夜天のウルトラマンゼロ (滝川剛)
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プロローグ ★

この度此方でも投稿する事にしました。長い話ですが、お付き合い頂ければ嬉しいです。それではプロローグを。

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 暗黒の宇宙空間を、無数の巨大な黒い影が飛び交っていた。それらは人型をしている。漆黒の数十メートルはある巨人達だ。巨人達は皆同じ黒い姿をしている。

 

 その中に混じり、1人だけ赤と青の鮮やかな色をした巨人の姿が見えた。巨人達は宇宙を自在に飛び回り、ぶつかり合っているようだった。激突する度に激しく火花が飛び散ってい る。

 

 漆黒の巨人達は集中して1人を襲っているようだ。どうやら鮮やかな色をした巨人は、唯1人で漆黒の巨人数十体と戦っているらしい。

 

 一見1人の方が不利に見えるが、鮮やかな色をした巨人は、ことごとく漆黒の巨人達を撃破して行く。巨大な拳が敵を打ち砕き、巨木のような脚が群がる巨人達を蹴散らす。戦闘能力が明らかに勝っているようだ。

 バラバラに向かっては不利と判断したのか、 漆黒の巨人達は一斉に1人に襲い掛かる。だが鮮やかな色をした巨人は動じず、頭部から何かを取り外し胸部に取り付けた。

 

 それと同時に、凄まじいばかりの光の激流が暗黒の宇宙を切り裂いた。放たれた光を浴びせられた巨人達は次々と破壊され、爆発の閃光が宇宙空間を明るく照らす。光は恐ろしく威力の高い破壊光線のようだ。

 

 閃光に照らし出される巨大な姿。若きウルトラ戦士『ウルトラマンゼロ』である。

 胸部に取り付けた『ゼロスラッガー』を放熱板に放たれる必殺光線『ゼロツインシュー ト』が漆黒の巨人『量産型ダークロプス』を量子レベルにまで破壊する。周囲の隕石群が巻き添えを食って消し飛んだ。

 

『これで終わりだあっ!!』

 

 止めに放たれたツインシュートの掃射を受け、生き残っていた量産型ダークロプス達は粉々に爆発四散し、破片を宇宙にばら蒔いた。 そこでようやくゼロは緊張を解く。

 

『手間掛けさせやがって……貴様らがこんな所に居るとは思わなかったぜ……』

 

 ゼロが今居る世界は『光の国』が在る故郷の宇宙でも、『ウルティメィトフォース』の仲間達が居る宇宙でも無い。

 『ウルトラマンノア』 より授けられた『ウルティメイトイージス』を使いやって来た、別次元の宇宙である。

 『べリアル銀河帝国』を壊滅させ、宇宙警備隊も軌道に乗り人員も増えて来ると、ゼロ達が出動する程の事件も少なくなっていた。それでゼロは皆に一旦別れを告げ、1人修行の旅に出ていたのである。

 

 そんな中、量産型ダークロプスの生き残りの存在を察知し追跡して来た訳だ。恐らく光の国襲撃の為に送り出された1部隊が、転移のミスで此方の世界に流されたのであろう。

 

『これで全部だな……さてと、引き揚げ……!?』

 

 そう呟いた時、背筋に冷たい刃物を差し込まれたような悪寒に襲われた。それとほぼ同時に、凄まじいまでの勢いで必殺の斬撃が背後から放たれた。

 

 迫る死の一撃。完全に不意を突かれた形だ。 だがこれでムザムザやられるゼロでは無い。

 

『こなクソォォォッ!!』

 

 電光の反射神経とズバ抜けた身体能力で、咄嗟に身体を捻り寸での所で攻撃をかわす。ギリギリの空間を斬撃が掠めて行った。

 

 危ない所であった。並のウルトラ戦士ならば死んでいただろう。それほどの威力が込められた攻撃だった。ゼロを脅かしたものはブーメランのように回転し、持ち主の元へと戻って行く。

 

 それは量産型ダークロプスも装備している 『ダークロプススラッガー』だった。だが量産型にこれ程のパワーは無い。ゼロを脅かす程の威力でスラッガーを放てるのは……

 

『貴様っ! あの時ぶっ壊した筈!?』

 

 驚くゼロの前に立ち塞がるのは、禍々しい橙色と漆黒の身体をした巨人『プロトタイプ・ ダークロプスゼロ』であった。

 量産型とほぼ同じ姿だが、両手が鉤爪になっている量産型と違い、赤く光る単眼以外はゼロと全く同じ姿をしている。

 

 べリアル銀河帝国で製造された量産型ダークロプスのプロトタイプ。『ディメンジョンコア』なる強力なエネルギー源で稼働し、量産型とは比べ物にならない戦闘能力を誇る巨大機動兵器だ。

 実験機として、コスト度外視で技術を詰め込んだ特別製なのだろう。

 

 以前多次元宇宙で戦った時は辛うじて撃破する事が出来たが、その戦闘能力パワーはゼロと互角以上であり、同じ武器能力を備えた強敵である。

 

 最悪のタイミングだ。此処に至るまで数十体の量産型と激しくやり合い、エネルギーは残り少ない。『ウルティメィトイージス』も連続しての次元転移の影響で使用不能。勝ち目はほとんど無い。

 

 

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 今の体力ではギリギリ逃げ切れるかどうかという所であろう。もっともゼロに逃げるつもりなど無い。負けん気が強く敵に背を向けるなど我慢出来ないのだ。人間に換算するとまだ高校生くらい、色々修行が足りない。

 

『行くぜええっ!!』

 

 ゼロはゼロスラッガーを両手に構え、漆黒の巨人に飛び掛かった。ダークロプスもスラッガーを手に迎え撃つ。 数十メートルの巨人同士の激突は凄まじい。

 互いの刃が打ち合わされると込められたエネルギーが激しくスパークし、斬撃は空間をも切り裂かんばかり。超高速の剣劇だ。 一見互角に戦うゼロだが、じりじりと追い詰められつつあった。

 

(チイッ!)

 

 焦るゼロ。このままでは確実にエネルギーが尽きて殺られてしまう。胸の『カラータイマー』が点滅を始めていた。 一瞬だがゼロの意識がタイマーに向いてしまう。

 ダークロプスはその僅かな隙を見逃さなかった。ダークロプススラッガーの斬撃の嵐が飛ぶ。

 

『ぐわああああぁあぁぁっ!!』

 

 ゼロの全身を刃の乱舞が襲う。鋭い刃に切り裂かれ、身体から鮮血のように火花が飛び散った。更にダークロプスは追撃を掛けようとする。

 

『ゥオオオッ!』

 

 苦し紛れに振り回したスラッガーがダークロプスの顔面を掠め、警戒したロプスは一旦後方に退がった。

 機械であるダークロプスは冷徹そのもの。このままエネルギー切れを待っても十分に勝てると判断したのだ。だが今のゼロには有りがたい。それに乗じて後ろに退がり距離を取った。

 

(クソッ……!)

 

 ゼロは心の中で悪態を吐く。ダメージは酷くエネルギーは残り少ない。殺られるのは時間の問題だ。何としてもこの危機を脱しなければならない。様々な考えが頭をよぎる。

 

『こうなりゃ、一か八かだ!』

 

 ゼロは覚悟を決めた。スラッガーを握り直すと、残りのエネルギーを集中させる。後先考えない使い方だ。一発勝負に出るつもりのようだ。

 

『食らいやがれええっ!!』

 

 若きウルトラ戦士はスラッガーを構え、一気にダークロプスに突進した。その姿がかき消すように見えなくなる。超高速で移動している為、肉眼では捉えきれないのだ。

 『ゼロスラッガーアタック』高速で突撃し、瞬時に敵をバラバラに切り裂く必殺技の1つである。しかし無謀であった。この状況でそんな大技が当たるのだろうか。

 案の定ダークロプスは、高速で迫るゼロの斬撃を僅かに身体を捻り余裕でかわす。完全に動きを見切られていた。ゼロの動きも精彩を欠いている。

 

 だがゼロの狙いは次に有ったようだ。擦れ違い様にダークロプスの顔面を狙い、最大出力で額のビームランプから破壊光線『エメリウムスラッシュ』を叩き込んだ。緑色の閃光が無音の宇宙を明るく照らす。

 

 命中したと思いきや、ダークロプスはスラッガーを盾代わりにして顔面をガードしていた。 ゼロの狙いを読んでいたのだ。最後の力を振り絞った攻撃をかわされたゼロに、最早打つ手は無 い。

 

 勝利を確信した漆黒の巨人は、止めとばかりに死神の鎌と化したスラッガーを振り降ろす。

 

『掛かったな!!』

 

 ゼロのしてやったりの声と同時に、ダークロプスの鳩尾を銀色の長大な槍が深々と貫いていた。

 

『ガアアアアアアアァァッ!?』

 

 絶叫のような合成音声を上げる漆黒の巨人。 内部メカニズムに致命的な損傷を負ったのかガクリと崩れ落ち、赤く輝く単眼がゆっくりと消え完全に動きを停止した。

 ダークロプスを倒した銀色の槍は光となり、『ウルティメイトブレスレット』に収納された。

 『ウルトラゼロブレスレット』だ。様々な機能を備えた万能武器である。『ウルティメィトブレスレット』に収納しているのだ。

 

 エネルギーの消費と関係無く使用する事が出来る。しかし今の体力では正面から使っても、 容易くかわされてしまうとゼロは考えた。

 そこで残りのエネルギーを全てダミーの攻撃に回し、ブレスレットの目眩ましにしたのである。

 

 失敗すれば一貫の終わりの大博打だったが、 彼は見事に賭けに勝ったのだ。流石にゼロの戦闘センスはずば抜けている。

 しかし身体はもう 限界だった。喘ぐようにカラータイマーが点滅を繰り返す。その時である。機能を停止した筈のダークロプスの眼に再び光が灯った。

 

『只では死なんぞ! 貴様も道連れだ!』

 

 漆黒の巨人は両手を振り上げ、ゼロを模した合成音声で勝ち誇ったように叫ぶ。機能停止寸前のボディーで、胸部に収納していた『ディメン ジョンコア』を起動させた。体内からせり出した巨大なレンズ部分に光が灯る。

 

『しまった!?』

 

 ゼロが気付いた時は既に遅かった。巨大レンズが光を放つ。目も眩む凄まじい閃光であった。

 

『果てまで吹き飛べ! ウルトラマンゼ ロォォォッ!!』

 

 次の瞬間周囲の空間を揺るがして、巨大な光の竜巻がゼロを襲った。相手を次元の彼方に吹き飛ばすダークロプスの最終兵器『ディメンジョンストーム』だ。

 

『うわああああぁぁぁっ!!』

 

 凄まじい光の渦の中、ゼロは為す術も無く空間異常に巻き込まれ、その姿はこの世界から完全に消え失せてしまった……

 

 

つづく

 

 

 




次回『ひとりぼっちの地求人とM78から来た男や』


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邂逅編
第1話 ひとりぼっちの地球人とM78から来た男や ★


 

 

 関東に位置する某県の海沿いの一都市『海鳴市』海と山に囲まれた風光明媚な所である。

 かと言って田舎と言う訳では無く、都市部や人が住まう所は発達しており、豊かな自然と都会の利便性を備えた住みやすい街だ。

 

 その海鳴市の中心部から幾分外れた閑静な住宅街の一角に、かなりの大きさを誇る立派な邸宅が在った。

 しかし大きな外観にも関わらず、中はひっそりと静まり返っている。灯りも点いていないようだ。空き家なのかと思いきや、其処には住人が1人だけ住んでいた。

 

 その広い邸宅のリビングで、夜も遅いというのに電気も点けず、車椅子の少女が唯1人ポツンと佇んでいる。

 少女以外に人気は全く無い。広い家の中は他の気配が無い事も相まって、寂寥感さえ漂っているようだった。この車椅子の少女が邸宅の唯1人の住人である。

 

 少女は小学3年生相当の年齢に見えた。栗色の髪をショートカットにし、赤と黄色の髪留めをそれぞれワンポイントに付けた可愛らしい少女だ。

 脚が不自由な事も相まって、何処と無く儚げな雰囲気が彼女にはあった。

 

 少女は天涯孤独の身の上だった。両親を数年前に亡くして以来、ずっと1人で暮らして来た。両親が残した多額の遺産と、遺産の管理をしてくれる父の友人の計らいで施設に行く事も無く、良くも悪くも1人この家で暮らしてい る。

 学校でも通えれば違っていたのかもしれないが、少女は物心付いた時から原因不明の病気の為脚が不自由で、今は学校も休学中だった。

 

 学校に通っていた時も休みがちだったので、仲の良い友達も居ない。クラスメートも自分と言う人間が居た事すら覚えているかどうか怪しいものだと少女は思った。

 少女『八神はやて』は自分がマイナス思考に陥っていた事に気付き、苦笑いを浮かべた。勝手やな……とはやては自嘲する。

 彼女は頭も良く、苦しい事にも負けない芯の強さを持っていたがまだ小学生なのだ。心が沈んでしまう時もある。

 特に8歳の誕生日に、人気の無い静まり返った家で1人の時は、嫌と言う程孤独を思い知らされる。何も無い自分を。未来すら……

 はやては温もりの無い薄暗い室内を見回して、また考えてしまう。私は一生1人きりなのだと……

 

 自宅と病院、図書館などを往復する以外はあまり外出もしない日々。本を読んだりして空想の世界に浸る事だけが楽しみだった。

 車椅子の少女が1人気軽に外を歩くには、日本と言う国はまだまだ障害が多い。自然と行動範囲は狭まり、他者との接触も減って行く。

 

 自分の障害の事で気後れしてしまうのも否めない。弱者として一方的な同情を受ける事も嫌いだった。更にもう1つの理由が更に彼女を他人から遠ざける。

 このまま自分は何を成す事も無く、誰にも必要とされず誰にも愛されずに忘れ去られ、1人この家と共に朽ち果てて行くのだろうと、少女はぼんやりと思う。緩やかに死んで行くだけ。それが自分の人生なのだと……

 だがその達観は幼い少女が辿り着くにはあまりに惨い答えだった。行き着いた時、堪らない寂寥感が少女の小さな肩にのし掛かる。

 

「あれ……?」

 

 知らない内に涙が滲んでいた。誰も見ている者など居ないというのに、はやては慌てて零れ落ちそうになる涙を拭う。哀しい習性だった。

 

「あかんなあ……みっともないわあ……」

 

 1人になってから増えた独り言を呟き、自分に言い聞かせるように強がった。そうでもしないと色々なものに負けてしまう。どんなにしっかりしようが達観しようが、やはりまだ子供なのだ。

 

 はやては車椅子を進め、庭に面したガラス戸を開ける。ともかく気分を切り替えたかった。このまま沈んでいると、大好きな本を読んで主人公に成りきるくらいでは復活出来そうにない。

 

 車椅子を進めると、6月の少し湿った夜気が頬を撫でる。遅い時間帯なので人通りも全く無い。家の中同様に、住宅街もひっそりと静まり返っていた。

 まるで世界に自分しか居ないような気分になり、それを振り払うように夜空を見上げる。

 

「うわあ……」

 

 はやては思わず感嘆の声を上げた。一面の星空だった。宝石箱をひっくり返したような光が瞬いている。こんなに綺麗な星空を見られるのは珍しい。少女は今だけは全てを忘れて星空に見惚れていた。

 

「なんや……星の王子様でも落ちて来そうな星空やな……」

 

 不思議と胸がドキドキして、居ても立ってもいられない感覚。何故だろうと思ったその時、一際強い光が視界に入った。

  明らかに星の光では無い。力強い輝きだった。何だろうと思い眼を凝らすと、光はある形を取っ手行く。

 

「人……? 人が降りて来る……!」

 

 驚く少女に気付いていないのか、妙な姿をした人物はフワリと庭先に降り立った。

 

 

 

 

 その人は星空から降りて来ました。

 

 

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 落ちて来たのでは無く降りて来たのです。最初は見間違いかと思たんですが、間違いなくその人は空に浮いていました。昼間やったら大騒ぎになりそうです。

 

 怪我をしとるんか降り立った後によろけてしまい、そのまま庭に踞ってしまいました。何か胸の辺りで、赤い光がチカチカ点いたり消えたりを繰り返しています。

 近くで見るとその人は、鉄仮面みたいな顔に、銀色の鎧のようなものに覆われた胸と肩、それに赤と青に色分けされた身体をしていました。

 

 『星の騎士』そんな言葉が浮かびます。一見着ぐるみか何かと思たんですが、直ぐに違うと判りました。

 鉄仮面みたいな顔と鎧も見た事もない光沢を放っとって、赤と青の身体には皺1つ有りません。えらく生々しいです。

 全部引っくるめて生きているように見えました。この人はこういう身体をしてるんやなあ…… などと呑気に思てしまいました。

 私は怖くないんやろか? 冷静どころか、好奇心で一杯の自分に驚いてしまいます。怖いとか怪しいだとかは不思議と浮かんで来ませんでした。

 

 キラキラ光る星の空から降りて来る姿が、何かのおとぎ話の一場面のように見えて見惚れてしまったせいかもしれません。

 それに星空から降りて来たなんて、ホンマに星の王子様みたいやないですか。何て思うんは乙女チック過ぎやろか?

 そんな恥ずかしい事を考えとったんですが、その人が苦しそうに見えたので心配になった私は、取り合えず声を掛けてみようと思いました。いざやろうとすると緊張してしまいます。

 

 するとその人の身体が急に光り出しました。 そしたら姿があっという間に変わって行きます。まるで映画の逆回しみたいに銀色の顔がぼやけて、赤と青の身体も変化しました。

 

 光が消えた後には、傷だらけの15、6歳位のお兄さんが踞っていました。その人はゆっくりと顔を上げます。切れ長の目が鋭い感じの、整った顔立ちの男の子でした。民族衣装っぽい服が似合っとる。

 

 戦士。そんな感じの浮き世離れした感じのイケメンさんやなあ……と興味深く観察しとると、お兄さんは私を見て目をまんまるくしました。どうやら今私に気付いたようです。

 あっ、今この人必死で言い訳考えとる。判り易い人やなあ。

 おっ? ヨロヨロやのに立ち上がった。無理せんでええのに……

 

「済まん! 見なかった事にしてくれ!」

 

 お兄さんは地面にぶつかる位の勢いで、思いっきり頭を下げて来ました。結局何も思い付かんで開き直ったようです。

 私はさっきの暗い気分をすっかり忘れ、悪いとは思っても堪えきれず大爆笑してまいました。

 

 

 

 

 何とか次元の狭間を抜けられたか……もうエ ネルギーが保たねえ……

 

 ダークロプスに吹っ飛ばされた後、次元の狭間を流されていた俺は、運のいい事に元の世界の地球のすぐ側に出る事が出来たらしい。『ウルティメィトブレスレット』が反応していたようだ。有りがたい……

 

 記録映像で見た事のある、蒼く美しい惑星が目 に入る。お袋が住んでいた星……

 いけねえ……ボーッと見入ってしまった……もう頭も上手く働かねえ……限界だぜ……地球に降りてエネルギーを最小限に抑える形態にならねえと……

 

 俺は大気圏を抜け、地球の濃い大気の中に入った。独特の香りがする。懐かしさを感じるのは、俺の中の地球人の血が反応しているのかもしれない……

 

 だがじっくり感慨に耽っている暇は無かっ た。『カラータイマー』が激しく点滅し限界を告げている。

 地球に入った事でエネルギーを急激に消耗してしまったようだ。怪我さえ無かったら宇宙空間に居た方がいいんだが仕方がねえ……

 

 俺は身体のサイズを本来の49メートルの大きさから、人間サイズまで縮小した。もう本来の大きさを保つ事すら出来ない。幸い辺りは暗い。

 

 クラクラする頭でやっと地上に降り立った俺は、最後の力を振り絞って自らのDNAを組み替える。この前は『ラン』の身体を借りたが、今はその余裕もねえ……

 自分に混じっている地球人の遺伝子を構築、人間としての俺に変化した。妙な感覚だ……ランの身体を借りた時とはま た違う……俺自身が人間という生命体になっているのだ……

 言ってみれば、ウルトラマンゼロが人間として生まれた場合の姿という訳だ。これはハーフの俺ならではの方法だろう……

 細かい事はいいとして……無事変身は完了。 助かった……これで怪我を治してエネルギー チャージが完了するまで地球人に紛れていれば……

 

 などと考えながら頭を上げると、目の前に不思議そうな目で此方を見ている子供が居た…… 俺は絶句してしまった。やっちまった?  やっちまったのか俺えっ!?

 地球に来た瞬間に正体バレるなんて、不動の新記録作ってどーすんだよ! 誰も破れねえよ!

 もの凄く焦った俺は、混乱する頭で必死に打開策を考えた。何とかコイツを誤魔化して立ち去る、これしかねえな……

 俺は懸命に上手い言い訳を考えようとした。脳細胞が煙を上げる位に考えた。スラッガーが載っていたらずり落ちる位にだ。

 だが無情にも霞みが掛かった俺の頭には、何1つ良い考えが浮かばない……考えてみりゃ、戦いと修行に明け暮れていた俺に、そんな気の利いた事言える訳がねえ……

 俺は開き直る事にした。地球人はほとんどが良い人ばかりだそうだし、俺も半分地球人だ信じよう!

 

「済まん! 見なかった事にしてくれ!」

 

 俺は自分なりに、目一杯誠意を込めて頭を下げたのだが……おい! コイツ大笑いしてんじゃねえか!?

 

 

つづく

 

 




次回『地球(料理)いただきますや』


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第2話 地球(料理)いただきますや ★

 

 

 さて……やっとこさはやての爆笑が収まった。 先程と違い笑い過ぎて涙が滲んでいる。あっさり正体がバレてしまったゼロはヤケクソ気味に、

 

「バレちまったものはしょうがねえ……そうだ 俺はウルトラマンだ!」

 

「うる……とら……まん……?」

 

 余韻もヘッタクレも無い、早すぎるにも程がある告白を聞いてはやては小首を傾げた。まったくピンと来てない表情である。そこで初めてゼロは、色々おかしな事に気付いた。

 

 少女の反応もそうだが、家の様子や周りの街並みが古すぎる。ゼロの居た世界の地球人は既に広く宇宙に進出し、地球も超未来都市になっている筈である。

 

 これでは以前記録映像で見た、遥か昔の地球だった。父である『ウルトラセブン』が地球に滞在していた頃の地球の風景に似ている。

 

 タイムスリップでもしたのかと思ったが、それならば彼女がウルトラマンの事を知らないのはおかしい。

  推察するに少なくとも『ウルトラマン80』や 『ウルトラマンメビウス』が滞在していた頃に近い筈である。

 

「おいアンタ、じゃあ此処には怪獣も居ないのか?」

 

「ええっ? 怪獣……? そんなんお話の中だけのもんでしょう……?」

 

「なっ!?」

 

 さも当たり前のように言う少女の言葉に、ゼロは愕然とする。此処はどうやら全く別の世界の地球のようだ。『ダークロプス』の『ディメンジョンストーム』により、無数に存在する別の平行世界に流されてしまったらしい。

 

 『光の国』が在る故郷でも『ウルティメィトフォース』のメンバー達が居る世界でも無い、全く別の世界。『ウルティメィトイージス』の力で次元移動が可能なゼロでも、元の世界に帰るのはほぼ絶望的だった。

 

 自分が今居る世界が何処かという事すら分からないのでは、数多に存在する平行世界の中帰りようが無い。ウルティメィトブレスレットも元の世界に導いてはくれなかった。

 

 その絶望的な事実の前に、今まで身体を支えていた最後の気力が尽きた。ゼロの意識は急速に遠退いて行く……

 

 ゼロは庭先にガクリと崩れ落ちてしまう。はやては慌てた。

 

「アカンって、こんな所で倒れたら、取り合えず家に入りっ?」

 

 意識が混濁している少年の手を取り、家に入るように促す。片方の手で手を引き、もう片方の手で車椅子を動かすので大変だ。

 

 それでも悪戦苦闘の末、リビングのソファーに誘導して横たわらせる事が出来た。やり遂げたという妙な達成感がある。

 はやてはフウ…… と額の汗を拭った。横になった少年を見ると、気持ち良さそうにスウスウ寝息を立てて寝入っている。その無邪気な寝顔を見て、思わずクスリと笑ってしまっ た。

 

(さてと……)

 

 一息吐いた所で、これからどうしようかと考えてみる。

 

(怪我をしとるみたいやから……救急車か、石田先生にでも連絡した方がええか……?)

 

 石田先生とは、彼女の主治医のお医者さんで、何かと気に掛けてくれる優しい女医さんである。はやてはあまり頼らないようにしているのだが、あまり酷いとどうしようも無い。

 自分が困った時だけ頼みにしようというのは、虫が良い気がして気が引けるが……

 

(でも……この人普通やないし……調べられて正体がバレたりしたら困るかもしれんなあ……)

 

 空から降りて来た事といい、変身した事といい、どう考えても普通では無い。下手な真似をして少年を危険に晒すような事はしたくなかった。最悪捕まって実験動物にされてしまうかもしれない。

 

 はやては色々考えた末、まずは怪我の程度を調べてみる事にする。着ていた民族衣装に似た服を捲ってみると、身体中痣だらけだった。

 切り傷や擦り傷もある。内出血している箇所もあったが、思ったより深い傷は無い。

 

 倒れたのは余程疲れていたからのようだ。安心したはやては救急箱を持って来た。効くかどうかは解らないが、出来る範囲で打ち身の薬を塗り絆創膏を貼っておく。

 

(後は明日、この人が起きてからにしよ う……)

 

 やれるだけの事を済ませたはやては、毛布を持って来て熟睡している少年に掛けてやる。 まったく起きる様子は無い。気が抜けたはやては自分も休む事にした。

 

 寝る支度を整え自室のベッドに潜り込む。ふとリビングの方向に目をやった。この家に他の人間が休んでいるのは何時以来だろうと、はやては思う。両親が死んでから初めてだった。妙な気分がする。

 

 それと共に充実感がある。何故だろうと考えてみると思い当たった。何時は弱者として他人から何かをして貰わなければならない立場の自分が、他人の世話をしたという事実。それが妙な達成感を彼女にもたらしていた。

 

(おっかしいなあ……)

 

 はやてはまたクスリと笑う。それはともかく、考えてみればとてつもなく怪しい人物なのだが、少年が悪い存在では無いとはやては確信していた。

 ウルトラマンを知らない世界の子供でも、本能的に自分のような者の味方だと判るのかもしれない。

 

 それ以外に、少年があの姿を見られた時の焦り方、本当に不味かったのだろう。脚の不自由な子供1人どうとでも出来ただろうに。そんな考えなど欠片も浮かばなかったようで、正面切って頭を下げて頼んで来たのだ。

 

 それもふざけて言ったのでは無く、貴女を信じますという、愚直なまでに真っ直ぐな心が籠っているのが感じられた。

 脚の障害で、他人の反応に敏感なはやてにはそれが判る。本人の反応も非常に判り易いが……

 

 そんな所も含めてとても可愛らしかったので、つい笑ってしまった。こんなに笑ったのは何時以来だろう。

 そんな事をつらつら考えていると、ようやく興奮が収まり、とろとろと眠気が押し寄せて来た。最後に頭に浮かんだのは、

 

(……誕生日……プレゼントなんやろか……?)

 

 それを最後にはやては心地好い眠りに落ちて行った……

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「んん……?」

 

 ゼロはトントンというリズミカルな音と、何やら良い匂いで目を覚ました。爽やかな日がリビングに射し込んでいる。朝になったようだ。 一瞬状況が掴めず反射的に身体を起こすが、

 

「痛ぇっ!?」

 

 身体中が刺すように痛む。やはり人間形態までダメージが引き継がれていた。しかし昨日よりはマシだった。回復して来ているのだろう。すると近場から声がした。

 

「あっ、起こしてまいました? 痛みま す……?」

 

 ゼロは声のした方向に視線をやる。リビングに隣接するキッチンで、包丁片手に料理の支度をしている車椅子の少女が心配そうに此方を見ていた。

 

「いや……大丈夫だ……」

 

 ゼロはぼそりと応える。昨晩の記憶が蘇る。倒れた後にこの子に助けられたようだ。傷の手当てもしてある。

 

「済まなかったな……大変だったろ……? 助かった」

 

 少女の脚が不自由なのを察して礼を言う。かなり苦労した筈だ。それにゼロの事を誰にも喋ってはいないようだ。家の中に他の人間の気配は無い。

 

「慣れとりますから、気にせんどいて下さ い……」

 

 はやてははにかんで微笑む。一方的な同情を嫌う彼女だが、ゼロの言葉はそう言った類いのものでは無かった。

 上から見た憐れみなどでは無い。素直な感謝の言葉だった。 はやては何だか安心して車椅子を操作して此方にやって来た。

 

「もうすぐご飯が出来ますから、その前に傷の手当てをせな……」

 

 真面目くさった顔で救急箱を取り出した。ゼロは慌てて手を振り、

 

「いや、もう大丈夫だ」

 

 断ろうとするが、はやては駄目ですとばかりに首を振り、

 

「アカンですよ、まだ背中とか手付かずやし、バイ菌でも入ったらどないするんですか?」

 

 看護師さんが、聞き分けの無い患者に言い聞かせる如し。塗り薬片手に詰め寄るはやてだったが、ハッとしたようで、

 

「ひょっとして普通の薬は効かんとか……? 私余計な事を……?」

 

 その可能性に思い当たり青くなってしまった。見兼ねたゼロはまたしても慌てて、

 

「いや、そんな事はねえ、今の俺の身体は完全に人間だ。何しろ半分は地球人の血が混じってるからな、薬も効くぞ」

 

 それを聞いてはやては、安心して胸を撫で下ろした。

 

「ほんなら薬塗りますよ、ええと……?」

 

 結局押しきる形で治療を受ける事を承知させたはやてだが、名前を呼ぼうとしてまだ聞いていなかったのに気付き言葉を止める。ゼロもまだ名乗っていなかったのに気付き、

 

「俺はゼロだ……ウルトラマンゼロ、セブンの息子……は解らねえな……?」

 

「? 私ははやて、八神はやて言います、よろしゅうゼロさん」

 

 はやてにはセブンの件は意味不明だったが、そこは流してペコリと頭を下げ自己紹介した。

 

 

 互いに自己紹介した所で、早速手当てを始めたはやては治療しながらも、好奇心を押さえきれないようで、

 

「ゼロさんは、どういう人なんですか?」

 

「簡単に言うと、宇宙人だ……」

 

「宇宙人っ!?」

 

 驚くはやてにゼロは、自分が別の世界から来た異星人である事。その世界の地球では数多くの怪獣や宇宙人が攻めて来て大変だった事。それらから地球を守る為、ウルトラマンが派遣されていた事などを話した。

 

 正体をバッチリ見られたし、ウルトラマンが居ない地球では構わないだろうと開き直ったのだ。ほとんどヤケクソである。

 

 

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 はやては目を輝かせてゼロの話に聞き入っている。本の中の出来事が現実に溢れて来たようだった。

 本物の正義のスーパーヒーローが目の前に居る。それはとても不思議な感じだと思った。はやては一通りの話を聞いて、ゼロの現状を理解し、

 

「で……色々あって、この世界に流れ着いて、 帰れんようになった言う訳なんですね……?」

 

「うう……」

 

 唸るしか無いゼロ。改めて他人から今の現状を言われると、中々に悲惨なのが実感出来る。ため息を吐いて深刻になっていると、

 

ぐぐ~っ

 

 突然自分の身体から大きな音が鳴り響いた。ゼロはビックリしてしまい、弾かれたように立ち上がった。

 

「何だ今のは!? 俺の腹の中から聴こえて来たぞ!?」

 

 もの凄く焦っている。顔色が青ざめていた。 はやては一瞬ゼロが何に驚いたのか判らなかったが、人間になったのが初めてだと言っていたのを思い出しピンと来た。

 

「お腹の虫、ゼロさんお腹が空いたんやね?」

 

 説明したのだが、それを聞いたゼロは更に青くなってしまった。

 

「腹の中に虫が居るのか!? バ、馬鹿 な……! 知らない内に『ノコギリン』でも入ったって言うのか!?」

 

 ちなみにノコギリンとは『帰ってきたウルトラマン』こと『ウルトラマンジャック』と戦ったクワガタ型の昆虫怪獣である。 体長は少なく見積もっても50メートル以上はある。

 そんなん入るかい! とツッコミたくなるが、本人は大真面目だ。未知の感覚に、流石に冷静さを無くすゼロであった。

 

「あのう……1人で盛り上がっとる所悪いんやけど……」

 

 クスクス笑っていたはやてだが、あまりにオーバーなゼロを見兼ねて、

 

「お腹の虫言うんは物の例えや、ゼロさんの身体がご飯を食べたいいう信号を出しとるんよ」

 

「そ……そうなのか……?」

 

 只の生理現象と分かってホッと息を漏らした。以前『ラン』と合体していた時は重傷を負った彼の身体を治療する必要があったので、 人間としての生理機能を停止していたのである。

 その為食事はおろか、生理現象その他も一切体験していない。

 

「ホンマに解らないんですねえ……」

 

 はやてはかえって感心してしまう。見ていて飽きない。下手なコントを観るより面白かった。

 

「仕方ねえだろ……今回が初めてなんだから よ……」

 

 ゼロは拗ねた口調になっている。負けん気の強い彼が、こうも立て続けに動揺している姿を見られてしまうのはかなり凹むものだった。 はやてはそんなゼロを元気付けるように優しく笑い掛ける。

 

「ええやないですか、何でも初めてはええもんですよ?  じゃあ初めてのご飯を食べてみましょ?」

 

「むう……」

 

 良い匂いとはやてに急かされ、ゼロは大きな食卓に座る。テーブルには見事なまでの、これぞ日本の朝食と言った感じの料理が並べられていた。

 

 だし巻き玉子に焼き鮭、ホウレン草の胡麻和え。筑前煮込に焼き海苔、豆腐とワカメの味噌汁に、炊きたてのご飯がホコホコと湯気を立てる。ゼロは思わず生唾を飲み込んだ。

 

 見事な日本の朝食だが、それだけでは無い。 焼き鮭は食べやすいようにあらかじめ骨を抜いておき、ご飯も少し柔らか目に炊いてある。

 弱っていたゼロが食べやすいように作られていた。筑前煮も何か張り切ってしまい早起きして作ったものである。作った人間の人柄が伝わって来る料理だった。

 

 ゼロははやてに食べ方や箸の使い方を1つ1つ教わりながら、恐る恐る料理に箸を伸ばし一 口食べてみる。その顔がパアアッと輝いた。

 

「美味ええっ!!」

 

 思わず大きな声を出していた。ガッツポーズまで取ってしまう。たいへん判り易い。

 

「これが食べるって事かあ! おおお ~っ!!」

 

 はやてが見ていて恥ずかしくなる程に感激している。基本光エネルギーで生きているゼロにとって、衝撃であった。ぎこちない食べ方だが、 次々と料理を空にして行く。もちろん人参も平気だ。

 

 途中詰め込み過ぎて噎せてしまったが、はやてからお茶を貰い直ぐに食べるのを再開する。 そして念の為多目に炊いたご飯もおかずも、全て食べ尽くしていた。

 はやては満足げにお腹をさすって満腹感を味わっているゼロを見て、とても嬉しそうに頬を染め、

 

「口に合ったようで良かったですわ」

 

「ああ……スゲー美味かった……それに……何か懐かしいような気がしたな……」

 

「懐かしいですか……?」

 

 意外そうなはやてにゼロは、しみじみと遠い目をして、

 

「此処は日本だろ……? 俺は日本語しか地球の言葉知らねえし……俺のお袋は日本人だって聞いてっから合うんじゃねえか?」

 

「へえ……そうやったんですか……」

 

 はやては驚いている。確かに外見は東洋っぽいが、日本人とのハーフとまでは思わなかったのだ。道理で日本語がペラペラだった訳だ。

 

 だがはやてはそこで思う。確かに地球人との混血なのだろうが、此処は彼の故郷とは違うのだという厳然たる事実を……

 

 当然この世界には、彼のもう1つの故郷の星さえ無いし同族の仲間も居ない。帰る事も出来ない彼は、この世界で本当に独りぼっちなのだ。そう考えるとはしゃいでいる少年の姿がひどく淋しく、物悲しく見えてしまう。

 

(私と同じ……いや……私なんかよりずっと……)

 

 そう思うと堪らなくなった。胸が締め付けられるように感じる。はやては自然に口を開いていた。

 

「ゼロさんは、これからどないするつもりなんですか……?」

 

 ゼロはいきなりの質問に面食らったようだが、難しい顔で腕組みして考え込む。だが当てなど有る筈も無く、

 

「正直サッパリだ……仕方ねえから、どっか人の居ない山奥にでも……」

 

「そんなら、このまま家に居ればええやないですかっ?」

 

 ゼロが喋っている途中にも関わらず、はやてがいきなり割り込んで来た。

 

「それがええですよ、何にしても住む所は必要やし、遺産のお陰で食うには困らんから、ゼロさんの10人くらい楽に養えます!」

 

 喋る暇を与えず一気に捲し立てた。ゼロは畳み掛けられて目を白黒させている。

 

「でもよ……ウルトラマンが居ない世界だと、俺ってすげえ怪しくないか……? 止めといた方が……」

 

「ゼロさんは怪しく無いしええ人や……私には判る……!」

 

口ごもるゼロに、はやては強い眼差しで断言する。短い間だが、彼女は少年の人となりを理解していた。

 

 はやては今まで奥底で他人を拒絶して来た。何も無い自分はひっそりと死んで行くだけだと…… だがこの出会いで何かが変わる気がした。

 希望。あまりにも現実離れした少年の来訪は光に見えたのだ。それに誕生日に現れた少年が、そんな自分への両親からの最期の贈り物のように思えた。いやそう信じたかった。

 

 どんなに達観しようが、やはり何処かで希望を求めていたのだろう。この常識外れの少年はそれをもたらしてくれる気がした。更にもう1つの理由が後押しする。

 はやての頭を色々な考えが頭を巡ったが、結局この少年を放っておけない自分を納得させる為の言い訳だったのかもしれない……

 

 そんな複雑な少女の心の内を知らず、ゼロはひたすら感動していた。

 

(こんな怪しげで見ず知らずの俺をこんなに心配してくれるなんて……やっぱり地球人は優しいんだな……)

 

 などと素直に思っていた。ウルトラ戦士の中で例外的にやんちゃで一番口が悪いゼロだが、基本的に人が良いのである。

 

「判った……世話になる……よろしく頼むはやて」

 

 その言葉を聞いたはやての顔が、花が咲いたように明るくなった。断られたらどうしようと少し不安だったようだ。

 

「こちらこそ……よろしゅうゼロさん」

 

 とても嬉しそうに深々と頭を下げる少女に、ゼロは困ったように頭を掻く。

 

「そんな改まんなよ……名前も呼び捨てでいい……」

 

 敬語を使われるのは柄ではない。明らかに年下の『ナオ』や『エメラナ』との接し方でも判るように、基本誰とでもタメ口である。

 ゼロの提案に顔を上げたはやては、人指し指を額に当てて少し考え込んだ。

 

(流石に呼び捨てもなんやし……さん付けも何やよそよそしいし……あっ!)

 

 思い付いた彼女は、照れ臭そうにもじもじしながらも口を開いた。

 

「ほんなら……ゼロ兄って……呼んでええです か……?」

 

 慣れていないので照れ照れのはやてに、ゼロは明らかに嬉しそうな顔をし、

 

「お、おう、構わねえぞ。俺達ウルトラ戦士には兄弟ってのは特別な意味が……」

 

「そっちの兄妹や無いですよ? あくまで歳上の人への呼び方なんです」

 

「そ……そうか……」

 

 思い切り否定され、ゼロは少々凹んでしまった。はやてはつい兄妹を否定するような事を言ったせいで、しょんぼりしてしまう少年を見て心が痛んだが、そのままにして置く事にした。

 

 何となく妹として見られるのが嫌な気がしたから……

 

 こうしてウルトラマンの少年と、天涯孤独の少女との奇妙な共同生活が始まった。

 

 

つづく

 

 

 




次回『決戦?海鳴大学病院や』


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第3話 決戦?海鳴大学病院や

 

 

 次の日、ゼロの傷はほぼ塞がっていた。はやてはその驚異的な回復力に目を丸くする。

 

「凄いなあ……もう治り掛けとる……うん、これならお風呂に入ってサッパリした方がええですね」

 

「お……ふろぉ……?」

 

 ゼロは首を捻った。発音が変である。何の事か解らないのだ。はやては苦笑する。幼児にものを教える感覚だ。

 

「解らんか……え~と……身体の汚れを落として、疲れを取る所です」

 

「なるほど……」

 

 それを聞いてゼロは納得顔をした。だが案内されて風呂場に行ったはいいものの、どうすれば良いのか解らない。設備を見ても見当も付かなかった。

 

「はやて、どうすればいいんだ……?」

 

 聞いてみるしか無い。ウルトラ族は身体の汚れやリフレッシュに、プラズマシャワーと言う光の粒子を浴びる位なので、入浴がピンと来ないのだ。

 そんなゼロに、はやては使い方や入り方を一から説明してやる。ゼロは興味深く聞き、

 

「ああ、大体解った、ちょっと面白そうだな」

 

 たちまち覚えてしまったようなので、はやては安心してキッチンに行き食事の後片付けをする事にした。 今日もゼロは沢山食べた。見ていて嬉しくなる見事な食べっぷりである。

 

(ホンマに食べさせ甲斐があるなあ……)

 

 自然顔が綻んでしまうはやてだった。誰かの為に作るという事はとても嬉しくて楽しい事なのだと改めて思う。

 料理を作るのは元々好きだったが、1人暮らしが長いとそんな感覚も忘れそうになる。最近はただの栄養補給になっていた気がした。

 

(ほんなら明日は、もっと凝った料理を作ってみよ)

 

 そう思ったら居ても立っても居られなくなった。丁度安かったので、まとめ買いしてあった食材を冷凍庫から取り出し、下ごしらえをしておこうと仕込みを始める。

 

 1人なら絶対にやらない面倒な手順を踏んで、鼻唄混じりで作業を進めて行く。ゼロが出て来るまでには、最初の下ごしらえまでは行ける筈。はやては作業に没頭していた。

 

 しかし少々集中し過ぎたようである。ふと気が付くと1時間以上も経過していた。

 

「もうこないな時間? ゼロ兄……?」

 

 リビングの方を見てみるがゼロの姿は無い。風呂から上がって此方に来たのなら、いくら何でも気付いていた筈である。

 

「ま……まさか……」

 

 いや~な予感がして、はやては大急ぎで風呂場に向かった。扉を開くと、着替えにと出した父のパジャマなどがまだ置かれている。まだ入っているのだ。

 

「ゼロ兄……?  まだ入っとるんですか……?」

 

 返事か無い。浴室の扉を開いてみると、むわっと熱気が顔に当たる。

 

「ゼロ兄ぃ……?」

 

 恐る恐る声を掛けながら中を覗くと、其処には見事に茹で上がり、真っ赤になって風呂に漬かっているゼロの姿が在った。はやてにようやく気付いて顔を向け、

 

「ち……地球のおふろとやらは……中々やるな……だが……これしきの熱さ俺には軽いぜ…… デスシウム光線に比べたらまだまだ温い……! フハハハ……」

 

 と、どう見てものぼせている少年は、汗だくでそうのたまった。

 

 

 

 

 

「堪忍なゼロ兄……初めてやから私が気い付けなあかんかったのに……」

 

 はやては、頭にアイ〇ノンを載せてソファー でグッタリしている少年に、申し訳無さそうに 頭を下げた。ゼロは決まり悪そうに頭を掻き、

 

「いや……そのな……俺も途中でヤバイかなと思ったんだが……何か負けたような気がして…… つい……な?」

 

 はやてはプッと吹き出してしまった。

 

「もう……お風呂は勝負する所や無いで? ゼロ兄はしゃあないなあ」

 

 笑いを堪えながらも、しっかりと注意して置くはやてだった。最初はタメ口に遠慮があった彼女だが、もう遠慮は無くなっている。これもゼロの人徳? 故だろうか?

 

 地球生活2日目のゼロはまだこんな感じである。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 さて……ウルトラマンゼロが八神家にやって来てから更に3日が過ぎていた。

 その間はやてから日常に必要な知識や、一般常識を教えて貰っていたゼロである。少し怪しいが、最低限の常識を身に付けた所ではやては、

 

「ゼロ兄、今日は外に出てみよ?」

 

「よし実戦だな? 任せろ!」

 

 その提案にゼロは握り拳で気合いをいれる。 はやては知識だけより経験も大事だと思ったのである。

  ついでに大食いが居るので買い出しにも出掛けたい。着替えも必要である。父の服は流石にサイズが合わない。

 

 ゼロの知識は、『父親』に『えらく厳しい格闘技の師匠』と『ちょっと天然気味の先輩』からの受け売りと記録映像くらいなので、偏っていたり勘違いしている部分が多々あった。

 

 間違った知識で観光に来る外国人状態である。いや……更に酷い。知識だけだとこうなると言う悪い見本である。

 

 戸締まりをするとゼロは、はやての車椅子を押して、まずは図書館目指して出発した。気合いが入っているようだが、あまりに故郷ともグレン達が居る世界とも違うのでキョロキョロして いる。

 

(まるで、おのぼりさんみたいやな……)

 

 はやてはそんなゼロを見て微笑ましくなっ た。何とも飽きない少年である。彼が来てから笑ってばかりだなと少し悪い気がした。

 

 しばらく行った所ではやては妙な事に気付いた。ゼロの様子が変なのである。どうも車が通る度に、異常な程警戒しているようだ。

 

「ゼロ兄? 確かに車には気い付けた方がええけど、そこまで緊張せんでええよ?」

 

 はやては安心させようと声を掛けるが、ゼロはまるで怪獣軍団にでも囲まれたように警戒を解かず、

 

「甘いなはやて……師匠に聞いたんだが…車ってのは恐ろしいもんで、何処までも追って来て、轢き殺そうとするそうだ……車は危険だと散々聞かされたからな。もっと気を付けねえと危ね えぞ!」

 

 大真面目な顔で語った。ゼロの言う師匠とは 『ウルトラマンレオ』の事である。 レオが地球で戦っていた時、ある敵に敗れてしまった。

 その敵に勝つ為の技を編み出せと命令されたレオは、延々と車に追い回され轢き殺されそうになるという地獄の特訓を受けた事が ある。

 

 ちなみに命令を出したのも、レオをジープで追い回したのもゼロの父親だったりする…… 理由を一通り聞いたはやては何となく悟った。

 

(ゼロ兄……それ多分冗談やと思うよ……)

 

 確証は無かったので、取り合えず心の中でのみ突っ込んでおいた。

 

 

 いちいちカルチャーショックを受けながらも、ゼロは何とか図書館へと辿り着いていた。 観光客状態なので色々聞いて来るのを、はやては1つ1つ教えてやる。

 お陰で到着まで結構時間が掛かってしまったが、遠足のようで楽しい。どちらかと言うと、引率の先生のようだが……

 

 図書館に入ったゼロは、紙の記録が珍しいらしく興味深そうだ。はやてに言われた本を大量に抱え、勉強用の机にドサリと置く。

  百科事典や社会の仕組みに関するもの、地理や歴史書など分厚い本ばかりである。はやてはゼロの横に着いて、

 

「取り合えず基本的なもんをピックアップしてみたんや。ネットでもいいんやけど数も多いし、色々有りすぎて訳が解らんようになりそうやから、まずは基本から行ってみよ?」

 

 一番効果的な方法を考えた結果だが、結構な量である。ちょっとはやても多かったかなと思ったくらいだ。だがゼロは特に気にせず、本を開いて読み始めた。

 どんどんページを捲るスピードが上がって行く。やがてその速度は、ただページを捲っているだけの速さになった。とても中身を理解出来ているとは思えないが、全て頭の中に入っているのだ。

 

 辞書クラスの本の山が瞬く間に読破されて行く。流石にウルトラマン。知能指数がとんでもない。何しろ最初日本語が話せるだけで、読み書きも出来なかったのを速効でマスターしてしまった位なのだ。

 

 はやての予想を遥かに超えて、持って来た本を瞬く間で読み終えたゼロはその後も本を読みまくり、数時間で数百冊の本を読み切った。はやては感心するやら呆れるやらである。

 

 その後もゼロは図書館に通い、様々な事をはやてに教わって、一応は日常生活を送れる位にはなった。細々した事は追々経験するしか無いが、こればかりは知能指数が高くても仕方無 い。

 

 それから1ヵ月。季節は初夏に入っていた。 ゼロが人の身で迎えるのは初めてである。本格的な夏はこれからだが、暑さや冷たいものの美味さもまた彼には新鮮な体験だ。

 

 今日は薄曇りで比較的過ごし易い。ゼロとはやてはバスに乗り、海鳴大学病院に来ていた。 はやてが通院している病院である。

 

 本日の目的ははやての検査と、特訓の成果を試す為だ。主治医の先生、石田女医に怪しまれないように挨拶をするのである。

 

 

「へえ……海外留学していた親戚なんだ……」

 

 病院の診察室。ゼロとはやてを前に、20代後半程の優しげな女医石田先生は驚いている。はやては天涯孤独だと思っていたからだ。

 

「はじめまして、モロボシ・ゼロです。よろしくお願いします……」

 

 ゼロは真面目くさって頭を下げる。石田先生はたった今聞いたゼロの経歴を聞いて、

 

「しかし凄いわね……外国の大学を飛び級で進んで15歳で卒業……それを機に日本に帰って来て、はやてちゃんの事を知り一緒に住む事にしたと……?」

 

「ハイッ、それが一番かと。父は南米の奥地で採掘関係の仕事をしていて、当分帰って来れない ので……」

 

 ゼロは嘘っぱちの経歴を、内心冷や汗もので話 す。こういう事は得意では無い。横でははやてが『がんばってや』と目で励ましている。

 尤もこの経歴は調べられたりしても困る事は無い。何故ならゼロはその超能力を使い、本物の書類を手に入れているからだ。

 

 簡単に言うと、『ウルトラマンメビウス』と 同じく自身を電気信号データに変え、関係各所のデータベースに侵入して、新しく戸籍と経歴を作ったのである。

 

 名字は父セブンが地球で名乗っていたモロボシを使い、名前はゼロをそのまま使う事にした。はやてが変身前も後も同じ方が良いと思ったからだ。

 

 ちなみにゼロの嘘くさい経歴も決めたのははやてである。最初はゼロが自分で考えようとしたのだが、面倒くさくなってしまいもうニートでいいと投げてしまったからだ。

 それならと、はやてが勇んで考えた結果なのだが、やり過ぎの気がある。今の経歴で決定した理由は……

 

「ラノベに出て来るあり得へん人みたいで、おもろいから」

 

 だそうである。そんな事も知らず石田先生は信用してくれたようだ。ゼロの手をガッチリと 握り、

 

「良かったわ! モロボシ君のような親戚が居てくれて……いくらしっかりしていても、はやてちゃんはまだ小学生だもの心配だったのよ…… はやてちゃんをお願いね!」

 

「は、はいっ、がんばります」

 

 拝み倒さんばかりの勢いの石田先生に、ゼロはたじたじになりながらも即答していた。この先生は本当にいい人なのだな……と思う。

 

「はやてちゃん良かったわね?」

 

「はい……とっても」

 

 はやては弱冠照れくさそうながらも、しっかりと返事をしていた。

 

 

 診察室。ゼロは石田先生と2人で向かい合っていた。はやては別室で検査中である。ゼロははやての病状に付いて説明を受けていた。

 年齢的には早いのかもしれないが、今現在話せる身 内はゼロだけだと判断したのだろう。

 

「そう言う訳で……はやてちゃんは原因不明の神経性麻痺なの……」

 

 石田先生の表情には苦悩と悔しさが滲んでいた。原因不明などという言葉を使わねばならない、自分の無力さを痛感しているのだ。

 

「原因不明ですか……」

 

、ゼロは重しでも載せられたようにズシリと心が重くなるのを感じる。だが気を取り直し、

 

「脚の麻痺以外は大丈夫なんですか? 今の所は他は健康そのものですが……?」

 

「今の所は大丈夫だとは思うけど……原因不明の事もあるし楽観は出来ないの……だからモロボシ君には、はやてちゃんの支えになって貰いた いのよ……」

 

 実際はともかく、15、6歳の少年には重い話なのは判っているのだが、石田先生は言わずにはいられなかった。

 ゼロの不思議な雰囲気も手伝ったのだろう。 年相応の少年という以外に、妙に頼もしいものがあった。先生は天才少年故だと思っているが。

 

 ゼロは石田先生の言葉に少し困惑していた。何しろ今支えられているのは自分の方だと自覚 しているからだ。

 衣食住から地球で生きて行く術まで、全て世話になっているのだから。はやては自分より精神年齢が高いのではないかとゼロは密かに思っ ている。

 

 そんな自分が支えなどになれるのだろうか? そう思っていると、石田先生はしみじみとした表情でゼロを見詰め、

 

「はやてちゃん……ご両親が亡くなられてから、ずっと1人でだったでしょう……? 施設の話も頑なに断って、通いのヘルパーさんも同じ人が来るのを避けて……私にもどこか壁を作っていたわ……他人を拒絶していたと思うの……」

 

「はやてが……ですか……?」

 

 ゼロは意外な話に驚いていた。とても人懐っこい少女だと思っていたからだ。石田先生は哀しそうに目を伏せ、

 

「多分……色んな事に対する諦めや、一方的な同情を嫌っていたんでしょうね……頭のいい子だから……だからモロボシ君と暮らすって聞いて、正直意外だったのよ……」

 

「そう……ですか……」

 

 ゼロはそう言うしか無い。そんな子が何故自分を受け入れてくれたのだろう?  とも思ったが、それより以前のはやての様子を聞いて、胸が締め付けられるようだった。

 他人を拒絶して1人で生きようとする少女は、まるで以前の自分を思い出させた。力さえ有れ ば……その思いだけで周り全てを省みず、大罪を犯した自分……

 

 ゼロはやりきれなくなって視線を落とす。そんな少年の心の内を知らず、石田先生はその手を取った。顔を上げるゼロに、

 

「それが最近はやてちゃん……とても明るく笑うようになったのよ……前は笑っていてもどこか儚げだったのに……モロボシ君が来てからよ……」

 

 ゼロは本当に嬉しそうに笑うはやてしか見ていない。儚げに笑う少女を思うと哀しくなった。石田先生はそこで一旦言葉を切ると、改めてゼロの目を見詰め、

 

「そんなモロボシ君だからこそお願い……何も特別な事をしなくていいから……はやてちゃんの傍に居てあげて……」

 

「判ったぜ先生!」

 

 心の奥底から即答していた。少女の心の内までは解らない。だが自分が居るだけではやてが元気になるのだったら、それはとても尊い事だと思った。

 ただ勢い付き過ぎて素の喋り方になってしまっていたが……石田先生は少年の豹変っぷりに目を丸くした。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 その夜ゼロは検査で疲れたのか、少しグッタリしているはやてと風呂に入る。ゼロが最初にのぼせて以来、心配したはやての提案でこうなったのである。

 はやてはそれが楽しいらしく、ゼロは地球では当たり前と説明され普通に一緒に入り背中を流してやる。

 

 だが後になって指摘され青くなったり、 後々まで悩まされたりする羽目になるのだが、それはまた後のお話である。

 

 ゼロは風呂から上がり、寝る支度をしてはやてを抱え部屋のベッドに運んでやる。そこでゼロの頭の中に、昼間石田先生から聞いた話が甦った。

 

「はやて、少し脚を見せてくれ」

 

「ええけど……?」

 

 首を傾げる少女の脚をそっと押さえると目を凝らした。その瞳が常人には見えない光を放つ。父セブンと同じ透視能力だ。 人間形態ではほとんどの超能力は使えないが、透視能力位は使える。一通り脚の内部を探ってみた。

 

 しかし良く解らない。一見異常は無さそうなのだが、少しおかしいような気もする。結局ゼロに判ったのは自分にも解からないという事実だけだった。

 

「ゼロ兄……?」

 

 肩を落とす少年を見て、はやては心配そうに声を掛けて来た。ゼロは済まなそうに少女を見、

 

「ああ……悪い、何か判るかと思ったんだが…… 駄目だった……済まねえな役に立てなくて……」

 

 落ち込んでいた。はやてはそんな少年の服の裾をそっと握り、

 

「何言うてるんや……? ゼロ兄には感謝しとるん よ……」

 

 ひどく優しく微笑んだ。慈母のような微笑み。ゼロは何故か鼻の奥がツンとする感覚に襲われたが、

 

「そ……そうか……また何か考えてみるぜ。『ウルトラマンヒカリ』でも居ればなあ……じゃあな、はやてお休み」

 

 それを誤魔化すように部屋を出る事にする。 このまま放って置くと、みっともないものを晒す気がした。はやては名残惜しそうに手を離す。

 

「お休み……ゼロ兄……」

 

「ああ……お休み……」

 

 疲れたのかもうウトウトしている少女を後にし部屋を出ようとしたゼロの視界に、1冊の本が入った。

 かなりの年代物らしい。中央に剣十字をあしらった飾りが付いており、妙な事に鎖で縛られている。これでは読めないのでは無いかと思っ た。

 

 何か引っ掛かるものを感じたが、他に異常は無いようなのでゼロは部屋を出た。外では風が強く吹き荒れ、八神家を軋ませていた……

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 翌日ゼロとはやては買い出しに出掛けていた。力自慢が増え色々買えて助かっている。だがゼロは少々浮かない顔だ。はやてはそれに気付き、

 

「ゼロ兄まだ気にしとるん……?」

 

「むう……」

 

 ゼロは頭を掻く。昨晩の事をまだ気にしているのだ。

 

「他のウルトラマンなら治せたかもしれねえの に……俺は戦闘ばっかりでその辺りがなあ……」

 

…戦い以外は役に立たないと凹んでいた。尤も他のウルトラマン達も、そんなに万能な訳ではないのだか……

 

 はやては自分の脚の事は諦めている部分があるので別にどうでもいいのだが、ゼロは気にしている。気を逸らそうと別の話題を出してみる事にする。

 

「それより今日はホンマに風が強いよね……」

 

 はやては空を指差した。晴れてはいるが、たまに突風のような強い風が吹く事がある。昨晩からかなり強い風が吹いていた。

 

「そうだな……最近は大風や竜巻が起こったりするそうだから、買い出しが終わったら早目に戻るか……」

 

 ゼロは最近ニュースで仕入れたばかりの知識を引っ張り出して頷いた。ふと吹き荒ぶ空を見上げ、

 

「まさか……怪獣の仕業とかじゃねえよな……?」

 

「大風を起こすような怪獣が居るん?」

 

ゼロの世界の話は面白い。はやては目を輝かせ空かさず聞いてみた。

 

「核怪獣ギラドラス……親父と戦った奴だ。コイツは地上に出て来るだけで周りを嵐にしちまうんだ。地核の高温高圧の中を平気で泳ぎ回るんだぜ」

 

「凄いなあ……他にも居るん?」

 

常識を遥かに超えた生物に、はやての空想は広がる。本当にとんでもない生物ばかりなのだ。

 

「他にも木枯らし怪獣グロンとか、マラソン怪獣イダテンランとかも居るぞ」

 

「段々怪しくなって行くなあ……」

 

 はやてはツッコミを入れつつ可笑しくなった。最初ゼロの世界の話を聞いた時は、ハードSFのような世界だと思ったものだが、色々判って 来るとおとぎ話のような事が起こったりする不思議な世界のようだ。

 

 そんな他愛ない話をしつつ、2人はデパート近くまで来ていた。中心街程では無いが、この辺りも大きな店やビルが多く人通りも多い。

 

 ゼロは町行く人々の中、はやての乗る車椅子を巧みに操って進む。結構手慣れて来ていた。

 丁度高いビルが建ち並ぶ辺りまで来た時、妙な音がゼロの耳に入った。彼にしか聴こえない極小さな音。

 

「何だ……?」

 

 軋むような異音。ゼロは嫌な予感を覚え、音のした方向、上を見上げてみた。すると……

 

「うっ!?」

 

 見上げた目に映ったのは、落下して来る巨大な立体看板だった。ビルの屋上に設置されていたものだろう。強風のせいで老朽化していた部分が壊れてしまい、風に煽られてしまったのだ。

 

 直径だけでも十数メートル、重さは数トンは有るだろう。それが人が溢れる道路に落ちて来る。はやてはゼロにつられて上を見上げ、硬直してしまった。

 

 他の通行人達も唖然と上を見上げる。固まってしまう者、悲鳴を上げる者、逃げようとする者様々だ。

 とっさに子供を庇う母親。 だが逃げられるような災厄では無い。この後に起こるは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 巨大な物体は通行人達を纏めて押し潰そうと、唸りを上げて落ちて来る。唖然と固まっていたはやてを力強い腕が包んでいた。ゼロだ。

 

「はやてしっかり捕まってろよ!」

 

 少女は言われるまま、その腕にしがみ付く。不思議と恐怖は感じなかった。ゼロは内ポケットから何かを取り出す。

  次の瞬間、眩いばかりの光が辺りを照らした。は やては思わず目を閉じていた。すると何か大きなものに包まれて行くような気がする。

 それと同時に、耳をつんざく何かに硬いものがぶつかる衝撃音。立体看板が落ちたのだ。だが身体は何とも無い。ふと気が付いた。地面が動いているのだ。

 

(あれ……? ゼロ兄に掴まっていた筈……)

 

 恐る恐る目を開けてみると、其処には確かにゼロは居た。だが明らかに違う点がある。

 

「ゼロ兄が大きいぃぃっ!?」

 

 流石にビックリして、はやては素っとんきょうな声を上げてしまった。そう数十メートルの巨人と化した『ウルトラマンゼロ』が片手にはや てを乗せ、その巨大な背中で看板を受け止めて、通行人達の盾になっていたのだ。

 

 助けられた人々もポカンとしてゼロを見上げている。只でさえ命の危険に晒された上、常識を超えた巨人の出現に皆呆然としていた。

 

 巨大なゼロは、背中に激突して無惨に変形した看板を静かに道路に降ろすと、おもむろに立ち上がる。

 身長49メートルの巨人。間近で見ると小山のようだ。人々はその偉容に我を忘れて見入っている。はやてはその掌の上でゼロを見上げた。ゼロははやてを見下ろしコクリと優しく頷く。

 その仕草、目の温かな光間違いなくゼロだと判った。巨人は空を見上げる。次の瞬間その巨体は、フワリと宙に浮かんでいた。

 

『ダアァァッ!』

 

 掛け声と共に、ゼロはざわめく人々を眼下に大空高く飛翔し、その姿はあっという間に小さくなり雲間に隠れ見えなくなった。

 

 

 

 

「凄いわあ……」

 

 はやてはゼロの巨大な指の間から地上を見下ろし、感嘆の声を上げていた。するとゼロが合図を送って来る。掴まってろと言う事らしい。丸太のような指にしがみ付いた。

 すると不意にゼロの巨体が縮んで行く。瞬く間にその身体は小さくなり、気が付くとはやては車椅子ごと等身大のゼロに抱えられていた。

 

『大丈夫か、はやて……?』

 

 心配そうな声が耳に届く。かなりの高度の筈だが、呼吸も苦しくないし当たる風も微風程度だ。 ゼロが彼女の周りに力場を張り巡らしているようだ。はやては笑って、

 

「大丈夫や、何とも無いよ、快適や」

 

『そうか……』

 

 エコーが掛かっているが、間違いなくゼロの声だ。一応巨人が本当の大きさだとは聞いていたが、実際目にしてみると圧倒される。

 しかしそれよりもはやては興奮していた。感動していたと言っていい。

 スーパーヒーローは敵と戦うだけの存在というイメージが強かったが、それだけでは無い事を実感した。人々の盾になる姿に、ウルトラマンと言う存在の本質を見た気がする。

 

「凄いわあ……ゼロ兄が居なかったらエライ事になっとった所や……」

 

 はやては改めて銀色の顔を見た。ゼロは照れ臭そうに肩を竦める。

 

『まあ……俺に出来るのはこれくらいだからな……』

 

「でもゼロ兄にしか出来なかった事や……あの人達みんなの命を助けたのはゼロ兄や……隣を歩いてたちっちゃな女の子を連れたお母さんも、前に居ったお爺さんお婆さんもみんな……」

 

 卑下するゼロに、はやては自分の事のように誇らしげに微笑む。それを聞いたゼロのアルカイックスマイルの口許が、僅かに微笑んだ気がした。

 

『ありがとな……はやて……』

 

 ゼロは呟いていた。意識してか無意識かははやて本人も判っていないようだが、自分の無力さに囚われていたゼロにその言葉は効いた。

 

(脚を治せなくても俺は、こうしてはやてを皆を危険から守る事が出来た……奇跡は起こせないが、今は俺が出来る事をしよう……)

 

 ゼロは思う。色々と気負い過ぎていたようだ。まったく人間には教えられる事が多い。

 

『じゃあはやて、気分直しに少し空の旅と洒落こむとするか?』

 

「ホンマに?」

 

 はやては二つ返事で大喜びだ。ゼロは心得たとスピードを上げる。

 

 澄んだ青空と、綿菓子のような雲海の隙間から見える地上の風景。その中を車椅子の少女を抱えた超人が自在に舞う。

 

 夢のようだった。はやては抜けるような蒼穹の空の下、このまま何処までも飛んで行けたらいいなと思った……

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 




次回『海鳴の雪や』


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第4話 海鳴の雪や

 

 

 とある組織が『第97管理外世界』と呼称する平行世界の地球に、ウルトラマンゼロが流れ着いてから4ヵ月の時が経っていた。

 

 季節は既に10月に入っている。9月の残暑もようやく落ち着き、過ごしやすい気候だ。爽やかな秋の微風の中、色付いて来た森の木々や、紅く色付き始めた紅葉が気持ち良さげに揺れている。

 

 此処は海鳴市の中心から数十キロ離れた山の中だ。人が容易に立ち入れそうも無い険しい森である。大きな原生林が立ち並ぶ森の中に、ポッカリと忘れ去られたように空き地が在った。

 

 様々な要因が重なり、希に森の中に偶然このような場所が出来る事がある。青々と野草が芝生のように茂り、ちょっとしたグラウンドのようであった。

 

『デヤァッ!!』

 

 山中に裂帛の気合いが木霊する。声の主は『ウ ルトラマンゼロ』であった。丁度広場の中央で、人間大のゼロが拳を繰り出している。

 

 鍛練の真っ最中だ。どんな状況であろうが己を鍛えるのは怠らない。伊達に『ウルトラマンレオ』の弟子ではないのである。身体を動かさないと落ち着かないせいもある。

 

 この広場はゼロが偶然見付けた場所で、人目を気にせず訓練が出来るので良く使っているのだ。

 

 ところで今日のウルトラマンゼロの姿は何時もと違っている。銀色に輝く鎧を着込んでい た。

 この鎧は『テクターギア』と言う代物で、頭部と上半身、腕部をすっぽり覆い、関節部や身体全体に負荷が掛かるようになっている。光線も撃てないようになっているようだ。

 

 防御力を高める為の物では無く、訓練の為のギブスである。重量も相当なものだ。人間が着けた場合重さで圧死してしまうだろう。

 

 ゼロは訓練に良いと今でもテクターギアを使っているのだ。以前『光の国』を追放され、流刑先のK76星でレオ兄弟にしごかれていた時は四六時中着けさせられていた鎧である。

 この時は自分で脱げなかったのでゼロは、外 せと散々文句を言ったものだが、結局また使っている所を見ると結構気に入っているのだろ う。

 

 ゼロの訓練の様子を、少し離れた場所の倒木にチョコンと腰掛け、はやてが見学している。 今回は一度訓練を見せて欲しいとお願いされ、 早朝暗い内に彼女を抱えて飛んで来たのだ。

 

 はやては興味津々でゼロの訓練風景を見学している。現実世界で見れるものでは無いので、ちょっと所では無いエンターテイメントだ。今ゼロは空手の型に似た動作をしている所である。

 半身で左手を突き出す『ウルトラマンレオ』 直伝の『レオ拳法』

 元の『宇宙拳法』に、地球の空手などを融合させたレオ独自の武術である。

 

 空手の型と同じく、レオ拳法の型の中には攻撃防御全てが含まれており、攻防一体のコンビネーションの修練にもなる。みっちりと叩き込まれたお陰で、格闘戦は強力無比のゼロであ る。

 しかもそのスピードは人間の比では無い。凄まじい風切り音が鳴り、回し蹴りの衝撃波だけで数十メートル先の大木が、強風に煽られたようにザワッと揺れる。

 かと思うと一気に天高く跳び上がり、まるで ワイヤーアクションの如く空中で回転し、気合い一閃大砲のような蹴りを放つ。

  脚が空気との摩擦で真っ赤に赤熱化する程の一撃。同時にキックの速度が音速を超え、耳をつんざくソニックムーブの轟音が山中に木霊した。

 

 

 変身しての訓練を終えたゼロは人間体に戻り、はやてから飲み物とタオルを受け取って一休みしていた。そんな超人少年にはやては感心しきりである。

 

「凄いわあゼロ兄……CG無しの本物の超人の特訓なんて、まずお目に掛かれんもんなあ……」

 

 巨人も凄いが、等身大でのアクションも圧巻だ。はやては興奮を隠しきれない。ちょっと照れてしまうゼロである。

 

 誤魔化すようにスポーツドリンクを一気に飲み干す。身体に染み込むようだった。タオルで汗を拭うと、火照った身体に爽やかな山の風が心地好い。

 

 こういった生理現象も悪くないとゼロは思った。しばらくその感覚に身を任せノンビリしていると、はやてがデジタルカメラを取り出して来た。

 

「ゼロ兄此処は景色もええし写真撮ろ? おじさんに送ろ思うし」

 

「ああ……親父さんの友達で、援助してくれてる人だったな?」

 

 ゼロは何度かはやてから聞いた話を思い出した。その人のお陰ではやては不自由無く暮らせ、ゼロも路頭に迷わずに済んでいる。

 

「会った事はねえんだったな……?」

 

「うん……外国暮らしやし、お手紙のやり取り位やね……顔も良く知らんし」

 

 はやては特に気にしている様子も無い。勿論感謝はしているが、一度も会った事も無く交流も此方の近況を伝える程度だったので、反応の仕様が無いようだ。

 

 ゼロはカメラを手前の倒木にセットし、はやての隣に座る。少々照れ臭かったがカメラを見ながら、

 

(グレアムのおっちゃん、ありがとな……はやての手助けをしてくれて……)

 

 まだ見ぬ人物に、感謝の思いを籠めて心の中で礼を言った……

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 数日後。ゼロは近所のコンビニエンスストアに買い物に来ていた。ちょっとした物が切れていたので、その買い出しである。

 

 少し雑誌を読んでみる事にする。これも地球の勉強の一環のつもりらしい。その時たまたま手にした週刊誌の記事を見て、ゼロはハテ? と首を傾げた。その記事には……

 

『人間の屑。ヒモ男の呆れた実態調査』

 

 とあり、人間の屑か……どういう人間なのだろう、余程酷い奴なのだろうなと続きを読んでみる。

 

『女性に生活資金から全ての金銭面の補助を受け、働かずに暮らしている人間の屑。死ね!』

 

「…………」

 

 何故か言葉を失ってしまった。死ねはあんまりではないか、と顔が引きつるのを感じながらも、恐る恐る続きを読んでみる。

 

『ヒモの定義。自分の住居を持たず女の家に転がり込んでいる。やっぱり働いていない』

 

 ゼロは雑誌を手にしたまま斜めに傾いてしまっていた。器用なものである。別にふざけているのでは無く、相当に衝撃を受けてしまっているようだ。

 

(コイツはどう考えても、俺のごどだよな?  そうだよな!?)

 

 心の中で叫んでいた。取り合えず声に出さなかったのは上出来である。一通りの衝撃が過ぎ去ると、今度は斜めのまま、ガックリと肩を落として落ち込んでしまった。

 

(やべえ……このままじゃ駄目な気がする……こ れじゃあウルトラマンじゃ無くてヒモトラマンだ……)

 

 混乱してそんなしょうもない事を考えてしまう。先程から雑誌を手に斜めに傾いて固まったり、ぶつぶつ独り言を呟いているので凄く挙動不審である。

 

「こんなんじゃあ駄目だ!!」

 

 ゼロは90度近く傾いている状態から、バネ仕掛けのようにビョンッと体勢を立て直すと、 ダッシュで店を飛び出した。

 その後ろ姿を他の客や店員が可哀想な人を見る目で見ていた。

 

 

「はやて、俺はヒモだな?  ヒモだよな!?」

 

 買い物から帰るなり、ダッシュでリビングに飛び込んで来たゼロの質問に、はやては作業の手を止めポカンとしてしまった。

 

「ゼロ兄ぃ、一体何の話なんや?  全然話が見えへんのやけど……」

 

 そう言いながら、今まで作っていた物をさり気なく後ろに隠す。ゼロは気付いていない。

 

「あっ、アレだ……働かないヒモだ!」

 

 それを聞いてはやてはピンと来た。どうやらまた妙な勘違いをしたのだなと可笑しくなる。 偶にゼロは変な勘違いをする事があるのだ。

 まあ全く違う環境で暮らしているので、無理は無いのだが。はやてはそんなゼロを可愛いと思ってしまう。

 実年齢は人類を遥かに超えているようだが、 人間で言うとせいぜい高校に上がった位らしいので納得した覚えがある。それはともかく誤解を解いてあげる事にした。

 

「ゼロ兄はヒモさんなんかやあらへんよ?  今は家の家事を沢山やってもろてるやない の?」

 

「むう……」

 

 ゼロは現在家事手伝いなどをしている。はやては脚が不自由なので、今までは週に何度か通いのハウスキーパーを頼んでいたのだ。

 今はそれを辞め、ゼロが代わりに洗濯や掃除、買い出しなどをこなしているのである。役に立ちたいとゼロから言い出したのだ。

 

「だからゼロ兄は何も気にする事はないんよ?  お小遣いかて、そのお礼みたいなもんやし」

 

「そ、そうか……違うんだな……?」

 

 はやての説明にゼロは安堵の表情を浮かべた。流石にウルトラマンが、ただ飯食らいと書いて居候なのは不味いと思ったようである。

 

(そんなん気にする事あらへんのに……)

 

 判り易く復活して胸を撫で下ろすゼロを見 て、ちょっと複雑なはやてであった。

 

 

 

 ソファーに座ったゼロは、はやてに煎れて貰ったお茶を美味そうに飲んで一息吐くと、

 

「そういや……もうすぐクリスマスってイベン トが近いらしいな……それ関係らしい物を売り出し始めてたけどよ。そんなに大掛かりもんなのかクリスマスってヤツは?  俺が聞いたのは 『ウルトラの父』がさんたって奴に化けた事位だな……」

 

「その言い方やと、ウルトラの父さん言う人が悪さしたみたいになっとるよ……? まあ、人にもよるんやろうけどみんな祝うんや。今年は張り切って準備せなあかんな」

 

 はやてはツッコミを入れつつも、簡単に説明 し、ほっこり笑って腕捲りして見せる。気合いが入っているようだ。

 誰かとクリスマスを祝うなど久しぶりだ。 今までは心配した石田先生の誘いもやんわりと断り、当日も準備も何もせず独りで過ごして来たのだから……

 

 虚しいだけだと思っていたクリスマスだが、 この浮き世離れした少年に地球のクリスマスを味あわせたいという想いは、想像以上にはやてを浮き立たせた。

 

 だから今の彼女は気合いが入っている。誰かの為に何かをしたい、喜んだ顔が見たい、それが彼女の本質なのだろう。優しい子なのだ。

 ゼロと世話し世話されの生活は、はやてに活力を与えていた。そんな事までは思ってもみず、ゼロはふと気になった事を聞いてみる。

 

「地球ってシュウキョーってヤツが重要だよな?  それで喧嘩したり戦争になっちまったしてるみたいだしよ……なのに日本だと他のシュウ……宗教の行事も平気で祝うんだな?  テキ トーなのか?」

 

 異星人の素朴な疑問だった。他の国と比べて言っては何だが、こう節操の無い国はあまり無い。はやては少し思案し、

 

「適当と言うよりおおらかなんやないかなあ……? 日本に入って来たらどんな神様も同じやみたいな感じで……喧嘩になるよりよっぽどええよ……何しろ日本には八百万(や おろず)の神様が居るから、今更増えても気にしないんやない?」

 

 読書家のはやては、幾分おどけた感じで意見を述べる。実際はもう少し複雑怪奇だが、今のゼロに説明してもこんがらがるだけだと思い、この辺りにしておいた。

 ゼロははやての意見を聞いて、何だかそっちの方が気楽そうでいいなと思った。

 

 

 その後、本やテレビなどからクリスマスの知識を一通り頭に叩き込んだゼロは、クリスマスプレゼントなる物が重要だという事を理解した。

 それは子供が何より楽しみにしている、正にクリスマスの花形であると。サンタクロースに関してはやてに聞いた所……

 

「私の所には長い事来てくれへんなあ……」

 

 冗談混じりに、しかし何処か寂しげに笑うの で、ゼロはサンタという奴後で締める! とその時は誓ったものだ。 まあ……それも勘違いだと判り、色々考えた 結果、

 

(よし、なら俺がクリスマスプレゼントをはやてにやればいいんだな!)

 

 と言う結論に達した。しかし其処でまた悩む。こういった場合本人には秘密にするくらいは分かっている。プレゼントに関する事は『光の国』と変わらない。こうなれぱ自分で考えるしか無い。

 

 

 

 

 数日後。ゼロは買い物ついでに商店街を見て回っていた。良さげなクリスマスプレゼントを探して歩いているのである。しかし中々これという物が見付からない。

 

「はやての欲しがりそうなものか……縫いぐる み……本……?  犬を飼ってみたいとか聞いた気がするが……そういうのはプレゼントじゃねえ し……第一はやてと相談しねえと駄目だ……」

 

 ぶつぶつ言いながら人通りの中を歩いていると、こじんまりしたアクセサリーショップを見付けた。シックで落ち着いた感じの店である。

 ショーウィンドを覗いてみると、綺麗なブローチや指輪などがこ洒落た感じで飾られてい た。

 

「こういうのも、いいか……」

 

 店に入りしばらく店内を歩き回っていると、 ガラスケースの中のペンダントが目に入った。 金色の剣十字を型どったペンダントである。

  はやての部屋に在る、鎖で縛られた本の表紙のデザインに偶然にも似ている。中央に紫の石がはめ込まれている点は違うが。

 

「これだ!」

 

 ゼロは思わず叫んでいた。一目見て即決である。これ以外にはもう考えられなかった。周りの客達から変な目で見られてしまったが、そんな事よりと、値札を確認してみる。

 

「…………」

 

 自分名前と同じ0の数を見て表情が強張る。 財布を取り出し中身を確認してみた。

 

「無念なり……」

 

 まったく足りなかったようである。ゼロはガラスケースの前でしばらく考え込んだ。かなり高価なものらしい。

 

(どうすっか……? 足りない分ははやてから貰うか……)

 

 そんな風に考えていたゼロの頭の中に、紐を持ってラインダンスを踊りながら手招きする、 スーパーなサ〇ヤ人や金ぴか偉そう王が何故か浮かんだ。

 その意味は良く解らなかったが、あっちに行ってはいけないという事だけは判った。携帯も買って貰ったばかりである。買って貰って……

 

「良し、それなら自分で金を稼いで、コイツを世話になってるはやてにプレゼントしてやるぜぇっ!」

 

 拳を握り締め、固く決意するゼロであった。 途中から全部口に出してしまっている。

 高校生位の少年が顔を真っ赤にして頑張ろうとしている光景は微笑ましく、周りの客や店員は察して温かい視線を向けて来た。その事に気付きゼロは思いっきり顔を赤面さ せる。

 

(不覚っ!)

 

 だが恥ずかしいからと言ってこのまま逃げ出す訳にもいかない。ゼロは妙に温かい視線の中、恥ずかしさを堪えて店員にペンダントを指差して見せ、

 

「すんません! これ予約したいんです! 金は必ず払います!」

 

 ヤケクソ気味に頼んでいた。20代程の女性店員はとても良い笑顔で、

 

「はい、必ず取って置きますよ、頑張ってね?」

 

 と励まされてしまい、ゼロは穴が在ったら入りたい気持ちである。羞恥に耐えながら予約手続きをする羽目になってしまった。

 

 

 ゼロは店でのポカは忘れる事にして、お金を稼ぐアルバイトとやらをやってみようと決心した。はやてにバレないように、色々とアルバイト雑誌などで調べてみる。

 短い期間で稼げ、自分で日数と時間を選べるバイトを探してみるとそれなりに有った。その代わり仕事内容は肉体労働が多くハードだ。だが体力には自信がある。

 

(見てろよ……稼ぎまくってやるぜ!)

 

 メラメラ燃えるゼロであった。こうして彼の家事との掛け持ちバイト生活が始まったのである。

  ここでウルトラマンの超能力で金を稼ごうなどとは、思ってもみない辺りがゼロらしいと言うか、ウルトラマンらしい。

 

 

 

 

 

 

 昼間は普段通り家の仕事をこなし、はやてが図書館に行っている時や、病院での検査の間にバイトに出掛ける。

 更に夜中にやっているバイトをこなした。戸籍上は未成年なので書類はいじくってなに食わぬ顔で大人に混じる。ガタイはいいので堂々としていれば意外に何も言われない。

 

 ある日は夜間のスタジアムでの器材搬入のバイトで両手で器材を担ぎ、またある日は夜間の突貫工事で力仕事といった具合である。

 ハードではあったが、それもまた新鮮な体験だった。ゼロがその馬鹿力と体力で、あまりに熱心に働くものだから、監督さんが感心してバイト代に色を付けてくれたりして感激したものである。

 

 そんな慌ただしい日々があっという間に過ぎて行き、クリスマスまで後10日。目標金額までもう少しというある日。ゼロは図書館にはやてを迎えに来ていた。

 車椅子を押し夕暮れの中家へと向かう。ゼロの足音に少々元気が無いようである。はやてはそれに気付き、

 

「ゼロ兄、何か最近疲れとらん……? 今も疲れた顔しとるよ」

 

「いや……近道しようと思ったら、また迷っちまってな……」

 

 取り合えずゼロは苦笑いを浮かべて誤魔化し ておく。

 

「なあんや、また迷ったん? 気い付けなあかんよ?」

 

 はやては笑いたいのを堪えながら、保護者のように注意しておく。今までも何回かあった事なので特に不審には思わなかった。

 

 本人いわく、何時も空を飛んで移動していたので、つい道に関係無く直進して迷ってしまうそうである。

 それにゼロの性格上、早く目的地に着きたくて適当な道に入ってしまい、更に状況を悪化させてしまう。人間より遥かに知能指数が高いのに台無しであった。

 

 しかし今日は誤魔化そうとした辺り本当は違う。隠れてのバイト漬けの日々は確かに楽では無いが、体力には自信があるのでまだ保つ。原因は今日のバイトであった。

 割りのいいバイトだった。2時間座っているだけで数万円になる、結婚式の出席者代理という変わったものだ。運良く取れたバイトである。

 見栄っ張りな人や、出席者人数が新郎新婦とであまりにバランスが悪い時などに依頼が来る。居心地の悪さを我慢すれば楽な仕事だったのだが……

 

 式の途中、新郎の元カノ達が大挙して押し掛 け(10人)大喧嘩。更には新郎の父と新婦の母親との不倫が何故か発覚し、修羅場と化してしまった。

 怒号が飛び交い、新郎はキ〇肉バスターやらパ〇スペシャルを食らい泡を吹いていた。あの後どうなったのか考えたくも無いゼロである。ちょっと人間は恐ろしいと思ってしまった。

 それで体力的より精神的にキテしまったのだが、楽しそうなはやてを見て、

 

(もう一踏ん張りだ!)

 

 自分を奮い立たせるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 クリスマスイブ当日。その日はどんよりと曇り空が広がっていた。そんな中を商店街を進む車椅子の少女とそれを押す少年の姿がある。

 はやてとゼロだ。クリスマスパーティーの買い出しである。

 

 ケーキの材料や、チキンなどのパーティー料理の材料を買い込む。はやては余程楽しいのか、朝からテンションが高い。 ゼロも華やいだ街の雰囲気と、はやてに当てられて何だか楽しくなった。元々賑やかなのは好きだ。

 

 買い物を終え、沢山の買い物袋と買い物バッグを抱えたゼロと、膝に同じく買い物袋を載せたはやては帰路に着いていた。

 

 はやては車椅子を操作しながら、飾り付けはどうするだの、ケーキはこうなどと段取りに余念が無い。ゼロは期待に胸を膨らましている。 そんな2人の前に、はらりと白いものが舞い落ちた。

 

「雪や……」

 

 はやては気付いて空を見上げる。ゼロも空を見上げた。灰色に曇っていた空から、はらはらと真っ白な雪が舞い降りて来る。

 

「これが雪か……綺麗なもんだな……」

 

 初めて見る本物の雪に、ゼロは魅せられたようにしばし見惚れた。星の輝きとはまた違った美しさだと思う。何処か懐かしいような気もした。

 

「今年はホワイトクリスマスやね……明日には積もるかもしれんなあ……ゼロ兄帰って準備や。濡れん内に早よう家に帰ろう?」

 

 はやての声で我に返ったゼロは、降り始めた雪の中を足早に歩き出した。

 

 

 自宅に戻った2人は早速準備を開始した。ゼロはまず物置からツリーセットを引っ張り出して来て飾り付けし、はやては腕によりを掛けてクリスマスケーキや、鳥の丸焼きなどのクリスマス料理を作る。

 

 張り切り過ぎて料理の量が半端ない事になってしまったが、ゼロはペロリと平らげてしまった。そんな少年を見てはやては満足げだ。本当に楽しそうであった。

 

「ホンマにゼロ兄は食べさせ甲斐があるなあ……」

 

 4切れ目のクリスマスケーキにかぶり付いているゼロの食べっぷりを、はやてはニコニコして眺めている。

 

「はやての料理がスゲエ美味いから、幾らでも入るぞ、もぐもぐ……」

 

 言葉通り更に5切れ目に手を伸ばしている。 本人は気付いていないが、至福の表情を隠しきれていない。甘いものもすっかり気に入ってしまったようだ。

 

「また……上手いんやからゼロ兄は……」

 

 心からの褒め言葉にはやては照れていたが、 そこで後ろに隠してあった紙袋を取り出した。 綺麗なリボンを掛け、可愛らしくラッピングして ある。

 

「ゼロ兄にクリスマスプレゼントや……」

 

 少し照れ臭そうに、両手でゼロにプレゼントを手渡した。

 

「す……済まねえな……」

 

 受け取ったゼロはちょっと焦った。昨日ようやく買えたプレゼントを何時渡そうかタイミングを掴めずにいたら、この不意討ちである。

 プレゼントを渡す事で頭がいっぱいで、自分が貰うとは夢にも思っていなかったのだ。

 

「開けてもいいか……?」

 

「うん……」

 

 ゼロは少し自信無さげなはやてに聞いてから、包みを開けてみる。中には赤と青のツートンカラーのマフラーと手袋が入っていた。アルファベットで『ZERO』の文字が入っている。

 

「これ、はやてが作ったんだな……?」

 

 ゼロのウルトラマン形態をイメージして編まれたものだった。良く見ている。ウルトラマンゼロの特長をしっかり捉えていた。

 

(そういや、偶に何か隠してたりしてたな……)

 

 大分前からコツコツ編んでいたのだろう。はやては俯き加減で、

 

「ごめんな……あんまり上手く出来なかったんやけど……ゼロ兄寒いの苦手みたいやったから……」

 

 しどろもどろになっている。父親譲りで、寒いのはあまり得意では無いと前に言ったのを覚えていたのだ。ゼロはマフラーと手袋をそっと撫でてみる。 胸の辺りがポカポカ温かくなる気がした。

 

「ありがとなはやて……作るの大変だったろ……? 俺は最初からはやてに、世話掛けてばっかりだな……」

 

「何言ってるん? 世話なんて掛けられとらん よ……そんなに大変でも無かったし、気にせんどって……」

 

 改まってお礼を言うゼロに、はやては慌てて何でも無いように振る舞おうとするが、あまり成功したとは言えなかった。ゼロにでもこれが大変手間の掛かるものだと判る。

 

(そう……はやてはこういう子なんだよな……)

 

 微笑みが溢れる。自然テーブルの下に隠していた包みを取り出 していた。まだ照れている少女の前に、細長いプレゼントの小箱を差し出し、

 

「こっちもはやてにクリスマスプレゼントだ」

 

「えっ? 私に……?」

 

 はやては驚きながらも、プレゼントの小箱を両手でしっかり受け取った。

 

「あ……ありがとうゼロ兄ぃっ」

 

 華やいだ笑顔を浮かべる。ふわりと花が咲いたようだった。壊れ物を扱うように小箱をそっと抱き締めている。

 

「開けてみろよ」

 

「う、うん……」

 

 はやては丁寧に包装紙を剥がして中の細長いケースを開けた。中には十字架に似た金色のペンダントが入っている。その形に覚えがあっ た。

 

「うわあ……綺麗なペンダントやなあ……この形って……?」

 

「ああ、はやての部屋に在る本みたいなペンダントだろ?  気に入るかと思って な……」

 

 はやてはペンダントをそっと取り出し、愛おしそうに触ってみるが、少し心配そうにゼロを見 上げ、

 

「でも……これって高かったんやないの……? とってもええ物に見えるんやけど……」

 

 そこではやてはハッと思い当たった。最近のゼロの行動などから、これを買うお金をどうやって工面したのか容易に想像出来てしまう。

 

「ゼロ兄こそ……無理したんやろ……?」

 

ゼロは頭を掻き、悪戯がバレた子供のような表情で苦笑し、

 

「いやな……どうしてもプレゼントは自分で稼いだ金で買ってやりたかったんだよ……」

 

 するとはやては肩を震わせて、一瞬泣き笑いのような表情を浮かべた。

 

「こんなん……反則や……」

 

 ポツリと呟くと、ペンダントを握り締めて黙り込んでしまった。

 

 

 その後はやては元気が無かった。話し掛けても生返事しかしない。ゼロは何か不味かったのだろうか? と焦ったが、彼女は後片付けを済ませると自室に引っ込んでしまった。

 

「気に入らなかったんだろうか……?」

 

 ゼロはため息を吐くと諦めて部屋に戻ろうとすると、パジャマ姿のはやてが自室から出て来た。機嫌が直ったかと思いきやまだ俯いている。

  車椅子を操作して傍に寄って来ると、ゼロの服の裾をぎゅっと握り締めた。

 

「……今日は……ゼロ兄と一緒に寝てええ……?」

 

 か細い声だった。まだ俯いている。ゼロを正面から見ない。

 

「ああ……構わねえぞ……」

 

 それでもはやてが話し掛けてくれたので、ゼロはホッとして即答していた。

 

 

 

 

 

 ゼロのベッドの中、はやては無言で母親にしがみ付く赤子のように、ゼロの胸に顔を埋めて いた。首から下げたペンダントをしっかり握り締めている。

 ゼロは元気の無い彼女の好きにさせておく事にした。こんな時どう言葉を掛けたらいいかなど解りはしない。

 

 しばらく無音の時間が流れる。雪が積もって来たのだろう。外からの音もまるで聴こえない。まるで世界に2人しか存在しないかのようだった……

 

 沈黙が続くが重苦しいものでは無い。安らかな空気。しんしんと降り注ぐ雪の音まで聴こえて来るようだった。

 

 それからどれ程の時間が過ぎただろう。ようやくはやては口を開いた。

 

「……私な……狡い子なんよ……」

 

 顔を埋めたままの少女は、消え入りそうな声でそれだけを言った。ゼロは黙って聞いている。

 

「親切心だけや無く……困っとったゼロ兄につけ込んだんや……私の勝手な思い込みを押し付 けようと……」

 

「それは嬉しいな……」

 

 そこでゼロが割り込んで彼女の自虐を止めた。はやてはハッとして顔を上げ少年を見上げる。ゼロは困ったように少女を見詰め、

 

「こんな行き場の無い俺を求めてくれたんだ ろ……? それにやっぱりはやては優しいぞ…… 自分の事しか考えない奴ならとっくに見捨ててた筈だ……世話になってる俺には判る……あれだ、悪ぶると俺みてえにひねくれちまうぞ?」

 

 ゼロはつっかえながらも自分の感じたままを語った。はやて本人がどう自分に理由を付けようが、やはり本質は自分を放って置けない優しさだったと確信している。

 例えそうでなかったとしても、孤独な子供の真摯な願いに応えるのは、ウルトラマン冥利に尽きると思う。先人達もそうやって来たのだ。

 はやては無言でゼロを見上げている。その瞳 に光るものが滲んだと思うと、少年の胸に顔を埋めた。

 

「はやて……?」

 

 自分の不器用な言葉では駄目だったかと思っていると、はやては再び口を開いた。

 

「……ゼロ兄は……居なくならんよね……?」

 

「……?」

 

 真意を図りかねるゼロだが、はやては続けた。

 

「……父さん母さんみたいに……急に居なくなったりせえへんよね……?」

 

 肩が声が震えていた。ひどく弱々しく消え入りそうだった。

 

(そう言う事か……)

 

 ゼロにもはやての元気の無さの理由がやっと 判った。石田先生から聞いた話も頭をよぎる。

 希望の無さ、諦め、一方的な同情。他人を避けて来た彼女の理由は色々あったのだろう。

 だ が本当の理由は、亡くす事への恐怖だったのだ。 ゼロを受け入れたのは、この人なら絶対に死なないのではないかという希望もあったのかもしれない。

 

 両親を亡くした時から心を閉ざしていたのだろう。それが常識外れの少年を受け入れると決め、自分でも思いがけない心の動きに戸惑ってしまった。

 

 とても楽しかったのだ。希望を無くしていた自分に訪れた宝物のような日々……

 

 しかしそれを素直に受け入れるには、あまりにはやては不幸馴れしていた。それ故に幸せを感じる程、無くなってしまのではないかと怖くなってしまったのだ。

 

 それはとても哀しい事だとゼロは思った。鼻の奥がツンとする気がする。以前にも似た感覚を覚えた気もするが、今は胸で震えている少女の頭を慈しむように撫でていた。

 

「ばかやろう……俺の寿命がどれだけ有ると 思ってる……? 俺は不死身のウルトラマンゼロだぞ……」

 

 言葉使いは相変わらず乱暴だが、温かみが伝わる声にはやては顔を上げた。ゼロの普段はあまり表に出さない、ひどく優しい顔が彼女を見詰めている。

 

「はやてがバアちゃんになって、天国に行く間際もこうしていてやる……だから安心しろ……ずっと傍に居る……」

 

 それは誓いだった。最初は故郷やウルティメィトフォースのみんなが居る世界に帰りたいと思っていたゼロだが、この優しい少女を1人 置いて行く事など出来なかった。

 

 この子が天に召されるまで傍に居よう。決して独りにしないように。そして最期まで守り抜くと固く心に誓った。

 

「ありがとう……ゼロ兄……」

 

 はやては再びゼロの胸に顔を埋め、しっかりとしがみ付いた。ゼロもあやすように少女を抱き締めてやる。

 

(ゼロ兄の匂いがする……お日様の匂いや……温 かいなあ……)

 

 閉じたはやての目から、光るものが溢れていた。

 

 雪が降りしきる無音の世界の中、少女は何時の間にか安らかな眠りに眠りに落ちて行っ た……

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 

 その部屋はかなりの広さが在った。調度品があまり無く事務仕事の設備が整っている所を見 ると、何処かの高官の執務室のようだ。

 その部屋にテーブルを囲んで、4人の男女が向かい合って座っていた。

 テーブルの上には一 通の手紙と添えられた写真が置かれている。写真に写っているのはゼロとはやてであっ た。山で撮ったあの写真である。

 

 何処となくピリピリした空気が流れる中、白髪に髭をたくわえた初老の男が、対面に座っている青年に問い掛ける。

 

「では君は……この少年がそれ程危険だと言うのかね……?」

 

「はい……この少年は本来この世界に存在してはならない者……まさか『闇の書』の主の所に居るとは……」

 

 青年は静かに頷き、写真の強張った顔のゼロを険しい眼差しで見据える。

 

「それじゃあ、今アタシ達に出来る事は無いの かい?」

 

 同じく座っていた双子らしい若い女性の片割れが、幾分困惑した様子で聞いて来た。青年は重々しく頷き、

 

「今の所は……でもこのまま行けば『闇の書』覚醒の前に一波乱あるかもしれない……」

 

「判った……君の言う通り、今は静観しよう『孤門』君……」

 

 初老の男は青年にそう呼び掛けた。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




次回から無印編となります。『緑の恐怖や』


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無印編
第5話 緑の恐怖や


 

 

 

 『次元世界』八神はやてが住む『第97管理外世界』をも含めた数多に存在する平行世界マルチバースの1つである。

 

 この世界は1つの平行世界に、数多くの異なった世界が纏まって存在する珍しい平行世界だ。当然ゼロは知る由もない。

 

 その次元世界の中で、次元移動のノウハウを持ち『時空管理局』と言う警察にあたる組織に加盟している世界を『管理世界』と呼ぶ。

 

 その管理世界を繋ぐ手段が、次元航行船である。次元世界の狭間を航行出来る、特殊な船の総称だ。

 船と言うより宇宙船の方が近いかもしれない。実際宇宙空間も航行可能な船もあるようだ。

 次元世界では、次元航行船が主な交通機関として各次元世界を繋いでいる。これで数十は在る管理世界の人間達は、互いの世界を行き来していた。

 

 はやての住む世界は『管理外世界』と呼ばれ、管理世界側に存在が確認されているが交流は無い。次元移動のノウハウを持っていないからである。向こうは移動技術を持っていない世界に基本係わる事は無い。

 

 97管理外世界自体は今の地球とほぼ同じ世界 だ。当然次元世界の存在は認知されておらず、 将来的に技術が開発されない限り、係わり合いになる可能性は低い筈なのだが……

 

 ある日、その内の1隻の貨物船が、次元間を航行中謎の爆発を起こす事件があった。乗務員は1人を残し、貨物共々次元空間の藻屑となってしまった。

 

 ただ1人の生存者は、何が起こったのか解らないと繰り返すだけだったが1つだけ、爆発の炎と煙の中に、単眼の黒い巨人を見た気がするとの証言をした。

 

 それから数日後……

 

 4月に入り季節は春。穏やかな春の日が八神家に射し込んでいた。寒いのが苦手なゼロには過ごしやすい季節である。

 暖かな日だまりや小鳥のさえずり、新緑の芽吹きも春の訪れを告げているようだ。生命が躍動する季節。何かを始める季節でもあった。

 

 そんな気持ちの良い朝なのだが、ゼロは何故か浮かない顔をして、洗面所でゴシュゴシュ歯を磨いていた。通り掛かったはやては鏡に写ったゼロの浮かない顔に気付き、

 

「ゼロ兄、どうかしたん?」

 

 振り向いたゼロは、何とも微妙な表情を浮かべた。取り合えず口をすすぎ終えると、

 

「いやな……昨日から誰かの声が聴こえて来る気がするんだ……距離があるのか弱いのか、何言ってるのかも解らねえんだが……」

 

 何とも歯がゆそうな様子である。どうもスッキリしないのが性格的に嫌なのだ。

 

「ゼロ兄の超能力で解らんの?」

 

 はやてはゼロの力を知っているだけに不思議そうだ。ゼロはどう説明したらいいか少し考える。こういう説明事はあまり得意では無いが、

 

「ん……何つったら言いか……俺達は普段テレパシーで話すのが当たり前で……そっちならいいんだが、聴こえて来る声はテレパシーとは別系統らしくて良く解らなかった……変身すりゃあ1発なんだが……」

 

「へえ……」

 

 はやてはふと、昨晩変な夢を見たような気がしたが、関係は無いだろうと思った。ゼロは昨日は途中でその事に気付き、変身しようとした時にはもう声は聴こえなくなっていた。

 

「今は何も聴こえねえから、どうしようもねえ や……」

 

 残念そうな肩を竦めるゼロに、はやては目を輝かせた。

 

「じゃあこの世界にも、超能力みたいな力を持った人が居るって事やないの?」

 

「そう言う事になるんだろうな……」

 

 はやては興味津々の様子だった。自分の住んでいる世界にも不思議な事があるかもしれないと思うと、また違った見方が出来て興味深い。

 

 結局その後は声が聴こえて来る事も無く、この話はそこで終わったのだが、気になったゼロは大方の見当を付けて様子を見に行ってみる事にした。

 

 色々歩き回り異変が無いか調べていた所、大規模な事故があったという事で、立ち入り禁止になっている区画を見付けた。

 

 ゼロは現状を見て眉をひそめる。電信柱が何本もへし折れ、壁やアスファルトは穴だらけでズタズタだ。普通の事故では無さそうである。

 

「気ぃ付けた方が良さそうだな……」

 

 ゼロは妙な気配を感知し表情を引き締める。 この世界では感じた事の無いものだった……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 数日が過ぎた。あれから声が聴こえて来る事も無く、特に表立った事件も起こらない。注意はしていたがゼロには異常を感じ取れなかった。

 

 その日ゼロとはやては海鳴市の中心部、繁華街に出て来ていた。天気も良く絶好の外出日和だったので、ゼロが散歩にでもと提案した所、

 

「じゃあ今日はゼロ兄とデートやね?」

 

 はやてが言い出したので繁華街までやって来たのである。市の中心だけあって高層ビルが建ち並び、娯楽施設も充実しているが、その分人も多くはやて1人ではまず来れなかった所だ。

 

 はやての観たかった映画に行き、あちこちを見て回る。休日で人通りも多かったが、ゼロは手慣れたもので巧みに車椅子を押して彼女をエスコートする。

 

 まだ地球の知識には色々穴があるが、はやてと暮らして来たお陰でバリアフリー関連は完璧なゼロである。

 はやては最初ゼロの保護者みたいな感覚があったようだが、それにも変化が生じていた。

 クリスマスの日に心の内を晒して以来、素直に本音を言えるようになったのだ。あの日のゼロとの約束が余程嬉しかったのだろう。

 

 今の2人は仲睦まじい兄妹のようだ。ただ全く似ていない事と、双方の想いに微妙に齟齬が有るのが違った空気を醸し出している。

 

 子供の単純な好意なのか、女としてなのか本人にもまだ良く分かっていないが、はやてはゼ ロに対して淡い感情を抱くようになっていた。

 クリスマスの日に劇的にという訳では無い。 1年近く共に暮らし、喜びを共にして積み上げて来たものが少しづつ形を成して来たものだった。

 

 考えてみればクリスマスの時のゼロの言葉 は、告白もしくはプロポーズに近いものであったが無論ゼロに自覚は無い。

 

 おませのはやての方は、あの後しばらく経ってから改めて思い出してみて、ひょっとして私プロポーズされた? などとベッドで恥ずかしさのあまり、ゴロゴロのたうち回ってしまったものである。

 

 なのに言った本人は朴念仁と言うにもはばかられる宇宙人で、戦闘ばかりに明け暮れて来た戦士。判れと言うのも酷かもしれない。それにやはり子供として見ている部分が大きいようだ。

 

 だがはやては相当な美少女で、後数年もすれば華やかに成長するだろう。その時ゼロがどう反応するのか見物ではある。

 そんな微妙な食い 違いがあるが、2人は楽しくデートらしきものを満喫していた。

 

 そろそろいい時間になって来た。はやても色々回って疲れたようなので、そろそろ帰る事にする。

 ゼロは人混みを避け、はやての乗った車椅子を押して細い路地裏に入った。穴場で思った通り人通りは無い。そのまま路地から抜けてバス停を目指そうと路地の中程まで進んだ時だった。

 

(何だ……?)

 

 ゼロの超感覚が迫り来る危険を察知した。頭の中で警報が鳴っている感覚。何か危険なものが地中から押し寄せてくる。

 

「気を付けろはやて! 何か来るぞっ!!」

 

 注意を促したが、はやては訳が解らずポカンとしてゼロへと振り向いた。

 

「ゼロ兄、何かって……?」

 

 声を掛けた瞬間だった。突如として強い揺れが辺り一帯を襲った。立っていられない程の強い縦揺れだ。

 

「きゃああああっ? ゼロ兄ぃぃっ!?」

 

 はやては恐怖で悲鳴を上げた。ゼロは彼女が倒れないように車椅子ごとガッチリ押さえる。 周囲のアスファルトが下から突き上げられて次々と砕け、その下から大蛇のような巨大な何かが飛び出した。

 

「木の根だと!?」

 

 ゼロの眼に映ったのは、急速に成長して行く巨大な木の根であった。全てが桁違いだ。成長しながら周りの建物を滅茶苦茶に破戒し、根はうねるように2人に向かって進んで来る。

 狙っていると言うより、手当たり次第に根を伸ばしているようだか、巻き込まる方はたまったものでは無い。

 

「ゼッ、ゼロ兄ぃ!?」

 

 はやては失神寸前でゼロにしがみ付いた。このままては2人共巻き込まれて潰されるか、瓦礫の下敷きになってしまう。

 

「大丈夫だ、はやて!」

 

 頼もしい声が彼女を耳元で元気付ける。はやてはハッとした。そう、只の人間ならば此処で一巻の終わりだが……

 

 ゼロははやてに笑い掛けると、内ポケットから変身用特殊グラス『ウルトラゼロアイ』を取り出し両眼に素早く装着した。

 

「デュワッ!」

 

 眩いスパークと共に、ゼロの身体がウルトラマンの肉体に変換される。ゼロアイを中心に、頭部から変化して行く。銀色に輝く鉄仮面のような顔にプロテクター、赤と青のボディー 『ウルトラマンゼロ』の登場だ。

 

 巨大な木の根が迫る。ウルトラマンゼロははやてを車椅子ごと抱え、一気に空に飛び上がっ た。はやてはジェットコースターのような感覚に「ひゃあああっ!?」と思わず悲鳴を上げてしまう。

 

 空に飛んだ2人を追うかのように、触手のような根が迫る。ゼロは進路を塞ぐ根に、額の 『ビームランプ』から破壊光線『エメリウムス ラッシュ』を発射し軽く首を振った。

 

 緑色の光が横一文字に空間を走り、行く手を阻んでいた木の根は一瞬で炭化消滅する。2人は巨大な根の包囲を突破して、無事上空に出る事が出来た。しかし地上の惨状が眼に入る。

 

「酷い……何でこないな事に……?」

 

 はやては上から街を見下ろし絶句してしまっ た。街一帯に巨大な大木群が、建物を玩具のように破戒しながら増殖して行く。まるで怪獣映画の一場面のようだった。

 

『はやて、一旦安全な所まで飛ぶぞ!』

 

 ゼロははやてを抱えて巨大樹から離れる。ある程度離れた場所で、ちょうど小さな公園を見付け、人気の無い建物の裏に降り立った。はやてを降ろすと、

 

『はやて、此処なら安全だ。この辺りにはあのデカイ木の根は届いてない』

 

 安心させると、そこでゼロは腰を落としはやての目線に合わせると、

 

『はやて……逃げ遅れた人達がかなり居るみてえだ……俺は今から助けに行って来るが大丈夫 か?』

 

「私は全然平気や……心配せんでゼロ兄。早う助けに行ってあげてや……」

 

 はやてはニッコリ笑って気丈に振る舞うが、 少し語尾が震えているようだった。無理も無い。恐ろしい体験をしたのだ。本当は独りになりたくは無いだろうに……

 

『済まねえ……』

 

 それが判りゼロははやての頭を撫でてやる。 彼女はその感触を確かめるように目を細めた。

 

『行って来るぜ!』

 

 宙に浮かんだゼロは、はやてに頼もしげに片手を上げて見せる。少女は手を振り、

 

「ゼロ兄頑張ってな……気ぃ付けてっ」

 

『おうっ! 待ってろ、直ぐに片付けて戻って来るからな!!』

 

 そう宣言すると巨大樹群目指して一直線に飛び出した。高速飛行であっという間に現場に舞い戻ったゼロは、その超感覚で逃げ遅れた人々の位置を探る。

 

 すると近くで、増殖する根に追われる家族連れを見付けた。ゼロは直ぐ様向かい、家族連れを巻き込もうとしていた根を、エメリウムスラッシュで凪ぎ払う。

 

 光線が一閃すると根は瞬く間に消滅する。両親に子供1人の家族連れは、ゼロの姿に驚いている。超人は無事な道を指差し、

 

『早く逃げろ! あっちは大丈夫だ!』

 

「は……はいっ」

 

 家族連れも驚いている場合では無いのだろう。ゼロの指示に従い逃げて行く。無事に安全地帯に抜けられたようだ。

 

『良し!』

 

 次に巨大樹の枝や根に捕らわれてしまった人々の元へと急ぐ。かなりの人数の人々が捕らえられ、もがいていた。このままでは圧死か身体をバラバラにされてしまう。急がなければ。

 

 猶予は無いとゼロは頭部の『ゼロスラッ ガー』を投擲した。脳波によりコントロールさ れている一対のスラッガーは、それぞれ回転しながら巧みに人を避け、縦横無尽に人々を捕らえている枝や根のみを切断する。

 

 自由にはなったものの、高い位置に吊り上げられた人々は落下してしまうが、ゼロは次々にキャッチし地面に降ろすと安全なルートへと誘導した。

 

 その後もその超能力をフルに使い、大樹に侵食され倒壊寸前のデパートから逃げ遅れた人々を助け出し、避難する人々に降り注ぐ瓦礫を蹴散らし救助活動を続けた。

 

 

『これで大丈夫だな……?』

 

 ゼロは周囲をチェックして一息吐いた。骨折していた者も居たが深刻な怪我を負った者は居らず、全ての人々を救助する事が出来た。運も味方してくれたようだ。

 

 巨大樹が出現してから直ぐに救助活動に掛かれた事も幸いした。この状況では警察、消防も手の出しようが無い。ゼロが近くに居なければ死者が出ていたかもしれない。

 

『後は……コイツらだな……』

 

 ゼロは巨大樹群を見上げると飛び上がり、其方に向かって飛ぶ。巨大な樹は不気味に蠢き、 更に増殖成長しようとしているようだ。

 範囲も最初より拡大している。放って置いたら何処ま で拡がるか見当も浸かない。

 

 巨大樹の上空に出たゼロは、内部を透視してみた。怪物に見えるが確かに木のようだ。妙なエネルギーの流れが内部を駆け巡っているようだった。これが木を爆発的に成長させている原因らしい。

 

『これだけデカイとな……巨大化して焼き払う か……ん?』

 

 内部を探っていたゼロの眼に、エネルギーが集中している部分が映った。心臓部らしい。その中心部に子供が2人捕らわれているのが見え る。

 

(あそこが中心だな? あの子達を取り込んで力に変えてやがるんだな……良し待ってろよ!)

 

 ゼロが巨大樹に突撃しようとしたその時、何処からともなく桜色の光が巨大樹に炸裂した。 強烈な砲撃のようだった。

 

『何だ!? 誰かが攻撃したのか?』

 

 ゼロが光の飛んで来た方向を見てみるが人影は無い。かなりの遠方からの攻撃のようだ。今のようなエネルギー反応をゼロはこの世界では知らない。実弾砲撃でもレーザーでも無かっ た。

 

『何だあ……?』

 

 ゼロは驚いて声を漏らす。桜色の砲撃を受けた巨大樹群が、一斉に枯れて行くではないか。まるで溶けるかのように見る見る内に崩れ去って行く。

 

 ボロボロと崩壊する巨大樹の中から、青く光る物体と子供2人が現れた。光る物体は宙に浮いたままだが、意識を失っている子供2人はそのまま地上に落下してしまう。

 

『やべえ!』

 

 ゼロは一気に飛行速度を上げた。2人は真っ逆さまに地面に落ちて行く。高さが有りすぎた。

 

『間に合ええええっ!!』

 

 落下まで後いくらも無い。あの高さで落ちたら死ぬか大怪我だ。ゼロは必死で手を伸ばす。その時何処からか「危ない!」と誰かの声が聴こえた気がしたが、今はそれどころでは無い。

 

『ウオオオオオオオオッ!!』

 

 地面まで後数十センチという所で、2人をキャッチする事に成功した。ギリギリであった。しかしスピードを殺し切れず、勢い余って瓦礫に突っ込んでしまった。

 ゼロは2人を抱え込んでクッション代わりになり、勢い余って瓦礫をぶち抜きながら転がりようやく停止した。

 

『フウ……危なかったぜ……』

 

 ゼロは瓦礫を除けてよっこらしょと立ち上がった。抱えていた2人をそっと地面に寝かせてやる。はやてより少し歳上らしい男の子と女の子だった。怪我もしていない。気絶しているだけのようだ。

 ホッとするゼロはふと気配を感じて上空を見上げた。すると、

 

「大丈夫ですか!?」

 

 少女の声がした。見ると小動物を肩に乗せた白い服の少女が、空を飛んで此方に向かって来 る。

 

『何だあっ? 子供が空を飛んでる!?』

 

 はやてと同い年位の少女が、ウルトラマンのように飛んでいる。飛行装置の類いも見当たらない。脚部から桜色の光の羽根のようなものが出ていた。どうやらアレで重力を制御して飛んでいるらしい。

 少女はゼロの前にフワリと降り立つと、心配そうにゼロを見上げ、

 

「あのう……お怪我は有りませんでしたか?」

 

 声を掛けて来た。悪意のある相手には見えなかったのでゼロも、

 

『俺は何ともねえ、この2人も大丈夫だ』

 

 少女はひどくホッとした様子だったが、改めてゼロの姿を見た。少女の格好も浮いているが、ゼロの姿は更に浮いている。

 

「あの……あなたも魔導師なんですか……?」

 

『まどーし……? 何だそりゃあ……?』

 

 ゼロには魔導師が何の事か解らない。白い服の少女は意外そうな顔をした。

 

「あのう……コスプレしたお兄さんでは無いですよね……?」

 

『当たり前だ! これは元からだ、元から!!』

 

 着ぐるみ来た変な人扱いされそうだったので、ゼロは断固として否定して置く。

 目付きの悪さと相まって少女は思わず一歩引いてしまったようだ。すると少女とは別の声が直ぐ側で聴こえた。

 

「なのは、普通の人間にあんな事は出来ないよ?」

 

 肩の小動物が少女に話し掛けている。口で喋っている訳では無く、テレパシーのようなもので会話しているようだ。此方も只者では無さそうである。

 

「す、すいません……ですよね……だったらあんな事出来ませんよね……」

 

 少女は申し訳無さそうに頭を下げた。さっきのゼロの行動を駆け付けながら見ていたらしい。肩のフェレットらしき小動物も頭を下げている。

 そのフェレットの声を聞いて、何処かで聴いたような声だなとゼロは思った。思い出そうと頭を捻っているとフェレットが少女に、

 

「なのは、まずは『ジュエルシード』の封印を。また発動してしまうかもしれない」

 

 と言った。少女はまだ宙に浮いている宝石らしい青い光を見上げ頷く。あの物体が 『ジュエルシード』と言う物らしい。

 

「すいません……まずはアレを封印しないと危ないので……」

 

 少女はゼロに断ると、飛び上がって青い光に近付いた。どうする気なのか見ていると、持っていた金色の杖を近付け、

 

「『ジュエルシード』封印!」

 

 少女の声と共に青い光は、杖に付いている赤い部分にスルリと吸い込まれる。作業を終えた少女とフェレットは、降下して再びゼロの前に降り立った。改めて両者共深々と頭を下げ、

 

「すいません……この人達を助けてくれてありがとうございます……私は『高町なのは』って言います」

 

「『ユーノ・スクライア』です」

 

 続いて肩のフェレットが自己紹介した。

 これが『なのは』『ユーノ』の2人と、ウルトラマ ンゼロとの初顔合わせであった。

 

 

つづく

 

 

 




※このお話はウルティメイトイージスが出る前から書いていたものなので、ゼロアイ前提で書いています。現時点でゼロは人間時ブレスレットはしてません。
イージスがゼロアイと融合しているイメージです。個人的にウルトラアイ系が大好きなので。
それにブレスレット収納だと取られたり落としたりの心配が無いのが、隙が無さすぎてお話的にちょっと……
今後ブレスレットを人間形態でもはめるようになるかは未定です。変わるとしたらサーガの後辺りかもです。


次回『あなたはだあれや』


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第6話 あなたはだあれや

 

 なのはとユーノはしっかりと頭を下げ自己紹介した。名乗られたからには此方も名乗らない訳にはいかない。

 

『俺はゼロ! M78星雲から地球の平和を守る為にやって来たウルトラマンゼロだ!』

 

 一度言ってみたかった台詞を言ってみる。実際は地球に遭難して来ただけで、小学生の女の子に養われているヘッポコウルトラマンなのだが、お互いの為に黙っておく事にするゼロだった。

 何時の世も真実が美しいとは限らないのである。

 

「えっ? 宇宙人さんなんですか? 凄い!」

 

「宇宙人!? 確かに……貴方から魔力は感じ取れないようですが……」

 

 なのはとユーノは驚いている。空を飛ぶ少女と喋るフェレットでも、宇宙人には驚くようだ。

 此方に駆け付ける時にある程度ゼロの活躍を見ていたようなので、少なくとも力を持っているのは分かってくれた筈だが……

 

「ウルトラマンさんが居てくれなかったらと思うと怖くなります……良かった……」

 

 なのはは気絶している少年と少女を見て、安堵の息を漏らした。安心のあまり倒れそうに見える。ゼロは少々大袈裟に思い、

 

『いや……そんなに思い詰めなくてもいいだろ? 別にお前らのせいじゃねえんだからよ……』

 

「いえ……私のせいなんです……」

 

 なのはは暗い表情で俯いてしまった。それを見てユーノは慌てた様子で、

 

「違うよ! 僕がなのはに負担を掛け過ぎてしまったからだよ!」

 

 ユーノの言葉にも深い自責の念が感じられる。なのはは、そんな事は無いと言い返す。終いに2人は自分が悪かったと互いに譲らず、自分の方が悪い合戦を始めてしまった。

 

『ちょっと待て!』

 

 堪らずゼロは止めていた。こっちはまるで状況が掴めないのだ。そんな状況で言い合いをされても困る。

 

『まずよ……事情を話してくれねえか? 何か力になれるかもしれねえぞ……?』

 

 ゼロの言葉になのはとユーノは、流石にこっちが悪かった合戦を止め顔を見合わせた。

 

「ユーノ君……いいよね……?」

 

 なのははユーノに真剣な眼差しで同意を求め る。ユーノはしばらく考えているようだった。ユーノは簡単にゼロに事情を打ち明けて良いものかと思ったのだろう。

 宇宙人と名乗る謎の人物。果たして信用出来るのかと。なのは程楽観視は出来ないようだ。だが彼は静かに頷い た。

 

「聞いて貰おう……此方に駆け付ける時に、この人が逃げ遅れた人達を助けていたのはサーチ出来てた……僕のせいで人が死ぬ所だったのを救って貰ったのに、そんな人を疑うなんて失礼だね……」

 

「ユーノ君……」

 

 なのはもユーノのせいと言う部分は同意出来ないものの頷いた。言葉だけなら躊躇しただろうが、ゼロが人をがむしゃらに救う姿は、100万回の美辞麗句より遥かに信じるに足るものだった。単純だが、時には行動が何よりも説得力を持つ。

 

 取り込まれた子供を救う為に瓦礫に突っ込んでしまう姿は、スマートさ格好良さには程遠かったが、その光景はユーノの心を打った。

 

「お話します……僕がこの世界に来た理由を……」

 

 ユーノはなのはの肩から降りると、ゼロの銀色の顔をしっかりと見上げる。

 先程から普通に喋っているように見えるが、 実際は口で喋っている訳では無く、テレパシー のようなもので話しているらしい。頭の中に直接聴こえて来る。そこでゼロは思い出した。

 

『ユーノお前か? この間の声の主は……』

 

 ようやく合点が行って、思わずポンッと手を打っていた。

 

 

(……次元世界か……此処は妙な平行世界だったんだな……)

 

 場所を移動し、壊れたビルの屋上で話を聞いたゼロは唸っていた。ユーノの話は興味深い内容だった。

 ユーノはこの地球とは別の世界『管理世界』 の『ミッドチルダ』から来た魔導師で、次元世界のあちこちを旅して、遺跡の発掘を生業にしている一族の一員であると。

 

 その際にユーノが発掘した『ジュエルシー ド』と言う危険な遺物が21個、搬送中のトラブルでこの世界、海鳴市一帯に落ちてしまった。

 

 責任を感じたユーノは単独でこの世界に降り、被害が出る前に回収しようとして失敗。怪我をして行き倒れになっていた所をなのはに助けられ、それから一緒に『ジュエルシード』集めをしていた事をゼロに話した。

 

『それで……『ジュエルシード』ってのは、どれ位危ない物なんだ?』

 

 ゼロの疑問にユーノは沈痛な様子で、巨大樹の為に無惨な姿になった街並を見下ろし、

 

「『ジュエルシード』は周りの生物の願いを叶えるんです……でも、とても不安定で、周りの生物を取り込んで直ぐに暴走してしまうんです……あの木は人間が発動させてしまったので、あれほど大きくなりました。人間の願いが1番強いですから……」

 

 成る程……とゼロは納得する。彼の知識だと、『初代ウルトラマン』と戦った『脳波怪獣ギャ ンゴ』に変化した、願いを叶える石に近いのかもしれないと思った。

 

 あの石も人間の願いでどんな姿にでもなれるものだったが、『ジュエルシード』は更にタチの悪い事に、コントロールがまるで効かない代物のようだ。そんな物があちこちに落ちているなど、物騒極まりない話だった。

 

『だがよ……それじゃあ全然お前らのせいじゃねえよな……?』

 

 ゼロはそう思ったのだが、今まで黙っていたなのはがそこで口を開いた。

 

「いえ……私のせいなんです……私あの子が 『ジュエルシード』を持っていたのに気付いてた筈なのに……気のせいだと思い込んでしまったからこんな事に……」

 

 ガックリとうなだれてしまう。ひどく自分を責めていた。先程の少年と少女は、今日父親が教えている少年サッカーチームの応援に行った時に見掛けていたそうだ。

 しかし『ジュエルシード』集めで疲れも溜まっていたなのはは、つい見逃してしまった事を暗い表情で話す。

 

「違うんです! なのはは頑張ってくれました……それなのに僕が無理をさせてしまって……」

 

 ユーノもうなだれてしまう。2人共どんよりと落ち込んでしまった。ゼロは非常に困ってしまう。 とても見ていられない。だが落ち込んでしまうのも判る。そこでゼロは馴れない事をしてみる事にした。

 

『2人共……抱え込み過ぎだ……』

 

「抱え込み過ぎ……?」

 

 ゼロの言葉に、うなだれていた2人は顔を上げた。ゼロは内心必死で考えながらも表上は、頼りになる兄貴っぽい感じを心掛け、

 

『自分らだけで何とか出来る事なんて多くねえぞ? 何でもかんでも出来るなんて無理だ…… 出来る事をやってくしかねえ……』

 

 ゼロは喋っていて、同じような事を思って道を踏み外した自分を重ね肩を竦めたくなる。それでも止める訳には行かない。まずはユーノを見据え、

 

『ユーノはまず1人で来たのが間違いだったな……そういう責任感ってヤツは嫌いじゃねえし、居ても立っても居られなかったんだろうが……1人で来た事で結局なのはに負担を掛けちまったな……?』

 

 ユーノはガックリと小さな首を落とす。次になのはを見ると、

 

『なのはは少し甘かったな……手伝いたいってのは悪かねえが……中途半端だったようだな? 一度引き受けたからにはやり通せ。お前にしか何とか出来ないなら尚更だ!』

 

 なのはとユーノはしょんぼりと肩を落とした。ゼロは言っていて、似合わない事を言ってるな……と判っているが、

 

『悪かった所は解ったな? じゃあ過ぎた事をガタガタ言うのは終わりだ。 後はこれからどうするかだけだな? それによ……お前らは自分のせいだって言うけどな、2人が居なかったらもっととんでもない事になってた筈だ。それは誇りに思えよ』

 

 励ましが籠ったゼロの言葉に、俯いていたなのはとユーノは顔を上げた。ゼロはこのまま放って置くと、2人共自己嫌悪に陥るだけだと思ったのだ。

 

 話を聞いて、この2人が気持ちのいい連中なのは判った。ユーノは自分の責任でも無いのに、他人に迷惑が掛からないように見知らぬ世 界で1人『ジュエルシード』を回収しようとし た。

 

 なのはは困っていたユーノを助けたくてそれを手伝っている。そんな2人が気に入ったゼロは、失敗に萎縮させるよりも至らなかった点を指摘して、これからどうするか考えられるように誘導したのだ。

 

 力及ばずに責任を感じてしまうのは、ゼロにも良く判る。2人の眼に光が戻って来ていた。どうやら上手く行ったようだ。

 

 全て自分が悪いと思い込んでいたなのはとユーノには、その言葉が染み込むように感じられた。人知れず戦って来た2人は初めて他人から労われたのだ。

 ちなみにウルトラマンの少年は馴れない事を して少々くたびれてしまっている。

 以前のゼロなら考えられなかっただろうが、 色々有って成長したのだ。しかしなのは達が陥ったのは誰もが知らず知らず陥り易い事でもある。ゼロとて例外では無い。

 

 『抱え込み過ぎ』2人に掛けた言葉が、後々ゼロ自身に痛烈なしっぺ返しと共に、跳ね返って来る事になる……

 

 

 

『で……続けるのか?』

 

「ハイッ」

 

「最後までやり遂げようと思います」

 

 ゼロの問いに、なのはとユーノはしっかりと答えていた。先程までのひたすら自分を責め沈みきった顔とは違って来ている。前に進もうと思ったのだろう。

 

 しっかりした自分なりの答えを出せるには、もう少し時間が掛かるだろうが心配無いだろう。ゼロはそう思った。

 

『手伝いは要るか? まあ……まほーとやらは良く解らんから、あまり役には立たんとは思うが……』

 

 ゼロは協力を申し出たが、まずは2人でやってみるとの事だった。ユーノの怪我も回復し、前ほどなのはに負担が掛からなくなった事と、彼女が凄まじい程の魔法の才能を持っていたの で『ジュエルシード』集めがさほど難しくは無いからと言う事だった。

 

 話を聞く限り、専門家の2人に任せた方が良さそうである。魔力が無いゼロには『ジュエル シード』をなのは達のように探知も出来なければ封印も出来ない。

 下手に怪物化したジュエルシードモンスターに、光線技でもぶち込もうものなら大惨事になりかねない。

 

 それにゼロは最後までやり遂げたいという2人の気持ちも大事にしてやりたかった。自分でもそうするだろうと思ったからだ。 一通りを話終えたユーノはゼロを見上げ、

 

「それでも、僕らの手に負えないような時には……手伝って貰っていいですか……?」

 

『ああっ、何時でも呼びな。ユーノがこの間やったみたいに呼べば、必ず駆け付けてやるぜ!』

 

 ドンと胸を叩いて請け負った。それ位なら自分でも手助け出来るだろう。 そろそろはやての所に戻らなければと思ったゼロは、2人に別れを告げる。

 

『じゃあな、なのは、ユーノ無理すんなよ』

 

 片手を挙げて空に浮かぶゼロに、なのはが声を掛けて来た。

 

「ウルトラマンさんは何処に帰るんですか?」

 

 子供らしい好奇心から聞いて来たのだろうが、本当の事は言えないので、

 

『衛星軌道の辺りに留めている宇宙船だ、あば よ!』

 

 適当な事を言って誤魔化すと、見送る2人を背にその場から離れた。

 

 

 高速飛行で、あっという間にはやてと別れた公園の近くまで来たゼロは、一旦手前で人目の無い場所に降り立つと人間形態をとった。

 

 他にも避難して来た人々が集まり、救急車なども来ている。仮設の避難所のようになっていた。このまま戻ると目立ってしょうがない。

 

 走って公園に入ると、はやては元の場所から動かずに待っていた。心配そうにゼロの飛んで行った方角の空を見上げている。

 

「はやてぇーっ!」

 

 ゼロが手を振って名前を呼ぶと、その姿を認めたはやての表情が見る見る明るくなった。

 

「ゼロ兄ぃっ!」

 

 車椅子の車輪を力の限り回し、此方に凄い勢いで突っ込んで来る。全力疾走だ。ゼロは少々みぞおちを打ちながらも受け止める。

 

「は……はやて……危ねえだろ……?」

 

「お帰りゼロ兄……」

 

 はやてはしがみ付きながら笑顔でゼロに笑い掛けた。だがゼロは気付く。服を掴む少女の手がカタカタ震えている事に。

 ゼロが戻るまで気丈にも、不安と心細さに独り耐えていたのだ。はやて位の年の子供なら泣きわめいていても不思議では無い。

 

「ゼロ兄……?」

 

 ゼロは自然はやてを抱き寄せていた。震えが止まるようにとしっかり抱き締め、頭を撫でてやる。

 

「済まねえ……遅くなっちまった……」

 

「……」

 

 彼女は無言でコクコク何度も頷き、ゼロの胸に顔を埋め確かめるように、しっかりとしがみ付いた。震えが伝わって来る。

 

 周囲が茜色に染まり、慌ただしくサイレンの音が響く中、ゼロははやての震えが止まるまでずっとこうしていようと思った……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 次の日。八神家の朝の食卓である。ゼロとはやてはテレビを観ながら朝食を採っていた。

 テレビではどの局も、昨日の海鳴市巨大樹事件をひっきりなしに放送している。はやてはご飯をよそりながら、

 

「昨日はほんまに、色んな意味で盛り沢山の日やったなあ……」

 

「確かにな……お陰で折角のデートが台無しになっちまったな……」

 

 ゼロはお代わりを受け取りながら、真面目な顔で応える。それを聞いてはやては少し恥ずかしくなり、赤面してしまった。

 しかしゼロがデートの正確な意味を知っているかは、はなはだ怪しい。遊びに行く事をデー トだとでも思っているかもしれない。

 

「でも……あれだけの事があったのに、亡くなった人が1人も居らんで良かったわ……ゼロ兄のお陰やね?」

 

 はやては誇らしげに笑みを浮かべる。テレビにはピンボケだが、巨大化したゼロの写真が映っていた。ゼロが看板から通行人を助けた時に、偶然携帯のカメラで写されたものだ。

 あの時は集団幻覚などで片付けられ、撮影された写真もトリックとされていた。

 しかし今回の事件で逃げ遅れた人々を人知を超えた力で救い、巨大樹を倒した超人と同じ姿だと言う事で再びスポットライトを浴びた訳である。

 あの超人は何者だろうと、巨大樹事件以上に話題になっている。

 

「いや……あの木を倒したのは俺じゃないんだ が……」

 

 ゼロは決まりが悪そうにご飯をわしわしかっ込んだ。あの異常な状況下で救助活動をしたので、巨大樹もゼロが倒したと勘違いされてしまったらしい。

 

「ああ……なのはちゃんって子やったね?」

 

 はやては微妙な顔のゼロを見て、可笑しそうにしている。昨日帰ってから、なのは達の事は全て彼女に話してあるのだ。

 

 色々な体験をして疲れていたはやてだったが、自分と同い年位の少女が魔法使い……魔法少女をやっていると言う話を聞いて目を輝かせ、ええなあ、私もやってみたいわあ~と、しきりに羨ましがっていたものである。

 

「おう、魔法とやらの天才らしい。最近まで普通の子供だったのに、あんなデカイ木を一発で消しちまうんだからな……」

 

 ゼロは3杯目のご飯をわしわし食べながら、素直な感想を述べる。

 

「それに、何か有ったらゼロ兄が居るしな?」

 

 はやては頼もしげに、ご飯を美味しそうに食べているゼロに笑い掛ける。その話題の超人は、家のゼロ兄なんよと誇らしいようだ。ゼロは照れ臭かったが、努めて何でも無い風に、

 

「ま……まあそうだな……いざとなったら駆け付けるが、あいつらだけでも大丈夫だと思うぜ。見所のある2人だったからな。お代わり!」

 

 兄貴風を吹かせつつ、本日4杯目のお代わりを頼んだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 それから数日後……

 

 満月の淡い光が降り注ぐ夜の森の上空で、今2人の魔法少女が激突を繰り広げていた。

 1人は白い衣装を纏い、金色の杖デバイス 『レイジングハート』を持つ高町なのはである。

 もう1人は金色の髪をなびかせ、夜の森と同じく漆黒の衣装を纏い黒いデバイスを持った、なのはと同い年位の少女だ。

 

 なのはと同じく『ジュエルシード』を集めるのが目的であり、ゼロの知らない所で既に1度戦っている。

 近くの温泉に家族と旅行に来ていたなのはは 『ジュエルシード』の反応を察知し、再び黒衣の少女と出会したのだ。

 訳も解らずに戦いたくはなかったなのはは、 改めて話し合いを望んだが黒衣の少女は拒否、2度目の戦闘となった。ユーノも今森の中で、黒衣の少女の使い魔の獣人少女と戦っている。

 

 なのはは砲撃魔法『ディバインバスター』を射出、桜色の砲線が一直線に闇を切り裂く。黒衣の少女も攻撃魔法『フォトンランサー』を繰り出す。電光の槍が桜色の砲撃を迎え撃った。

 ぶつかり合った互いの魔法攻撃が対消滅し、月光にのみ照らされていた森を真昼のように明るく照らす。

 

 互角かと思いきや、黒衣の少女はなのはが閃光に怯んだ一瞬の隙を突き、上空から奇襲を掛けた。スピードがなのはとは段違いだ。

 黒いデバイス『バルディッシュ』を電光の刃の大鎌に変形させ、一気になのはの首筋目掛けて降り下ろした。

 

「!?」

 

 目を見張るなのはの首筋数センチの所で、電光の刃はピタリと止められていた。 殺す気が無いのか何時でも殺せるという余裕なのか。どちらにせよ、なのはには反応出来なかった。完全な敗北である。

 

 黒衣の少女は戦利品として『ジュエルシー ド』を手に、使い魔の少女と共に去って行く。 なのははその後ろ姿に呼び掛けていた。

 

「あなたの……あなたの名前を教えて!」

 

 少女は少しだけ振り返り、寂しげな紅い瞳をなのはに向け、

 

「フェイト・テスタロッサ……」

 

 静かに名乗ると深い闇の中へと消えて行っ た……

 

 

 

 

 

 フェイト達が去り、なのはとユーノが失意の内に重い足取りを引きずり帰った後に、近くの木陰から男が姿を現した。

 まだ若い青年だ。二十歳を越えた位に見える。黒いジャケットに黒いジーンズの全身黒ずくめのスタイルだ。

 顔は何故かゼロに良く似ていた。ゼロが成人し荒んだなら、このようになるのでは無いかと言う感じがする。

 青年はゼロに良く似た鋭い端正な顔で、ニヤリと嗤う。凄惨なぞくりとするような笑みだった。どうやら青年は、今までのなのは達の戦闘の一部始終を見ていたらしい。

 

「餌に釣られて出て来たな……予定通りか…… 『闇の書』の主の方も、ゼロが転がり込んだお陰で覚醒が早まりそうだしな……」

 

 青年は愉しげに独り言を呟く。その様子はやけに禍々しい。決定的な何かが壊れているような狂気があった。

 

「ゲームは愉しくないとな……なあゼロ!? 面白くしてやるよ!」

 

 闇の中青年の姿が変わって行く。身体が漆黒と橙に変化し、鉄仮面のようなゼロに良く似た姿が闇に浮かび上がった。

 血のように紅い『二つ』の鋭い眼がギラリと光る。『ダークロプスゼロ』らしき魔人が其処に居た。

 

つづく

 

 




次回『赤い靴はいて…なかったねや』


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第7話 赤い靴はいて…なかったねや ★

 

 

 ある午後の昼下がり『ウルトラマンゼロ』こと、モロボシ・ゼロはとても困っていた。

 

 今日はやては夕方まで検査があるので、その間の時間潰しにと何気なく散歩に出たのが運の尽き。ものの見事に、またしても道に迷ってしまったのである。

 

 只の方向音痴では……と言う声が聞こえて来そうだが、ゼロにも言い分はある。

 日常的に空を飛んで移動していた者が、ある日から地上を歩いてのみ移動しなければならなくなった。そんな奴がいきなりそんな状況に慣れろと言われても無理がある。

 

 以前『ラン』と融合していた時は『ジャン ボット』に乗って移動していたので、あまり不自由は感じなかったが、いざ飛行手段が無くなると非常に不便だ。どうしても飛んでいた時の癖が抜けず、目的地に向かうのに道に関係無く直進し、却って訳が解らなくなるのを何で責められようか! と思うゼロだが、はやてには生暖かく微笑まれた上、今の所賛同者は1人も居ない。

 

 そんなしょうもない事を考えながら歩いていてふと気付くと、まったく人気の無い廃業して放置された工場区画に入り込んでいた。

 

何処をどう歩いたら、こんな町外れの寂れた場所まで来れるのだろう。ここまで迷ってしまうと、いっそ見事だった。 しかし本人には笑い事では無い。最早自分がどの辺りに居るのかも定かではなく、道を訊ねようにもひとっこ1人見当たらない。

 

「だああああっ! やってられるか、ゴチャゴ チャしやがってえっ!!」

 

 ゼロは地団駄踏んで天を仰ぎ吼えた。ついに我慢の限界に達してブチキレたようだ。地面を蹴って猛然と走り出す。絶対に他人に見られない場所に向かう為である。

 

 頭に来たゼロは、変身して空を飛んで病院まで戻るつもりなのだ。思いっきり超能力の無駄遣いもいい所なのだが、ブチキレた頭にはそんな事知った事か! である。

 

 無闇にウルトラマンの力を使ってはいけないなどとは考えない。この辺まだまだ青いと言うか、ガキんちょである。

 走り回って上手い具合に、周りが高い塀に囲まれている廃棄物置き場だったらしい場所を見付けた。ヨッシャア! とばかりに飛び込み、内ポ ケットから『ウルトラゼロアイ』を取り出す。 装着しようと翳したゼロの前に、

 

「!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 金色のブローチのような物を掲げ、何かぶつぶつ言っている金髪の少女が立っていた。はやてやなのはと同い年位に見える。掲げたブローチから声が聞こえて来た気がしたが、玩具か何かだろう。

 ゼロは寸での所でゼロアイを止めた。まさかこんな所に人が居るとは思ってもみなかったので非常に焦る。

 

(あ……危ねえ~、危うく人前で変身する所だったぜ……)

 

 背中に変な汗をかいてしまったが、それでも最悪の事態は避けられたのでホッと胸を撫で下ろした。

 ただでさえ、正体バレた記録ぶっちぎりNo.1 の道をひた走る身としては、これ以上のポカは避けたい所である。

 

 ふと、目の前の少女も何故か危なかったと言うような表情をしている気がしたが、気のせいだと思い、これ幸いと道を訊ねてみる事にする。

 

「悪い……道を教えて貰いたいんだが……」

 

「……すいません……道を教えて欲しいんです が……」

 

 2人の声がダブっていた。どうやら少女の方も迷子だったらしい。それを悟ったゼロの表情が、捨てられた子犬のようになってしまってい た。

 

「ぷっ……」

 

 金髪の少女『フェイト・テスタロッサ』は整った顔に、寂しげな無表情を張り付けたまま、思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 

 その日フェイト・テスタロッサは使い魔である、狼と少女2つの姿を持つ『アルフ』と共に 『ジュエルシード』の探索を続けていた。

 途中で効率を重視し2手に別れたまでは良かったのだが、この世界に来てまだ日が浅いフェイトは道が解らなくなってしまったのである。

 

 念話と言う魔法を介しての通信を使えばアルフは直ぐに駆け付けてくれるだろうが、迷子になった自分が少し恥ずかしく、このまま探索を続ける事にした。

 

 アルフとは精神がリンクしているので、その内合流出来るだろう。そう判断し、人気の無い廃工場に入る。

 人口知能搭載で会話も可能なインテリジェン スデバイス『バルディッシュ』を起動させ、探索を再開しようとした時、少年が凄い勢いで駆け込んで来た。

 

 その少年が妙な眼鏡を取り出した所で眼が合った。フェイトより年上の彼は、ひどくギョッとしたようだ。まるで絶対に見られてはいけない場面を見付けられたように。

 尤もそれはフェイトの方も同じで、危うくバリアジャケットを纏うのを見られてしまう所だった。それに比べれば少年の方は大した事では無いだろうと彼女は思う。

 

 犯罪者? それで自分が居た事に驚いたのかと思ったが、フェイトは少年に悪意のようなものは感じなかった。少々目付きが鋭いなと思った位である。

 

(……誰も居ないと思った所に私が居たから…… 驚いただけか……)

 

 フェイトはそう判断した。今まで限られた人間以外とはほとんど接した事が無い彼女には、 この状況はかなり気詰まりだった。

 そこで誤魔化す意味も含め、道でも聞いて早くこの場から離れようと思い、

 

「……すいません……道を教えて欲しいんです が……」

 

「悪い……道を教えて貰いたいんだが……?」

 

…見事に2人の言葉がハモった。どうやら少年も迷子だったらしい。その事と迷子の子犬のように途方に暮れた表情をする少年に、不覚にもフェイトは吹き出してしまった。

 

 

 フェイトは真っ赤になってしまった。頭から湯気でも出そうである。初対面の相手を笑ってしまったからだ。

 根が真面目な彼女はどうしたらいいか解らず、意味不明なポーズを取りアタフタしてしまう。中々愉快な光景だったが、もうこの場所に居る事に耐えられない。

 

「ごっ、ごめんなさいっ、し、失礼しましたっ」

 

 ツインテールを振り乱し頭を下げると、きびすを返して後も見ずに駆け出したが……

 

(えっ……?)

 

 力を入れた筈の膝は、彼女の指令に応えず力無くカクンッと曲がり、そのまま地面にへたり込んでしまった。脚に力が入らない。

 

「……な、何……?」

 

 フェイトは身体の不調に焦った。此方の世界 にやって来てから彼女はほとんど休まずに 『ジュエルシード』の探索を続けて来た。食事もろくに採っていない。気持ちに余裕が無いからだ。

 

 少しでも早く『ジュエルシード』を集めたいフェイトは、今日も体力を消耗する『探索魔 法』を連続して使っており、消耗した所に急に 走り出したせいで脚に来てしまったのだ。

 

(探索魔法の使い過ぎ……? こんな事じゃ母さんに逢わせる顔が……)

 

 フェイトは自分の不甲斐なさを呪うが、もう少し回復するまで立ち上がれそうにない。 無理をし過ぎてしまったのである。

 

「おい、お前、大丈夫かよ!?」

 

 心配したゼロが駆け寄って来た。フェイトは焦り、

 

「だ……大丈夫です……何でも有りません……」

 

 平気な風を装おうとするが、地面にへたり込んだままでは説得力はまったく無い。ゼロは呆れてフェイトを見下ろし、

 

「何言ってやがる? 全然大丈夫には見えねえ よ……お前顔色悪いな……ちゃんと飯食ってるのかよ?」

 

 そう言いながらゼロは彼女をひょいと抱え上 げた。子犬を抱き上げるかのように軽々とである。

 

「えっ……? あの……」

 

 フェイトは一瞬自分がどうなったのか解らな かった。少し間を開けてようやく気付く。自分がお姫様抱っこと言うヤツをされている事に。 彼女の顔が恥ずかしさで赤くなっていた。

 

「あの……降ろして下さい……」

 

「いいから無理すんな……」

 

 フェイトは身を縮こませて頼むが、ゼロは軽く流して彼女を運び、手頃な場所を見付けると座らせてやる。

 

「ちょっと見せてみな?」

 

「えっ……?」

 

 ゼロは言うなり、返事も待たず少女の手を取った。フェイトはさっきからどう反応したらいいのか解らない。

 そんな彼女の反応はお構い無しに、ゼロは握った手から相手の体調を超感覚でチェックする。その結果に眉間に皺を寄せ、

 

「お前……疲れ過ぎだぞ……飯もろくに食ってないだろう? 貧血気味でもあるな……このままだと身体壊すぞ?」

 

「は、はあ……」

 

 フェイトは有無を言わせぬ忠告に神妙に頷くしか無い。本人も判ってはいるのだが、張り詰めた今の状況では食欲も湧かず、探索では無理を重ねてしまう。悪循環であった。

 

 そんな事をつらつら考えていたフェイトの手に、ゼロがもう片方の手を添え両手で包み込んだ。

 

「……あのう……?」

 

 意味が解らず首を傾げるフェイトにゼロは、真剣な表情を向け、

 

「今から呪いを掛けてやろう……」

 

 いきなりとんでもない事を言い出した。え えーっ!? とフェイトは青くなってしまう。

 話すだけならある程度日本語は判るが、万全では無いので、バルディッシュの翻訳機能を使っているのだが、誤変換では無いようである。 するとゼロは、はて……? と首を傾げ、

 

「ああ、悪い間違えた……元気の出るおまじないってヤツだ。日本語は微妙な使い方の言葉が結構あっからな……」

 

 真逆の間違いに気付いて、照れ隠しでぶっきらぼうに訂正しておく。それならフェイトにも判る。どうやらこの人も此処に慣れてないらしいと思った。

 

 気を取り直したゼロは、目を瞑ると無言にな る。フェイトは何だか解らない。この世界に基本魔法は存在しない筈なのは判っているので、マッサージでもするのだろか? と思っていると……

 

(あ……?)

 

 フェイトは自分の身体の中に、優しく温かいものが流れ込むのを感じた。

 

(……何だろう……? とても温かい……魔法とは違う……?)

 

 まるで温かな光が身体に満ちて来るような感覚だった。ひどく気持ちが安らぐ。穏やかな日溜まりでまどろんでいる気がした。

 

 魔法にも治癒魔法の類いは有るが、ゼロのそれは別物である。自分の生命エネルギーを相手に送り、生体活動を活性化させるものだ。 以前『ウルトラマン80』が使用して、重傷の生徒を救った『メディカルパワー』の縮小版と言った所である。

 

 はやての回復の助けになればと、人間体でも使えるように練習し、何とかここまでものに出来たのだ。お陰で疲弊していたフェイトの身体は元気を取り戻して行く。

 

(……力が湧いて来る……何故……? この世界の何かの治療……? この人は何者だろ う……?)

 

 フェイトは初めての感覚と不思議な治療に戸惑いながらも、心地好い安らぎを感じていた。身体の復調リラックス、この効果で当然復活する自然の欲求は仕方の無い事である。

 

ぐう~っ

 

 見事に彼女の可愛らしいお腹の虫が鳴り響いた。

 

「!?」

 

 フェイトの顔色が今日1番で真っ赤になる。 耳まで真っ赤になっていた。さっきから恥ずかしい所ばかり見られてしまっている。もう消え入りたいような気持ちであったが、

 

「良し! いい音だ。後はしっかり飯食うんだぞ?」

 

 ゼロは握っていた彼女の手をポンッと叩いて笑う。その屈託の無い表情を見てフェイトは何だかホッとし、恥ずかしさも気にならなくなった。

 

(……不思議な人……)

 

 フェイトがそう思った時である。ゼロの後方から高速で迫り来る影が在った。

 

「フェイトォォォォォッ!!」

 

 怒りに燃え盛る声を発し、その影は有り得ない速度で疾走して来たかと思うと、その勢いで強烈なドロップキックをゼロ目掛けて放って来た。

 

 気付いたゼロは咄嗟に避けようとしたが、避けるとこの子に当たると思い、結局尻にモロに食らってしまった。

 

「おわあっ!?」

 

 衝撃で数メートルはぶっ飛ばされてしまう が、ゼロは尻を押さえながらも素早く起き上がった。

 

「てめえ! いきなり何しやがる!?」

 

「うるさい、それは此方の台詞だよ! アンタフェイトに何をした!? 変質者ってヤツだね! 只じゃ置かないよ!!」

 

 怒りに燃える瞳でゼロを睨み付けるのは、肉感的な身体に露出の多い服を着た、野性味溢れる16歳程の少女だった。 彼女の名は『アルフ』少女と獣、2つの姿を 持つフェイトの使い魔である。

 

 どうやらゼロが、フェイトに良からぬ事をしていると勘違いしたらしい。対してゼロは一瞬変質者の意味が解らなかったが、雑誌やテレビなどで見たのを思い出し、

 

「ふ……ふざけんな! だ、誰が変質者だ!? 俺は下半身裸じゃねえぞ!!」

 

 それも変質者には違いないが、微妙にハズレだ。その言葉を聞いたアルフは更に誤解を深め、顔を怒りで真っ赤にする。それは無理も無い。立派なセクハラ発言である。

 

「かっ、下半身……裸って……殺す!!」

 

 使い魔の少女は、牙のような犬歯を剥き出し拳を構えた。一触即発状態だ。その時フェイトが間に割って入っていた。

 

「アルフ駄目……! 勘違いしないで……この人は私を介抱してくれてただけだよ……」

 

「えっ……?」

 

 フェイトの言葉に目を丸くするアルフだった。

 

 

「ごめんよ! 本当に、ごめん!」

 

 アルフは地面に頭がぶつかりそうな勢いで頭を下げて来た。経緯を聞いた彼女は反省しきりである。

 主を助けてくれて人物に、問答無用でドロップキックをかました上に変質者呼ばわり、申し訳無さすぎて頭を上げられないアルフだった。

 

 散々なゼロであったが潔く謝られ、アルフが本当にフェイトの事を心配しての行動なのは判ったので許す事にする。尻は痛かったが。2 人で仲睦まじく話すのを見て、姉妹か何かだろうと思った。

 

 フェイトとアルフは何度も頭を下げてお詫びをし、ゼロは気にするなと宥め2人と別れを告げる。まだ頭を下げているフェイト達に背を向けた所で、まだ道に迷ったままだったのを思い出した。

 

(あのドロップキック女なら、道知ってるか……?)

 

 振り向くとドロップキック女ことアルフが、路上にへたり込んで情けない声を出している所だった。此方には2人共まだ気付いていない。

 

「フェイトォ……駆けずり回って、もう限界だ よ~、何か食べて帰ろうよ……」

 

 ゼロはその様子を見て、彼女も無理をして来たのが何と無く判った。

 

(お前もその子と同じか……しっかり食うんだ ぞ……)

 

 心の中でエールを送る。フェイトは少し可笑しそうにすると、へたり込んでいるアルフに手を貸そうと手を伸ばす。

 

「……そうだね……何か食べて帰ろうか……」

 

「本当かい!?」

 

 アルフは意外そうな顔をするものの、嬉しそうに立ち上がった。食べ物と聴くと元気が湧いて来るタイプのようだ。

 

「珍しいねフェイトがそんな事言うなんて…… 良し! 何か美味しい物を食べよう!」

 

 勢い込んで手をポケットに突っ込んで財布を探るアルフだったが、如何にもしまった! と言う表情を浮かべた。

 

「ごめんよフェイト……お財布忘れて来たみた い……フェイトはお金持って来てるかい?」

 

「ごめん……私も今日は持って来て無いよ……」

 

 首を横に振るフェイトに、アルフはガックリと肩を落とした。その時タイミング良く。

 

グググ~ッ!

 

ぐう~っ

 

 フェイトとアルフのお腹の音が見事にユニゾンした。2人共気不味そうに顔を見合わせる。見兼ねたゼロはツカツカと歩み寄っていた。

 

「オイ2人共、袖すりすりするのも何かの縁て言うからな……着いて来な、飯ぐらい奢ってやるよ」

 

 微妙に間違ったことわざで声を掛けた。フェイトとアルフは戻って来たゼロの言葉に戸惑っている。特にアルフは申し訳無さそうに上目使いでゼロを見上げ、

 

「そんな……悪いじゃないか……アタシにあんな事されたのにさ……」

 

 まだ気にしている。ゼロは肩を竦めて苦笑し、

 

「困っている奴は普通助けるものだろ? 特に人間はそうだろう……? 当たり前の事だ。気にする事はねえよ……」

 

 ゼロははやての事を想う。途方に暮れていた自分に手を差し伸べてくれた優しい少女を。彼女から貰ったものは誰かに分けるべきだ。

 それが人の営みや繋がりと言う、人間を構成するのに必要不可欠なものだとゼロはそう思って いる。

 

「取って置きの店に連れてってやるよ、さあ行 くぜ!」

 

 拳を掲げ勢い良く2人を促した。フェイトとアルフは、ゼロの強引さと負い目とで押し切られ着いて行く事にする。

 空腹も後押しした。 意気揚々と工場跡から出ようとするゼロだったが、不意に2人に振り返り、

 

「で……此処は何処か知ってるか……?」

 

 と照れ臭そうに頭を掻いた。フェイトとアルフは心の中で、

 

(色々残念だ……)

 

 思ったとか思わなかったとか……

 

 

 

つづく

 

 

 




次回『ミロガンダが秘密や』取り敢えずお話が動く所までは纏めて投稿しようと思います。と言っても後3話くらいですが。


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第8話 ミロガンダが秘密や

 

 

 

 アルフから道を聞いたゼロは、さっきの迷子の子犬のような顔は何処へやら、勇んでフェイ トとアルフを連れて店に向かった。

 その後ろを何でこうなったんだろ う? と言う顔で2人は着いて行く。今回は同行者が居るので直進したいのをグッと堪え、ちゃんとした道順を行くゼロである。

 以前はやてと出掛けた時に迷いまくって以来、他の人が居る場合はそうするようにしている。お陰で無事目当ての店に到着する事が出来た。

 

 その店は目立たない路地裏に在る少々古びたラーメン屋である。『羅阿瞑・無双麺』と大仰な当て字で、日本語としては少し変な看板を掲げていた。

 

 一見寂れた店に見えるが、知る人ぞ知る名店で、その味は正に無双である。宣伝も一切しておらず、口コミのみで客が集まって来るのだ。

 

 以前道に迷って偶然この店を見つけたゼロは、取り合えず食べてみてあまりの美味さに絶句し、直ぐ様帰ってはやてを連れて来たものである。

 料理好きなはやては食べてみて「こないな店が在ったのを知らんかったなんて不覚や!」としきりに悔しがっていたものだ。

 アルフは店から漂って来る、香しい匂いに鼻をヒクヒクさせ、

 

「うわあ……凄くいい匂いがするねえ……」

 

 フェイトはアルフの様子に苦笑を浮かべる。 ゼロは店内をチェックし、

 

「この時間なら大丈夫だな……良し行くぜ!」

 

 フェイト達を促して中に入った。昼時をとっ くに過ぎているので客はまばら、20人も入ったら一杯になる位の広さだが、小綺麗で手入れの行き届いた店内だ。

 

 ゼロに続きカウンター席に座ったフェイトとアルフは、珍しげにキョロキョロ店内を見回している。少女2人だけで入るには、少々ハードルが高そうな店ではあった。

 

 勝手の解らない2人の代わりに、ゼロがラーメンを注文してやる。えらく背が高く、筋肉ムキムキでラーメン丼のような頭に髭という、インパクトあり過ぎな店長は眼光鋭く、

 

「死ぼ……注文確認」

 

 受けるが早いが、鮮やかな手際でラーメンを作って行く。麺が宙を舞い、葱チャーシューを切る包丁があまりの速度に見えない。

 この店主 只者では無い!? とフェイトとアルフは戦慄したが、まあ……それはともかく、とても良い匂いが店内に漂っている。

 実は醤油系の味は『ミッドチルダ』でも存在する。昔ミッドに定住した日本人が居るらしく、日本食の店が在ったりするので、フェイト達も何回か口にした事があるのだ。

 そんな2人だったので、醤油に拒否反応は無 い。しかしそれを差し引いても、とても食欲を誘う匂いである。シンプルな醤油ラーメンが3人の前に音も無くスッと置かれた。

 

 黄金色の細麺が半分透き通った飴色のスープにしっとり絡み、分厚いチャーシューにシャッキリしたメンマ、目に鮮やかなホウレン草がトッピングされた丼から、熱々の湯気が立ち昇っている。

 

 流石に箸を使い慣れていないので、王たー ……店主にフォークを貸して貰い、ゼロに食べ方を教わったフェイトとアルフは、フウフウ言いながら口を着けた。

 

「こりゃあ……いけるねえ!」

 

「……美味しい……!」

 

 アルフは景気良くズルズルと麺をすすり込み、フェイトもゆっくりながらもしっかり食べている。どうやら気に入ったようだ。繊細かつ深みのある味にやられたのである。

 食べながらアルフがフェイトに、「ドッグフード入れたら、もっと美味しくなるよ」などと言い出したので、フェイトは慌てて「アル フ……駄目……!」と注意しておく。

 

 隣でラーメンをすすり至福の表情を浮かべるゼロは、そんな会話が聞こえた気がしたが、いくら何でも聞き間違いだと思った。

 残念ながら聞き間違いなどでは無いのである。アルフは元が狼なので、味覚が少しアレである。本当にやった日には、店主から凄い技でも食らいそうなので止めた方がいいだろう。

 

 アルフはスープまでペロリと飲み干し、フェ イトも麺を全部食べてしまった。充分に無双な麺を堪能した2人はゼロにお礼を言う。

 

「……ご馳走さまでした……ありがとうございま す……」

 

「ご馳走さま、いやあ~っ、アンタいい人だね え~、ありがとね」

 

 改まってお礼を言われたゼロは、照れ臭そうにそっぽを向き、

 

「よせよ……困った時はお互い様だ……」

 

 耳まで真っ赤になっている。感謝されて恥ずかしくなってしまったようだ。そんな少年を見て、フェイトは微笑ましい気持ちになった。 もう一度呼び掛けようとして、まだ名前を知らない事に気付き、

 

「……あの……よ、良かったら……お名前を教えて貰えますか……? 私はフェイト・テスタ ロッサと言います……」

 

 おずおずと名乗る。この世界の人間にあまり関わらない方がいいのだろうが、名前も知らない名乗らないではあまりに失礼だと思った。

 本名を名乗ったのは彼女なりの誠意である。アルフもそんなフェイトの気持ちを察し、

 

「アタシはアルフってんだ」

 

 名乗られたからには、此方もしない訳にはいかない。つい最近も似たようなやり取りがあったな……と思いつつ、ゼロは照れを押し隠そうとしながら2人に向き直り、

 

「ゼロだ……モロボシ・ゼロ……」

 

 澄まし顔でぶっきらぼうに自己紹介するが、まだ照れているのがバレバレである。そんなゼロを見て、ほっこりした気持ちになるフェイトとアルフだった。

 

 妙にこの少年には打算や下心、生臭さを感じ ない。口調や態度はかなり乱暴なのだが、逆に飾り気の無い優しさを感じ取れた。隠すのがとても下手なのだ。

 

 偶然だが、まるで人では無いようだとフェイトは思う。そんなに他人と接した事の無い彼女だったが、この少年がひどくお人好しなのは判る。

 アルフもさっきは我を忘れてしまったが、改めてゼロを見てフェイトと同じ感想を抱いた。

 

 2人共自然に、この不器用で浮き世離れした少年に気を許していた。異郷で頼る者も無く、緊張の連続の日々を過ごして来たフェイト達には尚更 だったかもしれない。

 

 ゼロは誤魔化すように咳払いした。ようやく照れから立ち直った彼は何の気無しに、

 

「フェイトもアルフも随分頑張ってるみたいだけどよ、何かの用事で海鳴市に来たのか?」

 

 別に深い意味があって聞いた訳では無い。道に迷っていた事からも、旅行か何かで海鳴市に立ち寄ったのかと思っただけである。フェイトは少し考え、

 

「……母さんの用事で……ちょっと……」

 

 アルフはその発言に少しビックリしてしまい背中を突っつくが、フェイトはこれくらい 大丈夫と目配せする。

 まったく魔法に関係無い第三者に話しても影響は無い。嘘を吐くのが苦手なせいもあるが、 ここで少年に嘘を言いたくなかった。色々言い足りないが、少なくとも嘘は言っていない。

 ゼロも別に立ち入った事を聞く気はなく素直に頷き、

 

「2人共……親孝行だな……お袋さんもきっと自慢に思ってるぜ」

 

 ウンウン唸ってしきりに感心する。その時ふと、フェイトの目に暗い陰が射したような気がし た。

 

 

 そろそろはやての検査が終わる時間が迫っていたので、ゼロは2人に別れを告げる事にした。

 

「……それでは……ありがとうございまし た……」

 

「じゃあね、ゼロッ」

 

 頭を下げるフェイトにゼロは、1枚のメモ用紙を渡した。受け取ったフェイトが見てみる と、番号が書いてある。不思議そうにする少女にゼロは、

 

「俺の携帯の番号だ……何か困った事があったら、何時でも掛けてきな?」

 

 頼もしげに胸を叩いて見せた。何となく危うい印象を受けた事と、母親の話をした時にフェイトが寂しげな瞳を一瞬した事が妙に気になり、放って置けなかったのだ。

 フェイトはゼロの心使いに感謝し、メモ用紙を両掌でしっかり握る。

 

「ありがとうございます……」

 

 少し寂しげながらも微笑みを浮かべた。

 

 

フェイトとアルフはゼロと別れ、再び『ジュエルシード』への探索へと取り掛かる。何となく足取りが軽かった。アルフはクスリと笑う。 思い出し笑いだ。

 

「面白い子だったねえ……あんな人間居るんだ……」

 

 上機嫌で空を見上げた。親切な人間との出会いが、今にも折れそうにたわんでいたフェイトの心を、和らげてくれたのを感じたのだ。

 

「……そうだね……見ず知らずの私達を……あんなに気に掛けてくれて……」

 

 フェイトは頷くと、手にしたままのメモ用紙を見詰め、

 

(……連絡する事も……もう逢う事も無いだろうけど……)

 

 そう思いながらも、メモをまるで宝物のようにしっかりと胸に抱くのだった……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 4月26日PM8:27

 

 海鳴市中心部の市街地の一部をスッポリ覆うように、ドーム型の結界が張り巡らされていた。結界とは魔法で作り出す一種の異相空間の事であ る。

 

 魔法により、現実世界から時間と空間をずらして作り出す結界は、一般人には知覚する事も出来ず、周囲に被害も及ばない。ユーノが張ったものである。

 その結界内で『フェイト・テスタロッサ』と 『高町なのは』は再び対峙していた。

 フェイト達が『ジュエルシード』探索の為魔法を使い、 強制的に発動させ位置を特定した所で、反応を察知したなのはとユーノも駆け付け睨み合いになったのである。

 

 色を失い無人の街と化した中で、つい先程フェイトとなのはが先を争って封印した『ジュ エルシード』が、対峙する2人の間で青く輝き宙に浮かんでいる。

 

 宙に浮かぶフェイトは、何時でも襲い掛かれるようにバルディッシュを握り締めた。だが地面に立つなのはは、レイジングハートを下ろし、 少女に向かって呼び掛けた。

 

「この間は自己紹介出来なかったけど……私はなのは。高町なのは! 私立聖祥大附小学校3年生!」

 

 なのははフェイトと何度かぶつかり合う内に、知りたいと思った。金髪の少女の事を。何故そんな寂しそうな目をしているのかを。

 

 なのはが今より幼い頃、父が重傷を負い家族がその付き添いと店のやりくりで大変だった時があった。

 その間彼女はみんなに迷惑を掛けまいと幼いながらも自分を押し殺し、良い子になろうと心掛けて来た。

 父が全快し家族が元通りに戻った今でも、その時の孤独感と無力感を思い出す時がある。あの時の自分も、きっとフェイトと同じ目をしていたのではないかと思った。

 それが切っ掛けだった。彼女の事を知りたいと思ったのは……

 

 だがそん想いとは逆に、フェイトは彼女に襲い掛かる。なのはも応戦せざる得ない。それでも白い魔法少女は、黒の魔法少女に言葉を送り続ける。

 

「同じ目的同士ぶつかり合ったりするのは仕方無いかもしれないけど……何も解らないままぶつかり合うのは私は嫌だ!」

 

 なのはの正直な心の叫びだった。レイジングハートを振るいながら、思いのタケをぶつける。

 

「私が『ジュエルシード』を集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。この世界に迷惑を掛けちゃいけないと怪我をしてまで頑張ったユーノ君を助けたいから!」

 

 フェイトと激しく打ち合いながらも、なのはは語り掛けるのを止めない。必死だった。

 

「ある人にも言われたの……中途半端だったっ て……そのせいで失敗したりもした! だから色々考えて決めたの。大好きなこの街や周りの人達に危険が降り掛からないように、私が出来る事をするって。これが私の理由!」

 

 なのはの真摯な言葉に、フェイトは打ち合うのを止め目を閉じた。白い少女の言葉には真っ直ぐな想いが籠められている。

 フェイトの閉じられていた口が開こうとした 時、ユーノとやり合っていた狼アルフは叫んで いた。

 

「フェイト、何も答えなくていい!」

 

 フェイトはハッとする。アルフは胸の中の憤りのままに怒鳴っていた。

 

「優しくしてくれる人達の所で……ぬくぬく甘ったれて暮らしているようなガキんちょに何が分かる!? フェイト教えなくていい!!」

 

 アルフは許せなかった。なのはの理由も何もかも。恵まれた人間にしか吐けないと思った。今までフェイトの受けた仕打ちが頭をよぎる。

 

 少なくとも今の彼女には哀しいかな、そうとしか思えなかった。八つ当たりに近かったのかもしれない。 フェイトも僅かに生じた迷いを振り払い、再び対峙する。なのはも再び戦うしかなかった。

 

 激しく空中で激突する少女達。一進一退の攻防が続く。その時であった。2人の戦闘で宙に浮いたままになっていた『ジュエルシード』の前に、突如として巨大な物体が出現した。

 

「何だいアレは!?」

 

 驚くアルフとユーノの目の前で、その異様な物体の中に『ジュエルシード』が飲み込まれて行く。止める間も無かった。

 

「そんな結界内に侵入された? 馬鹿な、あんな巨大なものの侵入に気付かなかったなんて!?」

 

 本当に降って湧いたようだった。驚くユーノを尻目に、その緑色の物体は唸り声のような不気味な音を発し、更に大きくなって行く。 『ジュエルシード』の影響だろう。その大きさは優に100メートル近くに達していた。

 棘の無いサボテンを無理矢理捻くり回したかのようなおぞましい異形。上部の頭のような膨らみ部分に、黄色く発光する1つ眼の如き穴が在る。

 

 それはこの世界に存在しない筈のもの。紛れも無く『怪奇植物グリーンモンス』だった。

 

 一旦戦闘を中断したフェイトとなのはは、グリーンモンスをジュエルシードで変化したのだと思い、攻撃を開始する。 フェイトの『サンダースマッシャー』なのは の『ディバインバスター』金色と桜色の砲撃魔 法が同時に炸裂した。しかし……

 

「えっ!?」

 

「これは……?」

 

 2人は驚いた。グリーンモンスは砲撃魔法を吸収し、更に一回り大きくなってしまったのだ。ユーノとアルフもこの状況に驚いている。

 『集束魔法』のように、周囲の残存魔力をかき集め纏めて撃ち出す魔法もあるが、攻撃エネルギーそのものを自分のものにしてしまう生物など聞いた事が無い。 ユーノは気を取り直し、上空のなのはに向かって叫んだ。

 

「駄目だなのは! そいつは魔法攻撃を吸収して、自分の力にしてしまうんだ! 攻撃しちゃいけない!」

 

 それを聞いたなのはは、どうしたらいいか解らず混乱してしまう。経験がまだ浅い彼女では、魔法を封じられては戦法を思い付けなない。

 

「そんな~っ、それじゃあどうしようも無い よ!」

 

 フェイトも困惑してしまっている。様々な異世界の生物は知っているが、こんな妙な生物は見た事が無い。

 グリーンモンスは元々エネルギーを吸収してしまう特性がある。初代ウルトラマンと戦った個体も光線銃の攻撃を吸収し、人間大から数十メートルまで巨大化してしまった。エネルギー 系の攻撃には相性が良いのだ。

 どんな力を持っているか解らない。フェイトとなのはが距離を取ろうとした時、グリーンモンスが再び吠えるような音を発した。

それと共に、中央の光る開口部から緑色の液体を霧状に噴出する。周囲が瞬く間に緑色に染まる程だ。フェイト、なのは達の視界も緑色に染まって見えない。ふとフェイトは霧の中、身体に異常を感じた。

 

「……こ……これは……!?」

 

「な……何? か……身体が……痺れる……?」

 

 なのはも異常を来している。緑色の霧のせいだ。グリーンモンスの麻酔ガス、モンスガス。

 フェイト達が纏うバリアジャケットは、身体全体を覆うフィールド系の魔法だ。劣悪な温度や大気の中での防護服になる。しかしグリーン モンスのガスは、ジャケットのフィルターをすり抜け微細な量で作用した。

 完全密閉すれば耐えられただろうが、通常のフィルター機能だけでは防ぎ切れない。初代ウルトラマンでさえ昏倒させた程の威力だ。

 

 フェイトとなのはは身体が痺れて自由が効かなくなり、魔法による飛行を維持出来なくなってしまった。 デバイスの補助で墜落こそ免れたが、ゆっくりと地上に降下して行く。2人共意識を失ってしまっていた。

 

「フェイトォォッ!」

 

「なのはぁぁっ!」

 

アルフとユーノは同時に駆け出していた。そ れぞれフェイト、なのはの落下地点に向かう。 しかし2人もガスを吸い込んでしまっていた。 何時もより身体が重い。

 それでも気力を振り絞り、アルフとユーノは2人を確保する。しかしガスを吸い込んで走り回ったせいで、麻酔が身体を蝕んでいた。ユーノはなのはの前で動けなくなってしまう。

 

 アルフも同様で、フェイトを背で受け止めたまま、アスファルトに倒れ込んでいる。グリーンモンスが轟音を上げ近付いて来た。全員が動けない。絶体絶命の状況だった。

 

(駄目だ……このままじゃ……みんな殺られる……)

 

 ユーノは痺れて動かない身体で最後の希望に望みに賭け、四方に向け力の限り念話を飛ばす。 あんな化け物『彼』でも駄目かもしれないと思ったが、今のユーノには彼しか頼れる者は居ない。

 

《……ゼ……ゼロさん……ウルトラマンゼロさ ん……き……来て下さい……このままじゃみん な……!》

 

 だが無情にも緑の怪物は間近まで迫っていた。なのははピクリともしない。ユーノは必死で動かない身体に鞭打ち、なのはを庇おうとするが、最早身体は言う事を聞かなかった。

 

(なのはごめん……もう駄目だ!)

 

 ユーノが死を覚悟した時だ。凄まじい轟音が響 き、グリーンモンスの巨体が吹っ飛んだ。 反対側のビルに突っ込み、窓ガラスが飛び散り粉塵が舞う。

 グリーンモンスは瓦礫に埋もれてしまった。 ユーノは何が起こったのかと、懸命に小さな首を上げると、

 

「!?」

 

 其処には拳を突き出した巨人がそびえ立っていた。身長数十メートルはある天を突く偉容。 銀色の顔にプロテクター状の胸部に赤と青の身体。頭部の2本の角のような突起。ユーノはその姿に見覚えがあった。

 

(ま……まさか……この姿は……)

 

 唖然と巨人を見上げるユーノの頭の中に、雄々しい声が響く。

 

《待たせたな、ユーノ!》

 

 この声言葉使い、間違い無かった。

 

『ウルトラマンゼロ』只今参上。

 

 

つづく

 

 

 




次回『大爆発!捨て身の魔導師2人や』


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第9話 大爆発!捨て身の魔導師2人や

 

 

 PM8:53海鳴市中丘町・八神家

 

 ゼロは夕食の後片付けやその他の雑用を終え、リビングではやてとお茶を飲みながら、 まったりテレビを観ていた。

 

「ん……?」

 

 お茶請けの塩煎餅に伸ばした手がピタリと止まる。ゼロは首を傾げた。はやてはそれに気付き、

 

「ゼロ兄……どないしたん?」

 

 怪訝そうに聞いて来る少女に、ゼロは難しい顔を向け、

 

「今……声が聴こえた気がするんだが……? 今の感覚と言うか、今のやり取りにも覚えが……」

 

 その時ゼロの頭の中に、意味ある言葉が響き渡った。

 

《ゼロさん……ウルトラマンゼロさん……き…… 来て下さい……このままじゃみんな殺られる……!》

 

 間違い無くユーノの声だった。前回の出会いで念話のパターンは大体解っている。息も絶え絶えな苦しそうな声。何故かはやてにも、その声が聴こえたような気がする。

 即座にゼロは立ち上がった。はやてはビックリして、持っていた紅茶のカップを落としそうになる。

 

「はやて、ユーノから連絡が来た。かなりヤバそうだ。助けに行って来る!」

 

 言うが早いが、ポケットから2つ折りの『ウ ルトラゼロアイ』を取り出し、開くと両眼に装着した。

 

「デュワッ!」

 

 父親譲りの掛け声と共に、閃光の中ゼロの身体は瞬く間にウルトラマンとしての肉体に変換される。ごく日常のリビングに、非日常の超人が出現した。

 

「がんばってなゼロ兄、行ってらっしゃい」

 

 はやては変身を完了したウルトラマンゼロを見上げ、信頼の籠った眼差しで送り出す。ゼロはつり上がった光る眼で少女を見下ろし、

 

『行って来るぜ!』

 

 力強く言葉を残し、その場からかき消すように姿を消した。

 

 瞬間移動テレポートで家の上空に出たゼロは、ユーノの念話が聴こえた方向に向け飛び 立った。

 瞬間移動は正確な位置が解らない場合、目的地を通り過ぎてしまいタイムロスする恐れがある。急ぐならこの方が速い。

 

 ゼロは一気にマッハの速度で市街地中心部に向かった。その様子を目撃した者が居たならば、空気との摩擦熱で真っ赤になった楕円形のフィールドに包まれ、夜空を天翔る超人の姿が見て取れただろう。

 

 1分も掛からず市街地上空に着いたゼロは、 街中に張られたドーム型の結界に気付いた。常人には知覚すら出来ない結界も、彼の特殊な眼にはハッキリと判る。

 

『あれが結界ってヤツか……どう入る? ぶち壊して無理矢理入るか……?』

 

 結界の事は既にユーノから聞いている。力押しを考えたが、結界内に巨大な影を感じた。

 

(駄目だ、何か得体の知れないデカイ奴が居る? 壊すとヤバイな……そうなると……)

 

 周りへの被害を考え躊躇するゼロの頭の中に、ユーノの悲痛な声が伝わって来た。

 

《なのはごめん……もう駄目だ!》

 

 もう一刻の猶予も無いようだ。ぐずぐずしている暇は無い。

 

『結界内に強制テレポートしか無い! 何とかなんだろう! ウオリャアアアッ!!』

 

 ゼロは結界に突っ込んだ。同時に強引にテレ ポートを敢行する。その姿がドームを前にフッと消え失せた。

 

 結界内では今正にグリーンモンスが、ユーノ達を踏み潰さんとしている。不気味な緑色の巨体が2人に迫ったその時、辛うじて侵入に成功したゼロが姿を現した。

 

『ユーノ、なのは、危ねえ! 野郎ぉぉっ!!』

 

 グリーンモンスに殴り掛かりながら巨大化する。人間サイズから身長49メートルの巨人に、本来の大きさに戻ったのだ。

 その勢いのまま、グリーンモンスに強烈な正拳突きを叩き込む。怪物は吹き飛び、派手な破壊音を立ててビルに激突した。ビルの破片と粉塵が舞い上がる。

 ゼロは大地を揺るがし、ユーノ達の目前に雄々しくそびえ立った。

 

《ユーノ待たせたな!》

 

 片手を上げ呼び掛ける。そして改めてビルに突っ込んだ怪物の姿を見て驚いた。

 

(コイツは確か……グリーンモンス!? 馬鹿な! 何で此処にあっちの世界の怪獣が居るんだ!?)

 

 一瞬混乱するが、大体の状況は判った。ユー ノ達はグリーンモンスの麻酔ガスにやられたのだろう。 ゼロはユーノとなのはに向け、指先から『メ ディカルパワー』を照射した。

 光が2人を包む と、ユーノは痺れが取れ身体が軽くなっている事に気付く。 小さな四肢を踏ん張って立ち上がるフェレットにゼロは、

 

《取り合えずは応急処置だ。後は魔法で何とかなるか?》

 

「大丈夫です、これくらい回復すれば、後は僕の回復魔法で充分です……所でゼロさん……その姿は……?」

 

 ユーノはなのはに解毒の魔法を施しながら、 尤もな質問をする。知り合いが巨人になって現れたら、誰だって驚くだろう。ゼロは親指で自分を指し、

 

『俺の本当の大きさは元々こっちなんだよ』

 

 久々の巨大化で少しスッキリしたように説明した。ユーノは流石宇宙人だ……と感心するやら呆れるやらである。

 一方ビルの下敷きになっていたグリーンモン スは、怒り狂ったように瓦礫を跳ね除けて起き上がった。 悪い事にその大きな瓦礫の幾つかが、路上で動けなくなっていたフェイトとアルフに降り注ぐ。

 

(何ぃ? 他にも人が居たのか!?)

 

 それに気付いたゼロは猛然とダッシュした。 フェイト達の盾となり、瓦礫の雨を背で受け止める。

 まだ意識があったフェイトとアルフは、その光景に驚いていた。身体が動かない上に降り注ぐ瓦礫。もう駄目だと思った時に、とんでもないものが現れ自分達を救ったのだから。

 

(……こ……この巨人は何……?)

 

(な、何なのさ……コイツは……?)

 

 目を見張るフェイト達だが、ゼロも彼女を認め驚いていた。

 

(なっ? フェイトじゃねえか……? 何でこんな所に居る!?)

 

 驚きながらも瓦礫を除け立ち上がる。フェイト達から、なのは達と同じような気配を感じ た。ウルトラマン形態だとそれが良く判る。

 

(フェイトも魔導師だったのか……)

 

 事情を知らないゼロは、ユーノ達の手助けにでも来たのだろうと単純に思ってしまった。直ぐにフェイト達にもメディカルパワーを照射する。

 痺れが取れて行くのをアルフは感じた。身体が動くと直ぐに身を起こす。だがそうしている内に、グリーンモンスが此方に向かって来ていた。

 

『それで動けるな? 後は魔法で何とかしてくれ!』

 

 ゼロはそう伝えると、フェイト達から離れグリーンモンスを誘導する。アルフは少女の姿になると、フェイトを抱え上げた。

 

「誰だか知らないけど、礼は言っとくよ!」

 

 律儀に返すと距離を取り、建物の陰に入るとフェイトの解毒を始めた。グリーンモンスと対峙するゼロは、その様子を視界の隅で捉え、

 

(あの狼……アルフだったのか……)

 

 驚くが今は目前の敵に集中する。グリーンモンスが、腕のような触手を振り上げ襲い掛かって来た。ゼロは素早くバックステップして回避する。

 外れた触手が後ろの大型マンションに降り下 ろされ、一撃で瓦礫の山と化す。恐るべき威力であった。『ジュエルシード』とフェイトとなのはの魔力を吸収して、以前の個体とは桁外れのパワーだ。

 100メートル以上はある巨体でも、不気味な程素早く動く。かわしたゼロに軌道を変え、体 当たりを仕掛けて来た。

 

『ウオッ!?』

 

 不意を突かれたゼロは、猛烈な体当たりを浴び吹き飛ばされてしまう。巨体が商店街に倒れ込み、店舗が軒並み瓦礫と化してしまった。

 

 ここぞとばかりにグリーンモンスは襲い掛かって来る。知性と呼べるものが存在しているか不明だが、まるで知恵ある者のように狡猾に見えた。

 やはり誰かに操られているのかとゼロは推察する。脚も存在しないというのに、ヌメヌメと滑るようにアスファルトを移動しゼロに迫って来た。

 

『舐めるなあっ!!』

 

 無人の商店街を踏み潰し立ち上がったゼロは、グリーンモンスの突撃を真っ向から迎え撃つ。 脚元のアスファルトが衝撃で砕け散り、地面にめり込んだゼロの脚がズルッと後退する。このまま押し切られてしまうのか?

 だが其処でグリーンモンスの勢いがピタリと止まる。半分以下の大きさのゼロが、その巨体の突進をガッチリ受け止めていた。

 凄まじいパワーだ。数百万馬力の腕力は伊達では無い。全身の筋肉がメキメキと唸りを上げる。

 

『調子に乗ってんじゃねえぞ! このニョゴ ニョゴ野郎っ!!』

 

 ゼロは吼えるように叫び、パワーリフトの要領でグリーンモンスの巨体を頭上まで一気に持ち上げた。

 

『デリャアアアアッ!!』

 

 勢いを付け、ビル街目掛けて力任せに投げ飛ばす。緑色の巨体が砲弾のように吹き飛んだ。 ビルを次々となぎ倒し、街中に数百メートルの更地を作る。現実世界ならとんでもない被害になっていただろう。

 

 その頃ユーノの治療を受け、なのははかなりの回復を果たしていた。治療を継続して受けながら、ゼロの戦闘を見て、

 

「凄いね……ウルトラマンさん、あんなに大きくなれるんだ。流石宇宙人さんだね?」

 

 しきりに感心している。ユーノは宇宙人だからで済むのかなあ……? とは思ったが、それより結界が保つか心配になった。

 

 もう一方のフェイトは、アルフの治療でほぼ体調を回復していた。なのはより経験が豊富な彼女は、咄嗟にジャケットを密閉した為、 吸い込んだガスの量も少なかったのだ。

 

「……あの大きな人は誰なんだろうね……?」

 

 立ち上がったフェイトは、ゼロとグリーンモンスの戦いを見てアルフに訊ねてみるが、

 

「解らないよ……助けてくれたのは確かだけど……あのおチビちゃん達の知り合いなのかね……?」

 

 アルフも困惑するしか無かった。異世界から来た彼女達も、巨大生物ならまだしも巨人の存在など見た事も聞いた事も無い。

 

「……アルフ……『ジュエルシード』は、あの怪物が飲み込んでしまったんだよね? あれは 『ジュエルシード』のせいでああなったのかな……?」

 

「それが……アイツ『ジュエルシード』のせいで怪物になったんじゃ無く、最初から怪物だったみたいだよ。いきなり現れてさ……それくらいしか解らないよ……」

 

 アルフにも見当も付かなかった。不可解な事が多すぎる。今は疑問を置く事にした2人は、 ゼロとグリーンモンスの戦いに視線を戻した。

 

 吹っ飛んだグリーンモンスを追い、ゼロは色の無い街を地響きを立てて疾走する。怪物は叫び声のような音を発して立ち上がり、開口部から緑色のガスを噴出した。周囲がたちまち緑色に染まる。

 

(チイッ、結構効きやがる? だが!)

 

 ゼロは構わず突っ込んだ。ウルトラマンも大気のある所では普通に呼吸している。今はガスを吸い込まないように、外気の取り込みをカットしている状態だ。

 しかしモンスガスは、皮膚などからもジワジワ効いて来る。長時間浴び続けるとゼロとて危な い。

 

 グリーンモンスに肉迫すると共に、透視能力 で『ジュエルシード』の位置をサーチする。直ぐに探り当てる事が出来た。身体の中心部に強い反応がある。

 

『其所かっ!』

 

 ゼロは突進しながら、右手刀にエネルギーを集中させる。『ビッグバンゼロ』の態勢だ。

 本来ならその手刀で相手を切断するのだが、 空手の抜き手の要領で、グリーンモンスの胴体に炎を纏った手刀をグサリと突き刺した。

 

ゴアアァアアアアァァァ!!

 

 緑色の怪物は苦しむように音を上げる。ゼロはウネウネと蠢くおぞましい体内を掻き回し、青く輝く『ジュエルシード』を引きずり出す。 緑色の体液が血のように辺りに飛び散った。

 

『コイツを頼む!』

 

 ゼロは引きずり出した『ジュエルシード』を放り投げた。青く輝く石は丁度フェイト達となのは達が居る場所の中央に落ち、地上1メート ル程で静止する。

 

 『ジュエルシード』を抜かれてしまったグリーンモンスは、みるみる小さくなった。しかしそれでもゼロよりまだ大きい。フェイトとなのはの魔力を食ったので、まだパワー充分だ。だがゼロは恐れはしない。

 

『これでもう容赦する必要はねえな!? この野郎っ!!』

 

 怪物の頭? を下から思いっきり蹴り上げ、 よろけた所に続け様に強烈な突きの嵐を叩き込む。明らかにグリーンモンスの動きが鈍る。

 止めとばかりに放ったチョップが光の壁に遮られていた。

 

『バリヤーだと!?』

 

 緑の怪物の前に、魔法障壁らしきものが展開されていた。先程フェイトとなのはから吸収した魔力を利用したのだ。 術式を組める程では無いようだが、それでも本能的に防御などに転用出来るらしい。

 

『面白えっ! ならコイツを受けてみな!』

 

 ゼロは左腕を水平に伸ばす。光線技の予備動作だ。

 

(奴はエネルギーを吸収する習性があったな……下手な所を狙うと逆効果になる……狙うは開口部内の核だ!)

 

 体内のエネルギーが両腕に集中して行く。その高まりが頂点に達した時、ゼロは両腕をL字型に組んだ。

 

『食らいやがれえっ!!』

 

 目も眩む光の奔流がL字型に組んだ右腕から発射された。『ワイドゼロショット』ゼロの必殺光線の1つである。

 

 光の束がバリヤーを紙のように易々と貫通し、狙い違わず黄色に発光するクロロフィル核に命中した。

 破裂したように大爆発を起こし、グリーンモンスの身体はあっという間に燃え上がる。怪物は断末魔の音を上げる間も無く、炭化し灰となって崩れ落ちた。

 

 一撃で怪獣数匹を同時に葬り去る威力。バリヤー程 度で防げる訳も無い。ユーノの心配通り結界を撃ち抜く恐れがあったので、出力は抑えてある。

 久々に巨大化での戦闘を終えたゼロは人間サイズへと縮小し、なのは達の元へと向かった。

 

 

 その頃フェイトとアルフは、空を飛びゼロが抉り出した『ジュエルシード』の元へ急いでいた。

 

「フェイト大丈夫なのかい? まだ完全に抜けた訳じゃないんだよね?」

 

 アルフはフェイトの身を案じるが、少女は無理をして微笑して見せる。まだ痺れは残っていた。

 

「……これくらい平気だよ……それより早く 『ジュエルシード』を……」

 

 平気なように振舞い、飛行魔法の速度を速めた。

 

 一方のなのは達も『ジュエルシード』の回収に向かおうとするが、なのはが回復しきっておらず出遅れてしまっていた。

 ゼロはフェイト達となのは達が争っているのを知らず、結果フェイト達に有利に働いてしまったのだ。

 

 先に『ジュエルシード』に辿り着いたフェイ トは、直ぐに『バルデイッシュ』で再度封印を試みる。その時だった。何処からか放たれた一筋の光が『ジュエル シード』に撃ち込まれた。

 

「!?」

 

 驚くフェイトの前で、光が命中した青い宝石はドクンッと脈動した。飛来した光の余波でバル デイッシュに亀裂が入り破損してしまう。 今の光は強力な破壊光線だったようだ。

 

「誰だ!?」

 

 アルフは光の飛んで来た方向を探るが、影も形も無い。だがそれ所では無かった。

 

 光線を浴びた『ジュエルシード』が青い光を放つ。それが一気に広がったかと思うと、天を突く光の柱が立ち昇り大爆発を起こした。光線のエネルギーで暴走してしまったのだ。

 

「うあっ…!」

 

「フェイトォッ!」

 

 フェイトとアルフは衝撃波で吹き飛ばされてしまう。近くまで来ていたなのは達とゼロにも衝撃波が襲い掛かる。

 物理的な爆発では無いようだが、衝撃波でなのは達も吹き飛ばされ、ゼロは吹き飛ばされないように顔面を庇い踏ん張った。

 

 一度吹き飛ばされたフェイトだったが、破損したバルデイッシュを悲しげに見ると、労るように装飾品形態に戻し、光を発して暴走状態の『ジュエルシード』の元に走った。

 

 アルフが止める間も無く、フェイトは荒ぶる宝石を両手で押さえ込む。凄まじい衝撃が少女の掌の中で荒れ狂う。

 

「フェイト駄目だ! 危ない!!」

 

 アルフは危険を感じて呼び掛けるが、フェイトは離そうとしない。その時ゼロとなのは達が駆け付け、その光景に唖然とする。

 

 フェイトは無理矢理素手での封印を試みる。 本来なら危険な高エネルギーの塊故に、デバイスを使って行っていた封印を素手でやろうと言うのだ。無茶だった。

 荒れ狂う『ジュエルシード』は、少女の小さな手の中で激しく輝いている。

 

「止まれ……止まれ……止まれ……」

 

 全ての魔力を籠め、フェイトは必死で抑え込む。少しでも気を抜けばたちまち飲まれてしまうだろう。手の肉が裂け真っ赤な血がアスファルトに零 れた。

 見兼ねたなのはが近寄ろうとするが、その前にアルフが立ち塞がる。邪魔は許さないという強い眼差しで。

 ゼロには訳が解らなかったが、フェイトの邪魔をしてはいけない気がした。

 フェイトは懸命に封印を施す。やがて祈るように膝を着く。

 

「止まれ……止まれ……止まれ……」

 

 その姿はまるで、何かに必死の祈りを捧げる殉教者のようであった。フェイトは最後の力を振り絞り低く叫んだ。

 

「止まれ……!」

 

 祈りを聞き届けたかのように、青い光が弱くなって行く。遂に光は完全に止んだ。全ての力を使い切ったフェイトは、ガックリと力尽き崩れ落ちる。

 

 地面に倒れる前に、アルフがその小さな身体をしっかりと受け止めていた。主人を抱き上げ、使い魔の少女はなのは達を無言で睨む。

 少しだけ哀しそうな表情を浮かべると、跳躍しビルからビルへと飛び移ると闇の中に姿を消した。

 

 なのはとユーノは黙ってその後ろ姿を見送るしか無かった。完全にフェイトに呑まれていたのだ。ゼロは状況が解らないのでポカンとするだけだが、

 

(お前の言っていた、お袋さんの用事ってのはこれだったのか……?)

 

 2人が消えた闇を見詰め、心の中で呟いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「それで……そのフェイトちゃんと、なのはちゃんとで『ジュエルシード』を巡って争っとったんか……」

 

 はやてはゼロの話を聞いて、う~んと声を漏らしていた。八神家に戻ったゼロは、リビングで帰りを待っていたはやてに一通りを話している所であ る。

 フェイト達が去った後、なのはとユーノから今までの経緯を聞いたゼロは、

 

『次に会ったら話を聞いてみようぜ』

 

 と提案してみたのだが、なのはは暗い顔をし、

 

「でも……フェイトちゃん……話し合うだけじゃ ……言葉だけじゃ何も変わらない、伝わらないって……」

 

 落ち込んでいる。ユーノも乗り気では無い。そんな2人にゼロは必死で知恵を絞り、

 

『だったらよ……事と次第によっちゃ、『ジュ エルシード』も渡してやるし、集めるのも手伝ってやるって言うのはどうだ? これなら話を聞く気にもなるんじゃねえか?』

 

 と言い出し、なのはとユーノを絶句させた。 流石になのはは首を捻り、ユーノは反対したが、

 

『さっきのフェイトお前らも見ただろう? 何か深い事情があるんじゃねえか? 例えば……親の命が懸ってるとかよ……』

 

 ゼロは力説した。母親の事といい、そうなのではないかと思ったのだ。無論確証は無いが。 流石に本人に聞いたとは言えなかった。

 

 なのはは賛成しユーノは迷っていたが、 フェイトの必死さを目の当たりにした事もあり、悪用する恐れと納得出来るだけの理由が無ければ渡さないと言う事で、取り合えず話だけはしてみようと決まったのだ。

 

「はやてはどう思う……?」

 

 こう言った方面は苦手なゼロは、はやてに意見を聞いてみる。実際この話を言い出したのは、フェイト達となのは達が争うのは良くないと思い、半ば思い付き勢いで言ってしまったのである。

 後々考えてみると、本当にこれで良かったのか自信は無い。小学生に相談事を持ち掛けるウルトラマンというのもシュールだが、ゼロははやてを頼りにしているのだ。

 彼女の聡明さには舌を巻く事がある。状況判断が的確なのだ。指揮官に向いていると言うべきかもしれない。はやては頼りにされ少し照れるが、改めて状況を整理してみて、

 

「やってみる価値はあると思うわ……ゼロ兄は間違って無い思うで……フェイトちゃん訳ありのようやし……」

 

「そうか……」

 

 はやてに言われてゼロはホッと息を吐いた。そんな少年を見てはやては微笑み、

 

「しかしまあ……街で偶然出会った子が魔法少女とは……ゼロ兄はよっぽど魔法少女と縁があるんやねえ……」

 

「そ、そうかあ……?」

 

 ゼロは肩を竦める。道に迷った事は言っていないが、はやてにはバレバレな気がする。早々にフェイトとの出会いの話題は切り上げようと思い、

 

「じゃあそっちはまず話をしてみるとして…… 後は……」

 

「ゼロ兄が居た世界から来たらしい怪獣……グリーンモンスやったね? それと『ジュエル シード』を暴走させた犯人の事やね?」

 

 はやてが先を越して言う。ゼロも改めて表情を引き締めた。

 ユーノによると、あの暴走は何者かが『ジュエルシード』に膨大なエネルギー を撃ち込んだのが原因らしい。その結果小規模ながら『次元震』が発生した。

 

 『次元震』とは空間そのものに作用する危険なものらしい。大規模なものになると世界をも破壊してしまう事もあるようだ。

 ユーノも『ジュエルシード』がそんな事態を引き起こすとは思っていなかったので驚いていた。

 

「ゼロ兄から聞いた話からすると……誰かが結界の中に忍び込んで、怪獣をカプセルなり『バトルナイザー』言うもんなりで呼び出して、更に『ジュエルシード』を暴走させて逃げた言う事やね?」

 

「そうなるよな……」

 

 ゼロは頷くが、そこで腕組みして頭を捻る。

 

「しかしよ……そいつは一体何がしてえんだ……? 少なくとも怪獣が居る世界から来た奴なのは間違い無さそうたが、『ジュエルシー ド』が狙いなら簡単に奪えた筈だ……」

 

 訳が解らなかった。チャンスは幾らでもあった。しかし侵入者は敢えて奪わなかったように思える。

 

「ん~、違うやろか……?」

 

 何か考え付いたのか、はやてはぶつぶつ言っている。ゼロは身を乗り出し、

 

「何だ? 思い付いたなら言ってみろよ」

 

「う~ん……何となくなんやけど……その場を引っ掻き回して喜んどる気がするんよ……愉快犯みたいな……せやけど……」

 

 そこではやては一旦言葉を止める。改めてゼロを見ると、

 

「何か……酷い悪意みたいなもんを感じる気がするんよ……」

 

 何故かこの時はやては、漠然といずれ自分の元にその底知れぬ悪意がやって来る気がして、思わずゾッと背筋を震わせた……

 

 

 

 

 

 

 ゼロとの相談を終えたはやては、自室のベッドに潜り込んでいた。かなり話し込んでしまい、もう真夜中近い。

 しかし色々な事を聞き興奮しているのか、中々寝付けなかった。悪意の事は流石に考え過ぎだろうと思い忘れる事にする 。

 それより頭に浮かんだのは、フェイトとなのは、2人の魔法少女の事だった。自分と同い年で魔法を駆使して戦う少女達。

 

(……私も……なのはちゃん、フェイトちゃんみたいに魔法が使えたらええのに……)

 

 そう思う。羨ましいとはまた違った想いからだった。ゼロははやてに何でも話してくれて、相談もしてくれる。

 それがはやてには嬉しい。だが相談相手にしかなれない自分が時に歯がゆくもあった。それに状況から、これから大変な事が起こるのではないかとの予感もある。

 

(私が魔法使いやったら……相談だけやなく…… ゼロ兄のお手伝いが出来るんやけどなあ……)

 

 もっとゼロの役に立ちたい。手助けしたい。 この時はやては自分が魔法使いだったら……と強く想っていた。

 

 魔法の存在を知り、魔法使いになりたいと願う……

 

 それは本来なら、もう少し後に起こる筈の出来事を早めるのに充分だった。

 

 突如はやては眩い光を感じた。不思議に思い 光の射して来る方向を見ると、本棚に飾ってあった1冊の本が紫色の光を放っている。鎖で縛られたあの本であった。

 

「!?」

 

 はやては混乱してしまう。次の瞬間、部屋全体が光に反応したように激しく揺れ動いた。地震でも起こったようにミシミシと音を立てる。

 はやては恐怖のあまり声も上げられない。彼女の目前でその本が光を発しながら、ゆっくりと宙に浮かび上がる。

 金色の剣十字の装飾が施されている表紙が、まるで生きているように脈打ったかと思うと、本を縛っていた鎖が弾け飛んだ。そして……

 

《Ich entferne eine versiege jung.》(封印を解除します)

 

 無機質な女性の声が響いた。機械が喋っているような冷たい声だ。

 

「ゼロ兄ぃぃぃっ!!」

 

 恐怖の限界に達したはやては絶叫していた。

 

 

 

つづく

 

 

 




超フライングであの人達が登場です。纏め投稿はこの辺りまでで。次回『ヴォルケンリッター参上や(前編)』


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第10話 ヴォルケンリッター参上や!(前編) ★

 

 

 紫色の光に染まった部屋の中、その本はゆっくりとはやての前に降りて来た。

 彼女はベッドの上を後ずさり少しでも逃れようとするが、動かない脚ではベッドの端に下がるのが精一杯 だった。

 宙に浮かぶ本は彼女の前で静止する。その表紙の十字の紋章が一際輝いた。

 

《Anfang》(起動)

 

 先程の無機質な女性の声が再び響く。はやては我が目を疑った。

 

「ふあああっ!?」

 

 自分の胸の辺りから、小さな光の塊が出て来たのだ。その光の塊は彼女から離れ、浮遊している本に吸い込まれたように見えた。

 はやてが魂でも吸い取られたかと恐怖した時、目を開けていられない程の強い光が本から発せられた。

 

「ひゃうんっ!?」

 

 堪らず腕で目を庇う。しばらくして光が収まって来たのを感じた。随分長い時間が経った気がしたが、実際ほんの十数秒ほどしか経過していない。

 怖かったが、さっきの声を聞き付けてゼロが来てくれると自分を勇気づけ、恐る恐る目を開けてみる。 あの本が宙に浮かび、先程自分から抜け出した光の塊も一緒に浮いてた。

 

(な……何やの……これは……?)

 

 得体の知れない状況に震えるはやてだったが、まだ終わってはいなかった。別の光を感じ視線を落とした先に……

 

「!?」

 

 今度は見知らぬ誰かが居るのに気付きギョッとした。何時の間に現れたのか、紫色に光る魔法陣を背に黒い薄手の服を着た4人の男女が跪 (ひざまづ)いていた。まるではやてに臣下の礼を取るかのように、 片膝を着いて静かに控えている。

 先頭の八重桜色のロングヘアーをポニーテー ルに纏めた、二十歳前程の凛々しい美女がうやうやしく頭を下げた。

 

「『闇の書』の起動を確認しました……」

 

 その後ろで控えている、金髪をボブカットにした穏やかな美貌の成人女性が続く。

 

 「我ら『闇の書』の『蒐集』を行い、主を守る守護騎士でございます……」

 

「夜天に集いし雲……」

 

 獣の耳と尾を持つ、浅黒い肌をした筋骨隆々の男性が低く続ける。最後に赤毛をおさげに結った、はやてより幼い可愛らしい少女が畏 (かしこ)まり、

 

「ヴォルケンリッター……何なりと御命令を……」

 

 立て続けの奇怪な出来事に、はやての混乱は頂点に達した。

 

 

 

 その少し前、自室のベッドで休もうとしていたゼロは、妙な胸騒ぎを感じていた。どうにも落ち着かず寝付けない。 仕方無く起き上がり、何か飲み物でも飲んで来ようと思った時、

 

「ゼロ兄ぃぃぃっ!!」

 

 はやての尋常では無い叫び声が家に響き渡った。ゼロは弾かれたように立ち上がる。

 

「はやて!?」

 

 部屋を飛び出し、はやての部屋に全速力で走った。部屋の前に着いたゼロの目に、ドアの隙間から異様な光が漏れているのが映る。

 

「はやてぇっ、どうしたぁっ!?」

 

 ドアを開けて部屋に飛び込もうとすると、何かに弾き返されてしまった。衝撃波のようなものが邪魔をする。

 

「何だコイツは? どうなってやがる!?」

 

 見ると紫色の光の壁のようなものが、外部からの侵入を拒んでいた。常人がどうこう出来るものでは無さそうだ。 はやてがどんな目に遭っているか解らない。 躊躇している暇は無かった。

 

「野郎っ、待ってろはやて! デュワッ!!」

 

 ゼロは『ウルトラゼロアイ』を両眼に装着しウルトラマン形態を取ると、力任せに光の壁に突っ込んだ。強引に障壁をぶち抜き、部屋の中に飛び込む。そこでゼロが目にしたのは、不法侵入者らしき4人の男女だった。

 

『誰だ貴様ら!?  はやてに何をした!?』

 

 丁度侵入者達はゼロからはやてを遮るように対峙しているので、彼女の安否が解らない。ゼロは怒りを爆発させ身構えた。

 対する4人の方も臨戦状態だ。ポニーテールの女性は首から下げていたペンダントを長剣に変化させ、幼い少女もペンダントをスティックのような物に変化させ構える。

 

(コイツら魔導師か!?)

 

 ゼロはフェイト達と同系統の力を侵入者達から感じ取ったが、それだけでは無い。まるで歴戦の戦士のような風格を放っている。小さな少女までもだ。外見と一致していない雰囲気が異様であった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「貴様こそ何者だ……? 見た事も無い奇怪な奴……主を狙って来た敵か!?」

 

 リーダーらしいポニーテールの女性は、声に静かな怒りを籠め、剣の切っ先を向けて来た。 知られていない世界ではウルトラマンも怪しい奴扱いである。不審者に不審者呼ばわりされゼロは頭に来た。

 

『ふざけるなぁっ! 俺はこの家の者だ!!』

 

「信用出来ん……お前が我らを謀(たばか)ろうとしていないと誰が言える……!」

 

 即座に否定されてしまった。更に金髪の女性がゼロをジロジロ観察し、

 

「そうよ! 凄く目付きが悪いわ……主を狙って来た刺客に違いないわよ!」

 

 獣耳男性は無言で頷き拳を構えた。確かにウルトラマンゼロは目付きが悪い。ついでに柄も悪いが、大概な言われようである。

 銀色の顔の少年は地味に凹んだ。しかしどうにも話が噛み合っていない。それにゼロには何よりはやての安否が気になる。

 

『はやて大丈夫か? 何もされてないか!?』

 

 身構えながらも呼び掛けてみるが返事が無い。すると気になったのか、赤毛の少女がはやての居る筈の方向を見て眉をひそめた。

 

「ヴィータ、どうしたの?」

 

 気付いた金髪の女性が、ゼロを睨みながら聞いてみる。ヴィータと呼ばれた少女は言いにくそうに、

 

「いや……アイツ気絶してるみたいなんだけど……」

 

「嘘っ!?」

 

 見るとはやては目を回してベッドにひっくり返っていた。最初こそ大丈夫だったのだが、ゼロが駆け付けたのを見て安堵のあまり気を失ってしまったのである。

 ゼロが来てから妙な事には耐性が出来ていたつもりだったが、先程の悪意の件もありオー バーに受け取ってしまったのだ。

 不審者4人に明らかな動揺が走る。ゼロはその隙を見逃さない。突き付けられた剣をかい潜り、はやての元に駆け寄っていた。

 

「しまった!?」

 

 不意を突かれ4人は慌てるが、ゼロは既にはやてを抱き起こしていて手が出せない。人質にでも取られたように見えているらしい。

 ゼロは侵入者達に構わず、はやての様子を見てみる。何かされた形跡は無いが、ショックを受けたらしく意識が無い。

 大事を取って病院に連れて行った方が良いと判断し、はやてを毛布で包み抱え上げた。しかしその前に4人が立ち塞がる。ポニーテールが剣を構え、

 

「貴様……主を何処に連れ去るつもりだ……離 せ!」

 

 切れ長の目に明確な殺気が走る。本気で斬る気であろう。だがゼロは知った事かと六角形の目の光を強め、

 

『うるせえ! 相手なら後でいくらでもしてやる! 今ははやてを病院に連れて行くのか先だ!!』

 

 ポニーテールを怒鳴り付けると、はやてをお姫様抱っこし4人を押し退けて疾風の如く駆け出した。

 

「チイッ、追うぞ! あれでは手出し出来ん……!」

 

 ポニーテールが後を追って駆け出し、他の3人も続いた。

 

 その後しばらくして、深夜の路上を何かを抱えて時速100キロで走る光る目の怪人と、それを追う剣やらゲートボールのスティックやらを振り回す、美女集団の都市伝説が海鳴市に広まった。

 しかしあまりに馬鹿馬鹿しい話だったので、 直ぐにその噂は廃れたそうである……

 

 

 

 

 病院に着いたゼロは変身を解き、丁度当直だった石田先生の元にはやてを担ぎ込んでいた。あの4人も着いて来ている。

 石田先生は妙な格好のポニーテール達に不審の目を向けるが、まずははやての診察に掛かる。ゼロ達は一旦診察室の外に出された。

 

 廊下で待っている事になった、パジャマ姿の少年と怪しい4人組。ゼロはジロリとポニーテー ル達を睨み付け、

 

「此処は医療施設だ……暴れたら他の患者の迷惑になる。それぐらいは判るな……?」

 

「良かろう……それは判る……だが、お前を信用した訳では無いぞ……!」

 

 ポニーテールも鋭い眼光でゼロを睨む。凄まじい迫力だ。並の男なら腰を抜かしてしまいそうな眼力である。

 

「上等だ……俺だって貴様らを信用する気はねえぞ……今は休戦だが、出たら覚えとけ……!」

 

「望む所だ……!」

 

 こちらもガン飛ばしなら負けんと眼に力を籠め、ほとんどヤンキーのゼロに、ポニーテールも受けて立つ。2人の間で火花が散りそうで あった。

 強いて言うならその光景は、街で出会した不良学生と強面姐さんとのメンチ切り合戦のよう だ。

 

 一応ゼロがはやてに危害を加えるつもりが無い事だけは判ったようだが、やはりまだ疑っている。他の3人も此方が妙な真似をしたら襲って来るつもりなのは明白だった。

 理由を話せと言っても、主に直接話すと言って聞かない。らちが開かなかった。

 

 しばらくして、はやての診察を終えた石田先生が出て来た。ゼロはガン飛ばしを中断して駆け寄り、

 

「先生、はやては?」

 

「大丈夫、ちょっとショックを受けただけみた い……何とも無いわ。今は寝てるから朝には目が覚めるわよ」

 

 石田先生は笑って容態を教えてくれた。少々大袈裟だったようだ。ホッと息を吐くゼロに、先生は顔を近付けて来て、

 

「ゼロ君……あの人達は誰なの……? この寒いのに何か変な格好してるわね……」

 

 チラリとポニーテール達を見て、小声で聞いて来た。最もである。4人共肩剥き出しの黒いピッタリした妙なボディースーツを着ている上、男性は獣耳に尻尾まで付いていてたいへ ん目立っていた。

 ゼロは困った。此処で不審者なので警察に来て貰って下さいと言うのは簡単だが、それで暴れたら困る。だがはやてを心配しているのは本当らしい。判断に困ったゼロは苦し紛れに、

 

「はやてが起きるまで、保留で頼んます……」

 

「は……?」

 

 石田先生は意味が解らず首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 日付が変わり次の日の朝、はやては病室で目を覚ました。ぼんやりと天井を見ると、自室では無く何度か見た病室の白い天井である。

 記憶が混濁している。どうして病院に居るんだろうと思っていると、人の気配を感じた。首だけ動かして横を向くと石田先生が心配した様子で見守っている。

 

「はやてちゃん良かったわ、何ともなくて…… びっくりしたわよ。昨日の夜中にゼロ君が、はやてちゃんを担ぎ込んで来た時は……」

 

 安堵の息を洩らす先生に、はやては少し困ったような笑みを見せる。記憶が曖昧だが、どうやら昨晩倒れてしまったらしい。おかしな夢を見た気がするが……

 

「えっと……すんません……」

 

 まだ頭がハッキリしないが、取り合えず心配を掛けたお詫びを言う。そんなはやてに先生も笑い掛けるが声をひそめて、

 

「で……誰なの? あの人達は……」

 

 背後を指差して胡散臭そうに訊ねた。はやては何の事か解らず、石田先生が指差した方向を見て、寝惚け気味だった目が一気に覚めた。

 

「あっ!?」

 

 昨日見た夢に現れた4人が立っているではな いか。どうやら昨晩の事は夢では無かったらしい。

 更にその隣にパジャマ姿のゼロが立っており、ポニーテールの女性との睨み合いと、はやての様子見を交互にしていた。

 ご苦労な事に、結局あの後ずっと睨み合いを続けていたのである。

 

「はやて、大丈夫か?」

 

 ゼロがホッとした様子で声を掛けて来た。ポニーテールの女性達も安堵の表情を浮かべてい る。

 

「うん……何とも無いよ」

 

 はやては取り合えず元気な所を見せようと手を振って見せる。そしてゼロの隣に立つ4人を 改めて見て、昨晩の事が夢で無かった事を実感した。

 

「はやてちゃん……あの人達誰なの? ゼロ君も何か要領を得ない返事しかしないし……」

 

 石田先生は4人を疑っているようだ。ゼロとはやてが子供なのをいい事に、脅されているとでも思ってしまったのかもしれない。

 はやてはどうにも困ってしまった。悪い人達には思えない。改めて思い出してみると、自分に対し礼儀を尽くしていたようだった。まるで臣下のように。

 

「あ~……え~と……何と言いましょうか……」

 

 しどろもどろになってどう答えるか決め兼ねていると、

 

《御命令を頂ければ、お力になりますが……?》

 

 頭の中に女性の声が直接聴こえて来た。はやてはびっくりする。見るとゼロと睨み合いをしていた、ポニーテールの女性がコクリと頷い た。

 

《いかが致しましょう……?》

 

 またしても声が聴こえて来る。石田先生には聴こえていないようだ。テレパシーのようなものらしい。

  実際はフェイト達が使っているものと同じなのだが、そこまでは解らないはやては未知の感覚に驚くしか無い。すると女性は心中を察し て、

 

《思念通話です……心で御命令を念じて頂けれ ば……》

 

 仕組みを説明してくれた。色々と混乱したはやてだったが、持ち前の聡明さとゼロのお陰で常識外の事に耐性が出来ていたので直ぐに立ち直る。

  彼女達を突き放す気は無かった。あの4人の 目、自分は良く知っている…… 素早く考えを纏めた彼女はポニーテールの女性に向かって念じてみた。

 

《ほんなら、命令と言うか……お願いや、ちょう私に話し合わせてな?》

 

「はい……」

 

 きちんと届いたらしく、女性は意外な言葉を聞いたかのように戸惑いながらも返事をした。一方のゼロは当人同士の思念通話は聞き取れず、何やってんだ? という顔をする。

 以前 ユーノの思念通話を聞き取れたのは、助けを求める為に無作為に飛ばしたせいである。

 当人同士の指向性を持たせた思念通話だと、 電話のように互いにしか聴こえないものらしい。 あまり間を開けると更に怪しまれてしまう。 はやてはともかく出任せでも何でも喋ってしまおうと、

 

「え~と……石田先生実はあの人達、私らの親戚なんです……」

 

「親戚!?」

 

 驚く先生にはやては、4人が遠くの祖国からはやて達の事を知り、様子見に来てくれた親戚である事。びっくりさせようと思って仮装までしてくれた事。

 その事を知らなかったはやてがびっくりし過ぎてしまい気絶。それにゼロが怒ってしまい険悪になったようだと、後半苦しげながらもそう説明した。全部とっさの作り話である。

 ポニーテール達も話を合わせるが、石田先生はまだ疑わしいようだ。今度はゼロに話を振って来た。

 

「ゼロ君……本当なの? 親戚って……」

 

「こんな奴……いっ!?」

 

 つい正直に口を滑らそうとしたゼロの足を、察したポニーテールが思い切り踏み付けていた。スリッパ履きの足の甲をブーツで思いっきりである。

 この野郎となるゼロに、ポニーテールは話を合わせろと睨み付けた。凄く痛かったが、はやてがお願いやと手を合わせている。流石に今怒るのは不味いようなので仕方無く、

 

「そ……そうなんすよ先生、コイツらやり過ぎやがって……」

 

 後で覚えてやがれと足の痛みを我慢しながら、石田先生に下手な嘘を言うゼロであった。

 

 

 

 

 

 

 これ以上ボロが出ない内にと病院を後にしたゼロ達は、家に戻っていた。はやての部屋に全員が集まっている。

 彼女達4人は畏まるように頭を下げてはやての前に立ち、指示を待つ家来と言った風だ。ゼロははやての隣に立ち、腕組みして見張っている。

 車椅子に乗せて貰ったはやては、例の『本』を興味深そうに手に取り、

 

「そうかあ……この子が『闇の書』言うんやったんやね……物心付いた時には家に在ったんよ。綺麗な本やから大事にはしてたんやけど……」

 

 たった今4人から説明を受けた所である。 『闇の書』は、遥か昔に別世界で造られた魔導書で、永い時の中様々な主の元を渡り歩いて来たそうだ。

 彼女達は書の魔力蒐集と主の守護をするのが使命の、魔法プログラムから産み出された人工生命体らしい。

 『闇の書』は様々な魔力を蒐集する事が出 来、666ページ分を全て魔力で埋めて完成させれば、持ち主に絶大な力を与えると言う。

 とんでもない話だが、ゼロやなのは達の事を知っているので、はやては今更疑う気も無い。まじまじと手に取った本を眺め、

 

「それで……私が何代目かのマスターに選ばれた言う事なんやね……?」

 

「その通りです……ところで主……恐れながら、お聞 きしたい事があります……」

 

 ポニーテールの女性が頭を下げ、改まって聞いて来た。

 

「何や? 言うてみて」

 

 はやての態度に感謝の意を表した女性は、腕組みして立つ不機嫌そうなゼロに視線を向け、

 

「その少年は何者でしょうか? 魔力反応が無いにも関わらず、凄まじい力を感じました…… 主の下僕か何かでしょうか……?」

 

「ゼロ兄はそんなんや無い。私の家族や!」

 

 はやてにしては珍しく、強めの否定の言葉だった。ゼロをそんな目で見て欲しくなかったのだ。

 それを聞いた4人はと言うと、一斉にゼロに向かっ て跪いていた。ゼロはあまりの急変振りに正直びっくりしてしまう。ポニーテールの女性が深々と頭を下 げ、

 

「主の家族の方とは信じられず……数々の無礼な振舞い……主を守る使命故、命こそ差し出せませんが、如何様な罰でもこの私が……!」

 

 心底申し訳無いと悔恨の表情で謝罪して来た。ゼロはいきなり謝られ、肩透かしを食った気分だ。拍子抜けである。

 しかしこう正面から謝られては怒るに怒れない。ゼロも根が善人なので怒りの矛を納める事にした。

 それにはやてと同様、ゼロにも気になる事があった。4人の目が最近出会った少女を思わせたのだ。母親の事で哀しそうな目をしていた少女を……

 

「判った判った……もういい。だから頭を上げろって……」

 

 しかしポニーテールは頑として納得しなかった。

 

「それでは騎士として面目が立ちません……! 今にして思えば主の為に行動していた貴方に剣を向けた上、足を踏み付けにし、悪口雑言の数々……赦される事では……」

 

 改めて口に出されると、ゼロは大概酷い目に遭わされている。それもやったのは全部このポニテであるが……

 

「だからもういい、お前らもはやてを守ろうとしただけだろう? だからもうこの話は無し! 終わりだ!」

 

 ゼロは焦って言い聞かせるが、ポニテは聞かない。とても一本気な質のようだ。 その様子を見てゼロは、時代劇に出て来る侍を連想した。心の中で、ござる女と勝手にあだ名を付ける。 『グレンファイヤー』の変な癖が伝染ったらしい。

 まあそれはともかく、まだごねるポニテをはやてと2人掛かりで何とか宥めた。一苦労である。

 ようやく引き下がったポニテの頑固さに、却って感心したゼロは右手を差し出し、

 

「お前のガン付け、中々のもんだったぜ……」

 

「貴方こそ……私の眼力をまともに受けるとは……大したものです……」

 

 ポニテも微笑を浮かべその手を握り握手し た。互いに相応の実力を秘めた戦士だと認め合ったようだ。

 一流の戦士ならば、気迫で充分相手の力量を読む事も出来る。一晩睨み合ったのも無駄では無かったようだ。両方共只の意地っ張りのような気もするが……

 落ち着いた所ではやては、まだ互いの名前を知らないので、

 

「自己紹介がまだやったね? 私ははやて、八神はやてや」

 

「俺は別の並行世界からやって来た宇宙人、モロ ボシ・ゼロ、またの名をウルトラマンゼロだ」

 

「宇宙人!?」

 

 流石に彼女達も今まで異星人を見た事が無かったらしく驚いている。どうも次元世界には異星人が存在しないらしい。

 何時までも驚いていては非礼にあたると、気を取り直した4人も名乗る。まずはポニーテールの女性が居住まいを正し、

 

「ヴォルケンリッターの将、剣の騎士『シグナム』です……」

 

 続いて赤毛の少女が、はにかんだ様子で、

 

「鉄槌の騎士『ヴィータ』……」

 

 金髪の女性が更に続く。

 

「湖の騎士『シャマル』後方支援担当です」

 

 獣耳の男性が頭を下げ静かに、

 

「盾の守護獣『ザフィーラ』……主の盾と思って頂きたい……」

 

「M78からの使者ウルトラマンゼロ!」

 

 最後に何故かゼロが締めた。部屋に超気不味い空気が流れた。木枯らしでも吹き込んだようである。色々台無しであった。ゼロは皆の冷たい視線の中頭を掻き、

 

「いや……流れ的に、俺もやった方が良いかなと思ってつい……」

 

 誰もそんな事望んでいなかったようである。

 

「ともかくや……」

 

 場の空気を切り替えるべく、はやては無理矢理話題を変える。今のは無かった事にされたようだ。車椅子を操作し移動すると、小物入れの引き出しを開け何か探し始めた。

 

「あった」

 

 探し物は直ぐ見付かったらしく、それを持って守護騎士達の前に来ると、

 

「1つ判った事がある……」

 

 シグナム達は緊張したようだが、はやては微笑し、

 

「『闇の書』の主として、守護騎士みんなの衣食住きっちり面倒見なアカン言う事や。なあ、 ゼロ兄?」

 

「まあ……そう言う事になるな……新しい家族が増えたって訳だ」

 

 ゼロは苦笑混じりに応えた。はやてならそう言い出すだろうな、と思っていたので驚きはしな い。

 

「幸い住む所はあるし、料理は得意や。みんなのお洋服買うて来るから、サイズ計らせてな?」

 

 ニッコリ笑ってメジャーを伸ばすはやてを見て、呆気に取られるシグナム達だった。

 

 

 

 

 サイズを一通り計り終わったはやては、ゼロと近場のデパートへと向かった。流石に守護騎士達はあの格好なので留守番である。

 ゼロははやての車椅子を押して歩きながら、 気になった事を聞いてみる。

 

「はやて……最初からヴォルケンリッターのみんなを受け入れる気だったよな……? 何でだ?」

 

「乙女の勘って所かなあ……?」

 

 はやては振り返り少し冗談めかして言うが、 ふと真顔でゼロを見上げ、

 

「あの子達が私に頭を下げて来た時にな……私思たんよ……」

 

「…………」

 

 ゼロは無言で先を促す。はやては哀しげな瞳で晴天の空を見上げ、

 

「あの子達の私を見る目……みんな寂しそうな目をしてたわ……何処にも希望が無い……そんな目……」

 

 彼女もゼロと同じ事を、いや……それよりも深い所を感じ取ったようだった。はやては思う。以前鏡を見る度に、嫌でも目に入ったかつての自分の目を4人は思い出させた。

 

「何もかも諦めて……去年までの私と同じやと思ったんよ……きっと私になんか思いも付かない、辛い目や哀しい目に遭って来たんやないかと思う…………」

 

 孤独と絶望を抱えて生きて来た少女は、4人に自分と同じ匂いを嗅いだのだ。

 

「だから……あの子達を笑顔にしてあげたい…… そう思ってしまったんよ……何て、想像力逞し過ぎやろか……?」

 

 はやては最後に冗談ぽく締めるが、恐らく彼女の想像は当たっているとゼロは思った。また鼻の奥がツンとする感覚に捕らわれる。

 

「はやては優しいなあ……」

 

 堪らずそれを誤魔化すように、はやての頭をわしゃわしゃ撫でていた。そうせずにはいられなかった。胸の内がほっこりして、撫でくり回してやりたくて仕方ない。

 

「もう……子供扱いして……」

 

 はやてはクシャクシャになった髪を押さえ、 拗ねたようにそっぽを向くが、照れ臭そうに頬を染めているのが判った。

 

(寂しさを知っている人は、別の誰かの寂しさに気付いてやれる……あれはメビウスから聞いたんだったか……)

 

 ゼロはふと『ウルトラマンメビウス』から聞いた言葉を思い出した。彼なりの人間への讃歌の言葉だ。 はやてを見て実感出来た。それはとても尊く、温かいものなのではないかとウルトラマンの少年は思う。

 

「ゼロ兄……?」

 

 無言になった少年にはやてが声を掛けた。ゼロは慈しむように優しく少女に笑い掛けポツリ と、

 

「俺……はやてに会えて良かったよ……」

 

 はやてはいきなりの言葉に、湯気が出そうな程顔を真っ赤にしてしまった。この人は何時も反則気味だと思う。いきなり素直な言葉と、ハッとするような笑顔を掛けて来る。

 

「なっ……何やの……いきなり……?」

 

「まあ、そう言う事だ……行くぞはやて!」

 

 言った後で自分も照れ臭くなってしまったゼ ロは、それを誤魔化そうと車椅子を勢い良く押し駆け出した。はやては苦笑し、

 

「急ごか、みんながお洋服とご飯を待っとるか らなっ」

 

「おおっ!!」

 

 ゼロは心得たとばかりにスピードを上げる。 これから忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

*****************

 

 

 

 

 

 

 時間は昨日の夜に戻る。

 

 海鳴市に隣接する遠見市の住宅街に、一際大きな高級マンションが建っていた。フェイトとアルフのこの世界での隠れ家である。

 生活するのに最低限の物しか置いていない、 ガランとした灯りも点けていない広い部屋。 その中でぽつんと置かれたソファーに座り、フェイトは封印の際に負った傷の手当てをアルフから受けていた。手の傷はかなり酷い。

 使い魔の少女は出来る限り気を使って包帯を巻くが、フェイトは思わず苦痛の声を漏らしてしまった。

謝るアルフにフェイトは、微笑んで平気な顔を装っている。

 

「……平気だよ……ありがとう……明日は母さんに報告に戻らないといけないから、早く治さないとね……傷だらけで帰ったら、きっと心配させちゃうから……」

 

 アルフはその言葉を聞いて複雑な心境になってしまう。とてもあの女が心配などするとは思えない。今までのフェイトへの仕打ちを考えれ ば……

 正直アルフは、フェイトの母親に良い感情を抱いていない。だから彼女があまり母親に近寄らない方がいいと思っている。

 だがフェイト自身は母親を慕っている。どんな目に遭わされても……

 ならば自分は出来る限り彼女の力にならなければならない。大好きなこの子の為なら何だってやってやる。 アルフは主を元気付けようと、わざと陽気に振舞い、

 

「まあ明日は大丈夫さ、こんな短期間でロストロギア『ジュエルシード』を4つもゲットしたんだし、誉められこそすれ叱られる事はまず無 いもんね?」

 

「……そうだね……」

 

 それが功をそうしたのか、フェイトの表情に少しだけ明るさが浮かんでいた。

 

つづく

 

 

 




※寂しさ……の台詞は、メビウスの『ひとりの楽園』から、ミライの感想でした。

無印にて現れてしまった守護騎士達。果たして……このお話は魔導師、特に八神家は後ろで見てるだけという事はありません。負けじと大活躍しますので。
次回『 ヴォルケンリッター参上や!(後編)』


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第11話 ヴォルケンリッター参上や!(後編)

 

 

 

 はやてはゼロとデパートなどを回り、守護騎士達に必要な服を選んでいた。シグナム達のイメージで洋服を選ぶはやては楽しそうである。中々センスが良い。

 

 ゼロが着ている服のコーディネートも全て彼女である。放って置くと外出時にとんでもない服装をしそうになるゼロは、はやてのお陰でこ洒落た格好をしているのだ。

 女子としてゼロにダサい格好をさせるのは、プライドが許さないらしい。

 

 しかし今回は種類が多い。年頃の女性向けのものなどは小学生には荷が重い。流石にお店の店員さんに協力を求め、はやてがイメージを伝えて持って来て貰った服から選んだりした。

 

 服だけでは勿論足りないので、当然下着類なども買わなくてはならない。女性下着売り場ではやてに付いて回るゼロは、やはり女性客にジロジロ見られてしまう。

 何故俺は注目されているんだ? と居心地が悪くなるが、理由までは解らないのはご愛嬌であろう。

 

 一通りを買い揃えると今度は食材の買い出しである。いきなり人数が増えたので量も必要だ。帰り際のゼロは、服の紙袋や食材を大量に抱え、はやても持ちきれない分を膝の上に載せて、フウフウ言いながら帰宅した。

 

「みんなー、ただいまーっ」

 

「今帰ったぞ~っ」

 

 声を掛けて玄関のドアを開けようとすると、 待っていたシャマルが先に開けてくれる。入ると守護騎士達が既にお出迎えと言う感じで玄関口に揃って待っていた。

 その中にザフィーラの姿が見えない。その代わりに青い見事な毛並みをした、大きな犬らしき動物が居る。それを見たはやては目を輝かせ た。

 

「うわあ~、犬やワンコやあ~っ、大きいなあ ~、可愛いなあ~っ、この子どうしたん?」

 

 余程犬が好きと見え、早速見知らぬ犬に近寄り頭をよしよしと撫でてやる。するとその犬が顔を上げ、

 

《ザフィーラです……主……》

 

 渋く口を利いた。思念通話である。はやては驚いた。

 

「ど……どないしたんやザフィーラ……その格好 は……?」

 

《私は守護獣です……狼が本来の姿……こちらの方が落ち着くので……》

 

 犬では無かったようだ。だから守護騎士では無く、守護獣なのだろう。狼の姿だが、あくまで渋く喋るザフィーラである。はやては身体を震わせて、とても感激していた。

 

「うわあ~っ、前から犬飼いたかったんよ~、 あはははっ」

 

 大喜びでザフィーラを喉から耳の後ろまで、妙に的確に気持ち良い部分を撫でくり回している。 本などで見て、飼った時の事を空想していたのだろう。

 それだけ犬を飼いたかったのだ。本人は狼だと言っているのだが……それを見てゼロは微笑ましく思うが、

 

(あっ……それじゃあザフィーラは犬ポジションになってしまうじゃねえか……?)

 

 いきなり女性比率が上がってしまったので、 実質男が自分1人になってしまうのではと思う。仲間に見捨てられた気がして少し寂しいゼロであった。

 

 はやては早速買って来た服を広げて見せた。 シャマルは喜んで、どれにしようか悩んで色々合わせている。 シグナムはこの世界の衣服を怪訝そうに見ながらも、あまり気にしない質なのか、即決して次々と着るものを決めて行く。

 

 ヴィータははやてに手伝って貰い、照れ臭くさそうにもじもじしながら服を選んでいる。 その途中である。

 はやてはある事に気付いた。後ろの方で、さも当然のように部屋の中に居座るゼロの存在に……ちなみにザフィーラはとっくに部屋を出ている。

 

「ゼロ兄ぃ~何しとるん……?」

 

 何時もは温厚な彼女の額に、青筋マークが浮き出ていた。表情は笑顔のままなのだが何だか怖い。ゼロは妙な迫力にたじたじになり、

 

「えっ? 他人だと犯罪で、家族だと構わないんじゃ無かったか? 第一はやては……」

 

「私はええんや。でも親しき仲にも礼儀ありや。許可を貰わん限り家族でも見たらあかんよ?」

 

 それも理屈だが微妙にズレている上、聞き捨てならない台詞が混じっていたような気がするが……しかしゼロは納得したようで、

 

「なるほど! そう言うものか。お前ら悪かったな、直ぐに出て行くぜ。見られてOKだったら後で言ってくれ」

 

 ゼロは謝ると、明らかに勘違いしている台詞を残して部屋を出て行った。セクハラもいい所だが、下心無しなのが質が悪い。 はやては申し訳無さそうにシグナム達に振り向き、

 

「みんなゴメンな……ゼロ兄まだ常識にあちこち穴があるんよ……」

 

 苦笑を浮かべた。ウルトラ族は着替えの習慣が無いので、ゼロはその辺りの機敏がいまいちピンと来てない。シグナム達は「はあ……」と気の抜けた返事をするしかなかった。

 

 

 

 女性陣はようやく身支度を整え終えた。美人揃いなので、現代の洋服に着替えた3人は非常に華やかである。

 ザフィーラはと言うと、シグナム達がせっかく主が買って下さったのだからと、服を着るよう言ったのだが、このままでいいと狼の姿のままである。

 はやてがザフィーラの狼姿をいたく気に入っているせいもあり、基本今の姿を通すつもりらしい。 一段落した所ではやては腕捲りして、

 

「みんなご飯の前にお風呂に入って、さっぱりして来るとええよ」

 

 入浴を勧めるが、シグナム達は「主より先に入るなど畏れ多いので、お先に」と譲らない。はやては気にし過ぎと思ったが、これでは話が進まないし料理の仕度もあるので、今回はお言葉に甘える事にした。

 

「じゃあゼロ兄、先にお風呂に入ってからご飯の仕度しよ?」

 

「おお、判った」

 

 はやての言葉に頷いたゼロは、当然のように浴室に向かおうと彼女を抱き上げようとする。 するとそれを見咎めたシグナムが、

 

「ゼロ殿! 少し待って貰えないだろうか!?」

 

 鋭く呼び止めた。ゼロは振り向くと苦虫を噛み潰したような顔をし、

 

「俺の事はゼロでいいぞ……? 敬語も無しだ。柄じゃねえから背中が痒くなっちまうぜ……」

 

「判った……ならばそうさせて貰おう……では無 い! 主はやてと一緒に入るつもりか!?」

 

 あまりに悪びれないゼロの返事にシグナムは一瞬乗り掛けるが、慌てて突っ込んだ。無意識のノリツッコミになっている。

 

「そうだけどよ……それがどうかしたか……?」

 

 意味が解らず首を傾げていると、シャマルがシグナムの隣に来て言いにくそうに、

 

「ちょっとそれは駄目と思うんだけど……」

 

「へっ……?」

 

 思ってもみなかった事を言われ、ポカンとするゼロにシグナムはため息を吐き、

 

「兄妹でもあるまいし……年齢的にも見た目的にも不味いと思うぞ……?」

 

「えっ……?」

 

 混乱するゼロに更に追い討ちを掛けるように、ヴィータが呆れて、

 

「ずっと一緒に入ってたのかよ……犯罪ってヤツじゃね……?」

 

「犯罪ぃぃぃっ!?」

 

 ゼロは見ていて可愛そうになる程衝撃を受けてしまった。この際彼の年齢が見た目より遥かに上であっても認めては貰えないだろう。 半分パニクってはやてを見る。少女は下を向き表情が見えない。

 

「……おい……はやて……?」

 

 恐る恐る声を掛けてみると、はやては顔をおもむろに上げ、

 

「あれえ……そうやったかなあ……? そう言う説もあるかもしれへんなあ……」

 

 明らかに確信犯な悪戯っぽい笑みを浮かべた。ゼロは辞書に載っていた、血の気が引く音というものを初めて聴いた気がした。

 

「はやて~っっっ!?」

 

 ゼロの悲痛極まりない叫び声が八神家に響き渡った……

 

 

 それでもはやては、不可抗力、これもバリアフリーの一環などと食い下がったが、結局皆に止められゼロと入るのを諦めた。今まで2人で楽しく入っていたので不満である。みんな堅過ぎやとはやては思う。

 しかし、まあ後でどうとでもなるやろ……と何やら独り言を言っていたようだが……

 

 それならと言う事で、立候補したシャマルと、戸惑うヴィータと共にはやては浴室に向かって行った。

 

 一方犯罪者の烙印を押されてしまったウルトラマンの少年は、部屋の隅っこにしゃがみ込んで落ち込んでいる。

 耳を澄ますと「犯罪……はんざあい……」と、 どこぞの犬日和な勇者のように、ぶつぶつ呟いているのが聴こえた。ザフィーラはその様子があまりにも哀れだったのでトコトコ近寄り、

 

《気にする事は無いだろう……主に悪気は無かっただろうし、脚の不自由な身では無理も無 い……それにゼロはまったく違う世界で暮らしていて知らなかったのだ、恥じる事は無い……》

 

 フォローしてやる。1番無口なようだが、1番気遣いの人? なのかもしれない。ゼロは顔を上げてザフィーラを見ると、感激して肉球でぷにぷにの前脚を取り、

 

「ありがとよ、ザッフィー!」

 

《ザッフィー……?》

 

 獣の顔に微妙な表情を浮かべるザフィーラだった。その様子を黙って見ていたシグナムは、

 

「破廉恥な……主はやてはまだ幼い……いくら知らなかったとは言え……その……何だ……不健全極まりない……」

 

 すごく険しい顔をしてぶつぶつ言っている。 少々顔が赤い。ゼロには彼女が何を言っているのかサッパリ 解らなかった。きっとヴォルケンリッターの出身『古代ベルカ』とやらの言語なのだろうと思う。

 

 ザフィーラのフォローで復活を果たしたゼロは、風呂から上がったはやてと食事の支度を開始した。

 

「大人数やから、張り切らんとなゼロ兄?」

 

「おうっ、任せとけ! スゲエ美味い料理で、あいつらの舌を地獄に叩き込んでやるぜぇ!!」

 

 エプロンを装着したはやてと、言葉の使い方が明らかにおかしいゼロは張り切っている。

 はやてに1から教わり、中々の腕前となった 1番弟子を自負するゼロは、人数分の食材を高速でカカカッと切って行く。はやても車椅子ながら無駄の無い動きで手際よく調理を進める。

 

 そんな2人に対し守護騎士達は戸惑っていた。主にこんな事をさせていいものかと。座っているように言われ、リビングで待ってはいるものの落ち着かないようである。

 

 しばらく経ち、完成した6人分の料理が所狭しとテーブルに並べられていた。大皿に盛られた筑前煮に刺身に茶碗蒸しなどの和食料理であ る。

 

 みんなに日本の料理を味わって貰いたいと、 はやてが決めたのだ。何時もの3倍以上の量があるので食卓が賑やかである。

 

 5人で食卓に着き、ザフィーラは床に別に大皿を用意して貰い同じものを貰う。はやてとゼロは人間形体で食卓にと言ったのだが、この方が落ち着いて良いと言われた。徹底している。

 

「さあみんな、沢山食べてな? いただきます」

 

「いただきます!」

 

 はやてが手を合わせて食前の挨拶をすると、 併せてゼロも手を合わせる。シグナム達も見よう見まねで続いた。

 守護騎士達はみんな遠慮がちと言うか畏まっているようだったが、ヴィータが空腹に耐え兼ねて、恐る恐る筑前煮に箸を伸ばし一口食べてみる。

 

「!」

 

 食べた瞬間その表情がぱああっと明るくなった。照れ臭くそうだが、次々と料理を平らげて行く。その内まだ慣れない箸でも夢中で食べ始めた。

 

 その様子は欠食児童の如し。シグナムとシャマルはそんな仲間の様子に笑みを浮かべた。はやてはその様子を母親のように見守っている。ザフィーラはマイペースでしっかり食べてい た。

 ゼロはご飯をパクパク食べながら、

 

「どほだ、はやての料理は美味ひだろう?モグモグ……残ふんじゃねへぞ……」

 

 喋るか食べるかどっちかにした方が良いが、上機嫌である。みんながはやての料理を気に入ったようなので嬉しくてしょうがない。

 

 ヴィータがお代わりと、遠慮がちにお茶碗を出して来たので、ゼロが超特盛でよそってやり彼女は目を白黒させた。でもしっかり食べ尽くす。小さい身体ながら見事である。

 

 

 

 あれだけ作った料理は綺麗さっぱり無くなっていた。ゼロも大概食べるが、守護騎士達も中々の食欲である。

 

「さあ、デザートや。みんな好きなの取ってな?」

 

 はやてはテーブルの上に、アイスクリームの入った袋を置く。奮発してハー〇ンダッツのカップである。

  ヴィータは食い入るように真剣な眼差しで数種類のアイスを見比べていたが、おずおずとストロベリーを手にした。

 

 各自アイスを食べる中、はやても食べようとして隣のヴィータを見ると、彼女は夢中でアイスを食べている。まるで一度も食べた事が無いかのような食べ方だった。その食べ方には見覚えがある。

 

(まるで最初にご飯を食べた時のゼロ兄のよう や……)

 

 守護騎士達は永い時の中を生き、ゼロと違い食事も普通に食べて来た筈にも関わらず、みんなアイスクリームをまともに食べた事が無いのでは……? はやてはそう感じた。

 

(今まで、どんな扱いを受けて来たんや……)

 

 そう思ったら、もう食べ尽くしてしまい、未練たらしく蓋を舐めようとしているヴィータを見て、泣きたいよう気持ちになってしまった。

 気付かれないようにそっと目頭を押さえ、自分のアイスをあげようとすると、

 

「俺食い過ぎちまったから、これやるよ……」

 

 ゼロが自分の分をヴィータにやって、さっさと食器洗いに行ってしまった。はやては微笑ましくなる。一見大雑把に見えるが、意外に気が付くのだ。根が繊細なのだろうとはやては思っている。

 

 小学生に見切られているとは知らないゼロは、食器洗いを始めながら守護騎士達をそっと振り返った。最初は厳しさ一辺倒だった彼女らから、少しづつ笑みが見られるようになっている。そこでふと、

 

(あの2人……今頃どうしてる……?)

 

 ひどくフェイト達の事が気になった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 高次元空間。それは黒雲のような渦が辺り全てを覆い、放電が飛び交う異様な空間である。その中に巨大な岩の塊のような、異形の物体が浮かんでいた。

 

 自然物かと思いきや、その小山程も有りそうな各部に人工物が埋め込まれている。天然の丘を丸ごと改造したものらしい。その姿は刺々しい外観と相まって禍々しさを感じさせた。

 

 通称『時の庭園』と呼ばれるフェイト達の帰る家である。驚く程広い庭園内は周囲の放電の音も聴こえず、閑散としているようだ。

 

 静寂を引き裂いて、少女の悲鳴と肉を打つような嫌な音が鳴り響く。その声はフェイトのものだった。

 少女は奥の間の天井からぶら下げられ、ひたすら振るわれる暴力に耐えている。鞭でフェイトを痛め付けているのは、黒衣にマントを着た中年女であった。

 女は静かだが、狂気さえ感じさせる口調でフェイトに語り掛ける。

 

「これは……あまりに酷いわ……」

 

 先程から続く虐待で服は裂け、全身傷だらけのフェイトは力無く項垂れしきりに謝っている。

 

「……はい……ごめんなさい……母さん……」

 

 母さんと呼ばれた女はフェイトに近寄り、か細い顎に手を掛け乱暴に自分の方を向けさせる。

 

「いい、フェイト……? アナタは私の娘、大魔導師『プレシア・テスタロッサ』の娘……不可能などあっては駄目……どんな事でも成し遂げなければならない……」

 

 フェイトは黙って頷くしか無かった。自分の不甲斐なさを責めながら。そしてまた虐待が再会される……

 

 フェイトが虐待されている奥の間の巨大な扉の前で、閉め出されたアルフが耳を押さえて踞っていた。

 

「何なんだよ……一体何なんだよ! あんまりじゃないか!!」

 

 無力感に打ちひしがれている事しか出来な い。手出しする事はフェイトから厳重に止められている。主の少女は母親に絶対に逆らわな い。

 

 それにアルフがプレシアに逆らえば、フェイトが更に痛め付けられてしまう。どうする事も出来なかった。板挟みだ。アルフは考えを巡らすしか無い。

 

 プレシアの異常さとフェイトに対する仕打ちは、今に始まった事では無かった。アルフがフェイトの使い魔になって此処に来てから見ても、プレシアはフェイトに構わずほとんど放置して いた。

 

 フェイトとアルフを育ててくれたのはプレシアの使い魔の女性『リニス』だった。そのリニ スも今はもう居ない。

 それから更にプレシアの態度は酷くなった。それでもフェイトは母親の為に尽くそうとしている。それなのにこの仕打ち。今回はあまりに酷かった。

 

 それほど『ジュエルシード』が重要なのか。 アルフにはそれくらいしか判らない。何に使うつもりなのか。それに答えてくれる者は居な い。

 

(リニス……アタシはどうすりゃいいんだよ……?)

 

 アルフは母親代わりだった今は亡き女性に問い掛ける事しか出来なかった。 フェイトの悲鳴はまだ続いている……

 

 

 プレシアは鞭だけでは気が治まらないのか、 鞭を逆手に持ちフェイトの鳩尾に深々と突き込んだ。

 

「げほっ、げほっ!」

 

 堪らず咳き込んでしまう。あまりにも惨い仕打ちだった。しかしプレシアは、そんな娘の姿を見ても顔色一つ変えない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさ い……」

 

 涙と涎で顔をクシャクシャにしながら、フェ イトはひたすら謝り続けている。プレシアは汚いものでも見るように彼女を一瞥し、苛立ちを隠そうともせず、

 

「次元震まで起こしてしまって……管理局が嗅ぎ付けるわ……どういう事なの……?」

 

 フェイトは虚ろな目で辛うじて顔を起こし、

 

「……だ……誰かが……わざと暴走させたらしい です……それに……見た事も無い怪物と巨人が……」

 

「巨人ですって……!?」

 

 巨人と聞いた途端、初めてプレシアの青白い顔の表情が変わった。食い入るように顔を近付け、

 

「それは、どんな巨人だったの!?」

 

 恐ろしい眼で問い詰める。フェイトは今までに無い恐怖を感じ、自分が見た巨人の特徴と 『ジュエルシード』暴走の状況を詳しく説明し た。

 

「……銀色の顔に……赤と青の身体……?」

 

 それを聞いてプレシアは考えているようだったが、何かを思い立ったらしくフェイトを拘束していた魔法拘束を解除した。プレシアは床に倒れ込んだフェイトを見下ろ し、

 

「今日はここまでにしておくわ……」

 

 フェイトはヨロヨロと顔を上げた。信じられないといった表情だ。何時もなら延々と折檻が続く筈なのだが……プレシアは娘に背を向け、

 

「これからは慎重に行動してちょうだい……時間が掛かっても構わないわ……変わった事があれば直ぐに報告を……こちらも手を打つわ……期待してるわよ、私の娘、可愛いフェイト……」

 

 感情など1ミリグラムも籠っていない口調で言い残すと、振り向きもせず部屋を出て行った。

 

「……はい……」

 

 それに対し、辛うじて身体を起こしたフェイトは返事をした。

 プレシアが去った後、彼女は部屋の隅にあるテーブルに目をやる。其処には渡せなかったお土産のケーキの箱がポツンと置かれていた……

 

 

 奥の間を後にしたプレシアは、庭園の最深部に向かっていた。フェイトもアルフも知らない秘密の場所だ。プレシア本人以外、其処には立ち入れないようになっている。

 微かな灯りにぼんやりと照らし出される長い階段を降り、隠しエレベーターに乗り換えプレシアは数十メートルはある巨大な扉の前に立った。それに反応し、扉が鈍い音を立てて開く。

 

 その部屋は異常な程広い空間であった。天井 が100メートル近くあり、奥行きもかなりのものだ。庭園の最深部全てがこの部屋になっているらしい。

 その中には異様な機械類や、原色に光る巨大なカプセルのようなものが無数に立ち並んでいる。中には何か巨大なものが蠢いているように見えた。

 

 プレシアは低く響く妙な機械音の中、靴音を響かせ中央に在る物体に歩み寄る。それは巨大な棺桶を直立させたような妙な代物だった。

 

 プレシアはその物体を見上げる。その棺桶のようなものの中に、巨大な何かが立っていた。『それ』は人型をしている。全高が数十メートルは有りそうな巨人だった。

 鋭角的な金色の頭部、身体の各部にプロテクターが取り付けられた血のように紅いボディー。微動だにしない所を見ると、生物では無いようだ。

 

 プレシアは『それ』の偉容を改めて見上げ、 狂気の笑みを浮かべる。異様な部屋の中に押し殺した哄笑が響き渡った。

 『それ』はかつてある世界で『超人ロボット、エースキラー』『メビウスキラー』と呼称されていた機体に酷似していた……

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ヴォルケンリッターが八神家に現れてから10日が過ぎていた。 その間なのは達は『ジュエルシード』探ししながら、フェイト達と接触する機会を待っていたが、1度も接触出来ず付き合うゼロも拍子抜けしていた。

 無論フェイト達は『ジュエルシード』集めを辞めた訳では無い。何故か海鳴市一帯に散らばった筈の『ジュエルシード』が更に広い範囲に散らばっていて、彼女達は拠点周辺を探索していたのだ。

 

 珍しくプレシアから無理を止められていたせいで、焦らなくて済んでいたが妙な話だった。まるで誰かが面白がって、先に集めたものを違う場所にばら蒔いたようだった。

 

 そんな事情もあり、探索は双方供手間取ったが互いにぶつかり合う事も無く、なのは、フェイト達は各自2個の確保に成功していた。それは嵐の前の静けさだったのかもしれない……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 剣の騎士シグナムこと我らヴォルケンリッターが主はやての元に来てから、2週間近くが経っていた。 皆徐々に今の生活に慣れて来たようだ。戦いしか知らなかった我らが。自分でも正直驚いている。

 

 それも新しい主と、もう1人に寄る所が大き い。我々の新しい主……主はやては年の若さもそうだったが、これまでの主と随分違っていた……

 

 いや……随分所では無い。何もかもが違っていた。主はやての我々への対応は、これまでの主のように道具としての扱いでは無く、最初の言葉通り家族に対するものそのものであった。 それは我らがついぞ味わった事の無い体験だっ た……

 

 そしてもう1人ゼロは、驚くべき事に並行世界から迷い込んだ異星人である。我々も随分永く生きて来たが、異星人と出逢ったのは初めてだ。

 

 どうやら人との混血らしい。この我々より年上だと言い張る少年は、もう1つの戦闘形態を持ち、魔力こそ無いが底知れぬ力を秘めているようだ。

 

 一見態度が荒く言葉使いも乱暴だが、根は非常に善良らしい。異星人故なのか悪意や打算といったものが感じられない少年で、我らを家族として何の躊躇いも無く受け入れた。

 

 我々は今までこの2人のような人間に逢った事が無い。ゼロは確かに滅多に逢えるような者では無いが、それを受け入れている主はやても相当に器が大きい人物である……

 

 我々は戸惑いながらも、新たな主の望むままに静かな日々を暮らし始めていた……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「騎士甲冑かあ……」

 

 リビングに降りて来たゼロの耳に、はやての考え込むような声が聴こえて来た。見るとソファーに座っているはやてに、シグナムとシャマルが何か頼み事をしているようだった。

 

「おう、どうした?」

 

 珍しい事もあるものだと、ゼロが声を掛けると、はやてが説明してくれる。守護騎士達は武器は持っているが、防護服、フェイト達で言う所のバリアジャケットにあたるものは主から賜 (たまわ)らなければならないそうだ。

 

「賜るって……はやてに鎧を作ってくれって事なのか……?」

 

 それはいくら何でも難しいのではと頭を捻ると、シャマルは笑って、

 

「甲冑は私達の魔力で作るから、はやてちゃんには形状をイメージして欲しいの」

 

「成る程……」

 

 それで納得した。しかしはやては困ったように人指し指を額に当て、

 

「……そやけど……私はみんなを戦わせたりせえへんから……」

 

 その辺りが引っ掛かっているようだった。 『闇の書』を完成させる為にみんなを戦わせるなど論外である。しかしそこでシグナムが、

 

「例え『蒐集』をお望みでないとしても、自衛の為の戦いが必要な時もあります……それに今のこの街の状況は聞いています。何か有るかもしれませんので……」

 

 守護騎士達にも『ジュエルシード』関連の事は話してある。その事もあって言い出したのだろう。主を守る使命がある彼女達には必要だと説いた。それを聞いていたゼロは、

 

(騎士甲冑か……)

 

 想像してみる。『ボーグ星人』と言う父『ウ ルトラセブン』と戦った全身鎧で覆われたゴツイ宇宙人を思い出した。あれも確か女だった筈。あんな感じかと思っていたら何故かみんなから睨まれてしまった。

 しばらく考え込んでいたはやてだが、何か思い付いたようで、

 

「ほんなら服でええか? 騎士らしい服、なっ?」

 

「ええ……構いません……」

 

 シグナムは頷いていた。実質形状が服になるだけなので、防御能力が落ちるなどと言う事は無いのだ。はやては俄然やる気になって、

 

「ほんなら資料探して、格好ええの考えてあげな」

 

 目を輝かせて気合いを入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 次の日、早速はやてはシャマル、ヴィータを連れて資料探しに出掛けていた。ゼロも興味があったので着いて行く。

 はやてに連れて行かれたのは、外国資本大手チェーン店の大きな玩具屋だった。こう言う場所の方が良い資料になると思ったらしい。はやてはノリ ノリである。

 確かに此処は国内外問わず様々な玩具や衣装などが置いてあり、良い資料になるのかもしれない。ゼロはこんな大きな玩具屋を回った事が無かったので、興味深く店内を見渡していた。

 

(むう……何か心惹かれるな……)

 

 どうもロボットが好きらしいゼロは、プラモデルコーナーでガンプラ、両肩に動力炉が付いてるヤツをまじまじと見ていた。

 

(良し、今月分はまだ余裕があるな、買うぞ!)

 

 凄く気に入ったらしく箱を小脇に抱えた所で、隣のぬいぐるみコーナーでじっとしているヴィータに気付いた。一心に何かを見詰めているようである。

 

(よっぽど気に入ったものがあるんだな……)

 

 ゼロは微笑ましくなった。基本不機嫌そう で、ちょっと打ち解けない所のあるヴィータは、はやてには懐いて来たものの、ゼロにはまだ慣れていない所がある。

 そんな彼女が年相応の子供のように頬を染め、 もの凄く玩具を欲しそうにしている様は微笑ましいものだった。ゼロはゆっくりヴィータに歩み寄り、

 

「ヴィータ、そいつが欲しいんだな…? 買ってやるぞ」

 

「えっ? いいの……?」

 

 ヴィータは振り返って表情を輝かせた。本当に欲しかったのだろう。

 彼女が見詰めていたのは、赤い目に蝶ネクタイを付け口を縫っているちょっと変わった縫いぐるみだった。のろいウサギと言うらしい。ゼロは『それ』を手に取り、

 

「コイツだな? 変わった趣味してんなあ……」

 

 その手に在るのは、のろいウサギの隣の売れ残りワゴンセールに在った、某メーカーが何かにとち狂って作った挙げ句、一目見て泣く子供が続出し、大量に売れ残った超絶不人気シリーズの1体であった。

 

 臓物をはみ出させた、感電して黒焦げのウサギを模した縫いぐるみである。ご丁寧に白眼を剥いて、口元から血が垂れたように紅いフェルトを張り付けている。

 

「ちげえよ馬鹿ぁぁっ!!」

 

 寄りにもよって何てものと間違えるんだと、 思わずヴィータはツッコミを入れていた。その様子を陰で見守っていたはやては、車椅子からずり落ちそうになり、シャマルは壁に頭をゴン☆とぶつけてしまった。

 

「流石やゼロ兄……あそこで落とすやなんて……」

 

 体勢を立て直すはやては、違った意味で唸るしか無い。もう少し2人を仲良くさせようと思って見守っていたのだが……

  失敗だろうかと引き続き様子を見ていると、 困ったように頭を掻ゼロを見てヴィータは我満しきれず、

 

「ゼロはしょうがねえなあ。普通間違えるかあ? あははッ」

 

 クスクス笑い出した。キョトンとするゼロがツボに入ったらしい。シャマルはその様子を優しげに見て、

 

「でも……あんなに笑っているヴィータちゃんを見たのは初めてかもしれません……」

 

 染々と小さな仲間の無邪気な笑い顔を見て微笑んだ。

 

 

 

 

「ほら、ヴィータ」

 

 ゼロは買ったのろいウサギが入った紙袋を手渡してやる。受け取ったヴィータは照れ臭そうに俯いた。お礼を言おうと改めて顔を上げ、

 

「ゼロ……あんがと……」

 

 照れ臭そうに礼を言うと、ゼロはひどく慌てた様子でそっぽを向き、

 

「た……大した事じゃねえよ……それより早く行かねえと置いてかれるぞ? 急げ!」

 

 耳まで赤くして、先に外へ出たはやて達を追い外へ飛び出して行く。 外はもう夕暮れで、辺りは淡いオレンジ色に 染まっている。その中ではやて達が待っていた。そしてゼロが手招きしている。

 

(あいつ……自分で言い出したクセに照れやがって……)

 

 可笑しくて仕方なかった。そこでヴィータは気付いた。ゼロがさっき抱えていた筈のプラモデルを買ってない事に。

 

(ゼロの奴……自分の欲しいもの我満して買ってくれたんだ……)

 

 結構値の張るものだったのだろう。そう思ったら不覚にも目頭が熱くなってしまった。 ヴィータは慌てて目をゴシゴシ擦る。

 

(何だよ……これくらいで……)

 

 ヴィータは焦って取り繕う。主の為に身を犠牲にする事はあっても、仲間以外の誰かに大事にされた事の無かった彼女には想像以上に心に染み入った。

 

「どうした……? ヴィータ……」

 

 立ち尽くしている少女にゼロが声を掛けた。 ヴィータは少年をおもむろに見上げる。心配しているのが伝わって来た。こんな感情すら、今まで向けられた事は少ない。

 

(まったく……はやてといい……コイツといい……お人好しばっかだ……)

 

何だかとても温かな気持ちになった。だが素直でない彼女は、ゼロにその事を悟られるのが癪で、

 

「何でもねえよ! ゼロの残念さを思い出してただけだよ!」

 

 からかうように舌を出し、ボスッとゼロに体当たりすると横をすり抜けた。

 

「あっ、ヴィータてめえっ?」

 

 バランスを崩してよろめくゼロの文句を背 に、ヴィータははやて達目指して走る。駆けながら、買って貰った縫いぐるみをしっかりと抱き締めていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 ある晩の事、主はやては星が綺麗だと仰られたので、私シグナムは主を抱き抱えて庭に出ていた。夜空には見事な星空が広がっている。 こんなにじっくり星空を見上げるのは何時以来だろう……

 

「うわあ、綺麗……ゼロ兄が降りて来た日みたいや……」

 

 主はやては、子供らしい素直な瞳で星空に見入っていられる。私は無粋だとは思ったが、気になっていた事を聞いてみた。

 

『闇の書』の事だ。主の命有らば、我々は直ぐにでも『蒐集』に掛かり、大いなる力を主にもたらす事が出来る。不自由な脚も治る筈だと……

 

 いささか卑怯な物言いだったと思う。私は不安だったのだろう。戦いしか知らなかった我らが、このまま安穏としていて良いのだろうかと……

 

 しかしそんな私の考えを他所に、主はやては考えるまでも無いと言う程の即答を返される。

 

「『闇の書』の頁を集めるには色んな人にご迷惑をお掛かせなあかんのやろ? そんなんはアカン……自分の身勝手で、人に迷惑掛けるんは良くない……それに仮にもウルトラマンを住まわせとる家主がそんな事したらアカンよ……」

 

 確固たる意思を瞳に浮かべ断言された。年若い身でありながら、主はやてはしっかりした信念と気高い誇りを持たれているのだ。ゼロが頼りにしているのも判る。

 私は自分を恥じた。そんな主に、自分の為に他人を犠牲にしろと囁いたようなものだから…… だが主はやては気にした様子も無く、私の目をしっかりと見詰められて、こう言われた。

 

「現マスター八神はやては、『闇の書』に何も望み無い。私がマスターでいる間は『闇の書』 の事は忘れてて……」

 

 私は頷いていた。そして主は最後に命令を伝えられた。

 

「みんなのお仕事は、家で一緒に仲良く暮らす 事……それだけや、約束出来る?」

 

「誓います……騎士の誇りに賭けて……」

 

 私は堅い誓いを込めて応えていた。それは宝物ように尊い命令だと思う。主はやては私の誓いを聞き、花のように笑みを浮かべられた……

 

 

 

 

 私は疲れて眠気を催された主を部屋に寝かせ、皆が居るリビングへと向かった。部屋に入るとゼロも含め、全員が揃ってソファーでくつろいでいる。

 

 私は主はやてのご命令を皆に伝えた。シャマルは嬉しそうに微笑み、ヴィータは「はやてら しいや」とニヤニヤし、狼姿のザフィーラは無表情ながらフッと微かに笑ったようだ。

 ゼロは聞くまでもないとニヤリと笑う。そこで私は彼に提案をした。

 

「『ジュエルシード』の件だが、何かあったら何時でも声を掛けてくれ。魔法関係だ、力になれるだろう……」

 

 するとゼロは、行儀悪く脚を組みながら、

 

「気持ちだけ貰っとくぜ……はやても皆を戦わせる気は無いからな……」

 

「それは『蒐集』の話だ……主はやてに危険が及ぶ可能性があるなら是非も無い……」

 

 私の言葉にゼロは不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「まあ……俺に全部任しときな。皆が居るから安心して出掛けられるしよ。それに俺は無敵だぜ。 どんな奴にも敗けやしねえよ」

 

 自信に満ちた表情で胸を叩いた。私は少々自信過剰気味のゼロに、一抹の不安を覚えた……

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 それは次元の海に浮かぶ、1つの都市以上の巨大さを誇る艦艇であった。『時空管理局』の通称『海』と呼ばれる、次元航行部隊の本局である。

 

 その本局の殺風景な部屋の1室で、青年が1人ソファーに腰掛けていた。物思いに耽っていた青年の思考は、来客を告げる電子音に中断される。

 

 来客は彼の知っている、獣耳に尻尾を持つ双子の姉妹だった。入るなり姉妹の元気な方がまくし立てる。

 

「『孤門』大変だよ! 『闇の書』のマスター が、もう覚醒したよ!」

 

 青年は特に動じた様子も無い。2人の様子から、かなりの緊急事態であるようなのだが、落ち着いた声で、

 

「予想の範囲内だよ……そういう事もあるだろ う……彼が居るからね、マスターの成長を促してしまったのかもしれない……」

 

「落ち着いてるね……孤門は……」

 

 双子の落ち着いている方の娘が、呆れたように肩を竦めた。孤門と呼ばれる青年は苦笑し、

 

「まだ動きようが無いからね……でも……覚悟は出来てるよ……!」

 

 その眼に闘志の炎が灯ったようだった。おもむろに懐から奇妙な物体を取り出す。

 その短剣程の大きさの物体は、彼が『エボルトラスター』と呼んでいるものだ。青年はそれを決意の眼差しで見詰めた。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




次回『哀しみの記憶や』


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第12話 哀しみの記憶や

 

 

 モロボシ・ゼロの朝は何気に早い。まだ外が暗い頃には起き出す。早朝訓練の為である。ウルトラ戦士として、常に己を鍛えるのは怠らないのだ。

 師匠である『ウルトラマンレオ』と『アストラ』からみっちりしごかれたゼロは、別世界に跳ばされた今も、しっかりとその教えを守っている。

 

 いくらヤンチャなゼロでも、毎日鍛練の為だけに変身する訳にもいかないので、基本人間形態で身体を動かすのだ。

 ジャージに着替え、皆を起こさないようにコッソリ玄関に出たゼロがスポーツシューズを履いていると、誰かが静かに近寄って来る気配がする。

 

「早いな……どうした?」

 

 気付いたゼロは声を掛けた。紫系のスポーツウェアを着たシグナムである。烈火の将は自分のスポーツシューズを下駄箱から取り出し、

 

「そろそろ身体を動かさんと鈍るからな……私も付き合わせて貰えるか……?」

 

 返事を待たず同じくシューズを履く。こちらも戦士として鍛練を欠かさないタイプのようだ。ゼロも断る理由は無いのでぶっきら棒に、

 

「おう、構わねえぞ、丁度誰か訓練相手が欲しかった所だ」

 

「望む所だ……」

 

 シグナムはニヤリと笑みを浮かべる。どうもそれが目的らしい。2人は玄関を出て軽く準備運動をすると、まだ人気の無い早朝の街を走り出した。

 

 ゼロの体力は並外れている。人間形態の時でも、超人クラスの身体能力と体力を兼ね備えているのだ。

 まだ先の話になるが、ゼロと合体した『タイガ』の身体能力を思い起こして貰えれば、納得していただける筈である。当然走る速度も並では無い。常人ではとても着いて行けまい。

 最初はシグナムの為に軽く流そうかと思っていたゼロだったが、その心配は無用だった。彼女も涼しい顔をして並走する。やはり彼女も只者では無い。

 

 安心してゼロは走るスピードを上げ、シグナムも追走した。町内を2時間程ぐるぐる回る。速度が速度なので軽く数十キロ以上は走っていた。その最中何気無くシグナムをチラリと見て、ゼロはふと思う。

 

(何か揺れてるな……)

 

 ふるんふるん彼女のある部分が揺れている。 はやての趣味なのか、身体にピッタリフィットしたウェアなので尚更目立つ。

 邪魔じゃ無いのか? と色気もヘッタクレも無い事を思うが、枕にしたら寝心地が良さそうだなどと、本人に言ったら撲殺されそうな考えが浮かんだ。

 

 まあ……それはさて置き、端からだと猛ダッシュにしか見えないジョギングを終え、人気の無い小さな神社の境内に辿り着いたゼロとシグナムは、軽く呼吸を整えた。

 オリンピック記録どころか、車と比べた方が早いジョギングをした2人は軽く汗をかいている程度である。ゼロは一通り身体を慣らすと、

 

「じゃあシグナム、軽く組手と行くか……」

 

「ウム……手合わせ願おう……」

 

 シグナムはクールな表情に、明らかに喜色を浮かべ軽く肩を振る。どうもこういう事が好きなようだ。

 

「シグナムは剣を使うよな? そっちは剣でもいいぜ」

 

 ゼロの少々挑発じみた言葉に、シグナムは不敵に微笑し半身で構えて見せる。

 

「フッ……剣が無ければ何も出来ない訳では無 い……ベルカの騎士の体術を見せてやろう」

 

「そいつはいい、『ウルトラマンレオ』直伝 『宇宙拳法』ならぬ『レオ拳法』の真髄見せてやるぜ!」

 

 ゼロもニヤリと笑うと、左手を突き出し右拳を引く『レオ拳法』の構えを取った。それを合図に、次の瞬間互いの拳がぶつかり合う。

 

「破ぁっ!」

 

「ふっ!」

 

 次々と拳が繰り出され鋭い打撃音が響いた 。互いに打ち込まれる攻撃を弾き、身体を逸らして捌いて行く。 無論2人共本気を出してはいないが、常人には及びも付かないスピードの攻防だ。

 

 シグナムが前蹴りを繰り出して来る。右腕で跳ね上げ、ゼロは軸足を狙い足払いを掛けようとする。読んでいたシグナムは素早く跳び、低くなったゼロの頭目掛けて、切れのある回し蹴りを放った。

 

「おっと!」

 

 ゼロは咄嗟に頭を下げて蹴りをやり過ごすと、片手に地面を着き反動を付け、その勢いで下から突き上げる矢のような蹴りを、上空のシグナムに放った。

 

 女騎士は蹴りを腕をクロスさせて受け止める。流石に受け止め切れず、数メートルは跳ばされた。しかし空中で軽やかに一回転すると、地面に音も無く着地する。

 この間の出来事は数秒にも満たない。サーカスかワイヤーアクションでも観ているような鮮やかな攻防だった。素早く立ち上がったゼロは感心して、

 

「へっ、やるじゃねえかシグナム! 俺にここまで着いて来るとは大したもんだ!」

 

「そちらこそ……レオ拳法見事なものだ。今まで私にここまで付き合えた者はそうは居な い……」

 

 シグナムは愉しげに微笑する。ゼロもニヤリと笑って親指で唇をチョンと弾き、

 

「なら、ここまで付き合えたのはお前だけだと言わせてやるぜ!」

 

「言わせてみせろ!」

 

 シグナムも愉しげに応える。ゼロは訓練なので威力こそ加減しているが、攻めの手は緩めていない。加減する必要など全く無い実力の持ち主だ。

 

「行くぜシグナム!」

 

「来い!」

 

 2人は大地を蹴って再び激突した。静かな早朝の澄んだ大気に、鋭い気合いと打撃の応酬音が響いた。

 

 

 静かだった街が徐々に活気付き始め、朝日が辺りを柔らかく照らし始めていた。

 軽くと言いつつ、みっちり鍛練を終えたゼロとシグナムは、古びた石段を降りている所である。そろそろはやて達も起き出して来る頃だ。

 

「久々にいい汗かいたぜ……古代ベルカとやらの体術は中々のもんだな……」

 

「こちらもだ……そちらの世界の戦闘スキル 『レオ拳法』は興味深い……」

 

 互いの技術の事を評価している。別世界独自の戦闘技術を知るのは、戦士として興味深い。体捌きから防御、攻撃の際のコンビネーション。その世界ならではのものが有り面白いのだ。

 

 互いの技に付いて話しながら歩いていると、 ジュースの自販機があったのでゼロは奢ってやる。受け取ったシグナムは少し申し訳無さそうに、

 

「済まないな……」

 

「なっ、何改まってんだよ? 修行仲間ってヤツだろ?」

 

 ゼロの少々照れながらの体育会系のノリに、 シグナムは苦笑するしか無い。 行儀が悪いとは思ったが、歩きながらゴクゴク炭酸ジュースを飲む少年に付き合って、ミネラルウォーターに口を付ける。火照った身体に染み込むようだった。

 

(こんなに良い汗をかいたのは、何時以来だろうか……)

 

 朝の澄んだ風が心地好い。自分達が歩いて来た世界とはまるで違っていると、シグナムは思う。そんな彼女にゼロは何の気無しに、

 

「シグナム戦うの好きだろう?」

 

「む……? そうだな……嫌いでは無い……」

 

 シグナムは少し間を空け返事を返した。ゼロも特に深い意味があって聞いた訳では無い。組手をする彼女がとても愉しげに見えたからだ。

 答えたシグナムだったが、考え込むように視線を落とす。自分の答えに納得が行かなかったのか、

 

「このような正々堂々とした戦いならばな……」

 

 ポツリと洩らした。実際そんな機会は滅多に無かったな……と今までを振り返り思う。 そんな彼女をゼロが心配そうに見ている。様子が変だと思ったのだろう。シグナムは少年に寂しげな瞳を向け、

 

「そうでも思っていないと……やってられなかったのかもしれんな……」

 

 自嘲の表情を浮かべた。それはひどく物悲しく見える。ゼロはそんな彼女を見て、胸が締め付けられるような想いに駈られた。どんな想いを抱えて来たらこんな寂しい顔が出来るのだろう。

 確かに彼女は強い。その強さは恐らく、近接戦ならば魔導師として最強クラスだろう。

 

 『レオ兄弟』に長い間修行を付けられたゼロとやり合える事からも、彼女達が気の遠くなるような年月を戦闘に費やして来た事が察せられた。実戦経験ならゼロを上回るだろう。

 

 ウルトラ族と違い、人と同じ時間感覚を持つシグナム達が、それだけ永い時を戦いに明け暮れて来たのなら、それはどう感じて来たのだろうとゼロは思った。

 しんみりして無言になった少年に、シグナムは苦笑を浮かべ、

 

「詰まらん戯れ言を聞かせてしまったな……忘れてくれ……それより次は得物を持って付き合って貰おうか? 出来ればあの姿のゼロとも手合わせしたい所だ……」

 

「おうっ! 正々堂々、俺が幾らでも相手してやるよ。その時はいい場所知ってるから其処でな、手加減しねえぞ?」

 

 指をコキコキ鳴らしてやる気充分の態度を示し、勢い込んで見せた。彼なりに元気付けようとしているのだろう。そんなゼロを見てシグナムは苦笑する。

 

(済まんな……)

 

 少年の気遣いを好ましく思った。だが素直では無いゼロは絶体に認めないだろう。シグナムは尊重して気付かぬふりをし、

 

「ああ……楽しみにしている……」

 

 女騎士は自分でも意外な程、穏やかな微笑をゼロに向けていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うおっ? 何だこりゃあ!?」

 

 午前中の八神家に、ゼロの素っとんきょうな声が響き渡った。何事かと皆が行ってみると、掃除機を持ったままのゼロが驚いて宙を見上げている。

 見ると『闇の書』が、まるで意思ある者のように、ぷかぷか宙に浮いていた。

 

「『闇の書』が最初の時みたいに浮いとる?」

 

 はやても驚いている。するとシグナムが説明してくれた。

 

「主はやて……『闇の書』は自分で動き回る事も出来ますし、ある程度の意思もありますので……」

 

「へえ……そうやったんか~っ」

 

 感心するはやての所にふわふわ降りて来た 『闇の書』は、そのまま彼女の膝の上にちょこんと載った。

 

 

 

 騒動が落ち着き、掃除を終えたゼロがリビングに入ると、はやてが膝の上に乗せた『闇の書』を子犬でも可愛がるように撫でていた。皆は微笑ましそうにその光景を見ている。

 

「可愛いなあ……堪忍な? 知らんかったから放って置いて……」

 

 撫でて貰っている『闇の書』は心なしか気持ち良さそうに見える。ゼロもその様子を微笑ましく見ていると、ヴィータがトコトコゼロに近寄り、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「ゼロォ~、何ビビって悲鳴上げてんだよ?」

 

 早々にからかって来た。あれでビクついたと思われては、ウルトラマンゼロの沽券に関わると思ったゼロは胸を張り、

 

「ビビってねえ! 少し……ビックリしただけだ!」

 

「本当かよ~?」

 

「ヴィータお前~っ、年上をからかいやがって ~っ」

 

「年上ねえ……本当かどうか怪しいもんだな……」

 

「俺は5900歳だ、小娘共が!」

 

「はんっ、聞いてるぞ。いくら永く生きてようが、ゼロは一族の中じゃ、まだ高1くらいのガキんちょらしいじゃん?」

 

「うっ? 何故それを!?」

 

「フフフ……はやてから聞いてるぞ?」

 

「ぬぬぬ……それでも歳上は歳上だ!」

 

 などと不毛な言い合いをしている。まあ、じゃれあいみたいなものである。性格が似通っているこの2人は、一旦打ち解けると気が合うようだ。

 

 性格が似ていると反発し合うか、とても仲良くなるかのどちらかになると言うが、ゼロとヴィータは後者のようで、良い感じに似た者兄妹のようであった。

 

 狼ザフィーラは、やれやれと密かに苦笑すると床で丸くなる。シグナムとシャマルは『闇の書』を撫でているはやてを見て、書の管制人格マスタープログラムの事を考えていた。

 管制人格は『闇の書』の全てを司るプログラムで、シグナム達のもう1人の仲間でもある。

 しかしその起動には魔力蒐集が必要であり、今の状態ではほとんど何の力も無い。はやてがマスターで有る限り、会う事は無いだろう。

 

 シグナム達の感慨を知るよしも無いゼロは、 ヴィータとの舌戦を取り合えず終わらせると、興味深そうにはやてに歩み寄った。

 

「へえ……自分で飛べる本か……俺にも触らせてくれよ?」

 

「ええよ、ゼロ兄も撫でてあげてな?」

 

 ゼロが軽い気持ちで彼女の膝の上の『闇の書』に触れた時だった。突如として書から何かが流れ込んで来る感覚に襲われた。

 

「何だあっ!?」

 

「えっ?」

 

 ゼロとはやてが驚く間も無く、2人の頭の中に雪崩れ込むように大量の情報が流れ込んで来た。異常に気付いたシグナムとシャマルが駆け寄る。

 

「主はやて? どうなさいました!?」

 

「ゼロ君どうしたの!?」

 

 呼び掛けるが、ゼロとはやては『闇の書』に手を触れたまま、虚空を見詰め硬直したままだ。

 4人は判断に困ったが、まずはとシグナムは書から2人を引き離そうと手を伸ばそうとする。しかしシャマルがそれを止めた。

 

「待ってシグナム、もしかしたら……」

 

「何だシャマル、心当たりが有るのか?」

 

 シャマルは硬直したままの2人を見やり、

 

「ゼロ君は私達とは別系統の特殊な力を持っているわ、自分をプログラム体に変えたりも出来るそうよ……それが『闇の書』と現マスターである、はやてちゃんに偶然同時に接触した事で、何かしらの作用が起こって『闇の書』の記録が流れ込んでしまった……」

 

「おいっ、大丈夫なのかよ? 早く引き離した方がいいんじゃないのか!?」

 

 焦って詰め寄るヴィータに、シャマルは思案して眉を寄せる。

 

「『闇の書』の記録が流れ込んでいるだけだから、危険は無いと思うんだけど……却って無理に途中で引き離した方が不味いと思うわ」

 

 そこで今まで無言だったザフィーラが口を開 いた。

 

「本来なら完成した時に主に受け継いで頂く筈の情報を、今受け取っておられると言う事か……?」

 

「それが1番近いかもしれんな……」

 

 シグナムもそれに賛成し頷いた。その間にもゼロとはやての頭の中に、膨大な映像が通り過ぎて行く。

 

(これは記憶だ……)

 

(みんなの過去なんか……?)

 

 それは『闇の書』に記録されていたヴォルケンリッターの永い永い記録だった。

 

 歴代のマスターに命じられ、『闇の書』完成の為戦いに次ぐ戦いの日々。人と変わらない守護騎士達を戦闘の為の道具としか見ず、何とも思わない連中……

 

 大いなる力を手に出来る誘惑に、皆我を忘れて行った。強大な魔力を持っていた王も、ごく普通の者も力を手に入れようと狂って行く……

 

 そんな中でもひたすら4人はマスターの為に戦い続けた。満足に食事も与えられず休む事も許されず、怪我を負っても『蒐集』に駆り出される日々。

 平和な世界より、魔法と血の臭いが漂う戦場を駆けさせられた。そんな中でも守護騎士達は主の為に戦い続ける。

 

 『蒐集』とは、魔力を持つ生物にのみに存在する『リンカーコア』と言う魔力の源から魔力を吸収し、『闇の書』の頁を埋める事だ。

 

 守護騎士達は今まで蒐集と戦闘の為の道具としか扱われていなかったのだ。ゼロはシグナムの寂しげな表情の訳を痛感した。せざる得なかった。

 砕けんばかりに歯を食い縛り、血が滲む程拳を握り締める。はやても自分でも知らぬ間に涙を流していた。

 戦いの中傷付き、疲労に喘ぎながらも守護騎士達は戦い続ける。極寒の中地下牢のような汚い部屋に押し込められ、寒さに震える4人は固まって夜を凌いだ事もあった。

 

 そして力尽きたヴォルケンリッター達は消滅して行く。労いも称賛も報いも何も無い。只の道具として消えて行く。

 だがそれで終わりは来ない。次の代のマスターの元に転生すれば、また復活して同じ事の繰り返しが始まる。自らでは選ぶ事は出来な い。

 

 それは生き地獄だった……道具として戦い抜いて死に、また生き返っては戦って死に続ける。命令に逆らう事も出来ない。それは無限地獄であろう。

 

 そして一通りを伝え終えたのか、潮が引くように記憶の奔流はゼロとはやての頭の中から去った。

 2人の意識は現実に復帰する。ほんの数分にも満たなかったが、まるで永い旅をして来たように感じた。

  滂沱の涙を流すはやてと、憤りのあまり立ち尽くすゼロを見て、シグナムは皆の推察通りだと感じる。

 

「大丈夫ですか? 主はやて……ゼロ……?」

 

 シグナムが気遣って声を掛けると、はやてとゼロはぼんやりと顔をシグナム達に向ける。夢から覚めたような様子であった。

 

 シグナムはふと、何かしらの別の力の干渉があったのではと思う。勘のようなものだが、それは悪いものでは無いよう気がした。

 

(だが、それより今は……)

 

 シグナムははやての前に控えると、深々と頭を下げ、

 

「どうも……お見苦しいものを見せたようで…… 申し訳ありません……」

 

 かなり酷いものを見てしまった筈だと詫びた。幼いはやてには残酷だったであろう。涙を溢れさせたままのはやてはシグナム達を見ると、今度は傍らに立つゼロを見上げた。

 

「ゼロ兄ぃっ!」

 

「おうっ!」

 

 心得たと返事を返したゼロは『ウルトラゼロアイ』を取り出すと、躊躇無く両眼に装着した。

 

「ゼロ何をしている? こんな部屋の中で何を!?」

 

 シグナム達が慌てる中『ウルトラマンゼロ』 に変身したゼロは、一気に3メートル程にまで巨大化する。

 そのまま座り込むとその大きく長い腕で、は やてとヴォルケンリッター全員を纏めて抱き抱えていた。

 

「おいっ、天井をぶち抜いちまうぞ!?」

 

 ヴィータの注意にもゼロは耳を貸さず、しっかりと全員を抱き締め、

 

「うるせえ……こうでもしねえと……」

 

 そこで言葉に詰まってしまう。するとはやては、小さな腕を目一杯伸ばして同じく皆を抱き締めようとし、ゼロの言葉の続きを呟いた。

 

「みんな一緒に抱き締められへんやないか……」

 

 小さな主はぽろぽろと溢れる涙を拭おうともせず、

 

「家の子達に……何て事さすんや……辛かったな あ……痛かったやろなあ……みんなよう頑張ったなあ……」

 

 それは単なる同情では無い。家族を傷付けられた者の身を切るような痛みだった。

 守護騎士達を家族だと言った言葉に嘘偽りなど欠片も無く、口にした時から2人の中では決まっていた事だった。

 両親を亡くしたはやても、施設で育ったゼロも家族とは縁遠い暮らしが長く、孤独を抱えて来ただけにその想いは尚更強かった。

 2人の温かい気持ちが流れ込んで来るようだった。零れるはやての涙と、ゼロの包み込むような温かさの中、4人は感じた事の無い安らぎを感じていた。

 

 造られた存在の守護騎士達には親も無く、誰かに慈しまれ子のように大事にされ抱き締められた事など無い……

 

(温かい…………)

 

 知らず知らず4人は、母親に抱かれる赤子のように温もりに身を委ねていた……

 

 

 

 

 

 

 この後、急にゼロの元気が無くなった。

 

 話し掛けても沈んだ様子で生返事しかしない。まるで自分を責めているような感じがする。

 はやて達はシグナム達の過去がそれほど効いたのだろうかとは思ったが、それでもあのヤンチャ者のゼロがここまで落ち込む姿を見た事が無かったので心配になった。

 しかしそれが何故、自分を責める事になるのかは誰にも解らなかった……

 

 

 

 

 その夜ゼロは自室のベランダで1人、星1つ見えない夜空を見上げていた。するとコンコンと部屋のドアをノックする音が聴こえる。

 

「……ゼロ兄……ええ……?」

 

 ドア越しにはやての声がした。心配して様子を見に来たのだろう。ゼロは少し考えたが、

 

「……おう……構わねえぞ……」

 

 返事を聞き、はやてはドアを開けて入って来た。車椅子を操作してベランダに出るとゼロの隣に着ける。

 

「今日は真っ暗やね……」

 

「そうだな……」

 

 夜空を見上げるはやての言葉に、ゼロはそれだけを返す。それからしばらくの間2人は、無言で暗い夜空を眺めていた。

 

 どれぐらいそうしていただろう。ゼロは空を見上げたままポツリと呟いた。

 

「皆の過去を見て……思い当たった……」

 

 はやては頷いて無言で先を促す。

 

「俺は……罪を犯して、1度故郷を追放された事がある……」

 

「ゼロ兄がっ?」

 

 思ってもみなかった話に、はやては思わず声を漏らしていた。ゼロはそこでようやく傍らの少女を見ると、

 

「……どうしてももっと力が欲しくてな……故郷で最も重要な力の源、『プラズマスパーク』ってもんを手に入れよとした……」

 

 自嘲を浮かべる。はやてはその表情を見て泣きたくなるような思いに駆られた。こんなゼロの表情を見た事が無い。

 ゼロは『プラズマスパーク』に付いて説明してくれた。『プラズマスパーク』とはウルトラ族全ての源であり、地球人類と同じ存在だったウルトラ族を超人へと進化させた奇跡の光だ。光の国を支える人工太陽でもある。

 

「使いこなせれば、強大な力を手に入れる事が出来る……『光の国』最大の禁忌と分かって俺は、そいつを手に入れようとした……」

 

 ゼロの告白は続く。洗いざらいを話すつもりだった。

 

「その結果……親父にとっ捕まって俺は逮捕…… 草1つ生えてねえ不毛の惑星に島流しになったって訳だ……ガッカリしたろ……? これが本当のウルトラマンゼロの姿だ……」

 

「そんな事……」

 

 はやてが否定しようとすると、ゼロは首を振ってそれを遮り、

 

「それで思った……『プラズマスパーク』の力を手に入れようとした俺と、『闇の書』の力を手に入れようとして皆を酷い目に遭わせた連中 と、全く同じじゃねえかってな……」

 

 ゼロは手すりを手が白くる位に強く握り締め、やりきれない顔で俯いた。歴代のマスター達の力に取り憑かれて醜く歪んだ顔が浮かぶ。

 更には写し鏡、最悪の道を辿った場合の自分の成れの果てだった『べリアル』の顔……

 

 自分もあの時あんな顔をしていたのではないか? シグナム達を酷い目に遭わせていたのは、自分なのでは無いかとまで思ってしまった。すると……

 

「同じや無い……!」

 

 はやての決して高くは無いが、強い響きの声が響いた。ゼロがその声に顔を上げると、目の前に彼女の顔が在る。真っ直ぐな瞳がゼロを映す。

 

「同じなんかや無い……ゼロ兄はそないに思えるし……誰かを酷い目に遭わせてまで力を手に入れようとする人や無い……私が保障する!」

 

 はやての真摯な言葉と眼差しに、ゼロは自己嫌悪と罪悪感で凝り固まっていた心が軽くなって行く気がした。人間の負の感情に惑わされ、悪い方向に考えが行っていたようだ。

 

(はやてには敵わねえな……)

 

 ようやくゼロは苦笑を浮かべた。そこでふと自然に浮かんだ言葉を口にする。

 

「ありがとな……はやてのような人間を地球の言葉で、天使って言うんだろうな……」

 

「ふあっ?」

 

 それを聞いたはやての顔が見る見る真っ赤になる。照れ過ぎてあたふたする少女を楽しそうに見ながら、ゼロは後ろに声を掛けた。

 

「お前らも、そう思うだろ……?」

 

「……愚問だな……問われるまでも無い……」

 

 シグナムの返事が返って来た。ドアを開け廊下に居た守護騎士達が部屋に入って来る。全員でやって来て、はやてが代表で入って来たのだろう。皆心配していたのだ。

 

 皆は話を聞いてしまったので、少々決まりが悪そうだが、ゼロも皆に聞かせるつもりで話していたので気にはしない。

 

「1つ聞かせて貰いたい……」

 

 シグナムが1歩前に出ると、真剣な眼差しで少年に問う。

 

「何故お前は、力を欲したのだ……?」

 

 ゼロは静かに部屋の中に入り、シグナム達に向かい合った。口を開き掛け一瞬表情を曇らせたが、真っ直ぐに皆を見据えハッキリと言った。

 

「言い訳にもならねえが……友達を守れなかったからだ……!」

 

 その言葉を聞いたシグナムは、満足げに微笑むと静かに目を閉じ、

 

「……そうか……判った……お前らしいな……」

 

 それはこの場に居る全員の心を代弁する言葉だった。まだ出会って日は浅いかもしれないが、この6人には絆と言うべきものが出来つつあった。

 

 はやてはふと光を感じて、夜空を見上げる。其処には雲が晴れて顔を出した満月が、自分達を見守るように、柔らかい青い光を放っていた……

 

 

 

 

****************

 

 

 

 

 その頃次元の海を、はやて達の住む『97管理外世界』に向け航行する1隻の戦艦があった。

 特徴的な二股に別れた艦首を持つ、SFに出て来そうな船の名は『アースラ』ユーノやフェイト達と同じく、管理世界から来たものである。

 

 次元世界間の危険や次元犯罪を取り締まる、一種の司法組織『時空管理局』所属の実働部隊の1つだ。

 

 アースラの超未来的な設備のブリッジで、艦長席に腰掛ける緑色の髪をポニーテールに括った年齢不詳の美しい女性。 アースラ艦長『リンディ・ハラオウン』提督はため息を吐いた。

 

「すっかり到着が遅くなっちゃったわね……」

 

 何故か角砂糖をタップリ放り込んだ緑茶をすすりながら愚痴るリンディに、管制責任者らしきショートカットの若い女性が、慰めるように声を掛けた。

 

「仕方無いですよ……あちこちで小規模次元震騒ぎがあって、大わらわでしたからね……」

 

 リンディは女性『エイミィ』に苦笑いして見せ、

 

「でも結局原因は不明……どうなっているのかしらね……? お陰で最初の予定より随分遅れてしまったわ……」

 

 少々憂鬱になってしまうリンディだったが、直ぐに気持ちを切り替え現状の確認をする。オペレーター達は直ぐに現在の状況を報告して来た。

 

「前回の小規模次元震以来、特に目立った動きは無いようですが、2人の探索者が再度衝突する可能性が高いですね……」

 

 フェイト達となのは達の事らしい。ある程度は事態を把握しているようだ。続けてエイミィは、測定画面のコンソールを操作しながら、

 

「それと……気になるのは、小規模次元震の際に検出された別の高エネルギー反応ですね…… 測定不能の高い数値の……一体何なんでしょうね?」

 

 リンディはカップのお茶を飲み干すと、今までに仕入れた情報を頭の中で整理してみる。

 

「あの世界には確か……10ヶ月前にも小規模次元震が発生して、調査が入ってるわよね……?」

 

「ハイ、そうですが……その時の調査では、特に異常は発見出来なかったそうです」

 

 エイミィの打てば響くような返事に頷きながら、リンディは眉をひそめる。同じ世界での2度の次元震、果たして偶然なのだろうかと。

 

 しかし……とリンディは先入観を持たないようにと自らを戒めた。先入観や決め付けは判断を誤らせる事にしかならない。

 

 彼女の持ち味は、柔軟な思考でいかなる状況にも臨機応変に対応出来る事だ。その為思考は常にフラットにしていた方がいい。

 

(まずは……2人の探索者と接触する事……後はそれからね……まあ、ウチのスタッフは優秀だし、何よりウチには切り札が居るからね)

 

 傍らに立つ少年に笑い掛けた。黒いバリアジャケットを纏った、ゼロより年下に見える黒髪の少年だ。超一流の魔導師にして、リンディの自慢の息子でもある『クロノ・ハラオウン』執務官である。

 

「小規模とは言え、次元震はちょっと厄介だからね……危なくなったら直ぐに現場に向かって貰わないとね? クロノ」

 

「大丈夫、判ってますよ艦長……僕はその為に居るんですから……」

 

 年若いにも関わらず、落ち着いて不敵に笑う息子を見てリンディは頼もしく思うが、ふと漠然とした不安感を感じた。

 それは長年現場で培って来た勘だったのかもしれない。これから始まる容易ならざる事件への……

 

 

つづく

 

 

 

 




ゼロの過去は妄想設定です。力を欲してプラズマスパークに手を出したのは、理由があったのではと妄想した結果です。死んだ友は公式で存在が明かされたヴォイスの事ではありませんので。追々話の中で出て来ます。

次回『魂の激突や』


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第13話 魂の激突や

 

 

 『海鳴臨海公園』海に面した自然公園で、広大な面積を誇る市民の憩いの場所である。 夕日が沈む辺りなどは海と空が見事な茜色に染まり、とても絵になる光景が見られる人気ス ポットだ。

 

 しかし今は日も落ちていないと言うのに、 人っ子1人見当たらない。生物の気配すら無いようだ。それは結界が張られているからである。ユーノが張り巡らしたものだ。

 その中で1本の大樹が異形の怪物と化し、気味の悪い叫びを上げていた。枝を触手のように蠢かせるその姿は、童話に出て来る森の悪霊のようである。『ジュエル シード』に因り変化した怪物だ。

 

 その前で対峙する2人の少女は、久し振りに出会したなのはとフェイトである。今は争うよりまずは封印をと、2人の魔法少女は怪物に攻撃を仕掛けた。桜色と金色の魔法光が輝き、砲撃魔法が同時に炸裂するが、

 

「えっ!?」

 

「魔法障壁……?」

 

 なのはとフェイトは驚いた。大樹の怪物は 『グリーンモンス』のように、前面に魔法障壁を張って攻撃を防いでしまったのだ。2人はならばと、再び攻撃を仕掛けようとデバイスを構える。すると……

 

『デリャアアアアッ!!』

 

 鋭い気合いと共に、上空から物凄い勢いで何かが落下……いや急降下して来た。何かは怪物に激突し、魔法障壁ごと朽ち木のように粉々に粉砕すると、勢い余って地面に突っ込み直径3メートル程のクレーターを作る。

 土砂と飛び散る木片の中、ゆらりと立ち上がる人影。人間大の『ウルトラマンゼロ』である。

 

 粉砕された怪物から青く光る物体が出て来 た。『ジュエルシード』だ。取り憑いた樹木自体が無くなっては発動しようが無い。光線技が駄目ならと言う事だろうが、力技もいい所だ。

 

『封印を頼む!』

 

 ゼロに促され、フェイトとなのははデバイスを構え同時に封印を完了した。封印され宙に浮かぶ『ジュエルシード』を挟んで、フェイトとなのはは対峙する。

 

 それに動物形態のアルフにユーノ、それにゼロも加わった。油断無く身構えるフェイトとアルフ。使い魔の狼少女は威嚇するように鋭い犬歯を剥き出しにし、

 

《久し振りだね、オチビちゃん達……敵わないからって今日は助っ人を呼んだって訳かい? また変なのを……》

 

 そこで改めてゼロを見た目が大きく見開かれる。その姿に見覚えがあったからだ。

 

《アンタ……この間の巨人……!?》

 

 アルフは以前小さくなったゼロの姿も目撃している。フェイトは巨人の時のゼロしか見ていないので、戸惑っているようだ。ゼロは警戒させないようにと、気さくに片手を上げ、

 

『よお、久し振りだな、身体は大丈夫だったか? 俺はウルトラマンゼロ。並行世界から来た宇宙人だ』

 

 気さく過ぎて、いささか馴れ馴れしい挨拶になってしまっている。ゼロは少しミスったかなと思った。あくまで今は初めて話す態度を貫かなければ不自然だ。

 

「宇宙人……?」

 

《宇宙人だってえっ!?》

 

 驚くフェイトとアルフだが、直ぐに警戒し全身を緊張させる。宇宙人と言うのが本当かどうかは別にして、ゼロの常識を超えた戦闘能力は目の当たりにしている。

 今の怪物を粉砕した力を見ても、まともにぶつかり合っては不利である。その超人が敵対しているなのは達と現れたのだ。

 いざとなったらフェイトだけでも逃がさなくては……悲壮なまでに覚悟を決めようとしたアルフに、ゼロは宥めるように呼び掛けた。

 

『落ち着け……俺はどっちの敵でもねえ……だからお前らと戦う気もねえ。只いい話を持って来たんだ』

 

 アルフは、三流詐欺師のような台詞をぬかすゼロを胡散臭そうに見る。

 

《話なら聞かないって、何度も言ってるんだけどね……》

 

 聞く耳持たないと言った感じのアルフに、 フェイトも油断無くバルデイッシュを構える。 ゼロは警戒させないように両手を上げ、取り合えず喋りまくるしか無い。

 

『だからよ……場合によっちゃ、コッチの 『ジュエルシード』も全部やってもいいし、残りを探すのも手伝ってやるって言ってるんだ』

 

《はあっ? アンタ正気かい!?》

 

 アルフは呆れたようだ。フェイトもポカンとした顔をする。性格的に細々した駆け引きが苦手なゼロは、直球で真っ正面から語り掛けるのみ。

 

『その代わり、何で『ジュエルシード』を集めてるのか、納得の行く理由を聞かせてくれ。納得行ったら協力してやる』

 

 なのはとユーノはハラハラしながら成り行きを見守っている。ユーノは『ジュエルシード』が掛っているので気が気では無い。

 一方ゼロの条件を聞いたフェイトとアルフは、警戒こそ解かないが一瞬目を見合わせた。

 

《フェイト……悪い話じゃ無いと思うんだけど……》

 

 アルフは念話でフェイトに相談してみる。意外な提案に迷っていた。

 

「……うん……」

 

 フェイトは頷きつつも考えを巡らす。確かに悪い話では無いようだがとは思う。ゼロは迷っているフェイト達に更に、

 

『多分……『ジュエルシード』を欲しがってるのは、お前らじゃねえだろ……?』

 

 母親だろうと当たりを付けながらも、そうカマを掛ける。反応しそうな雰囲気が感じられた。やはり図星らしい。ゼロは一気に畳み掛ける。

 

『あんな物騒なもん、お前ら子供が欲しがるとは思えねえ……だからそいつに会わせてくれ。直に話を聞く、それが条件だ』

 

 フェイトは無言のまま、ゼロの出した提案を整理してみる。確かに悪く無い条件ではあるが…… しかし金髪の少女はゆっくりと頭を振った。表情を消し、静かにバルデイッシュをゼロに向ける。

 

『……それが……答えか……?』

 

 ウルトラマンの少年は、表情の無い銀色の顔に残念そうな色を浮かべ問い掛けた。

 

《フェイト……》

 

 アルフも残念そうに視線を向ける。フェイトは努めて無表情をゼロに向け、

 

「……確かに、いい話なのかもしれないけど…… 信用出来ない……アナタは正直怪しい……それにその条件は呑めない……」

 

 彼女には母プレシアが承知しないであろう事は、容易に想像が付いた。発見者が競争相手なのは既に報告してある。それでもプレシアは、その相手を潰してでも 『ジュエルシード』を確保しろと厳命されている。

 

 母が悪用などする訳は無いと信じているが、 非合法な目的なのはフェイトにも判っている。それ故応じる事は出来なかった。

 

 更には目の前の正体不明の人物をプレシアに会わせたとして、実は危害を加えようとしている可能性もある。ゼロという異質な存在も、却ってマイナスに働いてしまった。交渉は決裂した……

 

『済まねえ……ユーノ、なのは……役に立てなく て……』

 

 ゼロは肩を落として2人に謝るしか無い。なのはは首を振り、

 

「いえ……ウルトラマンさんは一生懸命がんばってくれました、気にしないで下さい」

 

 小学生に慰められるウルトラマンの図であった。フェイトとアルフは、しょんぼりと肩を落とすゼロの姿に、何故か知り合いの好意を踏みにじってしまったような思いに駆られた。

 

 どうも何処かで会った気がする2人だったが、気のせいだと思う事にする。宇宙人の知り合いなど居ない。

 声が似ていて、ラーメンを奢ってくれた少年と名前が同じだとは思ったが、流石に同一人物などとは思いもよらない。

 

「フェイトちゃん!」

 

 そこでなのはが一歩前に踏み出した。レイジングハートを手に、フェイトをしっかりと見据え、

 

「私もウルトラマンさんと同じ、フェイトちゃんとお話したいだけなんだけど……」

 

 フェイトは無表情を保ったまま応えない。やはり聞く気は無いのだ。なのはは改めて決心した。言葉だけでは足りないのならば、

 

「私が勝ったら、只の甘ったれた子じゃ無いって判ってくれたら……私とお話してくれる……?」

 

 何ともシンプルで少年漫画的な提案であった。フェイトもその方が分かり易い。キッと表情を険しくすると、それが合図だったかのように2人は同時に空に舞い上がり海上に移動す る。

 

 ゼロら3人もこれは2人だけの勝負だと察し、手を出さず見守る。ある意味人間同士の争いでしか無いこの状況では、ゼロにはどうする事も出来ない。

 

 しかしなのはの気持ちは判る。彼女はフェイトに認めて欲しいのだろう。その為に互角に戦える事を見せたいのかもしれない。

 

 何とも不器用な考えかもしれないが、そう言うのはゼロも嫌いでは無い……と言うより、彼もそのタイプである。

 ならばいっそ、とことんやり合うのもいいだ ろう。言葉が駄目なら拳で語り合え! と師匠の『ウルトラマンレオ』なら言うであろう。

 

(俺らしくもねえ……あの2人が争うのを見たくなくて、らしくも無い事をしちまったな……)

 

 内心で苦笑いする。一方フェイトは沖合いに向かって飛びつつ、アルフにこれからの事を念話で伝えていた。

 

《……アルフ……此処で決着を着けるよ……あの赤と青の人も気になるから、私があの子を倒したら隙を見て『ジュエルシード』を取って直ぐに撤退しよう……》

 

《判ったよフェイト、任しといて!》

 

 アルフは何時でも飛び出せるように四肢の力を抜く。素早く反応出来るようにだ。そして海上上空でフェイトとなのはの戦いが始まった。

 

 バルデイッシュとレイジングハートがぶつかり合って火花を散らす。

 何合目かの打ち合いの後、接近戦では不利だと一旦距離を取ったなのはは、砲撃魔法『ディ バインシューター』を放つ。追尾性能を持つ桜 色の多重魔力弾5発がフェイトを襲う。

 フェイトも負けじと電光の槍を何本も作り出し、同時に発射する『フォトンランサー・マルチショット』で魔力弾を迎撃する。2人の周囲は派手な魔法爆発に埋め尽くされた。

 

 ゼロは初めて見る魔導師同士の戦闘を興味深く観察する。最初は攻撃が当たったら怪我をしたり死んだりするのかと思っていたが、『非殺傷設定』と言うリミッターが互いのデバイスに掛けられているそうだ。

 

 非殺傷設定が掛かっていれば、攻撃が当たっても魔力ダメージで動けなくなるだけと聞いているので、その辺は安心して見ていられる。それでも一歩間違えれば終わりの真剣勝負なのは変わらない。

 

 2人の魔法少女の激闘は続く。なのはの砲撃魔法を、フェイトはバルデイッシュで次々と切り裂いて接近戦に持ち込もうとするが、近付かれたら不利だと判っているなのはは弾幕を張って接近を阻む。

 

 ゼロはなのはの奮闘を見て思う。魔法を覚えて間も無いのに、これ程戦えるなのはは天才と言うヤツであろう。戦闘センスも非凡なものがある。

 

「あっ!?」

 

 互角の戦いを繰り広げていたなのはは、何時の間にか金色の光のリングに拘束されてしまっていた。捕縛魔法バインドに捕らえられてしまったのだ。

 フェイトは戦いながら設置型のバインドを仕掛けて置いていたのである。

 その隙にフェイトは、最大の攻撃魔法の為の呪文の詠唱を完了する。彼女の周りに無数の魔力スフィア発射台が出現した。

 

「『フォトンランサー・ファランクスシフト』 撃ち砕けぇっ、fire!」

 

 フェイトの叫びと共に、計1064発に及ぶ電光の槍の一斉射撃が動けないなのはに襲い掛かっ た。

 

「なのはぁぁぁっ!!」

 

 ユーノの叫び声が響く。豪雨の如く次々に降り注ぐ金色の槍。凄まじい爆発を起こし、なのははもうもうと立ち込める爆煙の中に消えた。

 

『まだだ!』

 

 思わず2本の脚で立ち上がり固まるユーノに、ゼロは首を振って見せる。魔法爆発の煙の中から、なのはが姿を現した。バリアジャケットはあちこち破れているが無事なようだ。

 

 レイジングハートを構え、既に砲撃態勢に入っている。なのはは自分がフェイトに比べ、経験やほとんどの能力が劣っているのは判っている。

 唯一勝っているのは防御と火力。今の自分の勝機はフェイトの攻撃を耐え凌ぎ、隙を突いて砲撃魔法を叩き込むしか無い。

 

「ディバイン、バスタァァッ!」

 

 なのはは砲撃を発射した。不意を突かれたフェイトだが、咄嗟に強固な魔法障壁を張り、猛烈な桜色の光の猛攻に耐える。しかしなのはの砲撃魔法は凄まじい。防御しても抉られるようだった。

 

《行けるよ、なのはっ!》

 

 ユーノは歓声を上げ、アルフは息を呑んだ。

 

(フェイトが撃ち合いで押されてる? あの子何て馬鹿魔力だい!)

