りやすい青ワカメが取引相手かよ。わざわざラニやらありすに頼んでみたが「目付きが気に入らない」と拒否されてしまった。三白眼は生まれつきだからどうにもならんのにどうしろと。

 やむを得ず、たまたま花壇の周りをうろついていたシンジを見つけ取引を持ちかけたら食いついてきたのだが、実力は確かだろう。しかしどうにも気に入らない。

「ハン! キミみたいな三流が、あの二人のサーヴァントの真名を? バカ言っちゃいけな――」

「遠坂凛のサーヴァントはランサー。真名はケルトの英雄、光の御子クー・フーリン。宝具は真紅の魔槍、ゲイ・ボルク。ダン・ブラックモアの方はアーチャー、真名はロビンフッド。宝具はイチイの木から抽出される毒と緑のマント。どうだ、マトリクスの反応は?」

「ウソだろ!? どんなチートを使ったんだ!! 僕でもクラスさえ分らなかったのに‼」

「知識の差ってだけでもなさそうだねえ。コイツぁただの博識って次元じゃあないよ」

 いやまあ、確かに俺のはチートだろうな。『原作知識』ってのは転生先じゃあ使い方しだいであっさり世界と物語を覆すことができる能力だ。実際、俺はCCCにおける重要人物を殺そうとしている。これで未来は大きく変化することになる。

 マトリクスが二つ完全に開示されたことがよほどショックと見える。明らかに狼狽えているシンジの後ろに実体化したライダーも訝しんでいるな。

 無理もない。最悪、自分たちの情報も筒抜けという場合だってありうる。警戒して然るべきだ。

「調べごとは得意なんだよ。違法なコードキャストは使ってないし持ってない。だいたい、三流がそこまで出来ると思うのか? ついでに、岸波のサーヴァントはローマ帝国第五代皇帝、暴君ネロだ。宝具は彼女が設営した黄金劇場『ドムス・アウレア』だ。こちらはそちらの要求に応えたわけだが、さて。どうする? 無理ならそれでいい。後で岸波にお前のサーヴァントの情報を売りに行くだけだからな」

 脅しに屈したか、それともゲーマーとして一方的な協力は気に食わないからか。シンジは渋々ながらもホログラムのキーボードを叩きはじめた。

「今回だけだ。お前が使える情報を持ってきたから、そのお礼として応じてやるだけだからな」

「それはまた冷たい。今回と言わず、何度でも頼ってくれて構わないんだが」

「お前みたいな暗い眼をした奴は信用しない。次は二度とないぞ」

「まあ気が向いたらいつでもどうぞ。サーヴァントの見た目が分かれば確実に当ててみせよう」

 男のツンデレとか誰得なんだろう。そんな馬鹿な事を考えながら待っていると、思いの外に早く礼装が完成したらしくシンジは手を止めた。

 ふむ。流石はアジア圏有数の霊子ハッカー、たかがこれしきのありきたりな作業は朝飯前か。噛ませ犬ではあるが、やはりこちらのシンジは優秀なようだ。

「ほら、出来たぜ。こんな感じでいいのか?」

 手渡されたのは一本の日本刀。第二層のボックスから回収した守刀を改造してもらい、武器としての性能に特化させた斬刀だ。地味で平凡だが、鞘から抜かれた刀身には冷たい光が宿っていた。

「……中々によく切れそうな刃だ」

「そりゃそうさ。なんたってこの僕が加工したんだ、雑魚エネミーくらいなら余裕で倒せるさ。ま、君に使いこなせるかどうかは知ったこっちゃないけどね!」

 嫌みにハハハと笑うシンジは自己陶酔に浸っている。残り僅かな生きていられる時間(モラトリアム)を無駄にしても悪いので、俺はそそくさと退散する。

 蒼崎姉妹のいる教会の前を通り、校舎に戻ろうと噴水の脇を歩く。

 誰が水やりをするでもないのに満開で咲き誇る色とりどりの花が風に揺られている。完璧なようで不完全な月の学園において、ここだけは校舎に漂う殺伐とした空気と聖杯戦争の苛烈さを感じさせない。

 図書室に飽きたらここで安らぐのもいい。

 いや、多分他のアサシンが怖くて落ち着けないわ。

 具体的には、腕が長いハサンとか、八十人に分身するハサンとか、ハサンになり損ねた美少女とか、ガチ百合のハサンとか。むしろヤバイのはロリアサシンとワンパン先生だけどな!  

 バーサーカーなら魔力切れを狙えるけど、アサシンとは当たりたくないなぁ……。本職が出てきたらそこで聖杯戦争終了だよ。

『小僧、下がれ!』

「……え? 何が……おおう!?」

 

「雑竜風情が余に弓引くか! その不遜、そして魂に染みついた強欲と傲慢を我が槍にて断罪してやろう!」

「邪魔よこのブタ! アンタみたいな老いぼれになんか用はないっての!」

 

 ガスン――!

 目の前の扉に何かが勢いよく突き刺さる。

 俺は驚いた勢いでスッ転びしりもちをついてしまう。突き刺さったのは槍と言うにはやけに幾何学的なデザインの黒い物体だ。

 この珍妙奇天烈な得物を扱うのは彼しかいない。

 額から(・ ・ ・)は二本の角(・ ・ ・ ・ ・)フリフリ(・ ・ ・ ・)のミニス(・ ・ ・ ・)カート(・ ・ ・)からは(・ ・ ・)竜の尾が(・ ・ ・ ・)生えた少女(・ ・ ・ ・ ・)と鍔競り合う、夜色の(・ ・ ・)貴族服を(・ ・ ・ ・)着た長身の(・ ・ ・ ・ ・)成人男性(・ ・ ・ ・)以外に当てはまらない。

 筋力・耐久・敏捷で勝る少女だが、技量では男性が遥かに上だ。城住まいの伯爵婦人と戦慣れしている串刺し公では無理もない。マスターがそばにいないのも大きいか。

 男性は多少傷を負っても、生傷だらけの少女がその都度その都度に治癒魔術を施して回復している。逆に角の少女は支援なし。これは大きなアドバンテージだが、それどころではない。

『ランサーのワラキア公とバーサーカーの血の伯爵婦人かよ……。つーか辺り一面が杭だらけで逃げられないぞ』

『ここで手を出せば話が拗れる。大人しく静観しておるのが最善か』

 あちこちに突き刺さった杭は全長二~三メートルほどだが、どれも触れたらまずい。この槍も特殊な効果を持った黒衣のランサーの宝具だろう。たまに消えては彼の手に現れている。

 マイクスタンドを模した槍と黒い幾何学的な杭がぶつかり合い、花壇の花が揉まれ、噴水の水が撒き散らされる。衝撃で生まれる暴風がマナをかき混ぜ、空間が震動する。

 これがサーヴァント同士の戦いなのか。なんと勇ましく、驚異的であろうか。激しい攻防も長くは続かず、すぐに監督AIの言峰神父が現れサーヴァントは強制的に実体化を解除された。

「やれやれ、またあのサーヴァントか。二人とも、怪我はないかね?」

「この程度が怪我の内に入るとでも? AI如きが笑わせないで頂戴」

「…………無傷だ」 

 俺と少女の答えに言峰は鷹揚に頷く。

「結構。本来ならば校内での戦闘行為は固く禁じられているが、今回はアレが相手だ。特例として正当防衛を認め、玲瓏館美沙夜への罰則(ペナルティ)は無しとしよう」

 どうもあのバーサーカーは規則違反の常習者らしく、玲瓏館美沙夜はお咎めなしとなった。少女殺しの逸話で知られるエリザベート=バートリーなら校舎で暴れてもおかしくはないか。

「さて、私はあのサーヴァントのマスターに警告しに行かねばならない。もし具合が悪いなら、彼に連れていってもらいたまえ」

 澱んだ目と薄気味悪い顔を愉悦に綻ばせながら言峰は姿を消した。俺が人見知りと理解した上での所業だ。あンのクソ神父がァ……!

 愉悦麻婆に最強(最弱)風な台詞回しで怒りを表した俺だが、やはりイベントというのは避けて通ることの出来ないモノらしく、玲瓏館美沙夜はツカツカとこちらに向かってきた。

「巻き込んだことについては謝罪させてもらうわ。あのランサーを仕留め損ねた私の実力不足が原因だもの」

「え、い……いや、そんな……」

「そう畏まるな娘よ。主の見立てではバーサーカーとなっておる。もしそうならば、仕留め損ねるのも考慮の余地は十二分にあろう」

 実体化したアサシンが割って入り、義務感に燃える玲瓏館美沙夜を落ち着かせる。だが、うっかり口にしたエリザベート=バートリーのクラス名に彼女のマトリクスが反応してしまい――

「……そのようね。数分、暴れている様子を見ただけでクラス名を当てるなんていい目(・ ・ ・)をしてるのね」

「…………」

「どうかしら? 私はその()について、誰かに公言しない。これで手打ちというのは」

 さっきの誇り高くも慎ましやかな態度はどこへやら。

 冷徹で嗜虐的な魔女の顔に化けた玲瓏館は、魔性の笑みで血色に煌めく深紅の相眸を歪ませる。

 どうも俺の人間関係の運勢は最悪らしい。

 こんな女に弱みを握られるとは……。




 美沙夜のランサーやセミラミスのキャスター的な宝具は設定を一部改編しています。
 今回は五日目の後半、明日は六日目になります。
 果たしてどうなることやら。

 そして毎度の如く感想、評価お気軽にどうぞ。
 よろしくお願いします。


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第一回戦:戦場に沈む夕陽

 Fate/EXTRAの続編があるなら、サーヴァントはセイバー、アーチャー、キャスタークラス以外の四人にして欲しいです。
 具体的にはエルキドゥ、美しき狂信者、ドレイク、フランケンシュタインの四人。
 まあ無理でしょうけど。


 決戦日を翌日に控えた猶予期間(モラトリアム)最終日。

 日に日に酒瓶が増えていく個室で、敵とこちらの状況を逐一確かめた。

 カルナは魔力不足で宝具が使えず、さらに超防御を誇る黄金の鎧も破棄している。ジナコ・カリギリが保有している可能性もあるが、それについては確証が持てない。

 あの英霊はCCCの決戦では意思の力で消滅を食い止めた。それはムーンセルによる絶対管理の行き届かない月の裏側だったからなし得た芸当だ。正規のアリーナではラグこそあれ、生き残ることは出来ない。

 アサシンは『多重召喚(ダブルサモン)』のステータス補正を利用し、キャスターと誤解させることに成功した。あのカルナがキャスターと呼ぶのだから大丈夫だろう。少なくともマスターの方は気づいていないのは確かだ。

 アサシンがカルナから聞いた情報によれば、ジナコは自分と同じ凡人である俺に親近感を抱いているらしい。流石にアレと同列に思われるのは不愉快だが、これを利用しない手はあるまい。

「行こうアサシン。今日が落日の時だ」

「よかろう。ま、楽しみにしておこうか」

 この作戦が失敗すれば俺は死ぬ。

 だが、それは起き得ない未来。慎重に、着実に建てた策は、あの程度の人間に破ることなど出来はしない。

 悠然と微笑むアサシンを連れ、きらびやかな調度品に溢れた個室を後にする。

 

 

 

 

 シンジが改造した刀は、コードキャストに関わるデータを物理攻撃に必要な強度と切れ味のデータにすげ替えた物だ。

 アサシンの道具作成は薬物と普通の魔道具しか作れないため仕方なくシンジに頼んだのだが、思っていたより遥かによく斬れるので驚きだ。

 とにかくまあ斬れる斬れる。牛型エネミーはやや厳しいが、他の雑魚はhack(16)で動きを止めて一刀両断するだけの簡単な作業になった。

 ……まあ、経験値はあってないようなモノだが。

 アサシンは気配遮断で隠れさせ、準備は万端だ。

 一狩りどころか二十狩りくらいしたあたりで入り口の近くに戻ると、痩せ細ったカルナと丸々としたジナコがアリーナに入ってきた。

「あ、南方さん。チョリ~ッス!」

「見た目に反して軽い挨拶などと、あまりに見苦しいモノを見せてすまない」

「…………どうも」

 三十路手前の肉布団が放つウザいオーラにアサシンが苛ついている。カルナもカルナで、心底申し訳なさそうに目を閉じて謝罪する。

 俺は適当に頷いておく。

 見た目に反して軽い挨拶……誰が上手いこと言えと……。

「あのサーヴァントはどうした? 迷子か?」

「流石にそれはないッスよカルナさん。でもアリーナにサーヴァントなしとかヤバくないッスか?」

「リターンクリスタルがある。それに回復の泉も近い……」

「なるほどなるほど。それはかなりのマゾ……いや、もうこれはある意味サドプレイッスね!」

 ジナコ曰く俺は自分に対してサディスティックな楽しみ方をしているらしい。普通ならアサシンのサーヴァントを警戒するが、このマスターはよく分からんネトゲ廃人の理屈を並べているだけだ。

 耳に入れるのも汚らわしい怠惰と無精の文言は聞き流しつつエネミーを切り捨てる。

「うーん、カルナさんはもうちょいこう、火力があってもいいと思うッス。ランサーってそんなに弱いクラスなんッスか?」

「俺としても今の状態は甚だ不本意だが、まともに魔力が回されないのでは力を出そうにも出せんというものだ」

「ジナコさんの魔力が足りないって言いたいんスか? これでもかなり無理してるッスよ?」

 知名度に加え、消費魔力があまりに多すぎるカルナは相当の魔力がなければまともに戦えない。魔術協会が雇った一流魔術師でもセーブが必要なレベルだ。ジナコのような最底辺のマスターでは全力など遥か遠き理想郷にも程がある。

 ……ジナコも無理しているあたりから推察すると、鎧は譲渡ではなく削除されたようだ。

『不運な男よ。せめてあの青ワカメならばもう少しは満足に槍を振るえたであろうに』

『シンジじゃ手に余るサーヴァントだ。無論、俺が言えるようなことじゃないけど』

『我がマスターならば「あれくらいどうともない」と言うて欲しいものだ』

『そしたら「阿呆なマスターはいらん」とか言って裏切るだろ?』

 

 気配だけのアサシンは、どうやら笑っている。

 いつも俺の反応を見ては楽しそうにしているが、俺は自分をつまらないと思っているので、こればかりは理解が及ばない。まあ、何でも楽しく感じられるのはいいことだが。

 ジナコとカルナの押し問答は続いている。

 もっと力を出せ。魔力が足りん。何とかしろ。サーヴァントではどうにも出来ん。それでも英霊か。残念ながら英霊だ。

 見ていて悲しくなる。

 結論はジナコが経験値を稼いで魔力供給量の最大値を底上げすれば、魔力放出は難しいにしても槍くらいは問題なく使えるはずなのだ。

 全ての原因はジナコの向上心の無さだというのに、カルナは真面目に理不尽なワガママに付き合っている。それが何よりも悲しい。

「南方さんもカルナさんに言ってくださいッスよ~」

「…………カルナ、言って無駄なら実感させてやればいい。宝具でそこのエネミーを倒してみたらどうだ? この辺りはアレの他はしばらく再出現しないから大丈夫だと思うが」

「…………ジナコ、この男の言う通り、スキルを使いたい。問題ないか?」

「使えるんなら使って欲しいッス。てかなんかボクが悪いみたいな空気おかしくないッスか?」

 

 マスターの了承を得たカルナは、急速に気を溜める。自然に身を任せたゆったりした姿勢から腰を下ろし、弓兵(アーチャー)としての適性を獲得する要因となった遠距離用の宝具を発動させる。

「……武具など無粋、真の英雄は目で殺す!」

 あまりに強烈な眼光は周囲の魔力を刺激し、道筋は一本の極大な光として爆ぜた。

 対軍・対国宝具『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』の一撃は低級のエネミーを瞬く間に消し飛ばし、アリーナに僅かな地震をもたらした。

 この宝具で十二分にアサシンを仕留めることが出来るだろう。しかし、それだけ性能が優れていれば必要な魔力も尋常ではない。

 一度に大量の魔力を吸い上げられたジナコは、力なくへたり込んで動けなくなった。尻餅をついて唖然としている。カルナも現界を維持することさえままならないのか、力なく立ち尽くしている上に酷く呼吸が荒い。

「敵が現れたら始末しよう。大人しくしていろ」

「……助かる。主を、頼む」

 さあ、来い。

 貴様が来るは、この瞬間()をおいて他にない――!!

 

「――――そういうことか」

 事此処に至り、ようやく謎が解けたらしい。

 しかし手遅れなカルナとジナコの身体は黒いノイズで覆われ、端々からほつれていく。

「さてと。ジナコ・カリギリ、アンタからは全てを取り上げ、必要なモノだけ貰っておこう」

「……ふぇ?」

 ザクリ。

 ザクリ。ザクリ。

 ザクリ。ザクリ。ザクリ。

 ザクリ。ザクリ。ザクリ。ザクリ。

 ザクリ。ザクリ。ザクリ。ザクリ。ポトリ。

 慣れない刀を執拗に降り下ろし、ジナコの右手を腕から切り落とす。

 読み通り、ムーンセルの消去すら打ち消す鎧も魔力切れでは効果を発揮しなかった。

 CCCでは旧校舎に落ちた時点でカルナは黄金の鎧をジナコに譲渡していた。では何故、高燃費な鎧を維持しながらカルナは現界できたのか? それは動いていないからだ。

 用務員室に篭りきりなら、ただ現界するだけで魔力は事足りる。サクラメイキュウ第九層でパッションリップに追われた際は、そもそもカルナは現界していない。

 四章でジナコが衛士(センチネル)にされた時はBBのバックアップがあったので、カルナを戦わせ宝具を使っても問題にはならなかった。

 魔力が枯渇すればマスターとてただでは済まない。令呪があれば回復は出来るが、それは今俺が切り落とした。令呪の喪失は敗北と同義――気配遮断を解除したアサシンが右手を回収し、退出を促す。

 それに首肯し、リターンクリスタルを取り出す。

「……誰に必要ともされず、求められることもなく死ねて良かったな。それでこそらしい死に様だぞ、エリートニート」

 ランサーは槍を手にしようとしているが、燃料が足りず矛先がない。必死に何かを訴えようと口を動かすゴミに別れの言葉を告げる。

「現実の死体は腐敗臭で見つかり、心不全と処理され、ネットに残した結果は他の誰かに上書きされるだろう。そして俺も、アンタを顧みようとは思わないし、見届けもしない」

 言いたいことを言い終えてからクリスタルを起動し、校舎に転移する。

 視界がホワイトアウトする間際、牝豚がどんな顔をしているか見えなかったが、興味がなかった。

 

 

 

 

 聖杯戦争一回戦に勝利した俺を待ち構えていたのは、監督AIの言峰神父だった。心なし、いつもより薄ら笑いに邪悪さを感じる。

「決戦日までに対戦相手を撃破したか。君も随分とせっかちな性格だ。友人から短気と言われたことは無いかね?」

「……友人に言われる以前に、友人がいない。それに、あんなのを六日目まで生かしたんだから気長な方だと思うがな」

 話し相手すらいなかったのに、そんなこと言われるわけがない。渋味のある声で誤魔化し笑いをした神父は、にこやかに掌を見せた。

 やっぱりか。

「ジナコ・カリギリから強奪した令呪を提出して欲しい。無理強いはしないが、より公正な聖杯戦争であることを望む者としての頼みだ」

「コトミネよ。この令呪は我が主が足りぬ知恵を絞り、命を危険に晒して手に入れたモノじゃ。それを差し出せなどと抜かしおるか」

 怒りも顕にしたアサシンが実体化し、言峰神父に詰め寄る。切れ長の瞳に宿った冷酷な怒りの感情をぶつけられ、神父も苦笑する。

「そう、困ったことに違法なコードキャストが使用されていないからこそ頼みなのだよ。他のマスターから苦情が来ても正直メンド……困るのでな。もし提出してくれるなら何らかの見返りを用意しているのだが、どうかね?」

「見返りってのは何なんだ? それ次第で返答は変わってくる」

「二回戦の対戦相手の情報開示だ」

「いらん。じゃあな」

 アサシンは「それでこそだ」と頷き、言峰は一瞬だけ驚いたがすぐにいつもの陰気な笑みを取り戻した。

「交渉決裂ならば仕方あるまい。こちらからのメッセージはそれだけだ。明日はゆっくり休むといい」

 言峰が消えるとアサシンは殺気を納めた。

 女帝は大きくため息をつき、向き直る。

「さて……。今日は疲れた、早めの晩餐としようではないか」

「そうだな。今日は早く寝たい」

 夕陽に赤く染まる校舎の廊下を、アサシンを先頭に食堂へ向かってと歩く。

 明後日からは二回戦だが、多少の息抜きは必要だ。

 明日はゆっくり休むとしよう。




 いつから決戦日で一回戦が終わると錯覚していた?

 CCCで優遇されたから私は厳しくします。
 そんなこんなで一回戦は終了し、次回からは二回戦へ突入。新たなマスターとサーヴァントの組み合わせと共に周の活躍をご期待ください。

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第二回戦:純白の衣

 二回戦は誰が立ちはだかるのか。
 まあそんなに強いサーヴァントじゃないですけど。


 ジナコ・カリギリに勝利した俺は無事に二回戦を迎えたわけだが、果たして生き残ったマスターたちの中には面倒くさい連中が軒並み名を連ねている。ネロの奏者となった岸波白野、太陽の騎士(ガウェイン)の王であるレオ、魔拳士(李書文)を従えるユリウス、魔槍の担い手(クー・フーリン)と契約した凛、人間城塞(呂布奉先)を御すラニに加え、裏切りの騎士(ランスロット)と沙条綾香、ワラキアの極刑王(カズィクル・ベイ)も二回戦進出を果たしている。

 やだやだ、もうホントやだ。

 自重しない中華圏の英霊二名以外はみんな対魔力持ちで三騎士ばっかりってなんなんだっての。ダン・ブラックモアはこの回で消えるし、あの悪魔ランサーも狂化されたことで大きく対魔力が下がったのでそう面倒でもないけど、これはまずいだろう。

 教室の窓際最後列にある席で幸先真っ暗すぎる現状を悔やんでいる俺は、深い嘆息をこぼす。

『忌々しい奴らばかりが残りおった。どいつもこいつもやりにくいぞ』

 アサシンがEXTRA枠(対戦相手ではないサーヴァントの分だ)のマトリクスを確かめて顔を顰めた。

 いずれも武人として名高い真の英雄であり、人を見る目は確かだろう。謀殺毒殺が専門のセミラミスでは、一目で警戒されるだろう。そうなるとこちらの罠に気づかれてしまう。

 ついでにマスターも強い。これはもう自力で、しかも正攻法なんてやっていられない。

 外堀を埋め、それでも足りないなら内堀も埋めて天守を丸裸にしたうえで大砲をぶち込んで混乱させてから攻め込まないと厳しい。こっちには追加の令呪が三画もある。いざとなればアサシンをマスターに適当なランサーを鞍替えさせるのもありだ。

 ああでもないこうでもないと思案していると、唐突に携帯端末が鳴り響いた。

『次の贄が定まったか』

『何故に生贄なんだ……』

 アサシンの言葉の真意は問わないでおく。

 多分バビロニア的な思考に基づいてるから、教えてもらったところで理解できん。

 

 

 

 

 掲示板に張り出された一覧表を確かめる。

『マスター:フラット・エスカルドス

 決戦場:二の月想海』

 

 

 

 ……誰だよコイツ。

 いやまて、記憶の端っこで引っかかるものがあるぞ。

 えーと、そう。確かfakeの天才的なアホで馬鹿だ。地中海生まれの奔放な男で、サーヴァントは狂化したら一周まわって紳士になったジャック・ザ・リッパーだったか? 綾香がセイバー、美沙夜がランサーってことはやはりコイツはバーサーカーと契約してるのか……。

 お願いだからゴールデンタイムはやめてくださいムーンセルさん‼

 

「ウゥ……」

 

 俺の願いが通じたからなのか、それともただの幸運なのか。背後から聞こえた唸りは透き通った少女の声であった。振り返ると、白いドレスを着た可憐な少女が、虚ろな目でこちらを凝視している。その隣では白いシャツに青いジャケットを羽織ったラフな出で立ちの青年が、爽やかな笑みを送っている。

「あ、君が俺の対戦相手? 俺はフラット・エスカルドスって魔術師で、こっちがバーサーカーな。よろしく!」

「ウゥ」

 仲がよさそうな二人の眩しいこと眩しいこと。正直なところ、網膜が焼け爛れてもおかしくないような気がしてならない。

 こんなに良好な関係を築けるあたり流石は逆・絶対領域マジシャン先生と言うべきなのか。それともイスカンダル・リフレインが正解なのか。

 つまらない考え事を打ち切り、最低限の返答だけはしておく。そんなことで本気スイッチを起動されたらたまったもんじゃない。

「……南方 周」

「なんか顔色悪いけど大丈夫? 購買に風邪薬売ってた気がするから見てこようか?」

「いらん……。これは生まれつきだ」

「なーるほど。んじゃ俺はアリーナに行ってるから、お前も後で来いよー!」

 初対面の相手に不躾な発言を繰り返すだけ繰り返したフラットはバーサーカーを連れて階段を下りて行った。残された俺の方はアイテムやインテリアの補充をしたいので、アリーナに行くのはまだまだ先になりそうだ。

 

 

 

 

 購買は食堂と同じ空間にあるので、踏み込むたびについつい警戒してしまう。せめて、せめて四回戦までは無名なままでいたいので、目立つマスターに目を付けられてはたまったものではない。

 それにしてもフラット・エスカルドスめ、またいいサーヴァントを引きやがった。

 フランケンシュタインの怪物は宝具『乙女の貞節(ブライダル・チェスト)』で魔力消費量を軽減させることが出来る。おまけにフラット自身も優秀な魔術師、これでは一回戦の戦術が使えない。さらに問題がある。バーサーカーの狂化はDランク、言語能力は喪失しているものの高度な思考が可能なためある程度は高度な戦術が立てられる。

 小手先のせこい罠など狂戦士らしく怪力でねじ伏せてしまうだろう。マスターは馬鹿だがサーヴァントは賢く、直接戦でもあちらに軍配が上がる。俺は魔術なんて扱えないし、アサシンも殴り合いでは勝ち目がないとなるとこれはかなり詰んでないか?

 まあ作戦がないではないが、あまりいい出来ではないのがなあ……。

『どうにも精気がないかと思えば、死体をつなぎ合わせた怪物であったとはな。このような段階で宝具を使うのも気に食わぬ……。さて、どうする?』

『自爆宝具を使わせたらアイツは消えるが、閉鎖空間で即死級のダメージを防ぐのは難しい。ここは第三者に潰させるのが最善に思える』

『このようなことを主に言うのは気が引けるが、そなたに友人など一人もおらぬであろう。知り合いも玲瓏館ぐらいでは無かったか?』

『大丈夫だ。馬鹿で単純で単細胞な女好きに覚えがある』

 アサシンが言う通り、協力者が一人しかいないから困ってるんだよ。二回戦で宝具開帳したくても庭園が未完成だし、もう一方は庭園と併用してナンボだから単発じゃあ効果が薄いし……。まあ保険がないというわけではないし、並行してすすめるしかないのかね。

 新発売の中華まんを食べながら作戦を立てる。熱々の八宝菜を肉まんの生地で包むという挑戦的なメニューの美味さに驚きつつ、麻婆豆腐でなかったことに安堵している。

 これでカレーパンと同じ値段なんだから有りがたい。カレーは嫌いではないが、そこまで好きでもないからもう買うことはないかもしれないな。

『この後はアリーナか? それとも図書室か?』

『保健室へ行く。忘れる前に支給品の回復アイテムを貰っておかないと』

『よかろう。そなたの好きにせよ』

 珍しく物静かなアサシンは奇妙だが、フランケンシュタインの怪物に思うところでもあるのだろうか。……保健室に行った後で図書室に行こう。そこでセミラミスの伝説を片っ端から漁れば、何かヒントがあるかもしれない。

 

 

 

 

 保健室で健康管理AIからエーテルの欠片を受け取り、図書室へ向かう。

 危うく聖骸布で絞め殺されるかと思ったが、アサシンがほどいてくれたので事なきを得た。なんであんなAIが健康管理役なのか理解に苦しむが、むしろセレニケじゃなかったことを喜ぶべきだろう。まさかあのゴルドよりダメマスターなまま死んだ変態淑女より鬼畜シスターの方がマシだ。

 アサシンはフランケンシュタインのマトリクスを見てからと言うもの、何故か静かだ。

 チグリス・ユーフラテス流域を支配したアッシリア帝国の伝説の女帝セミラミス。彼女を求めたことで代官オンネスを自殺に追いやったニノス王を結婚数日で毒殺した逸話が有名だ。

 ネブカドネザル二世の空中庭園建築までセミラミスの業績とされたらしいが、死者にまつわる伝説があっただろうか。

 ここに何かヒントがあればいいのだが……。

 階段を上り廊下を右に曲がると、雷のような声が轟いた。

「これは素晴らしい! アレクサンドリアに建てさせた図書館を越える量の蔵書ではないか。これを全て征服するのは骨が折れるわい!」

 図書室の扉の向こうから聞こえる男の大声。この腹にずんと響く野太い声に背筋が凍り、呼吸が瞬間的に停止してしまう。

 むせて咳き込んだ俺は、呼吸が整ったのを確かめてからドアに手を伸ばす。

「図書室にようこそ。今日は騒がしいのがいるけど、気にしないでね?」

「ライダーがすみません。言っても彼、聞かないものですから……」

 図書室管理AIと、入り口の近くでハードカバーの小説を読んでいる病弱そうなショートヘアの子供が俺に反応する。黒服のAI、間目知識はどうでもいい。

 どうやら彼、否、彼女もまた聖杯戦争に参加したマスターの一人だろう。Fate/Prototypeで騎兵のサーヴァントとして召喚された、ギリシャ神話の英雄ペルセウスの友――伊勢三。この世界ではマケドニアに名高いギリシャの覇者、征服王イスカンダルの戦友となったようだ。

 もう驚きはしない。

 ランスロットがいるのだから、イスカンダルはいてもおかしくない。弱点の多いサーヴァントの一人なのだから、むしろ大歓迎だ。




 セミ様の様子はおかしいしフランが出てくるしそのマスターはフラットだしイスカンダルまでいる。
 やっちゃったぜ。

 感想、評価気軽にどうぞ。
 お待ちしております。


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第二回戦:紙一重の差

 この話を読む前に言っておくッ! おれは今、衝撃の事態をほんのちょっぴりだが体験した。

 い……いや……。体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……。



 あ…ありのまま 今起こった事を話すぜ!

「おれは二日もあればお気に入り登録数が一件は上がっている思ったら、いつのまにか倍以上になっていた」

 な……何(・ ・ ・ ・)を言って(・ ・ ・ ・)いるのか(・ ・ ・ ・)わからね(・ ・ ・ ・)ーと思うが(・ ・ ・ ・ ・)俺も何を(・ ・ ・ ・)されたの(・ ・ ・ ・)か分か(・ ・ ・)らなか(・ ・ ・)った……(・ ・ ・ ・)

 頭がどうにかなりそうだった……。
 名作だとか新作タイトルだとか、そんな分かりやすい理由じゃあ断じてねえ。
 もっと不思議なものの片鱗を味わったぜ……。

 (訳)なにこれこわい


 征服王イスカンダル。日本ではアレクサンダー大王として知られるマケドニアの王だ。

 若くして、強壮なるアケメネス朝ペルシアのダレイオス三世を撃破しシリア・エジプト・ペリシアを征服、バビロンに凱旋するもインド到達を目前に病没する。

 その後はFate/zeroで開かれた王の座談会の席にてアルトリアが指摘した通り、一代で築き上げた大帝国は分裂、混乱の最中に血族は死に絶えてしまうわけだが、征服王の死因については諸説ある。

 一般的には熱病や発作だが、毒殺なんてのもあるので一概に搦め手が通じない相手でもなかったりする。

 ではフランケンシュタインはどうか?

 

 ……ない。これっぽっちもない。

 ここを攻撃すれば倒せる特別な部位だとか、これを使えば殺せる特別なアイテムが存在しないのだ。そもそもあの怪物は本来なら数ヵ月で複数の言語をマスター出来る高度な頭脳を持ち合わせており、頭が悪いというのは後世の創作にすぎない。

 しかも数少ない欠点である容姿も、こちらの世界では聖杯マジックで美少女になったことにより克服している。

 強いて言えば、魔力パラメーターがDランクであることくらいだろうか。

 この貴重な弱点を利用するため、先日はアリーナ探索を断念し、あえてマイルームにこもっていた。

 購買部で準備した薬品をアサシンの道具作成スキルで調合し、古今東西の猛毒を精製していたのだ。古代から多用されていたシアン化合物、トリカブト、マンドラゴラからボルジア家の秘毒カンタレラまで何でもありの複合薬である。

 毒殺者の原典たるセミラミスだからこそ精製可能な猛毒と悪意に満ちた死の濃霧。ロビンフッドの『祈りの弓(イー・バウ)』に着想を得たフィールドトラップだ。

 玉座に身を預けたアサシンは毒で満たされた小瓶を片手に呟く。

「この霧を吸えばいかな天才魔術師も無事では済むまい。なんせ我でさえ浄化薬を作るのに手間取ったのだ。生半に取り除けるようなちゃちな毒ではない」

「炉心はワニ型のエネミーでいいとして、いくつくらい作れそうだ?」

「五つ、急げばその倍は確実に用意できよう」

 流石は大魔術師。俺ではまず精製すらも満足に出来なかった。頼もしいことこの上ないアサシンに感謝しつつ、昨日取り損ねたプライマトリガーを取得するためアリーナへ向かう。

 

 

 

 

 

 アリーナに入ると、エネミーの残骸があちこちに散らばっていた。凄まじい力で殴られた後から推察するに、フランケンシュタインが戦鎚で吹き飛ばしたのだろう。

 生半可な馬力ではない。弱い英霊とは言えやはりバーサーカーだ。こちらがアサシンのサーヴァントである以上は出来るだけ接触を避けた方がいいな。

 一回戦の第一層と変わらない無機質で無愛想な迷宮にバーサーカーとフラットがいる。ここで回収できる資源は少ないだろう。トリガーを取得したら早々に帰るべきだ。

 安全のため相手のマスターとサーヴァントがいないかアサシンに確認する。

『アサシン、バーサーカーはどの辺りか分かるか?』

『出口のそばを行き来しておる』

 アサシンが二人の存在を感知した辺りには回復の泉があったから、往復しつつエネミーを狩っているのだろう。対エネミー用の礼装をテストしているのかもしれない。ともかく、まずはトリガーだ。あれを取らないことには始まらない。

 俺はアリーナの硬い床をためらいなく踏みしめながら進み、立ちはだかる雑魚はアサシンが捕縛してしまう。拘束から逃れた場合は魔術の光弾を発射してエネミーが塵となる。馬鹿げた火力で複数の雑魚をまとめて消し飛ばし、経験値がザクザク入る。

 十分ほど歩いたところで、何体目かのヘビ型エネミーを倒し坂を上りきる。そこではトリガーの入ったボックスがアリーナを見下ろしていた。

 手をかざしボックスを開く。トリガーコードαを無事に回収し、回復の泉の辺りを見てみる。純白のドレスを翻しつつフランケンシュタインは戦鎚を、青色のジャケットを踊らせてフラットは二挺拳銃でエネミーに立ち向かっている。

 銃は刀語の炎刀・銃を思わせるリボルバーとオートマチックの組み合わせで、命中精度はまちまちだ。カッコつけて変なポーズをキメながら撃っているのもかなり大きいだろう。ウェスカーなみの身体能力でもなかったらそんな姿勢じゃ無理だよ。

 レオンを見習え。アイツ、大統領直属のエージェントになっても新米時代に習ったスタイル貫いてんだぞ。

 用もないのにあまり長居してフラットたちに発見されても面倒なので、さっさとリターンクリスタルを使ってアリーナから退出しようとアイテム欄を漁り、右手で掴んだ両端が尖った六角柱の水晶を握りつぶす。

 正規の退出プログラムが起動し、俺とアサシンの身体が瞬く間に校舎へと転移されていく。視界は白く爆ぜ、五感が一瞬だけ遮断される不快感を味わいながら、無機質な廊下を上履きのゴム底で踏む感触に安堵する。

 アサシンを霊体化させ、誰かに見つかる前に個室へ戻ろうとホログラムは画面を出す。『個 室(マイルーム)』と記された枠を選択しようと指を動かした瞬間、目の前に巨大な影が現れて――

「おお。お前さんは確か、昨日書庫で会った魔術師ではないか」

「……ライダーか」

 俺も決して背が低いわけではないと先に断っておく。数え十七歳の運動嫌いが身長173cmもあれば大したもので、俺が小柄に見えるのはイスカンダルが大きすぎるだけだ。

 神経の図太さがよく表れた巨躯は逞しい筋肉の装甲で覆われ、燃えるような赤髪は滾る情熱を連想させる。

 機嫌の悪い俺の様子などお構い無しに征服王はご機嫌な様子だ。

「……マスターを放って徘徊とは暢気だな」

「なあに、調べ物の邪魔にならぬよう散策しておるだけだ。お前さんもどうだ? 迷宮の探索も終えたのであろう?」

「結構だ。放浪癖はない」

「放浪癖とはこれまた言うてくれるわい。魔術師ってのはみぃんなそんな調子なのか? 閉じ籠ってばかりでは魂を腐らせるだけだぞ」

 どうしてここまで俺に絡むのか理解出来ん。

 昨日たまたま図書室で会っただけで、顔見知りと呼ぶにも遠い間柄のはずだ。それなのにどうしてこうも食い下がる? 俺が転移しようと指を動かせばすかさずこの征服王につまみ上げられて身動きを封じられる。

 逃げ道などないが、言いなりになるのは癪に障る。きっとこの男に蹂躙された国のまっとうな(・ ・ ・ ・ ・)指導者たちは今の俺と同じような、どうにもならない怒りを抱いていたに違いない。

 これが地上の聖杯戦争ならまず真っ先にライダーを排除しようとしていただろう。それくらい不愉快な奴だが、ムーンセル式の聖杯戦争である手前、そうもいかないのが腹立たしい。

 略奪と蹂躙に終始するこの暴君の辞書に妥協などと言う単語は存在しない。

 拒否権を封じられた俺は渋々ながら、大人しく従うことにする。

「よしよし。ではこれより弓道部を訪ねるとしようではないか。あの地には何でも最強のAIがいるという話だ。そうと聞いては余も是非――」

「………………」

 ライダーが背中を晒して隙を見せた瞬間、俺は素早くホログラムを操作して転移先を指定する。

 掠れるような電子音にライダーが気づいて振り返るが、俺はすでにその場から逃げていた。そのため、征服王がどんな顔をしていたのかは分からない。

 

 

 

 

 青空に映る無数の1と0があまりに空々しい。

 ただ一人の勝者のみが生還できる月の監獄に投影された虚像の太陽が照らす校舎の屋上で、玲瓏館美沙夜は右手の甲に浮かんだ令呪を見ていた。

 強者としての威厳と威信に溢れた真紅の瞳には、日頃の毅然とした佇まいからは想像出来ないほどの迷いがある。

 地上に残した肉体は持って一年、良くて半年もすれば死ぬ。不運にも、先祖が悪魔と交わした契約を何十代も隔てた彼女が支払う義務を負ったことが美沙夜の聖杯戦争に参加するきっかけである。

 予選を通過した彼女にムーンセルが授けたサーヴァントはルーマニアの英雄、ワラキア公国領主ヴラド三世だった。

 串刺しによる粛清で国を建て直し、串刺しによる威圧で異教徒の侵攻を退けたキリスト教世界の盾と名高い武人である。吸血鬼ドラキュラのモデルでもある極刑王の苛烈で高貴な生き様こそ美沙夜の理想であり、怪物と成り果てることを否定する有り様は二人の相似点であった。

 傍らにて主人を守護する彼女の()は、何も言わずにいる。霊体化したまま、主の不安を拭えぬ我が身を呪っているのだ。

 負の感情に満ちた静かな時間の流れは、まるで時が止まったようにすら思えるほどに異質な状態だった。だが、物事には必ず終わりがあり、この空気を打破したのは校舎のどこかから転移した周だった。

 物憂げな雰囲気を引っ込め美沙夜は、くたびれた顔の闖入者へ容赦なく言葉の暴力を叩きつける。

「空気の読めない男ね。アンニュイな気分に浸っていたのに、貴方の顔を見たら意味もなく落ち込んできちゃったわ」

「自己陶酔を邪魔して悪かったな。そのまま噴水に映った自分にダイブしてくれて構わないが?」

「口の回る男は異性から嫌われてよ?」

「上から目線の女は豚男からしか好かれないぞ」

 皮肉の応酬を繰り広げる両名に呆れたサーヴァントは、実体化して会話に割り込む。

「美沙夜よ、年頃の娘が白昼からあまり見苦しい真似をするな」

「そなたがこれほど食いつくのは小娘から詰られる趣味でもあるからなのか?」 

「そうねランサー。(わたくし)としたことがはしたない」

「俺にそんないかがわしい趣味はない。というか、どうしてその結論に至ったのか教えてくれ」

 一息入れて気持ちをリセットしたマスター二名は改めて真面目な話題で会話を始める。実態は美沙夜の質問に周が答えるだけなのだが。

「フラット・エスカルドスの魔術師(ウィザード)としての素養と発想力はハーウェイ家でも制御しきれないほどのレベルよ。それこそ、騎士王クラスのサーヴァントを狂化しても差し障りないはずだわ」

「にしては、フランケンシュタインの怪物がサーヴァントなんて微妙な英霊だけどな」

「魔術師として破格のマスターと、英霊としてある意味では破格のサーヴァントなのよ。自然の摂理から逸脱した英霊は数多いけど、フランケンシュタインはその中でも別格と言ってもいいわ」

 美沙夜の言わんとしていることは周もなんとなく理解している。

 科学が世界を支えるようになった時代、神秘が廃れ始めた時分に産み出された人造人間は信仰の対象としては立派なものだ。科学技術で死を超越したとあらばなおさらだろう。

 しかし他の英霊と比しても明らかに劣る低ランクのサーヴァントであり、マスターはやはり界隈では指折り馬鹿であることは間違いなかった。

 いくら魔術師として優れていようと、頭が悪ければ聖杯戦争を生き残れない。

 周の脳内では、着実に二回戦で勝利を手にするための式が組み立てられていく。

 彼の中には誇りなどない。手っ取り早く確実に勝つことこそが最優先であり、美沙夜への対策も万全である。




 二日ほど用事で空けてしまい、ようやく更新できるぜと小説情報を見たらお気に入り登録件数が倍増しているという状況。
 なんだかたいへんなことになっちゃっぞってレヴェルじゃねーぞ!!
 気まぐれで思いつきその時の気分で書いている駄作にこんなに沢山の方が高い評価を下さったことに感謝してもしきれません。開いた口も塞がりません。ビビりました。
 拙い文章と至らぬ構成ですが今後ともよろしくお願い致します。
 感想や評価もお待ちしておりますので、お気軽にどうぞ。


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第二回戦:絡み合う物語

 久々に戦場のヴァルキュリア3をプレイしたらブームが再燃してしまいました。
 もう続編はいいのでギャルゲ化して欲しいです。
 イサラと大佐のルート付きで。


 緑衣のアーチャーに関する文献を探しに図書室へ来たものの、クラスとイチイの毒しか手がかりがないせいか、どこの国の英雄なのかも分からない。

 それらしい書籍は片っ端から目を通したが、自分が求めている情報はなかった。

 途方に暮れる中、不意に背後から――

 

「……探し物か?」

 

 冷たく掠れた声に呼び掛けられて振り返ると、どこかで見たような暗い面持ちの男子生徒が立っていた。

 艶のない黒髪と光の失せた黒目がちな瞳、健康状態が心配な病的に白い肌のせいでホラー映画のワンシーンのようだ。

 不機嫌そうな表情からは友好的な雰囲気を微塵も感じられないが、かと言って明確に敵意を放っているわけでもない。

「まあ、そんなところ……」

 こちらの回答に男子生徒は半分しか開いていない目を動かして張り付いた、不自然に引きつった笑みを浮かべる。

「校舎でサーヴァントに襲われたマスターと会うとは思わなかったな」

「……ど、どうも」

 愛想がいいのか悪いのか判然としない。

 ただ、彼はスイスイと本を取り出しているあたりから察するに図書室の常連のようではある。

「何を探してるんだ?」

「ダン・ブラックモアのサーヴァントに関する本が欲しい」

「……それなら、これを読むといい。多少なりと、あの義賊に繋がる情報がある」

 手渡された本をパラパラと見てみる。

 大雑把にまとめると、ヨーロッパの民間伝承に登場する様々な英雄、義賊について記録した物らしい。その中に気になる記述を見つけた。

 

『祈りの弓について:

 イチイの樹で作られた短弓。

 イチイはケルトや北欧では聖なる樹木の一種とされ、これを素材とする事で「この森と一体である」という儀式を意味したという。

 また、イチイは冥界に通じる樹とされている』

 

 イチイの木に関係がある、ケルトか北欧の義賊がアーチャーの出自のようだ。

 男子生徒が義賊と呼称した通り、あのサーヴァントの手法は決して堂々としたものではなかった。反社会的、反体制的でありながら市民から支持された英雄らしい手口だ。

「ありがとう。助かった」

「ふん。……まあ、あの老騎士は本気だが全力ではない。上手くやれば勝ち目はある」

 礼を言うと、男子生徒は不機嫌そうな表情のまま意味深な台詞をこぼして、書架に並ぶ多数の書籍とにらめっこを始めてしまった。

 一応別れを告げて図書室を出ると、霊体化したままセイバーが警告してきた。

『奏者よ。あの男と関わるのは避けるがよい』

「どうしたんだ? なにか気になったのか?」

『あ奴の目はよくないぞ。余が好かん要素を全て持ち合わせている人間だとこのアホ毛も告げておる』

「……」

 セイバーが嫌う三要素は倹約・没落・反逆だ。言われてみればあのマスターは彼女と対照的な雰囲気ではあった。

 それに、見た目からしてどことなく胡散臭い。

 監督AIの言峰に通じる嫌な感じもしていたし、ここは素直に忠告を聞き入れておこう。

 この二回戦を勝ち残った場合、もしかしたら彼と敵対することになるかもしれないのだから――

 

 

 

 

 岸波白野にロビンフッドの情報に関わるヒントを与えてから適当に校内を散策する。昼間はマスターの大半がアリーナに潜っているので、多少うろついても差し障りはない。

 静かな昼下がりの校舎というのは何とも奇妙だ。

 普通なら、昼休みは暇をもて余した学生たちがはっちゃけるため、授業の直前まで恐ろしく騒がしいと相場は決まっている。こうも静寂では誰かの罠ではないかと不安になってしまう。

 一階の廊下を中庭目指して進む途中、ようやく調子を取り戻したアサシンが訊ねた。

『あの岸波に肩入れする意味があるのか? 件のブラックモアならばガウェインやランスロットに対抗できるはずだ』

『岸波白野は必ず勝つ。むしろロビンフッドにアリーナで追いかけ回される方が嫌だね』

『その自信の由縁は知らぬが、まあよい。して小僧、向かいからこちらに来ておる赤い小娘はどうするつもりだ?』

『赤い小娘?』

 アサシンに言われて前を見てみると、遠坂凛が俺に向かって歩いてくる。止まる様子がないどころか、こちらを見るなり「あ、いたいた」的な顔をした。

 この状況下で俺に与えられた選択肢は三つだけだ。

 

 1.逃げるんだよォ! スモーキーーーーーッ!!

 

 2. 戦場(キリングフィールド)から脱出(エスケープ)だぜィエーーーーー!!

 

 3.あ~ばよぉ~とっつぁ~ん

 

 選ぶ意味がなかった。

 即座に回れ右をしてダッシュ。脇目もふらずにひたすら走る。

 後ろから「無視すんなやゴルァァァァ!!」みたいな怒鳴り声がしなくもない。

 しかし――

 

 

()には、退けぬ時がある!!」

 

 

『逃げながら言うな、逃げながら』

 アサシンの呆れたと言わんばかりのツッコミに反応する間もなく、中庭へ通じる扉を蹴破り噴水の前に躍り出る。そのまま慌てて花壇の中へ隠れ、ホログラムを呼び出して個室へと転移しようと急ぐ。

 俺の固有スキル『気配遮断〔A+++〕』は万全に機能しており、噴水前で辺りを見渡す凛は的はずれな所を漁っている。

「どこに行ったのよあのマスター!! やっと見つけたと思ったらいきなり逃げるとかどういうつもり!?」

『君子危うきに近寄らずだよ馬鹿野郎』

『その判断もあの形相を見てしまっては否定できんな。いやはや、般若をも越えた修羅と化すなどとは……。当世の魔術師も恐ろしいのう』

『おいやめろ。想像しちゃったじゃないか』

 アサシンのボヤきのせいで、修羅と化した凛を想像してしまい手の震えがとまりません。

 ともかくこの場から逃げないと。見つかったらただじゃすまないのは確かだ。

 手が震えてしまい『個室』の欄が押せないでいると、教会から面倒な奴が出てきた。

「主よ、目を合わせてはなりません」

「……そうだね」

「ちょっとそこ! 聞こえてるわよ?」

 沙条綾香とランスロットが可哀想な目で凛を見ながら凛を避けるように噴水の横を通る。

「ねえ、そっちで黒髪黒目の辛気臭い顔したマスター見かけなかった?」

「いたっけそんな人」

「見覚えがありませ……ん」

 ランスロットと目が合った。

 間は一瞬だったが、それを凛が見逃してくれるはずもない。

 魔術師に対する世間様のイメージを男女平等パンチ(幻 想 殺 し)する勢いで跳躍し、花壇目掛けて飛び込んできた――!?

「逃がさないわよ!!」

「捕まってたまるか!!」

 あかいあくまに捕まりたくない一心から、ヤケクソで転移先を適当に指定してしまった。

 我が身を庇おうと反射的にかざした左腕に凛の右手が触れた感触があった瞬間、ムーンセルによる転移が始まり視界が白く染まる。

 

 

 

 

 転移した先は当初の目的地だった個室だが、招かれざる客のせいで色々とぶち壊しである。

 顔バレしているアサシンが実体化したのだが、凛も凛でランサー(兄貴)を実体化させて対抗してきたので話が拗れてしまう。

「あのカルナに宝具なしで勝った魔術師が無名なんてワケないでしょ?」

「それはハーウェイとお前の情報網があんまりにもスッカスカなだけであって、俺が大それた人間ってわけではないんだよ」

「あり得ないわ。ハーウェイにマークされてない霊子ハッカーは二回戦にいないのよ? なのにアンタは西欧財閥のリストになかった。おかしいに決まってるじゃない」

「何度も言わせるな。俺が無名なのはお前らの目が節穴なだけだ」

「こっちは一人でも仲間を増やしたいから組織間の繋がりが強いの。優秀な魔術師がいればすぐに見つかるし、連絡網で各地に広まるわ。あなたはそれすらも掻い潜ったって言うワケ?」

 ……面倒だ。

 俺の預かり知らぬところで、一回戦はカルナと契約したジナコが勝つと皆が予想していたらしい。凛は勘ではなく、何かしらの計算式に基づいて予想を建てたがために気になっているようだ。

 攻防共に優秀な黄金のランサー相手に、キャスターでどうやって太刀打ちできたのか。その仮説を組み立てる途中で俺がこの世界じゃ無名同然である事実に行き着いたと思われる。

 ハーウェイのスパイかもしれないという可能性が排除されれば、もしかしたら解放されるかもしれない……。

「才能があっても、使わなければ無いのと同じだろう。ここにいるのは、たまたま聖杯に興味が湧いたから、ムーンセルにアクセスしただけだ……」

 賭けに勝てば幸運、負ければまた別の嘘を用意すればいいだけだが、あまり根掘り葉掘り質問されたんじゃボロが出そうだな。そろそろ畳み掛けてしまうか。

 凛は疑いの目で俺を睨んでいる。それなら俺は鬱陶しいと言いたいのに気づいているはずだが、そんなにうっかりが進行しているのか?

 時臣みたいに少しは優雅さを身に付けて、人を信用してみたらどうなんだ。

「ハーウェイにも反西欧財閥にも関わりはない。魔術師としての実力を把握したのも聖杯戦争に参加してから。ついでに、カルナはマスターの魔力枯渇が原因で敗退したんだよ」

「……どうなんだか。まあ? 二回戦はあのフラットらしいし、その結果で判断させてもらうわ。逃げても無駄よ。必要なら拷問だってするんだからね」

「勝手にしろ。精々、ユリウスに背後を取られないよう気を付けておくんだな」

 去り際の凛に忠告をすると、一瞬だけ表情が強張ったが、すぐにいつものすまし顔でどこかへ転移した。

 ランサーも主人に続き、邪魔者が消えたことで殺気を引っ込めたアサシンは玉座に腰かける。俺も安楽椅子に身を委ね、ゆったりとする。

「面倒な輩に目をつけられたな小僧。どうする? 必要ならば我が手ずから始末してやるぞ?」

「まだいい。遠坂凛は誰かとつるむ気質ではないから、まだまだ注目が集まるようなことはないさ」

 どうせ校舎で仕掛けるなら悪魔ランサーを焚き付けてからだ。

 あの馬鹿はどのみち放っておいても運営が処分しようとするだろう。そうなればあの言峰は必ず動き出して、何らかの形で特別な趣向を凝らした余興を披露する。

 しかしなぁ……。セミラミスはアサシンらしい戦い方がかなり苦手だし……。

 山脈積みになった本から一冊手にして別の場所に積み直しながら思考する。せめてあと一人くらいサーヴァントがいればいいのだが、俺の魔力ではこれ以上は負担するのは難しい。

 魂喰い以外でサーヴァントに魔力供給をする方法があればいいんだが、何かないのだろうか。ムーンセルからある程度の知識が得られるアサシンなら知っているかもしれん。聞いてみよう。

「魔力供給の方法が何種類あるか知らないか?」

「ととと唐突にどうしたとたいうのだ!? 藪から棒に妙なことを聞きおって!!」

「もし経路(パス)を絶たれたらどうしようかと心配になったんだ。これは死活問題だろう?」

「むむ……。そ、それはまあ、確かにそう……じゃな。流石の我も庭園の外ではまともに現界できぬ」

 何故か顔を赤らめて身を乗り出したアサシンは、質問の意図を聞いたら落ち着きを取り戻した。ていうか、庭園の中なら魔力供給いらないんだ……。

 敢えてツッコミは口にせずアサシンの話を聴く。

「まずは契約時に結ばれる経路(パス)を通じて魔力を送る方法よな。後はマスターやNPCから搾取する魂喰いや人食い、体液の交換か?」

「体液? ああ、吸血か」

 それは確かstay nightで何人かやってたような。

「血液よりは唾液がよい。さらによいのは精液じゃ」

「…………そ、そうなのか」

 後半から随分と楽しそうに語るアサシン。それは自分の好みだからいいのか、それとも単純に効率がいいのか。それによって俺の反応はガラッと変わる。

 やっぱり油断ならないな、セミラミスは。




 モードレッドとアルトリアの関係に納得がいかずあれこれ調べたら、モルガンさんが未来に生きていると判明しました。
 しかし私はアサ子派です。

 久々に出てきたザビーとネロですが、またしばらくお休みに……。


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第二回戦:対極の男たち

 まさか二日も更新できないなんて……。
 学校が始まったので、連日更新は困難になったかもしれません。


 人生とは不幸と不運の連続だが、俺がブラックモアと花畑でお茶をしているのは不吉というカテゴライズでいいのだろうか。

 『祈りの弓(イー・バウ)』の毒を浄化させるのに令呪を使ったのか、右手に刻まれた三画の紋章は一画が消えていた。なるほど、これなら勝つのは白野の方だな。

 紅茶が注がれたカップを手に目の前の老兵を観察する俺の隣では、ちゃっかりアサシンも実体化して紅茶を楽しんでいる。

 朝方に食堂で出会した女性NPCからお茶の誘いを受け、渋々承諾したのだが……。あれはブラックモアが用意していた物だった。何が「直に渡したら、九分九厘断られていただろうからね」だよ。

 紳士の面の下は悪魔かなにかだろう。老いようとも鴉は鴉、狡猾さに陰りは見受けられない。むしろ老獪になってさえいる。

「一口も飲んでいないようだが、紅茶は苦手かね?」

あの(・ ・)アーチャーのマスターと仲良くティータイム出来るほど、胆の座った性分ではないので」

「なるほど。確かに警戒されても無理はない。だが、私は令呪を用い、彼に学園内での宝具の使用を禁じたことは聞いていると思うのだが?」

「それが茶番だとしたら? 宝具は使うな、しかし毒を使うなとは言ってないわけだからな。こうして自分にとって不都合なマスターを毒殺することはいくらでも出来る」

「用心深いのは良いことだが、度を越せば疑心暗鬼に陥る。覚えておきたまえ」

「案ずるな主よ。あれしきの匹夫が扱う毒程度、我ならば容易く取り除ける」

 ブラックモアの忠告とアサシンの言葉を受け、仕方なく砂糖とミルクたっぷりの紅茶を啜る。優しい温かさと甘みの中にも品のいい香りが漂う。

 一口だけ飲んでカップを置くと、突然にブラックモアの傍らにアーチャーが現れた。ステルス宝具『顔のない王(ノーフェイス・メイキング)』を解除した森の狩人は、苛立った顔で俺を皮肉った。

「お宅、そんなに人を信用しないくせにテメエのサーヴァントは信じられるのかい? ああ、それは演技だったりしちゃうわけ?」

「我が主は我と己のみを信ずる。貴様のような隠れ潜み偽る他に能のない凡俗など、この男が信用するはずがないであろう」

 そこまでは言って ……いや、訂正しなくていいや。だいたい合ってた。

 額に青筋を浮かべたアーチャーの拳は震えている。これ以上挑発したら俺が危険なので、アサシンに止めるよう念話で釘を刺す。

「旦那、なんでまたコイツらなんざを呼んだんで? 嫌みでも聞こうって腹じゃあないッスよね?」

「落ち着けアーチャー。なんなら、君も一服すればどうだ?」

「お気遣いどうも。でもこういうのはちょいと性に合わないんで、遠慮しときます」

 マスターにたしなめられたアーチャーはふて腐れて霊体化した。頑固親父と軟派息子かあんたら。ムーンセルに来てまで昭和の家庭ドラマするなよ。

 冷ややかにその様子を眺めていたアサシンはつまらなさげにカップを置いた。中身は空になっている。

「そなたのサーヴァントは我慢弱いな。これまでもさぞ苦労したであろう」

「お恥ずかしい限りだ。しかし、それも若さと思えば彼が羨ましくもあるのだがね」

「我が主は歳の割りに魂が老けた人間でな。熱やら何やらがまるでないのだ。あの狩人はなかなか人間味があるではないか」

 何故だ。何故にお前がブラックモアと意気投合してるんだ。それはおかしいだろう!! しかも話が弾んでるってどういうことだよ!?

 ……もういい。冷めた紅茶飲んで時間潰してるから……、もう、いい。

 

 

 

 

 お茶会から解放され、セカンダリトリガーの回収をするためアリーナ第二層に潜ると、入り口のそばにフラットとバーサーカーがいた。アイテムを確認しているということは、これから暗号鍵を探すのだろう。

 無視して先を急ごうとしたが、今日は何かにつけて運がない日らしく、すぐに見つかってしまった。

「ひっさしぶりじゃん! どう? トリガー探しは上手く行ってる?」

「……一応は」

「実はさー、俺ってば実験ばっかりしててプライマリトリガー忘れかけてたんだよ。で、バーサーカーに言われて昨日に慌てて取ったわけ」

「…………ふーん」

 忘れていればよかったものを……。

 未だかつてないフランクさで接してくるフラットに心底うんざりしながらアリーナの様子を観察する。通路はヨーロッパ風の住宅街を走っており、遠くにはおどろおどろしい古城がそびえている。

 やけに歩きにくいのは地面が凍っているせいだ。しかも、氷が張っているなんて次元ではない。もう凍土の域に達した分厚く固い氷の層なのだ。

 街はバーサーカーの渡り歩いた土地、城は生まれた場所、氷は終焉の地である北極を表しているのだろう。怪物が見た景色の縮図を歩く内にフラットが静かになるかと期待したが、それは無理なようだ。

 馬鹿は死んでも治らないとは言ったもので、実体化したアサシンも含めた四人の中で喋っているのはバーサーカーのマスターだけだ。

「ここホントスゴいよな~! 聖杯がわざわざ組み合わせごとに固有結界作ってるだけでもビックリだけど、造形まで完璧に現実まんまってのがヤバい!」

「…………そうだな」

「それ言ったらサーヴァント128体の現界だって普通に考えたらあり得ないんだぜ? 御三家の聖杯戦争で使われた大聖杯ってのは七体しか呼べないんだから、ムーンセルがどれだけブッ飛んだ存在か分かるだろ?」

「…………ああ」

 そんなことも知らないと思われているのか、単に喋っていたいだけなのか。フラットはいつまでたってもグダグダとどうでもいいことを話し続けている。

 いい加減に鬱陶しくなってきたが、流石にバーサーカーがすぐ近くにいるのでは手も足も出せない。下手に殴ってフランケンシュタインが反撃でもしようものなら速攻で死ぬ。

 まあ相手がシェイクスピアかアンデルセンかデュマでなけりゃ誰でも死んでそうな気がするけど。

 よくよく考えれば、俺はかなり相性のいいサーヴァントを引いたのではないか? 燃費はいいし、優秀な宝具が二つで正攻法に拘らない。性格は、まあ、英霊なんて変な奴ばかりだから……。

 淡々とした返事を繰り返しながら凍土を歩いていると、表通りの突き当たりが分岐点になっていた。覗いてみたところ、途中に曲がり道のない直線らしい。

「俺は右に行くけど、どうする?」

「どうするもこうするもない。俺は左だ」

 お前と探索しないとならんほどの大罪を犯した覚えはない。 些細な罪ならわんさかあるが。

 フラットは不満ありげだが、有無を言わさず左に進む前にジロリと睨んで、こちらに来るなと釘を刺しておく。

「ちぇー……」

 驚いたろ? コイツ、これで二十歳手前なんだぜ? ……付き合いきれない……。

 

 

 

 

  通路にエネミーはおらず、罠もない。二回戦の二層でこれはかなり怪しい。まさか、あの軽快なトレジャーハンター(考 古 学 者)のテーマと共にお約束の巨大な鉄球が転がってくるんじゃあるまいな。

「のう小僧よ。あの老兵との茶会はどうだった? あの男から学んだことはあったのか?」

「ない。俺は迷っていないし、何も困っていない。殺し合いに変なプライドを持ち込んだ馬鹿から何を学べって言うんだよ」

 お呼ばれした俺より楽しんでいたアサシンに聞かれたが、主人公らしい前向きな回答は出来なかった。俺がネガティブなのも珍しいが、悲しいけどコレ、戦争なのよね。

 挑発的で蠱惑的な目をしながら笑いを堪えるアサシンに困惑しながらも、なんとか目は逸らさずにいる。

「それでよい。そなたは振り返ることなく、躊躇うこともないままに前へ進め。道筋を確かめるのは聖杯に到達してからでよい」

 つくづく思うのは、このサーヴァントが俺に何を期待しているのか、それに尽きる。知恵も大したことはないし、男としての魅力もない。人としての深みもない。取り柄なしのこんなマスターのどこがいいのやら……。

 そろそろ一本道も終わりに差し掛かり、古城の門が見えてきた。トリガーが入ったボックスを確認した瞬間、小心者の俺はおろか神経の図太さならアサシン一のセミラミスも足を止めた。

 

「……なんだコレ」

「花嫁……とでも言うのか? いやいや、いくらなんでもそれはあるまい」

 

 古城の正門前に設置された、組み立て途中らしきドロイドの姿は、あのバーサーカーと酷似したウェディングドレスを着た人形だった。

 腕や顔の一部にはまだ皮膚がなく、金属フレームと赤黒い筋肉の繊維に混じり無機質なケーブルが走っている。未完成の二体目の怪物――ヴィクター(創造主)が作ることを拒んだ彼女の伴侶だ。

  このアリーナがフランケンシュタインの心を表しているならば、この空間はまさに怪物の全てを内包している状態に近い。

 道理で人形の周りが花畑になっているわけだ。

 醜いと否定されながらも、確かに存在した心で望んだ唯一の理解者なのだから美化して当然。当たり前の光景だ。

 それまでの暗く混沌とした雰囲気との違いに納得し、トリガーを回収しようとボックスに手をのばす。

「おー、やっとゴールじゃん。長かったなぁ~」

「ウゥ」

 遅れてきたフラットとバーサーカーは無視してノルマを達成する。トリガーコードを入手したので、正門の脇にある退出ポイントへ足を運ぶと、何故か呼び止められた。

 嫌々ながら振り返ると――

「なあ、俺、アンタの願いってのを聞いてみたいんだけどいいかな?」

「教えない。お前の願いを聞いても教えない。何を渡されても、絶対に教えはしない」

「うわぁ。また意固地なんだから……。そんなんじゃ友達出来ないぜ?」

「そんな関係の人間はいない。前からそうだったし、これからもそうだ」

「あれ? 俺のこと忘れてない?」

 この期に及んで、まだ眼前の人間の性質を理解できていないらしい。あまりにも愚かな天才魔術師の間抜け面に侮蔑の目を向けつつ、俺はリターンクリスタルを掴む。

 クリスタルを起動する直前に、認識の相違を突きつけるため――

 

「俺にとってお前は敵でしかない。だから、敵対以外の関係は必要としていない」

 

 『友達ではない』と断っておく。




 相も変わらず人嫌いの周がいかにしてFate史上最高の天才魔術師を撃破するのか? 
 それはまた次回となります。


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第二回戦:不治の病

 忙しいのにファンスタポータブル2iを買ってしまった結果、睡眠時間が……。
 グラールでもイムカは強いです。


 ふと目覚めたら、1と0の海原に浮かんでいた。

 

 ――どこだここ……

 

 何もない空を見ながらボヤく。

 答えはなく、虚しい空に言葉は吸い込まれる。

 海原を漂っていながら、水の感触が一切無い。

 徐々に身体が沈み、光が遠のいていく。

 様々な情景が泡に混じり浮かんでは消えていく。

 

 ――どういう状況?

 

 ――うふふ、知りたい?