 

 なのはは間髪入れず、フェイトに向けてバインドを仕掛けようとする。このコンボはフェイ トに勝つ為に練習を繰り返して来たのだ。

 これで動きを止め自身最大の切り札、周囲の残存魔力をかき集めて一度に放つ『スターライト・ブレイカー』を撃ち込む。それが唯一の勝機であった。

 

『やはり……なのはには経験が足りないか……』

 

 ゼロの呟きにアルフとユーノが振り向くと、

 

「あれっ?」

 

 なのは思わず声を洩らした。バインドを掛けた筈のフェイトの姿が見当たらない。慌てて辺りをサーチすると、高速で背後から接近する影を捉えた。フェイトである。

 

「しまった! 煙を利用して!?」

 

 裏を掛かれなのはは発射態勢を止めるしか無 い。フェイトは砲撃戦でまともにぶつかり合うのは不利と悟り、自身の最大スピードでバインドを掛けられる寸前に離脱、魔力爆発の残煙を利用して死角に回ったのだ。

 この後色々な事で追い込まれ、ギリギリの時のフェイトであったなら判断ミスで砲撃を食らい敗北していたかもしれないが、今の彼女に死角は無かった。

 

 しかしなのはは諦めない。背後から襲い掛かるフェイトに振り向いて、レイジングハートを向ける。フェイトはバルデイッシュを振り上げた。

 この一撃で勝負は決まるだろう。2人のデバイスが激突ようとしたその時、

 

「ストップだ!」

 

 打ち合わされる寸前で、バルデイッシュとレイ ジングハートは、突如現れた黒衣の少年に掴まれていた。少年は厳しい目でフェイト達を見据え、

 

「此処での戦闘は危険過ぎる! 『時空管理局執務官・クロノ・ハラオウン』詳しく話を聴かせて貰おう!」

 

 ゼロもアルフもユーノもポカンとして少年クロノを見上げた。確かに2人の戦いに気を取られ、クロノの転移に気付くのが遅れたが、あんまりにもあんまりなタイミングで出て来たクロノに茫然としてしまった。

 

 ゼロは最近読んだ漫画で言え ば、悟〇とフ〇ーザ、ジョ〇ョとデ〇オ、ケン〇ロウとラ〇ウの宿命の対決のラストに、誰かが割り込んで来るようなものだと思った。シグナムなら無粋の極み! とキレそうである。ゼロは思わず、

 

「お前! 後1秒待ってくれたっていいじゃねえかあ!? そうすりゃあ決着が着いたのによおっ!!」

 

 魂の叫びである。クロノは何かひんしゅくを買っているような気がしたが、

 

「何を言ってるんだ……? 危険物の前で大暴れしてる連中が居たら普通は止めるものだ……」

 

『あ……いけねえ、忘れてた……』

 

 ゼロはクロノの最もな意見に『ジュエル シード』の危険性を、勝負の行方に集中する余りすっかり忘れていた事に気付いた。この辺はまだ甘い。

 

 そんなやり取りの中、フェイトは咄嗟に動いた。浮いている『ジュエルシード』を取ろうと飛び出す。しかしクロノは見逃さなかった。その背に向け容赦なく砲撃魔法を発射する。

 

「う……っ!」

 

 腕に被弾しフェイトは地上に落下して行く。 あれだけの腕を持つ彼女をあしらうクロノと言う少年は、並々ならぬ実力を持っているようだ。

 

「フェイトォォッ!」

 

 アルフは狼の瞬発力で疾風の如く駆け出し、 落下して来るフェイトを背中で受け止めた。そのまま逃げようとした彼女達の前に、降下して来たクロノが立ち塞がる。

 止めとばかりに杖型のデバイスを2人に向けようとすると、杖の先端を青い手がガッチリと掴んでいた。

 

『おい……かんりきょくとやらが何かは知らねえが……そこまでにしとけ……』

 

 ゼロは目を光らせ威嚇するように警告する。 この状況では正直クロノの方が怪しい。時空管理局など聞いた事も無い。 なのはもそう思ったのか、フェイト達を庇って両手を広げている。

 

 クロノの注意が逸れた隙にアルフは転移魔法を使い、フェイトと共に脱出に成功した。

 それを見届けたゼロは掴んでいたデバイスを放すが、クロノは警戒して、素早く後方に跳んで距離を取る。

 

「君は何者だ!? その姿はバリアジャケットか? いや……魔力反応は無いようだが……?」

 

 なのはとユーノはともかく、ゼロはあまりにも怪しすぎる。訝しむクロノにゼロは堂々と名乗った。

 

『俺はウルトラマンゼロ! M78星雲から来た宇宙人だ!!』

 

「う……宇宙人んん……?」

 

 クロノのは顔をしかめた。一瞬からかわれているのかと思ってしまう。その隙にゼロはユー ノにテレパシーで聞いてみる。

 

《おいユーノ、コイツお前の来た世界と同じ所から来た奴か? 痔食憂燗痢曲って何だ……?》

 

《そうです……え~とですね……次元世界間に干渉するような出来事や魔法のリスクを管理する、この世界で言うと警察みたいなものです》

 

《げっ! 警察かよ!?》

 

 ユーノの説明に、思いっきり違う漢字を当てたゼロは少々引いた。一度逮捕された事のある彼にとっては、あまり関わり合いになりたくない。それにユーノの説明だけでは判断の仕様がない。

 

 健全な組織でも、不用意に接触すべきでは無いだろう。守護騎士達の件もある。4人が管理局に手配されている可能性もあった。

 

 ゼロはクロノと対峙しながら気付かれないように、なのはとユーノの念話回線にテレパシー で語り掛ける。

 

《俺は色々有るから引き上げるが、お前らはどうする?》

 

《ちゃんとした所ですから、僕は行って事情を話して来ます》

 

《私もユーノ君と一緒に行ってみます……》

 

 2人共行くつもりのようだ。やましい所が無いので協力を仰ぐのだろう。

 

《そうか……判った。怪しまれるようなら、俺の事は好きに喋っても構わねえぞ?》

 

 尤も2人はゼロの事をほとんど知らないが、その強力な戦闘力は見ている。あまり話して欲しくは無いが、ユーノ達が疑われるようなら仕方無いと思っていると、

 

《偶然出会って少し手伝って貰った……どんな力を持っているかも知らないと言う事ですね?》

 

《私達もウルトラマンさんの事は良く知らないから、話しようが無いんです》

 

 ユーノもなのはも、ゼロの強大な力の事は知られない方が良いと判っていた。2人の気遣いにゼロは感謝する。

 

《ありがとよ、なのは、ユーノ、俺も陰で動いてみるつもりだ。また会う事も有るかもな…… 元気でな》

 

《こっちこそ……色々ありがとうございました……》

 

 なのはとユーノは同時にお礼を言った。最後にふとゼロはなのはに、

 

《フェイトと、仲良くなれたらいいな……?》

 

 彼女はハッとした。そうなのだ。自分はフェイトと話がしたい。仲良くなりたい。そして……

 

「はいっ!」

 

 なのはは思わず声に出して返事をしていた。 流石にクロノも気付き、

 

「君達何をしてるんだ? まずは3人共『アー スラ』まで来て貰おうか?」

 

 このままでは、事情聴取とやらを受ける羽目になりそうだ。そんなクロノに対しゼロは、片手を挙げて見せ、

 

『悪いな管理局……今日は観たい番組があるんで帰らせて貰うぜ? 用事なら衛星軌道上の宇宙船まで頼む』

 

 また適当な事を、若干カッコ付けて言ってこの場から去ろうとするが、クロノはデバイスを構える。逃がさないつもりのようだ。

 

「事情の説明と、君が何者なのか確かめるまで逃がす訳には行かない!」

 

 警告した瞬間、ゼロの姿は掻き消すように消えてしまった。テレポートである。クロノは辺りをサーチするが全く反応は無い。転移魔法の類いなどでは無いなと推察する。

 

「エイミィ、そっちで追跡出来ないか!?」

 

アースラに連絡を取るが返って来たのは、

 

《ごめんクロノ君……センサーにまったく反応無し、消えちゃったよ……魔力反応0、転移魔法じゃ無い……》

 

「そうか……判った、ありがとう……」

 

 案の定であった。通信を切ったクロノは、ゼロが消えたとおぼしき方向を見て、

 

(一体……何者なんだ……? 本当に宇宙人だって言うのか……?)

 

 管理世界に異星人は存在しない。その代わりのように、異なる次元世界の人間が多数存在する。本当なら彼は次元世界の者では無い事になる。

 色々な考えが頭を巡るが、今は他にやる事がある。クロノはなのは達の方へ歩き出した。2人に聴きたい事は山ほどある……

 

 

 

 

 

 

「管理局が現れたか……」

 

 ゼロから話を聞いたシグナムは、堅い響きの声で呟いた。 八神家に帰ったゼロは、リビングに集まった 皆に今日の出来事を話している所である。管理局の件を聞いた守護騎士達はざわめいた。

 

「後を着けられてはいないたろうな……?」

 

 シグナムは用心深く確認する。ゼロははやてに作って貰ったホットミルクを啜りながら、

 

「そんなヘマはしねえよ、念の為直接此処には跳ばねえで、あちこち遠回りして確認してから帰ったからな」

 

 それに対しシャマルが追加で説明した。

 

「シグナム大丈夫よ追跡されてないわ、それにゼロ君を捜すのは不可能よ。魔力を全く持ってないし、エネルギー反応も完全に遮蔽出来るから、捜しようが無いわ」

 

 シャマルは直接の戦闘能力こそあまり高くないが、後方支援の能力に優れその広域探査能力は随一だ。その彼女の太鼓判があれば安心である。

 

 ゼロの方の心配が無くなった所で、今度は 『闇の書』の現マスターであるはやてと、守護騎士の皆が気になった。

 記憶を見ていたので判るが、案の定皆は管理局に手配されているようだ。歴代のマスター達が『蒐集』の為、人を襲わせていたので管理局と戦った事もある。

 

 当然現マスターであるはやても手配される事になるらしい。何もしていないにも関わらずにだ。 見付からないのか? と言うゼロの素朴な疑問にシグナムは、安心させるように不敵に微笑し、

 

「我らは強力な結界魔法を持っている……普通にしていれば感知される事は無い。主はやてに至っては魔法資質のほとんどが『闇の書』の中だ……詳しく検査でもされない限り見付かる事は無い……」

 

「そうか……」

 

 それを聞いてゼロは安心して息を吐いた。はやては感心して膝の上の『闇の書』を撫でている。どうやら此処が見付かる心配は無いようだ。

 しかしこっちが大丈夫でも、もう1つの方はそうも行かない。ゼロははやてを見ると、話し合いの顛末を告げた。

 

「……と言う訳だ……はやて結局話し合いは見事に失敗しちまったよ……」

 

 力無く肩を落とすゼロに、はやては微笑んで、

 

「しゃあないよ……フェイトちゃん達にも事情があったんやろうし……でも絶体無駄や無かったと思うで?」

 

「だったらいいんだが……」

 

 それでも納得行かないゼロが、もっと上手く出来たのではと唸っていると、ヴィータがのろいウサギを抱えながら、

 

「まっ、ゼロに話し合いなんて無理があんだろ? 慣れない事すっからだ」

 

 意地の悪い笑顔を向けて来るが、彼女なりに慰めているらしい。

 

「うるせえ~、放っとけ」

 

 ゼロもそれを判って苦笑して返した。はやてもその様子を見て笑うが、ふと遠い目をしてポツリと、

 

「……フェイトちゃん達……これからどないするんやろうな……?」

 

 フェイト達にとっては新たな敵が増えた事になる。シグナムは改まった表情をし、

 

「管理局が相手では、今までのようには行かないでしょうね……その2人にとって厳しい状況になりますが……」

 

「諦めたりはしないんやろな……」

 

 悲しげに視線を落とすはやてに、シグナムは頷いた。

 

「そうですね……話を聞く限り並の覚悟では無いようですし……まず諦めないでしょう……」

 

 事態は大きく変わったのだ。これからは管理局が組織だって『ジュエルシード』の探索を始めるだろう。 それでもフェイト達が、管理局を相手にしてまでも探索を続けるのはゼロにも予想出来た。

 

(フェイト、アルフどうするんだ……? このままだと、追い詰められて自滅するだけじゃねえのか……?)

 

 ゼロはこの世界の何処かに居る筈の2人に、 心の中で問うしかなかった……

 

 

 

*********

 

 

 

 フェイトとアルフは辛うじて拠点にしているマンションに辿り着いていた。 暗い部屋の室内で、フェイトはソファーに倒れ込む。なのはとの戦闘で消耗したのに加え、クロノに負わされた傷もある。

 

 手当てを受けたフェイトはグッタリとしていた。そんな主を心配して見守っていたアルフだったが、とうとう我慢出来ずに思っていた事を口に出した。

 

「駄目だよ……時空管理局まで出て来たんじゃ、もうどうにもならないよ……逃げようよ、2人でどっかにさ」

 

 実際状況はとても悪い。アルフはこれ以上フェイトに危険な目に遭って欲しく無かった。このままでは取り返しが付かない事が彼女の身に降り掛かってしまう。

 

「……それは……駄目だよ……」

 

 フェイトは辛そうに体を起こしながらも、 ハッキリと拒否した。だがアルフも引き下がれない。

 

「だって雑魚クラスならともかく、アイツ一流の魔導師だ、本気で捜査されたら此処だって何時までバレずに居られるか……だからさ」

 

 そこまで言い掛けた時だった。急に部屋の温度が上がった気がする。気のせいでは無かった。まるで室内に不意に燃え盛る炎が出現したかのようだった。

 

「滅多ナ事ヲ言ッテ、主ヲ惑ワスノハ止メタラドウダ……?」

 

 ぐもったような不気味な声が暗がりから響く。フェイトとアルフは驚いた。全く気配を感じなかったのだ。

 2人は侵入者に身構える。夜目が利くアルフの眼に、全身をスッポリとした服で覆いフード を被って顔を隠した、得体の知れない人物が立っているのが見えた。

 

「誰だ!? 管理局か!!」

 

 怒りに唸りを上げるアルフの問いに、フードの人物は気味の悪い忍び嗤いをし、

 

「慌テルナ……俺ハ、プレシア様ノ使イダ……」

 

 厭(いや)な声で答える。しかし不気味な声だった。まるで人では無いものが無理に人語を話しているかのようなおぞましさ。

 それにこいつが現れてから異様に部屋が暑い。それは気になったが、アルフはまず怪人物の答えに驚いて、

 

「何だって? アンタみたいなの見た事も無いよ!」

 

 不信感を顕にするが、プレシアの名を知っているのは確かに関係者だけである。フードの人物はフェイト達を見ると、先程の忍び嗤いより更におぞましい嗤い声を発し、

 

「ゲヒャヒャヒャ……知ラナイノモ無理ハナイ……何シロツイ最近、生マレ変ワッタバカリダカラナ……」

 

 謎の言葉を吐いた。2人にはフードの人物が何を言っているのか解らない。

 プレシアの新しい使い魔なのだろうか? とは思ったが、それにしてはあまりに異質なものを感じた。フードの人物はフェイト達の戸惑いを他所に、

 

「プレシア様ノ伝言を伝エニ来タ……今カラ10日以内に、少ナクトモ後8個ハ『ジュエルシー ド』ヲ集メロトノ事だ……』

 

「何だって! そんな無茶だよ、管理局だって居るのにさ……それにこの間は急がなくて良いって言ってたじゃないか!!」

 

 言葉で噛み付くアルフだったが、フードの人物は人間では有り得ない程の丸い大きな眼を赤く光らせ、

 

「プレシア様ノオ考エダ……オ前達は言ウ通リニシテイレバイイ……ソレダケダ……」

 

 そう言い残すとフードの人物は、何時の間にか姿を消していた。現れた時と同じく全く気配を感じられない。部屋の温度も下がって行く。

 フェイトとアルフは何とも不吉なものを感じる。2人の前に暗雲が拡がって行くようだった……

 

「……後……10日……」

 

 フェイトは暗い顔で呟いた……

 

 

 

つづく

 

 

 




次回『津波怪獣の恐怖・海鳴市大ピンチや(前編)』


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第14話 津波怪獣の恐怖・海鳴市大ピンチや(前編)



この辺りは東日本大震災より前に書いたものです。展開上差し替えられないのと、災害で人が亡くなるような話では無い事、物語の中で位ウルトラマンが災害から人を救ってもいいのではと思い投稿します。

津波のシーンがありますので不快に感じられる方は、見ない事をお勧めします。被災県民として震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。



 

 

 次元の海に『時空管理局』所属の次元航行船 『アースラ』が待機していた。

 アースラのミーティングルームで、エイミィからの現状報告を、リンディ提督、クロノ執務官、それになのはと見た事が無い少年4人で聞いている所であった。

 見知らぬ少年の正体はユーノである。こちらが本当の姿だった訳だ。なのはと同い年程の亜麻色の髪をした少年である。

 この姿の件でなのはとは色々と行き違いがあり、一悶着あったようだ。なのははユーノの事を喋るフェレットだと思っていたのである。

 

 なのはだが、アースラに来て色々と話を聞き、この件から手を引くように諭された。

 しかしここで辞める事を良しとせず頼み込んで、民間協力者と言う形でアースラに乗り込む事となった。ユーノも同様である。

 

 なのはは魔法関係は伏せた上でリンディに両親を説得して貰い、学校には長期休みの届け出を出して家を出て来たのだ。

 中途半端はしない。フェイトともう一度会って話をしたい。覚悟を決めての乗船であった。

 

 リンディには、戦力になるからそれを条件に乗せてくれと頼み込んだのである。何が起こるか分からない『ロストロギア』関連の事件。確かに少しでも戦力は欲しい所だが、危険は当然ある。

 

 リンディはその辺りも詳しく説明したが、なのは達の決意は変わらなかった。リンディは決意の程と、なのは達の戦力を鑑み、冷徹な計算の元乗船を許可した。

 何しろなのはは、魔力だけなら一流の魔導師であるクロノを上回る程の才能を持っている。思わぬ掘り出し物であった。

 切り札のクロノを温存させる為のアタッカーの役目を、なのは達は自ら買って出たのである。

 リンディは2人を1人前として扱った。実力さえ有れば出自も年齢も性別も問わない組織のようだ。それだけ人手不足なのかもしれないが……

 

 そして今アースラは、武装局員総出で『ジュエルシード』探索にあたっていた。

 しかしフェイト達が暗躍、クロノやなのは達が居ない時を見計らって局員達を襲撃し2個の『ジュエル シード』を奪い去って行った。

 これで21個あった『ジュエルシード』は残り 8個。ブリッジにて結果報告を受けたリンディは、難しい顔をしてエイミィに尋ねる。

 

「あの子達を何とか捜せないの?」

 

「それが……余程高性能なジャマー結界を使っているらしく、今の所は無理です……」

 

 エイミィは申し訳無さそうに現状を報告する。相手 はかなりの技術力を持っているようだ。やはりあの子達を操っている黒幕がいると、リンディは推察する。

 

 それとゼロの件だが、なのは達は何も解らない。突然現れて助けてくれた。何処の誰なのかも知らないとしか話しておらず、巨大化も凄まじい戦闘能力の事もリンディ達は知らない。

 

 聞いていれば計測された測定不能のエネルギーの主がゼロだと推測出来ていただろう。

 話を聞く限り敵対する意思も無さそうな上、 魔力も無いので危険度は少なく管轄外と判断され、フェイト達『ジュエルシード』の件が優先される事となった。

 直接会ったクロノは気になるようだが、ゼロは結局お邪魔虫の何だか変な奴扱いとなったのである。(涙)

 

 そして現在、ある程度フェイト達の身元調査が進む中、1つの名前が浮上して来た。

 

「プレシアさん……?」

 

 首を傾げるなのはにクロノが説明してくれた。大分前の事らしいが、第1管理世界『ミッドチルダ』中央都市で魔法実験中に大きな事故を起こし、追放された大魔導師。

 フェイトのファミリーネームが同じ事から、関係者の可能性がある。尤も偽名を使っていなければの話だが。

 

「捕まえてみれば分かるさ……次は逃がさない!」

 

 クロノは拳を握り締めた。裏を掛かれた形になり闘志を燃やしているようだ。

 

「……プレシア……さん……」

 

 なのははその名をポツリと呟いた……

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 フェイト達は追い詰められていた。突如プレシアから突き付けられた期限は迫って来る。焦る2人だったが、管理局の目を盗んでの探索の結果ははかばかしくない。

 今日も辛うじて追跡を逃れたフェイトとアルフは、人気の無い沼地に降り立ったていた。狼姿のアルフは一息吐き、

 

「やっぱり向こうに見付からないように、隠れて探すのは、中々難しいよ……」

 

 弱音を口に出してしまう。まともにクロノ達とぶつかっては不利だ。今までは何とか裏を掛けたが、そう同じ手は通用しないだろう。 しかしフェイトは腕の傷に巻いていた包帯を解きながら、

 

「……うん……でも、もう少し頑張ろう……」

 

 引く気は無かった。今の彼女には母プレシアの願いを叶える事が全てだ。そうすれば元の優しい母に戻ってくれると信じた。

 自分が事故に巻き込まれて以来、様々な不幸に見舞われて、別人のようになってしまった母の笑顔を取り戻す。その為ならどんな事もいとわない。

 

 時間は迫って来る。何事かを決意したその瞳には、悲壮感すら漂っていた……

 

 

 

 

********************* *****

 

 

 

 

 フェイトとなのはとの戦いから1週間が過ぎていた。守護騎士達はすっかり今の生活に馴染んで来ている。

 最初は先輩ぶって、皆に色々教えようとしたゼロだが、様々な世界を渡り歩いて来たシグナム達は世知に長けており、逆に常識の無さを指摘されてしまう始末である。人知れず落ち込むウルトラマンゼロであった。

 

 そんな中やはりフェイト達が気になるゼロは、シャマルに頼み込みそれらしき魔法反応を探って貰っていた。

 しかし彼女達らしき反応は、現れては直ぐに逃げ去るという行動を繰り返していて、行き先を追いきれない。

 ゼロとしてはフェイトの母親に無理にでも会って、直談判するつもりだ。場合によっては腕ずくも辞さないつもりである。だが中々スムーズには行かない。

 

「上手く行かねえもんだな……」

 

 洗濯物を持って庭に出たゼロはため息を吐い た。どうしたものかと色々考えながら洗濯物を干し終え、皆が居るリビングに向かう。

 

 取り合えず今はヴィータに、あれ程言っておいたにも関わらず、色物を他の洗濯物と一緒に入れるなと所帯染みた注意をしなければ。今出来るのは残念ながらそれくらいである。

 

「ん……?」

 

 ゼロがリビングに足を踏み入れると、ヴォルケンリッター全員が一斉に立ち上がっていた。 はやては皆の急変にポカンとしている。只事では無い雰囲気だ。

 

「どうした!?」

 

 ゼロが問い掛けると、シャマルが深刻な顔を向け、

 

「誰かが大掛かりな魔法を使っているわ。多分フェイトちゃん達ね……」

 

「フェイト達が? そんな事したら管理局に直ぐ見付かっちまうんじゃねえのか!?」

 

 シャマルの説明にゼロは疑問を浮かべた。今まで管理局の目を盗んで動いていた筈のフェイト達が、ここに来て何故こんな派手な真似を? 頭を捻っていると、

 

「何……? この反応は……?」

 

「シャマル何が有った!?」

 

 訝し気な声を洩らすシャマルに、シグナムが問う。広域探査が得意な彼女のみに判る反応だ。 湖の騎士はサーチを行いながら、

 

「フェイトちゃん達が居る辺りに『ジュエルシード』らしき反応が6つ有るんだけど……其処に近付いて行くもう1つの『ジュエルシー ド』の反応が有るの……これって……?」

 

「『ジュエルシード』が近付いて来るだ と!?」

 

 ゼロは思わず叫んでいた。『ジュエルシー ド』が単体で動く訳が無い。何かに取り憑いたとしても、お互い引き合い集まろとする事など無かった筈だ。

 直感する。恐らく 『グリーンモンス』をけしかけて来た奴の仕業だと。

 

「はやて、多分例の野郎だ。また何か仕掛けて来たらしい!」

 

 はやても同じ事を思いコクリと頷いた。『グリーンモンス』を仕掛けて来た相手が、愉快犯と推測したのは彼女である。はやては嫌な予感が蘇るのを感じた。

 

「みんな! 何が起こるか分からねえ、はやての事を頼む! 敵は『ジュエルシード』を取り込んだ怪獣だろう、ぶっ倒して来る!!」

 

 ゼロは言うが早いが玄関に向かって駆け出した。はやては酷く悪い予感がする。1人で行かせてはならないような気がした。しかしそれは漠然としたものだったので、声を掛けようか迷っていると、

 

「主はやて、私が着いて行きましょう……皆、 主を頼む……」

 

 シグナムははやて達に声を掛けると、直ぐにゼロの後を追った。リビングを出る前に、はやてに向かって小さく頷いて見せる。小さなマスターの不安を察してくれたのだ。はやては感謝を込めて頷き返し、

 

「2人共気い付けてなあっ、いってらっしゃ い」

 

 手を振って2人を送り出した。

 

 ゼロは玄関で靴を履くと直ぐ様『ウルトラゼロアイ』を装着し、ウルトラマン形態になる。 追って来たシグナムは妙に思い、

 

「此処で変身して行くのか……?」

 

『ああ、一旦テレポートで手前まで跳ぶ、その方がいいだろう? 魔法じゃねえから管理局にも探知されねえ……しかしシグナム……』

 

 ゼロは困ったように頬を掻き、靴を履いているシグナムを見た。

 

『別に着いて来る必要はねえぞ……?』

 

「主が心配しておられる……それに魔法関連はゼロにはまだ良く解らんだろう……? 私が行く方が合理的だ」

 

『判ったよ……』

 

 シグナムの最もな意見に、ゼロは渋々ながらも承知した。

 

『それじゃあ……』

 

 ゼロはおもむろに両手を広げると、シグナムをしっかりと抱き締めた。遠慮なしの見事なハグである。予想外の出来事に烈火の将は仰天してしまい、

 

「なななな何をするっ!?」

 

『何って、こうしねえと跳べねえだろ? オラ行くぞ!』

 

 普段のクールさに似合わず、あたふたするシグナムを怪訝そうに見るゼロだが、構わず彼女を抱き締めたままテレポートを敢行する。その瞬間2人は玄関から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 雷雲渦巻く海鳴市沖合いの上空に、金色の巨大な魔方陣が浮かんでいた。 直径が数百メートルにも及ぶ巨大なものだ。フェイトが作り出した雷の魔方陣。

 

 彼女は魔方陣の上に浮かび、目を閉じて作業に集中しているようだ。アルフは少し離れた位置で狼の姿を取り、フェイトのサポートに努めている。

 

 雷鳴轟く人気の絶えた海辺の防波堤。その近くに、ゼロとシグナムはテレポートアウトしていた。

 直ぐに油断なく辺りを見回すゼロだが、ふと腕の中でシグナムがカチカチに固まっているのに気付いた。力を入れ過ぎたかと思い、慌てて彼女を離す。

 

『シグナム苦しかったのか……? 悪い……』

 

 声を掛けると、固まっていたシグナムはようやく復活し口をパクパクさせ、

 

「いっ、いくら跳ぶ為とは言え……こっ、断りも無しに……!」

 

 顔を真っ赤にしてぶつぶつ抗議する。真面目なのと男前な質に腕っぷし故、永い事生きて来ても異性に抱き締められた事など皆無だったらしい。そんな事は知るよしも無いゼロは、

 

(何を今更……前に巨大化して、全員まとめて抱き締めたじゃねえか?)

 

 的外れな事を思ったが、今は状況を確認するのが先決と抗議を無視して、数十キロまで見通す視力で沖合いをサーチする。

 恨みがましい目でゼロを見るシグナムも気を取り直し、探査魔法でフェイト達の様子を探った。

 

 ゼロの眼に見えるのは、巨大な魔方陣とフェイト達。魔方陣から雷が海に撃ち込まれているのが確認出来るが……

 

『……何をしてるんだ……?』

 

 魔法を知って間もないゼロには、やはり良く解らない。シグナムが説明してくれる。

 

「ああやって、魔法雷を撃ち込んで『ジュエルシード』の位置を確認しようとしているのだろう……手っ取り早くはある。だが……」

 

 そこでシグナムは一旦言葉を切る。海上では青い6つの光が、海中からゆっくりと浮かんで来ていた。

 

『何かヤバイのか?』

 

 ゼロの質問にシグナムは、海上を険しい表情で見詰め、

 

「これだけの大規模魔法だ……術者の負担も相当なものになる……更に『ジュエルシード』は6個……これだけの大規模魔法に同時封印……個人の出せる魔力の限界を超えている……このままだと自滅するぞ」

 

『何だと!?』

 

 焦るゼロ。かと言って魔力の無い自分にはどうしようも無い。すると抑え切れなかった 『ジュエルシード』が暴走を始めていた。海水の竜巻が巻き起こり荒れ狂っている。このままではフェイト達が危ない。

 

 せめて暴走体を止めようとゼロが飛び出そうとした時、シグナムが何かに気付き海上を指差した。

 

「見ろゼロ! 誰か現れたようだ」

 

 指した方向を見ると、小さな人影が2つ、フェイト達の方に飛んで行くのが確認出来た。

 

『なのは達か!?』

 

 ゼロの眼になのはと少年の姿が映る。片方の亜麻色の髪の少年には見覚えが無い。それはフェイト達を助ける為に、アースラを飛び出して来たなのはとユーノであった。

 アースラ側でもフェイト達の動きは掴んでおり、彼女達が自滅するまで待つ作戦だったのだが、見ていられなくなった2人は命令を無視して飛び出して来たのである。

 フェイト達の元に辿り着いたなのは達は、何やら話しているようだった。

 しばらくそうしていたが、4人は協力して暴走体を防ぎ『ジュエルシード』の封印を始めた。その様子を見てシグナムは不思議そうに、

 

「あの子達は何故、敵対する相手の手助けをしているのだ……? 状況から考えても管理局に協力している筈だが……」

 

『……見てられなかったんだろう……そういう子達だ……』

 

 ゼロは協力し合う4人を見て嬉しそうに頷いた。このまま仲良くなってくれたら、言う事は無いのだがと思う。

 

 そうしている内に雷が止んで来た。『ジュエルシード』の青い輝きも納まっている。どうやら無事封印作業は完了したらしい。 しかしゼロは気を抜かない。彼に取っては、これからが本番なのだ。

 

 ゼロが海上を睨み付けると同時だった。フェイト達が浮かんでいる場所より、更に沖合いの海面が山のように盛り上がった。

 海水の山を突き破るように、巨大な角と頭が出現する。爬虫類を思わせる、恐ろしく巨大な怪物だ。

 滝の如く海水を滴らせ、鼻先の巨大な1本角を震わせて吠えた。獣の唸り声を数十倍にしたような大音量が海に響き渡る。

 

 心の整理を付け、フェイトに話し掛けようとしていたなのはは驚いて声も出ない。フェイト達も予想外の出来事に肝を潰した。それほどの怪物だった。

 

 海面に出ているのは肩程までにも関わらず、それだけで優に40メートルは有りそうだ。全長は恐らく100メートルを軽く超えている。海岸に居るシグナムの目にも確認出来る程の巨大な怪物だ。

 

「あれが……怪獣か……?」

 

 シグナムが容易ならざるものを察して思わず身構えると、ゼロの緊迫した声が耳に入って来た。

 

『アイツはヤバイ……!』

 

 シグナムはその声の響きに只ならぬものを感た。隣のゼロを見ると、彼はひどく焦った様で彼女を見返し、

 

『みんなに連絡してくれ! 何か有ったら直ぐにはやてを連れて、逃げられる用意をしとけってな!』

 

「それ程の敵なのか……?」

 

 シグナムにはそれ程の事態とは思えない。確かにかなりの相手なのは察する事が出来た。普通の怪獣ならば彼女の疑問は正しい。

 八神家から此処まで相当な距離がある。そこまで緊 迫した状況には思えないだろう。だがゼロは怪獣を睨み付けると、

 

『強いのも有るが、能力がヤバイんだ……奴の名は『シーゴラス』自然現象をも操る怪獣だ……』

 

 『津波怪獣シーゴラス』最初の個体は東京湾に現れ、つがいである『シーモンス』と共に 『ウルトラマンジャック』と戦った。その際2 匹の合体攻撃で、ウルトラマンを敗北寸前まで追い込んだ事もある。

 

 そしてシーゴラスの能力は海流を自在に操り、東京を全滅させる程の局地的大津波を起こす事。

 

「大都市を壊滅させる程の津波を起こすだと……?」

 

 流石のシグナムも顔色を失う。更にはシーゴラスは『ジュエルシード』を取り込んでいる。元の大きさの倍以上の身体もその影響だろう。パワーアップしているのだ。

 当然能力も比例するだろう。いったいどれ程の津波を起こせるの か……

 

 シーゴラスは天を仰いで大きく吠えた。巨大な1本角が、海を揺るがす程激しく放電を起こす。力を使う時に見られる現象だ。

 それに誘導され周囲の海が嵐のように激しくうねり出し、あっという間に潮が引いて行く。次の瞬間、爆発的に数百メートルにも及ぶ壁のような津波が一斉に発生した。

 フェイト、なのは達は慌てて更に上空に退避し、シグナムも剣型アームドデバイス『レヴァンティン』を起動させ、何時でも転移出来るように準備を整える。

 

『シグナム、お前は家に戻ってろ!』

 

 ゼロはそう言い残すと、一直線に海目掛けて走り出した。その後ろ姿にシグナムはハッとして呼び掛ける。

 

「ゼロッ、どうするつもりだ!?」

 

『このままだと海鳴市どころか、この辺りは全滅だ! 何としても止めてやる!!』

 

 シグナムにはゼロがおかしくなったとしか思えない。

 

「馬鹿な、あれを止められると思っているのか!? どんな魔導師にもどうにか出来る代物では無い! 戻れ!!」

 

 しかしゼロは向かうのを止めない。その間に巨大津波は、轟音を上げ陸地に迫っていた。

 

 津波の速度は速い。通常津波の速度は水深に左右される。深海では音速に近い速さになる事もあり、水深100メートル程でも時速100キロを超えるスピードがある。

 それだけの波が地上に押し寄せれば、人の走る速度より速い。津波のおそれがある場合、直ぐに避難指示に従って避難するのが身を守る最善の方法である。

 

 忘れ物などを取りに戻るのは絶対に止めていただきたい。助かるものも助からなくなってしまう。

 シーゴラスの起こした津波は恐ろしい規模だ。速度も並みでは無い。このままでは甚大な被害が出てしまう。

 

『クソッ!』

 

 ゼロは開けた場所に着くと、両腕を組み合わせた。抑えていたエネルギーを一気に開放する。

 

「おお……っ!」

 

 シグナムは驚きの声を洩らした。組んだ両腕を広げるのに合わせるように、ゼロの身体が見る見る内に巨大化して行く。

 終には見上げる程の大きさの巨人と化し、大地にそびえ立った。身長49メートルの本来の大きさに戻ったのだ。

 シグナムも一度ゼロの巨大化は見ているが、これ程大きくなれるとは思ってもみなかったのだ。 天を突かんばかりの巨人になったゼロは、地響きを立てて巨大津波に対峙する。

 

(何て規模だ……)

 

 それは見渡す限り視界を埋め尽くす、高さ数百メートルにも及ぶ海の壁だった。まるで空が海になってしまったかのように錯覚する程だ。 凶獣の如く唸りを上げ、陸地に襲い掛からんとする。

 

 規模も初代シーゴラスが起こしたものとは比べ物にならない。身長49メートルのゼロが小さく見えた。

 直撃すれば海鳴市を中心に、沿岸沿いは壊滅してしまうだろう。迫る大津波を前にゼロは仁王立ちのままだ。

 

(どうするつもりだ……? ゼロ……)

 

 シグナムはその巨大な背中を、息を呑んで見上げた。

 ウルトラマンゼロはこの事態に、如何にして立ち向かうのであろうか?

 

 

 

つづく

 

 

 




大津波に対峙するウルトラマンゼロ果たして……そして更なる危機とは?
次回『津波怪獣の恐怖・海鳴市大ピンチや(後編)』



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第15話 津波怪獣の恐怖・海鳴市大ピンチや(後編) ★

 

 ゼロが大津波と対峙している時、八神家ではシグナムから連絡を受けた守護騎士達3人が、はやてを脱出させる為の準備を整えていた。

 

 各自はやてにデザインして貰った騎士甲冑、 バリアジャケットと同じ魔力で作った防護服を纏っている。

 

 ヴィータはゴスロリドレス風の真紅の服に、 のろいウサギを模した飾りを付けた真紅の帽子を被り、ハンマー型のアームドデバイス『グラーフ アイゼン』を装備している。

 

 シャマルは上品なイメージの緑系の色で纏められた、ファンタジー風の魔法使いのような服と帽子姿だ。

 ザフィーラは人間形態を取り、濃いブルーのノースリーブで裾の長い上着に、カンフーズボン風のパンツにゴツイアームガードにレッグ ガード。此方もファンタジー風格闘家と言った出で立ちである。

 

 先程から3人は、はやてに脱出するように説得を試みているのだが、彼女は頑として動こうとはしなかった。小さな主は守護騎士達を見据え、

 

「他の人が何も知らんで危ないのに、私だけ逃げるなんて出来ひん……」

 

「でも……はやてちゃん……」

 

 シャマルは何とか説得しようと言葉を掛けるが、はやては頭を振り強い意思を込めた瞳で3人に向かって語る。

 

「今ゼロ兄が街の人達を守る為に頑張っとるん や……私はゼロ兄を信じとる……みんなも信じたって……ゼロ兄は皆を守るウルトラマンなんやから……」

 

 その言葉を聞き、3人は何も言えなくなってしまった。時間が有れば消防なり近所に知らせる事も出来ただろうが、状況から言ってゼロが失敗すれば、ものの数分程で津波はこの辺りまで達する勢いらしい。

 

 シーゴラスの津波は、時速数百キロにも及ぶ常識外れのスピードで迫って来るのを、シャマルがキャッチしている。他の住人に知らせて避難させるのは絶望的だった。

 はやては自分1人だけ助かるのを良しとしない。それは少女らしい潔癖さかもしれないが、何より彼女は許せなかったのだ。

 

 どんな状況かは聞いている。怪獣を送り込んだ奴は、面白半分で人を大勢殺そうとしている、そう彼女は直感していた。

 

 穏やかな性格で、怒ったり声を荒らげたりなどしないはやてでも許せなかった。そんな奴に背中を見せたくない。これだけは譲れなかった。

 

(お前なんかにゼロ兄は絶対負けへん……私もや!)

 

 ゼロが防げなかった時は自分も死ぬ。はやてはそこまで思い詰めていた。頭に血が昇っているのも否めないが、ここで自分だけ助かってしまったら、とても耐えられないだろうと彼女は思う。

 

「はやてぇ~」

 

 はやてを心配し不安げにしがみ付くヴィータの背中を撫でてやる。『闇の書』も離れようとしない。

 

(ごめんなみんな……万が一の時はマスター権限で、みんなにだけは逃げて貰うからな……)

 

 最期の守護騎士達への命令は、自分を見捨てて逃げろになるかもしれない。はやては肌身離さず持っている、ゼロから貰ったペンダントをしっかりと握り締め、海の方向に向かって祈るように目を閉じた。

 

 

 

 

 同時刻。海鳴湾上空の雷雲上に浮かぶ、巨大な黒い巨人の姿が在った。赤く輝く単眼が地上を見下ろしている。『ダークロプスゼロ』であった。

 

 右掌に誰かを乗せ、上空の強い気流の中微動だにせず空中に静止している。ダークロプスの巨大な掌に立っているのは、黒尽くめの男だ。

 

 ゼロに似た端整な鋭い顔立ち。『2つ目』のダーク ロプスの人間形態だ。やはり単眼のダークロプスと彼は別人らしい。

 確かに良く考えてみると、巨大機動兵器であるダークロプスが人間形態になれる訳が無い。そうなると、この男は何者だろうか?

 

 その男は上空の猛烈な気流も薄い大気も気にも留めず、ダークロプスの丸太のような指の間から地上を覗き込む。男の眼には、分厚い雷雲を通して地上の様子が手に取るように判るらしい。

 

「どうだゼロ……? 面白くなって来たろう…… さあ……お前はどうする……?」

 

 男は愉しげにニヤリと酷薄な笑みを浮かべ、 気流になぶられる黒髪を撫でた。

 

 

 

 

 ゼロの目前に、全てを覆い尽くす壁のような津波が迫っていた。ウルトラマンの少年はまだ動かない。否、動けなかった。

 

(俺にやれるのか……? 一度だけ聞いた事のある『あれ』を……)

 

 怖いもの知らずのゼロが、足が竦むような感覚に捕らわれていた。津波が怖い訳では無い。どんな敵が来ようと恐れはしない。

 だが自分が失敗れば、大勢の命が喪われるという事実が鉛のようにのし掛かる。それは戦闘とは別次元の恐怖だった。

 

(だらしねえぞ、俺!)

 

 自分を無理矢理奮い立たせようと拳を握り締める。だが肩に異様に力が入ってしまっていた。気負いがマイナスに出てしまっている。その時だ。

 

《ゼロォォッ!!》

 

 突然頭の中にシグナムの思念通話が響いた。 ハッとしたゼロが後ろを見下ろすと、シグナムが逃げずに此方を見上げている。管理局の監視を警戒し、木陰に身を隠してはいるが。

 

 何故逃げないとゼロは驚くが、津波はもう其処まで迫っている。逃げろと言おうとすると、それを遮るようにシグナムは念話で叫んだ。

 

《主はやては逃げない……! 自分だけ助かる事を拒否された!!》

 

《何っ!?》

 

 ゼロは驚くが、はやての性格なら当然予想出来た事だった。自分1人だけ助かって喜ぶような子では無い。シグナムは巨大なゼロを、気迫の籠った眼差しで見上げ、

 

《主は言われた! お前を信じると……ならばゼロ! お前が主はやての信頼に応える事が出来るなら、人々を守るウルトラマンなる戦士としての矜持があるのなら、見事この津波を止めて見せろ!!》

 

 その声には、気迫と供に悲痛なものが混じっていた。それはシグナムの、守護騎士達全員の心の叫びだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ヴォルケンリッターは主の騎士。主の命令には従わなければならない。例えその命令が主自身の命に関わろうと、最後には従わざるえないだろう。そして次の主の元へと転生するのだ。

 

 しかし今のシグナム達には、それだけでは割りきれない想いがある。今までは様々な主の元を渡り歩いて来て、心の奥底でそう言うものだと達観していた部分があった。

 今は違う。死なせたく無い、別れたくない、 此処に皆とずっと一緒に居たい、それは初めての感情だった。八神家に来てからの日々、それは何物にも代え難かった。

 マスターであるはやてが逃げないと決めた今、ウルトラマンの未知の力に賭けるしか無い。歯がゆかった。こんな時でも命令には逆らえない自分達が……

 

 だがそう感じる事が出来た彼女達は、明らかに変わって来ている。以前は考えもしなかったろう。ゼロは彼女達の確かな変化と想いを感じ取れた。

 

《任せろ! こんなもん俺がぶっ飛ばしてやる! もう少し離れとけよ!!》

 

 力強く拳を掲げて見せた。肩の力がスッと楽になった気がする。失敗を怖れ弱気になっていた心に、勇気の灯が灯るのを確かに感じる事が出来た。

 

(ありがとよ……はやて、シグナム……失敗したらじゃねえよな……絶対に止めて皆を助けるだよな!!)

 

 距離を取るシグナムの後ろ姿に、心の中で礼を言った。

 

(良し!!)

 

 自らに気合いを入れたゼロは、迫る津波と向かい合うと、両腕をガッチリ前面でクロスさせる。

 

『ぶっつけ本番だ! やってやるぜ!!』

 

 ゼロはその場で足元を軸に高速回転を始めた。1回転2回転、更に回転を重ねる。その身体から赤い光がスパークして飛び散った。

 

 回転する事でエネルギーを螺旋状に高めているのだ。高速回転で風が巻き起こった。周囲の木々が揺れ、シグナムの八重桜色のポニーテールを煽る。極限までエネルギーを集中させたゼロは、回転をピタリと止めた。

 

 轟音を上げて迫る津波はもう目の前だ。前衛の波飛沫が巨体を濡らす。ゼロはそれを受け止めようとするかのように、思いきり右手を前に突き出していた。

 

『行けええええええっ!!』

 

 ゼロは吼えた。シグナムは動かず、祈るようにその巨大な背中を見守る。

 ゼロと津波が接触しようとした瞬間、天まで響くような強烈な激突音が響き渡った。衝撃で地面が大きく揺らぐ。

 立っていられない程の衝撃に辛うじて耐えたシグナムは、その光景を見て驚愕した。

 

「!?」

 

 何と見渡す限りの津波が、ゼロの突き出した右掌の前面でピタリと止まっているでは無いか。まるでゼロの前に、高さ数百メートルの長大な見えない壁が出現したようだった。

 

 『ウルトラバリヤー』『ウルトラマンジャッ ク』が、初代シーゴラスの大津波から東京を守った時に使用した技である。 一度だけジャックからその事を聞いていたゼロは、一か八かでウルトラバリヤーを使用したのだ。

 

 この技は高さ100メートル以上のエネルギー障壁を沿岸一帯に張り巡らし、自然現象の膨大な力をも押し留め跳ね返してしまう荒業だ。

 

 今のゼロはジャックのバリヤーの数倍の規模のバリヤーを張り巡らせていた。不明な所は以前『アークべリアル』の攻撃を防ぐ際に使用した『ウルトラゼロディフェンサー』のやり方を応用してみたのだ。

 

 凄まじいばかりの重圧と衝撃が、その身体にのし掛かる。重力制御である程度緩和出来ても、強烈な加重が掛かっていた。

 

 ゼロは右手を突き出したまま懸命にバリヤー の維持に集中するが、ゼロディフェンサーのコントロールとは比較にならない難しさだ。不可視のバリヤーが時折不安定になりスパークす る。

 

 ギリギリの戦いだった。気を少しでも緩めればたちまちの内に押し破られ、バリヤーは決壊するだろう。ゼロのような戦闘一辺倒には厳しかったが、彼は諦めない。

 

(負けてたまるかよ! この手に何百万もの命が懸かってんだ、絶対に引かねえ!!)

 

 この手に懸かる命の重みを胸に抱き、軋む全身にありったけの力を籠める。技術が足りない分は、気迫とパワーでカバーする。

 

『ぶっ飛びやがれええええっ!!』

 

 ゼロは咆哮するように一際高く叫んだ。その勢いのままに両腕を天高く振り上げる。

 

「こ……これは……」

 

 シグナムは魂を奪われたかのように天を見上げていた。ゼロに導かれるように、津波が天に向かって舞い上げられて行く。

 

 その光景は、海を割り現れる古代神のように荘厳に見えた。舞い上げられた海水は、広範囲に拡がり豪雨となって海に降り注ぎ、荒れ狂っていた海は押さえ付けられたように静まって行く。

 

 煽りをまともに食らったシーゴラスは、盛大な水飛沫を立て引っくり返ってしまう。被害はそれだけだった。

 まだ完全に海の荒れが納まった訳では無いが、津波は完全に消滅している。ゼロは見事大津波を防ぎきったのだ。

 

『フハハハハ……やった……やってやったぜ、ちきしょうめ!!』

 

 ゼロはやり遂げた喜びを顕(あらわ)に拳を握り締め笑った。エネルギーをかなり消耗してしまったので身体はキツいが……

 

 しかしまだ終わりでは無い。怒り狂ったシーゴラスは、土砂降りに降りしきる海水の雨の中立ち上がり、水飛沫を上げながら陸地に向かって来る。流石に津波攻撃は連続して使えないようだ。

 

『陸には上げねえ!』

 

 エネルギー残量を気にしながらもゼロは海に飛び込み、シーゴラスを迎え撃つ。超人と怪獣は膝下程の水深の浅瀬で激突した。

 ゼロは先手を取って左右の回し蹴り2連撃をシーゴラスの横っ腹に見舞う。

 

「ゴガアアアッ!」

 

 シーゴラスが苦し気な鳴き声を上げる。百数十メートルの巨体が揺らいだ。堪らず頭が下がる。ゼロは間髪入れず左脚を軸に後方に身体を回転させ、低くなった頭目掛けて後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

『オラァッ!』

 

 空気を切り裂いて炸裂する蹴りを受け、シーゴラスの超巨体が吹っ飛び盛大な水飛沫を上げて、海面に突っ込んだ。

 ゼロは追撃を掛けるべく水雷の如く疾走する。だがシーゴラスもこれしきではやられない。怒りの咆哮を上げ立ち上がる。その赤い眼が凶暴な光を帯びると、巨大な1本角が再び放電現象を起こした。

 

(野郎! また津波を起こすつもりか!? だがこんな浅瀬じゃあ無理だろう、タイマーが鳴る前に決着を着けてやる!!)

 

 ゼロは構わず突っ込んだ。だが行く手を阻むように、突如として巨大な竜巻が目前に発生した。

 

『何ぃっ!?』

 

 ゼロは猛烈な竜巻にあっという間に呑み込まれてしまう。上空で唖然としていたフェイト達の所まで強風が吹き荒れる。4人は堪らず距離を取った。

 

『ウワアアアアァァッ!?』

 

 竜巻に呑み込まれたゼロは回転しながら天高く吹き飛ばされてしまう。3万トンを超える巨体が軽々と宙に飛ばされていた。

 落下して来るゼロの背中を、シーゴラスはその巨大な角でかち上げる。

 

『グワアッ!?』

 

 ゼロは苦悶の声を上げた。痛烈な一撃を受け、巨体が再び上空に吹き飛ばされる。其処で再び竜巻に巻き込まれてしまった。シーゴラスの2段攻撃だ。

 

 本来竜巻攻撃は、つがいである『シーモン ス』が揃わなければ発動出来ないのだが、 『ジュエルシード』の影響で単体でも使えるようになったのだ。

 

 しかも只の竜巻では無い。『ジュエルシード』のエネルギーを利用した、高重圧、高エネルギーの魔力竜巻である。

 シーゴラスは竜巻で弱り落下して来るゼロを狙い、放電する角で串刺しにするつもりだ。

 コントロールされた竜巻は有り得ない動きをし、ゼロを拘束したまま大蛇のように降下して行く。シーゴラスは拘束状態で突き殺す気だ。

 

《ゼロッ!》

 

 竜巻の余波で髪を煽られながら、思わずシグナムは叫ぶ。それに応えるように、ゼロの眼が力強くカッと輝いた。

 

『不意討ちで最初は食らったが、何度も同じ手が通じるかよ! ウオオオオッ!!』

 

 全身からエネルギーを放出し、竜巻を強引に吹き飛ばした。自由になったゼロは落下しながら素早く体勢 を立て直す。右脚にエネルギーを集中させ、落下の勢いをも利用し鷹のように降下した。

 

『ウルトラマンゼロを舐めるなあっ!!』

 

 シーゴラスの角目掛けて、砲弾の如き『ウルトラゼロキック』を放つ。真っ赤に赤熱化した右脚が、巨大な角を粉々に打ち砕いた。

 

 シーゴラスの絶叫を背に、ゼロは派手な水柱を上げて海面に着地する。その時胸の 『カラータイマー』が赤く点滅を始めた。

 

(チッ……やっぱり地球上じゃ、エネルギーの減りが早いな……)

 

 舌打ちしたい気分になった。他のウルトラ戦士と比較して、並外れたエネルギー量と活動時間を誇るゼロだが無論限界はある。

 

 本人はもう少し保つと思っていたのだが、やはりウルトラバリヤーで相当なエネルギーを使ってしまったようだ。

 シーゴラスは顔を押さえてのた打ち回っていたが、闘争本能と執念で立ち上がり雄叫びを上げてゼロに突進して来た。ゼロは動かずシーゴラスの真っ正面に立ち、 両手を頭に添える。

 

『止めだ! デアッ!!』

 

 頭部の一対の宇宙ブーメラン『ゼロスラッガー』を投擲する。ゼロの脳波でコントロールされた2本の刃は白熱化し、空気を切り裂きながら飛来した。

 

 スラッガーは鋭い刃物と化し、突進するシーゴラスの太い両腕を切り落とすと、返す刀で巨大な首を斬首介錯人のような鮮やかな手並みで叩き斬った。

 

 巨大な腕と首部が、鯨が立てるような盛大な水飛沫を上げ落下する。両腕と首を切断されたシーゴラスは、大量の赤い血を撒き散らし崩れ落ちた。

 

 辺り一面が真っ赤に染まる中、ゼロはピクリとも動かなくなったシーゴラスに近寄り、右手を抜き手にして腹を切り裂くと『ジュエルシード』を抉り出した。

 

 血塗れの石を上空で固まっていたなのは達に向かって投げる。流石に血塗れの『ジュエルシード』に少し引き気味のなのは達だったが、無事封印を完了した。

 ホッと一息吐くゼロに、シグナムから思念通話が入る。

 

《良くやったなゼロ……ウルトラマンの力とは凄まじいものだな……》

 

 振り向いたゼロの眼に、木陰で微笑むシグナムの顔が見える。何か照れてしまったゼロは、ぶっきらぼうに、

 

《ど……どうって事はねえ……ら、楽勝だった ぜ……フハハハ……》

 

 無理して胸を張る巨人の少年だった。シグナムはそんなゼロを見て少々意地の悪い顔になり、

 

《ところで1つ聞きたいのだが……胸で赤く光っているのは何だ……?》

 

《ああ……これは活動限界を示すカラータイマーだ。地球上だと、あまり長くはこの身体を維持出来な……》

 

 口を滑らしたゼロは、其処でようやく気付く。

 

《シグナムお前! 引っ掛けやがったな!?》

 

 シグナムは笑いを堪えている表情である。消耗しているのはお見通しだ。

 

《無理をするな意地っ張りが……まったくお前は本当に素直では無いな……》

 

《放っとけ……》

 

 緊張の解けた2人はそんな軽口を叩き合うが、ハッとして同時に空を見上げた。その瞬間辺り一帯に、おびただしい数の紫色の落雷が一斉に降り注いだ。

 

『何だ!?』

 

「これは魔力砲撃!?」

 

 予期せぬ事態に警戒するゼロとシグナムだったが、落雷はフェイトやなのは達が居る辺りを中心に集中している。

 

「ああああぁっ!?」

 

 その内の1つがフェイトを直撃してしまった。少女の苦悶の声が響く。なのは達は辛うじて回避に成功したが、大規模魔法の使用で疲れきってきたフェイトは、まともに砲撃を食らってしまったのだ。目前に居 たなのはの耳に、

 

「母さん……?」

 

 フェイトの呟きが聴こえた。そのまま黒衣の少女は海に墜ちて行く。

 

「フェイトちゃん!」

 

 なのはが近寄るより速く、少女の姿に変化したアルフが落下するフェイトを追い、海面に叩き付けられる寸前でキャッチした。

 

「フェイト……」

 

 フェイトの様子を見ると、意識は無いがそれ程酷い怪我はしていないようだ。ホッとするのも束の間、アルフは目付きを鋭くする。

 

(今なら『ジュエルシード』を全部持って逃げられる!)

 

 フェイトが倒れた今、それを出来るのは自分しか居ない。アルフは主を抱えて、宙に浮かんだままの『ジュエルシード』目掛けて一気に飛び出した。

 

 青く光る石に手を伸ばす。だが甘くは無かった。不意にクロノが姿を現したのだ。鋭い攻撃を仕掛けて来る。今までチャンスを伺っていたのだろう。

 

 アルフはそんなクロノに殺意さえ抱いた。何故こんな一生懸命な子の邪魔をするのかと。理不尽な怒りだが彼女は怒りのままに向かう。

 

「邪魔をするなあっ!!」

 

 フェイトと同じ『フォトンランサー』をクロノ目掛けて何本も撃ち込んだ。クロノはアルフの気迫に押されたように吹っ飛ぶ。その隙に目的の物を掴むアルフだったが、

 

(3つしか無い!?)

 

 慌てて下方に吹き飛んだクロノを見ると、何時の間に取ったのか、残り4個の『ジュエル シード』はその手の中にあった。

 アルフは歯噛みするが、今の手際を見ても気を失ったフェイトを抱えて戦うには不利な相手だ。一流の魔導師なのは間違い無い。

 

(此処は退くしか無いけど……すんなり逃がしてくれるかね……)

 

 アルフはクロノと対峙しながら、必死で脱出の機会を狙う。

 

 

 

 

 同じ時、次元の海で待機していた『アースラ』も魔法雷による砲撃を受けていた。ゼロの力を目の当たりにし、気を取られた時に不意討ちを食った形になった。

 大きくアースラは揺れる。そんな中エイミィは素早くセンサー類をチェック、状況をリン ディに報告する。

 

「次元を越えた砲撃魔法です! 艦の損傷はエンジンの一部が破損、システムの一部が損傷、 通信モニター関連が一時的に使用不能、向こうの様子が判りません……これは……?」

 

 途中でエイミィは言葉に詰まってしまった。

 

「エイミィ、何があったの?」

 

 リンディの問いに、エイミィはコンソール画面の数値を見詰めたまま、

 

「空間異常が発生! まるでゲートのようです。何かがあの世界に出現しようとしています!」

 

「何かが出現!?」

 

 リンディは不吉なものを感じ、出動しているクロノ達の安否が気になった。

 

 

 

 

 睨み合いを続けるアルフとクロノの近くの空が、突如としてガラスのように割れた。その場に居た全員が驚く。

 このような奇怪な現象はクロノですら知らない。そして割れた空から、毒々しい赤い空間が覗いた。

 

『何ぃっ!?』

 

 その中で1人だけ、その現象を知っている者が驚いて声を上げた。ゼロである。それと同時に赤い空間から、巨大な物体が3つ海面に降下して来た。大きな水柱を上げ着水する。

 

 降下して来た物体の1つが、クロノ目掛けて何かを射ち出した。執務官は咄嗟に防御壁を張り巡らすが、射ち出されたものは防御壁に接触した瞬間大爆発を起こし、彼は吹き飛ばされてしまう。

 

(今だ!)

 

 その隙にアルフは転移魔法を使い、現場からの離脱に成功した。離脱の瞬間彼女はタイミング良く現れたそれらを見下ろし、

 

(コイツら……まるでアタシらを助けに来たみたいに現れたね……?)

 

 不審には思ったが、そのまま離脱しその姿は魔方陣と共に消え失せた。

 現れた3つの何かを見たゼロは、更に驚愕してしまう。何故ならば……

 

『超獣だと、何故此処に!? 『ヤプール』なのか!?』

 

 ゼロに向かって進撃する、3匹の巨大な異形の怪物。全身を珊瑚のような赤い突起に被われた 『ミサイル超獣ベロクロン』

 

 黄色と青のカラフルな芋虫のような身体に、 巨大な頭部の1本角が特徴的な『一角超獣バキシム』

 

 巨大な複眼に毒々しい真っ赤な長い牙、凶悪な長い爪を備えた『蛾超獣ドラゴリー』

 

 3匹は海面をかき分けゼロを包囲する。ベロクロンは全身のミサイル発射機関を開き、バキシム、ドラゴリーも攻撃態勢を整える。 身構えるゼロのカラータイマーの警告音が不吉に鳴り響く。

 

(ちきしょう……! こんな時に……)

 

 ゼロは消耗した身体で、超獣3匹に立ち向かうしか無かった。

 

 

つづく

 

 




エネルギーを殆ど使ってしまったゼロは、三大超獣の前に反撃もままならず危機に陥ってしまう。その時シグナムは……
次回『超獣対魔導師対宇宙人や』



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第16話 超獣対魔導師対宇宙人や

 

 

 突如空を割って現れた『ベロクロン』『バキシム』『ドラゴリー』の3大超獣。各自の姿は以前確認された個体とは違って見えた。

 

 牙や角、爪などが大型化し、身体も一回り大きくなっている。どうやら強化改造を施され、戦闘能力をアップされている個体のようだ。

 奇声を上げ、ベロクロンが全身の珊瑚状の突起、ミサイル発射機関から一斉にミサイルを発射する。まるで動く弾薬庫だ。

 

 雨あられの如く飛び交う大量のミサイル弾は、ゼロとなのは達に向かって飛ぶ。ベロクロンのミサイルは誘導ミサイルでもあるので、バキシム、ドラゴリーを巧みに避け、ゼロ達のみに正確に襲い掛かった。

 

『ぐわっ!』

 

 あまりのミサイルの量に加え、エネルギー残量が少ないゼロは避けられず、まともに攻撃を食らってしまう。咄嗟に腕でガードして防御するが、爆発に吹き飛ばされてしまった。

 なのは達にも誘導ミサイルの雨が降る。防御魔法を張り巡らすが威力は凄まじく、衝撃波で3人は木の葉のように舞わされた。

 

 ミサイルを食らったゼロは辛うじて踏ん張り、倒れるのだけは免れたが片膝を着いてしまう。

 3匹はそれを見逃さない。バキシムは両手から超高火炎を放ち、ドラゴリーは巨大な複眼から破壊光線をゼロに向かって照射する。息の合った連携攻撃だ。

 

『クソッ!』

 

 ゼロは寸での所で横に飛び退き攻撃を避ける。攻撃の当たった場所の海水が一瞬で蒸発し、もうもうと水蒸気が上がった。

 ゼロはそのまま飛沫を上げながら転がり、3匹と距離を取る。『カラータイマー』の点滅はどんどん速くなって行く。

 

(野郎! 本調子ならこんな連中、纏めて片付けてやれるってのに!)

 

 毒づくが、今のゼロにはそれだけのエネルギーは残されていない。

 父『ウルトラセブン』と同じ、胸部の集光プロテクターで、ある程度の太陽エネルギー補充が可能な彼だが、悪い事にフェイトの大規模魔法の影響でまだ雷雲が晴れていない。

 

 完全に太陽の光が遮られている。これでは太陽エネルギーの補充が出来ない。飛び上がって雲の上に出ようとしても、その前に撃墜されてしまうだろう。

 

 状況は良くない。じりじりと真綿で首を絞められるように追い詰められて行くようだ。タイマーの点滅が焦りに拍車を掛ける。その時再びシグナムからの念話が入って来た。

 

《此処は退けゼロ! 今のお前では勝ち目はない!》

 

《駄目だ!》

 

 ゼロは頭を振り撤退を拒否する。その間にもバキシムの発射した高熱弾が撃ち込まれた。ゼロはよろけながらも、

 

《俺が退いてもコイツらは撤退しないだろう……『ヤプール』はそんな甘い相手じゃねえ……! 放って置けば街に上陸される……今此処で叩かねえと駄目だ!》

 

 それを聞いてはシグナムも、退けとは言えなかった。ゼロは火炎とロケット弾の爆煙を目眩ましにドラゴリーに突進し、その顔面に渾身の正拳突きを叩き込む。

 

『デリャアアッ!!』

 

 痛烈な一撃を食らい、ドラゴリーの長い牙と下顎が砕け散り怪物は仰け反って海面に倒れ込んだ。

 止めに顔面を踏み砕こうと追撃を掛けるゼロに、そうはさせじとバキシムが突進して来た。 巨大な頭部の1本角で突き上げんとする。

 

 ゼロは辛うじて身を捻り角の攻撃を避けるが、バキシムは擦れ違い様に首を捻り、至近距離から巨大な角をミサイル弾として射ち出した。

 

『ガッ!?』

 

 背中に直撃を受けたゼロは吹っ飛び、遂に海面に倒れ込んでしまう。立ち上がろうとするが、背中のダメージで再び倒れ伏してしまった。

 

 一方のなのは達は、ベロクロンのミサイル攻撃を回避し逆に攻撃に転じる。ユーノが拘束魔法を繰り出し、なのはとクロノの砲撃魔法がベロクロンに炸裂した。

 

 しかしビクともしていない。あっさりと拘束魔法の鎖を引き千切ると、再びゼロに向けミサイルを発射し、同時になのは達にもミサイル攻撃を行う。

 ベロクロンは全身にミサイル発射機関を備えており、360度への同時攻撃が可能なのだ。

 

「こんな攻撃じゃ倒せない……」

 

 ミサイルの雨をかい潜るクロノは、このままではジリ貧だと判断し隣を飛ぶユーノに、

 

「おい、フェレットもどき、時間を稼いでくれ!」

 

「誰がフェレットもどきだ!」

 

 怒鳴るユーノを冗談だと宥める。彼なりの気遣いのようだ。少し離れた位置を飛ぶなのはに向かい、

 

「なのは、此方に来るんだ! ユーノに防御して貰う間に君も集束魔法のチャージを! 同時攻撃だ!」

 

「分かったよクロノ君!」

 

 なのはは心得たと直ぐに合流する。ユーノが魔法障壁を張り巡らしガードする間に、クロノとなのははそれぞれの最大の攻撃魔法のチャー ジに入る。

 

「早く! そんなに保たない!」

 

 ユーノは悲鳴に似た叫びを上げた。超獣の攻撃力は凄まじい。結界や防御に長けた彼の防御障壁が砕けそうだ。様子を木陰で見ていたシグナムはそれに気付き、

 

「ゼロ離れろ! 集束魔法が来るぞ!」

 

 直ぐ様思念通話を飛ばす。察したゼロは再度突っ込んで来たバキシムをかわし距離を取っ た。それと同時に詠唱と集束を終えたクロノとなのはは、一斉に攻撃を放つ。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューショ ン!」

 

「スターライト・ブレイカァァッ!!」

 

 100を超える魔力の刃の一斉攻撃に、桜色の凄まじいばかりの砲撃が3匹の超獣に炸裂する。次の瞬間辺りが超獣を巻き込んで大爆発を起こした。巨体が爆発の炎の中に消える。

 管理世界にも巨大生物は生息している。今の攻撃は、同クラスの巨大生物を消し飛ばす程の威力があった。

 

(やったか……?)

 

 クロノがそう思った時だ。爆煙の中から無傷のベロクロンが赤い眼を爛々と光らせ現れる。その巨大な口を開き、超高熱火炎を吐いて来た。

 

「逃げろ!」

 

 クロノは咄嗟になのはとユーノを突き飛ばす。クロノは防御魔法を張りつつ辛うじて火炎攻撃を回避するが、輻射熱だけで防御を破られてしまった。

 

「うあっ!?」

 

 流石に防御魔法でも、1億度の火炎の輻射熱を防げなかった。掠っただけでも一瞬で蒸発してしまうだろう。

  落下するクロノをなのは達が何とか掴まえる。肩口のバリアジャケットがズタズタになっていた。

 爆煙が晴れた中、バキシム、ドラゴリーも無傷の姿を現す。それを見て、クロノ達は青くなった。

 

 超獣は通常の生物では無い。2つの生物を合成させ、強化改造を施された戦闘用の兵器だ。防御力も強化されている。核クラスの攻撃にも耐えうる個体も居る程だ。

 街を単独で破壊出来る火力の高ランク魔導師でも、超獣を倒すにはまだ火力が足りなかった。

 ユーノはダメージを負ったクロノを防御し、なのはは迫るミサイル群を『ディバインシュー ター』で迎撃する。周りでミサイルの連鎖爆発が起きた。

 

「きゃあああっ!?」

 

 なのはは爆風で飛ばされてしまう。いくら彼女の防御が硬くても、そう何時までもミサイルの直撃には耐えられない。 防御だけで魔力がどんどん削られて行く。このままでは何れ魔力が尽きてしまうだろう。

 

 一方のゼロも防戦一方だ。こんな街の近くでは『ウルティメイトイージス』は使えない。

 惑星より巨大な宇宙船を真っ二つにする程の威力。使いこなせていない今では、海鳴市が消し飛んでしまうかもしれない。とても地上では使えなかった。

 なのは達を後回しにした3匹はゼロを包囲し、同時に超高火炎を浴びせる。

 

『ぐわあああっ!!』

 

 3方からの攻撃に、ゼロはもろに数億度の炎を浴び苦悶の声を上げる。数億度の火炎は最早炎では無く、超高熱のビームと同じだ。

 周りの海水が余熱だけで沸騰し、水蒸気が立ち込める。カラータイマーの点滅が更に早くなった。残された時間はもう僅かだ。

 

《ゼロッ!》

 

 再びシグナムからの思念通話が入った。だが業火に焼かれるゼロには応える余裕が無い。シグナムは念話を続ける。

 

《そのままで聞け! 今のお前ではその3匹を倒すのは無理だ……恐らく攻撃を放てるのは後1度と言う所だろう?》

 

 後方にジャンプし、ようやく火炎地獄から逃れたゼロは、後退りながら舌打ちでもしそうに、

 

《……何が……言いてえ……?》

 

《今此処に居る者で、奴等を倒せる者は居ない が……此処に居る全員で一点集中攻撃を掛ければ倒せる可能性がある……》

 

 しかしゼロは納得出来ないようだ。超獣達の追撃を避けながら、

 

《こ……こんな奴ら俺1人でも……》

 

《意地を張っている場合では無かろう!? お前には大勢の命を救う使命があるのだろう? ならば成すべき事を果たせ!!》

 

 負けん気からヘソを曲げていたゼロに、その言葉はガツンと効いた。色々と未熟な部分が多いゼロだが、命を救うというウルトラマンの使命と命の重みだけは忘れない。今は超獣を必ず倒す事が重要だった。

 

《判ったよ……少し待ってろ!》

 

《ウム……》

 

 シグナムの心無しか嬉しそうな返事が返って来た。ゼロが人命最優先の為、プライドを即座にかなぐり捨てたからだ。

 強い者自分の腕に自信のある者程、危機の時自分なら大丈夫と、自尊心を優先して更に泥沼に嵌り込んでしまう事が多い。なまじ腕が立つ者特有の弊害と言えるかもしれない。

 シグナムはそういう輩を多く見てきた。だがゼロは違った。中々出来るものでは無い。やはり見込んだ通りの男だったと、女騎士は嬉しくなる。一方ゼロは、思考をフル回転させて戦況を分析する。

 

(撃てるのはせいぜい後1撃……『ブレスレット』を使っても討ち漏らす可能性が高い…… そうなると……良し!)

 

 戦法を思い付いたゼロは、なのは達に向かって呼び掛けた。

 

《おいなのは、其処の子供に管理局、力を貸してくれ! 俺の攻撃に載せて今使える1番強い攻撃を撃ってくれ! それしか奴らを倒す手は無い!!》

 

《ゼロさん、僕ユーノです!》

 

 其処の子供と呼ばれたユーノが、慌てて念話を送って来た。

 

《お前……ユーノだったのか……?》

 

 ゼロは驚くが、ザフィーラもアルフも人間の姿になれる事から、同じようなものかと納得する。人間の姿が本来のユーノでは根本的に違うのだが、そこまでは解らない。

 

《判りました。クロノ君もいいよね?》

 

 即答するなのはは、クロノに同意を求めた。ユーノに肩を借り回復に努める少年執務官苦笑いし、

 

《それしか手は無いようだ……アースラにもこの状況を打開出来る援軍は居ない……判っ た!》

 

 なのは達より戦力の劣る武装局員が何人来ても、死人の山が出来るだけだろう。だからクロノは援軍を呼べない。それ以前にアースラとまだ連絡は取れないが……

 本来なら管理外世界の事は無関係と立ち去っても良いのだが、クロノはそんな冷血漢では無い。なのはもユーノも退く気は無かった。

 

《良し! まず俺が3匹を一時的に動けないようにする。其処を狙って撃ち込む俺の攻撃に、全員の攻撃を載せてくれ! ユーノは防御が得意だったな? 2人のチャージ時間を稼いでくれ!》

 

《はいっ!》

 

《判った!》

 

《頑張ります!》

 

 なのは達はミサイル群をかい潜って、ゼロの元に集結した。すると、

 

《私も加勢しよう……》

 

 シグナムの思念通話である。ゼロはクロノ達に気付かれないようにテレパシーで、

 

《おいっ、いいのか? 管理局が居るんだぞ?》

 

《心配無い……今此処は様々なものが飛び交っていて、魔力反応を感知出来る状態では無い……そちらの2人と同時に射ち出せばまず判らん……それに私も協力しなければ威力が足りん筈だ……》

 

 シグナムは正確に戦況を把握していた。様々な戦場を渡り歩いて来た彼女には、戦闘経験で及ばない。ゼロは頷き、

 

《判ったシグナム、頼んだぜ!》

 

《任せて置け……》

 

 不敵に笑みを浮かべて応える。高揚しているようだ。ゼロの戦いを間近にして、戦士の血が騒いだらしい。

 シグナムが剣型アームドデバイス『レヴァンティン』を振ると、その全身に騎士甲冑が装着される。

 濃赤のインナーに白地のジャケット、同じく白地の所々に赤をあしらったスカート状のアーマーの白い剣士と言った出で立ちだ。

 

 騎士甲冑を纏ったシグナムは弾丸のような物を取り出し、レヴァンティンに装填した。魔力カートリッジである。

 これは彼女達ヴォルケンリッターの使用魔法 『古代ベルカ式』と呼ばれる魔法独特のものだ。

 なのは達が使っている魔法は『ミッドチルダ 式』と呼ばれる魔法方式で、汎用性に富み次元世界ではほとんどがミッド式である。

 それに対して古代ベルカ式は近接戦闘に特化 し、『カートリッジシステム』と言う独自のシステムを持つ。

 これは魔力を込めたカートリッジをデバイスに装填し、一時的に魔力を増大させる一種のブースト機能で扱いが難しく、今の次元世界では滅多にお目に掛かれない代物である。

 

 念の為シャマルに作って貰っていた魔力カートリッジ。持って来ていて正解だったなと、シグナムは苦笑しつつ自らの愛刀に、

 

「レヴァンティン……『シュツルムファルケ ン』行くぞ……!」

 

《Bowgen Form!》

 

 レヴァンティンが主の戦意に応えるように、甲高い声で叫ぶ。シグナムは剣の鞘を出現させると、剣と鞘を組合せ長大な洋弓に変化させた。

 近接戦闘に特化した彼女の唯一の遠距離攻撃魔法『シュツルムファルケン』である。

 

《ゼロ……此方は何時でも行けるぞ……》

 

 超獣達の攻撃をひたすら耐えて時間を稼いでいたゼロは、シグナムの思念通話を受け取り行動を開始する。

 

《行くぜ! なのは、ユーノ、管理局!!》

 

《はいっ!》

 

《クロノだ……頼むぞ!》

 

 ゼロは方向を変え、陸地を背に超獣達に向かい合った。なのは達はユーノの必死の頑張りでチャージをほぼ完了する。

 準備は整った。超獣達は止めとばかりに此方に殺到して来る。

 

『行くぜ! 超獣共!!』

 

 ゼロは左手の『ウルティメイトブレスレット』から収納している『ゼロブレスレット』を素早く投擲した。ブレスレットは高速で飛来しながら空中で変化し、巨大な光の鎖と化して超獣達を纏めて縛り付けた。

 3匹は拘束から逃れようともがく。光の鎖が軋んだ。いくらブレスレットでもそう長くは保ちそうに無い。ゼロは頭部の『ゼロスラッガー』2本を取り外す。

 

(今のエネルギー残量で1番効果的な使い方は、貫通力だ……細く鋭く……3匹を纏めてぶち抜く!!)

 

 スラッガー2本を連結させた。大型剣の『プラズマスパークスラッシュ』では無い。それだけのエネルギーは残っていない。 連結させたスラッガーは光に包まれると形を変え、元の数倍の長さの弓の形となった。

 

《ほう……ゼロも弓を持っていたのか……?》

 

 それを見たシグナムが思念通話で語り掛けて来た。偶然だが同系統の武器である。

 

《こいつは実戦では1度も使った事は無えんだ が……今の状況だとピッタリだ》

 

《ふっ……ならば弓矢の同時射出と行くか……》

 

《おうっ! 遅れるなよ!!》

 

 シグナムの言葉に頼もしさを感じゼロは頷くと、最後のエネルギーで光の矢を作り出した。マグネリュームエネルギーの塊の矢をつがえ、巨大な弓をギリギリと引き絞る。

 カラータイマーの点滅が限界まで早くなった。保って後数十秒。

 

『行くぜ!!』

 

 チャージを完了したなのはとクロノは、各自のデバイスを構え、ゼロの射線軸に自分達の射線を合わせた。

 木陰のシグナムも魔力で作り出した矢をつがえる。魔力を注入したカートリッジが排出され、レヴァンティンが叫ぶ。

 

《Sturm Falken!》

 

 それと同時にゼロの巨大な弓の弦が極限まで引き絞られ、光の矢が一際輝きを増した。これが最後のチャンス。これを逃せば次は無い。

 

『ぶちかませ! 『ゼロ・アークシュー ト』!!』

 

「翔けよ、隼っ!!」

 

「全力全開! スターライトブレイカァァッ!!」

 

「ブレイズキャノン!」

 

 射ち出された光の矢にシグナム、なのは、クロノの砲撃が合わさった。超速で空を斬り裂いて飛ぶ矢は、4色の光の矢となって超獣達に炸裂し、3匹の胴体を一気にぶち抜いた。

 

『グガアアアアァァァッ!!』

 

 怪物達は断末魔のおぞましい鳴き声を上げる。腹に風穴を開けられ、内部器官に致命的な損傷を負った超獣達は派手な飛沫を上げ崩れ落ち、大爆発を起こした。

 3匹纏めての爆発は凄まじい。辺り一帯を巻き込み、天まで届きそうな火柱と黒煙が上がる。

 

 爆煙と立ち込める水蒸気で視界が悪い中、なのは達は喜び合っていた。なのははユーノと手を打ち合い、クロノも笑みを浮かべる。

 そこで執務官の少年は気付く。ゼロの巨大な姿は、何処にも見えなくなっていた。

 

 

 シグナムは騎士甲冑を解除し、ゼロが戻って来るのを待っていた。 残煙が漂い薄ぼんやりした景色の中、此方に向かって歩いて来る足音が聴こえる。

 そちらに目をやると人影が見えた。少年姿のゼロである。平気を装って近付いて来るが、疲れきった顔に足取りもかなり危なっかしい。

 

「ゼロ……良くやったな……」

 

 激戦を制した少年に、シグナムは労いの言葉を掛ける。ゼロは痩せ我慢でふてぶてしく笑って見せ、

 

「……な……何て事はねえよ……これくらい楽勝だったぜ……」

 

 強がってシグナムに近付くが、その脚が不意にカクンと崩れた。

 

「おっ……?」

 

 疲労のあまり脚に来てしまったのだ。バランスを取ろうとするが、脚に力が入らない。そのまま前のめりになってしまい倒れ込んでしまう。シグナムは咄嗟に少年を抱き止めた。

 

 むにゅっ

 

 抱き止められたゼロの顔が何とも柔らかな大きな2つの物体に包まれる。要するにゼロは、シグナムの胸に顔を突っ込む体勢になってしまった訳である。

 シグナムは予期せぬ事態に顔を真っ赤にし固まってしまっていたが、このままでは将の沽券に関わると、

 

「……お、おい、ゼロっ……?」

 

 辛うじて取り繕い呼び掛けると、ゼロは巨丘と言うか、おっぱいに顔を埋めたまま、

 

「……悪い……流石にもう……体が言う事を聞かねえ……」

 

 もう限界だったゼロは動けない。それを察しシグナムは倒れないように支えてやる。ゼロは彼女の胸に顔を埋めながらポツリと、

 

「……助かった……あのままだったら駄目だっ た……1人でも欠けてたら倒せなかった……」

 

「……そうか……」

 

 珍しく素直に礼を言うゼロにシグナムは苦笑する。しばらくそのまま無言だった少年は、無邪気な表情を浮かべ、

 

「……シグナムの胸は……大きくて柔らかくて気持ちいいな……」

 

「なっ!?」

 

 シグナムはゼロのあまりにド直球な発言に絶句した。 だがこの少年の事、変な意味はまるで無く、感じたままを素直に口に出しているだけだとは察したが動揺してしまい、

 

「あ……主はやてが最近お気に入りでな……よ、 良くマッサージをされるのだ……」

 

 返事にもなっていないどころか、余計な事まで口を滑らせてしまう。ゼロは顔を上げると薄く笑って、

 

「……じゃあ……たまには俺にもこうさせてくれ よ……駄目か……?」

 

 子犬のような瞳を向けて来る。これで僅かでも邪なものがあったら投げ飛ばしてやる所であるが、ゼロの瞳には邪心の欠片も無かった。ある意味1番質が悪い。

 シグナムは迷った。これで拒否したら、自分だけ変な風に受け取ってしまっている事になってしまうでは無いかと。煩悶の末、

 

「お……お前の……好きにするといい……!」

 

 気力を振り絞り、あくまで平静を装って答えた。言いながら何か大変な事を約束してしまった気がするが……

 

(こ……これはそうだ……! 戦い終えた戦士へ の……せめてもの……そう、労いなのだ! 変に意識する事は無い!!)

 

 心の中で無理矢理自分を納得させようとするシグナムだが、気が付くとゼロの反応が無い。

 

「……ゼ……ゼロ……?」

 

 顔を覗き込むと、ゼロは気持ち良さそうに胸にもたれ気を失っていた。極限まで力を使い果たしたのだ。シグナムは少年の安らかな寝顔を見下ろし、

 

「まったく……何とも仕方の無い奴だ……最初に逢った時から、お前には驚かされてばかりだな……」

 

 自然表情がほころんでいた。はやての元に来てからの日々が思い起こされる。最悪だった最初のあの出逢いから始まったのだ。

 そして共に暮らして来て、この少年が実はとても優しい事は良く判っている。見た事も無い程に。一緒に居ると心が洗われるようだった。

 

 そして今回シグナムは、ゼロの決死の戦いを目の当たりにした。絶体絶命の危機を乗り越えたのは彼女の叱咤もあるが、命を救いたいと願う彼の優しさの本質故だろう。

  ウルトラマンとしてはまだまだ未熟なのだろうが、その本質と戦闘能力は真の戦士の名に恥じないと彼女は思った。いや、戦士として以上に……

 

「ゼロ……」

 

 シグナムは抑えきれない程の衝動に駆られ、意識の無いゼロをギュッと抱き締めていた。

 

「はっ!?」

 

 そこで彼女は我に還る。自分が何をしたか一瞬解らなかった。危うく突き飛ばしてしまう所だ。 戦闘マシーンとしてのみ生きて来たシグナムは、今まで感じた事の無い心の揺らぎにひどく動揺してしまう。

 

(何をやっているのだ私は……有り得ん! そうだこれは、あくまで戦い終えた戦士への敬意だ! そうに違いない!!)

 

 頭をブンブン振り、火照って赤い顔で自分をそう納得させる。

 

(久々の戦闘で、舞い上がってしまったようだ……)

 

 深く深呼吸を繰り返すと気を取り直し、気絶しているゼロを軽々と抱え上げた。

 女性にお姫様抱っこされるという、いささか恥ずかしい格好になったゼロを抱え、シグナムは皆の待つ八神家へと帰って行った。

 

 

 

 

 その場面を遠くから見ている者が在った。驚異的な視力と聴力で、気付かれないように遠くから気配を殺し様子を伺っていたのだ。

 シグナムが尾行を警戒しているので後を着けるのは無理なようだったが、そいつは少年の方に見覚えがあった。

 フェイト達を監視している時に、彼女らが接触した少年だとそいつは確信する。それなら幾らでもやりようはあるだろう。

 

(ククク……アイツ……ウルトラマンダッタノ カ……)

 

 そいつは一部始終を見ていて、ゼロが変身を解く所も見ていたようだ。

 

「プレシア様ニゴ報告セントナ……」

 

 そいつ、フードの人物は、人間では有り得ない程大きな丸い眼を妖しく光らせ、かき消すようにその場から姿を消した……

 

 

 

 

 

 

「あ~あ……間抜けな奴だ……バレちまったじゃねえか……ククク……」

 

 海鳴湾上空。全てを見ていた黒ずくめの青年は、愉しそうに含み笑いを漏らした。

 

「まあ……いい感じにゴチャゴチャして来たな……遊びはこれ位にしておくか……向こうの位置も判った事だし『アイツ』からの頼まれ事もそろそろやらねえとな……行くぞⅡ(ツヴァ イ)」

 

 ダークロプスは巨大な首で頷くと、浮遊するのを止め青年を掌に乗せたまま飛行を開始する。猛烈な風圧の中、涼しげな顔で髪をなびかせる黒衣の青年は最後に下界を見下ろし、

 

「まだまだだな……虫けら共の力を借りてるようじゃ、俺は勿論『アイツ』の足元にも及ばな いぜ……」

 

 何処か愉しむような口調で呟いた。ダークロプスはスピードを上げ、空の彼方へと消え去って行った……

 

 

 

つづく

 

 

 

 




次回『はやての願いや』


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第16・5話 はやての願いや

 

 

 シグナムはゼロを連れてようやく八神家に戻って来ていた。尾行を警戒し、念の為遠回りして来たのである。

 帰って来たのを察した全員が既に玄関で待っていた。意識を失っているゼロは、シグナムに抱き抱えられたままである。

 

「ゼロ兄……大丈夫なんか……?」

 

 はやては心配してゼロの顔を覗き込んだ。何故か幸せそうな表情をしている気がする。少年を抱いたままのシグナムは微笑んで、

 

「主はやて、心配要りません……力を使い果たしただけですから……」

 

 それを聞いてはやてはホッとした。早速ゼロを部屋に運び入れ、ベッドに寝かせてやる。そこではやては深刻な表情を浮かべ、

 

「汗と海水で結構濡れとるなあ……着替えさせんと風邪ひいてまうわ……シグナムも着替えた方がええよ」

 

 それは大変だと思う守護騎士一同。はやては車椅子をベッド脇に着け、

 

「誰か手伝ってくれへん? 私1人だと厳しいわ。着替えさせたらシーツも取り替えなあかんし」

 

 それを聞いて女性陣3人は固まってしまった。当然そうなる訳たが、いざ言われるとなると躊躇してしまう。だがそこでシグナムは将らしく意を決し、

 

「わっ……私は上が少し濡れただけですから、着替えは後回しで大丈夫ですので、ここは将である私が……」

 

 手を挙げて名乗りを上げる。頬が少々赤い様だが……するとヴィータが、さも面倒くさそうに頭の後ろで手を組みながら、

 

「将は関係無えじゃん……シグナムは着替えた方が良いし、結構活躍したんだろう? しっ、仕方無えなあ……アタシがやってやんよ……」

 

 ヴィータは何だかんだ言っているが、ゼロの為に何かしたかったのだろう。すると今度はシャマルが手を挙げ、一歩前に出て来た。

 

「そう言う事なら、風の癒し手の私に任せて」

 

 ある意味1番適任ではあるが、この様な時前に出て来るのは珍しい。

 

「何だシャマル……いいのか……?」

 

 心無し憮然とした表情を浮かべるシグナムに、シャマルは少々頬を膨らませ、

 

「だってゼロ君優しいもん……何処かのリーダーとアタッカーは、私が失敗すると文句言うだけなのに、ゼロ君は仕方無えなあ……とか言ってちゃんとフォローしてくれるのよ。こんな時こそ恩返ししなくちゃ」

 

 嬉しそうに微笑んで、小さくガッツポーズして見せる。ちょっと弟を心配する姉気分のようだ。実際はゼロの方が年上になるが。

 シグナムとヴィータは言葉に詰まる。今現在、八神家の家事ははやてとゼロ、シャマルとで分担して行っている。

 シャマルは天然なのか料理の腕前が残念だったり、たまにヘマをしでかす事があるのだが、少なくともしっかり適応して来ている。

 

 その点家事方面があまり得意では無いシグナムは、簡単なお手伝いくらいしか出来ない。後ははやての護衛をするか鍛練をする以外は、デンッと座ってリビングの主と化している。まるで定年退職したお父さん状態である。

 

 ヴィータに至っては、今の生活で素の子供の部分がすっかり甦り、ひたすら遊びまくりで小学生のお手伝いレベルである。沈黙するしか無い訳だ。

 

 しかし此処で退くのは何だか釈然としないシグナムと、その言葉に反発したヴィータは食い下がる。話が変な方向に行っている気がしないでも無いが……

 

 はやてはそんな3人の様子を楽しそうに見守っている。皆こんなになるまで街を守り抜いたゼロの為に、何かしたかったのだろう。微笑ましい限りである。3人でわいのわいの言い合っていると、

 

「……俺がやろう……皆は部屋を出て行っていてくれ……」

 

 落ち着いた渋い声がした。3人が振り返る と、久々に人間形態になったザフィーラが立っている。不満げな仲間達に向かい、

 

「ゼロも気を失っている間に異性に着替えさせられては、男として厳しかろう……さあ皆出てくれ……」

 

 正論であった。流石八神家で1番の常識人? で同性である。お陰でゼロは恥辱プレイを味あわなくて済んだようだ。

 

 急き立てられ3人は渋々部屋を出て行く。ふとザフィーラがベッド横を見ると、はやてがニコニコしてちゃっかり居座っていた。

 

「…………」

 

 ザフィーラはやる気満々の主を見て、ため息を吐くと、

 

「……出来れば、主にも外へ出ていて貰いたいのですが……」

 

「は~い……」

 

 さも残念そうに、はやては車椅子を操作して部屋を出て行った。

 

 さて……部屋の外で着替えが終わるのを待つ女性陣だが、各自の頭の中でハッキリとはしないが、妙な妄想が渦巻いていた。するとはやてがポツリと、

 

「……こう言う状況……何かで読んだ気がするなあ……」

 

「主はやて……何でしょうか……?」

 

 主のひどく真剣な呟きに、着替えて来たシグナムは訝しく思い訊ねてみる。はやてはそこで頬を染めると3人を見回し、

 

「考えてもみい……? 密室で男が2人っきり……間違いが起こって、ア~っな展開になるみたいなもんを読んだ覚えが有るんよ」

 

 とんでもない事を言い出した。力説である。どうやら小学生には刺激が強すぎるものを読んだらしい。妄想に明確な方向性を与えられ、3人は衝撃を受けた。

  シャマルは両手を頬に当て、まあっという風に部屋のドアを見詰め、

 

「じゃあ……まさか……今部屋の中は……?」

 

 ヴィータはゴキュッと唾を飲み込み、

 

「くんずほぐれつの……」

 

 シグナムは顔から湯気が出そうな程赤面し、

 

「阿鼻叫喚……では無く、あ、主ぃ? ななな何てものを読まれているのですか!? エッチいのはいけません!」

 

 何故かそっち方面で盛り上がってしまった。彼女達の背後に、ぬおお~んっという擬音がピッタリの、腐ったオーラが見えた気がしないでも無い。

 声がデカイので、ゼロを着替えさせているザフィーラにも丸聞こえだ。

 

「……何をやっているのだか…………」

 

 付き合っておれんと、ため息を吐く盾の守護獣であった。我らはもう少し堅苦しい筈だったが……とザフィーラは首を捻る。主とゼロの影響か? とは思うが、悪くは無いと感じる自分が居た。

 

(少なくとも……以前の様に、諦めと虚無感しか無かった人生より遥かにいいのかもしれんな……しかし……)

 

 寝ているゼロを見てザフィーラは、今意識が有ったなら怒り狂うのではないかと思い、珍しく頬が緩みそうになるのを堪えるのであった。

 

 

 

 

 ドタバタも落ち着き、街に穏やかな夜がやって来た。平和な夜だ。一歩間違えば壊されていた筈のもの……

 

(街の人達は守られた事にも気付いてないんやろな……それも私の前で寝とる人にやなんて……)

 

 ベッド脇のスタンドの小さな灯りにぼんやりと照らされる部屋で、はやてはこんこんと眠り続けるゼロの横顔を眺めながらそんな事を思った。

 時刻は11時を回った所だ。少年はあれからずっと眠り続けている。休む前にゼロが気になったはやては、様子を見に来たのだ。

 

 少しだけと思っていたが、寝汗を拭いてやったり顔を眺めたりしていたら、結構な時間が経っていた。

 

「はやて……?」

 

 後ろから小声で呼ぶ声がする。ドアを開け寝巻き姿のヴィータが、ペタペタと足音を忍ばせて入って来た。眠そうに欠伸をし、

 

「はやて……まだ寝ないの……? ゼロは大丈夫だろ……?」

 

「うん……そやね……ヴィータは先に寝とり、私はもう少し様子を見たら寝るわ……」

 

「判った……先に寝てるよ……」

 

 ヴィータは仕方無いなと苦笑を浮かべると、ベッドに近寄ってゼロの寝顔を覗き込み、

 

「……気持ち良さそうに寝やがって……」

 

 頬っぺを指でぷにぷに突っついてやる。心無しゼロの顔がくすぐったそうになる。

 

「……ゆっくり休めよ……はやてお休み……」

 

 微笑しはやてに挨拶をすると、部屋を出て行っ た。

 

 はやてはそれからしばらくの間ゼロの寝顔を見ていたが、ふと手を伸ばし少年の頬に触れてみる。ヴィータがやっていたので自分も触ってみたくなったのだ。

 

 ゼロは安らかに眠ったままである。大丈夫だと思ったはやては頬を慈しむように撫でてやる。

 感触を味わうようにしばらく撫でていると、ゼロが何か呟いている事に気付いた。起きたのでは無く寝言らしい。試しに耳を澄ましてみると、

 

「……お……親父……」

 

 確かにそう呟くのが聴こえた。はやては軽くショックを受けてしまった。ゼロは元々この世界に迷い込んで来ただけだ。当然元の世界に家族を残して来ている事に、思い当たったからである。

 

(……やっぱり……帰りたいんやろうな……)

 

 そう考えたら何だか落ち込んでしまった。頬を撫でながらつらつらと考えていると不意に、

 

「……今日は……はやてのお陰で助かった……」

 

 呟くような声が聞こえた。見るとゼロが薄目を開けて彼女を見上げている。

 

「堪忍な、起こしてしもた?」

 

 はやては慌てて手を引っ込め、決まりが悪くて謝った。ゼロはそんな彼女に薄く笑い掛け、

 

「……たまたま目が覚めただけだ……気にすん な……」

 

「うん……」

 

 はやては意識を取り戻した事を喜びながらも、何故感謝されたのか疑問に思う。

 

「私……別にお礼を言われるような事しとらん よ……?」

 

「……今日、逃げない……俺を信じるって言ってくれただろう……?」

 

 ゼロはまだ怠いらしく、気だるげな笑みを浮かべた。思い当たったはやては、バツの悪そうに複雑な顔をし、

 

「……あ~……あれは……ちょう頭に血が昇ってしもて……後から考えてみると……みんなにもマスターとしても無責任やったかなあと思たけど……ゼロ兄ならやってくれる思て……」

 

 色んな感情がない交ぜになっていたようだ。ゼロはそんな少女を微笑ましそうに見るが、視線を天井に向けると情けなさそうに眉をひそめ、

 

「……津波を受け止める前に……ちとびびっちまってな……情けねえ話さ……」

 

「ゼロ兄が……?」

 

 はやては意外な告白に驚いた。ゼロは怖いもの知らずのイメージが強い。ウルトラマンの少年は自嘲を浮かべ、布団から右手を出して自分の前に翳し、

 

「……俺のこの手に直接沢山の命が懸かっていると思ったら急に怖くなった……失敗したらってな……情けねえ話さ……」

 

「そないな事あらへん……」

 

 少女は優しく微笑んだ。翳したゼロの手をそっと握り締め、自らの胸に寄せる。

 

「……それはゼロ兄が優しいからや……命の重さを知っとるから怖くなるんや……そこで何も感じんような人は、命の大切さを本当に分かっとらんと私は思う……」

 

 はやては思った事を口にする。そんなゼロの揺らぎが何より愛しいと思った。例え超人であろうと、何も感じない恐れもしない。それでは機械と変わらないではないか……

 

 ゼロは苦笑する。本当にこの子は自分がマイナス思考に陥ったりすると、何時も前向きな言葉で励ましてくれる。

 

「……はやてが逃げない……俺を信じるって聞いて腹が据わったよ……ありがとうな……はやて……」

 

 はやては照れてしまい、えへへと誤魔化し笑いをするが、ある事を思い付いてニンマリすると、

 

「今日は久し振りにゼロ兄と一緒に寝るわ」

 

「お……おい……? それは皆に止められてるだろうが……?」

 

 ゼロは焦って止めようとする。一緒のお風呂と並んで添い寝も不味いだろうと言う事で、普段はやてはヴィータと一緒に寝ているだ。

 

「かまへん、かまへんっ」

 

 はやては軽く聞き流して、器用に腕と上半身のみで車椅子からベッドの中に潜り込んだ。早業である。ゼロも本調子で無いので抵抗が弱い。はやては困惑している少年の横に体を着けると、ニッコリ笑って、

 

「たまにはええやないの? みんなが来る前は結構一緒に寝とったやない」

 

「……でもよ……それは知らなかったからで……」

 

 こ難しい顔をするゼロに、はやては顔を近付けて、反論する暇を与えず優しくかつ強引に畳み掛ける。

 

「みんなが固すぎるだけや……この世界の各家庭には、そこだけのやり方言うもんが有るんや…… みんなはベルカ言う所の常識で固まってしまっとるんよ……せやから気にする事は無いんよ?」

 

 へ理屈もいい所なのだが、優しい口調でさも当たり前のように言うのがポイントである。まあ、守護騎士達が固すぎると思っているのは本当だ。

 

「……そ……そうなのか……?」

 

 案の定引っ掛かるゼロである。一般常識はある程度身に付いても文化と言うものがくせ者で、異星人である彼には所によって変わる常識や、TPOと言うものが把握しきれないのだ。

 

 彼を騙くらかすにはその辺りを突いてやるとチョロい。優しく微笑むはやてに狸の耳と尻尾が付いている気がするが、きっと疲れているせいだとウルトラマンの少年は思った。

 

「久々にゼロ兄の添い寝やあ~」

 

 はやてははしゃいでゼロの匂いを嗅いだり胸に顔を埋めていたが、不意に顔を間近に近付けた。その目に真剣なものが有る。

 

「……ゼロ兄……聞き……」

 

 そこまで言い掛けたが止めてしまい、顔を逸らしてしまった。言いにくい事らしい。

 

「……どうしたはやて……? 言ってみろよ……」

 

 気になったゼロは先を促すが、はやては困ったように俯いた。

 

「…………」

 

 しばらく悩んでいたようだが、彼女は意を決して口を開いた。

 

「……ゼロ兄……やっぱり……元の世界に戻りたいんか……?」

 

「……どうした……? いきなり……」

 

 いきなりの質問にゼロは面食らった。はやては少し躊躇したが、

 

「……だって……ゼロ兄寝言で親父って……父さんの事呼んどったから……」

 

「なっ!?」

 

 ゼロは思いっきり動揺してしまった。寝言で親を呼んでいた上、他の人に聴かれるのはかなり……相当恥ずかしい。彼には少々ファザコンの気が有る。

 動揺するゼロを見て、はやては自分の予想が当たってしまったと思った。寂しげに目を伏せた少女は、

 

「……せやから……父さんに逢いたいんやないかと思て……」

 

 それははやてに取ってとても怖い質問であった。ゼロがずっと傍に居ると約束してくれた事は疑ってはいない。

 しかし自分との約束のせいで、帰りたいのを我慢しているのではないかと思ってしまったのだ。無論帰って欲しくなど無いが、それでゼロを苦しめているのではと考えると板挟みで苦しくなってしまう。

 

「……はやては……考えすぎだ……」

 

 ゼロは微苦笑すると、はやての絹糸のような栗色の髪をくしゃくしゃと撫でてやる。暗めだった少女はくすぐったい表情を浮かべた。

 

「……確かに親父には逢いたいけどよ……別に無理はしてねえよ……」

 

 ゼロはひどく優しく、言い聞かせるように語り掛ける。はやては少年の瞳を見詰め、

 

「……ほんまに……?」

 

 恐る恐ると言った風に念を押した。ゼロは照れ臭そうに頭を掻き、

 

「……ああ……ただ親父に皆を逢わせてえなと思ってな……さっきもそんな夢を見てた……「これが俺の家族だ親父」ってな……きっと喜ぶぜ親父の奴……」

 

 疲労のせいで普段より穏やかに、それでもやはり照れ臭そうな表情も重なり、はやてはドキリとしてしまった。

 

(ほんまに……この人は狡いなあ……)

 

 彼女はごく自然に少年の首に両手を絡ませていた。長い睫毛に潤んだ瞳がとても近くなる。訳が解らないゼロが何か言おうとしたその唇を、少女の唇が塞いでいた。

 

(!?)

 

 ビックリするゼロは、とても柔らかな少女の唇の感触に呆然とする。しばらくの間そうしていたはやては、ゆっくりと唇を離した。

 

「は……はやて……?」

 

 ポカンとするゼロに、はやては頬を染め悪戯っ子の様な表情で人差し指を唇に当て、

 

「がんばったゼロ兄に、私からの贈り物……みんなには内緒やよ……? ファーストキスやし……シグナム達に知られたらゼロ兄殺されるかもしれへんから……」

 

「ないしょ……? ふぁすときす……? 殺され る……?」

 

 ゼロは彼女の言葉をオウム返しで繰り返した。声が上擦っている。何か大変なものを貰ったらしいとは思った。固まっている少年を見てはやては、

 

「あはは……つい……やってもうた……ゼロ兄が悪いんよ……?」

 

 勢いでしたものの、急に恥ずかしくなったらしい。お湯でも沸かせそうな程赤面している。もうこうなったらヤケクソだと、はやては誤魔 化すように抱き着いた。

 ゼロの頭の中は混乱しまくりである。どうリアクションをとったらいいか解らない。何か悪い事をしたのだろうかと間抜けな事を思ってしまう。

 

 はやては照れて胸に顔を埋めたまま「恥ずいわあ……いや、解らんから平気な筈や……」などと、ごにょごにょ呟いている。ゼロは混乱する頭でどうするか必死で考え、 取り合えず落ち着かせてやろうと頭を撫でてやる。

 

 しばらく続けていると、抱き着く力が徐々に弱くなって来た。何気に脚が不自由な分、はやての腕力は強い。地味に苦しかった。

 それからもうしばらく経つと、呟きも低く静かになって行く。気付くと少女の乱れていた呼吸も規則正しくなっている。

 

「……はやて……?」

 

 見るとはやては安らかに、天使のような顔で寝入っていた。昼間色々気を張り過ぎて疲れていたのだろう。ゼロはホッと息を吐いた。改めて少女の無邪気な寝顔を見て、

 

(何だか解らんが……そんな大事なものをくれて、ありがとな……)

 

 頭をあやすように撫でてやる。殺されるかもしれない代物とは……とゼロは少々怖いような 気がした。ある意味合っている。バレたら只では済むまい。

 そうしている内に強い眠気が襲って来た。こちらも疲労が抜けていない。墜落するようにゼロも眠りに落ちていた……

 

 

 

******

 

 

 

 次の日の早朝。その有り様を見てシグナム、 ヴィータ、シャマルの額に青筋がビキビキと浮いていた。

 起きてゼロの様子を見に来た3人は、ベッドで半裸で抱き合って眠る、ゼロとはやてを発見してしまったのである。

 ゼロは上半身裸で、はやてもワンピースの寝巻きが思いっきり捲れて、太股やら何やらが見えている。実際の所ゼロが半裸なのは、寝苦しかったので寝ぼけて脱いでしまっただけである。

 

 はやても派手にじゃれ付いて寝巻きが乱れたまま寝てしまっただけなのだが、誤解を招くには充分過ぎる光景であった。

 

 周りの騒ぎにはやてが目を覚ました。眠い目を擦りながら体を起こすと、シグナム達に気付き、

 

「……あれ……? おはようさん……皆今日は早いなあ……」

 

 ぽわ~んと挨拶するが、シャマルはとても哀しそうな顔をし、

 

「……可哀想にはやてちゃん……この年でこんな……さあ早くこのケダモノから離れましょうね?」

 

 まだ寝惚けているはやてをベッドから抱き起こし、素早く部屋を出て行く。すると周りの慌ただしさに流石にゼロも目を覚ました。

 

「……ん~……何だ……?」

 

 目をショボショボさせながら顔を上げる。その目前には、仁王立ちのシグナムとヴィータの姿が在った。

 2人共口許をひくつかせ、目元は濃い影に隠れて見えないのに目の光だけが爛々とギラついている。寝惚けているゼロは2人の様子に気付かず、

 

「……シグナム……ヴィータ……? どうかしたのか……?」

 

 緊張感の無い声で質問した。それがまた勘に障ったのかシグナムは眼光鋭く、

 

「……自分の胸に手を当てて聞いてみてはどう だ……?」

 

 ひどく押し殺した声で返した。頭に霞が掛かったままのゼロには、尋常で無い状況なのが解らない。シグナムは視線を落とし肩をワナワナと震わせ、

 

「……昨日の事で安心していたというのに……まさか……年端も行かぬ主に手を出す見境なしの獣(けだもの)だったとは……今日から改名して『ウルトラマンゼ・ロリ』にすべきだな……!?」

 

 まるで地獄から響いて来るが如しな声で呟く。正直とても怖い。それにすごく嫌な箇所で、名前を区切っている。

 ヴィータも凶暴な笑みを浮かべて細い首をコキコキ鳴らし、汚ならしいものを見るかのようにゼロを見下ろす。

 

「……処刑確定だな……」

 

 状況が全く分かっていない少年の前で、シグナムは『レヴァンティン』を、ヴィータは『グラーフ・アイゼン』を手にした。

 

 たまたまその時、様子を見に来た狼ザフィーラは直ぐに状況を察し止めようとしたが、最早言葉が通じる状態では無い。2人共目が逝ってしまっていた。

 

(済まんゼロ……死ぬなよ……!)

 

 ザフィーラは早々に諦め、部屋を飛び出した。すると中から、

 

「この淫獣があっ! 地獄へ落ちろお おぉぉぉっ!!」

 

「がっ!?」

 

 リーダーとアタッカーが吼えたようだ。それと同時にゼロの絶叫が上がり、硬いものが肉塊を打つような嫌な音がしたかと思うと、ガラスが割れる派手な音がした。

 絶叫が遠くなって行く。ザフィーラがふと廊下を見ると、シャマルが暗緑色のゲートを展開している。

 

 これは『旅の鏡』と言う魔法で色々条件は着くが、離れた相手を攻撃出来る転送魔法の一種である。

 シャマルは黒い笑みを浮かべて、廊下に飾ってあったゴツい花瓶を手にすると、旅の鏡に花瓶ごと手を突っ込んだ。

 

 すると遠ざかる絶叫から「なっ? 胸から手が生えたぁ!?」という声に代わった瞬間、ゴガッというゴツい音が聴こえた後、二度と声は聴こえなくなった。

 

 こうして若きウルトラ戦士ウルトラマンゼロは、八神家女性陣により止めを刺されたのである。

 

 

つづきます

 

 

 




次回予告

正体が割れてしまったゼロを襲う最大の危機。フェイトの慟哭が響く中、ゼロは成す術も無く崩れ落ちるしか無いのか?
次回『奪われたウルトラゼロアイや』



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第17話 奪われたウルトラゼロアイや

 

 

 高次元空間に浮かぶ『時の庭園』

 広大な中世の城を思わせる敷地内は、周囲の雷の喧騒を他所に寂寥感さえ感じさせ、不気味に静まり返っていた。

 此処には不自然な程温かみが感じられない。 黒々と渦巻く暗鬱な景色もそうだが、まるで墓所の地下に溜まった濁った淀みのようなものが、庭園自体にじくじくと染み付いているようで あった。

 

 その淀みの中、鞭が肉を打つ音と少女のか細い悲鳴が寒々とした庭園内に木霊する。

 天井から物のようにぶら下げられたフェイトは、母親から執拗な暴力を受け続けていた。『プレシア・テスタロッサ』は能面の如く表情を消した顔に狂気の色を滲ませ、

 

「酷いわフェイト……アナタはそんなに母さんを悲しませたいの……!? たった3つ……3つしか手に入れられないなんて……!!」

 

 苛立ちをぶつけるように、執拗に鞭を奮う。だが最早鞭などでは気が済まないのか、フェイトの拘束を解き床に乱暴に転がすと、踞る娘の華奢な体を執拗に蹴り上げ踏み付けにする。

 

 プレシアの硬い靴底が、容赦なく顔面に脾腹に叩き込まれた。フェイトにはもう悲鳴を上げる気力さえ無い。壊れた人形のように床に踞っている。

 最早折檻や虐待と言う言葉など生温い。剥き出しの暴力以外の何物でも無かった。

 狂気の怒りに震えるプレシアは、それでもまだ気が済まないのか、更にフェイトに暴力を振るおうと脚を上げようとすると、

 

「プレシア様……御報告ガ……」

 

 例のフードの人物が、音も無く彼女の背後に控えていた。プレシアは唾でも吐き掛けんばかりに娘を一瞥すると、報告を促す。 思念通話で話し合っているらしく、床に転がるフェイトには何を話しているのか解らない。

 

《あれで片付けられると思ったけど……意外としぶといわね……》

 

《プレシア様……殺シテシマイマショウ……次元震騒ギヲ起コシテ時間稼ギシタオ陰デ、此方ノ態勢ハ整イマシタ……管理局ハモウ問題デハアリマセンガ……ウルトラ族ヲ生カシテ置クト、面倒ナ事ニナルカモシレマセン……》

 

 フードの人物の進言に、プレシアは無表情な青白い顔にニタリと厭(いや)な笑みを浮かべ、

 

《……心配は無用よ……たかが名も知らない雑魚1匹でしょう……? 少しはやるようだけど…… この遠い世界では助けを呼ぶ事も帰る事も…… 私に太刀打ちすら出来ない……そうでしょう……?》

 

《ソレハモウ……デハ……放ッテ置クノデ……?》

 

 プレシアは少し思案していたようだが、何か思い付いたらしく酷く禍々しい笑いをした。

 

《ただ殺すだけじゃ詰まらないわ……どうせなら自分の無力さを呪いながらどうする事も出来ず、あの世界と一緒に死んで貰うとしましょう……》

 

 プレシアの自信たっぷりな言葉に、フードの人物は困惑したようにフード奥の赤い眼を細めた。

 

《ソレヲドウヤッテ……? 例ノ怪獣ヲ送リ込ンデ来タ敵ノ事モ有リマス……コレ以上超獣ヲ損耗スルノハ得策トハ言エマセン……》

 

 プレシアは特に進言に気を悪くした様子も無く、床に転がっているフェイトを冷たく見下ろした。

 

《報告通りなら、とても簡単に奴を無力化出来るわ……私の可愛い娘にやらせればね……》

 

 含みの有る言い方をすると娘に歩み寄り、優しく抱き起こしてやる。虐待の痛みに呻いていたフェイトは驚いた。事故以来母がこんな態度を自分に取るのは初 めてだ。プレシアは痣だらけの娘の顔を優しく撫で、

 

「……フェイト……御免なさい……母さんを赦してね……? でもこれは全てアナタの為なのよ…… 判ってちょうだい……」

 

 能面のような顔に哀しげな表情を浮かべて見せる。フェイトは久し振りに掛けられる母の優しい態度に戸惑いながらも、嬉しさが込み上げるのを抑えきれなかった。

 やはり母は自分の為を思って、わざと厳しく接していたのだ。母はやはり母だったのだと……

 

「わ……判ってます母さん……私が不甲斐ないか ら……」

 

 弱々しく微笑むフェイトに、プレシアは満足げに笑い掛け、手を伸ばして娘を立たせながら、

 

「……フェイトは優しい子ね……じゃあ『ジュエルシード』最後に残った1つを集めて来てちょうだい……これは最低限よ……」

 

「……判りました……」

 

 フェイトはふらつきながらも立ち上がり、 しっかりと返事をする。そんな健気な娘にプレシアは、用件を何気無い風に切り出した。

 

「……そう言えば……向こうの世界でお世話になった男の子が居たそうね……?」

 

「……えっ……?」

 

 フェイトは母親の質問の意味が一瞬解らなかったが、直ぐにゼロの事だと思い当たる。他にそんな知り合いは居ない。何故いきなりその事を言い出したのか、不思議そうな顔をする娘にプレシアは、

 

「それじゃあ……是非その子にお礼をしなくてはね……?」

 

 寒気がする程残忍な笑みを浮かべたが、プレシアに優しくされ舞い上がっているフェイトには気付く事は出来なかった……

 

 

 

 もうアルフの我慢も限界だった。彼女は元々真っ直ぐで善良な質だ。今まで必死に耐えて来たのはフェイトの為である。

 アルフは産まれて間も無い子狼の時に死病に罹り、群れにも見捨てられ死を待つだけだった所をフェイトに助けられ、使い魔になった経緯がある。

 

 それからはフェイトと共に育ち、苦楽を共にして来たのだ。それは主従と言うより姉妹の絆に近かった。彼女の為ならば命も惜しく無い。

 

 フェイトはプレシアの命令には絶対逆らわない。 どんなに冷たくされてもだ。アルフがそれに対し怒ろうとしてもフェイトはそれを諌めた。

 

 あくまで母親を信じる彼女を立てて、アルフはずっと我慢して来たのだ。だがプレシアのフェイトへの仕打ちはあまりにも酷すぎた。親代わりだったリニスが死んでからそれは悪化して行った。

 

 そして無理難題を押し付け、挙げ句の果てに必死で頑張って来た娘へのこの仕打ち…… ようやく開かれた扉から中に駆け込むアルフは、プレシアに反逆する覚悟を固め始めていた。

 このままではフェイトが不幸になるだけだと強く思った。主人であるフェイトに逆らってでも彼女を開放しなければ。使い魔の少女は拳を握り締めた。

 

 部屋に飛び込んだアルフは、倒れ伏している筈のフェイトを捜そうと辺りを見回す。すると意外な事に、彼女は自分の足で歩いて来た。

 

 だが無事とは言い難い。体や顔に酷い痣が有る。虐待を受けていたのは確かで、辛い筈なのだが心無か表情が明るい。不審には思ったがアルフは駆け寄り、

 

「大丈夫かいフェイト……? ああ……酷い…… 酷いよ……! あの鬼婆……よくも……!!」

 

 その無惨な姿に悔し涙を滲ませ怒る少女の肩 に、フェイトはそっと手を乗せ、

 

「……平気だよ……これは私が不甲斐ないから……それに母さん……今日は優しくしてくれたんだ……」

 

 痣だらけの顔でとても嬉しそうに笑い掛ける。そんなフェイトを見てアルフは泣きたくなった。こんな酷い目に遭わされているというのに……

 

「へ……へえ……そうなのかい……?」

 

 プレシアが優しくしてくれたなど信じられなかったが、アルフは取り合えず相づちを打つ。フェイトはそこで恥ずかしそうに顔を伏せ、

 

「……それでね……母さんが……私達が向こうでお世話になった……ゼロさんにお礼がしたいって……何か用意してくれるって言ってるんだ……」

 

「えっ? あの女が!?」

 

 アルフは驚いてしまった。違和感を禁じ得ない。あの少年の事を知っているという事は、見張りが居たと言う事になるのではないか。

 

 あのフードの奴だろうかと当たりを着けるが、いくらプレシアでも関係の無い人間に何かするとは思えなかった。ゼロは全くの無関係なのだから。

 それにせっかく喜んでいるフェイトに、水を差すような事を言うのも躊躇われた。虐待は許せないが今は堪える。

 

「……それでね……アルフ……私の顔酷くな い……?」

 

 フェイトは痣だらけの自分の顔に触れ、落ち込んだ様子で聞いて来た。アルフは彼女の気持ちを察する。

 

  フェイトに取ってゼロとの事は、殺伐とした向こうでの生活の中、唯一の心暖まる記憶だった。

 また食事を採ろうとしない彼女に、ゼロに注意された事を言うと、少しながらも口を着けたものだ。

 それにアルフは、フェイトがゼロから貰った携帯の番号を大事に持っているのを知っている。

 

 苦しい時辛い時には、思った以上に他人の善意や優しさと言ったものが支えになる事が有る。フェイトはアルフにも言わないが、少年との出逢いを大切に思っているのが判った。

 

 そんな時に、もう逢う事は無いだろうと思っていた少年と再び逢う事になった。それでフェイトは年相応の少女らしく、痣だらけの顔で少年に逢う事に気後れしてしまったのだろう。

 そんな主人をいじましく思ったアルフは、 しっかりと彼女の手を取り、

 

「アタシが全力で何とかするよ! だからそれまでに痣をみんな消そうじゃないか!」

 

「……うん……」

 

 フェイトは恥ずかしそうに頷いた。彼女はプレシアに気に掛けて貰った嬉しさで、不自然な部分が多々あるこの話を全く疑問に思わなかった……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 八神家の朝の食卓である。そこで頭に大きなたん瘤を3つこさえたゼロが、もの凄い勢いで食事を平らげていた。

 見ていて気持ち良くなる程見事な食べっぷりである。ほかほかの炊きがけご飯が、湯気を立てるおかずが味噌汁が、次々と胃の中に消えて行く。

 

 たん瘤は前回シグナム達にやられたものである。全くの無実? でボコられた彼は流石にプンスカ怒っていた。

 しかしはやてがまあまあと宥め、朝っぱらから特大豚カツを揚げて貰い、更に約束を破ったはやてと窓ガラスを割ったシグナムとヴィー タ、花瓶を割ったシャマルの分のアイスを貰うと言う事で直ぐに機嫌を治した。

 実に扱い易い宇宙人である。反省しきりのシグナム、ヴィータ、シャマルであった。シグナムに至っては正座で反省中である。

 

 はやては……あまり反省していないと言う か、たまに何か思い出してぼ~と顔を赤らめたり、頭をプルプル振ったりして挙動不審だ。

 

 ゼロは昨日消耗した分を、取り返さんばかりの勢いである。太陽エネルギー補充とは関係無さそうたが、人としての体も消耗してしまったのだろう。

 

「ふう……食った食った……」

 

 軽く5人分は平らげ、ようやく満足したゼロはリビングのソファーにゴロリと横になると、あっという間に熟睡してしまった。

 行儀悪い事甚(はなは)だしいが、消耗した今の状態では仕方が無いだろう。はやて達は苦笑し、そのまま寝かせてやる事にした。

 

 

 

 満ち足りてぐっすりと眠っていたゼロは、何かの音でふと眼を覚ました。 寝惚け眼で辺りを見回すと、キッチンではやてとシャマルが食事の仕度をしている。もう昼時らしい。

 眠い眼を擦りながら音のする方向を見ると、 尻ポケットに入れていた携帯電話が着信音を響かせている。

 

「ゼロ兄、電話鳴っとるよ?」

 

 はやては調理の手を止め、まだ寝惚けて反応しないゼロに声を掛けた。ようやく自分の携帯が鳴っている事に気付いたゼロは携帯に出てみる。

 

「……はい……もしもし……」

 

《…………》

 

 何も聴こえない。何となく向こうであたふたするような気配が感じられる。おかしいなと思い、もう一度喋ろうとすると、

 

《……あ……あの……この間はありがとうございました……フェ……フェイト……フェイト・テスタロッサです……》

 

 眠気が一気に吹っ飛んだ。ゼロは思わずガバッと起き上がっていた。

 

「おおっ、フェイトかあっ!? 元気でやってるか? ちゃんと飯食ってるか? アルフも元気かよ?」

 

 フェイトが連絡して来てくれた嬉しさで、つい普通に話し込んでいた。一方ゼロの口からフェイトの名前が出たので、はやてとシャマルはビックリしてしまう。

 

 あのフェイトから直接連絡が来たらしいので、驚くのも無理は無い。ゼロはしばらく話し込んでいたが「……いや……そんの気にするな……」「分かった……今行くぜ」と何かを約束して携帯を切る。はやてとシャマルは慌ててゼロに詰め寄った。

 

「ゼ、ゼロ兄ぃ、フェイトって……あのフェイトちゃん?」

 

「ゼゼゼロ君、一体どう言う事なの!?」

 

 ゼロは問い詰める2人を宥め、電話の内容を話してやる。まず街で偶然フェイト達と出会って知り合いになった事をシャマルに説明した。

 彼女達守護騎士が来る前の話なので、はやてにしかその事を言っていない。迷子になったせいの部分は端折っているが……

 

「それでこの間の事で、親に土産を持たされたから是非渡したいってよ。気にすんなって言ったんだが……」

 

 はやてとシャマルはこんな事も有るのかと、巡り合わせを感慨深く思った。 ゼロは早速出掛ける用意を始める。その様子を見てはやては少し心配になり、

 

「せやけど……ゼロ兄どないする気なんや……?」

 

「まずは、会ってみてからだな……上手い事親の事を聞けりゃあいいが……駄目なら後を着けるのも有りだな……俺なら一発だぜ」

 

 上着を羽織りながら自信たっぷりに拳を振って見せた。しかしはやては少々不安を感じてしまう。シグナム達は買い出しに出掛けて留守だ。皆で相談した方が良いのではと思い、

 

「大丈夫やろか……? 何か気になるなあ……」

 

「心配性だな……はやては」

 

 ゼロは屈み込み目線を同じくして、不安そうな少女の頭を撫でる。顔が近い。はやては昨晩の事を連想しドキリとしてしまった。ゼロはそんな少女の内心も知らず微笑し、

 

「心配ねえよ……立場上なのは達と敵対してるが、あの2人は悪い奴らじゃねえ……人を騙したり陥れたりするような事はしねえよ」

 

 全く疑っていない。はやてもフェイト達の人となりは聞いているので、それもそうかと思い直した。 ゼロははやての頭から手を離して立ち上がり、

 

「なあに、何か有ったとしても、俺は無敵のウルトラマンゼロだぜ、心配ねえよ。じゃあ 行って来るぜ!」

 

 見送るはやてとシャマルに、余裕綽々と言った風におどけて言うと、張り切って出掛けて行った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 フェイトとアルフは、人気の無い廃工場でゼロを待っていた。以前迷子になった時に出逢った廃棄された工場区画である。

 錆びた鉄骨や風雨に晒され、ボロボロになった壁が物悲しい。もうじき解体予定らしく、立入禁止の札が貼ってあった。フェイトは、プレシアから持たされたケーキの大箱程の包みを持っている。

 

 何故この場所になったかと言うと、両者共に知っていて人目の無い場所は此処しか無かったのだ。

 更にプレシアから、このお礼は此方の世界では珍しい物なので、他人に見られない方が良いとの指示を受けていたからである。

 

 ゼロも特に不審には思わなかった。管理局に追われているフェイト達にしてみれば、人目に付きたくは無いのは無理も無いと思う。

 

 それ所か、わざわざ娘にお礼を持たせるような親ならば、意外と話せば判ってくれるのでは無いかなどと楽観し先を急ぐのであった。

 

 

 一方フェイトは待つ間、アルフにゼロとの電話の事を話していた。

 

「……ゼロさん相変わらずだったよ……一度しか逢ってないのに……私達の事を本気で心配してくれてた……」

 

 フェイトははにかみながらも微笑を浮かべている。連絡先を貰ったとは言え、いきなり電話して迷惑では無いだろうかと、内心ドキマギしていたが心配は無用だった。

 

 電話口からも心から歓迎してくれているのが伝わって来た。非常に判り易い反応で、フェイトは知らぬ間に微笑を浮かべていたものだ。

 逢えますかと言うお願いにも即答してくれた。そんなひとつひとつが心地良い。ふと何度も逢っていて、何時も心配して貰っているような気さえした。

 

 その顔に張り付いている寂しげな陰も薄まっているフェイトを見て、アルフも嬉しくなった。

 この状況を不審に思っていたのだが、考え過ぎだったかと思う。この調子で最後の『ジュエルシード』を集めれば、もうフェイトが酷い目に遭う事も無いだろう。自然アルフの表情も明るくなった。すると、

 

「おお~いっ! 待たせたな~っ」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。見るとゼロが 片手を挙げて此方に走って来る所である。久し振りに逢う少年は全く変わらない印象だったが、少し眠そうに見えた。

 

「2人共元気だったか? フェイトは少し痩せたんじゃねえか? アルフもだぞ。また無理してるんじゃねえか?」

 

 ゼロはハグでもしそうな勢いで、逢って早々オーバーな位に2人の心配である。全く変わらない少年に、思わず顔を見合わせ苦笑するフェイトとアルフだった。

 一通り挨拶するとフェイトは、プレシアから渡されていた包みを差し出した。

 

「……こ……これ、母さんからなんです……ゼロさんに、家のがお世話になってありがとうございます……ほんの気持ちです、と言っていました……」

 

 少々緊張しながらも包みを手渡した。ゼロは悪そうにしていたが、

 

「悪いな、こんな物貰っちまって……礼を言われる程の事はしてねえんだけどな……」

 

 申し訳無さそうに受け取った。フェイトはプレシアに念を押されていた事を口にする。

 

「……か、母さんが、直ぐに中を見て貰えと言ってました……」

 

「おうっ」

 

 それならとゼロは素直に包み紙を破り、中の箱を開いてみる。中には実物大程の茶色の毛並みをした、可愛らしい子犬の縫いぐるみが入っていた。 フェイトは何処が珍しいのだろうと、少し疑問に思う。

 

「ヘエ~、縫いぐるみかあ……」

 

 ゼロが何の気無しに縫いぐるみを手に取った 瞬間だった。

 

「ぐはあっ!?」

 

 そのつぶらな目がギラリと光ると同時に、縫いぐるみの口から光弾が連続してゼロに撃ち込まれた。内部に武器が仕込まれたロボット犬だったのだ。

 

 身体が痺れる。何か神経麻痺弾のようなものを撃ち込まれたらしい。 力を振り絞って縫いぐるみを投げ付けると、アスファルトに叩き付けられたロボットは、内部メカを飛び散らし火花を上げて動かなくなっ た。

 何が起こったか解らず目を見開くフェイトの前に、ゼロはバランスを崩してよろめいた。フェイトは咄嗟に支えようと手を伸ばす。

 ゼロはその手を掴もうとするが、もう身体は思ったように動かず彼女の服に手が掛かる。倒れる反動で服が擦れ、フェイトの肩が露になった。

 

「……!?」

 

 ゼロは倒れ込む瞬間ハッキリと見た。惨たらしい痣と傷だらけの身体を…… 驚く間も無く完全に麻痺が身体中に回ったゼロは、ドサリとアスファルトに倒れ込んでしまった。

 意識が朦朧とし、身体は全く動かない。 フェイトは慌ててゼロを起こそうとし、アルフは驚いて駆け寄って来た。

 

(……罠に……嵌められた……?)

 

 一瞬そう思ったが、蒼白な顔の2人を見て利用されたなと直感する。フェイト達には悪意も殺気も全く無い。それでまんまと引っ掛かってしまった。

 

 ゼロ自身の驕りも原因である。このタイミングでの呼び出し、警戒して当然にも関わらず何の警戒も払わなかった。

 本当なら守護騎士の誰かに着いて来て貰うのが正しい。しかしゼロはそれを敢えてしなかった。

 

 彼なりの考えもあったが、結局自分はウルトラマンなのだから変身さえすれば、何が有ってもどんな危険でも打ち破る事が出来る。そう慢心してしまったのだ。致命的であった。

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

 ゼロが倒れると、不気味な哄笑が工場跡地に響き渡った。助け起こそうとしていたフェイト達はハッとする。声のした方向を見ると、例のフードの人物が直ぐ近くに立っていた。そいつはゆっくりとゼロに歩み寄り、

 

「オ前達……御苦労ダッタナ……プレシア様モ、 オ喜ビニナルダロウ……」

 

 フェイトはその言葉を聞き愕然とする。信じたくは無かったが、これが母の仕業なのは疑いようが無い。

 

「……どうして……? ゼロさんが何をしたって言うんですか……?」

 

 声を震わせてフードの人物をキッと睨んだ。 いくらプレシアの命令でも酷すぎた。無関係の、それも自分達を気に掛けてくれた親切な人間に、恩を仇で返す形になってしまった。 フードの人物は、そんなフェイトを気にも留めず、

 

「オ前達ガ知ル必要ハ無イ……!」

 

 そう切り捨てると傍らに居たフェイトを容赦無く突き飛ばし、地面にうつ伏せに倒れているゼロを蹴り飛ばして仰向けにさせる。

 

「止めな!」

 

 見兼ねたアルフが掴み掛かろうとするが、 フードの人物は片手で彼女を弾き飛ばしてしま う。

 

「うわあっ!?」

 

 数十メートルは吹き飛ばされたアルフは、コンクリートの壁に叩き付けられ亀裂が入る。凄まじいパワーであった。

 

 フードの人物は面倒を掛けるなと言いたげに片手を振るとしゃがみ込み、動けないゼロの身体をまさぐる。何かを探しているのだ。異様な熱気が伝わって来た。

 しばらくポケットなどを探っていた手が止まる。目的の物を見付けたらしい。 内ポケットから、銀と赤と青に色分けされた 『ウルトラゼロアイ』をゆっくりと取り出す。 最初からこれが目的だったのだ。

 

「……き……貴様……?」

 

 朦朧としながらも手を伸ばそうとするが、身体は言う事を聞かず腕が僅かに持ち上がっただけだった。フードの人物は『ウルトラゼロアイ』を見せびらかすように掲げながら、ゼロの耳元に顔を近付け、

 

「コレガ無ケレバ、オ前ハ無力ナ、只ノ人間デシカ無イ……オ前ハ自分ノ無力サヲ呪イナガラ、コノ世界ト共ニ死ネ……」

 

「……ど……どう言う意味だ……? てめ…… え……何者だ……?」

 

 ゼロは霞む目でフードを睨み、呂律の回らない口で必死で問う。

 

「ケヒャヒャ……コノ世界ヲ含メタ周囲ノ世界ハ全テ、扉ヲ開ク為ノ贄(にえ)トナリ、消滅スルノダ……」

 

 フードの人物は不吉な言葉を吐くと、頭を覆っていたフードを捲り上げ、ゼロのみに素顔を曝して見せる。その顔を見たゼロは驚きで目を見開いた。

 

「……て……てめえは……『マザロン人』……? た……確か死んだ筈……」

 

 フードの下の顔は人間では無かった。人の数倍はある真円の真っ赤な眼、凶悪な牙がびっしりと生えた鮫のような口に不気味にグレー掛かったゴツゴツした肌。『マグマ超人マザロン人』であった。

 

 怨念の塊故、完全に滅ぼす事が出来ない『ヤプール』はともかく、その配下で『ウルトラマンA』に破れて死んだ筈のマザロン人が何故? ゼロは疑問だった。その疑問に答えるように異形の超人は哄笑し、

 

「ケヒャヒャ……! 甦ッタノサ……貴様ラ、ウルトラ族ヘノ怨ミ……忘レテハイナイゾ!!」

 

 悪鬼の如く叫ぶと、動けないゼロの腹を凄まじい勢いで踏み付けた。

 

「ぐはあっ!」

 

 ゼロは苦痛の声を上げてしまう。衝撃で胃液がせり上がって来る。並みの人間ならば内臓が破裂する程の衝撃だった。マザロンがもう一撃くれてやろうと脚を上げた時、

 

「止めて!」

 

 フェイトがゼロの上に覆い被さり庇っていた。マザロンは流石に脚を止める。 フェイトは顔を上げ、怪人を睨み付けた。

 

「止めて下さい……今盗った物をゼロさんに返して!」

 

 怪人はそんなフェイトを嘲るように見下ろした。さも可笑しそうに奪った『ウルトラゼロアイ』を掲げて見せ、

 

「コレハ全テ、プレシア様ノ御命令ダ……コイツヲ持ッテ来イトナ……文句ガアルノナラ、プレシア様ニ直接言ウ事ダナ……ケヒャヒャ ヒャ!」

 

 厭らしい声でギチギチと嗤った。フェイトは言葉に詰まってしまう。マザロン人は更に追い討ちを掛けるように、

 

「良クヤッタナ……オ前達ノオ陰デ、事ガスンナリ運ンダ……プレシア様モ、サゾオ喜ニナルダロウ……後ハ残リノ『ジュエルシード』を探セ……プレシア様ヲモット喜バセルノダゾ……ケヒャヒャヒャヒャ!」

 

 言葉にたっぷりと悪意と言う毒を込めて言い残すと、きびすを返した。その前に異様な空間の揺らぎが現れる。次元ゲートだ。

 

「待って!」

 

 フェイトは後を追おうとするが、マザロン人は一顧だにせずゲートの中に踏み込むと、その姿は揺らぎと共に瞬時に消え去ってしまった。 虚空を見詰め、フェイトは茫然と立ち尽くすしか無い。

 

(……母さんが優しくしてくれたのは……この為だったんだ……)

 

 その泣き出しそうな少女の顔を見たのを最後に、ゼロの意識は闇の中に落ちて行った……

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 




※マザロン人。ヤプール人の配下で、体内に燃え盛るマグマを持つ異次元人です。Aと巨大ヤプールの決戦前に不気味な行者に化け子供を異次元に拐い、巨大ヤプールが倒された後は復讐の為Aと直接激突しました。
得意なものは、豊穣を願うマザロンダンス。(マジです)何の豊穣を願うんでしょうか?(汗)

ロボット犬ネタは、同じくヤプール人がA暗殺の為に仕組んだ時と同じ方法です。ブラックサタンの時に登場。

次回予告

ウルトラゼロアイを奪われ苦悩するゼロ。無力となった少年は……その時はやては、ヴォルケンリッターは?
次回 『ウルトラはやて作戦第一号や』



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第18話 ウルトラはやて作戦第一号や

 

 

 数年前『時の庭園』

 

 プレシア・テスタロッサは苛立っていた。

 

 長年の研究成果も失敗に終り、新たなアプローチを考えてみたものの、代案はことごとく使い物にならず、研究は行き詰まっていた。

 

 それでも諦める訳には行かない。今日もコンソールを険しい顔で睨み、研究に没頭していたプレシアは、突然激しく咳き込んでしまう。

 

 只の咳き込みとは違うように見えた。病んだ者特有の苦し気な様子。しばらく胸を押さえ苦しんでいた彼女はようやく顔を上げた。

 

(……時間はそう残っていないと言うのに……)

 

 掌に着いた血痰を見て暗澹とする。死病に冒されているのだ。その瞳に焦燥が浮かぶ。焦燥は狂気に変わりつつあった。いや、あの時から既に狂気に侵されていたのかもしれない……

 

 目的を叶える為ならどんな事も厭わない。例え悪魔 に魂を売り渡してでも……プレシアが病んだ青白い手を握り締めた時である。『時の庭園』にアラーム警報が鳴り響いた。

 

 今フェイト達は使いにやっていて、此処にはプレシアしか居ない。彼女は外部モニターで異常の反応がある箇所をチェックしてみる。

 

「こ……これは……何なの……?」

 

 映し出された映像を見て、プレシアは眉をひそめた。何処からか漂着したらしい『それ』 は、大破した巨大な人型のロボットらしきものであった……

 

 

 

 

********************* **

 

 

 

 

 ゼロは暗黒の中に居た……

 

 

 泥沼に沈み込んだような暗闇の中、様々な場面が走馬灯のように次々と現れては消えて行く……

 

 

 親友が死んだ時の事、『プラズマスパーク』 に手を出して追放された時の事、『べリアル』 に捕まり、皆が苦戦しているのを見ているしか出来なかった時の事……

 

 

 人気の無い家で1人佇む寂しげな車椅子の少女……戦場をボロボロになりながら歩む5人の騎士達の姿……

 

 

 次に金髪の少女の傷だらけの肌が見えた。ぞっとするような惨たらしい傷が、抜けるような白い肌に刻まれている。

 

 

 更に赤く鬼火のように燃える眼と、嘲笑う不快で不気味な声……

 

 

 そして……誰かがしきりに自分に謝っている……

 

 

 ……ごめんなさい……ごめんなさい……

 

 

 顔に温かいものが数滴落ちて来た……それは……

 

 

 

「……兄… 」

 

 

「……ゼ……」

 

 

「……し……ろ……っ!」

 

 何処からか声が聞こえる。最初は遠すぎて良く聞こえなかったが、自分を呼んでいる気がした。 ゼロはボンヤリする頭で声のする方を向いてみると……

 

「ゼロ兄ぃっ!」

 

 今度はハッキリと自分を呼ぶ声が聞こえた。 良く知っている少女の声。暗闇に光が射し込んだようだった。

 

「……ん……っ……?」

 

 ゼロは目を開けた。光が眩しい。霞む視界で目を凝らすと、見覚えの無い無機質な白い天井が見えた。どうやら自分は寝ているらしいとボンヤリ思う。

 

 その自分を心配そうに覗き込み呼び掛けているはやて達の顔が見えた。人間形態のザフィーラまで居る。『闇の書』 までもがベッド脇に浮いていた。

 

「……コ……此処ハ……?」

 

 混乱するゼロは声を出すが、思ったように声が出ない。口から出たのは、掠れて呟くような小さな声であった。

 痺れるような感覚があり、やけに身体が怠い。記憶が混乱し頭がハッキリしなかった。そんなゼロにはやては今にも泣き出しそうな顔で、

 

「此処は病院や……良かった……目が覚めて……」

 

「……病……院……?」

 

 ゼロが寝かされているのは病院の処置室らしかった。他に人は居ない。

 

「ほんまに良かった……!」

 

 まだボンヤリしているゼロに、はやては涙ぐんでしがみ付いて来た。そんな彼女の頭を力無く撫でてやりながら、

 

「……お……俺……何で病院なんかに居るんだ……?」

 

 改めて聞いてみると、同じく覗き込んでいたシグナムが安堵した顔をして、

 

「どうもこうも無い……お前が外出先で倒れていたのを誰かが見付けて、救急車を呼んでくれたらしい……何があった?」

 

「……何がって……」

 

 そこでゼロの意識がハッキリして来た。途切れ途切れだった記憶が徐々に繋がって来る。ようやく状況が呑み込めて来た。そして厳然たる事実が浮かび上がる。

 

「ちくしょう、やられた!!」

 

 血相を変えて身体を起こそうとすると、あちこちが痺れ腹部に激痛が走った。

 

「ぐあっ!?」

 

 痛みに呻くゼロに、はやては慌てて起き上がろうとするのを止める。

 

「まだ無理したらアカンよ? 何やお腹を強く打ったらしいて、お医者さんも言うとったし……」

 

 マザロン人に踏み付けられた所だ。常人なら内臓破裂で死んでいただろう。神経麻痺弾の方は現代の医学では解らなかったようだ。

 

 まだ後遺症で身体が少し痺れている。針でチクチク刺されているようだった。それでもゼロは顔に脂汗を掻きながら上体を起こし、

 

「……やられた……罠に嵌められた……正体が敵にバレていた……!」

 

 悔しそうに拳を握り締める。それを聞いてはやて達は驚いた。フェイト達がそんな事をするとは思ってもみなかったのだ。ゼロは哀しげに首を横に振り、

 

「……フェイト達は何も知らないまま利用されただけだろう……可哀想にな……真っ青な顔をしてた……救急車を呼んでくれたのはフェイト達だろう……」

 

 その時のフェイト達の気持ちを思うと胸が痛んだ。ゼロは沈痛な面持ちでマザロン人に襲撃を受けた事を語る。 一通りの話を聞いたシグナムは、腕組みし険しい表情で、

 

「……と言う事は、前回の超獣と言い……テスタロッサ達の周囲にゼロの知っている『ヤプー ル』とやらが関わっているのは間違い無いのだな……?」

 

「……ああ……それは確かだ……死んだ筈の奴が現れやがった……」

 

 ゼロはマザロン人の哄笑を思い出し、屈辱に震えた。そんなゼロに、今まで黙っていたザフィーラが口を開く。

 

「……しかし……何故奴はゼロを殺さなかったの だ……? 状況から言っても造作も無かった筈だ……」

 

 最もな疑問だ。ゼロは奥歯をきつく噛み締めた。臓腑を抉り出されたように声を絞り出す。

 

「……殺されるより悪い……『ウルトラゼロアイ』を奪われた……!」

 

「『ウルトラゼロアイ』って、ゼロ兄が変身するのに使うあのゴーグル?」

 

 驚くはやてに、ゼロは憔悴した顔で頷き、

 

「……あれが無いと2度とウルトラマンに戻れねえ……今の俺には殆どの力が使えない……!」

 

 ゼロの話を聞いて全員が驚いた。そこまで重要なものとは思ってもみなかったのだ。

 今のゼロアイはそれ自体が『ウルティメイトイージス』と同じである。変身はおろか『ウルトラマンノア』に授けられた力も失われてしまった。

 

 イージスはゼロの手に在ってこそ力を発揮する。自分から戻って来たり、位置を報せてくれるなどという便利な力など無い。

 イージスを探し出した時も、様々な場所を回り苦労したのだ。代わりなど無い。シグナムは瑠璃色の瞳に、静かに怒りの色を浮かべ、

 

「1番の邪魔者であるゼロを排除するには、安全確実な方法と言う訳か……女子供を利用して……卑劣な!」

 

「何て汚ねえ奴だ!」

 

 ヴィータも怒りを顕にする。憤る周りの反応も、今のゼロには遠く感じられた。以前なのはとユーノに言った自らの言葉が甦る。

 

 『1人で抱え込むな、何でも自分でやろうとするな。1人で出来る事は多く無い』

 お笑い草だった。何の事は無い。それはそのまま今のゼロに跳ね返って来たのだ。

 自分が何とかする。ウルトラマンの自分さえ居れば……他に自分のような存在が居ない世界で、気付かぬ内に思い上がってしまっていた。

 

 思い上がりは今、最悪の形で降り掛かって来たのだ。重い現実がのし掛かる。ウルトラマンの力を失った。それは想像以上に不安を増大させた。

 敵が迫って来たとしても、今の自分にはどうする事も出来ず容易く殺られてしまうだろう……

 

(何て事だ……)

 

 ゼロは自らの不甲斐なさを自嘲する。今まで自分はウルトラマンの力を持っていればこそ、恐れを知らず敵に立ち向かえたのかもしれないと。

 心が強かったからではなく、肉体が強かっただけだったのでは無いのか? だから力を失った今こんなに不安になるのでは。少年はそう自問する。

 

 だがそんなゼロの脳裏に、フェイトの傷だらけの身体と今にも泣き出しそうな顔が浮かんだ。意識が混濁していた時、顔に掛かったものは……

 

「クソッ……!」

 

 ゼロは自分を奮い立たせた。正直今の状況は最悪だが、そんな泣き言を言っている暇など無い。

 

「こうしちゃ……居られねえ……!」

 

 ベッドから這い出し、まだダメージの残る身体で無理矢理立ち上がった。はやては心配し、

 

「ゼロ兄っ、無理したらアカンって」

 

「何これくらい……おっと……?」

 

 強がるものの麻痺弾の後遺症が抜けきっておらず、ぐらつき倒れそうになってしまう。

 

「バカッ、やせ我慢すんな!」

 

「駄目よ、まだ動いちゃ!」

 

 後ろに居たヴィータとシャマルが、覚束ない足取りのゼロを慌てて支える。シグナムは、そんな少年に鋭く声を掛けた。

 

「ゼロ……どうする気だ……?」

 

 ゼロはヴィータとシャマルに首を振って見せ、離して貰うとシグナムに向き直り、

 

「……『ヤプール』が裏に居るなら……フェイト達は間違い無く殺されるか、死ぬより酷い事になる……あの子の身体……傷だらけだった……」

 

 少女の惨たらしい傷を思い出す。子供にあんな酷い事を。怒りの余り全身の血が逆流する気がした。

 

「……だからその前に『ウルトラゼロアイ』を取り返して『ヤプール』を叩き潰す……!」

 

 ゼロはふらつく両脚に力を込め、一歩も退かない強い意思を籠めた瞳でシグナムに応える。例え力を失おうと彼はウルトラマンだった。

 どんなに傷付き倒れようと、暗闇に取り残された者が居るのなら何度でも立ち上がる。

 

 今の状況は不安だらけだが、ゼロには自分の事よりフェイト達の方が遥かに心配だった。そんな少年を見てシグナムは思わず微笑しそうになったが、軽く咳払いし直ぐに表情を険しくす ると、

 

「どうやってだ……? 相手の位置もまるで判らんのだろう……? 恐らくゼロアイは、敵の本拠地に持ち去られていると見るべきだ……」

 

「……そっ……それは……」

 

 ゼロは言葉に詰まってしまった。決意だけでは勢いだけでは、自分1人ではどうにもならない事がある。 悔しそうに肩を震わせる少年に、シグナムは仕方無い奴だと苦笑し、

 

「まったく……こんな時こそ我らを頼れ……力を貸そう……」

 

「しっ、仕方無えなあ……手伝ってやんよ……その代わりゼロのアイス貰うかんなっ」

 

 続いてヴィータが明後日の方向を見て、ぶっきら棒に続いた。照れ隠しである。

 

「そう言う事なら私の出番ね? 探索は任せてっ」

 

 シャマル目を輝かせて両手を握り締める。張り切っているようだ。ゼロは正直困惑してしまう。

 敢えて守護騎士達を事件から遠ざけようとしていたのは、過去のような辛い想いを味あわせたくなかったからでもある。

 

「でもよ……お前らには、もう戦わせないって……」

 

 それを遮るようにザフィーラが口を開く。

 

「気にするなゼロ……我らが力になりたいだけ だ……仲間の為に身体を張るのは当然だろう……?」

 

 力強く頷いて見せた。その口許に僅かに笑みが浮いている。

 

「ゼロ兄……皆気持ちは一緒やよ……」

 

 はやてはゼロの手を取り、ニッコリと笑い掛けた。

 

「済まねえ、みんな!」

 

 ゼロは自然頭を深々と下げていた。またしても鼻の奥がツンとし、目頭が熱くなった気がする。

 ふとこの世界に来る前に、1度だけこんな感覚に襲われた事があった事を思い出した。あの時流れたもの、あれは一体……?

 

 今の彼にはこの感覚を理解出来なかったが、 悪いものでは無いと思った。だがその感覚に浸る間も無く、ゼロは重大な事を思い出す。マザロン人の去り際の不吉な捨て台詞を。

 

「アイツ……言ってやがった……この世界は扉を開く為の贄(にえ)になり滅ぶと……『ヤプー ル』め! この世界を滅ぼすつもりだ!!」

 

 ゼロの話に全員がざわめいた。シグナムは臆した様子も無く、不敵に微笑して見せ、

 

「尚更だな……主はやてとゼロ……皆の住むこの世界を守る為……我らヴォルケンリッター、 『ヤプール』と戦う剣となろう!」

 

 守護騎士一同は力強く頷く。今までのように誰に強制された訳でも無い。自らの意思による決意だ。確実に守護騎士達は変わりつつあっ た。

 はやてはその横でじっと考え込んでいる。シグナムはその前に厳かに膝を着き、

 

「では……主はやて、御指示を……」

 

「えっ? 私が……?」

 

 はやては急に話を振られてビックリしてしまう。剣の騎士は微笑を浮かべて軽く礼をし、

 

「我らは主はやての騎士……主には何かお考えが有るようですので……」

 

 その通りだった。先程からはやては、どうしたら『ウルトラゼロアイ』を取り戻す事が出来るか、ずっと考えを巡らしていたのだ。

 

「そうだな……そう言うのは、はやてに任せるのが1番だ」

 

 彼女の聡明さを良く知り、何度も相談を持ち掛けていたゼロも賛成する。

 

「はやて、頼んだよ」

 

「はやてちゃんなら出来るわっ」

 

 ヴィータとシャマルも信頼の籠った眼差しで、小さな主を励ます。ザフィーラも無言で頷き、『闇の書』も賛同するように宙を舞う。

 はやては少し躊躇していたが、皆の後押しに決心し、

 

「そんなら、私に考えがあるんや……皆協力してくれるか……?」

 

 穏やかな口調の中にも、凛としたものを秘めて全員を見回す。ゼロは小さな司令官と言った感じの少女を見て、ふと以前に聞いた話を思い出した。

 

「はやての初作戦指揮って訳だな……?」

 

 はやての前によっこらせと膝を着いて笑うゼロに、彼女は照れて、

 

「そ……そないな大袈裟なもんや無いよ……?」

 

 顔を赤くする少女の肩を、ゼロはポンと叩き、

 

「地球で最初に戦った『ウルトラマン』が初めて参加した作戦名が『ウルトラ作戦第一号』って言うんだそうだ……あやかって『ウルトラはやて作戦第一号』ってとこだな……?」

 

 笑って見せる。レトロな響きの作戦名だが、シンプルで力強いとはやては思った。自分の名前が入っているは照れ臭いが……

  状況はとても良くない筈だが、高揚してワクワクして来た。思わず張り切って声を上げる。

 

「よっしゃ、皆ウルトラはやて作戦第一号や!」

 

「おおっ!!」

 

 釣られてゼロ達も声を上げる。しかしこの後看護師さんに、病院では静かにと怒られてしまった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 2日後

 

 次元の海に係留中の『アースラ』は、魔法砲撃に因る破損箇所の修理と、防御強化の作業を終える所であった。

 

 そんな中、艦の修理の間実家に帰宅していたなのはとユーノは、ミーティングルームに居るリンディ達の元へ出向いていた。

 帰宅前に命令違反の件では、しっかりリンディに叱られた2人である。

 

 ここ数日の間に様々な事が分かって来ていた。魔法砲撃の魔力パターンから、相手が『プレシア・テスタロッサ』に間違い無い事、事故の後に行方不明である事である。

 しかしもう1つ判明した残酷な事実は、なのは達にはまだ伏せられていた……

 

 ミーティングルームに向かう道すがら、なのはは魔法雷に撃たれた時のフェイトの事を思い出す。

 

(フェイトちゃん……何だかお母さんの事怖がってるみたいだった……)

 

 その事が前にアルフが言っていた、甘ったれの子供には何も話す必要は無い、という言葉に繋がっているのかもしれないとなのはは考えていた。

 

(もう1度フェイトちゃんに会うんだ。私はまだ大事な事を伝えてない!)

 

 彼女はあの時フェイトに言えなかった言葉を胸に抱き締め、決意を新たにアースラに戻って来たのだ。 一度決めたら絶対に退かない質の高町なのはである。両親も友人達もお墨付きだ。

 

 ミーティングルームではリンディ、クロノ、エイミィの3人が、デスク上の球形に映し出された立体モニターを見ていた。

 数日前のゼロの戦闘データの一部である。 砲撃のせいで全てとは言えないが、津波を受け止める所からシーゴラスとの戦闘までは記録されている。

 

「……何て出鱈目な力なのかしら……SSSランクの魔導師レベルどころの話じゃ無いわね……」

 

 リンディは映像を見て、驚きを通り越して呆れてしまい苦笑するしか無い。クロノも母親に似た顔立ちで同じように苦笑し、

 

「全くです……巨人にはなるし、どういう身体の仕組みをしてるんだか……」

 

 それでも落ち着いているのは、『ロストロギア』失われた次元文明の恐るべき遺産関連の事件を見て来た故か。ゼロが敵対するような存在では無いと判って来たからか。

 

 挨拶を終えたなのはとユーノはそれを聞いて、引き吊った笑いを浮かべる。リンディはそ んな2人をじろりと見て、

 

「2人共……あのウルトラマンさんの力の事、知っていたわね……?」

 

 図星を突かれビクリと焦る、なのはとユーノである。

 

「……にゃはは……あ~」

 

「……あのう……そのですね……」

 

 誤魔化し笑いを浮かべるしか無いなのはに、しどろもどろのユーノである。リンディにはとっくにお見通しだったようだ。

 小学生には管理局のやり手で、海千山千のリンディを誤魔化す事は出来なかったようだ。なのはは観念して頭を下げる。

 

「すいません……いっぱいお世話になりましたし……とってもいい人で、あまり力の事は知られたくなかったみたいだったので……」

 

「ゼロさんは喋ってもいいって言ってたんですが、僕らが黙っていようと決めたんです……」

 

 ユーノも頭を下げた。リンディ達もゼロの力を見たのでは、隠しても仕方無い。リンディも子供らしい、なのは達の律儀さを責める気は無い。確認をからかい半分でしただけである。

 

「まあ、いいわ……実際どうしようもないしね……」

 

 リンディは悪戯っぽく笑う。しかし子持ちに見えない程若く見える。なのはとユーノはホッと胸を撫で下ろした。

 

「でも艦長……どうしますか? このウルトラマンって人の件……それに空を割って現れる怪物……以前本局のデータベースで見た事が有る んですが……」

 

 エイミィは心当たりがあるらしく、リンディにこれからの方針を訊ねてみる。リンディも思い当たったようで、

 

「私も前に古い報告書で眼にした事が有るわ……時たま現れては巨大生物を連れ去る正体不明の勢力……その神出鬼没振りと得体の知れない力で『異次元の悪魔』と呼ばれる存在…… どうやらウルトラマンと敵対関係にあるよう ね……」

 

 記憶を辿り皆に説明した。流石は『異次元人ヤプール』である。次元世界にも現れた事があるらしい。超獣の素体探しにでも来ていたのだろうか。

 

 そう言えば超獣の中には、妙な能力を持っていた連中も多かった。中には魔力を持った個体も居たのかも知れない。エイミィは頭を捻り、

 

「……それで確か……数十年前を境にパッタリと現れなくなったんですよね? 何で今更……どうしますか艦長……?」

 

 するとリンディは困ったように小首を傾げて 苦笑し、

 

「放って置くしかないわね……」

 

「そうなりますよね……」

 

 エイミィはため息を吐いた。そのやり取りを見たユーノは疑問に思い、立っているクロノに訊ねてみる。

 

「どう言う事なんだ……?」

 

 クロノはユーノに向き直ると、いささか自嘲の籠った句調で、

 

「……仕方無いんだ……管理局の仕事は次元世界間に影響をもたらすような、魔法のリスクの取り締まり……そして此処は管理外世界……元々此処に来たのは危険な『ロストロギア』の回収だ……他の勢力同士の争いに首を突っ込みに来た訳じゃ無い……なのはには悪いが、彼らが他の次元世界を危険に晒さず、魔法と無関係なら手を出せないんだ……」

 

「え~と……そうなんだ……?」

 

 なのはは首を捻る。でもクロノは超獣を放って置けなかったようだと思う。あれは彼の独断だったのだろう。 ユーノはまだ何か言いたそうだ。そんな彼にリンディは真剣な表情で語り掛ける。

 

「管理局は万能じゃ無いわ……あくまで管理世界を守る為のものなの……それ以上の事をしようとすると際限が無くなるし、それだけの力も無いしね……それに干渉行為になるわ……一歩間違えれば自分達の正義を押し付ける侵略者になりかねない……だから私達が出来るのはそこまで……」

 

「そうですか……」

 

 ユーノは理解したが、今まで管理局の事を正義の組織っぽく捉えていたので、現状と限界を聞かされ少しガッカリもした。だがこれが管理局の精一杯なのも判る。

 無責任に夢想するだけなら簡単だからだ。理想を目指すには、莫大な予算も人員も必要だ。管理局は加盟世界の共同運営組織、一種の国連に近い。現実と折り合いを付けなければならないのだ。

 

 ユーノは大人の事情に複雑な心境になる。しかしそれなら、ゼロは危険だから封印しなくては、などと言う事にはならないだろう。その辺はホッとした。

 

 なのはには流石に難しい話だったようで、一生懸命自分なりに理解しようと頭を捻っている。リンディは微笑して見せ、

 

「まあ……ウルトラマンゼロさんとは話し合ってみるのが1番ね……話を聞く限りも街を守った事からも、とてもお人好しのようだから、敵対するのは避けるべきね……」

 

「良かった……」

 

 なのはもそれを聞いて安心し笑顔になる。ゼロと管理局が敵対する事は無いようだ。 リンディにお礼を言おうとしたなのはは、ふと彼女の手元を見てギョッとしてしまった。

 

 何故なら一息吐いた艦長が、日本の緑茶に砂糖とミルクを大量に投入し、あまつさえ美味しそうに飲んでいたからである。

 

 日本人で喫茶店の娘であるなのはにしてみれば、一言言ってやりたい所ではあるが、あまりにも美味しそうに飲んでいるので黙って置く事にした……

 

 怪しげなお茶をしっかり堪能したリンディは、改めて皆を見回し指示を出す。

 

「それじゃあ、後はこちらがやるべき事をしましょう。まずは残り1つの『ジュエルシード』の回収に、プレシア・テスタロッサ女史の本拠地を突き止める事、いいですね?」

 

 なのは達が返事をしようとした時だった。部屋のスクリーンに赤い文字が大量に表示され、アラーム音が鳴り響いた。エイミィは素早く反応し状況を確認する。

 

「艦長、フェイトちゃん達が現れました。今武装局員が追跡中です!」

 

 リンディは頷き、表情を引き締めるとクロノ、なのは、ユーノに視線を向け、

 

「お願いね、皆!」

 

「行って来ます!」

 

「今度は逃がしませんよ!」

 

 3人はそれぞれ返事を返すと、現場に駆け付けるべく武装転移ポートに急いだ。

 

 

 

 

 その頃人気の無い山中を、金髪をツインテー ルに括った少女と、橙色の毛並みをした大型の狼が、武装局員十数人に追われて空を翔けていた。

 

 武装局員達は逃げる1人と1匹に、砲撃魔法や拘束魔法バインドを次々と仕掛けるが、難なくかわされてしまう。まるでからかっているようにすら見えた。

 

 金髪の少女フェイト・テスタロッサは、のらりくらりと局員達の攻撃を避けながらニヤリと笑い、

 

「へっ、ばーか、そんなヘナチョコ弾が当たるかよ!」

 

 あかんべーでもしそうな態度で、何時もの彼女では考えられない口を訊いた。 追っている局員達は、はて、あんな子だったか? と少々首を捻る。それを見咎めたアルフの口から、

 

「調子に乗るな……怪しまれるぞ……それ以上喋るな……」

 

 渋い明らかに男の声が飛び出した。フェイトは人の悪い笑みを浮かべ、

 

「なあに……ちょっとくらい大丈夫だろ?」

 

 気にする風も無い。面白がっているようだ。すると局員達は隙ありと見て、一斉に砲撃魔法をフェイト達に撃ち込んだ。流石に数が多いようだが……

 

「はんっ!」

 

 しかしフェイトは飛んで来た無数の光の砲撃を、そちらも見ずにデバイスで瞬時に全て叩き落としてしまった。

 その鮮やかな手並みにざわめく武装局員達。 まるで問題にならない。局員達とフェイト達には、天と地程の実力差があるようだ。

 

 フェイト? は『バルディッシュ』を肩に載せると、警戒して遠巻きになる局員達を不遜な態度で見渡し、

 

「精々引っ掻き回してやんねーとな……なあ 『アイゼン』!?」

 

《Ja!》

 

 バルディッシュ? が古代ベルカ語でテンション高く応えた。 何とこの2人は、変身魔法でフェイト達に化けた、ヴィータとザフィーラであった。

 

 

 

つづく

 

 

 




作戦を開始する守護騎士達。はやての作戦とは? 果たして敵の本拠地を突き止める事が出来るのか?
次回『ヴォルケンリッター出撃せよや』



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第19話 ヴォルケンリッター出撃せよや

 

 

 数年前『時の庭園』

 

 プレシアは誰にも気付かれぬ内に転移ポートを利用し、大破した巨大ロボットを最深部の広大な研究スペースに運び込んでいた。

 

 ある目的の為の研究施設である。元々天然の丘を丸ごと利用したものなのでデッドスペースが多く、一部の施設以外はガランとしている。

 

 此処なら誰の邪魔も入らない。フェイト達も知らない場所だ。 優秀な技術者である彼女には、その巨大ロボットが『ミッドチルダ』とは違う、未知の超テクノロジーによって造られた事を見抜いていた。

 

(これだけの物を造れるなんて……一体誰が……? 次元世界の科学水準を遥かに上回っているわ……)

 

 ロボットを検査機器で調べながらプレシアは、その科学力に戦慄していた。『ロストロギア』レベルの代物である。

 何で出来ているのかすら解らない。検査機器はとんでもない硬度数値を弾き出している。動力源も不明だった。しかしその技術の素晴らしさは判る。

 

 これは機械でありながら、機械生命体と言うべき程の超テクノロジーの塊だった。しかもどうやら戦闘用のものらしい。厳つい装備に、原型を留めている各部がそれを物語っている。

 

 これを破壊した相手というのも気になった。 常識では考えられない程の高エネルギーにより破壊されたらしい形跡がある。

 唸っていると、検査機器がロボット内部に何かの反 応を捉えた。プレシアはディスプレイに表示してみる。

 

「生命反応……?」

 

 パイロットでも乗っていたのかと思い、反応の有った箇所を映し出してみた。ボロボロになったロボットの鈍い金色の頭部がアップになる。 額のひび割れたクリスタル部分に人影が見えた。

 

「女……?」

 

 プレシアは眉をひそめた。クリスタル内部に、青白い肌をした全裸の若い女が眠っていた……

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 フェイトとアルフにそれぞれ化けたヴィータとザフィーラは、武装局員達を翻弄しながら山中を飛び回っていた。 こちらは一切攻撃しない。ただ逃げ回るのみである。

 短気で熱くなりやすい所のあるヴィータには、逃げ回るだけなのは性に合わないものがあったが、

 

(仕方ねえなあ……あの意地っ張りがあんなに凹んでんだ……我慢してやるよ!)

 

 変身魔法で外見上は見えない、帽子に付いている『のろいウサギ』に手を触れそっと呟くと、しっかり囮役をこなしていた。

 

 それを必死で追う武装局員達の近くに、光る魔方陣が出現する。クロノ達だ。なのははフェイトに化けたヴィータ達の姿を認めると、

 

「フェイトちゃあぁんっ!」

 

 呼び掛けながら一直線に追って来る。クロノとユーノも後に続く。その様子を見たヴィータは、フェイトの顔でニヤリと笑い、

 

「掛かったな、これで面倒な奴らはみんな此方に来やがった」

 

 ザフィーラは狼アルフの顔で頷き、

 

「良し……後は精々時間稼ぎだ……気を付けろヴィータ……」

 

「楽勝!」

 

 ヴィータは不遜に笑うと、追って来るなのは達をチラリと見て、

 

「しっかり着いて来いよ……!」

 

 向こうには聞こえないように呟くと、飛行速度をグンと上げた。

 

 さて……はやてが考えた作戦だが、簡単に言うと相手を誘き出して行方を突き止めるというシンプルなものだ。だが上手く立ち回るには、様々な条件をクリアする必要があった。

 

 その1つが『時空管理局』である。向こうが介入して来ると事が面倒になる上に、『闇の書』と現マスターであるはやて、守護騎士達の存在を知られる訳にはいかない。

 

 そこで作戦中、管理局の目を他所に逸らす必要があった。そこでヴィータとザフィーラが変身魔法でフェイト達に化け、囮となり管理局を引き付けているのである。

 

 

 

 

 場面は変わり、此処はヴィータ達が居る地点から正反対の位置である。海鳴市に隣接する遠見市近くの森の中だ。

 その上空を、最後の『ジュエルシード』を掌に張ったフィールドで確保した『ウルトラマンゼロ』が低空飛行していた。勿論ゼロ本人では無い。こちらはゼロに化けたシグナムである。

 

(……私がゼロに化ける事になるとはな……)

 

 烈火の将は赤と青の自分の腕を見て、少々複雑と言うか倒錯的と言うか妙な気持ちになるが、作戦内容をもう一度頭の中で確認する。

 シグナムが持っている『ジュエルシード』は偽物では無い。正真正銘の本物である。シャマルの広域探査能力で確保したものだ。

 シャマルの探査能力は管理局やフェイト達を凌駕しており、先んじて確保する事が出来たのである。

 

 シグナムの役目は、フェイト達の隠れ家が近いと推測される辺りを『ジュエルシード』を持って、ゼロの姿で誘い出す事であった。

 位置は本当に大まかではあるが、以前シャマルがゼロに頼まれ探った事があったのでそこから推測したのである。作戦に付いてはやて曰(いわ)く、

 

「喉から手が出る程欲しいもんと、無力化した筈の敵が現れたら、あちらさんもちょう怪しい思ても出て来るしかないやろ? 必ずフェイトちゃん達とマザロン人両方出て来る筈や……」

 

 小さなマスターは、悪戯っぽい笑みを浮かべたものである。更に、

 

「罠の基本は、判っとっても掛からずにはいられんように仕向ける事……落とし穴の上に金貨やね。某奇跡の提督も言っとったからなあ……」

 

 などと小学生とは思えない台詞を述べる。作戦の全容を聞いて全員は、はやてに狸の耳と尻尾が付いているような錯覚に陥った。そんな家主についてゼロは、

 

「……そう言や最近、架空戦記ものとか言うのにハマってたな……魔法少女もええけど、魔術師も捨て難いわあ、とか言ってたな……」

 

 と微妙な顔で言っていたものである。

 

(大したお方だ……将来が楽しみだな……)

 

 シグナムは作戦を一生懸命練る主を思い出し、ゼロの銀色の顔で微笑する。アルカイックスマイルの口許が僅かに動いた。無論本物は動かない。

 

 ゼロシグナムは低空飛行を続けながら、封印してある『ジュエルシード』に僅かに魔力を送り込み、微弱な反応を出させる。これを餌にフェイト達が嗅ぎ付けるのを待つのだ。

 

「いくら弱くとも、何れ管理局にも探知されるだろう……時間との勝負だな……焦っても詮ないが早く来てもらいたいものだ……」

 

 ゼロシグナムは、辺りに気を配りながら呟いた。

 

 

 

 

 その頃フェイト達は、シグナムが撒き散らす 『ジュエルシード』の微弱な反応を追って、森の中に分け入っていた。

 

「怪しいって言えば怪しいんだけどね……」

 

 少女形態のアルフは反応のある方向を見上げ、隣のフェイトに話し掛ける。金髪の少女は暗い表情で、

 

「……判ってるよ……『ジュエルシード』の反応を撒き散らしながら動いてる……管理局の罠かもしれないけど、行くしかないよ……」

 

 ボソボソと呟くように応えた。今のフェイトは苦悩の色が濃い。罪悪感で押し潰されそうになっていた。 結果的に、ゼロを陥れるのに手を貸してしまった事を悔やんでいるのだ。

 

 フェイトはプレシアに事故以前のような優しい母に戻って欲しいが故に、今まで命令には絶体に逆らわなかった。だからと言って人を裏切って平気でいられるような少女では無い。

 

 アルフは憔悴しきったフェイトの横顔を、痛まし気に見る。マザロン人が去った後、救急車が来るまでの間フェイトは、意識を無くしているゼロの頭を膝に乗せずっと謝り続けていた。

 

 感情をあまり表に出さない彼女の謝罪の声が涙声になって行くのを見て、アルフは胸が潰れそうな気がした。

 

(あの女……! こうなるのが判っていて……! これが親が子供にする仕打ちなのかい!?)

 

 憤りで犬歯を食い縛るが、肩を震わせるフェイトの姿に力無く肩を落とした。アルフに今出来る事は少女の傍らに寄り添い、震える背中を撫でてやる事しか出来なかった。

 

 救急車が来るのを見届けてから、後ろ髪を引かれる思いで2人はその場を立ち去った。その後のフェイトは酷い有り様だった。

 

 全く休もうとせず探索にあたり、食事を採ろうともしない。自責の念からろくに眠れないらしく、目の下には隈が浮かんでいる。

 フェイトは何も言わないが、何事かを決心しているような気配があった。

 

(このままじゃ、フェイトは壊れてしまうよ……罠だろうが何だろうが『ジュエルシー ド』を集めて早く休ませないと!)

 

 アルフは例え何が有ろうと、フェイトの為に玉砕覚悟で奪ってやると決意していた。だがアルフもそんな主人に付き合った上に、彼女自信も申し訳無さで肉体的にも精神的にも疲弊していたのだが……

 

 そして身も心もボロボロの2人は、森の上空をゆっくりと飛行するウルトラマンゼロの姿を発見した。

 

「フェイト、あれはウルトラマンとか言う奴だよ! 厄介だね……『ジュエルシード』を持ってる……まともに行ったら勝ち目は無いよ……」

 

 ゼロの常識を超えた戦闘能力は、何度も目の当たりにしている。予想外の人物が持っていたので、アルフは困惑してしまった。 フェイトも紅玉色の瞳に、戸惑いの色を浮かべる。

 

「頼んだら、くれるって事は無いかね……?」

 

 アルフは以前のゼロの態度から、場合によっては貰えるのではと希望を口にするが、

 

「……甘い期待はしない方がいいよ……」

 

 フェイトは暗い表情でゆっくりと首を振る。もう考えが悪い方にしか行かないのだ。その時である。

 

「バ……馬鹿ナ……!? 何故奴ガ……!!」

 

 フェイト達の後ろから、ぐもった不気味な声が聴こえて来た。ハッとして振り向いた2人の目に、木陰から姿を現したフードの人物『マザロン人』が映った。 またしてもフェイト達を見張りに戻って来たらしい。

 

「お前っ!?」

 

 アルフは怒りを露にしてマザロンを睨み付ける。フェイトの憔悴した顔にも憤りが浮かんだ。しかしマザロン人には2人の事など眼中に無いようで、前方を飛ぶゼロを驚いたように見詰め、

 

「彼奴ノ変身道具ハ確カニ取リ上ゲタ……ドウ言ウ事ダ!?」

 

 フェイト達には意味不明な事を呟いている。不審げに此方を見る2人にマザロン人は、

 

「何ヲ、ボーットシテイル! オ前ラ『ジュエルシード』ガ目ノ前ニ有ルノダ……サッサト行ケ!!」

 

 ゼロの遠ざかる姿を指差して命令した。そのあまりに高圧的な態度に、突っ掛かろうとするアルフを抑えてフェイトは、

 

「……行こうアルフ……今はやるべき事をやろ う……」

 

 アルフはその覚悟を決めた瞳に頷くしか無い。2人はゼロを追って空に舞い上がる。マザロン人は動かず、フェイト達を斥候代わりに使うつもりらしい。

 アルフは向こうに気付かれないように、注意を払いながら接近しつつ、

 

「アタシがウルトラマンの気を逸らすから、 フェイトは隙を見て『ジュエルシード』を奪っておくれ。そしたら転移魔法で直ぐに逃げよう」

 

「……でも……それだとアルフが危ないよ……」

 

 フェイトを気遣っての案だが、それではアルフが危ない。身を案じ表情を曇らせる少女に、使い魔の少女は頼もしげに笑って見せ、

 

「大丈夫さっ、無理はしないから」

 

 そう言うとフェイトが止める間も無く、一気に飛行速度を上げゼロに接近した。

 

 一方ゼロに変身しているシグナムは、優れた剣士の研ぎ澄まされた感覚で、フェイト達の接近を察知していた。

 

(来たな……作戦開始だ!)

 

 ゼロシグナムは空中でフワリと停止する。それとほぼ同時に、アルフが高速で突っ込んで来た。

 

「それを寄越しなっ!!」

 

 アルフは突撃の勢いのまま、ゼロシグナムに連続してパンチのラッシュを繰り出す。獣人である彼女の筋力は常人を遥かに凌駕する。

 有り得ない風切り音を立てパンチが飛んだ。生身の人間が食らったらひとたまりも無い。

 

 だがシグナムはその鍛えぬかれた反射神経で、アルフの連続攻撃を紙一重で全て避けきっていた。こちらも人間技では無い。それ所か烈火の将は、攻撃を避けながら冷静に状況を分析していた。

 

(中々の力と速度が込められた攻撃だが……攻めが甘い、気を逸らすのが目的か……だとすれば……)

 

 相手の動きから瞬時にフェイト達の意図を見抜く。アルフが更に追撃を掛けるのと合わせ、シグナムの背後からフェイトが音も無く最大スピードで接近して来た。

 狙いはゼロシグナムが右手に持っている 『ジュエルシード』だ。『バルディッシュ』を斧のように相手の右手目掛けて降り下ろす。 かなりの魔導師でも反応出来ない程の攻撃だ。

 

 まだ子供の身でありながら、フェイト達の戦闘能力はずば抜けている。 しかしシグナムも只者では無い。咄嗟に半身になって攻撃を避けた。空を切るフェイトの一撃。

 

(思った以上に速いな……)

 

 もう少し余裕を持って避ける筈が、フェイトの予想以上のスピードに避ける動作が少し大きくなる。奇襲を凌がれたフェイト達だが、それに乗じて同時に襲いに掛かった。

 2人は必死だ。ゼロの力は嫌という程見ている。巨人になられたら最後、これを逃したら後が無いと思い込んでいるのだ。

 

 フェイト達の同時攻撃に、ゼロシグナムは動かない。アルフの全力の拳が、フェイトのバルディッシュが将に迫る。

 

(そろそろか……!)

 

 ゼロシグナムの眼が光を放つと、その身体が舞うように動いた。

 降り下ろされたバルディッシュの軌道を見切り、鋭い突きで峰部分を叩き攻撃を弾き飛ばすと、アルフの拳を首を振ってかわす。

 流水の如き一連の動作だ。そしてすれ違い様に、小さなボタン程の物体をアルフの服に取り付ける。魔力方式の発信器である。

 

(良し……!)

 

 シグナムがそう思った時、

 

「貴様ハ誰ダッ!?」

 

 突如上空にマザロン人が出現した。頭上から化鳥(けちょう)の如く襲い掛かって来る。フェイト達を囮にして、今まで隙を窺っていたのだ。

 

「貴様ウルトラマンデハ無イナ!? 正体ヲ現 セ!!」

 

 マザロン人は右手を突き出し、その五指から灼熱のマグマレーザーを発射した。

 

「くっ! 『レヴァンティン』!!」

 

《Panzer geist!》

 

 シグナムはレヴァンティンを出現させ、周囲に紫色のクリスタル状防壁を張り巡らす。防壁が真っ赤な熱線とぶつかり合う。

 

「くっ!」

 

 マグマレーザーは辛うじて防ぎきったが、衝撃で吹き飛ばされてしまった。その拍子にシグナムは『ジュエルシード』を手放してしまう。

 

「ヤハリ偽者カッ! 奴ノ仲間ダナ!? 驚カシオッテ、死ネエイッ!!」

 

 マザロン人は今度は両手を突き出し、地上に落下して行くゼロシグナム目掛けて、マグマレーザーを同時発射する。

 熱線がシグナムに降り注ぐ。マグマレーザーが辺りを巻き込んで盛大な爆発が起こった。高熱に周囲の木々があっという間に燃え上がる。

 

 シグナムが落ちた地点はマグマレーザーの直撃で全てが真っ黒に炭化し、クレーターが残っているのみだった。

 

「消シ炭ニナッタカ……ケヒャヒャヒャヒャ ヒャッ!!」

 

 マザロン人は不気味な哄笑を上げる。マグマレーザー発射の余波と爆風でフードがズタズタになり、怪人の本当の姿が露になっていた。

 

「!?」

 

「何だお前っ!?」

 

 フェイトとアルフはその異形の姿を見て総毛立った。血のように赤い巨大な真円の眼に鮫のような牙、節くれ立ってグレー掛かった身体。両肩にはカッターのようなものまで付いている。

 

 様々な次元世界の生物を見た事のあるフェイト達だが、その姿に酷く歪で邪悪なものを感じてしまう。本能が警報を発しているかのようだった。これは災いをもたらす邪悪な者だと……

 

 正体を現したマザロン人は、ゆっくりとフェイト達の元に浮遊して来た。そのおぞましさに2人は少し引いてしまう。怪人は構わずアルフに近寄ると、ゴツゴツした手を伸ばした。

 

「なっ、何すんのさ!?」

 

 堪らずアルフは逃れようとするが、それより早くマザロンは、彼女の服に付いている物を引き剥がした。 シグナムが取り付けた発信器である。

 

 マザロン人はゼロシグナムとフェイト達の戦いを観察し、その目的を察したのだ。 万事休す。はやての作戦は見抜かれてしまったらしい。

 

「ソウ言ウ事カ……『時ノ庭園』ノ位置ヲ突キ止メヨウトシテイタノカ……ソレデ逆ニ『ジュエルシード』ダケ奪ワレテハ意味ガ無イナ、ケヒャヒャヒャッ!!」

 

 マザロン人は勝ち誇って奇怪な笑い声を上げると、先程シグナムが手放してしまった『ジュエルシード』を掲げた。アルフは異形の姿に恐る恐るながら、

 

「……発信器かい……? 分かったから『ジュエルシード』をこっちに渡しな、アタシらが持って行くから……」

 

 するとマザロン人は、おぞましい顎を笑みのように醜く歪め、

 

「コレハ俺ガ、プレシア様ニ持ッテ行ク事ニス ル……」

 

「……そ、そんな……それは私達が持っていた方 が……」

 

 それを聞いてフェイトは顔色を変えた。アルフは激昂して拳を振り上げ、

 

「何だって! 横取りする気かい!?」

 

 マザロン人は2人の抗議などどこ吹く風で、掌にエネルギーフィールドを作り出し『ジュエ ルシード』を包み込むとフェイト達を一別し、

 

「管理局カ何者カハ知ランガ……魔導師ガ関ワッテイルナラ俺ガ持ッテイタ方ガ安全ダ…… 魔力ヲ持ッテイナイ俺ヲ追跡出来ン上、『ジュエルシード』モ封印状態デハ探知ノシヨウガ無カロウ……?」

 

 そう言われては、フェイト達も引き下がるしか無い。

 

「オ前達ハ発信器ヲ、何処カ遠クノ次元世界ニデモ捨テテカラ戻レ……」

 

 マザロン人は発信器を投げた。無言で受け取るフェイト。するとマザロンの背後に、うねうねとした空間の揺らぎが発生する。次元ゲートだ。

 

「コレカラ忙シクナル……管理局ヤ奴ノ仲間ナド何程ノ事モ無イガ、目障リダカラナ…… 用心ニ越シタ事ハナイ……抜カルナヨ!」

 

 手下に言うように命令すると、マザロン人はゲートの中に姿を消した。フェイト達も無言で『時の庭園』とは真逆の世界に次元転移して行く。 これで『ウルトラゼロアイ』を取り戻すのは絶望的になってしまった……

 

 

 

 

「行ったか……」

 

 フェイト達が去ってしばらくしてから、焼け焦げた地面から騎士服姿のシグナムが現れた。無事である。

 彼女はマグマレーザーが直撃する寸前、レヴァンティンの一閃で地面に穴を掘り、地中に隠れていたのだ。

  烈火の将はマザロン人が消えた辺りの空間を、怒りの眼差しで睨み付け、

 

「奴がマザロン人か……ゼロを卑劣な手で陥れた外道が!」

 

 何時もは冷静な彼女だが、マザロン人を叩っ斬ってやりたい衝動に駈られた。本質は友が付けてくれた通り名のように熱いのだ。 しかし今はまだその時では無いと、己を諌める。

 

(ゼロ自身がそうしたいだろうからな……)

 

 シグナムは不敵に微笑し、八神家で待機しているシャマルに思念通話を送った。

 

《シグナムだ……作戦は成功した……マザロンが 『ジュエルシード』を持って移動を開始した。シャマル後は頼んだぞ!》

 

 シグナムからの思念通話を受け取ったシャマルは、緊張の面持ちで事の推移を見守っていたはやてとゼロに状況を告げる。

 

「ビンゴやっ、掛かりよったわっ」

 

 はやては思わず小さくガッツポーズを取る。ゼロも「よし!」と声を上げた。発信器が見付かったのに、何故成功なのだろう。

 実は作戦は失敗などでは無かった。最初からマザロン人に『ジュエルシード』を持って行かせる計画だったのだ。発信器はダミーである。

 

 はやての考えはこうだ。フェイト達は用心深い。高性能のジャマー結界を持っているらしく反応を追い難い上、かなりの神経を使って行動している。

 

 シャマルの探知能力でも見失う可能性が高い。それに比べてマザロン人は能力が高い故なのか、その行動に驕りがあるのをはやては見抜いていた。

 

 ゼロを殺さなかったのが良い証拠だ。聞いた所によると、ヤプールが最後に倒されたのはゼロが表舞台に立つ前。恐らくマザロン人はゼロの事を知らないのだ。

 そこではやてはその油断を突く事にした。自分に自信がある者程引っ掛け易い事がある。わざと発信器を見付けさせ、罠を見破ったと思わせると同時に猜疑心を抱かせる。此方に魔導師が居るとなれば尚更だ。

 

 そうなればフェイト達に任せず自分で持って行こうとするだろう。自分なら絶対に見付からないと。そこが付け入る隙になるとはやては考えたのだ。

 

「はやてちゃんゼロ君、後は任せて!」

 

 緑の騎士服を纏ったシャマルは、両の指に填めている計4つの指輪、待機モードのアームドデバイス『クラール・ヴィント』を起動させる。

 

「クラールヴィントお願いね……」

 

《Ja pendel form》

 

 青と緑の宝石が緑の光の糸で連結され、振り子状になる。探査モードだ。シャマルは普段は穏やかな表情を引き締める。

 

「お願い、導いて!」

 

 クラールヴィントは一点を指し、空中で制止し た。次元転移するマザロン人の反応を追っているのだ。

 何故魔力反応の無いマザロン人を追跡出来るのか。それは『ジュエルシード』だった。封印はシャマル自身が行っている。つまり『ジュエルシード』には彼女の魔力が籠められている。それを辿ろうと言うのだ。

 封印状態で本当に微かな反応だが、管理局の最新探知機器を上回る探査能力を持つシャマルには可能だ。

 彼女達ヴォルケンリッターを生み出した、今は無き『古代ベルカ』の技術力は、現管理世界を凌駕している。

 

 それを計算に入れてのマザロン人の心理的誘導。これがはやての真の作戦だった。とても小学生が考え付ける作戦では無い。 八神はやて恐ろしい子! であった。

 

 ゼロとはやては、集中するシャマルを固唾を呑んで見守る。後の全ては湖の騎士に懸かっているのだ。シャマルは懸命に微弱な反応を追う。額を汗が伝った。

 次元間を移動する魔力反応をトレースするのは、彼女にとっても至難の技であった。 更にマザロン人は思ったより用心深く、直接戻らずに出鱈目に次元転移を繰り返しているようだった。

 

(もう少し頑張ってクラールヴィント! 今見失ったら全てが終わってしまう! そんな事絶対にさせない!!)

 

 八神家に来てからの暮らしが頭をよぎった。何物にも代え難い日々。シャマルは極限まで意識を集中する。 ある事情から消耗していたが、これは誰の助けも借りる事は出来ない彼女だけの戦いだ。

 

 確かにマザロンでこれでは、到底フェイト達の後を辿るのは無理だったろう。時おり反応を見失いそうになるが気力を振り絞る。意識を針の先のように鋭敏に。

 知覚が今にも見失いそうな痕跡を捉える。進む先には……

 

「クラールヴィント!!」

 

 シャマルは突然叫ぶと、身体をビクンッと痙攣させた。ギョッとするゼロとはやての前で、湖の騎士はガクンと膝を折り崩れ落ちる。

 

「シャマル!?」

 

 咄嗟にゼロは駆け寄りシャマルを抱き止めた。はやても車椅子を操作して駆け寄る。

 

「……大丈夫です……」

 

 シャマルは顔を上げるが、凄まじい魔力の集中で顔には疲労の色が濃い。だがその瞳には力強く輝くものがある。湖の騎士はニッコリ笑って見せ、

 

「やりました……次元座標の割り出しに成功しました……!」

 

「すげえぞシャマル!!」

 

「シャマルほんまに大したもんや」

 

 ゼロとはやては2人揃ってシャマルを抱き締めた。シャマルも照れたような笑みを浮かべ、V サインを出して見せる。

 

「ありがとな……本当にありがとうな……」

 

 ゼロは疲労困憊のシャマルを抱き締めながら、何度も礼を言った。胸が詰まる。また目頭が熱くなる気がした。

 

(皆の頑張り……絶対に無駄にはしねえ……!)

 

 感謝しながら顔を上げると、クラールヴィントが指し示した方角を見据え、

 

(待ってやがれ! 貴様らの本拠地に殴り込みだ!!)

 

 見えない敵に向かい、宣戦布告するゼロであった。

 

 

 

つづく

 

 




おまけ

 フェイトに化けたヴィータと、なのはのやり取り。

 のらりくらり、武装局員を引っ張り回すヴィータとザフィーラだったが、なのはは意地でも追って来る。スッポンの如しであった。

「フェイトちゃ~ん、待ってえ~!」

「だああっ! 高町なんとか、しつこい!!」

「フェイトちゃ~ん、今日はどうしたのぉ~? 何だか目付きが悪いし、言葉使いも最悪だよぉ~、悪いものでも食べたんじゃないのぉ ~っ?」

 ブチッ!←キレた。

「ああっ!? フェイトちゃんがバルディッシュを振り回して大回転したぁ!? まさかフェイトちゃんの新技!?」

 とか何とか有ったようです。


次回予告

決戦前夜ゼロは何を思う? そして時の庭園へ向かうゼロとヴォルケンリッター。その先に待つものとは……

次回『庭園への挑戦や』





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第20話 庭園への挑戦や

 

 

 数年前『時の庭園』

 

 プレシアはロボットの中に居た女を、治療の為研究用に使用していた培養カプセルに移した。重傷を負っており、放って置くと生命が危ない状況だったのだ。

 

 親切心から助けたのでは無い。プレシアは巨大ロボットを造り出した、未知の超技術に興味があったのだ。それにはこの女に直接聞くのが1番である。

 

 検査の結果、女が人間とは別種の知的生物である事は判っていた。瀕死の重傷だった傷も、人間の数倍のスピードでみるみる治癒して行く。

 どうも全く違う姿の生物が、人間に擬態しているようだった。この調子ならかなり早く怪我は完治しそうである。

 その恐るべき生命力を警戒し、プレシアは自分の意思で何時でも始末出来るように、女の身体に爆弾を仕掛けた。

 これで例え危険な存在でも、此方が魔力で命じれば粉々に吹き飛ばす事が出来る。得体の知れない相手だ。用心に越した事は無い。

 

 プレシアはこの女から、今の行き詰まった状況を打破する糸口が掴めるかもしれないと考えた。これだけの物を造り出せる存在、やってみるだけの価値はある。

 

 数日後女は眼を開けた。光彩の無い瞳で辺りを見回している。プレシアは興奮してカプセルに詰め寄ると女に質問してみた。

 

「アナタは何者なの? 何処からやって来たの!?」

 

 培養液の中で女は、ゆっくりとドロリとした黒い孔のような眼で目の前のプレシアを見る。

 

 《……私は……『ヤプール』…………》

 

 プレシアの頭の中に非人間的な、それでいて嘲るような響きの声が木霊した……

 

 

 

 

************************

 

 

 

 

 現代PM5時12分 八神家

 

 作戦を終えたヴォルケンリッター達が帰って来た。シャマルを一旦休ませていたゼロとはやては、夕食とお風呂の準備を整えていたので直ぐに皆を入浴させる。

 敵の本拠地への突入は、しっかり休んで明日の早朝と決めていた。入浴で垢を落とした所で全員を夕食の席に着かせる。

 

「おお~っ、凄い!」

 

 食卓の上を見てヴィータは歓声を上げた。其処にははやてとゼロが、腕によりを掛けて作った料理が所狭しと置かれていた。

 刺し身の盛り合わせに牛頬肉の煮込み料理、彩り鮮やかなサラダ、アヒルに香草と果実を詰めた丸焼き料理まである。クリスマスもかくやと言う感じだった。

 

「いただきます!」

 

 揃って食前の挨拶をすると、ヴィータは喜び勇んで早速料理をもりもり食べ始めた。シグナム達の箸も次々と料理に伸びる。

 

 ヴィータは「ギガうま~っ」と凄い勢いで料理を平らげて行く。口の周りがベタベタだ。はやては苦笑して、小さな妹にするように口周りを拭いてやり、

 

「ヴィータそないにがっつかんでも、お料理は逃げへんよ?」

 

 するとヴィータは一旦箸を止めると、幼児が良くするように身を震わせ、

 

「聞いてよはやて~、高町……え~と……高町なんとかがしつこくて、撒くのに苦労してお腹がペコペコになったんだよお~っ」

 

 こちらも姉にじゃれ着く甘えん坊の妹のように訴える。はやては苦笑し、

 

「なのはちゃんやろ……? そないに大変やったんか?」

 

「しつこいなんてもんじゃ無かったよ……フェ イトちゃ~ん、フェイトちゃ~んって……2度と会いたく無い……」

 

 ヴィータはため息を吐いて、遠い目で宙を見詰めた。少々トラウマになったようだ。

 

「ヴィータは最後には頭に来て、攻撃しようとしたがな……」

 

 床で食事をする狼ザフィーラが付け加えた。

 

「ザッ、ザフィーラ、何余計な事言ってんだよ!?」

 

 ヴィータは慌ててザフィーラに文句を付ける。そのやり取りを見て皆はクスクス笑ってしてしまった。

 小さな騎士はブー垂れながら、誤魔化すように切り分けたアヒルの丸焼きを口に放り込む。すると憮然とした顔が、ぱああっと輝くように明るくなった。

 

「何だこれ? 滅茶苦茶美味い!!」

 

 ヴィータは切り分けた分をあっという間に食べてしまうと、直ぐに自分で塊を切り分ける。各自もヴィータに釣られ、切り分けた丸焼きを口に運んでみた。

 

「……これはまた……何と豊潤な……」

 

「皮がパリパリで、ソースで味もしっかり付いていて、お肉もすごく柔らか~い」

 

「ヴィータ……此方にも追加を頼む……」

 

 シグナムもシャマルもザフィーラも、至福の表情を各自なりに浮かべ味わっている。1羽丸ごとの大きな丸焼きがどんどん小さくなって行く。はやてはその様子をニコニコ眺めながら、

 

「みんな、その丸焼きは、ゼロ兄が何時間も掛けて作った力作なんよ」

 

 守護騎士達はほお……とばかりに一斉にゼロを見た。先程から静かに食事をしていたゼロは、急に視線が集まったので気まずそうである。 はやては微笑ましそうに照れるゼロに視線をやり、

 

「ドイツやハンガリーって国でのお祝い料理なんやけど、えらい手間が掛かるんよ。ゼロ兄がみんなに食べさせたい言うて、アヒル扱ってるお店探しから全部やったんよ」

 

「へえ~、そっからやったのか……」

 

 ヴィータはお肉を頬張りながら、俯く少年をニヤニヤして見る。更に集まる温かい視線にゼロは居たたまれなくなり、顔を明後日の方に向けて気付かない振りをするしかない。

 

(はやて……余計な事を……)

 

 ぶつぶつ呟くが、皆喜んでくれているので良しとする。実際ゼロは皆に感謝を込めて料理を作ったのだ。

 

 アヒルの丸焼きにした理由は、守護騎士達の使うデバイスがドイツ語そっくりな言語を使っていたので、と言う単純な理由もあったが、出来るだけ手間の掛かる料理にしようと思ったからである。

 

 何もせずにいたのでは、落ち着かないと思ったからだ。皆が作戦中そわそわしながら、何時間もオーブンで肉を焼いては取り出し、ソースを塗りの作業を繰り返して、飛び出して行きたくなる衝動を紛らわせていたのである。

 

 その間様々な事が頭を巡った。一心に単純作業を繰り返し、答えを見付けようとしているウルトラマンの少年を、はやては静かに見守っていた。

 

 ゼロは思う。自分ではどうする事も出来ず、誰かに頼らなければならない今の状況に無力感……

 

(あの時と同じだな……)

 

『カイザーべリアル』に捕らわれ、『ウルトラゼロアイ』をも奪われた時の事を思い返し唇を歪める。だがあの時助けに来てくれた『ミラーナイト 達』や頑張っている皆の事を思うと、温かいものが心を満たした。

 

 実際あの時も今も、自分1人だったなら絶望的だった。ふとゼロは、かつて故郷で『ウルトラマンメビウス』から聞いた言葉を思い出した。

 

(ウルトラマンは1人では戦えない……)

 

 その言葉の重みを噛み締める。『ラン』と 『ナオ』の勇気を思い出す。彼らが示した人間の勇気を……

 1人がどれだけ強い力を持っていようが限界がある。その事を今回改めて思い知った。

 皆を自分1人で守るという考えは、既に相手を低く見ていたのでは無いか? それではいけないとゼロは痛感する。

 共に戦うという事は、互いを認めてお互いを高め合う事。過去戦い抜いたウルトラ戦士達も、そうして人と共闘して来たのだ。『ウルティメイトフォースゼロ』達ともそうだったではないか。

 

 八神家の皆も同じ。今皆は世界を滅ぼそうとしている敵に向かい、団結して立ち向かっている。何と心強い事か。丸焼きが出来上がると共に、メビウスの言葉を胸に深く刻んだんだ自分……

 

 美味しそうに料理を空にして行く皆を見てゼロは、改めて感謝の気持ちを強くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 次元航行艦『アースラ』艦橋

 

 リンディは、クロノ達から今日の報告を受けていた。ヴィータ達が化けたフェイト達に巻かれ、なのははガックリと肩を落としている。

 

「……どうも、してやられた気がします……」

 

 クロノは憮然とした表情である。フェイト達を追っている最中にアースラが、全くの正反対の地点から『ジュエルシード』らしき微弱な反応を探知した。

 

 別の局員達を出動させたが時既に遅し。到着前に反応は消えてしまっており、発見出来たのは焼け焦げた森の一部だけだった。

 

「つまり……フェイトさん達は最初から囮で、他にも仲間が居て『ジュエルシード』を持ち 去ったと言う訳ね……?」

 

 リンディは艦長席の肘掛けに持たれて、ため息を吐く。どうも後手後手に回っているなと思った。

 

「だからフェイトちゃん、今日は逃げてばっかりだったんですね……何か何時もと違う気がしましたし……」

 

 なのははしきりに頷いている。今日のフェイ トは取りつく島もないと言う感じだった。此方の呼び掛けにも一切応えなかったので少し凹んでいたのだ。本当は別人なので当たり前である。

 

 リンディは椅子に寄り掛かって斜めになっていた体勢を戻し、真面目な顔になると、

 

「これで向こうには、12個の『ジュエルシード』が揃った事になるわね……プレシア女史が何に使うつもりか分からないけど、嫌な予感がするわ……」

 

「じゃあ、どうするんですか? もし悪用され たら……」

 

 ユーノは不安を顕にする。発見者として責任を感じてしまっているのだ。ユーノの不安を察したクロノは元気付けるように、

 

「此方もしてやられたままでいる気は無い…… 砲撃魔法の痕跡から、今総力を挙げてプレシアの居所を解析中だ……これで本拠地が掴めれば……」

 

 そうは言うものの実際難しい。どれくらい時間が掛かるか分からない上、例え分かったとしても本当に大まかな位置しか分からないだろう。

 

(向こうが何らかのリアクションを起こしてくれれば……早くしないと母さんの言う通り、大変な事になる気がする……)

 

 エイミィ達オペレーターが、突貫作業で解析を進めるのを見ながらクロノは、焦りを辛うじて押し隠す。そこでふとある事を思い出した。

 

(……そろそろ言っておかないと駄目だろうな……)

 

 エイミィ達の様子を、心配そうに見ているなのはに視線をやる。

 

「なのは……君に話が有るんだ……」

 

 まだ彼女に知らせていない、ある事実を伝える為に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『時の庭園』

 

 岩盤をくり抜いて作った広大な部屋に、ぼんやりとした青い光が満ちている。プレシアは1人青く光る、12個の『ジュエルシード』を宙に浮かべ、狂気の眼で輝きに見入っていた。

 彼女は改めて、浮遊する宝石を眺めた後に眉をひそめるが、

 

「結局12個……時間は掛かるけど、駆動炉と併せて使っている『アレ』の力を使えば何とかなりそうね……」

 

 ニタリと呟いた時だった。突如として部屋の岩盤が爆発してぶち抜かれた。立ち込める爆煙の中から、怒りの形相をしたアルフが現れる。

 

 彼女はもう我慢の限界を超えたのだ。あれから別の世界に発信器を捨ててから帰って来たフェイトは、今までの無理と心労が重なりボロボロだった。

 

 帰るなり話が有ると、プレシアに掛け合ったフェイトだったが母は逢おうともせず、アルフが何とか宥めて横にさせると、少女は疲労から気を失うように眠ってしまった。

 

 そんな主の憔悴しきった寝顔を見て、アルフの最後の我慢が消し飛んだ。もう駄目だ。このままではフェイトは壊れてしまう。

 

 アルフは怒りを形相でプレシアに掴み掛かった。大魔導師は動じる事も無く、前面に魔法障壁を張り巡らす。アルフの手が魔力の壁に遮られた。

 

 それでも使い魔の少女は怯まない。力を振り絞って障壁を無理矢理破ると、プレシアの胸ぐらを掴み力付くで引き寄せた。

 だがプレシアの表情は変わらない。何の感情も感じられない相手に、アルフの怒りは更に燃え上がった。

 

「アンタは母親で、あの子はアンタの娘だろう!? あんなにボロボロなるまで頑張ったあの子に、何であんな酷い真似をさせたんだよ!!」

 

 怒鳴り付けている内に悔し涙が出ていた。何の反応も示さないプレシアに激したアルフは、更に思いのたけをぶつける。

 

「アンタ何なんだ!? 今までのフェイトへの仕打ちに、何であの子が大事にしてた細やかな繋がりまで踏みにじったんだ!? 娘に人を陥れさせるなんてそれでも親か!? 何とか言ってみろぉっ!!」

 

 涙を流しながら、今まで抑えて来た想いを叩き付けた。しかしプレシアは、まるで物を見るように無感動な瞳でアルフを見る。

 煩わしそうに首を振ると、右手を彼女の腹部に当てた。 次の瞬間プレシアの手から光がほとばしり、砲撃魔法がゼロ距離で放たれる。

 

「ぐはあっ!?」

 

 腹部にまともに砲撃を食らったアルフは衝撃で吹っ飛び、ゴツゴツした岩肌の壁に叩き付けられてしまう。壁に亀裂が入る程の衝撃。

 

 床に落下したアルフは衝撃でズタボロになり、床に這いつくばってしまう。全く容赦の無い攻撃だった。 プレシアはゆっくりと歩み寄ると、蔑むような眼で彼女を見下ろし、

 

「……フェイトは使い魔を作るのが下手ねえ…… 所詮は使い捨ての道具に過ぎないというのに……」

 

 容赦無く吐き捨てた。痛みに耐えながらアルフはヨロヨロと顔を上げ、

 

「……フェイトは……アンタの娘は……アンタに笑って欲しいって……優しいアンタに戻って欲しいって……あんなになるまで……」

 

 だがそんな彼女の心からの呼び掛けにも、プレシアは何の痛痒も感じていないらしかった。

 

「躾(しつけ)のなっていない犬には罰が必要ね!?」

 

 プレシアはニタリと厭な笑みを浮かべると、倒れているアルフの腹を容赦なく蹴りつける。

 

「ぐあぁぁっ!!」

 

 砲撃を受けた箇所を蹴られていた。アルフは血を吐いて床をのたうち回る。薄れる意識の中、残った力で転移魔法を試みるが、

 

「なっ……!?」

 

 何時の間にかバインドで拘束されていた。身動き一つ出来ない。プレシアは床に這いつくばる彼女を、酷く残忍な眼で見下ろし、

 

「……始末してやりたい所だけど……まだ生かしておいてあげるわ……使い道がありそうだからね……アハハハハッ……!」

 

(……フェ……イト……)

 

 少女の名を呟くアルフの頭を、プレシアは激しく蹴り付ける。狂気の哄笑を聞いたのを最後に、彼女は意識を失った。

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 深夜の月光が照らす八神家の庭先で、空気を切り裂くヒュンッという風切り音と、布が風圧で煽られる微かな音が静かな夜に溶けていた。

 

 誰かが闇の中で拳を繰り出し、蹴りを放っている。鍛練をしているようだ。その人物の頭上には1冊の本が浮いている。

 

 鍛練の主はゼロで、浮かんでいるのは『闇の 書』であった。時々ゼロは鍛練の手を止め書に何か問い掛けている。身ぶり手振りなどを交えて相談しているらしかった。

 『闇の書』の方も浮き方や、宙を舞ったりして何かを伝えようとしているらしい。一通り納得したらしいゼロが再び構えを取った時、

 

「眠れないのか……?」

 

 家の中から深みのあるバリトンの声がする。振り向くと月光に蒼い毛並みを照らされた、狼ザフィーラが四肢で立っていた。

 

「悪いな……起こしちまったか?」

 

 ゼロは済まなそうに詫びる。ザフィーラは首を振ると、

 

「たまたまだ……それより後数時間で出発だぞ……眠れないのか……?」

 

「少し思い付いた事があってな……みんな休んでるから、『闇の書』に頼んで手伝ってもらってたんだ……」

 

 ゼロは頭上に浮かぶ書に手を降る。ザフィー ラは感心したようで、

 

「珍しい事もあるものだ……主だけでは無く、ゼロにもすっかり懐いてしまったな……しかし 『闇の書』と話せるのか……?」

 

「何かこないだの記憶の件以来懐かれてな…… 話すっつっても身ぶり手振りで何となく、本当に大まかな所くらいなんだが……」

 

 それでも器用な話である。今の書は他人と喋る事が出来ないのだから。『闇の書』はそう言うゼロの頭にちょこんと乗った。少し可笑しい。 頭に書を乗っけたままのゼロはふと思い付い たように手を叩き、

 

「そうだザフィーラ、悪いが少し付き合ってくれるか?」

 

 決戦前での頼み、必要な事なのだろうと察したザフィーラは心得たと頷いた。

 

 

 月光に煌々と照らされる庭先で、ゼロと青年姿のザフィーラが向かい合っていた。2人の真上には『闇の書』が立会人のようにフワフワ浮いている。

 

「ゼロ……本当にいいんだな……?」

 

 ザフィーラは拳を軽く握り構えを取りながら、念の為訊ねておく。ゼロはニヤリと笑って半身に構え、左掌を突き出す『レオ拳法』の構えを取り、

 

「構わねえ、魔法も使って思いっきり入れてくれ!」

 

 此処で手加減した所で意味は無いだろう。ゼロなりの考えあっての事。ザフィーラは己に気合いを入れる。

 

「分かった……手加減無しで行くぞゼロ!」

 

 言うと同時に一気に踏み込んだ。獣の脚力を持つ彼のスピードは尋常では無い。瞬時に距離を詰めると、ゼロ目掛けて強烈極まりないパンチを繰り出した。

 獣人の筋力に加え、魔力で破壊力を増した拳は、鋼鉄やコンクリートをもぶち抜く。一方のゼロは人間離れした身体能力を持ってはいるが、今の身体はあくまで人間。まともに食らっては命が危ない。

 

(何ぃっ!?)

 

 それは僅か1秒にも満たない間の出来事だった。ザフィーラは驚いた。てっきり避けると思っていたゼロが、真っ正面から向かって来たからだ。

 

(いかんっ、止められん!)

 

 もう遅かった。突進するゼロにザフィーラの拳が炸裂する瞬間、エネルギー同士が反発する閃光が走った。

 

「おおっ!?」

 

 守護獣の拳が、ゼロが翳した左掌数センチの所で止められていた。驚くザフィーラに、ゼロは右拳を繰り出す。その拳に何らかの力が付加されているのを守護獣は感じ取った。

 

「防御しとけよザフィーラ!!」

 

 尋常では無い気配にザフィーラは、前面に魔法障壁を張り巡らした。盾の守護獣の強固な障壁に、ゼロの正拳突きが叩き込まれる。

 

「うおおっ!?」

 

 ザフィーラの大柄な身体が、後ろに数メートルは飛ばされていた。強固な魔法障壁が半ば破られている。 ゼロは良し! と会心の笑みを浮かべた。後ろに飛び退いたザフィーラは感心して、

 

「ゼロ……今の力は……?」

 

「『ウルトラ念力』だ。今の俺に残された最後の武器……魔導師の戦い方を見て、前から考えてはいたんだ……人の姿の時の強化に使えるんじゃないかってな」

 

 ゼロは上手く行った喜びで師匠の『闇の書』 にサムズアップして見せる。

 ウルトラ念力は人間形態でも使える超能力で様々な用途に使用出来、フルパワーで使用すれば怪獣を押さえ込む程の力を発揮する事が出来る。

 

 しかし無茶な使い方を続けると寿命を縮めてしまう諸刃の剣でもある。 変身能力を一旦失った父『ウルトラセブン』 が、まだ未熟だった頃の『ウルトラマンレオ』 を救う為、無茶な連続使用をして消耗したのが 良い例だ。

 

 魔導師の戦い方を何度も見てゼロは、魔法を使い重力や加速に掛かるGを軽減したり、攻撃の際の威力をアップさせる方法を、念力で代用出来るのではないかと思い付いたのだ。これなら無茶な使い方をしなくて済む。

 

 もっともウルトラ念力は瞬発力には長けているが持続性には欠けるので、空を自在に飛び回ったり砲撃したりは出来ない。

 だがこれで以前『ラン』と合体していた時とは、比べ物にならないだろう。後の『タイガ』の身体能力を見れば明らかだ。

 

「これで今日は何とかなりそうだぜ……」

 

 ゼロは拳を握り締めた。その全身から闘志が湧き上がるようだ。ザフィーラは僅かに笑みを浮かべ、

 

「只では転ばん男だな……ゼロは……」

 

「当たり前よ、俺はやられっ放しで黙っていられる程出来た男じゃねえからな!」

 

 鋭い眼をギラリと光らせ不敵に笑うゼロだが、真剣な顔をするとザフィーラに右手を差し出した。

 

「今日は皆に命を預ける……頼む……」

 

 ザフィーラも手を差し出し、伸ばされた手をガッチリ握る。

 

「任せろ……盾の守護獣ザフィーラ……今日はお前の盾となろう!」

 

 2人の口許に自然笑みが浮かんでいた。決意の握手を交わす戦士達を、蒼い月光が静かに照らし出す。

 その様子を陰から見ていたシグナムは、少し残念そうだったが、微かに微笑むと物音を立てないように部屋に戻って行った。

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

 夜が開けた。東の空が微かに白む早朝のリビングに、八神家の面々が勢揃いしていた。

 シグナムとヴィータは騎士甲冑を纏い、各自のアームドデバイスを手に戦闘準備を整え、ザフィーラは狼の姿だ。ゼロを乗せる為である。

 

 ゼロは父『モロボシ・ダン』が着ている服と同じ茶色系の民族衣装に似た服に、深紅のマフラーを着けている。父のものより各部がスッキリし、動き易いようになっているようだ。

 

 シャマルははやての護衛も含め家で待機する。少々ふらついているように見えた。

 彼女はここ数日の間、シグナムとヴィータの魔力カートリッジを1人でずっと作っていたのだ。魔力の使い過ぎである。

 マザロンの追跡時に消耗して見えたのはこの為だ。戦闘能力があまり高くないシャマルは、せめてこれくらいはと無理をしたのである。

 

 守護騎士達は、僅かながらもはやてから魔力供給を受けている。だが主の負担を考え、極力自前の魔力での活動を主にしているのだ。無理をすると当然そのツケは本人に返って来る。

 

 その事もあり、ゼロは申し訳無い気持ちで一杯になった。 辛い想いをして来た守護騎士達を、再び戦場に赴かせる事になってしまったと。そんな少年にシグナムは微笑し、

 

「ゼロ……そんな顔をするな……これは我らの意思でもあるのだぞ……?」

 

「そうだぞゼロ、その話はもう終わっただろ? 何時までも凹んでるのはゼロらしくねーぞ」

 

 ヴィータも『グラーフアイゼン』を肩に載せながら、からかうように励ました。ゼロはコクリと頷き、

 

「判った、もうアレコレ考えるのは止めだ! 必ず『ウルトラゼロアイ』を取り戻して『ヤプール』をぶちのめす!!」

 

 皆の想いを受け、固く決意を込めて宣言した。

 

 はやては戦いに赴く1人1人を抱き締める。彼女としては皆だけを戦わせたくは無かった。自分も共に行ければ……

 だがそれは叶わない。足手まといになるだけだと判っている。今は信じて待つ事しか自分には出来ない。

 はやては不安を押し隠し、笑顔で見送ろうと決めていた。最後にゼロを抱き締め、

 

「ゼロ兄……絶体みんなと無事に帰って来てな……? 美味しいお料理沢山作って待っとるから ……」

 

 少女の言葉には強い想いと意思が込められていた。自分は何があっても逃げず、皆の帰って来るこの家を守る。そんな想いを込めて強く微笑んだ。

 はやての気持ちが痛い程判ったゼロも、少女をしっかりと抱き締める。

 

「当たり前だ……安心して待ってな……八神家は無敵だぜ!」

 

 栗色の髪の毛を優しく撫でると、ゆっくり彼女の身体を離した。

 

「じゃあ行って来る。シャマル『闇の書』はやてを頼むぜ!」

 

「任せて!」

 

 シャマルは頷き『闇の書』も、任せてとばかりに宙を上下する。ゼロは片手を挙げて見せると、リビング中央で待っているザフィーラに歩み寄った。

 

「頼むぜ、ザフィーラ」

 

「しっかり捕まっていろよゼロ……」

 

 ゼロは蒼き守護獣の背に乗り、逞しい首をしっかりと掴んだ。

 

「行くぞ……!」

 

 シグナムが『レヴァンティン』を掲げ、転移魔法を発動させる。4人の足下にベルカ式の三角形の魔方陣が展開された。

 

「行くぜ! 敵の本拠地に殴り込みだ!!」

 

 ゼロが叫ぶと同時に4人は眩い光に包まれ、本拠地『時の庭園』に向けて次元移動を開始した。

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 

 ふわりとしたセピア色の風景が広がっている……

 

 

 懐かしくも温かい風景……

 

 

 私は夢を見ているんだな……小さな頃の記憶……

 

 

 母さんとピクニックに行った時の記憶が夢に出て来たのかな……? 夢の中で私はぼんやり思った……

 

 

 お仕事で忙しかった母さんが、やっとお休みを取れて連れて行ったくれたんだ……今でも良く覚えてる……

 

 

 青い澄みきった空に、見渡す限りの緑の丘……今の庭園になる前の丘……花の香りまで覚えている……

 

 

 その中で優しく私に笑い掛けてくれる母さん……

 

 

 私の為に綺麗なお花で花冠を作ってくれる母さん……

 

 

 私は泣きたいような懐かしく、温かい気持ちに満たされた……

 

 

 母さんは出来上がった花冠を私の前に翳して言う……

 

 

「ねえ……とっても綺麗ね……『アリシア』 ……」

 

 

 アリシア……? 母さん……私はフェイトだ よ……?

 

 

 急に日が陰ったような気がした……黒々とした雲が……

 

 

 

 

「……う……?」

 

 そこでフェイトは目を覚ました。しばらく夢の余韻でボンヤリしてしまう。自分の部屋のベッドの中だった。記憶が途切れている。

 

 しばらくして彼女は昨晩の事を思い出した。 プレシアに逢おうとして断られ、アルフに宥められて部屋に戻ってから記憶が無い。疲労のあまり寝てしまったようだ。

 

「……アルフ……?」

 

 アルフの姿を探すが姿が見えない。此処は広いから離れた場所に居るのかとフェイトは思った。気を失うように寝たお陰で、身体は大分楽になっている。

 

(……まずは母さんに逢わないと……)

 

 起き上がりマントを羽織ると、プレシアが居る筈の玉座の間に向かった。ガランとした広い庭園に、フェイトの靴音だけが物悲しく響いている。

 

 ふと此処はお墓のようだと彼女は思った。何故そう思ったのか自分でも解らない。何時から此処はこんな感じだっただろうか?

 

 自分の心に浮かんだ小さな疑念。しかし答えが出ない内に部屋の前に着いていた。巨大な2枚扉が軋むような音を立ててゆっくりと開いて行く。逢ってくれるようだ。

 

 部屋の中に1歩足を踏み入れた時、フェイトはゾクリと悪寒を感じた。怖じ気づいてしまったのかと思ったが、自分を奮い立たせるように首を振り室内へと入って行く。

 

 その先に何が待っているのかも知らず……

 

 

 

 

 突如として『時の庭園』に爆発音が轟いた。 外壁の岩盤部が攻撃を受け、巨大な孔が穿たれている。

 立ち込める粉塵の中に立つ2つの影。烈火の将シグナムと、紅の鉄騎ヴィータである。シグナムは傍らのアタッターに、

 

「ヴィータ……我らは陽動……精々敵の目を引き付けるぞ……」

 

「うっせーな……いちいち言われなくても判ってんよ……」

 

 ヴィータは肩を竦めて憎まれ口を叩くが、口許は笑っている。庭園に堂々と侵入した2人の前 に、次々と光る魔方陣が展開された。

 その中から続々と、西洋の鎧騎士のような姿をした兵士が出現する。しかもそのサイズは人間の数倍はあった。

 

 1番小さなサイズでも3メートル以上。剣と盾を装備した者から飛行タイプ、巨大な戦斧を携えた6メートル以上ある重装兵まで居る。

 その数はどんどん膨れ上がり、広い部屋を埋め尽くすまでになった。軽く数十体は居る。

 

「傀儡兵か……侵入者を自動的に感知して攻撃する機械兵士……」

 

 シグナムは大軍に囲まれていると言うのに、涼しい顔で辺りを見回す。

 

「へっ……なら遠慮はいらねーな!」

 

 ヴィータは不遜な態度で傀儡兵を睨み付ける。2人は胸の内に高揚感が湧き上がるのを感じていた。

 

 この世に生まれて千年近く。人間の身勝手な力への欲望の為にだけ戦って来た彼女達は、初めて名も無き大勢の命を守る為に自らの意思で戦場に立ったのだ。そうウルトラマンのように……

 

「主はやてとゼロに感謝せねばな……この様な心持ちで戦いに挑める刻が来ようとは……」

 

 シグナムは感慨深げにヴィータに心の内を告げ、レヴァンティンを優美に構えた。

 

「へっ……」

 

 ヴィータもそれに応えるように晴れやかに笑う。彼女は本来好戦的では無い。今までの人生のように道具として戦わせられるのは御免だったが、今回は違うと晴れがましかった。

 そんな鉄槌の騎士の笑顔に、烈火の将は微笑すると剣を青眼に構え、

 

「主の為……家族の為……邪悪を伐つ……これこそ誠のベルカの騎士!」

 

「今のアタシらに敵はねえ!」

 

 ヴィータもグラーフアイゼンを両手で構え、 傀儡兵に対峙する。

 

「ヴォルケンリッター、烈火の将シグナム……」

 

「鉄槌の騎士ヴィータ!」

 

「推して参る!!」

 

 掛け声を合図に2人は、傀儡兵の群れに正面から突っ込んだ。それに反応して傀儡兵達も一斉に地響きを上げて、シグナムとヴィータに殺到する。

 ヴィータは駆けながら、ゲートボールサイズの鉄球を4つ取り出す。

 

「グラーフアイゼン!」

 

 《schwalb flieg!》

 

 鉄球を纏めて打ち出した。魔力付与で赤熱色と化した鉄球が高速で飛来し、頑丈な傀儡兵のボディを紙のように次々とぶち抜き破片をばら蒔いて行く。 シグナムも負けじとレヴァンティンを翳し叫ぶ。

 

「レヴァンティン!」

 

 《Schlage Form!》

 

 レヴァンティンから魔力カートリッジが排出されると、その刀身が分裂し幾つもの節に別れた蛇腹剣と化した。

 

「はあああぁっ!!」

 

 将の鋭い気合いと共に、数十メートル以上に伸びた刀身が巨大な螺旋を描き、傀儡兵達に襲い掛かる。まるで大蛇が地面を這うが如く、刀身が傀儡兵を纏めて巻き込み粉々に粉砕した。

 

 あっという間に数十体は居た傀儡兵の数が減って行く。シグナムもヴィータも鬼神の如き強さであった。伊達に修羅場は潜り抜けていない。

 

 ヴィータは宙を舞い、残っている傀儡兵の一団の中央に降り立った。傀儡兵達は警戒し魔力バリアーを張り巡らす。鉄槌の騎士は構わずアイゼンを振り上げる。

 

「ぶちかませ! アイゼン!!」

 

 《Jawohl!》

 

 ヴィータは独楽のように回転し、周囲の傀儡兵をバリアーごと根こそぎ叩き壊す。盛大に破片が辺りに飛び散った。

 

 一方のシグナムには、巨大な戦斧を振り回す6メートル級の重傀儡兵が襲い掛かって来た。巨大な戦斧が唸りを上げてシグナム目掛けて降り下ろされる。

 

 彼女は迫る戦斧を僅かな足捌きだけでかわし、 床に深々と食い込んだ斧を蹴ってジャンプした。

 巨体の頭上まで飛び上がったシグナムはレヴァンティンを振りかぶり、敵の頭から股間に掛けて幹竹割りに一気に切り裂いた。

 重傀儡兵の巨体が左右に別れ、他の傀儡兵を巻き込んで盛大に地響きを上げて床に倒れ込んだ。

 

 ものの数分足らずで、数十体は居た傀儡兵はガラクタの山と化していた。シグナムとヴィータは1発の攻撃も貰っておらず、息一つ乱れてはいない。

 

「思ったより、歯応えがねえでやんの……」

 

 傀儡兵の破片の山に立つヴィータは、辺りを見渡しながら詰まらなそうに呟くが、

 

「ヴィータ……本番はこれからのようだ……何か巨大なものが此方に近付いて来る!」

 

 接近する圧倒的な気配を察したシグナムは、注意を促した。リーダーの言う通り、巨大な何かが此方に向かって来る。

 

 それらは腹に響く唸り声を上げた。雷鳴のような脚音が轟く。床がそれに伴い大きく揺れ動いた。

 シグナムとヴィータの前方に在る数十メートルもの扉が重い軋み音を立てて開くと、凶暴極まりない唸り声が部屋に木霊し2匹の異形が姿を現した。

 

 ゴツゴツした岩のような巨体に、左右の腕にスパイク付きの巨大な鉄球と大鎌を装備した黒い怪物に、真っ赤な巨体に腸詰めのような瘤をまとわり付かせ、特徴的な細い口を持つ怪物。

 

「やはり超獣か!」

 

 シグナムは圧倒的な巨躯を見上げ表情を険しくする。そう現れたのは殺し屋超獣バラバ』に『火炎超獣ファイヤーモンス』 の二大超獣だ。

 異形の怪物達は雄叫びを上げて、シグナムとヴィータに襲い掛かった。

 

 

 

つづく

 

 

 




次回予告

 シグナムとヴィータの前に立ち塞がるバラバとファイヤーモンス。超獣に一対一で対峙する守護騎士達は、この恐るべき敵にどう立ち向かうのか?
別ルートから庭園に侵入したゼロとザフィーラの前には、無数の敵が立ち塞がる。果たして無事プレシアの元に辿り着けるのか?

次回『死闘!超獣対ヴォルケンリッターや』




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第21話 死闘!超獣VSヴォルケンリッターや

 

 

 数年前『時の庭園』

 

 プレシアは『ヤプール』のオーバーテクノロジーに酔いしれていた。

 『ヤプール』と名乗った女は、プレシアの意思で何時でも始末されるという事実を知ると、素直に協力する事を承知した。

 それから『女ヤプール』は数々の異次元科学の成果を惜し気も無く提供した。それはプレシアの想像を遥かに上回るものではあったが、求めるものにはまだ届かなかった。

 

(『ヤプール』の科学力でも無理だと言うの……?)

 

 暗澹とするプレシアに、ある日の事『女ヤプール』が提案が有ると言い出した。

 

《『アルハザード』を知っているか……?》

 

 それを聞いてプレシアは、小馬鹿にしたように侮蔑の表情を浮かべて見せる。

 

「そちらにも『アルハザード』の伝説が伝わっているの……? おとぎ話でしょう……時間を自在に操り、死者をも蘇らせる技が眠る都……馬鹿馬鹿しい……」

 

 吐き捨てる大魔導師に、『女ヤプール』は光彩のまるで無いドロリと濁った瞳で、唇を三日月形に吊り上げた。

 笑ったのだろうが酷く非人間的だ。人では無い者が形だけ口を動かした、そんな笑みである。

 

 《それが……本当に存在しているとしたら……どうする……?》

 

「!?」

 

 それを聞いたプレシアの眼が、大きく見開かれていた……

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

 『バラバ』と『ファイヤーモンス』2匹の超獣が地響きを立てて、シグナムとヴィータに迫る。傀儡兵と同じく、庭園のガーディアン的な役割の超獣らしい。

 

 バラバの巨大な脚が2人を踏み潰さんと迫って来る。数万トンの重量が降下する瞬間、シグナムとヴィータは素早く飛行魔法で飛び上がり、百メートル以上ある岩肌の天井近くまで逃れていた。

 

「やはり出て来たか……」

 

 シグナムは超獣達を見下ろし油断無く身構え た。ヴィータは初めて現物の超獣を見て少し感心し、

 

「コイツらが超獣か……デケエな……」

 

 軽口を叩くが永年の戦闘経験から、その異形の姿に容易ならざるものを感じ取る。只のデカブツでは無いと気を引き締めた。

 ただっ広いこの部屋も、2匹の巨体で狭く感じてしまう。 シグナムは『レヴァンティン』に魔力カート リッジを装填しながら、

 

「ヴィータ、ゼロから聞いた、各超獣の知識は頭に入っているな……?」

 

「当然!」

 

 突入前にゼロは、皆に一通りの超獣の能力特徴を伝えていた。戦いにおいて情報は何より勝る武器になる。ヴィータも情報をしっかりと頭に叩き込んで いた。

 此方も『グラーフアイゼン』にカートリッジを補充しながら超獣達を睨み付ける。

 バラバとファイヤーモンスが戦い開始のゴングを告げるように吠えた。同時に2人目掛けて口から火炎を発射する。数万度の火炎攻撃だ。

 

 シグナムとヴィータは素早くその場から離れる。火炎が命中した岩盤が真っ赤に熔解した。2匹の超獣は宙を飛ぶ2人を狙って、連続して火炎を吐く。攻撃を避けながらシグナムはヴィータに念話を送る。

 

《気を付けろヴィータ! まともに食らえば防御魔法も保たんぞ!》

 

《だったら先にぶっ潰してやんよ!》

 

 ヴィータは火炎攻撃で、火の海と化した空間を飛び回りながらアイゼンを両手で構えた。

 

「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」

 

《Raketen from!》

 

 カートリッジが余剰魔力と共に排出され、それに伴いグラーフアイゼンのハンマー部分が組み換えられる。ハンマーヘッドの片側に鋭いスパイクが、片側に噴射口が形成された。

 

 噴射口から推進剤が唸りを上げて噴出される。その勢いでヴィータはアイゼンを高速で振り回し、真紅のスカートをなびかせて遠心力をプラスさせた。

 

「ラケーテン……!」

 

 遠心力が頂点に達した時ヴィータはロケット推進で更に加速し、一気にバラバに向かって突っ込んだ。

 

「ハンマァァッ! うおおおぉぉっ!!」

 

 怪物の頭目掛けてアイゼンを降り下ろす。しかしバラバも右腕のスパイク付きの巨大な鉄球を、その強大なパワーで振り回して迎え撃って来た。

 

 耳をつんざく金属音が響く。アイゼンと鉄球が火花を散らして真っ向からぶつかり合っていた。バラバのパワーとアイゼンの推進力のパワーがせめぎ合うが、

 

「うわあっ!?」

 

 バラバのパワーがアイゼンを押し返す。ヴィータは耐え切れず跳ね飛ばされてしまった。

 

「ヴィータ!」

 

 シグナムが叫ぶ。しかしヴィータは壁に叩き付けられる寸前、空中で姿勢を立て直した。バラバは勝ち誇ったように鉄球を降りかざす。

 

「ちきしょう……アタシに向かって打撃で来ようってのか? 上等だ!!」

 

 ヴィータは少々プライドを傷付けられたようだ。今までパワーで押し負けた事など無い。アイゼンを握り直しバラバをきつく睨み、

 

《シグナム、コイツはアタシがやる!!》

 

 宣言すると返事も聞かず突進して行った。 ファイヤーモンスの火炎攻撃を避けて飛行していたシグナムは苦笑し、

 

《分かった……あまり熱くなるなよ……ならば此奴は私がやろう……!》

 

 向きを変えファイヤーモンスに向かう。矢のように宙を翔け、カートリッジをロードする。彼女の足元に紫色の魔方陣が展開され魔法光が渦を巻いた。

 

「飛竜……一閃っ!!」

 

 降り下ろしたレヴァンティンの刀身が蛇腹状に分割し、抜き打ちの如く目にも留まらぬ速さで斬撃が放たれる。 紫色の魔方光に包まれた一撃が空を走り、袈 裟懸けにファイヤーモンスの巨体に炸裂した。

 

「むっ……?」

 

 シグナムは、攻撃の結果を見て眉をしかめる。ファイヤーモンスは飛竜一閃をまともに食らっても、ダメージを受けた様子は無い。生体装甲にかすり傷が付いた程度だ。傀儡兵とは桁が違う。

 

「やはり……一筋縄では行かないな……」

 

 シグナムはファイヤーモンスの反撃を予想し、一旦後方に飛び退き距離を取る。だが意外にもファイヤーモンスは直ぐに反撃して来ない。 怪物はゆっくりと右腕を前面に翳し、鋭い爪の付いた手を広げた。

 

(何の真似だ……?)

 

 シグナムが訝しむと、ファイヤーモンスの手の中に突如巨大な剣が出現したではないか。何処からか転送されて来たようである。

 

 炎の超獣が一際高く吠えると、刃渡り20メー トル近くある刀身が燃え盛る炎に包まれた。これこそファイヤーモンスの秘密兵器『炎の剣』だ。輻射熱がシグナムにまで届いて来る。

 

「フフフ……そうか……貴様にはそれが有るのだったな……ウルトラマンをも一度は屠った炎の剣なる物が……」

 

 シグナムは端正な顔に、戦鬼の笑みが浮かんでいた。強敵相手に奮い立つのが烈火の将の性だ。燃え立たつ闘志のままに、レヴァンティンを上段に構える。

 

「面白い! 貴様の炎の剣と、炎の魔剣レヴァンティンとの勝負だ!!」

 

 ファイヤーモンスに向かい、二撃目の斬撃を放つべくカートリッジをロードした。

 

 

 

 

 その頃ゼロとザフィーラは、別ルートから庭園内に侵入する事に成功していた。シグナムとヴィータの陽動のお陰で、今の所行く手を遮る者は無い。

 古びた神殿のような庭園内を、ゼロと狼ザフィーラはひたすら駆ける。時折地鳴りのような、微かな振動が感じられた。

 ゼロは駆けながら振動が伝わる方向を心配そうに見、

 

「派手にやってるみてえだが……2人共大丈夫か?」

 

「シグナムもヴィータも一騎当千の戦騎……滅多な事ではやられらはせん……」

 

 ザフィーラは安心させるように答えた。その言葉には、永く戦いを共にして来た者の重みがある。

 

「判った……」

 

 ゼロは頷いた。今は信じるしか無い。今自分がすべき事は、一刻も早く『ウルトラゼロアイ』を取り返す事。 ゼロは走る速度を落とさず精神を集中し、その超感覚で庭園内の気配や音を探る。

 

「むっ……?」

 

 かなり奥の方で人の会話らしき物音を捉えた。流石にこの距離では誰が何を話しているまでは分からないが、此処の住人なのは間違い無いだろう。

 

「此方だザフィーラ!」

 

 ゼロの超感覚に従って、通路を走り角を曲がった。2人は疾風の如く駆ける。 更に次の角を曲がった時、通路上に光る魔方陣が現れ傀儡兵が続々と出現した。

 瞬く間に通路を埋め尽くしてしまう。 ザフィーラは行く手を遮る傀儡兵と対峙しながら、

 

「どうやら……警報装置に掛かってしまったようだ……迂回するか……?」

 

「見付かったからには、時間を掛けたら不利だろ……? ぶちのめして通るしかねえ!」

 

 ゼロは首を降り、戦闘的な笑みを浮かべて見せる。ザフィーラは頷き、

 

「判った……行くぞゼロ……!」

 

「おうっ! 行くぜザフィーラ!」

 

 2人は猛然と傀儡兵の群れに突っ込んだ。傀儡兵達も武骨な武器を振り上げて向かって来る。先手とばかりにザフィーラが雄々しく吼え た。

 

「縛れ鋼の軛! テオオオッ!!」

 

 突如床から無数の槍状の刃が突き出し、傀儡兵を串刺しにする。ザフィーラの攻撃にも転用出来る防御魔法だ。

 

「うおおおぉっ!」

 

 その後に続き、ゼロが敵の真っ只中に突入する。正面の傀儡兵目掛け、念力の応用で弾丸のように跳躍し、正拳突きで腹をぶち抜いた。

 

 破片を散らして崩れ落ちる傀儡兵の背を足場に更に跳躍すると、剣を振り回して襲い掛かる傀儡兵に回し蹴りを放つ。

 

「退けええっ!!」

 

『ウルトラ念力』で強化された回し蹴りが鋼鉄の鉈と化し、金属製の胴体を横凪ぎに叩き割る。

 

「行けるぜ!」

 

 ばら撒かれる破片と部品の雨の中、ゼロは闘争本能を剥き出しにして笑う。

 その時横合いの壁をぶち抜いて、一際大型の傀儡兵が襲い掛かって来た。巨大な戦斧をゼロ目掛けて降り下ろす。

 

「しまっ!?」

 

 完全に不意を突かれたゼロは、使い慣れないせいもあり咄嗟に念力を発動出来ない。その為回避の対応が遅れてしまった。

 

(やべえ!!)

 

 ゼロがそう思った時、巨大な戦斧が光る魔方陣によりガッチリと止められていた。見るとザフィーラがゼロを庇って正面に立ち、防御魔法を発動させている。

 

「悪いザフィーラ、助かったぜ……」

 

 ゼロはホッと息を吐き礼を言った。危ない所だ。ザフィーラは振り返り、

 

「まだ使い慣れないようだな……? あまり無理をするな……」

 

 攻撃を弾かれた大型傀儡兵は、再度攻撃すべく巨大な戦斧を振り上げる。それを見上げゼロはニヤリと笑い、

 

「でも今の状況じゃあ、実戦で練習するしかねえよな?」

 

「仕方が無いか……!」

 

 2人は戦斧が降り下ろされるより速く、大型に向けて跳躍した。ゼロの正拳突きとザフィーラの鋭い爪が、同時にその胴体を粉々に粉砕する。

 2人の勢いは止まらない。大型を倒した少年と蒼き狼は、壁を蹴って再び敵の真っ只中に跳ぶ。

 

「雑魚共、其処を退きやがれぇっ!!」

 

 ゼロは傀儡兵の群れの中に躍り込みながら、猛然と吼えた。

 

 

 

 

 勝ち誇るようにそびえ立つバラバとファイヤーモンス。庭園内の広大な部屋は炎で温度が上昇し、岩盤がぶち抜かれ無惨な様子になっている。

 

 そんな地獄のような光景の中、シグナムとヴィータは満身創痍で超獣達に対峙していた。2人共騎士甲冑のあちこちが破れ、火傷を負い流血もしている。

 

 呼吸も乱れていた。無理も無い。1対1で超獣と戦っているのだ。並みの魔導師なら既に跡形も無く消滅しているだろう。

 

「野郎~っ、しぶてえ……」

 

 ヴィータは超獣達を睨み舌打ちする。既に1人あたり20発は有ったカートリッジが残り少なくなっていた。

 シグナムもヴィータもそれだけの攻撃を超獣に叩き込んだのだが、相手は全ての攻撃を跳ね返し逆に攻撃して来る。2人共ズタボロであった。

 

「……想像を絶する耐久力と戦闘力だな……」

 

 シグナムは超獣達を見上げながら、僅かな時間で呼吸を整えようとする。

 

「クソッ……化け物が……」

 

 ヴィータは額から流れる血を拭う。その小さな手にも血が滲んでいた。しかし2人共いささかも闘志は衰えていない。シグナムは残り少な いカートリッジを装填する。

 

「……だが……此処で退く訳にはいかん……今こ奴らをゼロ達の元に行かせる訳にはいかんのだ……!」

 

「……わーってるよ……!」

 

 ヴィータはこの窮地に在っても笑って見せた。ゼロ達の侵入は気付かれたらしい。先程から2匹の超獣はしきりに他の場所へ移動しようとしている。

 

 それを辛うじてシグナムとヴィータで抑えているのだ。 ウルトラ念力しか使えないゼロと、攻撃力ではシグナムとヴィータに及ばないザフィーラとでは、超獣に太刀打ち出来ないだろう。

 

 ヴィータは血の滲む手で再びアイゼンを構える。疲弊しきっている筈の身体に湧き上がるもの……優しく微笑む少女の顔が浮かぶ。

 

「ぜってえ退かねえ……はやてが待ってんだ…… ゼロとみんなで必ず帰るって約束したんだ……!」

 

「そうだな……」

 

 シグナムも小さな主の顔を思い浮かべ、血で汚れた顔に柔らかな笑みを浮かべ応えた。 ヴィータは超獣達の爛々と輝く眼をキッと見据え、

 

「……やっと巡り会えたんだ……こんな奴らの為に、みんなで暮らす世界を壊されてたまっかよ!!」

 

 シグナムは無言で頷いた。彼女も想いは同じ。今までとは違う。自分達の意思で守りたいもの、掛け替えの無いものを守る為に戦うのだ。

 

 それは彼女達にかつて無い程の力を与えた。 烈火の将は瑠璃色の瞳に、燃え盛る戦意をたぎらせて愛剣を構える。

 

「長期戦は不利だ……一気に叩っ斬る!」

 

「判ってらあ! 行くぜ化け物共、ぶっ潰してやる!!」

 

 ヴィータは応っと叫ぶ。2人の戦騎は決着を着けるべく高速で飛び出し、巨大な超獣達に挑む。

 

 

 

 ファイヤーモンスが宙を飛ぶシグナム目掛け、炎の剣を横殴りに叩き付ける。図体の割に動きが速い。

 強大なパワーで振るわれる剣撃は、風圧だけでも衝撃波となって剣士を襲う。

 シグナムは寸での所で斬撃を回避するが、ファイヤーモンスは口からミサイルを連続発射して追撃して来た。

 

「はあっ!」

 

 シグナムは飛来するミサイルを、次々と切り裂き打ち落とす。その隙にファイヤーモンスは二撃目の斬撃を繰り出した。

 

「ちいっ、レヴァンティン!」

 

《Panzer geist!》

 

 回避が間に合わないと判断したシグナムは、 クリスタル状の強固な魔法障壁を張り巡らし防御を固めるが、炎の剣の一撃で防御を砕かれてしまった。

 

 迫る巨大な燃え盛る刀身を、シグナムはレヴァンティンで受け止める。凄まじい炎と高熱が襲う。騎士甲冑でも10秒と保つまい。

 生身なら一瞬で蒸発してしまうだろう。その前に衝撃に耐えられず、爆風に煽られたように吹き飛ばされてしまった。

 

「かはっ……!」

 

 岩盤の壁に叩き付けられ岩にめり込んでしまう。壁にクレーターが出来る程だ。衝撃で息が詰まった。意識が遠退く。止めとばかりにファイヤーモンスは炎の剣を突き出し、シグナムに迫った。

 

 

 

 

 

「ハンマアァァッ!!」

 

 ヴィータの渾身の一撃と、バラバの鉄球が再び激突した。またしても押し負けそうになるヴィータだが、

 

「アイゼン、カートリッジロード!」

 

《Jawohl!》

 

 連続してカートリッジを使う。暴発の危険はあるが、アイゼンのロケット推進力が数倍に増大した。

 

「この野郎ぉぉぉっ!!」

 

 アイゼンが鉄球を押し返す。今度は競り勝った。堪らずバラバは後退したように見えた……

 

(やった!)

 

 ヴィータが確信した時、鋭い一撃が真上から彼女を襲った。直撃こそ避けたが、肩を切り裂かれ床に落下してしまう。

 咄嗟に避けなければ身体を真っ二つにされていただ ろう。それはバラバのもう1つの武器、左腕の大鎌の攻撃だ。

 ヴィータは歯を食い縛り、辛うじて立ち上がる。肩から真紅の血が滴り騎士甲冑を濡らした。しかし紅の鉄騎は不遜に笑いバラバを見上げ、

 

「どーしたデカブツ……? こんなの全っ然痛くねえぞ……! そんなデカイ態でアタシ1人潰せないのかよ!?」

 

 ヴィータの挑発に怒ったのか、バラバの頭頂部に三つ又の巨大な剣がせり出した。バラバの隠し武器である。

 殺し屋超獣の異名を持つ超獣は、頭頂部の剣を大砲のように、手負いのヴィータに向けて射ち出した。

 

 

 

 

 シグナムに迫るファイヤーモンス。炎の剣が一直線に彼女を串刺しせんと突き出される。 シグナムは意識が無いのか動けないのか、まだ岩盤に突っ込んだままだ。このままでは炎の剣に貫かれ、岩盤ごと骨も残さず蒸発してしまう。

 

 ザグリッ、と鈍い音を立てて、高熱の剣がバターに刺し込まれる熱したナイフのように、深々と岩盤に突き刺さった。

 岩盤の壁が真っ赤に赤熱化し熔解する。勝利を確信し、勝ちどきの雄叫びを上げようとしたファイ ヤーモンスの眼に、飛翔する剣士の姿が映った。寸前で脱出したシグナムだ。

 

 怪物は岩盤に突き刺さったままの炎の剣を引き抜こうとするが、深く刺さり過ぎて直ぐには抜けない。シグナムはこれを狙ってギリギリまで引き付けたのだ。

 剣の騎士は獲物を狙う鷹の如く急降下し、レヴァンティンを振り上げる。

 

「紫雷……一閃っ、三連!!」

 

 炎の魔剣の連撃が、炎の剣の側面の一ヵ所に集中して打ち込まれる。バギィンッ、という乾いた金属音を上げ、炎の剣が根本からへし折られていた。

 ファイヤーモンスは驚愕したように小さな眼を見開く。

 刀剣はどんなに頑丈だろうが名刀だろうが、側面は脆い。刀剣は刃と峰の部分で衝撃を受けるように造られているのだ。それにてこの原理をプラス。炎の剣とて例外では無かったようだ。

 

「剣は優れていても、使い手が悪かったな!」

 

 シグナムは素早く飛び上がり、カートリッジを装填しながらファイヤーモンスの頭上まで上昇した。レヴァンティンを再び振り上げ斬り掛かる。

 

 秘密兵器を叩き折られ、動揺する素振りを見せていたファイヤーモンスだが、効きはしないと誘うように両手を広げた。

 接触した時に捻り潰すつもりだ。 斬り掛かるシグナムは、構わずレヴァンティンを振り下ろす。

 

「馬鹿め……紫雷、一閃っ!」

 

 渾身の力を込めた斬撃を、肩口に叩き込んだ。

 

「グギャアアアアアァァッ!?」

 

 次の瞬間、ファイヤーモンスの悲鳴に似た叫び声が轟いた。レヴァンティンが打ち込まれた箇所の生体鎧が、袈裟懸けにバックリと裂けている。

 

「己の力を過信し過ぎたな……?」

 

 シグナムは傷だらけの顔で不敵に笑った。驚くべき事に彼女は、初撃の飛竜から今までの攻撃全て、寸分違わず同じ箇所を攻撃していたのだ。

 

 動き回る相手への一点集中攻撃、恐るべき手腕であった。烈火の将以外にこのような事が出来る魔導師はほとんど居まい。 レヴァンティンを叩き付けたままシグナムは 叫ぶ。

 

「レヴァンティン! カートリッジ全ロー ド!」

 

《Jawohl!》

 

 レヴァンティンからシリンダー内の全カートリッジが一度に排出され、凄まじいばかりの余剰熱が放出された。暴発覚悟で一気に魔力を高めたのだ。刀身の炎が爆発的に増大する。

 

「レヴァンティンッ! 叩っ斬れ!!」

 

《Jawohl!!》

 

 灼熱の魔剣がファイヤーモンスの裂けた肉に深々と食い込む。どんなに強固な装甲でも、綻びが出来れば脆い。

 

「はあああああぁぁぁっ!!」

 

 シグナムの裂帛の気合いと共に、レヴァンティンがファイヤーモンスの巨体を袈裟懸けに両断した。

 

 

 

 

 

 ヴィータに迫るバラバの巨大な隠し剣。彼女はその場を動かない。動けないのかと思いきや、ロケットフォルムに変化させたアイゼンを両手で振り翳す。その目が輝いた。

 

「待ってたぜ、そいつを! ラケーテン・ハン マァァッ!!」

 

 ロケット噴射で側面を叩き、隠し剣を逆にバラバに叩き返した。返された剣は腹部にグサリと突き刺さる。苦し気に呻くバラバ。

 間抜けな話だが、鎌と鉄球の手では刺さった剣を直ぐには抜けない。その隙にヴィータは飛行魔法で突っ込み、敵の後方に回った。

 

「今だ、アイゼン!!」

 

《Gigant from!》

 

 頭上高く掲げたアイゼンのハンマー部が真紅に輝き、ヴィータの身の丈程もある角柱状に巨大化した。 足元にベルカの魔方陣が展開される。

 

 するとグラーフアイゼンが更に膨れ上がり、数十メー トルサイズまで巨大化した。グラーフアイゼンのフルドライブバーストモード『ギガントフォルム』だ。

 ヴィータは一気にバラバの頭の高さまで飛び上がると、超巨大サイズのアイゼンを思いきり振り被った。

 

「轟天! 爆砕! ギガント・シュラアアァ クッ!!」

 

 轟音を上げ周囲の壁をぶち壊しながら、超巨大なハンマーがバラバの弱点の後頭部に炸裂する。

 

「キシャアアアアアッ!?」

 

 バラバの両方の目玉が衝撃で飛び出していた。しかしまだ倒れない。凄まじい生命力だった。 ヴィータも一撃で息の根を止められるとは思っていない。

 

 更に巨大アイゼンをぶん回して2撃目を見舞う。 巨体が衝撃で前のめりに吹っ飛び、壁に激突した。それでもバラバは動いている。

 

「しぶてえ! この野郎ぉぉっ!!」

 

 超獣はしぶとい。ここで止めたら終りだ。もう反撃も出来ず、逆転されやられてしまうだろう。 ヴィータは気力を振り絞り3撃目を繰り出す。バラバは壁に亀裂を作ってめり込んだ。

 

 4撃目。バラバの頭蓋骨にようやく罅が入る。アイゼンを持つ手から鮮血が飛び散った。 だが怪物はまだ生きている。まだだ。ヴィータは最後の力を振り絞った。

 

「ぶっ潰れろおおおおっ!!」

 

 5撃目が唸りを上げてバラバの後頭部に打ち込まれた。硬いものが砕け散る感触。アイゼンが岩盤を砕きぶち抜くと共に、バラバの頭は完全に粉砕された。

 

 どす黒い血を噴水のように撒き散らし、雪崩を打ったように崩れ落ちる。ピクリとも動かない。怪物はようやく生命活動を停止した。

 

 アイゼンが元のサイズに戻って行く。ヴィー タは飛行魔法すら維持出来なくなり、フラフラと辛うじて床に着地し膝を着いた。魔力と体力が限界だ。

 

 ゼエゼエと荒く息を吐き、ふと傍らを見上げるとシグナムも居た。辛うじて立ってはいるものの、ヴィータと同じくボロボロだ。

 

「……立てるか……? ヴィータ……」

 

 満身創痍の将の問いに、ヴィータはよろめきながらも立ち上がった。

 

「……たりめーだ……これ位……」

 

 相変わらずの不遜な態度で強がって見せる。 シグナムは仕方の無い奴だと苦笑し、

 

「……カートリッジは……後何発残ってい る……?」

 

「……後……1発……」

 

 シグナムは扉の方向を見据えフッと苦笑し、 自分の血で濡れたレヴァンティンを握力が弱った手で握り、

 

「……そうか……こちらも1発だ……」

 

「……ちょっと……キツイかもな……」

 

 ヴィータも苦笑を浮かべアイゼンをノロノロと握った。2人の耳に金属音が入る。扉の向こう側に、無数の傀儡兵の軍団が此方に進撃して来るのが見えた……

 

 

 

 

 

 

 プレシアの元に向かうフェイトは、庭園が先程から僅かに揺れている事が気になっていた。

 

(……何か有ったのかな……?)

 

 自然の丘を丸ごと改造し、直径だけでも数キロはある『時の庭園』 ちょっとやそこらではビクともするものでは 無い事を知っているだけに、今までに無い揺れを感じ不安になる。

 だが今はそれよりもと前を向く。プレシアが居る玉座の間の最後の扉の前に着いていた。

 

《入りなさい……フェイト……》

 

 プレシアの思念通話が頭に響く。その抑揚の無い何時も通りの声に、ふと言い知れぬ不安を感じながらもフェイトは扉を開けた。

 

 

つづく

 

 

 




次回『遠い都アルハザードや』



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22話 遠い都アルハザードや

 

 

 深夜子供部屋で少女が1人、ベッドで安らかに眠っている。星座が描かれた天井が薄闇の中で、ほのかに浮き上がって見えた。

 

 少女を前に闇の中に立つ2つの人影。1人は少女の母親だった。もう1人は青白い顔をした若い女だ。女は奈落の底のような光の無い瞳で、囁くように母親に語り掛ける。

 

《……覚悟の程を見せて貰いましょう……人の心すら捨てる覚悟を……それが失われし都への道標となりましょう……そしてそれが我等を統べる者の条件です……》

 

 頭の中に女の声が不吉なもののように響く。母親は無言で凍り付いたように動かない。

 

《……出来ませんか……? 例えそれが紛い物で も……?》

 

 女は無表情に問う。母親は血走った目を女に向けた。その瞳に狂気の影が差す。

 

「……良く見ているがいいわ……」

 

 母親はベッドにゆらりと近寄った。その様は闇夜に浮かぶ幽鬼のようだ。 視界に少女の無邪気な寝顔が入る。規則正しい寝息が聴こえた。まったく起きる気配は無い。薬を飲ませてあるのだ。

 

 母親はゆっくりと寝ている娘に両手を伸ばした。その手が少女の細い頚に掛けられる。母親プレシアは躊躇なくその手に力を込めた……

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 フェイトは扉を開く。扉は軋むような音を立てゆっくりと開いた。少し躊躇ったが、意を決して足を踏み入れる。

 部屋の中に入ったフェイトの目に、床より数段高い高座に置かれた豪奢な椅子に座り、気怠げに頬杖を着くプレシアが映った。

 何の感情も読み取れない冷たい目で彼女を見下ろしている。フェイトは母親を恐る恐る見上げた。鼓動が速くなるのを感じる。

 中々用件を言い出さない娘に苛立ったのか、プレシアは頬杖を着いたまま、ねっとりと口を開いた。

 

「それで……何の用なのフェイト……? 私は今忙しいのだけど……」

 

 フェイトの鼓動が更に速くなる。畏縮してしまいそうになる心を懸命に鼓舞する彼女の脳裏に、優しく微笑む女性の顔が浮かんだ。

 

(……リニス……)

 

 両手をギュッと握り締めた。母親代わりでもあり、魔法の師でもあった優しい人。彼女が居なかったら今のフェイトは無い。

 

(そうだよね……リニスだってきっと、そうしなさいって言うよね……?)

 

 彼女が天国で応援してくれているような気がした。フェイトは深く息を吸い込むと、勇気を出して口を開いた。

 

「……お……お願いします……ゼロさんから盗った物を……返して下さい……!」

 

 深々と頭を下げた。足が震えているのが自分でも判る。無理も無かった。過度の虐待に耐え母を笑顔にしたい一心で、ひたすら命令に従い続けて来た彼女が初めて逆らったのだ。

 プレシアはそんなフェイトの様子を、高所から詰まらなそうに見下ろし、

 

「珍しい事もあるものね……? フェイトが私に意見しようだなんて……」

 

 毒の籠った口調で言った。フェイトはその言葉に怯み掛けてしまうが、自らを奮い立たせてもう一度頭を下げる。

 

「……お願いします……ゼロさんは何の関係も無いんです……だから盗った物を返して下さい……お願いします!」

 

 必死だった。自分がどんな目に遭わされようと、あの少年に母が奪った物を返したかった。それだけは譲れない。この数日苦しみ抜いた末に出した結論だった。

 今まで家族以外の人間と殆ど接して来なかったフェイトだが、ゼロやなのはといった他人と関わる事が、彼女に変化をもたらしたのかもしれない。

 するとプレシアは、頭を下げたままの娘を侮蔑したように見下ろし、

 

「それは出来ない相談ね……万が一邪魔でもされたら堪らないわ……」

 

「……邪魔……? ゼロさんがどうし……」

 

 不審に思ったフェイトが顔を上げ理由を聞こうとした時、またしても微かな振動を感じた。

 

「……何……? また揺れてる……?」

 

 フェイトは辺りを見回した。プレシアは動じる様子も無く、頬杖を着いたままニタリと嗤い、

 

「どうやら……鼠が入り込んだようね……どうせ直ぐに片付くわ……」

 

 何でも無いように言うが、それは此処が誰かに嗅ぎ付けられたと言う事だ。それなのにこの落ち着き様。防備に絶対の自信があるようだった。

 しかしフェイトはそれよりも、先程のプレシアの言葉に引っ掛かった。明らかに妙な事を母は言っている。

 

「……邪魔って……どうしてゼロさんが邪魔になるんですか……?」

 

 プレシアは言うだけ無駄と言いたげに肩を竦め、

 

「アナタに説明するだけ無駄よ……ただ放って置くと『アルハザード』へ渡るのを邪魔されるかもしれないからね……」

 

「アルハザード……?」

 

 フェイトはここでおとぎ話の都の名前が出て来たので、訳が解らなくなってしまった。確か前に読んだ本に載っていたのを覚えている。

 伝説の都で『ミッドチルダ』の子供にも割りと知られているお話だがと首を捻った。プレシアは困惑する娘を嘲笑うように、クツ クツと厭な笑みを浮かべ、

 

「『アルハザード』は実在するわ! 私はその場所に至る道標を手に入れたのよ!」

 

 困惑して立ち尽くすフェイトを前に、プレシアは更に得意気に語る。

 

「それには『ジュエルシード』を使って大規模な『次元震』を起こす必要がある……放って置くとアイツは死に物狂いで邪魔するでしょうからね……」

 

 それを聞いたフェイトの顔が、驚愕で真っ青になっていた。

 

「か、母さん待って……! そんな事をしたら周りの次元世界も巻き添えに……」

 

「そうね……次元断層で周囲の次元世界は全て消滅するわね……でも……それがどうかして……?」

 

 プレシアの眼には迷いや逡巡といった感情は欠片も無い。在るのは底冷えするような狂気だけだ。

 フェイトは愕然とした。まさか母が『ジュエルシード』を、そんな事に使おうとしていたとは思ってもみなかったのだ。

 

「そ……そんな事をしたら、沢山の人が死んでしまいます……母さんだって捕まったら、隔離幽閉どころじゃ済まない……考え直して下さい……!」

 

 フェイトは必死で説得を試みる。それは怖気の走る虐殺以外の何物でも無い。

 プレシアは必死な娘を詰まらなそうに見下ろしていたが、ニタリと邪悪極まりない嗤いを顔に張り付け、空間モニターを操作した。

 

「私を捕まえる事も邪魔する事も誰にも出来ないわ! 準備は全て整った。見なさいフェイト!!」

 

 フェイトの前に次々と空間モニターが表示されて行く。

 

「……こ……これは……?」

 

 フェイトは更に驚愕してしまった。それは庭園内の最深部の映像だった。数キロにも及ぶ広い空間に、おびただしい数の巨大な異形の怪物がひしめいている。全てかつてウルトラマン達に倒された筈の超獣であった。

 

「見なさい! 私は『ヤプール』の力の全てを手に入れたのよ! この力があれば恐れるものなど何も無いわ!」

 

 感情が激したのかプレシアは立ち上がり、マントにひるがえし両手を広げて恍惚の表情を浮かべた。

 庭園内にこれ程沢山の怪物が潜んでいた事に、全く気付かなかったフェイトは声も出ない。そんな彼女の前に新たな映像が映し出された。

 

「……えっ……?」

 

 フェイトはその映像を食い入るように見詰めていた。少女が映っている。何かの生物のような蠢く物体に、裸体を半分まで埋没させた少女の遺体。そしてその少女はフェイトと瓜二つであった。

 

「……わ……私……?」

 

 ショックと混乱で思わず後退るフェイトに、プレシアの凍るような冷たい声が放たれる。

 

「これが私の本当の娘『アリシア』……フェイ ト……アナタは私がこの超獣達と同じく『プロジェクトF』で造り出したアリシアの紛い物よ!」

 

 フェイトは自分の中の何かに、致命的な亀裂が入るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

(フェイトちゃん……)

 

 次元の海を航行する『アースラ』艦橋で、なのははボンヤリと外の風景を見ていた。

 現在アースラは、大まかに判明した位置を頼りに、目ぼしい場所を片っ端からあたってプレシアの本拠地を探している所だ。しかし結果ははかばかしくない。

 今の所何も出来ないなのはは、うねるような空間の波を見ながら、昨日クロノが話してくれたフェイト出生の秘密を思い返していた。

 

 記録に残っている事故。その事故でプレシアは実の娘『アリシア・テスタロッサ』を亡くしていた。

 その後狂ったように研究に没頭し最後に研究していたのが、使い魔を超えた人造生物の生成に死者蘇生の秘術。

 そしてフェイトという名前は、当時プレシアの研究に付けられた開発コードだった。

 なのはには専門的な事は解らなかったが、それが何を意味するのか察する事が出来た。クロノの言葉が甦る。

 

「そう……フェイトはアリシアのクローンだ……」

 

 なのはは自分の事のように心が痛むのを感じた。娘の生まれ変わりとして造られた筈にも関わらず、アリシアと呼ばれず研究コードの名前を付けられた少女……

 

(この事を知ったら……フェイトちゃんは……)

 

 フェイトの寂しそうな顔を思い浮かべた時、

 

「大規模な戦闘の反応を捉えました!」

 

 エイミィの声が艦橋に響き、クルー達に緊張が走った。

 

 

 

 

 フェイトは自分の足下が崩れて行くような感覚に捕らわれていた。頭の中がグチャグチャになってしまったようだった。

 信じていたものが全てが偽物。自分自身すらも偽物。自分に本当のものなど何1つ無い。視界が意味を成さなくなっていた。母を見ている筈なのに見えていない感覚。

 

 全部悪い夢で嘘だと思いたかった。しかし残酷にも、真実を告げるプレシアの冷たい声が僅かな希望を打ち砕く。

 

「おかしいと思わなかった……? 記憶の中でアナタは何て呼ばれていたのか……そして何故今違う名で呼ばれているのか……」

 

 フェイトは思い出す。どうして今まで不思議に思わなかったのか。記憶の中でプレシアは、自分の事をアリシアとしか呼んでいなかった。

 

 あの母の笑顔も優しさも、自分にでは無くアリシアに向けたものだったのだ。そう自分には一度たりとも母の笑顔は向けられていなかった。愕然とするフェイトに、プレシアの言葉の刃が放たれる。

 

「造り物の命は所詮造り物……喪った命の代わりになる訳も無い……フェイト……やはりアナタはアリシアの偽者……せっかくアリシアの記憶をあげたのに、とんだ出来損ないだわ!」

 

 茫然と立ち尽くすフェイトの足許に何か重いものが投げ出されたが、それすらも今の彼女には気付けない。

 

「アリシアを蘇らせる間に慰みに使うだけのお人形……だからアナタはもう要らないわ……吐き気がする程大嫌いなフェイト!」

 

 最後の言葉が少女の胸に深く突き刺さる。 拒絶の言葉、否定の言葉……この世の全てから否定されたような気がした。フェイトの目から一筋の涙が零れ落ちる。

 何もかもが終わったと、身体中の全ての力が抜けた。生きる為の気力すら抜けて行くようだった。フェイトは本当に人形になったかのように床に崩れ落ちていた。

 プレシアはゆっくりと倒れている少女に歩み寄る。腰を屈めると、虚ろな目をして動かないフェイトに嗤って囁いた。

 

「そんな役立たずのアナタでも、最期は役に立ってちょうだい…… 其処に転がっている駄犬と一緒にね……?」

 

 プレシアのその言葉も、絶望に打ちひしがれているフェイトの耳には聴こえていない。自分の前に転がされているのが誰なのかも判らな い。

 

 床に転がされているのは、全身ズタボロにされて呻いているアルフだった。その後ろにはフードを取り去ったマザロン人の奇怪な姿が在る。プレシアは床に転がるフェイトとアルフを一瞥するとマザロン人に、

 

「じゃあ……後はこの2人を『超獣製造機』に放り込んでおいて……きっと強力な超獣が出来るわ。『リンカーコア』を持った超獣にね。アハハハハハッ!」

 

 狂ったように嗤った。最早その様子はまともでは無い。強大な力を手に入れた事で、完全に呑まれてしまっているのだろうか……

 

「カシコマリマシタ、プレシア様……」

 

 マザロン人はうやうやしく頭を下げると、倒れている2人に節くれだった手を伸ばす。その時だった。

 

「汚ねえ手で2人に触るんじゃねえ!!」

 

 怒りの叫びと共に、壁が爆発したように外部からぶち抜かれた。

 粉塵が舞う中破壊孔から現れたのは、凄まじいばかりの怒りを顕に、拳を握り締めたゼロであった。同じく人の姿のザフィーラも姿を現 す。

 ゼロは髪の毛が逆立たんばかりに、全身に怒りを漲らせてプレシアを睨む。

 

「……貴様がフェイトの母親か……?」

 

 爆発しそうな怒りを堪えて低い声を絞り出す。ゼロはこの部屋に辿り着くまでに超感覚で、今までのやり取りを全て聞いてしまったのだ。

 それならゼロの性格上、直ぐに殴り掛かっても不思議 では無いのだがそうはしなかった。一方のプレシアは少し驚いたようで、

 

「アナタがウルトラマンの坊やね……? よく此処が判ったものだわ……そこの出来損ないが失敗でもしたのかしらね……?」

 

 床に倒れているフェイトを見て吐き捨てる。ゼロは虚ろな目をして動かないフェイトを、痛ましそうに見ると、

 

「この子はそんなヘマはしねえ……其処の目ん玉のクソ野郎を着けて来たんだよ!」

 

 マザロン人を指差した。怪人は酷く驚いたようだ。じろりと睨むプレシアに慌てて頭を下げる。

 

「モ……申シ訳アリマセン!」

 

 許しを乞うマザロン人を尻目に、プレシアは特に慌てるでも無く、ゼロを見下すように冷たい笑みを浮かべた。

 

「それで……私を殺しに来たって訳……? だったら早く掛かって来たらどうなの……?」

 

「……」

 

 ゼロは無言であった。何時もの啖呵も飛び出さない。プレシアはそんな少年を見てニヤリと嗤い、

 

「そう……正義の味方として『ヤプール』と勇んで戦いに来た筈なのに、実はヤプールの力を手に入れた人間が相手で躊躇っているのかしら……?」

 

 可笑しくて堪らないと肩を揺らした。ゼロは唇を血が出る程噛み締める。その通りであった。

 プレシアの話を聞いてしまったゼロは衝撃を受けていた。相手が『ヤプール』では無く、フェイトの母親だった事もショックだったが……

 

「……フェイトの身体の傷もアンタがやったの か……?」

 

 無惨な傷を思い出し、ゼロの声が更に低くなる。プレシアは侮蔑した眼でフェイトを見下ろし、

 

「そうよ……この出来損ないがあまりに使えないから、躾をしたまでよ……」

 

「ふざけるなあっ!!」

 

 我慢の限界に来たゼロは、思わず怒鳴っていた。

 

「クローンだろうと正真正銘貴様の娘だろうが! 子供に順番を付けるのかよ!? それでも親かっ!!」

 

 腸が煮えくり返るようだった。幼い頃よりある事情により施設で育ったゼロには、人一倍親の愛情が尊いものに思える。

 そんな彼には、我が子を虐待するような人間の存在を信じたくは無かった。ザフィーラもあまりの酷さに眉間に皺を寄せる。プレシアは激昂する少年を煩わしそうに見、

 

「煩いわね……アリシアを蘇らせる以外どうでもいいのよ……それよりもコレを取り返しに来 たんでしょう……?」

 

『ウルトラゼロアイ』を取り出して見せた。 ハッとしたゼロは反射的にプレシアに跳び掛かろうとすると、

 

「返してあげるわ……」

 

 プレシアは残忍な笑みを浮かべると『ウルトラゼロアイ』を高く放り投げた。

 

(どういうつもりだ!?)

 

 ゼロは不審に思うが、黙って見ている訳にも行かずに駆け出すしか無い。

 

「ゼロッ!」

 

 ザフィーラも罠を警戒して飛び出すが、その前に立ち塞がる者が居る。不気味なノッペリとした仮面の、全身銀色の不気味な怪人2人だ。同時に此方を掴もうと手を伸ばして来た。

 

(こいつら……!?)

 

 思い当たったザフィーラは、咄嗟に横に跳んで逃れる。勢い余った怪人の手が其処に在った太い柱に触れると、柱は炎を上げて爆発した。触れた物を破壊する能力。怪人の正体は『銀星人宇宙仮面』だ。

 

(こいつらは俺が引き受けるしか無い!)

 

 盾の守護獣は、宇宙仮面2体に向かい拳を構えた。

 

 

 

 ゼロは放物線を描いて落下する『ウルトラゼロアイ』を追い手を伸ばす。するとマザロン人が床に倒れていたフェイトを軽々と持ち上げ、 ゼロに向かって物のように投げ付けた。

 

「ホラッ、シッカリ受ケ止メロッ!」

 

 唸りを上げて飛ばされるフェイトに反応する気配は無い。このままでは壁に叩き付けられ、死ぬか大怪我をしてしまう。

 ゼロは回収を後回しに彼女を受け止めた。『ウルトラゼロアイ』がカランッという音を立てて床に落ちる。

 

「甘ちゃんのお馬鹿さんね……!」

 

 嘲笑う声にゼロが振り向くと、プレシアの周囲に金色に輝く球体が幾つか形成されていた。フェイトと同じ電光の槍『フォトンランサー』の発射態勢。

 

「消えなさいっ!!」

 

 無数の電光の槍が、ゼロとフェイトに向かって一斉に放たれた。

 

「ゼロッ!?」

 

 ザフィーラは、宇宙仮面との戦いでゼロ達から離れ過ぎていた。とても間に合わない。

 

(不味い! この距離だと念力でも防ぎきれね え!!)

 

 ゼロはせめてもとフェイトを庇いしっかり抱きすくめ、フォトンランサーに背を向け盾代わりになる。 フェイトはゼロの肩越しに、ぼんやりと向かって来る電光の槍の光だけを見ていた。

 

(……母さんは……私に死ねって言うんだね……)

 

 深い絶望と哀しみと共に、意識が再び遠退く……私は死んだ方が良いんだと。

 壁が破砕音と共に吹き飛び風穴が開いた。破片が飛び散り粉塵が辺りに立ち込める。

 

「ば……馬鹿なっ!?」

 

 プレシアは何故か驚きの声を上げて、自らの手を見た。粉塵が晴れると、其処には無傷のゼロとフェイトの姿が在る。

 フォトンランサーは何故か、2人から大きく外れた壁を直撃していたのだ。ゼロが何かした訳では無い。プレシア自身も予想外だったらしく驚いている。

 

(今だ!)

 

 その隙にゼロはフェイトを抱えたまま、床に転がる『ウルトラゼロアイ』を掴む。直ぐ様装着せんと掲げるが、

 

「ケヒャヒャヒャッ! 1歩遅カッタナ!」

 

 マザロン人が此方に5指を向けていた。その指先が赤熱化する。マグマレーザーの発射態勢だ。

 

(駄目だ、変身が間に合わねえ!?)

 

 これでは変身する前に、フェイト共々焼き殺されてしまう。

 

「消シ炭ニナッテ死ネエエェッ!!」

 

 度重なる危機。マグマレーザーが発射されようとした時、ゼロは二つ折りになっている『ウルトラゼロアイ』をマザロン人に向け『トリガー』を引いた。

 

「グワアッ!?」

 

 ゼロアイから発射された超高熱のビームを肩に食らい、マザロン人は後ろに吹き飛んだ。ゼロが構えている『ウルトラゼロアイ』の銃口から、微かな煙が漂う。

 肩からマグマの血を流し白煙を上げながらも、マザロン人は驚いて起き上がった。

 

「……バッ、馬鹿ナッ、武器ダト? 変身道具デハ無イノカ!?」

 

「変身アイテムさ! コイツは武器にもなるんだぜ!!」

 

 ゼロは得意気に笑って見せる。ゼロアイのもう1つの機能『ガンモード』だ。勿論ゼロ本人しか使えない。

 

「黙レ! イイ気ニナルナ!!」

 

 マザロン人はモーション無しで、抜き打ちにマグマレーザーを放った。赤い熱線が宙を焼き、ゼロとフェイトが居た場所が吹き飛んだ。

 マザロン人が殺したと確信した時、爆煙の中から光る何かが煙を切り裂いて飛び出して来た。

 

「ナッ、何イッ!?」

 

 マザロンの眼に最期に映ったものは、高速で飛来する2本の『ゼロスラッガー』だった。

 

「ギャアアアアアアアアアァァァァッ!!」

 

 マザロン人は断末魔のおぞましい悲鳴を上げた。ゼロスラッガーの斬撃が刃の嵐と化してその身体をズタズタに切り裂く。

 文字通り八つ裂きにされたマザロン人は、身体中のマグマを撒き散らし爆発四散した。

 

『散々虚仮にしてくれた礼だ……地獄へ墜ちやがれ!』

 

 後退るプレシアの前に、爆発の炎を背にフェイトを抱き抱える、銀と赤と青色をした超人が雄々しく立っていた。

 

『ウルトラマンゼロ』此処に復活す。

 

 ゼロは、憎悪で顔を歪め此方を睨んでいるプレシアを、六角形の鋭い眼で見据え、

 

『……そういう事だったのか……』

 

 やりきれない様子で低く呟いた。

 

 

 今のフェイトには何も判らなかった。視界は意味を成さず、外部から入って来る全ての情報は彼女に取って無意味なものになっていた。

 だがそんな冷たい牢獄に囚われたような世界の中で、自分を包み込む優しい温もりが奈落に堕ちようとしている少女の心に、僅かに反応を及ぼした。

 フェイトはぼんやりと思う。以前にもこんな温もりを感じた事があった気がすると……

 

(……あれは……確か……)

 

 ひどく遠い日の出来事だったような気がする。その少年の顔を朧気ながら思い浮かべた時、彼女を呼ぶ声がハッキリ聞こえて来た。

 

『フェイト、しっかりしろ!!』

 

 フェイトはその聞き覚えのある、此処で聞くなど有り得ない声に、反射的に目の焦点を合わせていた。

 

(……まさか……ゼロ……さん……?)

 

 だが目に入ったのはあの少年では無く、ウルトラマンのゼロの銀色の顔だった。

 

「……あなたは……」

 

 やっと反応を示したフェイトに、ゼロはホッと胸を撫で下ろす。しかし彼女の赤い瞳には生気が無い。拒絶されただけでは無く母親に殺され掛けた少女は、完全に生きる気力を無くしていた。このままでは……

 

『……落ち着いて聞けフェイト……』

 

 ゼロは少し躊躇ったが、意を決してたった今判った事実を少女に告げた。

 

『お前のお袋さんは……既に殺されている……』

 

 衝撃的な言葉にフェイトは、目を大きく見開いていた。

 

「えっ……?」

 

 自閉の牢に閉じ籠り掛けていた頭が、ショックで鮮明になる。しかしそれはどういう事なのか? 顔を上げたフェイトは、此方を睨んでいるプレシアを見た。

 

「……で……でも……母さんなら其処に……?」

 

 フェイトは混乱するしか無い。ゼロはその鋭い眼を強く発光させプレシアを睨んだ。

 

『アイツは……『ヤプール』だ!』

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 




※銀星人宇宙仮面。ウルトラマンA登場。彫刻家の青年に化け、北斗暗殺を狙ったり女性隊員を騙したりした挙げ句正体がバレ、子供達に造らせた像を超獣ブラックサタンに変えてAに戦いを挑みました。マイナーです。

次回『復活のヤプールや』



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第23話 復活のヤプールや

 

 

 プレシアはフェイトの首に掛けた両手に力を込めた。フェイトはまったく起きる様子は無い。

 しかしその手にそれ以上力が込められる事は無かった。プレシアの顔から大量の汗が流れ落ちる。手が力無く離れた。

 目を血走らせて再びフェイトの首に手を掛けようとするが、やはりそれ以上は出来なかった。プレシアは手を離しガックリと床に膝を折っていた。

 

「……どうして……? 偽者なのに……」

 

 うわ言のようにぶつぶつ繰り返す。その背後に『女ヤプール』が音も無く近付いて来ていた。プレシアは気付かない。

 

「……何故……? 何で出来ないのよおおおぉぉっ!!」

 

 プレシアが血が滲む程拳を握り締め、血を吐くような叫びを上げた時だった。ゾクリとするような怖気が背中を走った。

 

《フハハハハッ! 狂気に染められた心に遂に隙が出来たなプレシアァァッ!!》

 

 女ヤプールがプレシアを、背後からガッチリと羽交い締めにしていた。

 

「どういうつもり!? くっ!」

 

 プレシアは女ヤプールの体内に仕掛けた、魔力方式の爆弾を起動させようとした。しかし、

 

《もう遅いわ!》

 

 爆弾は作動しなかった。だがそれ所では無かった。羽交い締めにしている女ヤプールの身体が、融合するようにプレシアの身体に入り込んで来るではないか。

 

「なっ、何を!?」

 

 女ヤプールは酷く禍々しい笑みを、肩越しに浮かべ、

 

《プレシア……お前の身体を頂く機会をずっと待っていたのよ……今の身体はほとんどの力を失ってしまっている……病んでいるお前の身体でも、その魔力と狂気は充分ヤプールの滋養になるわ!》

 

 ヤプールは最初からそのつもりだったのだ。

 『ゴーストリバース事件』で『ウルトラマン A』に『メビウスキラー(G)』を破壊されたヤプールは、残った怨念を女ヤプールとして集結させた。

 そして『メビウスキラー』の残骸と共にヤプールを拾ったプレシアを、滋養として乗っとろうと考えたのだ。

 

「……あああぁぁぁ……」

 

 ずるりずるりと、吐き気を催す邪悪の塊が体内を心を侵食する。その膨大なヤプールの集合意識にプレシアの意思は侵されて行く。

 

 抵抗は無駄だった。抗う事すら出来ない。 薬を盛られているフェイトは昏々と眠ったままだ。プレシアは無意識に少女に手を伸ばしていた。

 しかしそれが最期だった。何も掴めぬまま手は力無くと落ちてしまう。

 

 2人は重なり合い完全に1つとなる。『それ』は項垂れ身動き1つしなくなった。異様な空気が周囲を包む。

 しばらくの時が経ち、かつてプレシアだった者はゆっくりと顔を上げた。

 

「……安心するがいいプレシア……」

 

 ニタリと禍々しい笑みを浮かべるその眼は、既に人間のそれでは無い。

 

「アナタの代わりに私が『アルハザード』への道を開いてあげるわ! あはははははっ!!」

 

 凶気の嗤いが部屋に木霊す。フェイトは何も知らず、昏々と眠り続けていた……

 

 

 

 

 *********************

 

 

 

 

 『異次元の悪魔『ヤプール』……お前のお袋さんの 身体を乗っ取り、全てを吸収しやがったんだ……其処に居るのは『ヤプール』そのものだ!!』

 

 ウルトラマンゼロの超感覚は、目の前に居る者が人間では無い事をハッキリと看破していた。フェイトは目の前のプレシアの姿をした者を、驚愕の目で見る。

 

「……そ……そんな……何時から……?」

 

 プレシアの姿をした者は、如何にも詰まらなそうな表情をして長い黒髪をかき上げ、

 

「ちっ……まあいいわ……何年も前からよ……プレシアが戦いに敗れ漂流していた私を見付けて……爆弾仕掛けて言いなりにしようとしたんだけどね……」

 

 プレシア……いや『ヤプール』はそこで幾分忌々しげな顔をするが、

 

「でも人間如きが我ら『ヤプール』を操れる筈も無く、哀れプレシアは逆に身体を乗っ取られて絞り滓になって死にましたとさ、あはははははっ!!」

 

 何とも愉しげな嗤い声が、三日月形に歪められた口から溢れる。ひとしきり嗤うと『ヤプール』はフェイトを厭な目付きで見、

 

「もうバレてしまったわ……詰まらないわあ…… もう少しその餓鬼で愉しみたかったんだけど……」

 

 『ヤプール』は今までとはガラリと態度を変え、残忍さを顕にする。最早プレシアの演技をする必要が無いからだ。

 

『噂以上のド外道な奴だな!』

 

 フェイトを床に降ろしたゼロは、たぎる怒りを込めて言い放つ。

 

「うふふふふ……誉め言葉ね……我らは異次元の悪魔……人の負の感情こそが極上の美味……この女とその餓鬼の哀しみ、最高だったわあっ!」

 

 『ヤプール』はプレシアの顔のまま、悪魔そのものの邪悪な表情で哄笑する。

 

『貴様ぁっ!!』

 

 ゼロは怒りままに拳を邪悪に向けた。しかし『ヤプール』は動じず薄笑いを浮かべ、

 

「でも勘違いしない事ね……? 私はプレシアの記憶も力も何もかも吸収した……私の行動はこの女の意思でも有るのよ……」

 

『どう言う意味だ!?』

 

 訝しむゼロに『ヤプール』は、光彩の無いどろりと孔のような眼を見開き、

 

「簡単な事よ! この女は私が居なくても、全く同じ事をしていたって事よ!」

 

『何だと!? 出鱈目抜かすんじゃねえっ!!』

 

 激怒するゼロだが、『ヤプール』は馬鹿にしたように鼻で嗤って見せた。さも愚かだとでも言いたげに。

 

「出鱈目なんかじゃ無いわ……私はプレシアの知識も記憶も全て奪い取った。

この女は以前の職場での事故の責任を上に押し付けられ、更にはその事故で娘を亡くして以来狂ってしまったのよ……それでその餓鬼を作ったけど、とんだ失敗作……」

 

(フェイトのお袋さんにそんな事が有ったのか……)

 

 思わぬ過去に唸るゼロに向かい、『ヤプール』は演説でもするかのように更に口を開く。

 

「この女は死んだ娘を蘇らせる為なら何だってやったでしょう……『アルハザード』へ渡る際の被害も承知していた。他人が何百億人死のうが関係無いってね……

これも人間の愛故にってヤツかしら? ある意味我らヤプールよりタチが悪いと思わない……?」

 

『…………』

 

 毒の籠った弾劾にゼロは答えない。フェイトは床に座り込んだまま、青い顔をして母の姿をした悪魔を茫然と見詰めている。『ヤプール』 はそんなフェイトを指差し、

 

「その餓鬼に対する態度もそうよ!」

 

 ビクリとフェイトは身体を震わせた。『ヤプール』は言葉にどす黒い悪意を込め、

 

「まさか……アナタ今までの自分への仕打ちは私の意思であって、プレシアの意思じゃ無いとか都合の良い事考えてなあい……?」

 

 動揺してフェイトは思わず後退りしてしまう。その考えはうっすら浮かんでいたからだ。 それを見越したヤプールは、さも可笑しそうにせせら嗤い、

 

「この女はお前が疎ましくて仕方無かったのよ! せっかく作ったのに、オリジナルとまるで違う劣化コピー。

私がお前に投げ掛けた言葉も、仕打ちも全てプレシアの意思よ!!」

 

 猛毒の籠った言葉にフェイトは耳を塞いで踞ってしまう。僅かな希望も幻想だったのかと、更なる絶望が襲った。もう駄目だと思った時、

 

『止めろ!!』

 

 ゼロがフェイトを庇うように、その前に立ち塞がっていた。『ヤプール』は忌々しげに舌打ちし、たぎるような憎しみを込め、

 

「黙れ小僧! 正義の味方気取りのウルトラ族が、反吐が出るわ! この我ら以下の身勝手さが人間の本質……これがお前達が守ろうとして来た人間の正体よ!」

 

『黙れ……!』

 

 ゼロの低くしかし強い響きの言葉が、悪魔の毒の籠った言葉を遮った。ウルトラマンの少年は心無し肩を落とす。俯くその鋭い目に陰が射した。

 

『……プレシアは無くしたものを取り返したかったんだろうな……やり方は絶体認めねえけどよ……俺は笑う気にはなれねえ……』

 

 脳裏に笑って死んで行った友の最期の顔が浮かんだ。自分が『プラズマスパーク』に手を出した時、プレシアと似たような想いを抱いていたのかもしれない。失ったものを取り返したいと……

 

 自分も一歩間違えればプレシアや『べリアル』のようになっていた筈だ。 だが次に浮かんだのは、父『ウルトラセブン』に師の『レオ兄弟』『ウルティメイトフォース』のメンバーに、はやて達皆の顔。

 

 心が温かくなる。沢山の人々のお陰で自分は今、ウルトラマンとしてこうしていられる。以前とは違うのだと強く感じる事が出来た。

 ゼロは吹っ切れたようにゆっくりと顔を上げ 『ヤプール』を見据える。その目に迷いは無い。

 

『俺は人間に絶望したりはしない……人はそれだけじゃ無い事を身を持って知っているからだ! 俺は人間を信じる! だからこそ俺はお前らと戦うんだ!!』

 

 きっぱりと決意を込めて言い放った。綺麗事かもしれない。甘いかもしれない。だがこれがゼロだ。ウルトラマンだ。ウルトラマンゼロなのだ。

 『ヤプール』は少年ウルトラマンの、真っ直ぐな言葉に醜く顔を歪ませると、

 

「甘ちゃんが……お前は何れ人間に裏切られるだろう……それが人間だ。その時になって後悔しない事ね……? 尤もその前にお前は死ぬけれどね!」

 

 嘲るように不吉な予言を吐くと、不意にその姿が歪む。

 

「もうこの姿も用済みね……返してあげるわ!」

 

 プレシアの姿をした『ヤプール』の姿が2つに割れた。着ていた濃紫のマントが取り払われると、白骨化した死体が床に崩れ落ち乾いた音を立てる。プレシアの成れの果てだった。

 

「いやあああああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 フェイトの悲鳴が廃墟と化した部屋に響いた。そして其処に立っていたのは、白装束の着物に不気味な能面を被り、長い黒髪を蛇のようになびかせた『女ヤプール』である。

 

 『女ヤプール』の足元に光る魔方陣が展開された。転移魔法だ。プレシアの全てを吸い尽くして、魔法をも楽々と使いこなせるようだ。

 

『貴様ぁっ、逃げる気か!?』

 

 ゼロは飛び出すが、女ヤプールは慌てる様子も無く尊大な態度で、

 

「私は逃げも隠れもしないわ。今から『ジュエルシード』と此所の駆動炉とで『アルハザード』への扉を開く! 止めたければ庭園屋上まで来なさい。超獣軍団が相手になるわ! お前1人で何処まで戦えるかしらね!?」

 

 小馬鹿にするように言い残すと、ゼロの手が届く前に転移し姿を消してしまった。

 

『チイッ!』

 

 打って変わって静寂に包まれた室内に、先程の衝撃で意識を取り戻したらしいアルフの呻き声が聞こえる。

 ゼロはアルフに近寄り、『メディカルパワー』で治療を施した。獣人としての体力も手伝って、見る見る内に回復して行く。

 アルフの治療を終えたゼロは、プレシアの遺体の前で茫然と座り込むフェイトに歩み寄った。

 これ以上母親の遺体を見せるのは忍びなく、ゼロは脱ぎ捨てられたマントを拾いプレシアの遺体に掛けてやる。

 その指が僅かに遺骨に触れた。すると不意に頭の中に何かが流れ込んで来た。

 

(これは……?)

 

 深い哀しみと後悔の念。慟哭が聞こえて来る。

 

(これは……プレシアの残留思念か……?)

 

 ウルトラマンの超感覚が、遺体に残っていたプレシアの想いを捉えたらしい。それは『ヤプール』に身体を乗っ取られたプレシアの最期の想いだった。

 

 

 プレシアはヤプールの中で消えつつあった。それでもまだしばらくは意識はあった。しかしそれは生き地獄だった。

 ヤプールは容赦無くフェイトを叱り付ける。 否、そんな生易しいものでは無かった。それは剥き出しの暴力拷問だった。プレシアは自分がやって来た事を、目の当たりにさせられたのだ。

 

 ヤプールもまだプレシアの意識が残っているのを見越して、わざと見せ付けるようにフェイトに暴力を振るい続けた。

 

《お願い、もう止めて!》

 

 何時しかプレシアはヤプールに懇願していた。だがヤプールが止める筈も無い。

 

 《何を言っているの? アナタの代わりに、役立たずに躾(しつけ)をしてあげてるだけじゃないのぉ!?》

 

 泣き叫ぶフェイトを更に鞭打ちながら、ヤプールは愉しげに嗤う。

 

《安心して……じわじわ苦しめて最期には絶望させてから、なぶり殺しにするか超獣にしてやるから、アナタは安心して消えなさい! どうせこんな紛い物どうなったって構わないでしょう!?》

 

 ヤプールの悪意の槍がプレシアを刺す。そう、これは本来ならば自分がやっていた筈の仕打ち。その醜さおぞましさを第3者として見せ付けられるのは地獄だった。

 ヤプールは消滅寸前のプレシアに、絶望を味わせた末に消滅させる為にやっているのだ。既にもう1つの絶望は与えてある。

 

《……お願い……もう止めて……》

 

 ヤプールは薄まり消えて行くプレシアに、止めの毒を吐く。

 

《記憶の中にあったの覚えてる……? アリシアが 言っていたわね……母さん妹が欲しいって……》

 

 プレシアは思い出す。生前アリシアが言っていた言葉。何故今まで思い出さなかったのか……

 

《お前がやっていたのはアリシアの妹を生み出し、姉に似ていないからと妹に辛く当たっていただけよ! 何て酷い親なんでしょうね?

もしアリシアが生き返ったとしても、アナタを責めて死を選ぶでしょうよ! 妹を酷い目に遭わせて、沢山の命を犠牲にしてまで生き返りたく無いってね。

普通の人間に耐えられる訳が無 い。そんな事も判らなかったの!? あはははははっ!!》

 

《……私は……》

 

 気付いた時は全てが遅かった。皮肉にも身体を乗っ取られ、フェイトへの虐待を見せ付けられる事で自分の愚かさを、残酷な所業を思い知らされた。

 だが分かった時には最早手遅れだった。プレシアは消えて行く。最期に残ったものは……

 

 プレシアの遺体にマントを掛け終えたゼロは、座り込んでいるフェイトの前にしゃがみ込んだ。

 

『フェイト……聞け……』

 

 彼女は駄々をこねる子供のように、激しく頭を振った。

 

「母さんが死んだら私に生きている意味なんて無いんだ……母さんに認められる以外に価値なんて無い!」

 

 紅玉色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。それは全てを失い絶望し泣き叫ぶ幼子の慟哭だった。

 

『聞けっ!』

 

 ゼロは懸命に呼び掛けるが、フェイトの絶望は深く、掛けられる言葉も耳に入っていない。

 

「母さんは最期まで私を見てくれなかった…… 最期まで微笑んでくれなかったまま……うわあああぁぁっ!!」

 

 顔をくしゃくしゃにして泣き叫んだ。笑顔にしたかった母は既に殺されていた。何もかもが手遅れだったのだ。無力に泣く事しか出来ない。

 

 様々な想いが頭の中をグルグル回る。心が壊れる寸前だった。 奈落に堕ちようとしている彼女を呼び戻そうとするように、その肩をゼロがしっかりと掴んでいた。

 

『落ち着けフェイト! あんな外道の言う事に惑わされるな!!』

 

 そこでようやく彼女は顔を上げた。ぼんやりとゼロの銀色の顔を見上げる。ゼロは涙で濡れたフェイトの瞳を真っ直ぐに見据え、

 

『……さっきの攻撃が外れたのは何でだか判る か……? あれが外れなければ俺もフェイトもあの時死んでいた……』

 

 優しく語り掛ける。フェイトは言葉の意味が分からず首を横に振るしか無い。ゼロは静かに頷いた。

 フェイトにはその厳つい銀色の顔が、とても優しい表情をしているような気がした。

 

『あれは……お前のお袋さんがお前を守ったん だ……』

 

「……えっ……?」

 

 意外な言葉にフェイトは声を漏らしていた。ゼロはプレシアの遺体に痛ましげに目をやり、

 

『そうだ……お袋さんの最期の一念が、ヤプールの動きを一瞬だけ止めたんだ……死んだ後でも娘であるお前を守った……この意味が判るな……?』

 

「……か……母さんが……?」

 

 フェイトはようやく理解した。マントが掛けられているプレシアの遺体をおずおずと見る。

 

「お袋さんも分かっていたんだろうな……お前がアリシアの代わりなんかじゃ無く、フェイトと言うもう1人の娘だって事が……」

 

 ゼロはフェイトの肩から手を離すと、両手を軽く彼女の頭に添えた。

 

『お袋さんの遺体に残留思念が残っていた…… とても強い想いだ……酷い話だがヤプールに身体を乗っ取られて、しばらくは意識が残っていたらしい……お前が虐待される様をずっと見せ付けられていたんだ……』

 

 沈痛な様子で有りのままの真実を語る。残酷な事実だが、今のフェイトには必要だと思ったのだ。

 

『聞け……これがお袋さんの最期の言葉だ……』

 

 ふわりとしたものが頭の中に響く。フェイトはそれを聞いて思った。

 

 

《……フェイト……》

 

 

 これは……母さんの声だ……

 

 それも……アリシアの記憶の中の……優しかった頃の母さんの声……

 

 

 《フェイト……》

 

 

 母さん……私の名前を呼んでくれるの……?

 

 

《フェイト……此処から…… 悪魔の城になった庭園から……逃げて……》

 

 

 それは紛れもなく子を助けようとする親の言葉だった。

 

 《ごめんなさい……フェイト……》

 

 

 《貴女は生きなさい……母さんのようになっては駄目……》

 

 

 母さん……

 

 

 《生きなさい……フェイト!!》

 

 

 それを最期に声は次第に小さくなり、遂には消え去るように聞こえなくなってしまった。プレシアはこの言葉を最期に消滅したのだ。ゼロはフェイトから手を離す。

 

「……母さん…………」

 

 少女の目から再び滂沱の涙が溢れていた。母の遺体をマントごとかき抱く。それは自分に初めて向けられた温かい言葉……

 

「……でも……やっぱり……生きている母さんの口から聞きたかったよぉぉ……!」

 

 フェイトは母の遺体をしっかりと抱き締め嗚咽した。ゼロは慰めようと手を伸ばすが止める。今彼女は母親と抱き合っているのだ。無言で少女を見守った……

 

 

 しばらくして地響きが庭園を揺るがした。ヤプールが超獣軍団を集結させ始めているのだろう。ゼロは幾分落ち着きを取り戻して来たフェイトの肩をそっと叩いた。彼女は顔を上げ、泣き腫らした目でゼロを見る。

 

『お袋さんの最期の言葉、確かに聞いたな……?』

 

 フェイトはゼロの言葉にコクリと頷いた。その瞳に光が灯り始めている。しかしその光には悲壮感が漂っているようだった。

 

『フェイト……お前今、何もかも無くしたとか思ってねえか……?』

 

「えっ……?」

 

 図星を突かれフェイトは俯いてしまう。死んでも母の仇を討つ。それが全て無くした自分に出来る事だと思ったからだ。だが、

 

「……?」

 

 フェイトはふと気付いた。俯いた目に腕の装飾品形態の『バルディッシュ』がマスターを励ますように光を点滅させている事に。『リニス』がフェイトの為に心血を注いで造ってくれた 掛け換えの無いパートナー。

 

「……バルディッシュ……」

 

 呟く少女にゼロは後ろを指差した。すると聞き慣れた声がする。

 

「フェイトォッ!」

 

 振り向くと、回復したアルフが駆け寄って来る所だった。涙を浮かべて小さな主人を抱き締める。ゼロは恥ずかしそうにアルフを抱擁するフェイトを見下ろし、

 

『2人共ずっと一緒だったんだろう……?』

 

 少女はハッとした。そうだ自分は1人では無かった。アルフもバルディッシュも、こんな自分の傍に。それなのに自分は母への盲従で、2人を気遣う余裕も無かった。 フェイトは改めてアルフとバルディッシュを見詰め、

 

「……はいっ、2人共ずっと私の傍に居てくれました……私は1人じゃ無かったんです」

 

 実感を込めてゼロに微笑んで見せた。ウルトラマンの少年は嬉しそうに頷き、そんな少女の前に片膝を着いた。

 

『それが判れば上等だ……後はお袋さんの分までしっかり生きればいい……お前はこれからなんだからな……自分で選んで自分の道を行けばいい……』

 

「……自分の道……」

 

 フェイトはその言葉を噛み締めた。今まで考えもしなかった自分の未来、これから……

 

「……私なんかに見付けられるのかな……?」

 

 自信無さげにポツリと弱音を漏らしていた。 言いなりだった自分にそんな事が出来るのだろうかと。するとゼロはフェイトの頭にポンと手を乗せ、

 

『大丈夫さ、お前の頑張りはずっと見て来たからな、自信持て、フェイトなら何だってやれるさ!』

 

「はいっ」

 

 力強い言葉にフェイトの表情が明るくなった。その確かな目の輝きを確かめたゼロは立ち上がり、天井を睨む。ウルトラマンゼロの本番はこれからだ。

 

『俺は超獣軍団と戦ってヤプールを倒すが、フェイト達はどうする? 避難しているか?』

 

 フェイトはしっかりと立ち上がっていた。涙を拭い、バルディッシュを戦闘形態に変形させる。

 

「……私も戦います……!」

 

 強い意思を込めた瞳でゼロを見上げる。少し心配そうな素振りを見せるゼロに気付き、頭を振って見せた。

 

「大丈夫です……もう死んでも仇討ちをしようだなんて思ってません……母さんが生きなさいと言ってくれた命無駄にはしません……だから自分に出来る事をやります!」

 

『そうか……』

 

 ゼロは嬉しくなる。やはり人は強い。これだけの重い事実。二度と立ち上がれなくても不思議では無い。自分は手助けをしただけで、彼女は自分で立ち上がる事を決めたのだ。

 

 どんな他人の言葉だろうが、本人に強さが無ければ無意味。最後に決めるのは本人なのだ。フェイトは立ち上がる事を決断した。それは彼女の心の強さだ。

 

「駆動炉の方は詳しいですから私が止めま す……アイツの好きにはさせません!」

 

「ならアタシもだね?」

 

 意気込むフェイトの肩をアルフが叩き頼もしげに笑う。バルディッシュも光って応えた。掛け換えの無い家族。フェイトは2人に向かい、言っておきたい事を伝える。

 

「……アルフもバルディッシュも、今まで心配掛けてごめんね……もう怯えて縮こまったりなんかしない……ヤプールの企みを止める為に一緒に頑張ろう!」

 

「任しといてフェイト!」

 

《Yes sir》

 

 言われるまでも無いとばかりに、アルフとバル ディッシュは即答していた。その高揚するようなやり取りを見て、ゼロは更に闘志を分けて貰った気がする。

 人知れず拳を握り締めていると、フェイトが深々と頭を下げて来た。

 

「……ありがとうございました……貴方が居なかったら……母さんの事も何も知らずに死んでいました……」

 

 フェイトはそこで更に深く頭を下げる。必死な様子。アルフも頭を下げていた。

 

「お願いします……私じゃあの化け物達に勝てない……だから母さんの……母さんの仇を討ってください……お願いします!!」

 

 それは親を殺された子供の必死の願いだった。無言だったゼロは、頭を下げたままのフェイトの肩を優しく叩く。

 

『顔を上げな……』

 

 おずおずと顔を上げるフェイトに、ゼロは雄々しく拳を掲げて見せる。

 

『任せろ! お袋さんの仇は必ず討ってやる!!』

 

 彼女の想いを拳に込め、力強く約束した。

 

 

 

 

 

『じゃあ……2人共気を付けろよ』

 

「はいっ、必ず止めて見せます……!」

 

「フェイトはアタシがしっかり守るからねっ」

 

 闘志を燃やすフェイトとアルフの頭を、ゼロは再びポンと叩き、

 

『2人共無理すんじゃねえぞ!? それじゃあ気を付けてな!』

 

 片手を挙げると猛然と駆け出した。その後ろ姿を見送った2人も、自分達がやれる事を成す為目的地に向かって駆け出す。走りながらフェイトはふと、

 

(……やっぱりあの人……ゼロさんと感じが似て る……)

 

 そんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 ゼロには超獣軍団に向かう前に行く所がある。先程からテレパシーで呼び掛けているが、ザフィーラから返信はあったものの、シグナムとヴィータから応答が無い。

 

(シグナム、ヴィータ無事で居ろよ!)

 

 ゼロは戦闘が続いている場所目掛けて、全速力で疾走した。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 




タイムリミットが迫る中フェイト達は庭園を駆け、ゼロは1人超獣軍団に挑む。ヤプールの秘密兵器とは?

次回『時の庭園の攻防や』


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第24話 時の庭園の攻防や

 

 

 ザフィーラは宇宙仮面2体との戦いでゼロから引き離され、離れた場所で激戦を繰り広げていた。

 ゼロからのテレパシーに、直ぐに合流すると伝えたものの追い込まれている状態だ。

 触れた物を破壊する手だけでは無く、銃で武装し反撃の糸が掴めない。 しかも只の銃では無い。大口径高出力のレーザー銃『ウルトラレーザー』である。集中して食らえば、盾の守護獣の頑強な魔法障壁をも貫かれてしまう。更に……

 

(こいつら……コンビネーションに隙が無い……!)

 

 巧みな連携で付け入る隙が無い。拳を構えるザフィーラの騎士甲冑は、避けきれなかった攻撃で流血し満身創痍だ。『鋼の軛』さえ当てられれば勝機はあるのだが、異常な身軽さと連携で全てかわされてしまう。

 

「死ね! 虫けらが!!」

 

 宇宙仮面2体がレーザー砲を乱射して来た。 周囲が高出力レーザーで吹き飛ぶ中、ザフィーラは当たる前に素早く後方に跳んだ。柱の陰に一旦身を隠し敵の動きを探る。すると1体の姿が見えない。

 

(何処へ行った……?)

 

 次の瞬間ぞわりと毛が逆立つような殺気が、頭上から降って来た。射撃に紛れて、もう1体の宇宙仮面が奇襲を掛けて来たのだ。

 ザフィーラは反射的に拳を繰り出し、逆に叩き潰さんとする。だが空かさずもう1人が、レー ザーで援護射撃を掛けて来た。

 

 だがザフィーラは避けない。レーザーが甲冑を抜き肉を焼く。脇腹と肩を抉られた。だが怯まない。宇宙仮面の破砕の右手が迫って来る。

 

「オオオッ!」

 

 守護の獣は避けると思いきや、逆に拳を繰り出した。

 

「馬鹿めっ!」

 

 宇宙仮面は右手で拳を受け止めた。勢いの乗り切らないパンチでは通用しない。逆に宇宙仮面の手は触れただけであらゆる物質を破壊する。

 ザフィーラの拳がアームガードごと燃え上がった。魔力でコーティングされた腕は辛うじて皮膚を焼かれただけにダメージを抑える。

 長くは保たない上、それでも相当な痛みがある筈だがザフィーラは動じ無い。その眼が鋭く光る。右拳の攻撃は誘いだった。

 

「ウオオオッ!!」

 

 左の拳が唸りを上げて宇宙仮面の胴体に叩き込まれ、その身体が直上に吹っ飛んだ。 落下する所を狙い止めをささんと更に拳を振り上げると、その拳が宙でピタリと止められて いた。

 

「!?」

 

「フハハハッ! 特殊合金製の俺の身体はを打ち抜くにはまだ足りなかったな!!」

 

 着地した宇宙仮面は勝ち誇って両手を掲げる。僅かに届かなかった。胸部が幾分凹んだくらいのダメージしか与えられない。特殊合金の身体は異様な程の防御力を持っている。

 次の瞬間ザフィーラの四肢が、巨大な見えざる手で鷲掴みにされたように拘束された。

 

(何ぃっ……!?)

 

 身体が空中で固定されている。磔にされたようにびくとも動かせない。宇宙仮面の念動力だ。魔法とは別系統の不可視の力が、騎士甲冑や防御魔法をすり抜けて作用していた。

 

「虫けらが、跡形も無く吹っ飛べ!」

 

 身動き取れないザフィーラに、宇宙仮面の破砕の手が迫る。騎士甲冑の胸部に手が触れると激しいスパークが起きた。集中攻撃で甲冑を完全に破壊し爆砕つもりなのだ。

 捕まれている部分が燃え上がる。ブスブスと肉の焼ける臭い。このままでは騎士甲冑が完全に破られてしまう。

 

「ウオオオオオッ!!」

 

 ザフィーラが獣の如く吼えた。その姿が瞬時に雄々しい蒼い狼の姿に変わる。

 

「何ぃっ!?」

 

 流石に驚いた宇宙仮面に向け、守護獣は至近距離から自らの長い牙を噛み砕き含み針として吹き出した。

 

「ぐわあっ!?」

 

 牙は矢のように飛び、宇宙仮面のブレスレットに突き刺さる。途端に苦しみ出しザフィーラの拘束が緩む。弱点のブレスレットが損傷したのだ。特殊合金製の宇宙仮面の唯一の弱点。

 

「鋼の軛! テオオオッ!!」

 

 隙有りとザフィーラは魔法を発動させた。床を突き破り、数本の鋭い槍状の刺が宇宙仮面の全身を貫く。合成樹脂や機械の破片をばら蒔き怪人は完全に機能を停止した。

 

 ザフィーラは素早く四肢で着地すると、辺りを警戒する。もう1体宇宙仮面が居た筈だ。すると向こうからやって来る者が居る。牙を剥き身構えると、聞き慣れた声が呼び掛けて来た。

 

「お~い、俺だ! あっちは俺が倒したぞ!」

 

「ゼロ……?」

 

 手を振り駆けて来るのは人間形態のゼロであった。嬉しそうに此方に向かって来る。ザフィーラはホッと息を吐いた。

 

 どうやら上手く 行ったらしい。 ザフィーラは傷のダメージからか、ガクリと床に後ろ脚を着いてしまった。

 ゼロは心配そうに駆け寄る。手を伸ばすかと思いきやニヤリと顔を歪ませた。目の下に隈取りが出来ている。懐に隠し持っていた物を取り出しザフィーラに向けようとした瞬間、

 

「ガアアアァァッ!?」

 

 ゼロは耳障りな絶叫を上げた。その胸に深々とザフィーラの鋭い爪が突き刺ささっている。隠し持っていたウルトラレーザーが床に落ちた。

 もがき苦しむゼロの姿が歪む。すると縦に裂けた口のおぞましい姿をした怪人が正体を現した。

 変身宇宙人『アンチラ星人』である。最初は宇宙仮面に化け、不利と見るや変身能力で騙し討ちを狙ったのだ。

 

「……バッ……馬鹿な……何故俺の変身が……?」

 

 自慢の変身を見破られ驚愕するアンチラ星人の疑問に、ザフィーラは爪を更に深く刺し答える。

 

「守護獣の嗅覚を甘くみるな……貴様の邪悪な臭いは誤魔化せん……!」

 

 一気に爪を引き抜くと、アンチラ星人は断末魔の叫びを上げて大爆発を起こした。

 だがまだ安心するのは早い。ザフィーラの聴覚は金属音を捉えていた。大量の傀儡兵の足音が近付いて来る。

 

 

 

 

 

 

 『アースラ』は魔法戦闘の反応を運良く捉え、『時の庭園』の位置を特定する事に成功していた。

 リンディは直ぐに武装局員を庭園内に突入させる。 その中にはプレシアの逮捕に向かうクロノと共に、志願して加わったなのはとユーノの姿があった。

 

(フェイトちゃん……)

 

 なのははフェイトともう一度逢う為に、庭園内をひたすら駆ける。立ち塞がる傀儡兵に向け、レイジングハートを構えた。

 

 

 

 

 アースラブリッジで状況を見守るリンディは、真剣な面持ちで現状の把握に努めていた。向こうはかなり混乱した状況らしい。

 

(プレシア女史の本拠地を運良く見付けられたのはいいけれど……一体誰と戦っているのかしら……?)

 

 不思議に思っていると、エイミィから報告が入る。庭園内に突入した武装局員達が傀儡兵から攻撃を受けていた。

 性能が高い上相当数居るらしく、局員達では対応しきれない。なのは達にも無数の傀儡兵が立ち塞がっている。

 かなりの数はゼロ達が破壊した筈だが、まだまだ予備があるようだ。一体後どれぐらい有るのか。

 

 なのは達はクロノの活躍も有り、問題なく進んでいるが他の局員達では荷が重い。リンディが、武装局員達を退がらせる指示を出した時だった。

 

「艦長、通信回線に何者かが割り込んで来ました! あの巨大次元航行船からです!」

 

「直ぐに繋いで」

 

 エイミィの報告にリンディは直感する。恐らくはプレシアから。繋いだ回線を正面モニター に映す。相手の姿が目に入った。

 庭園の屋上にあたる外壁部に1人立つ、不気味な仮面を被った白装束の女。『女ヤプール』 だ。 リンディは不審に思い眉をひそめた。プレシアからの警告かと思っていたからだ。

 

「貴女は誰なの……?」

 

 リンディの呼び掛けに女ヤプールは、人を食った態度で仰々しく片手を胸の前に据える。

 

《お初にお目に掛かりますわ、時空管理局の皆さん……我らは『ヤプール』……そちらには『異次元の悪魔』と言った方が通りが良いかしら……?》

 

 うやうやしく頭を下げて見せるが、相手に敬意など微塵も無い小馬鹿にした態度である。 リンディは異次元の悪魔と名乗る人物の態度に不快感を覚えたが、

 

「あなたが異次元の悪魔だと言うのね? ちょっと信じ難いけど……何故此処に居るのかしら? プレシア女史の仲間なの? 彼女は何処に?」

 

 リンディの畳み掛けるような質問に、女ヤプー ルは人を不快にする含み笑いを漏らす。

 

《うふふふ……その女なら、とうの昔に地獄へ送ってやったわよ……今此処の支配者は我らヤプールって訳……》

 

 予想外の答えにオペレーター達はざわめいた。プレシアを追って来た筈が、当の本人が既に殺害されていたとは。

  リンディは嘘では無いだろうと直感する。このタイミングで嘘を吐いても意味は無い。衝撃を受けながらも、臆せず質問を投げ掛ける。

 

「貴女の目的は何……?」

 

《うふふふ……聞きたい……?》

 

 女ヤプールは勿体ぶった態度で能面を被った顔を向けた。愉しくて仕方無いと言うような態度だ。喜怒哀楽全てが表現されているという能面が、モニターに不気味にアップになる。

 

《教えてあげるわ! 『ジュエルシード』で次元断層を起こして、失われし都『アルハザード』へ渡るのよ!!》

 

 艦内に衝撃が走った。管理世界の人間ならば、アルハザードの伝説は誰しも一度聞いた事のあるものだ。リンディは顔色を変えた。

 

「馬鹿な事を! 『アルハザード』は伝説に過ぎないわ! そんな不確かな事で、周りの世界を消滅させるつもりなの!?」

 

 女ヤプールは憤る艦長の声を、心地好い音楽でも聴くように愉しんで嘲笑う。

 

《あはははっ! 伝説なんかじゃ無いわ…… 『アルハザード』こそ我らヤプールの失われし故郷なのだから!》

 

「何ですって……?」

 

 リンディは声を漏らしていた。それならば不確かでも何でも無い。ヤプールは確証を持って 次元断層を起こそうとしているのだ。

 女ヤプールは天を掴むかのように、両手を大きく掲げる。それに合わせて無数の魔方陣が『時の庭園』上部に現れた。

 

 魔方陣から次々と出現する巨大な異形の群 れ。50匹に及ぶ超獣軍団であった。多数の怪物の雄叫びが、高次元空間に渦となって響き渡る。その中心で女ヤプールは凶気の叫びを上げた。

 

《『アルハザード』に眠る『ヤプールの遺産』 を手に入れた時、全ての世界はヤプールのものとなる! 止められるものなら止めてみなさい、あははははっ!!》

 

 どす黒い哄笑と共に通信はブツリと切れた。 管理局には何も出来ないと、わさわざ連絡して来たのだ。リンディは庭園を埋め尽くす超獣軍団を青い顔で見詰める。

 

(……一体……どうすれば……)

 

 戦力が違い過ぎる。絶望が彼女の心をじわじわと重苦しく染めて行った……

 

 

 

 

 

 

「……ヴィータ……大丈夫か……?」

 

 満身創痍のシグナムは、背中合わせに立つ同じくボロボロの小さなアタッカーに声を掛ける。

 

「……これぐらい……平気だ……!」

 

 強気に返答を返すヴィータだったが、正直立っているのがやっとだった。周りは無数の傀儡兵の群れ。

 

 超獣を倒した代償は大きく、シグナムとヴィータにほとんど魔力も戦闘能力も残されていない。カートリッジも全て使い切ってしまった。

 2人は包囲されて壁際に追い込まれ、脱出もままならない。念話すら使えない状況だった。 傀儡兵がじりじりと迫る。

 シグナムとヴィータは限界の身体に鞭打って、アームドデバイスを構える。

 

「……や……野郎……!」

 

 ヴィータは重い身体を引きずり立ち向かおうとしたが、破片に足を取られてしまった。もう身体に力が入らず床に倒れ込んでしまう。

 

「ヴィータ……!」

 

 シグナムは咄嗟に駆け寄るが、傀儡兵はその隙を見逃さず一斉に武器を振るい2人に襲い掛かった。

 

(しまった……!?)

 

 シグナムはヴィータを庇いその前に立つが、 彼女もレヴァンティンを握っているのがやっとの状況だ。反撃する余力は無い。

 万事休す。鋼鉄の凶器が騎士達に降り下ろされようとしたその時、一条の光が宙を走った。

 緑色の光は2人に迫っていた傀儡兵達に炸裂し、瞬時に消し飛ばした。更に次々と光が走ると、傀儡兵の群れが破片と火花を辺りに撒き散らし瞬く間に破壊されて行く。

 

(……これは……?)

 

 シグナムは突然の出来事に辺りを見回した。ヴィータもヨロヨロと顔を上げる。

 止めとばかりに光が一直線に走り、光のラインが傀儡兵の群れを横一文字に凪ぐと、数十体の傀儡兵は爆発四散し跡形も無くなった。『エメリウムスラッシュ』の乱れ撃ちだ。

 

『シグナム、ヴィータ大丈夫かあっ!?』

 

 ゼロのエコーが掛かった声が響く。2人の目に、爆煙の中を此方に駆けて来る『ウルトラマンゼロ』の姿が飛び込んで来た。

 

「ゼロッ……!」

 

「ゼロッ!」

 

 シグナムとヴィータは同時に名前を呼んでいた。その表情が明るくなる。ゼロは駆け寄りながら人間形態を取ると、外した『ウルトラゼロアイ』を掲げて見せ、

 

「取り戻したぞ! お前らのおか……!?」

 

 上手く行った事を言い掛けるが、満身創痍の2人を見て見て絶句してしまった。

 

「だ、大丈夫か!? シグナムもヴィータもボロボロじゃねえか!」

 

 青くなるゼロにシグナムは明らかに無理をして、ふらくつ足を踏ん張り笑って見せる。

 

「……これしき……大した事は無い……」

 

 ヴィータもアイゼンを杖代わりによろめきながらも立ち上がると、血が滲む顔で笑みを浮かべ、

 

「……取り戻せて……良かったな……これでしばらくゼロの分のアイスはアタシんだな……?」

 

 強がる2人を見てゼロは胸が締め付けられる想いに駈られる。そこでゼロは破壊された岩盤の壁の穴から、誰かが部屋に入って来るのに気付いた。

 

「……全員……無事のようだな……」

 

 狼の姿のザフィーラだ。青い毛皮が所々血で濡れ片脚を引きずっている。宇宙仮面とアンチラ星人を倒した後、傀儡兵の包囲網を突破して来たのだ。

 

「……ザフィーラも……」

 

 ゼロは胸が苦しくなり声もろくに出せない。 皆の無事を知り気が緩んだのか、ヴィータの膝が崩れた。

 

「ヴィータッ!」

 

 シグナムが咄嗟に支えようとするが、同様に足に来ていた彼女は支え切れず、ヴィータ共々崩れ落ちてしまう。

 しかし床に倒れ込む寸前、ゼロが2人をしっ かりと抱き止めていた。頼もしい包容にシグナムとヴィータはひどく安心するのを感じる。

 ゼロは2人をそっと床に座らせた。横目でバラバとファイヤーモンスの死骸を見ると、そっと勇敢な女騎士達の手を取る。

 

「……こんな細え手でコイツらを倒したのかよ……ばか野郎……無理しやがって……」

 

 大事なものを抱くように、シグナムとヴィータの手を握り締めた。胸が感動で震えているのが判る。

 

「……な、何だよ……らしくねえぞ……?」

 

 こそばゆくなったヴィータは、照れて何時も通りの憎まれ口を叩く。その手に温かいものが零れ落ちた。それに気付かないゼロは傷だらけの手を押し抱く。

 

「……お前ら凄えよ……俺なんかより余っ程勇気が有る……」

 

 声が詰まり、ウルトラマンの少年の両目から熱い雫が零れ落ちていた。

 

「……ゼロ……お前泣いているのか……?」

 

 シグナムは驚いた顔をする。言われてゼロは、初めて自分の目から止めどもなく流れるものに気付いた。

 

(これは涙……? 俺が……泣いているのか……?)

 

 その熱いものは少年の意思に反し、一向に止まろうとはしなかった。シグナムは苦笑し、

 

「……男児たるもの……みだりに人前で泣くものでは無いぞ……?」

 

「……ちょ……調子狂うじゃんかよ……」

 

 ヴィータは泣かれる程心配されていたのを感じ嬉しくなったが、照れてそっぽを向きボソボソ呟いた。

 

「しっ、仕方ねえだろ……何だか知らねえけど止まらねえんだよ……!」

 

 ゼロは全くコントロールが効かない涙腺に困り、逆ギレ気味に応えるしか無い。

 そこで思い当たった。地球に来てから良く起こった不思議な感覚の正体を。 前にも一度こんな感覚に襲われた事があった事を。

 

(そうだ……『ラン』と一体化していた時だ……)

 

 『カイザーべリアル』に捕らわれ、同じく『ウルトラゼロアイ』をも奪われ死を待つだけだった時。『ウルティメイトフォース』の皆がゼロを助ける為に、べリアル軍団に殴り込みを掛けて来た時だ。

 

 あの時はランの身体だった故自覚が無かった。しかし今ならはっきり判る。これは涙なのだ。人の心に、決死の行動に心打たれて流す尊いものだと。

 

 それはかつて人と同じ存在だったウルトラマンが進化の過程で無くしたもの……

 自分達ウルトラ族が、遥か過去に置き忘れた大切なものを見付けた気がした。何と胸が熱くなる事か。

 

 ゼロはその想いを込めるように、握った手から2人に『メディカルパワー』を送り込む。 シグナムとヴィータは身体に温かいものが流れ込むのを感じ、その心地好さに身を委ねそうになるが、

 

「……ゼロ止せ、お前はこれから総力戦に挑むのだぞ……此処で余計な力を使うな……」

 

「……そうだ……アタシらはいいっ……!」

 

 戦闘に影響が出てはと手を離そうとする。だがゼロはしっかり握り手を離さない。

 

「要らん心配すんな……大丈夫だ……お前らからもっと大切なものを沢山貰ったからな……」

 

 ゼロは涙を溢れさせたまま、宝物を貰った子供のように無邪気に2人に微笑み掛けた。

 

 

 

 

「どうだヴィータ……?」

 

 シグナムは片手でレヴァンティンを軽く振りながら、隣でアイゼンのグリップを握り直しているヴィータに声を掛ける。

 

「まあまあだな……」

 

 鉄槌の騎士は軽く相棒を振って見せる。2人共魔力はまだ回復していないが、メディカルパ ワーで怪我の治療を受け体力は幾分回復していた。

 メディカルパワーも万能では無いので充分では無いが、動き回るくらいは出来る。ゼロは今ザフィーラの怪我の手当てをした所だ。

 

「それじゃあ皆は外に退避していてくれ。管理局も此処を突き止めたらしいからな……見られたら不味い。後は任せとけ!」

 

 ゼロは3人に告げると『ウルトラゼロアイ』 を翳す。するとシグナムとヴィータが顔を見合わせると歩み寄って来た。

 

「……ゼロ……その……少しいいか……?」

 

 少し躊躇を見せるシグナムに、ゼロは変身の手を止める。次にヴィータが直ぐ隣に立ち服を引っ張って来た。

 

「ちょっと……頭を下げろよ……」

 

 訳が判らなかったが、言われるがままに頭を低くしたゼロの両頬に柔らかいものが同時に押し付けられた。

 

「!?」

 

 シグナムとヴィータが同時に頬にキスをしたのである。驚くゼロに2人は照れ臭そうに唇を離す。ポカンとする少年に、シグナムは顔を真っ赤にしながら小難しい顔をし、

 

「べっ、別に妙な意味では無い……ベルカの戦いに赴く騎士を送り出す為の儀式だっ……!」

 

「感謝しろよな……ゼロ以外に誰にもやった事ねえんだぞ? 鉄槌の騎士と剣の騎士の両方なんて幸福者だかんな……だから負けたら承知しねえぞ!」

 

 照れるヴィータは誤魔化して胸を張り偉そうである。兄を送り出す妹のような気持ちなのかもしれない。

 ゼロは苦笑して、こちらは湯沸し器のように顔を赤くしているシグナムと、偉そうに胸を張ったままのヴィータの肩に手を乗せた。

 

「……フェイトとの約束といい……絶対に負けられない理由が増えたな……?」

 

 力強く笑い掛ける。その瞳には闘志が燃え盛っていた。

 2人から手を離すとザフィーラの元に行き、青い毛並みを無言で撫でる。 守護の獣も澄んだ瞳でゼロを見上げ頷いた。 死線を共に越えて来た者同士、言葉は不用だった。

 ゼロは全員から距離を取り『ウルトラゼロアイ』を再び前に掲げる。

 

「見ろ! 皆のお陰で取り戻した力……今の俺は誰にも負けはしねえ、デュワッ!!」

 

 父親譲りの掛け声と共に、特殊グラスを両眼に装着した。目も眩むスパークに包まれて、少年の身体がゼロアイを中心にウルトラマンに変換されて行く。

 眼、ビームランプ、カラータイマーに力強い光が満ち、赤と青の強靭な肉体にマグネリュームエネルギーが満ちる。

 その膨大なエネルギーに比例してゼロの身体が膨れ上がるように巨大化し、身長49メートルの小山の如き巨人となった。

 

『ウオオオオオオオオッ!!』

 

 ゼロは小さな身体に封じられていたエネルギーを解放するように、力強い雄叫びを上げる。今なら星でも素手で砕けそうだ。

 勢いのままに一気に飛び上がると天井をぶち抜き、超獣軍団の待つ屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

 アースラブリッジに非常アラーム音が鳴り響いていた。高次元空間が微細な振動を起こし始めている。次元震が発生し始めたのだ。

 このままでは後20分足らずで『次元断層』が発生してしまう。

 更に解析の結果『ジュエルシード』と併せて、庭園の駆動炉に使用している『ロストロギア』を暴走させ、足りない出力を補っている事が判明した。手をこまねいていれば確実に次元断層が起きる。

 一見自殺行為に思えるが、『アルハザード』 が元々ヤプールの故郷なら片道分だけで充分なのだろう。

 リンディは苦悩していた。『ジュエルシード』を持ったヤプールは超獣軍団に守られている。超獣の力はクロノの報告やデータで承知している。

 魔法をものともしない怪物が50体以上、とても手が出せるものでは無い。リンディはクロノに連絡を入れた。

 

「クロノ……状況は判ったわね? こうなれば駆動炉を止めるしか手は無いわ!」

 

《艦長判りました。今から駆動炉に向かいます!》

 

 クロノの後になのはとユーノも続く。

 

《私も行きます。このままじゃ私の住んでいる世界も、何もかも無くなってしまいます!》

 

《僕も逃げる気なんてありません!》

 

 なのはは一歩も退く気はない。フェイトの事も気掛かりだった。母親が既に殺されていたとは……なのはの胸は自分の事のように痛んだ。

 

 なのはとユーノの決意を聞いてリンディは迷った。今戻れと言っても2人共聞きはしないだろう。それに事態は深刻だ。少しでも戦力は欲しい。

 

「判ったわ……でも気を付けて、相手も駆動炉に手を打っている可能性が高いわ……」

 

《判りました!》

 

 3人揃って返事をし通信が切れる。正直事態は最悪だ。駆動炉の封印も上手く行くどうか分からない。

 最悪なのは達はクロノが連れて脱出してくれる筈だ。アースラでも決して安全とは言えないだろう。そして今は自分達が出来る最善の事をやるしか無い。

 

「私も出ます。庭園内でディストーションシールドを展開して、次元震を抑えます……」

 

 リンディは直接の戦闘力こそあまり高くは無いが、広域の空間干渉能力は高い。短時間なら次元断層の発生を遅延させられる。

 武装転移ポートに向かおうと立ち上がると同時だった。不意にエイミィがモニターを指差し声を上げた。

 

「艦長あれを! ウルトラマンが現れました!」

 

 リンディは振り返って正面モニターの画面を見上げる。ウルトラマンゼロが庭園外壁を中からぶち抜き、超獣軍団に向かって行く様が映し出されていた。

 

(まさか……戦うつもりなの? あの化け物の群れと……)

 

 それは無謀に見えた。1対50以上の戦力比、まともに考えたら勝ち目は無い。だがリンディの腹はそれを見てはっきり決まった。

 

(彼ならやれるかもしれない……あの異常なまでの力なら……今の状況では彼に賭けるしか無い! なら私は出来る限り時間を稼ぐ!)

 

 直感だった。力もそうだが、己を省みず街を救ったゼロなら信じていい気がした。

 どの道ここで手をこまねいていたら、沢山の命が喪われてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 ユーノ達にああは言ったものの、リンディは管理世界も管理外世界も関係無く、無辜の命が理不尽に奪われるのを黙って見てはいられない。管理局員としても人としてもだ。

 ウルトラマンもリンディも、同じような使命感を持つ者同士。通じるものがあったのだろう。リンディは己の最善を尽くす為、武装転移ポートに向け走った。

 

 

 

 

 ウルトラマンゼロは厚い外壁をぶち抜くと、庭園の開けた屋上に降り立ち超獣軍団と対峙した。

 超獣軍団の最後方に『ジュエルシード』と共に宙に浮かぶ女ヤプールは、完全に見下した態度でゼロを見下ろしている。

 

「どうやら命が惜しくない、救いようの無い偽善者のようねえ……アナタ1人で立ち向かえると、本気で思っているの……?」

 

『ご託は聞かねえぞ死に損ない! さっさと掛かって来い! フェイトのお袋さんの仇と傷付いた皆のお返しだ。貴様を元の地獄へ叩き込んでやるぜぇっ!!』

 

 ゼロは女ヤプールの挑発を一蹴し、左手を突き出して右拳を引く、得意の『レオ拳法』の構えを取る。女ヤプールはプライドを傷付けられたのか激昂し、

 

「……ほざいたな雑魚がぁっ! 超獣共よ、あの虫けらを八つ裂きにしろぉっ!!」

 

 女ヤプールの号令に、超獣達の凄まじい咆哮が高次元空間に木霊した。一斉に庭園を揺るがしてゼロ目掛けて殺到する。

 

『行くぜぇっ、ヤプール!!』

 

 ゼロは怖れず岩盤を踏み砕き、真っ正面から超獣軍団に突撃した。

 空を切り裂き先陣を切って、飛行型の超獣『ブラックピジョン』『カメレキング』『ゼミストラー』が頭上から襲い掛かる。

 ゼロはスピードを落とさず、『エメリウムスラッシュ』を額から連射する。緑色の死の光を立て続けに食らった3匹は肉片を飛び散らせ四散した。

 爆発の余波と爆煙の中、超獣軍団は怯まずゼロに突進して来る。その様は生者に群がる死者の群れのようにも見えた。

 『ブラックサタン』が巨大な一つ目から破壊光線を発射、『アリブンタ』『ブロッケン』も超高火炎をゼロ目掛けて一斉に発射する。

 しかしゼロは素早く宙に飛び上がり攻撃を回避する。巻き添えを食った『マッハレス』『ユニタング』が攻撃をまともに浴び吹き飛んだ。

 

(馬鹿が! そっちは集団、飛び道具なんざ同士討ちの元だぜ!!)

 

 空中を軽やかに跳ぶ超人を狙い、各超獣の攻撃が襲うがゼロは軽々と攻撃を避け、右脚にエネルギーを集中させる。その右脚が炎の如く赤熱化した。

 

『ディヤアアアアアッ!!』

 

 裂帛の叫びと共に『ウルトラゼロキック』がブラックサタンの頚に命中。反動を利用し後方の『ガラン』に回し蹴りを食らわせ、近場の『ギタギタンガ』『ギーコン』『レインボラー』に立て続けにゼロキックを見舞う。

 ほの暗い高次元空間を、真紅の炎が舞っているようだ。

 

『ウルトラゼロキック五段蹴り』

 

 ゼロが着地すると同時に、5匹の超獣が頚を吹き飛ばされ爆砕する。眼にも留まらぬ速技だ。

 

「な……何をしている! さっさとその虫けらを片付けなさい!!」

 

 恐れをなしたのか、ヒステリックに叫ぶ女ヤプールの声が響く。命令に忠実に従い超獣達はゼロに群がるが、彼は同じ場所に留まるような愚は犯さない。

 ゼロコンマ1秒の躊躇も無く瞬時に飛び退くと、頭部の『ゼロスラッガー』を手にする。

 

『ゥオオオオッ!!』

 

 スラッガー2本を両手に構え、岩盤を蹴って弾丸の如く飛び出した。飛び出すと同時に初速が音速を超え、ゼロの巨体が超スピードで見えなくなる。

 銀色の閃光が空を切り裂く。見えない死神の鎌に襲われたように、超獣達の身体が次々に切り裂かれた。

 

『ゼロスラッガーアタック』

 

 超獣達の頭が胴体、手足が宙を舞う。加速を解いたゼロが姿を現した。彼の背後で、切り裂かれた十数匹の超獣が大爆発を起こし吹っ飛んだ。

 

「スッゲエーッ、ゼロ強ええっ!!」

 

 ヴィータは年相応の子供のように歓声を上げた。守護騎士達3人は一旦庭園内から離脱し、外壁の陰で戦況を見守っている所だ。 シグナムは魅入られたように戦うゼロを見詰めて頷く。

 

「ああ……全く……大した男だ……」

 

 自然に顔が綻んでいた。この身が奮い立つようだと将は思う。ヴィータは興奮気味でシグナムとザフィーラに顔を向け、

 

「なあ……信じられっか? あれがアタシらの家族なんだぞ、アタシらのウルトラマンなんだぜ!」

 

 誇らしそうに満面の笑みではしゃぐ。ザフィーラは微かに笑みを浮かべた。シグナムは頷き、

 

「そうだな……我らのウルトラマンだ……他人の為にしか戦わないお人好しのな……」

 

 感慨深く戦うゼロを見詰めて応えた。ヴィータも嬉しそうに頷くと、身を乗り出してゼロに向かって叫んだ。

 

「行っけえーっ、ゼロッ! ぶっ潰してやれ えっ!!」

 

『任しとけヴィータ!』

 

 超感覚を持つゼロの耳には当然ヴィータの声援は届いている。心得たと一気に勝負を着けるべく左腕を水平に伸ばす。

 『ワイドゼロショッ ト』の構えだ。凄まじいエネルギーが両腕に集中する。生き残りの超獣達が怒号を上げて押し寄せて来た。

 

『纏めてぶっ飛びやがれええっ!!』

 

 ゼロは両腕をL字形に組んだ。その右腕から強烈な光の奔流が凄まじい勢いで発射される。

 以前のグリーンモンスの時のようにパワーを抑えていない。地上で撃てるフルパワーの一撃だ。超獣達は次々と断末魔の悲鳴を上げ光の奔流に飲み込まれて行く。

 光線の余波で庭園の上部外壁が吹っ飛んでいた。ワイドゼロショットの威力は凄まじい。庭園を大きく揺るがし、超獣達は光線の広域照射を受け爆発消滅した。

 だが全ての超獣が倒されたかと思いきや、爆炎の中 を猛スピードで接近して来るものが居る。

 四つ脚で巨大な猛牛のように突進して来るのは、最強超獣『ジャンボキング』だ。その巨大な角でゼロを串刺しにせんと迫る。

 

『来やがれ!!』

 

 ゼロは真っ向からジャンボキングを迎え撃った。その突進を強靭なパワーでガッチリ受け止める。

 

『オラアアアアッ!!』

 

 通常の超獣の数倍はあるジャンボキングの巨躯を、数百万馬力のパワーで力任せに持ち上げた。

 

『初公開の技見せてやるぜ! 食らえウルトラハリケーンッ!!』

 

 ゼロはジャンボキングを持ち上げたまま竜巻のように回転する。そのスピンは周囲に突風を巻き起こす程に凄まじいスピードだ。

 『ウルトラマンジャック』が『ゼットン二代目』を倒した時に使用した技である。

 ゼロはスピンさせたジャンボキングを勢い良く投げ飛ばす。巨体がハリケーンに飲み込まれたように猛スピンし、独楽の如く上空に舞い上げられた。

 

『止めだっ!!』

 

 投擲された2本のゼロスラッガーが死の刃と化し、ジャンボキングの身体を4つに切り裂く。上空を打ち上げ花火のように照らし、最後の超獣は粉々に吹き飛んだ。

 

 超獣の残骸が転がり無惨な有り様になった庭園屋上に、ウルトラマンゼロが山のようにそびえ立っていた。残るは女ヤプールのみ。

 

「ばっ……化け物か貴様っ!?」

 

 先程まで余裕を見せていた女ヤプールも、流石に動揺を隠せないようだ。

 

「……貴様……一体何者だ!?」

 

 女ヤプールの問いにゼロは一呼吸置き、高らかに名乗る。

 

『ゼロッ! ウルトラマンゼロッ! セブンの息子だ!!』

 

「セブン……ウルトラセブンの息子だと!? 馬鹿な、そんな話は聞いた事が無い!!」

 

 明らかに狼狽する女ヤプールを、ゼロはせせら笑ってやる。これくらいしても罰は当たるまい。

 

『やっぱり貴様は『ゴーストリバース事件』で倒されたヤプールの残党か……此方にずっと潜んでたから情報が古いぜ! 俺はその後に表舞台に立ったんだよ!!』

 

 女ヤプールは全身に怒りを漲らせ、長い黒髪をざわざわとなびかせた。自分の迂闊さを呪っているのか……

 

「おのれえええっ! 態勢を整えている内にそんな事になっていたとは……最初に殺しておくべきだった!!」

 

 呪詛を吐くように悔しげに吠える。だがもう後の祭りだ。寄りによって、ウルトラマンゼロを生かしておいてしまったのだから。

 ゼロは異次元の悪魔に止めを刺すべく、巨大な脚を前に踏み出した。

 

『観念しろ、これで最期だヤプール!』

 

 諦めたように項垂れる女ヤプールだったが……

 

「あはははははははははははははっ!!」

 

 突如として狂ったように嗤い出した。不気味な程ケタケタ嗤っている。追い詰められて発狂したなどという訳では無い。その嗤いは悪意と自信に満ちていた。

 尋常成らざる雰囲気に、ゼロは油断なく身構え る。女ヤプールは、白い能面を被った顔をゆらりと上げ、

 

「これでヤプールに勝ったつもりか……? 餓鬼が見ろぉっ!!」

 

 片手を挙げると、突然巨大な魔方陣が女悪魔の前に現れた。転移ポートにより何かを呼び出したのだ。

 

『こいつは!?』

 

 魔方陣から現れたのは、巨大な西洋式の棺桶であった。女ヤプールは勝ち誇り両腕を掲げて叫ぶ。

 

「出でよ! 最強の超人ロボット『ウルトラキラー』よ!!」

 

 棺桶の蓋が重々しく、独りでに開いた。

 

 

 

つづく

 

 




小劇場1

 お面の事

 宣戦布告する能面を被った女ヤプール。それを見たエイミィは戦慄し、リンディに訊ねてみた。

「艦長……何て不気味な仮面なんでしょう……あれは一体……?」

「ああ……あれは『お多福』のお面って言ってね、お目出度い時やお祭りで被ったりするのよ」

「へえ~っ、じゃあ気味悪く見えるのは気のせいなんですねえ……」

《待てやコラァッ! このインチキ日本通! 適当な事言うなあっ!!》

 色々台無しにされた女ヤプールはぶちギレしました。



 小劇場2

 ベルカの伝統ですから……

 シグナムとヴィータからの激励を受けたゼロ。そこに人間形態になったザフィーラが歩み寄った。

「ゼロ……」

「どうしたザフィーラ、いきなり人間の姿になって?」

「シグナムとヴィータがやったなら、俺もやらない訳には行くまい……」

「なるほど……判った、頼む……」

「止めんかあっ!!」

 シグナムとヴィータに止められました。(ついでに2人共殴られました)


※アンチラ星人。A登場、郷秀樹に化けてTACを騙そうとした変身宇宙人。更にマイナーです。ウルトラレーザーはその時持っていた銃です。
ベルカの伝統は捏造ですので、本気にしてはいけません。

 次回予告

 ヤプールの切り札ウルトラキラー。その恐るべき力がゼロを襲う。一方駆動炉封印に向かうフェイト達は?
次回『脅威のウルトラキラーや』




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第25話 脅威のウルトラキラーや

 

 

 巨大な棺の蓋が、地響きを立てて落下する。そして中より巨大な人型が、直立した姿勢のままユラリと起き上がった。

 稲光に照らされ人型の全容が明らかになる。血を連想させる濃い赤のボディー、全身を被う金色のアーマーに同じく金色の鋭角的な頭部。

 その姿は『エースキラー』タイプ特有のものだ。だが以前に出現したタイプと比べて鋭角的な部分が増え、サイズも一回り大きく重装甲になっているようだ。

 

「あはははははっ、見たか! エースキラータイプの最新強化型『ウルトラキラー』だ!!」

 

 女ヤプールは両手を広げてゲラゲラ狂笑を上げ、直立したままのウルトラキラーに命令を下す。

 

「起きろぉぉっ! ウルトラキラァァッ!!」

 

 ウルトラキラーの両眼にカッと光が点り、体内メカニズムが唸りを上げて稼動を始める。

 

『グオオオオオオオオオォォッ!!』

 

 高次元空間を震わせて、ウルトラキラーは両腕を広げ咆哮した。それだけでゼロは桁外れのパワーを感じ取る。

 

「さあ、ウルトラキラーよ! ウルトラマンゼロを細切れの肉塊に変えてやれええっ!!」

 

 女ヤプールはゼロを指差し指令を下した。ウルトラキラーは誘うように宙に舞い上がる。

 

『面白え! 本物のエースキラータイプがどれだけのもんか見てやるぜ!!』

 

 どの道ウルトラキラーを倒さねばヤプールを止められそうに無い。ゼロも後を追い、雷光轟く高次元空間の空に舞い上がった。

 

 

 

 

 その頃フェイトとアルフは駆動炉を目指し、行く手を阻む傀儡兵群と戦っていた。

 アルフが牽制に群れの足元目掛けて電光の槍 『フォトンランサー』を連続発射する。着弾したランサーが傀儡兵の足元に炸裂した。

 浮き足立った敵に止めと、フェイトの 『フォトンランサー・マルチショット』が降り注ぎ、傀儡兵は電光の槍の散弾の前に次々と破壊されて行く。

 しかし駆動炉の守りで大量に配置されているらしく、傀儡兵は続々と繰り出して来る。

 

「数が多い! フェイト大丈夫かい!?」

 

 アルフは遅い来る傀儡兵を殴り倒しながら叫ぶ。

 

「大丈夫、多分此方に残り全部を集めているんだよ……でも頑張ろう!」

 

 フェイトも大鎌に変形させた『バルディッ シュ』で、敵を切り裂きながら応えた。しかし焦燥感が気を急かせる。

 

(時間はあまり無い……絶対に退く訳には行かないんだ……必ず止めてみせる……!)

 

 目前の敵を切り捨て、フェイト達はひたすら前に向かって駆ける。

 前衛の一団を突破した2人が次の角を曲がり、広場に出ようとした時だった。待ち伏せしていた傀儡兵達が、先行していたフェイトに一 斉に襲い掛かった。

 

(しまった……!?)

 

 不意を突かれたフェイトは回避しようとするが数が多い。このままでは攻撃を食らってしまう。

 

「フェイト危ない!!」

 

 アルフの叫びが響いた時、突如として桜色の強烈な光が襲い掛かろうとしていた傀儡兵を纏めて吹き飛ばした。凄まじい砲撃魔法だ。

 ハッとしたフェイトは、砲撃が飛んで来た方向に目を向ける。粉塵が舞う中、小さな人影が此方に走って来るのが見えた。

 

「フェイトちゃん、大丈夫!?」

 

「……あなたは……」

 

 フェイトは思いがけない人物を見て驚いた。 茶色掛かった髪をツインテールにし、純白のバリアジャケットを纏った少女『高町なのは』であった。

 

「……どうして此処に……?」

 

 困惑するフェイトになのはは、ニッコリ微笑み、

 

「……何か出来る事が有ればと思って、クロノ君に着いて来たの……それに……フェイトちゃんが心配だったんだ……」

 

 フェイトはどう反応したらいいのか解らず、俯くしか無かった。そんな彼女になのはは少し恥ずかしそうにしていたが、意を決し口を開く。

 

「……どうしても、フェイトちゃんに伝えたい事が有ったんだ……」

 

 なのはは気持ちを落ち着けるように一旦目を閉じる。落ち着いたのか目をゆっくり開けた彼女は自分の胸に手を当て微笑み、目の前の少女の目をしっかり見据えた。

 

「友達に……なりたいんだ……」

 

 それは真っ直ぐで真摯な言葉だった。フェイトは自分の頬が赤くなるのを感じ戸惑ってしまう。

 今まで友達というものは自分にとって縁遠いものだと思っていた彼女は、ひどく心を揺さぶられしばし言葉を失った。

 だが揺さぶるそれは不快なものでは無い。心に染み込むようだ。心に灯る温かいもの。しかし何時までもその感触に浸る暇は無かった。

 

「フェイト! 危ない!!」

 

 アルフが危険を告げる。新たな傀儡兵の一団が迫っていた。フェイトとなのはは素早く飛行魔法で宙に飛び上がると、同時に敵に向かって砲撃魔法を叩き込む。

 金色と桜色の魔法光が傀儡兵を次々に撃ち抜 く。フェイトは隣で共に戦うなのはをチラリと見て、今までの事を思い出していた。

 

(何度もぶつかり合った……初めて対等に、 真っ直ぐに自分に向き合ってくれた女の子……)

 

(幾度となく出会い戦い、何度も自分の名を呼んでくれた……私が何度拒否しても、何度も何度も……)

 

 フェイトはなのはの後ろから襲い掛かる傀儡兵目掛けて砲撃魔法を放ちながら思う。 今度はなのはが、フェイトの不意を突こうとし ている傀儡兵を撃墜する。

 

(此処にも私を気に掛けてくれる人が居た…… 居てくれた……)

 

 今まで狭い考えに囚われていた自分は気付く事が出来なかった。いや、気付かぬ振りをしていたのかもしれない。

 今なら判る。それは何と心が温かくなるのだろう。なのはは『友達になりたい』それをだけを告げる為に此処まで来てくれたのだ。

 フェイトは嬉しいような泣きたいような、不思議な想いを味わった。全てが終わったならきちんと返事をしようと心に誓い、彼女はバルディッシュを振るう。

 

 あらかたの傀儡兵を片付けたフェイトとなのはの前に、壁をぶち抜き赤銅色をした10メートル近い巨大傀儡兵が現れた。大型の大砲を両肩に装備し、2人を狙いエネルギーチャー ジを開始する。

 

「……大型だ……バリアが強い……」

 

 フェイトは傍らのなのはに相手の情報を教える。自分だけではバリアを抜くのは難しい。そこで不安そうななのはを見据えた。

 

「……でも……2人なら……」

 

 それを聞いた彼女の顔が輝いた。2人揃えば負けない。なのはもそう思った。心が奮える。フェイトは頷きバルディッシュを前面に構えた。

 

「行くよ……バルディッシュ……」

 

《Yes sir》

 

 なのはも負けじとレイジングハートを構える。

 

「こっちもだよ、レイジングハート!」

 

《Standby.ready》

 

 2人は長年のパートナーだったかのように、 ごく自然にコンビネーションを組んでいた。何度もぶつかり合い、お互いの力を分かり合った2人だからこそだ。

  大型傀儡兵が閃光と共に肩の大砲を射ち出し た。フェイトとなのはは蝶のように宙を舞い、砲撃を避けると一斉に砲撃魔法を放つ。

 

「サンダースマッシャァァッ!」

 

「ディバインバスタァァッ!!」

 

 2人の砲撃が巨大傀儡兵の強固なバリアを撃ち抜き、その巨体を吹き飛ばした。大爆発し粉微塵に吹き飛ぶ傀儡兵。敵を一掃したフェイトとなのはは、ゆっくりと床に降り立った。

 

「フェイトォォッ!」

 

 其処にアルフが駆けて来る。それより少し遅れ、クロノとユーノも此方に走ってやって来た。

 

「なのはは先走り過ぎだ……」

 

 クロノは憮然としてなのはに注意を促す。どうやらなのはは気が急いて先に飛び出し、2人ととはぐれてしまっていたようだ。

 そこでクロノはフェイト達が一緒に居るのを見て、幾分不審そうに眉をひそめる。

 

「状況を聞かせて貰えるかな……?」

 

 するとアルフがフェイトを庇うようにクロノの前に立った。

 

「フェイトは悪くないよ! 今まで母親の身体を乗っ取ったヤプールに騙されてたんだ! だから今止めようとしてるんだよ!!」

 

 必死で訴えかけた。フェイトがヤプールの仲間などと思われるのは我慢ならない。するとクロノは、やはりという顔をした。

 

「事のあらましは聞いているよ……やはり君達はヤプールに騙されていたのか……」

 

 納得したように視線を送る。ヤプールの話からして、フェイト達が騙されていた可能性が高いと見抜いていたようだ。フェイトは頷いてクロノの前に立ち、

 

「……私達もウルトラマンが助けてくれなければ殺されていた……母さんの為にも、絶対にヤプールの思い通りにはさせない……!」

 

 紅玉色の瞳に、揺るがぬ決意を込めてクロノを見据える。少年執務官はしばらく彼女の目を見た後、微かに笑みを浮かべた。

 

「判った……信用しよう……駆動炉に案内してくれ」

 

「ありがとう……こっち……」

 

 フェイトは感謝して頭を下げると先陣を切って駆け出した。なのは達は後に続く。後を追って走るクロノに、ユーノが思念通話で話し掛けて来た。

 

《いいのか? 信用して……》

 

 今まで敵だったのだ。罠ではないかと少し不安になったのだろう。クロノは走りながら後ろのユーノを振り返り、

 

《彼女達は本当に利用されただけだろう……それに親を殺された子供が仇の言う事なんか聞く訳が無い……

 

罠じゃないか心配してるんだろうが、ヤプールは僕らなんか眼中に無い。罠の可能性は無いな……何とかしたいのはウルトラマンの方らしいからね……だから信用して大丈夫だろう》

 

 その時庭園が一際大きく揺れる。衝撃音が響き、細かな岩の破片が降ってくる。ゼロと超獣軍団との戦闘が始まったのだ。

 クロノはだろ? と天井を指して見せる。 ユーノは成る程と納得した。ふと親を殺されたの下りに力が入っている気がしたが、それはともかく意外そうな顔をし、

 

「クロノ……意外と話が判るんだ……もっと石頭かと思ってたよ」

 

「君は今までどういう目で僕を見てたんだ……?」

 

「アハハハ……ゴメン……(只の堅物かと……)」

 

 ジト目になるクロノにユーノは笑って誤魔化すしか無い。クロノはため息を吐くが表情を引き締めると、

 

「それより次元震が強まって来ている……他の世界にも影響が出ているだろう……しばらくは艦長が抑えてくれる筈だが……急ごう、あまり時間は無い!」

 

 クロノとユーノはフェイト達の後を追い、駆動炉目指し走る。行く手には無数の傀儡兵が立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

 『第97管理外世界』と時空管理局に命名されているその世界を、今異様な揺れが襲っていた。

 地震のように地面だけが揺れているのでは無い。この世界、空間そのものが断末魔に震え軋んでいるような不気味な揺れであった。

 

 原因も解らず不安におののく人々の中、恐らくはこの世界で唯一事情を知る一家の主八神はやては、シャマルとひたすら料理の支度に集中していた。

 直ぐ傍で『闇の書』が心配そうにはやての周囲で浮かんでいる。シャマルも不安そうに支度の手を止め、

 

「はやてちゃん……」

 

 はやては顔を上げ、心配ないとニッコリ2人に笑い掛ける。

 

「大丈夫や……私はみんなを信じとる……だからみんなが帰って来たら、ご馳走で迎えてあげような?」

 

「はいっ、はやてちゃん、私も頑張ります!」

 

 動じた様子の無いはやてに、シャマルは張り切って腕まくりして見せる。

 本当は怖い筈なのに小さな主は耐えている。シャマルもそれが判り、最後まで共に頑張ろうと心の中で誓う。はやてはそんなシャマルの内心を知ってか、コクリと頷くと再び調理に掛かった。

 

 鍋の火加減を見ながら、ゼロに貰ったペンダントをそっと握り締める。 ふと今ゼロが、この世界を守る為に必死で戦っている気がした。

 

(ゼロ兄……)

 

 はやては見えない戦いをその目に映そうとするかのように、窓から震える空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 暗鬱な黒い渦がとぐろを巻き、雷光が照らす高次元空間の空を、2体の巨大な影がぶつかり合っていた。 音速を遥かに超えたスピードで、衝撃波を作り出し激突する。

 

『ウオオオオオッ!』

 

 鋭い気合いと共に、ゼロの正拳突きが『ウルトラキラー』に放たれた。相手も負けじと鉤爪の付いた拳で右ストレートを繰り出す。

 お互いの拳同士が火花を上げて激突した。突きとストレートの応酬だ。巨大なハンマーをぶつけ合うような轟音が響く。

 

(野郎やるな! これならどうだ!!)

 

 ゼロは相手がパンチを戻す一瞬の隙に、腹部へ大砲の如き前蹴りをぶち込んだ。しかしウルトラキラーは素早く腕でガードし、強烈な一撃を受け止めてしまう。

 弾きながら超人ロボットは一旦後方に退がる。ゼロも飛びすさり距離を取った。

 

《うふふふ……これからが本番よ!》

 

 女ヤプールは自信たっぷりの様子で、上空のウルトラキラーを見上げる。絶対の自信を込めて悪魔は指令を下した。

 

《ウルトラキラー! 『スペシウム光線』!》

 

 ウルトラキラーの両眼が強く発光し、両腕を十字に組み合わせた。そのクロスした手から白色の光線が放たれる。

 

『チィッ!』

 

 辛うじて身をかわして避けるゼロに、ウルトラキラーは空かさず追撃を掛ける。額の紅いクリスタル部から、緑色の光が一直線に照射された。

 

(親父の『エメリウム光線』かよ!?)

 

 ゼロも額のビームランプから『エメリウムスラッシュ』を発射し、エメリウム光線を迎撃する。2つの光線がぶつかり合って対消滅を起こし、高次元空間を照らした。

 

《まだまだ、これからよ!!》

 

 女ヤプールはゲームでも愉しむように指令を出す。ウルトラキラーは左腕に填められている、金色のブレスレットを投擲した。ブレスレットは光のナイフと化し、高速でゼロに襲い掛かる。

 

『ウルトラブレスレットか!』

 

 ゼロは素早く頭部の『ゼロスラッガー』を取り外し、ブレスレットを叩き落とす。しかしウルトラキラーは防御の隙を突き連続して『メタリウム光線』『ストリウム光線』を放った。色鮮やかな光と虹色の光が次々と襲う。

 

『ウワアァッ!?』

 

 さしものゼロも避けきれず、まともに光線を食らってしまった。白煙を上げ吹き飛んでしまう。 そのまま落下してしまうかと思われたが、態勢を立て直し再びウルトラキラーに距離を取って対峙する。

 

(……『ビートスター』の量産型パチもんとは桁違いだな……パワーもスピードも比較に無らねえ……更に『ウルトラ兄弟』全員の武器が使えるってのは厄介だな……クソッ、あまり時間は無えってのに!)

 

 『ビートスター事件』で多数の量産型と戦った事のあるゼロだが、本物の威力は比較するのが間違いな程であった。ゼロの焦りを察したかのように、女ヤプールの嘲る調子の念話が頭の中に木霊する。

 

《あはははっ! 1人でウルトラ兄弟全員と戦うようなもの、いくらお前が強くとも勝ち目は無い! ウルトラキラーの戦闘力は、『ウルトラキラーザウルス』をも上回るぞ!!》

 

『舐めるな! 技だけ真似ただけの奴に負けてたまるかぁっ!!』

 

 ゼロは拳を握り締め怒りを顕にする。それぞれの技には彼らだけの苦闘があるのを知っているからだ。

 

 死に行く友から力を渡され身に付けたもの、 師の命と引き換えに完成させたもの、命懸けの特訓の末に完成させたものなど、様々な物語があったと聞いている。

 それはウルトラ兄弟だけのものだ。その平和を守る力を、平然と破壊に使うヤプールが許せなかった。

 ウルトラキラーは怒るゼロを嘲笑うように、一気に上昇を掛ける。その右脚にエネルギーが集中し炎のように赤熱化した。『レオキック』の体勢だ。

 

『てめえ如きが、師匠の技使ってんじゃねえ!!』

 

 怒りに燃えるゼロも上昇し『ウルトラゼロキック』で迎え撃つ。炎と化した互いのキックが空中で火花を散らして交差した。必殺キックの打ち合いだ。

 轟音を上げてゼロキックがウルトラキラーの腹に炸裂し、キラーのキックがゼロの胸部にめり込んだ。

 

『ぐっ……!』

 

 相討ちになったゼロとウルトラキラーは、双方後方に吹き飛ぶ。ゼロは焼けるような痛みに耐え、体勢を立て直すと吹き飛ぶウルトラキラーを追う。

 懐に飛び込み拳の一撃を食らわそうと腕を振り上げると、キラーの腹部クリスタル部分から、光のシャワー『ウルトラマン80』最強の技 『バックルビーム』がゼロを襲う。

 

(この野郎ぉぉっ!!)

 

 寄りにもよって、戦死した友から託されたエネルギーで身に付いた技を使うウルトラキラーにゼロは怒った。

 

『てめえええっ!!』

 

 咄嗟に『ウルトラゼロブレスレット』を銀色の盾ディフェンダー形態に変え構わず突っ込む。だがバックルビームは強力だ。ディフェンダーが軋み、吹き飛ばされそうになってしまう。

 ウルトラキラーはバックルビームを浴びせながら、右腕に光の長剣『メビューム・ナイトブレード』を形成し、ゼロを串刺しにせんと鋭い突きを繰り出した。

 

『クソォッ!』

 

 ゼロは瞬時にブレスレットを『ウルトラランス』形態に変え、ナイトブレード の一撃を弾き返す。

 鋭い金属音が走り、ウルトラキラーは吹き飛ばされたように見えた。だが甘くは無い。勢いを利用し後ろに飛んだだけだ。

 ゼロは違和感を感じ、ウルトラランスを見る。槍部分に細かな亀裂が走っていた。もうそんなに保たないだろう。 だがそれに気を取られる暇も無い。ウルトラキラーは此方に向き直ると、右腕を正面に突き出し、左手を胸部に水平に当てた。

 

《ウルトラキラーッ! M87光線!!》

 

 女ヤプールは愉しげに叫ぶ。ウルトラ兄弟中、単体で最強の破壊力を誇る『ゾフィー隊長』の必殺光線『M87光線』だ。

 突き出された右手が白熱化し、竜巻の如き強大な破壊光線が迫る。その広い攻撃範囲にゼロは成す術なく、光の渦に飲み込まれてしまった。

 

「ゼロッ!?」

 

 その光景にヴィータは悲鳴に近い叫び声を上げた。バラバラと破片のようなものが辺りに飛び散る。さしものゼロも、M87光線をまともに食 らってはひとたまりも無い。

 ゾフィーが地球上でピンチに陥っても一度も使わなかったのは、あまりの威力故被害が周りに及ぶからだ。

 

「大丈夫だ……」

 

 蒼白な顔のヴィータに、シグナムが自信を持って言い切った。一方の女ヤプールは嗤い声を上げる。光の激流を前にゼロの無力さを嘲笑ってやろうとした時、

 

「何ぃっ!?」

 

 爆発の炎の中から無事な姿のゼロが『ワイドゼロショット』構えで現れたのだ。その身体から粉々になった『ウルトラディフェンダー』と 『テクターギア』の破片が崩れ落ちる。

 ディフェンダーだけでは防ぎきれないと判断したゼロは、ブレスレットに縮小収納していたテクターギアを瞬時に纏い、ディフェンダーとテクターギア二重の防御でM87光線の直撃に耐えたのだ。

 もうゼロブレスレットとテクターギアは、使い物にならなくなってしまったがやむを得まい。

 

『今度は此方の番だ! くたばりやがれぇっ!!』

 

 L字形に組んだ右腕から、必殺の破壊光線がウルトラキラーを直撃した。その身体が爆発の炎の中に消える。

 

『やったか!?』

 

 ゼロは確かな感触にワイドゼロショットの構えを解くが、爆煙の中に2つの緑色の眼が光った。

 

《うふふふふふ……》

 

 女ヤプールが不気味に嗤う。残煙が晴れるとウルトラキラーが平然と浮かんでいた。ダメージを受けた様子は無い。全くの無傷である。

 

『ワイドゼロショットが効かねえ!? 野郎、何て重装甲してやがる!』

 

 ウルトラキラーの想像以上の性能に焦りを隠せないゼロに、女ヤプールは発狂したように勝ち誇って叫ぶ。

 

《驚くのはまだ早いわ! ウルトラキラーの本当の力はこれからよ!!》

 

 女ヤプールの指令にウルトラキラーは頭上にエネルギーを集中させた。集中させたエネルギーが7色の光の玉を形成する。凄まじいまでのエネルギーだ。

 

『まさか……そいつは!?』

 

 ゼロは驚愕の声を上げてしまう。それは『ウルトラマンA』がウルトラ兄弟達のエネルギーを結集して放つ合体技『スペースQ』であった。

 

 

 

 固唾を呑んでゼロとウルトラキラーとの戦闘を見守っていたシグナム達だが、ヴィータが不審そうに首を傾げた。

 

「なあシグナム、ザフィーラ……あの金色の奴の動きおかしくないか……?」

 

「ヴィータも気付いたか……」

 

 シグナムも同様だったらしく、鋭い目でウルトラキラーを見据える。同じくザフィーラも静かに頷いた。

 シグナムは違和感を何処に感じるのか、状況を確認してみる。何かある。ウルトラキラーの動きは何処か不自然だ。

 ふと視線をゼロの後ろに向けた時、シグナムはヤプールの狙いに気付いた。

 

「またしても卑劣な真似を!」

 

 憤るリーダーの視線の先を見たヴィータとザフィーラも、敵の狙いを察した。

 

 ウルトラキラーは『スペースQ』の発射態勢を整えた。何時でも撃てるように光球を右手で掲げる。まともに食らってはひとたまりも無い。

 油断なく身構えるゼロの頭に、シグナムからの念話が響いた。

 

《ゼロ、ヤプールの思う壷だ。誘い込まれているぞ!》

 

『何だって!?』

 

 何の事か判らず聞き返そうとするが、ウルトラキラーは腕を振り上げスペースQを発射して来た。周りの空間を歪める程の高エネルギーの塊は、恐ろしい速さでゼロに迫る。

 シグナムの言葉の意味も解らぬまま、ゼロは寸での所で横に飛びスペースQを辛うじて避けた。しかし完全には避けきれず肩を抉られてしまう。

 

(ぐっ……掠っただけでコレか!)

 

 肩を押さえ呻くゼロのテレパシー回線に、女ヤプールから甲高い耳障りな声で思念通話が届く。

 

《あら……いいのかしら? 避けちゃって……》

 

 その言葉に不穏なものを感じたゼロは、反射的に後ろを振り返った。

 

『なっ!?』

 

 ゼロの眼に映ったのは、スペースQの射線軸上で待避しようとしている、逃げ遅れた『アー スラ』であった。

 

 

 

つづく

 

 




※ウルトラ兄弟の技に関しては、漫画ウルトラ兄弟物語やバックルビーム物語などを参考にしてます。公式ではありません?

80のバックルビームは、ライバルで友でもあったファイタス(ザ・ウルトラマンのファイタスとは別人)が死ぬ直前に80にエネルギーを託した為に新しく備わった力となってました。
その為威力はサクシウム光線の二倍。テレビでもサクシウムが効かない敵への決め技として使われていました。単行本未収録。今読む事はまず不可能かと。マ ニアックですいません。

 次回『必殺!ゼロ怒りの一撃や』



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第26話 必殺!ゼロ怒りの一撃や

 

 

 

 五色の光球『スペースQ』が周囲の空間を焼き付くしながら猛然と『アースラ』に迫る。

 

『しまったっ!?』

 

 焦るゼロだが、『スペースQ』は僅かにアースラを掠め、高次元空間の渦の中に消えた。遥か彼方で凄まじい閃光を放つ。

 ゼロを掠めた事で僅かに軌道が逸れたようだ。しかし『スペースQ』の余波で、アースラの一部が火を吹き黒煙が上がった。

 

「被害状況は!?」

 

 衝撃波で傾いてしまい、エマージェンシーを告げる表示で赤く染まるブリッジで、エイミィは動揺を抑え指示を出す。

 

「右舷航行エンジン破損! 航行不能です!」

 

「強力なエネルギー波の影響で、転移ポート使用不能! センサー類のほとんども使用不能です!!」

 

 オペレーター達の悲鳴に近い報告が飛び交う。これでは身動き所か脱出もままならない。

 

(不味い……このままじゃ……)

 

 エイミィは辛うじて無事だった、サブモニターに映る2体の巨人の姿を、固唾を飲んで見上げた。

 

《あらぁ~?  非道いわねえ~、後ろに人間が居るのに避けるなんて~!》

 

 女ヤプールの毒の籠った言葉が放たれる。愉しくて仕方無いのだ。

 

『貴様……誘い込んだな!? 汚ねえ真似しやがって!!』

 

 アースラを人質に取られた形だ。ヤプールの意図を察したゼロは拳を震わせ憤る。女ヤプールはそんなウルトラマンの少年を見上げ、馬鹿にしたように首を竦めて見せた。

 

《あらぁ、人聞きの悪い……勝つ為の算段ってヤツよ? お前は確かに戦闘能力は異常に高いようだけど、搦め手には弱いようね? まだまだ青いわ!》

 

 全く悪びれず自慢気にゼロの甘さを指摘した。

 ヤプールは集合意識を持っている。個の概念は無い。つまり女ヤプールの頭の中には、過去のヤプール人達の戦闘データが全て入っているのだ。策略と悪知恵に掛けては、ゼロなど足元にも及ばない。

 

《次に避けたら、あの船は跡形も無く消し飛ぶわよ、正義の味方さぁん!?》

 

 女ヤプールのどす黒い悪意に満ちた言葉が、毒の矢となって突き刺さる。ゼロを倒すのに完璧を期して、アースラを人質に取ったのだ。

 

《止めを刺せぇいっ! ウルトラキラァァッ!!》

 

 女ヤプールは、狂女が狂い叫ぶように絶叫し命令を下す。ウルトラキラーは心得たと右腕を水平に伸ばし、握り締めた左拳を後ろに引い た。

 その機体に先程の『スペースQ』を上回る程の、膨大なエネルギーが集中して行く。ウルトラ兄弟最大の合体光線『コスモミラクル光線』の態勢だ。

 

 ヤプールは完全にウルトラ兄弟の戦闘力を解析し、そのノウハウを全てウルトラキラーに注ぎ込んだのだ。

 後ろには航行不能のアースラ、逃げる訳には行かない。ゼロは覚悟を決めて、アースラの前に浮かび盾となった。

 

「ゼロ……あの化け物と正面から撃ち合うつもりだ……」

 

 ヴィータはその様子を見て息を呑む。シグナムもゼロがそうするつもりなのを悟った。今の所火力が遥かに上回る相手とだ。

 

(ゼロ……)

 

 剣の騎士は胸元を、無意識に右手で押し付けていた。息苦しさで胸が潰れそうな気がする。 ザフィーラは無言でゼロを見上げた。

 3人は祈るような気持ちで、ウルトラキラーと対峙するウルトラマンゼロを見詰めた。

 

(やるしかねえ!)

 

 ゼロは頭部の『ゼロスラッガー』2本を引き抜き、胸部プロテクター部に放熱板のようにセットした。体内のエネルギーをスラッガーに集中させる。

 

 ゼロとウルトラキラー、両者の身体に莫大な量のエネルギーが湧き上がった。僅かな時間で、エネルギー圧が極限まで高まり臨界点に達する。そのタイミングを見計らった女ヤプールが叫んだ。

 

《撃てええいっ! ウルトラキラァァッ!!》

 

 ウルトラキラーは右腕を水平に伸ばし左腕を胸部に当てる。次の瞬間上半身から、眩いばかりの金色の光が空間を撃ち抜かんばかりの勢いで放たれた。

 僅かに遅れて、ゼロの胸部に取り付けられたスラッガーが目も眩む激しいスパークを発し、凄まじい勢いで青白い光が発射された。

 

『ぶちかませぇぇぇぇっ!!』

 

 ゼロ単体での最強の必殺光線『ゼロツインシュート』だ。発射の反動で後ろに持って行かれそうな身体に、重力制御で制動を掛ける。

 青白い光と金色の光が真っ向から激突した。互いの光線が激しくスパークし、高次元空間を真昼のように照らし出す。

 空間がねじ曲がる程のエネルギーのぶつかり合いだ。ゼロもウルトラキラーも一歩も引かない。その威力は今の所、五分と五分のようだ。光線の放射が続く。しびれを切らした女ヤプールが指令を出す。

 

《ウルトラキラー、もっとパワーを上げろぉっ! 最大出力だぁっ!!》

 

 指令を受けたウルトラキラーの両眼が強く発光した。金色の光が更に勢いを増す。『コスモミラクル光線』が『ゼロツインシュート』を飲み込まんばかりに押し返す。 後僅かでゼロまで到達してしまう。これまでなのか?

 

《終わりだ! ウルトラマンゼロオオオォォッ!!》

 

 勝利を確信した女ヤプールの、勝ち誇った叫びが頭に木霊する。

 

『クソッたれええっ! 魂の籠って無え光線に負けて堪るかあああっ!!』

 

 皆の顔が浮かぶ。はやてと守護騎士達のお陰で、此処まで力を温存出来たのだ。でなければ既にエネルギーは尽きているだろう。

 繋いでくれた皆、フェイトの願い、そして多くの命の為、此処で絶対に負ける訳にはいかない。ゼロは獅子の如く吼えた。その両眼がカッと激しく輝き、拳を力の限り握り締める。

 

『ウオオオオオオオオオオオォォォッ!!』

 

 ゼロの気迫と皆の祈りに応えるように、ツインシュートの光が唸りを上げ勢いを増す。それは奔流を超え氾濫する激流と化した。

 溢れんばかりの青白き光が、間近まで迫っていた金色の光を一気に押し返す。

 

《バッ、馬鹿なあああっ!?》

 

 女ヤプールは驚愕の声を上げた。『ゼロツインシュート』が『コスモミラクル光線』を真っ正面から撃ち破り、ウルトラキラーに炸裂する。

 

「ゴガアアアアアアァァァァッ!?」

 

 断末魔のような合成音。魂の必殺光線が、ウルトラキラーの装甲を溶解粉砕し、全ての内部機関をぶち抜いた。

 スクラップと化したウルトラキラーは、大爆発を起こす。最強の超人ロボットは、爆煙と破片を盛大に飛び散らして粉微塵に砕け散った。

 

「……ば……馬鹿な……? ウルトラキラーがやられ るなんて……」

 

 女ヤプールは唖然と爆煙を見上げ立ち尽くす。追い討ちを掛けるように、先程まで高次元空間を揺るがせていた『次元震』が収まって行く。

 

(くっ……何が……?)

 

 それに気付き、辺りを見渡す女ヤプールの念話回線に通信が入った。穏やかな中にも厳しさを感じさせる女性の声。リンディからだ。

 

《どうやら……アナタの切り札は敗れたようですね……?》

 

《管理局か……?》

 

 女ヤプールは忌々しそうに視線を足元に向ける。 庭園内では、緑色に光る魔方陣が展開されていた。その中心でリンディは、妖精のような4枚の半透明な羽根を広げ魔法を発動し続けている。

 

《次元震は私が抑えています……駆動炉もこうなれば封印は簡単でしょう……終わりですねヤプール……?》

 

 何か言おうとした女ヤプールの目前に、巨大な影が地響きを降り立った。ウルトラマンゼロだ。流石に胸の『カラータイマー』が赤く点滅している。残り時間は少ない。

 

『これまでだな……ヤプールッ!』

 

 仁王立ちでゼロは女ヤプールを見下ろした。 最早女悪魔を守る者は居ない。じりじりと後退るしか無いようだ。しかし、

 

「うふふふふ……」

 

 不気味な能面の奥から、低い忍び笑いが漏れた。女ヤプールは不意に顔を上げ、小山のようにそびえ立つゼロを見上げた。

 

「まだよ! まだ勝負は着いてないわっ!!」

 

 尊大な態度を崩さず言い放つ。女ヤプールの声に連動するように、突如として庭園が大きく揺らいだ。

 

 

 

 

 数分前。フェイト、なのは、クロノにユーノ、アルフの5人は立ち塞がる傀儡兵を撃破し、無事駆動炉に辿り着いていたが。しかし彼女達の目に映ったものは……

 

「何……? これは……?」

 

 フェイトは唖然として辺りを見回した。動力室内には異様な光景が広がっていたのだ。

 フェイトも以前に目にした事のある『ロストロギア』を使用した、巨大なドーム型の駆動炉が赤い光を放ち、得体の知れない蠢く物体に半ば飲み込まれている。

 そしてその物体は、動力室一杯にビクビクと脈動しながら広がっている。まるで生き物のようであった。

 

「……フェイトちゃん……これが駆動炉なの……?」

 

 立ち尽くすフェイトの横で、なのはは蠢く物体を指差し尋ねて来た。フェイトが解らないと首を振ろうとした時、物体が突如として激しく動き出した。

 

「危ない! 2人共退がるんだ!!」

 

 クロノが叫ぶ。物体が唸りを上げて一斉に蠢き出したのだ。物体は凄まじく巨大な何からしい。庭園が大きく揺れ、天井が崩落し岩盤が落下して来る。

 

「くっ……!」

 

 フェイトは飛行魔法を発動させ、降りしきる岩の中飛び出した。

 

「フェイトちゃん!」

 

「フェイトォッ!」

 

 なのはとアルフも後を追い飛び出し、クロノとユーノも後を追った。

 

 

 

 

 

『なっ、何だ!?』

 

 ゼロは激しく揺れ動く足元を見下ろした。時の庭園が揺れている。『次元震』では無い。もっと直接的な揺れだ。庭園自体が地震のように揺れているのだ。

 

 女ヤプールの足元を中心に岩盤に亀裂が入る。何か巨大なものが姿を現そうとしているのだ。屋上の岩盤が地割れのように一気に砕ける。

 庭園を突き破り耳をつんざく破壊音を上げ、巨大な黒い影が姿を現す。それを見たゼロはハッとした。

 

『フェイト!?』

 

 最初に現れたのは、裸身を異形の物体に半ば埋め込まれた金髪の少女だった。フェイトに瓜二つの少女。

 しかしその肌は、血の通った生きている人間のものでは無い。青ざめた死人のそれであった。そこで思い当たる。

 

『違う、アリシアか!?』

 

 危険を感じ宙に飛び上がるゼロの眼下で、アリシアの下に続くものが金切り音のような咆哮を発し、庭園上部を半壊させ全容を現した。

 

 『エースキラー』を思わせる巨大な顔。身体中を被う無数の触手に昆虫のような鋭い節のある6本脚。ウルトラマンゼロを遥かに上回る体長300メートルに及ぶ巨体。

 『ウルトラキラーザウルス』だ。その腹部に赤く輝く駆動炉が埋め込まれている。

 

『コイツはウルトラキラーザウルスか!? しかし何でアリシアが……?』

 

 超巨大超獣は岩を撒き散らしながら、フワリと空に浮かび上がる。その頭部のアリシアを背に、女ヤプールが立っていた。

 手に持っていた『ジュエルシード』がキラーザウルスの体内に呑み込まれて行く。女ヤプールは、蛇のようにグネグネとのた打つ黒髪をなびかせて哄笑を上げた。

 

《あはははははっ! ヤプールを甘くみたわね!? 『プロジェクトF』で再生した、名付け て『ウルトラキラーザウルスA(アリシア)』 よ!!》

 

 拳を握り締めるゼロの『カラータイマー』の点滅が速くなる。しかしゼロはUキラーザウルスの額のアリシアが気になった。それに気付いた女ヤプールは、さも可笑しくて堪らないと身体を揺らし、

 

《あの女の願いを叶えてやったのよ! Uキラーザウルス再生の核にしてあげたわ。尤も只の死体だから養分になっただけだけどねっ! プレシアの意識が消える前にUキラーザウルスに喰わせてやったら泣き叫んでいたわ! あははははっ!!》

 

 無表情な能面を不気味に揺すり、正に悪魔の如く地獄の嗤い声を上げた。

 

『貴様ああああっ!!』

 

 ヤプールがプレシアに与えた、もう1つの絶望とはこれだったのだ。異次元人の腐臭さえ放つ卑劣さに、烈火の如く激怒したゼロが怒りのままに突撃しようとすると、

 

《Uキラーザウルスを攻撃するのは止めておいた方がいいわよ……? とんでもない事になるから》

 

 女ヤプールの余裕な台詞に、嫌な予感を感じたゼロは突撃を止める。訝しげなゼロを見下ろしながら、女ヤプールの身体が足からUキラーザウルスの身体に溶け込んで行く。

 ヤプール怨念の化身である女ヤプールが、Uキラーザウルスと一体化しているのだ。徐々に身体を沈み込ませながら、

 

《確かに貴様は化け物じみた強さを持ってい る……Uキラーザウルスも倒せるかもしれない……こいつにウルトラキラー程の力は無いからね……でも今までの戦いでエネルギーは殆ど残ってはいないでしょう……? それに良く見なさい!》

 

 女ヤプールの言葉にゼロは、UキラーザウルスAの異常なまでのエネルギーの流れに気付いた。

 

『これは……!?』

 

 UキラーザウルスAの体内に、爆発寸前まで飽和状態に達した魔力エネルギーが満ちている。吸収した『ジュエルシード』と暴走させた駆動炉の莫大な魔力だ。

 ゼロは動く事が出来ない。これでは動く巨大爆弾だ。頭までUキラーザウルスに融合しながら女ヤプールは嗤う。

 

《そうよ……今のUキラーザウルスは爆弾と同 じ……下手に攻撃をすれば、他の次元世界を巻き込んで大爆発を起こし『次元断層』を起こせるわ! どちらに転んでも私の目的は達せられる!!》

 

 放って置いても攻撃しても『次元断層』が起こってしまうのだ。皮肉たっぷりに言い放つと、女ヤプールは能面を被った頭まで完全にUキラーの中に消えた。

  UキラーザウルスAの両眼が鋭く光る。暗鬱な空を震わせ、金属を擦り合わせるような不快な声で吠えた。

 

《くたばれぇっ! ウルトラマンゼロオ オォォッ!!》

 

 Uキラーザウルスの身体中の突起、ミサイル発射機関から一斉にミサイルの嵐がゼロ目掛けて飛ぶ。更に両眼からの破壊光線が発射された。

 

『ちくしょう!』

 

 ゼロは飛来するミサイルの雨と光線の集中攻撃の中、逃げ回る事しか出来ない。高次元空間の空が爆発の閃光で埋め尽くされた。

 

「不味いぞ……このままでは何れ『次元断層』 が起きてしまう……ゼロの活動時間も後僅かしか無い……」

 

 シグナムは閃光に包まれる空を見上げ、レ ヴァンティンを握り締めた。ヴィータは悔しそうに歯噛みし、

 

「クソッ! ゼロに魔法の封印は出来ねえ、アタシらにもう少し魔力が残っていればどっちか封印出来んのに!」

 

 ザフィーラも悔しげに牙を噛み締める。限界まで魔力を使った守護騎士達は、まだ封印出来る程の魔力が回復していないのだ。

 その時ふと空を見上げたザフィーラの目に、あるものが映った。

 

「シグナム、ヴィータ、あれを見ろ……!」

 

 ザフィーラの声に2人は視線をそちらに向けた。

 

 

 

 

『カラータイマー』の点滅はどんどん速くなる。エネルギーは残り少ない。後1分程しか保たないだろう。

 

『しまった!?』

 

 タイマーに気を取られた一瞬の隙に、UキラーザウルスAの広域砲撃に被弾してしまった。墜ちて行くゼロに無数の触手が絡み付く。

 がんじ搦めに絡め取られてしまった。脱出しようとすると、更に別の触手が襲い身動き取れなくされてしまう。

 

(クソッ、このままじゃ……!)

 

 手も足も出せないゼロを、Uキラーザウルスと一体化した女ヤプールがゲタゲタと嘲笑う。

 

《ふははははっ! このまま『アルハザード』 に行き『ヤプールの遺産』を手に入れた暁(あかつき)には、ウルトラ族に復讐し、全次元を我らヤプールのものとしてくれるわあっ!!》

 

『クソオオオッ!!』

 

 その時だった。怒るゼロの頭に少年達の声が響いた。思念通話だ。

 

《ウルトラマンゼロ、もう少し頑張ってくれ!》

 

《こっちで駆動炉を封印してみます!》

 

《ゼロッ、アタシらに任せな!》

 

《その声はクロノ、ユーノにアルフか!?》

 

 思わぬ人物達からの呼び掛けだった。見るとクロノとユーノ、アルフがUキラーザウルスに攻撃を仕掛けていた。

 

(アイツら無茶しやがって……)

 

 呆れるゼロを他所に、クロノとアルフが果敢に砲撃を加え、ユーノがバインドを繰り出す。しかし超巨大サイズの怪物は蚊に刺された程も感じない。

 

《五月蝿い虫けら共があっ!》

 

 気付いたUキラーザウルスがミサイルを発射した。それでも3人は懸命にミサイルの雨をかい潜り攻撃を仕掛ける。

 だがあまりの火力に近付く事さえ出来ない。 何れ力尽きてしまうだろう。あの化け物に正面から、自殺行為にしか見えない。

 ゼロが逃げろと言い掛けた時だ。Uキラーザウルスの下方から、猛スピードで突撃して行くものがある。

 

(フェイト、なのは!?)

 

 それは並走して飛ぶ2人の魔法少女達だった。デバイスを構え一直線に腹部の駆動炉目掛けて突っ込んで行く。

 

(そうか、クロノ達がまともにぶつかったのは、囮だったのか!)

 

 しかし後少しという所でUキラーザウルスに捕捉されてしまった。フェイトとなのはにも、ミサイルと破壊光線の雨が降り注ぐ。

 だが2人は避けない。避けていては折角のチャンスが失われてしまう。これでもまだ手薄になったのだ。フェイトとなのはは各自のデバイスを構え、弾丸のように飛ぶ。

 

「ディバインバスタァァッ!」

 

「サンダースマッシャアアッ!」

 

 2人の砲撃が前面のミサイルを撃ち落とす。だが更に無数の触手が迫る。それでも魔法少女達は突っ込んだ。

 ミサイルの爆発がバリアジャケットを撃ち抜き、触手が肉を打つ。だがフェイトもなのはも怯まない。今世界の命運は彼女達に懸っているのだ。

 

「うわああああっ!」

 

「えええいっ!」

 

 同時に放たれる金色と桜色の光。合体砲撃が触手の陣に僅かに穴を開けた。その隙間から見える赤く光る駆動炉。2人は細い突破口から強引に駆動炉に突撃する。

 

「なのはっ!」

 

「フェイトちゃん!」

 

 フェイトとなのははデバイスを前に構え駆動炉に飛び込んだ。触手が追って来る。余裕は無い。フェイトは横目でなのはに合図し、バルディッシュを振り上げる。頷いたなのはもレイジングハートを構えた。

 

「封……!」

 

「印!!」

 

 金色と桜色の魔法光が駆動炉に突き刺さるように撃ち込まれた。見る見る内に輝きを失い、駆動炉は沈黙する。そしてUキラーザウルスの体内に満ちていた魔力が、急激に減少して行く。

 

(母さん……ヤプールに一矢報いたよ……)

 

 フェイトは心の中で亡き母に向け報告した。駆動炉の停止に伴い『ジュエルシード』の魔力も鎮静化する。最早それだけでは『次元断層』 を起こせるだけの力は無い。

 

「虫けら共があっ! 何て事を!!」

 

 融合していた女ヤプールは取り乱し、発狂したように怒り狂った。後少しという所で。許せなかった。虫けらの分際でと。

 フェイトとなのはは急いでUキラーザウルスから離脱するが、ヤプールは魔導師達全員を地獄に送ってやると全砲門を開く。

 これではとても逃げ切れない。Uキラーザウルスの射程は数キロにも及ぶ。だがその時、雷鳴のような声が響いた。

 

『貴様の相手はこの俺だ!!』

 

 Uキラーザウルスが巨大な顔を上げる。捕らえていた筈のゼロが触手を引き千切り、上空高く飛び上がっていた。カラータイマーの点滅が更に速くなる。

 

(時間が無え! 一撃で決める!!)

 

 ゼロは左腕の『ウルティメイトブレスレット』を天高く掲げた。

 

『オオオオオオッ!!』

 

 ゼロの雄叫びと共に、ウルティメイトブレスレットが眩い光を放った。光は分裂しゼロの身体にプロテクターのように装着される。

 光は白銀の輝く鎧となり、限界寸前のゼロに力を与えた。イージスのエネルギーが周囲の放電とスパークし、青白い閃光を放つ。

 

『最期だ……ヤプールッ!!』

 

 高次元空間に白銀の鎧を纏い浮かぶゼロが、UキラーザウルスAに向かって雄々しく叫ぶ。

 『ウルトラマンノア』より授けられし神秘の力『ウルティメイトイージス』を纏ったゼロ最強の姿『ウルティメイトゼロ』降臨であった。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




 ヤプールとの最後の決戦。そして暗躍する黒い魔神の目的が明らかに。次回無印編最終回『心からの言葉や』



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第27話 心からの言葉や

 

 

 雷鳴轟く高次元空間に、白銀の鎧を纏った 『ウルティメイトゼロ』の勇姿が浮かび上がる。その姿は光輝く不死鳥を纏った古代の巨神のようであった。

 

《おのれえええっ! そんなこけ威しになど負けるものかあっ!!》

 

 UキラーザウルスAが全身の発射機関から、全内蔵兵器を一斉に発射する。数千万を超える生体ミサイルに、数キロ先を焦土と化す破壊光線『ザウルス・フルバースト』がゼロに纏めて炸裂した。

 渦巻く空が一面の紅蓮の炎に埋め尽くされ、巨大な生き物のようにゼロを飲み込んでしまう。UキラーザウルスAは女ヤプールの声で嘲笑する。

 

《他愛もない……とんだ見かけ倒しだったようね……あはははは……っ!?》

 

 その嗤い声が途中でギクリと止まった。爆炎が晴れると、先程の場所から微動だにせず傷1つ無いゼロが悠然と姿を現したのだ。

 ゼロは軽く首を振り、全く効いていないとアピールすると、Uキラーザウルスを見下ろした。

 

『……俺は皆のお陰で再びこの力を取り戻した……そして今貴様をここまで追い詰めたのは人間の力だ……』

 

 静かに感慨を込める。そう誰1人欠けても、ここまでヤプールを追い詰める事は出来なかった。死んだプレシアまでもだ。

 自分は皆のお陰で此処まで来れた。ウルトラマンは独りでは戦えない。その事を改めて深く実感する。

 皆の願いを受けるように、右腕と一体化している巨大な剣が光を放った。『ウルティメイトゼロソード』 の神秘の輝きだ。

 ゼロは右腕を振り上げると、一陣の風の如くUキラーザウルス目掛けて降下した。ゼロソードが更に輝きを増す。

 

《うわああああっ!? 来るな、来るな あっ!!》

 

 UキラーザウルスAは、全身の触手を矢のように一斉に伸ばし迎撃しようとする。しかしその身体に触れる前にエネルギー場に触れ、一瞬で触手群は消滅した。ゼロはソードを振り上げ叫ぶ。

 

『ヤプールッ! 貴様らが負けるのは俺にじゃねえ、人間だ! 貴様らが散々見下して来た人間に負けるんだ! 思い知りやがれええっ!!』

 

 ゼロソードが長大な光の剣と化し、唸りを上げてUキラーザウルスに断罪の刃を降り下ろす。

 

《ぎゃあああああああぁぁぁぁっ!!》

 

 女ヤプールのおぞましい絶叫が上がった。その鋒(きっさき)は光速を超え神速を超え、Uキラーザウルスの数百メートルの巨体を、空間ごと肩から真っ二つに両断した。

 空に光の軌跡で、巨大な三日月のような半円が描かれる。ゼロソードの衝撃波でUキラーザウルスの巨体が2つに別れ、内蔵ミサイルなどが誘爆し各部が火を吹く。

 崩れ行くUキラーザウルスを見届けるゼロの目に、額のアリシアの亡骸が映った。心なしかその顔は安らかに見えた気がした。

 誘爆が広がったUキラーザウルスは大爆発を起こす。高次元空間が白く染まり、爆発の閃光がゼロをも呑み込んで行く。

 

 離脱し庭園外壁で合流していたフェイト達は、爆発の中に消えたゼロを見て息を呑む。しばらくしてうねるような爆炎がようやく治まった。

 ゼロはどうなってしまったのか? 不安を覚えるフェイト達だったが、アルフが空を指差し、

 

「あっ、あそこだよ!」

 

 彼女が指した方向を全員で見上げた。黒煙の中から、人間サイズに縮小したウルトラマンゼロが手に青い光を携えて、此方にゆっくりと降下して来るのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 『時の庭園』は次元震の影響と度重なる破壊と戦闘で崩壊が進み、空間異常が発生していた。

 不気味に揺れる庭園内を女が1人、壁を伝いよろめきながらも懸命に歩いている。女ヤプールであった。Uキラーザウルスが倒される寸前、間一髪で脱出に成功していたらしい。

 しかしヤプールは酷い有り様だった。 能面は砕け散り、悪鬼のように耳まで裂けた口を醜く歪め、その脇腹から緑色の血がドクドク流れ床を汚している。

 

「……おのれ……ウルトラマンゼロ……人間共め が……しかし……まだ望みはある……」

 

 異形の血を滴らせながらも女ヤプールは、目的地である庭園奥の一室に辿り着いた。深傷を負っているというのに凄まじい生命力だ。

 

 その部屋は朽ちた巨木や岩石が無秩序に置かれた薄暗い部屋で、その床には『虚数空間』と 呼ばれる空間異常が部屋を侵食している。

 一種の異次元らしい。次元震の影響で出来たものだ。この中では魔法が全く働かない。魔導師に取っては恐ろしい空間である。

 それ故詳しい事は管理局にも解っていない。 女ヤプールはその『虚数空間』の前に立ち、

 

「……『次元断層』を止められてしまったから保証は無いが……一か八か渡ってみるしか無い……」

 

 苦しそうに呟くと、口の中から小型の異様な機械を吐き出した。今まで体内に隠し持っていたらしい。 女ヤプールは機械を操作し始める。すると不意に後ろから声が響いた。

 

『そいつか……? 『アルハザード』の位置を特定出来るマーカー(追跡装置)は……まったく用心深い事だな……今まで判らなかったぜ…… これでやっと『ヤプールの遺産』とご対面出来るって訳か……』

 

 若い男の皮肉っぽい声。女ヤプールは驚いて声のした方を見上げた。 暗がりに紅い2つの光が浮かんでいる。

 『ダークロプスゼロ』らしき双眼の魔人が、闇に半ば漆黒の身体を溶け込ませて倒木に行儀悪く腰掛けていた。 女ヤプールはハッと思い当たり、黒い魔人を睨み付けた。

 

「……き……貴様だな……? 陰で色々動いていたのは……クソッ! 『ヤプールの遺産』が狙いだったのか……何者だ……!?」

 

 ダークロプスは問いを無視し、悪鬼の形相を歪める女ヤプールを悠然と見下ろした。

 

『『ヤプールの遺産』……確か空間と時間をも自在に操る『ヤプールコア』だったな……? しかし生み出したはいいがヤプールにも全く制御出来ず暴走し、『アルハザード』を巻き込んで次元の狭間に沈んだって話だったか……』

 

 女ヤプールは驚いた。そんな事まで知っているとは。咄嗟にマーカーを姑息に後ろに隠す。ダークロプスは女ヤプールの様子に、首を竦め両手を広げた。呆れたとのジェスチャーだ。

 

『まあ……俺には必要無い物だが……どうしても欲しいって奴に頼まれてな……退屈しのぎに引き受けたが、思ったより愉しませて貰ったぜ……』

 

 興味なさそうにヌケヌケとぬかす。完全に眼中に無い。ゴミでも相手にしているかのようだ。女ヤプールは怒りに震え身構えた。

 

「おのれええっ! 貴様の思い通りにはさせん!!」

 

 その姿がグニャリと歪む。本性を現したのだ。赤いおぞましい突起と棘に被われた身体に、鬼のような角を生やした異形に変わる。ヤプールの正体だ。

 

『おい……俺が出るまでも無い、お前片付けろ……』

 

 ダークロプスは面倒くさそうに、ヤプールの背後に声を掛ける。すると……

 

「……承知しました……」

 

 不意に低い女の声が聞こえた。ヤプールは驚いて後ろを振り向いた。全く気配を感じなかったからだ。

 女が1人剣を携えて、音も無くユラリと立っている。しかし丁度濃い影が差しその姿は良く見えない。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 ヤプールは右手の半月形クローで、女を攻撃しようと腕を振り上げるが、それより速く銀色の閃光が闇を走った。 パチンという金属音が微かに木霊す。何時抜いたのか、女が抜刀した剣を鞘に納めた音だ。

 

「なっ……?」

 

 ヤプールはそこで自分の身体が、頭から股間に掛けて両断されている事に初めて気付いた。それを最期にヤプールの意識は正しく、断ち切られるように途絶えた。

 そのまま2つに分断された身体は断末魔を上げる暇も無く床に崩れ落ち、マーカーを残して跡形も無く消滅した。呆気ない幕切れであった。

 女の電光の速さで繰り出された斬撃が、一撃でヤプールを葬り去ったのだ。手負いとは言えあのヤプールを剣だけで倒すとは、この女は恐ろしい使い手らしい。

 ダークロプスが倒木から飛び降りて来た。女は回収したマーカーを手渡す。黒い魔人は満足そうにマーカーを翳し、

 

『これで『アルハザード』の位置は判る……行くぞ、奴もまだあの程度だしな……』

 

「承知しました……」

 

 女はうやうやしく静かに頭を下げる。ダークロプスは、物見遊山にでも行くように『虚数空間』へと飛び込んだ。その後に続き、女もポニーテールに括った長い髪をひるがえし、異様な空間の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 フェイト達の前に、ウルトラマンゼロはゆっくりと降り立った。 右手に12個の『ジュエルシード』を携えている。Uキラーザウルスが消滅し飛び散る前に確保していたのだ。クロノに手渡してやる。

 

『また散らばっても洒落にならねえからな…… ほらよっ』

 

「感謝するよ」

 

 クロノはホッとして頷き、デバイスに『ジュエルシード』を納めた。これで全てが終ったのだ。

 庭園の揺れも更に酷くなってきた。崩壊もそう遠くはないだろう。そんな中フェイトは、とある事を思い出しハッとした。

 

「ゼロさんの盗られた物を探さないと……!」

 

 庭園内に戻ろうとする。プレシアの遺体は連れて来ているが、色々あったせいでそちらの方はうやむやになったままだ。

 

『そ、それなら……俺が拾っておいたから大丈夫だぞ?』

 

 ゼロは焦ってフェイトを呼び止めた。そのまま忘れてくれたら良かったのだが、あいにく彼女はしっかり覚えていた。

 

「……本当ですか……? ありがとうございます……」

 

 フェイトは感謝して頭を下げた。アルフもペコリと頭を下げる。無論なのは達には何の事か解らな い。フェイトは顔を上げると、

 

「……あのう……すいませんが、私に預けて貰えないでしょうか……? 直接返して謝りたいんです……」

 

 とても真剣に頼んで来る。ゼロは正直とても困った。本当の事を言う訳にもいかない。困り果てた末に、

 

『ざ、残念だったな、そ、それなら俺の超能力で……そう、もう本人の所に返しちまったから、気にすんな!』

 

 無論そんな都合の良い力は持ってないが、苦し紛れに出鱈目を言っておく。

 

「……そうなんですか……」

 

 フェイトはガックリと肩を落とした。きちんと謝りたかったのだろう。ゼロは悪いと思いながらも、話を逸らして誤魔化すしか無い。

 

『……まあ……それはともかく……フェイト達はこれからどうするんだ?』

 

 気になっていた事を聞いてみた。フェイトはゼロの銀色の顔を見上げ、

 

「……管理局に出頭します……やった事の責任は取らないと……」

 

 その瞳にはしっかりしたものがあった。そんな彼女の肩をアルフがポンと叩く。振り向いたフェイトは頷くと、彼女に預けていたプレシアの遺体をそっと受け取りゼロを再び見上げ、

 

「……母さんの為にも……本当の事を話して来ま す……」

 

『そうか……頑張れよ……』

 

 自分の足で歩く事を決めた少女の言葉に、ゼロは願いを込めて激励を送る。更にゼロに何か言おうとしたフェイトだが、不意にその身体がぐらついた。

 

『フェイト!?』

 

 ゼロは慌てて彼女を支えてやる。アルフも小さな主人を心配し、ゼロからフェイトを受け取ると座らせてやった。 なのはも心配して駆け寄って来た。今まで酷い状況で頑張り続け、流石に限界が来たのだろう。

 ゼロは、アルフとなのはに介抱されるフェイトを見ながら、アースラと連絡を取っていたクロノに声を掛ける。

 

『おい、クロノの字、フェイトはまさか重罪に問われるって事はねえよな?』

 

「クロノだ……何だよクロノの字って!?」

 

『ハハハッ、ついな……』

 

 最近時代劇の呼び方がお気に入りで、クロノの名前と合っていたのでつい使ってしまうゼロである。ブツブツ不満そうに口を尖らす執務官だったが、気を取り直し、

 

「……確かに次元干渉は重罪だけど……自らの意思で加担していない事もハッキリしている……」

 

 クロノはそこで、満身創痍のフェイトを横目で温かく見ると、

 

「それに……親を殺され騙されて……何も知らされずに母親の為と信じてやって来た子を罪に問うなんて、管理局はそこまで冷徹な組織じゃない……ヤプールは次元世界でも確認されているし、まず悪いようにはならないよ……」

 

『そうか……ありがとう……』

 

 ゼロはクロノの真摯な言葉に礼を言った。この少年執務官が情に厚く、信用出来るのは判っている。一安心だった。

 安心した所で、ひっきり無しに点滅を繰り返すカラータイマーが目に入る。人間サイズでももう保たない。庭園も間も無く崩壊するだろう。

 

『クロノ、船の方は大丈夫なのか?』

 

 アースラが動けないなら大変だ。するとクロノは空を指差して見せ、

 

「大丈夫だよ……何とか自力航行出来るようになったそうだ。それからアースラの皆を助けてくれてありがとう……感謝するよ……」

 

 深々と頭を下げた。こう言った雰囲気が苦手なゼロは、思わず後退ってしまう。そんなゼロのテレパシー回線に女性の声が入って来た。

 

《これで聴こえるかしら……? 私はアースラ艦長リンディ・ハラオウンです。ウルトラマンゼロさん、艦長として私からもお礼を言わせて貰います……ありがとう》

 

 皆に感謝されて、ゼロは居たたまれない気持ちになってしまう。頭を掻き掻き、

 

『いや……皆の助けが無かったら終ってた……だからそう言うのは無しでな? それより早く此処から離れた方がいいぞ、俺もそろそろ帰るわ……』

 

 照れ隠しにぶっきら棒に言っておく。ツンデレである。最後にフェイト達皆を見ると、

 

『じゃあな……みんな元気でな……』

 

 別れを告げるとフワリと宙に浮かび上がった。なのはとユーノが揃って手を振って見送る。

 

「ウルトラマンさん、ありがとうございました……」

 

「お元気で……本当にありがとうございました」

 

 介抱されていたフェイトも気付いて、アルフの手を借り立ち上がる。

 

「……あの……」

 

 感謝の気持ちを伝えようとしたが、気持ちが先走ってしまい上手く言葉に出来ない。 感謝という言葉では言い表せない程のものを貰ったと思ったからだ。そんなフェイトの代わりに、アルフが盛大に手を振る。

 

「本当にありがとう! フェイトにはアタシが着いてるよ!」

 

 フェイトとアルフを見下ろして、ゼロは照れながらも片手を挙げて、

 

『2人共、あんまり無理すんじゃねえぞ……? 飯はしっかり食うんだぞ……』

 

 フェイトはその言葉に聞き覚えがあるような気がして首を捻った。彼女が戸惑っている間にも、ゼロはゆっくりと上昇して行く。クロノが遠くなるゼロに向けて叫んだ。

 

「最後に聞かせてくれ! どうして君はここまでしてくれたんだ? 恐らく君は次元世界とは何の関係も無い、全く別の世界の住人なんだろう!?」

 

 ゼロのような種族は次元世界では有り得ない。その辺りは察する事が出来た。ゼロはクロノ達を改めて見下ろし、

 

『理由なんか無えよ、俺達はずっと昔からそうして来た……そう言うものなんだよ……それに俺は人が好きだからな……それだけで戦う理由は充分だろ……?』

 

 照れ臭そうに言うゼロの無表情な顔が、微笑んでいるようにクロノ達には見えた。 そしてゼロの姿は高次元空間の薄闇に溶け込むように見えなくなった。

 

(……ゼロさん……)

 

 フェイトはウルトラマンの少年が消えた空を、何時までも見詰めていた……

 

 

 

 

 

 それから数分後。変身が解けたゼロは、シグナム達に抱き抱えられていた。両脇を抱えられたゼロは完全にエネルギーを使い果たし、見事に気絶している。

 ゼロはフェイト達の前から消えた直後に時間切れで変身が解け、落っこちる所だったのを3人掛かりで捕まえたのである。

 

「呆れた意地っ張りだな……やせ我慢にも程がある……」

 

 満足げに気を失っているゼロの顔を見て、シグナムは苦笑するしかない。ザフィーラも微かに苦笑を浮かべる。 どうやらフェイト達に別れを告げた時は、ほ とんど意地だけで立っていたらしい。

 

「まったく……ゼロはしょうがねえなあ……アタシらが着いてねえと、危なっかしくてしょうがねえや……」

 

 ヴィータがゼロの頬っぺを突っついて、とても嬉しそうに笑った。

 

「では帰ろう……我らの帰るべき所に……」

 

 シグナムは微笑んで気絶しているゼロにそっと囁くと、転移魔法を発動させる。戻るくらいの魔力は何とか回復している。クロノ達もアースラに転移したようだ。

 そして『時の庭園』は完全に崩壊し、虚数空間へと呑み込まれて行った。後には何1つ残ってはいなかった……

 

 

 

 

 

 

 次元震が収まり、静寂を取り戻した『第97管理外世界』八神家では食卓に料理を並べ、はやてにシャマル、それに『闇の書』はゼロ達が帰るのを待っていた。

 まだ連絡は取れていない。不安を押し殺していたはやてがふとリビングに目をやると、 ベルカ式特有の三角形の魔方陣が床に現れた。

 

「!」

 

 はやては我を忘れて車椅子を操作し、リビングへ走った。シャマル達も後に続く。魔方陣の上に4つの人影が浮かび上がる。

 ゼロを抱えたシグナムとザフィーラに、満面の笑みのヴィータの姿が見えた。皆傷だらけだ。はやては涙腺が決壊しそうになるのを堪え、駆けながら言葉を発しようとする。

 

「みんな……っ!」

 

 胸が詰まって上手く言葉が出ない。勢い余ってゼロ達に車椅子ごと突っ込んでしまい、気絶しているゼロやヴィータ達が倒れ込んで来た。

 はやてはバランスを崩しそうになりながらも、ゼロ達をしっかりと抱き締める。傷だらけの4人を改めて見ると、

 

「お帰りなさい……」

 

 涙を滲ませて、満面の笑みを浮かべるのだった……

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ヤプールとの激戦から数日が過ぎていた。間も無く5月も終わろうとしている。

 そよ風が心地好く緑の木々を揺らし、行き交う人々 ものんびりして見えた。海鳴臨海公園。 穏やかな日よりの公園を歩く少年、モロボシ・ゼロの姿が在った。

 

 急ぐようにせかせかと先を急いでいる。 実は公園に着くまでダッシュで来たのだが、 そのまま行くと流石に不自然だと思い、仕方無く歩いて目的地に向かっている。

 しばらく歩いていると、ようやく待ち合わせの場所が見えて来た。公園の中を通る小川に架けられたアーチ型の橋の上に、金髪の少女と茶色い髪の少女2人の 姿が見える。

 

「よおーっ!」

 

 ゼロは片手を挙げて声を掛けた。向こうも気付いたようだ。其処に居た2人の少女達はフェイトとなのはであった。

 1時間程前、フェイトから携帯に連絡があったのだ。消え入りそうな声でフェイトは、ゼロに直接謝りたいので出来れば出て来て欲しい、 自分は故あって出向けないと、本当に申し訳無さそうに頼んできた。

 

 本当に勇気を振り絞ったのだろう。あんな目に遭わせた相手に謝ろうというのだから。

 ゼロは二つ返事で電話を切ると、急いで海鳴臨海公園に飛んで来た訳である。本当に飛んで行こうとしたら、はやて達に止められた。

 

 フェイトはゼロの姿を認めると、恐縮しきって頭を下げて来た。なのはも続いてピョコンと頭を下げる。 ゼロはなのはが居る事に少し驚いた。だが良く考えれば不思議では無いだろう。

 

 恐らくフェイトはこれから裁判などで別の場所に移送されるのだろうから、その前にクロノ辺りが気を利かせてこの為の時間を作ってくれたのだろう。その時になのはとゼロに連絡して来たのだ。

 

「よお、久し振り、どうした改まって……?」

 

 申し訳無さで頭を上げられないフェイトに、不思議そうに声を掛けた。前の事は色々ボロが出そうなので、すっ惚ける事にしたのである。

 フェイトは困惑した様子で頭を上げた。ゼロはいささかぎこちなくながら、

 

「……で……電話の事だけどよ……な、何の話 だ……? 俺には何の事かサッパリ解らない ぞ……ゆ、夢でも見たんじゃねえか?」

 

 頬を引きつらせて惚けた。フェイトは慌てて首を激しくブンブン振り、

 

「……そ……そんな事はありません……! 確か に……」

 

 訳が解らなかった。自分がした事を改めて説明しようとするが、当然ゼロとは話が噛み合わない。

 だがこのまま細かい所を突っ込まれては不味い。そこでゼロははやて直伝の言い訳を使う事にした。

 

「ああ……そう言えば……何か妙な赤と青の奴が突然現れて……記憶を消すとか、なんたらかんたら言ってたような……」

 

 さも記憶が無いように額に指を当てて見せる。要するに何か突っ込まれても、宇宙人に記憶を消されましたと言い張れという作戦である。

 嘘が下手なゼロ用の言い訳なのだが、いかんせん台詞が棒読みなのでとても怪しい。フェイトは少し不審に思ったが、

 

「……そうですか……」

 

 そう言われては頷くしか無かった。事情を聞いているらしいなのはは、成る程! という顔をする。ウルトラマンは宇宙人だから、何でも有りだとでも思っているのだろう。

 これ以上突っ込まれると不味そうなので、ゼロは話題をすり替える事にする。

 

「こっ、こっちの子は誰だい……? よお、俺はモロボシ・ゼロって言うんだ、ヨロシクな」

 

 なのはに気安く挨拶をした。なのはも行儀よくペコリと頭を下げ、

 

「高町なのはと言います」

 

 元気良く挨拶を返す。フェイトは照れたように、なのはをチラリと見てからゼロに向き直り、

 

「……友達です……」

 

 頬を染めてもじもじしながらも、ハッキリと伝えた。そこでゼロは、フェイトのツインテールに髪を括っているリボンが、何時もと違う事に気付く。

 

 黒いリボンがピンク色になっている。これは確か……と思ってなのはを見ると、此方は黒いリボンで髪を纏めていた。

 どうやら2人は互いのリボンを交換したらしい。色々な事があったが、2人は分かり合えたようだ。

 ゼロの顔は自然に綻んでいた。フェイトはそんな少年の表情を見て、思わず頬を赤らめてしまう。 ゼロは自分がひどく優しい顔をしているのに気付かず、

 

「ひょっとして、もう此処を離れるのか? だから挨拶しに来てくれたんだろう……?」

 

 結局謝る事も出来ず、どうしたらいいか解らないフェイトに助け船を出した。

 

「……あの……そのう……は……はい……」

 

 フェイトも取り合えず頷くしか無い。その間に彼女の頭には、1つの疑問が浮かんでいた。 ずっと心に引っ掛かっている事……

 

 そうしている内に、此方に歩いて来るクロノとアルフ達の姿が見えた。もう出発の時間なのだろう。

 ゼロは鋭い所のあるクロノと顔を合わせるのは、止めた方が良い気がした。フェイトには悪いが、此処は引き上げた方がいい。

 クロノ達に気付いたフェイトは、残念そうな表情を浮かべる。ゼロはアルフに手を振ると、フェイトの頭に軽く手を置き、

 

「向こうに行っても元気でな……困った事があったら、何時でも連絡して来いよ……?」

 

「……は……はい……」

 

 フェイトは俯きながらも呟くように返事をしていた。本当ならもう会わせる顔が無いと思っているのだが、自分は狡いと自覚しながらもその言葉に甘えたかった。

 

「じゃあなフェイト、元気でな……自分の道がんばれよ、お前ならやれるさっ!」

 

 ゼロは最後にフェイトの頭を笑顔でポンと叩くと、片手を挙げて挨拶し、きびすを返して走り出した。 なのははその後ろ姿を見送り、何気無く隣に立つフェイトを見て驚いた。

 

「フェイトちゃん? ど、どうしたの!?」

 

 見るとフェイトがゼロを見送りながら、両眼から透き通る涙を溢れさせていた。

 

「……な……何でも無い……何でも無いよ……」

 

 フェイトは涙を拭うが、止めどもなく溢れ出る涙は止まらない。彼女はゼロの最後の言葉にとても覚えがあった。

 それはウルトラマンゼロが、フェイトに掛けてくれた言葉と同じ言葉……

  確証は無い。偶然かもしれない。しかし彼女の中で、ゼロの名を持つ2人は1つに重なっていた。

、最初からあの少年が、今までずっと自分を助けてくれていたのではないか? 突拍子も無い話かもしれないがフェイトはそう信じた。いや信じたかった。

 

  フェイトは溢れる涙に構わず、深く深呼吸するとゼロの後ろ姿に向かい、普段では考えられない程の大声を出していた。

 

「ありがとう……ございました!!」

 

 彼女の心からの感謝が籠った言葉だった。 遠ざかるゼロが、片手を挙げて応えるのが涙で滲む目に確かに見える。

 

 そしてその姿は、風にそよぐ緑の木々の中に次第に小さくなって行く。

 

 そよ風がフェイトの濡れた頬を優しく撫でる。

 

 気が付くと、少年の後ろ姿はもう何処にも見えなくなっていた。

 

 

 

無印編完

 

つづく

 

 

 

 

 




 A's編予告

 突如告げられるはやての病状の悪化。彼女を救う為、そして八神はやての騎士としての誇りを汚さぬよう、人を1人も襲わずに『蒐集』を完了させる事をゼロと誓う守護騎士達。

「綺麗事を貫く分は全部俺が背負う!」

 だがそんなゼロ達を嘲笑うかのように、悪意の者達が泥沼の罠に陥れる。そしてゼロの前に現れるもう1人のウルトラマン……

『僕の名はウルトラマンネクサス……ウルトラマンゼロ……君を倒しに来た……』

 激突するウルトラマンゼロと、ウルトラマンネクサス。何故? 陰で暗躍する者達とは?

「貴様は何者だ……? 何故そんな姿をしてい る!?」

 シグナム達を襲う恐るべき敵とは?

「どーした? こっちのシグナムはこの程度か? そんなんじゃ僕には勝てないぞ!」

「そう……私達は本物の悪魔でしょうね……」

 居ない筈の者達が八神家を追い詰めて行く。

 穏やかな青年が戦士の顔となる時、左腕のブレスが唸りを上げる。

「貴方は一体……?」

『僕はゼロと同族のウルトラマンだよ……』

『しゃらくせえ! 俺の身体は全身が鎧、そんなもの通じん!!』

 現れ出でる謎の超人とは?

 絶望に叫ぶはやての心を、黒い憎しみが支配する。

「いやあああああっ! ゼロ兄ぃぃぃっ!!」

 そして遂に姿を現す魔神とは?

 番外編と幕間数話の後A's編が始まります。それでは次回お正月番外編『ウルトラゼロ正月ファイト』



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幕間
番外編 ウルトラゼロ正月ファイト


お正月番外編です。ネタまみれでギャグです。


 

 

 守護騎士達がやって来る数ヵ月前。年の瀬である。ウルトラマンゼロことモロボシ・ゼロが、並行世界の地球にやって来てから半年が経った頃だ。

 

「すげえ賑やかだな……」

 

 大掃除を終え、はやてとお正月の買い出しに街に出たゼロは、年の瀬特有の忙しない喧騒に目を丸くした。

 地球日本の年末年始は初めてである。何時もの数倍以上の人出に、お店の方もセールやらで活気付いている。

 人混みの中をゼロは、はやての車椅子を押しながらセール品の確保に努めていた。

 

「ふう……」

 

 熾烈なおばちゃん達との歳末バーゲン品争奪戦を終えたゼロは、ぷはあ~っと大きく深呼吸した。

 歳末大バーゲンとは、おばちゃん達の戦闘能力が著しくアップするらしいと実感するゼロである。その事をはやてに言ったら大ウケされた。

 

「おばちゃん達は大掛かりなバーゲンやと、通常の3倍のスピードで動けるんよ、トランザムやね」

 

「恐るべし、おばちゃん!」

 

 したり顔の本気とも冗談ともつかないはやての説明に、感心するゼロであった。妙にトランザムの言葉に反応してしまうのは何故だろうと思う。

 それはともかく、おばちゃんの戦闘力アップはあながち出鱈目でも無いのが怖い所である。

 まあ……それはともかく、大量の戦利品を担いで家に戻ったゼロは、買った物を広げてみて首を捻った。あまり見た事が無い物ばかりである。

 

 テーブルの上に広げられているのは、年越しや正月に使う物などである。玄関に飾る正月飾りや鏡餅セット、年越し蕎麦に切り餅、お節料理の材料などだ。

 普段目にしない物ばかりである。地球に来てまだ半年の、宇宙人な少年にはどれも珍しい。

 

「想像してたのと違うな……」

 

「ゼロ兄のイメージだと、日本のお正月はどないやったの?」

 

 興味深そうに正月飾りを弄るゼロに、はやては気になって聞いてみる。するとゼロは真面目くさった顔で腕組みし、

 

「地球の正月と言えば『暴君怪獣タイラント』 とか『臼(うす)怪獣モチロン』とか『獅子舞い超獣シシゴラン』季節は少し先だが、目出度い繋がりで『酔っぱらい怪獣ベロン』とかが暴れるみたいなイメージだな……」

 

「……そないなお正月嫌やなあ……って、暴君怪獣はまだそれっぽいけど、臼怪獣とか獅子舞いとか、酔っぱらい怪獣?」

 

 はやてはツッコミを入れておく。冗談のような怪獣だが、全て実際に向こうの地球に現れた連中である。口では嫌とは言ったものの、愉快そうな怪獣なのでいっぺん見てみたくなった。

 

 何故かモチロンは、再来年辺りに会えるような気がしないでもない。暴君怪獣は怖そうなのでパスである。

 

「まあ……此方には怪獣は居らんから、のんびり過ごすのが日本の年末年始や」

 

「ふむ……」

 

 それもそうかとゼロは、日本の年末年始を満喫する事にした。だがその前に、まずは準備である。

 お正月飾りを玄関に飾り鏡餅を飾って、掃除したはやての両親の仏壇にお供え物を添える。

 一通りの準備が整った所で本格的に年末年始を開始だ。手始めはやはり年越し蕎麦である。

 

「おうっ、美味いなあ!」

 

 ゼロは年越し蕎麦を啜って感嘆する。ちゃんとした手打ち蕎麦を頼んであったので本格的だ。出汁は勿論はやて手作り。関西風の薄い色のこだわりの出汁である。

 そして出来上がった年越し蕎麦は、海老天などの色々な天ぷらや、セリを入れた食いでがある蕎麦だ。軽く夕食は食べたのだが、ゼロは美味い美味いと何杯もお代わりしまくりである。

 

 食べながらテレビは絶対に〇ってはいけないシリーズというものを観せられた。

 文化に疎いので一部何の事か解らないネタもあったが、出演している芸人さん達のリアクションが面白かったのでゼロも楽しめた。

 何故か途中チャンネルを変えられ、紅〇歌合戦なる番組で一部の女性歌手の歌だけを聴く。何故と聞くと、

 

「お察し下さいや……ゼロ兄も何か見なアカンような気がせえへんか? 犬日和的に」

 

「成る程! いい加減メタ発言だが、言われてみれば、そんな気がする……」

 

 何故か納得してしまうのは何故だろうと、不思議に思うゼロであった。

 

 〇ってはいけないも終盤という所で、ゴーンゴーンと遠くから除夜の鐘の音がする。蕎麦を食べ終わり、ジュースを飲みながらお菓子を詰まむゼロは澄まし顔で、

 

「年越しに聴く鐘の音は、何とも言えない風情があるな……」

 

「ゼロ兄、意味判っとる……?」

 

 悪戯っぽく笑うはやてにゼロは苦笑を浮かべ、

 

「テレビの受け売りだから何となくだが……でも妙に懐かしい気がするんだよな……」

 

 母方の日本人の血のせいだろうか、とても落ち着くような気がする。まったりというのはこういう事だろうかと思うゼロは、また一つ日本文化を理解出来たようだ。

 ちょっと妙な味のジュースを飲みながらぼんやりしていると眠気が襲って来た。うつらうつらしてしまう。

 起きていようと頑張っていたが、瞼が耐えきれない程重くなってきた。満腹のせいもありゼロは抗えず、コテンと眠りに落ちていた。

 

 

 

******

 

 

 

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 

「あっ……明けましておめでとうございます……今年もよろしくお願いします……」

 

 次の日、元日である。見よう見まねで新年の挨拶をしたゼロは、お雑煮をたらふく食べた後、はやてを連れて初詣に出掛けていた。

 

 お雑煮を食べ過ぎてゼロがしばらく動けなかったので、結局家を出たのが昼近くになってしまった。寒がりなので、はやてに作って貰ったマフラーや手袋を着け、重ね着しまくりである。

 

 はやての車椅子を押して歩きながら、ゼロは不思議な雰囲気だなと思う。それなりに街の喧騒はあるのだが、静かな気がするのだ。

 

「これが正月ってヤツか……」

 

 しみじみするゼロを、可笑しそうに見上げるはやてであった。

 

 しばらく歩いていると、道端に人が2人倒れていた。獅子舞を踊る人達らしい。助け起こしてみると、

 

「し……獅子舞の化け物が……」

 

 と言い残しグースカ寝てしまった。酒臭い。只の飲み過ぎに見えた。

 何だ酔っ払いかと叩き起こしてから先に進むと、今度は餅つき大会の会場があった。近付いてみると会場が滅茶苦茶で、参加者がポカンと空を見上げている。

 

「どないしたんですか?」

 

 はやてが聞いてみると、おばちゃんが引きつった顔で、

 

「大変なのよ! 臼(うす)のお化けが、お餅を全部食べてったのよ!」

 

「はあ……?」

 

 訳が解らない。おばちゃんも酔っているのだろうか。気にせず先を進むと、今度は鏡開きをやっている会場があった。見ると今度は置いてある樽酒が全部空になっている。

 

「どうかしたんすか……?」

 

 ゼロが茫然と立ち尽くすおっちゃんに聞いてみると、

 

「変な怪物が出て来て、酒を全部飲まれてしまったんだよ!」

 

 またしても変な事を言う。まあ、この世界には怪獣は居ないので、見間違いだろうと先に進み神社に着いた。

 人出が多い。海鳴市では一番大きい神社なので、昼間を過ぎても参拝者が沢山居る。早速御詣りしようと境内に入ろうとすると、 突然もの凄い轟音と地響きが辺りを揺らした。

 

「なっ、何や!?」

 

 びっくりしたはやては、何事かと音のした方向を見てみる。すると高台の神社を覗き込むように、ニョッキリと巨大な顔が数個現れた。喧しい吠え声が響く。

 

 何故か怪獣が出現したのだ。怖いと一瞬思ったはやてだが、怪獣達の姿を見て怖いなんて思いは吹っ飛んでしまった。

 何故なら彼らの姿は、冗談としか思えなかったからである。

 餅つきのデカイ臼に獅子舞そのまんまの奴、大きな瓢箪(ひょうたん)に入れた酒をらっぱ飲みする、顔が間抜けな程に長い奴まで居た。全く怖くないどころか笑える。

 

「あれは、獅子舞超獣シシゴラン! 臼怪獣モチロン! 酔っぱらい怪獣ベロン!!」

 

「昨日聞いた、お正月怪獣勢揃い!?」

 

 もうツッコミ所が多すぎて、ツッコミきれないはやてである。

 周りの人達は潮が引くようにサアアッと逃げてしまい、境内にはゼロとはやてだけになってしまった。 すると今度は空から、巨大な何かが降って来るではないか。

 

「今度は何やぁっ!?」

 

 それはドスンッと怪獣達の中央に落下し、大地を踏み締めてそびえ立つ。

 見上げたはやての目に映ったのは、両手が鎌と鉄球で棘やら色々くっ付いているゴツイ怪獣であった。

 

「おうっ! あれは暴君怪獣タイラント! 倒された怪獣達の怨念が集合した大怪獣だ!!」

 

「知っているのか雷で……ゼロ兄?」

 

 ゼロが某塾の物識り拳法使いのように、したり顔で解説してくれたので、はやてもつい乗ってしまう。

 それはともかく、タイラントは他の怪獣達の中央にふんぞり返り、ゼロを大鎌の手で指差した。リーダーらしい。

 

「ガカオッ、カガガアッ!」(訳・ウルトラマンゼロよ! 我ら正月四天王、貴様と正月を賭けて勝負しに来た! 尋常に勝負だ!!)

 

「字幕付き? 親切やなあ……お正月を賭けるって何や……?」

 

 はやてはツッコミつつ感心してしまった。親切設計である。ゼロは腕捲りして『ウルトラゼロアイ』を取り出すと、巨大変身して正月四天王の前にデンッとそびえ立つ。

 

『目出度え名前しやがって、面白え! その勝負乗った!!』

 

 腕をブンブン振り回してノリノリだ。ウルトラゼロファイトの、オープニングのノリである。 タイラントはガハハッとばかりに高笑いし、

 

「ガカオッ、カガガアッ!」(訳・行くぞ! 一番手モチロンよ、行けえいっ!!)

 

 だがモチロンの反応が無い。見ると後ろで苦しそうにお腹を押さえ、ひっくり返って唸っている。

 

「カガガアッ!?」(訳・どうしたモチロ ン!?)

 

「……大将……餅食い過ぎて動けねえだ……ゲ フッ……」

 

 戦闘不能であった。欲張り過ぎたらしい。はやては車椅子からズリ落ちそうになったが、取り合えずゼロを指して、

 

「一番勝負、ゼロ兄の勝ち!」

 

『ハハハッ、食い意地張り過ぎなんだよ!』

 

 高笑いするゼロだが、今朝お雑煮を食べ過ぎてしばらく動けなくなった人が言っても、説得力はゼロである。

 

「カガガアッ、ガアッ!」(訳・ええい、二番手シシゴランよ行けえい!!)

 

「キシャアッ!」(訳・任せて下さい大将!)

 

 やる気満々でシシゴランはズイッと前に出た。ほとんど只の獅子舞のデカイ奴である。 神社の広場に肘を着くとカモン! と首を捻る。腕相撲対決らしい。シシゴランは50万馬力の腕力が自慢なのだ。

 

『面白えっ!』

 

 ゼロも肘を着き、シシゴランの手をガシッと掴む。はやてが合図を送った。流れで審判をやらされている。

 

「はっけよーい、のこった!」

 

 ガッと両名は腕に力を込めた。凄まじいパワーが籠るが……シシゴラン50万馬力<ウルトラマンゼロ数百万馬力。

 

 ポキィッ

 

 枯れ木がへし折れるような音がした。

 

「アキョオオオオオッ!?」

 

 シシゴランが絶叫を上げピョンと飛び上がった。腕が変な方向に曲がってプランプランしている。 痛くてクスンクスン泣いているシシゴランを見て、はやては可愛そうになったが取り合えず、

 

「二番勝負、ゼロ兄の勝ち!」

 

『何か悪いな……』

 

 そこまでやる気は無かったので、済まなそうに頭を掻くゼロである。すると今度は瓢箪を抱えた酔っ払い怪獣ベロンが前に千鳥足で歩み出た。

 

「ウイ~ッ、ヒックッ……」(訳・次は俺だ…… これで勝負だ……ヒックッ……)

 

 段々字幕も手抜きくさくなって来たなあ…… と思うはやてである。 ベロンは持っていた特大瓢箪を前にドンッと 置いて胡座をかいた。酒飲み勝負らしい。

 

『や……やってやろうじゃねえか!』

 

 ゼロもドスンと胡座をかいて座る。少々声が上擦っているようだ。はやてはそれを見て、

 

(あれ……? ゼロ兄って確か人間に置き換えると、まだ高校生くらいな筈やけど……)

 

 はやての心配を他所に酒飲み勝負が始まった。ベロンが瓢箪の酒を一気飲みするとゼロに手渡す。

 ゼロは少々躊躇していたが、ヤケクソとばかりに酒をあおった。何処から飲んでいるのだろうか? 何か目の光がチカチカ点滅している。

 ベロンはニヤリと笑い、受け取った酒を一気飲みするとまたゼロに手渡す。ゼロも受け取り酒をあおる。そんな地味なやり取りが繰り返された。

 

「ウイ~ッ、ヒックッ……」(訳・フフフ……小 僧……もう怪しくなって来たぞ?)

 

『う……煩せえ……何のこれしき……』

 

 強がりを言うゼロだが、もうヤバそうである。ベロンは容赦なく酒をあおり勧める。ゼロの目の光が更に怪しくなって来た。頭をぐるぐる回し始めている。

 

 だが飲み比べだけでは終わらない。ベロンは酒を飲みつつ、軽やかに踊り始めたではないか。しかもEXILEの激しいダンスである。 ベロンはその時代の、流行りのものを踊らなければならない決まりがあるのだ。

 

「ウイ~ッ、ヒックッ!」(訳・さあウルトラマンゼロよ! 酒飲み勝負は更に躍りをプラスせねばならんのだ、踊れえぃっ!)

 

『まあ~負けるかあ~……』

 

 ヘロヘロながらゼロも果敢にダンスに挑戦する。ベロンは何気に鮮やかな身のこなしで激しく踊っている。すごく上手い。

 

 一方明らかに酔いが回っているゼロは悲惨である。ダンスと言うより阿波踊りに見えた。怪獣と踊るウルトラマンはすごくシュールである。

 

 常習的酔っ払いと酒を飲んだ事の無い少年とでは、勝負は明らかであった。

 躍りに加え一気飲みで酒が回る回る。遂にゼロは大地にドド~ンとひっくり返ってしまった。カラータイマーが違う意味で、うにょんうにょん真っ赤に光っている。

 ウルトラマンゼロ、酔っ払い怪獣の前に敗北す!

 

 あ~、やっぱりなとはやては思い、ベロンの勝ち名乗りを上げようとすると、今度はベロンもパッタリ倒れてしまった。グースカ高いびきで寝ている。それを見たタイラントはゴツイ肩を竦め、

 

「ガアッ! ガカオッ!」(訳・だからあれ程飲み過ぎるなと言っておいただろうが!!)

 

 此方も既に飲み過ぎで出来上がっていたようである。そんな状態であんなに激しく踊ったのだ。阿呆である。はやてはため息を吐いて両手を挙げ、

 

「両者ノックアウト……引き分け!」

 

 それはいいのだが、まだ正月四天王の頭タイラントが残っている。ゼロは酔い潰れてピクリとも動かない。はやてが呼び掛けると、

 

『ハイ……ゼロお兄さんですよ……狂気のマッドな俺が俺達が新世界の神で、先立つものは金で……ムニャムニャ……』

 

「アカン、飲み過ぎて、只の宮野さんになっと る!?」

 

 またしてもメタな発言をするはやてである。それはともかく、地球のお正月はどうなってしまうのであろう?

 

「ガアッ! ガカオッ!!」(訳・ガハハ ハッ! ウルトラマンゼロ敗れたり! これで地球のお正月は我らのものだ!!)

 

 勝利の高笑いをするタイラントである。するとはやてがタイラントに近寄り、その大きな顔を見上げ、

 

「タイラントさん、タイラントさん、ちょう聞きたい事があるんやけど……?」

 

「ガカオッ、カガガアッ?」(訳・何だ小娘?)

 

 律儀に聞いてくれる。意外と親切な怪獣なのかもしれない。はやてはタイラントの顔をジッと見上げ、

 

「タイラントさんは、倒された怪獣達の怨念が集まって出来たんやろ……?」

 

「カガガアッ?」(訳・それがどうした?)

 

「いや……タイラントさんの顔のシーゴラス、倒されてへんやろ……? 角折られて逃げただけやん、最初のも怪しい再生も、なのに何でシーゴラスの顔がくっ付いとるん? あっ、背中のハンザギランなんて元に戻っただけやよね?」

 

 それを聞いたタイラントの顔色が見る見る内に青くなった。

 

「カガガアッ!? カガガアッ!!」(訳・おおお前、言ってはならん事を、クソオォォッ! 覚えてろおっ!!)

 

 何か泣きながら、他の怪獣達を担いで空に飛び上がって逃げて行った。どうやら触れてはならない事だったらしい。

 こうして地球のお正月は、八神はやての手によって守られたのであった。

 

 

 

 

 

「……と言う初夢をみてな……しっかし何でか、起きてから頭が痛えんだが……」

 

 元日の朝、ゼロは痛む頭を押さえながら、初夢をはやてに語っていた。

 

「まあ……そうやないかとは思っとったけど……」

 

 メタな事を言って苦笑したはやてはふと、昨晩ゼロが飲んでいたジュースの缶が目に付いた。

 アルコール分8%と書いてある。ジュースでは無くチューハイを間違って買って来て飲んでしまったのだ。

 

「二日酔いやね……」

 

 はやては仕方無いなあと苦笑を浮かべるのであった。

 お雑煮の仕度をしつつ、ゼロの酔い醒ましにミルクを温めながら、はやては晴れた空を見上げ、

 

(今年もずっとこうしていられますように……)

 

 心の中でそっと呟く。ふと今年も何かとても良い事があるような気がした。

 

 

つづく

 

 




 戦いを終えた八神家は穏やかな日常を過ごしていた。お察し下さいな警備隊時代のゼロとは?
 管理世界に現れるおぞましき異形の怪物群。そして遂に出現する銀色の超人。
次回幕間1『第97管理外世界で出会った奇跡や』




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第28話 第97管理外世界で出会った奇跡や

 

 

 

 『時の庭園』での決戦からしばらくの時が過ぎ、ようやく平穏を取り戻した八神家では、皆のんびりとした日々を送っていた。

 

 様々な出来事や事件のせいであっという間に5月も終わり、カレンダーはもう6月である。梅雨にはまだ早く、過ごしやすい季節だ。

 程良い気温の心地好い正午のリビングで、はやてを除く全員が何かの準備に勤しんでいた。ヴィータは準備の合間に、はやての部屋の方をチラリと見て、

 

「まだ大丈夫だよな……?」

 

 妙に警戒しているようだ。そんな彼女にゼロは、難しい顔で何やら細かい作業をしながら、

 

「大丈夫だ、後30分は掛かる筈……急いで終わらせるぞ」

 

 幾分慌て気味でヴィータをせっつくと作業に戻る。シグナムもシャマルも、人間姿のザフィーラも一心に何かの作業をしている。非常に悪戦苦闘しているようだった。

 

 

 

 一方のはやては自室で机に向かい、中年の女性と勉強に励んでいる所だった。女性は訪問支援員の先生である。

 訪問支援員とは、はやてのような病気休学児童の勉強の指導をする先生で、教員経験者があたる事になっている。今日ははやての勉強の進み具合をテストする日なのだ。

 

「凄いわね、はやてちゃん……同い年の子達よりずっと出来てるわ……100点よ」

 

 はやての提出した答案用紙の採点を終えた支援員の先生は、感心して答案を彼女に渡した。

 

「……そうですか……ありがとうございます。これもゼロ兄のお陰です」

 

 答案用紙を受け取ったはやては、照れて頬を染めながらペコリと頭を下げた。

 

 

 

 

 支援員の先生を全員で玄関まで見送り、はやては解放感でう~んと両腕を上げ伸びをした。 一息吐いた所で、

 

「さあて……テストも終わった事やし、みんなお茶煎れるから、ちょう待っててな?」

 

 ニッコリ笑うと車椅子を操作し、キッチンに向かおうとする。するとシャマルがひどく慌てた様子で、

 

「はやてちゃん、お茶なら私が煎れますから、ノンビリしていて下さいっ」

 

 先を越してキッチンにパタパタ駆けて行く。すごく焦っているようで、危うく転びそうになったが辛うじて立て直し駆けて行く。続くように今度はヴィータが、

 

「そうそう、はやては勉強で疲れてるんだから、休まないと」

 

 素早く車椅子のグリップを握ると、有無を言わさずリビングまで押して行く。

 

「何やヴィータ、私そんなに疲れとらんよ?」

 

 はやてはヴィータの大袈裟な物言いに苦笑しながらも、されるがままにリビングまで連れて行ってもらう。こういうやり取りも楽しいものだ。

 

 はやては車椅子からソファーに移してもらい、他の皆も彼女を囲むようにそれぞれ座る。煎れてもらった紅茶を受け取ったはやては、 ゆったりと香りを味わいながら顔を綻ばせた。

 

「はやてどうしたの? 何かいい事あった?」

 

 隣でフウフウ紅茶を吹いていたヴィータは、 目敏く見付けて聞いて来る。はやては照れたような笑みを浮かべ、

 

「先生に勉強よう出来とるて誉められてな…… 同い年の子達よりええ言われたんよ……」

 

 学校を休学中の身としては、勉強で誉められて嬉しかったのだろう。つい頬が緩んでしまうようだ。はやてはそこで、床に行儀悪く胡座をかいてお茶を飲んでいるゼロに、

 

「これもゼロ兄のお陰やね……?  ぎょうさん教えてもろたもんなあ……」

 

「……いや……はやてが頑張っただけだろ……?」

 

 照れたウルトラマンの少年は、決まり悪そうに明後日の方向を見る。それを聞いた守護騎士達は、一斉に驚いた顔をした。

 

「えっ? はやてゼロに勉強教わってるのか? このキガ常識音痴にぃっ!?」

 

 ヴィータは物凄おく意外そうに声を上げる。 シグナムとシャマルは知らない人を見るような目で、

 

「……い……意外だな……にわかには信じ難い……一般常識もまだ怪しいと言うのに……」

 

「何か悪いものでも食べたの? そんなのゼロ君のキャラじゃないわ……裏切られた気分よ……」

 

 めいめい勝手な事を言っている。ザフィーラと『闇の書』は今の所無言だが、ザフィーラは目が驚いているようだ。闇の書は喋れないので判らない。

 

「……お前らが俺をどういう目で見てるか、良 ~く判ったぜ……」

 

 ゼロは肩を震わせ、引きつった笑みを浮かべた。何なら、シャマルの微妙料理を食ったからと言ってやろうかとまで思う。言ったら言ったでイジケるので、結局言わなかったが。

 

「みんな、ゼロ兄は一応宇宙人なんよ? めっちゃ頭いいんやから、数字や暗記は得意なんよ」

 

 不貞腐れそうになるゼロを見かねて、はやてはフォローを入れるが、一応とか言ってるあたり彼女も忘れてたくさい。

 ちなみに非公式ながら、ウルトラマンは知能指数1万くらいはあるらしい。

 ゼロは少しでも役に立てればと教科書や参考書を全て覚え、先生代わりに教えて来たのである。シャマルは合点が行ったと、パチンと手を叩いて納得顔をし、

 

「こう考えればいいんですね? いくらゼロ君でも、小学校の問題くらいは簡単だと……」

 

「……成る程……例えるなら、一番不出来な学生でも幼子には教えられるという感覚ですね……? それならば得心します……」

 

 続いてシグナムが腕を組んで、ウンウン頷き嫌な納得の仕方をした。ヴィータは安心してホッと息を吐き、

 

「何だそう言う事かあ……ウルトラマンの中で一番頭が悪いけど、こっちでは良く見えるだけってやつか……あ~、ビックリした……やっぱりゼロはゼロだよなあ~っ」

 

 もうボロクソである。何時の間にか、ウルトラマンの中で一番頭が悪い事にされてしまっていた。確かにあまり頭が良さそうには見えない性格ではある。不良っぽいので。

 

「テメエら……言いたい放題言いやがってぇ ~っ、そこまで言うなら頭で勝負だ! 俺の頭の良さを思い知らせてやるぜ!」

 

 ゼロはカバっと立ち上がり、大人気ない事を言い出した。いくらウルトラマンでも、まだ高校生くらいの年では仕方無いかもしれないが。

 

「面白えじゃん! 受けて立ってやる、吠え面かくなよ!?」

 

 ヴィータが腕捲りして立ち上がる。ニヤニヤだ。完全に舐めくさっている。そんな彼女に向かって、ゼロは得意気に笑い親指で自分の唇を弾くと、

 

「甘えなヴィータ……俺に頭で勝とうなんざ、2万年早いぜぇっ!!」

 

 挑発するように2本指を示す。何故2万年なのかは不明である。一応十年早いみたいなものであろう。

 双方自信満々で睨み合う。頭突き合戦とでも勘違いしているのではないだろうか?

 

「はいはい2人共、そこまでや……お茶が冷めてまうよ」

 

 何時もの事なので、はやてはノンビリした口調でたしなめる。ゼロは頭を掻き、ヴィータはまだニヤニヤしながら引き下がった。はやては隣に座り直すヴィータに、

 

「せやけどヴィータ、ゼロ兄はこう見えても、向こうで『宇宙警備隊』いう堅い仕事に着いとったんよ。一回クビになったみたいやけど……」

 

 こう見えてもとかクビとか、余計なのが2つばかり入っている言葉で再度フォローする。するとシグナムが興味深そうに、

 

「名称からして、かなり大掛かりな組織のようだな……? ゼロのような戦士が数多く所属しているのか?」

 

「ああ……100万人のウルトラ戦士が、侵略者や怪獣から星や人々を日々守ってる。デカイ所だな……」

 

 ちょっと誇らしげに説明するゼロである。シグナムは感心してはやてに話を振った。

 

「しかし……主はやて、ゼロの性格でよくそんな、規律の厳しそうな組織に入れたものですね……?」

 

「ほんまやね……?」

 

 はやても今まで、警備隊時代のゼロの話はあまり聞いた事が無い。そこで当然の事に思い当たる。

 

「ほんなら当然ゼロ兄は、訓練学校みたいな所にも行ってたん?」

 

「あ……? ああ……一応……行ってたけどよ……」

 

 ゼロは応えるが、どうも歯切れが悪い。はやて達は訓練校で他の訓練生達と一緒に、畏まって授業を受けているゼロの姿を、もやもやと想像してみた。

 

「ぷっ……あはははははははっ! 似合わね えっ!!」

 

 ヴィータは耐えきれずに、お腹を抱えて大爆笑してしまった。真面目なゼロが物凄くツボに入ったらしい。

 

「……あ……あかんよヴィータ……そないに笑ったら……ぷぷぷ……」

 

 そう言うはやても完全に吹いている。シャマルは涙目で口を押さえ、シグナムは下を向いてゲフンゲフンと何度も咳をしていた。皆笑いたいのを必死で誤魔化そうとしているがバレバレである。

 

 コイツら~とムカついたゼロだが、ザフィー ラと『闇の書』ならばと2人を見てみると……何故か狼形態になったザフィーラは床に伏せ、『闇の書』ははやての膝の上で静かにしていた。

 一見何とも無いようだが、良く見ると2人共小刻みに震えている。 シグナム達と同じだ。どいつもコイツも裏切者ばかりである。

 

「お前ら~っ! 俺だってなあ……」

 

 ゼロは立ち上がり文句を付けようとした所で、ピタリと勢いが止まった。あれ? と言う風に頭を捻る。記憶を辿っているようだが、何故かダラダラと脂汗が流れて来た。

 はやて達は思ったと言うか見切った。やはりサボっていたクチだなと。 そんなゼロを流石に哀れに思ったのか、シグナムがフォローを入れる。

 

「……しかし……戦いに関する知識は大したもの だ……超獣の能力弱点を全て記憶しているとは……お陰で超獣も倒す事が出来たのだからな……」

 

「あっ、分かったわ、戦い方面の授業だけは真面目に受けて、それ以外は全部聞き流すかサボってたのね?」

 

 シャマルがニコニコしながら痛い所を突いて来た。はやては図星を突かれて、グウの音も出ないゼロに笑い掛け、

 

「それでこそゼロ兄やね?」

 

 妙な所で感心されてしまった。つくづくツッコミ所の多いウルトラマンである。

 

「……嬉しくねえ……キツいぞはやて……」

 

 すっかり拗ねてぶちぶちボヤくゼロだが、開き直って腕を組んで床にドスンと座り込むと、

 

「フッ……所詮俺は、はみ出しもんよ……」

 

 何か格好つけて遠くを見詰めた。最終的に孤独なヒーローを気取って誤魔化す気らしい。どう考えても手遅れである。

 はやてはそんなゼロが可愛いく、撫でくり回してやりたい衝動に駆られた。

 小学生に可愛いと思われているとは知らないゼロの目に、リビングの時計が映る。丁度午後5時を指した所だ。

 

「良しっ、そろそろいいだろう!」

 

 ゼロが合図を送ると、はやてを除く全員が一斉に何かを取り出した。

 

 パンッパンッパパンッ!

 

 リズミカルなクラッカーの音がリビングに鳴り響く。

 

「はやて誕生日おめでとうっ!」

 

「はやて、おめでとうっ!」

 

「主はやて、おめでとうございます……」

 

「はやてちゃん、9歳のお誕生日おめでとうございます」

 

「主……おめでとうございます……」

 

 5人はそれぞれお祝いの言葉を、小さなマスターに述べた。

 

「ふあっ……?」

 

 クラッカーの紙テープ塗れになったはやては、ポカンと口を開け唖然としてしまった。

 

「どうしたはやて? 自分の誕生日を忘れてたのか?」

 

 呆気に取られるはやてに、ゼロが悪戯っぽく笑い掛ける。はやては口ごもり、

 

「……そないな事は無いんやけど……」

 

 無論ゼロと初めて出会った日でもあるので、忘れてなどいない。ただ嵐のような出来事の連続で、言い出すタイミングを失い、そのままになっていたのだ。

 

「さあ、主はやて、此方に……」

 

 シグナムが優しく微笑んではやてを抱き抱え、車椅子に乗せると食卓まで押して行く。

 

「えっ?」

 

 はやては驚いた。何時の間に用意したのか、 テーブルには巻き寿司や唐揚げなどの料理が沢山並べられている。道理でキッチンに行かせたくなかった訳だ。

 

「何でや……? 匂いなんて全然せえへんかったのに……?」

 

 今は料理の良い匂いが香しい。はやては不思議そうに首を傾げた。ゼロは笑って冷蔵庫を開けると、大きなケーキを取り出して見せ、

 

「へへっ、コイツを馴染ませる時間が足りなくてな……その間バレないように『ウルトラ念力』で見えない壁を作っておいたのさ」

 

 何と言う能力の無駄使いであろう。はやては呆れるやら可笑しいやらだ。

 ゼロは彼女の反応をしたり顔で確認しながら、手作りの生クリームケーキをそっとテーブルに置く。

 赤い苺が目に鮮やかな純白のケーキの真ん中 に『はやて9歳の誕生日おめでとう』と手書きの文字が書かれたチョコレートのプレートと、お菓子の家が載っている。

 

「巻き寿司とか、みんなで巻いたんだぜ」

 

 ゼロが示すので見てみると、成る程大きさや具がバラバラだ。

 巻き寿司と言うより、恵方巻きもしくはゲートボールスティック並に太いものから、不器用な作りで何故か切り口だけが異様に鋭く、剣のように斜めになっているものまである。

 皆の悪戦苦闘する様子が、目に浮かぶようであっ た。シグナムがニヤリと笑い、

 

「御安心を……味付けにシャマルは関わっていませんので……」

 

「ちょっとおシグナム、それって酷くな い!?」

 

 自分の事は棚に上げるシグナムに、抗議の声を上げるシャマルである。舌『だけ』は肥えて来たリーダーにだけは言われたくない。

 ゼロはジッと料理を見詰めているはやてに微笑み、カラフルなケーキ用蝋燭を立てて行く。はやては目頭が熱くなってしまった。

 周りには心から自分を祝ってくれる大切な家族達。こんな日がまた訪れるなんて……

 

(ゼロ兄が来てから、ほんまに嬉しい事ばっかりや……)

 

 ゼロとの出会いから丁度1年、はやての脳裏をこの1年の様々な思い出が浮かんだ。色々な事があった宝物のような日々……

 

 ふと思う事がある。自分は夢を見ているのではないのか? 幸せな長い長い夢を見ているだけではないのかと。 本当の自分は変わらず独りきりで……

 だが確かにゼロも守護騎士達も目の前に居る。それは確かな彼女の現実だった。

 

(みんなは確かに、今此処に居るんや……)

 

 こみ上げて来るものがある。はやては涙ぐみそうになるのを必死で堪えた。せっかく皆が準備してくれた誕生会。湿っぽいのは無しやと何とか我慢する。自分は皆のマスターなのだからと。

 そこまで我慢する事は無いのだが、我慢してしまうのが八神はやてという少女なのだ。

 

「……みんな……ありがとうな……めっちゃ嬉しいわ……」

 

 笑顔でお礼を言うはやての目の前で、ヴィータが張り切ってライターで蝋燭に火を点ける。

 

「はやて、はやて、さあ吹き消して」

 

 わくわく顔で催促するヴィータの要望に、はやては気合いを入れ、

 

「よっしゃ、任しときっ」

 

 思いっきり息を吸い込むと、可愛らしく頬を膨らませ力の限りぷう~っと吹いた。9本の蝋燭の火が見事に一度に消える。皆で一斉に拍手で祝った。

 

「あはは……みんな……ありがとうな……」

 

 温かい拍手の中、照れていたはやての顔色がつう~っと白くなりふらついた。それに気付いたゼロは慌てて支え、

 

「どうした、はやて!?」

 

「……あかん……張り切り過ぎてもうた……」

 

 はやては頭をクラクラさせ苦笑を浮かべる。 張り切り過ぎて酸欠になり掛けてしまう彼女であった。

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 

 

 其処には死の気配が濃厚に漂っていた。

 

 時空管理局の管轄する、13番目の管理世界の一寒村。今山間の村は、戦火にでも遭ったかのような無惨な有り様であった。

 建築物は原型を留めぬ程に破壊し尽くされ、業火が火の粉を撒き散らし、夜のとばりが降りた村を真っ赤に染めて燃え盛っている。

 地獄のような光景であった。しかしその光景には1つ足りないものがある。人間、生き物の姿が全く見当たらないのだ。

 

 死の気配が充満し、これだけの規模の破壊の中で生き物の姿が無い。死体1つ見当たらなかった。既に村の住人達は全員避難したのであろうか?

 

 その時燃え盛る炎の音に混じり、甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。今まで隠れていたらしい中年の女が、恐怖で悲鳴を上げ必死で逃げている。

 その後ろから、見るもおぞましい十数メートルもの怪物が地面を滑るように迫っていた。

 蛞蝓(ナメクジ)や海牛、磯巾着を混ぜ合わせたようなおぞましい怪物だ。粘液をぬらぬらと滴らせ、無数の触手を伸ばした。

 女は逃走空しく絡め取られ、ズルズルと怪物に引き寄せられて行く。怪物のおぞましい身体がイソギンチャクのようにバクリと開いた。

 

「いやああああぁぁぁぁっ! あげえええっ! ぎょべぇげええがああぁぁぁっ!!」

 

 頭から生きながら貪り喰われて行く。耳を塞ぎたくなるような骨が砕ける音と、肉が噛み千切られる音に、断末魔の悲鳴が辺りに木霊しパッタリと止んだ。

 

 怪物は味わうように痙攣を繰り返す女をゆっくりと飲み込むと、芋虫のようにズルリと身体を蠕動させる。すると周囲から、同様の姿をした怪物群がわらわらと集まって来た。

 怪物群は十数メートルサイズの怪物に次々と溶け合うように融合して行く。それに伴い、その躯は数十メートルまで見る見る内に巨大化する。

 この村に生物の姿が見えないのは、この怪物にほとんどの人間が喰われてしまったからであった。そしてこの怪物は、人間のあるものを糧にして更に力を増して行く。

 怪物は粘液に被われる、紫色の身体に炎をテラテラと反射させ、吠えるように不快音を響かせる。次の獲物を見付けた歓喜の反応だ。

 

 怪物がおぞましい頭部を向けた方向から、赤ん坊の泣き声が微かに炎の音に混じって聴こえて来る。まだ生き残りが居たのだ。

 怪物は巨体を不気味に蠕動させ、泣き声が聴こえて来る場所目掛けて真っ直ぐに向かう。すると泣き声が聴こえて来た崩れ掛けた建物の中から、若い夫婦連れが赤ん坊を抱いて飛び出して来た。

 

 2人の顔は恐怖に歪んでいる。父親の腕の中で、赤ん坊は火が点いたように泣き声を上げている。夫婦は怪物から逃れようと駆け出した。

 

 怪物は無数のヌラヌラした触手を伸ばす。夫婦はあっという間に触手に絡み取られ、宙に吊り上げられてしまった。

 怪物の身体の中央が縦に2つに割れ、ゾッとするような顎(あぎと)がバクリと開く。先程の女と同じく3人纏めて喰らうつもりなのだ。

 触手はゆっくりと夫婦と赤ん坊を巨大な口に運ぶ。おぞましい液体を滴らせた顎が更に広がった。夫婦が死を覚悟したその時であった。

 

 突如として一筋の光が闇を翔ける。光は鋭い刃と化し、夫婦を捕らえていた触手を纏めて切断した。怪物はおぞましい怒号を上げる。

 投げ出された夫婦は、重力に従って地面に落下してしまう。この高さではとても助からない。転落死と思いきや、途中で何か弾力を持った物体の上にふわりと落ちていた。

 お陰で怪我は負っていない。だがこれも得体の知れないものだ。恐怖に震える夫婦はパニッ クを起こし掛けるが、その物体は静かに下降すると3人を地面に降ろした。その物体は巨大な手であったのだ。

 

 唖然とする夫婦の目の前に、赤い炎を銀色の身体に反射させた、数十メートルはある巨人がそびえ立っていた。 日本の兜を被ったような頭部、暗闇に強く輝 く2つの眼、胸部にはYの字に似た巨大な赤いクリスタルが光っている。

 

『シェアッ!』

 

 巨人は夫婦連れを庇うように大地を揺るがし、敢然と怪物の前に立ち塞がった。 その巨人は、ある世界で確認されている巨人と酷似していた。その巨人の名は……

 

『ウルトラマンネクサス』

 

 

 

つづく

 

 

 




※訪問支援員制度は実在の制度です。多分はやても使っていたのではと。

 管理世界に現れた、おぞましき怪物スペースビーストの前に立ち向かう銀色の巨人。 その軌跡が明らかに? リンディ提督への特命とは?

 次回『その名はウルトラマンネクサスや』




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第29話 その名はウルトラマンネクサスや

 

 

 赤ん坊の泣き声が響き渡り、闇を焦がす紅蓮の炎に照らされ『ウルトラマンネクサス』はスペースビースト『ペドレオン』に対峙する。

 ペドレオンは『ネクサス』を認めると地を這うのを止め、四肢を形成して『グロース』格闘形態をとり獣の如き姿となった。

 身体中を醜い瘤に覆われた、おぞましい悪夢のような怪物である。両手に鞭状の触手を形成し、威嚇の奇声を発した。

 

『シェアッ!』

 

 両眼が鋭く光を発し、銀色の超人はペドレオンに向かって轟音を上げて突っ込んだ。2つの巨体が大地を揺るがし激突する。

 ネクサスがペドレオンを押さえ込む。逃れようともがく怪物を上回る強靭なパワーで、ガッチリと押さえ付ける。

 

 ネクサスは、常識をはるかに超えた事態に唖然と立ち竦む夫婦に向かい、首を振って逃げるように合図した。

 ようやく自失から目覚めた2人は、赤ん坊を抱き村の外へと駆け出して行く。赤ん坊の泣き声が遠くなる。その姿を確認したネクサスは、ペドレオンの瘤に覆われた巨木のような首を強烈な力で抱え上げた。

 

『ダアアアアッ!!』

 

 首投げの要領で一気に地面に叩き付ける。爆発するように土砂が舞い上がり、舗装路を陥没させペドレオンは大地にめり込んだ。恐るべきパワーであった。

 

 追撃を掛けるネクサスは、めり込んでまだ動けないペドレオンに巨大な脚を振り上げる。頭を踏み砕くつもりだ。

 それとほぼ同時だった。突如ネクサスの背後から巨大な物体が高速で襲い掛かり、体当たりを食らわして来た。

 

『デュアッ!?』

 

 痛烈な一撃を受けた銀色の超人は、壊れ掛けた酒場に突っ込んでしまう。 舞い上がる粉塵。だがこれしきでやられるネクサスでは無い。

 直ぐに態勢を立て直し、瓦礫を跳ね除けて立ち上がると周囲を見回した。巨大な紫色をした円盤状の物体が、高速で辺りを飛び回っている。

 

 ペドレオンの飛行形態 『フリーゲン』だ。まだ別の個体が居たらしい。 ペドレオン・フリーゲンは舗装路を砕いて着地する。

 円盤状だった身体がうねうねと形を変え、最初の1匹と同じくグロース形態をとる。両腕の鞭を振り上げ、もう1匹を援護するよう超人に対峙した。油断なく構えるネクサスだが、

 

『!?』

 

 その超感覚に更に別のビーストの反応が捉えられる。地中より次々と紫色をした不定形の物体がマグマのように噴き出し、見る間に巨大な異形を形作って行く。

 不気味な咆哮の合唱が闇夜に響き渡った。同型のペドレオンが6匹、ネクサスをぐるりと囲んで逃げ場無く包囲する。

 倒れていた最初の個体も唸りを上げて立ち上がった。 計7匹のペドレオンは、両腕の鞭を一斉に放つ。ネクサスは上半身をがんじがらめにされてしまった。

 それと同時に、数百億ボルトに及ぶ超高圧電流が銀色の超人を襲う。凄まじいばかりの赤いスパークが辺りに飛び散り、ネクサスの身体を落雷の数百倍の電流が駆け巡る。

 

 鯨でも一瞬で炭化させる攻撃だ。しかし巨人は微動だにしない。心無しか、フッと微かに嗤ったような気配があった。

 ネクサスは両の拳を握り締めると、腕を下に向かって交差させる。両腕に装備されている手甲『アームドネクサス』のクリスタル部分が光を放った。

 

『デェヤアアッ!!』

 

 裂帛の気合いと共に、ペドレオンの触手鞭がアームドネクサス装備の『エルボーカッター』 により一度に切断される。

 派手に飛び散る火花。 ビーストは均衡を失い、一斉にバランスを崩した。ネクサスはその隙を見逃さず、大地を揺らして高く跳躍し包囲から脱出する。

 重力を感じ させない跳躍で、軽々と巨体が宙を舞った。

 対面のペドレオンの図上まで飛び上がり、背後に着地する前にその後頭部に、大砲の如きキックをぶち込む。 前のめりに吹っ飛び、瓦礫に突っ込み倒れ込 むペドレオン。

 大地に降り立ったネクサスの背後から、もう1匹がおぞましい触手を蠢かせ襲い掛かる。 銀色の巨人は振り向き様にそいつの腹部目掛けて、突き上げるような強烈なボディーブローを叩き込んだ。

 

『シェアッ!』

 

 怪物の巨体が、爆発するように宙に弾け跳ぶ。地響きと派手な破壊音を立てて、醜い身体が半壊した建物に落下した。圧倒的なパワーだ。

 2匹を地面に這いつくばらせたネクサスは、 他の個体達に向き直ると左腕を胸の前にかざした。『アームドネクサス』のクリスタル部分が再び輝き、銀色の超人の身体に変化が生じる。

 

 赤い波長が全身を包むように覆うと、銀色の身体が真紅を基調としたものに変わり、両肩に生体甲冑が形成され、胸部中央に青く輝くクリスタル『コアゲージ』が現れた。

 ウルトラマンネクサスの特殊戦闘形態『ジュネッス』である。

 

 吹っ飛ばされた個体も立ち上がり、ペドレオン達は体内の可燃物質を頭上に集中させた。可燃物質は燃え上がり巨大な火球と化す。

 高温の火球を飛ばす攻撃だ。避ける暇を与えず、火球がネクサス目掛けて斉射された。超高温の火の玉の雨が襲い掛かる。

 

『ヘアッ!』

 

 ネクサスは前面に光エネルギーを円形の盾に形成させた『サークルシールド』で火球の猛攻を跳ね返す。 シールドに阻まれ爆発する火球。

 外れた他の火球がネクサスの周囲の建物を纏めて吹き飛ばし大地を抉った。最早村はほとんど原型を留め ていない。

 再度の攻撃の為、ペドレオン達が再び火球を形成しようと、頭上に可燃物質を集中させた。だがネクサスはそんな間を与える気など無い。アームドネクサスが光を放つ。

 

『デヤッ!』

 

 光エネルギーの刃『パーティクルフェザー』 を伸ばした両手で同時に放つ。7匹の巨体をくの字形をした光の刃の乱舞が切り裂いた。スパークが走りおぞましい体液を撒き散らし、ペドレオン達は醜い身体を捩らせる。

 

『シェアッ!!』

 

 ネクサスはチャンスと、連携を失った怪物の群れの中に躍り込んだ。1番手前の2匹に、エネルギーを込めた拳で強烈な左右のストレートをお見舞いする。

 

 ビーストは砲弾のように吹き飛ばされて他の個体に激突し、もつれ合うように大地に崩れ落ち奇声を上げた。

 それでもネクサスは攻撃の手を緩めない。ビースト相手に隙など見せたら、どんな逆襲を受けるか良く知っているからだ。

 

『デェヤアアッ!!』

 

 ネクサスの巨木の如き脚が、高温の大気を切り裂いてビースト達に飛ぶ。回し蹴りがペドレオンの側頭部に炸裂し、込められたエネルギーがスパークした。

 悲鳴のような鳴き声を上げながら、地面になぎ倒される巨体。

 

 それでもネクサスの動きは止まらない。まるで人型をした巨大な竜巻の如く唸りを上げて回転し、残りのペドレオン達を蹴散らして行く。

 怪物群は血のような体液を撒き散らし、苦し気な奇声を上げる。明らかに7匹の動きが鈍くなった。

 

(今だ!!)

 

 後方に飛びすさりペドレオン達から一旦距離を取ったネクサスは、拳を握り締め両腕を下方に組み合わせ、その両腕を掲げ力を込めた。

 

 全身のエネルギーをアームドネクサスに集中させる。それに伴い両腕の間に放電現象が起こった。ネクサスの膨大なエネルギーが空気中 に放電現象を発生させているのだ。

 エネルギーが臨界に達する。超人は雄々しく両腕をL字形に組み合わせた。この技は!

 

『シュワアアッ!!』

 

 右腕のアームドネクサスに集中したエネルギーが眩い光の激流と化し、ペドレオン群に炸裂した。 ネクサスは身体の向きを変えながら、7匹の怪物に光線の掃射を浴びせ掛ける。

 ウルトラマンネクサス・ジュネッスの必殺光線『オーバーレイシュトローム』だ。 不死身に近いスペースビーストを分子レベルで破壊、更に消滅させる恐るべき武器である。

 

 オーバーレイシュトロームの掃射を受けたペドレオンは、全てのビースト細胞を分解消滅され大爆発を起こし跡形も無く消滅した。

 

 体内の可燃物質が引火し村は業火に包まれる。闇夜に巨大な火柱が上がり、辺りを真昼のように染め上げた。

 燃え盛る炎の中ネクサスは光に包まれ、蜃気楼のようにその巨大な姿を消した……

 

 

 

 

 

「……こ……これは……?」

 

 リンディ・ハラオウン提督は、モニターに映し出されたウルトラマンネクサスの戦闘記録を見て、思わず声を漏らしていた。

 此処は『時空管理局本局』運用部の『レティ・ロウラン』提督の執務室である。今までのネクサスの戦闘は記録映像であったのだ。

 レティに呼び出されたリンディは、ネクサスの戦闘記録をいきなり見せられた訳である。

 

「彼の名は『ウルトラマンネクサス』……そしてあの怪物共は『スペースビースト』と呼ばれている存在らしいわ……」

 

 紫がかった髪に眼鏡の、理知的な雰囲気を醸し出す女性。リンディの古くからの同い年の友人にして、運用部のレティ提督は眼鏡のズレを直しつつ、静かに答えた。

 

「……彼もウルトラマンなの……? それにスペースビースト……?」

 

 訝しむリンディの問いに、レティは空間モニターの画面を切り替え、

 

「確かに……貴女からの報告にあった『ウルトラマンゼロ』と似ている所もあるけど……」

 

「違うの……?」

 

 リンディはてっきりゼロと同族のウルトラマンかと思ったのだが、レティは首を振って見せ、

 

「どうも違うらしいわ……ウルトラマンゼロと同じ種族では無い……詳しくは不明だけど、ウルトラマンゼロとは違う世界から来た別種の存在らしいわ……」

 

 同じ時期に異世界からの巨人が2人。タイミングが良すぎる気がした。過去あのような存在が現れた事など無い筈だ。レティはそれを察したのか、

 

「彼……ネクサスは今急に現れた訳じゃないのよ。何年か前にスペースビーストを追って、この世界にやって来たそうよ……その力の源は管理世界の知識では全くもって不明……」

 

「あの怪物を追って、別の次元からやって来たって事ね……スペースビーストと敵対する存在って事かしら……?」

 

 レティはコクリと頷き、空間モニターに別の画像を次々に表示させる。奇怪な姿をした怪物群が映し出された。レティは不快そうに眉を少しだけひそめ、

 

「スペースビースト……今まで管理世界で確認された個体よ……」

 

「……こ……こんなに……? でも今まで私の耳にも、こんな怪物が出たなんて入ってないわ……」

 

 提督である自分にも入って来ない巨人と怪物。不可解だった。それなら本当にごく一部の人間にのみしか知らない事になる。

 これ程の怪物、管理局全てに通達が出さなくてはならない程に見える。 そんなリンディの疑問にレティは相槌を打つ。長い付き合いだ。

 

「疑問は尤もね……実は私の所に情報が降りて来たのもほんの数日前よ。本当にごく一部で止めていたのね……それにはビーストの習性が関係しているらしいわ」

 

「習性……?」

 

 レティは薄気味悪そうに、画面の醜悪な怪物群を見ながら説明してくれた。

 

「スペースビーストは知的生物の『恐怖』の感情を喰らう……彼ネクサスの居た世界でも正体不明の宇宙生物群……ビーストの存在が知れ渡ると、その恐怖心が更にビーストを呼び寄せてしまう……だから公には出来なかったという事……」

 

 そう言う事かとリンディは得心した。こういった仕事をしていると、こういう事もあるかと受け入れてしまう。

 恐らくビースト事件を担当した他の提督や局員達に、箝口令が敷かれていたのだろう。少しでもリスクを少なくする為に。

 リンディにもビースト事件を担当するような事があったなら、きっとそんな命令が出ていたのだろう。 しかし少し不自然な気もしたが。だが今はと、画面のビーストを見詰め、

 

「私達では対処出来ないの……?」

 

 高ランク魔導師ならば単身で街を破壊出来るだけの力がある。同じクラスの巨大生物ならば管理世界にも生息しているし、高ランクならば倒せる筈だ。

 

 超獣などの怪獣は魔導師の攻撃にはびくともしなかった。それらと同等の力をビーストは持っていると言うのだろうか。 レティは目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……残念だけど……不死身に限り無く近く、わずかな破片から……場合によっては情報体だけになっても他の生物に取り憑いて復活する上に、様々な常識外の力を持つ怪物のようよ…… 『アルカンシェル』でも撃ち込まない限りは、 完全に息の根を止める事は出来ない……」

 

「でも……『アルカンシェル』は地上で撃てる代物じゃないしね……」

 

 リンディは冷静に状況を分析する。『アルカンシェル』とは『アースラ』などの管理局の大型艦に搭載可能な大型魔導砲である。使用以前に搭載にすら許可が必要な代物だ。

 

 地形を変えてしまう程の威力を持っているが、大威力故どうしても使い所が制限されてしまう。とても地上戦で使えるものでは無い。

 アルカンシェルを持ち出さなければならないような怪物。確かに恐るべき存在だった。 レティはリンディが理解した事に頷き、意外な事を口にした。

 

「そこで管理局は、唯一スペースビーストを完全に葬り去れる彼を民間協力者として、ビースト退治に協力したと言う訳よ。お陰で管理世界に出現したビーストは全て駆逐されたわ……」

 

「えっ? そうなの……? てっきりまだ居るかと思っていたわ……ああ、だから此方にも情報が伝わったのね……しかし思いきった事をしたものねえ……未知の力を持った別世界の相手と協力なんて……」

 

 ビーストが全て駆逐されたと言う事には正直ホッとしたが、やはり管理局の対応に少し違和感を感じた。しかしウルトラマンゼロの件もある。

 リン ディは死力を尽くして戦うゼロの姿に、彼は信用出来ると思ったものだ。アースラのクルーを助けてもらった恩もある。

 ネクサスの件も、それだけ危機的状況だったのかもしれない。だが実際自分の目で見なくては、判断のしようがないなと思っていると、レティが苦笑いし、

 

「確かに私も腑に落ちない所はあるけど……それだけ危機的状況だったのは確からしいわ…… 放って置いたら全ての人間は捕食されていた所だったそうよ……」

 

 レティの説明にリンディは納得する事にした。ただふと、ネクサスが今後どうなるのかが気になった。

 ビーストが居なくなってしまったなら、彼はもうお役御免と言う事になりはしないだろうか。

 そこでリンディは気付いた。レティが頻りに眼鏡の位置を直している事に。あれは言いにくい事を切り出す前の癖だ。案の定レティは口を開く。

 

「そこでリンディに上層部から、たっての指名があったのよ……」

 

「指名……?」

 

 レティの物言いに、リンディはただ事では無いと感じた。古い付き合いだ。嫌な予感がする。そんな彼女の胸の内を察した上で、レティは 眼鏡を押さえ、

 

「リンディ提督……貴女にウルトラマンネクサスこと『孤門一輝』を預かって欲しいとの命令よ……」

 

 通達を、有罪を告げる裁判官のように厳かに伝えた。 リンディ・ハラオウンは絶句していた。

 

 

 

つづく

 

 

 




次回予告

 ウルトラマンゼロを襲う人間の業と深淵。はやてが怖い笑みを浮かべ、シグナムが怒り狂う。翻弄されるゼロの運命は風前の灯火か?

 次回『電光石火エロ作戦や』



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第30話 電光石火エロ作戦や



下ネタ注意です。まあ、氏家作品レベルですけど。しょうもないネタばかりです。
メビウスを観ていた当事、ミライが下ネタ振られたら愉快な事になるんだろうなと思ったのが切っ掛けです。



 

 

 シグナムはたいへん焦っている所であった。 夜風呂に入る前に、走り込みに出るゼロに付き合って外に出たまでは良かったのだ……

 

 夜道を走っている最中、シグナムはふと視線を感じて並走するゼロを見た。すると……

 

(なっ!?)

 

 ゼロが走りながら、シグナムを血走った目でガン見しているではないか。しかもその視線の先は、

 

(わわわ私の胸を見ている!?)

 

 明らかにシグナムの豊かに揺れる二つの駄肉……もとい胸を見ているように見えた。そこで以前にしてしまった約束が甦る。超獣3体との戦闘の後の、胸うんぬんの話である。

 

(どどどどうすれば?)

 

 思わず胸を隠しそうになってしまうが、ゼロに邪な感情が無い事は分かっている以上、ここで下手な行動をとると自分だけ意識している形になってしまう。それはとても悔しかった。

 

 守護騎士ヴォルケンリッターの将として、そんな無様を晒したくない。でも恥ずかしいものは恥ずかしい。将はとても恥ずかしがり屋さんなのである。本当に戦闘しかして来なかったのだろう。

 しかしこうなると、ゼロになまじ邪な感情が無いのも質が悪い。シグナムはたいへん焦ってしまった。

 

(くくく来るのか? 遂に……! このまま触らせたりしている内にゼロが目覚めてエスカレートし、終いには直に触らせろと言われたら、それ以上を望まれたら、わわわ私はどうしたら……?)

 

 走りながら想像が変な方向にエスカレートし、走りながら器用に苦悩する烈火の将である。

 

(そそそそんな事になったら、私は……っ!)

 

 シグナムの煩悶を他所に、ゼロは不意に脚を止め、意を決したように口を開いた。

 

「シグナム……」

 

 同じく立ち止まった剣の騎士は、思わずビクンとしてしまう。しかし内心の動揺を気取られる訳にはいかないと平静を装い、

 

「ど……どうした……?」

 

 声が上擦り顔が真っ赤っかで全然成功したとは言えないが、取り合えず取り繕う事は成功したようである。

 するとゼロは視線を逸らさずに、とても良い笑顔を 浮かべてシグナムの胸の辺りを遠慮なく指差し、

 

「やっぱりそうだ! あそこを走ってるのは最近噂になってる屋台ラーメンの車だぜ、シグナム食って行こうぜ!」

 

「はっ……?」

 

 シグナムはポカンとして、ゼロが指差した方向を見てみた。すると丁度、屋台の軽トラックが走っているのが見える。チャルメラのパ~プ ~という独特の音も聴こえた。

 何て事は無い。ゼロはシグナムの向こうに屋台が見えたので、確認していただけであったのだ。

 

「…………」

 

「どうした? シグナム……?」

 

 ゼロは立ち尽くすシグナムを怪訝に思い声を掛ける。すると彼女はワナワナと肩を震わせ、

 

「駄目だ! そんな事より鍛練だ! 来いラーメンなど後回しだ!!」

 

 もの凄い剣幕で即座に却下した。憤りをぶつけるように、鍛練する事を提案ならぬ命令する。

 

「お、おお……っ?」

 

 稽古をする予定ではなかったが、尋常では無い迫力にたじたじになったゼロは思わず頷いていた。下手に逆らったら殺されそうである。

 この後明らかに殺気が込められた狂ったような攻撃を散々打ち込まれ、青くなるゼロであった。

 

 さて……こんな調子で、朴念仁と言ったら、朴念仁の人に怒られそうなゼロではあるが……

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

「頼むっ! この通りだ!!」

 

 その大学生程の黒髪青年は、ゼロを拝むようにと言うか、実際に拝み倒すつもりで頭を下げ両手を合わせた。

 7月も後半に入り、日射しが酷しい日曜日の昼下がりの公園。蝉の鳴き声が鬱陶しい程響く中、ウルトラマンの少年は、呼び出された早々に頭を下げられビックリである。

 

「……いや……別に構わねえけどよ……」

 

 ゼロは戸惑いながらも承知していた。困っているようだったのでつい引き受けてしまう。この辺り何だかんだで人が良い。

 

 ちなみにこの最近出来た大学生の友人は、たまたま1人でトレーニングにしていた時に知り合い、妙に馬が合った。それ以来友人付き合いをしている。

 その友人は戦友そっくりな声で礼を言うと、かなり大きめのダンボール箱をゼロに手渡し、とても良い笑顔で帰って行った。

 

(……おかしな奴だな……? そんなに困ってたのか……)

 

 ゼロは、重荷を降ろしたかのように軽い足取りで、スキップせんばかりに帰って行く友人の後ろ姿を見送り、良い事をしたと素直に思った。

 

(……でも……何なんだこれは……? 俺くらいの歳の人間男子には素晴らしいものだって言ってたが……?)

 

 不思議そうに箱を見る。興味が湧いて来た。まだまだ人間の習慣には疎い部分が多々ある。

 

(人間修行になるかもな……)

 

 帰って早速開けてみようと、ダンボール箱を抱えて家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 買い物に出ていたはやては一通りの物を買い揃え、シグナムとシャマルと共に自宅へと向かっていた。

 ヴィータはザフィーラを散歩に連れて行き、ゼロは友人に呼び出されて出掛けてまだ帰っていない筈だ。

 家が見えて来た。3人が初夏の日射しから逃れるように玄関に滑り込むと、ゼロの靴がある。

 

「あっ、ゼロ兄帰っとる、ただいまあっ」

 

 はやては中に呼び掛けるが、反応が無い。だがリビングの方から微かに音が聴こえて来る。

 

「ゼロ兄……どうしたんやろ……?」

 

 リビングから何かの音がする。確かに帰っている筈なのだが。不審に思いながらも、はやて達は中に上がった。すると後ろからヴィータの声がする。

 

「ただいま~っ」

 

 丁度ザフィーラの散歩から戻って来たのだ。 全員揃って話しながらリビングに向かう。近付くに連れ、やはりリビングから何かの音と言うか声のようなものが聴こえて来た。

 

「なあんや、ゼロ兄やっぱり居るやないの」

 

 はやては妙に思った。こちらの声は幾らなんでも聴こえている筈である。シグナムも妙に思い、先に立ってリビングのドアを開けた。

 

「ゼロ……? 帰ったぞ、聴こえなかったの……」

 

 そこまで言った所でシグナムは、突如戸口で硬直してしまい、持っていたエコバックをドサリと落としてしまった。大根だの玉ねぎなどが、ゴロゴロと廊下に転がってしまう。

 ドアが開くと同時だった。その場に居た全員の耳に、艶っぽい女性の甲高い声が響いた。

 

《あ~ん!  イく! イくうう~っ! イッ ちゃううぅぅぅ~っ!!》

 

 全員その場で固まってしまっていた。別に何処かに行きたい訳では無い。ましてやただ叫んでいる訳でも無い。

 その声は紛れも無く、アレの時に女性が発する声と言うヤツである。 はやて達はしばらくの間思考停止状態になってしまい、口を開けて静止してしまっていた。

 そんな中、先頭で茫然自失状態だったシグナムは湧き上がる怒りのせいで、辛うじてその状態から抜け出した。

 湯気を出しそうな程顔が真っ赤になっている。押さえ切れない怒り。額に青筋がビキビキと浮かぶ。女を引っ張り込んだ? しかもこんな真っ昼間から。

 あんな邪な感情など無いという顔をしておきながら、とんだ女ったらしだったのだと思う。シグナムはその表情に明確な殺意を浮かべ、

 

「ゼロォォッ!!」

 

 ダカダカと中に踏み行り力の限り怒鳴った。 殺意が押さえきれない。

 

「貴様ぁっ! 何をしている!? 女を連れ込むとは万死に値するぞ!! 何処の女だ!? 此処に出せ!!」

 

 古い友人が付けた名の通り、烈火の如く怒り狂ってリビングに飛び込んだシグナムの目に映ったものは……

 世間で言う所のH本、見も蓋も無い事を言うと『エロ本』を大量に床に広げて、それらをクソ真面目な顔をして読んでいるゼロの姿であった。

 

 そしてご丁重に、リビングの大型液晶テレビにはアダルトDVDがかけられ、画面いっぱいに女と男の〇〇〇シーンが音量MAXで流れている。

 

 シグナムは最早どこから突っ込めばいいのか判らない有り様に、しばし頭が真っ白になってしまった。しかし同時にホッと胸を撫で下ろしたのも事実である。

 だが女こそ連れ込んではいないが、これはこれで困った状況であると気付く。

 

「ゼロ兄?」

 

 その時皆が止めるのも聞かず、はやてがリビングに入って来た。慌てて他の面々も続いて来るが、リビングの惨状を見て目を丸くする。

 はやてはシグナムが怒り狂ったお陰でワンクッション置け、あの声がテレビのものだと気付いたのだが、予想以上の有り様に顔を引きつらせてしまった。

 

 そんな主と、後から顔を出した鉄槌の騎士の目を咄嗟に隠すシャマルであるが、既に手遅れである。

 そんな超気まずい緊迫した空気の中、ゼロはようやく皆が帰って来た事に気付き顔を上げた。余程集中していたらしい。

 

「ようお帰り、どうした……? みんな何でそんな所で突っ立ってんだ?」

 

 いたってごく普通に向かえ入れる。しかしそれに応える者は無い。ゼロは固まったままの皆を不審そうに見回し、

 

「……どうしたみんな……? シグナムも何で怒鳴ってんだ……?」

 

 心の底から不思議そうに首を傾げた。シグナムもはやても、シャマルもヴィータも、何と言ったら良いか解らない。

 すると蒼い毛並みを揺らして、狼ザフィーラが静かにゼロに歩み寄った。女性陣には、その姿が救世主のように映ったと言う。それはともかく、ザフィーラは口を開き、

 

「……ゼロ……そういったものは普通、人に見られないようにするものだ……特に異性にはな……」

 

「ヘエ……そうだったのか……判った」

 

 守護獣の分かり易い噛んで含めるような説明に、ゼロは成る程と納得したようだ。

 いそいそとH本をダンボール箱に仕舞いDVDをデッキから取り出すと、さっさと自分の部屋に戻って行った。

 ゼロが去っても、しばらく呆けていたはやて達女性陣だが、ハッと同時に顔を見合わせ、

 

「「「「ゼロ(兄、君)が色気付いたあ あぁぁっ!?」」」」

 

 見事にハモった叫びが八神家に響き渡った。

 

 

 

 

 はやての部屋に女性陣全員が集合していた。 ドアには張り紙がしてある。それには『緊急会議中、男子入室禁止』と書いてあった。

 室内では、はやて、シグナム、ヴィータにシャマルが顔を突き合わせて、深刻な顔で何やら話し合いをしてる。はやては、真面目くさった顔で周りを見回し、

 

「問題は、ゼロ兄への対応をどないするかという事や……」

 

 分別くさい台詞を吐く。そんな主を見てシャマルは困ったように眉をハの字にし、

 

「……あのう……はやてちゃんとヴィータちゃんには、刺激が強すぎると思うんですけど……?」

 

 最もな意見である。小学生が率先して語る事では無い。続いてシグナムが、

 

「ど……同感です……ここは私とシャマルとで何とかしますので、主達は……」

 

 顔は赤いが、腕組みしてコクコク頷く。子供扱いされたヴィータは不満そうに口を尖らせ、

 

「何だよ、アタシだって立派な大人だぞ! 似 たような歳じゃんか!」

 

 拗ねている。それもそうなのだが、やはりメンタリティーが子供なので、厳しいものが有るのではないだろうか? はやては怯まず反論する。

 

「私は家長として責任てもんが有るんや、ゼロ兄が道を踏み外さんようにせなアカン義務が有るんよ」

 

 胸を張って宣言する。何だか息子の部屋でH本を見付けてしまったお母さんのようである。

 

「それに……こんなに周りに女性が居るのに、他の女の裸見るやなんて許せへんと思わんか?」

 

 はやては拳を振り上げて力説である。非常に面白くなかった。どうやらお母さんでは無かったようである。H本に焼き餅を焼いてしまったのだ。

 確かに! と何か殺気立つ3人。特に約1名は凄まじく殺気立っているようだ。誰かは言うまでも無い。

 こうしてシグナムとシャマルを言いくるめたはやては、改めて気になった事を口にする。

 

「だいたいゼロ兄は、あないな物どっから持って来たんや?」

 

 自分で買ったとは思い辛い。新品には見えない物もあったようだ。するとシャマルが、

 

「ザフィーラに聞いてもらったんですけど…… 友達に押し付けられたみたいです……何でも最近彼女が出来たからと言う事で、棄てるのも勿体無いからと……」

 

「要らん事を……」

 

 はやては、やれやれとため息を吐く。するとシャマルが生徒よろしく手を挙げ、

 

「でもはやてちゃん……ゼロ君は人間とのハーフと言う事ですし、高校生くらいの年頃だったら、ああいう事に興味が出るのは男の子として仕方無いんじゃ……?」

 

 恐る恐ると言った感じで思った事を言う。 中々話の判る意見であるが、はやてはゆっくりと首を振り、

 

「……ゼロ兄な……そっち方面の知識は、ほとんど幼稚園レベルなんよ……それがいきなりアレやと刺激が強すぎるわ……」

 

 などと一端の口を叩くが、実は本などで聞きかじったくらいの耳年増なだけで、そんなに詳しい訳でもないのは内緒だ。しかしゼロが幼稚園レベルなのははやてが原因である。

 ゼロが地球に流れ着いて間も無い頃、地球の事人間の事を教える時意識的にせよ無意識にせよ、そっち方面は避けてしまったのだ。

 尤も僅か8歳の少女にしてみれば、無理も無い話ではあるが……

 

「例えば……みんなが来る前に、こんな事があったんよ……」

 

 はやては身を乗り出して、重々しく語り始めた。

 

「2人でテレビを見とったら、ドラマでたまたまラブシーンをやっとったんよ……」

 

 家族でテレビを見ている時に流れると、非常に気まずい瞬間である。

 

「結構もろなヤツでな……思わず画面から目を逸らそうとした時に……」

 

 3人は揃ってコクコク頷いた。はやては一旦全員を見回すと、ゼロの口真似をし、(似てない)

 

「はやて、あの2人仲がいいなあ……口くっ付け合ってから服を脱ぎ出したぞ。ひょっとしてアレか? レスリングとやらの練習するでもするのか? なんて真顔で言うんよ……流石に参ったわ……」

 

 深々とため息を吐いた。その時はやては困り果て、『格闘家カップルなんやないの……』などと言ってお茶を濁しておいたものである。

 

「……あの馬鹿……」

 

 ヴィータは顔を赤らめ、同じくため息を吐いた。シグナムとシャマルも俯いて顔を赤らめるしか無い。

 

 流石に犯罪になりそうな事は教えてあるが、それ以外は小学生以下のゼロであった。多分 『ウルトラマンメビウス』こと『ヒビノ・ミラ イ』以下だと思われる。

 以前ザフィーラが、ゼロがはやて達の腐ネタを聞いたら怒るのではと思った事があったが、 実際の所は意味が解らなくて首を傾げるだけだったと思われる。

 話を聞いていてシグナムは、ゼロとの以前のやり取りを思い出す。冒頭の胸うんぬんのアレである。

 

(……そう言えば……)

 

 彼女としては、清水の舞台どころか、東京スカイツリーから魔法無しで飛び降りるくらいの覚悟を決めて応じたというのに、肝心のゼロが忘れているくさいのだ。

 冒頭の通り、何時頼まれるかハラハラしていたというのに。こちらも深くため息を吐くシグナムであった。まったく1人焦っていた自分が馬鹿みたいであると思う。

 

「と、言う訳でや……」

 

 はやては再び3人を見回し、何時もの優しく穏やかな笑みを浮かべて見せる。しかしシグナム達には、その笑顔がとても恐いものに見える気がした。狸の耳ならぬ、鬼の角が生えているような……

 はやてはまだあまり凸凹の無い自分の身体を見て、

 

(……私はちゃんと育つんかな……?)

 

 ぶつぶつ独り言を呟いていたが気を取り直し、手をB〇団張りにビシッと掲げ、

 

「ゼロ兄の持っとるH関係のもんは全部没収! 跡形も無く破棄や!!」

 

「「「おお~っ!!」」」

 

 揃って拳を掲げ、気勢を上げる女性陣であった。

 リビングで床に丸くなって昼寝をしていたザフィーラは、響いて来た声に一瞬ビクッとしたが、我関せずとばかりに再び昼寝を楽しむ事にする。

 盾の守護獣は、あの勢いでは何を言っても無駄だろうと覚りきっているのだ。

 

 

 

 

 シグナムとシャマルはドカドカと階段を駆け上がり、勇ましくゼロの部屋目指して進撃していた。はやてとヴィータは下で待機である。シャマルたっての頼みだ。シグナムはその事に関して少し大袈裟に思い、

 

「シャマル…主はやてとヴィータが着いて来るのを必死で止めていたが、どうしてだ……? 確かに幼い主達に見せるにははばかられるだろうが、随分必死だったな?」

 

 シャマルは立ち止まると、顔を赤らめ恥ずかしそうに頬を押さえた。

 

「……3件隣の山本の奥さんに聞いたのよ……最近中学生の息子さんが、ゼロ君と似たような感じになったって……」

 

「何? それはどういう事だ?」

 

 シグナムは湖の騎士の様子に唯ならぬものを感じた。シャマルは真剣な顔でリーダーを見やり、

 

「……それが……山本の奥さんが息子さんの部屋にノック無しで入ったら……息子さんがHな本を見ながら〇〇〇〇してたって、ゲラゲラ笑いながら話してたのよ!」

 

「なな何と! つまりゼロも!?」

 

 シグナムは金縛りに遭ったように固まってしまった。シャマルはお姉さんぶってウンウン頷くのである。

 説明しよう。ご近所付き合いを一手に引き受けているシャマルは、近所のおばちゃん達の井戸端会議などで余計な知識を大量に仕入れているのだ。

 でも山本の奥さん、ゲラゲラ笑わって他人に言わないで欲しいものである。息子さんが哀れだ……

 

「だから、もしそんな事になっていたら、とてもはやてちゃんとヴィータちゃんに見せる訳にはいかないわ!」

 

「なっ、成る程……最もだな……」

 

 シグナムは生真面目に感心してしまった。何だか知ったかぶりをして、同級生に聞きかじりの知識をひけらかしている小学生と、それを真に受ける同級生みたいになっている。

 そんなやり取りの末、変な覚悟をした2人はゼロの部屋の前に到着していた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 着いたはいいものの、シグナムとシャマルは、無言でドアの前で立ち往生してしまっていた。しばらくそのままの姿勢が続いたが、

 

「……シャマル……」

 

「……何……? シグナム……」

 

 シグナムは硬い表情で隣のシャマルを見ると、

 

「わっ、私はこう言った事に馴れてはいない……と言うか、どうしたらいいか解らん、シャマル頼む!」

 

 そう言うと敵の前では一度もした事が無い事、後ろに退いた。シャマルはギョッとして、

 

「むむむ無理よおっ! 私だってどうしたらいいか解らないわよお~っ!」

 

 大慌てで両手をあたふた振って、こちらも後ろに一歩退く。するとシグナムも対抗して、更に後ろに一歩退き、

 

「シャ、シャマルはこのような事に耐性があるのだろう? ならば適材適所という事で頼む!」

 

「ひっどお~い! シグナム私だって耐性なんか無いわよお~っ、奥さん達に話を聞いてるだけなのにぃ~っ、私達のリーダーでしょ? シグナムが行ってよおっ」

 

 戦闘ならともかく、こんなデリケートな問題など扱った事は無い。2人で不毛な言い争いをしていると、不意にゼロの部屋のドアがガチャリと開いた。

 

「「きゃっ!?」」

 

 シグナムとシャマルは、思わず揃って可愛らしい悲鳴を上げてしまう。

 ドアから顔を出したゼロは、部屋の前で固まっている2人を見て怪訝そうな顔をする。だが何か思い付いたようで、いたって自然な様子で声を掛けた。

 

「丁度いい、2人共俺とやらないか? ちょっと付き合ってくれよ」

 

「なっ!?」

 

「ええええ~っ!?」

 

 ゼロの露骨な言葉に湯気を出しそうな程顔を赤くし、驚いてしまう2人である。やはり悪影響を受けてしまったのだろうか?

 

「なななな……何をいきなり言い出すのだ、お前はぁっ!?」

 

「ゼゼゼゼロ君、そんな飛ばし過ぎでしょう!? シャマルお姉さんは哀しいです!!」

 

 もう2人はパニック状態である。中々愉快な光景であった。するとゼロはとても残念そうに肩を落とし、

 

「何だ、2人共忙しいのか……? じゃあヴィータにでも頼むか……」

 

 とんでもない事を言い出し、シグナムとシャマルはギョッとした。

 

「犯罪者になる気か貴様あっ!!」

 

「いけませ~ん!!」

 

 ゼロに猛然と食って掛かる。ゼロは2人の剣幕に目を白黒させ、

 

「じゃあ……ザフィーラにでも……」

 

「お前は見境なしかあっ!?」

 

「ゼロ君には実際そういうのは、駄目だと思いま す!!」

 

 シグナムとシャマルは、血相を変えてゼロに詰め寄った。シグナムはゼロがウホッな変態に進化してしまったと、目の前が暗くなる気がした。

 ゼロは何故怒られているのか訳が解らない、といった風に目をパチクリさせ、

 

「いや……みんなの都合が悪いならいいんだけどよ……なら1人で技の特訓すっから……しかし何で2人共そんなに怒ってんだ?」

 

 それを聞いた剣の騎士と、湖の騎士の目が点だけになっていた。

 

「……技の……特訓……?」

 

「……やるって……そっちの……?」

 

 何て事は無い。ゼロは最初から特訓に付き合ってくれと言っていただけだったのだ。だが H本の事といい、直前までその事で揉めていた2人にはそうとしか思えなかったのである。

 ようやくシグナムとシャマルは、自分達がこっ恥ずかしい間違いをしていた事に気付いた。顔がとんでもなく赤くなって行く。

 

「シグナム、シャマル……どうした……?」

 

 目の前には2人の葛藤などまるで判っていない、のほほん顔のゼロが居る。その表情に、一瞬殺意すら覚えるシグナムとシャマルだった。

 2人はおもむろに顔を見合わせた。以心伝心でコクリと頷き合う。

 

「えっ? 何だあ?」

 

 困惑するゼロを押し退けて、2人はドカドカと部屋の中に上がり込んだ。部屋に置いてあるH本とアダルトDVDをやり場の無い憤りをぶつ けるように、乱暴に片っ端から段ボール箱に放り込む。

 

「ああっ? お前ら何すんだよぉっ!?」

 

 ゼロが慌てて止めようとするが、シグナムとシャマルは額に青筋を浮かべ、

 

「「2万年早い!!」」

 

 声を揃えて思いっきり怒鳴ると、ぷりぷり怒って段ボール箱を持って部屋を出て行った。

 

 

 

 

「さあ、派手にやってな!」

 

「「「おお~っ!!」」」

 

 八神家の庭に女性陣の叫びが木霊す。惨いと言うか、鬼気迫る勢いではやて、シグナムにヴィータ、シャマルはDVDを粉々に砕き、H本をビリビリに引き裂いた。

 止めとばかりにシグナムが、レヴァンティンの炎で残骸に火を点ける。高熱で煙も出さず、 あっという間にゼロ初めて所有のエロ関連は灰になってしまった。

 

「お~い!」

 

 其処へシグナム達の勢いに呑まれて固まっていたゼロが、ようやく復活して駆け付けて来た。庭の無惨な有り様を見るとビックリして、慌てて走り寄って来る。

 

 恨み言でも言うつもりかと女性陣の目付きが険しくなった。そんなはやて達にゼロは、ぷりぷりとさも怒った様子で、

 

「お前ら! 庭先でゴミを燃やすのは条例違反だぞ!」

 

「「「「突っ込むのはそっちか! この鈍感宇宙人っ!!」」」」

 

 全員のツッコミが辺りに響き渡り、H本の灰が風にヘナヘナと舞った……

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 それから数日後、そろそろ夏の暑さも本格的になる夏休み前の平日である。八神家の面々は、近場のレジャーランドに来ていた。

 流れるプールや、ウォーターコースターが完備されている大きな所だ。商店街の福引きで当たったのでやって来たのである。シグナム達女性が増えたので、はやても色々不都合が無くなり皆でやって来たのだ。

 まだ夏休み前という事でさほど人は多くなく、程よい人出である。そんな中、水着に着替えたゼロと人間形態のザフィーラは、プールサイドではやて達を持っていた。

 

 端正な鋭い顔に、鍛えられ引き締まった身体のゼロと、褐色の肌にゴツイ筋肉のザフィーラは目立っており、奥様方の視線を集めている。更にしばらく経った頃、

 

「ゼロ兄ぃっ、ザフィーラ、お待たせや」

 

 はやての声が聴こえた。振り向くと、水着に着替えた女性陣が此方にやって来るのが見えた。はやてはシグナムにお姫様抱っこされている。

 

 はやては白地に青が所々に入ったワンピースの水着で、シグナムは紫色の結構際どいビキニ。

 シャマルも際どい緑系のセパレーツ水着で、ヴィータは赤系のフリル付きのワンピース水着である。

 非常に華やかな光景だ。はやてとヴィータは可愛らしく、シグナムとシャマルは見事なプロポーションに露出の多い水着も手伝って、えらく色っぽく見える。

 

 ヴィータはともかく、(それでも照れ臭そうだが)シグナムとシャマルは非常に恥ずかしそうだ。今まで水着を着た事など無い上に、この露出の多さが困る。

 周りの男性のいやらしい視線や、奥様方の嫉妬の視線が痛い。

 水着を買う時、露出の少ない物をと頼んだのだが、ノリノリで選ぶはやてが聞き入れる訳もなく、結局押しきられてしまった。ちょっとはやての将来が不安だ……

 歩み寄ろうとしたゼロは、何故か心臓の鼓動が速まった気がして立ち止まっていた。

 

(何だ……?)

 

 怪訝に思ったが特に気にせず、はやて達を再び見る。皆馴れてないせいかモジモジしているようだった。ゼロは最近覚えた事を思い出す。

 

(確かこういう場合は……誉めるといいんだったな……)

 

 不敵な笑みを浮かべて一歩前に踏み出した。 ザフィーラは気になって、

 

「ゼロ……どうするつもりだ……?」

 

「なあに、みんな緊張してるようだから、ちょっと解してやろうと思ってな、こういう時のいい言葉を知ってる」

 

「ほう……」

 

 ザフィーラは感心した。大分地球の文化に馴れて来たのだなと感慨深い。伊達に1年以上地球に居た訳ではないようだ。

 ゼロは自信満々な様子ではやて達女性陣に歩み寄ると、いたってナチュラルに片手を挙げ、

 

「おおっ、みんな水着良く似合ってるな、可愛いし綺麗だぞ」

 

 意外にまともなゼロの反応に、はやて達は一斉に照れ臭そうな表情を浮かべた。ゼロはクソ真面目な顔で更に、

 

「みんな凄えエロいな、今晩お相手願いたいもんだ、俺の我慢ももう限界だぜ!」

 

 と全然意味が判っていないのが明らかな棒読みでのたまった瞬間、強烈極まりない蹴り×3を食らい流れるプールに叩き込まれた。

 伊達だったかと、ザフィーラは頭が痛いらしくこめかみを押さえる。 水死体のようにプカリと浮かぶゼロに、

 

「まっ、まったく……ここの鈍感宇宙人がっ!」

 

「ゼロ兄……早速変な影響受けて……」

 

「やっぱりゼロ君には、あーいうのは2万年早いです!」

 

「わきまえないにも程があんだろうが……」

 

 大ひんしゅくの声を背に受けプールを流されながら、皆の水着姿を見て何で心拍数が上がったんだろう? と疑問に思うゼロであった。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




 次回幕間ラスト。それぞれが自分の道を歩み始める中、フェイト達が出会った青年とは。そしてゼロはある予感に襲われる。
次回『うたかたの空や』


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第31話 うたかたの空や

 

 

 

 

「初めまして」

 

 その青年は頭を下げて礼儀正しく挨拶し、右手を差し出して来た。私はそれに応え手を差し出しながら、何故か安らぐものを感じていた。

 命令を受け彼と初めて顔を合わせたが、正直意外だった。目の前の青年は、至って普通の青年に見える。

 あれだけの力を個人で保有しているというのに、驕るような態度も人を寄せ付けないような雰囲気も無い。温かな眼差しをしていた。

 

 同じく彼を迎えた息子も、同じような感想を持ったらしい。最初は見定めようとかなり警戒していたようだが、色々と話してみて彼の態度と人となりに警戒を解いたようだ。

 

 注意深く慎重な息子にしては珍しい。こんな短時間で他人に心を開くとは。かく言う私も、彼に対し悪い感情を抱かなかった。それどころか好感を抱いたのは否定出来ない。何故だろう?

 

 確かに好青年だとは思うが、それだけでは無いような気がする。不思議な青年だった。 一通りの面談を終えた彼は、立ち上がって礼儀正しく一礼し、

 

「それではお世話になります、リンディ提督、 クロノ執務官……」

 

 彼『孤門一輝』は染み渡るようなハスキーな声で私達に挨拶すると、風のように部屋を去って行った。私とクロノは彼が出て行った後を、何時までも見詰めてしまっていた……

 

 

 

********************* *

 

 

 

 その日、高町なのはは人気の無い早朝の桜台登山道にて、フェレット姿のユーノの指導の元、魔法の訓練に集中していた。

 

 ユーノは『ヤプール事件』の後もこの世界に留まっていた。莫大な魔力に目覚めたなのはの指導係をする為である。

 毎朝4時30分に起床しての魔法の訓練は、なのはの日課の1つとなっている。その様子は実に活き活きしていた。

 何の取り柄も無いと思っていた自分に眠っていた才能。それを磨いて行くのが楽しいのだろう。

 

 その他にも夜間の高速飛行移動の訓練に、『レイジングハート』による仮想空間内での戦闘シミレーションから、日常生活での魔力負荷による魔導師養成ギブスの訓練etc……

 流石に先生役のユーノも呆れてしまう程の、熱血スポーツ漫画顔負けの打ち込み振りであった。

 

「なのはは魔導師を続けるんだね……?」

 

 ユーノは休憩の時に、小さな頭をピョコンと上げて訊ねてみた。彼女が辞めると言えばレイジングハートを手放し、普通の少女に戻る事も出来るのだが……

 

「うんっ、私にも出来る事が有るなら、今はこの力をもっと鍛えたいんだ」

 

 なのはは朝から元気一杯で笑って見せる。はつらつとしていた。ユーノは苦笑し、

 

「それはやっぱり、この間の経験のせい……?」

 

「そうだよ……」

 

 なのははレイジングハートを掲げて微笑むと、展望台から眼下に広がる生まれ育った街を、感慨深く見渡し、

 

「こんな私でも……ウルトラマンさんの手助けをして、この世界を守るお手伝いが出来たんだよ……」

 

 それは衝撃的な体験だった。戦いの怖さも知った。それでもそれらを上回る程に、なのはは感動していた。彼女は誇らしげに澄んだ空を見上げ、

 

「……『人が好きだから他に理由が必要か?』 なんて言ってもらったら……私はそれに応えられる人間になれたらいいなって、思ったんだ……」

 

「そうだね……」

 

 ユーノもあの銀色の顔をした超人の事を思い返す。最後まで戦い抜いた戦士の事を。なのははレイジングハートをしっかり構え、

 

「だから私は、自分の力をもっと磨きたいの……そしてウルトラマンさんみたいに、誰かを守る為にこの魔法を活かしたいんだ……」

 

 ユーノは深く頷いていた。強大な力を持った全能者に救われたという感覚では無い。ゼロの死力を振り絞って戦うその姿に、最後まで諦めない事を教えられた気がした。

 

「なのはの想いは良く判ったよ……じゃあ訓練を再開しようか!」

 

「ユーノ先生お願いします!」

 

 共に心に灯った火を確かめ合うように声を出し合う。ようやく目を覚まし始めた街を見下ろしながら、なのはは張り切って訓練を再開した。

 

 

「……いくら何でも……張り切り過ぎじゃない か……?」

 

 次元の海に浮かぶ、都市以上の巨大さを誇る人工物が浮かんでいる。『時空管理局・本局』 通称『海』だ。

 その整備ドッグに係留中の『アースラ』通信室に、クロノ執務官の呆れたような声が漏れた。

 通信モニターの相手はユーノ。用事があってエイミィに頼んで連絡した所、クロノはなのはの訓練メニューを聞き、呆れ半分驚き半分と言った所である。

 まったく末恐ろしいなと苦笑し、用件を伝え通信を終えた時、通信室のドアが開いた。

 

「お邪魔します……クロノ、エイミィお茶持って来たよ」

 

 お茶の載ったトレイを持って入って来たのはフェイトである。彼女は裁判中、アースラにその身柄を預けられているのだ。

 裁判は順調で、フェイトとアルフは艦内を自由に歩き回る事も出来る上、制限もあまり厳しくない。

 リンディも優しく、クロノもエイミィも何かと気を配ってくれ、今では家族のように感じている。アースラのクルー達も良い人ばかりだった。

 

 最初は緊張気味だったフェイトも徐々に打ち解け、今ではアルフ共々クルー達のマスコット的な存在になっている。

 

「クロノ……なのははどうだって……?」

 

 お茶を渡し聞いて来るフェイトに、クロノは首を竦めて見せ、

 

「元気過ぎる程にね……物凄い特訓をしている……あんまり無理をするなと伝えておいたよ……」

 

「そうか……なのはは頑張ってるんだ……私も頑張ろう……!」

 

 フェイトは張り切って意気込んだ。瞳に射していた暗い陰も大分薄くなって来たようだった。完全に吹っ切るまでは行かないだろうが、良い方向に変わりつつあるようだ。

 

 その辺りは感慨深いのだが、クロノはフェイトとなのは、並外れた才能を持った少女達の将来に、空恐ろしいやら頼もしいやらで、何とも言えない苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 通信室を後にしたフェイトは、クロノから渡されたなのはからのビデオメールのディスクを手に、いそいそと自分の部屋へ急いでいた。

 なのはとはビデオメールのやり取りをして、お互いの近況を知らせ合っている。

 

「フェイトォーッ」

 

 そこに元気一杯な調子のアルフが駆け寄って来た。彼女もアースラに来てから、はつらつとしているようだ。2人は並んで歩きながら、これからの事を話した。

 

「フェイト本局に着いたから、もうすぐ『嘱託魔導師』の認定試験だね?」

 

 アルフは気合いが入っているようだ。フェイトはコクリと頷き、

 

「これに合格すれば、異世界での行動制限がぐっと少なくなって、リンディ提督やクロノのお手伝いが出来るようになるからね……」

 

 かく言うフェイトも、静かに闘志を燃やしいるようだ。

 ちなみに嘱託魔導師とは、管理局員とは別に契約を結んだ民間魔導師がなる場合が多い役職である。前線に出る事が多い代わりに権限が大きい。

 

 万年人手不足の管理局ならではの役職と言えよう。ただし嘱託魔導師になるには、実技などの試験に合格しなければならないのだ。フェイトは裁判中の身としては異例だが、その試験を受ける事になっている。

 リンディやクロノの尽力に加え、大規模次元干渉の阻止に高く貢献した上、『ヤプール』のあまりの悪辣さと、母親を殺されたフェイトの境遇に同情の声が集まった結果だった。

 何が幸いするか解らないものである。 アルフは気合いが入っているフェイトを嬉しそうに見て、

 

「試験はやっぱ、なのはの影響?」

 

「ん……勿論それもあるけど……」

 

 フェイトは初めて出来た友人に想いを馳せ、

 

「なのはも頑張ってるんだし……私も負けないように頑張って……」

 

「それに『ウルトラマンゼロ』に誇れるようになりたい、だろ?」

 

 アルフはニッコリ笑って、主が続けようとしていた言葉を先に言った。フェイトは照れたような笑みを浮かべ、

 

「うん……おこがましいかもしれないけど……私もゼロさんみたいに、誰かを助けられるようになりたいんだ……」

 

 数ヵ月前に出会った少年の顔を思い浮かべる。最早彼女の中で、少年と銀色の顔をした超人は1つになっていた。遠くを見るような眼差しで、

 

「……私はあの時……暗闇に1人取り残されたようだった……」

 

 プレシアの身体を乗っ取っていた『ヤプー ル』との悪夢のようなやり取りに、盲従のあまりアルフ達やなのはに心配や迷惑を掛けた事を思い返す。

 

 自分と言う存在の全てを、世界そのものに拒絶された気がして絶望の淵に沈んだ時の事を…… その表情に暗いものが射すが、彼女はそれでもしっかりとアルフを見上げ、

 

「あの人が居なかったら……私は絶望したままアルフ達も沢山の人達も巻き込んで死ぬ所だった……それをゼロさんは命懸けで助けてくれた……それだけじゃ無い、あの時それ以上のものを貰った気がするんだ……」

 

「そうかい……」

 

 アルフは染々と頷いた。ゼロの言葉は彼女も聞いている。ゼロは別段フェイトにありがたい説教を垂れた訳では無い。ただ頑張れとエールを送っただけだ。

 

 だが言葉など不要だった。ウルトラマンゼロの戦う姿は、百万の言葉よりフェイトに届いている。心の中に力強い火が灯ったような気がした。

 

「だから私もゼロさんみたいに……あの時の私みたいな人達の手助けをしたいなって……あんな凄い力は無いけど、自分が出来る限りの事をしてみたいんだ……」

 

 自分なりに考え導き出した答えだった。アルフは、言った後で照れてしまい顔を赤くするフェイトの肩をポンと叩き、

 

「それがフェイトが見付けた自分の道だね?」

 

「うんっ……」

 

 フェイトは照れながらも、しっかりとした意思を感じさせる瞳で頷いた。その表情を見てアルフは感慨深く思う。

 

(……フェイト……こんな表情が出来るようになったんだね……)

 

 プレシアの影に囚われ、何時もビクビクしていた少女は明らかに成長を遂げたのだった。

 

 ところで2人共歩きながらの話に、少々入り込み過ぎていたようだ。その為通路の角から出て来た人影に気付くのが遅れた。

 

「あっ?」

 

 フェイトは角から歩いて来た青年に横合いから、思いきり頭からぶつかってしまったのだ。

 

「す……すいませんっ、ぼーっとしてて……」

 

 慌ててフェイトは頭を下げて謝った。アルフも続く。青年は怒る様子も無く、人懐っこい笑みを浮かべ、

 

「いや、こっちこそゴメン、初めてなものでね……僕もキョロキョロしてたんだ」

 

 笑って許してくれた。怖い感じの青年では無 い。フェイトはホッとした。すると青年は2人を見て何か気付いたようで、

 

「ひょっとして君達は、フェイトちゃんとアルフちゃんじゃないか?」

 

「は……はい……」

 

「そうだけど……?」

 

 フェイトとアルフは戸惑った。目の前の青年に全く見覚えが無かったからである。アースラに来てからしばらく経ち、クルーは全員見知っているが、こんな青年は見た事が無い。

 初めてと本人が言っているので、新しく配属された新人だろうかと思う。2人の戸惑った表情に気付いた青年は、自分のうっかりに苦笑し、

 

「ああゴメンね、知らないのも無理はない…… 僕は今日からアースラでお世話になる事になったんだ」

 

 右手をフェイトに向かって差し出した。

 

「僕は『孤門一輝』……よろしくね、フェイトちゃん、アルフちゃん」

 

 自己紹介し、ニッコリと優しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

********************* **

 

 

 

 

 9月19日八神家

 

 朝日が射し込むキッチンで、はやてはシャマルと共に朝食の支度に勤しんでいた。そんなはやての元に『闇の書』がふわふわ浮いて寄って来た。

 その様子は主人にまとわり付く仔犬のようである。気付いたはやては微笑み、

 

「そんな所に居ったら、水が跳ねて汚れてまうよ?」

 

 『闇の書』は小さなマスターの言葉にピョコ ンと頷くように動くと、少し距離を取った。

 未練がましくギリギリの距離なのが本当に仔犬っぽい。ほのぼのした光景である。シャマルは可笑しくて、くすりと笑ってしまった。

 お味噌汁の良い匂いがふんわり漂い、魚の焼ける香ばしい香りがキッチンを満たす。ゆったりとした時間が流れる朝の一時である。すると、

 

「ただいまあ~っ、腹減ったあ~っ」

 

「只今戻りました……」

 

 早朝トレーニングに出ていた、ゼロとシグナムが戻って来た。ゼロは腹ペコらしくちょっと情けない顔をしていて、シグナムにそれをからかわれている。

 

「たっだいまあ、はやて~、お腹空いたあ ~っ」

 

 続いてザフィーラと散歩に出ていたヴィータも帰って来た。こちらもゼロと似たような感じである。リビングは一気に賑やかになった。

 

 

 朝食を終え一休みした後、シグナムとシャマルは洗濯物を干しに庭へと出ていた。空は澄みきった日本晴れで、絶好の洗濯日和である。

 人が多い分洗濯物も多いので、協力して干して行く。その最中シャマルはふと手を休め、

 

「ねえ……『闇の書』の管制人格(マスタープログラム)の起動って、『蒐集』が400ページを越えてからだっけ……?」

 

「ああ……」

 

 シグナムも洗濯物を干す手を止め、

 

「それと……主の承認が要る……主はやてが我らが主である限り、我らや主はやて、ゼロも『彼女』と会う事は無い……」

 

 その表情が曇った。まるでその『彼女』に悪いかのように。シャマルも同様だった。自分達だけが良い目を見ている、それが後ろめたい。そんな風に見えた。

 

「そうね……はやてちゃんは『闇の書』の蒐集も完成も望んでないから……『彼女』淋しいのかもしれない……」

 

「かもしれんな……あいつに悪い気がする時がある……」

 

 シャマルの推測にシグナムは頷いた。はやてやゼロに、仔犬のようにくっ付いて回る『闇の書』の姿を思い出す。チクリと罪悪感を感じたが、

 

「しかし……主とゼロには『管制人格』の事は伏せておかないとな……きっと気に病まれてしまう……」

 

 リーダーの言葉に、シャマルは哀しそうに同じく頷いた。

 

「うん……きっと『彼女』も判ってくれるわ……」

 

 その話はそこで終わった。再び2人は洗濯物干しに戻る。だがふとシグナムは思った。『彼女』の事だ。

 

(主はやてには正しく主人にまとわり付く仔犬のようだが……ゼロに対しては……)

 

 『彼女』とも永い付き合いだ。今の彼女とは意志疎通はほとんど出来ない。ほんの一部が起きているだけの状態だ。

 

(……まるで……助けを求めてすがり付いているような……?)

 

 何故かそんな事を思ったが、何の確証も無い。考え過ぎかとシグナムは、洗い立てのシーツをバサリと広げ大きくはためかせた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 夕暮れ間近の静かな八神家のリビングで、はやてはソファーに座っていた。その前にはゼロが床に座り込み、彼女の脚に手を当てている。

 とても集中しているようだ。その掌から微かな光が漏れているように見えた。ゼロの日課になっている、はやての脚への 『メディカルパワー』の照射である。

 以前フェ イトに使った辺りから始め、もう数ヵ月は続けているのだ。

 

「……ふああ……気持ち良かったあ……ありがとうなゼロ兄……」

 

 照射が終わったはやては、ほっこりしてゼロにお礼を言った。体組織を活性化するものなので、とても気分が良くなる。だがゼロは浮かない顔で、

 

「……いや……こんな事くらい、何でもねえよ……」

 

 ゼロは無力感を感じずにはいられなかった。はやての脚を治してやれない自分が不甲斐ないのだ。

 

「済まねえなはやて……あんまり役に立てなくてよ……」

 

「またゼロ兄は、そないな事言うて」

 

 はやては凹み気味のゼロを笑ってたしなめる。これではどちらが年上か判らない。

 

「でもよ……」

 

 まだ凹んでいるゼロに、何か気の利いた事を言って励まそうとしたはやては、ふと思い付き、

 

「そないに気になるんやったら、代わりに私のお願い聞いて貰おうかな?」

 

「おうっ、何でも言えよ!」

 

 ゼロは張り切って立ち上がった。

 

 と言う訳でソファーに座り、はやてを膝に乗せて赤ん坊をあやすように、抱っこをさせられるゼロであった。

 はやてはゼロの胸板に身体を預け、嬉しそうにその温もりを味わっている。

 夕暮れの茜色の淡い光がリビングに優しく射し込み、ゆったりとした時間が流れる。はやては時間までゆっくり進んでいるような気がした。

 彼女の耳には、少年のトクットクッという心音だけが聞こえ、温かい温もりが全身を包み込む。ひどく安らいだ気持ちになった。

 はやてはその安らぎに身を任せながら、茜色に染まって来たリビングを見渡し、

 

「……みんなも、すっかり此処に馴れたんやな あ……」

 

 感慨深く、今は出掛けている家族の姿をその目に映す。

 シグナムは近所の剣道場で臨時の講師を頼まれ出ている。シャマルは町内会の集まりに行き、ヴィータは老人会のゲートボールに参加。ザフィーラは散歩がてらそれに着いて行っている。

 

 何時もは一斉に出払う事は無いが、今日はたまたま出掛ける用事が重なり、珍しく家にはゼロとはやてだけだ。ゼロは染々しているはやてをからかう調子で、

 

「はやて、何かその言い方だと、子供を心配するお袋さんみたいだぞ?」

 

「もう……ゼロ兄は……私はまだ9歳なんよ……?」

 

 少し頬を膨らませむくれる素振りを見せるはやてだが、ゼロは彼女が守護騎士達の小さなお母さんを秘かに任じているのを判っている。

 まだ幼い身でありながら精神年齢が高く、抱え込む性格のはやてが少し心配になった。

 過去の事から、そうならなければやって来れなかっ たのだろう。 無知な子供のままではいられなかったのだ。 それはとても哀しい事だと思った。

 

(……その分俺が甘えさせねえとな……)

 

 ゼロははやてが苦しくない程度に、もう少しだけ抱く力を強める。彼女もしっかりと、すがり付くように少年の腕を抱いた。

 

 はやては仔猫のように身を預けながら、改めてリビングを見渡す。彼女の目には、後もう少し経てば帰って来る皆の姿がハッキリ見えた。

 

「……ずーっと……みんなでこのまま楽しく暮らして行けたらええなあ……」

 

「当たり前だろ……? 皆はやての傍にずっと居るさ……」

 

 ゼロは彼女の頭を撫でてやりながら、安心させるように優しく言い聞かせた。

 ふとその時ゼロは、腕の中の少女がとても儚く今にも消えてしまいそうな気がして、思わずゾッとしてしまった。

 

(馬鹿な!? そんな事有る訳ねえ!!)

 

 何故そんな胸騒ぎを覚えたのか自分でも解らない。縁起でも無いと、その考えを振り払い平静を装った。はやてはゼロの心の動きに気付かず、

 

「……うん……」

 

 離れるのを恐れるかのように、ゼロの腕をしっかりと抱く。嬉しかった。とても……

 

(ありがとうなゼロ兄……私は……そう長くは生きられんと思うけど……それまでは……)

 

 はやては心の中でのみ、感謝を込めて哀しい言葉をそっと呟くのだった……

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 其処には闇だけが在った。何処までも続く深淵の闇……

 

 

 光など無い、ただ無限とも思える闇だけが広がっている……

 

 

 そんな中で『彼女』は永い時のほとんどを闇の中で独り過ごして来た……

 

 

『彼女』は『闇の書』……

 

 

 かつての姿と名前も既に失ってしまった……

 

 

 何時何処で生まれたのかも思い出せなかった……

 

 

 今の『彼女』には遠からず動き出す悲劇を止める術は無い……

 

 

『彼女』は哀しく思う。騎士達も主も少年も自分を恨むだろうかと……

 

 

 次はどんな形で目覚めてしまい、力を振るってしまうのかと……

 

 

 そして次は、誰が自分と主を破壊するのかと……

 

 

『彼女』は祈る事しか出来ない。せめてその時が、僅かでも先に延びるように……

 

 

 自分はその時を待つ事しか出来ない……

 

 

 だが今回は何時もと違っていた。『彼女』は不吉な予感に慄いている……

 

 

 おぞましい程の邪悪な影の存在を一度だけ感じたのだ。何者なのかは解らない……

 

 

 そしてもう1つ。一度だけ『彼女』に干渉し、主と異世界から来た少年に自分の記憶を伝えさせた謎の 力……

 

 

 一体何が起ころうとしているのか。これまでとは比べ物にならないような恐ろしい事が起こる気がした……

 

 

 だが『彼女』にはどうする事も出来ない。ただその時が来るのを待つ事しか……

 

 

 八神はやて『闇の書』の主。覚醒第1段階。

 

 

 蒐集ページ数現在0ページ。完成まで後666ページ……

 

 

 

つづく

 

 

 




次話からA's編が始まります。A's編はネクサス風タイトルになります。
次回『侵食-エンクラッチメント-』


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A's編
第32話 侵食-エンクラッチメント-


 

 

 その日第1世界『ミッドチルダ』辺境の砂漠地帯に、目も眩むばかりの光が降り立った。

 もしもその光を見ていた者が居たならば、目を見張った事であろう。光は徐々に巨大な人型を形成して行くではないか。

 人の形をした光が晴れると、一瞬だけ赤と銀色に金の縁取りをした巨人の姿が垣間見えたような気がしたが、幻のように消え失せてしまった。

 だがそれが幻では無い証拠に、砂漠に巨大な足跡らしきものが残っている。しかしその足跡は宙に舞ったか地に潜ったかのように、途中でパッタリ無くなっていた。

 良く見ると、消えた辺りから人間の足跡らしきものが点々と残っている。これは何を意味しているのだろうか?

 

『次元震』を観測したその地方の時空管理局員が調査に赴いたが、その時には既に何も発見出来ず、巨大な足跡も人間の足跡も既に砂漠の強風によってかき消されてしまっていた。

 この事件にもならなかった小さな出来事は、計測器の誤報として片付けられ、誰の記憶にも残らなかった……

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 10月27日。その日は何時もと変わらない、晴れ渡った穏やかな日であった。

 今日ははやての定期診断の日であり、それに付き添ってゼロにシグナム、ヴィータにシャマルも海鳴大学病院に来ている所である。

 

「この検査退屈なんよ……時間は掛かるし……暇潰しに本も読めんし……」

 

 はやてはゼロに、検査室にまで車椅子を押してもらいながらため息を吐く。ゼロもヴィータも笑って、

 

「まあ、少しの辛抱だ。昼寝でもするつもりで行って来ればいい」

 

「はやて、待ってるから早く終わらせて帰ろっ」

 

「そうやねゼロ兄、ヴィータもいい子で待っとるんやで?」

 

 はやてはやれやれと言った顔で2人に返事を返すと、石田先生に連れられ大人しく検査室に入って行った。

 

 

ーーーーー

 

 

 定期検査も終わり、はやては解放感でニコニコ顔だ。早速まとわり付いて来たヴィータと楽しそうに喋っている。

 ゼロとシグナムにシャマルは、はやてとヴィータをロビーで待たせ、石田先生に検査結果を聞きに診察室に入っていた。

 

(先生……?)

 

 部屋に入ったゼロは、先生の表情が優れないのに気付く。得体の知れない不安感が湧き上がった。そして先生の口から出た報せは最悪のものであった。

 

「命の危険!? そんな……!」

 

 シグナムが思わず声を発していた。シャマルは顔色が真っ青になっている。ゼロは目の前が真っ暗になった気がした。たった今この耳で聞いた言葉が頭の中で銅鑼のように木霊す。

 残念ながら聞き違いでも夢でも無い。茫然とする3人に、石田先生は沈痛な面持ちで説明を続ける。

 

「……はやてちゃんの足は……原因不明の神経性麻痺とお伝えしましたが……この半年で麻痺が少しずつ上に進んでいるんです……この2ヶ月 は特に顕著で……」

 

 衝撃でゼロ達は二の句も告げられない。先生は付せ気味の顔を上げ、無念そうに残酷な事実を告げた。

 

「……このままでは……内臓機能の麻痺に発展する危険性があります……」

 

「そんな……」

 

 ゼロは呻くような声をようやく絞り出す。それははやてにとって死刑宣告に等しいものだった。

 ゼロは身体を震わせていた。心にのし掛かるもの、それは紛れもなく恐怖だった。

 現実は容赦ない。少年は以前にふと感じた漠然とした不安感が現実のものとなったのを知った……

 

 

 先生が病室を出た後も、3人は診察室で茫然としたままだった。ゼロの頭の中を、楽しげに笑っているはやての顔がよぎる。

 

 死ぬ……? はやてが……?

 

 そんな馬鹿な……

 

 そんな理不尽な事があっていいのか!?

 

 少女に降り掛かる理不尽を呪うゼロの横で、力の限り壁を叩く音が聴こえた。

 

「何故! 何故気付かなかった!?」

 

 シグナム怒りに震える声が虚しく診察室に響く。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……私……」

 

 シャマルの打ちひしがれた涙声が、壊れたトーキング人形のように謝罪を繰り返している。

 

「……お前にじゃない……自分に言っている……!」

 

 シグナムの低く深い自責の念が籠った声を、ゼロはぼんやりと聞いていた。それは俺も同じだと……

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 はやてとヴィータと共に自宅に戻ったゼロ達は、表面上は何事も無かったように振る舞った。とても本人に言える事では無い。

 普段通り食事を採り談笑して過ごす。この間ゼロはカラ元気を振り絞り、努めて明るく振る舞った。湧き上がる不安を必死で抑えながら……

 

 夜も更けたので、ゼロは入浴を済ませたはやてを部屋まで連れて行く。何時の間にかシグナム達の姿が見えない。

 きっとあの場に居なかったヴィータとザフィーラに、話を聞かせる為に外へ出たのだろう。 ゼロははやてを静かにベッドに寝かせ布団を掛けてやる。

 

「じゃあなはやて……お休み……」

 

「うん……ゼロ兄もお休み……」

 

 はやては検査の疲れも手伝って、もうウトウトし直ぐに寝入ってしまった。安心しきった寝顔だった。

 ゼロはその安らかな寝顔をじっと見詰めている内に、大声を出して泣きたくなる衝動に駆られた。

 

(……何でだ……? 何ではやてが……あんまりじゃねえかよ……こんな良い子が何で……? この子が何をしたって言うんだよ!?)

 

 両親を亡くし、障害を抱え孤独に生きて来た少女。そして今理不尽にも、最後に残った命すら奪われようとしている。何故この子だけがこんな目に遭わなければならないのか。

 

 ゼロは必死で込み上げるものを堪えると、慈しむようにはやての栗色の髪をそっと撫でた。少女の表情に、心なしか安らかな笑みが浮かぶ。

 

 小さな恩人……絶望と諦めと共にたった1人で生きて来た少女……

 実は寂しがり屋のクセに、その素振りさえ見せない危なっかしい強さと、包み込むような優しさを持った、ゼロ達全員にとって掛け替えの無い少女……

 

(ふざけるな! 俺は絶体に諦めねえし、絶体にはやてを死なせもしねえ!!)

 

 固く握り締められた少年の拳から血が滲んでいた。本棚の『闇の書』が、まるで自分を責めるように伏せている。 ゼロは何事か決心した顔をすると、静かに部屋を後にした。

 

 

 

 

「主はやてのお身体は病気では無い……『闇の書』の呪いだったのだ……」

 

 シグナムは重々しく、判った残酷な事実をヴォルケンリッター全員に伝えた。

 彼女達ははやてやゼロに気付かれないように、八神家より離れた海沿いの公園に集合している所であった。

 シグナムは話を続ける。はやてが産まれた時から共に在った『闇の書』は、彼女の身体と密接に繋がっていた。

 抑圧された強大な魔力は、魔力の源『リンカーコア』が未成熟なはやての身体を蝕み、健全な肉体活動どころか生命活動すら阻害していたのだ。

 衝撃的な話に、初めて聞くヴィータとザフィーラは息を呑んでいる。

 

「……そして……主が第一の覚醒を迎えた事でそれは加速した……それは私達4人の活動を維持する為、ごく僅かとはいえ主の魔力を使用している事も無関係ではあるまい……」

 

「むう……」

 

 シグナムの説明に思い当たった狼ザフィーラは顔を上げた。つまり自分達の存在そのものが、はやての命を削っている一因であるという残酷な事実を。

 

「助けなきゃ……」

 

 先程から無言で俯いたままだったヴィータの、呟くような声に全員が目を向ける。

 

「はやてを助けなきゃ!」

 

 顔を上げたヴィータの目から大粒の涙が溢れていた。ベンチに沈んだ様子で腰掛けているシャマルに詰め寄り、

 

「シャマルは治療系得意だろ!? そんな病気くらい治せよおっ!!」

 

「……ごめんなさい……私の力じゃどうにも……」

 

 シャマルは目を伏せ首を振るしか無い。 ヴィータは肩を震わせるがハッとして、

 

「そうだ……ゼロなら……ウルトラマンの力なら何とかならないのか!?」

 

 最後の希望にすがろうとするが、シグナムは重々しく首を横に振った。

 

「本来なら主の身体の麻痺は、もっと早く進行していてもおかしくはなかった……それが今まで保ったのは確かにゼロの力のお陰だろう……だがそれも限界だ…… 元々力の根本自体が違う……ゼロにもこれ以上主の病状を抑える事は不可能だ……」

 

 ヴィータは僅かな希望を打ち砕かれガックリとうなだれた。涙が止まらなかった。実の姉のように、いや母親のようにまで思っているはやてが居なくなる。

 

 造られた存在である彼女は母親を知らない。だがはやてのような存在がそうなのではと思っていたのだ。耐えられなかった。

 

 はやてが居なくなってしまうなら、自分は後を追ってそのまま消えた方が良かった。だがそれすらも許されない身……

 

「何でだ? 何でなんだよおおぉぉっ!!」

 

 ヴィータの嗚咽が暗い海に呑み込まれる。誰もが鉄槌の騎士と同じ気持ちだった。

 自分達ははやてに災いをもたらしている。胸が張り裂けそうだった。過去は呪いとなって、大事な存在に手を伸ばしたのだ。

 自分達に温かさを教えてくれた掛け替えの無い少女が、このままでは『闇の書』に蝕まれて死んでしまう。

 

「……シグナム……」

 

 狼ザフィーラは、拳を握り締め立ち尽くすシグナムを見上げた。将はその双眸(そうぼう)に悲壮なまでの決意の光を浮かべる。心は決まっていた。

 

「……我らに出来る事は……あまりにも少ない……」

 

 握り締めていた拳を開く。掌のペンダント状のレヴァンティンが鈍く街灯の光を反射した。 シグナムは愛剣をじっと見詰め口を開く。

 

「だが……」

 

「だが、どうする気だシグナム……?」

 

 不意に暗がりから声が響いた。ハッとするシグナム達。何時の間に近くまで来たのか、ゼロがすぐ傍に立っていた。

 

「ゼロ……聞いていたのか……?」

 

 シグナムは動揺を押し隠し顔を伏せる。ゼロにも知らせないでおこうと思っていたからだ。

 

「俺の耳がいいのは知ってるだろ? 悪いが話は聞かせてもらった……」

 

 ゼロは苦笑いを浮かべると、守護騎士達の中央に歩み寄り全員を見回した。

 

「結局……はやてを助ける為には『蒐集』が必要って訳か……やる気だな……?」

 

「止めても無駄だゼロ……我らにはそれしか道は残されていない……!」

 

 シグナムは苦渋に満ちた表情で、悲痛な言葉を吐いた。 ヴィータ、シャマル、ザフィーラも同じ顔をする。決意は皆固まっていた。それ程までに追い詰められていたのだ。

 するとゼロは守護騎士達の顔を見て、苛立ったよう に髪を乱暴にかき上げ、

 

「誰が止めるって言った? 水くせえって言ってんだよ……『蒐集』なら俺にも手伝わせろって言ってんだ!」

 

 守護騎士達はゼロの言い様に、しばし呆気に取られてしまった。それはそうだ。ウルトラマンにさせられる事では無い。

 『蒐集』それは通り魔のように、魔力を持った人間を無差別に襲う事なのだから。 シグナムは怒りを顕にしゼロを怒鳴った。

 

「自分が何を言っているか判っているのか!? 犯罪者になると言ってるのだぞ!!」

 

 だからシグナム達は、ゼロを巻き込みたくなかったのだ。『蒐集』は『リンカーコア』を 狙って、何の関係も罪も無い人間を襲わなくてはならない。

 

 ウルトラマンゼロにそんな事はさせられない。だから手を汚すのは自分達だけで引き受けるつもりだった。

 ゼロの命を守る為の決死の戦いを見て来た守護騎士達には、それを汚すような真似をさせたくなかったのだ。

 ゼロは皆のそんな想いも全て察した上で、やれやれと言った風に肩を竦め、

 

「まったくよ……前科持ちの俺に要らねえ気を回しやがって……そんな気を使われる程、ご立派なもんじゃねえぞ俺は……」

 

 自嘲気味に軽口を叩くが、不意に真剣な顔付きをすると、

 

「その代わり人を襲うのは無しだ! 『蒐集』 は魔導師で無くてもいいんだよな? 魔力を持った野生動物達からだけ集めると約束しろ、殺すのも無しだ!」

 

 ゼロの提案に、ヴォルケンリッター達は表情を曇らせる。シグナムは頭を振り、哀しげな目でゼロを見た。

 

「それではどれ程時間が掛かってしまうか…… 『闇の書』のページ数を1番稼げるのは魔導師の『リンカーコア』なのだ……!」

 

 血を吐くような否定の言葉だった。言葉尻が震えているのが判る。彼女達も人間を襲ったりはしたくはない。此処に来てから変わったのだ。

 

 胸が打ち震えるような、多くの人々を守る為に邪悪との戦いを経験した今、『蒐集』を行う事は拷問に等しい。

 それでもはやてに生きて欲しかった。彼女達はそれに気を取られているが、『蒐集』を行う事は主の命令に背く事でもある。

 

 守護騎士達は、初めて主の意思に背く決意をしたのだ。自分達に温もりと安らぎをくれた優しい少女を救う為に。皮肉であった。

 ヴォルケンリッターは、絶対に退く訳には行かないとゼロを見据える。するとゼロは不敵に笑って見せた。

 

「お前ら、ウルトラマンゼロを忘れてるんじゃねえか? 俺は怪獣専門だぜ。ヤバ過ぎて手を出せない奴だって居るんだろ? そんな奴とか、数を稼ぎまくればどうだ?」

 

「!」

 

 シグナムはハッとした。確かにウルトラマンの力を借りれば可能かもしれない。

 時間制限は有れど、あの圧倒的なパワーがあれば人間を1人も襲わずに『闇の書』を完成させられるので は。 守護騎士達の顔に僅かに希望の色が浮かぶ。

 ゼロはどうやら判って貰えたのを察すると、暗い海を背に全員を見渡し、

 

「いいか……? お前達ははやての騎士だ……前とはもう違うんだ! 絶体にはやては死なさねえし、お前らに人を襲わせたりも絶体にさせねえ!!」

 

 愚直なまでに真っ直ぐで、真摯な言葉であった。シグナムは一瞬嬉しそうな顔をするが、やはり不安は隠せないようで、少年の顔をまじまじと見詰め、

 

「……本当に出来るのか……? 綺麗事だけで本当に主を助けられるのか……?」

 

 信じたい気持ちと不安が入り乱れていた。ゼロはそんな将に頼もしく笑い掛けると、握り締めた拳を掲げて見せ、

 

「綺麗事を貫く分は全部俺が背負う! いや背負わせてくれ!!」

 

 不退転の決意を告げた。文字通り己の全てを、命を賭けた誓いであった。

 その言葉は染み入るように各自の胸に伝わった。ゼロに賭けてみると、全員の腹は決まった。頷くシグナムの顔に、ようやく笑みが浮かぶ。

 

「……恐らく……魔導師を襲わない分、ゼロに全てしわ寄せが来るぞ……?」

 

「望む所だ、みんなにこの間の借りを返してやるぜ!」

 

 ゼロの言葉に迷いは無い。必ずやり遂げると父『ウルトラセブン』に、別世界の戦友達と亡き友に心の中で誓う。

 

「ゼロ君……」

 

「済まん……ゼロ……」

 

 シャマルとザフィーラは、ウルトラマンの少年を見詰め深く感謝する。

 

「うわああぁぁっ、ゼロォッ!!」

 

 涙で顔をクシャクシャにしたヴィータは、感情のままにゼロにしがみ付いていた。

 

「ゼロ……はやてを……はやてを助けよう!」

 

「当たり前だ……」

 

 ゼロは泣きじゃくるヴィータの頭を、あやすように撫でてやる。闇夜に少女の嗚咽と波の音だけが静かに響いた。

 街の灯りに照らされながらも、5人を囲む夜の闇は更に深く濃くなって行くようであった……

 

 

 

****************

 

 

 

 翌日の深夜、ゼロ達ははやてが寝たのを見計らい、ビル街の一画に在る一際高い高層ビルの屋上に入り込んでいた。

 5人は屋上中央で向かい合う。各自の眼光は厳しい。一歩も退かない事を決めた者だけが持つものだ。 シグナムが愛剣『レヴァンティン』を掲げ全員を見渡した。

 

「主の身体を蝕むは『闇の書』の呪い……」

 

 その身体に白を基調にした騎士甲冑が装着され、燃え盛る炎が周囲を舞う。

 

「はやてちゃんが、マスターとして真の覚醒を遂げれば……」

 

 シャマルも緑色の騎士甲冑を纏い、『闇の書』をしっかりと抱えた。

 

「主の病は消える……少なくとも進みは止まる……」

 

 ザフィーラは狼の姿から人間形態をとり、蒼い騎士甲冑を纏う。ヴィータは『グラーフアイゼン』を掲げ、

 

「そしてアタシらは、誇り高き八神はやての騎士として殺しもせず、人を1人も襲わずに望みを果たしてやる!」

 

 スティックを降り下ろすと同時に、真紅の騎士甲冑が彼女の身体を被う。 シグナムは沈痛な面持ちで、今この場には居ない主に向かい、

 

「申し訳ありません我が主……貴女に恥じるような真似は決して致しませんので、ただ一度だけ主との誓いを破ります……お許し下さい!」

 

 シグナムの謝罪の言葉に、ゼロは決意を込めて頷き、

 

「済まねえはやて……心配するだろうから敢えて黙って『蒐集』をやる……これは俺達の勝手でする事だ、デュワッ!」

 

 両眼に『ウルトラゼロアイ』を装着すると、少年の身体が眩い光に包まれ、銀と赤と青の超人が姿を現す。

 

『行くぜえぇっ!!』

 

 ゼロの掛け声と共に、5つの光が流星の如く闇夜の中へと飛び立って行った。

 

 

 

 それを近くのビルの屋上で、じっと見ている影が居た事にゼロ達は気付いていなかった。

 影は嬉しくて堪らないと言った様子で、その身を歓喜に震わせる。待ちに待っていた時がようやく来たと、影は狂ったように嗤い声を上げた。

 

「さあ、儀式の始まりだ! ふははははははははっ!!」

 

 影のドス黒い嗤いが、闇に溶けぐねぐねと渦を巻く。それはまさに悪魔の嗤いだった。

 

 

 

つづく

 

 

 





はやてを救う為、異世界を駆けるウルトラマンゼロ。しかし意外な相手と、忍び寄る不穏な気配。そして……

次回『蒐集-コレクト-』


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第33話 蒐集-コレクト- ★

 

 

 シグナムと共にウルトラマンゼロは、とある次元世界にやって来ていた。

 密林が生い茂り、異形の巨岩がゴロゴロしている原始の地球のような世界だ。あちこちに赤い大きな花が点在しているのが見える。

 

(あの花……何処かで見たような……?)

 

 ゼロは首を傾げるが、今はそれ所では無いと疑問を振り払った。2人は密林上空を速度を落として飛ぶ。ゼロは下界を見下ろしシグナムに話し掛けた。

 

『シグナム、此処に人間は住んでいないのか?』

 

「ああ……無人の世界だ。此処に住んでいるのは野生の巨大生物だけだ……」

 

 シグナムの説明にゼロはフムと頷く。ウルトラマンの少年にとって初めての『蒐集』である。以前『闇の書』の記録を見たので大体の所は分かるが、いざ自分がやるとなると解らない事が多い。シグナムも鬱蒼と茂った密林を見下ろし、

 

「ゼロの言う通り、厄介な魔法生物が多い世界を選んだが、油断は禁物だぞ……? 我らも管理局も危険過ぎて、まともに立ち入った事が無い所だ」

 

『へえ……』

 

 ゼロはシグナムが見ている方に視線をやる。密林の中には、様々な異形の生き物が動き回っているのが見えた。一番小さなものでも6メートル以上あり、大きなものでは数十メートル近くある。まるで恐竜時代の地球のような光景だ。異形の生物の無法地帯と言った所だ。

 

『上等だ……望む所だぜ!』

 

 ゼロは面白いとばかりに不敵な台詞を吐く。シグナムはゼロの銀色の顔が、戦闘的な笑みを浮かべているような錯覚を覚え苦笑する。

 

「行くぞゼロ……!」

 

 合図すると『レヴァンティン』を下段に構え、密林の中の拓けた場所に降下した。ゼロも後に続く。

 その場所には体長十数メートル程のドラゴンを思わせる生物が、十数匹ばかりの群れを為していた。西洋のドラゴンのような凶悪そうな顔をしている。

 

「ゼロ最初は見ていろ、レヴァンティン!」

 

《ja》

 

 シグナムは躊躇なく群れの中に突っ込んだ。気付いた生物ドラゴン達は鋭い牙を剥き出し、一斉に女剣士に襲い掛かる。しかしシグナムは巧みに、魔法生物達の鋭い牙や爪を避け攻撃に転じる。

 

「はああああっ!」

 

 裂帛の気合いと共に、鋭い斬撃が銀色の閃光となってドラゴン達に放たれた。たちまち群れの半数が意識を刈り取られ、地響きを立てて地面に倒れ込む。

 

(流石はシグナム……やるな!)

 

 ゼロは彼女の剣技の冴えを見て唸る。群れの残りが怒号を上げてシグナムに殺到するが、あっと言う間にレヴァンティンの一撃で昏倒させられてしまった。鮮やかな手並みである。

 

 戦闘が終わり地面に降り立ったゼロの前で、シグナムは気絶させたドラゴン達に向け、呼び出した『闇の書』を開き『蒐集』を始めた。

 『リンカーコア』と呼ばれる光の塊が、ドラゴン達の身体から抜け出て来る。すると『闇の書』の真っ白なページに、シグナム達の魔方陣にも刻まれている『古代ベルカ文字』が刻まれて行く。

 

 1匹1匹から『蒐集』出来る魔力はそんなに多くないようで、1匹につき数行と言った所だ。生きて行く為に支障が出ない程度にしか、魔力を集めていないせいもある。

 群れ全部から『蒐集』しても、せいぜい10分の1ページと言う所だ。 やはり魔導師が一番効率が良いのだろうが仕方無い。しかしゼロは嬉しかった。

 

『ありがとなシグナム……俺との約束守ってくれてよ……』

 

 ページの埋まり具合を見て、難しい顔をしていたシグナムに礼を言う。

 

「あ……当たり前だ……お前の決意を聞いては、 我らがその約束を反故には出来ん……」

 

 女剣士は何でも無いと言うように応えた。ゼロは満足そうに頷くと、『蒐集』を受け倒れているドラゴンの身体に手を当て、

 

『攻撃も意識を失わせてるだけだ……やっぱりシグナムは優しいな……』

 

「なっ、何を馬鹿な事を……!?」

 

 シグナムは怒ったように顔を逸らす。少々動揺してしまったようだ。優しいなどと言われた事が無いのだろう。

 ゼロはやれやれと苦笑気味に肩を竦めると、景気良く平手に拳を打ち付け、

 

『良し、大体判った! じゃあ俺はあっちのデカイ奴から貰うとするぜ!』

 

 言うが早いが空に舞い上がり、数十メートルクラスの魔法生物達へと一直線に向かう。

 

「仕方の無い奴め……」

 

 シグナムは苦笑すると、ゼロの後を追って飛び立った。目に入る数十メートルクラスの魔法生物達は、流石に怪獣程では無いが近い程の巨躯である。

 

 丸みを帯びた蛇腹状の身体に尖った耳に鋭い牙、何処と無く『岩石怪獣サドラ』を彷彿させる凶悪な面構えである。接近するゼロ達に気付き、威嚇の叫び声を上げた。

 

『悪いな、少し眠ってもらうぜ!!』

 

 ゼロは突撃しながら一気に巨大化する。身長49メートルの巨人が濃厚な大気を切り裂いて、 無数のサドラもどきの群れの中に躍り込んだ。

 

『ディヤアアアアッ!!』

 

 ゼロの中段回し蹴りが砲弾のように唸りを上げ、サドラもどき群の側頭部に立て続けに叩き込まれる。脳震盪を起こし次々と昏倒するサドラもどき。

 シグナムも負けじと、向かって来るサドラもどきの頭部に、レヴァンティンで痛烈な打撃を加える。

 

(超獣と戦った後だと、楽に思えるな……)

 

 相手を昏倒させながら、シグナムはそう感じた。超獣と1対1で戦って撃破し、暇さえあればゼロと手合わせして来た彼女は、更にレベルアップを遂げていたのだ。

 流石に烈火の将は、何時までも同じレベルに留まってなどいない。

 

 その間にもゼロは暴れまくっている。的確に急所を狙い、最小限のダメージで相手を気絶させていた。その時である。

 上空から見えた赤い巨花の咲く大地が、突然天高く土煙を上げた。それに呼応するように、巨花が土中からせり上がって来るではないか。

 

 耳をつんざく大音量の咆哮が轟いた。大量の土砂を掻き分けて大地に立つのは花では無い。腹部の巨大な毒々しい赤い花に頭部の一本角、左腕の鋭いフック状の爪に鞭の右腕、サドラもどき所かゼロをも上回る巨体。

 『宇宙大怪獣アストロモンス』であった。

 

『あれは確かアストロモンス? 何でこの世界に居やがる!?』

 

 ゼロは驚きながらも、左手を前に突き出す 『レオ拳法』の構えで即座に対応する。また例の奴が送り込んで来た敵かと思い、頭部の『ゼロスラッガー』に手を懸けようとすると、

 

「何だゼロ、奴を知っているのか? 此処で最も強力な魔法生物だぞ……」

 

 シグナムは意外そうな顔をして、ゼロの巨大な肩にちょこんと降り立った。ウルトラマンの少年は驚いて、

 

『アストロモンスは、元々この世界の生き物だったのか……?』

 

「あまりに危険な世界だけに調査もほとんどされていない、当然名称もまだ付けられていない筈だ……奴のお陰でこの世界での『蒐集』は難しかったのだ……

あの赤い花は全て奴らの幼体だ。100年に一度しか咲かないが、数が多いので何時も数十匹は必ず居る……」

 

 シグナムが説明してくれた。ゼロは意外な繋がりに感心してしまう。道理で何処かで見たような気がした訳である。アストロモンスの幼体『チグリスフラワー』 だったのだ。

 宇宙大怪獣と言う割りに、植物なのか動物なのかハッキリせず、飛べそうもないのに自在に空を飛んだりする怪しい怪獣ではあった。

 

 どうやらこの世界からチグリスフラワーの種子が、ゼロの住む世界に流れ着いたらしい。向こうの世界とは逆に、この世界ではゼロ達の方が異物なのだ。

 

 ゼロが感心している間に、更に別のアストロモンスが数匹唸りを上げて地中から現れる。サドラもどきも大挙して押し寄せて来た。物凄い数である。シグナムはレヴァンティンを構え、

 

「どうするゼロ……一旦退くか……?」

 

『冗談だろ? これだけ居ればかなりページを稼げるぜ』

 

「フッ……そう言うと思ったぞ……」

 

 ゼロの考えるまでも無いとばかりの即答に、シグナムは微笑を浮かべる。心が高揚するのを女剣士は感じた。

 

(まったく……ゼロお前と居ると、心が沸き立つようだな……!)

 

 シグナムが肩から飛び上がると同時に、ゼロは地面を揺るがし、猛然とアストロモンスの一団に向かう。シグナムも愛刀を構えて突撃する。

 

『デリャアアアアアアッ!!』

 

 ゼロの雄叫びが濃密な空気を震わせる。強烈な正拳突きが唸りを立てて、アストロモンスの頭部に炸裂した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 

 明け方近くの海鳴市。東の空が僅かに白むだけの薄闇の中、ゼロ達全員は別れたビルの屋上に戻って来ていた。

 

「久々で腕が鈍ったんかな……?」

 

 ヴィータが納得行かなそうに『グラーフ・アイゼン』をしきりに振っている。思ったより集められなかったようだ。 シャマルは困ったように笑うと、『闇の書』 を開いてページを数えてみる。

 

「ええと……ヴィータちゃんが4ページ半……私とザフィーラで3ページ……シグナムとゼロ君とで……」

 

 そこでシャマルの言葉はピタリと止まってしまった。

 

「どーしたシャマル? ゼロが初めてだから、 スゴく少なかったのかよ?」

 

 シャマルは『闇の書』を食い入るように見詰めたまま応えず、驚きで目と口で3つのOを顔に描き、

 

「……よ……40ページィィッ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。それを聞いたヴィータ達はギョッとして、

 

「嘘だろ? 40ページぃっ!? 一体どんな集め方したんだよぉっ!?」

 

 シャマルもザフィーラもポカンとしている。人間形態となったゼロは、隣に立っているシグナムと顔を見合わせ、

 

「まあ……今日はこんなもんだな……運も良かっ た……アストロモンス達でかなり稼げたからな……」

 

 ニヤリとするウルトラマンの少年と烈火の将であった。シグナムはゼロを悪戯っぽい目で見ると、

 

「ゼロの暴れっぷりは凄まじいものだったぞ……悪鬼羅刹の如くとは、あのような事を言うのだろうな……?」

 

「シグナム……それ誉めてねえだろ……?」

 

 ゼロは渋い顔で、からかい顔で頷くシグナムにツッコミを入れた。ヴィータ達はクスクス笑ってしまう。

 驚きながらも皆の表情は明るい。こんな驚きなら大歓迎である。ヴィータは嬉しそうにゼロの脇腹を肘で突っつき、

 

「やるじゃんゼロ、次はアタシと組んでもっと稼ごうぜ? シグナムなんかより稼いでやんよ」

 

 やる気満々で息巻く小さな騎士に、ゼロは自分の唇を指でチョンと弾いて見せ、

 

「任せとけ!」

 

 頼もしげにニヤリとする。ヴォルケンリッター達の顔に希望の光が射したようだった。これなら行ける。最速でしかも1人も人を襲わずに『闇の書』を完成させられると。

 こんな事は永い時の中を生きて来て初めてであった。こんな『蒐集』が有るとは……

 

「さあ、主が起きて来られる前に家に戻るぞ……我らの姿が無いと心配される、早く戻って各自仮眠を取っておけ」

 

 シグナムの指示に、ゼロ達は意気揚々と自分達が帰るべき場所へと引き上げて行った。

 

 

 

*************

 

 

 

 それからゼロ達は、表面上は至って普通に暮らしていた。

 ゼロは何時も通り家事をこなし買い出しに出掛け、皆と代わる代わるにはやてを病院や図書館に連れて行ったりする。

 前との変化と言えば、シグナム達が用事で出掛ける事がいくらか増えた程度だ。全員で時間を調整して、代わる代わる『蒐集』に出ているのである。

 

 魔導師を1人も襲っていないにも関わらず、ゼロのお陰で順調にページ数を稼げている事と、出来るだけはやてを1人にさせたくなかったのだ。

 ゼロは自分達が来る前の生活を、彼女に思い出させたくなかった。それらが功を奏し、はやてに『蒐集』を気付かれる事は無かった。

 

 

 

*****

 

 

 

 今日もゼロは、はやての足に『メディカルパ ワー』の照射を行っている。前より照射時間を増やしていた。それに気付いたはやては首を傾げ、

 

「ゼロ兄……最近当てる時間が長くない? 身体に堪えたりせえへん?」

 

「これくらい軽いもんだぜ、俺は治療系はあんまり得意じゃねえからな……もう少し増やしてみようと思ってな……」

 

 何でも無いように平静を装う。嘘を吐くのは得意では無いが、こればかりは吐き通さなければならない。必死の嘘であった。それが功を奏し、はやては特に疑いもせず、

 

「なら、ええけど……気持ちええし……でもあんまり無理せんといてな?」

 

「ああ……分かった……」

 

 ゼロは苦笑して見せる。はやてはゼロが自分の足を治せない事に、不甲斐なさを感じているが故の行動だと思ってくれたようだ。

 

(待ってろよはやて……必ず治してやるからな!)

 

 ゼロは決意を新たにするが、同時に自分の不甲斐なさに腹が立った。

 

(『ウルトラマンヒカリ』みたいな天才科学者だったら『蒐集』もしなくて済んでたかもな……)

 

 あれだけの天才ならば『闇の書』の解析も、はやての身体も治せる可能性が高い。だが無い物ねだりをしても仕方無かった。

 今は自分に出来る事をやるしか無い。ゼロは気付かれぬように、拳を固く握り締めた。

 

 

 

********

 

 

 

 それから10日あまりが過ぎた。ウルトラマンゼロはシャマルと共に、荒れ果てた大地が広がる次元世界に『蒐集』に来ていた。

 『闇の書』はゼロの頭部のスラッガーの間にちょこんと乗っている。 シャマルは、身振り手振りで意志疎通を計るゼロを見て微笑ましくなると同時に、やはり 『彼女』を不憫に思っていると、

 

「えっ?」

 

 不意に声を漏らし、おっとりした表情を緊張させた。

 

『どうしたシャマル?』

 

 ゼロが声を掛けるが、シャマルはちょっと待ってと目で合図すると『クラール・ヴィント』 を起動させ空に向ける。何かを探知したらしい。

 

「やっぱり……管理局の船が近くに来てるわ。 おかしいわね……? こんな管理外世界に……」

 

 眉をひそめた。ゼロもクラールヴィントが指し示す方向を見上げ、

 

『見付かったら面倒だな……そこそこページは稼いだ事だし、今日は引き上げた方が良さそうだ……』

 

「そうしましょう……『蒐集』もバレてない筈だし、危険を犯す事は無いものね」

 

 ゼロとシャマルは管理局の船が離れるまで隠れてやり過ごし、安全を確認すると元の世界へと転移した。

 

 

 

********************

 

 

 

 それから更に数日が経ち11月も半場に入った 頃、ユーノはとある人物を目の前にしていた。

 

「僕は『孤門一輝』よろしくねユーノ君」

 

「どうも、ユーノ・スクライアです」

 

 ユーノは差し出された孤門の手を握り握手した。此処は次元の海を航行中の『アースラ』艦内食堂である。周りにはフェイトやアルフ、クロノにエイミィ、リンディも居た。

 

 なのはの所に居た筈のユーノが何故アースラに居るのかと言うと、フェイトの裁判の証人として呼ばれたのである。そこで孤門を紹介され たと言う訳だ。

 ユーノは孤門と初めて会って、優しそうな人だなと好印象を持った。フェイトやアルフ、エイミィにリンディ、果てはクロノまでもが気さくに孤門と話している。

 フェイトも既に孤門を呼び捨てにしていた。最初畏まる彼女に孤門から呼び捨てでいいと言 われたせいもあるが、気さくにフェイト達にも接してくれる青年に親しみを感じたからだ。

 そんな彼にも時折、陰のある表情を浮かべる事がある。フェイトは孤門に何も聞かなかった。

 

(……孤門にも何か辛い事が有ったのかな……?)

 

 そう心の中でのみ思う。誰しも話したくない事はあるだろう。自分だってそうだ。

 孤門に関しては、滅多に無い稀少魔法『レアスキル』持ちの民間協力者と言う説明を聞かされている。

 

 レアスキルの事は秘密で、リンディとクロノしか知らされていないらしい。しかしフェイトは孤門が魔法を使ったのを見た事が無い。それらも含め不思議な人物だった。

 

 何時も執務官として厳しい表情を浮かべる事が多いクロノも、孤門の前だと時折年相応の子供の顔をする事がある。孤門は凄いなとフェイトは感心したものだ。

 今ではすっかりこの船に馴染んだ孤門も含め、アースラは賑やかである。

 

 

 

 

 

 本局の執務室で書類整理をしていた、運用部提督『レティ・ロウラン』が至急の配備要請を受けたのは、そろそろお茶が欲しくなる午後3時を回った頃だった。

 モニターに映る中年男性、観測隊責任者は酷く焦った様子で、武装局員40名を強硬探索装備 Cで揃えて欲しいとの事だった。強硬探索装備Cは戦闘用の完全装備である。 ただ事では無い。

 

「それはいきなりですね……荒事ですか?」

 

 レティの質問に責任者は深刻な表情を浮かべ、

 

「『探索指定遺失物』が稼働しているようなんです……それを使った被害者も出ています……」

 

「成る程……分かりました」

 

 レティは直ぐ様部下に指示を出し、配置手続きを整える。こう言った仕事は二次被害を防ぐ為にも早さが重用だ。

 レティの手配の迅速さと人員配置の妙は、現場でも定評がある。本局のように、あちこちの次元世界を飛び回る次元航行部隊には不可欠な人物と言えよう。

 

 現場責任者の口から出た『探索指定遺失物』 とは、失われた世界の遺産『ロストロギア』の中でも、特に危険度が高いものに指定が掛かるものだ。尚更速やかな対応が必須である。

 

 数時間程で到着出来る旨を伝えた。遠い世界のせいもあり、これが現在望みうる最速である。その証拠に、責任者は深く感謝を述べて通信を切った。

 

「相変わらず、世界は物騒ね……」

 

 レティは相変わらずの世界の現状に、深くため息を吐く。時空管理局は暇なしである。レティはモニターを表示し、

 

「マリー……お茶を此方にお願いね」

 

 一息吐こうと部下に指示を出しておいた。

 

 

 

********************* *

 

 

 

 硬いものが肉を打つ鈍い音が響いた。それと共に男の野太い悲鳴が、2つの月が照らす夜に木霊する。悲鳴の主の男が地面に這いつくばっていた。

 正確には痛烈な一撃を受け、這いつくばらされる羽目になったである。男は魔導師であるようだ。ストレージデバイス、一般的な杖型デバイスを手にしている。

 満足に動けなくされた男魔導師の前で、人影が2つ立っていた。その内の1人、魔導師を一撃で叩きのめした人物がゆっくりと近寄って来る。その人物は冷たい声を発した。

 

「微温いな……こちらは抜いてすらいないぞ……」

 

 声からして女のようだ。魔導師は流血している顔をヨロヨロと上げ、 意地で女を睨む。

 

「くっ……貴様ら……一体何者だ……?」

 

 屈辱に身を震わせて、辛うじてそれだけを相手に問うた。

 

「私は貴様如きの名などに興味は無い……なあゼロ……?」

 

 女は無関心に言い放つと、後ろに立っているもう1人に声を掛ける。その時月明かりが辺りを照らし、2人の姿を露にした。

 1人は八重桜色の髪をポニーテールに括った白い女騎士、シグナムだった。そしてもう1人 は……

 

『ああ……どうでもいい……』

 

 そう応えたのは、闇夜に輝く鋭い眼に額の 『ビームランプ』、青く輝く『カラータイマー』

 

 ウルトラマンゼロであった。

 

 

 

 

つづく

 

 

 




アストロモンスの設定は捏造です。ほんのお遊びでした。


 次回『遭遇-コンプリーケーション-』


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第34話 遭遇-コンプリーケーション-

 

 

 

「そう言う事だ……貴様如きに我が名を名乗ろうとも思わん……」

 

 シグナムは無様に倒れ伏す魔導師を、虫けらか塵でもでも見るように無感動に見下ろした。

 

「欲しいのは、この戦いに貴様と賭けたもののみ……さあ、立って戦うか、敗北を認めるか決めて貰おう……?」

 

 魔導師は屈辱に唇を噛み締めた。男は道中いきなり現れた女、シグナムに挑戦されたのだ。

 勝てば何でも言う事を聞いてやるとの申し出に、腕に覚えがあった男は相手がいい女だった事も手伝い、邪な考えが浮かびつい乗ってしまった。

 妙な使い魔らしき者も居たが、負ける筈も無いと余裕を持って勝負に応じた結果がこの様だ。だが魔導師にはまだ切り札が有った。

 

「おのれ……無頼の分際で……!」

 

 身体を起こした魔導師の足元に魔方陣が浮かび上がる。それに呼応し、魔導師の後ろに巨大な魔方陣が更に現れると、十数メートルはある真っ赤な異形の竜が出現した。

 召喚魔法で呼び出された赤竜である。魔導師は召喚魔導師でもあったのだ。召喚魔法を使える者はあまり多くは無い。お陰で彼に戦いを挑む者は、今まで殆ど居なかった。

 それ程赤竜の戦闘力は強力だ。管理局武装局員1個小隊にも匹敵するだろう。赤い竜は甲高い雄叫びを上げシグナムに襲い掛かる。魔導師は逆転勝利を確信していた。しかし……

 

「何っ!?」

 

 魔導師は目を見張った。ゼロが一瞬の内に赤竜の頭上まで跳躍していたのだ。魔導師も赤竜にも、ゼロが何時動いたのかも全く判らなかった。

 気が付くとシグナムも既に目の前に居ない。 超人は手刀を軽く振り上げると、赤竜の頭部目掛けて無造作に降り下ろした。

 赤竜は魔法障壁を張り巡らすが、手刀は硝子でも砕くように障壁を叩き壊し、青色の死の凶器となって、竜の鋼鉄より硬い頭蓋骨をあっさり叩き割る。

 

 それだけでは収まらず、手刀は巨大な頭部を切り裂き、その衝撃波だけで巨体を真っ二つに両断してしまった。

 脳漿とどす黒い血が辺りに飛び散り、地面の岩盤が余波だけでバックリ裂けてしまう。2つに割れた赤竜は地響きを立てて大地に倒れ込み、只の肉の塊と化した。呆気ない最期だった。

 

 切り札をも失いガックリと力尽きた魔導師に、シグナムがゆったりとした足取りで近付いて来る。

 

「では……約束のもの頂いて行く……」

 

 手を伸ばして来る白い姿は、魔導師の目には死神の如く映った。そして背後の鋭い眼の超人のギラリと光る眼。

 

「ぐはああああぁぁっ!!」

 

 魔導師の恐怖に彩られた悲鳴が、月夜に虚しく響き渡った。

 

 

 

********************* *

 

 

 

 次元航行艦『アースラ』は長期任務を終え、次元の海を航行し『時空管理局本局』に帰艦の途上であった。ブリッジにてリンディは、例のインチキ日本茶でホゥ……と一息吐いた所である。

 クロノは明日に控えるフェイトの裁判最終日に向けて、フェイト、アルフにユーノと打ち合わせ中だ。

 フェイトは嘱託魔導師の試験に無事合格し、裁判も無罪は確定したのも同然なので気持ち的には随分楽である。

 アースラの正面スクリーンに、次元の海に浮かぶ巨大な本局が見えて来た。ゴツゴツした機械を集めて一塊にしたような武骨な偉容の周りを、幾つかのリングが囲んでいる姿。

 後1時間程でドッグへのドッキング態勢に入る。長い航海を終えるクルー達の表情は皆明るい。

 ブリッジの一番後ろで壁にもたれていた『孤門一輝』の表情も心無し明るく見えた。リンディは横目でチラリと青年を見て、

 

(『ウルトラマンネクサス』……孤門一輝さんか……)

 

 心の中でのみ呟いた。最初彼を預かる事にリンディは困惑していたものだ。歩く『ロストロギア』のような存在に、どう接すれば良いのか判断し辛かったのである。

 しかしそんな心配は無用だった。孤門には強大な力を持つ故の驕りや傲慢さなど欠片も無く、実に親しみやすい青年であったのだ。

 

 正直ごく普通の人物に見えた。とてもあんな力を持っているようには見えない。フェイト達やクルーともすっかり打ち解けたようだ。

 孤門の力の事は上からの指示で、出来る限り他には知られないようにとの事だった。

 確かに魔法とは違う、強大な力を持つ人物の存在が広がるのは避けたい所であろう。それでも何れ、エイミィやフェイト達にも話さなければならないかもしれない。

 

(それにしても……)

 

 リンディが気になるのは、孤門が希望してアースラに乗り込んだ理由であった。 最初に話した時の事を思い返す。リンディの、何故この艦に来たのかとの問いに孤門は、

 

「漠然とした感覚なんですが……この艦に乗っていれば、何かに辿り着ける気がするんです……」

 

「何かとは、あの『スペースビースト』の事? それともまったく別の事かしら……?」

 

 リンディから続けての質問に、孤門は何とも言えないように首を傾げ、

 

「それすら判りません……ただ……そう感じるとしか言えないんです……」

 

 リンディは孤門の話を思い出し眉をひそめた。何とも不確かな話ではあるが、不吉とも取れる。彼の力故のものなのかもしれない。

 アースラは、その何かと遭遇する事になるのだろうか。何れにせよ、今はまだ可能性の段階にしか過ぎないようだが。

 上も孤門をもて余しているらしく、取り敢えず彼の希望を受け入れたというのが本当らしいと、レティから聞き及んでいる。

 

(不確かな事で、今から不安に駆られても仕方無いわね……)

 

 リンディは気分を切り替える事にした。頭から否定するつもりは無い。もしもの時には、迅速に対応出来るようにしておけばいいのだ。それが様々な現場を潜り抜けて来た、彼女なりの判断である。

 

 間も無く入港する。後は入港許可を待つだけだ。空港と同じである。管制官の指示待ちだ。

 外周で待機していると、艦長席の通信モニターに『レティ提督』からの通信が入った。 2週間振りに見る彼女は、相変わらずの冷静そうなポーカーフェイスである。

 

《お疲れ様リンディ提督、予定は順調?》

 

「ええレティ、そっちは問題無い?」

 

 リンディの屈託の無い返事に、画面のレティは少し表情を曇らせた。

 

《ドッキング受け入れと、アースラ整備の準備はね……》

 

 リンディは何か有ったなと直感する。やり取りの最中ブリッジの扉が開き、打ち合わせを終えたクロノが入って来た。唯ならぬ母の様子に気付き立ち止まる。

 レティは眼鏡のズレを直しながら、深刻な表情を浮かべ、

 

《此方の方では、あんまり嬉しくない事態が起こってるよ……》

 

「嬉しくない事態って……?」

 

《『ロストロギア』よ……『一級捜索指定』が掛かってる超危険物……》

 

 リンディは表情を引き締める。『ロストロギア』滅んで今は存在しない文明が産み出した、オーバーテクノロジーの遺産。

 かつての『ジュエルシード』のように、世界を滅ぼしかねない危険な『ロストロギア』を回収確保するのが、時空管理局の重要な仕事の一つである。

 

 その内でも最も危険度が高い一級捜索指定の名が出たので、リンディは自然居住まいを正すした。それに覚えが有るのか、後ろのクロノはハッとしたようだ。

 息子には気付かず、リンディはレティからの事の推移を聞いている。

 

《幾つかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班はもう大騒ぎよ……》

 

「そう……」

 

《捜査員を派遣して、今はその子達の報告待ち ね……》

 

「そっかあ……」

 

 リンディは額に手をやり、静かに目を閉じため息を吐いた。その仕草と表情には、普段の彼女とは違うものが含まれているようだった。

 クロノは無言で立ち尽くしたままだ。その耳にレティとリンディの声が響く。

 

《……それで……これは未確認情報なんだけど……一応リンディの耳には入れておいた方がいいと思って……》

 

 ひどく言い難そうな響きの声だった。不審に思ったらしいリンディが、

 

「どうしたのレティ……?」

 

 しばらくの間の後だった。レティは衝撃的な事実を口にした。

 

《その第一級捜索指定に『ウルトラマンゼロ』が関わっている可能性があるのよ……》

 

「なっ、何ですってぇ!?」

 

 リンディは思わず声を漏らし、クロノは持っていた情報端末を床に落としてしまった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 12月2日PM4:34

 

 風芽丘図書館前に黒塗りの高級車が滑るように静かに停車した。日本ではあまり見ない、外国製の高そうな車である。

 その車から白い制服を着た少女が降り立った。紫がかったロングヘアーに、白いカチューシャを着けた物静かな雰囲気の少女である。

 

「じゃあ……また明日ね」

 

 少女は車内に居る2人の少女に手を振った。どうやら彼女の家の車では無く、友人の車に乗せてもらっていたようだ。

 車内の2人も手を振って応える。その内の1人、金髪の少女はこの車の所有者の1人娘『アリサ・バニングス』である。

 そしてもう1人の茶色がかった髪をツインテールにした少女は、あの『高町なのは』その人であった。そう、この少女『月村すずか』は、なのはの数年来の友人なのである。

 すずかは2人に別れを告げると、いそいそと静かな図書館の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ゆったりと西陽が照らす図書館で、ゼロは本を探してゆったり歩いていた。病院帰りにはやてとシャマルとで来ているのである。

 

 ふとはやての方を見ると、上の棚の本を取ろうとして懸命に手を伸ばしていた。これはイカンと歩み寄ろうとすると、紫がかったロングヘアーの少女がその本を先に手に取った。

 

「……これですか……?」

 

 少女は照れた様子で、はやてに本を手渡している。はやては頬を染めて、

 

「はい、ありがとうございます……」

 

 嬉しそうに少女に笑顔を見せた。

 

 

 

 

 それから2人は、自習コーナーの椅子に座って話し込んでいた。それを物陰に隠れて怪しさ全開で見ているシャマルとゼロである。

 

「ゼロ君あれ……」

 

 シャマルは今にも感涙しそうな様子で、はやてを見守っていた。同い年の子と話しているのを初めて見たのである。

 後ろのゼロも小さな家主を温かく見守っていた。はやて達の会話がその鋭敏な耳に聴こえて来る。

 

「そうかあ……同い年なんだあ……」

 

「うん……時々此処で見掛けてたんよ……あっ、 同い年くらいの子やなあって……」

 

「実は私も……」

 

 確かにゼロも少女に見覚えがあった。少女の方もはやてが気になっていたらしい。2人共会ったばかりの筈なのに、気心の知れた友人のように笑い合った。

 人には時たま、こんな出会いが巡って来る時がある。過ごした時間と関係なく親友になれる、そんな出会いが……

 はやてにも変化があった。以前ならお礼を言って、関わらないように早々にこの場を辞していただろう。

 だが彼女もゼロや守護騎士達と関わり様々な経験を経て、自分の中だけに閉じ籠るのを辞めたのだ。例え何があろうと、その時まで精一杯生きるのだと……

 

「私……すずか……月村すずか……」

 

 すずかははにかみながらも自己紹介する。 元々社交的な性格では無いのだろう。はやてはその名を噛み締めるように、

 

「すずかちゃん……八神はやて言います」

 

「はやてちゃん……」

 

 すずかも、相手の名前の響きを確かめるように声に出した。はやては急に恥ずかしくなってしまい、

 

「ひらがなで、はやて……変な名前やろ……? 男の子みたいで……」

 

「そんな事無いよ、綺麗な名前だと思う、ふんわりしたそよ風みたいだし……」

 

 お世辞抜きの即答だった。お世辞が得意なタイプでもないだろう。素直にそう思ったのだろう。

 本当は両親が付けてくれた名前だ。実際に変だと言われたらショックだったろう。はやては嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべ、

 

「あっ、ありがとう」

 

 すずかもそれを察して微笑む。何だか可笑しかった。2人は長年の親友のように、ごく自然に笑い合っていた。

 

 

 

 

 夕暮れの橙色の光が射し込む図書館通路を、はやてはすずかに車椅子を押してもらい出口に向かっていた。

 あの後時の経つのも忘れて話し込んでしまい、もういい時間になっていた。それでも2人は名残惜しそうに、談笑しながら通路を進んでいる。出口前でゼロとシャマルが待っていた。

 

「どうも」

 

 ゼロは感謝を込めて挨拶し、シャマルは会釈する。あと後流石に野暮だと思い、出口で待っていたのだ。同じく会釈したすずかは、ゼロを見てアッという顔をした。はやてはそれに気付き、

 

「ああ、ほんならすずかちゃん、ゼロ兄達も見掛けた事があるんやな?」

 

「……特にあのお兄さん目立ってたから……」

 

 すずかは少々言い難そうに笑った。何気にゼロは図書館の隠れた有名人である。

 分厚い本を山と積み上げ、人とは思えない程のスピードで読みまくり、尚且つ全て頭に叩き込む少年。それに先生役らしい車椅子の少女は、風芽丘図書館の隠れた名物になっていた。

 

(う~ん……やっぱしゼロ兄目立っとったんやなあ……)

 

 考えてみれば当然かと、苦笑するはやてである。ちなみに外国人が多い海鳴市では、シャマル達はそんなに目立たない。

 

「お話してくれておおきに、ありがとうすずかちゃん……」

 

「またね、はやてちゃん」

 

 2人は笑顔で別れの挨拶を交わす。メールアドレスの交換もしてある。はやては、またすずかと会うのが楽しみで仕方なかった。すずかも同様で、とても名残惜しそうだ。 すずかに手を振りながらはやては思う。

 

(またね、かあ……何てええ言葉なんやろ……)

 

 今まではやては表面上は明るく、人当たり良く振るまいながらも、決して他人に深く関わろうとはしなかった。

 それは恐れもあったのだろう。だが殻を破れば世界には、小さな優しさや良い事が意外にあるものだ。はやてはとても温かいものが胸に満ちるのを感じる事が出来た。

 

 

 

 

 夕暮れの中、車椅子をゼロに押してもらいながら家路に就くはやては、ニコニコと微笑みが止まらないようだ。

 

(同い年の友達が出来たから、嬉しくて仕方ないんだな……)

 

 ゼロは微笑ましくなって自然笑みを浮かべてしまう。シャマルも嬉しくてゼロと頷き合った。

 

 もう12月に入り、関東地方と言えど空気が冷たく感じる。足下のアスファルトからも、ひんやりした冬の足音が聴こえて来るようだ。シャマルが心配し、

 

「はやてちゃん、寒くないですか?」

 

「うん平気、シャマルもゼロ兄こそ寒ない?」

 

「私は全然、ゼロ君は……あんまり大丈夫じゃないかも……?」

 

 2人は可笑しそうにゼロを同時に見る。ウルトラマンの少年はフッと鼻で笑って見せ、

 

「何を言ってんだ……? これしきの寒さ着込めば大丈夫だぜ」

 

 頼り甲斐が有るんだか無いんだか、微妙な台詞をぬかす。結局寒いようで、しっかり着込んではやて手編みのマフラー手袋フル装備である。父親譲りで寒さに弱いのだ。

 

 しばらく歩いていると、途中でコート姿のシグナムが待っていた。出迎えである。彼女らしい。

 

「シグナムゥッ」

 

 はやてが手を振ると、シグナムは剣士らしく姿勢良く挨拶する。正に主人を待出迎える騎士と言った風情であった。

 4人での帰り道、はやては嬉しそうに隣を歩くシグナムを見上げ、

 

「シグナムは何食べたい? シャマルは、ゼロ兄は?」

 

 シグナムは微笑し、少し思案するが直ぐには浮かばないようで、それならスーパーで材料を見ながら考えようという事にした。

 はやての料理だと、全てが美味しいので悩み所である。何でもいいと言いたい所であるが、そういうのが一番料理を作る人が困るものだ。

 今日は確か魚が安いななどと、真面目くさった顔で献立の思案をするはやては、ふと車椅子を押すゼロを見上げ、

 

「そう言えばゼロ兄、ヴィータ今日は何処かへお出掛け?」

 

 ゼロはいきなりヴィータの事を聞かれ焦った。ボロが出ないように懸命に取り繕い、

 

「そっ、そうだなシャマル、どうだったか?」

 

「ああ……え~とですねえ……」

 

 話を振られて、こちらも焦ったシャマルもしどろもどろになってしまう。するとシグナムが何でも無いように、

 

「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラが着いていますので、あまり心配は要らないですよ……」

 

 流石はヴォルケンリッターの将である。いざという時頼りになる。ゼロは尊敬の眼差しで見てしまい、シグナムは少々こそばゆい。

 

「そうかあ……」

 

 はやては感慨深く空を見上げる。今まで子供らしく遊んだ事など無いヴィータが、遊び歩けるというのは結構な事だ。だが少し心配にもなってしまう。

 勿論彼女がとんでもなく強い事を知っていてもだ。妹や子供をを心配する肉親のような気持ちになってしまうのは性格故か。そんな小さな主の気持ちを察しシャマルは、

 

「でも……少し離れていても、私達はずっと貴女の傍に居ますよ……」

 

「はい……我らは何時でも貴女の傍に……そうだなゼロ……?」

 

 シグナムもシャマルに続く。掛け値なしの素直な気持ちだった。同意を求められたゼロは明後日の方を向き、

 

「あっ……当たり前だろ……今更聞かれるまでもねえ……」

 

 まともに答えるのが恥ずかしいのか、わざとぶっきらぼうに応える。彼に取って当然過ぎる事であった。

 

「……ありがとうな……」

 

 はやては頬を染める。言葉に深い感謝の想いを込め、今の幸せを噛み締めるのだった。

 

 

 

********

 

 

 

 時間はもう直ぐ8時。辺りはすっかり暗くなり、街の灯りが夜の闇を照らし出そうと足掻く、そんな時間帯である。

 夕食を終えた『なのは』は、部屋で机に向かい宿題に集中している所であった。すると突然、机に置いていたペンダント状の『レイジングハート』 が声を発した。

 

《Caution.Emergency》(警告、緊急事態です)

 

「えっ?」

 

 なのはが聞き返すと同時に、彼女の家一帯を含む広い空間が異相空間と入れ替わった。

 

「結界!?」

 

 なのはは驚いて立ち上がる。以前何度か目にしている、結界魔法に良く似た感覚だった。

 通常空間と魔法が作用する空間をずらして作り出す、常人には感知出来ない特殊空間。その空間内になのはは1人取り残されていた。

 

《Itapproaches ata hlghs peed》(対象、高速で接近中)

 

「此方に?」

 

 ただ事では無い。なのはは直ぐ様レイジングハートを変形させ、飛行魔法で空に舞い上がった。色を失いゴーストタウンと化した街を見下ろし、見晴らしの良さそうなビルの屋上に降り立つ。

 

 なのはは改めて辺りの状況をチェックしてみる。確かに結界のようだが、ユーノ達が使っていたものと何か違うような気がした。だがじっくり観察する間も無かった。レイジングハートが警告を発したのだ。

 

《Itcmes》(来ます)

 

「!?」

 

 いきなりであった。赤い光に包まれた何かが、彼女目掛けて高速で飛来して来たのだ。

 咄嗟に防御魔法の盾を張り巡らす。強固な魔力の盾を重い衝撃が襲う。防御越しでも衝撃が伝わって来る凄まじい威力だ。生身で食らったら粉々になってしまうだろう。

 

「!」

 

 なのははゾクリとするような気配を感じて、空を見上げた。その瞳に真紅の色が映った。

 

「テートリヒ・シュラアアクッ!!」

 

 鋭い叫びと供に、真紅の騎士服をなびかせた 『ヴィータ』が『グラーフ・アイゼン』をなのは目掛けて一気に降り下ろした。

 

「ああっ!?」

 

 なのはは血の気が引く思いで息を呑んだ。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




なのはに襲い掛かるヴィータ。何故? 事態は最悪の様相を見せ始める。

次回『錯綜-ベルミスティング-』


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第35話 錯綜-ベルミスティング-

 

 

 

 時空管理局本局

 

 今日フェイトの全ての裁判が終了した。予想通り無罪が確定し、フェイトは一息吐く間も惜しんでアルフとユーノと供に、整備中のアースラへ向かっている所である。

 なのはに少しでも早く、この事を伝えたかったからだ。クロノは用事で途中で別れている。急ぎ気味に通路を歩くフェイトは、ふとある少年の事を思い浮かべた。

 

(ゼロさんにも、伝えられたらいいな……)

 

 心の中でそっと呟く。だが叶わないだろうと。もう自分の住む世界に帰ってしまった可能性もある。別次元世界では電話も掛けられない。

 連絡が付いたとしても、もう此方とは関わり合いにならない方がきっといいのだろうと、フェイトは自分なりに思う。静かに暮らしているかもしれない。

 

 そんな事をつらつら考えている内に、整備ドックに着いていた。アースラ艦内に入るとクルーはほとんど出払っており、整備関係の書類をチェックしていたエイミィと、丁度艦から出ようとしていた孤門だけが残っていた。

 

「うんっ、なのはちゃんへの連絡ね?」

 

 話を聞いたエイミィは、2つ返事で引き受けてくれた。別の次元世界への通信は、専用の通信機器が要る。

 

「孤門も、なのはに紹介するから、一緒に行こ う……?」

 

「そうですよ、孤門さんも来て下さい」

 

 フェイトとユーノに促され、孤門は苦笑しながら後を着いて行きながら、

 

「なのはちゃんって、前に聞いた友達の事だね?」

 

「うん……少しでも早く知らせたくて……」

 

 質問にフェイトは微笑して応えた。彼女達の前歴は孤門も大方の事は聞いており、別に隠す事でも無い。尤もクローン人間などの事は話していないが……

 

 通信室に入ったフェイト達は、機器を手馴れた手付きで操作するエイミィを囲むように、モニター前に陣取った。

 エイミィはしばらくの間キーを目まぐるしく叩いていたが、怪訝な顔をして手を止めた。フェイトは首を傾げ、

 

「エイミィ? どうかしたの……?」

 

「それが……連絡が取れないのよ……」

 

 エイミィはただ事では無いと表情を引き締め、素早くコンソールを操作しセンサー類を起動させる。空間センサーに異常が表示されていた。

 

「これは……広域結界……? 何で街中に?」

 

 なのはにはまだ結界魔法は使えない。ユーノは此処に居るとなると、なのは以外の魔導師が張っている事になる。

 普通なら有り得ない。ただ事では無い事態。フェイト達の間に緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 時間は少しだけ巻き戻る。ヴィータと狼形態のザフィーラは異世界での『蒐集』を終え、海鳴市上空に転移していた。ヴィータは抱えていた『闇の書』掲げて軽く伸びをし、

 

「あ~あ……すっかり遅くなったなあ……早く帰って、はやてのギガ美味ご飯を……?」

 

「むっ……?」

 

 ヴィータとザフィーラは、同時に周囲の異変に気付いた。様子がおかしい。鉄槌の騎士は見覚えのある光景に目を凝らし、

 

「これは封鎖領域……? 何でこんな所に張ってんだ?」

 

 見覚えがある訳だ。古代ベルカ式の結界の一種『封鎖領域』だった。ミッド式とは術式が異なるので直ぐ分かる。色を失いゴーストタウンと化したビル街を見下ろす2人は、不審に思わざる得ない。

 

「シグナムかシャマルが張ったのか? でも何でだ……?」

 

「妙だな……?」

 

 ヴィータは思念通話を試みるが、何故か通じない。ザフィーラも同様であった。小さな騎士は警戒する。歴戦の戦士としての勘が警報を告げていた。

 

「こいつは何かあるな……」

 

「ウム……」

 

 ヴィータの言葉にザフィーラは頷く。鉄槌の騎士は『グラーフアイゼン』を前に掲げ、周囲の様子を探索魔法で探ってみる。本来は『蒐集』で魔導師の魔力反応を見付ける為のものだが、こうした時も役に立つ。

 

「見付けた! 離れた別々の場所に魔力反応2つ、シグナムでもシャマルでも無い……?」

 

 ハッキリとは判らなかった。どうも反応が弱すぎる。まるで妨害でも受けているようだ。不穏だった。

 しかしこのままじっとしていても埒があかない。シグナム達で無いなら相手の正体を突き止める必要がある。何しろ此処は皆が住む世界なのだ。確かめる必要がある。

 

「ザフィーラはあっちの反応を見て来てくれ、 アタシはそっちに行ってみる」

 

「心得た……『闇の書』は預ける……」

 

「OKザフィーラ何か変だ……油断すんなよ?」

 

 ヴィータはザフィーラと別れると、紅い魔法光の軌跡を空に描き、高速で反応に向かい飛び出した。

 

 無音の街をヴィータの風を切り裂く音だけが響く。彼女にはお馴染みの筈の封鎖領域の中が、やけに寒々しく不吉に感じられる気がした。

 彼女は気付いていなかった。この封鎖領域内には魔法とは別種の力が満ちており、中の人間にある作用をもたらしている事を。

 

 ヴィータはしばらく飛行を続け、もう少しで魔力反応があった地点に辿り着こうとした時だった。アイゼンが警報を発した。

 

《Gegens tand kommtar》(対象接近中)

 

「何っ!?」

 

 ヴィータが急制動を掛けるとほぼ同時だった。突如桜色の砲撃魔法の連射が襲った。

 

「チイッ!」

 

 辛うじてヴィータは砲撃を避ける。不意を突かれた形だが、彼女は素早く態勢を立て直し、砲撃が飛んで来た方向に視線を送る。その顔色が変わった。

 

「お前っ!?」

 

 高層ビルの谷間に浮かぶ白いバリアジャケット。醒めた目で『レイジングハート』を構えているのは誰であろう、何と『高町なのは』であった。

 

「お前! 何のつもりだ!?」

 

 ヴィータは怒鳴るが、正直訳が解らない。何故なのはに攻撃されねばならないのか。

 

(まさか……『蒐集』が見付かって『闇の書』の事がバレたのか!?)

 

 可能性はある。焦りでギリッと奥歯を噛み締めるヴィータに、なのははレイジングハートをおもむろに向け、

 

「……貴女達だけ幸せになれるとでも……? そんな価値が自分達にあると……? あんな得体の知れない怪物に乗せられて妙な夢でも見たのですか……?」

 

 淡々と感情を感じさせない声だった。言葉使いこそ丁寧だが、慇懃無礼と言う言葉がピッタリだ。それを聞いたヴィータは血が沸騰するような気がした。

 

「お前……怪物とは誰の事だ……? 妙な夢だ と……!?」

 

 声が怒りで震えていた。爆発寸前だ。しかしなのはは、あくまで冷静な態度を崩さず、

 

「ウルトラマンゼロの事に決まっています…… 得体の知れない上に彼の力は危険過ぎる……管理局は彼を捕獲封印し、貴女達『害悪』もマスター共々捕らえるように命令が出ています……」

 

「ふざけんなああっ!!」

 

 その血も涙も感じられない言葉で、ヴィータは怒りに我を忘れていた。害悪呼ばわりされた上、家族であり自分達が住む世界を命懸けで救ったゼロを怪物扱いされた事に。

 

「てめえええっ!!」

 

 紅の鉄騎はグラーフアイゼンを振り上げ、砕けろとばかりになのはに殴り掛かる。恩知らずがと許せなかった。しかしなのはは急に方向を変えると逃げに入った。

 

「てめえっ! 言うだけ言って逃げるつもりか!?」

 

 ヴィータは絶対にぶっ飛ばしてやると心に決め、闇夜を飛ぶ白いバリアジャケット姿を追った。

 

 

 

 

「ティトリヒ・シュラアアクッ!!」

 

 ヴィータがグラーフアイゼンをなのは目掛けて降り下ろした。なのははもう1つの防御魔法の盾を形成し、砲撃とその一撃を同時に受け止める。

 反発する魔力同士が凄まじいスパークを放った。しかし恐るべき攻撃力に抗しきれない。なのはの足元のコンクリートの屋上が、先に衝撃に耐えきれず陥没してしまう。

 

「ああっ!?」

 

 ついには圧力で弾け飛ばされてしまった。瓦礫と共に空中に投げ出され、ビルの屋上から真っ逆さまに墜ちて行く。なのははペンダント状のレイジングハートを握り締め叫んだ。

 

「レイジングハートお願い!」

 

《Standby.ready set up》

 

 その身体が桜色の光に包まれ、白いバリアジャケットが全身に装着される。杖状に変型させたレイジングハートを手に、飛行魔法を発動させたなのはは宙に舞い上がった。

 

 その様子を屋上から無言で見ていたヴィータは、きびすを返すと掻き消すように姿を消した。

 

 

「てめえっ! 待ちやがれえっ!!」

 

 ヴィータは淀んだ封鎖領域の空を、嘲笑うかのように飛び回るなのはの後を追っていた。白い魔法少女は時々振り返ると、挑発するようにジグザグに飛び回る。まるで鬼ごっこでもしているようだ。

 

「ふざけやがってえっ!!」

 

 ヴィータが撃ち落としてやると、鉄球を取り出した所で、なのはは此方を向き桜色の光を連続して発射して来た。魔力誘導弾だ。

 

「クソッ!」

 

 ヴィータは防御魔法で誘導弾を弾くが、その間になのはの姿が見えなくなっていた。

 

「何処へ逃げた!? 出て来い!!」

 

 出て来る様子は無い。ヴィータは辺りの魔力反応を注意深く探る。また不意打ちを仕掛けて来るかもしれない。

 彼女の魔力センサーに反応が有った。直ぐ近くの高層ビルの裏手に反応、間違い無い。

 

「其処だあっ!!」

 

 ヴィータは貰ったと、ビルの谷間に浮かぶ 『なのは』目掛けて鉄球をアイゼンで打ち出した。

 

「はっ!?」

 

 なのはが咄嗟に張りめぐらした防御壁に、魔力附与された鉄球がぶち当たる。魔法爆発の爆煙が上がった。だが魔力の盾で彼女にダメージは無い。だが……

 

「おらあぁぁっ!!」

 

 ヴィータは一発くれてやろうと、グラーフアイゼンを降り下ろした。無論手加減はしてあるが、食らった相手はしばらく動けなくなる程の一撃だ。

 しかし攻撃は空を切る。いち早くなのはは残煙を利用し、その場所から離脱していた。

 

「誰? 何処の子? いきなり襲い掛かられる覚えは無いんだけど、一体何でこんな事するの!?」

 

 距離を取り態勢を立て直したなのはは問うて来るが、ヴィータは馬鹿にされているようにしか思えない。撹乱を狙っていると判断する。

 

「どの口で言うかあっ!? その手は食わねえ ぞ!!」

 

 もう一度鉄球をお見舞してやろうとした時、背後から桜色の光の玉数発が彼女を襲った。なのはが攻撃を受ける前に放っていた誘導式の魔力弾だ。

 虚を突かれたヴィータだが、防御魔法で光弾を受け止める。アイゼンを持つ両手が衝撃で震えた。

 

「この野郎おおおぉっ!!」

 

 鉄槌の騎士は懐に飛び込んで、アイゼンを降り下ろす。なのはは間一髪で後方に飛ぶのと同時に、レイジングハートを砲撃モードに変化させた。

 その足許に魔方陣が展開され、レイジングハートの先端に魔力が集中して行く。

 

(ヤバい!)

 

 ヴィータが危険を感じる程の魔力だ。とんでもない才能の持ち主とは思っていたが、稀に見る天才と言うヤツかもしれない。

 

「話を聞いてってばあぁっ!!」

 

 なのはの叫びと共に、凄まじい桜色の砲撃が放たれた。彼女得意の砲撃魔法『ディバインバスター』だ。 並の魔導師などとは比べ物にならない強烈な光の奔流が、轟音と共に鉄槌の騎士に襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 身をかわし辛うじて砲撃を避けたヴィータだったが、帽子を吹き飛ばされてしまった。紅い生地が散り、のろいウサギの着いた帽子は地面にはらはらと落下して行く。

 ヴィータの青い瞳の瞳孔が、怒りのあまり開いていた。 はやてに一生懸命に考えて貰った騎士服と、ゼロが欲しい物を我慢して買ってくれたウサギのぬいぐるみ。

 拷問のようだった人生の中で触れた人の優しさと愛情。ヴィータの大切な宝物。2人の気持ちそのものを、土足で踏みにじられたようだった。

 

 今まで辛うじて抑えていたヴィータの我慢も限界に達した。その鬼の形相になのはは思わずたじろいでし まう。それ程までにヴィータの怒りは凄まじかった。

 

「グラーフアイゼン! カートリッジロー ド!」

 

《Expiosion!》

 

 グラーフアイゼンの柄の部分がスライドし、余剰魔力が蒸気のように噴出した。シリンダー 内のカートリッジの魔力が、アイゼンに更なる力を与える。

 

 アイゼンのハンマー部がナノレベルで組み換えられ、スパイクと噴射ノズルが形成された。『殺し屋超獣バラバ』とも競り合った『ラケーテンハンマー』だ。

 ベルカ式のカートリッジシステムを、一度も見た事の無いなのはは目を見張った。

 噴射ノズルが唸りを上げ、勢い良く推進剤が噴射される。ヴィータは真紅のスカートをなびかせ、独楽のようにアイゼンを振り回す。

 

「ラケーテン・ハンマアアアァァッ!!」

 

 推進剤のパワーに遠心力を上乗せし、ロケットのように加速して、なのはに怒りの一撃を叩き込んだ。なのはは防御魔法の盾で攻撃を受け止めるが、アイゼンは桁違いのパワーで盾に食い込んで行く。

 

「!?」

 

 驚くなのはの眼前で、ドリルのように高速回転するスパイクが障壁をぶち抜き、レイジングハートを抉る。そして彼女を襲う圧倒的パワー。

 

「きゃああああっ!?」

 

 痛烈な一撃に、なのははボールのように吹っ飛ばされた。向かいのオフィスビルの窓を突き破り、中の事務室に叩き付けられてしまう。

 魔法で防御はしたが、衝撃と魔力ダメージでもう身体が動かない。

 

 ヴィータは様子を見ようと、割れた窓から中に入ってみた。頭には来ていたが、手加減は忘れていない。

 直接打撃を与えるのでは無く、魔力ダメージとショックによる攻撃である。怪我は無いが、しばらくは満足に動けないだろう。

 それでもなのはは、ボロボロになったデバイスを震える手で此方に向けようとしているが、無駄な事だ。

 

(ざまあみろ……)

 

 一発お見舞し幾分落ち着いたヴィータは、動けないなのはを見下ろし鼻で笑ってやった。

 散々言いたい放題された上に、問答無用で攻撃されて頭に来ていたが、これ以上攻撃するつもりは無い。

 これは人を襲った事になるのだろうかと思ったが、これはどう考えてもいきなり襲って来た向こうが悪い。正当防衛ってヤツだとヴィータは自分を納得させると、なのはをジロリと見下ろし、

 

「おいっ、この恩知らず! 少しは自分の薄情さを思い知ったか!?」

 

 なのははヨロヨロとレイジングハートを向けながら、眉を不審そうにしかめ、

 

「……な……何を言ってるの……? 最初に襲って来たのは……そっちじゃない……」

 

 それを聞いたヴィータはカチンと来た。散々罵倒した挙げ句、負けそうになると今度は惚けるつもりかと腸が煮えくり返った。

 

「お前! どこまで腐ってやがる!?」

 

 少しは見所のある奴かと思っていたら、とんだ眼鏡違い。魔法を手にした事で勘違いでもしたのかと、ヴィータは思わずアイゼンを振り上 げていた。

 

 だが我を忘れてまではいない。戦闘不能に陥った相手を攻撃などしない。腹立ちついでに脅かしてやろうと思っただけである。

 なのはは殺られると思い込んで、思わず目を瞑った。その時である。突然黒い影が2人の間に割って入った。金属同士がぶつかり合う、鋭い激突音が響く。

 

「お前!?」

 

 ヴィータは繰り出された一撃を、アイゼンで受け止めながら声を発した。影が飛び込むと同時に、鋭い打撃を放って来たのである。影はヴィータの言葉を問いと受け取ったのか、

 

「……友達だ……」

 

 なのはを庇い『バルディッシュ』を構え敢然と対峙するは、金髪をなびかせた黒いバリアジャケットの少女『フェイト・テスタロッサ』 であった。

 

「民間人への魔法攻撃……軽犯罪じゃ済まない罪だ……」

 

 冷たく言い放つフェイトの口許が、ニヤリと歪むのをヴィータは見た。確かにそう見えた。そこで彼女は思い当たる。

 

(まさかコイツら……最初からアタシを嵌める気で!?)

 

 そうとしか思えない。罠に掛けられたくらいで弱味を見せてたまるかとフェイトを睨み付けるが、更に3つの転移反応を察知し奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 その少し前。八神家ではゼロとはやて、シャマルとで夕飯の仕度をしている所であった。

 はやてはふと調理の手を止め、リビングの時計を見上げた。もう結構な時間になっている。

 

「ヴィータとザフィーラ遅いなあ……」

 

 心配そうに呟くはやてに、テーブルセッティングをしていたシグナムが微笑んで、

 

「きっと道草でもしているのでしょう……其処まで迎えに行って来ます」

 

 直ぐにコートを羽織り、外出の仕度を始める。

 

「じゃあ……頼むわシグナム」

 

 はやてが拝むように両手を合わせていると、ゼロが担当料理を完成させてテーブルに置き、

 

「それなら俺も、ちょっとコンビニで買いたいもんがあるから付き合うぞ」

 

「ほんなら、ゼロ兄もお願いな」

 

 ゼロは任せろと片手を挙げると、しっかり着込んで仕度する。はやてには心なし急いでいるように見えたが、ゼロはそれに気付き、

 

「早く帰って飯にしねえとな、行って来る」

 

「それでは行って来ます、主はやて」

 

 シグナムがフォローするように空かさず挨拶する。はやては考え過ぎかと手を振り、

 

「2人共、気い付けてなあ」

 

 見送りを受け、ゼロとシグナムは玄関へと向かった。

 外へ出た2人は、途端に夜道を駆け出す。ゼロは並走するシグナムに、

 

「向こうの様子は判るか?」

 

「街中に結界、それもベルカ式の封鎖領域が張られているようだ。今はそれしか判らん……ヴィータともザフィーラとも連絡が付かん、どういう事だ……?」

 

 シグナムは手短に、今判っている事を教えた。つい先程異常を感知したシャマルから、こっそり念話を受けたゼロとシグナムは、示し合わせて外へ出たのである。

 ゼロはテレパシー回線を使っての念話とのやり取りに慣れ、今では普通にシグナム達と話せるようになっていた。

 

「嫌な予感がするぜ、急ぐぞ!」

 

 ゼロは内ポケットから『ウルトラゼロアイ』を取り出すと両眼に装着し『ウルトラマンゼロ』へと変身する。

 シグナムも『レヴァンティン』を、待機状のペンダントから剣モードに変え騎士甲冑を纏う。ウルトラマンゼロとシグナムは、街中に張られている封鎖領域目指して高速で飛び出した。

 

 

 

*******

 

 

 

『それ』は深い闇の中に潜んでいた。

 

 『それ』の発する催眠波動は、死人をも操る程強力なものだ。その波動は、封鎖領域内全ての者に影響を与える事が出来る。

 『それ』は巨体を僅かに震わせ、鋭い牙を剥き出しにした。 指示通りの結果に満足し、双頭と腹とで計3つ有る顎(あぎと)に、おぞましい嗤いを浮かべたかのようであった。

 『それ』は強烈な殺戮本能と捕食欲求以外にも、狡猾な知性も併せ持っている。指示命令にも正確に従う事が出来るのだ。

 そして『それ』は、最後の仕上げをするべく催眠波動を強めた。

 

 

つづく

 

 

 




混迷する事態の中、遂にゼロの前に銀色の超人が現れ、光が溢れる時、謎の空間が現出する。

 次回『亜空間-メタフィールド』


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第36話 亜空間-メタフィールド-

 

 

 

 ヴィータはフェイトと、互いのデバイスを打ち合わせたまま正面から睨み合う。しかしこのままでは援軍に包囲されてしまう。

 

「ちいっ!」

 

 ヴィータは相手の呼吸を見計らい、後方に跳んで距離を取った。跳び退きつつ、忌々し気にフェイトを睨み付ける。

 

(コイツら、良い奴らだと聞いてたのに…… ゼロを封印だと? とんだ恥知らず共だ!)

 

 そんな相手の心の内は知らず、フェイトは 『バルディッシュ』をサイスフォーム、電光の鎌に変化させると、何時でも斬撃を放てる構えを取り、

 

「時空管理局、嘱託魔導師フェイト・テスタロッサ……」

 

 静かな怒りを込めた口調で、一歩前に踏み出す。

 

「……抵抗しなければ弁護の機会が君には有る……同意するなら武装を解除して……」

 

「誰がするかよ! その気もねえクセに!」

 

 口上を遮り、ヴィータは吐き捨てると床を蹴り、割れた窓から素早く外へ飛び出した。それとほぼ同時にユーノが転移して来る。フェイトはユーノになのはを任せ、ヴィータの後を追ってビルの外へと飛び出した。

 

 ユーノは動けないなのはに治療魔法を施し、魔力ダメージを抜く作業に掛かる。不思議そうな彼女にユーノは、直ぐに駆け付けられた理由を説明した。

 

 あの後フェイト達はただ事では無いと、直ぐに転移ポートで此方に跳んだのである。お陰で間に合ったようだ。ユーノは治療を施しながら事情を聞くが、覚えの無いなのはは首を振り、

 

「……分かんない……急に襲って来て……変な事ばっかり言って来るの……」

 

 相手がなのはを知っているらしい事も、混乱に拍車を掛ける。正直訳が解らなかった。そんな彼女にユーノは、安心させるように笑い掛け、

 

「もう大丈夫……フェイトも居るし、アルフも、それに孤門さんも来てくれてる」

 

「……孤門さん……?」

 

 なのはは思い当たる。フェイトからのビデオメールに、何度か出て来た名前を呟いていた。

 

 

 その頃ヴィータは、フェイト達と熾烈な空中戦を繰り広げていた。ヴィータの『シュワルベ・フリーゲン』魔力付与の鉄球が飛び交い、フェイトの『アークセイバー』電光のブーメランが飛ぶ。両者共一歩も退かないが、

 

「バリアァァッ、ブレイク!!」

 

 フェイトに気を取られている隙に、下方から接近していたアルフが、ヴィータの魔法障壁を拳で打ち抜いた。得意の魔力無効化の魔法だ。

 

「てめえっ!」

 

 鉄槌の騎士はお前もかと、怒りを込めてアイゼンでの一撃を食らわす。その破壊力の前に、アルフは防御壁ごと吹っ飛ばされた。

 しかしフェイトはその隙を見逃さない。空かさず攻勢に出て来る。2対1ではヴィータの不利であった。

 

(くっそお……ぶっ潰すだけなら簡単なのに……!)

 

 それをやる訳には行かないヴィータは、攻撃を凌ぐしか無い。ベルカ式はミッド式に比べて手加減が難しい。手加減する分格段に不利になる。

 しかもどんなに相手が悪かろうが、絶対に殺したり怪我をさせる訳には行かない。そう固く誓ったのだ。

 此処は逃げるしか無いと思ったが、それも難しい。封鎖領域の外に出られないのだ。

 解析して出るか、最大攻撃魔法で破壊るかのどちら かだが、どちらにせよこの状況では難しい。ヴィータは歯噛みした。

 

 

 

 

 ウルトラマンゼロとシグナムは、封鎖領域内への侵入に成功していた。 確かにベルカ式の結界で、シグナムが一部を解除して入り込む事が出来たのである。

 2人が封鎖領域内に足を踏み入れた時、不意にゼロが頭を押さえた。

 

『何だ! この波動は!?』

 

「どうしたゼロ……?」

 

 静まり返った辺りを見回すゼロの顔を、シグナムは不思議そうに覗き込む。ゼロは頭に手を当てたまま将を見、

 

『強烈な催眠波動が中に満ちている! シグナム対精神攻撃の魔法があるだろ? そいつを使え! これじゃあ中に居る人間は、まともな状態じゃいられねえぞ!』

 

「何!?」

 

 どうやらレヴァンティンのセンサーには、無害なものとされてしまっているようだ。未知のもので機械類には感知出来ないらしい。ウルトラマンの脳は、その手のものには敏感なので感知出来たのである。

 

 シグナムは直ぐに精神防御の魔法を発動させた。機械類では判別出来なくとも、魔法には対精神攻撃用のものもちゃんとある。

 その時数キロ程先の高層ビルの谷間に、飛び交う紅い光と金色の光が見えた。シグナムはそれを見て、

 

「あの魔法光はヴィータだ!」

 

『ヤバそうだ、行くぜ!』

 

 ゼロとシグナムは飛び上がり、急ぎ戦闘が行われていると思しき空域へと向かった。

 

 

 

 一方治癒を受け幾分快復したなのはは、ユーノの転移魔法で離れた位置に在るビルの屋上に降り立っていた。丁度フェイト達の戦闘を見守る形になる。

 治療魔法を受けても完全に復活した訳ではなく、戦闘に参加までは出来ない。

 

「アルフさんも来てくれたんだ……」

 

 弱々しく微笑むなのはを支えてやるユーノは、安心させるように笑って見せ、

 

「クロノ達も、アースラの整備を一旦保留にして動いてくれてるよ」

 

 頼もしい限りだった。封鎖領域内をスキャン出来ない為、クルー達は総出で状況の確認に動いている。ジン……と来てしまうなのはであった。

 

 

 その頃『孤門一輝』は転移ポートにより、なのは達より少し離れたビルの屋上に降り立っていた。その手に短剣状の変身アイテム『エボルトラスター』を持ち、油断なく辺りを見渡している。

 

「ん……?」

 

 孤門はふとエボルトラスターを見るが、中央のビースト反応を報せるクリスタル部分は沈黙したままだ。難しい顔でトラスターを見詰め、

 

「一瞬反応が……? むっ!?」

 

 孤門はハッとして顔を上げた。何かを感じ取ったのだ。その全身に燃えるような気と力が満ちる。

 

「来たか……」

 

 普段の穏やかな彼とは違う、戦闘者の表情を浮かべエボルトラスターを握り締めた。

 

 

 

 ヴィータはフェイトとアルフ相手に、苦戦を強いられていた。手加減のせいも有るが、フェイト達も以前とは格段に腕を上げている。

 更に彼女達ならではの、息の合ったコンビネーションでヴィータを追い詰めて行く。あれから半年、漫然とせず相当な研鑽を積んできたのだろう。

 

「こんのおっ!」

 

 ヴィータがコンビネーションを崩そうと、アイゼンを振りかざした時、突然周りを金色の光のリングに囲まれていた。

 

(しまった!?)