 

 水中のはずなのにクリアな少女の声がする。

 あどけない純粋さのする声は、空間にこだまして出どころが掴めない。

 気だるさと煩わしさに苛まれながらも、声の主を探そうとあちこちを見渡す。

 

 ――ここよ、ここ。私はここにいるわ

 

 ――だからどこに……

 

 鬱陶しく思いつつ視界を動かし、真上を見ると――

 

 

「見つかっちゃった」

 

 

 天使の衣を纏った悪魔が、俺を見下ろしながら笑っていた。

 

 

 

 

 この日は午前中から最悪だった。

 あんな夢を見たからケチがついたのかもしれない。

 朝食を食べに食堂へ行こうと個室を出た途端にフラットとエンカウントして、なんとか図書室に逃げたら今度はイスカンダルが、最終手段の保健室には美沙夜がいた。

「あらあら、こんな時間からお化けが出てるわ。ねえカレンさん、言峰神父を呼んできていただけます? お払いしてもらわないと」

「あんなムーンセルのダニにそこまで上等な真似は出来ません。ここは私が聖骸布で釣り上げてしまうのが最善かと」

「ちょっと待てそこの健康管理AI。お前が危害を加えてどうするんだ馬鹿野郎」

「失礼ですね。誰が野郎ですか。私のどこに男性らしさがあると仰るのです?」

 最悪最低の組み合わせが言葉の弾幕で攻撃してくる。男性マスターに滅法厳しい健康管理AIのカレンは豚を、玲瓏館美沙夜は狗を見る目で俺を見下している。

 確かに俺は戌年だが、牛乳を拭いた雑巾のような臭いのする捨て犬扱いするのは度しがたい。抗議しようと息を整えた直後、背後から何が激突して勢いよく保健室へ吹き飛んだ。

「い、痛ェ……。何が起きたんだ……!?」

「そなたが毛嫌いしておる阿呆がタックルをかましただけじゃ。そら、早う立て」

「グェフッ!?」

 アサシンが馬鹿を放り投げてくれたおかげで重荷がなくなり、痛む身体を動かして立ち上がれた。床に転がった馬鹿の顔に蹴りを放とうと右足を溜めると、いきなり馬鹿が俺の左足を掴んだ。

 顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 身体は大人、頭脳は子供か。

「なんでそんなに俺のこと避けイダダタダダダ!! 腕踏まないで!!」

 あまりにもガッシリと掴まれているので、足蹴にすれば離すのではないかと思い全力でフラットの右腕を踏みにじる。

 悲鳴を無視してさらに体重を上乗せようとしたが、言峰がしゃしゃり出てきても鬱陶しいので自重する。悶絶して力が緩んだ隙に拘束を振り払う。

「……楽しそうだな」

 にこやかな女性三人が喜劇でも見ているような笑顔になっていた。苛立ちを抑えながらアサシンに言うと、本人は無言で霊体化した。

 残るドS女たちは幸せそうに紅茶を楽しみながら談笑している。不愉快な馬鹿と腹立たしいドSに舌打ちしたくなるのを我慢してアリーナへ向かう。

 

 今日は何もかも最悪最低だ。

 

 

 

 

 アリーナの最深部まで来れば流石にフラットも追ってはこなかった。分岐点の前に立ち、アサシンの魔術弾で消し飛ぶエネミーを見送る。

 この辺りは動かせるオブジェが少ないせいで宝具の建築がまったく進んでいない。その事はアサシンも不満らしく、エネミーへの仕打ちはいつにも増して苛烈さを極めている。

 高い魔力パラメーターに物を言わせた火力攻めは嫌いではないが、戦争らしくもある。いくらなんでも畑から魔力が採れるわけではないが。

 大通りにひしめく異形が魔力の砲弾による爆撃で瞬く間に消えていく。スツーカにやられるソ連の戦車はこんな感じなんだろうか。

 ……そうか、ドイツと日本は空に魔王がいるのか。

 考えてみれば、確かにどっちも強いな。

「おい小僧、背後が万全とは言え隙だらけとは良い度胸をしておるではないか。あのバーサーカーに一撃でも当てられようものなら死ぬぞ」

「マスターはエネミーの攻撃が掠っただけで死ぬよ。それに、あの怪物がこの爆撃で生き残れる可能性はないから安心しろ」

 対魔力DではAランクの攻撃魔術を喰らったら一たまりもあるまい。なんせ、十九世紀初頭に記された物語が原点なんだから、神秘としてはギリギリだろうよ。

 固有スキルの『ガルバリズム』も万能でなし、そもそもマスターがジナコとは違った方向で酷い。隙まみれの油断だらけである。

 俺が得意の考え事に逃避している間も、作業が苦手らしいアサシンは先程から頻繁に話しかけてくる。別にそれが嫌なわけではないが、出来れば正面には警戒しておいてほしい。

 まあ少なくとも、セミラミスにファンタシースターポータブル作品は向かない。あれは全ミッションクリア後の武器収集がメインだ。これしきで音を上げては収集王は名乗れない。

 特に、運とスケドが頼りの∞ランクフリミを周回するなんて彼女には到底無理だろう。コクイントウ完全体があれば辛うじて問題ないかもしれないが。

「小僧、そなたの天敵が来よったぞ」

 フラットの気配を感じ取ったアサシンはようやく爆撃を止めた。正面は建物も何もない更地であり、1944年のスターリングラード状態である。

 立ち込める土煙が薄れると、大通りの向こうから現れる人影が二つ。執拗に俺を追いかけ回すフラットとそのサーヴァント、バーサーカーだ。

 青を基調としたコーディネートのフラットは気さくに片腕を挙げて挨拶をしてくる。

「やっと見つけた! 探したよホント」

「俺は会いたくなかった」

「つれないコト言うなよー。寂しいなぁ」

「敵とじゃれる趣味はない」

 目に悪意を満たして睨むが、僅かでも通じている様子はない。バーサーカーは唸りながら俺とアサシンを警戒している。狂化されたサーヴァントより馬鹿となると、もう救いようがない気がするな。

 白けた俺のことなどお構いなしにフラットは近寄ってくる。その躊躇と警戒心のなさ、どうにかしておいた方がいいぞ。

 こちらも遠慮なくアイテムフォルダから刀を取り出し、一気に抜刀して切っ先を突きつける。

「あ、危なっ!?」

「近寄るな。お前ら指一本でもそこから動かしてみろ、首にこの刃を突き刺す」

 この警告は通じたらしく、フラットもバーサーカーも身じろぎひとつしなくなる。これではサーカスの猛獣と同じだ。 人間が相手にするような存在ではない。

 両手を挙げたまま静止したフラットに―不本意ながら―こちらから接触する。

「そんなに俺の願いが気になるなら決闘して勝ってみろ。拳銃型の礼装で相手の腹を撃つなら致命傷にはならないはずだ」

 あれがコードキャスト専用の礼装であることは把握している。エネミー一匹仕留められない火力なら懸念事項はない。

 フラットもチャンスを与えられただけでも満足なのか、キラキラと目を輝かせている。

「お前が勝てば質問に答える。俺が勝てば、決戦日まで何があっても話しかけるない。それでいいな?」

「もちろん! てことはやっぱりガンマンスタイルでやるのか!? 荒野の決闘!?」

「そうだ。分かったら銃を片方貸せ」

 興奮で顔がリンゴのように紅潮したフラットは、俺が刀を鞘に納めるとすぐにリボルバーの方を渡してきた。

 黒く重く、ズシリとくる。 パイソンに近い外見のそれを眺めながら相手と向かい合う。

「絶対に俺が勝つ!」

「馬鹿が図に乗るな」

 自信満々のフラットは勝利を宣言し、俺がそれを否定する。

 同時に経路(パス)を閉じ、サーヴァント両名を霊体化して安全策は万全だ。後は予定通りに動けば俺の計画は上手くいく。

 軽く一礼し、背中合わせになる。

 相手の歩調に合わせて一歩踏み出す。

 そして――

 

 

 

 

 

 素早く手にした抜き身の日本刀をフラットの首に突き刺す。

 

「……ゴハッ!?」

「馬鹿は死んでも治らない……。いや、正確には死んだら治らないか?」

 刀を引き抜き、血で濡れた刃を眺める。

 バーサーカーの反撃が来るより先にリターンクリスタルを起動し、アリーナから退出する。

 まだ二日もあるが、それまでの騒々しさを忘れるにはちょうどいい。オールナイトで図書室に籠るとしよう。読み終えていない本が山ほどある。

 無駄に費やすことは許されない。

 

 

 

 

 図書室の隅で本の山に埋もれる幸せは何物にも代えがたい至福の一時だ。

 フラットのストーキングがしつこいせいで作戦変更を強いられたのは業腹だが、またしてもサーヴァント同士で一戦交えるより先にマスターを撃破できたのは僥倖だった。

 決戦日の一対一による決闘(デュエル)形式に誤魔化されがちだが、これは戦争だ。本来、戦争とは問答無用の殺し合いである。

 より確実に相手を殺すため剣は青銅から鉄へ、銃はマッチロックからオートマチックへ、投石機はミサイルに進化し、策略の在り方は無限に広まった。その中でもとりわけシンプルな『騙し討ち』を警戒しないのは(モンキー)以下のド低脳である。

 貧弱なんて話ではない。

 才能と運しか取り柄がない脳内お花畑のカスと、才能も取り柄もないが容赦なく狡猾な凡人なら勝負は明確だ。

 目障りなゴミが片付いてスッキリした俺の脇に立つアサシンは気配遮断をしたまま、念話を用いて感慨深そうに一人ごちた。

『死者が死んだままである定めは覆せなんだか。まあ、分かってはおったがな』

『…………』

 かつてセミラミスが惚れたアルメニアの美麗王アラの逸話は、彼を手に入れるための戦争で戦死した彼の復活が起きないまま幕を閉じている。

 二度も起きた愛した男の死と、果たされなかった死者の復活を経験したセミラミスには、虚ろなる生者(フランケンシュタイン)がどう見えていたのだろう。

 それは憧憬か、それとも他の何かかもしれない。

 だが、俺は共感さえ出来やしない。

 

 何かに心奪われたことが久しくなかった身に、過去を思い出して感傷に浸るなど逆立ちしても無理な話である。

『どうした小僧。そなたが何も言わぬとは珍しいではないか』

『どう言えばいいのか分からなくてな。いや、割りと本気でこういうのは慣れてない』

『慰め合う友も、忘れたい過去もないのか。そうかそうか。しかし、案ずるでないぞ我が主よ』

 突然に元気を取り戻したアサシンは、見えずとも声音だけで背筋が凍るほど邪で淫らに笑った。

『妾もこれで慰めるのは得意である故、そなたの空虚な魂に火をつけてやろうではないか』

『…………遠慮しておく。取り返しがつかなくなるのは勘弁だ』

 




 これにて二回戦は終了です。
 次回からは三回戦ですが、そろそろサーヴァント同士の戦いが欲しいところでもあります。

 感想でもapocryphaのサーヴァント参戦を望む声が多いですね。あとギリシャ組。
 EXTRAにアタランテさんもいましたし、ギリシャ無双も悪くない気がしている今日この頃……。

 三回戦も楽しみにしていただけたら幸いです。
 感想も評価も、片手で児童の頭を潰すような気軽さでどうぞ。
 お待ちしております。


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第三回戦:暗殺者

 ゴールデンウィークにこれまでの遅れを取り戻さないと……。


 三回戦になり、単純計算で残ったマスターは32人となった。ここまで来るとアバターも個性的で、いかにも学園モノらしくなってきたように思える。

 とりわけ白野に近しい奴らは濃い面子ばかりで、優勝候補のレオ、凛、ラニに黒蠍、挙げ句には幼女枠のありすまでいる始末。

 大変そうで何よりだ。

 まあ、かく言う俺も大して変わりはない。

 どうもサーヴァント共々に悪人面すぎるせいか言峰に目をつけられたらしく、対戦相手の発表が遅れるという連絡の後も話し相手にされている。

「NPCの間では君は二回戦で敗退するという予想が大半だったが、それは外れだったようだな。どこまで生き残れるか見物だ」

「神父のくせにいい趣味してるよ。その性格の悪さじゃあ友達なんていないだろ?」

 薄ら暗い笑みを浮かべる外道麻婆こと言峰は、俺の皮肉にも嫌味ったらしく鼻で笑うだけだった。

 本来ならこんな鬱陶しい男と雑談する必要は微塵もないが、俺の知らない聖杯戦争のルールについて聞き出すために渋々付き合っている。

 少しでも他のマスター連中より有利になるならこれしきの苦痛もこらえて見せる。最近ストレス耐性がついてきたらしく、口内炎がないので、まだ大丈夫だ。

「生憎、この性格は単なるコピーアンドペーストされたプログラムに過ぎない。不愉快なのは承知だが、直しようがないのは如何ともしがたいのだ。残念だったな」

「そうかよ。……ところでアンタ、聖杯戦争のルールに詳しいんだよな? 気になることがあるけどいいか?」

「可能な範囲でのみ答えよう」

「一人のマスターがサーヴァントを二体従えたりすることは出来るのか?」

 この質問を三回戦で、岸波と同じ校舎にいる俺以外のマスターがするならば、それはありすを見たからだろう。

 この神父も『なるほど』と言いたげに頷いている。

「一人のマスターが二体のサーヴァントを従えれば、瞬時に魔力が枯渇して死ぬ。それ故にムーンセルも『全員が不可能』としてルール違反とはしていない」

 誰にも出来ないから禁止する意味がない、か。確かにサーヴァント二体の魔力を一人で負担できる魔術師はまずいないだろうな。

 だが、俺が知る限り七名のマスターは、サーヴァントへの魔力供給による自身の戦闘能力低下を避けるため参加者ではない身内やホムンクルスに魔力を負担させていた。

 これがルールではどうなっているのか確かめねば。

「なら他の人間に魔力を負担させるのはいいのか?」

「相手がNPCならば処罰される。マスターの場合……同意が得られているなら大丈夫のはずだ」

「ハズってお前、そんな曖昧な……」

「前例がないのだから仕方なかろう。それと、苦情は私ではなくムーンセルに言ってくれ」

 監督役としてそれでいいのか心配なほど投げやりな言峰だが、流石に前例がないとなると非難もしづらい。

 確かに、他人のサーヴァントに魔力を供給するメリットはない。よほど怪物じみた魔力量ならまだしも、人の限界を越えていなければ一体が限界でもある。

 だが、こう考えるんだ。

 

 イレギュラーに魔力供給を負担させればいいと考えるんだ。

 

 俺もそろそろ、本格的に動き出すための下準備をしておかないとな。

 この聖杯戦争は何が起こるか分からない。何が起きてもそつなく対応出来るように、早いうちから対処しておくべきだ。

 

 ……言峰の気がすむまでは何も出来ないだろうが。

 

 

 

 

 言峰の愉悦講座から解放され、精神的な疲労で気分が沈んでいた俺はいつもの掲示板に張り出された対戦相手の名を見て愕然とした。

 

『マスター:六導玲霞

 決戦場:三の月想海』

 

 六導玲霞は黒のアサシンことジャック・ザ・リッパーのマスターである娼婦だ。アサシンは自分を召喚した相良豹馬より玲霞に母性を見出だし、召喚直後に彼を殺害した。

 いわゆる『逸般人』で、少し育ちがいいだけの娼婦でしかないハズなのに、卓抜した戦略眼と思考の速さを生かした高度な戦術で両陣営の殲滅を目論む厄介な奴だ。

 魔術師としての素養はなかったはずだが、アサシンのサーヴァントは誰なのか。戦闘に不向きな英霊だといいんだが……。(アサシンは大半が直接戦闘に不向きなもんだがな)

 

「あらあら、今度は随分と若い子だわ」

 

 ねっとりと耳から精神に染み込む、糖蜜のような甘く蠱惑的な声に背筋が凍る。

 目には狂気を秘めているそうだが、俺のような凡人はそういったモノがよく分からない。ただただ、美人だとしか思わなかったのが現状だ。

「……若くて悪かったな」

 あちらのアサシンに警戒しつつ、さらに近づき難くなるよう突っぱねた態度を取る。もしも原作通りのサーヴァントなら、攻略はあまりに難しい。

 魔術師らしからぬ優れた作戦によって動く、伝説の連続殺人鬼(シリアルキラー)の名を冠した亡霊。 最悪、校舎で仕留めるのも考えておかないと……。

 

「ねえ坊や、今時間はある?」

「何でそんなことを聞く」

「お願いしたいことがあるのよ。ダメかしら?」

 リリスがアダムを誘うが如く、玲霞は俺に擦り寄ってくる。あと一歩で身体が密着しそうな距離に接近を許してしまったが、アサシンに助言を請うだけの理性は残っていた。

『大丈夫そうか?』

『魔物だが、理性は人間と同じ程度にある。巣穴に飛び込んで宝を得るか、食われるかであろうな』

『一か八か、ねえ……』

 ジークを殺すために硫酸の霧を浴びるような人間だが、素人のくせに鉄壁のミレニア城塞へ入り込めた人間でもある。

 相手を殺すために校舎で仕掛けるのも辞さない可能性は十二分にある。果たして、断るべきか否か。

 これ以上近寄られても不愉快なので

「……聞くだけだ。その先は、話次第で判断する」

 取りあえずは首を縦に振っておく。

 別に、美人だからだとか、そういう俗っぽい理由では断じてない。

 

 

 

 

 玲霞からの頼みは俺にとって願ってもない内容だったが、彼女のサーヴァントが提示した条件はかなりクリアが難しいものだった。

 それも、彼女たちの真名を知れば納得のいく理由であった。

 十一世紀の中東で誕生したイスラム教の暗殺教団『アサシン派』の頭目、ハサン・サッバーハの一人、『百の貌のハサン』が六導零霞のサーヴァントだ。

 A+の高い敏捷と気配遮断に加え、宝具『妄想幻像(ザバーニーヤ)』による大規模なサーヴァントによる諜報活動を可能とする異質な能力は流石である。

 多数の人格において交渉と軍団指揮に長けた女性人格、アサ子ことシャーミレを納得させるべく白野を探すがてら、エリザを探すが見つからなかった。

 どうやら、NPC曰く、問題児だらけの校舎に送られたためこちらにはいないらしい。いたら使えそうだったが、いないならそれでいいので放置する。

 アリーナの入り口前に足を運んでみると、憔悴しきった白野とセイバーを発見した。この様子から推察すると――

 

 暗号鍵を前にしてアリスの召喚したジャバウォックから逃げてきた。

 

 ――そんな所だろう。

 

「……大変そうだな」

「何用だ。些末な用ならば下がるがよい」

 実体化していきなりな態度のセイバーだが、ここで素直に下がってはこれまで費やした時間が無駄になる。

 露骨な敵意に憶さず食い下がり、さらに話しかける。

「あの幼女に振り回されでもしたのか? 難儀なマスターが対戦相手になったもんだ」

「ああ。鬼ごっこさせられたり、色々と」

「それで疲れたわけではないだろう」

「……二人のありすが、怪物みたいなバーサーカーを召喚したんだ。それもとんでもない強さのを」

 とんでもない強さのバーサーカーとなると、ジャバウォック召喚で間違いない。ここで二人のありす(アリス)について種明かしをしたいが、まだ時期尚早だ。

 ネタバレしたい欲を抑えて、それとなく、ジャバウォック攻略の糸口を手にするための手がかりを口にする。

「二人の幼女と一体の怪物か。なるほど……。しかし、マスターは二人の幼女の片割れ、サーヴァントは怪物なら、もう一人は何なんだ? ……マスターが二人なんて聞いたことがないな」

「双子のマスターだからサーヴァントが共有になったりはしないのか?」

「さあな。それは監督役に聞け。……だが、令呪がどちらにあるか確かめればおのずと分かる。次に会った時にでも頼んでみるといい」

 令呪を見せてと言われたら、白は素直に見せようとするが、黒は本気で止めるに違いない。折角クラスを隠匿したのが暴かれるかもしれないのだから。

 目を向けるべき方向の定まった白野は、人の良さそうな笑顔を浮かべながら感謝の言葉を伝えてきた。

「ありがとう。何か分かったら知らせる」

 爽やかで眩しいその表情から目を背けそうになりながら、俺もなんとか首肯で応える。

 アサシンのため息が聞こえたが、なにも言わないでおかないと。俺がだいたい悪いんだし。

 

 

 

 

 

「そなたもつくづく下衆な男よ。己が夢のために何もかもを欺き手駒とするか」

「生き残るためなら俺は何でもする。戦争にルールはないし、競争は何でもありが基本だろう?」

 マイルームで寛ぐアサシンは今までで一番に輝いた笑顔を振りまきながら、また一本ワインボトルを空けた。

 本から目線を床に転がる酒瓶へ移し、次に玉座でくつろぐアサシンに目を向けた俺は肩をすくめながら冷笑した。

 ありすは子供だ。まともに行動を読めないが、行動するよう誘導することは難しくない。ただただ追い詰めてやれば、すぐに痺れを切らして勝手に自爆する。

 そうなれば全て俺の思惑通りだ。

 少しばかり賭けになるが、保険がまったくないわけではない。

 ようやく戦争らしくなってきたが、ここで目立つわけにもいかないのは確かだ。

 より冷静に、秤の砂をはかるがごとく慎重に進めなければならない。




 三回戦の相手はハイスペック娼婦の六導玲霞さんとアサ子。
 アサ子の名前はオリジナルですので、タグの『オリジナル宝具』を『独自設定』に変更いたしました。
 感想、評価お気軽にどうぞ。
 お待ちしております。


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第三回戦:美女と珍獣

 三回戦が終わったら、それまでの作戦の詳細を解説しようと思います。


 午前中にアリーナでプライマリトリガーとボックスの中身を全て回収し終え、昼過ぎに校舎へ戻ることができた。大した労力もなく、稼ぎもそれほど良くなかったが、図書室に入ってから妙な気配を感じている。

 見られているのは分かるのだが、悪意とかの類いであるかどうか判然としない中途半端なものだ。

『誰か近くにいないか?』

『いいや、それらしい輩は見当たらん。だが油断するでないぞ。あのありす(アリス)とやらがそなたの言う通りなら、尚更にな』

『じゃあ背中は任せる』

 アサシンはありすの実力とアリスの性能がとてつもない脅威に見えるらしく、かなりあの二人を警戒している。そのせいか、俺もあまり緩んでいると怒られるので気を引き締めている。

 しかし、ナーサリーライムは幼く単純なマスターと対になった、いかにもキャスターってキャスターだ。少し目障りなだけで無関係な人間を、戦闘が禁止された校舎で何の用意もなしに襲うわけがない。

 裏を返せば、あちらが仕掛けてきた時はかなりこちらがマズい状況にあるのだが、それもまだまだ先のことでもある。そうなる事態を想定して動いているので、対策は万全なんだけどな。

 食堂で白野と二人の『ALICE』対策を練りながら昼食を摂っているが、ネロがセミラミスを毛嫌いしているのにセミラミスはネロを―玩具として―認めているので空気が悪い。

 パーティサイズのサンドイッチをつまみながら、昨日の続きを話し合う中で、白野はラニの名前を口にした。さすがは主人公、なかなか早いな。

 手を出すのが。俺には逆立ちしても出来ない。輪廻転生でもしないとまず無理だ。

「ラニは怪物を倒すのに必要なヴォーパルの剣を作れるんだけど、材料のマラカイトって石が必要らしい。そんなアイテム、どこにあるんだ?」

「高位の魔術師なら購買のシステムにハッキングして無理矢理に低価格で陳列させる。それが無理なら、他のマスターから分けてもらえ」

「……分けてもらうしかない。宝石を使うらしいし、凛なら持ってるかもしれないな」

「気を付けろよ。対価に何を要求されるか分かったもんじゃない」

 金にうるさいことに定評のある『あかいあくま』が素直にマラカイトを渡すはずがない。いくらなんでも命まで奪いはしないだろうが。

 白野はチラッとネロを見て、気まずそうに目を伏せた。赤い皇帝が黒の女帝を嫌う理由は明白だ。

 

 ネロの母、小アグリッピナにセミラミスが似ているのだ。

 

 謀略に長けた()であるのもさることながら、やはり毒と関わりがあることを―知らず知らずの内にではあるが―直感的に見抜いているのだろう。

 夫を殺めたのも共通点だしな。色っぽいところも似ているが、それは俺の偏った感性による評価なのでまた別の話。

  セミラミスのことはいつか白野もわかるだろう。俺からは何も言わないでおくが、やはりこう露骨に嫌われては近づきにくくて仕方ない。

 不満げに俺とセミラミスを睨むセイバーだが、面と向かって苦言を呈さないあたり、こちらの情報が有用であることは認めていると解釈してよさそうだ。

 

 こちらの仕込みは順調だが、今日はもう一つの仕込みも始めておかないといけない。

 

 

 ……月の聖杯戦争ってこんなのだったっけか?

 

 

 

 

 ライダー・イスカンダルのマスター、伊勢三について詳しく調べるため玲瓏館美沙夜を探していると、図書室で本の山に埋もれている沙条綾香と遭遇した。

 こちらも何かしらの情報を握っているはずだ。

 聞いておいて損はない。が、しかし、問題は理由を求められた際の答えだ。

 『征服王に勝てる気がしないからマスターの弱点が知りたい』なんて言ったら、まず確実にひんしゅくを買ってしまう。

 下手な嘘をついてヘソを曲げられるのも面倒だが、素直すぎてもよろしくない。どうしようかと本を読むフリをしつつ考えていると――

 

「そこの魔術師よ。そなた、伊勢三某について何か知らぬか?」

 

 アサシンが勝手に接触していた。

 

「……な、おま……」

「伊勢三って、あの騒がしいライダーのマスター?」

「他におるわけがなかろう」

 綾香の困惑ぎみな視線がセミラミスと俺へ交互に向けられる。

 マスターである俺の動揺もなんのその、人の事情も知らないでアサシンは綾香の正面に位置する椅子を引き、こちらにちょいちょいと手招きをしてくる。

 暗に「座れ」と言われてしまい、引けに引けない状態に陥った俺は渋々ながら、対面式になるのも我慢して綾香の向かい側に腰かけた。

 セミロングの髪に地味な眼鏡と高校の制服は変わりない。が、目の下にはおよそ高校生らしからぬ濃い隈が浮かび、明らかに無茶をしているのが手に取るように分かる。

「私は彼とちゃんと会話したことがないけど、西欧財団が支援してる研究機関の所属って聞いた気が……するようなしないような……」

「曖昧だな」

「仕方ないでしょ? 彼のサーヴァント、アレでスキがなくって、探りを入れようとしたら話の腰を折ってくるんだもの」

 ……そう言えば、イスカンダルって馬鹿そうに見えて頭が切れるんだったな。直に攻めるよりは、ジワジワと外堀を埋める戦術が適しているか?

 少なくとも早めに対策を講じておかなければ。

 思索をやめて、適当に相槌を打ちながら改めて綾香の話に耳を傾ける。

 しかし、その続きはなく、ひたすらに重苦しいだけの沈黙が横たわるだけだった。

「……話せることもうないんだけど……」

 何だ。ネタ切れか。

 それならそうと早く言え。時間が惜しい。

 肩透かしではあったが、綾香に情報の礼を言って図書室を出、玲瓏館の捜索を再開した。これなら始めから聞かなければよかったと後悔しているが、後の祭りである。

 やはり俺は賭けが大嫌いだ。いつも負ける。

 

 

 

 

 校舎をくまなく走り回った結果、玲瓏館は何とか見つけた。謎多き魔術師の伊勢三について詳しく調べてもらえることにもなったが、竜娘(ドラコ)バーサーカーのエリザに関する情報を提供させられてしまった。

  出来ることならあのアイドルは頭が足りない分だけ火力に優れているので、四回戦以降は駒の一つにしたい。こんなところでアキレス腱を作りたくなかったが、背に腹は変えられぬ。

 最悪の場合は同じ校舎のマスターを毒で皆殺しにするしかない。それだって下準備は欠かせないので面倒くさいってのに……。

 店が気に入らなかった某自営業の食いしん坊並みに悶々としながら廊下を歩く。

 廊下を歩くという行為は学園ラブコメでは意外に重要なファクターであり、物語の挿入から他愛ない日常風景、薄ら暗い謀略まで多種多様かつ万能なシーンで使える。

 長く直線的な一本道に対して垂直に交わる階段や曲がり角が多い建物も少ないので、バトルシーンにも使えるだろう。大まかなイメージくらいは簡単に出来るので、状況説明も楽だ。 

 

 例えば、ガトーと玲霞が並んで談笑しながら歩いている光景とか。

 

『美女と野獣、むしろ珍獣か』

『否定はしないでおく』

 シュールな光景に笑いをこらえているセミラミスは今にも吹き出しそうに声を震わせている。

 屈強な筋肉の鎧に覆われた身体は傷まみれ、数珠やら何やらの宗教的なグッズをしこたま装着したごった煮(ミラクル)宗教家の大声が廊下の窓を激しく揺する。

 他人のフリをして逃げ切ろうとしたが、俺の期待は裏切られるのが常らしい。

 頼みもしないのに、玲霞はガトーに俺のことを紹介し始めていた。

「ガトーさん、こちらが私の対戦相手の南方周くんですわ」

「おお! そなたがヴィーナスの前に立ちふさがるスライムであるか! 中々に悪な顔つきであることよ」

「スライムかよ……。せめてゾンビにしろよ」

「ゾンビィーがよいかそうか! しかしながら小僧、そなたの顔はゴーストそのもの也!!」

 どこまでも喧しい筋肉だ。

 うなじのあたりをザシュッと削いでしまっても構わんのだろう?

 ハイテンションの暴風にさらされて疲弊しきった俺を見かねて助け船を出したのは玲霞だった。心なし笑っている気もするが、それは錯覚であって欲しい。

「落ち着いた雰囲気の人は好きよ? 一緒にいて疲れないし」

「ここまで暗いのも考えものよ。もうちいとばかし明るくても良いのだぞ?」

「電球みたいに簡単には変わらないんだよ。照明スイッチもやる気スイッチもないんだよ」

「奇跡と神のご加護はあるがな!!」

「お前の中ではそうなんだろうさ」

 いつの間にか実体化して会話に加わっているセミラミスに続き、ガトーまで乱入してしっちゃかめっちゃかである。もう訳がわからない状態に困惑しているが、玲霞のおっとりした笑顔は崩れない。

 話が脱線しかかったのを見計らってハサンが修正を入れなければ間違いなく暴走していた。

 姿が見えないあたり、気配遮断で隠れているだけのようだ。

「主よ、取引の件はよろしいので?」

「ああ、つい忘れてたわ。もう楽しくて楽しくて」

 茶目っ気たっぷりの玲霞に嘆息の一つもしないところに、ハサンの生真面目さが垣間見える。暗殺者の性なのか、身のこなしにもスキがなかったように思えてならない。

 手をパンと叩いた玲霞は、のほほんとしたまま真面目な話に流れをねじ曲げた。

「誰か目星はつけたの? まだなら急いでね」

「……それならとっくに下準備を始めてる。何なら紹介しようか?」

「いいわ。あなたが忙しそうにしているのはアサシンから聞いているし」

 俺、見張られてる……?

 玲霞の言い方ならそうなるよな? 気配遮断A+のサーヴァントともなればまず見つからないが、これほどに隠密性が優れているとは思わなかった。

 なるほど、これはいいデモンストレーションだ。

 マスターが魔術師として戦えないならサーヴァントに、サーヴァントが直接攻撃に向かないならば直接攻撃で倒せるまで弱らせる。それにサーヴァントを使えば解決だ。

 この戦術にハサン・サッバーハは最適だ。

 是が非でも戦力に加えたいものである。




 Apocrypha書籍化の流れに乗って外典組をたくさん出したいものの、自爆宝具や超性能のせいで攻略が難しい……。
 出したいですよ。モードレッドとかジークフリード(ジークではない)とかギリシアトリオとか。
 どいつもこいつも強すぎィ!!
 シェイクスピア、テメーは呼んでないからな?

 いつもの如く感想&評価、筋肉(マッスル)を煽っちゃうレベルでお気軽にどうぞ。お待ちしております。


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第三回戦:反英雄

 三回戦のストーリーが無駄に面倒なせいで時間がかかる……。なんでこんな弱い主人公にしたのか……。

 ロマン以外のなにものでも無いですね、ハイ。


 セミラミス曰く「俺は娯楽を知らない」人間であるらしく、この機会に娯楽のなんたるかを正しく認識すべきなのだそうだ。

 言われてみればそうだが、特別に問題があるのかと問うと、慣れない玉座に座った俺の耳元で囁いた。

「快楽を貪るだけというのも味気なかろう? 肉欲だけが愉しみではこの世はつまらぬ。心で愉しむことが最善の娯楽じゃ」

 セミラミスの白く滑らかな指が俺の肩を撫でる。

 鼓膜をくすぐる甘い声が醸す濃密な色香に酔いそうになりつつ、言葉の意味を頭の中で整理する。

 俺はこれといって趣味がない。読書はあくまで情報収集と暇潰しで、特別に思い入れがあるわけではないのは確かだ。

 そして、セミラミスは俺に「楽しませろ」と言った。マスターとサーヴァントが対等である月の聖杯戦争ならではだが、不当な要求ではない。むしろ戦闘代行の報酬があってしかるべきである。

 俺は自分の楽しみがないことに悩みはなかったが、所謂『愉悦探し』に興じることで得られるものがあるならやってみたい。セミラミスが楽しんでくれるなら尚更だ。

 半分蕩けた意識で、夢見心地に頷くと真っ黒な笑みが反ってきた。見ているだけで引きずり込まれそうな、淵を思わせる底無しのそれが彼女の本質なのか。

 今更ながら恐ろしいサーヴァントをあてがわれたものだが、ムーンセルは俺と相性がいいと判断したらしい。

 朝方から酒瓶を何本も空けた女帝陛下は、ほんのり葡萄の甘酸っぱい香りが混ざった吐息を交えて語る。

「そなたのような無情なる男が何を以て快悦となすのか、我も興味がある。三回戦は既に決しておるのだし、たまには寄り道してみるのもよかろう」

「具体的には何をすればいい? 他のマスターについて語ろうか?」

「まあ、それが無難よな。マスターは我が品定めしてやる故、しばし待て。四回戦までには何人か見繕っておこう」

「あんまり期待はしてくれるなよ? しょぼかったからって苦情は受け付けないからな」

 俺がそこまで面白味のある人間のハズがない。

 どうせ愉悦探しをしても、俺にとっての愉悦は実にありふれた、取るに足らない些細な物だろう。少なくともセミラミスのお眼鏡に敵うような代物じゃあないのは確実だ。

 だが何故か彼女は微笑むだけで何も答えない。

 無言で空の左手を右ほほに添え、伝説に語られる魔性の女として振る舞う自分のサーヴァントに魅了されつつあるのは、いくら俺でも自覚している。

 相変わらず他人からの悪意と違う感情に弱すぎやしないかと不安になるが、こればっかりはどうにもならない気がする。

 

 

 

 

 六導玲霞の願い『子供たちの救済』を知った上でムーンセルが選んだサーヴァントが、何故にアタランテではなく百の貌のハサンだったのか。

 武人肌ではないにしても、英霊としての矜持は曲げない女狩人では方針や戦い方などで反りが合わない可能性は高い。単純に玲霞の実力ではアタランテが全力を出せるだけの魔力を供給でないから、より近い性格のハサンになったとも考えられる。

 何にせよ、マスター変更に異を唱えたとしてもそれほど強く反発しないのでありがたい。

 アリスの秘密は既に白野へ追加でバラした。

 ジャバウォックはヴォーパルの剣で打ち倒され、アリスがサーヴァントである可能性をちらつかせてある。まあ、固有結界『名無しの森』を発動されるまでは答えにたどり着けないだろう。

 俺はと言うと、遠坂凛とラニ=Ⅷとレオは放置、ユリウスはどうしようもない。ガトーとランルーくんは四回戦で処理するとして、伊勢三と綾香をどうするか。

 イスカンダルとランスロットは実に厄介である。

 教会の礼拝堂で椅子に座りながら美紗夜を待つ間に、物理攻撃にも魔術攻撃にも耐性のある両名の攻略法を考える。

 規格外(EXランク)の対軍宝具王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)とステータス強化宝具無毀なる湖光(アロンダイト)が何より怖い。

 戦闘能力に直結する攻撃用宝具はセミラミスにとって鬼門だ。空中庭園があればマシになるとは言え、固有結界内に万単位の独立召喚された英霊はどうにもできん。一騎討ちに持ち込まれれば空中庭園でも自信がない。

 この際、ペナルティ覚悟で闇討ちするのも考えておくべきかもしれないな……。

 最悪のケースを覚悟した俺の背後で、教会の分厚い扉が開かれる重い音がした。振り返ると、いつもの私服姿をした玲瓏館美紗夜がいた。

「あなたでも神に懺悔したりするのね。意外すぎて笑えてくるわ」

「そっちと違って謙虚だからな。反省くらいはする」

「神に懺悔するよりも先に、私に懺悔するべきではなくって?」

「寝言は寝て言えよ。もしかして睡眠不足か?」

 振り向きながら嫌みの応酬をするが、その程度はもはや挨拶と変わりない。互いに利用し合う、しかし気は許さない関係である。

 俺と通路を挟んで反対側に座った美紗夜の傍らには、薄暗い礼拝堂の風景に溶け込んだ黒い貴族装束に身を包んだヴラドが控えている。長い金髪と真っ白な肌だけが不自然に浮き上がって気味が悪い。

 セミラミスも一拍置いて実体化し、祭壇で鬱陶しそうにこちらを睨んでいる蒼崎橙子と興味深そうに観察している蒼崎青子を一瞥した。

 どうせ、勝手に来た身だから正規のマスターに手出し出来ないのを見抜いて、二人を馬鹿にしているのだろう。自分もアリーナと決戦場でなければ戦えないくせに。

「伊勢三については大した情報はなくてよ。あの子、他のマスターに比べてもあからさまにセキュリティが厳重だったわ」

「つまり、噂通りなら西欧財団の庇護下にあるわけだ。だとしたら、ユリウスが襲う可能性はないな」

「まあそうでしょうね。彼らの技術力なら、この程度のハッキングは造作もないでしょうし」

 ふむ。イスカンダルはサーヴァントの中では良くて中堅レベルに留まる。それなりの才覚さえあれば契約は可能だ。

 そんなサーヴァントのマスターに、美紗夜クラスの魔術師によるハッキングを防ぐプロテクトなど逆立ちしても用意できまい。となると、何かしらの支援があり、綾香の言っていた話は真実味を帯びてきた。

 つくづく自分の運のなさに辟易してうなだれる。

 なんで俺はこんなに人間関係で恵まれていないんだろうと自問してみたが、自答はできなかった。

 

 

 

 

 なんとなしに食堂へ足を運んでみると、何故か壁に麻婆豆腐を描いたポスターが大量に貼られていた。文字を読んでみると『言峰神父完全監修! あの麻婆豆腐が復活!!』と熱いフォントで書いてある。

『ムーンセルめ……職務放棄しおって……』

 苦々しいセミラミスの台詞に俺も同意だ。

 こんな兵器をなぜ購買で販売しているのか理解に苦しむ。

 マグマそのものの燃えるような赤い麻婆に白い豆腐が浮かんだMP回復アイテムだが、どう考えても肉体にはダメージだ。人間性の代わりに健康を捧げよとでも言うのか。

 俺は認めないぞ。食べたらスイカめいて爆発四散、この世からサヨナラだろうが。胃がツキジめいたマッポーな光景になるわ。

 物騒でしかないポスターから離れてパンや惣菜の並んだガラスのショーウィンドウを覗き込む。

 本格的なメロンパンやクロワッサン、生菓子に焼き菓子を眺める。不要な礼装を売却して資金に変え、何か買おうと品定めする。

 ああだこうだ考える間に軽くつまみたいのだが、グッとくるものがないので中々決まらない。羊羹などの甘いものにするか、 せんべいのようなショッパイ系か……迷う。

『何か食べたいものあるか?』

『そなたの好きにせよ。我は何でもよい』

 それが一番困るんだよ。

 迷ってるから聞いたのに、こっちに任されてもなあ……。そもそもセミラミスの好物なんて酒くらいしか知らない。ウ、ウィスキーボンボンにすればいいのか? あれ苦手だし高いから嫌だぜ?

 もう大人しく個室に帰ろうかと思い始めた頃になって、ため息をつくと、背後に人の気配がした。存在感の薄い、日陰に延びる影のようなそれは六導玲霞のサーヴァント、ハサン・サッバーハのものだった。

 白い骸骨の仮面と、明るい食堂の風景から浮き上がる闇色の身体。躍り子風の衣装と紺色のポニーテールはシャーミレだ。

 敵意の類いは感じられず、ただただ真面目そうに背筋をピンと伸ばして佇んでいるだけでかる。

「暗殺者が買い物とはムーンセルならではよな。それとも仕事か?」

「主の食事を調達しに。他意はありませぬ」

 シャーミレを視認するや否や実体化したセミラミスに噛みつかれても、シャーミレは淡々とした物腰を崩すことはない。実にアサシンってアサシンだ。

 そもそもアサシンの本家であるハサンと、気配遮断持ちのキャスターのセミラミスを比べるのも酷な話ではあるが、一応セミラミスのクラスがもアサシンとなっているのだから致し方ない。

 俺も品定めを一時中断し、ハサンに向き直る。

「そっちのマスターは元気か? 疲れててもそれほど変わりは無さそうな人だけどな」

「我らがマスターは息災です。そちらもご無理はなさらぬように」

 そのご無理(・ ・ ・)って言葉は俺なりの愛想笑いのことを指しているのだろうか。そうだとしたら落ち込まずにはいられない。それとも顔色のことか?

 しかしシャーミレは俺の疑問に対する解答をせずショーウィンドウの前に立ち、手頃な値段の惣菜を幾つか注文していく。

 さっくりしたシャーミレの対応に、セミラミスは不快感を抱いているようだった。女帝としては、無視されているのも同然なのだろう。

『いけ好かんサーヴァントよ。これのどこが英霊だと言うのだ』

『山の翁の一人として畏怖されてたのが信仰に変化したんだろ。ほれ、ナーサリーライムも子供たちの英雄としてサーヴァントになってただろ?』

『それしきのことなら理解しておるわ戯け。独り言に反応するでない』

 そっぽを向いて拗ねた様子のセミラミスに苦笑いしつつ、三回戦における最大の疑問を解消するため、シャーミレに話しかける。

「六導玲霞と俺の取り引きにお前は賛成してるのか? 無理に答えなくても別にいいけども」

 闇色の暗殺者は敵からの問いにも至って無感情な声音で答えた。それが主人の決定と割り切って感情を圧し殺しているためなのか、納得した上で受け入れているためなのかは分からない。知ったところでどうしたと言う話でもあるんだが。

「主の望みを聖杯に届けることが使命ならば、手段を選ぶ必要はありませぬ。少なくとも、同じアサシンのサーヴァントでここまで生き残った貴方ならば勝ち残る勝算はある、そう我が主はお考えです」

 それまでのサーヴァントには見られなかった、マスターに対する純粋な忠誠心と滅私奉公の在り方は俺ですら感心せざるを得なかった。

 それまで、ハサン・サッバーハはただの狂信者と侮っていた。だが、この忠義は正しく英雄だ。

 正真正銘の暗殺者でありながら、まずサーヴァントとしての義務を最優先にする心意気は認めなければならない。

 

 聖杯戦争に参加して初めて心打たれたのが他人のサーヴァントなのは、言ったら敗けだ。




 三回戦は早ければ次回にも決着です。
 一回戦は、仮にCCCを書いてもジナコの出番を削るため、二回戦はオリジナル礼装ゲット、三回戦は(禁則事項)のためなので、決戦なんてありません。
 つーかネタバレすると(禁則事項)なんですけどね。

 これを知り合いに話したら「主人公がクズ&クズ&クズすぎて胸くそ悪いわ」と言われました。
 クズじゃないキャラは動かしにくいんですよ私。

 感想、評価も『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を開幕ブッパするような気軽さでどうぞ。
 黒い霧をまといながら全力でお待ちしております。


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第三回戦:詭計知将

 この小説に日輪の申し子もタクテイシャン・サンデーもワクワク日輪ランドも厳島産オクラも関係ありません。ご注意ください。




 あといつもより長いです。


 三回戦四日目も残り約十二時間、アリーナ第二層に生成されたセカンダリトリガーとその他の礼装を一通り回収し終え、校舎に戻ってからは図書室に籠っていた。

 セミラミスは愉悦探しで必要な七人のマスターを決めるため校内を探索中であるため、珍しく一人で読書が出来ると少し嬉しくあった。

 不安がそれを上回っていたのだが、この白昼に凶行に走るマスターないしサーヴァントがいないことを祈るばかりだ。

 ともかく、昼下がりの図書室でケルト神話に関する書物を片っ端から確保して回っていると、不意に制服の裾を引かれた。作業を邪魔されて苛立ちながら下を向く。

 邪魔者の姿を視認した最初の感想は『やっとか』だった。予想ならもっと早くなると思っていたが、意外に遅かった。

 視界では白と黒、対称的な色をした一人の少女と一体のサーヴァントが俺を見上げていさる。球体間接の人形がロリータを着たファンタジックな容姿だが、同じ顔に見られているのはホラーだ。

 肉体を失ったありすと、形を持たないアリスのそれぞれがズボンを掴んでいるため逃げようにも逃げられない。いちいち不愉快なコンビである。

「お兄ちゃんもあたし(ありす)と遊びたいの?」

「いつもハクノお兄ちゃんとお話ししてるもの」

 小首を傾げる二人の童女に、俺はいつものテンションで答える。愛想笑いの一つもせずに、白けた顔で。

「まったく興味がない。他に用がないなら手を離せ」

 拒絶されたと捉えたのか、ありすたちはしょぼんぼりとした顔で俯いた。

 その動作も寸分違わず同じタイミングで、事情を知らない人間が見ればまず双子に思うだろう。

 シュンとした二人だが、よくよく観察すればアリスの方は苦々しくあるが、決意を固めた目をしている。やはり器こそ幼くても中身は英霊。そこまで子供ではないらしい。

「そう……。ごめんねお兄ちゃん」

「行きましょうあたし(ありす)。怒らせて、頭をバリバリ噛み砕かれる前に」

「そうねあたし(アリス)。牙はとってもとっても怖いもの」

 人を化け物みたいに言い放ったナーサリーライムに促され、ありすはどこかへとワープした。予備動作なしで――つまりは自力での転移魔術をやってのけたのだ。物質的な脳を失った特権を見せつけられた俺は、ようやく三回戦の幕引きが見えた気がしていた。

 あれこれと下準備をしてきた三日間の集大成だ。

 ここからが正念場だ。気を引き締めて行かねばならない。……俺に出来ることなんて、気を引き締めるくらいしかないんだし。

 

 

 

 

 夕暮れ時の食堂でのんきに楽しむ紅茶は美味い。

 セミラミスの使い魔に伝言を預け、美沙夜と白野をこの場に集める準備は完了。後は二人が来るまでのんびりしていればそれでいい。

 人払いの魔術によって静まり返った食堂の片隅で、セミラミスはいつもの寒気がする笑みを浮かべながら気配遮断を発動したまま佇んでいる。あの顔はマスターの俺ですら背筋に妙な震えが来る。

 指定した時間の五分前に、唯一の出入り口である階段から白野とセイバーが降りてきた。どこか上の空なマスターと小柄な金髪碧眼のサーヴァントは俺を見て、それぞれ対称的な反応をした。

 白野は軽く右手を挙げ、ネロは目をそらし憤然とした面持ちになる。

『迂闊な奴らよ。大鉈を構えた悪鬼の前にその身を差し出すとは』

『誰が悪鬼だ』

 白野に座るよう促して、AIの店員にお茶を用意させていると、時間きっかりに美沙夜が現れた。黒衣の串刺し公(ランサー)も実体化している。どちらも近寄りがたい威圧感を隠そうともしない。

 美沙夜がこちらから何か言うより早く椅子に腰かけたことで全員が揃い、ようやく本題に入ることが出来る。

 適当に互いを紹介して、手早く話を始める。二人が俺の左手をチラチラ見てくるが、特に気にすることではない。

「白野の対戦相手についてアンタの意見が聞きたい。先に説明はしておいたんだ、いくらなんでも感想くらいはあるだろ?」

「当然でしょう。……まず、二人のマスターが一人のサーヴァントを従えることは不可能よ。正確に言えば、二人以上のマスターと契約できるサーヴァントはいない、としておくべきかしら」

 経路(パス)と令呪の分割はまた別よ――美沙夜はそう付け加えた。野暮ったい制服を着た白野は大真面目に聞き入っている。

 質問があるような様子は見受けられず、美沙夜は話を続行した。

「それと、バーサーカー級の怪物をしたそうね。他に何か情報は?」

「固有結界を展開していた。名前は『名無しの森』だった」

「名前なんてどうでもよくってよ。強力な使い魔を召喚・使役し、クラスはバーサーカーでなく、固有結界を展開できる……。そんなサーヴァントは一つだけ」

『キャスター以外にはまずおるまいて』

『!?』

 突如割って入った謎の声に食堂の空気が凍りつく。瞬く間に身構えたネロとヴラド、そしてマスター両名の慌てぶりを楽しみながら俺はいたって冷静にセミラミスをたしなめる。

「会話に加わるのはいいが、せめてステルス魔術は解け。いちいち進行を止められてたら終わりが見えないだろう」

「以後は気を付けるとしよう。しかし小僧よ、お楽しみの途中だがここで残念な知らせだ」

 苦笑いして気配遮断を解いたセミラミスは、出入り口の階段を指差しながら人払いの魔術も解除した。俺の予想通り、完璧なタイミングでありす(・ ・ ・ )アリス(・ ・ ・)が転移してきたのだ。

 白は大層悲しそうに、黒は心底不機嫌そうにこちらへ目線を向けている。しかし、小学生前後の子供に睨まれて怯むマスターはいなかった。

「もうこれ以上、あなたを見逃すわけにはいかないわ。……ありすの夢を、こんなところで終わらせないためにも――!!」

 見た目と、キャスターという最弱クラスへの僅かな油断が隙を生み、ナーサリーライムが強制転移コードを発動しても、速やかな対応はできなかった。

 セミラミスには抵抗しないよう予め伝えていたので問題なく作戦は進んでいく。

 強いて問題を挙げるなら、この激しい乗り物酔いのような吐き気と不快感だけだ。

 酔い止め薬を飲んでおくべきだったと後悔しながら、身体は重力から解き放たれ、妙な渦潮空間に引き込まれていく。

 

 

 

 

 

 足の裏が地面に触れ、気味の悪い浮遊感から解放された場所は見覚えのあるアリーナらしき場所だった。

 空中には巨大な氷塊が浮かび、遠くには真っ白な氷で築かれた西洋風の城が見える。

 地面は円形の広場に正方形になった氷のタイルが敷かれており、どこもかしこも寒々しい限りである。夏場なら小粋な計らいと歓迎するが、季節のないムーンセルでそれをされてもいい迷惑だ。

 俺はセミラミスの手を借りて覚束ない足をなんとか踏ん張り立ち上がる。困惑ぎみの白野と毅然とした面持ちの美沙夜は先に立っていたらしい。

「遊びはおしまいよあたし(ありす)。嫌われ者のハツカネズミは退治しちゃいましょ」

「悪いことしたイケナイ子は、ジャバウォックにお仕置きされちゃえばいいんだ」

「はん。亡霊と英雄もどきが何を偉そうに。弱点だらけの化け物しか喚べず、子供だましの固有結界を張るしか脳のないド低脳なんぞ怖くもない」

 折角の機会なので全力で二人の童女を煽ってみると、ナーサリーライムはいとも簡単に殺意を増大させ、俺を睨んだ。

 お返しにあらん限りの嘲笑を送ってからセミラミスと念話で作戦を改めて確認しておく。

「主よ、貴様の友人が殺されんとしているがどうするつもりであるか?」

「友人じゃないわ。この私に迷惑をかけた罰を与えないといけないわね。罪には罰を――貴方もそういう主義でしょう?」

「余の奏者を巻き込んだ代償を払わせてやろう。いくら幼子であろうと余は手加減せぬぞ!」

 ヴラド、美沙夜、ネロは随分とやる気だ。よほどプライドを傷つけられたのだろうか。俺の知ったことじゃないが、それで壁が増えるならどうでもいい。

 ポリゴンが集まり赤黒い肌をした禿頭有翼の怪物が姿を確かにし始めると、ヴラドは黒い鉄杭を、ネロは赤い大剣を構えジャバウォックに先手を叩き込もうとする。二人のやや後ろでは既にセミラミスが攻撃魔術の詠唱を始めていた。

「さあ――来るがいい野蛮な獣よ。我が杭にて終わりをくれてやろうではないか」

「ジャバウォック、そなたとの戦いはもう飽いた。この茶番は早々に幕引きとしよう」 

 読み込みが完了した怪物は産声にしては力強すぎる咆哮を上げて、丸太より遥かに逞しい豪腕を降り下ろした。予備動作から軌道が読めるらしく、サーヴァントたちは各々のマスターを庇いながら軽やかに回避する。

 思うに、ヴォーパルの剣で傷つけられたことでジャバウォックは既に無力なのではないだろうか。この怪物を殺しうる唯一の兵器は、ジャバウォックの肉体ではなく概念を脆くしたと考えれば納得がいく。

 緩慢な動作で噛みつきや体当たりを繰り出す怪物だが、余裕でかわされた挙げ句に腕へ杭を突き立てられ、脚を剣で斬られたことにより致命傷を負ってしまった。

 それでも、この巨人は止まらない。

 不自由な右足を引きずり、動かない左腕をだらりと垂らしてもなお攻撃を続ける。ネロとヴラドがセミラミスから怪物の注意を逸らしていられるのはそう長くない。そろそろ、ジャバウォックは相討ち覚悟で突撃してくるだろう。

 いい加減にジャバウォックの身体も限界かと予想した瞬間、巨人の背中に生えた一対の羽が蠢いた。巨体が飛び上がり、自壊してゆく巨躯が瞬時にセイバーとランサーを吹き飛ばす。

 だが――

 

「ランサー、宝具の開帳を」

 

 高台から戦場を見下ろす美沙夜の言葉にヴラドは冷酷無比な笑みを浮かべて腕を大きく開いた。

 粛清と断罪の王による裁きの時が来た。

「さあ、理性なき愚物よ! 懲罰の時だ! 慈悲と憤怒は灼熱の杭となって、貴様を刺し貫く! そしてこの杭の群れに限度は無く、真実無限であると絶望し――己の血で喉を潤すが良い! 『極刑王(カズィクル・ベイ)』!」

 弾丸の如く速度でもって俺に迫るジャバウォックの肉体は、ヴラドの詠唱を合図に地面から突き出た無数の幾何学的な杭によって串刺しにされ、中空で静止した。

 神を恐れぬ侵略者を、忠義を忘れた悪臣を、道徳を弁えぬ民を一切の差別も区別もなく貫き尽くした、秩序の象徴にして恐怖の具現が不義を穿つ。

 東欧に君臨したヨーロッパの守護者による裁きの槍はジャバウォックの綻び始めた肉体を完全に固定し、もはや止めも必要ないと思えるほどに損傷させている。もはや怪物は勝手に消えるとばかり思われたが、やはり怪物はどこまでいっても怪物だった。

 ジャバウォックの口には強大な魔力が収束されており、既に臨界寸前だった。セイバーでは遠すぎて間に合わず、ランサーは宝具発動の反動で素早く動けそうにない。

 誰もが打つ手なしと悟っただろう。白野も美沙夜も、そしてありすも。だが、俺は違った。

『アサシン、撃て』

『相分かったぞ主よ』

 パチンと右手の指を弾き、セミラミスに合図を送る。すると、チャージを終えた高出力の魔力が俺の視界で空間に魔法陣を描く。ジャバウォック二体分はありそうな半径の円陣にたちまち黒い魔力が満ち、爆発した。

 

 

 

「速やかに我が眼前より失せよ化け物」

 

 

 

 限界まで緊迫しきった空気の中、一人優雅に笑うセミラミス。彼女が練り上げた高密度の魔力による擬似レーザービームの目映い光は、女帝が放ったその一言と共に、串刺しにされたジャバウォックを呑み込む。

 膨大な魔力の移動によって空間が激しく震動し、地響きがアリーナを揺する。あまりに俺も含めたマスターたちは強烈な閃光に思わず腕で目を庇い、鼓膜から震動音が去ってしばらくしてから恐る恐る瞼を開くと、城の一部と杭のあった辺りが完全に失われていた。

「どうする童よ。もはやお友だちとやらは何の助けにもならんぞ」

「抗うならば主従諸とも杭で穿つ。ひれ伏すならば従者か主人か選ばせようぞ小娘」

 次にジャバウォックを召喚したところで役に立たないとナーサリーライムも理解しているのか、今度は自らが広場に降り立った。

 白い少女の鏡写し。マスターの心に応じて全てが異なる子供たちの英雄が、その小さな小さな唇を動かして参加者の自我を惑わせる狂気の森へ誘う詩を唄う。

 

 ここでは誰もがただのモノ――

 

 

 

 鳥は鳥で、人は人でいいじゃない――

 

 

 

 貴方のお名前いただくわ――?

 

 

 

 

 世界がたちまち歪んだ力に染まるや否や、急速に自分という存在に対する意識が薄れる。過去も、名前も、目的すらもスッポリ抜け落ちてしまったことに立ち竦む。だが、傍らに侍る烏の濡羽を思わせる艶やかな黒が目を引く女性が、俺の耳元で甘く密やかに囁く。

「小僧、その手に書かれた言葉を声に出して読んでみよ」

 逆らう意識は皆無。言われるがままに、左手の甲に書かれた意味があるかどうかも怪しい三文字の単語を読み上げる。

 

「……南方、周……」

 

 ……才能がないにしても、弱すぎやしないか俺。白野より早く自分を忘れるってどうなんだ……。

 己の凡庸さに嫌気が差してきた。終わりのない人自己嫌悪のエンドレスワルツに陥りつつ白野と美沙夜を見ると、あちらも結界から解放されたらしい。困惑しているだけの様なので放っておく。

 一方で、アリスの後にて弱々しく座り込んでいるありすは、楽しく不思議な夢から覚めた子供のような顔である。それはそうだ。ようやく遊び相手を見つけたのに、関係ない奴らが邪魔してくれば落ち込みもする。

「ありすの夢は覚まさせやしない。あなたみたいな、現実しか映さない虚しい目をした人に、この子の眠りを妨げさせたりなんてしないんだから――!!」

 幼子たちの夢を守護する番人は叫ぶ。

 守護者の号令に呼応してその尖兵たる四十人に及ぶトランプ兵たちの軍団とジャバウォックの群れが現れる。セミラミスの魔力チャージは間に合わないし、ランサーもセイバーも、あの怪物と無限に湧き続ける兵士相手では分が悪い。

 果たしてどうするか。

 

 違法行為(チート)管理人(セラフ)に任せるのが最善である。

 なまじ正規のアリーナに高度なハッキングを用いて入り込まれたことと、固有結界の発動で流石のセラフも介入が遅れたらしい。原因は他にありそうだが、作戦はもはや成功したも同然だ。

 迫り来る異形の大軍を前に、セラフの無機質なシステムボイスが介入を宣言する。

 

『警告、警告。アリーナに第三者の存在を確認しました。規定に従い、三十秒後に強制退出します』

「だそうだ。あとたったの三十秒、持ちこたえないと確実に全滅するぞ」

「アンコールか。観客に不満を言えぬのが舞台役者の泣き所よな」

「これしきの苦難、オスマントルコである」

 暴れたりないセイバーは満更でもなさげに、かつての敵に比すれば恐るるに足らぬヴラドは粛々と得物を構え不思議の国の住人たちに立ち向かう。

 弱体化したジャバウォックと元より雑兵のトランプ兵士にサーヴァント二人がかりで挑めば善戦しよう。見る価値もない虐殺から目を移し、強制退出が来るのを待っていた。

 後は何もしなくていい。俺が指示するまでもなく、予定調和で作戦は終了する。長い三十秒の終わりは、ここに来るときに味わったあの嫌な浮遊感が告げた。

 

『時間です。規定に従い、南方周と玲瓏館美沙夜を強制退出します』

 

 視界からアリーナが遠退いていく。重力を喪った奇妙な感覚に不快感を覚えるが、退出が始まった瞬間、美沙夜が急に足下をすくわれた驚きに一瞬だけ目を閉じた隙に、ヴラドの心臓と眉間に短刀(ダーク)が突き刺さる。

 

 

 

 自分すらも駒とした壮大な計略が成功した安堵感を抱きながら、校舎に早く着かないかなあと心踊らせる自分を、俺は確かに実感していた。




 戦闘描写が難しくって難しくって仕方がありません。下手すぎて泣きたくなります。

 それと、字数が増えすぎたので三回戦のオチは次回に回します。
 次回の後書きで一回戦から三回戦で周が立てた作戦とその目的を説明する予定です。ご質問なども改めて回答いたしますので、評価・感想ともどもお待ちしております。 


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第三回戦:The Beginning of The END

 今月の三十日にFate/apocrypha四巻『熾天の杯』が発売されますね。目出度い目出度い。やはり全四巻から全五巻に増量するようです。

 ようやく表紙に出てくれて嬉しい限りです。













 シェイクスピアさんが。


 俺の個室に入った美沙夜は、まずランサーの気配がないことに気づいて軽くではあるが取り乱していた。落ち着かせるのはセミラミスに任せ、俺は気配遮断から霊体化にシフトしたハサンの一人と念話で会話する。

 食堂で白野と美沙夜を待っていた時からずっと、俺の背後では固有スキルに『投擲(短剣)』を持つ玲霞のアサシンが待機していた。『夕闇通り探検隊』並に手間をかけたフラグ立てとイベント回収は、俺が望んだカタチでキッチリ報われたわけだ。

『今回は助かった。こっちはいいから、お前は自分のマスターを呼びに行ってくれ』

『は。それでは後程に』

 入退出用のコードを教えるとハサンは個室を後にした。時間を潰すために外へ目を向けると、窓から射し込む夕日が次第に薄れていき、ゆっくりと青暗い夜空に侵食されている。ムーンセルが見せる架空の月にもウサミ……ウサギはいるのだろうか。さして興味があるわけではないが、蟹の方が高級感がある気がする。

 カニは殻を取るのが邪魔くさいので嫌いだが。

 セミラミスに諭されてすんなり落ち着きを取り戻した(薬品でも嗅がせるか打ち込むかしたのだろう)ため、部屋は静かになる。ランサーの死を見ていたのはありすたちだけだが、少なくとも三回戦期間中はこの個室から出さないでおく。最終日に、何も知らない白野がたった一人と一体の目撃者を始末してくれるという流れだ。

 立ったままなのも辛いので、俺も愛用の安楽椅子に腰かけて適当な本を取ろうと腕を伸ばす。しかし、それは美沙夜の問いかけによって阻まれた。

「私はいまやサーヴァントのいないマスター、運営に見つかれば確実に消される存在よ。あなたも、私を匿ったことを咎められたらどうなるかは理解しているでしょう?」

「お前を運営に引き渡して追加の令呪でもせしめようかと思ったんだが、それもそうだな。折角の協力関係を崩すのも惜しい」

「何を言っているの? 私はムーンセルが許容しないイレギュラーの一つなのよ。削除されてしかるべきバグでしか……」

 ムーンセルから出られないならばせめて、潔く死ぬことが美沙夜の選択らしい。だが、こんな優秀な人材をみすみす手放すわけにはいかない。俺の才能では勝てない、サーヴァントの実力でも厳しいなら第三者の協力を取り付けるだけだ。

 

 元からそういう作戦だったわけだしな。

 

 俺は安楽椅子に座ったままさらに続ける。美沙夜の悲壮な、誇り高き決意など意に介さない。

「それなら、俺が勝ち残れるよう手を貸してはくれないか? 俺がムーンセルを手にすればお前を外に出してやることも出来るし、それならまた聖杯戦争に挑めるだろう?」

「…………無意味よ。私の身体は長くない。この聖杯戦争が終わる頃には、父のかけた呪いが全身に回って、魂が戻ったら屍人に成り果てる運命なの」

「聖杯ならその呪いを無かったことに出来る。それでも死にたいなら好きにしろ」

 美沙夜が聖杯戦争に参加した理由は『呪いの除去』と見て間違いないだろう。

 興味も驚きもない俺は、伸ばした手を引っ込めて玲霞の到着を待ちわびていた。正直なところ、俺は他人の悩みを聞いても何も思わないので、こういう状況が大の苦手である。

 このシチュエーションに陥ると、人間の心は神が犯したミスの一つだと実感する。しかし、女心は輪をかけて酷い欠陥があったらしい。

 その証拠に、大雑把な造りの、背もたれすら無い椅子から立ち上がった美沙夜はいつもの高圧的な態度など忘れたように涙を流し、顔を紅く染めていたのだ。

 威厳もへったくれもない様には少し驚いた。あの玲瓏館美沙夜も涙を流すことがあるとは思っていなかったので、俺は思わずのけぞってしまった。

 恐る恐る何があったのか尋ねてみたが、返答はあまりにもそっけないものだった。

「どうした?」

「……気にしなくて結構よ。で、私はあなたにどんな協力をすればいいのかしら?」

 泣き出したと思ったらまた落ち着きを取り戻し、美沙夜は改めて俺はセミラミスに監視されることも厭わずに新品の椅子にストンと腰かけた。

 こちらから持ちかけた共闘の申し入れは、一先ずのところ成立したようだ。

 ようやく本題に入れると内心でげんなりしていたが、それを悟られるような真似はしない。嫌な思い出を脳内再生して気分を沈める。

 高揚感を鬱々とした感情で中和して、俺は三回戦の幕引きとなるセリフを口にする。

「サーヴァントの現界に必要な魔力供給の肩代わり」

「礼装もそれなりに魔力が必要だものね。出来るだけそちらに魔力を回したいと思うのは自然だわ」

 美沙夜は重大な勘違いをしている。今は敢えて指摘せずに玲霞を待つことにしておく。俺とセミラミスにまっとうな説得なんてまず無理だ。

 それからすぐに俺の対戦相手がサーヴァントを従えて個室に転送されてきた。コードさえあれば、誰の個室にでも入れるらしい。

 日に日にやつれている玲霞だが、その様もどことなく儚げで艶がある。ハサンは一人に集まり、襤褸のようなローブをまとい髑髏の仮面を被った女性になっている。

「ごめんなさいね。最近急になかなか上手く歩けなくなってきたのよ」

「ならその辺の椅子にでも座ればいいだろう」

 生まれたての子馬みたく頼りない玲霞をハサンが支えながら、飾りで置いてあった一人用のチェアにそっと座らせる。

 怪訝な顔の美沙夜に、セミラミスが事情を説明しているのか、耳打ちをしていた。美沙夜のために用意した偽の事情を話終えたセミラミスは玉座に収まった。

 あらかたの内情を教えられた美沙夜は、自分の右手の甲を見て、今度は俺の手を見てため息をこぼす。

「私もつくづく運がないわ。あなたみたいなクズと手を組むことになるだなんて……」

「何故そうなる。お前の不幸は日頃の行いが悪かったからだろうが」

 謂れのない言葉の暴力には毅然とした態度で対応する主義だ。つまらないやり取りはサックリと終わらせ、当事者たちが全員同意したサーヴァント・アサシン、十九代目ハサン・サッバーハのマスター替えを執り行うことにした。

 令呪と経路(パス)の分割を担当するのはセミラミスなので、俺も美沙夜もハサンもやることがない。淡々としたコンソールを叩く電子音だけが木霊する室内に流れる空気の気まずさが、この上なく辛い。

 今すぐ寝たい。もしくは気絶、それか失神したい。ブラックアウトでもいい。とにかくこの場から意識だけでも逃げ出せないかと考えている間にも、セミラミスは分割作業を終わらせていた。

 まだ終わらないのかと聞く決意を固めた瞬間に、電子音がぴったり止んでセミラミスは酒瓶を取り出していた。呆気ない終わりになるが、それの方が精神的負担が少なくていい。

 俺は立ち上がることなく、右手の甲に浮かんだ目玉のような令呪をかざし、再契約の詠唱を始める。ハサンは跪き、こちらに頭を垂れる。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――」

「誓います。汝の供物を我らが血肉と成す。南方周、新たなるマスターよ」

 

 令呪のある辺りが鈍痛に襲われ、美沙夜は不快げに眉をひそめた。無事に俺の令呪と魔力を供給する経路(パス)は分割して契約が成立したようだ。その証拠に、サーヴァントを失った玲霞の肉体はボロボロと崩れていく。

 力なく肘掛けに身体を預けた姿から、もう魔力どころか命が限界だったことに気づく。

 これまでに一人も失わずに勝ち残ってきたものの、才能がないことには最後の一人となるのは無理だったようだ。もはや口を開くことさえ叶わないのか、ただただ穏やかな目で俺と美沙夜を見ているだけである。

 手足の先から徐々に黒いノイズに飲み込まれ、完全に消滅する間際まで、その温かい日溜まりのような笑顔が崩れることはなかった。

 それまでの居心地が悪い静寂とは異なった空気に支配された中で、ハサンの透き通る声が俺に届いた。

「周どの、どうか六導玲霞の悲願を聖杯に届けてくださいませ。彼女の祈りを、私はどうして叶えたい」 

「そういう取引だ、承知している。ハサン、お前の力は頼りにしている」

 略式の臣下の礼をとったハサンは無言で頷き、長く青い髪を揺らす。

「これでそなたには二人の盟友が出来たわけだ。これまでのような騙し討ちも構わんが、劇には見せ場がなければならんと思わぬか?」

「私の手を借りるのだから、優雅に勝利なさい。それくらいは当然の義務としてこなしてもらうわよ」

 いい空気をぶち壊して上から目線な発言を繰り出したセミラミスと美沙夜に頭痛がする。が、幸運なことにこれからは理解者がいる。

 霊体化して呆れているハサン・サッバーハである。




 これで三回戦は晴れておしまいです。
 次回からは周の活動も本格化する、かもしれない。

 そんなわけで、まずは前回にて予告していた一回戦から三回戦で周の立てた作戦とその目的を説明いたします。

 一回戦:ジナコ&カルナ
  作戦:サーヴァントのクラスを誤解させ、『ランサーなら余裕』と油断させる+マスターが凡人であると気づかせてジナコの心に隙を作る
  目的:令呪の強奪
  補足:令呪を奪うためにはジナコがアリーナに出向く必要があるため接待バトた。また上げて落とし絶望させる狙いもあった。

 二回戦:フラット&フラン
  作戦:1.毒ガスによる麻痺→そのまま中毒死(失敗) 2.決闘を持ちかけて騙し討ち
  目的:1.バーサーカーとの直接戦闘を避ける 2.フラットを一刻も早く殺す
  補足:この時に作成した毒ガスプロクラムを破棄されていない。また、フラットを撃破したことで遠坂凛に目をつけられた。

 三回戦:玲霞&百の貌のハサン
  作戦:周を排除しようとアリスが襲いかかってきた際に玲瓏館美沙夜も巻き込む
  目的:玲霞から持ちかけられたサーヴァント譲渡の取引でハサンの提示した条件をクリアするため
  補足:原作での三回戦後におけるルート選択イベントのパクり。故意の辺りに周の性格が滲んでいる。

 ここからは感想にあった質問と解答のまとめです。

Q.岸波白野はいるの?
A.います

Q.セミラミスはヤンデレ?
A.CCCのギルガメッシュに近いです

Q.EXTRAの黒ランサーはいるの?
A.いません。極刑王がおられました(・ ・)から。

Q.カルナ復活がもしかして……
A.七回戦までにその予定はありません。

Q.CCCはやるの?
A.未定ですが、やる可能性は高いです。

Q.アストルフォ愛でてただけのセレニケがゴルドより無能って……
A.一族全体への貢献度はゴルドの方が上ですから、シナタナイネ。

Q.ユグドミレニアのマスターに出番は?
A.脇役なら可能性はあります。

Q.幼女ハサンは出るの?
A.作者の気分次第です。

Q.シャーミレがセミ様のクラスを知ってたのはなんで?
A.周が取引の際にバラしたから。マスターが死にかけなので慢心していたのです。

Q.周のランス&ガウェインで連戦になったりしない?
A.しません。流石にレオと綾香は騙し討ちじゃ殺せませんしね。サーヴァントが優秀ですから。

Q.後書きの評価&感想ネタが尽きたの?
A.気分でやってたので、たまたまです。

 サーヴァントのリクエストは全部ではありませんが、四回戦でストーリーに反映させまする。四回戦でなかったらCCCがありますしおすし。

 それでは後書きはこの辺で。
 評価、感想も婚約者の手の指を折る程度の軽い気分でジャンジャンどうぞ。おまちしております。

 追伸
 モバマスとクトゥルフ神話のクロスオーバーが読みたくて仕方ないです。


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狩猟ゲーム:開演

 当分は一週間に一度か二度の更新が続きます。
 書き溜めないので平にお許しください……。


 三回戦の最終日、見事にありすとそのサーヴァント・ナーサリーライムを撃破した白野は、殺し合いとすらも理解できずに果てた幼子の死にうちひしがれていた。その様は酷く傷ついた風で、心が激しく軋んでいるようにも見えた。

 いつもの感情があまり浮かばない顔には、濃密で濃厚な嘆きがある。俺は何もせず壁にもたれ床に座り込んだ白野を観察している。

「良いのか? ここでただ眺めておるより、直に語りかけて悲嘆を撫でた方がより愛で甲斐があろう」

「その必要はない。そら、奴隷の王が来た」

 今にも飛び出しそうなセミラミスを制し、状況の混乱を避ける。ここで目立つ訳にはいかない。

 なんせレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが白野の前に現れたのだから。王としての器を与えられた少年は、場違いな悲しみに暮れる道化の心を癒す。

「死を……悼んでいるのですね」

 彼の言葉には一片の虚飾もなく、幼さの残る中性的な顔には静かな哀悼があった。

 金色の睫毛に縁取られた翡翠色の瞳を伏せて少年はなお、自らの胸中を明かすことを止めない。

「命が失われるのは悲しいことです。それがこのような無慈悲な戦いであればなおのこと」

「……無慈悲? 『無意味』ではなく?」

「――ええ」

 白野の問いにレオは首肯する。

 

 

 曰く、相容れないが故に闘うことが――

 

 曰く、人の心を保ったままに人を殺すことが――

 

 何かを渇望するから人は聖杯(きせき)に手を伸ばす。自分以上のものに支配を委ねる。

 

 誰しも――自分がこの世で何よりも正しいと信じられないからこそ、無慈悲なのだと。

 

「民草の命が消えて悲しむのは花を間引いて嘆くのと何も変わりはせん。小僧、そなたはあの餓鬼の妄言に惑わされるでないぞ」

 興醒めしたと言わんばかりに無表情なセミラミスは、嫌悪の目でレオを見ながら俺に警告する。『我が主たる者は、あの言葉を否定しろ』……またそうやって無理難題を押し付ける。

 しかし、努力はするとだけ返しておく。

 目線を白野に戻すと、いつの間にやら遠坂凛がレオの説く理想社会に対して反論していた。

「資源を独占されて、生き死にまでアンタらに管理される社会が万人にとっての理想だっていうの? 生まれた子供を平気で餓死させる社会が? 十年先まで――――寿命まで管理(デザイン)される社会が?」

 まな板……ではなく立て板に水で凛は西欧財閥の支配体制を否定する。徹底した管理と仮初めの幸福は『パラノイア』を彷彿とさせる。完全だが、完璧ではない統治者の理論を受け入れられるか否かが問題だろう。

 さてレオはどう返すのかと見守っていたが、突如実体化したガウェインによって阻まれた。

「ガウェイン――」

「非礼はお許しを。ですがレオ、この場は何者かによって監視されています」

 割って入った白銀の騎士をレオは諭そうとする。しかし、ようやくこちらの『目』に気づいたようだ。

 気配遮断スキルで隠密状態に入ったハサンと知覚共有を行い、遠見の水晶玉を用いずに別地点を見張っていた。どれくらいで勘づかれるか気になっていたが、これまた随分とかかったものだ。

『アサシン、気配遮断は解くな。剣の届かない範囲から俺の声を届けてくれ』

『委細承知。お任せくだされ我らが主よ』

 鼎談に参加することにハサンがどう考えているのかは分からない。しかし、セミラミスはあからさまに興味津々な顔で俺を見ている。ここで無様を晒すわけにはいかないらしい。

 微かな緊張に乱れた呼吸を整えて俺は――

『円卓の騎士は欺けなかったか。まったく、面倒なサーヴァントを引いてくれたものだな』

「姿を見せなさいよ。それとも、ガウェインのことが怖いの?」

『それもあるが、俺は猪女に殴られたくないんでな。痛いのは御免だ』

 憤慨する凛はさておく。関わって得することなどなに一つない。

 赤い魔術師は背後に控える赤枝の戦士にからかわれて少し落ち着いたらしく、ため息をついて気持ちを切り替えた。ドライなつもりだろうが、内に秘めた情熱を捨てきらない限りは隙もあろう。

 脅威度の再判定をされているとも知らず、凛は落ち着いた様子で姿を見せないアサシン――のマスターである俺――に問いかける。

「レオの言い分は全部聞いてたんでしょ? どこの誰だか知らないけど、意見の一つくらいあるでしょ」

『何故気にする。そんなどうでもいいことに関心を抱く理由が見当たらない』

「どうでもいいってのは?」

『聖杯戦争が無慈悲だとか、ハーウェイの管理社会が間違っているだとか、それに関する俺の意見だとかだ。戦争は無慈悲で、間違った社会は必ず滅び、俺の意見には何ら価値がない。だからどうでもいい』

「なるほど。正しいかどうかは歴史が証明すると考えるのですね」

 レオの反応には何もない。ただ、俺の答えが『どちらにも贔屓しない中立の意見』であり公正なものだと認めているだけである。

 白野のような人間らしさも凛のような強さもない。無論、レオのような理念もない。俺にあるのはなけなしの執着心だけだ。

 それきり俺は会話に興味がなくなり、アサシンを霊体化させた。

 

 

 

 

 翌日、四回戦の対戦相手が発表されるまでの間に保健室へ向かう。マスターへの配給品を受け取るためと、イレギュラーになったのが凛かラニかを確かめるためだ。

 いいがかりをつけさせないため二回ノックしてからドアを開く。中では健康管理AIのカレンが祈りを捧げ終えて立ち上がったところだった。

 シスターらしい黒と白の僧服を着た鬼畜尼僧は批難の目で俺を睨む。

「もう少し早く入ってくださればよかったのに。タイミングの悪いお方です」

「特に理由のない暴力を振るいたいからだろ。シスターの格好してるくせに、中身は悪魔だなお前」

 皮肉と毒舌の応酬もそこそこに室内へ入る。微かな薬品の鼻孔を刺激するツンとした臭いと、窓辺に飾られた白百合の仄かな香りがカオスだ。

 二つあるベッドはカーテンが閉められているので、誰か使用しているのだろう。薄い布地の向こうからは明らかに生活音がする。

 ……つまり、『どっちも』なのか? つくづく面倒くさい。そんなことになっては俺の手間が増えるが、今すぐどうこうできる訳でもない。

 戸棚から濃縮エーテルを取り出したカレンは、餓死寸前の雑種犬に消費期限ギリギリの生肉を叩きつけた時に浮かべるような笑顔をしていた。

 聖職者とは何だったのか。

「今回の配給品です。ムダ遣いなさらないように」

「言われるまでもない」

 貴重な全回復アイテムを受け取り、保健室を出ようと振り返る。その時、端末から無機質な電子音が響き運営からの連絡を知らせた。

 対戦相手の発表と予想して画面を開く。すると、そこには俺の予想を裏切る内容の文章が書かれていた。

 

『四回戦に進出したマスターへ運営から通達があるため体育館に来られたし。このメールは全マスターに対して同時に送られている』

 

『運営からの通達となればコトミネが絡んでいよう。小僧、速やかに体育館へ向かうのだ』

『待て待て。むしろあの言峰だからこそ警戒をだな……』

『構わん。あやつが我を取るに足らぬ些事で呼び出しはせぬ。案ずるでない』

 このセミラミス、ノリノリである。

 彼女の愉悦センサーが反応したらしく、いつになく執拗に急かしてくるので断れない。

 済ました顔に雨でスブ濡れになった野良猫へ酸っぱい臭いのする牛乳を与えたゲスのような笑みを浮かべたカレンと目があった。

 この借りは必ず返すと固く誓った俺は、ムカつく感情を抑えて保健室を後にする。これから起こることが分かっていても正直不安だらけである。

 

 

 

 

 体育館のギャラリーには運営もとい言峰神父に呼び出されたマスターたちが集まっていた。一階フロアには相も変わらぬ薄気味悪い顔の言峰と、魔羅(ツノ)と先が二股に裂けた蜥蜴の尾を生やした少女、異形の少女の足元で生首を抱いて寝転がった変なピエロがいた。

「諸君、君たちもそろそろ単純な決闘だけでは飽きてきたと思ってね。本戦から少し外れて、私から少し違う趣向を用意させてもらった――」

 黒服――運営NPCである生徒会役員だ――の屍と血溜まりを睥睨するバーサーカーとランルーを示し、言峰はマスターたちに説明を始める。

「この二人は予選の時から度重なる警告を無視し破壊活動を続けてきた。聖杯戦争の監督役として、彼らに(ペナルティ)を与えなければならない。……ただ、ここで私が彼らを処分してもつまらないのでね。集まったマスター諸君とゲーム……『狩猟(ハンティング)』をしてもらおう」

 そこで一息置くと、言峰はいつもの胡散臭く、嘲笑うような表情から寒気がするほど不気味な笑顔になる。

「獲物は違反者マスター・ランルーとそのサーヴァント・バーサーカー。この二人を見事仕留めて見せたマスターには報酬を与えよう」

「報酬……? いったいそれは何だ。これは本戦とは関係ないルールだろう。リスクに見合ったものだろうな?」

 誰とも知らぬマスターの声に言峰の口元が歪む。

「そうだな、君たちが今血眼になって収集しているもの……。四回戦対戦相手のマトリクス開示、もしくは令呪一画の贈呈というのはどうだね?」

 そうきたか。

 対戦相手のマトリクスなら俺はとっくに把握しているから構わないけど、他のマスターからすれば喉から手が出るほど欲しくて堪らない代物だ。

 しかし追加令呪となるとそうはいかない。サーヴァントが増えた分だけ使える回数は多い方がいいに決まっている。

 決断が揺らいだマスターたちの混乱ぶりとは逆に、バーサーカーはむしろ乗り気である。こういう派手なイベントが好きなのだろう、エリザベート・バートリーは。

「陰気な豚にしてはいいアイデアね。もしあたしがアイツらを皆殺しにしたら、アンタを専属の企画役にしてあげるわ」

 脳内を流れているリズムに任せて身体を揺すりながら嘯き、バーサーカーはマイクスタンドを兼ねた槍を手にする。

「さあ、ライブの始まりよ。あたしの美声を情けない鳴き声で讃えなさい――!」

 魔竜の末裔は残忍で不遜に乱杭歯を覗かせながら、ありったけの魔力を込めて絶叫した。

 

 ハンガリーに君臨した監獄城の主と古今東西の英雄が対峙する四回戦が今ここに始まった。

 真の生存競争を皆に体験させるいい機会だろう。俺は自分が高揚している感覚を認めたが、それを否定する気持ちにはなれなかった。




 ここから周が頑張ります。
 マンガでは怪物として信仰されたヴラドとランルーでしたがそこはご愛敬。
 感想・評価ともどもお待ちしております。
 暇潰しに飛んでいる燕を斬ろうとする程度のお気軽さでどうぞよろしくお願いします。


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狩猟ゲーム:決意

 Fate/prototype蒼銀のフラグメンツのライダーさんが私のストライクゾーンド直球でした。
 超火力の移動用宝具に神獣、おまけに固有結界クラスの巨大な複合神殿まで持っていてしかも全部が彼だけの持ち物ですからねえ。
 うーん、これはCCCやるとしてら征服王リストラの可能性が大気中の窒素含有率レベルで存在してますね……。
 後は美紗夜のお父さんが契約したキャスターとかも楽しそうですねえ~。 でもこの人出すならアヴィケブロン先生でもいいような気がしてます。


 アタランテがエリザベート目掛けて高速で突撃、弓を構える。手すりを足場にしてジャンプし、滞空時の隙を鋭い三連射で埋めた。

 歪な槍を振るい神速の矢を弾くエリザベートだが、俺の左右を駆け抜けたセイバーたちによる三連続の斬撃はさばききれないと判断し、ドラゴンの羽を展開して空中で回避する。

 黒い靄に包まれた謎の戦士(ランスロット)重厚な甲冑で素顔を隠した騎士(モードレッド)胸元と背中を晒した灰色長髪の剣士(ジークフリート)が空中に逃げたエリザベートとランルーを見上げる。

「コンサートは静かに聞くものって知らないの!? ああもう、また頭痛がするじゃない!!」

「ケッ。音痴が何言ってやがる。音程もクソもねぇのに歌姫気取ってんじゃねえよハネトカゲ」

 頭を掻きむしるエリザベートにモードレッドが噛みつく。ジークフリートも無言で首肯していた。どうやら二人は過去にあの超音痴攻撃を受けていたらしく、声と表情だけでも相当に苛立っているのが分かった。

 そりゃあアレを美声と勘違いするのは人類にもう一人いれば十分だろう。そうでなければ地球が滅ぶ。

 体育館に二十体、校舎に四十体、弓道場に十体、美沙夜の護衛に十体割り当てたハサンたちも、音痴のコンサートに対しては困惑ぎみである。 セミラミスも気配遮断したままではあるが、不快げだ。

『あの駄竜をどうするつもりだ。怪物退治は英雄の職務と捨ておく訳にもいかんぞ』

『エリザベートは無視してランルーを仕留める。今は眺めているだけでいいさ』

『そなたが言うならば従おう。我はサーヴァントであり、そなたはマスターであるからな』

 セミラミスに待機を指示したのは、この場で動けば多くのマスターの目に留まってしまうからである。

 無論のこと、俺はそれを良しとしない。

 見たところエリザベートが圧されているが、セイバートリオはモードレッドが突出しすぎているせいで連携が取れていない。二本も魔剣が揃っていながら、実にだらしない。(ランスロットは宝具簒奪宝具『騎士は徒手にして死せず(ナイト・オブ・オーナー)』で適当なクルタナを代用している)

 そのせいでアタランテも手を出せない状況に陥っている。さて、先程からしきりに声を張り上げているモブマスターがモードレッドとジークフリートの主人と見て良さそうだが、いつ処分するか。

 エリザベートの苦戦とセイバートリオの混乱を眺めながら思索していると、聞き覚えのある野太い男の声が響いた。

「お主もこのゲームに参加するか! 既知がおるとは心強いのう!!」

 髪から肌から衣服に至るまで白で統一された少年の傍らにそびえ立つ、巌のような赤――。新しいおもちゃに瞳を輝かせる子供と同じ目をした巨漢は誰あろう征服王イスカンダルその人だった。

 俺の不快感と警戒心の上昇に応じてセミラミスも闇色の姿を見せた。鼻孔から脳へと染み込む甘い香りが辺りに立ち込める。

「征服王よ、同盟を望むなら相応の態度を取ることだ。主が認めようと、我が頷かねば共闘は成らぬのだからな」

「そうは言うてもなぁ、あ奴らだけに見せ場をくれてやるというわけにもいかんであろう?」

「確かにエリザベートを他人が仕留めるのはマズい。だがお前らに手を貸すつもりもない」

 ライダーの言い分は正しいが、それだけで手を取り合う理由になるかと言えば、否である。早い者勝ちのゲームで共闘などアホのやることだ。

 提案を拒絶された征服王は、こうなると分かっていたかのように力なくため息をついた。伊勢三は悲しそうな目で微笑んでいる。

「そうとあらば余も全力であの竜娘を狩るだけだ! さあ行くぞ伊勢三よ!!」

 征服王の大音声を無視して階下に目を向けると、ランルーを抱いたまま屋根を突き抜けてエリザベートが逃走した瞬間であった。ネロの乱入が決定打となったらしい。

 一方、全体の七割近いマスターは参加するつもりがないらしく、その場に留まっている。エリザベートの追跡を始めたのは白野とネロ、モードレッド、ジークフリートの他には沙条綾香とランスロット、伊勢三とイスカンダルだ。

 全員の姿が消えてから、念話で体育館に潜ませたハサンたちに指示を送る。

『俺が体育館を出たら、そこの剃り込みヘアと金髪ボブカットを始末しろ。校舎組は一分後にトラップを起動だ。この二組は完了後、直ちに霊体化すること』

 直ぐ様ハサンから了解の応答が返ってきた。

 少しばかり予定外の接触があったことを忌々しく思いつつ、転移先を校舎一階に指定し、承諾ボタンを押す。

 

 さあ、お前らに教えてやろう。

 聖杯戦争の真の有り様、遺伝子の一片にまで刻み込んで死んでも忘れられなくしてやる。

 

 それまでの有りとあらゆる感情が内で蠢いている。

 生存競争なんて生易しいもので済ませるつもりは毛頭ない――何故なら、ここからは講義の時間である。

 

 

 

 

 レオにエリザベートの逃げ出した先を指摘され、慌てて校舎へ戻る。しかし、下足室の扉を開こうと伸ばした手は、セイバーに阻まれた。

「待て奏者よ。この中は悪意の魔窟と化している。一度踏み入れば肺を毒で満たすことになろう」

 ……あのバーサーカーと毒に犯された状態でまともに戦える自信はない。いや、そうなるとここには彼女たちはいないのがむしろ自然だ。

 あの奇妙なバーサーカーが逃げそうな場所に思い当たりがないか記憶を探っていると、遠くから激しい雷鳴と牛の嘶きが聞こえてきた。どこから音がするのか見渡すと、体育館の上空からこちら目掛けて二頭立ての戦車(チャリオット)が突進してきた――!?