 

 気付いた時には遅い。手足を計4つの魔力のリングが拘束していた。空中に磔(はりつけ)のように固定されてしまっている。ヴィータは外そうともがくが、そう簡単には外れない。

 フェイト達の連携プレーだ。フェイトが引き付けている内にアルフが設置式の罠を張り、見事捕らえる事に成功したのだ。

 フェイトは磔にされたヴィータに、勝ち誇ってバルディッシュを向ける。

 

「終わりだね……? さあ観念してマスターと仲間の居場所を教えてもらうよ……害悪!」

 

 ニヤニヤと厭な嗤いを浮かべる金髪の少女 を、ヴィータはキッと睨み付けた。

 

(こんな奴らに負けてたまっか!)

 

 怒りのままにバインドを外そうと四肢に力を込める。その様子をフェイトとアルフが、馬鹿にするように嘲笑っていた。

 少なくともヴィータの眼には、そうとしか映らない。いや……フェイト達も同様であった。互いの言葉も態度も、何もかもが違って相手に伝わっている事に誰も気付いていない。

 自分 達が誰かに踊らされている事に…… その時、アルフが鋭い獣の感覚で接近するものを捉えた。

 

「何かヤバイよ!!」

 

 叫ぶと同時だった。疾風の如く、ヴィータとフェイトの間に踊り込む影。その人物は鋭い一撃でフェイトを弾き飛ばす。

 

「シグナム……」

 

 磔状態のヴィータは声を漏らした。愛刀レヴァンティンを構え現れるは、自分達のリーダー剣の騎士シグナムだ。 アルフが新たなる敵に向かい拳を向けると同時に、

 

「ウオオオオオッ!!」

 

 横合いから雄叫びを上げて突っ込んで来る影。人間形態のザフィーラだ。異常を察知して駆け付けて来たのだ。守護獣はその勢いでアルフに、強烈な回し蹴りを叩き込む。

 ザフィーラにもフェイト達が嘲笑いながら、 ヴィータに止めを刺そうとしているようにしか見えなかった。

 

『待てザフィーラ!』

 

 ザフィーラが吹っ飛んだアルフに追撃を掛けようとすると、ゼロが背後に現れそれを押し止めていた。

 

「ゼロか、何をする? ヴィータが危ない……!」

 

 やはりザフィーラも催眠波動に惑わされている。ゼロは必死に訴え掛けた。

 

『ヴィータはシグナムに任せろ! 今はまず対精神攻撃防御の魔法を使うんだ!!』

 

「何故だ……?」

 

『頼む! 今は俺を信じてくれ!!』

 

 ゼロの尋常では無い剣幕に、ザフィーラも対精神攻撃防御の魔法を発動させる。幸い味方の方の声は、テレパシーと思念通話でまともに届くようだ。

 

「どう言う事だゼロ……? む……さっきと様子が……?」

 

 ザフィーラは周囲の様子から、違和感を直ぐに感じ取った。流石は冷静な守護獣た。

 

『簡単に言うと……俺達は嵌められたらしいって事だ……』

 

 ゼロは此方の姿を見て、唖然としているフェイト達に視線を向けながら、苦々し気に説明した。

 

 

 

「な……何でゼロさんが……?」

 

 思いも寄らない再会に、フェイトは動揺を隠しきれない。様子を見守っていた、なのはとユーノも驚いている。

 フェイトの目前のポニーテールの女性は剣型のデバイスを携え、冷やかな眼で彼女を見下ろしていた。その隣にゆっくりと浮かんで来たのは、良く見知ったウルトラマンゼロの姿。フェイトは思わず叫んでいた。

 

「ど……どうして、なのはを襲った人達と一緒に居るんですか!? 離れて下さい! その人達を捕まえないといけないんです!!」

 

 呼び掛けにゼロは、哀しそうに首を横に振り、

 

『仕方ねえんだ……邪魔をするなら……お前らでも容赦は出来ねえ……頼む……退いてくれ……』

 

 酷く沈んだ声だった。フェイトにはゼロの全てが苦しく哀し気に映る。そして厭な笑みを浮かべる紅い髪の少女と、ポニーテールの女性。

 

 女性はフェイトにニヤリと嗤い掛けると、後ろからゼロの首に妖しく両手を回し、見せ付けるように豊満な肉体を押し付けて見せる。

 まるでゼロは、自分の物だとでも言いたげだった。それを見たフェイトの中で、ふつふつと抑え切れない程の怒りが湧き上がる。汚らわしかった。大事なものを汚された気がした。

 

「ゼロさんに何をしたぁっ!?」

 

 フェイトは紅玉色の瞳に怒りの色を燃やし、バルディッシュを女剣士シグナムに向けた。

 

 

 

「ゼロ……テスタロッサの私を見る目が、恐ろしく悪くなったようだ……」

 

 シグナムはため息混じりに、愛刀を構えながらぼやく。まさか自分が、ゼロに絡み付く妖しい女に見えているとまでは思ってもみない。

 

『今更何言っても通じねえんだろうな……此方の言葉やら様子やら、どう見えて聞こえてんだか……?』

 

 ゼロも困惑するしか無い。今フェイトに、全ては誤解だから話を聞いてくれと伝えた所だが、まるで通じていないようだ。すると後ろで磔状態のままのヴィータが、

 

「おいっ! どう言う事だよ!? あの高町なんとかがいきなり襲って来たんだぞ!」

 

 状況が掴めず苛ついた声を出す。何が何だか解らないのだ。シグナムは振り向き、

 

「簡単に言うと……お前達全員、強力な催眠波動で踊らされていたのだ……」

 

「何だと!? そんな馬鹿な!!」

 

 ヴィータは驚愕して顔色を変えていた。今までの出来事が全て幻覚だったとは。だが本当にそうだろうか? 最初のなのはは本当に幻覚なのか? 混乱するヴィータにシグナムは、

 

「考えるのは後だ。まずは精神防御魔法を使え……それでなくては、此処ではまともに動けん……」

 

 ヴィータは言われた通り、対精神攻撃防御の魔法を発動させる。そうしている間に、フェイトがシグナム目掛けて突っ込んで来た。一番の敵だと判断したようだ。剣の騎士はレヴァンティンを構え、

 

「今は何を言っても無駄なら……少し大人しくしていて貰おう!」

 

『おいっ、シグナム、無茶すんな!?』

 

 ゼロは慌てて止めようとするが、シグナムはチラリと横目で視線を送り、レヴァンティンの刃を返すと、

 

「仕方あるまい、手加減はする……レヴァンティン、カートリッジロード!」

 

《Exposion!》

 

 レヴァンティンから魔力カートリッジが排出され、刀身が業火と化す。シグナムは一瞬で間合いをゼロに詰め、フェイトにカウンター気味に突っ込んだ。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 フェイトは降り下ろされる炎の攻撃を、バルディッシュで辛うじて受け止める。しかし一撃でバルディッシュの柄部分は真っ二つにへし折られた。

 

「うおぅっ!」

 

 鋭い気合いと共に、返す刀で二撃目が襲う。フェイトは防御魔法で受け止めようとするが、痛烈な打撃に防御シールドごと吹き飛ばされ、向かいのビルに叩き込まれた。ビルの屋上に大穴を穿ち、フェイトは瓦礫と共に転がされる。

 

「フェイトォォッ!!」

 

 アルフは落下したフェイトの元に駆け付けた。怪我こそ無いようだが、魔力ダメージと打撃のショックで呻いている。ゼロは人間形態だったら青くなりそうな様子で、

 

『シグナム……やり過ぎじゃあねえか……?』

 

「安心しろ……峰打ちな上加減はした……テスタロッサは腕が立つ……これくらいでないと行動不能に出来ん……」

 

 シグナムは涼しい顔で言ってのける。確かにそのようだが、それにしてもキツイ。ゼロを騙している悪女呼ばわりされて、少し怒っているのかもしれない。

 

 ゼロはため息を吐くように肩を竦めると、まだ磔状態のヴィータに近付き、バインドを『ウルトラ念力』で粉々に砕いてやった。

 

「悪い……ゼロ……」

 

 ヴィータは腕を擦りながら、素直に礼を言う。するとシグナムが近寄って来た。

 

「ヴィータ……良く我慢したな……」

 

 妹に対する姉のように微笑する。将には判っている。こんな状況下でもヴィータが、相手に怪我をさせまいとした為に不覚を取った事を。

 

「た……たりめえだ……約束だかんな……アタシを誰だと思ってる……」

 

 その事を汲み取ってもらい、ヴィータは照れてわざと膨れっ面をして見せる。シグナムは誇らしげに微笑し、

 

「そうだな……紅の鉄騎に失礼だったな……」

 

 ヴィータの頭に先程撃ち落とされた、のろいウサギの着いた帽子を被せてやる。

 

「破損は直しておいた……大事な物だろう……?」

 

 ヴィータは帽子を大事そうに被り直すと、上目使いにシグナムを見上げ、

 

「シグナム……あんがと……」

 

 呟くようにお礼を言った。普段何かとシグナムに突っ掛かる事が多いヴィータだが、本心は違う。こうして見ると2人は姉妹のように見えた。

 ゼロは一瞬状況を忘れホッコリしてしまうが、無事の再会を喜んでばかりもいられない。4人は集まり、背中合わせに一塊になった。

 

『このままやり合う訳には行かねえ……此処から離脱しようぜ……』

 

 ゼロは逃げる事を提案する。敵ならまだしも、フェイト達と戦う訳には行かない。何者かの策略にむざむざ乗る気は無かった。しかしシグナムは厳しい表情を浮かべ、

 

「それが出来ないのだ……私もそう思って入った時と同じく、封鎖領域の一部を解除しようとしたが駄目だ……入った時と術式が組み換えられてしまっている……」

 

『何だって!? じゃあ俺達もまんまと嵌められた上に、此処に閉じ込められたって事 か!?』

 

「そうだ……これを破るには恐らくゼロの光線か、私かヴィータの最大クラスの魔法攻撃もしくは、解析しての解除が必要だろう……」

 

『判った、それなら俺がやる!』

 

 ゼロは頷くと、左腕を水平に挙げ『ワイドゼロショット』のエネルギーを集中させた。

 シグナム達が周りを見渡すと、復活したフェイトがアルフと共に向かって来るのが見える。ユーノもなの はを防御結界の中に退避させ、援護の為に向かって来ていた。

 

「何をするつもりか知らないが……そうはさせない!」

 

 戦局を見守っていた孤門はゼロの動きを察し、エボルトラスターの鞘にあたる部分を一気に引き抜いた。短剣部を頭上に勢い良く掲げる。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 刃先が眩いばかりの光を発し、彼の身体は光に包まれた。

 

 

 

『何だ!?』

 

 ゼロは突如として現れた、天空まで届きそうな光の柱を見て、ゼロショットの手を止める。容易ならない力の気配を感じ取った。

 眩い光と共に巨大な何かが、大地を揺るがしビル街中心に降り立つ。

 

『ばっ、馬鹿な! ウルトラマンだと!?』

 

 ゼロはその姿を見て、驚愕の声を上げていた。光が晴れると、其処には片膝を立てた光り輝く巨人の姿が在った。

 全身銀色のボディーに、赤く発光する胸部のYの字形のクリスタル部。『ウルトラマンネクサス・アンファンス』の出現であった。

 ネクサスは片膝を着いた体勢からゆっくりと立ち上がり、その銀色に輝く数十メートルの偉容を示す。

 

「あ……アイツはゼロの仲間なのか……?」

 

 ヴィータがネクサスの巨体を見下ろし聞いて来るが、ゼロは首を振り、

 

『いや……あんなタイプの同族は居ない……誰だアイツは……?』

 

 一見ウルトラ族に良く似ているが、胸部の形状といい腕の籠手状のアームガードといい、明らかに違う点が窺える。生命体として別種の存在に見えた。

 見覚えと言う点では、胸のクリスタル部の形状が『ウルトラマンノア』に似ているくらいかとゼロは思う。

 敵か味方か不明だが1つハッキリしているのは、容易ならざる相手だと言う事だ。警戒して身構えるゼロは、そこである事に気付く。

 

(催眠波動が消えている……?)

 

 何時の間にか、あれだけの催眠波動が消えてい る。疑問に思うゼロだが、最悪のタイミングで切られた気がした。困惑するゼロの頭の中に声が響く。

 

《君がこんな事までするとはね……》

 

《誰だお前は? 俺を知ってるのか!?》

 

 巨人ネクサスは、静かにゼロを見上げ、

 

《ウルトラマンネクサス……ウルトラマンゼロ、君を倒しに来た……まさかとは思っていたが……やはり今まで魔導師を襲っていたのは君達だったのか……!》

 

《ふざけるなあっ! いきなり出て来て訳の解らねえ事ぬかしてんな! 俺達は誰も襲ったりなんかしてねえ!!》

 

《この後に及んで、そんな事が信じられるとでも思うのかい……? どの道僕は君を倒す!》

 

『くっ……!』

 

 やはり今更催眠波動が切られても状況は好転しない。相手もやはり信じてはくれなかった上、どうもそれだけでは無いようだった。こうなればやるしか無い。

 ゼロも対抗して、一気に身長49メートルの巨人と化し、地響きを上げてネクサスの前に降り立った。互いの光る眼がビル街をぼんやりと照らし出し、2体の巨人は対峙し合う。

 

《闘る気かゼロッ!?》

 

 シグナムが呼び掛ける。ゼロはネクサスを正面から見据え、

 

《コイツと闘り合ってる最中に、俺が光線をぶっ放して封鎖領域を破壊する。その隙にバックレるぞ。俺達は今捕まる訳にも、出頭する訳にも行かねえ!》

 

 シグナムは頷いて、レヴァンティンを構える。

 

《判った……此方は邪魔されないようにテスタロッサ達を抑える!》

 

《任しときなゼロ!》

 

 ヴィータもグラーフアイゼンを構える。ザフィーラは無言で頷き拳を固める。3人は上昇して来るフェイト達に備えた。

 

 

 

 フェイト達は見た事の無い巨人の出現に戸惑っていた。すると全員の念話回線に、聞き覚えのある声が入って来る。

 

《僕だ、孤門だよ。ウルトラマンゼロは僕が引き付けておくから、その間になのはちゃんを連れて脱出の準備を!》

 

《えっ? 孤門なの……? 孤門のレアスキ ルって……》

 

 フェイトは驚くが正直ありがたい。さっきま で4対3だった上、ウルトラマンゼロを抑えるのは不可能に近いと思っていたからだ。

 どんな力を秘めているか不明だが、今は頼らせて貰うしか無い。思わぬ援軍だった。

 此方にはダメージを負ったなのはが居る。今は脱出を優先しなければならない。フェイト達が相手を引き付けている間に、全員を結界の外に転送するのが彼女達の考えだ。

 

 ゼロ達もフェイト達も互いに気付かず、それぞれ脱出の算段をしている事になる。これを仕掛けた者は、きっと陰でせせら嗤っているだろう……

 

 

 

 ゼロはネクサスと対峙し、間合いを計っていた。どんな能力を持っているのか、まるで未知数の相手だ。 油断は出来ない。感知出来るエネルギー量も半端では無い。見かけ倒しでは無かろう。

 

(まずは攻めて出方を見る!)

 

 先手必勝と、ゼロはアスファルトを砕いて飛び出した。1秒と掛からず数百メートルの距離を一瞬で詰め、ネクサスの顔面目掛け正拳突きを放つ。

 

『ディヤアアアッ!!』

 

 ネクサスも棒立ちではいない。電光の如く反応し、大砲のような拳を左腕の『アームドネクサス』で受け止め、逆にゼロの顎目掛け痛烈なアッパーを放つ。

 ゼロは上体を反らしてスウェーバックで、その一撃をかわす。ネクサスの拳の衝撃波が唸りを立てた。

 

《やるじゃねえか!》

 

 素早く上体を起こしたゼロは、空振りでがら空きになったネクサスの脇腹にボディーブローを繰り出した。しかし、

 

『シェエアアッ!!』

 

 ネクサスはアッパーから切り替えて、肘打ちでゼロの拳を叩き落とす。まるで巨大な杭で打たれたようだ。

 

(野郎っ!!)

 

 ゼロは後方に飛び退くと、ネクサスの側頭部を狙って鉞(まさかり)のような回し蹴りを放った。ネクサスも迎撃の回し蹴りを放つ。

 2体の巨人の豪脚が唸りを上げて、空中で激突した。互いの攻撃に込められたエネルギーが火花を散らし、 衝撃波が周りのビルの窓ガラスを粉々に砕く。

 

『ウオリャアアアッ!!』

 

『シェエアアッ!!』

 

 双方の巨体に凄まじいまでの力が満ちる。強大なパワーとパワーとのぶつかり合いだ。

 

『デリャアアアアアッ!!』

 

 ゼロが吼える。右脚が炎のように赤熱化し炎と燃える。ゼロのパワーがネクサスを怒涛の勢いで押し返した。

 

『ウオオッ!?』

 

 耐え切れなくなったネクサスは、爆発に呑まれたように吹き飛び、横のビルに頭から突っ込んだ。ビルが積み木のように崩れ落ちて倒壊し、瓦礫と粉塵が辺りを白く染める。

 

《見たか、この野郎!!》

 

 ゼロは唇を親指でチョイと弾き、得意気に吐き捨てた。だが……

 

(チッ!)

 

 ゼロは『レオ拳法』の構えを取る。ネクサスは何事も無かったように瓦礫を押し退けて立ち上がった。ダメージは全く無いようだ。

 

《そろそろ本気で行くよ!》

 

 ネクサスは不敵な台詞を吐くと、右腕を胸に当てた。『アームドネクサス』のクリスタル部分が輝くと、赤い波長がその全身を被って行く。

 

『何だあっ!?』

 

 ゼロの目の前で、ネクサスの身体が変化を起こした。両肩に生体プロテクターが加わり、赤を基調とした特殊戦闘形態『ジュネッス』に姿を変える。

 

(コイツ……『ウルトラマンダイナ』や『メビウス』と同じく姿を変えられるのか!?)

 

 今のゼロにフォームチェンジはまだ出来ない。ゼロの驚きを他所に、ネクサスは両腕を左側にクロスさせる。右腕の『アームドネクサス』が激しく光を発した。

 

《悪いけど、付き合って貰うよ!》

 

 赤い巨人は右腕を天高く掲げた。その手から眩い黄金の光の奔流が空に放たれる。

 

(何をする気だ?)

 

 身構えるゼロは、周囲の空間異常を感知した。ネクサスの放った光が巨大な金色のドーム 型を形成し、2体の巨人を包み込んで行く。

 

「ゼロッ!?」

 

 驚くシグナム達の前で、ゼロとネクサスの巨体が金色の光と共にぼやけて行き、遂には跡形も無く消え失せてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ゼロが金色の光を抜けると、目の前には見た事の無い異様な空間が在った。 赤や紫などの色が混じりオーロラのように揺らめく空に、異形の大地が広がる荒涼とした所だ。妙な息苦しさを覚える気がした。

 

(奴の力か……? 別の空間に閉じ込められたのか?)

 

 辺りを見渡すゼロの前に、眩い光が現れる。 光は人型を成し、『ウルトラマンネクサス・ ジュネッス』が姿を現した。

 

《コイツは貴様の力か!?》

 

 ゼロの問いに、ネクサスは胸部に形成された 『コアゲージ』を青く輝かせ、

 

《そう……特殊戦闘空間『メタフィールド』来い、ウルトラマンゼロ!!》

 

 メタフィールドで、今2体のウルトラマンによる戦いが始まろうとしていた……

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 





 メタフィールドで激突するウルトラマンゼロと、ウルトラマンネクサス。ゼロはネクサスの圧倒的パワーに苦戦を強いられる。一方の守護騎士達は、奇怪な事態に遭遇する。

 次回『激戦-フェースファイティング-』


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第37話 激戦-フェースファイティング-

 

 

 

「ゼロとあのデカブツが消えた……?」

 

 ヴィータは唖然としてゼロが消えた辺りを見渡すが、2体の巨人の姿は煙のように消え失せ、何処にも見当たらない。

 

「ゼロにあのような力は無い筈……あの巨人の力か……?」

 

 シグナムもそちらに目を向けるが、フェイトが向かって来るのを見てそちらに向き直る。

 怒りの眼差しで此方を睨むフェイトに続き、アルフとユーノも戦闘態勢で上がって来ていた。シグナムは迫るフェイト達に視線を向けつつ、ヴィータとザフィーラに、

 

「あの様子では、ゼロに封鎖領域を破る余裕は無さそうだ……念の為侵入する前に、シャマルに応援を頼んでおいた。今頃察して封鎖領域の解除を始めている頃だろう……その間時間稼ぎをせねばなるまい……」

 

「ゼロは大丈夫かな……?」

 

 ヴィータは心配そうに、再びゼロが消えた辺りを見下ろす。するとシグナムが、

 

「ゼロなら大丈夫だ……あの男がむざむざやられるものか。私は信頼している……」

 

 戦闘中にも関わらず、柔らかく微笑んだ。ヴィータはあのシグナムが、戦鬼の笑み以外を戦闘中に浮かべるのは珍しいなと意外に思うが、確かになと納得して頷いた。

 烈火の将は頷き返すと、レヴァンティンの刃を再び返し、

 

「行くぞ……やり辛いだろうが、ベルカの騎士ならば……」

 

「誓いは貫く! しのいでやるさ!」

 

 ヴィータが空かさず合いの手を入れる。ザフィーラも力強く頷いた。ヴィータは相手に向かいながらふと、違和感を感じ背中に手をやった。

 

「『闇の書』が無い?」

 

 持っていた筈の『闇の書』が何時の間にか消えていた。

 

 

 

 

 はやてはキッチンで、夕食の下ごしらえの真っ最中であった。他の皆が少々遅くなりそうだとの連絡があったので、それなら下ごしらえに手間の掛かる洋風の鍋を試してみようと、シャマルが提案したのである。

 はやても乗り気になり、シャマルは足りない材料の買い出しに出掛けた所だ。鼻歌混じりで包丁を握っていたはやての携帯の着信音が鳴る。シャマルからであった。

 

《すいません……お目当ての食材が見当たらなくって、ちょっと遠くのスーパーまで探して来ます》

 

「別にええよ? 無理せんでも」

 

 はやては言うが、シャマルはここまで来るとどうしても手に入れないと気が済まない、ついでに皆を拾って帰るとの事だった。

 

「なるべく急いで帰りますから……」

 

 ビルの屋上に立つ騎士服のシャマルは、目前の封鎖領域を見上げながら、指輪モードの 『クラール・ヴィント』に話し掛ける。携帯と通話出来るように調整してあるのだ。

 

《あっ、急がんでもええから気い付けてな?》

 

「はい、それじゃあ……」

 

 シャマルは心の中で謝りながら通信を切る。その小脇に『闇の書』が在った。 戦闘の邪魔になると判断し、封鎖領域の術式が組み換えられる前に離脱して来たのだ。

 

 シャマルはシグナムからの思念通話を受けて此処に駆け付け、事態を察し早速封鎖領域の解析に掛かっている所である。

 シグナムの予想通りだ。伊達に永い時を共に戦って来た訳では無い。シャマルは参謀としての役割も担っている。

 

(確かにベルカの封鎖領域なのに、あちこち弄られてるみたいね……解除にはもう少し時間が掛かりそう……みんな無事でいてね!)

 

 湖の騎士は急く気持ちを抑え、解除作業に集中す る。彼女の探査能力でも、中の様子はハッキリと判らなかった。

 

 

 

 

『ディャアアアッ!!』

 

 幻想のような空間の中、先手必勝とばかりに放たれるウルトラマンゼロの上段回し蹴りが、ウルトラマンネクサスに飛ぶ。

 

《同じ手は食わない!》

 

 音速の勢いで繰り出された蹴りを、ネクサスは片手でガッチリと受け止めていた。更に蹴り脚を掴むと、力任せに引っ張っる。

 

『なっ!?』

 

 バランスを崩されたゼロは焦った。だがそれだけでは終らない。何とネクサスは腕一本で、3万トンを超えるゼロの巨体を、頭上まで引っこ抜いたのだ。

 

 凄まじい力だ。ネクサスは引っこ抜いたゼロを、強烈なパワーで地面に叩き付ける。異形の大地が地震のように揺れ砕けた。

 

『グワアッ!』

 

 背中から叩き付けられたゼロは、苦悶の声を上げてしまう。だが痛みに気を取られている余裕も無い。更にネクサスの巨大な脚が振り上げられる。

 ゼロは腹筋の力のみでバネのように一気に立ち上がり、反動を利用してネクサスのボディーに正拳突きを叩き込む。

 

『グオオオッ!』

 

 赤い超人は声を漏らすが、鋼鉄のような腹筋が衝撃を受け止める。

 

(俺の正拳突きをまともに食らって耐えやがっ た!?)

 

 驚くゼロの横腹を狙い、ネクサスは右腕を振り上げ鋭いフックを繰り出して来た。

 

『チイッ!』

 

 避け切れないと瞬時に判断したゼロは、ネクサスの顔面に頭突きを食らわそうと逆に踏み込んだ。しかしネクサスもフックを止め、頭突きを合わせて来た。

 

 ガキンッと鈍い音を立て、2人のヘッドバッドが激突する。ゼロは押し負け、後ろによろめいてしまった。

 ネクサスが更に頭突きを食らわそうとするが、ゼロは辛うじて後方に飛び退き距離を取る。頭を振り赤い超人を睨みながらも、ゼロは驚きを隠せない。

 

(コイツ、さっきと何もかもが桁違いじゃねえか! あの姿はやはりパワーアップ形態なのか!?)

 

 ゼロは額を擦ると、油断なくネクサスに『レオ拳法』の構えで対峙する。しかし同時に疑問をも感じた。

 

(確かに奴のパワーアップは凄えが……それだけか……? どうも調子が上がらないような気がするぜ……)

 

 妙な息苦しさと身体の不調を感じるが、大した事は無いとゼロは自らを奮い立たせる。

 

(ウダウダ考えても仕方ねえ! 行くぜっ! これならどうだ!!)

 

 ゼロの脳波に反応し、頭部の一対の宇宙ブーメラン『ゼロスラッガー』が唸りを上げて飛び出した。赤き超人に向かい、空を切り裂き迫る。

 ネクサスは退かず、両腕の『アームドネクサス』を発動させ、光の刃『パーティクルフェザー』を連続して繰り出す。空中で白熱化したスラッガーと、くの字型の光刃がスパークを上げて激突した。

 

『何いっ!?』

 

 光刃がゼロスラッガーを圧倒的パワーで弾き返し、残りの刃が此方に襲い掛かる。ゼロは横っ跳びに身をかわしてパーティクルフェザーを避けると、大地 を蹴り割って跳躍した。

 

 弾かれたスラッガーを呼び戻し、両手に構えると上から突撃を掛ける。ネクサスは両腕を構え『エルボーカッター』で迎え撃つ。 幻夢の空間を揺るがして、2体の巨人の斬撃音が轟く。暴風雨の如き打ち合いだ。

 

『シェアッ!!』

 

 ネクサスの強烈極まりない一撃が打ち込まれ、受け止め切れなかったゼロの手からスラッガーを弾き飛ばした。

 

(しまった!)

 

 ゼロがスラッガーに気を取られた一瞬をネクサスは見逃さず、右拳にエネルギーを集中させる。

 

『ウオオッ! シェアアッ!!』

 

 気合いと共に、光を放つ猛烈な一撃『ジェネレイドナックル』を、ゼロのボディーに深々と叩き込んだ。

 

『グハアアッ!?』

 

 ゼロ距離から砲撃を受けたようにゼロは数百メートルは吹っ飛び、大地に叩き付けられた。 異形の岩がガラス細工のように飛び散る。

 

(ぐはっ……!)

 

 ゼロは腹を押さえて大地に這いつくばってしまう。凄まじい威力であった。

 

(ばっ……馬鹿な!? 正面からやり合って、俺が力負けしただと!?)

 

 驚愕と悶絶するような痛みで、まだ立ち上がる事が出来ない。ネクサスはゆっくりとゼロの近くに歩み寄った。

 

《投降するなら、これ以上攻撃は加えない…… 罪を認めるなら悪いようにはしない……》

 

《舐めた事……抜かしてんじゃねえ……!》

 

 ゼロが腹を押さえながらも大地を踏み締め立ち上がり、赤き超人を睨み付けると同時だった。ゼロの『カラータイマー』が赤く点滅を始めているではないか。

 

(そんな馬鹿な!? 俺のエネルギーがこんなに早く無くなる訳がねえ!)

 

 予想外の出来事だった。ゼロは動揺を隠せない。時間切れにはまだ早い筈にも関わらず、エネルギーが極端に消耗していた。そこでようやく気付く。

 

(この『メタフィールド』とやらのせいか…… この空間内では奴はパワーアップし、敵には消耗させる専用のバトルフィールドって訳かよ! クソッ、此処に誘い込まれた時点で詰んでたって事か……!)

 

 圧倒的不利な状況だが、ゼロは痛みを堪え再びレオ拳法の構えを取った。

 

 

 

 

 

 シグナムとフェイトは、ビル街上空で激しく打ち合っていた。『レヴァンティン』と『バルディッシュ』が火花を散らす。

 

「くっ……!」

 

 近接で正面から打ち合う不利を悟ったフェイトは、後方に飛び距離を取った。シグナムは彼女の判断力と戦い振りに感心し、

 

(ほう……随分腕を上げたな……以前とはまるで別人だ……)

 

 こんな状況にも関わらず、少し嬉しくなってしまう。血が騒ぐのだ。困った性分だと自らを苦笑する。

 フェイトに無論そんな余裕は無い。彼女の周りに金色の魔力スフィアが現れる。彼女の得意魔法『フォトンランサー』の発射態勢だ。シグナムは動かず、

 

「レヴァンティン……私の甲冑を……」

 

《Panzer Geist!》

 

 女騎士の身体が淡い紫色の魔法光に包まれた。フェイトは構わず射ち出しに掛かる。彼女のフォトンランサーなら、なまじの魔法障壁ならば貫通するだけの威力を持っているのだ。

 

「撃ち抜け、Fire!」

 

 雷音のような発射音を上げ、計4発の電光の槍がシグナムに向かって放たれる。剣の騎士は余裕を見せるかのように着弾前に眼を閉じた。

 

「ああっ!?」

 

 フェイトは目を見張る。轟音と共に炸裂したフォトンランサーは紫色の壁に阻まれ、難無く弾かれてしまった。

 あの大魔力のなのはですら、フォトンランサーの前に揺らいだと言うのに、目の前の女騎士は微動だにせず受けきってしまったのだ。

 フェイトの知りうる防御魔法の範疇を超えている。 驚く少女の前でシグナムは、ゆっくりと愛剣を降ろし、

 

「研鑽を積んで来たようだな……悪くない……だがベルカの騎士に1対1を挑むにはまだ足りん……だがな……」

 

「……?」

 

 直ぐに攻めて来ると思いきや、静かな瞳を向けて来る剣士をフェイトは不審に思う。シグナムはおもむろに口を開き、

 

「退いては貰えんか……? 全ては誤解だ……」

 

「何を今更! なのはを襲って、ゼロさんをたぶらかしているのに!!」

 

 フェイトは普段の彼女に似合わぬ程に、激昂して叫んでいた。シグナムの言葉と態度に、却って怒りを増大させてしまっている。

 尊大だと捉えてしまっていた。 この状況では火に油である。シグナムはため息を吐き首を振った。

 

(やむを得ん……何者かの思惑通りだろうが、 今は仕方無いか……)

 

 思考を巡らせているのを隙ありと見たフェイ トは、バルディッシュを振り上げて突撃するが、

 

「!?」

 

 シグナムの姿が閃光と共に、残像を残して視界から消え失せた。瞬時に高速移動を行ったのだ。姿を見失ってしまったフェイトは、ゾクリとした気配を感じて顔を上げると、

 

「あっ!?」

 

 その瞳に真上から剣を振り下ろす剣士が映る。咄嗟の反射神経だけでバルディッシュを突き出し、防御魔法を張り巡らす。

 しかし一振りで防御壁を叩き割られ、バルディッシュにレヴァンティンが激突した。 フェイトは重い豪剣を辛うじて横に受け流し、後方に跳ぶ。良い動きだとシグナムは思うが、

 

(やるな……ならば仕方無い!)

 

 流石に手加減し過ぎると此方がやられる。フェイトは並の魔導師では無いのだ。レヴァンティンから魔力カートリッジが排出され、刀身が炎と化した。

 

「レヴァンティンッ! 叩き割れ!!」

 

《Jawohl!》

 

 シグナムの炎の一撃が飛んだ。フェイトはバルディッシュで再度受け止めるが、今度は受け流せない。

 業火の剣に耐え切れず杖部に亀裂が入り、コア部分にまで達した。だがそれだけでは終らない。シグナムの鋭い気合いが響く。

 

「ハアアアアアッ!!」

 

 凄まじい衝撃と剣圧に耐え切れなくなったフェイトは、またしても砲弾の如く吹き飛ばされ、後方のビルに叩き付けられてしまった。

 

「フェイトちゃん!?」

 

 見守っていたなのはの悲鳴に近い叫びが木霊す。

 現在ユーノはヴィータと、アルフはザフィーラと戦いながら封鎖領域からの脱出を試みている。しかし領域は堅牢で解析に手間取り進まない。

 シグナム達も状況は同じだ。今外でシャマルが懸命に解析作業に掛かっている。とんだ皮肉であった。

 

 シグナムはカートリッジをレヴァンティンに装填しながら、ビルに叩き付けたフェイトの上空に移動した。これくらいで参る相手で無いの は判っている。

 瓦礫を除けてやはりフェイトは立ち上がり、キッと顔を上げ女騎士を睨み付けた。

 友人を傷付けられ、恩人をたぶらかしている (と思い込んでいる)シグナムへの敵愾心もあるだろうが、一歩も退かない精神力に剣の騎士は感心した。口許に自然笑みが浮かぶ。

 

「いい気迫だ……私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターの将シグナム……そして我が剣レヴァンティン」

 

 彼女のこれまでの研鑽の日々と実力を讃え、静かに名乗りを上げた。

 

「ミッドチルダの魔導師……時空管理局嘱託フェイト・テスタロッサ……この子はバルディッシュ!」

 

 フェイトも絶対に負けないと言う想いから、バルディッシュを掲げ名乗り返す。互いの魔力が集中して行く。第2ラウンドが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 荒涼としたメタフィールド内で、ゼロとネクサスの戦いは続いていた。エネルギーの異常なまでの消耗に焦りを隠せないゼロは、ジュネッスとなったネクサスに押される一方だ。戦況は明らかにゼロが不利である。

 

(クソッ! 手加減出来るような相手じゃねえぞ!)

 

 ゼロは超音速で空を翔け、後方から追撃して来るネクサスに視線を向ける。戦闘は空中戦に移っていた。ソニックブームを巻き起こし、2体の巨人がぶつかり合う。

 ゼロは誤解から始まった戦い故に、最初は手加減をして追い払うつもりだったが、もうそんな余裕は無い。

 柄にも無く話し合いとも思ったが、なのはがヴィータに襲われたと思われているらしい上に『闇の書』の事があるゼロ達には、事情の説明も出来ない。今はネクサス達を退けて脱出をするしか無かった。

 

(これも敵の思う壺かよ、ちきしょう!!)

 

 何処の誰とも知れない敵の、陰湿なやり口に頭に来るゼロだが、ネクサスは容赦なく攻撃して来る。

 ただネクサスもゼロを殺す気がないのか、威力の高い光線を撃って来ない。お陰で必殺光線の撃ち合いまでには至っていなかった。

 しかし相手を戦闘不能まで追い込みたいのは双方同じで、攻撃に容赦は無い。

 

『ディヤアアアッ!!』

 

『シェアアアッ!!』

 

 空中で物理法則を無視したような格闘戦が繰り広げられる。まるで空気を足場に戦っているかのようだ。

 ゼロの突きがネクサスの顔面に打ち込まれるが、向こうも負けじと『ジュネッスパンチ』を鳩尾に叩き込む。やはりメタフィールド内ではゼロが不利なの か、打ち合いで競り負けて地上に落下してしまった。

 

(クソォッ!)

 

 地表に激突する前に体勢を立て直したゼロ は、悔しげに上空のネクサスを見上げる。するその眼にあるものが入った。

 

(何だ? アイツのカラータイマーみたいな物が点滅している?)

 

 ネクサスの胸部に形成された器官『エナジーコア』の点滅が始まっていた。更には動きにキレが無くなって来ているようだ。 状況を素早く分析したゼロは、答えを導き出す。

 

(そうか! この空間を維持出来るのは、そう長い時間じゃねえんだな? 自分に有利ではあるが、その分消耗が激しい諸刃の剣って訳か!)

 

 不利な状況の中、相手の消耗に気付いたゼロは、反撃に移るべく高く上昇する。こちらもあまり時間は残っていなかった。

 

 

 

 

 封鎖領域内でも戦闘は続いていた。色の無い暗い空を激突する6つの光。此方はフェイト達が不利であった。

 戦いの場から離れたビルの屋上で、ユーノの回復防御の結界の中戦いを見守っていたなのはは、追い詰められて行くフェイト達を見て焦燥に駈られていた。

 

「……助けなきゃ……私がみんなを……」

 

 実際はシグナム達は危害を加えるつもりは無く、脱出の為の時間稼ぎをしているだけなのだが、なのは達には思いもよらない。

 このままでは全員やられてしまうと思ったなのはは、ダメージを負った身体に鞭打って結界の外に歩き出した。

 そんな彼女の想いに応え『レイジングハート』はボロボロの状態にも関わらず砲撃モードに変形する。

 

《Lit.s shoot it Starlight Breaker》(撃って下さい、スターライトブレイカーを)

 

「そんな……無理だよ、そんな状態じゃ……あんな負担の掛かる魔法、レイジングハートが壊れちゃうよ……!」

 

 心配するなのはだが、レイジングハートの励ましと信頼に彼女は覚悟を決めた。

 意を決したなのはがレイジングハートを構えると、前面に桜色の魔方陣が展開される。彼女最大の砲撃魔法『スターライトブレイカー』追加効果で結界破壊が可能なのだ。

 

 今の状況で戦局を引っくり返す事が可能だろう。なのははフェイト達に、結界破壊と共に脱出するよう念話を送る。心配するフェイト達に、任せてと返事を返し砲撃に精神を集中した。

 その周囲に膨大な魔力が集中して行く。周りの残存魔力をかき集めて放つその威力は絶大 だ。レイジングハートの途切れ途切れながらのカウントが響く。

 

 その魔力の高まりにシグナム達も気付いた。 一番なのはに近い位置でユーノを引っ張り回していたヴィータは、ほくそ笑んで彼女を見下ろし、

 

(こいつは都合がいいぜ、この魔力なら封鎖領域をぶっ壊せる)

 

 発射態勢を完了したなのはがレイジングハー トを振り下ろし、ヴィータが状況をシグナム達に伝えようとした時だった。

 

「ああっ!?」

 

 なのはの動きがビクンと止まってしまう。 ヴィータは目を見張った。何故ならなのはの胸から、人間の手が生えているのだ。しかも良く見知った光景であった。

 ほっそりした女性の手、その指に『クラール・ヴィント』らしき指輪も見える。シャマルの使用魔法『旅の鏡』空間を繋げて、離れた相手を攻撃する転移魔法の一種だ。

 

 その手の中に光る物体が在る。なのはの『リンカーコア』だ。その光が吸われるように小さくなって行き、彼女は苦悶の声を上げた。

 魔力を『蒐集』されているのだ。 その光景を見たヴィータは、堪らず飛び出していた。

 

「止めろシャマル! 約束を忘れたのかよ!?」

 

 訳が判らず出遅れたフェイト達よりも早く加速し、苦しむなのはに近寄ると、その胸から生えている手を掴むが、

 

「うわあっ!?」

 

 不可視の力を受け撥ね飛ばされてしまう。その異質な力に ヴィータは気付いた。

 

(コイツ、シャマルじゃ無いっ!?)

 

 その手はビクリとしたようにリンカーコアを掴むのを止め、そのまま引っ込んでしまった。

 

 

 

 

「何これ!? 『闇の書』のページが勝手に増えてく!?」

 

 封鎖領域の外で解析を急いでいたシャマルは、驚いて目を見開いた。小脇に抱えていた『闇の書』が突然起動し、真っ白なページが独りでに埋まって行くではないか。有り得なかった。

 

「そ……そんな馬鹿な事が……?」

 

 シャマルは目の前に浮かぶ『闇の書』を見て、驚愕に身を震わせた。

 

 

 

 

 魔力を『蒐集』されてしまったなのはは、それでも砲撃魔法の態勢を止めず、最後の力を振り絞ってレイジングハートを振り下ろす。皆を助けなければとの強い想いが、限界を超えて彼女をつき動かしていた。

 

「スターライト……ブレイカアアアァァァッ!!」

 

 桜色の凄まじい火線が闇夜を明るく染め上げ、身を起こしたヴィータはその閃光に堪らず目を覆った。

 

 

 

 

 ゼロの『カラータイマー』と、ネクサスの 『コアゲージ』が赤く点滅を繰り返していた。双方共消耗している。しかし今の状況では、確実にゼロの方が先にエネルギーが尽きてしまうだろう。

 

(クソッたれえっ!!)

 

 絶体絶命だ。焦るゼロ。その時不意に周りの空間が金色の光を放った。異相空間が通常空間に戻ろうとしているのだ。『メタフィールド』が解除され始めている。

 

《お前っ、何のつもりだ!?》

 

 当然解除したのはネクサスであろう。ゼロは宙に浮かぶ赤い超人に問うた。金色の光の中ネクサスは、ウルトラマンの少年を見下ろし、

 

《君の仲間の作った結界は破壊された……これで皆脱出出来る……此方は怪我人が居るから今日の所はこれで退こう……君も街中で暴れる程堕ちてはいないだろう……?》

 

《クッ……》

 

 確かにそうだ。封鎖領域が破壊され『メタフィールド』も解除されたら、街中で暴れる事になってしまう。ネクサスの姿が朧気になって行く。

 

《このまま人を襲い続けるのなら、次は容赦しない……!》

 

 そう言い残すと、その巨体は幻のように姿を消した。

 

 

 

 

 スターライトブレイカーで全ての魔力を使い果たしたなのはは、コンクリートにパタリと倒れ込んだ。

 ヴィータはやれやれと立ち上がり、気配を感じて空を見上げる。金色の光が溶けるように消え去り、ウルトラマンゼロの巨体が姿を現した。

 

(ゼロ……無事だったか……)

 

 胸を撫で下ろしていると、シグナムから全員に向け念話が届く。

 

《結界が壊れた、脱出するぞ!》

 

 それを合図にゼロ達は、一斉にこの場所から離脱する。

 封鎖領域が壊れ『アースラ』にも状況の映像が入って来ていた。

 

「何故ウルトラマンゼロが!?」

 

「えっ? 何っ? どういう状況!?」

 

 通信室で事態を見守っていたクロノと、サー チしていたエイミィの困惑した声が響く。

 

「こいつら……」

 

 モニターに映し出されたシグナム達の顔を見て、クロノは声を漏らしていた。守護騎士達に見覚えがあるようだ。そしてシャマルが抱えている『闇の書』がその目に映る。

 

「あれは!!」

 

 クロノの表情が変わっていた。その間にもエイミィは必死でセンサーでの追跡を続けるが、 反応を見失ってしまった。

 

「ごめんクロノ君……しくじった……」

 

 エイミィはガックリと顔を伏せる。済まなさで一杯の彼女は、沈黙したクロノに違和感を感じ顔を上げた。クロノは食い入るようにモニターを見詰め、

 

「第一級捜索遺失物ロストロギア……『闇の書』……」

 

 少年執務官は、拳を震える程握り締めていた。

 

 

 

つづく

 

 

 




 最初の戦いが終わり、それぞれの想いが渦を巻く。敵は一体何者で何が狙いなのか。不穏な情勢の中、海鳴市に潜むものとは?

 次回『予兆-プロフェシー-』


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第38話 予兆-プロフェシー-

 

 

 封鎖領域から脱出したゼロ達は、追跡を逃れる為一旦バラバラに散った。シグナム達は転移魔法を繰り返し、ゼロは人間大に縮小しテレポートで跳ぶ。

 『アースラ』の追跡探知を巧みに逃れ、集合場所にしているビルの屋上に無事全員が集まっていた。重苦しい空気が場を支配している。

 皆深刻な表情だ。自分達の存在が発覚した上、何者かにまんまと嵌められて、管理局と敵対する事になってしまったのだ。最悪の事態だった。

 何も無ければ誰1人襲う事無く『蒐集』を終えてはやてを救い、管理局に知られる事無く静かに暮らせた筈だったと言うのに……

 

 ゼロ達はシャマルが開いた『闇の書』をまじまじと見詰めた。ヴィータが途中で邪魔をしたお陰で10ページ程ではあるが、確かにページが埋まっている。なのはから『蒐集』された魔力だ。

 シグナムは険しい表情で、ページの埋まり具合を確認しながら、

 

「それでシャマル……その時『闇の書』が『蒐集』していないにも関わらず、勝手にページが埋まって行ったと言うんだな……?」

 

「ええ……まるで何処からか、魔力が転送でもされたみたいだったわ……」

 

 シャマルは薄気味悪そうに肩を震わせる。異常だった。無論彼女はなのはを襲ってなどいない。封鎖領域内部の状況さえ良く判らなかったのだ。

 

「魔法だと割りと良くある事なのか……?」

 

『ウルトラゼロアイ』を外し、人間形態になったゼロは疑問を投げ掛ける。シグナムは首を横に振り、

 

「そう簡単にやり取り出来るものでは無い、と言うよりまず有り得ん事だ……一体どうなっている……?」

 

 リーダーの彼女も困惑していた。眉をひそめて『闇の書』を見詰めるしか無い。

 『闇の書』は魔力蓄積型のストレージデバイスだ。様々な魔力を集める事は出来るが、他から魔力を転送出来る機能など無い。それ自体が独立した一個のシステムなのだ。

 第一そんな機能が有ったら、わざわざ『蒐集』などする必要など無いではないか。 困惑する中、ヴィータが複雑そうな顔でシャマルを見上げ、

 

「でもさあ……最初シャマルが血迷って、高町なんとかから『蒐集』したのかと思った……」

 

 実際は不可視の力にはね飛ばされた時、直ぐに分かった。シャマルにあんな力は無い。

 

「そうね……話を聞く限り、私の『旅の鏡』と同じ能力ね……」

 

 シャマルは考え込む。魔法にも『リンカーコア』を抉るものは有るが、『蒐集』までとなると話は違って来る。それは『旅の鏡』でないと無理だ。

 既に失われた技術で産み出された守護騎士と、同じ魔法を使う敵の存在。困惑するヴォルケンリッター達だった。ゼロはそんな皆を見回し、

 

「……催眠波動での撹乱にもう一つ……あの巨人、ネクサスが言ってやがった……魔導師が襲われていて、その犯人が俺達だと……」

 

「そんな馬鹿な! アタシらが魔導師を襲った? 一体どう言う事なんだ!?」

 

 ヴィータは血相を変えた。シグナムはしばらく無言で考え込んでいたが、状況を整理し結論を出す。

 

「状況から判断するに……我等と同じ力を使う紛い者が存在し、魔導師襲撃を繰り返していると言う事か……? 我等を陥れるのが目的で……」

 

 そう考えるとしっくり来る。シャマルはその考えに頷いた。思い当たる事がある。

 

「そう言えば……最近妙に管理局のパトロールが厳しいと思っていたのよ……管理外世界で鉢合わせになりそうになった事も有ったわ」

 

 以前ゼロと『蒐集』に出た時の事を思い返す。あの時はたまたまかと思っていたが、その後も何度か有った事から、警戒態勢が敷かれていたのだろう。

 

「ちきしょう!!」

 

 ヴィータが暗い空に向かって、思いきり叫んでいた。

 

「一体何処のどいつがそんな事やってんだ!? せっかくいい調子でここまでやって来たのに!!」

 

 なのはの偽者の慇懃無礼な台詞を思い出し、怒りの感情を剥き出しにする。あの言葉で完全にキレてしまったのだ。

 

(何がゼロが得体の知れない怪物だ、アタシらに幸せになる資格が無いだよ……そんなに大それた事か? みんなで仲良く暮らす事が……? 夢見ちゃ悪いってのかよ!?)

 

 やり場の無い憤りをぶつけるように、フェンスを殴り付けた。カシャンと乾いた音が静かに屋上に響く。

 

「落ち着けヴィータ……」

 

 シグナムは宥めようとするが、ヴィータは怒りが納まらず怒鳴った。

 

「これが落ち着いてられっか!? お陰で管理局に見付かった! 『蒐集』だって今まで通りには行かなくなる!!」

 

「大丈夫だヴィータ……」

 

 激昂するヴィータの頭に、ゼロはポンッと手を置いた。ムッと見上げる彼女に少年は笑い掛け、

 

「簡単な事じゃねえか……」

 

 ヴィータはその低く押し殺した声にハッとする。ゼロは獰猛な笑みを浮かべて見せ、

 

「……何処のクソ野郎か知らねえが……ぶっ飛ばしてふん捕まえて、管理局に突き出してやればいいだけの話じゃねえかよ……!」

 

 言い方こそおどけてはいたが、凄まじいばかりの怒りと哀しさが込められた言葉だった。

 

「……分かったよ……」

 

 それを汲み取ったヴィータは素直に頷いた。ゼロが一番厳しいのだろう。ヴィータ達が戦ったフェイト達とは、共に戦った者同士なのだ。

 それが家族であるヴィータ達と傷付け合う。 態度や口は悪いが、根が善良なゼロにはとても堪えるのだ。しかしゼロは、何でも無いようにヴィータに再び笑い掛け、

 

「細かい話は後にして、今日は帰ろうぜ……? はやてが美味い鍋を用意して待ってる。これ以上遅くなると心配するぞ?」

 

 彼女の頭をポムポム叩く。ヴィータも乗ってやる事にした。

 

「……そうだな……はやてが心配すっから帰るとすっか!」

 

 ようやく彼女の顔に笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 全員で夜道を歩き自宅へと向かう。皆足取りが重くなる中、ゼロはヴィータと他愛の無い話をしながら歩いていた。

 くよくよしても仕方無い。努めて明るく振る舞う。 しかしおどけて見せながらも、つい嵌めた犯人の事を考えてしまう。すると、

 

《ゼロはどう思う……?》

 

 後ろを歩くシグナムが、思念通話で話し掛けて来た。ゼロもテレパシーで、

 

《前に何度か、怪獣をけしかけて来た奴かとも思ったんだが……》

 

《ゼロは違うと思うのか……?》

 

《解らねえが……どうもやり口が違う気がする……》

 

《どう違うと思うのだ……?》

 

《上手く言えねえんだが……前の奴はやり口に遊び半分って感じがしたもんだが、今回は全部計算づくでいいように踊らされた気がする……》

 

《ゼロもそう思うか……》

 

 シグナムも同じような感想を持ったようだ。 最初から最後まで、完全にシナリオ通り踊らされた。そんな気がするのだ。何とも気味が悪かった。

 ただどちらにも、ドス黒い底知れぬ悪意を感じるのは共通しているとゼロは思う。

 

 そろそろ八神家が見えて来た。ヴィータは迷子の幼子がようやく家に辿り着いたように、一直線に駆け出した。ゼロは少女の後を追い掛けながら、

 

(以前の奴じゃ無いとすると……一体誰が俺達を嵌めたんだ……?)

 

 家の温かい灯りにホッとするものを感じながらも、その疑問が頭から離れなかった……

 

 

 

**********

 

 

 

 PM8:45 時空管理局本局

 

 倒れたなのはは『アースラ』医療班に搬送され、本局の医療施設に収容されていた。

 検査の結果、魔力ダメージと衝撃による一時的な麻痺、それに魔導師の魔力の源 『リンカーコア』がいくらか小さくなっているだけとの事だった。

 

 命に別状も後遺症も無く、なのはは直ぐに目を覚ます事が出来た。『リンカーコア』の縮小も大して魔力を吸われていないせいで、直ぐに元通りになるそうだ。

 早々に退院したなのはは、クルーに割り当てられている待機室に行き、フェイトやユーノ、アルフとクロノに改めてお礼を言い挨拶を交わしている。

 そのタフネスさにフェイト達は安堵を通り越して苦笑したものだ。

 なのはもフェイトも魔力ダメージも抜けピンピンしているが、代わりに『レイジングハート』と『バルディッシュ』が中破してしまい、 修理の必要があるとの事である。

 

 シグナム達の振るう『ベルカ式魔法』を見た事が無かったフェイト達に、クロノとユーノとで説明をしていると、ドアが開いて孤門が部屋に入って来た。

 

「みんな大丈夫だったかい?」

 

 フェイトはなのはを労りながら、孤門に微笑して見せ、

 

「うん……なのはも大した事は無いって……私達ももう何とも無いよ……」

 

「それは良かった……」

 

 全員の無事が分かり、孤門は安堵の表情を浮かべた。フェイトは、誰だろう? と疑問を浮かべているなのはに、

 

「前にビデオメールでも話した孤門だよ……」

 

 なのはは直ぐに思い当たったようだ。ピョコンと礼儀正しく頭を下げ、

 

「高町なのはです、助けに来て貰ってありがとうございます」

 

「孤門一輝だよ、よろしくね、なのはちゃん」

 

 孤門は腰を落とし、笑顔で右手を差し出した。なのはも顔を上げその手をしっかり握る。 握手を終えたなのはは興味津々な様子で、

 

「孤門さんもウルトラマンなんですか……?」

 

 疑問に思っていた事を聞いてみた。ネクサスのテレパシーは当然なのはにも届いていたので、巨人がネクサスと名乗った事も知っている。

 孤門はチラリとクロノに視線を送った。クロノはコクリと頷き、

 

「孤門の変身した姿を見たんじゃ仕方無いな……」

 

 フェイト達は孤門が何らかの『レアスキル』 を持っていて、艦長とクロノだけがその事を知っているのは察していたが、(それでも、あんな能力などとは思ってもみなかった) その事を知らなかったユーノは驚いたようで、

 

「えっ? じゃあクロノは、孤門さんの力の事知ってたのか?」

 

「ああ……最重要の秘密だったからね……アースラでは艦長と僕しか知らされていなかったが、こうなっては全員に話しておいた方がいいだろう……」

 

 クロノの言葉に孤門は頷くと、全員を改めて見渡した。

 

「僕は次元世界の人間じゃない……別の並行世界から来た者だ。ウルトラマンゼロとも違う世界から来た、光を受け継いだ人間なんだ」

 

 その言葉に一同は驚いた。その中でユーノが代表するように口を開く。

 

「えっ? それって、孤門さんは異星人じゃ無いって事なんですか?」

 

「そうだよ……僕は異星人じゃ無い、れっきとした地求人だ……光を受け継いだごく普通の人間だよ……」

 

 魔法を持つ次元世界の人間にも、それは驚くべき事だった。生まれついての異星人と言われれば、ゼロはまだそういう未知の生命体だとまだ納得は出来る。

 いささか強引ながらも、生命体としての在り方が違うのではと言った感じか。

 しかし普通の人間を、あんな巨大な超人に変えてしまう力など、魔法でも失われた世界の伝聞でも聞いた事が無い。

 『ジュエルシード』が子猫の願いを叶えて巨大化させた事があったが、それなどとは比べ物になるまい。いくら魔法でも限界があるのだ。

 皆の驚きの視線の中、孤門は厳しい表情を浮かべて見せ、

 

「ウルトラマンゼロは僕に任せてもらうよ…… 彼を止められるのは僕だけだろう……」

 

 それを聞いて、フェイトとなのはは慌てて詰め寄った。

 

「何かの間違いだよ孤門……!」

 

「そうですよ、ウルトラマンさんが悪い事する筈無いです!」

 

 つい数時間前に見たものがまだ信じられない2人は、必死でゼロを庇う。そこで黙っていたクロノが重々しく口を開いた。

 

「……残念だが……これで今までの魔導師襲撃事件に、ウルトラマンゼロが関わっていた事がハッキリしてしまった……」

 

「クロノどう言う事……? 魔導師襲撃事件?」

 

 驚くフェイトに、クロノはやり切れない表情を向け、

 

「……実は……今までに様々な世界で、魔導師が襲われる事件が起こっていたんだ……被害者達の証言から、あの連中と一緒にウルトラマンゼロらしき人物が、魔導師を襲っていた事も確認されている……」

 

「そ……そんな……ゼロさんが人を襲ったなん て……」

 

「……最初はハッキリとた確証が無かったから伏せていたんだが……今回の件でハッキリしてしまった……この半年の間に彼に何が有ったのか……?」

 

 あれからもあの偽者らしきゼロ達は出現していたようだ。フェイトはクロノの沈痛な言葉に顔色を無くした。厭な嗤いを向けて来るシグナム達を思い返す。腸が煮え繰り返る気がした。

 

「……ゼロさん言ってた……仕方無いんだって……とても辛そうだった……あの人達に脅されるか騙されてるかしてるんだ……!」

 

 彼女の紅い瞳に、強い決意の光が宿っていた。今度は私が助ける番だと心の中で固く誓う。

 

(でも……あの人達と、一体どんな関係なんだろう……? あのシグナムという女の人……)

 

 ゼロに絡み付いていた美しい女騎士が、今もゼロと一緒に居るのかと想像すると、妙に心がざわめくフェイトだった。

 

 なのはは思い詰めた様子のフェイトを心配そうに見る。恩人が大変な事になって堪えているのだなと思い、自分の事のように心が痛くなった。

 場を沈んだ空気が支配していた。皆ゼロが心配なのだ。するとクロノが気分を変えるように、

 

「今はあれこれ悩んでも仕方無い。彼ならば話せば判ってくれる筈だ。次に会った時に説得してみよう。問題が有るなら力になろうじゃないか……」

 

 その言葉に全員が頷いた。此処に居る者は多かれ少なかれ、ゼロと共に戦い助けられた事がある者達だ。想いは同じである。

 

 落ち込んでいても、ゼロの助けにならないと思い直した。クロノはその様子を見てホッと一息吐く。皆落ち込んで動かないのは似合わない。

 彼なりの気使いが功を奏したようだ。無論ゼロを助けたいのは同じだ。一見融通が効かなそうに見られがちだが、クロノは情に厚く義理堅い。ゼロの為に奔走するつもりである。

 話が一区切り着いた所で、クロノはふと部屋の時計を見た。何か予定があるようだ。

 

「フェイト、そろそろ面接の時間だ……」

 

「あっ……」

 

 フェイトも思い出したらしく声を漏らした。 色々な事が立て続けで起こり、すっかり失念していたのだ。なのはは何の事か解らず首を傾げる。クロノはそんななのはと孤門を見やり、

 

「なのは……君もちょっといいか? それに孤門も……」

 

「?」

 

 なのははキョトンとして、歩き出す少年執務官を見た。

 

 

 

 

 クロノに案内され、フェイト、なのは、孤門の3人は広々とした応接室に通され、ある人物と対面していた。

 相手は管理局の蒼い制服に身を包み、整えられた口髭を蓄え、落ち着いた雰囲気の初老の男性である。管理局顧問官『ギル・グレアム』提督だ。

 歴戦の勇士であり、艦隊指揮官まで勤めた程の人物で、その権限は本局内でも大きい。今回裁判を終了したフェイトの、保護監察官になったのだ。

 

「久し振りだなクロノ……孤門もアースラには馴れたかね?」

 

 皆を座らせるとグレアムは、まず気さくにクロノと孤門に声を掛けた。

 

「ご無沙汰しています……」

 

「何とか……足手まといにならないようにしています……」

 

 顔見知りのように挨拶する2人を見て、フェイトとなのはが不思議に思っていると、クロノが説明してくれた。

 

「グレアム提督は、僕の指導教官だった人なんだ。それに孤門をアースラに乗れるように、口利きをしてくれたのも提督だよ」

 

「この世界に来てから、グレアム提督には何かとお世話になっていたんだよ」

 

 孤門も以前から付き合いがあった事を説明し た。色々と顔が広い人物のようだ。

 意外な事になのはと同じ世界出身で、イギリス人であると言う。それで懐かしくなってなのはも呼んだと言う事らしい。

 話を聞くと、魔法との出会いもなのはと似たようなものだった。怪我をした管理局員を助けた事が切っ掛けだそうで、なのはは更に驚いた。

 それを置いても、初対面のフェイトとなのはの目には、グレアムはとても感じの良い人物に見えた。

 無論歴戦の勇士だった程の男だ。感じの良いだけの人物では無いのだろうが、そんな様子はおくびにも出さず、至って穏やかな好好爺と 言った所である。

 そんな彼が保護監察官として、フェイトに出した条件は……

 

「約束して欲しい事は1つだけだ……友達や自分を信頼してくれる人の事は決して裏切ってはいけない……それが出来るなら、君の行動について何も制限しない事を約束するよ……出来るかね……?」

 

 細々した条件では無く、それは人として誠実であれと言うシンプルなものであった。今の自分は様々な人達の助けで此処に居る。

 

「はいっ、必ず」

 

 それを改めて噛み締め、フェイトは即答していた。

 

「うん……いい返事だ」

 

 フェイトの気持ちの良い程のハッキリとした返事に、グレアムは孫を見るように優しげに目を細めた。

 

 

 

 孤門を除いた3人は、グレアムに挨拶して部屋を辞する。孤門は久々に会ったグレアムと話が有るそうなので残るそうだ。

 最後に部屋を出ようとしたクロノは立ち止まり、振り向いてグレアムを見ると、

 

「提督……もうお聞き及びかもしれませんが…… 先程自分達がロストロギア『闇の書』の捜索捜査担当に決定しました……」

 

「そうか……君がか……今の人員態勢ではやむを得んか……言えた義理では無いかもしれんが…… 無理はするなよ……?」

 

 グレアムは案じる目をする。クロノは安心させるように昔グレアムに教わった言葉を返すと、挨拶をして部屋を出て行った。

 

 グレアムはしばらくの間、クロノが出て行ったドアを凝視したままだ。孤門は静かにその背中に声を掛けた。

 

「クロノ君は『闇の書』と何か有ったんですか?」

 

 この件があってから、クロノが時折思い詰めているのを感じ、グレアムがその理由を知っていると推察したようだ。グレアムは孤門を振り返らず、心無し肩を落とし、

 

「彼の父親は『闇の書』の犠牲者なのだよ…… 私が無能だったせいもあるが……」

 

 背を向ける提督の表情は窺い知れない。しかしその言葉には、深い悔恨の念が感じられるようだった。孤門は痛ましそうにその背中を見詰 めるしか無い。

 グレアムは振り払うように、孤門を振り返る。 その表情は冷徹そのものに見えた。

 

「それよりも……そちらはどうなっている?」

 

「此方はまだ手探り状態ですが……ウルトラマンゼロがあそこまで非常手段に出るとは思いませんでした……それに彼は強敵です……」

 

 孤門は一瞬だけ顔をしかめると腕を上げ、両方の裾を捲り上げる。晒されたその両腕には、無数の痣が刻まれていた。グレアムは厳しい目で腕を見、

 

「確かに彼の行動は予想外だった……身体は大丈夫かね?」

 

「はい……」

 

 孤門は笑って応えた。ゼロの攻撃も全く効かなかった訳では無いようだ。それから2人は小1時間程内密の相談をする。話を終えた孤門は、最後に頭を深々と下げ、

 

「提督には感謝しています……僕に力を貸してくださって……」

 

 グレアムは苦笑し、首をゆっくり横に振って見せた。

 

「少しでも君の役に立てるならお安いものだ……何しろ次元世界の命運が懸っているのだろう……?」

 

「はい……ありがとうございます。『冥王』の好きにはさせませんし、クロノ君達も必ず僕が守り抜きます!」

 

 孤門は力強く誓うと部屋を出て行く。それを見送るグレアムに思念通話が届いていた。 彼は通話相手に厳しい表情で返事をすると、最後に念を押すように付け加える。

 

《孤門にも絶対に気取られるなよ……?》

 

 グレアムの表情と眼が凄味を帯びたようだった……

 

 

 

 

 

 

 素知らぬ顔で家に帰って来たゼロ達は遅い夕食を終え、リビングでくつろいでいる所だった。

 ヴィータははやてのスペシャルな鍋をたっぷり味わい、残りの凹んだ気持ちが大分晴れたようだ。今ははやてとザフィーラとで、一緒に楽しそうにテレビを観ている。

 もう大分遅い時間なので、残りの後片付けをゼロに任せ、シャマルははやてと一緒に入浴を済ませておく事にした。

 ヴィータも一緒にと声を掛けられ、テレビの続きを名残惜しそうにしながらも立ち上がる。するとソファーで、お父さんよろしく新聞を読んでいたシグナムがはやてに、

 

「明日は朝から病院です……あまり夜更かしされませんように……」

 

 どうも夜更かしの癖が抜けない主に、注意を促しておく。本当にお父さんのようだ。

 

「はーいっ」

 

 こんなやり取りも楽しいはやては、笑って返事をする。シャマルはそのやり取りに苦笑すると、はやてをよいしょと抱き抱え、

 

「シグナム、お風呂はどうする?」

 

「私は今夜はいい……明日の朝にするよ……」

 

「お風呂好きが珍しいじゃん?」

 

 ヴィータが意外そうな顔をした。シグナムは日本式の入浴が気に入ったらしく、放っておくと何時までも入っている程だ。侍気質とでも言うか、日本文化が肌に合うようで、特に日本の風呂がいたくお気に入りである。

 

「たまにはそう言う日も有るさ……」

 

 守護騎士リーダーは、フッと微かに笑みを浮かべた。

 

 

 はやて達が浴室に行った後、ザフィーラがシグナムの元にのっそりと歩いて来た。

 

「今日の戦闘か……?」

 

「……聡いな……その通りだ……」

 

 シグナムはブラウスを捲り上げる。チラリと覗く黒のブラジャーの下辺りから腹部に掛け、斜め一直線に赤黒い痣があった。フェイトが隙を突いて一矢報いた証しだ。ザフィーラはその事を鋭く見抜いていた。

 

「お前の鎧を打ち抜いたか……」

 

 その言葉に感心した響きがある。手加減していたとは言え、並の魔導師ならばシグナムに触れる事すら出来ないだろう。 剣の騎士は先程味わったフェイトの攻撃を思い返し、

 

「一途な太刀筋だった……以前とは比べ物にならない程腕を上げていた……余程ゼロを助けたかったのも有るだろうが、まず根幹が確かだ……良い師に学んだのだろう……」

 

 余韻に浸りながらも、ブラウスを元通りにしようとした時である。

 

「おおうっ、これは見事にやられたな……?」

 

「ゼっ、ゼロぉっ!?」

 

 シグナムは思わず飛び上がってしまう所だった。何時の間にかゼロが直ぐ側にしゃがみ込んで、彼女の痣が刻まれた肌を、まじまじと眺めているではないか。

 

「おおおおおお前は、何をしているのだっ!?」

 

 シグナムは湯気が出そうな程赤面し、焦ってブラウスを元に戻そうとするが、その前に裾を掴まれてしまった。

 

「『メディカルパワー』を当ててやるから、 ちょっとじっとしてろ……治りが早くなる」

 

「いいっ! こんな掠り傷直ぐ治る。離せゼロッ!」

 

 拒否するシグナムだが、ゼロはくそ真面目な顔をして、

 

「何言ってやがる。傷が残ったらどーすんだ? お肌は女の命って、テレビでも言ってたぞ」

 

 あまり必要では無い知識だけは増えて行くゼロである。シグナムはあくまで抵抗を試みるが、端から見ると怪しさ満点のこの体勢ではいかんともし難く、結局押し切られてしまった。

 ゼロは彼女の引き締まった新雪のように白いお腹に手を当てて、生体エネルギーを送り込む。

 

「どーしたシグナム? 細かく震えてんぞ、風邪か?」

 

「な……何でも無い!」

 

 シグナムは必死で取り繕うが、全く成功していない。羞恥で身を固くし、プルプル震えてされるがままになるしか無い。

 ザフィーラはあの武骨なリーダーがと少し驚くが、さり気なく視線を逸らして烈火の将のプライドを守る事にしたのだった。

 

 

 ようやく解放されたシグナムは、赤面したままでゼロを恨みがましい目で睨み、「この朴念仁が……」とか何とかぶつぶつ呟いている。

 治療を終えた無自覚セクハラ少年は、良い事をしたとばかりに一息吐いていた。するとその仕草を見たザフィーラが、

 

「そう言うゼロも後でシャマルに診てもらえ……お前が一番辛そうだぞ……」

 

「ちえっ、バレちまったか……」

 

 気使いの守護獣ザフィーラの目は誤魔化せなかった。ゼロは悪戯を見付かった子供のように肩を竦めると、さり気なくこの場を離れようとするが、

 

「見せてみろ……!」

 

 シグナムがお返しとばかりに、逃げようとするゼロの襟首をむんずと掴む。目がちょっと怖い。

 結局圧力に負け、ゼロは仕方無くシャツを脱いで見せる。その身体を見て、2人は言葉を失ってしまった。

 ゼロの全身は痣だらけだった。背中一面に叩き付けられた痕が痣となって残り、腕部も酷い。更に腹部に拳の形をした痣が何ヵ所もくっきり残り、どす黒く内出血していた。ネクサスの猛攻の痕である。

 

「……これは……酷いな……」

 

「お前がこれ程痛め付けられるとは……」

 

 シグナムもザフィーラも、ゼロの身体から熾烈な戦闘を読み取り表情を固くした。常人ならば痛みでろくに動けまい。

 

「アイツ……ネクサスの強さは半端じゃねえ…… あの特殊空間だと更にヤバい……野郎!」

 

 ゼロは悔し気に吐き捨てると、ブルッと身体を震わせ顔をしかめる。寒いのと痛いの両方だ。直ぐに服を着る。

 しかし負けん気の強いゼロの事、悔しくて仕方無い。ほぼ敗けに近い戦いだった。あのまま戦い続けたら確実に敗北していたかもしれない。

 

「次は必ずぶっ飛ばしてやる!!」

 

 拳を握り締め雪辱を誓うゼロだが、シグナムが一言。

 

「倒してどうする……?」

 

「うっ……そうだった……」

 

 鋭いツッコミにゼロは頭を掻いた。これでムキになってネクサスと戦ったら、恐らく敵の思う壷だろう。思い止まるしか無い。

 取り合えず深呼吸して気持ちを落ち着けたゼロは、ドスンと床に胡座をかいて座り込み、

 

「……まあ……本っ当に仕方ねえが……奴へのお返しは諦めるとしてだ……気になる事がある……」

 

「気になる事……?」

 

 ゼロの唯ならぬ様子に、シグナムとザフィーラは身を乗り出していた。少年は切れ長の目を更に鋭くし、

 

「あの催眠波動の事だ……あれだけ強力な催眠波動、使える奴に心当たりがある……そいつが海鳴市に潜んでいるとするとヤバい事になる」

 

「詳しく話してくれ……」

 

 シグナムは話の先を促した。

 

 

 

 

 

 

 翌日、正式に『闇の書』捜索捜査担当となった、リンディ提督以下アースラクルー達は、整備中割り当てられている部屋に集合していた。

 その中にはフェイトとなのは、ユーノに孤門の姿も見える。アースラにこの仕事が正式に来た理由の1つは、孤門『ウルトラマンネクサス』の存在であろう。

 ゼロが関わっている思しき以上、対抗出来るのは彼しか居ない上、その恐るべき戦闘力は『闇の書』へも有効だと判断されたのだと窺える。

 

  一同はこれからの捜査方針をリンディから聞いている所である。

 解析の結果、なのはの住む 『97管理外世界』が中心なのは間違いないと判断された。しかしアースラが整備中でしばらく使えない上に、本局から転移ポートを使うには遠すぎる。

 そこでなのはの住む世界に臨時作戦本部を3ヵ所設け、其所を拠点に捜査にあたる事が決まった。最後にリンディは、

 

「ちなみに司令部はなのはさんの保護を兼ねて、なのはさんのお家の直ぐ近所になりま~す」

 

 暗くなりがちなフェイト達を元気付ける意味も含めて、努めて明るく司令部の場所を発表する。流石にフェイトは、なのはと顔を見合わせて笑顔を浮かべた。

 喜び合う2人を尻目に、孤門は内ポケットからそっと『エボルトラスター』を取り出し、

 

「向こうに着いたら、一度調べてみた方がいい な……」

 

 密かに呟く。エボルトラスターがゼロとの戦闘前に、一瞬だけ反応した気がして気になっていたようだ。 孤門は変身アイテムを仕舞うと、久々に笑顔を見せるフェイト達を後に、ひっそりと部屋を出て行った。

 

 

 

つづく

 

 

 

 




 小劇場

 話し合いの後、なのはは悲壮なまでに決意を固くするフェイトを見て、とても心配になった。声を掛けようとすると、フェイトは拳を握り締めてなのはに振り向き、

「おっぱいが大きいからって何だって言うの! 十年後くらいには……ねえ、なのは!?」

「ええ~っ? フェイトちゃんそっちなのっ!?」

 なのはは変な方向に悔しがる友人に、思わずツッコミを入れていた。その頃当の剣の騎士は、ゾクリと悪 寒を覚えたと言う。



 次回予告

 海鳴市に潜む影を求めて、ゼロ達は探索に立ち上がる。一方の孤門達も謎の敵を探して動き始めた。彼らの前に現れる意外な者達とは?

 次回『追跡-トラッキング-』


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第39話 追跡-トラッキング-

 

 

 

 

「えっ? 海鳴市の何処かに、『スペースビースト』いう怪獣が潜んどる?」

 

 ネクサスとの戦いから一夜明けた朝。はやては驚いて声を上げていた。

 病院へ行く前の時間潰しに、のんびり朝の情報番組を観ていたはやては、たった今ゼロから話を聞かされた所である。

 いきなりの事態に目を丸くしている彼女に、ゼロは引き続き状況の説明を続けた。

 開き直って『蒐集』の事や、濡れ衣を着せられ管理局と敵対する羽目になった事を話した訳では無論無い。この海鳴市に怪獣が潜んでる可能性が有ると話しただけだ。

 あの後シグナム達と話し合った結果、それならば『蒐集』の事は伏せ、ビーストの事のみ話した方が良いと結論したのである。

 これ以上隠し事をすると怪しまれる可能性もあり、ならばいっその事そちらは話しておいた方が『蒐集』も誤魔化し易い。

 管理局に追われる今、心配掛けないように黙っていて良かったと思ったゼロ達である。今となっては絶対にはやてには言えない。

 自分の為に皆が無理をして、更に追い込まれていると知ったなら彼女は自分を責めるだろう。

 

 更には病状が悪化する今、心労を掛けるのは避けたかった。身体に障ってしまう。それ程はやての身体は危機的状況なのだ。

 

 正直この時ゼロ達は、はやてを思いやるあまりに状況を悪くしている事に気付けなかった。この心の動きすら何者かの計算の内だったのかもしれない……

 

「それでゼロ兄、その怪獣はどないな奴なんや?」

 

 何も知らないはやては真剣な眼差しで聞く。今日は通院の日であったが、それ所では無いと思った。ゼロは心の中で詫びながら、

 

「多分……『ガルベロス』って奴だと思う……コイツは別の世界から来た怪獣らしい……特徴は強力な催眠波動と、何より人を喰うって事だ。 一度倒した事はあるんだが、別の個体かもしれねえ……」

 

 フィティッシュタイプビースト『ガルベロス』不死身の身体を持ち、何度でも甦る事が出来、ネクサスと何度も戦った強敵である。

 高い知能と死人をも操る強力な催眠波動を使う、狡猾極まりない怪物だ。戦闘能力も非常に高い。

 

「ひ、人喰い怪獣なんか……?」

 

 はやては顔を青ざめさせた。寄りによって最悪の怪獣だ。放って置くと大変な事になる。ゼロは頷き、

 

「ああ……何でも正確には、知的生命体の恐怖の感情を人間ごと喰らうらしいんだが……俺の居た世界でも、あまり詳しくは分かってねえんだ……」

 

「ほんなら……早いとこ見付けんと、えらい事になるんやな……」

 

「ああ……何故か奴は暴れもしないで、何処かに隠れているらしい、でもどうやって探したらいいか見当が付かないんだ……」

 

 ゼロは悔しそうに拳を握り締める。ウルトラマンの超感覚でも、ガルベロスの途絶えた反応を追えなかった。

 ネクサスの居た世界では、孤門の持つ『エボルトラスター』の他に、『ビースト振動波』スペースビースト特有の反応を探知出来るセンサーを、防衛組織『TLT』が保有していた。

 しかしビースト出現数が少ない『M78ワールド』ではそこまで細かい事は判っておらず、当然ゼロも知らない。

 話を聞いてはやては、額に指を当て考え込んだ。考え事をする時の癖である。現状あるデータから必死で方策を考えた。

 

 つい1年以上前まで彼女は、自分は何の役にも立たない、誰にも必要とされない人間だという想いを抱いて生きて来た。

 このまま自分は誰にも必要とされず愛されず、たった独りで死んで行くのだろう……そうぼんやり思っていた。

 しかしゼロが現れ皆がやって来て、こんな自分でも誰かの為になれるのかもしれないと思う事が出来た。それは何だかとても嬉しい事だった。

 はやては全力で最善と思われる方策を考える。少しでも力になって、誰かを助けられたらと言う想いを胸に……

 しばらく思案していたはやては、何か閃いたらしく顔を上げた。

 

「なあゼロ兄……その波動の特徴みたいなもんは覚えとる……?」

 

「あ……? ああ……それは覚えてるが……?」

 

 ゼロの答えにはやては満足げに笑うと、隣で不安そうな顔でソファーに座るシャマルに、

 

「シャマルはバックアップ系が得意なんよね? ガルベロスを探せんの?」

 

「確かに私の探索能力は魔力以外のものも探せますが……魔力探索程広範囲と言う訳にも行きません……それにその波長は、管理世界のどの力にも属さないようで感知出来ませんでした……せめて催眠波動の波長を『クラール・ヴィント』 に入力出来れば……すいません……」

 

 シャマルは申し訳無さそうに俯いた。はやては元気付けるように微笑んで、

 

「それはしゃあないよ、未知のもんなんやか ら……う~ん……」

 

 再び何か思案していたはやては、ゼロを見上げ、

 

「ゼロ兄は前に自分を電気信号データに変えて、役所とかのサーバーに侵入して、自分とみんなの戸籍を作ったんよね……?」

 

「そうだが……?」

 

 はやての言う通り、シグナム達が八神家に来た後、再び官公庁のデータベースに侵入して全員分の戸籍も作ってある。

 ゼロ偽造だなんて能力使いまくりだなと思われるかもしれないが、人間に変身していた『ウルトラセブン』『ウルトラマンレオ』『ウルトラマン80』達は似たような事をやっていた筈である。

 でなければ、防衛組織のような機密の厳しい所に入隊出来る訳が無い。話は戻って、はやてはそれを聞いて頷き、

 

「ほんならゼロ兄が記憶している波動を、シャマルのクラール・ヴィントに入力出来たりせえへん? 魔法プログラムも大体解っとるんやろ?」

 

「成る程! それなら出来るかもしれねえな、前に『闇の書』の記憶を見せられた時に大体の構造は解ってる」

 

 ゼロははやての膝の上の『闇の書』を見て、得たりとばかりに手をポンと叩いた。

 魔法は不思議の力と言う訳では無く、プログラム方式の体系付けられた現実的なものだ。基本構造が解れば、データの転送くらいは出来る筈である。伊達にウルトラマンでは無いのだ。

 それに思い当たるとは、はやての思考の柔軟さは大したものだとゼロは思った。

 ゼロやヴォルケンリッターは、各自の能力には非常に秀でているが、それ故中々そう言った発想が出ない。自分の能力で解決しようとするからだろう。

 

 早速ゼロはウルトラマンゼロとなると、シャマルのクラール・ヴィントにデータ入力を試みる。調整に苦労しながらも、入力に成功する事が出来た。

 シャマルは起動させた、振り子型のクラール・ヴィントの動作を確認し、

 

「……バッチリです。成る程……こう言うものですか……でも魔力探索みたいに、それ程広範囲に渡ってと言う訳にはいかないみたいです……」

 

 ウルトラマン形態を解いたゼロは、展開されたクラール・ヴィントをまじまじと見詰め、

 

「どれぐらい行けそうだ?」

 

「う~ん……20キロ圏内なら何とか……」

 

「それだけ判れば上等だぜ、凄えなシャマルは」

 

「ええ~っ、そ……そんな事無いわよ~」

 

 シャマルは照れて体をくねらせて頬を染める。見た目より子供っぽい仕草なのは目を瞑っておいてあげよう。はやても考えが上手く行って嬉しそうだ。ゼロは小さな家主にサムズアップし、

 

「流石ははやてだ、バッチリ上手く行ったぜ、天才だなはやては」

 

「……そ……そないな事あらへんよ……ゼロ兄誉めすぎや……」

 

 もじもじ赤面するはやてに、シグナムとヴィータも口々に、

 

「いいえ……主はやて、貴女が考え付いたのです。自信をお持ちください」

 

「やっぱ、はやては凄いよなあ」

 

 ザフィーラも無言で頷く。みんなの反応にはやては照れまくってしまった。まだ彼女は自分の資質に気付いていない。

 

 

 さて……それから海鳴市一帯の地図を持って来て貰ったはやては、地図を皆の前に広げて見せる。一般家庭にも有るものだ。当然細かい地図では無いが、地形から山岳地帯まで入っている広範囲なものである。

 

「話を聞く限り、陸での活動が主な怪獣みたいやし……大きさが数十メートルもあるんやったら、隠れる場所も限られてくる思うんやけど……」

 

 はやては真剣な表情で地図に見入った。ゼロ達も地図を穴の開く程見て、手掛かりを探そうとする。ゼロは参考になればと、

 

「ガルベロスの催眠波動は相当広範囲に届くらしいんだが、それでも波長の強さから見ても、海鳴市の外からとは考え辛いと思う……」

 

 はやてはフムフムとゼロの出したデータに頷くと、地図のある一ヵ所を指し示し、

 

「長く此処に暮らしているもんとしては…… やっぱりこの辺が一番怪しい思うわ」

 

 其処は都市部から離れた山岳地帯で、温泉郷のように温泉が出るでも無く、険しい森のせいで登山客もほとんど寄り付かない場所であった。

 

「この辺りか……」

 

 ゼロは食い入るように地図を見詰め、拳を握り締めた。

 

 

 

 

 リンディ以下『アースラ』クルー達は、海鳴市への引っ越し作業を粗方終え、早速『闇の書』探索準備に取り掛かり始めた所であった。

 

 フェイトはリンディの計らいで、なのはと同じ聖祥大附属小学校に通う事となり、頬を染めてリンディにお礼を言ったものである。

 フェイトに取って初めての体験ばかりであった。今まで他人とあまり接触せず、狭い世界で育って来た彼女の初めての学校生活。

 こんなに沢山の同年代の子供達と過ごすのも初めてだった。最初は不安もあったが、なのはの親友アリサ とすずかとも直ぐに気が合い打ち解けた。

 

 なのはの家もとても近く気軽に行き来出来、仕事で来ているにも関わらず楽しい事ばかりである。

 その新鮮な驚きと楽しい目まぐるしさは、ゼロの事で暗くなりがちだったフェイトに、良い意味で刺激を与えてくれた。

 それも見越してのリンディからの心使いもあったのだろう。フェイトは深く感謝し、決意を新たにするのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 それから数日が経ったある日、フェイトとなのはは『本局』での用事を済ませた後、アリサの家に遊びに行っていた。

 とても楽しい時間を過ごしたフェイトは、なのはとの帰り道、ふとリンディから言われていた件を思い出す。

 

(家の子にならないかか……)

 

 養子にならないかと少し前から誘われていたのだ。

 リンディもクロノも実の家族のように接してくれる。しかし色々と心の中で整理出来ていない事もあり、まだ返事はしていない。

 リンディもじっ くり考えてと言ってくれているので保留となっている。艦長の言葉を思い返し、物思いに耽けり掛けていると、なのはの声が耳に入った。

 

「フェイトちゃん、あれ孤門さんじゃない?」

 

「……えっ……?」

 

 なのはが指差す方向を見ると、シャツにジーンズのラフな格好の孤門が、道の向こう側を歩いているのが見えた。

 孤門だけは別に部屋を取っていて、ここ数日顔を合わせていない。昨日差し入れを持って行った時も留守だった。

 

「孤門さ~ん!」

 

「孤門っ」

 

 フェイトとなのはが手を振ると、孤門は2人に気付き、道路を渡って此方に歩いて来た。

 

「2人共今帰りかい? フェイトちゃんは…… 学校はどうだい……?」

 

 孤門は心配そうに聞いて来た。フェイトは笑みを浮かべ、

 

「うん……とても楽しいよ、なのはの友達も良くしてくれるし」

 

「フェイトちゃん人気者なんですよ~っ」

 

 笑顔の2人を見て孤門は安心したように笑っ た。フェイトが今まで学校に行った事が無いと聞いていたので、心配していたらしい。ゼロの件で落ち込んでいたので尚更だったようだ。

 

「じゃあ……僕はちょっと行く所が有るから…… またねフェイトちゃん、なのはちゃん」

 

 孤門は早々に話を切り上げると、2人の前から立ち去ろうとする。しかし少女達はピンと来たらしく、

 

「待って孤門、ひょっとしてこの間言ってたビーストの件……?」

 

「あの怪獣の仲間を探してるんですか? 生き残りが居るかもって事ですかね?」

 

 真剣な面持ちで聞いて来た。孤門の正体が分かった後、スペースビーストのデータは一通り閲覧させて貰っている。唯ならぬ孤門の様子に、そうではないかと思ったのだ。孤門は苦笑し、

 

「……僕の気のせいならいいんだけど……どうにも気になってね……」

 

「だったらエイミィに頼めばいいのに……」

 

 不思議そうなフェイトの質問に孤門は、懐から変身アイテム『エボルトラスター』を取り出して見せ、

 

「どの道管理局の探査機器だと、ビースト振動波をキャッチ出来ないし、探索班の人達も『闇の書』の捜査で手が離せない……僕も確証がある訳じゃないから、まずは自力で調べてみようと思ってね……」

 

 孤門の説明を聞いた2人は顔を見合わせた。コクリと同時に頷き合うと孤門を見上げ、

 

「孤門、それなら私達にも手伝わせて、連絡が来るまで此方で待機だから、探すの手伝えるよ……?」

 

「あんな怪獣が海鳴市に隠れていたら大変じゃないですか、お手伝いさせて下さい!」

 

 詰め寄る少女達に慌てた孤門は、手を駄目の意味でパタパタ振り、

 

「相手はとんでもない怪物なんだよ? それになのはちゃんはまだ魔法が使えないし、2人のデバイスだってまだ修理中の筈だろ?」

 

 するとなのはは小さくガッツポーズを取って見せ、

 

「私は完全復活です。少ししか魔力を吸い取られなかったから、それに……」

 

 そこで2人は笑ってお互いを見ると、それぞれ待機状態の『バルディッシュ』と『レイジングハート』を取り出して見せた。フェイトは愛おしそうに愛機を示し、

 

「何が起こるか分からないからって、メンテナンススタッフの人が頑張って直してくれたの……今日直ったばかりなんだよ……」

 

「おまけに新しい機能付きなんです。守護騎士の人達と同じ『カートリッジシステム』って言うのが付いたんですよ。レイジングハートとバルディッシュが、自分から付けて欲しいって言い出して……」

 

 なのはも愛おしそうに真紅のペンダントを握る。どうも事態に不穏なものを感じたエイミィが、メンテナンススタッフの後輩に頼み込んで、突貫作業で仕上げて貰った労作である。

 後輩は作業終了後ヘロヘロになっていたそうだ。 孤門は一瞬、真剣な目で此方を見詰める2人を見ると、

 

「……その勢いじゃあ、止めても無理矢理着いて来そうだね……?」

 

 フェイトとなのははコクコク頷く。ビーストの恐ろしさは映像でも充分に伝わっていた。それだけにじっとしては居られない。生半可な気持ちで言い出したのでは無かった。

 もし本当にビーストが潜んでいたら人が襲われる。ゼロのように、誰かを助けられる人間になりたいと誓った2人には見過ごせなかった。

 ゼロが苦境に居るらしいとあっては、尚更その想いが強い。少女達の気迫に折れた孤門は、仕方無くと言ったように、

 

「……判ったよ……でもまずはリンディさんに話してみて、許可を取ってからだよ?」

 

「直ぐにリンディ提督に話して来るよ」

 

「ちょっと待っていて下さい、先に行ったら駄目ですよ!」

 

 フェイトとなのはは感謝し、慌ただしく司令部にしているマンションに駆け出した。2人の後ろ姿を見送りながら孤門は、

 

「……もし本当にビーストが潜んでいたとしたら、いざという時は2人を守らないと……」

 

 固く決意を呟き、『エボルトラスター』ともう1つ、曲線を主とした異形の銃『ブラストショット』を握り締めた。

 

 

 

 

 同じ時、紅葉も終わり寒々しさが漂う山間を歩く、一組の男女の姿があった。私服のゼロとシャマルである。

 動きやすいジャケットなどを着込み、ほとんど獣道の山道を歩いていた。ちなみにゼロは他にもバッチリ着込んでいて、少々情けない。

 

 この辺りは森も深く険しい崖が多い。霧も出やすい地形で、人気は全く無かった。まともな人間ならまず足を踏み入れないだろう。

 

 シャマルは『クラール・ヴィント』を振り子状の探査形態にし、ガルベロスの波動を探している。ゼロも超感覚を駆使して異常を探っていた。

 『蒐集』も止める訳にもいかないので、そちらはシグナムとヴィータが出掛け、はやての元にはザフィーラが残っている。ガルベロス探索 はゼロとシャマルとで行っているのだ。

 

 探し始めてから既に数日が経つが、まだ敵の姿を捉えるまでには到っていない。流石に慣れない作業とあって、シャマルも少し疲れたようだ。額の汗をタオルで拭い息を吐く彼女を見たゼロは、

 

「シャマル一旦休憩しようぜ、お茶と弁当をはやてに持たせて貰ったからよ」

 

「そうね……」

 

 シャマルも賛成した。ゼロは見晴らしのいい場所にレジャーシートを敷き、背負っていたリュックを降ろして保温ポットを取り出した。蜂蜜が入った紅茶をシャマルに渡してやる。

 

「わあ~っ、温かい~、生き返るわあ……」

 

 温かい紅茶を味わいながら、彼女はニコニコしている。はやての心が籠っているようだった。

 もう12月なので肌寒い季節なのだが、幸いここ数日天気も良く風も無いので過ごしやすい。

 怪物探しなどという物騒な目的でなければ、季節外れのちょっとしたピクニック気分ね、などとつい場違いな事を思ってしまうシャマルである。

 ゼロは紅茶をすすりながら、この辺りの地図を広げ、

 

「後はあっちの方か……中々見付からないもんだな……」

 

 地図とにらめっこしている少年に、シャマルは済まなそうな顔を向け、

 

「ごめんなさいゼロ君……私がもっと広い範囲を探せたら良かったんだけど……」

 

「何言ってんだ……俺は今までシャマルに迷惑ばっかり掛けて、助けて貰ってばっかりじゃねえか……充分助かってるよ……」

 

 ゼロはそっぽを向きながら、照れ臭そうにボソボソ礼を言う。シャマルは無性に嬉しくなってしまった。

 実際は遥か歳上の筈だが、こうして見ると本当に高校生程の少年だ。実際種族的にそれくらいなので、年相応に見える。ちょっと素直でない弟のようで可愛い。

 

「それなら危なくなったら助けてね? 私はみんな程戦闘能力無いから……」

 

「おおっ、任しとけ! シャマルは必ず守るからよ」

 

「うふふ……ありがとうゼロ君……そう言われる と、お姉さん張り切っちゃうわよ!」

 

 頼もしい言葉に感激した湖の騎士は、言葉通り張り切って言葉を続けようとした時である。

 

「シャマル……弛んでいるぞ……」

 

 不意に耳元で、低く押し殺したこわい声がした。

 

「シッ、シグナムぅっ!?」

 

 シャマルはビックリし過ぎて、思わずピョンと飛び上がってしまった。

 何時現れたのか、コート姿のシグナムがシャマルの真後ろにヌオ~ンと立ち、耳元に顔を寄せていたのである。

 別にやましい事はしていないのだが、何故か怖いものを感じさせるリーダーにシャマルは正直びびった。恐る恐る引きつった笑顔を向け、

 

「あら……シグナム……此方に来たの?」

 

「……まったく……何が守ってねだ……騎士にあるまじき言動だぞ……お前のフォローは私がやるから、探索に集中しろ」

 

 剣の騎士は不機嫌そうにそれだけ言うと、今度はジロリとゼロを見下ろした。きょとんとするゼロに、

 

「……私にもお茶を貰おうか……?」

 

「おう、今日の分の『蒐集』は済んだのか?」

 

 ゼロは屈託なく応える。シグナムは怪しむようにその顔を見詰めていたが、邪推だった事に気付きホッと息を吐くと機嫌を直したようで、

 

「ああ……今日は魔力の高い野性生物に連続して当たってな……お陰で早く済んだので手伝いに来た。ビースト相手だと私の魔法属性『炎』が一番相性がいいらしいからな……」

 

 高熱と炎を操る彼女は、ビースト細胞を焼き尽くすのに適している。下手に肉片を残せないビースト相手には打ってつけだ。

 ゼロから紅茶を受け取ったシグナムは、日本人顔負けのキッチリした正座で紅茶を飲み干した。ホウ……と小さく息を吐く。 戻って直ぐに、休息も取らずに駆け付けてくれたのだろう。ゼロは感謝しながら、

 

「悪いなシグナム……それでページは今どれくらい行った?」

 

 シグナムは微かに笑って、

 

「気にするな……ページ数だが、管理局が本格的に捜査を始めたせいで、少し遠くの世界まで出向かねばならないが……もう直ぐ450ページになる」

 

「良しっ、先が見えて来たな……こっちも早い所ガルベロスを倒して、『蒐集』に戻らないとな」

 

 シグナムとシャマルは頷いた。はやて特製のボ リュームたっぷりな、肉やチーズ、ツナや野菜などをふんだんに挟んだサンドイッチを頬張り栄養補給を済ますと、ガルベロス探しを再開した。

 

 

 

 

 そろそろ日も落ちて来た。山岳地帯もすっかり暗くなり、気温も大分下がってきている。昼間は感じなかった闇の気配が、ひたひたと辺りを侵食して行くようだ。

 不気味さを増す山道をシャマルを先頭に、3人は奥へ奥へと分け入った。辺りを照らすのは、クラール・ヴィントの発する淡い緑の光だけだ。

 足下の枯れ落ち葉を踏む乾いた音が妙に響く。風に揺らぐ木々の擦れ合う音が、ざわざわと不安を煽るようだった。

 

 しばらく歩いていて、ゼロはふと違和感に気付く。寒くなって来たとは言え、全く生き物の気配がしないのだ。

 まるでこの山の動物が全て居なくなったかのようである。それと同時だった。先頭のシャマルが突然声を上げた。

 

「反応有ったわ、この奥よ!」

 

 ゼロとシグナムがクラール・ヴィントを見ると、確かに森の奥を示している。3人は同時に目を合わせた。ゼロは『ウルトラゼロアイ』を取り出し、シグナム、シャマルも各自のアームドデバイスを掲げる。

 

「行くぜ! デュワッ!!」

 

「レヴァンティン!」

 

「クラール・ヴィントお願い!」

 

 眩い3色の光が闇を照らし、ゼロはウルトラマン形態に、シグナムとシャマルはそれぞれの騎士甲冑を纏った。臨戦態勢である。

 

 ゼロ達はクラール・ヴィントの示す方向に向か い、地面から少しばかり浮き上がった超低空飛行で近付く。小1時間程進んだ頃だろうか、不意にシャマルは停止した。穏やかな表情を引き締めて前方を指差し、

 

「気を付けて何か潜んでいるわ! ガルベロスと類似の反応、あまり大きくは無いけど100は下らないわ!」

 

『ああ……此処まで近付くと俺にも判るぜ……ガルベロスだけじゃ無かったって事か……』

 

「禍々しい気配だな……これがビーストか……」

 

 3人は地面に降り立つと、迎え撃つ態勢を取る。ゼロとシグナムは、シャマルを庇うように前面に出た。

 

『シグナム、シャマル油断するなよ……?』

 

「フッ……誰に言っている?」

 

「頑張るわっ!」

 

 ゼロは左手を前に突き出す『レオ拳法』の構えを取り、シグナムはレヴァンティンを正眼に構える。シャマルは、何時でも魔法障壁を張れるよう両手を翳した。

 僅かな月明かりに照らされる森のあちこちから、不気味な鳴き声が聴こえて来る。死人が闇の中で怨嗟の声を上げているような、身の毛もよだつおぞましさであった。

 

 地中より次々に這い出て来る異形の黒い影。体長2メートル程の怪物群だ。甲殻類と植物を併せたような体に、両手の蟹を思わせる鋭いハサミ。スペースビースト『アラクネア』の大群であった。

 

 アラクネアの群れは、昆虫を思わせる赤い眼を闇に光らせ、ギチギチと何かを擦り合わせるような不快音を鳴らしながら、ゼロ達にゆっくりと迫った。

 

 

 

 

 

 

 ゼロ達がアラクネアの群れと対峙する少し前、孤門、フェイト、なのはの3人は『エボルトラスター』が捉えたと思しき反応を追って、山の麓に在る廃工場跡に踏み入っていた。

 

 周囲に人気は全く無い。リンディから至急の呼び出しには直ぐに駆け付ける事を条件に、許可を貰ったフェイトとなのはは、キョロキョロ辺りを見回している。

 辺りも暗くなって来た。孤門はそろそろ2人を帰した方がいいと判断し、少女達に声を掛けようとした時反応があった。

 孤門は険しい表情で、エボルトラスターを見る。中央のクリスタル部分が淡く光り出していた。ビーストが近くに居る。

 

「……僅かだけど反応がある……気を付けてフェイトちゃん、なのはちゃん!」

 

「うんっ、バルディッシュ!」

 

「はいっ! レイジングハートお願い!」

 

 孤門の警告に、2人は直ぐ様バリアジャケットを纏う。それに伴いバルディッシュとレイジングハートが新たな姿を現した。外見上は前と、あまり変わらないように見えるが……

 

 孤門は『デュナミスト』の専用武器『ブラストショット』を構え、周囲を警戒する。緊迫した空気が流れた。

 緊張が高まる中、工場跡に一陣の風が吹く。一瞬視界が土煙に覆われた時、突如数発の光弾が凄まじい勢いで3人に襲い掛かった。

 

「危ない! 2人共僕の後ろに来るんだ!!」

 

 孤門は叫ぶと同時に、フェイトとなのはを庇って前に立ち、ブラストショットで前面にバリアーを張り巡らす。 轟音と共に光弾がバリアーに着弾し、孤門達 にも衝撃が伝わった。

 

「うっ……!?」

 

「きゃあああっ!?」

 

 予期せぬ攻撃に、フェイトとなのはは声を上げてしまう。外れた光弾が辺りの地面を深々と抉り、土煙が爆発したように上がった。

 凄まじい威力だ。まともに食らったら人体など、跡形も無くなってしまうだろう。土煙が立ち込める中、何者かが此方に向かって歩いて来る。

 ひたひたと土を踏む足音が聴こえた。 周囲の土煙が徐々に晴れて行き、そいつはゆっくりと姿を現した。

 

「お……お前は!!」

 

 その姿を見た孤門は声を上げていた。ゆらりと大地に立つ魔人。3本の鬼の如き角、血のような紅と漆黒の身体、深い闇を凝固させたような無表情な眼……

 

 孤門には絶対に忘れられないその姿……闇の巨人の1人『ダークファウスト』であった。

 

 

 

つづく

 

 

 




※はやての、それは何だかとても嬉しいの台詞、まどかの台詞とほぼ一緒ですがパクった訳では無く偶然です。
まどか☆マギカが放送されるよりかなり前に書いていたものです。にじファン版を読まれていた方は分かりますかね?

次回予告

 現れる闇の巨人達。ゼロに襲い掛かる最強怪獣? 危機に陥るゼロ達とネクサス達。この危機を乗り越える事が出来るのか?

 次回『悪魔-ルシフェル-』


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第40話 悪魔-ルシフェル-

 

 

 ゼロ達の前に現れたスペースビースト『アラクネア』の大群。森は不気味な怪物群で埋め尽くされていた。

 アラクネアは一斉に両手の鋭いハサミを振りかざし、おぞましい奇声を上げて襲い掛かって来る。ゼロは隣で『レヴァンティン』を構えるシグナムに、

 

『シグナム奴らはしぶとい、倒す時はお前の炎で細胞を焼き尽くせ!』

 

「承知! レヴァンティン、カートリッジロード!」

 

《Explosion!》

 

 カートリッジが排出され、魔力を高めたレヴァンティンの刀身が炎と化す。

 

『退け雑魚共!』

 

「参る!」

 

 それを合図にゼロとシグナムは、同時に襲い来るアラクネアの群れに突っ込んだ。ゼロは露払いに、額のビームランプから 『エメリウムスラッシュ』を掃射する。

 闇を照らす緑の光がアラクネアに炸裂すると、その躰が炎に包まれ炭化して崩れ去った。スラッシュで陣形が崩れた群れに、シグナムは正面から斬り込む。

 

「ハアアアァァッ!!」

 

 業火の剣と化したレヴァンティンが、アラクネアを次々と切り裂いて行く。切断面から炎が吹き上がり、断末魔の絶叫を上げ燃え上がり崩れ落ちる。

 しかしアラクネア達は怯まない。まるで死を恐れず、地獄の亡者の如くわらわらと3人に押し寄せて来る。ゼロは面白いとばかりに、群れに真っ向から向かい頭部に両手を添えた。

 

『ディヤアアアッ!!』

 

 一対の宇宙ブーメラン『ゼロスラッガー』が勢い良く飛び出し空中で白熱化すると、死の刃となってアラクネアの群れを変幻自在に切り裂く。

 スラッガーに込められたエネルギーでビースト細胞を焼き尽くされ、燃え上がる異形の姿。

 アラクネア5匹が鋭いハサミで斬りかかって来る。ゼロは戻って来たスラッガーを掴み、その5連撃を僅かな動作だけでかわす。

 鋭いハサミが、周りの大木を大根でも切るように両断するが掠りもしない。武道で言う『見切り』高速で襲い掛かる刃の軌道を完全に読んでいた。

 

『オラアッ!!』

 

 逆にゼロスラッガーに切り裂かれて怪物群は燃え上がり、松明のように森を照す。

 

「やるなゼロ……!」

 

 その姿に高揚したシグナムは戦鬼の笑みを浮かべ、負けじとレヴァンティンを振るう。

 森の中では長い得物は不利である筈だが、シグナムの正確無比な剣捌きには全く問題無く、その剣に些かも鈍りは無い。

 暗い森を炎の魔剣が軽やかに舞い、八重桜色の髪が艶やかになびく。

 その様は、剣劇でも舞っているかの如く美しい。死の剣舞に巻き込まれたアラクネア達は、斬られ役の如く両断され業火の中に崩れ落ちた。

 

 一方のシャマルも奮戦していた。少し後方に位置し、ゼロ達を死角から襲おうとする一団に、渦巻き形の魔法障壁『風の護楯』を展開して怪物を吹き飛ばす。

 しかしその表情は必死だ。元々後方支援が役割のシャマルは接近戦が得意ではない。

 

「ええいっ!」

 

 とにかく攻撃して近寄らせないように頑張っているが、いかんせん数が多い。その内の1匹が、風の護楯を突破して襲い掛かって来た。

 

「ひっ!?」

 

 シャマルは『クラール・ヴィント』のワイヤーを伸ばし、怪物を絡め取ろうとする。このワイヤーには切断能力もあるのだ。上手く行けば躰をバラバラにしてやれる。

 だがアラクネアは絡み付こうとするワイヤーをハサミで受け止め、逆に凄まじいパワーで引いて来た。

 

「きゃっ!?」

 

 力比べではとても敵わない。シャマルは成す術も無く地面に引き倒されてしまった。このままではやられる。

 シャマルはひっくり返ったままの体勢で、ワイヤーをアラクネアの躰に巻き付ける事に成功した。辛うじてそいつを切り裂く事に成功したが……

 

「ああっ!?」

 

 突如地面が盛り上がり、新手のアラクネアが地中から襲い掛かって来た。鋭利なハサミが迫る。あれを

食らったら、人体など簡単に両断されてしまう。不意を突かれ魔法発動が間に合わない。

 

『シャマルッ!?』

 

「シャマル!?」

 

 悲鳴に気付いたゼロとシグナムが振り返ると、アラクネアがシャマルにハサミを降り下ろす、正にその時だった。

 

『しまった!?』

 

 群れを蹴散らして駆け付けるようとするが、ゼロ達は彼女から少し離れ過ぎていた。間に合わない。すると突然そのアラクネアが、おぞましい苦痛の声を漏らし急に動きを止めてしまった。

 

「きゃあっきゃあっ! 来ないでえぇっ!!」

 

 シャマルの前面に、暗緑の丸い楯のようなものが張られていた。空間を捻じ曲げて遠くに手を伸ばせる『旅の鏡』である。

 シャマルは悲鳴を上げながらも、ゲートに手を突っ込んで辺りにポンポン何かを投げ捨てる。

 

『何だこりゃあ……?』

 

 駆け付けたゼロが足元に転がって来た何かに眼をやると、肉片と言うか内臓らしきものであった。ビクンビクンまだ不気味に動いている。

 

『……ま……まさか……こいつは……』

 

 想像した通り、それはアラクネアの心臓にあたる部分であった。シャマルは悲鳴を上げながらも、旅の鏡で内臓やら何やらを滅茶苦茶に抜き取っているのである。

 とうとうアラクネアはパタリと倒れ込み、動かなくなってしまった。

 

『あれって……ああいう使い方も出来るのか…… ? えげつねえなあ……』

 

 群がるビーストを切り裂きながら、顔が引きつるような感覚に襲われるゼロである。一度食らった事のある身としては何とも。

 尤も万能では無く、様々な条件が重ならないと上手く行かないものだ。今回は偶々上手く行ったと言う感じである。

 

「あれには……あまり触れないでやってくれ……」

 

 シグナムが剣を振るいながら、微妙な表情を向けて来る。

 

『……判った……』

 

 何か色々察したゼロは、神妙に頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 100匹は居たアラクネアの大群は片付いてい た。シャマルが倒した2匹の死骸を、ゼロはエメリウムスラッシュで焼き払う。ビースト細胞を残しておくと復活しかねない。燃え盛る炎を前にゼロは2人に、

 

『シグナムもシャマルも、怪我は無えか?』

 

「問題ない……」

 

「平気よゼロ君」

 

 シグナムもシャマルも無傷だ。シャマルが転んでしまったくらいである。

 

『良し……じゃあ行こうぜ、一気に本陣に殴り込んでやる!』

 

 ゼロの言葉に、剣の騎士と湖の騎士は表情を引き締め頷いた。

 3人は更に森の奥へと進む。この辺りは人間が入った事がほとんど無い原生林だ。まともな道も無い。その中をゼロ達は下草を踏み締め、注意深く進む。数分程前進した頃だ。シャマルはピタリと足を止め、

 

「催眠波動が来たわ、気を付けて!」

 

 押し寄せるように催眠波動が伝わって来る。ゼロは平気だが、人間と同じ身体機能を持つ魔法プログラムの彼女達はひとたまりも無い。

 シグナムとシャマルは波動の干渉領域前に、対精神攻撃用魔法を張り巡らし備えた。これで催眠波動の中でもまともに動ける筈である。

 

 更に奥へ進んだ時であった。突如として辺りに雷鳴のような地響きが轟いた。何か巨大な質量を持ったものが、森の木々をマッチ棒のように踏み倒して近付いて来る。

 

『来たなガルベロス!』

 

 ゼロは迫る轟音に向かい、仁王立ちで立ち塞がった。何時でも巨大化出来るよう態勢を整える。暗い原生林の中に、3つの巨大な光が浮かび上がった。唸り声と妙な電子音のような音が聴こえる。

 

 ゼット~ン……ゼット~ン……

 

『何だと!?』

 

 暗闇を見通すゼロの眼に、ハッキリ映し出されたものは……

 特徴的な2本角、ブロック状になっている眼部。昆虫の如き漆黒の胴体に白い蛇腹状の手足。その姿は紛れもなく『宇宙恐竜ゼットン』であった。

 

 

 

 

 

 

 孤門達の前に姿を現した、紅き死の魔人 『ダークファウスト』は歩みを止め、孤門達と一定の距離を取った。

 人間大のファウストは、その漆黒の眼を孤門にゆらりと向ける。フェイトとなのはは、魔人を見る青年の様子が尋常では無い事に気付いた。

 

「……リコ……リコなのか……?」

 

 孤門は苦し気に、血を吐かんばかりに言葉を投げ掛ける。ファウストは嘲るように、首をゆったりと横に振り、

 

『残念だったな……斎田リコという女は、とうの昔に家族共々惨殺された挙げ句、闇の巨人にされて死んでいる……お前のせいでな……』

 

 クツクツと厭な野太い嗤い声を発する。明らかに男の声ではあるが、リコもファウスト時にはそうだった。果たして……

 責め苦のような言葉に、砕けんばかりに歯を噛み締める孤門。フェイトはそんな彼を見て、

 

(……孤門……そんな事が……)

 

 時折僅かに見せる、孤門の哀しげな顔を思い出す。少しだけ理由が判った気がした。きっと沢山辛い目哀しい目に遭って来たのだなと思う。

 少女の感傷を他所に、闇の魔人は冷徹なまでに名乗りを上げる。

 

『私は……『ダークファウストⅡ(ツヴァイ)』とでも名乗っておこう……だが私だけでは無いぞ!』

 

 ファウストの後ろにもう1つの影が湧き出すように現れた。闇のような漆黒の身体に、血塗られたかの如き紅の模様の魔人。

 

「お前は誰だ!?」

 

 叫ぶ孤門に対し、もう1人の魔人から低い声が漏れる。

 

『……ダーク……ル……シフェ……ル……』

 

 地の底から響いて来るような片言の声。一度も確認されていない闇の巨人であった。ファウストや『ダークメフィスト』と比べ、明らかに異質な姿をしている。

 ウルトラマンに牙を生やしたような凶暴な顔の左右に、ファウストとメフィストの顔が付いた三つの首の異形。

 鋭い鉤爪に、その全身はウルトラマンと怪獣を組み合わせたようだ。スペースビーストウルトラマンと言った所か。

 

「第3の闇の巨人か……? お前達が出て来たと言う事は……」

 

 孤門は魔人2体を睨み付け、懐から『エボルトラスター』を取り出した。ファウストはまたしてもクツクツと厭な嗤い声を発し、

 

『ククク……その通り……今の不完全なお前では、あの『御方』の足元にも及ばんぞ……』

 

 フェイトとなのはには、孤門とファウストが何を話しているのか良く解らなかったが、深い因縁が有りそうだと感じた。

 

「それでも奴もお前達も僕が倒す! 2人共離れているんだ!!」

 

 気迫に呑まれた2人は一旦後ろに退がる。それを確認した孤門は、エボルトラスターの鞘を外し、短剣部を天に翳した。

 

「うおおおおおおぉぉっ!!」

 

 雄叫びと共に、エボルトラスターの刃の部分が眩いばかりの光を放つ。フェイトとなのはは思わず目を覆った。

 辺りを真昼のように照らし、光の中から『ウルトラマンネクサス』がその巨体を現す。少女達の前に、数十メートルの銀色の巨人が大地を震わせそびえ立った。

 

『ならば、その力を見せて貰おう!』

 

 ファウストが叫ぶと、それを合図に闇の巨人2体は闇色の閃光と共に、ネクサスに匹敵する大きさに巨大化した。

 闇に支配されつつある工場跡に、3体の巨人が対峙する。フェイトとなのはは魔法に馴れていても、改めて非現実的な光景だと思うが、

 

「なのは私達も!」

 

「うんっ、フェイトちゃん!」

 

 孤門ネクサスに加勢しようと、2人が飛び上がると同時だった。突然地中から何かが飛び出して来た。

 

「!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 襲い掛かる何かを間一髪で避け、上空へと上昇を掛ける。その物体はそれ以上上に行けないのか、追うのを止めた。

 それはおぞましい腐った肉色をした、不気味な触手であった。後に続くように触手の生えた地面が砕け、土煙と土砂を巻き上げ巨大な生物が現れる。

 

『フハハハッ! お前達はそいつの相手でもしていて貰おうか!』

 

 ファウストがそうは行かないとばかりに哄笑を上げる。甲虫を数十倍まで巨大化させたような奇怪な姿、スペースビースト『バグバズン』だ。

 

『ビーストまで居たのか!!』

 

 ネクサスはバグバズンに向かおうとするが、その前にダークルシフェルが黒い壁となって立ち塞がる。

 

『其処を退け!!』

 

 ネクサスは瞬時に真紅の『ジュネッス』に変化し、ルシフェルに『ジュネッスパンチ』を繰り出した。

 三つ首の魔人は音速以上の速度で繰り出されるパンチを、鉤爪の付いた剛腕で弾き飛ばす。更に返す腕でネクサスの巨体を、横殴りに殴り付けた。

 

『ウオオオッ!?』

 

 軽々と吹っ飛ばされ、ネクサスは地響きを上げて廃工場の建物に突っ込んでしまう。赤錆た外壁が粉々に吹っ飛び、建物は瓦礫の山と化した。

 

『クソッ!』

 

 ネクサスは直ぐに瓦礫をばら蒔いて立ち上がり、後方に退がると態勢を立て直す。恐ろしい程の力だ。パワーは完全にネクサスを凌駕している。

 不気味に三つの首を向け、ジリジリと迫るルシフェ ルにネクサスは身構えた。ファウストの嘲りを含んだ声が飛ぶ。

 

『お前の相手は私達だ。さあ進化の儀式を始めようか!!』

 

 ダークファウストが両腕をクロスさせ、天に向かって吼えるかのように両腕を広げた。すると周囲の空間が、それに呼応するように変化を起こす。白い布に染み込む墨の如く、空間が異相空間に侵食されて行く。

 

《2人共気を付けるんだ! 奴等の戦闘用亜空 間『ダークフィールド』だ。空間の歪みで意識を失なわないように気を付けて!》

 

 ネクサスからのテレパシーが届く。バグバズンの触手の射程外に出た2人は周囲に防御魔法を張り巡らし、姿勢制御をバルディッシュとレイジングハートに任せ衝撃に備える。

 それとほぼ同時に3体の巨人にバグバズン、フェイトになのはは、通常世界から跡形も無く姿を消した。

 

 

 

 

 

「……ん……?」

 

「む~……?」

 

 異様な光の中を抜けたフェイトとなのはは、自分達が見た事も無い空間に浮かんでいるのを自覚した。

 荒れ果てた異形の大地に、様々な色が混じり会い揺らめく異様な空が広がっている。

 

「此処は……?」

 

「孤門さんが言ってた、ダークフィールド……?」

 

 困惑し顔を見合わせる2人の頭に、孤門の声が響いて来た。

 

《2人共、バグバズンがそっちに行った、気を付けて!》

 

 ハッとして下界を見下ろした2人の目に、昆虫のような羽根を広げて此方に向かって来る、バグバズンの巨体が映った。

 バグバズンは地中から空中まで、あらゆる場所で活動する事が可能なのだ。怪物は軋むような奇声を上げ、ぐねぐねと蠢く触手と、両手の鋭い鎌で攻撃をしかけて来る。

 

 フェイトとなのはは、素早く散開して攻撃をかわす。下を見ると、ネクサスがファウスト、ルシフェルの2体と戦っているのが見える。

 襲い来るダークファウスト達をしのぎながら、ネクサスがテレパシーを送って来た。

 

《済まないが此方も余裕が無い、バグバズンを頼む! 奴の弱点は頭だ。君達の魔力なら其所を集中攻撃すれば倒せる筈だ。この空間の中なら肉片をばら蒔いても、ダークフィールドの消滅と一緒にビースト細胞も消し去れる!》

 

《判ったよ孤門、こっちは任せて……!》

 

《任せて下さい!》

 

 了解した2人はデバイスを構え、迫るバグバズンに向かう。孤門ネクサスに取っても苦渋の決断であろう。

 しかしこの状況では彼女達にも戦ってもらうしか無い。闇の巨人2体相手では、とても2人を助けに行けない。

 ダークフィールドは、ネクサスの『メタフィールド』とは真逆の性質を持つ暗黒空間だ。フィールド内ではネクサスは急激に消耗し、闇の巨人やスペースビーストは力を増す。エネルギーが無くなる前に片を付けなければ全滅だ。

 

『シェアッ!』

 

 ネクサスは『アームドネクサス』を発動させ、光の刃『パーティクルフェザー』を連続して射ち出す。

 対するファウストとルシフェルは、闇色の光の盾『ダークシールド』を張り巡らして光の刃を弾くと、巨大な闇の球を作り出しネクサスの頭上に飛ばして来た。

 

『しまった、これは!!』

 

 ネクサスが頭上を見上げると同時に、2つの闇の球が爆発したように分散し、無数の光弾となって一斉に降り注ぐ。

 闇の巨人の殉滅技『ダーククラスター』至近距離で爆弾のように光弾を食らわす、光線版のクラスター爆弾だ。

 

『ウオオオオッ!?』

 

 凄まじい爆発が起こり大地が抉れ、ネクサスの姿が爆発の中に消えた。

 

「孤門!?」

 

「孤門さん!?」

 

 その光景に声を上げるフェイトとなのはだが、そちらに気を取られる間も無く、バグバズンが奇声を上げて襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 突如として3人の現れた意外な強敵『宇宙恐竜ゼットン』ゼロは即座に飛び出していた。

 

『野郎っ! 何で此処に居るか知らねえが、ぶっ潰してやるぜ!!』

 

 飛び出したゼロの身体が膨れ上がるように巨大化し、数秒と掛からず身長49メートルの巨人と化す。シグナムはその後ろ姿に、

 

「ゼロ気を付けろ!」

 

『分かってるぜ!』

 

 ゼロは相槌を打ち、ゼットンと対峙する。微かな月明かりに照らされる森に、ゼロの各部の光とゼットンの身体の光が浮かび上がった。

 

『ディヤアアアッ!!』

 

 ゼロは先手必勝と大地を踏み割ってジャンプし、その勢いでゼットンの顔面に強烈な飛び蹴りを放つ。ゼットンは動かない。

 ミサイルのよう な蹴りが当たる寸前、その姿がいきなり消えてしまった。標的を見失い森に着地したゼロは、直ぐに辺りを見回した。

 

(チッ……ゼットンのテレポーテーションか……?)

 

 辺りを警戒するゼロの後方に、音も無くゼットンがいきなり姿を消した。

 

《ゼロ後ろだ!》

 

 目敏く見付けたシグナムから警告を聞いたゼロは、反射的にその場を飛び退いた。それと同時にゼットンの口部分の発光器官から、1兆度の火の玉が放たれる。

 ゼロが避けた為に外れた火の玉は森に着弾 し、木々を瞬時に炭化させ地面を真っ赤にプラズマ化させてしまう。その間に間合いを執ったゼロは、周囲の空間異常に気付いた。周りが異様な光に包まれて行 く。

 

《不味い! これはネクサスの使っていた『メタフィールド』と同じか!? シグナム、シャマル、敵の戦闘空間に取り込まれる、気を付けろ!》

 

 ゼロのテレパシーが2人に届いた時は、時既に遅し。全員が特殊亜空間に引きずり込まれ、現実世界から姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 ゼロは異形の大地が広がる亜空間内で、1人ポツンと立ち尽くしていた。異様な空と大地。やはりメタフィールドと同じようなものらしい。

 

《シグナム、シャマル無事かあっ!?》

 

 2人が心配でテレパシーで呼び掛けると、直ぐに返事が返って来た。

 

《大丈夫だ、問題無い……》

 

《此方よゼロ君》

 

 念話が届いた方向を見ると、離れた異形の丘の上に無事な姿のシグナムとシャマルを見付ける事が出来た。

 ホッとして2人に歩み寄ろうとすると、特有の不気味な唸り声と共に再びゼットンが現れる。

 

『この野郎!!』

 

 今度こそとはと迎え撃つゼロ。その時だ。

 

『フハハハハハッ!!』

 

 突然黒い嗤い声がダークフィールドに響き渡った。そしてゼットンの背後に闇色の光が輝くと、その光は巨大な人型を取る。そして黒い異様な姿をした巨人が出現した。

 

『何者だ貴様っ!?』

 

 ゼロの問いに、骸骨を連想させる姿に血のような深紅と闇の黒の巨人は、静かにゼロを見下ろし、

 

『『ダークメフィストⅢ(ドライ)』……闇の巨人の1人にして……『冥王』の使いだ……』

 

『闇の巨人? 冥王だと? 何だそりゃあ……? ともかくお前だな、俺達を嵌めたクソ野郎は!?』

 

 ゼロにはメフィストが何を言っているのか判らなかったが、小細工を使って自分達に濡れ衣を着せた元凶だという事は直感した。

 

『散々虚仮にしてくれたようだな……何が目的かは知らねえが、2万倍にして返してやるぜ!!』

 

 燃えたぎるような怒りを込めてメフィストを指差した。しかし黒い巨人は、さも可笑しそうに肩を揺らし、

 

『ククク……それで俺を管理局にでも引き渡すのか……?』

 

『そうだ! 今なら9割殺しくらいで勘弁してやるぜ!!』

 

 ゼロは牙を剥かんばかりに宣言するが、闇の巨人はその無表情な顔に明らかな嘲笑を浮かべ、

 

『それでお前達は無罪放免と言う訳か? 甘 い……甘いぞ! 『闇の書』が稼動しているのは既にバレてしまっている! お前達は無実を訴える事は出来ない!』

 

『何だと!?』

 

 ゼロは反発するが、メフィストは冷酷に事実を突き付ける。

 

『考えてもみろ……? 出頭などしてクズグズしていたら、時間切れでマスターの命は尽きてしまうだろう……それに『闇の書』は第一級捜索指定される程の危険物、まずマスター共々永久封印される可能性が高い……どうだ、それでも名乗り出られるか?』

 

『クッ……!』

 

 ゼロは言い返せない。それが現実だった。メフィストの言う事は正しい。自分の考えが甘かった事を自覚した。 メフィストはそんなゼロの反応を愉しむよう に、止めの言葉を突き付ける。

 

『どの道お前達はマスターの命を救う為に、邪魔する者は排除して進む他無いのだ! もう平穏など二度と望むべくも無い!!』

 

『貴様っ! そこまで計算ずくかあっ!!』

 

 ゼロは憤るがもう遅い。完全に嵌められ、どうしようもない状況に追い込まれていた。蟻地獄に嵌まったようだった。それでもゼロは拳を握り締める。

 

『……だからって、貴様をぶっ飛ばすのを止める理由にはならねえっ!!』

 

 我慢の臨界点を超えたゼロは、メフィストに猛然と殴り掛かった。闇の巨人は素早く後方に跳んで攻撃をかわすと、

 

『フハハハッ! お前の相手はそいつだ!』

 

 命令に従い、ゼットンが地響きを立ててゼロに突進して来た。

 

『ゼットンが何だってんだ!!』

 

 ゼロは突っ込んで来るゼットンに、カウンター気味の『ゼロスラッガー』を投擲する。唸りを上げて飛び出したスラッガーが、ゼットンを切り裂くと思われた瞬間、その姿がまた消えてしまった。

 

『またテレポーテーションか! だが俺の反応速度ならそれしき!』

 

 次の出現位置を、空間の僅かな揺らぎで察知したゼロは『エメリウムスラッシュ』を計算通りの位置に現れたゼットンに撃ち込んだ。

 しかしまたしても、光線が当たる寸前に姿を消してしまう。外れたスラッシュが大地を大きく抉った。

 

『馬鹿な! また外しただと!?』

 

 信じられない様子で消失地点を見るゼロの背後から、無数の火の玉が襲い掛かった。とっさに連続して前転し攻撃を避ける。

 ゼットン火球が辺り一帯を吹き飛ばし、土砂を盛大に巻き上げた。ゼロはその間にゼットンの死角に回り、再びエメリウムスラッシュをお見舞いしようとするが、またしても姿が消えてしまう。

 

(おかしい……いくらゼットンでも、移動速度が速過ぎる……まさか……?)

 

 ゼロは流石に妙だと思う。するとシャマルからの思念通話が飛び込んで来た。

 

《ゼロ君それは幻覚よ! 其処に怪獣は居ないわ、ガルベロスは別に居るのよ!》

 

《やっぱりそう言う事か! 道理で攻撃が当たらない訳だ。クソッ、この距離だと俺にまで効くとは! ガルベロスの位置が掴めねえ!》

 

 焦って辺りを見渡すが、透視能力を使ってもガルベロスの姿は捉えられず、ゼットンの姿が在るばかりだ。催眠波動で全ての感覚を狂わされている。

 離れた位置で、高みの見物を決め込んでいたメフィストは嘲って肩を揺らし、

 

『ようやく気付いたか、ククク……ガルベロスの催眠波動は、お前が以前戦った死に損ないとは訳が違うぞ、さあどうする? 時間はあまり無かろう?』

 

『舐めんな、これしき!』

 

 ゼロが負けん気から強がりを口にした時、胸の『カラータイマー』が赤く点滅を始めた。

 

 

 

 

 

 

「孤門!」

 

「孤門さん!?」

 

 フェイトとなのはの、悲痛な叫び声が異形の大地に木霊する。ネクサスはダーククラスターの爆発に巻き込まれてしまった。

 凄まじい爆発だ。数キロの範囲が粉々に吹っ飛び、クレーターが出来ている。2人は駆け付けようとするが、バグバズンが追撃して来る。とても援護に向かえない。

 しかし心配は無用だった。爆煙の中から真紅の巨人、ウルトラマンネクサスが雄々しく姿を現す。

 

『シェアッ!』

 

 ネクサスは姿を現すと同時に、近くに位置していたファウスト目掛け、パーティクルフェザーを繰り出した。

 

『何ぃっ!?』

 

 不意を突かれたファウストは、光の刃を胸部にまともに食らって吹き飛び、大地に突っ込んだ。

 続けざまにネクサスは腕を十字に組み合わせ、破壊光線『クロスレイ・シュトローム』をルシフェルに叩き込む。だがルシフェルも右腕を突き出し、破壊光線 『ダークレイ・ジュビローム』で迎え撃つ。

 白色と紫の光が激しいスパークを起こしてぶつかり合った。しかし紫の光が凄まじいばかりのパワーで、 クロスレイ・シュトロームを易々と押し返す。ジュビロームがネクサスを襲った。

 

『ウオオオオッ!?』

 

 血のように火花が散る。まともに破壊光線を食らったネクサスは、白煙を上げガックリと片膝を着いてしまった。

 かなりのダメージを受けたのか、立ち上がれず胸を押さえて苦しそうだ。ルシフェル恐るべきパワーであった。ファウストやメフィストを遥かに凌駕している。

 ネクサスはそれでも闘志を燃やし、全身に力を込めて立ち上がるが……

 

『!?』

 

 胸の『コアゲージ』が喘ぐように点滅を始めていた。

 

 

 

つづく

 

 




※ダークルシフェル。ネクサスが打ち切りにならなければ登場していた筈の第3の闇の巨人です。設定画まで存在してます。
ネクサスのブックレットのルシフェルとは別個体です。ルシフェルを参考にしたのが3体の闇の巨人との解釈です。

 次回予告

 それぞれの場所で危機に陥るゼロとネクサス。絶体絶命のゼロを救う者とは? そしてネ クサスは…… カートリッジシステム初陣の2人の少女達や如何に。

 次回『青-ブルー-』


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第41話 青-ブルー- ★

 

 

 異様な光が揺らめく『ダークフィールド』の空を切り裂いて、『バグバズン』がフェイトとなのはに迫る。2人は巨体の突撃を一旦別れて回避し、再び合流した。バグバズンは旋回し再度向かって来る。

 

「なのは……いきなり本番だけど行くよ……! バルディッシュ!」

 

「うんっ、フェイトちゃん! レイジングハー トお願い!」

 

 少女達の一歩も退かぬ意思の叫びに応え、新たに生まれ変わった『バルディッシュ・アサルト』『レイジングハート・エクセリオン』中央部のコッキングカバーがスライドした。

 それに連動し、内部のシリンダーがリボルバー拳銃如く回転し、魔力カートリッジがロードされる。デバイス内に爆発的な魔力が満ちた。

 

「これなら行ける……!」

 

「これがカートリッジシステム!?」

 

 フェイトとなのはは、その予想以上の魔力の高まりに驚いた。だが呑気に驚いている暇も無い。迫り来るバグバズンに同時に砲撃魔法を放つ。

 

「プラズマ・スマッシャァァッ!」

 

「アクセルシュタァァッ!!」

 

 以前の砲撃とは比べ物にならない程の勢いで、金色と桜色の無数の魔力弾がまとめてバグバズンに炸裂した。怪物は巨体のバランスを崩し軌道が逸れる。

 

「……す……凄い……前とは比べ物にならない……」

 

「威力が全然、桁違いだよ!」

 

 2人は改めて自分の相棒を感嘆の目で見た。しかし何時までも感心ばかりしていられない。外殻が強固なバグバズンは参らない。直ぐに姿勢を回復し此方に向かって来た。

 口蓋部からおぞましい触手を砲弾のように繰り出し攻撃して来る。フェイトとなのは、触手の猛攻を潜り抜け再度砲弾を撃ち込むが、流石にバグバズンはしぶとい。

 カートリッジシステムでも簡単に倒せる相手では無かった。しかも動きが速いので、弱点の頭部に攻撃を集中し辛い。これではせっかく強化した魔力の無駄射ちになってしまう。

 

「なのは……あいつの動きを止めるよ……!」

 

 フェイトはなのはの顔を見た。なのはは力強く頷く。

 

「判ったよ、フェイトちゃん!」

 

 思い付いた事は同じだった。その一言だけでお互い充分に通じ合う。迫る触手を避け、2人の魔法少女は再び散開した。

 

 

 

 一方のネクサスは、襲い来る『ダークファウスト』と『ダークルシフェル』の猛攻を1人凌いでいた。 闇の巨人2体が放つ、闇色の光刃『ダークレ イ・フェザー』が、刃の嵐となってネクサスを襲う。

 

『クッ!』

 

 ネクサスは両腕をクロスさせ『アームドネクサス』を発動させた。その姿が光を放ち、残像を残して瞬時に消え去る。標的を見失った光刃が大地をズタズタに切り裂いた。

 

『ど、何処へ行った!?』

 

 姿を見失い、辺りを見回すファウストとルシフェルの背後に、不意にネクサスが現れる。超高速移動『マッハムーブ』だ。

 一瞬で背後に回ったネクサスは、間髪入れずアームドネクサスを発動させ、巨大な竜巻『ネクサスタイフーン』を巻き起こす。

 数万トンの質量をも舞い上げる竜巻に怯むファウストだが、ルシフェルは物ともせずタイフーンを強引に突破し、ネクサスに強襲を掛けて来た。

 

『しまった!?』

 

 アームドネクサスを発動中だったネクサスは、一瞬反応が遅れてしまう。ルシフェルの鋭い爪『ルシフェルクロー』が真紅の身体を袈裟がけに切り裂いた。

 

『ウオオオッ!』

 

 光の粒子が血のように散らばる。三つ首の魔人は更に切り裂かんと剛腕を振り下ろす。ネクサスは寸での所で横に体を捌き、クローの攻撃をかわした。

 しかしルシフェルに気を取られている隙に、態勢を整えたファウストの『ダークジュビローム』の一撃がネクサスの背中を直撃する。

 再びネクサスは大地に片膝を着いてしまった。胸の『コアゲージ』が喘ぐように点滅を繰り返す。最早限界に見えた。

 

『ここまでのようだな……?』

 

 ファウストは弄ぶようにゆったりと右腕をネクサスに向けた。ルシフェルは無言で両腕の 『アームドルシフェル』を組み合わせる。最大級の光線で止めを差すつもりだ。

 絶体絶命のネクサス。だが彼は拳を握り締め、燃える闘争本能を両眼に込めて力強く立ち上がった。その両眼が強く輝きアームドネクサスが青い光を放つ。ネクサスの身体が青い波長に包まれた。

 

 

 

 一方のフェイトとなのはは、バグバズンの突進を避け、首尾よく背後に回り込んでいた。狙いは巨体に揚力と機動力を生み出している巨大な羽根だ。

 

「プラズマ・ランサァァッ!」

 

「アクセルシュタァァッ!!」

 

 2人の魔力弾が、高速で振動する羽根の根元の片方に集中してぶち当たる。バグバズンは奇声を上げた。その部分には昆虫と同じく装甲が無い。

 バランスを崩し飛行速度が落ちるが、まだ飛行可能なようだ。触手を背後のフェイト達に伸ばして攻撃して来る。

 触手を逃れた2人は、再度片羽根を狙って砲撃魔法を連続して撃ち込み続ける。巨体が魔力爆発に包まれた。

 爆煙の中から怒り狂った様子のバグバズンが姿を現すが、明らかに飛行速度が落ちている。 効いているのだ。デバイスが以前のままだったら、こうは行かなかっただろう。

 

「今だ!」

 

 フェイトはリボルバー内のカートリッジをロードすると、バルディッシュを『ハーケンセイバー』電光の刃の大鎌に変型させる。

 以前より出力も刃の大きさも格段にアップしたバルディッシュを携え、得意の高速移動でバグバズンの羽根部分に一気に到達した。

 

「はああああっ!!」

 

 連続攻撃により脆くなっていた羽根の根元部分を、電光の大鎌で一気に切り裂く。バルディッシュが中程までザックリと羽根を切り裂いていた。

 こうなってはもう揚力を生み出す事は出来ない。風圧でメリメリと片羽根が完全に千切れ、揚力を失ったバグバズンは軋むような鳴き声を上げて大地に落下して行く。

 大地を揺らして、その巨体が頭から地面に激突した。爆弾でも落ちたように土砂がもうもうと巻き上がる。

 2人は一瞬仕留めたと思ったが、舞い上がる土煙の中からバグバズンがヌッとばかりに立ち上がった。数百メートルの高さから、まともに落下したにも関わらず無事なようだ。

 上空の2人を威嚇して異形の頭を上げる。しかし全くの無傷とは行かなかったようだ。バグバズンの頭部の外殻にヒビが入っている。 打ち所が悪く、落下の衝撃で損傷してしまったのだ。運も味方してくれたらしい。

 

「なのは今っ!」

 

「うん、フェイトちゃん!」

 

 フェイトの合図に、なのははカートリッジをロード、レイジングハートエクセリオンを砲撃形態『バスターモード』に変型させる。

 こちらも以前と違い、二又に槍のように厳つい形だ。その周囲を包むように、桜色の光のリングと光の翼が形成された。その集束力は以前の比では無い。

 

 フェイトはバルディッシュを再び変型させた。鎌状部が柄のように変型し、その先から電光の大剣が伸びる。

 彼女の身の丈を遥かに越える大型剣だ。新たな形態『バルディッシュ・ザンバー』である。

 フェイトは大剣を振り上げ、なのはは周囲の残存魔力を集束しカウントする。 電光の大剣に稲妻が走り、レイジングハートに魔力が集中する。発射態勢を整えた2人は同時に叫んだ。

 

「疾風迅雷! ジェットザンバアアァァッ!!」

 

「全力全開! スターライト、ブレイカア アァァァッ!!」

 

 目も眩むばかりの雷光と、桜色の砲撃魔法がバグバズンの損傷した頭部に炸裂し爆砕する。 頭部が肩部ごと完全に吹き飛んでいた。

 頭を粉砕された怪物の全身に亀裂が入り、甲殻と肉片をばら蒔いて盛大に砕け散った。

 

 

 

 

 アームドネクサスが青く輝き、ネクサスの身体を覆う。青い波長を浴びた真紅の巨体が青く変化した。各部の生体鎧が増設され、明らかに先程とは違う姿になる。

 

『シェアッ!!』

 

 変化したネクサスは、ファウストとルシフェルに腕を翳し、雄々しくファイティングポーズを取り対峙する。

 鮮やかな海のような鮮烈な青の巨人。孤門のみが成し得たもう1つのジュネッス形態『ジュネッスブルー』だ。

 2体の闇の巨人は畏れたように光線を同時発射する。 ジュネッスブルーネクサスは瞬時に飛び上がって光線をかわし、その勢いを利用してファウストに躍り掛かる。

 背後で外れた光線が大地を大きく抉り、追い風のように爆風が吹き荒れた。

 

『デェヤアアアッ!!』

 

『ジュネッスキック』が唸りを上げてファウストの腹に突き刺さり、巨体が勢い良く吹っ飛んだ。ネクサスの背後からルシフェルが、怒りの雄叫びを上げルシフェルクローを振り上げる。

 青い巨人は素早く体を返してクローの攻撃を捌くと同時にその腕を取り、一本背負いでルシフェルを大地に叩き付けた。数万トン分の衝撃がダークフィールドを揺るがす。ルシフェルは悲鳴じみた声を漏らした。

 

『ルシフェルッ!? よくもおおおっ!!』

 

 吹き飛ばされていたファウストが立ち上がり、凄まじい怒号を上げてネクサスに殴り掛かる。尋常でない怒りようだ。

 大砲の一斉射撃のようなパンチの嵐。ネクサスは右腕の『アローアームドネクサス』でラッシュを払い除け、逆に腹目掛けて『ジェネレイドナックル』の痛烈な一撃を叩き込む。

 

『ぐはっ……!』

 

 ファウストは腹を押さえて苦し気に呻く。ネクサスは更にジェネレイドナックルを放とうと拳を向けた。

 その背後からルシフェルが、ダークレイ・ ジュビロームを撃って来る。だが察知していたネクサスは、一瞬早く空に飛び上がり光線をかわす。

 

『があっ!?』

 

 ジュビロームの流れ弾が、逃げ遅れたファウストに命中してしまう。ルシフェルは取り乱したように膝を着くファウストに駆け寄っていた。

 

『今だ!!』

 

 ネクサスはその隙を見逃さず、落下しながら右腕を地上の2体に向ける。 胸の『エナジーコア』の光が右腕のアロー アームドネクサスに投射され、光の弓が形成されて行く。

 ジュネッスブルーの必殺光線の1つ『アローレイ・シュトローム』だ! 光の弓を引き絞るように引く。『コアゲー ジ』の点滅が更に早くなる。残された時間は後僅かだ。

 

『ヘャアアアアッ!!』

 

 ネクサスの気迫を込めた叫びと共に、光の弓が超高速で射ち出された。眩い光の弓が空間を縦に切り裂き、恐ろしい程の勢いで2体の巨人達に炸裂する。

 

 凄まじいまでの閃光と爆発が起こり、ダークフィールドを明るく照らした。閃光を背に、ネクサスは大地を砕いて降り立つ。

 爆発の中闇の巨人達は苦し気にもがくと、闇色の光と化し幻のように消え去った。

 

『逃げたか……』

 

 危機は去ったようだ。ネクサスの眼に、此方に飛んで来るフェイトとなのはの無事な姿が映る。闇の巨人達の撤退と共に、ダークフィールドが解除されて行く。

 星空が見えて来た。先程までの死闘が嘘のような静かな光景だった。フェイトとなのはは、ホッとしてネクサスの足元近くに降り立つ。

 2人の魔法少女達はネクサスの青い巨体を改めて見上げる。星空の元に立つ青い巨人は幻想的にすら見えた。 とても今まで死闘を繰り広げたようには見えない。

 それらも手伝って、普段の孤門とのギャップに少し当惑するものを感じるフェイトとなのはだった。

 

 

 

 

 

 

 

 もう1つのダークフィールド内で『幻影ゼットン』が嘲笑うかのように、消失と出現を繰り返していた。ゼロは成す術も無い。

 

(クソッ! まるで居所が掴めねえ!?)

 

 必死で幻覚を見せている『ガルベロス』を見付けようとするが、強力な催眠波動で全ての感覚を狂わされていた。

 聴覚から皮膚感覚、気配、第6感といったものまでもがおかしくなっている。恐るべき威力であった。『ダークメフィスト』の言う通り、 怪獣墓場で蹴散らした個体とは雲泥の差だ。

 外部からの情報が全て当てにならない状況は、戦闘では致命的である。このままではなぶり殺しにされるだけだ。焦ってめくら滅法にスラッシュを射ち出すゼ ロの背後から、再びゼットン火球が襲い掛かった。

 

『ガッ!?』

 

 今度は避け切れない。背中にまともに火球を食らい、ゼロは異形の大地に倒れ込んでしまった。間髪入れず飛来する火の玉の雨。ゼロは間一髪前転して、辛うじて火球の雨を回避する。

 

『フハハハッ! どうした? その程度なのかウルトラマンゼロッ!?』

 

 メフィストの嘲笑う声が響く。ゼロの周りで火球が爆発し、爆風がシグナムとシャマルの居る場所まで届きそうな勢いだ。シグナムは頭を押さえ、

 

「くっ……魔法防御までもが侵食されている…… 此方でも、あの怪物が存在しているようにしか見えん……!」

 

「私もよ……物凄い催眠波動だわ……このままじゃゼロ君が危ない……!」

 

 シャマルは苦戦するゼロを見ると、指輪形態の『クラールヴィント』を振り子形態に変化させる。振り子があちこちを差し探知を始めた。

 

「シャマル、ガルベロスを探知出来そうなのか!?」

 

「これなら行けそうよ!」

 

 シグナムの問いにシャマルは頼もしく応えて見せた。火球攻撃に翻弄されるゼロに、シャマルは思念通話を送る。

 

《ゼロ君、クラールヴィントで何とかガルベロスの位置が判るわ! 私の言う通り動ける!?》

 

《奴の位置が判るのか!?》

 

 攻撃を凌ぎながら驚くゼロに、シャマルは目を閉じて、

 

《私達も催眠波動のせいで全ての感覚が侵されてるけど、ゼロ君が入力した波動データがあるから、クラールヴィントのセンサーが使えるのよ。それを利用して位置を特定出来るわ!》

 

 それを聞いたゼロは勢い付いて立ち上がった。またしても前方に幻影ゼットンが現れるが、

 

《その話乗ったぜ! 頼むシャマル!》

 

 ゼロは即座に全ての感覚をシャットアウトした。視覚、聴覚、超感覚をも含めた全てを意識的に遮断し、何も無い無の中に身を置く。

 シャマルの思念通話だけに集中する。全てを任せたのだ。他人を信頼し任せる。それが何より彼が成長した証しなのかもしれない。

 

《任せてゼロ君!》

 

 何の躊躇も無い潔い程の信頼を受けて奮い立ったシャマルは、全感覚をガルベロスの位置特定に向ける。

 

「頼むぞシャマル……」

 

 隣で励ますシグナムの声もシャマルには聞こえなくなっていた。ガルベロスの波動トレースのみに集中する。だが、

 

「むっ!?」

 

 シグナムは気配を感じて、周りに視線を向けた。土煙を上げ、地中から何かが次々に這い出して来るではないか。

 

「まだ居たのか……!?」

 

 それは『アラクネア』の群れだった。大きさが十数メートルはある大型タイプが20数匹。 シグナムは『レヴァンティン』を構え、アラクネアの群れに向かって疾風の如く駆ける。

 

「シャマルには、一歩も近付けさせん!」

 

 今シャマルは探知に集中して動けない。邪魔をさせる訳には行かない。幸い幻影ゼットンに波動を集中させているようで此方は実体だ。

 シグナムはカートリッジをロードすると炎の剣を振りかざし、巨大アラクネアは巨大なハサミで襲い来る。此方でも激戦が始まった。

 

 

 

 一方全ての感覚を切り、棒立ちのゼロに迫る幻影ゼットン。顔部の発光器官が光る。再び火球を吐くつもりだ。そこにシャマルの思念通話が飛ぶ。

 

《ゼロ君、右後方40度来るわ!》

 

 その声だけに反応し、ゼロは元居た場所をゼロコンマ1秒の躊躇いも無く飛び退いた。火球が元居た場所を吹き飛ばし土煙が舞う。

 

《左前方31度、時速80キロで接近して来るわ! 300、200、100メートル!》

 

『ウオオオオッ!!』

 

 ゼロは指示通りの位置に、右拳を思いきり繰り出した。その途端幻影ゼットンの姿が一瞬だが揺らいだ。

 

《ゼロ君そのままの位置前方200メートル、 さっきより20メートル下よ!》

 

『これでも食らいやがれぇっ!!』

 

 ゼロはシャマルの示した位置目掛け、額のビームランプから『エメリウムスラッシュ』を撃ち込んだ。緑色の光のラインが、何も無い空間に命中する。

 

「グギャアアアアアアァァッ!?」

 

 その瞬間おぞましいばかりの絶叫が轟いた。同時に感覚を苛んでいた波動がパッタリと止む。ゼロは感覚を戻していた。

 

『おおっ!?』

 

 見るとゼットンの姿は消え失せ、地面をのたうち回る異形の怪物の姿があった。

 犬に酷似した双頭の片方の頭から、ドクドクと血が流れ落ちている。エメリウムスラッシュが直撃したのだ。もう催眠波動は使えまい。

 

『チイッ、ガルベロスの幻覚を破るとは!』

 

 メフィストは舌打ちすると、高見の見物を止めてゼロに向かって来た。ガルベロスも鮮血を滴らせながらも立ち上がって牙を剥く。

 ゼロは闇の巨人とビーストを前に、不敵に親指で唇をチョンと弾き、

 

『散々良いようにコケにしてくれたな! 2万倍にして返してやるぜぇっ!!』

 

 挑発して2本指を示した。メフィストは右腕の鉤爪型の打突武器『メフィストクロー』を伸ばし攻撃態勢を取る。

 

『フン……ガルベロスの幻覚攻撃を破ったくらいでいい気になるなよ……それでも2対1な上に、この俺に勝てるかな……?』

 

『へっ、こちとら勝利の女神が沢山付いてんだ! 負ける理由が思い当たらねえ!!』

 

 ゼロは敢然とメフィストに吼えた。皆の協力あってこそだと改めて感謝する。カラータイマーの点滅が早い。残された時間はもう僅かだ。

 

 

 

 シグナムの炎の斬撃が、夢幻の空間を舞う。

 

「レヴァンティン、叩っ斬れ!!」

 

 催眠波動が消えると同時に、炎の剣が最後の大型アラクネアを真っ二つに両断した。その巨躯が業火と燃え上がる。おぞましい断末魔を上げて崩れ落ちる怪物。

 回りには炭化したアラクネアの屍が転がっている。流石はシグナム。群れを全滅させたのだ。

 ビーストを片付けたシグナムは、極限までの集中で消耗し、地面にへたり込みそうになるシャマルを支えてやる。

 

「シャマル、大丈夫か……?」

 

「へ……平気よこれくらい……シグナムこそ……」

 

 シャマルは笑って見せるが、その笑みには力が無い。無理も無かった。催眠波動の中、全魔力を使ってゼロの眼の代わりをしたのだ。

 

「お前達の将は、そんなに柔では無いぞ……?」

 

 シグナムは苦笑するが、そう言う彼女も魔力カートリッジを全て使い切り、かなり消耗していた。とても今戦力にはならないだろう。

 戦況は実質2対1。まだ不利な状況に見えるが、シグナムは微かに笑みを浮かべ、

 

「後はゼロが決めるだけだな……」

 

「……そうね……後は反撃タイムの時間ね……」

 

 シャマルも笑って見せる。心配はしていない。ゼロが此方の努力を無駄にするような男では無いと、確信しているからだ。2人は視線をゼロに向けた。

 

 

 ガルベロスが計3つの鋭い牙の生えた口から、連続して超高温の火球を射ち出す。

 

『これしきいぃっ!!』

 

 ゼロは構わず、火球の嵐の中に飛び込む。片手で火球を叩き飛ばし、猛然とガルベロスに突進する。

 

『ディヤアアアッ!!』

 

 腹部の3つ目の頭に、ゼロの強烈な正拳突きが叩き込まれた。顎の骨が牙もろとも砕け散り、ガルベロスは絶叫を上げる。

 更に唸りを上げて放たれる回し蹴りが、巨体をなぎ倒す。異形の怪物が大地を砕いて転がった。

 

『貴様っ!!』

 

 メフィストが三日月型の光刃『ダークレイ・フェザー』を連続して発射して来た。無数の光刃が切り裂かんと迫る。ゼロは真っ向から刃に向かう。

 

『甘えっ!!』

 

 その頭部から燕(つばめ)の如く『ゼロスラッガー』2本が飛び出し、ダークレイ・フェザーを全て叩き落とした。

 

『おのれえええっ!!』

 

 メフィストは右腕のクローで襲い掛かる。削岩機のような突きが繰り出された。高層ビルをも倒壊させる程の威力だ。

 ゼロは紙一重でメフィストクローのラッシュを避ける。『ウルトラマンレオ』直伝の見切りだ。伊達に格闘戦最強のレオの弟子では無い。

 巧みに攻撃をかわすゼロの元に、飛来するものがある。銀色に光る物体ゼロスラッガーだ。戻って来たスラッガーを手にしたゼロは、すくい上げるように斬撃を放つ。

 

『オラアッ!!』

 

 スラッガーが突き出されたメフィストクローを弾き返した。反動でメフィストの腕が後ろに持って行かれる。がら空きになった上体に、返す刀でスラッガーの痛烈な二連撃を叩き込んだ。

 

『グオオオオッ!!』

 

 火花を上げ、メフィストはよろめいた。加勢しようとガルベロスが、背後からゼロに襲い掛かろうと迫る。強靭な前脚で背中を切り裂かんとするが、

 

『何度も同じ手を食うかよ!』

 

 ゼロは後ろに目が有るかのような、絶妙のタイミングで空高く跳躍し、ガルベロスの頭上を飛び越えて背後に降り立つ。

 慌てたガルベロスは後ろを振り向いた。しかし振り向いた時はもう遅い。其処には両腕をL字形に組んだゼロの姿が!

 

『くたばれガルベロス!!』

 

 超至近距離から放たれる青白い光の奔流『ワイドゼロショット』がガルベロスを撃ち抜いた。

 ビースト細胞を全て焼き尽くされ、巨体は燃え上がり消し飛んだ。余波の土煙でゼロの姿が見えなくなる。

 

『馬鹿め! 仕留めてやる!』

 

 メフィストは両腕の『アームドメフィスト』 を組み合わせた。闇色の光が激しくスパークする。メフィスト最大の破壊力を誇る破壊光線 『ダークレイ・シュトローム』だ。しかし……

 

『ゥオオオオオオッ!!』

 

 裂帛の気合いと共に、ゼロが土煙を飛び蹴りの体勢で突き破って来た。メフィストは慌ててダークレイ・シュトロームを、突っ込んで来るゼロに放とうとするが、

 

『遅えぇっ!!』

 

 それより一瞬早く、ゼロはメフィストに高速で突撃する。その蹴り脚が炎と燃えた。『ウルトラゼロキック』!

 

『グワアアアァァァッ!!』

 

 ゼロキックをまともに腹に食らったメフィストは、弾丸のように吹っ飛ばされ後ろの崖に叩き付けられた。崖が跡形も無く砕け散り、巨体が岩石に埋まる。

 

『見たか、この野郎っ!!』

 

 ゼロは拳を掲げて吼えた。ざまあ見ろと言わんばかりだ。この辺やはりまだ若い。

 メフィストはやられたと思いきや、まだ動いている。 油断無く近寄ろうとすると、不意に辺りの景色が崩れ始めた。ダークフィールドが解除されたのだ。

 一瞬辺りに気を取られてしまったゼロがメフィストを見ると、既に消え失せてしまっていた。

 

『野郎、逃がしたか……!』

 

 悔しがるゼロだったが、もうエネルギーが限界だ。被害者が出る前に、ガルベロスを倒せただけでも良しと思うしか無い。

 ダークフィールドが完全に消え去り、ゼロは元の山中に再び立っていた。見上げると満天の星空だ。その光景にふと故郷の星を思い出すが、振り払うように首を振ると、ウルトラマン形態を解除する。

 

「……ふう……」

 

 『ウルトラゼロアイ』を内ポケットに仕舞い 一息吐くと、シグナムとシャマルの元へと向かった。

 

 

 

 

「2人共怪我は無いか?」

 

 シグナム、シャマルと合流したゼロは、開口一番2人の心配をする。騎士甲冑を解除した騎士達に怪我は無さそうだったが、シャマルが力無くへたり込んでい た。

 

「シャマル大丈夫かよ……?」

 

「大丈夫よ……ちょっと慣れない事で集中し過ぎただけだから……少し休めば……」

 

 心配するゼロに、疲れた顔に笑顔を浮かべて見せる。ゼロは苦笑し、

 

「それじゃあ、俺が家までおぶって行ってやるよ、シグナムも大分疲れたろう? 2人くらい抱えて帰れるぜ」

 

 するとシグナムは少し怒ったようにそっぽを向き、

 

「……ヴォルケンリッターの将はそんな柔では無い……シャマルだけおぶれ……」

 

「そうか……悪い……」

 

 ゼロも確かに戦士に対して失礼だったなと思う。躊躇うシャマルを無理に背中に乗せて立ち上がった。

 

「……やっぱりいいわよ……少し休めば大丈夫だ し……ゼロ君だって疲れてるでしょう……?」

 

 申し訳無さそうなシャマルに、ゼロはプイと明後日の方向を向き、

 

「気にすんな……そんな生半可な鍛え方はしてねえ よ……さっきはシャマルのお陰で助かったんだ、これくらいさせろ……ありがとうな……」

 

 照れ臭そうにボソボソと呟くように礼を言った。嬉しくなったシャマルはお言葉に甘える事にする。肌寒い夜の大気の中、少年の体温が温かい。

 

 3人は暗い山道を、街の灯目指して降りて行く。ゼロの背中のシャマルはふと、

 

「……ゼロ君って、思ったより背中が広いのね……」

 

「そうかあ? まあ……それなら布団代わりに家まで寝ておけよ……」

 

「……じゃあ……お言葉に甘えて……」

 

 やはり疲れていたのだろう。うつらうつらしていたかと思うと、しばらくしてスウスウ寝息が聴こえて来た。シグナムは気付いて、

 

「本当に寝てしまった……まったく……」

 

 呆れ顔の将にゼロは肩を竦めて、

 

「……仕方無えよ……俺を助ける為に無理したんだからな……寝かしといてやろうぜ……」

 

「……むう……分かった……」

 

 シグナムは若干ムスッとした顔で返事をした。少し面白くなさそうだ。自分でも何故こんな気分になるのか解らない。いや認めていないと言うべきか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 複雑な気持ちになっていると、ゼロが声を掛けて来た。

 

「……シグナムも……本当に助かったよ……俺達だけじゃ、どうなっていたか……」

 

「そ……それは……その……気にするな……大した事 は無い……」

 

 シグナムは澄まし顔をすると、コホンと咳払いした。それよりも気になる事がある。

 

「そう言うゼロ……お前は大丈夫なのか? 短期間での連続しての巨大化戦闘に、今日はあれだけの激戦の後だぞ……?」

 

 負担が掛かっているとではと心配になったのだ。ウルトラマンの少年は立ち止まると、体ごと振り向いて不敵に笑って見せ、

 

「さっきも言ったろう……? 生半可な鍛え方はしてねえって……楽勝だぜ」

 

 頼もしげな台詞を吐くと、再び歩き出した。 シグナムはその後ろ姿を見て以前と同じ、漠然とした不安を感じてしまうのだった。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 




次回『八神家の午後(前編)』


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第41.5話 八神家の午後(前編)


息抜き話です。サウンドステージのお話になります。





 

 

 

「うわあ~っ、でっけえ車ぁ~」

 

「ほんまや、キャデラックのリムジンやね……」

 

 交差点で信号待ちをしていた私とヴィータは、目の前を横切る黒塗りの高級車を見て、思わず声を上げていました。

 車椅子を押していたゼロ兄は、とっさにシュバシュバッと変な格好で身構えたようです。あなたは鳳凰院〇真さんですか? 私の説明にヴィータは首を傾げ、

 

「キャデロンの…………理不尽?」

 

「あはっ、まあ、そんな感じや」

 

 上手く発音出来ないヴィータやけど、大体発音は合ってると思った私は頷いておきます。

 

 3人共海鳴大学病院の帰り道です。長い検査から解放されてお日様が眩しいです。改めて思いっきり伸びをしました。

 

 私八神はやては、つい1年半程前には脚が悪いのを除けば、ごく普通の女の子やったんですが…… とある事が切っ掛けで、並行世界から来た正義のヒーロー『ウルトラマンゼロ』ことゼロ兄と、異世界の魔導書『闇の書』の騎士達の家主兼マスターをやっとります。

 どちらか片方なら有るかもしれませんが、 (普通は両方共無いですが……)両方共いうんは中々無いと思っとります。

 

 話は戻りますが、ここ数日は気温もあんまり下がらず、昼間は比較的温かいです。それでも寒がりなので着込み気味なゼロ兄は、遠退くリムジンを睨み付け、

 

「あれだけデカイと、追い回された時やばそうだな……」

 

 真剣に対応策を考えているようで可笑しいです。先生にあたる『ウルトラマンレオ』さんの冗談を、まだ真に受けているのです。

 

「だから……車は人を追い回す為のものや無いんよ?」

 

 空かさず突っ込んでおきました。そんな事は無いと何度か説明したのですが、まだ納得しきっていないようです。意外と頑固なのです。するとヴィータが、ニンマリ人の悪い笑みを浮かべ、

 

「何だゼロ、あんなのにビビってんのか? だらしねえなあ~」

 

「俺はビビってる訳じゃねえ……何時襲われてもいいように気を配ってるだけだ。交通事故と言うものも有るからな……なあ? はやて……」

 

「はいはい、分かっとるって、そないな事より信号青やで」

 

 私はのん気でズレたやり取りに、吹き出しそうになりながらも2人を促しました。ゼロ兄とヴィータは苦笑し合って頭を掻くと、車椅子のグリップをそれぞれ持ち、

 

「OK、はやてホーク1号発進!!」

 

 景気よく声を上げて、めっちゃ凄い勢いで私を押して横断歩道を爆走し出しました。

 

「レッツゴーッ!」

 

 私もついノリノリで、はしゃいで声を上げてしまいます。渡りきった後迷惑行為に気付き、2人共々反省しておきました。

 

 しばらく歩いた後、白い制服を着た小学生らしい子供達が歩いているのを見掛けました。 何や楽しそうな元気な声が聞こえます。 ヴィータが煩そうに、そちらに視線を向け、

 

「ああ……小学校の下校時間なんだな……道理でうっせえと思った」

 

「みんな元気で何よりや……」

 

 いかにも年上ぶった感想を述べてます。見た目はヴィータも一緒ですから、ちょっと可笑しいです。と言いつつ私も小学生達を見て目を細め、分別くさい台詞を口にしていました。

 羨ましくないと言うたら嘘になるのかもしれないですが、物心付いた時にはもう歩けなかった私には、とても遠い光景に見えます。

 無いものをねだっても仕方無いと、私は浮かんだ感情を忘れる事にしました。

 ふと後ろを見上げると、ゼロ兄も釣られてそちらを見ています。何故か驚いたように固まってしまっていました。どうしたんやろ? と声を掛けようとする と、ヴィータが子供達の制服を見て、

 

「あの白い制服ってアレだよね……? えと…… はやてに見せて貰った……」

 

「うん、すずかちゃんの学校の制服やね」

 

 気付いたようやったので教えておきました。ヴィータは腑に落ちた顔をします。聖祥大付属小学校の制服。白地に赤のリボンが可愛いです。

 あれからすずかちゃんとはすっかり打ち解け て、ちょくちょく図書館で会ったりもしています。今度家にも招待されとりますので、わが家にも是非来てもらわんといけません。ちょっと緊張してまいます。

 

 ヴィータが学校に興味が有るように見えたので、行きたいのか聞くとそれは無いそうです。 それでもヴィータが制服を着たらめっちゃ可愛いのにと言うと、

 

「うっ……可愛いのは苦手なんだよなあ……」

 

 ヴィータは困ったような顔をして、慌ててゼロ兄を振り返りました。話を逸らそうというのでしょう。可愛いのになと残念に思っとると、

 

「お~い、ゼロ?」

 

「…………」

 

 ヴィータが呼び掛けてもゼロ兄は返事をしません。目を見張って何かを凝視しているようです。

 

「ゼロ兄どないしたんや? ボーッとして……」

 

「あっ……? 悪い何だって?」

 

 声を掛けると、やっとゼロ兄は我に還りました。何を見ていたのか聞こうとすると、視界に買い物カートを持ってやって来る、シグナムの姿が映りました。

 

 病院に行く道すがら、セールをやっとるお店を見付けたので、帰りに買い物をしようと家に連絡を入れておいたのです。

 家計を預かる身としては見逃せません。いくら余裕があっても、締める所は締めんといけませんので。

 

「シグナム、わざわざ買い物カート持って来てくれて、おおきにな」

 

「いえ……」

 

 シグナムは礼儀正しく応えます。何や時代劇に出て来るお侍さんのようです。此方は小さな妹のようなヴィータはキラキラした目で、

 

「帰りに買い物してくんだよね? はやてはや てぇ~、今日アイス買っていい?」

 

「ええけど……Lサイズはあかんで? ヴィータこないだみたいに食べ過ぎて、お腹痛くしたらアカンしな」

 

 可愛くてつい全部許しそうになってまいますが、締める所は締めとかんとヴィータがお腹壊してまいます。 好き過ぎるのも考えもんです。

 

「うう……人の過去の汚点を……」

 

 お腹を壊した時の事を思い出して、ちょうブルー入っとるヴィータに、ゼロ兄がしたり顔で、

 

「ヴィータは欲張るからああなるんだよ……気を付けとけ……」

 

 ビュンビュン兄貴風を吹かしますが、ヴィータはまたしてもニンマリと悪い笑みを浮かべました。

 

「ゼロこそ、此処に来たばっかの頃楽勝とか言って、店の大食いにチャレンジしてひっくり返った挙げ句、一晩中苦しくて唸ってたらしいじゃん?」

 

「なっ、何故それを!? はやてぇ!?」

 

 ゼロ兄が目を丸くして私を見ます。堪忍やゼロ兄。私は両手を合わせて謝っておきました。

 バケツサイズの豚骨ラーメン6杯に挑戦し完食したものの、苦しくてゴロゴロ転がる様子があまりに面白過ぎてバラしてしもた。堪忍な。

 

 何や収拾が着かなくなって来たのを察し、シグナムが口を開きました。ゼロ兄がゴロゴロ転がるのを想像したらしく、口許が少々怪しいですが、

 

「コホン……そう言えば、先程何かのお話し中だったのではありませんか……?」

 

「ああ……学校と、ゼロ兄がボーッとしてた言う話やったね」

 

「いわゆる世間話ってやつだな……」

 

 私とヴィータの少し気取った返答に、シグナムは意外そうな顔をしました。少し思案顔をした後に、

 

「石田先生が仰ってましたね……主の脚がもう少し良くなったら、きっと学校にも行けると……」

 

 気持ちは嬉しいんやけど……私はつい苦笑いしてまいました。

 治療に頑張ってくれとる先生やゼロ兄、みんなには悪いんやけど、正直諦めていると言うのが本心です。 仕方無いやないですか……治らんもんは治らんのです……

 

「あは……石田先生らしい励ましやなあ……私は別に学校には行かんでもええけど……」

 

「そうなの……?」

 

 冗談めかして言うとヴィータが、不思議そうに私を覗き込んで来ます。するとゼロ兄が私の頭をポンと軽く叩き、

 

「そんな訳に行くかよ……良くなったら、ちゃんと学校へ行け……」

 

 少し憮然としてたしなめて来ました。見透かされた気がして、ついムキになった私は、

 

「でも、私が家に居らんかったら、みんなのお世話が出来ひんよ?」

 

 シグナムとヴィータは、神妙な顔で頭を下げて来ます。

 

「済みませんお世話になってばかりで……」

 

「感謝しております……」

 

 お世辞にも家事が得意とは言えない2人は、必要以上に感謝して来ました。戦いのプロですが、そっちは苦手なようです。

 実際ザフィーラも似たようなもんやし、シャマルは料理が……とてもや無いですが、マスターとしては放っておけません。

 

「あははっ、ヴォルケンリッターの主としては、当然の務めや」

 

 などと少し偉そうに、胸を張ってみたのですが、

 

「はやて……飯は俺がやるから、治った時はちゃんと学校に行けよ……大丈夫だ……」

 

 気負っている所も含めて心配しての言葉でした。普段鈍い所があるのに、こう言う所は鋭いです。

 そう言えば家事で思い出しましたが、ゼロ兄はシグナムとヴィータに家事をしろなどとは言いません。やれる人がやればいいという考えのようです。

 どうやら故郷の『光の国』には男尊女卑が無いようです。 話を聞くと、並の男性戦士より遥かに強い女戦士が居るそうですから。

 何でもバリバリ前線に出るお姫様とか、凶悪な必殺技デルタアローとか言う技を使うお転婆な人とか、頼もしい限りです。

 話は戻って、私は見透かされた事の照れ隠し半分で、おちゃらけて、

 

「あははっ、冗談やて、せやけど学校サボってたクチのゼロ兄が言うと、何や可笑しいなあ」

 

「確かに……名の通り説得力ゼロですね……」

 

「残念ってやつだな……」

 

 シグナムとヴィータが納得顔で同意しました。自分で振っておいて何ですが、大概な言われようです。

 ヴィータはゼロ兄と何時もこんな感じですが、シグナムも親しい人だと、意外に冗談を言ってからかう一面があります。ゼロ兄は言い返すと思いましたが、

 

「似合わなくて悪かったな……」

 

 照れ隠しなのが分かっとるのか、苦笑しただけで済ませました。ごめんなゼロ兄……

 

 その話はそこで終わりましたが、ヴィータがゼロ兄を見上げ、

 

「そう言えば……もう1つの話だけど、ゼロ何でさっきボーッとしてたんだ?」

 

 小学生達を見て固まっていた件です。とてもビックリしていたようでした。何にそんなに驚いたんでしょう。

 

「あ……ああ……大した事じゃ……」

 

 隠すのが下手なゼロ兄は、耳まで赤くしてとても照れ臭そうです。すごく嬉しいのを我慢しとる感じでした。何がそんなに嬉しいんでしょう?

 

「何やのゼロ兄? 今のは私らが悪かったから、教えてえな?」

 

「そ……それはだな……」

 

 ゼロ兄が言うか言うまいか口ごもっていると、また近くを別の小学生の一団が通りました。するとゼロ兄は、

 

「あっ!」

 

 小さく声を漏らしました。視線の先を私らも見てみると、小学生達が背負っとる鞄に、良く見慣れた姿を模したストラップが付いています。

 

「あっ、あれってゼロ兄の……?」

 

 私は通り過ぎる小学生達を見て納得しました。彼ら彼女らが鞄に付けとるんは、明らかに『ウルトラマンゼロ』を模した二等身人形のストラップでした。

 

 実は今海鳴市では、ウルトラマンゼロが謎の正義のヒーローとして人気が高まって来とるんです。ご当地ヒーローみたいなもんかもしれませんが、実際に現れて人を救ったとなれば当然でしょう。

 

 別に名乗った訳でも無いのに、謎の超人ウルトラマンと言う呼び方が何時の間にか広まっとりました。どうやら海鳴市の何処かの、商魂逞しいお店がストラップやらを売り始めたようです。

 

 私達は、自分のグッズがあって嬉しくて仕方無いんだなと察する事が出来ました。ゼロ兄の居た世界やと、地球で活躍したウルトラマンは玩具になったりしとるそうですが、 地球に一度も行っとらんゼロ兄は当然有りません。

 初グッズと言う訳です。誰も見とらんかったら、多分跳び跳ねて喜んでいたと思いますが、素直でないゼロ兄は私らが言っても絶対認めないでしょう。

 その辺りはシグナムもヴィータも承知しとります。私達は温かい眼差しで、小学生達に手を振りそうになっとるゼロ兄を黙って見守るのでした。

 

 

 

 

 そんなこんなで買い物を終え、皆でお喋りしながら賑やかに家に戻って来ました。

 

「お帰りなさいはやてちゃん、みんな」

 

 シャマルと、ワンコや無く……狼ザフィーラが、玄関で出迎えてくれます。

 

「シャマル、ザフィーラ、ただいまや」

 

 やっぱり家で誰かが待ってくれとる言うんは良いもんです。家に上がったみんなは早速色々と始めました。 ゼロ兄は買い物カートから、買った物を取り出 しとります。

 

「シャマル、買い物分はキッチンに持って行くぞ?」

 

「うん、ありがとうゼロ君、そっちは私が持つわ」

 

 2人でえっちらおっちら食材の袋を抱えて歩き出します。6人分、しかも大食漢も居りますから結構な量になります。腕の奮い甲斐がある言うもんです。

 

「主はやて……それでは失礼します……」

 

 シグナムは私を軽々と車椅子から抱き上げます。並の男の人より力持ちです。安心感も有りますが何より……

 

「やっぱりシグナムの抱っこは、何ともええ感じやなあ~」

 

 おっぱいが大きくてポヨンポヨンなので、上等のクッションに乗っとるような気分になれます。Gカップはかたい思てますよ。

 

「そうですか……?」

 

 シグナムはピンと来とらんようです。勿体無い。自分の素晴らしい武器を分かっとらんのです。そこでふと悪戯心を出した私は、

 

「ゼロ兄も一度シグナムに抱っこされとるんやけど、ええ感じやったろ?」

 

「あっ、主ぃっ!?」

 

 案の定ビクンッとして顔が真っ赤になりまし た。ヴォルケンリッターのリーダーは、普段はキリッとしたお姉さんですが、とても恥ずかしがり屋さんです。

 

「えっ、そうなのか? 全然覚えてないぞ……」

 

 ゼロ兄は首を傾げています。あの時は完全に気絶してましたから、全く覚えとらんようです。

 

「それは残念や……」

 

「あ、主はやて……お戯れを……」

 

 シグナムは焦りまくりです。ちょっとからかい過ぎてしもたようです。キョトンとしとるゼロ兄を窺い凄く焦っています。するとシャマルが、

 

「はやてちゃん……私の抱っこはイマイチなんですか……?」

 

 目をうるうるさせて、何処かの悲劇のヒロイン張りにヨヨヨ~とばかりに訴えて来ました。アカン、誤解させてしまったようです。 私は評論家よろしくチッチッと人指し指を振って見せ、

 

「甘いでぇシャマル……シャマルの抱っこは、 そう……素敵な感じやね……」

 

 おっぱいに貴賤無し。それぞれに良い所があるんですよ。

 

「わあいっ♪」

 

 素直に喜ぶシャマルです。扱い易いなあ…… しかし勿論抱っこはそれだけや無いんです。奥が深いのです。

 

「ちなみに補足として……ゼロ兄の抱っこは、 ムフフな感じやね、シャマルなら分かるやろ?」

 

『ガルベロス』を倒した後、ゼロ兄におぶられたシャマルなら分かってくれる筈。家に帰った辺りは、お姫様抱っこで下ろしてもらってましたし。

 

「成る程……ムフフな感じですね……」

 

 ニッコリと同意してくれました。笑うシャマルを見て、シグナムの目付きが険しく なっとります。羨ましいのかもしれません。

 ほんならシグナムも、抱っこしてもろたらと思いましたが、男前の性格やから絶対言えへんやろうなあ。これは私が何とかせんと♪ ヴィータは興味が湧いたらしく、

 

「それは、どっちが上なの?」

 

「さて……どっちやろね……?」

 

 私は澄まし顔でのたまっておきました。するとゼロ兄が何や呟いとります。後で聞いたら、日本語は難しいとつくづく思ったそうです。

 

 さて……帰ってからの軽いジャブが済んだ所で、平静を取り戻したシグナムが、

 

「行き先はリビングで、よろしいでしょうか……?」

 

「ふむ、よろしいよ」

 

 あくまで敬語のヴォルケンリッターの将に、私もふざけて付き合っときます。かしずかれる趣味は無いんやけど、シグナムはこう言う質なんで諦めました。

 ちょっとお父さんっぽい面があり、下手な男の人より頼りになる、守護騎士みんなのリーダーです。

 揃ってリビングに向かう途中ヴィータが、

 

「苺のアイスはアタシんだからな、手え出すなよ?」

 

「私は苺よりバニラ派だもん」

 

「名前でも書いておけ……まったく……」

 

 アイス大好きなので釘を刺し、シャマルとシグナムが返しとります。ここまでは良かったんですが、そこでゼロ兄が憮然として、

 

「ちゃんと書いたのに何度か食われたぞ……誰の仕業だ?」

 

「あんな変な文字で書かれてたって読めねえよ」

 

「ウルトラサインだ! お前かヴィータ~ッ」

 

「やべっ」

 

「あのミミズが這い回ったようなものは、文字だったのか……?」

 

「シグナム、お前もかよ!?」

 

 みんな凄い人らの筈なのに、買って来たアイスについて、しょうもない話をしとります。って、シグナムまで、ゼロ兄のアイス食べてしまっとるやないですか。私は思わず声を立てて笑ってしまいました。

 

 ザフィーラはやれやれとばかりに首を竦めとります。何時も渋いザフィーラは落ち着いとって、あんまり喋る方ではありません。

 最近人間の姿をサッパリ見とらんです。やっぱり本来の姿が1番落ち着くらしいんで、あのまんまです。まあええですか。可愛いし。

 

「ヴィータちゃん、車椅子のタイヤ拭きお願いね」

 

 おっとりぽわぽわのシャマルは、細かい気配りが出来る、優しいお姉さんみたいです。たまに色々かましてしまいますが……

 

「はいよっ!」

 

「ヴィータ、何時もありがとうな」

 

 即答して玄関に走って行こうとするヴィータに、私はお礼を言います。小さな騎士は任せなさいとばかりに腕捲して、

 

「直ぐピカピカにして持って来るかんね」

 

 笑顔を向けてくれます。ホンマにええ子です。実の妹みたいで可愛くて仕方ありません。

 

 キッチンではゼロ兄がお米などの重い物を棚に入れたりし、シャマルは買い物袋から材料を取り出しチェックを始めとりました。

 

「竹輪に大根、昆布につみれ……今夜はおでんですか?」

 

「当たり!」

 

 シャマルの読みに私は感心しました。ええ勘しとります。とても此方の世界に来て、1年も経っとらんとは思えません。せやけど、何で料理だけアカンのやろ? まあそれはさて置き、

 

「いいですね……」

 

「おでん……寒い時ははやての美味いおでん、最高だな!」

 

 和食大好きなシグナムは微笑しとります。寒いのが苦手なゼロ兄は小躍りせんばかりです。

 ホンマに寒いんが苦手なんやなあ…… 案外冬山で遭難したら、私より先に凍死してしまうかもしれません。 しかしそこまで言われたら、私も作り甲斐がある言うもんです。

 

「じっくりコトコト煮込んで美味しく作るから、みんな楽しみにしといてな?」

 

「材料斬るのは任しとけ」

 

「私も微力ながら、お手伝いします」

 

 ゼロ兄とシャマルが名乗りを上げました。ゼロ兄切るの字が間違っとりますけど。

 さてと……と腕捲りする私でしたが、みんなでおでんを食べるには、まだ紆余曲折あるのですが、それは次回の後編で……

 

 

 えっ? ゼロ兄への私の感想だけ言うとらんて? 恥ずかしいんで言えません。

 

 

 

つづく

 

 




ゼロ、大きなお風呂に感動し、地獄の苦しみを味わう事に?
次回『八神家の午後(後編)』


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第41.5話 八神家の午後(後編)

 

 

 冬の太陽が早めに陰り、辺りに夜の気配が満ち始めていた。寒さが堪える12月。日射しの暖かさも遠退き、北風が身に沁みる。

 しかしその寒さを吹き飛ばすように、午後5時を回ろうとしている八神家では、堪らない良い匂いが漂っていた。

 

「うんっ、仕込みはOK」

 

 はやては大鍋の中でグツグツと煮えるおでんの最後の味見をして、満足げな表情を浮かべた。会心の出来らしい。

 大鍋の中では大根や茹で玉子、揚げ物結び昆布などが、透き通った出し汁の中をゆらゆら踊っている。

 

「ふわああ~、いい匂い~っ、はやてお腹空いたあ~」

 

 ヴィータが涎を垂らさんばかりにして、特製おでんを覗き込み甘えた声を出した。一応千年近くの永い時を生きて来た彼女だが、完全に只の甘えん坊欠食児童である。

 

「まだまだ……このまま置いといて、お風呂に入って出て来た頃が丁度いい食べ頃や」

 

 母親のように、訳知り顔で言い聞かせるはやてである。煮物は一旦冷ました方が味がしっかり染み込むのだ。

 

「早く食べたい~っ」

 

 ヴィータは餌をねだる鳥のひな状態だ。はやての隣で副菜作りをしていたゼロは苦笑し、

 

「もう少し我満しろよ……俺もつまみ食いしたいのを堪えている所だ……」

 

「成る程……プッ」

 

 ヴィータは鍋を横目で見て、涎を垂らさんばかりのゼロを見て吹き出してしまった。整った顔立ちが台無しだ。ウルトラマンの少年は食いしん坊である。それならば此方も我満しようと思うヴィータだが、中々にキツイ。

 

 ちなみに先程から、料理をするはやてとゼロ、それに片付けをするシャマルの周りをチョロチョロしている腹ペコヴィータである。

 リビングのソファーに座っているシグナムもお腹が空いたのか、そっとキッチンに視線を送り、ザフィーラは床で丸くなっている。するとシャマルが一旦片付けの手を止め、

 

「ヴィータちゃんとシグナムは、これでも食べて凌いでいてね、はいっ」

 

 お皿に盛った料理を差し出した。和え物料理のようだ。ヴィータは直ぐに反応し、シグナムもキッチンにやって来た。

 

「これは……?」

 

 シグナムの質問に、シャマルは少々自慢気に笑って見せ、

 

「私が作った和え物よ、ワカメと蛸(タコ)とかの胡麻和え。中々でしょう? 昨日ゼロ君の話を聞いて思い付いたの」

 

 片付けの合間に作っていたらしい。それを聞いたシグナムとヴィータの表情が明らかに引きつった。ヴィータは、スゴく疑わしそうな目で和え物を見て一言。

 

「大丈夫……?」

 

「大丈夫ってえっ!?」

 

 見も蓋も無い台詞に、シャマルは思わず叫んでいた。追い打ちを掛けるように、シグナムが微妙な顔をし、

 

「お前の料理はたまに暴発と言うか……致命的な失敗がな……昨日の話……? 確か『スダール』とか言う大蛸と『ゴロー』と言う大猿だったか……?」

 

「見た目『だけ』はいいから、騙されんだよな……」

 

 ヴィータは深くため息を吐いた。今までシャマルの微妙料理で数々の被害を被った身としては、信用しろと言う方が無理がある。

 別に食べたら倒れる程不味いとか、料理を爆発させるなどと言う訳では無いが、ともかく微妙なのだ。要らない工夫をするともう悲惨である。

 家事能力は全般的に高いのに、何故か料理だけは駄 目なシャマルであった。

 

「あああ~っ、酷いわあ~っ!」

 

 湖の騎士は今までの自分の所業は棚に上げて、涙目になった。するとはやてが、疑いの眼差しのシグナムとヴィータに、

 

「シャマルのお料理の腕も大分上達してるし、平気やよ?」

 

「信用してやれって……俺も食べっから」

 

 ゼロも味方に加わった。シグナムとヴィータは仕方無しと言う風に、

 

「ならば食べてみますか……」

 

「じゃあ、いただきま~す」

 

「どれ……」

 

 料理担当のはやてとゼロのお墨付きなら信用しても良いと思い、2人は箸を料理に伸ばした。現金なものである。ゼロも箸を伸ばす。

 この騎士達は戦闘能力は高いが、ハッキリ言って生活能力は低いのに、文句だけはしっかり付けるのである。

 

「うう~……ザフィーラ……ウチのリーダーとアタッカーは、あんまりだと思わない?」

 

 シャマルは何事かとキッチンにやって来たザフィーラに、同意を求めるが、

 

「聞かれても困る……」

 

 ザフィーラはどう答えたものか判断に迷ったので、素っ気ない返事をしておいた。

 

「ザフィーラまで……ううう~……しくしく……」

 

 何かどんどんうざったくなっている。見兼ねたゼロとはやてが、

 

「シャマル大丈夫だって、自信持てよ」

 

「そうやよシャマル、そんな細かい事で落ち込んでたらアカン」

 

「確かにそうですね!」

 

 2人の励ましに、シャマルはすっかり機嫌を直したようだ。料理の出来る人達に言われたら、大丈夫な気がするのだろう。往々にして気のせいなのだが……

 復活した所で、彼女はハタとある事を思い出 し、

 

「さて……お風呂そろそろいいかしら……?」

 

 お風呂を沸かしていたようだ。パタパタとスリッパの音を立てて浴室に向かって行く。

 

 さて……肝心のシャマル料理だが、ゼロは摘まんだ和え物をひょいと口に運んでみた。シグナムとヴィータはまだ食べず、固唾を呑んで様子見である。

 

「おうっ、美味い!」

 

 目を細めて絶賛した。大丈夫なようである。はやても1つ摘まんで食べてみて、

 

「うん……う~んっ、美味しいやん、ほらザフィーラも、あ~んしてな?」

 

 ザフィーラにも箸で和え物を進めた。正直守護の獣は恥ずかしいものを感じたが、ニコニコ顔で勧める主には勝てず、あ~んと口を開ける。

 シグナムもヴィータも、白い輪切りにした物体をパクリと同時に口にした瞬間である。

 

「もがっ!?」

 

「ぐっ……?」

 

「ぬう~……?」

 

 ヴィータ、シグナム、ザフィーラの3人は揃って呻き声を漏らしていた。口の中に広がる蛸とワカメの触感に胡麻ダレの味。そして広がる甘あいヌタッとした触感が、口の中で珍妙な不協和音のハーモニーをジワジワ奏でた。

 

「ぐぐ……これって……?」

 

 ヴィータは吐き出す訳にも行かず、辛うじてその物体を飲み込んで、隣のシグナムに問い掛ける。

 

「バナナ……だな……」

 

 渋い顔で答えるリーダーに、ザフィーラも無表情な狼顔を明らかにしかめ、

 

「間違いなくバナナだ……」

 

「何てもん食わせてんだああぁぁっ!!」

 

 ヴィータは絶叫している。シグナムもザフィーラも顔色が悪い。ゼロとはやては、問題の和え物を良く観察してみた。

 

「あっ……蛸とワカメに混じって、輪切りのバナナが入っとる……」

 

「大猿と大蛸って……猿の好物がバナナだからなのか……?」

 

 だからと言ってバナナを入れるのはどうよ? と思うゼロであった。本人は良かれと思ったらしい。そう言えば最初に、蛸とワカメ『とか』の和え物と言っていたようだ。

 

 確かにバナナ部分を食べなければ美味しいのだが、もろにバナナを食べてしまったシグナム達は見事にダメージを負っている。正に地雷だ。

 しかしシャマルにつれなくした者達にピンポイントで当たるとは……恐るべし! であった。

 

「シャマルゥ~ッ」

 

「説教だな……」

 

「……」

 

 ようやく立ち直ったヴィータ達が、シャマルに怒りのたけをぶつけようと固く決意したその時である。

 

「きゃああああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 突如として絹を引き裂くような、シャマルの悲鳴が家中に響き渡った。浴室からである。何事かと全員で向かう。

 

「シャマル!?」

 

「何だあっ!?」

 

「シャマルどないしたんや!?」

 

 これはシグナムにヴィータ、はやての声である。ちなみにゼロは、

 

「どうしたシャマル!? 風呂から『コスモリキッド』でも出たのかあっ!?」

 

「何やの……それは?」

 

 はやての質問にゼロは、真面目くさった顔で、

 

「液体怪獣だ。身体を液体状にして川なんかに隠れたりする宇宙怪獣だ! デケエぞ、身長70メートルだ!」

 

 バタバタと廊下を走りながら、ゼロ以外の全員が、

 

(それだけは絶対に無い!!)

 

 と思った。もしもそんな奴が現れたなら、質量的に八神家は今頃水没している。

 

 さて浴室に辿り着くと、特に異常は無くコスモリキッドも当然居らず、シャマルが1人、半べそかいて立ち尽くしていた。此方に気付き、

 

「ふあああ~ん、ごめんなさい~、お風呂の温度設定間違えて、湯槽が冷たい水で一杯にぃ ~っ」

 

 シャマルの分かり易い状況説明を聞いて、ヴィータはげんなりした表情を浮かべた。

 

「ええええ~っ? マジかよバナナシャマル覚えとけ……」

 

「沸かし直しだな……バナナシャマル……説教だ……」

 

 シグナムは呆れてため息を吐く。2人共根に持っている。はやては浴室の操作パネルを見て困った顔をし、

 

「せやけど……このお風呂の追い焚き、結構時間が掛かるタイプなんよね……」

 

 つまり直ぐには入れないと言う事だ。シグナムは表情を険しくして、しょんぼりしている湖の騎士に、

 

「バナナシャマル……弛んでいるぞ……」

 

「ごめんなさい……バナナシャマル……?」

 

 さっきの事を根に持った分も含めて責める響きの言葉に、シャマルは更にしょんぼりして項 垂れるしか無い。

 何故バナナとは思ってはいた。自覚が無いのが度しがたいのである。するとヴィータが何か思い付いたようで、シグナムを見上げ、

 

「シグナムさあ……レヴァンティン燃やして水に突っ込めば直ぐ沸くかも?」

 

「断る!」

 

「早っ!」

 

 ヴィータは半分冗談、本気半分で言ったのだが、シグナムは取り付く島もないと言った感じである。

 

「んん……ここは私が『闇の書』のマスターらしく、魔法でパパッと何とか出来たらええねんけど……」

 

 はやては残念そうに首を捻り、100パーセント冷水の冷えきったバスタブを眺めるしか無い。すると前に出る者が居る。

 

「ふっ……ここは俺に任せろ……」

 

 不敵な表情を浮かべたゼロだ。自信満々な感じである。イヤな予感を覚えたはやては、

 

「……ゼロ兄……どないする気や……?」

 

「おうっ、変身して脚を湯槽に突っ込んで、そのまま『ウルトラゼロキック』の要領で脚を赤熱化すれば一発で沸くぞ?」

 

 どや顔である。放っておけば本当にやる気だ。はやてはため息を吐き、

 

「却下や……あんなん水に突っ込んだら、お風呂が吹っ飛んでまうわ……」

 

「あっ……」

 

 ゼロは間抜けな声を出していた。勢いで言ってみたが、確かに風呂を沸かすような細かい調整に自信は無い。 そのやり取りを見ていたシグナムは、しばらく考えた後、

 

「……炎熱系なら確かに私だが……同じく自信は無いな……湯槽を溶かしかねん……」

 

「吹っ飛ばすか溶かすしか出来ないのかよ…… 使えねえなあ……」

 

 ヴィータが偉そうにぬかす。言い出しっぺのクセにである。流石に収拾が着かなくなって来たので、はや ては話を切り上げる事にした。

 

「と言うかええって、良う考えたらこんなしょうもない事で力使ったらアカンやん、そこ、ゼロ兄アカンよ!」

 

 はやては湯槽の前で両腕をクロスさせて、『ウルトラ念力』を試そうとしているゼロを素早く注意しておいた。

 

 取り合えずリビングに戻った全員は、どうしたものかと頭を突き合わせた。はやては何かいい手はないものかと考えを巡らしていたが、ふと思い出した事がある。

 

「そうや!」

 

 皆が注目する中、はやてはシャマルに纏めてあったチラシの束を持って来てもらった。チラシを捲ってしばらく何かを探していたが、目当ての物を見付けたらしく、

 

「あっ、これや!」

 

 全員がはやてが広げたチラシに注目した。写真が沢山載っているカラフルなものである。

 

「海鳴……スパラクーア……新装オープン記 念……?」

 

「記念大サービス……?」

 

 シャマルとシグナムが順番に、デカデカと書いてあるチラシの内容を読み上げる。

 

「何これ……?」

 

 ヴィータは不思議そうにチラシを覗き込む。ちんぷんかんぷんなのだろう。はやては分かり易く、

 

「みんなで入る、おっきなお風呂屋さんやね」

 

「……ぜ……全員でですか……?」

 

 シグナムは困惑したようである。チラシを見ているゼロをチラリと見て、思わず赤面してしまう。シャマルもヴィータも流石に気まずそうだ。それを見てはやては含み笑いし、

 

「ふふふ……その通りや……」

 

「えっ!?」

 

 固まる女騎士達だが、はやてはテヘッと舌を出し、

 

「と言うんは冗談で、ちゃんと男女別々や」

 

 3人はホッと胸を撫で下ろす。つくづくこの人には敵わないと苦笑してしまった。ゼロは訳が分からず怪訝な顔をするしか無いのである。

 

 チラシを見てはやて達は、海鳴スパラクーアのお風呂の種類の多さに驚いた。温泉は勿論、滝の打たせ湯に紅茶風呂など、12種類のお風呂が完備されているという。

 

「……それはまた……素晴らしいですが……」

 

 盛り上がる中、一番のお風呂好きのシグナムの表情が優れないようだが…… はやては家計を預かる身として、料金表をしっかりチェックし、

 

「あはっ、新装サービスで安い、しかも3名様以上やと更に割引きやて。これはもう行っとけ、いや来い言う事ちゃうか? 行ってみたい人っ」

 

 直ぐに賛同の手が上がる。シグナムはまごついているようだ。するとその背中をゼロがポンと叩き、

 

「よしっ、シグナムも行きたくて仕方無ねえってよ!」

 

「ゼロッ!?」

 

 シグナムが慌てて言葉を発っしようとした時、念話回線にゼロがテレパシーを送って来た。

 

《シグナム、身内のヘマを主にフォローしてもらうのは申し訳無い、私は留守を守りますってのは無しな?》

 

《うっ……》

 

 ゼロは図星を突かれ、言葉を呑み込むシグナムの肩を叩き、

 

《シグナムは俺と違って真面目だからなあ……見当は付く。はやても気付くぞ、こう言うの気にすっからな……》

 

《しかし……》

 

 まだ渋るシグナムに、ゼロはやれやれと肩を竦めて見せ、

 

《シグナムの考えを通すと、却って皆気を使っちまうぞ……じゃあ行かないなんて事になるかもしれない。そんなの嫌だろうが? はやてはシグナム達が笑ってるのが一番なんだよ……お堅いのも大概にな?》

 

 シグナムは自分の頑なさを自覚し、苦笑を浮かべた。このまま意地を通していたら、はやてに気を使わせてしまう所だ。

 

《……判った……詮無い事を言う所だった……礼を言う……》

 

 シグナムは皆に判らないように、そっと頭を下げた。

 

《そ……そういうのは止めろっ》

 

 照れてそっぽを向くゼロである。地球の常識は疎い部分があるが、困っていたり悩んでいたりすると気が付くのは、ウルトラマンならではかもしれない。

 

《しかしゼロのような鈍い者に見抜かれるとは……私もまだまだだな……》

 

 少し癪だったシグナムは皮肉を吐く。ゼロは自覚があるのか、皮肉を受け流してニヤリと笑い、

 

《こきやがれ、な~に、他にもシグナムみたいなクソ真面目な奴を知ってるからな……何となくだ》

 

《ほ、ほう……? その真面目な奴とは、一体どのような人物なのだ……?》

 

 引っ掛かったシグナムは、追及せずにはいられなかった。まさか女だろうか? するとゼロは少し懐かしそうな眼差しをし、

 

《目と口が無くて、顔が十字になってる銀と緑色した鏡の巨人と、宇宙船に変型する巨大ロボットだ》

 

「はっ……?」

 

 シグナムはどういう人物か全く見当が付かず、ポカンと声を漏らした。ちなみに『ミラー ナイト』と『ジャンボット』の事である。確かに2人共お堅いが……

 

 シグナムの事も片付き、出掛ける準備に各自取り掛かっていた。 ゼロもタオルやら着替えを準備しようと部屋に向かおうとすると、誰かがチョイチョイ服を 引っ張って来る。振り向くとはやてである。

 

「どうした、はやて?」

 

 ゼロが屈み込んで、目線を合わせると彼女は微笑んで、

 

「ありがとうなゼロ兄……私も言おうとしてたんよ」

 

 小声でお礼を言って来た。やはりはやてもシグナムの様子に気付いていたのだ。ゼロは照れ隠しで腕をブンブン回してテンションを上げて見せ、

 

「そんな事より温泉だ! 初温泉デビュー行くぞはやてぇっ!」

 

「おしっ、タオルと着替えを持って集合やぁっ」

 

 はやては苦笑して合いの手を入れ、ツンデレウルトラマンの少年の矜持を尊重するのであった。

 

 

 

 

 そんな訳で海鳴スパラクーアにやって来た八神家一同である。大きい上に新装開店なので、何処もかしこもピカピカだ。

 バリアフリーにも気を配られており、はやても車椅子でスムーズに入る事が出来た。

 ザフィーラは留守を守ると言い張ったのだが、ゼロに押しきられる形で結局来る事になった。今は人間形態で普通の服装である。

 それぞれ男湯と女湯に別れ、いそいそと中に入って行った。

 

 

 

「おお~っ! でっけえなあ~……ザフィーラ早く来いよ!」

 

 早速タオル一丁になったゼロは子供のようにはしゃいで、まだ服を脱いでいるザフィーラに手招きした。初めてのスーパー銭湯体験なので仕方無いが、もう本当に只のお子様状態である。

 新装開店だけあって、タイル1つ1つまで綺麗に見える上ただっ広い。流石に12種類もの風呂があるだけの事はある。

 

「あまり風呂は、得意では無いのだが……」

 

 ザフィーラは異様にテンションが高いゼロに着いて行きながら、ため息を吐く。本来狼なので、濡れるのが得意でないのである。

 

 今日も夜から『蒐集』に出掛けるので、その前にコンディションの回復にも良いと半ば無理矢理連れて来られたが、ゼロのあの調子では却って疲れるのではないかと思うザフィーラだった。

 

 

 

 

 ゼロ達が早々に浴場に突入した頃、女湯の脱衣所では、はやてはシャマルに手伝ってもらい、シグナムとヴィータは邪魔にならないように少し離れた場所で服を脱いでいる所である。

 

 はやてが一通り脱ぎ終った所で、言い争いをするシグナムとヴィータの声が聞こえて来た。早く入りたかったヴィータが服を脱ぎ散らかした所を、シグナムに注意されたのが始まりだった。

 

「こらヴィータ、此処は家じゃないんだぞ? 服を脱ぎ散らかすな……」

 

「ちゃんと脱いだら片付けるだから、いいじゃんよ?」

 

「公共の場でのマナーだ……決まりは守れ」

 

 シグナムはこう言う事に厳しい。いちいちごもっともな小言に、ヴィータはうんざりした顔をして見せ、

 

「ったく……細々うるせえなあ……ウチのリーダーはよ……」

 

 反省の色が無い。ふて腐れている。シグナムは鉄槌の騎士の言いぐさに、少しカチンと来たようで、

 

「それ以前の人としての心構えだ……それにお前は普段からだらしないのが目に付く」

 

「ああ~っ、もう! チクチクうっせえなあっ!!」

 

 シグナムの小言攻撃に、只でさえ短気なヴィータは非常に気に触ってしまった。だがそれだけでは無い。

 小言を滔々と垂れる、下着姿のシグナムの双丘がプルンッと揺れるのが更にヴィータをイラッとさせた。

 設定年齢がお子様でペッタンコな彼女には、密かなコンプレックスである。

 

「はんっ! ちょっとおっぱいがデカイからって威張るんじゃねえよ!」

 

「うっ? 何だそれは? 何故そんな話になる!?」

 

 まったく予期せぬ方向からの攻撃に、シグナムは怯んでしまった。ヴィータは止まらない。100パーセント私情で追撃を掛ける。

 

「無駄に胸に栄養ばっかやってっから、そうやって心の余裕が無くなって細かい事ばっか気になるって言ってんだよ、このおっぱい魔人! その駄肉揺らしてゼロでも誘ってんのかあ ~?」

 

「おっぱ!? 誘うっ!?」

 

 シグナムは顔を真っ赤にして絶句してしまった。その額にビキッと青筋が浮かぶ。堪忍袋の尾が切れた。

 

「貴様其処に直れ! 『レヴァンティン』の錆にしてくれる!!」

 

 顔から火が出そうな程激怒した烈火の将は、ペンダント状態のレヴァンティンをひっ掴んだ。ヴィータも負けじとペンダント状のアイゼンを手にして、

 

「何だと? そっちこそ『グラーフ・アイゼン』 の頑固な汚れにしてやんよ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。シグナムもヴィータも引き下がれない。感情が激して大人気ない方向に行っていた。

 

「「ぬうううう~っ!!」」

 

 火花を散らしてスッポンポンのヴィータと、下着姿のシグナムが激しく睨み合う。一触即発である。ものすごく恥ずかしく不毛な光景であった。すると、

 

「ああ~、これこれ……喧嘩する子には夕食のデザートも、風呂上がりのフルーツ牛乳も出えへんよ?」

 

 のんびりした声が2人を諌めた。見兼ねたはやてが、シャマルに抱き抱えられて止めに来たのである。

 

「だって……このヤラシイおっぱい魔人が……」

 

「誰がヤラシイおっぱい魔人だ! 誰が!?」

 

 シグナムが怒る。まだ揉めている2人をはやてとシャマルとで宥め、お互いに謝らせてこの場を収めた。シグナムもヴィータも頭を冷やしてみると、公共の場で喧嘩をしてしまい反省しきりである。

 

 まだ下着姿だったシグナムを待つ間、はやてはまじまじと将の豊かに揺れる胸を見て、

 

「ふ~ん……そやけど、シグナムのは私も羨ましいなあ……」

 

「なっ!?」

 

 シグナムは顔を赤らめ、思わず胸を両手で隠していた。

 

「あっ、隠した」

 

 滅多に見れないリーダーの恥ずかしがる姿を堪能して、ヴィータはニンマリする。

 

「あああ貴女は……その……これから成長しますから……」

 

 シグナムはそうフォローを入れる。成長する見込みの全く無いヴィータとは違う。将来ムチムチになるかもしれない。背丈は無理かもしれないが……

 

「まあ、そやねんけどな……Cカップは目指したい所やけど……シャマルもかなりナイスな感じやけど」

 

 はやては自分をお姫様抱っこしているシャマルに話を振る。シャマルは片目を瞑り、

 

「ウッフ~ン」

 

 ノリ良くしなを作って見せるが、少々リアクションがベタである。

 

「なあシャマル、シグナムのはどないや?」

 

 はやての問いにシャマルは、哀しげにシグナムの胸に視線を送り、

 

「ええ、実は……随分前から微妙な敗北感と密かなコンプレックスがジワジワと……私母性キャラ担当なのに霞みますよね……普通ああいう剣士キャラは貧乳が相場なのに……」

 

「うっ、バナナシャマルお前まで!?」

 

 自分の胸談義が盛り上がった上に、味方が誰も居なくなってしまい、軽く絶望感を覚えるシグナムであった。 はやては青くなる烈火の将に、優しく笑い掛 け、

 

「私は後数年は掛かるやろうからなあ……それまでゼロ兄が浮気せんように、シグナムに頼んでおこうかなあ?」

 

「主ぃっ!?」

 

 とんでもない事を言い出すはやてに、シグナムは絶句してしまった。何がとはとても聞けない。石化してしまう3人にはやてはプッと吹き出し、

 

「冗談やて、ビックリしたかあ?」

 

 悪戯っぽく笑うのだった。シグナムはホッとするやら複雑やらで、ただコクコク頷くのであった。

 

 

 

 

 女湯ではやて達が妖しい会話で盛り上がっている頃、ゼロとザフィーラは呑気に様々な風呂を満喫していた。

 

「……ふう……どうだザフィーラ……中々のもんじゃねえか……?」

 

「……ウム……確かに……悪くないものだな……」

 

 広い温泉に肩まで浸かりながら、まったりするウルトラマンの少年と守護の獣である。それぞれの正体を想像すると、凄い絵面だろう。

 風呂嫌いのザフィーラだが、意外とお湯に浸かるのは気持ち良いと思ったようだ。

 風呂嫌いの犬を温泉に入れてみたら、気持ち良いのに気付いて満喫するのと同じ感覚かもしれない。それでも次回にはやはり嫌がるのだが……

 

 他にもサウナやら電気風呂などを試した2人 は、そろそろ上がる事にした。何だかんだでもう1時間程経過している。

 

 汗が引くまでスパラクーアの黄色い浴衣に着替えたゼロとザフィーラは、風呂場を出て売店や食道、マッサージの店がある広間に出てみた。こういったスーパー銭湯は、何でも揃っているのである。

 

 はやてより風呂から上がりに必ずと厳命を受けていた、風呂上がりのフルーツ牛乳を揃って腰に手を当て一気飲みする。

 

「ぷはあ~っ! 染みる~っ、地球の文化はいいなあ……」

 

 銭湯の黄金パターンを体験し、ご機嫌なゼロである。そうなると他の体験もしたくなるのが、人情と言うものだ。 やはり実体験は、テレビや本などでは味わえない本物の良さがあると思うゼロである。

 

 何処に行こうかと、辺りをキョロキョロ見回すゼロを見て微苦笑するザフィーラだったが、ふとマッサージの店に目を留めた。

 

「それならゼロ……マッサージを受けてみてはどうだ……? 巨大化しての連戦でかなり負担が掛かっているだろう……?」

 

 ザフィーラはゼロが心配だった。いくら超人ウルトラマンだからと言って、無理をし過ぎなのではないかと思ったのだ。

 本人は隠しているが、少し身体の動きが鈍いように感じたのである。守護の獣は聡い。

 

「身体は大した事は無いけどよ……そいつは面白そうだな。はやて達はまだしばらくは出て来ないだろうし、ちょっと行って来る」

 

 ゼロは負担の件は否定すると、勇んでマッサージの店に飛び込んで行った。野次馬根性丸出しの観光客みたいである。

 

 

 

 

 一方の女湯のはやて達は、ゼロの予想通りあちこちの湯を堪能していた。はやてはご機嫌である。

 女性陣のお陰で、前に行ったレジャーランドのように、こう言った場所にも来れるようになった。有りがたい事だと思う。

 

 ヴィータは様々な湯を探索して回り、お風呂好きのシグナムはご満悦だ。凜とした顔が少々柔和になっている。シャマルもほんわか楽しそうだ。

 結局バナナ和え物の件で散々嫌味を言われたが……

 

 次にどの風呂にしようかと4人で楽しく相談していると、はやてに声を掛けて来る人物がいる。

 

「はやてちゃん……?」

 

「あっ、すずかちゃん?」

 

 声を掛けて来たのは、紫がかったロング髪の少女『月村すずか』であった。偶然の出会いをはやては喜んで、早速ヴィータを呼び、

 

「紹介するな? この子ウチの末っ子ヴィー タ」

 

 ヴィータだけ間が悪く、今まで一度もすずかと直接会った事が無い。

 

「え~と……ヴィータです……よろしくお願いします」

 

 行儀良くペコリと頭を下げた。意地さえ張らなければいい子なのである。

 

「こんばんわ、月村すずかです、よろしくねヴィータちゃん」

 

「はいっ」

 

 すずかは微笑んで挨拶を返す。ヴィータは彼女に好感を持った。ふんわりした雰囲気が何となくはやてに似てると思う。

 

「シグナムさんもシャマルさんもこんばんわ、ゼロさんも一緒ですか?」

 

 すずかの挨拶にシグナムは軽く会釈し、

 

「はい……一緒に来ていますよ……もう出た頃かもしれません……」

 

「すずかちゃんも何方かとお風呂ですか?」

 

 シャマルも笑顔で会釈する。すずかはおっとり頷いて、友人達と来た事を伝えた。 はやてはとても嬉しそうだ。思いがけない場所で友人と会えて笑みが止まらない。

 

「んん……何や偶然とは言え、運命的なものを感じるなあ……」

 

「凄いよねっ」

 

 すずかも大喜びである。はやては嬉しさのあまり大袈裟な事を言ってしまい、内心引かれないかなと少し思ってしまった。

 しかしその心配は杞憂である。心底嬉しそうなすずかを見て、はやては嬉しさの勢いのままに、

 

「すずかちゃん、この後何か予定とかあるか? 良かったら晩ご飯ご一緒にとか?」

 

「うん、友達の家族のみなさんと外に食べに行こうって事になってるんだけど、もし良かったらはやてちゃん達も?」

 

 すずかは目を輝かせて提案したが、

 

「ああ……残念……ウチはもう用意してしもてるんや……」

 

 はやては申し訳無さそうに事情を話した。家では大量の特製おでんが待っている。今回は遠慮するしかなかった。間が悪い。

 

 近い内に家に来てもらい、改めてご馳走する 事を約束する。立ち話も身体が冷えるので、今日は此処で別れる事にした。

 

「友達も今度ちゃんと紹介するね」

 

「楽しみにしてる」

 

 帰ったらメールする事を約束し、名残惜しくも別れを告げる。すずかは手を振って湯気の中へと立ち去って行く。皆で挨拶して後ろ姿を見送るのだった。

 

 

 すずかが一緒に来ていた友達と言うのはアリサ、そして『高町なのは』と『フェイト・テスタロッサ』その人であった。はやて達より少しだけ早く来ていたのである。

 もしこの時すずかの誘いに乗っていたならば、どんな事になっていたのであろうか?

 

 

 

 

「痛ででででででえぇぇっ!?」

 

 ゼロは耐えきれず、悲鳴じみた叫び声を上げてしまった。初体験マッサージの洗礼は、ハードそのものであったのである。

 

「ちょっとオバチャン待っ! 痛だだだだだ!?」

 

「兄ちゃん男だろ? 大して力入れてないんだから我満しな! 若いのに相当疲労が溜まってるよ」

 

 涙目で悲鳴を上げるゼロを叱り付けながら、60歳程の丸々肥ったオバチャンは、強靭な指で容赦なくグリグリマッサージを施す。

 ゼロは甘く見ていた事と、調子に乗って50分コースにした事を心の底から後悔したが、後の祭りであった。

 

 コース前半が終了し、ゼロは施術ベッドで息も絶え絶えで朽ち果てていた。何か燃え尽きたように真っ白になっている。こんな事なら『ゴモラ』の超振動波をゼロ距離で食らった方がマシな気がした。

 

「……地求人はスゲエな……こんなのを治療で受けるとは……死ぬかと思った……」

 

 情けない事を呟いた時、隣の衝立の向こうから男の悲鳴が聞こえて来た。

 

「ちょっと待って下さっ……痛っ!? 痛いですってえっ!!」

 

 ゼロはその顔も知れない声の主に、非常に親近感を持った。痛い目に遭っている者同士の連帯感と言う訳だ。

 そう言えば余裕が無くて気付かなかったが、マッサージを受けている途中から聞こえていた気がする。

 隣もゼロと同じ50分コースのようで、しばらくしてから白衣を着たマッサージ師のゴツいオッチャンが衝立から出て来た。

 衝立の陰からゼエゼエ言ってるのが聞こえる。ゼロはつい声を掛けていた。

 

「初めてマッサージを受けてみたんすけど、かなり激しいもんですね……?」

 

 すると衝立の向こうから男の声が返って来た。

 

「……まったく……僕も勧められて初めてやってもらったけど、恥ずかしい事にこの様で……」

 

 照れ臭そうだった。穏やかそうな良い声だとゼロは思う。

 

「いや……此方もみっともない限りで、痛さのあまり悲鳴を上げっ放しで……とても家の者には見せられないです……」

 

「僕もですよ……」

 

 苦笑を含んだ声である。ゼロも何だか可笑しくなってしまい、

 

「最近ちょっと無理が祟ってて……オバチャンにも言われたんすけど、かなり疲労が溜まってるらしくて……そっちもそんな感じすか……?」

 

 意地っ張りのゼロにしては珍しく弱音を漏らしていた。今の状況では絶対に皆には言えない事だ。顔も見えない、会った事も無い他人という気安さのせいだったかもしれない。

 

「ははは……そちらは若そうなのに大変ですね……此方も似たり寄ったりで……結構ガタガタですよ……弱音を吐ける状況でも無いんで……」

 

 同士を見付けた気がして、嬉しくなったゼロは思わず激励し、

 

「……無理をしなきゃなんないなら、程々って訳にも行かないですね。じゃあお互い最後まで頑張りましょう!」

 

「ありがとう……そちらも頑張って!」

 

 励ます声が返って来た。ゼロは他にも頑張っている人が居る、自分も最後までやり抜く事を改めて誓った時、

 

「さあ兄ちゃん、後半行くよ!」

 

 ダミ声がする。指をゴキゴキ鳴らしながら、 マッサージ師のオバチャンが目の前にそびえ立っていた。 ゼロにはオバチャンの台詞の行くが逝くに聞こえた気がしたが、ゴクリと唾を飲み込み、

 

「お手柔らかに……」

 

 強がって不敵な笑みを浮かべて見せる。その後施術室に、仲良く男2人の悲鳴が響き渡るのであった。

 

 

 

 ようやくマッサージから開放されたゼロは、まだ悲鳴を上げている顔も知らぬ男性に軽く頭を下げ、皆と合流しようと部屋を出て行った。

 

 それからしばらくした後、2人の少女が男性を迎えにやって来たのをゼロは知らない。男性は施術ベッドからヨロヨロと立ち上がり、

 

「フェイトちゃん、なのはちゃん……中々キツかったよ……身体の力が全部抜けたみたいだ……」

 

 男性『孤門一輝』は、フェイトとなのはに向かって苦笑し頭を掻いて見せた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 深夜、八神家は静まりかえっていた。はやてはお風呂帰りで疲れたのか、既にぐっすり眠っている。その寝顔は天使のように安らかだった。

 電気の消えた暗いリビングに、ゼロとヴォルケンリッター全員が集合している。

 

「じゃあシャマル……はやての事は頼む……」

 

「ええ……」

 

 ゼロの言葉にシャマルは頷いた。シグナム達もシャマルに声を掛け外へ次々と出て行く。

 ゼロは暗闇の中へ脚を踏み出した。道路に出た所で、はやてが寝ている部屋を見上げ、

 

(待ってろよはやて……もう直ぐだからな……)

 

 心の中で呟くと、3人と共に身を切るような風が吹き荒ぶ闇の中へと消えて行った。

 

 

 

つづく

 

 




※ゴローと大蛸スダールはウルトラQ登場。特殊栄養材で巨大化してしまった猿と本当に只の大蛸スダールの事です。

次回予告

 ミッドチルダに現れた謎の青年の目的とは? 彼は一体何者なのか? 救えなかった記憶、贈られた2つの名前……
 それはまだゼロ達が蒐集を始める前のミッドでのお話。
 次回『再会-リユニオン-』



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第42話 再会-リユニオン-

 

 

 

 ゼロ達が『蒐集』を開始する数ヵ月前。1人の青年が、未来的な建築物がそびえ立つ巨大な都市を訪れていた。

 その都市は地球のものでは無いようだ。それもその筈、管理世界の第1世界『ミッドチルダ』の首都『クラナガン』である。第1世界の名が示す通り管理世界の中心世界であり、時空管理局地上本部が在る世界だ。

 未来的な建築物などが目立つが、人の住む街の外観や道行く車輌設備など、さほど現代の地球とかけ離れていないように見える。

 魔法が発達しているのなら、そこかしこに飛んで移動する魔導師などが見えるかと思いきや、そんな事は無いようだ。

 市内で無許可の飛行は禁止らしい。お陰で魔法世界の首都と言うより、近未来都市と言う方がピッタリ来る。

 休日である街は、親子連れやカップルなどで賑わっていた。その活気溢れる表通りをその青年は、キョロキョロと歩いている。

 

 20歳前後の穏やかな表情をした、人の良さそうな青年だ。街の様子が珍しいのか、辺りを興味深そうに見ながら歩いている。

 田舎から出て来たおのぼりさんに見えるが、それにしては反応が極端だ。いちいち何かに驚いている。世間知らずの天然さん、そんな言葉がピッタリ来る青年であった。

 

 彼はクラナガンにやって来る道すがら色々調べてはいたが、実際に目にするとでは大違いなのに戸惑っているようだ。

 青年にとって、ミッドチルダは全く未知の世界らしい。どうやら田舎者どころではない程、ミッドの知識が不足しているようだ。何とも奇妙な青年であった。

 

 それでも基本的な事は踏まえているようで、 改めて頭に入れた事を思い返す。

 この世界は次元移動の技術が発達し、魔法と呼ばれる力が主流である。 数多くの次元世界が連合し、ミッドチルダを中心に『時空管理局』と言う国連のような組織が、各次元世界に干渉するような危険な事案などを管理しているらしい。

 

 技術の発達が魔法に特化し、次元間移動などの技術は非常に発達している。その代わり彼の良く知る世界より、明らかに遅れている分野があった。

 だがそれも仕方無い事なのかもしれない。 資料によると、管理世界は大規模な戦乱の後に、ようやく今の形に落ち着いたらしい。失われた技術などもかなり有ったようだ。復興の最中なのだろう。

 

 魔法に特化したのも質量兵器、核兵器や光学兵器などにより、多数の命が喪われた反省によるものと言う事である。

 捨て去ったものの代償で、治安維持機関でもある時空管理局では、魔法を使える者の絶対数の不足から慢性的な人員不足で大変らしい。

 

 学習した事を反芻した所で青年は苦笑を浮かべた。別にミッドチルダに勉強しに来た訳ではない。首都であるクラナガンに来たのには訳があった。

 彼が状況の把握に努めていた頃、ふとした事から知り合った農家のお婆さんが、青年の顔を見て思いも寄らない事を言い出したのだ。

 

「あんた……数年前に流されて来た、異世界渡航者の兄ちゃんにそっくりだねえ……?」

 

 青年は顔色を変えていた。『異世界渡航者』何処か別の世界より紛れ込んでしまった人間の事を指す。

 大抵は事故などで飛ばされた、他の次元世界の住人なのが殆どだが、稀に次元世界とは別の世界から流されて来た例も僅かだが有るらしい。

 

 まさか……彼は自分にそっくりな人物に覚えがあった。お婆さんはその時の事を覚えていた。銀色の妙な服を着て、此方では解らない言語を喋っていたと言う。

 調査に来た管理局員も、彼が何処から来たのか分からず困っていたと言う。結局その人物は、管理局に保護されたらしい。

 

 青年はその話に衝撃を受けた。話の内容にあまりに思い当たる事が有り過ぎる。 実はこの青年も、次元世界の人間では無かった。

 ある実験に志願した彼は、その実験中予期せぬ空間異常に遭遇した。緊急措置で丁度この世界が近くだった事もあり、一旦退避しようとした時に妙に引っ掛かるものを感じ、ミッドチルダにやって来たのである。

 

 青年は色々と考えを巡らしてみた。年代的に合わないが、次元転移によりズレが生じた可能性がある。実際かなりのズレが有るのが報告されていた。

 青年はその自分そっくりの漂流者の情報を求めて、 近場の管理局分室に行ってみた。しかし『ロストロギア』がらみの事故が有ったらしく、分室は跡形も無くなっており、その際にデータも一緒に消えてしまっていた。

 こうなれば自分で地道に尋ねて回るしかない。進み過ぎたデータ社会の弊害と言えるだろう。

 

 それから青年は、あちこちを捜し回った。彼は次元世界の住民に成り済まし、とある手段でデータバンクから不正に入手した情報を頼りに、施設などを訪ね歩くしか無い。

 

 しかし見知らぬ世界で人ひとり捜し出すのは容易では無かった。青年は苦労して色々な所を回った末、やっとクラナガンに被災者として送られたらしいとの情報を得てやって来たのである。

 

 此処まで来るのに酷く苦労した青年だったが、微塵も諦めるつもりは無かった。『彼』が生きている可能性がある。それだけで充分だった。

 

 拭いきれない後悔の記憶……一瞬の差で救えなかった青年……

 差し伸べた手は後一歩届かず彼は虚空へと消え、虚しく宙を掴んだあの時……

 再びその場所を訪れる事が出来た時、残されていたのは古びた懐中時計だけだった……

 

 

 

 

 

 

 数日が過ぎていた。何度目かの空振りの後、青年は公園のベンチに腰掛け深くため息を吐いていた。分室の崩壊がここまで祟っているせいも大きい。

 

 あの事故も妙な話だった。分室のコンピューターは跡形も無く爆発し、局員も全員死亡。管理局でも首を傾げていた。漂流者の情報はその巻き添えである。お陰で彼の顔さえ今だハッキリ分からない。

 

「……本当に彼なんだろうか……?」

 

 青年は疑惑を呟いていた。柔和な顔に疲労の色が濃い。今までほとんど休みなしで捜し回っていたのだ。

 本当に生きているのかも怪しくなって来る。何しろ手掛かりは自分とそっくりだという事と、漂流者というだけだ。

 単に他人の空似かもしれず、他の次元世界から流されて来ただけかもしれない。本人という確かな確証が無いのだ。

 考えれば考える程不安要素だけが増えて行く。疲れも手伝い、しばらくの間青年は座り込んでいたが、

 

(下手に考えるのは止めよう……!)

 

 このままじっとしていても何にもならない。今は僅かな希望にすがるしか無いのだ。青年は自分に発破を掛け、ベンチから立ち上がろうとした。すると、

 

「あれ……? お前さん確か……こんな所で何をしてるんだ?」

 

 声を掛けて来る者がいる。青年が顔を上げると、幼い姉妹らしき子供を連れた、渋めの中年男性が目の前に立っていた。

 青年は一瞬何を言われたのか解らなかった。この世界で自分を知っている人間は多くない。クラナガンに来てまだ数日とあっては尚更だ。

 目の前の男性も、紫がかった髪の幼い少女達にも会った事も見た事も無い。だがそれが意味しているものは唯一つ。

 

「貴方は僕に似ている人に、会った事が有るんですね!?」

 

 青年は興奮して勢い良く立ち上がり、男性に詰め寄っていた。子供達はビックリして目を丸くした。

 

 

 

 その子連れの男性は管理局の局員だった。漂流者の彼とは少し話をした事があるそうだ。行方に付いて端末で調べてくれた。

 一通りの話を聞いた青年は、感謝を込めて頭を下げる。すると局員の男性は、

 

「お前さん、彼とはどう言う関係なんだい? 何年も前で俺の記憶違いかもしれんが、随分似てる気がするんだが……?」

 

 最もな質問だった。青年はつい素直に口を開いていた。

 

「僕の名付け親です……」

 

 局員の男性は首を傾げてしまう。からかわれているのかと思ったが必死な様子といい、そういう人間では無い事は何となく判った。

 仕事柄人を見る目はある。その言葉には万感の想いが込められているように思えた。

 

「それはアレかい……? あだ名みたいなものを付けてくれたって事でいいのかい……?」

 

「あっ……はいっ、そうです」

 

 青年はウッカリ口を滑らせた事を慌てて取り繕ったが、局員の男性はそういった風に受け取ってくれたようだ。

 自分が次元世界とは別の、並行世界から来た事は隠した方が良い。青年は嘘が下手であったので、心の中でホッとするのだった。

 

 

 別れ際、髪の長い姉らしき女の子は礼儀正しくペコリと青年に頭を下げた。しっかり者らしい。

 ショートカットの妹らしき女の子は人見知りなのか、男性の後ろに隠れて青年を頭半分だけ出して見ていたが、おずおずと出て来ると手を振って見せた。

 青年はニッコリ2人に笑い掛け挨拶すると、男性に深々と頭を下げ、

 

「ありがとうございました。早速行ってみます」

 

 お礼を述べると、いても立ってもいられないのかせかせかと歩き出した。

 その後ろ姿を見送っていた男性は、ふと下の娘がまだ手を振っている事に気付く。ある事情から、必要以上に人見知りの激しい娘にしては珍しい。

 

「珍しいなスバル、あのお兄ちゃん怖くないのか?」

 

「うんっ、あのお兄ちゃん、ぽかぽかのお日さまみたいで全然怖くなかったよ」

 

 スバルと呼ばれた少女は、無邪気に笑って小さくなる青年の後ろ姿に手を振り続ける。最後に青年は振り向くと、手を振り返してくれ た。

 

 

 

 

 青年は速歩き気味の足取りで教えられた場所に向かうが、はやる気持ちを押さえきれない。我慢仕切れず青年は駆け出していた。

 いっその事飛んで行きたいような気持ちであった。車やバイクを追い越している。いくら何でも速すぎるようだが…… 風のようにひたすら駆け続け、目的地に辿り着いていた。

 かなりの距離を走っただろう。息も絶え絶えな状態である。目的地は集合住宅のような大きな建物だった。管理局の宿舎のようなものらしい。被災者として此処に住まわせてもらっているそうだ。

 

 いざ足を踏み入れようとしたが、流石に此処までの全力疾走で疲れきり、門の前で一息吐く事にした。青年がゼエゼエと息を整えていると、

 

「あのう……大丈夫ですか……?」

 

 後ろから声を掛けられた。振り向いて顔を上げると、心配そうに此方を覗き込む若い男性が立っている。青年はハッとしてその男性の顔をまじまじと見詰めていた。

 

「ぼ……僕の顔に何か……?」

 

 食い入るような青年の眼差しに、男性は若干引き気味になったようだが、ふとおかしな事に気付いた。

 此方を見詰める青年が、自分と全く同じ顔をしているではないか。似ているなどと言うレベルでは無い。

 今の光景を見ている者が居れば、同じ人間が2人いるようにしか見えなかった。青年と男性は、背格好から声まで全く同じであった。

 

「……き……君は一体……っ?」

 

 男性は非常に困惑してしまい、それだけ言うのが精一杯だ。するとその青年は立ち上がると、男性の手をしっかりと握っていた。

 

「!?」

 

 男性は驚いた。目の前の自分そっくりな青年の両眼から、止めどもなく涙が零れ落ちているのだ。それは悲しみの涙では無い。身を震わせる程の歓喜の涙だった。青年はガッチリと男性の手を握り締め、

 

「生きて……生きてられたのですね……『バン・ヒロト』さん……!」

 

「ど……どうして僕の名前を……?」

 

 青年は困惑するヒロトの手を、押し抱くように握り締めた。

 

「僕は『ヒビノ・ミライ』……貴方のお父さん、バン・テツローさんに付けてもらった名前です……」

 

「と……父さん……?」

 

 ヒロトは思いもよらない言葉に目を丸くする。そして青年ミライは名乗る。

 

「そして僕のもう1つの名はメビウス……貴方が名付けてくれた名です……僕はウルトラマン、『ウルトラマンメビウス』です!」

 

 感慨のあまり膝を着き、その場に崩れ落ちていた。

 

「良かった……本当に良かった……うわあああぁぁっ!!」

 

 彼は子供のように大声で泣き出していた。大粒の涙がヒロトの手をぽつぽつと濡らしていた。

 ミッドチルダの砂漠地帯に舞い降りた、巨大な足跡の主『ウルトラマンメビウス』は、数千年もの年月を経て、自らのモデルとした人物『バ ン・ヒロト』と再会を果たしたのである。

 

 ミライの嗚咽はしばらくの間、止む事は無かった……

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 それから数日が過ぎていた。ヒロトは1人近場の大型デパートに来ている所である。その足取りは軽い。ミライから聞いた話がそうさせるのだ。

 

 ミライが本当にウルトラマンで、『ウルトラゾーン』に呑み込まれる前に見た本人である事は、実際に正体を見せてもらっている。

 そして何よりの朗報。元の世界に帰れる可能性が有るのだ。

 最初ミライが、ヒロトの居た時間軸から数千年後から来たと聞いた時はガッカリしたものだが、手段が有るらしい。

 ヒロトが流されて来た時空の歪みを辿り、元の時間に行く力を持ったウルトラマンが次元世界に来ているかもしれないとの事だ。

 ヒロトを捜して管理局を訪ねて回っていた時、その仲間らしきデータをたまたま見付けたらしい。ミライは今、その仲間の情報を得る為に管理局に行っている。

 

(父さんの元に……地球に帰れるかもしれない……)

 

 次元世界に流されて以来、もう元の世界には帰れないだろうと覚悟を決めていた。だからミッド語を習得し仕事にも就いた。それが思わぬ形で帰還がかなうかもしれない。

 ヒロトは嬉しさを堪える事に苦労した。気が早いが親不孝のせめてもの詫びに、父に何か買っておくのと、ミライに何か美味いものでもと思ったのである。

 

 20階建ての最上階のレストラン街に有名な食べ物が有った筈と、ヒロトはエレベーターで最上階に上がった。まだ開店からそう経っていないが、そこそこに混み合っている。

 目当ての店に行こうと、足を踏み出した時であった。 突然衝撃が建物を大きく揺らし、閃光と共に奥で何かが爆発を起こした。

 

「きゃああああっ!?」

 

 何処からか恐怖に駆られた女性の悲鳴が響く。爆風と飛ばされた瓦礫が、レストラン街の客達に襲い掛かる。 ヒロトは咄嗟に地面に伏せていた。

 それと同時に爆風が店のガラスを粉々に砕き、瓦礫が砲弾のように壁にめり込み物を滅茶苦茶に破壊する。

 

「……うう……」

 

 しばらくして爆発は収まったようだ。ヒロトは粉塵漂う中、ヨロヨロと立ち上がった。すす塗れだが、幸い掠り傷だけで済んだようだ。

 

「一体……何が……?」

 

 辺りを見渡すと、爆発でレストラン街は酷い有り様になっていた。断然した配線から火花が飛び散り、怪我をした人々が地面に転がって呻いている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 ヒロトは駆け寄って近場の怪我人を助け起こす。他の無事だった店員や客も、怪我人の救助を始めた。

 店員は直ぐに管理局に連絡を入れ、救助隊が来てくれる事になったが、また爆発が起きる可能性がある。 ボンベが壊れたらしくガスの臭いもする。

 火災があちこちで起きているようで、スプリンク ラーが作動を始めたが火勢が強い。ヒロト達は知るよしも無かったが、この爆発は『ロストロギア』に因るものだった。

 密輸業者が人が多い事を利用し、取り引きをしていた際、管理が甘かったロストロギアが暴走を起こしたのだ。

 至近距離の密輸業者達は全員消し炭となり、エネルギー結晶のロストロギアは、更にエネルギーを放出しようとしている。

 

「お客さま、慌てずに順番に非常階段から避難してください!」

 

 すす塗れの店員が懸命に避難誘導にあたって いる。パニックになり掛ける客達は先を争って非常階段に殺到した。

 煙が蔓延し始めている。換気装置も壊れてしまったようだ。恐怖が全員に伝染する。二度目の爆発が起こった時、それは頂点に達した。

 人々が非常階段を駆け降りた直後、爆発で崩落した天井が非常口を塞いでしまった。

 

 

 一方ヒロトはまだレストラン街に居た。奥で人の声を聞いたような気がして、非常階段に行かなかったのだ。

 煙に噎せながらも店内に入ったヒロトは、背中に重傷を負って倒れているお婆さんを見付けた。見ると孫娘らしき子供をしっかり抱き抱えている。庇って怪我をしたのだ。瓦礫やガラスの破片が直撃し出血が酷い。

 最初の爆発で意識を失い、倒れていたので店員も見落としていたのだ。意識を取り戻した孫娘が声を上げたので気付く事が出来た。

 

 ヒロトは2人を抱え上げると非常階段に走った。だが天井の崩落で、既に入り口は塞がっている。エレベーターは爆発の影響でひしゃげて壊れていた。避難用スロープも無惨に破損して使い物にならない。

 

(どうすればいいんだ……?)

 

 このままでは3人共次の爆発に巻き込まれてしまうかもしれない。いや、この火災だ。直ぐに煙で窒息してしまうだろう。

 飛び降りるにも此処は20階。落ちたら即死だ。八方塞がりであった。

 ヒロトは必死になって脱出の手段を考える。お婆さんの出血が酷い。子供も苦しくて咳き込んでいる。救 助隊が来るまで保ちそうに無い。

 

「そうだ!」

 

 2人を担ぎ、店の中の資材置き場に向かった。他の場所が誘爆して小規模な爆発が起こる。時間が無い。

 

「あった!」

 

 想像通り資材搬入用のリフトがあった。爆発した場所から遠く、被害は比較的少ない。ヒロトは操作盤をチェックしてみる。電源は生きていたが……

 

(動く事は動くけど……自動制御装置が完全に壊れている!)

 

 機械には強い。配線を繋ぎ辛うじて手動操作を生き返らせる事は出来た。だが安全装置も壊れている。更に悪い事に、ワイヤーも破損しているようだった。危険ランプが点滅している。

 これでは荷重を掛け過ぎると、ワイヤーが切れる可能性が高い。宇宙船での経験上、とても3人の重量を支えきれないだろうとヒロトは判断した。

 つまり1人が此処に残って、更に安全に降りられるように手動で操作しなければ、降りる2人も助からないのだ。

 此処も後数分しか保たないだろう。不気味な振動が強くなっている。残る者は確実に死ぬ。しかしヒロトの心は決まっていた。

 

「さあ、此処に入るんだ。大丈夫直ぐに此処から出られるからね」

 

 扉をこじ開け、お婆さんと孫娘を中に入れる。2人共限界だ。扉を閉め装置盤に手を掛ける。ふとヒロトは思い出した。

 

(これじゃあ、前と同じだ……)

 

 煙に噎せながらも苦笑を浮かべ、スイッチを押す。宇宙船の事故の時と状況が似ていた。

 死の恐怖が無いと言ったら嘘になる。それでも彼の身体は動いていた。リフトは軋みながらも、辛うじて動き出す。

 降下して行くのをランプが示していた。もう直ぐ一階に着く。ワイヤーと安全装置の壊れた今此方で調整するしか無い。

 ヒロトは荷重限界を超えないよう慎重に操作し た。 ランプが1階を示す。ワイヤーは保ってくれたようだ。これで大丈夫。安堵の息を漏らした時、3度目の大きな爆発が起こった。

 

「うわあああっ!」

 

 壁が吹っ飛び床が崩壊する。ヒロトは宙に投げ出されていた。その身体は木の葉のように飛ばされ、瓦礫や破片と共に成す術も無く落下して行く。脳裏に父の顔が浮かんだ。

 

(ごめんね父さん……僕はやっぱり帰れそうにないよ……)

 

 死の前に思う事は、父に対する済まなさだった。だが後悔は無い。自分はこう言う人間なのだと……

 

 最期の瞬間、ヒロトが目を閉じようとした時だった。突如として眩い光が辺りを照らした。

 

(これは……?)

 

 ヒロトはその光に見覚えがあった。これで2度目になる、∞メビウスの輪を思わせる光の煌めきが辺りを暖かく照らす。

 そして落ちて行く自分の手を、しっかりと掴む者が居る。力強い手は重力に逆らって、ヒロトの身体を軽々と空に運んだ。

 見上げた目に映る者。空に浮かぶ赤と銀色の超人の姿。『ウルトラマンメビウス』が其処に居た。

 

 今度は間に合った……

 

 ヒロトの目にはメビウスの銀色の顔が、泣き出しそうになりながら、そう言っているように見えた。

 

 

 

 

 

*****************

 

 

 

 

 現在、八神家AM6:30

 

 冬の張り詰めた空気が、暖かい朝の光を浴びてゆっくり緩んで行く。カーテンの隙間から溢れる柔らかな朝日の中、はやては目覚まし時計の音で目を覚まし た。

 一緒に寝ているヴィータは、のろいウサギを抱き締めたまま無邪気な顔で寝入っている。目覚ましが鳴ってもまったく起きる気配は無い。

 小さな主はそんなヴィータの寝顔を見てクスリと笑うと、はだけた蒲団を掛け直してやる。その様子は姉のようであり、母のようだ。

 

 はやては着替えを済ますとベッドから車椅子に器用に乗り移り、朝食の準備にキッチンへと向かう。中に入るとスウスウと誰かの寝息が聴こえて来た。

 キッチンに隣接したリビングを見ると、ゼロがソファーにひっくり返って爆睡しており、毛布代わりのようにザフィーラが寄り添って寝ていた。

 

 変なスイッチが入りそうな光景だが、こうなったのには訳がある。『蒐集』を終え明け方に帰宅したゼロ達は早々に各自仮眠に入ったのだが、シグナムはリビングでついそのまま寝入ってしまった。

 

 それを部屋に戻る前のゼロが見付けて部屋まで抱いて連れて行き、その後リビングのソファーに一休みと座った所で、前後不覚に眠り込んでしまったのである。

 

 管理局の動きが本格的になり、遠くの世界での『蒐集』を余儀なくされてしまった事もある。そして何より『ウルトラマンネクサス』や 『ダークメフィスト』『スペースビースト』との、エネルギーチャージの暇も無いままでの連戦で消耗していたのだ。

 

 無論はやてにはそこまでは分からなかったが、最近スペースビーストと戦って疲れているのだろうと素直に思う。

 毛布を持って来て、ゼロとザフィーラにそっと 掛けると、起こさないように静かに朝食の準備を始めた。

 

 キッチンに包丁のトントンというリズミカルな音が微かに響く。お味噌汁の香しい香りに、炊飯器のお米の炊けるフツフツという音がする。それからしばらくして、

 

「ごめんなさい、はやてちゃんっ」

 

 寝坊をして寝癖を付けたままのシャマルが慌ててやって来た。その後から、しきりに首を傾げるシグナムも起きて来る。

 妙な顔をしているのは、部屋に戻って寝た記憶が無いからだろう。 経緯を聞いたら、どんな顔をするやらである。

 もうしばらくすると、次に眠い目を擦りながらヴィータも起きて来た。 騒がしくなった周りに、ソファーで眠り込んでいたゼロとザフィーラも目を覚ます。リビングは何時もの賑やかさで溢れた。

 

 

 

 

 

 

 海鳴市桜台展望台AM6:00

 

 張り巡らした結界内で、フェイトとなのはは 『カートリッジシステム』を搭載し強化された 『バルディッシュ』と『レイジングハート』を、完全に使いこなす為の特訓を行っていた。

 アルフとユーノも付き合っている。2人共それぞれ仔犬にフェレットの姿だ。此方の世界では基本この姿で通している。 ちなみにアルフは、新開発した仔犬フォームで見違える程小さい。

 

 フェイトもなのはも真剣に特訓に励んでいる。守護騎士達はカートリッジシステムの熟練者。こちらも使いこなせなければ後れを取ってしまう。

 尤も『バグバズン』との戦闘でお陰で、シグナム達とやり合う前に本物の実戦経験を積めたのが心強い。

 一度の実戦は生半可な訓練に勝ると言うが、 恐ろしい怪物との命懸けの戦闘をくぐり抜けて来た2人は、文字通り一皮剥けたようだった。

 

 次々と砲撃魔法や近接格闘の訓練をする魔法少女達だったが、どうもなのはにはフェイトが必要以上にむきになっている気がした。

 

 訓練を終えたフェイトとなのはは、アルフとユーノをそれぞれ膝に乗せ、自販機前のベンチに腰掛け飲み物を飲んで休憩していた。そんな中アルフはフェイトを心配そうに見上げ、

 

「フェイト……ちょっと頑張り過ぎなんじゃないかい?」

 

 アルフも主人の根の詰め方が気になっていたのだ。フェイトはアルフの頭を撫でながら薄く微笑し、

 

「……これくらい大丈夫だよ……それにシグナムは強いから慣れておきたいんだ……少しでも早くゼロさんを解放してあげないと……」

 

 最後の言葉に力が入る。なのはは無理も無いと隣の友人を気遣う。恩人が犯罪に無理に加担させられているとあっては、焦る気持ちも分かる。しかしなのはは気になっている事があった。

 

「……あの人達……本当に悪い人達なのかな……?」

 

 つい口に出していた。それを聞いて全員が呆気に取られてしまう。するとユーノが小さな首でなのはを見上げ、

 

「なのははどうして、そう思うんだい……?」

 

 なのははちらりと、訝しげなフェイトを見た後に困ったような顔をし、

 

「……何だかね……あの赤い服の女の子……私を助けてくれたように見えたんだけど……」

 

 ヴィータが『旅の鏡』と同系列の魔法から、なのはを助けた時の事を言っているのである。 あの時は誰もそうだとは思わなかったが……

 ユーノもあの時の事を思い返す。ヴィータと対峙していたのは彼である。

 

「……確かに……あの時僕にもそう見えた気がするけど……」

 

 悩むなのはとユーノを見て、アルフは馬鹿馬鹿しいと首を竦めた。

 

「何言ってんだい? 第一最初に襲って来たのは向こうじゃないか。あの態度からして有り得ないよ、勘違いさ」

 

「そうだよなのは……あの人達の嫌な笑い顔…… 私は忘れない!」

 

 フェイトはシグナム達の見下した、毒蛇のような目を思い出し細眉をひそめた。彼女も無論アルフと同じ意見だ。いささか感情的になっているのも否めないが……

 なのはにもそれ程自信があった訳では無いので、そう言われてしまうと返事に困ってしまう。だがヴィータの行動が妙に気になった。 全員が黙ってしまう。するとアルフが口を開き、

 

「それよりもアタシは、フェイト達が戦ったって言う、黒い巨人達の事が気になるけどね…… 孤門の話からしても……」

 

 黒い巨人達。フェイト達は孤門から聞いたばかりの話を思い出す。

 

 『ダークルシフェル』達との死闘から戻った後、孤門はリンディやクロノらも含め、フェイト達にも『闇の巨人』について知っている事を話していた。

 今までのスペースビーストとの戦いに、彼が出会って来た『デュナミスト』の事そして……

 

「彼等闇の巨人は『冥王』によって作り出された人形です……時には死んだ人間や、闇に取り込まれた人間に闇の力を与えて駒とする……スペースビーストも『冥王』の先兵に過ぎません……」

 

 死んだ人間のくだりで孤門は表情を曇らせる。リコの事でも思い出したのだろうか。

 人間をあんな巨人に変えてしまう存在。魔法どころか、常識を超えている。自然全員の口は重くなった。そんな存在が敵なのだ。

 黙って話を聞いていたクロノは、本能的な畏れを振払うように、

 

「巨人達については分かったよ……しかしその 『冥王』と言うのは、一体何者なんだい……?」

 

 投げ掛けられた質問に孤門は、悲壮なまでに険しい表情を浮かべた。

 

「『冥王』……それは『ウルトラマンノア』のコピーとして造り出された人造ウルトラマン……間違いない!『ダークザギ』はまだ生きていて、復活を狙っている!!」

 

 『ダークザギ』孤門の言葉が不吉に響く。その名は各自の胸に、厭なざわめきを立てた。関わってはならない禁忌のように……

 

 

 

 

「……本物になりたかった、ウルトラマンのコ ピー……」

 

 孤門の話を思い返したフェイトは、口の中でそっと呟いていた。ザギの生い立ちは、まるで自分を思わせたのだ。

 しかし彼女達は知らなかった。孤門が全ての情報を明かしてはいない事を……

 そう彼は『闇の書』のマスターが誰なのかも、ゼロ達の居場所も知っている筈である。『冥王ダークザギ』がそれを狙っているらしい事も。

 孤門は、いかなる手段を取るつもりなのであろうか?

 

 

 

つづく

 

 




※ メビウス本編を見終わった時、ヒロトは何処かで生きているのではないかと思ったので、妄想を逞しくしてみました。最終回近くで生きていたヒロトが出る予定があったそうですが、結局出ないままでした。
本編に出て来た親子は勿論ナカジマ親子です。局員の男性はゲンヤさんですね。

次回『闇-ダークロプス-』



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第43話 闇-ダークロプス-

 

 

 昼下がりの八神家。今日も比較的暖かい日であった。関東地方は12月頭では、まださほど寒くならないので、ゼロのような寒がりには有りがた い。

 ゼロははやてを病院に連れて行く前に、シャマルの部屋を訪れていた。

 

「それじゃあゼロ君、はやてちゃんの病院への付き添いよろしくね?」

 

 ベッドに腰掛けるシャマルは、作業の手を一旦止めゼロに後を頼んでおく。

 

「おう、任しとけ、みんな姿が見えないな…… もう出掛けたのか?」

 

「ええ……さっき出たわ……」

 

 シャマルは、脇に置いていた小箱を手に取って膝に載せた。弾丸のような物が詰め込まれている。シグナムとヴィータが使う魔力カートリッジだ。

 

「カートリッジか……シャマル1人で魔力注入大変だな……」

 

「バックアップは私の役目だから……また何か起きるか分からないし、昼間の内に作り置きしておくの」

 

 湖の騎士は何でも無いと微笑むと、カートリッジを1つ摘まむ。不安要素は多い。『闇の書』 の異変に、自分達を陥れた『闇の巨人』達にスペースビースト。用心に越した事は無いのだから。

 作業に入ろうとしたシャマルは、ふとゼロを見上げ、

 

「私よりもゼロ君の方が大変じゃないの? お陰で1人も魔導師を襲わないで、かなりのページ数を稼げているけど……立て続けの巨大変身大丈夫?」

 

 あれだけの変化を休み無しで繰り返しているのだ。負担が大きいのではと、心配するのも無理は無い。しかしゼロは頼もしげに笑って、胸をドンと叩いて見せ、

 

「ウルトラマンゼロがこれくらいでへばるかよ、心配は要らねえぜ」

 

 自信たっぷりに、安心させるように言ってお く。シャマルは一応頷いて見せた。実際のところ、間を置かない巨大変身は負担が大きい。痩せ我慢もいい所だった。かなり疲労は重なっている。

 昼間は何時も通り家事をこなし、夜は2、3時間の睡眠で明け方まで『蒐集』を行う。管理局の警戒網で思うようにページ数を稼げない今、 少しでも進めたい所だ。

 人を襲わない分は、ゼロがカバーしなければならない。弱音は吐けなかった。シャマルはゼロが消耗していない訳が無いと感じてはいたが、今はその言葉に頷くしか無い。

 

「じゃあよろしくね……私も作業を終えたら、シグナム達の後を追うわ」

 

「ああ、気を付けてな」

 

 シャマルは心の中でゼロに詫び、注入作業を再開した。カートリッジを握り目を閉じる。部屋を緑色の光が照らす。

 魔力注入の作業に入ったシャマルに片手を挙げ、ゼロははやての元へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「う~ん……やっぱりあんまり効果が出てないわね……」

 

 石田先生ははやての検査結果のカルテを見て、独り言をつぶやくように声を発した。海鳴大学病院の診察室である。ゼロははやてと共に、検査結果を聞いている所だった。

 石田先生ははやて達に見えない角度で一瞬表情を曇らせるが、直ぐに穏やかな表情に切り替える。

 ここで患者に自信の無い顔を見せるような、二流の医師では無い。先生は改めてカルテの数値をチェックし、

 

「でも……今の所副作用も出てないし、もう少しこの治療を続けましょうか……?」

 

 努めて前向きに、これからの治療方針を提案する。一通りの治療説明を受けたはやては、

 

「はい……ええと……」

 

 少し言い淀んだ。言葉を選んでいるのか、心持ち視線を落とし、

 

「先生にお任せします」

 

「お任せって……」

 

 石田先生は困ったように目を細めた。はやての積極性の無さが心配になる。いくら原因不明 の難病だからと言って、患者が諦めているようでは治るものも治らない。以前からその傾向があるので、尚更だ。

 

「自分の事なんだから、もう少し真面目に取り組もうよ……」

 

 先生の少し叱るような響きの言葉に、はやては何とも言えない表情を浮かべた。

 

「いや……その……」

 

 捨て鉢になっていると思われたのを感じ、言葉を選ぶ。頑張ってくれている先生に対し、失礼だったなと反省したはやては微笑んで、

 

「私……先生を信じてますから……」

 

 その儚い笑顔に石田先生はしばし言葉を失った。ゼ ロははやての横顔をハッとして見る。様々な感情が込められた言葉だった。

 

 彼女にしてみれば病気に関して諦めている。だからと言って先生に無駄な事はしないでと言うつもりも無い。石田先生とは長い付き合いだ。人となりは知っている。

 他人を心の奥で拒絶して来た自分を、ずっと気に掛けてくれた。それをやんわりとだが拒絶して来た自分を、今は反省している。ゼロやシグナム達との出会い で変わったのだ。申し訳無さで頭が下がる。

 

 先生は例え自分が今後どうなろうとも最善を尽くしてくれるだろう。だから最期までお任せする、そんな気持ちも込められていた。

 

 だがそれは諦観に近い。常に病気の不安を抱えて来たはやてにとって、死は身近なものだった。彼女は全てを受け入れるつもりなのだろう。

 はやての諦観を察したゼロは、胸が潰れるような気がした。幼い身でそこまで自分を諦めて来た少女の心 中。自分達が来る前までどうだったかを想像すると、泣きたくなってしまった。そして自分は彼女の病気の前には無力なのだ。

 

「はやて……」

 

 ゼロははやての肩に優しく手を置いていた。 自分は必ず側に居るとでも言うように。少女はそんな少年を見上げて照れ臭そうな表情を浮かべ、その手の感触を確かめるようにそっと手を重ねた。

 

 

 

 

 

 はやてを先に診察室から退室させ、ゼロ1人で先生から話を聞く。はやての日常生活の様子を話した。

 先生は全力で治療にあたる事を約束してくれるが、ゼロは頭を下げてお願いするしか無い。現状では麻痺の進行を緩和させるしか手段は無いのだ。

 それは改めて、はやてに死の影が忍び寄っているのを実感させた。

 

(何がウルトラマンゼロだ! はやて1人救えない役立たずでしかねえっ!!)

 

 己の無力さを痛感する。出掛ける前にシャマルに言った強がりを思い出し、自分に腹が立った。石田先生は、そんなゼロの心中を知ってか知らずか最後に、

 

「これから段々……入院を含めた辛い治療になるかもしれないわ……」

 

「……本人と相談してみます……」

 

 ゼロにはそれしか言えなかった。しかし実際にはとても本人に有りのままを伝えられそうに無い。ある程度ぼかして伝えなければならない だろう。

 ゼロは石田先生に頭を下げてお礼を言うと、診察室を後にした。重くなる足取りに鞭打ち、『蒐集』さえ終ればと自分に喝を入れると、廊下で待つはやての元へと向かった。

 

 

 

 

 病院帰りに、ゼロははやてを図書館へと連れて行った。柔らかい夕日の光が射し込む図書館で、はやてが偶然出会ったすずかと話している。

 

「すずかちゃん今日は何借りたん?」

 

「童話の本なんだけど、何だかちょっとジンと来る感じの本なの……」

 

「あっ、私も童話好き、面白そうやね」

 

「読んでみる? 1巻がまだ棚に有ったよ……」

 

「うん、後で見てみる」

 

 2人の楽しげな会話をゼロは少し離れてぼんやりと聞いている。夕日の光と相まって幻想のようだと思った。

 しかし車椅子のポケットに入れられた薬の袋が、少年を現実に引き戻す。それは彼女の未来を暗示しているようでやけに目に残った……

 

 

 

*******

 

 

 

 駐屯所にしているマンションのリビングで、クロノとエイミィは、お互いの情報交換や捜査状況を話し合っていた。そこに孤門が訪ねて来る。

 

「孤門どうだい、そちらの状況は?」

 

「海鳴市街は車であちこち回ってみたけど、特に反応は無かったよ……」

 

 孤門は肩を竦めてため息を吐くと、疲れたようでドサリとソファーに腰掛けた。

 管理世界にも現れた『スペースビースト』の黒幕『ダークザギ』の存在は管理局でも見逃す事が出来ず、孤門はそちらの捜査を任されている。

 ビーストの反応を追えるのは、この世界では彼だけだ。基本時空管理局は管理外世界には不干渉だが、ビーストの大元が関わっていると思われる以上放って置く訳にはいかない。

 

 ザギが次元世界に来ているのなら、また何時ビーストが現れるか分からないからだ。無論孤門の役目はそれだけでは無い。ウルト ラマンゼロが再び現れた時は、現場に向かう手筈だ。

 

 ゼロと守護騎士達の捜索はアースラの武装局員と、グレアム提督の口利きで手配出来た、武装局員一個中隊があたっている。

 クロノは『闇の書』捜索最中のタイミングの良すぎる『闇の巨人』の出現に疑問を抱いていた。『ダークザギ』が今回の件に関わっている可能性が非常に高いだろう。

 孤門もその考えに賛同した。一度身体が消滅する程のダメージを受けた 『ダークザギ』が、再び身体を再生させようとしているのだろうと。

 

「それで……そっちの方はどうなんだい……?」

 

 孤門からの質問に、エイミィは空間モニターを2人に見えやすいように宙に浮かべ、

 

「昨日の夜もやられてるの……魔導師12人に、野生動物が40匹以上やられてる……」

 

 モニター画面に『蒐集』を受け気絶している、ほとんど怪獣のような魔法動物の映像が映し出された。続いてボロボロにされて倒れている魔導師達の現場映像。

 クロノは魔導師でなくとも魔力を奪える事に驚きつつも、モニターに見入っている。

 そんな少年執務官にエイミィは、普段の陽気さを脇に退け真剣な表情で、過去に記録された『闇の書』の映像データをモニターに映し出し、

 

「『闇の書』のデータを見たんだけど……何なんだろうねこれ……? 魔力蓄積型の『ロストロギア』……魔導師の魔力の源である『リンカーコア』を食って、そのページを増やして行く……」

 

 クロノは厳しい目付きで、モニターの剣十字の表紙の本を見詰めた。

 

「全ページである666ページが埋まると、その魔力を触媒に真の力を発揮する……次元干渉レベルの巨大な力をね……」

 

「それで本体が破壊されるか所有者が死ぬかすると、白紙に戻って別の世界で再生するか…… 消滅しても情報体だけで復活する『ダークザギ』みたいに質が悪いね……」

 

 ザギの質の悪さは既に孤門から聞いている。エイミィの言葉にクロノはコクリと頷き、

 

「そうだな……様々な世界を渡り歩き、自らが産み出した守護者によって護られ魔力を食って永遠を生きる……破壊しても何度でも再生する危険な魔導書……」

 

「それが『闇の書』……」

 

 孤門は独り言のようにその名を呟いた。その表情に複雑なものが垣間見えるが、クロノとエイミィは気付かない。

 

「私達に出来るのは『闇の書』の完成前の捕 獲……?」

 

 エイミィの質問にクロノは頷き、孤門に視線を向けると、

 

「そう……それしか無い。あの守護騎士達を捕獲して、更にこんな事をやらせている主を引きずり出さないといけない……それにはまずウル トラマンゼロを抑えないと……主を捕らえれば、彼も解放されるかもしれないからね……」

 

 孤門は静かに頷くと、その瞳に燃え盛る戦意を浮かべ、

 

「彼は……ウルトラマンゼロは、必ず僕が止めてみせる!」

 

 その宣言に熾烈なものを感じ、思わず息を呑むクロノとエイミィであった。

 

 

 

***************

 

 

 

 夜空に冷たく光る4つの月が浮かんでいた。蒼い月光が照らす森に、無数の人間の呻き声が微かに聴こえて来る。武装局員十数人が地に倒れ伏していた。

 バリアジャケットはズタズタに破られ、流血し骨を砕かれて皆痛みに呻いている。死んでこそいないが、重傷のようであった。

 『闇の書』捜索にあたっていた内の一隊である。そしてその中に立つ、局員達を倒したと思しき3つの人影が在った。

 闇に鋭く光る六角形の眼にカラータイマー。 ウルトラマンゼロとシグナム、ヴィータの3人のようだが……

 

『行くぞ……』

 

 ゼロは鷹揚に片手を挙げて2人を促し歩き出した。シグナムとヴィータは無言で頭を下げ、その後に続く。その表情は暗くて良く見えない。

 

『さて……』

 

 ゼロが呟くと同時に、突如その体色が変わって行く。圧倒的な力の気配が辺りを包んだ。漆黒と橙色の魔人が其処にゆらりと顕現する。

 その姿は紛れもなく、双眼の『ダークロプスゼロ』であった。 魔導師を襲っていたゼロの偽者は、久々に現れた双眼のダークロプスだったのだ。

 しかしそうなるとダークロプスに付き従う、シグナムとヴィータに良く似た2人は何者であろうか?

 ダークロプスは怠そうに首を捻り、後ろの2人に紅い2つ眼を向け、

 

『お前ら、殺すようなヘマはしてないな……? まあ、人間が何人死のうが知った事じゃないが……やり過ぎると怪しまれるし、後々面白くなくなるからな……』

 

「……我等に手抜かりは有りません……」

 

「……はい……」

 

 2人はかしずくように深々と頭を下げる。その表情は相変わらず影になり、どんな表情を浮かべているか判らなかった。すると……

 

「手緩い事を……塵芥共など潰してしまえば良いのです……!」

 

 上空から少女の声が降ってきたかと思うと、6枚の羽根を開いた何者かが、ダークロプスの傍らにフワリと音も無く降り立った。

 十代後半程の少女のようだが、闇に溶け込んだ姿は良く判別出来ない。ダークロプスはその少女に、ギロリと紅い眼を向け、

 

『……俺に指図するつもりか……?』

 

 声が低くなる。冷たい刃物のような響きが混じった。少女は明らかに動揺しビクリと身を震わせる。しかし彼女は、それでも魔人をしっかりと見上げ、

 

「貴方が……貴方様が、あのような下賎な紛い物の戯れ事の言う事を聞くのは納得がいかぬ!」

 

 6枚羽根の少女は感情を吐き出すようにまくし立てる。するとダークロプスは、可笑しくて堪らないという風にクツクツと肩を震わせ、少女の顔を覗き込み、

 

『いいか……? コイツは俺の愉しみだ……全ては後のお愉しみの為ってヤツなんだよ……愉しみには、それなりの苦労と下準備があるから達成感が湧くんだぜ……? まあ、黙って見てな、フハハハハハッ……!』

 

 狂気さえ感じられる声でダークロプスは、どす黒い嗤い声を上げる。その嗤いは寒気を覚える程の禍々しさに満ちていた。

 

「……主の遊び心に溢れた遊戯への、差し出がましい無粋な物言い……お許しください……」

 

 6枚羽根の少女は寧ろその鬼気を喜ばしく感じているらしく、うやうやしくダークロプスにかしずいた。シグナムとヴィータに良く似た2 人はその光景を無言で見詰めている。

 心無しかヴィータに良く似た少女が、その小さな手を握り締めたようであった……

 

 

 

 

*******************

 

 

 

 それから数日……ある者は様々な考えを巡らし、ある者達は運命に抗う為に奔走し、ある者は少しでも助けになりたいと己の技を磨いていた。皆様々な思いと思惑を胸に、時は刻々と進んでいた……

 

 冬の太陽が沈み闇が地上を覆い尽くし始めていた。12月の木枯らしが堪える時間帯。道行く人々は寒さに肩を竦めて帰路を急いでいる。

 ウルトラマン形態を解いたゼロは、高層ビルの屋上に立って下界を見下ろしていた。『蒐集』を終え、ヴィータとザフィーラと交代したゼロは戻って直ぐに異常が無いか、あちこち見て回っていたのである。

 今の所『ダークメフィスト』や『スペースビースト』が現れる兆しは無い。ゼロはホッと息を吐き、

 

「今日はすずかが飯を食いに来る日だったな……そろそろ帰って手伝いをしねえと……」

 

 煌めく街の夜景を見下ろし呟いた。今頃はやてとシャマルは、夕食の買い出しに出掛けている筈である。今から戻れば行き付けのスーパーで合流出来るかもしれない。

 フェンスを飛び越え屋上に足を踏み入れると、入り口のドアに手を掛けようとした時だ。

 

《ゼロッ、聴こえるか!?》

 

 突然頭の中にシグナムからの思念通話が響いた。只事ではない声の響きだ。

 

《どうしたシグナム!?》

 

《ヴィータとザフィーラが、管理局に捕捉されたらしい!》

 

《何だと!?》

 

 管理局も全力を上げて捜査している。2人は網に架かってしまったようだ。

 

《場所はビル街の中心部だ、手前で合流出来るか?》

 

《判った、大丈夫だ俺も今直ぐそっちへ向かう!》

 

 無論『ウルトラマンネクサス』も出て来る筈である。だからシグナムはゼロを呼び出したのだ。

 ゼロは応えるが早いが、内ポケットから『ウルトラゼロアイ』を取り出すと、助走を付けてフェンスを飛び越え、躊躇無く屋上から飛び降りた。

 地上数十メートルを落下しながら、ゼロアイを両眼に装着する。

 

「デュワッ!!」

 

 目も眩むスパークに包まれ、ゼロの身体がウルトラマンとしての強靭な肉体に変換される。重力制御で落下から一気に上昇を掛けたゼロは高層ビルを軽々と飛び越え、シグナムの指示した場所目掛け矢のように一直線に空を翔けた。

 

 

 

 

 

 一方オフィス街上空で、ヴィータとザフィーラは武装局員十数名に包囲されていた。リンディは怪しいと思われる数ヵ所に、あらかじめ探知網を張っておいたのである。

 ヴィータ達は『蒐集』を終え戻った所を捕捉され、捕縛用の結界に閉じ込められてしまったのだ。武装局員達は円陣を作り、2人を隙間無く包囲する。

 

「管理局か……」

 

 人間形態のザフィーラは拳を構える。ヴィータは忌々しげに局員を見回すが、相手の戦力を計ると不敵な笑みを浮かべ、

 

「でもチャラいよコイツら、突破するのは簡単だ!」

 

 愛機『グラーフアイゼン』を正面に構える。ザフィーラは無断無く周囲を警戒しながら、

 

「怪我はさせるなよ……包囲を突破出来ればい い……」

 

「判ってんよ」

 

 ヴィータが切り返した時だ。周りを囲んでいた武装局員達が、一斉に後方に退がり距離を取った。

 

「ん……?」

 

 ヴィータが不審に思い、眉をひそめると同時だった。

 

「上だ!」

 

 ザフィーラの声に上を見上げると、上空に青い魔方陣を展開したクロノが攻撃態勢を整えていた。彼を中心に無数の青く輝く魔力の刃が狙っている。必殺の砲撃魔法だ。間髪入れずにクロノは叫ぶ。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューション!!」

 

 魔力で精製された百を超える刃の雨が、ヴィータとザフィーラに降り注ぐ。盾の守護獣は鉄槌の騎士を庇って刃の矢面に立ち、魔法障壁を展開した。

 轟音と共に光の刃は魔法障壁に激突し、2人は爆発と爆煙の中に消えてしまう。並の障壁など役に立たない程の砲撃だった。

 

「少しは……通ったか……?」

 

 魔力を消耗したクロノは息を切らす。しばらくして爆煙が晴れて行く。

 

「!?」

 

 クロノは目を見張った。中から無傷のザフィーラとヴィータが姿を現したのだ。必殺の砲撃魔法を全て防がれてしまった。

 

「凄えなザフィーラ……いくら守護獣の盾でも、あの砲撃を完全に防ぎきるなんて……」

 

 ヴィータは感心して、頼もしい守護獣の背中に声を掛けた。ザフィーラは正面を見ながら、

 

「『ヤプール』の時と比べたらどうと言う事は無い……高出力レーザーに障壁を破られた後に、盾に工夫を施してある……」

 

『アンチラ星人』と『宇宙仮面』との戦いをヒントに、魔法障壁を正面に張り巡らすのでは無く、円錐形の障壁を展開し攻撃を逸らしたのだ。

 

「流石ザフィーラだ、上等!」

 

 ヴィータは頼もしそうに微笑むと、上空のクロノを睨み付ける。砲撃魔法が通用しなかった少年執務官は身構えるが、状況は彼にとって不利なのは明らかだ。

 ヴィータはお返しをお見舞いしてやりたい所ではあるが、そうも行かない。だがチャンスではある。

 目眩ましを掛けて逃げるのが一番と、鉄球を取り出そうとした時、ふと気配を感じて地上に目をやった。

 

「アイツらか!」

 

 その目にビルの屋上に立つ2つの人影が映る。フェイトとなのはだ。後方にアルフとユーノの姿も見える。

 そしてもう1人。見た事が無い青年『孤門一 輝』の姿が在った。ヴィータは青年を見て思い当たる。この状況で出て来る者、それは1人しか居ないだろう。

 

「アイツ……まさか……」

 

 だがそちらに気を取られている場合では無かった。屋上に立つフェイトとなのはが、同時に待機状態のデバイスを掲げる。

 

「レイジングハート・エクセリオン!」

 

「バルディッシュ・アサルト!」

 

「セットアップ!」

 

 桜色と金色の魔法光がそれぞれの身体を包み込み、バリアジャケットが少女達に装着される。そしてレイジングハートとバルディッシュの機体中央部のコッキングカバーがスライドし、内部のリボルバー状シリンダーを一瞬露出させた。

 

「アレってまさか!?」

 

『カートリッジシステム』を使うヴィータには直ぐに分かった。2人のデバイスには、此方と同じものが使われていると。

 それに驚く間も無く、青年孤門は『エボルトラスター』の鞘を一気に引き抜き、天高く翳した。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 薄暗い結界内が真昼のように照らし出される。光が収まると、銀色の超人がビル屋上に雄々しく立っていた。

 胸部のYの字に似た、赤く輝くエナジーコアに光る両眼。人間サイズだが、ヴィータもザフィーラも目の当たりにした姿で間違いない。

 

「やっぱり、お前がネクサスか!!」

 

 叫ぶヴィータを他所に、ネクサスは銀色に輝く顔をゆっくりと上げた。

 

 

 

つづく

 

 





 次回予告

 再び激突するゼロ達とネクサス達、フェイトは怒りに燃えてシグナムに向かい、ゼロはネクサスと再び激突する。しかしそこに……?

『再戦-リマッチ-』


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第44話 再戦-リマッチ-

 

 

 はやてとシャマルは、近所のスーパーに買い出しに来ていた。 今晩はすずかが夕食を食べに来るので、張り切るはやては色々と食材を吟味している所であ る。その最中ふとシャマルを見上げ、

 

「まだ皆帰っとらんかな? 早く戻って来れたらええんやけど……」

 

 何気無い一言だったが、シャマルはドキリとしてしまう。だがはやてにバレないよう、細心の注意を払った来たのだ。感付かれている筈は無い。

 そんなに器用な方では無い湖の騎士は、取り敢えずニッコリ笑って見せ、

 

「ええ……その~……念の為と言うか……」

 

「うん、判っとるよ、ビーストがまだ何処かに隠れとらんか調べとるよね?」

 

 はやてはしどろもどろになるシャマルに笑い掛ける。念の為調査をしていると伝えてあるのだ。

 管理局の目をかい潜る為、遠い世界で『蒐集』しなければならない今、そうでも言っておかないと留守がちなのが不自然になって来ている。

 

 ビーストの警戒は本当の事なので嘘では無いと自分に言い聞かせるシャマルだったが、やはり後ろめたさが付きまとう。しかしお陰で、鋭い所のあるはやてに怪しまれずに済んでいるのは皮肉であった。

 

 ゼロ達は家に全く居ない訳では無いが、はやては以前より一緒に過ごす時間が少し減った事を寂しく感じ、つい口に出してしまった事を後悔した。

 

(あかん……みんな頑張っとるのに、私がこんなんだと……)

 

 我が儘だと自分を戒め、精肉コーナーで大量の肉のパックを纏めて手に取るとシャマルに笑い掛け、

 

「じゃあ、今晩はすずかちゃんも来てくれるし、みんなお腹空かせて来るからお肉はこれくらい……」

 

「はい」

 

 シャマルは誤魔化せた事に、内心ホッとしながら相槌を打つ。吟味して一通りの材料を籠に入れたはやては、

 

「外は寒いし、今晩はやっぱり温かおでんやね?」

 

 張り切る小さな主に、シャマルは優しく微笑んだ。

 

 

 買い出しを終え外に出たはやては、シャマルが買い物カートに食材を詰め込む間ブルッと身を震わせる。 気温も大分下がって来ていた。かじかむ手に息を吐きながら、ふと夜空を見上げ、

 

「みんなも外で寒ないかな……?」

 

 冬の張り詰めた空気で、いやに冷たく見える夜空は星ひとつ見えない。はやては暫しこの場に居ない家族達に思いを馳せた。

 

 

 

 

 街中の1区画を丸々飲み込む程広い範囲に、ドーム型の結界が張られていた。それを上空から見下ろす2つの人影。人間大の『ウルトラマンゼロ』とシグナムである。

 

「強装型の捕獲結界……ヴィータ達はあの中に閉じ込められたようだ……」

 

 冷たい夜風に八重桜色の髪を煽られながら、シグナムはゼロに状況を説明した。

 

『チッ……罠を張られてたって訳か……周囲にも十数人、当然ネクサスの奴も居るだろうな……』

 

 ゼロは電飾のように夜空に光る眼を結界に向ける。その超感覚に、包囲する武装局員の反応が捉えられていた。

 

《Wahlen sie.Aktion!》(行動の選択を!)

 

 『レヴァンティン』がシグナムに、次の行動の指示を求める。剣の騎士は古くからの相棒を見据え、

 

「レヴァンティン……お前の主は此処で退くような騎士だったか……?」

 

《Neln!》(否!)

 

 お互い永い付き合いだ。阿吽のやり取りと言うやつである。シグナムは戦鬼の眼差しでレヴァンティンを掲げ、

 

「そうだレヴァンティン……私は今までもずっとそうして来た……ゼロも良いな?」

 

『聞かれるまでもねえ! 速攻でヴィータとザフィーラを拾ってバックレようぜ!!』

 

 ゼロの即答にシグナムは不敵に微笑み、カートリッジをロードしようとすると、

 

『カートリッジの無駄使いは止めとけ、結界に穴を開けるのは任せろ!』

 

 ゼロがそれを止めた。現在度重なる『蒐集』 と戦闘続きで魔力カートリッジの消費が激しい。

 カートリッジの作り置きの時間が足りない上、魔力注入作業は実質シャマルのみという状況だ。当然シグナムとヴィータが使えるカート リッジの数は限られる。

 『闇の巨人』に管理局の2つを敵に回し、何が起こるか判らない現状では、カートリッジの無駄使いは避けるべきだ。

 

「済まないが……此処は頼む……」

 

 シグナムもそれを察し任せる事にした。ゼロは結界を見据えると、右脚にエネルギーを集中させる。その右脚が炎の如く赤熱化した。

 

 

 

 

 

 

 ヴィータはなのはとフェイトに『グラーフアイゼン』を威嚇するように向ける。フェイトはそれに対し、険しい顔で『バルディッシュ・アサルト』を構えようとするが、その間に入るようになのはが前に出て制止した。

 

「なのは……?」

 

「フェイトちゃん、まず私とあの子とで話をさせて」

 

 フェイトは友人に危険だと言い聞かせようとするが、なのはは静かに首を横に振って見せ、

 

「フェイトちゃんの気持ちも判るけど……クロノ君もまず話をしてみようって言ってたじゃない、お願い!」

 

 真剣な面持ちで頭を下げた。フェイトは困惑してしまう。クロノが話をしてみようとは言うのはゼロとであって、守護騎士達では無い筈である。

 何故と思ったが、前になのはが言っていた事を思い出した。前回の戦いで、あの紅い服の少女に助けられたのではないかと疑問を抱えていた事を。

 

 友人は性格上、確かめずにはいられなかったのだろう。凝り固まっていた自分に、諦めずに呼び掛け続けた事と同じだ。

 フェイトは問答無用で攻撃するつもりだったが、なのはの頼みにバルディッシュを下げた。

 

「……判ったよ……でも相手が何かして来たら、直ぐに攻撃するよ……?」

 

 一旦は矛を納める事にする。他ならぬ大切な友人の頼みだ。この友はこうなったら梃子でも退かない。しかし無論フェイトは退く気は無い。何か有れば直ぐに対応するつもりだ。

 

「ありがとう、フェイトちゃん……」

 

 なのはは友人が我慢して、自分を立ててくれた事に感謝する。顔を上げたなのはは改めてヴィータ達を見上げ、

 

「私達は戦いに来たんじゃない、話し合いに来たの!

 

 しっかりと語り掛けた。ヴィータは不信感全開で眉をひそめるが、なのはは話を続ける。

 

「それに……この間は私を助けてくれたんじゃないの? 『闇の書』の完成を目指しているのも、理由が有るなら聞かせてくれない?」

 

「こいつ……」

 

 ヴィータは少し迷った。『ガルベロス』や偽者のせいで、此方を完全に悪人だと決め付けられていると思ったからだ。

 だがどうも様子を見る限り、疑問を抱いているのはこの白い魔導師だけのように見える。つまり個人の感想だ。管理局の総意ではあるまい。

 過去他のマスターの元でやり合った事もある敵だった管理局。その所属の魔導師、どこまで信用出来るのか。演技かもしれない。

 

 ゼロからの話と、フェイトに化けた時のしつこい印象しか無いヴィータには、なのはを信用出来なかった。何よりはやてに類が及ばない保障は無い。

 鉄槌の騎士は、最終的に相手にしないのが一番だという結論に達した。一度胸襟を開けば全幅の信頼を寄せる彼女だが、そうならない限り野良猫のように警戒心を顕にする。

 

 そこでヴィータは少し悪戯心を出した。此方の都合も知らず、話し合いを望むなのはをからかってやりたくなったのだ。

 

「あのさあ……地球のことわざに、こう言うのが有んだよ……」

 

 ヴィータは偉そうに腕組みして、なのは達を見下ろした。ザフィーラは意外そうに彼女を見る。あまり言い出しそうに無い台詞だったからだろう。ヴィータは如何にも偉ぶった様子で、

 

「ザラブ、ファンタス……自称和平の使者の奸計ってな……」

 

 人の悪い笑みを浮かべて見せた。アタシちょっと格好いい事言ったみたいなドヤ顔である。なのはとフェイトは困ったように顔を見合わせた。意味が全く解らないのである。

 ヴィータはやっぱり知らないか、このお子さま共がと得意気に、グラーフアイゼンをズイッと突き出してなのはを指し、

 

「善人顔して、兄弟だの話し合いだの言って近付いて来る奴には気を付けろって意味だよ。おまけに御大層な改造デバイス持って来て何が話し合いだ。バ~カ、バ~カッ!」

 

『ザラブ星人』や『ファンタス星人』が最初に友好を求めた後に、実は陰で侵略準備を整えていた事に引っ掛けたものらしい。

 なのはは一瞬面白い顔になってズッコケ掛けるが、辛うじて持ち直し、

 

「有無を言わさず、襲い掛かって来た子がそれを言う!? ってザラブって何?」

 

 流石にムッとして文句を付けた。するとヴィータの横でやり取りを黙って聞いていたザフィーラが一言。

 

「ヴィータ……言い辛いが……それはゼロの世界の地球での話で、更にはことわざでは無くネタ話の格言だ……」

 

 冷静に勘違いを指摘した。言わずにはいられなかったようである。この世界の人間に分かる訳が無い。

 ヴィータはゼロから向こうの話を聞くのが面白いので、色々聞いている内に混ざってしまったらしい。こうして彼女の知ったかは5秒で露見してしまった。

 

「うっせえな! どうだっていいだろう!?」

 

 決まりが悪いので逆ギレ気味に開き直るろうとした時、頭上の結界の一部が轟音を上げス パークを起こした。結界に穴が開いたのだ。

 そして2つの光が、近くのビル屋上に凄まじい勢いで降下して来る。 結界に穴が開いた余波で、爆煙のような煙が辺りを舞った。

 

『来たか……』

 

 黙ってヴィータ達のやり取りを聞いていた 『ウルトラマンネクサス』が低く呟く。

 煙が晴れると、膝を着いて降り立ったウルトラマンゼロとシグナムが姿を現した。ゼロの右脚はゼロキックの余韻で、僅かに赤く赤熱化している。2人は身を起こし一同を見据えた。

 

「ゼロさん……シグナム!」

 

 フェイトは超人と白い剣士の姿を認め、それぞれに真逆の感情の籠った視線を向けて叫んだ。

 

「ゼロさん、その人達と一緒に居てはいけない! 理由が有るのなら私達が手助けしますから、此方へ来てください!!」

 

 必死に呼び掛ける。彼女の叫びにゼロは申し訳ないと思いつつも、

 

『済まねえな……だけどよ、今の状況でそれは出来ない相談なんだ……このまま見逃してくれないか……?』

 

 更に一応偽者の件を伝えておこうとするゼロの前に、シグナムが立ち押し留めた。

 

「この状況では何を言っても無駄だ……お前が我らにそう言えと、強制されているとしか受け止められんだろう……今は此処を切り抜けるしか無い……!」

 

 そのやり取りがまたフェイトの神経を逆撫でする。彼女にはシグナムが、ゼロをたぶからしているとしか思えない。

 

「なのは……やっぱりゼロさんを助ける為には、シグナム達を倒すしか無いよ……!」

 

 友人の怒りの感情が込められた言葉に、なのはは一 瞬躊躇したが腹を括りコクリと頷いた。どの道話を聞くには、相手に勝たなければならない。

 

「ユーノ君、クロノ君! 手を出さないでね、私あの子と1対1だから!!」

 

 なのははヴィータを見据えてタイマン宣言をする。後方で合流していたクロノとユーノは、その漢女振りに若干退いたのは内緒だ。同じくその様子を見ていたアルフに、フェイトからの思念通話が入る。

 

《アルフ……私も彼女と……!》

 

 フェイトは此方を無感動に(少なくとも彼女にはそう見える)見詰めるシグナムを険しい目で見据えている。彼女も1対1の対決を望んでいた。アルフは主の決意を感じ取って頷き、

 

《ああ……アタシも野郎にちょいと話があ る……》

 

 ヴィータの隣のザフィーラをギロリと睨み付ける。我慢ならないと言った表情だった。守護獣に対して、思う所が有るらしい。

 

『当然お前は俺相手って訳か……』

 

 ゼロは先程から此方をじっと見ているネクサスを、挑発するように指差すが、

 

(チッ……こちとらサッサッと逃げたいだけなんだがな……簡単には行かないか……)

 

 理想はこのまま全員で脱出することだが、そう簡単には逃がしてくれそうに無い。ネクサス達を退けない限り脱出は難しかった。

 

(敵の思う壷かよ……クソッタレッ!)

 

 嵌められているのは分かっていても、こうするしか無い。今捕まる訳にはいかないのだ。少なくとも『蒐集』を終え、はやてを助けるまでは……

 

 お互いの対戦相手は決まったようだ。互いの相手と視線をぶつけ合うなのは達を見て、後方のクロノとユーノは思念通話でやり取りし、

 

《ウルトラマンゼロは聞いてくれないか……人質でも取られているのかもしれないな……ユーノそれなら僕と手分けして『闇の書』の主を捜すんだ》

 

《『闇の書』の……?》

 

 不思議そうなユーノにクロノは、守護騎士達が書を持っていない事から、もう1人が近くに 居る可能性を示唆した。

 そちらを押さえる事が出来れば状況は変わる。クロノは結界の外、ユーノが結界内を分担して捜索に掛かる事にした。ユーノはその前にゼロを一瞬見ると、

 

(待っていてください……今度は僕らが力になる番です!)

 

 何度も命を救われた恩は忘れない。ユーノもゼロを助けたいのは同じだ。クロノもそうだろう。固く誓うとその場を素早く離れた。

 

 

 

 

 

「レイジングハート、カートリッジロード!」

 

「バルディッシュ、カートリッジロード……!」

 

 なのはとフェイトの指示に、レイジングハートとバルディッシュが応える。 ヴィータ達の眼下でビル屋上に立つ2人のデバイスが、カートリッジシステムを起動させた。以前とは比べ物にならない程の魔力が感じ られる。

 

「デバイスを強化して来たか、気を付けろヴィータ!」

 

「言われなくても!」

 

 ザフィーラの警告にヴィータは突っ掛かる。何か言われるとつい反発するのは、彼女の仕様である。 シグナムはレヴァンティンを構え、フェイトを見据えた。その表情は冷静そのものだ。

 

 ゼロはネクサスに対峙し、どんな攻撃にも反応出来るように全身の無駄な力を抜く。変に身体に力を入れ過ぎると反応や動きが鈍くなってしまう。『ウルトラマンレオ』の教えだ。格闘技の基本である。

 各自の戦意が高まった次の瞬間、8つの光がほぼ同時に空に飛び出した。

 

 

 先行するヴィータを、なのはは高速で追尾する。鉄槌の騎士は軽蔑したように振り返り、

 

「何だよ口だけか……結局やんじゃねえかよ!」

 

 挑発に対し、なのはは拳を握り締めて、

 

「私が勝ったら話を聞かせてもらうよ、いいね!?」

 

 ヴィータは強引さに鼻白みながらも、急制動を掛け空中で停止すると、素早く鉄球を取り出しアイゼンで打ち出した。

 鉄球に魔力をプラスした『シュワルベフリー ゲン』4発の攻撃を、なのはは高度を取ってかわす。間髪入れずアイゼンの推進剤が勢い良く噴射し、ヴィータの身体が独楽のように猛回転した。

 

「でえええええいっ!!」

 

 その勢いで高速で飛び出し、なのはに『ラケーテンハンマー』の一撃をお見舞いする。前回のように障壁を打ち抜いた後に打撃と魔力ダメージで、戦闘不能に追い込むつもりだったが……

 

《Protection》

 

 レイジングハートの声が響くと同時に、なのはの突き出した右手から前面に張り巡らされた桜色の障壁が、強固な盾となってアイゼンの一撃を阻んだ。

 

「硬ええ~っ」

 

 火花を散らすアイゼンのスパイクと魔法障壁。予想以上の頑丈さだ。魔法障壁を抜けない。

 会心の笑みを浮かべるなのはは、障壁を一旦バーストさせた。中規模の魔力爆発が起こり、ヴィータとなのははほぼ同時に吹き飛んだ。

 

「クソオッ!」

 

 吹き飛ぶヴィータを、いち早く態勢を立て直していたなのははが射出した目標追尾型砲撃魔法『アクセルシューター』十数発が襲う。

 不意を突かれた形のヴィータだが、周りを飛び交う桜色の魔力弾に視線をやり、

 

「阿呆かっ、こんな大量の弾、全部制御出来る訳がっ!」

 

 どんな魔導師でも、あまりに多くの魔法を同時に行使すると処理しきれずコントロール不全に陥ってしまう。魔導師の並列思考マルチタスクでも限界はあるのだ。

 恐れるに足りずと判断した鉄槌の騎士は、再びシュワルベフリーゲンを打ち出した。なのはを囲むように四方から同時攻撃のコントロールをする。少女は動かない。

 

《It can be done.as for my master》(出来ます、私のマスターなら)

 

 レイジングハートが応えた瞬間、制御仕切れないと思われた魔力弾が、なのはに迫る鉄球を同時に粉々に打ち砕いた。破片と化してしまう鉄球。

 

「ああ……?」

 

 ヴィータは思わず息を呑んだ。徹底的にカートリッジシステムの特訓をした成果と、『バグバズン』との死闘を潜り抜けて来た成果であった。

 それを差し引いても、これで魔法と出会ってから1年と経っていないと言うのだから驚きである。

 ヴィータも永い人生の中、これ程の才能は滅多にお目に掛かった事が無い。紛れもなく天才であろう。

 

「約束だよ、私が勝ったら事情を聞かせてもらうって!」

 

 なのはは改めて約束を口にし、周囲を飛び交う残りの魔力弾をヴィータに一斉に向かわせる。

 

「こいつ、明らかに化けやがった……クッ!」

 

 ヴィータは自分の周囲に、クリスタル状の魔力障壁を張り巡らし対抗する。障壁に桜色の魔力弾が雹の嵐のように、何度も激突を繰り返す。強固なベルカ式の防御壁にヒビが生じて行く。これでは長くは保つまい。

 

「このお~っ」

 

 ヴィータは目前の白い魔導師を焦りと共に睨み付けた。

 

 

 

 

 紫と金色の光が火花を散らし、くすんだ夜空を何度も激突し合う。

 

「はああああああっ!」

 

 フェイトはバルディッシュを大きく振りかぶり、高速で上昇を掛けた。

 

「うわああああああっ!!」

 

 シグナムは更に上に昇ると急降下し、レヴァンティンを大上段から両断せんばかりの勢いで降り下ろす。鋭い金属音を立てて、2人のデバイスが打ち合わせられる。

 競り合うシグナムとフェイト。流石に力負けし不利と見たフェイトは、次の瞬間弾かれるように離脱し距離を取った。その周囲に金色の魔力スフィアが次々に出現する。砲撃魔法の態勢だ。

 

「プラズマランサーfire!」

 

 雷の如き轟音を上げ、シグナムに迫る電光の槍の群れ。フェイトの得意魔法『フォトンランサー』の強化版だ。シグナムは動じず、炎の魔剣と化した愛刀を振りかぶり正面から迎え撃つ。

 

「ふあああっ!!」

 

 気合い一閃。レヴァンティンの斬撃波で、プラズマランサーが跳ね飛ばされた。

 しかしフェイトの操作で、弾き返したランサーは空中で向きを変え、再びシグナムに襲い掛かる。

 厄介な攻撃であった。フェイトの攻撃には一切の容赦が無い。胸に秘めた怒りが込められているようだった。

 咄嗟に上空に逃れるシグナムだったが、外れたプラズマランサーの群れは更に向きを変え追撃して来る。

 

「はああああっ!!」

 

 素早くカートリッジをロードしたシグナムは、再びレヴァンティンを業火の剣とし、横殴りの炎の斬撃波『疾風』でプラズマランサーを纏めて消滅させた。

 しかし息つく暇も無い。隙を狙ってフェイトがバルディッシュを『ハーケンセイバー』電光の大鎌に変形させ斬り掛かって来る。

 

 研ぎ澄まされた反射神経で反応したシグナムも、レヴァンティンを『シュランゲルフォルム』蛇腹状にして迎撃に掛かる。

 ぶつかり合った魔力が空中で爆発を起こした。 爆発直前に一瞬早く離脱していた2人は、間合いを取って再び対峙する。

 

 シグナムの胸部騎士服が切り裂かれていた。 フェイトも腕に痣が浮いている。

 バリアジャケットは、素肌を晒している部分も含めて全身を防御している。互いに防御を破られたのだ。

 

 シグナムはこんな時にも関わらず、高揚する ものを感じていた。確かに此方は連戦続きな上に不得手な手加減、尚且つカートリッジの使用も控えなければならず不利な状況で戦っている。

  一方のフェイトは支給品なのか、カートリッジを惜し気も無く使って来る。しかしそれを差し引いてもシグナムは、彼女の実力に感心した。

 生半可な魔導師なら、とうにシグナムに倒されている。自然烈火の将は笑みを浮かべていた。

 

「フッ……強いなテスタロッサ……それにバルディッシュ……」

 

 レヴァンティンを剣形態に戻しつつ、称賛の言葉を送る。彼女なりの最大限の誉め言葉だ。

 

《thank you》

 

 バルディッシュが光栄だとばかりに応えた。フェイトはしばらく黙っていたが、

 

「……悔しいですが……あなたとレヴァンティン も……」

 

 賛辞の言葉を返した。認めるしか無い。確かに彼女は強いと思った。無視しても良かった筈だが、何故かフェイトは返さなければならない気になった。自分でも不思議だった。

 

《danke》

 

 レヴァンティンも律儀に返す。奇妙な讃え合いを終え、シグナムは鞘を出現させ愛刀を一旦収めた。居合い抜きの構えだ。

 

「この身に為さねばならぬ事が無ければ、心踊る戦いだった筈だが……仲間達と主の為そうも言ってられん……悪いがしばらく動けなくなってもらおう……」

 

 淡々と語る彼女の足元に紫色のベルカ式魔方陣が展開され、剣の騎士は抜刀の構えを取る。

 正直フェイトを殺さずに済ませる自信は無い。それ程少女は力を付けていた。だがゼロとの誓いを絶対に破る訳には行かない。

 

 自信が無くともやり抜くしか無い。自分が不利になろうとも必ずやり遂げる。それが八神はやての騎士たる誇りだった。

 

 フェイトは何故憎むべき敵を称賛してしまったのかと少し混乱していたが、ゼロに助けられた時の事を思い返して身を引き締める。

 

「勝つのは私です……ゼロさんを助ける為に、必ずあなたを倒します……!」

 

 戦意を紅玉色の瞳に込め、バルディッシュを下段に構えた。

 

 

 

 

 ウルトラマンゼロとウルトラマンネクサスは、色の無い結界の空を超音速で飛び交い激突する。ネクサスはすれ違い様ゼロに、

 

『お互い巨大化は止めておこう、結界が僕らの戦いで壊れたら大きな被害が出る……』

 

『言われるまでもねえ!!』

 

 ゼロは怒鳴ると同時に牽制で額のビームランプから、『エメリウムスラッシュ』を放つ。

 ネクサスは避けず、緑色の光線を右腕の 『アームドネクサス』で吸収してしまった。アームドネクサスは相手の光線系の攻撃を吸収する事が可能なのだ。

 

『此方も行かせてもらうよ!』

 

 空を翔けるネクサスは、アームドネクサスを発動させた。青い波長が全身を包み込む。

 

『何だ!?』

 

 ゼロはネクサスの変化に声を上げる。ネクサスの身体が青を基調としたものとなり、生体甲冑も変化増設した。『ジュネッス・ブルー』形態だ。

 

(また姿を変えやがった? アイツ単独で何種類のフォームチェンジが出来るんだ!?)

 

 ゼロが直接知っているフォームチェンジ出来るウルトラマンは2人だ。『ウルトラマンメビウス』と『ウルトラマンダイナ』である。

 

 メビウスは単独で『バーニングブレイブ』と言う強化形態になる事が出来、他のウルトラマンや人間と合体する事で『インフィニティー』 『フェニックスブレイブ』などの形態になる事が可能だ。

 

 ゼロは直接見てはいないが、ダイナは状況に応じてパワー形態、特殊能力形態にフォームチェンジが可能だという。

 姿を変えたネクサスの能力はどのようなものか? ゼロは追いすがりながら頭部の『ゼロスラッガー』を引き抜き、先手必勝とばかりに突撃した。

 相手の能力を計るつもりなのだ。対するネクサスは、右腕のアームドネクサスを発動、その甲部分から光の剣が出現した。『シュトロームソード』である。

 

『シェアアアッ!!』

 

 光の剣を携えたネクサスは慣性を無視して空中で急停止し、反転するとゼロに電光の如く斬り掛かって来た。

 

『野郎っ!!』

 

 シュトロームソードとゼロスラッガーが、火花を上げ打ち合わされる。互いの強力なエネルギーがスパークした。

 

『ウオオオッ!?』

 

 シュトロームソードの痛烈な一閃に、ゼロスラッガーを持った両腕が跳ね上げられてしまう。打ち負けてしまったのだ。ゼロはソードの追撃を避け、後方に飛び退いて間合いから脱出する。

 

(コイツ……! 姿が変わって、明らかに赤い時よりパワーアップしてやがる!?)

 

 スラッガーを持つ手が痺れる。ゼロはどんどん力を増して行くネクサスに正直脅威を感じた。尤もだからと言って、此処で大人しく退くようなタマでは無い。

 負けん気を爆発させて反撃に出るべく、スラッガーを再び構えた。

 

 

 

 

 その頃ユーノは結界内部を探索魔法で必死に探り、クロノは結界周辺をしらみ潰しに捜索していた。

 2人共魔力反応を探すのに気を取られ、他の存在が結界内部に入り込んだ事に気付けなかった。

 だがそれは他の武装局員達も同様だった。その存在達は音も無く何の反応も示さず、影のように結界内に侵入していたのだ。

 

 侵入した影は3つ。まるで闇が凝固して人の形を取ったような影達は、激戦を繰り広げるゼロ達を地上から見上げる。影の1人が前に踏み出し、

 

『……儀式は順調のようだ……』

 

 そう呟いたのは骸骨のような生体甲冑に、漆黒と血で濡れたような紅のボディー。人間大の 『ダークメフィスト』であった。

 

『……全ては『冥王』の御心のままに……』

 

 3本の角に赤と銀色の姿『ダークファウスト』が続ける。

 

『…………』

 

 無言の影は異形の三つ首『ダークルシフェル』だ。

 

『……では我々も行くぞ……』

 

 メフィストが指示をすると、闇の巨人3体は 一斉に前に踏み出した。

 

 

 

つづく

 

 




※ザラブ星人、ウルトラマン登場。友好を装って近付き影で暗躍。ウルトラマンに化けたり姑息な手を使う。大怪獣バトルでは一周回って却って憎めないキャラになってます。

 ファンタス星人、ウルトラマン80登場。友好使節として地球に来たが、本当は本物のファンタス星人を皆殺しにして成り代わったアンドロイド軍団。機械こそ優秀であると生命体抹殺を目論む。

 次回『共闘-ジョイントストラグル-』


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第45話 共闘-ジョイントストラグル-

 

 

 色の無い無人の商店街店舗が魔力の余波で破砕し、店のショーウインドのガラスが粉々に砕け散った。

 

「うわあああああっ!!」

 

 魔力で強化されたアルフの拳が、ザフィーラに叩き込まれる。両腕をクロスさせ魔法防御で受け止める守護の獣。互いの魔力が真っ向からぶつかり合う。

 

「デカブツ! アンタも誰かの使い魔か!?」

 

 アルフは牙を剥き出し怒鳴る。憤りの込められた問いだった。以前の自分を重ねているのだ。ザフィーラ はその拳を受けながら、

 

「……ベルカでは騎士に仕える獣を使い魔とは呼ばぬ……主の牙、そして盾……守護獣だあっ!!」

 

「同じようなもんじゃんかよおおっ!!」

 

 アルフは怒りを爆発させるように更に拳に力を込めた。ザフィーラも防御を強化する。次の瞬間魔力が対消滅を起こして爆発が起こった。

 素早く爆発から離脱したザフィーラは、アルフから距離を取る。その頭上を戦闘継続中のヴィータとなのはが飛んで行くのが見えた。

 

《……状況は良くないな……》

 

 ザフィーラは思念通話で現状をシャマルに伝えた。シャマルは皆の危機を察し、理由を付けて家を出て結界の側まで来ている。

 

《ゼロやシグナム、ヴィータが負けるとは思えんが、勝つ事に意味など無い……敵の思う壷だろう……此処は一刻も早く退くのが得策だ…… シャマル何とか出来るか?》

 

 幾分離れたビル屋上で、騎士服のシャマルは周囲の状況を細かくチェックし、

 

《何とかしたいけど……局員が外から結界を維持してるの、私の魔力じゃ破れない……シグナムのファルケンかヴィータちゃんのギガント、ゼロ君の光線クラスの力が出せなきゃ……》

 

 悔しそうに目を伏せる。後方支援を主とする彼女には無理な相談だった。

 

《3人共手が離せん……やむを得ん、アレを使うしか……》

 

《分かってるけど……でもっ!》

 

 何か手が有るらしいが、湖の騎士は躊躇しているようだ。あまり使いたくない手段らしい。シャマルが小脇に抱えた『闇の書』に視線をやった時、不意に真後ろで金属音が鳴った。

 

「あっ……!?」

 

 後頭部にデバイスが突き付けられる。クロノであった。結界の外を捜索していた彼に発見されてしまったのだ。

 

《どうしたシャマル?》

 

 ザフィーラの念話にも応えられない。クロノに隙は無かった。万事休すだ。

 

「捜索指定ロストロギアの所持使用の疑いで、アナタを逮捕します……」

 

 クロノの声が響く。シャマルは愕然とした。濡れ衣を着せられている今捕まったら、間違いなく魔導師襲撃犯にされ、はやてを助けられない。絶望感がのし掛かる。

 

「抵抗しなければ弁護の機会がアナタには有る……投降するなら武装の解除を!?」

 

 そこまで言った所でクロノは背後の気配に気付き、咄嗟に振り向いたがもう遅い。

 

「うわっ!?」

 

 強烈なキックを食らい、クロノは向こう側のビルまで吹っ飛ばされ、屋上のフェンスに叩き付けられてしまった。

 

「……仲間……?」

 

 クロノは辛うじて立ち上がる。不意打ちだったが、防御が間に合ったのでダメージは少ない。その目に映ったのは、白い無表情な仮面を着けた男であった。

 

 

 

 

『オラアアアッ!!』

 

『シェアアアッ!!』

 

 ウルトラマンゼロの『ゼロスラッガー』とウルトラマンネクサスの『シュトロームソード』 が火花を上げて打ち合わされる。

 一進一退の攻防だ。まともに行くとパワー負けすると判断したゼロは、手数の多さと『いなし』武道で言う相手の力を受け流す技術で、シュトロームソードと互角に渡り合う。

 ネクサスはビーストを一撃で倒す斬撃を繰り出して来る。ゼロは急加速を掛けてソードの攻撃を避けた。 後を追おうとするネクサスだが、カウンターで光線を食らうのを警戒したのか一旦距離を置く。

 

 スラッガーを両手に構えるゼロと、ソードを 突き出して間合いを計るネクサス。再び両者がぶつかり合おうとした時だ。

 

《フハハハハハハハッ!!》

 

 突如として野太い嘲笑が、ゼロとネクサスの頭の中に響き渡った。

 

『何だ!?』

 

『むっ!?』

 

 2人は戦いを中断して頭上を見上げた。上空に暗黒の雲のような空間異状が起こっている。 その中心から稲妻が走った。

 

『こいつはまさか!?』

 

『ダークフィールド!?』

 

 気付いた時にはもう遅い。ゼロとネクサスは空間異状に巻き込まれ、かき消すように結界内から消えてしまった。

 

「ゼロッ!?」

 

 気付いたシグナムが呼び掛けるが、無論返事は無い。その姿は何処にも無かった。フェイトはその隙を見逃さず斬り掛かる。

 

(クッ……!)

 

 シグナムは斬撃をレヴァンティンで弾き返し た。フェイト達にはネクサスが『メタフィールド』にゼロを引き込んで、勝負を着けようとしていると思うのは仕方がない事か。

 

(ゼロさんは孤門に任せるしか無い、私はシグナムを……!)

 

 フェイトは攻撃に集中した。一方のシグナム達には、ゼロがメタフィールドに引きずり込まれたように見えている。

 

(ゼロ気を付けろ!)

 

 守護騎士達はそう思いながら、それぞれの相手と対峙した。

 

 

 

 

 ゼロとネクサスは捻じくれた異様な空間異常を抜け、異形の大地に落下して行く。

 

『デリャアッ!』

 

 ゼロは降下しながら巨大化する。3万トンを超える巨体が土砂を巻き上げ、赤茶けた大地に降り立った。

 続いて少し離れた位置に、同じく巨大化したネクサスが大地を揺るがし着地する。ゼロは赤茶けた大地に映える青い巨人に向かって吼えた。

 

『お前っ! 『ダークメフィスト』の仲間だったのかよ!?』

 

 ネクサスはゆっくりと巨体を起こすと、心外だとばかりにゼロを一瞥し、

 

『何を馬鹿な事を!』

 

 その台詞が言い終わらない内に、突如三日月型の光刃がネクサスに向け飛来した。青い巨人は左腕の『アームドネクサス』で光刃を叩き落とす。

 

『貴様らは!?』

 

 ゼロは光刃の飛んで来た方向を見て身構えた。崖の上に3体の巨人達が此方を冷やかに見下ろしている。

 

 死神の如き生体鎧の『ダークメフィスト』 に、紅き道化師を思わせる『ダークファウスト』三つ首の威容『ダークルシフェル』闇の巨人3体の揃い踏みだ。

 

『悪いが……僕の敵でもある!』

 

 ネクサスはその声に強い戦闘意欲を込め、闇の巨人達に拳を向けた。ゼロもレオ拳法の構えを取り、

 

『アイツら一体何者だ? 何で襲ってきやがる!?』

 

 最もな疑問にネクサスは、闇の巨人達から視線を逸らさず、

 

『奴らは『冥王ダークザギ』の操り人形……この名を聞けば理由なんて些末な事だろう……? 邪悪の化身の奴には……』

 

『『ダークザギ』!? 奴がこの世界に来ているのか!? 冥王はザギの事だったのか!』

 

 ゼロは思い掛けない名を聞いて、驚きの声を上げた。『ダークザギ』直接の関わり合いこそ無い が、『光の国』を怪獣軍団を率いて襲撃した黒い巨人の事は、ウルトラ族なら誰でも知っている事だ。

 ウルトラ戦士達の総力と『ウルトラマンノア』により、時空の狭間に閉じ込められたと聞いている。

 尤もザギがその後、狭間から実体を失いながらも脱出して元居た宇宙に舞い戻り、様々な策謀を巡らして復活を遂げた末に『ウルトラマンノア』に倒された事までは知るよしも無い。

 

『無駄口はそこまでだ……『冥王』復活の為の儀式を始めるとしようか! ファウスト、ルシフェル!!』

 

 メフィストが片手を挙げると、それを合図に闇の巨人達は地響きを上げて崖を滑り降り、一斉にゼロとネクサスに襲い掛かった。

 

『来やがれ! 貴様ら全員返り討ちにしてやる ぜぇっ!!』

 

『シェアッ!』

 

 ゼロとネクサスも大地を踏み砕き迎え撃つ。5体の巨人が赤茶けた大地を揺るがして激突した。

 

 ルシフェルの豪腕が唸りを立ててゼロに飛ぶ。素早く身を低くして攻撃をかわしたゼロは、上体を起こすと同時にルシフェルの中央の顔の顎に強烈なアッパーを放つ。

 砲弾が分厚い鋼鉄にぶち当たったような炸裂音が響く。しかしルシフェルは平然と、その一撃を頸の筋肉のみで受けきった。

 

『何ぃっ!?』

 

 揺るぎもしない相手に驚くゼロ。ルシフェルは軽く首を振るとその豪腕を振るい、ゼロの側頭部を横殴りにした。

 

『ガッ!?』

 

 3万トンの巨体が宙に舞う。弾かれたようにゼロは横っ飛びに吹っ飛ばされた。大地に叩き付けられる寸前、ゼロは辛うじて姿勢を変え着地するが、ルシフェルのパワー を殺しきれず、数十メートル地面を削って漸く停止する。

 恐るべきパワーであった。『ジュネッスブルー』のパワーをも遥かに凌駕している。最強の闇の巨人がダークルシフェルなのだ。

 

『へっ……やるじゃねえか……なら手加減は無用って訳だな!!』

 

 ゼロはゆらりと立ち上がり、上唇を親指でチョンと弾く。彼の何時もの癖だ。強敵と相対すると自然に出てしまう。

 

『行くぜぇっ! 三つ首野郎っ!!』

 

 ゼロは猛然とルシフェルに突っ込んだ。三つ首の魔人は両腕を広げて上げて突進して来る。

 

『オラアアアッ!!』

 

 ゼロの中段回し蹴りが、巨大な斧の如くルシフェルに叩き込まれた。しかし魔人は左腕で蹴りをブロックすると、右腕の鋭い爪『ルシフェルクロー』を繰り出す。

 

『甘いぜ!!』

 

 読んでいたゼロは、ブロックされた右脚を戻す反動を利用して独楽のように回転し、ルシフェルの側頭部にローリングソバットに近い後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 

『ゴハアアッ!?』

 

 さしものルシフェルも体勢を崩し、勢い良く大地に倒れ込む。ゼロは追い打ちとばかりに右脚を上げて踏み付けにしようとするが、

 

『グワッ!?』

 

 突如後ろから紫色の光刃がゼロを襲う。背中に直撃を受け、堪らず膝を着いてしまった。 ダークファウストの援護攻撃だ。これしきと立ち上がったゼロはファウストを睨む。

 

(野郎! ネクサスの奴は何してやがる!?)

 

 心の中で毒づいてネクサスの方に視線を移す と、ダークメフィストと戦いの真っ最中であった。

 メフィストが右腕の『メフィストクロー』での突きを連続して繰り出す。ネクサスも光の剣 『シュトロームソード』を繰り出し、クローの攻撃を弾く。

 

『フンンンッ!』

 

 メフィストはネクサスがクローを跳ね退け腹が空いた瞬間を狙い、砲弾のようなキックを放つ。両腕をクロスしてキックを防御したネクサスは、力任せにメフィストに体当たりし巨体を吹き飛ばす。

 

『ヌウウウッ!』

 

 バランスを崩し思わず後退るメフィストに、ネクサスはソードの斬撃を浴びせんと間合いを詰める。そこに、

 

『オオオオオッ!!』

 

 横合いからファウストが突っ込み、猛烈な飛び蹴りを放って来た。ネクサスは肩口に貰ってしまい、大地に転がってしまう。

 だがこれしきで参るネクサスでは無い。軽業のように転がりながら反動で飛び起き、ファウストに反撃しようとする。

しかし今度はメフィストの光刃が、背後から青い巨人の身体を切り裂いた。

 

『ウオオッ!?』

 

 血飛沫のような火花を上げ、ネクサスは倒れ込んでしまう。息の合ったコンビネーションであった。闇の巨人3体の連携が速さを増して行く。

 メフィストがネクサスに追撃を掛け、その間にゼロと戦うルシフェルにファウストが加勢する。隙の無い連携だった。ルシフェルとファウストの『ダークジュビ ローム』破壊光線の連射がゼロを襲う。

 

『当たるかあっ!』

 

 ゼロは着弾前に素早く後方に跳んだ。地響きを上げ連続して後転し、光線の雨から逃れる。外れた光線が周囲を吹き飛ばし崖が更地になってしまう。

 

 爆煙と飛び散る土砂に怯んだゼロに、間髪入れずルシフェルが襲い掛かった。その間にファウストはネクサスと戦うメフィストの援護に回る。ダークレイフェザーを連射し、怯んだネクサスにメフィストと光線を同時に放つ。

 

『ヌオッ!』

 

 辛うじて『アローアームドネクサス』で光線を防いだが、その背後からメフィストクローの一撃を受け崖に突っ込んでしまった。

 その間にルシフェルと戦うゼロに、攻撃を仕掛ける。見事に息が合っていた。

 1対1でやり合う時は、余った1人が絶妙のタイミングで援護攻撃を行う。更に攻撃時には2 対1に持ち込み、集中攻撃で必ずダメージを与える。

 

 地味だが理に叶った、着実に相手にダメージを蓄積させる戦法だ。ゼロとネクサスは完全に翻弄されている。中々集中してルシフェル達に ダメージを与えられない。

 闇の巨人達は息の合った連携攻撃で攻めて来るが、こちらは互いに協力する気など無い敵同士。個人で何とかしようとしか思っていない。

 

 これでは話にならなかった。連携は上手く機能させられれば、戦力を数倍に引き上げる事が出来るのだが、今の彼らに望むべくもない。

 

 苦戦するゼロの『カラータイマー』が点滅を始めていた。ダークフィールド内では、活動時間が大幅に短くなってしまう。

 

(クソッ……ヤバイぜ……!)

 

 焦るゼロを他所に、カラータイマーは無情にも警告音を鳴り響かせる。一方のネクサスの 『コアゲージ』も赤く点滅を始めていた。

 

 ゼロもネクサスも動きが鈍くなって来ている。ダメージの積み重ねと、ダークフィールドの影響が深刻なものとなっていた。

 完全に向こうのペースに巻き込まれている。持久戦に持ち込み、確実にゼロ達を倒しに来ているのだ。

 

(不味い……このままだと後1分も保たない!)

 

 ルシフェルの猛攻を凌ぐゼロは焦燥に駆られた。此処でウルトラマン形態を維持出来なくなって人間形態になったら、間違いなく殺される。良くは知らないが、ネクサスもそうだろう。

 カラータイマーの点滅音が断末魔の叫びのように早く激しくなる。はやての顔が浮かんだ。シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラも 『闇の書』も……

 

(此処で死ぬ訳にはいかねえ! 今俺が殺られたら皆はどうなる!!)

 

 ダメージとエネルギー不足で、動きが鈍い身体に鞭打ちゼロは決心した。メフィスト達の攻撃に防戦一方のネクサスに、修羅の如く叫んだ。

 

『ネクサス! 此処で死にたくなかったら力を貸せぇっ!!』

 

 叫ぶと同時に、ルシフェルとファウスト周辺に 『エメリウムスラッシュ』を目茶苦茶に乱射した。異形の大地が吹っ飛び、土煙がもうもうと舞い上がる。

 

『デェリャアアアッ!!』

 

 相手が怯んだ隙に、ゼロは跳躍してメフィストに飛び蹴りを食らわし、ネクサスの傍らに降り立った。背中合わせに立つ2人の巨人戦士。ネクサスは頷いて、

 

『僕もこんな所で死ぬ訳には行かないからね、 その話乗るよ!』

 

『上等! 今だけだ!』

 

 ゼロもコクリと頷いた。3体の闇の巨人達は、直ぐに態勢を立て直し2人を包囲する。悪あがきをとでも思っているのだろう。

 対してゼロは左腕を前に突き出し『レオ拳法』の構えを再びとる。ネクサスは拳を握り、独特の半身の構えをとり、

 

『付け焼き刃の連携では奴らには及ばない……』

 

『ああ……だからシンプルに行くしかねえ……後は好き勝手だ!』

 

 狙いは1つ。2人共数々の激戦を潜り抜けて来た戦士。このコンビネーションの中心を見抜いていた。

 一斉に迫る闇の巨人達。ゼロとネクサスも同時に飛び出した。大地を踏み砕いて、5体の巨人達が激突せんとする。 ネクサスが疾走しながら右腕を繰り出した。

 

『狙いは!』

 

 その指先から、青白い光のロープがメフィストに向かって伸びる。主に敵の拘束や救助などに使用する光のロープ『ゼービングシュート』 だ。

 

『ヌアッ!?』

 

 狙い違わず、ゼービングシュートはメフィストの腕に絡み付いた。外そうとするが直ぐには外れはしない。

 更に青の巨人は光のロープを強力なパワーで引いて、メフィストの動きを押さえた。そこにゼロが疾風の速さで突撃する。

 

『メフィスト、司令塔の貴様だ!!』

 

 ファウスト達も此方の狙いに気付き光線を撃って来るが、ゼロは被弾覚悟で放たれる光線の中猛然と走る。ネクサスも、ゼービングシュー トを引きながら後に続く。

 2人の超人は着弾の爆発の中を疾走し、ゼロは『ゼロスラッガー』を、ネクサスは『シュトロームソード』を発動してメフィストに迫る。

 

『デリャアアアアッ!!』

 

『シェアアアッ!!』

 

 ゼロスラッガーの2連撃とシュトロームソードが火花を上げて、メフィストの身体を切り裂いた。

 

『グアアアアアアッ!!』

 

 絶叫を上げるメフィスト。寸での所で致命傷は免れたようだが、相当のダメージを負い大地に崩れ落ちる。

 

『おのれええええっ!!』

 

『ゴガアアアアアッ!!』

 

 ファウストとルシフェルは、怒りの声を上げて2人の超人に襲い掛かった。

 ルシフェルが暴風雨の如きクローで攻撃して来る。ゼロは猛攻を紙一重で避けるが、そのパワーの前に押され気味だ。やはりルシフェルの力は脅威だが!

 

『確かに貴様のパワーは桁違いだが、技術が甘いぜぇっ!!』

 

 ゼロは繰り出されたルシフェルの巨木のような右腕を掴み、相手の突進の勢いを利用して巻き込むように懐に入り腰で跳ね上げる。柔道で言う一本背負いだ。

 

『デリャアアアアッ!!』

 

 ルシフェルの巨体が、急角度で頭から地面に叩き付けられた。衝撃で土砂が爆発したように飛び散る。受け身のとれない実戦の投げ技だ。

 

 呻くルシフェルの後方では、ネクサスがファウストに、大砲の如き『ジュネッスキック』を叩き込む。

 両腕でブロックしたファウストは、一旦後ろに退がりダークレイフェザーを乱射して来た。

 ネクサスは光刃の雨を『エルボーカッター』 で弾き返して瞬時に接近すると、拳にエネルギーを集中した『ジェネレイドナックル』を紅き魔人の腹に叩き込んだ。

 

『グハアアッ!!』

 

 吹き飛ばされ宙を舞うファウストの巨体。メフィス トがようやく立ち上がって来るが、ダメージが色濃い。やはりメフィストが司令塔だったのだ。

 見違える程ファウストとルシフェルの連携が鈍く なっている。ここぞとばかりにゼロとネクサスは、同時に大地を蹴ってファウストとルシフェルに肉薄す る。

 

『ディヤアアアアアッ!!』

 

『シェアアアアッ!!』

 

 音速を超えた強烈なダブルキックで、2体をメフィスト目掛けて蹴り飛ばした。だがルシフェルとファウストは、メフィストに激突する寸前に宙で一回転し着地する。

 

『一斉掃射で消し飛ばす!』

 

 メフィストの指示と共に、揃った3体の闇の巨人達はエネルギーを集中させた。必殺光線を同時発射するつもりだ。だが僅かに遅い。

 ゼロとネクサスは既に光線発射の態勢に入っていた。ゼロは左腕を水平に伸ばしてエネルギーを集中させ、ネクサスは右腕を突き出し『エナジーコア』のエネルギーを投射し光の弓を形成する。

 どの道2人共変身リミットはもう僅かだ。もう何発も光線を撃てない。それで一発で勝負を決める為に、メフィスト達を一ヵ所に誘導しながら戦っていたのだ。

 2人共今まで何度も修羅場を乗り越えて来たのだ。敵対していようと己のやる事は心得ていた。

 

『食らえええっ!!』

 

『シュワアアアッ!!』

 

 ゼロのL字形に組んだ右腕から青白い光の奔流がほとばしり、ネクサスの右腕から、くの字形の光の弓が射ち出された。『ワイドゼロショット』と『アローレイ・ シュトローム』の同時発射だ。光の奔流と光の弓が3体の闇の巨人に炸裂する。

 

『グワアアアアアアアァァァァッ!!』

 

 聴くもおぞましい絶叫が上がり、周辺一帯が吹き飛んだ。爆煙と土煙が視界を遮る。ようやく煙が晴れると、メフィスト達は掻き消すように姿を消していた。

 

『……逃げたか……』

 

 ネクサスは、コアゲージを赤く点滅させながら憮然と呟いた。

 

『チッ……しぶとい奴らだ……』

 

 ゼロはガックリと膝を着き、忌々しいそうに吐き捨てた。逃がしたのは残念だが、今は危機を脱出出来た事に安堵する。2人共エネルギー 残量を教えるランプの点滅が早い。

 

 敵の退却と共に、ダークフィールドが解除され始める。周りの空間がボロボロと綻びるように崩壊して行く。

 ダークフィールドの崩壊と共に、ゼロとネクサスは現実空間へと帰還していた。エネルギー 残量が残り少ない2人は、人間大の大きさに縮小している。

 気が付くと元の結界内のビル屋上だ。上空に眼をやると、全員がまだ戦闘継続中である。実質ダークフィールド内では3分も経過していない。

 

 ゼロは立ち上がろうと膝を上げるが、ガクリと両膝を着き両手を着いてしまった。カラータイマーの点滅が更に早くなる。

 想像以上にエネルギーを消耗していた。ネクサス以下、巨人達の作り出す戦闘用亜空間は、ゼロのエネルギーを極端に消耗させる。

 

(くっ……!)

 

 膝に力を込めて立ち上がろうとするゼロの首筋に、不意に何かが突き付けられた。シュトロームソードだ。

 ネクサスが何時の間にか直ぐ傍らに移動して、ソードを突き付けているのだ。

 

『どうやら、君の方が消耗が激しいようだね……?』

 

 ネクサスの白色に光る眼がゼロを冷たく見下ろす。まだエネルギーに余裕が有るようだ。ゼロよりダークフィールド内での消耗が軽かったらしい。

 

(クソッタレ……!)

 

 一難去ってまた一難。ゼロはソードを突き付けるネクサスを睨み付けた。

 

 

 

 

 クロノを蹴り飛ばした仮面の男は魔導師であるらしかった。バリアジャケットと思しき魔力反応を『クラールヴィント』が関知している。

 吹き飛ばした手並み一つ見ても、相当な手練れである事が察せられた。仮面の男は立ち尽くすシャマルをゆっくりと振り返る。

 

「あ……あなたは……?」

 

 シャマルは警戒しつつ声を掛けた。助けてくれたのは間違いなく無さそうではある。仮面の男は答える気は無いのか、結界に視線をやり、

 

「使え……」

 

「えっ……?」

 

 意味が分からず不審そうなシャマルに仮面の男は、

 

「『闇の書』の力を使って結界を破壊しろ……」

 

「何なのあなたは? アレはそう簡単に……」

 

 シャマルは助けてくれたとは言え、いきなり勝手な事を言う男に反発と猜疑を覚えた。

 皆で苦労して人間を1人も襲わず『蒐集』した結晶だ。何よりはやてを救う為に必要なものである。

 以前のように人を襲い続けて集めたものならいざ知らず、今の成果を他人に指図される筋合いは無い。

 それに現状のように未完成のままで魔力を使うと、その分ページが減ってしまうのだ。仮面の男はシャマルの考えを察したのか、

 

「使用して減った分はまた増やせばいい……仲間がやられてからでは遅かろう……?」

 

「あっ……」

 

 シャマルはハッとした。確かにこのままだと可能性は高い。ゼロはネクサス相手で手一杯だ。更に増援が来たら逃げられない。シャマルは再び小脇に抱えている『闇の書』に 目をやり決心した。

 

 

 

 

 

《みんなっ!》

 

 一進一退の激突を続けていたヴォルケンリッ ター、それに絶体絶命のゼロに、シャマルからの思念通話が響いた。

 

《今から結界破壊の砲撃を撃つわ、極力外して結界のみを撃つけど気を付けて、その間に脱出を!》

 

 全員同時にシャマルに応答する。ゼロは砲撃のタイミングに合わせる為、気付かれないように最後のエネルギーをかき集めた。

 

 

 

 

 クロノは結界外の上空で、仮面の男と対峙していた。

 

「何者だ!? アイツらの仲間か!?」

 

 何時もは冷静なクロノだが、感情を顕にして叫ぶ。『闇の書』に複雑な思いのある彼の内心が溢れたようだった。仮面の男は無言だ。話すつもりなど無いという意思表示か。

 

「答えろぉっ!!」

 

 激昂したクロノがデバイスを向けると同時に、シャマルの居るビル屋上に緑色の光が満ちた。それに伴う強力な魔力の気配。

 

「あれは!?」

 

 一瞬気を取られた隙に、仮面の男の強烈な蹴りがクロノを襲う。地上に吹っ飛ばされてしまうが、アスファルトに激突する前に態勢を立て直した。キッと此方を見上げるクロノに男は、

 

「今は動くな! 時を待て、それが正しいと直ぐに判る……それが全てを解決する道となるのだ……」

 

「何いっ!?」

 

 クロノは男が何を言っているのか解らない。仮面の男とクロノは上下で睨み合った。

 

 

 一方シャマルは『闇の書』を開き、砲撃態勢に入っていた。

 

「『闇の書』よ……守護者シャマルが命じます……眼下の敵を打ち砕く力を今此処に!」

 

 詠唱に『闇の書』から凄まじいまでの光が放たれ天に昇って行く。

 天に昇った光が暗雲を呼んで黒々と渦巻き、強大な力が結界上空に満ちた。

 莫大な魔力が上空で黒い球を成し、紫の魔力雷が激しくスパークする。グズグズしてはいられない。シャマルは最後の詠唱を唱えた。

 

「撃って! 破壊の雷!!」

 

《Ges chr ieben》

 

『闇の書』表紙の剣十字が輝き、無機質な女性の合成音が響いた。

 

 

 

 ゼロのカラータイマーが喘ぐように点滅を繰り返す。残念だが今の彼に、ネクサスに対抗出来るだけの力は残されていない。

 

『……済まないが……事情が有ってね……君を必ず止めなければならない……!』

 

 ネクサスは哀しげに言うと、シュトロームソードに力を込める。

 

『事情だと……? 何だそれは!?』

 

 ゼロは時間稼ぎも兼ねて問い質すが、青い超人は首を横に振って見せ、

 

『……君が知っても仕方が無い……場合によっては倒してでも止める!!』

 

 シュトロームソードの切っ先に殺気が籠った。

 

(ヤバいっ!)

 

 ゼロが背筋に冷たいものを感じた時、轟音と共に強力な魔力砲撃が結界に炸裂した。

 

 

 

つづく

 

 






次回『小さな願い-アイセイヤ・リトルプレイヤー-』


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第46話 小さな願い-アイセイア・リトルプイヤー-

 

 

 『闇の書』の落雷の如き凄まじい魔力砲撃が、強装結界を大きく揺るがした。 多数の魔導師が張り巡らした強固な結界に、見る見る亀裂が生じて行く。圧倒的な破壊力であった。

 

「不味い……!」

 

 結界内のユーノは危険を感じ、直ぐさま防御結界の準備を開始する。砲撃からなのは達をガードする為だ。強装結界は後数分と保たず破壊されるだろう。

 

 

 

 

 紫色の魔力光が射し込む結界内で、戦いを中断したフェイトは上空に目をやった。シグナムは『レヴァンティン』を下ろし、

 

「テスタロッサ……一つ言っておく事がある……」

 

 何を言われるかと身構えるフェイトに、女騎士は哀しげな目を向け、

 

「……私の事は信じなくてもいい……だがゼロの事は信じてやれ……」

 

「えっ? シグナムそれは一体!?」

 

 意外な言葉を聞いたフェイトは思わず聞き返していた。その目の前を砲撃余波の魔力光が遮り、2人の間を別つ。 シグナムは振り返らず、光に紛れて飛び去った。

 

 

 

 

 

「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータだ。覚えとけ……」

 

 砲撃魔法の光が降り注ぐ中、ヴィータは対峙するなのはに静かに名乗る。彼女なりに白い魔導師を認めたのだ。なのはも負けじと、

 

「なのは……高町なのは!」

 

「高町なにょは、勝負は預けた!」

 

 高らかに宣言するヴィータだったが、認めた割りにはまだなのはの名前を上手く発音出来ていなかった。

 

「なにょはじゃ無いってばあっ! 間違ってるよおっ!!」

 

 抗議するなのははさて置き、ヴィータはぶっ殺すくらい言ってやろうかと思ったが、はやての騎士としてそれは止めておこうと思い直し、

 

「まあいい……勝負は預けた。次はそのケツ、アイゼンでぶっ飛ばして10倍に腫れあがらさせてやっからな! 絶対だ! ぜってえだぞ!!」

 

「えええ~っ!?」

 

 なのはは流石にドン引きしてしまう。殺すという言葉よりマシでも大概酷い。 捨て台詞を残してヴィータは退却する。

 

「ヴィータちゃん? ひゃっ!?」

 

 呼び掛けるなのはの直ぐ側で大きな破壊音が響く。もう結界は崩壊寸前であった。

 

 

 

 

 

 

「仲間を守ってやれ……直撃は避けているが、巻き添えを食うと危険だ……」

 

 空中戦を繰り広げていたザフィーラは戦闘を中断し、追って来ていたアルフに忠告する。

 

「あっ……? ああ……」

 

 予想外の事にポカンとしながらも、アルフは返事をしていた。確かにこの状況は危険だ。彼女はザフィーラを追うのを止め、フェイトの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

『!?』

 

 突然の砲撃にネクサスの気が一瞬逸れた。ゼロはその隙を見逃さず、弾丸のように飛び出してシュトロームソードを掻い潜り、一気に離脱する。

 

『あばよネクサス! 残念だったな、ざまあみ見やがれ!!』

 

 ほとんど三下悪役の負け惜しみ捨て台詞を残して、ゼロは紫色の光の中に紛れた。一瞬後を追おうとするネクサスだったが、思い直したように飛び出すのを止める。

 

『……今日の所は見逃すよ……』

 

 小さくなるゼロの後ろ姿を見詰め、ネクサスは小さく呟いた。シュトロームソードを収納する。その時砲撃が遂に結界を貫く。

 内部に着弾した光は広範囲に爆発的に広がり、結界を粉々に破壊して消え去った。

 無論街に被害は無い。後に残ったのは夜空に浮かぶ、防御結界に退避していたフェイト達の姿だけだ。

 ゼロ達は砲撃に紛れ既に逃げ去っていた。 後には何事も無かったように、静かな夜景が在るだけだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 シャマルの撹乱により『アースラ』の探査センサーの追跡を逃れたゼロ達は、ようやく八神家に帰宅していた。

 家にははやても、遊びに来ていたすずかの姿も無く、直ぐ食べられるよう鍋の準備がしてある。

 

「はやてもすずかも居ないな……」

 

 ゼロはやりきれない様子で、無人のリビングを見渡した。約束に間に合わなかった済まなさで一杯だった。 それは皆も同様だ。

 今日は初めてすずかが遊びに来ると、はやてはとても楽しみにしていたというのに。落ち込むゼロにシャマルは、

 

「一応はやてちゃんには結界に駆け付ける前に、見回りは異常無く終わって少し用事を済ませてから帰るから、遅くなるかもと連絡しておいたから、何か有ったとは思っていない筈だけど……」

 

「そうか……用事で遅くなったと思ってくれてるなら……」

 

 ゼロは幾分ホッとする。今回はシャマルが上手くフォローしてくれたようだ。これで何か有ったのではと、心配まで掛けていたら申し訳無さすぎる。

 書き置きにすずかの所とあったので、シャマルははやての携帯電話に掛けてみた。

 

 はやては月村家にお邪魔していた。飼われている沢山の猫と戯れながら、すずかと談笑している所である。

 その最中車椅子のポケットに入れていた携帯電話が、着信音を響かせる。出てみると、やはり家からだった。

 

《もしもしシャマルです、はやてちゃん……本当にごめんなさいっ……》

 

 開口一番、シャマルは本当に申し訳無さそうに謝って来た。今にも泣き出しそうな声だ。はやては笑って、

 

「全然怒ってへんよ、すずかちゃんと2人で鍋はちょう寂しかったし……すずかちゃんが誘ってくれて……」

 

 逆にはやての方が後ろ暗いような気持ちである。1人だったら待っていたのだが、すずかの誘いもあり出掛けたのが少し申し訳無い。

 はやてのそんな気持ちも察せられ、シャマルの心は痛んだ。受話器を持ちながら何度も頭を下げていた。

 

「それじゃあヴィータちゃんに……」

 

 シャマルは子機を、後ろでしょんぼりしているヴィータに手渡す。

 

「もしもし……」

 

 はやてと話すヴィータの声を背に、シャマルは肩を落として庭に出た。冷たく星が瞬く冬の夜空を見上げる。するとシグナムとゼロも出て来て、

 

「……寂しい思いをさせてしまったな……」

 

「情けねえ……俺がもっとしっかりしてればな あ……」

 

 2人共沈んだ様子でシャマルの傍らに立った。

 

「誰もそんな事は思ってないわ……気に病まないで……」

 

 シャマルは気負い過ぎのウルトラマンの少年に、姉のようにフォローを入れてやる。シグナムも同意して頷くが、

 

「それよりもお前を助けた男……何者だ……?」

 

 例の正体不明の仮面の男である。気が付くと姿を消していたが……

 

「メフィスト達の仲間なのか?」

 

 2人の矢継ぎ早の質問に、シャマルは首を横に振り、

 

「分からないわ……でも魔導師なのは確かよ、 魔法関係の者には違いないわ……少なくとも当面の敵って訳では無さそうだけど……」

 

 シャマルの分析にシグナムは眉を寄せる。また新たなる勢力出現かもしれない。例え当面の敵では無くとも、何れ敵になる可能性が高い。今の自分達に味方が現れるとは考え辛いだろう。

 

「ゼロがネクサスから聞いたという『ダークザギ』なる者の事も気になる……一体何が目的なのか……? 『闇の書』の力を欲していると考えるのが妥当だが……」

 

「それにしちゃあ、やり方が回りくどい気がするんだよな……」

 

 ゼロは頭を捻った。ザギ達は偽物を暴れさせて管理局と敵対するように仕向け、何度も襲撃を繰り返して来る。 正直『闇の書』の力が欲しい割りにはぴんと 来ないやり口だ。

 

「どの道アイツらがまた襲って来たなら俺が迎え撃つ、絶対に『蒐集』の邪魔はさせねえよ」

 

 ゼロは安心させるように不敵に笑って見せる。シグナムは申し訳無さそうに頷き、

 

「済まないが、奴等はゼロが適任だな……頼む……管理局もこれでますます本腰を入れて来るだろう、厳しくなるが……」

 

「あの砲撃で大分ページも減っちゃったし……」

 

 シャマルはしょげて呟いた。せっかく集めたページが砲撃に使ったせいで、十数ページは減ってしまったのだ。その分はまた集め直しになる。シグナムは切れ長の瞳に決意を込め、

 

「あまり時間も無い……一刻も早く主はやてを 『闇の書』の真の所有者に」

 

「そうね……」

 

「おお……!」

 

 不退転の言葉にシャマルとゼロは頷いた。すると背後からヴィータの呼ぶ声がする。

 

「シグナム、ゼロ、はやてが代わってって」

 

 今とてもはやての穏やかな声が聞きたかった。シグナムとゼロは速足気味で家の中に戻って行った。

 

 

 

*******

 

 

 

 所は変わって、アースラチームが駐屯所にしているマンションに、クロノ以下魔導師達が戻って来ていた。リビングに集まったフェイト達はリンディとエイミィを交え、報告とミーティングの最中である。

 

「問題は彼女達の目的よね……」

 

 ソファーに腰掛けているリンディは、頬杖を着いて疑問を浮かべた。クロノも納得が行かないように首を振り、

 

「ええ……どうにも腑に落ちません……彼女達はまるで自分達の意思で『闇の書』の完成を目指しているようにも感じますし……」

 

 2人の会話を聞いたアルフは不思議に思う。

 

「それって何かおかしいの? 『闇の書』ってのも要は『ジュエルシード』みたく、スッゴい力が欲しい人が集めるもんなんでしょ? だったらアイツらが頑張るってのも別におかしくないと思うんだけど?」

 

 リンディとクロノは顔を見合わせた。フェイト達も不思議そうである。クロノは理由を説明する。

 『闇の書』はその性質上『ジュエルシード』 と違って、そんなに自由に制御出来るものでは無く、純粋な破壊にしか使えない。 少なくとも他に使われたという記録は無いという事を説明した。更に、

 

「それからもう1つ……『闇の書』の守護者の性質だ……彼女達は人間でも使い魔でも無い、『闇の書』に合わせて魔法技術で造られた疑似人格、主の命令を受けて行動する……ただそれだけの為のプログラムに過ぎない筈なんだ……」

 

 意外な事実を聞きなのは達は息を呑んだ。その中でフェイトは暗い表情を浮かべる。憎むべき敵がそんな存在だったとは。少女は思わず口を開いていた。

 

「……あの……使い魔でも無い疑似生命って言う と……私と同じ……?」

 

「違うわ!」

 

 リンディが声を発して、それを制していた。

 

「フェイトさんは生まれ方が少し違っていただけで、ちゃんと命を受けて生み出された人間でしょう!」

 

 普段温和な提督が珍しく厳しい様子である。尤もそれは叱責するようなものでは無く、フェ イトを心配しての事だった。

 

「検査の結果でも、ちゃんとそう出てただろう? 変な事を言うもんじゃない……」

 

 クロノも諭すように続ける。フェイトは自分が少々混乱していたのを自覚した。

 彼女はプレシアの娘である事に誇りを持っていたが、クローン体である事に引け目を感じている部分がある。

 リンディ達はそれを察したのだ。良く見ているなとなのはは思う。リンディがフェイトに養子の話を持ち掛けているのは聞いている。友人は色々迷っているようだが……

 

「はい……ごめんなさい……」

 

 フェイトは自分が自虐的な事を口に出して、リンディ達に心配を掛けてしまった事を反省して頭を下げ た。

 そんな中唯1人、事情を知らない孤門だけが何とも困惑した表情を浮かべている。それに気付いたフェイトは、

 

「ごめんね……孤門にはまだ話してなかったよ ね……」

 

 そこでしばし俯いて口ごもってしまうが、心を決め て顔をしっかりと上げた。

 

「私はクローン人間なんだ……母さんが事故で亡くなった私のお姉さん、アリシアの代わりとして……」

 

 フェイトは努めて淡々と一通りの事情を孤門に話した。プレシアの想いを知らなかったら、 まだ口にする事も出来なかったかもしれない。

 なのは達は無言で、気持ちの整理を着けるように話し続ける彼女を感慨深く見守っている。

 

「……」

 

 孤門は黙ってフェイトの話を聞いているが、流石にひどく驚いた様子が伺えた。流石に重い話だ。下手に何か言えるものでも無いだろう。

 聞き終えた孤門はしばらく沈黙していたが、フェイトをひどく優しい眼で見据えると、彼女の肩に優しく両手を置いた。

 

「……フェイトちゃんはフェイトちゃんじゃな いか……クローンだからといって恥じるなんて馬鹿げている……君は誰の代わりでも無い……今此処に居るフェイトちゃんこそが本物なんだ……それは誰にも否定出来ないし、する権利も無い!」

 

「孤門……」

 

 肩に置かれた手に力が籠る。フェイトはその言葉が、嘘偽りの無いものだと不思議と感じる事が出来た。孤門の人柄故だろうか。

 

「ありがとう孤門……」

 

 真摯な言葉にフェイトは元気付けられた気がし、自然微笑を浮かべていた。その様子に皆はホッとする。ここで孤門が下手な事を言っていたら、フェ イトは落ち込んでしまったかもしれない。

 

「話を戻そっか、モニターで説明するね」

 

 場の空気を切り替えるようにエイミィは空間モニターを広げ、ミーティングの続きを再開する。全員がモニターに目を向けた。 画面には『闇の書』以下、シグナム達守護騎士達の映像が映し出される。

 

 ヴォルケンリッターが『闇の書』のプログラムが実体化したもので、何代もの主を渡り歩いている事。

 自らの意思はほとんど無く、主の守護と魔力の蒐集のみを行い、主の命令だけを忠実に実行するだけの者達。『闇の書』の外部戦闘ユニットに近いものである事。

 対話能力は過去の事例で確認されているが、今回のように感情らしきものを見せたのは初めてである事などが説明された。

 なのはは感慨深そうにモニターの守護騎士達を見詰め、

 

「あの帽子の子……ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてた……」

 

 フェイトは複雑そうな顔をしながらも同意し、

 

「……確かに……シグナムからも確かに人格を感じました……ちぐはぐなような気もしますが…… 少なくとも今日のシグナムはそうです……主の為、仲間の為だって……でも何故態度を急に変えたりするんでしょう……?」

 

 彼女の言葉を最後に全員が黙ってしまった。皆何か妙な違和感のようなものを感じたからである。まるで自分達が肝心な所を見落としているような、座りの悪さとでも言うのだろうか。

 

「まあ……それについては捜査にあたっている局員からの情報を待ちましょうか?」

 

 雰囲気を変える意味でリンディが話を纏め、 ミーティングを再開する。

 再び話し合った結果、転移頻度から主がこの付近に居る事が確実な事。『闇の書』完成の前に確保するのが確実であると言う結論に達した。

 まともにぶつかるより損耗も抑えられるし、合理的である。結論が出た所でクロノは、

 

「それにしても……『闇の書』に関して、もう少しデータが欲しいな……」

 

 そこでなのはの肩に乗っている、フェレット姿のユーノに目を留めた。フム……とユーノを改めて見てツカツカと歩み寄り、

 

「ユーノ……明日から少し頼みたい事がある……」

 

「いいけど……?」

 

 何か役に立てるならと、ユーノは即答してい た。フェイトはそのやり取りを尻目に、モニター画面のシグナムをじっと見詰めていた。あの剣士の最後の言葉が頭から離れない。

 

(私の事は信じなくてもいい……ゼロさんを信じてやれって、どういう意味なんだろう……?)

 

 フェイトは自分の掌を見た。シグナムの斬撃を受け止めた時の痺れがまだ残っている。

 

(……悪い人の筈なのに、どうしてあの人の剣はあんなに真っ直ぐなんだろう……?)

 

 少女はそんな事をぼんやりと思ってしまった。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ゼロ達ははやてが作っておいてくれた鍋を感謝して頂き栄養補給を済ませると、休む間も無く『蒐集』に出掛けていた。

 砲撃で減ってしまったページを早く埋め直さなければならない。はやては今日すずかの家に泊まる事になったので、ある意味都合が良かった。

 戦闘からまだ間も無いが時間が惜しい。それぞれ管理局に発見されにくい、遠めの異世界へと転移を開始した。

 

 

 

 

 

 

 2つの太陽が容赦無く地表を照り付ける。広大な見渡す限りの砂漠が拡がる異世界に、軋むような吠え声が轟いた。

 人間大のウルトラマンゼロとヴィータの周りを、巨大な竜を思わせる魔法生物が多数取り囲んでいた。砂漠を揺るがし長大な躯をグネグネとくねらせ、砂の中を水の如く泳ぎ回り包囲を狭める。

 

 周りには既に戦闘不能にした仲間の魔法生物が何匹か倒れている。ゼロとヴィータは囲まれ不利に見えた。 ヴィータはカートリッジが残り少ない。中々厄 介な相手であった。

 

(長引くと不利だ……一気に方を着ける!)

 

 そう判断したゼロは、両手を組み合わせ巨大化を行う。砂漠に巨人となったウルトラマンゼロがそびえ立つが……

 

「おいゼロッ、大丈夫なのかよ!?」

 

 ヴィータはその巨体を見上げて心配そうに声を上げた。ゼロの『カラータイマー』がもう赤く点滅しているのだ。

 『闇の巨人』達との死闘から幾らも経っていない。エネルギーチャージの時間などある訳が無かった。

 この世界の太陽光線が強いお陰で、辛うじて巨体を維持している状態である。巨大化も1分すら保たないだろう。

 

『何言ってやがる、俺はウルトラマンゼロ! セブンの息子だぜ。これくらい屁でもねえ!!』

 

 ゼロは雄叫びと共に、蠢く魔法生物の群れに立ち向かう。

 

「へっ……強がりやがって!」

 

 ヴィータは苦笑していた。自分と性格が似ているゼロの考えなどお見通しだ。彼女もこんな時、絶対に弱音を漏らしたり退いたりしない。

 小さな騎士はゼロに続き、地を蹴って空に飛び上がった。

 

「さっさと片付けんぞ! 帰ったらシャワーでサッパリして、美味しいご飯だ!!」

 

『そいつは最高だなあっ!』

 

 応えながらゼロは、魔法生物の巨体に正拳突きを叩き込んで吹き飛ばし、ヴィータの『グラーフアイゼン』が唸りを上げて炸裂する。 2人は同時に一際大きな群れに向かって突撃した。

 

 

 

************

 

 

 

 翌日の午前中。はやては月村家をおいとまし、メイド長のノエルに車で送られ自宅に向かっていた。

 我が家への道すがら、はやてはノエルと世間話をする。整った冷たい感じのする人だなと 思っていたが、話してみると意外に気さくな人だった。

 色々話している内に自然話はゼロ達家族の話題になり、はやては一部誤魔化しながらも一通りを話していた。

 

「そうですか……ご親戚の皆さんが一緒だと、賑やかでいいですね」

 

「はいっ、何やこう……毎日が楽しいです」

 

 ノエルの感想にはやては、噛み締めるように応えていた。改めて話すと今までの皆との日々が思い起こされる。

 必ずしも平穏無事な日々とは言い難かったが、はやてにとって大変な時も含めて宝石のような日々だった。

 

(そっかあ……みんなが来てから結構経つんや な……)

 

 はやては流れる景色に目をやりながら、しみじみ思う。それだけで心がポカポカと温かくなる気がした。

 

 

 

 

 シグナムはリビングのソファーに座り込み、目を閉じて休息を取っていた。同じく床に伏せて休息を取る狼ザフィーラの姿もある。

 先程『蒐集』を終え戻って来たばかりだ。其処に同じく帰って来たシャマルが身支度を整えて入って来た。

 

「シグナム、はやてちゃんもうじき帰って来るそうよ」

 

「……そうか……」

 

 目を開け顔を上げたシグナムの表情に、微かに笑みが浮かぶ。シャマルはエプロンを着けながら、

 

「ヴィータちゃんとゼロ君はまだ?」

 

「かなり遠出らしい……一通りは終わったようだ。もうじき帰って来るだろう……」

 

 シグナムは説明すると立ち上がり、冷蔵庫に歩み寄る。

 

「貴女はシグナム……?」

 

「何がだ……?」

 

 シャマルの質問にシグナムは、冷蔵庫を開けながら怪訝な顔をした。

 

「大丈夫? 大分魔力を消耗しているみたいだけど……」

 

 そう言う事かとシグナムは、少しからかうように微笑し、

 

「お前達の将はそう軟弱には出来ていない……大丈夫だ……」

 

 安心させるように頼もしい台詞を吐き、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。

 

「……貴方も随分変わったわよね……」

 

 シャマルはそんなリーダーを感慨深く見詰めて、しみじみと続ける。

 

「昔はそんなに笑わなかったわ……」

 

 此処に来る前は表情に乏しく、笑う事はあってもそれは敵に対する戦鬼の笑みを浮かべるのが殆どだった。シャマルにしてみれば新鮮である。一見判り辛いが、表情が柔らかくなって来たと思う。

 

「前なんて本当武骨で、男顔負けの如何にも騎士って感じだったのに、最近何処と無く女性らしくなったようよ」

 

「そうだったか……? しかし女性らしくなったとは酷いな……それでは前は男そのものだったという事ではないか……?」

 

「そうとも言えるわね……」

 

 自覚が無いシグナムに、シャマルは悪戯っぽく片目を瞑って見せると、床に伏せているザフィーラに目をやり、

 

「私達全員本当に変わったわ……みんなはやてちゃんが私達のマスターになって、ゼロ君と一緒に戦ってからよね……」

 

「……そうだな……」

 

 シグナムも感慨深く応えた。温かさと安らぎの日々。そして今まで経験した事の無い、名も知らぬ多くの人々を助ける為に戦うという、正に騎士として誇るべき戦いの数々……

 

(……主はやてと、ゼロのお陰か……)

 

 今此処に居ない2人に想いを馳せていると、当の片方のゼロとヴィータが帰って来た。

 

「帰ったぞぉっ、どうやら間に合ったか? はやてはまだ帰ってないよな?」

 

「うう~っ、砂でジャリジャリする~っ」

 

 2人共砂っぽい出で立ちで、玄関先でしきりに砂を払っている。家に入れる程度に砂を落とし玄関先を掃き終わった頃、グレーの高級車が家の前に静かに停車した。はやてが帰って来たのである。

 

 

 

 

「ああ~、落ち着いたあ~」

 

「お疲れさまでした、主はやて……」

 

「あはは……遊びに行っといて、お疲れ言うのもアレやけど……」

 

 はやてはシグナムの丁重な労いの言葉に苦笑する。全員に出迎えられ、小さな主はリビングのソファーに座らせて貰いくつろいでいた。

 

「シグナム、昨夜とか何か不自由なかったか?」

 

 はやての心遣いにシグナムは微笑し、

 

「いえ……何1つ、夕食も美味しく頂きました」

 

「大丈夫だよはやて、鍋もギガ美味だったよ」

 

 ヴィータが続けて、思わずはやてに飛び付こうとしたが、まだ砂っぽかったので我慢する。この様は砂場で派手にゼロと暴れたからと言って誤魔化した。

 シャマルに促されて風呂場に走って行くヴィータを見送っていると、不意に『闇の書』 がはやての元に転移して来た。

 

「あれ? 『闇の書』が……」

 

 人恋しげに彼女の周りをフワフワ浮いて回っている。

 

「どうしたの? 急に現れたりして」

 

「起動はしていませんね……待機状態のままです」

 

 シャマルとシグナムは不思議そうに『闇の書』を見上げた。はやては首を傾げ、

 

「んん……一晩開けたん久し振りやったから、もしかしたら寂しかったんかな? おいで『闇の書』よしよしっ」

 

 子犬のようにまとわり付く『闇の書』を膝に乗せ、優しく撫でてやる。その様子はほぼペットと飼い主のようだった。

 

「前よりもはやてに懐いてんな……」

 

 ゼロは微笑ましい光景にほっこりするものを感じた。この笑顔を守らなければと誓いを新たにしていると、

 

「あははは~……ふあああ~……」

 

 はやてが可愛らしい欠伸をした。目がトロンとして来ている。眠気が襲って来たらしい。

 

「あはは……あかん……昨夜は話し込んでしもて……ちょう睡眠時間が足りてない……」

 

 はやては大きな目をショボショボさせている。小動物を見守るような気持ちの皆に、

 

「すずかちゃんちのベッド……ごっつフカフカで何や緊張したし……」

 

 眠い目を擦る。それなら休んだ方がいいと言うシグナムの勧めに、ご飯支度時に眠くなっても困ると思ったはやては休ませてもらう事にした。

 もうコクリコクリと船を漕ぎそうな程眠そうだ。初めての友人宅へのお泊まりで、少し気を張っていたのかもしれない。それが家に帰って来て気が抜けたのだろう。

 はやてはシグナムにお姫さま抱っこされて部屋に連れて行ってもらい、二度寝する事になった。

 

 シグナムがはやてを連れて行った後、ゼロはシャマルにはやての身体に異常が無いか聞いてみた。本当にただの寝不足なのか気になったのだ。

 幸いシャマルがさっき密かに調べてみた所、特に変わりは無いそうだ。麻痺の進行具合が少しずつ進んでいる事も含めて……

 

 しばらくして、はやてを寝かし付けたシグナムが戻って来た。何か釈然としない顔をしている。ゼロが不審に思って声を掛けようとした時、

 

「おっ……?」

 

 急に力が抜けたように膝が曲がり、ゼロは床にドスンとひっくり返ってしまった。

 

「どうしたゼロ!?」

 

「ゼロ君!?」

 

 明らかに不自然な転び方に、慌てたシグナムとシャマルが助け起こそうとするが、

 

「いけねえいけねえ、砂で滑っちまったぜ……」

 

 ゼロは何でもないように照れ笑いし立ち上がろうとするが、シグナム達は気付いた。彼に相当な疲労が溜まっている事に。

 無理も無かった。ここの所エネルギーチャージの時間もほとんど取れないまま、無茶な連続戦闘を続けて来たのだ。ルシフェル達との戦いで流石に無理が来たのである。

 ゼロは助け起こそうとする2人の手を、やんわり断って立ち上がり、

 

「大袈裟だなお前ら……たかが足を滑らしただけだろう?」

 

 如何にも大した事が無さそうに強がって笑うと、

 

「やっぱりかよ……この意地っ張り! ゼロお前、デカくなんのも、1分も保たなかっただろうが!?」

 

 風呂から上がって来たヴィータだ。丁度今のやり取りを聞いていたのである。

 

「あっ、ヴィータお前っ、あれは今日はタイマーが月に一度赤く光る日だからって言っといただろうが?」

 

 慌てるゼロだが、ヴィータはとても呆れ顔で、

 

「アホかっ!? カラータイマーの事は前に自分で説明しただろうが? そんな下手な言い訳、幼稚園児でも信じねえよ!」

 

 最もな事を言われて、ゼロはタジタジになってしまう。するとシグナムがシャマルに目配せし、

 

「シャマル頼む……」

 

「はーいっ」

 

 シャマルはニッコリ良い顔で笑うと、暗緑色の空間ゲートを作り出し右手を突っ込んだ。『旅の鏡』である。

 

「うおっ?」

 

 突然ゼロの胸の辺りから、シャマルの右手がニョッキリ生えたかと思うと、内ポケットから『ウルトラゼロアイ』を素早く抜き取ってしまった。

 

「ななっ、何すんだぁっ? 返せ!」

 

 以前の件で少々トラウマ気味のゼロは焦って抗議するが、シャマルからゼロアイを受け取ったシグナムは涼しい顔で、

 

「これは預かっておく……お前は少し休め、それ以上消耗すると、ルシフェル達が出て来ても対抗出来ん上に、主にも怪しまれるぞ……?」

 

「ぬっ……」

 

 理を持って諭されるとゼロも反論のしようが無い。渋々ながらも休む事を承知した。

 

 結局無理をしないようにと、『ウルトラゼロアイ』は取られたままである。

 スゴスゴと浴室に向かうゼロの後ろ姿を見てシグナム達は、甘え過ぎていた事を痛感した。 床に伏せていたザフィーラが身を起こし、

 

「せめて……エネルギーチャージが終わるまでは休んでいてもらおう……」

 

 自らを戒めるように言葉を発する。負担を掛け過ぎているのは判っているが、現状ではどうしようもない。

 

「ああ……そうだな……」

 

 シグナムは沈痛な様子で頷くと、ウルトラゼロアイをスカートのポケットに仕舞った。そして守護騎士達を見回し、

 

「それと実は一つ、気になる事がある……」

 

 改まったリーダーの様子に、一同は只ならぬものを感じた。

 

「昨夜主はやてと電話でお話している時に、主が私の事を『烈火の将』と呼ばれた……」

 

 何の事か解らないシャマル達だが、シグナムは更に続け、

 

「ヴォルケンリッター烈火の将ともあろう者が、そんなに落ち込んではいけないと……」

 

「その二つ名って!」

 

 ようやくそれが何を意味するか悟ったシャマルが声を上げる。シグナムは頷き、

 

「私達の間でわざわざ使う名ではない……私をそう呼ぶのは『闇の書』の『管制人格』だけだ……」

 

「だがシグナム……以前主は『闇の書』の記憶を垣間見られている。その時に二つ名の事が含まれていたのではないか?」

 

 ザフィーラの意見に、シグナムは首を横に振り、

 

「いや……気になって昨晩ゼロに確認してみた が……あの時の記憶に『管制人格』関連の事は一切含まれていなかったようだ……それとなく臭わせても反応は無い、ゼロは全く知らなかった、当然主も……」

 

 一同は沈黙してしまう。不安感が守護騎士達の胸を締め付けた。八神家を覆う闇はまだ深い……

 

 

 

つづく

 

 




 小劇場

 後の事である。

「シグナム、ゼロアイちょっと貸して」

 ヴィータがとてとて寄って来て、手を出して来た。

「何に使うのだ……?」

 シグナムは怪訝に思いながらも、スカートに仕舞っていたウルトラゼロアイを取り出し渡してやる。

「へへへ……ちょっとな……」

 ヴィータはニンマリ笑うと、二つ折りになっていたゼロアイを開き、

「デュワッ!」

 ちょっと格好つけて両眼に装着してみるが、 当然何も起こらない。ヴィータは詰まらなそうにゼロアイをシグナムに返し、

「変身出来ねえじゃん……」

「当たり前だ……これはゼロが元の姿に戻る為のデバイスだぞ、他人にとって何の役にも立たない……」

 シグナムは聞いただけのクセに、したり顔で説明してやる。

「まあいいや、一回やってみたかっただけだし、じゃあなっ」

 ヴィータはリビングを出て行った。 シグナムもリビングを出て休む事にする。廊下を歩いてる最中、ふとゼロアイを持ったままだった事に気付いた。
 しばらくの間カラフルなそれをじっと見詰めていたが、辺りをキョロキョロ見回すと、

「デュワッ……」

 小声で声を出しながらゼロアイを着けてみた。やっぱり何も起こらない。

「まあ……そうだろうな……」

 ちょっとした悪戯心である。誤魔化すように軽く咳払いしてゼロアイを外した時、ふと気配を感じて顔を向けると……

「何……やってんだ……?」

「!?」

 其処にはキョトンとしている、ゼロの姿が在った。
 シグナムの顔が見る見る内に真っ赤になる。愕然とする彼女の手から、ゼロアイがカラリと乾いた音を立てて床に落ちた。

 という事が有ったとか無かったとか?

 次回『記憶-メモリーズ-』


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第47話 記憶-メモリーズ-

 

 

 自室のベッドに寝かし付けられたはやては、ゆったりとした微睡みの中に居た。深く落ちて行くような感覚。

 現実とも夢とも区別が付かない曖昧な世界の中を、海の底に沈むように眠りに落ちて行く。そのぼんやりとした中、はやてはふと意識に何かを感じた。

 

「……ん……?」

 

《……あるじ……》

 

 何処かで微かに声が聴こえたような気がする。ぼんやり気のせいかと思うが、

 

《……主……》

 

 また聴こえた。そら耳では無い。透き通るような、それでいて寂しげな愁いを感じさせる女性の声。一度も聴いた事の無い声の筈だが、何処か懐かしいような気がした。

 

《我が主……》

 

 更に呼び掛けられた。声のみでその人物の姿は見えない。

 

「……ん~……何や……? ご飯まだやで……」

 

 はやては見当違いな返事をしていた。現実感がまるで無い。夢の中で受け答えしているようだった。愁いを感じさせる声がまた話し掛けて来る。

 

《昨夜は失礼しました……騎士達が用意したセキュリティの範囲外にお出ででしたので、私の備蓄魔力を使用して探知防壁を展開していました……睡眠のお邪魔だったかもしれません……》

 

「ふああ~……そんな事無いよ……何や護られてる感じがしてた……」

 

 はやては意味は解らずとも自覚無しにそう答えた。優しい守護天使が護ってくれている、そんな感覚を意識の何処かで感じ取っていたのだ。

 

《この家の中は安全です……烈火の将に紅の鉄騎、風の癒し手、蒼き狼に、異世界の超人も着いていますし……》

 

 確かに改めて考えると凄いなと、はやてがぼんやり思っていると、

 

《それでは私からのアクセスを一時解除します……予定の時刻まで御ゆっくりお休みください……》

 

「うん……了解や……お休みな……」

 

《はい……我が主……》

 

 その声を聴いたのを最後に、はやての意識は深い眠りの中に落ちて行った……

 

 

 

 

 

 

「つまり……今『闇の書』の本当の人格が目を覚ましたって事なのか……?」

 

 ゼロはヴィータを除く守護騎士達に、驚いた表情を向けた。

 あれから後、風呂から上がったゼロに、話が有るとリビングに呼ばれたのだ。ヴィータには知らせていないので、彼女は今仮眠を摂っている。

 

「今まで黙っていて済まなかった……言えば主もゼロも気に病むと思ったのでな……」

 

 シグナムが顔を伏せ謝罪する。秘密にしていたようで後ろめたかったのだろう。その辺りは察する事が出来る。それは別に怒ったりはしないが、ゼロは少なからずと言うか、大いに驚いた。

 

「……そうか……『闇の書』の中に、みんなの仲間がもう1人居たのか……」

 

 『闇の書』は元々ああいうものなのだろうと思っていたのだ。まさか目覚める前の仮の姿だったとは……

 シグナム達はここまで来ては、ゼロに事情を明かした方が良いと判断し、もう1人の事を打ち明けたのである。シャマルはまだ驚いているゼロに、

 

「あの子『管制人格』が起動するには規定ペー ジの『蒐集』と、はやてちゃんの起動許可が無い限り目覚めない筈なんだけど……」

 

 説明を聞きながらゼロは思う。『蒐集』を行わなければ目覚める事が出来ない存在。『闇の書』の完成を望んでいないはやては、非常に気に病むだろう。

 

 ゼロもとても申し訳無い気持ちになってしまった。『闇の書』を1人だけないがしろにして来た。そんな風に感じてしまったのだ。

 守護騎士達は明らかに落ち込んでしまった少年を見て、やはり……と思う。こうなる事を見越して『管制人格』の事を秘密にしていたのだ。

 だが今はそうも言ってはいられない。ゼロにも秘密を明かし、対策を考えて行かなければならないのだ。シグナムが口を開く、

 

「無論我々のように実体具現化までは行っていないだろう……だが少なくとも人格の起動はしている……そして主はやてとの精神アクセスを行っている」

 

「それははやてに影響は有るのか?」

 

 心配そうに尋ねるゼロに、シャマルが安心させるように首を振って見せ、

 

「大丈夫、まあ、それ自体は悪い事じゃないか ら……」

 

「そうか……」

 

 ゼロはホッと胸を撫で下ろした。異常の前触れで無くて良かったと思う。此方から連絡などは出来ないのか聞いてみるとザフィーラが、

 

「『管制人格』は我らより上位に配置されたプログラムだ……彼女の行動について、現状で我らが直接干渉する事は出来ん……」

 

「……要するに、あいつは最強で皆の頭になる訳か……」

 

 ゼロは妙な納得の仕方をして頷いた。シグナムはその解釈に少々首を捻りながらも、

 

「そう言う事だ……正規起動するまでは対話も出来ない……」

 

「そうか……身振り手振りと何となくじゃ、限界が有るしな……」

 

 ゼロはある程度『闇の書』と意思疎通が出来るが、精々犬や猫とのやり取りに近い。とても高度なやり取りまで出来そうに無かった。

 以前特訓に付き合ってもらった時は、身体を動かすものだったので何となく判ったものだが。考え込むゼロにザフィーラは、

 

「彼女も我らも想いは同じだ……アクセスだけなら害は無いだろう……そして意識の底で出会えたなら、主は彼女の事も労ってくださるだろ う……」

 

「……そうだな……それは間違いねえよ……そう か……夢の中ならはやてと話せるかもしれないんだな……」

 

 ゼロははやての部屋の方向を見て呟いた。何だか哀しかった…… ふと暗がりの中で、独りうずくまって泣いている女性の姿を思い浮かべたのは何故か。

 

「……今は現状維持しか無いって事か……」

 

 ポツリと呟く。ザフィーラは重々しく頷き、 改めて部屋に居る者達を見上げ、

 

「そこでだ……不要な不安を与えない為に、 ヴィータには伏せておく事を提案する……」

 

「そうね……私も同意見……ヴィータちゃんは知らない方がいいわね……」

 

 シャマルも賛成した。ゼロとシグナムも賛同する。

 ヴィータは一見ガサツそうに見えるが根は優しくデリケートで、精神的にも外見同様幼い部分が多々ある。 要らぬ心配をしてしまうだろうから、黙っていた方が本人の為だろう。

 

 話はそれで纏まった。ゼロは直ぐに休む気にはなれず、ソファーに行儀悪く身体を投げ出して足を組んだ。

  皆も動かず、かと言って何か話す訳でも無くリビングはしばし静まり返る。しばらくしてシャマルが静寂を破るように、

 

「……何も出来ないのは心苦しくて不安ね……」

 

 ポツリと漏らした。ゼロも同感だった。落ち着かない。不安要素ばかりが増え、自分は肝心な所で助けにならないのだ。ウルトラマンが聞いて呆れると、奥歯を噛み締める。 するとシグナムがシャマルを元気付けるように、

 

「そうだな……何も出来ないのなら、せめて良い方に考えよう……」

 

「そうね……」

 

 シャマルは湧き上がる不安を押し隠して、同意する。今はそう自分に言い聞かせて進むしか無い。ゼロもザフィーラも頷いた。

 

 丁度その時リビングの電話が鳴る。シャマルが素早く駆け寄り対応した。はやてのガードに着く事が多く、消耗がまだ軽い彼女なりの気遣いだ。

 どうやら海鳴大学病院かららしい。石田先生からで、明日の検査予約の確認電話だったそうだ。その時はシャマルが付き添う予定になっている。

 シグナムは少し思案し、ボンヤリしているゼロをチラリと見ると、

 

「出来ればゼロとヴィータも一緒に連れて行ってくれ。似た者同志故に2人は無茶をし過ぎる……もう少し休ませないといけない」

 

「……おいっ、俺は平気だぜ?」

 

 ボンヤリしていたゼロが反応が2秒程遅れて抗議すると、シグナムは悪戯っぽく微笑して、スカートポケットから『ウルトラゼロアイ』を出して見せ、

 

「休まんとコレは返さんぞ……それでも良いのか?」

 

「グッ……分かったよ……」

 

 ゼロは渋々ながらも承知した。少し不安そうではある。シグナムが持っているとは言え、やはり手元に無いと落ち着かないようだ。

 これも父親と同じく、女絡みでに変身アイテムを奪われた事になるかもしれない。

 

「じゃあ、明日の事は了解っ」

 

 シャマルは努めて明るく返事をして、冬の日差しが目映い外を見ると、

 

「さて、今日はいいお天気でお洗濯日和ね、2人共洗濯物出してある?」

 

「ああ……」

 

「おうっ」

 

 ゼロとシグナムの返事にシャマルは、うんうんと満足そうな表情をする。良く出来ましたと子供を誉める母親のノリだ。

 

「私はお洗濯をしちゃうから、シグナムあなたも少し休んでおいてね?」

 

「ああ……そうだな……」

 

 シグナムは苦笑する。永い付き合いだ。湖の騎士は、烈火の将も無理をしがちなのはお見通しと言う訳だ。

 

 リビングを出て行くシャマルの後ろ姿を見送るシグナムは、ゼロとザフィーラに、

 

「考える事は多いが……今は『闇の書』の完成を目指すしか無い……『ダークザギ』に管理局……誰が相手でも戦って切り抜けるしか無いのは厳しいが……」

 

「……ザギ達はともかく……管理局がな……」

 

 ゼロは哀しげに呟いた。『ダークザギ』ら闇の巨人達ならともかく、誤解のままフェイト達と戦うのは正直辛い。しかし例え誤解が解けても『闇の書』の事がある以上どうしようも無かった。

 

「ゼロ……」

 

 少年の心情を察したシグナムは言葉を止める。ゼロはしばらく黙ってボンヤリと、窓から冬の空を眺めていたが、

 

「なあ……シグナム、ザフィーラ……『闇の書』ってどんな奴だ……?」

 

 烈火の将と蒼き守護獣は顔を見合わせた。シグナムは心無し懐かしそうな表情を浮かべ、

 

「……そうだな……あいつとも永い付き合いにな る……優しい奴だ……銀色の髪に真紅の瞳が美しい女性だ……」

 

「……そうか……」

 

 ゼロは感慨深く頷き、再び冬の日差しが眩しい空を見上げた。

 

 

 

 

***********

 

 

 

 

 次元の海に浮かぶ都市以上の巨大さを誇る建造 物。通称『海』と呼ばれる『時空管理局本局』 である。其処をクロノにエイミィ、ユーノになのは、フェイトの5人が訪れていた。

 

 クロノ、エイミィ、ユーノの3人は『闇の書』の調査を行う為の手続きで、フェイトは 『嘱託魔導師』の書類の提出である。なのははフェイトに付き合いだ。孤門とアルフは万が一に備えて留守番である。

 

 フェイトとなのはは書類を取り扱うセンターに向かい、クロノ以下はある人物を訪ねにそれぞれ別のブロックに向かった。

 

 

 

 

 

 

「わあああ~っ!? やっ、止めろおおおっ!!」

 

 着いた早々、訪ね先の部屋でクロノは、熱烈過ぎる歓迎を受けて悲鳴を上げていた。

 少年執務官はソファーに押し倒され、二十歳前後の女性にキスの嵐を受けている。それを笑って見ている、キスをしている女性と瓜二つの女性。

 

 2人は双子らしい。それも使い魔のようだ。猫耳に猫の尻尾が着いている。無論そういう物を着けているのでは無く、本物の猫耳に尻尾だ。

 2人は『グレアム提督』の双子の使い魔であり、クロノの師匠でもある。

 穏やかそうな方の女性が魔法教育担当の 『リーゼアリア』、クロノに熱烈歓迎をしている方が、近接戦闘教育担当の『リーゼロッテ』 である。

 2人共相当な使い手で、武装局員の指導もしている凄腕であるという。

 素体は猫耳などの通り猫で、ユーノの事をイタチっ子などと呼び、怪しい目付きを向けて来るのでユーノは気が気では無い。

 まあ……それはともかく、やっと解放されたクロノは、キスマークだらけの顔で襟元を正し本題を切り出した。

 

「……彼ユーノの『無限書庫』での調べものに協力してやって欲しいんだ……」

 

 クロノはユーノを紹介する。リーゼロッテとリーゼアリアは顔を見合わせ、ユーノに改めて舐めるような視線を送る。

 その視線には、明らかに捕食者のそれが混じっているようだ。 ユーノは退いてしまいそうになったが、辛うじて踏み留まるのに成功するのだった。

 

 

 

 

 その頃フェイトとなのはは、恐ろしく広大な本局の中を歩いていた。正に1つの独立した大都市である。

 

 店から戦艦まで必要な物は全て揃っていて、例え外部との接触が途切れたとしても自給自足出来る程だ。莫大な資金と次元世界の科学技術の粋を結集したものである。

 多くの局員が行き交う中、なのははキョロキョロ辺りを見回している。フェイトは既に何度も来ているので迷う事は無いが、全てを把握している訳では無い。それ程本局は広いのだ。

 

 多数の次元世界を管轄している本局なのだから、これくらいは当然なのかもしれない。 尤もこの規模でも中々手が足りていないのが現状のようである。

 

 なのはは2回程来た事があるだけで、その時もじっくり見学した訳でも無く、1人だったら確実に迷子になっている所だ。

 

 2人が色々話をしながら歩いていると、ふと気になる光景が目に入った。

 二十歳程のデニムの上着にGパンのラフな格好をした青年が、蒼い本局制服の局員に道を尋ねている。何でも無い光景だ。

 

 目に付いたのは、青年が何種類かある管理局の制服では無く、フェイト達のように私服姿である筈なのだが……

 フェイトとなのはは何となく足を止めて、やり取りを見ていた。しばらく説明を聞いていた青年は丁重に頭を下げ、局員にお礼を言うと2人の居る方向に歩いて来る。

 失礼にもじろじろ見ていた事に気付き、少女達は慌てて目を逸らす。 青年は特に気にした様子も無く、人懐っこい 笑顔を浮かべて2人に会釈すると、向こうの方に歩いて行った。

 

「……行こうか、なのは……」

 

「うん……」

 

 青年の後ろ姿を一瞥した後、フェイトはなのはを促して再び歩き出す。2人は何故気になったのか少し引っ掛かった。

 何処と無く知っている人物に似ていたような気がしたのだが、やはり気のせいだと想う。

 何故ならば、今の青年とその人物はあまりに対極的に見えた。2人が知っている人物は、どちらかと言えば不良っぽい雰囲気である。

 

 フェイトとなのはは心の中で密かに苦笑し、手続きに取り扱い部署へと向かって行った。

 

 

 

 それから少し歩いた所で、先程の青年は足を止めた。振り返り小さくなって行く2人の少女達の後ろ姿に、興味深そうに視線を送る。

 

「あの2人……ゼロと関わりがあった子達……?」

 

 そう呟く青年は誰であろう、『ウルトラマンメビウス』こと『ヒビノ・ミライ』その人であった。彼は何故ゼロと連絡も取らず、本局に現れたのであろうか?

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 翌日、はやてはゼロにシャマル、ヴィータに付き添われて、海鳴大学病院に来ていた。

 検査は時間が掛かる上に、じっとしていなければならないので暇潰しに本も読めず、はやてはあまり好きでは無い。3人に見送られ、はやては検査室に入って行った。

 

 ヴィータははやてに言われた事もあり、ゲートボール仲間のお爺ちゃんお婆ちゃんが来ていないかと、1階の待合室に降りて行く。

 ゼロとシャマルは廊下のソファーに腰掛け、検査が終わるのを待つ事にした。ゼロはそれならと、

 

「悪いシャマル……少し寝とくぜ……?」

 

「うん……ごめんねゼロ君……あまり休ませてあげられなくて……」

 

 シャマルは申し訳無さそうに謝った。ゼロがいなければ、魔導師を襲わずに今の『蒐集』 ペースを維持するのは難しいのだ。長く抜けられるのは厳しい。

 

「気にすんな……みんなも疲れてるだろう? お互い様だ……じゃあ時間になったら起こしてくれ……」

 

 笑って見せるとゼロは目を閉じた。今晩からまた『蒐集』に戻るつもりである。それまでにはエネルギーチャージも完了するだろう。後は出来るだけ溜まった疲労を抜いておく。ゼロは目を閉じて、直ぐに眠りに落ちていた。

 

 

 毎回の事とはいえ煩わしいものだと、検査室に入ったはやては思う。 石田先生に手伝ってもらい、検査機器のベッドに横になる。

 少し時間を置き検査室が暗くなった。微かな駆動音を立てて検査機械動き出す。はやてはしばらくの間身じろぎもせず横たわっていたが、

 

(う~ん……相変わらず退屈やあ……眠ったらあかんと思う程眠なるなあ……)

 

 ぶつぶつ愚痴る。検査中は動いてはいけないのだ。ウッカリ寝てしまい、寝返りでも打ってしまうと最初からやり直しになってしまう。

 

 それからしばらくすると睡魔が襲ってきた。やる事も無く、暗がりでずっと横になってるだけでは無理も無い。

 はやては目を見開き、くっ付きそうになるまぶたと戦っていたが睡魔に勝てなかった。うつらうつらと、心地好い眠りの中に落ちて行く。そして彼女は耐えきれず眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 ふとはやてが気付くと、何も無い暗い暗紫の闇の中にポツンと独り座り込んでいた。

 此処は何処だろうとボンヤリ思っていると、不意に見知らぬ場所が目の前に現れた。まるで中世ヨーロッパの戦場を思わせる風景が広がり、鈍く光る鎧を着込んだ兵士達が戦いに明け暮れている。

 

(……ん……またこの夢……最近良く見る……何処かで見た事のある不思議な夢……)

 

 はやてはそんな事を思う。今までハッキリとしなかったが、妙な夢を見続けている実感があった。

 

「煩せえっつってんだ!!」

 

 はやてはいきなりの怒鳴り声にハッとした。朦朧としていた意識がハッキリと覚醒する。

 夢の中で覚醒するというのもおかしな話だが、意識が明瞭になったのだから仕方無い。それにこの声には聞き覚えがある。良く知っている者の声だった。

 

(ヴィータ……?)

 

 目前で当たり散らしているのは、ゴツゴツした無骨な鎧を纏ったヴィータであった。同じく無骨な鎧を着たシグナム達に食って掛かっている。

 自分達と出会う前のヴォルケンリッター達だ。歴代のマスター達の命令で、戦闘機械として扱われていた頃の……

 

(これは……前に見た事のある『闇の書』の記 憶……? 今までの夢はあの子の記憶やったんか……?)

 

 はやての目の前で、守護騎士達の戦闘が繰り広げられられている。それを映画の場面を見るように次々見る事が出来た。

 中には戦って、明らかに相手を殺害している場面もある。以前にも見た光景。普通なら恐怖を感じる所だが、あの時はやてはひたすら哀しかった。

 

 皆がそれを望んでいないのが判るから…… 命令には逆らえないのに、心は痛みを感じる。見えない血飛沫が心から飛び散る。

 何も考えない機械ならば良かっただろうが、彼女達にはしごく全うな心が在った。

 だがどうする事も出来なかった。自分達はそのようにプログラムされた存在だからだ。なのに何故苦しむ心が在るのか。これはバグなのかと……

 

 ヴィータなど虚無感に蝕まれ、本当に心が壊れてしまう寸前だった。このまま壊れて、何も感じなくなったら楽だろうかとまで、ヴィータは追い詰められていた。

 それらの感情もはやてに流れ込んで来ていた。こんな酷い人生があっていいのかと泣いた。ただ4人の為に……

 だからあの時自分は決めたのだ。過去も全てを全部受け入れようと。それがごく当たり前の事であるように。

 考えてみれば異常な事かもしれないが、はやては決めたのだ。どんなに蔑み罵る奴がいようが必ず皆を守ると。それはゼロも同じだろう。

 

 改めて誓い小さな手を握り締めた時、またしても場面が切り替わった。紅蓮の炎が怪物のように伸び、破壊され尽くし倒壊した建物が見える。はやてはそこで違和感を感じた。

 

(何や此処は……? 今まで見た所と違う……?)

 

 それは明らかに、今までに見たどの世界とも根本的に違っていた。

 

(空が光に溢れとる……それに……)

 

 遠くに見える無事な建物も、見た事の無いものばかりだった。輝くクリスタルで出来た城のようだ。

 シグナム達が流れ歩いた次元世界のものとも全く違う。SF映画に出て来そうな超未来都市のように見えた。

 だが今は無惨に破壊され尽くしている。そして炎の中に、不気味な嘲笑うかのような大音唱が響き渡った。そして現れる影達。

 

(なっ……何やアレは!?)

 

 はやてはギョッとして思わず後退っていた。炎の中から続々と異形の人影が進軍して来る。

 そいつらは人に近い姿をしていた。尤も二本足で歩く印象が似ているだけで、明らかに人では無い。

 両手が巨大なハサミのようであり、不気味な頭部は何処と無く蝉を思わせる。

 そこではやては足元に転がっているものに気付く。それは無惨な死体であった。人間の死体では無い。銀色の顔に赤や青い身体をした者達。

 

 そこではやての視界が一旦暗転した。直ぐに視界が戻ると、目の前にまだ幼い体つきの、まだ子供と思われる銀色の顔をした人物が此方を覗き込んでいた。

 

『ゼロッ、しっかりしろ!』

 

 必死に呼び掛けて来る。はやては気付く。此処はゼロの故郷ではないのか、今自分はゼロの目線で周りを見ているのではと、

 

「ま……まさか……これはゼロ兄の記憶なん か……?」

 

 確信した時、現れた時と同じく映像は、かき消すようにフッと消えた。そして……

 

「その通りです主はやて……以前接触した時、 魔法プログラムを記憶していたゼロが、無意識の内にリンクし……それで記憶の一部が流れ込んでしまったと思われます……」

 

 後ろから女性の声がした。以前に呼び掛けて来た声の主だと直感する。

 振り返ったはやての前に現れたのは、流れるような長い銀髪をなびかせ、赤い寂しげな瞳をした月光が形を成したような儚げな美しい女性であった。

 

 

 

つづく

 

 

 





※最後に出た連中はフォッフォッフォッと嗤う奴らです。

夢とも現ともつかぬ中で、ゼロが出会った人物とは?

次回『慟哭-ワイニー-』


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第48話 慟哭-ワイニー-

 

 

 

「えっ……? あなたは……?」

 

 はやては闇の中から出現した女性に、戸惑いながらも訊ねてみる。とても怪しい状況なのだが、混乱はしていても不思議と恐怖は感じなかった。

 銀髪の美しき女性は膝を折り、座り込むはやてと目線を同じくすると、慈しむように見詰め、

 

「現在の覚醒段階で、此処まで深いアクセスは貴女にとっても危険です……安全区域までお送りしますので、お戻りください……」

 

 はやてには女性の言っている事はチンプンカンプンだったが、此方を気遣っている事は良く分かった。それに不思議な感覚を感じる。

 先程の声の主で間違いない。声の時も思ったが、まるでずっと昔から知っている人物と会っているような、懐かしさが込み上げて来る。

 

「待って……ちょう待って……」

 

 今の状況、懐かしい感覚、彼女の言葉使いの端々に感じる自分への慈しみ……

 

「……私……あなたの事知ってる……?」

 

「はい……貴女が生まれて直ぐの頃から、私は貴女の傍に居ましたから……」

 

 その言葉ではやては確信する。思わず手を叩いて感激していた。

 

「やっぱり『闇の書』!」

 

 女性『闇の書』は少し哀しげに目を伏せたが、直ぐにはやてを見詰め、

 

「……そう呼んで頂いても結構です……私は魔導書の管制プログラムですから……」

 

「あはっ、そっかそっかあ~と、そやない、その前に現状の説明してもらってええか?」

 

「はい……」

 

『闇の書』が説明しようと口を開いた時、不意に光の粒子が湧き上がり人の形を成す。それを見たはやては目を丸くした。

 

「えっ、ゼロ兄ぃっ?」

 

 それは横になってスウスウ熟睡しているゼロであった。

 

 

 

 

「ん~……? 此処は……?」

 

 ゼロはぼんやりと辺りを見回した。見渡す限り、果ての無い紫色じみた闇が広がっている。確か病院のソファーで居眠りしていた筈だと頭を捻った。

 寝過ぎて夜にでもなったのかと、よっこらせと身体を起こす。すると何故か目の前にはやてが座り込んでいた。

 

「ゼロ兄ぃっ」

 

「はやて……ん……?」

 

 呼び掛けるはやての後ろに、銀髪の美しい女性が佇んでいる。見覚えは無い筈なのだが……

 

「あんたは……?」

 

 サッパリ状況が掴めず混乱するゼロに、はやては笑って女性を示し、

 

「こちらはゼロ兄も良く知っとる人、『闇の書』その人や」

 

「闇の書ぉぉっ!?」

 

 ゼロは思わず、素っ頓狂な声を上げていた。

 

 

 彼女『闇の書』の『管制人格』はポカンとするゼロに、こうなった事情を説明してくれた。

 『蒐集』が進み覚醒段階に入ったはやてが『闇の書』と精神アクセスを行っているのは既に聞いている。

 はやては優れた資質故、本来今の覚醒段階では入れない深い場所までアクセスしてしまったらしい。事情を聞いたゼロはフム……と腕組みし、

 

「そうか……俺の場合は前にお前の記憶に触れた事や、魔法プログラムのデータ入力変換をしたりしてたから、影響を受けやすくなって無意識に此処に入り込んでしまったって所か……?」

 

「……それに偶々、同時にお休みになられた我が主に引かれる形になったのだろう……本来なら決して有り得ない事なのだ……」

 

『闇の書』は白磁器の美貌に驚いた感情を微かに(あらわ)顕にする。主ならともかく、全く関係無い人物が入り込む事など、本当に有り得ない事なのだろう。

 

 ウルトラマンと言う種族は、超能力で自身の身体を様々な形態に変化させる事が出来る。

 ミクロ化などの大きさを変えるものから『ウルトラマンメビウス』のように、電脳空間の敵を倒す為に、自らを電気信号データと化して戦った事もある。

 

 ゼロの場合は魔法プログラムと長く接し、解析もしていたので、影響を受けてしまったようだ。ウルトラマンならではと言う事か。

 

「妙な事になったもんだな……」

 

 頭を掻くゼロだが、お陰で『闇の書』本人と会えたのだから良いかと思う。長く居るとはやてにも自分にも危険らしいが、少しくらいなら大丈夫だろう。

 

 状況が呑み込めた所で再び『闇の書』の過去の映像が流れ始めた。彼女が操作しているのでは無く、此処に来た者に理解させる為に自動的に流れるものらしい。

 今まで途切れていたのは、ゼロの記憶が混線して一時的にストップしていたからのようだ。様々な世界、時代に場所に、歴代のマスター達が次々と浮かんでは消えて行く。

 

「これは私と騎士達が共有する記憶……『闇の書』の記憶であり過去です……『蒐集』と第2の覚醒を終え真の主となっていただいた時、我らの真実を理解していただく為のものなのですが……貴女は最初の時点で既にご覧になってしまっていますね……?」

 

「私はフライングもいい所やね……」

 

 はやては感慨深く映像を見詰める。ゼロは 『闇の書』の説明に少し引っ掛かりを感じたが、もう1つの疑問の前にそれを失念してしまった。

 

「えっ? それだと何であの時、俺達に記憶を見せたんだ?」

 

「……正直私にも分からない……何故あんな事になったのか……?」

 

『闇の書』も当惑しているようだ。やはりウルトラマンである自分の力が、おかしな作用をもたらしたと考えるべきだろうかとゼロは考える。

 実際は関係無かったようなのだが、現時点では知るよしも無い。

 

 そうしている内にも過去の記憶が目前で流れて行く。守護騎士達が力への欲望に狂った主の命令のままに血生臭い戦場を駆け、遅いと叱責を受けていた。

 

 人扱いなどされていない。本当に道具そのものの扱いだ。 痛々しかった。一見皆今とはまるで違って見 えるが、それが誤りなのは直ぐ判る。諦めと虚無感で沈んだ目……

 

 ゼロは腸が煮え繰り返るような気がした。2度目とは言え、胸の痛みが軽くなるなどという事は全く無い。 却って今の方が哀しく、やり場の無い怒りを強く感じた。

 あれから半年以上共に過ごし、文字通り生死を共にして来たのだ。出来ることならばあの場に飛び込んで、歴代のマスター達を片っ端から殴り倒してやりたい衝動に駈られた。

 傍らのはやてを見ると、肩が小刻みに震えている。懸命に泣くのを堪えているのだ。彼女も想いは同じだった。

 

「既に過去の事……お心を乱されませんように……」

 

 2人の様子に『闇の書』は、気持ちを落ち着かせる為か淡々と語り掛ける。

 

「せやけど……やっぱり許せへん……!」

 

 はやては珍しく語気を荒げ肩を震わせる。いくら温厚な彼女でも許せない事はあるのだ。ゼロはその背中をそっと擦ってやる。ようやく震えが収まって行く。

 

「彼女達の過去は優しい貴女方には刺激が強いですね……映像を消します……」

 

『闇の書』の言葉と共に映像はフッと消え去り、辺りは再び闇の世界に戻った。『闇の書』 はまだ怒りと哀しみをもて余している2人に、微かに笑みを浮かべ、

 

「今現在の騎士達は幸福です……貴方達の元で暮らせるのですから……」

 

「え~と……何やら……」

 

 はやては改まってお礼を述べられ、照れ臭いのか口ごもる。だがゼロは複雑そうな顔をし、

 

「……はやては確かにそうだろうけどよ……俺のせいで皆をまた、戦いに巻き込んでしまってると思うんだが……?」

 

 その考えが浮かんでしまう。自分が不甲斐なかったからという想いは、独りで抱え込まないと誓ってもどうしても付きまとう。『闇の書』 は静かに首を振って見せ、

 

「いいやゼロ……騎士達に代わって礼を言わせてくれ……全てあの子達が望んだ事だ……初めてなのだよ……何の損得も無く、多くの命を救う為だけに戦ったのは……皆誇りに思っている……」

 

「そ……そう言ってもらえると……助かる……」

 

 ゼロは救われたように頭を下げていた。『闇の書』は頷くと改まり、

 

「ありがとうございます……私からも改めてお2人には感謝の言葉を述べさせていただきま す……」

 

 深々とはやてとゼロに頭を下げた。一瞬そのまま泣き崩れるようにも見える。辛い目ばかりに遭って来た仲間達の身を、心から案じていたのだろう。

 

「いえ、こちらこそ……そっか……あなたが『闇の書』の意思なら、私らをあの子達と会わせてくれたのはあなたなんやね……?」

 

 はやてはしんみりと感じたままを口にする。確かにそうだなとゼロも思った。しかし『闇の書』は表情を曇らせ、

 

「……残念ながら……私が自らの意思で選んだ訳ではありません……私の転生先は乱数決定されますから……」

 

「そんなんええねん、あなたが私の所に来てくれたから、私らはあの子達に会えたんや……」

 

 はやては気にせず、逆にその決定に感謝した。他のマスターの元に行っていたとしたら、今でも守護騎士達は望まぬ戦いを強いられていたかもしれない。そんな想いも込めて、

 

「で……今はあなたとも会えた……素直に嬉しい し、感謝したいと思う……あかんか……?」

 

 ゼロは照れ臭いのか、明後日の方向を向いて、

 

「あ……ありがとよ……皆に会えて良かった……」

 

 2人の感謝の言葉に『闇の書』は少しキョトンとしていた。がっかりされるとでも思っていたのだろうが、

 

「いいえ……それでしたら、何の問題もありませんね……」

 

 そこで彼女は初めて、はにかむように微笑を浮かべた。整い過ぎて何処か非人間的な印象を受ける顔に、初めて人間味が浮かぶ。はやては 『闇の書』の表情を嬉しそうに見るが、

 

「ええ子や……そやけどごめんな……私ら今まであなたの事気付かんでいて……シグナム達も言うてくれたらええのに……なあゼロ兄?」

 

「そっ、そうだなっ、まっ全くアイツら水くせえよなあ……」

 

 実はつい昨日に聞いていたゼロは、辛うじてすっ惚けた。『闇の書』は申し訳なさそうなはやてに、

 

「ページの『蒐集』が進まないと私は起動出来ないシステムですから……『蒐集』を望まない貴女達への烈火の将と風の癒し手の気遣いです……汲んでやってください……」

 

 それははやてにも良く判った。シグナム達も言うに言えなかったのだろうと思う。

 

「うん……ページ蒐集しないと、あなたは外に出られへんの?」

 

「対話と情理精神アクセスの機能起動に、400ページの蒐集と主の承認……私の実体具現化と融合起動による全ページを完成させて、貴女が真の主とならなければ無理です……」

 

 『闇の書』は淡々と説明した。真の主となるには様々な条件が必要なようだ。はやては少し考え込み、

 

「う~ん……そっか……実体具現化いうのをする と、シグナムやヴィータみたいに一緒に暮らせるん?」

 

「ええ……この姿で実体化出来ますから……そして必要に応じて貴女と融合し、魔導書の力全てを使用する事が出来ます……」

 

「そおかあ……私が真のマスターになれたらええんやけど……」

 

 はやてにとって魔導書の力などどうでも良い。ただもう1人の家族をこのまま独りにして置きたくなかった。『闇の書』は葛藤する少女に、

 

「望まぬ蒐集を命じる事もありません……」

 

「んん~……」

 

 納得いかないはやては唸るしか無い。既に黙って蒐集をしているゼロは、ボロを出さないように沈黙するのみだ。

 それを判っている『闇の書』は、はやてに判らないようにゼロに密かに頷いて見せ、

 

「現状で此処まで深層へのアクセスは危険です……目覚めのタイミングで表層までお送りします……以降お2人共間違って入られる事の無いよう、システムにロックを架けておきます……」

 

 まだ納得いかないはやては、『闇の書』の言葉に哀しげな表情を浮かべた。何も出来ない自分がもどかしい。

 

「すいません……」

 

『闇の書』は少女の優しさに詫びる事しか出来ない。頭を深く垂れていた。はやては淋しそうに彼女を見詰め、

 

「謝る事やないけど……寂しいな……せっかく会えたのに……」

 

「……こんな時しかお前に会えないのかよ……」

 

 ゼロは顔を逸らし何も無い空を見上げる。泣きそうになって、鼻の奥がツンとしてしまっていた。2人の飾り気の無い心からの想い……

 

「私もです……」

 

『闇の書』は寂しそうに表情を浮かべた。2人の心の底からの想いが嬉しかっただけに尚更身に堪える。

 そんな彼女の想いを察したはやては、ゼロにチラリと目で合図を送る。ウルトラマンの少年が判ったと頷いたのを確認すると、

 

「ほんならお別れまでの時間、ちょう主としてのお願いをしてええか……?」

 

「はい……?」

 

 改まって主としてのお願いと言われ、『闇の書』は跪(ひざまづ)き居ずまいを正す。

 

「シグナム達にはもうしてるお願いで、私の騎士になるには絶対にやらんとあかん事や……」

 

 はやては少々芝居がかった調子で、尤もらしく説明を行う。ゼロは澄まし顔でウンウン頷いている。

 

「はい……何なりと……」

 

『闇の書』は嬉しそうに応えた。初めてはやての主としての命令を受けると、意気込んでいるようである。

 

「ほんなら、はいっ」

 

 そんな彼女にはやては両手を差し出してニッコリ笑う。

 

「えっ……?」

 

 訳が分からず当惑する『闇の書』にはやては、

 

「抱っこや」

 

 手を差し出したまま、悪戯っぽい笑みを浮かべてアピールして見せた。

 

「あっ……はい……分かりました」

 

 ようやく察した『闇の書』である。はやての口ぶりからどんな大層な儀式かと少し緊張していたようだ。

 どうやら引っ掛けられた事に気付き、少し照れると小さな主をそっと抱え上げる。

 

「では……烈火の将がするように、膝の上にお乗せすればよろしいですか……?」

 

「うんっ」

 

『闇の書』は地面?にペタリと座り込むと、はやてを膝の上に乗せて抱き抱える。丁度幼児を抱き抱える形になった。そこで赤ん坊よろしく丸くなるはやては、

 

「後は仕上げやな、ゼロ兄ぃっ」

 

「おうっ!」

 

 ゼロは心得たと威勢良く返事をすると、はやてを抱えている『闇の書』を2人纏めて、軽々と怪力で抱き上げてしまった。

 精神だけの状態だが、元から出来る事ならば精神体でも可能という訳だ。

 

「えっ? えっ?」

 

 驚く『闇の書』に構わずゼロはドスンと座り込むと、自分の膝の上に2人を乗せてしまった。重なり抱っこと言う所か。

 

「これぞ八神家名物、みんな纏めて抱っこや。ゼロ兄は巨大化すれば、全員纏めて抱っこも可能なんよ」

 

 戸惑う『闇の書』に、はやては笑って片目を瞑って見せ、

 

「こうして抱っこしてもらうとな、顔が近いやろ? 瞳の奥が良く見えるやろ?」

 

「は、はい……良く見えますが……その……」

 

「あはは、直ぐ馴れるって」

 

 小さな主の穏やかな顔が間近で微笑む。『闇の書』は流石に、自分が子供のように抱っこされるのは少々抵抗があったようだが、

 

(……妙に落ち着くな……)

 

 不思議な感覚だと思った。暖かな日溜まりに包まれているようだ。そしてその中で自分はのんびり子猫を抱いているような気がする。

 守護騎士達がまったりしたのも判る気がした。彼女自身も温もりに飢えていたのかもしれない。はやてはそんな『闇の書』の顔をじっくり見詰め、

 

「深い紅で綺麗な目しとるな……」

 

「ありがとうございます……」

 

「銀の髪もサラサラや……」

 

 はやては慈しむように、彼女の闇に淡く輝く銀色の髪を撫でる。ゼロもつられて、

 

「本当だ……それにいい香りがする……」

 

 男の匂いと全然違うなと真面目に考察する。邪気が混じらないのはゼロ故か。

 何となく本の彼女と重なる所があり、改めてあの『闇の書』なのだなと、妙な所で納得しているとはやてが、

 

「おっぱいも結構大きいなあ……シグナムと対張るんやないかなあ?」

 

 流石にその辺りは見逃さない。『闇の書』はセクハラっぽい発言にも何だか嬉しそうで、

 

「烈火の将程恥ずかしがる気はありません…… ご自由に触れて頂いても構いませんが……?」

 

 天然なのか、あまり気にしない質らしい。シグナムは『闇の書』にまで、恥ずかしがり屋さん認定されているようだ。本人が聞いたら怒るであろう。

 

「う~ん……ほんなら後でな? ゼロ兄も触る?」

 

「えっ? いいのか?」

 

 はやての冗談とも本気ともつかない言葉に、ゼロが聞き返すと『闇の書』は、

 

「構いませんよ……」

 

 あっさりと受けた。どうやら本当に天然さんらしい。

 

「ゼロ兄良かったね?」

 

 こちらは器が大き過ぎる少女はやてが笑う。この辺りちょっとズレている。ゼロはそこで少し思案し、

 

「いや……何か知らんが、シグナム辺りにボコられそうな気がするから止めとく……」

 

「確かに……シグナム堅いからなあ……破廉恥 なっ! って多分ゼロ兄斬られてまう」

 

 少しはゼロも成長したようである。そのやり取りに『闇の書』は思わずクスッと笑ってしまっていた。

 

「やっぱり笑うと、もっと綺麗やで……」

 

 はやてその陶器のように白い頬に手を添え、彼女の笑顔を誉める。哀しげに佇む印象を受けるが、やはり笑顔が一番似合うとはやては思った。

 

「ありがとうございます……」

 

『闇の書』は目を閉じ、何度目かになるお礼の言葉を述べる。

 身体に感じる2人の体温。実体では無く意識体だが、それだけに直に少女と少年の優しさを感じる事が出来た。

 そして言葉のやり取りに2人の笑う顔。こんな事は何時以来だろう。ひどく安らぐのを『闇の書』は感じていた。

 遠い昔にあったのかもしれないが、最早遠すぎて思い出せない。本当に有ったのかどうかすら定かでない……

 感慨に耽っていると、赤ん坊のように抱かれているはやてが母親にねだるように、

 

「時間まで……色々お話聞かせてくれるか……?」

 

「それいいな……」

 

 2人のリクエストに『闇の書』はゆったりと微笑んだ。何と心が満ちる事かと思う。

 はやての悲しくないお話がいいと言うので、記憶を探ると数百年前に見聞きした、おかしな怪物の話を思い出した。

 

「そうですね……それではこんな話があります……」

 

 はやてとゼロが目を輝かせる。『闇の書』はそんな2人を慈しむように見ながら、

 

「これはかなり昔の話なのですが……」

 

 ぽつりぽつりと昔話を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 クロノ達は『無限書庫』での調査を開始したユーノを本局に残し、海鳴市の駐屯所マンションに戻って来ていた。先程なのはを送り出した所である。

 

 他のク ルーは出払っていて、マンションに居るのはフェイトとクロノだけだ。2人はリビングのソファーに腰掛け、お茶を飲みながら他愛もない会話を交わしていた。

 『アースラ』で半年ばかり共に過ごしたクロノとフェイトは、今では兄妹のような気安い関係になっている。

 その会話の中、ふとクロノが携帯電話の事を持ち出した。フェイトは不思議に思う。魔導師には『念話』という魔法を利用したテレパシー通信のような連絡手段がある。

 クロノはその距離も長く、必要とも思えなかっ たのだ。すると少年執務官は少し困ったように、

 

「いや……例えば僕から君に通信をする時は、プライバシーの関係もあるからな……あまり不躾なのも良くないだろ?」

 

「気にしなくてもいいのに……」

 

 フェイトは可笑しくなった。彼なりの気遣いなのだ。念話はテレパシーのようなものなので、会話中別の事を考えたりすると相手に思考が漏れてしまう事がある。

 その辺りを気にしているのかと思うと、携帯電話の入手方法を聞いて来た。未成年者には親の承認が必要な事を話すと、リンディに頼んで買って貰おうという事になった。

 

 クロノの気遣いにフェイトは感謝する。プライバシーの件と友人達が持っているならと、最初からフェイトに買ってあげるつもりだったのだろう。

 有りがたい事だと思った。リンディもクロノも天涯孤独になったフェイトを気遣い、家族のように接してくれる。

 

(家族か……)

 

 フェイトは立て続けに起こる事件のせいで、まだ結論を出していない事を思い返す。ハラオウン家の、養子にならないかと誘われている件だ。

 納得行くまで考えればいいと艦長には言われているが、迷っていて返事を先伸ばししているので少し心苦しい。

 

(でも今は自分の事は後回しだ……)

 

 話を終えリビングを出て自室に戻ったフェイトは、勉強机の引き出しを開けた。中に仕舞っていた綺麗な小箱を取り出す。

 大事にしている物のようだ。彼女には養子とは別の件で、ズルズルと先伸ばしにしていた事があった。

 

「…………」

 

 フェイトは無言で小箱を開けると、中には何かの切れ端らしい紙が入っている。そっと紙片を取り出した。紙にはボールペンで書いたらしい走り書きで、番号が記されている。

 

「ゼロさんと会わなくちゃ……」

 

 フェイトは呟く。誰にも言っていない自分だけの秘密。 最初に出会った時にゼロから貰った、携帯電話の番号であった。

 

 

 

 

 

 

 そろそろはやての検査が終わる頃である。石田先生は検査室に隣接しているモニター室にやって来た。部屋に入る前にふと視界に、廊下のソファーで横になって爆睡している者が映った。ゼロである。石田先生は苦笑すると中に入った。

 

 中には既にシャマルとヴィータが待っていた。もうじき検査が終わる。覗き窓から検査室を見ると、はやては寝てしまっている。シャマルは、そろそろゼロを起こす頃合いかなと思った。

 

 

 

 

 

 

「何だあっ?」

 

「あれ? 何や? 体が光って?」

 

『闇の書』の昔話に聞き入っていたはやてとゼロ。2人の体が淡く光を放っていた。

 

「目を覚まし始めているようです……ゼロもそれに引かれています……お別れですね……」

 

『闇の書』の説明に、はやてとゼロはガッカリと肩を落とした。

 

「ん……もっとお話したい事沢山あるのに……」

 

「もう終りなのか……あっちの話のその後も聞きたかったぜ……」

 

「私もです……」

 

 心底残念に思う2人に『闇の書』も寂しげに目を伏せる。これでお別れなのかと思うと、ひどく心が沈んだ。

 

「ん~……私はもっとあなたの事知らなあかんのに……」

 

「どうか、あまりお気になさらず……」

 

 残念がるはやてとの別れを惜しんで『闇の書』は主の肩を擦る。この温もりを感じられるのも後僅か。するとはやてが彼女の真紅の瞳を見据え、

 

「それに……名前も付けたげなあかん……」

 

「えっ……?」

 

 意外な言葉を聞き『闇の書』は戸惑った。守護騎士達のような名前を彼女は持っておらず、自分にそんな事を言ってくれる者など居なかった。恐らく今は思い出す事も出来ない製作者ですら……

 はやてはそんな彼女の銀髪を優しく撫で、

 

「『闇の書』はあなたの本当の名前とちゃうし、『夜天の魔導書』って呼ぶのも何や違うし……綺麗な瞳と髪に似合う優しくて強い名前……私が考えたげなあかんと思う……」

 

「成る程……って『闇の書』じゃ無くて『夜天の魔導書』が本当なのか……確かにそれだと何だし、格好いいの頼むぜはやて」

 

「任しとき」

 

 思いがけないやり取りに、彼女は2人を交互に見ていた。微笑むはやてに、サムズアップして見せるゼロ。 彼女は心なし瞳を潤ませて、光を放っているはやての手を押し抱くように両手に取っていた。

 

「ありがとうございます……お心だけ何より有りがたく受け取っておきます……」

 

 彼女は震える声で頭を下げ、小さな手をしっかりと握り締めた。それは泣き出したいのを懸命に堪えているように見えた……

 

「ほんなら、また会おうな……」

 

「またな……」

 

 光が強くなり、はやてとゼロの体が徐々に拡散するように消えて行く。

 

「お気を付けて……どうかお身体を大切に……」

 

「うん……あなたもな……」

 

 はやては微笑んで手を振った。彼女はその小さな主にすがるように、

 

「騎士達をよろしくお願いします……」

 

「うん……きっと……」

 

 はやては強く頷いた。それは母親の決意に似ていたかもしれない。次に彼女は消え行くゼロの手を、しっかりと握り締める。

 

「ゼロ……主を……騎士達をどうか……守ってく れ……!」

 

 悲痛なまでの頼みだった。返事をしようとしたゼロは、彼女の手からビリッと電流が流れたような気がする。

 何かが伝わったような気がして一瞬訝しむが、疑問に思うも時間は無いようだ。ゼロは彼女の手を力強く握り返し、

 

「俺の身に変えても約束する!」

 

 力強く誓う。その言葉には強い決意が込められていた。その言葉にはやてはふと、此処で見たゼロの過去らしきものを思い出す。

 

(あの子がゼロ兄の言っとった友達なんやろ か……?)

 

 そう直感したが、詳しく聞くのは止めておこうと思った。本人がきちんと話してくれるまでは……

 

 はやては改めて彼女に手を振った。ゼロも名残惜しそうにブンブン手を振る。

 そして2人は光の粒子を残して、束の間の幻だったように消えて行った。残った光も無くなると後には何も無い。無明の闇だけが残った。

 

「行ってしまわれたか……」

 

 彼女は長い間、2人が消えた場所を見詰めていた。 それからどれぐらい経っただろう。ふと目頭が熱くなるのを感じ手を当ててみる。

 熱い雫が目から溢れ、頬を濡らしているのに気付い た。

 

「……これは……涙か……? 私はまだ……泣けるの だな……」

 

 自分がまだ泣ける事を意外に思う。救いの無い悲しみの中、既に渇れ果てたと思っていた。

 誰1人居なくなった闇の中で、彼女は茫然と立ち尽くす。 先程までの賑やかさが、逆に寂寥感を増していた。

 永い間此処でたった独りで過ごし、既に慣れきった筈の闇の空間が、耐え難い程の孤独感を彼女に与えていた。

 耐えられなくなった彼女は、肩を震わせ崩れ落ちていた。今まで堪えていた感情の波が一気に押し寄せる。気が付くと声を出して嗚咽していた。止める事は出来なかった。

 

(此度の主は一体どれ程温かく、どこまで優しいのか……)

 

 止めどもなく溢れる涙は、己の心のままに頬を濡らす。哭きながら彼女は、絶望的な事実を再認識せざる得ない。

 

(主が目を覚ませば、今の会話も私の事も全て忘れてしまわれる……それはゼロとて例外では無いだろう……)

 

 本当なら伝えなければならない事が、山ほどあったのだ。

 

(夢の外で私を思い出される事は無いだろう……それは構わない……だがそれ故に、遠からず訪れる破滅を救う術が私には何も無い……)

 

(夜天の光は闇に堕ちた……)

 

(私には主を救う事も、騎士達を止める事も……何一つ出来ない……)

 

 彼女の慟哭だけが、何も無い闇の中に虚しく響く。

 

(……この絶望の輪廻を断ち切ってもらえない か……?)

 

(あの優しい主と一途な騎士達だけでいい…… 救ってはくれないか……?)

 

 彼女は一心に、何かに語り掛けているようだった。

 

(烈火の将……風の癒し手……紅の鉄騎……蒼き 狼……そして我が主八神はやて……)

 

(今まで神に祈っても悪魔に願っても、何も変わらなかった……)

 

(私には感じられる……このままでは……今までとは比較にならないような破滅が訪れようとしている……恐らく私も騎士達も……主も……)

 

 彼女は感じていた。おぞましいまでの邪悪の影を、全てを闇に覆い尽くす冥府の使いを。彼女は哭きながら叫んでいた。

 

「ゼロォッ! ウルトラマンゼロよ! お前のような存在は今まで居なかった。私はそれに賭けるしか無い! 気付いてくれゼロ、私からのメッセージを!!」

 

 それは助けを求める、血を吐くような魂の悲鳴であった。ゼロに何かを託したらしい。

 

「どうかあの子らを救ってくれ……頼むゼ ロォッ!!」

 

 彼女の慟哭は闇に木霊し、虚しく溶けて散っていった……

 

 

 

 

 

 

「はやてちゃん……?」

 

「はやてちゃん!」

 

「はやて、はやて大丈夫?」

 

 自分の名を呼ぶ声に、はやてはゆっくりと目を開けた。検査室のベッドに横たわっている自分を自覚する。 此方を心配そうに覗き込む3人の見知った顔が見えた。

 

「ヴィータ……シャマル……石田先生……どないしたん……?」

 

 寝惚け眼を擦りながら、はやては身体を起こ す。ヴィータが心配その顔を覗き込み、

 

「だって……はやて泣いてるから……」

 

「あれ……? ほんまや……」

 

 はやては言われて初めて、自分が泣いているのに気が付いた。訳が解らない。

 心配する皆に悪い夢でも見たかなと言っておく。しかし実際は夢を見たのかすらも定かでない。何も記憶に無かった。

 

 はやてがハンカチで涙を拭っていると、廊下で寝ていたゼロが入って来た。その顔を見たヴィータは妙な 顔をする。

 

「ゼロ……? お前まで何で泣いてんだ?」

 

「はっ……? 何だこりゃあっ!?」

 

 此方も指摘されて初めて気が付いたようだ。ゼロは慌ててゴシゴシ袖で涙を拭うのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 異常を心配した石田先生の、検査検査で2時間追加コースを辛うじて逃れたはやては、ゼロ達と自宅に帰り着いていた。

 今日は誰1人欠ける事無く全員で夕食を食べ、映画のDVDなどを観て盛り上っていた。

 映画も見終わり、それぞれノンビリする。ヴィータなどははやてに寄り掛かって、スウスウ可愛らしい寝息を立てて熟睡していた。

 ヴィータをシグナムに任せ、はやては『闇の書』を抱えて夜気が冷たい庭に車椅子をこぎ出した。何となく夜空を見たくなったのだ。

 

 冬の澄んだ夜空を見上げると、宝石のような一面の星空が広がっている。はやては煌めく空を見上げながら『闇の書』に語り掛けていた。

 

「今夜も星が綺麗やな……あなたはずっと昔から生きてて、色んな星を見てきたんやろ……? この世界の星空はどないや……?」

 

 はやての言葉に、『闇の書』は膝の上で応えるように僅かに動いて見せる。その背表紙を優しく撫でながら、

 

「なあ……私の中であなたの存在が少しず つ大きくなって来るのが判るんよ……段々…… 段々……1つになっていく気がしてる……」

 

『闇の書』ははやての膝の上で動かずにいる。黙って話を聞いているようだった。

 

「そやけどページは埋まってへんのにな……? 当たり前や……シグナム達と約束したからな……」

 

 彼女は不思議そうだ。開いても白紙のままである。実は擬装スキンを施しているので、白紙に見えるだけなのを知らない。

 

 はやては膝の上の『闇の書』に再び視線を向 ける。今日は妙に気になった。

 

「なあ……私はな……この脚も身体も別に治らんでもええんよ……と言うか、ゼロ兄や石田先生には悪いけど……治ると思ってない……」

 

 哀しい諦観だった。現在の医学でも、異世界の超人でも治せない病気。八神はやてという少女は、自分に降り掛かるもの全てを受け入れるつもりなのだろう……

 

「そんなに長く生きられんでもええ……みんなが居らんかったら、私はどうせ独りぼっちやしな……」

 

 少女は『闇の書』をしっかりと抱き、

 

「でも約束する……みんなが私を必要としている間は……それまで私絶対に、死んだり壊れたりせえへんで……これは絶対の約束や」

 

 それは彼女の誓い。最期の誓い……

 

「私はあなたと、みんなのマスターやから……」

 

「じゃあ、はやては婆ちゃんになるまで死ねないな……」

 

 不意にはやての頭に優しく手が乗せられ た。

 

「ゼロ兄……」

 

 振り返ると、悲しそうな目をしたゼロが立っていた。今の独り言を聞かれたてしまい、決まりが悪いはやては俯いて無言になってしまう。ゼロはそんな少女の頭を慈しむように撫で、

 

「……みんなはやてが大好きなんだよ……1日でも長くはやてに生きていて欲しいに決まってるだろうが……」

 

 ひどく悲しそうに言い聞かせる。はやてがおずおずと顔を上げると、ゼロは彼女をしっかりと抱き締めていた。

 

「ばか野郎っ……そんな事二度と言うんじゃねえっ!」

 

 叱り付ける声が涙声になっていた。不器用な優しさが心に沁み渡る。

 少女を抱く少年の姿は、今にも喪われようとしている者を繋ぎ止める為に、必死に足掻いているように見えた。

 ゼロの温もりが、冷たい夜気に晒されるはやての身体を守る。

 

「……ごめんな……ゼロ兄……」

 

 それはどちらの意味なのか。はやてはゼロの胸に顔を埋めてそっと呟いた。

 

 

 

 

「戻るか……」

 

「うん……」

 

 ゼロは車椅子を静かに押して、家の中に向かう。はやては入る前に、もう一度静かに輝く星空を見上げた。

 

「……星の光は幾年遥か……今は遠き夜天の光……」

 

 ポツリとそんな言葉を呟いていた。ごく自然に口を吐いて出た言葉……

 聞いていたゼロは、その言葉が何かの引っ掛かりと共に、心に沁み入るように感じるのだった……

 

 

 

つづく

 

 

 




次回予告

 遂にゼロの正体を確かめるべく、フェイトが行動を起こす。ゼロは果たして彼女の疑いを逸らす事が出来るだろうか?

 次回『密談-クランディステン・ミーティング-』



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第49話 密談-クランディスティン・ミーティング-

 

 

 その場所は底が見えない程の、縦穴式の深い部屋であった。空間を操作しているらしく、理不尽なまでの広大さだ。

 此処の空気には、紙特有の匂いが混ざっている。古い紙の匂いから新しい紙に、様々な種類の紙の匂い。それらが混ざり合って、この部屋独特の空気を形作っていた。

 部屋の照明は薄暗い。見ると壁という壁が全て本棚になっており、棚の中には本がギッシリと詰まっている。

 此処は『時空管理局・本局』の奥に位置する 『無限書庫』 管理世界の書籍や情報の全てが集められてい る、次元世界最大のアナログデータベースである。

 

 正に管理世界の記憶そのものと言った所で、最新コンピューターの容量でも処理しきれない程の蔵書数を誇り、その数は日を追う事に更に増えて行く。

 

 その中でユーノは、無重力状態に保たれている室内に1人浮かんでいた。周りには彼を取り巻くように数冊の本がふわりと浮かび、独りでにページが捲られている。

 ユーノ独特の検索魔法である。こんな調子で彼は独り黙々と『闇の書』関連の情報を探しているのだ。此処に来て既に数日が過ぎている。

 

 リーぜ姉妹も出来る限り手伝ってくれるが、他の仕事もある2人は此方に掛りきりと言う訳にはいかない。基本ユーノ独りで探す事になる。

 『無限書庫』の情報量は確かに凄いのだが、あまりの量にお手上げ状態で、ほとんどが未整理状態だ。

 本来なら目当ての情報を得る為に、チームを組んで年単位の調査が必要とされている。

 

 それをユーノ独りでとは……無理難題を押し付けられたように思えるが、彼にはこの検索魔法がある。クロノはそれと彼の能力を見込んだのだ。

 

 ちなみにこの魔法は、書籍の中身を瞬時に読み取る事が出来る。これで下手なチームより効率的に検索が可能なのだ。

 本人の図抜けた捜索スキルに加え、遺跡発掘を生業にしている『スクライア一族』出身の ユーノなら、その年単位の行程を大幅に短縮出来る筈なのだが……

 

「おかしいな……?」

 

 ユーノは眉をひそめる。『闇の書』関連の情報が見付けられないのだ。

 行き当たりばったりに探している訳では無い。過去の出現記録から、年代や次元世界を割り出して効果的に検索を行っているのだ。

 既に何かしらの情報に行き当たってもおかしくない筈なのに、未だに『闇の書』関連を欠片も発見出来ない。

 何か不自然な気がした。まるで既に誰かが関連書籍を全て持ち去ったような気さえする。

 

「まさかね……」

 

 ユーノは一人苦笑を漏らした。いくら何でもそれは有り得ない。探すだけでも大仕事なのに、その上持ち出そうとすれば恐ろしい量になるだろう。とても現実的では無い。

 

「……疲れてるのかな……?」

 

 ユーノはため息を吐く。休憩して頭をシャキッとしようと一旦作業を切り上げた時、誰かが書庫に入って来た。

 

「調子はどうだい?」

 

 声を掛けて来たのはリーゼアリアだ。それともう1人、ユーノが見た事も無い青年が一緒に居る。二十歳前後の穏やかな表情をした青年だった。

 リーゼアリアは青年と共に、無重力状態の書庫内をフワフワ浮いてユーノの前に来ると、

 

「今日は助っ人を連れて来たよ」

 

「助っ人ですか……?」

 

 ユーノは意外に思った。人手不足の管理局にしては珍しい。リーゼアリアは青年を示し、

 

「この人、ユーノと同じように『無限書庫』の閲覧手続きに来てた民間の人なんだけど、此方の事を小耳に挟んで是非手伝いたいって。身許は確かだし、これはいいって思ってさ、クロノにも言ってあるよ」

 

 青年はユーノに礼儀正しく頭を下げ、

 

「『ヒビノ・ミライ』と言います。是非お手伝いさせてもらいたくて」

 

 青年ミライは、人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出して来た。

 

「どうも、ユーノ・スクライアです」

 

 ユーノはその手を握って握手を交わす。何かほんわりした優しそうな人だなと思った。リーゼアリア済まなそうにミライに目をやり、

 

「私達が忙しくてあまり手伝えないから、せめてもと思ってね……魔力は無いけど、記憶力が凄いみたいで、きっとユーノの力になってくれるよ」

 

 彼女の心遣いにユーノは感謝し、改めてミライに頭を下げる。

 

「それでしたら是非お願いします。丁度困っていたんです……中々目当ての物が見付けられなくて……助かります」

 

「此方こそ……お願いしますユーノ君」

 

 ミライも笑顔で頭を下げた。しかし彼は挨拶を交わしながらも、ユーノが今言った事に関して考えを巡らせていたのだ。

 

(やっぱり……本局……いや管理世界の人達は、記憶操作の影響下にあるようだ……)

 

 謎の言葉を心の中で呟くミライであった……

 

 

 

 

「父さま……」

 

 『無限書庫』を後にしたリーゼアリアは、マスターである『ギル・グレアム提督』の元に赴いていた。執務室のソファーに腰掛けていたグレアムは、自らの使い魔をおもむろに見上げ、

 

「その青年に怪しい点は無いのだなアリア……?」

 

「はい……身許はしっかりしているようです…… 問題無いでしょう……魔力も無いですし、此方に取って不都合になる事はありません……毒にも薬にもならない人物です……協力する姿勢を見せるには打ってつけかと……」

 

 グレアムは重々しく頷くと、眼光鋭くリーゼアリアを見詰め、

 

「気を付けるのだぞ……特に孤門には……全てはこれからだ……」

 

「はい父さま……孤門はウルトラマンゼロさえ何とかすれば、全て片が付くと思っていますから……」

 

 リーゼアリアは主人の鋭い眼光に、その両眼に同じく鋭い光を宿して頷き返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 海鳴市の中央繁華街に位置する大型デパー ト。賑わう店内の携帯ショップ前で、金髪の少女がそわそわした様子で中を伺っていた。

 フェイトである。 少し経ってから翡翠色のロングの髪をした大人の雰囲気を纏わせる美女、リンディが紙袋を持って出て来た。

 今日は前にクロノと話していた、フェイトの携帯電話を買いに来ているである。リンディはフェイトに歩み寄ると、微笑んで携帯の入った紙袋を渡してやる。

 

「フェイトさん、はいっ」

 

「ありがとうございます、リンディ提督……」

 

 フェイトは頬を薔薇色に染め、紙袋をひしっと抱き締めてお礼を言った。無論買ってもらったのは嬉しいが、何より自分への心遣いが嬉し かったのだ。

 

 あまり大っぴらに感情を表に出すタイプでは無いフェイトだが、その様子はプレゼントを貰って嬉しくて仕方がない、年相応の子供そのものだった。

 

 リンディに頭を下げると、待っていたなのはにアリサ、すずか達の所にいそいそと向かう。待ち構えていたアリサが早速、

 

「いい番号あった?」

 

「うん……」

 

「え~っ、何番?」

 

 はしゃぐなのはにフェイトは、早速箱から黒い携帯を取り出して見せる。なのは達は歓声を上げた。実に微笑ましい光景である。

 リンディは盛り上がるフェイト達を、ほっこり眺めた。その表情が母親のものになっている。

 

(フェイトさん妙に気合いが入ってるわね…… そんなに使いたかったのかしら……?)

 

 何時もより張り切っているように見えるフェイトを見て、リンディは可笑しくなってしまった。

 

 

 

 

 

 駐屯所のマンションに帰って来たフェイト は、夕食を済ませ自室に籠っていた。アルフは子犬モードでベッドで丸くなって寝ている。

 フェイトは無言で勉強机に座り、机の上の『バルディッシュ』と予備弾倉と一緒に置かれている、買ったばかりの黒い携帯電話をじっと見詰めていた。

 

 長い間穴が空くのではという程そうしていたが、ようやく決心が着いたらしく、携帯を手に取った。そして登録したばかりの番号キーを押そうとする。

 しかし指がボタンに触れる寸前、その手はピタリと止まってしまった。

 

「はああ~っ……」

 

 フェイトは携帯を持ったままため息を吐いた。決心したものの、いざとなると中々踏ん切りが着かない。椅子にもたれながら天井を見上げ、

 

(……明日にしようかな……考えてみればウルトラマンのゼロさんと、モロボシ・ゼロさんが同じ人かもしれないって事は、私の思い過ごしなのかもしれないし……)

 

 などと弱気な事を考えていると、

 

「フェイト、何してるんだい?」

 

「ひゃっ!?」

 

 フェイトはいきなり声を掛けられ、思わず変な声を上げてしまった。起き出したアルフがベッドから降りて来て、挙動不審な主人に声を掛けたのである。

 ゼロの正体への疑問はアルフにも言っていない。流石に言い辛かった。明確な証拠がある訳でも無い。

 

「なっ、何でも無いよ……?」

 

 慌てたフェイトは、内心焦りまくって取り繕おうとする。アルフにはハッキリしてから話そうと思っていたのだから。

 彼女は慌てすぎのあまり、変なポーズを取ったりして動揺しまくりである。そして更に……

 

「あっ……」

 

 手に持ったままの携帯のキーをしっかり押してしまっていた。勿論今表示していたゼロの携帯の短縮ボタンを……

 

 

 

 

「おう判った。じゃあ明日な? 電話どうもな」

 

 そう言ってゼロは携帯を切った。丁度ゼロは、ザフィーラの散歩にトレーニングと偽って、『蒐集』に出掛けようと家の外に出た所である。

 

「管理局の黒い魔導師からか……?」

 

 ゼロの反応から察した狼ザフィーラは、ぼそりと訊ねた。

 

「ああ……此方にしばらくの間越して来る事になったから、挨拶がしたいんだと……」

 

 ゼロは一通りを説明する。明日街中のファミレスで待ち合わせする事にしたのだ。ただ随分フェイトの声が慌てていたような気はした。

 

「最近フェイト達とはアレだったからな……つい受けちまったが、不味かったかな……?」

 

 現在誤解が積み重なり、敵対してしまっているフェイトから連絡が来て、余程嬉しかったのだろう。つい勢いでOKしてしまったのだ。ザフィーラは少し考え込むと、

 

「……向こうはゼロの正体には気付いてないのだな……?」

 

「その辺は大丈夫だ。はやて直伝の説明をしておいたし、ウルトラマンと俺が同一人物だとは夢にも思ってない筈だ」

 

 ゼロは毛ほども、自分の正体を疑われているとは思っていない。ザフィーラはそこまで楽観視はしないが、罠ではあるまいと判断した。

 最悪疑われていたとしても、尻尾を出さない限り向こうにはどうしようも無いだろう。状況から判断するに、素知らぬ顔で普通に接する方が良いと思ったザフィーラは、

 

「どの道ここで下手に断ったら、却って不自然だ……なら普通に会って、話の一つでもした方が無難だな……念の為後を着けられないように気を配っておけば問題無いだろう……」

 

「そうか……判った。悪いな、その日は終わったら直ぐに合流する」

 

 ゼロはホッとして感謝した。先走った感があったからだ。このような機微にはまだまだ甘いウルトラマンの少年には、ザフィーラの冷静な判断能力はとても頼りになる。

 明日の方針が決まった所で再び歩き出す2人。と言っても、端から見ると犬の散歩をする少年である。ふと思い当たったゼロが、

 

「一応みんなにも言っておいた方がいいか?」

 

「……無用な心配を掛ける事も無いだろう……俺も黙っておく……」

 

 何となくザフィーラは、シグナム辺りに言うとややこしくなる気がしたので、無難にそう応えておいた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 次の日。フェイト・テスタロッサは待ち合わせのファミレスに、約束の時間1時間前にやって来ていた。

 窓際の席にちょこんと座り、そわそわと落ち着かない様子である。昨晩は目が冴えてあまり寝付けず、少し眠そうだ。

 それでもみっともない様は見せられないと、身だしなみには気を使っている。お陰で駐屯所を出る時、エイミィ達に少し怪訝な目で見られてしまったが……

 

 フェイトは改めて今日の目的を確認する。それは『モロボシ・ゼロ』と『ウルトラマンゼロ』が本当に同一人物かどうかを確かめる事だ。

 そして予想通り同一人物であったなら、苦境に居るゼロの力になりたいと思っている。

 自分が間に入って、管理局との話し合いの手助けなりが出来れば……そんな決意を秘めて、フェイトは此処までやって来たのだ。

 

 しばらくの時が過ぎ、じっと座っていたフェイトは流石に緊張して同じ姿勢でいるのに疲れ た。ホゥ……と姿勢を崩して背伸びをした時である。

 

「おおっフェイト、もう来てたのか? 悪い待たせたな」

 

 見上げた先に、着ぶくれ気味のゼロの姿があった。気が付くともう時間で、フェイトの姿を見付けてやって来ていたのである。

 思いっきり油断した姿を見られてしまったフェイトは、顔が熱くなる程赤面してしまった。固まってしまった彼女を見て、ゼロは不思議そうに首を傾げている。

 このままではいけないと、フェイトはグルグルする頭で必死に考え、何とか言葉を絞り出す。

 

「いえっ……そんな事無いです。1時間しか待ってませんかりゃっ!」

 

 馬鹿正直に待っていた時間を言ってしまい、おまけに思いっきり噛んでしまった……

 

 

 

 

「悪かったな……もう少し早く来れば良かったよ」

 

 対面の席に座ったゼロは、ドリンクバーのオレンジジュースを飲みながら、気さくにフェイトに話し掛けた。

 

「いえ……私が勝手に早く来てしまっただけなので……」

 

 フェイトは苦笑を浮かべ、照れ臭そうに応える。此処に来るまで緊張しっ放しだったが、さっきのやり取りで気持ちが軽くなっていた。

 色々やらかして却って開き直ったようでもある。これならと口を開こうとすると先にゼロが、

 

「此方にしばらく居るんだって? 色々有ったみたいだな……」

 

 染々とした様子で聞いて来た。フェイトはごく自然に、

 

「母さんが亡くなったので、今はアルフと一緒にある人達の所でお世話になってます……此方にはその関係で……」

 

 言ってしまってから、しまったと思った。例え相手が知っていたとしても、最初にこんな自分の重い話をしてしまったと後悔したが、ゼロは特に引いた様子も無く、

 

「……大変だったな……その……大丈夫だった か……?」

 

 ぶっきらぼうな言い方だったが、その言葉は温かみの籠った心から気遣うものだ。フェイトにはその言葉が、此方の事情を全て知った上での言葉に聞こえた。彼女は微笑んで、

 

「大丈夫です……と言ったら嘘になるんでしょうけど……支えてくれる人達が居てくれるし、母さんの為にも頑張ろうと思います」

 

 しっかりとした口調だった。『ヤプール』の事件から数ヵ月……色々なものを乗り越え、周りの助けもあり、このように笑えるようになったのだろう。ゼロは感慨深かった。

 

(人間は逞しいな……)

 

 つくづくそう思う。彼女ら人間は、助けを乞うだけの弱い存在などでは無い。前に向かって歩いて行く強さを持っている。

 それにウルトラ兄弟達も、自分も何度助けられた事か。 嬉しくなったゼロは、その感情を表に出さないように苦労しながら近況を尋ねた。

 

「周りの人達は良くしてくれるか?」

 

「はい、みんなとっても優しい人達です……」

 

 答えたフェイトの語尾が、少しトーンダウンしたようだった。それに気付いたゼロは、

 

「何か気になってる事があるのか?」

 

「あっ……いえ……」

 

 フェイトが歯切れの悪い返事をすると、彼女のおでこにゼロの人指し指が当てられていた。

 

「えっ……?」

 

 意味不明のゼロの行動に戸惑うフェイトに、ゼロは少し真面目な顔を向け、

 

「何でもかんでも独りで抱え込むと、ロクな事にならねえぞ?」

 

 悪戯っぽく笑うと、フェイトのおでこを軽くコツンと弾いた。デコピンである。

 

「あうっ?」

 

 フェイトは軽く顔を仰け反らせて、小さく呻く。勿論全然痛くない。その反応が面白くて、ゼロは少し吹き出してしまった。

 

(まったく……はやてと言い、フェイトと言い……抱え込む奴が多いな……)

 

 そんな感想を持つが、自分もそのタイプなのにはまだ自覚が足りないようだ。

 フェイトは顔を赤くして、おでこを押さえている。図星を指されて恥ずかしくなってしまっていた。しばらくもじもじしていたが、意を決して顔を上げた。

 

「……その……お世話になっている人に……養子にならないかって言われてるんです……」

 

「そうなのか……?」

 

 ゼロは意外な話に少し驚きながらも、多分リンディの事だろうな、と見当を着ける。直接顔を合わせたことは無いが、テレパシーで話した感触で、誠実な人間だとは感じていた。

 

「その人の子供になるのが嫌なのか?」

 

「いえっ、そんな事は全然無いです! 優しい し……何時も私を気に掛けてくれるし……中々決められないのに、待つって言ってくれるし…… その人の息子さんも良くしてくれるし……」

 

 最後の方はほとんど呟きに近かった。ゼロは俯いてしまったフェイトに、静かに問う。

 

「なら……何で悩む……?」

 

「それは……」

 

 口ごもるフェイトだったが、少年の見守るような温かな眼差しに、この人になら聞いてもらいたいと思った。ウルトラマンゼロに、プレシアの記憶を見せてもらった時の記憶が甦る。

 あの時は母の本当の気持ちに号泣して余裕が無かったが、あの時の彼もこんな眼差しをしていたような気がする。

 疑惑が確信に変わりつつあった。フェイトは素直に本心を吐露していた。

 

「……私だけ……幸せになってしまっていいのかなと思って……」

 

 一旦口に出すと、解れるように胸に溜め込んでいた事を吐き出していた。

 

「母さんも姉さんも、リニスも死んでしまったのに……私だけ生きてその家の子になるなんて、裏切りのような気がするんです……馬鹿な事だとは分かってるんですけど……

それに養子になったら、テスタロッサの姓を捨てなきゃならないかもしれないし……それも……」

 

 哀しい事だが、それがリンディに中々返事が出来なかった理由だった。

 姉にあたるアリシアは僅か5歳で事故で亡くなり、魔法の先生で親代わりだったリニスは、フェイトが魔導師として完成した時に、プレシアとの契約を終え消滅した。

 プレシアは『ヤプール』に身体を乗っ取られた挙げ句、全てを奪われて無惨に殺されてしまった。

 

 そんな中で残された自分だけが、果たして幸せになっていいものかという後ろめたさ。そして死して尚自分を守ってくれた母の姓、テスタロッサを捨てる事になるかもしれない事が彼女を躊躇わせていたのだ。

 どうしてもその想いは拭えなかった。すると……

 

「いいんじゃないか……? フェイトが幸せになってもよ……」

 

 黙って話を聞いていたゼロが、ポツリと言った。

 

「えっ……?」

 

 フェイトは顔を上げてゼロを見た。少年は少女の目を澄んだ目で見詰め、

 

「いいんじゃないか……幸せになってもよ……お袋さん達は、フェイトがずっと独りで不幸だと喜ぶような人達なのか……?」

 

「いいえっ!」

 

 フェイトは頭が千切れそうな勢いで頭を横に振り、全力で否定する。そんな彼女にゼロは、とても温かな笑みを浮かべ、

 

「だろう……? だったらフェイトがそんな哀しい事思ってると、却ってお袋さん達に怒られちまうな……そうだろ?」

 

「はい……」

 

 ハッとしたフェイトは頷いていた。自分が自虐的な考えに凝り固まると言う事は、亡くなったプレシア達を却って侮辱する事になる。ようやくその事に思い至った。

 人は周りで立て続けに不幸が起こり続けると、奇妙なバランス感覚が働く事がある。周りが不幸なのに、自分が不幸で無いのはおかしいという、妙な感情が湧いてしまう事があるのだ。

 フェイトは知らぬ間に、そんな感覚に嵌り込んでいた。心の罠と言うべきものに。しきりに反省する少女にゼロは、

 

「姓の事も1人で悩むより、リンディさんとトコトン話してみろよ……話すのは大事だぞ……俺は親とのコミニケーションが足りなかったから、こんなに捻くれ者になっちまったからなっ」

 

 少々おどけて自分を指差す。冗談めかしているが、実感が籠っているように聞こえる。フェイトは晴れ渡るような笑顔を浮かべた。

 

「分かりました……私の気持ちも全部聞いてもらって、沢山話してみようと思います。ありがとうございました……何かモヤモヤが晴れた気がします」

 

 深々と頭を下げていた。また助けてもらっ た……フェイトはそう思ったが、そこで肝心な事を思い出す。

 

(ゼロさんの力になろうと思ってたのに、何時の間にか私の悩みの相談に乗ってもらってる……何やってるんだろう私……)

 

 当初の目的と大きくズレてしまっている事に、赤面し深く反省するのであった。

 こんな調子では駄目だと思ったフェイトは、こうなれば正面から行こうと決意する。

 身を半ば乗り出して、ジュースをまだ美味しそうに飲んでいるゼロの目を、真っ直ぐに見詰め切り出した。

 

「ゼ……ゼロさんっ、あのう……何か困っていませんか?」

 

「へっ……?」

 

 ゼロは間抜けな声を出してポカンとする。フェイトは自分の話の切り出しの下手さに、内心ガッカリしながらも、

 

「ひょっとして誰かに脅されたり、酷い目に遭わされたりして、どうしようもなくなってないですか……? 悩みがあれば……わっ、私なんかで良ければ聞きます……いえ聞かせてください!」

 

 滅茶苦茶な問いだったが、今まであまり他人と接した事の無い彼女にとっては、これが精一杯だった。それでも自分なりに考えたのである。

 それでも一応ポイントは突いている問いだ。つまりゼロに『私はウルトラマンゼロが貴方だと気付いている』 と匂わせたのである。

 本人ならば、此方の言っている意味が判る筈。フェイトは何かしらの反応が有ると踏んでいた。

 

 その場を一瞬沈黙が支配する。周りの親子連れの声やカップルの発する喧騒が、妙に大きく耳に入った。 フェイトは自分がひどく緊張しているのを自覚する。

 息を呑んで答えを待った。ゼロはしばらく無言だったが、ようやく口を開く。

 

「ありがとよ……気持ちだけ貰っておくぜ……」

 

 苦笑すると、身を乗り出していたフェイトの頭をポンと叩いた。不自然な様子は全く無い。フェイトは拍子抜けしてしまった。

 

(全然反応が無い……?)

 

 目の前の少年は至って普通だった。全く動じていない。何故嘘や隠し事が下手なゼロが、平然としているのか?

 答えは簡単である。自分の正体が疑われているなど、まるで気付いていないのだ。フェイトが今言った事も大袈裟ではあるが、純粋に彼女の善意から出た言葉だと受け取ってしまったのだ。

 少々情けないが、鈍い故の勝利と言った所である。

 

 実はこの辺り、ザフィーラの計算通りと言えた。守護の獣は疑われている可能性も有る事を、ゼロに全く話していない。

 隠し事が下手なゼロに取り繕わせるより、素で話させた方が却って安全だと判断したのである。どうやら読みが功をそうしたようだ。

 

 フェイトは全ては自分の思い込みだったのかと思ったが、どうも釈然としない。首を捻っていると頭に突然声が響いた。

 

《フェイト、聴こえるかい?》

 

 アルフからの思念通話だ。何か有ったらしい。

 

「すいません……ちょっと……」

 

 フェイトは着信があった素振りをして断りを入れ、席を立つと少し離れた位置に移動し携帯を掛けるふりをする。

 

《どうしたのアルフ……?》

 

《一応伝えておいた方がいいと思って……さっきウルトラマンゼロの姿が、監視装置に捉えられたんだよ!》

 

「えっ……?」

 

 思わずフェイトは声を漏らす。こうなるとウルトラマンゼロと彼は別人と思わざる得ない。決定的だった。

 

《じゃあ、直ぐにそっちに戻るよ……》

 

《あっ、でも直ぐに見失ったんだけどね……だから今の所は、別に戻らなくても大丈夫だよ。それにフェイト今はゼロと一緒なんだろ?》

 

 ゼロに電話した時にはアルフも話している。 誤魔化せないので彼女には会う事を言ってあるのだ。疑惑の件まではまだ話していない。

 

《ううん……一応戻るよ、何があるか分からないし……》

 

《分かったよフェイト》

 

 思念通話を終えたフェイトは、テーブルに座っているゼロを見る。ホッとした反面、残念だという想いが入り交じった、複雑な気持ちになってしまった。

 

(……やっぱり私が勝手に、思い込んでただけだったのかな……?)

 

 そうは思いつつも急用が出来たので、おいとまする事をゼロに告げる。

 

「すいません……呼び出しておいて……」

 

「なあに気にすんな、車には気を付けて帰れよ? アレは危険だからな」

 

 申し訳なく思い頭を下げるフェイトに、ゼロは特に気にもせず屈託なく笑う。

 フェイトは車で念を押されて、子供扱いされたと感じ少し不満だったが、この人が辛い目に遭ってないと分かっただけでも良かったと思った。

 

「では失礼します……今日はありがとうございました……」

 

「じゃあなっ」

 

 表に出た2人はその場で別れ、それぞれの目的地へと向かう。ふとフェイトは帰り際に引っ掛かるものを感じた。

 

(何だろう……?)

 

 一旦立ち止まり、違和感が何かをしばらく考えてみる。先程のゼロとのやり取りの記憶を手繰ってみた。

 

「あれっ……?」

 

 ようやく違和感の原因に思い当たったフェイトは、小さく声を上げていた。

 

(私……リンディ提督の名前出したかな……?)

 

 振り返ると、既にゼロの姿は何処にも見当たらない。

 

「……やっぱり私……提督の名前を一度も言ってない……」

 

 間違いなくリンディの名前を口にしていない。なのにゼロは知っていた……

 冷たい北風が、金髪をなぶるように巻き上げ た。フェイトは困惑してその場に立ち尽くしてしまった……

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「たっだいまあ~っ」

 

 数日後、駐屯マンションに、エイミィの元気な声が響いた。買い出しを終えて帰って来たのである。フェイトとアルフは、丁度来ていたなのはと一緒に出迎える。

 キッチンで食事の仕度を始めたエイミィを手伝おうと、フェイトとなのはも集まった。エイミィは袋から取り出したカボチャを、フェイトに軽く投げ渡そうとするが、

 

「あっ……」

 

 ものの見事にフェイトは受け止めそこね、カボチャを床に転がしてしまった。

 

「ごめん、ボーッとしちゃって……」

 

 慌ててカボチャを拾い上げる。その様子を見ていたなのはは、ビーフジャーキーを貰ってご満悦の子犬フォームアルフに、こっそり念話で、

 

《フェイトちゃん、ここの所ちょっとボーッとしてますよね? やっぱりウルトラマンさんの事気になってるんでしょうか……?》

 

《この間1人で出掛けてから、ああなんだよねっ、多分……おおっと、後は本人に聞いとくれっ》

 

 アルフはニヤニヤして、途中で答えるのを止めてしまった。

 

《ええっ? 何の話ですか?》

 

 なのはとアルフがこっそり見当違いな話をしている横で、エイミィが周りを見回している。リンディも他のクルー達の姿も無いようだ。

 それについてはフェイトが答える。どうやら整備を終えた『アースラ』に武装追加が済んだようで、リンディ達は『本局』に出向いたようだ。 武装追加の件を聞いたエイミィは表情を引き締めた。

 

「武装ってえと……『アルカンシェル』か……あんな物騒なもの……最後まで使わずに済めばいいんだけど……」

 

 心配そうな様子である。アースラの追加武装はかなりのものらしい。フェイトも名前だけしか聞いた事が無い。クロノも不在で、戻るまではエイミィが指揮代行を任される事になったようだ。

 

「責任重大っ」

 

 子犬アルフの冷やかしに、エイミィはフェイトが持ったままだったカボチャを撫でながら、 おどけた口調で、

 

「それもまた物騒な……まあ……そうそう非常事態なんて……」

 

 カボチャを受け取るのと同時だった。赤い警告灯と共に、非常事態を告げるアラーム音が部屋に鳴り響いた。

 

「!?」

 

 唖然とカボチャを床に落としてしまうエイミィだったが、直ぐに気持ちを仕事モードに切り替える。伊達にアースラでリンディ、クロノに次ぐ指揮権を持たされている訳では無い。

 

「フェイトちゃん、孤門さんに連絡を! 直ぐに此方に来てもらって!」

 

「うんっ」

 

 フェイトは孤門を呼び出す為に、携帯を取り出した。

 

 

 

つづく

 

 

 





 砂塵渦巻く異世界。三度相まみえるウルトラマンゼロ達八神家と、ウルトラマンネクサス達アースラメンバー。そして遂に奴らが……

 次回『死闘の始まり-ドーンオブ・バトル-』


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第50話 死闘の始まり-ドーンオブザバトル-

 

 

 2つの太陽の強烈な日差しが、砂塵渦巻く大地に降り注いでいた。見渡す限りの砂砂砂。

 この世界は砂漠のみの無人の次元世界である。とても人間の住める世界ではなかった。 しかしそんな世界でも生物は生息している。

 無数の巨大な竜の如き魔法生物が砂の中をグネグネと蠢き、シグナムを取り巻いていた。

 

「厄介な相手だな……少し集め過ぎたか……」

 

 女騎士は乱れた呼吸を整えようとしながら、舌打ちせんばかりに呟く。

 纏めて『蒐集』しようと、魔法生物群、砂竜を誘い出したまでは良かったが、予想外の数が集まってしまったようだ。

 共にゼロとザフィーラも来ているが、自在に砂の中を移動する相手に翻弄され、分断されてしまっている。

 数の多さに加え、鯱のように群れでの連携で獲物を追い詰める砂竜に、シグナムも疲労して来ていた。ただでさえ、連日の戦闘で消耗が激しい。

 連続の『蒐集』に『スペースビースト』との死闘までと来れば、流石のシグナムも堪えるのは仕方あるまい。

 

 包囲を狭めて迫る砂竜の群に、牽制を掛けようとシグナムが左手を翳すとほぼ同時に、砂竜のおぞましい開口部から矢のように触手が伸び た。

 

「!?」

 

 思わぬ攻撃に、シグナムの反応が僅かに遅れてしまう。飛び上がる前に数本の蛇のような触手が絡み付き、女騎士の身体をがんじがらめに縛り付けてしまった。

 

「しまった……!」

 

 捕らわれてしまったシグナムの柔肌に、触手がギリギリと更に食い込み全身が軋む。

 

「うわあっ……!」

 

 彼女は堪らず苦痛の声を漏らしていた。豊満な胸や太股がおぞましい触手に締め上げられ、艶かしく胸が絞り上げられる。

 このまま引き裂いて捕食するつもりなのか、触手を吐いている砂竜が巨大な口を更に開けて迫る。

 その時、銀色に光る物体が高速で飛来した。『ゼロスラッガー』だ。一対の宇宙ブーメランは、瞬時にシグナムを捕らえていた触手を一度に切断した。

 

『シグナム、大丈夫か!?』

 

 等身大のウルトラマンゼロが呼び掛ける。包囲網を蹴散らして駆け付けたのだ。

 

「済まんゼロ、大丈……」

 

 拘束から脱出したシグナムが礼を言おうとすると、ゼロはとても怒った様子で肩を怒らせ砂竜を指差し、

 

『てめえっ! はやてと俺のおっぱいに何してやがる!!』

 

「なななな……っ、何を言っているのだお前はっ!?」

 

 とんでもない文句を付けるゼロに、シグナムは顔を真っ赤にして抗議した。ゼロの中ではそういう位置付けになっているらしい。

 しかし言い合いをしている暇は無かった。シグナムの後ろから、先程の砂竜が再び迫る。

 

『シグナム後ろだ!!』

 

「ちいっ!」

 

 シグナムがレヴァンティンを構えて振りくと 同時だった。

 

《thunder braid》

 

 十数発の金色の槍が、砂竜に次々と突き刺さった。更にくの字形の光刃が、ゼロ達の周りで牙を剥いていた砂竜の群れに降り注ぐ。

 突き刺さった金色の槍が砂竜の躯に食い込むと、一斉に大爆発を起こし、光の刃が砂竜の群れを切り裂いた。

 

『!?』

 

 ゼロとシグナムが上空を見上げると、光る魔方陣の上に立つフェイトに、人間大の『ウルトラマンネクサス』が宙に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、分断されはぐれてしまっていた青年姿のザフィーラの前に、少女姿のアルフが現れていた。

 

「ご主人様が気になるかい?」

 

「お前か……」

 

 向こうでの爆発音が気になるザフィーラを、アルフは挑発するように睨み付け、

 

「ご主人は1対1……こっちも同じだ……またゼロを利用しようとしても、孤門が押さえてくれる……」

 

「シグナムは我らの将だが……主では無い!」

 

 ザフィーラは拳を構えて否定の言葉を発する。

 

「アンタの主は『闇の書』の主って訳ね?」

 

 アルフは不敵に笑い、同じく拳を構えてザ フィーラに対峙した。

 

 

 

 

 

 

《ちょっと2人共、助けてどうすんの? 捕まえるんだよ!》

 

 フェイトと孤門ネクサスに、状況をモニターしていたエイミィから、注意の連絡が入っていた。ネクサスは苦笑するように肩を竦める。

 どうやら転移早々フェイトが助けに入ったのに、思わずつられたらしい。

 一方助けられた形になったシグナムは、上空のフェイトを見上げ、

 

「礼は言っておこうテスタロッサ……だがお陰で『蒐集』対象を潰されてしまった……」

 

 攻撃を食らった砂竜達は死んではいないようだが、これで『蒐集』を行っては死んでしまう可能性がある。無益な殺生を堅く誓った身としては、もう魔力を奪う事が出来ない。

 

 憮然とカートリッジを愛刀に補給するシグナムだが、フェイトは真剣な目で白い女騎士を見据え、

 

「お邪魔でしたでしょうが……私には確めなくちゃいけない事がありますから……」

 

 その紅玉色の瞳には、強い決意が見て取れる。つい助けてしまったと言う訳では無いようだ。フェイトは砂漠に降り立ち、シグナムと向かい合った。

 

 

 

 

 

 

『ネクサス……どう言うつもりだ?』

 

 不信感全開のゼロの問いに、ネクサスは軽く首を竦めて見せる。

 

『何……たまたま釣られただけさ……それよりも、今日こそは決着を着けようか……?』

 

 その白色に輝く両眼が、ギラリと輝きを増した。

 

 

 

 

****

 

 

 

 時間は少しだけ巻き戻る。『アースラ』の試験航行の為『本局』に戻っていたリンディは、『ギル・グレアム提督』の元を訪れていた。

 

「久し振りだね……リンディ提督……」

 

 グレアムはリンディに執務室のソファーを勧め、静かに挨拶を切り出した。

 

「ええ……」

 

 リンディも頭を下げ挨拶をする。向かい合う2人には、僅かにギクシャクしたものが有った。それもグレアムが一方的に気を使っている、そんな雰囲気である。

 

「『闇の書』の事件に、ビーストも関わって来たらしいね……? 進展はとうだい……?」

 

 やはりグレアムの元にも、スペースビーストの件は行っていたようだ。

 

「中々難しいですが……此方には孤門さんも居ますし、上手くやって行きたいと思います……」

 

 リンディは相手にあまり気を使わせないように、敢えて何でも無いように答えた。出されたお茶を、何時もより三割増し美味しそうに飲んで見せる。しかしグレアムは自嘲を込め、

 

「君は優秀だ……私の時のような失敗はしないと信じてるよ……」

 

 その言葉に込められたものを察したリンディは、改まった様子で、

 

「夫の葬儀の時、申し上げましたが……あれは提督の失態などではありません……あんな事態を予想出来る指揮官なんて居ませんから……」

 

 自分を責める必要は無いとの意味も含めて、ニッコリと微笑んだ。

 

 11年前の『闇の書』事件で、発動前に書を押さえる事に成功し、次元航行船で搬送中だったリンディの夫『クライド・ハラオウン』しかしその途上、突然想定外の暴走を『闇の 書』が起こしてしまった。

 クライドは暴走体の被害を抑える為に他のクルーを脱出させ、1人艦に残り犠牲となった。

 その際直接の責任者であったグレアムは、『アルカンシェル』でクライドもろとも『闇の書』を消滅させるという、苦渋の決断をしなければならなかったのだ。

 やむを得ない措置であった。クライドも暴走体を抑える為、覚悟の上で艦に残ったのだ。誰が悪い訳でも無い。しかしグレアムはそう簡単に割り切れないのだろう。リンディはそう思う。

 

 私は貴方を恨んでなどいません。そんな想いを込め、リンディは再び微笑んだ。グレアムは無言でその微笑を見詰める。その瞳には温厚な光以外に、別のものが混じっているようであった。

 

 

 

 

「ミライさん、これ何処に有ったんですか!?」

 

 『無限書庫』で検索作業を続けていたユーノは、ミライから手渡された本を見て興奮の余り声を上げていた。

 

「たまたまその辺りを探していたら、ひょっこり出て来たんだよ……」

 

 ミライは努めて何でも無い風に、下方の本棚を指差した。

 彼が持って来た本は、そのものズバリの本と言う訳では無かったが、捜索のヒントにするには十分なものだ。これでかなり絞り込める筈である。

 だがユーノはそこで少し妙な顔をし、ミライが示した本棚を見た。

 

「……おかしいなあ……? あそこは前に調べた筈な んですけど……見落としてしまったんですか ね……?」

 

 少々納得が行かないようで、しきりに首を傾げている。

 

「あっ、でもかなり奥の方に紛れ込んでいたからじゃないかな? 僕も偶然目に入らなかったら見逃してたよ……」

 

 ミライの少々ぎこちない説明に、ユーノはそういう事も有るかと気を取り直した。何故ミライが慌て気味に見えるのを少し妙に思ったが、今はそれ所では無いと思い、

 

「でも、これで取っ掛かりが出来ました。ドンドン進めて行かないと」

 

「うん頑張ろう、それらしい本を持って来るね」

 

 ミライは早速棚から何冊も本を取り出し持って来る。ユーノは俄然張り切った。此方も負けじと検索魔法を開始する。

 ミライは凄まじいまでの速度で本をめくって行く。更には秘かに透視能力も併用し、何冊も纏めて数十秒で読破していた。その速度は検索魔法に劣らない。ユーノは改めてミライの能力に感嘆した。

 

(ミライさん凄いや……記憶力が凄い所の話じゃ無い……魔導師の『マルチタスク』より凄いんじゃないかな……?)

 

 マルチタスクとは、2つ以上の事を同時に思考し、進行する事が出来るスキルである。 しかしユーノには、ミライの頭脳がそれ所では無いように見えた。

 それはそうだろう。人間の数百倍の頭脳を持っているのだから。 ミライはユーノの尊敬の眼差しに苦笑するしか無いが、

 

(ユーノ君が見落としていた訳じゃないよ…… 君の能力なら、もっと探索を進められていたのは間違いないんだ……)

 

 凄まじい速度で本をチェックしながら、一瞬見えない何者かに対するように鋭い視線を向ける。

 

(ユーノ君……いや、君だけじゃ無い……この世界の人々全てが、無意識の内に『闇の書』関連と、恐らくもう一つの事に関して抑制が掛けられているんだよ……)

 

 どうやらミライはその見えない敵に対抗する為に、本局に入り込んだようだ。彼は容易ならざる影を感じ取っていた。

 ミライ『ウルトラマンメビウス』はまだ動く事が出来ない。下手に動けば被害が出る可能性が高かった。迂闊に動ける状況では無い。今見えざる敵に存在を知られていないのはメビウス 唯1人。

 

(ゼロ……今は耐えてくれ……!)

 

 ミライは苦闘を続けている筈のゼロに、心の中で詫びるのであった。

 

 

 

 

 クロノとリーゼアリアの前に、ドックで整備を終えたアースラの銀色の船体が、鈍く光を反射し鎮座していた。その下部に新たな装備が取り付けられている。

 

「結局……封印手段は『アルカンシェル』になってしまったな……」

 

「仕方無いよ……他に無いもんねぇ……あんな大出力が出せる武装……」

 

 気が進まない様子のクロノに、リーゼアリアは事実を述べる。しかしクロノは出来れば使わないで済ませたかった。 今回アースラに搭載された武装『アルカンシェル』は、威力は大きいが周囲の被害が大き過ぎ る。

 

「だが『ダークザギ』の事もある……どうなる か……」

 

 不確定要素が多過ぎた。『闇の書』と『ダークザギ』孤門の言う通りならば、ザギも『闇の書』に劣らぬ、それ以上の脅威になるかもしれない。

 

「まあどっちでも、アルカンシェルを食らえばひとたまりも無いよ……でも『闇の書』も 『ダークザギ』も結局復活して、問題を先送りするだけなんだけどね……」

 

 リーゼアリアの言う通りではある。『闇の書』は一旦は消滅しても、また数年後には新たなマスターの元に転生するだろう。

  『ダークザギ』も情報体だけになっても復活出来ると孤門から聞いている。結局はその場凌ぎなのだろうが、クロノは首を振り、

 

「それでも……その場で大きな被害が出るより、ずっといい……」

 

「まあね……」

 

 リーゼアリアはクロノらしい返事に、少しの間の後、同意の返事をしておいた。繰り返しになろうと、手をこまねいている訳にはいかないのだ。

 クロノは搭載されたアルカンシェルを、複雑な想いと共に見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 熱砂の中、シグナムとフェイトは静かに対峙していた。ゼロとネクサスも離れた場所で、同じく対峙している筈である。

 じりじりと照り付ける灼熱の陽光の中、シグナムは愛刀の刃を返し、

 

「預けた勝負は出来れば後にしたいが、速度はお前の方が上だ……逃げられないなら戦うしか無い……退いてはもらえんだろうな……?」

 

「はい……退くつもりは有りません……私はこの戦いで答えを見付けます……!」

 

「答え……?」

 

 フェイトの並々ならぬ決意を感じさせる言葉に、シグナムは何か感じ入るものがあった。黒 衣の少女は愛機を掲げ、

 

「全てはシグナム……あなたと全力を尽くして戦ってからです……!」

 

「面白い……」

 

 シンプルな答えに、剣の騎士は微笑を浮かべ た。今日のフェイトからは、前回までの暴走気味の怒りが感じられない。

 静かな戦意を放ち、無駄な力も入っていなかった。一味違うとシグナムは少女の変化を敏感に感じ取る。

 2人は互いのデバイスを向け合い相対した。しばらくの間両者共動かず、沈黙が続く。周囲の灼熱の大気がひしひしと張り詰め、密度を増して行くようだった。

 両者の気が頂点に達した瞬間、均衡を破ってフェイトは猛スピードで先に飛び出した。シグナムは瞬時に反応し、熱砂を蹴って迎え撃つ。戦いが始まった。

 

 フェイトは突撃を掛けると同時に回転し、遠心力を利用してバルディッシュの一撃を打ち込む。シグナムはそれに合わせ、レヴァンティンでの斬撃を放つ。

 

 激突し火花を上げる互いのデバイス。すれ違い様に2撃目を入れ合うが、双方とも防御し合い決定打には至らない。

 フェイトは並外れたスピードを生かして背後に回りバルディッシュを叩き込むが、シグナムは神速の反射神経でその一撃を受け止める。

 

「くわあっ!」

 

 鋭い気合いと共に、間髪入れずバルディッシュごとフェイトを吹き飛ばす。砂塵を上げて制動を掛ける少女に、蛇腹状に変化させたレヴァンティンが、生き物のように襲い掛かる。

 

「ハーケン・セイバァァッ!」

 

 フェイトはバルディッシュを電光の大鎌に変え、レヴァンティンの包囲陣の隙間を突いて、刃先をブーメランのように飛ばす。

 

「ちぇすっ!」

 

 シグナムはブーメランを、レヴァンティンの柄部分のみで弾き返す。それと同時にシュランゲル・フォルムの包囲陣が、大蛇が獲物を締め上げるが如くフェイトに襲い掛かった。

 

 その場所がフェイトごと爆発したように、砂の柱を巻き上げる。だが既に彼女はその場所に居なかった。 それ所か脱出前に放っていた、2撃目のハー ケン・セイバーがシグナムを襲う。咄嗟に上空に飛んで逃れた女騎士だったが……

 

「!?」

 

 更に上空に移動していたフェイトが、バルディッシュを振り上げ、高速で降下して来る。砂塵を目眩ましにしたフェイント攻撃。

 シグナ ムは完全に虚を突かれた形になった。レヴァンティンはまだ蛇腹状態で、防御が間に合わない。

 行けると踏んだフェイトはバルディッシュを降り下ろす。しかしその斬撃はシグナムの目前で、しっかりと受け止められていた。

 

「鞘っ!?」

 

 それはレヴァンティンの鞘だ。防御が間に合わないと瞬時に判断したシグナムは、左手に出現させた鞘で攻撃を受け止めていた。

 並外れた戦闘センスである。鞘のみで高速で打ち込まれる斬撃を受け止めてしまったのだから。

 

「はああっ!」

 

 一瞬動揺したフェイトに、シグナムの強烈な回し蹴りが飛ぶ。辛うじて防御した少女は砲撃魔法を連射し、その隙に距離を稼ぐ。その間にシグナムはレヴァンティンを剣形態に戻した。

 

 砂漠に降り立った2人は、カートリッジをデバイスに込める。それも僅かな事、フェイトの周りに金色の魔方陣が展開され、右手に電光が集中して行く。

 

「プラズマ……」

 

 シグナムはレヴァンティンを上段に振りかぶる。その足元に紫色の魔方陣が現れ、竜巻の如く渦を巻いた。

 

「飛竜……」

 

 フェイトが右腕を突き出し叫ぶ。

 

「スマッシャアァァァッ!!」

 

 金色の砲撃魔法が発射され、砂漠を抉りながら直進する。シグナムはその場を動かず、再び蛇腹状に変化させたレヴァンティンを、螺旋を描くように振り、

 

「……一閃っ!!」

 

 裂帛の気合いで放たれた紫色の斬撃波が、唸りを上げて金色の砲撃魔法と激突する。雷と炎がぶつかり合い爆発を起こした。

 

 飛び散る砂の中、同時に上空に飛び上がっていた女騎士と黒衣の魔法少女は、カートリッジをロードする。

 

「はあああああっ!!」

 

「ああああああぁぁっ!!」

 

 レヴァンティンとバルディッシュが激突して強烈な光を放つ。嵐のような斬撃の応酬が再び始まった……

 

 

 

 

 空中で互いの拳をぶつけ合うザフィーラとアルフ。戦いはもう何合にも及んでいた。

 全力で激突し続けた2人は、流石に肩で荒い呼吸をしている。アルフは消耗を吹き飛ばす勢いで、怒りの表情でザフィーラに向かい叫んだ。

 

「アンタも使い魔……守護獣ならさ……ご主人様の間違いを正そうとしなくていいのかよ!? ウルトラマンゼロまで利用して、恥ずかしくないのか!!」

 

 その叫びには彼女自身の苦い想いが込められていた。以前おかしいと思いつつも、命令に従い続けた結果が思い起こされる。

 『プレシア』を乗っ取った『ヤプール』に良いように利用された挙げ句、フェイトは心身共に追い詰められ、絶望の中で死よりも酷い最期を迎える所だったのだ。

 アルフにはザフィーラが、以前の自分とだぶって見えるのだろう。それ故に守護獣の行動が我慢ならないのだ。

 黙ってアルフの怒りの叫びを聞いていたザフィーラ だが、眉間に険しい皺を寄せると、キッと彼女を見据え、

 

「『闇の書』の『蒐集』は我らが意思……! そして我らが主は我らの行動をご存知無い!」

 

「何だって!? そりゃ一体!?」

 

 予想外の台詞を聞いて、アルフは混乱してしまった。そしてザフィーラは強く拳を握り締め、

 

「そしてこれだけは言っておく……ゼロは誰にも恥じるような真似は何一つしていない! 我らもだ……主に誓って……!」

 

 その拳は血が滲む程握り締められていた。自分達はいい……過去にそれだけの事を命令のままにして来た……信用されるとはザフィーラも思ってはいない。

 

 だが何も知らない、自分達を家族と言ってくれた優しいはやてと、真っ直ぐなゼロが悪事に加担していると思われるのだけは我慢ならなかった。

 

 あの2人にどれ程救われた事か……寡黙な戦士は、これだけは言っておきたかったのだ。

 アルフにはその言葉が嘘とは思えなかった。その言葉には、血を吐くような真実の響きが感じられるような気がした。

 

「恥じるような事はしてない……? それが本当なら、何で話をしないんだい!?」

 

 ザフィーラは重々しく首を横に振る。

 

「我らは元々追われる身……存在が知られた時点で既に遅いのだ……我と同じ守護の獣よ……我らは主の為何が有ろうと進むしかない……お前もまたそうでは無いのか……?」

 

 再び拳を構える守護の獣。その姿は物悲しく見えた。

 

「そうだよ……でも……だけどさっ!」

 

 アルフの困惑した声が、砂漠に虚しく木霊する。ザフィーラはこれ以上の問答は無用とばかりに、アルフ向かって突進した。

 

 

 

 

 シグナムとフェイトが戦っている場所から遥かに離れた砂漠地帯に、2体の巨人ウルトラマンゼロと、ウルトラマンネクサスが対峙していた。

 複数の太陽の強烈な陽射しが、互いの銀色の顔でギラリと反射する。

 

『ウルトラマンゼロ……今日は本気で掛かって来てもらおうか……』

 

 ネクサスは静かに、しかし挑発を掛けるように言い放った。

 

『何だと!?』

 

 いきり立つゼロに構わず、ネクサスは静かに言葉を続ける。その様子は、突っ掛かる不良学生に何事かを言い聞かせる、新任教師に見えなくも無い。

 

『君が2度の僕との戦闘に、躊躇いがあったのは判っている……でも本気を出さないとウルトラマンゼロ、君は今日此処で死ぬ事になる!』

 

『何故俺を目の敵にする!? こうしてる事自体、敵の思う壷だぞ!!』

 

 ゼロは堪らず叫んでいた。こんな状況は馬鹿馬鹿しい限りとしか思えない。本当の敵は影でほくそ笑んでいるに違いないのだ。

 

『……どう言う意味だい……?』

 

 ネクサスはゼロの言っている意味が解らない様子だった。ならばとゼロは、

 

『最初っから全部罠なんだよ! 俺達は誰1人 襲ってなんかいねえ! 俺達の偽者が暴れてやがるんだ!!』

 

『……偽者……?』

 

 ネクサスは不審そうに首を捻る。疑っているようだ。ゼロは身を乗り出し更に訴える。

 

『そうだ、何が目的か知らねえが、俺達を噛み合わせて、何かたくらんでる奴が居やがるんだ! きっと『ダークザギ』の仕業に違いない!!』

 

『……ダーク……ザギだって……?』

 

 ネクサスはハッとしたように首を捻る。彼方の態度から見ても、ザギとは因縁があるとゼロは踏んでいた。脈ありと見て、

 

『そうだ、本当ならやり合う必要なんか無えっ! 敵に良いようにされちまうだけだぞ!!』

 

 必死の呼び掛けにネクサスは、しばらく考えているようだった。しかし振り払うように首を振ると、ゼロを真っ正面から見据え、

 

『それが本当だとしても、僕は君を倒さなければならない……!』

 

『なっ!?』

 

 明確な拒否の言葉であった。ゼロは愕然と声を漏らしてしまう。信用されなかったかと肩を落とし掛けるが、ネクサスは両眼の光を強めて、

 

『君が人を襲っていなくとも、僕のやる事は変わらない……ウルトラマンゼロ、君の存在自体が次元世界に災いをもたらし、最悪の破滅を招く!』

 

『な……何だと!? そんな馬鹿な話があって堪るかあっ!!』

 

 理不尽にも聞こえるネクサスの予言じみた言葉に、ゼロは怒りで叫んでいた。そんな漠然とした理由で、死ねとでも言うのかと怒りがこみ上げる。ネクサスは哀しげにゼロを見据え、

 

『そうだ……君にとっては理不尽極まりない話 だ……とても納得は出来ないだろうし、今此処で殺されるつもりも無いだろう……?』

 

『当たり前だ! そんな馬鹿が居てたまるかよ!!』

 

 怒りの声を上げるゼロに、ネクサスは巨大な拳を掲げて見せ、

 

『なら、その手に運命を打ち砕き、大切な者達を守り抜く力が有ると言うのなら戦え! 僕は君を倒す! 此処で死ぬようなら、君は誰1人救えない!!』

 

 その銀色の巨体に、身を刺すような鋭い殺気が満ちた。本気でゼロを倒すつもりだ。一体ネクサスにどんな事情が有ると言うのだろうか?

 

(やるしか無えっ!!)

 

 ゼロは覚悟を決めた。ネクサスは本気で殺しに掛かって来る。はやて達を置いて、此処で死ぬ訳にはいかない。 左腕を突き出し『レオ拳法』の構えをとる。

 ネクサスも拳を突き出し半身に構えた。2人の巨体に噴き出すようなエネルギーが渦巻き、全身の細胞が咆哮する。

 

『ディヤアアアアアッ!!』

 

『シェアッ!』

 

 爆発したように砂塵が舞い上がる。2体の巨人は砂漠を揺るがして激突した。

 

 

 

 

 

 ぶつかり合うゼロとネクサスの戦いを、高見の見物とばかりに見下ろしている者達が居た。複数の太陽に紛れて空中に浮かぶ、漆黒と橙色の巨人。真っ赤に輝く単眼の『ダークロプスゼロ』であった。

 その巨大な掌に立つ2つの人影。その内の1人、もう1人のダークロプスは紅い両眼で地上を見下ろし、

 

『さてと……そろそろ挨拶と洒落込まねえとな……?』

 

 隣に立つ人物に、不気味な程陽気に話し掛ける。その様子は愉しくて仕方無いと言った様子だった。決定的な何かが壊れたような明るさ……

 

「はい……我が主……」

 

 上空の強い気流に、八重桜色のポニーテールをなびかせて、白と紅の騎士服を纏った女は静かに頷いた。

 

 

 

つづく

 

 




次回予告

 激突するゼロとネクサス。シグナムとフェイト。そして双眼のダークロプスの行動は? その本当の姿とは?

 次回『鏡像-ミラーイメージ-』


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第51話 鏡像-ミラーイメージ-

 

 

 灼熱の大気を切り裂き、唸りを上げて巨大な拳同士が激突した。

 『ウルトラマンゼロ』と『ウルトラマンネクサス・ジュネッスブルー』互いの鋼鉄より強靭な拳がぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 

『オラオラオラオラオラオラアッ!!』

 

『シェアアアアアアアァァッ!!』

 

 暴風雨のようなラッシュの応酬だ。砲弾をぶつけ合うような、耳をつんざく激突音が砂漠に木霊す。

 互いの身体に高層ビルをも粉々に打ち砕く、強力無比な拳が打ち込まれる。

 いくら超人と言えど、痛覚の無い機械でもロボットでも無い2人は痛みを感じている筈だが、退く事など考えの外とばかりに一歩も退かない。譲れぬものが有るのだ。

 

 荒々しい攻撃を繰り出すゼロに対し、ネクサスも普段の穏やかさをかなぐり捨てて、嵐のようなラッシュを繰り出す。

 破壊の鎚(つち)と化した巨拳が、双方の胸部、腹部、腕部にぶち抜けとばかりに叩き込まれる。

 大きくモーションを取ったゼロとネクサスの猛烈な右ストレートが、同時にお互いの顔面に打ち込まれた。ゼロコンマ1秒にも満たない一瞬の静止。

 

『ガッ!』

 

『ウオオオッ!』

 

 次の瞬間2体の巨人は血の如き火花を上げて、至近距離で爆撃を受けたように後方に吹き飛んだ。

 互いの凄まじいパワーの余波で、砂塵が盛大に巻き上がる。ゼロとネクサスは砂漠を踏み締め制動を掛けた。

 距離を置いた状態となった2人は、砂漠を揺るがして天高く跳躍する。巨体が重力の枷を振り切って、矢の如く宙を駆けた。

 ゼロの赤熱化した右脚と、ネクサスのエネルギーが込められた右脚が飛ぶ。『ウルトラゼロキック』と『ジュネッスキック』の打ち合いだ。

 互いのキックが激突し交差する。互角だ。だがすれ違い様にネクサスは、光刃『パーティクル・フェザー』を連射する。

 

『これしきぃっ!』

 

 ゼロは額のビームランプから『エメリウムスラッシュ』を掃射、光刃を叩き落とし、砂丘を更地にして着地する。ネクサスもほぼ同時に砂漠に降り立った。

 逸れた光刃と破壊光線の流れ弾で、周囲が爆撃でも浴びたように吹き飛ぶ。

 着地と同時に2人は電光に勝る速さで対峙し、必殺光線の構えを取る。ゼロは両腕をL字型に組み、ネクサスは右腕に光の弓を形成する。

 

『デリャアアアアッ!!』

 

『シュワアアアッ!!』

 

 青白い光の奔流と、光の弓が真っ向からぶつかり合う。『ワイドゼロショット』と『アローレイ・シュトローム』が激突し、対消滅したエネルギー波が大爆発を起こした。

 これが市街地であったら、既に街の一つや二つ跡形も無く消し飛んでいるレベルである。ゼロは爆風の中一歩も退かず、頭部の『ゼロスラッガー』を両手に構え、

 

『どうした? 今日はお得意の『メタ・フィー ルド』は使わなねえのかよ?』

 

『此処は無人の世界だ、砂竜も逃げてしまっては必要無いだろう? それにハンデ抜きの方が君も納得すると思ってね……』

 

 ネクサスも『アローアームド・ネクサス』を発動し、光の剣『シュトロームソード』を構えて静かに応えた。

 一見余裕に満ちた態度に見えるが、そうでは有るまいとゼロは判断する。既に『メタ・フィールド』は、ネクサス自身に非常に負担を掛けるらしいと見破っていた。

 諸刃の剣と言う訳だ。周囲に被害を出さない為の能力なのだろう。

 その心配が無い今、エネルギーの損耗を避けたのだ。全力でゼロを倒しに来ている。光の剣が輝きを増した。

 

『後悔すんなよ! 手加減抜きってほざいたのはお前だ!!』

 

 此方も全力で行かないと殺られる。ゼロは2本のスラッガーをピタリと空中に静止させた。

 

『デリャアアアッ!!』

 

 強烈な回し蹴りで、スラッガーを同時に蹴り飛ばす。スラッガーにキックのパワーを上乗せした『ウルトラキック戦法』だ。ゼロ流の『セブンのウルトラノック戦法』と言う所である。

 化鳥(けちょう)の如くネクサスに襲い掛かるスラッガーの速度とパワーは、通常投擲の比では無い。

 

『シェアッ!』

 

 ネクサスは初撃を『シュトロームソード』の一閃で跳ね返そうとするが、降り下ろしたソードはスラッガーのパワーに弾かれ、右腕ごと跳ね上げられてしまった。

 

『しまった!?』

 

 怯むネクサスに、2撃目のスラッガーが襲い掛かる。その時左腕の『アームド・ネクサス』 のクリスタル部が青い光を放った。

 光を放つアームドが変化、右腕のみの装備だった『アローアームド・ネクサス』を左腕にも形成し、もう1本の光の剣が伸びた。

 

『ウオオオッ!!』

 

 ネクサスは雄叫びを上げ、2撃目のスラッガーをもう一振りのソードで叩き落とした。 『シュトロームソード・二刀流』 青い巨人はソードを胸の前でクロスさせ、 ガッチリと構える。

 その姿は古代の巨人神を思わせる勇猛さだ。組み合わされた光の剣の余剰エネルギーが、空中に放電現象を起こしている。

 

(こいつ……底が知れねえ……)

 

 弾かれたスラッガーを手にしたゼロは、ネクサスの潜在能力に脅威を感じざる得ない。

 

(出し惜しみしてたら殺られる!)

 

 まだ奥底に躊躇いが有ったようだ。だがそんな甘い相手では無い。腹を決めたゼロは、2本のスラッガーを1つに組み合わせる。

 スラッガーは目映い光を放ち、見る見る内に大きく形を変えて行く。そしてゼロの手の中スラッガーは、半円状の巨大な諸刃の剣と化し た。

 『ゼロツインソード』『べリアル』や『ダークロプス』などの数々の強敵を葬り去って来た、『プラズマスパーク』のパワーを秘めた必殺剣である。

 

 互いの必殺剣を構えたゼロとネクサスは、砂漠すれすれの高度で飛び出していた。砂塵が巻き上がる。

 飛び出すと同時に速度が音速を超え、腹に響く衝撃波を響かせて、2体の巨人達はマッハの速度で激突する。

 ギャキィィィンという、鼓膜を破りかねない程の鋭い激突音が、激しいスパークと共に響き渡った。

 弾き飛ばされたゼロとネクサスは、放物線を描いて吹っ飛び、盛大な地響きを立てて砂漠に背中から落下する。

 

『ぐはっ!』

 

 衝撃に思わず呻き声を漏らしてしまうゼロ。ツインソードの結合が解け、元のスラッガー状態に戻ってしまっている。限度を超えてしまったのだ。

 ネクサスの二刀流のシュトロームソードも消滅している。此方も限度を超えた激突に、耐えきれなかったようだ。

 しかしゼロとネクサスは再び立ち上がる。共にかつては世界を救った事のある筈の戦士同士の死闘。 無意味で虚しい戦いに見えた……

 

 それでも2人の戦いは終わらない。ゼロは2本のスラッガーを、胸部に放熱板の如くセットする。

 ネクサスも右腕をゼロに向け、光輝く巨大な弓と剣を形成した。その様は巨大な弓矢の如し。

 ゼロの胸にセットされたスラッガーが光を放ち、ネクサスの右腕の光の弓矢が強く輝く。互いの最大の必殺光線『ゼロツインシュー ト』と『オーバーアローレイ・シュトローム』 の発射態勢!

 

『食らええええぇぇぇっ!!』

 

『シェアアアアアアアッ!!』

 

 雄叫びと共に、ゼロの胸部から青白い光の激流がほとばしり、ネクサスの右腕から光の弓矢が空間を切り裂いて射ち出される。

 直視した者の網膜を焼き尽くす程の閃光を発し、2体の巨人戦士が居た場所一帯に巨大な爆発が起こった。

 

 

 

 

 澄みきった蒼天に、複数の月が点在して見える無人の異世界。

 ヴィータは1人、鬱蒼と生い茂ったジャングル地帯上空を、紅い騎士服をはためかせて飛 行していた。小脇には『闇の書』を抱えている。

 人工的なものが一切含まれていない濃厚な緑の大気の中、『蒐集』対象を求めてさ迷っていたヴィータに、シャマルから思念通話が入っていた。

 

「ゼロ達が!?」

 

 《うん、砂漠で交戦しているの……ネクサスにテスタロッサちゃんと、その守護獣の子と》

 

 一通りの状況を聞いたヴィータは、自分が今やるべき事を判断する。

 

(長引くと不味いな……助けに行った方がいい……)

 

 時間を掛ければ、掛けた分だけ此方が不利になる。愚図愚図していたら、管理局も応援を送り込んで来るだろう。

 ゼロはネクサス相手で手一杯、自分が乱入してその隙に全員で脱出するのが一番だろう。 自分の考えをシャマルに伝え、ゼロ達の元に 向かおうとした時、

 

「あっ!?」

 

 空中に浮かぶ白い服の少女の姿。バリアジャケットに身を包んだ高町なのはであった。 ヴィータの様子に心配したシャマルの問い掛けに、

 

 《クソ……此方にも来た……高町……》

 

 なのははデバイスも持たず、攻撃して来る様子も無いが、ヴィータは喧嘩腰で、

 

「高町なまこっ! お前か!!」

 

 結局ヴィータはまだ、なのはの名前をちゃんと言えていなかった……

 

「うあっ? なまこじゃ無いよ! なのはだってばあっ! な・の・は!」

 

 なのはは前のように面白い顔で、両手をバタバタさせて間違いの訂正を求めた。しかしいい加減諦めたのか、ため息を吐くと気を取り直し、

 

「ヴィータちゃん……やっぱりお話聞かせて貰う訳には行かない……?」

 

 なのはは自分を敵意剥き出しで睨み付けるヴィータに、真摯に語り掛ける。レイジングハートもペンダント状態のままだ。戦うつもりは無いと言う意思表示である。

 

「……もしかしたらだけど……手伝える事が有るかもしれないよ?」

 

 そう言って微笑むなのはに、一瞬はやてに通じるものを感じたヴィータだが……

 

「うるせえっ! 管理局の言う事なんて信用出来るかよ!!」

 

 振り払うように怒鳴った。実際彼女が悪い人間では無いのは判っているが、どうしようも無いのが現状なのだ。しかしなのはは臆さず両手を差し伸べ、

 

「私……管理局の人じゃ無いもの……民間協力 者……」

 

 そのあくまで話し合おうとする態度に、彼女の心意気は確かに伝わった。ゼロの言う通り、高町なのはという少女は本当に善い人間なのだろう。

 だが現状話し合ってどうにかなる状況でも無い。今は少しでも早くゼロ達の助太刀に向かい、全員で離脱しなければならないのだ。タイミングが悪すぎた。

 

「そのケツブッ飛ばすのは、また今度だ!!」

 

 なのはの言葉を振り払い、ヴィータは真紅の魔力球を掌に精製した。

 

「吼えろ! グラーフアイゼン!!」

 

 その魔力球にアイゼンの一撃を叩き込み、バーストさせる。凄まじい閃光と耳朶を打つ轟音が、辺りに鳴り響いた。

 

「きゃあああああっ!?」

 

 不意を突かれたなのはは目をつむり、耳を塞いで縮こまってしまう。スタングレネードのようなものだ。

 

「脱出……」

 

 その隙にヴィータはその場を離脱する。ようやくなのはが目を開けた時には、既にその紅い姿は数キロは離れ、豆粒のように小さくなっていた。

 

 なのはは一瞬の逡巡の後にレイジングハートを起動させ、鉄槌の騎士を狙い撃とうとする。

 止めなくては自滅の道をひた走るように思えたのだ。それを見たヴィータは阿呆かと思う。

 

 魔法にも射程距離があるのだ。離れれば離れる程威力は弱まり当たる確率も低くなる。今までの経験上、この距離で攻撃を届かせる事の出来る魔導師はまず居ないと踏むが……

 

「ディバァィィン、バスタアアァァッ!!」

 

 なのはの叫びと共に、凄まじい桜色の光の奔流が射ち出された。

 

「しまった!?」

 

 高を括っていた上、転移魔法の発動中のヴィータは動けない。『カートリッジシステム』をプラスした今のなのはなら、この距離を物ともせず、砲撃を当てる事が可能なのだ。

 

 ヴィータの判断ミスと言うより、それだけなのはの才能がずば抜けていたのだ。同じ条件で同じ事が出来る魔導師は稀であろう。

 棒立ちのままヴィータは、桜色の光の中に呑み込まれてしまった。

 

(やられた……)

 

 紅の鉄騎は思わず目を瞑るが、襲って来る筈の衝撃は来なかった。

 

「……?」

 

 目を開けると白い仮面を着けた男が、爆煙の中ヴィータの盾となって立ち塞がっている。ディバインバスターを完全に防いだようだ。

 

「ア……アンタは……?」

 

 ヴィータの問いに仮面の男は答えず、

 

「行け……『闇の書』を完成させるのだろう……?」

 

 ヴィータは胡散臭そうに男を見るが、今は助太刀に行くのが先と再び転移魔法に掛かる。

 

(こいつか……シャマルの言ってた奴は……何が狙いか知らねえが、今は乗っといてやんよ)

 

 転移を開始するヴィータを逃すまいと、なのはは2撃目のディバインバスターを放とうとするが、

 

「えっ!?」

 

 仮面の男が軽く手を振る仕草を見せたと同時に、なのははリング状のバインドに拘束され、身動きを封じられてしまった。

 

「バインド!? あんな遠くから一瞬で!?」

 

 驚くなのは。長距離からバインドを決めるには、高度な技術と魔力を必要とする。並の腕前では無い。

 なのはが力付くで拘束を引き千切った時に は、ヴィータも仮面の男の姿も既に消え失せていた。

 

 

 

 

 照り付ける灼熱の太陽の下、『レヴァンティ ン』と『バルディッシュ』の激突音が止まずに響いていた。

 激しい打ち合いの末、砂漠に降り立ったシグナムとフェイトは互いに間合いを計る。両者共息が荒い。出血こそしていないが、防護服も 数ヵ所が裂けていた。

 

 本来なら地力で勝るシグナムが断然有利なのだが、連日の『蒐集』にビーストとの戦いの消耗に加え、残り少ないカートリッジで戦わなければならない現状。

 実質今の戦闘能力は、本来の六割以下に低下しているだろう。

 それに対しフェイトは暴発の危険性も有った が、カートリッジを湯水のように使い、尚且つ自身の最大の強みスピードを最大限に活かして対抗している。

 しかしそれを差し引いても、シグナムはフェイトの驚異的な粘りに舌を巻いた。

 

(此処に来て尚速い……目で追えない攻撃が出て来た……早めに決めないと消耗が激しい此方が不利だ……だが……大した気迫だ……)

 

 シグナムは自然笑みを浮かべていた。懸命に食らい付いて来る少女に敬意を表するように、愛刀を突き出して構える。

 

(……やっぱり強い……クロスレンジもミドルレンジも圧倒されっ放しだ……今はスピードで誤魔化してるだけ……まともに食らったら叩き潰される……でもシグナム……やっぱり貴女は……)

 

 フェイトは悟っていた。冷静になってみると、シグナムが如何に今まで此方を傷付けないように戦っていたかを思い知った。

 此処までシグナムは全て刀を反したまま、更に刀身に魔力コーティングを施し、魔力ダメージと打撃で戦っている。蛇腹剣での攻撃すらも峰打ちだった。

 

 だからと言って、フェイトを甘く見ての事では無いのは判る事が出来た。理屈では無い。全身全霊で何度も戦って来たからこそ魂で感じ取ったのだ。

 この女騎士は己の誇りに懸けて、このような戦い方を課しているのだと。それはとても気高く思えた。

 ならば此方は全力で応えるのみ。フェイトも苦しい中笑みを浮かべ、愛機を大きく振りかぶり、シグナムは愛刀を突きの態勢で構えて間合いを計る。

 

(『シュツルムファルケン』当てられるか……?)

 

(『ソニックフォーム』やるしかないな……)

 

 もう双方共そんなに長くは戦っていられない。互いの切り札を出すべくタイミングを計るシグナムとフェイト。

 ぎらつく複数の太陽の下、沈黙が場を支配する。2人の『気』が極限まで張り詰め、両者は同時に飛び出そうとする。その瞬間だった。

 

「あっ!?」

 

 飛び出そうとしたフェイトは、ピタリと動きを止め声を漏らす。彼女の胸から人の腕が突き出ていた。

 

「なっ!?」

 

 シグナムは急制動を掛けて停止した。仮面の男がフェイトの身体を、背後から腕で串刺しにしていたのだ。

 

「テスタロッサ!」

 

 シグナムの呼び掛けに反応は無く、フェイトは蒼白な顔で虚空を見詰めている。辛うじてまだ意識は有るようだが……

 物理的に貫かれているのではなく、シャマルの『旅の鏡』のように、空間を捻じ曲げる魔法らしい。

 

「うわああああぁぁぁっ!?」

 

 光がフェイトの身体を貫き、少女は絶叫を上げた。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 怒れるシグナムが飛び出そうとすると、仮面の男はフェイトを貫いていた手を開いて見せた。その掌に金色に輝く光の球がある。彼女の 『リンカーコア』だ。

 

「さあ……奪え……」

 

 仮面の男は冷徹に、感情を感じさせない声色で促して来る。それを聞いたシグナムの怒りは、頂点に達していた。

 

「愚弄するか、下衆があっ!!」

 

 レヴァンティンを振り上げ、仮面の男に斬りかかる。シグナムの行動は男には予想外だったようで、慌ててフェイトから手を抜き後方に跳んだ。

 

「クッ……愚かな……」

 

 苦々しく言い放つと、その姿は瞬時に消え去った。

 

「ちいっ……逃げたか!?」

 

 舌打ちするシグナムだったが、今はフェイトの事が心配だ。倒れている筈の少女を振り返ろうとした時、

 

(何だ!? この凄まじい剣気は!?)

 

 一度も味わった事の無い、恐ろしいまでの威圧感を背後に感じた。それは永い戦いの日々を生きて来たシグナムに、振り返るのを躊躇わせる程のものだった。

 

「……後は此方がやってやろう……今の此奴らが、人間から『蒐集』する訳が無いからな……」

 

 暗い響きの、ひどく押し殺した女の声が背後からする。シグナムはその声に聞き覚えがあった。何故ならば……

 

「貴様!?」

 

 振り向いた目に映ったものは、八重桜色の髪をポニーテールに結い、白と紅の騎士服を身に纏ったシグナムと瓜二つの女であった。

 

 

 

 

 熱砂の砂漠に、耳をつんざく轟音が鳴り響く。光線による爆発で盆地となった砂の大地を揺るがし、ゼロとネクサスの戦いは続いていた。

 双方共に胸のランプが赤く点滅を始めている。激戦でエネルギーの消費が激しい。限界が近かった。戦いは消耗戦の様相を見せていた。

 

『オラアアアッ!!』

 

 ゼロの正拳突きがネクサスの顔面を捉える。堪らずぐらついてしまうネクサスだが、砂の大地を踏み締めて持ち堪えた。

 ゼロは追撃を掛けようとするが、ネクサスは逆にカウンター気味のフックを顔面に叩き込む。

 

『グッ!』

 

 首を根こそぎ持って行かれそうな衝撃を耐えたゼロは、大量の砂を巻き上げて、鉈(なた) の如き回し蹴りを繰り出す。

 ネクサスも青い巨体を独楽のようにスピンさせ、強烈な回し蹴りを放つ。

 赤と青の巨樹の如きキックが激突し、両者は衝撃に耐え切れず後退った。

 互いの胸のランプの点滅が早くなっている。残されたエネルギーは僅かだ。

 ゼロは同じく満身創痍なネクサスを睨み、再び左手を前に突き出しレオ拳法の構えをとる。ネクサスも半身で両の拳を構えた。どちらも退く気は無い。

 

『俺は此処で倒れる訳には行かねえんだああっ!!』

 

 ゼロは獣の如く咆哮していた。長く生きられないと哀しく呟いていた少女を想い……

 

『おうおう、感動的だねえ……』

 

 その時不意に、天空からゼロを嘲笑うかのような声と拍手が降ってきた。

 

『なっ!?』

 

 反射的に空を見上げたゼロの視界を、黒い影が覆う。影はゼロに向かって来ると思いきや、ネクサスに漆黒の悪魔の如く襲い掛かる。

 

『お前は!?』

 

 不意を突かれたネクサスに向けて、影から2つの物体が飛び出した。その物体は鋭利な刃と化して青い巨体を切り裂く。

 

『うおおおおおっ!?』

 

 斬撃を食らったネクサスは、数百メートルは飛ばされ大地に倒れ込んでしまった。そして砂漠に盛大な砂塵を上げて、降り立つ黒と橙色の巨人。

 その頭部にネクサスを切り裂いた『ダークロプススラッガー』が装着された。

 

『貴様は!!』

 

 ゼロは驚きの声を上げてしまう。漆黒と橙のボディー、紅く光る単眼。その姿は紛れもなく『ダークロプスゼロ』 であった。

 

『ダークロプス……まだ生きてやがったのか!?』

 

 確かに破壊した筈の強敵の出現。驚きを隠せないゼロの耳に、またしても嘲りを含んだ声が響いた。

 

『派手にぶっ壊してくれたから、ドクターが修理するのに苦労してたぜ……まあ誉めてはやろう……』

 

 もう1体の黒い巨人が皮肉たっぷりに、バチンバチン拍手しながら悠然とゼロの前に降り立った。

 

『!?』

 

 そいつは一見ダークロプスと全く同じ姿をしていた。唯一の違いは単眼ではなく、ゴーグル状の顔面部分の奥から、2つの鋭く光る眼が覗いている事である。

 

(何だ……こいつは……?)

 

 ゼロはダークロプスらしき巨人に対し、強い嫌悪感と不吉なものを感じた。不真面目な物腰にも関わらず、思わず後退りたくなる程の威圧感を放っている。

 

『貴様……ダークロプスなのか!?』

 

 不可解な感覚を跳ね除けて問おうとすると、スラッガーを食らったネクサスが身を起こした。

 

『……何だ……お前達は……?』

 

 チラリとそちらを見た双眼のダークロプスは、

 

『Ⅱ(ツヴァイ)そいつと遊んでやれ……』

 

 命令にダークロプスゼロは即座に反応し、起き上がったネクサスの首をむんずと掴んだ。

 

『グオッ……!?』

 

 呻き声を漏らすジュネッスブルーは、ダークロプスの腕を振り払い反撃しようとする。だが黒い巨人は揉み合った体勢のまま、ネクサスごと空に舞い上がった。

 

『ウオオオッ!?』

 

 ダークロプスはネクサスに組み付き、高速でこの場を離脱する。1対1で戦うつもりなのか、2体の巨人の姿は地平線の彼方に見えなくなった。

 それを確認した双眼のダークロプスは、身構えるゼロにふざけた態度でひらひら片手を挙げ、

 

『さて……邪魔者が居なくなった所で、初めましての挨拶だ……ウルトラマンゼロォ……』

 

『誰だお前は!?』

 

 人を食った余裕の態度に、ゼロは不快感全開で怒鳴る。双眼は舐めた事に、少し空を見上げて考える素振りを見せ、

 

『そうだな……『グリーンモンス』や『シーゴラス』の飼い主って言ったら分かり易いか?』

 

『貴様が!?』

 

 心底愉しそうに肩を揺らす双眼の返事に、ゼロは怒りがこみ上げるのを抑える事が出来なかった。遊び半分で多くの人々を殺そうとしたやり口が蘇る。

 

『ウオオオオオオオオッ!!』

 

 若きウルトラ戦士は、怒りの感情のままに黒い巨人に殴り掛かっていた。

 

 

 

 

「誰だ貴様は!? 私と同じ姿……貴様だな、我らの紛い物は!?」

 

 シグナムはフェイトの『リンカーコア』を再び抉り出している、自分そっくりな女を睨み付けた。

 フェイトを盾にされている状況なので、迂闊に手を出せない。更に女は少女の細首に手を掛ける。

 下手な真似をしたら首をへし折るとの脅しであった。女は醒めた瞳でシグナムを見据え、

 

「紛い物とは無礼だな……」

 

 僅かに笑みを口許に浮かべる。だがそれは笑みの形に口を動かしただけ、そんな印象を見た者に抱かせる歪な笑みであった。

 

「紛い物は紛い物だろうが!? テスタロッサを離せ!!」

 

 シグナムの怒号に女は、光彩の少ない暗い眼を少しだけ細め、

 

「……これが私の本当の姿だ……紛い物呼ばわりされる筋合いは無い……」

 

「何だと? 貴様ふざけているのか!?」

 

「……言葉通りの意味だ……他に意味など無い……」

 

 話が噛み合わない。シグナムには女が何を言っているのか解らなかった。だが女の目が異様に胸に迫った。

 

(何という暗い目をしているのだ此奴は……)

 

 シグナムは女の瞳に底冷えする程の闇を感じ、思わず身震いしてしまう。こんな事は初めてであった。超獣やスペースビースト相手にも、一歩も退かなかった女騎士がである。

 

「くだらん縛りを課しているお前達に代わって、私が奪ってやろう……」

 

 女の言葉と同時に、シグナムが良く見慣れたものが女の頭上に出現した。

 

「馬鹿な! それは!?」

 

 現れたもの……表紙の剣十字、見間違えようも無い。『闇の書』だった。

 

「何故貴様が持っている!?」

 

 主と守護騎士以外の者が扱える訳が無い。中にはもう1人の仲間が居るのだ。だが書は逃げる素振りも見せない。

 混乱するシグナムを尻目に、シグナムそっくりの女はその本を見上げ、

 

「これは『闇の書』ではない……『夜天の魔導 書』だ……尤もこの世界の『闇の書』と同一存在ではあるがな……」

 

 謎の言葉を吐くと、反応するように『夜天の魔導書』が独りでに開いた。『蒐集』するつもりだ。

 

「止めろ!!」

 

 思わず踏み出すシグナムに女は、フェイトの首に掛けた手に力を込めて見せる。これでは手の出しようが無い。

 シグナムの叫びも空しく、フェイトの『リンカーコア』の魔力が魔導書に吸収されて行く。『蒐集』されるフェイトの身体が無意識にピクッピクッと痙攣を繰り返す。

 『リンカーコア』が半分以下まで小さくなった所で、女はようやく『蒐集』の手を止めた。そしてフェイトを壊れた人形のように地面に投げ捨て、

 

「転送……」

 

 低く呟くと『夜天の魔導書』は紫の魔法光を放ち、虚空へと消え失せた。相手がフェイトを放したのでこれで攻撃出来る。シグナムは怒りと共に、愛刀を女に向けた。

 

「何をした……?」

 

「以前と同じく、今『闇の書』にテスタロッサの魔力を転送してやった……感謝するのだな…… 綺麗事だけでは埋まらないページを代わりに埋めてやったのだから……」

 

「貴様あああぁぁっ!!」

 

 クールなシグナムが激昂し、我を忘れて飛び出していた。全てを否定され踏み付けにされ、汚された想いだった。

 八神はやての騎士としての誇りも、綺麗事を貫くと決めた誓いもゼロの想いも全てを……血液が沸騰する程の怒りを女に向けた。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 レヴァンティンが業火の剣と化し、シグナムは必殺の斬撃を唐竹割りに降り下ろす。超獣やビーストをも葬り去って来た一撃。だが……

 

「何いっ!?」

 

 烈火の将は驚愕で目を見張った。何と女は、右手の指2本のみで必殺の斬撃を受け止めたのだ。刃先は指に挟まれビクともしない。

 

「ば……馬鹿な……?」

 

「……微温いな……今のお前はこの程度か……?」

 

 唖然とするシグナムを侮蔑するように一瞥した女は、電光の速さで左拳を繰り出した。レヴァンティンの刀身に強烈な一撃が打ち込まれる。

 バキィィィンッという乾いた破壊音が響き渡り、レヴァンティンの刀身が拳の一撃で真っ二つにへし折られていた。

 

 

 

 

 双眼のダークロプスの顔面に、鋼鉄をも易々とぶち抜く正拳突きが叩き込まれた。確かな手応え。しかしゼロは瞬時に悟っていた。

 

(こいつ……わざと受けやがった!?)

 

 微動だにしない双眼のダークロプスは、ゼロの拳を顔面に食らったまま、

 

『まあ……今のお前はこの程度だろうな……』

 

 蚊にでも刺されたかのように、涼しげに台詞を吐く。それと同時にゼロが拳を打ち込んだ箇所から、ダークロプスの全身に亀裂が入って行くでは

ないか。

 

(こいつ、ダークロプスじゃ無えっ!!)

 

 無論破壊した訳では無い。何者かがダークロプスの外装を着込んでいただけだったのだ。背筋が凍る程の危険を本能的に察知したゼロは、思わずその場から飛び退いていた。

 ダークロプスの亀裂が広がり、黒と橙色の外装が鈍い音を立てて砂漠に剥がれ落ちる。

 

『なっ!?』

 

 その下から現れたものは、ゼロと全く同じ銀色の顔だった。頭部の一対のスラッガーまで同じだ。だが瓜二つかと思いきや、『カラータイマー』が無い。

 上半身の太陽エネルギー吸収アーマーは 『ウルトラセブン』と同一だ。 そして全身が燃えるように赤い。その真紅のボディーに銀のラインがシンプルに走っている。

 その姿は、ゼロを更に父セブンに近付けたような姿であった。

 

『何者だ貴様はっ!?』

 

 尋常ならざる鬼気に、ゼロは問わずにはいられなかった。真紅の巨人は余計な物を脱いで気分が良いのか、コキコキと首を軽く振り、

 

『『ウルトラセブンアックス』と呼んで貰おう か……?』

 

 皮肉気味に名乗る巨人の口許が、ニヤリと歪に嗤ったようにゼロには見えた。

 

『ウルトラセブンAX(アックス)』宿敵とゼロとの初対面であった。

 

 

つづく

 

 

 




※ウルトラセブンアックス。元はゼロのNGデザインです。ゼロとは違う光線技や武器も設定されていました。銀河伝説の特典に画像が有ったので、結構知られていると思います。
半オリキャラという所ですが、ウルトラセブンという物語に密接に関係したキャラクターです。色々な秘密が有りますが、今はまだ内緒です。

次回予告

遂に姿を見せたウルトラセブンアックスとは? その恐るべき力の一端とは? 更にもう1人のシグナムとは?

次回『宿敵-アックス-』


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第52話 宿敵-アックス-

 

 

 

「レヴァンティン!?」

 

 シグナムは真っ二つに砕かれた愛刀を、驚愕の目で見た。魔法で強化されているアームドデバイスを素手でへし折るなど、魔導師の範疇を超えている。

 烈火の将そっくりの女は、何の事は無いという風に、追撃もせず自然体でその場に立ったままだ。

 

「くっ……レヴァンティン!」

 

《es repari eren!》(再生)

 

 シグナムは愛刀を即座に再生させると、正眼の構えで女に対峙する。容易ならざる相手だと剣気を集中した。必殺の斬撃をいとも容易く受け止めるなど、並どころの腕では無い。

 だがそれよりシグナムには、女の使う技が気になった。

 今の拳打による攻撃はシグナムの体術と同じだ。しかも自分より遥かに洗練されていると感じた。『夜天の魔導書』といい、あまりに不可解な存在である。

 

「貴様は何だ? 何が目的だ!? 貴様の言う 『夜天の魔導書』が『闇の書』と本当に同一のものなら何故狙う!?」

 

 シグナムは当然の疑問を口にしていた。出自は不明だが、以前の魔力転送の事も踏まえると『夜天の魔導書』が少なくとも『闇の書』 と同タイプの魔導書と言うのは嘘では無さそうである。

 しかし同じものを持っているのなら、わざわざ『闇の書』を狙う理由が分からない。2つ揃えた所でどうにもならないだろう。

 

(しかし……『夜天の魔導書』だと……?)

 

 シグナムはその名を何処かで聞いたような気がした。遥か昔に耳にしたような……

 だがやはり記憶に無かった。記憶には無いのに知っているような妙な違和感。訳の分からぬ心のざわめきに当惑してしまうシグナムに、女は至極あっさりと、

 

「……我らには『闇の書』などどうでも良いし、狙う理由も別に無い……主が戯れで助力しているだけだ……」

 

「なっ!?」

 

 女の言葉にシグナムは絶句する。助力の相手とは恐らく『ダークザギ』であろうと予想は付くが、戯れとはふざけている。

 女は淡々と語ったが、抑揚に乏しいシグナムと同じ顔に、一瞬感情の揺れが垣間見えた。本当にごく僅かではあったが……

 

「目的がどうであれ、敵なのは変わりあるまい!? しかし……主だと? 貴様も守護プログラムなのか!?」

 

「私は……強いて言うなら……もう1人のお前 だ……」

 

「何だと……?」

 

 女の言葉は意味不明だった。無論こんな奴は知らないし会った事も無い。困惑しっ放しのシグナムに、女は構える素振りさえ見せず、

 

「……今日はあくまで顔見せだ……もっと腕を磨いておく事だな……今のお前では主を守り抜く事など到底出来ん……」

 

「……」

 

 シグナムは言葉を発する事が出来なかった。無表情につぶやく女の言葉に、ひどく暗く耐え難い程の感情が籠っているように思えたからである。

 

「……精々精進するが良い……」

 

 そう言い残すと、女の姿が不意にぼやけた。

 

「待て!」

 

 シグナムの声だけが砂の大地に木霊す。一度も剣を抜かずに将を圧倒した女は、砂漠の蜃気楼だったかのように、忽然と消え去ってしまった。転移魔法を使った様子も無い。

 

「……もう1人の……私だと……?」

 

 シグナムは砂漠に呆然と立ち尽くしていた。女の残した言葉が耳にこびり付いて離れなかった……

 

 

 

 

 ウルトラマンゼロの前に現れた『ウルトラセブンアックス』と名乗る真紅の巨人は、傲然と砂漠にそびえ立つ。灼熱の太陽に熱せられ起こった陽炎が、真紅 の体を炎の如く揺らめかせた。

 

『ウルトラセブンアックスだと……? 親父と関係有るってのか!? 貴様ウルトラ族なのか!?』

 

 逆上気味に怒鳴るゼロに、アックスはからかうように悠々と腰に手を当て、

 

『フフフ……そんなチンケなもんじゃねえぜ……? 言ってみりゃあ、俺はお前の併せ鏡さ……ウルトラマンゼロの影そのものだ……』

 

『わっ、訳解かんねえ事ほざくなあっ!!』

 

 ゼロは闇雲にアックスに殴り掛かっていた。 恐怖に近い感情に背中を押されてしまったのだ。 巨大な拳が空を切り裂く。真紅の巨人は鼻唄交じりと言う言葉がピッタリに、軽々とゼロの連打を避ける。

 

(こいつ!?)

 

 アックスに触れる事さえ出来ない。一見ふざけているようにしか見えないが、動きにまるで隙がないのだ。

 遊ばれている。そう悟ったゼロは得体の知れない恐怖心を、虚仮にされた怒りで強引に押し流した。

 今まで数々の強敵と戦って来たゼロにとって、ここまで軽んじられる事など我慢出来ない。

 それは若さ故の蛮勇に近い。アックスに対して、恐怖を感じた事を認めたくなかったのだ。

 

『舐めるなあああっ!!』

 

 後方に飛び退くと同時に、ゼロはスラッガーを胸部プロテクターにセットした。至近距離からの『ゼロツインシュート』の態勢!

 エネルギー残量などまるで考えない攻撃だ。残量を気にして勝てるような相手では無いと、本能的に察していたのかもしれない。

 

『くたばれえええええっ!!』

 

 青白い光の激流がアックスに向け放たれた。その威力故、後ろに体が持って行かれそうになるのを、砂漠を踏み締めて堪える。

 真紅の巨人は光の激流を避けようともせず、 愉しそうに肩を揺らし、

 

『頑張るじゃねえか、それじゃあサービスだ。少しだけ相手をしてやる、『バーンダッシュ』 ……』

 

 ツインシュートが直撃する寸前、アックスの胸部プロテクターが強烈な光を発し、その体が正しく炎の如く燃え上がった。

 炎の化身と化したアックスから、恐ろしい程のエネルギー波がほとばしる。桁違いのパワーであった。

 ツインシュートはエネルギー波にあっさり打ち消され、炎の如き光は更に拡大し周囲ごとゼロを呑み込んだ。

 

『うわあああああああぁぁぁぁっ!?』

 

 ゼロは光の炎の洗礼に成す術も無く吹っ飛ばされてしまう。全身がバラバラになりそうな程の衝撃。砂の大地が一瞬でプラズマ化し蒸発する。

 光の炎はそれだけに留まらず、天空を貫く火柱を上げ、アックスを中心に直径十数キロの範囲で大地に巨大なクレーターを穿った。

 

 中心部から外れたお陰で焼け焦げで済んだ砂漠に、全身から白煙を上げたゼロがガックリと仰向けに倒れている。

 

『おいおい……生きてるか? これでも、すげえ手加減してやったんだぞ……この程度で死んだら詰まらねえにも程が有る……』

 

 クレーター上空に悠然と浮かぶアックスが、ふざけたように呼び掛ける。

 

『……クソッタレが……』

 

 ゼロは頭を振り立ち上がろうとするが、力が入らない。『カラータイマー』の点滅が活動限界 を告げていた。 アックスは戦闘不能のゼロを愉しげに見下ろ し、

 

『まあ……今日はあくまで顔見せだ……今のお前を相手にしても詰まらんだけだからな……ここらで止めといてやるぜ……』

 

『貴様……ふざけんな……!』

 

 ゼロは悠然と浮かぶ真紅の巨人に手を伸ばそうとするが、最早戦うだけのエネルギーはおろか、ウルトラマン形態を維持する事も限界だ。

 

『それだけエネルギーを消耗していながら、 さっきの攻撃は思いきりが良くてまあまあだったぜ……早く強くなって俺を愉しませろよ……』

 

 完全に格下への言葉を残すと、アックスの真紅の巨体は上昇を始めた。

 

『待て……っ!』

 

 立ち上がろうともがくゼロの視界から、ウルトラセブンアックスの姿が見る見る小さくなる。消え去る前に真紅の巨人はゼロをちらりと一瞥し、

 

『さて……お前らはこれからどうなって行く……? 精々足掻く事だ……』

 

 愉しげに呟くとその巨体は、複数の太陽の光に溶け込み完全に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「これは……?」

 

 ヴィータが砂漠世界に到着すると、砂漠が広範囲に渡って焼け焦げ、隕石でも衝突したように巨大なクレーターが出来ている場所を見付けた。

 クレーターの辺りは大量の砂が消失し、土が剥き出しになっている。中心は赤く燃えて赤熱化し、溶鉱炉のようになっていた。

 騎士甲冑無しでは近寄れもしまい。不審に思って辺りを探ってみると、クレーターの範囲から離れた焼け焦げた砂漠に、巨人が倒れたような跡が残っている。

 

「ゼロッ!?」

 

 その中に人間姿のゼロが倒れているのを見付けた。直ぐに降り立ったヴィータはグッタリしている少年を助け起こす。

 

「おいゼロッ! しっかりしろ!!」

 

 するとゼロはヨロヨロと身を起こした。ヴィータはその顔を見てハッとする。ゼロは目を見開き、空の一転を睨み続けていた。

 

「『ウルトラセブンアックス』……覚えてやが れ……!」

 

 それを最後に、ウルトラマンの少年は意識を失っていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 『時空管理局本局』に係留中の次元航行艦 『アースラ』そのミーティングルームにて、リンディにクロノ、エイミィ、なのはに孤門、アルフにリーゼ姉妹他、主要クルー達が一同に会してした。

 重苦しい雰囲気の中、リンディは席に着いている全員を見回し、

 

「フェイトさんは『リンカーコア』に酷いダメージを受けているけど、命に別状は無いそうです……」

 

 それを聞いて一同にホッした空気が流れた。砂漠世界での戦闘中魔力を『蒐集』されてしまったフェイト。

 アースラが既に稼動状態であったので、彼女は速やかに本局に搬送され、適切な治療を受ける事が出来たのだ。現在フェイトは意識こそまだ回復していない が、怪我も無くベッドで昏々と眠っている。

 

 今リンディ達が問題にしているのは、フェイト達が出動した後に起こった不可解な出来事に関してであった。

 エイミィはフェイト達を送り出した後、駐屯所で戦闘の様子をモニターしていた。その最中突然、管制システムが何者かによっ てクラッキングを受け、全てのシステムが一時的にダウンしてしまう事件があったのである。

 

 その為現場で何が起こったのか把握出来ず、唯一残されたものは仮面の男の姿を一瞬捉えた画像だけであった。責任を感じたエイミィは、沈んだ顔で項垂れている。

 しかしおかしな事態であった。駐屯所で使用している機械類は全て、本局でも使われている最新式の高性能なものである。それを外部からの操作でダウンさせると言うのは、本来有り得ない事なのだ。

 

 凄腕のハッカー説から、組織だっての犯行説など様々な意見が出されたが、どれも決め手に欠ける。

 只でさえ『ダークザギ』配下の『闇の巨人』 達の暗躍がある中、謎のシステムダウンにより事態は混迷していた。

 皆が押し黙る中クロノは、隣の席でじっと考え事をしているアルフに、

 

「君から聞いた話も、孤門が戦った新たな黒い巨人達の事も……状況や関係が良く分からないな……」

 

「ああ……」

 

 アルフは、フェイトの元に駆け付けた時の事を思い返す。

 

「アタシが駆け付けた時にはもう……仮面の男は居なかった……けどアイツが……シグナムがフェイトを抱き抱えてて……」

 

 そこでアルフは一旦言葉を切ると、複雑な顔で全員を見回し、

 

「『守れなくて済まないと伝えておいてくれ』って……」

 

 アルフはシグナムの悔しそうな顔と、守護獣ザフィーラの真っ直ぐな瞳を思い返しながら事実を述べた。 孤門を除く全員が疑問を抱く。その言葉は敵対する者に対して、あまりにも相応しくない。

 孤門は無言で、何も無い空間をじっと見詰めている。ゼロの言った言葉が気になっているのだろうか?

 

 クロノは今までの状況を頭の中で整理してみた。どうも腑に落ちない点が多い。

 孤門に襲い掛かって来た黒い巨人は、ネクサスを遠くまで引っ張り出した挙げ句、姿を眩ましてしまったそうだ。

 仮面の男と言い不可解な事ばかりである。自分達が何か重大な事を、見逃している気がしてならない。しかしそれが何なのか分からなかった。

 

 ミーティングはさして進展を見せぬまま、各自の胸に形容しようの無い疑問だけを残して終了した。

 巨大魔導砲『アルカンシェル』を実装したアースラに司令部を戻し、リンディ達は本格的に事に当たる事になる。

 なのははフェイトの事が心配だったが、リンディに心配無いと諭され、一旦家に戻る事にした。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 東の空から、微かに日の光が射し込み始める早朝の八神家。ヴィータに助けられ砂漠世界から脱出したゼロは、シグナム達共々自宅に辿り着いていた。

 

 はやてもそろそろ起きて来る頃合いである。 守護騎士達はリビングに集まり、昨晩の事について話し合っていた。

 意識を取り戻したゼロは火傷を負っていたので、シャマルの治療魔法を受けながら話を聞いている。

 

「『夜天の魔導書』……?」

 

 事の顛末を聞き、治療を終えたシャマルは訳が解らず眉をしかめた。

 

「有り得ねえよ! 『闇の書』と同じものが有るなんて!」

 

 ヴィータは怒ったように声を荒げた。彼女達 共々『闇の書』を造った『古代ベルカ』は既に滅びている。現在生き延びたベルカの民はかつての技術を失っている。

 それ故今の管理世界の技術では、同じレベルのものを造る事は到底不可能なのだ。万が一同系統の魔導書が遺跡として残っていたとしても、魔力転送などという真似が出来るとは思えない。

 『闇の書』は他と繋がっている訳では無い。それ一個で完結したシステムなのだ。 困惑する一同を前に、シグナムは砂漠での出来事を思い返し、

 

「……何にせよ……我らを陥れたのは奴らで間違いない……口振りからして戯れに助力しているだけらしくは有るが……どうも厭な感じだ……」

 

「そいつが言った事が本当なら……今の所直接行動には出ないと思って良いのか……?」

 

 床に伏せる狼ザフィーラの質問に、シグナムは厳しい表情で頷き、

 

「恐らく今回は顔見せのつもりだったのだろ う……しかしあの女……並大抵の腕では無い……!」

 

 ギリッと屈辱で奥歯を噛み締めた。自分と瓜二つの女の『その程度の腕では、到底主を守り抜く事など出来ない』という言葉が蘇る。

 治療を終え行儀悪く足を投げ出していたゼロも、真紅の巨人の事を思い返す。

 

(『ウルトラセブンアックス』……舐めやがっ て……クソッ!)

 

 気味が悪い存在だった。此方がエネルギーを消耗していたのを差し引いても、底知れぬものを感じた。全く本気ではなかったのは間違いない。

 確かに口振りからして、今の所はあれ以上ちょっかいを出して来るつもりは無いようだ。ゼロを殺すならあの場で簡単に殺せただろう。 一体何が目的なのか。頭を悩ませるゼロにシグナムは、

 

「ゼロ……その『ウルトラセブンアックス』という敵に関して覚えは無いのか? 『夜天の魔導書』だけならまだしも、お前と良く似たウルトラマンが居るとなると……」

 

「……いや……全く心当たりは無え……『光の国』にあんな奴は居ない……居たら直ぐに分かるだろう……」

 

 ゼロは問いにそう返すしか無い。恐らく『光の国』出身では無い筈だ。『ウルトラマンネクサス』と同じく、他の世界から来たのではないかと見当を付けてはいる。

 

 共に戦った『ウルトラマンダイナ』や、『ウルトラマンメビウス』が並行世界に行った時の体験などから、他の並行世界でもウルトラマンのような存在が居る事は確認されている。

 

 ネクサスもそのようなウルトラマンの1人なのだろうと思っているが、『アックス』のように悪意の塊のようなウルトラマンは初めてだ。ウルトラマンと呼んでいいのかさえ疑問である。

 

 ネクサスはゼロに戦いこそ挑んで来るが、明らかに周囲に被害が出ないようにしているのに対し、アックスは全く頓着も容赦もしない。

 あの真紅の巨人とシグナムそっくりの女は、並行世界から来た自分達なのだろうかと、ゼロは思うが確証は無い。

 シグナムから聞く限り、アックス達は仮面の男に協力しているようにも思えるが、それも確実とは言えない。解らない事尽くめだ。

 

 立て続けに起こった予想外の事態に困惑し押し黙る面々の中、シグナムは思慮深く腕を組み、

 

「……確かに不可解な事ばかりだが……今は『闇の書』の完成を急ぎ、主はやてを救うのが先決だ……」

 

「うむ……狙われるとすると、完成した直後辺りが一番危ないという所か……それまでは進めるしか無いな……」

 

 ザフィーラは鋭く敵の出方を予想する。魔法関連の仮面の男もそうだが、『ダークザギ』もどう出て来るか予断は出来ない。

 

「家の周りには厳重なセキュリティを張っているし、いざという時は直ぐ転送魔法で避難させる手筈が整っているから、はやてちゃんに危険が及ぶ事は無い筈だけど……」

 

 シャマル頭にもたげる不安を中和させようと、非常時の段取りを改めて口にする。万が一自宅が襲撃に遭った場合の対応も考慮してあるのだ。今は必ず誰かが、はやての側に居るようにしている。

 

(確かに……まず『闇の書』の完成が先だな……今はうだうだ考えても仕方無え、後はそれから考えるしかねえな……)

 

 ゼロが改めて思った時、黙って話を聞いていたヴィータが浮かない顔で口を開いた。

 

「ねえ……『闇の書』を完成させてさ……はやてが本当のマスターになってさ……それではやては幸せになれるんだよね……?」

 

 根底を揺るがすような質問に、シグナムは訝しげな顔をし、

 

「何だいきなり……?」

 

「『闇の書』の主は大いなる力を得る……守護者である私達は、それを何より知っている筈でしょう?」

 

 シャマルは言い聞かせるように改めて説いた。ザフィーラも訝しんでいる。

 

「そうなんだけど……そうなんだけどさ……」

 

 ヴィータは口にすべきか迷っていたようだったが、意を決して、

 

「……アタシはアタシ達は何か……大事な事を忘れてる気がするんだ……」

 

 それを聞いた守護騎士達は意味が分からず困惑している。ヴィータは上手く説明出来ないもどかしさと、正体の知れない不安感に自分でも戸惑っていた。

 何故そう思うのかも分からな い。そんなヴィータの様子が、やけにゼロの胸に引っ掛かった。心の何処かで、何かがチクリと反応したような気がする。

 

「詳しく話してみろ……」

 

 ゼロは俯いてしまったヴィータに先を促した。そうしなければいけない気がした。

 

 

 

 

 

「……ん……うん……」

 

 はやてはベッドの中で目を覚ました。枕元の目覚まし時計を見ると鳴る数分前である。体内時計が少し早く活動を始めたようだ。

 隣に目をやると、一緒に寝ていた筈のヴィータの姿が無い。彼女の代わりとばかりに、のろいウサギが置かれている。寝ぼすけのヴィータにしては珍しいと思った。

 はやては眠い目を小動物のように、こしょこしょ擦るとゆっくりと身を起こす。リモコンで部屋のカーテンを開けると、眩しい朝の光が少女の目に入って来た。今日は爽やかな朝である。

 

(さて……早く朝御飯の支度をせんと、みんなお腹空かせてまうな……)

 

 はやてはクスリとすると、上半身と腕の力のみで身体をベッド脇の車椅子まで持って行く。手慣れたものだ。だが乗り込もうとベッドから身を乗り出した時、

 

「あっ……?」

 

 胸に違和感を感じた。意識の何処かで何かが弾け飛ぶような嫌な感覚。ドクンッと心臓の鼓動が、やけに大きく身体中に木霊した。

 

「あ……ぐっ……?」

 

 次の瞬間胸に千切れそうな程の激痛が走る。 乗り掛けていた車椅子が、ガシャンと大きな音を立てて倒れてしまう。

 激痛にバランスを崩したはやての身体は、崩れ落ちるように頭から床に落下して行った。

 

 

 

 

「!?」

 

 ゼロに促されヴィータが口を開いた時、はやての部屋の方向から大きな音が響いた。ただ事では無いと駆け付けたゼロ達が目にしたのは、胸を押さえて床に倒れているはやての姿だった。

 

「はやてちゃん!?」

 

「はやて!?」

 

 ゼロ達は呼び掛けるが、はやては苦しんで返事も出来ないらしい。脂汗で額が濡れている。 一目で不味い常態だと判った。

 

「はやて? はやて!?」

 

 今にも泣き出しそうな顔で、ヴィータははやてに呼び掛ける。はやての苦しみは治まりそうに無い。

 

「病院! 救急車!!」

 

「ああ!」

 

「動かすな!」

 

 ヴィータの悲痛な叫びに、シグナムが電話を掛けに走る。

 

「はやて、しっかりしろ!」

 

「はやてちゃん、しっかり!」

 

 ゼロとシャマルは救急車が来るまでと、それぞれ『メディカルパワー』と治療魔法をはやてに当てる。しかし症状はいっこうに治まらない。苦しみのあまり身体は強張り、呼吸をするのがやっとのようだ。

 

(はやて……!)

 

 ゼロは祈るような気持ちで、はやてにメディカルパワーを送り続けた。ありったけの生命エネルギーを……

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「……ん……?」

 

 明るい光の中、フェイトは本局の医務室で目を覚ました。 見上げると、見慣れた翡翠色の髪の女性が優 しく此方を見守っているのが見える。女性リンディは フェイトが目覚めたのに気付き、

 

「フェイトさん……目が覚めた……?」

 

「……リンディ提督……?」

 

 目覚めたばかりで、まだボーッとしているフェイトは取り敢えず身体を起こしてみる。まだ力が上手く入らないので、リンディに支えてもらい、ようやく上体を起こす事が出来た。

 

 ふと足元を見ると、少女の姿のアルフがベッドに突っ伏して眠っている。彼女もずっとフェイトに着いていたのだ。記憶が混濁し、まだ状況が判らないフェイトに、リンディが経緯を説明してくれた。

 

 砂漠世界での戦闘中、自分は背後から襲われ魔力を奪われてしまい、本局に運び込まれた事を聞かせてもらう。そこでようやくフェイトは、砂漠での事を思い出した。意識がハッキリして来る。

 

 薄れる意識の中で、最後に聞いたシグナムの言葉が蘇る。 彼女の中で疑惑が確信に変わった。心配して 此方を見ていたリンディに、

 

「提督……気になる事が有るんです……」

 

「何かしらフェイトさん……?」

 

 フェイトの真剣な眼差しに、リンディはただ事では無いと察した。フェイトはシーツを握り締め、

 

「……私……ゼロさんも、シグナム達も……何も悪い事はしてないんじゃないかと思うんです……」

 

 彼女の言葉にリンディは、意外そうな顔をした。少し前まで、シグナム達を仇のように思っていたフェイトが何故?

 

「どうしてフェイトさんは、そう思ったのかし ら……?」

 

「……私は今まで何度もシグナムと戦いました……最初はゼロさんを利用している、悪い人だとばかり思ってました……」

 

 リンディの問いに、フェイトは今まで感じていた事を話し始める。

 

「……でも……何度も戦って思ったんです……何であの人の剣はあんなに真っ直ぐなんだろうって……自分が不利になる筈なのに、怪我をさせないように戦ってました……私にはとてもゼロさんを利用しているような、悪い人に思えなくなって来たんです……」

 

「……」

 

「そして……私が襲われた時、シグナムは私を助けようとしていました……!」

 

 薄れ行く意識の中ではあったが、フェイトは確信していた。シグナムの怒りの叫びを確かに聞いた。自分を助ける為に、正体不明の敵に向かうのも。

 こうなってみると、なのはが助けられたと言っていた事も勘違いでは無いかもしれない。

 リンディはフェイトの話を良く考えてみる。直接ぶつかり合った者にしか判らない生の声だ。下手なものより信頼に足る場合がある。

 

「どう思いますか……? リンディ提督……」

 

「……そうね……」

 

 フェイトの感想と状況を最初から整理してみたリンディの頭に、1つの考えが浮かんで来た。ウルトラマンゼロの不可解な変節、守護騎士達のまるで真逆な行動の数々。それが意味するものとは……

 

「私の考えが当たっているとすると……私達全員、誰かの手のひらで踊らされていた事になるかもしれないわ……」

 

 リンディの尋常ならざる言葉に、フェイトは思わず息を呑んでいた。今まで腑に落ちなかった数々の事が、リンディの中でようやく繋がったような気がした。

 

(ウルトラマンゼロと、守護騎士の子達の偽者が存在している可能性がある……?)

 

 リンディは一から対策を練り直す必要があると、クロノ達に連絡を入れるのだった。

 

 

 

つづく

 

 

 




次回『壊れ行く未来-フューチャー・ブレイク-』


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第53話 壊れ行く未来-フューチャーブレイク-

 

 

 

「うん、大丈夫みたいね……良かったわ……」

 

 石田先生はホッとした様子で、病室のベッドから身を起こしたはやてに声を掛けた。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 はやては笑顔でお礼を言う。あれから海鳴大学病院に担ぎ込まれた彼女は処置を受け、今は個室に移され落ち着いた様子だ。

 ゼロ達は心配そうに、ベッド脇ではやてを見守っていた。基本狼姿のザフィーラは、周囲の見張りも兼ねて病院の外で待機している。

 

「はあ……ホッとしました……」

 

 心底安堵のため息を漏らすシャマルに、はやては少し不満そうに、

 

「せやから、ちょう目眩がして、胸と手ぇがつっただけやって言うたやん? もう……みんなして大事にするんやから……」

 

 何でも無い事をアピールする。しかしそうは言われても、心配なシャマルとシグナムは口々に、

 

「でも、頭を打ってましたし……」

 

「何か有っては大変ですから……」

 

 ゼロは複雑な表情を浮かべて、はやての顔を改めて見、

 

「いや……普通に焦るだろアレは……寿命が千年縮んだぜ……?」

 

「大袈裟やなあ……」

 

 はやては周りの反応に困ったように頭を掻く。確かに今の彼女は元気そうだ。倒れた影響も無いように見える。

 

「はやて……良かった……」

 

 ヴィータはずっと傍らを離れようとはしない。はや ては小さな騎士の頭を優しく撫でてやる。石田先生は元気に話すはやてに、

 

「まあ、来て貰ったついでに……ちょっと検査とかしたいから、少しゆっくりして行ってね?」

 

「はい……」

 

 予想はしていたはやてだが、やっぱり……と少々元気なく返事をする。石田先生はシグナム達に振り返り、

 

「さて……シグナムさん、シャマルさん、ゼロ君ちょっと……」

 

 ゼロ達はその言葉に、不穏なものを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 ゼロ達3人は、先生の後に着いて一旦廊下に出た。子供の泣き声や入院患者が行き交う中、石田先生は重々しく口を開く。

 

「今回の検査では何の反応も出てないですが……つっただけという事は無いと思います……」

 

「はい……かなりの痛がりようでしたから……」

 

 シグナムがはやてが倒れた時の状況を詳しく話す。ゼロは倒れた時の事を思い返し、身が竦むような気がした。石田先生はゼロ達を改めて見回し、

 

「麻痺が広がり始めているのかもしれません……今までこういう兆候は無かったんですよね……?」

 

「そう思うんですが……はやてちゃん、痛いのとか隠しちゃいますから……」

 

 シャマルは俯いて答えた。はやての性格上、調子が悪くても心配掛けまいとして黙っていたのかもしれない。

 自分達がそれに気付けなかっただけかもしれないと、3人は自分を責めた。石田先生はそれを察し、痛ましそうにゼロ達を見、

 

「発作がまた起きないとも限りません……用心の為にも入院してもらった方が良いですね…… 大丈夫でしょうか?」

 

「はい……お願いします……」

 

 迫り来るタイムリミットをひしひしと感じながら、ゼロ達は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 はやてが倒れてから、かなりの時間が経過していた。気が付くと日が傾く時間帯になっている。

 

「入院……?」

 

 柔らかな夕日の光が白い病室を橙色に染める中、はやては不安げな声を洩らした。

 

「ええ、そうなんです……あっ、でも検査とか念の為とかですから、心配無いですよ。ねっ? シグナム、ゼロ君」

 

 シャマルは至って何でも無いと説明するが心許なかったようで、丁度花瓶に花を生けて来たシグナムと、飲み物を買って戻って来たゼロに同意を求めた。

 2人は内心を押し隠し、話を合わせて同意する。はやてはどうやら信じたようだが、

 

「じゃあ……私が居らん間のご飯は……」

 

 今度は此方の方が心配になったようだ。女性陣をぐるりと一通り見回してみる。

 シャマルはやる気だけは有りそうな表情で、シグナムとヴィータは表情を引きつらせている。はやてはしばらく無言だったが、ゼロの方を向き、

 

「ゼロ兄、みんなのご飯頼むな……?」

 

「おう、任しとけ」

 

 ゼロは自分の胸をドンと叩いて頼もしく請け負う。結局いまだゼロ以外に、まともに料理が出来る者は1人も居ないので仕方ない。

 これで自分が居ない間は大丈夫だろうと、胸を撫で下ろすはやてにヴィータは、

 

「毎日会いに来るよ……ちゃんとお手伝いもするから、大丈夫……」

 

 身を乗り出して約束する。はやての心配を少しでも減らしたかったのだ。小さな主はそんなヴィータの顔を愛しそうに撫で、

 

「ヴィータはええ子やな……せやけど、毎日やのうてもええよ? やる事無いし、ヴィータ退屈や」

 

「うん……」

 

 ヴィータは力無く返事をするしか無い。今はその言葉に甘えるしか無いのが哀しい。一刻も早く『蒐集』を終えて、はやてを救わねばならないのだ。本当なら片時も離れたくは無いというのに……

 

「ほんなら私は、三食昼寝付きの休暇をのんびり過ごすわ」

 

 おどけて見せるはやてに一旦別れを告げ、シグナム達はゼロを残し、着替えと本を取りに自宅へと戻る事にする。

 シグナム達を見送ろうとしたはやては何か思い出したようで、ハッとしたように身を起こし、

 

「あかん、すずかちゃんがメールくれたりするかも……?」

 

 携帯は家に置いたままだ。すずかとは頻繁にメールのやり取りをしている。返信が無ければ心配を掛けてしまうと思ったのだ。

 

「それなら私が連絡しておきますよ」

 

 その辺りはシャマルが請け負ってくれた。改めて入院に必要な物の確認をとったシグナム達は、挨拶すると病室を出て行った。

 

 病室のドアが静かに閉じられた後、ゼロはおもむろにベッドのはやてに向き直ると、ひどく優しく微笑んだ。

 

「はやて……もう我慢しなくて良いんだぞ……?」

 

「なっ……何言っとるんゼロ兄……?」

 

 ゼロは取り繕おうとする少女の両肩を優しく掴 み、そっとベッドに横たわらせた。

 

「まだ痛みが残ってるんだろ? いいからじっとしてろ……」

 

「……気付いてたんか……んっ……!」

 

 途端にはやての顔の笑みが崩れた。まだ残る痛みを堪えながら何でも無いふりをし、今まで会話をしていたのだ。

 

「当たり前だ……俺の超感覚を甘く見るなよ……それに1年以上はやてを見て来たんだ、それくらい判る……」

 

「……ゼロ兄には敵わんなあ……」

 

 我慢を見抜かれて気が緩んだのか、はやては苦痛の表情を浮かべた。

 ゼロは彼女の胸に両掌を当て、『メディカルパワー』を照射する。ほのかな光に包まれ、身体の強ばりが徐々にだが解けて行く。

 発作の時は焼け石に水だったが、今くらいの痛みなら辛うじて効くようだ。はやては深く息を吐いた。

 相当に我慢していたのだろう。脂汗で額が光っていた。弛緩したように身体を投げ出しグッタリする。

 ようやく落ち着いたはやては、ベッド脇のゼロを気怠げに見上げ、

 

「……ゼロ兄……ありがとうな……楽になった わ……」

 

 儚げに微笑むと、当てられていたゼロの手を力無く握る。その弱々しさに、ゼロは泣きたくなってしまった。

 先生の言う通り、明らかに病状が悪化しているのを感じ、身体が冷え込むような恐怖を感じるが、おくびにも出さず、

 

「……はやては我慢し過ぎだ……辛い時は辛いって言え……水くせえ……」

 

 叱るようにたしなめるゼロに、はやては薄く笑みを浮かべた。

 

「……私は……みんなの前では笑っていようと決めとるんや……」

 

 何か言おうとするゼロに、はやては判っていると弱々しく頷き、

 

「……この間ゼロ兄に叱られたけど……私はずっと独りぼっちやったから……病気で死んでしまう事自体はそんなに怖くないと思ってた……」

 

「……」

 

 ゼロは哀しそうに、熱に浮かされたように喋り続ける少女を無言で見詰める。

 

「……今は違う……守りたい日々があって、大切に幸せにしてあげなあかん子達がおる……だから決めたんや……」

 

 ゼロの手を握る少女の小さな手に、ほんの少しだけ弱々しく力が籠った。

 

「……みんなの為に私は生きてよう……笑顔でいよう……そう思った……私はみんなのマスターやから……」

 

 消耗して弱々しい中にも確かな決意を込めて、はやては誓いを口にした。それは何とも哀しく、儚げな誓いだった。

 

「……そうか……」

 

 胸が詰まったゼロは、やっとそれだけを口にする。はやては泣き笑いのような顔をしている少年に微笑み、

 

「……私が死んでもうたら……またあの子達が酷いマスターの所に行く事になるかもしれんし……ゼロ兄も本当の独りぼっちになってまう……だから……私精一杯がんばるわ……」

 

 微笑むはやてを、ゼロは温かく見詰め続ける。

 

「……はやて……」

 

 その慈しむ見通すような眼差しに、はやては耐え切れなくなったように表情を曇らせた。

 

「違う……そんなんや無い……そんな綺麗事だけや無い……!」

 

 感情が激した少女は、今自分が喋った言葉を打ち消すように激しく頭を振った。

 彼女は握っていたゼロの手を、両手でギュッと握り締める。その手が震えていた。力が入らないせいでは無い。

 

「私がみんなとお別れしたくないんや……シグナムとヴィータと、シャマルとザフィーラとあの子と……ゼロ兄ともっと一緒に居たいんや……何時からこんな欲張りになってしもたんやろう……?」

 

 堰を切ったように、はやては心の中の想いを吐露していた。最早止められなかった。

 

「……ゼロ兄……ゼロ兄達とお別れしたくない よ……ずっと一緒に居たいよ……!」

 

 彼女は大粒の涙を溢れさせ泣き出していた。助けを求める幼児のように泣きじゃくる。

 

「死にたくない……死にたくないよゼロ兄ぃっ ……!」

 

 はやてが初めて口にした死への恐怖だった。ゼロは震える少女の細い肩を強く抱き締める。少女は身を預け、か細く声を上げ嗚咽していた。

 不安や心の中に溜め込んでいた、様々なものを吐き出すように……

 ゼロはそれで良いのだと思った。我慢する必要など無いのだ。そこまで耐える事は無い。こんな自分で良いならぶちまければいい。

 

「大丈夫だ……絶対何とかしてやる……絶対にだ!」

 

 ゼロは泣きじゃくる少女の背中を、赤子をあやすように擦った。少しでも震えが治まるようにと……

 

「……うん……うん……」

 

 はやては涙で顔をクシャクシャにしながら、何度も頷いた。この温もりに包まれていると、恐怖が薄らいで行くのを感じる。日溜まりに包まれているような温かな感覚。

 

(私は大丈夫や……ゼロ兄とみんなが居る……確かに此処に居るんや……私はまだ頑張れる……)

 

 心地好い圧迫感の中、はやては二度と離れないと言わんばかりに、しがみ付く手に精一杯の力を込めた。

 窓から怖い程の夕日の光が、闇に沈む前の最後の悪あがきのように、2人を異様に紅く染め上げる。

 病室の無機質な白い壁に、少年と少女の黒々とした影が、別の生き物のように長く長く伸びていた……

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 『アースラ』モニタールームに、クロノ、孤門にエイミィ、リーゼロッテが集まっていた。

 正面の空間モニターに、大きくユーノが映っている。『無限書庫』からの通信であった。調査結果がある程度纏まったので、その報告である。

 

 現在までに判明したのは、まず『闇の書』本来の名前だ。古い資料によれば、正式名称『夜天の魔導書』である事。

 本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集し研究する為に造られた、主と共に旅をする魔導書であった事。

 破壊の力を振るうようになってしまったのは、歴代の持ち主の誰かがその力に目を付け、プログラムを改変してしまったせいである事などだ。

 何時の世にも『ロストロギア』を使って、莫大な力を求めんとする輩は後を断たないらしい。モニターのユーノは更に、

 

《その改変のせいで旅をする機能と、破損したデータを自動修復する機能が暴走してるんだ……》

 

「……転生と無限再生はそれが原因か……」

 

 クロノは重々しく呟いた。現在失われた古代魔法なら、それくらいは有り得るものらしい。 モニター上のユーノは暗い顔で頷き、

 

《一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化……一定期間『蒐集』が無いと、持ち主自身の魔力資質を侵食し始めるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる……無差別破壊の為に……だから今までの主は完成して直ぐに……》

 

 そこで言葉を切った。要するに完成させたら直ぐに『闇の書』に全ての魔力を吸い上げられ、取り殺されてしまうのだ。

 力を得るものなどでは無い。選ばれてしまったら助からない。正しく死の魔導書であった。

 

 クロノは停止や封印方法が無いか聞いてみるが、完成前の停止は難しいそうだ。

 『闇の書』 が真の主と認識した人間でないと、管理者権限が使用出来ない。つまりプログラムの改変が出 来ないのだ。

 無理に外部から操作しようとすると、主を吸収して転生してしまうシステムまで入っている。質の悪い呪いそのものだった。

 それ故今まで『闇の書』の消滅、永久封印は不可能とされている。

 

「元は健全な資料本が……何と言うか、まあ……」

 

 リーゼロッテが呆れ顔で感想を述べる。真っ当な目的で造られたものが、ここまで歪まされてしまったのだ。経緯を聞いた孤門は憤りを隠せないようで、

 

「……結局……何時の世も原因は人でしか無いと言う事か……勝手に造り出され、勝手に改変された挙げ句害悪とされる……造られた方はどう感じるんだろうね……? そして身勝手な人間をどう思うんだろう……」

 

 人間の罪を抉る言葉に、皆は言葉も無い。クロノはその言葉が胸に突き刺さるようだった。無論断じて実行などしないが、父の仇という想いが全く無いと言ったら嘘になるからだ。

 

 しかし『闇の書』の経歴を知ると、改めてそれは違うと強く認識出来た。人間の欲望に翻弄され続け、呪いの器と化してしまった造られし存在。

 彼女らを恨んだりする行為は、あまりに道化で愚かしい行為だろう。武器、デバイスや銃に責任を擦り付けるくらい愚かなのではないかと思った。

 それで憎しみの連鎖から抜けられないようでは、人が好きだと言ってくれた異世界の超人にどう応えればいいのかと……

 

 皆も似たような想いに駈られたのか、しばらく重苦しい沈黙が続く。そんな中気持ちの整理を付けたクロノが、静かに口を開いた。

 

「それで見えて来たよ……ウルトラマンゼロの今までの行動の意味が……」

 

 モニターのユーノも、エイミィも同意して頷いた。リンディの推察、偽者が存在する可能性については、既に全員が聞き及んでいる。クロノは全員を見回し、

 

「多分……ウルトラマンゼロは、『闇の書』の主を助ける為に守護騎士達に協力しているんだろう……そして状況からして、ゼロも守護騎士達も『闇の書』が壊れている事を知らない……」

 

「恐らく彼らは誰も襲っていない……それに付け込んだ何者かが目的は判らないけど、ウルトラマンゼロや守護騎士達に成りすまして、私達と噛み合わせるように仕向けた……」

 

 エイミィが悔しげな表情を浮かべた。誰も彼も、まんまとしてやられた格好だ。ここまで確証を持てたのには理由がある。

 偽者などというものが、思いもよらなかったせいで気にも留められていなかったが、出現頻度をチェックしてみると、明らかに不審な点が見付かったのだ。

 

 例えば他の世界で『蒐集』を行っていた筈のゼロが、同時に別の世界で人を襲っていたという具合である。ご丁重に監視映像に捉えられたものまであった。

 良く見ると監視カメラに馬鹿にしたように、小さくVサインまでしていた。それも良く確認しないと判らないようにだ。

 まるでひどく悪質な悪戯だった。それもバレる事が前提のである。気付いたら気付いたで、此方に迂闊さを痛感させる。そんな底意地の悪い悪意を感じるような気がした。

 

(まだ何か有るのか……? 考え過ぎだろうか……?)

 

 クロノはまだ引っ掛かりを感じるが、まずは目の前の事を1つずつ片付けるのが先と、今は保留にしておく。

 もう1つ気になる事もあった。 一通りの報告を聞いたクロノは、引き続きユーノに調査を頼み通信を切ると、

 

「エイミィ、仮面の男の映像を」

 

「ほいっ」

 

 エイミィは阿吽の呼吸でコンソールを操作し、例の仮面の男の映像を正面モニターに映し出した。リーゼロッテが気になったようで、

 

「何か考え事……?」

 

「まあね……」

 

 質問にクロノは、何時もの気難しい顔で応える。すると孤門が彼の側に歩み寄り、

 

「君も気になるんだね……?」

 

 モニターを見詰めながら、小声でクロノだけに聞こえるように囁いた。少年執務官はハッとしたように傍らの青年を見上げる。

 しばらく目を合わせると、無言で頷きモニターに目を戻した。

 

 

 

 

 通信を切ったユーノの元に、ミライがふわりと浮いて近付いて来た。

 

「ミライさん、何処に行ってたんですか? 皆に紹介しようと思ってたのに……急に居なくなるんですから……」

 

「ごめんね、ちょっと集中し過ぎて奥の方に行ってたから、ユーノ君が呼んだのに気付かなかったんだ……」

 

 残念がるユーノに、ミライは済まなそうに頭を掻き掻き謝った。

 

「この次は皆さんに、ちゃんと挨拶するよ」

 

「いえ、そんな謝らないでください……ただ僕が皆に紹介したかっただけなので、でも次は紹介させて下さいね?」

 

「喜んで」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべるミライに、ユーノは腕捲りする素振りを見せ、

 

「それじゃあ続きを始めましょう。出来れば他に停止や封印方法を見付けられたら良いんですが……」

 

「頑張ろうユーノ君」

 

 ミライも張り切って見せると、早速関係資料の探索に掛かる。本を手に取りながら、先程見たばかりの人物の事を思い浮かべた。

 

(彼が孤門一輝……『ウルトラマンネクサス』 か……)

 

 青年の姿を脳裏に焼き付ける。ミライは敢えて姿を見せず、物陰から孤門達の様子を見ていたのだ。今の状態で迂闊な真似は出来ないのは、無理からぬ事ではある。

 

(どうやら事態は、ユーノ君達のお陰で良い方向に向かっているようだけど……)

 

 ミライは浮かない表情を浮かべていた。どうにもまだ不穏なものを感じるのだ。未だ敵の全貌を掴みきれていない。

 

(『ダークザギ』……一体何処に潜んでいるん だ……?)

 

 ミライの穏やかな顔が、戦士としての鋭いものになっていた。偶然それを目撃したユーノは、温厚な青年の意外な一面にハッとしてしまった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 冷たい冬の大気の中、学生や会社員が慌ただしく行き交う朝の通学路。その中に混じって学校へと通学する、フェイトとなのはの姿がある。

 

「体調大丈夫?」

 

 なのはは気遣って、隣を歩くフェイトに声を掛けた。

 

「うん、魔法が使えないのはちょっと不安だけど、身体の方はすっかり……」

 

 フェイトは微笑んで平気な事を伝えた。特に不具合は無いようだ。 当面の間フェイトとなのはは、呼び出しがあるまで此方の世界で待機になっている。

 捜索は武装局員を増員して、追跡調査をメインにする 事になったのだ。

 

「でも……せっかくウルトラマンさんとヴィータちゃん達が、何も悪い事をしてないかもって分かって来たのに……直ぐにお話しして仲直りって訳には行かないんだね……」

 

「……色々難しいらしいから、直ぐには無理みたい……」

 

 2人は残念そうにため息を吐く。偽者の件はまず間違いないと思われるが、100パーセント確実とまでは行かない。疑り深いようだが、推測が外れている可能性もゼロでは無いのだ。

 

 それに偽者と遭遇した場合、今の所見分けがつかない現状では、武装局員達の警戒態勢は解除されないままである。

 まだ油断は出来ないと言う訳だ。当然と言え ば当然の事であった。管理局も組織である以上、事は慎重に進めなくてはならない。

 

「でも……本物のウルトラマンさん達だったら、ちゃんと話し合いをする事になったから、大丈夫だよね?」

 

「うんっ」

 

 それはとても喜ばしい事だ。色々とハードルは高そうだが、きっと良い方向に向かうに違いないとフェイトとなのはも信じた。

 

「でも……ごめんねなのは……最初になのはが言ってた事が正しかったのに私……」

 

 フェイトは感情的になって、なのはの助けられたのではと言う言葉を、ろくに信じなかった事を謝るしか無い。なのはは屈託無く笑い、

 

「気にしないでフェイトちゃん、私だってそんなに自信があった訳じゃないんだから」

 

「ありがとう……」

 

 フェイトは優しい友人に感謝した。友達とは本当に良いものだとつくづく思う。2人は顔を見合わせ笑い合うと、足取りも軽く学校へと向かった。

 

 

 

 

「入院……?」

 

「はやてちゃんが?」

 

 予鈴の鳴り響く教室で、すずかから話を聞いたフェイトとなのはは心配の声を上げた。以前から聞いていた、すずかの友人が急遽入院してしまったとの事だ。

 

「うん……昨日の夕方に連絡があったの……そんなに具合が悪くは無いそうなんだけど、検査とか色々あってしばらく掛かるって……」

 

 そうは言っても、すずかはとても心配している。そんな友人を見てアリサが、

 

「じゃあ放課後みんなで、お見舞いとか行く?」

 

「えっ? いいの……?」

 

 申し訳なさそうなすずかに、アリサは任せなさいとばかりに頼もしく胸を張り、

 

「すずかの友達なんでしょ? 紹介してくれるって話だったしさ、お見舞いもどうせなら賑やかな方が良いでしょ?」

 

 フェイトとなのはにも同意を求める。迷惑では無いかとの意見も出たが、向こうの都合さえ良ければ皆でお見舞いに行く事で話は纏まった。

 

 

 

 

「何? テスタロッサ達がどうしたっ て……?」

 

 シャマルからの緊急の思念通話を受けたシグナムは、その流れるような眉をひそめた。

 周りには赤茶けた大地と、険しい崖地帯が広がっている。ゼロと異世界に『蒐集』に来ている所であった。

 ウルトラマンゼロも、只ならぬシャマルの様子に緊張の色を強める。

 

《だからテスタロッサちゃんと、なのはちゃん、管理局魔導師の2人が、今日はやてちゃんに会いに来ちゃうの! すずかちゃんのお友達だから!》

 

 状況はこうだ。先程すずかからお見舞いに行きたいとのメールが入った。その心遣いに思わず涙ぐむシャマルだったが、その一緒に来る友人が問題だった。

 貼付された写真に映っていたのは、紛れも無くフェイトとなのはだったのだ。

 シャマルはどうしようどうしようと、かなり混乱している。ゼロも動揺を隠せない。するとシグナムは、

 

「落ち着けシャマル! 大丈夫だ、幸い主はやての魔力資質はほとんどが『闇の書』の中だ。詳しく検査されない限りバレる事は無い」

 

 頭がこんがらがっているシャマルに、理論整然と大丈夫な事を説明してやる。永い事守護騎士のリーダーを勤めて来ただけあって、シグナムの判断は的確だ。

 戦闘一辺倒のゼロは、こんな時どうしたら良いか判らず困惑するだけである。

 

《それは……そうかもしれないけど……》

 

 それでもまだ心配そうに心細い声を漏らすシャマルに、シグナムは安心させるように、

 

「つまり、私達と鉢合わせる事が無ければ良いだけだ……」

 

《うん……顔を見られちゃったのは失敗だったわね……出撃した時ゼロ君を見習って、変身魔法でも使ってれば良かった……》

 

「今更悔いても仕方無い……御友人のお見舞いの時は私達は席を外そう……主はやて、それから石田先生に我らの名を出さぬようにお願いを……」

 

《はやてちゃん、変に思わないかしら……?》

 

「その辺りは、管理局にバレないように念には念を入れたいと言えば、主はやても納得して下さる筈だ。頼んだぞ……?」

 

 念を押してシグナムは通話を切った。ゼロはプロテクター状の肩を竦め、

 

『……まったく……世の中狭いって地球じゃ良く言うが……何て偶然だ……』

 

「まったくだな……」

 

 愚痴る少年ウルトラマンに、シグナムも同意の苦笑を浮かべて見せた。ゼロは少し考え込み、

 

『それなら見舞いの時は、俺がはやてに着いてれば問題無いか……?』

 

「いや……テスタロッサは人間のゼロの顔を知っているのだろう? 万が一を考えて、ゼロも顔を出さない方が無難だ……少しでも主はやてへの危険は避けたい……」

 

『そうだな……分かった』

 

 ゼロは納得して頷いた。ここで見付かってしまっては元も子もない。

 

『……しかし……嫌な雲行きだぜ……』

 

 ゼロは『蒐集』に戻りつつ、不穏な気配を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

 女は虚ろな眼をして、薄暗い部屋の中虚空を見詰めていた。何かを抱き抱え、2つあるベッドの片方に身動ぎ一つせず、じっと座り込んでいる。

 部屋は何処かの宿泊施設の一室らしい。シンプルな造りから公共施設のように見えた。

 部屋の中には日用品や、赤ん坊の紙オムツの袋が手付かずのまま乱雑に転がっている。どれも一度も使われた形跡が無い。

 部屋の炊事場も 一度も使われていないようだ。少なくともこの女が住んでいる筈なのだが、人の暮らす生活臭というものがまるで無い。荒れ果てた雰囲気が漂っていた。

 

 ドロリとした光彩の無い眼で、何も無い空間を見詰めていた女に初めて動きがあった。人形のように不自然にドアに眼を向ける。

 それと同時に、微かな音を立ててドアが自動で開き、男が1人音も無く入って来た。

 男はかつて女の夫だった『もの』だ。いや女自身も……男はかつて妻だったものを感情の欠落した暗い眼で見下ろし、

 

「『冥王』からの最後の命令だ……お前達はウルトラマンゼロ達と最期の戦いに向かい儀式を進めよ……俺は紛れ込んだネズミの始末と、この『本局』を墜とす……」

 

 抑揚の無い声で、恐るべき事を淡々と伝えた。女は無言で頷く。女が抱き抱えていた何かが応えるように、ずるりと腕の中で蠢いた。

 

 

 

つづく

 

 

 





 次回『焦燥-イリーティーション-』


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第54話 焦燥-イリーテェーション-

 

 

 

 静かな病室に、コンコンと遠慮がちにドアをノックする音が響いた。

 

「はーい、どうぞ」

 

 はやては元気良く返事をした。すずかが友達を連れて、お見舞いに来るのは既に聞いている。

 

「こんにちわーっ」

 

 挨拶をして、すずかにアリサ、それにフェイトとなのはが、それぞれお見舞いの花やケーキを手に病室に入って来た。

 

「こんにちわ、いらっしゃい」

 

 はやては頬を綻ばせてすずか達を出迎える。紹介してくれる友人の中に、フェイトとなのはが居た事に、はやては最初驚きを禁じ得なかったものだ。

 

 向こうは全く知らないだろうが、此方はゼロから何度も話を聞き、憧れの感情を抱いていたので無理も無い話である。

 2人と直に会えるのは楽しみであったが、 『闇の書』と守護騎士達の事があるので少々心配になったものだ。

 しかし詳しく検査されない限り、向こうにバレる心配は無いとの説明を既に受けているので、気楽に接する事が出来た。

 ゼロ達が同席しないのも、名前を出さないようにと念を押されたのも、管理局に発覚する危険を少しでも防ぎたいからだと納得している。

 だが本来のはやてならば、話の不自然さに気付いた可能性は高い。しかし彼女は気付く事が出来なかった。

 病状が悪化し、それだけ精神的にも肉体的にも余裕が無かったのだ。想像以上に彼女に残された時間は僅かであった。

 

 思考が減退しながらも今のはやては、フェイトとなのは、2人の魔法少女達にアリサと話をしてみてまず思った事は1つ。

 

(アリサちゃんもええ子やし、なのはちゃんもフェイトちゃんも、話に聞いてた通りのええ子達や……)

 

 すっかり嬉しくなる。3人それぞれタイプは違うが、優しい子達なのは話してみて分かった。それに自分と非常に気が合うのだ。

 波長が合うと言うか、ずっと以前からこの5人で友達として過ごして来たような、そんな錯覚を覚える程の楽しい時間であった。

 

(みんな……ほんまにありがとうな……)

 

 はやてはすずかと、今日新しく出来た友人達に心の底から感謝した。

 

 

 楽しそうな話し声が漏れる病室の前で、ロングコートに大きめのサングラスを掛けたシャマルが、スパイよろしく中を伺っていた。 不審者以外の何者でも無いが、本人は大真面目である。

 

「シャマルさん……何やってるんですか……?」

 

 タイミング悪く通り掛かった石田先生に、声を掛けられてしまった。

 

「はっ……そのう……ちょっと気になって……」

 

 シャマルは決まりが悪そうにサングラスをずらし、照れ笑いを浮かべて誤魔化すのであった。

 

 

 

 

 あっという間に楽しい時間は過ぎ、すずか達は時間も遅いので、はやてに別れを告げ帰って行った。

 頃合いを見計らって戻って来たシャマルは、お見舞いの花を花瓶に生けながら、出会いの余韻に浸るはやてに、

 

「お友達のお見舞いどうでした……?」

 

「うんっ、皆ええ子達やったよ。楽しかったあ……また時々来てくれるて。フェイトちゃんもなのはちゃんも、聞いてた通りの子達やったなあ……少々後ろめたい気もするけど……」

 

 はやては以前から2人の事を知っているのに、此方は知らないふりをするのが申し訳無いような気がするらしい。

 

「それは仕方無いですよ……それよりも良かったですね……みんな良い子達で……」

 

 確かにそうなので、その辺りは割り切る事にしたはやては持って来た本の中から、クリスマス関連の本を取り出し、

 

「そやけど、もうすぐクリスマスやなあ……みんなとのクリスマスは初めてやから、それまでに退院してパーッと楽しく出来たらええねんけど……」

 

「そうですね……出来たらいいですね……」

 

 無邪気に微笑むはやてを見て、シャマルは思わず涙が零れそうになった。

 辛い事全てを押し隠して笑う少女。それは子供に心配を掛けまいとする、気丈な母そのものであった。

 茜色の夕陽に照らされた卓上カレンダーの12 月13日の日付が、やけにハッキリとシャマルの目に入る。

 

「あはははっ」

 

 はやては夕陽に透かすように本を翳し、楽しそうに笑い声を上げた。

 

 

 

 

 乾いた荒野が広がる異世界。『蒐集』を終えたシグナムは、息を乱して膝を着いていた。直ぐ近くに、戦闘不能にした巨大な魔法生物が倒れている。

 

《『闇の書』のはやてちゃんを侵食する速度がだんだん上がっていってるみたいなの……このままじゃ、保って1月……もしかして、もっと早いかも……》

 

 シャマルからの、はやての容態を報せる悲痛な思念通話が、冷静な筈のシグナムの胸を締め付ける。猶予はあまり残されてはいない。

 剣の女騎士は消耗した身体に鞭打って、再び立ち上がる。その瞳には隠しきれない焦燥感が浮かんでいた。

 

 

 分厚い黒雲に覆われた暗鬱とした空を、耳をつんざく稲妻が豪と荒れ狂う。雷と共に叩き付けるような雨が、渦巻く海に降り注いでいた。

 降りしきる雨の中、海上を飛ぶ人間サイズのウルトラマンゼロと、ヴィータの姿が在る。

 ふとゼロは、前を見据えて飛行を続けるヴィータの表情に目を留めた。浮かない顔で何かを考えているようだった。

 

『どうしたヴィータ……? 考え事……ひょっとして、こないだ言ってた事か……?』

 

 ヴィータはハッとし、隣を飛ぶゼロの銀色の顔をまじまじと見た。少し躊躇していたようだがコクリと頷き、

 

「……うん……何かがおかしいんだ……」

 

 雨の中表情を曇らせる。以前にも見せた当惑した様子。ゼロは黙って先を促す。

 

「こんな筈じゃないって、アタシの記憶が訴えてる……おかしいって……何でだ? 何でアタシはこんな事を考えるんだ……?」

 

『ヴィータ……』

 

 ヴィータ本人が一番混乱しているようだった。ゼロは考える。彼女が訴える不安とは何なのだろう。

 はやてが倒れゴタゴタしていたので、そのままになっていたが妙に気になった。まるで呼応するように、ゼロも妙な感覚を感じていた。

 自分が大切な事を忘れているような気がする。もう少しで思い出せそうなのに、思い出せないもどかしさ。ゼロは考え込んで押し黙ってしまう。

 ヴィータは考えを振り払うように大きく頭を振り、 『グラーフアイゼン』を頭上に振りかぶった。その両眼から止めどもなく流れるものは雨ではあるまい。

 

「でも……今はこうするしか無いんだよな……? はやてが笑わなくなったり、死んじゃったりしたらヤダもんな!」

 

 ゼロは考えるのを止めて頷く。それと同時に、海上に巨大な異形の物体が浮かび上がって来た。蛸を思わせる頭部に、複数の眼の奇怪な魔法生物だ。

 

「やるよゼロッ! アイゼン!!」

 

《Explosion》

 

『おおっ!!』

 

 アイゼンが身の丈より大きな角柱状のハンマー形態ギガントに変化し、ゼロも右足にエネルギーを集中させる。

 2人は雨を切り裂いて一直線に降下する。ヴィータのギガントと、ゼロの『ウルトラゼロキック』が魔法生物に同時に炸裂した。

 

 

 

 海上に巨大な蛸魔法生物がプカプカと、海月のように浮かんでいる。強烈な打撃を受けて、意識を刈り取られているのだ。

 蛸魔法生物から『蒐集』し、『闇の書』を閉じたヴィータの肩をゼロはポンと叩く。彼女の顔には涙の跡が残っていた。

 

「……誰にも言うなよ……?」

 

 鉄槌の騎士は目をゴシゴシ擦りながら、決まりが悪そうに顔を紅くする。

 

『分かってるって……黙っといてやるよ……』

 

 ゼロはポンポンと愚図る子供をあやすよう に、ヴィータの背を優しく叩いた。

 

「子供扱いすんな……ゼロだって前に大泣きしてたクセに……」

 

『ソンナ昔ノコトハ忘レタ……ナンノコトダ?』

 

「そんな昔じゃねえし、台詞がカタコトになってんぞ、 オイッ!?」

 

 ヴィータはぶつぶつ文句を言いながらも、ようやく笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 他の魔法生物を求めて、ゼロとヴィータは近くの島へと向かう。降りしきる雨が、岩場だらけの荒涼とした島を強く叩いていた。

 

『何も無い島だな……』

 

 ゼロは辺りを見渡してみる。島の中央に幾何学的模様を組み合わせたような、鋭く尖った異形の山が在る以外に特に目立ったものは無い。

 

『ん……?』

 

 ゼロは何かの気配を感じ、視線を異形の山に向けた。ヴィータも気付いてゼロの視線の先を辿る。

 叩き付ける雨と真っ黒な雷雲で視界が悪い中、稲妻がカッと辺りを真昼のように照らし出す。雷光に照らされ、巨大な人影が2つ不気味に浮かび上がった。

 

『貴様ら!?』

 

 ゼロは巨大な2体を見上げ拳を握り締める。雷鳴轟く頂にそびえ立つのは、三つ首の異形 『ダークルシフェル』に、紅き死の巨人『ダークファウスト』であった。

 

『決着を着けようか……ウルトラマンゼロ!』

 

 ファウストはゼロを指差し、死刑を告げる処刑人の如く不吉に宣言する。

 

『貴様らに構ってる暇はねえ! 速攻で叩き潰してやるぜ! デャアアッ!!』

 

 気合いと共に、ゼロの身体が膨れ上がるように身長49メートルの巨人と化す。足元の岩場が急激な質量の増加に耐えきれず、爆発したように砕け散った。

 

「ぶっ潰してやる、アイゼン!!」

 

 ヴィータもアイゼンをギガントフォルムに変形させ、闇の巨人達に立ち向かおうとする。するとファウストは小さな騎士を見下ろし、

 

『慌てるな……お前の相手はそいつだ!』

 

 後方を指差すと大地が大きく揺れ動く。岩を砕き土煙と土砂を巻き上げて、異形の巨体が地上に出現した。

 生皮を剥がれて皮下組織が剥き出しになった、溝鼠(ドブネズミ)のようなおぞましい姿。スペースビースト『ノスフェル』であった。奇怪な吠え声を上げ、鋭利な爪を振りかざし鉄槌の騎士に迫る。

 

「此方はアタシに任せろ!」

 

 ヴィータは叩き付ける雨の中宙に舞い上がり、ノスフェルと対峙する。

 

『気を付けろヴィータ! そいつは確か……』

 

 ゼロが注意を促そうとすると、ルシフェルが巨木のような両腕を振り上げ吠えた。

 

『グルオオオオオオォォォォッ!!』

 

 おぞましいような赤子が哭くような異様な叫び。それが戦いのゴングだったかのように、ルシフェルとファウストは斜面を怒濤の勢いで降下し、ゼロに襲い掛かった。

 

『このクソッタレ共が! 邪魔すんじゃねえ!!』

 

 ゼロは苛立って吐き捨てると、突っ込んで来る2体の巨人を迎え撃つ。ルシフェルの鉤爪ルシフェルクローと、ファウストの速射砲の如きパンチが唸りを上げた。

 

 

 一方のヴィータはノスフェルの爪攻撃を避け、アイゼンの一撃をお見舞いしようとするが一旦攻撃を止め距離を取る。

 

(ビーストの事もだいだい聞いてっけど……コイツはアタシと相性が悪いんだよな……)

 

 ノスフェルは異常に生命力が強いタイプのビーストである。口内部の再生器官を破壊しない限り、例え粉々にされようとも何度でも復活してしまうのだ。

 『殺し屋超獣バラバ』の時のように頭を叩き潰しても倒せない。再生器官をピンポイントで攻撃する事が重要だった。

 ヴィータの射出魔法では威力が足りない。カートリッジは残り3発、此方に不利であった。

 

(何とか隙を突くしかないな……まずは牽制だ!)

 

 ヴィータは射出魔法を繰り出そうと鉄球を取り出す。するとノスフェルの凶悪な口から、毒々しいピンク色をした物体が勢い良く伸びた。獲物を捕らえ武器にもなるノスフェルの舌だ。

 

「しまった!?」

 

 弾丸並みの速度の舌に意表を突かれ、ヴィータは舌にガッチリと絡め捕られてしまった。

 

『ヴィータ!!』

 

 ゼロはルシフェル達の猛攻を凌ぎ、ヴィータの援護に向かおうとするが、

 

『他に気を取られている場合か!?』

 

 ファウストの紫色の光刃がゼロを直撃する。助けに行く隙が無い。更にルシフェルが怪力にものを言わせて、怯むゼロを吹き飛ばした。

 

 捕らえられたヴィータは脱出出来ない。おぞましい舌がメジャーのように、ずるずるとノスフェルの凶暴な口部に巻き取られて行く。

 完全に捕られアイゼンを振る事も出来ない。不気味に脈打つ触手状の舌が、彼女の小さな身体をギリギリと締め付ける。

 

「クソオオオォッ! 離せえええっ!!」

 

 ヴィータが絶叫を挙げた時、彼女の視界を燃え盛る炎が一瞬掠めた。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 聞き慣れた気合いと共に、大人の胴程はある舌が真っ二つに切断された。ノスフェルは舌からどす黒い血を撒き散らし絶叫を上げる。ヴィータの前に敢然と浮かぶ人影。

 

「シグナム!?」

 

 拘束から脱出したヴィータは驚いた。燃え盛る愛刀『レヴァンティン』を携えるのは烈火の将シグナムその人であった。

 怒り狂ったノスフェルは、鋭い爪で2人に襲い掛かかろうとするが、

 

「縛れ鋼の軛!!」

 

 雄々しい叫びと同時に地面から槍状の鋭い刃が次々と突き出し、ノスフェルの後ろ脚に突き刺さる。怪物は苦し気な鳴き声を上げた。

 

『ザフィーラも来てくれたのか!』

 

 ゼロも気付く。思わぬ援軍だ。拳を組み合わせた青年姿のザフィーラが大地に立っていた。鋼の軛でノスフェルを釘付けにしている。ヴィータも驚いて、

 

「シグナムもザフィーラも、何で此処に……?」

 

「フッ……シャマルから、何度呼び掛けても返事が無いと知らされてな……もしやと思ったのだ。どうやら間に合ったようだな……?」

 

 シグナムは頼もしく微笑を浮かべて見せる。ヴィータは正直その微笑に、とてもホッとしたものを感じたが素直で無いので、

 

「ちえっ……余計な事を……と言いたい所だけど助かったよ……そんじゃあアイツをぶっ潰してやるか!」

 

 照れ臭そうに小声でお礼を言うと、照れ隠しで大声を張り上げてアイゼンを構える。シグナムは頷くと、ルシフェル達と戦り合うゼロに向かい、

 

「ゼロ、ビーストは我らが引き受けた。存分にやれ。遅れを取ったら承知せんぞ!」

 

『誰に向かって言ってやがる、俺はウルトラマンゼロ、セブンの息子だぜ!』

 

 シグナムのからかうような激励に、ゼロは楽しそうに返答した。尚も遅い来るルシフェル達に、強烈極まりない正拳突き2連撃を叩き込み吼える。

 

『コイツらに構ってる暇はねえ! 一気に片を付ける!!』

 

「承知!」

 

「そっちこそ、グズグズすんなよ!」

 

「おおっ!!」

 

 ゼロに三者三様の返答を返し、シグナム、ヴィータ、ザフィーラは降りしきる雨の中、ノスフェルを囲むように陣形を組む。

 怪物は後ろ脚に突き刺さった鋼の軛を、強引に砕いて前進を開始する。血飛沫が舞い刃の破片が飛び散る。

 

「アイゼン!」

 

《schwalb fliegen》

 

 ヴィータは距離を保ちながら鉄球を取り出し、アイゼンで纏めて打ち出した。

 魔力附与された鉄球が真っ赤に輝き、次々とノスフェルの巨体に炸裂するが、怪物は動じない。その強靭な前脚を振り上げ、凶悪な爪で切り裂かんとヴィータに迫る。

 

「飛竜……一閃っ!!」

 

 その前脚にシグナムが繰り出した、紫色の斬撃が叩き込まれた。皮膚がバックリと裂け、その傷は深く肉まで達していた。

 どす黒い血が噴水のように飛び散り雨に溶ける。噎せる程の血臭が漂い、鼠の断末魔を思わせる耳を塞ぎたくなるような叫びが、豪雨でズシリと重い大気に木霊した。

 

「超獣程、防御力は高くないようだな……?」

 

 シグナムはレヴァンティンを蛇腹状から剣形態に戻し、不敵な笑みを浮かべる。弱って来たと見た3人は、追撃を掛けるべく飛び出すが、次に見たものに目を見張った。

 

「傷が!?」

 

 ヴィータは慌てて急制動を掛け突っ込むのを止める。たった今シグナムに切り裂かれたばかりの深い傷が、見る見る内に塞がって行く。

 

「こちらもか……!」

 

 ザフィーラが先程縫い付けにした、後ろ脚の深い傷も跡形も無い。常識を超えた再生能力である。シグナムは唸る。

 

「再生能力が高いとは聞いていたが、これ程とはな……多少防御力が低くても補って余りある。これが粉々にされても復活する再生能力か……」

 

 感心したように呟くリーダーに、ヴィータはノスフェルを忌々しそうに睨みながら、

 

「どうすんだ? 下手に攻撃しても、片っ端から再生しちまうんじゃキリがねえ! 弱点突こうにも簡単には行かなそうだぞ!」

 

 シグナムは一瞬で目まぐるしく頭脳を回転させた。歴戦の騎士は、ほんの数瞬で即座に作戦を立案する。

 

「簡単に行かないのなら、此方でそう仕向けてやれば良いだけの事だ……ヴィータも私もカートリッジは少ない上、各自消耗が激しい……波状攻撃で一気に倒す! ザフィーラも良いな!?」

 

「判った……!」

 

 心得たとザフィーラは頷くと、地面すれすれの高度でノスフェルの足元に向かって飛び出す。

 シグナムの一言で、ヴィータもザフィーラも己の役割を即座に理解していた。永年共に戦って来たヴォルケンリッターならではだ。

 先頭を切るヴィータは牽制で、身の丈より大きなアイゼンを振り上げてノスフェルに殴り掛かる。その隙にザフィーラが足止めをするのだ。

 シグナムは後方でレヴァンティンにカートリッジを補充し、まだ動く様子は無い。

 

「ギガントォォッ!!」

 

 紅い騎士は弾丸の如く怪物に突撃する。数瞬遅れてノスフェルの足元に近付いたザフィーラは、鋼の軛を発動させた。地面から無数の鋭い刃が伸びるが……

 

「何っ!?」

 

「!?」

 

 ヴィータとザフィーラの攻撃が、ことごとく空を切った。この距離で外れる道理は無い。ならば何故か?

 ノスフェルの巨体が不意に消失してしまったからである。いくら豪雨の中でも見逃す訳が無い。体長が数十メートルもあるのだ。

 

「そんな馬鹿な? あんなデカイ奴が何処へ!?」

 

 注意深く辺りを探るヴィータに、後方で控えているシグナムから鋭い思念通話が飛んだ。

 

《ヴィータ後ろだ!》

 

 ハッとして振り向いたヴィータの目に映ったのは、人間大まで縮小し此方に爪を振り上げるノスフェルのおぞましい姿だった。

 

 

 

 ゼロに殴り倒されたルシフェルとファウストは、態勢を立て直し距離を取ると同時にエネルギーを集中する。光線技の発射態勢だ。ゼロコンマのタイムラグも無く、紫色の破壊光線が同時に発射される。『ダークレイ・ジュ ビローム』の一斉掃射。

 

『チイィッ!』

 

 ゼロは寸での所で横っ飛びに連続して側転し、光線の掃射から逃れる。外れた光線に抉られて、島の一部がごっそりと消失していた。

 逃れたせいで闇の巨人達とかなり間合いが開いている。降りしきる雨と立ち込める残煙の中、ゼロが油断無く『レオ拳法』の構えを取った時、不意にファウストが空に舞い上がった。

 上昇すると右拳を天高く突き出す。『ダークフィールド』を発生させるつもりだ。

 

『させるかあぁっ!!』

 

 ゼロは岩盤を踏み砕き、猛然と前に飛び出していた。

 

 

 

つづく

 

 





小劇場

 ミライとユーノ

「ミライさん、お腹空きましたね、食堂に行っ てみましょう……」

「そうだね……」

 探索に集中し過ぎて、2人共10時間以上何も口にしていない。ここの所は売店で買ったものばかりだったので、たまにはと言う訳だ。
 ミライは本局の食堂に行くのは初めてである。とても規模も大きく、メニューも豊富である。混む時間は過ぎているので人は疎らだ。
 ユーノがメニューを見ていると、隣のミライが何故か目を見張っていた。

「カレーが有る……!」

「あれ……? そんなに珍しいですか?」

 ユーノは不思議に思った。管理世界でもカレーはある。はやて達と同じ出身の人間が居るので、日本料理の店まであるのだ。
 しかし彼方よりはメジャーでないので、ミライの住んでいた世界にはカレーがあまり無かったのだろうと納得した。名前からして、先祖がそうなのではないかと思ったのだ。
 さて……2人して席に着き、空腹も手伝って直ぐに食べ始める。ふと ユーノは気配を感じて隣を見てみると、ミライが何故か泣きながらカレーを食べていた。

「美味しい……何千年ぶりだろう……リュウさん達と食べたのを思い出すなあ……」

 ユーノは幾らなんでも聞き間違いだと思うのだった……

 食事を終え無限書庫に戻る最中である。

「う~ん……最近鈍ったかもなあ……」

 ユーノは歩きながら、コキコキと肩を回した。隣を歩くミライは微笑し、

「何が鈍ったんだい?」

「最近練習もする暇も無かったので、バインドとかですね……」

「そうなんだ……で、それはどんな料理なんだいユーノ君?」

「はい……?」

 ミライの顔は大真面目である。ユーノはどう 反応したらいいのか判らず、しばし固まってしまうのであった。

(ミライさんって……変な所で世間知らずだよなあ……)




次回『人形-マリオネット-』


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第55話 人形-マリオネット-

 

 

 

「いやあああああぁぁぁっ!!」

 

 衝撃波と共に、女の目の前で夫の頭が石榴のように粉々に吹き飛んでいた。

 血と脳漿が飛び散り、夫の身体は捻くれたように地面に転がり、数度の痙攣の後全く動かなくなった。

 女の抱いている赤子が、火が点いたように激しく泣いている。女は圧倒的な恐怖のあまり動けない。

 『そいつ』は今度はゆっくりと母子の方を向いた。夫の頭を吹き飛ばしたデバイス状のものを向ける。その眼には何の逡巡も迷いも無い。

 

「お……お願いです! この子だけは助けてください!」

 

 女は泣きわめく子供を『そいつ』から必死に隠すように自分を盾にした。

 だが『そいつ』は 一顧だにせず、無言でデバイス状の物を女の頭にピタリと押し当てる。その眼は物を見るようだった。

 女の涙ながらの懇願も、赤子の泣き声も『そいつ』には何の意味ももたらさない。『そいつ』は特に感慨も感情の揺れも無く、蟻を潰すように躊躇なく押し当てたものを発射した。

 轟音が響き、女の頭は上半身ごと原形を留めず粉々に破裂し、抱いていた赤子も母親ごと上半身を消し飛ばされていた……

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

 天高く伸ばされた『ダークファウスト』の両腕から、紫色の光が雷光轟く雨天に放たれた。ゼロは猛然と駆けながら左腕を水平に伸ばす。

 

『何度も同じ手を食うかよ!』

 

 両腕をL字形に組むと、真水に墨が混ざるように空間に干渉を始めていた暗黒波動目掛けて 『ワイドゼロショット』を放つ。青白い光の奔流がウネウネとした紫色の混沌にぶち当たった。

 

『何だと!?』

 

 ファウストは驚きの声を上げた。広がって行こうとする空間異常が、ワイドゼロショットを浴びてスパークを起こし、元の雨天の空に戻って行く。『ダークフィールド』が拡散消滅していた。

 

『貴様らがネクサスと同じく、自分の身体を使って異相を反転させ、戦闘用亜空間を作り出していたのはお見通しだ……』

 

 ゼロはダークフィールドを破られ、怯むファウスト達を指差し、

 

『なら、反転前にその干渉を拡散妨害してやればいいだけの話だ! ダークフィールド破れたりだな!!』

 

 得意気に親指で唇をチョンと弾いて見せた。

 幾度に及ぶ戦闘用亜空間での不利な戦いの経験、更には封鎖領域などの結界魔法を使う守護騎士達に相談した上で、ゼロはダークフィールドの対抗手段を考えていたのである。

 

『……流石はウルトラマンゼロと言う事か……だ が、我ら闇の巨人2体に勝てるかな!?』

 

『グルオオオオオオオォォォ~~ッ!!』

 

 ファウストに呼応するように『ダークルシフェル』は、両腕を振り上げ三つ首で獣の如く咆哮した。

 

『俺を舐めるなよ! 貴様ら纏めて叩き潰してやるぜ!!』

 

 ゼロは闘争本能を顕にして吼える。雷光がビカビカと辺りを照らす中、3体の巨人達は大地を揺るがし激突した。

 

 

 

 

 

 

 ヴィータに『ノスフェル』の死の爪が、降雨を切り裂いて迫る。

 

「くっ!」

 

 鉄槌の騎士は咄嗟に回転するように横にヒラリと体をかわし、回転の勢いを利用してノスフェルに身の丈を上回るサイズの『グラーフアイゼン』を叩き込む。

 

 読んでいたノスフェルは、その長大な爪で一撃を弾き返す。強靭極まりない爪だ。初代ファウストを串刺しにした程の威力を誇る。しかしヴィータも弾かれるのは想定済みだ。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 弾かれた反動を利用し、アイゼンを更に振り回して独楽の如く回転、遠心力をプラスして2撃目をお見舞いする。

 

「何っ!?」

 

 ヴィータは目を見張った。ノスフェルが突如として膨れ上がるように巨大化したのだ。堅いゴムを叩いたような感触。

 巨体に打ち込まれたアイゼンが、強靭な肉体に跳ね返されてしまう。 ノスフェルはおぞましい雄叫びを上げ、巨大な爪をヴィータ目掛けて降り下ろした。

 爆発したように大地が巻き添えを食って抉られる。 仕止めたと確信した怪物は、不気味な鼠に似た顔に愉悦の表情らしきものを浮かべたが、

 

「へっ、ば~かっ!」

 

 人を食ったような声が耳許でしたかと思うと、ノスフェルは痛烈な打撃を横っ面に食らいぐらついた。頸の角度が水平になる程の衝撃だ。

 頸を振り顔を上げたノスフェルの眼に、アイゼンを肩に載せてふんぞり返るヴィータが映る。爪攻撃が当たる寸前に加速魔法を発動させ、素早く上空に逃れていたのだ。

 

「お返しだあっ! うおおおおおっ!!」

 

 グラーフアイゼンが唸りを上げた。鈍い打撃音を上げてアイゼンが怪物の顔面に連続してヒットする。怒濤のラッシュだ。

 だがノスフェルはぐらつきこそするものの、決定的なダメー ジには至らない。ダメージを食う度に体組織が再生しているのだ。これではキリが無い。

 

 しかしヴィータは承知の上だ。あくまで彼女の役割は敵の眼を引き付ける事。 ヴィータがやり合っている隙に、ザフィーラがノスフェルの足元に降り立った。怪物は完全に鉄槌の騎士に気を取られているようだ。

 

「縛れ、鋼の……」

 

 守護獣が両腕をクロスさせ術式を発動させようとした時、不意にノスフェルは異様に輝く眼球をグルリとザフィーラに向け、嗤うような軋み声を上げた。

 ヴィータ達の狙いを読んでいたのだ。この知能の高さがノスフェルの強みである。知能が非常に高いのだ。

 逃れる隙を与えず、怪物の額に有る水晶体器官から鋭い光のラインが発射された。避け切れないと判断したザフィーラは魔法障壁を展開するが、

 

「うおっ!?」

 

 光は攻撃の為では無かった。光は障壁ごとザフィーラを絡め捕り、牽引されるように宙に引っ張り上げる。ノスフェルのトラクター(牽引)ビームだ。獲物を引き込み額の器官部に捕らえる事も出来る。

 

「この野郎ぉぉっ!!」

 

 ヴィータはトラクタービームを止めようと殴り掛かるが、ノスフェルの額から更にもう一条の光が伸び彼女を捕らえてしまう。

 

「しまっ……!?」

 

 2人共トラクタービームに捕らえられてしまった格好だ。流石にノスフェルは手強い。だが……

 

「飛竜……一閃っ!!」

 

 紫色の斬撃波が空を走り、怪物の額の器官を正確に切り裂いた。シグナムの援護攻撃だ。この為の三段構えの布陣である。それぞれが互いの フォローに回るのだ。

 額を押さえて絶叫を上げるノスフェルから光のラインが途絶え、ヴィータとザフィーラは自由を取り戻す。シグナムがここぞと叫んだ。

 

「今だザフィーラッ!」

 

「応っ! 縛れ鋼の軛! テオオオオオオオッ!!」

 

 ザフィーラの雄叫びと共に、フルパワーの鋼の軛が次々と地面から飛び出した。長大な槍状の棘がノスフェルに食い込み串刺しにする。

 怪物は全身を貫かれ、上下の顎も鋼の軛に貫かれていた。ビクンビクンッと苦し気に痙攣を繰り返す。

 貫かれて口が閉じられず、口内部奥の弱点である再生器官が剥き出しだ。大量のどす黒い血が霧のように辺りに飛び散った。

 だがそれでもノスフェルはしぶとく動いている。憎しみの籠った声をごぼごぼと上げ、棘を砕こうと巨体に力を込めた。鋼の軛がギシギシと軋む。

 

「シグナム、長くは保たんぞ! 今だ!!」

 

 ザフィーラが叫んだ。全身の筋肉が張り詰め血管が浮き上がる。ノスフェルの巨体を押さえ込む為、極限まで全魔力を振り絞っているのだ。

 ここで鋼の軛から逃れられては、直ぐに再生され振り出しに戻ってしまう。消耗の激しい今、守護騎士達に2度目は無い。

 

「任せろ、レヴァンティン!」

 

《Bowgen from》

 

 シグナムがレヴァンティンと鞘を組み合わせると、剣と鞘は分子レベルで変形し白色の洋弓と化す。

 矢をつがえギリギリと引き絞ると、その鏃(やじり)に魔力が集中して行く。狙いは串刺しにされてパクリと開かれた口内の再生器官部。

 

「翔けよ、隼っ!!」

 

《Sturm Falken!》

 

 将の裂帛の気合いと共に、目映い光を放つ矢が衝撃波を上げて放たれた。それは弓矢などと言う甘いものでは無い。矢の形をした砲撃であった。

 音速を超える速度で射ち出された矢は、魔力光に包まれノスフェルの口内に一直線に炸裂する。狙い違わず見事に再生器官を貫いていた。

 後頭部にまで達した矢は、その威力で爆発したように口内にポッカリ風穴を空ける。怪物は絶叫を上げた。

 

「止めだ! 轟天、爆砕! ギカンド・シュラアアアァックゥッ!!」

 

 ヴィータの足元に真紅の魔法陣が展開され、掲げたアイゼンが数十メートルまで巨大化する。アイゼンのフルドライブバーストモードだ。

 

「ぶっ潰れろおおおおおぉぉっ!!」

 

 超巨大ハンマーが真っ向から、ノスフェルの頭部に砕け散れと降り下ろされた。その一撃に頭蓋骨を西瓜の如く砕かれ、怪物は完全に頭部を粉砕された。

 

 再生器官を失い脆くなった躯の胸部までアイゼンがめり込んでいた。噴水のように血と肉片が飛散する。

 息の合った見事な連携での勝利であった。以前の彼女達なら、こうは行かなかったであろう。

 幾度にも及ぶ怪獣との死闘が、ヴォルケンリッター達を大きくレベルアップさせていた。

 ノスフェルの巨体がグラリと後ろに崩れ落ち、地響きを立てて倒れ込む。大爆発を起こした怪物は跡形も無く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 ルシフェルはその剛腕にものを言わせ、『ルシフェルクロー』の斬撃を次々と繰り出す。ゼロはその攻撃を体を僅かに逸らして、紙一重でかわして行く。

 そこにファウストの大砲の如きキックが飛ぶ。察知したゼロは咄嗟に体を低く落とし蹴りをかわす。

 かわしただけでは終わらない。地面に沈み込んだ体勢のまま腕の力と全身のバネを利用し、ファウストの軸足目掛けて地を這うような足払いを掛けた。

 脚を刈られ大きくバランスを崩した紅き死の巨人は、足場の岩を盛大に砕き地面に倒れ込む。

 ゼロは数万トンの体重を感じさせない、曲芸のような身軽さで起き上がった。

 

 そこにルシフェルが怒りの声を上げ、背後から襲って来る。ゼロはルシフェルクローの攻撃をかわしながら勢い良く側転し、回転の勢いとカウンターで、浴びせ蹴りを三つ首に叩き込んだ。

 

『グガアァァッ!?』

 

 顔の1つに亀裂が入り、ルシフェルは堪らず顔を覆って膝を着いた。あれだけ苦戦していたルシフェルを圧倒している。度重なる死闘で、ゼロも確実に成長を遂げていた。

 

 ルシフェルに追撃を掛けんとゼロは手刀を振り上げるが、態勢を立て直したファウストが 『ダークレイフェザー』を乱射して来た。

 素早く反応したゼロは飛び退くと同時に、『ゼロスラッガー』を投擲する。一対のスラッガーが紫色の光刃の乱舞を叩き落とす。

 しかしその攻撃はゼロの眼を逸らす為のものだった。ルシフェルはその隙に必殺光線の態勢に入っている。その両腕の『アームドルシフェル』に膨大なエネルギーが集中した。

 

『死ネッ! ウルトラマンゼロッ!!』

 

 クロスされた両腕と三つ首、計6つの眼から同時に、凄まじいばかりの光の激流が発射された。ルシフェルの最強光線『オーバーダークレイ・シュトロームバースト』だ。

 

『うおぁっ!?』

 

 直撃を食らったらひとたまりも無い。ゼロは飛び退いてかわそうとするが範囲が広過ぎる。とても避け切れない。光の激流の掃射が襲う。消し飛び抉れる大地の中、ゼロの姿は爆発の中に消えてしまった。

 

「ゼロォッ!?」

 

 ヴィータの悲鳴に近い叫びが、湿った大気に重く響く。ノスフェルを倒したヴィータ達の目に、爆発に呑まれて行くゼロの姿が映った。

 爆発は天高く火柱を上げ、島の3分の1がごっそり消失してしまっている。ゼロは跡形も無い。

 

『グガハハハハハアァァッ!!』

 

 ゲタゲタとルシフェルの勝ち誇った嗤い声が、無惨な姿になった無人島に木霊した。

 

「てんめええええぇぇっ!!」

 

 怒りのあまりヴィータの瞳孔が開いていた。 我を忘れてルシフェル達に向かおうとするのを、シグナムが押し留める。

 

「離せ! ゼロが、ゼロがっ!!」

 

「慌てるな……見ろ」

 

 憤る鉄槌の騎士に、烈火の将は微笑を浮かべて見せ上空を指し示した。

 空を見上げたヴィータの目に、爆煙の残滓が吹き上がる雨天に舞う巨大な影が映る。間一髪で上空に逃れたウルトラマンゼロであった。

 

『当たらなけりゃ、どうって事は無いぜぇっ!!』

 

 空中に舞うゼロは加速し、ルシフェル達に向け一気に急降下した。2体の闇の巨人はゼロを叩き落とさんと、光線を連続発射して迎撃する。

 闇色の破壊光線の散弾が天翔る超人を襲う。ゼロは自在に宙を飛び、ことごとく光線の乱射をかわして行く。

 そして右脚を繰り出し、蹴りの姿勢を取ったその体が独楽の如く高速回転を始めた。回転は勢いを増し豪雨を跳ね飛ばして、周囲に突風を巻き起こす程になる。まるで巨大なドリルであった。

 

『撃ち落としてくれるわあっ!!』

 

 ファウストの『ダーククラスター』の散弾が連続してゼロに炸裂するが、全てきりもみ回転のエネルギー場に跳ね返される。猛回転するゼロの脚が燃え上がるように赤熱化した。

 

『ディヤアアアアアアッ!!』

 

 激烈なきりもみキック二段蹴りが、僅かな時間差でルシフェルとファウストの胸部に連続して炸裂した。

 

『グワアアアァァッ!?』

 

『ギャベゴオオオオオオッ!!』

 

 絶叫が響く。ゼロが大地に着地すると同時に、闇の巨人2体は地響きを上げ大地に崩れ落ちた。

 師匠である『ウルトラマンレオ』直伝『きりもみキック』

 かつて父『ウルトラセブン』をも倒した双子怪獣『レッドギラス』『ブラックギラス』を同時に葬り去ったレオ最初の必殺技である。

 

「やったぜゼロッ!」

 

 ヴィータが子供のように歓声を上げた。ザフィーラはウム、と力強く頷く。シグナムは満足げに目を細め、

 

「勝負あった……完全に決まったな……」

 

 地面に倒れた闇の巨人達はヨロヨロと辛うじて身を起こすが、胸部がボコリと陥没しエネルギーの余波で白煙を上げている。

 流石は闇の巨人、止めを刺すまでには至らなかったが、相当のダメージを負っている。ルシフェル達を倒すのは今だった。

 

『止めだぁっ!!』

 

 ゼロは息の根を止めるべく、両腕をL字形に組んだ。右腕に集中したエネルギーが青白いスパークを放つ。必殺の『ワイドゼロショット』 だ。

 止めの光線が闇の巨人達に放たれようとした時、ゼロは突然その動きを止めてしまった。

 

「どうしたゼロ? 何故止めを差さない!?」

 

 シグナムは不審に思い呼び掛けるが、雨足が弱まる中、ゼロは固まってしまったように動かない。

 何かしたのかと闇の巨人達を見ると、ファウストがルシフェルを抱き締め、ゼロから守るように背を向けていた。ヴィータはその姿を見てふと、

 

「シグナム……何かアイツ、ファウスト……母さんみたいだな……」

 

「母親……?」

 

 シグナムはヴィータの感想に首を傾げるが、言っている意味は判るような気がした。

 プログラム体である守護騎士達に母親という概念は無い。製作者の事も遥か昔すぎて今はもう思い出せない。

 しかしヴィータは自然とそんな想いが浮かんでいた。 彼女にはルシフェルを庇うファウストが母親そのものに思え、自分達を慈しんでくれるはやてと重なって見えたのだ。

 一方攻撃の手を止めてしまったゼロが、一番混乱していた。

 

(何やってんだ俺は!? 今なら2体同時に倒せるってのに、情けなど掛けてる場合かじゃねえだろ!!)

 

 ファウスト達を放って置く訳には行かない。ビーストを操って人を襲い続けるだろう。胸の『カラータイマー』が点滅を始めていた。

 ゼロは再び両腕をL字形に組もうとする。ファウストはルシフェルの盾になったまま懇願して来た。

 

『お願い! この子だけは見逃してください!』

 

 ファウストの声がか細い女の声に変化している。ゼロは振り払うように叫んでいた。

 

『うるせえっ、騙されねえぞ! 何の罠だ!?』

 

 だが叫びとは裏腹に、止めを放つ事が出来なかった。どうしても体が動かない。

 ゼロには母親の記憶は殆ど無い。しかしファウストのルシフェルを庇う姿は、心の奥底に眠る懐かしく温かなものを、ぼんやりと思い起こさせた。

 

『……駄目だ……俺には……出来ない……』

 

 虚勢を張っても無駄だった。ゼロは力無く両腕を下ろし、ガックリと項垂れ立ち尽くした。

 降り注ぐ雨が闇の巨人達を濡らす。ファウストにすがり付くルシフェルは、赤ん坊のようだった。その口から赤子の泣き声のような声が漏れ、静かに辺りに響き渡る。

 ゼロは立ち尽くしたままだ。これ以上戦う事は出来なかった。その時だ。雷雲渦巻く空に、突如として空間の歪みが発生した。

 

『何だあれは!?』

 

 明らかに雷雲では無い空間異常。不気味な黒雲が吹き荒れる異相空間だ。その中央から鋭い光が発せられ、ファウスト達に向け落ちて来た。

 

『不味い、逃げろぉっ!!』

 

 ゼロは危険を察して飛び出し手を伸ばす。しかしそれよりも速く鋭い光は、ルシフェルとファウストの体を纏めて貫いていた。

 

『うああああああああぁぁぁぁぁっ!!』

 

 悲痛な声を上げ、2体の巨人達は光の粒子を血のように撒き散らして、かき消すように消えてしまった。

 ルシフェル達が消えた後、異相空間は雷雲に溶け込むように消滅している。後には暗鬱な雷雲が広がっているだけであった。

 

 

 

 

 ゼロは人間大に体を縮小し、ルシフェル達が消滅した辺りを見て回っていた。ひょっとしてまだ生きているのでは無いかと思ったのだ。シグナム達も注意深く辺りを探っている。

 

『あれは……?』

 

 ゼロの眼に降りしきる雨の中、淡い光がぼんやりと見えた。近寄ってみると、ずぶ濡れの女がうつ伏せに倒れている。

 まだ若い女だった。その身体が少しずつ光の粒子に分解されて行く。恐らくこの女がファウストの正体なのだろう。ゼロは駆け寄っていた。

 

『おいっ、大丈夫か!?』

 

「ゼロッ、危険だぞ!」

 

 シグナムが迂闊だと注意を促すが、ゼロは振り向いて首を横に振って見せ、

 

『もうファウスト達に、戦う力は残ってねえよ……』

 

 女を抱き起こそうとすると、その身体の下で何かがもぞりと動く。見てみると産着にくるまれた、1歳にも満たない赤ん坊の姿があった。

 ゼロは壊れ物を扱うように、そっと赤ん坊を抱き上げてやる。だが女と同じく、その身体が徐々に光の粒子になって行く。この子がルシフェルの正体だったのだ。

 ゼロ達は預かり知らぬ事であったが、この母子はかつて『ウルトラマンネクサス』により 『ペドレオン』から救われた筈の家族であった。何故こんな事になってしまったのだろうか……

 

『おいっ、あんたしっかりしろ!?』

 

 抱き起こされた女はうっすらと眼を開けた。焦点の定まらぬ眼で辺りを見回し、

 

「……ぼ……坊やは……?」

 

 それだけをやっとの事で口にする。ゼロは眠るような表情で消滅し掛けている赤ん坊を、無言で女に渡してやった。

 子供を受け取った女はそれに気付き、一瞬哀しげに表情を曇らせたが、

 

「……ああっ……でも……これで良かったのかもしれない……これでやっと坊やも私も開放される……」

 

 ひどく安らいだ顔で赤ん坊を抱き締め、噛み締めるように呟いた。

 

『あんた達は……人間だったのか……?』

 

 ゼロの質問に、女は雨で濡れた顔を僅かに傾け、

 

「……私達は死人……家族揃って適合者だった為 に……全員殺され作り替えられた人形……『冥王』の為に手足となって働くだけの……只の人形……」

 

『ひ……酷え……』

 

 ゼロは愕然とするしか無い。赤子をも躊躇いなく殺し利用する。悪鬼の所業以外の何物でも無かった。

 

「……生前の記憶を思い出し……役目を終えた私達は……もう用済み……」

 

 女は息も絶え絶えでそれだけを言った。身体の消滅も更に進んでいる。2人共もう保たないだろう。

 

『済まないっ! そうとも知らず俺は……』

 

 項垂れて謝罪するゼロの言葉も、女にはもう聴こえていなかった。全身が徐々に薄くなって行く。

 

「……願わくば……あの人にも……人としての最期が訪れます……よう……に……」

 

 女は最期に途切れ途切れにそう呟いた。かつて夫だったものに向けたものか……

 安らかな表情を浮かべ、母子は完全に光の粒子となった。粒子は蛍のように儚く雨の中に拡散し消えてしまった。

 

 ゼロは座り込んだまま、茫然として母子が消えた雨天の空を見上げる。銀色の顔を雨が濡らし、まるで泣いているようだった。

 

『……俺は……』

 

 その打ちひしがれた姿に、胸を締め付けられる想いに駈られたシグナムは、肩を落とすゼロに歩み寄っていた。

 

「ゼロ……」

 

 声を掛けるとゼロは、突然声を張り上げた。

 

『俺がやった事は、被害者に拳を向けただけだったのかよ! ちくしょおおおおっ!!』

 

 シグナムの言葉も届いていないのか、ゼロは力の限り絶叫し、狂ったように拳を何度も岩場に叩き付けた。岩が粉々に砕け散りクレーター が出来る。

 再度拳を降り下ろそうとすると、シグナムがその肩をしっかり掴んでいた。ゼロはようやく手を止める。

 

「ゼロ……あまり自分を責めるな……」

 

 将の言葉にゼロは、ノロノロと彼女に振り向い た。シグナムが慈しむように見詰めている。

 

『でもよお……俺はあの親子に拳をぶつけちまった……何にも無ければあの子も、両親に囲まれて笑っていられただろうによ……』

 

 ゼロは自分の青い拳を忌々し気に睨んだ。やり場の無い感情が込められた言葉に、シグナムは黙って相槌を打つ。

 

『今まで相手の事なんか考えた事も無かった……被害者相手に何が叩きのめすだ……馬鹿野郎だ俺は!!』

 

 今まで明白な悪とばかり戦って来たゼロにとって、初めて経験したやり切れない、誰1人救えなかった戦いだった。

 

「……ゼロ……お前は本当に、今まで己に恥じぬ戦いを続けて来たのだな……」

 

 シグナムは静かに語り掛けると、一瞬その瞳に羨望の色を浮かべる。

 ゼロの怒りと哀しみは、以前の彼女達ならば甘いと切り捨てていた筈のものだ。だが今のシグナム達にはそんなゼロが眩しく、その怒りも哀しみも、ウルトラマンの少年と同じく胸に深く響いていた。

 

「ならば、その想い、母子の無念……胸に秘めて決して忘れぬ事だ……ウルトラマンならば……!」

 

 シグナムは雨に濡れるゼロの顔を正面から見据え、言い聞かせるように力無く落ちた肩を掴み語り掛ける。それは不器用な女騎士なりの精一杯の励ましであった。

 

「ゼロ……仇は必ず我らの手で討ってやろう…… それが我らに出来る唯一の手向けだ……」

 

 ザフィーラも想いは同じだ。静かな声ではあるが、燃えるような怒りを感じさせた。

 

「アタシも絶対に許せねえ……! 『ダークザ ギ』……必ずアイゼンを叩き込んでやる!!」

 

 ヴィータも怒りを顕にして、アイゼンを強く握り締めた。永い間戦いの道具としてのみ扱われて来た守護騎士達には、ルシフェル達の最期が他人事とは思えない。

 自分達もはやてと出会っていなかったら、同じようなものだったと痛感した。そして吐き気のするような邪悪に対し、怒りを燃やすのだった。

 

 

 

 

 

 ゼロと守護騎士達はせめてもと、石を積み母子の墓を作る。それぞれの作法で墓に祈りを捧げた。

 ゼロは自分の無力さを詫びながら一心に祈る。その時だ。不意に心の何処かでスイッチが入ったような気がした。

 

『何だ……?』

 

 湧き上がるもの。誰かのしなやかな手の感触、流れるような銀色の髪、哀しげな紅い瞳。 突然悲痛な声が心の中に響いた。

 

『これは!?』

 

 ゼロは仁王立ちで思わず叫んでいた。

 

 

 

つづく

 

 

 




 ゼロの中に響く声とは? 判明する事実とは? ゼロの決意とは。そしてミライが見付けたものとは?
 事態は風雲急を告げる。 ミライに呼び出されたクロノは遂に黒幕の正体に迫るが、彼らにも魔の手が迫る。

 次回『決意-ディテムネイション-』


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第56話 決意-ディテムネイション-

 

 

 

 時空管理局・本局

 

 『無限書庫』から幾分離れた場所に、滅多に人が立ち入らない区画があった。

 新たに部署が立ち上げられる予定だった場所だが、色々と事情があって立ち消えになってしまい、今は何室かの空き部屋だけが放置されている。

 打ち捨てられたように、デスクと椅子が数個残されているだけのガランとした部屋だ。その無人の一室を、不意に目映い光が照らした。

 

 壁に設置されている情報端末機器から、光が飛び出して来たのだ。光は意思を持っているかのように1つに集合し、人の姿を形作って行く。

 光の中に一瞬赤と銀色の姿が浮かんだが、直ぐに人間の青年の姿に変わった。穏やかな人懐っこい表情。『ヒビノ・ミライ』である。

 彼は運動をした後のように深く息を吐く。左腕の変身アイテム『メビウスブレス』が体内に収納された。

 自らをプログラム体に変え、情報端末から本局のデータベースに潜り、現実世界に帰還した所である。

 

「あれは……一体どういう事なんだ……?」

 

 ミライは今発見した事実について眉をひそめた。彼はこれまでも探索の合間を縫い『ダークザギ』の痕跡を探し求め、データの海に潜っていたのである。

 そして今日、何度めかの侵入で妙なデータを発見したのだった。

 それは複数の『ロストロギア』関連事件に関する事だったが、流石に専門的すぎて細かい所が解らず判断が下せない。

 

(これは……管理局の、それも専門家の人に協力して貰わないと駄目だ……それも信用出来る人じゃないと……)

 

 ミライは考えた。入手した情報は本来民間人が手に入れられるようなものでは無い。正直に提出しても怪しまれてしまうだろう。

 『ザギ』の記憶操作の件もある。手の者が管理局内に潜んでいるのは確かだろう。逆にミライが疑われるか、犯人に仕立て上げられてしまう可能性が高い。

 

 データを託せるのは信用が置ける人物でなくてはならないのだ。本局内に『ザギ』の手が伸びている今、迂闊な行動は考えものである。

 場合によっては、自分の正体を明かす必要も考慮しなければならないかもしれない。

 恐らく時間はあまり無いだろう。考えを巡らすミライの脳裏に、共に資料を探している少年と、モニター越しに見た黒衣の年若い執務官が浮かんだ。

 

(彼らなら……!)

 

 決心した。クロノとユーノ。2人がゼロと関わりが有り、共に戦った事はデータベースの情報から分かっている。

 その後の対応から、ゼロを何とか助けたいという彼らの想いを確かに感じ取る事が出来た。共に戦ったゼロの力になりたいという想いを。

 この世界では得体の知れない筈のウルトラマンを信じてくれたのだ。己で感じ取り己の心に従って……

 この世界の人間も、ミライが知る人々と同じく心に光を持っている。

 

(なら……僕も彼らを信じよう!)

 

 ミライらしい決断であった。まずは信じてみよう、信じなければ何も始まらないというのが 『ウルトラマンメビウス』のモットーである。

 それはどれだけ刻が過ぎても変わらない。彼……否ウルトラマンなりのやり方なのだ。例えそれが何度裏切られようと、それは変わる事は無い。

 

(まずはユーノ君に……)

 

 ミライは空き部屋を出ると、急ぎ『無限書庫』へと戻った。

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 異世界から戻ったゼロ達はリビングに集合していた。シャマルも重要な相談という事で、病院から駆け付けている。

 はやてに何かあった場合の対応は出来ているので問題は無い。いざと言う時は直ぐに救出出来る態勢を整えている。

 リビングには重苦しい空気が漂っていた。ゼロは叫んだ後、直ぐに話を切り出さなかった。

 帰ってから話すと言ったきり、一言も言葉を発していない。何か考えを整理しているようだった。ただならぬ様子に、守護騎士達は尋常では無いものを感じ敢えて追求しなかった。

 ザフィーラは狼の姿で床に伏せ、他はソファーにそれぞれ腰掛けて、ゼロが言葉を発するのを待っている。ゼロはようやく整理が着いたのか、そんな一同を見渡し重い口を開いた。

 

「……みんな……恐らく今の俺達は『ダークザ ギ』か『ウルトラセブンアックス』か何方かは解らないが、良いように引っ張り回されているだけなのは感じているよな……?」

 

「ああ……それは皆判っている……我らは誰かの筋書き通りに動かされている……忌々しいがそれが現状だ……」

 

 腕組みするシグナムは表情を険しくし同意する。ゼロは頷き、

 

「このまま行けば……はやても俺達も自滅するだけだと思う……また被害者も出るだろう……」

 

 やりきれないように顔を伏せた。あの母子の事を思ったのだ。少年は奥歯をギリッと食い縛ると顔を上げる。

 

「俺が思い出した事を話す……俺も混乱してて な……整理する時間が欲しかったんだ……」

 

 言葉を濁した。一体何を思い出したのか。守護騎士達は固唾を呑んで少年が言葉を発するのを待つ。ゼロはひどく言い辛そうだったが、覚悟を決め口を開いた。

 

「あいつ……『管制人格』からの伝言だ……『闇の書』は壊れている……完成させればはやては死ぬ……!」

 

「ばっ馬鹿なっ!? ゼロお前何を言っている!?」

 

 シグナムは思わず身を乗り出していた。『管制人格』からの伝言と『闇の書』が壊れているなどと言う話が飛び出すとは思ってもみない。青天の霹靂であった。

 

「そんな事有る訳無いわ! 管制人格からって、一体どういう事なの!?」

 

 唯一の希望を打ち砕く言葉に、シャマルは悲鳴に近い声を上げていた。ゼロは痛ましそうに彼女を見、

 

「この間言ってたよな? 『管制人格』が目覚めていて、はやてと精神アクセスしてるって……」

 

「ああ……」

 

 取り乱すシャマルに変わってシグナムが返事をする。ヴィータはその話を聞いていなかったので、びっくりした顔をした。

 

「その時俺もはやてに引かれて、意識の底であいつと会ったんだよ……」

 

「何だと!?」

 

 驚愕するシグナム達にゼロは事の経緯を説明した。ウルトラマンならではの影響を受けて、『闇の書』の深部に潜った事、はやてと共に『管制人格』と直接会った事を話した。

 今なら思い出せる。ゼロはあの時の記憶を完全に取り戻していた。

 

「その時に俺にメッセージを託したんだ……今のあいつには他に危機を伝える手段が無かったんだろう……お前達にも伝える手段が無い、はやてに伝えても潜在意識下では人間には思い出す事が出来ない……」

 

 声も出ない守護騎士達。確かに現状『管制人格』とは誰も連絡が出来ない。ゼロはそこで自分を指差し、

 

「それで俺だ……俺が紛れ込んだ時あいつは思ったんだろう……ウルトラマンの俺なら、潜在意識のメッセージを思い出す事が出来るんじゃないかとな……」

 

「……本当なのか……?」

 

 シグナムはついそんな事を口にしていた。無論ゼロを疑っている訳では無い。

 他人から言われたのなら聞く耳持たなかったかもしれないが、共に死線を越えて来たウルトラマンの少年を信頼しているのだ。

 

 それでも天地が引っ繰り返る程の衝撃を受け、そう聞かずにはいられなかった。ヴィータもシャマルも、ザフィーラも顔色を無くしている。

 だが皆何となく判っていた。恐らくゼロの言った事は本当なのだと。そう考えると全てがしっくり来るのだ。

 改めて思い出そうとすると、全員『闇の書』 が完成した時の記憶が無い。何故かその時の記憶がスッポリ抜け落ちている事を自覚した。愕然としてしまう。皆の動揺を察しながらもゼロは続けるしか無い。

 

「ああ確かだ……あいつからのSOSだ。尤もヴィータの疑問とかが無ければ、俺も思い出せなかったかもな……」

 

「そうか……アタシの不安って……」

 

 ヴィータは驚愕冷めやらぬ中でも、得心が行って虚空を見上げた。ゼロは彼女の頭を優しく叩き、

 

「多分ヴィータはほんの少しだけ、その事が頭の中に残っていたんだろうな……」

 

 それがヴィータの不安の正体だったのだ。だが最悪の結果が出た事になる。

 

「『闇の書』が既に壊れていて、そのせいで我らにも記憶が無いと言うのか……」

 

 シグナムは自問自答するように呟く。出来る限り冷静に判断しようとするが、流石に動揺していた。

 ザフィーラは床に伏せたまま考えを巡らしているようだったが、動揺は隠せない。物事を一番冷静に判断出来る守護獣にも想像の外にあった。

 

 ヴォルケンリッターは混乱していた。無理も無い。依って立つもの、存在意義、全てが否定されるに等しい。

 認めたく無い所であるが、事実は残酷であった。そこでシグナムは1つの言葉を思い出した。

 

(『夜天の魔導書』……)

 

 あの自分そっくりの女が言っていた名が蘇る。何故かその言葉に聞き覚えがあるような気がしたのは、あれが『闇の書』の本当の名だったからでは無いのか?