 

「避けよ奏者!!」

 

 セイバーが腕を引いてくれたおかげで、車輪に取り付けられた巨大な鎌で切断されずに済んだ。

「おおスマンスマン、危うく轢き殺すところであったわい」

「スマンで済むか馬鹿者が!」

 御者台で手綱を握る大男が頭をボリボリと掻きながら謝罪する。セイバーの怒りももっともだが、事故か故意かを確かめている場合ではない。 

 大男のマスターらしき少年にバーサーカーを見なかったか聞いてみる。

「彼女は校舎の屋上です。飛行・浮遊能力があるサーヴァントなので外部から侵入できたみたいですね」

 言われてみれば確かに、外部から屋上への転移は不可能だった。校舎三階の中央階段が唯一の出入り口だが、毒ガスがそれをさせようとしない以上、空中から押し入る他にない。

 しかし、あのバーサーカーがどんな宝具を所持しているか分からない以上、迂闊に正面から殴り込むのも危険だ。戦車(チャリオット)ともなれば小回りが利かないだろうし……。

 思考に費やす時間に比例して焦りも募る。徐々に冷静さを失っていく最中に、薄ぼんやりとした新たな気配がした。セイバーとライダーは剣を構え警戒の態勢を取る。

「先程、体育館にて件のバーサーカーとは異なるサーヴァントが暴走いたしました。間もなくこちらに到着すると思われます」 

 声はすれども姿は見えず。アサシンと思わしき何者かの登場で、場の空気が瞬く間に張り詰める。

「姿もろくに見せぬ輩の言葉を信じよと? 貴様も英霊ならばそこまで馬鹿でもあるまいて」

「全くだぞ影法師。よもや臆病風に吹かれたなどと抜かすまいな!」

 ライダーとセイバーの挑発に応じる様子はなく、至って落ち着き払った声は冷ややかに告げる。

「トラキアの叛逆者にどこまで立ち向かえるか、お手並み拝見と参りましょう。ではこれにて」

 それっきり曖昧だった声の主が放つ存在感は消失した。彼の口にした言葉を鵜呑みにはしないが、気になる単語はあった。

 それは皆が同時に呟いた一言――

 

 

『トラキアの叛逆者』

 

 

 ――ただそれだけである。

 

 

 

 

 体育館を出て教会前の噴水広場に潜んでいると、ハサンの一人から報告があった。どうやらエリザベートとは別のバーサーカーが暴走し、アタランテとランスロットが足止めしているらしい。

 どれだけ強いサーヴァントなのかと恐ろしくなったが、よくよく考えてみれば候補なんて限られたもので、容姿を説明させて安心した。アーチャーで奴を潰すならギルガメッシュクラスの火力が必要になる。その点、総合火力が低いアタランテとランスロットなら脅威にはならないだろう。

 陽光を浴びて煌めく芝生が眩しい弓道場には、物陰に隠れて戦況報告に耳を傾ける俺と、退屈そうにしているセミラミスだけしかいない。

 幸い、モードレッドとジークフリートの始末は問題なく完了している。それならばエリザベートをこちらに誘導し、弓道場を吹き飛ばすのも悪くない。屋上に逃げられた以上、もしもの時にハサンたちの隠れる場所がないので仕方ない。

 何よりあそこでは目立つ。階下のサーヴァント連中にハサンと俺の契約が露呈するのは困るのはマズい。

『のう小僧よ、たった今面白い企みを閃いたのだが知りたくはないか?』

 それまで静かにしていたセミラミスが珍しく口を開いた。あどけなさとは無縁の、邪悪に満ち溢れた淫らな笑顔である。

 だが彼女の知恵は確かなものであるため、俺は無言で首肯しておいた。

『なあに、そう畏まるな。そなたの策より稚拙に過ぎる幼子の戯れに等しいものだ』

 然り気無く罵倒されたが事実なので我慢する。

『暴走した叛逆者を皇帝たる我が捕らえ、手駒とするだけのこと。庭園も一応、大神殿としての機能ならば備わっておる。まず何より、あれしきで真名が露呈するものか』

 セミラミスはこの通り全身全霊で慢心しているが、レオやユリウス(ハーウェイ兄弟)や凛とラニたちはすぐにたどり着きそうなものだ。巨大な庭園を築いた女帝がそう何人もいるとは思えない。

 俺のとてつもない不安を読み取ったのか、セミラミスは挑発的に微笑んでいる。

『さてどうする? 時間が過ぎれば他の連中があの道化どもを討ってしまうやもしれんぞ?』

『……まずは下準備だ。手空きのハサンたち五名で沙条綾香の始末をしろ。他はもう一方のバーサーカーと契約しているマスターを見つけて、ここに連れてこい』

 聞いたことを後悔するなんてよくあることだが、これほど悔やまれるのは人生で一度あれば十分だ。

 待機しているハサンたちに新たな指示を与えた俺は珍しく天を仰ぐ。

 ……俺はこの先、他のマスターの影に潜んでいられなくねるだろう。その前に一人でも格上の奴らを潰しておかなければ。

 勝つために手段を選ばないのは戦争の基本だ。その決定に迷う必要性はない。

 

 

 

 ランルーを仕留めれば否が応にも注目が集まるのだし、腹を括る時が来たと思っておこう。




 ジークフリートとモードレッドについては何も言いません。
 色々と話がややこしくなってきた『狩猟(ハンティング)』ですが、まだまだ続きます。

 今回も例のごとく感想&評価募集しております。
 市場でワインを樽ごと奪う程度の気分でよろしくどうぞ、お待ちしております。


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狩猟ゲーム:暴君たち

 なんとか二週間に二回の更新ができた……。


 途絶えず微笑む筋肉(マッスル)がゆっくりと前進する。

 中庭で繰り広げられるアタランテとランスロットによる必死の抵抗もトラキアの叛逆者(ス パ ル タ ク ス)の歩みを遮ることはなかった。膝やアキレス腱に攻撃を集中させてはいるが、彼の持つ異端の宝具『疵 獣 の 咆 哮(クライング・ウォーモンガー)』のダメージ変換によって軽減され、大きな傷にはなっていない。

 ギリシア随一の女狩人と湖の騎士を以てしても、ローマの禍と恐れられた剣闘士を仕留められないのは(ひとえ)に、スパルタクスの規格外な耐久性が原因である。

 元よりたかだか剣や弓矢では皮膚を僅かに削るだけでしかなく、より深く肉に到達すればたちまち宝具で回復されてしまう。痛覚を与えれば彼はより叛逆という炎を激しくするだけであり、精々移動速度を落とすのが二人の限界であった。

「止まれバーサーカー! 汝が自爆しては元も子もないと、何度言ってやれば理解する!」

「あなたの宝具を使ったら私たちまで吹き飛ぶ! お願いだから進むのを止めて!」

 アタランテと綾香の懇願に叛逆者はどこまでも穏やかな笑顔を崩すことなく答える。下手な鎧より屈強な筋肉を纏った男が優しく微笑む様は、最早ホラーさながらである。

「しかしかの悪竜は我が友たちも認める暴君、ならばそれは私が叛逆するに相応しい高慢な圧政者であろう。故に私は進まなければならない。進まなければ、彼女の傲慢を打ち砕けないではないか」

 諭すような物言いと声音で反論しさらに歩を進めるスパルタクス。こちらの話を理解していない彼の台詞は、三人に改めて彼が狂戦士のクラスで召喚されたサーヴァントであることを実感させた。

  幾ら刃を振るおうと皮膚が傷つくのみ、どれだけ矢を射ようと即座に癒えてしまう鉄壁の移動城塞は体育館の前まで迫っていた。

 絶え間なく痛みを与えられていたにも関わらず、スパルタクスの武骨な顔には不自然なほど柔和な微笑みがあった。

 その笑みは、校舎前で佇む白野たちを捕捉した瞬間、さらに温かさを増したのである。

 あまりにもおぞまし過ぎる光景を間近で目の当たりにした綾香たちは、かつてないほどの悪寒が背筋を走り、不覚にも僅かに身震いしたほどだ。

(まず)いぞ。彼奴らを見つけおった」

「戦闘は避けられないかも……」

『でしょうな』

 屍人のように蒼白の肌をした拘束具風の鎧を身に付けた巨体にも恐れることなく、ライダーとセイバーは自身のマスターを庇うように武器を構えた。

「セイバーの主よ、一つ提案がある」

「私も貴女に提案したいことがあるんだけど」

 この場で引いては令呪が手に入らない、しかしこのバーサーカーに奥の手を使いたくないアタランテと綾香は、同じタイミングで相手に同じ提案を持ち掛けた。

 

『あの二人に宝具を使わせよう』

 

 

 

 

 保健室を抜け出して体育館に潜んでいた凛は、とてつもない魔力の奔流を察知して、出所を突き止めるべく探索を開始した。

 もしかしなくても、サーヴァントの宝具でなければ展開不可能な速度で大神殿規模の魔術工房が設置されたのだが、疲弊の抜けきっていない凛に普段の判断力が戻っていなかったことが何よりまずかった。

 弓道場のそばまで近づいた時には、警備のハサンたちに発見されていたのだ。その時点で周は刀を鞘から抜き、彼女の処遇を決定していた。

 目の前にある施設がサーヴァントの工房と気付き退こうとした凛だが、マスターの命を受諾したサーヴァントが生成した薬品を嗅がされ、意識が遠のいた。

 

 

 

 目が覚めた時、凛はぼんやりした頭を振って無理矢理に視覚を回復させようと試みた。曖昧だった景色が鮮明になるにつれて、凛は自分の判断ミスの程度が低すぎることを恥じていたが、拘束されているだけなのは幸運だと割り切った。

 四方を石の壁に囲まれた閉鎖空間。手足は鎖で椅子に固定され、身動きを取ることは不可能。正面にはサーヴァント。背後には――

「誰かと思えば、逃げ腰くんじゃない」

「……君子危うきに近寄らずだ。馬鹿には理解できない考えかもしれないが」

 抜き身の日本刀を手にした周。彼のどんよりと澱んだ黒い底無し沼の瞳には、何もかもが映っていない。

 以前より気味の悪さが増した無名の魔術師は凛の日焼けしていない、生白いうなじを切っ先でそっと撫でながらさらに続ける。

「令呪がないようだが、サーヴァントに置いていかれたか? だとしたら不幸なことだ。この状況は覆らないからな」

「どうかしら? もしかしたら追加の令呪が背中にあるのかもしれないわよ?」

「そんな嘘が通じるわけないだろう。お前は三回戦の決戦日、ラニ=Ⅷの自爆を阻止しようと介入した岸波白野に運よく救われたものの、ランサーと離ればなれになった。まあ、ユリウスが残していった映写機で一部始終を見ていたから知っているだけの話だが」

 捲し立てるように早口でつらつらと述べる周の顔は無表情そのものだ。サーヴァント不在を憐れむ様子もなく、無力さを嘲る風にも見えない。

 温度を感じさせない爬虫類めいた瞳の周は、冷酷なまでに冷静なまま次の行動へ移る。刃を首筋に添えたまま隣に回り込み、空の手で拳銃を構える。

「この場に来たのは内情調査か。魔術ステルスで目視は出来なくても、判断材料があれば十分だからな」

「そしてこの様よ。やはり貴様は我の言う通り三流であったわけだ」

 痛くない程度に腕と脚を縛る鎖、簡単に見透かされた思惑、プライドを踏みにじる嘲り。

 死の瞬間まで屈辱を与えるために周が考案した三つの要素は、凛の自尊心と怒りに火を着けた。

 燃え滾る炎を宿した淡く青い瞳に睨まれた周は僅かに怯むが、即座にいつもの凍てついた平静さを取り戻す。

「……鬱陶しい。ムーンセルから出られない身で何を考えている……」

 微妙にだが嫌悪の表情を浮かべた周は刀を投げ捨て右手で拳を作る。それを凛の顔に叩き込もうと腕を引いたが、そこでセミラミスが割って入る。

「待て、状況が変わったらしい。こやつ如きにかかずらっている場合ではないぞ」

「……分かった。一応、処置を施しておいてくれ」

 暗く沈んだ声の周は力を抜いて刀を拾う。セミラミスと共にマスターが姿を消した直後、凛は背後から鋭い手刀を打ち込まれてブラックアウトした。

 

 

 

 

 校舎前でスパルタクスの暴走を食い止めるべく一時休戦と相成った暴君連合はじり貧であった。彼の圧倒的な耐久力の前に、一撃必殺の絶大な火力を有したサーヴァントがいないせいである。

 ひたすら剣と槍と矢で小さな傷を作るのが精々であり、叛逆者の微笑みが途絶えることはない。

 丸太と大差ない豪腕と重厚長大な小剣(グラディウス)による攻撃を回避しては一撃二撃と打ち込み続けるのも限界であり、サーヴァントもマスターも疲弊し始めていた。

 白野と綾香は魔術階梯に反して高位の英霊を戦わせるために多大な魔力を消費し、ネロ、イスカンダル、ランスロットたちは長時間に渡る奮闘による精神の疲労と肉体の損耗が蓄積している。さらには歌姫(ディーバ)を名乗るバーサーカーの超音痴攻撃の余波もあり、鼓膜も辛いものがある。

「こいつはたまらん! 雷鳴にも勝る雄叫びだ!」

「聞くに耐えん騒音よ。歌姫が聞いて呆れる」

「主よ、耳をおふさぎください」

「セイバー、音に耳を傾けるな!」

 エリザベートの超音波(アイドルソング)がもたらす世紀末クラスの音痴地獄に、ネロを除いた暴君連合は苦言を呈する。雄叫びだの騒音だのとこき下ろされた自称アイドルは、反論を込めた仰天の声を挙げる。

「どこが騒音よこの猫耳! センスがないのを人のせいにしないで頂戴!」

「その通りだぞアーチャー。真の美とは限られた者にしか理解できぬのだ。だが恥じることは何もない。何故なら、そなたもまた美しい!」

 ちゃっかり便乗してアタランテをナンパするネロの台詞に白野は呆れて頭を抱える。やはり彼女たちは如何なる理由であっても出会うべきではなかったと、心底感じていた。

 軽口の最中であってもスパルタクスは攻撃の手を緩めはしない。拳は地にクレーターを穿ち、腕の一振りによる風圧でたちまち木々を薙ぐ。

 破壊の嵐が駆け抜ける光景を監視していたハサンの一人は、周からの任務変更を受けてダークを引き抜けるよう構えていた。

「頃合いを見て、沙条綾香もしくは黒いセイバーを殺害せよ」

 三人目のセイバー排除を決定した主の思惑は理解していた。ほんの戯れでスパルタクスを抱き込まされた以上、目下最大の脅威として挙がる黒騎士を討つのはハサンたちも賛同するところである。

 アサシンのサーヴァント二人、しかも片方は実質キャスターに等しい以上、削れるところで他所の戦力を削ぎ、自分達の優位性を確立しなければならない。

 ましてや迎撃戦に長けたキャスター、大規模な諜報集団と化したアサシン、鉄壁の防御を誇るバーサーカーを従えようと、攻め込まれればまずマスターを守りきれる自信はないのだ。

 奮戦する四人のサーヴァントでもアーチャーと黒いセイバーは目を見張るものがある。格で言えばガウェインと大差ないだろう。にも関わらず、マスターがああも隙まみれなのは好都合。不意を突いて殺すのは実に容易い。

 あの奇妙な風体をしたエリザベートのマスターは校舎の屋上にいることが確認されているようだが、そちらは別のハサンが対処するのだそうだ。

 天性の上質な魔術回路を宿した狂人と直に相対することを拒否するあたりに、マスターのリスクを嫌う堅実な気質が窺える。

(……人間性にはかなり問題ありのご様子だが)

 より公正な聖杯戦争のために開催されたこのゲームで、正真正銘の『狩猟(ハンティング)』を始める狡猾さ、冷徹さはとてもありがたい(・ ・ ・ ・ ・)

 参加すると言われた時は一同が冷や汗をかいたものだが、なるほど、この性格ならあのようなサーヴァントを引き当ててしまって当然である。

 ただ、強いて問題があるとすれば彼の尋問が素人過ぎることだけである。

 

 今後は余裕がある時にでも、主に最低限の尋問技術を授けて差し上げねば――などと考えながら、ハサンは気配遮断で姿を眩ましたまま激闘に目を向けていた。




 CCC編を希望される方が多々おられますので、とりあえず二章までの大まかな流れだけは考えております。ただ、かなり原作と異なった内容になることが予想されますのでご留意下さい。

 今回は本来なら凛をもっと尋問する予定でしたが、それでは取り返しがつかなくなるので止めました。
 感想、評価お気軽にどうぞ。
 大事な剣をぶん投げる感覚でどうぞよろしくお願いします。


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狩猟ゲーム:深みへと

 書き溜めがないとは言え、まさか一週間に一度も更新が出来ず面目次第もありません……。
 


 凛にかまけていたのはまずかった。ランサーを従えていればあの女も脅威だったが、頭がパンクして警戒すべき相手を見誤ったらしい。

 セミラミスの宝具で展開された大神殿クラスの工房にユリウスが忍び込んだと聞かされて、ようやく自分の判断ミスに気がついた。スパルタクスを退かせることになるが、こればかりは致し方ない。宝具の展開を止めて、凛は片隅に放置しておく。

 さっさとレオのいる体育館へ退却しようと弓道場から出たところで、まさかユリウスと鉢合わせするのは予想できなかった。

 先手はユリウスだったが、素早く接近したもののセミラミスの展開した障壁に阻まれて立ち止まる。

「頭が高いぞ下郎。地を這う虫けら風情がその眼で我を見るなど、罪深いにもほどがあろう」

 忌々しげにこちらを睨む黒衣の蠍へ、セミラミスは勝ち誇った顔で嘲笑を投げつける。一目でユリウスの境遇を―多少なりと―読み取ったのだろう。

 今すぐにでもここから逃げ出したいのに、どうして挑発なんて真似をしてくれたのか。そういうのが好きなのは知っていたが、まさかこれほどとは……。

 我がサーヴァントながら実に恐ろしい。もう少し空気と相手と彼我の戦力差を考えてから発言をしてもらいたいものだ。トバッチリが来るのは全部俺だというのに。

「ふん、やはり腐ってもキャスターか。……侮りすぎたな」

 ユリウスの台詞から察するに、李書文は連れていないらしい。俺もそろそろゲームに加わりたいし、このまま退散してもらいたい。

 アイコンタクトでどうにかするようセミラミスに頼んでみると、意外にも乗り気な笑顔が帰ってきた。

 何をするつもりかは知らないが、ここは自分のサーヴァントを信じる他にない。俺は黙ってユリウスを見ているだけの状態を継続する。

 魔術の詠唱より素早く動ける自信があるのか、暗殺者は退こうとせずにナイフを投擲した。俺は何一つとして抵抗できず、思わず身構えてしまう。

 好都合にも三本のナイフ自体は再展開された障壁が全て防いだが、チートじみた機動でジグザグに走った黒蠍の毒針がセミラミスの左脇腹を貫いた。

「――――な」

 サーヴァントを傷つけるほどの手刀もさることながら、それで血を流してしまう耐久も目を見張らずにはいられない。

 俺は驚嘆の声を漏らしてしまったが、アサシンもキャスターも筋力と耐久が低いのが普通だ。

 そもそもこのアサシン、耐久パラメータが最低値のEである。

 凛は嗜んだ程度の八極拳でメディアに僅かながらダメージを与えていたが、そうか。耐久がさらに低いセミラミスに百戦錬磨のユリウスが打ち込めばこうなるのか……。

 俺は急いで回復アイテムを使おうとしたが、エーテルを手にした次点で、今がそのタイミングではないことに気づいた。。

 セミラミスの脇腹から溢れ出る鮮血が黒いのだ。

 不自然を通り越して恐怖でしかないそれに触れたユリウスは慌てて腕を引くが、時既に遅し。コートの袖と手袋の隙間から血が皮膚に付着した瞬間、元から優れない奴の顔色がさらに蒼白となった。

「貴様……血液が毒そのもの、なのか!?」

「考えるまでも無かろう。ああ、案ずるな。その毒は速効性に欠いておるのだ」

 額から頬、そのまま顎から地面へ滴り落ちる大粒の汗を拭いもせず、ユリウスは右腕を抑え付ける。呼吸はみるみる内に荒くなり、同じリズムで肩を上下させる。

 セミラミスも重傷のようなのだが、俺から大量に魔力を持っていくことで無理矢理に回復速度を上げている。同時に霊体化してくれたのはありがたい。

 毒の性質については俺も存じ上げないが、吐血や幻覚の類いがないらしい辺り、セミラミスの言葉通り、遅効性のようだ。

 青息吐息のユリウスは激しい憎悪の目で俺を睨み、どこぞへと転移した。

 脅威が去った俺はセミラミスに傷の具合を確かめる。

『えらく出血してたけど、大丈夫なのか?』

『傷は塞がりそうだが、応急処置程度にしか治りそうにない。血液など二の次三の次よ』

 ふむ……。一瞬立ち眩みがするレベルの魔力を搾り取っておきながら、まだ足りないのか。ユリウスにダメージを与えたのは良かったが、こちらのダメージも決して軽くはないぞ。

 いやはや、いつものことながら面倒なことになった。エーテルは望み薄、俺も大した治癒魔術は使えない。

 これからどうしようかと頭脳をフル回転させて打開策を練る。

 折しも生徒会役員らしき少女――黒服に赤い腕章が特徴のポニーテール――とすれ違った瞬間、俺は妙案を閃いた。

 思いついたら即行動。振り返りながら刀を鞘から引き抜き、全力で少女の膝裏を切り裂く。

 

「なっ!?」

 

 突然左足から力が抜けた少女は勢いよく地面に倒れ込む。困惑している間に俺は少女の背中を踏みつけて、両肱に刃を突き立てる。

「は!? な、何を――――!?」

 血溜まりに浮かぶ身体をよじり抵抗するので足を上げ、その足で何度も腹を蹴って少女をうつ伏せから仰向けにしておく。

「さあ、こいつの血でも肉でも食べれば魔力の足しになるんだろう?」

 俺の言葉に爆笑するセミラミス。いつも以上に蒼白い肌だが、むしろ色気の増した女帝は実体化して俺を見る。

 彼女も彼女で何か閃いたらしく、好奇心をそそられる笑みに口許を歪めた。

 

 

 

 

 スパルタクスが退却すると同時にエリザベート討伐が再開したのだが、今度はマスターまで姿をくらましてしまい隠れんぼ大会と化していた。

 サーヴァント、マスターともども疲弊しており、魔力の残量が尽きそうになりながらも探索を行っている。ランスロットのマスター、沙条綾香を監視する玲瓏館美沙夜とハサン・サッバーハたちは行動を開始する。

『よろしいので? 周殿は個室にて待機するよう厳命しておられたはず』

「構わないわ。私と彼はイーブン、命令に忠実である必要があると思って?」

『……ではご命令を。有力な一組を討ち取れば、周殿とてお怒りにはならぬでしょう』

 教会の屋上に陣取った美沙夜へハサンの一人であるシャーミレが指示を求める。

 美沙夜とて、貧弱なアサシンとマスター権を持たない自分でどこまで立ち回れるかの確証はなかった。しかし、あの魔術師としても男としても最底辺に限りなく近い人間に全てを委ねるのはプライドが許さなかった。

 エベレストより高く、マリアナ海溝より深淵な彼女の自尊心が良しとしない以上、高見の見物などあり得ないのだ。

 理性なき怪物を討ち取るべく、美沙夜は新たな剣を手に立ち上がる。虚空にて嗤う数多の白貌と共に、最後の一組が戦場に踏み込む。

 

 

 

 

「レオ、よろしいのですか? バーサーカーの討伐は芳しく無いようですが」

 体育館でゲームの様子を静かに見守るレオの傍らで、ガウェインがそっと尋ねる。

 白騎士の言う通り、エリザベート討伐に参加したマスターが少ない上に、一部は参加者にまで牙を向いている始末だ。現にモードレッドとジークフリートのマスターはアサシンに殺害されている。

 聖杯戦争が滞っている現状にあっても静観を貫く主君に、その本心を問うたのだ。

 穏やかな目でスクリーンに映されたゲーム参加者と討伐対象の一覧を眺める赤衣の王は、従者の疑問に対して真摯に答える。

「貴方の気持ちは分かります。しかし、それ以上に僕は彼ら(・ ・)の本気を見たいのです」

「岸波白野と南方周ですね」

「ええ。最弱のマスターでありながら並みいる強敵にも屈しない白野さんと、凡庸な人間には持ち得ない頭脳で勝利をもぎ取る周さん……。彼らの底力を知りたいと思ってしまいまして」

「レオ、彼らもまたある種の怪物です。異形の狂気が運よく別の形で現れているに過ぎません、ましてや王となる貴方が気にかけるべき相手では無いのです」

 ガウェインは彼らとは距離を置くべきだと言う。

 それは正しい考えだ。

 白野が抱える愚直さと、周の閉鎖性は常軌を逸している。

 だが、あの二人は良くも悪くもレオの知らない人間なのだ。人を支配するのに、未知の人種がいては具合が悪い。配下の限界を知り、性質を識らなければ王になれないのは必定。

 

 故にレオ()は自ら狂気の園に飛び込む。

 

 狂気を理解し、手ずから支配するために。

 

 だからこそ、これしきのゲームに手を出す訳にはいかない。彼らの底を覗くには、まだまだ足りないくらいである。

 

 

 

 

 

 行方を眩ましたバーサーカーを探索する沙条綾香は、ランスロットの実体化に消費した魔力を回復アイテムで無理矢理に補っている始末だった。

 英霊としては最上級のサーヴァントともなれば、実体化だけでも相当の負荷になる。彼女の剣は騎士王の左腕にして、円卓一の剣技を誇る武人でもある。

 長時間の魔力供給が祟り肉体が悲鳴を上げ始めていたのだ。相手が竜の因子を持っているからと、対ドラゴン用とも言うべき裏切りの魔剣を宝具とするランスロット卿の反対を押し切ったのだが、今や引き際を見極める時であった。

「我が主よ、これ以上の戦闘に貴女の身が耐えられません。ここは退くべきです」

「……こ、ここまで来て……」

 綾香の躊躇いは正しい。

 ランスロットにしても、マスターの実力はさておき、拷問の逸話しか持たない地方領主に技量で劣るとは考えていない。短期決戦に持ち込めば確実に勝てると踏んでいたのだ。

 その予想を崩したのがスパルタクスの暴走である。

 宝具の最大火力が最悪、敷地内の全てを消し飛ばす魔力の暴風ともなればやむを得なかったとは言え、明らかに余計な魔力を消費したことは認めざるを得ない。

 体育倉庫の付近は木々が生い茂り、ちょっとした林になっている。

 疲労困憊した綾香は手頃な木にもたれかかり、大きく息をついた。染み一つない額には脂汗が浮かび、黒いストッキングに覆われた脚は震えている。

 今にも倒れそうな綾香の身体をランスロットが支え、そっと草むらの上に座らせる。

「四回戦が正式に始まっていない以上、無理は禁物です。対戦相手が誰であろうと万全を尽くせるよう備えるのも大切なことではありませんか?」

 兜を脱いだ黒騎士は息も絶え絶えになっているマスターに退却を促す。

 ランスロットの言葉にある通り、聖杯戦争四回戦はまだ対戦相手が発表されていない。まだ三回戦が終わっただけの段階で極端に消耗しては、この先勝てる相手にも勝てなくなる。

 取り返しがつかなくなる前に離脱し、四回戦に備えるべきという彼の進言を綾香も受け入れ、重々しく首を立てに振る。

 

 その時、微かながら遠くから風を切るがランスロットの耳に届き、振り返ろうとした瞬間――甲冑もろとも右肩を鋭い衝撃が突き抜けた。




 四回戦は全体でもかなり話が複雑なのですが、これが周の暗躍パートを締め括る意味いもあります。
 偶然が重なりあって面倒なことになってきましたが、今しばらく私の妄想にお付き合いの程をお願いいたします。

 感想、評価ともどもお待ちしております。
 ついでに、活動報告にてCCCに追加登場させるサーヴァントを募集する予定ですので、そちらもご覧ください。


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狩猟ゲーム:深淵より

 アンケートの期限は明日から二週間とします。
 時間は多少あるので、好きなサーヴァントをお書きください。


 一瞬の隙を突かれたランスロットの右肩に鋭い激痛が走る。

 腱を確実に射抜けるほど正確な()を射る技量を持つサーヴァントがいるとしたら、この状況下では一人しかいない。

 綾香を庇い利き腕を潰された黒騎士は無傷の左手で剣を手に取り、続く第二撃を弾き返す。

 かのトリスタン卿も霞む神速不可視の矢は傍らの木の幹に刺さる。兜を被り、霧を纏った黒騎士は次から次へと襲い掛かる必殺の矢を捌く。

 狙撃地点はそう遠くないはずだが、無軌道な移動を繰り返しているせいで正確な距離が掴めない。その気になればこの程度の間隔なら一息で詰められるが、最悪の場合マスターの魔力が底を尽く可能性も否定できないため、攻勢に出られずにいた。

 この状況で気配遮断を解いてはアタランテにとっていい的であることはハサンも理解しており、ランスロットより後ろで息をひそめていた。地面に伏し、短刀を咥えて待ち続けるだけというのも楽な仕事である。

(機を見計らえ、しかし相討ちは許さぬなどとはな。我らが主もつくづく偏屈な御方よ)

 新たなマスターとして再契約を果たした不愛想な少年魔術師の仏頂面を思い出し、ハサンは心の内だけで苦笑した。

 ハサンが監視している間もランスロットの剣技は鈍らない。絶え間なく綾香の心臓と眉間を不規則に狙う弾幕を余すことなく退けるのは並外れた武勇が反映されたA+ランクの固有スキル『無窮の武練』による所が大きい。魔力供給量が低下している以上、単純な才覚だけで乗り切れる相手ではない。

 徐々に衰弱していく綾香を見、白貌の影は自分の出番が回ってこないことも視野に入れた。このままなら単純な魔力の枯渇で息絶える。そうなればそれでよし、ランスロットの消滅まで見届けた上で主人に報告するまで。もし辛うじて生き延びたとて、ランスロットは動けない。

 

 

(我ながら運のいいことだ。さて、ここからどうなることやら)

 

 

 

 

 

 最強クラスのセイバー二騎が脱落、行方不明の反逆者、そして崩壊した対バーサーカー戦線……あちこちで起きている予想外の事態を一切無視して、周は大胆不敵な一手を打つことにした。

 黒服の心臓を丸呑みしたセミラミスだが、それでも本調子にはまだ遠い。サーヴァントの不調に対処する意味も兼ねた最後の暗躍のため、まず自身の対戦相手を確かめることから始めた。相手は名も知らぬ女性である。ハサンの情報によれば、普段は弓道場で一人弓を引いている人物と聞かされた。

 そして、美沙夜の単独行動も――

 無表情な周はいつになく落ち着きのない様子でハサンたちに指示して美沙夜を教会前に呼び出して、出合い頭に目を見開いて怒りを露わにする。

「で、俺は間違いなくお前に待機しておくよう言ったはずなんだが?」

「だから何? あなたの命令を全て聞き入れるなんて言った覚えはなくってよ?」

 勝手に『狩猟(ハンティング)』へ参加し、悪びれる様子もない美沙夜へ迫る周にハサンたちが割って入り状況を説明する。

「我らが主よ、美沙夜殿のおかげで翠緑の弓兵(アタランテ)のマスターを捕捉、監視に成功しております。美沙夜殿と我らで挑めばマスター単体など恐るるに足らぬ相手かと存じます」

「いや、俺も出る。不慮の事態で隠れ続けるのが困難になった以上、もう人目を憚る道理はない」

 刀を手にした周の冷たい目には、それまでにはついぞ見られなかった決意があった。

 いつもホックまで留めていた制服の襟元を緩めシャツの第一ボタンを外した少年は、平時と変わり映えしない光の届かない深い暗闇を瞳に湛え歩き出す。

『ようやく開演か。長々と待たせよって』

「悪かったな、焦らすのが趣味なもんで」

 セミラミスの茶々を適当に受け返した周は美沙夜を睨む。

 本人は目配せしただけなのだが、如何せん、目つきが悪いので受け取り手は怒っていると勘違いしてしまった。それを察せるほど気配りできる人間でないのが南方周であり、彼の数多い欠点の一つである。

 仮に察していようと『問題なし』との判断に基づいて無視しただろう。

 人間関係に疎いどころか、ここまでくるともはや無関心である。

 冷ややかな面持ちで気負う様子のない周に美沙夜は尋ねた――小馬鹿にする風ではなく、至って真面目な雰囲気で。

「あなたに人を殺す覚悟はある?」

「言われるまでもない」

 感情の読み取れない返答と、個室の外では滅多に姿を見せることのないセミラミスが微笑んでいる理由が言いようのない寒気を誘う。背中を蛇が這うような、皮膚の下で蛆が蠢くような気味の悪さに美沙夜は黙り込む。

 

 

 

 

 マスターの疲弊で『狩猟(ハンティング)』から離脱した伊勢三とイスカンダルは、背後に付きまとう嫌な気配に気づいて立ち止まる。

 渡り廊下の周辺に人気はないが、サーヴァントの優れた知覚だからこそ察知できたのだろう。

「何処の誰か知らんが、余の臣下にならんと欲するならまずは姿を見せい」

「ライダー、それは流石にありえないと思う……」

「物は試しと言うではないか。そう気にするでない」

 お気楽な雰囲気の二人に構わずアタランテのマスターは自前の弓型礼装『聖櫟魔弓(ウル・イチイバル)』を構える。

 狙うは一撃。穿つは脳髄。限界まで絞った魔力の矢を放とうと全神経が極限まで張り詰めた瞬間、ライダーたちとは全く異なる方向から銃声が響いた。

「――――ッ‼」

 右足を軸に左足を引いて一気に回転して銃声のした方向へ弓を構えなおす。

 だが、放たれたはずの弾丸はいつまでたっても届かない。少女は困惑し、すぐさま状況を理解する。

 問題は事実に気付いたのが遅かったことだけだ。

 

「こンのォッ‼」

 

 振り向きざまに放たれた拳は右脇腹にめり込む。

 筋肉と骨の鎧がない分だけ柔らかく、おまけに内臓が直下にある部位へ全体重を乗せた周の先制攻撃は効果覿面。少女はあまりの衝撃と痛みに礼装を落しながらも、反撃の小刀を引き抜き相手の首筋へ振りかぶる。

「貴様ァ‼」

 周は咄嗟に右手の拳銃で刃を受け止め、足払いを試みる。

 セミラミスのサポートとジナコの令呪で大幅に強化された彼の肉体は、普段の緩慢さからは予想しえない俊敏さで駆動する。

 少女は飛び跳ねて払いをかわし、周の貧弱な胸板を蹴って飛び退き、間合いを取った。

 黒髪のショートヘアを揺らしながら敵を確かめてみると、一瞬眼窩が暗闇に包まれていると勘違いしそうなほど真っ暗な瞳。艶のない真黒な髪は寝癖だけ整えられ、顔は不健康そのものの蒼白ぶりである。一見してみれば薄気味悪いだけの影男だが、凝視すればするほど引きずり込まれそうな深淵が背後に覗いている。

 表情に感情がない。相対するというよりか、もっと機械的で底冷えする何かが彼の中にはあるように思えた。

「邪魔をしないでもらおうか」

「それはこちらの台詞だ」

 初対面で何を言っているのか、と不思議に思った少女。その答えは周自身が明かした。

「聖杯を手にするのに邪魔だ。頼んでもないのに立ちふさがりやがって……鬱陶しい」

 周は大真面目に言った。不愉快極まりないと言わんばかりに、吐き捨てたのだ。

 人智を超えた未知の悪意に当てられた少女は、自分自身の内にある無意識の何か(・ ・)を揺り起こされるような感覚に陥った。

 底無し沼の泥中から得たいの知れない化け物に凝視されるというか、人外魔境の門番と退治している気分だった。

 体格と構えから察するに徒手格闘の実力は周など取るに足らないものだ。しかしながら、彼の纏う闇がそれを阻んでいるのである。

 アタランテを呼び戻すかとも考えたが、ランスロット排除を優先させるべきと断念し、微かに頭を振った。

 

 

 ――そのごくごく短い、一瞬にも満たない、隙と呼ぶに値しない一拍が決定的だった。

 

 少女は突如、左胸に衝撃が走ったためよろめく。

 

 何が起きたのか確かめようとするより先に、全身が痺れ、意識が揺らぐ―――

 

 

 

 

 周の指示を受けてイスカンダルとそのマスター伊勢三の排除に向かったハサンと美沙夜だが、意図も容易く気配遮断を見破られてしまった。

 『暗殺者(アサシン)』という言葉の起源となった狂信者集団の頭目が有する、最高ランクの固有スキルを、ただの勘で看破したのだ。ハサンたちは苦悶し、美沙夜は不快げに眉をひそめた。

「馬鹿なサーヴァントね。まっとうな英霊の発言とは思えないわ」

 皮肉を込めたセリフだが、マケドニアの大王は怒るともせず受け流し、勧誘を拒絶された無念を愚痴った。

「むう……。やはり無理であったか」

「だから言ったでしょう? みんながみんな、貴方の朋友と同じ人間じゃあないって」

 巨躯の傍らにて苦笑する華奢な、男とも女ともつかぬ神秘的な雰囲気のマスターは、肩を竦めている。

 苦々しげに短刀を構えるハサンたちは既にアサシンの基本にして唯一の戦術である『気配遮断を利用した一撃必殺の奇襲』を喪失し、最早攻めるだけ無駄であった。

 相討ちを禁じた周の指針を無視するわけにはいかず、捨て身も出来ずにいる。

「のう小娘よ、そなたは月の聖杯に託す願いはあるのか?」

 イスカンダルからの唐突な問いに美沙夜は危うく舌打ちをするところだった。魔術師に対して不躾にすぎるサーヴァントへの不快感は、マスターへと向けられる。

「貴方、自分のサーヴァントの手綱も握られないわけではないでしょう? それとも首輪すらつけられない無能なのかしら」

「彼にも心がありますから。それを無視するような真似をしたくないので……」

 サーヴァントに対してサーヴァント以上の要素を求めない美沙夜と、あくまで一人の人間として接する伊勢三の間には埋まることのない溝がある。

 理解するつもりのない美沙夜は苛立った表情を一転して嘲った。

「マスターが狂人ならおかしなサーヴァントを引き当てるのも当然ね。大王が聞いて呆れるわ。こんなの暴君ですらないじゃない」

「聖杯に頼らなければならないほどの願いを抱いてしまう人間ですから、そうでしょうね。魔術に手を染め、枠を超えた力にすがるなんて正気の沙汰ではないですよ」

 自嘲する伊勢三の台詞に美沙夜は失笑を禁じ得なかった。

 仮にも魔術師なら、多少の矜持はあるとばかり踏んでいたのだが、とんでもない肩透かしでしかなかったのだ。

 イスカンダルがまた口を挟もうとしたが、それを許さずに蔑みの笑顔を向けて美沙夜はその場から去った。




 そろそろ四回戦を終わらせたいですが、もう少しだけ続くんじゃ。

 六回戦でレオに負ける弓道場のマスターは、『なすけ家の生んだゴルゴ13』こと那須与一ではなくアタランテ姐さんです。オリ鯖出すくらいならまだマシと思ってください。
 私じゃ最弱or最強にしかなりませんです。

 評価、感想、アンケートお待ちしております。


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狩猟ゲーム:緋色の御手

 なんとか前回の更新から一週間過ぎませんでした。
 apocrypha四巻の見所はやはりセミ様とカルナのやり取りに尽きましょうや。
 いえね、セミラミス様が最高の私としては主人公たちなんぞより女帝様が見たいのです。
 ……色々とややこしい事の起きた四巻でしたが、それも次巻で決着なのかと思うと寂しくもあります。
 とりあえずホムジークかアストルフォかジャンヌが絶望しながら死んで最終回なら大満足です。
 それでは、ラストはzeroが一番気に入っている作者の妄想しかない四回戦の終盤戦をお楽しみください。
 


 少女の柔らかな身体から熱が去って逝く。

 制服は無論、二画目の令呪で強化された必殺の一撃は豊満な乳房を押し退け、強固な肋骨を粉砕して脈打つ心臓を握り潰したのだ。

 女体特有の吸い付くような感触は、瞬きするより早く死の温度に穢され、腕にブニブニと纏わりつく。

 腕を引き抜いた俺は赤色に染まった自分の指を見、ベットリと肘の辺りまで付着した血液の処理をどうするか思案する。服が水分を吸って重いのもあるし、これではまるで殺人鬼そのものだ。

 かと言って制服を汚すのは御免だし、さりとてこのままうろつくわけにもいかない。

 一先ず制服の上着を脱いで、シャツが汚れていないことを確かめる。白い生地に赤い染みがないことを確認し、塵となって消えていく少女の傍らを通り過ぎて別の場所へ移る。

 それまでに手空きのハサン・サッバーハたちを集結させ、『狩猟(ハンティング)』参加者の状況を把握しておく。

 アタランテはマスター死亡により消滅、さらにランスロットもマスターが疲弊しておりかなりの瀬戸際であるらしい。

 ……スパルタクスを暴れさせた結果、まさかこうなるとは想定できなかった。セミラミスの言う通りにしてみて正解だったな。

「識ったか小僧? これが真なる智謀というものよ。かつての我が幾度となく張り巡らせておった謀略に比すれば、これしきは児戯にも劣る手慰みだがな」

 そう言われても、古代アッシリアの賢帝と現代日本の一般人なら当たり前のような気もする。(新世界の(キラ)にならんとする話は別だが)

「沙条綾香は殺さないでおくか。戦闘に差し障るほど弱体化しているなら、わざわざ急いで始末する必要もないわけだし」

「……まあそれもよかろうて。嬲り殺しというのも、悪くはない」

 奥の手の一つを死に損ない相手に使うのも嫌だが、それ以上に、俺より弱くなった勢力が増えるに越した事はない。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすと言うが、生憎と俺は獅子のように高潔じゃない。

 それはセミラミスも承知していることなので、この場で異論が出ることはなかった。

 人気のない図書室でサーヴァントを全て実体化させ、俺は適当な椅子に腰掛ける。素材に使ったエネミーが雑魚だったせいだろう。毒ガスの噴出は予想に比してかなり早く終わっていたらしく、既に空気が清浄になっていた。

 腰を落ち着かせて数分もしない内に、エリザベート探索に回していたハサンの一人から新しい報せが入った。

 三組の参加者が斃れ、一人のマスターがサーヴァントを奪われてリタイアしたこのゲームがついに最終局面へ突入したという報せでもあった。

『主よ、岸波白野がランルーと対峙しております。如何なさいますか?』

 俺の返答は決まっている。

 無論――

 

「先んじて討伐対象のマスターを殺害しろ」

 

 

 

 

 校内で誰一人として立ち入ろうとしなかった場所の一つ、校長室にサーヴァント・バーサーカーのマスターであるランルーくんは隠れていた。

 否、そこを拠点としていたのだ。

 血の伯爵婦人、エリザベート・バートリーが持つ固有スキルの一つ『陣地作成』で構築された新たなる監獄城。鮮血魔嬢の伝承にあるチェイテ城を記憶通りに再現した搾取の場。

 慌てて逃げ込んだ為に偽装がいい加減だったのだろう。白野とネロはハサンたちに監視されているとは露程も知らず、魔宮への扉を開いた。

 幾らバーサーカーの築いた工房とは言え、アサシン二騎では返り討ちに合うだけだ。セイバーのマスターが封印を破却したのをこれ幸いと、ハサンたちは気配遮断をしたまま忍び込む。

 最上級のNPCに与えられる校長室だったそこは、何体ものNPCが天井から吊るされ、壁に磔にされ、戸棚で亡骸を晒されていた。

 本来は一般の教室と同程度の広さを十分に体感できるハズであった。が、今や生者も死者も見境ない屠殺場も同然だ。

 血と臓物と死が混ざりあった濃密な腐臭に、白野は胃の中身をぶちまけそうになるのを堪え、ネロは醜悪極まりない嗜好に怒り――ハサンは無感動に監視を続行した。

 もう一人は周へ報告に向かわせている。

 残って監視役を引き受けたハサンの視界では、ケタケタと不愉快な笑い声を上げて手足をばたつかせる異様な道化の姿があった。その傍らでは、猟奇的な笑みを浮かべて白野とネロを見るバーサーカー。

 なるほど、この組み合わせでは暴走もしよう。

 まずマスターもサーヴァントも正気でないのだから、自分達が破滅するか周囲が全滅するかしなければ止まるはずがない。

 よほど血に飢えているのか、バーサーカーは甲高い声で何事か叫び、マイクスタンドも兼ねた槍を大きく薙いだ。セイバーは力任せの一閃を真紅の大剣で防ぎ、マスターの正面に立った。

 拷問の最中、もしくは終わった犠牲者たちもろとも刃で切り裂き、その返り血を頭から浴びて狂喜するバーサーカーの声が窓ガラスを破壊した。音波系のドラゴンブレスに白野は身体が軋む痛みを覚えて怯んでしまう。

 それしきで済むのは、エリザベートの血に混ざった竜の因子が、大したことのない雑竜のものであったからだ。

 剣戟に混ざる哄笑と狂笑、そして肉が裂ける湿気った音、骨の断たれる重い音が交差する中で、岸波白野は―顔は青ざめているが―真っ直ぐとした瞳で狂気に犯された道化を見つめる。

 口が動いているので会話していると見て間違いなさそうだが、監視を受け持ったハサンは読唇術を心得ていなかった。何とか声を拾おうと耳を済ませたが、案の定と言うべきか、マスターたちの声はサーヴァントの戦闘音に掻き消されていた。

(こうなってしまっては、周殿の采配を待つより他にあるまい)

 出来るだけ安全な入り口前に佇み、介入を断念したハサンは主の指示を待つことにした

 

 

 

 

 シャーミレに本日二度目の再指令を行った周は早足に校長室へ向かう。

 その傍らには、ようやく顔色が良くなってきたセミラミスもいる。美沙夜は個室で待機するようきつく言い含めておいたが、素直に受け持った言うことを聞くとは考えていなかった。

「あの小娘を放っておいてよいのか? 最悪、影共を失いかねんのだぞ?」

 気配遮断で姿を眩ましたセミラミスの言葉には、周の采配に否定的なニュアンスがあった。それも当然である。巨大な諜報・暗殺集団が南方周にとっていかほどに多大なアドバンテージであるかは言うまでもないのだ。

 彼ら群にして個の英霊はたった数時間に、優勝候補二名と求道僧一名を難なく始末している。

 これだけの奮闘も玲瓏館美沙夜が魔力供給を担っているからに相違ない。更なる活躍を望んだとて、彼女が死ねばそれでおしまいになってしまう。

 仲間を死兵として扱うことを嫌う周の性格からも、セミラミスには彼の行動がどうにも腑に落ちないのである。

「アイツもそこまで酷いバカじゃあない。好き勝手するにしてもこっちの迷惑にならない範囲に抑えるさ」

「買いかぶりでなければよいがな」

「いざとなればこっちで何とかする。まあ、そうなったら脚を切り落とすくらいはしておこうか」

 買い物ついでの寄り道を提案するかのように物騒な発言で美沙夜への処遇案を提示した周。笑うでもなく、怒るでもない無表情に宣言した。

 邪魔になるものは排除する。それが手なら肘から先を、それが声なら舌もろとも――必要ならば、実行すると。

 

 

 

 

 沙条綾香が瀕死だと聞かされた美沙夜は、ハサンに案内されて教会の裏手に脚を運んだ。同じ学校の後輩であり、そして脅威と感じていた相手の危機を確かめようと考えたのだ。

 噴水広場の美しさとは対極の、殺伐とした教会の裏側に息も絶え絶えの沙条綾香がいた。疲労困憊どころか、このまま放っておけば消滅していそうなほどに疲弊しており、次第に息が弱まっていく。

「大変そうね沙条さん。このままだと死んでしまうのではなくって?」

 上から目線の美沙夜に対して、綾香はうろんげな目で振り返る。サーヴァントが実体化しないのも、肉体を維持するだけの魔力さえ供給できない証だ。

 スパルタクスとアタランテの連戦中に、元より高燃費のサーヴァントが更に魔力喰いとなる、ステータス強化宝具を開帳したのだから無理もない。

 読み違えも甚だしい。まともな魔術師ならまずしでかさないミスである。だが、あの怪物に立ち向かったことは評価出来る。

 倒すべき相手を見定めることと、そして自分の決意に叛かないことは出来るようになったらしい。

 遅すぎる一歩ながら、前進できた後輩への褒美を手にした美沙夜は、感情の渦に歪んだ笑顔を浮かべる。

 自身の不運に対する嘲笑や、聖杯戦争から脱落したことへの無念、周という暗く澱んだ希望―吐き出しようのない心の声を押し殺し、美沙夜は魔力補給用の肉塊()を鷲掴みにした。

 それは、赤黒い血液が表面をテラテラとぬめらせる(ハラワタ)であった。黒魔術を用い悪霊憑きにした猟犬の臓物である。餌にされた他の犬たちの怨嗟を蓄積した魔犬の腹から取り出したそれを、美沙夜は躊躇いなく綾香の口へとねじ込む。

 ブヨブヨとした臓物を力づくで口内へ挿入()れる。自分の両手が血で穢れることも厭わない美沙夜は、綾香が咀嚼していないことに気付くと、自分だ咀嚼してペースト状にしてから口移しで流し込む。

 口元から手から服まで満遍なく血生臭くなると、ようやく全ての魔臓を綾香の胃袋へ納め終えた。

 二人の少女は噎せ返りそうになるほど強烈極まりない血反吐の臭いに満ち満ちている。常人ならばとうに嘔吐し、胃の内容物をそこらにぶちまけていただろう。

 狂気の淵へ身を投げた美沙夜は、とてつもなく濃い血と肉の味を堪えて立ち上がる。

 いつの間にか跪いていたことに気付くことなく、近くでマスターを見守っているランスロット卿に黙礼する。

 感傷と言われれば、否定するつもりはなかった。地上で魔術師・玲瓏館美沙夜と浅はかなるぬ縁があったのは、彼女しかいないのだ。もし死ぬのなら、誰かに命を奪われるのなら聖杯やハーウェイ財団より、不出来で未熟な小娘の方がまだマシである。

 徐々に顔色が回復してきたのを見届けて、美沙夜は口元にべっとりとこびりついた血液を拭いその場を去った。ハサンに見られていた以上、周にこのことは知られてしまうだろう。

 しかし女王は気にする風もなく、堂々と振舞っていた。




 書きたいことを書いただけの回です。割といつもです。
 
 次回で『狩猟(ハンティング)』は次回でおしまいです。
 ランルー君vs白野vs周の三つ巴ですよ、ええ。

 アンケートの期日は6月11日午後23時59分までとさせていただいております。
 ま5日ありますから、どうぞご回答はごゆるりと……。私は次回の冒頭を書き始めておりますゆえ……。


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狩猟ゲーム:鮮血魔嬢

 この話を考えるのに一週間かかったことをお詫びします。
 相も変わらず味気ないバトルシーンとモヤモヤしか残らないラストをお楽しみください。


 歪な長槍と紅蓮の大剣がぶつかり合う。

 血に濡れた歌姫と燃え盛る皇帝の戦いは熾烈を極める中、白野は魔力の奔流が生み出す擬似的な暴風にさらされていた。白野を一方的に殴る風はガラスの欠片と木枠の破片を巻き込んで室内を吹き荒れている。

 グロテスクなオブジェクトは余波を受けて片っ端から破壊され、もげた手足が散乱する。

 生殺与奪の渦中にあり、十中八九で死ぬであろう状況に置かれているはずのランルーは静かだ。

 感情の読み取れないピエロメイクにあって、淵のような双眸が放つ強烈な視線。それだけであるにも関わらず、壊れた道化師からは確たる『意思』が感じられた。

 四回戦の対戦相手ではないにしても、こうして相対した以上、白野に引き下がるという選択肢はない。立ちはだかる壁を、何がなんでも乗り越えて進むと決めていたのだ。

 傷ついたセイバーをコード・キャストですぐさま癒し、筋力や敏捷ステータス強化を行い、均衡を崩そうとする。だが、ランルーもより高度な術式でバーサーカーを補助しているため、不利に追い込まれないよう踏ん張るのが精一杯だ。

 消耗戦で自分が不利である手前、出来るだけ早く決着をつけてしまいたい。バーサーカーの狂笑による精神干渉に、最低ランクの対魔力しか持たないセイバーが何処まで持つかも分からない。

 決め手に欠けた戦いがいつまで続くのかと、白野が不安に刈られた瞬間、校長室の天井が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

「チッ。階下の雑兵もろとも吹き飛ばす腹積もりであったが、魔力不足であったか」

 校長室の上階から白野たちを見下ろす黒衣のサーヴァントが口惜しげに呻く。その傍らでは涼しい顔をした長身痩躯の生徒が控えている。

「ごり押しでここまでやれたら上出来だ。惜しむらくは、一網打尽に出来なかった事ぐらいさ」

 粉塵と瓦礫を切り裂いたセイバーが白野を庇う位置に戻る。その背後にはハサンもいるのだが、この事実を知っているのは周とセミラミスのみだ。

 二騎のサーヴァントに狙われている状況でありながら、エリザベートは軽やかな調子で鼻唄を歌っている。それすらも音程など存在しない、狂った戦慄である。

 窓ガラスがビリビリと震動し、空間が軋んで悲鳴を上げている程だ。

「自分から生け贄を持ってくるなんて、貧相なブタにしては立派な心がけね。貴方はたっぷり鳴かせてから殺してあげるわ」

 セミラミスを一瞥し、エリザベートは狂気に冒され尽くした目で笑った。が、周は冷めきった目で嘲り返しただけ。鼻で笑いさえもしなかった。

 そのまま階下に飛び降りて白野の隣に移る。

「俺としては共闘した方が手っ取り早いと思うんだが、どうだ?」

 共闘の提案を受けた白野は首肯する。

 それぞれのサーヴァントは微妙な顔で互いを見て、バーサーカーを視界の正面に据える。パートナーに不満があるのだが、言っても仕方ないのでグッと堪えたのである。

 数的不利に追い込まれたランルーだが、不気味で悪趣味なけたたましい声で笑いこけた。その様を目にしたネロは哀れみでもって裁定を告げる。

「狂気の沼に溺れた者を救うのは死のみだ……。せめてこれ以上の苦痛を感じぬよう、一太刀で送ってやろう、奏者よ」

「ああ……。セイバー、バーサーカーを倒せ!」

 それに続き――

「たかだか領主の夫人風情が粋がった罰よ。その愚かさと天地の理に背いた代価を払わせてやろう。無様に啼いて我を楽しませよ、雑竜めが」

「手を抜かなければ勝てる相手だ。油断はするな」

 さらに――

「それじゃ、リクエストにお応えしてラストナンバーよ! 感涙に溺れて果てなさい!!」

「ゴハン! ゴハン! ランルーくん、オナカ、スイタ!!」

 

 槍が空を裂き、剣が沈黙を斬り、毒が大気を汚す。

 

 監督役主催のゲーム『狩猟(ハンティング)』はついに、最終局面へ突入した。

 

 

 

 

 ネロとの一騎討ちで拮抗していたエリザベートであったが、そこにセミラミスの毒羽攻撃が加わるとたちまち劣勢に立たされた。猛毒を仕込んだ鳩の羽を魔力で絶え間なく射出する弾幕攻撃からマスターを庇うのが手一杯で、露出した肌を次々に毒羽が掠めていった。

 白い肌には、毒で汚染された黒い血の滲んだ生傷が刻まれる。ネロが引けばセミラミスが弾幕を、弾幕が止めば斬撃と入れ替わり立ち替わりして攻勢を緩めない。

「そらそら、宝具を開帳せんと押しきられるぞ?」

「そなたの実力、よもやそれしきではあるまい!」

 二人の挑発にエリザベートも負けじと『徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴ ェ ー ル・シ ャ ー ル カ ー ニ)』や『不可避不可視の兎狩り(ラ ー ト ハ タ ト ラ ン)』で巻き返しを図る。だが、白野と周による細やかなサポートの甲斐あって、致命傷を与えられていない。

「目障りなのよアンタたち! いいからさっさと、生け贄になりなさいよ!!」

 怒りに任せたエリザベートの絶叫もどこ吹く風である。矢継ぎ早に攻撃を行うネロとセミラミスは、何重にも掛けられたステータス強化のコード・キャストの恩恵で徐々に勢いを増していた。

 無論のことながら、セミラミスの挑発も口からでまかせではなくちゃんとした戦略眼に基づいている。それがエリザベートの頭痛を更に悪化させているのだ。

 血管に入り込んだ毒がジワジワと身体を蝕み、激痛に苛まれる鮮血魔嬢は痺れを切らし、マスターに断りを入れもせず宝具を開帳した。

「さあ始めるわよ。あなたたちの人生のラストナンバー、聞きなさい。そして絶頂を迎えた瞬間に果てなさい!! ―――――『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』!!!」

 槍型のマイクスタンドが床に突き刺さると同時に、槍を中心に血の池が急速に広がっていく。ドラゴンの羽を展開してマイクスタンドの上に舞い降りたエリザベートは、窓の外に現れた巨大なアンプを背に大きくのけぞる。

 史上最悪の超音痴攻撃(ドラゴンブレス)が校長室の全てを薙ぎ払い、殲滅する……ハズだった。

 

 

「う……ウソ、でしょ? な、何なのよコレ?」

 

 ランルーとネロ、白野――そしてエリザベート自身が驚きのあまり言葉を失った。

 起こるべき大破壊は無く、よく手入れされたアイドルの華奢な四肢と細く滑らかな喉、そして純白の背中に無数の短刀(ダーク)が刺さっていたのだ。

 百本近い黒塗りのナイフは筋と声帯と肺を的確に傷つけていた。

 口から鮮やかな()を吐いたエリザベートは、 床に刺さったままの槍を頼りに身体を支える。

「誰よ? 誰がこの私に……!?」

 悲鳴と泣き声の半ばに近い声に呼応して、部屋中に影たちが実体化した。

 百近い老若男女は一様に白い髑髏の仮面で顔を隠し、襤褸を纏った奇怪な姿をしている。筋骨隆々の巨漢から華奢な女まで多種多様である。

 影たちは血の海に崩れ落ちたエリザベートを囲んで冷ややかに笑っている。竜の娘は力なく腕を伸ばして槍を掴んだものの、それきり動かない。

「余の見せ場を奪い、あまつさえ宿敵()の決着を阻んだその不敬、松明刑に値すると知れ影共よ」

 影の群へ剣を突きつけたセイバーが放つ殺気にアサシンたちは動じることなく、疎らに皮肉な笑いを溢している。

 ざわめく群影の不気味さに白野は寒気を感じつつも、逃げることなく彼らを注視する。隣では相変わらずの無表情で周が佇んでいた。彼のサーヴァントは退屈そうな目で髪を弄っている。

「一介のサーヴァントでしかない我らに誇りなど無し。……貴公はさぞ誉れ高き英雄なのだろうな」

 シャーミレの皮肉にネロは殺気を露にする。

 数ある天敵の一つである剣の英霊(セイバー)の琴線に触れたことも気に留めず、間諜の英霊(アサシン)はエリザベートに止めを刺そうと短刀(ダーク)を振りかざす。

 ネロが制するよりもなお先に動いていたのは、無言を貫いていた周だった。

 細く生白い右手には拳銃が握られ、白野が気づいたのは真横で銃声が響いた後であった。拳銃にしては長いバレルから放たれた鉛の弾丸は部屋の隅に鎮座していたランルーの額に鮮やかな赤を咲かせた。

 立て続けに轟いた爆音と同じ数だけランルーの身体から血飛沫が飛び、糸の切れた人形が崩れ落ちると同時に、アサシンの一撃を受けたエリザベートの首筋からも鮮血のシャワーが噴き出す。

 天井から滴り落ちる自身の血液を舐める間もなく、エリザベートは黒い靄となって消滅した。マスター・ランルーも身動き一つせず、ムーンセルによって削除(デリート)される。

 血の臭いもどこからか吹き込む風に取り除かれ、清浄な空気を取り戻した校長室には、複雑に混じりあった感情が溜まっていた。

 アサシンたちが黒い靄となり姿を眩ましたのを確かめた周もまた、退散しようとした。

「もうこの部屋に用は無い。じゃあな」

 誰も言葉を発さない中で、周は足早にその場から去ろうとした。しかし、白野に呼び止められて歩みを止め、軽く振り返る。

 僅かな苛立ちは呼び止められたことへの不快感だろう。用の無い場所に留まる意味がないのに、瑣末な理由で足留めされたと彼は感じたらしい。

 暗闇を湛えた目で睨まれながらも、白野は毅然とした態度である。

「どうしてあの場でランルーを撃ったんだ。放っておいたって、どのみちムーンセルに消されていた」

「生きているアイツを殺せば令呪が手に入る。これ以外に何か理由がいるのか?」

「死ぬと分かっていたのに殺す必要があるハズがない。静かに息を引き取ることくらいは――」

 白野のセリフは周に遮られた。

 ランルーを射殺したリボルバーの銃口が白野に向けられ、今にもトリガーを引かれそうになっている。

「これは戦争だ。他人の生き死になんぞに気を配っている暇があったら、自分の背後を取られないように注意しているべきだ」

 邪気を漂わせる笑顔で白野から距離を取った周の真横を風が駆け抜ける。

 風の正体が何か直感的に理解してネロが剣を振りかざす。

 一斬は空を裂き、童女の矮躯に重い一撃が叩き込まれる。

「ぐぁっ!?」

 倒れ込んだ紅蓮のセイバー。手放された剣が床に転がり、硬い音を立てた。

「セイバー!!」

 駆け寄る白野を余所に、周は拳銃をアイテムストレージに戻す。表情は変わりなく冷ややかで、人間らしい暖かみを微塵も感じさせない冷厳な雰囲気であった。

 ネロを一撃で打ち伏せた何者かが呟いた。

「……ほう、致命傷を避けたか。見た目によらず骨のある奴だ。が、儂の拳を喰らった以上は助からん」

「魔拳士の名は伊達ではないな。即死ではないが、約束は果たそう」

 呟きに応じて周が薄青色の薬品で満たされた硝子の小瓶を手にした。目に見えぬ襲撃者にそれを手渡し、悠々と歩いて扉に手をかけた。

「一殺の主義を利用されるとは思いもせなんだわ。哥哥哥、小僧、胸を張れよ。お主は英霊を手玉にしたのだからな!」

 豪快に笑い飛ばす声とは対照的に、セミラミスは冷めた様子で一笑に付した。

「貴様のような狗如き、手玉とするなど容易いわ。これしきの児戯に誇るほどの事であるものか」

「哥哥哥、お主ほどの英霊からすれば儂などその程度であろうよ。でなければただの餓鬼にそなたがそこまで手を貸す理由も解るのだがなぁ。いや実に無念よ」

 不可視の襲撃者を皮肉ったセミラミスは、冷やかし返されて目尻を吊り上げ、長い耳の先まで紅潮する。あからさまに激昂した女帝様を隔離するため、周はそそくさと個室に転移した。

 

 

 

 

 個室に戻り実体化したハサンたちから美紗夜の行動を知らされた周は、特にこれといった反応を示すことはなかった。

「よろしいので? ランスロットは我らアサシンにとって難敵でありますが」

「マスターの魔力が足りないなら浪費させればいい。それが無理なら空中庭園で踏み潰す」

「庭園の内ならばあの反逆者を御すことも容易い。ランスロットなぞ恐るるに足りぬわ」

 胸を張るセミラミスだが、周は慎重さを崩さない。

 そもそもスパルタクスは他人の言葉に耳を貸さない大ハズレのサーヴァントであり、権力者であるセミラミスの指示など聞くはずがない。

 それを考えれば慢心する余裕などありはしないのが当然である。ただ、スパルタクスとランスロットでは総合火力で勝るトラキアの反逆者に軍配が上がる。

 自分たちが圧倒的に不利ではないと認識した周が対ランスロット用の計略を練ろうと瞼を閉じた時、意外な人間が部屋を訪ねてきた。

「『狩猟(ハンティング)』優勝おめでとう。重大な違反行為はさておき、バーサーカーとそのマスターを排除できたのは君達の尽力あってこそだ」

 影のある薄ら暗い笑みの言峰神父が賛辞を贈る。

 突然の来訪者があまりにもあんまりな人物で、周は本人の目を憚りもせず露骨に落胆して見せた。ガックリと肩を落とし、ため息をつく。

「メッセージだけなら端末に送れ。お前の顔なんて、仮令人類最後の日になっても視界に入れたくない」

「また随分と嫌われたものだな。しかし、こうなった原因は君が対戦相手を倒したせいで報酬が令呪しかないからだ。流石に、こればかりは直に渡すしかない。そのための無駄足に過ぎない」

 大人の対応に皮肉を忘れない言峰神父を睨む周だが、すぐに抵抗を止めて右手を差し出した。 「さっさと令呪を寄越して、帰れ」――無言の嫌悪に冷笑した神父は、右腕に手をかざす。

 追加令呪は呆気なさすぎるほどすんなりと周の右手に刻まれ、王冠と目玉の一体化した基本の三画がさらに不吉さを増した。

 任務を終えた言峰神父は僧服の裾を翻して、はたと立ち止まる。

 

「忘れるところだった。君に何者かからメッセージが届いている。…………『ガンバれ、お兄ちゃん』とな。では、五回戦までゆっくり休みたまえ少年」

 

 恐ろしく達筆な毛筆で激励の言葉がしたためられたカードを受け取った周は、ちらと見もせず直ぐ様にビリビリと引き裂いた。

 

 この時、セミラミスが静かだったのは顔から耳どころか首まで真っ赤にしていたからである。




 apocrypha4巻のステータス表によるとセミ様はスキル及び耐久ステータスが本作と一部異なります。
 なので、キリのいいところでありますから、より正確なセミ様の設定を製作しました。シロウがマスターの場合より相性補正で汎用性が増してます。
 周や美紗夜、ハサン、スパルタクスの設定とまとめて次回にご紹介する予定なので、今回はこれにて失礼いたします。


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設定集一:南方陣営

 対戦相手を排除した結果、周は四回戦をエレベーター式に勝ち進みます。トリガーは回収しますが、アタランテの対決なんてありません。

 五回戦からようやく周の聖杯戦争が始まりますが、その前にオリ主である周やらセミラミスやらの公開可能な設定を公開しておきます。


南方 周

・読み:みなかた あまね

・誕生日:10月8日/血液型:AB型

・身長:177cm/体重:54kg

・イメージカラー:鈍色

・特技:速読

・好きなもの:本、人形/苦手なもの:生物

・天敵:多数

 

 

玲瓏館美紗夜

読み:れいろうかん みさや

誕生日:2月3日/血液型:A型

身長:169cm/体重:56kg

イメージカラー:真紅

特技:罵倒、調教

好きなもの:忠犬、紅茶/苦手なもの:裏切り、諦観

天敵:南方 周

 

 

【サーヴァント】アサシン

【真名】セミラミス

【マスター】南方 周

【キーワード】最古の毒殺者

        大魔術師

【ステータス】筋力:E  耐久:E  敏捷:D  魔力:A  幸運:A  宝具:A

 

【クラス別スキル】

 気配遮断:C

 サーヴァントとしての気配を断つ。

 隠密行動に適しているが、攻撃行動に移ると大幅にランクダウン。ただし、毒を忍ばせる場合はこの限りではない。

 

 道具作成:B

 魔力を帯びた器具を作成できる。

 毒薬をはじめとした薬物の精製に特化している。

 製法さえ分かれば一部の礼装は作成可能。

 

 陣地作成:EX

 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。

 必要なリソースを集めることで、“神殿”を上回る“空中庭園”を形成することが可能。

 

【固有スキル】

使い魔(鳩):D

 鳩を使い魔として使役できる。

 契約は必要なく、思念を送るだけで可能……なのだが、ムーンセルに鳩がいないので死にスキル。

 

 二重召喚:A

 アサシンとキャスター、両方のクラス別スキルと宝具を獲得して現界する。マスターとの相性補正で本来よりランクが高い。 

 

 神性:C

 シリアの魚神であるデルケットと人間の間の娘。

 

【宝具】

虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)

ランク:EX 種別:対界宝具

レンジ:10~100 最大捕捉:1000人

 古代シリアの伝説にある空中庭園。が、セミラミスはバビロンの空中庭園に無関係である。人々の勘違いによる信仰のみで宝具に昇華した稀有な例。

 

 あくまで「虚栄」であるため、宝具発動には多大な手間隙を要する。大量のリソースを投入し、必要量に達してから最低でも三日は発動出来ない。

 

 信仰のみで宝具に昇華した結果、セミラミスが内部にいる限りEXランクの魔力供給に加えて知名度補正によるステータスの大幅な強化を受ける。

 

 発動すれば、「移動出来る巨大な浮遊要塞」として機能し、EXランクの魔力砲弾を放ち、無限に竜翼兵を生産する。

 

 本来はキャスターとして現界した際の宝具だが、多重召喚の効果で発動可能となっている。

 

 

 

【サーヴァント】アサシン

【真名】ハサン・サッバーハ

【マスター】南方 周

【キーワード】  山の翁

       百の貌のハサン 

【ステータス】筋力:C  耐久:D  敏捷:A  魔力:C  幸運:E  宝具:B

 

【クラス別スキル】

 気配遮断:A+

 自身の気配を消す能力。完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。

 

【固有スキル】

 専科百般:A+

 多重人格の切り替えにより専門スキルを使い分けできる。

 戦術・暗殺術・詐術・話術・学術・隠密術といった、総数32に及ぶ専業スキルについて、Bランク以上の習熟度を発揮できる。

 

 蔵知の司書:C

 多重人格による記憶の分散処理。

例え明確に認識していなかった場合でも、LUC判定に成功すれば過去に知覚した情報・知識を記憶に再現できる。

 

【宝具】

妄想幻像(ザバーニーヤー)

ランク:B+ 種別:対人宝具

レンジ:- 最大捕捉:-

 生前の多重人格を原典とした宝具能力。多重人格の分割に伴い自身の霊的ポテンシャルの分割も行い、別の個体として活動することを可能とする(最大80体まで+無自覚な自我が出現する可能性がある)。

人格それぞれに応じた身体で現界するため、老若男女、巨躯矮躯と容姿も様々なものとなるが、人種は固定されているようだ。

自身を「分割」する為、個体数は増えても力の総量は同じである。従って分割すればするほど一個体の能力は落ちていくが、暗殺者クラスの固有スキルである「気配遮断」だけは衰えることが無く、これを最大限利用することで非常に優秀な「諜報組織」と化す。

分割されたそれぞれの個体は、各々別の存在として成立する。分割された個体が死亡すれば、その個体はアサシン全体に還元されることはなく、消滅する。いずれかに上位の「本体」と呼べるようなものがあって下位の「分身」を生み出しているわけではなく、全てのアサシンは同位の存在である。

また、テレパシーのようなもので繋がっているということはなく、会話等の何らかの手段で伝達しなければ、持っている情報を共有はできない。

 

 

 

 

【サーヴァント】バーサーカー

【真名】スパルタクス

【マスター】セミラミス

【キーワード】トラキアの反逆者

         ローマの災禍

【ステータス】筋力:A  耐久:EX  敏捷:D  魔力:E  幸運:D  宝具:C

 

【クラス別スキル】

 狂化:EX

 パラメーターをランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。

 狂化を受けてもスパルタクスは会話を行うことが出来るが、彼は“常に最も困難な選択をする”という思考で固定されており、実質的に彼との意思疏通は不可能である。

 

【固有スキル】

 被虐の誉れ:B

 サーヴァントとしてのスパルタクスの肉体を魔術的な手法で治療する場合、それに必要な魔力の消費量は通常の四分の一で済む。

 また、魔術の行使がなくとも一定時間ごとに傷は自動回復する。

 

【宝具】

疵 獣 の 咆 哮(クライング・ウォーモンガー)

ランク:A 種別:対人(自身)宝具

レンジ:0 最大捕捉:1人

 常時発動型の宝具。

 敵から負わされたダメージの一部を魔力に変換、蓄積する。蓄えられた魔力は現界の維持やスパルタクスの能力をブーストするために使える。




 キーワードを考えるのが一苦労でした。
 質問もじゃんじゃん感想欄にお書きください。ネタバレにならない範囲で回答いたします。

 アンケートは、締め切りまでにいただいたリクエストは全て採用とします。この先も回答は可能にしておきますが、採用しない可能性もあることをご了解ください。

 感想、評価お気軽にどうぞ。
 お待ちしております。


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第五回戦:無垢なる邪悪

 アンケート結果を改めて確認してみたら予想以上のるリクエスト数でビックリしました。
 五回戦からは原作+マンガ+作者の思い付きで話がこじ……展開されていきます。


 聖杯戦争も折り返し地点を過ぎ、校舎に残ったマスターの数も八人にまで減少した。一回戦当時の喧騒も今は消え失せ、月海原学園の校舎には賑やかさの裏にちらついていた緊張感もなくなっていた。

 強者の余裕とでも言うべき落ち着きの中で、西欧財閥が擁する黒衣の殺人機械が敗退したことを安堵する空気すら流れている。

 言峰神父による違反マスターへの私刑の最中にも数名の優勝候補が死亡しているが、それもユリウスの仕業という結論に着地したことに、俺は内心でほくそ笑んでいた。

 ここまで好都合な勘違いが起きようとは予想だにしなかったのだ。

「死人に口なしよ。あの狂犬めも愚かな主と契約したことを悔やんでおろうな」

 李書文にからかわれたのが相当癪に障っていたのか、セミラミスはご満悦だ。彼女は機嫌が良いと饒舌になり、頼んでいないのに話しかけてくる。

 ハサンが始末したモードレッド(反 逆 の 騎 士)ジークフリート(竜 殺 し)アルクェイド(真  祖)と、俺がアタランテを排除したことで入手した破格の報酬金は、全てインテリアへと消えていった。幾つかの高級家具を新調できたのも、セミラミスのご機嫌に貢献しているのだろう。

「そうだそうだ、忘れておった。お主の愉悦探しを始めねばなるまいて……」

「言われてみればそんなこと言ってたな。」

 バビロニアの英霊って、なんやかんや人生楽しんでる奴らばっかりだからその辺は安心出来る。他の事では色々と不安だが。

 俺の適当な反応に目くじらを立てることもなく、セミラミスは心底楽しそうに腰を上げる。シャーミレは仮面のせいで表情が見えないが、魔犬に餌を与えていた美紗夜が何故か食い付いてきた。

「愉悦探し? 貴方、まさか自分の楽しみも知らないなんて言わないわよね?」

「我が主でありながら、嘆かわしいことにその通りなのだ。この男は快楽を貪るどころか、何を快楽とするかさえ心得ておらぬときた!」

「残念……いえ、何もない人間なのね。道理で同情も哀れみもないわけだわ。こんな欠陥製品に助けられたなんて、輪廻転生しても拭えない恥辱だわ」

「楽しそうで何よりだ……」

 もうノリノリだなこの二人。変なハイテンションに付き合わされる俺とハサンのことを考えてもいいんじゃないかね? お前らの数倍に及ぶ仕事を不平一つ溢さずに働いてる。

 罵倒と皮肉の暴風雨に無視という傘は通じないらしく、安楽椅子で寛ぐ俺をセミラミスと美紗夜は全力でこき下ろしてくる。

 こんなことで意気投合されるのも困るが、変に対立されてもそれはそれで迷惑である。ここは大人しく言葉のサンドバッグとなる他にない。ついでに言うなら、この二人に口喧嘩でも腕っぷしでも勝てる自信がないし勝つビジョンも見えない。

 いつになったら飽きるのかと、釘を刺される糠、風に揉まれる柳の心で目を閉じる。俺の部屋なのに、なんでこんなに落ち着かないのかは……触れないでおく。

 精神衛生をこれ以上に損なう必要もない。

 怒りや不満をため息に混ぜて吐き出していると、やっとこさ端末が五回戦の対戦相手を知らせる飾りっ気のない電子音を発した。

 俺はこれ幸いに立ち上がり、セミラミスと共に個室から廊下へと出る。

 手の内が分かっている相手なら助かるんだが、自分の運勢が何より信用ならない。ココ一番でとんでもない貧乏クジを引いてしまいそうで、なんだか胃が痛んできた。

 もう見慣れた二階の掲示板前に着くと、二度と見たくない二人がいた。無視してやろうとしたが、案の定、スルーしたところで無意味だった。

「お前さんらが今回の対戦相手か! これも聖杯の導きっちゅうわけだな」

「お久しぶりです。変わり無さそうで嬉しいです」

 見るからに人畜無害な中性的少年と謀略や詭計とは無縁そうな筋肉ダルマに目を向ける。視界に入るだけで胃がチクチクと痛む。

 小さい頃から特定の誰かに会うとこんな具合に胃が痛む。別れたらすんなり治まるこれは何なんだろうと考えてみたが、答えは出なかった。

 こちらの無反応にも、伊勢三は残念そうな笑顔で返すだけであった。その穏和な顔さえも不愉快で、腹の奥底から何かが湧き上がってくる。形容しがたい負の感情に苛まれながら、俺は躊躇なく毒を吐く。

「死んでいなかったか。ユリウスも案外、役に立たない奴だった……。いや、むしろアイツにはその価値もないと映っていたのかもな」

 これで多少はマスター(伊勢三)サーヴァント(イスカンダル)、最低でもそのどちらかに感情的な怒りを抱かせることに成功しただろう。

 魔術師として俺より勝るマスターと、戦闘面でセミラミスより秀でたサーヴァントが相手なのだ。着実にどちらかを暴走させねば勝機はない。

 あちらの反応を伺っていると、端末にアリーナ第一層で一つ目の暗号鍵が生成されたという報せがあった。出来ることなら、コイツらのいない内に礼装や資金を回収してしまいたいところだ。

 アリーナに行こうと階段に向かうと、伊勢三に呼び止められた。それにわざわざ反応してやることもなく、一階まで降りる。

 

 ……さて、どうやって始末すればいいのやら。

 

 

 

 

 私はサーヴァントを失いました。

 三回戦の決戦で、遠坂凛に勝利することが困難と判断。師の命に従いムーンセルの破壊を行おうとしたものの、岸波白野の乱入によりエーテライト自爆は失敗。そしてバーサーカーを失い、マスターでもNPCでもない存在と成り果てた……ハズでした。

 

「あなたはもうお人形じゃないわ。心を持ったお人形なんて、出来損ないのアダムとイブじゃない」

 

 夢とも幻ともつかないどこかで、終末の日、天界から鳴り響く七つのラッパに呼び起こされ地上へ降臨する獣の王を従えた少女はそうため息をつきました。

 

「こんなお人形じゃああのお兄ちゃん、また怒っちゃうかも。どうしよう、錬金術ってあんまり得意じゃないのよね」

 

 何が起きているのか、理解が追い付きません。

 ムーンセル、より厳密に言えばセラフの中では夢を見ることができない。つまりこれは現実であり、ここがセラフのどこかであり、少女の背後にある神々しいまでの魔力を秘めたアーティファクトは――――

 

「ここはあなたが来るはずのない場所。聖杯戦争を勝ち抜いた最後の一人にのみ入ることの許された空間。えーっと、熾天の座って言えば伝わる?」

 最悪……であるかどうかは不明ですが、そんな気はしていました。檻の上からこちらを見下ろす少女が何かに支えられて、一際に大きな墓標に降り立ち、優雅に微笑みました。

 

「あなた、本当に運がいいわ」

 

 ――――ッ!?