 

「シグナム……どうするの……?」

 

 シャマルは不安げな眼差しで、リーダーに指示を仰ぐ。ヴィータもザフィーラもシグナムを見た。しかし正直シグナムも、どうしたら良いのか解らなかった。

 

 永い刻をリーダーとして守護騎士達を纏めて来たが、こんな自分達の根幹を揺るがすような事態は今まで無い。初めて心細いと感じてしまうのは無理からぬ事であった。

 

(しっかりしろ! 今私が動じる訳には行かん……動揺は皆に伝わってしまう……こんな事では主を助ける事など出来んぞ!)

 

 ヴォルケンリッターの将として、シグナムは動揺する自分を叱責する。しかし心の揺らぎは思ったように、鎮まってはくれなかった。

 

(……私は……こんなに脆かったというのか……?)

 

 愕然としかけたその時、肩に優しい感触を感じ彼女は顔を上げた。

 見るとゼロがさり気無く肩に手を置いている。シグナムにだけ判るように、こっそり頷くと念話回線に話し掛けて来た。

 

《大変だなリーダーも……すげえショックだろうしキツいと思うが、あまり気負うなよ……その……何だ……俺も居るからよ……》

 

 照れながらの励ましにシグナムは、ある感情と共に肩が軽くなった気がした。この少年色々鈍い所があるが、妙に細かい事に気付く事がある。人が本当に困った時が判るのかもしれない。

 

《……済まないな……少し弱気になっていたよう だ……》

 

 シグナムは念話でひっそり礼を言う。ゼロは照れ臭そうに顔を逸らした時、不意に『闇の書』が皆の上に転移して来た。

 

「お前……」

 

 シグナムは浮遊する『闇の書』を見上げた。書はゼロにお礼を述べるように、ふわふわ少年の周りを舞う。一同は感慨深く『闇の書』を見上げた。

 

 永い刻の中暗闇で独り、何も出来ない自分を責めて運命を呪うしか出来なかった管制人格。 守護騎士達は彼女の苦しみをようやく判る事が出来たのだ。

 

「済まない……全てお前1人に背負わせてしまっていたのだな……?」

 

 悔恨の表情を浮かべるシグナムの元に『闇の 書』は、気遣うようにゆっくりと降りて来た。烈火の将は彼女をしっかりと抱き締め、

 

「お前の必死の警告、決して無駄にはしない……必ず道を探してみせる!」

 

 友に固く誓う。全員も頷いていた。皆想いは同じだった。『闇の書』はやっと皆に伝える事が出来、歓喜に咽び泣いているようだ。

 

 彼女の今までの想いを想うと、ゼロは泣きたくなってしまった。どれ程の孤独と絶望を抱えて、今まで生きて来たのかと。 しかし問題はこれからなのだ。ゼロは目をごしごし擦ると、再び全員を見渡し、

 

「これからに関してはちょっと思い付いた事がある。それで聞きたいんだが……みんなでも解らない『闇の書』の異常……それが解りそうな所が他に有るんじゃないか? 心当たりは無いか?」

 

 その質問に守護騎士達は戸惑った。今の自分達より正確な『闇の書』の情報が有りそうな所など存在するのか。シャマルは難しい顔をし、

 

「……そんな所有る訳が……あっ!」

 

 何かに思い当たったか声を上げた。シグナムも同じ事に思い当たったらしく、

 

「時空管理局だな……? 管理局には管理世界の古今東西、あらゆる書籍資料が全て集められている施設が在ると聞いた事がある」

 

「『古代ベルカ』に関する事……『闇の書』のデータが有る可能性が高いな……」

 

 ザフィーラも顔を上げて同意する。永い刻の中で『無限書庫』の噂を聞いた事があるのだろう。それを聞いたゼロは、良しっとばかりに掌に拳を打ち付けた。

 

「やっぱり有ったか! 其処なら異常の事が分かるかもしれない。そこで提案だ。管理局のデータを見せて貰おうじゃないか!」

 

 ゼロの提案に守護騎士達は唖然としてしまっ た。ヴィータは呆れたように、

 

「どうやってだよ……? アタシら追われる身だぞ、殴り込みでも掛ける気かよ?」

 

 最もな意見にゼロは一瞬真剣な顔をするが、直ぐにニヤリと不適に笑って見せ、

 

「なーに、簡単な事だ……俺が管理局に出頭するのを条件に教えて貰えば良い」

 

「正気かよ!?」

 

 ヴィータは目をまん丸に見開いて驚いてしまった。皆もまたしても唖然としてしまう。だがその意味は直ぐに察する事が出来た。

 

「それってゼロ君が1人犠牲になるって事じゃないの? ただでさえゼロ君の力は驚異なのに、濡れ衣を着せられてる今捕まったら、封印されてしまうかもしれないわ!」

 

「馬鹿を言うな! そんな事をして主が喜ぶと思っているのか!?」

 

 シャマルとシグナムが血相を変えてゼロに詰め寄った。八神家は誰1人欠けてはいけないのだと。ゼロは心の中で感謝しながらも笑って見せ、

 

「そうでも無いぜ、クロノ達は話が分かる筈だ……そう悪い事にはならねえよ……無実の証拠が無い替わりに俺が身柄を預ける形にして、何とか情報を貰えるように頼んでみようと思う。勿論はやてや皆の事は一切喋らない!」

 

「そうかもしれんが……」

 

 シグナムはまだ納得が行かないようだ。確かに今までの対応などから、クロノ達がゼロに酷い対応をするとは思えなかったが……

 するとザフィーラがノソリと立ち上がって、ゼロの傍らに歩み寄り、

 

「だが……向こうにはゼロを目の敵にしている 『ウルトラマンネクサス』が居る……大丈夫なのか……?」

 

 痛い所を突いて来る。ゼロはしゃがみ込むとザフィーラの蒼い毛並みを撫で、

 

「心配ねえよ……ネクサスも無抵抗な奴を攻撃するような事はしないだろう……端っから話し合いをしようって言うなら大丈夫さ……」

 

 努めて大した事は無い事を強調した。しかしネクサスの話ぶりから、問答無用で襲い掛かって来る可能性も有るが、今は賭けるしか無い。

 

「そんな訳だ。今ははやてを助ける事が重要だろ? なーに、ヤバくなったら上手い事逃げて来るからよ。だから頼む、俺を信じてくれ!」

 

 ゼロは深々と皆に頭を下げた。守護騎士達は無言で、頭を下げたままの少年を見詰めている。

 

「……仕方の無い奴だ……頭を上げろ……」

 

 シグナムが声を掛けた。恐る恐る頭を上げるゼロに、彼女は呆れたように苦笑を浮かべて見せ、

 

「そんなに言うならやってみれば良い……ただし、必ず無事に戻って来い。戻らなかったなら、私も主も承知せんぞ!」

 

「ああっ!」

 

 意気込んで応えるゼロに、ヴィータがトトトッと駆け寄ったかと思うと、お腹にいきなり頭突きをお見舞いした。

 

「うげぇっ!? ヴィータお前……?」

 

 不意を突かれて呻き声を漏らすゼロに、ヴィータはその服の裾を握り締めて拗ねたように少年を見上げ、

 

「ヘマするんじゃねえぞっ、戻らなかったら管理局に殴り込みに行くかんな!」

 

「判ったよ……」

 

 ゼロは苦笑してその頭を、わしわし撫でてやる。少しは希望が湧いて来たようだ。予断は許されないが、今はそれに賭けるしか無い。シャマルは心配し、

 

「気を付けてね……」

 

「おうっ、任せとけ!」

 

 奮い立たせるように気合いを入れるゼロだった。

 色々相談した所、出頭はクリスマスを皆で祝い、はやてが寝りに就いた後にする事にした。皆とのクリスマスを、はやてはとても楽しみにしている。

 

 躁状態のようにやけに張り切って見せるゼロに、シグナムは改めて真剣な眼差しを向け、

 

「主の事『闇の書』の事を頼む……必ず無事に戻って来い、待っているぞ」

 

「ああっ、必ずな!」

 

 ゼロは握り拳を掲げ頼もしく応えた。そんな少年を見てシグナムは、ふと不安感が胸をよぎった気がした。だが弱気は禁物だとその考えを振り払う。

 前にもこんな予感を覚えた事が有ったが、結局ゼロはそれを全て吹き飛ばして見せたではないかと。今回もきっと……

 しかし不安感は、中々シグナムから去ろうとはしなかった……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 12月23日

 

 衛星軌道上に係留中の『アースラ』モニタールームで、クロノは1人コンソールを操作し調べものをしていた。 するとモニター画面に、連絡が入った事を示 す表示が灯った。クロノ本人宛てだ。

 

「ユーノからか……?」

 

 通信先を見ると『無限書庫』からである。画面を切り替えると、緊張した面持ちのユーノが映し出された。

 

「どうしたんだユーノ? 何か新しい事実でも分かったのか?」

 

 クロノの質問に、ユーノは困ったような表情をして視線を自分の隣に向ける。誰かもう1人 居るようだ。

 

《実は……クロノに紹介したい人が居るんだ…… どうしてもクロノじゃないと駄目だって……》

 

「紹介……? 僕じゃないと駄目……?」

 

 首を捻るクロノの前のモニターに、人懐っこい顔をした青年が顔を出した。

 

《初めましてクロノ君、ヒビノ・ミライです。 無限書庫でユーノ君のお手伝いをさせて貰ってます》

 

 礼儀正しくペコリと頭を下げるミライに、クロノも会釈し、

 

「どうも……お話は兼がね……色々と助かってます」

 

 挨拶が終わると、ミライは真剣な表情でクロノを真っ正面から見詰めると、本題を切り出した。

 

《クロノ君に一度此方へ来て欲しいんだ》

 

「何故ですか……?」

 

 クロノは言葉を濁す。いきなり民間人に呼び出されて、ハイと出向く訳には行かない状況なのだ。ミライはクロノから1ミリも目を逸らさず、

 

《重要な話が有るんだ……》

 

「それなら、今話せば良いのでは?」

 

 最もな答えに、ミライは苦悩の表情を浮かべ、

 

《通信で話すには危険過ぎるんだ……どうしても直接話がしたいんだよクロノ君……それに僕が今『本局』を離れるのは不味い気がするんだ……》

 

 謎めいた事を言うが、ひどく必死な様子である。クロノはミライに真摯さを感じた。冗談などでは無い重大な事のようだった。

 だが同時に疑問も感じる。 一民間人に過ぎない彼の重要な話とは? 本局を離れる訳には行かないとは、一体どう言う意味なのだろう。

 突っ込み所満載で怪しい話にも関わらず、クロノには引っ掛かるものがあった。これは聞いておいた方が良いと直感したのは、執務官として磨いて来た勘だった。

 こんな時には勘に従った方が、良い結果がでる場合もある。少しなら大丈夫かと判断した。

 

「分かりました……そちらに出向きます」

 

《ありがとう、クロノ君》

 

 返事を聞いたミライは、ホッとして表情を綻ばせた。

 

 

 

*******

 

 

 

 同日、冬の太陽が傾き橙色の陽が射し込む病室で、はやては独りぽつねんとベッドに横たわっていた。 シャマルははやての着替えを取りに、一旦自宅に戻った所である。

 はやては静まり返った病室でしばらく夕陽を見ていたが、ふと枕元の味気無い収納ボックスに置いてある、卓上カレンダーの日付をチラリと見た。

 

(……みんなに盛大なクリスマスパーティーを開いてあげたかったのにアカンかったな……ごめんな……こんな頼り無いマスターで……)

 

 自分の病気の事も不安だったが、今のはやての頭を占めるのは皆に対する済まなさだった。八神はやてと言う子はそういう少女なのだ。

 

(……去年の今頃は……ゼロ兄とクリスマスの準備で忙しかったのになあ……)

 

 はやては肌身離さず着けているペンダントをそっと取り出し、淋しげに語り掛けるのだった……

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 夜も更け暗くなった夜道を、フェイトはなのはの姉美由希と子犬アルフと共に歩いていた。つい先程までなのはの家にお呼ばれして、夕食をご馳走になった帰りである。

 

 なのはの実家喫茶翠屋は、クリスマスはかき入れ時である。明日は夜遅くまで営業するので、クリスマスを祝う暇が無い。

 それで何時も前日に、クリスマスを祝うのが高町家の習わしとなっている。フェイトはそれに招待されたのだ。帰る際に夜道は危険だからと、美由希にマンションまで送って貰っている所である。

 実際の所、魔導師であるフェイトにそんな心配は無いのだが、魔法の存在を知らない高町家の人達には当たり前の対応である。

 

 美由希と歩きながら雑談をしていたフェイト は、メール着信音に気付き携帯電話を取り出した。見てみるとすずかからである。

 明日の終業式の帰りに、皆ではやてにクリスマスプレゼントを持って行く件の確認メールだった。サプライズなので無論彼女には内緒だ。

 あれから何度も皆ではやての元を訪れ、今ではすっ かり気安い間柄になっている。フェイトははやてと話すのが、とても楽しみになっていた。

 

 フェイトは了解の返事を返した。すると同時にメールを受け取っていたなのはが、黙ってお邪魔する事に少し難色を示す。

 それならもしはやてが都合が悪かった場合、石田先生にプレゼントを預け、後で渡して貰えば良いと言う事で話は纏まった。

 

 携帯をポケットにしまったフェイトは、はやての驚く顔を想像し少し可笑しくなったが、ふと違和感を感じた。

 何だろうと少し考えてみると思い当たった。はやての家族と一度も顔を合わせていなかったのだ。脚の悪い彼女には、誰かしら着いている筈なのだが。

 

(たまたまタイミングが悪かったのか、それとも気を使って外してたのかな……?)

 

 フェイトは特に深くは考えず、明日会えるかもしれないなと思いながら、先を歩くアルフと美由希の後を追った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 12月24日。クリスマスイブ

 

「なっ、何なんだ……これは……!?」

 

 人気の無い待機室に、クロノの呻くような声が響いた。

 朝一番で本局にやって来たクロノは、ミライから受け取ったデータを見る事になったのである。データを見た彼は酷く衝撃を受けたようだった。

 ユーノもまだ詳しい話は聞いてなかったので、クロノと共にデータの内容を見て声を無くしている。

 

「ば……馬鹿な……こんな大量の犠牲者が……?」

 

 クロノは、目前の空間モニターに映し出されたデータを見て絶句してしまう。隣のユーノも顔色が真っ青になっていた。ミライはやりきれない表情を浮かべている。

 無理も無かった。そのデータは複数の『ロストロギア』の消失事件と、それに関わった関係者の失踪、更にある事件で連続して起こっていた、大量殺戮と行方不明者の記録であった。

 しかも手付かずのまま放置され、捜査も全くされていない。

 

「何故だ……何故これだけの事件が表に出ない……いや、何故誰も捜査しなかったんだ……?」

 

 クロノは愕然と被害者の記録を見詰める。おびただしい数であった。既に数千万人単位、いやそれ以上の犠牲者が出ている。

 開拓世界などの小規模な所なら、幾つも壊滅している数だ。それなのに騒ぎもパニックも起こっていな い。

 本来ならこれだけの大事件、管理局が総力を上げて当たらなければならない程の事件である。誰かが隠蔽していたとしても不自然過ぎる。

 まるで次元世界の人間達全てが、この事件を無かったものと認識しているようだった。自分達も含めて。

 疑問に答えるべく、ミライは重々しく真実を告げた。

 

「何者かによって、管理局のデータが全て書き換えられ、更に管理局の人達や関係者は記憶を改竄されて、無意識にその事件を認識出来ないようにされていたんだ……一種の精神コントロールだよ」

 

「何だって!?」

 

「そんな!?」

 

 クロノとユーノは驚愕した。恐るべき能力である。誰にも認識出来ず、機械類にも感知出来ない。精神コントロールを行っている者は、何でもやりたい放題だろう。

 ミライは、改めて敵の恐ろしさを痛感するクロノを見据え、

 

「クロノ君なら、これらが何を意味しているのか分かると思う。誰が本当の敵なのかも……どうかな……?」

 

「クロノ……どうだい?」

 

 クロノは心配そうに尋ねるユーノを難しい顔で見ると、

 

「……時間をくれ……」

 

 そう言うと椅子に腰掛け、それぞれの事件のデータのチェックを始めた。己のやるべき事をクロノは正確に把握していた。

 データを改竄し事件に関わりがあった者が居る筈なのだ。それも管理局内に。記憶操作を見破った今、犯人の尻尾を見付けられる筈だ。

 

 ミライに聞きたい事は山程あったが、今は真相を明らかにする方が先だとクロノは思った。 恐らく『闇の書』事件の真相にも繋がっている筈であると直感する。

 

 しばらくの間部屋には、モニター操作の微かな電子音だけが響く。クロノの額に汗が浮かんでいた。湧き上がる不安と懸命に戦っているようにも見えた。

 

 クロノは数時間もの間まったく休まずに、一心不乱に手を動かし調査を続けた。ミライもユーノも椅子に腰掛け、黙って作業を見守っている。

 部外者の2人には手伝えない。これはクロノしか出来ない事なのだ。それからかなりの時間が経過した後、クロノの手が突然、弾かれたように止まった。

 

「分かったのか、クロノ!?」

 

 勢い込んで尋ねたユーノは、少年執務官の青ざめた顔を見てハッした。クロノはわなわなと拳を握り締め、

 

「……全部……最初から最後まで、全て『奴』の手の内だったのかあっ!!」

 

 立ち上がり憤りのあまり絶叫していた。冷静なクロノにしては珍しかった。身を貫く程の怒りに激しく身を震わせている。

 

「一体何が分かったんだ?」

 

 ユーノはその様子に驚きながらも再び尋ねてみるが、クロノは耳に入っていないようだった。余程衝撃を受けたようだ。クロノは青ざめた表情でミライの正面に立ち、

 

「1つお聞きしたい……確かにこのデータは本物のようです……だがそれなら尚更民間人どころか局員、いや改竄前のデータなら上層部すら手に入れる事は難しい筈……

それを持っているあなたは 一体何者なんです? 何故ミライさんは記憶操作に気付く事が出来たのですか?」

 

 当然の疑問であった。データが本物である事は確認してある。紛れもない事実だ。だがそうなると、データを持って来たミライが何者なのか気にしない訳には行かない。

 そして全ての人間が掛けられている記憶操作を、どうして彼だけが見破る事が出来たのか。

 

「僕は……」

 

 ミライが言い掛けた時だった。

 

『やはりネズミが入り込んでいたか……』

 

 突然エコーが掛けられたような、野太い声が部屋に響いた。クロノ達は驚いて声のした方を一斉に見る。

 其処には血に濡れたような紅と漆黒の体をした、死神の如き魔人がゆらりと立っていた。

 

「ダッ、ダークメフィストッ!?」

 

 クロノは素早くカード状のデバイスを起動させ、杖形態のS2Uをメフィストに向けた。ユーノも防御魔法を何時でも発動出来る態勢を整える。

 ミライは無言で黒い魔人を睨む。どうやら彼の潜入は見破られてしまったようだ。

 

「何故此処に居る!?」

 

 クロノはメフィストに怒鳴った。黒き魔人はゆったりと少年執務官を見下ろし、

 

『無論……知ってはならない事を知ってしまった、愚かなネズミ共を消す事と、この本局を墜とす為よ!』

 

「なっ、何だって!?」

 

 怒るクロノを尻目に、メフィストは嘲笑うように肩を揺らして辺りを見回し、

 

「『冥王』の望む世界に管理局など邪魔でしか無い……如何に巨大な本局と言えど、内部からメイン駆動炉を破壊されてはひとたまりも無かろう? フハハハハッ!」

 

 確かに既に内部に侵入されていては、本局の迎撃武器は使えない。巨大化されて駆動炉に乗り込まれたら、強力な戦闘力を持つメフィストを止められる魔導師は居ないだろう。

 

「そんな事させるか!」

 

 クロノは臨戦態勢に入る。何時でも砲撃を放てる。巨大化前でこの至近距離ならば。

 

『ククク……闇の巨人に立ち向かおうと言うのか? とんだ身の程知ら……?』

 

 メフィストが最後の台詞を言い終わる前に、クロノは砲撃魔法を撃ち込んだ。相手の余裕を突き、不意討ちを狙ったのである。

 こうでもしないと闇の巨人に太刀打ち出来ないと判断したのだ。

 此方も巻き添えを食いかねない一撃。砲撃の衝撃で壁が粉々に吹っ飛び、クロノにも衝撃が及ぶ。やったかと思いきや、爆煙と粉塵の中に平然と立つ影。

 

『ククク……』

 

 嘲るような含み嗤い。無傷のダークメフィストの姿が現れる。漆黒と紅の体には傷1つ付いておらず、微動だにしていない。

 

『愚かな……ウルティノイドにそんな攻撃が通じるとでも思っているのか……?』

 

 メフィストは首をコキリと捻ると、無造作に右腕を振った。その手刀から、くの字形の光刃が繰り出される。『ダークレイフェザー』の一撃。この距離では避け切れない。

 

「危ないクロノ!」

 

 ユーノは咄嗟にクロノの前に飛び出し、防御魔法の盾を張り巡らすが、

 

「うわあああっ!?」

 

 光刃は紙でも切るように易々と強固な防御障壁を切り裂いた。更に2撃目がユーノとクロノを両断しようと迫る。絶体絶命だ。その時である。

 突然光の盾が2人の前に張り巡らされ、ダークレイフェザーを跳ね返した。反発したエネルギー同士が鋭い火花を上げる。

 

「ミライさん!?」

 

 ユーノは驚きの声を上げた。2人を庇い、メフィストの前にミライが立ち塞がっていた。左腕を全面に翳している。

 ダークレイフェザーを防いだ光の盾は、ミライの翳した左腕に出現したデバイス状の物体から発せられていた。

 

『やはりウルトラ族か!!』

 

 メフィストの問いにミライは答えず、バリアーを解除すると左腕の『メビウスブレス』中央のトラックボールを右手で勢い良く回転させる。

 普段穏やかな彼の顔が、戦士のものになってい た。唸りを上げるトラックボールから、光の粒子が溢れる。 輝くメビウスブレスを天高く翳したミライは 雄々しく叫ぶ。

 

「メビウウゥゥゥスッ!!」

 

 目も眩むばかりの光が∞無限大の軌跡を宙に描き、ミライの体を包み込んだ。そして光の中より現れ出でる赤と銀の超人の勇姿。

 

「ミライさん……あなたは一体……?」

 

 クロノは輝く後ろ姿に唖然とする。メフィストの前に敢然と立ち塞がるその姿。『ウルトラマンメビウス』参上であった。

 

 

 

つづく

 

 




 メビウス対メフィストの死闘。メビウスは闇の巨人に打ち勝つ事が出来るのか。アンノウンとして管理局にメフィスト共々攻撃を受けてしまうメビウス。メフィストの猛威、果たして……

 次回『無限大-メビウス-』


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第57話 無限大-メビウス-

 

 

 カラフルに点滅する電飾があちこちに施され、賑やかなクリスマスソングが流れる商店街を、ゼロは1人歩いていた。

 時刻はもう夕刻近い。 ゼロはふと、茜色に染まる空を見上げてみる。

 

(最近は暖かい日が続いてたが……今日辺り雪でも降るかもな……)

 

 そんな事を思った。彼の鋭敏な感覚に、上空の寒気と湿った空気が感じられる。寒さがあまり得意でないゼロには少し困るが、雪が舞い降りる幻想的な光景は好きだ。

 日本人にはホワイトクリスマスで、良いものだと以前に覚えた知識を引っ張り出してみたりする。

 

 街はクリスマスイブで華やいでいた。空気にも何処か弾んだものを感じるのは、人の楽しいという感情がそこら辺に溢れているからかもしれない、などとゼロはぼんやり街を眺めながら思う。

 あちこちにクリスマスツリーや、クリスマスフェアの看板が目立ち、サンタクロースの格好をした呼び込みの姿も見える。

 楽しそうな親子連れやカップルが行き交う中、ゼロは小脇に抱えた包みを大事に持ち直した。はやてへのクリスマスプレゼントである。皆で相談し決めたものだ。

 カラフルな包み紙に目に鮮やかなリボン。包みに目をやったゼロは微笑し、

 

「喜んでくれっかな……?」

 

 プレゼントを手にした時のはやての反応を何となく予想する。しかしその後管理局に出頭しなくてはならない。はやては自分が姿を消して悲しむだろうが、 やるしか無いのだ。

 きっと上手く行く。否、行かせてみせるとゼロは心の中で自分を奮い立たせると、病院へと足を速めた。すると目の前に、1人の青年が行く手を阻むように立ち塞がった。

 

「?」

 

 ゼロは店の呼び込みか何かだろうと思い、青年の脇を通り抜けようとする。すると青年はすれ違い様に声を発した。

 

「待つんだ……ウルトラマンゼロ!」

 

 ゼロは思わぬ言葉に足を止めてしまった。青年は鋭い視線を向け、

 

「僕は君の正体を知っている……そして君も僕の事を知っている筈だ……」

 

 青年の物言いにゼロは瞬時に悟った。目の前の青年が誰なのかを。声に覚えがある。ゼロは全身を緊張させた。

 

「お、お前……まさか!?」

 

「そう……僕は孤門一輝……もう1つの名は『ウルトラマンネクサス』だ……」

 

 孤門は超然として名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

 

「おっかしいな……?」

 

 アースラブリッジで、コンソールを操作していたエイミィは不審そうに首を傾げた。

 

「エイミィ、どうかして?」

 

 丁度ブリッジに入ったリンディは、その独り言を耳にし聞いてみる。エイミィは困った顔のまま振り返り、

 

「それが……本局に出向いているクロノ君と、連絡が取れないんですよ……」

 

「それはクロノが中々捕まらないって事……?」

 

 リンディはごく常識的な事を口にするが、エイミィは眉をひそめて首を振り、

 

「違うんです艦長……本局自体と連絡が取れないんです」

 

「アースラの通信機器が故障してしまっているって事かしら……?」

 

 リンディは困ったように首を傾げた。整備点検を終え、『アルカンシェル』を搭載し完全な筈のアースラに不備があったのかと思ったのだ。

 

「いいえ、アースラに不備はありません……本局とだけ連絡が取れないんです。他の基地局も同じで、混乱し始めているようですし……本局に何か有ったんでしょうか?」

 

 エイミィは説明しながら再度本局へ連絡を試みるが、モニターには通信不能の表示が示されるだけである。

 

「本局に限って、それは無いと思うけど……」

 

 リンディも反応しないモニターを覗き込んだ。一向に回復する様子は無い。

 本局は各管理世界有事の際に、局員を派遣する『次元航行部隊』の本拠地だ。その性質上、相応の予算に人員、更には最新鋭技術の塊でもある。

 あらゆる事態に対応手段が取られている筈なのだ。その本局と連絡が取れないなどと言う事態は、普通なら有り得ない。

 

(クロノ……)

 

 リンディは胸騒ぎを覚え、無意識に息子の名を呟いていた。

 

 

 

 

 クロノとユーノを庇い『ダークメフィスト』 の前に敢然と立ち塞がる超人。 赤と銀のボディーの数ヵ所に金色の縁取り、 特徴的な胸部と一体化している『カラータイマー』が澄んだ青い光を放つ。

 

『『ウルトラマンメビウス』……ウルトラマンゼロと同族のウルトラマンだよ』

 

 超人は右手の手刀を前面に突き出す独特の構えでメフィストに対峙し、クロノ達にもう1つ の名を名乗った。

 

「ウルトラマンメビウス? ウルトラマンゼロと同族のウルトラマンだって!?」

 

 クロノは立て続けに襲う予想外の事態に唖然とし掛けるが、これだけは感じた。メビウスの後ろ姿にゼロと同じものを。

 理屈では無い。必ず守り抜くという信念の背中。実際にそれを貫いて来た者だけが纏うものを。

 何の縁も所縁(ゆかり)も無い筈の世界を 『人間が好きだから』というだけで守り抜いた、ウルトラマンゼロと同じ温かさを。

 

『掛かって来いメビウスとやら! ウルティノイドに勝てるかな!?』

 

 メフィストは挑発するように轟! と吼えた。 悪魔の雄叫びだ。

 

『こっちだ! 着いて来い!!』

 

 メビウスは宙に舞い上がると、特殊加工の壁を障子のようにぶち抜いて通路に飛び出した。 此処で戦っては被害が大きくなる。本局内で巨大化されては大惨事は免れない。

 

『逃がすか!』

 

 挑発と受け取ったメフィストも宙に舞い上がると、メビウスを追って壁の破壊孔から外に飛び出した。クロノとユーノも後を追って走り出す。

 

 通路を駆けながらクロノは端末を取り出し、中央センターに緊急事態を告げる。間を置かず本局内に、非常警報のアラーム音が鳴り響いた。更にクロノは対応に出たオペレーターに、

 

「それとグレアム提督と、リーゼ姉妹が何処に居るか調べてくれ!」

 

 何故か3人の行方を調べて貰う。しかし外出中で現在の居場所は不明との事であった。歯噛みするクロノだが、それならとアースラとの連絡を頼むが、

 

「何だって!?」

 

 目を見開き叫んでいた。尋常ではない様子にユーノは、

 

「何が有ったんだ!?」

 

「外部との連絡が一切取れない! 転移ポートも次元航行船も原因不明の空間異常で使用不能になってる……恐らくメフィストの仕業だろう。このままだと皆が危ない!」

 

『ダークフィールド』を作り出す能力を応用したのだろう。空間異常で転移は全て不可、次元航行船は陸に揚げられた船のように出航する事が出来なくなっていた。

 焼け付くような焦燥感を覚えるクロノだったが、此方も事態は深刻だ。本局が墜ちるかどうかの瀬戸際である。メフィストを倒さない限り、アースラと連絡すら取れそうに無い。

 

 2人は轟音が響く方向に向かって駆ける。メビウスとメフィストが行ったと思しき通路は酷い有り様だった。

 巻き込まれた人間は居ないが、壁や天井が吹き飛び切り裂かれ瓦礫が散乱している。ほとんど障害物レースコースのようになった通路を走りながらクロノはユーノに、

 

「ユーノ、あのメビウスと言うウルトラマンは、信用出来ると思うか?」

 

「クロノ?」

 

 ユーノは思わぬ質問にクロノの横顔を凝視していた。いくら何でも疑り過ぎではと抗議しそうになったが、今日出会ったばかりの得体の知れない者をいきなり信じるには無理があるのだろうと思う。しかし理由はそれだけでは無かった。

 

「そ……そんな!?」

 

 ユーノはクロノが弾き出した真相を聞いて絶句してしまう。しばらくの間無言で通路を駆けていたユーノだったが、改めて並走するクロノを見ると、

 

「それでも僕はウルトラマンメビウス……ミライさんを信じるよ!」

 

「何故そう言い切れる……?」

 

 しっかりと断言するユーノに、クロノは訝しげな眼差しを向ける。しかしユーノはクスリと笑い、

 

「そっちの方は僕にはあまり自信は無いけど……ミライさんに関してはそう言い切れるよ……僕はずっとミライさんと一緒に探索をしていたんだ。凄く良い人なのは絶対間違いないよ!」

 

「全部演技で、今までずっとユーノを騙していた可能性だってあるんだぞ?」

 

 ユーノはその疑いの言葉を聞いて、一瞬吹き出しそうになってしまった。それに気付き眉をしかめる少年執務官に、無い無いとばかりに手を振って見せ、

 

「それだけは絶対に無いよ。こうなってみると、ミライさん色々怪しすぎだったよ……だってミライさん隠し事が凄くヘタなんだもの」

 

 やはりミライにはカレーの事と言い、かなり不自然な振る舞いや言動があったようである。 ミライはミライと言う事か。

 

「クロノは難しく考えすぎだよ。本当はクロノも判ってるんだろ? ミライさんがウルトラマンゼロと同じく良い人だって……僕はさっき助けられた時、初めてゼロさんに助けられた時の事を思い出したよ……」

 

 絶体絶命の時に現れたゼロを思い返し、ユーノは目を輝かせる。

 自分達を守るメビウスの確固とした背中は、少年が一度は憧れる正義のヒーローそのものであった。 ユーノの言葉に、クロノは負けたよと言う風に苦笑し、

 

「判ったよ……今は自分の感じたままに動いてみるとしよう!」

 

 吹っ切れたように応える。互いに頷き合った2人の少年は勇んでメビウス達を追った。

 

 

 一方通路を低空で飛行するメビウス目掛けて、メフィストは光の刃『ダークレイフェザー』を次々と乱射した。

 メビウスは光刃の攻撃をかわし、次の角を左に曲がる。外れたダークレイフェザーが辺りの壁床を問わず切り裂き、一帯を無惨にズタズタにしてしまう。

 

『どうした? 逃げるだけなのかメビウスとやら!』

 

 嘲笑いながらメフィストは更に光刃を乱射する。メビウスは辛うじて追撃を逃れると、空中で不意に急制動を掛けた。

 

(今だ!)

 

 意表を突かれたメフィストに、激突する勢いで猛烈なタックルを掛ける。

 

『何ぃっ!?』

 

 メビウスはその勢いのままに、メフィストに組み付いた体勢で壁をぶち抜いた。

 勢いは止まらず分厚い壁に風穴を空け、超人と魔人は壁を次々に破壊して行く。まるで人間大のブルドーザーが荒れ狂っているようだ。

 更に壁を続けて破壊した2人は、広い空間に飛び出していた。どうやら次元航行船の整備ドッグらしい。今は使われていないようで船も人の姿も無く、機械類だけが置かれている。

 

『ククク……ッ、そういう事か……くだらん奴よ!』

 

 メフィストは揉み合うメビウスに、侮蔑の嗤い声を浴びせた。メビウスが被害を最小限に抑える為に此処まで誘導して来た事に気付いたのだ。

 道理で人の姿をあまり見なかった訳である。メビウスが超感覚で人の居ない方向を選んで壁を壊し、直進していたからだ。

 

 メビウスとしては、メフィストを次元航行船の発進口から叩き出し、本局の外で戦うつもりであった。しかし、

 

『そう思惑通りに行くと、思っているのか!?』

 

 メビウスの腕の中、メフィストの体が急激に膨れ上がる。強引に巨大化を敢行したのだ。とっさに離れたメビウスの目前で、骸骨の如き偉容がドックを揺るがし仁王立ちする。

 

『クッ!』

 

 こうなってはメビウスも巨大化するしか無い。眩い光に包まれて、赤と銀の巨体が黒い巨人の前にそびえ立った。

 

『セアアァッ!』

 

 メビウスは間髪入れず連続してパンチを放つ。何としてもメフィストを外に叩き出さなくてはならない。

 それを見越し闇の巨人は体をかわすと、相手の腹部を狙い強烈な回し蹴りを放つ。凄まじいまでの激突音がドックに響いた。

 メビウスが左腕でそのキックを受け止める。数万トンの質量の巨人同士の激突に本局が揺ぐ。

 

 激突の最中、本局警備の武装局員達がドックに駆け付けて来た。驚くべき光景に一瞬唖然とする局員達だったが、

 

「何をボケッとしている! 撃てえっ!!」

 

 還暦近い仏頂面の隊長の叱咤に、局員達は一斉にメビウスとメフィストに砲撃魔法を撃ち込んだ。

 彼らにしてみればメビウスも同じアンノンウン。本局で暴れているようにしか見えない今、仕方がない事ではある。

 しかし2体の巨人には蚊に刺された程にも感じていないらしく、揺るぎもしない。武装局員達の間に動揺が走った。

 

「化け物共がぁっ! 怯むな!!」

 

 隊長が舌打ちし、攻撃続行を指示しようとすると、

 

「待って下さい!!」

 

 追い付いたクロノが、ユーノと共に警備隊長の元に駆け寄っていた。

 

「クロノ執務官か、何を言っている!? あの化け物共が見えないのか!?」

 

 クロノと知り合いらしい隊長は苛立ったように声を荒げるが、年若い執務官は闇の巨人と戦うウルトラマンメビウスを指差し、

 

「細かい説明は後で、あの赤と銀の巨人は味方です。本局を守ろうとしているんです! 黒い巨人だけを攻撃して下さい!」

 

「馬鹿な! あんな巨大なものが味方だと!?」

 

 隊長は当然の反応をした。ゼロのように管理外世界に現れたのとでは訳が違う。本局に直接乗り込まれた形の現状では、敵と判断されても仕方が無い。

 こうしている間にもメビウスとメフィストの戦いは続いていた。戦況はメビウスが不利だ。

 

(このままじゃ!)

 

 メビウスは攻撃を凌ぎながら、メフィストを外に追い出そうと奮戦していたが焦りを隠せない。内部でこれ以上戦っては被害が大きくなってしまう。

 ドックだけでは済まなくなる。『メビュームシュート』などの威力の高い光線の使用など論外であった。

 メフィストはそれを見越してメビウスの誘いには乗って来ない。このまま長期戦に持ち込まれたら時間切れになってしまう。

 

『下らん奴よ! 守ろうとする人間に攻撃されていては世話は無いなあ!?』

 

 砲撃の雨に晒されながら、嘲笑うようにメフィストは右腕の『メフィストクロー』を展開し、メビウスに叩き込む。クローの斬撃を食らってしまった巨体が吹っ 飛んだ。

 下敷きになった機械類が玩具のように砕け散る。メフィストは、まだ砲撃を続ける武装局員達をギロリと見下ろした。

 

『五月蝿い虫けら共が! 潰れろ!!』

 

 局員達に向け繰り出した右腕から、紫色の破壊光線『ダークレイジュビローム』を放った。砲撃魔法を豆鉄砲のように蹴散らし、光線が迫る。防御魔法で防げる代物では無かった。

 

 逃げる暇も転移する間も無く、棒立ちになる武装局員達。このまま彼らは跡形も無く消滅してしまうだろう。だがその時、銀色の巨体が光線の前に立ち塞がった。

 

『させるか!!』

 

 メビウスだ。ダークレイジュビロームが盾となったメビウスに炸裂する。とっさの事で 『ディフェンスサークル』を張る暇も無く、まともに食らってしまった。

 

『ウウゥゥ……ッ!』

 

 体から白煙が上がり、メビウスはガクリと膝を着いてしまう。胸の『カラータイマー』が点滅を始めていた。

 

『フハハハッ! 愚かな奴よ!』

 

 メフィストは踞ってしまったメビウスを見下ろし、嘲笑った。こうなれば勝ちは揺るがないと余裕の態度だ。クロノは歯噛みすると隣のユーノに、

 

「やはり被害が大きくなるから、本局の中では思うように戦えないんだ……ユーノこうなれば僕達だけでも援護しよう! 君はバインドでメフィストの動きを一時的にでも抑えるんだ!」

 

「判った!」

 

 クロノは頷くと砲撃魔法の態勢を整えながら、メビウスに念話を送る。

 

《聞こえますか? 今メフィストの注意を此方に向けます。その間に奴を外に!》

 

《判った。ありがとう!》

 

 メビウスはテレパシーで返事をすると、何時でも飛び出せるように全身の力をバネのようにたわめた。

 クロノは魔力を集中させる。青い魔方陣が足元に展開された。それに合わせてユーノは、チェーンバインドをメフィストの巨木ような脚目掛けて繰り出した。魔力の鎖が闇の巨人の脚に絡み付くが、

 

『虫けらが……』

 

 メフィストは全く動じず、チェーンバインドを引き千切ろうと軽く脚を動かした。それだけでバインドが限界まで張られてしまう。

 

「クロノもう保たない! 早く!!」

 

 ユーノは悲鳴に近い叫びを上げた。クロノは焦る気持ちを押し殺し、砲撃魔法の照準を合わせる。下手な攻撃では揺るぎもしまい。怪獣とは桁が違う。

 狙い所を間違えたら無意味になってしまうだろう。その時クロノの周りで魔法光が一斉に輝いた。

 

「皆さん!?」

 

 見ると警備隊長以下、此処に駆け付けた武装局員全員が、メフィスト目掛けて砲撃態勢に入っているではないか。

 

「どうして……?」

 

 意外そうな顔をするクロノに、隊長は仏頂面のままデバイスを構え、

 

「別にあいつを信用した訳じゃ無い……だがあの巨人が居なければ、さっきの攻撃でほとんどの部下は死んでいただろう……借りは返す!」

 

 借りは返すのくだりで隊長の仏頂面が僅かに緩んだ。クロノは彼が一見融通が効かなそうに見えるが、情に厚く義理堅いのを知っている。

 

「ありがとうございます。奴の顔面を狙って下さい、僕らの攻撃ではそれしか無い!」

 

 クロノは感謝し、砲撃魔法のチャージを完了した。それと同時にメフィストはチェーンバインドを紙ひものように引き千切る。それと同時にクロノは叫んだ。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューシュン!!」

 

「一斉射撃! 撃てえっ!!」

 

 数十種類の魔力光の束が、纏めてメフィストの顔面を直撃した。

 

『グアッ!?』

 

 油断していたメフィストは完全に虚を突かれた形になった。白煙を上げる顔面を押さえる。ダメージはあまり無いようだが、メビウスにはその隙で充分であった。

 

『セアアアッ!!』

 

 メビウスはバネ仕掛けのように素早く立ち上がると、猛然とメフィストに突撃した。

 

『うおおっ!?』

 

 メビウスの体当たりをまともに食らい、メフィストの巨体が吹き飛んだ。その先には次元航行船の出入りゲートがある。

 メビウスは勢いのままに、メフィストごとゲートの扉に突っ込んだ。 特殊合金製の巨大な扉が、2体の巨人の数万トンもの質量に耐えきれず根元から弾け飛ぶ。

 超人と魔人は次元の海に投げ出される。しかしメフィストはメビウスを振り払って態勢を立て直し、本局の外壁に降り立った。

 

『虫けら共があ……っ! 許さんぞ!!』

 

 怒り狂うメフィストは、同じく外壁に降り立ったメビウスを漆黒の眼で睨み付けた。右腕の『メフィストクロー』がジャキンッと乾いた音を立てて再び伸びる。

 メビウスも左腕の『メビウスブレス』から、光の剣『メビュームブレード』を形成し迎え撃つ。

 

『ヌオオオオオッ!!』

 

『セアッ!!』

 

 本局を揺るがす気合いと共に、2体の巨人は同時に飛び出していた。メビュームブレードとメフィストクローが激突し、激しく火花を散らす。

 一撃では終わらない。互いに何合も何十合も刃を交わす。目にも留まらぬ超高速斬撃の応酬だ。

 互角に見えるが、メビウス変身リミットは近い。カ ラータイマーの点滅が激しくなっていく。

 

 メフィストは勝利を確信していた。このウルトラマンは自分と互角の戦闘能力があるようだが、エネルギーが残り少ないようだ。

 ならば闇の力を媒体にし、エネルギー切れの心配が無い此方が最後に勝つと。

 だがメビウスは変身リミットに怯む様子も無く、ブレードでメフィストクローを弾き返すと、強烈な右ストレートをメフィストの顔面に叩き込む。

 

『おのれえええっ!!』

 

 至近距離で核爆発並の一撃を食らった魔人だが、踏み堪らえ怨嗟の声を上げ反撃に移ろうとする。

 だがその前に、メビウスの巨体が宙にロケットの如く飛び上がった。急降下の勢いを利用したキックだ。

 

『そんなものが通じるかあっ!!』

 

 メフィストは闇色の光の盾を展開し迎え撃 つ。メビウスのキックと盾がぶつかり合い、激しいスパークが走った。闇の巨人の防御は堅牢だ。メビウスが押されている。だが!

 

『何ぃっ!?』

 

 メビウスの体が、蹴り脚を中心に独楽の如く高速回転を始めた。凄まじいスピンだ。回転のエネルギーでキックに更なる力が上乗せされる。

 『メビウススピンキック』光線技を全く寄せ付けない『リフレクト星人』を倒す為に編み出した必殺のキックだ。

 

『セヤアアアアァッ!!』

 

 雄々しき気合いと共に、高速回転するメビウスの体が燃え盛る炎と化し、魔人の防御障壁を粉微塵に打ち砕いた。

 とっさに上体を逸らし直撃を避けたメフィストだったが、肩口に食らってしまう。肩がスピンキックで抉られていた。

 しかし黒き魔人はダメージをものともせず、両腕を組合わせ必殺光線の構えに入る。いかれた筈の右肩がメリメリと嫌な音を上げた。痛みを感じていないのだ。

 

『外したな? ならば今度は此方のば……!?』

 

 メフィストの台詞が途中で途切れる。何故なら外壁に降り立ったメビウスの体が、スピンキックの炎に包まれ変化を起こしていたからである。

 胸と背中に鮮やかなファイヤーシンボルが描かれたその姿。『バーニングブレイブ』だ。

 全ての能力が強化されたパワーアップ形態である。

 メビウスブレスから発生した炎が胸部に集まって行く。一瞬怯んだメフィストだが、最強光線『ダークレイ・シュトローム』で対抗する。

 

 互いのエネルギーが頂点に達した。一瞬早く紫の奔流が放たれた。ダークレイ・シュトロームが発射途中のメビウスを襲う。

 バーニングブレイブメビウスはその場を動かず、作り出した巨大な火球を破壊光線の真っ向から放った。必殺の『メビュームバースト』!

 

『セアアアァァッ!!』

 

 巨大な火球が凄まじいばかりの勢いで放たれ、 ダークレイ・シュトロームと激突する。火球は桁違いのパワーで紫の奔流を押し返し、メフィストに炸裂した。

 

『ぐわあああああぁぁぁっ!?』

 

 魔人の絶叫が響き渡る。メビュームバーストの余波で本局が揺らいだ。 必殺の一撃を食らったメフィストは、白煙を上げながら外壁に崩れ落ちた。仰向けに倒れピクリとも動かない。

 

『倒したのか……?』

 

 メビウスは油断無く動かない魔人の様子を伺うが、立ち上がる気配は無い。そこにようやく追い付いたクロノにユーノ、 武装局員達が外壁に出て来た。

 メフィストが倒れているのを見て、その場に居る全員がホッとした瞬間であった。

 突如メフィストが起き上がり、最期の力を振り絞り超スピードでクロノ達の元に飛んだ。

 

『しまった!?』

 

 メビウスが気付いた時にはもう遅い。メフィストは両手にクロノとユーノをガッチリと捕らえていた。

 

「うわあっ!?」

 

「はっ、放せぇっ!!」

 

 もがき苦しみ絶叫を上げる2人をメビウスの前に晒し、ボロボロの魔人は苦し気に嗤う。最早戦う力は残っていないのだろう。

 

『フフフ……貴様のような甘ちゃんには手が出せまい……?』

 

『クッ、卑怯な!』

 

 これでは下手に動けない。メビウスは拳を握り締める。カラータイマーの点滅が早い。残されたエネルギーはもう僅かだ。それを見越してか、メフィストはクロノ達を盾にし吼えた。

 

『このまま本局をぶっ飛ばしてやる!!』

 

『何だって!?』

 

 驚くメビウスを尻目に、黒き魔人の体から異様な程の高エネルギーの集中が感じられた。残りの全エネルギーを1ヶ所に集めて自爆する気なのだ。察した武装局員達の間にも動揺が走る。

 

『もう何をしても遅い……! 今の俺は巨大な爆弾と同じだ! ダークフィールドの異相の反転を利用した空間破砕爆弾! この位地からでも本局を半壊はさせられよう……!!』

 

 最悪の事態であった。迂闊に動けないメビウスをせせら嗤い、メフィストはついでだとばかりに両手に力を込める。用済みになったクロノとユーノを握り潰すつもりだ。

 

『止めろぉっ!!』

 

 メビウスは一か八かで飛び出した。賭けに出たのだ。自爆される前に2人を助け、メフィストを遠くへ吹き飛ばすしか手は無い。だが、

 

『遅い!!』

 

 メフィストは非情にも両手に力を入れる。後少し力を入れるだけでバリアジャケットは砕け、2人の少年は原型も留めずグシャグシャに潰れてしまうだろう。

 

(そうだ……子供の身体は脆い……)

 

 メフィストがそう思った時、不意に意思に反して手の動きが止まっていた。

 

『……どうしたんだ……?』

 

 茫然としたように呟くと、再びクロノとユーノを握り潰そうとするが、やはり手は動こうとはしなかった。

 混乱するメフィストは、少年達の苦しむ表情を見下ろす。何故手を止めたのか。

 

『……子供……?』

 

 無意識に低く呟いていた。それだけはしてはならないと、命令に追いやられ心の奥底に眠っていた感情が訴えているようだった。そして脳裏に、確かに抱いていた小さな命の感触……

 堤防が決壊するように何かが蘇る。その手がわなわなと小刻みに震えた時、

 

『うわああああああああああぁぁぁぁっ!!』

 

 突然メフィストは絶叫していた。狂ったのだろうか。否、それは先程までの凶悪なものでは無かった。

 クロノとユーノを捕らえていた力がフッと緩む。解放され息を吐くクロノは、その叫び声が絶望に満たされた慟哭のように聞こえた。

 

 メビウスは魔人の急変に唖然とする。肩を震わせるメフィストはメビウスに向き直ると、黙ってクロノとユーノを差し出した。

 メビウスは戸惑いながらも2人をそっと受け取る。怪我は無いようだ。不思議そうにメフィストを見上げている。

 

『何故……?』

 

 メビウスの問いにメフィストは、混沌とした次元の海を哀しげに見上げ、

 

『……思い出した……俺にも子供が居た……産まれて1歳にもならない男の子が……』

 

 呟き愛おしそうに何も無い空間を抱いた。既に居ない者を抱き締めるかのように……

 

『あなたは人間だったんですか……?』

 

 メビウスの痛ましげな質問に、メフィストは頷き視線を落とした。

 

『俺達家族は『冥王』の道具に過ぎなかった……妻も……息子も逝ってしまったか……』

 

 胸が潰れそうな程の悲しみと絶望の込められた言葉であった。父親であったメフィストにとって、子供を殺すという行為は絶対の禁忌だったのだ。人間だった記憶を呼び覚ます程に……

 そして皮肉にも闇の巨人となった事で、妻子の消滅を悟ったのであろう。

 

『早く……ウルトラマンゼロの元に向かえ……俺の使命は最低でもお前を此処に足止めする事だった……『冥王』の好きにさせてはいけない……後は頼む……!』

 

 それは血を吐くような最期の遺言であった。メフィストは最後にメビウスに深々と頭を下げると、ふわりと次元の海へ飛び上がる。

 

『どうするつもりですか……?』

 

 メビウスは思わず聞かずにはいられなかった。判っていても。

 

『俺の自爆はもう止められん……出来る限り此処から離れる……!』

 

 メフィストは後を託すように言い残すと、次の瞬間音速を超え猛スピードで本局から離れて行く。

 メビウスの手の上でそれを見上げるクロノの目には、その背中が死んだ父と重なって見えた。

 メビウスは黙って飛び去るメフィストを見送る。その姿が見えなくなる程小さくなった頃、次元の海に強烈な光が輝いた。

 数瞬遅れて凄まじいまでの爆発が巻き起こる。空間を巻き込んで爆発は急速に拡大し、次元の海を閃光で照らし出した。

 爆発の余波は巨大な本局をも揺るがせる。あのまま自爆していたら、確かに本局は半壊し機能は失われ、多くの人々が死んでいただろう。

 

 ダークメフィスト……名も無き次元世界の男は、最期は人として散った……

 

 詳細までは判らなくとも、メフィストの最期の行動に打たれるものが有ったのだろう。それは人の意思が最後に悪魔に勝った光景だった。

 隊長以下武装局員達は、無意識に男に敬礼を捧げていた。

 メビウスは願った。願わずにはいられなかった。彼が無事、妻子の元に辿り着けるようにと……

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 賑やかな街の喧騒の中、ゼロと孤門は静かに対峙していた。愉しげな雰囲気とは真逆の緊迫した空気が流れる。

 しばらく無言で睨み合う2人だったが、ゼロがフッと表情を緩め先に口を開いた。

 

「俺は……一切抵抗はしない……殺りてえってんなら好きにしろ……」

 

 穏やかに笑みさえ浮かべて見せる。孤門は訝しげにゼロを見やる。

 

「良い覚悟だが……何が目的だい……?」

 

「俺の命はくれてやる! だから『闇の書』の 情報を此方に渡してくれ、頼む!」

 

 ゼロは土下座せんばかりの勢いで頭を下げていた。既に覚悟は出来ている。孤門は黙って頭を下げたままの少年を見下ろす。何か考えているようだったが……

 

「判った……僕からも頼んでみよう……」

 

「恩に着る……ありが……」

 

 礼を言おうとした時だ。突然シグナムからの思念通話が頭の中に響き渡った。

 

《済まないゼロ……緊急事態だ。主はやての事が管理局魔導師、テスタロッサと高町の2人にバレた!》

 

「何だとぉっ!?」

 

 ゼロは予期せぬ事態に思わず声を上げていた。

 

 

 

 つづく

 




遂に始まる運命の夜。出会ってしまった守護騎士達とフェイト達は?
まだ現実世界に居ない筈の者達が、八神家を追い詰めて行く。
次回『欠片-カヒィン-』


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第58話 欠片-カヒィン- ★

 

 

 12月24日PM4:25

 

「はやて……ごめんね、今まであんまり顔を出 せなくて……」

 

 柔らかい夕陽の光が射し込む病室で、ヴィータは身を起こしたはやてを見て俯いてしまった。小さな主はニッコリと慈母のような笑顔を浮かべ、

 

「ううん……元気やったか……?」

 

 優しくヴィータの頭を撫でてやる。鉄槌の騎士は猫のように、喉を鳴らさんばかりに緩んだ顔をし、

 

「めちゃめちゃ元気っ!」

 

 次に勢い込んで見せた。そんな少女達のやり取りを、シグナムとシャマルは微笑ましそうに目を細めて眺めている。

 ザフィーラは警戒の為、海鳴市周辺を見回っているところだ。現在ゼロが管理局に出頭し、『闇の書』の情報を持ち帰るまでは『蒐集』は休止している状態である。

 それでも残りのページ数はさほどでもない。もしも残りの魔力が必要になったなら、直ぐに集められるくらいは『蒐集』してある。念の為だ。

 

「今日ゼロ兄は……?」

 

 病室には滅多に入らず、基本病院の前で狼姿で待っているザフィーラはともかく、ゼロの姿が見えないなとはやてが尋ねてみるのと同時であった。 遠慮がちにドアをコンコンとノックする音が聴こえると、

 

「……こんにちわ……」

 

 すずかの声がする。シグナムとシャマルはハッとした。他にも数人の気配がする。もしやと思った時には既に遅かった。

 

「あっ、すずかちゃんや、はいっ、どうぞ ~っ」

 

 はやてが入るように声を掛けてしまっていた。

 

「こんにちわ~っ」

 

 数人の揃った挨拶と共に、ドアがゆっくりと開く。

 

「あ……っ!」

 

 振り向いたヴィータの表情が険しくなる。次々と少女達が病室に入って来た。先頭のすずかは、当然全員見知っているので早速会釈し、

 

「あっ、今日はゼロさん以外、皆さんお揃いですか?」

 

「こんにちわ、はじめまして」

 

 初めて顔を合わせるアリサは、シグナム達に礼儀正しく挨拶する。

 

「あっ……!?」

 

 続いて病室に足を踏み入れたなのはは、ヴィータ達の姿を認め思わず声を漏らしていた。同じくフェイトもシグナムを認め固まってしまう。間違えようが無い。

 シグナムは身を乗り出し、今にも掴み掛からん勢いでフェイトとなのはを睨み付けた。シャマルは事態の急変にオロオロし、シグナムにチラチラ視線を送る。

 

 はやてにはシグナム達の反応は過剰に思えた。フェイトとなのはがシグナム達の顔を知っている訳は無いと思っているからだ。

 バッタリ顔を合わせてしまい、必要以上に警戒感を顕にしてしまったのかと判断したのは仕方が無い。

 

「あ……すいません、お邪魔でしたか……?」

 

 不穏な空気に、都合の悪い所に来てしまったのではと思ったアリサが声を掛ける。シグナムは此処で事を荒立てるのは得策では無いと判断し、

 

「あ……いえ……」

 

 何でも無い風を装い返事をしておく。シャマルも合わせてとっさに笑顔を浮かべた。

 

「いらっしゃい、皆さん……」

 

「何だ、良かった……」

 

 何も知らないすずかはホッとする。一方のフェイトとなのはは、唖然として守護騎士達を見詰めたままだ。

 シグナム達が平静を装ったのを見て、ホッとしたはやては場の空気を変えようとすずか達に、

 

「ところで、みんな今日はどないしたん?」

 

 すずかとアリサはニッコリ笑うと、キョトンとしているはやての前で抱えていた物に載せていたコートを一斉に外す。

 

「サプライズ、プレゼントッ!」

 

 一抱えはあるリボンを掛けた箱を差し出した。

 

「うわあっ? あはははっ」

 

 はやては嬉しさのあまり頬を高揚させ、言葉にならない歓声を上げていた。

 

「今日はイブだから、はやてちゃんにクリスマスプレゼント」

 

「わああ~っ、ほんまかぁ~っ、ありがとうなぁ」

 

 プレゼントを受け取ったはやては、感激してお礼を言うのが精一杯だった。本当に嬉しそうだ。友達からのクリスマスプレゼントなど初めてではないかと思った。

 微笑ましいやり取りを見ながらシグナムは、隣のシャマルに目配せする。察した湖の騎士は指輪形態の『クラール・ヴィント』を密かに起動させた。

 それに気付かないフェイトとなのはは、困惑して顔を見合わせる。まだ人生経験が少ない2人には、この状況はいささか厳しい。

 そんななのは達を、ベッド脇に座り込んだままのヴィータは鬼気迫る目付きで睨み付けている。気まずい中、なのはとフェイトも表面上何とか平静を装った。

 

 コートを預かると言われ、フェイトはシグナムの後に着いてロッカー前に向かう。その時ある事に気付いた。コートを受け取る女騎士にフェイトは小声で、

 

「念話が使えない……通信妨害を……?」

 

「シャマルはバックアップのエキスパートだ……この距離なら造作も無い……」

 

 コートをハンガーに掛けながら、シグナムも小声で応える。先程の合図でシャマルが既に念話の妨害を行っていたのだ。

 フェイトは状況に動転していたのを自覚した。そう、前とは状況が違うのだ。フェイトは落ち着く為に深呼吸すると、シグナムをしっかりと見上げた。

 

「シグナム……あなた達の無実はほぼ証明されました……もう逃げる必要はありません……」

 

「それは本当か……?」

 

 予想外の言葉に、流石のシグナムも驚きの表情を浮かべていた。

 

 

 ヴィータは先程からずっと、なのはを噛みつかんばかりに睨み付けている。流石に耐えきれなくなったなのはは、

 

「……あの……そんなに睨まないで……」

 

「睨んでねーです。こういう目付きなんです」

 

 ヴィータは変わらず睨み付け、取り付くしまも無い。なのはがほとほと困り果てていると、

 

「これヴィータ、いくら人見知りやからってそんな態度はあかんっ」

 

 はやてはヴィータを引っ張り寄せて、聞き分けの無い妹を叱るように鼻を摘まんでたしなめる。はやてなりのフォローだ。

 

(そんな態度やと、怪しまれるやないか……?)

 

 鼻を摘まみながら耳打ちする。ヴィータは困ってしまい、うーうー謝るしか無い。そんな鉄槌の騎士を見て、なのははポカンとしてしまった。

 今までとのギャップが激し過ぎる。誰に対してもつっけんどんな態度だと思っていたからだ。するとフェイトがなのはに近寄り、耳打ちした。

 

「なのは……無実の事伝えたよ……判ってくれたみたい……」

 

「本当っ?」

 

 なのはの表情が見る見る明るくなる。それを認めたヴィータは、鼻を押さえながら首を傾げた。

 

 

 

****

 

 

 

《おいっ、シグナムどういう事なんだ!?》

 

 予期せぬ事態にゼロは焦って聞き返していた。

 

《それがだな……主の見舞いに来たテスタロッサ達と鉢合わせしてしまった状況なのだ……》

 

 一通りの状況を聞いたゼロは、自分の迂闊さを恥じた。今日はクリスマスイブ。すずか達なら気を効かせてこういう事態になるのは予想出来た筈だった。落ち込み掛けるゼロに、シグナムは口調を緩め、

 

《それが悪い事ばかりでは無い……我らの無実が証明されたらしい》

 

《本当かよ!?》

 

 確かにそれは良い話だ。此方が犯罪行為を行っていないと分かれば、かなり話は違って来るだろう。

 

《ああ……本当らしい……そういう訳だ。此方に戻れ。お前も交えて今後について話し合う。念の為通信妨害を継続するから一旦切るぞ、後は直接話す》

 

 そう言い残すとシグナムは思念通話を切った。予想外の出来事に頭がグルグルしかけるが、確かに悪い事ばかりでは無いようだと思う。

 

(そうなると問題は……)

 

 ゼロは目の前の孤門を見る。すると青年は何もかも見通しているようにゼロを見据え、

 

「どうやら……『闇の書』の主、八神はやてちゃんとフェイトちゃん達が鉢合わせしてしまったようだね……?」

 

「なっ!?」

 

 ゼロは絶句してしまう。その言葉は明らかに此方の事を知っている者しか吐けない台詞だった。

 

「お前……何故はやての名前を知っている!?」

 

 牙を剥かんばかりのゼロに、孤門は落ち着き払った態度を崩さず、

 

「簡単な事さ……彼女は君が来る何年も前から、ずっと監視されていたんだ……」

 

「何だと!? じゃあ俺の事も最初から知ってたって事か!? 馬鹿な! 監視の目なんか有ったら俺達に判らない筈がっ!?」

 

 ゼロは有り得ないと否定する。いくら魔法と言えど四六時中監視されていたのなら、彼の超感覚や守護騎士達に感付かれる筈だ。

 

「無論張り付いたりはしていない……魔力センサーによる観測のみだ……だから大雑把に『闇の書』覚醒を察知出来る程度さ……」

 

「むう……」

 

 それならば判るまい。説明に納得はしたが、まだ腑に落ちない様子のゼロに孤門は、

 

「それともう一つ……『ギル・グレアム』という人物に心当たりがあるね……?」

 

 ゼロは顔色を変えた。はやてから何度も聞いている。はやての亡くなった父親の友人で、財産の管理をしてくれている人物。一度も会った事も顔も知らないが、ゼロは感謝さえしていた。

 

「グレアムの……おっちゃんがどうした……?」

 

「彼は父親の友人なんかじゃ無い……時空管理局の提督だ……『闇の書』の覚醒を待つ為に、 今まで友人のふりをして援助を続けていたんだ……彼女もろとも封印する為にね……!」

 

「そ……そんな……おっちゃんが……?」

 

 衝撃の事実にゼロは顔を青ざめさせた。どんなに悪ぶっても根が善良なウルトラマンの少年に、グレアムの裏切りは衝撃だった。

 孤門は痛ましそうにゼロを見やるが、首を振ると話を続ける。

 

「身体を失い光量子情報体のみとなった『ダークザギ』を追って、僕はこの世界にやって来た……だがこの広い次元世界で奴を追うには、 管理局に協力を求めるしか無かった……」

 

「思いきったもんだな……」

 

 ゼロは素直な感想を口にしていた。未知の世界で、未知の組織に身柄を預ける形になるのは賭けに近いだろうと思う。孤門は苦笑し、

 

「仕方無いさ、切羽詰まっていたからね……そこで協力を申し出て来たのがグレアム提督だった……そして管理局の協力の元で調べる内に、ザギが完全に復活する為に『闇の書』を狙っている事を察知した……」

 

 話が核心に近付いたのを感じ、ゼロは息を呑む。孤門は改めて少年を険しい表情で見詰め、

 

「だが僕は気付いてしまった……グレアム提督が『闇の書』もろとも、八神はやてという少女を凍結封印しようとしている事を……!」

 

「何故そんな回りくどい事をする!?」

 

 ゼロは激昂して声を荒げた。通声人が何事かと2人をじろじろ見るが、それどころでは無かった。

 

「『闇の書』の完全封印は、完成直後のわずかな時間のみに可能となる……だから今まで手出しせずに機会を待っていたんだ……僕にも秘密にしてね……」

 

 そこで孤門は悔しげに視線を落とすが、顔を上げると再び険しい表情でゼロを見据えた。

 

「勿論僕にはそんなやり方は納得出来ない! だから何とか裏をかいてやろうと色々動き回った……だがそこで僕は提督のおかしな行動に疑問を抱き、ある事実に気付いてしまった……」

 

「気付いたって、何を……?」

 

 雰囲気に呑まれ答えを催促するゼロに、孤門は衝撃的な答えを口にした。

 

「そう……グレアム提督は『闇の書』の封印などする気など最初から無い……彼の本当の目的は書の力と、最強のウルトラマン。ゼロ、君の力を利用して完全復活を果たす事だったんだ!」

 

「ま……まさか……?」

 

 言葉の意味を理解したゼロの拳が、わなわなと震えていた。

 

「全ては復活の為の布石……グレアム提督は 『ザギ』に身体を奪われたんだ! 今の提督こそが『ダークザギ』そのものなんだ!」

 

「!!」

 

 ゼロは今までの事を思い返し唖然とした。『ダークロプス』の襲撃から、はやての元に流れ着いたのも『ザギ』の計略の内ではなかったのかと疑ったのだ。立ち尽くす少年に孤門は、

 

「そういう訳だ……まずは病院に向かおう。提督……『ダークザギ』が何かを仕掛けて来る可能性が大きい、フェイトちゃん達も心配だ」

 

「判った!」

 

 ゼロは返事と同時に駆け出していた。孤門も後に続く。少し釈然としない部分もあったが、こうなれば敵味方も無いだろうとゼロは判断する。本当の敵は『ダークザギ』なのだ。

 2人はごった返す通行人の間をぬって、海鳴大学病院に向け風のように疾走を開始した。

 

 一方同じく連絡を受けたザフィーラも、空を飛び病院を目指す。妙な胸騒ぎを感じ、守護獣は最大速度で空を駆けた……

 

 

 

******

 

 

 

 冬の短い日はとうに沈み、辺りはとっぷりと夜の闇に沈んでいた。

 身を斬るような北風が吹き付ける病院屋上で、シグナムにヴィータ、シャマルの3人は、フェイトとなのはの2人と向かい合っていた。シグナムが代表して口を開く。

 

「話を聞こう……ただし主はやての事を今管理局に伝えられては困る……問題が解決するまで身柄を押さえさせて貰うしか無いが……?」

 

 これが条件だった。フェイトとなのはは頷き合うと、しっかりと守護騎士達の目を見る。真っ直ぐな瞳だ。

 

「それで戦わずに済むのなら……」

 

「私達は構いません……はやてちゃんが助かるなら」

 

 そのキッパリした返答に、シグナム達は内心胸を撫で下ろした。場合によっては力付くで拘束しなければならなかったからだ。それはしたくない。

 フェイトは守護騎士達の態度が軟化したのを感じ、確認を取る。

 

「シグナム……あなた達の偽者が確認されたのは間違いありません……あなた達は今まで誰1人襲ってなどいない、そうですね……?」

 

「たりめーだ! アタシらは八神はやての騎士だぞ! それにゼロと約束したんだ、誰1人襲わないってな!」

 

 ヴィータは当然だと胸を張る。その何のやましさも無い返答に、フェイトとなのははホッとした。やはり彼女達は濡れ衣を着せられていただけだったのだ。

 

「それでは、そちらの知っているあいつ…… 『闇の書』の情報を教えて貰おう……」

 

 シグナムが一番聞きたかった質問をする。ゼロの出頭前にこのような機会に恵まれるのは、却って有りがたかった。なのはは勢い込んで一歩前に踏み出し、

 

「駄目なんです! 今のまま『闇の書』を完成させたら、はやてちゃんの命が……っ」

 

 詰まってしまった。気張り過ぎて上手く説明出来ないなのはに代わり、フェイトが説明を引き継ぐ。

 

「『闇の書』は悪意ある改変を受け壊れてしまっています……今の状態で完成させれば歴代のマスター同様、はやては魔力を全て吸い上げられ取り殺されてしまう……今の『闇の書』は死の魔導書になってしまっているんです……!」

 

「やはり……そうだったか……」

 

 シグナムは拳を握り締め、沈痛な表情を浮かべた。やはり『彼女』からの必死の伝言は本当だったのだ。

 覚悟していた事とは言え、やはり真実は厳しいものだった。事前にゼロから聞いていなければ、きっと信じはしなかっただろう。

 

「もう少しユーノ君達に調べて貰えれば、はやてちゃんを助ける方法が見付かるかもしれません。だから少し時間をください!」

 

 なのはは深々と頭を下げる。フェイトも頭を下げた。それは何の打算も計算も無い、ただ助けたいという想いのみの真っ直ぐなものだった。

 シグナムは頭を下げたままの2人を、しばらくの間無言で見詰めた後微かに微笑し、

 

「分かった……信用しよう……シャマルもヴィータも良いな?」

 

「それが一番良さそうね……」

 

「アタシは、はやてがそれで助かるなら……」

 

 2人共同意して頷いた。後はゼロとザフィーラにも了解をとれば良い。話は纏まった。シグナムはゼロとザフィーラに連絡を取る。

 フェイトとなのはは良かったと息を吐いた。もう戦う必要は無くなったのだ。張り詰めていたものは解け、ホッとした空気が流れる。

 

 シグナムは、はやての事をしばらく秘密にする約束も信用出来ると思った。何度もぶつかり合った者同士特有の、奇妙な信頼関係が互いに芽生えつつあった。だがその時、

 

「とっころが、世の中そう甘くは無いんだな あっ!!」

 

 突然無邪気な調子の少女の声が屋上に響き渡った。

 

「!?」

 

「えっ!?」

 

 それと同時に、フェイトとなのはの体に光のロープが絡み付いた。拘束魔法バインドだ。

 次に2人の足元に魔方陣が浮かび、その姿は光と共に一瞬で消え失せてしまった。何者かによる転移魔法で、強制的に何処かに跳ばされてしまったのだ。

 

「何者だ!?」

 

 思わぬ奇襲に、シグナム達は声のした方向に目を向ける。其処には何時現れたのか、屋上に悠然と立つデバイスを携えた2人の少女の姿が在った。

 

「テスタロッサ!?」

 

「高町!?」

 

 シグナムとヴィータは少女達を見て声を上げた。何故ならその少女達がフェイトとなのはに瓜二つだったからだ。

 しかし良く見ると色々と異なっていた。2人共顔立ちや体型、年格好バリアジャケットのデザインまでフェイト達と全く同じだが、なのはに似た少女はジャケットが濃い紫色でショートカット。

 フェイトに似た少女は髪型こそ同じツインテールだが、髪の色が水色でジャケットの各部は青い。

 そして何より決定的に違うのは、2人共フェイトとなのはが決してしない表情を顔に張り付けている。

 表面だけ同じで中は別人に見えた。フェイトに似た少女はやんちゃな笑みを浮か べ、

 

「聞いて驚け! 強いぞ、凄いぞ、格好良いーっ! 雷刃の襲撃者『レヴィ・ザ・スラッシャー』とは僕の事だ!!」

 

 『バルディッシュ』に酷似したデバイスを派手に振り回して高らかに名乗る。

 

「そちらのおチビさんとは2度目になります ね……? 星光の殲滅者『シュテル・ザ・デストラクター』以後お見知り置きを……」

 

 シュテルと名乗る少女は、ヴィータを冷たい眼差しで見やり、慇懃無礼という言葉のままに静かに頭を下げた。その態度と言葉使いに思い当たったヴィータは、目を見開いていた。

 

「お前っ! あの時の高町の偽者か!?」

 

 最初に管理局と敵対する切っ掛けを作った張本人になる。

 

「その通りです……良くも見事に踊って頂けたものですね……?」

 

 ニコリともしないシュテルの冷徹極まりない言葉に、ヴィータは全身の血液が沸騰しそうな程の怒りに見舞われた。

 

「ふざけんなああああっ!!」

 

 激昂した鉄槌の騎士は弾丸の如く飛び出し、変型させた『アイゼン』をシュテルに叩き込む。星光の殲滅者はその場を動かず、前面に魔法障壁を張り巡らす。

 アイゼンと魔法障壁がぶつかり合い、派手に火花が散るが、

 

「うわあっ!?」

 

 逆にヴィータが跳ね返されていた。比喩だが、分厚い鋼鉄の塊を素手で殴ったように手が痺れた。恐ろしく硬い防御壁だ。シュテルはその場から微動だにしていない。

 ヴィータは辛うじて空中で姿勢を整え、屋上に降り立った。悠然と立つシュテルに、燃え盛るような怒りの眼差しを向ける。

 

「何なんだよお前ら……? 何で邪魔すんだ よ……? はやてが助かるのがそんなに気に食わないってのか……?」

 

 問うている内に感情が激した彼女の目から、光るものが溢れていた。

 寄ってたかってはやて を殺そうとしていると感じ、アイゼンを握る手が怒りでカタカタと震えた。怒りに呼応するように、その身を真紅の騎士服が包む。

 

「誰にも迷惑を掛けないように、みんな必死で頑張って来たんだぞ……誤解も解けて良い方に進んで……もう少しで、はやてを助ける方法が見付かるかもしれないってのに……」

 

 ヴィータの脳裏を今までの出来事がよぎった。八神はやての騎士として恥じぬ行いをすると皆で誓った時の事。身を削って綺麗事を貫かせてくれた不器用な少年の事。

 絶望しか無かった永遠にも等しい拷問のような人生で、初めて手にした温もりと誇り。

 しかしシュテルはヴィータの想いを一顧だにせず、無機物でも見るように紅の鉄騎を見る。その無表情に嘲られた気がした。

 

「邪魔すんなあああぁぁっ!!」

 

 ヴィータは絶叫してグラーフ・アイゼンを振り上げる。愛機は主の激情のままに、勢い良くカートリッジを吐き出した。

 屋上の一角が爆発したように吹っ飛び、紅蓮の炎が渦を巻く。ヴィータ渾身の一撃がシュテルに炸裂した筈だった。

 しかし何故か衝撃も音も辺りに響かない。何かが遮っているようだった。

 静かに燃え盛る炎を前に、ヴィータは怒りのあまり忘れていた呼吸を繰り返す。だが彼女は気を抜いてなどいなかった。炎が上がる一角を睨む。

 コツコツと中から靴音だけが響いた。高温の炎の中から、無傷のシュテルがゆったりと姿を現す。

 眉一つ動かさず平然としている。その様は地獄の業火の中に立つ、災厄を司る者を連想させた。

 

「悪魔め……っ!」

 

 ヴィータは悔し涙で頬を濡らし、炎の中に立つ殲滅者に憎しみの言葉を投げ掛ける。

 

「悪魔……そう……私達は正真正銘の悪魔でしょうね……」

 

 シュテルは悪びれる様子も無く、心なしか無表情な顔に微かに喜色さえ浮かべたようだった。優雅にデバイス『ルシフェリオン』を舞うように掲げる。

 

「全てを血と怨嗟の暗黒に……」

 

 その冷たい瞳に、燐光の如き光が灯った。

 

 

 

 

 

「シャマル退がっていろ……」

 

 シグナムは『レヴァンティン』を起動させ、レヴィと名乗る少女に刃を突き付けた。

 

「あの女の仲間か……? 外道共が!」

 

 瑠璃色の瞳が怒りに染まる。もう1人の自分と名乗ったあの女の仲間だろうと予想する。流石に冷静な将も怒りを抑えられなかった。

 怒りの具現化の如く彼女の体が炎に包まれ、騎士甲冑が装着される。戦意を示すように魔方陣が足元に展開され、魔力光が炎のように渦を巻いた。

 

「シグナム気を付けて! その子おかしいわ!」

 

 シャマルも騎士甲冑を纏い、後方に退がると油断なく身構える。おかしいとはレヴィ達の反応であった。

 人間では無い。しかし自分達と同じプログラム体とも言い切れない、妙な反応をシャマルはサーチしていた。

 正体不明。現時点ではそれしか分からない。不気味であった。正体不明の少女レヴィは、大仰にデバイスを構え、

 

「へへ~ん、『力』のマテリアルの僕と『バルニフィカス』に勝てるかな!?」

 

 最後の、なの字をを言い終わらない内に、愉しそうに笑いながらシグナム目掛けて突進して来た。凄まじい速さだ。

 飛び出すと同時に、バルニフィカスを変型させた電光の大鎌を降り下ろす。シグナムはレヴァンティンで大鎌の斬撃を受け止め、力で跳ね返した。

 

「わわわっ!?」

 

 弾かれてしまったレヴィは宙に跳ばされてしまうが、愉しそうにクルクル体を回転させると音も無く屋上フェンスの上に着地した。

 シグナムは油断なくレヴィに対峙する。フェイトより遥かに速く重い一撃だった。

 

(こいつ……強い……!)

 

 警戒を強める剣の騎士を見下ろすレヴィは、納得行かないように自分の身体を眺め、

 

「やっぱり、このちんちくりんサイズだと打ち負けるよねえ~?」

 

 独り言のように聞くと、その姿が突如として光を 放った。

 

「目眩ましか!?」

 

 迎撃体勢を取るシグナムの目前で、レヴィの身体が変化して行く。子供の体型だったものが、早回しの映像のように成人女性のものに変わって行くではないか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ぼくはそーんなセコい真似はしないぞ!」

 

 一瞬で10年程成長した女性となったレヴィはマントをなびかせ、目にも留まらぬ速さでフェンスから飛び出し大鎌の斬撃を繰り出して来た。

 レヴァンティンと電光の刃が火花を上げて激突する。力比べの形となっていた。

 

(くっ……何という力だ……!)

 

 ぎりぎりとレヴァンティンに力を込めながら、シグナムは相手のパワーに舌を巻く。初撃を受け止めた腕が痺れている。最初とは桁外れだ。

 レヴィと名乗る女は愉しそうに無邪気な笑顔を浮かべながら、バルニフィカスに更に力を込める。

 

「どーした? こっちのシグナムはこの程度かい? そんなんじゃ僕には勝てないぞ!?」

 

「舐めるな! 紛いものがぁっ!!」

 

 シグナムはフルパワーでデバイスを跳ね退け、レヴィのがら空きになった脇腹に痛烈な回し蹴りを叩き込む。

 

「遅いっ!」

 

 しかしレヴィは蹴りをひらりと側転宙返りでかわし、逆に電光の刃を打ち込んで来た。シグナムも負けじと体をかわして斬撃を回避し、その反動を利用してレヴァンティンを横殴りに叩き付ける。

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 レヴィはゲームでも愉しむように、笑みを浮かべながら上体を沈め斬撃を避ける。剣舞の如く2人は激突した。

 

 

 

 

 

 

「この野郎ぉぉぉっ!!」

 

 ヴィータはアイゼンの打撃を連続してシュテルに叩き込む。しかし強固な魔法障壁に阻まれ、攻撃が届かない。

 一旦距離を取ったヴィータだったが、シュテルは隙を与えず朱色の魔力弾を次々と放って来た。

 

「うわああっ!?」

 

 魔力障壁を張り巡らすものの、魔力弾の雨に易々と打ち砕かれてしまった。恐るべき火力であった。残りの魔力弾が更に襲う。ヴィータは防戦一方だ。

 

「この程度ですか……? 燃え足りませんね……」

 

 爆煙の中、シュテルの怜悧な声が響く。

 

(コイツ……とんでもなく強え!? 高町なんか比べ物にもなんねえぞ!)

 

 残煙を目眩ましに、辛うじて魔力弾の攻撃を凌いだヴィータはシュテルの戦闘力に戦慄するが、

 

(でも……こんな奴らに好きにされてたまっかよ! 必ずぶっ潰す!!)

 

 改めて決意し煙を突っ切って急上昇をかける。頭上から奇襲しアイゼンを叩き込むのだ。 だが!

 

「うわっ!?」

 

 突然出現した光のリングに、ヴィータは捕らえられてしまった。両腕ごとガッチリ拘束され身動き出来ない。フェイトとなのはを襲ったバインドと同じものだった。

 

「何ぃっ!?」

 

「きゃあああっ!?」

 

 ほぼ同時にレヴィと打ち合っていたシグナムと、バックアップしていたシャマルは、同じく光のリングにその身を拘束されていた。

 シグナムはバインドを振り解こうと魔力を込めるが、魔力以外の力が働いているらしくビクともしない。

 危機に陥る守護騎士達。そして暗鬱な雲が広がる夜空に何者かが姿を現した。まだ他に仲間が居たのだ。

 

「お前らは……!?」

 

 空中で身動き出来ないヴィータの目に映ったものは、白い仮面を被った2人の男達であった。

 

 

 

つづく

 

 




はやての目に映る衝撃的な光景。守護騎士達、そしてゼロの運命は……

『喪失-モアニング-』



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第59話 喪失-モアニング-

 

 

 冬の太陽が力を失い夜の闇と冷気が辺りを支配し始める中、ゼロと孤門は海鳴大学病院目指し、人気の無い路地裏をひたすら駆けていた。

 人間形態でも並外れた体力と身体能力のゼロに、孤門も遅れずに着いて行く。

 

 走り続けるゼロの目に、建物と建物の間から大学病院が見えて来た。勢い込んで脚に力を込めた時、ゼロと孤門は何かに前方を遮られ急停止した。

 

「何だ、お前ら!?」

 

 ゼロの鋭い目付きが険しくなる。うらぶれた狭い路地裏を通せんぼするように、帽子を目深に被り顔が見えない程大きなマスクを掛けた一団が立ち塞がっていた。

 帽子とマスク以外は一見普通の服装ではあるが、着こなしがおかしい。何処かチグハグである。例えるなら、人で無いものが無理に服を纏ったような違和感を感じた。

 少なく見積もっても数十人は居るようだ。誰1人声も発せず、死人のようにゆっくりと集団で迫って来る。

 

「んっ!?」

 

 ゼロは眉をひそめる。そいつらの掛けている白マスクが、まるで中で百足(ムカデ)でも這い回っているようにグネグネと蠢いたのだ。

 

「気を付けろ、こいつら小型のビーストだ!」

 

 孤門は注意を促し、懐から専用武器『ブラスト・ショット』を取り出し迎え撃つ態勢を取る。人間サイズのスペースビースト『バグバズン・ブルード』の大群だったのだ。

 

「退けえっ! 化物共!!」

 

 ゼロは真っ正面から、ブルードの群れに猛然と躍り込んでいた。鋭い爪で襲い来る怪物群に、岩をも砕く正拳突きを次々と叩き込む。

 帽子とマスクが弾け飛び、昆虫に酷似した異形の顔がグシャリと砕けた。ブルードはおぞましい体液を撒き散らして崩れ落ちる。

 怪物群は仲間を倒されても怯まず、ギチギチと軋むような音を立ててゼロと孤門に殺到する。恐怖を喰らうビーストには恐れというものが無いのだろう。

 

「ゼロッ、避けるんだ!」

 

 孤門は接近戦を挑むゼロを避け、連続して真空衝撃波弾をブルードに叩き込む。空を切り裂く衝撃波を食らい爆発四散する怪物群。

 ゼロは一旦後方に距離を取ると『ウルトラゼロアイ』を取り出した。ガンモードのゼロアイを狂ったように乱射する。

 破壊光線の光が乱舞し、ブルード群は一瞬で燃え上がり炭化する。

 

「貴様ら、其処を退きやがれえっ!!」

 

 ゼロは身を焼く焦りと憤りで、獣の如く叫んでいた。

 

 

 

 

 宙に悠然と浮かび捕らえたヴィータ達を見下ろすのは、まったく同じ姿をした2人の仮面の男達であった。

 1人が片腕を振ると『闇の書』が現れる。強制的に引き寄せられてしまったようだ。

 

「何時の間に!?」

 

 シャマルのセンサーにもまったく捉える事が出来なかった。驚く彼女達に向かい、仮面の男の片割れは『闇の書』を開く。白紙のページが光を放った。

 

「うああっ!? うあああああっ!!」

 

「うあっ……!? うあっ!?」

 

「きゃああっ! ああああああっ!!」

 

 苦悶の声を上げるヴィータ、シグナム、シャマルの身体から、それぞれ紅、紫、緑色の光球が抜き出されてしまう。彼女達の魔力の源『リンカーコア』 だ。

 

「困るんだよねえ……勝手にアイツのシナリオを変えようとされちゃあ……主様の愉しみが減っちゃったらどうするのさ?」

 

 レヴィと名乗る女は、苦悶するシグナム達を眺めながら無邪気に笑みを浮かべ、たしなめるように指を振って見せる。

 

「じゃあ、やっちゃってよ。どうせ最後のペー ジは要らなくなった守護者が差し出すんでしょ? こっちの騎士達も同じだね?」

 

 レヴィが声を掛けると、宙に浮かぶ仮面の男達は無言で頷いた。それと同時に 『闇の書』から黒い力場のラインがシグナム達に伸びる。

 

《Sammlung》(蒐集)

 

 書の合成音声が響くと同時に、シャマルとシグナムが崩れ去るように脚から光の粒子になって消滅して行く。

 

「ああぁぁああああああ……っ!」

 

「うわああああああぁぁぁ……!!」

 

 悲痛な叫びだけを残し、シャマルとシグナムは呆気なく、本当に呆気なく跡形も無く消滅してしまった。

 パサリと2人が着ていた服だけがコンクリー トに落ち、空っぽの中身を虚しく夜気に晒す。

 

「シャマル! シグナムゥゥッ!! 何なんだ……何なんだよテメエらぁっ!?」

 

 1人残ったヴィータは身動き出来ない中、仮面の男達とレヴィ達に食って掛かるがそこまでだった。鋭い激痛が全身を襲う。

 『蒐集』を受け、ヴィータの身体も光の粒子となって消滅して行く。仮面の男はその様子を眺めながら、初めて重々しく口を利いた。

 

「……何れ解る……お前達は……」

 

「でやああああああああっ!!」

 

 突如上空から響く雄叫び。仮面の男の真上から、ザフィーラが猛スピードで一直線に降下し拳を繰り出した。

 不意を突かれた形だが仮面の男は動じず、ザフィーラを見もせずに魔法障壁を張り巡らす。障壁にぶち当たったザフィーラの拳から鮮血が飛び散った。恐ろしく硬いのだ。

 

「……お前で最後だ……」

 

 仮面の男が呟くと、ザフィーラの身体からも光る『リンカーコア』が強制的に抜き出された。守護の獣は苦悶の声を上げる。

 

「奪え……」

 

《Sammlung》(蒐集)

 

『闇の書』が自動的に蒐集を開始する。蒐集を行う書も苦悶しているように見えるのは、気のせいではあるまい。書のままの『彼女』にはどうする事も出来なかった。

 このまま成す術無いと思われたザフィーラだが、蒐集の激痛に耐えて拳を握り最後の力を振り絞った。

 

「でりゃあああああああっ!!」

 

 渾身の力を込めた拳が障壁を見事に打ち砕き、仮面の男の片割れの顔面に炸裂する。しかしその一撃は僅かに仮面を掠っただけであった。白い仮面が花びらの如く宙を舞う。

 

「お……お前は!?」

 

 ザフィーラの目が驚愕で見開かれる。仮面の下から現れた顔は、ザフィーラそのものであった。

 

 

 

 

 

 

「はっ……?」

 

 病室のはやては異様な気配を感じ、ギクリと身動ぎした。身体の奥底で蠢いている何かがムクリと頭をもたげたような感覚。

 

「なっ、何や!?」

 

 はやては思わず声を上げていた。彼女の周りを光る魔方陣が取り囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ヴィータは宙に磔(はりつけ)状態で拘束さ れ、グッタリと意識を失っていた。ザフィーラも屋上の床に転がされ意識を失っている。成す術無く仮面の男達に敗れてしまったのだ。

 仮面の男達の姿はもう無い。残っているのはレヴィとシュテルと名乗る2人だけだった。

 

「じゃあ、後は最後の仕上げだね?」

 

 レヴィは再び姿をフェイトに変えると、デバイスを肩に載せコロコロと愉し気に笑う。状況が状況なだけに、その異様なまでの明るさは却って不気味であった。

 そんなレヴィとは対照的に、あくまで無表情を崩さないシュテルは、冷たい眼差しで闇に淀んだ空を見上げ、

 

「……レヴィ……此方のオリジナル達はまだ大丈夫でしょうね……? タイミングを合わせないと意味が無いですよ……」

 

 視線の先には、球体状のエネルギー障壁に捕らわれたフェイトとなのはが、懸命に脱出しようともがいていた。

 

「フフ~ン、僕に抜かりは無いぞ。マグネ何とかと魔力の複合バリアだから、魔力だけじゃ簡単には破れない。これなら良いタイミングで出て来てくれるよっ。主様も誉めてくれるよね?」

 

 レヴィは自信たっぷりで胸を張って見せる。シュテルは無表情で頷いた。

 

「では……仕上げを……」

 

 彼女も再び自らの姿をなのはに変えると、自らのデバイス『ルシフェリオン』を掲げた。

 

 

 

 

 

 

「はやてぇっ!!」

 

 バグバズン・ブルードの群れを蹴散らしたゼロと孤門は、ようやくはやての病室に駆け込んでいた。

 しかし既にはやての姿は何処にも無い。寝ていた形跡はあるがベッドはもぬけの殻、シグナム達の姿も見当たらなかった。

 

「はやても、みんなも何処に行ったんだ!?」

 

 焦燥を隠せず辺りをしきりに捜すゼロを他所に、孤門は冷静にベッドに歩み寄るとシーツに手を当てる。

 

「まだ温かい……たった今まで此処に居たんだ……」

 

「クソオッ! 一体何処に!?」

 

 焦って闇雲に外に飛び出そうとしたゼロの超感覚に、引っ掛かるものがある。覚えがある空間異変の感覚だった。

 

「これは結界か? 誰かが結界をこの辺り一帯に張り巡らしやがった!」

 

 間違い無かった。ゼロの言葉の直後に、通常空間が異相空間へと入れ替わって行く。病院から根こそぎ人の気配が消え、まるで廃墟の幽霊病院のようになっていた。

 精神を集中し気配を探るゼロの超感覚は、微かなはやての声を聞き付ける。

 

「上だ! 病院の一番上、屋上にはやてが居る!」

 

 ゼロは病室を飛び出し、飛ぶように階段を駆け登る。孤門も後に続いて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「あ……?」

 

 妙な感覚の中はやては、冷たい夜気を頬に感じ頭を上げた。今まで病室に居た筈が、何故か違う場所に居る。病院の屋上だった。転移魔法で強制的に運ばれてしまったのだ。

 

 困惑して辺りを見回すはやての目に、宙に磔にされてグッタリしているヴィータと、倒れ伏して動かないザフィーラが映った。 そして宙に浮き、冷たい目ではやてを見下ろしているフェイトとなのはの姿。

 

「なのはちゃん……フェイトちゃん……? 何な ん……何なんこれ!?」

 

 はやては尋常では無い状況にパニックになりかける。ヴォルケンリッターの事が何かの拍子に発覚してしまったのかと思ってしまった。

 そんな彼女をなのは……シュテルは無表情で冷たく見据え、

 

「時空管理局は害悪を見逃しはしないのです……全部判っているんですよ……」

 

「君達のような犯罪者は結局こうなってしまうんだよ」

 

 フェイト……レヴィはさも憎々しげに嗤う。はやては2人の急変に声も出ない。

 本来の彼女であったなら違和感に直ぐに気付けたであろう。だが今の衝撃的な状況に混乱し病状が進行している今、冷静な判断力を無くしていた。やはりまだ9歳の子供なのだ。

 

「ヴィータを放して……ザフィーラに何した ん……?」

 

 ヴィータ達に駆け寄る事すら出来ないはやては、なのは達に問うしか無い。動かない脚が今ほど忌々しいと感じた事は無かった。

 偽なのはと偽フェイトは、嘲笑うように厭な笑みを浮かべ、

 

「この子達は……もう壊れてしまっている……私達がこうする前から……」

 

「とっくの昔に壊された『闇の書』の機能がまだ使えると思い込んで、無理……無駄な努力を続けてたんだ……」

 

「無駄って何や!? シグナムは? シャマルをどうしたん!?」

 

 偽なのはと偽フェイトの嘲るような物言いに、はやては堪らず叫んでいた。

 正直何が何だか解らない。だがヴィータ達の必死の努力を嘲笑っている事だけは判った。そして姿が見えないシグナムとシャマルの行方が不安を増殖させる。

 偽なのは答えを示して、ゆっくりとはやての後ろを指差した。

 恐る恐る振り向いた彼女の視界に、シグナムとシャマルが着ていた服だけが夜風に揺れているのが入った。まるで中身だけそっくり消滅してしまったかのように……

 

「!」

 

 悟ったはやての瞳がショックで限界まで見開かれていた。2人の末路に呆然と固まる少女に、偽なのはは静かにルシフェリオンを振り上げて見せ、

 

「壊れた機械は役に立たない……分相応と言う言葉を忘れた機械なら尚更……」

 

「だから壊しちゃお」

 

 偽フェイトもバルニィフィカスを掲げて、場違いな程にこやかに嗤う。2人が何をしようとしているのかは明白だった。

 

「駄目! 止めてえええっ!!」

 

 はやては力の限り叫んでいた。大事な家族が消えて行く。大事にして幸せにしてあげなければならない、悲しい目にばかり遭って来た皆が。

 シグナムもシャマルも消えてしまった。今またヴィータとザフィーラが消されようとしている。また皆があの酷い人生に逆戻りさせられてしまう。そしてもう二度と会う事は出来ない。

 胸が張り裂けそうな絶望と悲しみで涙が溢れた。必死で手を伸ばし、動かない脚を引きずってヴィータとザフィーラの元に向かおうとする。

 しかし悲しい程に不自由な身体は、遅々として前に進まなかった。

 

「止めて欲しいのなら……」

 

「力付くで止めてみたら? 出来たらだけどね」

 

 偽なのはと偽フェイトは、猫が鼠を弄ぶようにゆったりと、デバイスをヴィータとザフィーラに向ける。

 

「何で……? 何でやねん? 何でこんなあ あっ!?」

 

 はやてはズルズルと脚を引きずりながら、偽なのは達に必死に問う。しかし2人のデバイスは容赦なく振り上げられた。

 

「駄目! 止めてえっ! 止めてええええええ えっ!!」

 

 はやての悲痛な叫びが響いた時、勢い良く屋上の扉が開かれていた。

 

「みんなあっ!!」

 

 ゼロだ。階段を駆け上がったゼロが飛び出して来たのだ。だが時既に遅し。デバイスは無慈悲にヴィータとザフィーラに降り下ろされた。轟音と閃光が走る。

 ゼロとはやての目の前で2人は声も無く、光の粒子になって跡形も無く消滅した。

 

「……ヴィータ……ザフィーラ……シグナムにシャマルまで……」

 

 更に床に投げ出されたシグナムとシャマルの服を認め、彼女達の末路をも悟ったゼロは茫然と立ち尽くしていた。

 守護騎士全員が消滅したとは信じられない。否信じたくなかった。だが現実は無情にも、少年に残酷な事実を突き付ける。

 

(またか……またなのか!? また俺は大事な人達を守れなかったのか!! やっとはやてに会えて救われた皆を!!)

 

 ゼロの目から怒りのあまり涙が溢れていた。凄まじいばかりの怒りが業火となって、少年の中で燃え上がる。全身に火が点いたように錯覚する程であった。

 

「貴様らああああっ! ぶっ殺してやる!!」

 

 憎しみを込めてシュテル達が化けたなのは達を睨んだ。ゼロの超感覚には目前の2人が人間では無い、本人達では無い事は判っていた。

 怒りのままに『ウルトラゼロアイ』を取り出そうとすると、はやての叫びが届いた。

 

「ゼロ兄ぃっ! みんなが、みんながあっ!!」

 

「はやて!」

 

 ゼロは考えるより先に、はやてに駆け寄っていた。今は彼女の身の安全が先だった。涙を流す少女を抱き上げようと手を伸ばす。

 指先がその肩に触れようとした時、不意にゾブリッと刃物が肉の塊を突き刺すような厭な音が、はやての耳に響いた。

 

「えっ……?」

 

 はやては唖然として、手を伸ばすゼロを見上げる。少年の胸から光る鋭い何かが生えていた。

 ゼロは訳が判らないと言った表情で胸から生えているものを見ると、油の切れた機械のようにギシギシと後ろを振り向いた。

 

「き……貴様……っ!?」

 

 ゼロを背後から貫いているのは『シュトロームソード』であった。

 そう変身した孤門『ウルトラマンネクサス・ジュネッスブルー』が、ゼロを背中から刺し貫いていたのだ。ネクサスは青い身体を返り血で朱に染め、

 

『……済まない……判ってくれ!』

 

 沈痛な様子でそれだけを言い残すとソードを引き抜き、屋上から飛び降り姿を消してしまった。

 

「がふっ……!」

 

 シュトロームソードを引き抜かれたゼロの胸から大量の血が噴水のように吹き出し、茫然とするはやての頬を濡らす。ゼロは糸が切れたマリオネットのように、彼女の目の前で崩れ落ちていた。

 

「いやああああああっ!? ゼロ 兄ぃぃぃぃぃっ!!」

 

 はやてはビクビクッと激しい痙攣を繰り返すゼロに、泣きながら這い寄った。寝巻きが血で汚れるのも構わず、うつ伏せのゼロを仰向けに抱き寄せる。

 貫かれた胸から大量の血が流れ出し、2人の足元に血溜まりを作っていた。噎せる程の血臭が漂う。

 

 はやては必死で出血を止めようと傷口を押さえるが、その程度で止まるような傷では無った。胸に穴が空いているのだ。深紅の血液はコンクリートの床を真っ赤に染め上げ、更に流れ続ける。

 

「止まらへん……ゼロ兄ぃ、ゼロ兄ぃっ! しっかりして、しっかりしてや!」

 

 はやては渇れんばかりに涙を流し、痙攣するゼロに力一杯しがみ付いた。今にも喪われようとしているものを、必死で繋ぎ止めようとするかのように。

 しかし血は流れ続け、痙攣も徐々に弱まって行く。顔色がどんどん白く、死人のそれに近付いているのが傍目にも判った。

 

「嫌や……ゼロ兄……」

 

 はやては駄々をこねる幼子のように、嫌々と首を振った。ゼロの血塗れの顔にポタポタと涙が零れ落ち、血糊を僅かに洗い落とす。

 

「ゼロ兄ぃ……言ったやないか! 私が死ぬ時まで傍に居るって!」

 

 はやてはゼロの顔を押さえて呼び戻そうと叫んだ。だが願いも虚しく、少年の虚空を見詰める目が眠るように閉じられる。そして僅かに続いていた痙攣が止まった。

 ゼロはそのままピクリとも動かなくなってしまった。はやては蒼白な顔で首を振った。

 

「……じょ……冗談はあかん……ゼロ兄は不死身のウルトラマンゼロやないか……? 死ぬ訳が無いんや……せやろゼロ兄……?」

 

 少女は涙で濡れた顔に無理矢理笑顔を浮かべて、動かない少年をしきりに揺すり呼び掛ける。

 その拍子に血糊で滑り、ズルリとゼロの身体がはやての手から滑り落ちてしまう。首がゴッと鈍い音を立ててコンクリートの床にぶつかった。それでも少年は動かない。命の無い人形のように……

 それを見た瞬間、はやての中で決定的な何かが切れた。

 

「いやあああああああああああああぁぁぁっっ!!」

 

 身を引き裂くような絶望が少女を襲う。涙腺が決壊したかのように、止めどもなく流れる涙が動かない少年に零れ落ちた。

 

 

 み ん な い な く な っ た

 

 

 み ん な は け さ れ て ぜ ろ に い は こ ろ さ れ て し ま っ た

 

 

 わ た し の だ い じ な か ぞ く は ぜ ん ぶ う ば わ れ て し ま っ た

 

 

 動かないゼロを抱き締めるはやての頭の中を、色々なものが飛び交いグルグルと駆け巡った。

 ゼロとの出会い。守護騎士達との出会い。様々な思い出が次々と浮かんでは消えて行った。

 生まれて一度も覚えた事の無い程の、ドス黒い感情がムクムクと頭をもたげる。それに呼応するように、彼女の深い所から何かが爆発的に増殖した。

 はやてを中心に、光る魔方陣が展開される。ベルカ独特の三角形の魔方陣。そして彼女の前に『闇の書』が現れた。

 

《Guten mogen Meister》(おはようございます。ご主人様)

 

 少女を中心に強大な力が辺りに満ち満ち、『闇の書』の無機質な合成音声だけが響く。

 その様子を見届けたシュテルとレヴィは、忽然と姿を消していた。

 

 

 

 ようやくバリアーを砕く事に成功したフェイトとなのはは、はやての元に急いで向かう。ネクサスがゼロを刺した場面こそ見逃していたが、遠目でも守護騎士達が謎の敵と戦って消滅させられたのは分かっていた。

 

「はやてちゃん! えっ!?」

 

「はやて、えっ? ゼロさん!?」

 

 屋上に降り立った2人は、そこではやてが血塗れで横たわるゼロを抱えているのに気付き驚いた。

 なのは達の呼び掛けに、俯いて啜り泣いていたはやてはおもむろに顔を上げる。その大きく見開かれた紅い瞳は、怒りと悲しみと絶望に満ちていた。

 

「うわああああああああああああああああ あぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」

 

 肺腑を抉るような慟哭が、夜の闇に木霊し長く尾を引いた。2人はあまりの感情の波に打たれ立ち尽くしてしまう。

 僅かな静寂。そして爆発的な魔力が天高く放射された。天を貫く闇色の柱の中心に、ゼロを抱き上げた全裸のはやてが浮かび上がる。 白い裸身を鮮血で染め、血塗れの少年を抱える姿は凄惨ですらあった。

 

「我は『闇の書』の主なり……この手に力を…… 封印解除……」

 

《Freilassung》(解放)

 

 感情を失ったかのようなはやての命令に従い、『闇の書』から得体の知れない何かがムクムクと湧き上がる。

 それに伴い、はやての身体が成人女性の体つきに変化して行く。ショートカットの髪がザワザワと長く伸び、栗色の髪が星明かりを反射する流れるような銀色と化す。

 拘束具のようなベルトが全身を被い変化すると黒い騎士服となり、鮮血のような紅いラインが刻印のように全身に刻まれる。

 

 その姿は最早はやてでは無かった。切れ長の真紅の瞳を見開き、漆黒の6枚羽根を化鳥(けちょう)の如く広げる姿は『管制人格』の女性の姿そのものであった。

 フェイトとなのはは、その圧倒的なまでの魔力の気配に息を呑む。桁違いの魔力であった。

 

「ああ……また全てが終わってしまった……一体幾度こんな悲しみを繰り返せばいい……?」

 

 はやて、『闇の書』は静かに眼を閉じ、天を仰いで哀しげに独白した。

 

「はやてちゃん!」

 

「はやて!」

 

 2人の呼び掛けにも応える様子は無い。はやては完全に『闇の書』に乗っ取られているようだった。その閉じた両眼から、涙が流れ続けている。

 彼女は静かに眼を開けると、腕の中で動かないゼロを見下ろし、

 

「……ゼロ……お前までもが……済まない……」

 

 最後に少年を労るように抱き締めると、そっとその身体を床に横たわらせる。

 

「……ならばせめて主の願いのままに……」

 

《Diabolic emission》

 

 広げられた書から合成音声が響くと同時に、彼女は高く手を掲げる。その掌が蒼い稲光に包まれ、蒼い球体が発生した。球体は瞬く間に巨大化し、直径数十メートルまで膨れ上がる。

 

「主よ……貴女の願いを叶えます……愛おしき守護者達を傷付け……主から優しきゼロを永遠に奪い去った者達を……全て破壊します……」

 

『闇の書』は流れる涙をそのままに、攻撃目標を呆然とするフェイトとなのはに合わせた。

 

 

 

つづく

 

 




※一言だけ。ウルトラマンネクサスは何も間違ってはいないとだけ言っておきます。この意味は真相が明らかになるまでお待ちください。もうじきです。

 次回『諦めるな-ドウノット・ギブイットアップ-』


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第60話 諦めるな-ドウノット・キブイットアップ-

 

 

 

 なのはとフェイトの眼前で、巨大な禍々しいばかりの暗黒球が膨れ上がった。

 

「デアボリック……エミッション……」

 

 『闇の書』の呟きと共に、巨大な球が上昇して行く。思い当たったフェイトは息を呑んだ。

 

「空間攻撃!」

 

「闇に……染まれ……」

 

 『闇の書』の声を合図に、巨大な球が爆発的に拡大する。空間ごと相手を破砕する強力な魔法攻撃だ。

 なのはとフェイトはとっさに防御魔法の盾を前面に張り巡らす。凄まじい衝撃が2人を襲った。破砕空間は更に拡大し、数百メートルもの範囲を包み込んだ。

 建物に被害は無いようだが、生物には人たまりも無い。破砕範囲は留まる事を知らず拡大し、辺り一帯を飲み込んだ。

 

 破砕空間が晴れた後、『闇の書』は周囲をサーチする。2人のズタズタになった死体は見当たらない。

 

(隠れたか……)

 

 彼女は今だ流れ続ける涙に気付き、振り払うようにグイと手で拭った。

 

 

 

 

 その頃なのはとフェイトは間一髪で攻撃を逃れ、ビルの陰に潜んでいた。そこに異変を察知したアルフが駆け付けてくれていた。

 2人の無事を喜ぶアルフだったが、不意に大規模な空間異常が辺りを包んだ。ベルカ式の封鎖領域、閉じ込める為の結界である。最初に張られていた結界を侵食する形で広がって行く。

 

「やっぱり私達を狙ってるんだ……」

 

 はやては守護騎士達を消し、ゼロを傷付けたのは自分達だと思い込んでいるのだとフェイトは思った。

 遠目だったが、シグナム達と戦っていたのは恐らく自分達の偽者だったろう。最初に張られた結界も偽者の仕業だ。

 

(ゼロさん……大丈夫かな……?)

 

 血塗れのゼロを思い返し、フェイトは背筋が寒くなる。かなりの出血量に見えた。普通なら死んでいてもおかしくない。

 

「フェイトちゃん……はやてちゃんが抱いてた人って、まさか……?」

 

 なのはも心配して聞いて来た。彼女も少年ゼロに、一度会った事がある。フェイトは不吉な考えに顔面蒼白になってしまうが、

 

(そんな事あるものか!)

 

 頭を振って不吉な考えを振り払う。

 

「ゼロさんは大丈夫だよ……」

 

 ウルトラマンゼロが死ぬ訳が無いと自分に言い聞かせて応えた。なのはとアルフはその断言に幾分ホッとしたようだ。だがフェイトの想いは根拠の無いものである。

 彼女にとって、ウルトラマンゼロとモロボシ・ゼロの存在が同じくなっているせいもあっただろう。 根拠は希薄ながらもフェイトは信じた。信じるしか無かった。

 此方も危機的状況である。切り抜けなければ助けにも行けない。考えを巡らすフェイトに、アルフが彼方の状況を説明する。

 

「援軍を呼びたい所だけど、来てくれるか怪しいんだよ……本局に出向いてるクロノやユーノと連絡が取れない所か、本局とも連絡が取れないんだ……向こうでも何か起こったらしいんだけど、さっぱり状況が掴めない……」

 

 丁度 『ダークメフィスト』により、本局の機能が失われている時だ。 地上でフェイトの帰りを待っていたアルフだけが、いち早く駆け付ける事が出来たのであ る。フェイトは表情を引き締める。

 

「私達で何とかするしかないか……そう言えば孤門は?」

 

「それが……連絡が取れないんだよ……」

 

 アルフは表情を曇らせる。こんな時孤門が居てくれれば心強いのだが……2人のやり取りを聞きながらなのはは、『闇の書』の悲しそうな顔が頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 誰1人逃すまいと封鎖領域をほぼ街全体に張り巡らした『闇の書』は、ネクサスの反応こそ未だ捉えられていなかったが、フェイト達らしき魔力反応を捉えていた。

 

「スレイプニール……羽ばたいて……」

 

《Slepnir》

 

 『闇の書』の漆黒の翼が一回り大きさを増してバサリと羽ばたき、その身体を空に舞い上げる。夜空を黒い化鳥の如き影が、獲物を追う猛禽類のように駆けた。

 

 『闇の書』がなのは達を追って飛び出した後だった。仰向けに寝かされたゼロの遺体だけがポツンと屋上に残されている。

 血溜まりに目を閉じるその肌は血の気を失い、死人そのものだ。それからしばらく経った後だった。

 死んだと思われた少年の指が、微かに動いたようであった。

 

 

 

 

 

 

『ダークメフィスト』自爆の余波が収まった頃、『ウルトラマンメビウス』はクロノとユーノを降ろすと、光と共に消え失せていた。

 何処へ行ったのだろうと2人が辺りを見回していると、物陰から手招きする者がいる。人間形態となったミライであった。

 武装局員達はあんな巨大な者が普通の人間になっているとは思ってもおらず、気にしている者はいない。駆け寄って来たクロノとユーノにミライは、

 

「ありがとう、みんなのお陰で本局を守る事が出来たよ」

 

「いえ、此方こそ感謝します。あのままだったら、本局はほぼ壊滅状態でした……」

 

 感謝で頭を下げるミライに、クロノも感謝を伝えた。ユーノも頭を下げる。ミライは恐縮するが、

 

「これからゼロ達の所へ向かうんだね? クロノ君、怪しいとは思うけど僕も連れて行ってくれないか?」

 

「貴方を信じます。着いて来てください」

 

 クロノは微笑んで見せる。メビウスの行動に彼は、信頼に足るものを確かに感じていた。此処まで来て疑うのは只の石頭であろう。3人は直ぐ様転移ポートへと向かう。しかし、

 

「何だって!?」

 

 転移ポートに着いたクロノは、つい焦りの声を上げてしまった。

 管制員からの説明で、爆発の影響で本局周囲の空間が異常をきたし、影響が収まるまで転移ポートはおろか、通信まで使用不能になっているとの事だった。

 

「一刻も早く、皆に合流しなければならないの に……」

 

「1つだけ手は有るよ」

 

 手段を考えるクロノに、ミライは右腕の裾を捲り上げて見せた。

 

「向こうに行く方法が有るんですか?」

 

 ミライは頷いて右腕に嵌めているブレスレットを2人に示す。それはゼロの『ウルトラゼロブレスレット』に似た形状のものである。

 

「これは僕らの故郷で開発された、並行世界への転移装置なんだ。試作品だけど他の次元世界へなら跳べると思う」

 

 クロノとユーノは他の世界の転移装置に、しげしげと注目した。次元転移では無く並行世界移動の転移装置。次元世界ではオーバーテクノロジーの代物である。

 以前にメビウスが志願した実験とは、並行世界移動の実験であったのだ。ゼロの並行世界移動からヒントを得て開発された、空間移動ブレスレットの試験運用が目的だったのである。

 

 今まで並行世界への移動技術を持った宇宙人がさほどいなかった事もあり、あまり重要視されていなかった技術だ。ゾフィーのように近距離なら単独で転移能力を持った者がいた事もある。

 

 しかし別世界の『ベリアル銀河帝国』からの 『ダークロプス軍団』の大規模な襲来。更には 『サロメ星人』の事件などから必要性を感じた 『光の国』は、本腰を入れて転移装置の開発を進めていたのである。

 

 最初のゼロの時のように『光の国』の全エネルギーを使う力押し移動では効率が悪い為、別系統の技術を生み出したのだ。

 実験に志願したメビウスは運用試験中トラブルに遭い、ミッドチルダに緊急避難して来たという訳である。

 

「敵は君達の転移装置を使わせない為、彼の自爆が失敗しても大丈夫なように、二段構えの策を取っていたんだろう……でも僕の転移装置は別系統だ、此方の技術には対応してないだろうから何とか跳べると思う。でも試作品だから安全は保証は出来ない……」

 

 幾分自信の無いミライの説明に、クロスとユーノはしっかりと頷き合い、

 

「今は一刻も早く皆の所に向かわないと……頼みます」

 

「こんな所でグズグズしていられませんよ!」

 

 少々の危険など問題では無いと即答した。ミライは頷くと左腕を翳す。『メビウスブレス』 が浮かび上がった。

 ミライはふと、右腕の転移ブレスレットに目をやる。3つのクリスタル部の1つだけが発光していた。残りは消えている。

 

(連続変身にブレスレットのエネルギーもこれが最後……向こうに着いてもどれだけ保つだろう……?)

 

 最初の『ゼロブレスレット』と同じく、転移ブレスレットは試作品の為3回しか使用出来ない。2回目は別の事にエネルギーを使ってしまった為、後1度しか使用出来ないのだ。

 このままでは戦闘になり巨大化出来たとしても、1分と保つまい。不利であったが現状仕方が無い。ミライはメビウスブレスに手を掛けた。

 

(あれが届いていれば……!)

 

 祈るように呟くと、トラックボールを勢い良く回転させ叫ぶ。

 

「メビウウウゥゥスッ!!」

 

 ミライの身体は∞無限大の形の光に再び包まれた。

 

 

 

 

 

 

 海鳴市を被う封鎖領域。なのはにフェイト、アルフは、追って来た『闇の書』と空中で激戦を繰り広げていた。

 『闇の書』は連続で繰り出される3人の攻撃を物ともしない。アルフのバインドを易々と砕き、フェイトの新型砲撃となのはの新型バスターの同時攻撃をもあっさり防いでしまう。桁違いの魔力と戦闘力であった。

 『闇の書』は、なのはとフェイトの同時攻撃を片手で防ぎながら呟くように、

 

「刃をもって血に染まれ……穿て……ブラッディーダガー……」

 

 彼女の身体から無数の真紅の刃が放たれる。その目にも留まらぬスピードに、3人は反応する事が出来ない。

 刃は飛来すると同時に大爆発を起こす。誘導式の炸裂弾だ。なのは達は爆発に飲み込まれてしまうが、辛うじて直撃を避けていた。

 爆風を切り裂いて距離を稼ぐ。『闇の書』にもそれは判っていたようで、追撃を掛けるべく右手を前面に翳した。

 

「咎人達に……滅びの光を……」

 

 その手の前に桜色の魔方陣が展開された。それに伴い封鎖領域内に漂っていた魔力の残滓が、流星のように彼女に収束されて行く。

 

「まさか……あれは……スターライト・ブレイ カー!?」

 

 なのは達は目を見張る。『闇の書』の前面に膨大な魔力が収束され、桜色の光球が形成されて行くではないか。

 間違いなくなのはの『スターライト・ブレイ カー』であったが、それだけでは無い。本家を遥かに上回る魔力量だ。『闇の書』は『蒐集』した魔導師の魔法を全て使用する事が可能なのである。しかもオリジ ナルを遥かに凌駕するパワーでだ。

 

 元々は魔法を集めて研究する為の資料本としての能力であるが、改悪され続けた為に恐ろしいものとなっている。

 

「アルフ!」

 

「はいよ!」

 

 危機を感じ取ったフェイトはアルフに指示を出し、なのはを抱え最大速度で『闇の書』から離れた。アルフも散会して別方向に離脱する。

 なのはは何故こんなに離れるのか疑問に思うが、それだけのものをフェイトは感じていた。

 ただでさえなのはのスターライト・ブレイカー は凄まじい威力を持っている。そのオリジナルを遥かに上回る砲撃が迫っているのだ。

 まともに食らったら、なのはの防御力でも落とされてしまうだろう。そこで少しでも距離を稼ぐ為、速度で上回るフェイトがなのはを抱えて飛んでいるのだが、それでも不安な程だ。

 

 なのはは不安げに後ろを振り返る。後方の桜色の光球は更に膨れ上がっていた。薄闇の中、禍々しい程輝きを増している。

 色の無い街をひたすら飛ぶフェイト。不意に 『バルデイッシュ』のコアが光り意外な警告を発した。

 

《Slr.there are nonco mbatants on the lft at three hundred yards》(左方向300ヤード、 一般市民がいます)

 

「!?」

 

「えっ!?」

 

 フェイトとなのはは思い掛けない事態に驚いた。2人の左前方、色を失いゴーストタウンと化した街中で、戸惑って辺りを見回している2人の少女達。それは病院で別れた筈のすずかとアリサで あった。

 

 

 

 

「ゴボッ……」

 

 生命活動を停止したと思われていたゼロの口から、噎せるような音がした。

 

(……はやて……)

 

 少年は薄れ行く意識の中、少女の名を呼ぶ。ゼロはまだ死んではいなかった。

 刺された瞬間僅かに身体を捻り、心臓直撃を避けたのだ。だがあくまで直撃を避けたのみ。『シュトロームソード』はゼロに致命的な損傷を与えていた。

 心臓は大きく裂け、機能の殆どは失われようとしている。 常人ならば即死であろう。ゼロの超人的な体力が辛うじて命を繋いでいる状態であった。

 

(……ゼロ……アイを……)

 

 遠退きそうになる意識を振り絞りゼロは、内ポケットの『ウルトラゼロアイ』を取り出そうとする。

 ウルトラマン形態になる事が出来れば、変身の際の体組織の変換で、ある程度傷の修復が見込める筈だ。

 完治には遠いだろうが、少なくとも死にかけの身から復活する事は出来る筈である。だが変身出来なければ、人間のまま死んでしまうだろう。

 

 ゼロは僅かな力を総動員し、コンクリートに投げ出された自分の右手を動かそうと試みる。

 胸の深手は既に何も感じなかった。無論良い意味などでは無い。痛覚が麻痺、感覚が殆ど死んでいるのだ。当然身体を動かす感覚も。

 それでもゼロは腕に力を込める。他人のもののような中指が、ようやくピクリと動いた。だがそれだけの事がひどく重労働に感じる。

 腕が重い。まるで全て鉛に置き換わったようだった。既に致死量の血液が失われている。呼吸もままならない。

 血の気を失い、顔色が死人のように白くなっていた。チアノーゼを起こしている。血が気管につまりゴヒュウ……ゴヒュウ……と壊れた笛の音のような音が鳴る。

 ゼロは懸命に右腕をゆっくりと、もどかしい程ゆっくりと動かす。これが今の全力だった。今の彼を支えているのは、救うという想いだけだ。

 震える指がノロノロと、血塗れの内ポケットにようやく差し込まれる。硬い手触り。血で濡れたゼロアイを掴もうとする。

 

(……クソッ……)

 

 血で指が滑った。握力も赤子以下に失われている。

 

(……この……ポンコツが……動け……)

 

 言う事を聞かない身体に悪態を吐きながら、再びゼロアイを震える指で掴む。

 

(い……いいぞ……もう……少しだ……)

 

 異様に重く感じるが、苦労してようやく引っ張り出す。次は服に引っ掛けて開くのだ。何度も失敗した末にようやく成功した。

 

(…こ……これで……)

 

 装着しようと持ち上げようとした所で、ゼロアイは無情にも手から滑り落ちてしまった。ベチャリとした音を立てて、ゼロアイは血溜まりの床に落ちてしまう。

 

(……何……やってんだ……)

 

 落ちたゼロアイに手を伸ばそうとする。しかしその手は力無く床に落ちてしまった。目が霞む。ただでさえ暗い視界が更に暗くなって行く。

 

(……泣いて……るんだ……此処で死ぬ訳には……今度は……助ける……誰を……? 俺は…………)

 

 思考がままならない。自分が今何をしようとしているのかすら定かでは無くなっていた。抗い難い眠気と倦怠感が泥のように襲う。

 最早気力も尽きつつあった。ゼロは黄泉路を転げ落ちる寸前だった。残り滓の生命力をも使い果たし、彼の身体は完全に生命活動を停止しようとしていた。

 

(……は……や……て…………)

 

 少女の顔が遠くなる。意識が深い奈落の闇の中に落ちて行く。ゼロの最後に残った僅かな意識は、深い暗黒の中に落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 …………£…………

 

 

 

(……?……)

 

 完全に消え去ろうとしていたゼロの意識に、僅かに何かが引っ掛かった。

 最初は雑音のようだった。別の電波に邪魔されて、聞き取れないラジオのノイズのような……

 誰かの声のようにも聴こえたが、何を言っているのか判然としない。

 

 

 ……¢……§……き……

 

 

 また聴こえた。誰かが必死で呼び掛けているような気がするが、やはり聞き取れない。

 

 ……あ……≠……£……ら……

 

 しかし『それ』は邪魔するものを潜り抜け、ほんの一瞬だが奇跡的にゼロの中で1つの意味ある言葉となって、頭の中に雷鳴の如く響き渡った。

 

 

 諦めるなああああぁぁっ!!

 

 

 力強い声であった。若い男性の声。魂に響く声。怒り、憎しみ、悲しみ、絶望……全てを乗り越えて来た者だけが発せられる、魂からの激励であった。

 

 そのエールは深淵に落ちて行こうとしていた少年に差しのべられた、力強い救いの手そのものであった。

 ゼロは激励の主が辿って来た茨の路を、垣間見た気がした。そしてその魂の言葉は、息絶えようとしていた少年に最後の力を蘇らせた。

 ゼロの閉じ掛けていた両の眼がカッと見開かれる。

 

(俺は……死ねない……まだ死ぬ訳にはいかない……!)

 

 棒切れのように投げ出された手に力が籠る。その手がゼロアイをしっかりと掴んでいた。

 

「はやて……っ!」

 

 ウルトラゼロアイがガッシリと両眼に装着される。

 

「ウオオオオオオオオオオッ!!」

 

 目映いスパークに包まれたゼロは吼えた。身体が唸りを上げ、全細胞がM78星雲人『ウルトラマンゼロ』に変換されて行く。膨大なエネルギーが全身を駆け巡った。

 六角の鋭い目に光が灯り、『カラータイマー』が青い光を放つ。頭部のゼロスラッガーがその光をギラリと反射した。

 

『ぬううっ!』

 

 ウルトラマンゼロは両脚に力を込め、修羅の如く立ち上がる。遠くで目映い光が拡大して行くのが見えた。戦闘が行われているのだ。

 

『はやて……』

 

 ゼロは少女の名を呟き飛び立とうとするが、苦しそうに胸を押さえた。

 

(クソッ……やっぱり完治は無理だったか……)

 

 復活する事は出来たが重傷には変わらない。まともに動けるかも怪しい。更に傷の修復で相当なエネルギーを消耗してしまっていた。

 これでは後どれだけ動けるか。巨大化出来るかも怪しい。それでもゼロは拳を握り締めると、光が拡大して行く方向へ矢のように飛び出した。

 

 

 

 

 取り残されたらしい人影を求め、地上に降り立ったなのはは下から捜索し、フェイトは信号機の上から辺りを捜索していた。するとなのはの目に道路を駆けて行く2人の姿が入った。

 

「あのうーっ、すいませーん。危ないですから其処でじっとしててください! 今行きますから!」

 

 呼び掛けると、2人はハッして此方を振り向いた。なのはは目を丸くする。アリサとすずかであった。何かの弾みで封鎖領域に取り込まれ てしまったらしい。

 だが驚いている暇も無い。『闇の書』は容赦無く4人目掛けて特大のスターライト・ブレイ カーを発射した。凄まじいばかりの光の奔流が迫る。

 

「フェイトちゃん、アリサちゃん達を!」

 

「うんっ!」

 

 フェイトはアリサとすずかにドーム型の防御魔法を施し2人の前に立つと、前面に防御壁を展開する。更にその前でなのはが防御壁を張り巡らす。

 三重の防御でスターライト・ブレイカーから2人を守ろうというのだ。

 展開を終えると同時に、怒濤の勢いで光の奔流が4人に押し寄せる。凄まじい圧力の中、フェイトとなのはは必死でスターライト・ブレイカーに耐えた。

 

 辛うじて攻撃を凌いだフェイト達の連絡を受け、エイミィがアリサとすずかを別の場所に転移させる。魔方陣が展開され、2人は街外れまで一旦転送された。

 空間が安定せず、封鎖領域内から2人を出すにはまだ時間が掛かる。フェイトはアルフに護衛を任せた。

 

「フェイトちゃん……どうしよう……?」

 

 アリサとすずかが転送されるのを見届け、一息吐いたなのははフェイトに振り返った。

 

「呼び掛けてみよう……あの子は罠に掛けられてしまって、我を忘れてるんだ……」

 

 フェイトはなのはの隣に立ち、夜天の空を見上げた。黒い圧倒的な力が近付いて来るのが見える。

 

「そうだね……闇の書さんは、私達がヴィータちゃん達を酷い目に遭わせたと思っているから……」

 

 なのはもその考えに賛成だった。守護騎士達とは既に和解していたのだ。戦う必要など無い。

 

《大丈夫2人共?》

 

 エイミィが心配して通信を送って来るが、やるしか無いのだ。『闇の書』はもう迫っている。

 現在『闇の書』とやり合える魔導師は『アースラ』には居ない。本局に何か起こっているらしい今、戦えるのはフェイトとなのはしかいないのだ。

 上空に漆黒の6枚羽根を広げた『闇の書』が再び現れる。なのはは声の限り呼び掛けた。

 

「はやてちゃん、それに闇の書さん、止まってください! ヴィータちゃん達を傷付けたのは 私達じゃないんです!」

 

「あなたは罠に掛けられたんです。シグナム達と私達は和解して……」

 

 フェイトが続けようとするが、『闇の書』はそれを遮った。

 

「我が主は……この世界が……自分の愛する者達を奪った世界が夢であって欲しいと願った…… 我はただ……その願いをかなえるのみ……」

 

 聞く耳持たないとにべも無く無視し、はやての願いを淡々と語る。

 彼女は守護騎士達が倒された時、外界の情報を遮断されていたようだ。偽なのは達がヴィータとザフィーラを消し、ゼロがネクサスに刺された所しか見ていない。 これを見越しての計算なのだろう。悪辣であった。

 

「主には穏やかな夢の中で……永久の眠りを……」

 

 慈しむように胸に手を当てる。融合しているはやてに語りかけているようだった。だがそれも束の間。フェイト達を見る表情が険しくなる。

 

「そして……愛する騎士達を奪い……愛おしき少年を殺した咎人達には永久の闇を……」

 

 彼女は紅い瞳を見開き手を翳す。その足元に魔方陣が展開され、禍々しい闇の気配が更に濃くなった。

 

「闇の書さああんっ!!」

 

 なのはは堪らず叫んでいた。痛々しくて見ていられなかったのだ。『闇の書』はひどく哀しげに、

 

「お前も……その名で私を呼ぶのだな……」

 

 なのは達はその言葉から、名状しがたい哀しみを感じずにはいられなかった。そう彼女の本当の名は違う。『闇の書』は呪われた魔導書としての蔑称だ。

 なのはが罪悪感を感じていると、突如として周りのアスファルトが次々に砕け、無数の奇怪な触手や蔦が飛び出して来た。『蒐集』された魔法生物の魔力を利用したものだ。

 

 避ける間も無く、触手群がフェイトとなのはをがんじがらめに搦め捕ってしまった。

 四肢を拘束され宙に巻き上げられた2人の身体を、蔦が絞め殺さんばかりに締め付ける。『闇の書』はもがく少女達を哀しげに見下ろし、

 

「それでも良い……私は主の願いを叶えるだけだ……」

 

「願いを叶えるだけ? そんな願いを叶えて、 はやてちゃんは本当に喜ぶの!? 言われたままに願いを叶えるだけで、あなたは本当にそれで良いの!?」

 

 なのはは苦しさに耐えながらも叫ぶ。言わずにはいられなかった。それは絶対に違う。

 

「主の願いを叶える魔導書……只の道具だ……」

 

 そう言い切る『闇の書』の両眼から、再び涙が零れ落ちていた。

 

「だけど言葉を使えるでしょう!? 心が在るでしょ!? そうでなきゃおかしいよ……本当に心が無いんなら泣いたりなんかしない! 仇討ちなんて絶対にしないよ!!」

 

 なのはは続けずにはいられない。彼女に心が無いとは到底思えなかった。その姿は深い悲しみと絶望に苦しんでいる人間そのものだ。

 

「この涙は主の涙……復讐は主の願い……私は只の道具だ……悲しみも復讐心も無い……」

 

『闇の書』は滂沱の涙を流しながら目を閉じた。

 

「嘘を吐くなあっ! バリアジャケットパー ジ!!」

 

 フェイトのバリアジャケットが弾け飛んだ。その衝撃波で2人を拘束していた蔦が切断される。

 バリアジャケットに回していた分の魔力を、炸裂弾のように使ったのだ。残ったのは最小限の薄いボディースーツ状バ リアジャケットのみ。『ソニックフォーム』 だ。

 防御を捨てて極限までスピードに特化した、捨て身に近い形態である。本来シグナムに対抗する為に編み出したものだ。なのはも拘束から逃れ地面に降り立っている。

 

「悲しみなど無い? そんな言葉を、そんな悲しい顔で言ったって誰が信じるもんか!!」

 

 フェイトは否定する。違う。彼女は怒り悲しんでいる。それは大切な者を奪われた者だけが知る、身を切られるような痛みだ。フェイトはそれをよく知っている。

 『ヤプール』に母を殺され、絶望に打ちひしがれた時の事を思い返す。泣きながら攻撃して来る『闇の書』はとても物悲しく孤独で、あの時の自分と重なって見えた。同じく感じ取ったなのはも呼び掛ける。

 

「あなたにも心が在るんだよ! 悲しいって言っても良いんだ! あなたのマスターは、はやてちゃんはきっとそれに応えてくれる優しい子だよ!!」

 

 フェイトも自分に言い聞かせるように、必死で呼び掛け続ける。

 

「だから、はやてを解放して! ゼロさんは死なない! 必ず立ち上がる! 一緒に居たならあなたにも判る筈だよ! 暗闇に取り残された人が居る限り、ゼロさんは必ず立ち上がる! だから武装を解いて、お願い!」

 

 2人の説得に『闇の書』は応えない。無言のまま少女達を見下ろしている。彼女は思った。フェイトは間近でゼロを見ていないから、そんな事が言えるのだと。

 最後の希望は潰えた。お前達が殺したのだと。

 その時突き上げるような強い震動が大地を揺 らした。あちこちから火柱が上がり凄まじい勢いで天を突く。

 

「早いな……もう崩壊が始まったか……私も直に意識を無くす……そうなれば直ぐに暴走が始まる……」

 

 何とも哀しげな自嘲を浮かべ、『闇の書』は自らの手を見る。

 

「意識の有る内に……主の願いを叶えたい……あの男……ネクサスも絶対に逃がしはしない……」

 

 魔導書が光を放つ。彼女が手を降り下ろすと、無数の真紅の刃がフェイトとなのはを瞬時に取り囲む。

 最早『闇の書』はまともな状態ではなかった。2人の声も届かない。聞こうともしない。はやての願いを妄執的に叶えようとしているように見えた。

 だが果たしてそれだけだろうか? 彼女の周囲を得体の知れない膜のようなものが包みこんでいるようだった。

 

「闇に……沈め……」

 

 再びブラッディーダガーが炸裂し大爆発が起こる。白い残煙が舞った。今度こそ仕留めたと確信する彼女の目に、背中合わせに此方を見据えるフェイトとなのはが映る。

 2人はは無事だったのだ。今度はなのはが薄い装甲のフェイトをカバーし、ダガーの攻撃を耐えきったのである。

 間髪入れずフェイトはバルディツシュを構え、最大 速度で飛び出した。その速度は今までの比では無い。

 

「この分からず屋ぁっ!!」

 

『闇の書』は避ける様子も無く、驚異的な速度で突っ込んで来るフェイトに向け魔導書を開いた。

 

「お前も我が内で眠るといい……」

 

「はああああああっ!!」

 

 降り下ろされたバルディツシュの一撃は、張り巡らされた魔法障壁に阻まれていた。全くびくともしない。

 

「あっ……?」

 

 それだけでは終わらなかった。フェイトの身体が光を放ち始める光は輝きを増し、彼女は拡散するように粒子となって行く。

 

「フェイトちゃん!?」

 

 なのはの叫びも虚しく、フェイトは光と共に魔導書に吸い込まれるように消え去ってしまった。

 

《Absorption》(吸収)

 

 書が満足したようにパタンと独りでに閉じられた。食われてしまったのだろうか。

 

「全ては……安らかな眠りの為に……」

 

 驚愕するなのはは、その圧倒的な力の前に身を震わせる。だが退く訳にはいかないのだ。友人達を助けなければならない。

 今戦えるのは自分1人だけ。勇気を振り絞り、不退転の覚悟を決め時であった。一条の流れ星が夜天の空を駈け、高速で此方に飛来して来る。

 

『はやてええっ!!』

 

 闇の中雄々しき声が上空から響き渡った。なのはは聞き覚えのある声に、ハッとして空を見上げる。夜天の空を切り裂いて、赤と青の超人が此方に降下して来るのが見えた。

 

「ウルトラマンさん!?」

 

『待たせたな!!』

 

 ウルトラマンゼロは颯爽と1人残された少女の傍らに降り立った。なのはは心強さに目を輝かせる。ゼロは一緒に居る筈のフェイトの姿が見えないのに気付き、

 

『フェイトはどうしたんだ?』

 

「それが……あの人の前で消えてしまったんで す……」

 

『何だって!?』

 

 泣きたいのを堪えるなのはの答えにゼロが愕然とすると、エイミィから連絡が入って来た。

 

《フェイトちゃんのバイタル、まだ健在! 闇の書の内部空間に閉じ込められただけ、助ける方法を現在検討中!》

 

 それを聞いてなのはの表情が明るくなる。助けられる可能性が出てきたのだ。彼女から状況を聞いたゼロは、頷くと『闇の書』の前に浮かび上がった。

 

『はやて、俺は大丈夫だ……お前は嵌められたんだ、戦うのを止めろ……敵はなのは達に化けた偽者だ』

 

 しかし『闇の書』はまるでゼロを認識していないようだった。虚ろな眼で見慣れている筈の超人を見詰める。

 

「我が主も……醒める事の無い眠りの内に、終わり無き夢を見る……生と死の狭間の夢……それは永遠……」

 

『何を言ってる? お前はあいつだろ? 俺だ、ゼロだ! ウルトラマンゼロだ! 俺が判らないのか!? しっかりしろ!!』

 

 懸命に呼び掛けるが反応が無い。彼女がはやての身体を支配しているのは見当が付くが、明らかにおかしかった。『管制人格』自体も正気を失っているようだ。

 

(呼び続けるしかねえ!)

 

 今はそれしか思い付かない。ゼロは『闇の書』に近付いた。彼女と戦う事など出来ない。

 

『俺だ! 目を覚ませ!!』

 

 しかし『闇の書』は接近して来るゼロを敵対者と認識したのか、その周囲に真紅の刃ブラッディーダガーを出現させる。

 

「闇に……沈め……」

 

 無数の刃が一斉にゼロ目掛けて襲い掛かった。

 

『ぐああああっ!?』

 

 真紅の刃が纏めてゼロの身体に炸裂し、凄まじい爆発が起こる。無抵抗でまともに攻撃を食らってしまったゼロは、苦し気に胸を押さえブラッディーダガーに吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

つづく

 

 





次回『迷宮-ラビリンス-』


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第61話 迷宮-ラビリンス-

 

 

 

 

『ブラッディーダガー』をまともに食らってしまったゼロは、衝撃で弾かれたように後方に吹き飛ばされてしまった。

 

「ウルトラマンさん!!」

 

 なのはは慌てて飛ばされるゼロを追うが、手負いの超人は空中で制動をかけて態勢を立て直した。

 

『……大丈夫だ、これくらいどうって事は無いぜ!』

 

 平気な事をアピールすると、再び『闇の書』 に向き直る。しかしなのははやはり心配だ。

 

「でも……今胸を押さえて苦しそうでしたよ?」

 

『気のせいだ……俺は何とも無いぜ……』

 

 ゼロは自分の唇を指でチョンと弾き、不敵に応える。無論強がりだ。状態はかなり悪い。だがゼロは痛みを堪え『闇の書』に向かって飛び出した。

 

「闇に……沈め……」

 

 『闇の書』は再びブラッディーダガーを連射する。次々とゼロの身体に真紅の短剣が炸裂し、その姿を爆風が覆う。

 

「!?」

 

 『闇の書』は僅かに細眉を寄せた。ゼロが爆風を纏い、攻撃をまともに食らいながらも、構わず正面から突っ込んで来たからだ。

 

『しっかりしろ! 目を覚ませ!!』

 

 ゼロは激痛を堪え強引に彼女の両肩を掴むと、声を張り上げて呼び掛けた。

 

「敵対勢力……排除……」

 

 次の瞬間ゼロはボディーに強烈な打撃を食らった。身体が浮き上がる程の衝撃だ。『闇の書』の桁外れの魔力が込められた一撃。しかしゼロは掴んだ両手を離さない。

 

『……俺だ……! 目を覚ませ! はやてぇっ!!』

 

 あくまで無抵抗で呼び掛けるのを止めない。だが『闇の書』は全く反応せず、立て続けにがら空きのボディーに拳の連打を放つ。

 

『グハッ!!』

 

 この時ゼロはある事に気付くが、衝撃と激痛で遂に手を離してしまい、砲弾のような勢いでビルの壁面に叩き付けられてしまった。壁が砕け散りビルにめり込んでしまう。

 

「ウルトラマンさん!!」

 

 なのはが宙を飛び近寄ると、ゼロは何でも無いように壁面を砕いて飛び出した。

 

『大丈夫だっ、くっ……』

 

 威勢良く応えようとして言葉が途切れた。胸を苦しそうに押さる。なのははそれに気付く。

 

「ウルトラマンさん、やっぱり怪我をしてるんですね?」

 

 気遣いにゼロは、軽いとばかりに胸を張って見せる。

 

『なあに、掠り傷だ……それよりも気付いた事がある……』

 

「気付いた事……?」

 

 怪訝な顔をするなのはに、ゼロは様子見なのか此方を冷たく見下ろしている『闇の書』を見上げ、

 

『今のはやて達は多分、相手に反応する自動攻撃機能みたいなものが働いているようだ……本人達は表に出ていない。だから俺の事も判らない……だがそれだけじゃ無い……』

 

「それだけじゃ無い……?」

 

『他に別の力が働いているようだ……外部から何かの遮断波のようなものがアイツを包んでる……クソッ、どうすりゃ良いんだ!?』

 

 これではいくら呼び掛けても届かない筈だ。苦悩するゼロに、なのはは今までユーノから聞いていた『闇の書』の報告を思い出す。

 

「ユーノ君達に調べて貰って判ったのはですね……あの人のプログラムを書き換えるにはマスター、はやてちゃんが自分でやらないと駄目みたいなんです。それ以外はなにをしても駄目なそうで……」

 

 魔法系の知識はまだ疎い彼女なりに、噛み砕いて理解していた事を伝える。だが下手に専門的な説明をされるより分かり易い。

 

『そうなのか? やっぱり管理局にデータが有ったんだな……それならはやてを起こす事さえ出来れば!』

 

 ゼロは得たりと、思わず拳を掌に打ち付けていた。

 

「どうするんですか? 誰かの邪魔が入ってるなら、呼び掛けても届かないんじゃ?」

 

 最もな疑問を浮かべるなのはに、ゼロは何事か決意したように拳を握る。

 

『1つだけ手が有る。俺自身を魔法プログラムに変えて、はやて達の中に入って妨害を遮り手助けするんだ!』

 

「そっ、そんな事出来るんですか!?」

 

 まだ疎いなのはでもそれがどんなにとんでもない事かは判る。変身魔法どころでは無い。

 だがそこはウルトラマンだ。量子コンピューターの如き頭脳を持つゼロは、魔法プログラムの大方を理解している。

 仕組みを理解出来れば、自身を魔法プログラムに変えて『闇の書』の中に潜る事が出来る筈だ。『ウルトラマンメビウス』が自らをデータに変えて、電脳空間に潜った時と同じイメージである。

 しかし危険な賭けだった。ぶっつけ本番で自らを魔法プログラム体に変えて侵入するなど、無茶を通り越して無謀な行為である。

 一歩間違えれば『闇の書』に飲み込まれるか、異物として消滅させられてしまうかもしれない。だがゼロの心は既に決まっていた。

 

「じゃあその間、あの人を抑えるのは任せてください、今度は私が恩返しする番ですね!」

 

 なのはは頼もし気に微笑し、レイジング・ハートを掲げて見せる。

 

『無茶だ! 無理する事はねえんだぞ!?』

 

 ゼロは反対するが、なのははその瞳に強い決意を込める。

 

「大事な人達なんですよね……? はやてちゃんもあの人も……見ていれば判ります……やらせてください! 私だってフェイトちゃん、はやてちゃんを、友達を助けたいんです!」

 

 この状況でニッコリ笑って見せた。無論怖くない訳など無い。だがなのはは大切な人達を助けたい想いと、泣いている『闇の書』を助けたいという想いが恐 怖を上回っていた。

 これが本当の勇気だ。勇気とは怖いもの知らずの事では無い。恐怖に耐え何事かを成そうとする心なのだ。ゼロは少女の心意気に心から感じ入る。

 

『分かった……やっぱり人間は凄えな……此処は任せるぜ。無理はするなよ、時間を稼いでくれれば良 い!』

 

「任せてください!」

 

 心を決めた超人と魔法少女は、『闇の書』に向かった。

 

 

 

 

 

 

 フェイトは穏やかな光の中で目を覚ました。ベッドに寝ている自分を自覚し困惑する。

 此処は何処だろうと隣を見ると、子犬アルフともう1人、金髪の少女がスヤスヤと眠っていた。

 

「えっ……?」

 

 フェイトは少女の顔を見て驚いた。自分より幼く見えるが瓜二つの容姿、フェイトのオリジナル『アリシア・テスタロッサ』であった。

 訳が判らない。混乱して辺りを見回すと、見覚えのある部屋だ。フェイトが以前に使っていた部屋そっくりだった。

 

「此処は……?」

 

 呟いた時、部屋のドアが軽やかな音を立ててノックされた。

 

「フェイト、アリシア、アルフ朝ですよ」

 

 泣きたい程懐かしい声が耳に入って来る。

 

「まさか……」

 

 驚愕するフェイトの隣で、もそもそとアリシアが起きる気配がする。そしてドアを開けて、ショートカットに山猫の耳と尻尾を生やした若い女性が入って来た。

 

「リニス……?」

 

 それは数年前に役目を終えて消滅した筈の女 性。フェイトの魔法の師でもあり親代わりでもあった、プレシアの使い魔『リニス』であった。

 

 

 

 

(……眠い……眠い…………)

 

 はやては繰り返し呟いていた。泥の中に沈むような強い睡魔が押し寄せる。彼女は上も下も分からぬ奇妙な闇が支配する空間で、1人車椅子にもたれ掛かっていた。

 全身の力が抜けて行く。はやてが抗い難い睡魔に身を任せ掛けていると、ふと人の気配を感じ閉じ掛けていた目を開けた。

 ぼんやりと霞む視界の中で、誰かが此方を見詰めているようだった。良く見ようと目を凝らすと、また睡魔が襲って来る。

 もう今が夢なのか現実なのかも判然としない。そんなはやての耳に、静かな透き通るような女性の声が聞こえた。

 

「そのままお休みを……我が主……貴女の望みは全て私が叶えます……」

 

 優しく懐かしいような、しかし哀しい響きの女性の声。

 

「……目を閉じて、心静かに夢を見てください……」

 

 視界がぼやけて行く。瞼が鉛のように重くなって行った……

 

 

 

 

 

 

 なのはは一気に上昇して『闇の書』の上空位置に着けると、素早く『エクセリオンバスター』を放った。 桜色の光の軌跡が『闇の書』を直撃する。

 彼女は特に避けるでもなく、エクセリオンバスターは触れる前に障壁で飛び散り軽く跳ね返されていた。全く通じていない。

 

「無駄だ……」

 

 反撃を食らわせようと再び右手を上げようとした『闇の書』は、何かに反応して紅い瞳を見開いた。ゼロが更に上空から突っ込んで来る。なのはの攻撃は囮だったのだ。

 

『待ってろおおおっ!!』

 

 ゼロは叫びながら『闇の書』をしっかりと抱き締めていた。

 

「排除……」

 

 彼女は攻撃魔法を発動させる。ゼロはそれでも離れず、今だ涙を流し続ける『闇の書』の顔を間近で見詰める。

 

『泣くな……』

 

 ひどく優しい声で囁いた。『闇の書』は一瞬だけ動きを止めるが、直ぐにゼロを冷たく見やる。

 

「排除……」

 

 無機質な声に従い、無数の真紅の刃がゼロの背後に出現する。だが彼は怯まない。その両眼が電圧を上げたようにカッと輝きを増した。

 

『今その涙を止めてやる!!』

 

「!?」

 

 『闇の書』を抱き締めていたゼロの身体が、目映い光を放った。身体が光となって行く。光は拡散し、全て彼女の中に吸い込まれるように消えて行った。

 

「プログラム内に異物侵入……抗体プログラム起動……」

 

 『闇の書』の無機質な声が響く。彼女の光彩の無い紅い瞳が鈍く光を放った。

 

 

 

 

 

 

『うわあああああああぁぁぁぁぁっ!?』

 

 ゼロは渦巻く闇の激流に翻弄され、暗黒の渦の中を木の葉のように流されていた。渦は悪意あるもののように、ゼロの魔法プログラムと化した身体を苛む。

 ウィルスと判断されて排除行動に出ているのだ。闇に身体が侵食されて行く。意識が遠くなり掛けた。

 

『負けてたまるかあああっ!!』

 

 気力を振り絞って闇の渦を跳ね除ける。濁流のような抗体プログラムは一旦ゼロから離れるが、急激な目眩を覚えた。

 

『うっ!?』

 

 『闇の書』の防衛機能に気を取られている隙に、何かが精神に入り込んで来る。

 

(しまった!? 妨害を仕掛けてる奴に……)

 

 気付いた時には遅かった。濃密な闇のようなものが心の中を侵食する。ゼロの意識は、奈落に落ち込むように遠のいてしまった。

 

 

 

 

 

 その世界には光が在った。目映いばかりの光が溢れる世界。空も大地も暖かな光で満ちている。

 磨き上げられたクリスタルのように光を反射する巨大な建築物。その中を行き交う赤や銀、青い身体をした人々。ゼロが育った『光の国』 であった。

 

(何故俺は此処に……? 何時戻って来たんだ……?)

 

 ぼんやりと辺りを見回すゼロは、戻って来た理由を思い出そうとするが、頭に霞がかかったように何も浮かんではこない。

 行き交う人々の中、ゼロが茫然とその場に立ち尽くしていると声を掛けて来る者がいる。

 

『ゼロ、何をボーッとしてるんだ?』

 

 聞き覚えの有る懐かしい声にハッとして振り返ると、シルバー族に近い姿をした幼い少年が立っていた。

 銀色の割合が多い身体だが、1つだけ他のウルトラ族と違う部分が有る。目が宝石のエメラルドのように静かな緑の輝きを放っていた。

 

『カインッ!?』

 

 ゼロは思わず叫んでいた。忘れられないその姿は親友だった少年そのものであった。

 

『おかしな奴だなあ……何をビックリしてるんだよ?』

 

 カインはクスクスと可笑しそうに肩を揺らすと、ゼロの手を取り引く。何時の間にかゼロ自身も子供の姿になっていた。

 

『早く行こうよ、ゼロの父さんだって待ってるよ』

 

『親父が……?』

 

 セブンが父が待っている。ゼロは言われるがままに着いて行こうとするが、不意にその脚が止まっていた。

 

『どうしたんだよゼロ?』

 

 動こうとしない友人に、カインは不思議そうに問い掛ける。ゼロは俯き無言のままだ。肩が震えていた。

 

『どうしたっていうんだ……?』

 

 心配して顔を覗き込む友人に、ゼロはようやく顔を上げるとひどく悲しげに相手の顔を見詰めた。

 

『……俺は親父がセブンである事をこの時知らなかった……そしてカイン……お前は既に死んだ筈だ……死んでるんだよ……!』

 

 血を吐くような悲痛な叫び。ゼロは正気を取り戻していた。それほどまでに親友を喪った衝撃が大きかったのだ。精神攻撃を破る程に。

 フラッシュバックするカインの最期。どうして忘れられようか。それを生きているように見せ掛ける。親友への冒涜以外の何物でも無い。

 ゼロが正気に還ると周りの光景はグニャリと歪に歪み、再び渦巻く闇の激流の中に居る自分を自覚した。

 

(危ない所だった……書の攻撃に乗じて、敵からの精神攻撃を受けたのか……)

 

 これで追い払ったと思いきや、

 

《ゼロ……》

 

 親友の声が、闇の渦から誘うように聞こえて来る。

 

《良いじゃないか……辛い事もみんな忘れても……》

 

《安らかに眠ればいい……皆と一緒に……》

 

『黙れえええええええっ!!』

 

 ゼロは怒りのあまり叫んでいた。周りを覆おうとする闇の渦が弾かれたように離れる。

 

『忘れろだと!? 夢だと!? ふざけるな!! そんな軽いもんじゃねえんだよおおっ!!』

 

 気迫に押されたように、渦が潮が引くように更に後退する。ゼロは背後に居る筈の本当の敵に向かって叫んでいた。

 

『貴様の思い通りには、絶対にさせねえ!!』

 

 すると親友の声に代わり、闇の奥から嘲笑う得体の知れない声が響いて来た。

 

《お前に何が出来る……? 俺の干渉を絶てたとしても、お前にはそれ以上の事は出来ない……八神はやてが目覚めぬ今の状態では、何れお前も力尽きる……人は弱い……手にしたかったものを与えられて、それを手放せる者など居ない……ウルトラマンゼロ……お前は此処で八神はやて達と共に、永遠の眠りに就くのだ……》

 

『貴様! 人間の底力を舐めんじゃねえ!!』

 

 反論するゼロに再び闇の渦がまとわり付く。キリがない。遂に身動きが取れなくなってしまう。 このままではじり貧だと判断したゼロは、ある事を決意した。

 魔法プログラム体のゼロの身体の一部が光となって拡散して行く。光は二手に別れ渦をすり抜けて行く。

 

(今の俺に出来る事は、敵の影響を遮断するくらいだ……フェイトもう少し頑張れ! はやて後は自分の力で目覚めるんだ! お前なら出来る!)

 

 ゼロは襲い来る攻撃に耐え、少女達をひたすら信じた。

 

 

 

 

 空中で激しくぶつかり合う2つの光。なのはと『闇の書』の激闘は続いていた。舞台は市街地を離れ海上に移っている。

 なのはは圧倒的な『闇の書』の力に押されていた。体力も魔力の消耗も激しいが退く気は無い。此処が正念場であった。

 全ての攻撃を弾かれ、海に叩き込まれながらもなのはは敢然と立ち上がる。立ち向かいながらも『アースラ』に状況を送り、戦闘を海上に移した事と市街地の火災鎮火を頼んだ。

 結界内とはいえ、暴走の火柱は放って置くと現実世界にも影響をもたらしてしまう。

 

《それと今闇の書さんの中に、ウルトラマンさんが助ける為に飛び込んでます。だからもう少しやらせてください!》

 

 なのはは現状を報せると再び『闇の書』に立ち向かう。報告を受けたリンディは直ぐに災害担当の局員を向かわせた。

 無理はしないでと言いたかったが、なのはの気迫の前にリンディはそれを言えなかった。ため息を吐くしか無い。本局との連絡が取れない今、なのは達に賭けるしか無かった。しかし不吉な予感がする。

 

(どうも嫌な感じがするわ……)

 

 リンディは呟き、手にした『アルカンシェル』の起動キーを見詰めた。

 

 

 

 

 

 

「……私の……本当の……望み……?」

 

 はやては睡魔が襲う中でぼんやり考えていた。このまま眠ってはいけないと、心の何処かが訴えている気がする。

 

(私が……欲しかった……幸せ……)

 

 目の前の女性が、眠りに誘うように優しく囁き掛ける。

 

「健康な身体……愛する者達との、ずっと続いて行く暮らし……」

 

(……そう……なんかな……?)

 

 上手く思考が纏まらない。本当にそうなのかすら思い出せなかった。優しい声が心地好く頭に響く。

 

「眠ってください……そうすれば夢の中で貴女 は……ずっとそんな世界に居られます……」

 

 溶けるように周りの闇が姿を消し、気が付くとはやては自宅のリビングに立っていた。

 

(私……自分の足で立っとる……?)

 

 ぼんやりと床をしっかりと踏み締める両足を見て思った。すると、

 

「はやて、のんびりしてると学校に遅れてまうよ?」

 

 懐かしい声に振り返ると、亡くなった筈の母がキッチンで朝食の仕度をしながら、はやてに優しく微笑み掛けていた。その隣では、悪戦苦闘して仕度を手伝っているシャマルの姿も在る。

 

「もうシグナムさんもゼロ君もヴィータちゃんも、みんな食べ始めとるぞ。はやても早う食べてしまいなさい」

 

 食卓では亡くなった筈の父が朝刊を見ながら笑っている。そして一緒にゼロにシグナム、ヴィータが朝御飯をもりもり食べていた。

 

「はやて、早く早くっ」

 

 食欲旺盛にお代わりするヴィータが、顔にご飯粒をくっ付けたまま手招きしている。

 

「はやて遅刻するぞ。今日は学校のマラソン大会だろ? しっかり食っとかねえと倒れるぞ」

 

 ゼロもお代わりをしながら笑った。するとシグナムが判かってないとばかりに、

 

「はやてが後れを取る筈が無かろう? 1位を取れるか取れないかだ。すずかは強敵だからな……」

 

「そうだったな……」

 

 ゼロは頭を掻く。とても和やかな光景だった。和んでいると子犬ザフィーラがちょこちょこと寄って来る。はやてはザフィーラを抱き上げ、蒼いモフモフの毛並みを撫でてやった。

 

 無くしたと思ったもの全てが此処に在った。 ザフィーラを抱くはやての耳に、再び管制人格の女性の声が聞こえて来る。

 

《此処で何時までも……心穏やかにお過ごしください……辛い事も悲しい現実も無い永遠の夢を……》

 

 優しい声が子守唄のように、はやての思考を鈍化させて行く。心が夢の中に溶けて行く。だが……

 

(あれ……?)

 

 はやては身体の中に、何か温かいものが入って来るような気がした。

 

(この温かさ……覚えてる……これは……)

 

 そう思った時、何かのイメージが少女の中に流れ込んで来た。

 

 

 

 

 フェイトは穏やかな日差しの中アリシアと木陰に座り、目に鮮やかな雄大な風景をぼんやり眺めていた。

 見渡す限りの草原の上を白い雲がゆったりと流れ、優しい風が頬をふわりと撫でる。此処をフェイトはよく知っている。

 

 そうフェイトが目覚めた場所は『時の庭園』 に改造される前の、かつてテスタロッサ家が暮らしていた丘だった。

 目覚めた後リニスに連れて行かれたフェイトの前に現れたのは、アリシアの記憶通りの優しい母プレシアだった。困惑するフェイトをプレシアは招く。

 

「怖い夢を見たのね……? でももう大丈夫…… 母さんもリニスもアリシアも、みんなあなたの傍に居るわ……」

 

 優しくフェイトの頬に触れ微笑み掛けた。生前には決して無かった事だった。

 判っていた。プレシアは殺され、アリシアもリニスも既に亡くなっている。皆で過ごす事など有り得ない事だ。

 しかし皆との穏やかな暮らしは、フェイトがずっと欲しかった時間だった。プレシアの本当の心を知った今なら尚更……

 

 雨が降り出して来た。アリシアははしゃいでフェイトの隣に腰掛け、突然の雨を楽しんでいる。フェイトは雨にけぶる山々を見詰めながら、言わなければならない事をポツリと口にした。

 

「ねえ……アリシア……これは夢……なんだよね……?」

 

 出来れば口にしたくなかった。だがフェイトは敢えて問う。このまま夢の世界に身を委ねるには、大事なものが増え過ぎていた。

 

「…………」

 

 アリシアは無言だった。言っても無駄なのかもしれない。これは夢の中、このアリシアも自分の願望が作り出した幻に過ぎない筈。

 言葉を続けようとしたフェイトはふと、どんより曇った雨天が禍々しい気配を帯びた気がした。するとアリシアはおもむろにフェイトを見上げた。

 

「そうだよ……さすが私の妹だ……そう此処は闇の書が作り出した夢の中だよ……」

 

「アリシア……?」

 

 突然の大人びた台詞にハッとして、フェイトは傍らの小さな姉を見詰めた。アリシアは微笑んで妹を見上げる。

 

「ねえフェイト……母さんを酷い人だと思う……?」

 

 その質問にフェイトは、静かに首を横に振って見せた。その眼差しは確固たる光が在る。

 

「母さんは死んだ後でも私を悪魔から守ってくれた……そして最期に生きなさいと言ってくれた……私がこのまま夢の中に沈んでしまったら、母さんもアリシアもリニスも絶対に喜ばない……そうだよね?」

 

 アリシアは満足そうに頷いた。小さいながらもその仕草は、幼き妹を見守る姉そのものだった。

 

「うん……フェイトならそう言ってくれると思った……」

 

 微笑むと手を差し出す。その掌には、装飾品形態の『バルディッシュ』が載っている。フェイトは愛機を受け取りながらも、問わずにはいられなかった。

 

「何故……?」

 

 『闇の書』が作り出した夢の存在ならば、何故自分の手助けをしてくれるのか分からない。

 

「私はフェイトのお姉さんだもの……どんな事になってもお姉さんだよ……あの男の子が悪い奴から守る為に、フェイトに力を分けてくれてるんだよ……お陰で私はフェイトに会えた……」

 

「男の子……?」

 

「フェイトも感じるでしょう……?」

 

 アリシアはそう聞くとフェイトをふわりと抱き締めた。春の日溜まりの香りがする。

 フェイトはそこで言われた通り、優しく温かいものが何処からか流れ込んで来るのを感じた。以前からこの温かさを知っている。

 

「……ゼロ……さん……?」

 

 頭の中にある光景が浮かんだ。それは1人の少年の辿った道……一瞬流れ込んだ光景は直ぐに消えた。

 垣間見た映像にフェイトはキョロ キョロしてしまう。アリシアはそれを確認すると、満足そうに頷いていた。

 

「そういう事だよ……待ってるんでしょ? 優しくて強い子達が……」

 

「うん……行かなきゃ……」

 

 フェイトは別れを惜しんでアリシアを抱き締めた。夢などでは無く本当の姉のような気がした。知らぬ間に涙が溢れる。大きな妹の胸に顔を埋めながら、小さな姉は微笑んだ。

 

「じゃあ……行ってらっしゃいフェイト……」

 

「行ってきます……」

 

 フェイトはアリシアを抱き締め何度も頷いていた。

 

「フェイトには色々大変な事が待ってると思うけど……お姉ちゃんはずっと見守ってるからね……」

 

 穏やかに微笑み、アリシアは光となって消えて行く。天に帰って行くように……

 

「生きてる時でも、こんな風に居たかったな……」

 

 その言葉を最後に、アリシアはフェイトの腕の中からそよ風のように消えた。まだ優しい温もりが残っているようだった。

 

「アリシア……」

 

 フェイトは姉の名を呟く。ふと今のは夢や幻などでは無く、本当のアリシアが会いに来てくれたのではないかと思った……

 

 

 

 

 

 

 はやての前に在る温かな朝の団らん。失ったもの全てが其処に在った。

 両親もゼロも守護騎士達も全員が居る。自由に立って歩く事も出来た。 欠けるものの無い完璧な世界であった。泣きたい程懐かしいものが込み上げて来る。

 

(ほんまだったら、どんなにええんやろ……)

 

 だがはやてはゆっくりと首を拒絶の意味で振っていた。それは違うと。手をしっかりと握り締める。

 

「せやけど……これはただの夢や!」

 

 この世界はしょせん幻。自分しか居ない。満たされているように見えて、実は自分以外誰も存在しない空虚な独りきりの世界。ひとりの楽園に過ぎない。

 

 そして本当の彼が、今自分を信じて抗い続けている事を感じ取れた。

 はやての言葉と共に周りの温かな風景は泡のように崩れ去り、気が付くと再び闇の中に居る自分を自覚した。

 目の前には『管制人格』の女性が困惑した様子で立ち尽くしている。今のはやては全てを理解していた。『管制人格』の記憶を共有した事により、事のあらましを推理し悟る。

 

「私はこんなん望んで無い! あなたも同じ筈や、違うか?」

 

 はやては銀髪の彼女を見上げ、真摯に語り掛ける。管制人格は親愛の眼差しで主を見下ろし、哀しげに目を伏せ、

 

「私の心は騎士達の感情と深くリンクしていま す……だから騎士達と同じように私も貴女を愛おしく思っています……だからこそ……」

 

 そこで一旦言葉が途絶える。 

 

「貴女を殺してしまう自分自身が許せない……」

 

 深い絶望の言葉であった。はやては思う。彼女は永い刻の中、こんな想いを独りで背負って来たのだと。

 

「自分ではどうにもならない力の暴走……貴女を侵食する事も……暴走して貴女を喰らい尽くす事も止められない……」

 

 無力な己を呪う言葉。その言葉尻が震えていた。

 

「覚醒の時、あなたの事少しは分かったんよ……」

 

 はやては皆が来る以前の自分を思い返しながら、静かに語る。

 

「……望むように生きられん哀しさ……私にも少しは判る……シグナム達と一緒や……ずっと悲しい想い寂しい想いしてきた……」

 

 両親を亡くしてからの日々が頭を過った。身寄りも無い身で障害を抱え、親しい者も居らず心に壁を作り何時も寂しさと悲しさを抱えて来た孤独な自分……

 

「せやけど忘れたらあかん!」

 

 目を伏せていた『管制人格』は、主のしっかりとした意思の言葉に目を開けた。はやては車椅子から身を起こすと、彼女の頬に優しく触れる。

 

「あなたのマスターは今は私や……マスターの言う事は、ちゃんと聞かなあかんよ……?」

 

 真っ直ぐに『管制人格』を見詰めるはやての言葉は、命令するような高圧的なものでは無い。優しく子供に語り掛ける母親のそれであった。

 その足元に闇を照らす光る魔方陣が現れる。はやては光に照らされながら、跪く彼女の頬を諭すように両手で触れた。

 

「名前をあげる……もう闇の書だとか呪いの魔導書なんて言わせへん、私が呼ばせへん!」

 

『管制人格』の目から涙が溢れていた。はやては子供を慈しむように彼女に微笑む。

 

「私は管理者や……それが出来る……」

 

 しかし『管制人格』は追い詰められたように首を振った。

 

「無理です……自動防衛プログラムが止まりません……何より外部から正体不明の干渉を受けている為、私は満足に機能出来ない状態です……ゼロも管理局魔導師も戦っていますが、それも何時まで保つか……」

 

 絶望の声を漏らす。『闇の書』完成時に主が目覚めているのは改変されてから初めてだが、外部からの干渉が『管制人格』の活動を妨害していた。『闇の書』を押さえる事が出来ない。

 このままでは何れ、はやて共々暴走に巻き込まれてしまうだろう。しかし小さな主は頼もしささえ感じられる笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫や……周りを見てんか……」

 

「……?」

 

『管制人格』は言われた通り、闇に閉ざされた空間を見てみる。すると無数の光が辺りで瞬いているではないか。その様子は闇夜を照らす夜空の星のようであった。

 

「これは……?」

 

 驚く彼女にはやては、一面の星空のような辺りを見上げ、

 

「ゼロ兄が干渉を防ぐ為に、私らに力を流してくれとるや……あなたも感じるやろ?」

 

「ああ……これは……」

 

『管制人格』は声を上げていた。温かな力強いものが身体に入って来るのを確かに感じ取れた。

 

《……目が……覚めたようだな……? 俺の声が……聞こえるか……?》

 

 同時に声が響き渡った。ゼロの声で間違いない。

 

「ゼロ兄ぃ、ちゃんと聞こえとるよっ」

 

 はやては声に喜色を滲ませて応えるが、ゼロの声が途切れ途切れで苦しそうな事に気付く。

 

「ゼロ兄、大丈夫なんか?」

 

《ちと……慣れてないもんでな……脱出するに は……はやて達の力が必要だ……外では……なのはが頑張ってる……頼む……!》

 

 ゼロはもう限界だった。魔法プログラムに変換した身体の一部を融合させ、はやて達を干渉波から守っていたがこれが手一杯だ。もう保ちそうに無い。

 

「任しといて、後は私が!」

 

 ゼロの状況を察したはやてが目を閉じると、足元の魔方陣が輝きを増した。彼女がやっているのだ。『闇の書』本体からコントロールを切り離す。

 魔法素人の筈のはやてだが、思考するだけでその作業が出来る。『管制人格』のお陰だ。何度もやって来たようにそれをやってのける。

 

「ゼロ兄ぃっ、魔導書本体とコントロールを切り離した!」

 

《判った……!》

 

 抗体プログラムの攻撃に耐えていたゼロは、最後の力を振り絞る。その身体が目映いばかりの光を放った。

 『ウルトラゼロレクター』闇を浄化する神秘の光。鮮烈な光が輝く恒星の如く闇を照らし出した。

 

 

 

 

 辺り一面が星空の如く瞬く空間。その中で跪く銀髪の女性に手を差し伸べる車椅子の少女は、一枚絵のように荘厳に見えた。はやては女性に語り掛ける。

 

「夜天の主の名において、汝に新たな名を送る……」

 

 それは以前から考えていたかのように、口から自然に発せられた。不思議とは思わなかった。既に無意識の内に決めていたのだろう。以前に意識の底で出会った時から……

 

「強く支える者……幸運を呼ぶ者……祝福のエー ル……『リインフォース』」

 

 その瞬間2人は白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 庭園に戻ったフェイトは、起動させたバルディッシュを構え静かに佇んでいた。周囲が光を放っている。内部空間が不安定になっているのだ。

 

《待たせたな、フェイト脱出を!》

 

 ゼロの声が直接心に語り掛ける。コクンと頷いたフェイトは、愛機に呼び掛けた。

 

「バルディッシュ、此処から出るよ……『ザンバーフォーム』行ける……?」

 

《Yes sar》

 

「良い子だ……」

 

 変わらず口数の少ない相棒にフェイトは微笑むと、バリアジャケットを纏いバルディッシュを振りかぶるように構えた。

 魔力カートリッジを連続して排出したバルディッシュの形が組み替えられ、フェイトの身の丈を遥かに超える巨大な電光の大剣を形成する。

 

「疾風迅雷! ジェット・ザンバアアアァァッ!!」

 

 電光の大剣が雷を纏い唸りを上げた。空間がガラスのようにひび割れる。それと共に空間が更に不安定になった。ここだとゼロは最大パワーを振り絞る。

 

『ウルトラゼロレクター全開っ! ウオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 ゼロの雄叫びに光が急速に拡大して行く。光は闇を祓い更に広がった。

 

 

 

 

 

 

「あっ……?」

 

 追い詰められていたなのは首を傾げた。後一歩でやられるという時、『闇の書』が急に動きを止めたからだ。

 上手く行ったのかと思ったが、まだ油断は出来ない。注意深く観察していると、不意に『闇の書』から強烈な光がほとばしった。

 

「何!?」

 

 あまりの光量に目を庇うなのはの目前で、光は更に拡大したかと思うと爆発したように一気に弾けた。

 光が収まったのを感じ、なのはが気配を感じて空を見上げると、宙に浮かぶフェイトの無事な姿が其処に在った。

 

「フェイトちゃん!」

 

「なのは……」

 

 フェイトはなのはに微笑み掛ける。丁度アルフもすずか達の安全を確保して来てくれた。

 

「あれは何だい?」

 

 アルフが空に浮かぶものを認めて警戒する。光が在った場所だ。其処には空中に浮かぶ光球が浮かんでいる。

 

「あれは大丈夫……それよりも……」

 

 フェイトは首を振り、海上を見るように促す。海鳴湾の沖合いに巨大な球体状の物体が出現していた。

 

 その内部で蒼黒い得体の知れないものがおぞましく這いずり回り蠢いていた。そして球体の周りから、異形の触手群が球体を守護するように海水をかき分けうねっている。

 『闇の書』の防衛プログラムそのものが形を成したものであった。改変された邪悪な部分の集合体が遂に実体化したのだ。

 

 

 

 光球の中でゼロは、ガクリと膝を着き踞っていた。人間大にも関わらず『カラータイマー』 が赤く点滅している。もうエネルギーはほとんど無い。

 そんなゼロの前に一糸まとわぬ姿のはやてと、『闇の書』では無い『夜天の魔導書』が浮かんでいた。

 

『はやて……』

 

 ゼロは状況が判らず、心配して声を掛ける。

 

《私は全然大丈夫やよ……今色々やっとる所や……》

 

 はやては目を閉じたままだが、ゼロの頭の中に彼女の思念通話が響く。問題は無いようだ。裸だが。

 

《管理者権限発動……防衛プログラムの進行に割り込みを掛けました……数分ですが、暴走までの遅延が出来ます……》

 

 管制人格……『リインフォース』の報告にはやては落ち着いた様子で微笑した。

 

《リンカーコア送還……守護騎士システム破損修復……》

 

 はやてから4色の光球が分離して行く。紫、真紅、緑、蒼の光球だ。

 

「おいで……私の騎士達……」

 

 はやての呼び掛けと共に周りの光球が輝きを増すと、突如として光の柱が天と海を貫いた。衝撃にフェイト達は目を瞑る。

 衝撃が去った後目を開けると、空中に光球を守護するように4つの光る魔方陣が浮かんでいた。

 魔方陣に立っているのはシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの4人だ。シグナムは静かに言葉を発する。

 

「我ら夜天の主の元に集いし騎士……」

 

 シャマルが続く。

 

「主在る限り、我らの魂尽きる事無し……」

 

 ザフィーラが紡ぐ。

 

「この命有る限り……我らは御身の元に在り……」

 

「我らが主……八神はやての名の元に……ウルトラマンゼロと共に主の元に在る事を誓う……」

 

 ヴィータが最後に誓いの言葉を発し、静かに目を開けた。復活した騎士達を、光球から出たゼロは呆けたように見上げる。

 

『お前ら……』

 

「ゼロのバカでけえ声が煩くて、おちおち死んでもいらんねえよ」

 

 ヴィータが悪戯っぽく笑い掛けた。

 

「まったくだ……」

 

 シグナムが同意して苦笑を浮かべる。シャマルはくすりと笑い。ザフィーラは微かに笑みを浮かべた。

 

『バカ野郎……心配掛けやがって……』

 

 ゼロが感極まっていると、光球がガラスのように割れた。中から黒いアンダースーツのような服を纏ったはやてが姿を現す。

 しっかりと見開かれ瞳が、透き通るマリンブルーの海のように変化していた。

 

『はやて……』

 

 ヨロヨロと辛うじて宙に浮かぶゼロに、はやてはニッコリ笑い掛けると、出現させた金色の杖を天に掲げた。

 

「夜天の光よ我が手に集え! 祝福の風リインフォース、セーット、アーップ!」

 

 杖の剣十字が輝き、はやての身体に黒と金を基調とした騎士甲冑が装着される。黒に映える白いジャケットに、綿帽子のような純白の帽子が亜麻色に変化した髪に被さった。

 6枚の漆黒の羽根を広げたはやては軽やかに舞い、ふわりと家族の中央に降り立つ。その姿は小さいながらも、解き放たれ空に羽ばたこうと羽根を広げる凛々しい若鳥のようであった。

 

「はやて……」

 

 その姿にヴィータは目を潤ませる。はやては何も言わず優しく微笑んだ。いたたまれなかったのかシグナムが、沈痛な面持ちで頭を下げる。

 

「すみません……」

 

 シャマルも申し訳無さそうに謝っていた。

 

「あの……はやてちゃん……私達……」

 

『悪かった……黙って蒐集やって……』

 

 ゼロも決まりが悪そうに謝り、ザフィーラも不忠の極みとばかりに頭を下げる。

 

「ええよ……みんな判ってる……皆が悪い事なんかしとらんて事は……リインフォースが教えてくれた……そやけど細かい事は後や、今は……」

 

 はやては反省しきりの全員を改めて見渡し、

 

「お帰り……みんな……」

 

 迷子を迎える慈母のように笑った。ヴィータは我慢仕切れず、泣きながらはやての胸に飛び込んでいた。

 

「はやてぇっ、はやてぇっ、はやてぇっ!」

 

 何度も名を呼ぶ小さな騎士を、はやてはしっかりと抱き締めた。守護騎士達は2人を温かく見守る。

 

(戻ってきた……)

 

 ゼロはその光景をひたすら感動して見入っていた。人間形態だったなら号泣していただろう。そこにフェイトとなのはが降りて来た。それに気付いたはやては顔を上げた。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃんもごめんな……色々惑わされて迷惑掛けてしもて……」

 

 謝罪するはやてに、なのはは首を横に振った。

 

「ううん……はやてちゃん達は悪くないよ」

 

「平気……助けて貰ったりもしたし……」

 

 フェイトは気にしてないと微笑んだ。穏やかな空気が流れる。様々な苦闘を乗り越え、ようやく此処まで辿り着いたのだ。感激もひとしおだった。

 

 その時である。巨岩が海に落下したように、派手な着水音が辺りに響き渡った。

 

『ウルトラマンネクサス!!』

 

 ゼロはハッとして叫んでいた。異様に蠢く防衛プログラムの前に盛大な水柱を上げ、『ウルトラマンネクサス』がその青い巨体を示していた。

 

「孤門……?」

 

 フェイトがネクサスに念話で連絡を取ろうとすると、不意に後ろから声がした。

 

「遅かったか!?」

 

 転移魔法の魔方陣が煌めく。誰かが封鎖領域内に転移して来たようだ。振り向くとその人物は良く見知った者達であった。

 

「クロノ!」

 

「ユーノ君!」

 

 フェイトとなのはは2人の名を発する。それは駆け付けたクロノとユーノであった。次に現れた人物を見て、ゼロはひどく驚いてしまう。

 

『メビウス!? ウルトラマンメビウスじゃねえかぁっ!!』

 

 ゼロが驚くのも無理は無い。クロノ達と共に現れたのは、ウルトラマンメビウスその人であった。

 

『メビウス何で此処に? どうやって来たんだ!?』

 

 驚きと嬉しさがない交ぜのゼロは、色々質問しようとするが、メビウス達が人を抱えている事に気付く。

 初老の外国人らしき男性と、猫耳に尻尾を生やした双子らしい若い女性達である。3人共怪我をし消耗しているようで、グッタリしているが意識は有るようだ。

 ゼロ達の困惑に応えるように、クロノは敵意を込めて海上に立つネクサスを指差した。

 

「騙されるな! 奴はウルトラマンなんかじゃ無い! ウルトラマンに成り済まし、影から全てを操っていた、奴こそが『ダークザギ』 だ!!」

 

『クククク……』

 

 クロノの衝撃的な暴露に声も無い中、静かにそびえ立つ青い巨人は含み嗤いを漏らした。

 さも可笑しくて堪らないと言うように肩を揺らす。揺れは大きくなり、遂には狂ったように天を仰ぎ両腕を広げた。

 

『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』

 

 巨人の哄笑が暗い海に轟と響き渡る。それは正に悪魔の嗤いであった。

 

 

 

つづく

 




 はいそうです。今まで出ていた孤門……ウルトラマンネクサスは真っ赤な偽者です。ダークザギが化けていたのです。
 孤門は悪い事はしていないとは、そう言う意味です。本物の孤門は確かに悪い事はして無い事になる訳です。拙いですが、斜述トリックというやつでした。もう1つ斜述トリックが本編に有ったりします。

 ザギはノアのコピーなので、ネクサス形態やネクスト形態にもなれる筈と思いまして。
 今まで様々な箇所に伏線を入れてあったのです。設定ややり方がおかしかった部分は独自設定では無く、全て伏線でした。
 気になった方に質問されましたが、デュナミストの身体能力が上がる描写は無いのに、超人クラスのゼロに難なく着いていくなんてのは、暗黒適合者の能力の設定ですね。これも伏線でした。
 偽孤門の所を読み返してみると判ると思います。フェイトの素性を知った時は、明らかにダークザギとして話していますね。ザギの事情や本物のノア孤門に関しては次回で。
 そうなると、あの言葉をゼロに伝えたのは……

 次回『冥王-ダークザギ-』


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第62話 冥王-ダークザギ-★

 

 

 

 ウルトラマンネクサス……否『ダークザギ』 の巨大な拳が、『闇の書防衛プログラム』本体を包む青黒い球体に降り下ろされる。

 球体は強烈無比の一撃で液体のように爆ぜ、中から巨大な異形の怪物が現れた。6枚の巨大な羽根を持ち、要塞の如き甲殻に躯を被われた4つ脚の怪物である。

 4つの角を生やした醜い頭部中央に、異形の女性の上半身を埋め込んだ歪でおぞましい姿だ。

 今まで蒐集して来た様々な生物の特性を、防衛プログラムが寄り集めて形を成したものであろう。人間の悪意の集合体のようにも見えた。

 

 『ダークザギ』を敵と認識したのか、防衛プログラムの周囲で蠢いていた触手群が一斉に襲い掛かった。偽の青い巨人は煩わしそうに片手を振る。

 

『無駄だ……!』

 

 触手は『ザギ』に触れる前に瞬時に切断された。肉片が飛び散る中、魔神は悠々と掴み掛かる。

 防衛プログラムは幾重にも魔法障壁を張り巡らすが、『ダークザギ』は力付くで無理矢理に障壁をこじ開け本体をガッシリと掴んだ。

 頭部中央の異形の女が金切り音のような声を上げる。攻撃しようと巨腕を振り上げるが、突然痙攣したように巨体を震わせてもがき始めた。

 

『来い! 我が内に!!』

 

 『ダークザギ』の傲然とした命令と共に、防衛プログラムは苦しそうにビクリビクリともがく。するとその巨体が、闇色の粒子に分解されて行くではないか。

 

「ばっ、馬鹿な!?」

 

 クロノが驚愕の声を漏らす。無限に再生する闇の書防衛プログラムが、引きずり込まれるように魔神の身体に吸収されて行く。

 

《ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ……!!》

 

 防衛プログラムのおぞましい断末魔の叫びが響き渡る。巨体は砂のように崩れ落ちて全て粒子となり、瞬く間に青い巨人に吸い込まれた。

 その間僅か数瞬。止める間も無かった。千年近く人々に不幸を振り撒いて来た、改変された防衛プログラムの呆気ない最期であった。

 

『復活の時だあああっ!!』

 

 防衛プログラムを全て食らい尽くした魔神は、天を仰いだ。青い巨躯が変化する。全身に紅いラインが浮かんだ。

 更に各部がゴリゴリと岩のように盛り上がり、青の身体が闇に塗り潰されるように黒く染められて行く。瞬間、衝撃波を伴った凄まじいばかりの閃光がゼロ達の目を眩ませた。

 

『うおっ!?』

 

 ようやく閃光が収まり目を開けた時、漆黒の巨人が遂に全容を現していた。

 

『ウワアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!』

 

 野獣の如く魔神は天に向かって吼えた。その叫びは、解放された悪魔が発する歓喜の叫びそのものに聞こえた。

 圧倒的な存在に空気がびりびりと震える。世界そのものが悪魔の復活に怯えているようであった。『ウルトラマンノア』を闇に染め上げたような姿が、禍々しいまでの気配を放つ。

 『暗黒破壊神ダークザギ』再び顕現す。

 防衛プログラムを全て食らい尽くした漆黒の巨人は、帝王の如く傲然と暗い海にそびえ立った。

 

『貴様……ダークザギだったのかあっ!!』

 

 怒りの声を上げるゼロに、『ダークザギ』は悠然と周りを睥睨(へいげい)し、

 

『フフフ……愚か者が……『ウルトラマンネクサス』は『ウルトラマンノア』の不完全形態……本物のノアは向こうの世界で、ビーストの大群と戦い続けている……他の世界に来る余裕など無い!』

 

『ネクサスがノアの!?』

 

 ゼロは腑に落ちた。『ノア』には『ウルティメイト・イージス』を授けられている。ネクサスが本物だったなら、最初に逢った時点でイージスが何らかの反応を示していた可能性が高い。

 『ウルトラマンノア』の詳細を知らなかったばかりに、まんまと騙されてしまった。

 グッタリしてメビウスに抱えられていた初老の男性グレアムは、痛みを堪えてヨロヨロと顔を上げ、

 

「……貴様……最初からずっと……騙していたの か……!?」

 

 グレアムの絞り出すような憤怒の声に、暗黒破壊神はニタリと嗤うように紅い眼を光らせ、

 

『その通りだギル・グレアム……尤もお前も俺と似たり寄ったりだろう……? 八神はやてを闇の書もろとも永久に凍結封印する為に、ずっと監視をしてきたのだからな……』

 

「えっ? グレアムのおじさん!?」

 

『あんた、グレアムのおっちゃんなのか!?』

 

 顔を見た事が無かったはやてとゼロは驚き、抱えられているグレアムを見上げるしか無い。はやてにとってはこちらの方が驚きだろう。

 クロノは驚きを隠せない彼女に、やりきれない表情を向けた。

 

「提督とリーゼ達は、この近くで結界に閉じ込められていた……君を封印する為に自ら出向いたところで、寸前で裏切られたんだろう……」

 

 封鎖領域より少し離れた位置に転移したクロノ達は、此方に向かう途中で閉じ込められていたグレアム達を発見し救出したのだ。

 

「……」

 

 はやては無言であった。ゼロはじっとグレアム達を見詰めている。

 

「そ……そんな……孤門が……?」

 

「孤門……さん……?」

 

 フェイトとなのはは、あまりの裏切りに愕然とするしか無い。アルフも真っ青になっている。

 深いダメージを負ったらしいグレアムは、沈痛な表情をはやてに向けるが、キッと『ザギ』を睨んだ。

 

「……何故……管理局に入り込み、こんな回りくどい事をした……?」

 

「それは『ロストロギア』ですよ……」

 

 代弁するようにクロノが重々しく口を開いた。メビウスに目を向けると頷いて見せる。

 

「ウルトラマンメビウス……彼のお陰で改竄される前のデータを発見する事が出来ました…… 記憶操作に頼っていたせいで、犯人を割り出す事は容易でした……何しろビーストから救われた筈の人々が全て死んでいたのですから……」

 

 死者を悼むように視線を落とす。スペースビーストから人々を守る正義の巨人。事実は全くの逆だったのだ。

 ビーストには力を付けさせる為に人を襲わせ、その後は周囲の事など構わずビーストと戦い経験値を積んでいたのだろう。

 実際には甚大な被害が出ていた。そのように記憶操作をしていただけだったのだ。クロノは怒りを込めて続ける。

 

「『ダークザギ』の本当の目的は『ロストロギア』を着服する事だったんです……多くの関係者の殆どは殺されていました……」

 

『その通り……この身体を新しく造り上げる為だ……都合の良いロストロギアがかなり有ったからな……』

 

『ダークザギ』は自らの漆黒の身体を誇らしげに見下ろし、クロノの説明を自慢気に補足する。

 

『11年前の暴走の日から出発して身体を造り上げ、ビーストを出現させ戦う事で戦闘データを一から蓄積させて来た……全ては『ウルトラマンノア』を今度こそ倒す為に!』

 

「11年前……暴走の日だと……? まさか!?」

 

 グレアムはその台詞に思い当たったらしく顔色を変えた。『ダークザギ』は彼を嘲笑うように事実を告げる。

 

『そうだ……『ノア』に敗れ光量子情報体のみとなった俺は時空の狭間に紛れ込み、闇の書暴走の瞬間に立ち会っていた……本能的に力を求めたのだ。そこで思い付いたのさ……こいつを使えば再び元の身体を造り上げる事が出来るとな……』

 

「貴様もあの場所に居ただと……?」

 

 苦し気に表情を歪めるグレアムに『ダークザギ』は、さも可笑しそうに肩を揺らす。

 

『情報体の身では逆に闇の書に取り込まれてしまう危険がある……それならば耐えうるだけの身体を造り出せばいい……

『ノア』を見習って 一から始め直すと言う訳だ……そこで俺はある男を手始めに素体として乗っ取る事にした。誰だと思う……?』

 

 不吉な声が響くと同時に、何かが次元世界の人々の中で弾けた。クロノやグレアムにリーゼ姉妹、更には『アースラ』のリンディまでもが同時に驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ク……クライド……!?」

 

 『ザギ』の記憶操作が解かれたのだ。グレアムは恐怖の相さえ浮かべて呻いた。

 

「と……父さんっ!?」

 

 クロノはわなわなと肩を震わせる。孤門と認識していた青年の姿は、幼き頃共に過ごした父そのものであった。『ザギ』の声も父親の声そのものだ。

 何故クロノもリンディも、孤門に言い様の無い親しみと懐かしさを感じ取ったのか。それは父の身体を乗っ取っていたからだったのだ。残酷な真実であった。

 

『クライドの身体に『ノア』のデュナミスト孤門の人格と記憶……信用させるのにこれ程向いたものは無かったよ……記憶操作抜きにしても誰1人疑いもしなかった……』

 

 グレアムもリーゼ姉妹も、あまりの事に声も出せなかった。今まで自分が死なせた筈の人間と顔を会わせていたのだから。

 『ダークザギ』は呆然とするグレアム達に、止めを刺すように嗤う。

 

『闇の書に飲み込まれる前に俺の憑代(よりしろ)としてやったんだ。感謝するがいい……尤もこの男の自我は既に消滅し、俺の一部でしかないがな! 見当違いの敵討ち、中々見物だったぞ、フハハハハハハハッ!!』

 

 グレアムは絶句した。仇討ちどころか、敵に言いように利用されていただけだったとは。

 

『貴様、今までの話も全部嘘っぱちかあっ!?』

 

 ゼロは我慢しきれず怒鳴っていた。細かい事までは判らない。だが『ダークザギ』が人々の想いや色々なものを踏みにじり、蹂躙して来た事だけはハッキリ判った。

 『ザギ』はゼロに、愚か者と嘲笑うように傲然と言い放つ。

 

『その通り……俺はその娘……八神はやての元に闇の書が転生する事を予知していた……ルシフェル達やビーストを造ってぶつけたのは、自らの強化と闇の書に強敵との戦闘データを蓄積させる事……』

 

 守護騎士達の戦闘データは闇の書にも送られる。それらも『ザギ』にとっては重要だった。明らかに自分を上回る敵と戦い勝利したデータ。『ウルトラマンノア』に必勝を誓う魔神には是非欲しかったのだろう。

 

『本来ならば闇の書とデータごとそいつら守護騎士も吸収する筈だったが、お前が要らぬ手出しをしたお陰でし損ねた……しかしデータさえあれば充分……全ては俺が元の姿を取り戻す為の……』

 

『ダークザギ』はそこで一旦言葉を切り、八神家の面々を冷酷に見回した。

 

『道具だ……!』

 

 これが冥王のやり口なのだ。目的の為ならば全ては道具としか見なさない。命も想いも路傍の石程にも思っていないのだ。

 その冷酷極まりない言葉と共に 『ダークザギ』の背中がボコリと、不気味に膨れ上がった。

 

『フハハハハハッ、見ろ! 『ヤプール』から奪いし『ヤプール・コア』から生み出した俺の翼を!!』

 

 漆黒の背を引き裂くように、鋭いデルタ型をした黒い2つの器官が出現した。

 『ダークザギ』を造り上げた『来訪者』の超技術でも再現出来なかった、時間と空間を自在に操る『ノア・イージス』に酷似している。

 同じく時間と空間を操る『ヤプール・コア』 から冥王は、自らのイージス『ザギ・イージス』を造り上げたのだ。

 やはり『ウルトラセブンアックス』にコアを奪うように依頼したのは『ダークザギ』だったのだ。

 

『貴様ああっ!!』

 

 激情のままに巨大化したゼロは、怒りの雄叫びを上げ漆黒の魔神に拳を振り上げ突進した。

 

『馬鹿め……』

 

 『ダークザギ』の真紅の両眼が鋭い光を発すると、不可視の力が冥王の周りに張り巡らされゼロを軽く弾き飛ばした。

 

『うあっ!?』

 

 ゼロの巨体が盛大に水飛沫を上げて、海に叩き込まれる。『ザギ』は微動だにしていない。

 

『クソッタレがあっ……!』

 

 立ち上がろうとするゼロだが、ガクリと膝を着いてしまった。身体に力が入らない。エネルギーが絶対的に不足しているのだ。

 胸の『カラータイマー』が限界を報せて点滅を繰り返す。まともに戦える状態では無いのだ。既にエネルギーは空に近い。

 

『ゼロッ、一旦退がるんだ!』

 

 ゼロを庇って巨大化したメビウスが、飛沫を上げて『ダークザギ』の前に立ち塞がる。しかし彼のカラータイマーも赤く点滅を繰り返している。動きも精彩を欠いていた。此方もエネルギーが殆ど無い。

 

『詰まらんな……』

 

 冥王は心底詰まらなそうに首を振り、暗い空を見上げた。

 

『こんな死に損ない共では、せっかく再生した身体のウォーミングアップにもならん……お前達の相手はこれで充分だろう……?』

 

 背中の『ザギ・イージス』が闇色の電光を放つ。電光の影響を受け、周囲の空間が大規模な歪みを起こした。

 

『何だこれは!?』

 

 ゼロ達は異様な気配に辺りを見回す。電光が空間異常を発生させている。

 

『あれは!?』

 

 メビウスは容易ならざる事態に身構えた。空間が綻び、次々と巨大な影が『ダークザギ』の周りに現れる。無数の奇怪な咆哮が轟いた。

 

『スペースビースト!?』

 

 ゼロは拳を握り締める。冥王に従い、軍勢の如くおびただしい数のスペースビーストの群れが出現していた。

 巨大な悪魔の如き翼を広げ宙に浮かぶ『ザ・ワン』を筆頭に、最強ビースト『イズマイル』 や『ガルベロス』『ペドレオン』『ゴルゴレム』などといった、無数のビーストが唸り声を上げている。

 100を超える数だ。海鳴湾が異形の怪物の群れで溢れかえっていた。

 狂暴極まりない眼光が薄闇に妖しく光り、聴くだにおぞましい咆哮が大音唱となって辺りに木霊する。正に悪魔の軍団であった。

 時間と空間を操る『ザギ・イージス』で、他の世界線や時間軸から呼び寄せたスペースビーストの群れである。

 

『お前達……あいつらの相手をしてやれ……片付けた後は結界を出て好きに暴れて、人間を喰らうがいい……』

 

 そう命令すると、『ダークザギ』はフワリと宙に舞い上がった。

 

『待ちやがれ……!』

 

 ゼロは鉛のように重い身体に鞭打って、『ザギ』を追おうと辛うじて立ち上がる。漆黒の魔神は鼻で嗤うようにゼロを見下ろた。

 

『死に損ないはそいつらと遊んでいろ……俺は復調具合を確かめんとな……』

 

 眼中に無いとばかりに吐き捨てると、一気に上昇した。結界をすり抜け凄まじいスピードで上空へと飛んで行く。

 

「まさか……アースラに?」

 

 クロノは衛星軌道上で待機しているアースラに思い当たる。今上空に居るのはアースラ以外に無い。

 

「アースラは『アルカンシェル』を積んでいる……奴はそれを知っている筈だ……まさか正面からやり合うつもりか!?」

 

 だがそれなら勝ち目は有る。クロノは急ぎアースラに通信を送った。

 

 

 

 

「艦長、高エネルギー体接近! 物凄い速度で近付いて来ます! 後2分足らずで本艦と接触します!」

 

 エイミィの緊迫した声がアースラブリッジに響く。クロノから連絡を受けたアースラでは、『ダークザギ』に『アルカンシェル』を撃ち込むべく準備を整えていた。

 とても地上で撃てる代物では無いが、わざわざ相手が宇宙空間まで来てくれるとなれば、遠慮なく使用出来ると言うものだ。

 

「どんな存在だろうと、アルカンシェルの直撃を受けて無事に済む筈が無いわ!」

 

 リンディは確信していた。アルカンシェルは発動地点を中心に、百数十キロメートル範囲の空間を歪曲させながら反応消滅させる、管理局最大の破壊力を持つ切り札だ。

 地上に向けて撃ったなら、地図を書き換えなければならない程の威力を持つ。いくら冥王でも、まともに食らえばひとたまりもあるまい。

 以前の闇の書もアルカンシェルの前には消滅し、転生せざる得なかった。少なくとも『ダークザギ』を今消し去る事は可能な筈である。

 流石のリンディも死んだ筈の夫まで利用され、心穏やかではいられなかった。

 

「艦長、ザギ来ます! アルカンシェル、バレル展開!」

 

 エイミィの操作でアースラの二股に別れている艦首の先に、巨大な魔方陣のリングが展開される。それとほぼ同時に、漆黒の巨人がアースラの前に悠然と姿を現した。

 

「アイアリングシステム、オープン」

 

 リンディの声紋に反応し、拳大のボックス型起動装置が出現する。そのボックスに起動キーを差し込んだ。敵は己の力を過信している。リンディはそう判断した。ならばチャンスは今だ。

 

「命中確認後、反応前に安全圏まで退避します。準備を」

 

 巻き込まれては此方もひとたまりも無い。それ程の威力だ。アースラの艦首に強大な魔力が集中された。『ダークザギ』は一定距離を保って動かず、撃って来いとばかりにアースラに対峙する。

 

(クライド……)

 

 リンディは正面モニターに映る漆黒の巨人を見据えた。夫は既に死んでいるのだ。ならば妻として一刻も早く、悪魔に利用されるのを終わらせてやらなければならない。想いを込めて発射キーを回した。

 

「アルカンシェル発射!!」

 

 アースラから凄まじい魔力砲撃が発射された。光の束が宇宙空間を翔ける。アルカンシェルは狙い違わず一直線に『ダークザギ』に炸裂した。

 宇宙空間を揺るがして、目も眩むばかりの閃光と衝撃波が轟き、漆黒の魔神は光の中に消えた。

 やった! クルーの誰しもがそう思った。しかしモニターに映った次の光景を目撃し、その表情が驚愕に青ざめた。

 

《フハハハハハッ! この程度か!?》

 

 『ダークザギ』の嘲る声が、通信を通して艦内に響く。片手を突き出した無傷の魔神が微動だにせず浮かんでいた。アルカンシェルの砲撃を 片手で跳ね返してしまったのだ。

 『ダークザギ』は遥か古代から存在し続ける、正に歩く『ロストロギア』力を完全に取り戻した暗黒破壊神の力は、闇の書をも遥かに凌駕していた。

 

(あ……悪魔……)

 

 その人知を超えた力の前に、リンディ以下アースラクルーは本能的な恐怖に身を震わせてしまう。

 暗黒の宇宙空間に傲然と浮かぶ漆黒の巨人は、正に悪魔を超えた冥府の王『冥王』であった。

 

『このままでは慣らしにもならんな……』

 

『ザギ』が期待外れとばかりに呟くと、背中の『ザギ・イージス』が再び電光を放ち始めた。

 

「艦長! ザギから測定不可能な程の高エネルギーが発せられています! 大規模な次元干渉が発生しつつあります!」

 

 エイミィはセンサー数値を見て、悲鳴に近い声を上げた。有り得ない程にエネルギーが上昇して行く。空間が悲鳴を上げているようであった。

 

「一体何が……? 急いでザギから離れるのよ!」

 

 リンディは後退指示を出しながら、空恐ろしい程の不吉なものを感じる。電光を発し咆哮する漆黒の魔神から目が離せなかった。

 

 

 

 

『がっ!』

 

 ゼロはゴルゴレムの巌(いわお)の如き躯の体当たりを食らい、軽々と跳ね飛ばされてしまった。 吹き飛ばされた所に、ペドレオン数匹からの火球攻撃が襲う。ゼロは成す術も無く火球を貰い海に叩き込まれた。

 

『ゼロッ!』

 

 メビウスはゼロを救うべく、『メビュームブレード』を形成しビーストの群れに斬り込んだ。光の剣がペドレオンの躯を両断するが、背後から無数の触手が伸びメビウスを絡め取ってしまう。

 海洋生物を無理矢理混ぜて、こねくり回したようなおぞましい姿『クトゥーラ』は超人をギリギリと締め付ける。

 メビウスは触手を切断しようとするが、メビュームブレードがエネルギー不足で消滅してしまった。間髪入れずビースト群からの一斉攻撃が炸裂する。

 

『ウワアッッ!』

 

 メビウスは海水を巻き上げて倒れ込んでしま う。カラータイマーが激しく点滅している。直ぐに立ち上がる事が出来ない。もう戦うだけのエネルギーは無い。

 

『クソッ……!』

 

 ゼロは白煙を上げながら身を起こそうとするが、身体が言う事を聞かない。そこに『バンピレラ』が、甲虫のような外殻を軋ませて糸を吹き掛ける。ゼロは避ける事が出来ない。その時、

 

「デアボリック・エミッション!」

 

 少女の凛とした声が響くと、吐かれた糸とバンピレラに闇色の巨大な球体が炸裂した。空間破砕魔法。糸は切断され、バンピレラは衝撃に弾き飛ばされた。

 

『はやて!?』

 

 ゼロは目の前に浮かぶ少女に驚いた。6枚の漆黒の羽根を広げたはやてが、金色の杖を掲げて立ち塞がっている。

 

『ゼロ兄は戦える状態や無い! 此処は私に任せて!』

 

 はやては頼もしげに請け負うと、ビーストの大群に対峙した。ゼロは焦ってしまう。

 

『無茶だはやて! 数が多過ぎる、俺に構わず逃げるんだ!!』

 

「そないな事出来る訳ないやろ、大丈夫や」

 

 はやては肩越しに笑って見せると、再びビーストの群れに向き直った。少女の前に蠢く異形の怪物の群れ。凄まじい悪意と害意の渦がその身に集中する。

 

(アハハ……想像以上に怖いなあ……)

 

 はやては竦みそうになる自分を鼓舞しようと、無理に笑みを浮かべるが引きつっているのが判る。更に身体がカタカタと小刻みに震えているのに気付いた。

 初の実戦でおぞましいビースト相手では無理も無い。 だがはやてには、ゼロを置いて行く事の方が遥かに怖かった。

 先程の血塗れの少年の姿が脳裏をよぎる。少女が震えを止めようと深呼吸をしようとすると、ふと温かく頼もしい気配を周りに感じた。

 

(そうや……私だけや無かったな……)

 

 守護騎士ヴォルケンリッター4人が、はやての周りを固めていた。ゼロの前にはやて以下全員が、彼を守る為立ち塞がっている。

 

『馬鹿、何やってる!? 逃げろ!!』

 

「ふざけた事を言うなゼロ! 私を見損なうか!!」

 

 シグナムが言葉を遮ってゼロを怒鳴り付けた。尋常でない程激怒している。

 

「何カッコ付けてんだよゼロ!!」

 

 ヴィータは『グラーフ・アイゼン』を構えて、ニヤリと振り向いた。

 

「ゼロ君に手出しはさせません!」

 

 シャマルも障壁を前面に張り巡らせて、キッとビーストの大群を睨み付ける。

 

「盾の守護獣の名に懸けて、此処は一歩も通さ ん!!」

 

 ザフィーラも拳を握り締め、ビーストの群れに向かって雄々しく吼えた。

 

『みんな……』

 

 命を賭けて自分を守ろうとする皆に感極まるゼロだが、そんな事を思っている状況では無いと思い直す。しかしはやて達に続く者達がいた。

 

「はああっ!」

 

「やらせない!!」

 

 フェイトとなのははメビウスを助ける為、砲撃魔法をビーストに叩き込む。着弾する砲撃に怪物群が怯んだ隙にメビウスは距離を取る事が出来た。

 追撃を掛けようとするビーストに、今度は次々と光の鎖が巻き付き動きを封じる。

 

「恩人達を置いて、逃げるようなスクライアの人間は居ない!」

 

「アタシらも居るよ!」

 

 ユーノとアルフも『バインド』で、力の限りビーストを押さえる。誰1人退こうとする者はいない。クロノはグレアム達を安全な場所に避難させると、戦いに向かおうとする。

 だが状況は絶望的だった。あまりにビーストの数が多い。攻撃を集中させればはやて達もビーストを倒せる。しかしとても魔力が保たないだろう。

 

 不気味な唸り声を上げ、ビーストの群れはジリジリと包囲を狭めた。おぞましい姿がゼロ達に迫り来る。

 宙に浮かぶザ・ワンが、大気を震わせ大音量で吠えた。それを合図にビーストは一斉に獲物に殺到した。

 

「ブラッディーダガー!」

 

「エクセリオンバスター!」

 

「トライデント・スマッシャアアッ!」

 

 はやて、なのは、フェイトの砲撃魔法が炸裂する。しかしビーストの怒濤の勢いを止める事は出来ない。

 

『ちくしょう……!』

 

 ゼロは再度立ち上がろうとするが、既に限界の身体はまるで動かない。メビウスも立ち向かおうと辛うじて立ち上がるが、最早戦闘は不可能だった。

 2人のカラータイマーが限界を報せて激しく点滅する。海を揺るがしビーストが迫る。

 

「きゃあああっ!?」

 

 凄まじい勢いで突っ込んで来た『バグバズン・グローラー』の火球に魔法障壁を破られたはやてに、怪物の鋭い爪が降り下ろされようとした。

 

『はやてえええっ!!』

 

 身動き取れないゼロの悲痛な叫びが木霊す。シグナム達も間に合わない。その一撃は、 少女の身体を原型も留めず引き裂くであろう。

 はやては思わず目を瞑る。ここまでか? その時だ。闇を切り裂いて、白銀の光が夜天の空を翔けた。

 光ははやてを引き裂かんとしていたグローラーの頭部を、鋭利な刃物の如く切断した。どす黒い体液を撒き散らし、声も無く崩れ落ちるグローラー。

 

 怪物を切断した光はブーメランのように、飛来して来た元の所に戻って行く。はやての目に一瞬だけ見えたそれは、『ゼロスラッガー』と全く同じ形をしていた。

 闇夜に真紅の巨大な姿が浮かび上がる。その姿を認めたゼロは驚愕した。

 

『まさか……? あれは……!!』

 

 白銀の光は、天に浮かぶ真紅の巨人の頭部にガッシリと装着される。その姿は見間違えようが無い。

 

『アイスラッガー、親父ぃぃっ!!』

 

 天空にそびえる真紅の巨人。ゼロの父『ウルトラセブン』の勇姿が其処に在った。

 

『イャアアアアッ!!』

 

『ハアアアアッ!!』

 

 裂帛の気合いと共に2つの赤い影が宙を舞う と、ビーストが次々と頚を吹き飛ばされて大爆発を起こす。

 水柱を上げ海面に降り立つ、良く似た姿の2人の巨人戦士。ゼロの師匠『ウルトラマンレオ』と『アストラ』であった。

 

『トアアアッ!!』

 

 燕の如く宙を舞う巨人。核爆発の十倍もの威力を誇る『アトミックパンチ』が『ノスフェル』の頭部を、弱点の再生器官ごと粉々に粉砕する。

 雄々しき2本の『ウルトラホーン』を備えた巨人戦士『ウルトラマンタロウ』その人だ。

 

 予期せぬ事態に荒れ狂ったガルベロスは、近くのフェイトとなのは目掛け火球を連続発射した。不意を突かれた2人は反応が遅れてしま う。

 火球が無慈悲に炸裂し爆発が起こった。魔法防御で防げる代物では無い。しかしフェイトとなのはに何の衝撃も襲って来なかった。

 

「……?」

 

「えっ……?」

 

 気が付くと2人の前に、びくともしない小山のような白銀の背中が在った。

 

『しゃらくせえ! 俺の身体は全身が鎧、そんなもの通じん!!』

 

 白銀の鎧を身に纏い、西洋の騎士のような兜と、笑みを浮かべた人間の顔を模した黒い仮面の巨人は不敵に啖呵を切った。 『ウルトラマンメロス』参上。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『間に合った……』

 

 メビウスは集結した巨人戦士達を認め、心強さに身を震わせる。それは駆け付けたウルトラ戦士達の勇姿であった。

 

 

 

つづく




 ※実は孤門の姿ですら無かった訳です。この辺りも伏線に入ってたりします。だから当然ザギの声は愉悦神父……ならぬ中田さんでした。

 ※ウルトラマンメロス、本名アンドロメロスですが、緑の方とまちがわれるのでウルトラマンメロスとしています。完全に趣味ですね。(笑)

 ウルトラ漫画の巨匠、 故内山まもる先生の著作ザ・ウルトラマンに登場のウルトラ戦士です。テレビのアンドロメロスは先生のメロスのリメイクになります。

 ウルトラマンゼノンは生(中身)メロスをモデルにしたそうです。本当はメロスが助けに来る話も有ったらしいのですが、版権が違うので断念したそうで。残念!
 メロスは全身を堅牢な鎧に覆われ、ブラックホールの超重力にも耐えうる強力な戦士です。役職はアンドロメダ星雲支部隊長。マニアックでスイマセン。

 次回『決戦-フェアウエル-』


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第63話 決戦-フェアウエル-

 

 

 

『ウルトラの星作戦だ!!』

 

 上空の『ウルトラセブン』の合図の元、『ウルトラマンタロウ』『ウルトラマンレオ』『アストラ』『メロス』4人のウルトラ戦士達は、 周囲のビーストを蹴散らして一斉に飛び上がった。

 空中で5体の巨人が交差し、眩いばかりのスパークが天空で煌めく。その閃光は光のシャワーとなって、身動きもままならないゼロとメビウスに降り注いだ。

 

『ありがてえっ!』

 

 ゼロは全身に力が満ちるのを感じ、拳を握り締めた。限界寸前だった2人の身体が光のシャワーを浴びて、見る見る回復して行く。

 カラータイマーの点滅が緩やかになり、再び元の青の状態に戻っていた。

 

『ウルトラの星作戦』(スパークロック)

 

 ウルトラ戦士達のエネルギー回復の為の共同技である。互いの身体をスパークさせる事により強力なエネルギー波を作り出し、仲間のエネルギーを回復させるのだ。

 『ブラックキング』と『ナックル星人』に敗れ、処刑される寸前だった『ウルトラマンジャック』を復活させたものと同一の技である。

 回復したゼロとメビウスは力強く立ち上がり、ビーストの大群に対峙する。怪物の群れは予期せぬ新手の敵を警戒し、睨み合う形となった。

 

「ゼロ兄ぃっ!」

 

『悪い……心配かけたな……』

 

 ゼロは嬉しそうに呼び掛けるはやてに、自分の不甲斐なさを詫びた。

 

「ううん……」

 

 6枚羽根の少女は胸が一杯なのか、泣き笑いのような表情でただコクリコクリと頷いた。

 

『ゼロッ!』

 

 そんなゼロ達の傍らに真紅の巨人が降り立つ。父ウルトラセブンだ。

 

『お、親父……何で此処に……?』

 

 嬉しさを隠して若干照れ臭そうに尋ねて来る息子に、セブンは心なし眼の光を柔らかくし、

 

『此方の世界に来ていたメビウスが、転移ブレスレットのエネルギーを使って『ウルトラサイン』を送って来たのだよ……お陰でどうやら間に合ったようだな……?』

 

『メビウスが?』

 

 メビウスが、転移ブレスレットのエネルギーを使ってしまったのはこの為だったのだ。敵が 『ダークザギ』なら援軍を呼ぶのが最優先だと判断したのである。メビウス様々だ。

 

『大体の状況はメビウスから伝えられた。『ダークザギ』は今衛星軌道上で、管理局の船と戦闘中らしい。大規模な空間異常が起こりつつあるようだ』

 

 セブンの説明にゼロも感覚を空に向けると、異常な空間異常を感じ取る事が出来た。

 

『不味い、このままだとアースラがやられちまう! 『ザギ』の奴何をするつもりだ!?』

 

 ゼロは外道の魔神に憤りで拳を固める。その腕に輝く白銀のブレスレットが目に入った。本物の『ウルトラマンノア』より授けられし『ウルティメイト・イージス』

 

『親父ビーストを頼む! 俺はまずアースラを守って、それから出来るだけザギを抑える!!』

 

『単独でダークザギと戦うのは無茶だ!』

 

 セブンは難色を示した。彼は以前にも『ダークザギ』とやり合った事がある。暗黒破壊神の恐ろしさは良く判っていた。

 規格外のパワーを誇る魔神とその率いる怪獣軍団には、『ウルトラマンノア』と『ウルトラ兄弟』総出であたり死闘を繰り広げたのだ。心配する父にゼロはブレスレットを示して見せた。

 

『俺にはウルトラマンノアから授かった『ウルティメイト・イージス』が有る! 無茶はしねえよ。まずはアースラを助けてくるぜ!』

 

 善は急げと宙に浮かび上がる。血気にはやった訳では無い。ゼロなりに考えた結果である。この場はイージスを持っている自分が適任だと判断したのだ。

 『ダークザギ』を何とか抑えている間に、セブン達がビーストを全滅させれば全員で当たる事が出来る筈である。

 父は『ノア』との経緯は知らないものの、納得してくれたようだ。ゼロは此方を見上げているはやて達を見下ろし、

 

『気を付けろよ……此処は任せる……』

 

「任せてなゼロ兄ぃっ、そっちも気を付けてな?」

 

 代表してはやてが頼もしく応えた。ゼロは信頼を込めて頷く。ウルトラ戦士達と皆が居れば、スペースビーストを全滅させる事が出来ると確信していた。

 これが初陣になるはやてが少し心配だが、リインフォースがサポートしてくれる上シグナム達が居る。はやても退くつもりは全く無い。

 心配するのは却って信頼していない事になる。彼女は今まで直接戦ってこそいなかったが、間違いなく共に戦って来たのだ。

 

『待ってろ、ダークザギィッ!!』

 

 ゼロは高速で一気に暗い空へと上昇した。その姿がテレポートでかき消える。結界をすり抜けて行ったのだ。

 飛行タイプもいるにも関わらず、ビースト群に後を追う気配は無い。冥王に手助けなど必要無いと判っているのだろう。

 

『ゼロ……』

 

 セブンは満足に言葉も交わさなかった息子を想い、ひっそり呟いた。しかし久し振りに会った息子は随分成長して見えた。きっと様々な経験を積んで来たのだろうと思う。

 今は信じてまかせるしか無い。まずは目前のビーストの群れを倒すのが先決だ。放って置けば街に上陸し人を喰らう。セブンは両の拳を構えるファイティングスタイルで怪物群に対峙した。

 

 

 

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、シャマル頼むな?」

 

 ウルトラ戦士達がビーストとの一触即発の睨み合いを続ける中、フェイト達の消耗に気付いたはやてはシャマルに回復を頼む。

 シャマルの能力で治癒の温かい光に包まれると、今までの戦闘で消耗していた2人の傷が癒え、魔力も回復し破損したバリアジャケットも修復された。

 

「湖の騎士シャマルとクラール・ヴィント、癒しと補助が本領です」

 

 ニッコリ笑うシャマルに、フェイトとなのはは感謝する。これ程の治癒魔法にはお目にかかった事が無い。ゼロも何度もお世話になった癒しの風である。

 これでフェイトとなのはも戦線に復帰出来る。そこではやては思案した。

 少し躊躇するが決心すると、睨み合いを続けるセブンに念話で話し掛けてみる。ゼロから話に聞いていた特徴にアイスラッガー間違いない。お陰でタロウと間違えずに済んだ。

 

《あのう……ウルトラセブンさん……ゼロ兄のお父さんですよね……? 私は八神はやて言います……お話が有るんですが……》

 

《その通りゼロの父だよ。どうやら息子が世話になっているらしいね、感謝するよ……それで提案とは?》

 

 はやての頭に渋みのある、何処か優しげな声が響いた。油断なく対峙しながらも、テレパシーで応えてくれたのだ。

 何時も通り兄を付けてしまったが、向こうは特に気にした様子も無い。却ってその呼び方で世話になったと察してくれたようだ。はやては緊張が解れ、気になる事を聞いてみる。

 

《セブンさん達もゼロ兄と同じく、地球上ではあまり長くは戦えないんですよね……?》

 

《その通りだよ、ブレスレットの予備エネルギーを使ってもそう長くは動けない。メロスは鎧のお陰で他の者よりかなり長く動けるが、やはり限界はある》

 

《ほんなら、最初は私に任せて貰えませんか?》

 

 セブンの巨大な顔の傍らに移動したはやては、デバイス『シュベルトクロイツ』を構えて見せる。

 

《ほお……》

 

 セブンは感心したように声を漏らした。小さな少女が、こんな提案をしてくるとは思わなかったのだろう。他のウルトラ戦士達にも、意外そうな様子が見て取れる。

 はやては少々緊張したが、臆してる場合では 無いと自分を奮い立たせた。

 

《私はかなり広い範囲を纏めて攻撃出来ます。ビーストは再生能力が高いから倒すまでは行かへんでしょうけど、かなりのダメージを与えられる思います。お父さん達とシグナム達は、その弱った所に攻め込むのはどうでしょうか?》

 

 遠距離攻撃で敵のヒットポイントを削り、その後に戦力を投入して全員でタコ殴りという訳だ。シミレーションゲームの基本と言うか、戦術の基本である。

 

 味方の損耗を少なく、強力ではあるが制限が有る戦力を効果的に使う作戦だ。提案にセブンはチラリと少女を一瞥した。

 はやては内心馴れ馴れしかったかな? と思いヒヤリとしてしまう。

 どうもゼロのイメージが強く、つい親しげに提案してしまったが、戦闘のプロに向かって失礼だったかと思ったのである。だがそんな心配は無用だった。

 

『はははっ、面白いお嬢さんだ。皆はどうだ?』

 

 セブンは睨み合いの最中でも愉快そうに笑い、他の者に意見を聞く。

 

『僕は良いと思います。セブン兄さん』

 

『確かに……良い手段だと思います。まだザギも居る以上、出来るだけ余力は残しておいた方が良い……』

 

 タロウとレオが賛同を示した。

 

『効果的だと思います』

 

『僕も賛成です』

 

 アストラ、メビウスも揃って賛成した。4人は人間と何度も共闘し、助けられてもいる。人間の頑張りを舐めてはいない。人との共闘経験が無いメロスも、臆せず意見を言って来るはやてが気に入ったらしい。

 

『フッ、嬢ちゃん面白いな。その案乗ったぜ!』

 

 話は決まった。前面に出るはやての周りを、守護騎士ヴォルケンリッターが固める。広域魔法を使用する時、はやては無防備になってしまうのだ。するとその前に乗り出す者が居る。

 

「それなら最初は僕が行こう……」

 

 クロノだ。グレアム達を安全圏に置いて戻って来たのだ。手に愛用のS2Uとは違う、槍型のデバイスを携えている。

 

「時空管理局クロノ・ハラオウンです。広域型の氷結魔法を使います。かなりの範囲を凍結させますので、全員退避を!」

 

 手短に自己紹介を済ますと、クロノはデバイ ス『デュランダル』を頭上に構えた。本来はやてを闇の書ごと永久凍結する為に、グレアムが用意していたデバイスである。

 戦闘に向かおうとするクロノに、グレアムが託した 物だ。 本来の目的とは違い、本物の悪魔のような存在に使われる事になるとは皮肉であった。

 

 此方の動きを見越したビースト群はザ・ワンの轟く咆哮を合図に、海を揺るがして怒濤の勢いで押し寄せて来る。

 クロノは皆が退がるのを確認すると、恐れず魔法を発動させた。魔方陣が輝き超低温の冷気が光る結晶となって、ビースト群に雪のように降り注ぐ。

 

「永久なる凍土、凍てつく柩の地に永久に眠りを与えよ、凍てつけ!!」

 

 冷気は急速に広がり、海上のビーストを海水ごとたちまちの内に凍らせる。見渡す限り地平線までもが極点の海のように凍り付いた。

 だがビーストはやはりしぶとい。凍り付いていた怪物群は氷を砕いて動き出した。上空の飛行型ビーストにまで凍結範囲が届かず、再び怪物群は進撃を始める。

 しかし確実に進撃速度が鈍っていた。 凍結から復活するのに手間取っているビーストもいる。クロノは消耗し荒く息を吐いた。威力故に限界まで魔力を使ってしまうのだ。

 その間にはやては、広域魔法の呪文の詠唱を終える。天に向かって掲げられたシュベルト・クロイツの剣十字に眩い魔法光が煌めいた。

 リインフォースと融合している今のはやては、コントロールが難しい魔法も難なく使う事が出来た。リインが、細かい調整などをしてくれているお陰である。

 

 はやては初戦闘の恐怖を超え高揚していた。ようやく皆と一緒に戦える。誰かを守る為に。その想いのありったけを込めて少女は凜と叫んだ。

 

「響け終焉の笛、ラグナロク!!」

 

 雷鳴のような光と轟音を発して魔法光が更に輝き、前面に展開されたベルカ式の魔方陣から、凄まじいばかりの光の砲撃が次々と放たれた。まるで無数の戦車砲の一斉掃射だ。

 射ち出された砲撃は、ビースト群に豪雨の如く降り注ぐ。攻撃を食らい陣形を崩してしまう怪物群の、おぞましい怒号が響いた。

 

「すっげぇっ、はやて!」

 

 視界を埋め尽くす光の雨に、ヴィータは歓声を上げる。

 

「お見事です……主……」

 

 シグナムは凛と戦場に立つ主を見詰めて、感慨深く呟いていた。

 

「はやてちゃん……」

 

 シャマルは思わず涙ぐみ、ザフィーラも沈黙の中に静かな感動を滲ませている。その凛々しき姿は、正しくヴォルケンリッターの真の主であった。

 フェイトとなのはは、友人の凄まじいまでの魔力に感嘆している。

 2度に渡る広域攻撃に、かなりの数のビーストの動きが明らかに鈍くなった。負傷し流血している個体もいる。

 大した火力であった。都市を壊滅させる以上の破壊力である。これだけの魔力量を個人で有しているのは、広い管理世界でも滅多に存在するまい。破格であった。

 

 砲撃が止んだ。はやては大きく息を吐く。大掛かりな魔法を使用した為、『夜天の魔導書』 のページが一時的に白紙になっていた。少し時間を置く必要があるが、成果は充分であった。

 

『良くやったはやてちゃん、良し今だっ!!』

 

 セブンの合図と共に、ウルトラ戦士達は阿吽の呼吸で一斉に飛び出した。魔導師達も続く。

 

「シャマルは主を一旦後方に! 行くぞテスタロッサ、着いて来れるか!?」

 

「勿論です!」

 

 シャマルに指示を出し敵陣に突入するシグナムに並び、フェイトは笑みを浮かべて即答する。烈火の将は少女に不敵に笑い返す。

 2人は目前の『クトゥーラ』目掛けて高速で突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「遅れんなよ、高町なのは!」

 

 同じくビースト群に突入するヴィータは、隣を飛ぶなのはに発破を掛ける。初めてまともに名前を呼んでいた。

 

「ヴィータちゃんこそ!」

 

 それに気付いたなのはは嬉しさに表情を綻ばせながらも、負けずにしっかりと返していた。

 

 

 

 

 

「アタシらはサポート班だ! 足止め行く よぉっ!!」

 

「おおっ!!」

 

「分かった!」

 

 アルフの気合いの声に、ザフィーラとユーノも飛び出した。アルフとユーノが繰り出した光の鎖『チェーンバインド』が前衛のビーストの脚に絡み付く。

 続いてザフィーラが両腕をガッチリクロスさせた。前面にベルカの魔方陣が煌めく。

 

「縛れ、鋼の軛! ディヤアアアッ!!」

 

 放たれた魔法障壁は鋭い刃となり、ビースト群の脚を切り裂きダメージを負わせる。進撃が止まった。

 この期を逃さず飛び込んだセブンのハンマーパンチが、『バグバズン・グローラー』2匹に砲弾の如く打ち込まれる。

 吹っ飛ばされ派手に飛沫を上げる怪物に、セブンは空かさず必殺の『アイスラッガー』を投擲した。白熱化し死の刃と化した宇宙ブーメランは、2匹の頸を僅かな時間差で切り落とす。

 止めと額のビームランプから光のライン『エメリウム光線』が発射され、ビーストを焼き尽くす。流石に歴戦の勇士ウルトラセブンの動きは、流れるように無駄が無い。

 

「ガアアアアアアッ!!」

 

 怒り狂った叫びを上げ、『ザ・ワン』が悪魔の如き羽根を羽ばたかせてセブンに急降下して来た。その凶悪な顎(あぎと)から青白い火球が連続して発射される。

 火球はセブンごと海面に着弾し、爆発したように海水が飛び散った。超高温で水蒸気が噴煙の如く立ち込める。

 激突する寸前、海面すれすれで上昇を掛けたザ・ワンは、悪魔の羽根を広げ仕留めたと確信していた。しかし次の瞬間、その凶悪な眼に驚きの色が浮かぶ。

 

 何時の間にかセブンが、ザ・ワンの背後にピタリと平行して飛行している。火球の攻撃を素早く逃れて飛び上がり、背後に回っていたのだ。

 セブンは反撃の隙を与えず、ザ・ワンの巨大な羽根を強引に鷲掴みにする。翼が暴れ狂い無理矢理羽ばたこうとするが、紅の巨人はその強靭な腕に力を込めた。両腕の鋼鉄の筋肉がみしみしと瘤のように盛り上がる。

 

『ダアアアアアァッ!!』

 

 雄叫びと共に、ザ・ワンの両羽根が怪力で根元から引き千切られた。どす黒い血を撒き散らし、怪物は真っ逆さまに海面に叩き付けられる。盛大な水柱が上がった。

 しかしザ・ワンはしぶとい。落下の衝撃に耐え、牙を剥き出して猛然と立ち上がる。だがもう遅い。目前に両腕をL字型に組んだセブンの姿。それがザ・ワンがこの世で最後に 見た光景となった。

 ウルトラセブンの右腕から放たれる光の束、『ワイドショット』が怪物の巨体を分子レベルにまで分解、更に消滅させる。文字通りザ・ワンは跡形もなく崩れ去った。

 

 

 

 

 

 タロウを襲う超高火炎に火球の嵐。しかしその攻撃は掠りもしない。燕(つばめ)の如く変幻自在に宙を飛ぶタロウの『スワローキック』が『ガルベロス』の双頭に炸裂した。

 2つの頚の骨をへし折られ絶叫を上げてのたうち回る怪物に、両手から放つ止めの破壊光線『シューティングビーム』が2度と再生出来ぬよう塵1つ残さず消滅させる。

 更に背後から襲い来る『リザリアス』に振り向き様、ウルトラホーンから青い電撃状光線を放ち全細胞を焼き尽くす。『ブルーレーザー』 だ。

 『タイラント』の強靭な躯をも焼き切る程の威力。並みのビーストなどひとたまりも無い。

 炭化して崩れ落ちる怪物を凪ぎ払うタロウに、一斉にビースト5匹が向かって来る。ウルトラマンNo.6は右腕を掲げ左拳を脇に着けるポーズをとった。

 集中する強大なエネルギー。全身が虹色に輝いて見えた。エネルギーが頂点に達した時、タロウは腕をTの字型に組み合わせる。

 

『ストリウム光線!!』

 

 強力極まりない虹色の破壊光線の掃射が、5匹のビーストを纏めて焼き払う。怪物は跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 派手な水柱を上げてビーストを蹴散らすメロスに、空中から飛行形体の『ペドレオン・フリーゲン』2匹が降下して来る。頭上から火球で爆撃を仕掛けて来る気のようだ。

 メロスは迫る敵を不敵に見上げると、両肩にセットされている一対のサスペンダー状パーツのロックボタンを解除した。

 

『おっと、攻撃はこっちが先だ!』

 

 サスペンダー状パーツがバーのように跳ね上がり、先端部の2門の発射口から鋭い光が発射される。光を食らったペドレオン2匹は、一瞬で粘液状の躯を蒸発させられてしまった。

 

『見たか! アンドロレーザーN75!!』

 

 笑みを浮かべるメロスの黒い仮面が、本当に笑っているかのようだ。

 隙ありと見たのか、横合いから『ゴルゴレム』が猛然と突進し、体当たりを仕掛けて来た。メロスは突進を体を捌いていなし、かわしながら電光の速業で、腹部のW形の着脱武器を外し投げ付ける。

 

『アンドラン!!』

 

 着脱武器『アンドラン』は恐ろしい程の鋭い切れ味を発揮し、ゴルゴレムの岩石のような強固な躯を真っ 二つ両断した。

 別の異相空間に逃げる間も無い程の、鮮やかな速業だ。 内部の破壊光線生成器官をも両断され、粉々に吹っ飛ぶゴルゴレム。

 次に爆煙を突き破り『イズマエル』が奇声を上げてメロスに襲い掛かる。

 全身に合体している無数のビーストの頭から、一斉に破壊光線と火炎砲撃がメロスに炸裂した。凄まじいまでの大火力である。

 攻撃をまともに食らい、メロスは爆発の中に呑み込まれてしまった。辺りを爆煙が包み込む。海水を水平線の彼方まで巻き上げ、周囲のビーストも何匹か巻き添えで消し飛んでしまった。しかし……

 

『フフフ……』

 

 爆煙の中から不敵な笑い声が響く。煙が晴れると白銀の鎧姿が現れる。鎧には傷1つ無く、ビクともしていない。驚異的な防御力であった。ブラックホールの超重力にも耐えうる鎧である。

 

『俺には通じないぜ! 今度はこっちの番だな!?』

 

 メロスは両腕を斜めに直線を描くように広げた。エネルギーが集中して行く。更に鎧の強化システムにより、エネルギーが数倍に増幅される。

 らちが明かないと見たのか、イズマエルは接近戦を挑もうと突進する。躯各部のビーストの貌が牙を剥き、砲弾のように触手が放たれる。メロスは動じず、広げた両腕を前面で静かにクロスさせた。

 

『レーザーショット……』

 

 イズマエルの牙と触手が、メロスに襲い掛かろうとした瞬間。

 

『アンドロメロスッ!!』

 

 X型にクロスした両手から、竜巻状の凄まじいまでの破壊光線がイズマエルに叩き込まれた。光線の嵐に全身を引き裂かれ、最強ビーストは跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 メビウスが後に続けと、光の剣『メビュームブレード』を振るう。昆虫のような腕を切断された『バンピレラ』はそれでも怯まず、お返しと口から糸を吐いて絡め取ろうとする。

 メビウスは側転して素早く糸をかわし、両腕を広げエネルギーを集中させた。集中したエネルギーが無限大の文字ような光の軌跡を宙に描き、 超人は両腕を十字に組む。

 

『セアアアッ!!』

 

 組んだ両手からほとばしる光の奔流。メビウスの得意技『メビュームシュート』がバンピレラを焼き尽くし消滅させた。

 

 

 

 

 

 

『エイヤアアアッ!!』

 

『ハアアアッ!!』

 

 真紅の2体の巨人『ウルトラマンレオ』と 『アストラ』が宙を舞う。重力を無視したアク ロバティクな動きだ。

 ビーストに飛び掛かるレオの手刀が赤熱化する。得意技『ハンドスライサー』だ。降り下ろされた手刀が、『バグバズン』の甲虫のような外骨格の躯を真っ二つに両断した。

 

 アストラも負けじと両手刀を赤熱化させ、 『グランテラ』に『アストラチョップ』を叩き込む。怪物は肩口から巨躯を3つに切断され崩れ落ちる。

 

『行くぞアストラ!』

 

『おおっ、兄さん!』

 

 レオの合図にアストラは片膝を着き、両手を頭上に伸ばす。その背後に素早く降り立ったレオは、アストラの伸ばした両手に自らの手をクロスさせた。

 2人の組み合わされた手から稲妻状の光線が放たれ、正面のペドレオン7匹が纏めて消滅する。レオ兄弟の合体光線『ダブルフラッシャー』 だ。

 弟子のゼロも使用可能である。前面の敵を一掃したレオは、コンマ1秒の遅れも無く海水を巻き上げて宙に飛び上がった。

 

『イャアアアアッ!!』

 

 真っ赤に赤熱化した脚が闇夜を飛ぶ。必殺の 『レオキック』強烈極まりない蹴りに、ビーストは次々と上半身ごと頸を叩き潰され流し込まれたエネルギーにビースト細胞を焼き尽くされ消滅する。

 その動きには一切の無駄が無い。例えるなら剣豪のように研ぎ澄まされた技と体術であった。それを敏感に感じ取った者がいる。

 

「あの動き……ゼロの師、ウルトラマンレオとは彼か……凄みさえ覚える程の技だな……」

 

 フェイトと共に愛刀を振るうシグナムは、レオの戦闘スタイルにゼロと同じものを見付け感嘆する。

 

(相当な修羅場を潜り抜けて来たと見受けられ る……世の中は広い……私もまだまだだな!)

 

 剣の騎士は自然戦鬼の笑みを浮かべていた。まだまだ自分は強くなってみせると、俄然闘志が湧き上がる。

 

(見ているがいい、もう1人の私と名乗る女よ! 必ず主はやては守り抜いてみせる!!)

 

 シグナムは軽く自分をあしらった謎の女騎士に対し、心の中で宣言する。燃え盛る闘志のままに前方のクトゥーラに向かう。

 

「テスタロッサ、狙いは奴の頭部だ!」

 

「はいッ!」

 

 フェイトは頷くと、相手の頭部に注目する。クトゥーラは度重なる広域攻撃でダメージを負い、頭からどす黒い血を流していた。

 

「レヴァンティン、カートリッジロード!」

 

《Sturm Falken!》

 

 怪物の触手攻撃を掻い潜り、シグナムは愛刀を洋弓の形をした『ボーゲン・フォルム』に変化させ砲撃態勢に入る。

 

「疾風迅雷っ!」

 

 フェイトも大剣『ザンバーフォーム』に変化させた『バルディッシュ』を後ろに大きく振りかぶり、砲撃態勢を整えた。

 

「翔けよ、隼っ!!」

 

「ジェット、ザンバアアァァッ!!」

 

 シグナムとフェイトの最大級の破壊力を誇る砲撃魔法が炸裂し、クトゥーラの巨大な頭部は爆発したように四散した。

 

 

 

 

 

「轟天、爆砕! ギカントシュラアアァァクッ!!」

 

 ヴィータが頭上に掲げた『グラーフ・アイゼ ン』のハンマー部が、数十メートルにまで巨大化する。その大きさは、ウルトラマンが持った方が丁度いい程の巨大さだ。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 振りかぶった超巨大ハンマーが『メガフラシ』に真上から降り下ろされる。脆くなっていたオウム貝のような外殻に亀裂が入った。

 

「行っけえっ! 高町なのはぁっ!!」

 

 ヴィータは離脱すると同時に、後方で魔力を集束していたなのはに合図を送る。最強技の波状攻撃だ。

 

「行くよヴィータちゃん! 全力全開! スターライト・ブレイカアアァァッ!!」

 

 桜色の凄まじい砲撃がメガフラシに炸裂し、怪物は外殻を粉々に打ち砕かれ中身ごと砕け散った。

 

 

 

 

 

「か……艦長! ザギの測定不可能な量のエネルギー波により、次元空間に歪みが発生してい ます!」

 

 『アースラ』ブリッジにエイミィの緊張した響きの声が響く。正面モニターに映る魔神からの放電現象は収まる所か規模を増していた。

 リンディは握り締めた手が震えるのを感じながらも、気丈に状況の把握に努める。

 

「次元断層が発生する前触れなの?」

 

「いえっ……それとはまた違います……こんな現象見た事がありません……」

 

 リンディの問いにエイミィは答える事が出来ない。こんな妙な現象は記憶に無い。管理局のデータベースにも類似の現象は無かった。その現象を各種センサーが計測し、結果をアースラに送る。

 

「そんな……艦長、次元世界に別の空間が干渉し始めています!」

 

 エイミィはモニターに表示された空間センサーを見て目を見張った。

 

「どう言う事なの?」

 

「し……信じられない事ですが……次元世界では無い、未知の世界と此方の世界とを繋ぐ無数のゲートのようなものが出来始めています!」

 

 リンディは絶句した。有り得ない現象だった。次元世界の消滅などなら記録にも残っているが、こんな現象は類が無い。

 

「ザギのエネルギー反応収まりました! ゲー トのようなものが完成したようです!!」

 

 オペレーターの恐怖の入り交じった報告に、リンディは再びモニターの『ダークザギ』に視線を戻す。

 宇宙空間に傲然と浮かぶ漆黒の魔神が、歓喜の声を上げるように両手を広げた。

 

『フハハハハッ! これで次元世界は彼方の様々な世界と繋がった……流石は『ヤプー ル』の遺産だな……エネルギー効率が良い……これで次元世界は無数の宇宙人と怪獣が跳梁する、修羅の世界と変す!』

 

「なっ、何ですって!?」

 

 艦内に響き渡る魔神の不吉な声に、リンディは顔色を無くした。

 『ダークザギ』は『ザギ・ イージス』の力を使い、ウルトラマンの世界と次元世界を繋ぐゲートを作り出したのだ。

 

「何故……そんな真似を……?」

 

 リンディは問わずにはいられなかった。つまりこれから先、次元世界に続々と今まで現れたような常軌を逸した怪物達が出現するという事 だ。

 

『全ては限り無き進化の為……より強き敵と戦い更に力を増し今度こそ『ウルトラマンノア』 を倒し、俺こそが唯一無二の存在となる為よ!!』

 

『ザギ』は元々はスペースビーストに対抗する為に『来訪者』に造られた人造兵器だ。

 生物に取り憑き進化するビーストへの対抗手段として、戦闘経験を積んで更なる自己進化を遂げる事が出来る。その為に次元世界を己の戦闘経験値稼ぎの場にしようと言うのだ。

 

「狂ってる……そんな勝手な理屈!」

 

 リンディは恐れを吹き飛ばす憤りに『ダークザギ』を睨むが、『アルカンシェル』すら通じない魔神にどう対処すれば良いのか見当も着かない。

 『ザギ』はリンディ達の無力を嘲笑うように拳をアースラに向けた。その拳に重力波が集中し周りの空間が歪む。

 超重力波動を撃ち出し対象を押し潰す『グラビティ・ザギ』だ。防御フィールドなど役に立たない。容易くアースラは押し潰されてしまうだろう。

 

『滅しろ!』

 

 無慈悲にの拳が撃ち出される。アースラに迫る逃れられぬ死の一撃。回避も転移も間に合わない。リンディは圧倒的な邪悪の前に死を覚悟した。しかしその時!

 

『させるかあああっ!!』

 

 何処からか発せられた、強烈な光の奔流が重力波に命中した。光と重力波は対消滅を起こし、宇宙空間に花火のように眩い閃光と衝撃波をぶちまける。

 『ワイドゼロショット』がグラビティ・ザギを寸での所で防いだのだ。

 

『ほう……? まだ生きていたか……』

 

 『ダークザギ』は、アースラの前に盾となって浮かぶ若き超人を認め、少し感心したように呟いた。

 

『貴様だけは絶対に許さん!!』

 

 『ウルトラマンゼロ』は炎のような怒りを込めて、漆黒の魔神に啖呵を切った。

 

 

 

つづく

 

 




ダークザギと対決するゼロは、その圧倒的なまでの力の前に……

次回『夜天-ゼロ-』



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第64話 夜天-ゼロ-

 

 

 封鎖領域内。外に被害を出さない為、引き続きリインフォースが張り巡らせているものだ。ゴーストタウンと化した色の無い街に、得体の知れない嗤い声が響き渡っていた。

 闇の書暴走による火柱での火災は、『ダークザギ』が防衛プログラムを吸収してしまった事とアースラ局員達に消し止められ、静まり返った街には、今不気味な嗤い声だけが木霊している。

 

 そんな中人気の全く無い町外れで、肩を寄せ合い震えている2人の少女達の姿が在った。すずかとアリサである。

 まだ空間が安定せず封鎖領域の外に転送出来ない為、戦闘が行われている場所から離れた安全な場所に一旦送られていたのだ。

 

 2人は状況に混乱していたが、それ以上に異様な嗤い声に震えが止まらなかった。生存本能が近付いてはならないものに対し、警告を発しているように思えた。

 まるで悪魔が歓喜の哄笑を上げているような不吉な声。嗤い声は無人の街に銅鑼の如く響き、ぐわんぐわんと聴覚に、否、頭の中に直接響く。

 声が響いて来るのは沖合いの方らしかった。建物の間から海が見渡せる。2人は恐る恐る、暗く不気味に凪ぐ沖合いに視線を向けてみた。

 禍々しいまでの気配が漂っているように感じるの は、気のせいではあるまい。

 嗤い声とは別に怖気を覚える獣のような咆哮が、生温く不快な潮風に乗って微かに流れて来る。それは少女達を恐怖に陥れるには充分だった。

 

「逃げよう、すずか!」

 

 アリサは友人の手を引き、出来るだけ海から離れようとする。邪悪な何かが空に飛び上がったような気配がした。この世の終わりが近付いたように感覚。

 手を引かれるすずかは足を動かしながらも、憑かれたように沖合いから目が離せなかったが、不意に足を止めた。

 

「見て……アリサちゃん!」

 

 釣られてアリサも足を止め、沖合いに視線をやる。するとさっきと変わり、暗い海を眩いばかりの光が照らし出していた。

 

「綺麗……」

 

 アリサは恐怖を忘れ思わず見入っていた。闇を祓うが如く温かな光が溢れていた。天空から降り注ぐ光が、雲間から差し込む太陽の光のように海に降り注いでいる。

 不思議な事にその光を見ると、勇気が湧いて来るようだった。

 光が収まると、一直線に天空を駆け上がる光が見えた。そして沖合いで無数の光と轟音が響く。腹に響く振動が伝わり、2人の少女の足元を揺らした。

 

 一体何が起こっているのだろう。すずかは先程会った友人達を思い浮かべる。彼処になのはもフェイトも居るのだろうかと。

 ふとあの場所に、はやて達八神家の人々も一緒に居る気がした。

 

 

 

**

 

 

 

 青く輝く地球を背に、ウルトラマンゼロは 『ダークザギ』に対峙していた。光の戦士と闇の化身が、無限に思える宇宙空間に浮かぶ様は幻想的ですらあった。

 

 ゼロは左手を突き出す『レオ拳法』の構えを取る。怒りに任せて突撃するのは簡単だ。しかし頭に血を昇らせて勝てるような、生易しい相手では無い事はゼロも判っている。

 相手は『光の国』を危機に陥れた程の魔神。対峙しているだけで禍々しく、圧倒的な力の圧力をひしひしと感じた。

 冷静さを欠いては、あっという間に叩き潰されてしまうだろう。それでは時間稼ぎにもならない。それでは意味が無いのだ。

 暗黒破壊神を必ず仕留めなければならない。此処で倒せなければ、一体どれだけの犠牲が出るか見当も付かない。

 ゼロは全ての感覚を研ぎ澄ました。己を一振りの刀としてイメージする。そして怒りの全てを胸で滾らせるのでは無く拳に込めた。

 代わりに師である『ウルトラマンレオ』の戦いの教えを胸に、拳を『ダークザギ』に向ける。見事な構えと気迫であった。

 

『ほう……1万年も生きていない小僧にしては大したものだ……あやつがお前に拘るのも判る気がするな……』

 

 『ザギ』は超然としてゼロの戦士としての姿勢を評価した。あくまで絶対的強者としての、上から目線の評価ではあるが。

 

『あやつ……? アックス、『ウルトラセブンアックス』の事か!? やっぱりアイツも貴様の仲間だったのか! 何者だ奴は!?』

 

 ゼロは思わず激昂していた。あの真紅の巨人を思い出すと、厭な胸のざわめきが蘇って来る。

 

『別に仲間と言う訳では無い……しかしあいつも妙な奴よ……ある日不意に現れ、協力を持ち掛けて来た……得体は知れんが、交換条件も取るに足りんものであるし、手駒になると思って手を組んでいたが……得体の知れん奴よ……』

 

 『ザギ』もアックスの事は良くは知らないようだった。しかし気にも留めていない。例えどんな存在でも、力を取り戻した今の自分にとって敵では無いと思っているのだろう。

 

『まあ奴の事はどうでも良い……どの道お前は此処で死ぬのだ……奴の出した条件は貴様を殺す事だったからな!』

 

 冥王の真紅の両眼がギラリと光を放った。漆黒の身体から発せられる圧力が爆発的に増大する。

 

『やれるもんなら、やってみやがれ!!』

 

 ゼロの雄叫びが戦いのゴングとなり、2体の巨人は正面から激突した。ゼロの巨大な豪腕がザギに連続して飛ぶ。無音の宇宙空間に衝撃が走った。

 しかしゼロの拳はことごとく宙を切る。『ザギ』は正拳突きの嵐を、僅かな動作だけで紙一重で避けてしまう。

 触れる事すら出来ない。 まるで予め(あらかじめ)ゼロの動きを読んでいるかのような動きだった。

 尤もゼロもそんな簡単な相手だとは思っていない。 拳のラッシュをかわしてザギの動きが大きくなった所を狙い、右脚にエネルギーを集中『ウルトラゼロキック』の回し蹴りを放つ。

 連打はこの為のフェイントだ。炎となったゼロキックが唸りを上げる。

 

『慣らしには丁度いい……付き合ってやろう……』

 

 魔神は側頭部を狙ったキックを軽く首を振っただけでかわすと、カウンター気味の拳を繰り出した。重力波を纏った『ザギナックル』の一撃。

 真空を一直線に切り裂く拳を、ゼロは後方に飛び退きギリギリの所で逃れる。衝撃波だけで身体を根こそぎ持って行かれそうな威力。桁違いの破壊力であった。

 ゼロは後退しながら『ゼロスラッガー』を脱着連結させ、巨大な半月刀を形成する。『ゼロツインソード』出し惜しみしていられる相手では無い。

 

『デェリャアアアアッ!!』

 

 ツインソードを構え最大速度でザギに迫る。その刃が眩い光を放った。必殺の『プラズマスパーク・スラッシュ』の斬撃が、漆黒の魔神に降り下ろされる。

 ザギは避ける様子も無く、無言で拳に炎を纏わせた。1兆度の炎を纏った拳を叩き付ける 『ザギ・インフェルノ』

 光の斬撃と地獄の業火の拳が正面からぶつかり合った。直視した者の網膜を焼き尽くす程の閃光と、衝撃波が宇宙空間を駆け巡る。

 

『うおおっ!?』

 

 ゼロは身を襲う衝撃に声を上げた。ツインソードがザギの燃え盛る拳に跳ね上げられてしまう。その凄まじい威力の前に、ゼロはツインソード ごと吹き飛ばされてしまった。

 巨体が弾かれたように、無重力の中を数キロは飛ばされる。ゼロは辛うじて態勢を立て直し、力場を形成して制動をかけ踏み止まった。

 

(クッ……なんて化け物だ!)

 

 ツインソードのお陰で直撃は免れたが、まともに食らっていたらこんなものでは済まなかっただろう。 一度攻撃を受け止めただけで腕が痺れている。

 ツインソードも形態を維持出来ず、元のスラッガーに戻ってしまっていた。

 不完全形態だった偽ネクサスの激突の時と同じだが、今回は『プラズマスパーク・スラッシュ』 を片手で破られてしまった事になる。

 流石は冥王、並みでは無い。彼方の地球で 『ウルトラマンノア』と戦った時より遥かにパワーアップを遂げていた。

 『ザギ・イージス』のせいだけでは無い。11年の間、おびただしい数の戦闘経験を積み重ねてレベルアップを繰り返し、それだけの進化を遂げたのだ。

 恐るべき戦闘力であった。完全にゼロを圧倒している。

 

『お前の戦闘データは取得済みだ。何をしようと俺には通じん……』

 

 ザギは声色に喜色さえ込めて、首をズイッとばかりに突き出す。嘲笑っているようだった。ゼロとの戦闘データを取る為に、偽ネクサスとして何度も戦って来たのだ。完全に動きを見切られている。

 

『ならコイツだぁっ!!』

 

 ゼロは怯まず両腕をL字形に組んだ。右腕からほとばしる光の奔流『ワイドゼロショット』 をザギに放つ。

 ともかく休まず攻撃し、自分のペースに巻き込む算段である。嵩にかかって攻め込まれたら最後だ。しかし魔神の前面に張り巡らされた闇色の光の盾に、ゼロショットはあえなく遮られてしまう。揺るぎもしない。

 

『まだまだぁっ!!』

 

 ゼロは間髪入れず再び頭部のゼロスラッガー2本を取り外し、胸部に放熱板の如くセットする。『ゼロツインシュート』!

 ザギの防御シールドに、胸部のスラッガーから凄まじい光の激流が放たれた。青白い光が宇宙空間を切り裂き唸りを上げる。

 連続しての光線攻撃。惑星上ではとても撃てない威力の、リミッター抜きのツインシュート。

 だがザギは敢えてツインシュートに対し、真っ正面から突っ込んで来た。黒い身体が漆黒の光を放つ。漆黒の光がオーラの如く放射され、ツインシュートを遥かに上回るパワーで放射され広がって行く。

 

 『ダークネスザギ』 ツインシュートはあっさり打ち消され、星が瞬く宇宙空間を漆黒の闇が覆って行く。逃れようも無く拡大する闇はゼロを直撃した。

 

『うわあああぁっ!?』

 

 闇色の光に呑み込まれてしまうゼロ。周囲を漂う隕石群も巻き添えを食い、瞬時に消滅してしまう。余波は退避中のアースラにも襲い掛かる。

 かなりの距離を取っているにも関わらず、防御シールド越しでも振動が船体を揺さぶった。恐るべき威力だ。地上で使用されたならどれ程の被害が出た事か。

 リンディは揺れ動くブリッジで艦長席にしがみ付きながら、高エネルギーの影響でノイズだけが走るモニターを見上げた。

 

(やられてしまったの? ウルトラマンゼロ……)

 

 リンディの心配に応えるように余波が収まり、モニターが復旧する。正面モニターには悠然と宇宙空間に浮かぶダークザギの姿が見えた。

 

「ウルトラマンゼロは!?」

 

 ゼロの姿を探すリンディの目に、白銀に輝く翼を思わせる鎧を纏った超人が映る。ウルトラマンゼロ最強の姿『ウルティメイト・ゼロ』であった。

 

『ふふん……それがノアから授かった力か……?』

 

 暗黒破壊神はイージスを纏ったゼロを、悠然と見下ろす。

 

『そうだ! 行くぞダークザギィッ!!』

 

 ウルティメイト・ゼロの右腕に装備されている、白銀の剣が光を放つ。『ウルティメイト・ ゼロソード』だ。ザギは挑発するように両腕を広げる。正面からゼロソードを迎え撃つつもりなのだ。

 

『くたばりやがれえええっ!!』

 

 白銀の剣の切っ先が光の速度を超える。最強の斬撃がザギに降り下ろされた。スパークが飛び散り、放射線状にソードの常識を超えた衝撃波が広がる。だが……

 

『ばっ、馬鹿な!?』

 

 ゼロの両眼が驚愕で曇った。惑星をも両断するゼロソードが、ザギの両手によってガッチリと受け止められているではないか。

 漆黒の魔神の両腕に走る紅いラインが光を放っている。両腕にパワーを集中させて、ソードの攻撃を耐えきってしまったのだ。

 

『フハハハッ! どうやらノアと等しくなった俺に、ノアの力の一部を授けられただけの貴様は及ばなかったようだな!?』

 

 ダークザギは勝ち誇り、野獣の如く雄叫びを上げた。呼応してザギ・イージスが、宇宙空間に轟くばかりの電光を発する。

 ゼロを襲う稲妻。強烈極まりない電撃が全身を貫いた。常識を超えた数千億ボルトの電撃波が、ウルトラマンの少年の全身をぶすぶすと焼く。

 

『クソォッ!!』

 

 ゼロは気力を振り絞り、辛うじて電撃の射程から脱出する。しかし最早身体は限界に近付いていた。

 

(まるで歯が立たねえ、こうなれば最後の手段に賭けるしか……だが……)

 

 切り札に望みを託すしか無い。ソードを破られた今、最大の破壊力を持った最終兵器『ファイナルウルティメイト・ゼロ』がまだある。

 その威力はゼロソードを遥かに上回り、体長数百メートルにまで巨大化した『アークベリア ル』を、惑星サイズの巨大要塞もろとも完全消滅させた程だ。

 

 今の『ダークザギ』を倒せる可能性が最も高い。しかしファイナルを放つには、相応のエネルギーチャージの時間が必要であった。

 以前ベリアルに放った事が出来たのは、『ミラーナイト』達が発射までの時間稼ぎをしてくれたお陰である。

 

(親父達はまだ来れない……逃げ回りながらチャージするしかねえ!)

 

 本当ならばセブン達と共同して止めの一撃として使いたい所だったが、ザギのパワーの前に時間稼ぎもままならない今、単独でやるしかない。

 思い定めたゼロはザギと距離を取りながら、周囲を高速で飛び回り始めた。マッハ7の超スピードだ。

 高速移動しながら装着していた『ウルティメイト・イージス』を脱着する。分解したイージスは、デルタ型の白銀の盾のような形状に組み合わされた。

 持ち手を掴むと光の弦が発生し、イージスを弓矢のように構え弦を引き絞る。その先端に光が集中し始めた。最終武器 『ファイナルウルティメイト・ゼロ』を放つ為の形態である。

 

『フン……』

 

 ザギはおもむろに片手を挙げた。それに引かれるように、周囲の隕石が一斉にゼロに襲い来る。コントロールされているのだ。大小様々な隕石群が、暴風雨の如く高速でゼロに向け突っ込んで来る。

 

(クソッ! エネルギーチャージがっ!)

 

 ゼロは飛来する隕石群をかわしながら、必死で発射に集中しようとするが、十数メートルクラスの高速で激突して来る隕石をかわすのに手 一杯になってしまう。

 

『フハハハッ! どうしたどうしたぁっ!?』

 

 ザギの嘲る声と共に、数十メートルはある隕石が若き超人を背後から襲う。危うく身をかわしたゼロの目前に、不意にダークザギが姿を現した。テレポートを仕掛けて来たのだ。完全に虚を突かれてしまった。

 

『しまっ……?』

 

『遅いっ!!』

 

 回避する間も無かった。1兆度の炎の拳が砲弾の如くゼロ胸部に炸裂する。

 

『ぐはああぁっっ!?』

 

 身体がバラバラになりそうな衝撃に苦痛の声を上げてしまう。内臓が捻じくれる。骨も何本かやられていた。

 しかしそれでもゼロは『イージス』を構えるのを止めない。今屈したら終わりだ。皆の必死で足掻く姿が浮かんだ。

 光になって消えて行った母子の間際の顔が浮かび、ザギによって殺された多くの人々の無念を想った。

 

(まだだ!!)

 

 満身創痍の身体に鞭打って気力を振り絞り、ザギの攻撃範囲から辛うじて離脱する。

 

(後少し……!)

 

 ゼロは激痛を堪え、地球を背に再びザギにイージスを向けようとする。だが時は既に遅かった。

 

『遊びは終わりだ……』

 

 死を宣告する低い声が頭に響く。眼前のザギは、左腕に右の拳をガッチリと打ち付けていた。その両手に怖気を震う程の凄まじいエネルギーが集中する。ダークザギ必殺の『ライトニングザギ』の発射態勢!

 

『散れっ……!』

 

 空間を焼き尽くして放たれる破壊の激流に、ゼロは成す術もなく呑み込まれた。死の光が少年の身体をズタズタに焼き尽くす。

 ゼロは声を上げる暇も無く火だるまになった。吹き飛ばされた巨体は重力に引かれ、真っ逆さまに地球に向かって落ちて行く。

 空気の無い宇宙空間に炎が煌めいた。最早身体はピクリとも動かない。完全な敗北であった。

 ゼロは大気圏に突入し、摩擦で更に真っ赤に燃え上がる。意識が遠退く。両眼の光が風前の灯火のように点滅して薄くなり、遂には消えてしまう。

 ゼロは一筋の流星となって、地上に落下して行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼロ兄ぃっ!?」

 

 何かを感じ取ったはやてはハッとして夜天の空を見上げた。ヴォルケンリッター全員も同じく空を見上げる。

 はやての目に、火だるまになって落ちて来るゼロの敗北した姿がハッキリと映った。結界の外の光景の筈が、彼女の目に確かに見えた。

 考えるより先に、はやては飛び出していた。 いや八神家全員が同時に飛び出していた。全員の目に、今にも燃え尽きようとしているウルトラマンゼロが、鮮明に映っていた。

 

「ゼロ兄ぃっ!!」

 

《ゼロッ!》

 

「ゼロォッ!!」

 

「ゼロッ!」

 

「ゼロ君っ!」

 

「ゼロォォッ!」

 

 はやてがリインフォースが、シグナムがヴィータが、シャマルがザフィーラが叫んだ。 皆一斉に手を伸ばす。まるでその巨体を全員で受け止めようとでもするように。

 その時であった。はやて達の叫びに呼応するように、ブレスレットに戻ってしまっていた 『ウルティメイト・イージス』が目映いばかりの光を放った。

 

 

 ゼロは薄れ行く意識の中声を聞いた。黄泉路から自分を引き戻してくれた青年の声。それは……

 

 

光は絆……ネクサス……

 

 

 ゼロの両眼に再び力強い光が灯った。

 

 

 

 

 

「ゼロ兄……?」

 

 はやては少年の名を呼んだ。上昇する6人の目前でゼロの身体が光になって行く。温かな黄金の光。その光ははやて達にしずしずと降り注いだ。

 

「温かい……」

 

 はやては目映い光の中ゼロを見上げる。身体が光にゆっくりと融けて行くようだった。恐怖は無い。その光は暖かく優しかった。

 絆の光……ふとはやてはそんな言葉が浮かぶ。それと同時に、はやて達はその光に同化し融けて行った。

 

 

 

 

『おおっ! あれは!?』

 

 最後のビーストを撃破したウルトラセブンは、上空の黄金のように輝く光の塊を見上げ、思わず声を上げていた。

 

『あれは正しく……』

 

 メビウスは感慨深く呟く。それは彼にとって懐かしい光景であった。

 

『ウム……間違いない……』

 

 タロウも覚えがある。黄金色の光は徐々に人の形を取って行く。光が完全に晴れると、其処にはウルトラマンゼロらしき巨人の姿が在った。

 

『あの姿は……』

 

 レオはその姿を見上げ唸る。アストラも戦士の姿を見上げた。

 

『あの嬢ちゃん達と……』

 

 メロスも驚きの声を漏らした。夜天の空に浮かぶ神々しささえ感じさせるウルトラマンゼロの姿。

 背に6枚の光の翼を広げ、胸のカラータイマーを中心に黄金色の剣十字が現れていた。身体の各部には黒と紫、緑のラインがそれぞれ走っている。

 それははやてとリインフォース、守護騎士達全員の特徴が浮かび上がっていた。

 

 はやては煌めく光の中に存在している自分を自覚した。傍らを見るとシグナム達全員が同じく光の中に存在している。

 

「私らゼロ兄になっとる……?」

 

 ゼロとの確かな繋がりを感じる事が出来た。

 

《はい……我が主……》

 

 融合しているリインフォースが応える。途方もない一体感であった。

 

「これがゼロの中……」

 

 シグナムは静かに目を閉じてみる。閉じた筈の目から周りの光景がハッキリと見えた。ゼロが見ているものを彼女も直接見る事が出来るのだ。

 

「すっげぇ……」

 

 ヴィータも目を閉じ合一感に身を委ねた。ゼロの巨大な腕はヴィータの腕でもあった。

 

「私達……今ゼロ君そのものになっているのね……」

 

「力が漲ってくる!」

 

 シャマルもザフィーラも感嘆の声を漏らした。自らが光の巨人ウルトラマンゼロそのものとなっているのだ。

 今はやてがゼロであり、シグナムがゼロであった。ヴィータがゼロであり、シャマルがゼロで、ザフィーラがゼロであり、リインフォースがゼロであった。

 

『行くぜみんな!!』

 

 ゼロの声が全員の心に直接響く。声を出すまでもない。自分もゼロなのだから。はやても心で応えていた。

 

「最後の決戦やぁっ!」

 

 全員が続く。そうこれこそが八神家全員が合体した姿。『ナハトヒンメル・ゼロ』『夜天のウルトラマンゼロ』であった。

 

 

 

つづく

 

 




※ナハトヒンメルはドイツ語で夜空です。ナハトヴァールとは関係有りません。偶然です。映画よりかなり前から出てますし。
メビウス・フェニックスブレイブと同じ感じだと思ってください。

次回『絆-ネクサス-』


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第65話 絆-ネクサス-

 

 

 

「最後の決戦やぁっ!」

 

 はやての掛け声と共に、1つとなった八神家 『ナハトヒンメル・ゼロ』『夜天ゼロ』は、6枚の光の翼を広げ天空へと羽ばたいた。

 光の翼を広げる勇姿は、雄々しき戦いの天使のようであった。ウルトラセブンは飛び去る息子達を見上げ、

 

『ゼロ……お前はそれ程の絆を見付ける事が出来たのだな……』

 

 感慨深く嬉しそうに呟いていた。

 

 

 

 

 ウルトラ戦士達の出現を察知した『ダークザ ギ』は、地上に降下しようとしていた。最早アースラには目もくれない。

 ザギにとって路傍の石と同じく、取るに足りない存在なのだろう。今度はウオーミングアップとばかりに、ウルトラ戦士達を片付けるつもりなのだ。

 

『何だ……?』

 

 ふとザギは大きな力の気配を感じ、降下を止めた。尋常ではないエネルギー。見下ろした真紅の眼に6枚の光の翼が映った。

 

『ダークザギッ! 貴様の相手はこの俺達だ!!』

 

 雄々しき声が轟き、颯爽と光の翼を広げた巨人戦士が姿を現す。『夜天ゼロ』は敢然と暗黒破壊神の前に立ち塞がった。

 

『フッ……まだ生きていたか……そのしつこさだけは誉めてやろう……』

 

 ゼロがパワーアップしたのは察したが、歯牙にもかけない様子で傲然と『夜天ゼロ』を見下ろした。

 『ウルトラマンノア』以外に自分に敵う者など居ないと思っているのだ。背の『ザギ・イー ジス』が電光を放つ。電光は凄まじい雷となって『夜天ゼロ』に降 り注いだ。

 夜天の巨人は動じず、ゆっくりと右腕を掲げる。その前面に輝く三角形の魔方陣が展開された。

 

『何ぃっ!?』

 

 ウルトラマンには魔法は使えない筈。驚くザギの目の前で『ザギ・スパーク』が容易く跳ね返されていた。

 

『「守護の盾!!」』

 

 ゼロとザフィーラが共に叫ぶ。

 

「次は私だ!」

 

 シグナムが不敵に宣言する。その意思に腕の『ウルティメイト・ブレスレット』が変化し、白銀の鎧『ウルティメイト・イージス』が 『夜天ゼロ』の身体に装着された。

 右腕の白銀の剣『ウルティメイト・ゼロソード』に紫の光が満ち、燃え盛る業火の剣と化す。

 

『「紫電……一閃っ!!」』

 

 『夜天ゼロ』は瞬間移動さながらのスピードで間合いを一瞬で詰め、ザギに業火の剣を袈裟懸けに降り下ろす。炎の剣は1兆度の灼熱の刃となって、暗黒破壊神の身体を切り裂いた。

 

『グアアアアッ!?』

 

 漆黒の身体から血のように火花が飛び散り、冥王が初めてぐらついた。先程のゼロとは何もかも桁が違う。

 

「次はアタシだぁっ!!」

 

 ヴィータはここぞと勢い込んで叫んだ。彼女の戦意にイージスをブレスレッドに戻した『夜天ゼロ』は、拳を力強く握り締める。

 

『「ラケーテンッ!」』

 

 その拳に紅の光が集中し、巨体が竜巻の如くスピンした。まるで拳からロケット推進剤でも噴射しているような勢いだ。

 

『おのれえええっ!!』

 

 態勢を立て直したザギは、拳に超高温の炎を纏わせる『ザギ・インフェルノ』で迎え撃つ。巨大な拳同士が音速を遥かに超えた速度で激突する。

 

『「ハンマアアアァァァァッ!!」』

 

 『夜天ゼロ』の遠心力をプラスした拳が赤熱化し、凄まじいまでの勢いでザギの拳にぶち当たった。 真っ向から『夜天ゼロ』の拳がザギ・インフェルノを弾き返し、ザギのボディーに深々と叩き込まれる。

 同時に拳に込められたエネルギーが、ゼロ距離で発勁の如く一斉に炸裂した。

 

『グハアアアアアッ!!』

 

 強烈極まりない打撃に、ザギの巨体が吹っ飛んでいた。自らが呼び寄せた巨大隕石に激突し、勢いで隕石が粉々に砕け散る。計り知れないパワーであった。

 

「ざまあみろ! あの親子の仇だ!!」

 

 ヴィータは拳を掲げて叫ぶ。闇の巨人にされ、儚く散った母子の墓前での誓いを守ったのだ。

 しかしザギもこのまま、してやられはしない。これだけの攻撃を受けてもダメージが少ないのか、隕石の破片を跳ね飛ばし怒りに肩を震わせ『夜天ゼロ』を睨み付ける。

 

『いい気になるな、虫けらがあっ!!』

 

 左腕に右拳を激しく叩き付けた。必殺の『ライトニング・ザギ』の発射態勢! その左腕から放たれる赤黒い閃光の超絶破壊光線。先程ゼロに放ったものより遥かに出力は上だった。

 対する『夜天ゼロ』は地球を背にしている。空間を焼き尽くながら迫る光線は、一撃で地球を破壊出来る程の威力を秘めていた。避ける訳にはいかない。このままでは……だが!

 

『「そうはさせません! 『旅の鏡』!」』

 

 シャマルとゼロの叫びがシンクロする。『夜天ゼロ』が突き出した手の前に、暗緑色の巨大な空間ゲートが形成されていた。

 光の激流はゲートに全て吸い込まれ、勢いを保ったままザギに向け反転された。空間を捻じ曲げ、ライトニング・ザギをそっくりお返ししたのだ。

 逆に自らの発射光線をまともに浴びせられたザギは、とっさに両腕と防御シールドでガードするが、全てを殺しきれない。怯み後退してしまった。

 『夜天ゼロ』はその隙を見逃さない。止めとばかりにはやてにリインフォース、ゼロが叫んだ。

 

『「響け終焉の笛、ラグナロク・ゼロショット!!」』

 

 夜天の巨人は両腕をガッチリとL字形に組み合わせた。前面に魔方陣が展開されると同時に右腕が激しくスパークし、空間を揺るがす程の超絶の光の激流が放たれる。

 『ワイドゼロショット』と、ラグナロクが合わさった合体光線だ。ザギは先程と同じく前面に円形の防御シールドを張り巡らし対抗するが……

 

『馬鹿な!?』

 

 ラグナロク・ゼロショットが防御壁を容易く突き破り、暗黒破壊神に見事炸裂した。光の激流に押し流される魔神は、恐ろしい程の閃光の中に消え失せる。

 

「やった!!」

 

「いや……まだだ!」

 

 歓喜の声を上げかけるヴィータに、シグナムが注意を促す。その通りであった。閃光が収まると、身体中に走る紅いラインを不気味に発光させたダークザギの姿が現れる。

 全く無事という訳にはいかなかったらしく、表皮が所々破損し装甲の一部が剥がれかけ、隙間から血のように紅い光が漏れていたが健在であった。

 

「あの一撃をまともに食らって持ちこたえたの か……」

 

「何て怪物なの!」

 

 シグナムとシャマルは驚愕の目で漆黒の魔神を見る。今のエネルギー量から、自分達『夜天ゼロ』の絶大な力は判っている。

 それにも関わらずザギは、惑星破壊レベル以上の攻撃を耐えきってしまったのだ。恐るべき魔神であった。

 

『……赦さん……赦さんぞ虫けらがあっ!!』

 

 ザギは屈辱の怒りに身を震わせて吼えた。怒りに呼応し、背のザギ・イージスが放電現象を起こし始める。

 

『何だ!? 奴にとんでもない量のエネルギーが集中して行くぞ!!』

 

 冥王のただならぬ様子に警戒するゼロ。計測したシャマルは顔色を変えた。

 

「嘘っ!? 次元震……いえ、これは次元断層を引き起こす以上のエネルギーが発生しつつあるわ!!」

 

「まだ切り札を持っていたのか? あんなものを撃たれたら……!」

 

 ザフィーラもその破滅的なエネルギー量に焦りを隠せない。目前の怒れるザギは、荒れ狂う禍神(まがつがみ)の如く両腕を広げた。

 

『この世界ごと貴様らを消し飛ばしてくれるわ あっ!!』

 

 魔神の漆黒の身体から闇色の波動が発生し、パワーが上昇する毎に真紅の両眼がギラリと光を放つ。

 空間が怯えたように震えた。放電現象と闇の波動に世界そのものが揺れ動いている。

 『ザギ・ザ・ファイナル』闇の波動により、全てを消し去るダークザギ究極の技。

 ザギ・イージスを手に入れた事によりその威力は、この世界ごと周囲の次元世界をも破壊してしまう程の威力を秘めていた。

 

『させるかあっ! ウオオオオッ!!』

 

『夜天ゼロ』の雄叫びに、『ウルティメイト・イージス』が、再び巨大な白銀の弓『ファイナルウルティメイト』を形成する。

 夜天の巨人はイージスを構え、下部の光の弦を引き絞り漆黒の魔神に狙いを定めた。白銀の弓に黄金色の光が集まり、5つある青いエネルギーランプの1つに光が灯る。

 宇宙空間に黄金色の光と、闇色の波動が湧き上がる。『夜天ゼロ』とダークザギ。共に雌雄を決すべくお互いの巨体に、常識を超えたエネルギーが集中して行く。しかし!

 

『不味い、奴の方が早い!?』

 

「先に撃たれてまう!?」

 

 ゼロとはやては焦りの声を漏らした。ザギの方が先にエネルギーチャージを終えつつある。 此方は5つあるランプがまだ3つしか点いていない。必殺技はまだ撃てない。絶体絶命であった。

 

『フハハハッ! 遅い!!』

 

 ザギが勝ち誇って嘲りの声を発した時だ。

 

『そうはさせんぞ、ダークザギ!!』

 

 頼もしき声と共に、青白い光の束が漆黒の魔神に炸裂した。『ワイドショット』の一撃。其処には両腕をL字形に組んだウルトラセブンの勇姿が在った。

 

『食らえダークザギ! ストリウム光線!!』

 

 続けざまに炸裂する虹色の破壊光線。ウルトラマンタロウだ。

 

『待たせたねゼロ、セアアアッ!!』

 

 目に鮮やかなファイヤーパターンの巨体が舞 う。『ウルトラマンメビウス・バーニングブレ イブ』が必殺の『メビュームバースト』を放つ。

 巨大な火球がエネルギーチャージ途中のザギに撃ち込まれ、漆黒の身体を炎が包む。しかしザギはものともせず怒りの声を上げた。

 

『おのれぇっ! 小癪なウルトラ戦士共があっ!!』

 

『此方にも居るぜ! レーザーショット、アンドロメロス!!』

 

 セブン、タロウ、メビウスに続き、白銀の鎧超人が両腕を交差させる。メロスの必殺光線が連続してザギに命中した。

 

『貴様の勝手にはさせん! 行くぞアストラッ!!』

 

『おおっ、レオ兄さん!!』

 

 互いの両手を組み合わせたレオ兄弟から『ダブルフラッシャー』が更にザギに炸裂する。駆け付けてくれたウルトラ戦士達全員の集結だ。

 飛び散ったビースト細胞の処理で遅くなってしまったのだ。彼方も放って置くと大変な事になってしまう。セブンは即座に状況を把握し、

 

『ゼロがあれを撃つには時間が必要なようだ。その間ザギを撹乱するぞ!』

 

 その指示に全員は一斉にザギに必殺光線を放つ。地球上ではとても撃てない全力の光線だ。宇宙ならばエネルギーも地球上程消費しない。

 宇宙空間を流星の如く飛び交う光線の嵐。だがダークザギはビクともしない。先程ゼロ達にやられた傷も既に修復されている。防衛プログラムの無限再生能力だ。

 

『フハハハッ! そんな攻撃では俺を倒す事は出来ん。貴様らもこの世界と共に滅ぶがいい!!』

 

 漆黒の魔神は勝ち誇って高笑いし、再びエネルギー チャージを再開する。

 

『いかん! 撃たせるな!!』

 

 セブンは胸部太陽エネルギー集光アーマーにエネルギーを集束し、ワイドショットをフルパワーで放つ。

 各自も必殺光線を魔神に雨あられと撃ち込んだ。 それでもダークザギのエネルギーチャージを止める事が出来ない。

 

『不味い、ザギの方がまだ早い!?』

 

 光線を撃ち続ける中メロスは危機を感じ、特攻覚悟で突っ込もうとする。ブラックホールにも耐える鎧ならば、少しは持ちこたえる事が出来る筈と判断したのだ。

 それしかチャージを阻止出来そうに無い。突撃しようとしたその時、全員のテレパシー回線に女性の声が聞こえてきた。

 

《聞こえますね? アースラ艦長リンディ・ハラオウンです。これから『アルカンシェル』をザギの背後に撃ち込みます!》

 

 それは退避したと見せかけて、アルカンシェルの2発目を撃つ態勢を整えていたリンディからの念話であった。密かにザギの背後に回り込み、チャンスを窺っていたのである。

 

《判りました。此方は全力で攻撃し、ザギに気取られないようにします!》

 

《ありがとうございます》

 

 セブンが了解した。リンディの指示に、二股に別れているアースラ艦首にリング状の魔方陣が展開される。ザギはまだ気付いていない。リンディは狙いを定め、再び発射キーを回し込んだ。

 

「アルカンシェル発射っ!!」

 

 そこでようやくザギはアースラの攻撃に気付くが、既にアルカンシェルは発射された。魔力砲は一直線に漆黒の魔神に炸裂する。

 しかしやはりザギにダメージを与える事は出来ない。だが思わぬ攻撃に、魔神のエネルギーチャージが僅かに遅れてしまう。その僅かなタイムラグが命取りとなった。

 『夜天ゼロ』の構えるイージスのランプ全てに光が灯る。エネルギーチャージが完了したのだ。それに伴いイージスが目映いばかりの光を放つ。発射態勢は整った。

 

『跳ね返してくれるわあっ!!』

 

 ザギはファイナルを諦めるとエネルギーを前面に集中し突進して来る。漆黒の身体から紅の光が煌めいた。 全方位に撒き散らす筈だったエネルギーを全 て『夜天ゼロ』に向けたのだ。

 はやては目前の魔神に改めて視線を送る。その中の取り込まれた存在を哀しそうに見詰めた。

 

「ごめんな……お休みな……」

 

 それは『闇の書の闇』への手向けの言葉だった。防衛プログラムに罪は無い。全ては人間の欲望によるものだ。

 永い年月を人間の悪意によって翻弄され続け、今また本物の悪魔の一部とされてしまったリインフォース達の一部だった者への……

 

『はやて……』

 

 ゼロの優しい響きの声が心の中に直接聞こえる。

 

『解放してやろう……俺達で……』

 

 はやてはコクリと頷いた。守護騎士達は彼女を囲み、円陣を組むように一斉に中心に手を伸ばす。

 真の主となった少女は決意を込めた瞳で迫る漆黒の魔神を見やり、守護騎士達の伸ばされた手に自らの手を重ねた。

 その瞬間『夜天ゼロ』の光の翼が勢いを増す。怒濤の勢いだ。八神家全員の力が1つに結集する。八神家の集合巨人は、光の弦を力の限り引き絞った。

 

『受けてみろダークザギ! これが俺達の光だ! 『ファイナル・ナハトヒンメルゼロ』!!』

 

 超速で射ち出されたイージスは7色の光に包まれ、あらゆる因果事象を超越し、不死鳥の如く宇宙を翔けた。

 押し寄せる暗黒波動を押し返し、ザギの身体に見事激突する。しかし食い込む寸前で防衛シールドに遮られ、勢いを止められてしまった。切り札を破られてしまったのか!?

 

『フハハハッ! この程度……うおっ!?』

 

 勝ち誇ろうとしたザギの目の前で、イージスがドリルのように高速回転を始めていた。神秘の弓はシールドを突き破り、魔神の身体に深々とめり込んだ。

 回転は更に勢いを増し、発生した光の竜巻にザギの巨体が呑み込まれて行く。

 

『グアアアアアアアアアアアァァァァッ!?』

 

 絶叫する魔神。無限再生力を遥かに上回る衝撃が細胞を粉砕し、イージスがダークザギの身体をぶち抜いた。さしもの魔神も7色の光の嵐に成す術なく巻き込まれ、ボロボロと崩れ去り消滅して行く。

 

『馬鹿なぁっ!? このダークザギがあああ あぁぁぁぁぁっっ!!』

 

 断末魔の叫びを上げ、ダークザギは宇宙空間を真昼のように明るく照らし大爆発を起こす。 魔神の最期であった。

 ゼロ達とウルトラ戦士達は、無言で暗黒破壊神の散り様を見届ける。

 

 

「ダークザギ完全消滅……防衛プログラムも再生反応ありません……」

 

 エイミィの報告に、リンディは爆発の様子をモニターで確認し静かに頷いた。さながら超新星爆発の如き閃光であった。

 

「準警戒態勢を維持……ゲートの件もあるので、もうしばらく反応空域を観測します……」

 

「了解っ」

 

 一通りの指示を終えたリンディは、感慨深くザギが消滅した空域を見詰めた。

 

(クライド……)

 

 ようやく悪魔の手から解放された夫を想い、リンディは静かに目を閉じる。その目から一筋光るものが流れ落ちた……

 

 

 

 

「フハハハ……ゼロ……お前はそう来たか……」

 

 天空に咲いた巨大花のような閃光を見上げ、ゼロに似た青年は凄惨な笑みを浮かべた。『ウルトラセブン・アックス』の人間体である。

 彼はさも愉快そうに肩を揺らした。街中の高層ビルの屋上で、アックスは行儀悪く脚を投げ出し座り込んでいる。

 今まで高見の見物としゃれ込んでいたらしい。周りには数人の男女が、かしづくように静かに立っている。シグナムそっくりの女もその中に居た。無言で天空の光を見上げている。

 

「主様、愉しそうだね?」

 

 その中の1人、青い髪をツインテールに括った少女『レヴィ』が無邪気に尋ねる。

 

「当たり前だ……愉しみがまた増えたんだからな……」

 

 アックスはニンマリと嗤うと、悠然と立ち上がった。ズボンの埃を払うと屋上のフェンスの上に軽々と飛び上がる。

 

「さてと……引き上げるぞ、お愉しみはこれからだ!」

 

 無造作にポケットに手を突っ込むと、小川でも飛び越えるようにビルから飛び降りた。

 

「わ~い、愉しみ愉しみぃっ!」

 

 はしゃぐレヴィも後に続いて飛び降りる。彼女以外の男女も無言で後に続く。

 アックス達は色の無い街に吸い込まれるように消え失せ、後には寂漠とした風だけが渦を巻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ダークザギ消滅の爆発は、地上のフェイト達にもしっかりと捉える事が出来た。しばらくの時が過ぎ閃光が薄れて行く。

 気が付くと白いものが、天空からはらはらと舞い降 りて来るのが見えた。今年最初の雪が降って来たのだ。

 エイミィからザギ撃破の連絡を受けたフェイトとなのはは、思わず手を叩き合っている。全員の顔にも安堵の色が浮かんだ。

 凄まじい戦いであった。全員極限まで魔力と体力を消耗している。

 

「見てあれ!」

 

 空を指差すアルフ。全員が空を見上げた。7人の巨人戦士達が降りて来るのが見える。『夜天ゼロ』にウルトラ戦士達だ。

 

 地上に降り立った『夜天ゼロ』が目映い光を放つ。光が晴れると其処にははやてを始めとする、守護騎士達全員の姿が在った。

 同時にゼロ達ウルトラ戦士も人間サイズに身体を縮小している。流石に地球上では、もう巨体を保てないのだろう。

 なのはとフェイトは、はやての元に文字通り飛び寄っていた。

 

「はやてちゃん、やったね!」

 

「はやて凄かったよ」

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん……」

 

 ニッコリ笑って友人を労う2人と、はやてはハイタッチを交わした。その光景を微笑ましく全員が眺めている。和やかな空気が流れた。

 闇の書暴走時の建物の修復作業がまだ残ってはいるが、概ね状況は終っていた。

 すずかとアリサも無事結界外に転送され、一安心である。尤もなのはは、訳が判らずキレているアリサの姿を容易に想像出来たが……

 シャマルはユーノやアルフと笑顔で顔を合わせ、シグナムは興奮冷めやらぬヴィータを姉のように、たしなめている。

 そんなほのぼのとした中クロノと話していたフェイトは、ザフィーラと拳を合わせて健闘を称えあっているウルトラマンゼロに目をやった。

 何か胸にあるランプのようなものが、赤くチカチカ光っているなと思っていると、不意にゼロがガクリと崩れ落ちた。

 

「ゼロッ!?」

 

 落下しそうになるゼロをとっさに掴まえるザフィーラの声に、全員が振り返った。

 皆の目の前でウルトラマンゼロの身体が光のリングに包まれる。リングが消え去ると其処には、服を血塗れにした少年の姿が在った。

 

「ゼロ兄ぃっ!?」

 

「ゼロッ!?」

 

 はやて達が翔け寄る中、ゼロは完全に意識を失っていた。オロオロしているとウルトラセブンが近寄って、手を額に翳し息子の様子を確認する。

 

『心配要らない……息子はタフだからね。怪我はしているが命に別状は無い……限界まで力を使い果たしたんだよ……』

 

 聞いた者を安心させる温かな声だった。その言葉にはやて達は安堵の息を吐く。フェイトはその中で、食い入るように少年の顔を見詰めていた。

 

(ああ……やっぱり……)

 

 間違えようもなく、あの少年であった。視界が滲むのを、フェイトは辛うじて我慢する。隣のアルフは驚いてゼロの顔を凝視した。

 

「フェイト……あの子って……まさか……?」

 

 表情を引きつらせてフェイトに言い掛けると、

 

「はやて!?」

 

「はやてちゃん!?」

 

 ヴィータとシャマルが血相を変えて、はやての名前を呼んでいる。彼女もいきなり倒れてしまったのだ。すると……

 

「大丈夫だ……心配は無い……」

 

 倒れたはやてから抜け出るように、何者かがゆらりと現れる。輝く銀髪をなびかせた紅い瞳の女性『リインフォース』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 意識を失ったゼロはふと、眩しい光の中で目を開けた。

 目を覚ました訳では無い。深層意識の中、意識の一部だけが覚醒している。そんな夢うつつの状態であった。

 意識の中だけで目を開けたゼロの前に、光輝く翼の白銀の巨人が此方を見下ろしているのが見えた。

 

(……ウルトラマン……ノア……)

 

 ゼロは不思議な光沢を放つ神々しい姿に、その巨人の名を口にしていた。

 

(そうか……今まで俺を助けてくれてたのは…… 本物のあんただったのか……)

 

 ゼロは今までの事を思い返し、ようやく腑に落ちた。最初に闇の書の記憶を見せたのも、死にかけていた自分を黄泉路から呼び戻してくれたのも『ウルトラマンノア』だったのだ。

 白銀の巨人は無言で頷いた。言葉こそ発しないが、ゼロには彼が何を伝えたいのか判る気がした。青年の激励の言葉が甦る。あの言葉が自分を救ったのだ。

 

(ありがとう……ウルトラマンノア……あんたも頑張れよ……)

 

 ゼロは深い感謝を込めて礼を言う。『ウルトラマンノア』もきっと別の世界で、人々を守る為に戦い続けている。それは間違いないとゼロは確信していた。

 すると白銀の巨人が微かに笑ったような気がする。ぼんやりそんな事を思っていると、再び意識が薄れて行く。

 

(ウルトラマンゼロ……君もね……)

 

 完全に意識が途絶える前に、ゼロは確かにあの青年の声を聞いた……

 

 

 

 

 

 **********************

 

 

 

 

 

「孤門隊員……」

 

 女性の自分を呼ぶ声に、『孤門一輝』は閉じていた目をゆっくりと開けた。目の前には慣れ親しんだ計器類やコンソールが見える。

 そして此方を振り向いている、黒いヘルメットにダークブルーの戦闘スーツの女性。顔面までスッポリと覆うヘルメットのフェイスカバー部分から、中の人物の顔が判別出来た。

 凛とした、甘さを削ぎ落としたような鋭い美貌の女性『ナイトレイダー』和倉隊の副隊長 『西条凪』である。

 

(そうだった……)

 

 孤門は今居る場所を思い出す。並行世界へ意識を跳ばしていたので、少し認識がぼやけていたようだ。此処はナイトレイダーの誇る大型戦闘機『ストライクチェスター』の複座式コックピットの中である。

 

 そしてキャノピーから見える光景は、無限に広がる宇宙空間だ。背後には青く輝く地球が望め、辺り一面に瞬く星々の光がほの暗いコックピット内を微かに照らしていた。

 

「ダークザギは消滅しました……彼方の世界の皆が頑張ってくれたのです……」

 

 孤門はカバー越しに笑みを浮かべ、彼女に結果を伝えた。

 

「そう……」

 

 凪もその表情に感慨の色を浮かべた。彼女にもザギには色々と含むものがある。

 

《どうやらザギは滅んだようだな……》

 

 渋みのある男性の声で通信が入って来た。同じくストライクチェスターの別コックピット内の『和倉英輔』隊長である。

 

「はい……此方の手が離せないばかりに、彼らにだけ負担を掛けてしまいました……気付くのが遅れたせいもありますが、ザギが妨害波動を発していた為に、満足に助言も出来ませんでしたし……」

 

 済まなそうに視線を落とす孤門に、和倉隊長は元気付けるように、

 

《仕方あるまい……この状況ではな……》

 

 苦笑いを含んだ声に、孤門は周囲に目をやった。ストライクチェスターの周りには、無数の同型ストライクチェスターが編隊を組み宇宙空間に待機している。

 宇宙戦闘用に改修を受けた、ストライクチェスターの大編隊であった。世界各国のナイトレイダー支部から、選りすぐって集められた最精鋭部隊である。

 

《ビースト振動波キャッチ♪ 月の裏側の『奴ら』が動き出しました!》

 

 何処か陽気な響きの女性の声で報告が入って来る。『平木詩織』隊員だ。何も口にはしないが、彼女も『ザギ』とは色々有ったものである。

 

 孤門は前方の青白く光を反射する月に目を向けた。拡大モニターに、おびただしい数の異形の群れが飛来して来るのが捉えられている。

 月の裏側で大量発生したスペースビーストの大群だ。数年前にザギが滅んだ後、弱体化した筈のビーストが近年謎の強化を遂げていた。

 孤門はウルトラマンノアとして、現在までずっと強化されたビースト群と戦い続けていたのだ。他の世界に行ける余裕など無かった。

 スペースビーストは今だ正体が不明な存在である。何処で生まれ如何なる存在なのかも解っていない。あの『来訪者』ですらそれは解らない。

 

『孤門隊員……ビーストの根源的なものが近付いているのかもしれないね……』

 

 状況を分析している『イラストレイター』の言葉が甦る。孤門は大きな戦いの予感をひしひしと感じながら、変身アイテム『エボル・トラスター』を取り出す。 最近戦闘での疲労度も、かなりのものになってきている。

 

「孤門隊員……済まないけど任せたわ……」

 

 凪は操縦桿を握り締め、僅かに表情を曇らせる。そんな孤門の状態が判っているのだ。だが今の状況でノアの戦力が無ければ、地球はたちまちビーストに滅ぼされてしまうだろう。

 孤門は凪に心配無いとばかりに微笑み掛けると、エボル・トラスターの鞘を一気に引き抜き目前に掲げた。

 

「うおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 トラスターの刃先が目映いばかりの光を発し、孤門の身体が光に包まれる。そしてストライクチェスターの編隊中央に、光輝く巨人がその勇姿を現した。

 翼持つ銀色の巨人。『ウルトラマンノア』が神々しいまでの姿を顕現させる。

 

 岩石のような巨躯のビーストの大群が、此方に向けて突進して来た。地球へ侵入するつもりなのだ。

 迎え撃つストライクチェスターから砲撃が始まる。スパイダーミサイルに、ストライク・パニッシャーの一斉砲火だ。

 撃墜されて行くビースト群。しかしその数はいっこうに減らない。次々と月面から新手が押し寄せて来るのだ。その数は億に迫る勢いである。

 『孤門・ノア』は、右腕にガッチリと左拳を組み合わせる。その右腕に辺りを揺るがす程のエネルギーが集中した。

 

『シェアアアアッ!!』

 

 次の瞬間放たれる超絶の破壊光線。『ライトニング・ノア』を食らい、ビースト群は次々と爆発四散して行く。

 ライトニング・ノアとストライクチェスターの攻撃で、辺り一面が明るく照らし出された。

 閃光の中『ノア』はビースト群目掛けて飛び出していた。迫り来る敵を蹴散らし、その速度は光の速度を超える。

 ビーストをなぎ倒しながら『孤門・ウルトラマンノア』は、ゼロ達に想いを馳せた。

 

(これから君達にも、数々の困難が待ち受けているだろう……)

 

 迫り来るビーストに超重力波『グラヴィティ・ノア』 が炸裂し、異形の群れの中に孔を穿つ。道のように敵攻撃陣にポッカリと空間が開く。

 

(でも君達なら挫けず立ち向かって行けるだろう……どんな事があっても、最後まで諦めるな!!)

 

 『ウルトラマンノア』は別世界の戦士達に心の中でエールを送ると、月の裏側に向かい敢然とビーストの大群に突入するのだった。

 

 

 

つづく

 

 





※ネクサスブックレットでは、何故か凪と2人変身になってましたが、何だかなあ……なので此方では孤門単独変身です。
テレビでは孤門単独変身だったので、1人でも2人でも変身出来るのかもしれません。
この後流石に限界に達した孤門が凪と2人で再変身。それで2人変身出来るようになり数年後、真ルシフェル編でも良いかもしれませんが。


次回A's編最終回『帰還-リターン-』


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第66話 帰還-リターン-

 

 

 衛星軌道上に係留中の次元航行船アースラでは今、珍しい客達を迎え入れていた。 迎えるリンディは少々身が引き締まる思いである。

 並みの客人では無い。次元世界のこれからに関わる客である。現れた客達の姿に最初リンディは戸惑った。

 それは彼らが全く人間と変わらない姿で現れたからである。そう客とはウルトラ戦士達であったのだ。

 説明を受け納得したリンディは、4人を応接室に招いた。皆民族衣装に似た服を着ている東洋人の男性達だ。年齢にかなり幅があるように見えた。

 

「ようこそいらして下さいました。『時空管理局』所属アースラ艦長リンディ・ハラオウンです」

 

 リンディはウルトラ戦士達に丁重に挨拶し、右手を差し出した。男性達は皆一礼し、その中の1人、還暦程の髪を後ろで縛った男性が代表して手を差し出した。

 

「ゼロの父で『光の国・宇宙警備隊』所属『ウルトラセブン』です。この姿の時は『モロボシ・ダン』と呼んでいただければ……」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、リンディの手をしっかりと握った。続いてダンの後ろに立っている爽やかな笑顔の中年男性が名乗る。

 

「同じくゼロの叔父で『ウルトラマンタロウ』 『東光太郎』です」

 

「『ウルトラマンレオ』……『おおとりゲン』 です……」

 

 精悍な表情をした中年男性が、眼光鋭く自己紹介する。

 

「僕は『ウルトラマンメビウス』『ヒビノ・ミライ』です」

 

 最後に優しげな青年が、人懐っこい表情で挨拶した。人間形態のウルトラ戦士達の揃い踏みである。彼らからリンディに直接会って話をしたいとのコンタクトが有り、アースラに招く事になったのだ。

 『アストラ』と『メロス』は、『ダークザギ』の置き土産のゲートの調査を行っている。

 強大な力を持った未知の巨人種族。まともに顔を合わせるのは初めてだ。緊張が高まるのは仕方ないと言える。4人に席を進め、紅茶を出したリンディは居ずまいを正し、

 

「それで……お話しとは……?」

 

 次元世界初のウルトラマンとの会談が始まった。

 

 

 

 

 

 

「……ん………?」

 

 ゼロは身体に違和感を感じ目を開けた。近未来的な造りのツルリとした天井が見える。ベッドに寝ているらしいとぼんやりと思った。

 どうやら医務室らしい。 身体に目をやると違和感の正体が判った。腕に付けられたチューブである。輸血の為のものだ。

 ベッド脇の医療機械らしきものから、赤いものがチューブを伝っているのが見える。上半身にはコルセットのようなギブスが付けられていた。ザギにやられて骨折した肋骨の治療であろう。

 人間形態のゼロの身体は人間そのものなので、一般的な治療が効く。

 

「……此処は……?」

 

 ザギを倒し地上に降りた後の記憶が無い。首を捻っていると部屋のドアが静かに自動で開き、八重桜色の髪をポニーテールに括った凜とした女性が入って来た。

 

「ゼロ、目が覚めたのか……?」

 

 シグナムである。様子を見に来たのだ。ゼロが目覚めたのに気付き声を掛けて来た。

 

「シグナム……此処は……痛ぇっ!?」

 

 上半身を起こしたゼロは、鈍い胸の痛みに呻き声を上げてしまった。シグナムは苦笑して、胸を押さえて顔をしかめる少年を支えてやる。

 

「いきなり起き上がろうとするからだ……肋骨が数本折れているのだぞ。血も足りない状態で輸血を施している所だ。艦長殿の好意でな……此処はアースラの中だ。お前は限界まで力を使い果たして倒れたのだぞ……」

 

「倒れちまったのか……アースラの中……みんなはどうした……?」

 

 見張りも拘束もされていないし、シグナムも1人で普通に歩き回っているようだ。濡れ衣も晴れている。好意で休ませて貰っているのは本当だろう。

 それでも皆の事が気になった。不安げな顔をするゼロにシグナムは微少して見せる。

 

「案ずるな全員無事だ……主はやてが、初陣での魔力使用による過労でお休みになっているが問題ない……少し休めば回復されるだろう……ゼロの父上達は今、艦長殿と話をしに行っているそうだ……」

 

「そうか……」

 

 ゼロはホッと安堵の息を吐くと、腕に付けられたチューブを引き抜き、検査機器のコードをひっぺがした。

 

「大丈夫なのか?」

 

 気遣うシグナムに、ゼロは涼しい表情を示す。

 

「輸血もあらかた終わったみてえだし、治療のお陰で怪我もあんまり痛まねえよ……みんなの所に行こうぜ……」

 

 何でも無いように立ち上がる少年に、シグナムは苦笑する。相変わらず意地っ張りな男であった。

 

 

 

 ゼロはシグナムに着いて、はやての寝かされている部屋に向かう。向かうと言っても直ぐ側である。

 ゼロを気遣い通路をゆっくり目で歩くシグナムは、隣を歩くゼロの足取りに乱れを感じた。案の定少年はバランスを崩してよろけてしまう。

 

「ゼロッ!?」

 

 シグナムはとっさに、ひっくり返りそうになるゼロを抱き止めた。強がりでも言うかと思うと、少年は支えられたまま反応が無い。

 具合が悪くなったのではないかと、シグナムが心配して呼び掛けようとすると、ゼロがいきなり手を伸ばし彼女をしっかりと抱き締めていた。

 

「ゼゼゼっ……ゼロぉっ!?」

 

 いきなりの大胆な行動にシグナムは顔を真っ赤にし、わたわたと大慌て状態になってしまった。ゼロは彼女をしっかりと抱き締め、まったく放す様子は無い。

 

(わっ、私はどうしたら……?)

 

 どうすれば良いのか武骨な将には分からない。少年の鍛え上げられた肉体の感触に頬が熱くなる。頭から湯気を出しそうになっている烈火の将。すると顔を伏せていたゼロがやっと口を開いた。

 

「……本当にシグナムだな……良かった……」

 

 言葉尻が震えている。そこでシグナムはゼロの行動の意味を悟った。彼はシグナム達が消された時の事を思い出したのだ。

 大事な者を喪うという、二度と味わいたくないと思っていた喪失感が蘇り、不安に駈られてしまったのだろう。

 

「みんな居なくなっちまったかと思った……良かった……本当に良かった……」

 

「ゼロ……」

 

 ゼロの目からポロポロと涙が溢れていた。心からの嬉し泣きだった。とても素直な感情が伝わって来る。

 シグナムはゼロの気持ちがとても嬉しかった。幼子のように震えてしがみ付く少年が、ひどく可愛く思える。

 

(戻って来れて良かった……)

 

 彼女も心の底からそう思う。一歩間違えれば、二度とゼロとはやての所に戻って来れなかっただろう。今の自分にはとても耐えられまい。烈火の将は実感を込めて慈しむように微笑を浮かべていた。

 

「ああ……私は此処に居る……」

 

 耳元で優しく安心させるように囁き、震える背中をそっと撫でてやる。武骨な女騎士の精一杯であった。

 

 

 

 

 落ち着いたゼロがシグナムに連れられて病室に入ると、部屋のベッドにはやてが寝かされていた。倒れた後アースラに運ばれた少女は、こんこんと眠り続けている。

 まだ目が覚める様子は無い。ベッドの周りにはヴィータにシャマル、狼姿のザフィーラが見守っている。

 そしてはやてを見守るもう1人の人物。 長い銀髪の紅い瞳の女性。『夜天の魔導書』 の管制人格『リインフォース』である。

 

「はやては本当に何でも無いのか……?」

 

 死んだように眠るはやての寝顔を見て、ゼロは不安げに尋ねた。リインフォースは静かに頷く。

 

「何も問題は無い……初の実戦で魔力を全開で使われたからだ……休息を取れば元気になられる……それに私からの侵食も完全に止まっているし、『リンカーコア』も正常作動している……不自由な足も時を置けば自然回復するだろう……」

 

「そうか……」

 

 どうやらはやては問題ないようだ。ホッと安堵の息を吐くゼロだが、今度はリインフォースを改めて見た。

 

「リインフォース、そう言うお前は大丈夫なの か……?」

 

 防衛プログラムを全て切り離した彼女の身体が気になる。つまり改変されていたとはいえ、自分の身体の殆どを失った事になるのだ。ゼロの心配に、リインフォースは複雑そうな表情を浮かべた。

 

「その事でゼロ……お前に聞きたい事が有るの だ……」

 

「聞きたい事……?」

 

 ゼロはキョトンとした。いくら魔法プログラムを理解しても、リインフォースの身体の事が分かる訳では無い。役に立てるとは思えなかった。困惑するゼロにリインは事実を述べた。

 

「防衛プログラムの切り離しの際に、引き千切られた私の根幹部は回復しようのないダメージを負った……」

 

「何だって!?」

 

 それは大変な事なのではないのか。致命傷を負ったように思えた。リインフォースは顔色を変えるゼロを宥め、

 

「最後まで聞いてくれ……本来ならこの身に宿した自己再生能力故に、再び防衛プログラムを構築してしまう可能性があったのだが……切り離しの際に、あまりに多くを失った為にシステム再生の不備、融合能力の喪失……危険が無くなった代わりに、私は自らの身体すら長くは維持出来なくなった筈だったのだ……」

 

 ここまで聞くと絶望的に思える。危険が無くなった代わりに後僅かで死んでしまうと言う事だ。リインフォースはそこで一旦言葉を切り、ゼロを困惑した様子で見据えた。

 

「それなのに私の身体は崩壊を始める気配が無 い……それどころか穏やかにだが、修復機能が働き始めている……魔力が働いている訳でも、防衛プログラムが残っていた訳でも無い……一体どう言う事なのだ? 思い当たるとするならゼロしか無い……」

 

 リインフォースはかなり混乱しているようだ。本来なら後僅かしか己を保てない筈が、原因不明の事態により身体機能が正常に働き始めたのだから。するとゼロは何かに思い当たったようだ。

 

「まさか……そう言う事なのか……?」

 

 リインに歩み寄ると、おもむろにその手を取った。

 

「……?」

 

 不思議そうに此方を見るリインフォースの前で、ゼロは手を握ったまま目を閉じる。体内を超感覚でサーチしているのだ。

 既にリインから話を聞いていたシグナム達守護騎士は、黙って2人を見守る。ゼロはしばらくの間そうしていたが、終わったらしく目を開けると難しい顔をした。

 

「……多分……俺がお前の中に入った時だ……」

 

「どう言う事だ?」

 

 事情を知りたくてたまらないリインフォースを宥め、ゼロは状況から纏めた推測を口にする。

 

「前例の無い魔法プログラムへの身体の変換……ザギの干渉波から防護する為に俺は、一時的に魔法プログラムに変換した身体の一部をリインフォース達に融合させていた……それでウルトラマンの因子がリインに交ざってしまったらしい……」

 

 ゼロは思わぬ事態に眉をひそめる。リインフォースにウルトラ族の超人因子が融合してしまったのが原因らしかった。

 

「そ……そんな事が……」

 

 シャマルは目を丸くする。こんな事は初めてだ。それはそうだろう。ザフィーラはしばらく熟考していたようだが、納得したように口を開く。

 

「つまり……こう言う事か……? リインフォースはウルトラマンの力の一部を取り込む事で助かったと……?」

 

「何だ……すげえ簡単な話じゃん?」

 

 ヴィータはあっけらかんと言うが、ゼロはそう気楽になれないようだ。

 

「だがよ……どんな影響が出るか分からねえ ぞ……? あんまり手放しって訳には……」

 

 あまりに前例が無いので首を捻るしか無い。すると不意に柔らかな声がした。

 

「でも……そのままやったら……リインフォースは長くはなかったんやろ……?」

 

「はやて?」

 

 ゼロが振り向くと、眠っていた筈のはやてが目を開けていた。何故か目が覚めてしまったらしい。

 小さな主はまだ起き上がれず、幾分ぼんやりしながらも、ウルトラマンの少年と祝福の風を交互に見上げた。

 

「影響も何も……みんな助かって……リインまで助かったんや……これはゼロ兄からのクリスマスプレゼントって事でええんやないの……?」

 

 まだ戸惑っている2人に温かく笑い掛ける。 シグナムは腕組みして頷き、

 

「確かに主はやての言う通りだ……消滅以上に悪い事などあるとは思えん……」

 

「完全に防衛プログラムを切り離したならもう心配は要らないし、喜ばなくちゃっ」

 

 シャマルが手を叩いて笑顔になる。ヴィータは複雑そうにチラチラとリインを見、ザフィーラはウム……と同意して頷いた。

 

「正直……信じられない想いで一杯です……」

 

 リインフォースはあまりの事態に、そう呟くのがやっとだった。闇の書の呪いが解けたどころか、死を覚悟していた自分まで助かるとは……

 永遠にも感じられた暗黒の日々からの解放。まるで絵空事のようで実感が無かった。はやては呆然とするリインに向かって手招きする。

 

「リインフォース……此方に来てんか……?」

 

「はい……」

 

 横たわったままの主の傍らに、おずおずと立ったリインの手をはやてはそっと握った。

 

「やっと現実で逢えたんやね……リインフォー ス……助かって良かった……逢えてほんまに嬉しいわ……」

 

「あ……主ぃ……っ」

 

 リインはこみ上げるものに耐えきれず、はやての手を握り締めその場で泣き崩れていた。小さな主は慈母のように微笑み、彼女の頭を優しく撫でてやる。

 ゼロはその光景に貰い泣きしているのも気付かず、ひたすらウンウン頷いていた。温もりが溢れる中、医務室にリインの嗚咽だけが静かに響いていた……

 

 

 しばらくして再びはやては眠りに落ちていた。やはりまだ疲れが残っているのだろう。

 ようやく泣き止んだリインフォースは、真っ赤に泣き腫らした目の涙を拭い、ゼロに向き直った。

 

「済まないゼロ……お前のお陰で助かったというのに……あまりの事に取り乱してしまった……」

 

 深々と頭を下げて来るリインに、ゼロは大慌てで後退る。

 

「いや……無理も無えだろ……? 気にするなっ て、第一偶然だしよ……水くせえぞオイッ」

 

「ありがとう……ゼロ……」

 

 しどろもどろの少年に、リインは涙を浮かべて笑った。それは作り笑顔などでは無い、本当に心からの笑みであった。ゼロはその笑顔と一言だけで全て報われた気がした。

 感慨に耽るゼロを見てヴィータは、ニンマリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「ゼロ、さっきから泣きすぎ」

 

「泣いてねえっ!」

 

 必死で取り繕うゼロだが、顔面が涙と鼻水でクシャクシャで、イケメン台無しでは説得力は皆無である。

 見かねたシャマルからティッシュを受け取り鼻をかんでいると、誰かが部屋にやって来たようだ。来客を告げるランプが点いている。

 ドアが開くと黒い服装の少年が入って来た。クロノである。入るなり視線をゼロに向ける。

 

「ゼロさん……ちょっといいかい……?」

 

「ああ……? でも、さん付けは止めてくれよな……」

 

 ゼロは快く返事をしたが、取り敢えず呼び方を訂正して貰うのだった。

 

 

 

 

 ゼロはクロノに案内され、別の医務室前に来ていた。グレアム提督達が担ぎ込まれた部屋である。彼らのダメージは思ったより酷く、まだ回復しきってはいないそうだ。

 クロノの用事とは、グレアムがゼロに会いたいと言っているという伝言であった。クロノは気が進まないようだったが、ゼロはグレアムと逢う事にした。

 

「グレアム提督……ウルトラマン、モロボシ・ゼロに来て貰いました……」

 

 クロノが中に来た事を告げるとドアが開かれる。室内にはベッドに上体を起こしている初老の男性と、その後ろに寄り添う、良く似た容姿の若い女性2人が此方を見上げていた。

 

「よく来てくれたね……ウルトラマンゼロく…… いや、その姿の時はモロボシ・ゼロ君だったね……? ギル・グレアムだ……」

 

 初老の男性グレアムは、静かに自己紹介する。その双眸は何かを覚悟している目に見えた。後ろの2人、リーゼロッテとリーゼアリアも同じである。

 ゼロの隣に立つクロノは、複雑そうな表情で3人とゼロを見ていた。グレアムはそんなクロノに一瞬済まなそうな顔を向けるが、直ぐに目前のゼロを見上げる。

 

「私のやろうとしていた事は孤門……いや 『ダークザギ』の言った通りだ……」

 

 淡々と事実を口にした。その声には一切の感情が感じられない。冷徹そのものである。ゼロは無言のままだ。

 

「11年前の『闇の書』事件から次の転生先を探していた私は、偶然から今の持ち主……八神はやてを発見した……」

 

 グレアムはあくまで冷徹に、ゼロを見据えて話を続ける。

 

「だが完成前に闇の書と主を押さえても、あまり意味は無い……私は闇の書完全封印の為に八神はやて、彼女を犠牲にする事にした……」

 

 無言で話を聞くゼロの拳が、白くなるほど握り締められていた。

 

「そうだ……私は両親を亡くし身体を悪くしていた少女を、闇の書ごと氷浸けにしようと動いていた……

彼女の父の友人と偽って生活の援助をしていたのも、全て計画の為だった……ザギに割り込まれなければ、私は間違いなく彼女を……」

 

「もういい……」

 

 更に続けようとするグレアムをゼロが低い声で遮った。クロノはハッとしてゼロを見詰める。怒り狂うかと思いきや、ウルトラマンの少年は肩を竦めて苦笑して見せた。

 

「悪党の真似は止めといた方がいいぜ? おっちゃんは何をされても受け入れる気で俺を呼んだんだな……? クロノはそれを察して、いざとなったら止めるつもりだったんだろ?」

 

「判っていたのか……?」

 

 クロノは気まずそうに答えた。ゼロを呼んでくれと頼まれた時、グレアムが最悪殺される覚悟をしているのではないかと察したのだ。ゼロは苦笑していた。

 

「そんな事はしねえよ……第一何の躊躇いもなく他人を犠牲にするような奴が、そんな悲痛な感情を発する訳がない……」

 

 グレアムから伝わる、悲壮なまでの感情を感じ取る事が出来た。クロノはホッとした様子で、ゼロに頭を下げていた。

 

「ありがとう……」

 

 グレアムは彼にとって恩師だ。それに執務官として私刑を見逃す訳にはいかなかった。理性的な対応をしてくれた事に感謝する。

 ゼロはまたしても礼を言われて決まりが悪い。後退りしてしまう少年ウルトラマンに、グレアムは思わず問うていた。

 

「私が憎くはないのかね……?」

 

 その問いに、異世界から来た少年は複雑な表情を浮かべていた。

 

「そりゃあよ……はやてを犠牲にしようとした事は許せねえよ……でもよ……それでおっちゃんを責めるのも違うと思うんだよな……」

 

 色々と巡る思考を整理するように言葉を発する。これで子供を犠牲にしようとした悪党となじるのは簡単だ。

 だが感情は納得出来ないが、それを抜きにすればグレアムの取った行動は正しかったと言えるのも、哀しいかな事実だった。

 苦渋の決断だったのは想像に難くない。何もしなければ、次の主も含めて多くの犠牲が出るのだ。それでも相当に苦悩したであろう。

 それを別世界のウルトラマンである自分が責めるのは、筋違いな気がした。それは力有る者の傲慢ではないのだろうかと。

 怒りは無い。ただひたすら哀しかった。何故世の中には、こんな事が多いのだろうか。

 その理不尽を何とかしようとして、人は道を踏み外してしまうのかもしれない。自分のように……

 ゼロは静かにグレアムに歩み寄る。言うべき事はもう決まっていた。

 

「もういいや……はやても判ってくれるだろう……それにおっちゃんはやろうとしただけで、実際ほとんど何もしてないじゃないか……」

 

 ゼロはグレアムの手をしっかりと取る。

 

「1つ言わせてくれ……今まではやてを援助してくれてありがとう……お陰で俺もこの世界で無事生きて来れた……本当にありがとう……」

 

 少年は晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、若干照れて感謝の言葉を伝えた。

 

 

 

 

 ゼロ達が立ち去った後、グレアムは無言で自分の手を見詰めていた。リーゼ姉妹は沈んだ様子でグレアムの傍らに寄り添っている。

 そんな時来客を告げる電子音が響き、2人の人物が部屋に入って来た。リンディとモロボシ・ダンだ。ダンはグレアム達に会釈し、

 

「グレアム提督……モロボシ・ダン。ゼロの父です……失礼とは思いましたが、お話を聴いていました……息子が短気を起こすかもしれなかったので……」

 

 喧嘩っ早いゼロの事、念の為その超感覚で会話を聴いていたのだ。申し訳なさそうに謝罪するダンに、グレアムは気にしてはいないと首を振る。

 

「立派なお子さんをお持ちで……彼は優しいですな……貴方達という存在がそうなのでしょうか……? 自分の矮小さを痛感させられましたよ……」

 

 自嘲気味に呟いた。ダンは苦笑する。

 

「ゼロも色々思う所があったのでしょう……正直私も意外でした……」

 

 この辺りゼロは、あまり信用されてなかったようだ。嬉しそうに応えるが、グレアムの目を真っ直ぐに見詰めた。

 

「提督はこれから、どうされるつもりですか……?」

 

「……これから……ですか……」

 

 グレアムはしばし目を伏せるが、ダンの目を見詰め返す。

 

「責任を取ろうと思います……少女を犠牲にしようとし、更にはあの悪魔を知らずにのさばらせていた罪は重い……」

 

「それは違うのではないでしょうか?」

 

 そこで今まで黙っていたリンディが口を開いた。

 

「誰があんな存在に太刀打ち出来たと言うんです? 全てが奴の記憶操作の影響下にあったんですよ。記憶操作が無くなった今、管理局、いえ管理世界はバタバタしていますよ」

 

 苦笑いして見せる。ようやく復旧した本局のレティから連絡が届いている。今管理局は上に下にの大騒ぎらしい。

 何しろ類を見ない程の大量虐殺事件が次々と起こっていたにも関わらず、誰1人気付かず捜査すらなされていなかったのだから。

 ダンは真剣な面持ちで、グレアムとの会話を再開する。

 

「ザギにより、私達の世界と此方の世界とが繋がってしまったのは、お聞きになりましたね……?」

 

「それは聞いています……」

 

 ダンの温和な顔に、歴戦の勇士たるものが浮かぶ。グレアムはそれを敏感に感じ取った。

 

「これから此方の世界は大変な事になるかもしれません……私達も協力は惜しみませんが、あなたの力も是非必要になります」

 

「しかし……私は……」

 

 躊躇いを隠せないグレアムだが、リンディは彼に悪戯っぽく笑い掛けた。

 

「提督は結局何もなさっていないではありませんか? 突っ込まれそうな件はザギがやったという事で、全部奴に被って貰いましょう。

良いように踊らされた私達が、それくらいしてもバチは当たりませんよね?」

 

 逞しい事である。尤も彼女も夫の身体まで利用されて、頭に来ているのも有るだろう。リンディはそこで襟元を正していた。

 

「それにグレアム提督……ご存知の通り、管理局は必ずしも一枚岩ではありません……ウルトラマンの皆さんの力を恐れたり、利用しようとする者達が出て来てもおかしくありません、 却って混乱を招く可能性もあります……

残念な がら私達は種族としてまだ幼いのでしょう…… だから私達はまだ表立って協力する事は難しいと思われます……

その為陰ながら協力する人間が必要です。私1人だけの判断では手に余ります……」

 

 それがリンディがダン達と相談した結果であった。言い方は悪いが、グレアムも仲間に引っ張り込もうと言うのである。

 何れ2人だけではなく、信用出来る人物達にも伝えなければならない。グレアムの能力に加え、その人脈人望は必要であった。

 

「いかがでしょう……協力しては貰えないでしょうか……?」

 

 ダンは手を差し出した。グレアムはダンの目をじっと見据える。しばらくの間沈黙が場を支配した。リーゼ姉妹もダンを見詰める。

 

 ダンは手を差し出したまま動かない。グレアムは何事かを問い掛けるように、ダンの穏やかな目を見詰め続けた。

 

「…………」

 

 その瞳に何かを感じ取ったのか、グレアムは決心したように息を深く吐いた。

 

「微力ながら……お力にならせて下さい……」

 

 ダンの差し伸べた手を、しっかりと握り締めていた。

 

 

 

 

 グレアムの元を辞したゼロは、クロノと共に通路を歩いていた。ふとクロノがゼロの年齢に付いて尋ねてみる。言動や態度から若いのではないかと思ったのだろう。

 実際は5900歳だが、人間に換算すると自分とほとんど変わらないと知ってクロノは身長差に愕然とした。ゼロは大人並みにガタイが良い。

 いや、俺は巨人だし気にすんな、などと他愛のない話をして歩いていると、通路の向かいからフェイトになのは、アルフにユーノが歩いて来た。

 ゼロはギクリとしてしまう。散々惚けてきたので、フェイトと顔を合わせるのはとても気まずい。アルフが此方を見てニンマリしたようだった。

 フェイトはもじもじしてゼロをチラチラ見ている。なのはとユーノは目を輝かせて早速駆け寄って来た。

 

「うわあっ、ウルトラマンさんは人間にもなれるんですか?」

 

「凄かったですよ!」

 

「2人共ありがとうな、色々迷惑掛けたな……」

 

 テンションが高い2人にゼロはお礼を言った。なのはとユーノは妙にはしゃいでいる。

 テレビの変身ヒーロー役のお兄さんに会って、身近に感じて嬉しくなるのと同じ感覚だろうか。子犬みたいにまとわり付く2人をアルフは背後から止める。

 

「ほいっ、じゃあ後はアタシ達だね? 先に食堂に行っといてよ。私達ゼロに話があるから」

 

 まだ話し足りなそうな顔をするなのは達を促し、アルフは早々にクロノも含めて3人にご退場願った。

 取り残される形となったゼロは、非常に居たたまれない心持ちである。

 とても気まずく思っていると、アルフが染々としてウルトラマンの少年を感慨深く見詰めた。

 

「あんただったんだね……ウルトラマンゼロは……」

 

「ははは……まあ、最初に逢ったのはほんの偶然だけどな……」

 

 もうゼロは笑って誤魔化すしかない状態である。最初の切っ掛けが迷子になったせいなどと、口が裂けても言えない。

 アルフはそこで隣で立ち尽くしているフェイトに目をやり、納得したように微笑んだ。彼女と感情がリンクしているアルフは、ここ最近フェイトから伝わって来た感情に思い当たったのである。

 

「じゃあフェイト、アタシは先に行ってるから頑張んなよ?」

 

「えっ? アルフ?」

 

 慌てふためく主人を置いて、アルフはにこやかに笑うとさっさっと行ってしまった。気まずい空気がゼロとフェイトの間に流れる。しかしゼロはこのまま黙っている訳にもいかず、

 

「その……何だ……悪かったフェイト……今まで嘘ついててよ……」

 

 彼女に頭を下げていた。有ること無いこと言って騙していたと思い、消え入りたい気持ちだった。

 

「そんな、止めて下さいっ」

 

 フェイトは慌てて首をブンブン振る。謝られては却って困ってしまう。

 

「それに……私ゼロさんの正体知ってましたから……」

 

「へっ……?」

 

 思わず顔を上げたゼロは、目を丸くして間抜けな声を出していた。既に正体がバレているなどと、夢にも思っていなかったのである。

 

「いっ、何時からだ……?」

 

 焦りまくって聞いてくる少年ウルトラマンに、フェイトは申し訳なさそうな顔をする。

 

「公園で逢った時から疑っていて……確信したのはレストランの時です……」

 

「そっからかよ……」

 

 ゼロはガックリと項垂れた。相当早い段階で疑われていたようだ。あれこれ惚けたのに無駄だったとは。アホみたいだと思ったら急に可笑しくなってしまった。

 

「そうか……俺もとんだ間抜けだな、フッハハハハッ」

 

 フェイトも何だか可笑しくなってしまい、クスクス笑ってしまった。ひとしきり笑った後、ゼロは気になっていた事を聞いてみる事にする。

 

「ザギの事だけどよ……その……大丈夫だったか……? 酷い事されたりしなかったのか?」

 

 ずっとダークザギと居たのだ。心配になるのも無理は無い。だがフェイトは首を振っていた。

 

「……いえ……あの人は少なくとも表面上は、人当たりのいい優しい人でした……それも本物の孤門のコピーだったんでしょうけど……みんなには優しくしてました……特に私には良くしてくれた気がします……」

 

 哀しそうに応えた。ゼロは意外に思う。記憶操作が解けた後も印象が変わらないのは、ザギが普通に周りと接していた事になる。外道には似合わない気がした。

 フェイトは少し考えていたようだったが、遠慮がちながらも素直な自分の考えを口にする。

 

「あの人は何もかもが嘘でしたが……私の素性を知った時に言ったんです……今生きている私が本物だって……あの時の言葉と感情だけは本当だった気がします……私と同じ、造られたあの人の本音……」

 

 ゼロは黙って話を聞いていた。ザギは『ウルトラマンノア』のコピーとして造られた自分に耐えきれずに暴走し、暗黒破壊神となった。

 そんなザギが自分と同じ境遇のフェイトに、共感めいたものを感じていたのかもしれない。今となっては推測でしかないが……

 フェイトは、自分がコピーだと知らされた時の絶望をザギも感じていたとしたら、どんなに許されない所業を続けて来たザギでも、手放しで憎む事が出来ないのだろう。

 

「あの人は本物になりたかった……それだけだったんでしょう……私のように手を差し伸べてくれる人達が多分居なかったから……」

 

 救いがあったなら、ザギは人々をビーストから守る本物のウルトラマンになっていたかもしれない。そんなifがあったのかもしれない。

 

「そうか……」

 

 ゼロは消え去ったザギの最期を思い返し、弔うように目を閉じた……

 

 

 

 

 

 はやては深い眠りから目を覚ましていた。辺りを見ると誰も居ない。まだ怠いような気がするが、もう平気なようである。

 気が付くと枕元にメモが置いてあった。読んでみるとシグナム達はザギの事件に関する聞き取りと、検査に呼ばれているとの事だった。

 濡れ衣は既に晴れており、結局のところ罪と言えば管理世界への無断渡航ぐらいである。管理局と戦ったり逃走した事は状況から鑑みて、緊急避難が認められるだろうとの事だ。

 もしも今回も人を襲っていたのなら、こうは行かなかっただろう。誓いを最後まで貫いた結果だった。

 それらに関しての聞き取りと無断渡航の厳重注意に、事件の参考人として呼ばれているだけなので、心配要らないと書かれていた。

 一安心するはやてだが、最後に書かれていた文面が気になった。そこには『ゼロは今父親達ウルトラマンと話している』と書かれている。

 はやてはそれを読んで、不安がムクムクともたげるのを感じた。ベッドから上体を起こして、改めてメモを見詰める。心臓が締め付けられるようだった。

 

(まさか……まさかゼロ兄……)

 

 不吉な予感に身を固くする。その時部屋のドアが唐突に開かれた。思わずビクッと身体を震わせる彼女の目に、治療用ギブスを着けたゼロが映った。

 

「……ゼロ……兄……」

 

「おおっ、はやて目が覚めたか?」

 

 ゼロは安心した面持ちで少女の元に歩み寄る。しか し当の彼女は顔を伏せてしまった。

 

「どうしたはやて……? まだ調子が悪いのか?」

 

 ひどく心配するゼロに、はやては顔を伏せたまま首 を横に振る。

 

「だったら良いんだが……」

 

 ゼロは言葉を発しない少女を不思議に思いながらも、改まった態度でベッドの傍らに片膝を着いた。

 

「それでな……はやてに話が有るんだけどよ……」

 

 その言葉を聞いたはやては、全身から血の気が引くような気がした。ゼロは真剣な表情で先を続けようとする。

 

(聞きたない……聞きたない……聞きたない……!)

 

 心臓が喘ぐようにバクバクと鼓動を繰り返す。湧き上がる感情、それは紛れもなく恐怖だった。はやては反射的に耳を塞いで叫んでいた。

 

「いやっ! 聞きたないっ!!」

 

 ゼロは驚いてしまった。いきなりの少女の取り乱し振りに唖然としてしまう。

 

「どっ、どうしたんだはやて……?」

 

 オロオロして何とか宥めようとするが、はやては耳を塞いでヒステリックに上体を振る。

 

「一体どうしたんだはやて、らしくないぞ?」

 

 落ち着かせようと肩を掴もうとするゼロの手を、はやては身体を振って拒絶し叫んだ。

 

「嘘つき! ゼロ兄の嘘つき!!」

 

「はやて……?」

 

 顔を上げた少女の目から、見る見る大粒の涙が溢れ出していた。

 

「言ったやないか、ずっと一緒に居る言うたやないか! あれは嘘やったんか!?」

 

 涙ながらに叫ぶ少女の悲痛な叫びに、ゼロはようやく理解した。

 

「はやて!」

 

「!?」

 

 ゼロは泣き叫ぶはやてを、思いきり抱き締めていた。涙で顔をクシャクシャにしている彼女の頭を優しく撫でてやる。

 

「落ち着け……俺は帰らねえよ……ただ装備の準備と、メビウスの用事でちょっと里帰りするって言いに来ただけだ……」

 

「ほ……ほんまに……?」

 

 顔を上げたはやてに、ゼロはひどく優しく微笑み掛ける。

 

「本当だって……第一この状況で帰ったら、無責任もいいとこだろ……? それに俺は別の世界に居座って、仲間とつるんで暴れてるような奴だぞ? 例え帰還命令が出たって、素直に帰る訳がねえだろ?」

 

 幾分おどけた調子で言ってやった。はやてはようやく自分の勘違いに気付き、顔を真っ赤にしてしまう。

 

「ハハハッ、はやてらしくない勘違いだったな?」

 

 聡明な彼女にしては珍しい。 ゼロはからかうような口調で背中をポンと叩く。するとはやては再び俯いてしまった。

 再び押し黙ってしまった少女にゼロは、言い過ぎたのかと青くなる。しばらくして、はやてはポツリと口を開いた。

 

「……仕方ないやないか……あんなん見た後で……」

 

「えっ?」

 

 呟くような震える声だった。そこではやては顔を上げる。その目からは再び滂沱の涙が溢れていた。

 

「ゼロ兄が腕の中で動かなくなるんを……私はどうする事も出来んと、ずっと見てたんよ……」

 

 はやては血塗れのゼロが冷たくなって行った時の事を思い返し、身体を悪寒で震わせる。目の前で守護騎士達を消されゼロを刺され、全てを喪った時の事が甦った。

 恐怖から逃れるように、そして確認するようにゼロの胸にすがり付いていた。胸のギブスに涙と鼻水が染みを作る。

 はやては顔を埋めながら、ポカポカと少年の胸を叩いて泣き叫んでいた。

 

「怖かった、ほんまに怖かったんやから! アホ、ゼロ兄のアホぉっ! ほんまに死んだんかと思ったんやから! うわあああぁぁぁぁっ!!」

 

 今まで堪えていたものが一挙に爆発したようであった。無理も無い。今日1日だけで多くの絶望と悲しみを経験したのだから。

 守護騎士達の前であまりに気丈にふるまうはやてに、ついその事を失念していたゼロは己を恥じた。

 

「悪かった……本当に済まなかったはやて……」

 

 少年は肩を震わせ嗚咽する少女をしっかりと抱き締めた。その小さな、しかし確かな温もりを感じて思う。

 

(今度は守り抜けたよ……カイン……)

 

 今は亡き友に向け、心の中でそっと呟いた……

 

 

 

 全てを吐き出し気が済んだのか、はやてはようやく落ち着きを取り戻した。だが泣き止んだ彼女は、まだ不機嫌そうに拗ねている。はやてにしては珍しい我が儘だった。

 

「なあはやて……機嫌治せよ……」

 

 ゼロはほとほと弱りきっていた。どうしたら良いのか分からない。はやても我が儘だとは分かっているが、すんなり許すのは釈然としない。

 あれだけ心配させたのだ。そこで困り顔の少年をチラリと見上げた。

 

「……ほんなら……私の言う事聞いてくれるな ら……ゼロ兄の事許したる……」

 

「本当か? 何でも言ってくれ!」

 

 ゼロは勢い込んで、自分の胸をドンと叩いて見せる。痛みで少し噎せた。するとはやては目を泳がせて顔を赤らめる。恥ずかしくなるお願いらしい。

 いざ言おうとして躊躇ってしまったようだが、まだ情緒不安定な彼女は結局口に出していた。

 

「……キス……してくれたら……許したる……」

 

 恥じらいながらもゼロに顔を近付け、静かに目を閉じる。絶対後で思い出し、恥ずかしさで転げ回るだろうとは思ったが、不安定故の勢いに任せた。

 

「えっ……?」

 

 目前で目を閉じて待っている少女。その意味をまだ理解しきってないゼロは決心した。

 

「判った……」

 

 それで機嫌が治るならと、そっと顔を近付けるが……

 少女の頬はほんのり赤く染まり、長いまつ毛がふるふる震え、心なし開かれた柔らかなさくらんぼのような唇が目に入る。

 

(何だ!? 凄まじく恥ずかしい気がしてきたぞ!?)

 

 訳の判らない感覚と感情に、ゼロは頭がパニック状態になってしまった。心臓が落ち着かない程バクバクする。

 結局ゼロははやての手前十数センチの所で、石のように固まってしまった。 しびれを切らしたのか、そんなゼロの首にしなやかな指が絡められる。

 

「むぅ~っ!?」

 

 目を白黒させる少年の唇に、少女の柔らかな唇が押し当てられていた。

 ゼロは温かな唇の感触と、得体の知れない罪悪感にパニくって、はやてごと床に落ちて無様にも思いきり頭を打ってしまう。武道家にあるまじき失態であった。

 

 聞き取りが終わり、部屋に戻って来た守護騎士達が見たものは、頭を打って伸びているゼロと、馬乗りになった状態で照れ笑いし困っているはやての姿であった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 次の日。今日はクリスマスである。昨晩から降り続いた雪は積もり街を白く染めている。

 ホワイトクリスマスに華やぐ中、ゼロはシグナムとシャマルと共に、石田先生にこっぴどく怒られていた。昨晩はやてが病室から居なくなったのがバレたのだ。

 結局ゼロ達が連れ出しての無断外泊と見なされて、先生にコッテリと絞られる事になったのである。

 本当の事を言う訳にもいかないので仕方がない。苦笑したゼロは、目敏く見付けた先生に更に怒られる羽目になった。

 

 やっと説教から解放されたゼロ達は、はやてを車椅子に乗せて出掛ける準備をしていると、なのはとフェイトがやって来た。

 

「あっ、おはよう、なのはちゃんフェイトちゃん」

 

 はやては笑顔で挨拶する。出掛ける支度をしているのを見たなのはとフェイトは、不思議に思う。もう退院かと思ったのだ。

 実際は退院では無く、クリスマス限定での外出許可が下りただけだ。重病だったはやてが一晩で元気になったので、特別にである。

 それでも流石にしばらくは、本当に治ったかの検査で入院していなくてはならない。そう言うものだ。

 今日はすずかの家でクリスマス会をする事になっている。そこではやて達3人は、すずかとアリサに魔法の事を告白しようと決めていた。

 2人には色々見られているし、真実を話した方が良いと思ったのだ。なのはも今日リンディ達を交え、家族に全てを話すらしい。

 

 車椅子に乗ったはやては、真新しい靴を履いていた。革製でピカピカの光沢を放ち、ワンポイントにリボンが付いた可愛らしい靴である。

 

「はやてちゃん、すごく可愛い靴だね?」

 

 目敏く見付けたなのはが目を輝かせる。はやては頬を染めた。

 

「みんなからのクリスマスプレゼントなんよ……」

 

 ゼロが病院に行く前に、大事に抱えていたプレゼントである。全員で相談して決めたのだ。はやては嬉しそうに、本当に嬉しそうに花のように笑った。

 そんな友人を見て、ほっこりした気持ちになるなのはとフェイトである。それにはやてに寄り添う銀髪の女性を見て、2人は目を細めた。リインフォースである。

 

「リインフォースさん、良かったですね」

 

「良かった……」

 

 なのはとフェイトはリインに声を掛ける。彼女は微笑んだ。

 

「2人共、色々迷惑を掛けて済まない……感謝する……」

 

 頭を下げるリインに続き、はやても車椅子を操作して2人の前に来ると、

 

「昨日は最初から最後まで色々有ったけど…… ほんまにありがとう……」

 

「ううん……」

 

「気にしないで……」

 

 フェイトとなのはは少し照れながらも快く応えた。

 

「そう言えば、はやてちゃん達はこれからどうするの?」

 

 なのはは、はやて達八神家のこれからが気になったようだ。はやてはゼロ達皆を見回す。

 

「濡れ衣も晴れたし、リインの検査も大丈夫やったから、今特に何かしなくちゃいけないいう事は無いんやけど……」

 

 そうは言うものの、はやては少し真剣な顔で友人達に向き直る。

 

「でも……私は魔導師は続けよう思てる……ゼロ兄達はこれから陰ながら管理局に協力する事になったし……それに多分これからの戦いに私らは無関係ではいられんと思う……」

 

 はやてはゼロ達の前に現れた『ウルトラセブンアックス』の事が気になっていた。今までのやり口からして、此方を放って置くとは考え難い。何れ正面からぶつかる事になるだろう。

 決意を固める主に、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リインフォースは一様に、

 

「主……何処までもお供します……」

 

「はやての行くとこなら、アタシだって」

 

「みんなはやてちゃんに着いて行きますよ」

 

「盾の守護獣……何処までも……」

 

「我が主……私で良ければ……」

 

「ありがとうな……みんな……」

 

 はやては皆の気持ちに深く感謝した。誓いを新たにする皆を、ゼロは微笑し見詰めている。

 言っている意味が判らず、キョトンとするなのはとフェイトに、はやてはニッコリ笑って話題を変える事にした。ハッキリした確証が無い事で、友人達を不安がらせる事も無いと思ったからだ。

 雑談をしているとドアがノックされ、病室に新たな見舞い客が現れた。

 

「親父? ウルトラマンレオにタロウ、メビウ ス……」

 

 それはモロボシ・ダンを始めとする、東光太郎、おおとりゲン、ヒビノ・ミライの4人であった。

 

「ゼロ兄のお父さん……セブンさんですか?」

 

 はやては驚いて声を上げた。病室を訪れたダン達は今はごく普通の服装をしている。ウルトラマンだと言われても判るまい。

 ダンははやてに歩み寄ると、膝を着いて目線を同じくした。

 

「この姿では初めてだね……ウルトラセブン、この姿の時はモロボシ・ダンと呼んでくれればいい……」

 

 その温かな笑顔に、はやてはふと亡くなった父を思い浮かべる。不思議な人だと思った。初めて会ったのに懐かしい感覚。やはりゼロと何処か似ていると思った。

 

「息子の面倒を見てくれてありがとう……君が居なかったら、ゼロはこの世界で途方に暮れていただろう……」

 

「そ、そないな事ありません……私こそお世話になってます……」

 

 改めてお礼を述べられ、はやては気恥ずかし くて仕方ない。ダンは笑みを浮かべ手を差し出した。

 

「済まないが、これからも息子の事を頼むよ……まだまだ危なっかしいからね……?」

 

 はやては照れ臭さで顔を真っ赤にしながらも頭を下げる。

 

「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 何とか言葉を返し、差し出された手を両手で握った。そのやり取りの横で、ゼロは気恥ずかしさのあまり、壁にゴスゴス頭をぶつけて悶絶している。

 こういう時、子供はひたすら恥ずかしいものだ。思春期の年頃では尚更である。

 

「皆さんもありがとうございます……」

 

 ダンは一同に改めて頭を下げた。皆も頭を下げる。挨拶した後ヴィータは、まだ悶絶しているゼロの服をちょいちょい引っ張る。

 

「なあゼロ……ちょっと聞きたいんだけど……」

 

「なっ、何だ……?」

 

 恥ずかしさのあまり、まだ正面を向けないゼロは壁を向いたまま応える。

 

「いや……ゼロはよく、おおとりさんの事を『師 匠』って呼んでるのに、何で本人の前だと呼び捨てにしてんだ?」

 

「なっ!?」

 

 ゼロは思いっきり固まってしまった。ゲンはほう……とばかりに弟子を見る。本当に素直でない。

 耳まで真っ赤にしてへたり込むゼロに、つい笑いが溢れる。病室は温かな笑いに包まれた。

 

 

 

 

 色々恥ずかしい事に見舞われたゼロは、凹んでフラフラと病室を出る皆に着いて行っていた。しばらくは再起不能であろう。ゲンはそん な弟子を見てニヤニヤしている。

 ふて腐れそうになっていると、前を歩いていたシグナムとフェイトが足を止めて睨み合っていた。

 喧嘩かと思いきや雰囲気は和やかで、「預けた勝負、何れ決着を付ける」だの「正々堂々、 これから何度でも……色々負けません」などと言っている。

 

 何だか微笑ましいなと思う。ゼロは戻って来た穏やかな空気に安堵の息を吐いた。だがその脳裏に真紅の魔人の姿がよぎる。思い付いて隣を歩く父に声を掛けた。

 

「なあ親父……『ウルトラセブンアックス』って奴に心当たりはないか……?」

 

「いや……聞いた事が無いな……『21』ならともかく……そのアックスと言うのがどうかしたのか?」

 

 ダンにも心当たりが無いようだ。やはり自分達の世界の者では無いのか? 不思議そうな父にゼロは肩を竦めて見せる。

 

「いや……大した事じゃない……別世界から来たウルトラマンを名乗る敵が居る……それだけの話さ……」

 

 何でも無いようにざっくりと説明しておいた。ダンは気になったようだが、ゼロは笑って見せる。

 相手が何者であれ、皆で助け合い強くなって行けば良いと思った。そうすれば恐れるものは何も無い。1人では出来ない事も力を合わせれば必ず果たせると。

 改めて誓うとゼロは、はやて達に追い付こうと足を速めた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

『それじゃあ、ちょっと行ってくるぜ』

 

 白銀の鎧『ウルティメイト・イージス』を纏った人間大のウルトラマンゼロは、見送る八神家の面々に片手を挙げた。

 家の周りには封鎖領域が張り巡らされ、人影は全く無い。上空では既にセブン達や、『バン・ヒロト』を連れたメビウスが待機している。

 メビウスの用事とは、ヒロトを元の世界に帰す事であった。メビウスを『ミッドチルダ』に 導いたのも『ウルトラマンノア』だったのだろう。

 ザギの妨害波が無くなった今、イージスに任せればヒロトの居た時間軸の世界まで誘導してくれる筈である。

 恐らく行けるのは一度きりであろう。メビウスに取って、本当に最後となるあの時代との別れである。

 手を振るゼロの身体がフワリと宙に舞い上がる。見送るはやて達の表情に、少し寂しさが浮かんでいた。

 

『大丈夫だ、そんなに掛からねえよ、直ぐに戻って来るさ……』

 

 ゼロは名残惜しく全員を見下ろした。見送るはやてにシグナム、ヴィータにシャマル、ザフィーラにリインフォースの前で、その姿は上昇し徐々に小さくなって行く。

 

「ゼロォッ! お土産買ってこいよぉっ!!」

 

 ヴィータが寂しさを振り払うように、大声で景気よく呼び掛けた。

 

「気を付けて行って来い……また道に迷うなよ?」

 

 シグナムはからかい半分、本気の心配半分で声を掛けた。ザフィーラは無言で見送り、シャマルとリインは手をパタパタ振る。

 

「ゼロ兄ぃっ、気いつけて、早よう帰って来てなあっ!」

 

 はやても叫んだ。不安が無いと言えば嘘になる。だがあの少年は必ず約束を守ると信じた。手を降り続けるゼロの姿が更に小さくなる。

 

 そしてその姿は一筋の光となって天空に昇って行き、やがて見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 Epilog

 

 男は朝起きると妻の位牌に手を合わせ、息子の写真に挨拶をした。毎朝の習慣だ。

 無論息子の写真を仏壇に上げたりなどしない。遺体をこの目で見ない限り生きていると信じている。父親の自分が最後まで信じなくて、どうすると言うのか。

 

 昔ながらの日本家屋の縁側から外を見ると、穏やかな春の陽気が庭を照らしている。そろそろ桜の蕾が開花する時期だ。

 男は伸びをすると庭に出てみた。雑草もそろそろ生え始めている。草刈り鎌を取って来ようと、物置に行こうとした時、ふと人の気配を感じて後ろを振り返った。

 其処に人の姿が在った。裏木戸から入って来たらしい。春の日差しが逆光になって誰か判然としない。

 目を凝らして良く見てみると、それはとても見馴れた人物であった。

 息子の姿をモデルにし、自分が名付け親になった人物…… 久々に地球にやって来たのかと、声を掛けようとした男は目を見張った。

 何故なら彼の後ろに、もう1人彼が立っていたのだ。その後ろには見慣れない少年も居る。

 目の前の青年は涙を溜めて男を見詰めていた。それは名を送った彼では無かったのだ。男にはそれが直ぐに判った。誰が間違えるものか。

 

「……ヒロト……ヒロトなのか……?」

 

 青年は何度も頷いていた。両眼から止めどもなく涙が溢れる。

 

「父さん……ただいま……」

 

 遥かな時を超えバン・ヒロトは、父テツローに言いたかった言葉を伝えた……

 

 

 

A's編完

 

つづく

 




A's編完結しました。ここまでお付き合いして頂きありがとうございます。
番外編を挟んでからはポータブル編となりますが、投稿ペースは週一か10日投稿くらいになると思います。
次回お正月番外編『八神家餅つき大作戦や』A's編直ぐのお正月ではなく、次の年のお正月のお話です。


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幕間
番外編1 八神家餅つき大作戦や




前回から直ぐのお正月のお話ではなく、次のお正月のお話です。


 

 

 大晦日。仕事が立て込んでいたヴィータは残務の書類を片付け、ようやく八神家に帰って来ていた。

 

「お帰りヴィータ」

 

「お帰り紅の鉄騎……」

 

「ヴィータちゃん、お帰りなさい」

 

 先に帰っていたはやてとリインフォース改めアインスに、シャマルが温かく出迎えてくれた。はやてとアインスは年越し料理の支度に勤しみ、シャマルは下ごしらえなどの手伝いである。

 着着と料理の腕『だけ』は上げつつあるアインスはともかく、シャマルを味付けに関わらせないのは正解だなと、ヴィータは心の中でのみ呟いた。口に出すといじけて面倒くさい。

 シグナムとザフィーラは買い出しに出ておら ず、ヴィータより少し先に戻っている筈のゼロの姿が見えないようだ。ヴィータはテテテッと料理支度中のはやてに駆け寄っていた。

 

「はやてはやて、餅つきだよ! 餅つきをやろうよ!」

 

 鼻息も荒く、キョトンとする主に提案した。

 

「餅つきかあ……」

 

 はやてはう~ん……と首を捻った。そう言えば去年は『冥王事件』の事後処理やゼロが帰省していて、正月行事と言えばかなり過ぎてから、皆でお節料理を食べたくらいである。

 だがそれは別にして、ヴィータがいきなり餅つきと言い出したのには訳があった。既に日本のお正月を体験したゼロから、餅についてこんな感じで力説されたのである。

 

「いいかヴィータ……日本では新年に餅と言うものを食べるんだぞ」

 

「へえ……どんな食べ物だよ?」

 

 ゼロは何だかとても幸せそうな顔で、明後日の方向を見上げる。(別に何か見えてる訳では無い)

 

「蒸した餅米って専用の米を、粘りが出るまで突いたもんでな……アンコとかきな粉とかに混ぜて食べたり、具だくさんの汁に入れて食べたりする、新食感の日本伝統の食べ物だぞ」

 

「おおお~っ!」

 

 目を輝かせるヴィータにその時ゼロは、ダメ押しとばかりに吊り目に力を込める。

 

「更には冷えて固まった後も油でカラッと揚げて醤油で食べたり、チーズとベーコンと一緒にオーブンで焼いたりすると、外はカリッと中身はフワッとな美味になり、極めつけは細かく切って油で揚げてスナックみたいにした熱々のやつに塩を振ってあられ餅! 

正に口の中をブラックホールが吹き荒れるぜぇっ! な食べ物だ!」

 

 使い方が明らかにおかしい、厨二台詞で力説するゼロであった。尤も一昨年はがっつき過ぎて、しばらく動けなくなってしまったのは内緒だ。

 

「すっげえっ! 食べたい~っ!」

 

 と言ったやり取りがあり、ヴィータはすっかりお餅を食べたくなってしまったのである。それなら餅つきもやってみたくなったようだ。

 テレビなどで餅つきの映像などを見て、自分でもやりたくて仕方なくなったらしい。餅つきの杵(きね)がアイゼンっぽいのが気に入ったのかもしれない。しかしはやては困ったように苦笑した。

 

「餅つきかあ……ちょう遅かったなヴィータ……」

 

「えっ?」

 

 ヴィータが首を傾げた時、ゼロが何か大きなものを抱えて帰って来た。

 

「はやて、餅ここに置いとくぞ?」

 

 ゼロはビニール袋に入っている一抱えもある大きなものを、ドスンとテーブルに置く。中身を取り出すと、丸く平らに纏められた洗面器サイズの真っ白な餅が7個もある。まだ突き立てらしく柔らかい。

 

「ゼロ……それお餅……?」

 

 聞いて来るヴィータにゼロは、嬉しさを隠しきれず口許をムズムズさせる。

 

「アリサん所で餅つきがあってな、これは貰い物だ。これでたらふく餅が食えるぞ」

 

「ちぇ~っ、餅つきしたかったなあ……」

 

 ヴィータは残念そうに肩を落とした。無論お餅も食べたかったが、餅つきもやりたかっただけに残念なのだ。はやてはそんな彼女の頭を撫でてやる。

 

「そんなんしたかったんか……? ほんなら今度改めて臼(うす)と杵を借りてきて、みんなでお餅つきやろうな? 突けない分、美味しいお餅料理作ったるから」

 

「うんっ、餅つきは今度の楽しみに取っとくよ」

 

 ヴィータは聞き分け良く頷いた。はやての美味しいお餅料理が沢山食べられるのなら、餅つきが出来なくてもお釣りが来ると言うものだ。

 

 機嫌を直したヴィータは大晦日を満喫する事に集中する。年越し蕎麦に料理を全員でワイワイ食べ、絶対に〇ってはいけないにお腹を抱え、一部の歌手の時だけ紅〇をみる。(お察しください)

 初詣にも出掛け、おみくじを引き破魔矢を買って今年1年の無事を祈ったりし、「あけましておめでとう」の新年の挨拶をし合った。

 大満足のヴィータは、帰るなりパタンと寝入ってしまった。小学生のはやても同様で、完全に寝てしまったヴィータと、うつらうつらするはやてをシグナムとアインスが抱き抱えて、部屋のベッドに寝かし付けてやる。

 他の者も流石に眠くなり、八神家全員床に就き深い眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 ガチャーンッッ!!

 

 まだ寝静まっていた午前8時過ぎの八神家に、何かが割れるような派手な音が響き渡った。

 

「何だ? どうしたぁっ!?」

 

「何や!?」

 

 何事かと全員が起き出して、音がしたと思しきキッチンに駆け付けた。見るとサッシ窓が割られガラスが散乱し、食卓がひっくり返っている。

 

「何が有ったんや……? 泥棒でも入ったんやろか……?」

 

 訝し気に辺りを見回すはやての目に、妙なものが映った。割れたサッシの向こう、緑色の大木みたいなものが家の前の道路にそびえ立っている。

 

「何や……あれは……?」

 

 勿論家の前にそんな大木など無い。はやて達は外に出てみた。すると其処には……

 

「臼(うす)ぅぅぅ~っ!?」

 

 はやてはビックリして、素っ頓狂な声を上げ てしまった。其処に在ったのは有り体に言うと 『臼』であった。

 餅つきに使う臼である。 しかしサイズが途方もない。数十メートルはあるバカでかい臼に、緑色の大木のような手足が付いた臼の化け物が、デンッとばかりにそびえ立っていた。

 赤くギラギラ光る三白眼に、長い2本の牙を下顎から生やしている。子供の落書きがそのまま実体化したような冗談のような姿だ。

 

「怪獣モチロンっ!?」

 

 覚えがあるゼロは驚いて怪獣を見上げた。

 

『ふははははははははぁぁっ!!』

 

 モチロンが野太い声で笑うと、その巨体がフワリと空に舞い上がった。飛べる訳では無く、黒い飛行船にロープでぶら下がっているのである。モチロン専用飛行船だ。

 

「待てぇぃっ!」

 

 ゼロは変身しようと『ウルトラゼロアイ』を取り出し、はやて達もバリアジャケットを纏って追おうとするが、モチロンはあっという間に空に消え去ってしまった。

 姿を見失ってしまったゼロは、慌ててシャマルに追跡を頼む。早速湖の騎士は『クラール・ ヴィント』を起動させるが、

 

「駄目だわ……何で? クラール・ヴィントに全然反応が無い……?」

 

 シャマルは焦って色々やってみるが、やはり反応が無い。

 今までの蓄積と改良を受けたクラール・ヴィントなら、大抵の怪獣の反応を追える筈がモチロンを追跡出来ない。

 そう言えばゼロや守護騎士達にも気付かれず、家に近付かれたのも不思議であった。 空に飛び上がったシグナム達も、結局モチロンの愉快な姿を発見する事は出来なかった。見事な逃げ足である。

 

 仕方なく割れたガラスを片付けサッシを応急措置で塞ぎ、業者を後で頼む事にしたはやて達は、モチロンの情報をゼロから聞く事にした。

 

「で……ゼロ兄……何やの? あのおもろい顔したでっかい臼は……?」

 

 はやては流石にサッシを割られて少しカチンとしていたが、モチロンの顔を思い出して吹きそうになるのを我慢する。あれは反則だと思った。ゼロは真剣な顔で説明を開始した。

 

「奴の名は……臼怪獣モチロン……」

 

「まんまやな……」

 

 はやては素直に感想を述べる。ゼロはそうかな……? と首を捻りつつ、

 

「奴は臼怪獣で、大好物が……」

 

 そこまで言ったところで、ヴィータの悲痛な叫びがリビングに響き渡った。

 

「お餅が全部無いっ!? アイツ餅泥棒だっ!!」

 

 鉄槌の騎士は怒りを顕(あらわ)にして絶叫している。ゼロは怒り狂うヴィータを横目に、 至って真面目な顔で一言。

 

「大好物は餅だ……」

 

「ほんまに分っかり易いなあ……あはは……」

 

 はやては乾いた笑い声を上げるしか、リアクションの取りようが無い。

 

「奴はなんでも……人が月ではウサギが餅つきしてるって信じた伝説が怪獣化したもんで、その体は特殊な元素で出来てるから、気配も消せるしセンサー類にも反応しないらしい……」

 

「ファンタジーやなあ……って言うか何でも有りやな……」

 

 ツッコミ所が有り過ぎて、そうとしか言えないはやてである。

 

「それで誰も接近に気付けなかったし、クラール・ヴィントでも反応を追えなかったの ね……?」

 

 シャマルは一応真面目な反応をしておく。そうでないと、限りなく笑い話になりそうだったので。そこでシグナムも気になった事を聞いてみる。

 

「で……奴は一体此処に何しに来たのだ……? まさか餅を盗みに来ただけと言う事はあるまい……? どんな企みが?」

 

 まっとうな疑問である。普通はそう思うだろう。何度となく恐るべき怪獣とやり合い、撃破もして来た烈火の将は油断などしないのである。

 アインスもザフィーラも同意して頷く。だがゼロはキョトンと不思議そうな顔をした。

 

「何って……餅を食いに来ただけに決まってるだろ……? モチロンと言えば餅、餅を食べるだけに来たに決まってる! このままだと日本中の餅が全部食われちまうぞ!!」

 

 断言した。おふざけ無しの大真面目である。ゼロが気が付くと、シグナムもアインス、シャマルもザフィーラまで頭を抱えていた。

 

「どうかしたのか……?」

 

 不思議そうなゼロにシグナムは、何時もはクールな表情を引きつらせた。

 

「……何か……頭が痛くなってな……」

 

「奇遇だな将……私もだ……」

 

 アインスもひどく疲れたように表情を引きつらせる。

 

「ゼロの居る世界は……何と言うか……色々と自由だな……?」

 

「そこはかとなく馬鹿にしてないか……?」

 

 ゼロは心外だとばかりに返す。彼の出身 『M78星雲』の在る世界では、ハードSF張りの事件が有るかと思うと、思わずツッコミたくなるような事件も沢山起こったりするのである。

 しょうもない理由に皆が微妙な顔をしていると、はやての携帯電話が鳴った。表示を見るとなのはからである。

 

「もしもし、なのはちゃん?」

 

 何となく予感を感じながら電話に出たはやての耳に、

 

《はやてちゃん、大変! うすのお化けが!》

 

《何か変な怪物が!》

 

 なのはと遊びに来ているユーノの声だ。案の定である。高町家にも現れお餅を全部食べてしまったらしい。

 なのはに一通りモチロンの説明をし、フェイトにも連絡を入れようとした矢先に本人から着信が来た。出てみると、早速フェイトの慌てた声が耳に入る。

 

《大変はやてっ! 大きな怪獣が、せっかくのお餅を全部食べてしまって母さんが……》

 

 フェイトの話す声とは別に、低くリンディの慟哭が聞こえて来た。日本文化大好きの提督はウルトラ級に甘々なお汁粉の為に、同じくアリサの所からお餅を貰って来ていたのである。

 

「あちゃ~っ」

 

 はやては楽しみを奪われてすすり泣くリンディの声をバックミュージックに、フェイトにもモチロンの情報を伝え一旦集まろうと話をしていると、

 

「主、これを!」

 

 アインスがテレビの画面を指差した。この地方の報道番組である。

 そこには女性リポーターが大袈裟に真剣な顔をして映っており、背後には滅茶苦茶になっている餅つき大会の会場が映っていた。

 

《海鳴市にて、大規模な餅強奪事件が連続して起こっています! 目撃者は口を揃えて、臼の化け物が餅を全部食べたなどと証言しており、 警察では何かの悪戯ではないかと……うんぬんかんぬん……》

 

 などとリポーターは仰々しく説明している。あまり本気にしてないのが見え見えの過剰演技だ。

 まあ……臼の怪物が餅を食いまくっているでは、冗談にしか聞こえないのも事実ではある。既にモチロンは市内で餅を食いまくっているようだ。

 アリサ宅にも現れて餅を全部食べてしまっている。現状を聞きゼロは拳を握り締めていた。

 

「大変だ! このままだとお汁粉も雑煮も只の汁になっちまうぞ! 鏡餅まで無くなったら正月じゃねえ!!」

 

 真剣に力説す。大変なんだか、そうでもないのか微妙だが……だがヴィータはその瞳に怒りの炎を燃やす。

 

「あのうす野郎~っ、アタシのお餅を~…… ぶっ潰す! ゼロッ、あのうす野郎を追うぞ!!」

 

「言われるまでもねえっ!!」

 

 ゼロは阿吽の呼吸で応えた。げに食い物の怨みは恐ろしいのである。

 

「ちょう、2人共っ?」

 

 はやてが止める間も無く、ゼロとヴィータは疾風の如く家を飛び出して行った。通常の3倍くらいのスピードである。トランザムでもかけたようだ。

 

「しゃあないなあ……私らもなのはちゃん達と合流したら後を追おう?」

 

 はやてはやれやれといった風に苦笑し、ペンダント状の『シュベルトクロイツ』を取り出した。それを見たシグナムは少し困ったような顔をする。

 

「しかし主はやて……管理外世界で、大掛かりな魔力使用は問題では……?」

 

「ああ、そんなら心配要らんよ」

 

 はやてはニッコリ笑って携帯を示す。

 

「リンディ提督から、後の辻褄は合わせるから、バレないようにあの臼とっちめてだって」

 

 リンディも相当怒っているようである。新年祝いで酒も入っているのかもしれない。

 ちなみにクロノは頭痛がするから寝てるそうである。気持ちは良く判るはやてであった。クロノはあの舐めくさった怪獣に、拒否反応が出たと思われる。

 まあ……そんなこんなで、全員でモチロンを追う事になった。

 

 

 

 

「どっちだゼロッ!?」

 

 ヴィータは座った目で辺りを探しながら、ペンダント状の『アイゼン』を握り締めた。モチロンを追って住宅街にやって来たヴィータとゼロである。

 

「さっきのニュースで見る限り、こっちの方に来た筈なんだが……」

 

 ゼロはその超感覚で周囲を探るが、モチロンを発見出来ない。やはり反応が薄い。目視で見付けるしかないようだ。

 2人共変身はしていない。さすがに真っ昼間に変身した姿で空を飛んだり、その辺をうろつき回っていたらとんでもなく目立つ。まずは見 付けて、結界に閉じ込めるのが先決だ。

 すると突然回りの景色が色を失い、通行人の姿が消えた。結界が張られたようである。同時にはやてからの念話が入って来た。

 

《モチロンを撃ち落としたわ。下敷きにならんように気い付けてな》

 

 先にはやて達が発見したようだ。上空を揃って見上げるゼロ達の目に、何かがヒュルル ~ッ、と墜ちて来るのが入った。

 

 

 

 

 

 数分前、なのは、フェイト達と合流したはやて達八神家は、目撃されないように雲の上を飛んでいた。ゼロ達と同じく、被害のあった場所から目星を付けてモチロンを追って来たのである。

 

「はやてちゃん、あれっ!」

 

 シャマルが指差した方向に、変なものが浮かんでいた。黒い飛行船に太いロープでぶら下がっている巨大臼。勿論モチロンである。

 しかし……何とも呑気な光景だった。新年の空をふよふよ飛んでいる大きな臼……それを大真面目に追い掛けているのが、バカらしくなる光景である。

 

「はやてちゃん……」

 

 はやての隣を飛ぶなのはが苦笑を浮かべている。このシュールさが判るのは、日本で生まれ育った2人だけであろう。

 フェイトは真面目にモチロンを追っている。リンディの仕返しをしようとしているようだ。

 

「あの飛行船を狙おう!」

 

 気合いが入っているフェイトは、『バルディッシュ』を構えた。はやてもデバイスを構えるが、あの飛行船で別の宇宙の月から来たのか? 真空の宇宙空間をどうやって?

 などともの凄くツッコミを入れたかったが、まずはあの悪戯者を撃ち落とすのが先である。

 

「一丁行くでえっ、ブリューナク!」

 

「プラズマ・ランサァァァッ!!」

 

「アクセルシューターッ!」

 

 はやて、フェイト、なのはの砲撃魔法が飛ぶ。3色の光が見事に飛行船に炸裂し、ポンッと間抜けな音を立てて破裂した。

 

『またかあああああぁぁぁぁぁ~……』

 

 ドスの効いた悲鳴を上げ、モチロンはヒュルル~と地上に墜ちて行く。これでタロウの時も含めて2度目である。そこでユーノ素早く結界を張り巡らした。

 

 

 

 

 

「おっ? 墜ちて来たぞ」

 

「ほんとだ……」

 

 空を見上げていたゼロとヴィータの近くに、モチロンの巨大がドスンッいう感じで墜ちて来た。食い物の怨みとばかりに、ボコッてやろうと腕捲りして近寄る2人だが……

 

「何だあ……?」

 

 ヴィータは目を丸くした。モチロンの手足が亀のように引っ込んで行く。手足が無いと完全にデカイ臼である。

 だが呑気してる場合では無かった。巨大臼が2人の居る方向にゴロゴロ転がり出したではないか。

 

「うわあっ!?」

 

「バカッ、こっち来んなあっ!」

 

 変身する間も無い。ゼロとヴィータは慌てて逃げ出した。必死である。変身前に臼に潰されるなど、相当間抜けな死に方だ。猿カニ合戦の猿以下であろう。

 しかしモチロンの転がる速度は速い。巨大なロードローラーが迫って来るようなものである。

 

「わああっ? 潰されるぅっ!?」

 

 後ろを振り向いたヴィータの目前にモチロンが迫っていた。

 

「ヴィータ、伏せろぉっ!!」

 

 ゼロは咄嗟にヴィータを抱えて地面に伏せる。次の瞬間轟音を上げて、モチロンが2人の上を通過した。

 

「た……助かった……?」

 

 ヴィータは何ともないのを感じ顔を上げた。無傷である。ゼロはホッと息を吐いた。

 何故大丈夫なのか? モチロンは臼なので真ん中から端まで緩く抉れており、潰されずに済んだようである。この体のお陰で、今まで潰された人はタロウの時も1人もいない。

 モチロンはそのままゴロゴロ建物を壊しながら転がって行き、何か白い粉を辺りに撒き散らした。その姿は白煙の中に消えてしまう。

 

「ちぃっ!」

 

 ゼロが透視能力で辺りを探るが、もう姿が無い。既に遠くまで逃げ去ってしまったようだ。

 

「結界をすり抜けて行ったのか……?」

 

 ヴィータは残念そうに舞う白い粉を見上げた。モチロンの体は特殊なので、楽に結界をすり抜けられるらしい。 ゼロは白い粉に覚えがある。つい昨日アリサの所で見た。一口舐めてみる。

 

「やっぱりか……餅取り粉じゃねえか、新技……?」

 

「どんな新技だよ……?」

 

 ヴィータはツッコんでおく。どうやらお餅がくっつかないように付ける、餅取り粉を煙幕代わりにしたらしい。

 あくまで餅関係に拘るの がモチロンらしいと言えよう。コーンスターチでない所が拘りである。

 

 その後はやて達と合流した2人は改めて周囲を探したが、モチロンの逃走経路すら掴めなかった。

 結界を出た後は転がるのを止め、建物も壊さず餅取り粉煙幕で辺り一帯の視界を効かなくして移動したらしく、目撃者もおらず行方が分からない。

 一旦八神家に集まった全員は、さて、どうしたものやらと言う感じである。

 倒してしまうと色々と不味いらしいと、ド キュメントデータで知った。彼方の地球の月の影が無くなって、お月見が出来なくなってしまうそうだ。

 被害は餅を食われた事と、餅を強奪する際に一部ガラスやドアが壊された程度だが、やはり迷惑なのでサッサッと捕まえたい所である。

 

 しかし怪獣を追っていると言うのに、ほのぼのした空気が皆に漂っていた。まったりである。モチロンは今日散々海鳴市全部のお餅を食べたので、お腹一杯で明日まで出て来ないのだ。

 慌てる事も無いので、ついでにと持ち寄った正月料理を食べ、正月特番を観ながらの相談なので緊張感は皆無である。

 戦闘と言うより悪戯者をとっちめるのだから、レクリェーションみたいな感覚なのだ。 ヴィータなどは、食い物の怨みでやる気満々ではある。

 そんなまったり空気の中、狼姿のザフィーラが何か思い付いたらしくゼロに歩み寄った。

 

「どうしたザフィーラ?」

 

「ウム……少し思い付いた事があってな……」

 

 ザフィーラはゼロの匂いを嗅いでいるようだ。その光景を見て一部女性陣の頭の中に、妙な妄想が湧いたようだったが、それは無視して……

 

「あっ、そういう事かい!」

 

 アルフはピンと来たらしく、少女モードから子犬モードになると隣で伊達巻をぱくついていたヴィータをクンクン嗅ぎだした。

 ゼロは女性陣のいやあな感じの(ザフィーラは人間モードでそれをやるべきだと)生暖かい視線に気付かず、キョトンとするしか無い。

 すると嗅ぎ終えたザフィーラが、心なしニヤリと口許を吊り上げた。

 

「モチロンの後を追えるかもしれん……」

 

「本当かよ!?」

 

 ヴィータが勢い込む。彼女の匂いを嗅いでいたアルフが説明してくれる。

 

「服に少し残っていた粉に、独特の臭いが残ってたんだよ。これで後を追い掛けられる」

 

 最新技術や超能力でも追跡出来ないモチロンを見付けられるのは、犬……いや狼の鋭い嗅覚だったと言う訳である。

 

「はやてちゃん、何か昔話みたいだね……?」

 

 なのはがほっこりした笑顔で、はやてに感じたままを言った。

 

「ほんまやねえ……」

 

 はやても全く同感だった。自分達が昔話の登場人物になった気分である。

 

「ん……?」

 

 流石にその辺りの機微が分からないフェイト は首を捻るが、何となく昔読んだ絵本のお話のようだなと思った。

 

 

 

 

 さて……ノンビリした事にしっかりお節料理を堪能し、翠屋のケーキまで頂いた一行は、食休みまでしてからモチロンを探しに出掛けた。

 辺りは夕暮れ近い。薄く満月が出ていた。どれだけノンビリしていたのだろう……

 

 先頭ははやてを背に乗せた狼ザフィーラに、リードを付けた子犬アルフ、そのリードを持ったフェイトである。

 ゾロゾロ歩く様は、呑気に正月散歩をしている人達にしか見えない。各自レクリェーション気分なので、あながち外れでも無い。

 臭いを辿るザフィーラとアルフも、長い散歩気分で足取りは軽い。 完全に食後の腹ごなし状態の一行である。

 さて肝心のモチロンだが、人気の無い山の方に向 かったようだ。人家も途絶え人通りも無くなり、辺りも完全に暗くなってきたので、全員変身して空を飛ん で追跡を続行した。

 

 臭いはどんどん強くなり、いちいち地面を嗅がなくても充分後を追える。かなり山奥まで入ったところで、妙な音が聴こえてきた。

 

「何や……? このけったいな音……?」

 

 はやては眉をひそめた。まるで象が唸り声を上げているような轟音が、深い森にぐわんぐわん木霊している。

 

「これってまさか……いびき……?」

 

 フェイトが轟音のする方向に目をやると、案の定森の中で横になってグウグウ寝ているデカイ臼、モチロンが居た。

 ムカつく程幸せそうに爆睡している。ご丁寧にプク~ッと大きな鼻提灯を作っていた。相変わらず冗談のような姿である。

 正直はやては笑いたいのを我慢するのに苦労した。しかしその横で殺気だったヴィータが 『グラーフアイゼン』を構えて、今にも殴りかかろうとしている。

 呑気に爆睡する実物を前に、食い物の怨みが甦ったらしい。するとウルトラマンゼロがそれを制止する。

 

『まあ待てヴィータ……まずは俺に任せろ……話を付けてやる……』

 

 珍しく話し合いを試みるつもりのようである。ヴィータはすごく意外に思った。

 

「ゼロにしては珍しいな……?」

 

『フッ……腕っぷしだけじゃねえのを見せてやるよ……』

 

 兄貴風を吹かせて自分の唇をチョンと弾くと、人間サイズのままのウルトラマンゼロは、爆睡中のモチロンにフワフワ近寄って行く。有るのか無いのか分からない鼻先に浮かんだ。

 

『オラアッ! 起きろこの餅泥棒野郎っ!!』

 

 思いっきり怒鳴りつける。モチロンは一喝にビックリしたらしく、鼻提灯をバチンと破裂させデッカイ目を見開いた。

 

「結局最初から喧嘩売っとるやん……」

 

「まあ……ゼロだしなあ……」

 

「らしいと言えば、らしいですが……」

 

 やっぱりとツッコミを入れるはやてとヴィータ、シグナムである。予想の範囲内なゼロの一喝に、モチロンは怒り心頭でグオオッとばかりに立ち上がった。

 

『何だおめえは!? せっかくオラが気持ち良く寝てたっちゅうに!!』

 

『やかましい! 俺はウルトラマンゼロッ、セブンの息子だ! さっさと元の世界に帰れ! 迷い込んだってんなら送ってやる。言う事聞かねえとぶっ飛ばしてやるぞ!!』

 

 何ともストレートな物言いである。と言うか、説得する気ゼロだ。

 

『やがましいっ! セブンの息子か何だが知らねえが、嫌なこったあっ! 餅を食うのを何千年我慢して来たと思ってるんだぁっ!?』

 

 モチロンはゼロの事を知らないようだ。まだ彼方の地球に一度も現れた事が無いので、当たり前と言えば当たり前である。

 

『此処はお前の世界の地球じゃねえんだ。関係ねんだよ!』

 

 軽くセブンのくだりをスルーされて少々カチンと来るゼロだが、取りあえず言い返す。だがモチロンはせせら笑ってお腹をパンッと叩いた。

 

『んな事あ判っとる。やっばり別の世界でも地球の餅は柔らかくてうめえぞぉぉぉっ!! ウルトラの父も居ねえし、念願の新潟に行って新潟の米で出来た餅を腹一杯食うまで帰らねえぞおおおっ!!』

 

 魂の叫びである。迷い込んだのでは無く明らかに確信犯だ。以前新潟に行けなかったのが、よっぽど心残りだったようだ。

 自分の目の前の若造がどれだけ強いのかも知らないモチロンは、腰を落として大地を揺るがし相撲の四顧(しこ)を踏む。

 

『どぉすこおい~っ! 帰らせたきゃ、オラを相撲で負かしてみろ小僧が! この日の為に特訓して来ただ!!』

 

『面白えっ! 相手してやんぜぇっ!!』

 

 売り言葉に買い言葉。ゼロは巨大化してモチロンの前にそびえ立つ。その時ヴィータが前に飛び出した。

 

「ゼロッ、コイツの相手はアタシがやる! ふざけやがってぇ~っ、このウスノロ野郎っ!!」

 

 アイゼンでモチロンを指して挑発した。もうヴィータの怒りは爆発寸前である。

 

『おっ、おう……』

 

 ヴィータの勢いに押され、ゼロはつい頷いていた。紅の鉄騎はモチロンの勝手な言い種にいい加減頭に来たのである。歩き回って、お腹が空いてきたせいも有ると思われる。

 

「はやてちゃん、止めなくて良いの……?」

 

 心配したなのはははやてを振り返るが、夜天の主は少し考えるとニッコリ笑って見せた。

 

「うん……大丈夫やと思うよ。なのはちゃんなら何となく分からん……?」

 

「あっ……!」

 

 思い当たったなのはが手を叩いた。視線を決闘に戻すと、既にヴィータとモチロンは対峙していた。ゼロは行司役よろしく1人と1匹の横に立っている。

 

『グフフ……ガハハッ! このチビスケが! オラに勝てるとでも思っただか!?』

 

 モチロンは完全に馬鹿にしている。腰に手を当てて無駄に豪快な高笑いだ。

 

「煩ぇっ! アタシの楽しみを奪いやがって、 お前は潰す!!」

 

 ヴィータの瞳孔が開いている。どれだけ餅を食べたかったのだろう。

 

「轟天、爆砕っ! ギカント・シュラアアア クッ!!」

 

 頭上に掲げたアイゼンが、数十メートルのとんでもない大きさまで巨大化した。アイゼンのフルドライブバースト形態である。

 

『ひいいいっ!? ちょっと待て、オラは相撲で勝負を……』

 

 明らかに腰が引けているモチロン。ヴィータ聞く耳持たず、巨大アイゼンを思いきり振りかぶった。

 

「知った事かあっ! 今4つに叩き割ってやる!!」

 

『うひゃあああああ~っ!!』

 

 モチロンは降り下ろされるギカントから必死で逃げる。外れた巨大ハンマーが大地を爆発したように抉った。

 

「逃げんなコラァァッ!!」

 

『うわああっ!? そっ、それだけは止めてくれええ ええっ!!』

 

 ハンマー系はトラウマになってるらしい。モチロンは恥も外聞も無く逃げ出していた。なのははその光景を見て、なるほどと頷く。

 

「臼だけに、ハンマー杵系には弱いんだね……」

 

「最後まで臼やなあ……」

 

 はやては最早モグラ叩きゲームと化してい る、ヴィータとモチロンの追いかけっこを見て感心してしまった。フェイトは頭が?マークである。

 

 追い詰められたモチロンは諦めたのか、手足を投げ出して大の字に寝そべっていた。

 

『さあ殺せ! 一思いに殺してみろおっ! だがオラを殺せばあっちの月の影が無くなって、もう月見も出来なるぞおおっ!!』

 

 相変わらず往生際が悪い。ヴィータも別に殺すつもりは無いので少々困ってしまった。その時である。

 

《モチロン……いい加減にしなさい……》

 

 透明感のある女性の声が突然天から響いた。 空を見上げると純白のローブのような服を纏った女性が、天使のようにふわりと舞い降りて来るではないか。更に共に降り立つ巨大な影。

 

『ウルトラマンA!?』

 

 ゼロはビックリして声を上げた。特徴的な頭部に赤と銀の体。ウルトラマンAその人である。そうするとこの女性は……

 

「ウルトラマンゼロさん……この世界の魔導師の皆さん……私は『南夕子』……うちのモチロンがご迷惑をお掛けしました……」

 

 やはりウルトラマンAが合体変身していた時の片割れ、月星人の南夕子であった。

 

『あっ、姐さん!?』

 

 モチロンはギクリとしてしまっている。相当焦っているようだ。この上ウルトラマンAまで来ては観念するしか無い。

 

「これはご丁寧に……八神はやて言います……」

 

 取りあえず代表してはやてが挨拶した。夕子は柔らかく微笑むと、モチロンを見下ろし怖い笑みを浮かべた。

 

「さあモチロン……帰りますよ……でもその前に……」

 

 覚えがあるモチロンは、思わず後退りしてしまう。

 

『ね、姐さん……もしかして……?』

 

「はい……あなたが食べた分の餅を、あなたが臼になってつくのです……」

 

『またですかい!? やれやれ……別の世界でまで餅つかなきゃいけないなんて……まったく……』

 

 しょんぼり項垂れるモチロンである。ちょっと可愛いなと思うはやて達であった。

 

 

 さて……見事な満月の光が山中を照らす中、手足を引っ込めて巨大な臼になったモチロンの姿が在った。何処から出して来たのか、その臼の中にはとんでもない量の蒸したもち米が入っている。

 もの凄おくツッコミたいと思うはやて達の前で、夕子がギカントを持ったままのヴィータに笑い掛けた。

 

「ヴィータちゃんだったわね……? やってみたい……?」

 

「はいっ、アタシついてみたいです!」

 

 即答である。夕子は優しげに微笑むと、いきなりその体が大きくなった。

 

「えええええ~っ!?」

 

 驚いたはやて達は揃って声を上げていた。変身した訳では無く、南夕子がそのままウルトラマンクラスにまで巨大化したのである。普通に驚く。

 空は飛ぶし巨大化はするし、数千年経ってもピンピンしているし、月星人……一体どういう人達なのだろう?

 巨大化した夕子はたすき掛けで服の裾を結ぶ と、ヴィータを促した。かなりビックリしたヴィータだったが、気にしない事にしてアイゼ ンを振りかぶる。

 もの凄いスケールの餅つきが始まった。夕子にやり方を教わり、ヴィータは最初は巨大アイゼンでもち米をグイグイ捏ねる。

 一通り纏まった所で、ペッタンペッタンやり始めた。サイズがサイズなので実際音はズドンズドンで、つく度に大地が震えている。

 明るい月光に照らされ巨大ハンマーで餅をつく小さな少女と、餅をひっくり返す巨大な女性。シュール過ぎる光景であった。

 

『痛っ! 痛えよお~っ』

 

 モチロンはトホホな声を上げ、ゼロとAは後ろで餅つきを見守っている。

 

「どっから突っ込んでいいのか分からんわ……」

 

「にゃははは……私もだよ……」

 

 はやてとなのはは解脱したような顔で、スケールの大き過ぎる餅つきを見守る。

 

「これがジャパニーズファンタジーってやつなんだね……?」

 

 フェイトは日本文化を色々と勘違いしてしまったようだ。はやてとなのはは笑って友人の肩を叩いていた。

 

 

 

 

『皆さん……ご迷惑をお掛けしました……』

 

『さらばだゼロ……ルパ……モチロンは任せろ。後は頼んだぞ?』

 

 挨拶をしてウルトラマンAと巨大南夕子が、満月の夜空をモチロンを抱えて飛び去って行く。

 見送るはやてはふと、Aの声が前の銭形のとっつあんそっくりだな、などと思っていると、餅の前で呆然としているゼロに気付いた。

 ついた分の餅は綺麗に小分けされ、小山のように積み上げられている。

 

『これ……全部俺が返すのかよ……?』

 

 ゼロは海鳴市全部を回って歩く手間を想像し、ガックリと頭を垂れた。正月早々とんだ重労働である。頑張れゼロ。叔父のタロウもやった筈だ……

 

 

 

 

 つきたての餅を持って帰ったはやては、早速色々な餅料理を作り皆に振る舞っていた。なのはもフェイトも家の分を持って帰っている。

 リンディもこれで満足であろう。八神家の食卓には、様々な餅料理が並んでいる。胡麻餅、きな粉餅に定番のお雑煮、お汁粉まで用意してあった。

 

「美味しいっ!」

 

 ヴィータは念願の餅を夢中で頬張っている。他の者も同様で、餅料理に舌鼓を打っていた。

 

「こんな美味しいお餅、初めて食べたわあ……」

 

 はやても感嘆の声を漏らす。彼女の味付けも有るが、モチロンでついた餅は絶品であった。

 

「おうっ、こりゃあ美味い!」

 

「こ……これは……箸が……箸が止まりませんっ、我が主……!」

 

「やはり日本食は素晴らしいです!」

 

「美味しい~っ!」

 

 ゼロもアインスもシグナム、シャマルも次々に餅料理を空にして行く。ザフィーラは無言ながらもしっかり食べている。

 

「みんな、まだまだ沢山あるから、好きなだけ食べてな?」

 

 はやては皆の食いっぷりを眺めて目を細めた。まだまだ餅は沢山ある。モチロンでついた餅は食べられた分よりも多く、返してもまだ相当な量があった。

 

「大丈夫だよはやて、こんなに美味しいんだから全部食べるよ」

 

 ヴィータはむにゅ~んと箸で餅を伸ばしながら、満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 1週間後。ゼロが外出から帰って来ると、体重計の前でガックリと項垂れている女性陣を目撃した。

 

「夢や……これは悪い夢や……」

 

「私も出来ればそう思いたいです……我が主……」

 

「馬鹿な……鍛練は欠かしていなかったというのに……不覚!」

 

「壊れてるのよ……きっと体重計が……アハハハハ……」

 

 各自打ちひしがれて、ぶつぶつ呟いている。 餅のカロリーを甘く見ていたようだ。

 確かにゼロが引くくらい食べていたので、当然と言えば当然の結果である。モチロンの餅があまりに美味しかったが故であった。

 ゼロは何となく、関わると面倒くさい事になりそうな気がしたので、そっとその場から立ち去る事にした。

 リビングに入ると、ヴィータが自家製おかきをパクパク食べながらテレビを観ている。ゼロに気付いて、おかきの入った袋を差し出し、

 

「ゼロも食べるか?」

 

 と笑う顔は鏡餅のように丸かった……

 

 

 

 

 おまけ

 

「フェイトォ~ッ? なのはが迎えに来てるよ。はやてん家に遊びに行くんだろ?」

 

「こんなのじゃ、ゼ……顔を合わせられないよ お~っ」

 

 ハラオウン家、床にへたり込んで泣き言を言うフェイトの姿が在った。ふくよかである。

 ちなみにイジけているフェイトを宥める、なのはとアルフも見事にふくよかになっていた。

 何故かリンディだけは変わりなく、甘々お汁粉のお代わりをしていましたとさ、どっとはらい。

 

 

 

つづく

 

 

 




ゼロを襲う恐怖。はやてが料理で敗北する恐るべき強敵の正体は……
次回番外編2『甘いチョコの恐怖や』


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番外編2 甘いチョコの恐怖や★



今回はA's編の後のバレンタインのお話になります。


 

 

 

バレンタインの起源

 

 第二次世界大戦後の日本で、アメリカ軍人バレンタイン少佐が私財を投げ打ち、日本の子供達にチョコレートを配ったのがルーツとされる。現在の日本ではその行いを尊び、お世話になった人達にチョコレートを渡す習慣が広まった。

 

民明書房刊『世界の奇祭風習』より

 

 

 

 

「あっ、シグナムゥ」

 

 所々先日の大雪の残滓が残る街中で、フェイト・テスタロッサは見知った顔を見掛けて声を掛けた。八重桜色のロングヘアーをポニーテールに括った凛々しい女性、シグナムである。

 

「テスタロッサか……何処かに行く所か……?」

 

 シグナムは、駆け寄って来たコートにマフラー姿のフェイトに微笑み掛けた。此方も白いコートにマフラーである。まだ外を歩くには手放せない季節だ。

 

「買い物の帰りです……明後日はバレンタインデーですからね……その買い出しです」

 

「バレンタイン……デー……?」

 

 シグナムは白い息を吐きながら首を捻る。此方に来てまだ1年経っていないのだから、ピンと来てないようだ。だが聞いた覚えはある。フェイトは抱えていた紙袋を見せた。

 

「日本の風習みたいなものだそうです……私もなのはから聞いたばかりなのですが、お世話になった男の人に女の人からチョコレートを贈る日らしいですよ?」

 

「妙な風習があるのだな……?」

 

 シグナムは繁々とフェイトが買った紙袋の中身を見る。カラフルな小さな箱に入ったチョコレート何個かに、お菓子作りに使うチョコレートのブロックが入っている。手作りもするつも りのようだ。

 そこで思い出した。最近あちこちの店でバレンタインフェアなる札を良く見掛ける事を。

 

「成る程……あれはそれのキャンペーンだったのか……」

 

 そう言えば主はやてが、今日帰ったら女性陣限定で話が有ると言っていたなと思い出した。ひょっとするとその事かもしれない。

 それでもいまいちピンと来ていないシグナム に、フェイトは真剣な表情で顔を寄せて来た。

 

「それでシグナム……バレンタインに関して色々調べてみたんですけど……」

 

 雰囲気に釣られ、シグナムは屈み込んで聞き耳を立てていた。フェイトはゴニョゴニョと、仕入れたばかりの知識を吹き込む。

 

「おっ、想いを寄せる男にチョコレートを渡す一面も有る!?」

 

 シグナムは驚いたようだ。他愛ないイベントかと思っていたら、中々に真剣勝負な日でもあるらしい。 義理チョコなる風習もあり、他愛ない一面も有るのだが、本気の女子には一大イベントのようだ。

 何かフェイトは妙に気合いが入っているように見える。シグナムはきっと気になる男子でもいるのだろうと思った。可愛いものだと微笑ましくなる。

 

(まっ、まあ……私には関係の無い話だ……)

 

 ある少年が頭を過ったが振り払い、取り敢えず頑張れと激励すると、シグナムはフェイトと別れ自宅へと帰った。

 このように、まだ此方の世界の風習に慣れていない2人ならではの会話である。

 

 何かザワザワするものを胸の内に感じながらシグナムが家に帰ると、既にリビングにははやてにヴィータ、シャマルにアインスが集まっていた。

 

「はやてちゃん、何ですか? お話って」

 

 揃ったのを見て、早速シャマルが代表して聞いてみる。はやては真面目くさった顔をし、

 

「此方の世界……日本やと、バレンタインデー言う習慣が有るんよ」

 

 皆にバレンタインの概要を説明する。先程シグナムがフェイトから聞いたのと一部を除いて、大体同じ内容だった。

 

「まあ、肩肘張らんと、お世話になった人達にチョコレートを配るくらいな感じやと思えばええよ。あっ、でも気が無い相手に気合いが入ったチョコを渡すと誤解されるから気い付けてな?」

 

 注意事項も忘れず付け足しておく。告白するならともかく、そうでなければ気楽に男性女性問わずな行事だと認識させる。一同は納得し た。

 

「それなら、爺ちゃん達にあげないとな」

 

 ヴィータはゲートボール仲間のお爺ちゃん達に配るのを思い付いたようだ。お爺ちゃん達は喜ぶだろう。尤もお婆ちゃん達にも漏れなくあげるつもりである。

 

「それならば私は男女問わず、道場のみんなに配れば良いのですね?」

 

 シグナムは頷いた。やはり気楽なイベントだなと内心ホッとする。だが下手な男より男らしいシグナムのこと、逆に女の子達からチョコレートを沢山貰いそうである。

 

「提督達になのはちゃんにフェイトちゃん、クロノ君やユーノ君、ミライ君達ウルトラマンの皆さんにもあげれば良いですね」

 

 シャマルも提案する。結構大掛かりになりそうである。相談して各自準備する事となった。するとヴィータがふと、

 

「ゼロの事だから、バレンタインはただでチョコレートを貰える日としか思ってないんじゃない?」

 

「あはは、その通りやヴィータ」

 

 はやては苦笑する。成り立ちやら何やら、地球に来て間もないゼロにはハードルが高過ぎた。それで去年はつい冗談半分で、冒頭のバレンタイン少佐の作り話をしてしまった訳である。犯人ははやてであった。

 真に受けるゼロが面白かったのと、クリスマスの余韻を引き摺っていたはやては照れてしまったのである。どうしてそれを責められよう。

 しかしやはり後で後悔したものである。複雑な乙女心と言うやつだ。

 

(嘘を吐いた事を謝ろう……)

 

 はやては素直に謝ろうと思った。その為にも気合いを入れて、手作りチョコレートやチョコケーキを作ろうと腕捲りするのであった。

 

 

 

 

 バレンタイン当日。ゼロは少し用事が有るとザフィーラと一緒に早くから出掛けていた。

 はやては皆で食べる特製のチョコレートケーキは勿論、お世話になった人達に配るチョコレートも前日にしっかり準備していた。

 シグナム達も悪戦苦闘して、家の者に渡す分くらいはと手作りに挑戦したものである。

 ゼロとザフィーラはまだ帰って来ない。遅くなるとのメールが入っていた。ゼロ達には後で渡す事にし、はやてはまずは学校に登校した。

 

 

 

 

 はやてはフェイトとなのはと学校帰りにアインスとシャマルと合流し、本局へ寄り皆にチョコレートを配った。

 丁度クロノもリンディ達提督の面々も居て無事渡す事が出来た。 『無限書庫』に行くとユーノもミライも居り、此方も無事渡せた。

 流石に他のウルトラマン達は、遠い世界に居るので送る手配をしておく。 配り終えたはやてとアインス、シャマルは、フェイトとなのはを連れて八神家に戻っていた。

 ゼロとザフィーラはまだ帰っていない。しばらくするとシグナムとヴィータが帰って来た。ヴィータは余程喜ばれたようで、逆にお菓子やらおはぎやら沢山持たされている。シグナムはと言うと……

 

「主はやて……今日は基本、男性がチョコレートを貰う日なのではありませんか……?」

 

 抱えきれない程のチョコレートを持たされて困惑顔である。案の定道場の女子から渡されようだ。

 

「あはは、シグナムは格好ええからなあ、お姉さまって感じやないの?」

 

 はやては笑って、納得行かなそうな烈火の将にフォローを入れる。するとアインスがにこやかに笑う。

 

「昔から将はこんな感じですからね……男性より女性人気があるのです……恋文を女性から貰った事もあるのですよ……」

 

「よっ、余計な事を言うなっ!」

 

 和やかに微笑む友人をシグナムは慌てて叱り付ける。しかし天然の友人は全く堪えていない。いくら凛々しくとも中身は女性な将が、複雑な気持ちでため息を吐いていると、

 

「お~い、帰ったぞ……」

 

「今帰りました……」

 

 ゼロとザフィーラの声だ。ようやく帰って来たのだ。しかし声が少々疲れて聴こえる気がする。

 

「おっ、みんな集まってんな?」

 

 リビングに入って来たゼロを見て、はやて達は思わず目を見張ってしまった。 何故ならゼロが大量のチョコレートと思しき物を持っていたからである。

 どっさり様々なチョコレートの箱が入った袋に、大きなケーキの箱らしき物を持っていた。

 

(そないな馬鹿な!?)

 

 はやては失礼ながら、酷くショックを受けてしまった。

 

(確かにゼロ兄はイケメンやけど、パッと見目付きが悪い上に柄が悪くて取っ付き難いから、大丈夫やと思っとったのに!?)

 

 大概酷い事を心の中で思う。ゼロは一見取っ付き難くても、付き合ってみるととても気の良い兄ちゃんなので、貰っても不思議では無いのだが……

 するとシグナムが斬っ! とばかりに前に踏み出した。

 

「貴様……一体何処の馬の骨に貰ったのだ……?」

 

 殺気を含んだ低音声でゼロを睨み付ける。物凄く怖い。返答次第では叩き斬らんばりだ。相手共々。フェイトは顔色を無くしている。

 

「まさか……今日1日バレンタインデート!?」

 

 スゴくテンパっている。はやても頭がグルグルしてしまっていた。本当にゼロがこのメンバー以外の女性から貰うなど考えてもいなかったと言うより、考えたくなかったのであろう。

 ゼロの良い所は自分達だけが判っていれば良いと思っているふしがある。重苦しい雰囲気の中ゼロは、のほほんとチョコレートを示した。

 

「いや……それがな……変な動物を見掛けたって知り合いに聞いてな……行ってみたら『ゲスラ』の元の両棲類が居やがってよ……

どうやらゲートから迷い込んだらしい……ザフィーラと 一緒に何とか捕まえて元の世界に送り返して来たところだ……手間掛けさせてやがって……」

 

 やれやれと肩を回す。別に汚水を飲んで巨大化した訳でも無かったので、今日1日2人でゲスラを追っていたらしい。

 

「でも……何でそれで、チョコレートをいっぱい持っとるん……?」

 

 当然の疑惑である。ゲスラはチョコレート好きではあるが、だからと言ってゼロが持っている理由にはならない。ゼロは笑って説明する。

 

「ほら、ゲスラってチョコレートが大好きだろ? でも次元世界にはそれより好きな、大好物のゲラン蜂の幼虫が居ないから、チョコレートを狙って工場に入り込食い荒らしてたんだよ。それで捕まえた後に、箱に傷が付いちまったチョコレートをお礼に沢山貰ったって訳だ……」

 

「なあんや……」

 

 聞いてみれば何て事は無い話であった。だが、はやては見逃さなかった。明らかに本命くさい大きな箱を。

 

「じゃあ……それは何やの……?」

 

 それは明らかにメーカー品では無い。ケーキの大箱だった。白地に金色の文字が入った小粋なものだ。

 

「これも貰い物だぜ?」

 

 ゼロは不穏な空気に戸惑いながら、ケーキの箱を見せる。

 

「良いから開けて見せて、ゼロ兄っ」

 

「見せろと言っている!」

 

「確かめないと!」

 

 はやて、シグナム、フェイトの気迫に押されて、ゼロは箱をテーブルの上に置き開けて見せた。

 

「「「!?」」」

 

 3人は中を見て絶句する。中身はワンホールのチョコレートケーキであった。しかも見事なデコレーションを施された一品物のようである。一見して判る職人芸であった。

 漆黒のチョコレートの表面には金箔が程好く散らされ、生クリームでハートマークが描かれており、駒丁寧に『ゼロ君へLOVE』とメッセージ付きである。 ど本命チョコにしか見えない。

 はやて達の剣幕が正直空恐ろしくなったゼロは、機嫌取りで食べてみろよと促してみる。仕方無くはやては一口食べてみた。

 

「おっ……美味しい……!」

 

 それは衝撃を受ける程の美味しさであった。 繊細かつ深みのあるコクとまろやかさ、ほのかな苦味がアクセントになっていくら食べても飽きない味であった。

 

「ま……負けや……」

 

 はやてはあまりの美味しさに、ガックリと敗北を認めるしかなかった。いくら料理上手でもこれは次元が違う。するとゼロは落ち込むはやての肩を優しく叩いた。

 

「そりゃ仕方無えよ、あのオッチャンは世界トップレベルのパティシエらしいぞ。世界大会でも優勝したそうだからな……」

 

「世界……大会……?」

 

 有名人なのだろうか? その前に聞き捨てならない台詞を聞いた気がする。

 

「ちょう待ってゼロ兄……今オッチャンって言うた……?」

 

「言ったぞ? いやあ凄いオッチャンでなあ……スキンヘッドでプロレスラーみたいにゴツくて、修業の為にフランス国籍を取るのに、傭兵までやったそうだ……凄い拘りだよなあ……」

 

 スゴく何処かで聞いたような経歴である。

 

「ゲートがあちこちに開いててな、その中を巧みに逃げるもんだから、色んな世界を飛び回る羽目になったんだ……その内の世界の1つで会ったオッチャンだぜ」

 

 ゲートを何回も潜って、遠い並行世界にまで行ってしまったらしい。ザフィーラは思い出したくないと言った風に遠くを見詰めている。何が有ったのだろう……

 

「オールヴォアとか、あれフランス語だよな? それが口癖で……ゲスラに、オッチャンの店のチョコレートが食べられそうになったのを防いだら、感謝してくれて何かトゲトゲだらけの鎧を着て手伝ってくれたぞ?」

 

「それ色々問題あるオカマさんやないかあっ!?」

 

 はやては車椅子からズリ落ちそうになった。贈り主は女性では無くオカマさんらしい。朝にやってるヒーロー番組に出てる人にスゴく似ている気がした、と言うか本人だろう。

 どうやら転移しまくって、とんでもない所にまで行ってしまったらしい。ゼロは判り易いように口真似して見せる。

 

「あてくしから貴方にせめてものお礼よ! メロンの君の次に素敵だったわ……また来てね? だってよ」

 

 ドリアンの人と言うより、ガッチャマンのベルクカッツェみたいになっている。無論本人は大真面目だ。

 

「あかん! それは悪い夢やと思って忘れるん や!!」

 

「それは最大級の危険人物だ! 絶対に近寄る な!!」

 

「二度と行ったら駄目だよ!!」

 

 はやて、シグナム、フェイトは血相を変えていた。色んな意味で関わり合いにならない方が良い人のようだ。

 

「おっ……おう……?」

 

 尋常では無い迫力に押され、ゼロは無理矢理頷かされていた。その方が身の為であろう。

 

 

 

 

「どっと疲れたような気がするけど……はい、ゼロ兄バレンタインチョコレート……」

 

 はやては一呼吸置くと、ケーキとは別に用意していたチョコレートを手渡した。可愛らしくラッピングした手作りものである。

 例え世界大会優勝のパテシィエに及ばなくとも、心を込めて作ったチョコレートは尊いものだ。

 

「おうっ、ありがとうな……」

 

 ゼロは有りがたくチョコレートを受け取る。地球の食べ物は全部大好きだが、やはりはやての作るものは格別だと思う。次にフェイトがおずおずとチョコレートを差し出した。

 

「これ……あまり上手に出来なかったけど……どうぞ……」

 

「おうっ、フェイトも、ありがとうな」

 

 フェイトも手作りチョコレートを頑張ったようだ。ラッピングにも気合いが窺える。なのはからも貰い、ゼロはホクホク顔である。

 

「ほら、有りがたく受け取れよ。ホワイトデーは三倍返しで良いからな?」

 

「はいゼロ君、私からも」

 

 ヴィータはお返しを期待して、シャマルは悪意無しで外れクジが入ってそうなチョコレートを渡す。ザフィーラも同様に受け取っているが、甘いものがあまり得意ではない彼は少し困り顔である。

 はやてのものは、ザフィーラ用に甘さを控えたチョコレートだが、他の者はそこまで気が回っていないようである。

 

「ゼロ……これは私からだ……」

 

 アインスも自分で作ってみたチョコレートを手渡した。彼女は意外な程、料理の腕だけは上げつつある。他の家事はあまり得意ではないようだが……

 

「ありがとうな……リイン……アインス……」

 

 ゼロは有りがたく受け取った。ホワイトデーには逆に此方が渡す事になるので、大変だな……と内心思ってしまうは仕方あるまい。

 ほのぼのした空気の中、出遅れたシグナムは困っていた。

 

(アインスめ……)

 

 然り気無く渡そうとしたところで、アインスとかち合ってしまい、つい先を譲ってしまったのである。ナチュラルに渡せる天然の友人が正直羨ましい。

 改まるとどうも緊張してしまう。頬が熱くなってしまった。このままでは不味い。そろそろ女性陣も、 チョコレートの交換を終えつつある。

 このまま長引くと、酷い失態をしてしまいそうな気がしたシグナムは、殆どヤケクソ気味にゼロに向かう。

 

「わっ、私からだ……受け取れ!」

 

 喧嘩を売るかのように、少々不格好な手作りチョコをゼロに無理矢理受け取らせた。受け取らないと、斬り捨てるぞと言わんばかりの勢いである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「おっ、おう……サンキューな」

 

「うむ……」

 

 シグナムは腕組みして、顔を明後日の方に逸らして頷いた。難儀な人である。此方も色々と複雑なのだ。

 何とか全員チョコレートを渡し終えたようだった。目出度し目出度しである。はやてのチョコレートケーキと、オカマの人のチョコレートケーキを皆で堪能し、バレンタインは無事終了したが……

 

(あっ……ゼロ兄に嘘吐いたの言うの忘れてた……)

 

 はやてはタイミングを逸してしまい、結局その事を言えなかった。しかし今は言わない方が良いようだ。ケーキの意味を知ってしまうと混乱してしまいそうである。

 

(来年にはあなたに負けないくらいのケーキを作ったります!)

 

 来年のバレンタインに向けて、シャルモンのおっさんへ静かに余計な闘志を燃やすはやてであった。彼の無事を祈ろう……

 

 

 

 

 その夜……ゼロは酷くうなされた。夢の中にシグナムとフェイトが出て来て、悪霊のようにゼロの上に乗し掛かり、凄い目で睨み付けているのである。

 凄まじい重さがかかり、声も出せず指一本動かせない感覚。結局朝まで延々と悪夢にうなされ続けたのであった。

 

 

 

 フェイトとシグナムの冒頭の会話の続き

 

「それでですね……何でも特にお世話になった人や、気になる人のチョコレートには自分の汗とか血とか唾液とか髪の毛を入れると良いそうです……喜ばれるそうですよ」

 

「そういうものなのか……?」

 

 シグナムはどう反応したら良いか判らず、眉をひそめるしか無い。日本には変わった風習が幾つかある。そういうものの1つなのかと思った。フェイトはどうやら実行するつもりらし い。

 

(よっ、喜ばれるのなら仕方無い……ゼロには世話になったからな……せっかくの風習とあれば、ぜっ是非も無い……)

 

 色々自分に言い訳をしてシグナムも試してみる事にしたのであった。

 フェイトとシグナム……人知れず行った作業。ゼロが美味い美味いと食べていたチョコレートの中身…… 2人がそれが呪いの方だと気付くのは後日である。

 

 

 

つづく

 




次回予告

 ゼロが光の国に里帰りしてから2週間あまり。海鳴市では、不穏な事態が起ころうとしていた。はやてを憎しみの眼差しで見詰める女の正体は?
現れる3馬……3人の謎の少女達の正体は?

「誰が偉そうな子烏だ。無礼者がぁっ!!」

 キレるはやて似のとても偉そうな少女。

「わああっ!? 〇〇がっ、王様に怒られるうっ!!」

 ヤンチャでうっかり、お菓子に釣られるフェイト似の少女。

「エヘン……ゲホゲホッ」

 クールで、何処かずれてるなのは似の少女。そしてもう一つの欠片とは……そしてゼロの前に現れる修行僧の正体は?
次回からportable編が始まります。

次回『来たのは誰や(前編)』


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portable編
第67話 来たのは誰や(前編)★





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portable編始まります。





 

 

 

 

 夢を見とりました……

 

 1人の男の子の夢……

 

 私は夢の中で、その男の子になっているのです……

 

 男の子の目に映る、街を焼き尽くし天まで届きそうな怖い程の炎……銀色の顔をした人達の無惨な死体の山……

 

 あちこちで耳をつんざく爆発が起こり、地獄のような有り様の中、沢山の怪物達が気味の悪い嗤い声を立てて行進するように歩いています……

 

 怪物達は死そのものが具現化したもののように、ひどく恐ろしくおぞましく見えました……

 

 その中の先頭の怪物が、大きな鋏のような手で何かをぶら下げています……

 

 それはまだ小さい子供でした……男の子と同 じ……私と同じくらいの年の銀色の顔をした男の子が、怪物達に捕まっていたのです……

 

 それを見た私、男の子はその子を助けようと、隠れていた半壊している建物から飛び出そうとしました……

 

 でも夢の中の男の子は酷い怪我をしていて、満足に動く事も出来ません……

 

 それでも男の子は、這ってでもその子を助けようと痛みを堪えて体を起こします……その時男の子の頭の中に、声が響きました……

 

《来るな……ゼロ……ッ!》

 

 それは捕まっている子からの言葉でした……

 

《ふざけるな……っ! 今俺が行く……!》

 

 警告を男の子は聞きません……その子を見捨てるくらいなら、死んだ方がましやと男の子は思っているのです……

 

 でも出て行けば、男の子は確実に殺されてしまうでしょう……それでも男の子はズルズルと、這って前に進もうとします……

 

 でも泥沼の中でもがいているように、重傷を負った体は思うように動いてはくれません……

 

 それでも進もうとする男の子の頭に、再び捕まっている子からの声が響きました……

 

《馬鹿……っ! 今ゼロが出て来たら……他の子達はどうなる……っ!?》

 

 男の子はハッとして後ろを振り向きました……其処には男の子より更に小さな子達が、 身を寄せあって恐怖に震えていたのです……

 

 男の子とその子で怪物達から逃れ、ようやく此処まで避難させて来た子達でした……

 

 愕然とする男の子に、再びその子からの言葉が伝えられました……

 

《その子達を……頼む……》

 

 その声は明らかに怖くて震えとりました…… でもその子は絶対に助けを求めようとはしません……

 

 その子の透き通るようなエメラルドグリーンの目には、恐怖を上回る強い意思が灯っていました……

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~……?」

 

 私八神はやては目を開けました。ぼんやり見慣れた天井が見えます。

 隣を見ると、のろいウサギを抱えて無邪気に眠る、ヴィータの可愛らしい寝顔が見えました。 ようやく自分が部屋のベッドで寝ている事を 自覚します。

 枕元の時計を見ると、何時も起きる時間の30分程前でした。

 

「……夢……?」

 

 ベッドから体を起こし呟いてしまいます。夢にしては妙に生々しかったようでした。それに夢の中に出て来た人達は、ゼロ兄と同じウルトラマンの人達に見えました。

 どうもハッキリしません。どうしてあんな夢を見たのでしょう。前にもゼロ兄の故郷の夢を見たような気もしますが、あんなシーンは無かった思います。

 色々考えてみたんですが、結局よう解りませんでした。

 

 目が冴えてしまった私は、ヴィータを起こさんように身支度を済ませ、そっと車椅子に乗ります。

 もう胸が痛くなったりしません。『闇の書』 の呪いが解けたお陰で、身体の調子がとっても良いのが自分でも判ります。

 最近体から活力がぐんぐん湧いて来る気がするのは、気のせいでは無いでしょう。身体が元に戻ろうとしとるようです。

 でも心にポッカリ穴が空いとる心持ちなんは、みんなには内緒です……

 

 車椅子を操作して、朝食の準備の為キッチンに向かいました。部屋に入ると隣のリビングの床で、狼ザフィーラが丸くなっとるのが見えます。

 

「おはようございます……主……」

 

 音で判っとったようで、直ぐに顔を上げて渋い声で挨拶して来ました。

 

「ザフィーラ、おはようさん」

 

 近寄って、モフモフの蒼い毛皮を撫でて私も朝の挨拶です。その感触をまったり味わっとると、

 

「おはようございます……我が主……」

 

 銀色のロングヘアーが、カーテンの隙間から射し込む朝日にキラキラ反射します。銀髪をふわりとなびかせた、紅い瞳の綺麗な女性『リインフォース』が静かにリビングに入って来ました。

 家に帰って直ぐに買って来た、私とお揃いの白のリブセーターとパープルのタイトスカートが、美人さんのリインに良う似合ってます。

 

「おはようさんリインフォース、今日は早いなあ?」

 

「どうも今朝は早く目が覚めてしまいまして……」

 

 リインは薄く微笑んでいます。『夜天の魔導書』の管制人格やったリインフォース。私が物 心ついた時から、ずっと傍に居てくれた子……

 とんでもない事件も終わって、今はひとまず平和な日々。ずっと一緒やったのにずっと会えへんかった、私の融合騎リインフォース……

 思いがけない奇跡が重なって、消えてしまう筈だったリインを助ける事が出来ました。これで後は……

 そんな事を思っとりますと、静かな家にガチャリと玄関のドアが開く音が響きました。私は一瞬ゼロ兄が帰って来たのかと思ってまいましたが、

 

「おはようございます……主はやて……」

 

 廊下を静かに歩いて入って来たのは、スポーツウェア姿のシグナムでした。薄く汗をかき、頬が少し上気しとります。早朝トレーニングの帰りです。

 

「おはようさんシグナム、今日も早いなあ?」

 

 私は期待が外れて、ちょう曇りそうになる表情を改め明るく挨拶しました。あかんあかん。主の私が景気悪い顔してたらみんな気にするわ。

 

 シグナムはリインとザフィーラにも声を掛けると、汗を洗い落としにお風呂場に向かいます。でもその後ろ姿に、少し元気が無いようでした。何時もならゼロ兄と一緒に行っとりましたから……

 

「ゼロ兄……どんぐらい掛かるんやろな……?」

 

 シグナムの後ろ姿を見送りながら、つい口に出していました。ゼロ兄が故郷に帰ってから、 もう2週間以上が経っています。

 改めて実感してしまい、自然ため息を漏らしていました。こんなに長くゼロ兄の顔を見とらんのは初めてです……

 

「お寂しいですか……? 我が主……」

 

 リインが心配して声を掛けて来ました。あかんあかん心配を掛けてもうた。さっき気を引き締めたつもりやったのに。

 

「大丈夫や、もうすぐゼロ兄は帰って来るよ」

 

 私は笑顔を浮かべて、張り切って腕捲りして見せました。大丈夫……ゼロ兄は必ず約束を守ってくれる筈です。

 ただ時間の感覚が違うんで、物凄く時間が掛かるなんて事が……またや、あかんあかん!

 私は不穏な考えを振り払い、部屋のカーテンを開けようとサッシに車椅子を進めました。

 自分に喝を入れる意味も含めて、一気にカーテンを開けます。(リモコンですけど)眩しい朝の光が目に飛び込んで来ました。

 

「あれ……?」

 

 私は庭の光景を見て、思わず目をゴシゴシ擦ってしまいました。

 何故なら庭に置いてあるオープンテラスの椅子に、何や格好つけたように片足を上げて立っている、紙袋を沢山下げたウルトラマン姿のゼロ兄が居たからです。

 

 

 

 

 

 

「ゼロ兄ぃっ!?」

 

「ゼロ……っ!?」

 

「ゼロ……?」

 

 素っ頓狂な声を上げてしまうはやて達に向かい、ウルトラマンゼロは不敵に片手を挙げて見せた。

 

『みんな待たせたな、今帰ったぜ……』

 

 本人は決めたつもりのようだ。強いて言うな ら、『ビートスター』で『エメラナ姫』の危機に駆け付けた時と同じ感じだが、『イージス』 ならぬお土産らしき紙袋を大量に抱えた姿は、家に帰省した人のようで色々台無しであった……

 

「ゼロ兄ぃっ!」

 

 はやては考える前にサッシを開けて飛び出していた。次の瞬間、その体がふわりと宙に舞う。転んだ訳では無い。文字通り少女は宙を飛んで、ゼロの胸に飛び込んでいた。

 

『うおっ!?』

 

 突撃してくるはやてを、ゼロは慌てて受け止める。意表を突かれたようだが、しがみつく少女を片手で軽々と抱き上げる。

 

『危ねえぞはやて……って言うかそのままで飛べるのか? 何時の間に……?』

 

 はやては驚きを隠せないゼロの首根っこに掴まりながら、満面の笑みを浮かべた。

 

「まだまだやけど……リインに教わって魔法の練習を始めたんよ……ビックリしたか?」

 

『ま……まあ……かなりな……』

 

 僅かな間の少女の変化に、ゼロはかなり所では無く驚いてしまった。そんなウルトラマンの少年にはやては悪戯っぽく笑い掛ける。

 

「ところでゼロ兄、何時から此処に居たん?」

 

『うっ……』

 

 言葉に詰まるゼロは、決まりが悪そうに明後日の方向を見上げた。

 

『……ほんの……5分前だ……』

 

 と銀色の無表情顔にも関わらず、丸判りな澄まし顔で言う。バレバレである。実際はかなりの間待っていたと思われる。

 劇的な再会とやらを目論んで、誰か起きて来るのを待っていたようだ。ご苦労な事である。

 2人の再会をほっこりして眺めていたザフィーラとリインフォースだったが、ザフィーラが思い出したように一歩前に歩み出た。

 

「ゼロ……ともかく早く家に入れ……誰かに見られるぞ……?」

 

『おっと、それもそうだな……』

 

 例え本物と思われなくても、朝っぱらから着ぐるみを着てうろついている不審者と思われる可能性が大である。それはとても恥ずかしい。

 ゼロは急いで『ウルトラゼロアイ』を外して人間形態になると、はやてを車椅子に戻し紙袋をリビングに置くと、律儀に玄関に回り家に入った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その様子を眺めるはやては、何だかさっきまで不安に駆られていたのが馬鹿みたいだと、とても可笑しくなってしまった。

 

「あははっ、まったく……ゼロ兄はしょうもないなあ。改めてお帰りなさいゼロ兄……」

 

「お、おう……ただいま……」

 

 クスクス笑いながら出迎える小さな家主に、ゼロは照れ臭そうに帰宅の挨拶をする。はやての笑顔を見て、ゼロは改めて帰って来たのを実感した。八神家は彼にとって、既にもう一つの我が家であった。

 

「ザフィーラ、リインフォース……今帰ったぜ……」

 

 ゼロは片手を挙げ、少し気恥ずかしそうに2人にも挨拶する。こう言う空気はこそばゆいようだ。

 

「良く帰ったなゼロ……」

 

「お帰り……ゼロ……」

 

 普段それ程表情を変化させない2人も、表情を綻ばせて少年を出迎えた。そこでゼロはリインを見ると、

 

「リイン、お前の身体の事だが……色々聞いてみたんだが……少なくとも命に関わる害は無いだろうって事なんだが……」

 

「そうか……済まないな……手間を掛けさせたよ うだ……」

 

 ウルトラマンの因子が融合した件についてだ。心配で色々聞いて来たのだろう。頭を下げるリインに、ゼロは肩を竦めた。

 

「いや……それは別に良いんだけどよ……前例が無い事だから、何か身体の調子がおかしかったりしたら言ってくれ、相談してみるからよ」

 

 何かしらの変化が起きる可能性が有るかもしれないとまだ心配なのだ。

 

「判った……今のところ特に異常は無い……身体機能が正常に機能し始めているのが異常と言えるが、他には無い……力も弱体化したままだ…… 私の魔導の全ては主に受け継がれている……」

 

 リインははやてを見下ろし薄く微笑する。彼女の強大な力は、その殆どが失われていた。受け継いだ小さな主は頷く。

 

「頑張らんとなあ……」

 

 自分に言い聞かせるように呟いていると、パタパタと誰かがリビングにやって来る足音がする。

 

「あら……みんな今日は早いのね?」

 

「何……朝っぱらから騒いでんだ……?」

 

 朝食の手伝いに起き出したシャマルと、騒がしさに目を覚ましたヴィータが、眠い目を擦りながらやって来たのだ。ゼロは片手を挙げた。

 

「よおっ、シャマル、ヴィータ今帰ったぞ」

 

「ゼロ君っ!?」

 

「ゼロォッ!?」

 

 見慣れた少年の顔を見て、シャマルとヴィータは素っ頓狂な声を上げていた。眠気も吹っ飛んだようで ある。

 

「ゼロ君……お帰りなさい……」

 

 シャマルは最初は驚いたものの、柔らかな笑顔を浮かべて迎えてくれた。

 

「ゼロッ、お前っ!」

 

 ヴィータは照れる少年に駆け寄っていた。ゼロは寂しかったのかと、両手を広げて迎え入れようとしたが、

 

「ぐはああっ!?」

 

 腹に強烈な頭突きの一撃を食らって、悶絶してしまった。完全に不意を突かれた格好だ。

 

「遅くなった罰だ……」

 

 ニヤリと顔を上げて笑うヴィータに、ゼロは腹を押さえながら苦笑するしか無い。今日はよく突撃される日である。

 

「悪かったよ……ただいまヴィータ……」

 

「お、おう……判ればいいんだよ……」

 

 偉そうにふんぞり返るヴィータであった。照れ隠しなのは判っている。ゼロも何だかんだ 言って子供、ヴィータには弱い。

 弟のように思っていた『ナオ』と重ねている部分もあるが、目付きがあまり良くない所や性格が似ているヴィータを、本当の妹のように感じているのだ。

 はやてには初っぱなから、妹扱いは拒否られている……

 

 頭突きから立ち直ったゼロは、持っていた紙袋を一旦リビングのテーブルに置く。

 

「いやあ……何か人間形態に慣れてきたせいか、風呂に入らんと落ち着かねえ……まずはひとっ風呂浴びてくるぜ」

 

 善は急げとばかりに、ドタドタと風呂場に駆け出した。走りながらもう服を脱ぎ始めている。まるで子供であった。

 

「まだお風呂沸かしとらんおっ?」

 

「シャワーだけで充分だって」

 

 はやての呼び掛けにゼロの声だけが応える。やれやれ……と苦笑するはやてだったが、何か忘れている気がした。

 

「我が主……どうかなさいましたか……?」

 

 気付いたリインが尋ねるが、はやては額に指を当て、

 

「いやな……何か忘れとる気が……?」

 

 う~んと頭を捻ったのと同じ時、ゼロは服を脱衣所に脱いで素っ裸になると、勢い良く浴室の戸を開け放っていた。久し振りではしゃいでいた彼は、完全に周りの確認を怠っていたのである。

 

「いっ!?」

 

 声を出して固まるゼロの目前に広がる、色んな意味でピンク色な光景……

 八重桜色の髪をかき上げシャワーを浴びている、グラビアモデルも目じゃないスタイルの女性の姿。

 見事に盛り上がった双丘……引き締まって括れたウエストに艶やかなおし……

 烈火の将シグナムの見事な裸体がゼロの目に飛び込んで来た。

 ギョッとする少年を見て、シグナムの目が驚愕で見開かれ、更に目前に晒されたモノを目撃し、その顔が見る見る内に真っ赤に染まった……

 

「きゃああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

 絹を引き裂くような乙女、シグナムの悲鳴が八神家に響き渡った。

 

「あっ……」

 

 そこでシグナムが風呂に入ったままだった事を思い出したはやては、納得したようにポンッと手を叩いていた。

 

 

 

 

「その……悪かった……ついはしゃいじまって……一声掛けるのを忘れてた……」

 

 ゼロはリビングに正座で座らされ、シグナムにひたすら頭を下げていた。烈火の将は顔を茹でタコのように真っ赤にし、説教の真っ最中である。

 

「まっ……まったく…お前と言う男は……あれほど風呂に入る時は一声掛けろと……」

 

 一応入浴の際は、一言掛けるのが八神家のルールである。こういう事が無いようにだが。

 正座させたゼロにクドクド説教するシグナムの横で、はやてにヴィータ、シャマルは肩を震わし、必死で笑いたいのを堪えている。

 ザフィーラは下手に口を出すと拗れそうなので無言。リインは興味深そうにシグナムを見ている。

 

「まあまあシグナム……その辺でええやないの? ゼロ兄も反省しとるし……」

 

 はやてが助け船を出してくれた。尤も笑いを堪えているので、口許が怪しく目尻に涙が浮かんでいたが……

 

「コホン……分かりました……主はやてが、そうおっしゃるのであれば……」

 

 シグナムはようやく矛を収める気になってくれたようである。ゼロは足の痺れを堪えて居ずまいを正した。

 

「悪かったシグナム……それと……今帰った……」

 

「う、うむ……良く帰ったな……」

 

 シグナムはまだ顔が赤いものの、少々つっかえながら応えてくれた。

 しかしゼロは神妙な顔をしながらも、網膜にバッチリとシグナムの肢体が焼き付いてしまい、少々困惑していた。そんな事は露知らず、シグナムは何かぶつぶつ口の中だけで呟いている。

 

(みっ、見られた上に……ゼッ、ゼロの〇〇〇を……まともに見てしまった……)

 

 他の男のなら何とも思わないだろう。しかし武闘一辺倒で実は純情な女騎士に、ゼロのは少々刺激が強過ぎたようである。

 

(しっ、しかし……前は状況と痣に気を取られて見過ごしていたが……かっ、身体付きは確かにウルトラマンの時と同じだった……そうなるとウルトラマン形態の時は、ゼロの全裸を見ている事になるのでは……!?)

 

 すごくしょうもない事を気にしてしまう。それは言ってはいけない事ではないだろうか。何だかんだでしっかり見ていたようである。

 思い出してしまい頭から湯気が出そうになっているシグナムの肩に、労るように優しく手が置かれていた。リインフォースである。

 

「長生きはするものだな……武骨で男顔負けの将の、あんな可愛らしい悲鳴が聞けるとは思わなかったよ……」

 

「なっ!?」

 

 微笑むリインは至って真面目だ。からかっているのでは無く素で言っているのである。どうやら素は天然らしい。思わず絶句してしまうシグナムであった。

 

 

 

 

 ゼロはようやく風呂に入ってサッパリし、 久々に皆と揃って朝食を食べていた。

 ご飯にお味噌汁に焼き魚、2週間振りの日本の朝食に舌鼓を打ち、三杯目のお代わりを頼むゼロだが、ふと違和感のようなものを覚えた。しかし原因が何なのかまでは判らなかった。

 

 人心地ついたゼロは、お土産をテーブルに広げて見せる。結構な量であった。

 

「珍しいお菓子やねえ……?」

 

 はやては箱に入っているサブレらしきお菓子を摘まみ、しげしげと見詰めた。変わった飛行機の形をしている。袋を見ると、『ガンフェニックスサブレ』と書いてある。ゼロは頭を掻き掻き、

 

「いや……俺ん所は土産物らしき物は有ってもサイズがデカイし……あんまり人向きの物がねえから……メビウスの友達を送り届けるついでに、メビウスが地球に居た時代の土産物を手当たり次第に買ってみたんだが……」

 

「へえ~、流石怪獣や宇宙人が沢山居る世界のお土産やねえ……珍しいもんが揃っとるなあ……」

 

 はやては興味深そうに、ゼロが買い込んできたお土産を眺めたり触ったりしている。

 ガンフェニックスサブレに始まり、GUYS饅頭に隊員が食べるレーションのパック、ウルトラ兄弟の人形から怪獣の縫いぐるみ、ガンフェニックスの玩具まであった。

 ヴィータは『ルナチクス』の縫いぐるみが気に入ったようで、しきりにいじり回している。ヒロトを送り届け、ミライがGUYSメンバーに挨拶に行っている間、GUYSJapan直営店に行って買って来たのである。

 

「まあ……その……何だ……親父がお世話になった人達には、ちゃんとお土産を持って行けと言われてな……」

 

 ゼロは決まりが悪そうに肩を竦める。父セブンに言われてのようだ。道理でゼロにしては気が効いている。

 

「でも……ほんまに思てたより早く帰れて良かったわ……」

 

 はやては本当に嬉しそうだ。表面にあまり出ない者も居るが、それは八神家全員の心の声でもある。この少年が居ると色んな意味で飽きない。一気に家が賑やかになったようである。

 だがそこではやては意味ありげに微笑んだ。穏やかな笑みに関わらず妙に怖い。

 

「いや……ほんま直ぐにとか言っといて、10年後ぐらいに帰って来て「早かっただろ?」なんてオチやったら、大ひんしゅくもんやからなあ……?」

 

「まったくです……もしそうだった時は切腹ものでしたね……? その時は私がレヴァンティンで介錯してやる所でしたよ……」

 

 シグナムがニタリと怖い笑みを浮かべて待機状態のレヴァンティンを握り、不穏な合いの手を入れる。さっきのお返しでからかっているのかと思うとそうでもない。目が本気だ。

 

 ゼロは背筋がゾッとして、背中に嫌な汗をかいてしまった。実は結構危なかったのである。

 『ダークザギ』との戦闘と、ヒロトを送り届ける為に使った『ウルティメイト・イージス』 はエネルギーを完全に使い果たし、使用不能になってしまった。回復にはそれなりの時間が必要と思われる。

 その為次元移動の為の改良型ブレスレットや、その他の装備の申請に科学技術センターに行った時の事である。

 何万年以上も生きるウルトラ族のこと、職員に『他の人達の装備も有りますし、10年のお急ぎコースでいいですよね?』などと言われていたのである。

 危うく頷きかけたゼロだったが、10年後に戻った場合、とても酷い目どころか命の危機に遭いそうな予感を覚えた。

 

『10日でやってくれ!!』

 

 職員に慌てて発破を掛けたものである。危なかっ た……と冷や汗をかくゼロであった。

 

 『ウインダム』の縫いぐるみを撫でていたはやては、思い付いたように手をポンッと叩く。

 

「私はこれから病院で検査やけど、ゼロ兄も帰って全員揃った事やし、改めてお正月を祝おうやないの? 帰りに買い出しやね」

 

「「おお~っ!」」

 

 ゼロとヴィータは揃って歓声を上げ目を輝かせる。皆も喜んで賛同した。

 年末年始は管理局での聞き取りや精密検査などで慌ただしく、落ち着いたのも正月過ぎだったので時期を逃した形になり、まだまともに祝っていない。

 なのは達から温泉旅行に誘われていたのだが、それも結局行けなかった。

 

「それじゃあ、俺はフェイトとなのはの所ににお土産を届けて来るぜ」

 

 この辺もセブンに言い含められたようだ。と言う訳で、各自夕食の正月祝いまでに、それぞれの用事を済ませる事になった。

 

 

 

 

 病院へ行くはやてには、シグナムにヴィータ、シャマルが付き添い、挨拶回りのゼロにはリインフォースとザフィーラが着いて行く事になった。

 リインは、なのはとフェイトには迷惑を掛けたので、改めてしっかり礼を述べるのが筋と言い出したのである。ザフィーラは2人のお守りと言う訳だ。

 よく道に迷うゼロと、まだ地理に明るくないリイン だけでは目的地に着けるか非常に怪しいのである。

 買い出しはそれぞれが分担して買って来る手筈だ。出発間際ゼロは自信満々で宣言する。

 

「大丈夫だザフィーラ、リイン、もう迷う事はねえ! 大船に乗ったつもりで俺に任しときな!」

 

 お土産袋をぶら下げて、新たに身に付けた子犬フォームザフィーラとリインに、頼もしく請け負うのであった……

 

 

 

 

 一方はやて達はバスを降り、病院に向かって並木道をのんびり歩いていた。1月の並木道は寒々しいが、シャマルに車椅子を押してもらうはやてはそんな事は関係無く、とてもニコニコしている。

 

「はやて、嬉しそうだね?」

 

 隣を歩くヴィータが笑い掛ける。はやては頬を染めて笑った。

 

「だってこれでみんな揃ったやないの…… ヴィータも嬉しいやろ? ゼロ兄が居らんで寂しがっとったやな いか?」

 

「べっ……別に寂しがってなんか……」

 

 図星を指されてあたふたするヴィータに、シャマルとシグナムの追撃が飛ぶ。

 

「ヴィータちゃん、ゼロ君と本当の兄妹みたい だもんね……」

 

「お前、ここの所ずっと詰まらなそうにしてい ただろう……?」

 

 ヴィータは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。

 

「うっせえなあ……シャマルもシグナムも……」

 

 ぶつぶつ文句を垂れてはいるが、やはり嬉しいらしく何時もよりムキにならない。

 

「まあ……ゼロは危なっかしいかんな……またアタシが面倒見てやんねえと……」

 

 照れを誤魔化そうと偉そうなヴィータに、はやてはクスクス笑ってしまうが、ふと心配になった。

 

「3人共……ちゃんとなのはちゃん達の家に着いたやろか……?」

 

 ゼロ達3人の現状がとても気になった。

 

 

 

 

「ゼロ……此処は一体何処なんだ……?」

 

 リインフォースは困惑して、先頭を歩くゼロに声を掛けた。周りを見ると、駅前に在るなのはの実家『喫茶翠屋』に向かうどころか、海が見えて来ているではないか。

 

「おっかしいなあ……?」

 

 ゼロは途方に暮れて頭を捻った。困り過ぎて首の角度が90度近く傾いている。案の定しっかりと道に迷ってしまったようである。『光の国』に帰って、却って迷子癖が酷くなってしまっていた。

 

「わりい……迷った……」

 

 真剣な顔をして誤魔化すしか無い、哀しいウルトラマンゼロであった。大船では無く泥船だったようである。

 こんな調子では何時まで経っても目的地に辿り着けない。ザフィーラもここまで迷うと家に帰るならともかく、初めて行く場所に案内するのは厳しい。

 あまりに自信満々に先を行くゼロを、つい信用してしまったのが運の尽きだったようである。

 

 ゼロは自分の判断で行くのは諦めて、誰かに道を聞こうと辺りを見回した。すると向こうから、編み笠を目深に被り錫杖を携えた修行僧が歩いて来るのが見える。

 この辺りでは珍しい。宗派の本山近くの街ではよく見掛ける光景ではある。

 

「あの……すんません……」

 

 ゼロが近付いた時、その修行僧は被っていた編み笠をおもむろに上げた。その顔を見たゼロは驚いて目を丸くしてしまう。

 

「しっ、師匠ぉっ……ウルトラマンレオッ!?」

 

「こんな所で何をしているのだゼロ……?」

 

 剣豪の如き研ぎ澄まされたオーラを放つ、眼光鋭い精悍な中年男性。『ウルトラマンレオ』のもう一つの姿『おおとりゲン』その人であった。

 

 

 

つづく

 

 




現れたおおとりゲンに、動き出す不穏な影達。
次回『来たのは誰や(後編)』


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第68話 来たのは誰や(後編)

 

 

 

 『モロボシ・ダン』は『ギル・グレアム』に案内され、ある人物達の元を訪れようとしていた。本局の近未来的な造りの通路を歩きながら、ダンは此処に来る前のグレアムとのやり取りを思い返す。

 

 

 

「伝説の3提督ですか……? その方々に逢わせたいと……?」

 

「はい……時空管理局黎明期を支えた功労者です。今は一線を退き、名誉職に就かれ権限はほとんどありませんが、提督達を慕う者は大勢います。影響力は今でも馬鹿に出来ません……」

 

 そこでグレアムは一旦言葉を切った。ダンが不安に感じたのではないかと思ったのであろう。グレアムは微笑し、

 

「ご心配は要りません……何より信頼が置ける人達です。大局的なものの見方が出来る上に、人として尊敬出来る方達です。私などいまだに坊や扱いですよ……今後の為にも是非提督達の協力が必要です」

 

「分かりました……グレアム提督お願いします……」

 

 ダンは笑みを浮かべて快諾した。ウルトラ戦士は一度信じた相手を最後まで信じるのみ。甘いと言われようが、それがモロボシ・ダン『ウルトラセブン』ウルトラ戦士の矜持だ。

 

 思い返している内に2人は、提督達が待つ部屋の前に着いていた。ドアが微かな音を立てて自動で開く。

 伝説の3提督。一体どんな人物達なのか。ダンはグレアムと共に、部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

***********************

 

 

 

「しっ師匠っ!? ウルトラマンレオッ!!」

 

 ゼロは『ウルトラマンレオ』こと『おおとりゲン』との思わぬ再会に声を上げていた。まさか街中でバッタリ会うなどとは思ってもみない。

 

「何をしているのだゼロ……? 何処かへ行く所か……?」

 

 動じる事無く淡々と聞いてくるゲンに、ゼロは何とか気を取り直す。

 

「ああ……ちょっとなのはとフェイトん所に、挨拶回りに行く所だ……”親父に言われてな”」

 

 必要以上に親父に言われて、の部分を強調するのは照れ隠しである。

 

「そうか……それは感心な事だなゼロ……」

 

 ゲンの精悍な表情が柔らかいものになっていた。微笑したのだ。一見取っ付き難そうなイメージだが、笑うと意外に人懐っこい感じである。

 

「だっ、だから親父に言われてだって……」

 

 ゼロは照れ隠しで、ゴニョゴニョ言い訳をしている。相変わらず素直では無い。ツンデレなゼロは置いておき、リインフォースはゲンに 深々と頭を下げる。

 

「これはレオ殿……その姿の時はおおとりゲン殿でしたね……? 先日はお世話になりました……」

 

「お久し振りです、ゲン殿……今日は此方にご用でしょうか……?」

 

 子犬ザフィーラも頭を下げ、その可愛らしい姿に似合わぬ渋い声で尋ねてみる。

 

「リインフォースにザフィーラ……2人共元気そうだな……私はリンディ提督に渡す物と話が有るのでやって来たのだ……」

 

「話……?」

 

 何の用事だろうと思うゼロに、ゲンは編み笠を被り直す。

 

「色々とな……丁度いい、同行させて貰うぞ……ゼロ案内してくれ」

 

 道案内を頼まれてしまったゼロの額から、ダラダラと脂汗が流れ落ちていた……

 

 

 

「ゼロ……お前は少しそのせっかちな所を治せ……! だから詰まらん事で道に迷うのだ……」

 

「……へい……」

 

 結局道に迷った事を白状させられたゼロは、ゲンから説教(本日2回目)を受けた後、通り掛かったお婆さんに道を聞いて、ようやく翠屋に向かう事になった。

 これでやっと目的地に着けると、胸を撫で下ろすリインフォースとザフィーラである。

 

 

 

 

 今度は無事翠屋に着いたゼロ一行は、なのはと店に居た両親、士郎と桃子に挨拶をしてお土産を渡す事が出来た。

 

「これは向こうで買った土産だ。みんなで食べてくれ」

 

「わああっ、ありがとうございますゼロさんっ」

 

 なのはは喜んでお土産を受け取り、ペコリと頭を下げた。するとゼロは困った顔をし、

 

「さん付けは止めろって……人間に換算すると、クロノとたいして変わらねえんだし、呼び捨てで構わねえぞ?」

 

 敬語を使われるのは性に合わないのだ。なのはは少し考える。

 

「さすがに呼び捨ても何ですから……間を取ってクロノ君と同じく、ゼロ君と言う事で?」

 

「君か……さん付けよりはマシかあ……」

 

 なのはは生粋の日本人なので、年上を呼び捨てにするのは抵抗があるのだろう。ゼロはそれで良いかと納得する事にした。彼にとっては尊敬されるより、友達扱いの方が気楽である。

 

 話がついた所でなのはの両親、高町士郎、桃子夫妻が色々と話し掛けて来た。ゼロは当たり障りのない話をしておく。

 2人共魔法については既に聞いているようだが、ゼロの正体に関しては流石に秘密である。 両親はゼロの事も魔導師だと思っているようだ。

 

「高町なのは……この間は迷惑を掛けた……改めてお礼を言わせてくれ……」

 

「いえ、そんな気にしないでくださいよ……それより身体の方はいいんですか?」

 

 リインフォースとなのはは、ほのぼのとしたやり取りをしている。ゼロはその光景を見て目を細めた。

 そんな自分を、おおとりゲンが微笑ましそうに見ているのに気付いていない。ゲンにしてみれば、あの荒くれ者が……と感慨深いものがあるのだろう。

 

 一通りの挨拶を終えたゼロは、翠屋の中を改めて見渡してみた。小綺麗な店で客の数も多い。海鳴市でも指折りの人気店なのだ。女性客の方が多いのは当然か。

 

「そうか……前にすずかが持って来てくた美味いケーキは、なのはん家のケーキだったんだな……」

 

 ゼロは意外な縁に不思議なものを感じた。前にすずかがお土産にと、翠屋のケーキを持って来た事があるのだ。

 

(それならせっかく来たんだ、みんなにケーキを買っていってやろう……)

 

 即決したゼロが、勇んでケーキ売り場に向かった時である。見知った顔を見付けた。

 

「あれ……? 恭也? 恭也じゃねえか?」

 

「おおっ? ゼロ、ゼロじゃないか!」

 

 レジに立つ店のエプロン姿の青年もゼロに気付き、『ミラーナイト』そっくりな声で応えた。大学生くらいの凛々しい黒髪の青年、なのはの兄高町恭也である。

 

「えっ? お兄ちゃんゼロさ……君の事知ってるの?」

 

 なのはは驚いたようだ。ゼロは恭也の苗字か高町なのを思い出した。兄妹とは思わなかったのである。あまり似てなかったので。なのはは母親似で、恭也は父親似のようだ。

 『冥王事件』でずっとゴタゴタしていたので、会うのは久し振りである。つい話し込んでしまった。なのはと話し終わったリインは、恭也が仕事に戻ったのを見計らいゼロに尋ねてみる。

 

「ゼロ……高町なのはの家族と見知った仲だったのか……?」

 

「ああ、前にトレーニング中に知り合ってな……前に本とかDVDをくれた奴だ」

 

「本……?」

 

 リインははて……? という顔をする。その時外で待っていた子犬ザフィーラが、ゼロに念話を送って来た。

 

《ゼロ……その事は他の者には絶対に話すな…… 絶対にだ!》

 

《おっ、おう……?》

 

 珍しく強い調子で念を押すザフィーラの勢いに押され、ゼロは素直に頷いた。

 ザフィーラは以前のようなアホ騒ぎが繰り返されないように、特に念入りに口止めしておくのであった。 あの時はたまたま寝ていたリインは、訳が判らずキョトンとするばかりである。

 

 

 

 

 翠屋を後にしたゼロ達は、引き続き直ぐ近くのリンディ達が住むマンションに向かった。事件も終わったので引き払ったと思いきや、引き続き住んでいるそうだ。どうやらこのまま、この世界に住む事にするらしい。

 ゼロがインターフォンを鳴らし来訪を告げると、ドタドタと誰かが凄い勢いで走ってくる気配がする。続いてガチャリとドアが開かれ、金髪頭が物凄い勢いで飛び出して来た。

 

「ゼロさんっ、帰って来たんですね!」

 

 フェイトである。その足許から子犬フォームアルフが、ピョコンッと頭を出した。

 

「おっ、おうっ、今朝帰ったところだ……」

 

 ゼロはフェイトの反応に少々ビックリしながらも、片手を挙げて挨拶をしておいた。

 

 

 

 

 広々としたリビングに通されたゼロ達は、リンディにフェイトにアルフ、それにたまたま帰っていたクロノに迎えられていた。

 

「これ……親父に言われて……どうぞ土産です……」

 

 少々ぎこちないながらも、ゼロはリンディにお土産の紙袋を手渡した。

 

「まあまあ、わざわざありがとうございます。今お茶を煎れるから座っていてくださいね」

 

 早速リンディはお茶の用意をしてきた。急須に湯飲み茶碗、本格的な日本茶のようだ。

 

「すいませんね……おおとりさん達が日本に住んでいた事があるなんて知らなかったもので、この間は紅茶を出してしまいましたが、今日はちゃんとした日本茶ですよ」

 

 リンディはうきうきした様子でお茶を湯飲みに注いで行く。中々手慣れた手付きだ。日本マニアの提督にとっては、知識を生かせるチャンスとでも思っているのだろう。

 それだけなら良かったのだが、一緒に置かれ た砂糖壷とミルクを見て、ゼロとゲンは首を傾げた。

 

「さあ、どうぞ……」

 

 リンディは満面の笑顔で自分のお茶に、さも当然のように砂糖をスプーンで山盛りにしてたっぷり入れ、ミルクも投入するとかき混ぜて美味しそうに飲み始める。

 ゼロは此方の日本では、緑茶に砂糖を入れる地方が有るのだろうか? と記憶を辿ってみたが覚えが無い。秘〇の県民ショーでも見た事が無かった。

 ゲンなら知っているかと、隣に座っている師匠に視線を向けると、微妙な顔をしている。どうやらあれは間違った飲み方だと察する事が出来たが、リンディはとても美味しそうに飲 んでいる。

 ゲンは何か言いたそうな顔をしたが、あまりにリンディが幸せそうにしているものだからスルーする事にしたらしい。黙ってお茶を飲み出した。

 ゼロも確か外国ではそういう飲み方もあった筈と自分に言い聞かせ、お茶を頂く事にする。 人それぞれである。お茶を男らしくグイッと飲み干したゲンは、早速用事を口にした。

 

「『ダークザギ』の置き土産のゲートですが……1つの通路のようなものでは無く、無数に枝分かれした蟻の巣のようなものらしいです……見付け次第封鎖作業を行っていますが、とても追いきれないのが現状です……」

 

「そうですか……此方も技術部が解析に掛かっていますが、そう簡単にはいかないようで す……」

 

 リンディも管理局の状況をかい摘まんで伝える。やはりザギの置き土産は相当に厄介なようだ。まだ怪獣こそ現れていないが、何か起こるのは時間の問題であろう。ゲンは頷いた。

 

「『光の国』で話し合った結果……ゼロと私を含め、数名のウルトラ戦士を此方に派遣する事になりました……」

 

「助かります……ダンさんも3提督と逢われたそうで……提督達も快く協力を承知してくれたそうです……」

 

 リンディは微笑を浮かべた。向こうもそんなに余裕が有る訳でもないだろうに、戦力を出してくれた事に感謝する。クロノも感謝の意を示す。

 

「今までの怪獣の戦力を鑑みると、魔導師だけではどれぐらいの被害が出るか判りませんからね……」

 

 今まで見てきた怪獣に対する分析を元に、冷静な感想を述べている。クロノ達やヴォルケンリッターのように強力な魔導師は貴重なのだ。

 歩兵レベルの一般魔導師だけで無策に怪獣に当たる事態になったら、相当な犠牲が出るか全滅は免れない。そこでゼロが横から口を挟んだ。

 

「レオ、そんなに要るかよ? 俺と皆が居れば大丈夫じゃねえのか?」

 

 ゼロは不服そうだ。歴代のウルトラマン達は大体単独で地球防衛の任に就いてきた。自分達だけに任せられないのが不満なのだ。するとゲンは鋭い眼光でゼロを見、未熟者とばかりに返した。

 

「向こうで聞いて来なかったのか? 管理世界は数十は在る。お前1人でカバー出来るものでは無い!」

 

「数十ぅっ!?」

 

 ピシャリと言われゼロは驚いてしまった。しかも管理外世界でもゲートが観測された所もある。実質もう少し多くなると思われた。

 ウルトラ戦士はそちらも放って置く事は出来ない。 自分の迂闊さに凹んでいるゼロに、ゲンは語気を若干緩める。

 

「ただ……次元世界では人類より上、もしくは同等それ以下の知的生命体は存在しないらしい……つまり異星人は存在しない、だから侵略宇宙人の心配は要らないそうだ……」

 

「そうかあ……此方の世界には異星人は居ないのか……」

 

 ゼロは驚いている。あれだけ異星人が居る世界から来たので意外だったのだ。だが次元世界では当然かもしれない。

 同等かそれ以上の異星人が『M78ワールド』 のように無数に存在していたら、星間戦争や接触、交渉などでとても他の次元世界にまで手が回らないだろう。

 次元世界では、異星人より別次元の人間の方が身近なのだ。

 ゼロはその事を理解し頭を掻いた。急いで帰って来た為、その辺りのデータを受け取るのを忘れていたのだ。やはりどんなに強くとも若すぎるので抜けている。

 そんな弟子を横目にゲンは、懐からCD状の記録ディスクを取り出しリンディ達に渡した。

 

「これは過去から現在までに向こうで現れた、怪獣宇宙人の全データです……彼方の地球防衛組織のドキュメントデータを参考にしていますので、活用してください……」

 

「助かります……」

 

 クロノは受け取って頭を下げた。ちゃんと管理局の規格に合わせたものである。

 

「情報は強力な武器になります……とても有りがたい……」

 

 クロノは情報の重要性をちゃんと判っているようだ。これから局員が怪獣と遭遇する可能性が高い今、とても心強い。

 

「クロノ君は年齢に合わず、しっかりしてるな……流石一線で執務官を勤めているだけの事はある……ゼロも見習う事だな……?」

 

 ゲンは感心すると共に、からかい半分でゼロに話を振った。ゼロはムキになって突っ掛かるかと思いきや、

 

「大きなお世話と言いたい所だけどよ……そうだな、俺なんかよりずっと、しっかりしてるんじゃねえか?」

 

「よっ、止してくれっ?」

 

 素直に認めるゼロにクロノは慌てた。ゲンも冗談半分だっただけに意外そうだ。ゼロは神妙な顔をクロノに向ける。

 

「話は聞いているよ……ヴォルケンリッターの皆が過去の罪を問われなかったのは、クロノ達が奔走してくれたお陰だってな……感謝する……本当にありがとう……」

 

 深々と頭を下げた。リインと子犬ザフィーラも感謝して頭を下げる。状況によっては罰せられていた可能性も有ったのだ。

 根回しや交渉事に考えも及ばないゼロには、クロノ達の交渉能力は尊敬に値した。口が悪かろうが態度が悪かろうが、やはりウルトラマンであるゼロは受けた恩には素直に感謝する。

 クロノは照れてしまったようだ。しきりに咳払いをして誤魔化そうとしている。ゼロはやはりこの少年は良い奴だと微笑ましくなった。

 

 

 

 小難しい話も終わり、一同は一息吐いた。リインは改めてフェイト達にお礼を述べる。リンディとクロノは、ゲンに向こうの世界の事などを聞いていた。そんな中、子犬アルフが尻尾をパ タパタさせてゼロに近寄った。

 

「ゼロ、お土産貰うよ」

 

「おうっ、どんどん開けろよ」

 

 屈託無く応じるゼロの言葉に甘え、アルフは少女形態になると、早速お土産袋を抱え上げる。

 

「ちょっ、ちょっとアルフ……」

 

 フェイトは恥ずかしそうに注意するが、アルフは満面の笑みで返すとお土産袋を広げた。目星を付けていたお肉のレーションパックや、 ビーフジャーキーを取り出しご満悦である。

 

「もう……アルフったら……」

 

 フェイトが顔を真っ赤にしてぶつぶつ呟いていると、ゼロがもう1つの包みを開けて中から縫いぐるみを取り出した。

 

「これどうだ? 結構フェイトに合ってると思ったから買ってきたんだが……」

 

「えっ? 私に……?」

 

 フェイトは目を輝かせて縫いぐるみを受け取った。黄色い体にアンテナ状の目、三頭身くらいにデフォルメされた『エレキング』の縫いぐるみである。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 フェイトは頬を染め、縫いぐるみを大事に抱き締めた。ゼロはそんなに嬉しかったのかと微笑ましくなる。

 

「こいつは放電怪獣でな……フェイトと同じく電気を武器に戦うんだ。親父ともやり合った奴もいるが……俺の仲間の『レイ』と一緒に、仲間として悪党と戦った奴もいるぞ」

 

「うっ、嬉しいです……大事にします……ゼロさんありがとうございます」

 

 フェイトは宝物のように縫いぐるみを抱えて頭を下げる。喜んでいる彼女を見てゼロは、何とも言えない表情をした。

 

「さん付けはもういいって……フェイトはクロノ達もシグナムも呼び捨てじゃねえか……俺の事もゼロでいいって」

 

「えっ? ええええっ!?」

 

 ひどく動揺するフェイトをゼロは不思議に思 う。さっきなのはに言った事と、同じ事を言っただけなのにと。

 

「呼び捨て……呼び捨て……呼び捨て……」

 

 フェイトは見事にテンパってしまっていた。ゼロは何の気なしなのだが、本人にはおおごとである。俯いてぶつぶつ呟いていると、

 

《フェイト、ファイトだよ!!》

 

 お土産のジャーキーをムシャムシャ食べている、アルフからの激励の念話である。

 

《判ったよアルフ……私がんばるよ!》

 

 奮い立ったフェイトは気合いを入れた。不思議そうにしているゼロをしっかりと見上げる。両の拳にググッと力を込めた。勇気を振り絞り、小猿のように顔を真っ赤にしていざ口を開く。

 

「ゼヒョッ!」

 

 思いっきり噛んだ……

 

 

 

 

 結構話し込んでしまい、いい時間になっていた。ゼロ達はそろそろ帰る事にする。 壁に向かって何かぶつぶつ呟いているフェイ トにも別れを告げ、ハラオウン家をおいとました。

 表に出て編み笠を被るゲンに、ゼロは少々照れ臭そうに話し掛けた。

 

「レオ……その……何だ……家に寄って行けよ……はやて達も喜ぶだろうし……」

 

「そうだな……行けたら寄らせて貰おう……今は少し見て回りたいからな……」

 

 応えるゲンの目に懐かしさが浮かんでいるようだった。並行世界とは言え、地球の土を踏んだのは久し振りだ。色々と感慨深いものが有るのだろう。

 

「判ったよ……仕方ねえな……じゃあ来れたらでいい……」

 

 ゼロはぶっきらぼうに言うが、来て欲しいのがバレバレであった。ちょっと拗ねている。ゲンもそんな弟子の性格は心得ていて、詰まらなそうにしているゼロの肩をポンッと叩いた。

 

「夜遅くならない内に、必ず寄らせて貰おう……」

 

 温かな微笑を浮かべると、風のように歩き去って 行った。ゲンの後ろ姿を見送るゼロの足が、今にも跳 び跳ねそうになっているのを見て、リインと子犬ザフィーラは微笑ましくなる。

 何だかんだ言っても、師匠のウルトラマンレオの事を尊敬しているゼロであった。

 

 

 

 

「うん……はやてちゃん順調よ、凄い回復力だ わ……」

 

 海鳴大学病院の診察室。白衣の女医石田先生は、検査結果のカルテを見て少々驚きながら も、目の前の少女に笑い掛けた。

 

「はいっ、ありがとうございます」

 

 少女はやては満面の笑顔である。一緒に話を聞いているシグナム、ヴィータ、シャマルも嬉しそうだ。

  医者に驚かれる程の回復力。元々『リンカーコア』の侵食以外に悪い所は無かった上に、ゼロの『メディカルパワー』を受け続けたお陰で、回復力がMAXになっているらしい。

 後は弱っていた筋力を取り戻せば、歩けるようになるのもそう遠くはないだろう。石田先生は妙に嬉しそうなはやて達を見て、その理由に思い当たった。

 

「その様子だと、ゼロ君外国から帰って来たようね?」

 

「えっ、何で判ったんですか? まさか先生エスパー?」

 

 驚くはやてに石田先生は、笑って彼女の鼻先を指差した。

 

「そんな嬉しそうな顔してたら、直ぐ判るわよ? ヴィータちゃん達もね?」

 

 余程態度に出ていたようだ。後ろでヴィータはそ知らぬ顔をして誤魔化し、シグナムはゲフンゲフンと噎せてしまい、シャマルは照れている。

 ちなみにゼロは、父親の居る南米に行った事になっている。はやては苦笑し、

 

「ゼロ兄、ちょう今日は用事があって来れませんけど、明日にはお土産持って挨拶に来るそうですから」

 

「気を使わなくてもいいのに……でも楽しみにしてるわ」

 

 嬉しそうな石田先生を見てはやては、あのお土産だと変に思われないか少し心配になった。

 

 

 

 

 

 病院を後にしたはやて達は、早速買い出しにスーパーマーケットに向かった。もうお正月はとっくに過ぎているので、お節料理に使える材料はあまり売っていない。

 

「まあ……足りない分はうちで手作りすればええやろ……」

 

 真剣な目付きで材料を吟味するはやてである。ゼロからメールで、ゲンも来るのは既に聞いている。気合いが入るというものだ。そこにシャマルが、何かのパックを持って来た。

 

「はやてちゃん、タラバ蟹が安くなってますよ。半額です!」

 

 してやったりな顔である。すっかり主婦が板に付いて来たようだ。(料理は除く……)

 

「おっ、意外な掘り出しもんやね。それも買っとこ。手作りマヨネーズで食べると美味しいんよ」

 

 シャマルに食べ方を教えていると、ヴィータが大き目の箱を抱えて来た。

 

「はやて~、せっかくだから、この大きいアイスケーキ買っていこうよ?」

 

「お前は……自分が食べたいだけだろうが?」

 

 シグナムが呆れ顔でたしなめる。するとはやてはヴィータにニッコリ笑い掛けた。

 

「ヴィータせっかくやから、そんなんよりサー 〇ィワンでアイスケーキ買っていこか?」

 

「やったぁっ、はやて太っ腹っ!」

 

 小躍りしそうな勢いのヴィータを、微笑ましく眺めるはやてである。シグナムもシャマルも苦笑した。

 はやてはちょっと思い付いた事があり、皆から少し離れ調味料コーナーに車椅子を進める。目的のものを探していると、ふと視線を感じた。

 何気なく振り返ると、商品棚の角に女性が1人立っている。若い二十歳前程に見える小柄な女性だった。

 

(車椅子の私が珍しいんやろか……?)

 

 車椅子に乗っていると、たまに奇異の目で見て来る人間が居る。慣れてはいるが、あまり気持ちの良いものでは無い。

 そういった不躾(ぶしつけ)な輩の類いだろうと思ったはやては目を逸らそうとしたが、そこで妙な事に気付いた。

 

(えっ……?)

 

 その女性が自分にひどく似ていたからである。灰色がかったショートカットに、はやてと同じ×形の黒い髪止めをしている。まるではやてを成長させたような女性であった。

 ただし、その物腰や目付きは温和なものでは無い。不遜に腕を組み、ひどく刺々しい目で此方を睨んでいるようだ。そしてその瞳には、敵意と暗い感情が込められている気がした。

 

(誰や……?)

 

 無論そんな女性に心当たりは無い。自分には親戚もいないのだ。確かめようと目を凝らすと、その姿は煙のように消えていた。

 

「主はやて……どうかなさいましたか……?」

 

 キョロキョロ辺りを見回すはやてに、シグナムが声を掛けて来る。我に還ったはやては頭を振った。

 

(たまたま似とる人を見掛けて、勘違いしただけやったんかな……?)

 

 はやてはそう自分を納得させる事にした。それが一番有りそうな事ではある。

 

「何でもあらへんよ……見間違いや」

 

 はやては心配するシグナムに笑い掛けると、再び材料の吟味に掛かった。少し引っ掛かるものを感じたが……

 

 

 

 

 修行僧姿のおおとりゲンは、静かに街外れの小道を歩いていた。人家もまばらで木々が生い茂る穏やかな小道である。

 そろそろ日も傾いて来た。編み笠から覗くゲンの目に、懐かしさが浮かんでいるようだ。

 『M78ワールド』の地球人類は既に広く宇宙に進出し、飛躍的な進歩を遂げている。もうこのような街並みは地球には残っていない。

 レオが、おおとりゲンとして暮らしていた時代の地球に近いこの世界は、彼にとって郷愁を誘うものであった。

 土や緑、アスファルトに生活の匂い。聴こえてくる音ですら懐かしい。スポーツセンターで働いていた頃 や、下宿していた時の事が思い出された。

 

(あの頃のようだな……)

 

 遥か昔を思い返し感慨に浸るゲンは、枯れ草の匂いのする道をゆったり歩く。しかし一見隙だらけに見えても、その足取りに一分の隙も無い。

 

 しばらくゆったりと景色を眺めていたゲンだが、ふとあるものに目を止めた。道脇の枯れ草だらけの空き地で、子供が何かゴソゴソやっている。

 近寄ってみると、青い髪をツインテールに括った女の子が探し物をしているようだ。

 

「無いなあ……欠片……ああまぁ……何だっけか……?」

 

 妙な事を呟きながら枯れ木をかき分けたり、キョロキョロ下を見て回っている。その少女の横顔に見覚えがあったゲンは、声を掛けていた。

 

「フェイト・テスタロッサか……?」

 

 すると聞き付けた青い髪の少女は、枯れ草を頭に載っけたまま立ち上がった。

 

「僕はヘイトなんて名前じゃないぞぉっ!」

 

 羽織っていた黒いコートの裾を、見得を切るようにバサッと広げ大袈裟なポーズを取った。

 

 

 

つづく

 

 




次回『どろまみれ男ひとりや』


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第69話 どろまみれ男ひとりや

 

 

 

 

「僕の名は、『レヴィ・ザ・スラッシャー』 だ!」

 

 フェイトに良く似た青い髪の少女は、キリッと言わんばかりに大仰なポーズを決め高らかに名乗った。黒いワンピースに黒コートの、黒ずくめの服装である。(まだ頭に枯れ葉を載せている)

 最初ゲンは妙な気配を感じた気がしたが、改めて確認してみると特に不審な点は無かった。はやて達を追い詰めた得体の知れない少女と同じ容姿に名だったが、この時点でゲンはその事を聞いていない。

 それ以前にゲンは、レヴィと名乗る少女に邪気を感じられなかったのだ。少なくとも悪い者ではあるまいと判断していた。

 生意気そうな態度だが、不愉快なものは感じない。子供がヒーローごっこをしているような無邪気さだった。

 

「そうか……済まなかった……知っている子に似ていたものでな……」

 

 ゲンは苦笑してレヴィに謝罪する。フェイトとは表情も仕草も性格もまるで違う。他人のそら似かと思った。

 

「分かれば良いんだ! ハッハッハッ!」

 

 レヴィは胸を張って高笑いである。偉そうと言うより腕白坊主のようで微笑ましい。ゲンは微笑した。

 

「探し物か……?」

 

「そうだぞ、大事なものを探してるんだ。でも何を探しているかは秘密なんだぞ? 『王様』 に何度も注意されたからね……」

 

 レヴィは腰に手を当て、うんうん頷いた。しかし何度も注意されたと言う事は、この子は口が軽いのではないだろうか。ポーズを付けたレヴィだったが、そこでため息を吐く。

 

「でも……中々見付からないんだよなあ……」

 

 しょんぼり肩を落とした。ゲンはそんなレヴィを温かく見下ろし、

 

「今日はもう日も暮れる……明日にしてはどうだ……?」

 

「もうちょっと探したら、2人の所に帰るとするさっ」

 

 レヴィはニカッと笑って見せるが、少々くたびれた様子が伺える。ゲンはふと思い出し懐に手を入れた。

 

「なら、これでも食べるか……? 疲れた時は甘いものが良い……」

 

 丸く平べったい大きな青い飴、俗に言うペロペロキャンディー(ソーダ味)を取り出した。何故ゲンがこんな物を持っているのか。それは彼の服装にある。

 修行僧の格好をしているものだから、信心深いお年寄りに招き入れられ、お米やらお菓子などを渡されてしまったのだ。

 違うと言うのも悪い気がしたゲンは、慰霊の為に覚えていたお経をしっかり唱えて来たものである。

 

「おおっ! これは確かキャンディーだったな? この青いやつはこの前見た事があるぞ!」

 

 レヴィは目をキラキラ輝かせてキャンディーを受け取り、待ちきれないと早速ビニールを破る。

 

「あ~ん、ぱくっ」

 

 一気にかぶり付いた。行儀が悪いが、どうやらとても食べたかったものらしい。子犬が無心で、おやつにかぶり付いているようだ。

 

「美味いか……? それはかじるものでは無く、舐めて味を楽しむものだぞ……?」

 

 ゲンは苦笑混じりに教えてやる。レヴィはボリボリかじっていたキャンディーを、素直に舐めてみてた。

 

「不味くは無い……決して不味くは無いぞおっ! むしろ美味しい! やっぱり思った通り凄く美味しいぞおっ! 青はやっぱり最高だなあっ!!」

 

 ものすごく感激している。破顔しまくりでニコニコだ。ゲンはその無邪気な笑顔にふと、かつて守る事が出来なかった少女を思い出した。

 

(カオルが死んだのは……この子より小さい時だった……)

 

 ゲンの恋人と親友と共に、『円盤生物シルバーブルーメ』に殺された、妹のように可愛がっていた少女…… 表情に出ていたのだろう。レヴィは怪訝な顔 をした。

 

「どうした坊さん? お腹でも痛いのか?」

 

「いや……少し昔を思い出してな……」

 

 ゲンはひどく優しく、しかし哀しげな笑顔を浮かべていた。

 レヴィはそうかと素直に頷くと再び夢中でキャンディーを舐め、大きかった飴をあっという間に平らげてしまった。

 余韻を楽しむようにキャンディーの棒を未練たらしくしゃぶっていたが、思い出したようにしみじみ呟いた。

 

「王様とシュテるんにも食べさせてあげたいな あ……」

 

 友人だろうと察したゲンは苦笑を浮かべる。

 

「友達か……? ならばこれも持って行くがい い……」

 

 残りのお菓子が入った大きめの紙袋を渡してやる。レヴィは中に色々なお菓子が入っているのを見て、ぱああっと表情を明るくした。

 

「おおうっ!? 何か綺麗なのが一杯だあっ!」

 

「皆で食べるがいい……それでは気を付けて帰れよ……」

 

 ゲンは満足げに、大喜びする少女に別れを告げる。そろそろ八神家に向かわないと弟子がむくれそうだ。

 

「心配無用! 僕は強いからねっ。坊さんも気を付けて帰る事だねっ。これは貰って行くよ、 さらばっ!」

 

 お菓子のお礼も言わず、だがゲンの心配はして、変なノリの少女は風の如く走り去って行っ た。もうその後ろ姿は見えない。

 

「変わった子だ……八神はやてという子といい、この世界は面白い子が多い……」

 

 ゲンはレヴィが走り去った方向を見て微笑する。その表情はとても穏やかであった。

 

 

 

 

「あっ? 王様、シュテルん!」

 

 喜びのあまり道を凄い勢いで駆けていたレヴィは、良く見知った顔を見付けブンブン手を振った。其処にはレヴィと同い年ぐらいの少女が2人、私服姿で立っている。

 1人は髪の色こそ違うが、はやてに良く似た少女。もう1人はショートカットにしているが、なのはに良く似た少女であった。

 

「たわけが、明るい内に出歩くなと言っておいたであろうが!」

 

 はやてに良く似た少女は開口一番、尊大な態度でレヴィを叱り付けた。

 

「ごめん王様……すっかり忘れてた」

 

 レヴィは誤魔化し笑いで頭をかく。王様と呼ばれたはやてに似た少女が、呆れ顔をして更に叱り付けようとすると、

 

「危ない所だったのう……」

 

 背後で大仰な言葉使いの女の声がした。3人が同時に振り向くと、道端の木に寄り掛かり不遜に腕組みをする若い女の姿が在った。

 はやてを成長させたような顔立ち。王様という少女と瓜二つだ。先程はやてがスーパーで目撃した女だった。他人のそら似では無かったようだ。

 はやてに良く似た人物が同時に2人に、フェイトとなのはに良く似た少女達。偶然にしては出来過ぎている。女の言葉にレヴィが怪訝な顔をすると、その女は口を開いた。

 

「あ奴はウルトラマンの1人だ……『ウルトラマンレオ』……我の結界が無ければ、お主らの正体はあっさり露見しておったぞ……」

 

「何ぃっ!?」

 

「嘘ぉ~っ!?」

 

 王様少女とレヴィは、揃って驚きの声を上げてしまう。女は彼女達に、一瞬侮蔑したような表情を浮かべるが、

 

「ウルトラマンが向こうに居る今、まともにぶつかり合ってはうぬらが不利……判っておるな……?」

 

「ふ、ふんっ……承知しておるわ……」

 

 王様少女は煩いとばかりにそっぽを向く。判ってはいても癪なのだろう。するとなのはに良く似た少女、シュテルんと呼ばれた少女は冷静な眼差しで女を見上げた。

 

「本当にあなたの言う通りにすれば……『砕け得ぬ闇』を復活させ、更に何者をも寄せ付けぬ力を手にする事が出来るのですね……?」

 

 少女は念を押すように質問した。女は煩わしそうに頷く。

 

「この世界での同一存在にあたるうぬらを謀ったりはせん……今我の力で『欠片』の表立った発生と気配を抑えておるのが、何よりの証拠であろうが……? お陰で今だ管理局にもウルトラマン達にも気取られておらん……」

 

「それは……確かにそうですが……」

 

 少女は言いよどむ。その辺りは女の言う通りだった。しかし彼女は完全に女を信用していないようだ。慎重な性格なのだろう。

 

「フフフ……我を信じよ……今しばらくは我の結界は保つ筈だ……その間に集めよ……『魔鎧装』の欠片を……『砕け得ぬ闇』 と『鎧』が揃った時、うぬらに敵は無くなる……」

 

 女の言葉に3人の表情が引き締まる。

 

「さらばだ……うぬらの健闘を祈っていてやろ う……」

 

 女はそう言い残し踵を返すと、幻のように少女達の前から姿を消した。

 

 

 

 消えた女が再び姿を現したのは、別世界の古代遺跡跡地らしい場所であった。人気は全く無く、荒れ果てた無人の世界らしい。

 風化してボロボロになった石造りの床に降り立った女を、出迎える者達が居る。女と同じくらいの年齢の女達であった。

 

「お帰り王様っ」

 

 1人が陽気に声を掛ける。もう1人は物静かに、

 

「ロード……よろしいのですか……? 主の命令はゲートの影響で、あの世界に飛び散った『魔鎧装』の主要部分の回収のみ……主に断りも無く……」

 

「構わぬだろう……? 大した事をした訳でも無し、鎧は代わりにあ奴らに集めて貰おうと言うのだ……手間が省けて良い……それにこれしきで潰れるようならば、主様を愉しませる事すら叶わんわ……ククク……」

 

 ロードと呼ばれた女はほの暗い瞳に冷たい炎を灯し、静かに嗤い声を上げた。それは何処か物悲しい響きを帯び、朽ち果てた遺跡に木霊した……

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 それぞれの用事を終え我が家に戻った八神家の面々は、かなり遅れての正月祝いの準備に勤しんでいる所である。

 はやてとゼロで調理を担当し、シャマルはその手伝い。シグナムとリインフォースは食器並べやテーブルセッティングをしている。

 ヴィータはリビングで狼ザフィーラにもたれて、手持ち無沙汰にテレビを見ている。時折キッチンの方をチラチラ見ていた。

 

(珍しいな……)

 

 ヴィータの様子に気付いたゼロは、妙なものを感じた。何時もなら何もする事が無くても、 調理をするはやての周りをチョロチョロする筈が、近寄って来る様子が無い。

 面白い番組でもやっているのかと思うと、画面は夕方のニュース番組で株の値動きをやっていた。無論ヴィータにそんな趣味は無い。

 おかしいなと思っていると、隣で仕上げ作業をしていたはやてが声を掛けてきた。

 

「ゼロ兄、お師匠さん、おおとりさんは今日来てくれるんよね……?」

 

「ああっ、遅くならない内には来るって言ってたから、間違いなく来る……師匠は必ず約束を守る人だからな」

 

 ゼロは即答していた。ウルトラマンレオとはそういう男だと良く知っている。

 自分のような反抗的な餓鬼を見捨てもせず鍛え上げてくれたレオを、表面上の態度はどうあれ尊敬しているのだ。

 するとセッティングを終えたシグナムが改まった様子で聞いてきた。

 

「そう言えばゼロ……おおとり殿は何と言うか……相当な修羅場を潜り抜けてきたように、見受けられるのだが……?」

 

 前から気になっていたようだ。やはりシグナムのような歴戦の戦士には、ゲンに何か感じるものが有ったのだろう。

 

「ああ……師匠はすげえぞ……」

 

 ゼロは自分の事のように誇らしげな表情を浮かべる。

 

「師匠は最初、一番弱いウルトラマンだったんだぜ……」

 

「意外だな……?」

 

 驚くシグナムに、ゼロは盛り付けの手を止め、

 

「師匠は正確には『光の国』の生まれじゃねえんだ。親戚みてえな星の出身で、故郷を滅ぼされて地球に来た難民だった……戦士でも無い…… その星の王子だったんだ……」

 

「ほう……それが何故あれ程に……?」

 

 それは最弱から這い上がったと言う事になる。興味津々のシグナムに釣られ、他の者も手を止めてゼロの話に耳を傾ける。

 

「当時再び地球防衛の任務に就いていた親父が、再起不能に近い大怪我をしちまってな…… 『光の国』でも代わりを送る余裕が無く、素人同然の師匠が地球防衛にあたる事になっ た……」

 

「何や、なのはちゃんみたいやね……?」

 

 友人の最初の立場に似ていると思ったはやては、素直に感想を述べる。ゼロは確かにと苦笑した。

 

「そうだな……だが当時の地球は、怪獣に異星人襲来の頻発期……師匠は何度も敗北し倒され死に掛けボロボロになりながらも、血反吐を吐いて己の力と技を極限まで鍛え上げ、最後の最後まで戦い抜いたんだ……」

 

「つまり……常に生死の境で戦って来た訳か……」

 

 シグナムは感じ入って唸る。だがゼロはゆっくりと首を振った。

 

「それだけじゃねえ……師匠は当時の事はあんまり話さないけどよ……親父から聞いた事がある……師匠は大事なもの全部無くしても戦い抜いたってよ……」

 

「大事なものを……?」

 

 はやての疑問にゼロは、沈痛な面持ちで遠くを見詰めた。

 

「当時の防衛組織は師匠を残して全滅……親しい人達もほとんど亡くしたと聞いてる……本当に熾烈で凄惨な戦いだったんだろう……後で聞いた時、自分の甘さに腹が立った……」

 

 ゼロの心からの反省だった。それだけの戦いを経て来た戦士に、舐めた態度を取っていた修行当時を思い出すと、情けなくて自らを殴りたくなる。

 自分なら途中で駄目になってしまうだろうと思った。親友が死んだ時、守護騎士の皆が殺されてしまったと思った時の喪失感を思い出すと、今でも胸が軋むように痛くなる。

 

「……今じゃ『宇宙警備隊』で格闘戦で師匠に並ぶ者無しと言われるぐらいの猛者だぜ……本当すげえよなあ……」

 

 誇らしげに語っていた所で、ピンポーンとインターフォンの電子音が鳴った。ゼロは素早く反応していた。

 

「来たっ!」

 

 叫ぶや否や全速力で玄関に走って行く。はやては顔を綻ばせた。

 

「ゼロ兄はほんまに、おおとりさんの事を尊敬しとるんやなあ……」

 

「ゼロ君、何時の間にかおおとりさんを呼ぶのも、師匠で固まっちゃってますし……」

 

 シャマルがクスリと笑う。シグナムはやれやれと苦笑した。

 

「本人には言うなよ……あの意地っ張りは素直では無いからな……気付くと面倒だ……」

 

 大概な言われように思わず笑ってしまうはや てだが、ゲンが来たのなら急がなければならないのに気付く。

 

「おしっ、みんなテーブルにお料理運んでな? みんなには初めてのお正月料理で、おおとりさんは久々の地球の料理や」

 

 彼女の指示に、一同は慌てて準備に戻った。

 

 

 

 

「いただきます」

 

 ゲンを交えたゼロ達は、重箱に見事に再現されたお節料理やご馳走を前に、一斉に手を合わせた。早速各自箸を伸ばし、料理に舌鼓を打つ。

 守護騎士達もお節料理が気に入ったようだ。旺盛な食欲を発揮している。勿論リインもだ。はやての腕で不味かろう訳がない。

 ゼロもパクパク煮しめやら伊達巻を食べまくっている。ゲンは1つ1つ、噛み締めるように食べてい た。はやては気になって、恐る恐る感想を聞いてみる。

 

「あのう……おおとりさん、どないですか……?」

 

「その歳で大したものだ……とても美味しいよ……懐かしい味だ……数千年振りだよ……」

 

 ゲンは威厳溢れる風貌に温かい笑みを浮かべ、料理を誉めた。はやては意外な程に優しい表情と誉め言葉に、しきりに照れる。

 

「数千年ですか……? 何や勿体ないお言葉で す」

 

 もうちょっと時間が有れば、もっと手間の掛かるものが出せたのにと後悔した。

 

「大丈夫っ、はやてのご飯はギガうまだから。ねえおおとりさん?」

 

 ヴィータは満面の笑みでゲンに同意を求める。ゲンは目を細めた。

 

「そうだな……君の主は色々と大したものだ……」

 

「そうでしょう?」

 

 ゲンとヴィータは、ほっこりする会話をしている。ゲンは気さくに話し、人見知りするヴィータもすっかり打ち解けたようだ。

 考えてみれば永く生きて来たヴィータより本当の意味でも年上なので、本来の子供としての部分で無邪気に話せるのかもしれない。

 ゼロは普段の厳つい銀色の顔のレオしか見た事がなかったので、正直人間の姿で微笑むゲンに意外なものを感じていた。

 だがそれは悪いものでは無い。レオの別の一面を見る事が出来たので、却ってとても嬉しくなるゼロだった。

 

 

 

 正月料理を堪能しアイスケーキに翠屋のケーキも平らげ、まったりする中ゲンはおももろに立ち上がった。

 

「ではありがとう……馳走になった……そろそろ暇(いとま)させて貰おう……」

 

 礼を述べて出て行こうとする。てっきり泊まって行くと思っていたはやては、慌てて引き留めた。

 

「おおとりさん、もう外は暗いし、泊まっていったらどないですか? 寝床の準備もしてあります。住む所が決まっとらんなら、家に好きなだけ居てください」

 

「私の事は気にしなくてもいい……少しこの世界を見て回り、他の者達も来たのなら直ぐに担当の世界に出発しようと思う……」

 

「師匠っ、なら此方に居る間だけでも泊まって行けばいいじゃねえかよ? 久し振りに組手もやりてえし……泊まって行けって」

 

 ゼロも加勢して、つれない師匠を呼び止める。するとシグナムと狼ザフィーラも説得に加わった。

 

「それならばおおとり殿、私に是非ご教授をお願いしたい……」

 

「ゲン殿……出来れば私にも稽古を付けて貰いたい……」

 

 2人共深々と頭を下げる。一斉に請われゲンは少々迷ったが、弟子の成長ぶりも見ておきたいし、シグナムもザフィーラも真剣そのものだ。無下にも出来ない。

 自分が居るとゼロがやり辛いかと気を利かせての固辞だったが、そう言う事ならばと世話になる事を承知する。

 

「それではしばらく厄介になろう……ならば3人には明日から稽古を付けてやろう……」

 

「そう来なくっちゃな!」

 

 乗り気になった師匠に喜ぶゼロ達を見てはやては、リインに笑い掛けた。

 

「私も負けてられへんな……リインこっちも魔法のご指導お願いしますや」

 

「はい我が主……及ばずながら、私の全てをお伝えさせていただきます……」

 

 リインは微笑して応えた。レオの話が各自の胸に火を点けたのかもしれない。今までの戦いで、強くならなければならないという想いは共通だった。

 高揚する空気の中、ゼロは何の気無しにヴィータに話を振る。

 

「ヴィータは当然はやてに付き合って、魔法の特訓て所か?」

 

 すると鉄槌の騎士は何故か表情を曇らせた。

 

「あっ……アタシは、ゼロ達の方を見学させて貰うよ……ほらっ、あっちの世界の稽古って面白そうだし……」

 

 などと最もらしい事を言うが、どうも歯切れが悪い。不思議に思っていると、リインがそっとヴィータを見た後にため息を吐いているのが目に入った。

 そこでゼロは、帰って来てから感じていた違和感の正体にようやく気付く。

 

(ヴィータとリインがまともに話しているのを、まだ一度も見てねえ……?)

 

 どうなってるんだと首を傾げていると、はやてがクイクイ服の裾を引っ張ってきた。

 

《やっぱり気付いたん……? ゼロ兄が帰って来るまでには解決するかと思っとったんやけどな……》

 

 こっそり思念通話で話し掛けてきたはやては、困ったように肩を竦めて見せた。

 

 

 

つづく

 




次回『美しい女の意地や』


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弟70話 美しい女の意地や

 

「ブリューナク!」

 

 空に浮かぶ騎士服姿のはやてが、金色の杖型デバイス『シュベルトクロイツ』を振り上げると、白色の砲撃魔法数発が放たれた。白い光は宙に浮遊する光る的2つに命中、的を消し飛ばす。

 

「お見事です主……」

 

「はやてちゃん凄いわっ」

 

 はやてから少し距離を取って浮かんでいるリインフォースは微笑し、シャマルは目を細めて手を叩いた。

 3人が浮かぶ空は普通の空とは微妙に違う色合いをし、地上に広がる景色はくすんだ色をし色身が無い。 シャマルが張り巡らした『封鎖領域』結界内である。

 

 はやての魔法特訓の真っ最中だ。特訓を始めてから既に1週間以上が経っていた。はやてたっての頼みで、魔法の指導を行うリインフォースである。シャマルはそのサポートだ。

 はやては広域攻撃を得意とする、後方支援タイプ魔導師である。その膨大な魔力を使って、大規模な魔法攻撃を行う事が出来るのだ。

 リインフォースの力をも受け継いだ今、攻撃力で言えば小型水爆並みの破壊力を個人で有しているに等しい。これ程の火力を持つ魔導師はほぼ居まい。

 はやては早くこの力を万全にしたかった。やはり影で暗躍し、ゼロ達を圧倒的な力で打ちのめした『ウルトラセブンアックス』達の事が頭にあるのだ。

 既にアックス出現の事は聞いている。今だ目的は不明だが、何れ自分達の前に立ち塞がると予想はしている。その時までに出来るだけの事をしておきたかった。

はやては最初にアックスの話を聞いた時の事を、しっかり覚えている。面白半分で沢山の命を奪おうとするやり口を……

 その悪意が何れ自分達の元にやって来るだろうという不吉な予感。だがそれ以上に、命を軽んじるアックス達に対する憤りと、絶対に負けないという誓い。それは八神家全員の意思でもある。

 それにはまず手にした力を生かせなければならない。それだけの確固たる決意で、はやては魔法の特訓に挑んでいた。

 

「我が主……少し肩の力を抜いてください……焦りは禁物ですよ……? 何事も積み重ねです……」

 

 そんな主の心中を見越して、リインは注意を促す。物心つく前からはやてを見守って来た彼女には、主の気負いがちな所もお見通しだ。

 見透かされたはやては赤くなってしまった。そこで頃合いも良かったのでシャマルがニッコリ笑い提案する。

 

「はやてちゃんもリインフォースも、少し休憩しましょう?」

 

 放って置くと無理をしかねない。はやてもいささか焦り気味だったのを自覚した。

 

「確かに生兵法は怪我の元言うしな……少しずつでも確実にやね……」

 

 素直に地上に降りて休憩する事にした。持って来た保温ポットのお茶を3人で飲みながら、 はやては『ウルトラマンレオ』こと『おおとりゲン』に着いて行ったゼロ達の事が気になる。

 傍らでフウフウお茶を飲んでいるリインにそっと視線をやると、昨晩ゼロとした話を思い起こした。

 

 

***

 

 

《じゃあ、ずっとヴィータとリインはあんな感じなのか?》

 

 引き続きテレパシーで話すゼロに、はやては困ったよう表情を曇らせた。

 

《そうなんよ……シグナム達に聞いたら、2人は昔から折り合いが悪かったみたいなんよ……》

 

《喧嘩でもしてたのか……?》

 

《そう言うんとは違うみたいや……上手く行ってない言うか……ヴィータがリインを避けとる感じやね……リインは仲良くしたがっとるみたいやけど……》

 

 はやてはチラリと、ゲンと話しているヴィー タと俯き加減のリインに視線をやった。心配そうである。

 

《私が仲良くせなあかんよ、言うのは簡単なんやけど……それやと根本的な解決にならんしなあ……それで今まで見守ってたんやけど、結局今もあんな感じや……》

 

 流石に八神家の小さなママさんを密かに自認するはやても、2人の事で困っているようだ。ゼロは少々考えるが。

 

《そう言う事なら、俺が明日それとなく聞いてみるぜ。な~に、俺とヴィータは似たようなタイプだからな……話しやすいだろ?》

 

《ほんなら頼むわゼロ兄……》

 

 正直困っていたはやては、ゼロに任せる事にしたのだった。確かにヴィータはゼロが一番話しやすいだろう。そんなやり取りが昨晩有ったのである。

 

(ゼロ兄大丈夫やろか……?)

 

 はやては少々心配になり、心の中でのみコッソリ呟いた。

 

 

 

 

 海鳴市の外れに在る山岳地帯。1月の山中は寒々しく、動物達のほとんどは冬眠時期であまり姿は見えない。辺りは先日の大雪で白く染まっている。

 その中の森にポッカリとした広場が在った。軽くサッカーでも出来そうな程の広さがある。 周囲の地形の厳しさから、とても常人が入って来れる場所ではない。人工的に造られたものではな く、自然に出来たものだ。

 たまに森にはこのような場所が偶然出来る事がある。以前にゼロが見付けた場所だ。はやてを連れて訓練風景を見せた事もあり、シグナムも何度か連れて来ている。今でも本格的な鍛練の時に使っているのだ。

 

 その広場中央、修行僧姿のおおとりゲンに、空手着、道着を着たゼロ、騎士服のシグナムにザフィーラ、それに私服のヴィータの姿があった。

 ゼロは黒い道着だけで裸足の格好だ。ゲンが地球に居た時、特訓に着ていたものと同じタイプの道着である。

 ゲンが道着を着ていたのを知らず、今までスポーツウェアで鍛練していたゼロに、ゲンが与えたものだ。

 ゼロは格好いいと嬉しそうではあるが、さっきからしきりに突きを繰り出したりして体を動かしている。動いてないと寒いのだ。父親譲りであまり寒さに強くないので仕方がない。

 しかしゲンはさほど厚着とは思えない修行僧姿にも関わらず、平然としている。 そのゲンの前に筋骨隆々の褐色の肌の青年、人間形態のザフィーラが対峙していた。

 

「ではゲン殿……行きます……!」

 

 ザフィーラは拳を構え、気合いと魔力を全身に充足させる。ヒグマが二本脚で立ち上がったような迫力があった。ゲンは頷き、

 

「手加減は無用だ……遠慮なく打ち込んで来るのだ……」

 

「おおっ!!」

 

 ザフィーラは吠えた。ゲンは変身していない。対してザフィーラは騎士服を纏い全力で向かう。

 瞬時に間合いを詰めた守護獣は拳を繰り出した。有り得ない風切り音を発して、鋭い拳打がゲンに飛ぶ。獣の筋力を持つザフィーラの拳は、スピードも破壊力も常人の比ではない。

 更に強化魔法をも付与された拳は当たれば岩をも砕き、人体を簡単に粉砕する程の威力を持っている。

 しかしゲンはザフィーラの怒濤の勢いのラッシュを、紙一重で全てかわして行く。最小限の動きのみで攻撃を避ける彼は、最初の位置から動いていなかった。

 避ける動作1つ取っても無駄が無い。避ける動作が大きいと、それだけ次の動きが遅れ隙が大きくなるが、ゲンはミリ単位で攻撃を避けていた。

 

「ウオオオオッ!!」

 

 まともに攻めても当たらないと判断したザフィーラは、パンチのラッシュをフェイントに凄まじいまでの回し蹴りを放つ。 ゲンは頭部への蹴りを、僅かに首を捻ってかわす。

 そこでザフィーラはそのまま回転し、後ろ回し蹴りを放った。同時に『鋼の軛』を発動しゲンの足元に鋭い刃を出現させる。

 足元から襲う刃に弾丸の如きキック、逃げ場は無い。両方が当たると見えた瞬間、ザフィー ラは凄まじい勢いで地に叩き付けられていた。 大地にめり込む程の衝撃だ。

 

「ぐはっ!?」

 

 ザフィーラは息が詰まり呻き声を上げる。シグナムは身を乗り出していた。

 

「お見事……!」

 

 賛辞の声を上げる。ゲンは攻撃が当たる瞬間、僅かな脚捌きだけで鋼の軛を全てすり抜け、キックを弾くとその反動を利用して地面に投げ飛ばしたのだ。鮮やかな早技であった。

 永い時の中でも、これ程見事な体術を目にした事は無い。流れるような一連の動作であった。

 キックを弾くのも打撃の方向を掌打で逸らしただけで、力は使っていない。どれ程の研鑽の結果なのか。それが判るシグナムも大したものだが。

 

「ありがとうございました……」

 

 ザフィーラはヨロヨロと体を起こしながらも、しっかりと立ち上がり頭を下げる。ゲンは鋭い相貌に微かに笑みを浮かべた。

 

「良い技と気迫だ……次っ!」

 

「ではおおとり殿……ご指南願います……」

 

 代わって前に出たシグナムは『レヴァンティン』を正眼に構え、ゲンに向かい合う。対するゲンは手にしている錫杖をゆったりと構えた。

 

(何という威圧感だ……!)

 

 シグナムは改めてゲンと正面から対峙し、その迫力に呑まれそうになるがそこは歴戦の騎士である将、自らも剣気を研ぎ澄まし負けじと威圧を放つ。

 

「ハアアアアッ!!」

 

 鋭い気合いと共に、シグナムは疾風の如く飛び出した。小細工は無用と、真っ正面からレヴァンティンを降り下ろす。

 手加減抜きの斬撃だ。全力で当たらねば非礼にあたるとシグナムは判っている。ゲンは初撃を風のようにふわりと避けた。

 しかしシグナムは外れた剣を返し、すくい上げるように斬撃を見舞う。二段構えの剣技だ。相当の使い手でも反応出来ない程の高速の技。

 当たるとシグナムが確信した瞬間、ギィンッと鋭い金属音が響く。レヴァンティンをゲンの錫杖が弾き返していた。

 

「なっ!?」

 

 シグナムは驚いた。ゲンの持っている錫杖は一部金属を使っているだけの木製の棒である。彼女は錫杖ごと両断するつもりで斬撃を放ったのだ。

 魔力強化をもされたレヴァンティンの攻撃を、ゲンは只の棒で防いだ事になる。超能力などで強化はしていない。純粋な技のみで防いだのだ。ゼロでもこんな真似は出来ないだろう。

 

「まだまだぁっ!」

 

 だがシグナムも只者では無い。直ぐに態勢を立て直し、嵐のような斬撃を繰り出した。愛刀が冬の太陽の光を反射して煌めく。

 常人では視認する事すら出来ない、超高速の斬撃だ。 ゲンは動じない。錫杖でことごとくレヴァン ティンの斬撃を弾き受け流す。シグナムが打ち込み、ゲンが攻撃を捌く、そのやり取りが続く。

 

「ちぇすっ!」

 

 攻めあぐねていた烈火の将は、必殺の気迫を込めて鋭い突きを繰り出した。ゲンは僅かに後方に退がり突きをかわす。間合いが開いた。シグナムはこれを待っていた。

 

「レヴァンティン!」

 

《SchlageForm!》

 

 主の指示にレヴァンティンはカートリッジを排出し、心得たとばかりに刀身を蛇腹状に分割する。分かれた刀身は元の数十倍もの長さとなって、大蛇の如くのた打ちゲンに襲い掛かった。

 その周囲をレヴァンティンの剣の陣が取り囲み、大蛇が獲物を絞め殺すかの如く一気に狭まって行く。次の瞬間ゲンの居た場所が砕け散り、 土砂が高く舞い上がった。

 

「シグナムやり過ぎなんじゃ……?」

 

 あまりに容赦ない攻め。実戦そのものだ。 ヴィータは思わず引いてしまうが、シグナムは土煙の中に突っ込んで行く。

 これでやられるような相手では無いと判っているのだ。駆けながらレヴァンティンの鞘を取り出し、煙の中に投擲した。

 唸りを上げて飛ぶ鞘が土煙の中に突っ込むと、中で何かにぶつかったような音がする。やはりゲンは無事で鞘を弾いたようだ。

 シグナムは大地を強く蹴ると、飛行魔法を発動させ高速で土煙の中に飛び込んだ。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、剣形態に戻した炎の魔剣を横殴りに叩き付けた。威力こそ調整してあるが、その斬撃は鋼鉄をも両断する。

 

「おおっ!!」

 

 固唾を飲んで見ていたゼロ達3人は、驚いて声を上げていた。土煙が晴れると、レヴァン ティンの燃え盛る刀身の上に立つゲンの姿が現れたのだ。

 

「何と!?」

 

 シグナムも驚いてゲンを見上げている。彼女の腕には、ゲンの重さが全く感じられない。まるで羽毛か空気のようだった。

 

「エイャアアッ!!」

 

 ゲンの気合いが響いた瞬間、レヴァンティンは蹴りで跳ね飛ばされていた。地面に愛刀が突き刺さる。同時に痛烈な錫杖の突きがシグナムの腹に打ち込まれた。

 

「ぐっ……!」

 

 騎士甲冑を抜いて衝撃が襲う。発剄の一種だろう。だが重火器をも寄せ付けない騎士甲冑を抜くとは恐るべき技だ。

 衝撃にシグナムは膝を屈しかけたが、不屈の心で大地を踏み締め素手で構えた。闘志はまるで衰えていない。武器を失っても尚反撃を狙う。ゲンはそんな烈火の将を満足げに見据えた。

 

「流石はヴォルケンリッターの将……見事な攻撃に気迫だ……私は今の一撃で仕留めるつもりだったが、見事凌いだな……良し、ここまで!」

 

「……おおとり殿……お手合わせ感謝します……」

 

 激戦を終えたシグナムは、肩で息をしながらも深々と頭を下げた。後ろに退がった彼女とザフィーラにゲンは、

 

「2人共、千年近い実戦経験が有るだけあって中々のものだ……それだけの腕に魔法が有れば、まずどんな魔導師にも遅れは取るまい……? 並の怪獣にも対抗出来る筈だ……」

 

 シグナムはゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ……今の腕では主を守りきれません……対抗出来るくらいでは駄目なのです……必ず倒さねばならない相手が居る故……それにおおとり殿に比べれば、私などまだまだひよっこ同然でしょう……」

 

 脳裏に自分と瓜二つの女剣士を思い浮かべる。まるで太刀打ち出来ない程の恐るべき敵。対抗出来る力を付けなくてはならない。

 それに永い戦いの日々を経てきた自分達も、1万年以上を生きて来た『ウルトラマンレオ』 にしてみればまだまだ若造だと痛感する。だがそれは新鮮な感覚でもあった。

 

「盾の守護獣として……己の不甲斐なさを痛感しているが故です……」

 

 続いてザフィーラは静かに語るが、その言葉には強い決意が見て取れた。『闇の書』発動の際、皆を守れなかった自分を恥じているのだ。

 

「ウム……決意は判った……ならば私も協力は惜しまん……2人共まだまだ強くなれる!」

 

 ゲンは力強く頷いた。本気で強くなろうとする者に、惜しみ無い助力をするのが彼なのだ。シグナムもザフィーラも変身もしていないゲンに打ちのめされた事より、自分達がまだまだ強くなれるという言葉が何より心強かった。

 

「じゃあ、次は俺の番だな?」

 

 ゼロが指をポキポキ鳴らしながら前に出た。今度はゼロの番である。人間形態で組手をするのは今日が初めだ。

 ゲンの前に立つと、半身で左腕を突き出し右拳を引く『レオ拳法』独特の構えを取った。正式には『宇宙拳法』なのだが、最早レオ独自の流派となっている今、ゼロは敢えてレオ拳法と読んでいる。

 

「来いゼロ……!」

 

 ゲンも同じくレオ拳法の構えを取った。同じ構えだが、此方はまるでどっしりとした自然石のような風格を感じさせる。鋭い眼光がゼロを捉えた。

 

「行くぜぇっ!」

 

 ゼロは先手必勝と先に仕掛けた。正拳突きの連打を打ち込む。だがラッシュはことごとく打ち落とされていた。

 

(ウルトラ念力で強化した拳が!?)

 

 鋼鉄をも砕く拳が通用しない。しかもゲンは念力を使っていないのだ。ゼロは一瞬驚くが、師匠であるレオなら不思議では無い。

 ゼロはならばと休む暇を与えず、顔面を狙った上段突きに脇腹を狙った横突き、要するにアッパーとフックを交え、徹底的に拳打で上半身を攻める。

 されどゲンは動じない。ゼロの剛の攻めに対し、柔の技で巧みに攻撃を受け流す。達人の手並みであった。

 ゼロは休み無く攻撃を繰り出しながら、違和感のようなものを感じていたが、それが何故なのか判らない。気にしている余裕も無かった。

 

(まあいい、それよりも!)

 

 ゼロは不意を突くように前蹴りを放つ。突き主体の攻撃からの瞬時の切り替え。だが当たらない。ゲンは滑るように半円を描いて体を捌く。

 それでもゼロの動きは止まらない。更に前に出ながら、横に移動したゲンへ連続しての左足での回し蹴りだ。師はまたしてもヒラリとかわす。

 ゼロは休み無く蹴りを繰り出しながら、ゲンを執拗に追う。手数で圧倒するつもりなのか、唸りを上げるゼロの蹴りは鉈の如くゲンに向かって飛ぶ。

 

 流石にもて余したと判断したゼロは勝負に出た。大振りの上段回し蹴りで距離を取ると、大地を蹴って高く跳躍したのだ。

 並外れた超人的バネに念力をも併用したジャンプは、軽く十数メートルを超えていた。空中で体を回転させる。 生身での『ウルトラゼロキック』だ。

 しかしこのタイミングで出すにはまだ早い。当たれば必殺だが、その分隙も大きい。 ゲンはその隙を見逃さず、地を蹴り弾丸の如く跳び上がる。此方もゼロ並みに高いジャンプだ。

 

「タアアアッ!!」

 

 必殺キックの態勢に入る直前のゼロの蹴り脚に、ゲンの鋭い蹴りが激突した。バランスを崩されたゼロは吹き飛ばされてしまうが……

 

(掛かった!)

 

 ゼロは吹き飛ばされた反動と念力の応用で素早くゲンの背後に回り込み、その僧衣をガッチリ掴んでいた。

 相手を逆さに持ち上げ、頭から地面に叩き付ける『ゼロドライバー』の体勢だ。ゼロキックはこの布石だったのだ。

 

「貰ったああっ!!」

 

 ゼロがやったと確信した時、不意に天地が逆転した。逆に自分の体がゲンによって、ぐるりと引っくり返されていたのだ。

 

「うわあああぁぁぁぁっ……!?」

 

 驚く間も無く四肢をガッチリ極められたゼロは、そのまま頭から地面にズドオンッと轟音を上げて叩き付けられてしまった。

 

 

 

 

 

「お~い、生きてるかゼロ?」

 

 ヴィータは見事に頭をめり込ませて、地面に逆さまに突き刺さっているゼロに声を掛けた。少々笑える光景である。するとビクビクと体が動き、ゼロは頭を抜いて顔を上げた。

 

「ぺっ、ぺっ! チクショウやられたか……!」

 

 口に入った土と雪を吐きながら悔しがる。真っ黒になってしまった顔を、強者3人抜きしたにも関わらず涼しい顔をしているゲンに向けた。

 

「ウルトラマン形態だと、もう少し食い下がれてた筈なのに、何で人間形態だとあっさりやられちまったんだ……?」

 

 しきりに首を捻る。これが違和感の正体だった。ゲンの動きに思うように着いて行けないのだ。納得が行かない弟子に対して、ゲンは表情を厳しくした。

 

「ゼロ……それはお前がまだ、人間形態を使いこなせていないからだ……」

 

 レオは厳しい特訓を全て、人間おおとりゲンとして乗り越えて来た。それをウルトラマンレオとしての自分にフィードバックさせ、数々の死闘に勝ち抜いて来たのである。ゼロとは年期が違う。

 

「ゼロ……お前はウルトラマン形態に頼り過ぎのようだな……?」

 

「頼り過ぎ……?」

 

 思ってもみなかった部分を指摘され戸惑うゼロに、ゲンは更に辛辣に続ける。こういう時彼は実に容赦ない。

 

「大方何かというと変身していたな……? その気持ちは甘えに繋がる……俺も以前お前の父セブンに厳しく諭されたものだ……」

 

「親父に……? 師匠も……?」

 

 道に迷った挙げ句変身して帰ろうとした事もあり、『ウルトラゼロアイ』を奪われた時は動揺しまくったゼロには、思い当たる事ばかりである。

 

「変身さえすれば負けないというのは驕った考えだ……人の身で全力を尽くせない者には何も出来ん……その事を肝に命じておけ!」

 

 ギリギリまで変身してはいけない、力を無闇に使ってはならない。ゼロも聞いた事のあるウルトラマンとしての心構えだが、ゼロは鼻で笑っていたクチである。

 振るえる力が有るなら使えばいいとシンプルに思っていたが、色々と身につまされた今、師匠の言葉が身に染みるゼロであった。

 

 

 

 

 

 しっかりと絞られた後も各自指導を受け、皆夢中で体を動かしていた。何時の間にかヴィータも混じっている。ふと気が付くと太陽が傾き始めていた。

 

「良し……今日はここまでにしておくか……」

 

 ゲンが特訓に精を出すゼロ達に声を掛けた。流石に全員疲れて息を吐いている。経験のあるゼロはともかく、守護騎士達もちゃんと着いて来ていた。

 生半可な魔導師なら、等の昔にダウンしている内容である。歴戦のヴォルケンリッターならばこそ着いて来れたのだ。

 

「早く帰らないと、晩ご飯に間に合わなくなるぞ?」

 

 結局特訓に混ざったヴィータは、お腹がペコペコで情けない声を出した。シグナムは苦笑する。

 

「ならば……転移魔法で戻るとするか……」

 

 レヴァンティンを掲げ、術式を発動する準備をしようとするとゼロが手を挙げた。

 

「俺は走って帰る事にするぜ、ヴィータ協力してくれ」

 

「協力……? 走って間に合うのかよ?」

 

 心配そうなヴィータに、ゼロは任せろと胸を叩いて見せる。

 

「心配すんなって、必ず飯前には辿り着いてやるって! 重し代わり頼むぜ?」

 

「しょうがねえなあ……」

 

 ヴィータは苦笑して騎士甲冑を解くと、ゼロの背中にズンッと飛び乗った。腕組みして背中に乗っているので、おんぶと言うより騎馬戦のようだ。

 ヴィータは誰かの微妙な視線を感じた気がしたが、それはともかくゼロは発進準備完了と片手を挙げる。

 

「晩飯には戻る。くれぐれも車には気を付けるぜ師匠っ!」

 

「車……?」

 

 ゲンは怪訝な顔をした。ゼロは呆れたように眉をしかめた。

 

「駄目だぜ……? 車の恐ろしさは師匠が一番良く 知ってるんだろ? 俺なんて何時襲われてもいいように、常に気を配ってるんだぜ」

 

 ゼロは得意顔である。ゲンは、ああ……と呟くと苦笑を浮かべた。

 

「何だゼロ……お前まだ、あの冗談を真に受けていたのか……?」

 

「へっ……? 冗談……?」

 

 ゼロの目が点になっていた。弟子のポカンとした顔を見て、流石にゲンも吹き出しそうになる。本当に軽いジョークだったのだ。

 

「だからあれは冗談だ……当時ひねくれていたお前を軽くからかっただけだ……」

 

「からかっただけぇぇっ!?」

 

 ゼロは地球に来てからの、自分の阿呆みたいな行動の数々を思い返した。他から見ればとんだ間抜けだったろう。

 

「うそ~ん……?」

 

 思わずそう口走っていた。皆は笑いを堪えるのに苦労したものである。しばらく後になって、とある青年のせいで同じ台詞を吐く羽目になるのをゼロは知るよしも 無い。

 

 

 

 

 

 

 茜色に染まる空の下ヴィータを背負ったゼロは、川沿いの土手をほとんどダッシュで駆け八神家を目指していた。すると背中のヴィータがふと、

 

「なあゼロ……おおとりさんて良い人だよな……」

 

 空を見上げながらしみじみ呟いた。ゼロは顔をしかめていた。

 

「どこがだよ……? スゲエ厳しいし……純粋な青少年をからかいやがって……」

 

 まだ根に持っていて不満げに文句を垂れる が、ヴィータは笑って宥める。

 

「おおとりさんは今居ないから、そう尖んなよ。確かに厳しいけど、一緒に居て判るんだよ……アタシ達にも本気で付き合ってくれてるのが……」

 

 途中で混ざりたくなったヴィータの気持ちを察して、ゲンは招きしっかりと指導してくれた。一見厳しいが細やかな心使いが感じ取れた。

 指導も行き届いたもので、無闇に厳しい訳では無い。 伸ばす点を指摘するのも上手かった。ヴィータは何度も頷かされたものである。ものを教わるなど何時以来だろうと感慨深かった。

 

「……俺も……師匠には感謝してる……」

 

 ゼロはポツリと漏らした。やっと素直になったようだ。黙って聞くヴィータに視線を一瞬合わせる。

 

「俺が故郷を追放されて、師匠達に世話になってったって話は覚えてるよな……?」

 

「うん……」

 

 ゼロは磁気嵐が吹き荒ぶ、荒涼とした惑星の風景を思い出しながら自嘲を浮かべた。

 

「……あの頃の俺は……何時も苛々してた……何度も逃げては捕まったり、師匠達に当たり散らしたり……しょうもねえよなあ……そんな俺を見捨てもせず、師匠はみっちり鍛え上げてくれた……」

 

「やっぱ感謝してんだ……?」

 

「当たり前だ……でもな……それだけ恩があるの に、まだ礼の一言も言ってねえんだよな……」

 

 ゼロはため息を吐いた。ヴィータはしばらく黙って俯いていたが、顔を上げて少年の横顔を見る。

 

「……アタシも……同じだよ……」

 

 噛み締めるように呟いた。つくづくこの少年は自分に似ていると思った。肝心な所で素直になれない。

 

「アタシとあいつの事気付いてんだろ……?」

 

「あっ、ああ……」

 

 ゼロは決まりが悪そうに応える。どうやらヴィータと、その事で話すつもりだったのはバレバレだったようだ。

 

「……前の主の時まで、アタシはこんなクソみたいな人生さっさと終わればいいと思ってた……」

 

 ヴィータは胸のつかえを吐き出すように、ポツリポツリと話し始める。ゼロは黙って相槌を打つ。

 

「年中イライラきて……周りに当たり散らして……あいつが悪い訳じゃないのに……誰かのせいにしないと立っている事も出来なかった……」

 

「そうか……」

 

 ゼロはヴィータのわだかまりが判った気がした。

 

「こんな人生なのも全部あいつのせいだって、ずっと八つ当たりしてたんだよ……悪い事した……謝んなきゃいけないって判ってんだけど……」

 

 自己嫌悪でヴィータは再び俯いてしまった。ゼロの背中に顔を埋める。少年にはそんな彼女の気持ちが良く判った。

 そんな自分が恥ずかしく、顔向け出来なかったのだろう。それは此方も同じだった。ヴィータの気持ちを汲んで、ゼロもしばらく黙って走っていたが、

 

(これじゃあ、俺もヴィータも駄目だ!)

 

 色々考えた末ある決心をする。心は決まっていた。

 

「なあヴィータ……俺も師匠に素直に謝って礼を言うから、ヴィータもリインに素直になってみないか……?」

 

「えっ……?」

 

 ヴィータは顔を上げ、戸惑いを隠せないようで再度聞き返すが、ゼロは実の兄のように優しく微笑みを浮かべた。

 

「俺もその……何だ……頑張るから、ヴィータもやってみろって事だ……」

 

「……やってみろって言ったって……」

 

 ヴィータは困ってしまいぶつぶつ呟いている。するとゼロはいきなり走るスピードを上げた。凄い勢いだ。追い抜かれたスクーターのおばちゃんが目を丸くしている。

 

「まあ、今直ぐって訳じゃねえよ! 時間が掛かっても良いから、何時か言えるように努力してみようって事だ!」

 

 ゼロなりに考えた結論だった。こういうタイプは素直になろうと決めるだけで、一大決心なのである。

 

「ちぇっ、何時かかよ? 頑張るって割りには目標が甘いぞ?」

 

「悪いが、俺も今直ぐとかは無理だ!」

 

「何だよそれ? あははははっ」

 

 正直に白状するゼロに、ヴィータは大笑いしてしまった。ウルトラマンの少年は背中の小さな騎士にニヤリと笑って見せ、更に走るスピードを上げる。もう見慣れた街並みが見えてきた。はやて達が待つ家までもう少しだ。

 

「行くぜぇっ、ラストスパートだぁっ!!」

 

「急げゼロっ! 今日ははやて特製カレーだぞ!!」

 

「おおっ、チクショウ腹減ったあっ!!」

 

 茜色に照らされる街並みの中、2人は愉しげに騒ぎながら自宅目掛けて駆けて行った。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 其処には上下の区別が無かった。色の無い空間。一種の結界である。その淀んだ空間の中で、3人の少女達が黒い塊を前に何かを話していた。

 

「王様、これが『皇帝の鎧』の欠片?」

 

 青い髪をツインテールに括ったフェイトそっくりの少女『レヴィ』がわくわくした目で、目の前の黒い塊を眺めている。

 

「そうだ……フフフ……『皇帝の鎧』とは、『闇統べる王』たる我に相応しい……そうは思わんかシュテル……?」

 

 王と呼ばれるはやてそっくりの少女『ディアーチェ』は不遜に塊を見上げた。黒い塊は何か巨大な物の破片であるらしい。禍々しい気配を放っているようだった。

 

「そうですね……しかし王、この欠片をもう少し集める事が出来れば、鎧自身が残りの欠片を引き寄せ完全になると、あの女は言っていましたが……」

 

 なのはとそっくりの少女『シュテル』は表情の乏しい顔を、隣で胸を張っているディアーチェに向ける。

 

「王……あの女の事を信用して良いものでしょうか……?」

 

 シュテルは慎重な質らしい。鎧の事を教えた女を疑っているようだ。ディアーチェは不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

「構わぬ……奴が何か企んでいようが、利用してやるまでの事よ……ハッハッハッ!」

 

「王様、何か判らないけどスゴい!」

 

 ふんぞり返るディアーチェに、レヴィは喜んで手を 叩く。シュテルはそこまで判っているのならと、ホッとしたようだ。するとレヴィが何か思い出したようで、紙袋を取り出した。

 

「あっ、そうそう……王様、シュテるんこれ食べようよっ」

 

 ゲンから貰ったお菓子である。ディアーチェはそれを見て顔をしかめる。

 

「要らぬ! そんな敵からの施しなど、王たる我が食せるか!」

 

「そう……残念、じゃあシュテるん2人で食べよう?」

 

 レヴィは早速お菓子を、作り出した力場の上に広げた。ビスケットやチョコレート、キャンディーなど色鮮やかなお菓子が沢山ある。

 

「これは……興味深いですね……」

 

 シュテルは無表情ながらも、何処と無く軽い足取りでやって来てお菓子を摘まむ。ふと視線を感じて後ろを見ると、ディアーチェがこちらの様子をチラチラ見ている。

 

「王……」

 

「なっ、何だ? 我は何も言ってはおらぬぞ!?」

 

 シュテルに声を掛けられ、ディアーチェは慌てて否 定の声を上げた。まだ何も言っていないのだが…… シュテルは鮮やかな色の、赤い包みのチョコレートを掲げて見せる。

 

「これは言ってみれば、レヴィが敵から奪った戦利品……献上品になります……」

 

 ものは言い様だが、プライドの高いディアーチェの自尊心には上手く作用した。

 

「ならば仕方ないな! 献上品を受けるのは王たる者の務めだ」

 

 ちゃっかり受け取った。はやてにそっくりだが、不遜な言動といい態度といい、中々面倒くさい人物のようである。

 『皇帝の鎧』を前にお菓子を食べる3人は、無邪気そのものだ。しかしそんな3人とは真逆に、鎧は不気味に軋み音を上げている。邪気が強くなっているようだった。

 

 『皇帝の鎧』……かつてある強大な力を誇った者の為に鋳造された暗黒の鎧。

 その名は『アーマードダークネス』……

 

 

 

つづく

 

 




次回『胡蝶の夢や』


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第71話 胡蝶の夢や

 

 

 

 

 私、リインフォースは僅かな冷気を感じ、ふと目を覚ました。見るとベッドの掛け布団が一部めくれている。寝返りを打った拍子に乱して しまったのだろう。

 1月の朝は寒い。ベッドから起き出して部屋のカーテンを開けると、外はまだ薄暗かった。まだ かなり早い時間帯だ。

 目が冴えてしまった私は身支度を整えると、物音を立てないように静かにリビングに降りてみた。まだ皆寝ているのか、家の中は静まり返っている。狼ザフィーラも今日は別の場所で寝ているのか、姿が見えない。

 リビングのカーテンを開け、主が起きてきた時に寒くないようにエアコンのスイッチを入れる。徐々に部屋が暖まってくる中ソファーに腰掛け、微かに明るくなってきた東の空をぼんやり眺めていると、少し眠気が襲って来た。

 まだ体調が万全ではないせいか……私はしばし目を閉じる。そのまま心地好いまどろみに身を任せた。

 

 『防衛プログラム』を切り離した代償は、実際相当なものだ。そのままならこの身を維持出来るのは、精々数ヵ月くらいだった筈だ。

 だが身体機能が正常に働き始め、私はこうして無事で居る。消滅する危険は無くなっていた。本当に今こうしていられるのは奇跡だった。

 少し前なら考えられない事だ。永遠のような戦いの日々を過ごし、終には闇の中で唯一人絶望に暮れるしか出来なかった頃の私には……

 共に過ごす騎士達にも苦労ばかり掛けて来た……

 だが優しき我が主と、異世界から来た少年との出会いが、その悲しみを変えてくれた……闇の書としての運命も呪いも終わらせてくれ た……

 2人が居なければ、我らは今頃正真正銘の悪魔に取り込まれ、全ての世界に呪いと災いを撒き散らしていただろう。意思も無くした屍、悪魔の一部として……それは最悪の末路だろう……

 

 しかし……私はふと思う事がある。こうして目を閉じていると、今の夢のような日々が実は本当に夢ではないかという考えが浮かぶのだ……

 目を開けたら其処には誰も居ない、見慣れ過ぎた真っ暗な闇だけが広がっているのではないか? 騎士達は変わらず戦いの中で、もがき苦しんでいるのではないか?

 そして私は今の幸福がただの夢だった事に気付き、愕然と膝を折るのだ……

 今でも目を開けるのが恐ろしい時がある。もし本当に目の前に闇が広がっていたら……? そう思ってしまうと、居ても立ってもいられなくなる。無理矢理まどろみの中から抜け出し、恐る恐る目を開けた……

 

「!?」

 

 私の目に映ったのは真っ黒な闇だった。本当に今までの事は夢だったのか? と一瞬心が凍ってしまう気がしたが、良く見るとその闇には皺があった。布のようにザラザラしている。

 

「リイン、どうした……?」

 

 聞き慣れた少年の声が耳に入って来た。少しハスキーな、何処となく繊細さも感じさせる声……

 

「……ゼロか……?」

 

 私を心配そうに覗き込んでいるのは、黒い妙な服、道着と言うらしい服を着ているゼロだった。何の事は無い。ゼロの黒い道着を間近で見て、勘違いをし てしまったのだ。私は苦笑していた。

 

「早いな……今朝もおおとり殿と修練か……?」

 

 取り繕った問い掛けに、ゼロは一瞬困ったような顔をして私を見るが、1枚のメモを懐から取り出して見せた。

 それには太く堂々としたこの世界の文字で、『少し気になる事があるので出掛けて来る。夜までには戻る』と簡潔に書かれていた。

 

「お陰で今日の修練は休みだ。俺は目が覚めちまったから、ちょっと走って来ようと思ってな……」

 

 私は少し気になった。あのおおとり殿の事だ。何か訳が有るのではないだろうか。

 

「何だろうな……気になる事とは……?」

 

「さあな……やっぱり地球の景色が懐かしいから、その辺を見て回ってるんじゃねえか? まあ何か有るとしても師匠の事だ、ハッキリしたら教えてくれるさ……」

 

 ゼロは少々ふざけた調子で応えるが、実際は何か有るのではと感じているようだ。しかしそこで彼は、再び困ったような顔をして頭を掻いた。

 

「……その……何だ……大丈夫かリイン……? 何処か痛いとかないか……?」

 

「……?」

 

 私はゼロの言っている意味が良く解らなかった。多分さっきの恐れの感情が態度に出ていたのだろうと思う。

 

「……少し……昔を思い出していた……」

 

 私は心配そうな少年に苦笑して見せた。ゼロは私の言葉を聞いて、何とも哀しげな顔をする。彼は私達の過去を、我が主と共に見ている。それを思い出してしまったのだろう。

 人より遥かに高い知性を持つ彼は、我らの過去を全 て記憶しているのだ。しかしそれはゼロのような人物には堪えるのだろう。

 一見態度や口調で悪く見られがちだが、性根が驚く程善良なゼロは人の悪意に戸惑う事がある。

 彼らウルトラマンはひどく善良だ。人知を超えた力を持っている故か、数万年以上の永きを生きる生命故なのか、その精神レベルは高い。

 持った力に見合うだけの崇高な精神を備えているのだ。しかしその代わり彼らはひどくお人好しである。時には弱点になる程に……

 本来何の関わりも無い地球を、いや……宇宙に生きる名も無き生命を、文字通り命懸けで永きに渡り守り抜いて来た話を聞いてそう感じた。

 

「ゼロのような種族にしてみれば、大した長さでは無いのだろうがな……」

 

 私は苦笑混じりにそんな事を言ってみる。彼らにしてみれば、我らの過ごした千年近い時間は一時だろう。

 世の中は広い。無限にも感じた時を、人生のほんの幾らかにしかならない者も居るのだから…… するとゼロはゆっくと首を横に振っていた。

 

「いや……そんな事はねえよ……俺も人の時間を体験して来たからな……その永さは気が遠くなるだろう……人の時間ってやつは濃密だからな……」

 

 実感を込めて私の言葉を否定する。軽くなど思えないとの素直な気持ちが嬉しかった。だがそこでゼロは、また困ったような顔で私を見る。

 先程からどうしたのだろうか? するとゼロは言いにくそうに、ようやく口を開いた。

 

「……リイン……その……何だ……お前泣いてる ぞ……?」

 

 私はハッとして頬に指を当てた。指先が温かいもので濡れている。流れ続ける涙だった。あれだけの事で、夢ではと怖れただけで泣いていたと言うのか……

 何とも涙もろくなってしまったものだ。涙など等の昔に渇れ果てたと思っていたが、我が主とゼロに逢って以来、涙もろくなってしまったらしい……

 

「リイン……」

 

 ゼロは心配そうな顔をする。私は涙を拭った。少し気恥ずかしくはあったが、

 

「少し……怖くなってしまってな……」

 

「怖いか……?」

 

 神妙な顔をするゼロに、先程感じた不安をポツリポツリと話していた。誰かに聞いて欲しかったのだ。

 

「私は怖いのだろう……今の生活を失う事が…… 本当の私は夢を見ているだけなのではないかと……騎士達は今だ苦しみの中に在り、私はまた何も出来ず闇の中に取り残されているのではないかと……情けないが、これが今の正直な気持ちだ……」

 

 話を黙って聞いていたゼロは、しばらく沈黙し俯いてしまった。いきなりこんな話をされて困ってしまったのだろうか……

 するとゼロは俯いたまま私に近寄り、静かに両肩に手を置いた。顔を上げる彼の目から、ポロポロと光るものが零れ落ちていた。

 

「……リイン良く今まで頑張ったなあ……辛かっただろうになあ……もう大丈夫だ……みんなリインと一緒だからな……クソッ……止まらねえ……!」

 

 逆ギレ気味に涙を流しながら、涙声でつっかえつっかえ言葉を発する。まだ涙腺に慣れてないせいも有るだろうが、ゼロはとても涙もろい。

 だがお陰で、恐怖で凍り付きそうになった心が温まってくる気がした。すると……

 

「そうやね……私らがリインフォースを独りになんてさせへんよ……」

 

 不意に声がした。振り返ると、車椅子に乗った我が主が穏やかに微笑んでいた。

 

「主……聞いておられたのですか……?」

 

「はやて……」

 

 ゼロは私の肩から手を離すと、ゴシゴシ涙を拭う。鋭敏な五感を持つ彼も、私に気を取られ気付かなかったようだ。主は照れたように微笑された。

 

「あははっ、ごめんな? ちょう早く目が覚めて来てみたら、聞こえてしまったんよ……」

 

 車椅子を操作して近寄られ、屈み込む私に手を伸ばし頬に触れられた。主の小さな手が温かい……

 

「……私にも覚えが有るんよ……」

 

 主は少し哀しげに目を伏せられた。

 

「朝起きて……目が覚めた時……今までの事は全部夢やったんやないかって……本当の私は前みたいに独りぼっちで……」

 

 その言葉は少し震えているようだった。

 

「ヴィータがたまたまトイレか何かで居なかった時なんて、居ても立っても居られなくなって……みんなが本当に居るか確めた事も有ったんよ……目が覚めたら消えてしまう夢……そないな事を考えてしまう時があるんや……」

 

 困ったように苦笑を浮かべられる。私を元気付ける為に言っておられるのだろうが、複雑な想いが込められているようだった。

 主が生まれてから傍らでずっと成長を見守って来た私には、その想いが判る気がした。ご両親を亡くされてからの主が、いかに孤独を抱えて来られた事か……

 不安に駈られた事も一度や二度では無いのだろう。それは哀しい事だ。

 ゼロは主の告白に胸が詰まっているようだった。また泣きそうになるのを懸命に堪えている。主は改めて私を見詰められた。

 

「せやからリインフォース……安心してええんよ……」

 

 涙の痕を優しく撫でられ、温かな笑みを浮かべられた。プログラム体であるこの身には縁遠いが、母というものを小さな主に感じられる気がする……

 

「怖なったら何度でも確かめればええんや…… 必ずリインの傍にはみんなが居るよ……」

 

 主は慈母のように微笑むと、半泣きのゼロに頷いて見せた。彼は心得たと、

 

「おうっ、こうやってな!」

 

「ゼロッ?」

 

 軽々と私と主を纏めて抱え上げソファーに座ると、私を膝に乗せその上に主を乗せる。以前主の意識の底で出会った時と同じだった。

 

「どうやリインフォース? ゼロ兄のみんな纏めて抱っこや。好きなだけ確かめてな。ゼロ兄は巨大化すれば全員纏めて抱っこ出来るんよ。 あれ……? 何か前にも同じ事を言ったような……? まあええか」

 

 私に背を預け少し首を捻りながらも、楽しそうに笑って此方を見上げられる。以前の事が頭に残っておられるのだろう。思い出しているゼロは苦笑している。

 

「はい……」

 

 確かな温もりに包まれ、じんわりと温かなものが心を満たした。温もりもだが、何よりその優しさが身に染みる。私は幼児のように頷きながら心の中で呟いていた。

 

(この命……生き残った意味が有るのなら……立ち塞がる危険から主達を、この身に代えても守り抜く……!)

 

 主達の前途に立ち込める不吉な暗雲の存在……私はそれらから主達を守る為に生き残ったのではないか。この時私は、悲壮なまでに固く心に誓っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 早朝の切り裂くような冷たい大気の中、『ウルトラマンレオ』こと『おおとりゲン』は、都市部から離れた山頂にて静かに風の中佇んでいた。

 ゲンは目を閉じ心気を研ぎ澄ます。大気に『気』を同化させ、己を宇宙と一体と成す『宇宙拳法』の極意だ。ゼロでもまだまだ及ばぬ領域である。

 今誰か見ている者が居たならば、佇むゲンが大気に溶けて行くような錯覚を覚えたであろう。彼は今宇宙そのものであった。

 しばらくの間石仏のように微動だにしなかったゲンの両眼が、カッと鋭く見開かれる。

 

「やはり何かおかしい……」

 

 静かに呟いた。彼は海鳴市に来てからここ最近、妙な不自然さを感じる事があったのだ。それが何なのか調べようと思ったのである。

 超能力の類いでは無い。ウルトラマンとしての超感覚には何も引っ掛からなかった。不自然さを感じ取ったのは、戦いの中で自然身に付いた戦士の勘であった。

 自然と一体化する事によって、僅かな歪みを探っていたのである。歴戦の彼ならではだ。

 

「杞憂であれば良いが……何か起ころうとしているのかもしれん……もう少し探ってみるか……」

 

 ゲンは呟くと下山しようとするが、ふと思い出したように脚を止めた。

 

「一応アースラに報せておくか……」

 

 手を翳すと空間モニターが空中に開かれた。リンディから渡されていた端末である。 アースラは『ダークザギ』の残したゲートや、『闇の書』消滅余波の観測などで、まだ衛星軌道上で監視作業にあたっている。

 向こうと繋がると少し眠たげなエイミィと、 早朝からシャキッとしているクロノがモニターに映し出された。丁度交代時間で起きているようだ。

 

《あっ……おはようございます、おおとりさ ん……》

 

《何か有りましたか?》

 

 エイミィとクロノの対照的な声が、静かな山頂に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 上下の区別がつかない薄闇の空間が広がっている。『ディアーチェ』『レヴィ』『シュテル』の名を持つ、はやて、フェイト、なのはにそっくりな謎の少女達が根城にしている結界である。

 その中に深淵の闇を凝縮して固めたような物体が浮かんでいた。破片を寄せ集めたような物体は、既に大型トラック程の大きさになっている。

 形を取り戻しつつある破片は、巨大な顔のように見えた。暗黒の鎧『アーマードダークネス』の破片を集めたものである。

 ディアーチェ達3人が今まで密かに集めたものだ。形を取り戻す度に禍々しさが増していくようだった。不気味な軋み音が徐々に高くなっている。

 暗黒の鎧を前にした3人の前に、1人の女が現れていた。はやてを大人にしたと言うより、ディアーチェを大人にしたようなあの女である。

 

「何いっ? 結界がもう限界だとぉっ!?」

 

 ディアーチェが女に食って掛かっていた。女は不遜 に腕組みしながら3人の少女達を見下ろす。

 

「そうだ……我の力でも、これ以上鎧の気配と欠片の発生を抑えるのは限界だ……気付かれたふしも有る……流石はウルトラマンレオと言う事だ……」

 

「これでは、まだ足りないのですか……?」

 

 シュテルが冷やかな視線を向ける。女は小馬鹿にしたように鼻で嗤った。

 

「うぬらが思ったより、鎧の欠片を集めるのに手間取ったからな……他の部分を呼び集めるにはもう少し量が必要だ……奴等も介入して来るだろう……『砕け得ぬ闇』の探索は我がやるが……そちらはやれるか……?」

 

「誰に向かって言っておる!? 我は闇統べる王なるぞ!」

 

 ディアーチェはニヤリと女と同じく、不遜な笑みを 浮かべ見せると、レヴィとシュテルに振り返った。

 

「理のマテリアル、星光の殲滅者『シュテル・ ザ・デストラクター』! 力のマテリアル、雷刃の襲撃者『レヴィ・ザ・スラッシャー』! 奴等を出し抜き『皇帝の鎧』をこの闇統べる王 『ロード・ディアーチェ』の前に集め、『砕け得ぬ闇』共々復活させるのだ!!」

 

「おお~っ! 任せてよ王様!」

 

「承知しました……」

 

 頼もしく応える2人。気勢を上げて盛り上がる少女達を、女は一瞬侮蔑したように見た。

 

「ならばうぬらには、我の知恵と力を貸してやろう……」

 

 そう言うと、何とも暗い笑みを口許に作った。ディアーチェ達はその笑みに、ひどく陰惨なヒヤリとしたものを感じずにはいられなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ゼロ達は午前中家事を一通り済ませて昼食を食べた後、各自の用事に出掛ける予定である。

 はやてはリインと一緒に魔法の修練に、今日はヴィータが着いて行くと言い出した。努力してみる気のようである。

 ゲンが留守で今日の特訓が休みになったので、ゼロとザフィーラはお米などの重量物の買い出しを済ませておく事にした。

 シグナムは講師をしている道場に顔を出しに、シャマルは町内会の集まりである。

 

 各自出掛ける準備をする中、ゼロはコートを取りに行こうとしていたリインを、こっそり呼び止めた。玄関口で、はやてと喋っているヴィー タをチラリと見る。

 

「ヴィータは少し素直じゃねえだけで、本当は優しい子なんだ……少し待っててやってくれな?」

 

「判っている……済まないな気苦労を掛けて……」

 

 リインは微笑を浮かべて気使いに感謝した。ゼロは一見ガサツそうだが、根が繊細なので意外に気を回す。本質を全員に見抜かれているとは思っていないゼロは、照れ隠しで得意気に胸を張る。

 

「べっ、別に大した事じゃねえよ。それより此方に来て覚えたんだが……ああいう奴の事をツンデレって言うそうだぜ?」

 

 リインに小声で説明するのであった。何故かその時出掛ける支度をしていたヴィータは、聞こえていないにも関わらず、猛烈に 『ゼロにだけは言われたくない!』と叫びたくなる衝動に駈られた。

 

 

 

 

*****************

 

 

 

 

「テスタロッサ……?」

 

 道場へ顔を出した帰り道、シグナムは子犬アルフを連れて散歩をしているフェイトと道端でバッタリ出会していた。

 

「あっ、シグナム……こんにちわ」

 

「お出掛けかい?」

 

「ああ……今家に帰る所だ。テスタロッサ達は散歩か……?」

 

 声を掛けて来る2人に、シグナムは微笑して応える。フェイト達もそろそろ戻ろうとしていた所なので、途中まで一緒に帰る事になった。

 

 並んで歩きながらフェイトは色々話し掛け、 シグナムが応える。2人共波長が合うようで会話が弾んでいた。

 その内会話の内容はゼロの話題になっていた。フェイトにしてみれば、ゼロの事はほとんど知らないので興味津々である。

 

「そうなんですか……ゼロさ……ゼロのお母さんは私達と同じ人間なんですね……元々人間が進化したのがウルトラマンなんですか……」

 

 フェイトは興味深そうにシグナムを見上げた。身長差があるので自然こうなる。

 

「そうだ……ゼロはウルトラマンと人間とのハーフと言う訳だ……」

 

「ハーフ……」

 

 フェイトはポツリと呟き、何故か遠くを見詰める眼差しになった。シグナムはフェイトがゼ ロに尊敬の念を抱いているのは知っている。

 恩人のゼロをシグナム達が騙すか脅していると思い込んでいた時、普段の彼女に似合わぬ怒りの感情を顕にした事でもそれは判った。

 

 今のフェイトにしてみれば、憧れのヒーローが思ったより自分に近い存在だと知って嬉しくなった、そんな所だろうとシグナムは思った。

 何とも子供らしいとフェイトの横顔を見ると、ふとそれとは別の感情が混じっているような気がする。しかし気のせいだと思った。魔導師としては優れているが、やはりフェイトはまだ子供なのだから。

 別の世界に行き掛けたフェイトは、アルフに 声を掛けられ我に還ると気を取り直し、

 

「そう言えばシグナムはゼロさ……ゼロと一緒に住んでいるんですよね……?」

 

「……ゼっ、ゼロとと言うより、我ら全員一緒で大所帯だがな……それがどうした?」

 

 他人に聞かれたら誤解されそうな質問に、シグナムはあたりさわりの無い答えを言っておく。するとフェイトは何の気なしに、

 

「まさか……お風呂でバッタリなんて事……有る訳ないですね?」

 

「ぐっ!?」

 

 シグナムは思わず咳き込んでしまった。完全なる不意討ちである。ある意味フェイトが一矢報いた瞬間かもしれない。

 

「シグナム? どうしました?」

 

「いや……何でも無い……少し風邪気味らしい……」

 

 苦しい言い訳をしておく。一瞬あの事を誰かから聞いたのかと思ったが、素直に心配そうなフェイトを見る限り偶然のようだ。

 

「でも……シグナムなら、そんな事になっても平気そうですね? 私だったら耐えられないかも……」

 

「あっ、当たり前だ……ヴォルケンリッターの将は、それしきの事で動じん……!」

 

 自分で振っておいて赤くなっているフェイトに、シグナムは特に力を込めて断言しておいた。前の事は無かった事にしたいらしい。

 顔が赤くなっていたが、どうやら気付かれたなかったようだ。だがまだ序の口だった。フェイトは申し訳無さそうに苦笑いする。

 

「本当にシグナムには悪い事をしました……こんなにしっかりした人を、ゼロさ……ゼロをたぶらかす……その……」

 

 そこで言いよどんでしまう。シグナムは苦笑した。

 

「何だ? 遠慮するな、良いから言ってみろ」

 

「はい……その……Hなお姉さんだと思っていたなんて……」

 

「何だそれは……?」

 

 意味が判らないシグナムに、フェイトは最初に出会った時の幻覚を事細かく説明した。

 

「ゴフッ!?」

 

 またしても咳き込んでしまった。まさかあの時ゼロに絡み付く破廉恥女に見えていたとは。正しく本人とは真逆である。

 またしてもフェイトにしてやられたのかもしれないが、シグナムは辛うじて取り繕う事に成功した。鉄の精神で平静を保った烈火の将は、軽く咳払いする。

 

「まったく……迷惑な話だ……ベルカの騎士に対する侮辱だな……まあ奴はゼロに粉々にされたから良しとして話は戻るが……ゼロはテスタロッサのような子供の裸体を見ても何とも思わんから安心しろ……」

 

 してやられたお返しとばかりに、人の悪い冗談を返しておく。アルフは思わずプッと吹き出してしまった。

 フェイトはまだあまり凸凹の無い自分の体と、シグナムの出る所は出過ぎている体を見比べ、ズ~ンと凹み掛けてしまう。

 

「大丈夫、フェイトはこれからだよ!」

 

 アルフが励ましてくれた。その言葉で、確かにと復活を遂げたフェイトは未来へ希望を託す。

 

「そっ、その内……大きくなって見せます……! 多分……」

 

 少し自信無さげに宣言するが、母親からしてグラマーになる可能性は高いと思われる。

 

「フッ……その前に次の模擬戦で、私から一本でも取れるようにする事だな……?」

 

 以前約束した決着の件は、模擬戦という形で先日行っている。結果はフェイトの完敗であった。流石に万全のシグナムには歯が立たなかったのだ。

 それでも見るべきものがあったと、シグナムは確かに思ったものである。これからの伸びしろが楽しみだ。

 

「次こそは一本取ってみせます……!」

 

「楽しみにしておこう……」

 

 顔を真っ赤にして気負うフェイトに、シグナムは澄まし顔で返事をしておくのだった。

 

 

 

 

 シャマルは町内会の会合を終え、足取りも軽く道を歩いていた。 帰りにご近所の奥様達と、お茶とパンケーキの美味しい店で楽しくお喋りし、またしても余 計な知識を増やしたシャマルである。

 

「リインフォースは、お料理は腕を上げて来てるのよねえ~」

 

 他の家事はあまり得意ではないが、何気に料理は向いているリインは、シャマルにはありがたい。どこぞのリーダーとアタッカーは、大して戦力にならないので尚更である。

 

「色々余裕が出来たし、ここは私もお料理の腕を上げなくちゃねっ。ヴィータちゃんとシグナムを唸らせなくちゃ!」

 

 ヴィータ達が聞いたら、裸足で逃げそうな事を呟いた。別の意味で唸りそうだ。

 愉しく特製メニューの内容を考えながら道を歩いていたシャマルは、不意に立ち止まっていた。

 

「何? この気配は!?」

 

 両指にはめている『クラール・ヴィント』が強い反応を示していた。容易ならざるものを感じたシャマルは、物陰に走ってデバイスを起動させようとする。すると周囲の景色が突如として色を失った。

 

「これは結界!?」

 

 辺りを見回すと、通行人の姿が次々と消えて行く。危険を感じたシャマルは騎士服を纏い、クラール・ヴィントを起動させた。

 

「これは……? 街中に次々結界が出来ている!?」

 

 センサーが異常を捉える。ともかく此処から脱出しようと足を踏み出すと、その前に立ちはだかる人影があった。

 

「なのはちゃん?」

 

 それは白いバリアジャケットを纏い、『レイジングハート』を携えたなのはであった。

 

「なのはちゃんも、この異常に気付いて来たの?」

 

 シャマルは何の気なしに声を掛け近寄ろうとする。するとなのははいきなり、レイジングハートを此方に向けて来るではないか。

 

「えっ? ちょっと、なのはちゃん……?」

 

 訳が判らないシャマルは慌てて呼び掛けるが、なのははデバイスを鬼気迫る様子で構える。

 

「見付けました! 闇の書の守護騎士の人ですよね!?」

 

「なっ、何言ってるのなのはちゃん? シャマルなんですけど……?」

 

 なのはは話を全く聞いていないようで、桜色の魔力弾を周囲に作り出した。明らかな攻撃態勢だ。

 

「今度は負けません!」

 

 シャマルはやる気満々のなのはを前に、ジリジリと後退さる。

 

「わっ私、ひょっとして、もの凄おくピンチ……?」

 

 血の気が引いた顔で、余裕が有るんだか無いんだか微妙な台詞を漏らした。

 

 

 

つづく

 




次回『欠片無法地帯や』


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第72話 欠片無法地帯や

 

 

 

 

 『それ』は闇の奥深くに閉じ籠っていた。誰にも関わらず触れず、全てから自分を遠ざける為に……

 

 『それ』は永遠にこのままで居るつもりだった。しかしある日突然閉じ籠る日々は終わりを告げてしまう。

 

 『それ』は深い眠りの中で恐れた。もし自分が完全に目覚めてしまったなら……

 『あの中』から吐き出された身は不安定だ。もし誰かが自分を目覚めさせようとしたら…… それは最も恐れる事だった。

 永久である『それ』は、自らを滅する事さえ出来ない。『それ』は願う。眠りの中で……

 

(お願い……私を放って置いて……)

 

 だがその願いを踏みにじるように、暗黒より再度復活せんとする、『それ』と同じく不滅の魔鎧装の気配は強まっていた……

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 人気の無い険しい森の中を進む、1人の僧侶の姿が在った。『ウルトラマンレオ』ことおおとりゲンである。

 下草や木の根が入り組んだ道なき道を、彼は平地を歩むが如く無造作に歩いていた。獣道である。常人ならまともに進む事も出来まい。何かを探るように感覚を研ぎ澄まし、黙々と歩いている。

 どれ程進んだ頃だろうか。鬱蒼と繁る木々に陽光が遮られた森の奥深く、ゲンは僅かな異常を感じて立ち止まった。

 

「やはり……」

 

 編み笠から覗く瞳が鋭い光を放つ。空間の綻びであった。ゆらゆらと陽炎のように、僅かに空間が揺らいでいるのが感じ取れる。それと同時にタイミング良く 『アースラ』から連絡が入った。エイミィからだ。

 

《おおとりさんの心配通りでした! 街中に無数の結界や魔力反応が次々と現れました! まるで溢れかえっているようです。やっぱり何者かが今まで反応をカモフラージュしていたみたいです!》

 

 アースラの観測機器で捉えた情報を伝える。 ゲンからの連絡を受け、今朝から張っていたのだ。次に空間モニターに映るクロノは、自らのデバイスを確認する。

 

《僕も今から下に降ります。今皆にも連絡している所ですから、おおとりさんも気を付けてください。誰かそちらにやりましょうか?》

 

 クロノの提案にゲンは少し考えた。

 

「そうだな……敵の出方次第では周りに被害が出る可能性がある……結界を張れる者を誰か寄越してくれるか……?」

 

《分かりました。ではユーノをそちらに向かわせます》

 

 向かわせるのはゲンの正体を知っている者が良い。ウルトラマンの事はアースラでも一部の者だけが知っている状況だ。ユーノなら適任であろう。

 

「ウム……頼む……君も気を付けてな……」

 

 通話を終えるとゲンは、森を音も無く駆け出した。生い茂る木々も獣道も苦にしない。その姿は疾風の如き速さとなり、一陣の風となって見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああぁぁっ!?」

 

 シャマルのあられもない悲鳴が響き渡った。なのはの『アクセルシューター』十数発が一斉に襲う。

 あられもないと言うと、色っぽい方面を想像しがちだが、本人にとっては洒落にならない状況である。

 桜色の魔力弾は、辺りの建物を巻き込んで破壊しながらシャマルを追尾する。滅茶苦茶であった。

 小型の竜巻状魔法障壁を張り、辛うじてアクセルシューターを弾く事に成功したシャマルは、爆煙を煙幕代わりに飛行魔法で距離を稼ぐと再度呼び掛けてみる。

 

「ちょっと、なのはちゃん? 一体どうしたの!?」

 

 しかしなのはは聞く耳持たんとばかりに『レ イジングハート』を構える。

 

「お話し聞かせて貰います!」

 

「ちょっ? それってお話しする態度じゃ ……」

 

 青くなるシャマルになのはは、問答無用とレイジングハートを砲撃形態バスターモードに変形させる。

 

「話を聞いてってばああぁぁっ!」

 

 言うが早いが躊躇なく砲撃魔法『ディバインバスター』をぶっ放した。

 

「きゃあっ!?」

 

 桜色の光の奔流が放たれ、周りの建物ごとシャマルは吹っ飛ばされた。華奢な身体が建物の破片と一緒に、木の葉のように宙を舞わされる。

 なのはは容赦しない。更に連続して砲撃を撃ち込んで来る。辺りの壁は根こそぎ吹っ飛び、家屋は崩れ酷い有り様になった。しかし、

 

「居ない!?」

 

 粉塵が晴れた後にシャマルの姿は無かった。 瓦礫に埋もれてもいない。なのはは油断なくデバイスを構え辺りを見回す。

 

「逃がしませんよおぉぉぉっ……出て来てくださあああいぃっ……! お話ししましょおおおおぉぉぉぉ……!」

 

 説得力ゼロな呼び掛けである。寸での所で逃れていたシャマルは、直ぐ近くの瓦礫の陰に身を隠していた。

 

(こ……怖いわ……)

 

 背中に嫌な汗を掻く。まるで自分がホラー映画の登場人物になったようでおぞ毛を震わせるが、そこである事に気付いた。

 

(おかしいわ……? 変なのは明らかだけど…… なのはちゃんの砲撃が何時もより弱いような……?)

 

 後方支援が主な担当のシャマルは、なのはの戦闘の様子も良く観察していた。参謀の役割も兼ねる彼女は、戦況を一歩離れた視点で分析する必要もある。

 シャマルが計測したなのはの戦闘力より、今のなのはは劣っているように見えたのだ。残念ながら本当に少しだが……

 

(偽物……? でもそれでも私より遥かに戦闘力は上ね……)

 

 シャマルは苦笑いを浮かべた。本物でも偽物でも、補助系の自分には荷が勝ちすぎる相手である。まともにぶつかり合っては勝ち目は薄い。

 

(とても見逃してくれそうには無いわね……)

 

 シャマルは思案する。街中に次々と発生している正体不明の結界に、様子がおかしいなのはの出現。早く皆と合流した方が良さそうである。

 

「でも、それにはまず、この場を切り抜けない と……」

 

 呟いた瞬間、直ぐ側を桜色の砲撃が貫いた。更に次々と次弾が撃ち込まれる。

 

「見付けました!」

 

 発見されてしまったのだ。なのはは砲撃を連射しながら、低空飛行で迫って来た。湖の騎士は慌てて物陰から飛び出す。そのまま低い高度を維持し、建物の間をぬってなのはの追撃から逃れようとする。

 

(幸いこの辺りは家のご近所、地の利はこっちに有る!)

 

 シャマルは後方から迫るなのはに一瞬視線をやり、普段は穏やかな表情を引き締める。スピードを上げると、低空で近場の細い路地に飛び込んだ。直後に先程居た場所が砲撃で吹き飛ばされた。間一髪である。

 

「待ってくださあああいいいぃぃぃっ!」

 

 路地をアクロバットさながらに飛行するシャマルの背後から、何時も通りのなのはの声が聞こえる。だが何時もと同じ調子なのが却って恐ろしい。

 更になのはの飛行速度は速い。じりじりと距離を詰められつつあった。

 

(火力も速度も、防御も向こうの方が遥かに上……私が勝っているのは地の利と探知能力、それと経験くらいね……なら!)

 

 シャマルは気を抜いたら激突しそうな速度で路地間を飛び、なのはを引っ張り回す。命懸けの鬼ごっこだ。

 湖の騎士は、入り組んだ路地を出鱈目に飛び回る。彼方の路地に飛び込んだかと思うと、次に逆戻りするといった具合にまるで法則性が無いように見えた。

 

「チョロチョロと……」

 

 なのはは苛立って後を追う。するといきなり横の路地からシャマルが飛び出して来た。不意打ちを狙ったようだ。繰り出された『クラール・ヴィント』のペンダルワイヤーが絡み付こうとするが、

 

「こんな物ぉぉっ!」

 

 なのははアクセルシューターを射出し、ワイヤーを吹き飛ばす。シャマルの攻撃は僅かにジャケットを掠っただけに終わってしまった。

 不意打ちに失敗したと見るや、シャマルは全力で逃げに入る。追い付かれそうになると、足止めに再び竜巻状の防御魔法を繰り出して時間稼ぎを試みるが、なのはは物もとせず追って来る。

 シャマルは反撃を諦めたのか、ひたすら細い路地を逃げ続ける。地の利を生かして撒こうとしているのか。その後を白い砲撃魔が執拗に追う。

 

「逃がしません……!」

 

 なのはは再びアクセルシューターを放つ。辺り構わずの砲撃だ。

 

「あうっ!?」

 

 シャマルを追う桜色の魔力弾。ギリギリで避けたところで、塀に炸裂した砲撃が爆発し破片が彼女を直撃する。

 衝撃で失速し地面に激突しそうになったシャマルは、何とか踏ん張り持ち堪えた。騎士服の裾が地面を擦る。

 

「しぶとい……それなら!」

 

 なのはは険しい表情を浮かべると、追うのを止め地面に降り立った。

 

 

 

 

 

(追って来ない? 諦めたの?)

 

 シャマルはそれに気付きホッと一息吐こうとした。だが安心するのは早かった。突如轟音が響き渡り、目前の塀が吹き飛んだ。反応する間も無かった。

 

「ああっ!?」

 

 桜色の狂暴な光の奔流が襲う。シャマルは瓦礫と共に吹き飛ばされ、塀に背中から叩き付けられてしまった。

 

「ゲホゲホッ!」

 

 息が詰まる。肺の中の空気を、根こそぎ吐き出してしまったかのようだ。噎せて路面に踞るシャマルの前の塀には、大きな穴が穿たれていた。

 間の家屋や塀を一直線にぶち抜いて、向こう側が覗いている。其処にデバイスを構えて仁王立ちの白い少女の姿。

 業を煮やしたなのはが、ディバインバスターで間の障害物ごとシャマルを狙い撃ちしたのだ。 恐ろしく強引で力押しのやり方だが、それが功をそうしシャマルを捉える事が出来たのだ。

 自らが作った破壊孔から、なのはがユラリと獲物に近寄って行く。シャマルはまだ動けない。踞ったまま苦しそうに顔を上げた。

 

「……もう逃げられませんよ……? さあ……お話ししましょう……」

 

 なのははそう言いつつ、レイジングハートをシャマルの頭に突き付ける。言葉とは真逆に、ゼロ距離から砲撃を放つつもりらしい。すると湖の騎士はため息を吐いた。

 

「はあ……やっぱりあなた、なのはちゃんじゃ無いわね……? あの子は優しい子だから、こんな酷い真似はしないもの……」

 

「私は高町なのはです! 酷いのはどっちです か!? いきなり襲って来ておいて! 観念してください!!」

 

 なのははやはり聞く耳持たない。突き付けたレイジングハートに光が集中する。だがシャマルは恐れず顔を上げると、得体の知れない少女を見据えた。

 

「確かにあなたが本物でも偽物でも、まともに戦ったら私に勝ち目は無いわ……」

 

「やっとお話ししてくれる気になりました……?」

 

 無邪気な笑みを浮かべるなのはに、シャマルは静かに首を振って見せる。

 

「なのはちゃんの戦い方は、魔法を覚えてからまだ日が浅いせいもあり、力押しの傾向がある……あなたも同じだったわ……」

 

「何を……?」

 

 訝しげに眉をひそめた瞬間、なのはは身体に違和感を感じ辺りを見回した。

 

「こっ、これは!?」

 

 突然なのはに、細長い鋼線が一斉に巻き付いた。まるで蜘蛛の糸に捕らわれたようにがんじがらめにされる。丁度この路地を中心に、塀や電柱に鋼線が蜘蛛の巣のように張り巡らされていたのだ。

 

「クラール・ヴィントの結界……気付かれないように、少しずつ作り上げていたのよ……」

 

 路地を出鱈目に逃げ回ると見せ掛けて同じ場所を回って結界を作り上げ、この場所に誘導するのがシャマルの狙いだったのだ。

 この路地は一見入り組んで見えるが、輪になっている箇所が幾つかある。それを利用し逃げると見せ掛け、誘い込む事に成功したのだ。

 クラール・ヴィントの限界距離を測ってのギリギリの戦法である。補助系と言えど、今までの経験は伊達では無いのだ。

 

「これくらい何でも有りません!」

 

 なのはは縛られた体勢から魔力弾を精製し、ワイヤーの結界を破ろうとする。誘導弾が鋼線を切断す る。このままでは逃げられる。だがシャマルは動かない。

 

「あなたの火力では私を倒せませんよ!」

 

 なのはは次々とワイヤーを切断しながらにこやかに笑う。確かにシャマルの攻撃ではなのはの硬い防御を抜けない。

 

「それはどうかしら?」

 

 シャマルは前面に暗緑色のゲートを展開させた。彼女の転移魔法『旅の鏡』だが、なのはは嗤う。

 

「今それは通用しませんよ! 弱点はとっくに判ってるんです!」

 

 旅の鏡は決して万能では無い。ゼロが何度か食らっているので誰にでも効くと思われがちだが、実はバリアジャケットを纏った魔導師には通用しない。フィールドに阻まれてしまうのだ。更には動き回る相手にも当てるのは難しい。

 

「そう……だからね……」

 

 その意味ありげな表情になのははハッとする。彼女の白いバリアジャケットの背中の一部が僅かに裂けていた。

 確かに無傷のバリアジャケットは抜けない。ただし少しでも破損していれば話は別だ。

 逃げ回る途中での不意打ち。気付かれないようにジャケットに傷を付けるのが目的だったのだ。失敗したと思いきや、旅の鏡を当てる為の布石だったのである。

 

「ごめんなさあああいっ!!」

 

 シャマルは修復や反撃の隙を与えず、一気に右手をゲートに突っ込んだ。

 

「かはっ!?」

 

 なのはの身体がビクンッと跳ね上がる。旅の鏡を食らった少女は、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。

 本来は魔導師の『リンカーコア』を取り出す魔法だが、取り出しはしなくともコアにショックを与え、一時的に相手を昏倒させることが可能なのだ。

 

 シャマルは倒れた少女を見下ろし、ようやくホッと息を吐く。クラール・ヴィントを解除して助け起こそうと手を伸ばした時、不意になのはの身体が光り出した。

 

「これは……?」

 

 少女は光りの粒子となって消えて行く。シャマルは目を見張った。

 訳が分からずオロオロしていると、先程からずっと呼び出しが掛かっている事に気付いた。 アースラからだ。今まで気付く余裕も無かった。慌てて空間モニターを開く。

 

「たたた大変なんです! なのはちゃんなのか、そうじゃ無いのか良く判らない子が、光になって空に!?」

 

 モニターのエイミィに説明しようとするが、焦って支離滅裂になってしまっている。

 

《安心してください、それは……》

 

 エイミィは困惑するシャマルを宥めて、説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

「思念体ですか……?」

 

 色の無い街の上空を飛ぶ白いバリアジャケットの少女、高町なのはである。彼女は今エイミィから事の次第を聞いた所だが、いくぶん自信無さそうに聞き返した。

 初めて聞く言葉なので仕方がない。小学生には専門用語過ぎる。

 

《思念体はね……この場合は簡単に言うと、人の想いが魔法と反応して本物みたいになってしまったもの、って言うと判るかな?》

 

「あっ、それだと何となく分かります」

 

 自分なりに納得して頷くなのはに、エイミィは現在分かっているだけの情報を伝える。

 

《ついさっき、シャマルさんがなのはちゃんの思念体と戦ったんだって。原因は不明だけど、街のあちこちに思念体と結界が現れてる…… そっちは大丈夫?》

 

「平気です。目の前でこんな事件が起こっていたら見過ごせませんよ。任せてください」

 

 なのはは頼もしく請け負った。少女だが男前である。連絡を受け協力を申し出たのだ。 一通りの説明を聞き終えたなのはは、近場の結界に入り込んでみる事にした。

 

「う~ん……?」

 

 しばらく探し回ったが、それらしきものも見付からず首を捻った時である。レイジングハートが警告を発した。

 

《Since a magic reaction》(魔力反応来ます)

 

 見ると色の無い空を飛行する人影を見付けた。なのはは上昇し、接触を試みる。

 

「すいませーんっ!」

 

 取り敢えず声を掛けてみた。すると人影はハッとしたように空中で停止した。

 

「オリジナル……高町ナノハ……!」

 

「えっ? あなたは!?」

 

 なのはは自分の名を呟いた少女を見て驚いた。何故なら少女が自分とそっくりだったからである。

 目付きが少々鋭く吊り目気味でショートカット、バリアジャケットは濃い紫を基調としているがデザインは全く同じだ。

 シュテルである。彼女はあくまで冷静かつ丁重に頭を下げる。

 

「お初にお目に掛かります……星光の殲滅者…… シュテル・ザ・デストラクター……貴女に敬意を表して名乗っておきます……」

 

 礼儀正しく名乗る。慇懃無礼な感じでは無く、礼儀正しい質のようだ。その名に思い当たったなのはは顔色を変える。

 

「シュテル……? それって、ヴィータちゃん達が言ってた、私達の偽物の1人?」

 

「……? 何の事です……? 私は貴方達と一度も出会った事はありませんが……?」

 

 シュテルはあまり表情こそ動かさなかったが、不審そうに小首を傾げた。嘘を吐いているようには見えない。意味も無いだろう。

 

「違うの……? じゃあやっぱり思念体?」

 

 なのはは訳が分からなくなった。それならシグナム達が戦った連中とは関係無いという事になる。

 そうなると自分の思念体と言う事になるが、目の前の少女はなのはとは別の明確な意志と人格が有るように思えるのだ。訳が分からない。

 首を捻るなのははふと、シュテルが何かを持っているのに気付いた。一抱えは有りそうな金属らしい黒い塊である。フィールドで包んであるようだ。

 

「あの……街中に結界を張っているのはシュテルちゃん……? その持ってる物は?」

 

 なのはの問いに、シュテルはゆっくりと首を横に振って見せた。答えるつもりは無いという意志表示だ。

 

「オリジナル……ナノハ……貴方を前にすると心が踊るのです……存分に戦いたい所ですが、今はそんな暇は無い……退いて貰いましょう……!」

 

 レイジングハートと同型デバイス『ルシフェリオン』をいきなりなのはに向けた。間髪入れず射ち出される紅蓮の魔力弾『パイロシュー ター』なのはのアクセルシューターと同系統の魔法だ。

 なのはもとっさにアクセルシューターを放って、紅蓮の魔力弾を迎撃する。

 

「ちょっと待って! 一体何が目的なの!? 私は戦いに来た訳じゃ無い!」

 

 なのはの呼び掛けにシュテルは応えない。パイロシューターが撃ち落とされたと見るや、続けざまに砲撃を放つ。

 

「ブラストファイヤー……!」

 

 放たれる紅蓮の砲撃。なのはに匹敵する勢いだ。なのはは仕方無くディバインバスターを放つ。2つの砲線が空中でぶつかり合った。

 互角に見えたが、なのはの方が押され気味だ。シュテルの砲撃には炎の属性がプラスされている。火力はなのはを上回っているようだ。

 

「だから待って!」

 

 なのはの再度の呼び掛けを黙殺し、シュテルは再び砲撃態勢に入った。彼女に流星の如く光が集まって行く。

 

「集束魔法!?」

 

 なのはは目を見張る。明らかに自分の最大の砲撃魔法『スターライトブレイカー』と同じ集束魔法であった。此方も対抗せざる得ない。

 なのはとシュテル、2人に周囲の残存魔力が光となって集まって行く。チャージが臨界に達し、2人は同時に叫んでいた。

 

「疾れ明星! 全てを焼き尽くす炎と変われ! 真ルシフェリオンブレイカーッ!」

 

「全力全開! スターライトブレイカァァァッ!!」

 

 桜色と紅蓮の凄まじいばかりの光の奔流が激突した。目も眩む閃光と轟音を放って反応し合い、大爆発を起こす。

 

「きゃあっ!?」

 

 爆風に怯むなのは目を庇う。魔力爆発の影響で、辺り一帯に爆煙が立ち込めた。しばらくして煙が薄れ視界が開けて来ると、シュテルの姿は何処にも無かった。

 アースラに問い合わせても見失ってしまったらしい。なのははシュテルの事もさる事ながら、彼女が持っていた物が気になった。

 

「逃げたのは、あれを持って帰る為だったのかな……?」

 

 冷徹そうに見えたが、本当ならなのはと戦いたいように見受けられた。言葉や態度の端々にそれを感じられる。退いたのは別に目的が有るのは間違いないようだ。

 

「一体何をするつもりなんだろう……?」

 

 なのは今だ残煙が残る、色の無い空を見上げポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 一方魔法特訓の最中だったはやて達の元にも、アースラから連絡が入っていた。はやては説明を聞いた後首を傾げる。

 

「一体何が起こっとるんや……?」

 

「一体何なんだ……?」

 

 ヴィータも続く。するとリインが思い詰めたような表情で口を開いた。

 

「心当たりが有ります……」

 

「リインフォース……?」

 

 はやてはリインの容易ならざる様子に心配して声を掛ける。彼女は内心を押し隠すように説明を始めた。

 

「恐らく……砕けて散った『闇の書の闇』……その残滓が再び復活する為に、この地に散った記憶を集めて呼び起こそうとしているのです……」

 

「何やて!? 防衛プログラムは、『ダークザギ』もろとも消滅したやないの?」

 

 はやては驚いた。ヴィータも驚きを隠せない。リインは沈痛な面持ちで視線を落とした。

 

「多分……ザギを滅する方に集中した為に、僅かに欠片が残ってしまったと思われます……」

 

 深刻な事態のようだ。闇の書の闇がまだ残っていたのだから。はやて達は真っ青になるかと思いきや……

 

「ほんなら後始末は私らがやらんとな、なあヴィータ?」

 

「うんっ!」

 

 はやては頼もしく笑ってデバイスを振って見せ、ヴィータは即答して腕捲りする。リインは正直戸惑った。

 

「我が主……?」

 

「そう言う事や、危ないから帰れ言うんは無しやよ?」

 

 リインの言わんとしていた言葉を先回りしたはやては、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 

 同じくアースラから異常事態の連絡を受けたシグナム、フェイト、アルフら3人はそれぞれ騎士甲冑にバリアジャケットを纏い、海鳴市上空を飛んでいた。

 近場に発生した結界を調べる為である。結界なので今の所一般人には何の影響も無いが、今後何が起こるか分からない。

 辺りはもう暗くなって来ている。街の灯りが灯る中、3人はどんよりと色の無い結界内に侵入し、辺りの魔力反応を探る。

 しばらく探索を続けていると、少女アルフが何か気配を感じ取ったらしく、向こう側のオフィス街を指差した。

 

「あっちから何か来るよ!」

 

 シグナムとフェイトは油断無く各自の愛機を構えた。その目にビルの谷間を、高速で飛行し横切る者が映る。

 

「奴は……!」

 

 その人物を見たシグナムの目が、激しい怒りに染まっていた。冷静な彼女にしては珍しい。その人物を見て、フェイトとアルフは驚いた。

 

「えっ!?」

 

「何だいアイツ? フェイトとそっくりじゃな いか!?」

 

 髪の色こそ違うが、フェイトと瓜二つの少女レヴィだ。シグナムは最大速度で、レヴィの進路の前に飛び出していた。

 

 丁度レヴィは首尾よく『アーマードダークネス』の欠片を見付け、ホクホク顔で帰る所であった。すると突然目の前に、抜刀の構えで立ち塞がる女性が現れたではないか。当然シグナムである。

 

「わああっ!?」

 

 ビックリしたレヴィは、慌てて急制動を掛けて空中で停止する。つんのめり気味だ。危うく激突する所である。

 

「何してるんだ!? 危ないじゃないかあっ! 僕は急には止まれないんだぞ!!」

 

 肝を冷やしたレヴィは怒って文句を付けるが、シグナムは訴えを無視する。怒りのあまり無表情になりながら、その瞳に燃え盛るような怒りが燃えていた。

 

「よくもヌケヌケと姿を現したな……雷刃の襲撃者と言ったな……? 此処で会ったが百年目だ!」

 

「えっ? 何で僕の格好いい別名を知ってるん だ……? お姉さんと会うのは初めてだよ?」

 

 キョトンとした表情をするレヴィに、シグナムの怒りは頂点に達した。

 

「貴様ぁっ! あれだけのことをしておいて惚けるつもりか!? ふざけるなあぁっ!!」

 

 怒れる烈火の将は、抜き打ちに怒りの斬撃を放つ。電光の如き居合いである。

 レヴィは寸での所で避ける事に成功したが、シグナムの勢いは止まらない。円を描くように回転し、続けざまに斬撃の嵐を見舞う。

 

「何言ってるんだよ? 知らないってばあっ、 ひゃっ!?」

 

 レヴィは必死で斬撃の嵐を避ける。ひっくり返ったり逆さまになったりと、本人は必死だがコントのようである。

 

「もう頭に来たぞぉ! 僕を怒らせた事後悔するんだね!!」

 

 怒ったレヴィはスピードを生かして後方に下がり間合いを取ると、前面に水色の魔法陣を展開する。

 

「僕を怒らせた事を後悔させてやる! 行くぞぉっ! 光翼斬っ!!」

 

 レヴィの身の丈より大きな光輪数個が、凄まじいスピードで射ち出された。まるで巨大な回転ノコギリの刃が迫って来るようだ。それに対しシグナムは動かない。おもむろにレヴァンティンを水平に掲げた。

 

「レヴァンティン……!」

 

《explosion!》

 

 業火の剣と化した愛刀を横凪ぎに鋭く払う。光輪はその剣圧の前に後方に弾かれる。外れた光輪がビルを直撃し、上部が一部ザックリ無くなってしまった。

 

「シグナム……模擬戦の時より凄い……」

 

 フェイトはシグナムの一連の動作を見て感嘆する。今もまともに行ったら歯が立たないが、今の剣の騎士は更に進化していた。

 この1週間ゲンの指導を受け、飛躍的なレベルアップを遂げていたのだ。元が恐ろしく強い上に、ウルトラマンレオの的確な教えは短期間でも成果を上げつつあった。

 考えてみればいい。千年近く技を磨いて来た者が、数千年以上技を磨いて来た戦士に教えを受けているのだ。生半可な者など及びも付くまい。

 しかしレヴィは怯まない。やんちゃな笑みを浮かべると、愉しくて仕方ない様子で武者震いした。

 

「お姉さん強いなあ~っ、良ぉ~し! 僕も本気を出すぞぉっ!!」

 

 『バルディッシュ』と同型のデバイス『バルニィフィカス』を両手で構える。その足元に水色の魔法陣が浮かぶ。明らかに今までと目付きが変わった。

 バルニィフィカスが余剰魔力を噴出し変形を始める。シグナムもレヴァンティンを正眼に構え、迎え撃たんとしたが……

 

「あれれれぇ~っ!?」

 

 突然レヴィは素っ頓狂な声を上げ、攻撃を止めてしまった。身構えていたシグナムは思わずカクンッとしてしまう。

 後ろで戦いを見守っている形になっていたフェイト達の目に、レヴィが抱えていた黒い塊『アーマード ダークネス』の欠片が地面に落ちて行くのが見えた。

 レヴィは欠片の事をすっかり忘れて必殺魔法を放とうとし、うっかり落としてしまったのである。

 

「わああっ!? 『アーマードダークネス』 が! 王様に怒られるぅっ!!」

 

 うっかり少女は大慌てで降下し、ギリギリの所で欠片をキャッチした。ぷひ~と、冷や汗を手で拭い安堵の息を吐く。

 その様子を見て、フェイトとアルフは思わず吹き出しそうになってしまった。シグナムも何だか気が抜けると同時に、明らかな差異をレヴィに感じる。

 

「お前……奴では無いのか……?」

 

 以前戦った雷刃は壊れたような不気味な明るさだったが、この子は微笑ましい。やんちゃ坊主のようで、どうも憎めないのだ。

 

「だから僕はお姉さんと会うのは初めてだってば! でも守護騎士だって事は知ってるんだぞ!」

 

 レヴィはプンスカと言う言葉ピッタリな感じで抗議するが、意味深な台詞を最後に吐いた。

 

「お前…一体何者だ……? 思念体にしてはおかしい……この結界もお前の仕業だな? それにその破片……『アーマードダークネス』とは何だ……?」

 

 シグナムはレヴィに剣の切っ先を突き付け問い質そうとする。すると彼女は明らかにしまった! という顔をした。

 どう考えても致命的に不味い台詞である。子供番組の悪役でも、今時こんな失敗はしない筈である。落ち込むかと思いきや、レヴィは逆に開き直って偉そうに胸を張った。

 

「運が良かったねお姉さん……鎧を集め終わったら、改めて相手になってあげるよ! スラッシュスーツ、パージ!!」

 

「ぬっ!?」

 

 レヴィの掛け声と同時に、その身体から閃光と衝撃波が辺りに撒き散らされた。バリアジャケット強制解除の際のエネルギーを、閃光弾のように使用したのだ。

 光に気を取られたシグナム達の隙を突き、軽装となったレヴィは矢のように飛び出し逃走する。驚異的なスピードだ。フェイトの『ソニックフォーム』と互角以上の速度である。

 

「ハッハッハッ! さらばだ明恥くん、また会おう!!」

 

 何処で覚えたのか、漢字が間違っている捨て台詞を残して飛び去って行く。

 

「ソニックフォームまで……」

 

「あの子一体……?」

 

「テスタロッサ、アルフ、驚いている場合ではない! 追うぞ!」

 

 驚いているフェイトとアルフに、シグナムは発破を掛けレヴィの後を追う。アルフも慌てて後に続く。

 我に帰ったフェイトも、今日は驚いてばかりだなと思いながら後を追おうと、ソニックフォーム形態をとろうとするのと同時だった。

 

「わあっ? また!? そこ退いてぇっ!!」

 

 前方を逃走するレヴィの前に、不意に人影が現れたのだ。止まり切れないと判断した彼女は、その人物の頭をベコッと蹴ってそのまま逃走する。

 ソニックフォームで追い付いたフェイトは、ハッとした。何故なら空中に浮かび、頭を擦っているのはウルトラマンゼロらしかったからである。

 

「ゼロさ……ゼロ……?」

 

 フェイトはまだ、さん付けしそうになるのを訂正して、恐る恐る呼び掛けてみた。何故ハッキリゼロと言い切れないのかと言うと、見慣れない鎧のような物を着込んでいたからである。

 スッポリとバイザー付きのヘルメットを被り、上半身にはゴツゴツした鎧が装着されているが、それ以外は明らかにゼロだった。

 

『誰だ……お前は……?』

 

 ゼロらしき人物は押し殺した声を発し、バイザー越しにフェイトを睨み付けた。睨み付けられた上、お前呼ばわりされフェイ トはショックを受けてしまう。こんなゼロを見たのは初めてであった。

 

『よくも俺の頭を踏み付けにしやがったな…… 餓鬼がっ!』

 

 ゼロは酷く怒っているようだが、大概酷い。普段から態度が良い訳ではないが、今は悪いを通り越して粗暴そのものである。

 

「あのう……」

 

 フェイトは正直ちょっと所では無くショックを受けていたが、それでもめげずに話し掛けようとする。するとシグナムがそれを制止した。

 烈火の将は改めて、目前のウルトラマンゼロらしき人物を観察し眉をひそめる。

 

「その鎧は確か……『テクターギア』だった な……? それは『時の庭園』での戦いで『ウルトラキラー』に粉々にされたのを、この目で見ている……新しく持って来たとも聞いていない……となると……」

 

「まさかゼロさんの思念体!? 何でウルトラマンのゼロさんが……?」

 

 予想外の出来事に混乱するフェイトの前で、 テクターギアゼロの両眼が底冷えする光を放った。

 

 

 

つづく

 

 




次回『過去へのレクイエムや』


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第73話 過去へのレクイエムや

 

 

 

 

 街中に張られた結界内。ぼんやりとした街灯りに照らされる上空で、シグナム、フェイト、 アルフの3人は『テクターギア』を纏ったゼロらしき者と対峙していた。

 シグナムは向こうの気配を探る。明らかな魔力反応を感じ取った。

 

「やはりな……ゼロに魔力は無い……『闇の書』 解放の際、自身を魔法プログラムに変えていたせいか……? 理由はともかく、思念体であるのは間違いない……」

 

 驚いているフェイトに説明していると、欠片ゼロは苛立ったように肩を怒らせた。

 

『何ゴチャゴチャぬかしてやがる!? 舐めてんじゃねえぞ! お前ら綺麗な面してるからって、良い気になってんじゃねえ!!』

 

 凄む様はまるで街のチンピラのようだ。聞いた者が思わず震え上がりそうではある。だが実際聞いた方はと言うと……

 

「えええっ!? そ……そんな……ききき綺麗だなんて……」

 

 欠片ゼロは恫喝のつもりだったようだが、フェイトはあたふたして顔を真っ赤にしている。グニャグニャだ。

 何しろ内容が悪口になっていない。間接的どころか、ストレートに誉めている事になっている。アルフも流石に照れていた。

 

「……テスタロッサ……照れている場合ではないぞ……?」

 

 動揺しまくっている少女を、シグナムが年長者らしく注意した。我に還ったフェイトは頼もしき女騎士を見上げる。

 

「流石はシグナム……私は慣れてないから、つい……」

 

 反省しつつ、シグナムの揺るがなさに感心した。自分が多くの人達と接するようになったのは最近の事もあり、誉められるとどうしたら良いか分からないのだ。 相手が思念体とは言え、ゼロでは尚更である。

 

「…………あっ、当たり前だ……例え誰に言われようが……ベルカの騎士に容姿など些細な事に過ぎん……」

 

 誇り高き女騎士は、自分の凛とした美貌を誉められても嬉しくないのだろう。フェイトは感心を通り越して尊敬した。

 お陰でシグナムの返事に微妙な間が明き、何故か顔を背けながらだった事に気付かない。

 一方無視される形になった欠片ゼロは、馬鹿にされたと思ったらしく怒りを顕(あらわ)にした。

 

『ふざけやがって……! ぶっ飛ばす!!』

 

 拳を振り上げ突っ込んで来た。見境なしだ。本人なら絶対に出来ない。苛立ちや怒り、憎しみと攻撃性だけが具現化したようであった。

 シグナム達は散開して攻撃を避ける。アルフは飛び退きながら驚いた顔をした。

 

「本物じゃないのは分かったけど、何だいあのゼロは!? まるでゴロツキじゃないか!」

 

 見た目は少し取っ付き難くても、気さくで人の良いゼロしか知らなかった彼女らにはショックだろう。シグナムは欠片ゼロから目を離さず、

 

「恐らく……故郷を追放され、荒んでいた頃のゼロの記憶から再生された思念体だろう……」

 

「追放……?」

 

 思わぬ言葉にフェイトは繰り返してしまう。ふとテクターギアを着せられたゼロが、荒涼とした大地に寂しく立ち尽くす姿が一瞬脳裏に浮かんだ気がした。

 

『チョロチョロしやがって!』

 

 攻撃を避けられた欠片ゼロは更に激昂し、瞬時に加速すると一番近場のシグナムに殴り掛かった。凄まじい速さだ。

 欠片ゼロのパンチに対しシグナムは、『レヴァンティン』を炎の剣とし対抗する。エネルギー波で赤熱化した拳と、炎の剣が激突した。

 

『デリヤャアアアッ!!』

 

 ゼロの雄叫びと共に、シグナムの身体は後方に軽く吹っ飛ばされていた。

 

「シグナムッ!?」

 

 声を上げるフェイト。だが剣の騎士は裾をふわりとなびかせ宙で一回転し、何事も無かったように態勢を立て直した。吹き飛ばされたように見えたが、自ら跳んで衝撃を逃がしただけのようだ。

 

「思念体と言え、流石にゼロと言う事か……パワーは桁外れだな……」

 

 シグナムは衝撃の大きさから、欠片ゼロの戦闘力を正確に読み取る。今の攻撃を受け流す事が出来たのは、彼女の腕ならばこそだ。生半可な腕なら、今の一撃で防御ごと砕かれ倒されている。

 

『野郎っ!』

 

 攻撃を見事に受け流された欠片ゼロは、忌々しそうにシグナムを睨む。それに対し烈火の将は、涼しげな表情を浮かべた。

 

「何をそんなに苛立っている……?」

 

『煩せえっ! 俺は苛ついてなんかねえ!!』

 

 問いに欠片ゼロは、噛み付くように怒鳴った。シグナムは相手の眼を真っ直ぐに見据える。

 

「友を救えず……故郷を追放されて悔しいのか……?」

 

 静かな問いだったが、図星を突かれた欠片ゼロの両拳が、砕けんばかりに握り締められていた。

 

『何で……貴様が知っている……?』

 

 殺気が溢れ出るような低い声だ。ゴーグル越しに両眼が鬼火の如く光る。凄まじいプレッシャー。猛獣でも震え上がってしまうだろう。しかしシグナムは殺気を微風のように流した。

 

「お前自身から聞いたのだ……」

 

『ふざけた事抜かしてんじゃねえっ! どいつもこいつも俺の邪魔をしやがってぇっ!!』

 

 欠片ゼロは怒りのままに吠えた。拳を無茶苦茶に振り回し3人に殴り掛かる。勇ましいものでは無い。それは傷付いて辺りに当たり散らす、駄々っ子そのものであった。

 だが質が悪い事に只の駄々っ子では無い。超人の駄々っ子だ。相手にとっては危険極まりない。相手が避けようが関係無く凶器の拳を振るう。

 勢い余って向かいの高層ビルに突っ込み、ぶち抜いて反対側に出ると再び3人に向かって来る。人間サイズの暴走ミサイルの如しだ。

 3人がそれを避け、欠片ゼロは辺りを滅茶苦茶に破壊しながら後を追う。どんどん見境が無くなっていた。

 

『弱ければ何も守れねえっ! 力が無けりゃ、何1つ守れやしねえんだぁっ!!』

 

 心の中の苛立ちや憤りを全てぶつけるように、欠片ゼロは荒れ狂う。最早シグナム達の存在すら眼に入っていないようであった。

 穴だらけにされ支柱を破壊された高層ビル群が倒壊し、轟音を上げて地面に叩き付けられる。粉塵が舞う中、ようやく暴れるのを一旦止めた欠片ゼロは3人を見下ろした。

 

『……弱い俺には何1つ守れねえ……嗤えよ! 何も出来ねえ無様な俺をよぉっ!!』

 

 自らを嘲笑って、虚しく肩を揺らした。何とも物悲しい、乾いた響きの嗤いだった。

 

「そんな事……そんな事無いよっ!!」

 

 フェイトは思わず叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。荒れ狂う欠片ゼロの姿がもがき苦しんでいるようで、痛まし過ぎて見ていられなかった。

 

「ゼロは私を助けてくれたよ! 絶望して死を待つだけだった私に希望を、前に進む強さをくれたよ! 母さんの仇を討ってくれた! 沢山 の人達を、世界を守ったよ! ゼロは最初から最後まで、私をずっと助けてくれたんだよ!!」

 

 精一杯心の内を叫んだ。彼女は知っている。ボロボロになっても、力を奪われても尚戦い抜いた少年の事を。感情が激した少女の瞳に光るものが見える。アルフも続いていた。

 

「ゼロのお陰でフェイトは笑えるようになったんだよ! ゼロは無力なんかじゃ無いっ!!」

 

 2人の真摯な言葉をぶつけられ、明らかに欠 片ゼロは動揺したようだった。だがそれを否定するように激しく頭を振る。

 

『嘘っぱちだ! 俺にそんな事が出来る訳がねえっ!!』

 

 頑なに信じようとはしなかった。自分が嫌いなのだろう。駄々っ子のような欠片ゼロに、シグナムが叱り付けるように叫ぶ。

 

「嘘などでは無いっ! お前が歩んで来た道の確かな証だ!」

 

『黙りやがれえええぇっ!!』

 

 欠片ゼロは喚き散らし、再びシグナムに襲い掛かった。凄まじい拳のラッシュ。赤熱化したパンチが唸りを上げるが、

 

『なっ!?』

 

 その拳はことごとく空を切っていた。シグナムは上体を逸らしただけで、攻撃の全てを避け切っていた。掠りもしない。

 今現在のゼロと暇さえ有れば手合わせして来た彼女にとって、修行もしていない欠片ゼロの攻撃は、パワーだけで避けるに容易いものだった。

 

『そ……そんな馬鹿な……!?』

 

「今のお前はこんなものでは無い……!」

 

 唖然として自分の拳を見る欠片ゼロに、シグナムは凛と呼び掛ける。

 

「聞けゼロッ! 主はやてが安らぎを与えてくださったように、お前は我らに本当の誇りをくれた。歴代のマスターの戦う道具でしかなかった我らに、本当の騎士の誇りをくれたのだ……」

 

 シグナムはひどく優しく微笑みを浮かべた。その瑠璃色の瞳から、一筋光るものが流れ落ちたように見えた。八神家に来てからの戦いが胸に去来する。

 心が磨り減るだけだった以前と違い、何と胸が熱くなる戦いばかりだった事か。それだけにシグナムも、欠片ゼロを黙って見ていられなかった。

 

「分かるか……? お前の戦う姿が……何の見返りも求めず、大義名分も関係無く人々を……命を守る為だけに戦うウルトラマン……お前の姿がいかに私の魂に響いたか……正直私はお前に羨望を覚えた……」

 

『俺に……?』

 

 まだ信じられないと言うように呟く欠片ゼロを、シグナムは真っ正面からしっかりと見据えた。

 

「私はずっと見て来た……お前は苦難を乗り越 え、人々を守る真の戦士となる為、足掻きながらも前に進もうとしている……これからも多くの命を救うだろう……」

 

『俺は……』

 

 欠片ゼロは自問するように呟き、動かない。 否、動けなかった。

 

「そうだ。本当のお前は只のゼロでは無いっ! ウルトラマン、ウルトラマンゼロだ!!」

 

 それは共に戦い、間近でゼロを見続けて来たシグナムの、掛け値なしの素直な想いだった。フェイトはそれだけゼロと共に戦って来たシグナムが、正直少し羨ましかった。

 

『お……俺は……?』

 

 混乱する欠片ゼロに向かい、シグナムは業火の剣と成したレヴァンティンを向ける。

 

「お前の悪夢、今我らが終わらせてやろう! テスタロッサ! アルフ!」

 

「はいっ! ゼロ今目を覚ましてあげる!」

 

「はいよっ!!」

 

 フェイトは『バルディッシュ』を、身の丈より巨大な『ザンバーフォーム』に変型させて振りかぶり魔力を集中させる。

 アルフは心得たと拘束魔法バインドを繰り出した。リング状態の拘束が欠片ゼロをがんじがらめに縛り付ける。

 

「長くは保たないよ!」

 

 欠片ゼロは全身に力を込め、バインドを引き千切ろうとする。拘束リングがギリギリと軋んだ。流石にパワーは並外れている。

 だがその隙を見逃さず、白き女騎士と黒衣の魔法少女は、まっしぐらに空を翔けた。

 

「眠れかつてのゼロッ! 紫電、一閃っ!!」

 

「ごめんねゼロ……疾風迅雷! ジェット・ザンバアアァァッ!!」

 

 炎の魔剣と電光の大剣が、同時に欠片ゼロのボディーを見事に捉えていた。

 

『グアアアアアアアァァァッ!!』

 

 渾身の斬撃を浴び、絶叫する欠片ゼロの身体が宙を舞う。テクターギアが粉々に砕け散り、見慣れたウルトラマンゼロの、銀色の素顔が露になった。

 辛うじて制動を掛け空中で停止したものの、胸を押さえてガクリと頭を落とす。最早戦闘不能なのは明らかだ。すると、よろめくその身体が淡い光を放ち始めた。

 

『そうか……俺は……俺の記憶の一部……』

 

 欠片ゼロは光となって拡散して行く自分の手を見て、得心して呟いた。3人にはその厳つい顔が、晴れ晴れとしたものに見えた。欠片ゼロは拡散しながら、改めてシグナム達を見回す。

 

『……今の俺は守れているのか……?』

 

「ああ……この世界……数多の世界で多くの人々 を、命を救っている……」

 

「これからも、きっとそうだよ……」

 

「アタシらが保証するよ」

 

 シグナムとフェイト、アルフの温かい言葉に、欠片ゼロはゆっくりと頷いた。

 

『そうか……今の俺は、色んな人達に助けられているんだな……』

 

 彼女達の言葉から、それを感じ取ったのだろう。独りだったなら、こんな真摯に呼び掛けてくれる者など居ない。シグナムは頼もしく頷いた。

 

「もしお前がまた間違えそうになったら、我らが必ず止めてやろう……今のようにな……」

 

 並みの男より男らしい言葉に、欠片ゼロは苦笑したように見えた。

 

『ありがとよ……あんたらが居てくれれば俺は大丈夫だな……今の俺に伝えてくれ……皆を大切に……頑張れよってなってな……』

 

 そう言い残すと欠片ゼロは、光の粒子となって蛍火のように虚空に消え失せた。後には何も残っていない。シグナムは欠片ゼロが消えた空を、まだ見詰めているフェイトの肩を叩いた。

 

「失望したか……? ゼロが思ったより未熟で不完全で……」

 

 問い掛けにフェイトは振り向くと、ふわりと微笑んで首を横に振って見せた。

 

「いえ……そんな事無いです……何か嬉しくなりました……ゼロも私達と同じなんだなって……」

 

 あれだけ言えなかったゼロの呼び名を、すんなり口に出来るようになっていた。

 

「そうか……」

 

 シグナムはその返事に微苦笑を浮かべると、今度は澄まし顔になる。目が少々悪戯っぽい。

 

「だが、今の言葉をゼロ本人には言うなよ……? 照れ過ぎるとどうしようも無くなって、3日は使い物にならんからな……」

 

「そうなんですか……?」

 

 真面目くさった顔で冗談? を言うシグナムにフェイトは吹き出しそうになった。烈火の騎士は苦笑し、

 

「まあ……それはともかく、今の状況を早く止めないと大変な事になりそうだ……『アーマードダークネス』なる物の事も気に掛かる。急ぐぞ!」

 

「はいっ!」

 

「はいよっ!」

 

 3人は欠片ゼロの消滅と共に消えて行く結界を抜け、次の魔力反応へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ぶい~っくしょんっっ!」

 

 ゼロは一発派手なくしゃみをかましていた。日も完全に傾き、街灯が照らす街を行き交う人々の一部の視線が、一瞬だけ少年に注がれる。

 

「どうしたゼロ……風邪か……?」

 

 先頭を歩いている筋骨粒々の青年、ザフィーラが振り向いて声を掛けた。

 

「いや……何か、ひどくこっ恥ずかしい事を、誰かに言われた気がしてな……」

 

 ゼロは鼻を擦りながら首を傾げた。ザフィーラは意味が分からず微妙な表情をするが、再び探索に集中する。無論2人共連絡を受け、買い出しを中断して魔力反応を追っている所である。

 ゼロも超感覚を駆使し、異常を探るのを再開しようとした時だ。人混みの中に見慣れた姿を見付けた。

 

「ん……? はやて……?」

 

 見るとはやてらしき紫系のコートを着た少女が、食い入るように店のショーウィンドを覗き込んでいる。ゼロは何の気無しに近付いていた。

 

 

 

「ふむ……」

 

 はやてでは無く『闇統べる王』こと『ロード・ディアーチェ』は、真剣な顔でショーウィンドの中のものを見詰めていた。すると……

 

「どーした? これ欲しいのか?」

 

「いや……我は別にいいのだが、あの2人が欲しがると思ってな……」

 

 ごく自然に話し掛けられ、釣られて応えてい た。うっかり乗ってしまったディアーチェはハッとする。

 振り向いた彼女の目に、つり目気味の少年が立っているのが映った。此方が見ていたショーウィンドの中を、同じく覗き込んでいる。

 ディアーチェの目が大きく見開かれ、見る見る内に真っ赤になる。非常に不味い所を見られた。そんな感じである。

 

「きききっ、貴様はウルトラマンゼロォッ!?」

 

「何を今さら……どうしたはやて?」

 

 まだはやてだと思い込んでいるゼロの後ろから、ザフィーラの鋭い声が飛んだ。

 

「ゼロッ、そいつは主では無いっ! 車椅子に乗っていないだろう!!」

 

「へっ……? あっ、そう言えば……」

 

 お約束で一度は間違えた(はやてが知ったら、流石に怒られそうである)ゼロは、改めて目の前の少女を確認しようとすると、不意に辺りの景色が色を無くした。

 人でごった返していたアーケード街から人の姿が消え、瞬く間に無人のゴーストタウンと化す。ディアーチェが結界を張り巡らしたのだ。

 

「ハァッハッハッハアッ!」

 

 ゼロが気を取られた隙に、ディアーチェは高笑いしながら高く跳躍していた。宙を跳ぶ彼女の身体を、はやてのものと色違いの同型騎士服が包み、6枚の暗紫の翼が広げられる。

 ディアーチェは『シュベルトクロイツ』と同型の杖に『夜天の魔導書』と似た本を携えて街灯の上に飛び乗ると、ゼロとザフィーラを傲然と見下ろした。

 

「フフフ……小手調べのつもりだったが、よくぞ見破った塵芥(ちりあくた)!」

 

 不適に笑う。とても偉そうだ。しかしゼロは胡散臭そうにディアーチェを見上げた。

 

「それにしちゃあ、妙にビックリしてなかったか……? それにさっき見ていたあれ……」

 

「たわけが! 我が言っておるのだから間違い無いわぁっ! 頭が高い! それとさっきの事は忘れんかあっ!!」

 

 ディアーチェはゼロの言葉を慌てて遮って否定する。ゼロはそうは思えない。どう考えても誤魔化そうとしているとしか……釈然としないが取り敢えず聞いてみる。

 

「お前は誰だ……? 何ではやてとそっくりなんだ?」

 

 何時もならもっと乱暴な口調で怒鳴り付けてやる所だが、はやてと瓜二つの少女相手ではどうも調子が出ない。

 

「ひれ伏すがよい塵芥! 我は闇統べる王、ロード・ディアーチェ! 紫天の王にして、この世に闇をもたらす者よ!!」

 

 不遜な笑みを浮かべるディアーチェに、ザフィーラは拳を握り締めていた。

 

「この気配……貴様『闇の書の闇』の構造体 か……? 主の姿と能力を元に、実体を持ったと言う事なのか……?」

 

「フフフ……その通り……実体を持ったからには、この世全ては血と破壊の闇に呑み込まれのだ。ハァッハッハッハアッ!!」

 

 ディアーチェは得意気に嗤うのだが、どうもゼロにははやてが厨2病に罹かったようで、何とも反応し辛い。気は進まなかったが、

 

「え~とだな……そーいう訳にも行かねえんだ……諦めろ」

 

「王たる我に指図する気か小僧っ!」

 

「小僧って……お前より俺の方が絶対年上だぞ?」

 

「うっ、煩いっ! お前とは何だ、この無礼 者ぉっ!」

 

 やり取りがどんどん底レベルになって行く。ザフィーラはちょっと頭が痛くなった。

 頭に来たディアーチェは、憤りをぶつけようと、杖エルシニア・クロイツを掲げた時、思念通話が入った。

 

《この場は退け、闇統べる王……我が手を貸そう……》

 

 はやてと言うより、ディアーチェをそのまま大人にしたような、あの女からだった。

 

《無用だ! 王である我に、敵に背を向けよと抜かしおるか!?》

 

《今の状況で本気で勝てると思う程愚かならば、我は構わんが……?》

 

 冷静に指摘され、ディアーチェはきつく奥歯を噛み締めた。不味い所を見られて、少々頭に血が昇っていたと自覚する。

 此処でやられては意味が無い。正面からやり合うのは戦力を整えてからだ。ディアーチェはそう判断を下し、自分を納得させた。

 

「決着は次だウルトラマンゼロッ! 闇の真髄を見よ『インフェルノ』!」

 

 掲げたエルシニア・クロイツから、闇色の魔力弾が次々に放たれ2人を襲う。

 

「ちいっ!?」

 

 ゼロとザフィーラはとっさに飛び退いて攻撃をかわす。魔力弾は周囲に着弾し、建物が吹っ飛んだ。砕けたガラスが飛び散り爆煙が立ち込める。

 それを目眩ましに、ディアーチェは空に飛び上がりこの場から離脱する。

 

「逃がさん……!」

 

 ザフィーラは後を追おうと飛び出し、ゼロは変身しようと、内ポケットから『ウルトラゼロアイ』を取り出した。

 

「むっ……?」

 

 飛び上がろうとしたザフィーラの前に、数十個もの光が現れた。光の塊は集合して1つの大きな塊となると、人の形を取って行く。

 

「何だあ? あいつは!?」

 

 ゼロは出現した者を見て驚いた。それは一見ザフィーラの特徴を備えた者だった。しかし大きい。身の丈が3メートルを優に超えている。

 同じような蒼い騎士服を纏ってはいるが、瘤のように盛り上がった筋肉の塊のような躰は、濃い獣毛で覆われていた。

 顔に至っては、狼と人間が混じり合ったような奇怪な風貌をしている。獣人狼男。そんな形容が相応しい姿だった。

 

「まさか、ザフィーラの思念体かぁっ!?」

 

 あまりの違いに、ゼロはビックリしてしまう。ザフィーラは異形の獣人を冷静に観察した。

 

「恐らく……俺の記憶から再生した欠片が、何らかの要因で1つに集合したようだ……」

 

「よし、なら俺も!」

 

 加勢しようとゼロアイを装着しようとするゼロだが、ザフィーラはそれを止めた。

 

「こいつの相手は俺がする……ゼロは奴を追 え!」

 

 ゼロは守護の獣の横顔に、激しい闘志を感じ取る。かつての自分の集合体。自らが決着を着けけなければと思ったのだろう。

 

「判った……此処は任せたぜ!」

 

 ザフィーラの心中を察したゼロは頷くと、猛然と走り出した。ウルトラゼロアイを両眼に装着する。

 

「デュワッ!」

 

 目映い光に包まれて、ウルトラマン形態となったゼロは、ディアーチェを追って空に飛び上がった。それを確認したザフィーラは、鋭い牙を剥き出す欠片ザフィーラに拳を構える。

 

「来いっ!」

 

 魔獣は餓えた獣のように低い唸り声を上げた。直ぐに襲って来るかと思いきや、自らの鋭い爪の生えた手を見詰める。

 

「……カ……渇キガ……止まラン……コノ牙ガ…… コの爪ガ……血ヲ欲ッシテいル……!」

 

 歪に変形した口のせいで上手く喋れないのか、ぐもった声で物騒な事を口にしている。

 

(遥か昔の自分の集合体か……それとも我が身に潜む獣の本能か……? いずれにせよ!)

 

 ザフィーラは全身の無駄な力を抜き、ゆっくりと呼吸を相手に合わせた。向こうはかつての自分自身、出方は判っているつもりだ。欠片ザフィーラは目前の本当の自分を、凶暴な濁った瞳で睨む。

 

「ダ……誰ダお前ハ……っ!? 俺ハ何故……此処ニ居る……!? オ前ノ存在は……不快……不快ダ! 死ネエィッ! テオオオオオッ!!」

 

 狂ったように咆哮し、魔獣は鋭い爪を振り上げ襲い掛かって来た。ザフィーラは横に飛び退いて鉈のような爪をかわすが、

 

「速い……!? グッ!」

 

 かわした筈の爪が肩を浅く抉っていた。凄まじいスピードだ。明らかに基本スペックはザフィーラを遥かに上回っているようだ。

 複数の欠片が集まる事により、戦闘力が飛躍的にアップしたらしい。つまり多数の自分自身と戦うのと同じなのだ。

 

「死ネ……! 死ネェッ! 死ネエエエッ!!」

 

 牙を剥く欠片ザフィーラの足元に、魔方陣が浮き上がる。同時に無数の巨大な刃がアスファルトを突き破ってザフィーラを襲う。『鋼の軛』

 規模も威力も本家より遥かに上だ。逃げ場は完全に塞がれている。四方から迫る死の包囲陣。

 

「ウオオオオオオッ!!」

 

 ザフィーラの雄叫びが響く。鋭い回し蹴りに、刃は彼の体に触れる前に粉々に砕かれていた。破片が飛び散る中、ザフィーラは弾丸の如く飛び出し、魔獣の顔面に痛烈な蹴りを叩き込む。『牙獣走破』

 

「ゲハアアアァッ!?」

 

 牙が数本へし折れ、欠片ザフィーラは苦痛の声を上げた。しかし構わず凶暴な爪を繰り出し、ザフィーラを引き裂かんとする。

 守護の獣は怯まない。ギリギリのタイミングで爪の攻撃をかわすと、がら空きになった腕の付け根に拳の一撃を打ち込んだ。

 流石に欠片ザフィーラは怯み後退する。肩を押さえ、血走った眼をザフィーラに向けた。

 

「バッ……馬鹿ナッ……!? 何故俺ノ魔導が通ジん!?」

 

 距離を取ったザフィーラは、静かに武骨な拳を翳す。

 

「真の主の元……ウルトラマンゼロと共に、守る為の拳を数々の悪鬼相手に振るい、ゲン殿に教えを受けている今の俺には、そんなものは通じん!」

 

 今のザフィーラには、相手の攻撃をハッキリと見切る事が出来た。どんなにパワーやスピードが有っても、ゲンの技に比べればどうと言う事は無かった。

 無駄が多いのが分かる。明らかに自分がレベルアップしているのを、ザフィーラは強く感じた。

 

「認メん! 認メンゾオオオッ!!」

 

 逆上した魔獣は、魔力全てを集中して突進して来る。駐車車両や標識を蹴散らす様は、まるで暴走トラックだ。

 ザフィーラは避けず、真っ向から迎え撃つ。気迫を魔力を、己の全てを拳に込め、魔獣と化したかつての自分に向ける。

 

「何より守護獣として、この拳は確かな未来を守る為の拳! この拳が未来を拓き、心を守る事が出来る盾と為さん! 守護の拳受けてみろおおぉっ!!」

 

 ザフィーラの拳が炎と燃えた。空を切り裂き唸りを上げるその拳は、まるで『レオパンチ』 のようであった。

 拳が真っ正面から、降り下ろされる爪を拳ごと打ち砕き、深々とボディーに突き刺さる。瞬間爆発したような衝撃が魔獣の体内を駆け巡った。

 

「ガアアアアアアァァァァッ……!?」

 

 断末魔の叫びを上げ、欠片ザフィーラの巨体が吹き飛んだ。消滅するようにその躯が光の粒子となり闇に消えて行く。

 ザフィーラは手向(たむ)けのように、欠片が消えた場所に拳を掲げた。

 

「……戦う定めも……過去の自分にも背は向けん……この身を盾に守り抜く……過去の自分に誓おう……」

 

 消えたかつての自分達に向け、改めて誓いを新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

『クソッ、何処へ行った!?』

 

 ディアーチェを追うウルトラマンゼロは、商店街でその姿を見失ってしまい、辺りをキョロキョロ見渡した。

 その超感覚で行方を探る。右前方にビルの谷間を抜ける風切り音を捉えた。ディアーチェの飛行音だろう。

 

『そこか!』

 

 先回りして捕まえようと、ビルをグルリと回り込む。予想通りディアーチェの姿を見付けた。

 

(やり辛えが……まずは捕まえてみないとな……)

 

 ゼロがタイミングを計って飛び出そうとした時だ。

 

『待て……!』

 

 聞き慣れた声が聞こえ、何者かがその前に立ち塞がった。手を翳して、ゼロの行く手をを阻む。

 

『師匠っ! ウルトラマンレオッ!?』

 

 ゼロの前に突如出現した超人。獅子の鬣(たてがみ)を思わせる雄々しい風貌をした真紅の戦士。 『ウルトラマンレオ』であった。

 

 

 

つづく




次回『泣くな!お前は男の子や』


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第74話 泣くな!お前は男の子や

 

 

 

 

 突如ゼロの前に立ち塞がるウルトラマンレオ。その眼光に物騒な殺気が混じっているようだ。レオはゼロを指差した。

 

『貴様…… あんな子供に何をするつもりだ……!?』

 

『へっ……? 何言ってんだレオ師匠……?』

 

 ゼロはぽかんとしてしまった。訳が解らない。こうしている内にディアーチェの姿は、闇の中に消えてしまっていた。

 

『何故俺の名を知っている……? 貴様のような奴とは逢った覚えは無い!!』

 

『えっ……?』

 

 レオの鋭利な言葉に、ゼロは地味に落ち込んだ。あまりに生意気なので、見限られてしまったのかとまで考えてしまった。

 凹んで肩を落とすゼロなどお構い無しに、レオはギロリと鋭い一瞥をくれる。

 

『貴様…… 『ババルウ星人』の変身だな……? そう何度も同じ手を食うとでも思ったか!!』

 

 炎のような闘気が、レオの真っ赤な身体から立ち昇る。突き刺すような『気』がゼロの全身を叩いた。それから感じられるものは、怒りと憎しみの感情のみ。

 憎しみに燃える獅子の戦士は、まるで憤怒の形相をした、不動明王の化身のようであった。 そこでゼロはようやく気付く。

 

『ま、まさか…… 師匠の思念体っ!?』

 

 間違い無かった。光エネルギーでは無く、魔力反応が目前のレオから感じられる。エイミィから既に、思念体については聞いている。

 ゼロは自分が『闇の書』に侵入した為に、自らの思念体が出て来る可能性は想定していたが、まさかレオの思念体が現れるとは思ってもみなかった。

 最早直接関わり合いが無くとも、此処に居る者達の記憶を無差別に再生しているようだった。しかも欠片レオからは容易ならざる気配を感じる。

 

『ちいっ、まったく冗談キツイぜ!』

 

 ゼロが忌々しそうに吐き捨てると同時だった。

 

『エイヤアアアッ!!』

 

 裂帛の気合いを上げ、欠片レオは左手を突き出し右拳を引いた。『レオ拳法』の構えだ。ゼロも同じくレオ拳法の構えで迎え撃つ。

 

『ヤアアアッ!』

 

 欠片レオが、暴風の如き正拳突きのラッシュを繰り出して来た。ゼロは猛烈な攻撃を、電光の反射神経で受け止め捌く。

 思念体とは言え侮れない。巨大化こそ出来ないだろうが、等身大のレオと同等の力を持っているようだった。魔力反応も非常に強力である。レオの力を再現する為に、多くの欠片が集合したらしい。

 ゼロは顔面を狙った上段突きを巧みに捌き、その拳を掴む。反動を利用し投げ飛ばそうとした瞬間だった。

 

(なっ、何だ!?)

 

 欠片レオからゼロに、膨大な量の映像と音声が直接頭に伝わって来た。

 

(こ…… これは…… 師匠の記憶……?)

 

 ゼロの脳裡に、様々な出来事が走馬灯のように映し出されて行く。まるで実際にその場に居るようであった。

 燃え盛る惑星が見える。逃げ惑う赤い身体をした人々が紅蓮の炎の中次々と倒れ、虫ケラのように死んで行く。地獄のような光景であった。

 

(此処は……師匠の故郷、L77星か……?)

 

 死と破壊が渦巻く炎の中で、此方に手を伸ばして助けを求める人影が見える。

 

『兄さんっ!』

 

 レオと良く似た姿の深紅の身体。ゼロのもう1人の師匠『アストラ』であった。レオが手を差し伸べる前にアストラの上に瓦礫が崩れ落ち、その姿は炎の中に消えて行く。

 

 唯一人宇宙空間に逃れたレオの目前で、故郷の星が粉々に砕け散った。故郷を無くした時の記憶。恐ろしいまでの喪失感が伝わって来る。

 接触する事で、レオの記憶がゼロに直接流れ込んでいるようだった。同じウルトラマンとして、レオの記憶に感応してしまったらしい。

 戸惑うゼロの隙を突き、欠片レオは逆にその腕を掴み投げ飛ばす。ゼロは正面のビルに叩き付けられる寸前、空中で静止した。

 

『やるな… だが、甘いっ!』

 

 欠片レオは瞬時にゼロに接近し、更に拳を振るう。受け止めたゼロの脳裏に、またしても記憶の渦が流れ込んで来た。

 

 地球に来てからの記憶のようだった。死んで行く。沢山の人々が目の前で……

 胴体から真っ二つにされた同僚の無惨な死体。駆け付けた時には、赤ん坊を庇って既に息絶えていた旧友の骸(むくろ) 力及ばず、目の前で殺された友人の婚約者。ゲンは動かなくなった人々の前で茫然と立ち尽くす。

 

(これは、師匠の救えなかった人達の記憶なのか!?)