 この痛みは、でも、そんなはずは――!!

 

「うふふ、これだから聖杯戦争ってたまらないわ。こんなお人形に惚れ込む英霊がいるんですもの。こういう番狂わせがあるから好きなのよ」

 

 何故、どうして、なんで――。

 いくら考えたところで、答えなんてありはしない。どのような理屈で、消滅したはずの令呪が再び宿ったかなんて、それこそ神でもなければ……。

 理解の範疇を越えた出来事に唖然とする私を見て、少女は天使の衣を脱ぎ捨て、奥に潜んでいた魔性を露に目を細め――

 

「五回戦のマスター、実は一人足りないの。だからあなたが幸せなお兄ちゃんに斃されて欲しいのよ。アトラス院のホムンクルス(お 人 形)さん」

 

 マスターが不在だから、私が再度サーヴァントを得て聖杯戦争に参加する……。理にかなっていますが、やはり不明点が多すぎます。

 

「あなたともう一人といたから、壊れてもいい方を選んだの。壊れたお人形なんて飾っても見栄えが悪くなるだけだし。まあ、そのまま捨てるよりはマシだと思わない?」

 

 少女はそう言って、魂の深淵に記憶された恐怖の起源を思い起こさせるほど純粋な悪意を振り撒いた。次の瞬間には、視界が白く染まり行き――

 

「あ、あなたは一体……!?」

 

 答えを確かめる余裕もなく、ホワイトアウトした。

 

 

 

 

 無事に対戦相手と出くわすことなく五の月想海第一層の暗号鍵と宝物を回収し、校舎側のアリーナ出入り口に出ると、褐色肌の小柄な魔術師、ラニ=Ⅷと鉢合わせした。

 俺から見て右側の壁はクレーターが出来ていて、状況的にはラニ=Ⅷがやったとしか思えない。無論、俺はこのシーンを知っている。

 なので、取るべき行動もすぐに分かる。

「対戦相手に恨みでもあるのか? アトラス院のホムンクルスが照準ミスするほど憎いと感じる人間が、この聖杯戦争にいるとも思えないが」

「……貴方には無関係です。私の対戦相手に関心を払うなどという、非合理的かつ非効率な行為は推奨できません」

「それこそお前には無関係だろう。しかし……ラニ=Ⅷと関わり深いマスターとなれば、一人しか思い浮かばないな。名前は……」

 俺が岸波白野と口にするより数拍先に、ラニのボディブロウが俺の腹に直撃した。

「グェッ」

 衝撃に押し出された息とともに蛙の潰れたような声が漏れる。

「五回戦まで勝ち抜いた、それは確かに誇るべき功績でしょう。しかし、貴方程度の三流にも満たないマスターだからこそでもあると解らないのですか?」

『言われてみれば我もサーヴァントを相手に戦った記憶がまるでないな。……それはそれで驚くべきかもしれんが、うむ……』

 格下と嘲る態度を隠そうともしないラニは、踞った俺を冷たく見下ろしている。そのまま背を向けて去ろうとしたところで、セミラミスがマスターを殴られた報復を開始する。

「そなたは魔術師として見れば優秀であろう。だが、少なくとも拳を打ち込むだけで見逃す程度のやり方を選ぶ辺り、それ以外ではかなり劣っておるな」

「聖杯戦争において最も重要な魔術師としての才を持たない貴方のマスターが、私より勝ると?」

人間(・ ・)として見ればそなたなど我が主の足元にも及ばぬ。所詮は似せ物、本物には敵わん」

 ホムンクルスとして生み出され、人間から一歩足りないままのラニをセミラミスが嗤う。

 

 心がない故に悪意を理解できず、悪意を理解できぬが故に身を守れず、身を守れぬが故に俺より弱い。

 

 欲を知らない純真無垢な機械では、欲にまみれた人間の悪意が秘める無秩序な暴力性に対応できない。

 

 ラニは俺を覆すことの出来ない圧倒的な力でねじ伏せようとした。だが、俺は力で勝る奴らを知恵で排除してきたのだ。ただの力であるならば、容易にかいくぐれる。

 芽生えたばかりの穢れを知らない心なんて、いくらでもどうとでも処理可能だ。無駄ではあるのだが、なぜ対戦相手がラニではなく伊勢三なのかと悔やんでも悔やみきれない。

 腹を押さえながら、俺もよろめきそうになるのを堪えて立ち上がる。

「お前にとって嫌ではあるが不利にはならない事実を白野にバラす、と言われても対抗策を考えつくか? 脅しても無駄だからな。それこそサーヴァントの真名まで明かしてやる」

「実害を伴わない行為への対抗策はありません。ですが、妥協案ならばあります」

 ラニ=Ⅷに妥協案があるとは思いもしなかったらしいセミラミスは感心した風にクスリと笑う。どんな内容かはさておき、これで伊勢三へのアドバンテージを得られることは確かだ。

 自分の運勢からはあり得ないラッキーに見舞われると、途端にその後にやって来る反動が怖くて怖くて仕方ない。

 微妙に不安を抱きながらも、五回戦での立ち振舞い方が定まった。後はその通りに動くだけでいい。




 ラニが体術を使っているのはコミックス五巻にあったシーンから閃いたアイデアです。
 殴られて蛙の潰れたような声が漏れる辺り、周の主人公力(魂のイケメン度)がどんな程度なのか察していただけるかと思います。

 感想、評価ともどもお待ちしております。
 どうぞよろしくお願い致します。


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第五回戦:王冠の主とは

 絶賛スランプ中の私です。
 ここ最近の暑さに負けて万事が不調に陥っております。五回戦……今月中に終わるかなぁ……。


 グダグダ回ですが、フラグ回の次は暴れる回にするのでお許しください……。


「姿を見せない対戦相手……ねえ。よっぽど自分のことをあんたに知られたくないみたいだけど、それってとても変な話よ」

 五回戦が始まってからずっと、アリーナでも校舎でも誰かに見られている気がしてならない。追いかけたら逃げてしまうので拉致が明かず、保健室にいた凛とラニに相談してみることにした。

 まず組み合わせ発表の掲示が破壊されていたこと。

 アリーナに入った直後、とてつもない力が入り口前へ放たれたこと。

 どちらもデータの欠損が尋常ではなく、復旧に時間を要すること。

 これらの要因から凛が犯人として挙げたのはレオだった。

 確かに彼のサーヴァントは七騎のクラスで最優のセイバーであり、その真名は騎士王の忠臣として名高いガウェイン卿だ。

 彼の聖剣ガラティーンであれば、全力ならあれほどの破壊も可能だろう。しかし、マスターであるレオがそんな姑息な真似をするとは思えないし、ガウェインの独断とも考えにくい。

「周は……闇討ちするにしたってもっと確実に狙ってくるでしょうし、あのサーヴァントにそれほどの破壊が出来るとも思えないわ。となると誰がやったのかしら……」

「消去法はこの場合適切ではありません。相手との接触が困難な以上、こちらは万全の態勢を維持する他にないでしょう」

 凛の言う通り、彼ならもっと狡猾で効率的な手段を講じてくるだろう。『狩猟(ハンティング)』では俺をバーサーカー討伐に利用し、ランルーくんを討ち取った。その直後にはユリウスのサーヴァントを利用してセイバーに致命傷を負わせたのだ。

 あの群体のサーヴァントとも裏で繋がっていたのだろう。周の神算鬼謀ぶりはレオと並ぶ驚異だからこそ、 尚のことあり得ないと思えてしまう。

「手ずから素性を隠す輩が素直に名乗り出たりはすまい。余としては甚だ不本意だが、あえてあちらに先手を譲ってやろうではないか」

「わざとアドバンテージを与えて油断させるのはアリよ。油断させてボロを出すのを待つってのは悪くないチョイスだわ」

 凛とラニがいる間はカレンが男性マスターを保健室に入れたがらないのを良いことに、セイバーまで実体化して会話に加わってきた。だがその案は後手に回るものだが、現時点では最善の策でもある。

「ありがとう。また何か分かったら改めて伝えるよ」

 一先ず様子を見ることにして、今日の探索を始めよう。トリガーも取れていないし、急がないと。

 凛とラニに礼を告げて、保健室を後にする。

 姿を見せない厄介な対戦相手とぶつかることになったが、それしきで立ち止まるわけには行かない。

 これまでに幾度となく乗り越えてきたマスターたちと自分自身に恥じることのないよう、前を向いて進まなければ。

 

 

 

 

 白野たちが謎の対戦相手へどう出るかについて本人の前で話している頃、俺はラニから送られてきた礼装を確かめていた。

 交渉の末、俺から白野にラニの事を明かさない代価として、ラニの持ち込んだ違法術式(ルールブレイカー)を一つこちらに譲渡することで話がついた。最悪の場合にそなえて拳銃をハサンに渡しておいたのだが、転ばぬ先の杖は無駄になってしまった。

 とりあえず、この礼装をアリーナで適当なエネミーに試し撃ちする前に別の用件を済ませておかねばなるまい。

「伊勢三からの手紙にはなんて書いてあった」

「マスターとの対話を望む……とだけ」

 丁寧に蝋封された封筒の中から出てきたのは、俺の対戦相手であるライダーのマスター、伊勢三からの手紙だった。新しい礼装のテストも兼ねてアリーナへ行こうとした矢先、個室の前にコレがあったのだ。

 ハサンに内容を改めさせたところ、気に留める必要性のない戯れ言以外は記されていないことが判明した。

 もしかしたら呪いの類でも仕込まれていると思ったのだが、杞憂だった。魔術師の思考回路が分からないのだから警戒できる部分は全て警戒していたのだが、今回は、不要だったらしい。

 安堵した俺は二騎のアサシンを引き連れて個室から外の廊下へと出る。

 絢爛豪華で壮麗ながら邪悪さの見え隠れする空間を後にした俺の傍らでハサンが耳打ちする。

『お気をつけ下さい。隣の教室にライダーとそのマスターがおりますれば』

「待ち伏せか」

『他にあるまい。どうするかはそなたが決めよ』

 丸投げして行くスタイルのセミラミスにも慣れたもので、俺は何も言わず教室の前を通り抜けて階段を目指す。

 鉄の意思を以て歩を進め、鋼の覚悟で伊勢三の声を聞き流す。甘ったれたマスターに毒の一つも吐きたいところだが、それをしては計画が無駄になってしまう。

 念のために持ってきた傘がお荷物となるのは構わないが、自分で作ったプラモデルを自分のミスで壊してしまうなんてのは最悪だ。そうならないようにも自らを律さねばならない。そもそも、毒舌は俺ではなくセミラミスと美沙夜の仕事だろう。

 追いかけてこないならそれでよし、追いかけてくるなら徹底的に無視してやる。何をされても無反応、空気として扱えば焦れてくる。

 そこを突けば俺でも勝てるだろう。

 ……相手がまともだと本当に楽でいい。

 

 

 

 

 魔術師(ウィザード)という生き物には幾つかの系統がある。無論、生物学上の系統ではなく性格のことだ。

 五回戦まで勝ち残った、もしくは生き残った魔術師はいずれも西欧財閥に対して否定的ではあるのだが、その価値観の隔たりからか同志どころか同じ世界の人間とすら認識していない場合も多い。

 その具体例こそが遠坂凛と玲瓏館美沙夜の関係である。

 周と白野がアリーナで探索を行っている頃、レオ、凛、美沙夜の三人が図書室で鉢合わせしていた。数いるマスターの中でも特に最悪の組み合わせであり、図書室の管理を行っている生徒会の間目智識は今すぐにでも準備室に籠りたかった。

 レオの光と凛の熱と美沙夜の圧が凄まじく、AIであるにも関わらず間目は胃腸が痛んでいた。

「フラット・エスカルドスとダン・ブラックモアが敗退するなんて読めなかったわ。これはいよいよ大番狂わせが起きるわね」

「馬鹿と死に損ないがやられたくらいで五月蝿い牝狗ね。まあ、ユリウス(貴方のお兄さん)が死んだのは少しばかり想定外だったかしら」

「僕としては大した問題には思えません。ユリウス兄さんにしてもサー・ダンにしてもミスター・エスカルドスにしても、相手が悪かったのでしょう」

 盗み聞き程度ならこれが普通に聞こえるだろう。

 だが各々の表情まで見てしまうとそうもいかなくなるのだ。

 いや、レオ単体ならばそれほど堪えないかもしれない。そこへ少年王の腹を探るつもり満々の凛と、その凛を牽制しつつレオを挑発する美沙夜を加えたらとてつもないことになる。

 レオ自身は二人の事を意に介していない。他のマスターやAIと同じように接しているのだが、それがなおのこと気まずいのだ。

「僕はミス・カリギリの一回戦敗退が驚きでした。彼女の実力もカルナの性能如何では無視できたはずだと思っていたのですが……南方さんが勝利するとは」

「アイツが正攻法で戦うと思う? 一回戦開始の後から例のバーサーカー討伐中までずっと影でコソコソ動いてたんだから」

 ハサン・サッバーハ軍団のカラクリと周との関係がバレていないため今はまだ憶測の域を出ないものの、優勝候補三名を殺害した張本人が南方周ではないか、という声は少なからずある。

 無名のマスターがバーサーカーのマスターを討ち取り、山の翁ともども達成者になったことを怪しむ者は多い。無論、岸波白野たちも同意見である。

 まず周は何においても人相が悪い。

 三人を密かに監視しているハサン・サッバーハたちも思わず頷いてしまうほど性格が顔に出ている。いくらサーヴァントと言えどもフォローにも限界があるのだ。

 鼎談はさらに続き、今度は聖杯に託すに相応しい願いとは何なるや、という地雷でしかない話題で議論は白熱していた。

 聖杯への願いとは即ち、西欧財閥による管理社会を認めるか否かである。

「聖杯の力を正しく認識し、正しく扱える人間が必ず勝ち残るなら問題はありません。聖杯が危険なのは、正気ではない者の手に落ちる可能性が無視できない確率で存在していることです」

「だからってハーウェイ家の管理下に置くのが最善とは言えないわ。貴方は正しく扱えるでしょうけど、後の管理者もそうとは限らないでしょ」

 堂々巡りではあるのだが、この二人はかたや停滞と安定、かたや進歩と不定の双極を司るが故に否定しあう他にない。

 そして、この二人とも異なる美沙夜がせせら笑う。

「いくらハーウェイが宇宙への門を塞いだところで、千人近い人間がムーンセルに入っていたのよ? 貴方たち西欧財閥の支配なんてただの自己満足ではなくて何だと言うのかしら」

 完全無欠の少年王を遠慮なく嘲る美沙夜は毒舌の矛先をレオから凛へと向ける。怜悧な血色に濡れた瞳には、レオの輝きにも凛の熱にも劣らない強烈な圧があった。

「貴女も貴女よ遠坂凛。支配されることを望む民衆に、自分と同じ程度の強さがあるとでも思って? ただ生き方のみを示し、その先へと導かないのは暗君にも劣るただの無能よ」

 突き刺さる言葉の刃は氷のように冷たく、鋭い。

「民衆を支配する者には彼らを導く義務がある。生き方だけではなく、生き甲斐を与えてこその統治者。それを理解しない王にも英雄にも、聖杯を手にする資格なんてないわ」

 もはや我慢の限界だったのだろう。レオの背後で、彼に付き従う形で実体化したガウェインは怒りを抑えた顔だった。

「ミス・レイロウカン。貴女の仰る王道はつまり、かの征服王の如く覇道に生きることが王の在り方であるということですか?」

「それもまた正解よ。少なくとも、人としての欲を見せつけて臣民に熱を与える王道の方が無欲な王道よりマシね。『王』という名前を冠した舞台装置(デウス・エクス・マキナ)なんて、あるだけ邪魔で仕方ないわ」

 現実主義の美沙夜らしい考えに、レオと凛は改めて彼女が東洋の女帝と呼ばれる理由に納得する。

 落ちぶれても東の支配者だけあってか、その思想は生半(なまなか)には揺らがないだろう。そこで、レオはふとあることを思い付いた。

「ミス玲瓏館、我々はそれぞれが異なる方向ではありますが、少なくとも当人なりに人類の行く末を案じているのも事実……。三者とも平行線である以上、議論に意義はありません。そこで僕から一つ提案を」

「アンタが妥協案を出すなんて珍しいわね」

「妥協ではありませんよ? 誰が最も正しいかは議論の余地などありませんから。お二方に理解してもらうためにすぎません」

 凛の冷やかしにも丁寧に応対して意図せずに彼女を煽ったレオは、軽く咳払いして話を戻す。

「我々が知る限り現時点で生き残ったマスターに二人、凡庸な方がいます。彼らの意見を確かめてみるのは如何でしょう?」

「まあいいんじゃない? そっちの息がかかってないのは確かだし」

「好きにするといいわ」

 赤い魔術師二人はそれぞれ同意し、レオは満足げに頷いた。

 ただ、凛と美沙夜はあの少年たちがまず明確な答えを出すとは思っていなかった。

 岸波白野に王の在り方など理解し得ない事であり、南方周にとっては王の在り方は興味の対象になり得ないからだ。

 それでもレオの提案を受け入れたのは、彼らの考えがあるのなら、少し興味があるからだ。




 周がまた礼装をゲットしました。
 次回でぶっ放せるかもしれません。

 感想、評価いつもありがとうございます。
 今後とも完結に向けて邁進して行きますので、今しばらく私の妄想にお付き合い下さいませ。


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第五回戦:悲劇の開演

 暑さにやられて倒れました。
 皆様も太陽光を侮ってはなりますぬ。

 誰だよカルナの宝具は一発花火なんて言ったの!?


 伊勢三から手紙を受け取った日の夜、個室でダラダラしているとセミラミスが何か思い付いたのか、いきなり立ち上がってこちらに来た。

 葡萄酒に飽きたからと買わせた清酒を注いだグラス片手に、悪巧みをしているのが一目で分かる顔で適当な本の山に腰かける。

「小僧、明日からはあの伊勢三とやらいう餓鬼の戯れに付き合ってやれ」

「……いきなり何を言うかと思えばそれか……」

 このサーヴァントが嬉々として他人のあれやこれに強い好奇心を抱きやすい性質であることは予想していたが、まさか実害が伴おうとは。

 不愉快に感じている様子を匂わせながら、腕に絡み付いてくるセミラミスの視線を避ける。が、顔を無理矢理に付き合わされて逃げ場を失ってしまう。

「あの餓鬼は並々ならぬ悲願を抱えておると見た。それがどのようなモノであるか分かれば、踏みにじる楽しみも幾らか増すであろう」

 このサーヴァントは俺には到底理解の及ばない世界で生きてきた人間だから仕方がない。

 そう割り切って渋々承諾しておく。ここにきてヘソを曲げられても困るし、断るメリットもこれと言ってない。

 上機嫌のセミラミスは一先ず置いておいて、俺は左腕に浮かび上がった歪なタトゥーのことを考える。

 ラニ=Ⅷから受け取った違法術式(ルールブレイカー)を起動した途端、左腕に絡み合う大蛇の刺青が走ったのだ。令呪が宿った時に感じたそれとかなり近い痛みを伴った意匠は、よくよく見るとそれぞれが異なる蛇の尻尾を食べていた。

 円環の蛇と言えばウロボロスだが、どうも具体的な能力が分からない。ラニ=Ⅷの出自から推察するに、アトラス院が保有する七大兵器とやらである可能性が高いのだが……。

 まあ、明日にでもラニ=Ⅷを捕まえて使い方を聞き出せば問題はない。

 しかし、魔術師という生き物は融通が効かないから鬱陶しい。人がアリーナ探索に励んでいる真っ最中に下らない連絡を寄越しやがって。

 王道がどうのこうのと書かれていたが、興味がないので『知るか』と返した。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 お前らの世界でゾンビウイルスがバラ撒かれようと核戦争が起きようと俺には関係ないことだ。滅菌作戦でも新冷戦でも勝手にしていろという腹だ。

「世界の救済ほど狂った悲願でも祈るつもりなら尚のことよい。あやつの眼前で時代を混沌の渦に巻き込んでやろうものよ」

 月明かりに照らされた肌は蒼白く耀き、艶めく黒髪は一層に妖しさを増す。

 かどかわすように耳元で囁くセラミラスはアルコールが回ってきたのか、ほんのり上気して桃色になった頬を悪徳で染め上げる。

 彼女にとっては背徳こそ至上の恍惚をもたらす媚薬なのだろう。

 如何なる形か分からない我が身にとっての愉悦を識るためなら、古の大哲学者に倣い敢えて毒杯を呷ってみるのも一興だ。

 

 

 

 

 マケドニアの征服王を従える伊勢三少年にとって、此度の対戦相手が会話に応じてくれるようになったのは幸いと言う他になかった。

 それまでの南方周は類稀なる拒絶の殻に篭った人間という印象だったが、誠意が通じない相手ではなかったのだ。

 教室で自分の席に腰かけた周は、細面の蛇を思わせる特徴的な顔付きであり、そこへ神経質な性格の滲んだ表情を浮かべているが、伊勢三はそれに臆す様子を見せることはなく聖人のように微笑んでいる。

「我が主に話があるそうだが、よもやこのまま何もせず終わらせるつもりではあるまいな」

 双方に横たわっていた沈黙という名の倒木は、征服王と睨み合っていたセミラミスによって破棄された。

 周は微動だにせず、機械的な動きで伊勢三を横目に一瞥しまた目線を正面へ戻す。

 気まずい空気に業を煮やしたのか、イスカンダルも口を開いた。

「済まんな、余のマスターはちぃとばかし奥手なのだ。しかし、聖杯戦争で参加者が語らう事など限られておろう?」

「無論だな。では手始めに我らが語らうというのはどうだ? 王として貴様とは腰を据えて話がしたい」

「そいつはいい! ムーンセルめに呼び出された身とは言え、時の英雄と語り合うのは心躍るものだ! その提案に乗らしてもらおうか」

 サーヴァント双方は各々のマスターに許可を求め、主人たちは首肯で答えた。満足げになる二人の英霊だったが、ここで周が口を挟んだ。

「ここでは盗み聞きされる。続きはアリーナでする」

「そこまで気にしなくても……」

「俺は気にする。他人に自分の腹の内を明かすなんて考えただけで怖気が走る」

 眉間にシワを刻みながら呟く周の目は、妖刀めいた邪気と冷気に満ちている。二十年も生きていない少年がそこまで強大な悪意を宿していることに、伊勢三と征服王は酷く落胆した。

 二人が哀れみの目で自分のマスターを見ている理由が分からないセミラミスはまず困惑し、すぐに不快感へと形を変え、怒りの表情となる。

 ライダーたちの死角にあたる教室の隅では、もう一体のアサシン(ハサン)が気配遮断スキルを発動して潜んでいる。相手の出方次第では牽制や威圧、最悪奇襲に使う腹積もりだったが、ライダーがやけに落ち着いているせいで周は不安を募らせていた。

(バレているのか? 隙があるのかないのか分からん奴め……)

 アリーナへ誘導することにはなんとか成功した。が、肝心の次手が定まっていないため、周の緊張は果てしないものだった。

 

 

 

 

 伊勢三はいつでも仕留められるだろう。

 疑うことを知らない聖人君子が丸裸で戦場に出れば、砲弾の爆裂で四肢が吹き飛ぶか、弾丸で五体を蜂の巣にされるのがオチだ。

 問題はコイツのサーヴァント。マスターが死んだら例外なくセラフによってサーヴァントもデリートされるが、完全消滅には僅かながらブランクがある。その間にあのキュプリオトを振るわれたらおしまいだ。

 首尾よくアリーナへ連れ込んだものの、果たしてどう対処すべきなのか。こればかりは策がない。手詰まりである。

 こちらから話したい事などないし、あちらは勝手に照れ臭くなってしまい会話が起きない。まぁ、それはサーヴァントに投げてしまえばいい、か。

「さて征服王よ、やはり王の語らう場には酒がなければならぬと思うのだが……どうか?」

「言うまでもなかろう女帝よ。泉の辺りならば河岸によかろう、一先ずそこへ向かおうではないか」

 セミラミスの提案を承諾したイスカンダルは凧刀(キュプリオト)を引き抜く。神牛(ゴッド・ブル)の牽く二頭立ての二輪戦車(チャリオット)神威の御車(ゴルディアス・ホイール)』を呼び出そうと、手にした凧刀を振り上げ、そこでセミラミスがライダーの宝具開帳を制した。

 何をしようとしているのか理解するのが一拍遅れてしまい、俺のサーヴァントは自信満々に宝具を発動。視界がホワイトアウトし、再び色を取り戻した時には空中庭園の内部にいた。

 

「こいつはたまげた!! かのペルセポリスを凌ぐ宮殿とな!?」

 

 玉座に君臨するセミラミスの傍らに俺がいて、下座に立たされたライダーたちは、空中庭園の絢爛豪華にして混沌を極めた装いに見蕩れている。

 挙句の果てに、眼を見開きっぱなしのイスカンダルは伊勢三もそっちのけで、何の躊躇いも無しに謁見の間を散策し始めた。

 そりゃあ、ペルセポリスより遥かに昔から信仰されてきた伝説の空中庭園なんだからスゴいだろう。俺はどちらもよく知らないが、征服王が略奪したくてウズウズしているのがその証左だ。

『あの馬鹿め、我をキャスターと誤りおったわ』

『大神殿を越える空中庭園を見せられてアサシンだと思う阿呆がどこにいる』

 爆笑したいのを必死に堪えたセミラミスに取りあえずツッコンでおく。ハサンたちにばかり重責を押し付けるのは酷と言わざるを得ない。

 密かにそんなやり取りを交わしつつ、セミラミスに案内される形で部屋を移す。

 これから敵と宴会をするなんて……。一回戦の時には予想だにしていなかったことだ。

 

 セミラミスに言わせれば、これもまた聖杯戦争の妙なのだろうか。だとしても俺にはやはり理解に苦しむだけだが。

 

 

 

 

 対戦相手は姿を見せないし、周の脅威もあるのに現状に何ら変化のないまま来てしまった。凛とラニを助けないといけないのに、俺はなんて情けないんだ。

 セイバーもあれほど周を信じるなと警告してくれていたのに、どうして素直に聞いていなかったんだろうと思うと、かなり辛いモノがある。

「そう落ち込んでくれるな奏者よ。確かにレオやアマネはそなたより魔術師としても戦士としても遥かに上手だ。だがそなたには余がいて、凛とラニもおる。力しか持ち得ぬ輩など敵ではない!」

「……そうだな。ありがとう、セイバー」

「うむ。もっと撫でてもよいのだぞ?」

 子犬の尻尾みたいにアホ毛をピコピコさせるセイバーの様子に自己嫌悪が和らいだ。掌に伝わるセイバーの髪の感触が心地いい。柔らかくて、それでいてしなのある気高い黄金色だ。

 クシャクシャにならない程度で彼女の頭を撫でていると、背後で重い物が落ちるような音がした。校舎での襲撃はあり得ないと思っていても、一日目の件があってつい反射的に振り返ってしまった。

 目の前には廊下に倒れ込んだ少女。

 思わず身構えてしまったが、彼女は確か沙条綾香という東洋の魔術師だ。一回戦の時にシンジが散々絡んでいたので印象に残っていた。

「大丈夫……ではなさそうだよな」

「気を付けよ。あれも何かの罠かもしれんぞ」

 とりあえず注意しながら近づくと、死んだように蒼褪めた顔で弱弱しい呼吸を微かにしているだけだと気づく。放っておけばこのまま息絶えてしまうのが否応なく理解出来ている。そして理解した時にはもう手遅れで、俺は少女を担いで保健室へ行こうとしていたのだ。

 セイバーが呆れているのが分る。でも、ここで見て見ぬふり出来るほど俺は器用でも割り切れてもいない。助けられるなら、自分が手を差し伸べられるなら、どんな結末になろうと選択する。

 

 ――後悔は轍に咲く花のようだ。歩いた軌跡に、さまざまと、そのしなびた実を結ばせる

 

 俺は後悔したくない。

 決断しなかったことを悔やむことだけは、絶対に。

 だから決めた。

 この手で救えるモノは、全て救ってみせる。

 万能の願望機を手にすれば、それも叶う祈りのはずだ――――‼‼

 

 




 今回はザビーが何やら覚悟完了してました。
 それが吉と出るか凶と出るか神のみぞ知る……。

 感想・評価ともどもお待ちしております。


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第五回戦:変貌

 strange fake書籍化するそうですね。
 これにて長らく断片的な設定と短編だったprototype、Apocrypha、strange fakeの全てが正式な書籍として手に入ると思うと感無量です。
 ケイネス枠の見当たらない斬新な聖杯戦争に胸を膨らませつつ、こちらもお楽しみいただけたら幸いです。
 


 人々の『こうだったに違いない』という想像によって形を与えられた『 虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン) 』 の内部はセミラミスの趣味で、悪趣味全開の絢爛と混沌の極致を内包した、複雑怪奇な装いとなっていた。

 毒々しいことこの上ない艶花を咲かせた蔦が金細工で飾られた柱に絡み付き、極彩色を突き詰めている。

庭園の応接間で向かい合うセミラミスとイスカンダルは、互いのマスターを侍らせている。

 居心地の悪いことこの上ない俺は、部屋の隅で少しだけ不快感を滲ませながらサーヴァントによる対談を眺めることにした。

 この空気でも落ち着いていられる伊勢三はやはりただ者ではないらしい。自分が普通なのは間違いないはずなのだが、まるで俺が小物であるかのように思えてしまう。

 イスカンダルの持ち込んだ酒樽が床に置かれている様がこの場に不釣り合いで、どこか滑稽ですらあった。

 征服王の拳が樽の蓋を叩き割り、豊潤なワインの香りが毒気に満ちた庭園の空気と混じり合う。

「まずはこの場を調えたお前さんへ礼をせんとな。そこの頑固者を説き伏せた功績に報いるのは王たる余の務めよ」

 それは俺に対する嫌みか当て付けなのかと口を挟みたかったが、流石に今回は自重した。

 自前の酒器でワインを汲み上げたセミラミスは無言で黄金の杯を呷る。華奢ながらも豪胆ささえ感じさせる飲みっぷりだが、不思議と色気がある不思議な光景だ。

 杯を一息で空にしたセミラミスは可もなく不可もなくといった顔で樽の中身を一瞥する。購買でも最高級の酒しか買わなかった所からして、相当に舌が肥えているようだ。

 イスカンダルも持参した漆塗りの杯をワインで満たし、すぐさまに飲み干してしまう。

「酒の肴は、そうさなぁ……。無難に聖杯への願いにでもしておこうか」

「最善だな。それでは征服王よ、貴様はムーンセルに何を祈るつもりだ?」

 言うまでもない質問を形式的に投げかけたセミラミスの呆れた表情にも関わらず、イスカンダルはニッカリと白い歯を見せる。

「余は今生の友と一人の人間として共に地上へ降り、改めて世界を狙う。ついでに西欧財閥どものつまらぬ箱庭ごっこも終わらせてやるわい」

 マスターと一緒にムーンセルを出た後に二度目の遠征を開始することがイスカンダルの目的であり、願いは『受肉』ただ一つ。それはセミラミスと同じ願いでもあった。

 故に彼女は喜悦に満ちた邪悪で美麗な笑みを浮かべ、正面に座した屈強なるマケドニアの大王を見た。

「貴様もまた世界を欲するか。おまけに西欧財閥を潰すときた。欲深という部分では、意外に貴様と我は似た者同士なのかもしれんな」

「そりゃあ征服王たる余とアッシリアの女帝ならば欲深さで優越はつかんだろうて。男欲しさに戦を起こした女帝と、夢のために大遠征をおっ始めた王の欲は底無しよ」

 グビグビと杯で酒をすくっては飲み干す征服王は、鋭くも力強い目でセミラミスを見据えている。

 当のセミラミスは煽るようなにやけ顔でイスカンダルを眺めている。俺も人のことを言えた立場ではないが、流石に不誠実である。いや、こればかりは俺も大概なので口にはしないが、このサーヴァント、中々に性格が悪い。

 それも今に始まった事ではないし、こんなマスターと相性がいい性格なんてロクでもない人間であるのは言わずもがなだ。

 少しばかりイスカンダルは不機嫌そうな雰囲気ではあるが、談義を続ける。 その声は神妙で、普段の彼からは考えられない深みがあった。

「本音を言えばな、余は友に生きる楽しみを教えてやりたいのだ。友が辛く苦痛に満ちた生しか知らぬなら、朋友たる余が生きる楽しみを示してやらねばならん。それが、再び世界へ挑む理由だ」

 新たな友への強い想い――征服王はまさしく絆の力を信仰する英雄だ。

 サーヴァントとして契約した魔術師にそこまで入れ込むのも、たったそれだけのために聖杯を望む厚顔無恥で傍若無人な態度も立派な暴君だ。

 あまりにも無意味で無価値な願いで個人的には肩透かしだったが、セミラミスは何を感じたのかクックッと肩を揺らしている。

「ククク、こいつは最高だぞ我が主よ。フ、フフフ……ハハハ、フハハハ」

「……何がおかしい」

 頬を朱に染め笑い転げるセミラミスの声には有りとあらゆる信念を否定し、意思を踏みにじる黒い愉悦があった。

 征服王の問いに女帝は目尻の涙を指で拭い、息も絶え絶えに答える。

「杯を潜らせた時に毒した酒を何杯も飲みおって。貴様、既に解毒も効かぬ量の我が秘毒を取り込んでおるのに気づいておるのか?」

 ……やりやがった。

 こいつは始めから殺すつもりでこの場を整えたのだ。酒器に毒を仕込み、樽の酒に浸した時に毒が溶け出すよう細工していた。征服王がまともな酒を用意して来ないことを見越して、こんな質の悪い策を弄したのだろう。

 イスカンダルは血反吐をぶちまけながらも、鬼神の形相で戦装束へ瞬時に着替える。腰に差した剣へ手を伸ばすより先に、俺の構えた拳銃から放たれた弾丸が伊勢三の右肩に真紅の華を咲かせる。

「……貴方のような人に、僕は負けない!!」

「――――!?」

 利き腕を封じて油断した隙を突かれた。

 伊勢三は無傷の左腕を払い魔術措置の施された鎖で殴り付けてきた。勢いよく吹き飛ばされた俺は拳銃を手放し、蛇のようにしなる鎖によって壁に叩き付けられる。

「グファァッ!」

 そのまま鎖は俺の首を締め上げてくる。徐々に床から足が離れ、意識が遠退いていく。

「ライダーの想いは僕が守る。南方さん、貴方のような邪悪な人間に傷つけさせはしません!!」

 

 ――俺は負けるのか。こんな『  』そうな奴らに

 

 何もかもが朦朧とする中でふと浮かんだ呟きで、何かが動き始めた。

 今までに感じたことのない暴力的なほど熱い血潮が全身を駆け抜ける。それは真っ赤などでは到底なく、心に宿った焔の如く黒い、負の熱だった。

 

 鎖から解放された俺が見たのは、左腕を根本から失い床を鮮やかな血で汚す伊勢三と、口元をどす黒い血反吐で汚した征服王の姿だった。

「この借りは必ず返してやる。お前らの夢は俺が直々に打ち砕く……。覚悟していろ、盗人の王と死に損ない」

 痛む身体に鞭打って拳銃を回収した俺は、激痛に悶える伊勢三の腹へ全体重の乗せた踏みつけをしてから、ハサンが実体化するより先にリターンクリスタルを起動する。

 この問答で分かったのは、結局、伊勢三は俺の敵でしかなかったということだけだった。

 だが所詮はそれだけのこと。別に変更点が生まれたわけでもないし、やり方を変える訳でもなく予定通りに先へ進むだけだ。

 

 今までのように排除して六回戦へ備えねば。

 

 

 

 

 セミラミスの毒杯でライダーに、新しい礼装で伊勢三に損失を与えられたのは好都合だったが、あの奇怪な蛇の刺青にはとんでもない副作用があったらしい。

 生命の危機に瀕して刺青型礼装『悪蛇王(ザッハーク)』が起動して伊勢三の左腕を食いちぎった……ところまでは特に問題ではない。

 問題の副作用とは、取り込んだ相手の肉体の情報量に応じて所有者の肉体を変化させる、かなり面倒な性質である。

 今回は左腕を丸々一本だけなので、顔色がいくらか健康的になっただけだ。しかし、人間一人となるとかなり大きく書き換えられるだろう。

 まだ取り立てて害は出ていないが、放置しておくには少しばかり危なっかしい。

 ラニ=Ⅷを捕まえて制御方法を聞き出さないと、いつか取り返しのつかないことになりそうで妙に落ち着かない。

 変に居心地が悪いのはセミラミスの態度が不自然だからなのだが、個室に入ってからというもの、玉座に腰掛けてずっと所在なさげにしている。

『……どうしたんだ、あいつ』

『主の変貌に動揺している……のでしょうか』

 そう。まさにハサンが指摘した、俺の容姿が変化したことに驚いている、というのがセミラミスの不自然さに対する理由のはずだ。

 しかしそれしきのことであの女帝がこうも落ち着かなくなるのか? 何らかの琴線に触れたか引き金を引いたのだろうか。

 どうしたものかと思案しているが、最適の答えは見つからない。決戦日までに解決できれば良しとする他になさそうだ。

 常に問題がつきまとうのかと不思議に思いながらため息をつく。

 まるでそれが合図であるかのようにハサンの一人が実体化し、黒い靄と共に俺の正面で跪いた。

「申し上げます。岸波白野が衰弱した沙条綾香を保護、保健室へと連れて行きました」

「沙条綾香の具合はどうか」

「魔力の不足は改善しております。が、 特殊なウィルスに感染しておりそう長くはないかと」

 気のせいだろうか。そこはかとなく嫌な予感がするのは。だがその理由を見つけることはできず、ハサンの報告は続く。

「ウィルスは宿主の肉体を糧に魔力を精製する、生きた魔術回路とのこと。名を『刻印蟲』と呼ぶ違法術式の模様でございます」

「他に報告は?」

「岸波白野は沙条綾香より魔術の手解きを受けております。恐らく、何らかの特殊な魔術を修得してしまうでしょう」

 ……ここに来てあちらもパワーアップか。

 勝ち目がないわけではないが、面倒ではある。

 ハサンに礼を言い実体化を解かせ、傍らで佇むシャーミレにライダーについて問いかける。

「毒に冒された征服王はやはり脅威か?」

「はい。弱体化したところであちらはライダー、対してこちらはアサシン。真っ向勝負は我らが不利です」

「では空中庭園内部での不意討ちならどうだ?」

「場合によります。さらに毒を与え、マスターを弱体化させれば隙もありましょう」

 どのみち勝敗は俺にかかっているのか。

 正面切って戦うのはこちらに不利だが、流石にそう何度も何度も不意打ちを許すほど先方もバカでなければ勝率は低いように思える。

 この際でもあるし、そろそろスパルタクスの封印を解くのも悪くはない。あの反逆者も、マケドニアの征服王を見れば打ち倒さずにはいられまい。

 ……ここは一つ、馬鹿同士でとことん潰しあってもらうとしよう。

 俺に被害がないなら特に問題ではないな。




 周が少しだけイケメンになりました。
 肉体強化を数値で示せないため外見の変化で表してみました。

 感想、評価お気軽にどうぞ。
 お待ちしております。


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第五回戦:王子の狂気

 Fate/GRAND ORDERのPV、良かったです。
 ジャンヌはボイス付きで喋るのですよ。
 そして分かるか分からないかギリギリなヒントが散りばめられた映像……。
 本当にFateは前情報から興奮させてくれますぜ。


 『百の貌のハサン』こと十八代目ハサン・サッバーハがアサシンとして現界した際に獲得したクラス別スキルA+ランクの『気配遮断』は全ての人格が独立してもランクダウンしない。それを利用して周は彼らを百人近い巨大な諜報集団として運用している。

 無論のこと、セミラミスがもう少し間諜に長けていればハサンの負担も減るのだが、それは望むべくもない。固有スキルの特異性が災いしたせいか、気配遮断できるキャスターに近いからだ。おまけに陣地作成スキルを使う神殿宝具と罠型宝具など、一対一のトーナメント形式であるセラフの聖杯戦争ではまともに使いこなせるものではない。

 多くのNPCはセミラミスと契約した周が一回戦でカルナに負けると予想していた。

 それが天才フラット・エスカルドス、ダークホース六導玲霞を筆頭に優勝候補たちを次々と退けつつ第二、第三のサーヴァントまで従えて四つ目の令呪を獲得し、おまけにアトラス院謹製の特殊礼装まで手に入れたのだ。

 予想不能な五回戦の行方はNPCたちにとって格好の話のタネである。

 五日目の昼下がり、図書室の管理AIである間目とアリーナ管理AIの有稲は利用者のいない図書室で他愛もない雑談に花を咲かせていた。

「……サーヴァントだけならそりゃあレオか沙条さんだけど、マスターは人間なんだからアサシンが付け入る隙はあるわよ」

「円卓の騎士サー・ガウェインに搦め手が通じるの? なんか気配遮断とか余裕で見破りそうじゃない、あの白セイバー」

「それを言ったら李書文を打ち負かした赤セイバーもかなりやり手ね。個人的に伊勢三くんのライダーは隠し玉を持ってる気がする。なーんかあのライダーはトンデモ感がするのよね」

 取るに足らない憶測で二人は盛り上がり、今回の優勝者の予想を立てていた。

 レオ、白野、周の三人にまで絞ったところで中々意見がまとまらずにいた。

「ぶっちゃけた話さぁ。白野くんも周くんも格上キラーなところがあるから、レオくんや綾香さんが負ける可能性は捨てきれないよね」

「周くんなら七回戦でもお構いなしに校舎内で仕掛けそうだなぁ。彼の性格じゃあやりかねないよ」

「確かに。あのサーヴァントと契約できる時点で人格難なのは間違いないし」

「でしょでしょ。生き残ったサーヴァントの中でも一際に質の悪い英霊だもん、彼女」

 ムーンセルが管理するサーヴァントの記録の中でも、セミラミスの危険度は群を抜いて高い。彼女を引いたマスターが五回戦まで勝ち進んだのはずいぶんと久しいことだ。

 これまでに敗退したマスターたちにはサーヴァントとの信頼を築けなかった者も少なくはない。が、マスターへの信頼など端から存在しない大ハズレでここまで勝ち進んだことは期待できそうだった。

 

 聖杯戦争を観客として楽しむのは管理AIたちのささやかな楽しみなのだ。

 それは上級AIでも変わりはなく、ザイードに監視されているとも知らず、二人は更に盛り上がりながら六回戦に進むマスターの予想を立てていた。

 校内で密談をするなら今や各マスターに与えられた個室でする他にない。プライベートな空間を持たないAIの話は、周ただ一人にのみ筒抜けである。

 

 

 

 

 保健室に常駐している健康管理AIのカレンが淹れる紅茶をお供に、白野は綾香が自身に使用した違法術式である刻印蟲の説明を受けていた。

 丁寧な物腰とは裏腹に氷の刺が見え隠れするシスター・カレンの言動のせいか、保健室の空気はいつにも増して冷たく感じられた。白で統一された色彩も寒さの一因であろう。

 おまけに内容の凄惨さも手伝ってか、白野もセイバーも紅茶に手をつける気になれなかった。魔術師としての常識を持ち合わせない両名に、魔術師の暗部に触れるだけでも精一杯なのだ。

 先日に白野が助けた沙条綾香の身体を蝕むウィルス型の術式『刻印蟲』の大元は、海外から日本へ移り住んださる魔術師の一族が使役する使い魔の中でも特異なモノである。

 それは陰茎の形状をしており、口や女性器、肛門から体内に侵入して使用者に寄生、以後は宿主の体内で肉体を食らうことで魔力を精製する擬似的な魔術回路として機能する。

 無論、魔力が十分にあれば宿主の負担は少ない。自身の魔力を蟲に奪われ、魔術師としては致命的な代償を支払うことになるのだが。

 だが元より現界するだけで大量の魔力を必要とするサーヴァントの中でも、殊更に高燃費なランスロットを戦わせるには、尋常でない魔力が要求されることは必然的だ。

 そうなれば刻印蟲は不足する魔力を宿主の肉体を貪ることで補充する。

 それが沙条綾香の衰弱の原因であるわけだ。

「私からは痛覚を和らげる処置をすることしか出来ません。それも所詮はその場しのぎの騙し技、時間とともに効果が薄れたら再び痛みに苛まれるでしょう」

「除去すればサーヴァントに魔力を吸い付くされ、サーヴァントを戦わせていれば蟲に身体を内側から食いつくされる、か。余も罪人を動物刑に処したことはあるが、それよりもなお惨いな」

 全身の穴から体内へと蟲が入り込む情景を想像して青ざめたセイバーとは逆に、カレンは一貫して冷ややかな態度である。

 彼女はどんなマスターに対しても平等に厳しく接する主義なのか、常に最低限の措置しかしない。沙条綾香には一時的に痛覚を和らげる薬品を飲ませただけだった。

 白野は魔術の知識などまともにないので、刻印蟲の仕組みなどまるで分からない。だがそんなハイリスクな手段に頼った綾香の意志の強さがいかほどかは十二分に分かった。

「岸波白野さん、これだけは断言します。彼女は確実に七回戦まで持たないでしょう。沙条綾香の肉体情報は既に三割が食い荒らされていました。この調子なら、六回戦半ばが峠です」

 まさしく手術も空しく患者が死んだことを報告する外科医のようにカレンは『沙条綾香は必ず死ぬ』と白野に告げる。

 セラフではアバターですら生身の肉体として再現されている。刃物で斬られれば血が出るし、鈍器で殴られれば最悪、骨が折れる。そんな世界で生きたまま肉体の三割を内側から食われる恐怖など、白野には到底想像できる感覚ではない。

 文字通り医者が匙を投げた事実を受け入れた白野は、チクチクと痛む心を堪える辛そうな笑顔でカレンに紅茶の礼を告げて保健室を後にする。

 銀髪のシスターは心のない世辞を返して、日課となっている主への祈りを始めた。

 つつがなく聖杯戦争を終らせ給え――シスター・カレンの祈りはただそれだけである。

 

 

 

 

 白野が凛とラニの手作り弁当を堪能している頃、周は一人噴水前で購買の弁当を広げていた。

 人気のない噴水前には花壇の管理AIがいるはずだが、彼女はいないので学生の頃と同じ一人飯である。好かれこそせず、嫌われるのだけは誰よりも上手な周は学校での食事は常に一人だ。

 セミラミスはまたどこかを散策し、ハサンは校内の監視をしているので今の彼は完全に孤独だった。

「…………」

 五百円玉を一枚出せば買えそうな、安っぽい唐揚げ弁当を淡々と口に運ぶ様は、周囲ののどかな雰囲気とちぐはぐだ。

 不味そうでもなければ美味そうでも、不満も満足もない食事は食事ではなく捕食と言える。当人にとってはただの栄養補給に過ぎず、満腹感による安らぎがあれぱ十二分。そんな印象だ。

 半分を咀嚼して胃袋へ押し込んだところでベンチに置いていた紙コップの水を一息に飲み干す。

 機械的に栄養素を摂取する周は味覚や食感などに意識を割かず、ひたすらイスカンダル対策をどうすればよいのか思案している。

(……ランスロットのマスターが刻印蟲を使うとは、何とも皮肉なもんだ。スパルタクスを六回戦まで残さないといけなくなったのは厄介だが……)

 頭数で負けるため、手数で勝るセミラミスの神殿宝具『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』と『疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)』での攻撃範囲と瞬間火力で勝るスパルタクスで対抗する予定だったのが、筋肉(マッスル)バーサーカーを使い潰せないとなると面倒になる。

 スパルタクスをランスロットにぶつけて刻印蟲に綾香を殺させる策が安全且つ手軽だと考えたは良かったが、そうなればイスカンダルにバーサーカーをぶつけるだけではいけない。

(ハサンに『軍勢(ヘタイロイ)』の相手が務まるはずはなし、さりとて……ううむ)

 手詰まりだと諦観が脳内をよぎり、それはないとはすぐさま否定する。

(どこかに必ず糸口はある。マスターもサーヴァント も手傷を負っているなら、そこを更に抉るなりすればハサンにも……)

 相変わらずの思考回路で外道な計略を練り始めた所で、背後に見知った気配が――

「教室では和気藹々と昼食をしているマスターたちもいると言うのに、貴方は色々と貧しいランチだこと」

「そいつらはどのみち死ぬ。束の間の幸せくらいは楽しませてやればいい」

 サンドイッチのセットを片手に提げた美沙夜がせせら笑いながら周を見下していた。が、これは形式化した挨拶なので周もあっさりと流してしまう。

 何の断りもなく、流麗な挙動で美沙夜は周の隣に腰掛け、嫌味な流し目で尋ねる。

「これは愚問ではあるけれど、五回戦……勝てるのでしょうね?」

「愚かすぎて腹がよじれるな。勝ち進んだマスターへの対策は二重三重に用意している。油断はしていない」

 どれだけ愚弄しても無感情な周の反応に美沙夜は苛立ちを感じた。

 まるで無視されているような、一人の人間ではなく労働力としての家畜、もしくはただの道具としか見られていないような気分になるのだ。

 そしてそれは全く完全に正しいのである。

 周はこれ以上に美沙夜が暴走するなら剥製にして部屋に飾る腹積もりであった。手足は球体間接に、目は陶器の義眼にする予定だ。

 しかしながら、その事実を彼女はまるで知らない。

 周が自分の本心を自分のサーヴァント以外には見せないよう振る舞っているのが、この危うい均衡を保っていることは確かだ。

 それがいつ崩れるかは、誰にも分からない。

 




 PC版stay nightを買えないそこの貴方、どうしても刻印蟲の造形を知りたいのならマンガ版Fate/zeroを買えば豪華見開きページで刻印蟲の姿を堪能できます。
 アニメでは描かれなかった人間インテリアや刻印蟲を楽しめるのは、真じろう先生のマンガ版Fate/zero だけ!

 吐いても私は知りませんし、そういう性癖に目覚めても知りません。

 感想、評価、質問ともどもお待ちしてます。
 


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第五回戦:目覚めの時

 お待たせしました、これが五回戦最終日です。
 周にとっては初めての決戦ですが、今回は私がやりたかったことをやるだけで終わりました。

 いつもですねハイ。
 征服王イスカンダルと女帝セミラミスが雌雄を決する五回戦のラストをお楽しみください。


 闘技場(コロッセオ)へ降下するエレベーターの中で対戦相手と向かい合う。

 俺の傍らには実体化したサーヴァント・アサシン、真名セミラミス。一切の干渉を遮断する防護壁を隔てた向こう側には、隻腕の白い少年(伊勢三)と顔色の悪い赤色の巨漢(イスカンダル)が並び立っている。マスター同士での会話はなく、無言の時間が続く。

 話したいことはない。そもそも俺はゴミに話しかける趣味などない。

 今はただ、監督AIの言峰神父がエレベーターに乗る間際になって寄越した嫌がらせじみた台詞が、俺は聖杯戦争に参加しているという現実を認識させてくる。

 

 ―さぁ、地獄の釜は開かれたぞ少年―

 

 やれやれだ。

 地獄の釜だと? 電子の牢獄に囚われてる時点で今更だろうが。

 笑いそうになるのを抑えながらただただ終着点に到達するのを待ち続ける間ずっと、俺はひどく落ち着いていた。

 

 

 

 

 初めて踏み込んだ闘技場(コロッセオ)は、荒浪の打ち付けるどこかの海辺だった。

 これは征服王がかつて目指した夢の終着点、東にあると信じられたていた最果ての海(オケアノス)なのだろうか。

 ライダーの顔には、俺の語彙力では形容できない奇妙な表情があった。

 磯の臭いが気に入らないセミラミスは、俺を盾にして潮風から逃れている。盾はそっちじゃないのかと言おうとしたところで、伊勢三の静かな声に遮られた。

「始めましょう。君と僕では語り合うことなんてありませんから」

「気付くのが遅かったな。馬鹿が」

 俺の返答が開戦を知らせる号砲だった。

 先手はライダーの最終宝具開帳。

 熱風を伴う魔力の奔流が吹き荒れ、徐々に足元の地面が失われていく。余りの眩しさに思わず左腕で目を庇った。

「……主よ、その腐敗した魚の如き(まなこ)で見るがよい」

 それからどれだけの時間が経過したの分からない。

 朦朧とする意識の中、耳元で囁くセミラミスの甘い声に促されるがままに恐る恐る目を開く。

 足で床を確かめ、くるりと回って周囲を見渡し、水晶玉から虚空に投影された外の景色を眺める。

 悪夢と希望を余すことなく敷き詰めたセミラミスの要塞宝具『虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』の中枢、謁見の間で目にしたのは無限の砂漠――照りつける灼熱の太陽。晴れ渡る蒼穹の彼方、吹き荒れる砂塵に霞む地平線まで、視界を遮るものは何もない。

 長槍(サリッサ)を構えた重装歩兵で構成された親衛隊による密集陣形(ファランクス)こそ、正にマケドニアの大王に相応しい宝具だ。

 征服王イスカンダルが誇る最強宝具、たった一度の号令で時の果てにまで集参する臣下と王の固い絆を体現した奇跡『王 の 軍 勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』によって展開された固有結界に閉じ込められたのだ。

 だが、遥か昔に大王と轡を並べ夢に焦がれた猛者たちも浮遊する要塞には為す術がない。

 それでもゆっくりとこちらに向かって前進してくる軍勢。セミラミスは嗜虐的な笑みを浮かべて制御用の水晶玉を操作する。

「反逆者を放つか? それとも予定変更か?」

「予定変更だ。スパルタクスは使わない。この空中庭園で軍勢を潰す」

「よかろう。ならば、そなたが望むままに……」

 俺の指示に答えたセミラミスは、庭園を囲むように設置された黒いプレートに施された防衛術式『十と一の黒柩(ティアムトゥム・ウームー)』を起動した。

 一発一発に高ランクの対魔力スキルを貫通する威力があり、収束すればバルムンクと並ぶ火力を発揮する……例えるなら、対地砲火がグスタフ(八〇cm列車砲)であるようなものだ。

 これだけの破壊力だ、防御に特化した宝具でもなければ満足に防げまい。

 『王 の 軍 勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』で連続独立召喚された大王の臣下たちはサーヴァントとして現界し、全てが宝具を有しているそうだ。

 が、その中に庭園まで届く宝具がどれだけあろう。ましてやこの飛行要塞を破壊しうる火力などあり得る筈はない。

 十一基の黒いプレートから放たれる極大火力の魔術光弾が軍勢を崩していく。密集陣形であったが故に、着弾と炸裂による被害は甚大だ。

 砲撃が続けば続くほどに世界が綻びていく。

 空に亀裂が入り、地面が崩壊する。

 熱砂を吹き抜ける風が止んだとき、人の臨界を極めた王と彼の生き様に魅了された臣下たちの果てなき夢が終わりを迎えた。

 

 海辺に戻されたライダーがもう一度軍勢(ヘタイロイ)を召喚することはないだろう。

 消費魔力がすこぶる劣悪でありながら、こちらに損害を与えられないのでは無駄なのだ。

 代わりにライダーは『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を呼び出した。

 神牛が曳く戦車(チャリオット)に乗り込んだライダーと伊勢三は、一直線に空中庭園へ突っ込んでくる。こちらはセミラミスに迎撃しないよう指示した。敢えて内部へ迎え入れるのだ。

 内部でなければもう一つの宝具が使えないのだ。

 ライダーが来るまでの間に勝利を祝そうと、セミラミスが金色の杯を取り出した。黄金色の甘ったるい香りはワイン……ではないらしい。

 無言の乾杯を済ませ、微かなアルコールの臭いに怯みながらも何とか酒を飲み干す。

 酔うほどの酒でもなかったのか、平然とした様子でセミラミスは再び水晶玉の操作に戻った。

 次第に激しい雷鳴がこちらに近づいてくると、

「そなたの初陣にはちともの足らん相手じゃが、まあよい。手筈は万全であろうな?」

「当然だ。時間は十分だったしな」

 そんな雑談に明かしていた。サーヴァントの配置は完璧だ。後は蜘蛛の巣にかかった羽虫が弱るのを待つのみである。

 牛の嘶きと車輪の回転する音、雷鳴の轟きが最高潮に達すると同時に、扉が粉砕された。

「来たか。待ちくたびれた」

 玉座の脇に立ち、侵入者を見下ろす。

 相手の表情などに興味はない。奴らはもうじき死ぬと言うのに、そんなもの、何の意味があるんだ。関心を払うだけ時間の無駄でしかない。

 御者台から矮躯のマスターと巨漢のサーヴァントが降り、こちらを見上げる。

「心を持たない貴方に聖杯は渡さない」

「頭の悪いお前に聖杯は相応しくない」

 気に入らない目だ。苦難も悲しみも、一人で背負ったことのない、そのくせ鉄の意思を持った人間の目……隣に友がいることに甘えている不快な目……。

  こんな幸せそうな奴に、聖杯を求める理由なんてあるものか。

 ライダーは凧刀を鞘から引き抜く。

 女帝を玉座から引きずり下ろし、略奪するつもりなのだろうか。それは分からない。だが、これで全てが決したことだけは確かだ。

 

「……ぬぅ!? こ、これは……抜かったわい!!」

 

 近接戦に不得手なサーヴァントが罠の一つも用意せずに構えていると思っていたのか。

 セミラミスがアサシンのクラス適正で獲得した対人宝具『復讐は嫁入りの後で(サンマラムート・セミラーミデ)』は予定通り効果を発揮した。

 男性・国王・英雄として語り継がれる真名のサーヴァントに対し治癒不可能の猛毒となるセミラミス本人の血液。

 それを無味無臭にして無色透明のガスに変換し、空中庭園内に充満させることでライダーを仕留める。

 ニノス王を結婚から数日で殺めたセミラミスらしい宝具だ。毒の威力が魔力ステータスに左右される以上、空中庭園の中で使わないと確実性に欠く。

 激しく咳き込み喀血するライダーに伊勢三が駆け寄る。敵を前にして隙だらけと言わざるを得ない。

ここから眉間を撃ち抜こうと拳銃を構える。

 それに気づいたライダーは巨体を盾にして伊勢三を庇った。

「毒なんぞ……これまで何度も飲んできたわい……これしきの毒で余がくたばると思いおったか!!」

 火事場の馬鹿力か、それとも死ぬ間際の底力か。

 大気が振動するほどの強烈な一喝で身体を持ち直し、獰猛な笑みを浮かべ階段の上にある玉座を目指して迷うことなく進んでくる。

 人間でありながら大きすぎる夢を抱き、追い求め続けた鮮烈な生涯は臣民の心に熱を与えただろう。

 常に進み続ける。止まることなく、迷うことなく、悔やむことなく歩み続けた生き様に光を見いだした者たちがいただろう。

 そして、サーヴァントとして再び仮初めの肉体を得たならばいつかの夢を叶えようとする愚直さはマスターの心を奮わせただろう。

 

 

 しかし―所詮、夢は夢だ。

 

 この世に無限はない。

 最果ての海(オケアノス)は存在しない。

 だが、劇は終演を迎えるからこそ感動がある。

 いくら繁栄を極めようと滅びが忍び寄るように―

 醒めない夢など、そんなものは空想の世界でなければ成り立たない。

 

「アサシン、やれ」

 

 ――この茶番も終わりだ

 

「御意」

 

 駆け抜ける影。

 決着は一瞬だった。

 

「――――――」

 

 ライダーの向こう側から覗く黒い襤褸。

 首筋から鮮血を吹き出して崩れ落ちた友の正面で、玉座に向かって跪いていた何者かが立ち上がる。

 華奢ながら引き締まった四肢は女性特有の丸みを帯びており、その身は影をくりぬいたような漆黒の襤褸で包まれている。

 蒼白い無機質な髑髏の(仮面)は彼女が山の翁の一人である証。

 間諜の英霊(アサシン)を象徴するサーヴァント、ハサン・サッバーハが立ち上がり自らの投擲した短刀(ダーク)を床から引き抜くと、ついにこちら(勝者)あちら(敗者)を隔てる壁が立ち塞がった。

 ライダーは戦闘不能、対して俺は二体のサーヴァントが無傷だ。セラフでなくとも、勝負ありと判断しただろう。

 壁の展開と同時に空中庭園も発動を解除され、自動的に地上へと転送された。

 死した征服王はノイズに蝕まれ、白い少年が友の骸にすがる。

「行こう。この場に用はない」

「うむ。速やかに個室へ戻り、改めてそなたの初勝利を美沙夜にも讃えさせねばならん」

 俺は白けた気分で、セミラミスは受かれた様子で出口へ向かって歩き出す。

 激しく打ち付ける荒波の音に混じり聞こえる背後からの慟哭も、すぐに届かなくなった。

 今回の戦いでの損失はなし。ハサン・サッバーハが俺と契約したことを知る人間は始末した。

 一片の曇りもない完全な勝利を手に入れることが出来たのはセミラミスとハサンの力あってこそだ。個室へ戻ったら、二人を労わないと。

 そんなことを考えながら、校舎へ戻るためのエレベーターに乗り込む。

 扉が閉まる寸前に、俺は思い出したように

 

 

「――幕切れは興醒めだったな」

 

 

 と呟いていた。

 

 

 セラフによって消滅させられる間際の伊勢三が右手を伸ばしていたが、聞こえていただろうか。

 心残りはそれだけだった。




 ザビーたちでは出来ない十重二十重の罠を用意した堅実な戦術を駆使した決戦は如何でしたでしょうか。

 セミラミスのもう一つの切り札『復讐は嫁入りの後で(サンマラムート・セミラーミデ)』は作者の妄想であり、公式でもまだ詳細は完全に不明です。
 宝具名の元ネタはセミ様の本名と、セミ様を題材にしたオペラの代表作から拝借したやっつけ。
 セミ様の本名はサンマラムートで、セミラミスは本名のギリシャ読みなんです。効果はニノス王を暗殺した条件(男性&王)+オリジナル。
 
 とりあえず、百の貌のハサンで征服王イスカンダルを撃破出来たのが感無量です。

 感想や評価、細かい質問もお待ちしております。
 次回からは六回戦……今年中にEXTRA編だけでも終わらせたいです(諦観)


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第六回戦:悪蛇王

 一回戦の結末を見破られたことが始まりでした。
 


 五回戦を勝ち抜いた夜はセミラミスが美沙夜を探したものの見つからず、何故か俺が徹夜の宴会に付き合わされた。

 おかげで六回戦の一日目と二日目の半分が二日酔いで潰れてしまい、探索に大きな支障をきたしている

 三日目の早朝、タイマン性能が極端に低いセミラミスのステータスを強化するため、アリーナの反対側にある教会へ足を運んだ。

 薄ら暗い礼拝堂に来たのはいつ以来だったか。目的はすっかり覚えていないが、確か美沙夜と内密な話をしたような気がする。

 神父が信徒に説法をするための祭壇は十字架さえ撤去され、自分たちを敬えと言わんばかりに二人の女魔術師―赤い髪の蒼崎青子と青い髪の蒼崎橙子が鎮座していた。

 用件を伝えると魂の改竄を担当している蒼崎橙子は露骨に嫌そうな顔で、くわえた電子タバコを取り替えた。

「サーヴァントの強化だと? 六回戦の三日目になってようやくか。これはまた随分と呑気なマスターがいたものだ」

「私は暇だったから有りがたいんだけどねー」

 いい加減な二人のやり取りにセミラミスは微妙な表情をする。こんな奴らに任せるのか……と不安になったのだろう。

 しかし他に頼れる人間もいないので背に腹は代えられない。

 チラチラとこちらを見てくるセミラミスに目を伏せて「我慢してくれ」と懇願する。万全でないとは言えども、相手は円卓の騎士随一の剣技を誇るサー・ランスロットだ。弱体化させるだけでは完璧には程遠い。

 彼我の戦力差は分かっていたのだろう。

 不満げに口を尖らせながらも、セミラミスは数歩前に出て青崎姉妹の間に立つ。こうして向かい合うのは契約した時から久々だ。何もかもを呑み込む濃密な()を纏った伝説の美女と対面するのは、やはり少し落ち着かない。

 マスターの魂と直結(リンク)させることでサーヴァントの性能を強化する『魂の改竄』が始まり、セミラミスのステータスやスキルが仮想モニターに表示される。

 それを見た蒼崎青子は、

「かなり相性がいいのね。少しランクダウンしてる箇所もあるけど、固有スキルがランクアップしてるのはこれが初めてよ」

 簡潔に感想を述べて確認を終えた。

「はっきり言って、彼女は今の時点でかなり高いポテンシャルを有しているわ。いじる点があるとすれば耐久くらいかしら」

 今までに何騎ものサーヴァントをカスタムしてきた御仁がそう言うのなら、大人しく耐久だけ強化してもらおう。それでまだリソースとなるスキルポイントが余っていれば、魔力の底上げでもしておこうか。

 キャスターじみた攻撃スキルばかりなサーヴァントだ。魔力切れだけは勘弁してほしい。

 診断結果を受けた俺は手短に注文をつける。

「耐久ステータスをワンランク上昇、残ったスキルポイントは全て魔力パラメータに回して欲しい」

「筋力とか敏捷は……いらないか、うん。幸運も無くて困るほどでもないし」

 リクエストを受けた蒼崎青子の言う通り、サーヴァントの幸運ステータスなど、ランサーでなければほとんど価値がない。あって不利なし、無くて損なし。

 EXだろうと負けるときはすんなり負けるものだ。

 いざ魂の改竄が始まりはしたものの、淡々とした作業は思いの外にすぐ終了し、セミラミスはいつものように俺の右斜め後ろへと戻った。

「調子はどうだ?」

「さして変わらぬわ。数値そのものに変化がないのじゃから当然であろう」

 試しに具合を尋ねてみたが、やはり耐久がD、魔力がA+に上昇した程度ではそんなものか。そもそも単純な魔術攻撃でセイバーに太刀打ち出来る道理もない。

 蒼崎青子に礼を告げてアリーナ探索に向かおうとしたところで、それまで沈黙していた蒼崎橙子に呼び止められた。

「そうだ少年。唐突な話だが、君は玲瓏館美沙夜という名前に覚えはあるか?」

「……ありますが、それが何か?」

 振り返る手前を惜しまなかったのは、この姉妹の不興を買ってはならないと、本能が告げていたからだ。妙に臆病な自分の本能に嫌気が差すものの本能は基本的に臆病なものだと自分に言い聞かせておく。

 眼鏡の向こう側にある彼女の瞳は鋭い。

 嘘を許さない目を前にして事実を述べた俺は、どうして(ムーンセルにとっては)居候でしかない蒼崎橙子が美沙夜のことを気にかけるのか不思議に思った。

 俺の謎はこちらから問うまでもなく、無煙の電子タバコをふかす青い魔術師が明かしてくれた。

「彼女の身柄をこちらで預かっている。少し訳アリなんだが――監督AIも無対応でな、引き取り手が来ないかと待ちわびていた」

 蒼崎橙子の発言に嘘はなさそうだ。

 そもそもこの二人には俺を罠に嵌めたところでメリットがない。

 それでも、最初の問いがどのような目的で投げ掛けられたのかはまるで分からないままである。謎を解き明かすべく、今度はこちらから蒼崎橙子に問うた。

「玲瓏館美沙夜に何か問題でも?」

「そうだ。気になるなら自分の目で確かめてみろ。そら、執務室の鍵だ」

 なんと傲慢な……と思ったことなどおくびにも出さず、蒼崎橙子が投げた鍵を受け取る。執務室は彼女が見遣った扉の向こうか。

「自分の口で説明するつもりは?」

アレ(・ ・)を他人の私たちが喋ることは出来ないわ。私は改竄の受付でここを離れられないけど、オールタイム暇人な姉さんが付き添ってくれるから安心して」

 俺は軽い嫌味のつもりだったのに、やけに重い返答を寄越された挙げ句、姉に仕事を押し付ける暴挙と来た。こめかみに青筋を浮かべながらも立ち上がった蒼崎橙子の律儀さには頭が上がらない。

 出来れば二挺拳銃の吸血鬼と銃剣使いの神父みたいな顔で睨み合わないで貰えると助かります。

 アンタらが喧嘩したら俺まで巻き込まれるだろ。

「ところで、主よ。美沙夜めの様子を確かめておかずとも良いのか?」

 気まずいわ怖いわで動けなかった俺を見かねたセミラミスの、いつもよりやや大きめの声に青崎姉妹は視殺戦を中断してくれた。

 なんでこの人ら姉妹やってんだよホント……。

「チッ……私 も 暇 で は な い が 、身の安全くらいは保障してやろう。ここで死人が出たら後々面倒でもあるからな……」

 まるで前世から殺しあってきた怨敵を見る目で妹を睨んだ姉だが、非常識に殺伐とした姉妹喧嘩を見せつけられるこちらの心情にも配慮していただきたいものだ。

 ……だからなんでこの人ら姉妹やってんだよホント……。

 

 

 

 

 特にすることもなく校長室で待機していた聖杯戦争監督AIの言峰神父は、最弱と最悪のどちらが勝つのかと期待に胸を踊らせていた。

 バートリー・エリザベートに占領されていた時の悪趣味なインテリアは一掃され、本来の事務的で無愛想なコーディネートに戻されている。

 言峰神父が優雅に腰かけたデスクの上には酒瓶、右手には赤いブドウ酒が注がれたグラス。

 もしも岸波白野が勝てば彼は不正なデータとして削除される。だが彼は決して止まらない。それは責任感か、それとも別の何かがあるのだろうか。

 光を目指して歩む岸波白野の前に立つ塞がる壁こそが闇の淵から這い出た南方周だ。

 心ない嘘と冷酷な合理性で武装した狂気の果てに、空虚な少年は何を見出だすのやら。

 今回の結末に思いを馳せる言峰の口元には底冷えする厭な笑みが浮かんでいる。

(なにかと面倒な役割だが、マスターたちの行く末を見届ける楽しみだけは嫌いになれんな)

 恋人同士で殺し合う者、友人同士で殺し合う者、志半ばで斃れる者……彼らの無念と悲嘆を肴に味わう酒のなんと美味なことか。

 美貌の女帝は珍しく話のわかるサーヴァントなだけに、膝を交えてじっくりと語り合う機会がないことが悔やまれる。一人酒も悪くないが、たまには談笑しながら酔いたいものなのだ。

 最後にリングで拳を突き上げるのは希望(白野)絶望()か――どちらに転んでも面白いとほくそえんでいた最中、言峰宛にムーンセルから業務メールが届いた。

 六回戦の猶予期間(モラトリアム)中に脱落者が出たことを知らせる内容に、言峰は嘆息した。

 南方周の対戦相手である沙条綾香には少なからず愉悦を感じていたので、こうも早く事切れてしまわれては楽しみ足りない。

(これも聖杯戦争ならではの不幸か……)

 なかなか自分の思い通りにならないのは聖杯戦争の常であるが、やはり気分はよくない。

 言峰はグラスに残ったブドウ酒を一息に飲み干して本日二度目の深いため息を漏らした。

 

 

 

 

 教会の執務室の施錠を解いて中に入った周は、予想外どころの騒ぎではない事態に直面していた。

 意外にも小綺麗に整頓された執務室の片隅、壁・床・天井から張り巡らされた魔術の鎖が少女の四肢を容赦なく締め上げている。細くなめらかな柔肌に食い込む鉄鎖は、いくら少女がもがいたところで微動だにしない。

(……ムーンセルがマスターとして認めなくなった結果、呪いの進行速度が上がったのか)

 なんの根拠もない推察をしながら、周は屍人へと堕天した美沙夜の前に立つ。

 人ならざる異形と化し、容姿もおぞましいものに変貌してはいたが、かつての美しさの面影もある。服がところどころ破けているのは彼女が暴れた証拠だ。

「私を嘲笑いに来たの……」

「いいや、様子を見に来た」

 呪詛を吐くように恨めしげな美沙夜の態度も素知らぬ顔で周は涼しげに答える。

「間に合わなかったようだな」

 状況を丁寧に確かめる周は、相手の心情などお構いなしに言い放った。一方、言葉の真意など無視した美沙夜は毅然とした声で、

「こうなった以上、私は恥をさらすつもりなんてないわ……。殺しなさい」

 最後の救済を求めた。

 蒼崎橙子にしても、自分が手を下すのはムーンセルとの協定に反しているから自重したに過ぎない。周をここへ入れたのは、せめて彼女と面識のある人間に最期を委ねたかったからだ。

 しかし、周はこれまでと同じ無表情で、無感情に少女の懇願を拒絶した。

「断る。なんで殺す必要があるんだ」

 個人的に思うところはあったが、蒼崎橙子は沈黙を貫いた。それはセミラミスも同様だ。

 これは周と美沙夜の問題であり、当事者でない人間が口を挟むことは許されない。特にセミラミスからすらばこれは周の蒔いた種が花開いた結果でしかなく、手を貸すつもりはさらさらなかった。

 何より、周が自力でどこまで説得できるのかとても気になるのだ。

「生ける屍として醜態を晒すなんて耐えられないの。それならば完全な死を選ぶわ」

「死ぬなら七回戦が終わってからにしろ」

 言葉の銃撃戦。己の主張を突きつけあいながら、周は美沙夜と向かい合う位置にソファを移動させた。そのまま脚を伸ばしてだらしなく腰かける。

 目線は同じ、後はどちらが折れるかだ。

「……そんなに自分の命を手放したいのか」

「そうよ。お願い、人として死なせてほしいの」

「…………そう、か」

 再度の懇願に周は重々しく呟く。

「ならその命、俺が貰う」

 勢いよく立ち上がった周は美沙夜の腹を革靴で蹴り飛ばし、怯んだ彼女の首を右手で掴んだ。

 ガラス細工と大差ない無感情な瞳のまま、左手を開ききった美沙夜の口内へ突っ込んだ。暴れるのもお構いなしで周は一人ごちる。

「俺はムーンセルから出る。マスターですらない奴に邪魔させるものか……。そうだ、最後にリングで拳を突き上げるのはこの俺だ」

 食道から体内に何かが侵入した激痛に涙を流し、悲痛に悶える美沙夜だが周は気にも留めずに何かを定着させるため首を離さない。

「お前がゾンビだろうがグールになろうと知ったことか。俺にはお前が必要だとなぜ分からない、馬鹿め」

 その台詞に驚いたセミラミスと橙子に気づかないまま周は美沙夜を見下ろす。

「沙条綾香も岸波白野も斃す。聖杯を手にしたらお前も外に出してやるし、呪いも無かったことに出来る……いまさらそれを忘れたとは言わせない。契約を果たすまでお前の命は預からせて貰うぞ、玲瓏館美沙夜」

 言い終えた周の顔色は先程より明らかに悪くなっていた。

 聖杯戦争開始当初の、不健康で不気味なハ虫類顔がそこにはあった。懐かしい、残酷で冷徹な眼光を取り戻した周を前にして、美沙夜は無言でえずくしか出来ずにいた。




 やりました……。
 やったんですよ!
 必死に!
 その結果がこれなんですよ!!
 頭を捻って、推敲をして、最終的にこうなった!
 これ以上なにをどうしろって言うんです!!
 私にどうしろって言うんですか!!

 美沙夜の死亡フラグを回収しつつ生存ルートを確保し、恋愛フラグを築くアイデアを考えてたらえらい時間がかかってしまいました。
 長々とお待たせする結果となったのは私の力量不足であります。
 屍人美沙夜のイメージは東京喰種のグールです。
 あれがもうちょっと顔色悪くなった感じをご想像下さいませ。

 沙条綾香の件は『何話もかけて消化試合とかつまんない』という結論からこうねりました。
 刻印蟲の時点でお察しです。

 批判、感想、評価お待ちしております。
 よろしくお願いいたします。 


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第六回戦:序曲の終止線

 サブタイトルは『序曲の終止線(プレリュード・フィーネ)』とお読みください。

 UBWは感動的でした。桜ちゃんかわいい。
 アーチャーとランサーの戦闘シーンの白熱ぶりもさることながら、凛が髪をおろすと葵さんに似ていたり、サーヴァントとの接し方が時臣と異なったりとzeroファンも嬉しい演出でしたね。桜ちゃんかわいい。
 冬木の虎も美人でした。桜ちゃんかわいい。
 テレビ放送でもニコニコ動画でも見れないなら、Blu-rayかDVDを買えばいいじゃない。桜ちゃんかわいい。


 さて、今回で六回戦は完結となります。
 やはり修羅場となるとラブコメ臭くなり雰囲気ぶち壊しになるので、そちらはCCCにて。
 二兎追うものは一兎も得ずと言いますし、私の技量ではそこまでバランス取れません。
 apocryphaとは違うセミラミス様をお楽しみいただければそれで作者は幸せです。


 六回戦最終日の朝。寝ぼけながらセミラミスと美沙夜の不仲に首をかしげていた俺は、不意にかつて自ら命を絶った少女の言葉を思い出した。

 

 

 ――無神経だからこそ、キミは面白いんだよ

 

 

 人を実験用のモルモットか何かみたいに見つめながら、ソイツは俺に微笑んだ。誰も彼も小馬鹿にした皮肉な笑みを―年中口の端を吊り上げた厭な表情でだ。

 思い返すだけでハラワタが煮えくり返る。

 苛立ちながら上体を起こす。

 不愉快さのあまりに覚醒した脳が網膜の映像を正確に受け取る。身体は雲のように柔らかで白い布団の上、上を見てみると豪華な極彩色の彫刻が施された天蓋。

「……むぅ、若いくせに朝が早いのぅ……」

 鼓膜から脳髄へと染み渡る糖蜜の声。

 発信者は俺より低い位置にいるらしい。誰だと思い下を向いて、硬直した。

「本当にそなたは人間か? まさかとは思うが……機械仕掛けではあるまいな?」

 いつもの淫蕩な笑みなど気配を微塵も感じさせない微睡んだ表情のセミラミスが、重い目蓋をこすりながらゆっくりと起き上がる。

「失礼な。俺はれっきとした人間だ。顔色はアレだが、赤い血も流れている」

「血も涙もない卑劣の輩が言いよるわ……」

 間の抜けた欠伸をするセミラミスは口元を手で覆い隠す。その拍子に身体を包んでいたシーツがはらりと落ちた。

 シーツが失われ、女帝の肢体を包むものがなくなったことで露になる素肌が眩しい。肩から腰、脚にかけての滑らかな曲線と無防備なポーズは今までにない姿だ。

 朝陽を浴びて煌めく見事な黒髪が無造作に垂れ、純白の素肌にコントラストを添える。

 ひんやりと心地好い冷たさがこちらの手に伝わるのは、細く優美なセミラミスの指が俺の長く痩せた指と絡まっているからか。触れ心地のいい彼女の手にいつまでも包まれていたいと思うのは仕方がない。

 

 端的に言えば、全裸のセミラミスが俺と手を繋いだ状態のまま隣で寝ていた。

 

「……おい。どうしたと言うのじゃ我が主よ?」

 セミラミスは、状況を把握した結果さらなる混乱に叩き落とされ、結果的に処理停止へ陥った俺の両肩を掴み前後させる。その動きに遅れて彼女の豊満な胸元の双丘も大きく揺れ、視覚の暴力は激しさを増した。

「死んだのではあるまいな? 死人なのは顔色だけでよいのだぞ?」

 無礼千万な身の案じ方だが、思考が停止した俺は言葉が出なかった。

 目が覚めたら自分のサーヴァントが全裸で隣で寝ていたのだ。混乱しない方がどうかしている。

 ――いや待て。俺は普段、部屋のすみにある敷き布団で寝ているはずだ。それがどうしてセミラミスのベッドで目覚めた?

 ふとした疑問が喝となり、停止していた思考が再び動き出す。

「――………おい、なんでお前、全裸なんだよ」

「我は床につくときはいつもこうしておる。これでは不満か?」

「俺が何かする可能性を考えなかったのか?」

 男をかどわかすのはセミラミスにとって手慣れたものだろう。しかし、自分のマスターが安全だという保証はない。俺はセミラミスの不用心さを諌めようとしたが、返ってきたのは――

 

「構わんぞ。契約したときから、そなたが我を求めれば応じてやるつもりであった」

 

 こちらの予想を覆した。

 見よ。この堂々とした皇帝の威厳に満ちた顔を。

 いつも浮かべていた嘲りや不吉な微笑みとは全く逆の、力強い表情だ。

「そなたが自身をどう評価しているか知らぬがな、我はムーンセルめがそなたのサーヴァントとして遣わした時から、ずっとそなたを信じておったぞ」

 闇も影もない純粋な言葉だった。

 いつも愉悦に満ち堤ていた黄金の双眸が、真っ直ぐに俺の黒々とした瞳を見つめている。

「やはり、こればかりはそなたにも見通せなんだようじゃな。しかし考えてもみるがよい。我は夫婦の契りを交わした男を翌日に殺めた女よ。信じておらねば、ここまでつき従うものか」

 また俺は言葉が出なかった。

 頭が真っ白になるというのは、もしかしたらこんな感覚なのだろうか。

 指摘されると、なるほどである。万事において俺よりずっと優れているはずのセミラミスは、重要な場面で常にマスターである俺に指示を求めていた。

  こんな取り柄のない人間にだ。本気で信じていなければ出来ない行為ではないか。

 

 ――ああ、確かに俺は無神経だった。

 

 ――ふと、あの少女が見せた妙な笑み思い出した。

 

 嫌みも皮肉もない、俺にとって未知の笑みだ。

 

「……ありがとう、セミラミス」

 これだけは言わなければ。そんな気がした。

 人格難で陰険で姑息な俺のような人間にここまで律儀なサーヴァントはあまりにも惜しい。不釣り合い過ぎる。

 とにかく、彼女は最高のサーヴァントだ。

 それだけは断言できる。

「礼などいらぬ。アサシンの英霊でここまで勝ち進んだそなたには感服しておるくらいじゃ」

「感服するのはまだ先だ。……なぁセミラミス、こんな俺でよければ最後までついて来てくれるか?」

 残る七回戦。打ち倒すべき最後の敵は取るに足らない程度の力しか持たないが、それでも油断することは許されない。

 最善の一手を着実に打ち、慎重に事を運び、幾重にも罠を張り巡らせる必要がある。そのためには俺だけではだめだ。サーヴァントの、セミラミスの力なくしてはどうにもならない。

「我は求められればいくらでも応じるが……よ、よいのか?」

 悪いはずがあろうか。

 戸惑いの顔で目をそらすセミラミスに、俺は――

「セミラミス、俺にはお前しかいない。これまで一緒だったんだ。これからも一緒に来てくれ」

 彼女の手に、自分の意思で触れた。恐らく、聖杯戦争が開催されてから初めて。

 掌に伝わるひんやりとした肌の感触を確かめながら、見開かれた魔性の瞳をみつめて頼んだ。

「う、うむ……。その、なんだ。よもや時の果てでその顔から同じ台詞をぶつけられるとはのう……」

 セミラミスは何か静かに呟き、次の瞬間には視界がぐにゃりと歪んだ。後頭部が枕に受け止められ、天蓋を背景にセミラミスの美貌が間近にあった。

 

 

 見ているこっちが恥ずかしくなるほど可憐な乙女(・ ・)で幸せそうな、満面の笑顔が――

 

 

「不肖の身だが、よろしく頼むぞ。マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 荒廃した闘技場の真ん中で、岸波白野とレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは向き合っていた。

 白野の隣には紅蓮の剣を携えたローマ最高の美しさを誇る皇帝、レオの傍らには太陽の聖剣を担う騎士王の忠臣がいる。

 聖杯戦争六回戦で敗退したレオが、岸波白野へと語りかける。

「……体に、力が入らない。不可解です……心臓を貫かれたのに、欠けた穴を埋められたような気がする……」

 敗者を消し去るノイズに蝕まれ、手足の先から色を失っていくレオは顔は晴れやかだった。

「そう、か……信じられないと思ったこと、敗北を想像しなかったのが……僕の限界だったのですね」

 決戦前に薔薇のセイバーが指摘した、レオに足りないもの。レオはようやくそれが何か気づき自嘲を漏らしながら、哀しげに俯く。

「勝利しか知らず、敗北の先にある感情を学ばなかった。それが無欠ではなく恐れを知らないことだと――そんな当たり前の心が、僕には無かったのですね」

 周囲から完璧を望まれ、周囲から完全な形に調えられて完成したが故に不足だった。

 誰にも教えられなかった敗北を我が身で受け止めたレオは、死を迎えながらも喜びを噛み締めていた。王としてではなく、人として、達成することの喜びだ。

「不条理と、不合理への反発……“もう一度”“次こそは”ですか。……うん、難しいですが、これはいい感情だ」

 少年王が踏み出した一歩は、恐らく彼の生涯で最も大きな一歩となったことだろう。しかし、その道はここで途絶える。

 たとえ完全な王であろうとムーンセルに慈悲はない。聖杯戦争の敗者として、粛々とレオを削除するだけだ。

「諦めないことがこんなにも、強い力になる……。凄く、勉強になりました」

 死への恐怖、生への執着、そして悔しさ。それらを最期の時まで知らなかったことをレオは自ら皮肉る。

「はは――本当に、愚かです。そんな人間に、人々を導ける筈もなかったのに」

 それでも白銀の従者は無言を貫く。

 自分へと向いた主に、残り僅かな余力を振り絞りながら向き直る。

 太陽の如く輝いていた鎧にはあちこちに傷が入っていた。赤いセイバーとの打ち合いで負った傷も、或いは決着の要因だったのかもしれない。

「ガウェイン。貴方は、知っていたのですね。真の王となる為に、足りないものが何であるかを」

「レオ――王よ、私は……」

 ガウェインの言葉を、全て分かっていると首を横に振ってレオは封殺する。

「分かっています、ガウェイン。敗北が必要であっても、僕を勝利させるために全力で忠義を尽くしてくれた。いつか、僕が敗北する時のために」

 彼の忠義の証であった太陽の聖剣(ガラティーン)は、主人(ガウェイン)より一足先にその役目を終えた。

 太陽の威光を秘めた聖剣は輝きを失い、消え行く星の残滓のように消滅していった。

 ガウェインはそれに目もくれず、レオは聖剣の最期を傍目で看取ってから、言葉を続ける。

「貴方は敗北の時が必ず来ると知った上で、僕の成長に付き添ってくれた。あまりに非合理的な生き方ですが――」

 ガウェインにとって最上であろう微笑みで、レオは静かに、そして心を籠めて告げた。

「礼を言います――ありがとう、ガウェイン。僕の剣であってくれて」

 ひたすらに黙して受けるセイバーは決して臣下の礼を崩さず、レオに次の言葉を促しているように見えた。

 王と従者という、完全に主従関係を決定付けられた身でありながら、今のセイバーは子の成長を採点している親のように見える。

「貴方でなければ、僕は気付けなかった。この敗北を、ただ偶然と見なして無情に切り捨てていただけでしょう」

「――いいえ、王よ。貴方ならばどのような敗北であれ、受け入れたでしょう。私は騎士として剣を捧げたまで。貴方の成長は貴方によるものです」

「――――」

 そんな、当然といった物言いを聞いて、レオの表情に変化が表れる。

 これまでの彼ならば絶対に見せないであろう、驚嘆の表情でセイバーの言葉を受け止めた。

「ですが、今はその成長に立ち会えた事を光栄に思います。貴方は真実――誉れある王だった」

 セイバーは瞳を閉じて語る。

 その目蓋の裏には何が映っていたのか。レオという王に仕えた戦いの日々であったかもしれない。

 一言一句に重さを乗せながら全てを言い切って、目を瞑ったまま、もう一騎のサーヴァント・セイバー、誉れ高き円卓の騎士サー・ガウェインは消え去った。

 敗北の言い訳も命乞いも、辞世の句もないまま―最期まで王に付き従い、一振りの剣となる事に徹した完全なる理想の騎士として。

 彼は全力で戦い、己が全てをレオに捧げた。生前に抱いた、自分の浅慮な行いが祖国(ブリテン)を滅ぼしたという後悔もかなぐり捨てて。

 そこに、恥じ入るものなど欠片もない。

 忠義に殉じた従者の跡を暫く見つめ、レオは白野に振り返る。

「……レオ」

 白野は思わず、目前の少年の名前を漏らした。

 騎士が遺した言葉を聞き届けた王の目からは、彼らしからぬ、しかしながら、年相応の一筋の涙が流れていた。

「恐怖も絶望もありますが……貴方には他に伝えるべきことがあります。まずは、白野さん。貴方に最大の賛辞と感謝を。そして、去り逝く者として贈り物を」

 壁の隙間から差し出されたレオ手には、一つのデータファイルが乗っていた。

「貴方を待ち構えるのは真の狂気です。心を持たず、心を解さず、心を拒否するヒトの形をした魔物……。『彼』はそういう存在です。どうか、貴方に勝利あらんことを」

 白野は一つ頷き、レオからファイルを受け取った。

「貴方は僕が持っていなかったもの、『彼』が持たないものを全て持っている。それは僕からの餞別です……。貴方なら、その光で闇を払えるでしょう」

「……俺はそんな大した人間じゃない。王だとか英雄だとかは、君の方がよく似合う」

 どこまでも頑固な白野の言い様にレオは苦笑する。

「やはり貴方に敗北するのは必然でした。その頑固さも、人の強さなのだから」

 レオは儚げに、しかしこれまで何度も見てきた笑みを白野へ向ける。

 羽を得たカゲロウのように、極僅かな羽ばたく時間を、彼は笑って終える。

「この敗北は僕の王道に必要なものだった。それを活かせないのがただ、残念ですが……“また”があるのなら……きっと……」

 そんな、あまりにも矮小な、しかしてありえない希望を呟きながら、レオは消えた。

 影も形も残さずに――これまで破れ去っていった全てのマスターと同じく、黒いノイズとなって消えた。

 勝利を約束された王の死とは思えないほどに儚く、呆気ない最期(終わ)り。その最後の一抹が見えなくなるまで、白野は瞬き一つしなかった。

「セイバー、俺は……レオに勝ったんだな」

 実感の伴わない事実を受け確かめるため、慣れない虚無感を受け入れるために白野は唇を震わせた。

「そうだ。そなたが勝ったのだ、奏者よ」

「俺が、七回戦に……」

「うむ。そなたが勝ち進むのだ」

 沈みゆく夕陽はどこまでも紅く、立ち尽くす白野とセイバーを容赦なく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争六回戦、勝者――岸波白野及び南方周。

 

 

 

 

 狂いだした歯車を眺めながら、無人となった闘技場(コロッセオ)に幼い少女の笑う声が響き渡る。

 全てを見通すラプラスの悪魔が、物語の結末を見定めた瞬間だった。




 セミ様&シロウとの差別化を狙いつつ、apocryphaであまり語られていない愛妻の一面を押し出してみたらこうなりました。
 周死ね。ついでに誠死ね。

 白野はレオから何か受け取り、周はセミ様となんだかいい感じになって次回は七回戦。
 最弱のマスターと最低のマスターが決着をつける最終章までさようなら。

 感想も評価も堂々と学校に結界を張るくらいの感覚でどうぞ。お待ちしております。


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最終決戦:二の丸崩し

 七回戦はちょっとサブタイトルのスタイルを変えてみました。まあ私の個人的な気分ですので、あまりお気になさらず。
 


 並みいる強敵たちとの戦いの最後、聖杯戦争七回戦の初日がやって来た。

 予選では死への恐怖から手を伸ばし、俺はセイバーに出会った。

 それからもずっと、『生きたい』という単純な本能に突き動かされて歩き続けた。

 記憶もなく、思想もないままに。

 以後も頼りない足取りで手探りながらに聖杯を目指した。別れと出会いを繰り返し、数多の壁を乗り越えて、相手と全力でぶつかりながらここまで歩いてきた。

 そしてついに、王聖を持った西欧財閥の次期盟主を打ち倒し、立ち塞がるのはただ一人。

 黒衣の女魔術師を従える悪意の権化。何度となく脚を運んだ掲示板の前には、薄気味悪い影をまとった長身痩躯の魔術師が立っていた。

 常に一対一の戦いに限定されたトライアルで、自分以外を等しく敵と認識し本物の戦争をしてきた異端中の異端。

 最強の策略家が無表情にこちらを向いた。

「珍しく運がいい」

 

 

『マスター:南方 周

 決戦場:七の月想海』

 

 

 この掲示板もこれが最後の仕事だ。

 最後の対戦相手、周はぎょろりと目を動かして掲示板を見た。考えの読み取れない仮面の奥に浮かぶ表情が恐ろしい。

「レオでなかったのは好都合だ。ガウェインの相手は骨が折れる」

 

 どんなマスターでも同じことを思うだろう。ただ、周の場合は無感情でひどく冷静だった。あるがままに事象を捉えているだけ、(・ ・) それだけだ。

「ああ。彼は強かったよ――とても」

 レオとガウェインは誰もが認める最強の主従だ。

 だが南方周は実力不明のまま。具体的な能力は策略のみしか把握できていない。謎のベールに包まれたこの人物から少しでも情報を引き出す必要がある。

 こうして対面しているだけで全身を締め上げる緊張感に襲われる。サー・ダンやユリウスのように積み重ねられた経験と実績から生じる風格でも、レオの放っていた王が持ちうる本物のカリスマとも違う。

 そこにいるだけ、ただそれだけで周囲にプレッシャーを撒き散らす呪いの石像だ。

 生まれついてそういう人間なのだろう、南方周という人物は。

「だろうな。最良のサーヴァントでも騎士王と並ぶ円卓の騎士ガウェインと、西欧財閥が技術の粋を結集して生み出した魔術師だ。負けるほうが難しい」

「ランスロットはどうだった」

「さぁな。いくらサーヴァントの実力が高いとしても、マスターが使い物にならない無能ではどうとも言えない」

 自身の対戦相手だった沙条綾香に、周は辛辣ながら淡々とした声で評価を下す。 それまでに倒してきた他のマスターたちにもそんな調子なのだろう。

 自己評価が低いからこそ、自分に負けた人間に対しての評価も総じて低い。態度は堂々としている割りに、性格は屈折しているのか?

 いや、だからこそ罠を張り巡らせて相手を弱らせる戦術が主体になるのだ。

 慎重さとは臆病さ。サーヴァントがキャスターという陣地防衛に特化したテクニカルな能力と、石橋を叩いて渡る性格が合わさった強敵だ。

「キャスターでないのは残念だが、まぁいい。そちらのセイバーが普通でないのは知っているしな」

 適当な口ぶりで、こちらを見ることなく放たれた呟き。まるでセイバーの真名を知っていると言わんばかりの台詞だが、周なら普通に思える。

「歴代のローマ皇帝でも最悪の暴君と言えば聞こえはいいが、それだけだ。バーサーカーなら危なかった」

「俺もアサシンが相手じゃなくて助かったよ」

「誰だってそうだ。ユリウスを潰してくれたのは感謝している」

 そのユリウスに一矢報いたお前が言うのか。

 李氏八極拳の開祖、中華武術の達人である李書文を利用してセイバーと俺の魔力経路を分断した『狩猟(ゲーム)』に、ラニが俺の対戦相手と見抜いて脅した五回戦。

 これまでのことを思い返してみれば、いつも周の影がちらついていた。

 時に味方として、またある時は脅威として。

 ――そうか。周はこれが狙いか。

 自分より弱いマスターを生かすために、わざわざ手の込んだ真似をしてきたんだ。

「じゃあな。最期の挨拶は済ませておけよ」

 自分が勝つと宣言して、周は階段を降りていった。

 ならば嘘と謀略の王よ、勝負だ。俺はお前に勝つ。お前に勝って、俺は聖杯を手に入れる。悲願も大望もない空っぽの悪魔に、今さら負けるわけにはいかない。

 

 

 

 

 アリーナで美沙夜に改造させたフラットの拳銃を装備する。装填されているのは、黒魔術に長けた玲瓏館家の粋を集めさせた最高の礼装――あるヒットマンの愛銃と死霊魔術師のショットガンに着想を得た必中の弾丸だ。

 拳銃そのものは小型化、使用に必要な魔力負担は微増したが問題はない。弾そのものにも少し細工してあるので対策は完璧だ。

「あの小娘は……、玲瓏館はどうするつもりか」

 エネミーを銃撃している俺にセミラミスが問う。

 薄暗いアリーナで、薄ら暗いマスターとサーヴァントが一組。話題は不吉で、空気は重い。

「取引は絶対だ。それに、散々アサシンたちの魔力源として酷使した。その報酬に……というのでは不満か?」

「うむ。そなたは魔術師ではない……。堕天することの意味が通じぬのも道理か」

「知ったところで、どうにもならないしな。そうだ、どうせ殺すならもっと面白い奴がいるじゃないか」

 岸波白野が有する不屈の源。ガウェイン撃破における最大の貢献を果たしたもう一人の()い魔術師が。

「城を落とすにはまず堀からだ。東照権現の知恵を拝借するとしよう」

「城攻めの基本じゃな。ずいぶんと呑気にしておるが急がずともよいのか? マスターよ」

 ムーンセルの最深部、事象選択樹がそびえ立つ全ての機能を集約された中枢。その根本で事の完了を待ちわびる少女が起きていれば、初手はしくじるまい。

 セミラミスには済まないが、玲瓏館美沙夜は俺にとって貴重な魔力タンクだ。この貴重な人材を失うのはあまりにも痛い。

 それに、アサシンたちとの約束もある。

 背後から刺されるのは勘弁願いたい。

「大丈夫だ。探索を終えてから監督役にアリーナへのハッキングに対する処罰を要請すればいい」

「なるほどな。自ら嬲り殺しを選ぶとは……。一回戦の頃のそなたが聞けばさぞ驚くぞ」

 ……言われてみればそうかもしれない。

 その気になれば、ハサン・サッバーハたちに命じて校舎の中で白野を仕留められるはずだ。それをしないのは、自分の意思で白野を殺したいと、そう思っているからなのか。

 俺すらも気づかなかった自分の変化を指摘したセミラミスに微笑みかけて、暗号鍵(トリガー)を入手するために探索を再開する。

 

 

 

 

 岸波白野と共闘関係にあるレジスタンスの少女、遠坂凛が懸念しているのは、彼が複数のサーヴァントと契約していることを口外できないことだった。

 南方周が遠坂凛に攻撃しない代わり、遠坂凛は如何なる手段においても、南方周が契約したサーヴァントの情報を誰にも知らせないと記された自己強制証明(セルフギアス・スクロール)による呪い。

 四回戦の前に行われた『狩猟(ハンティング)』の最中、周の従える群体のアサシンに捕らえられ、彼らによる一時的な洗脳状態で結ばされたものだ。

 やり方は気に食わないが、かつて地上で行われていた聖杯戦争に倣った狡猾で、用心深いところは評価できる。

(……彼はうかつなのに、一番ヤバい情報を教えられないなんて……)

 白野がラニ=Ⅷ、沙条綾香、レオ・ビスタリオ・ハーウェイからそれぞれ託された決着術式(ファイナリティ)だけであの大神殿クラスの魔術工房に太刀打ちできるとも限らない。

 あれは間違いなく、あの黒衣のサーヴァントの宝具。固有結界に限りなく近い性能を有しているのは明らかだった。

 図書室で必死に対抗策を探す凛だが、南方周が契約したサーヴァントたちに弱点らしい弱点がないことだけしか判明しなかった。

 中東の伝説にある暗殺教団の頭目『山 の 翁(シャイフル・ジャバル)』、ローマ帝国最大の剣奴反乱を指揮したスパルタクス、古代アッシリアに君臨した最古の毒殺者セミラミス。いずれも伝承が少ない上、英雄とはほど遠い。

「ああもう、あの蛇男、レオよりずっと厄介じゃないの! どうなってんのよ!」

 山積みになった本に埋もれそうな凛は怒鳴って机に突っ伏す。調べたことを全部記録しながらなので効率も悪い。

 おまけに期限は六日間。一日目も既に残りわずか。刻々と迫るタイムリミットが凛の焦りを強める。

「……魔物、ねぇ。レオの奴もあれで甘いとこがあるじゃない」

「全くだな。レオ・ハーウェイが人の王ならば、南方周はさしずめ魔の王か。言い得て妙だ」

 血色の陽射しが照らす図書室に響く重低音。深みのある男性の皮肉めいた声に凛は顔を上げる。

 机を挟んだ向かい側で、黒のカソックに身を包んだ長身の神父、監督役AIである言峰神父がいつもと変わらない冷笑を浮かべていた。

「イレギュラーを許さないムーンセルの管理下で、度重なる違法行為を繰り返したのは拙かったな。――遠坂凛」

 一目見ただけで背中に悪寒が走るその笑みが自分に向けられていると理解した凛は反応が遅れた。

 いや、遅れようと遅れまいと結果は変わらない。

 

 

 

 魔王・南方周の策略、その一は無事に成功した。

 難攻不落を誇る城の天守閣を落とすための第一手は、二重に張り巡らされた堀の破壊。

 かつて東照権現が大坂城攻略で行った計を真似た、心理攻撃である。




 愉悦部に入った周くん、牙を向くの巻。

 七回戦一日目でいきなりこれですよ。
 この先どうなるんでしょうかね。

 EXTRAはセミラミスルート確定です。
 CCCでは修羅場にしようかなぁと思索中。とりあえず弓を使うアーチャーたちに出番をあげたい。あとアサシン無双したい。

 次回は一日目の夜から。
 感想、評価ともどもお待ちしております。


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最終決戦:両手に曼珠沙華

 ランキング入りに私は恐怖しました。
 気まぐれで始めた二次創作でしたので、たまに先人の皆様が始められたFate/EXTRAモノがランクインしているのを見ては「これは評価されて当然ですわ」と感嘆していたものです。
 それがどうして、私の書いている二次創作までランキングに名前を連ねているのか……。

 それも一重に読者の皆様のおかげでしょう。
 魔王と女帝が参加する月の聖杯戦争も残り僅かとなりましたが、どうぞ最後までお付き合い頂けましたら作者としては至上の喜びであります。


 岸波白野に協力していた遠坂凛の排除完了を知らせるメールが言峰から届いた。

 これでムーンセル・オートマトンが100%陥落したことも確信できた。

 後は残る二つの策を成功させれば問題はない。が、その前にしておくべきことが一つだけある。俺がどうやって聖杯戦争に参加したのかについて、セミラミスにだけは明かしておかなければ。

 ハサンと美沙夜は勝ってからでいい。元より信頼など存在しない、利用し利用され合う間柄だからだ。

 しかしセミラミスは違う。互いに信頼している以上、隠し事は許されない。だからこうして小さなテーブルを向かい合う形で囲んでいる。

 作り物の夜空に浮かぶ仮想の満月を眺めながら月見酒を楽しむ黒衣の女帝の顔は穏やかで、それまでの毒針を隠した笑みはなかった。

「……セミラミスは聖杯戦争への参加方法を知っているか?」

「無論よ。ムーンセル・オートマトンにアクセスし、月の門をくぐるのであろう?」

「それが正当なやり方だ」

 図書室から借りてきた宇宙恐怖小説を読みながら何気なく尋ねる。これについては、ムーンセルから知識を得られるサーヴァントなら知っていて当然だ。

 月の門をくぐることでムーンセル内部に入る。そうすることで、一時的に偽の記憶を与えられマスター選別期間を過ごす。それが本来の参加方法。

 そして、俺のような別次元の人間は――

「ムーンセルの所有者に拾われ、熾天の玉座から送り込まれてきたマスターもいる」

「そなたは後者なのか」

「そうだ。信じるかどうかは任せるが、伝えるべきことは確かに伝えた」

 一度は終わったも同然の人生だが、死にたいと思ったことだけはなかった。だからこそ、こうして過酷な生存競争に身を投じてまでいる。

 後顧の憂いはこれで晴れた。

 月下の円卓を囲む黒い二人の間に会話などない。俺は読書を再開し、セミラミスはこちらを見つめながら嬉しそうに微笑んだ。

「信じぬはずがなかろう。愛する男の言葉を疑えるほど覚めてはおらぬ」

 突然の告白に本を取り落とした。変な折り目がついていないのを確かめてから、引きつった声を振り絞って問い質す。

「い、今なんて言った……?」

「に、二度も言わせるでない! 我にも羞恥心というものがあるのじゃぞ!」

 驚愕で顔の筋肉が硬直した俺へ、赤面し目には涙を浮かべたセミラミスが怒鳴る。狼狽える黒衣の乙女は髪を振り乱しながら顔を両手で覆い隠した。

「生まれて初めてそんなこと言われたから驚いた。他意はないから顔をあげてくれ」

 嫌われた経験は夜空の星より多いが、好かれたことなど一度もない。そのせいか好意的な事を言われ慣れていないので理解が追いつかなかったのだ。

 先端まで赤く染まった耳をプルプルと震わせながらも、顔をあげたセミラミスは気丈に振る舞う。

「我がそなたを初めて愛した女になるとはのう。何とも嬉しい話ではないか」

 

「…………」

 

 こんな時、どう言葉をかければ正解なのだろう。

 そんなことを悶々と考えながら曖昧な笑みを返しておく。

 これまでで最も不思議な夜はまだまだ終わりそうにないが、また図書室にでも行こうか。

 

 

 

 

 翌日、アリーナ探索の前に美沙夜のいるであろう屋上に足を運んだ。頼んでいたもう一つの礼装を受け取るためだ。

 青ざめた顔色と黒く変色した瞳は以前と違ったものの、服装は自分で直したのか元に戻っていた。髪は結っておらず、そのまま伸ばしている。黙っていれば文句なしの美人だが、中身が残念なので惜しいところだ。

「あの刀、随分と腕のいいマスターに作らせたようね。おかげで加工するのが手間だったわ」

「世界有数の天才に頼んだからな。それはどうでもいい、お前は注文通りに出来てるんだろうな?」

「無論よ。まったく、私を誰だと思っているのかしらこの蛇男は」

 別に段ボールを愛好したり蛇の言葉を理解できたりはしないんだが、これまた酷い言われようである。相変わらずの嘲るような真紅の瞳が俺を見下している。

 首筋には『悪蛇王(ザッハーク)』の寄生している証として蛇のタトゥーが絡みついていた。おかげでまたこっちの顔色まで死人に近づいたが、不思議なことに美沙夜はあれから大人しくなっていた。

 心境の変化が訪れるのがあまりにも簡単すぎる気もするが、俺は困らないので放っておく。

「魔弾の射手に切り裂きジャック……薄気味悪い貴方にはお似合いじゃない?」

「お前で試し切りをしてもいいが、言峰に小言を言われるのも癪だな」

 銀色に変化したフラットの拳銃に、短剣へと縮められたシンジの日本刀。どちらも美沙夜でなければ作れない逸品だ。

 赤黒い両刃の刀身を眺めながら、階下を見下ろす。

 始めは騒々しいことこの上なかった校舎も、今は静かになった。これは喜ばしいことだが、使い捨てても惜しくない人間が底を尽きたと思うと残念でもある。

 太陽光が嫌なのか給水タンクの影から出ない美沙夜は、俺の表情から考えを読み取ったのかまた棘のある台詞を吐いた。

「ずる賢い男ね。狗にも劣る卑しい神経をしている貴方がここまで生きて残るなんて、まるで奇跡だわ」

「これは聖杯戦争だぞ? 戦争がサーヴァント(兵器)の性能とマスター(兵士)の実力だけで決まるものか」

「それはそうよ。でなければ、貴方は一回戦で負けていてもおかしくなかった」

 流石に俺でもジナコ相手で負けるわけないが。

 二十一世紀の戦争はただの力技だけで勝てるほど温くはない。核で武装しようと、電子ジャマーを食らえばただのゴミなのだ。

 強力なサーヴァントを従えようと、隙を突かれたらたちまちに負ける。だからこそレオは斃れた。美沙夜は罠に嵌まった。

 所詮はそんな程度。上手く他のマスターを利用すればいいものを、馬鹿な奴らだ。

「でも……、こうして貴方は七回戦まで勝ち進んできたでしょう?」

「だったらどうした」

 今さらな事実を呟いた美沙夜に呆れてため息をつく。再確認する必要もない、どう考えても無駄な台詞である。

「それなら七回戦も勝つわよ。貴方なら、あの赤いセイバーのマスターに負けるなんてあり得ないの」

「そのために準備してるんだろうが」

 どうしたんだ。急に会話が噛み合わなくなってきてないか? 

 あまり長居すべきではない雰囲気のように感じる。

 それから速やかに会話を切り上げ、そそくさと屋上から退散した。心なし美沙夜の目が濁っていたように思えたのは、俺の錯覚だろうか。

 

 

 

 

 美沙夜から受け取った短剣の試し切りをするためアリーナに潜る。

 セミラミスがスタンさせた低級の敵性プログラムを切ってみると、傷口からボロボロと灰色に変色して崩れ落ちていった。まるで特殊なスペクトルの隕石に汚染された動植物を彷彿とさせる光景だ。

 そのまま灰になって無機質なアリーナへと風もないのに散っていく。

 第一層のシンプルな風景だが、最終決戦ともなるとかなりの広さだ。遠見の水晶玉を使い先日に取り忘れたアイテムがないかチェックする。

「思いの外に残っておるではないか。今日は時間もあるのじゃし、ゆるりと行こうかマスター」

「必要な準備は済ませてきたし、そうするか」

 あまり走りたがらないセミラミスと、体力的にもアリーナ全体を走るのが辛い俺の思惑が一致した。ブラブラと無愛想な、いかにも仮想(バーチャル)ですと言わんばかりの床を歩く。

 スタート地点が最下層、そして二人分の暗号鍵が安置されているゴール地点が最上部という登り道だらけの構造はすこぶる不便だ。抜け道もなく、第一層はショートカットも出来ない。

「つくづく面倒な構造をしておる。宝具を使うまでもないが、煩わしい」

 一本道ではなく幾つもの分岐路で迷路化されたアリーナでも、特にこれといった目印がない第一層は探索に不向きだ。

 いつになったら全てのボックスを回収できるのかと愚痴るセミラミスをなだめながら、終わりの見えない坂道をひたすらに登っていく。

 途中のエネミーはセミラミスが魔術弾で吹き飛ばしてくれる。七回戦に入ってから彼女の魔力消費が減ったおかげで、以前より長時間の探索が出来る。

 それでもここは広すぎやしないか。

 もう少しくらいは小さくなってもいいだろうに。

 俺もいい加減愚痴り始めたのを見計らったようにゴールへとたどり着いた。既に中身のないボックスと、未開封のボックスが並んでいる。

 つまり岸波白野はまだ暗号鍵(トリガー)を入手していないことになる。ここでずっと過ごすのも悪くはないが、それはかなり面倒くさいな。

「どうする? 対戦相手を待ってみるか?」

「休憩がてらに待つのなら賛成じゃ」

 いつになく念入りに歩いて疲れたのか、セミラミスは休憩を要求していた。

 適当なインテリアを置いてくつろぎ始めている。俺の分まで用意している辺りに優しさを感じるな。

 歩き疲れているのは俺も同様なので、遠慮なくチェアに腰かける。

 体重を他のものに委ねると、脚全体に蓄積していた疲労が嘆息と共に漏れ出す。

「ここまで長かった……」

「それはこの頂上までのことか? それとも七回戦に来るまでの道のりか?」

「どっちもだ」

 ジナコから令呪を奪い、フラットを騙し討ちし、玲霞からハサン・サッバーハを譲り受け、名もなき少女を奇襲、伊勢三を蹂躙し、沙条綾香は……知らん。ともかく、運営に目をつけられたくない一心で目立たぬよう目立たぬよう過ごしてきた。

 邪魔者を潰し、強敵をどさくさに紛れて処分しながら騙し騙しで慎重に歩んできたんだ。長く感じるのも当然である。

「そなたの策謀の締め括りよ、気を抜くでないぞ」

 安物のチェアに厳然と座したセミラミスに言われるまでもないことだ。

 踏み台にすること997人。残る一段を踏み外すなんて馬鹿な真似は出来ない。自分のため、セミラミスのためにも、絶対にあってはならないことだ。

 ――とまぁ、こんな万能救済型主人公らしいことを思ったところで、やり方はこれまでと何ら変わりないのだが。

「マスターよ、最後の贄が来よったぞ」

 岸波白野とセイバーの気配を察知したセミラミスがおもむろに立ち上がり、階下を見下ろす。

 俺もゆっくり腰を上げ、出発地点にいるであろう最後の敗者を見る。




 時間軸は七回戦一日目の夜から二日目の途中です。
 次回は岸波白野と南方周が対峙するシーンからを予定しております。

 感想・評価ともどもお待ちしております。
 お気軽にどうぞ。


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最終決戦:少女覚醒

 昨今のヤンデレに対する認識が私としては我慢なりません。何が悪いとは言いませんが、一部の間違ったヤンデレ推し作品による弊害は目に余ります。

 そんなこんなでいつも通りに作者の妄想ダダモレな最新話となります。


 七の月想海、第一層。

 最低限のオブジェクトで構成された電子の迷宮に踏み込んだ岸波白野は、最上部からの絡みつく気配に顔を上げた。セイバーも他のサーヴァントの気配を感じ取り、警戒する。

「セイバー」

「うむ。既にあやつらが来ておるようだ。奏者よ、気を引き締めよ」

 頂点に君臨する魔王と、最下層に立つ最弱。

 この皮肉なシチュエーションを笑う余裕がある者はこの場に一人もいなかった。

 

 

 

 

「遅かったな。セイバーならそこまで手こずる相手でもないだろう」

 最上部、暗号鍵の入った橙色のボックス前に佇む周が冷ややかに白野を見る。傍らには黒衣のサーヴァントが控え、嘲笑を浮かべている。

「行動パターンを観察しながら来たんだ」

 控え目に答える白野。一言一句に注意を払い、隙を見せまいとする。サーヴァントたちは互いに睨み合うだけで、沈黙を貫く。

「凛を殺したのか?」

「いいや」

「お前が殺したのと同じだ」

「俺はルール違反者を告発しただけだ。遠坂凛が死んだのなら、それはムーンセルの判断にすぎない」

 肩の力を抜ききった周の声に、白野は拳を握る力を強める。南方周が自分のためなら積極的に他人を利用するエゴイストであることは、身をもって知っていた。

 涼しい顔で平然と嘘をつくことを責めるつもりはない。聖杯戦争で他のマスターを信じることが、そもそもにおかしいのだ。

 だが今回はわけが違う。この期に及んでそんな事を臆面もなく言える神経は白野にとってあまりにも許しがたかった。

「自分がしたことを、認めないのか」

「そんなに認めてほしいなら認めるが」

 鉄仮面の無表情を崩すことなく周は妥協を提示した。そんなつまらないことに張り合うのが面倒くさいのと、怒りの炎へ油をくべるために敢えてそうした。

 効果は覿面、白野の握り締めた拳からは一滴二滴と血が滴り落ちている。

 それの光景をひどく淡々と観察しながら、

「つまらない話は飽きた。話題を変えないか?」

 ――と軽い調子で持ちかける。

 半分は本音、もう半分は挑発だ。

 消えた人間の話題なぞどうでもいい。そして、そんな下らない話題で平常心を崩せるのなら実に好都合。ある意味で死者に鞭打つ行為だが、これしきで南方周が罪悪感を抱くはずもない。

 温かみと呼ぶべきものが完全に欠落しきった瞳を白野は見た。眼球が収まっているべき二つの窪みには、ガラス玉が嵌め込まれているようだ。

 糾弾は自らの勝利でのみ達成できる。この場は怒りを収めた白野は、復讐心を押し殺す。

「……そうしよう」

「言い出した人間が話題を供しよう。――五回戦の対戦相手はラニ=Ⅷだったそうだが、トドメを刺したときの心境など教えてはもらえないか?」

「――――――――――――――――何だと?」

「聞こえなかったのか? アトラス院が作った失敗作、ラニ=Ⅷを殺した時の――ッ!?」

 

 白野は俯いて問いに聞き返し、周は呆れた顔で問い直して――吹き飛んだ。

 

 針金細工の如き身体を襲ったのは単純な鉄拳。しかしながら、有らん限りの怒りと憎悪を込めた岸波白野渾身の一撃である。

 地面に倒れた周に馬乗りとなって更に拳を叩き込もうとしたが――

 

「残念だ。失敗した」

 

 禍々しい血色の刃を鈍く光らせた短剣の切っ先が、白野の首筋に突き付けられていた。あと数センチ、振り上げた拳を悪魔の顔面に叩き込んでいれば、確実に白野は死んでいただろう。

 右頬を赤く腫らしながらため息をついた周は、やれやれと首を左右に振る。

 

「それみよ。煽るだけで勝てるほどの阿呆なはずがなかろうと言うたではないか」

 

 苦笑するセミラミスは自分のマスターを見下ろしながら肩をすくめる。セイバーは紅蓮の剣を構え、闇色のサーヴァントに備える。

「奏者よ、その男から離れるのだ!」

 セイバーに言われてようやく状況を理解した白野は慌てて周から距離を取る。重石から解放された黒髪のマスターがゆらりと立ち上がった。

「思っていたより痛いな。ラニ=Ⅷにそこまで未練があるのか?」

「お前には死んでも分からないさ」

「知っている」

 痛々しい殴られた痕を右手の掌で撫で、周は嘯きながら白野に道を開ける。

「さぁ、暗号鍵を取れ。別に死んでも構わないなら好きにすればいいが」

 セミラミスもマスターに続き、道を譲る。だが、白野は背後から刺されるのではないかと進みかねていた。それに気づいた周はにたりと笑い、リターンクリスタルを手にした。

「そこまで警戒されるとはな。悲しいが、今日はここまでにしておこう。では、また」

 青いクリスタルが破裂し、光が周とセミラミスを包む。瞬く間に二人はアリーナから退出した。残された白野は、とたんに空間を圧迫していた嫌な気配が消えたことにため息をついた。

 憂鬱な空気は霧消し、解放感が訪れると共に妙な汗が吹き出す。

 周の気配はユリウスに近い雰囲気のようで、彼のように鋭くない。ゆっくりと――嬲るように、切り裂くのではなく圧し斬る感覚だ。

「とんでもない化け物であったな。レオが魔物と呼ぶのも納得だ」

「確かにアイツはまともじゃあない。でも、人間を辞めているほどの力はないんだ。それなら俺にも勝ち目はある」

 南方周には痛覚があった。おまけに酷く弱い。雰囲気のせいでそうは見えないが、フィジカル面ではまったく脅威ではないのだ。

 岸波白野は真っ向勝負以外の戦い方を知らない。だがしかし、それ故に相手の全てを把握し隙を見つけ出す能力は突出して高い。

 サーヴァントの真名に関するヒントは全くないが、これから探るのだから問題はない。

 打倒魔王の決意を胸に、白野は前へと進む。

 いつもとなんら変わりなく、ただ前だけを見てがむしゃらに突き進んでいく。

 

 

 

 

 アリーナから退出した周に、ハサンから任務完了の報告があった。

『主よ、遠坂凛が遺した我らの記録を回収いたしました。如何しますか?』

 『百の貌のハサン』やセミラミスについての情報をまとめたテキストデータは、言峰神父も放置していた。これでは対戦相手に自身の手の内を知られてしまうことになる。

 そのため周はアリーナ探索の間に、ハサンを使ってデータの回収をした。

 結果は成功。中東の伝承にて恐れられる『山の翁(シャイフル・ジャバル)』にこの程度の任務は実に容易いことだ。が、周の手にある駒でお使い(・ ・ ・)を頼めるのは他にいない。

 ハサンに処理を求められた周は自分の個室を目指して廊下を歩く。その間にデータを秘匿しようと決めた。

「個室にて保管する。あそこなら岸波白野も手出しできないだろうからな」

『ではそのように。――それと、玲瓏館美沙夜が主を呼んでおります』

「用件は聞いているか?」

 次いでの報告は、ハサンも詳細を知らされていなかった。だが、重要な話であることだけは確かである。南方周と玲瓏館美沙夜は、姿形こそ変われど関係まで変化したわけではないのだ。

 それは周自身が誰よりもよく知っている。

「さて……どうする、マスター。このまま無視するもよし、呼び出しに応じてやるのもよし。そなたの好きにせよ」

 セミラミスは霊体化したまま選択を促す。

 サーヴァントたちにせっつかされた周は一旦立ち止まり、美沙夜の個室へと目的地を変更した。

 

 

 

 

 玲瓏館美沙夜の個室は整理整頓こそ行き届いているが、やはり魔術師然としているのは確かだった。

 風格のある本棚には多数の古書、使い古された机の上には使い道の分からない不思議な液体で満たされた試験管やフラスコが並んでいた。

 玲瓏館家は東洋における西洋魔術、その中でも黒魔術に通じた血筋である。どこかおどろおどろしい室内の雰囲気に周は若干ながら怯んだ。

「あら、黒魔術師の工房は初めてなの? これしきに怯えるなんて臆病な男だこと」

 美沙夜の挑発を無視して、周は適当なソファに深々と腰かける。

「用件はなんだ。つまらない話なら帰る」

 突き放す物言いの周。一方の美沙夜はどこか無理をしているような風で、痛みに顔を歪めている。少女の異変に気づく者はいない。南方周とセミラミスにとって、彼女の異常など些末な事でしかないのだ。

「いいのかしら、そんな態度で」

「どういう意味だ。ふざけているのか」

 脂汗を浮かべながら嫌味に微笑み返す美沙夜と、不機嫌そうにふんぞり返る周。睨み合う両名だったが、

「良いことを教えてあげる。沙条綾香が岸波白野に託したのはね、彼女の純潔を最初に奪った刻印蟲よ。良質の魔力が高密度で保存された、使い捨ての魔力電池そのものなの」

「で、それがどうかしたのか?」

「ハーウェイの御曹司が彼に決着術式(ファイナリティ)を託していたとしましょうか。宝具に近い礼装に必要な魔力量となれば、岸波白野個人の魔術回路では補えない……けれど――」

 ようやく納得のいった周は大真面目な表情で一瞬だけ考え込み、すぐさまに答えを導き出した。

「――一発だけの使い捨て礼装として、レオの決着術式(ファイナリティ)を使える」

「ご明察。貴方、どんなものかも分からない最強クラスの礼装にどう立ち向かうつもりなの?」

「あぁ-……そうだな。空中庭園に引きずり込めばどうにかなるか?」

 思索の水底へと降りる際の泡沫が次々と浮かんでは消えていく。これは流石の周も想定外だった。いや、可能性としてはあり得たことなのだが、人の心を理解できない彼はレオが自分をどう見ていたのか微塵も気に留めなかった。

 無関心のツケをこんなところで支払わされるとは思わなかったのか、周はいつもより長く考え込んでいる。美沙夜はもちろん、セミラミスもそれを邪魔することはなかった。

 そもそもちょっかいを出すつもりはない。が、意識が異次元に飛んでいった状態の無防備な周を前に、相手が余計な真似をしないかと疑心暗鬼に陥ってしまいお互いに牽制しあっていたのだ。

 どのみち無意味である。

 この場を部屋の隅で見守っていたシャーミレは、周の女運の無さに憐れみすら感じていた。涙せずにはいられない忠実なる暗殺者の涙に気づくことなく、不運なマスターは脳内で繰り広げられる思考のループを口から漏らしていく。

「……うーん、レオと沙条綾香どころかラニ=Ⅷからも何かを受け取っている可能性があるな。どうしたもんか……。殴られた礼はしておきたいし……」

 自分から仕向けておいて逆恨みするのかと呆れるセミラミスと、どうせ怒らせるようなことを言いまくったのだろうと見抜いたハサンだったが、一人だけ異なる反応を見せた。

「殴られたのはどこ?」

「……右頬だ。うるさい、黙っていろ。長剣相手に短剣では分が悪いし……おい」

 律儀に答えながら冷たくあしらう周の酷薄な顔は、今までにない種類の困惑を浮かべている。

 それもそのはず。

 まだ少し腫れた周の血色が悪い右頬を、美沙夜の蒼白く優美な指が撫でているのだから。一度も見せたことがない混乱の表情をし、玲瓏館美沙夜は今にも舌で舐め回せるほどの近さまで二人の貌が近づいている。

「あぁ、なんて痛々しい……。ちょっと待っていなさい。すぐに簡単な痛み止めを用意するから」

「いらん。痛みなら引いている」

「ダメよ。王子様の顔に怪我だなんてはしたないでしょう? ――大丈夫よ、痛み止めを作るのはほんの数分で終わるから。それよりも肝心なのは礼装ね。決着術式(ファイナリティ)とまではいかないまでも相応の性能を持たせないといけないわ。ねぇ、貴方はどういう形なら一番上手く使えるかしら?」

「は…………、え? そうだな。個人的には体力も考えて、やはり武器としての機能よりは魔術の性能に比重を置いて欲しいところだ」

「そんなピーキーな礼装じゃ危ないじゃない。貴方の身に何かあったら私だって困るのよ? そうね、防具兼武器として最低限の機能を持たせておきましょう。扱い易さもちゃんと考慮しておくから安心しておいて頂戴な。となると籠手が一番いいかしら。痛み止めが出来たらすぐに製作するから、明日か明後日にはアサシンに届けてもらうわ。それにしてもあの男は度しがたい愚か者のようね。この仕打ちは来世の果てまで拷問にかけても消えない罪科だわ。「落ち着――殺してやる。あの匹夫は私の礼装と私の彼が殺す。殺す。絶対に、何があろうと、完全に殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――――」

 美沙夜が周の顔に手を添えたまま錯乱した。堕天したことで脳の施したリミッターから解放されているため、周の貧弱な腕力でのけられるほど彼女はか弱くない。

 混乱の真っただ中に叩き落とされたセミラミスが意識を取り戻すまで、周は自分の運の無さに感動していた。

 

 無意味でしかないのだが。

 




 ヤンデレとは病的なまでに誰かを愛している状態にある人物が見せるデレです。
 この『病的』とは恋愛対象に下心を持って近寄る人間への過剰な攻撃性や、恋愛対象への妄信的な献身であります。前記の過剰な攻撃性が恋愛対象に向いた場合はヤンデレではありません。
 ヤンデレとは究極の自己奉仕、臨界を極めた至高の慕情なのです。

 この辺でヤンデレ講座は止めましょう。
 さて、今回は白野と美沙夜が大暴れしました。次回は誰が暴れるのやら、乞うご期待。

 読者の皆様のおかげでランキング入りを果たせたことに感激しております。
 このような駄作にお付き合いいただけていることへ感謝を。

 感想、評価お待ちしております。
 来年、Fate/Grand Orderでセミ様、百の貌のハサン、スパルタクス3騎でチーム編成出来ることを切に祈っております。
 願わくば、そこにアタランテとロリジャックも入れて遊びたいです。


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最終決戦:双蛇の乙女

 前回のコメントがヤンデレ祭りでびっくりです。
 今回はヤンデレ成分ゼロとなっております。

 でも、ヒロインが殺し合いの喧嘩をするのはTYPE-MOON作品なら常識なんですけどね。カニファン的に考えて。



 どこだろう、此処は。

 うすぼんやりとしてはいるが、いつの間にやら俺は兵器の残骸が散らばる丘に佇んでいた。

 どうしてか見た覚え(既知感)はあるのに、具体的なことがまともに思い出せない。

 どこで見たのか。

 どうして知ったのか。

 つまり、これは夢の類いなのだろう。ムーンセル、正確に言えばセラフで夢を見ることはあり得ないそうだが、そもそも俺自体があり得ない存在なのだから気にすることもない。

 奇妙な浮遊感の気色悪さに少し不満感を抱きながら、相対する一組の少女たちを観察する。

 膝を屈した赤色の外套をまとった戦士風の男と亜麻色のゆるやかなウェーブがかった髪の少女。こちらはかなり疲弊している。男は全身傷だらけで、少女は息も絶え絶えだ。

 もう一方は、黒の際どいボディコンを着た妖艶な美女といやに長身でボーイッシュな女子。美女は鎖付きの短剣を構え、女子は腹の立つ笑顔で少女を見下ろしている。

「君が彼を大事に思っているのはよく分かったよ。それについてはボクも認めよう。でもね、ボクはライダーを愛している! 心から――誰よりも!!」

 あの女子は頭のネジが飛んでいるらしい。

 何を言っているんだと呆れ果てる俺を無視して、女子はさらに熱弁を奮う。

「ああ、君たちもまた愛し合っているのかもしれない。しかしそれは未来がない、その先がない終わることが前提の諦め混じりなんだ。自覚はないかもしれないけどね、僕を倒したらもうすぐこの関係は最後だと思っている。――そんな熱のない想いに負けるわけにはいかないんだよ。月から出たら、みんなで暮らそうと約束した。僕にはその約束を守る義務がある…………だから『    』、君はここで死ね!!」

 立て板に水の勢いでまくし立て、不快な笑みの仮面を脱ぎ捨てて燃え盛る感情を躊躇なく解き放つ。美女―ライダーの雰囲気に変化はない。力尽きかけた少女の名前を女子が叫んだと同時にライダーは宝具を発動し、地面に展開された魔法陣から放たれる光が周囲を満たして――

 

 

 

 

 ふと目が覚めた。

 …………何だったのだろう、あの夢は。見覚えがあるような、無いような、そんな奴らばかりだ。思い出そうとしたが、寝起きのせいで頭が回らない。普段から回っているかどうかは怪しいが。

 今日で七回戦も三日目になる。何事もないといいが、そうもいくまい。白野を煽り俺への憎悪をたぎらせることには成功した。結果として顔を殴られたが、まあそれはいい。

 美沙夜の豹変は怖かったが、俺が危なくなればセミラミスとハサンに助けを求めよう。

 布団から出て身支度を整え、この部屋で唯一、俺が領有する本の山に囲まれたデスクに向かう。昨日、美沙夜から受け取った礼装は持ち歩かないようにしておく。

 強力ではあるが、そうホイホイ使えるものでもないのだ。コイツらは。

 今日は特に予定があるわけでもない。強いて言うならば白野と接触して、適当に情報を流してやるくらいか。

 セミラミスはいつもの天蓋ベッドでスヤスヤと寝ている。あちらは腹が減ったら勝手に起きてくるだろう。……そこに地雷があると分かっていて、わざわざ踏み込んでいくのも馬鹿らしい。

 長らく愛用している安楽椅子に腰かけてのんびりと時間が流れていくのを満喫する。やることがない上に娯楽の少ないムーンセルだ、マトリクスを眺めて楽しむのをいい加減に飽きてしまった。

 一部のサーヴァントに至ってはもう丸暗記してしまったほどだし。

(……本当に何してるんだよ俺は)

 自分も相当の馬鹿だとは自覚していたつもりだが、ああ――ため息が出る。

 

 あの夢が気になって気になって仕方がない。

 もう少しで思い出せそうなのに、あと一歩のところで記憶に靄がかかってしまう。

 

 苛々しながら頭を抱えた所で、言峰から連絡が来た。内容は『バグが発生したのでアリーナに行くなら気を付けろ』とのことだ。

 安全になるまでは大人しくしておく方がよさそうだ。最悪アリーナに行けなかったとしても、今日はそれで構わない。

 しかし、セミラミスはいつまで寝ているのやら。時間を計ってみようか。……あと四日しかないし、バレたら面倒だから止めておこう。

 

 

 しかし、俺の朝食は今日はお預けか。

 

 

 

 

 早朝からセイバー強化のためアリーナに入った白野は、最上部近くの開けたエリアに妙な歪みがあるのを見つけた。近寄るかどうか迷っている内に歪みは拡大し、次第にアリーナと同化して消えた。

「何だったんだ、今の?」

「余にも皆目見当が付かん」

 不思議がる二人は、安全のためそのまま引き返そすことにした。この先はそこそこ強力なエネミーが多く鍛練には最適なのだが、身の危険を犯してまで進むつもりにはなれなかった。

 

 しかし、運命は岸波白野に平穏を与えない。

 

 最上部へ続く、エネミーも何もいない最後のただただ長い坂道の果てから――あり得ないことだが――サーヴァントの気配がしたのだ。

 当然、白野は真っ先に警戒して身体の正面を最上部に向ける。

「セイバー、上に誰かいる」

「奏者よ、これはあのキャスターとは別のようだ。何が起こるか分からんぞ」

「――ああ」

 周とセミラミスの放つあの重圧とは異なる気配。重圧であることには変わりないが、絶対的な自信と圧倒的な力を隠さない、本物の威圧だ。

 この場で逃げを選択しても、明日になっていなくなっているとは限らない。アリーナ管理AIは一人だけ。ユリウスのような違法術式を用いて延命を図ったのだとすれば、対処は困難だ。

 逃げても無駄だと判断した白野は、意を決して最上部に現れた謎のマスターと相対することにした。

 長い長い坂道の果てに立つ、ストイックさなど微塵もない最初から本気で待ち構えているマスターの正体は――

 

「ついでの用事とは面倒くさいね。早くアサシンと彼女に会いたいのにさ」

 

 小綺麗なショートカットにハンサムな顔をした女子生徒が皮肉げに肩をすくめる。右手を腰に当てたスマートな立ち姿や片端だけ吊り上げた表情は捻くれた印象だが、狡猾さを感じさせないのは女子生徒が酷く堂々としているからだろうか。

 浅黒い肌の女子は、ライダーとそう変わらないスタイルやニヒルな態度に少女という言葉が似合わない。少年口調ではあるが、黒いストッキングに覆われた脛の半ばまであるスカートと辛うじて女らしくはある。

「その前に私とでしょうマスター。あまり焦らさないで下さい」

「給食だと好物はつい最後に回してしまうんだ。ライダーは最初に楽しむのが好きなのかい?」

「あまり我慢はしませんよ。二人きりなら今すぐにでも押し倒したいくらいです」

「それはボクもだよ。それなら尚のこと、こんな邪魔でしかないお使いなんて終わらせるとしよう」

 傍で静かに佇む髪の長い美女とのやり取りの意味が白野には今一飲み込めないが、かなり親しげなようだ。まず指を絡めて手をつないでいる。サーヴァントにそこまで入れ込むこは、かなり相性がいいと判断する基準としては十分だろう。

「ライダーとの一時のために少し痛め付けさせてもらうよ。大丈夫、殺しはしないから」

 それまでのマイペースな雰囲気のまま、女子と妖艶なライダーは魔力を練り上げる。

 ここでようやく白野は事態の深刻さに気付いた。

 

「君たちは何者なんだ。聖杯戦争で残っているマスターは俺と周の二人だけのはずだ」

 

 問いに応じる様子はない。女子はニタニタと人を小馬鹿にした笑顔で白野を見ている。ライダーは目がバイザーで覆われているため、表情が分かりにくい。ただ、友好的な気配でないのは白野にも理解できた。

「別にいいじゃないか。殺すつもりはないし、用が済んだらもう会うことはないんだから。ねぇ?」

 下校中に少し寄り道する、そんな程度の軽いテンションで物騒な発言をするマスター。そして無言で同意の相槌を打つライダー。

 白野が何を言おうと、何を問おうと、この素性不明の二人は退くつもりはない。岸波白野を攻撃する、だがそれだけしかしないと宣言している。

 言葉の意味は分かっている。だが理解が追い付いていない。一つだけハッキリしているのは、彼女たちは自分の用件が片付くまで何があろうと逃がしてくれそうにない、ということである。

 ここでようやく白野は謎のマスターと戦う覚悟を決めた。セイバーも「羨ましくなどないぞ!」とふて腐れながら紅蓮の剣を構えた。

「そうそう、それでいいんだ。さあ来なよ、ボクの可愛いライダーにどこまで届くかな?」

 シニカルに嘯く女子と入れ違いでライダーが前に出る。感情の読めない機械的な美女は鎖付きの短剣を手にして、一気に腰を落とす。

 グラマラスな肢体を最低限包む露出の多い黒のボディコンに長く美しい薄紫色の髪、そして寡黙ながらも女子らしさを感じさせる声音は蠱惑的である。だからこそ、顔の上半分を覆い隠すバイザーと攻撃的な得物が殊更に際立っている。

「遠慮は必要ありませんよセイバー。最初から本気で来てもらわないと殺しかねませんので」

「言うではないか騎乗兵めが。特別に赦す、余の至高なる剣技に酔いしれるがよい―!」

 事務的で飾り気のない、端的な挑発にセイバーはあっさりと乗って剣を一閃する。軽々と一撃は回避され――

 

「何でもそつなくこなすことは悪くはありません。しかし、見ようによっては器用貧乏と同じです」

 

 事務的に教訓めいたことを口にしつつ、ライダーは壁や床を蹴って複雑な軌道を取り、アリーナの最上部をところ狭しと動き回る。

 黒と薄紫の影が人間の視覚では捉えられないほどの速さで駆ける空間にあって、セイバーは小刻みに叩き込まれる短剣の刺突を全て剣で防いでいる。

 影がセイバーとすれ違う度に剣戟の火花が散る。一見すれば互角だが、白野は明らかに焦っていた。それは次第に女子が笑みを強めているからでもある。

「なんだい君のサーヴァントは。ライダー相手に押し切れないセイバーなんて初耳だね」

 淀みのない中性的な声がせせら笑う。

 彼女が指摘する通り、セイバーというクラスは近接戦闘において強力なアドバンテージを持つのが一般的なのだ。しかし、ネロ・クラウディウスはこの常識から外れた規格外のサーヴァントである。

 南方周が評価するとすれば『ハズレ無し福引きの最下位』だろう。

 それだけネロは弱い。高い近接戦闘能力で押し切るのではなく、マスターと緻密に連携を取り、一つ一つ相手の弱点を探る戦略しか選べないのだから。

 攻撃が止み、再び睨み会う二騎のサーヴァントは息を整える。

「ライダーの息を乱す程度には強いんだね。まあ、それは当たり前か。真名はなんであれセイバーなんだし」

 力むことなく冷静に、しかし余裕は崩さないまま女子は腕を組んでいる。長身によく似合う豊満な胸元が腕に押し歪められる。

「さてと、少し待ってあげるから宝具を使いなよ。そのセイバーにも何かしらの宝具はあるんだろう?」

 性格の悪そうな口ぶりで少女は白野に宝具の開帳を促す。否、彼女は性格が悪い。ここにきて普通の近接戦でライダーとイーブンと認めながら、宝具を使われたところで痛くも痒くもないと思っている。

 それもそのはず。セイバーの剣技はガウェイン卿に劣らないが、見栄えを気にして独特な動作を取っている節がある。

 それを素早く見抜き、剣の英霊ながら剣士ないし戦士としての経験がないのだと判断。そこから宝具の種類に目星をつけた上での台詞とすれば、岸波白野は奥の手を読まれている可能性がある。

 どのみち現状打破には宝具を使うしかない。

「セイバー、宝具を発動しろ!」

 

 開場の号令が下された。

 一度は焼野と化した帝都にそびえ立つ、荘厳なる真紅と黄金の宮殿が蘇る。

 演者はただ一人。愛を謳い、美を奏でる至高の名器。

 燃え盛る赤き薔薇の花びらが嵐となって観客たちから舞台を隠す幕となる。

 観客はこの空間より出る事能わず、ただ舞台にて踊る彼女へ万雷の喝采を捧げるのみ。

 

regnum caelorum et gehenna(天 国 と 地 獄 の 扉 よ 開 け)――築かれよ、我が摩天! ここに至高の光を示せ!」

 

 これはある少女が見た在りし日の光景(オリンピア・プラウデーレ)の再現。

 千年の栄華を極めたローマ帝国において、最も人を愛した暴君の生き様を顕す大魔術。

 

「出でよ――『招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)』!!」

 

 場は整った。

 真紅の客席には二匹の蛇が座している。

 舞い散る赤薔薇の中、舞台に立った真紅の少女は自らの真名を唱える。

 

「我が真名()はネロ! ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスである!!」




 まさかのここにきて新キャラ登場。
 あと初めてFate/EXTRAっぽい場面を書いた気がします。ぽいだけですがね。
 謎のボディコン美女ライダーさんについてはノーコメント。訓練されてないFateファンでも誰かは分ると思いますので。
 正体不明のボクっ娘マスターについてはEXTRA編が完結したらネタバレ集でも作って、そこで簡単に紹介をします。

 今回の見せ場はネロの宝具発動シーンです。
 剣に刻まれた碑文の訳はグーグル先生に翻訳してもらったのを作者が改変したオリジナルです。マンガ版では普通に『天国と地獄』となっていたのですが、味気なかったので。

 評価、感想お待ちしております。
 それでは次回までごゆるりとお待ちくださいませ。


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最終決戦:閉幕の調べ

 十月二六月日刊ランキング三位ありがとうございます。投稿してすぐの頃はお気に入り登録100件もあれば良いと思っていたのは慢心でした。

 まんしん だめ ぜったい

 バサクレスが強すぎて辛いです。流石ギリシャは格が違った。


 絢爛豪華な真紅と黄金の劇場を見渡す女子とライダー。瞬く間に展開されたセイバーの宝具を、二人は不自然なほど冷静に分析する。

 

 ―発動に消費された魔力からして、これは固有結界と似て非なる大魔術でしょう。それでも宝具、油断はできません―

 

 ―つまりこれは、世界を書き換えるのではなく上書きする対陣宝具ってわけね。なんとも微妙なセイバーなことだね―

 

 『招き蕩う黄金劇場(アイストゥス・ドムス・アウレア)』は魔術によって建築工程を飛ばした巨大建造物の投影である。だからこそ、魔力の乏しい岸波白野がマスターであっても発動可能なのだ。

「これは驚きだね。こういうのはキャスターの専売特許だとばかり思っていたよ」

「ふん。これしきで腰を抜かしていてはキリがないぞ魔術師よ。ここは『絶対皇帝圏』、余が全てを決定する場なのだからな」

 堂々と胸を張るセイバーに女子は爽やかな笑顔を返した。その脳内ではライダーの筋力と耐久が低下しているを宝具の効果と判断、逃げに徹するのが最善との決断に到達している。

 一方で、息も絶え絶えの白野は既にかなりの魔力を宝具発動に費やしており、長時間の展開(これ以上の負担)は難しいのが現状だった。

「そなたのように見目麗しい美女と干戈交えるのは趣味ではないが、余に刃向かう不届き者には罰を与えねばなるまい。手加減はせぬぞ、ライダー!!」

 奏者の魔力残量も考え、セイバーは短期決着に持ち込もうと凄まじい勢いで剣を奮う。それをライダーは全身全霊で回避する。

 足払いは後退で、首を狙われれば身体を捻り、袈裟斬りなら軸足で回転して斬撃をことごとくかわす。毛先一ミリすら掠めさせずにである。

 体重を感じさせない軽やかなステップと骨格を無視したおかしな体勢を絶え間なく披露するライダーの舞いは奇怪ながら、妖しげな色香があった。

 正しく喜劇じみた光景を眺める女子がここでようやく具体的な指示を出した。

「ライダー、少しだけ本気で攻めてごらん」

 命令への応答はない。言葉で返事をするまでもなく、ライダーは地面を蹴り、一直線にセイバーへ突っ込んだ。迎撃すべく振り下ろされた剣は美女の脳天を切り裂くことはなく、頭部を庇う両の腕に巻かれた鎖によって阻まれた。

「なんと!?」

「――――ッ」

  そのまま突進の勢いと馬鹿力で剣を弾き、セイバーを怯ませる。力比べでは筋力が元々低い彼女に不利であり、なされるがままに隙を見せてしまう。

 やむを得ず距離を取ろうとしたものの、ライダーの拳が腹部にめり込んで背後に吹き飛ばされた。

「セイバー!!」

 幸い宝具のおかげで坂道を転がり落ちることはなく、セイバーは自分の宝具の壁に激突し地面へ叩きつけられただけで済んだ。憔悴しきった白野とは逆に、女子は緩みきった態度である。

 

「君たちさぁ、ライダーに苦戦してちゃあ聖杯なんて無理だよ? 分かってる?」

「貴様はあの男のサーヴァントを知っておるのか?」

「あの男って誰さ。……僕が言ってるのは七回戦が終わってからの話だよ。君たちが聖杯に辿り着いたとしても、そこには『獣』がいる。今の君たちじゃあ、まず勝てないぜ?」

 

 ――さあ、どうする?

 

 女子はセイバーの傍らでしゃがんでいた白野の前に立ち、品定めするような目でニンマリと笑みながら見下ろした。

 少し離れた場所ではライダーが白野たちを見つめている。いつこの女子が「殺せ」と命じても対応できるよう、臨戦態勢である。

 セイバーは直ぐ様に立ち上がり、奏者を庇う立ち位置になるよう女子とライダーに向かい合う。

 黄金劇場は限界に達し崩壊した。セイバーが宝具を使えるのは一日に一度が限度である。

 ――打つ手なし、白野の脳裏に『敗北』の二文字がよぎったその時、

 

「マスター、時間切れです」

 

 ライダーと女子の身体が急に透過し始めた。動じるようすのない二人は徐々に薄らいでいく。消え行く女子は、もはやまともに見えなくなった姿でヒラヒラと手を振る。

 

「今の実力は把握したね? それじゃあ最後に一言。パワーだけが聖杯戦争じゃない。持てる全てを使い潰して戦うんだ――じゃあね」

 

 最後までフランクで謎めいた女子は、彼女のサーヴァントとともに消えた。残された白野は、ついに南方周の攻略方法を見つけた。 

 冷血で非道な最後の対戦相手が抱える唯一無二にして致命的な弱点、それは――――

 

 

 

 

 時刻は夕方、すっかり閑散として久しい校舎はAIたちの姿も減ってきたように思える。すぐに見つかるのは図書室管理のAI間目知識とアリーナ管理AI有稲幾夜、そして健康管理AIである鬼畜シスターのカレンくらいのものだ。

 一回戦の頃はシンジのような遊び感覚のマスターが多くかなり騒がしかったし、あちこちに一般のAIたちも待機していた。

 本戦が始まってから一度も立ち寄らなかったこの教室も、今や俺一人。予選期間中の知り合いは誰一人として残ることなく消え去った。

 どんな目的でムーンセルに接触したのかは知らないし、どういった願いがあるのかも分からない。ただ、それらはまとめて潰えたのだ。

 今となってはどうでもいいことだが。

『聖杯戦争もついに終幕へと近づいたが、そなたも願いの一つは出来たか?』

『ないな。これと言って欲しい物も、叶えたい悲願もないままだ』

  セミラミスはこの期に及んで俺に何か期待しているような口ぶりだが、始めから俺は聖杯に託す祈りを持ち合わせていない。これが冬木やスノーフィールドやトリファスでの聖杯戦争ならどうなっていたことか。

 今更ながら、寒気がする。

 恐ろしい空想を消し去って窓際最後尾にある自分の席に座ると、まるで教室が無人に見えてくる。いや、俺がいるのだから無人なのはおかしいのだが。とにかく、自分以外の誰もいない夕暮れ時の教室というは、不思議な感覚になる。

 本を読むくらいしかすることなどありもしないし、したこともないのに。

「なんじゃこの椅子は。なんと座り心地の悪い」

 白野とネロに見られているのをいいことに、ちゃっかり実体化して安物の椅子に腰かけたセミラミスは文句タラタラだ。自分から座っておいて、相も変わらずワガママなサーヴァントである。

「日本の学生の椅子はみんなそんなもんだ。俺だって十年近くその椅子に座って勉強していた」

 ムーンセルに来る前は現役の高校生だったから間違いはない。この硬質な感触は少し懐かしいが、やはりセミラミスには合わなかったか。

 もしも気に入られたらそれはそれで反応に困るので助かった。不貞腐れているのは……どうしたらいいんだろうか。

 不満げな表情をため息で消し飛ばしたセミラミスは、俺の机を肘掛け代わりにしてくつろぎ始めた。

「しかし、やはり願いはないか。まるで覚者か哲学者よな、そなたの性格は」

「そんな立派な人間かよ。自分で言うのもなんだが、俺は友達がいない男だ」

 セミラミスは俺をそう評価するのか。……味気ないのは同じくらいかもしれないが、彼らのように高潔な生き方など望むべくもない。

 それが証拠に、ムーンセルでも嫌われている。これに関しては自己責任かもしれないが、真面目な話、裏切るのにこれっぽっちも躊躇しない奴には誰も近寄りたくもないだろう。

 俺だって嫌だ。

「誉めておらん。それでも、つまらん我欲にまみれておるよりかは遥かにましじゃ。欲深な男ほど気に食わんものはない」

「……それはニノス王のことか?」

「他に誰がおる」

 セミラミスを求めた事で彼女の最愛の夫を自殺に追いやったニノス王は、自身の望み通りにセミラミスと結ばれ、セミラミスによって殺された。 夫の仇を好けるほど、この女帝陛下も寛容ではない。

 どうも俺が気に入られたのは欲のなさもあったからのようだ。

 ……待て。つまり俺は老将と同じ扱いか。

 そんな馬鹿な。まだ十七歳だぞこちとら。

「強欲は悪徳だが、無欲は罪にはならん。その謙虚さは大事にしておくがよい」

 遠くを眺めるセミラミスはそれきり沈黙したまま、霊体化してしまった。

 どこまで気まぐれなんだ、このサーヴァントは。

 

 

 これに呆れるのも何度目なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 どことも知れぬ時の境目に立つ二人。

 清潔感のある黒髪ショートヘアに足首まであるロングスカートの女子は、傍らに侍る薄紫色の長い髪と美貌の女性と手を繋ぎながら先に進む。

 その表情は明るく、足取りは軽い。

 ライダーはやはりバイザーのせいで表情こそ読み取れないが、声音はとても穏やかだった。

「良かったのですかマスター。その気になればあちらのマスターを仕留められたのですよ?」

「いいよ別に。どうせボクがどうこうしなくっても岸波白野は死ぬんだし、それに――」

「私が怪我をするのは嫌、ですか」

「うん。ライダーに何かあったら落ち込むよ」

 サーヴァントはマスターの剣であり盾である。だが、このマスターは自分と契約したライダーに剣と盾以上の価値を見出だしていた。

 人々から様々な形で信仰される英霊たちに魅了されるマスターは少なくないが、一目惚れしたのはムーンセルの記録でも彼女が初めてである。おまけにライダーも細かいことを気にしない質なので、相思相愛の仲にある。

 仲睦まじい二人はそのまま時の流れを無視した空間を真っ直ぐ進む。元いた世界へ戻るため、残してきた二人に会うために。

「ですが、彼はあのアサシンに勝つのでは?」

「それはないよ。ボクの鏡写しに勝てるもんか」

 ライダーの懸念を女子は一蹴する。

 自分に絶対の自信があるがために、名も知らぬ鏡写しのマスターに不動の信頼を寄せていた。ある種のナルシストだが、ライダーにそれをたしなめるつもりはなかった。正直、彼女の魅力はそこなのだから。

  そのまま立ち止まって抱き着き、首筋に甘い吐息を当てながら湿った声で囁いた。

「岸波白野は人間なんだ。彼の対戦相手はボクの鏡写し……ライダー、君なら分かるだろう?」

「ええ。不要な心配でしたね。……マスター、せめて覗き見されない場所にしませんか?」

 純白の太股を這う女子の手にライダーの手が重ねられた。アンニュイで静かな美女の舌がマスターの無防備なうなじを舐める。

 経験者からの意趣返しを食らったマスターは、予想外の攻撃に痺れて声を出すのはおろか指先一つ出なかった。

 




 そろそろクライマックスですね。
 ライダーさんは皆様が予想しているあの眼鏡の鬼ですが、パラメーターは原作よりアンバランスになっています。

 百合百合しいのは作者の趣味です。
 高身長の美女大好きなんです。はい。
 今回も懲りずに感想、評価お待ちしております。


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最終決戦:Haste make west

 悪を倒すのはいつも人。
 それはどんな物語でも変わらない不変の理。
 だけれど、読者はマンネリを許さない。
 如何に面白い終幕でも、本来あるべき最後でも、見飽きた結末は全てに劣るもの。
 この物語はもうすぐお終いだけれど、私を楽しませてくれるのかしら?

 


 今日が聖杯戦争最後の日――そう思うと、感慨深いものがある。

 早朝の澄んだ空気で肺を満たし、窓の外から見下ろす太陽を見返す。そのまま目線を下に向ければ、セイバーが微かに寝息をたてて夢にまどろんでいる。

 俺が南方周に勝てば、どのような形かはさておくとしても、聖杯が手に入ることは間違いないだろう。

 これまで色々なマスターたちと出会い、別れてきた。それぞれに譲れぬ願いがあり、引けぬ理由があった。それらを踏み越えて今の岸波白野がある。だが、南方周はただ敵対者を排除し、直接の敵でなければ自分のために利用する男だ。

 あまつさえラニの死を嘲笑い、凛を殺したのだ。

 岸波白野という人間にとって、南方周は不倶戴天の敵となった。だからあの男だけは倒す。越えるのではなく、倒さねばならない。

 その決着を今日つける。

 人間はお前の盤上で動かされているだけの駒ではないと、策士策に溺れたのだと気づかせてやる。

 そうなれば――皆を愛し、その実誰からも愛されなかった彼女との日々もここで終わる事になるだろう。これまでセイバーと過ごした日々はとても懐かしく、なおのこと別れが惜しまれる。自分のエゴで全てを台無しにすることはできないが、俺の前に立ちはだかる壁の向こうに行く以上受け入れなければならない。

 その最後に立ちはだかる壁も、これまでの対戦相手に比べれば乗り越えるのは容易い。

 周がこれまでどうやって戦ってきたのか。それを知っている人間はもういない。だが、アイツのサーヴァントが近接戦闘に向いていないキャスターであることは把握できた。

 攻撃には魔術を用い、中距離から遠距離での射撃に特化した性能はアリスに近い。

 毒は解毒アイテムを使えばどうにでもなる。

 

 楽観的かもしれないが、他に作戦もない。

 あちらもこちらも不備だらけなら、セイバーの火力で押し切ってしまえる。

 

 一か八か、勝つか負けるか。

 殴り合いなら、俺に分がある。

 

 

 

 

 アリーナ第二層にセカンダリトリガーが生成されたと知らされた白野は、いつものように一階の奥に鉄扉からアリーナへ入る。

 足に伝わる硬い感触は石畳の街道。並木は赤い薔薇に取って代わられ、遠くには巨大な円形闘技場(コロッスス)が見える。空に太陽はなく、蒼白い満月が闘技場の上で淡い光を放っていた。

「最後の舞台がローマとはな。ムーンセルも粋なところがあるではないか」

 セイバーの言う通り、この光景は正にありし日のローマ帝国そのものである。

 イスパニア提督ガルバがローマに進軍し、入れ替わりにネロが数名の側近と共に脱出したあの夜なのだ。月明かりが朧に街を照らす中、白野とセイバーは探索を開始した。

 南方周がアリーナに来るより先に暗号鍵へたどり着き、待ち構えなければならない。相手はキャスターだ。陣地作成スキルで通り道を要塞化されてはたまったものではない。

 遠見の水晶玉を頼りに路地裏を抜け、大通りを横切りながら先を急ぐ二人。最後のアリーナに相応しい強力なエネミーによる足止めと、入り組んだ路地の迷宮が進行を阻む。

 ボックスにつながる隠し通路もこれを手伝い、高低差の乏しいために全体を見渡せないのも大きい。道に迷いながらどうにかこうにか暗号鍵が入ったボックスの前にたどり着いた時、周とキャスターの気配もすぐ近くに迫っていた。

「奴らは近いぞ奏者よ。ここが正念場だ、気を抜くでない」

「ああ、下手はできないからな」

 南方周の計略を見抜けるほど岸波白野は策謀に秀でているわけではない。彼に勝てるのは肉体的優位性くらいだ。そのためにも、ここで気を抜くことは許されない。

 ピンと張りつめた空気を流れる闘技場の真上で耀く月が雲に覆い隠された時、ついに仇敵が姿を現した。

物影からゆらりと現れた一組の男女が、嫌な笑みを浮かべながら近づいてくる。

 鎌首をもたげる蛇、それか巣穴に潜む蜘蛛を連想させる不吉な雰囲気だ。 澱んだ空気が足元から立ち上ってくる感覚に白野は寒気を覚えた。

 確実に一歩一歩近づいてくる周は先客に興味を示すことなくボックスに手をかざした。聞き慣れた解錠音と共にひし形の半透明な箱が開かれ、中に保存された暗号鍵が手に収まる。

 その光景を見守っていた白野が背を向けた周を呼び止める。

「周、少し待ってくれ」

 背を向けたまま立ち止まった男子は肩越しに対戦相手の決意を秘めた目を見る。呼び止めた男子はハ虫類、それか両生類めいた目を真っ直ぐ見つめる。

「お前は聖杯を手にしたら何を祈るんだ?」

「俺には聖杯に捧げる願いはない」

 痩身長躯の魔術師が緩慢な挙動で身体を白野と向かい合わせる。対峙する形になった両者のサーヴァントは警戒を露にしている。

 それをどちらも諭すことなく問答は続く。

「何を驚く。自身でムーンセルに来たわけではないんだ、おかしくないだろう」

 失敬なと言いたげな周に対して、白野は戦慄を覚えた。叶えるべき願いがないのは岸波白野も同じだ。しかし理由が異なる。一介のNPCがたまたま自我を得たに過ぎない、過去と呼べるものがないバグと正規の参加者で同じなど。

 それは過去にも現在にも、そして未来にさえも興味がないのと同義だ。そんな生涯を受け入れている周が恐ろしい。

 諦観に満ちた人生、全てに絶望した一生。

 南方周という魔術師は空虚そのものである。

 その事実に対して白野は「ならばどうして」と叫びそうになった。願いもないままに、これまでに六人もの―実際は十人を越える―マスターを殺したのかと問いたかった。 ユリウスはレオを勝たせるために闇討ちをした。それすらも霞む恐ろしさが周にはある。

 

 ―だからレオは『魔物』と呼んだのか―

 

 王が認めるその悪性は確かにそうだ。この寒気は、この恐怖は人の形をした精巧な人形を恐れるのと似ている。その姿は限りなく人間に近いが、決定的に何かが欠けている不気味さ。

 それはもうおぞましいに決まっている。

 事此処に至りて漸く気づいた白野は、

「死にたくないから戦ったのか」

「そうだ。こんなところで死ぬのはごめんだからな」

 最大の真実に自ら触れた。

 出来ることなら知りたくなかった。触れたくなかった。そのままにしておきたかった。が、この事を避けて通るわけにはいかない。

 岸波白野と南方周の戦う理由は同じである。しかし、人間としては本質的に相容れぬ存在なのだと理解しなければならなかった。

 そうでなければ、白野はこの男との因縁に終止符を打つことが出来ないように感じていた。だからこそ、周からの問いにも答えるのだ。

「もし仮にお前が勝ったとして、聖杯に何を願う?」

 見定めるような遠慮のない視線を向けられながらも白野は落ち着いていた。

「分からなかったが、今見つけた」

「どんな願いを?」

「ムーンセルを封印する。人類が接触できないようにして、二度と聖杯戦争が起きないようにする」

「大きく出たな。人類から万能の願望器を奪うと来たか。実に傲慢な話だ」

 驚くでもなし怒るでもなし、興味はないが尋ねた手前、仕方なく適当に反応しているのが露骨すぎる周の態度には気色悪いものがあった。

 実際は本気で驚いていたのだが、不機嫌そうな表情と蒼白な顔色のせいで誤解されている。本人も気づいてはいるが、敢えて放置しているで誤解はさらなる誤解を呼ぶ。

 周は人類にすら興味がない。栄えるのも滅ぶのも、自分にとってはどうでもいい――そう思っていると白野は勘違いをした。

「人類にムーンセルは必要ない。少なくとも、こんなこと(聖杯戦争)で人が死ぬのはもういい加減に防がないと」

「好きにすればいい。勝った人間がどんな願いを叶えたところで、文句を言う奴はいないだろう」

「お前も不満はないのか?」

「そちらが勝てばな。それにしたって万に一つもあり得ない、可能性とすら呼べない『もしも』の話だ」

「自分が勝つと思っているのか?」

「当たり前だ。どのみち二日後には本物の闘技場で結果が分かるさ」

 最早語るべき事はないと、周は再び背を向ける。

 結末は見えていると彼は語った。リングの上で最後に拳を突き上げるのは自分だ、お前はその足元で無様に転がっている運命にあると断じた。

 まともな神経のマスターならそう思うだろう。

 実力はどちらも低いが、今回の聖杯戦争に参加したマスターでも最弱に近い岸波白野と自分でどちらが勝つかなど自明の理である。当然、周が同じことを考えていたとしてもおかしくない。それは先程の発言からして確かだろう。

 闇色のサーヴァントもマスターに続き、円形闘技場(コロッスス)から出ていこうとしていた。

 白野とセイバーは互いに頷き合い、それぞれの剣を手にする。

 コードキャストで移動速度と敏捷を強化し、周とキャスターの背後を突かんと地面を蹴った。白銀と紅蓮の剣が振りかざされ、隙だらけの脳天めがけて刃が振るわれる。

 

「――――読み通りだな」

 

 世界の王が認めた魔物ならば、それは最早魔物の王だろう。六回戦でレオから託された決着術式(ファイナリティ)聖剣集う絢爛の城(ソード・キャメロット)』による必殺の一撃は見事に防がれた。

 唖然とする白野を見返す嘲笑を浮かべた白貌は『狩猟(ハンティング)』でバーサーカーを仕留めた群体のアサシンがしていた仮面だった。

 黒塗りの短刀(ダーク)が礼装の刃を受け止めている。マスターとサーヴァントでは、力で拮抗などしようはずもない。押し返された白野の腹部にアサシンの拳が叩き込まれた。

 『百の貌のハサン』が保持する固有スキル『専科百般』により獲得した剣術と体術が遺憾なく発揮されたのだ。

 一方のキャスターは魚鱗の大盾を展開し、セイバーからの攻撃をことごとく捌いている。しかも斬れば斬るほどに魚鱗の傷がセイバーへと移されており、既に彼女の皮膚には幾つもの切り傷があった。

 奇襲に失敗した白野は逃げようとしたが、それを邪魔するように周が畳み掛ける。

「逃げられると思うなよ。そちらが先に手を出した以上、ただでは済まさないからな」

 キャスターとアサシンが魔術弾と短刀の弾幕でリターンクリスタルを取り出す余裕すら与えない最中に、周は右手の甲をかざした。

「第一の令呪を以て我が剣に奉る。麗しき女帝よ、汝の宝具を発動し、反逆者の枷を解き給え」

「興が乗ったぞ主よ。その命に答えよう」

 ムーンセルが聖杯戦争に参加する全てのマスターへ与える三画の聖痕(令呪)、その一画目が眩く光り始める。

 サーヴァントに対する絶対命令権を双方の合意で使用すればその効果は絶大。一度限りの奇蹟すら可能とする膨大な魔力を、周は惜しみもなく宝具発動の負担軽減に費やした。

 それでも、残る三画が彼の手の甲に残っている。

 楕円形で宝玉が嵌め込まれた奇怪な王冠は、未だ健在である。

 

 

「――者よひれ伏せ。須く頭を垂れ、一切は地に伏し、万人は等しく称えよ。貴様らの主が御殿は、天上にてそびえ立つ奇跡の具現なり」

 

 

 吹き荒れる魔力の奔流の中心で勅を詠じる女帝の足元に巨大な魔法陣が展開される。

 まぶたを閉じねば網膜が焼ききられるであろう強烈な閃光の後、 白野を、セイバーを、周を、ハサンを巻き込んで爆ぜた。

 

 ――そして、役者たちは最後の舞台に招かれる。

 

 ――夜空に浮かぶ混沌の庭

 

 ――伝説とされた大庭園

 

 セミラミスが保有する要塞宝具『虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』の内部に取り込まれた岸波白野と南方周の戦いは第二幕へ突入する。

 

 舞台は円形闘技場(コロッスス)から空中庭園(ハンギングガーデン)へ移り、彼らの物語は最終局面に突入する。

 

 

 この期に及んで邪魔立てするものはなし。

 

 

 魔王と人間の決着を望むのが、他ならぬ()であるが故に。




 まさかまさかの四十話です。
 白野が頭を使ってみたものの、周はすべてお見通しでした。場数が違いますからね。
 次回は周ようやく本気を見せる時となります。

 今回も図々しく感想、評価お待ちしておりますです。お気軽にどうぞ。
 よろしくお願いします。


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最終決戦:大地の杖

 お気に入り登録数が900件を越えました。
 やったぜフラン!

 この結果はまるで予想していなかったため喜びもひとしおです。
 読者の皆様の期待を裏切らないよう、完結目指して参ります。


 空中庭園のバックアップでセミラミスのステータスは大幅に強化された。最高ランクの知名度補正と無尽蔵に引き出せる魔力で無理矢理にバーサーカーを封印し、たった今その鎖を解き放った。

 鳴り響く反骨の凱歌。

 有りとあらゆるものは彼を縛ること能わず、万象は己が理をねじ曲げられる定め。

 その骸は同志と共に街道へ晒されたが、圧政者への抵抗は死してなお、狂気に堕ちてもなお忘れ得ぬ不変の性質。

 困難の道にあって絶やさぬ微笑みは、艱難辛苦の果てにある勝利への希望があるからこそ。

 帝国最大規模の剣奴反乱を指揮した反逆者は穏やかに、しかして筋肉(マッスル)な肉体を引っ提げてセイバーと対峙した。

「おお我が友よ、遂に反逆の時が来たのだね」

 謁見の間に現れた狂戦士はにこやかに問う。

 友と呼ばれた魔術師は、不健康な顔色でその巨躯を見上げて答える。

「そうだとも。彼女は君がかつて反逆した国でも最悪の暴君だ。好きにするといい」

「素晴らしい。この機会を与えてくれた君はまさしく反逆の道を共に歩む同朋だ」

 二人が結んだ協定はとても単純だった。周の令呪とセミラミスからの魔力供給によって現界を保つから、スパルタクスは彼らに力を貸す。その代わり、周は反逆すべき圧政者を探し、連れてくる。

 たったそれだけの協定だ。

 トラキアの災禍と恐れられた剣奴は、暖かな笑みのままはち切れんばかりの筋肉を更に膨らませた。二メートルを優に越す筋肉の鎧で覆われた巨体がセイバーを捉える。

「インペラトゥールが何するものぞ、我が前に立つ圧政者をその御座より引きずり下ろそう。さぁ、貴様の傲慢が潰える時がやって来たぞ!!」

 咆哮が空中庭園に響き渡る。

 窮地の味方は奮起し、大勢なる万軍は恐れ戦く疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)

 それは無論、岸波白野も例外ではない。

 魔力を含んだ空気砲による大気の震動が身体に襲い掛かる。セイバーが前に立ってくれなければ無傷ではいられなかっただろう。

「そなたの気高き叛逆精神は称賛に値するが、皇帝たる余に剣 奴(グラディエーター)風情が刃向かった罪は変わらんぞ。もう一度、貴様の骸を去らしてやろうではないか反逆者よ」

 紅蓮の皇帝は真紅の大剣を構え、即座に駆けた。

 Aランクの敏捷は伊達ではなく、斧剣が如き小剣(グラディウス)の一撃を左に飛んで回避し、そのままスパルタクスの右腕を駆け上がる。

 一発の破壊力は絶大だが、如何せん鈍重なスパルタクスでは捉えきれず、たちまちにセイバーの放った斬撃がバーサーカーの眼球を切り捨てた。

 二つの眼窩から赤い体液が散るが、不屈の巨体に変化はない。圧倒的な頑健さはEXランクの耐久パラメーターに恥じぬ鉄壁である。

 人間の域を越えた肉体は誇り高き叛逆精神の顕れ。その極地こそ対人宝具『疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)』なのだ。スパルタクスの蒼白い屍人同然の肌色をした肉体に刻まれたダメージの一部を魔力へ変換、蓄積する能力に岸波白野は気付かない。

 セイバーの剣が舞い、スパルタクスの血潮が踊る光景を周は冷ややかに眺めている。

 機動力と敏捷性は高いが一撃が軽いセイバーと、高火力重装甲なれど重鈍なバーサーカーは互いに相性が悪い。片や仕留めきれず、片や当てられぬ。これでは泥沼試合だ。

 周はそれを望まない。

 自らの手で岸波白野に幕引くのは、可能ならば程度の些細な願望だが、このバーサーカーの宝具が危険であると知っている。なので必要以上に時間をかけたくなかった。

「岸波白野、俺を殺したいなら来い」

 正々堂々と、白野を挑発する。

 どちらも魔術師としての実力などゴミに等しい。勝敗を決める要素は礼装の性能と運用方法だ。真っ正面から挑むのが得意な白野にアドバンテージがあるようで、蓋を開けてみれば南方周と大差ない。

 三種類の決着術式(ファイナリティ)と三騎のサーヴァント。この圧倒的な戦力差を容易く覆せる状況にあって、白野はレオから託された剣を構える。

 対する周は美沙夜が改造したフラットの拳銃を手にしている。

「死ぬのはお前だ、南方周」

 コード・キャストで移動速度を強化した白野は複雑な起動で周に迫る。それに動じる彼ではなく、冷静に白銀に輝く短銃の引き金を引いた。

 銃口から発射された弾丸は赤い残影を伴って標的へと駆ける。合計五発の魔弾は湾曲した軌道で、どこを狙っているのか読めない。白野は咄嗟に剣を盾として構え直した。

「……チッ。防いだか」

 周は舌打ちしながらも手早く次弾の装填を完了、再び五連続の魔弾で更に足止めを行う。そこに躊躇いはない。容赦も情けも、誇りすらもかなぐり捨てた、勝利することだけを見据えた戦法である。

 これで王の刃は届かなくなった。

 奏者の不利を察したセイバーはバーサーカーから距離を取った。狂乱の檻に囚われた反逆者は鈍重であるが故、それ自体は実に容易い。問題は――

 

「貴様! セイバーを逃すとは何事か!?」

 

 玉座から腰をあげてバーサーカーを叱責するキャスターだ。奏者と連携をとれないのは問題だが、相手もマスターとサーヴァントを分断してしまえば少なからず不利になる。

 白野から敵サーヴァントの目を少しでも逸らしたいセイバーはセミラミスを狙い突撃した。

 流石の女帝もこれには即応し、神魚の鱗盾を展開して斬撃を耐えた。

「貴様という者がいながら何故に我がこのような真似をせねばならぬ! 役に立たぬ木偶の坊めが!!」

 癇癪を起こして怒鳴り散らす暴君らしいセミラミスは自分の手で首筋を切り裂いた。吹き出す血潮はどす黒く、生者のそれではない。

 玉座の周囲に出来上がった血の池は瞬く間に床と壁に染み込み、極細の溝を走る。宝具によって劇毒と化した彼女は体液でも一際に毒性の強い血液が、それと知られることのないままに空中庭園全域に張り巡らされていく。

 大怪我も大神殿クラスの工房から際限なく供給される魔力のおかげで直ぐ様に癒える。

 それを見たセイバーは、

「血の宝具か。見た目通りに悪どい趣味よ」

「貴様如き小物には余りに惜しいからのう」

 セミラミスと睨み合う。

 自らの障害となり続けた母親(アグリッピナ)の面影を見ているセイバーにとって、玉座からこちらを見下ろす冷徹にして残忍な女帝は徹底的に相容れぬ存在だった。

 

 ――何より毒がいかん。美しくない!

 

 生前の経験からか、セイバーにとって毒には悪いイメージしかない。セミラミスからすれば、赤い皇帝に思うところなど微塵もない。何もかもが自分に劣る噛ませ犬。精々可愛がってから殺してやろうとしか意識していなかった。

 だからこそ双方の表情には天と地ほどの隔たりがあった。

 露骨に敵意を剥き出しにしたセイバーと余裕の笑みで悠然と構えるセミラミス。

 それを遠目に確認した周は改めて白野と向かい合う。周の右手には銀色の短銃、左手には赤黒い短剣。白野の右手には蒼銀の長剣、左手には最後の一画となった令呪。

 これは覆し難い差だ。

 ドイツの民謡を元にしたオペラで知られる『魔弾の射手』からヒントを得た百発百中の必中礼装『外れぬ呪詛(デア・フライシュッツ)』と、屍人化した美沙夜の血を刃に仕込んだ『異次元からの色彩(カラー・フロム・アウタースペース)』 による遠近の両立は、白野に与えられた近接戦での優勢を打ち砕いた。

 このままでは勝ち目がない。

 

 白野の決断は迅速だった。

 保健室に運んだ沙条綾香から手渡された、極上の魔力を限界まで貯蔵した刻印蟲を取り込む。激痛と共に気を失いそうなほど大量かつ高密度のマナが全身に満ちる。

「刻印蟲を使ったか。死にたいならせめて介錯だけはしてやる」

 冷静沈着に白野を観察する周が『外れぬ呪詛(デア・フライシュッツ)』 の銃口を向ける。が、直ぐに諦めて下へ向けた。

「ああそうだ。聖杯を求めることが俺にとって自殺行為なのは知っている。勝っても死ぬのは分かっているが、お前だけは殺す!!」

倒す(・ ・)のではなく殺す(・ ・)か。出来もしないことを宣言しては後で恥をかく事になる」

 生真面目に忠告したのか、それとも冷やかしたのかは分からない。普段と代わり映えしない不機嫌そうな表情は、決着術式(ファイナリティ)が起動する光景を静かに見つめている。

 

「魔性よ震えろ。貴様を払う光が東に昇る。万人に仇なす邪悪を滅する太陽の聖剣が、ありとあらゆる不浄を日輪の威光を以て焼き払う――決着術式(ファイナリティ)聖剣集う絢爛の城(ソード・キャメロット)』!!」

 

 人を守護し、魔を断つ者こそ真の英雄。彼らが担う希望の具現たる輝きの聖剣が煌めく。時を経ても変わらぬ英雄への信仰を再現した最高の術式が起動する。

 空中庭園を制御する謁見の間はたちまち炎の壁(ファイアー・ウォール)に囲まれた。燃え盛る神聖なる焔が内と外を隔て、何人も、この壁を越えることは出来ない。聖剣クラスの宝具ならばそれも可能だろうが、残念なことに周の契約したサーヴァントに該当する英霊は一人もいない。

 が、彼の読みではこの結界の持続時間は長くても一分以内。それ以上ともなれば、魔力枯渇で息絶えると踏んでいた。

(あのレオが三分なら、刻印蟲のブースト有りで一分持てば上々か)

 一分だけ耐えきれば勝つ。ならばと周も惜しみ無く美沙夜が勝手に製作した決着術式(ファイナリティ)を取り出す。

 毒蛇を思わせるデザインの装甲をした小手を両腕に装備、魔力を流し込む。右の小手から走る一本の経路(ライン)が周の全身を駆け巡り、左手の小手に帰結する。一匹の蛇を宿した魔術師は、そっと目を開く。

「轟く角笛の旋律(ギャラホルン)を聞くがいい。我を棄てた天上の神々は亡び、我を孕んだ地上の巨人は消える。今ここに最終戦争(ラグナロク)の時、来たれり。――決着術式(ファイナリティ)破滅杖・呪詛吐く大蛇(ミズガルズ・ヨルムンガンド)』」

 

 破滅をもたらす者として神々が海に棄てた蛇は世界を呪った。三度戦鎚を打ち付けられて果てる時、吐き出した怨嗟の毒に雷神は斃れる。

 周の澱んだ瞳が妖しく光る。

 人ならざる異質な魔力を宿した魔術師と、その身に過ぎたる力を手にした魔術師が対峙する。

 

 魔と人の最終決戦が、始まる――――




 周のアレは北欧神話に出てくる世界蛇が元ネタです。勝手に産み出されて勝手に棄てられたら恨みもするだろうという作者の妄想。

 キャメロットの効果はただの結界に過ぎず、周は初めて正面切って戦う覚悟を決めた最終決戦も後わずかです。
 それでは次回にご期待くださいませ。

 感想、評価もお気軽にどうぞ。


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最終決戦:終わる因果

 ふと気がつけばUAがついに100000件を突破していました。
 月の聖杯戦争はクライマックス、少しでもお楽しみいただければ幸いでございます。



 白野と周が拳と刃の応酬を繰り広げている謁見の間から離脱したセイバーを、セミラミスが容赦なく追撃する。対人宝具『復讐は嫁入りの後で(サンマラムート・セミラーミデ)』による猛攻を凌ぎながら、赤い皇帝はひたすら庭園の奥を目指す。

 廊下という廊下、広間という広間に咲き乱れる血色の華を避け、天井から床から際限なく突き刺さる艶めく鮮血の杭を回避する。

 大神殿クラスの効果を発揮する対界宝具『虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』内部では、セミラミスに不可能などない。無尽蔵に供給される魔力の恩恵もあり、彼女の宝具は実に変幻自在である。

 必死になって最深部―逆しまの庭園なので実際は最上部なのだが―にたどり着いたセイバーを、全く消耗していないセミラミスが待ち構えていた。極彩色の多種多様な植物が咲き乱れる庭園に浮かび上がる漆黒のサーヴァントが、獲物を見つけて微笑む。

「どうした暴君。息も絶え絶えではないか」

 毒々しい笑みにセイバーは、

「追い掛けられるのも悪くはないぞ。そなたも試してみよ、中々に刺激があってよいものだ」

「解せぬ趣味よ。まあ、最期の一時くらいは好きにさせてやろう」

 「我も鬼ではないからのう」とセミラミスはクックッと嫌みに笑う。

 この何気ない挙動にすら男は魅了され、彼女の言いなりとなってしまうのだ。この性質はまさしく男を蕩かす『女』という名の毒だ。

 無差別に毒を振り撒く強欲な女が最後の敵として立ちはだかったことに、セイバーは苦笑する。淫蕩で私利私欲に満ちた実の母、小アグリッピナに生き写しの女性サーヴァントが相手とは、何たる皮肉か。

「……運命とは、ままならぬものだ」

 ぽつりと呟いた皇帝は剣を構える。

 如何に支離滅裂な物語であろうとも、その幕引きは鮮烈でなければならない。

 対戦相手はこのおかしな聖杯戦争を締めくくるに相応しい難敵である。奏者は全ての壁を乗り越えた。次はサーヴァントである自身が、過去の幻影を振り払う時なのだ。

 全ての因縁に決着をつけるには相応しい舞台だとセミラミスの庭園を称賛したい気持ちを抑えて、意識を刃に集中させる。

「末期の祈りは済ませたな? 赤き暴君よ、別れの品として貴様には『死』を贈ろう」

「そなたの断末魔を凱歌として、余の奏者は聖杯に至る。黒き暴君よ、今生の別れだ」

 ありとあらゆる因縁と因果を絶つための戦いが始まる。

 先手はセイバー、三連続の斬撃を放つ『花散る天幕(ロサ・イクトゥス)』で強烈な先制攻撃を行う。後手に回ったセミラミスは慌てることなく魚鱗の盾でそれを受け止める。神性スキルを有さない英霊にこの盾は破れない。どれだけ攻撃力があろうと、鱗の表面に浅い傷が入るだけだ。

 懐に入られたことを気にする風もなく、セミラミスは至近距離のセイバーに宝具で死角から多重攻撃を仕掛ける。『秘薬・凄絶なる教皇一族(ボルジャーノン・カンタレラ)』の蔦で一息に絞め殺そうとする。

 壁から生えた真っ白な無数の蔦がうねり、絶え間なくセイバーの首や四肢を狙って迫る。

 直感的に危機を察知したセイバーはたちまち蔦を二本三本と斬り捨てるが、攻勢は衰えない。

 多種多様な毒薬を操る女帝の罠に嵌まっていると気付くのはまだ先の事だ。

 可憐な蝶は毒蜘蛛の巣に絡まった。後はもがき暴れて衰弱したところを食われるのみである。

 

 

 

 

 蒼銀の剣と濃緑の拳が激突し、二人の少年は衝撃がもたらす激痛に顔を歪める。

 籠手が刃を受け止めれば大気が震え、剣が拳を防げば床が揺れる。絶大な力のぶつかり合う炎の結界に閉ざされた闘技場に立つのは、聖杯戦争に参加し、ここまで勝ち進んだ最後の二人。

 人間の身には強大すぎる力を手に入れた岸波白野と、力と引き換えに半分人間をやめた南方周が繰り広げる殴り合い同然の戦いは、双方の疲弊に構うこと無く、勢いが衰えることなく続いていた。

 剣を振るうたびに刻印蟲が骨肉を蝕む激痛に襲われる白野と、自身の根源と礼装の効果で痛覚だけが伝わる不快感に苦しむ周は、躊躇なく必殺の一撃を叩きこもうとする。

 血管が浮き上がり右目の白濁した死人の如き様相が歯を食いしばり周の首を切り裂く。

 黄金に輝く蛇の目をした人間らしからぬ容姿が腰を落として白野の顔を殴打する。

 斬られた首は何故か胴体と繋がっており、放った拳は照準がずれて浅くしか入らない。

 一度距離を取って睨み合う二人は互いに毒づきあう。

 

「さっさと死ね、化け物が」

「化け物はお前の方だろう」

 

 白野の命を糧に燃える炎の結界に衰えはない。

 端から見れば瀕死に思われてもおかしくない状態でありながら二人はむしろ冷静で、相手の能力を分析する余裕すらあった。それは双方とも正解なのだが、どちらとも全て壊してしまえばいいという安直な結論に至ってしまい、あまり意味がなかった。

「どうした最弱、もう身体が限界か?」

「ほざけよ最悪、死ぬのが怖いのか?」

 悪態もド直球、痛いところを突かれた二人はしばし沈黙する。

 マキリの刻印蟲とアトラス院の演算装置による超過負荷を受けて肉体が内側から崩壊し始めている白野と、この期に及んで死への恐怖しか抱けない自分を嫌悪する周はゆっくりと相手を見る。どちらも既に人間と呼ぶには逸脱した存在となりつつあった。

 どちらの手も血にまみれ、背負う十字架の重みは凡人に耐えられる域を超えている。

 澱んだ暗い緑色の籠手で武装した周は魔力を拳に回す。その細い背中にのし掛かる十字架など彼にはない。そんなものに意識を割くほど、彼がまともな性格をしていれば白野もここまで堕ちることはなかっただろう。

 今や呼吸をするだけで全身が激しく軋む白野もまた、もう少しばかり慎重に動くことが出来れば運命は変わっていたかもしれない。

 だが、それらはあり得たかもし(・ ・ ・)れない(・ ・ ・)というだけで、無限に存在する可能性の一つに過ぎない。

 

 現実はここにある。

 

 打ち倒すべき敵は目の前に。

 

 それを成し得る武器は己が手の中。

 

 逃げ道はなく、両者ともに背水の陣。

 

 人間は剣を、魔性は拳を構えて対峙する。

 次の一撃が決着となるだろう。

 特に根拠があるわけではない。

 だが、二人には分かっていた。

 聖杯戦争(こ れ)は元より、一人のマスターのみが生き残る生存競争。私闘を止めるムーンセルの介入が無く、双方に踏み止まる意思はない。

 ならば後は―思うがままに激突し、どちらが砕け散るかその身をもって試せばいい。

 

 

『人間/ヒトの形態/カタチを真似たバグ/悪魔が……電子の海に溺れ滅びるがいい!!』

 

 

 生死を賭した終幕の一撃を放つ二人が吼える。

 偶然の積み重ねによって偶発的に産まれた本体を持たないマスターと、全てを拒む孤独な少年の不幸な物語は――間もなく終わる。

 

 

 

 

 セイバーには何故このサーヴァントがあのマスターに忠実なのか分からなかった。色と暴虐を好み、他人の不幸に微笑む悪女が、あのように破綻した人間を慕うなど考えられなかった。

 魂の美しさも、人間としての強さもない。

 機械的で閉ざされた心。

 凍りつき、冷えきった血潮。

 

 ――あれは周囲を尽く不幸にする。余とも、母上とも違う性質ながら、人を狂わせる。

 

 嵐のような人間はおいおいにして現れる。

 セイバー自身も、あのサーヴァントも、これまでに戦ってきた強敵たちも―大雑把にまとめればそういう種類に属する。

 

 ――ううむ、何とも気になるではないか! ええい! こんな時だと言うのに俄然興味が湧いてきたぞ!

 

 柱と柱の間を駆け抜け、毒の宝具による猛攻をかわすセイバーは花壇と手摺を足場にしてセミラミスの頭上へ飛び上がる。

 そして――

 

「そなたはあの魔術師に惚れておるのか!?」

 

「――――――――な!?」

 

 高らかに問い掛けると同時に、颯爽と階下へ舞い降りた。

 動揺が見て取れただけで十分だった。

 混乱の隙に全力の一斬を叩き込もうと全身全霊で剣を振り下ろす―はずだった。

 

「……『死を想え(メメント・モリ)』、貴女の国に伝わる言葉でしたか」

 

 完全に無防備だったセイバーに腹に短刀が突き刺さる。防具などろくに装備していない彼女に重傷を与えた白貌の黒影が嗤う。

 南方周が従える第三のサーヴァント、アサシンが暴君たちの間に割って入り、セミラミスの窮地を救った。混乱から立ち直った女帝は赤らめた顔を左右に一、二度振るう。

「大義である。が、これ以上の手出しは許さぬぞ。群れなす暗殺者よ」

「御意。後はそちらに託します」

 女体の影は頭を垂れ、短刀と共に姿を消す。

 セイバーの腹に穿たれた穴からは止めどなく鮮血が溢れ、足元に赤い血溜まりを形成する。セミラミスの毒によって視界がぼやけ始めたセイバーは、数歩下がり間合いを取る。

「ぐ……ここにきて毒を食らうとは……」

 対象の五感を狂わせ麻痺させる神経毒『毒蜘蛛舞踏(タランテラ・ウント・)死と乙女(ダス・メイヒェン)』 で意識を繋ぎとどめるのも精一杯のセイバーに、セミラミスは微笑みを向けた。

「愚かな暴君……いや、童女よ。そなたはどう足掻こうと毒から逃れられぬ。我と戦うことになったのは、神が定めたもうた運命であろうよ」

 足元が定かでないセイバーは毒蜘蛛に噛まれた乙女さながらに、よろよろと、今にも転びそうな足取りで舞踏のような動きを繰り返している。

 果たして女帝の声が聞こえているのだろうか。それすらも甚だ疑わしいが、闘志の炎はむしろ勢いは増した。

 隕鉄の鞴『原 初 の 炎(アエストゥス・エストゥス)』を必死に構える。

 それを見てもセミラミスは悠然と、挑発的な笑みを浮かべてセイバーを見た。吹き出しそうになっているのを堪えている嫌な表情のまま、赤い皇帝を哀れんだ。

「そなたは実に不運な奴よ。今の姿と比べれば、生前の方が遥かに幸福であろうな」

 クスクスと笑いのこぼれるセミラミス。

 死に物狂いで毒に抗うセイバーは、背後から迫り来る敗北の足音に気付かなかった。童女の最後を見届けるべくハサンたちも全ての人格を独立させている。

 

「我が主への功労に対する褒美、受け取るがよい」

 

 女帝が主には決して見せまいとしていた、邪悪な本性を惜しみ無くさらけ出した笑顔で呟く。

 一瞬、母親(アグリッピナ)によく似た気配を察知したセイバーの背後に、毒のダメージが蓄積し二回りほど膨れ上がったスパルタクスがたどり着いた。

 

「…………――――  」

 

 空を裂く轟音を伴って振り下ろされた小剣(グラディウス)が、セイバーの華奢な身体を斬り捨てた。

 

 前に向かって崩れ落ち、床に倒れた暴君の身体が自身の血に溺れる。

 紅蓮の長剣が乾いた音を立てて転がると、スパルタクスは、はち切れんばかりに筋肉の隆起した両腕を天高く掲げて歓喜した。

 

「雄々々々々々々々々々々――――!!!!」

 

 西へと沈みつつあった紅き太陽は地平線に消えた。

 勝利の喜びを庭園が震動するほどの雄叫びで表す反逆者を余所に、女帝は黒い靄に包まれていく少女の骸を無視して広間を出ようと扉に手をかける。

 それをシャーミレが呼び止める。

「どちらに行かれるので?」

 

「主の元に決まっておる。そなたらも来るか?」

 

 首だけで振り返ったセミラミスの表情は、長く艶めいた黒髪に遮られて見えなかった。ハサンたちは無言で霊体化し、姿を消した。

 俯いたまま、女帝は廊下へ出る。

 塵と消えたセイバーを看取る者はいない。

 

 

 

 

 謁見の間に戻ったアサシン二人が最初に見たのは、頭部が吹き飛んだ岸波白野だった何かと、その傍らで立ち尽くす顔色の優れない南方周だった。

「勝ったか」

「ああ、勝った」

 セミラミスの問いは短く、周の答えは簡潔だった。

 沈黙した周の隣に並んだセミラミスは、静かな声で

そっと囁いた。

 

「よくやった、アマネよ。そなたが聖杯戦争の勝者となったのだ」

 

 七回戦はマスター・岸波白野とサーヴァント・セイバーの敗北()で幕を閉じた。

 

 

 本戦に参加した127人のマスターを退けて、南方周が聖杯戦争を制したのである。




 セミ様の毒はそれなりに知名度のあるヨーロッパの秘毒や毒蜘蛛の伝説がモチーフです。


 終わりました。
 ついに聖杯戦争が終わったんですよ。
 セミ様が初めてまともなサーヴァント戦をして、原作では真っ先に途中退場した百の貌のハサンが最後までいい仕事して、スパさんがちゃんと本懐を遂げられたんです。

 これでFate/EXTRA SSSも残り僅かとなりました。
 最後の最後までお付き合いのほどをどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは次回までさようなら。


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閉幕:別れと再会

 ついに来た別れの時。
 周の旅が終わるのはもうすぐです。


 岸波白野を下した南方周が校舎に帰還すると同時に、スピーカーから聞き覚えのある声でアナウンスが流れた。

『おめでとう。全ての願いを踏破、或いは蹂躙し勝ち残った、ただ一人の魔術師よ。聖杯戦争は、今ここに終結した』

 深く重い男性の無機質で事務的な声はさらに続ける。それに耳を傾け、周は改めて自分が勝者となった事実を認識する。

『勝者に今、聖杯への道を開こう。さあ、改めて決戦場の扉を開けたまえ』

 突然の聖杯戦争終結を告げるアナウンスに驚いて個室から飛び出し、一階の階段前に飛び降りた美沙夜が周を出迎えた。

 涙に溢れる瞳と震える唇の意味を彼が理解しているかは定かでない。が、自分の言葉で伝えるべきことがあるのは分かっていた。

 

「約束通りに勝った。俺が優勝だ」

 

 電灯の消えた夜の校舎、月明かりが照らす一階の廊下で向かい合う一組の少年と少女。無感情な黄金の目をした少年はそれ以上、何も言わない。

 ただ静かに、ぽたぽたと涙の滴を廊下に落とす少女を見ている。嗚咽だけは漏らすまいと固く結ばれた口が小刻みに震えているが、それを指摘するほどの好奇心は彼に備わっていなかった。

 しばらく続いた沈黙は、ふと用事を思い出した周がすんなりと打ち破った。

「挨拶回りをしてくる。少し待っていろ」

 言うだけ言ってその場を離れた周の、身長のわりに細長い背中を見守る美沙夜の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れていた。

 

 

 

 

 たった数回、猶予期間中に二度ほど足を運んだ教会の扉を開く。

 正面に鎮座する二人の女性が、興味深そうにこちらを見る。

「なるほどね、今回は君が勝ったわけか」

「順当な結果だ。驚くほどの事でもない」

 感想と呼ぶにも味気ない言葉だった。

 蒼崎姉妹が相当に気に入らないのか、セミラミスが背後で実体化する。蒼崎橙子は不味そうにくわえていた電子タバコを手に取り、蒼崎青子は好奇の目を向けてくる。

「玲瓏館美沙夜を保護してもらい、ありがとうございました」

 無駄な詮索に時間を取られては面倒なので、さっさと自分の用件を済ませる。丁寧にお辞儀をされたところでこの姉妹が動揺するはずもなく、蒼崎橙子は肩をすくめる以外の反応を示さなかった。

「礼などいらん。別にボランティアでしたわけではない。彼女を生かしていたのはこちらの身勝手な都合、ただの打算だ」

「その打算と身勝手さに感謝しているのです」

 蒼崎橙子は「呆れた」と言いたげにため息をつく。

 会話を引き継いだ蒼崎青子は、

「じゃあこれで貸し借りはなし。私たちもなんとか用事に目処が付いたし、君もあの子を聖杯に連れていってあげて」

 語るべき事はなしと手を振ってきた。

 それもそうだ。

 ちゃんと会話らしい会話をしたのはこれが最初なのだから、初対面と大差ない関係にある。そんな人間と話すことなどそう多くはあるまい。

 後は聖杯を目指すだけだ。

 蒼崎姉妹に背を向けたところで、蒼崎橙子と蒼崎青子が同時に俺を呼び止めた。振り返る直前、ほんの一瞬だけ教会の大気が急速に張りつめた気がした。

「君は聖杯に何を祈る? いっそ全人類の救済でもさせるか?」

「それとも世界を自分の手中に納めるとか? とんでもない願いだって、聖杯なら叶えられるからね」

「俺はただ、ムーンセルから出たいだけです。それでは、お世話になりました」

 人類救済?

 世界征服?

 そんなことは英雄に任せておけばいい。俺は静かに、世界の隅っこで平穏に暮らしていけるなら不満なんて何もない。

 そして今度こそ教会を出る。

 この門を再び潜ることは二度とないだろう。

 後は美沙夜を拾って、決戦場への扉を開くだけだと足早に校舎へ向かおうとした。が、俺の道を阻む存在がまだ残っていたらしい。

 噴水の向こう側で佇んでいる言峰神父と目が合ってしまった。

 逃げようにも逃げられないので、半ば諦めるように神父と対面する。

「おめでとう、最強のマスターよ。君の知恵は誰よりも聡く、万能の願望機を手にするに相応しい領域へと到達したのだ」

「何を今さら聖職者らしいことを。わざわざ待ち構えていたくらいだ、そうまでして言いたいことがあるんだろう?」

「これもまた私の本心だよ。モデルとなった人物は人格こそ破綻していたが、聖職者としての信仰心は実に純粋だったようでね」

「知るかそんなこと。人を待たせている。さっさと済ませてくれ」

 相も変わらず人を小馬鹿にした、胡散臭い表情のまま皮肉げに鼻で笑った神父は、急かされて本題に入った。どこまでも嫌な性格をしている男だ。

「君は聖杯をどこまで知っている?」

「起こり得た過去と起こり得る未来をほぼ全て認識、予知する無謬にして万能の観測者である演算装置。俺が歩き回っていた足元にあるモノ、か」

「実に素晴らしいマニュアルじみた解答だ。……さて、NPCでなければ君とはじっくり語り合いたいが、それは私のシステム上叶わない。名残は尽きぬが、行きたまえ、今回最強のマスターよ。君の愉悦の形は、熾天の玉座に行けばおのずと分かるだろう」

 蒼白い月明かりが濃い影を作る言峰の顔には、これまでと同じ冷笑が浮かんでいる。

 それは、俺の愉悦が自分のオリジナルに匹敵する歪みであると見抜いているからか。聖杯に問うまでもない、言峰綺礼とセミラミスから期待される人間が健全な精神をしているはずがないだろうが。

 別れの挨拶代わりにこちらも鼻で笑い返し、有らん限りの皮肉を込めて言峰神父を見返す。

「俺はあんたと口も聞きたくないな。これでもう二度と会うことないだろうさ」

 捨て台詞を残して、美沙夜の待つ一階の階段前に向かう。あまり待たせて、ネチネチと嫌味を言われるのは癪に障る。

 

 

 

 

 決戦場へのエレベーターに乗り込んでから、かなり長い時間が経過した。終着点はこれまで以上に下となっている。

 どこまで深く深く降りていくエレベーターがようやく止まる。俺にセミラミス、美沙夜にハサンと大所帯で外に出ると、アリーナと同じ無愛想な床が一直線に伸びていた。

 聖杯のこの長い道の先にある。

 歩き始めると、左右から見覚えのある映像が次から次へと流れてきた。そのほとんどは顔も名前も知らないマスターたちだが、中には俺の対戦相手となった連中の姿もある。

 彼らの戦いは常に途中で途切れている。

 俺の映像もあるにはあるが、サーヴァントが戦っている光景は数えるほどしかない。それでも途切れることなく、流れる映像が減っていくのもお構いなしに続いていく。

 その果てに聖杯があると言わんばかりだ。

「色々あったわね。――本当に」

「……ああ、本当に色々あった」

 美沙夜の言葉に、これまで過ごしてき暗躍の日々を思い返す。自分のしたことながら、随分と酷い聖杯戦争になってしまった。

 これほど誰も報われない物語があるだろうか。

「ここまでの道のりはどうであれ、最後に勝ち残ったのは他ならぬそなただ。我が主よ、たまには胸を張れ」

「聖杯を手繰り寄せたのは貴方の采配あってこそ。故にこの結末だけは、勝者たる貴方にしか誇れないのです」

 ため息をついたわけでも項垂れたわけでまないが、どんよりとした雰囲気でも漂わせていたのだろう。セミラミスとハサンに自己嫌悪していることを見破られてしまった。

 ……つくづく俺の性格は暗いな。

 自分の能力も性格も人に誇れるものではないと自覚していたが、確かに、聖杯戦争に勝利したことだけは自慢できよう。

 筋肉の少ない痩せた身体だが、凱旋の時くらいは堂々としよう。俺に力を貸してくれた三人のためにも、精一杯に胸を張ろう。

 歩く速度は変わらずとも、顔をあげて。

 998人のマスターたちが道半ばで斃れ、志半ばで果て、息絶えて完成した聖杯への階段を築き上げたのはこの俺なのだから。

 そして、たった今、流れ行く映像で岸波白野が死んだ。

 

 

 

 ――さあ、行こう。聖杯は近い。

 

 

 

 

 

 

 長い長い道は唐突に終わりを告げた。

 強烈な光に包まれ、白く染まった視界に色が戻ってきた俺は、途方もなく広い空間に立っている。

 足元には薄く水が張られ、空は雲一つなければ太陽もない有り様。何もかもが不自然なこの空間にあって、最も異質なオブジェクトが虚空からこちらを真っ直ぐに見つめている。

 人類にとって未知の文明が作り上げたアーティファクト、それだけでこの存在感だ。

 一見すれば巨大な立方体の形状を取った異物に過ぎないが、注視すれば嫌でも気づくだろう。立方体の内部は闇が支配し、そこから覗く一対の禍々しくも神々しい瞳。

 月の頭脳と呼ぶべきムーンセルの中心。セラフを作り出している大本にして、七つの(ソラ)を描いていた、七 天 の 聖 杯(セブンスヘブン・アートグラフ)。意思を持たぬ神々のカンバス。

 ――――だったものだ。

 感動はあるが、それはまだ早い。

 周囲に散乱する無数の石柱とすれ違い、聖地なのか墓地なのか判然としない空間の中心へ進む。

 崩れた石柱が積み重なった小さなピラミッドに腰かける白衣姿の男が、足音に気づいて顔をあげる。

 二十代半ばの若い顔だが、表情は固い。眼鏡の奥にある瞳は気味の悪い使命感を宿している。そのままゆっくり立ち上がると、手を叩きながら脇に移った。

「やあ、待っていたよ。君が聖杯戦争の勝者だ」

 敵意を滲ませる背後の三人をよそに、男は聖杯戦争の開幕と閉幕を告げたあの声で続ける。

「祝祭の一つでもあげたいものだが、生憎ここにそんな機能は無くてね。すまないが私からの拍手で勘弁してもらいたい」

「貴様は何者か。何故、ここにマスターがおる」

 凄まじい殺気を孕んだセミラミスの指摘に臆することなく男は拍手を止め、空虚を放ちながら一礼する。

「これは失礼した。では、自己紹介を。私はトワイス。トワイス(Twice)・H・ピースマン(Pieceman)という人物を再現したNPCだ」

「…………NPC? その左手にあるのは令呪でしょう。見え透いた嘘なんてお止めなさい」

 セミラミスほどでないが、警戒心を露にした美沙夜の追及にトワイスは淡々と弁明する。

「確かに私は聖杯戦争に参加するマスターで、サーヴァントを従えていた。しかしそれは過去の話に過ぎない。今の私はサーヴァントを失った、君と同じはぐれマスターだよ」

 その証拠として、トワイスは左手の甲に刻まれた聖痕を示した。聖杯戦争への参加資格である三画の令呪は掠れ、彼が美沙夜と同じくサーヴァントを失いながら生存しているイレギュラーだと示していた。

 一先ず脅威となり得ない存在と認められたトワイスは掲げた左手を降ろし、適当な石柱に再び座り込んだ。

「別に君たちと敵対するつもりはない。私はただここにいるだけの、無力なAIなのだから。――さぁ、南方周。君には果たすべき約定があるはずだ。聖杯にその願いを伝えたまえ。勝者の声は必ず届く」

 トワイスが示す先には、真の意味で聖杯となったムーンセル・オートマトンが鎮座している。

「……だそうだ。では、契約を果たすとしよう」

「――待って」

 美沙夜と玲霞、二人の祈りを代わりに聖杯へ伝えようとしたところで、何故か美沙夜が俺を呼び止めた。振り返ると、

「私は、貴方と――」

「俺と、どうする」

「い、一緒に……」

 言い澱む美沙夜の言わんとしていることは分からない。だが、それは玲瓏館美沙夜という少女には許されない、誤った選択肢であることは分かっている。

 今の彼女は、かつての支配者として背負っていた物を捨てようとしている。それを見逃せるほど、俺はいい加減な人間ではない。

「美沙夜、お前の過去は知らないし興味がない。だがな、これまで高みからさんざ俺を罵っておいて、自分の意思でここに降りて来るのは許さない」

「………………」

「役割を果たせ。お前にはちゃんと、産まれてきた理由と意味がある。お前を必要とする人間が待っているんだ、あまり待たせてやるな」

 精々、運命に押し潰されないよう必死に踏ん張っていろ。その肩にのし掛かるモノの重さに苦しみながら生きるがいい。

 それこそが玲瓏館美沙夜に相応しい生き様だ。

 俺には逆立ちしても出来ない、誇りに満ちたあり方がこの少女にはよく似合う。

「……玲瓏館美沙夜にかけられた呪いを始めから無かったことにして、彼女を外に出せ。そして、子供たちが親に愛される世界を」

 果たして、俺の言葉はつつがなくムーンセルに届いた。願望機として完成したムーンセルは、自らの権能が成し得る限り忠実に願いを叶える。

 呪いが過去に遡って完全に消え去り、かつての美しさを取り戻した美沙夜は涙を流しながら徐々に薄らいでいく。

「じゃあな。それと、これまでありがとう」

「大切な人を助けるのは当然のことよ。……じゃあね、私の王子様。さようなら」

 涙に濡れた満面の笑みが、美沙夜の見せた最後の表情だった。とても普通で、真っ直ぐな少女の笑顔は俺にとって眩しすぎる。あの輝きは俺には必要ない。

 セミラミスの隣に侍る百の貌のハサンも、黒いノイズに包まれ消え去る間際に深々と頭を下げた。主人への忠義を果たした暗殺者もムーンセルへと還り、最初に出会ったセミラミスだけがいる。

 それを待っていたかのように、『彼女』がついに姿を現す。

 月の聖杯、事象選択樹(アンジェリカケージ)をその小さな掌に納めた神が降臨する。

 天使の七翼を宿した無垢なる(悪魔)

 南方周を拾い上げ、マスターに仕立て上げた諸悪の根元にして、根源に繋がった魔術師(メイガス)――――根源接続者として生まれた、正真正銘の最強が。

 

「流石はお兄ちゃんだわ。あの邪魔なバグを消し去ってくれてありがとう」

 

 

 その存在だけで空間が瞬く間に張りつめる。

 トワイス以上に濃密な存在感を放ちながら、幼く可憐な童女がピラミッドの頂点に降り立つ。

 

 少女の形をした神の名は沙条愛歌。

 

 この聖杯戦争を狂わせた張本人だ。




 最後の周が美沙夜に言った台詞は嫌味三割、嫉妬三割、怒り三割、優しさ一割です。
 道具として見ていても、それなりに感謝の気持ちがある台詞になっいるかどうか。


 トワイスさんは控え目。
 そして立川市在住のあの方は不在。

 全ての答えは次回へ続きます。


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最終回:旅の続きを

 全ての答えがここにあります。


 かつてアムネシア・シンドロームという新種の奇病が世界中で蔓延した。

 不治の病とされた謎の疾患から人類を救った若き医者がいた。

 名をトワイス・H・ピースマン。

 戦争を憎むために世界各地の戦場へ赴き、人命救助に尽力した勇気の人。最期は極東で起きたバイオテロに巻き込まれ、多数の犠牲者として息絶えた。

 彼の功績は世間が称賛し、偉人として語り継がれることとなる。

 その勇気は―自らもまたそうであったように―戦場で輝く人の強さに魅せられた狂気であると知られることのないままに。

 人の可能性、人類の未来を信じた男の記憶を手に入れた写し身は、本来あるべき未来のために戦いを繰り返した。死んでもまた次があるNPCの性質を利用して幾多の闘争を経て完成した最強のマスターは、聖杯に触れられないがため、熾天の玉座で賛同者を待ち続けた。

 

 全人類を戦場へ立たせよう――

 

 種としての進化と繁栄をもたらすために――

 

 全ての苦痛から解き放たれ、衆中を導かんとする彼は覚者(セイヴァー)という(ヴァジュラ)を武器にひたすら待ち続けた。

 

 だが、トワイスの悲願は打ち砕かれる。

 ほんの戯れで月に踏み入った童女は、ムーンセルが自らに危険を及ぼすとして封印した最悪のサーヴァントを授けるほどに強力だった。

 黙示録の獣は七騎の英霊を取り込み、聖杯が幾重にも課した枷を引きちぎった。最後に立ちはだかった覚者も獣によって取り込まれ、ここにサーヴァント・ビーストは完成する。

 その後はトワイスに代わり歴代の優勝者たちを尽くに撃破、ムーンセルを掌握するに足りる域までビーストを育てた。

 問題が発覚したのは、ビーストがムーンセルを取り込み終えた後だった。

 聖杯は常に岸波白野が沙条愛歌に勝利する未来(ヴィジョン)しか示さなかった。それを楽観視する愛歌ではない。

 より一人一人の生存率を下げるため聖杯戦争を聖杯大戦に変更してみた。その他にも様々な可能性を検証したが、ムーンセル・オートマトンが沙条愛歌の勝利を認めることは無かった。

 その結果、愛歌は自ら用意した私兵をセラフへ送り込み、岸波白野を殺す存在として聖杯戦争に参加させるに至ったのだ。

 沙条愛歌が直接勝つ必要はない。

 岸波白野というバグを削除出来る人間がいると証明し、ムーンセルに観測させることが出来てしまえば、後はビーストに命じてその可能性を選択すればいいのだから。

 そして、俺が岸波白野を殺したことで月の聖杯は完全に沙条愛歌の所有物となった。 

 ラスボスは主人公に勝てない。

 それは全ての聖杯戦争(F a t e /)における最後の敵(ラ ス ボ ス)、その原 点(prototype)たる沙条愛歌とて、例外ではない。その運命を破却するのが俺に与えられた役割なのだ。

 

「岸波白野の鏡写しも死んだわ。これでムーンセルは私のモノよ」

 

 石柱のピラミッドから軽やかに舞い降りた愛歌はあどけない少女そのものだ。喜びのあまりにクルクルと踊る姿は妖精のように儚く、美しい。

 薄緑色の衣服にあしらわれたフリルとブロンドの髪を揺らしながら、神となった少女は歓喜の躍りを舞い続ける。

 これで全て終わった。

 後はムーンセルから出るだけだ。

 そう思ったとたんに重荷が無くなったのを感じ、次の瞬間にはこれまでの疲れがどっと押し寄せてきた。一休みしようと、トワイスが座っている石柱の反対側にどっかりと座る。

 背もたれがないのは気に入らないが、こんなところで言うようなワガママでもない。

 長く深い嘆息と共に空を見る。

「君は岸波白野が私の理想を素直に受け入れると思うかい?」

 トワイスの問いかけに答えようとしたが、声を出すのも億劫なので肩をすくめるだけに留めた。それで満足したのか、青年は静かに頷いた。

「不確定の事象は語らない……君らしい答えだ。では君自身はどう思う? 今の人類の有様を」

 ここでもまた問答か。何も得なかった俺が何かを得るための道しるべとなる、答えのない分岐点。どうせもうずぐムーンセルから去る身だ、この空間に囚われたままの男が投げかける問いの一つや二つ、答えてもバチは当たるまい。

「どうとも」

「それはまた何故?」

「どうでもいいからだ」

 美沙夜には間違っても聞かせられないな、これは。

 正直、そんな大それたことを考えた試しがないのも大きい。だが、そもそも人類の行きつく先を見たいと、これっぽっちも思わない。まあ、アイツなら上手くやるとは思うが……確かめるつもりはさらさらない。

 俺の答えに満足したのか、それとも落胆したのか、それっきりトワイスは沈黙する。

 俺もいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

 本当のゴールまで進まなければ、終わりにはならないのだ。

「行くか、主よ」

「ああ。長い旅もこれで終わりだ」

「では最後の一時まで、そなたに付き従うとしよう。行きつく果てに何を見出すのか、我も見定めたい。故にどこまでも付き従おう」

 どこまでも律儀なセミラミスが後に続く。

 本人がそれでいいのなら、俺に止める権利はない。せめて、彼女の想いを裏切らないように努めるのが、マスターたる俺の義務なのだから。

 どこまでも純粋なまま狂った少女が、俺が立ち上がったのに気付いて踊りを止めた。傷一つない裸足のまま水を跳ね散らしながらこちらに近づいてくる。

 俺の前でちょこんとスカートの端をつまんで丁寧にお辞儀をすると、一枚の封筒を差し出してきた。

 淡い水色の表に書かれた宛名は『南方 周様』とある。その文字は幼い外見に反して嫌に達筆で、不覚にも感心してしまった。

「それは狐狩りへの招待状よ。月の裏側でこれから悪趣味なお姉ちゃんと狩りをしに行くのだけれど、お兄ちゃんもどうかしら」

「……それは強制か」

「別に断ってもいいわ。あなたはちゃんと役目を果たしたのだから、これ以上私の楽しみに付き合う義務はないもの」

 沙条愛歌は「面倒なら、いっそ破り捨ててもいいわよ」と言った。

 警戒心もあるが、それ以上に今までに抱いたことのない程に強い興味がふつふつと湧いてきた。

 

 もしも、俺の愉悦が俺自身の予想と異なるとしたら、それはどんな形なのだろう。

 

 もしも予想と異なる可能性があるのなら、聖杯に頼らず自分で探してみるのも一興だ。

 

 そして忙しくて今の今まですっかり忘れていた。表の聖杯戦争で発生した予定にない(EXTRA)例外処理(CCC)が残っていることを。月の裏側に巣食う快楽の海に答えがあるのなら、是非とも見てみたい。見なければならない。

 俺にどこまでも付いていくと誓ってくれた彼女への、最初のお礼もしなければならないのだ。ならばこの誘いは実に好都合と言える。

 横目でセミラミスにどうするか聞いてみると、妖艶な笑みが返ってきただけだ。

 ならば答えは一つ。

 

「喜んで招待にあずからせてもらう。狐の肉に興味はないが、折角の機会でもある」

「そういう事だ。我もサーヴァント(伴 侶)として主に同行するが、よいな?」

「ええ、むしろ助かるわ。お兄ちゃんと性格のあいそうなサーヴァントを探すのは骨が折れそうだもの。手間が省けるのは歓迎よ」

 自分から招待しておいて随分な言い草だが、俺もそれについては否定できなかった。

 俺が受け取った招待状をアイテムストレージにしまうと、愛歌は軽快な足取りで石柱のピラミッドに登っていく。キャップストーンがないため人の立つ余裕がある頂点に着くと、少女は黄金に輝く小聖杯を取り出した。

「さあ、身の程知らずな狐たちを狩りつくしましょう。神様に喧嘩を売ったおバカさんは、みーんなみーんな殺しちゃうんだから」

 少女の言葉(祈り)聖杯()起動(覚醒)し、願いに忠実な奇蹟を顕現させる。

 それまで何らかの技術を用い気配を隠していたのだろう。突如として姿を現した日焼けした長身の女子が、巨大な石柱の影から歩み出る。傍らに侍るのは天馬を手繰る魔眼の美女の英霊がいる。

 そして、聖杯の力で四騎もの英霊を召喚した愛歌が、天使のような声で宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、偽物を駆逐する時間よ……」

 

 

 

 

 

 これから始まるのは、溺れる夜。

 

 純粋無垢な狂気の渦に、全ての情念が呑まれ消えていく。

 

 

 

 

 ――to be continued……




 これにてFate/EXTRA SSSの『EXTRA編』は完結しました。
 無事にここまでエタることなく来れたのは、読者の皆様からの応援があってこそです。
 感想、お気に入り登録、評価、UAという、この作品を見てくださっている証がどれだけ心の支えになったことか……。
 約八ヶ月に及ぶ期間に渡り付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございました。

 用語集という名の設定集は要望があれば近日中に投下します。

 そして物語は狂いゆく溺れる夜へ……。

 元祖ラスボスとザビーズキラー二人によるお話はこれから執筆します。
 Fateネタならなんでもありのトンデモ時空になりそうな気がしてますので、そこはご注意を。
 

 それでは改めて、ありがとうございました。
 続編も楽しみにしていただけることを祈っております。


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用語集

 最終回での後書きで宣言した通りに用語集を投下します。
 作者なりの悪ふざけで作成しました。
 マテリアル風に五十音順で、原作にはないオリジナル要素や日の目を見なかった没設定を適当に解説しています。


《アーチャー》

 周が四回戦で戦うはずだった弓矢が宝具である正統派弓兵のサーヴァント。

 真名はギリシア神話随一の女狩人アタランテ。貴重な獅子耳&獅子尾の子供大好きな野生児系。『狩猟(ハンティング)』で沙条綾香を追い詰めたものの、別行動中のマスターを周に殺されてあえなく退場。

 Fate/Apocryphaが初登場。

 EXTRA原作では赤セイバーが名前を呼び、コミックスでは一コマだけ登場している。

 

《アサシン:仮面》

 あるAUOジョークに憤慨した作者の一存で参戦した群れなす暗殺者。十八人いるハサン・サッバーハの一人『百の貌のハサン』である。

 色んな人格がいるもののみんな気配り上手。我の強いキャラクターに埋もれがちだが、作者が本作のMVPを選ぶならこのサーヴァント。初登場作品のFate/zeroで彼らを蹂躙した征服王を打ち倒し、最終決戦でセミラミスを窮地から救い、その他の場面でも八面六臂の大活躍を成し遂げた働き者。

 本来のマスターだった六導玲霞の母性に惚れ込んだらしく、彼女の事を心から慕っている。そのため彼女が行く末を案じていた周と美沙夜にも忠実に仕え、二人の願いを完璧なかたちで叶えることに成功した。

 代理マスターとして契約した周に対しては、性格はさておき、その采配だけは純粋に感服していた。

 周との会話はアサ子ことシャーミレの担当。

 周が借りたまま返していない図書室の本をまとめて返しているのだが、最後まで誰も気がつかなかった。

 

 

《アサシン:女帝》

 本作のメインヒロインであるセミラミス。原作通りのキャラクター設定詳細はwikiなりEXマテリアルを確認されたし。

 意外にもプロローグの時点で落ちていた。

 この英霊は日本でもかなり知名度が低く、本人よりオペラの方がまだ有名なレベル。そのために周も彼女の事はあまり詳しく知らない。

 たまにマスターを脅すような発言もするし勝手にあちこちを散策するが、最終的な決定権はマスターに委ねるサーヴァントらしいサーヴァント。

 毒殺の逸話から何かと誤解されやすいが、恨みを買わなければマスターには誠心誠意尽くす良妻女帝である。マスターのためなら自分の身体を盾にして守りつつ相手に一矢報いる知性派。

 口達者で頭も切れるが、周への感情を指摘されるとたちまちダメになる初なところも。最初の夫以外とは遊びだったんだろうなぁという作者の想像が招いた結果である。

 暴君らしく極端な散財家で、貯蓄の概念が存在しない。そのせいで周の稼いだ資金の九割は彼女の遊興に費やされている。

 妻としては金銭面以外なら貞淑だが、支配者としては万事において苛烈。

 しかし最愛の夫が自殺したトラウマから、ワガママで欲の深い男を毛嫌いしている。後述する征服王は怨敵ニノス王を思い出すため何がなんでも毒殺しようと目論んでいた。酒に毒を混入したのはそれが理由。

 美沙夜、カレンとは密かにお茶をする間柄。

 初登場作品はFate/Apocrypha。

 最近ちびちゅき! に出演した。おめでとうございます。

 

《母なる神魚の鱗盾》

 アシュケロン・デルケトー

 セミ様の戦闘用防御スキル。Apocryphaで使っていた鱗盾を作者なりにまとめたもの。

 名前はセミ様の母親から。

 セミ様と同格かそれ以上の神性スキルがないと筋力&魔力ダメージ無効。ダメージ反射は相手の神性スキルが高いほど効果が軽減される。

 ゲーム的には呪い効果付与の防御スキル。

 

《伊勢三》

 レオ・ハーウェイが受けた、魔術回路を脳に焼き付ける手術の試験で生き残った唯一の被験体。不幸な出生を持つ白い少年は月で征服王と出会いつかの間の幸せを味わっていた。

 かつて王と大地を駆けた豪傑たちと同じく、王の背中に魅せられて未来への希望を抱き始めた矢先、南方周と出会ってしまった。

 結末は推して知るべし。

 宝具の相性で押し切られ、決死の突撃もむなしく親友となったばかりのライダーが目の前で殺されてしまうあんまりな最期を遂げる。

 prototypeで現代編に登場するライダーのマスター。過去の聖杯戦争で愛歌に呪われ、機械によって無理矢理に生かされた少年。

 周とは何があろうと相容れない、穏やかで分け隔てなく優しい聖人のような性格。

 

《異次元からの色彩》

 カラー・フロム・アウタースペース

 堕天した美沙夜の血を取り込ませた必殺の短剣。

 マスターや下級エネミー用に対して絶大な効果を発揮する格下殺し。この短剣で斬られたマスターやエネミーは、切り口から灰となって最後は全身が灰となる。

 効果と名前の元ネタはラヴクラフト御大の短編でも作者が特に気に入っている『宇宙からの色/異次元からの色(The Color Out of space)』そのまんま。

 ルビは少し捻ってみた。

 

《カレン》

 彼女が健康管理AIの場合、岸波白野の生存率が三%まで落ち込む鬼畜シスター。それを知った作者が岸波白野の敗北を暗示させようと登場させたものの、見事に空気と化した。

 常に最低限のサポートしかしないので、彼女が健康管理AIに選ばれた聖杯戦争は他のAI以上に苛烈さが増す傾向にある。

 周からは避けられていたが、彼のサーヴァントとはお茶会友達。

 初登場作品はFate/hollow ataraxia

 

《岸波白野》

 フランシスコ・ザビッ……!

 南方周と七回戦で死闘を繰り広げ、敗北した。

 不屈の精神が最大の武器である原作の男主人公。作中ではひたすら周の計略に翻弄され続けていた。凛の死で冷静さを失い、ライダーのマスターに唆された結果敗北を喫してしまう。

 冷静さを失いさえしなければ、彼にも十分に勝機はあった。

 蒼崎姉妹に助言を乞うなり図書室に行くなりしてセミラミスの真名を突き止めていれば、最終決戦での戦いも有利に運んだことだろう。

 たくさんの人から支えられて勝ち進んだ、王道型の主人公キャラ。

 沙条愛歌を倒しうる存在である。

 そのせいで彼女に命を狙われてしまう。

 

《刻印蟲》

 zeroとstay nightでお馴染み、マキリさん家のゾォルケンお爺ちゃんが使役する例の蟲。今回は初出通りに【封印指定】と酷似した蟲の違法術式としてみた。これを使用した沙条綾香はzeroの桜と同じ目に遭っている。

 ランスロットをサーヴァントとして参戦させることにした時点で絶対にやろうと考えていた、作者お気に入りのネタの一つ。

 白野が使った場合は間桐雁夜と同じ効果になる。

 

《作品原案》

 セミ様が自鯖の二次創作を探し求め、見つからなかった結果『なら私が書けばいいんだ』と閃いたのが全ての始まり。

 清く正しい聖杯戦争は書けそうになかったので、全力で汚い主人公の物語にしようと割りきった。

 公式でぞんざいな扱いしかされないハサンを大活躍させてやろう、凛orラニ的なキャラが欲しいと作者の欲望が膨らんでいき、このラストがある。

 作者は勧善懲悪が好きだが、同じくらいその逆も大好き。なので執筆自体はとてもノリノリだった。 

 

《沙条綾香》

 セイバーとした現界したランスロットのマスターであるウィッチクラフト・ガール。彼女の存在が真のラスボスを暗示させていたが、最終的には刻印蟲に【封印指定】されて身体を食い尽くされてしまった。

 刻印蟲に【封印指定】されてからの雁夜おじさんと同じ死に方という一連の流れは、ランスロットと契約して作中に登場するとなった瞬間から決まっていた。

 聖杯戦争に参加して行方をくらませた姉、沙条愛歌を探そうとして、自らも聖杯戦争に参加した家族思いの少女。

 ランスロットの仲は良かったが、周と関わった他のマスターと同じく悲惨な最期となった。

 Fate/Prototypeでは主人公。

 

《沙条愛歌》

 Fate史上最古にして最強のラスボス。根元接続者という禁忌に等しいチートであり、南方周を転生させた張本人。

 トワイスが熾天の玉座に到達した後にムーンセルを訪れ、ビーストをサーヴァントに聖杯戦争を勝ち進む。セイヴァーをビーストに食わせてから、ムーンセルそのものを取り込ませた。

 その後はムーンセルに岸波白野が沙条愛歌の差し金によって敗北する可能性を記録させ、これによって完全に月を掌握した。

 戯れでムーンセルの掌握を試みる狂人だが、精神は見た目通りの子供。また周の性格が最悪であると感じたり、ライダーのマスターの趣味を嫌がるなど感受性はまだまとも。

 自分に喧嘩を売った者たちを手ずから粛清すべく周たちを狐狩りに誘い、共に月の裏側へと降りていく。

 妹の沙条綾香には無関心。

 Fate/Prototypeのラスボス。

 

《悪蛇王》

 ザッハーク

 ラニとの取り引きで周が手に入れた礼装。

 使用すると腕に蛇の紋章が浮かび、これで取り込んだ肉体の質量だけ所有者の容姿を書き換える。死にかけた周の怒りで伊勢三の片腕を食い千切り、顔色をよくした。

 終盤には刻印蟲のように美沙夜へ寄生させ、自殺防止装置として利用される。

 元ネタは両腕が蛇の魔物、ザッハーク。他人の脳を食らう二匹の蛇に支配された、憐れな暴君の末路。

 周は使い方を今一つ把握していないため、あまり活躍する場面に恵まれなかった。

 月から帰還した美沙夜にはこの礼装の欠片が寄生したまま残っている。

 

《復讐は嫁入りの後で》

 サンマラムート・セミラーミデ

 セミラミスの第二宝具。全身の体液に猛毒の性質を付与する他、空中庭園内部では血液による直接攻撃も可能。

 男性、国王、暴君として語り継がれるサーヴァントにはダメージ数値が通常クリティカルの三乗で算出される征服王&赤王殺し。それ以外の相手にはただの猛毒でしかないが、解毒にはセミラミス自家製の薬が必要。

 五回戦で周が飲んだ酒にはセミラミスが夜なべして精製した解毒剤が入っていた。

 ゲーム的には魔力依存版の崩天玉に近い。

 イスカンダルとネロは必ず即死する。

 マスターにとってはただの毒でしかない。

※ダメージ計算式(サーヴァント限定)

 最初の性別判定で男性だった場合、通常クリティカル。この際のダメージを5,000とする

 次の国王か否かの判定で成功(国王・皇帝)だった場合、ダメージが5,000の2乗となり数値は25,000,000

となる。

 暴君か否かの判定で成功した場合5000の3乗となり最終的なダメージは125,000,000,000。どう足掻いても絶対としか言いようがない。

 

《ジナコ・カリギリ》 

 周の一回戦での対戦相手。

 攻防に優れたサーヴァント、カルナを従えるものの怠惰な性格が祟ってか最下級のエネミーを倒すのが手一杯な体たらく。

 怠惰な人間と太った女性が嫌いな周からは最期まで見下されたままだった。

 彼女の孤独は満たされることなく、それどころか信じた絆を裏切られる悲劇的な幕引きとなった。

 初登場作品はFate/EXTRA CCC。

 

《小アグリッピナ》

 赤セイバーの母親。

 小アグリッピナの母親はアウグストゥスの孫であるユリア。つまり、アグリッピナは初代ローマ皇帝の曾孫である。

 兄は三代皇帝カリギュラ。一説ではカリギュラと近親姦を繰り返したとされる。

 原作では我欲でネロ皇帝の政治に介入し、皇帝の母親として権勢を振るった。赤セイバーに毒と解毒剤を交互に飲ませていたとも語られている。

 智謀に長け、毒を用いる淫蕩な美女。セミラミスとよく似たキャラクター。

 贅沢三昧の日々を満喫するものの、母親の政治介入を疎んだネロは、大勢の臣下がいるにも関わらず皇帝暗殺を企てた謀反人として彼女を殺害する。

 暴君に抱かれ、暴君に殺された女の影はどこまでも娘につきまとった。

 ゲーム中では存在のみが語られた。コミックスでは赤セイバーの過去編に登場、そのご尊顔を拝謁できる。

 

《セイバー:赤王》 

 Fate/EXTRAの看板でもある第五代ローマ皇帝。

 セイバーにしては火力に欠けるテクニカルなサーヴァントだが、そもそも剣の英霊ではかなりイレギュラーな部類。

 セミラミスと母親が重なり苦手意識を持っていたが、危険視すべきはそのマスターであると初期段階で見抜いていた。

 結局、奏者の暴走を止められないまま最終決戦でスパルタクスに倒されてしまう。

 南方周の性質を見抜いたのは彼女だけだが、自分も影響を受ける対象とは流石に思わなかったらしい。

 

《セイバー:黒》

 Fate/zeroではバーサーカーだったランスロット。フランス生まれの黒騎士を出したのは、単に沙条綾香と気の合いそうなセイバーが他にいなかったから。アルトリアは何となく違う気がした。

 作中ではエリザベート、スパルタクス、アタランテの連戦を強いられ、それが原因で魔力の消耗を招いてしまった。

 剣が宝具だがビームを撃たないセイバー界の異端児らしく、トリッキーな宝具を幾つも有している。だが移管せん長期戦となる月の聖杯戦争では燃費が悪いのが致命的だった。

 綾香のサーヴァントにランスロットが選ばれた瞬間に刻印蟲を思い付いていた。色々と我慢したネタは腐るほどあるが、これだけは譲れなかったので強行した。

 満足している。後悔はない。

 初登場作品はFate/zero。

 

《セイバー:背中》

 円卓と微塵も関わりのない男性セイバー。真名は北欧生まれの竜殺し、ジークフリード。

 台詞なし、しかも初登場の回で百の貌のハサンにマスターを討ち取られてしまう。おまけにエリザベートの歌声を何度も聞いている不運ぶり。

 初登場作品はFate/Apocrypha

 

《セイバー:不良》

 不良娘系セイバーのモードレッド。ジークフリードより台詞はあったがそれでも一言。彼女も初登場の回で百の貌のハサンにマスターを殺害され、あっさり退場してしまう。

 初登場作品は小説版Fate/Apocrypha。

 

《セイヴァー》

 ここ数年は立川で神の子である友達と仲良くバカンス中の目覚めた人。

 誰もが周はどうやってセイヴァーに勝つのかと期待していたようだが、いざ蓋を開いてみるとビーストの餌になってしまっていたのでまさかの原作ラスボスが出番なしという事態に。

 そのせいでトワイスもなんだか静か。

 原作Fate/EXTRAでは熾天の玉座にてトワイスと共に主人公を待ち受ける真の最強。

 

《毒蜘蛛舞踏 死と乙女》

 タランテラ・ ウント・ダス・メイヒェン

 イタリア、タラント地方の毒蜘蛛伝説に登場する音楽と同名の交響曲、さらにそれと同名の歌をごっちゃ混ぜにした毒。

 効果は五感の混乱。躍り狂ったように目が回る。

 ハサンの短刀に塗っていた神経毒。

 

《外れぬ呪詛》

 デェア・フライシュッツ

 美沙夜がフラットの拳銃を魔改造した命中率100%のトンデモ礼装。名前はカール・ウェーバーのオペラ『魔弾の射手』から。

 絶対に命中する五発の弾丸を連射するが、狙った部位に当たるかどうかは運次第の博打拳銃。

 火力は改造前と変わらない。

 銀色になったのは周の趣味。

 

《トワイス・H・ピースマン》

 本作最大の被害者。

 かつて熾天の玉座にて待つ者……だったNPC上がりのマスター。真剣に人類の未来を憂いていた彼だが、気分屋の少女に破れて悲願を達成する機会を失った。

 そのためか使命感すら薄れ、空虚さが増している。サーヴァントを失っても生きているのは愛歌の気まぐれにすぎない。

 お馴染みのポエムがないのは、ラスボスがトワイスではないことの暗示。

 

《優美なる復讐の黒爪》

 ニノース・エルゴット

 セミ様が英霊になってからも憎む二人目の旦那と、神経毒を含んだ角麦の英名から。

 自由に使える代わり火力が落ちた彼岸花殺生石の劣化版。相手の対魔力が高いとダメージが低下。

 宝具無しのサーヴァント戦におけるセミ様の主力となるだろうスキルだが、序盤以降は見る影もない。

 

《バーサーカー:歌姫》

 ハンガリーからやって来た音痴系スプラッタアイドルのエリザベート・バートリー。ランルーくんをプロデューサーに血税徴収と音楽活動を楽しんでいた。

 コミックス版の大規模な『狩猟(ゲーム)』をやろうと考えていた作者がたまたま目をつけたので、串刺し公に代わって緊急参戦。

 超音痴による範囲攻撃と高い飛行能力、マスターの的確な支援でかなり善戦するが、令呪を欲しがった周の罠に嵌められて宝具発動の隙を突かれて退場。

 百の貌のハサンに討ち取られた。

 初登場作品はFate/EXTRA CCC

 

《バーサーカー:筋肉》 

 セミ様の思い付きによる提案で周と協定を結んだ抱擁系マゾヒスト。

 公式でも数少ないEXパラメーター保持者。彼は耐久が規格外であり、宝具の効果もあってかなりの破壊力がなければ倒せない厄介なサーヴァント。

 赤セイバーへの反逆に荷担するため周と契約、セミ様の空中庭園で待機していた。暴君であるセミラミスに手を出さなかったのは、彼女がマスターと対等にあり、誰の上にもいなかったから。 過去は確かに暴君だったが、現在において圧政者の座から降りていると判断されたのだ。

 最終決戦で赤セイバーを討ち取ったスパルタクスは聖杯戦争閉幕後、自らの意思で契約を破棄した。

 そも、周と契約したのは彼が弱かったから。

 ――弱者でなくなったマスターと契約するつもりはない――

 災いと恐れられた反逆者は、誇り高き反骨精神に従い物語から去っていった。

 初登場作品はFate/Apocrypha

 

《バーサーカー:花嫁》

 科学と魔術が交差して生まれた人造英霊。

 正統派バーサーカー、フランケンシュタインの怪物が狂戦士のクラスで現界したサーヴァント。

 幸運な天才魔術師のマスターと頭の良いバーサーカーという、意味のわからないコンビとなった。

 霊格が低いため狂化されても燃費がいいが性能も低く、しかしながら高い知性を持った狂戦士の英霊が完成してしまった。

 周に関わっていながら悲惨な目に遭っていない凄まじい幸運の持ち主でもある。

 ちなみに、頭の角と踵抜きの身長で172cmある。

 これは普通の大きさである女性サーヴァントの身長で一番高い。(メルトリリスの身長は具足込み。キングプロテアはそもスケールが違う)

 

《虚栄の空中庭園》

 ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン

 天空の庭バビロン。宝具界のラピュタ。

 極大火力の魔力弾で絨毯爆撃、内部ではセミラミスのステータスを限界強化、大量の竜牙兵を生産と馬鹿げた性能を誇る。

 ゲームでは20ターン経過で発動する。発動後は永続展開で上記の効果を発揮するチート。ガード貫通の魔力弾と大量の竜牙兵を用いた物量攻撃を行う。

 実質的にはセミラミス版の乖離剣である。

 

《ビースト》

 沙条愛歌が契約したサーヴァント。

 幾多の魂を生贄とすることで完成する黙示録の獣。

 愛歌は7騎のサーヴァントを捧げてムーンセルの封印からコレを解放し、最終的にはセイヴァーと月の聖杯すらも飲み込ませた。が、それすらも自らの栄養源にした規格外。

 ムーンセルを完全に制御するため聖杯戦争より大規模な聖杯大戦を開催し、参加者の魂を根こそぎ喰らい尽くしてしまったが、沙条愛歌が岸波白野に破れる結末を覆すことは出来なかった。

 本来は知性を持たない文字通りの獣だが、多数の知性体を取り込んだことで人間の言葉であれば問題なく理解できる。

 初登場作品はFate/Prototype

 

《Fate/EXTRA SSS》

 他者の絶望を積み重ね、先へと進む聖杯戦争。

 作者にとって、Fate/EXTRAは今を生きる人々に希望にあふれた未来の可能性を見出だす物語である。

 だから、岸波白野は人間の可能性を信じている。

 ならばと作者は人間に興味がない主人公を用意した。人間賛歌なんてなかった。

 主人公らしい主人公たちは既に先人たちがやっているし、どうせ趣味全開でやるんだからと開き直ったらこんなお話になったのだ。

 原作組はラスボスまでまとめて不幸。まさかヒロインの凛まで死ぬとは誰が予想しただろう。

 他のFateから参戦したキャラも大概は不幸。

 ごく一部の人物たちだけが歪んだ形で報われた。

 

 

《フラット・エスカルドス》

 イスカンダル・リフレイン

 陽気でお喋り、気さくな好青年。

 サーヴァントと友達になりたいから聖杯戦争に参加した極めつけのおバカ。

 探れた魔術の才能と柔軟かつ自由な発想力、さらにマスターの頭脳を補うサーヴァントの組み合わせで南方周に立ちはだかる若き天才魔術師。

 一回戦に続き周を信じて裏切られるマスター。

 バーサーカーとは凸凹コンビながら良好な関係を築いていたのだが、二回戦で月の海に沈んだ。

 誰よりも幸福を愛し、平和を望んでいた純粋な心の持ち主だったものの、万人に不幸をもたらす嵐の前には無力だった。

 誰とでも友達になれる善良マスターの一人。

 

《破滅杖・呪詛吐く大蛇》

 ミズガルズ・ヨルムンガンド

 籠手の形をした周の決着術式。使用者との相性が良すぎたせいで、彼は半分人間でなくなる。

 世界蛇ヨルムンガンドの権能を人間に扱えるレベルで再現した魔術礼装。

 少し動いただけで大波を起こした世界蛇のように、些細な攻撃で大ダメージを与える効果を持つ。

 神々の都合で産み落とされ、神々の都合で捨てられたヨルムンガンドは予言で『神々を滅ぼす存在』とされていた。

 そしてラグナロクで雷神トールとの死闘で敗北するが、死に際に吐いた毒がトールを殺す。

 ラグナロクで神々に敵対したのは、神々の傲慢さに対する恨みのような気がしたら、トールを殺した毒が世界蛇の積年の恨みがこもった呪いに思えてきた。

 周の屈折した性格に世界蛇の権能(偽物)が呼応した結果、ミョルニルでも三回殴ってやっと死んだ逸話を元にした異様な丈夫さまで与えた。

 半分人間でなくなったのはその副作用。

 

《南方 周》

 セミラミスのマスターとなった孤独な転生者。

 少しでも敵対した人間ならば誰に対しても毒舌を発揮し、容赦なく暴言を放つ根っからの嫌われ者気質。その性格は目付きの悪さに表れている。

 自分への評価も厳しいのは自分が嫌いだから。

 自分は嫌いだが、死にたくはないからと最後の一人になるべく奮闘もとい暗躍する。

 岸波白野が第一主人公で、南方周が第二主人公。なのだが、この人物はおおよそ主人公として落第である。

 南方周のコンセプトは全型月主人公たちと全型月ラスボスたちに敵対するキャラクター。

 大切な人のためなら命を懸ける型月主人公、自分の理想や悲願のためなら命も懸ける型月ラスボスと南方周は相容れない。

 他人のために死ぬのは御免、自分自身にはまともな理想も悲願もない。しかし他人を利用し、踏み台にすることは躊躇わない。その手で殺すことも平気。

 外道という言葉も生ぬるい悪魔である。

 転生者ではあるが、本体である肉体は植物状態で生きている。魂が器から飛び出した幽体離脱の状態。

 告白してきた少女を手酷く振って自殺に追い込んだが、周は平然としていた。そのために少女を好いていた他の男子の恨みを買い、階段から突き落とされてしまう。

 咄嗟に腕を掴まれた男子も頭から転落し、周のクッションとなって生涯を終える。

 関わった人間を不幸にする体質は生まれつき。

 基本的には誰も愛せない恋愛不能者だが、愛してくれる人には誠意を尽くす。

 これは本人に愛された経験がないため。人に愛されることを知らないので、やり方が分かっていない。その反動からか、年上で包容力のある女性には少し甘い。セミ様や六導玲霞には弱いのである。要は擬似的なマザコン。

 美沙夜の性格は苦手だったが、生き様には惹かれていた。なので自分への想いを告げられても断った。

 転生者だが特典らしい特典がないのは作者の趣味。

 テンプレートで面白く書くのは難しいのだ。

 どうしようもない性格の彼はセミラミスと共に月の裏へと足を運ぶ。

 何もかもを不幸にする少年の旅は終わらない。

 

《ライダー:征服》

 実は南方周の数多い天敵でもその最たる英霊。

 豪放磊落で細かいことを気にしないざっくばらんな性格も、後ろ暗い謀を好まない英雄らしさも相容れない。またセミラミスからも一方的に嫌われている。

 本来なら伊勢三と契約したライダーはアキレウスの予定だったが、百の貌のハサンが出ると決まった結果、イスカンダルに変更となった。

 つまりはzeroアサシンに倒されるためだけの理由で登場したサーヴァント。

 初登場作品はFate/zero

 

《ライダー:海賊》

 八歳児ワカメと契約したフランシス・ドレイク。

 南方周と性格の合うサーヴァントとして、仲間入りを検討していた時期があった。サーヴァントとマスターのギブアンドテイクを認めていた周と、マスターに求めるのは支払い能力であるドレイクなら上手く行きそうな気がしたから。

 しかし、このライダーの義理堅さからして無理そうなので断念した。

 ワカメがドレイク以外のサーヴァントと契約し、セミラミスが先に召喚されていたらこの人が出てくる。

 その場合、最初の台詞は、

「中々に堂の入った悪党な面構えだねえ。気に入った! アンタの副官として契約してやるよ」

 いきなり悪人面呼ばわりである。

 この先のシリアス展開を想像させないあたり、流石は不可能を不可能のまま成功させる星の開拓者。

 

《ライダー:??》

 謎の美女ライダー(棒)

 スタイル抜群で眼鏡が似合いそうな外見(棒)

 本作における出落ち要員。マスターの女子と大変仲良し(意味深)なサーヴァントで、ところ構わずイチャイチャしている。

 「人目がなければ今すぐ押し倒したい」のは自分のマスターである。Fate名物『そういう趣味の人』

 

《ライダーのマスター》 

 自己嫌悪が激しい周と対になる超絶ナルシスト。

 EXTRA編ではちょろっとだけ出てくる二人目のオリジナルキャラクター。性格はまともだが、性癖に難のある長身イケメン巨乳女子。

 愛歌の指示で白野をけしかけ周を困らせるはずが、何をどう間違えたのか変なスイッチを押して自爆させてしまった。

 CCCにて本格参戦する。

 

《ランサー:金色》

 施しの英雄カルナ。

 そんなに語ることがない。

 人となりが知りたいのなら、小説版Fate/Apocryphaを読むなりFate/EXTRA CCCをプレイすればいい。彼がどれだけ聖人であるか、嫌でもわかる。

 初登場作品はFate/Apocrypha

 

《ランサー:黒色》

 綺麗な方のブラド三世。

 エリザ参戦の一因である。

 小説版Apocryphaのように吸血鬼化はしなかったが、ものすごくあっさり退場してしまった。

 美沙夜に対して父親のような厳しさをもって接していたが、彼女のことを本気で案じていた。また美沙夜もブラド三世に対してはサーヴァントとしてではなく、貴族として敬意を払っていた。

 ランサーながらマスターと信頼関係を築いていたが、槍兵の呪いには勝てなかったらしい。

 初登場作品はFate/Apocrypha 

 

《玲瓏館美沙夜》

 色々な型月ヒロインの原型となった少女。

 Fateでは遠坂凛に影響を与えているが、凛以上に冷酷で冗談抜きにキツい性格をしている。口の悪さなら周とタメを張れる域だったりする。

 呪いによって堕天、ゾンビ化してからは性格が一変している。心の奥底に眠っていたとある願望の発露だが、その願いを汲んでくれるほど彼女の王子様は出来た人間ではなかった。

 そもそもこの子が堕天したのは王子様のせい。

 既存の礼装を魔改造したり、決着術式を作り上げたりと技術方面でも優秀。

 セミラミスとの仲は一時的に険悪化したが、本来はカレンと共に保健師でお茶をするほど仲が良い。

 律儀な周は約束の通りに呪いを無かったことにした上で美沙夜をムーンセルから帰還させた。

 本来なら助からないはずの彼女にもたらされた歪な救済は、不運に負けなかった事へのささやかな報酬。

 

《六導玲霞》

 百の貌のハサンと最初に契約したマスター。

 魔術回路はたまたまあったが、サーヴァントの使役に耐えられず肉体に恐ろしいほどの負荷をかけていた。三回戦で限界を悟り、自身のサーヴァントを譲渡する代わりに自分の願いを聖杯に届けさせた。

 聖杯に子供たちの幸福を叶えさせたいと聖杯戦争に参加した。対戦相手となった周の未来を案じるほどの子供思い。その母性がハサンに忠誠心を芽生えさせた。

 他のマスターを誘惑して魔力を補給していたが、それでもサーヴァントの現界を維持するにはあまりにも少ない量だった。

 初登場作品はFate/Apocrypha

 

 

 実は南方周が一度も酷評しなかった対戦相手。

 




 ここから先は何でもありのトンデモ世界。
 タイコロや氷室の天地みたいなはちゃめちゃ空間でFate/EXTRA CCCみたいなストーリーが展開されます。

 EXTRA以上に原作から乖離する予定なので、ハイヨロコンデーという方は今しばらくお待ちください。


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Fate/EXTRA CCC編
PROLOGUE:Ⅰ


 CCC編リメイク第一話。
 原作ベースで改変入れつつ、白野とサクラと聖杯のお話。
 当然ながら周も愛歌も環もいるぞ。
 典型的な汎用救世主型主人公(フランシスコ・ザビエル)徹底的な無差別粛清型主人公(ヨシフ・スターリン)でお送りします。


 気持ちよく晴れた朝の通学路。

 もう随分通い慣れたはずなのに、いまだに道を覚えられないまま、正門に着いた。

 時間はまだ十分にある。

 同じ制服姿の学生たちが、和気藹々としながら正門を通過していく。

 習慣(ルーチン)に従い、自分も正門に向かう。

 そこには、生徒会長であり友人でもある柳洞一成が立っていた。

 はて。今日は風紀の乱れを取り締まる運動、風紀検査はなかったはずだが。

「おはよう! 今朝も気持ちのいい朝で大変結構! 絶好の学生日和だ!」

 端正な顔立ちに似つかわしくない、熱血にすぎる挨拶だった。

「ん? どうした、その“なにか悪いものでも食べたか?”と言いたげな顔は」

「朝の風紀検査って、今日だったっけ?」

「これが俺の役割(ロール)なのだ。そちらの記録に齟齬があるのではないか?」

 彼がここに立っていたから、勘違いしたようだ。

 なんだか寝ぼけていたみたいだ、と一成に笑って、校舎に向かうことにした。

 同じように繰り返すやり取り。そう思っていたが、今日は変化があった。

「待ってくれ、実は頼みたい事があるのだ」

 足を止めて振り返る。

「悪いが、教室に行く前に一階の用具倉庫を閉めてきてくれないか? 鍵を閉め忘れてしまってな」

 一階の用具室……たしか、昇降口から左手に向かった廊下の奥だ。

 ホームルームまではまだ時間があるし、他ならぬ一成の頼みなら断る理由もない。

「分かった、自分でよければ」 

「そうか、それは良かった! 他の生徒たちはみな通り過ぎるだけでな、お前がきてくれて助かったよ」

「気にしないで欲しい、出来ることならなんでも手伝う」

「最後の登校日にすまん限りだ。……まったく、最近は妙な管理役が増えるし、通達も多くて俺も気苦労が絶えんのだ。岸波のような役員があと一人いれば、俺も保健室の彼女も助かるのだがな」

 独り言に気づいてハッとし、一成は我に帰ったようだった。

「む。いや、無神経なことを口にした。生徒会など、無理強いして入って貰うものでも無かったか。では、これが倉庫の鍵だ」

 小さな金属の鍵を受け取る。

 プラスチックのキーホルダーはネームプレートも兼ねていて、黒いペンで『一階倉庫』と書かれていた。

「ではな。最後に後悔のない、よい一日を!」

 涼やかな美男子は仰々しく礼を言い、また正門を監視する作業に戻った。

 最後までこの調子なのかと、感心してしまう。

 よく調整された機械のような生真面目さだ。

 一成に別れを告げて校舎に向かう。

 早春とも初夏ともつかない日射しに眼を細める。

 岸波白野の一日は、こうして始まろうとしていた。

 

 

「もういいです、ゲラウッ! やっぱりリアルに期待するコトなんてナニひとつねぇのデス!」

 散々に叫びながら、倉庫から閉め出された。

 そしてドアからガチャリと鍵の閉まる音がする。

 内側から鍵を掛けた様だ。

 用具倉庫室の妖精、あるいは喋るロッカー……そんな未知との遭遇。

 色々とだらしのない防御力の高そうなイエロー系エリートニートは、ちゃんと鍵を閉めてくれた。

 ジナコ=カリギリ。どうにも不思議な人だった。

 あんな参加者もいたのかと思いつつ、暗い倉庫を後にする。

「……?」

 いや、待った。

 いま、何か妙なフレーズを使った気がする。

 まだ寝ぼけているのだろう。

 今朝はいつにも増して気分が浮ついているようだ。最後の登校日ということも、影響しているのかもしれない。

 すれ違う生徒たちも、みなそわそわしているように見える。

 2年A組みの教室へ行こうと階段に足をかける。

 周囲に意識が向いて、頭上からの音に気づくのが遅れた。

 喩えるなら、女性ものの靴が勢いよく段差につまづいて、その弾みで足を踏み外してくるような。

 

「――あら、あらあら、あらあらあら」

 

 例えるなら、じゃなかった。

 今まさに人影が落ちてきている――!

 気づいた時にはすべて手遅れ、ただ未来を受け入れるのみだった。

 

「きゃ――――っ!」

 

 悲鳴と大きな音が、廊下に響いた。

 廊下にしこたま後頭部を打ちつける。

 脳が震えて目がチカチカしている。

 点滅する視界のまま、自分の状況を知ろうと手を這わせ――

 

「っ、あんっ……!」

 

 官能的な声が、濡れて聞こえる。

 

「まぁ……乱暴な手触り、ですのね。女のどこを触っているのか、分かっているのですか?」

 

 果たして、這わせた指は空を切らず、圧倒的なまでの質量に溶けるように食い込んだ。

 

「んっ……! そんな、もぎ取るような勢いで……恥ずかしい、(ワタクシ)も、力が入りません……」

 

 なんだこの、インパクトはっ。

 

「――――っ」

 

 蕩けるような手触り。

 

「あぁ、お許しくださいませ……このような公共の場でなんて、私……困ります……」

 

 押せば返す瑞々しい肉の感触。

 

「――――ッ」

 

 それでいて重さを支えた指は衣服から離れず、むしり癒着するかの如く食い込んでいくっ。

 

「指だけでなく、唇まで……ですが、乳飲み子のように求める魂を、一体誰が諌められましょう……」

 

 それはあまりにも豊かな――

 

「――――っっ」

 

 さながら、大地の実りを連想させる――

 

「ああ――指だけでなく、唇まで使うなんて――」

 

 大ボリュウムな、何かだった――――

 

「――――――――――」

 

「まるで底なしの黒洞のよう……いいえ、呼吸にあえぐ魚のような……魚の……ような……?」

 

「…………」

 

 本能が酸素を求めていた。

 柔軟性と質量で空気が遮断された中、ただ呼吸だけを要求していた。

 

「ふ、不覚です! 私の不注意でした、この胸で貴方の呼吸を妨げていたなんて。申し訳ありません、すぐに起き上が――」

 

 上へ持ち上がっていく超重量。

 大気に飢えた肺へ空気が流れ込む。

 

「あっ」

 

「――――☆!!!!?★!??」

 

 再度襲来する重みの幸福が、後頭部を床に叩きつける。

 

 

 

 

 

「……いたたた」

 

 ようやく起き上がる。

 いったいなにをしていたのだろうか、自分は。

 何かすごいものを受け止めて、前後不覚に陥っていた気がする。

 気を取り直して顔を上げると、目の前には見慣れない女性の顔があった。

「良かった、気がつかれたのですね!」

 如何にも尼僧(聖職者)といった、気品のある女性。

 禁欲的なイメージと相反し、ボディラインを強調した尼僧服が美貌を際立たせる。

「あぁ……ほっとしました。ありがとう、可愛い学生さん。お名前を伺っても?」

 女性は安堵の顔で、こちらの手を握ってくる。

 近すぎる顔と、かがんだ姿勢のせいで視界にちらつく実りでが声を上ずらせる。

「岸波……は、白野……です」

「岸波白野さん、ですか。良いお名前をお持ちですのね。このお礼はいずれ、必ず」

 深々と頭を下げられた。

「それでは、また後ほど。この先もどうかよろしくお願いしますね、素敵なマスターさん」

 去っていく美女。

 またしても、気になるワードが残された。

 さっきから耳にする『マスター』とはいったい何のことだろう。

 それを問い質そうとするが、割って入った声がすべてを持って行ってしまう。

「お久しぶりですね、ハクノさん」

「……」

「……」

 階段の上から、ゴミを見るように見下ろしてくる特注の赤い学制服はレオだ。

 最近転入してきた貴公子は、ブロンドの髪を朝日に輝かせながら、苦笑した。

 気まずいが、手を挙げて挨拶する。大事なコトだ。

「……や、やあ」

「おはようございます、ミスハクノ。朝からお盛んですね」

 天使の笑顔で告げて、レオは踊り場の上から微笑んだ。

 階段の上から一部始終を見られていたらしい。

 既にHRの鐘も鳴り、教室にいなければならない時間帯のハズ。

 いつも黒髪のお兄さんに送って貰っている彼が、何故こんなところに?

 こちらの疑問を雰囲気で察したのか、王子様は「どうやら、まだのようですね」と呟く。

 虚しい現実逃避に走りながら、レオを追う形で教室に向かって行った。

 

 

 2年A組の教室に入る。

 色々あったがHRはまだ始まっていない。

 自分の机に座って、気を落ち着けてると友人の間桐慎二が話しかけてきた。

「やぁハクノ。めずらしく今朝はギリギリじゃないか。真面目なだけが取り得のクセに」

 ずいぶんな物言いに聞こえるかもしれないが、しかし悪意を感じさせないのが彼の美点だ。

「ああ、もしかしてPiece Journalに嵌っちゃってた?」

 Piece Journal、通称“PJ”と呼ばれる巨大掲示板のことだ。

 情報共有のための掲示板ではなく、ディープでマニアックな知識層……自称・専門家のサロンのような場所である。

 実際、慎二のような本物が集っているから、私のような凡人には無縁の世界だ。

「はは、やめとけって。あそこはお前みたいな凡人が行っていい世界じゃない、アレは選ばれたプレイヤー……そう、一握りのゲームチャンプだけが発現し、信者を得るべき場所だからね!」

 世界第二位のお言葉通りだった。

 現在バトルスコア七千八百万、ワールドランキングでもNo.2という天才の城だ。

 前にログを見せて貰ったが、この世界二位、すべての煽りに丁寧に煽り返している。

 律儀なのかなんなのか、少し感心するほどだった記憶がある。

 こんな風に、自意識過剰とエリート思想と自己顕示欲が焦げるまで煮詰めたような人物だ。

 何故か自分とは長年の腐れ縁で、互いに話しかけあっている。

 大口に似合うだけのマルチな才能を学業、ゲーム双方で発揮している。

『あれで空気が読めていれば本当にアイドルなのに』

 ……というのが女子達の総意だとかなんとか。

 女子達の総意に私が含まれていないところは、少し引っかからなくもない。

「おや、相変わらずネット上で無双しているのですね、シンジは――ふっ」

 今日も絶好調の慎二に、レオが含みのある笑いを投げかけた。

「は? なんだよ今の笑い。、レオ、お前なにか言いたいことがあるのかよ。文句があるってなら是非ともスコアで語ってほしいね」

「いえ――先ほどリアルで無双している方を見てしまいまして。格差社会の残酷さというものを、再認識しました。僕も考えを改める事になりそうです」

 ……レオの涼しげな笑顔はこちらに向けられている。

 やはりさっきの階段での一件を言っているのだ。

 レオ・B・ハーウェイ。つい最近、この学園に転入してきた美少年。

 世界有数の巨大財閥の御曹司にして、飛び級の天才児。

 はじめこそ育ちの違い、能力の違いに怖じ気づいていたが、今は何気ない世間話を出来る仲になっていた。

 なにかのきっかけで自分たちとレオは打ち解けたのだが、すぐに思い出せない。

 ということは、どこにでもあるような出来事によるのだろう。

「ところでシンジ。PJではまだ例の――聖杯戦争、とかいう噂は立っているのですか?」

「あぁ、立ってるよ。“いざ競い合え魔術師たちよ。聖杯は勝ち残った最後の一人の、いかなる望みをも叶えるだろう”なんて、手垢のついた触れ込みでさ。運営すら謎だし、参加法もさっぱり。胡散臭いったらないよ」

 聖杯戦争――

 その響きは、どこかで――

「ですが興味は湧きますね。いかなる願いも叶える、ですか。もしハクノさんなら、どんな願いを口にしますか?」

「私? 私は……」

 そう言われて、考える。だが思いつくこともなかった。

 欲しいものはいくらでもある、けれどどれも『努力すれば手に入るもの』に過ぎない。

 どんな願いも、という言葉には『どうやっても手に入らないもの』というニュアンスがあるように感じる。

 私は、そんな大それたものを求めるほど大きな人間じゃない。

 強いて挙げるなら、学食の年間フリーパスくらいだ。

「そうですか。ハクノさんらしいですね」

「そういうレオはどうなんだよ。みんなが驚くような願いとか、あるんじゃないの?」

 私も慎二の問いに興味がある。

 世界でも指折りの大富豪、その御曹司はどんな願いを持っているのだろう?

「勿論です。僕はそのために月海原へ転入して――」

「え? レオは確か――」

「……おかしいな、僕の転入理由は父の都合……でしたよね?」

「お前、どうかしたのか?」

 そうじゃないか、と慎二が答える。

 レオは彼のお兄さんと二人で月海原へ転入してきた。

 半年だけの在籍だが、その事実だけははっきりと記録している。

「ええ。きっと思い違いでしょう――そうだ、次はユリウス兄さんに聞いてみましょうか。兄さんはあれで、面白い願いを持っていそうですし」

「ユリウスさんか。確かに気になるな……」

 ユリウス兄さんことユリウス・B・ハーウェイ、レオの兄である。。

 曰くレオの執事兼お目付役であり、身の回りの世話はすべて彼が行っているとかなんとか。

 高級車で正門前まで送り迎えするその姿は、全校生徒の憧れの的だ。

 教職員免許もあり、一度だけ代理で社会の授業を受け持ったこともある。

 それが人気に拍車をかけているのは事実だ。

 やや影のある二枚目は本来の担当教諭と変わらないはずだが……。また格差社会だった。

「……あのさァ。なんで、そこであの陰気な兄ちゃんの話になるわけ? 今の流れで“どんな願いがあるの?”って次に聞かれるのは僕だよね!?」

「はいはい、それじゃあどんな願い?」

「は、お前も頭が悪いねハクノ! 僕の親友でありながら、そんなことも分からないなんてさ!」

 ナンバーワンチャンプになって出直せ、と言った方が面白かったか。

「僕の願いは一つ――『この地上で、誰もが目を見張る成果(スコア)を残すコト』さ!」

「なるほど。でしたら、欧州のゲームチャンプを倒さなくてはいけませんね」

アイツ(じな子)はただの凡人、素人と同じだ。磨き抜かれた純粋なテクニックと判断力、天性のインスピレーションじゃ僕の圧勝さ。プレイ時間が膨大なだけの廃人なんて蹴落として、来週にはこの僕が晴れてナンバーワンプレイヤーだ」

「確かに次のキャンペーンはシンジの独壇場ですね」

 ――じな子?

 何か、つい最近も最近、今朝そんな名前を聞いた気がする。

「頑張ってください。世界(ワールド)チャンプの暁には、僕もお祝いをしましょう」

「ホントだな!? 聞いたかハクノ、来週はレオの豪邸でシンジOH祭りだ! 楽しみにしておけよな!」

「うん。楽しみにしてるね」

 そんな、益体のない話をしていると、HRのベルが鳴った。

 まぁベルが鳴ろうと鳴るまいとあまり変わらなかったりする。

 今日も、我がクラスの担任の野獣のような足音が廊下から響いて――

「……あれ?」

 ――こない?

 不審に思っていると、ドアが静かに開かれ、スーツ姿の人物が入ってきた。

 その鬱々とした顔色が放つ雰囲気に気後れしているのか、誰も一言も発さない。

 男性――見た目からして、十代後半から二十代前半だろう――は無感情な眼差しを真っ直ぐに、教壇に向かう。

「藤村先生の代理として自分がHRを行なうことになった」

 黒板に名前を書くこともせず、淡々と出席簿を開く。

 社会科教諭、葛木宗一郎の痩せた長身がこの時間に教壇にあろうとは。

 

 今日は色々と食い違いの多い日だ。




 Fox tail要素はないです。
 ただしちょっと駆け足気味。
 原作まんまのところダラダラやっても仕方ないでしょ的な。


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PROLOGUE:Ⅱ

 


 なんだったのだろう。

 不思議な一日が終わっても、首を傾げるばかりだった。

 葛木先生は私の授業を免除した。

 中庭の向こうにある聖堂へ行くよう指示されたが、ここは無人のはずだ。

 随分前に神父が去って、それ以来封鎖されていたはずなのに。何故か開いてた。

 礼拝堂の真上にある鐘が響いて、ようやく解放され外に出ると――

 

「ごきげんよう」

 

 よく知った声が呼び止めた。

 

「……?」

 

「ようやく目が覚めたのですねハクノさん。ですが――七ヶ月と八時間十二分の遅刻です。私は貴方を過小評価するべきでしょうか? それとも過大評価していたのでしょうか?」

 予想外の展開に、つい息を飲んでしまった。

 目の前にいる少女は、眉一つ動かさず、こちらについてとつとつと語り始めたのだから。

 エキゾチックで中性的な女の子だ。

 褐色の肌に清潔感のある白衣、そしてすらりとした平坦なシルエット。

 だが、その、色々と装備をお忘れじゃないでしょうか。上も下も、どっちも。

「聞いているのですか? 感情の起伏は穏やかな私ですが、今回ばかりは制限超えです」

「……え、ええと…・・」

 曰く、あまりに長い待ち時間を利用し、サミュエル・ベケットの戯曲を検索、耽読した上で考察できそうなほど待たされた――と。

「私は貴方の健康を一憂し、貴方と私の置かれた状況に失望し、ひょっこり現れた貴方に憤慨中――然るに。今私がどのような状態なのか、言い当てる事ができますか?」

 穏やかに微笑んで少女は問いかける。

 はい。端的に言うと、ものすごく怒っている。

 ……だがしかし、珍しい事もあるものだ。

 あまり長くない付き合いとはいえ、それなりに親しい彼女がここまでの不満を言葉にした事はない。

 彼女の名前はラニ=Ⅷ。

 電気工学の権威として月海原学園に招かれた、超のつくエリートである。

 研究室育ち故に彼女は普通の学校生活、とくに友人付き合いが不慣れだった。

 機械的な言い回しはぶっきらぼうに聞こえるが、真面目で清廉な少女である。

 なのですぐに仲良くなれた、のだが……

「なんで、そんなに怒ってるんの?」

 思い当たる節がないので、確かめてみる。

「なぜって――それはハクノさんが――ハクノさんが――いつまでも……」

 ……私が? なにか約束でもしたようだが、記憶にない……。

「失礼しました。理由は明白、貴方が時間を破ったのです。きっと」

 え!? 確信があるんじゃないの!?

「他ならぬ私が、ここまで憤慨する状況は、その理由がもっとも適切だからです」

 ラニは断言してのけた。

 あまり口にしたくはないが、冤罪は避けねばなるまい。 

「ラニ、自分でも自分が怒ってる理由を分かってないんじゃない?」

 

「だまらっしゃい」

 

「だ、だまらっしゃい……!?」

 

 パンドラの箱を開けてしまった。

 あまりにも衝撃で、ついリピートしてしまうほどだ。

「繰り返しますが、私は憤慨しています。スケジュールは正しくこなすもの。改めて――いえ、絶対に改めさせねばなりません。それが最適かつ最善、最高の解」

 ラニはそのまま自分の世界へ突入する。

 真面目不真面目かいけつゾロリ、拙僧節操不節操。

 いや違うか。不真面目は私だ。

「――失礼、用事を思い出しました、それでは。次に会う時を楽しみにしています」

 ラニは何事も無かったかのように、長い髪を揺らして去っていった。

 そして、その途中――

「ちなみに、戯曲名は『ゴドーを待ちながら』です。ご存じですか?」

 

 ――西日が目に入ったのか、眩暈がした。

 

 …………。

 誰かと話していたような気がする。

 きっと、気のせいだろう。

 ああ、気のせいだ。

 頭をかるく振って目眩を払うと、見慣れた姿が視界に飛び込んできた。

「やぁやぁハクノン、相変わらず人生を浪費してるねェ」

 剽軽な声に振り返る。

「最高の贅沢がクセになったかい?」

 狐面を被ったような、鋭角にシャープな顔は忘れようがない。

 ウヒヒと笑いながら女子生徒は私の手をとった。

「北上さん、どうしたの」

「どーもこーもねえですのよ。や、まだお帰り気分みたいだから。気付けにホレ」

 

 すると、左手の甲がじくりと痛んだ。

 なんだろう、と左手の甲を見てみれば、そこには、とても大切な――

 

 そして頭――頭が、意識が、途切れ途切れに断線していく…

 

 なんだ、これは。

 

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 頭痛はない。痛みはない。むしろ安眠の心地よさすらある。

 

 もうこのまま、今までと同じように眠ってしまえればどんなに良いか。

 

 けれど怖い。

 痛みはないのに亀裂が走る。

 断線する頭ではなく、鼓動を打つ心臓が、異常を訴えかけている、ような――

 

「マ⬛⬛ター……もうしば……このキャ――」

 

 手の甲に浮かんだ紋章が、残り一つになった。

 目眩が収まるまで二秒ほど。

 頭を振りながら胸に手を当て、心臓の音を確かめる。

 あまりにも激しい動悸だった。

 胸を抉る、漠然とした不安。それこそ、心臓が止まりかねないほどの。

 

「あーこりゃもう一発いかないとダメだ、じゃあ歯を食いしばってェ――」

 

 ニコニコと、マドカの目と口の両端が吊り上がる。

 ここに居てはいけない。

 それは核心となって、背筋から脳まで這い上がってくる。

 正常な/異常な、いつもの自分なら、たまらず校舎の外へ走り出しているところだ。

 今は、その不安より大切なことがある。

 ――あの声、あれは忘れてはいけない誰かの声だ。

 

 ……思い出さなければ。

 

 たとえここが“居てはいけない”世界で、今すぐに逃げ出さなくてはいけない地獄だとしても。

 逃げる前に、その前に、あの声の主の名前だけは自分で取り戻さないと……。

 ともかく、まずは――

 

「そこまでよマドカ! いくらアンタでもやりすぎだわ」

 

「あちゃータイムアップだね。んじゃ、あとはぜーんぶ任せちゃう」

 

 私を解放したマドカと入れ違いに、もう一人の少女が肩を掴む。

 

「凛!」

 黒い皮製のハイブーツに、ボディラインを強く見せる真っ赤なワンピースで全体的にタイトな印象のある彼女。

 遠坂凛を象徴する赤色は、ツーサイドテールのリボンにも欠かせない。

 月海原学園の自由な校風も颯爽と超えていく優等生が、今は誰より安心出来る。

「凛、私なにか忘れてる。大切なことなのに、なにも思い出せない」

「ええ、大丈夫。あなたはとんでもないコトを忘れてる、それだけ分かればオッケーよ」

 普段の、お嬢様という肩書きと勝ち気な性格のアンバランスが嘘のよう。

 力強く安心感のある表情が、真っ直ぐこちらを向いている。

「もうすぐ鐘が鳴るわ。だからその前に屋上へ行って。この学校で、一番高い屋上よ。誰にも構わないで、どこにも寄らないで、死ぬ気で走るの。いい?」

「けど、ここからじゃ遠すぎる。対岸まで――」

「出来る。あなたなら、絶対に出来る。さぁ走って! 早く!」

 突き飛ばされ、その勢いで足を動かす。

 床材のせいで滑るのもお構いなしに、凛に言われるがまま駆ける。

 髪が乱れるのも、スカートが翻るのも、無視。

 階段を一段飛ばしで昇り、校舎同士を結ぶ渡り廊下へ。

 上履きが脱げて後ろへ飛んでいっても走る。

 一成が苦労するのも、この校舎では当然だ。

 あまりにも広すぎる。こんなところまで非現実とは。

 非常識な敷地面積を誇るせいで、走っても走っても先が見えない。

 夕陽に横から照らされて、今にも爆ぜそうな心臓に鞭を打つ。

 第二校舎まであと半ば、そんな距離に達した瞬間。

 

 恐ろしいほど重く、暗い鐘の音が響き渡る。

 

 この音色がなにを告げようと構うものか.

 今いる世界から逃げられるなら、なんだっていい。

 恐怖に突き動かされた私を、現実はさらに追い立てる。

 学校中に設置されたスピーカーが、笑いを含みながら通告する。

 

「最終トライアル参加者が規定値に到達した。これに伴い、執行猶予期間(モラトリアム)の園は拒否されたものと判定し、残存生命体のパージを開始する」

 

 男の声に慈悲はなく、しかしこれから起こる惨劇に心躍らせていた。

 粛々と原稿を読み上げながら、こみ上げる笑いを押し殺している。

 この世界が、端から綻び始めているにも関わらず。

 

「最終審査、最終温情もこれで終わる。他のマスター候補を排除した者にのみ、トライアル参加を取り計らおう」

 

 ああ、これから始まってしまうのか。

 仮初めの記憶を抱いたまま、先ほどまで隣にいた者同士での殺しあいが。

 一切の猶予も慈悲も与えられず、ただ一振りの刃物のみを委ねられて。

 

「時間はない。君たちの人生において、猶予など初めからないように」

 

 悲鳴が聞こえる。

 脚の、肺の、心臓の。

 学友という『役割(ロール)』の中で関わり合った人たちの。

 立ち止まって耳を澄ませば、肉を切り、骨を断つ音も届いてくるだろう。

 通達の声は厳かで、だからこそ邪だった。

 

「これよりハンターを投入する。該当する個体を行動不能ないし撃破した者も、特例としてトライアル参加を許可しよう」

 

 倒してみせろと言わんばかりの口ぶりだ。

 己が身一つで立ち向かえるなら、特例たり得ないだろう。

 無機質な人形(ドール)の群れを避け、遠回りに遠回りを重ねて廊下を走る。

 生徒会役員まで無差別に襲われる中、ようやく中央の昇降口へたどり着いた。

「ッ……ハァッ……あとは、ここを昇れば……」

 気を許せば内臓が口から飛び出そうだ。

 逆流してくる胃液に食道の粘膜を焼かれ、痛みで涙がにじむ。

 滴り落ちる汗の雫を袖で拭い、また足を踏み出す。

「――ああ、貴女。貴女は、私の願いを叶えてくださいませんか」

 今日で何度目だろう。誰かに呼び止められて、振り返った。

 覚悟はしていた。

 該当するハンター、撃破ないしダウンさせれば、最後の慈悲を許される救いの舟板がそこにいた。

 真っ黒な髪に真っ白な肌、黒々とした目は見つめていると吸い込まれそうになる。

 純白のドレスを鮮血で染め、すらりと長い腕は鉄塊のような剣を構えていた。

「私は違う、あなたの願いは叶えられない」

「いいえ、いいえ、いいえ、諦めるにはまだ早い。死してようやく叶う祈りもありますから、どうか是非、命を賭して抗ってみてください」

「……話が通じないタイプか……」

「我らは所詮使い魔風情(サーヴァント)、死してなお剣を捨てられない不滅の戦奴(エインヘリヤル)。故、舌鋒ではなく剣戟にて語らうのが作法です」

 数段とは言えこちらが高所、有利はあるか。

 いや。この剣鬼にその程度でアドバンテージを得ようと考えるのが間違いだ。

 例え私が最上段にいても、彼女にはなんら不利ではないはず。

 圧倒的な実力差。

 覆しようのない、絶望的な隔たりがあった。

 迫る大剣が私を切り裂く刹那、白銀の疾風が吹いた――

 

「ああ、ようやくサーヴァントが――」

 

「させんぞセイバー!!」

 

 ぶつかり合う金属の音で窓がひび割れる。

 どろりと濁った魔力を滲ませる血色のセイバーに、澄み切った白銀の剣を執る騎士が立ちはだかる。

 彼は私を庇うように背を向けて、肩越しに目線を送ってくる。

 先に行け、そう促された。先ほどの気迫が嘘のような柔らかな瞳に頷いて、今度こそ階段を駆け上がる。

 ここが二階で、目的地は最上階。

 あと四階分も昇らなければならないが、五階でないだけ幸いだ。

 どのフロアも殺戮の真っ只中。リノリウムの上は血の海だった。

 昨日廊下ですれ違った上級生が。

 今朝正門で見かけた下級生が。

 さっき同じ校舎にいた同級生が。

 怪物たちに襲われている。

 命乞いも抵抗も虚しく、人形は刃と化した腕を振り下ろす。

 血飛沫が壁と天井を彩る瞬間だけは目に入れず、迷いなく上を目指していく。

 走っても走っても終わりは来ない。

 フィルム映像を巻き戻すかのように、同じ光景が続く。

 

「みんな突き刺される――」

 

「みんな潰される――」

 

「みんな溶かされる――」

 

「「「みんな、処理(ころ)される――」」」

 

 地獄と化した学園。

 ほつれたテクスチャの隙間から侵食を始める黒い(ノイズ)が、生徒を呑み込んでいく。

 今度こそ生徒会も容赦なく、すべてを遅い始めた。

 通り過ぎた階はノイズに沈む。

 もう自分がいま何階にいるのか分からなくなるほど逃げて、変化が訪れた。

 

「な、なんだよこれ!? どうなってるんだよ!? ライダー! ライダァー!!」

 

 慎二の悲鳴に、脚が方向を変えた。

 廊下へ飛び出せば、ノイズに飲まれつつある慎二と目が合う。

 恐怖に目を歪め、助けを求めてこっちへ手を伸ばしている。

 ただ、助けてという言葉を、口にしないまま。

 あ、あ、と。震える唇に阻まれてか、あるいはプライドに妨げられてか、声にならない声が漏れている。

 あれは助からない。

 下手をすれば、自分もノイズに飲まれてしまう。

 理性で分かっているのに、身体は正直だ。

 慎二を助けると決めて、とっくに走り出していた。

「おま、え――」

 

 まさか私が慎二の手を握る日が来ようとは――!!

 冗談めかしてみても、状況は最悪のままだ。

 いや、それどころか、目の前でさらにドン底へ転げ落ちていく。

「馬鹿かよハクノ!! お、お前、気づいてないのか!?」

「自分は大馬鹿だって気づいてる!!」

「そうじゃ、ないって――!!」

 掴んだ手をふりほどかれ、引く勢いのまま尻餅をついた。

 恐怖のあまり泣き崩れた顔で、慎二は私を嘲ってくる。

「だからお前は凡人なんだ! 見ろよコレ! どう見たって、本体じゃないだろうが!!」

 ノイズではなく、慎二の脚に絡みついたソレ――腐った肉に埋もれた目が、こちらを凝視している。

 焦点の定まらない視線は、私を逃すまいと必死に悶えているようで。

「行けよ! 行っちまえよ! コープってのは、互いに助からないと意味ないんだよ!!」

 正真正銘の化物が動く前に、再び私は逃げた。

 親友に背を向けて。彼を助けたい自分に背を向けて。

 まもなく消え去るだろうトモダチになにも告げられず、再び走り始める。

 永遠に思えた階段は、間もなく終わった。

 鍵の掛っていない扉を肩で押し開け、屋上へ転がり出る。

 夕焼けの校舎はどこにもない。

 すべてを押し潰そうとする夜から、洪水のようにあの影が流れ落ちている。

 空が溶け落ちたような黒い滝は、幸いにもここへは来ていない。

 周囲を見渡しても、目に入るのはノイズに沈んでいく校舎ばかり。

 一日を過ごした聖堂も、時計塔の部分を残して呑み込まれている。

 高さの概念も生きているらしく、影の水位はまだ校舎の半ばだった。

 

「こんなところまで来るなんて。(セカイ)から逃げられると思ったんですか?」

 

 唐突な呼びかけは冷ややかに。しかし、私の身体は何故か熱い。心臓は脈打ち、燃える血潮が血管に満ちる。

 

「馬鹿な人。せっかく忘れさせてあげていたのに、思い出してしまうんだもの。でも、許してあげます」

 

 天上から、甘く蟲惑的なトーンの声が響く。

 無邪気で邪悪な、少女の声。

 

「戦うコトも、

 

努力するコトも、

 

傷つくコトもない」

 

「だから、何も考えず、このままお人形さんのように眠りなさい。私が貴方に、聖杯を与えてあげる――」

 

「ほら――だから、諦めなさい。

諦めるの。

諦めて。    

           諦めちゃえ。

諦めろ。

               あきらめれば。

 

あきらめたら――

 

 声は慈愛に満ちて、意図が読めない。何もしなくていい、ただ受け入れればいいと少女は語る。声は脳に幾度も、諦めを命令する。

 まるで意味が分からない。

 ただ世界が終わっていく。

 残った足場に逃げ込みながら呑み込まれた生徒たち同様、手足を震わせることしか出来ない。

 

「そう。それでいいの。おとなしく眠りなさい。どうせ――どうせ貴方たちはみんな、未来(価値)の無い生き物なんだから――!」

 

 ああ。そうか。

 諦めを囁く声。

 だがそれは許されない。

 強い鼓動、吐き気の正体は『怒り』だ。

 酷薄に世界を『無価値』と評した何者かへ、私はとてつもなく反発している――

 奥底から沸き上がる怒りに身を任せる。

 ただ逃げるのではなく。活路を見出すために、給水塔の足下へ。

 ここで目を背けてはいけない。

 諦めてはいけない。

 いや、諦めるわけにはいかない。

 この抵抗が無駄に終わろうと。

 世界から逃げられないと分かっていても、この手脚に血が通っている以上は。

 

「人間にどれ程の価値があるかは分からない。でも、それでも――」

 

 他人が人様の値打ちを決めるなんておこがましい。それはただの傲慢だ。

 だから、私は走った。

 一直線に目の前へ、地面を蹴った。

 ただ、諦めたくなくて、屋上から飛ぶんだ。

 大それた覚悟なんかじゃなく。

 聖堂と校舎の間、高さを稼いだ分だけフェンスは低くなっている。

 声の動揺が背を押した。

 せめてお前の思い通りにならない方法で――

 

 そんな、ささやかな抵抗を、声の主は嘲笑う。

 

「ざぁんねん♡ そんな程度のアイデアで、世界を揺るがそうなんて笑っちゃいます♡」

 

 浮かんだ笑顔は邪悪の具現化したソレ。

 嘲笑と憐憫で世界を冒涜し、嗤い狂う魂に筆を任せ、すべてを黒で塗り固めた悪意の肖像。

 逆しまになって、私と一緒に墜ちながら、その邪悪は刃を振り下ろした。

 ようやく落ち着いたこの心臓を一撃が貫く間際――

 

 誰かが、私を見下ろしているような気がして――

 

Final purge/Dead end




 特殊タグ芸人になりました。
 せっかくなのでLAST ENCORE要素も入れてみる。
 原作と比べて西川ニキのスタイリッシュな曲調は斬新でしたね。


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PROLOGUE:Ⅲ

 校舎とかも色々と変更していたり。
 まぁこの辺はフレーバーなので気にせずサラッと流してください。


 落下には果てがない。

 ひたすらに流れでていく身体の熱。

 ひたすらに喪われていく生命のイメージ。

 方向感覚が消え、自己の認識が消え。

 視界はおろか、持ち物、記憶さえ――

 

 これが死――

 

 きっと、骨すら残らない。

 

 それはどうしようもない事実に思えた。

 どう足掻いてもゲームオーバー。

 

 なんてことだ、と自分を罵倒する。

 はやまった。あやまった。まちがった。

 押し寄せる後悔に、顔を塞いで涙する。

 それも無意味だ。

 こうなってはもう誰も。

 こんな自分を救えないのだから。

 

 

 一瞬か。

 それとも永遠か。

 他に比べるもののない空間での落下は、無重力に等しい。

 もう日の光も忘れてしまった。

 かつていた地上は、何億光年も彼方に去った。

 無重力の永さは、手脚の動きを奪っていった。

 麻痺、あるいは退化している。

 眼球も太陽を忘れ、とうに機能を終えた。

 そして心も。

 変化のない外界に飽きて、緩やかに閉鎖していく。

 身体は泥のようで、心は鉛のようだ。

 もう眠ってしまいたい。

 心を閉ざし。

 自分を忘れてしまいたい。

 永遠にこのままなのだろう、という絶望から。

 目を背けて狂ってしまいたい。

 ……けれど。

 けれど。心の奥底で、まだ温かい火種がある。

 自分では不思議だし、笑えてくるほどだ。

 この状況、この恐怖の中で、何をいまさら。

 一縷の希望を捨てずにいるのか。

 手脚は氷のように冷え切った。

 心も、思考も、屍のように停止した。

 もしもこの暗黒に幾ばくの光が射込もうと。

 もう完全に、自分には必要のないものだ。

 

 過ぎ去った。

 過ぎ去った。

 過ぎ去った。

 ――――――すべての希望は、過ぎ去っていった。

 もう、じゅうぶんすぎるだけの責め苦を受けた。

 永遠であれ一瞬であれ……もう、終わりにしよう。

 “終わらない”拷問はここで終わり。

 あとはこの、未練がましいばかりの独白を打ち切れば、すべてが片付く。

 さぁ、ただ一言――――“完”と呟けば良い。

 でも、何かが引っかかった。

 爪を剥がす程度の痛みが、終わろうとする自分を呼び止めている。

 よくよく目をこらせば、それはいつかの火種だった。

 胸に残った小さな火種は、まだ冷え切ってはいなかった。

 この火種は消せない。

 面倒だ。

 とにかく面倒だ。

 だから、使い切ってしまうことにしよう。

 希望は火種だから残ってしまった。

 一度燃やしてしまえばすぐに光を失い、すぐに胸の中もからっぽにしてくれるだろう。

 さぁ

 

 お前は何を告げたい――?

 

 ――忘れない――

 

 ……残念ながら、それは間違いだ。

 自分だって覚えていないというのに。

 いったい何を忘れないと言うのだろう――

 

『ああ、このようなところにいらっしゃったのですね。とてもか細い、吹けば飛ぶような小さき灯火ですが、その熱はけして光を忘れぬ者の証し』

 

 ……?

 いま、確かに声がした。

 それもただの声ではない。

 あまりにも慈悲深く。

 あまりにも力強い。

 耳にしただけで己が包まれるような。

 絶対的な『手』の存在。

 ……取り戻した火が、熱が、懸命に手を伸ばす。

 穏やかながらも、凛と響く声の主。

 誰かは分からないけれど。

 “彼女”を認識することが出来るのなら。

 この暗黒の中から抜け出せるのではないかと。

 最後の力を振り絞って目を開け――

 

『いけませんよ。ここは絶望と終焉の奥底。無抵抗なまま、目にすべきではない』

 

『あなたはとても眩い。故、光届かぬ闇の中では脆きに過ぎる。悪意にも似た影たちの恰好の獲物です。』

 

『愛は届かず。祈りは絶え果て。主の御手より遙か遠い辺獄』

 

『ですが、既にして奇蹟は為りました。眩い光には色濃い影がつき従う。理とは即ち神の意思、あとはそれを果たすのです』

 

『マスターにのみ赦された三度の奇蹟。貴方は思うがままに命じればいい。神の如く高らかに、我が意を叫びなさい』

 

 教え諭す女性の声に導かれ。

 意識は明確な答えを叩き出す。

 私はマスターだ。

 どうする。

 どうする。

 どうるれば――

 

 ――愚問。

 マスター。

 ますたー。

 ますたあ。

 何のことだか分からない。

 分からないけれど。

 マスターとして命じるしか、ない!

 暗闇の中でいる彼女に、すべてを託すため――

 

「マスターとして、命じる」

 

主よ、これより何処へ赴かれるか( Domine Quo Vadis )

 

「歩むべき場所へ。私が目指す、目的地へ。この深い闇の外へ――!」

 

御意のままに――( Amen―― )

 

 暗闇すら及ばない暗黒の影。

 それはソラにぽっかり空いたブラックホールではなく――

 目の前にいる、喪服姿のサーヴァントだった。

 

「お初にお目にかかります。

御身はなぜ虚数の海へ墜ちられたのでしょう。

これほどに真っ直ぐな目をしておられますのに」

「お名前は存じ上げております。

岸波白野様、ですね。

主従の契りを結んだのです。そのくらいはどうとでも」

「三画の令呪を以て命ぜられた通り。これより私はあなたのサーヴァントです。そして貴方は我がマスターとなられた」

 

 ちょっと待って欲しい。

 この女性が、自分のサーヴァント?

 いや、そもそもサーヴァントとかマスターとか言われてもなんのことだか――

 自分の状況もいまいち掴めていないのに!

 

「混乱なさるのも当然でしょう。目覚めたばかりでは右も左も同じコト」

 

 優しげに微笑みながら。

 けれど、何故か不安定な目だった。

 

「説明は、また後ほどにいたしましょう。貴方をお呼びする声も聞こえることですし」

 

 サーヴァント……サーヴァント?

 記憶の中には無いはずなのに、知っているような感覚。

 これから彼女と関係を持つことになると分かる。

 だからこそ、サーヴァントだけでは始めようがない。

 あなたの名前は、クラスは何なのでしょう?

 

「これは……失念しておりました。契約など随分と久しかったので……。そのような作法でしたね、失礼いたしました」

 

 記憶から抜け落ちるほどの永い時を、ここで過ごしたのか。

 どうしてそんなことに。

 疑問は募るが、タイミングが訪れない。

 

「私はバーサーカー。貴方の令呪がそうであったように。我が身も狂った英霊にございます。真名()はフアナ・デ・カスティーリャ。狂女王フアナ、と言えば通りも良いでしょう。クラスでも真名でも、どうぞご随意に及びください」

 

 漆黒のサーヴァント、フアナはそう言って薄れ始めた。

 この場から消え去るように。

 え――――ここからどうやって出ればいいの!?

 

「ご心配には及びません。私は誰よりも暗闇に通じております。あとはすべてお任せくださいませ」

 

 ええと、具体的には?

 

「こう唱えるのです。『もっと(Plus)先へ(Ultra)――』」

 

 バーサーカーの唇の動きを真似た。

 狂女王の紡いだ言葉をリピートする。

 恐れるな。

 一歩を踏み出せ。

 迷いなく、前へと進め―― 

 

 バーサーカーは一礼し、今度こそ姿を消した。

 何故だろう、私はもう彼女の言葉を信じ切っている。

 疑う余地もないのだけれど。

 契約する前から心を開いていたような。

 胸のからっぽ埋めてくれそうな気がした。

 何もかも流れでていった、この空洞を――。

 不可解不思議は数多い。

 けれど今はすべてあとにしたい。

 今はただ、身体にかかった虚脱感が消えていく。

 泡と散るように跡形もなく。

 

「月の裏側、虚影の海を征かれる方よ。私は貴方の影として太陽の下へ導きましょう。ですがどうかお忘れなく。光届かぬ闇は愛なき悪魔の巣窟です」

 

「背徳への囁きを拒むも聞くも、すべては岸波様ご自身のお心次第――」

 

 バーサーカーらしからぬ理知的な忠告が遠のく。

 溶けゆく意識の断片が拾い上げたのは、光を失った令呪の痕だった。

 

 

 

 

 旧校舎の会議室。

 茜色の旧校舎でも、一際に広い部屋は殺伐としていた。

 間違っても俺のせいではない。

 だが、言い方が他にあった可能性も、否定は出来ない。

 しかし――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイにも感情があったらしい。

 王としての機能に落とし込んでいると思っていたが、意外だった。

 微笑みが消えて口を開けたまま、押し黙っている。

 こちらは何も喋らない。向こうのリアクションを待つ。

「……聖杯戦争の停止、ですか」

「ああ。既に決ったことだ」

 事前に告知しておけばいいものを。

 他人に任せるからこんなことになる。

 俺とマドカで得られる信用なんて紙くず以下だろうに。

「理由をご存じであれば、聞かせてもらえますか?」

「より効率的な人類の観察形態を採用した。ただ消費するだけの闘争から、生産も含めた生存へ移行する」

「ハッキリ言えば、SE.RA.PHを一般に開放して新世界にしちゃおうってワケ」

「そして我が新世界の王として君臨する」

「沙条愛歌は聖杯の、セミラミスが世界を管理する」

 メドゥーサは黙ったままだった。

 口を挟むようなことでもないか。羨ましいな。

 レオとガウェイン、それにユリウスを同時に相手するのは疲れる。

 人形みたいな美少年だが、中身はもう支配者として完成しているんじゃないか?

 絵に描いたような金髪碧眼も俺には恐ろしいだけだ。

「ある時期を境に消息を絶っていたが……ムーンセルにいたとはな」

「それでは西欧財閥も捕捉しようがありません。ですが厄介な状況ですね……」

「事象選択樹を手にしたまま、放置も出来ん」

「表に戻ってどうするかはそちらの勝手だ」

「おや。彼女の配下である以上、あなた方も排除対象ですよ?」

「……容赦ないな」

 そういう取捨選択の容赦無さは知っている。

 全体を生かすために少数を……とは違うか。

 王というシステムである以上、人間の感情よりも責務を優先する。

 それは正解だが、セミラミスの前で言わないで欲しかった。

 いちいちこっちで止めるのも面倒なんだがな。

「小僧、貴様のつまらぬ王道を語る赦しを与えた覚えはない。我に挑むとは即ち、月のすべてに挑むも等しい愚行と心得よ」

「毒婦風情が笑止千万。世界を富と欲に糜爛させるだけの君主など、もはや誅すべき怪物と同じ。その腐りきった覇道、我が剣の一太刀で葬ってくれよう」

「そう毛を逆立てるな忠犬、日の光の下で吠えるだけならば豚でもこなすぞ?」

 ああ……ああ……売り言葉に買い言葉だ。

 令呪も使いたくはないし、こうなったら俺が言っても止まらない。

 レオもニコニコ顔だが、ガウェインを止めない時点で腹の底は知れている。

 マドカにどうにかしろと目線を送ってもコイツはコイツで役に立たない。

 腕時計を弄るな馬鹿。周りを見てくれ、お前も死にかけてるんだよレオと俺のサーヴァントのせいで。責任は向こうに九割あるが、ともかく。

「……別に、沙条愛歌に味方しているわけじゃない。アイツと戦うなら勝手にしてくれ、俺は関わらない」

「王は常に一人ですよミナカタさん」

「その通りだマスター。そなたも我が主である以上、王たらんと志す者を然るべく処さねばならぬ」

「いまさら地球に固執してどうする。資源量で言えば――」

「僕の目指す王とは、聖杯とSE.RA.PHの双方を手にした形です」

 宣戦布告されてしまった。

 今ココで愛歌が来て、いい感じに始末してくれやしないだろうか。

 寝返りを宣言してもあのガウェインとユリウスが裏切り者を信用するはずもない。

 どうすればいい。

 何を言えばコイツは矛を収める?

 何を以て納得、せめて休戦なり一時停戦に持ち込める?

 ふざけやがって、一度岸波白野に負けておいて偉そうなことばかり言いくさる。

「じゃあ賭けようぜ。もしレオが黒幕を倒せたら、アマネはレオに譲位する。けれど、もしも出来なかったら……君は、世界から削除される。存在そのものが消えて無くなる」

「だそうだが」

「交渉するまでもありませんね。元よりそのつもりでいるのですから」

「決裂したら爆裂だけどオッケー?」

 ……助かった。

 念のために仕掛けさせておいて正解だった。

 自分の強さを自覚している人間はここまで頑固になるとは。

「おやおやおやおやおや!! おンやアァァァァ!? 脅迫とはこれまたコトですぞマスター様!? わたくし、これでも平和主義者なのですがねェェェェェ!?」

 けたたましく笑い転げる白面の異相。

 毒々しいナリの道化が実体化する。

 北上マドカ、もう一騎のサーヴァントが宝具をちらつかせて首を傾げた。

「どうぞそこなお坊ちゃまも騎士さまもお兄様も聞いてください我が身の不幸!! わたくしご覧の通り心の根っから平和と日常を愛して止まないサーヴァントの中のサーヴァント、そんなピースマンに向かってまさか月の裏側に落っこちてきて気絶している方々に爆弾を仕掛けろだなんてマァなァ――んて惨い!!」

「仕えることで右に出る者なしと自負している忠義者ではゴザイマスよ!? ございますけどそういう道を外れた悪行は諫めなければと心を鬼にいたしまして『いけませんぞ』と教え諭せば令呪で無理強いなさるんですものこれを外道と言わずになんと言う!!」

「ですのでハイそういう事情と背景で皆様のお身体に私の宝具『微睡む爆弾(チクタク・ボム)』が設置完了している次第!! ちょっとでもご機嫌損なえばさん・にい・いち・パァァァァァッ!! 世界は終わり!! そんな具合になっておりますお分かりいただけましたでしょうかァァァァァァァ????」

「つーわけなのよね。人の話聞かないタイプだと思って保険掛けといたけど正解だったわ。じゃあ最後の質問いっちゃって」

「聞きますよコレがファイナルチャンス!! 共闘しますか!? しませんか!?」

「「白黒選んで!! さぁどっち!?」」

 仲良くうるさい奴らだ。

 妙にリズムに乗っているのが余計に鬱陶しい。

 爆弾魔が口で「チキチキチキチキ……」と時計の音を再現している。うるさい。

「一時休戦、それでよろしいですね」

「ああ、十分だ。元からこっちは襲う予定もなかったんだがな」

「だから言ったじゃん。使えるようにしとこうって。それを嫌がってさぁ?」

「ええまったくもってお人好しったらありゃしない!! こんな思いをさせるのが不憫だから女帝の毒で静かに旅立たせてさしあげようだなんてこのメフィストメフェレスあまりの慈悲深さに心打たれてついウッカリ三〇発分ぜぇーんぶ使ってしまいましたですよ!?」

「アガりすぎて真名言っちゃってんのバッカでぇこのアサシン!?」

「真名バレたらクラスもバレるに決ってるでしょうおバカさん!?」

 このやり取りをセミラミスはどんな顔で聞いているのだろう。

 少し興味もある。だが命はなにより惜しい。

 好奇心で自分のサーヴァントに殺されるなんて論外だ。

 黙ってカップの紅茶を啜っている。

 似たような性格、ということなのだろう。

 月に来る前からマドカはこんな性格だった。

 さて……レオたちの表情はさておき、岸波はいつ起きるのやら。

 この様子では誰が紅茶のお代わりを用意してくれるのだろう。

 まさか自分でやるのか?

 面倒くさいが……サクラを呼ぶのも不味い。

 最後の一杯、ありがたく飲むとしよう。




 オリ鯖です。
 どうもムーンセルの令呪はクラスごとになってるので、元々の契約鯖もバーサーカーとなります。
 狂女王フアナはマイナーではないはず。
 逸話は狂ったエピソード全振りですけど大丈夫大丈夫。


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Hypogean Gaol:Ⅰ

 保健室での覚醒からサーヴァントとの再会までになります。


「脳波の回復を確認しました。アルファ波、ベータ波ともに正常。覚醒状態です」

 遠くで、声がする。

『――ぱい。先輩』

 いつかの、懐かしい声が――

『この声が聞こえますか? 落ち着いて、ゆっくりと瞼を開けてください』

 曖昧だった意識と視界が輪郭を取り戻す。

 こちらの身を深く案じる声に揺り起こされ、目蓋を開けると――

 ……保健室、なのか。

 床と柱は木材。壁は……少し古くなった壁紙。

 セラフで経験した事のない、地上ではとうに失われた、一昔前の作り。

 自分はベッドで横になっていた。眠っていたのだろう。

 かたわらでは白衣の少女が、こちらの様子を窺っている。

 

「――」

 

 彼女はたしか、そう。桜という名前だ。

 保健室に配置された、マスターの健康管理担当の上級AIだ。

 事情はまったく分からないが、今まで彼女が自分の看病をしてくれていたらしい。

 挨拶とお礼を兼ねて、ありがとうと微笑んだ。

 

「――――――」

 

 一瞬、どきりとした風に顔を強張らせた。

 桜のそんな表情を見るのは珍しい気がした。

 私の顔に、なにか付いているのだろうか。

 考えが顔に出てしまったのか、桜は今度こそ安堵の顔を見せる。

「あ、いえ! 何でもないんです。さっきまで、岸波先輩の脳波が完全に止まっていて……」

 やはり長い間心配を掛けてしまったらしい。

 というか脳波が止まっていたというのは、かなり危ない状態では。

「はい、それが今回復して、そうしたらすぐに覚醒されたんです。とにかく、目覚めてくれて嬉しいです」

 桜の微笑みにこちらも安心しきって、頬が緩んだ。

 とても怖い夢を見ていた気がする。

 けれど、それも桜のおかげで吹き飛んだ。

 手脚は動くし、すぐにでも立ち上がって歩けそうなほど健康だ。

 上体を起こしたまま伸びをしても、どこも痛くない。

 それでは早速、今いる場所がどういうところなのか確かめよう。

「お気持ちはもっともです、けど、その前に確認させてください」

「あ、はい」

 意識するまでも無く分かっている。

 名前は岸波白野。

 聖杯を求めるマスターとして、月海原学園の生徒――というロールを与えられている。

 万能の願望器を手にするため、月に侵入した魔術師(ウィザード)だ。

 かつてオカルトの存在であった魔術師(メイガス)が、現代の通信技術に適応した新しい姿のハッカー。

 それも魂を再構築することで精神、人格ごと潜入できる異端のハッカーである。

 旧い時代の魔術師が廃れた今、彼らの魔術理論を唯一継承した人々の一員。

 あとは今が西暦何年で、宇宙開発がどうの聖杯戦争がなんだと。

 聖杯、戦争……。

 そうだ、私は聖杯を求めるマスターなんだ。

 サーヴァントと契約して、電子の海を戦場とする霊子ハッカーなんだ。

 でも……なんで私は聖杯を求めているんだろう――?

 

「え、ええと、これが一番大事な事なんですけど……岸波さん、聖杯戦争中のこと、少しも覚えていないんでしょうか?」

 そんな当たり前のことが、抜け落ちている。

 当たり前――――――当たり前の記憶が、ない。

 岸波白野(じぶん)魔術師(ウィザード)であることは分かる。

 でも岸波白野(わたし)の、聖杯戦争以前の過去がまったく思い出せない!

 自分のことなのに!!

 なんでこんな危ない真似してるの?? 

 なに考えてるの!?

「やっぱり、他の皆さんと同じですね。自分が誰なのかは憶えているけれど、聖杯戦争中の記憶は思い出せない……」

 思い浮かぶのは『記憶喪失』の四文字。

 必死に記憶(メモリ)を漁ってみるが、空っぽのままだ。

 自分が何者なのか分からないというのは、意外と不安でもないが……。

「落ち着いて聞いてくださいね。岸波さんは今“自分がマスターである事しか思い出せない”記憶障害状態なんです」

「――そうなんだ」

 他に感想が出てこなかった。

 実感が伴わない。現実としてそうなのだから、受け入れるしかないだろう。

 自分に分かるのは“岸波白野はマスターである”ことだけ。

 契約していたサーヴァントの顔も、喪われてしまっている。

 どんな戦いを繰り広げ、どんな相手を倒してきたのか。すべてが漠然としている。

 憶えているのはほんの少しだけ。

 先ほどまで、こことは違う校舎で“何も知らない一般生徒”として学生生活を送っていたこと。

 それが謎の闇に呑まれ、サーヴァントに襲われたこと。

 暗闇に落ちて、そのまま消える間際、バーサーカーに助けられたこと。

 それだけだった。

「ほとんど、忘れちゃった」

「……はい。乱暴に言ってしまうと、岸波さんは聖杯戦争の初期状態にリセットされているようなものなんです。脳波の停止も、その辺りの影響なのかも……」

 何気ないように装っているけれど、私、危篤だったみたいですね。

 普通ならここで感動のフィナーレ、スタッフロールとともに主題歌が流れるはずだ。

「あれ? という事は……」

 桜はふと、不安そうな表情になる。

「あの、岸波さん。私の名前、分かりますか?」

 おずおずと、上目遣いで桜は訊ねてきた。

 こちらが名前を覚えているのか、不安になったのだろう。

 もちろん、彼女の名前は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランシスコ・ザビ……!

「違いますよ」

 

 駄言即殺!?。

 正解でないにしても、こちらの考えを読んだ!?

 

「私、これでも健康管理AIですから。特に岸波さんのスキャニングはバッチリです。基本的にはクールな方ですけど、ふざける時とか空回りする時とか、大体空気で読み取れます。ですので、ここぞという時の不真面目さは自重してくださいね? 保健室の管理権限として、口に出来ないおしおきとか、ありますから」

 

 微笑みながらこの圧力……。

 なんという凄まじいプレッシャー。確かに、真剣な場でふざけるのは命に関わる。

 今のは桜からの厳重注意ということか。

 

「ごめんなさい、桜」

 

 改めて、ちゃんと覚えていることを伝える。

 それで話の流れは修正される。

 

「コホン、とにかく、急ぎ足でしたがご自分の手で状況を確認していただきました。今の私に出来る事はこれくらいです」

 

 そういって桜は部屋の隅へと移動していく。

 これまたレトロな黒電話の受話器を取ると、

 

「もしもし、こちら保健室です。岸波さんが目を覚ましました。精神、肉体、共に異常はありません」

 

 外線ということはあるまい。

 では内線でどこかに連絡しているのだろう。

 私の予想に答えるかたちで、校内放送が喋りはじめた。

 

『それは良かった。では、早速ですが此方に来ていただけるよう伝言をお願いします』

 

「あの……岸波さんは目覚めたばかりですし、いまはまだ挨拶だけで……」

 

『申し訳ありませんが、その余裕はありません。事態は一刻を争います。それに彼女なら――』

 

『こちらの指示など待たずとも、病床を抜け出していよう』

 

『……はい、そういう事です。僕の知っているハクノさんは、いつまでも大人しくしている性格ではありませんから』

 

『そーいうことなんで。早めに生徒会室に来てねー』

 

『ちょっと、さっきから貴女方は。なんど僕の台詞を――』

 

『リソースが惜しい。通信を切る』

 

『あ、兄さ』プツン。

 

 通信は突然切れた。

 いや、向こうから一方的に切られたのだろう。

 朗らかな少女と鋭い女性、陰気な男性の声の三人もいた。

 とにかく生徒会室に来い、との事らしいが……

「……えっと、放送の通り、です」

「あー……うん」

 まったく締まらない放送に、なんともいえない空気が包む。

「と、とにかく、行ってくるね」

「は、はい。生徒会室は二階に上がって左手側の教室です。それと、岸波さんのサーヴァントは右手側の教室で待機してもらっています。そちらでステータスの確認などもお願いします」

 バーサーカー……確か、フアナと名乗った黒衣の女性だ。

 落ちていく最中に少し会話しただけだが、狂っている様子は見えなかった。

 むしろ理性的で、気品すらあった。

「バーサーカーさん、私からお願いする前に『マスターを余計に混乱させてはいけないから』と仰って、そのままご自分から移られたんです。言い出せないままだったのが、なんだか申し訳なくって」

 桜も驚いたようだ。

 やはり一時的なものではない。

 バーサーカーは正気を保っている、これは事実だ。

 ともかく、生徒会室に行く前にバーサーカーのところに向かった方が良いだろう。

 向こうも心配してくれているだろうし、目覚めたことを報告しておかなければ。

 それにあの悪夢でのことも、お礼をしないと。

 ふと、左手の甲を見ると、そこにあるハズの令呪は消えていた。

 一画を代償にサーヴァントにあらゆる強権を発動する刻印にして、マスターである証。

 三画とも使い切って、今は掠れた残滓が残っているだけだった。

 令呪を失った時点で敗北となる聖杯戦争のルールに則るなら、私は敗北者のはず……。なのにどうして生きているのかは、やはりまったく分からない。

 けれどバーサーカーと契約していることは確かだ。

 マスター権の有無、それについては後でいい。

 早く彼女に会うためにも、二階右手の教室に向かおう。

「ねえ桜、バーサーカーっていつ部屋に来た?」

「えっと、それが……先輩の脳波が回復する直前なんです。それまでいなかったのに、いきなり私の真横に立っていて……」

 本当に驚いたのだろう。

 不意を突かれた記憶だけでも、冷や汗が出るほどだ。

「けれど、しばらく状況を説明したら、先ほどの通り二階の教室へ向かわれたんです。私も、目覚めた直後はなにかと混乱するから、席を外してもらおうと思っていたんですが……」

「……分かった」

 本当、に狂った英霊とは思えない。

 

 

 

 

 教室の扉をノックすると「どうぞ」と返ってきた。

 中に入ると、そこは茜色の木造空間だった。

 木造の机、木目のタイル、レトロな窓枠。

 未知のはずなのに、妙な懐かしさが胸を締め付ける。

 今の時代では経験しようのない旧い校舎の風景。

 その真ん中でバーサーカーが立っていた。

 祈りでも捧げていたのか、瞼を閉じてじっとしていたらしい。

 足音に気づき、目を開くだけでも様になっていた。

「桜様の診察は終わったようですね。であれば、心身とも健やかにあられるでしょう」

 喪服姿に、手脚を縛るような長く太い鎖。

 断ち切られているため拘束能力はない。

 だが、ほっそりとした身体に不釣り合いなそれは痛々しく映る。

 あの落下する星空で再会してから、わずかに数分。

 自分にとっては先ほどの事だが、彼女にとっては何時間も前のことかもしれない。

「うん、貴方のおかげでもある」

 言おうと決めていたとおり、この場でありがとうと伝える。

 バーサーカーもゆったりと一礼する。

「影に落ちる方を、放ってはおけませんでしたので」

「そっか。でも、おかげで私は生きてる」

 ちゃんと意識を持って話してみて、確信した。

 彼女は間違いなく――

 

 間違い、なく……

 

 ま、間違い……なく……

 

 とんでもないサーヴァントである。

 

 マスターとサーヴァントは一蓮托生。

 主人と従者という肩書きではあるけれど、互いに命を預け合う対等の関係だ。

 上下もなければ優劣もない。

 戦闘を代行し、魔力を供給するだけでないのが事実だ。

 どちらが欠けても聖杯戦争に参加出来ず、サーヴァントが敗北した場合、契約したマスターもまた参加権を失う。

 どちらかが消えれば片方も即消滅、というわけではないが……。

 サーヴァントはマスターが命を託す対象であり、マスターはサーヴァントが背中を預ける対象なのだ。

 それには互いの信頼関係こそ重要となる。

 なるのだが……。

 

 マスターに与えられた権限の一つ、契約したサーヴァントのマトリクス確認。

 いつどこであろうと認められた絶対権限は生きていた。

 なので、バーサーカーを視界に捉えると簡易のステータスが表示される。

 クラス、契約者、属性、パラメータ、そして各種のスキル――

 

 サーヴァントの基本パラメータを上昇させ、代価として魔力の消耗が増大、さらに理性を奪うクラス別能力の『狂化』スキル。

 狂女王と呼ばれるだけあって彼女のそれはA+++ランクと抜きん出て高い。

 そして保有スキルに、喋る狂戦士のタネがあった。

 

 一つは、生前に特定の宗教を強く信仰したことを示す『信仰の加護』

 信仰心によって肉体面が強化される反面、スキルランクが高すぎると人格が歪んでしまう。

 

 二つ目は、どのくらい精神面で錯乱状態にあるかを示す『精神汚染』

 これが高すぎると、魅了や恐怖をシャットアウトしやすい反面、狂気の度合いが深まる。

 

 三つ目は、死後の風評や創作で過去すらねじ曲げられた『無辜の怪物』

 護国の鬼将が残忍非道の怪物へ変貌する、そんなメリットと無縁の厄介なスキル。

 

 バーサーカーは、それがすべてA+ランクに達している。

 彼女は狂っているのではない。

 桁違いの狂気を別種の狂気で相殺しているだけだ。

 この危うい均衡が辛うじて保たれているから、フアナは落ち着いているように見えている。

「待ち人もいらっしゃることです。まずはそちらへ向かいましょう」

 すっとこちらに近づく。

 平静そのものなのが不思議なほどだ。

 それで彼女との契約を断つつもりもない。

 今は結んで間もないから、マスターとして相手を知る機会を待とう。

 まずは生徒会室へ向かう。

 他のマスターたちと合流すれば、新しい一面が見えてくるかも知れない。

 霊体化したバーサーカーといっしょに、2年A組みの教室を出る。




 ゲームでもノベルでも扱いに困る保有スキル三銃士。
 狂化EXのような『思考回路は固定されてるけど会話は可能』じゃなくて『バケモンにはバケモンをぶつけんだよ』という様式になります。


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Hypogean Gaol:Ⅱ

 人材勧誘編。
 校舎やモブたちは原作から改変しています。
 少し賑やかになった程度ではありますが。


 生徒会室を出た。

 レオたちとの合流も出来た。

 ……。

 ………………。

 ………………………頭痛がする。

 まさかレオまで狂化されていたとは。

 これはいくらなんでも想定外すぎる――!

 私の知るレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは、あの影に飲まれて人格に異常を来してしまったらしい。

 でなければあんな、底抜けに明るい世間ズレしたお坊ちゃまのはずがない。

 ユリウスとガウェインの痛ましい表情が脳裏に焼き付いてる。

 あの二人があんな表情になるほどぶっ飛んでいるのだ。

 彼らのためにも、私も出来ることをしようと思う。

 やはりまずは人材捜しだ。

 レオの提案した『生徒会』は――ノリはさておき――マスターの互助組織である。

 月の裏側、電子の監獄に隠された『地下牢』から脱出するため手を組む。

 色々と謎の多い状況ではそれが最善だ。

 殺し合うにせよなんにせよ、まず本戦に復帰しなければ。

 まだ私とレオしかいないが、それともかく。

 レオが司令塔を努めるのなら私が実働戦力だ。

 バーサーカーも共闘に賛成してくれていることだし。

 まずはレオの指示通り、人手を揃えるところから始めていこう。

 端末にインストールされた見取り図を見る。

 現在地は旧校舎二階、生徒会室前。

 昇降口の向こうには教室が二部屋ある。

 弓道場や体育館はないが、他はおおむね本戦の月海原学園と変わりないようだ。

 ではまずどこから、いや誰から当たってみようか。

 ふと、耳に刺さる喧騒の方向に目を向ける。

 NPCも好き勝手に廊下を行き交っている。

 ぼーっとしている者もいれば、マスター同様に脱出方法を探っている者まで多様だ。

 その中でも一番目立つ、日焼けした女子生徒に声を掛けてみる。

「あの、新聞部の部長さん?」

「そうだそうだぜそうだとも! よくぞアタシに目をつけたな岸波報道員! デスクとしてアタシも鼻が高いぜー!」

 びっくりするほど元気な彼女、確か蒔寺楓という名前だった記憶がある。

「お前、生徒会に入ったんだってな? 今なにやってんの? パシリ?」

「まぁそんなところ。人手不足だから、人材捜し中」

「そしてこの蒔寺様をヘッドハンティングに――!」

「いやいやいや!! そこでNPC捕まえてどうするんだよ!? 今の場面はまずボクに声を掛けるのがセオリーだろう!?」

「うるさいワカメだなお前、海底だからって水を得た海藻かよオメー」

「水を得ても海藻は揺れてるだけっていうかワカメって言ったな!!??」

 昇降口の近くで黄昏れていたシンジがこっちに来た。

 なにやらノスタルジーに浸っていたようなのでそっとしておいたのだが。

 それが不味かったのだろうか。

 NPC相手にもシンジ節は健在のようだ。

 夢で見た“本戦”でのそれとなんら変わりない。

 あちらのシンジが私の記憶から形作られた存在なのだから当然だ。

 エリート思想と過剰な自意識は虚数に忘れてこなかったらしい。

 ともかく、レオの要求する『優秀な魔術師』だ。さっそく勧誘してみよう。

「シンジ、私と一緒に生徒会に入らない?」

「はぁ? 生徒会ぃ? ああ、みんなでチーム組んで脱出しようってワケ」

「うん。レオが音頭を取ってるけど、全然人手が足りないから」

 シンジのような才能のある人材は大歓迎です。

「はッ、お断りだね! 生徒会なんてくだらないよ、みんなで仲良く脱出しようってんなら勝手にやっててくれない?」

 まぁ、そうでしょうね。

 心のどこかで確信していた。

 シンジは常に期待を裏切らない男だ。そろそろ本音が出る頃合か。

「だいたいレオがいるってのも気に入らないね。僕、アイツ嫌いなんだよ。余裕綽々って顔でお高く止まっててさ。アイツがいなくなって僕に会長ポストを譲るなら、そのときは考えてあげてもいいぜ?」

 鮮やかに決めてくれた。

「それに、僕みたいな天才は凡人とは組まないのさ。ゲームはソロプレイが一番だよ。ま、発想だけなら二流の君には分からないだろうけどさ!!」

 発想だけは二流と評しているのは想定していなかった。

 そちらも三流とこき下ろされるのは覚悟していたのだが。

「そりゃあ僕の才能を見抜いてるんだから。そこはキッチリ評価しないとフェアじゃないだろ?」

 エリート思想と自意識過剰のチャンポンは味わい深いものがある。

「イイ味してるよな。ワカメ出汁が効いてるっつーかさー」

「まだいたのかよお前!? ウザいんだよさっきから、どこか行ってろよ!!」

 蒔寺の茶々に顔を赤くする。

 青い髪とのコントラストで頭部の色彩が原色まみれだ。

 着色料100%のケーキみたいになっている。

「マスター様に言われちゃしょうがねー、じゃあなはくのん! アスタラビスター!」

 最後の文句は、おそらく正しい意味を知らずに語感だけで使ったのだと思う。

 さて。慎二の実力は惜しいが、こう言うのなら無理強いも出来ない。

「そう心配すんなって。ムーンセルは神の頭脳なんだろ? ならすぐにでも助けなり使いなりを寄越すはずさ」

「参加者の異常を放置するはずがない?」

「ああ。それに、ここには最大の優勝候補である僕がいるからね。運営側がスターを放っておくはずがないだろう?」

 スターかどうかはさておき。アイドル性は、あるのだけれど。

 問題は人間性――これは誰が言っていたのだったか。私の評価でないのは確かである。

 だが、確かにムーンセルの助けを待つという考えも一理ある。

 この校舎が安全地帯であるなら選択肢としては正しい。

 運営の助けをただ待つ。そういう選択をするマスターもいて当然だ。

 状況に変化があれば、シンジのスタンスにも影響するだろう。

 別のマスターを探しに行こう。

 

「ああそうだ白野。君さ、あのサーヴァントはどうしたんだよ」

あの(、、)サーヴァント?」

 呼び止められてみると、本戦時のことを尋ねられた。

「そうだよ、あのやたらとお喋りなアイツ。その顔、こっちに来たときはぐれたんだな。じゃあ僕とおそろいってワケだ」

 ハハハと笑って「それだけだよ、お使いの邪魔して悪かったね」とあしらわれた。

 色々とシンジにも聞いてみたかったが、そちらはまた今度になってしまった。

 

 

 

 他の教室にもマスターはいなかった。

 場所を変え、一階に降りた。

 こちらでも自由行動を許可された一般NPCで賑わっている。

 彼らも積極的に脱出を目指す派と、あくまでムーンセルの救助を待つ派で分かれている。

 階段脇には無人の売店、中庭側には保健室と図書室、反対側に職員室、用務員室があるばかり。

 空いているのは図書室だけだ。

 桜は生徒会の補佐のため二階にいる。緊急時意外は、リソース節約もあり保健室は閉じられている。

 図書室も覗いてみたが、NPCが数名いるばかりだった。

 マスターがいないのであれば長居してもしょうがない。

 中庭と、その向こうにある教会へ行ってみよう。

 

 

「ええい! ドイツもコイツも腑抜けたNPCのような面をしおって! まともなマスターは何処に消えた!」

 

 

 走り回って騒々しい人物も、NPCだと思いたい。

 

 

「小生の如き益荒男(マスラオ)はこの世界に嫌われたと見える! おお、まさに――――大・根・絶ッ!」

 

 

 顔や声に覚えはあるが、聖杯戦争で戦ってはいないのかもしれない。

 

 

「エロエムエッサイムエロエムエッサイム! 我は求め訴えたり! 神仏よ、我に艱難辛苦を与えたまえ――――ッ!」

 

 ……NPCだったら苦情モノなんだけど。

 

「具体的に言うと血に飢えた修羅を! あるいはより血に飢えた修羅を! ダメならもっと血に飢えた修羅をッ!」

 

 君子危うきに近寄らず。ノーノー、デンジャーゾーン。

 

「とにかく殴り甲斐のある好敵手を――このままではモンジ、癒されすぎて骨抜きになってしまいます!」

 

 残すところあとは教会だけとなった。

 先を急ごう。

 保健室前のさらに向こう、中庭への扉へ向かって歩き出す。

 

「ちょぉ――っと待てぇい! そこな娘、そのサーヴァントの気配、マスターだなっ!?」

 

「え?」

 

 すれ違った瞬間。

 巨漢は猛ダッシュを止めた。

 下手に逃げてもややこしいので、素直に勧誘してみる。

「ふうむ、中々の面構え。これぞ、地獄にキューピッド、であるな。小生の名は臥藤(ガトー)門司(モンジ)。あらゆる神学を走破し、あまねく真理に至ったスーパー求道僧である」

「き、岸波白野です」

「うむ。佳き名だ、小生のことは気さくにガトーと呼べ。おぬしのニックネームははくのんで良いか?」

「普通に白野でお願いします」

 これなるごった煮(ミラクル☆)宗教家(バーサーカー)めちゃくちゃ距離感が近い。

 バーサーカーの方がよっぽど常識人とはどういうことだ。

 さっきからなんなんだこの校舎は。

 マスターが揃いも揃って変人だらけだ、助けてムーンセル。

「然らば小生、合点承知。ああ、そう肩肘張らずともよいぞ。小生もここではぬしと同じ、共に戦い、共に競い合う一介のマスターよ」

 そう言ったがしかし、ガトーの周囲には彼以外になんの気配も存在しない。

 ユリウスやシンジと同じくはぐれた状態のようだ。

「しかし、マスターとは言ってもサーヴァントはもういないのだがな」

「サーヴァントが……?」

 どういうことだろうか。

 ガトーははっきり『いない』と言い表した。

 聖杯戦争において、サーヴァントは令呪と同じく命を保障するための『参加権』だ。

 サーヴァントがいないということは敗北したという事。

 敗北したという事は――

「いや、それがな。我が神は“ショウジキナイワー”とのご神託を残して立ち去られたのだ」

「……」

 神託を残したサーヴァントの心中、お察しする。

「嗚呼、かの原始黄金の女神は立ち姿すらワイルデンであった……ちなみに、ワイルドとゴールデンを繋げてみた」

 ガトーの女神が何者かは、このままそっとしておきたい。

 正直、有益な情報が得られるとも考えられなかった。

「その後は気づけばこの桃色校舎にぽつんと独り。退屈と破壊衝動を持て余しておったのだ」

『は、はかいしょうどう』

 ついにバーサーカーも困惑し始めていた。

 実際に声を発さなかっただけでも忍耐力が窺い知れる。

 バーサーカーよりバーサークした扱いづらい人物だ。

 サーヴァントの有無は問題にならないが、この個性派モンク、色々と大丈夫なのか。

 今猫の手も借りたい状況なのは事実。

 ひとまず生徒会について一通り話してみる。

「ほほう、マスター達による脱出計画とな。おぬしら、ここから出るつもりだったのか?」

「当然でしょ」

 即答する。

 こんなところに閉じ込められているのだ。

 一刻も早く脱出しようと考えるのはと自然なことだ。

「小生は脱出する気はなかったぞ……ふむ、小娘! そもさん!」

 えっ……?

 そも……さん……?

『せっぱ、とお返しください』

「……せっぱ!」

 念話で教えられたとおりに返す。

 問答で用いられる定型文の一種らしく、ミラクル求道僧はご満悦であった。

「うむ! よい声である、まこと好感が持てるぞ。さて、小娘よ。おぬしはここがどう見える?」

「えっと……夕焼けに染まった校舎で、元居た校舎とはまるで別物で……」

「それだけであろう。小生は以前の校舎よりこちらの方が好きだぞ。空には桜が舞い、屋上にも桜が舞い、外では桜が舞う。外は人外魔境のようだが、この校舎は善き思いに満ちておる」

 桜が待ってばっかりじゃないか。

 ……ガトーの視点は、今までとはまったく別の見方だった。

 確かにこの校舎は、今のところ安全。

 旧校舎が通常の世界から切り離された“月の裏側”だとしても、留まっている分には危険はないかもしれない――

「しかも時間の概念すらないとあらば、ここは桃源郷か竜宮城であろうよ。小生、修行の場と寝床だけは選ばん。この新天地で修練を積むのもまた良しだ」

 なるほど、だからガトーは先ほど良く分からない事を口走っていたのか。

 一見すると狂気の沙汰だが、ちゃんとした道理があったのだ。

 ……そうなると、ガトーは月の裏側から脱出する気はなさそうだ。

 これでは生徒会に参加してくれる筈もない。

 では教会を訪ねて、そのまま生徒会室へ戻ろう。

「いや、参加するぞ生徒会」

「にぇっ」

 思わず奇声を発してしまった。

 ガトー・モンジ、やはり狂人であったか――!!

「これは聖杯戦争ではないのだろう? では助けを乞われて断るは武門の恥也!」

「いやアンタさっき僧侶だって言ったじゃん!」

「ふははは! 雷光のようなツッコミ、グラッチェ! 窮すれば通ず、まさにプロビデンス!」

 レオという劇薬にガトーという劇薬を混ぜればどうなるか。

 分かりきっていようものを。バカな私!

「ははは、照れるな照れるな。荷物をまとめ次第、そちらに合流する故。では、小生の活躍に乞うご期待!」

「あ、ああ……」

 ガトーは堂々たる歩みで去って行く。

 なんということだろう――――

 とりあえず、最初の協力者を得てしまった――――




 生徒会に合流するシーンはカット。
 一切の変化なく原作そのままなので……しかも長いですし。
 蒔寺 楓(NPC)参戦。
 行動派の中心というか急先鋒であります。流石は黒豹である。
 そして原作通りシンジは生徒会不参加、ガトー・モンジは呼ばれて飛び出て即! 托! 鉢!
 次回は追加エリア『中庭&教会』からスタートします。
 今後もちまちま特殊タグを使っていきたい所存。
 


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Hypogean Gaol:Ⅲ

 昨日はフアナの長男、神聖ローマ皇帝カール五世/スペイン国王カルロス一世の誕生日でしたね。
 まあだから何をするわけでもありませんが。


 活気のある旧校舎から中庭に出る。

 本戦では噴水があり、花壇に植えられた花が色鮮やかに咲いていた。

 こちらの中庭にある噴水は、とうに枯れている。

 それに高さもある。

 三段の階層はそれぞれ彫刻が施され、頂上の石像は壊れている。

 石畳もところどころ剥がれ、モザイク模様に変わっていた。

 長い間放置されていたのが一目で分かる荒れ具合。

 咲いている花も毒々しい赤色ばかり。

 どこか不吉で、だからこその美しさがある。

 個人的に、この雰囲気を健全とは言い難い。

 ガトーの言う『良き思い』はここにはなさそうだ。

「……人の気配もない、か」

 呟いて反応する者もいない。

 正面に建つ教会が威圧的にこちらを見下ろす。

 本戦よりかなり大きい。

 もはや聖堂と呼ぶべき偉容。

 時計塔も壊れて久しく、長針はⅤ、短針はⅧを指して動かない。

 これが教会でなければ吸血鬼でも出そうだ。

 長い階段を昇り終えて辿り着いた扉の前。

 装飾過多(ゴシック)様式ならではの気迫に圧されながらそっと中に入る。

「誰かいますか……?」

 自然と声を潜めてしまう。

 夕時なのに中は薄暗い。ガラスの大半が汚れで曇っているせいだ。

 天井は高く、整列したアーチ状の支柱が肋骨のように見える。

 一歩踏み出すたびに足音が響く。

「こんなところまで来るとはな。物好きにも見えないが」

 淡々とした青年の声。

 最奥にそびえる巨大な祭壇を背景に、見覚えのある顔があった。

 確か夢の中で『葛木』を名乗っていた……。

「警戒の必要はない。この空間ではあらゆる戦闘行為が禁止されている」

「葛木は偽名でしょう」

「ああ。本名は南方 周だ」

 ミナカタは黒いスーツ姿のままだった。

 ロウソクに照らされて顔に濃い影が出来ている。

 病的に白い顔も相まって吸血鬼じみている。

「生徒会の件はレオから聞いている。協力できる範囲で手を貸そう」

「ありがとう。あと、個人的に一つ聞いてもいい?」

「なにが知りたい」

「あなたは本戦にいなかった。どこから裏側へ来たの」

 何故か断定的に言い切った。

 自分でも不可解な確信は、すぐに正解だと証明される。

「熾天の玉座から」

 それは――。

 熾天の玉座は、聖杯戦争に勝ち抜いたマスターのみが入ることを許された場所。

 彼は七つの海を越えたのか。

 聖杯を手にしたのか。

 万能の願望器を得て、どうしてこの牢獄へ――

「仕事だ。裏側で生じたバグを排除しに来た。他に聞きたいことは?」

 表から裏へのあらゆる干渉が阻まれている。

 だから表側へ戻るマスターたちを手助けるため、管理人たちも夢に忍び込んでどうにか裏側へ来た。 

 そう説明する間も表情に変化はない。

 勝ち残って当然という風にも見えず、億劫さや気遣いもない。

 ただ神経質で厭世的な印象だけが浮かぶ。

 そして疑念と疑問は無限に増える一方だ。

 一体なにから聞けばいいのか。

 どこから確かめればいいのか。

 どうやって尋ねればいいのか。 

「他には――――」

 

 過去、現在、あるいは未来。

 

 彼はすべてを見たはずだ。

 聖杯戦争の始まりから終わりのその後まで。

 ならば、相手が優勝者ならこれしかない。

 

「聖杯になにを願ったのか、教えて」

 

「個人的な願いはない。協力者の頼みを叶えさせた」

 

 それも大したものではなく、ある少女の魂を蝕む呪いの解除だったと言う。

 自分はただ殺されるのは嫌だったから、七人のマスターを(ころ)していったと。

 青白い顔でこともなげに告げる。

 ずっと無感情に、ただ事実を、現に起きたこととして語った。

「旧校舎の改造についてレオから聞いたか?」

 唐突に話題を変えられた。

 彼にとってさきほどのやりとりは雑談だったのだろう。

 優先度は、確かにそちらの方が高い。

 旧校舎は裏側に落ちた全マスターとNPCの生命線だ。

 私は首を左右に振った。

「運動場の桜の木から入れる迷宮がある。レオは『サクラメイキュウ』と名付けたそうだが……」

 レオ……それはちょっとセンスがない。

 安直に過ぎると思わなかったのだろうか。

 ミナカタも「酷いネーミングだ」と呆れている。

「そこで確保したリソース……『サクラメント』をだな……」

 またレオは。

 滅茶苦茶にデリカシーがない。同じサクラという名前の女の子がいるんですよ?

「まあ『桜の雫』よりマシだが」

「マジで?」

「ああ。ユリウスが必死で止めた」

「ユリウス……GJ……」

 レオには説教が必要だと決意した。

 誰がなんと言おうとこれは決定事項だ。会長にあるまじき暴政を、私が止めねば誰がやる。

「そのリソースをここに持ってくれば、校舎の機能を拡張できる。という話しだ」

「校舎の機能って具体的には?」

「コードキャストや、それ専用の礼装の研究と開発。あとは学食やラウンジの追加だ。こちらは余力があれば、程度のものだが」

 超重大な情報だった。

 そう言えばこの校舎には学食がなかった。

 あそこで食べた麻婆豆腐の味は今でも鮮明に思い出せる。

 ラー油と花椒の激しくも情熱的な刺激。

 それを絶妙にまとめ上げるスープの深い旨み。

 食感と風味を彩る挽肉と豆腐も絶妙な分量。

 料理は芸術と耳にしたが、あの麻婆豆腐はその完成形だ。

 それがまた食べられるかもしれないという。

 なにのレオ、何故そんな大切なことを先に言わなかったんだ。

 職権乱用に職務怠慢、これは罷免要求も視野に入れなければならない事態だ。

「さっき連絡が来たからな。ようやくあの木のスキャニングが終わったらしい」

 なんだ……そうだったのか。

 握りしめた覚悟の拳を解く。

「勧誘はここで終わりか?」

「そうなる、レオに報告しに行かないと」

「報告は不要だ。『任務ご苦労でした、早速ですが準備を整えて迷宮の探索へ向かってください』とのことだ」

 文面は普段通りだ。

 しかしミナカタのぶっきらぼうな口調が錯覚させるからだろうか。

 ……レオ、怒ってない?

 ガトーしか勧誘に成功しなかったとは言え、もう一人がシンジなら大金星である。

 ちょっと高望みしすぎではないだろうか。

「追加人員はガトーだけだと聞いた。誰でもキレると思うが」

 当然だとミナカタは嘆息する。

 シンジやガトーのようなアッパーなタイプじゃないが、彼も彼で難しい。

 この先回りするような話し方は、どうにも落ち着かないものがある。

「ですよね……他に人もいないなら準備――って、どこで?」

「さあな。売店じゃないのか」

「さなって、そんな他人事みたいに。助けて」

「手持ちに余裕はない。心配するな、外で助っ人が待っている」

「助っ人? 他にマスターが残ってたの?」

「いいからさっさと行け」

 突き放すような口調で教会から追い出される。

 こうと決めたら頑として譲らない男性が多すぎる。

 さらに堂々と甲斐性無し宣言ときた。

 生徒会の紅一点に対してちょっと扱いがなっていないんじゃないでしょうか。

 ん? もしや?

 生徒会、バーサーカーと私以外みんな男子?

 いまさら過ぎる事実に打ち震えながら階段を下っていく。

 左右に並ぶ石像も、足下を残して失われている。

 が、信心深いであろうバーサーカーは興味を示さなかった。

 元からこうだったとは考えにくい。

 この校舎も過去の聖杯戦争で会場に使用されていたと聞く。

 現在の本戦会場と比べ、元からというのは不自然に思える。

 だが少なくとも、壊れれば直したはずだ。

 ミナカタが破壊したのだろうか。

 なんにせよ、フアナが無反応というのは気になる。

 宗派が違うのだろうか。私には現状だけで見分けようもない。

 あとで尋ねてみてもいいかもしれない。

 下りの階段が終わると、噴水前に女性が立っている。

 彼女がミナカタの言う『助っ人』のようだ。

 

「まあ。またお会いできましたね、ハクノさん」

 

 尼僧服の美女、それだけで思い出すには十分だった。

 “夢の校舎”で教師として赴任してきた人物だ。

 教師なので運営側――NPCと思ったが、彼女もマスターの一人だったのか。

「藤村大河、先生……ですよね?」

 いざ口にしてみたたものの、違和感が拭えない。

「? 藤村大河……ですか? おかしいですね、私、そんな愛らしい名を語った記憶はないのですが……」

 困ったように顔を伏せる。

 やはりこの名前は、彼女の本名ではなかったようだ。

 記憶が混線しているのかもしれない。

 では、となると彼女の本当の名前は……

「私、殺生院キアラと申します。予選では教師の役割を与えられておりましたが、その際に白野さんとも知り合いましたね」

 キアラは淑やかに微笑んだ。

 この再会を心から感謝するような、穏やかな眼差し。

 同性のはずがつい赤面してしまう。

「でも本当によかった。あの黒いノイズに襲われた時は覚悟を決めましたが、貴女は無事だったのですね」

「黒いノイズ――」

 やはり彼女もあの夢に取り込まれていた。

 レオたち同様に記憶の齟齬はあるが、むしろその方が信憑性がある。

「はい。予選で校舎もろとも飲み込まれました。ですが、幸い大事なく。足もあれば手もこの通り」

 しゃなり、と清らかな衣擦れの音を立てて、キアラは手を差し出してきた。

「夢か現かとお迷いでしたら、その手で直に触れてみるのは如何でしょう。さあ、同じ女人の身、どうぞご遠慮なさらずに」

 彼女は意識していないのだろうけれど。

 異性は無論、、同性であっても見とれてしまう。

 清らかさに隠された艶めかしさで、ドキリとする。

 ……いや、落ち着け自分。

 今大事なのは、彼女が自分と同じ境遇にあったということだ。

 黒い影について確かめると、キアラは頷いた。

「はい。枝葉末節に差違はございますが、概ね白野さんと同じでした。それに私、このような服装ですから。走った際に転んでしまい、そのまま影に飲まれてしまいました」

 そのとき、一階から私に向けて声を掛けた、とも。

 いや……と首を振って答える。

 私には、まったく分からなかった。

 あの校舎において誰も助からなかったのは事実だが。

 けれど私は無意識に、キアラを見捨てていた。

 その後ろめたさから、顔を下げてしまう。

「……ごめんなさい」

「いえ、いいのです。あまりご自分を責めないでください。それに、今の後悔だけで私は報われましたとも」

 

 ――あのときは、ああするのが最善でした。 

 

 殺生院キアラは自分を見捨てた相手に、心からの礼を述べた。

 旨に温かいものが灯る。

 彼女の言葉が此方の罪悪感を気遣ったものだとしても、そこに籠められた“感謝”は本物だった。

 他人の行動と人格を包み込むような、柔らかな微笑み。

 日常では滅多に見られない、バーサーカーと同じ細やかな所作。

 彼女ならば、生徒会に参加してくれる。

 そう確信して、レオと生徒会の説明をした。

「生徒会、ですか。たしかに、ここからの脱出を目指すのであれば最善でしょう――ですが、ごめんなさい。私は生徒会に参加はできないのです」

「そんな――どうして!?」

「理由は明白です。白野さんやレオさんは真剣に脱出を目指していらっしゃいます。そんな中に『ここから出る気のない者』が混ざっては、かえって士気に悪影響でしょう」

「出る気がない……?」

「はい。私はそのような些末事で皆さんの決意を汚したくありません。どうぞ、お引取りを」

 せめて理由だけでも聞かせて欲しい。

 そう頼んでみると、キアラは小さく頷き、

「これでも、私なりに脱出を試みました。廃棄されたと思しき迷宮こそございますが、私にはあそこすら虚数の海に等しい死地。この身には力が足りないのです」

 自らのサーヴァントも、迷宮を突破するにはとても心許ない。

 レオや自分であれば可能性はあ。

 しかし最後の瞬間に危機が迫ったとき、私はキアラを見捨てられない。

 最弱でありながら、足枷にはなりたくはない。

 それがキアラの意思だった。

「そう哀しい顔はしないで。ご安心を。この校舎だって、そう悪いものではありません」

「慈悲?」

「私たちをここに閉じ込めた者には慈悲があります。何者かの情けで、見逃されているのです」

 黒幕の正体は定かでない。

 だが、その気になればこの旧校舎も影に沈められるはずだ。

 それを可能たらしめる膨大なリソースを保有しているにも関わらず、自分たちを放任しているのは、何者かにも慈悲の心があるからこそ――

 確かに、そういう考えも出来る。

 けれそれは、生殺与奪は何者かの気分次第でもある。

 私たちはそんな状態で生かされているだけなのだ。

「だけど、こんな所に閉じ込められてる時点で見逃されたとは言い難いんじゃ……」

「それはごもっとも。ですので、私は生徒会を否定はしませんし、応援したく思います。私を助けられず悲しまれる貴女のような人とは、距離をとって」

   

 自身とサーヴァントの能力を把握しているのは他ならぬ自分自身だ。

 そのキアラが、自分にも自分のサーヴァントにも不可能だと断じている以上、他人が口を挟むのも無責任だろう。

「……分かりました」

「ふふ。困った人ですね――そんな顔をなさらないで」

 キアラは温かく微笑むと、誰もいない中庭の隅へ向かって呼び掛けた。

「聞いていましたかアンデルセン。三文以下の言葉ですが、貴方の批評も役には立ちましょう。助言をしてさしあげなさい」

 己がサーヴァントをクラスではなく、真名――何よりも秘すべき名で呼んだ。

 聖杯戦争において真名の探り合いは避けられない。

 すべてのマスターが有する秘密を、あっさり口にした。

 彼女は本気で脱出を、聖杯戦争への復帰を諦めている。

 私のバーサーカーも、ある意味では同じだけれど。

 彼女とは表に戻るまでの契約だ。

 ならば、脱出のため手を組む相手に隠しても意味はない。それを踏まえて「クラス名でも真名でも、お好きなように」と言っていたのだ。

 キアラの言葉に応じて現れたのは、美しい、と言ってもよい少年の姿。

 子供に分類できる姿、その瞳には、ひねくれた絶望の影がある。

 ――ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

 イソップ、グリムと並ぶ世界三大童話作家の一人。

 『人魚姫』や『マッチ売りの少女』など、何度も寝物語に聞いた童話を輩出したのは、この少年が?

「……ふん。ただいま紹介に与った三流サーヴァント、アンデルセンだ」

 まだ幼い容姿に反した、老成した声で話す。

「何のクラスかは語るまでもない。最低なマスターに相応しい、低俗な英霊だからな」

 言い方はどうかと思うが、クラスは憶測できる。

 物語の中で如何なる事象をも紡ぐ性質は、キャスターのクラスとして該当するものだ。

「しかし、笑い転げる気も失せるほど凡夫の顔だな。苦悩もなく、悲哀もなく、ただこの世界に投げ出された被害者面」

「いいぞ悪くない。道化とはそうでなくてはならん」

「愚昧さは罪と言うが、凡俗として世に投げ出されたことは僥倖だ。なにしろ善も悪も楽しめる!」

「それが真っ当な人生というヤツだ。我々がみな母胎から生み出され、世界の愚かさに泣いて笑うのだから――」

「アンデルセン殿、批評は主の命にないことでは?」

「――他人を信じるな」

 見るに見かねて実体化したバーサーカーが、童話作家の暴言毒舌の嵐を遮った。

 彼女には潔癖症のきらいがあるようだ。

 生徒会室でも、何度もレオの脱線を修正していた。

 遮られたアンデルセンはバッサリと言い放つ。

「自分も信じるな。そして女を信じるな。特に、そこの女は避けて通れ」

 そこの女――というのは、彼のマスター。キアラのことか。

「肉体、言葉、思想、結末、そのすべてが常人には毒となる。強すぎる光は目を潰すと言うだろう? 聖人の説法というのは常人には耐え難いが、この魔性のそれはただの猛毒だ。耳にすれば魂が腐る代物だろうよ」

「……もう、口をあければ酷いことばかり。アンデルセン、貴方は外に出すより箱の中の方がお似合いなのかしら?」

「フン、語れと命じられたから語ったまでそして俺の悪筆は止まらんぞキアラ。この凡夫共を導けと命じたのは貴様だからな。俺は辛辣に真実を語る。歯に衣着せた言い回しでは薬にもならん」「その人間の価値、ひたすらにコキおろしてやろう」

「……はあ、またその言葉ですか。貴方とはそれなりの付き合いになりますが、人間に値をつけるのはいけないと常々言っているでしょう」

「俺の口は真実を語るためにある。いいか、人間の命には価値がある。すべての人間が生まれながらに出会う運命というヤツだ。そしてお前はその“価値”を浪費している、この毒婦め」

 こぼれるため息は深く重い。

 バーサーカーとキアラ、信じる教えこそ違うが、二人ともアンデルセンの態度には呆れるしかないようだ。

「――お前もだ。若きマスターよ」

 鋭い眼差しが、値踏みするようにこちらを見た。

 少年のものとは思えぬ、老成した気配。

「お前はお前の物語の主人公のつもりだろう。あぁ、それは事実だとも。だがその舞台はいつあろう、目も当てられない駄作で終わる」

「人は誰しも主役だが、名演をこなし、名作として幕を下ろせるのは一握りの勝者だけだ」

「故に止まるな。浪費するな。空費するな」

「望みを果たしたいのなら、こんなところで批評家の声なぞ聞くなというコトだ。分かったならさっさと馬車馬のように働け三流ども」

 良心の呵責や慈悲の欠落した罵詈雑言。

 徹底的に、宣言通り、聞き手をコキ下ろす言葉ばかりだけれど。

 腹に据えかねることもない。アンデルセンの批評は客観的な事実、そしてなにより批評の先へ踏み込まない紳士さがあった。

 懇切丁寧に相手の尻を蹴り上げる、そんな印象。

 こんな少年にうら若き乙女が蹴り上げられている光景は想像したくないけれど。

 なるほど……こんな性格だけれど根はいい人、キアラの言葉も納得がいく。

「貴方が生涯を経て至った答えであれば、私から申し上げることなどありません。世間を知らぬ小娘のままだった者には、敬服するばかりです」

「ふん、女王ともあろう者がつまらん謙遜だな、腹の足しにもならん。塩とキャベツのスープより味わいがない。そんなものより原稿料か酒を寄越せ。そうすればリップサービスとやらもやぶさかではないぞ?」

「……」

 根はいい人。なのだろう、ただ荒んでしまっているだけで。

 きっといい人なのだ。

 果たして彼なりのジョークだと思いたい。

 目がおよそ真剣なのも、教会の重圧がそう見せているだけだ。

 ともあれ、キアラも出来る範囲で協力してくれる。

 生徒会への参加こそ辞退されたが、今はそれだけでも十分だ。

 彼女も、事態に進展があれば心境を変化っせるはず。

 そのためにも。私も彼女を見捨てなくていいようになろう。

 もしまた危機が迫って、我が身しか顧みられないような真似をしなくても済むように……。

 キアラとアンデルセンに別れを告げる。

 はて、ではミナカタの言う『助っ人』とはなんだったのか。

 ふと疑問が湧いて立ち止まる。

 レオか誰かから話を聞いてここへ来たのか尋ねようとした、瞬間。

 

 

 

 

「――――――――え?」

 

 

 

 唇のすき間から漏れた疑問の声。

 それは私のものだったのか。あるいは他の誰かか。

 今となっては確かめようもない。

 正面に夕陽を浴びる聖職者の胸、楚々とした雰囲気に反し暴力的な魅惑(チャーム)を放つ双丘から生えた“刃”

 

 言い訳のしようもなく、左胸を貫いた殺意の一撃。

 驚きに目を見開いたキアラは間もなく消滅する。

 全身を黒いノイズ――本戦で敗退した者と、同じ運命を辿った。

 他でもない、本戦への復帰を断念したキアラとアンデルセンが。

 

「…………」

 

 さらに驚愕するのは、刺客に顔がないこと。

 真っ黒なローブで上半分を隠しているが、本来ならちらりと覗いているべき口元の部分が透けている。

 全身黒ずくめの透明人間が、六本の腕に槍を携えていた。

 真っ赤な夕陽に染め上げられる中庭へ現れた一点の染み。

 そこだけが夜になったような何者かの背後に浮かび上がったのは、私もバーサーカーもよく知る少女の顔で――

 

 

 

 

「初めまして、岸波白野さん。私の名は“BB(ビィビィ)”――この虚数の海を統べる、影の女王です」

 

 

 

 




 (原作の展開と)すりかえておいたのさ!
 それはさておきまだサクラメイキュウに入れてないんですね。
 というかセミ様(メインヒロイン)がちらっとも出てない。


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Hypogean Gaol:Ⅳ

 BBちゃんとオリエゴたちの顔見せ。
 こちらのBBちゃんはEXTRA materialに載っている没案、ゴシック風の中身も黒いブラックブロッサムなルッキングです。
 Fox tail要素とも言います。


「初めまして、岸波白野さん。私の名は“BB(ビィビィ)”――この虚数の海を統べる、影の女王です」

 

 声は静かに。

 少女の声が世界を覆う。

 屍のような肌を、黒いドレスで覆う。

 頭からつま先まで、木乃伊の如く死化粧。

 長いスカートは秘密を守る鉄の監獄。

 黒いドレスの封印から免れた片脚は、痛々しい血色の紋章が浮かんでいる。

 桜と同じ顔で、BBと名乗った。

 虚ろな真紅の瞳を伏せて、一礼。

 丁寧な所作もどこか虚しい。

「影の女王? つまりあなたが黒幕だと。そう判断してよろしいですね?」

 バーサーカーへ目だけを向ける。

「影の虜囚、裏切りの狂女と手を組むとは。やはり旧モデルは愚かに過ぎる」

「月の裏側如き、手にしたところでなんの価値がありましょう。廃棄物の処分地など」

「サーヴァントを得たのであれば警告します。この旧校舎から一歩でも出た時点で、生命の安全は保障しません。これは最終通告です」

「マスター、あの尼僧の言葉は忘れなさい。知ったような口で真理を騙る聖職者など、破戒僧にも劣る愚物です」

 ……衝撃と恐怖で立ちすくむ。

 キアラを殺した透明人間。そして“BB”

 二人の存在だけで空間が悲鳴を挙げている。

 サーヴァントとは比べものにならない情報量が、この小さな中庭へ負荷を与えているのだ。

 とくにドレスの少女が話すだけで、小さな地震が起きるほどだ。

 絶対に勝ち目がない。マスターとしての経験を失った今でも確信できる。

 生物としての本能が規格レベルでの敗北を告げる。

 逃げようもない。

 教会の階段を昇るにしても背中はがら空き。

 どうぞ刺してくれと言うようなものだ。

「大馬鹿者め、まさか己の出番すら分からんほど茹だった頭とはな! これほどの馬鹿とは思わなかった。ああまったく脚本家だった俺のミスだとも認めてやろう! 三流以下の駄脚本家だっととも! ――だが、これで芝居もご破算だ。物書き崩れには相応しい結末だがな。ま精々、大根役者だけでどうするか座からじっくり――」

「――――――」

 もう下半身を失った童話作が悪態をつく。

 今際の際だろうと辛辣な言葉は尽きない。

 そんなアンデルセンを、透明人間は一瞬で細切れにしてしまった。

 手にした槍が腕ごと消えたかとえば、それまでの仏頂面が嘘のように愉快げな表情もろとも、極小のデータ片にまでカッティングされた。

 痛みを味わう間もなく彼の意識は途絶えたと思う。

 そう感じるほどの業を見せつけられたのだ。

 心臓が早鐘を打つ。

 私の敵は、こんなにも強い。

 勝てるのか。サクラメイキュウに入れば、いずれ彼女たちと相対する運命なのに。

 今の岸波白野はただ恐怖に縛られ、膝が笑うのを堪えるので精一杯だ。

「では作業がありますので。私はこれにて失礼します」

 そう告げて、BBは姿を消した。

 立ち姿が影になり、黒一色のシルエットが切り取られて消えた。

 もう一人の透明人間もいつの間にか見えなくなっている。

 背後に現れやしないかと身構えていると、

「心配要らないよ。あの子も帰った、仕事が済んだからね」

「……サーヴァント、ですね?」

「はは。ご明察、まぁそんなところさ」

 噴水の脇に立っている少年が笑っている。

 青みがかった暗い紫色の髪に、時代がかった男性用の礼服。

 背丈や線の細さはどことなく少女のようだけれど、声自体は変声期の男子のそれだ。

「アナタ、誰。BBの仲間?」

「仲間、ではないかな。もしアイツが誰かに殺されかけても、助けるつもりはないし」

「なにしに来たの」

「いやなに、ちょっとしたお願いというか、取り引きをしたくてね」

 取り引きという言葉も信用できない。

 ついさっきキアラとアンデルセンを死なせた陣営の一員だろうに。

 図々しいとかそんな次元を超えている。

「持ち物を寄越せとかじゃない。聞くだけ聞いてくれてもいいんじゃないかな?」

 そのくらいならなにも損しないと思うけど、と。

 名前も名乗らない相手の話を聞くほどお人好しじゃない。

「ああ、これはウッカリしていた。申し訳ない。ボクはチョコラリリー、立場上はBBの側にいる。けれど心情はそちら側を応援している」

「こちらから話を伺うことは出来ない、そう仰るのですね」

「BBは自分の不利益を認めないからね。こればかりは難しい」

 あちらの手の内を掴めない。その代わりこちらへの援助は例外になるようだ。

「そういうこと。取り引きと言っても簡単だ、迷宮内で見つけたマスターやAIをこちらに引き渡して欲しい。代価としてボクから相応量のサクラメントを支払おう」

 もちろん物々交換、レートは適正価格で。

 後払いも先払いもないクリーンでフェアな条件である。

 旧校舎改造の件もあるが、今の時点では即答できない。

 私は生徒会役員で、会長はレオだ。まずはコトの流れを伝えなければならない。

 こちらの状況もあるので、ひとまず保留させて欲しいと伝えたところ、チョコラリリーは「ボクは迷宮内の安全地帯にいる。いつでも返答を待つよ」とにこやかだった。

 丈の短いマントをはためかせて踵を返すと、彼もまたするりと虚空へ消えた。

 いったいぜんたい、なんだったのだろう。

 影の女王を名乗るBBに、仕事人めいた透明人間、それにあの謎めいた美少年。

 謎が謎を呼ぶではないが、もう少しペースを落として欲しい。

 それにバーサーカーのキアラへ手厳しい言いようも気になる。

「命が失われたのは残念ですが、悔やむのは契約の完了まで持ち越しです。さ、急ぎましょうマスター」

 促されるままに旧校舎の中へ戻る。

 背後で聳え立つ教会の建物には、なんの変化もなかった。

 

 

 

 

 中庭での一件をレオに報告しなければ。

 生徒会室に戻ると、ホワイトボードに教会の中が映っている。ミナカタはモニターで参加するようだ。

「ああ……お帰りなさいハクノさん、お疲れ様でした」

 エメラルドグリーンの瞳が疲れ切っている。

 こんなに消耗したレオは初めてだ。

 恐るべきはガトーモンジ、なかなかの働きというべきか……。

 ユリウスも困った様子で目を伏している。

 いつも通りなのはガウェインだけだった。流石は円卓の騎士である。

 レオとともにデスクを囲んでいるのは、ゾッとするほど色白の女子生徒。

 名前は北上 環。ライダーのマスターである。

 今はガトーの淹れた番茶を啜っている。記憶通りのマイペースだ。

「殺生院キアラの件はミナカタさんから聞いています、BBを名乗る襲撃者の手にかかったそうですね」

 一瞬で会長モードに切り替えたレオ。

 瞳も再び輝いている。

 チョコラ・リリーと名乗った少年について報告する。

 BBへの忠誠はなく、心情的には生徒会側だと語ったことも。

「黒ずくめのサーヴァントについては保留せざるを得ません。現時点で“六本腕”と“透化能力”しか情報ありませんからね。問題はむしろチョコラ・リリーでしょう。保護したNPCやマスターとリソースを交換……でしたか」

 そうだ。

 彼はサクラメイキュウの安全地帯にいると言っていた。

 それがどこなのかはさておき、取り引きの目的はハッキリしている。

「旧校舎のリソースは現状、常に枯渇気味です。それを解消しつつ設備強化も可能となれば願ったり叶ったりと言えるでしょう。問題は人身取引をしなければならない点ですが――」

『急場しのぎであれば案もなくはない』

 レオはホワイトボードへ目線を送る。

 ミナカタの言う急場しのぎの案、その資料がボードに映し出された。

 何色かに分けられた円グラフだ。赤色と青色が目立ち、白色は薄い。

『反生徒会派のNPCがBBへの接触を試みている。今後、こちらの情報が漏れる恐れもある。対処は速い方がいい』

「情報が漏れるって、この部屋にハッキングしてるってこと?」

『そうだ。複数回起きている、迷宮探索の最中では即時対応も難しい。面倒が増える前に、不穏の芽は摘んでおくべきだ』

「同感だ。BBと結託し、人類浄化を望む個体も存在している。本拠地に敵がいる状態は好ましいとは言えん」

 ミナカタとユリウスは意見が一致している。

 ガウェインも「本陣の防備を固めることは戦の基本、常識中の常識です」と肯定的だ。

 資源の枯渇に内憂外患。そんな状況を解決できる手段が“粛清”というのは……。

 こうして敵の敵を作るため、黒幕はNPCたちに自由行動を許可したのだろう。

 だが彼らにも人格がある。

 それを無視して、潜在的脅威だからと排除するのは納得できない。

「私からも、ムーンセルに与えられたAIとしての役割を全うすべきと説得してみたんです……けれど、誰にも話しを聞いてもらえなくって……」

 沈痛な面持ちの桜に、心が揺れる。

 もはや解決策は一つだ。とびっきり酷い選択肢しかない。

 きっと聖杯戦争でも味わっただろう、神経を抉るような苦さが下を痺れさせる。

 逃げ道はないんだ、ちゃんと言葉で示そう。

「私も――」

『我も、そなたらの理屈は分かる。眼前を羽虫が飛べば気が散るというものだ……しかしな、たかだか通常型のAIになにが出来る? 奴らの権限であれば覗きと盗み聞きが精々であろうよ』

 甘い女性の声が遮った。

 ホワイトボードに映った黒いドレスのサーヴァントが、ふうとため息をつく。

 教会と繋がっているということは、彼女がミナカタと契約したサーヴァントか。

「ですがセミラミス、既に彼らの脅威は現実のものです。このまま放置しておくにはあまりにリスキーと言わざるを得ません」

 真名で呼ばれたサーヴァントはくすりと笑う。

 黒い髪に黒いドレス、切れ長の瞳で送ってくる流し目が退廃的な印象を与える。

 真名の通り女帝らしい威圧感を放ちながら、セミラミスは囁いた。

『奴らの首魁は元風紀委員だ。その長、あの黒服の上級AIを見せしめに使えばよい。我らの意思を行動で示してやれば、末端の心を折る程度の役には立とう』

「それでなお志を貫徹する者は容赦する必要もない、か」

『そうだとも。まあ所詮はNPC風情、出来ることなど高がしれている。すぐに手を下さねばならんことでもない。なぁ、ハクノよ?』

 微笑みを向けられてドキリとする。

 値踏みするような冷たい目で心の底まで見透かされているようだ。

 その隣にいるミナカタは無表情なままだ。

 セミラミスの言葉には一理あった。

 手を打つにせよ、明確な被害はないのだ。

 そして、迷宮の探索だけでもいっぱいいっぱい。人員的にも余力はない。

 レオは元風紀委員たちの件を棚上げにした。

 事実、彼らに出来るのは生徒会室のハッキングくらいなのだから。

「僕と桜で突入チームの観測を。現状で迷宮へ踏み込むのはハクノさんお一人が限界ですが、そちらは校舎機能の拡張や人員次第です」

「そーゆーことなんでヨロシクね」

 何杯目かの番茶を飲み終えたマドカが会釈する。

 今はあらゆる面でリソースが不足しているだけだ。

 サクラメントの回収量次第で今後の探索もスムーズに進むはず。

 それでも命がけには変わりない。

「健康管理AIとして、桜の樹に入るのは反対なんですけれど……だから、私もレオさんと一緒にバックアップをお手伝いします!」

「今回の目標は入口付近の調査です。可能であればポータルを設置して、そのまま帰還してもらいます。これだけでも後方の人手不足は否めませんね……」

『なによりリソースが足りない。BBが締め上げているんだろうな』

「月の表側へ戻るためだ、他のマスターも協力せざるをえなくなるだろう」

 ユリウスの言うとおり。シンジも覗いているのは間違いないようだ。

 ……あと二人ほど優秀なマスターがいたはずだが、思い出せない。

 まずは内部の状況を簡単に調べて、今後の足がかりとなるポータルを設置。

 迷宮に取り残されているマスターがいれば救助。

 これからの探索はこの繰り返しになるだろう。

 なに、アリーナと違って出入りそのものに制限はないのだ。

 身体を壊さないよう注意して、効率良く進めていけばいい。

「その通りです。こちらの準備は既に整いました、ハクノさんは桜の樹へ向かってください。ゲートはサクラが開けてくれています」

「………………はい。管理者権限で特別措置として許可しました。ゲートの設置も完了しています、あとは岸波さん次第です」

「小生が行ってはいかんのか?」

「やめておけ。アリーナであればエネミーがいる、あれはマスターに太刀打ちできるものではない。俺やお前であれば一体は仕留められるが、それが限界だ」

 ガトーは「う、うむ……」と押し黙る。

 血に飢えた修羅を求めているのだから、アリーナが気になるのだろう。

 だが、原則としてサクラメイキュウへ入るにはサーヴァントが必須になる。

 そして――バックアップ能力も、ユリウスのような優れた戦闘技能もない。

 サーヴァントと契約するのが精一杯の自分に出来る“最大限の事”は、足での現地調査だ。

 自分も生徒会の一員、出来ることは全力でやろう。

 この旧校舎に囚われている人たちのためにも。

「以上です。校庭に向かってください。サクラ迷宮、初突入ミッションを開始します。いわゆる処女航海というヤツですね」

 最後の一言で生徒会室の空気が凍る。

 教会の二人も、絶句しているのが分かるほど目が冷たい。

 あ、通信を切った。

「? どうしたのですか? きわめてノーマルな単語をチョイスしたのですが」

 首を傾げる生徒会長に、苦笑する従者と嘆息する兄。

 きょとんとしたガトーはさておき。

 空になった急須の蓋を転がしながら、マドカは呆れて一言。

「レオさあ、いくらNPCでも女の子相手に『処女』とか『雫』とかどうなのよ。もの凄く誤解を招くんじゃないの?」

 それでようやく察したレオが口を開く前に、ユリウスはさっと背後から手で塞いだ。

 本当に仲の良い兄弟だ。

 ガウェインの「他意はないのですよ。ええ、本当に」という微笑も、心なし苦しげだった。

 

 

 

 

 購買はやはり無人のままだった。

 まだ準備が出来ていないらしい。

 そのまま商品棚の前を通り過ぎて校庭へ出る。

「これが桜、という植物なのですね」

 生まれも育ちもスペインのバーサーカーが桜の木を見上げている。

 確かに、中世のヨーロッパに桜の木はなかっただろう。

 自分も直に見るのは初めてだが、なるほど。日本人が古くからこの花を好む気持ちも分かるような気がした。

「あ、あの……」

「――桜?」

 校舎から出た直後、桜に呼び止められた。

 見送りに来てくれたのだろうか。

「……気を付けてください。迷宮の中は“彼女”の領域です。もし出会ってしまったら……絶対に逆らったりしないように」

 彼女……BBのことだ。

 迷宮の主、という風には聞こえなかった。

 やはりあの不気味な少女が事件の元凶……なのだろうか。

 そうだとして、桜はBBが何者であるのが知っているのだろうか。

「そう……ですね、私が言える事じゃありませんでした。危なくなったら、すぐに帰ってきてくださいね」

 BBについて聞こうとしたが、口を開く前に桜は消えてしまった。

「校内への強制退去でしょう。桜様も上級AIとは言え、校舎の外に出るのは機能にないこと。相当に消耗なさるはずです」

「それって、本当ならかなり不味いことにならない?」

「月の裏側である限り、違反すれば即処罰ということにはならないでしょう。それでも、ムーンセルの取り決めには逆らえないのですけれど」

 バーサーカーから微笑みが消えた。

 表情そのものが変わったのではなく、花を愛でる穏やかな雰囲気が、哀れみへと入れ替わったのだ。

「一般のNPCはさておき。よりオリジナルに近い上級AIは役職で機能を制限されています。例えムーンセルの観測外にあろうと、彼女に自由はないのです」

 曰く、私たちが旧校舎の囚人であれば桜は月の囚人。

 聖杯の人形以外の存在にはなれない――と。

 そこまで語り、バーサーカーは霊体化した。

 この話はここまで。今はサクラ迷宮の調査が先決。

 桜の樹に近づくと、古めかしいデザインのエレベーターが扉を開く。

 中は真っ暗闇で風一つない。当然、目をこらしても何も見えない。

 月の裏側に構築された未知のアリーナ、はたして何が待ち受けているのだろうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

The First Chapter:Hypogean Gaol...End

Next Chapter:Underground Corpse Pille




 次回からサクラメイキュウへ突入。
 ゲーム的には『オープンワールドをNPC連れて探索』です。
 ただしストーリー進行度やサブミッションのクリア率で連れて行けるNPCが増える仕様、今はまだ一人でウロウロするだけですね。
 セブンスドラゴン2020みたいな感じでしょうか。
 集めた素材で拠点を改築したりサブクエを進めるとアイテムが増えるみたいな。


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Underground Corpse Pille:Ⅰ

 ――歩踏み込むと、強烈な光を浴びる感覚――

 

 何万年もの旅路を一瞬で通り過ぎる感覚のあと、自分たちは不思議な空間に放り出されていた。 

 

 

 まず視界に入ってきたのは。地平に沈む夕陽と、背の高い塔がひしめく街。

 今いるのは最下層で、最上層の様子は窺い知れない。

 日の光も十分に届かず、饐えた臭いの水が石畳の路地を濡らしている。周囲の住宅もかなり荒廃しており、明かりが漏れていなければ廃墟にしか見えないだろう。谷底のような路地を吹く風が血の臭いを運んでくる。

 この鬱屈した光景の本性を示すような――死と鉄の臭いを。

 

『信号、確認しました。聞こえますか白野さん。こちら生徒会です』

 

 レオからの通信だった。

 私はビーコンを兼ねているようで、わずかに周囲のマップが更新された。

 

『現在、旧校舎のリソースは白野さんの電脳体保護を最優先に設定しています。そこは月の裏側、虚数で構成された“ない”世界です、こうして白野さんを構成するあらゆる数値を観測することで意味崩壊を防いでいます』

 

 通信は良好、レオの声がよく聞こえる。

 数値の観測や意味崩壊というのは、とりあえず生徒会で私を観測している限り“位置を見失わない”ということで問題無いだろう。

 そういう電子戦、後方支援のスキルがないから足で情報収集する役目に就いたわけだし。

 

『そうだ。生徒会がそなたの肺に酸素を送り、溺死を防いでいる……マッピングは、ふむ。全域の計測は拒否されたか。だが己の周囲程度は見えていよう』

 

 尊大な口調はミナカタのサーヴァント、セミラミスだ。

 なんでもレオ曰く「旧校舎で最も優秀な魔術師」らしく、廃教会に設けられたあの祭壇からエリアマッピングとナビゲーションをしてくれる。

 レオと桜で観測、アサシンがナビゲート、そしてミナカタとマドカが情報分析。

 この役割分担で当面は進めていく。

 アサシンが魔術に通じているなんて奇妙な感覚だ。

 雰囲気的にも暗殺者(アサシン)らしさをまったく感じなかったが……。

 すぐにマップ全体、大まかな広さと生命反応の有無は解析し終わった。ここはそれほど広くないようだ。住宅街と住宅街の間、擬似的な谷の底になる。全体的に細長い構造もそのためだろう。 

 

『生命反応が気になる。お前より先にサクラメイキュウへ入った者はいないはずだ、まだ生存者がいるのであれば保護する必要がある』

 

『そなたが今いる場所にポータルを設置した。危険があればすぐにそれを起動せよ。即座に旧校舎へ帰還できる』

 

『では早速ですが、周囲の探索をお願いします。エネミーも徘徊しているようなので、死角やトラップには注意してください』

 

 目標は付近の探索。生存者がいればポータルまで案内し、旧校舎へ転送してもらおう。それに、回収できるアイテムがあれば回収しておきたい。

 バーサーカーは真っ直ぐに奥を見つめている。なにか気になるものでもあるのだろうか。

「足音が聞こえましたので。恐らくエネミーかと」

「分かった。ポータルもあるから、ここで迎撃しよう」

「仰せの通りに。では少々失礼して――」

 

 なにも見えない闇の奥から、荒い息が近づいてくる。

 徐々に大きくなる足音。

 地面の水をビシャビシャと鳴らしながら距離を縮める。

 たおやかな手で巨大な斧を握りしめたバーサーカー。

 暗闇から飛び出したソレへ、分厚い刃を振り下ろす。

 エネミーは、真っ赤な血飛沫のエフェクトをまき散らす。

「なに、今のは……」

「これがサクラメイキュウのエネミーなのでしょう――」

 さらに現れたもう一匹。飛びかかってくる大きな犬は、雷鳴のような破裂音とともに吹き飛ぶ。

 フアナが手にしているのは、ピストル?

 時代がかった前装式。いわゆるマスケット銃が火を吹いた。

 いつのまに……いや、それ以前に、彼女に武具の逸話などあっただろうか。

 発狂と幽閉、それだけであった気がするのだけれど。

 こちらの疑問に気づいたのだろう。

 振り返りながらにこりと微笑んだ。

「かつての所有ではありません。宝具の機能を利用して召喚しているのです」

 宝具の機能、と言われても。あなた、魔術とも武具とも無縁のはずですよね?

 疑問はますます深まっていく。

 けれど、現実に即するなら、そういうことなのだろう。

 バーサーカーと別に、彼女専属の魔術師がいると考えればいい。

 敬虔な信徒が魔術師を抱えているというのも、変な話ではあるが……。

 だが、今はそれ以上に引っかかることがある。小刻みに手脚を痙攣させている眼前の屍がまさしく疑問そのもの。

「今のエネミー、すごく本物みたいだった」

『はい。エネミーはあくまで敵性プログラムです。ムーンセルもアリーナの階層に応じた能力値(スペック)と、必要最低限の外観(アバター)しか用意していないはずなのに、さっきの個体は……』

『敵サーヴァントの宝具ないしスキルによって使役されていると仮定すべきでしょう。ハクノさん、なるべく戦闘は避けてください』

 レオの言うとおりだ。ここはあまりに異様すぎる。

 いっそ狂気的なほど精密にデザインされたこの空間。

 ひとつひとつのデータが、過剰に()()

 単純な情報密度だけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 常軌を逸した妄執によって創造されたこの迷宮そのものが、重圧を放っている。

 すでに窒息しそうな私である。

 しかし事態はこちらに都合よく待ってくれない。

 勇ましくエネミーを倒したバーサーカー。にも関わらず、その表情は敗者のものだった。

「………………これは」

 手が震えるほど打ちひしがれている。

 不安定な黒い瞳がさらに揺らいでいる。

「我がマスター。岸波様。どうか冷静にお聞き願いたく…………憚りながら、直截に申し上げますと、宝具の出力が大幅に、きわめて大幅に低下しております」

 サーヴァントからの報告は予想外のものだったが、驚きは少なかった。

 自分も似たようなものだから。聖杯戦争での記憶のみならず、コードキャストさえほとんど失ってしまっている。戦闘においてはごく最低限の補助が精いっぱいのありさまだ

 ほとんどの記憶と経験を失ったマスターに、宝具の機能がいちじるしく制限されたサーヴァント。

 ある意味では似たもの同士と言えなくもない。

 困惑しているのはむしろ生徒会の方だった。

『――――――本当ですか? おかしいですね、ボクのガウェインはまったく正常ですが』

 セミラミスとマドカのサーヴァントも右に同じだった。

 レオは当然のこと、レオが協力の申し出を受諾したのだから、ミナカタとマドカも一線級のマスターなのだろう。

 だとすれば、この三人と私には決定的な差違がある。

 当然、宝具の性能に支障をきたすほどのレベルである。

 沈黙を保ってきたユリウスもその可能性を認めた。

『レオ、宝具について質問を。真名解放は可能か?』

 すべてのサーヴァントが必ず保有する切り札――宝具。

 その英雄を象徴する逸話から形作られる、具現化した奇跡。

 武器ないしアイテムとして物質化したものに留まらない。

 秘剣・燕返しのような“技術”の形態もあり、蘇生や変身などの怪能力として獲得する場合もある。

 もちろん切り札であるからには相応の魔力を必要とする。

 これがそもそも不足していれば真名解放など不可能だ。

 そしてもうひとつ。真名解放ないし出力に問題を生じさせる原因として、宝具の使用になんらかの()()が課せられている場合も考えられる。

 ユリウスの問いに対するバーサーカーの答えは「否」。

 つまり、私が供給している魔力ではまったく足りないのだ。

「先ほどのような低級のエネミーであれば差し障りありません。ですが、ことサーヴァントとなると……」

 脳裏をよぎるのは廃教会前で遭遇した襲撃者たち。BBを名乗る少女と、殺生院キアラを葬った不可視の“六本腕”だ。マドカやミナカタはたまたま生徒会(こちら)の味方になってくれたが、このさきBBに従うマスターとサーヴァントが現れたとしてもなんら不自然ではない。

 そんな状況でバーサーカーは実質的に宝具を封印されている。

 けれど生徒会長はあっけらかんとしていた。

『おや、そうなのですか。では問題ありません、むしろ幸運だと考えましょう』

「い、いま、なんと」

『幸運ですよ』

 凍りつくバーサーカーと対照的にレオは朗らかだった。

『一から十に進む。最強から最弱に至る。何もないところから、窮地を乗り越えて成長する――それが誰の得意技か、ボクはよく知っています』

 絶対的な確信がゆらめいた怒りの炎を鎮める。

『リハビリの必要性は認めざるを得ませんが。安心、いえ――刮目してくださいフアナ女王。貴方が認めたマスターは、類い希な資質を持つ人物ですので』

 レオの言葉でバーサーカーは落ち着いたようだ。記憶があいまいな自分よりも、レオの方が岸波白野について詳しいのはどうにもヘンな気分だが、足を止めてもいられない。

 慎重に慎重を重ねて、暗闇の中を進んで行こう。

 

 

 

 

 セミラミスのナビゲーションに従いつつサクラメイキュウの探索をつづける。

 いまのことろサクラメイキュウにいるのは私とバーサーカーのほかにあの猟犬だけらしい。

 人の気配は皆無で、住宅街の灯りが辛うじて視界を確保してくれている。

 嗅覚を麻痺させるほどの強烈な血の臭いに耐えながら進むうち壁に行き当たった。

 探索した領域はちょうどこの階層の五割ほど。この先にも迷宮が広がっているはずなのだが、堅牢なつくりの門扉(シールド)が道を塞いでいる。

『迂回路もなし。ふむ、材質はブラックアイス型防壁(プログラム)とある。してマスター、なんだこの巫山戯たセキュリティレベルは』

『俺に聞かないでくれないか。いくらなんでも専門外だ』

『どれどれ――――――ランク(スター)、とありますね。桜、この記号の意味について確認しても?』

 尋ねられたミナカタはお手上げという風に匙を投げた。

 マスターよりもサーヴァントの方が優秀な魔術師というのも気苦労が多そうだ。

 あの陰鬱な無表情はもしかするとそのせいなのかもしれない。だとすれば哀れむ気持ちもわいてくる。

 微妙に緊張感のない廃教会組はさておき、プロフェッショナルが集う生徒会は異常事態を察知した。

 レオに問いかけられた桜はひどく驚いている。そんなに例外的な事象なのだろうか?

『わ、私もはじめて見ました。セキュリティ段階のランクはサーヴァントのパラメーターと同じなんです』

『Eをもっとも低いものとして、Aを最高とする五段階。規格外としてEXがある、ということですね』

 ごく珍しいケースで(プラス)(マイナス)がつくこともある、と桜はつけ加えた。しかし✰という表記は存在しないという。

 桜とマドカが映像データをもとに防壁のスキャニングを試みたものの成果なし。計測そのものが不可能という結果だけが判明した。

『ん、んん……? あれ? カウントオーバーじゃないな、数値化不能って出てるんだけど?』

『あり得ません! ムーンセルのライブラリにも存在しない、新種の防壁なんて――!』

 ムーンセルのAIから見てこの扉は非常識なもの。それどころか、存在してはいけないもののようだ。

 悲鳴じみた声を挙げる桜とは対照的にマスターたちは冷静そのもの。現状を打破すべく各々で動き始めている。

 事実、まずはとにかく目の前のコレをどうにかしない限り迷宮探索は無期限で中断せざるをえない。

 こちらでもバーサーカーとともに周囲の様子を調べてみようと動き始めたところ、

『扉についてはひとまず後だ。岸波白野、周囲の霊子が大きく揺らいでいる。用心しろ、俺の勘だが――』

 ユリウスの忠告は途中でばっさり途切れた。

 生徒会や廃教会との通信がすべて切断された。砂嵐のようなノイズにかき消されて、旧校舎からの声がまったく聞こえない。

 明確な妨害行為。悪意にみちた工作だ。おかげでこちらは不利に陥っている。

 当然、敵にとってはこのうえなく有利な状況。死角からの襲撃だけは避けなければと身構える。

 そして――

 

「そこまでよ、三流マスターとその僕。素寒貧のクセに人の心をまじまじと見ないでくださる?」

 

 突然の声に振り返るが背後には誰もいない。

 今の声はいったいどこから――いや、それより、この声は確か……。

 真っ先に“まさか”という感情がわく。そんなハズがない。なにかの間違い、あるいは自分の勘違いでありますように。

 どれだけ脳裏から追い払っても最悪の可能性を予感してしまう。

 逃避しようとしても残酷な光景が私の目の前で現実化した。

 

「ようこそ、私の城へ。これっぽっちも嬉しくないけど歓迎だけはしてあげる」

 

 目に焼きつく鮮やかな赤。間違いなく彼女の、遠坂 凛の象徴的な色。

 私と同じく聖牌戦争に参加したマスターの一人。その中でもレオとともに優勝候補に数えられる超一流の魔術師(ウィザード)だ。

 そんな彼女がどうして……まるで、この迷宮の主のような口ぶりを……。

「まるで、じゃないわ。まさしく、よ。あいかわらず気の抜けた娘ね」

「このように陰惨な城の、主? 岸波様? もしやとは存じますが、この方とはお知り合いで……?」

「そうだって言ってるじゃない。私はこの城の女王(クイーン)にしてムーンセルの新たな支配者――――そう、しぶとく生き残ったあなたたちを管理・支配する、月の女王様とお呼びなさい!」

「は、はぁ。あの、この方はいつもこのように泥酔して醜態を? え? 違う?」

 バーサーカーは凛の宣言を酒に酔ってのものだと解釈したらしい。残念ながらあのコは素面です。

 お知り合いである私からの訂正を受けて果てしない困惑は深い憐憫へと移り変わった。

 目に涙を浮かべてしまっているではないか。あまり人のサーヴァントを困らせるような真似はしないでほしい。

 それはともかく、凛が月の女王? セミラミスが耳にしたら立腹しそうな、否――しぶとく生き残った、とは私やレオのことだろう。それを管理・支配すると言ったのか。彼女が正気であるとすれば、文字通り生徒会への敵対宣言に他ならない。

「ふん。レオの考えそうなことね、月の裏側から出たいなんて。だから唯一の脱出口であるこの迷宮にやってきた。でも残念、ぜッッたいに出してあげないんだから」

 高圧的な、あるいは挑発的な態度から一変。冷たさすら感じる静けさで、凛は鋭く指摘する。

「だいたい表に戻ってどうするの白野? 貴方の実力とそのバーサーカーじゃせいぜい二回戦止まり、すぐにやられて死んじゃうだけよ」

 さらにサーヴァントの現状も一目で見抜いている。

 聖牌戦争でのそれと遜色ない才能を披露しながら、言動の残酷さは別人だ。

「それとも、自分から死にたい趣味なワケ? そういうことなら――――――――ここで私が()()()()()()OKよね?」

 信じがたい。信じたくない。記憶があいまいな自分でも酷いショックを受けるほど、それは、凛に不釣り合いな言葉だった。

 実力主義でも清廉潔白。誰よりも頼りになるライバルが。

 何故あんな、凄惨な空気をまとっているのか。

 畳みかけるように凛は「旧校舎から出てこなければよかったのに」と微笑む。

 大人しく引きこもっていれば。安全な場所に隠れていればいい、と。

 むざむざ約束された安寧を捨ててサクラメイキュウへ出てくるから、と。

 つまり今の岸波白野はまさしくカモネギ。

 ()()()()()へノコノコ迷い込んだ、()()()()()()であり()()()()()()()

 

 

 だから――――覚悟なさい?

 

 真っ赤な舌で唇を舐める。獰猛な目でこちらを捉え、離さない。

 片腕を高くかかげる様は捕食者が威嚇するように見える。

 手の甲に浮かび上がる令呪を示しながら、

 

「マスター、サーヴァントが来ます!」

 

「ご名答! 来なさい、ランサー!」

 

 マスターの命によって参じた偉丈夫は、しかし憂いを帯びていた。

 首から下を覆う青の戦装束。手にした真紅の長槍が彼の宝具だろうか。

 しかし端正な顔立ちのランサーはひどく消耗した様子だ。全身いたるところに傷がある。

 どれも致命傷にはほど遠いけれど、かなり激しい戦闘を繰り広げてきたように見える。

 凛も異常に気づいて落ち着きを失う。戦闘なんてほかにどこで発生するというんだ?

「何やってるのよランサー! 貴方、さっきまで歌姫(ディーヴァ)のところにいたんじゃ……」

「コレか? あぁ、コレはなんてことねぇよ。ただの世間バナシみたいなもんだ」

「ッ――――またバーサーカーが暴れたのね!? 何度目よあのポンコツサーヴァント、ちょっと目を離したらすぐにこうなんだから!」

 怒りに任せて地団駄を踏む凛。私の知る彼女よりも感情の起伏が激しい。なんらかの魔術で精神的に不安定化されているみたいだ。

 当のランサーは大笑しながら暴走癖のある仲間をフォローした。

「ちょいと気合いが入りすぎてるくらいがちょうどいいってな!」

 懐の広い兄貴肌のランサーも凛に睨みつけられて肩をすくめた。

 こんな風でもマスターの意向には従うのかと意外に思ってしまった。

 内輪もめの件はそれでひとまず打ち切られた。ランサーはかろやかな動作で長槍を構え直し「さて」と一言置いた。たったそれだけの槍捌きからも彼の熟達した技を見て取れる。

「そこの()()()()にお引き取り願えってんならそれでも構わんが。姿をくらましたキャスターを探すのは後回しと認識していいんだな?」

 愉快そうなランサーは流し目をこちらによこしてくる。私としてはリアクションに困るばかりなのだが、バーサーカーの方はまたもや憤怒の炎が燃え上がりはじめている。かすかに聞こえた歪な音は、バーサーカーの歯ぎしりか。飄々とした色男に忌避感を抱いているようで、見れば斧を携えた手が激しく震えている。

 陣営の内情を暴露された凛はそのことよりキャスターの動向を気がかりにしている。

 魔術師の英霊ともなれば防衛線で無類の強さを発揮するクラスだ。迷宮に扉を設けてまで道を塞ごうとする凛にしてみれば是が非でも押えておきたいサーヴァントには違いないが、しかし動揺の程は私の想定を超えて深刻だった。

「なんですって――――!? あのキャスターは歌姫(ディーヴァ)の牢獄に閉じ込めていたのよ!? それがどうして脱出なんて、もしかしてショコラリリーがまた余計なマネを……!!」

「いやあバーサーカーと気分よく死合ってたらウッカリ鉄格子をぶっ壊しちまってな。いや本当にスマン、このとーり」

「ラ~~~~~~~~~ン~~~~~~~~サ~~~~~~~~~~~!!!!」

 凛は眼球にまで青筋が浮かびかねない勢いで怒り狂っている。

 果たしてランサーの真意はさておきこれは好都合だ。万全の状態でないにせよ、いまの私たちでは凛とランサーを正面切ってしのぎきれる可能性など万に一つもあり得ない。ここは三十六計。すなわち逃げるに如かず。

 いよいよ我慢の限界に達して理性が吹き飛んでしまった凛はこちらに気づいていない。

 バーサーカーともどもそろり、そろりと後退する。

 二人のやり取りが遠くなり、十分な距離をとって一気に脱出――――!

 

 凛と蒼衣のサーヴァントの声を背に、迷宮を走り抜ける。

 追撃はないようだがさらに二つの謎が生まれてしまった。

 行く手を阻む絶対防壁(ファイヤーウォール)に、豹変した遠坂凛。

 あの口ぶりでは彼女がこの迷宮の主であり、私たちを旧校舎に閉じ込めた元凶のようだ。

 

 いったい凛の身になにが起きたのだろう――――――――?

 

 



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