 

 記憶に呑まれ棒立ちのゼロの顔面を、欠片レオの痛烈な拳が捉えた。目から火花が飛び散りそうだった。首が持って行かれそうな衝撃。ゼロは砲丸のように吹っ飛ばされ、地上に落下してしまう。

 ブティックに突っ込み、ショー ウインドのガラスが粉々に砕け散った。それを追って欠片レオも地上に急降下する。

 滅茶苦茶になった店内から起き上がろうとするゼロに、急降下の加速をプラスした強烈な飛び蹴りを放った。

 

『クソッ!』

 

 ゼロは独楽の如く左脚を軸に身体を一回転させ、その勢いを利用した後ろ回し蹴りで蹴りを迎撃する。轟音を上げて激突する両者のキック。またしてもゼロに記憶が流れ込んで来た。

 

 少女が巨大なロボットに向かい飛んで行く。レオはロボット『ガメロット』の強力なパワーと装甲の前に手も足も出ない。

 絶対絶命の危機に落ちたレオを救う為に、少女はガメロットに特攻し爆発四散した。少女の部品が乾いた音を立て辺りに散らばる。

 ほのかに惹かれた少女はアンドロイドだっ た。レオの慟哭が響く。激しい怒りと深い悲しみが胸に突き刺さった。

 

『うわああっ! もう止めろおおおっ!!』

 

 ゼロは絶叫して、相手のボディーに正拳突きを叩き込んでいた。欠片レオは吹き飛び、店の壁をぶち抜いて道路に投げ出される。

 しかし宙で体勢を立て直し、難なく着地すると再びゼロに襲い掛かって来た。ゼロは正直腰が引けていた。

 あまりの険しい修羅の道に。まるで悪夢の中をさ迷っているようだった。だが悪夢はまだ終わらない。拳の応酬に、またしても記憶の濁流が押し寄せる。

 今度は基地内で談笑するゲンの姿が見えた。主だった隊員達で誰かの誕生日を祝っているようだった。父セブン事『モロボシ・ダン隊長』の姿もある。

 

 和やかな空気。しかしその場は一瞬にして地獄絵図に変わった。円盤生物『シルバーブルー メ』の襲来だ。

 常識を超えた速度でレーダー網を突破し、衛生軌道上に浮かぶMAC基地に直接襲撃を仕掛けて来たのだ。

 クラゲの化物ように半透明のボディーが、MAC基地を飲み込んで行く。破壊されおぞましい黄色い溶解液に消化される中、隊員達は脱出もままならず次々と飲み込まれて行った。

 誰一人助からない。阿鼻叫喚の地獄。崩壊する基地の中、ゲンに生きろと言い残し、ダン隊長も炎の中に消えた。

 

『貴様か!貴様がやったのか!?』

 

 欠片レオの猛攻がゼロに突き刺さる。拳が、蹴りが身体に食い込んだ。燃え盛るような憎悪と怒りが伝わって来る。欠片レオはゼロを仇とでも思っているようだった。

 

 ゼロはもはや無抵抗でされるがままになっている。凄惨な修羅の道程に、完全に呑まれていた。肉体を苛む痛みより、伝わって来るレオの心の痛みの方が遥かに痛かった。

 

 追い討ちを掛けるように、記憶の中の悲劇はまだ終わらない。次に一人基地を脱出したゲンが病院に居るのが見えた。

 野戦病院さながらに怪我人が運び込まれている。地上に降りたシルバーブルーメの破壊活動の被害者達だ。相当な規模の被害が出ていた。

 治療が追い付かず、待合室まで怪我人で溢れかえっている。痛みに泣き叫ぶ患者や、家族の安否を求めてやって来た人々の、様々な声が聞こえて来る。

 戦場のように殺気だった中、医師や看護師が懸命に手を尽くしても、手遅れで次々と患者は死んで行く。絶望感に襲われる程の恐ろしい光景だった。

 

 歯を食い縛るゲンの前に、1人の少年が現れる。彼の良く知っている少年のようだ。『トオル!』と呼び掛けている。

 ゲンはトオル少年と2人で、家族や友人を探しているようだった。運び込まれた中に2人の探していた人達は居なかったようだ。僅かに希望がゲン達の顔に射 すのが判る。

 そんな時に、死亡者の発表が広場に張り出された。ゲンは不吉な予感を胸にトオルと共に走る。

 

(止めろ…… そっちに行ったら駄目だ……)

 

 ゼロは欠片レオに一方的に殴られながらも、そう願わずにはいられなかった。結果は判りきっている。これはもう遥か過去の出来事なのだ。

 

 それでも願わずにはいられない。しかしゼロの願いも虚しく、ゲン達は家族の安否を求めてごった返している掲示板の前に辿り着いていた。

 息を呑んでゲンは、張り出された死亡者名簿の名前を見ている。周りで家族の名前を見付けた人々の、嗚咽やすすり泣きが聞こえて来た。

 ゲンは不安を押し隠しながらも名簿に目を走らせる。ゼロも祈るような気持ちで名前が無い事を願った。

 だが現実は残酷なまでに非情だった。ゲンの目に映る親友の名に、恋人の名。そしてトオル少年の妹の名。

 泣き崩れるトオル少年の肩を抱き、ゲンは泣く事さえ出来なかった。己の無力感、悲しみ、ブラックスターへの怒りと憎しみ。

 あらゆる感情を押し隠し、ゲンはそっと目を閉じる。涙は流れない。だがゼロには判った。ゲンは涙を流さず哭いている事に……

 記録や人伝では決して判らない、本物の痛み……

 

『何を呆けている!?』

 

 あまりの事に呆然とするゼロの鳩尾に、大砲さながらの拳が叩き込まれた。ツートーンカラーの身体が向かいの玩具屋に激突し、店を目茶苦茶にして突っ込んだ。

 店内の壁を何枚もぶち抜いて、ようやく停止したゼロは、床に尻餅を着きガックリと崩れ落ちる。散乱した玩具に埋もれ、顔を伏せたまま身動き1つしない。

 

『立てっ! この程度で終わると思うなよ!!』

 

 挑発する欠片レオは、まだ怒りが治まらないようだ。正に怒りの化身そのものだった。

 

『良く…… 判ったぜ……』

 

 俯いたままだったゼロの口から呟きが洩れた。ゆっくりと顔を上げて、欠片レオを見上げる。

 

『やっぱり…… 師匠はすげえ……』

 

 ゼロは両脚に力を込めると、瓦礫や玩具を払い退け雄々しく立ち上がった。

 

『俺がひねくれて間違った方向に行ったのに…… 師匠は無力感も、怒りも哀しみも全部力に変えて、1人戦って来たんだな……』

 

 その両眼に力強い光が灯る。ウルトラマンレオの弟子である事を、魂の奥底から誇りに思った。立ち上がったゼロは唇を親指で弾く。

 

『俺の名はウルトラマンゼロ! 師匠に鍛えて貰ったウルトラマンレオの弟子だ!!』

 

『弟子だと……? ふざけた事を言うな!』

 

 高らかな名乗りに怒りを顕にする欠片レオに、ゼロは真正面から堂々と宣言する。

 

『師匠に鍛えて貰ったこの技で、俺はアンタを眠らせてやる! それがせめてもの恩返しだ!!』

 

 再びレオ拳法の構えを取る。迷いはもう無い。青白い闘気がその身体から立ち昇るようであった。欠片レオも、相手が先程までと明らかに違うと察し、同じくレオ拳法の構えを取る。

 

『デリャアアアッ!!』

 

『イヤアアアッ!!』

 

 雄叫びと共に、2人は同時に動いていた。互いの拳がぶつかり合う。衝撃に耐えられず、足元のアスファルトに亀裂が入りクレーターが出来た。

 空かさず赤と青の拳が飛び交う。マシンガンの如き正拳突きの打ち合いだ。ゼロが赤い拳のラッシュを弾き返し、欠片レオは青い拳のラッシュを捌く。

 鋼鉄をも粉々に砕く拳の応酬に、お互い一歩も譲らない。しかしゼロの方が一瞬速かった。

 

『オラアッ!!』

 

 ボディーへの横突き、フックが深々と欠片レオの脇腹に突き刺さる。くの字に身体が曲がり掛けた。

 だが欠片レオは衝撃に堪え、右手を振り上げ手刀をゼロの肩口に降り下ろす。その手刀が真っ赤に赤熱化した。レオの切断技『ハンドスライサー』だ。

 

 ゼロも負けじと右手を赤熱化させ、『ビッグバンゼロ』 で迎え撃つ。 手刀同士激しくが激突し、鋼鉄の刃をぶつけ合ったような斬撃音が轟く。

 跳ね飛ばされたように後方に跳ぶ2人は、後の商店を蹴って高く跳躍した。欠片レオの手に何時の間にか鉄パイプが握られている。後ろに跳んだ時に、店の看板を固定していた固定具を引き千切ったのだ。

 

 欠片レオの手の中、鉄パイプが2本に別れその間に鎖が繋がる。 パイプを『レオヌンチャク』に変え、鋭い打撃を放って来た。ゼロも頭部の『ゼロスラッ ガー』を両手に持ち対向する。

 

『ヤアアッ!』

 

 レオヌンチャクが変幻自在にゼロを襲う。 風を斬り裂き、上下左右あらゆる角度から繰り出される攻撃。 音速を超え轟音と衝撃波が響く。

 欠片レオの 振るうヌンチャクは、人間には視認すら出来まい。 頭部を狙った打撃を、ゼロは首を振って避ける。直ぐ後ろの街灯がヌンチャクを受け、マッチ棒のようにへし折れた。

 ゼロはスラッガーを、すくい上げるように伸びきったヌンチャクに叩き付ける。

 

『オラアッ!』

 

 ヌンチャクの鎖が切断されていた。衝撃で只の棒になった残骸が、アスファルトに落ちる。

 だが欠片レオは動じず、スラッガーを持つ手目掛けて左右の手刀を打ち込む。スラッガーもアスファルトに乾いた音を立てて落ちた。

 その間に欠片レオはバク転で後方に飛び、ゼロから距離を取る。間合いを取ったのだ。

 

『決着を着けてやる!』

 

 左右の腕を水平に繰り出し、空手の型のようなポーズを取った。『レオキック』の態勢。 『気』の高まりと共に、真紅の身体が宙に高く跳んだ。

 

『オオッ!』

 

 ゼロもアスファルトを蹴って宙に跳ぶ。数百メートルの高みまで一気に跳躍した2人は、右脚にエネルギーを集中させた。『レオキック』 と『ウルトラゼロキック』の激突だ。

 赤熱化したキックがぶつかり合う瞬間、ゼロの身体が独楽の如くスピンする。高速回転をプラスしたキックが、レオキックを蹴散らした。ゼロキックに、きりもみキックを併せた『ウルトラゼロきりもみキック』!

 

『デリャアアアアッ!!』

 

 雄叫びと共に、きりもみキックが欠片レオの胴体に炸裂し、血のようにスパークが飛び散った。

 

『ウオオオッ!?』

 

 必殺の技を受けた欠片レオは弾丸のように吹き飛ばされ、アスファルトに巨大なクレーターを穿ち叩き付けられた。衝撃で爆発したように粉塵が舞う。

 欠片レオはクレーター中央で、仰向けに横たわっていた。最早身動き出来ない程のダメージを負ったようだ。動けない真紅の身体が光に包まれる。

 

『そうか… そう言う事か……』

 

 欠片レオは合点が行ったように呟いた。その傍らにゼロが降り立ち膝を着く。赤き戦士は自分を済まなそうに見ている少年戦士を見上げた。

 

『…… 見事な気迫と技だ…… きりもみキックと言い…… 俺の弟子と言うのは本当らしいな……?』

 

『全部師匠に教えて貰った技だ…… まだまだ今の師匠には及ばねえけどな……』

 

 ゼロは居心地が悪そうに頭を掻くが、居住まいを正す。

 

『師匠…… 俺……』

 

 何かを言い掛けるのを、欠片レオはゆっくりと首を横に振って制止した。

 

『何か言いたい事が有るのなら…… 今の俺本人に言う事だ…… 過去の俺に言ったところで始まらん……』

 

『チェッ、相変わらず師匠は厳しいなあ……』

 

 ゼロはやれやれと言った風に肩を竦める。やはり若き時でも、レオはレオであった。その前で欠片レオの身体が、淡い光に溶けて行く。

 

『さらばだ…… 俺の未来の弟子よ…… 健やかにな……』

 

 その厳つい風貌が、優しく微笑んでいるように見える。 虚空に消えて行く獅子の戦士に、ゼロは敬意を込めて深々と頭を下げていた……

 

 

 

 

 

 

 

 はやてにヴィータ、リインフォースの3人は、ゴーストタウンと化した街の上空を飛んでいた。こちらも結界内である。

 不気味に静まり返る無音の街に、はやて達の空気を切り裂く飛行音だけが響いていた。

 

「此処ら辺には、何も見当たらんなあ……」

 

 6枚の漆黒の羽根を広げるはやては、辺りを見下ろし呟いた。

 

「さっきの所だと、高町とクロノ執務官の思念体が一緒に出て来たから、やり辛いったらなかったもんね……」

 

 隣を飛ぶヴィータがぼやいて肩を竦める。今し方、2人の思念体と戦闘になったばかりである。

 

「クロノ君はともかく、なのはちゃん相手には容赦無かったように見えたけどな?」

 

 悪戯っぽく片目を瞑って見せるはやてに、ヴィータは焦ってしまう。

 

「だって…… クロノ執務官には、アタシらの事で色々駆け回って貰って恩が有るからやり辛いけど…… 高町はぶっ飛ばし易いから……」

 

 珍しくクロノには一目置いているようだが、なのはには容赦無かったようである。困った顔をする鉄槌の騎士に、はやては可愛くて仕方無いとばかりに笑い掛けた。

 

「そっかそっか…… ヴィータは、そんなになのはちゃんには気安いんやな?」

 

「そんな事無いって!」

 

 ヴィータはあたふたしている。後ろを飛ぶリインフォースは、微笑ましいやり取りに目を細めるが、表情を心配そうに曇らせた。

 

「主…… いきなりあれ程の魔法を使って大丈夫ですか…… ?」

 

 結局クロノとなのはの思念体に止めを刺したのははやてである。

 2人相手に飛び出したヴィータの援護にと、牽制するつもりで砲撃魔法を放ったのだが、勢い余って2人共撃墜してしまったのである。強過ぎる魔力故であった。まだコントロールが甘い。

 

 初陣で上手く魔法を使えたのは、融合していたリインフォースのサポートのお陰であった。

 彼女が融合能力を失った今、はやては自分自身で膨大な魔力を制御する必要がある。それでもこれだけの魔力を自在に扱うには、別にサポートが必須になるようだが。

 

「2人には悪い事したなあ……」

 

 はやては申し訳なさそうに肩を落とす。友人達を傷付けたような気がして、後味が悪いのだ。リインフォースはそんな主を気遣う。

 

「主…… あれはあくまで…… あれは!?」

 

 フォローの言葉を掛けようとした時、強い気配を感じて振り返った。薄闇の中、淡い光がゆっくりと浮かび上がり人型に凝固して行く。

 

「えっ?ゼロ兄……?」

 

 はやてはその人物を見て目を丸くした。銀色の顔、頭部の一対のゼロスラッガーに赤と青の身体。明らかにゼロなのだが、ヴィータはそのゼロを見て思わず声を上げていた。

 

「小っちぇ~っ!?」

 

 確かにゼロに違いなかったが、致命的に違う点があった。子供なのである。身長がはやてより少し高いくらいしか無い。

 今は鋭い目付きも、まだ丸っぽく柔和気味だ。人間にしてみると、9歳相当のウルトラマンゼロであった。

 

「えらい可愛いなあ……」

 

 はやてはほっこりしている。ヴィータも物珍しそうに、ちびゼロを繁々と眺めた。 幼いゼロはぼんやりとした様子で顔を上げ、無言ではやて達を見ている。その目には空虚な光が灯っているようだ。

 はやてはつい何時もの調子で少年に近寄っていた。すると幼いゼロは怯えたようにビクリと身体を震わせ、いきなり取り乱し叫んだ。

 

『寄るなあああっ!!』

 

「危ない主!」

 

 リインフォースがはやてを抱き抱え、素早く後ろに退がらせる。それと同時に緑色の光が空間を切り裂いた。幼ゼロが『エメリウムスラッシュ』をはやて達に撃って来たのだ。

 

「お前っ!?」

 

 ヴィータはアイゼンを構えて臨戦態勢を取る。やはり思念体のようだ。だが追撃して来ると思いきや、そこで幼ゼロは後方に退る。それ 以上攻撃して来ない。

 はやてを庇って立つリインフォースは、油断無く幼い幼ゼロを見据えた。

 

「お気を付け下さい…… アレも欠片です…… ゼロの記憶を元に再生した偽者…… 騙されてはいけません……」

 

 リインフォースの言葉にはやては応えず、少年をじっと見詰めた。幼いゼロの肩が震えている事に気付いたのだ。

 

(怖がっとるんか……?)

 

 そう感じたはやての前で、幼ゼロは逃げるように更に後ろに退がる。誰も近寄るなと周りを拒絶しているようだった。

 はやての脳裏に、今まで断片的に見て来たゼロの記憶が浮かび上がる。

 

「そうや…… あの子は、友達を亡くした時のゼロ兄なんや……」

 

 直感的にそう感じていた。何故確信出来るのかは解らなかったが、間違い無いと思った。はやては自分を庇っているリインフォースの肩に手を掛けていた。

 

「あの子は怖がっとるだけや…… リインフォース、ヴィータ…… 此処は私に任せてくれへん……?」

 

「主……?」

 

「はやて? あのゼロは偽者だよ!」

 

 反対するリインとヴィータに、はやては静かに首を横に振って見せる。

 

「ゼロ兄の記憶が形になったんやったら、あの子もゼロ兄の一部なんよ…… それに何やあの子を見とると、放って置かれん…… 私に任せてんか?」

 

 はやての瞳は真剣そのものであった。リインもヴィータも、彼女の真摯さに押される形で頷いていた。

 

「ありがとうな……」

 

 はやては杖型のアームドデバイス『シュベルトクロイツ』を仕舞い、幼いゼロの前に無防備な身を晒す。

 

「ゼロに…… ゼロ君……?」

 

 両手を広げ、敵意は無い事を示しながら呼び掛けた。幼ゼロは警戒しているようだったが、特に何かして来る訳では無い。

 はやては少し近寄ってみる事にする。するとそれを敏感に察した幼ゼロは、先程のように身体を震わせ再び取り乱した。

 

『来るなあっ!!』

 

 その額のビームランプから、エメリウムスラッシュがはやてに向かって発射される。緑色の光線が彼女の直ぐ側の空間を焼いた。

 

「主っ!」

 

「はやて!」

 

 飛び出そうとするリインとヴィータだが、はやては手を挙げて2人を制止する。

 

「大丈夫や…… 一発も当たらんよ……」

 

 慈母のように笑う主に、2人は何も言えなくなってしまう。はやてはまるで怖れていないようだった。両手を広げたまま、ゆっくりと幼ゼロに近寄って行く。

 

 少年は恐慌を来したようにめちゃくちゃにエメリウムスラッシュを乱射した。はやては避ける様子も無く少年に近寄って行く。緑色の光が彼女の周囲を飛び交うが、一発も当たらない。

 

『止めろ! 止めろ! 俺に近寄るなあっ!!』

 

 更に焦ってスラッシュを撃つが無駄だった。微笑む少女にどうしても光線を当てる事が出来ない。

 はやては判っていた。幼ゼロが無抵抗の相手に攻撃出来るような子では無い事を。少年の直ぐ傍まで近付くと、ニッコリ笑って手を差し伸べた。

 

『何で……?』

 

 愕然とする幼ゼロは、訳が解らなくなったのだろう。とっさに逃げ出そうと背を向ける。しかし飛び出そうとした時、ふわりと背後からはやてに抱きすくめられていた。

 

『はっ、離せっ!!』

 

 幼ゼロは無理矢理振り払おうとする。子供とは言えパワーは馬鹿に出来ない。しかしはやてはしっかりと少年を抱く。

 

「大丈夫…… 怖ないよ……」

 

 優しく耳元で語り掛けた。ハッとしたように幼ゼロは暴れるのを止める。少なくとも危害を加えられないのは判ったらしい。

 

『怖くなんかねえ!』

 

 自分に言い聞かせるように怒鳴った。はやてには強がっているのが良く判った。腕の中で少年の身体はまだ小刻みに震えている。

 

「辛い事が有ったんやね……良かったら聞かせてくれへん……?」

 

 はやては静かに囁くように尋ねていた。

 

『……』

 

 欠片ゼロはしばらく下を向いて黙ったままだ。はやては催促するでも無く、無言でウルト ラマンの少年を抱き締める。どれぐらいそうしていたか、幼ゼロはようやく口を開いた。

 

『友達が死んだ…… 俺は何も出来なかったんだ!!』

 

 血を吐くような言葉だった。はやては無言で先を促す。幼ゼロは堰を切ったように心の内を語り始めた。

 

『俺達の施設が在った地区が襲撃を受け、ほとんどの人が殺された…… 生き残りを探そうと、アイツら捕まえたカインを晒し者にして、なぶり殺しにしやがった! あいつは腕を切り落とされても、何されても最期まで黙ってた! 俺はそれを見てるしか出来なかったんだ!!』

 

 惨い話であった。はやては夢で見た場面を思い出す。怪我をしたゼロと、生き残りの子供達を救う為笑って死んだ少年の事を……

 

『カインは…… 死体さえ見付からなかったんだ……』

 

 震える幼ゼロの肩に熱いものが落ちていた。はやての目から、大粒の涙が零れている。泣けないゼロの代わりに泣いているようだった。

 少女は涙を流しながら、ぎゅっと少年を抱く両腕に力を込める。

 

「辛かったなあ…… ゼロ君よう頑張ったなあ……」

 

『俺は……』

 

 言い淀む少年の銀色の頬に顔を寄せたはやては、静かに首を振って見せた。

 

「自分を卑下したらアカンよ…… 友達もそんなん望んどらんのやないの……?」

 

 あの状況で一体何が出来たと言うのか。それは判っていても、己の無力を嘆かずにはいられないのだろう。

 これが力を追い求める原因となり、求め続けた結果ゼロは道を踏み外したのだ。何も出来ない無力感は、惨いものを見て来たはやてにも判かる。

 

「友達はゼロ君とみんなを助けたかったんや…… だから飛び出そうとするゼロ君を止めて、最期まで頑張ったんや…… ゼロ君と同じや… カイン君、最期に笑っとったな… …?」

 

『ウン……』

 

 そこで幼ゼロはようやく、おずおずしながらもはやてに振り向いた。夜天の主はその横顔に微笑み掛ける。

 

「カイン君は小さくても、ウルトラマンやったんやな……」

 

『俺はそこまで思えねえ…… 何も出来なかった事も忘れられねえ… …やっぱり俺は助けたかった…… 助けたかったんだよ!!』

 

 幼ゼロは肩を震わせ、小さな拳を握り締めた。まるで泣いているようだった。その背中がひどく小さく見える。はやてはその背中をしっ かりと抱き締めた。

 

「しゃあないかもな…… それはこれからゼロ君 が、自分で乗り越えなくちゃアカン事やから……」

 

『俺に出来るのかな……?』

 

 自信無くポツリと呟く少年に、はやてはコクリと頷く。

 

「色々辛い事が有ると思うけど、ゼロ君なら大丈夫や…… 大きくなって、いっぱい人を助けるウルトラマンになれる…… 私が保証する……」

 

『何で判る……?』

 

「それは私が、ゼロ君がもう少し大きくなった時の事を知ってるからや……」

 

『俺が大きくなった時に……?』

 

 不思議そうに振り向く少年に、はやては涙の跡が残る顔に万感の想いを込めて微笑を浮かべた。

 

「そうや…… 私は未来のゼロ君が出逢う子やか ら……」

 

『未来で……』

 

 呟いた幼ゼロは開放されたように、色の無い空を見上げた。

 

『ああ…… そうか…… 俺は夢を見てるんだ……』

 

 納得して呟く少年は、力が抜けたようにはやてに身体を持たれさせる。その身体が淡い光を発し始めた。

 

『温かいなあ…… ずっと昔に誰かにこうして貰った気がする……』

 

 少女の温もりを確認するように呟いた。するすると身体が光に溶けて行く。最期に自分を抱き締めるはやての手をそっと握っていた。

 

『ありがとう…… 目が覚めたら、また……』

 

 そう言い残すと幼いゼロは、母親に抱かれる赤子のように身体を丸め光に溶けて消えた。見送るはやての後ろに、リインフォースとヴィータが浮かび、共に幼いゼロを見送る。

 

「主……」

 

 その後ろ姿に声を掛けようとしたリインフォースは、強力な残滓の反応を捉えた。

 

(居る…… 核となる者が!)

 

 彼女の表情に、悲痛なまでの決意が浮かんでいた……

 

 

 

 

 

 

 その頃ウルトラマンレオこと、おおとりゲンは、険しい山中を風のように駆けていた。

 

(邪悪な気配が強くなって来た…… やはり大元は此方か!)

 

 ゲンは確信を強める。ある程度拓けた場所に出た所で一旦脚を止めた。端末を袂(たもと)から取り出す。

 確信を得た今、『アースラ』や他の者達に連絡を入れようと思ったのだ。だがそれをモニターしている者が居た。

 

(いかんな…… 流石は獅子の戦士と言う事か……獲物が餌に気付き、『アーマードダークネス』 と『砕け得ぬ闇』の復活には、今少し時が必要だ……)

 

 大人ディアーチェとも言うべき、あの女であった。結界内で周囲を見張っていたようだ。

 女が片手を軽く振ると、妙な形をした杖が現れる。漆黒の太くシンプルな杖だ。上部が二回りほど太くなっている。女の背丈より長い。

 一見シンプルだが良く見ると、無数のカード状のモールドがビッシリ入っている。

 

「主様から貰い受けし、悪魔が持っていた召喚の杖…… 試してみるとするか……」

 

 女はニヤリと暗い笑みを浮かべると、杖を頭上に掲げ叫んだ。

 

「出でよ! 兄弟怪獣『ガロン』『リットル』! ウルトラマンレオを血祭りに挙げいっ!!」

 

《ギガバトルナイザー、モンス・ロード!》

 

 杖『ギガバトルナイザー』が合成音を発すると共に、目映い閃光を辺りに放った。

 

 

 

つづく




次回『女だ燃えろや』


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第75話 女だ燃えろや!

 

 

 

 

 小さなゼロを見送ったはやては、しばらく彼が消えた虚空を見上げていた。まだ温もりが残っている気がする。何時もとは逆だなとはやては微笑した。

 するとリインフォースがそっと、ハンカチを差し た。 はやてはそこで自分の顔に、涙の跡がくっきり残っているのに気付く。

 

「ありがとうなリインフォース……みっともないなあ、アハハッ」

 

 恥ずかしいやら決まりが悪いやらで、顔を赤らめてハンカチを受け取った。ヴィータが心配そうに彼女を見上げている。

 守護騎士達の前では強く在ろうと思っているはやてだが、つい涙を見せてしまい反省してしまう。気負い過ぎな性格は変えようが無いらしい。

 照れ隠しで冗談めかしながら顔を拭っていると、此方に接近して来る者が居た。

 

「また思念体か!?」

 

 ヴィータは即攻撃出来るように『グラーフ・アイゼン』を構える。 今の幼ゼロのように、自分で消えて行ったのは稀であろう。

 基本思念体は、過去の記憶に引きずられ襲って来る。 緑系統の服の女性が此方に飛んで来るのが見えた。シャマルらしいが……

 

「騙されねえぞっ!」

 

 鉄槌の騎士は即座に飛び出していた。アイゼンを振りかぶって、シャマルらしき女性に襲い掛かる。するとシャマル? は大慌てで両手をパタパタ振った。

 

「ヴィータちゃん? ストップストップッ! 私本物だから!」

 

「嘘吐けぇっ!」

 

 ヴィータは聞く耳持たないと、アイゼンを降り下ろそうとするが、

 

「ちょい待ち、ヴィータッ!」

 

 はやてが制止を掛けた。流石にヴィータはその手を止める。アイゼンはシャマル?の数センチ出前でピタリと停止していた。

 夜天の主は、焦りまくりで冷や汗をかいているシャマル?に尋ねてみる。

 

「シャマル、昨日の煮物にお砂糖何杯入れた?」

 

「ええと…… 山盛り10杯ですけど……?」

 

「隠し味は?」

 

「オレンジジュースを少々……」

 

 シャマル?は困惑した様子ながらも素直に答えた。はやてはうんうん納得したように頷く。

 

「ヨッシャ、本物や」

 

「うん、本物だ。知らないで食べて、甘いしオレンジの香りはキツいし……ウゲッと思ったもんなあ……」

 

「この微妙な味覚感覚…… 間違いなく本人ですね……」

 

 ヴィータとリインフォースも、とても納得顔で頷いていた。

 

「ちょっとお~っ、非道くないですかああっ!?」

 

 シャマルはヨヨヨとばかりに涙目になってしまう。はやては笑って近付くと彼女の肩をポンと叩いた。

 

「アハハ、堪忍な? どうも反応が解り辛くてなあ……」

 

 ゼロなら魔法反応の有無で直ぐ判るのだが、魔力持ちだと思念体と区別がつき辛い場合が有る。はやては近くでシャマルを見て、騎士服が汚れているのに気付いた。

 

「シャマルも思念体と出会したんか?」

 

 シャマルは深々とため息を吐く。

 

「それが…… なのはちゃんに始まり、よりによって、テスタロッサちゃんやシグナムの思念体と次々と出会しちゃいまして……」

 

 相当運が悪かったようである。

 

「良く切り抜けられたなあ……」

 

 はやては感心した。補助に特化したシャマル が、次々と強敵を破った事になる。湖の騎士はそこで苦笑いを浮かべた。

 

「不意討ちと騙し討ちで何とか…… 流石にシグナムの時は逃げました…… 瞳孔は開いていてるし、何か辻斬りみたいになってて凄く怖かったので……」

 

 本人に言ったら怒られそうである。何にせよ、それでも大したものだ。

 シャマルには持って来ていたお茶を飲ませて一息着かせると、はやては改めて辺りを見下ろした。

 

「さて…… 次は何処に行こか…… あれ? アースラからや」

 

 コールに気付いて空間モニターを開くと、エイミィから新しく判明した事の連絡だった。はやて達にそっくりな3人マテリアルの情報などを聞かされる。それにもう一つ……

 

「『アーマードダークネス』…… そんなに不味い物なんですか……?」

 

 シグナム達から連絡を受け、早速アースラに入力されたデータベースで検索したようだ。

 

《正直…… これってすごく不味い物らしいよ……》

 

 モニター上のエイミィの表情にも緊張の色が浮かんでいる。

 『アーマードダークネス』皇帝の鎧。 恐るべき力と勢力を誇った『エンペラ星人』の為に鋳造された暗黒の鎧。何度破壊されても、暗黒の力が有る限り滅ぶ事は無い。

 

 その力は恐るべきものがあり、危険度はトップクラスに属する事などを聞かされた。一通りの情報を仕入れたはやては通信を終え、額に指を当てて情報を整理してみる。

 

「う~ん……そのディアーチェ達言うんが、アーマードを集めとるんか……?」

 

 どうも釈然としない。どうして『闇の書の闇』の残滓が、『アーマードダークネス』の事を知っているのか? 頭を悩ませる主に、リインフォースが提案を出した。

 

「主…… まずはその構造体達を見付けましょう……私が反応の強い場所を捜して来ます。主は少し休息を…… 判り次第報告しますので……」

 

「平気やよ? まだまだ行けるて」

 

 小さくガッツポーズして見せるはやてだが、リインは切れ長の目を細めて微苦笑した。

 

「これから何が起こるか解りません…… いざという時の為に力を温存するのは基本ですよ……?」

 

「う~ん…… 先生のリインにそない言われた ら、しゃあないなあ……」

 

 はやては納得する事にした。リインはヴィータとシャマルをチラリと見る。

 

「ではヴィータ、シャマル、主を頼んだぞ……」

 

 一言言い残し6枚の漆黒の羽根を広げると、暗い空に飛び出した。

 その後ろ姿を見送ったはやては、再び情報の整理と、それを元に状況の推理を試みる。闇雲に捜しても時間を浪費するだけだと思った。この辺り小学生とは思えない。

 

 考え込むはやての隣りで、ヴィータは無言でリインフォースの飛び去った方向を見ていたが、何か決心したようで、

 

「はやて、アタシも行って来る。シャマル、はやてを頼む!」

 

 リインの後を追って飛び出した。シグナム達ももう直ぐ合流する。はやてに危険は無いだろうと判断したのだ。

 

「がんばってなあ~っ」

 

 ヴィータが勇気を出したのを察し、はやてはエールのつもりで後ろ姿に声を掛ける。ヴィータのは照れ臭そうに手を振ると、紅い魔法光を纏い飛び出した。

 

 

 

 

 先に飛び出したリインフォースは、一際強い反応を示す残滓を捉えていた。恐らく大元の基体が其処に居る筈だと判断する。その事を敢えて黙って、彼女は1人其処へ向かおうとしているのだ。

 

(やはり過去は何処までも追って来る…… 逃れられないのが運命ならば…… )

 

 その瞳に暗い陰が差す。後にチラリと視線をやった。今は高層ビルに遮られて、はやて達の姿はもう見えない。

 

「主……申し訳ありません……みんな…… 主の事を…… 後は頼む……」

 

 リインフォースは悲壮な表情を浮かべ頭を深々と下げると、ある決意を胸に目的地へと飛行速度を速めた。

 

 

 

 

 

 

「ぷはあ~っ、やっと着いたあ~っ」

 

 シグナム達の追跡を逃れ、アジトにしている結界に戻った『レ ヴィ・ザ・スラッシャー』は大きく息を吐いていた。

 

「レヴィ…… 後を着けられてはいないでしょうね……?」

 

 同じく戻っていた『シュテル・ザ・デストラクター』が起伏の乏しい声で確認する。

 

「大丈夫だよ! 僕に抜かりは無いっ!」

 

 レヴィは腰に手を当て得意気に断言した。 『アーマードダークネス』を落っことしそうになった事は、もう忘れる事にしたようだ。シュテルは意味無く自信満々の少女を見詰める。

 

「まさかとは思いますが…… 『アーマードダークネス』の事をウッカリ洩らしたりはしてませんよね……?」

 

 シュテルの質問に、レヴィは少し遠くを見詰める。しばらくそうしていたが、あっ、という表情をした。

 

「ゴメン…… 喋っちゃった……」

 

 てへ、と舌を出して可愛らしく頭をコツンと叩く。シュテルはやっぱり…… とため息を吐いた。すると、あまり悪びれていないレヴィの背後からにょきっと手が伸び、その頭に両拳が当てられていた。

 

「王さま?」

 

「王…… お帰りになられましたか……」

 

 レヴィとシュテルが気付いてそれぞれ声を掛ける。『ロード・ディアーチェ』である。こちらもゼロが戦っている間にまんまと逃げおおせたようだ。

 ディアーチェの頭に青筋が浮いていた。レヴィの頭に当てた拳に力を込める。

 

「た・わ・け! 何がバラしちゃっただ!!」

 

 レヴィの頭を拳でグリングリン小突いてやる。これは痛い。

 

「痛い痛い痛い痛いっ!? ごめんごめん、王さまああっ!!」

 

 思いっきりお仕置きされてしまい、レヴィは半泣きで悲鳴を上げていた。

 

 

 

「うう~、ごめんなさい~……」

 

 涙目でしょんぼり反省するレヴィを横目に、シュテルは相変わらずの無表情でディアーチェに真剣な眼差しを向ける。

 

「王……これは急がないと……」

 

「むう……後どれくらい欠片が有れば良いのか……? ええい! あの女何処へ行きおった!?」

 

 ディアーチェは辺りを見回し、苛立って声を荒げる。戻ってみればあの別世界の自分と名乗った女の姿は無かった。ディアーチェがプンスカ憤慨していると、

 

「後一つも有れば良い……」

 

 気が付くと直ぐ後ろにあの女が立っていた。ディアーチェはビックリしてしまったが、それを誤魔化すようにふんぞり反る。

 

「ええい、何処へ行っておった!? こちらは色々大変だったのだぞ!」

 

「フフフ……少し仕掛けを施しにな……」

 

「仕掛けだと……? 何をするつもりだ?」

 

 気を取り直したディアーチェの横柄な問い掛けに、女は黒い杖『ギガバトルナイザー』を掲げて見せる。

 

「此処の発見を遅らせる為の陽動と、まずは夜天の主の大事な存在を一つ壊してやろうと思ってな……」

 

 ひどく陰惨な笑みを浮かべる。正直ディアーチェ達は背筋が寒くなる気がした。一体どんな想いを胸に溜め込めば、こんな嗤い方が出来るのか……

 

「う、うぬは子鴉(こがらす) に何か怨みでも有るのか……?」

 

 名状しがたい憎しみが含まれている気がしたディアーチェは、内心恐る恐るだが横柄に問うてみる。

 

「我には……八神はやてという存在そのものに虫酸が走る……それだけだ……」

 

 女は般若の如き表情で低く返す。その暗い瞳に底知れぬ闇がぐねぐねと蠢いているようであった。身を刺すような鬼気の前に、3人はしばし言葉を無くす。

 

「うぬらも人、塵芥(ちりあくた) 共の醜さ汚さは書の中で嫌という程見て来たであろう……? 塵がどうなろうが知った事ではあるまい……?」

 

 女は汚物を語るように吐き捨てた。語るも汚らわしいと言った感情が見え隠れしているようだった。

 

「むう……確かに……所詮は下郎、塵芥だが……」

 

 ディアーチェは眉をしかめる。そこまでの憎しみは無いが、人間を信じるつもりも無いようだ。女はそんなディアーチェに頷き掛ける。

 

「些末な事より、『アーマードダークネス』は後僅かで残りを呼び集めるまでになろう…… 王よ急げ……」

 

「言われなくとも判っておるわ! 行くぞ、 シュテル、レヴィ! 最後の仕上げだ!」

 

「はい……王よ……」

 

「任せてよ、王さま!」

 

 シュテルとレヴィは、ディアーチェの後に続く。王の号令の元、結界を出たマテリアルは最後の破片を求めて、夜のとばりが降りた海鳴市に飛び出した。

 その途中レヴィはふと、常人には知覚する事すら出来ない結界を振り返る。

 

「あの大きい王さま……すごく恐いや……」

 

 ポツリと呟いた。シュテルはレヴィの素直な感想に頷き、先頭を行くディアーチェに話し掛ける。

 

「王……私も何か、悪い予感がします……」

 

「ふっ……この間も言ったであろう? あやつが何を企もうが、逆に打ち砕いてやるまでの事よ! 我ら3人に勝てはせん!」

 

 自信満々のディアーチェの断言にシュテルは頷くが、用心深い彼女は最後の土壇場まで気を抜かないようにと、気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

「此方か……」

 

 はやて達と別れたリインフォースは、結界が張られた海鳴湾上空に到着していた。闇の残滓の反応を辿って、此処まで来たのである。

 強力な反応であった。今までとは比べ物にならない程の欠片の反応に、リインフォースは表情を厳しくする。同じものであった彼女にしか分からない。

 

(核を叩く事が出来れば、後は私が核となり残りの欠片を呼び集めて……)

 

 中心部に向かって飛び出そうとした時だ。不意に前方に人影が現れた。はやてに瓜二つの少女ロード・ディアーチェ、闇統べる王であった。

 

「寄りにもよって何という姿を……お前が闇の書の闇の構造体か……? 私の邪魔をするつもりか……!?」

 

 リインフォースは憤慨し拳を構える。物静かな彼女でも、大切な主を冒涜された気がしたのだ。ディアーチェは無言でデバイスを構え、行く手を阻む。

 

「闇の書の復活などさせない……私がこの身に代えても阻止してみせる……!」

 

 リインフォースの周りに、魔力で精製された真紅の短剣数本が展開されると同時に、一斉にディアーチェに向け発射された。 『ブラッディーダガー』の連続投擲。

 しかしディアーチェも、魔力の短剣を展開し刃を迎撃する。2人の間で、ぶつかり合った魔力が爆発を起 こす。残煙の中ディアーチェは眉一つ動かさず、不遜に此方をを見下ろしている。

 

「くっ…!」

 

 リインフォースは歯噛みすると、畳み掛けるように砲撃魔法を放つ。レーザー状の闇色の光がディアーチェを襲うが、彼女はその場を動かず紫天の書を眼前に付き出した。

 

「王の威光……」

 

 砲撃が広げられた書の前にかき消されてしまう。リインフォースは攻撃が無効化されたのを見て、間を開けずに次の攻めに入ろうとするが、

 

「はっ!?」

 

 紫色のリングに上半身を拘束されてしまって いた。脱出しようと魔力を込めると、突如身体を貫くような衝撃がリインフォースを襲う。

 

「うあああああっ!?」

 

 相手を捕らえた後に、更にダメージを与えるバインド攻撃だ。 リインフォースは力を振り絞って、拘束を砕き後方に退がる。その肩が上下していた。呼吸が荒い。

 

「やはり……まだ回復しきってはいないか……」

 

 リインフォースの額に汗が浮いていた。ゆっくりと自己修復が働いているとは言え、防衛プログラムを切り離してからそれほど時間は経っていない。

 魔力を使っただけで、どんどん体力を削られて行く。長期戦は不利であった。ここでやられる訳には行かない。欠片の中枢に辿り着くまでは。しかしこの状況はジリ貧であった。

 

「このままでは……」

 

 焦るリインフォースの前で、ディアーチェはニヤリと嗤うと杖状のデバイスを掲げた。此方の不調はお見通しのようだ。

 

「くっ……」

 

 不味いとリインフォースが思ったその時、紅い光がディアーチェ目掛けて飛来した。魔力弾による攻撃だ。王は攻撃を弾き一旦後方に退がる。

 

「だらしねえぞ!」

 

「ヴィータ……!?」

 

 リインフォースは攻撃主を見て声を上げた。 『グラーフ・アイゼン』を不遜に肩に載せて宙に浮かぶ、深紅の騎士服の少女ヴィータであった。

 

「お前は本調子じゃねえんだ! 邪魔だから、すっこんでろ!」

 

 にべも無い言葉とは裏腹に、リインフォースを庇ってディアーチェの前に立ち塞がる。リインはその後ろ姿を呆気に取られたように見ていたが、

 

「済まないが……此処は頼む…… 私は中枢部を叩く!」

 

「あっ、馬鹿っ!?」

 

 ヴィータの制止を振り払い、リインフォースは反応の中心に向かう。高速飛行で沖合いに出た彼女の瞳に、海上に浮かぶ人影が入った。

 

「やはり……」

 

 六枚の漆黒の翼を広げる女性は、リインフォースと瓜二つであった。

 

「お前が中枢の構成体、マテリアルだな……?」

 

 リインフォースの問い掛けに、相手は切れ長の目を細めニヤリと嗤って見せた。

 

 

 

 

 ヴィータを襲うディアーチェの砲撃魔法の嵐。紅の鉄騎は飛び回って砲撃をかわす。外れた砲撃が海面に着弾し、爆発したように水飛沫が上がった。

 

(離れたら不味い、近付いてぶっ叩かないと……)

 

 はやてを元にしただけあって、向こうは遠距離攻撃に長けているようだ。砲撃の撃ち合いでは不利である。それに今は完全に頭を押さえられた形だ。

 ヴィータは古代ベルカ式には珍しく、誘導弾で遠距離攻撃に対応出来るが、やはり本領は接近戦による一撃必殺戦法だ。

 

 ディアーチェは不気味な程に無言のまま、 次々と砲撃魔法を繰り出して来る。ヴィータは海面すれすれを飛び攻撃を避けながら、魔力附与した鉄球を打ち出す。

 しかし攻撃は、ディアーチェの防御壁に全て跳ね返されてしまった。

 

「クソッ!」

 

 ヴィータは的を絞らせないように、ジグザグに動いて飛び出そうとする。すると不意に足元に魔法が発生した。

 ディアーチェが放ったものだ。小爆発が起こる。騎士甲冑で防ぎきれる。大した威力では無かったが、彼女の足止めには充分であった。

 ディアーチェの前面に、計5つの巨大な魔法陣が展開されていた。今の魔法はこの為の前段階だったのだ。

 

「出でよ巨重……ジャガーノート……!」

 

 ディアーチェの詠唱と共に、黒い砲撃魔法が海面上のヴィータ目掛けて発射された。 一発や二発では終わらない。大量の砲撃が撃ち込まれる。水飛沫が天高く舞い上がり、凄まじいばかりの魔力爆発が起こった。

 

「……」

 

 ディアーチェが無言で魔力爆発の残煙と、蒸発した海水の霧が立ち込める海上を見下ろした時だ。

 

「!?」

 

 不意に目の前に、飛び出して来る者が有った。

 

「アイゼン! カートリッジロード!」

 

《Jawohl!》

 

 アイゼンを振り上げるはヴィータである。砲撃の嵐をかい潜り、残煙の中密かに接近して来たのだ。

 カートリッジを吐き出し、変形したアイゼンが勢い良く推進剤を噴出させる。深紅の騎士甲冑姿が独楽の如く回転した。

 ディアーチェはデバイスを振り上げて迎え撃とうとするが、ヴィータの勢いはその上を行っていた。

 

「遅い! ラケーテン、ハンマァァァァッッ!!」

 

 アイゼンの強烈極まりない一撃が防御壁を打ち砕き、ディアーチェのボディーに炸裂した。 小石のように吹っ飛ばされた王は、悲鳴一つ上げず海面に派手な水飛沫を上げ叩き付けられる。

 

「ざまあ見ろ!!」

 

 はやてと似た姿を攻撃してしまった事の罪悪感を誤魔化すように、ヴィータは勝ち名乗りを上げた。

 海面に浮かぶディアーチェの体が光を放ち始める。その身体が光の粒子となって分解して行く。その様子にヴィータは違和感を感じた。ディアーチェの側に降下する。

 

「お前……構造体じゃ無いな?」

 

 消え掛けるディアーチェの気配が弱い。先程までは強い闇の気配がごっそり無くなっている。消え掛けているのを差し引いてもおかしかった。

 

「フハハハ……私は只の欠片よ……」

 

 海面に力無く浮かぶ欠片ディアーチェは不敵に嗤って見せる。

 

「何だと? どういう事だ!?」

 

 ヴィータの問いに欠片ディアーチェは、リインフォースが飛び去った方向に視線を向けた。

 

「……早く行った方が……良いかもしれんぞ……」

 

 謎の言葉を残し欠片ディアーチェは光となって消えたように見えた。

 

「どういう意味だ……? アイツに何か有るってのか…… ?」

 

 胸騒ぎを感じたヴィータは飛び上がり、リイ ンフォースの元へと向かう。その為消えた筈の欠片ディアーチェの異変に気付かなかった。

 

 

 

 

 リインフォースは、構造体リインフォースと激しくぶつかり合っていた。互いに同じ魔法に技術、ブラッディーダガーが激突し、レーザー状の砲撃魔法『ナイトメア』が飛び交う。

 一進一退の攻防だった。しかしリインは焦りを隠せない。構造体の方に消耗は見られないが、彼女の方は確実に体力を削られていた。

 

(何れ私の方が力尽きる……)

 

 それを見越してか、構造体リインは感情の欠けた光彩の無い瞳を向ける。

 

「壊れたその身ではもう保たないだろう……? 止めておく事だ……闇の宿命も果てしない呪いも終わらん……どこまでもお前を追って来る……

ウルトラマンと共に悪と戦ったとしても、それは消せるものではない……正義の味方にでもなった気がしていたのだろう……? だがそれは錯覚だ……」

 

「だろうな……そんな事は判っている……」

 

 リインフォースは一瞬、苦し気な表情を浮かべた。言われなくても百も承知だった。過去は無かった事には出来ない。

 

「ならば帰って来い……心も何もかも無くしてしまえば楽になる……」

 

 構造体は誘うように招く。リインフォースは思う。以前の自分ならそう思っていただろうと。だが今は……

 

「断る!」

 

 リインフォースは、今使えるだけの魔力を全開にした。後先考えないフルパワーだ。足元に展開された魔法陣から、闇色の光が構造体へと伸びて行く。

 

「終わらない呪いを、宿命をこの手で断ち切る! 我らが主達の未来の為、私はその礎(いしずえ)となろう! 来よ、夜の帳(とばり)!」

 

 リインフォースは光のレールで加速し、真っ正面から構造体に突っ込んだ。振り上げた拳が光を放つ。

 

「馬鹿め……壊れた身で私に勝てるか……!」

 

 構造体は魔力の短剣を纏めて投擲した。8本の刃がリインフォースを阻もうと高速で飛来する。しかし彼女は避けない。まともに被弾しても構わず構造体に迫る。

 

「何のつもりだ……?」

 

 構造体リインは続けて砲撃魔法を次々と放つ。それでもリインフォースは避けない。羽根の一部が切り裂かれ、騎士甲冑が裂ける。額から鮮血が飛び散った。

 

「自ら命を断つつもりか!?」

 

 初めて構造体に焦りが見えた。リインフォースはまるで自分の身を守ろうとはしない。捨て身の特攻であった。構造体も同じく拳を構える。突撃するリインの拳に電光が走った。

 

「撃ち抜け……夜天の雷!!」

 

 繰り出した互いの拳が同時に激突し、轟音が鼓膜を打ち闇色のスパークが走る。競り勝ったリインフォースの拳が、見事に構造体の中心を捕らえていた。

 

「ば……馬鹿な……っ!? 壊れているお前の何処にこんな力がっ!? うわあああぁぁぁっ!!」

 

 構造体リインは断末魔の叫びを上げる。渾身の一撃を受けたその身体は、砕け散るように闇に消え去った。

 

「やった……」

 

 リインフォースは大きく息を吐いた。消耗で崩れ落ちそうになるのを堪え、額から流れる血を拭う。

 相打ち覚悟で放った攻撃で倒せたのは、正直意外だった。何処にあんな力が残っていたのだろうと思ったが、そんな訳は無い。前とは違うのだ。

 

 運が良かったのだろうと自分を納得させ呼吸を整えると、ある術式を発動させる用意をする。その足元に三角形の魔法陣が展開された。

 

「これで後は欠片をこの身に……」

 

 厳しい表情でそう呟いた時、

 

「何するつもりだ……?」

 

 ハッとリインフォースが振り向くと、息を切らしたヴィータが背後に浮かんでいた。全速力で駆け付けて来たらしい。リインは淋しげに苦笑を浮かべていた。

 

「構造体を止めてくれたな、ありがとうヴィー タ……後は私がやる。これでもう大丈夫だ……」

 

「何が大丈夫なんだよ……?」

 

 ヴィータの真剣な眼差しに、リインフォースは僅かに目を逸らした。

 

「闇の欠片達を集めて止める……私にしか出来ない……」

 

 ヴィータにはそれがどういう事なのか、容易に察する事が出来た。全ての欠片を自分の身体に集めて、道連れにするつもりなのだ。

 

「てめーの命と引き換えにしようってのか? 馬鹿言ってんじゃねえ!」

 

「仕方が無い……本来であれば私はあの時、闇の書の闇と共に消滅する筈だった……私は決めていたのだ……この命 、主達と罪滅ぼしの為だけに使うと……」

 

 それは助かって以来、ずっと彼女が抱えて来た想いだった。自分のような存在が生き続けて良い筈がないと……

 

「このまま欠片達がアーマードを完成させる事にでもなったら、闇の書と併せて大きな被害が出るだろう……今ならば闇の書の復活も、アーマードの完成も阻止出来る……」

 

 リインフォースは哀しげに目を閉じる。

 

「更には闇の書の本体であった私が居ると、今後そのせいで主達に不利益が生じる可能性も有る……今私が消える方がいいのだ……判るな……?」

 

「ふざけんな! そんな理屈解ってたまっかよ!!」

 

 ヴィータは激昂して怒鳴っていた。だがリイ ンフォースは、ゆっくりと首を横に振り儚げに微笑んでいた。

 

「我が力の殆どは主はやてが受け継いで下さっ た……それにヴィータ、お前は本当に強くなったし、何より優しくなった……見ていて判る…… ゼロも皆と居てくれる……これで私も心残り無く、安心して主を託して逝ける……」

 

「ふざけんなあああぁぁっ!!」

 

 ヴィータは力の限り叫んでいた。その目に光るものが見える。小さな騎士はリインフォースの胸ぐらを思いきり掴んでいた。

 

「何勝手に死のうとしてんだよ! 何1人で全部背負い込んでんだよ! そんな事してはやてが、みんなが喜ぶとでも思ってるのかよ!? せっかくゼロのお陰で助かった命を無駄にする気なら、あたしはお前を許さねえ! それは只逃げてるだけだ!!」

 

「私は……」

 

 戸惑い顔を背けようとするリインフォース を、ヴィータは正面からしっかり見上げた。心を落ち着けるように深呼吸をする。言う言葉は決まっていた。

 

「あたしは"リインフォース"に死んで欲しくない! リインフォースとみんなと一緒に生きて行きたい! 償いなら付き合ってやる! はやてもゼロも、シグナムもシャマルも、ザフィーラもみんなそうだ! そんな事も判んねえのかよ!?」

 

 抑えていた感情が一気に爆発したようだっ た。ギュッとリインの胸ぐらを掴んでいた手に力を込める。その手が震えていた。

 

「悪かった……リインフォースだって辛かったのに、みんなリインフォースのせいにして…… 馬鹿だったよ……だから、謝るから死んだりするんじゃねえよぉぉっ!!」

 

「ヴィータ……」

 

 ヴィータの掛け値なしのストートな気持ちだった。リインフォースは顔を胸に押し付け震える、小さな肩にそっと手を置く。

 

 改めて考えてみると、自分が思い詰めるあまり自縛に陥っていた事に気付く。言われた通り逃避に近い。 リインは己を恥じた。

 ヴィータが居なければ、安易に死を選んでいるところだった。感謝を込めて彼女の肩を抱いていた。

 

「済まない……私が浅はかだった……」

 

「……わ……判ればいいんだよ……」

 

 謝るリインフォースに、ヴィータはようやく顔を上げる。祝福の風の両眼から、はらはらと涙が流れていた。

 

「何泣いてんだよ……?」

 

 決まりが悪いヴィータのつっけんどんな言葉に、リインフォースは泣き笑いの表情を浮かべた。

 

「初めてヴィータが、私の名を呼んでくれたからな……」

 

「おっ、大袈裟に言うなよ……」

 

 そう返すものの、自分も涙ぐんでいる事に気付いたヴィータは、頬を真っ赤にして照れ臭そうに目をごしごし擦る。

 

(ゼロ……照れ臭いけど、ちゃんと言えたよ……)

 

 心の中でそっと報告した。二度とは出来そうに無い。急に恥ずかしさが押し寄せて来たヴィータが、しがみ付いていた手を離した時だった。

 

《もう少しで滑稽な自決を見れたというに…… 不粋な事をしてくれおったな……?》

 

 突然横柄な言葉使いの声が降って来た。はやての声に酷似している。リインとヴィータは、声のした上空に目を向けた。其処には消滅した筈の、構造体リインと欠片ディアーチェが浮かんでいた。

 

「馬鹿な? お前は確かに……!?」

 

「どういう事だ!?」

 

 予期せぬ出来事に身構える2人を、構造体は先程とはうって変わった尊大な態度で見下ろす。

 

《うぬら下郎にも理解し易いように言ってやるなら、その抜け殻が自滅する為に罠を仕掛けていたと言う事よ、アハハハハッ!》

 

 声も言葉使いもディアーチェのものだ。恐らく声の主は違う場所で此方をモニターしているのだろう。ヴィータは油断無く構造体を睨む。

 

「何だと!? だったら……」

 

《その通り……本物の構造体マテリアルは此処には居ない……更には……》

 

 不意に構造体リインと、欠片ディアーチェの形がグニャリと崩れた。それに呼応するように、海面からどろりとした金属の光沢を持つ物体が次々に飛び出す。

 物体は完全に不定形となった2人と融合し、数十メートルはある8本の巨大な槍を形成した。

 

「囲まれたか……」

 

「何だこれは!?」

 

 脱出する間も無くリインフォースとヴィータは、完全に浮遊する巨槍の包囲陣に取り囲まれていた。

 

《フフフ……こやつは面白い特性を持っておってな……変幻自在な上、自ら学んで進化する事が出来る……魔法を学習したこやつが構造体達に擬態していた訳よ……貴様らを片付ける為にな!》

 

 それを合図に、巨槍が一斉にスパークを発した。凄まじいエネルギーだ。

 

《やれ、『金属生命体アパテー』……!》

 

 2人への死刑宣告を告げる、不吉な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 険しい山中を駆けていたおおとりゲンは、異常な気配を感じ取り脚を止めた。

 

「あれは……?」

 

 見上げた夜空に、光の粒子が2つ地上に降下して来るのが見えた。光は見る見る内に巨大な物体を形成する。同時に異形の影が地響きを立てて、ゲンの目前の森に落下した。

 

 鋭い鳴き声が山中に木霊す。長い首に蠍(さそり)の如く節に別れた身体。鋭い刺が突き出ている良く似た姿の2匹の凶暴な姿。

 兄弟怪獣『ガロン』と『リットル』であった。

 

 

 

つづく

 




絶体絶命のリインとヴィータの運命は? そして兄弟怪獣を前に、ゲンの獅子の瞳が光を放つ。今こそウルトラマンレオ変身の時。

次回『勇者立つや』


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第76話 勇者立つや

 

 

 

 リインフォースとヴィータを包囲した8本の巨槍に、目も眩む放電現象が起こる。放電は上空まで完全に2人を取り囲んでいた。 逃げ場は何処にも無い。放電は一斉に捕らえた獲物目掛けて放たれた。

 

「クソッ! リインフォース、アタシの側に来い!」

 

 ヴィータはリインフォースごと、周囲にクリスタル状の防御シールドを張り巡らした。凄まじい衝撃がシールドを揺るがす。シールドに見る見る内に亀裂が入って行く。

 

「ちきしょう! 何てパワーだ!?」

 

 ヴィータは歯軋りした。このまま防御シールドが破られたら、2人共消し炭になってしまうだろう。落雷など比ではない。常識を超えた放電だった。

 絶縁も全く効かない。只の放電では無かった。騎士甲冑も保たないだろう。

 

《フハハハッ! 滅っしろ下朗共っ!!》

 

 あの嘲笑う声が聞こえて来た。リインフォースも残りの魔力をシールドに注ぎ込むが、焼け石に水だった。転移魔法を使う余力も無い。

 亀裂が更に広がり、ついにシールドがバラバラに崩壊した。超高電圧の電流が一気に2人に押し寄せようとした時、

 

『デリャアアアアアアッ!!』

 

 一際高く、聞き慣れた気合いが響いた。巨大な何かが踊り込み、目前の巨槍が吹き飛ばす。陣形を崩された巨槍からの放電が途絶えた。そして盛大に水飛沫を上げてそびえ立つ雄々しい巨人の姿。

 

「ゼロォッ!」

 

 ヴィータは思わず歓声を上げた。本来の身長49メートルの大きさに戻った『ウルトラマンゼロ』であった。

 

『わりい、待たせたな!』

 

「遅っせえっ! って何で此処に!?」

 

 片手を挙げるゼロに、ヴィータは照れ隠しで叫んだ。ゼロは苦笑するように肩を竦める。

 

『はやて達と合流したんだが、何かすげえ嫌な予感がしてな……2人と連絡は付かねえしで、捜しにテレポートしまくっていたら、運良く見付けたって訳だ』

 

 ゼロは微弱な気配を感じて2人を見付ける事が出来たのだ。リインフォースに混ざり混んだウルトラマンの因子に反応したのだろうか?

 それはともかくと、ゼロは巨槍に視線をやる。只の槍では無いと身構えた。跳ね飛ばされた巨槍は海に落下すると、水銀のようにドロリと形を変え一つに集合し、巨大な人型を形成する。

 光る単眼に『カラータイマー』に酷似した 『ライフゲージ』中世の騎士の如く、銀色の鎧を纏ったような姿だ。アパテーの『ウルトラマンガイア』の姿を参考にした戦闘形体である。

 ガイアと戦ったアパテーとは別の個体の筈だが、電波を傍受し情報を集める習性などから見て、ガイアと戦った個体のデータを傍受し取り入れているようだ。

 

『見ねえ奴だな? まあいい……この野郎! 家の者をよくも可愛がってくれたな!? 只じゃおかねえぞ!!』

 

 ゼロは吼えた。少々チンピラっぽいが、本当に怒っている。先手必勝と、波を蹴立てて猛然とアパテーに殴り掛かった。

 砲弾のような正拳突きを腹に食らい、銀色の身体がよろめいた。その隙にヴィータとリインは、一旦後方に退がる。

 ゼロが追撃の拳を更にボディーに放つと、アパテーはその手を掴み、一本背負いの要領でゼロの巨体を海面に叩き付けた。

 スポーツ柔道のように、綺麗な弧を描く投げでは無い。実戦の真下に叩き付ける投げだ。戦闘不能もしくは殺す為の投げである。

 

『グハァッ!?』

 

 豪快に水飛沫を上げて、背中から叩き付けられたゼロは呻く。受け身が取れない投げだ。凄まじいパワーで叩き付けられれば、海面でも鋼鉄に叩き付けられるに等しい。

 

 アパテーは空かさず、巨大な脚で踏み潰そうとする。ゼロは腹筋だけで素早く立ち上がり攻撃を避けた。

 かわされたと見るや、アパテーは後方に飛びすさる。腰を落とし両腕をクロスさせ拳を構える、独特のファイティングポーズを取った。

 

(コイツ……やるな……!)

 

 ゼロは左手を突き出した『レオ拳法』の構えで迎え撃つ。

 アパテーは此方の世界に現れていない為ゼロは知らないが、アパテーはウルトラマンガイアの戦闘パターンを受け継いでいる。ある意味、ゼロ対初期ガイアとも言えるかもしれない。

 

『オラァッ!!』

 

 ゼロの鋭い正拳突きが飛ぶ。アパテーは拳を弾き返し、鋭いキックを放って来た。重装甲な外見に似合わぬ身軽な動きだ。

 ゼロは体を捌いてキックをかわすと、その顔面にカウンター気味の正拳突きを叩き込む。顔部装甲がひしゃげ、巨体がぐらついた。象の鳴き声のような咆哮を上げて飛び退くアパテー。

 

『くたばりやがれえぇっ!』

 

 ゼロはもう一撃お見舞いして、頭部を完全に砕いてやろうと追撃を掛ける。だがアパテーは態勢を立て直し右腕を掲げた。その腕がグニャリと形を変え、巨大な槍を形成する。

 その槍を突っ込んで来るゼロに、カウンターで繰り出した。槍に変化させた分、リーチはアパテーの方が長い。先に当たってしまう。

 

『こなクソォッ!!』

 

 ゼロはとっさに攻撃目標を変更し、槍に横合いから拳を叩き込んで軌道を反らした。すれ違う形で離れたゼロは水飛沫を上げて方向転換し、頭部の『ゼロスラッガー』2本を両手に構え、アパテーに斬り掛かる。

 アパテーも方向転換し、右腕の槍を繰り出して来た。スラッガーと槍が激突し、激しい火花が飛び散る。金属をぶつけ合うような轟音が鳴り響く。

 

『甘えっ!!』

 

 ゼロは突きの連打を紙一重でかわし、スラッガーですくい上げるようにして、槍を根本から叩き斬った。 直径5メートル以上はある切り落とされた槍が落下し、アパテーは海面に倒れ込む。

 

『止めだ!』

 

 ゼロが『ワイドゼロショット』を放とうと左腕を伸ばした時、突如海中から次々と巨大な槍が飛び出して来た。

 

『何だと!?』

 

 振り向いたゼロの後ろで、倒れていたアパ テーの身体がグニャリと変形し、再び8本の巨大な槍に姿を変える。

 

『しまった! もう1体居たのか!?』

 

 気付いた時は既に遅かった。ゼロの周りに、計16本の槍が次々と突き刺さり檻を形成する。完全に閉じ込められてしまった。

 ゼロは檻を砕いて脱出しようと拳を振り上げるが、逃さんとばかりに凄まじい電撃が四方から襲う。

 

『グァアアアアアアッ!!』

 

 全身を強力な電流が駆け巡る。一度はガイアをダウンさせた程の攻撃だ。それが2体分。身を焼く電撃にゼロは苦痛の叫びを上げる。完全に捕らえられ脱出出来ない。だが……

 

「ラケーテン・ハンマァアアアッ!!」

 

「夜天の雷っ!」

 

 闇夜を赤い光と紫の魔法光が翔ける。檻の一部に、ヴィータとリインフォースの同時攻撃が炸裂した。巨槍数本が吹き飛び、檻の一部が崩れる。バランスを崩した包囲陣からの電流攻撃が弱まった。

 

『ありがてえっ!』

 

 ゼロはその隙に檻を力任せに打ち破り、一気に外に飛び出した。

 

『悪い、助かったぜ!』

 

 距離を取って海面に降り立ったゼロは、頭上に浮かぶヴィータとリインフォースに礼を言う。

 

「ったく、ゼロは搦め手に弱いな……」

 

 ヴィータは憎まれ口を叩くが、ゼロを心配しての事だ。 戦闘能力は凄まじいが、正統派で真っ正面からの堂々とした戦いをして来たゼロは、搦め手や汚い手段に遅れを取る事がある。

 

 その点様々な戦いを経験し、戦闘経験に勝るヴィータには心配になる事がある。尤もそれはゼロに限らず、ウルトラ戦士特有のものかもしれない。

 

 しかし他のウルトラ戦士は経験で補う事が出来る。だがゼロはまだ若い。経験で補うにはまだまだだ。こればかりはどんなに強くとも仕方が無い。

 その辺りは自分達がフォローしなくては、と思うヴィータだった。

 そんなヴィータを見てリインフォースは微笑んだ。少女の心配はお見通しらしい。

 

「まったくゼロは、手が掛かってしょうがねえ な……」

 

 内心を見透かされた鉄槌の騎士は、ぶつくさ言いながらアパテーの変化した槍目掛けて突っ込みむ。

 

「リインフォース無理すんなよ? 病み上がりだろ」

 

 共に敵に向かうリインフォースを気遣った。祝福の風は微笑を浮かべる。

 

「まだ行ける……これ位どうと言う事は無い…… 一緒に戦わせてくれ!」

 

「ったく……判ったよ!」

 

 リインの頑固さにヴィータは苦笑すると、 『グラーフ・アイゼン』を構えて敵に備える。 勿論リインをしっかり守るつもりだ。

 

 一方巨槍群は再び集合し、2体のアパテーとなり3人に襲い掛かる。それと同時にゼロの 『カラータイマー』が点滅を始めた。

 思ったより長く引っ張り回されてしまっている。どうも向こうの動きもそう見えた。

 

『行くぜ! この野郎っ!!』

 

 ゼロは舌打ちしたい気分に駆られたが、今は戦闘に集中する。スラッガーを片方に投擲した。銀色の刃は白 熱化してアパテーの肩口を切り裂く。

 ヴィータとリインフォースはもう1体の顔面を狙い、砲撃魔法を撃ち込んだ。単眼にまともに攻撃を食らったアパテーにダメージは少ないようだが、一瞬視界を奪われよろめく。

 

 攻撃を受けた2体のアパテー達の肩がぶつか る。一ヶ所に集められた形となっていた。3人がそのように誘導したのだ。言葉など交わさなくとも考える事は同じだった。

 

「行けゼロォッ!」

 

「今だ!」

 

『オオッ!!』

 

 ヴィータとリインフォースの合図にゼロは、 左腕を水平に挙げた。エネルギーが集中し、L 字形に組んだ右腕から放たれる光の奔流『ワイドゼロショット』の掃射がアパテー達に炸裂する。

 

 火花と白煙を上げて、アパテー達は盛大に水飛沫を上げて海に倒れ込んだ。ピクリとも動かない。反応もまったく無い。

 倒したと3人はようやく緊張を解いた。ヴィータとリインフォースは、ゼロの巨大な顔の直ぐ側に降下する。ヴィータはニヤニヤ笑う。

 

「これで一つ貸しだな? 夕食のデザートはアタシに寄越せばチャラにすんぞ」

 

『何言ってやがる、その前に助けただろうが? おあいこだ。お・あ・い・こ!』

 

 何時も通りの低レベルな話をするヴィータとゼロに、リインフォースは思わずプッと吹き出してしまった。

 

「本当にヴィータとゼロは、兄妹のようだな……?」

 

 それを聞いたヴィータは、人の悪い笑みを浮かべてゼロを見て腕組みする。

 

『それにしちゃあ、頼り無い兄貴だなあ……アタシが姉貴でいいんじゃね? なあリインフォース?』

 

『ヴィータお前……頼り無えとは何だ?』

 

 などと返すゼロだが、ヴィータがしっかりとリインフォースの名前を呼んでいる事に気付く。

 

(そうか……頑張ったなヴィータ……)

 

 とても嬉しくなった。飛び上がりたい位だ。妹を心配する兄の気持ちとは、こういうものなのだろうと思う。だがそこでハタと重大な事に気付いた。

 

(やべえ……ヴィータが頑張ったって事は、俺も師匠にちゃんと謝らねえと駄目って事か……? 先を越された…… )

 

 情けないながら、まだ心の準備が出来ていないゼロは非常に困ってしまった。

 まさか意地っ張りのヴィータが、自分より先にリインフォースと仲直りするとは思っていなかったのであ る。ヴィータとリインフォースは、下を向いてぶつぶつ呟いているゼロを見て首を傾げた。

 

 そんなほっこりしたやり取りをしていた3人の背後で、倒された筈のアパテー達の単眼が光を発していた。

 アパテーには再生能力が有る。ガイアもそれで絶体絶命の危機に陥ったのだ。ゼロ達はまだ気付いていない。巨人達はその腕に再び槍を形成する。

 

《危ないゼロ兄っ!》

 

 その時不意にはやての声が頭の中に響き、強力な砲撃魔法がアパテー達に撃ち込まれた。背後からゼロに襲い掛かる寸前であった。

 

『貴様ら、まだ生きていたのかぁっ!?』

 

 まだ動いている2体に、ゼロはワイドゼロショットを更に撃ち込んだ。止めを受け、流石に再生能力の限界を超えたアパテー達は、大爆発を起こし粉々に吹き飛んだ。

 

「はやて!」

 

「我が主……」

 

 破片が舞う中、夜天の空から6枚の羽根を広げて降りて来たのは、彼女達の主であった。その後にシグナム、フェイトになのは、アルフにシャマル、ザフィーラが続く。

 その小さいながらも頼もしい姿を見てヴィータは、やっぱり最後の締めははやてだな、とつくづく思った。

 

 

 

 

 

 

 ゼロ達がアパテーとの戦闘に突入したのと同時刻。色の無い静まり返った森に、2匹の恐獣の鳴き声が響き渡った。ガロンとリットルは大木をなぎ倒しながらゲンに迫る。

 

 身体が以前現れたものより一回り大きい。各部のトゲや牙はより凶悪に鋭く長くなっている。強化されているようだ。対峙するゲンのテレパシー回線に連絡が入った。

 

《おおとりさんユーノです。数分でそちらに着きます!》

 

 ユーノからだ。到着したらしい。ゲンはタイミングが良いと、

 

《ならば此方に近付かず、この辺り一帯に結界を張ってくれ。ユーノ君は結界の維持に努めて欲しい。奴らの火力は並みでは無い》

 

《分かりました!》

 

 返事と共に、辺り一帯の風景が色を失い、結界に包まれる。それと同時だった。頭部に一本角が有る兄ガロンが凶悪な顎を開くと、花火の如く無数の光弾が発射された。

 ゲンの周囲が立て続けに爆発し、樹木が吹き飛び爆炎が吹き上がる。生体ロケット弾だ。やはりゲンを狙って来る。

 

 ゲンは地を蹴って跳躍すると、周囲の大木を蹴って更に数十メートルは跳躍し、三角飛びの要領でロケット弾の攻撃をかわす。常人など及びも付かない身体能力と跳躍力だが、それでも限界は有る。

 

 兄弟怪獣は周囲を火の海と化しながら、執拗にゲンを追う。闇夜に爛々と凶気に満ちた赤い眼が輝いた。

 

(本拠地が近いらしいな……怪獣を差し向けて来るとは何者だ……? しかもガロンとリットルとは……)

 

 ゲンは炎と爆発を避けながら敵の動向に考えを巡らす。『アーマードダークネス』の情報は既に聞き及んでいる。

 その事から推測するに、自分に対して兄弟怪獣を差し向けて来た事は偶然では有るまい。兄弟怪獣が揃えば、レオを上回るという過去のデータを持っているのだろうとゲンは推測する。

 

(恐らく……俺を倒せても倒せなくとも、どちらでも良いのだろう……)

 

 更にゲンはそう考える。勝てば良し、勝てなくともエネルギーを消耗させる事が出来る。そこまで計算しているのだろう。容易な相手では無いと思った。

 

 ゲンは腕に填めている青いランプが灯ったブレスレットに目をやる。新たに改良追加機能を盛り込んだ次元移動ブレスレットだ。 これで『光の国』からやって来たのである。

 使用制限は無い。太陽エネルギーをチャージする事で何度も使用が可能だ。その分のエネルギーを変身エネルギーに転換する事も出来る。

 『ウルトラコンバーター』と 同じ機能を持っているのだ。ただしチャージには時間が掛かる上、短時間の連続使用は出来ない。身体の負担もある。

 

 つまり今変身すると、 チャージしたエネルギーを使わざる得ないのだ。エネルギーを節約しても、後一度の変身が限度という所だろう。

 『アーマードダークネス』の事も有る。無駄な消費は避けたいところでは有るが…… ゲンは炎の中で、超然と兄弟怪獣を見上げた。

 

「やむを得んな……」

 

 その双眸が射抜くような光を放つ。周囲の炎が眼光に威圧されるが如く退いた。ゲンは両手を剛剣のように振り上げる。僧衣の袂(たもと)が煽られて舞った。熱風を吹き飛ばす拳を繰り出しゲンは叫ぶ。

 

「レオォオオオオッ!!」

 

 左指の『レオリング』の獅子の瞳が、鮮烈な光を放った。ゲンの身体が超人『ウルトラマンレオ』に変換されて行く。

 爆発的な蒼い光に包まれて、真紅の巨人が大地を揺るがし兄弟怪獣の前に降り立った。獅子の鬣(たてがみ)の如き頭部、くっきりした雄々しき風貌。ウルトラマンレオ参上である。

 

『エイヤアアアッ!』

 

 左手を突き出したレオ拳法の構えと共に、レオの裂帛の雄叫びが森に木霊す。その闘気と気合いに、空気がびりびりと震えた。

 

 ガロンとリットルは、凶暴な唸りを上げて殺到する。レオは同時に迫る兄弟怪獣の中央を、素早く飛び越えていなす。

 直ぐ様方向転換して襲い来るリットルの鋭い爪をレオは僅かに身体を捻ってかわし、前蹴りを腹部に叩き込んだ。よろめくリットル。追撃の拳を振り上げるレオの後方からガロンが迫る。

 

 巧みなコンビネーションだ。片方が危機に陥ればもう片方が空かさず援護を入れ、同時に攻撃を行う。単体より、2匹の時の方が威力を発揮するのだ。

 このコンビネーションの前に、以前のレオは兄弟怪獣に敵わず、アストラとのタッグでようやく撃滅する事が出来たのだ。

 今アストラは居らず、ゼロもアパテーと戦っている最中である。果たしてレオは兄弟怪獣に勝てるのだろうか?

 降り下ろされる凶器の爪の一撃。しかしレオは、まるで後ろに目が有るかのようにガロンの右腕をいなして掴み、その突進力をも利用し投げ飛ばした。

 巨体が大地を震わせて、豪快にまともに頭から落下する。怒り狂ったリットルがロケット弾を連続発射して来た。 レオの真紅の身体が宙を舞う。

 

 爆発が巻き起こり炎が吹き上がる中を、連続してバク転しロケット弾の乱射から離脱する。起き上がったガロンも加わり、ロケット弾の掃射が暴風雨の如くレオに降り注いだ。その火力は凄まじい。

 

「なっ、何て火力だ!?」

 

 ユーノは結界を維持するのに苦労した。下手をすると破られてしまう可能性が高い。結界を張っていなければ山が消し飛び、甚大な被害が出ているだろう。

 MACに最大の被害をもたらした破壊力は健在だ。 しかしレオに当たらない。紅蓮の炎の中を軽々と飛び交う姿は、まるで炎の化身のようだった。

 

『イヤァアアアッ!』

 

 ロケット弾の雨を全て避けきったレオの身体が、矢の如く空を飛ぶ。兄弟怪獣の頭上を軽々と越えて真後ろに着地すると、2匹に纏めて後ろ蹴りを叩き込む。

 ガロンとリットルは樹木をなぎ倒し、森を更地にして地面に突っ込んだ。だが流石にしぶとい。身を起こすと、怒り狂って突撃して来る。レオは退かない。真っ正面から大地を蹴って竜巻の如く側転する。

 

『エイヤアアアッ!!』

 

 その反動をも破壊力に転換して、2匹にダブルキックをお見舞いする。再び地面に倒れ込むガロンとリットル。

 かなりのダメージを受けた筈だが再び立ち上がると、ガロンの角が閃光を放った。それに呼応してリットルの頭部から肉を突き破って角が生えた。

 その角が同じく閃光を放つ。2匹の光が空中でスパークすると、レオ目掛けて凄まじい落雷状の破壊光線が放たれた。

 

 以前は無かった攻撃だ。どうやら以前現れたリットルは幼体だったらしい。成体になると2匹合わせてこのような攻撃が出来るようだ。

 破壊光線が森を焦土と化し、樹木が吹き飛び土砂が爆発したように舞い上がった。まともに食らってはレオでも危ない。

 しかし獅子の戦士は恐れる事無く、兄弟怪獣に向かって飛び出した。破壊光線の中を疾風の如く疾走する。

 破壊光線は次々とレオの周囲に着弾し、破壊の槌(つち)を振るう。だが当たらない。恐るべき動体視力と体術で、全ての攻撃を最小限の動きでかわしていた。

 

 数千年の間、己の技と力を磨き抜いて来たレオに取っては何程の事も無い。敵が持っているデータはあくまで過去のもの。今のレオにとって、強化された兄弟怪獣など、ものの数では無かった。

 

『タアアアアッッ!!』

 

 破壊光線を飛び越えて、真紅の巨体が宙を舞う。その右脚が炎の如く赤熱化した。

 空気を切り裂き唸りを上げる『レオキック』が、ガロンの頭部を粉々に蹴り砕き上半身ごと爆砕する。

 更に既に骸(むくろ)と化したガロンの身体を足場に跳躍し、炎の拳『レオパンチ』をリットルの腹部に深々と叩き込んだ。

 炎の拳はリットルの鳩尾をぶち抜き背中まで突き抜け、勢い余って腹に風穴を穿つ。レオが大地に降り立つと同時に、兄弟怪獣は断末魔の声を上げる間も無く粉々に吹き飛んだ。

 この間僅か1分。ガロンとリットルは、レオに触れる事すら出来なかった。恐るべき手並みであった。格闘戦最強は伊達では無いのだ。

 ユーノがあまりの凄まじさに、しばし言葉を失う程の迫力である。正に雄々しき獅子の戦士。炎の中にそびえ立つレオは、静かに腕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

「ふん……両方共倒されたか……使えぬ奴らよ……」

 

 薄暗い結界内で、その様子をモニターしていたディアーチェに似た女は、詰まらなそうにぼそりと呟いた。

 

「まあよい……今はな……目的は充分に達した……奴らにエネルギーを消費させ、完全に気配を絶った今、鎧と砕け得ぬ闇覚醒まで時間は稼げよ う……後はあの下郎共次第だが……?」

 

 そこで女は背後に鎮座している『アーマードダークネス』の破片に視線を向けた。邪悪な気配が更に増している。軋むような音も以前より高くなっていた。

 

「せいぜい踊るがよい……」

 

 女は暗い表情で暗黒の鎧を見上げるのが、複雑そうに視線を落とす。

 

「……主様……」

 

 呻くように低く、哀しげに呟いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 星明かりに照らされる山中を、3人の少女が探し物を求めて、あちこちをうろついていた。 ディアーチェ、レヴィ、シュテルのマテリアル達である。

 ディアーチェは見付からない事に苛立って悪態を吐きながら探し、レヴィは茂みに頭を突っ込んでお尻だけピョコンと出ている。シュテルは至って冷静に、黙々と周囲を探っていた。

 そんな感じで各自が手分けして探し回っていると、

 

「王……レヴィ……有りました……」

 

 シュテルがポーカーフェイスのまま、2人を手招きした。一抱えは有りそうな黒い破片を頭上に掲げて見せる。

 

「有ったか!?」

 

 王こと、ディアーチェは表情を明るくし駆け寄る。レヴィも大喜びで駆け寄って来た。

 

「凄いやシュテるん!」

 

「良くやったシュテル、誉めて取らす!」

 

 大喜びの2人に、シュテルはやっぱりポーカーフェイスのまま胸を張る。

 

「エっヘン……」

 

 いたって低く自慢した。表情はほとんど変わらないが嬉しいらしい。3人はやっと見付けた漆黒の破片を、目を輝かせて囲んだ。

 

「フフフ……これで『皇帝の鎧』は甦る……そして復活させた『砕け得ぬ闇』に装着させれば、我らに恐れるものなど無くなるぞ! ア~ッハッ ハッハッハッ!!」

 

 高笑いするディアーチェの頭の中で、パチモノくさい巨大ロボットが黒い鎧を装着し、大暴れする姿が有り有りと浮かんでいた。

 ハッキリ言って非常にカッコ悪かったが、残念ながら頭の中なので指摘してやれる者は居なかった……

 

 

 

つづく

 




次回『我は闇統べ王様や』


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第77話 我は闇統べ王様や

 

 

 

 

 眼前には、無惨に破壊され尽くした世界が広がっていた。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……

 

 『それ』は何一つ動く者の無い世界で、独り絶望に暮れる。

 遥かな昔人だった『それ』は、人だった頃の記憶が薄れ行く中でも、哀しき事に感情まで失ってはいなかった。それはむしろ 『それ』を苦しめる結果にしかならない……

 自分は目覚めたなら、また破壊の限りを尽くすだろう。そして『それ』は自らを止める事は出来ない。

 

 自分は触れるもの全て、近付くもの全てを破壊してしまう、制御不能の死の使い……

 

 お願い……来ないで……

 

 『それ』は全てのものから逃げるように、目を耳を塞ぎ、ひたすら殻の中に閉じ籠ろうとする。だがそれは、哀しい程意味を成さなくなっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴湾上空。はやてらと合流したゼロ達は、 一旦回復に努めていた。ヴィータとリインフォースは、シャマルの回復魔法を受けているところだ。

 ゼロは人間形態でザフィーラの背中に乗せて 貰っている。人間形態では宙に浮かんでいる事も出来ないので、こうしているしか無い。

 

「ちぇっ……かなりエネルギーを使っちまった……悪いなザフィーラ」

 

 これで何か有ったら、ブレスレットのエネルギーを使うしか無い。まんまと良いように引っ張り回されてしまった形だ。

 

「気にするな……今は出来るだけ身体を休めておけ……」

 

 残念がるゼロを狼ザフィーラが労る。その言葉に今は甘える事にした。やれやれと思ってふと横を見ると、回復を終えたリインフォースとヴィータが何やら話していた。

 

「ヴィータ……本当に大丈夫か……?」

 

「大丈夫だって、まったくリインフォースは心配性だな……って、撫でるな! 近い近い!」

 

 心配するリインが世話を焼こうとして、ヴィータが慌てているようだ。本当に良かったとゼロが染々していると、はやてが傍らにやって来た。

 

「ゼロ兄……2人上手く仲直り出来たみたいやね……?」

 

「ああ……ヴィータも頑張ったみたいだ……」

 

 ゼロは妹を見守る兄のように誇らしげに笑った。自分との約束のお陰などと、自惚れるつもりは無い。本当に頑張ったのだろうと思った。

 

「ちょう心配やったけど、良かった……」

 

 はやては2人を見て、慈母のような眼差しをする。まったく小さなお母さんだなと、ゼロはおかしくなった。するとシグナム達もゼロ達の周りに寄って来る。

 

「どうやら、上手く行ったようですね……?」

 

「ヴィータちゃん、リインフォースの名前を呼んでるわ……良かった……」

 

 シグナムは微笑を浮かべ、シャマルは目を潤ませている。ザフィーラも紅い目を優しげに細めていた。皆2人の事が心配だったのだ。

 その事も相まって、ゼロは緩みそうになる涙腺を必死で堪えた。どうも自分は涙腺が人より緩いのではないかと少し心配になる。

 なのは達はそれがどういう事なのか把握していないが、微笑ましい光景だという事は判った。

 

「何見てんだよ? リインを何とかしてくれよ おっ!」

 

 リインに揉みくちゃにされ、助けを求めるヴィータを見てゼロは、まだ事件の最中ではあるが温かなものが心を満たすのを感じるのだった。

 しかしそんなゼロの想いを他所に、ヴィータは矛先を他所に逸らすべく、非情にも別の生け贄を捧げる手段に出た。

 

「そっ、そう言えばはやて、リイン、あのゼロ可愛いかったよなあ?」

 

「確かに……」

 

「まったくやったなあ……」

 

 応えたリインとはやては、ちびゼロを思い出しほんわかした表情になる。

 

「はっ?」

 

 何を言っているか判らないゼロに、シグナム、フェイト達が、妙に温かい眼差しを一斉に向けて来る。

 

「どうした、みんな……?」

 

 こそばゆいものを感じ聞いてみるが、皆にこやかに微笑むだけである。とても居心地が悪い。するとはやてが愛でるように、染々とゼロの 顔を覗き込んだ。

 

「いやあ……ゼロ兄可愛かったなあって……」

 

「なっ、何の話だよ?」

 

 ゼロはすごく嫌な予感を感じた。シグナムも妙に温かな微笑を浮かべてはやてに、

 

「それは見たかったですね……此方は随分と荒れていましたよ主……」

 

「えっ、小さいゼロ? 良いなはやて……」

 

 フェイトは目を輝かせた。思念体ゼロと出会していないなのはは首を捻っている。はやては興味深そうに身を乗り出した。

 

「ほう……そっちも見てみたかったなあ……グレてた時のやな?」

 

「ええ……それはもう……とても荒れていましたよ……」

 

 シグナムが微笑して答えている。フェイトはコクコク頷いて相槌を打つ。はやてはそこで、自らのデバイスを示した。

 

「『シュベルトクロイツ』に記録映像が残っとるから、後でコピーしたるわ」

 

 しっかり撮ってあったようだ。しかし本人には堪ったものではなかろう。

 

(一体何の話をしてんだ!?)

 

 ゼロはとてつもなく嫌なものを感じ、背中に嫌な汗を掻いてしまう。 言ってみれば、昔書いた痛い台詞満載の黒歴史ノートを誰かに見られたような、のた打ち回りたくなる感覚である。

 実質高1年程で、今も厨二台詞全開のゼロだが、真相を知ったら果たして耐えられるであろうか。

 

(何だか知らんが、これは関わり合いにならない方が良い!)

 

 追求しない方が身の為なような気がして、一生懸命聞こえないふりをするゼロであった。賢明な判断である。その隙にリインから逃れたヴィータは、ホッと一息吐いたのだった。

 

 

(う~ん……)

 

 何とか落ち着き、各自が仕入れた情報交換をしている中、はやてはマテリアル達とは違う者の存在が見え隠れしているのを感じていた。

 どう考えてもリインとヴィータへのやり口と、皆から聞いたマテリアル達との印象が一致しない。

 

(何者やろうか……?)

 

 状況を整理してみる。マテリアル達に『アーマードダークネス』の事を教えたのは恐らく背後に居る者の仕業だろう。

 ゼロの世界のものを、マテリアル達が知る訳が無い。ゲートが開いてからそう経ってはいないのだ。知っている方がおかしい。

 

(アックスなんやろうか……? でもなあ……)

 

 『ウルトラセブンアックス』の事が浮かぶが、少し違うような気がした。リインフォースとヴィータから聞いて感じたのは、憎しみとでも言うのだろうか。

 愉快犯的なアックスのやり口とは、また別人のような気がする。

 考えを纏めあぐねていると、クロノが合流して来た。ゼロは早速状況を尋ねてみる。

 

「クロノ、他はどうだった?」

 

「思念体の発生は一旦収まったようだが、まだどうなるか分かったものじゃないな……」

 

 クロノは難しい表情で応える。他の者同様次々と思念体と遭遇したようだが、取り敢えず今は思念体の発生は落ち着いて来ているらしい。

 

「皇帝の鎧か……ゼロ、君はその『アーマードダークネス』と直接対峙した事はあるのか……?」

 

「俺は無い……師匠も無いな。親父が抑える為に自分で着て封印した事はあるそうだが……後はメビウスと仲間の『レイ』が一度戦ってる。相当な強敵らしい。中身が無いだけマシらしいがな……」

 

「そうか……」

 

 『ウルトラマンメビウス』こと『ヒビノ・ミライ』も此方に派遣される事になっているが、まだ到着には間がある。ドキュメントデータで推測するしか無いようだ。クロノは一同を見回した。

 

「『アーマードダークネス』もだが、思念体の方も放って置く事も出来ない。元を叩かないと何時また発生するか判らないからね……それとおおとりさんと連絡が付かないんだが……」

 

 そこまで言ったところで、クロノの端末に通信が入った。ゲンとユーノからだ。ゲンから今までの経過を聞いたクロノは確認を取る。

 

「それでは、おおとりさん達が居るポイントの近くに?」

 

《ウム……怪獣を差し向けて来た事からも、おそらく近くに隠れ家がある筈だ……移動した可能性も有るが、何らかの手掛かりが掴めるかもしれん……》

 

「分かりました、僕達も至急そちらに向かいます」

 

 敵の本拠地らしき場所の手懸かり。早急に向かった方が良い。アーマードも欠片も敵の中枢を叩けば、一挙に解決出来る可能性が高い。

 全員でそちらに向かう事になった。向かう途中はやては、ふと疑問に思う。

 

「でも、本当にアーマードだけなんやろうか……?」

 

「何で、はやてはそう思うんだ?」

 

 ザフィーラの背中のゼロが聞いてくる。そう言うゼロも妙に思っているようだ。

 

「いくら何でも、コントロール出来ると思っとるんかな……? 話を聞くだけでも、相当不味いもんやない?」

 

 『アーマードダークネス』はエンペラ星人以外に装着する事は難しいと言う。専用に鋳造されたものなのだ。

 エンペラ星人以外が装着すると、逆に鎧に体を乗っ取られたり吸収されてしまう。ウルトラセブンやメビウスでさえ、単身では押さえきれなかったのだ。ザフィーラは頷いた。

 

「主もそう思われますか……?」

 

 彼もそう感じたようだ。初めて扱う者が、ろくすっぽ知りもしないものを自在に操れると思うのも変な話だ。はやては首を捻る。

 

「何かまだ他にあるのかもしれへんなあ……例えば、最初からコントロールする気が無いとか……」

 

 言ってしまってから不吉だなと思う。それはつまり、無差別破壊をさせる為だけに、アーマードを復活させようとしている事に他ならない。

 だがディアーチェ達がそこまでするだろうか。やはり妙だ。傍らで黙って聞いていたシグナムは、少し考え込んだ後口を開く。

 

「有り得るかもしれませんね……レヴィ達は何者かに吹き込まれて、コントロール出来ると思い込んでいるだけなのかもしれません……」

 

 無邪気なレヴィを思い返す。ゼロはしばし黙り思考を巡らした。ヴィータとシャマルは直接マテリアル達と会っていないので、何とも言えない。

 そんな中リインフォースは、しきりに首を傾げているようだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、結界内に意気揚々と戻ったディアー チェ達は、たいへん盛り上がっているところであった。

 

「やったぞ、これでアーマードは揃う。これで後は『砕け得ぬ闇』さえ復活すれば、アーマードをコントロール出来、我らは自由となり、何者にも脅かされぬ無敵の存在となろう!」

 

「凄いや王様、やっぱり格好いいんだろうね?」

 

 レヴィは目を輝かせて、ワクワク顔で尋ねた。ディアーチェは腕組みして不遜に含み笑いする。

 

「ふふふ……表面上の格好など些末な事だが…… 塵芥(ちりあくた)共がその恐るべき偉容に、平伏すのは間違い無かろう……」

 

「……」

 

 シュテルは2人の会話から『アーマードダークネス』を纏った『砕け得ぬ闇』を想像してみる。

 ディアーチェとレヴィの頭の中では、黒い羽根を生やした、パチものくさい巨大ロボットのようなもので固まっているようだが、シュテルはどうも違うような気がした。

 

(まだ私達の記憶は、完全になっていない……)

 

 本来なら『砕け得ぬ闇』の詳細も判る筈なのだ。何しろ彼女達は『砕け得ぬ闇』を含めての一個のシステム、揃って一つなのだから。

 しかしまだ完全では無い彼女達には、その記憶が完全に戻っていない。シュテルは思う。あのディアーチェを成長させたような女は、本来ならまだ不完全である筈の自分達の力を取り戻させてくれた。それは確かだ。

 

 あの女が居なければ、今頃半覚醒状態のままで、寝惚けたままあっさりやられていたかもしれない。だがシュテルは、あまりに都合が良すぎるのが気になっていた。

 

 何故あの女はここまでしてくれるのか。この世界での同一存在だからと言う言葉も、どこまで信用出来るのか。

 本当だとしても、ここまでするのは何故なのか。無論彼女達は、あの女が『アーマードダークネス』を集めさせる為に彼女達を利用しているのを知らない。それだけでは済まなそうな事も。

 

(そこが墓穴にならねばいいのですが……)

 

 それらを知るよしも無いが、シュテルは持ち前の思慮深さで、クールフェイスのまま頭を捻っていると、

 

「無い! 無いぞ!?」

 

「あれえっ? 無い!?」

 

 ディアーチェとレヴィの素っ頓狂な声が耳に入った。シュテルがそちらを見ると、確かに在った筈の『アーマードダークネス』の欠片の塊が影も形も無くなっている。

 

(まさか……あの女が持ち逃げした?)

 

 流石にシュテルも動揺してしまう。表情に出たのは本当に極僅かであるが。やはり裏切られたのかと拳を握り締めると、

 

「アーマードは念の為、一旦他所に移した……」

 

 いきなり背後から声がする。振り返ると、ディアーチェに似たあの女が、幽鬼のようにユラリと後ろに立っていた。相変わらず全く気配を感じ取れない。

 

「どう言う事だ!? 我らに断りも無しに!!」

 

 ディアーチェが食って掛かるが、女は王の怒鳴り声を微風のように軽く聞き流す。

 

「慌てるな……奴らが近くまで来ている……此処が見付かるのも時間の問題だった……それで鎧を別の場所に移したのだ……」

 

 その為に『ウルトラマンレオ』に、兄弟怪獣を差し向けたのである。その隙に『アーマードダークネス』を他所に移したのだ。

 

「何だと!? おのれ塵芥供が!」

 

 ディアーチェはぐぬぬと歯軋りする。女は こでニヤリと、意味ありげに笑みを浮かべた。

 

「そこでうぬらには少しの間、下郎共の目を逸らしてもらおうか……」

 

「目を逸らす……? もしや……」

 

 ディアーチェの瞳に鋭いものが射す。女は横柄に頷いた。

 

「そうだ……『砕け得ぬ闇・アンブレイカブルダーク』『U-D』の位置を今少しで特定出来る……捕捉したなら連絡を入れよう……復活には制御ユニットにあたる『紫天の書』を持つ、うぬの力も必要だ……それまであやつらの目を逸らせ……」

 

 女は色々画策する中で、着実に『砕け得ぬ闇』をも復活させる算段を整えていたようだ。

 

「陽動が済んだら、此方で奴らへは追跡妨害をかけておく……うぬらの望みはもう直ぐ叶う…… 任せておけ……」

 

 女の言葉にディアーチェは、傲岸不遜な笑みを浮かべると2人の臣下を振り返る。

 

「判った! レヴィ、シュテル、此処が正念場だ! 奴らに目にもの見せてやろうぞ!!」

 

「おお~っ!!」

 

「はい……」

 

 3人のマテリアルは、景気よく気勢を上げるのだった。果たしてその先には……

 

 

 

 

 ゼロ達は山中で無事、ゲンとユーノと合流していた。そこでマテリアル達のデータを見せられたゲンは、もう1人のレヴィの事も含めて初めて聞き、流石に驚いたようだ。

 

「そんな事情が有ったのか……あの子、レヴィがマテリアルの1人とはな……」

 

「おおとり殿も、レヴィの事を知っておられたのですか……?」

 

 両方のレヴィと出会しているシグナムは、意外に思い聞いていた。ゲンは巌の如く静かに頷いた。

 

「少し縁が有ってな……何かしら正体を隠す仕掛けでもしていたのだろうが、正直あの子に邪悪なものは感じなかったのだ……」

 

「そうですね……私も同じ事を思いました……」

 

 シグナムは何とも憎めない少女を思い浮かべ、つい微苦笑してしまう。ゼロは横でその話を聞いていて思い出す。

 

(そう言えばあの子……ディアーチェ……一生懸命にあれを見ていたな……)

 

 あの表情は見た事が確かに有る。…… フェイトも、同じくその意見に賛成した。

 

「クロノ……私もあの子達がそんなに悪い子達と思えないんだ……」

 

「私もちょっと物騒だったけど、話して判らないような人達じゃない気がするんだ」

 

 なのはも訴える。色々物騒な子ではあったが、陰湿なものは感じなかったのだ。

 クロノは難しい顔をする。確かに出会った皆の感想を聞く限り、どうやら悪人という訳では無さそうであるが……

 

「だが……本人達に悪気が無くとも、その行動の結果が事態を悪くしてしまう事が多々ある……『アーマードダークネス』が良い例だ……」

 

 最もな意見だ。クロノは執務官という仕事上、そんな例を沢山見てきたのだろう。悪意なき破滅と言うべきものを。

 最悪の事態を引き起こすのは、何時も悪意だけとは限らない。フェイトとなのはは項垂れるが、クロノは苦笑を浮かべて見せた。

 

「たが、それならまずは話してみるのが一番良いだろう……皆もそれで良いかい?」

 

 流石は話が分かる。この少年執務官は人情家だ。偽者の時もゼロの為に奔走してくれものだ。ゼロは嬉しくなってしまい、体育会系のノリでクロノの肩に手を回し、ポンポン背中を叩く。

 

「クロノは良い奴だなあ……話が分かるぜ」

 

「なっ、何でも力に訴えるのは良くないだろ?」

 

 クロノは照れ臭そうな顔をする。そのやり取りを見てはやては思う。

 

(何か、学級委員長と、クラスのやんちゃな問題児がじゃれとるみたいやなあ……)

 

 何だかとてもしっくり来る。可笑しくなってしま い、クスッとしてしまった。それに気付いたゼロとクロノは首を傾げた。

 

 探索は手分けしてあたる事になった。はやてはリインフォースと、休息し等身大に変身したウルトラマンゼロとである。

 等身大ならエネルギーの消耗は少ない。いざとなった時の巨大化にも支障は無いだろう。

 他はヴィータになのは、シャマルとで一組。シグナムにフェイト、アルフで一組。クロノにユーノ、ザフィーラで一組だ。ゲンは人間体で地上から乱れを探す。アースラも各種センサーで探索する事になった。

 

 

 

 

 ウルトラマンゼロとはやて、リインフォースの3人は、深い森の上空をゆっくり飛んで、異常を探していた。 念の為この辺り一帯の広い範囲に結界が張られている。

 『アーマードダークネス』や、また怪獣でも現れると被害が出る可能性が高いので、当然の措置と言えた。

 しばらく辺りの反応を、注意深く探っていたリインフォースは何か感じたらしく、

 

「向こうに僅かな反応を感じます……しかし……?」

 

「どうかしたんかリイン?」

 

 はやての問いに、リインフォースは形の良い細眉をひそめた。

 

「どうもおかしいのです……」

 

『おかしいって、まさか『ダークザギ』のせいで、欠片が異常をきたしたとかか?』

 

 ゼロの声に緊張が走る。そんな事になったらおおごとだ。しかしリインは首を横に振った。

 

「それは無い……そういう訳では無いのだが…… 本当に構造体なのだろうか……?」

 

『どう言う事だ?』

 

 どうもゼロ達には、リインの疑問がピンと来ない。先程からずっと気に掛かっているようである。ゼロとはやてが首を傾げた時だ。

 

「そこまでだ。塵芥共っ!」

 

 尊大な声が闇夜に響き渡った。闇夜に浮かぶ六枚の翼を持つ少女の姿。その声には聞き覚えがある。それもその筈、はやてと同じ声だ。

 

『あっ、お前は偉そうなはやて!? いやディアーチェだったな?』

 

「誰が偉そうな小鴉(こがらす)だ!? たわけがっ!!」

 

 早々にキレるディアーチェである。何か色々台無しだがそれはともかく、ゼロ達の前に立ち塞がったのは、6枚の暗紫の羽根を広げた闇統べる王こと『ロード・ディアーチェ』であった。

 その後ろに『レヴィ・ザ・スラッシャー』に 『シュテル・ザ・デストラクター』の2人が、デバイスを携えて控える。どうやら読みが当たったとはやては推測するが、

 

(わっ、ほんまに私達とそっくりや……)

 

 初めてマテリアルと対面して、流石に驚いてしまう。色違いの自分達というところだが、見事に性格は真逆に見えた。

 ディアーチェは尊大に見え、レヴィは自信満々でやんちゃそうで、シュテルは冷静そのものに見える。それに全員目付きが本人達より鋭い、と言うか悪い。

 はやては鏡に向かって喋るようでこそばゆかったが、まずは方針通り話し掛けてみる事にした。

 

「あなた達は闇の書の構造体なんか?」

 

 ディアーチェは傲然と腕組みする。

 

「ふふふ……小鴉よ……我は闇統べる王ロード・ ディアーチェ! この世に血と破壊の暗黒をもたらす者だ!」

 

 傲然と言い放つ。何故小鴉?と思うはやてを他所に、レヴィはデバイス『バルニィフィカス』を景気よく振り回して、大袈裟なポーズをビシッと決める。

 

「強いぞ、凄いぞ、格好いい! レヴィ・ザ・ スラッシャーとは僕の事だ!!」

 

「シュテル・ザ・デストラクター……お見知りおきを……」

 

 最後にシュテルが礼儀正しく頭を下げた。はやては、三馬鹿トリ……色々と濃い人達やなあと思う。

 自己紹介を終えたレヴィは、ふと宙に浮かぶ ウルトラマンゼロの姿を認めた。

 

「おっ? 何か格好いいのが居るぞ」

 

『そ……そうか……?』

 

 思わず照れてしまうゼロだが、次にレヴィから出た台詞はと言うと……

 

「スゴく悪そうで格好いい!」

 

 とっても素直過ぎる感想であった。

 

『悪そう!?』

 

 ゼロは思わずズッコケてしまう。悪人顔の自覚は有るが、改めて言われて地味にショックを 受けてしまった。レヴィに悪意は無いようだ。悪そうなのがツボなのだろう。

 ぐだぐだになりかける空気の中、場を引き締めるように、リインが厳しい表情で前に出た。

 

「お前達は一体何者だ……? 最初は『闇の書』の構造体かとばかり思っていたが、どうもおかしい……お前達は本当に闇の書の残滓なのか?」

 

 戸惑っていた。防衛プログラムなどは改変された為コントロール出来なかったが、少なくとも管制人格としてプログラムを把握はしていた筈である。

 だがリインはこの3人に、どうにも違和感を拭えなかったのだ。ディアーチェは不遜に嗤う。

 

「フフフ……お前が知らぬのは当たり前であろう……我らは元々闇の書とも、防衛プログラムとも何の関係も無い、全く別の存在だからな!」

 

「何だって!?」

 

 リインは目を見開き驚いてしまった。別の存在が闇の書の内に潜んでいたと言うのか。ディアーチェはそこで、忌々しそうな顔をする。

 

「そう……元々我らは、闇の書を乗っ取る為に、遥か昔に送り込まれた全く別の存在よ!」

 

「なっ!?」

 

 そんな事が有ったとは。しかし結局闇の書はコントロールを受け付けず、失敗したと言わざる得ない。防衛プログラムのせいだろうか。

 難しい話になってきた。理解しているシュテルは静かに頷いているが、後ろで黙って聞いていたレヴィの頭から湯気が出そうである。

 やはり頭を使うのは苦手らしい。欠伸が出そうになったレヴィが何気無く下を見ると、

 

「あっ、坊さん?」

 

 一際高い大木の天辺に、修行僧姿のおおとりゲンが静かに立っていた。ゲンは被っていた編み笠を上げる。

 

「レヴィ、元気そうだな……?」

 

「坊さん、あっ、ウルトラマンレオだっけ? まあ良いや。お菓子3人で美味しく食べたよっ」

 

 レヴィは屈託無く手を振って挨拶した。それどころでは無いディアーチェは慌てた。

 

「レヴィィィィッ!?」

 

 怒鳴り付けるが、レヴィは何か不味かった? と頭を掻いている。すると今度はシュテルがペコリとゲンに頭を下げた。

 

「どうも……私もお菓子美味しく頂きました……」

 

「シュテル、お前もかっ!?」

 

 ディアーチェはツッコミが追い付かないようだ。本当に色々台無しであった。本当におもろい子達やなとはやては思ったが、まずは話し合いである。

 

「アーマードを復活させてどないするつもりなんや? あれはコントロール出来る代物や無いで?」

 

「ふふふ……どうしても知りたくば教え……」

 

 ディアーチェが見下した態度で返そうとすると、レヴィがポロリと、

 

「あのね、『砕け得ぬ闇』に装着せてコントロールしようってんだよ!」

 

「レヴィィィィィっ!!」

 

 ものの見事に豪快に、バラしてしまった。

 

「あれ? 不味かった?」

 

「まったくお前は……まあ良い……別に隠す事でも無いからな……」

 

 ディアーチェは呆れてため息を吐くが、まあ良いかと思い直したようだ。単に自分が言いたかっただけかもしれない。

 

「『砕け得ぬ闇』……? 何だそれは……?」

 

 リインは困惑を隠せない。当たり前だ。自分の知らない事実が次々に出て来るのだから。するとレヴィはやんちゃな表情を改めた。

 

「黒羽根、僕らが『闇の書』から自由になる為だ!」

 

 真剣な眼差しで告げる。黒羽根はどうやらリインの事らしい。ディアーチェもシュテルも、一瞬同じような眼差しになるのをはやては見逃さなかった。

 

「自由に……?」

 

 その言葉に感じるものがある。破壊と血などと物騒な言葉を発した時より、明らかに真摯なものを感じた。ゼロも同様だった。

 

(それが本当の願いなのか……?)

 

 3人の本当の望みはそれなのかもしれない。彼女達が永い間ずっと、闇の書の中に閉じ込められていたのなら。

 それはリインにも痛い程に分かる感情だ。終には暗闇の中で独り、絶望に暮れるしか無かった彼女には……

 だがゼロ達の感慨を他所にディアーチェは、デバイス『エルシニアクロイツ』を掲げた。

 

「我らは闇の書から解き放たれ自由になる…… その為の『砕け得ぬ闇・アンブレイカブルダーク』だ! 完全体になる邪魔はさせんぞ小烏、ウルトラマン共っ! 行くぞアロンダイト!!」

 

 掲げた杖から闇色の魔力弾が放たれる。はやて達は後方に退がって砲撃を回避した。外れた砲撃が森の木々を根こそぎ巻き上げる。

 恐るべき火力だ。はやてと同等か、それ以上の魔力を持っているようだ。

 間髪入れずレヴィとシュテルも砲撃魔法を放った。水色と紅蓮の光がゼロ達を襲う。余波で森の木々が吹き飛び、大木に立つゲンの元にも余波が届いた。

 

「危ない、坊さん!」

 

 それを見たレヴィは慌てて砲撃を逸らし、シュテルもディアーチェまでもハッとしたようだった。だがもう遅い。砲撃が木々を纏めて薙ぎ倒す。

 巻き込まれると思いきや、ゲンは軽々と木から木に飛び移り砲撃から逃れる。3人はホッとしたようだった。

 

「待って!」

 

 はやては攻撃を避けながら呼び掛ける。やはりディアーチェ達がそんなに悪い者達と思えない。何故か判らないが、ゲンを巻き込む事に躊躇いが有ったように見えた。しかしディアーチェは聞く耳持たんと叫ぶ。

 

「我らの邪魔は断じてさせん! レヴィ、シュ テル!!」

 

「行っくぞぉっ!」

 

「行きます……!」

 

 ディアーチェの命令の元、レヴィとシュテルは空中のゼロ達に猛然と襲い掛かる。

 

『おいっ、止めろって!』

 

 だが2人も聞く耳持たないと、先頭のゼロにデバイスを叩き付ける。ゼロは器用に両手でレヴィとシュテルの攻撃を受け止めるが、どうにも困った。

 ディアーチェが、今度は砲撃魔法をはやて達に放とうとした時だ。思念通話が入って来た。あの女からだ。

 

《砕け得ぬ闇を見付けた。塵芥共を撒いて我の所に来い……》

 

《でかした! よし、長居は無用だ! レ ヴィ、シュテル!!》

 

《了解、王様!》

 

《承知しました……》

 

 3人は一斉にゼロから離れると、急上昇を掛けた。ディアーチェが、エルシニアクロイツを天高く掲げる。

 

「インフェルノ!!」

 

 巨大な魔力球が頭上に浮かんだかと思うと、空中で突然破裂した。凄まじい閃光と轟音が辺りを呑み込む。至近距離のゼロは頭にジンと響いた。

 魔力爆発を利用した目眩ましだ。ようやく閃光が収まると、マテリアル達の姿は何処にも無い。結界を突破し逃げられてしまった。

 

『ちっ、耳がガンガンする……あいつら何処に行きやがった……?』

 

 ゼロは超感覚で辺りを探るが、もう範囲内から逃走してしまったらしく気配が無い。

 リインフォースも気配を探ろうとするが、さっきと違い気配を感じ取れない。まるで誰かが妨害でもしているようだった。そこでゼロは ある事に気付く。

 

『あれ? 師匠は……?』

 

 地上に居た筈のゲンの姿が、何処にも見えなくなって いた。

 

 

 

 

 おおとりゲンはいち早くディアーチェ達の意図に気付き目眩ましをやり過ごすと、撤退する3人の後を追って森の中を疾走していた。

 流石に歴戦のウルトラマンレオの目は誤魔化せなかったようだ。音も無く、森の中を超スピードで追跡するゲンに、空を行くマテリアル達は気付いていな い。

 このまま行けば、目的地を突き止められる筈。ゲンがテレパシーで、ゼロ達に連絡を取ろうとした時だ。

 

「むっ?」

 

 暗い森の中から、直径2メートルはある光輪が次々に飛来して来た。水色に輝くリングは、大木を紙でも斬るようにあっさり切断しながらゲンに迫る。

 恐るべき切断力だ。だが光輪は前方からだけでは無かった。包囲するように四方からも、光の刃がゲンを両断しようと迫る。森の奥から、無邪気な笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「ふん……」

 

 ディアーチェに似た女は、目の前の光景を僅かな感慨と共に見下ろしていた。暗い海上に赤黒い巨大な球体が、何かの力場に捕らえられたように静止している。球体は物質では無く、何らかのエネルギーの塊のようだった。

 

「これで、役者は揃った……」

 

 女は球体を見詰めながら、ひどく暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

つづく

 




次回『悪魔はふたたびや』


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第78話 悪魔はふたたびや

 

 

 

 ゲンを両断せんと襲う、青い光輪の包囲陣。上空からも死の刃が次々と降って来る。脱出路は完全に塞がれていた。

 触れる物全てを切断しながら迫る死の刃。ゲンは自然石のように動かない。光輪がその体をバラバラに切断しようとした時、携えていた錫杖が動いていた。

 

「いやああっ!!」

 

 錫杖が超スピードで飛来する光輪を、ことごとく打ち落として行く。錫杖の動きが恐るべきスピードの為、視認出来ない程だ。

 残りの光輪を僅かな体重移動で体をかわし全て避けきる。恐るべき技量であった。『凶剣怪獣カネドラス』のドラスカッターの攻撃を、全て見切った彼ならではと言えよう。

 

「むっ!?」

 

 避けきった筈の光輪が消滅せず、一斉に光を増す。次の瞬間纏めて大爆発を起こした。辺り一帯が根刮ぎ吹っ飛ぶ程の爆発。

 魔力の刃を時間差でバーストさせたのだ。フェイトの攻撃魔法と同系統の魔法である。

 

 しかしゲンは冷静に、巻き込まれる前に上空高く跳躍していた。爆風より一瞬早く近場の木の幹を蹴って、爆発の更に範囲外に逃れる。

 猿(ましら)の如く木々を渡ったゲンは、無傷で地面に着地していた。遠目に吹き飛んでしまった森の一部が映る。危ない所であった。するとゲンのテレパシー回線に、無邪気な調子の女の声が響いた。

 

《アハハハッ、アンタ凄いなあ。大した事無かったら細切れにしてやったのに、変身もしてないのに全部避けるんだ……もっと遊びたいところだけど、怒られるから今日はこの辺で退く事にするよ……》

 

 レヴィと声質が似ているような気がしたが、決定的に何かが違うようだった。無邪気な狂気とでも言えばいいのだろうか。肝心な部分が抜け落ちているようであった。

 そこで思念通話はプッツリと途絶える。もう気配の欠片も無い。かなりの遠距離からの攻撃だったようだ。既に遠くへ離脱したのだろう。

 ゲンはくっきりした眉をひそめ、上空を見上げた。

 

「やられたな……」

 

 どうやらディアーチェ達の、逃走時間を作る為の襲撃だったようだ。既にマテリアル達は何処かに逃げ延びていた。

 

 

 

 

 ディアーチェ達はまんまとゼロ達を巻く事に成功し、高速であの女の指定した場所目指して一直線に飛んでいた。

 

 幾つかの山を飛び越えると、夜の闇の中に静かに凪ぐ海上に出る。更にしばらく行くとその沖合いに、禍々しい気配を放つ赤黒い球体が浮かんでいた。

 その前にあのディアーチェ似の女が、不遜に腕組みし浮かんで待っている。

 

「おおっ! これぞ正しく『砕け得ぬ闇』『U-D』 だ!!」

 

 球体を前にしたディアーチェは、喜びの声を上げていた。その気配に覚えが有る。まだ完全に甦っていない記憶に、確かに訴えるものがあった。

 懐かしさとでも言うのだろうか。レヴィとシュテルも同様のようで、黒い球体に懐かしげな瞳を向ける。

 

「見惚れている暇など無いぞ……? 何れ嗅ぎ付けられよう……復活の儀を始めよ……」

 

 女は感激を押さえきれない3人を横柄にたしなめると、右掌を黒い球体に向けた。球体に僅かに変化が起こる。

 本来なら復活の為の調整には、機材を使っての細かな調整が必要な筈だが、女は自らの演算能力だけで全てを賄えるようだ。

 

「ウ……ウム……」

 

 ディアーチェも両手を球体に向けた。自らの魔力を放出する。記憶は完全に戻ってはいなかったが、方法は体が覚えていた。

 注ぎ込まれる魔力。ディアーチェに合わせ、女は複雑な調整を自らの頭脳だけで行う。呼応して黒い球体を囲むように、天と地を貫く赤い魔力の柱が立った。

 

 

 

 

 

 

 ディアーチェ達が『砕け得ぬ闇』の復活作業に入った頃、ウルトラマンゼロとはやて、リインフォースはゲンと合流していた。まだ他の者は合流するのに時間が掛かる。

 

 恐らくディアーチェ達に一番近い場所に位置する筈のゼロ達は、直ぐにでも後を追いたいところだが、妨害波動が出ているらしく、アースラでもディアーチェ達の逃走先が判らないのだ。

 

『不味い感じだな……早くあいつらを見付けねえと』

 

 はやるゼロを、ゲンは不動の巌の如く静かに諌める。

 

「焦るなゼロ……焦れば敵の術中に嵌まるぞ……」

 

『でも師匠、だったらどうしたら……? 』

 

 するとゲンは、はやてとリインフォースを見やった。

 

「無闇やたらに探し回るより、ここははやてちゃん、リインフォース達魔導師の意見を聞いてから動くのが得策だ……」

 

『そうか……』

 

 ゼロは納得する。ここは魔導師である彼女達が適任だ。そこではやてはゲンに、教師に意見するように手を挙げた。

 

「おおとりさん、まず、こうしたらどないでしょう? まず、アースラに妨害範囲を調べて貰うんです」

 

「ふむ……早速問い合わせてみよう……」

 

 ゲンは頷いた。一見意味が無さそうな提案だったが、意図を察したゲンは頷いていた。ゼロも成る程と思う。

 

「そうか、向こうを正確に追えなくても、妨害範囲が判れば、それなりに絞り込めるって訳か……』

 

 当ても無く探し回るより遥かに良い。まずは一つずつ情報を集め、様々な角度から検証しようと言うのだ。やはり彼女の判断は頼りになる。はやては頷くと傍らのリインフォースに尋ねた。

 

「それとリイン、王様が言う『砕け得ぬ闇』を復活させるとしたら、どないな手順が必要になる思う?」

 

 何か合っているので、ディアーチェを王様と呼ぶ事にするはやてである。確かにそう呼ばないと怒りそうだ。

 リインフォースは形の良い顎に手を当て、しばし思案する。

 

「そうですね……彼女達は恐らく私達と同じ魔法プログラム体で間違いないと思うので、再起動させるには外部からのプログラム操作に、魔力の供給が必須の筈です……」

 

 その判断は的確だ。伊達に管制人格として生み出された訳では無いのである。その辺りの知識も詳しい。リインは続けて、

 

「何らかの手段で探知の眼を妨害しているようですが、結界は使っていないようです……魔導師に視認されたら誤魔化せませんから…… それですと人目は誤魔化せません……街中や人目につく場所とは考え辛い……海鳴山中は今皆が散らばっていますから、邪魔が入る危険がある……となると……」

 

『海、沖合いの方か!』

 

 ゼロは得たりと手を打った。ゲンは更に付け加える。

 

「それにあの子達はかなり急いでいたようだった……遠回りしていない可能性が高い。最後に見た進行方向と併せれば、ある程度予測は付けられそうだな……」

 

「可能性は高いと思います……」

 

 リインは賛成する。ウルトラマンの頭脳なら、かなり正確な逃走経路を算出出来るだろう。

 早速ゲンは高度や進行方向、速度などから逃走方向を計算する。そしてアースラから送って貰ったデータと推理、ゲンの計算を元に大まかな位置を割り出し た。

 それでもかなりの広範囲になってしまうが、出鱈目に探すより遥かに良い。

 

『行くぞ!』

 

 ゲンは獅子の瞳を繰り出した。等身大の『ウルトラマンレオ』に変身する為である。ゼロより活動時間が短いので、ここまで温存して来たのだ。その分のエネルギーも回せる。

 

「レオオオオォォッ!!」

 

 再び爆発的な青い光に包まれ、真紅の超人 『ウルトラマンレオ』がゼロ達の前に降り立つ。4人は上空に舞い上がり、ディアーチェ達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「スゴい魔力だね、シュテルん……」

 

 後ろで復活の様子を見ているレヴィは、目を輝かせてシュテルに同意を求めた。いても立っても居られないようだ。強大な力の気配とでも言うべきものが、その場を支配しつつあった。

 

「当然でしょう……闇の書の防衛プログラムと同等か、それ以上の力を持っているのですから……」

 

 シュテルは静かに復活の儀式を見守りながら応える。クールな彼女だが、その態度に何処と無く興奮した様子が窺えた。レヴィと同じく『砕け得ぬ闇』の復活に高揚しているらしい。

 しかし闇の書の防衛プログラム以上の力を持つとは、とんでもないものが潜んでいたものである。ハッタリなどではない。

 まだ完全ではないが、自らの記憶に依る事実を冷静に述べただけであった。

 

 その間にもディアーチェと女の作業は続いている。力の気配が強くなる度に、赤黒い球体に泡立つような変化が現れた。魔力が更に高まる。

 作業は復活の最終段階に入っていた。ディアーチェは渾身の力を込め、最後に必要な魔力を撃ち込む。

 

「甦れ!『砕け得ぬ闇アンブレイカブルダーク』『U-D』よ! 震える程暗黒ぅぅっ!!」

 

 両手を広げ、陶酔したように厨二台詞を叫んだ。その瞬間、目映いばかりの閃光が海面を照らす。 思わず目を瞑るディアーチェ達。球体は爆ぜるように爆発し、辺りに赤い閃光を撒き散らした。

 

「おおっ!!」

 

 ディアーチェは光の中、無理矢理目を開け声を上げる。閃光が徐々に収まり、赤き光の粒子がキラキラと辺りを被う中、その中央に何かが実体化しようとしていた。

 

「『U-D』の復活だ!」

 

 レヴィとシュテルも、その光を囲むように集まった。まるで待ち焦がれた主人を迎えるように。そして遂に『砕け得ぬ闇』が、3人の前に姿を現して行くが……

 

「なっ!?」

 

 ディアーチェはひどく驚いて、つり目を丸くしてしまった。

 

「これが『砕け得ぬ闇』……?」

 

 レヴィはポカンとしている。シュテルはじっとそれを見詰める。そう思うのも無理は無い。巨大ロボットでも戦艦でも無く、全く禍々しくも無い。見た者十人中、十人がこう思うだろう。

 

 幼女だと。

 

 そう緩くウェーブした長い亜麻色の髪の、白と紅の独特の服を纏った幼い少女が其処に浮かんでいた。顔立ちは整っているが、何処かおっとりして見える。

 『砕け得ぬ闇』などと言う、物騒な名前が全く似つかわしくない少女である。

 

「『砕け得ぬ闇』が、これだと!? そんな馬鹿なあぁっ!?」

 

 予想と180度違う『砕け得ぬ闇』の前で、 ディアーチェはオーバーに絶叫していた。これでは塵芥(ちりあくた)への威厳もへったくれもあったものでは無い。

 だが目の前に居るのが、ぼんやりとした幼い少女なのは変わらない。年齢はディアーチェ達より下であろう。

 マテリアル達に元々実体は無く、はやて達のデータを元に実体化した為に少女の姿だが、『U-D』は元からこの姿らしい。

 

「むう……すこぶる納得は行かんが……こ奴が 『砕け得ぬ闇・アンブレイカブル・ダーク』『U-D』である事に間違いはないようだ……」

 

 認めるしか無いディアーチェは、自分を納得させるように呟いた。姿形こそ想像と全く違ったが、要は中身であると。

 ディアーチェはおもむろに彼女『アンブレイカブル・ダーク』『U-D』に近寄った。レヴィとシュテルも彼女を囲むように近寄る。

 

「さあ……『U-D』よ……我と共に来い!」

 

 ディアーチェが傲然と手を突き出す。すると突然近付く者に反応するように、突如として少女 『U-D』の背から、赤く燃え盛るように輝くものが展開された。

 

 その様子はまるで、巨大な炎の翼を広げたが如し。正にそれは『砕け得ぬ闇』の証し『魄翼 (はくよく)』だ。

 ディアーチェがその禍々しいまでの美しさに一瞬見惚れていると、突如として魄翼が鋭い刃と化しディアーチェ達に一斉に襲い掛かった。

 

「何ぃっ!?」

 

 攻撃されるなど夢にも思っていなかったマテリアル達が、気付いた時にはもう遅い。魄翼は3人の脇腹を同時に突き刺してい た。

 

「ぐはっ!?」

 

「うっ!?」

 

「ぐっ……?」

 

 ディアーチェ達は同時に苦悶の声を上げてしまう。一方あっさり魄翼の攻撃を回避していたあの女は、苦しむディアーチェの後ろに悠々と移動していた。

 

「くっ……ぬし……これは……どう言う事だ……?」

 

 女は彼女に顔を近付けて、侮蔑するように笑みを浮かべて見せる。

 

「ふふふ……『砕け得ぬ闇』は、誰とも関わる気は無いと言う事よ……仲間も例外無くな……そして暴走の挙げ句自壊する……その前に我が有効に使ってやろう……」

 

「なっ……? ……貴様……知っておって……こんな……最初から……それが目的か……っ!?」

 

 ディアーチェは痛みを堪えながら、怒りの眼差しを向ける。全てを承知の上でやらせていたのだと悟った。怪しいとは思っていたが、結局まんまと乗せられてしまった形だ。

 

「それでは……こちらも、有り難く頂いていこう……」

 

 女が手を翳すとその上に、シュテルが持っていた最後の『アーマードダークネス』の欠片が転移されて来た。

 

「きっ……貴様……っ!」

 

「暴走状態の『砕け得ぬ闇』とコントロール不能の『アーマードダークネス』……この2つを併せると、愉快な事になろうな……我に代わっての回収作業ご苦労だった……フハハハハッ ……!」

 

 そう言い残すと、女は幻のように消え失せてしまった。歯噛みするディアーチェだったが、まだ危機は終わってなどいない。

 『U-D』は魄翼の一部を更に巨大な光の刃に変化させ、彼女らを貫かんと迫る。初撃でダメージを受けてしまったディアーチェは満足に動けない。巨大な刃が彼女を貫かんとした時だ。

 

『ウオオオオオオッ!!』

 

 突然裂帛の気合いが暗い海上に轟いた。刃に貫かれる寸前のディアーチェを、横からひっ拐った者がいる。魄翼は何も無い空間を突き刺していた。

 

「お前は!!」

 

 鋭い六角形の眼が闇に光る。ディアーチェを抱き抱えているのは、『ウルトラマンゼロ』だ。

 おかしな状況だが、ディアーチェはまずレヴィとシュテルの安否が心配だった。2人の居た筈の方向を見ると姿が消えている。

 

「……レヴィ……シュテル……!?」

 

 いや、消えてはいない。その上空に2人を両脇に抱えている真紅の超人の姿が在った。『ウルトラマンレオ』その人である。こちらも間一髪で2人を救出したのだ。

 その後ろから駆け付けるはやてとリインフォースの姿。『U-D』復活阻止には間に合わなかったが、運良く発見する事が出来たのだ。ゼロはディアーチェを抱き抱えたまま『U-D』に問う。

 

『お前が『砕け得ぬ闇』なのか……? こいつらは仲間じゃないのかよ!? 何でこんな事をする!?』

 

 問いに彼女は茫洋とした表情でぼそりと答えた。

 

「……私に関わらないでください……」

 

 再び魄翼の刃を、ディアーチェを抱えるゼロに向ける。

 

『止めろ!』

 

 ゼロは魄翼の攻撃を避けながら呼び掛けるが、『U-D』 は攻撃の手を緩めない。燃え盛るように輝く翼は、凶器となってゼロ達を襲う。

 レオも流石にレヴィとシュテルを抱えていては、攻撃を避けるしか無い。

 

「リイン!」

 

「はいっ、主」

 

 はやてとリインフォースは、バインド魔法を使用して『U-D』を抑えようとする。光のリングがその四肢を縛り付けるが、彼女は易々と魄翼でバインド魔法を砕いてしまった。

 桁違いの魔力量だ。その余勢を駆って、再び魄翼の槍をゼロ達に飛ばしてくる。

 

(こいつは、見境なしなのか!?)

 

 姿形が少女なだけで、中身は破壊兵器そのものなのだろうか。ゼロは『エメリウムスラッシュ』を放とうとするが、

 

(違う?)

 

 僅かに違和感を感じ止めていた。何かに引き摺られているような感じがしたのだ。そして何よりその表情を正面から見たゼロは……

 

『お前……』

 

 声を掛けようとするが、魄翼が更に大きく膨れ上がった。レオはいち速く危険を察する。

 

「皆一旦退がれ!!」

 

 ゼロ達は咄嗟に急加速して後方に退避する。それと同時に、リング状の凄まじいばかりの魔力砲撃が周囲に一斉にばら蒔かれた。

 

 海水が巻き上げられ衝撃波が襲い、魔力爆発の残煙が辺りに立ち込める。その中に紅い翼を広げた『U-D』がぽつねんと浮かんでいた。

 その足元に魔方陣が煌めく。その小さな口が、最後に何か言葉を発したようだった。

 

「ごめんなさい……さよなら……みんな……」

 

 その消え入りそうな声は、ゼロの耳にハッキリとそう聴こえた。 ディアーチェ達を見る『U-D』の茫然とした表情が崩れる。

 そしてその小さな姿は、その場からかき消すように消えてしまった。

 

 完全に見失ってしまったようだ。だが今はディアーチェ達が心配である。ゼロが確認してみると、3人共かなりのダメージを負っている。後一歩遅かったら、身体に風穴を開けられていただろう。

 

「……U-……D……」

 

 負傷したディアーチェはゼロの腕の中、消え去る彼女に手を伸ばしていた。それは、掛け替えの無い者を求める手であるように思えた。ゼロは『U-D』が消え去った空を見上げ呟いていた。

 

『何でお前はそんな顔をしてるんだ……? 暗闇で泣いてる子供じゃねえかよ……』

 

 ゼロが見た『U-D』の顔は、今にも泣き出しそうだった。嫌だ嫌だと訴えかけているように見えた。

 はやてもその顔を目撃して思う。あの表情には覚えがある。何もかもを拒絶して、独り殻に閉じ籠っていた頃の自分だと……

 

 

 

 

 『U-D』は何もかもを拒絶するように、一直線に暗い空を飛んでいた。 誰も来られない場所に、誰も傷付けないで済む場所にと彼女は願う。

 しかし破壊衝動が強くなっている。もう保たないだろう。本来彼女は他人を傷付けられるような質では無かった。

 だが身を焦がす程の破壊衝動が、彼女を苛み駆り立てる。全てを破壊するようにプログラムされた存 在。なのに何故自分には心が在るのか。矛盾した存在だった。

 

 今の自分の心を暗喩するような暗い海の上を、『U-D』 はこの世のあらゆるものから逃れようとするように飛び続ける。

 そうしていれば、何れ誰も居ない所に着けるとでも言うように。だが魔の手はその背に既に掛かっていた……

 

「そろそろ……鬼ごっこは終いにして貰おうか……?」

 

 不意に上空から声が降ってきた。『U-D』がギクリと上を見上げると、あのディアーチェに似た女が、不遜に腕組みして宙に浮かび此方を見下ろしてい る。

 

「誰……? 私に近寄らないで……」

 

 『U-D』は必死で湧き上がる衝動を堪えようとする。だが無駄だった。彼女の身体はごく自然に動いていた。破壊衝動の前に彼女の意思は、濁流に押し流される木の葉のように飲み込まれて行く。

 その背から魄翼が伸びる。紅く燃えるように輝く翼は異形の巨大な腕となり、一直線に女を破壊しようと伸びる。

 

「!?」

 

 破壊衝動に飲み込まれる中、『U-D』は有り得ないものを見て目を見張っていた。何故ならば、魄翼が女を粉砕しようとした時、全く同じ異形の腕がそれを阻んだからだ。

 女を守るように『U-D』の前に立ち塞がるのは、1人の少女であった。16、7歳程に見える緩いウェーブの亜麻色の髪の少女。

 

「あっ、あなたは……?」

 

 『U-D』はその少女を驚いた目で見詰める。何故なら少女が服装も含めて、自分に非常に良く似ていたからだ。まるで自分を成長させたかのように。

 少女は同情すら混じった眼差しで『U-D』を見下ろした。

 

「ごめんなさい……せめてディアーチェの役に立って下さい……」

 

 ペコリと頭を下げると少女の魄翼は、圧倒的パワーで『U-D』の魄翼を粉々に破砕した。まだ完全になっていないとは言え、防衛プログラム以上のパワーを持つ彼女を遥かに上回っている。

 

「すいません……あなたとは年期が違うのです……」

 

 少女が再度申し訳無さそうに頭を下げると、彼女の魄翼が数百メートルにも渡って展開し、四方からU-Dを完全に捕らえてしまう。

 

「あああああああっ!?」

 

 『U-D』の全身を強烈な衝撃が走る。破壊不可能の筈の彼女の身体が、身動きも抵抗すら出来ない。完全に自由を奪われていた。

 

「破壊は出来なくとも、封じる手段は有るのです……体内の『永久結晶エグザミア』にショックを与えました……ごめんなさい……」

 

 少女の謝罪の言葉に、『U-D』はヨロヨロと顔を上げる。その瞳に恐怖の色が射した。目前に不気味な黒い塊が出現していた。

 

 

 

 

 

 

「くっ……離せっ……!」

 

 ディアーチェはゼロの腕の中で力無く身を捩った。 痛みに表情を歪ませる。まだ満足に動けないようだ。

 他の2人も同様で、レオに抱えられて手足を力無くバタつかせていた。まるで襟首を摘ままれて暴れる子猫のようである。

 

『じっとしてろ、ったく……怪我してんだから無理すんな……大丈夫か?』

 

「てっ、敵の情けなど受けん……!  ……これしきの破損、直ぐに回復するわっ……! 無礼者 がっ……!」

 

 ディアーチェは王としてのプライドに懸けてヘナヘナ暴れるが、怪我をしていては抵抗もままならない。子猫が駄々をこねているようだ。それでもゼロを睨み付けようとすると、

 

「ご無事で、主はやて!?」

 

「はやてぇっ!」

 

「はやてちゃん」

 

「はやて……!」

 

 シグナム達やフェイト、なのは達全員が駆け付けたのだ。流石にディアーチェは顔色を無くす。

 此方は3人共まだ満足に動けない。対して向こうはウルトラマンも含めて魔導師が全員。これでは戦う事も逃げる事すらも出来ない。絶体絶命であるように思えた。

 

「きっ……貴様らなどに……断じて屈したりはせんぞ……!」

 

 にも関わらず、ディアーチェは啖呵を切る。当てにしていた『砕け得ぬ闇』にやられ、大勢の敵に囲まれていると言うのに、いっそ見事な程の意地の張りようだ。ゼロは却って感心した。

 

『良いからじっとしてろよ……みんな別に何もしやしねえって……』

 

「何だと……?」

 

 ディアーチェは暴れるのを止め眉をひそめる。するとレオに抱えられていたシュテルが、痛い筈だがクールフェイスのまま口を開いた。

 

「……王……此処は私にお任せを……管理局並び に、ウルトラマンの皆さん……提案が有ります……」

 

 王の返事を待たずに切り出した。文句を言いかけるディアーチェだが一旦黙る。任せる事にしたようだ。どうやらおバカさんでは無いらしい。クロノが代表して前に出る。

 

「話を聞こう……」

 

 シュテルはレオに、子猫のように抱えられた体勢のまま提案を切り出した。

 

「このままでは砕け得ぬ闇『U-D』は暴走し、大変な事態になってしまいます……そこで情報の提供と協力する代わりに、今私達の身の安全と行動の自由を保障し、我らが盟主『U-D』を助ける為に助力を要請します……」

 

「盟主だって……? 『U-D』を救うとは……? 君達は逆にやられてしまったんじゃないのか……?」

 

「思い出したのです……彼女は私達の盟主……言っておきますが、此処に居る魔導師全ての火力でも、『U-D』を破壊するのは不可能です……このままだと彼女は暴走し、全てを破戒し尽くすでしょう……」

 

 どうやら『U-D』の攻撃を受けたショックで、完全に記憶を取り戻したようだ。

 

「彼女の制御には我々の力が必要になります…… ウルトラマンなら破壊出来ると思われるかもしれませんが、『アーマードダークネス』の事も有りますから、彼らはそちらに手を回す余裕は無いでしょう……どうですか……?」

 

 滔々と此方の重要性を説いてみせる。ウルトラマンの戦力もしっかり織り込んでいた。

 

「利害の一致と言う訳か……」

 

 クロノは冷静に状況を踏まえて応えた。確かに理に叶っている。

 

「はい……『U-D』を放って置くと闇の書以上の被害が出るのは間違いありません……事はこの世界だけでは済まないでしょう……『アーマードダークネス』も併せて……管理局としては見過ごせないと思いますが……?」

 

「イタイ~」

 

 流石は『理』を司るマテリアル。中々の駆け引きである。ディアーチェは顔をしかめながらも悪い笑みを浮かべた。

 

「ふっ……シュテルよ……言うではないか……」

 

「痛い~っ」

 

「お褒めに預かり光栄です……これくらい言っても大丈夫でしょう……この人達はウルトラマンも含めて甘い……きっと条件を呑んでくれます……」

 

「痛い~っ」

 

「お前は……少しは空気を読め……!」

 

 さっきから端々で呻くレヴィを、ディアーチェは叱っておいた。痛いのにご苦労様である。

 

『まったく……』

 

 ゼロは苦笑するしか無い。ここまで図々しくされると、いっそ笑える。クロノも状況抜きにして、やれやれと苦笑していた。

 

「判った……君達が他に迷惑を掛けないと言うのなら、意思を尊重して艦長に話を通してみよう……」

 

「判りました……」

 

 クロノはやはり話が判る。だがこの時ディアーチェ達の中で、こんな会話が有ったりする。

 

《おい、シュテル……あんな約定など守る気は無いぞ……?》

 

《王……これも方便です……後で何とでも……今 は『U-D』を救う事が先決です……》

 

《ふっ……流石は我が両腕よ……》

 

《エヘン……ゲホゲホッ……》

 

《僕はあ~っ? 痛たたっ》

 

 などと不穏な会話をしていりするのだが…… まあそれはともかく、リンディに連絡を取り許可を取ると、一旦作戦の練り直しでアースラに全員で赴く事になった。

 

 

 

 

 

 

 闇の欠片が再び大量に発生していた。

 

 『砕け得ぬ闇・U-D』の復活に呼応して、その数を更に増したようであった。

 先程の位置から真逆、今度は別の山中上空に、捕らえられ宙に固定された『U-D』が居た。その小さな身体に、渦巻くように魔力が集合して行く。

 それは魔導師が発する魔力など問題にもならない量だ。暴走状態のリインフォースをも上回る程に魔力が上昇して行く。膨大な力のチャージを終えようとしているのだ。防衛プログラム以上の力を。

 その白陶器のような白い肌に、呪いのような禍々しい紅い紋様が浮かび上がっていた。

 

 その様子を傲岸と見下ろすのは、あのディアーチェ似の女ともう1人、『U-D』と似た少女達2人であった。少女は傍らの女に声を掛ける。

 

「ディアーチェ……そろそろ頃合いです……でも、本当に良いのですか?  マスターは『アーマードダークネス』を持って来いとしか言われていません……」

 

「気にするな……少し奴らをからかってやるだけだ…… それで死ぬようならそれまでよ……では、そろそろ此方も始めるか……ユーリ欠片を……」

 

 ユーリと呼ばれた少女は、奪って来たアーマードの最後の欠片を背中の異形の腕で取り出す。女が手を軽く振ると大型の魔方陣が現れ『アーマードダークネス』の巨大な仮面部分が転送されて来た。

 少女は欠片をアーマードの仮面に嵌め込む。最後の欠片はパズルのピースのようにピタリと嵌まり、最初から砕けていなかったかのように完全に一体化した。

 

 完全な『アーマードダークネス』の奇怪な仮面がそこに出来上がっていた。凶悪なまでに悪魔じみた仮面だ。軋むよう異音が一際高くなる。闇の気配が濃さと重さを増したようであった。

 

「さあ、皇帝の鎧よ! 今再び甦るのだ!!」

 

 黒い仮面に闇の色をした放電現象が起きる。仮面が咆哮したかのようであった。辺りを不気味な軋み音が包み込んだかと思うと、眼には見えない波動を全方位に向けて一斉に吐き出した。

 

 それに呼応するように彼方から、無数の闇の気配が集まって来る。少女は思わず固唾を呑んだようだ。黒い仮面の周りに何かがまとわり始めていた。闇の粒子とでも言うべきものが集まっているのだ。

 『ダークザギ』の作ったゲートを越えて、魔鎧装が再び集結している。闇の粒子は押し寄せんばかりに数を増し、黒い仮面を中心に黒き鎧武者のような姿を形作って行く。

 

 牡牛の如き巨大な角が形成され、深淵の闇を凝固させたような鎧の各部が本来の姿を取り戻す。その全身に燃え盛るような深紅の模様が刻まれる。

 

 そして掲げた手に三ツ又の巨大な槍、『ダークネストライデント』が現れた。槍を携えた禍々しい姿が、深い森の中重々しく立ち上がる。

 皇帝の鎧『アーマードダークネス』再びの顕現であった。

 

 

 

つづく

 

 




次回『蘇る魔鎧装や』


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第79話 甦る魔鎧装や

 

 

 

 軋むような音が木霊し、復活した『アーマードダークネス』の周りに、荒れ狂うように雷が走る。久々の復活に、歓喜の声を上げているようにも見えた。

 そして『U-D』がその膨大な力のチャージを完了する。それを見下ろすディアーチェ似の女は、満足げに不遜な笑みを浮かべた。

 

「準備は全て整った……ユーリ……!」

 

「はいっ」

 

 ユーリと呼ばれた少女は頷くと、魄翼を使って眠らせ行動不能にしていた『U-D』を覚醒させる。

 

「はっ……?」

 

 『U-D』はボンヤリ眼を開けた。その眼前に黒い禍々しい鎧がそびえ立っている。

 

「……これは……?」

 

 彼女の目に明確な恐怖の色が浮かぶ。これは極めて善くないものだと判るのだろう。だがそれも束の間。強烈な破壊衝動が少女を襲う。頭を抱えて懸命に衝動を抑えようとするが……

 

「……駄目……っ!」

 

 しかし暗黒の鎧と全てを破壊する『砕け得ぬ闇』同じもの同士が引き合ったのか、『アーマードダークネス』と『砕け得ぬ闇』双方に反応するように雷が走る。

 

「こ……来ないで……」

 

 『U-D』はせめてこの場から逃れようと試みるが、彼女にプログラミングされた破壊衝動がそれを許さない。そしてその背後にあの少女が位置していた。

 

「ごめんなさい……」

 

 心底申し訳無さそうに頭を下げて謝ると、自らの異形の羽根を『U-D』の首筋に打ち込んだ。

 

「あぐっ……!?」

 

 その顔が蒼白になった。小さな身体がビクビクっと瘧(おこり)に罹ったように痙攣し、彼女の魄翼が展開される。

 それに呼応するように『アーマードダークネス』の仮面の口にあたる部分が、牙を剥くようにガッと開かれた。元の性質上中身を求める機能が働いているのだ。

 アーマードの巨大な顔が『U-D』に迫る。そしてその巨大な顎が、彼女を喰らうようにバクリと飲み込んだ。

 

「いやあああああああぁぁぁっ!!」

 

 悲痛な叫び声が軋むような音にかき消されて行く。破壊衝動に加え、『アーマードダークネス』の強烈な暗黒の波動が『U-D』を蝕む。

 その波動は内部の彼女を暴走させていた。感情の高まりと共に、身体の色彩が変化して行く。白かった服が燃えるような紅い色となり、髪の色は黄金色と変化し瞳が翡翠色に変わる。

 更に全身に刺青のような紅い紋様が刻まれた。暴走しているのだ。『U-D』を吸収した『アーマードダークネ ス』の紅い眼が一際強く輝いた。

 

「ああああああああああああああ あぁぁぁっ!!」

 

 慟哭のような『U-D』の叫びと、アーマードの軋むような音が入り交じった音が山中に木霊する。その黒く禍々しい姿が更に凶悪さを増したようであった。

 

 暗黒の鎧を取り巻く雷が勢いを増し、周囲の木々を一瞬で炭化させ消し飛ばす。そしてその背に炎の如く光る翼が展開されていた。

 『アーマードダークネス』は、狂ったように手にしている三ツ又の槍を振り回す。その先から放たれる稲妻状の光線と炎の翼が、瞬く間に周囲を瞬く間に焦土と化す。

 その中を魔鎧装は進撃を始めた。目指すは眼下に拡がる街の灯り海鳴市街地。眼に付くもの全てを破壊するつもりなのだ。

 

「中々のものだ……さて、もう少し手間を掛けてやるか……」

 

 ディアーチェに似た女は、黒い笑みを浮かべると、黒い杖『ギガバトルナイザー』を再び取り出し悠々と掲げた。

 

 

 

 

 

 

 アースラに着いたゼロ達八神家とおおとりゲンは、一度報告にリンディの元に寄った後、会議を行うミーティングルームに向かって通路を歩いていた。その道すがら、はやてを背に乗せた狼ザフィーラが全員に尋ねた。

 

「主……彼女らマテリアルは、信用出来ると思いますか……? 皆はどうだ……? 以前に現れた連中とは本当に違うのか……?」

 

 確認の意味である。ヴィータとシャマルも同意見だ。2人などは、彼処で初めてディアーチェ達と会ったのだ。

 既に得体の知れないマテリアル達と一度戦っている。此方の彼女達がどんな連中なのか判らない。すると背のはやては苦笑を浮かべた。

 

「そうやねえ……何か企んでそうではあるんやけど……」

 

 あっさり見も蓋も無い事を言う。続いて隣を歩くゼロも苦笑する。

 

「バレバレだけどな……」

 

 シグナムも同じく微苦笑を浮かべた。

 

「まあ……レヴィに関してなら、完全に別人だと言えるな……それにあの子は嘘は吐けないだろう……」

 

 あのレヴィと名乗る女とは全く違う。此方のレヴィは微笑ましいのである。ゲンもその意見に静かに頷いていた。

 

「私は彼女達を……『U-D』を助ける手助けをしたい……!」

 

 リインフォースは、はっきりと自分の意思を皆に告げた。シャマルは3人の答えに心配そうな表情を浮かべる。

 

「別人らしいのは判ったけど……何か企んでるなら、不味いんじゃあ……?」

 

 そう思うのも無理はない。腹に一物抱えている連中に協力する事になる。はやては不安げなシャマルを見上げ、指を一本示して見せた。

 

「それはそうやけど……一つ信用出来る所が有ると思うんよ……」

 

「どの辺りがでしょう?」

 

「王様達があの子『U-D』を心の底から助けたいと思っとる事……根は悪い子達やないと思うんよ……」

 

 はやてはディアーチェ達に関して深刻な心配していない。勘のようなものと印象だが、彼女らに非道な真似が出来るとは思えなかった。キャラクターがとても陽性なのだ。

 

「そう言う事だよな……」

 

 ゼロはその考えに賛成しながら、消え去る前の『U-D』 を改めて思い返す。

 

「それによ……あの子『U-D』が最後に言ったんだ…… ごめんなさい……さよならってよ……今にも泣き出しそうな顔でよ……」

 

 自分の事のように胸が痛んだ。本当に悪いものなら、あんな哀しそうな顔はしない。あれは哀しむ事の出来る真っ当な心の持ち主のものだった。ゼロは確信していた。

 そして悲痛な表情で 『U-D』に手を伸ばすディアーチェ。それは引き裂かれようとしている、家族そのものの姿に見えた。それを何で見過ごせると言うのか。

 

「俺は放って置けねえ!」

 

「それが判れば充分だ……」

 

 ザフィーラは静かに頷いた。狼の口許に僅かに微笑みが浮かんだように見える。ヴィータは頭の後ろで手を組んで呆れたように、

 

「それじゃあ仕方ねえなあ……まったくみんなはお人好しだなあ……」

 

 そう言う彼女も同類である。不気味なシュテルと戦ったヴィータに、わだかまりが無いと言ったら嘘になるが、レオに子猫のようにぶら下げられている有り様を見ると、何か色々萎えてしまう。

 はやてはそこで真剣な表情をして、改めて皆を見回した。

 

「王様達は4人で1つ……家族なんやと思う……だったら私は全力で手助けしたい……あの時の私らと同じやと思うんよ……みんなはどうやろう?」

 

「聞かれるまでも無い。はやてと同じだぜ?」

 

「主はやてと同じです……どうして我らが放って置けましょうか……?」

 

 ゼロとシグナムが頼もしく応えた。リインフォースは静かに頷き微笑を浮かべる。どうして自分達が見過ごせるだろう。それはあの時リインフォースを死なせる事と同じだ。 ヴィータは張り切って腕捲りして見せる。

 

「一丁やってやるとすっか!」

 

「そう言う事でしたら、私達が放って置く事なんか出来ませんよねっ」

 

「盾の守護獣の名に懸けて……」

 

 シャマルとザフィーラも賛成する。皆の心は決まった。そのやり取りを後ろで静かに見守っていたゲンは、ゼロの肩をポンッと叩いていた。

 

「ゼロ……良い仲間に恵まれたな……」

 

「……自慢の……家族だよ……」

 

 ウルトラマンの少年は、少し照れ臭そうにしながらも師匠に誇らしげに笑って見せた。ゲンは自分が最初に任された時と比べて、本当に成長したなと感慨深い。

 あの時のゼロは自分の殻に閉じ籠り、誰の言葉も聞き入れず荒んでいた。それがこんな言葉を言えるようになったのだ。

 それにはやて達の、誰かを助けたいという優しさと心。やはり何処の世界でも人の心の光は変わる事は無い。それが有る限り、ウルトラマンは人と共に戦うのだ。

 ゲンは一瞬だけ温かな笑みを浮かべると、直ぐに眼光鋭くゼロに対し、

 

「ゼロ、必ずあの子を救うぞ……!」

 

「おうっ、師匠っ!」

 

 頼もしげに不退転の意思を示す弟子の頭を、ゲンはわしわしと撫でゼロは目を白黒させた。

 

 

 

 

 アースラに招かれたマテリアルの3人組は、既にミーティングルームに通されていた。 ディアーチェは偉そうに腕組みしてふんぞり返り、レヴィは出されたお茶とクッキーをムシャムシャ平らげ、シュテルは静かに座っている。

 そしてリンディ達アースラメンバー。そこにゲンとゼロ達八神家の全員が加わり席に着く。ゼロはディアーチェ達の怪我の具合が気になり声を掛けた。

 

「おい、身体の方は大丈夫か?」

 

「まもなく基体の修復は完了する。要らぬお世話だ」

 

 ディアーチェは素っ気なくプイッとそっぽを向くが、シュテルはペコリと頭を下げる。

 

「お陰さまでこの程度で済みました……あれ以上ダメージを受けていたら、修復にはもっと時間が掛かっていたでしょう……」

 

 礼儀正しく感謝を述べた。ディアーチェは文句を言おうと口を開け掛けたが、気まずそうに止める。そこでクッキーを食べ尽くしたレヴィが、ゼロに空のクッキーの容器を差し出した。

 

「悪そうで格好いい兄ちゃん、お代わり!」

 

「悪そうは止めろ、って人の姿の今もそんなに悪そうに見えるのかよ!?」

 

 見事な平常運転である。ゼロは地味に傷付いた。仮にも正義のヒーローに悪そうは無いだろう。 はやては慰めるの意味で笑って、

 

「まあまあゼロ兄、格好いいが付いとるから良いやないの?」

 

「まあ……ゼロは変身前も後も大して変わらんからな……」

 

 シグナムがからかい顔で、誉めてるんだか貶してるのか判らない台詞を吐く。

 

「確かに、両方目付き悪いもんな……」

 

 ヴィータがニヤニヤ笑って追随した。フェイトは場を取りなそうと、お代わりをものすごく待っているレヴィに、

 

「ダークヒーローみたいで、格好いいって意味じゃないかな……? ねえレヴィ……?」

 

「悪そうなのは格好いいんだよ! オリジナル、ええと……ヘイト!」

 

 レヴィは、フェイトの名前を上手く発音出来ないようだ。ヘイトでは悪い意味である。

 

「ヘイトじゃないよ……? フェイト……」

 

「ええ~っ、言いづらいよぉ?」

 

 言い聞かせようとするが、レヴィはいい加減である。生真面目なフェイトは、逆にペースに巻き込まれてしまっている。

 なのははフェイトの言い方だと、あまりゼロのフォローになってない気がしたが、何だか微笑ましい光景なのでついニコニコして眺めてしまう。だが言われた方のゼロはと言うと……

 

「ダークヒーロー……?」

 

 何時からウルトラマンはダークヒーローになってしまったのだろうか。ぐぬぬとゼロが何か言い返そうとすると、リンディが保母さんのようなノリで手を叩いた。

 

「それじゃあ皆さん、そろそろ始めましょうか?」

 

 マテリアル達の顔付きが引き締まる。レヴィもである。ディアーチェがシュテルに目配せした。任せるという事だ。理のマテリアルは頷いて静かに立ち上がる。

 

「それでは失礼します……『シュテル・ザ・デストラクター』です……『砕け得ぬ闇』こと 『U-D』と私達は揃って一つのシステムで す……『U-D』は体内に 『永久結晶エグザミ ア』なる不滅の機関を持っています……」

 

「永久結晶エグザミア……?」

 

 クロノは聞いた事の無い単語を呟いた。

 

「無限魔力連鎖機構とも言うべきものです……」

 

 現管理世界でも、無限にエネルギーを発生させる機関は存在しない。彼女らも古代ベルカが 生み出した『ロストロギア』なのだろうか。

 

「盟主である『U-D』は言ってみれば動力炉……単体では長く存在出来ないのです……制御するには私達、特にシステム制御を司る『紫天の書』を持つ王が必要不可欠になります……

最初に言っておきますが、紫天の書を使えるのは王唯1人……他の者には使えません……他に誰1人として『U-D』を利用する事は出来ませんので悪しからず……」

 

 管理局にも利用する事は出来ないと釘を刺したのだ。従う気も無いと言う訳である。リンディが代表し質問する。

 

「それ以外に手段は無いのね、シュテルさん?」

 

「それ以外の方法では暴走を抑える事は不可能です……」

 

 シュテルはクールな表情を僅かに曇らせた。

 

「『U-D』が力を蓄え完全に再起動すると、暴走を始めてしまいます……そうなれば完全に破壊衝動に呑み込まれ、無差別破壊行動に出てしまいます…… そして……何れ耐えきれなくなり、自壊してしまう……

そうなれば『U-D』の心は消えてしまうかもしれません……そしてその前に甚大な被害が出るでしょう……」

 

「何でそんな……?」

 

「そのようにプログラムされてしまったとしか……そこでまずは、一時的に動きを鈍らせるワクチンを撃ち込む必要があります……これがデータです……」

 

 シュテルは端末を操作し、データを転送して見せた。クロノは直ぐにワクチン製造に掛からせる。システム的にカートリッジシステムになるようだ。

 

「そして内部と外部からの攻撃で魔力障壁を破壊し、本体に大ダメージを与え停止させ、 ディアーチェが接触、『U-D』のシステムを掌握します……今回が初になりますが、大丈夫でしょう……」

 

 クロノはワクチンの効果と、シュテルの言う事から概要を理解しだが……

 

「成る程……内部と外部から同時に攻めると言う訳か……えっ、今回が初めてなのか?」

 

「ええ……私達が一同に会したのは今回が初めてですから……」

 

 一度も試した事が無いらしい。それは明らかに不確定要素だ。クロノは少し考え込むとシュテルに尋ねていた。

 

「大丈夫なのか?」

 

「愚問だ! 我らは元々一つ、必ず盟主を救う!」

 

 代わりにディアーチェが断言する。シュテルは頷くと続けた。

 

「今までは制御ユニットである王が居らず、動力炉である『U-D』を使おうとしたので無理が有ったのです…… 言ってみれば、ハンドルもブレーキも無く、エンジンだけで車を動かそうとするようなもの……上手く行く筈がありません……そして王は他人に強請されるような方ではありませんので……」

 

「成る程……」

 

 クロノは二つの意味で納得したようだ。こういうタイプは絶対に他人の命令など聞かない。だがシュテルは僅かに浮かない顔をした。

 

「問題は『アーマードダークネス』です……私達に情報を流した女は言っていました……『砕け得ぬ闇』ならば、暗黒の鎧をコントロール出来ると……」

 

「その女とは何者なんだい……?」

 

 クロノが質問する。そもそもの黒幕にあたる人物に思える。放っては置けない。するとディアーチェが忌々しいそうに舌打ちした。

 

「得体の知れん女だった……あれが本当の姿がどうかも知らんが……我のこの世界における同一存在だと、抜かしておったわ! 今となってはそれすらも謀りだったやもしれんが……」

 

 同一存在。ゼロやはやて達の頭に、嫌でも 『ウルトラセブンアックス』の事が浮かぶのは無理からぬ事だった。しかし確証は無い。やり口も違う気がした。

 その辺りはリンディやクロノ、ゲンには既に話してある。3人も断定はせず保留としたようだ。推測だけでは判断のしようが無い。

 静まり返る待機室。沈黙を破ってゲンが口を開いた。

 

「まず、コントロール出来ると言うのが、そもそも間違いだな……」

 

「私達は最初から嘘の情報を流された訳ですか……?」

 

「うむ……あれは元々の持ち主『エンペラ星人』以外にコントロール出来る代物では無い……乗せられたな……」

 

 シュテルは僅かに眉を寄せた。理のマテリアルである自分が、もっとしっかりしていればとでも思ったようだ。

 

「それに関しては、返す言葉もありません…… 向こうの方が一枚上手でした……あの女は『U-D』を『アーマードダークネス』に埋め込むつもりのようです……」

 

「危険だな……『アーマードダークネス』は内部に取り込んだ者を吸収してしまう特性もある……何れ『U-D』 も吸収されてしまうかもしれん……」

 

「そんな……」

 

 同じく不滅の『アーマードダークネス』は、永久結晶エグザミアごと『U-D』をも吸収してしまう可能性が高い。

 他の怪獣などであったら、無限の魔力と不滅故に最後には打ち勝つ事が出来るだろうが、同じく不滅の存在の魔鎧装。相性が悪いと言うより相手が悪すぎる。

 

「そんな事は絶対にさせん!!」

 

 ディアーチェは身を乗り出し、怒りを顕にした。ゼロはその態度に確信を強める。はやて達もゼロに頷いて見せた。

 

「まるでコントロールが効かないアーマード に、無差別破壊を始める暴走した『U-D』 か……それが合わさるとなると、想像したくないな……」

 

 クロノは眉をしかめる。どう考えても最悪の組み合わせと言えた。リンディは一通りの考えを纏めたようで一同を見回した。

 

「皆さん、こういうのはどうでしょう? まずはアーマードの中から『U-D』さんを救出……ゼロさんとおおとりさんは『アーマードダークネス』を破壊する。宜しいですか?」

 

「任せてくれ、リンディさん!」

 

「うむ……任せてもらおう……」

 

 ゼロは景気よく、ゲンは静かに了解した。他の者も異存は無い。

 

「彼女『U-D』さんが暴走を始めた場合、魔導師の皆さんはワクチンを撃ち込み、最大火力で機能停止に追い込み暴走を止め、ディアーチェさん達の援護をする」

 

 これを同時に行わなければならない。ゼロとレオの活動時間内にだ。でなければ『U-D』 を静められても『アーマードダークネス』が残ってしまう。それも最悪だ。

 既に一度変身してしまっているゼロ達が、今変身出来るのは後一度のみ。二度目は無い。ゼロが勢い込んだ時だ。突然赤い表示が空間モニターに示され、アラーム音が鳴り響いた。緊急連絡だ。

 

《大変です! 計測不能な程の高エネルギー反 応!『アーマードダークネス』が動き始めました!》

 

 オペレーターの強張った声が響く。『アーマードダークネス』が進撃を開始したのを、アースラのセンサーがキャッチしたのだ。クロノは厳しい表情を浮かべていた。

 

「早い……いくら何でも早すぎる……ワクチンカートリッジの製作にはまだ時間が掛かる……」

 

「まだ手は有る……」

 

 するとゲンが立ち上がり、何処からともなく銀色のマントを取り出して見せた。不思議な光沢を放つ、大きなものだ。

 

「『ウルトラマント』……ウルトラ族の長老 『ウルトラマンキング』より授かったものだ……防御に優れ、何より相手を無力化出来る力がある……ワクチンカートリッジの代わりになるだろう…… 接近した時、これを相手に被せるのだ……その隙にシステムを掌握すれば良い……」

 

「その役目は、私に任せてください……!」

 

 他の者の機先を制し、リインフォースがいち早く名乗り出た。どうしても自分がやらなけれ ばならないと思ったのだ。心配したシグナムが声を掛ける。

 

「リイン大丈夫なのか……?」

 

 彼女は以前より遥かにパワーダウンしている。難しいのではないかと思われた。するとはやてが続いて手を挙げた。

 

「私もやります。私がリインとユニゾンすれば行ける思います!」

 

「主……残念ながら、今の私は……」

 

 リインは申し訳無さそうに目を伏せた。以前の力を失った彼女は、融合能力をも失っている。少なくとも今現在ユニゾンは不可能だ。

 

「リインが私に融合はできんやろうけど、逆ならどうや?」

 

 本来なら術者にユニゾンデバイスが融合するのを、術者自身がユニゾンデバイスに融合しようと言うのだ。

 

「逆……? 主が私にユニゾンなさるのです か……? 確かに可能だと思われますが……それでは主に無理が掛かってしまいます……」

 

 リインは気が進まないようだ。通常のユニゾンと比べて、術者であるはやてに負担が掛かってしまうだろう。だがはやてはニッコリ笑ってリインを見上げた。

 

「少しくらいの無理、どうって事あらへん。私らで王様達のお手伝いをしよ?」

 

 穏やかだが、確固とした強い決意の言葉であった。こうなればはやては絶対に退かないだろう。彼女もリインと想いは同じだった。

 

「頑張れよ、2人なら絶対やれるさ!」

 

 それが判っているゼロは、はやてとリインを激励する。同じ闇の書関連の事件。絶対に 『U-D』を助けたかった。他の者もそれを察し任せる事にする。

 ディアーチェは然り気無く顔を逸らしていた。

 

「ふ……ふんっ……礼は言わんぞ、子鴉……」

 

 その表情は見えない。しかしゼロはディアーチェが顔を逸らす前に見た。照れ臭そうなはやてと同じ顔を。

 

「それでは皆さん、お願いします」

 

 リンディの言葉に全員が立ち上がった。ゼロ達八神家とアースラ組、ディアーチェ達マテリ アルは急ぎ武装転移ポートに向かう。

 

 ユーノとアルフは武装局員達の方に回る。戦闘中結界を張り、現実世界の被害を抑えなければならない。今現在武装局員総出で張っている強装結界も、何時まで保つか判らないのでその応援だ。

 

 転移ポートに着いたはやて達は、それぞれ騎士甲冑、バリアジャケットを装着し、ゼロは 『ウルトラゼロアイ』を取り出し両眼に当てる。

 

「待ってろよ『U-D』! デュワッ!!」

 

 目映い光に包まれ、ゼロは赤と青の勇ましき超人に姿を変える。ゲンも拳を振りかざし『獅子の瞳』を繰り出した。

 

「レオオオオォォッ!!」

 

 青い光に包まれ、真紅の超人『ウルトラマンレオ』が雄々しき姿を現す。レヴィが、「おおっ、格好いい!」などと目を輝かせている。

 戦闘態勢を整えたゼロ達は決戦に赴くべく『アーマードダークネス』の元へと転移した。

 

 

 

 

 雷を伴い荒れ狂う『アーマードダークネス』 見境なく三ツ又の槍を振り回し、地響きを上げて海鳴市に向かっていた。

 増幅された背中の魄翼が、もう一つの腕のように辺りの木々を薙ぎ倒して行く。このままだと、結界を突破し現実世界に暴れ込んでしまう。

 全てを破壊し尽くすまで止まりはしない。いや、全てを破壊し尽くしても尚止まらないだろう。アーマードはひたすら荒れ狂う。

 

 ゼロ達は魔鎧装の進撃コース上に転移した。まだ黒い鎧の姿は見えない。此処を防衛線とし迎え撃つのだ。

 各自が空中で態勢を整える中、突然その前に光の粒子が2つ発生し、巨大な何かが地響きを上げ大地に降り立った。

 

『こいつらは!?』

 

 等身大のゼロは何かを見て、油断なく身構える。怪獣が2匹、まるで『アーマードダークネス』の先陣を勤めるように立ち塞がったのだ。

 見た事の無い怪獣だった。それぞれ赤と黒い体色をした怪獣だ。頭部に巨大な角を生やし、その巨躯の各部に同じく巨大な角を刀の如く生やした厳つい怪獣。体色が違うだけで、2匹は良く似ていた。

 

『気を付けろゼロッ!』

 

 同じく等身大のレオは怪獣に覚えがあるのか、2匹を眼光鋭く見下ろした。

 

『間違いない! こいつら『双子怪獣レッドギラス』と『ブラックギラス』の強化体だ!』

 

 そう元の双子怪獣の一回りは巨大な躯に、巨大な各部の角。『EXレッドギラス』『EXブラックギラス』と言うべき、進化を遂げた『EXギラス兄弟』であった。

 

 

 

つづく




最悪の混戦に持ち込まれてしまうゼロ達。刻々と変身リミットが迫る。その時はやては……その影で真紅の魔神に動きが?

次回『兄弟怪獣大進撃や』


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第80話 兄弟怪獣大進撃や

 

 

 

 薄闇の中、女は気だるげにベッドから裸体を起こした。傍らには若い男が目を閉じて横になっている。男の静かな横顔からは、いかなる感情も読み取れない。何一つ……

 女は哀しげな眼差しを男に向けるが、直ぐに冷徹な表情に戻ると音も無く立ち上がった。

 身支度を済ませると、八重桜色のロングヘアーを纏めリボンで括る。その途中女はふと流れるような眉を寄せた。

 

「どうした……?」

 

 眠っていた筈の男が、不意に低い声を発していた。

 

「ディアーチェが余計な事をしているようです……」

 

 女は淡々と報告する。誰かしらからの連絡、思念通話が入ったようだ。男はやれやれと億劫そうに首を振る。

 

「まったく……あいつめ……」

 

「いかが致しましょう……?」

 

 男は鋭い目を細め少し思案すると、ゆっくりと鋼のような裸体を起こした。

 

「今のあいつらに手を出すなつってんのによ……あいつはムキになり過ぎっからな……これから『アーマードダークネス』はすげえ愉快な事に使って貰うんだぜ……ヘマされて、また飛び散ったら面倒くせえな……ちとディアーチェの奴と一緒に回収しに行って来っか……あいつは後で仕置きだな……」

 

「判りました……お供します……」

 

 女がうやうやしく一礼する。足元に魔方陣が煌めき、黒地に紅のラインが入った騎士甲冑が女の身体に装着される。

 同時に薄暗い部屋に光が満ち、男は真紅の魔神『ウルトラセブンアックス』へと変じていた。

 

 

 

 

************

 

 

 

 

『EXギラス兄弟』は、強装結界を揺るがす狂暴極まりない咆哮を上げた。その様は狂える魔獣の如し。明らかにゼロ達の妨害目的で立ち塞がる。ディアーチェは忌々しげに舌打ちした。

 

「ちいっ、あの女の仕業か!?」

 

「うはあ~っ、何か強そうなのが出た!」

 

 レヴィは緊張感無く感心しているようである。シュテルは厳しい眼差しで兄弟怪獣を見やり、『ルシフェリオン』を構えた。

 

『クソッ! この肝心な時に余計な奴らが!』

 

 正に最悪のタイミングと言えよう。悪態を吐くゼロにウルトラマンレオは、大山の如く静かに兄弟怪獣を見降ろし、

 

『肝心な時だからこそ、送り込んで来たのだろ う……こうなれば、『アーマードダークネス』 が来る前に奴らを倒すしか無い!』

 

『それしか無えか、やってやるぜ!』

 

 ゼロは自らを鼓舞するように腕をグルグル振る。此方はゼロとレオで防がなければならない。魔導師達は『U-D』に当たらなければならないのだ。

 シュテルの言う通り、大火力持ちのはやて達魔導師全員でも砕けないと言うのなら、ここで怪獣相手に魔力を消耗する全力の攻撃魔法を使のは出来るだけ控えるべきだろう。

 だがそれはゼロとレオも同じ事。『U-D』を救出した後に『アーマードダークネス』を破壊しなければならないのだから。

 ゼロとレオはエネルギーの消費を抑えて、技 でEXギラス兄弟を撃破しようと言うのだ。計算を狂わされた今、それをやるしか無い。それを察してクロノは、魔導師達を二手に分ける事にする。

 

「おおとりさん、ゼロッ、怪獣を頼む! なのは達とレヴィにシュテルは『アーマードダークネス』の足止めを! ザフィーラも手伝ってくれ。残りの者はウルトラマンの援護を!」

 

 取り敢えず6、6に人員を分ける。『アーマードダークネス』とぶつかる前にギラス兄弟を先に何とかしようというのだ。

 了解したはやては、ゼロ達の援護に回る皆にシュベルトクロイツを掲げて見せる。

 

「私らはゼロ兄とおおとりさんの援護や」

 

 シグナム、リインフォース、ヴィータ、シャマルが後に続く。ディアーチェははやてに負けじと先に出ている。レオとゼロは先頭切って地上に急降下した。

 

『行くぞゼロッ!』

 

『おおっ!!』

 

 師の指示に弟子は頼もしく応える。2人の身体が膨れ上がるように質量を増した。本来の数十メートルの巨体に変化する。

 巨大化したウルトラマンゼロとウルトラマンレオが土砂を盛大に巻き上げ、EXギラス兄弟の前に雄々しく降り立った。『サロメ星人事件』 の時以来の師弟コンビである。

 

『エイヤアアアッ!!』

 

『行くぜ、地獄に叩き込んでやる!!』

 

 同じレオ拳法の構えを取るレオとゼロの裂帛の気合いが、結界の深い森を震わす。それを合図に、師弟コンビとギラス兄弟は真っ向から激突した。

 威嚇して牙を剥き出し吠えるギラス兄弟。先手必勝とレッドギラス目掛けて、ゼロの鋭い中段回し蹴りが飛ぶ。紅い巨獣の剛腕が蹴りを真っ向から受け止め、掬い上げるように力任せの猛烈な体当たりを仕掛けて来た。

 

『おっと!』

 

 ゼロは寸での所で身を翻し攻撃をかわす。流石は進化形態。大したパワーだ。並みの怪獣なら今の蹴りで吹き飛ばされていただろう。

 だがそれだけでは終わらない。レッドギラスの頭部の角と背、両腕の各部の巨大な角が光を帯び、真紅の破壊光線が一斉に放たれる。

 

『ちいっ!?』

 

 ゼロを襲う強力な熱光線。とっさに軽業のように後方に跳び光線を回避する。外れた光線が森の木々を一瞬で炭化させ更地にしてしまう。

 回転して宙を飛ぶゼロは、大地に着地する前に空中で『ゼロスラッガー』を投擲した。白熱化した一対の宇宙ブーメランが猛回転し、レッドギラスを切り裂かんとする。

 

「此方も行くぞリインフォース、ヴィータ! 飛竜、一閃っ!!」

 

「おおっ将、ブラッディーダガー!」

 

「アイゼンッ!!」

 

 そこにシグナムの斬撃と、リインフォースの刃の連射に、ヴィータの砲撃シュワルベフリーゲンが加わった。

 連続攻撃に肉を深々と切り裂く音が響くと思いきや、金属音とは異なる激突音が木霊す。レッドギラスはスラッガーを頭部角で弾き返し、飛竜とダガー、魔力弾をものともしない。

 

『やるな!』

 

 進化形態EX。通常のレッドギラスを遥かに上回るパワーどころではない。その巨大な紅い眼が血に飢えたように爛々と輝く。ゼロは戻したスラッガーを装着すると、再びレオ拳法の構えを取った。

 

 一方のレオはブラックギラスに猛然と向かう。赤色の破壊光線が黒い巨獣の各部から放たれた。

 獅子の戦士は紙一重で攻撃をかわすと、大地を蹴って空にロケットの如く飛び上がると、強烈無比なキックをブラックギラスの頭にお見舞いする。

 しかし黒い怪物は巨体に似合わぬ素早さでキックを身を沈めてかわすと、身体を翻し強靭な尻尾の一撃をすれ違い様レオに放つ。

 

 真紅の巨人は背後から襲う巨大な尾を両手で受け止め、反動をも利用し背負い投げの要領でブラックギラスを投げ飛ばした。

 抗えず宙を舞う巨体。しかし頭から大地に叩き付けられる寸前、ブラックギラスは身軽に一回転すると大地を削って無事に着地した。ニヤリと嗤ったような雰囲気さえ漂わせて大きく咆哮する。

 

『成る程……以前戦ったギラス兄弟とは比べ物にならんな……』

 

 先に着地していたレオは半身で構え、冷静にEXギラス兄弟の戦闘能力を分析する。全ての面において通常種を遥かに上回る強敵だ。だがギラス兄弟の本領は単体では無い。

 

 二匹の巨獣は素早い身のこなしで、レオとゼロから一旦距離を取り合流する。ブラックギラスとレッドギラスが抱き合うように互いの肩に手を回した。この態勢は兄弟必殺の『ギラススピン』だ!

 

 止める隙も無く、兄弟怪獣は独楽の如く回転を始めた。その回転は凄まじいものとなり、肉眼では捉えられない程になって行く。

 それだけでは終わらない。周囲に突風を巻き起こし、爆音のような音が鳴り響く。回転速度が音速を超えたのだ。更に回転速度が上がって行く。

 

「くっ……何と言う回転エネルギーだ!」

 

「とても近付けん……!」

 

 シグナムとリインフォースはその常識を超えたスピンに驚く。周囲の木々が風圧で根ごと引き抜かれ、宙に纏めて巻き上げられる。

 これが現実世界だったなら、軽く山が吹き飛んでしまうレベルだ。これでは下手に近付けない。ゼロはそれならばと両腕のをL字形に組み 『ワイドゼロショット』を兄弟怪獣にお見舞いするが……

 

『ちっ!』

 

 結果を見て憮然とする。ギラススピンのエネルギーに弾かれ、ワイドゼロショットはあっさりと跳ね返されてしまった。やはり並み大抵の攻撃は通用しない。噂以上の技だ。

 だがゼロは負けん気を全開にして、大地を踏み割り猪突猛進とばかりに飛び出していた。

 

『これしきぃっ!!』

 

 力任せに突進するかと思うと、強風の中強引に高く跳躍した。数百メートルを優に超える。スピンするギラス兄弟の真上に出た。

 レオがギラススピンを破った時と同じ、スピンの弱点の真上中心部を狙うつもりなのだ。

 

『デリャアアアアッ!!』

 

 繰り出した右足が赤熱化し、その身体がギラススピンに負けじと高速回転する。ウルトラマンレオ直伝『きりもみキック』だ。

 しかしギラススピン全体より、青白い光の連射が次々と放たれゼロを襲う。きりもみキックのエネルギー場を貫いて光線がゼロに炸裂した。

 

『がっ!?』

 

 きりもみキックの態勢が崩れてしまい、巨体が大きくバランスを崩してしまう。更に襲う破壊光線の嵐。 レオが助けに入ろうとするが、そちらにも破壊光線の掃射が襲い掛かる。その時少女達の声が響いた。

 

「危ないゼロ兄ぃっ! ラグナロク!」

 

「インフェルノ!」

 

 はやてとディアーチェだ。強烈な砲撃魔法が割って入る。光線が2人の砲撃と激突し激しくスパークした。ゼロは危うく攻撃を回避し大地に降り立ったていた。

 

『悪い助かったぜ、はやて、ディアーチェ』

 

 態勢を立て直したゼロは、後方の2人に礼を言う。2人の強力な砲撃魔法でなければ食らっている所だった。魔力の消耗を承知で撃ってくれたのだ。はやてはゼロに笑って見せる。

 

「ドンマイや、ゼロ兄っ」

 

「ふんっ……借りを返したまでだ……」

 

 ディアーチェは決まりが悪そうにそっぽを向く。対照的な反応であるが、借りを返すという考え自体が彼女の本質を物語っているようだった。

 ゼロは苦笑するが、今はギラス兄弟に集中しなければならない。

 

『師匠のやったスピン破りも通用しないとは!』

 

 回転の中心部と全身から破壊光線を放って敵の攻撃を寄せ付けない。弱点を完全にカバーしていた。ギラス兄弟のスピンは止まらない。

 その竜巻のような回転から辺り構わず破壊光線が乱射される。ゼロとレオ、はやて達は爆撃のような攻撃を避けるが、これでは反撃の隙が無い。

 そこに 『アーマードダークネス』の足止めをしているクロノ達から念話が入った。

 

《支えきれない! このままだと、後少しでそちらと接触してしまう!》

 

 見ると、燃え盛るような光と雷が見え、森の木々が爆発したように宙に舞い上がるのが見えた。それがどんどん此方に近付いて来る。

 『アーマードダークネス』はクロノとなのは、フェイトにレヴィ、シュテルの砲撃を全く受け付けず、ザフィーラの鋼の軛をものともせず進撃しているのだ。

 このまでは不味い。懸念した通り、エネルギーや魔力をいたずらに消耗してしまう事になりかねない。

 

 こんな時『ウルティメイト・イージス』を使いたい所であるが、『ダークザギ』を倒す為とヒロトを過去に送り返した為、完全にエネルギーを使い果たしてしまい今回は使えない。

 今の戦力で何とかするしか無いのだ。はやて達は焦るが、既に魔鎧装は間近まで迫る。そして遂にクロノ達の防衛線は突破されてしまった。

 

『遅かったか!』

 

 ゼロの眼に映る、闇を凝縮したような漆黒の鎧。大木を薙ぎ倒し、『アーマードダークネス』がその禍々しいまでの黒い偉容を現した。

 背中の炎の翼が周囲のものを根こそぎ凪ぎ払う。漆黒の鎧は、狂ったようにゼロ達もギラス兄弟も関係無く攻撃を開始した。

 本当に見境なしだ。繰り出した三ツ又の槍 『ダークネストライデント』から稲妻状の破壊光線が誰彼構わず放たれる。

 

『ゼロッ、当たるな!『レゾリューム光線』 だ!』

 

 周囲の木々や土砂が、広範囲に渡って爆撃を受けたように一斉に巻き上げられ消滅する。『アーマードダークネス』の発する光線は、ウルトラ族の肉体を分解する致命的な威力を発揮する。

 だからと言って他のものに対して威力が劣る訳では無い。魔導師達もまともに食らったら、跡形も残らないだろう。

 ハーフのゼロもとても試してみる気にはなれない。少しはまし程度と思われる。『メビウス・フェニックスブレイブ』程の耐久力は望めないだろう。

 

『チイッ!』

 

 連続して後方回転しレゾリューム光線から逃れたゼロだが、その背後からギラス兄弟の破壊光線が襲う。

 電光の反射神経で体を沈めて光線をかわすが、駄目押しとばかりに『アーマードダークネス』の炎の翼が迫る。

 まるで異形の巨大な拳のような翼が殴り付ける。ゼロは強烈な一撃に、横殴りに吹っ飛ばされ てしまった。

 

『野郎っ!』

 

 ゼロは攻撃を耐え空中で回転し体勢を整えようとする。だが其処に二撃目の炎の翼とレゾリューム光線の同時攻撃が襲う。これではとても避け切れない。

 そこにウルトラマンレオの『シューティングビーム』が割って入った。 ゼロはその隙に辛うじて射程から逃れる。

 しかし赤色の光線は、炎の翼と光線の前に打ち消されてしまった。『アーマードダークネス』と 『碎け得ぬ闇』との相乗効果だ。中の彼女の能力も増幅されている。

 

『何てパワーだ!』

 

 ゼロは森を更地にして着地しながら、砕け得ぬ闇+魔鎧装のパワーに舌を巻く。暗黒の鎧は軋むような音を上げ、槍を構えて鬼神の如く迫って来た。

 ゼロは槍の連続突きを体をかわして避ける。そこにギラス兄弟が、アーマードの攻撃範囲から巧みに逃れてゼロ達に攻撃を仕掛けて来た。

 決して魔鎧装とはまともにぶつかろうとはしない。 狡猾な戦い方だ。そのようにコントロールされているのだろう。恐れた通り、戦いは酷い乱戦状態に陥っていた。

 

「おのれ、あの女めが!」

 

 ディアーチェは苛立ちを隠せない。あの自分そっくりの女は、どこまで此方の邪魔をする気かと頭に来ていた。

 一方はやては必死で頭脳を回転させていた。今状況を一番把握出来ているのは、後方で砲撃を行うタイプの自分達だけだろう。

 こんな時色々考えて指示出来る、ウルトラマンレオとクロノは戦闘で手一杯。今状況を一番考えられるのは、後方で砲撃を行うタイプの自分だ。ディアーチェは此方の戦力に詳しくな い。

 

 普通に考えれば今の状況はじり貧だ。向こうはこれを見越してギラス兄弟を送り込んだろう。この戦局をひっくり返す手は……

 はやてはドキュメントデータで見た『アーマードダークネス』のデータをもう一度頭の中で反芻してみる。一見どうしようも無さそうに思えるが……

 

「そうや!」

 

 はやての頭に閃いた事があった。思念通話を全員に飛ばす。

 

《みんなっ、私に考えが有るんやけど》

 

《何か手が有るのか?》

 

 手一杯のクロノが辛うじて聞いて来る。はやて荒れ狂う暗黒の鎧を見下ろし、

 

《クロノ君このまま乱戦が続くと戦力が集中出来ひん。魔力もどんどん無くなってしまうだけや。アーマードに割ける時間も無くなってまう。せやからまずゼロ兄とおおとりさんは、ギラス兄弟に集中して貰いたいんやけど?》

 

《引き受けたぜ!》

 

 ゼロは即答する。何か良い手を思い付いたなと察した。レオも頷く。それだけなら普通の提案なのだが、次にはやては意外な事を言い出した。

 

《そして、その間に私ら魔導師で、『アーマードダークネス』から『U-D』ちゃんを出してやるんや》

 

《私達魔導師の火力で『アーマードダークネス』を砕くのは難しいんじゃないの?》

 

《私のザンバーも、なのはのブレイカーでも全 然通じないよ?》

 

《正気ですか? ハヤテ……》

 

 なのはとフェイト、シュテルが疑問の声を上げる。各自の最大攻撃魔法の集中攻撃でもびくともしないのだ。とても砕けるとは思えない。

 

《そこでや、並大抵の攻撃で砕けない鎧を砕く方法が、1つだけ有るんや》

 

 はやての念話を聞いた全員が驚いた。不滅の魔鎧装。その防御力は半端ではない。核兵器どころかアルカンシェルでも通じないだろう。

 果たしてそんな手段が有るのだろうか。その中でレオは、はやての真意を察していた。

 

《その手が有ったな……》

 

《はいっ、『アーマードダークネス』を砕けるものは、『アーマードダークネス』あいつの武器を利用したるんです》

 

 そう、攻撃が通用しないアーマードは、同じ材質で出来た自分の武器には傷付いてしまうのだ。

 

《勿論大きく壊す事は無理でしょうけど、要は 『U-D』ちゃんをアーマードから出せるくらいに一部だけ壊せれば良いんです》

 

《とんでもない事を考え付くな君は……》

 

 クロノは呆れるやら感心するやらであるが、やってみる価値は有ると踏んだ。常識に捕らわれないはやての発想には、状況を引っくり返すものが有ると。

 はやては尊敬する某魔術師に習って、発想の転換をしてみたのだ。

 

《よしっ、やってみよう。此処は君に任せる。それなら僕が最初にデュランダルを使う》

 

 クロノははやてに作戦を委ねる事にし、槍型のテバイス『デュランダル』を取り出した。此処ははやてに懸けてみようと判断したのだ。

 この少女は以前の時と言い、天性のものがある と。 そこでゼロはデュランダル、広域氷結魔法が恐ろしく魔力を食うのを思い出す。

 

《それを使うと、消耗が激しいんじゃなかったか?》

 

《今の状況だと、『U-D』単体に使うより、あの怪獣とアーマードに使う方が効率的だ。効果範囲が広いから、少なくとも隙を作る事は出来るだろう》

 

 クロノは此処が一番の使い所だと判断したのだ。ゼロはその判断に賛成した。

 

『頼むぜクロノ!』

 

「任せてくれ」

 

 同じく広域攻撃が出来るはやては、リインフォースと共に『U-D』に突撃しなければならない。ここは自分が広域攻撃を行い、はやて達を温存するべきとクロノは判断したのだ。

 了承を得たはやては頭脳をフル回転させ、皆に思念通話を送りながら作戦を組み立てる。

 

《氷結魔法で動きが鈍った隙にまずは、アーマードの持っている三ツ又の槍『ダークネストライデント』やったか……を使うのが一番やね。

右手を集中攻撃して何とか槍を手放させたいところや。アーマードは中身が無い鎧や。本能みたいなもんで動いてるだけらしいから、上手くやれば自分から手放すように仕向けられるかもしれへん……」

 

《はやて、それは私に任せて……ソニックフォームで撹乱してみせるよ!》

 

 フェイトが名乗りを上げた。そこに傍らに居たレヴィも張り切って手を挙げる。

 

「フフフッ、スピードなら、ヘイトにも負けないぞ!」

 

「フェイトだってば……」

 

 フェイトは、やはり名前を上手く発音出来ないレヴィにツッコミつつも、自分と互角以上のスピードの彼女なら頼もしい。確かにずば抜けたスピードを持つ2人なら、この役目は打ってつけだ。

 

「かなり危険やけど、フェイトちゃんとレヴィに任せるしかないな……ごめんな?」

 

《任せて、はやて》

 

《子がらすっち、僕は強いから平気さ!》

 

 フェイトとレヴィは頼もしく請け負う。子がらすっちは、はやての事らしい。苦笑しながらもはやては、2人を信じて任せる事にする。

 

《よしっ、後は手放した槍を巻き上げられれば……シグナムあの槍を持ち上げるか、動かす事は出来そう?》

 

《魔力の慣性制御を利用して、一瞬だけなら重量を緩和出来ます……僅かな間ですが、『シュランゲ・フォルム』で巻き上げる事は可能かと……》

 

 シグナムは即座に応えていた。高揚した様子が窺える。流石は我らの主だと誇らしいのだ。

 

《よしっ、次にそれをヴィータのギガントで打ち出す。ヴィータ、どないや?》

 

《任せてよはやて。バラバにやったように、見事ぶち当てて見せるよ!》

 

 ヴィータもアイゼンを示して頼もしく請け負った。はやては笑顔で返すと、傍らのディアーチェとシャマルに確認を取る。

 

「シャマル、王様『U-D』ちゃんがどの辺りに閉じ込 められとるか見当は付く?」

 

「反応が煩雑で判り辛いですけど……顔の辺りに魔力反応が有るようです」

 

 シャマルは『クラール・ヴィント』を伸ばして魔鎧装の探知結果を報せる。魔鎧装の内部は様々なエネルギーで満ちているようだ。

 

「辛うじて気配は感じ取れる。『U-D』はあやつの顔面部分だ」

 

 ディアーチェはアーマードダークネスを睨みながら答えた。拳が白くなる程握り締められている。

 

「泣いておる……」

 

 独り言のように小さな声だったが、はやてには確かにそう聴こえた。『U-D』は鎧の内部で吸収され始めている可能性が高い。気が気では無いのだろう。

 はやてはディアーチェの心情が良く判る気がした。リインフォースを喪わずに済んだ今の彼女なら尚更だ。

 一刻も早く彼女を救出しなければ。作戦は決まり、『U-D』の位置は判った。これで作戦を開始出来る。

 

「残りのみんなは援護攻撃をお願いな? 作戦開始や!」

 

 はやては自分を鼓舞するようにシュベルトクロイツを掲げて気合いを入れる。

 ギラス兄弟の撃破とアーマードからの『U-D』の救出。これを同時に行うのだ。 時間との勝負だが、これが成功すれば魔導師達は『U-D』の暴走を止める事に専念出来、ゼロ達は『アーマードダークネス』撃破に集中出来る。

 背後に居る者が気になるが、此処を切り抜けなければどうしようもあるまいとはやては判断する。それに恐らくは……

 ゼロは何時もの癖で上唇を指でチョンと弾き、景気良く応えた。

 

『俺と師匠は『U-D』を出すと同時にギラス兄弟を倒すか。流石ははやてだ。面白えっ! やってやるぜ!!』

 

 一旦スピンを解除したEXギラス兄弟は嘲笑うように、揃って咆哮を揚げた。ゼロとレオは共にレオ拳法の構えでそれぞれに対峙するが、じりじりと僅かに移動し距離を計る。

 

 魔導師達は『アーマードダークネス』の周りを距離を置いて包囲する陣形を取った。皆氷結魔法に巻き込まれないようにしているのだ。

 クロノは皆の退避を確認すると魔法を発動させる。魔方陣が輝き超低温の冷気が光る結晶となって、『アーマードダークネス』とギラス兄弟に雪のように降り注いだ。

 

「永久なる凍土、凍てつく柩の地に永久に眠りを与えよ。凍てつけ!!」

 

 冷気は急速に広がり、魔鎧装とギラス兄弟を周囲ごと、たちまちの内に凍らせる。辺り一帯が氷土のように凍結した。

 3体とも凍り付いたように見えるが、数瞬の間も無く『アーマードダークネス』から雷光が走り、ギラス兄弟は全身の角から破壊光線を発してあっさりと凍結を砕いてしまう。しかしそれは想定内だ。

 

『行くぜぇっ!!』

 

 ゼロとレオはこの僅かな間に、氷結を砕くギラス兄弟に向かって猛然と走り出す。魔導師達は雷と炎の翼を纏う『アー マードダークネス』に敢然と向かった。

 

 

 

つづく




次回『紫天一家永遠の誓いや』


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第81話 マテリアルズ永遠の誓いや

 

 

 

 

凍結を難なく脱した『EXギラス兄弟』は、気勢を上げるように大地を震わせ咆哮した。対するは『ウルトラマンゼロ』と『ウルトラマンレオ』の師弟タッグ。

 

 地響きを上げ『ブラックギラス』はレオに、 『レッドギラス』はゼロに凶悪な牙を剥き出し襲い掛かる。2匹は各部の巨大な角から破壊光線を乱射して来た。

 

『行くぞゼロッ!』

 

『オオッ!』

 

 師弟コンビは阿吽の呼吸で、同時にギラス兄弟に向かう。破壊光線の雨を潜り抜け、ゼロとレオの正拳突きがブラックギラス、レッドギラスの顔面を捉える。

 

 それだけでは終わらない。更に下から突き上げるようなアッパーが、ギラス兄弟の数万トンの巨体を真上に跳ね上げる。

 兄弟怪獣は揃って地響きを上げて、大地に転がされていた。まるで2人がユニゾンしたかのような同じ動 きだ。

 双子怪獣ならではのコンビネーションを誇るギラス兄弟をも上回る、師弟コンビの息の有ったコンビネーションであった。

 それでも負けじと起き上がったギラス兄弟は、狂気の怒りを凶暴な瞳に燃やし、師弟コンビに反撃を仕掛けて来る。

 各部の角から再び破壊光線が発射された。ゼロとレオは電光の反射神経で飛び退き側転し、巧みに光線をかわす。そこにギラス兄弟の鋼鉄で出来た鞭のような尾が唸りを上げて襲った。

 

『何のぉっ!』

 

『ハアアッ!』

 

 師弟コンビは、打ち合わせでもしていたかのように高く飛び上がって尾の攻撃をかわし、空中で交差すると手刀を振り上げる。その手が真っ赤に燃え上がった。

 『ビッグバンゼロ』と『ハンドスライサー』 の同時打ちだ。ブラックギラスはゼロに、レッドギラスはレオに、頭頂部の巨大な角を叩き斬られていた。

 絶叫を上げるギラス兄弟。角が折れてしまえば、ギラススピンは再生するまで使えない筈だが……

 

『むっ!?』

 

 ゼロはギラス兄弟の頭部を見て唸る。頭頂部の肉が不気味に盛り上がり、折られた角が再び生え替わったのだ。

 

『チッ、流石は進化形態ってとこか!』

 

 ゼロはそう言いつつも、臆してはいない。更に闘志を燃え上がらせる。レオはこの程度は予想の範囲内なのか、いささかも動じてはいない。

 

 角を再生したギラス兄弟は、その強靭な腕力に物を言わせて再び攻撃を仕掛けて来る。ゼロとレオは体を捌いて、都庁をも一撃で薙ぎ倒す攻撃を避けると、その腕を掴み同時に投げ飛ばした。

 紅と黒の巨体が、綺麗な弧を描いて大地に叩き付けられる。凍結した大木が砕け、土砂と氷が盛大に舞う。ゼロとレオは雄々しくレオ拳法の構えを取った。

 

 ギラス兄弟の攻撃が当たらない。緒戦で動きを見切ったのだ。流石は格闘戦で並ぶ者無しと唄われるウルトラマンレオと、底知れぬポテンシャルを秘めたウルトラマンゼロだ。

 

 しかしギラス兄弟にはまだ切り札がある。このままでは不利と悟ったか指令が出たのか、ブラックギラスとレッドギラスは素早く距離を取り、肩を組み合った。必殺のギラススピンの態勢!

 流石にスピンの態勢に入るのに隙が無い。ゼロとレオも止める事は出来なかった。スピンの回転が勢いを増す。そのスピードは 音速を遥かに超え、衝撃波と突風を巻き起こし氷が凶器と化して大地に突き刺さった。

 スピンするギラス兄弟から辺り構わず破壊光線が撒き散らされる。先程とは比較にならない。勝負を懸ける為にフルパワーでギラススピンを行っているのだ。

 

 激しい爆発が巻き起こる。破壊光線の嵐の中翻弄されるゼロとレオ。さしもの師弟コンビも、そのパワーに近寄る事も出来ないようだ。ギラス兄弟は最大限のパワーで、スピンの方向を師弟コンビに向けた。

 

 

 

 

 凍結を破ったアーマードダークネスは、軋むような音を上げ、三ツ又の槍『ダークネストライデント』を振り回す。それに対し、フェイトとレヴィが先陣を切った。

 

「行くよレヴィ……!」

 

「僕に遅れるなよ、オリジナル!」

 

 2人のバリアジャケットの装甲部が無くなり、身体にぴったりフィットしたボディースーツの、高速戦闘に特化したフォームに変化する。『ソニックフォーム』に『スプライト フォーム』だ。

 防御を捨てたスピード形態である為、僅かな攻撃でも当たれば命取りになるが、そのスピードはずば抜けている。

 

「はあああっ!」

 

「行っくぞおっ!!」

 

 デバイスを構えたフェイトとレヴィは、荒れ狂う『アーマードダークネス』の下方から最速で突っ込んだ。

 反応した魔鎧装はレゾリューム光線を放つ。 土砂や大木が吹き飛ぶ中を、2人は曲芸飛行さながらにジクザグに飛ぶ。

 上手い具合に接近に成功したフェイトとレヴィがアーマードの槍を持つ右手に向かおうとすると、突然巨大な左手が横合いから襲った。

 

「速いっ!?」

 

「わわわっ!?」

 

 鈍重かと思いきや、アーマードの動きは速い。巨大さに関わらず、傍目に人間と同じくらいの動きに見えると言う事は、それだけ速く動いている事になるのだ。

 迫るプレス機のような掌。間一髪。危うくフェイトとレヴィは、指の間をすり抜けて脱出する。

 

「へへ~ん、こっちだ、こっち!」

 

 レヴィは危機をも楽しんでいるのか、あっかんべーをしながら飛び回る。フェイトはこんな時にも関わらず吹き出しそうになるが、

 

「レヴィ、槍を持っている手に向かうよ」

 

「へへ~ん、しっかり僕に着いて来いよ、ヘイト!」

 

「フェイトだってば」

 

 律儀にツッコミを入れながらフェイトとレヴィは、巨大な三ツ又の槍を持つ右手スレスレを飛行する。 アーマードは苛立ったように、滅茶苦茶に ダークネストライデントを振り回す。

 凄まじいパワーに衝撃波が生み出され、フェイトとレヴィを襲う。食らったら最期だ。それでも止まる訳には行かない。動きを止めたら最期であろう。

 2人は アーマードの右手の周りを羽虫のように、あくまでしつこく飛び回りながら砲撃を繰り返す。

 

「トライデント・スマッシャー!」

 

「光翼斬!」

 

 炸裂する雷光の魔力弾に光輪。その黒い装甲に傷一つ付かないが、アーマードは業を煮やしたようだ。手元過ぎてレゾリューム光線が使えない。

 銃の発射口脇でチョロチョロされているようなものだ。フェイトはここが勝負所だと思った。

 

「レヴィ、右手の直ぐ前で止まるよ!」

 

 この状況では一見自殺行為に思える提案だが、レヴィはニヤリとする。

 

「そう言う事か!」

 

 頭を使うのは苦手なようだが、戦闘に関しては別らしい。飛び回っていた2人は、槍を持つ右手の前で急停止した。

 アーマードは馬鹿めとばかりに、両手で叩き潰さんと巨大な掌を打ち合わせようとする。余程五月蝿かったのか、その際に槍を手放していた。

 蚊を潰すように掌を打ち合わせて、フェイトとレヴィを叩き潰すつもりだ。はやての読み通り、上手く乗ってくれたようだ。

 目的を達した2人は脱出しようとするが、その前に巨大な掌が迫っていた。フェイトとレヴィのスピードをもってしても、このままでは巨大な掌から逃れる前に潰されてしまう。

 

「間に合わない!?」

 

 フェイトは表情を青ざめさせる。無情にもアーマードの巨大な掌が打ち合わされようとした時、援護の砲撃魔法が撃ち込まれた。僅かな隙を突き、2人はアーマードから離脱する。

 

「良くやった、テスタロッサ、レヴィ! 後は任せろ!」

 

 地表に落下しようとしていた、ダークネストライデントの前にシグナム待ち構えていた。

 

「レヴァンティン!」

 

《Schlage Form!》

 

 魔力カートリッジが一度に排出され、愛機レヴァンティンの刀身が無数の蛇腹状に分割される。シュランゲルフォルムが、巨大な槍の中央に巻き付いた。

 

「魔力全開! 重力キャンセル、レヴァンティン巻き上げろおおおっ!!」

 

《Jawohl!》

 

 巨大な槍がシュランゲフォルムに巻き上げられ宙に舞う。シグナムの巧みな鞭捌きに、ダークネストライデントの穂先がアーマードダークネスに向けられた。シグナムは合図する。

 

「今だヴィータ!」

 

「おうっ! 轟天! 爆砕! ギガントシュラアア クッ!!」

 

《Gigant from!》

 

 待機していたヴィータがアイゼンを数十メートルにまで巨大化させた。タイミングを合わせ大きく振りかぶったギガントを、力の限りダークネストライデントの槍尻に叩き付ける。

 

「ぶっ飛べえええええっ!!」

 

 鼓膜に響く金属同士がぶつかり合う激突音を上げ、ダークネストライデントは矢のように魔鎧目掛けて飛ぶ。 アーマードはとっさに避けようとするが、その足元から次々に棘状の巨大な刃が突き出しそれを阻んだ。

 

「縛れ! 鋼の軛!!」

 

 ザフィーラだ。絶妙のタイミングの援護であった。 さしもの魔鎧装も鋼の軛を砕くのに僅かなタイムラグを生じる。この時間稼ぎの為の攻撃だ。

 打ち出されたダークネストライデントは、狙い違わずアーマードの顔面に激突するが……

 

「あかんっ!?」

 

 はやては息を呑む。まだ威力が足りなかった。槍は仮面部分に亀裂を作っただけだ。万事休す。アーマードは槍に手を伸ばした。

 

 

 

 

 ギラススピンが猛威を奮う。凄まじいばかりの風圧に周囲の大木が巻き上げられ宙を舞う。巨大なハリケーンさながらだ。ゼロとレオは成す術が無いように見えるが、獅子の戦士は弟子に目配せする。

 

『ゼロッ、スピンにはスピンだ!』

 

『でも師匠、きりもみキックも通用しなかった ぜ!?』

 

 先程きりもみキックを跳ね返されたゼロは難色を示す。そこでレオの雄々しき風貌が、一瞬不敵な笑みを浮かべたように見えた。

 

『ならば、此方も2人で掛かればいい……『ウルトラダブルスピン』だ!』

 

『おおっ!』

 

 ゼロは心得たと威勢良く返す。師弟コンビはギラススピンに対峙した。破壊光線を撒き散らし迫るEXギラス兄弟。

 

『タアアアアッ!!』

 

『行くぜぇッ!!』

 

 凄まじい風圧と破壊の嵐の中、レオとゼロは爆発するように大地を蹴り上げ天高く跳躍した。2人の右手同士がガッチリと組み合わされる。

 組み合わされた手を支点に、ゼロとレオの巨体が高速回転を始めた。爆音を上げ、師弟コンビは空中で巨大な風車と化す。

 

 更に風車の外側が真っ赤に燃え上がった。2人が脚を赤熱化している。炎の風車だ。巨大な炎の風車はギラススピン目掛けて勢いよく降下した。

 巨大な竜巻と炎の風車が真っ向から激突する。天地に轟くような激突音が響き渡った。

 ウルトラダブルスピンが、ギラススピンを正面から粉砕する。 巨大な回転する刃となった炎の風車は、ブラックギラスとレッドギラスの頸を、ものの見事に両断していた。2つの巨大な頸が舞い大地に転がる。

 

 ウルトラダブルスピン 以前『ゾフィー』と『ウルトラマンA』が使用し、『ヤプール』ごと異次元空間を切り裂いた程の威力だ。

 スピンを解いたレオとゼロが降り立つと同時に、ギラススピンは力を失い、頸を切断された2つの巨体が大地に崩れ落ちる。

 師弟コンビの背後で天まで吹き上げる大爆発が起こり、EXギラス兄弟は粉微塵に吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 攻撃の結果は『アーマードダークネス』に亀裂を作っただけであった。ギガントでもパワーが足りなかったのだ。万事休す。だがその時、槍目掛けて二筋の光が放たれていた。

 

「全力全開! スターライトブレイカアア アッ!!」

 

「真! ルシフェリオンブレイカーッ!」

 

 桜色と紅蓮の砲撃が槍の勢いを後押しする。なのはとシュテルだ。念の為はやてが配置しておいたのだ。

 その追加の勢いに遂に『アーマードダークネス』の仮面の一部が破片を飛び散らせて砕けた。内部から放電が溢れ出す。

 

「ちえっ、でも礼は言っとくぜ、なのは、シュ テル……」

 

 ヴィータは背後のなのはとシュテルに、苦笑して見せた。

 

「えへへ、ヴィータちゃんにお礼言われちゃった」

 

「えっへんです……」

 

 なのははヴィータに礼を言われて余程嬉しかったのか、満面の笑顔だ。シュテルは自慢気に胸を張っている。それを見てヴィータは、改めてあのシュテルとは別人なのだなと実感し苦笑した。

 結果を確認したはやては、ここぞと砲撃魔法の発射態勢に入る。

 

「みんなようやってくれた。『U-D』ちゃん、荒っぽいけど堪忍してな? みんなあの壊れた孔に誘導弾を撃ち込むんや!」

 

 空かさずはやてとなのはの誘導弾にヴィータの魔力弾、フェイト、クロノの誘導弾が破壊孔に撃ち込まれる。撃ち込まれた魔力弾は奥深くまで誘導されると、一斉に魔力爆発を起こす。

 アーマードの顔面から衝撃波と爆風が飛び出した。煙突現象を利用したのだ。一緒に爆風に吹き飛ばされた、小さな少女がアーマードの外に放り出される。

 

「やった!」

 

 はやては小さくガッツポーズするが、無論これで終わりでは無い。『アーマードダークネス』は飛び出した『U-D』を再び取り込もうと手を伸ばす。

 不味い。このままでは再び彼女を取り込まれてしまう。だがそこに、頼もしき叫びが響いた。

 

『デリャアアアアッ!!』

 

『ヤアアアッ!!』

 

 巨大な超人2人のダブルキックがアーマードの胸板に炸裂する。仰け反る暗黒の鎧。ギラス兄弟を撃破したゼロとレオだ。

 師弟コンビは怯んだアーマードの両腕を掴むと、フルパワーで投げ飛ばす。巨体が宙を大きく舞った。魔鎧装は数キロは飛ばされ、森を更地にして大地に激突する。

 

『『アーマードダークネス』は任せろ! みんな あの子を頼む!』

 

 ゼロはそう言い残し、レオと共にアーマードの元へ飛ぶ。

 

「ゼロ兄とおおとりさんも気い付けてなあっ!」

 

 はやての激励を背に、ゼロとレオは起き上がろうとする魔鎧装へ猛然と向かった。

 

 

 

 

 『アーマードダークネス』の中から出る事が出来た『U-D』だったが、その全身が紅葉するように紅に染まっている。背中の魄翼が大きく展開され燃え盛るように輝いた。

 

「U-D!」

 

 ディアーチェが呼び掛けるが、彼女に反応する様子は無い。

 

「U-Dちゃん、私達は敵じゃないわ。あなたを助けたいの!」

 

 シャマルも手を挙げて呼び掛けるが、やはり反応は無い。それどころか、背中の魄翼が更に大きく展開され、『U-D』は片手を前に翳した。

 

「皆散るんだ!」

 

 クロノの指示に全員が散会すると同時だった。『U-D』 から凄まじいばかりの砲撃が放たれる。リング状の砲撃が魔導師達に降り注いだ。

 辛うじて回避に成功するが、並外れた威力であっ た。だがそれだけでは終わらない。次々と大威力の魔力弾がマシンガンの如く射ち出される。森の木々がごっそり吹き飛ばされ大地を抉る。

 どんな魔導師でも、こんな無茶な使い方は出来ない。直ぐに魔力切れを起こしてしまうだろうが、無限連鎖機構を持つ『U-D』にとっては何程の事も無いのだろう。

 

「うああぁあああああああぁぁぁっ!!」

 

 悲鳴のような苦しむような絶叫が響く。それは聞く者の心を締め付けるような、苦しみの慟哭の叫びに聴こえた。

 

「駄目だ。完全に正気を失っておる!?」

 

 ディアーチェは歯軋りした。『アーマードダークネス』の暗黒の力の干渉を受けた影響で、彼女は完全に暴走している。

 

「やはり、戦うしかないか……」

 

 クロノは状況から説得が通じないのを悟る。そこにシュテルが状況を皆に説明の念話を送った。

 

《まずはU-Dの防御壁を破壊しなければいけません…… それからでなければ、本体にダメージを与える事すら出来ません……》

 

 強固な障壁に守られているらしい。まずはそれを破らなくてはならないのだ。了解したクロノは頷き指示を出す。

 

「攻撃開始だ!」

 

 なのはは再び周囲の残存魔力を収束し、呼び掛けるように叫んだ。

 

「きっと、あなたを助けるから!」

 

 チャージされたスターライトブレイカーが勢いよく飛ぶ。続けてフェイトのジェットザンバーが、各自の最大攻撃魔法が『U-D』に炸裂するが、彼女の防御は硬い。シグナムが追撃を掛ける。

 

「まだだ、集中攻撃! 翔けよ隼!!」

 

 光の矢が音速を超えて飛び、各魔導師の最大攻撃魔法が立て続けに『U-D』に炸裂する。爆発に巻き込まれる少女。

 少しは通ったかと思いきや、全く無傷の『U-D』が姿を現し砲撃魔法を放って来た。魔導師は攻撃の前に吹き飛ばされてしまう。

 それでも彼、彼女らは立ち上がる。不屈の心で『U-D』に何度叩きのめされても立ち上がり、死力を振り絞って攻撃を集中する。必ず彼女を救う。想いは一つだった。

 

「紫電、一閃っ!!」

 

「ギガントシュラアアクッ!!」

 

 接近戦に持ち込んだシグナムとヴィータの攻撃が『U-D』の障壁に僅かに亀裂を作る。更にレヴィがバルニフィカスを身の丈より巨大な大剣形態に変形させる。

 

「今僕とシュテルんと王様が、君を助けるからね!!」

 

 降り下ろされた刃が電光を発し、亀裂が広がる。もう少し。だがフルパワーの連続攻撃に魔導師達の魔力は残り少ない。

 

『U-D』の両腕から光の剣『エターナルセイバー』が伸び、桁違いのパワーで3人を薙ぎ倒す。シグナムとヴィータ、レヴィらは堪らず後退を余儀なくされた。

 

「もう少しなのに!」

 

 なのはは再びスターライトブレイカーを放とうとするが、限界だった。もうそんなに撃てないだろう。クロノも各自の消耗を鑑み、最後の賭けに出る。

 

「同時に一点集中攻撃を掛ける! 残りの魔力を全て叩き込むんだ!!」

 

 後ははやてとディアーチェに任せるしかない。だが相手はチャージを悠長に待ってはくれなかった。 魔導師達に『U-D』の砲撃が襲う。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 だがザフィーラが渾身の障壁を張り巡らしてチャージ中の魔導師を守った。全身に血管が浮き上がり、守護の盾の一部が破られザフィーラの身体を切り裂く。鮮血が飛び散った。

 

「ザフィーラさん!?」

 

「私は大丈夫だ! チャージを!!」

 

 なのは達は一歩も退かない守護の獣の背に感謝し、チャージを完了する。

 

「一斉砲火だ!!」

 

 クロノの声の元、各自の最大攻撃魔法が一斉に放たれた。数色の魔法光が『U-D』に炸裂する。遂に彼女を守っていた障壁が、硝子のように砕け散った。

 だがあくまで最初の防御を破ったのみ。後ははやて達に賭けるしかない。後方でじりじりしていたはやて、リインフォースとディアーチェは、待ってましたと飛び出した。

 しかし『U-D』は本能的に伏兵の存在を察知したようだ。魄翼が大きく展開すると矢のように飛び出し、はやてとディアーチェに迫る。完全に不意を突かれてしまった。

 

「しもた!?」

 

「U-D!」

 

 リインフォースはとっさに砲撃を放って迎撃しようとするが間に合わない。その時だ。はやてとディアーチェの前に立ち塞がった者達が居る。その2人は身代わりに魄翼の攻撃まともに食らってしまった。

 

「レヴィ、シュテル!?」

 

「2人共!?」

 

 それはレヴィとシュテルであった。2人は魄翼の攻撃に吹き飛ばされ、山肌に叩き付けられてしまう。もうまともに動けなかった。

 

「大丈夫か!?」

 

 ディアーチェは蒼白になって2人に向かう。するとボロボロの2人は辛うじて顔を上げ、ヨロヨロと手を翳していた。

 

「……私達は大丈夫です……U-Dを頼みます…… 王…… 私達の力を……」

 

「王様……お願い……!」

 

 レヴィとシュテルの発した光が、ディアー チェに注がれる。魔力光が勢いを増し、背の暗紫の翼が紫、紅、水色の三色に変化した。2人は自分達の残りの魔力を全てディアーチェに送ったのだ。

 

「2人の力と想い、しかと受け取った! 後は任せろ!!」

 

 紫天の王は、胸に去来する想いを拳に込め、2人の仲間に頼もしき言葉を贈った。

 

 一方全ての魔力を『U-D』に撃ち込んだ魔導師達は、最早戦闘不能であった。飛行するのがやっとだ。クロノははやて達に後を託す。

 

「はやて、リインフォース、ディアーチェ…… 後は頼む……!」

 

「はやてちゃん、リインさん、ディアーチェちゃん…… あの子を……」

 

「助けてあげて……!」

 

 肩を貸し合い立ち上がったなのはとフェイトは、飛び出す3人に声を振り絞った。

 

「はやて、リイン……!」

 

「主はやて……リイン!」

 

「がんばって!」

 

「主……!」

 

 ヴィータがシグナムが、シャマルがザフィーラが叫ぶ。皆の想いを受け、小さな主は頼もしく微笑んだ。

 

「任しとき! リインフォース、ユニゾンや!!」

 

「はいっ!」

 

 はやての姿が魔法光に包まれ、融けるようにリインフォースの身体と一体化する。リインの髪の色が亜麻色に変化した。足元のベルカ式魔方陣が力強く輝きを増す。

 

「この力は……」

 

 リインは自らの魔力に驚く。身体中を溢れんばかりの力が漲っていた。想像を遥かに超える魔力量だ。心にはやての声が響く。

 

《リインフォース、行くでえ!》

 

「はいっ、我が主!」

 

 そこにレヴィとシュテルの力を託されたディアーチェが、三色に輝く6枚の翼を広げて合流して来た。

 

「遅れるなよ子鴉共!」

 

 ユニゾンリインは頷くと、ディアーチェと共に荒れ狂う『U-D』に向かう。異形の腕と化した魄翼が3人に向けられた。

 

「U-Dっ!」

 

「行きます!」

 

《待っててなU-Dちゃん!》

 

 ディアーチェの三色の魔法光を帯びた砲撃魔法が、魄翼の片割れを粉々に砕き、ユニゾンリインの振るった拳が遅い来る異形の腕を打ち砕く。

 ディアーチェもユニゾンリインも、魔導師の範疇を超えた強さであった。

 しかし『U-D』は強力だ。 砕かれた魄翼を瞬く間に再生し、リング状の 砲撃魔法『ヴェスパーリング』を放って来る。

 砲撃の雨の中、ユニゾンリインとディアー チェは木の葉のように翻弄されてしまう。やはり彼女の戦闘力は凄まじい。

 

「うわあああああああああああああっ!!」

 

 悲鳴とも絶叫とも取れる声が響き渡る。その瞳から血の涙が流れ落ちていた。自壊が始まっているのだ。もう猶予は無い。

 

《向こうは無限の魔力を持つU-Dちゃんや。 こっちの魔力がいくら有っても対抗できひん。短期決戦で行くしかないで!》

 

「はい!」

 

「抜かるなよ、子鴉共!」

 

 ディアーチェは不敵に笑うと、『エルシニアクロイツ』を天高く掲げる。

 

「大人しくせいっ! アロンダイト!」

 

 一直線に飛ぶ強力な魔力弾。『U-D』は背中の魄翼を振り回し、魔力弾を跳ね返す。そこにユニゾンリインがここぞと飛び込んで来た。

 

「ああぁああああああっ!!」

 

 『U-D』は両腕のセイバーを繰り出し、絶叫を上げながら向かって来る。降り下ろされる魔力の剣を、ユニゾンリインは拳に魔力を集中させ対抗する。

 

 魔力同士がスパークし火花が散る。拳と剣が激突した。桁違いのパワーの『U-D』に、ユニゾンリインは死力を振り絞り最大パワーで対抗する。ディアーチェも砲撃を力の限り放ち援護した。

 

 何十合にも及ぶ打ち合いの中、『U-D』の剣がリインを貫かんと繰り出される。魔力の剣が勢いよく伸びた。

 あわや剣がユニゾンリインの身体を貫くかと思われたが、寸前でリインの拳がエターナルセイバーを2本共跳ね上げていた。その拳に魔力光が燃え上がる。

 

《「来よ、夜の帳(とばり)! はぁあああ あっ! 打ち抜け夜天の雷っ!!」》

 

 繰り出された必殺の拳が『U-D』のボディーを見事捉えた。大きく仰け反った彼女は強烈無比の拳に、後方に吹き飛ばされる。

 

「ディアーチェ!」

 

《王様っ!》

 

 ディアーチェの掲げたエルシニアクロイツが光を放つ。彼女の最大攻撃魔法が放たれた。

 

「集え、星と雷! 我が闇の元へ! 落ちよ巨重! ジャガァァッ、ノォォトォッ!!」

 

 大量の黒い魔力弾が隕石の如く『U-D』に降り注ぐ。魄翼が盾となり砲撃を防ごうとするが、ジャガーノートは異形の翼を粉々に打ち砕いていた。華奢な身体に無数の魔力弾が炸裂する。

 

「ああぁあああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 絶叫を上げ吹き飛ばされた『U-D』の動きが完全に止まっていた。

 

《今やっ!》

 

 ユニゾンリインは、銀色に輝くマントを取り出した。レオから預かった『ウルトラマント』だ。

  広げたマントの端をディアーチェも掴む。ユニゾンリインとディアーチェは、それでも態勢を立て直そうとする『U-D』に、ウルトラマントを頭からスッポリ被せた。

 視界をも塞がれた少女は尚も暴れようとする。2人は必死で彼女を抱き抱えるように押さえ続けた。すると徐々に暴れる動きが弱くなって行く。

 

《効いたみたいやな……》

 

 リインの中、はやてはホッと息を吐いた。原理は不明だが、ウルトラマントにより暴走が解かれ始めている。

 そっとマントをずらすと、『U-D』の紅く変色していた部分が元の白に戻って行く。彼女は眠るように目を閉じ、停止状態にあるようだ。

 

《王様……後はお願いや》

 

「うむ……」

 

 ディアーチェは紫天の魔導書を取り出し、静かに『U-D』の額に手を当てる。プログラムへアクセスしているのだ。

 はやてとリインは後をディアーチェに任せ、一旦後方に退がって見守る事にする。ここはディアーチェと彼女2人だけにした方が良い気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 無限の闇の中で、少女が独り膝を抱えて踞っている。

 

「ユーリ……」

 

 闇の中、その前に1人の人物、ディアーチェが姿を現し、少女『U-D』に呼び掛けた。

 

「ユーリ……?」

 

 顔を上げた少女は、怪訝な顔をする。ディアーチェはゆっくりと『U-D』に歩み寄り静かに語り掛ける。

 

「そうだ……思い出したのだ……お前が人として産まれた時の名だ……そして我らは元々一つ…… 昔からずっと共に在ったのだ……」

 

 そうだったのだ。彼女を失う事は、己の身体を失うに等しい。ユーリはディアーチェ達にとって、掛け替えの無い存在なのだ。だがユーリは哀しげに頭を振っていた。

 

「私はあの鎧と同じ……全てを滅ぼす力……誰にも関わってはいけないんです……」

 

『アーマードダークネス』と自分が同じだと思っているのだ。ディアーチェはその考えを断固として否定する言葉を発していた。

 

「お前はあの鎧とは違う! 心が在る。誰かを傷付けたくないと思う心が在るではないか……そして我が居る……レヴィもシュテルも……もうお前に望まぬ力を振るわせたりはせん……そして今からお前を独りになどさせん!」

 

 それはディアーチェの誓い。何者にも侵されない紫天の王の絶対の誓い。

 

「来いユーリ!」

 

 ディアーチェは手を差し伸べていた。U-D、ユーリにはその姿が光に見えた。それでもしばらく迷っていたようだったが、 小さな手がおずおずとディアーチェに差し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「何話してるんやろね……?」

 

 ユニゾンを解いたはやてが、上空の2人を見上げて呟いた。リインもディアーチェとユーリを見上げて微笑んでいる。

 

「きっと、駄々をこねる子供に言い聞かせている感じではないでしょうか……? 私の時のように……」

 

「あははっ、当たってる気がするなあ……」

 

 2人の目に、ディアーチェがユーリをお姫様抱っこして此方に降りてくるのが見える。無事制御に成功したようだ。一安心である。

 だが辺りには地響きが響き渡っている。彼方はまだ戦闘継続中だ。

 

「ゼロ兄達の方は?」

 

 はやてがそちらを見ると、ゼロとレオが嵐のような猛攻を『アーマードダークネス』にかけていた。流石に2人共カラータイマーの点滅が始まっている。

 ゼロは『ゼロスラッガー』を両手持ちして、アーマードに斬り掛かり、レオは『ハンドスライサー』で破損している仮面部分を攻撃する。

 

『再生はさせねえ!』

 

『イヤアアッ!!』

 

 はやて達が砕いた箇所を集中攻撃だ。スラッガーとスライサーを受け、アーマードの仮面の破壊孔が更に広がった。

 しかし暗黒の鎧も一筋縄では行かない。軋むような大音量を上げてダークネストライデントを拾い上げると、刃先からレゾリューム光線をゼロとレオに放ってきた。

 まともに食らっては身体を分解されてしまう。ゼロとレオは、素早く後方に連続して爆転し光線から逃れる。

 それでなくとも凄まじい威力だ。辺り一帯が火山でも噴火したように火柱を上げ、吹き飛んでしまう。だがゼロとレオはその中を潜り抜け、『アー マードダークネス』に敢然と向かう。

 

『もう時間が無い。一気にアーマードを叩くぞゼロッ!』

 

『おうっ、師匠!!』

 

 レゾリューム光線をかわし、師弟コンビは同時に暗黒の鎧の間合いに入る。

 アーマードはダークネストライデントに加え、腰の大刀を引き抜きゼロとレオを両断、突き刺さんと驚異的な速度とパワーで繰り出して来た。

 

 ゼロは『ゼロスラッガー』を連結させた『ツインソード』で大刀を受け止め、レオはトライデントを、ハンドスライサーで受け流す。

 しかしやはり魔鎧装のパワーは圧倒的だ。師弟コンビはあっさり跳ね飛ばされてしまうが……

 

『ウオリャアアアッ!!』

 

『タアアアアッ!!』

 

 ゼロがレオが吼える。師弟コンビの巨体が宙に舞う。自ら後方に跳んでパワーを受け流したのだ。

 その勢いをも利用し、跳躍したゼロとレオの炎のダブルキック『ウルトラゼロキック』と 『レオキック』がアーマードの顔面に叩き込まれる。

 仮面部分の破壊孔から更に亀裂が走った。大地を揺るがし着地したゼロに、レオは叫ぶ。

 

『ゼロッ! ダブルフラッシャーだ!!』

 

『オオッ!!』

 

 片膝を着き掲げたゼロの両手に、後方に位置したレオの両手が組み合わさる。師弟コンビ版の 『ダブルフラッシャー』だ。放たれる必殺の稲妻状光線。空間をも破る強力な合体技だ。

 

 破損した顔面部分に集中して炸裂する、眩い光の激流。アーマードは苦しむような音を上げて悶えた。光線を受け、破壊孔の亀裂が全身に広がって行く。

 

『消滅しやがれ! 悪魔の鎧野郎っ!!』

 

 ゼロの雄叫びと共に、遂に『アーマードダークネス』は粉々に砕け散った。目も眩む閃光を発し、暗黒の鎧は消滅したように見えた……

 

 其処には跡形も残っていない。不滅の魔鎧装故に、完全に消滅させても暗黒の力が有る限り何れ復活してしまうだろうが、現状復活阻止の手段が無い今、これが精一杯である。

 だがゼロ は不自然なものを感じていた。

 

『師匠……何か変じゃなかったか……?』

 

『ゼロも気付いたか……』

 

 レオも同様だったようだ。そう、まるで完全に消滅する前に、別の場所に転送されたように思えたのだ。だが2人のエネルギーももう限界だった。カラータイマーが喘ぐように点滅を繰り返す。

 

『私の方はもう限界だ……一旦人間体に戻る。後の警戒を頼む……』

 

『分かったぜ師匠』

 

 レオはゼロより活動時間が短い。地上での活動時間は通常2分40秒が限界だ。ブレスレットと、エネルギーを節約していたので、此処まで保たせられたのだ。

 獅子の戦士が空中で回転すると真紅の巨体は消え、修行僧の姿のゲンが地上に降り立った。

 ゼロももうそんなには保たない。一旦身体を人間大に縮小し、追撃が無いか警戒する。しかし特に新たな怪獣が現れる気配は無かった。

 

「主……?」

 

 ふとリインフォースは気付く。傍らに居た筈のはやての姿が、何処にも見当たらなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 はやては気が付くと、自分が何処か見知らぬ空間に居る事に気付いた。上下が存在しない、薄闇に包まれた異相空間らしき中にはやては独り居た。

 

「此処は……?」

 

 誰かに強制的に転移させられたらしいと察せられる。恐らくディアーチェ達を利用した黒幕。そこで気付く。この空間の中にもう1人誰かが居る事を。

 

「そうだ……我が呼び寄せた……」

 

 闇の奥から低く声がする。自分と良く似た声。その人物はゆっくりと薄闇から姿を現す。不遜に腕組みし、はやてを見下ろしているのは、あの スーパーで目撃した大人ディアーチェであった。

 

 

 

 

つづく




ウルトラダブルスピン。漫画、決戦!ウルトラ兄弟で出た技を元にしています。

次回『さようなら紫天一家太陽への旅立ちや』portable編ラストです。


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第82話 さよなら紫天一家太陽への旅立ちや★

Portable編最終回です。


 

 

 

「主……?」

 

 リインフォースは辺りを見渡してみる。しかしはやての姿は何処にも無い。

 

《主……? 我が主?》

 

 思念通話を試みても返事が無かった。リインは嫌な予感を覚える。消耗しているのを差し引いても、はやてが居なくなるのを気付かないのはおかしい。忽然と 消えてしまった事になる。

 

 そこに異変に気付いた、ウルトラマンゼロとシグナムが近付いて来た。他の者達は地上に降りている。

 シグナムはもしもの為に、応急処置でシャマルの回復魔法を受けて来たのだ。少しくらいなら戦闘も可能だろう。他の者も順次受けている最中である。

 

『リイン、どうした?』

 

「主はやては何処に?」

 

 リインは顔色を真っ青にし、ゼロとシグナムに訴えていた。

 

「ゼロッ、将! 主が、主が消えてしまった! 何処へ行かれたか知らないか!?」

 

『何だって!?』

 

「何だと!?」

 

 ゼロはテレパシー、シグナムも思念通話を送ってみるが、やはり応答は無い。他の者に聞いてもはやての姿を見た者は居ない。シグナムは焦るリインに、

 

「私とゼロとで主を捜す。お前は皆と合流しろ」

 

「将、私も!」

 

 リインは居ても立っても居られず、自分も着いて行こうとする。

 

「お前は今戦える状態ではない」

 

 シグナムがそれを諌める。リインはユーリとの戦闘で消耗しきっている。今短時間とは言え戦えるのは、ゼロとシグナムだけだ。 それでもまだ不安そうなリインに、ゼロは拳を掲げて見せる。

 

『リイン任せろ! 必ずはやては見付け出す!』

 

「判った……主を頼む……」

 

 足手まといな事を自覚したリインは承知した。今ははやての行方を捜す事が最優先だ。ゼロは超感覚を動員し周囲を探る。しかし何も反 応は無い。

 

(何処だ、はやて!?)

 

 ゼロは全感覚を極限まで研ぎ澄まし、はやての行方を追った。

 

 

 

 

 ディアーチェを成長させたような女が、薄闇が支配する異様な空間に傲然と浮かぶ。その後ろに、黒い破片群が出現していた。

 原型を留めていないが、巨大な人型状に異相空間を漂う破片を見てはやては目を見張る。

 

「アーマードダークネス!?」

 

 それはゼロとレオに砕かれた『アーマードダークネス』の破片群であった。飛び散る寸前に、爆発に紛れて転移したのであろう。

 はやては内心の動揺を押し隠し、破片群の上に女王然と浮かぶ女に問う。

 

「あなたが黒幕なんやね……?」

 

 状況は悪い。ユーリと戦った後で魔力はほとんど無い。更に逆ユニゾンの副作用か、身体に力が入らない。しかしはやては負けてたまるかと、穏やかな瞳に力を込めた。女は暗い瞳ではやてを一瞥する。

 

「ふんっ……強がるなよ……八神はやて……まあ良い……答えてやろう……その通りだ……」

 

 その冷たい声と、刺すような暗い感情の籠った眼に身がすくみそうになる。はやてはそれでも毅然と女に対峙した。

 

「それで……私をこんな所に呼び寄せて、どないするつもりですか?」

 

 はやての態度に女は一瞬鼻白んだようだった。怯えを見せない少女の反応が、面白くなかったのだろうか。だがそれも一瞬、女はあくまで不遜な態度を崩さない。

 

「少しうぬに挨拶でもしてやろうとな……光栄に思え……」

 

 だがそう言う言葉の端々に、刺すような悪意が感じられる。額面通りに受け取っていいものか。はやては助けが来るのを信じ、時間稼ぎの意味と疑問とで口を開いた。

 

「多分……あなたは、アックスの仲間なんやろ?」

 

「貴様如きが、主様を呼び捨てるか!!」

 

 女はいきなり激昂し怒鳴り付けた。叩き付けるような憤怒の感情に、はやてはビクリとして縮こまりそうになる。

 正直怖い。だが少女は怯まない。否、怯む訳には行かなかった。

 

「生憎……人を面白半分で殺そうとするような人に、使う必要を感じませんから……」

 

 それだけは譲れない。脅されても怖くても、外道におべっかを使うつもりは無かった。

 

「ふん……良い度胸だ……だがお前の考えなどお見通しだ……我がうぬに手を出さんと思っておるのだろう……? それ故余裕が有る……」

 

 女にはお見通しのようだ。確かにそう思っている。はやては話している間は手を出して来ない筈と、間隔を開けず自分の考えを口にした。

 

「否定はせえへん……多分あなたは、勝手にやっとる……違うか?」

 

「何故そう思う……?」

 

「やり口が違う……あなたの主は愉快犯を思わせるけど……あなたからは、違うものを感じる……そしてアックスは今までの行動や言動から、まだ私らに直接手を出すと考え辛い……」

 

 女の眉間に険しい皺が寄る。図星だったよう だ。アックスの配下が勝手に暴走しているのではないかとの読みは当たっていたようだ。

 だから状況を乗り越えれば、追撃の心配は少ないのではないかとはやては読んでいたのだ。女に詰まらなそうな不満そうな、複雑な表情が浮かぶ。

 

「確かに主様からうぬらに今、直接手を出す事は禁じられている……だがな……」

 

 その瞳に暗い感情と悪意が、ぐねぐねと渦を巻いたようだ。はやては背筋に氷でも突っ込まれ気がした。

 女が獲物を弄ぶようにゆったりと近付いて来る。その手がはやての前に翳された。

 

「命は取らなくとも、体の何処かを失わせる事くらいはするかもしれんぞ……? 例えば……うぬの眼球を抉り出すか……その顔を二目と見られぬくらいに醜く無惨に焼いてやるくらいは、主様も許して下さるくださるかもしれん……生きてさえいれば良いのとは思わんか……?」

 

「!」

 

 女の自分と同じ顔が、般若のように歪む。はやてはぞっとし危機を感じた。この女は理屈で動いているのではない。己の暗い感情のままに、自分を害しようとしている。

 何故か自分に強い憎しみを持っているようだった。それが何に起因する感情なのか、まだ今のはやてには判らない。

 

 女の掌に紫色の炎が燃え上がる。はやては動けない。何故か動く事がで出来なかった。不可視の力で何時の間にか身体を拘束されている。女は本気でやるつもりなのだ。

 

(ゼロ兄ぃっ! みんなっ!)

 

 家族の顔が脳裏に浮かぶ。顔の皮膚に火傷しそうな程の熱の輻射熱が当たった。思わず目を瞑ったその時だ。

 

『はやてええっ!!』

 

 聞き慣れた自分を呼ぶ声が異相空間に響き渡り、次の瞬間はやては逞しい腕に抱き上げられ、拘束から開放されていた。

 

『はやて、大丈夫かっ!?』

 

「ゼロ兄ぃっ!」

 

 はやては叫んでいた。思わず目頭が熱くなる。ウルトラマンゼロの雄々しい勇姿が直ぐ目の前に在った。

 逞しく温かなゼロの腕の中、安堵のあまり気が遠くなり掛けるのを辛うじて堪える。まだ敵は目の前なのだ。

 

「主はやて、ご無事で!?」

 

 その後から続く白い女騎士。シグナムも来てくれたのだ。後ろに退がった女に、流石に動揺の色が見える。

 

「何故此処が!?」

 

『お前が黒幕か!? 成る程、ディアーチェの言った通りそっくりだな。何か知らねえが、微かな反応を追って来たらビンゴだったようだぜ!』

 

 はやての無事を確認したゼロは、鋭い眼で女、大人ディアーチェを睨み付ける。

 

「馬鹿なっ!? この空間は完全に反応を遮る 筈……! ウルトラマンレオでも短時間なら欺ける筈が…… ちっ、鎧の長距離転移にはまだ時間が掛か る!」

 

 女にはこんなに早く居場所を特定された事が意外だったようだ。ゼロは得意気に啖呵を切る。

 

『判っちまったもんは仕方無えだろ! んっ!?』

 

 そこでゼロとシグナムは、『アーマードダークネス』の破片群に気付いた。

 

『道理で消滅の仕方がおかしかった訳だ。シグナム、止めを刺すぞ、今なら簡単だ!』

 

「承知っ! レヴァンティン、シュツルムファルケン行けるか!?」

 

《Jawohl!》

 

 レヴァンティンが頼もしく応える。シグナムは最後の魔力カートリッジを取り出し、ゼロははやてを下ろすと、巨大化しようとする。数十秒と保つまいが、必殺光線を一度なら撃てる筈だ。だが、

 

『何ぃっ!?』

 

「むっ!?」

 

 不意に辺りに炎の塊が降り注いだ。凄まじい熱と破壊力。超高熱の火炎弾とでも言うべきものだ。はやてを庇うゼロとシグナム。そして上空に攻撃主らしき、2つの人影が現れた。

 

『ウルトラセブンアックス!!』

 

 悠然と腕組みして宙に浮かぶは、ゼロに似た真紅の魔神『ウルトラセブンアックス』その人であった。

 もう1人はレヴァンティンと同型のデバイスを構えたシグナムそっくりの女だ。黒を基調とした騎士甲冑を纏っている。今の攻撃はこの女が放ったもののようだ。

 

「主様!?」

 

 何時の間にか大人ディアーチェは、アックスの小脇に抱えられていた。ゼロはアックスを睨み付ける。はやても傍らで2人を見上げた。

 シグナムは目の前に立ち塞がるように降り立った黒い女騎士に、レヴァンティンを向け対峙する。

 

「貴様!」

 

 烈火の将の凄絶な剣気を微風のように受け止め、黒騎士は平然と剣を仕舞うと無表情にシグナムを見る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「アーマードを回収するまで、少し待って貰おうか……?」

 

「そんな戯れ言、聞くと思っているのか!? 外道が!!」

 

 シグナムは燃え盛る戦意と共にレヴァンティンを正眼に構え、相手の黒い騎士甲冑姿を改めて見やった。

 

「黒い騎士甲冑か……外道の貴様に似合いだな!?」

 

「悪党なら黒だろうとの事だ……主が偽者遊びを繰り返すのは芸が無い。飽きたとの事だからな……安心しろ……もう偽者遊びは終いだ……」

 

「ぬけぬけと……!」

 

 あくまでアックスにとっては遊びらしい。そのふざけた理由は、清廉な女騎士の怒りに油を注いだ。お陰で自分達がどれ程苦しめられた事か。

 だが怒りよりもシグナムは、黒い女騎士にまずは問いたい事が有った。

 

「以前の我らと同じか!? 主故に外道に着き従うか!?」

 

 問わずにはいられなかった。すると黒シグナムは、心外だと言わんばかりに僅かに眉をひそめる。

 

「私は……自分の意思であの方に従っている…… 誰に強制された訳ではない……」

 

「何だと!?」

 

 シグナムはこの時黒い女騎士に、確かな感情の揺らぎを感じた。光彩の少ない瞳に、確かな光が灯ったようだ。

 

(命令のままに動いているのでは無い……?)

 

 シグナムは意外な答えに困惑を隠せない。何故あんな外道に、自らの意思で従うのか理解出来なかった。

 

「私に残されたものは、主しかないからな……」

 

「?」

 

 黒騎士はひどく物悲しげな自嘲を浮かべた。それは前に見た、形だけ口を動かしただけのものでは無い。決定的なものを喪失してしまった者の、最後の感情に思えた。

 ふとシグナムは、その最後の感情が判る気がした。何故かは判らない。

 

「貴様……やはり並行世界の私なのか!?」

 

「想像に任せよう……同じシグナムでは紛らわしいか……? そうだな……私の事は『シグナム・ユーベル』とでも呼んで貰おうか……?」

 

 黒シグナム、シグナム・ユーベルは、自嘲気味に口の端を上げそう名乗った。

 

「ユーベルだと……?」

 

 ベルカの言葉で、害悪、悪、災いだ。魔神ウルトラセブンアックスに従う彼女に相応しい名だった。ユーベルは悠然と素手のまま、愛刀を構えるシグナムを眺める。

 

「少しはましになったか……?」

 

「修行の成果見せてやろう!」

 

 挑発的な台詞にシグナムはレヴァンティンを炎と化し、全感覚を研ぎ澄ましてシグナム・ ユーベルとの間合いを詰めた。

 

 

 

 

『アックス、やっぱり貴様の仕業かぁっ!?』

 

 怒れるゼロにアックスは、相変わらずの不真面目な態度で手をひらひらさせて見せる。

 

『悪いな……こっちの手落ちだ……こいつが勝手にやりやがってな……アーマードは回収させて貰うぜ……今のお前らに直接手を出すつもりはないからな……詰まらんしよ……』

 

 悪いと言いつつ、全く悪びれない態度だ。抱えられている大人ディアーチェは、一瞬向けられた魔神の視線にビクッと身体を震わせる。

 確かに今までの言動、やり口からそれは本当の事に思える。だがだからと言って、許せるものでもないが。

 

『アーマードダークネスを、何に使うつもりだ!?』

 

『すげえ愉快な事さ……きっと愉しいぜぇ?』

 

 実に愉しげに大袈裟に肩を揺らす。録な事ではないと想像がついた。はやては心底愉しそうで壊れたような様子に正直ぞっとした。

 

 話には聞いていたが、実際本人を目の前にするとふざけた態度とは裏腹に、尋常ではない鬼気に体が竦むようだ。だがはやてはここでこそ冷静にならなくてはと思う。

 

「あんたらは一体何なんや……?」

 

 聞きたい事は山ほどある。情報を会話から探りたかった。アックスは大袈裟に一礼して見せ、はやてを悠然と見下ろす。

 

「逢うのは初めてだな……こっちの八神はやて……前に言った通り、ウルトラマンゼロ……いや、お前達八神家の影さ……」

 

「あんたらがもう1つの私達だって言うのがほんまなら、何でそこまでおかしくなってもうたんや!?」

 

 つい感情が表に出る。まるで堕ちる所まで堕ちた自分達を見ているようで、胸が痛くなるようだった。

 ゼロも同様だった。レオ兄弟にも父セブンにも出会えず、暗黒に堕ちた自分。べリアル以下にまで堕ちた最悪の自分……

 

『当然の結果ってやつさ……なるべくして成ったと言うべきか……おっと、悪役は情報は小出しにしないとな……少しでも情報を探ろうとするのは流石だが、サービスは終わりだ……残りは延長料金が掛かるぜ?』

 

 アックスはしまったとばかりに頭をポンッと叩き、ふざけた事をぬかす。わざとだ。はやての思惑はお見通しと言う訳だ。

 そこではやては、アックス達背後の『アーマー ドダークネス』の破片群の下に、巨大な魔方陣が現れたのに気付いた。

 

「ゼロ兄ぃ、シグナム、アーマードダークネスが!」

 

 アーマードダークネスの破片群が光る魔方陣に包まれ消えて行く。アックス達はこの為の時間稼ぎに出て来たのだ。

 

『しまった!?』

 

 もう遅かった。魔鎧装の破片は光る魔方陣と共に、跡形も無く消え去っていた。

 

 

 

 

「転移は完了したようだな……」

 

 シグナム・ユーベルが後ろに一瞬視線をやった隙を、シグナムは見逃さなかった。

 

「何処を見ている! 紫電、一閃っ!!」

 

 必殺の斬撃を肩口から袈裟懸けに降り下ろす。構えもしないシグナム・ユーベルだったが、一瞬眉をひそめた。予想以上の鋭さだったのだろう。

 当たるかと思われた次の瞬間、炎の剣はユーベルの左腕のアームガードで弾かれていた。

 

「まだだぁっ!」

 

 しかしシグナムは弾かれた反動を利用して回転すると、更なる斬撃を放とうとする。シグナム・ユーベルはその前に疾風の如く掌打を放って来た。

 とっさにレヴァンティンで防御するが、凄まじい威力にガードごと吹き飛ばされてしまう。辛うじて態勢を立て直し再び剣を構えるが、腕が痺れている。

 黒い女騎士はその一連の動きに、少し感心したようだった。

 

「少しは腕を上げたようだな……? だがまだ私に剣を抜かせる程ではない……精々精進しろ……」

 

「くっ……!」

 

 シグナムは愛刀を握り締めた。やはりそう簡単に追い付けるような、生易しい相手ではない。

 シグナム・ユーベルは悠然と上昇を始めた。上空のアックス達と合流する。大人ディアーチェははやてを憎しみの籠った目で睨み付けた。

 

「八神はやて覚えておけ! お前は何れ我が直々に縊り殺してくれる!!」

 

 アックスは大人ディアーチェの懲りない様子に、苦笑したようにみえた。上昇しながらゼロをゆったりと見下ろす。

 

「ゼロ強くなれ、俺をもっと愉しませろ……俺をぶっ殺せるくらいになあっ! フハハハ ハッ!!」

 

 真紅の魔神は狂気の嗤いを上げた。狂笑が響き渡る。聴く者に寒気をもたらすような不吉な嗤い。

 その姿が霞んで行く。アックスの狂笑を残し、3人の姿は幻のように消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 異相空間から転移した3人は、海鳴市より遥か彼方の夜空を飛んで行く。先頭を悠然と飛ぶアックスの後を、大人ディアーチェとシグナム・ユーベルが付き従うように続く。

 

 ディアーチェは、傍らを飛ぶシグナム・ユーベルをきつく睨み付けた。アックスに抱かれた時、微かにシグナムの残り香がしていたのを彼女は見逃さなかったのだ。

 

「良い気になるなよ! 一部しか戻れなかった木 偶(でく)がっ!!」

 

 詳細は不明だが、明らかな侮蔑の言葉をユーベルは特に気にした風も無く、光彩の少ない暗い瞳を大人ディアーチェに向けた。

 

「そうだ……お前も判っているだろう……? 私は主の只の捌け口……主が自らの生を冒涜する為の行為だ……」

 

「ふんっ……」

 

 大人ディアーチェは、侮蔑してそっぽを向く。すると先頭を行くアックスが、おもむろに顔だけを彼女に向けた。

 

『おい、ディアーチェ……お前お仕置きな……?』

 

 軽い挨拶のような口調だったが、その銀色の顔が悪魔じみた嗤いを浮かべたように見えた。ディアーチェの顔色が真っ青になる。

 

「うわあああああああああぁぁぁぁっっ!!」

 

 悲痛な絶叫が闇夜に響き渡った。彼女の両腕が肩口から両断され、鮮血とも光とも取れるものが噴水の如く飛び散った。

 華奢な腕がグルグルと、螺旋を描いて無惨に投げ出される。大量の液体はアックスの真紅の身体を、更に紅く染め上げた。

 返り血を浴びた魔神は、血塗れで嗤っているように見えた……

 

 

 

 

 

 

 

「私達の影……」

 

 はやては薄れ行く異相空間を見上げながら、ポツリと呟いた。アックス達が自分達の可能性の一つなら、一体どんな道を辿って来てああなってしまったのだろうか。

 

「せやけど……どんな目に遇ってきたとしても、他人に酷い事をして良いという理由にはならん……!」

 

 それは絶対に間違っている。それだけははっきり言いきれた。

 

『後悔させてやろうぜ、はやて』

 

 ゼロはその通りだと夜天の主の肩を叩く。はやては頷いていた。

 

「奴は必ず私が倒します……」

 

 シグナムは静かに、だが固く主に誓う。少なくとも指二本で止められた時と違い、顔色を少しだが変えさせてやる事が出来た。何れ必ず追い抜くと烈火の将は闘志を燃やす。

 するとゼロは腕組みし、訳知り顔で2人を見回した。

 

『知ってるか? ああいう風に余裕かました悪党 は、余裕かました相手に最後にやられちまうんだぜ』

 

「そうやね。最後に勝つのは私達や」

 

「ふっ……」

 

 はやては少年漫画のようなノリで得意気なゼロに笑ってしまう。シグナムもつい苦笑していた。

 異相空間が完全に解け、八神家の皆がなのは達が此方に飛んで来るのが見える。

 

「我が主っ!」

 

「はやてぇっ!」

 

 リインフォースとヴィータが飛び付いて来た。はやては2人に強く抱き締められる。愛しく頼もしき家族と友人達。 揉みくちゃにされながら、ふとはやては思う。

 

(あっちの私は死んでるやないかな……?)

 

 何となくそう思うと共に『死』の一文字が、中々頭から離れなかった……

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 ゼロ達とクロノ達はアースラに戻っていた。ミーティングルームである。

 くつろぐ皆の中ディアーチェは相変わらずふんぞり返り、ユーリはその後に隠れるように頭半分だけ出し、レヴィはお菓子をパクつきシュテルは静かにお茶を飲んでいた。

 ユーリは人見知りなのかもじもじしていたが、意を決してディアーチェの陰から出る。

 

「本当に皆さんにはご迷惑をお掛けしました。ありがとうございます。すいません、すいません、すいません……」

 

 皆に頭を下げしきりに謝っている。ディアーチェとはやて達は宥めるのに苦労した。呪縛から解き放たれたユーリの素は、恥ずかしがりだが素直な良い子だったのである。

 一段落着いたところで、クロノは4人揃ったマテリアル、紫天一家を困ったように見回した。

 

「さて……君達をどうするかだが……」

 

「我らは誰にも従わん!」

 

 ディアーチェは傲然と言い放った。予想通りの返事である。だが彼女らを放って置くのも色々問題であった。歩くロストロギアなのである。

 だが彼女達の意思を無視して拘束するような真似はクロノもリンディもしたくない。被害が出た訳でもない上、実際無限の魔力を持つ彼女らを止める事は、管理局には難しいだろう。

 するとゲンがおもむろに、ディアーチェ達の後に立っていた。

 

「それなら私がこの者達の保護責任者になろう……どうだろうか?」

 

「そいつは良いやっ」

 

 ゼロがパチンと指を鳴らしていた。これ程適任は無さそうである。惑星をも砕く獅子の戦士。万が一何か有っても大丈夫だろう。

 

「何を勝手な事を!」

 

 ディアーチェが文句を言おうとすると、ゲンは苦笑した。

 

「別にお前達を閉じ込めたり、四六時中見張ったりはせん……安心しろ……普通に暮らして行けばいい……ただし他人に迷惑を掛けたりしなければの話だぞ……?」

 

「むう……」

 

 言葉の意味を察したディアーチェは唸る。つまり何か有った時の責任は負うので、ディアーチェ達を自由にさせてくれないかとゲンは提案しているのだ。

 リンディはしばらく黙って考えているようだったが、紫天一家を改めて見渡す。

 

「そうですね……管理局でどうにかする事になったら、色々波風が立つでしょうし……おおとりさんにお任せするのが良さそうですね。グレアム提督達にも相談してみますが、悪いようにはなりませんよ」

 

 彼女らの力は大き過ぎる。杓子定規に規定に当てはめてやろうとしたら、大変な事になるだろう。クロノも頷いていた。

 恐らく彼女達は表向きには『アーマードダークネス』と共に消滅したとなるであろう。

 

「良かった……本当に……」

 

 ディアーチェ達が追われたりする事は無さそうである。ゼロは心の底からそう思った。つい口に出ている。

 気付くととツンデレ発言をしそうなので、はやて達は敢えて黙って温かくウルトラマンの少年を見守るのであった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 長い夜を終え、ゼロ達は八神家に帰って来ていた。ゲンと紫天一家も一緒である。ゲンが出発するまで、部屋が余っている八神家で預かる事にしたのだ。

 

 ぐっすり寝て休んだ次の日。何時もの倍以上賑やかになった家で、ゼロはてんてこ舞いで全員分の食事を作る羽目になっていた。

 はやてが逆ユニゾンの影響でしばらく怠さが抜けず、とても料理出来る状態ではなかったからだ。それでゼロに全て回って来た訳である。

 

「ゼロ、次の飯をよそわんか! ユーリも遠慮するなよ」

 

「すっ、すいません……お願いします……」

 

「それでは私も大盛りで……」

 

「あっ、お前! アタシの海老フライを!」

 

「へへ~ん、早い者勝ちぃっ!」

 

 食事はもう戦争状態だった。おかわりの嵐である。ディアーチェ達は欠食児童の如くお代わりしまくり、おかずを奪われたヴィータがキレる。ゼロは自分が食べる暇が全く無く、空になった炊飯器を前にガックリくる事となった。

 

 

 

 賑やか過ぎる夕食を終え、リビングには八神家の面々のみが残っていた。皆に後片付けを任せ、哀しくカップ麺を啜るゼロにはやては、申し訳なさそうに声を掛ける。

 

「ごめんなゼロ兄……明日にはもう大丈夫みたいやから……」

 

「気にすんな、皆も手伝ってくれるしよ。リインも腕を上げて来たしな」

 

 とは言うものの、実際料理の戦力になりそうなのはリインフォースと、味付けに関わらなければ大丈夫のシャマルのみ。

 後はお察しください状態ではある。後片付けは手分けしてやれるのでまだ助かるが。

 するとヴィータと食器の片付けをしていたリインが、手を止め皆を見回した。

 

「主ともお話したのだが……私の事はこれから 『アインス』と呼んで欲しい……」

 

「えっ? リイン改名すんのか?」

 

 まだぎこちない所も有るが、打ち解けてきたヴィータが意外そうな顔をする。

 それはそうだ。リイン贈られた名前をとても大事に思っているのは知っている。リインはヴィータに微笑して見せた。

 

「そうでは無い……やはり主には膨大な魔力をサポートする者が必要だ……私は融合能力を失っている。それで私の妹を造ろうと言う事になったのだ……」

 

「妹……?」

 

「そうだ……直ぐには無理だろうが、何れ……だから私をベルカの1の意味でアインス。妹を2の意味でツヴァイとしようと思う……『リインフォース・アインス』『リインフォース・ツヴァイ』と言う訳だ……」

 

「おおお~っ!」

 

 ヴィータの目が輝く。実質八神家の末っ子としては、自分より年下の妹が出来るのだ。これは嬉しいだろう。

 

「そいつはめでたいなっ」

 

 ゼロは顔を綻ばせた。新しい家族が増えるのだ。こんなに嬉しい事は無い。ゼロには何より嬉しい報せだった。だがそこでリインフォース改めアインスは、 表情を引き締める。

 

「何れ来る時の為にも……」

 

 意味を察した皆の表情も引き締まる。もう一つの八神家だと言う、邪悪なウルトラセブンアックス一味。その影を全員がひしひしと感じていた。

 

「これからが私らの本番やね……」

 

 はやては一同を見回した。その瞳に強い決意が見て取れる。

 

「アックス達は私達が止めんとな……」

 

 ヴィータもシャマルもザフィーラも、アインスも固く誓っていた。

 なのはを襲ったアックス一味のヴィータ、シャマルらしき者達に、ザフィーラを打ち負かした仮面のザフィーラらしき者。もう1人のアインスも存在しているかもしれない。

 そしてシグナムはあの黒騎士、シグナム・ ユーベルとの再戦を誓う。最後に見せたあの感情が気になったが……

 

「おうっ! 必ずアックスの奴らに、吠え面かかせてやろうぜ!」

 

 ゼロは腕をグルグル回して、景気よく気勢を上げて見せる。はやてはそんな少年を頼もしく見上げた。

 そうだ。此方が強くなるまで待ってくれると言うのなら、遠慮なくそうさせて貰おう。皆が居る。必ずアックス達を倒してみせる。そう誓った。

 

 一抹の不安を振り払って……

 

 

 

 

************************

 

 

 

 数日後。『ウルトラマンメビウス』を始めとした他のウルトラ戦士達がもうすぐ到着するという連絡を受けたゲンは、紫天一家共々着任世界に向かう事となった。

 紫天一家は表向き消滅した事になっている。相談の結果そういう判断が為されたのだ。ゲンこと、ウルトラマンレオに任せると。

 リビングは準備やらで、とても賑やかな事になっていた。見送りになのはもフェイト達も来ている。わいわいと話が弾み賑やかである。

 

 ゼロは最後に紫天一家の面々に、聞いておきたい事が有った。お菓子をバックに詰めるレヴィに歩み寄る。

 

「レヴィ、聞きたいんだけどよ……何で師匠に攻撃を躊躇ったんだ……?」

 

 何故森で戦った時に、ゲンに攻撃を躊躇ったのか知りたかったのだ。

 

「師匠……? ああっ、坊さん、ウルトラマンレオの事か。だってレオは親切でお菓子をくれたんだぞ。親切にしてくれた人に攻撃するなんて変だろ? 悪そうで格好いいウルトラマンゼロ」

 

「悪そうは余計なっ?」

 

 レヴィの素直な答えであったが、ゼロは一部訂正しておく。シュテルもコクコク頷いてゼロを見上げる。

 

「それは私も王も同じです……私達は恩を仇で返すようなみっともない事はしません……プライドに反しますので……」

 

 ディアーチェはシュテルの答えに頷き、当たり前だと偉そうにゼロを見上げた。

 

「人間如きと一緒にするな……我は王ぞ! 王の器を侮るでない!」

 

 それだけ聞けば傲慢な答えだが、質問内容を考えると何とも微笑みたくなる答えであった。まあ陰で「ここは雌伏の時、何れ世界は我が物」とでも企んでいるようだが大丈夫だろう。

 

(こいつらは心配要らないな……)

 

 ゼロは染々そう思う。話が終わったのを察し、他の者達も紫天一家にそれぞれが別れの挨拶を交わす。

 

「ナノハ……何れ熱くなる戦いを……」

 

「にゃはは、お手柔らかにね……」

 

 シュテルは戦いが好きなようだ。なのはに、ちゃっかり再戦を申し込んでいる。なのはは苦笑していた。その隣でレヴィがフェイトの肩をポンポン叩いている。

 

「ヘイト、2人で組んで面白かったぞ。また遊ぼう」

 

「フェイトだってば……うん、またね」

 

 フェイトは名前を訂正しながら再会を約束する。訂正部分は聞き流したレヴィは、シグナムにトトトッと駆け寄っていた。

 

「武士のお姉さんっ、決着は必ず着けるぞ!」

 

「シグナムだ……ふふ……何時でも来い、愉しみにしているぞ」

 

 シグナムは微笑すると、姉のように腕白坊主の頭を撫でていた。レヴィは子猫のように気持ち良さそうな顔をする。

 アインスとシャマルはしゃがみ込んで、もじもじするユーリと目線を同じくしていた。

 

「ユーリ元気でな……また会おう……」

 

「ユーリちゃん元気でね」

 

「はっ、はいっ、アインスさんも、シャマルさんもお元気で。ご迷惑をお掛けしました」

 

 ユーリは顔を真っ赤にしてペコペコ頭を下 げ、アインスとシャマルは逆に困っている。車椅子のはやてはディアーチェに、大きな箱を渡していた。

 

「王様、これ餞別に持って行ってな」

 

 ディアーチェは戸惑いつつも受け取った。

 

「子鴉……何だこれは……?」

 

「ケーキ、私が作ったんよ。みんなで食べてな?」

 

 中身はデコレーションされた、生クリームのケーキであった。ユーリが中を見て目をキラキラ輝かせる。

 

「うわあっ! 子鴉っち、気が利くぅ!」

 

 レヴィは飛び上がりそうな程喜んでいる。シュテルも口の端がムズムズしていた。皆食べたかったものらしい。

 

「俺からはこれだ」

 

 ゼロは大きなバックをディアーチェに渡してや る。中を見ると、包丁やまな板やケーキの型、ふるいなど料理道具が入っていた。

 

「料理……道具……? ケーキの……?」

 

 ディアーチェは首を捻るが、思い当たったらしく、顔を真っ赤にした。

 

「きっ、貴様っ!」

 

 ゼロは何か言い掛けるディアーチェに、テレパシーをこっそり送る。

 

《心配すんな、みんなにはお前らがケーキを食べたいらしいとしか言ってねえよ……はやてに負けないように頑張れよ……》

 

 ゼロは最初に出会った時、ディアーチェがケーキ屋の前で、何とも優しい目でショーウインドのケーキを眺めていたのを知っている。その眼差しにゼロは覚えがあった。

 

 そう……あれは皆に美味いしいものを食べさせたいとメニューを考えているはやてと同じだった。はやてを元に実体を持ったせいか、料理に興味があるらしい。それも誰かに食べさせたいと。

 誰かの喜ぶ顔が見たいと思っている者に悪い奴はいない。ゼロはこの時から確信していた。マテリアル達が悪い者ではないと。

 ディアーチェは見透かされた事に不満そうだったが、誰にも言っていないと言う言葉に矛を納める事にしたようだ。

 

「ふんっ、お節介め……子鴉如きに後れは取らん」

 

 偉そうに腕組みし、ぷいっと顔を逸らした。はやては?という顔をして首を捻る。そこでディアーチェは真剣な眼差しをはやてに向けた。

 

「子鴉……」

 

「何や、王様?」

 

「一つ忠告しておく……あの女……別世界の我と名乗るあの女……あ奴は危険だ……」

 

「うん……」

 

 はやてはあの女の、暗い憎しみの籠った眼差しを思い出す。正直恐ろしかった。あれ程の悪意を向けられた事がない。

 

「うぬに憎しみを抱いておる……言っておった……子鴉の存在自体に虫酸が走るとな……正直おぞましきものを感じた……」

 

 ディアーチェもあの女の悪意を思い返し、顔をしかめていた。

 

「ありがとうな王様、心配してくれて……」

 

「ふっ、ふんっ、違うわっ! 少々気になっただけぞ! せいぜい気を付けろ……気が向いたら借りは返してくれるわ!」

 

 照れるディアーチェであった。本気で心配してくれているのであろう。そして借りは必ず返すとも思っているのだ。はやては改めて感謝するのだった。

 

 挨拶も終わり、準備も整った。もうすぐゲン達は出発する。そんな中ゼロは1人密かに煩悶していた。

 

(ヴィータが頑張ったんだ……俺も頑張らないでどうする!)

 

 ゲンに修行時代の自分の態度を謝って、感謝の言葉を告げる。ヴィータとも約束し、彼女は見事自分の約束を果たした。

 兄貴分を自認するゼロにとって、言い出しっぺの自分が頑張らない訳には行かないのである。ゲンの赴任世界はかなり遠い。今を逃すと気軽には会えなくなるだろう。

 

(こうなりゃ、もうヤケクソだ!)

 

 ゼロは自らの顔をバチンッと叩いて気合いを入れる。ソファーに静かに座っていたゲンを廊下に呼び出した。

 

 

 

「どうしたゼロ……? 改まって……」

 

 ゲンはゼロ達の決意も敵も全て承知している。だが敢えて口にせず、見守り助けるつもりだ。その事かと思い、弟子に穏やかに尋ねた。

 

「その……何だ……」

 

 ゼロは上手く口に出来ない。だがここで退く訳には行かない。これくらい何でも無いと言葉を続ける。

 

「今まで……世話になって……こんなクソ餓鬼を面倒見てくれて……その……」

 

 ようやくそこまで口にした時、ゼロの脳裡を修行時代の出来事が溢れかえった。

 反抗して食って掛かるゼロを、レオは厳しく指導した。余計な事など考える暇など無いくらいに。

 追放され腐っていた自分には、それがどれだけ救いになった事か。がむしゃらに打ち込んだあの日々 ……

 

「あれ……? 何だよ?」

 

 気が付くとゼロの瞳から、ポロポロと涙が溢れていた。その先が胸が詰まって言葉にならない。様々な感情が一度に溢れかえったようだった。

 

(何で泣けるんだよ!?)

 

 察したゲンは温かな眼差しで微笑すると、やんちゃな弟子の頭をワシワシと力強くあやすように撫でていた。

 

「馬鹿者……泣く奴があるか……」

 

「だってよぉ……止まら……ねえ……! 止まらね えんだ……っ」

 

 ゼロは父親にあやされる幼児のように泣きじゃくっていた。胸がいっぱいでどうしても止まらず言葉が出ない。それを影でこっそり見守っていたはやて達。

 

「ゼロ兄……感極まったんやね……」

 

「ゼロ、頑張れ……っ」

 

 ヴィータがひっそり声援を贈る。シグナムはハラハラしながらゼロを見守っていた。アインスもシャマルも、ザフィーラも心の中で声援を贈る。

 皆の密かな声援が届いたのか、ゼロは涙で顔をくしゃくしゃにしながらも言葉を発していた。

 

「師匠……ありがとうございました……! これからも、よろしくお願いします……!」

 

 ゼロはようやく言いたかった言葉を、精一杯の感謝の気持ちと共にゲンに告げた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 epilogue

 

 その場所は見渡す限り、荒涼とした荒れ地がひたすら拡がっていた。草一本生えていない。生命の息吹が全く感じられない。暗黒の空間の中に浮かぶ、果てが見えない大陸……

 

 その場所はこう呼ばれている。『怪獣墓場』 と……

 

 死んだ怪獣、宇宙人の魂が集まる場所。宇宙の何処かにある定常的な空間の歪み……世界とは外れた空間に存在する、怪獣達の最期に行き着く場所……

 

 その中をさ迷う人影があった。黒いタキシー ドを着込んだ姿を連想させる異形に、鎧を着こんだ宇宙人だ。『メフィラス星人』と呼称される一族の1人であった。

 

 名は『魔導のスライ』あの『カイザーべリアル』貴下の『ダークネスファイブ』の1人である。

 彼らダークネスファイブが『M78ワールド』 で活動していた最中、カイザーべリアルは向こうの世界でウルトラマンゼロに敗れ去り死亡。

 進軍したダークロプス軍団もウルトラ戦士の反撃に遭い全滅。ダークネスファイブは命からがら逃げ延びた。だが彼らはまだ諦めてはいなかった。

 スライは怪獣墓場に流れ落ちたと思われるべリアルの魂を捜し出し、何としても復活させるのが目的だった。

 だが具体的な方策は見出だせず、べリアルの魂の行方も判らない。今はただ執念に従って怪獣墓場をさ迷っていた。

 

『むっ……?』

 

 スライは異様な気配を感じて脚を止めた。何時の間にかボロボロのマントを頭から被った人物が、近くの岩場に悠然と腰掛けて居たのだ。

 

『どちら様かな……?』

 

 スライはあくまで紳士的に話し掛ける。それでも油断はしていない。目の前の人物から、容易ならざる鬼気を感じ取ったのだ。

 その人物が指をパチンと鳴らす。するとスライの前に、漆黒の鎧が出現した。ゼロとレオが破壊した筈の『アーマードダークネス』であった。

 

『こっ……これは!?』

 

 驚くスライに、謎の人物はさも可笑しそうに肩を揺らす。

 

『アーマードダークネス……本物だ……これをくれてやろう……べリアル復活に役立つぜ……魔導のスライ……』

 

『何が目的です……? 取り引きですか?』

 

 マントの人物は、フードの奥の鋭い眼を刃物のように光らせ答えた。

 

『そうだな……ウルトラマンゼロを精々苦しめて、面白くしてくれればそれで良い……愉しみにしてるぜぇ……』

 

 それだけ言い残すと、マントの人物は幻のように消え失せていた。気配すら無い。

 スライは辺りを見渡したが、荒涼とした大地が広がっているだけであった。まるで怪獣墓場の亡霊と出会したのかと思う程に……

 だが依然として暗黒の鎧はスライの前に在った。邪悪な気配が漂う。幸いな事に機能を停止しているようであった。

 

『そうか……アーマードにはエネルギーを吸収する特性が有った筈……陛下の強靭な魂なら逆に鎧を支配する事も……!』

 

 希望が出てきた。スライは深紅に光る眼を見開き、誓いを新たにする。

 

『どんなに時が掛かろうと、必ず陛下の魂を捜し出す!』

 

 残りの4人にも集合を掛けなければ。ふと、遠くで誰かが嗤っているような気がした。死の大地は変わらず果てが無い程に拡がっている。

 その荒野を、木枯らしのように不吉な嗤い声が木霊しているようだった。スライはそれも自分に相応しいと、その中を独り歩き出した。

 

 ウルトラマンゼロの前途に、不吉な影が射し始めている……

 

 

Portable編完

 

つづく

 




お付き合い頂きありがとうございます。portable編最終話でした。夜天ではこれでサーガ、ゼロファイトに繋がる事になります。
次回は映画予告番外編二本に、空白期予告となります。次で再掲載分は最後となります。週一投稿ラストです。


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番外編 映画予告番外編と空白期予告

未投稿だったウルトラマンサーガの予告番外編と、新作番外編と空白期予告編です。
映画予告番外編はお遊びですので、本編とはあまり関係ありません。


 

 

 

ウルトラマンサーガ編

 

 機動六課。はやてのオフィスである。デスクには書類が山のように積まれていた。

 その中で書類に埋もれるように、2人の女性が必死こいて書類仕事をしていた。八神はやてとシグナムである。

 2人共少々やつれて目が血走っているようだ。仕事が立て込んでいるようである。

 

「あははははっ!」

 

 部屋に響くはやての軽くハイな笑い声。書類チェックの手を休めて、壁一面を占拠している大型テレビ画面を見ていた彼女は大ウケしていた。

 説明せねばなるまい。このテレビはある筋から手に入れた、並行世界の番組が映る優れものなのである。この世界ではウルトラマンはフィクションとして楽しまれているようだ。

 今映っているのは、明日公開の映画『ウルトラマンサーガ』の予告CMである。丁度ゼロが変身を拒否られ『うそ~ん』と言った場面だ。

 シグナムは肩を震わせている。吹き出しそうになったのを堪えたようだ。徹夜連チャンで疲れていると、人は些細な事でもツボに入るのである。はやてはまだ笑い転げていた。

 

 ひとしきり笑いこけたはやてだったが、改め てCMを見終わった後に不満そうにポツリと呟いた。

 

「どうも、もの足りんなあ……」

 

 何とか笑いを堪えたシグナムは不思議に思い、真っ赤に充血した目を主に向ける。

 

「主……特に不味い点は無いと思いますが……? 映画を見たくなるような良い宣伝だと思いますが……」

 

 はやても同じく、真っ赤に充血した目をシグナムに向ける。

 

「確かにそうや……私もゼロ兄が出とるのを差し引いても、思わず見てみたくなるCMや……せやけどゼロ兄らしく、こう……やらかした感がなあ……」

 

「そうですか……? うそ~んのくだりは、非常にゼロらしかったですが……」

 

 シグナムは首を傾げた。うそ~んと似合わぬ事を口にするところを見ると、彼女もかなりヤバそうである。

 

「いや……こう……腐的な……」

 

 頭が湧いているはやてが、お下品な事を口走ろうとしたその時、部屋のドアがいきなり開かれた。

 

「はやて、シグナム……そんな事は無いよ!」

 

 勢いよく部屋に入って来たのはフェイトである。こちらも目が血走り、少々やつれ気味だ。はやて達と似たような状況らしい。

 はやてはひどく真剣な眼差しをフェイトに向けた。

 

「フェイトちゃん……このCMに何か有る言うん か?」

 

「そうだよ……ウルトラマンサーガはゼロ、ダイナ、コスモスが一つになった姿……このCMは言わば、男同士の愛を推奨しているんだよ! 『俺になれ!』なんて、凄く禁断っぽくて倒錯的だよ!!」

 

 不敵に笑うフェイトは、テレビ画面を指さして言い切った。自信満々である。こちらももう駄目だ。残念妄想少女の方であった。

 

「そうか! ウルトラマンサーガは3人合体、いや合体したアンチャンも入れたらもっとやな! サーガにそんな隠れたメッセージが有ったんやな! 何てお得な。そこに気付くとは、流石はフェイトちゃんや!!」

 

 はやては感動して思わず拳を天に掲げた。シグナムは血走った目を更に充血させる。

 

「ゼロめ……言うに事欠いて、そのような映画を春休みは家族で見ようなどと子供に奨めるとは……破廉恥にも程がある!」

 

 破廉恥なのは、あんたらの頭の中だとツッコミたいところである。

 

「お仕置きやあああっっ!!」

 

 はやては腕を振り上げて気勢を上げた。目が完全に逝ってしまっている。

 

「じゃあ私は鞭で!!」

 

「なら私は、なます斬りだ!」

 

 フェイトとシグナムも続く。部屋に訳の分からない熱気と不気味な笑い声が満ちた。今の彼女らは、何を聞いてもそっち方面にしか聞こえないのである。もう色々駄目であった……

 

 

 

 

ウルトラマンギンガS10勇士編

 

 夜もふけた機動六課のはやてのオフィス。デスクには書類が山と積まれている。その中で書類に埋もれるように、3人の女性達が書類と格闘していた。

 はやて、シグナム、フェイトである。目が血走り隈が出来ていた。またしても仕事の追い上げらしい。映画時期になるとこうなるようだ。

 

「ゼロ兄、久々の映画出演やな……」

 

 はやては濃く炒れたコーヒーを流し込みながら、壁一面を占拠している例の大型テレビを観てポツリと呟いた。

 

「あのゼロも先輩ですか……感慨深いですね……」

 

 普段は鋭い目をショボショボさせたシグナムは、染々と画面を見詰める。グニャグニャになりかけのフェイトは画面を観て、

 

「でも、ギンガが主役だから、今回ゼロの出番は少なそうだね……ギンガチ達以外だと、コスモスが一番出番が有るのかな……?」

 

「それがゼロ兄も、キーマンの1人らしいんよ……」

 

「そうなんだ……てっきり時空薔薇のお城に封印されてて、最後辺りに復活して全員で敵を倒すのかと思ったよ……」

 

 フェイトは疲れた笑みを浮かべるのである。城の名前が思いっきり間違っているが……時空薔薇の城って何だ。

 

「受けティメイト・イージス装着しとったから、助っ人で行く感じなんやないかな……? 結局ギンガの世界はパラレルらしいし……」

 

「それなら、コスモス攻めの次に見せ場が有るかもしれませんね……」

 

 疲れているのか端々が怪しい会話を交わしながら、シグナムは嬉しそうに笑みを浮かべるのである。

 

「ネクサスも出るんやね……ゼロ兄、元祖ストーカー兼ア~っのダークザギと勘違いしないか少し心配 や……」

 

「彼方は本物ですし、ゼロのイージスが反応するでしょうから大丈夫でしょう……」

 

 所々不味い箇所は有るが、何とかまともな会話になってきたようだ。しかしそこではやては首を傾ける。

 

「せやけど……アレやね……」

 

「はやて、アレって……?」

 

 フェイトの質問にはやてはうっとりした表情を浮かべた。何か変なものでも見えているのか……

 

「やっぱり一度合体した相手を助ける為に時空を越える言うんは、浪漫やね……?」

 

「浪漫だよね!」

 

 想像したくないが、どうも合体の意味が違う方に行っているようだ。血走った眼を見開き、勢い付くフェイトで ある。

 

「かつて身も心も一つになった男3人が、愛の為に再び集う……浪漫以外の何物でもないよね!?」

 

 話の論点がどんどんズレて行くと言うか、変な方向にコースアウトしたようだ。もうクラッシュッ大炎上である。

 

「これは是非とも追求せなアカンっ!」

 

 はやては俄然張り切ってしまっている。(現実逃避とも言う)

 

「身を委ねた時の感覚を忘れられないとは…… 破廉恥なっ! そんなに男が良いのかあっ!?」

 

 シグナム、マジ切れしているようです。するとそこに夜食を持ったゼロが、最悪のタイミン グで入って来た。

 

「入るぞ? 差し入れ持って来……」

 

 言い終わらない内に、3人は血走った眼でぬおおっとばかりにゼロに詰め寄っていた。

 

「「「で、どっちが受けで攻め(や!? だ!? なの!?)」」」

 

「?????」

 

 訳が判らず、慌てふためくゼロである。そこにコーヒーのお代わりを持ってきた、アインスが入って来た。ゼロは地獄に仏だと半分涙目で助けを求めていた。

 

「アインス、みんな徹夜続きで変なんだ。何とかしてくれ!」

 

 するとアインスは、とてもにこやかに笑って口を開く。

 

「ゼロが総受けに決まってます、我が主! 普段は強気な少年が大人の男達の超絶技巧の前に堕ちる……完璧です!!」

 

 ドヤ顔だ。アインスならぬ、ドヤンスになっていた。残念ながら味方は誰一人居なかったようである。

 

「ヤバイ……関わり合いにならない方がいい」

 

 ゼロは恐ろしくなってこっそり逃げようとするが逃げられる筈もなく、肩をガッチリ3人に掴まれていた。

 

「さあ……プレイ内容を洗いざらい吐いてもらおうか……?」

 

 とても良い笑顔のはやて達が其処に居た……

 

 

 

 

 部屋に報告で入ろうとしていたティアナ・ランスターは、ドアの前できびすを返すと足早に其処から離れた。終いには逃げるようにダッシュである。

 

「転属しよう……」

 

 ティアナは堅く誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

空間期編予告

 

 卑劣な策に嵌まる獅子の戦士。紫天一家は敢然と空を駆ける。

 

「謎の王よ!」

 

「謎のカレー好きだぞ!」

 

「謎の猫集めで、砲撃使いです……」

 

「ええと……謎の盟主です」

 

 宇宙の通り魔。次々と斬殺される被害者達。恐るべき使い手相手にゼロは怒りに燃えるが……真実と人の悪意の前にゼロは……

 

 

 

「そう……弟や出来損ない達と一緒にされては甚だ迷惑と言うもの……最近のメフィラスも質 が落ちたものだ……」

 

「初代メフィラス星人……?」

 

「ゲームをしようじゃないか、八神はやて君……この世界を賭けてね?」

 

 初代メフィラス星人がはやてに提示するゲー ムとは?

 

 

「ウルトラウーマンアウラ。ウルトラマンゼロの許嫁ってやつよ」

 

「「「えええええええっ!?」」」

 

やって来た女ウルトラ戦士が、嵐を呼ぶかもしれない?

 

 

 ゼロとシグナムは四次元空間の街に閉じ込められてしまう。変身不能に陥りシグナムを庇って重傷を負ってしまうゼロ。連絡手段を絶たれ、魔法をも封じられ敵の包囲網は迫る。絶体絶命の中シグナムは……

 

「……お前に会えて良かった……」

 

 

 奇怪な事件を追うゼロ達は、不思議な管理局幹部と知り合う事に。2つの記憶を持つ彼女とは何者?

 

「人を導く者と自称する連中よ……」

 

 

 行方不明になった管理局部隊の後を辿り、孤島に調査に赴くゼロ達八神家。その最中局員の兄を探しに潜り込んだ少女と知り合う。

 島に隠された秘密とは? ゼロ達の前に現れる怪獣軍団。操られる襲い来る人々。そして…… ゼロをも圧倒する恐るべき敵とは?

 

 人を信じられなくなった少年の心にゼロの叫びは届くのか。独り荒野をさ迷う少女が出会うのは?

 

 災害に巻き込まれた少女は、エースと邂逅し、黒羽根の魔導騎士と巨人を目の当たりにする。

 

 仲間を手に掛けてしまった悪夢の記憶がゼロを苦しめ苛んで行く。ウルトラマンゼロは再び大空へ飛び立てるのか? その時はやては、シグナムは……

 

つづく




今回で週一投稿は終了になります。此処までお付き合い頂きありがとうございます。次回から新作になりますので、不定期更新になります。
空白期編は中編、前後編、短編になります。かなり長くなります。予告以外にも色々お話が有りますので、お付き合い頂ければ幸いです。それでは空白期編で。


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空白期編
第83話 勇士の証明や(前編)




あけましておめでとうございます。今年も夜天のウルトラマンゼロをよろしくお願いします。空白期編開幕です。


 

 

 

 

 人は様々な場面で岐路に立っている……

 

 別れた路の先には何が待っているのだろうかと、その時人は思う。神ならぬ身には判りはしないのに……

 

 破滅の路か、正道なのか……

 

 しかし人は破滅の路に惹かれてしまう事がまま有る。破滅の路が全てを解決するように思えてしまう事が多々有るからだ。

 破滅の路は地獄への路と同じ、善意で舗装されているように見えるからだ。

 焦りが有れば尚更、誘惑は人の心を捕らえる。これは個人の欲望故にである場合に限らない。

 真っ当な人間にも当てはまる。真っ当な人間程その真っ当さ故に、破滅の路を選んでしまう事があるのだ。

 自分だけが泥を被れば良いと……

 

 そして取り返しのつかなくなった時人は、初めて自分の選んだ路が破滅の路であった事を自覚する……

 

 この変わり始めた世界で、人々はいかなる選択をして行く事になるのだろうか……

 

 

 

 

************************

 

 

 

 ゼロ達八神家全員は時空管理局本局に出向いていた。

 直属の上司となる、人事部を総括する『レティ・ロウラン』提督の元に赴く為である。

 リンディと古くからの友人であり、とても有能で仕事に厳しい人物だと言う。

 巨大な本局の中に入るのはゼロは初めてだ。内部は次元航行船のドックから、様々な施設に各商店、局員の家族などが居住する大きな街が広がっている。

 行き交う人々は本局の青い制服や、茶色い陸士制服に白い教導隊制服など様々だ。ちらほらと一般人の姿も見えるようである。

 

「へえ……マイティベースよりデカイな……」

 

 『マイティベース』ゼロ達『ウルティメイトフォースゼロ』の基地の事である。彼方も身長数十メートルの巨人達が使っているだけあって大きいが、本局はそれをも遥かに上回る。

 

「次元世界をカバーせなあかんそうやから、規模も大きくなるんやね」

 

 アインスに車椅子を押して貰うはやては、先日聞いたばかりの知識を伝えた。ゼロはなるほどと頷く。

 

 はやて達は精密検査や聞き取り調査、嘱託魔導師の面接などで、既に何度か訪れている。アインスも全く問題なしとの結果が出ていた。

 尤も力は格段に落ち、療養中という事になる。無論過去管理局を悩ませた闇の書の管制人格という事で、上層部には危ぶむ者も居た。

 しかし二度と闇の書復活は無い事、アインスも殆どの力を失っている事。そしてマスターであるはやてが管理局に正式に参加する事などである。

 人を襲ったり犯罪行為を働いていなかったのも大きい。今回も人を襲っていたら、奉仕職務に就かなければならなかったろう。その辺りも認められたのだ。

 

 そして『ダークザギ』である。この11年間で1億人近い人命を奪い、甚大な被害をもたらした魔神の前に霞んでしまった面もある。この間管理世界は正しく、ザギの飼育場と化していたのだ。

 

 今回の事件はザギが身体を取り戻す為に暗躍し、闇の書を利用しようとした事が明らかにされた。管理局は催眠波動と偽者に踊らされ、事実誤認の元に守護騎士を襲ったと言う事もである。

 何しろ記憶操作により、事件が全て無かった事にされていたのだ。これ程明らかな証拠は無い。

 守護騎士達に関しては事情を考慮し、緊急避難が認められた。切り抜ける際にも怪我人を出さないようにしていたのも効いた。

 八神はやての元に来てからの守護騎士達及びアインスは、罪を犯していない。それどころか、二度に渡って世界の危機を救う為に貢献までしてきたのが認められたのだ。

 ゼロとの約束を守り抜いた結果であった。以前と同じ事をしていたら、かなり不味かっただろう。それでも危ぶむ者は当然居る。そこで揃った八神家を前に、レティ提督は静かに口を開いた。

 

「色々風当たりは強いと思うけど、それを黙らせるのは確かな実績と積み重ねね……」

 

 実力で風当たりを跳ね返せと言う事だ。実力主義の管理局らしい。守護騎士達は違うが、情状酌量の余地と更正の意思有りと認められれば、罪を犯した者でも受け入れるのである。

 ゼロには判り易い話であった。そこでレティ提督は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる。

 

「これからは、はやてさん個人だけを守るのではなく、人々の安全と命を守る為に頑張って貰います……これはウルトラマンと共に戦って来た、今の皆さんになら判りますね……?」

 

「はい」

 

 はやて以下全員が頷いていた。守護騎士、アインスは特に思うものがあるだろう。ゼロも改めて決意を強める。

 はやてとヴォルケンリッターは、直に入局するより、一旦嘱託で実積、経験を詰む事になった。フェイトの時と同じと言う訳だ。過去が過去だけに、いきなり入るよりその方が良いとレティ提督が判断したのである。

 はやては嘱託扱いの特別捜査官候補生。同じく嘱託扱 いのシグナムとヴィータは本局武装隊所属の特別捜査官補佐。シャマルは本局医療班に決まっている。

 ザフィーラはあえてはやての使い魔として、はやてやシャマルなどのボディーガード役となる。アインスはしばらくは療養だ。そして皆いずれ正式な局員となる。

 そして我らがウルトラマンゼロこと、モロボシ・ゼロだが……

 

「君がウルトラマンゼロ、モロボシ・ゼロ君ね? リンディから聞いてるわ」

 

 レティはゼロに視線をやる。人事の職業柄か、一瞬値踏みするように少年を見やった。リンディから既にウルトラ族との盟約は聞いているのだ。彼女も信用出来る人間の1人と言う訳である。

 

「どうも、モロボシ・ゼロです。よろしく」

 

 ゼロは頭を下げた。いくらヤンチャなゼロでも、他所での礼儀くらいは弁えているのだ。『宇宙警備隊』ならともかく、他所の組織で不真面目な態度を取るのは、只の傲慢な馬鹿者であるくらいは判っている。

 

「他のウルトラマンの方々は既に嘱託試験に合格して、それぞれの赴任世界に出発したわ……後はゼロ君だけなの。ミライ君は遊撃として無限書庫で司書として手伝いながら、事にあたって貰う事になってるわ。ゼロ君にはこの後嘱託魔導師の実技試験を受けて貰います」

 

「レティ提督了解したぜ。実技試験か……久し振りだな」

 

 ゼロは腕が鳴るとばかりに、拳を掌に当てる。やはり体を動かす方が性に合っているのだ。嘱託魔導師の試験は、腕前を見る為の試験官との実戦試験である。

 

「ゼロ兄達は嘱託なんですか?」

 

 はやては意外に思って質問した。ゼロ達ウルトラマンに魔力は無い。するとゼロは右腕に着けている銀色のブレスレットを示して見せた。例の『次元転移ブレスレット』である。

 

「こいつには、転移機能とは別に、ウルトラ念力を魔力に見せ掛ける機能が着いてるんだ。これで一応魔導師扱いって訳だな」

 

 次元移動ブレスレットの他の装備とは、この事だったようだ。あらゆる探知より念力を魔力と誤認させる機能。レティは頷いた。

 

「ウルトラマンの皆さんは、嘱託魔導師扱いになります。これなら超能力を使っても不自然ではないし、異世界での行動の規制が少なくなる……命令系統に組み込まれる正式な局員になるよりこれが一番動き易いようですからね……最低ランクの魔導師なら、保有制限にも引っ掛かる事も少ない……」

 

「よう考えてあるんですね……」

 

 はやては感心した。その辺りも話し合われていたようだ。魔導師は部隊ごとに保有数が決まっている。一ヶ所に強力な魔導師が集中しない為のようだ。

 そこでレティは眼鏡の位置を直し、ゼロに厳しい視線を向ける。

 

「それと、おおとりさん達からも言われてますが、普段の仕事はキッチリして貰います……特別扱いはしません……無論怪獣との戦いでの消耗などは鑑みますが、普段の仕事での贔屓はしません」

 

 ゼロはちょっとうわあ……となった。流石過去隊員としてもウルトラマンとしても活動してきたゲン達だ。他の者への示しがつかないと申し出たのだろう。

 ちょっと甘く考えていたゼロは頭を掻くが気を取り直す。

 

「任せてくれレティ提督!」

 

 不敵に笑って、勇ましく応えて見せるのであった。

 

 

 

 

 さてゼロの、嘱託魔導師試験の結果だが……

 

「ゼロ……やり過ぎだ……疑われたらどうする?」

 

 実技試験を終えたゼロを、シグナムがやれやれ顔で嗜めていた。

 

「わりい……シグナム達みたいな強力な魔導師としかやり合った事が無かったもんで、ついな……」

 

 ゼロは頭をかいて、しきりに反省顔である。はやてに守護騎士達やクロノ、なのは、フェイト達高ランク魔導師は特別なのである。

 ゼロはついそのイメージで、試験官を魔力障壁ごと一撃で気絶させてしまったのだ。この場合ゼロのうっかりと言うより、周りが特殊過ぎたと言うべきだろう。

 単独で大軍に匹敵する高ランク魔導師と比べ、一般の平均的な魔導師は歩兵レベルなのである。

 

「それより、シグナムとヴィータは武装隊で入隊訓練だろ? 厳しいらしいじゃねえか、と言ってもお前らじゃ楽勝か?」

 

 ゼロは話を逸らす為、話題を変えようと別の話題を出す。シグナムは苦笑し、仕方ないと話に乗ってやる事にした。

 

「しかし、部隊訓練など初めてだからな……敬礼の仕方から歩き方まで色々覚えなければなるまい……」

 

 ヴィータはそれを聞いて、憂鬱そうにため息を吐いていた。

 

「うう……シグナムは得意そうだけど、アタシはそっち系は苦手だ……」

 

 ぶつぶつぼやいている。それを見て同じく堅苦しいそっち系が苦手なゼロは、やっぱり嘱託で良かったなどと少々情けない事を思ってしまう。同情を込めてヴィータの肩を叩いて、思いっきりジト目を向けられた。

 

 

 

 

 用事を終え八神家皆で、本局を見物してのんびり歩いていると、同じく来ていたなのはとフェイトとバッタリ逢った。此方も配属関係で出て来ていたのだ。

 

 その時の様子だが、2人共おかしいなとばかりに首を傾げていた。一緒に歩く中、はやては気になって聞いてみる。

 

「どないしたん? なのはちゃんもフェイトちゃんも妙な顔して」

 

「それがね……どうも私とフェイトちゃんの話が噛み合わないの……」

 

『ヤプール事件』の最中、なのははフェイトと話そうと追った時の事を話したところ、フェイトに全く覚えがないと言われ、訳が解らなくなったそうだ。フェイトは申し訳なさそうな顔をする。

 

「本当に覚えが無いんだ……なのはの言った時って、私もアルフも海鳴市には行ってないんだよね……」

 

「ああ……っ」

 

 はやて達には判った。ヴィータ達が変身魔法を使って『ウルトラゼロアイ』奪還作戦を敢行した時の事である。ヴィータは澄まし顔でネタバラしをしてやった。

 

「ああっ、あれ変身魔法使ってフェイトに化けた、アタシだから」

 

「ええっ!? あの時のフェイトちゃんって、ヴィータちゃんだったのぉっ!?」

 

 なのはは目を丸くして驚いた。それはそうだろう。ヴィータと初めて出会した時、自分の事を知っていたのはそう言う訳だったんだと思い返す。

 

「道理で話が合わないと思ったよ……」

 

 フェイトは苦笑を浮かべた。するとシグナムが人の悪い微笑を浮かべ、彼女にもう一つの事を教えてやる。

 

「ちなみにあの時、テスタロッサ達が襲ったウルトラマンゼロは、同じく変身魔法を使った私だ……」

 

「えええっ~!?」

 

 フェイトも思わず声を漏らしていた。ビックリである。そこではやてはフェイトとなのはに、あの事件の影で自分達が動いていた事を話した。

 

「ごめんな……言うの忘れてたけど、そう言う訳で実はなのはちゃん、フェイトちゃんに会う前から2人の事知っとったんよ」

 

「そっか……あの時はやてちゃん達も影ながら助けてくれてたんだね……ゼロ君から聞いてたなら、とっくに私達の事は知ってたんだ」

 

「そうなるよね……」

 

 あの事件の知らない所での戦いに、2人は驚きを隠せない。フェイトはシグナム達が実は『時の庭園』で超獣相手に大立回りをしていた事に改めて驚いた。

 

「そんな事が有ったなんて……はやて、シグナム、皆さんもあの時はありがとうございました」

 

 しきりにお礼を言っているフェイトを、ゼロが微笑ましく見ていたその時である。彼の支給された端末に緊急通信が入った。レティからだ。

 直ぐにゼロは早速空間モニターを開く。厳しい表情のレティの顔が映し出された。

 

《ゼロ君っ! ミッドチルダ北部の村に空間ゲートが確認され、巨大生物出現の報せが入ったわ。ドキュメントデータから『超古代怪獣ファイヤーゴルザ』に『超古代竜メルバ』と判明!》

 

「了解したぜ、提督!」

 

 ゼロは即答する。どうやら早速の出番のようだ。現地の映像も端末に送られて来た。

 空を飛ぶ巨大な翼を持つ鋭角的な怪獣『メルバ』と、巌の如き巨躯に首回りと一体化した兜を被ったかのような角、全身を真っ赤な血管状の器官が走っている怪獣『ファイヤーゴルザ』が街を破壊しながら進撃していた。

 ちなみにドキュメントデータと言っても、ゴルザなどの並行世界の怪獣『ウルトラマンティガ』と戦った個体などは、M78ワールドでも出自などの詳しい事が判っている訳ではないが、ある程度の戦力データは揃っている。

 ミライこと『ウルトラマンメビウス』はユーノと共に、資料集めに別の場所に出掛け留守である。今直ぐにミッドに出撃出来るのはゼロだけだ。

 

「レティ提督、私らも!」

 

 はやて達は勢い込んで名乗り出るが、画面のレティは首を横に振っていた。

 

《ミッドチルダを管轄する地上本部は、本局とは別組織なのよ……向こうの要請が無い限り戦力を送れない……それにはやてさん達は辞令待ちで、まだ現場に出られない》

 

「そんな状況でゼロ兄が出たら、サポートも無しで場合によっては怪獣と一緒に攻撃されてまうんじゃないですか?」

 

《可能性は高いわ……地上本部にも報告書で味方ではないかと送ってはあるけど、管理外世界に現れた時と違ってミッドに現れたら、怪獣と同じく危険と見なされる可能性は高い……更に管理世界の人間にとっては、巨人と言えば『ダークザギ』の恐怖が強い……》

 

 記憶操作が解かれた今、ザギの恐ろしさのイメージが強い。直接人を襲っていた訳ではないが、管理世界の人々にとっては、周りの被害など目もくれず暴れ回る恐怖の対象だろう。

 だがゼロは、唇を指でちょんと弾いて見せる。

 

「それは最初っから覚悟の上さ。行動で見せるしかねえよな!」

 

 心配要らないとばかりに頼もしく笑って見せると、転移ポートに向け走り出した。

 

 

 

 

****************

 

 

 

 『ゼスト・グランカイツ』首都防衛隊きっての腕利き高ランク魔導師である。槍型のテバイスを自在に振るう、古武士のような佇まいの中年の大男だ。

 緊急出動の命令に隊を率いて現場に到着したゼストは、目の前の惨状に思わず息を呑む。街が戦争にでも巻き込まれたかのように、焦土と化していた。

 炎と黒煙が辺りを支配する中を進むゼストに、他の部隊からの悲鳴混じりの報告が入る。

 

《駄目です! 空を飛ぶ怪物は動きが速すぎて捉えられず、地上の怪物はあらゆる攻撃にびくともしません!!》

 

 現場はパニックに陥っていた。突然現れた怪物に逃げ惑う人々の悲鳴に恐怖の声に、避難誘導する管理局員達の焦りの声が跳ぶ。

 二匹の怪獣は管理世界に生息する巨大生物など比較にもならなかった。

『メルバ』は魔導師の攻撃をものともせず、マッハ6の超スピードで飛び回り衝撃波だけで建物を紙細工のように吹き飛ばし、攻撃する武装局員達を蟻の如く消滅させて行く。

 『ファイヤーゴルザ』も如何なる攻撃も受け付けず魔導砲の攻撃をも跳ね返し、額から強化破壊音波光線を辺り構わず乱射し周囲を瓦礫と化す。ゴルザの通った後は、まるで空襲を受けたように焦土と化していた。

 

 ゼストは他の高ランク魔導師達と果敢にファイヤーゴルザに挑むが、経験の無い対怪獣戦に加え、ファイヤーゴルザの身体の強固さは並みではない。

 更には部隊の指揮もある。だがゴルザは指揮しながら戦えるような甘い相手ではなかった。一般の魔導師では、蟷螂の斧状態。高ランク魔導師であたるしかない。

 しかし相手は『ウルトラマンティガ』や『ウルトラマンダイナ』ですら、必殺光線の集中攻撃でやっと仕留めた程の強敵の強化体。相手が悪すぎた。

 更にファイヤーゴルザはあらゆる兵器を受け付けない頑強な身体を持つ上に、相手の攻撃を吸収してしまう特性まである。高ランク魔導師のゼスト達でも、ゴルザの表皮に傷一つ付けられなかった。

 

 しかし問題はメルバの方だ。空を自在に音速を遥かに超えて動き回るメルバは、首都に向かおうとしている。移動速度が速いのだ。

 このままでは避難の間も無く、大都市にまで進撃されてしまう。この世界を地球と同じと見なし、殲滅破壊の対象にしているのだろう。

 

《ゼスト隊長、私は先に空を飛ぶ奴を!》

 

《気を付けろ!》

 

 了解を得た部下の女性魔導師『クイント・ナカジマ』はデバイスを装着している右拳を、地面に打ち付けた。その箇所から光る道が出来、空にレールのように伸びていく。彼女のレアスキル『ウィングロード』

 空を飛べない陸戦魔導師の彼女だが、ウィングロードを使う事で空を地上のように走る事が出来るのだ。

若く見えるが、こう見えても二児の母親である。

 青みがかったロングヘアーをなびかせ、伸びるウィングロードにローラースケートのように乗るクイントは、高速で果敢にメルバを追う。だが、

 

「速すぎる!?」

 

 あまりに動きが速い。砲撃魔法が当たらない。当たってもビクともしないのだ。そうしている内にも次々と周りの飛行魔導師達が消し飛ばされて行く。

 このままでは全滅は時間の問題だ。クイントは必殺の直接打撃攻撃を試みるが、触れる前に衝撃波で吹き飛ばされてしまった。

 

「しまった!?」

 

 ウィングロードから弾かれ落下して行くクイント。

 メルバが凶悪な顎を開け軋むように吠える。眼から破壊光線を放ち、周りの武装局員ごとクイント達を皆殺しにするつもりだ。

 

「ごめん、スバル、ギンガ、あなた……お母さん帰れそうにないよ……」

 

 逃れられぬ絶対の死。クイントは死を覚悟した。脳裏に家族の顔が走馬灯のように浮かぶ。帰ったら娘達の大好きな、自家製アイスクリームを作ってやる筈だったのに……

 ゼスト隊長が、地上で同僚で親友の『メガーヌ・アルピーノ』が叫んでいるようだった。今のクイントには聞き取る事は出来ない。

 放たれる死の光。バリアジャケットや防御魔法で防げる代物ではない。逃れられぬ絶対の死。最期の瞬間、クイントは目を瞑っていた。その時だ。

 

「!?」

 

 クイント達の前を、突如として巨大なものが被っていた。光線は巨大な何かに遮られ轟音と閃光を発する。巨大な何かが盾になり、クイント達は無事だった。

 

「巨人……!?」

 

 クイントは目を見張る。目の前に銀と赤青色の巨人が自分達を守るように、颯爽と怪獣の前に立ち塞がっていた。そう我らが『ウルトラマンゼロ』だ。

 ゼロは転移ポートを出て直ぐ様変身し、現場に駆け付けて来たのである。

 

「あれは……報告書にあった巨人……? ウルトラ……マン……?」

 

 体勢を立て直し地上に降りたクイントと、合流したメガーヌは、驚愕と共に空に浮かぶ巨人ウルトラマンゼロを見上げていた。

 報告書などで存在は既に知っていたが、実物は想像を超えていた。次元世界には巨大生物は生息していても、巨人は存在しない。

 しかしウルトラマンゼロを見る局員達の視線の中には驚愕と共に、恐怖の感情が混じっているようだった。

 

『これ以上、お前らの好きにはさせねえぜ!』

 

 ゼロは勇ましく啖呵を切ると、メルバに迫る。怪獣は高速飛行で引き離そうと巨大な翼を広げ、飛行速度をアップした。

 ソニックブームが巻き起こり、耳をつんざく音が響く。音速の壁を超えたのだ。超古代竜は空をロケットのように飛ぶ。ゼロは後を追った。

 二つの巨体がアクロバット飛行さながらに、空を駆け巡る。メルバは急速反転し、追って来るゼロ目掛けて両眼から破壊光線を放って来た。

 

『おっと!』 

 

 ゼロは慣性を無視した動きで横っ飛びに破壊光線をかわし、お返しと額のビームランプから『エメリウムスラッシュ』を放つ。

 しかしメルバも寸前で光のラインをかわして、大気を切り裂き後方に宙返りすると、ゼロの後ろを取ろうとする。戦闘機のドッグファイトの要領だ。

 メルバは首尾よくゼロの真後ろに着ける。だがゼロは戦闘機ではない。後ろに着かれて大人しくしているタマではなかった。

 慣性制御で急ブレーキを掛けると、戦闘機では有り得ない動きでメルバの真上に出た。丁度メルバはゼロを追い越してしまう形となる。

 ゼロはそのままメルバ目掛けて急降下し『ウルトラゼロキック』を放った。

 

『ウオリャアアアッ!!』

 

 炎のゼロキックがメルバの胸部に炸裂する。肉と金属を同時に打ったような轟音が轟く。血反吐を吐き絶叫を上げる超古代竜。ウルトラマンゼロのスピードは、メルバを上回っていた。

 動きの鈍ったメルバに対し、ゼロは腕をL字形に組む。その腕から放たれる必殺の『ワイドゼロショット』の一撃!

 

『止めだっ!!』

 

 光の奔流を食らったメルバは火薬を詰められた張り子のように、粉微塵に吹っ飛んだ。街への被害を考慮し、『スペースビースト』に対するように分子レベル以下にまで細胞を消滅させている。

 

「なんて戦闘力だ……!」

 

 一旦後方に退がったゼストはゼロの戦闘を見て唸った。彼の常識を超えた力だった。高ランク魔導師の攻撃を食らってもびくともしない怪物の巨体を、あそこまで粉々に出来るとは。

 

(訓練を受けた戦士に見受けられる……)

 

 それ以前にゼストには、ゼロの戦闘が理に叶ったものである事を見抜く。理に叶った確立された戦闘技法を使う巨人。つまり次元世界に生息する巨大生物と違い、巨人は人間と同じく高度な知性を持った存在であると。

 

 メルバを撃破したウルトラマンゼロは矢のように地上に降下し、暴れるファイヤーゴルザの前に降り立った。

 

『これ以上進ませねえぞ!』

 

 ゼロは親指で上唇を弾く。巨人と巨獣が炎の中対峙した。ゼロは左手を前に突き出し右拳を引く。レオ拳法の構えだ。

 ファイヤーゴルザはゼロを光の巨人と同じ者と判断したのか、巨大な牙を剥き出し威嚇の咆哮を上げる。

 魔導師達は突如現れた巨人に困惑し、一旦退がり様子見のような形になっていた。

 

『行くぜぇっ!』

 

 ゼロは猛然とファイヤーゴルザに向かう。正拳突きが唸りを上げて飛ぶ。ゴルザはその剛腕を振るい、正拳突きを叩き落とす。流石のパワーだ。

 

『まだまだあっ!』

 

 連続しての上段突きがファイヤーゴルザの顎にヒットした。揺らぐ巨体。更に強力無比な拳を連続して叩き込む。ゴルザは堪らず後ろに退いた。ゼロは拳での打撃を打ち込み続ける。

 ゼロは街中から離れるように、誘導しながら戦っているのだ。まだ市民の避難は完了していない。

 だがファイヤーゴルザは一筋縄では行かない。さほどダメージは受けていないようだ。怒りの咆哮を上げると、横から殴り付けるように強靭な尻尾がゼロを襲う。

 

『おっと!』

 

 危うく砲丸のような尾の攻撃をジャンプしてかわしたゼロは、ゴルザから一旦離れ距離を置く。このまま攻撃を避けるふりをして、街の外へ誘導する。もう少しだ。

 

(郊外に出たら、速攻でぶっ倒してやる……んっ!?)

 

 その時ゼロの鋭敏な聴覚に、あるものが捉えられた。ウルトラマンでなければ聞き取れない、地下からの微かな音。ゼロはハッとする。これは人の助けを求める声だった。

 

(人が! 逃げ遅れた人達がこの下に閉じ込められている!)

 

 ゼロの超感覚が、地下街に取り残されている十数人の人間の反応を捉えた。逃げ遅れ出口が瓦礫で塞がってしまったのだろう。

 閉じ込められている場所の壁に亀裂が走っているのが判る。このままでは全員生き埋めだ。

 だがファイヤーゴルザはそんな事はお構い無しに破壊音波光線を放って来た。このままでは辺り一帯は吹っ飛んでしまう。当然取り残された人々はひとたまりもない。

 

『クソオッ!!』

 

 ゼロは咄嗟に閉じ込められている人々の真上に、盾となって覆い被っていた。オレンジ色に輝く破壊音波光線がまともにゼロの背中に炸裂する。

 

『ぐわああああっ!!』

 

 ゼロは堪らず声を上げていた。背中から白煙が上がる。だが動く訳には行かなかった。ゴルザは更に破壊音波光線をゼロに集中照射する。

 衝撃と激痛が襲う。ゼロは動けない。自らにバリアーを張る事も出来ない。何故なら崩壊寸前の地下街を支える為、そちらにバリアーを張っているからだ。

 これで地下の崩落はしばらく避けられる筈だが、ゼロ自身は動く事が出来ない。動けばたちどころに地下街は崩落し、人々は確実に死ぬ。武装局員達はまだ気付いていない。

 抵抗しない相手に気を良くしたのか、ファイヤーゴルザは大地を揺るがし踞るゼロに迫る。強靭な脚がその背中に降り下ろされた。

 

『がっ!!』

 

 数万トン以上に及ぶ打撃がゼロを苛み、鋭い爪が背中を抉る。それでもゼロは動けない。その胸の『カラータイマー』が点滅を始めていた。

 

 このままでは不味い。時間切れになっても閉じ込められている人々は助からない。反撃の糸口を探るゼロだったが……

 

「撃てっ!」

 

 指揮官の号令が響く。一斉に武装局員達は砲撃を開始した。

 

 

 

 

 はやて達は本局内の映像を流している大型モニターに向かっていた。携帯端末では画面に限界がある。はやては胸騒ぎを感じていた。

 モニターの周りには人だかりが出来ている。はやて達の目に、今の状況が飛び込んできた。

 

「ゼロ兄ぃっ!?」

 

 はやては顔を青ざめさせた。シグナム達もフェイトもなのはも青くなる。ウルトラマンゼロは大地に踞ったまま、一方的にファイヤーゴルザの攻撃を受け続け、更には怪獣共々武装局員達の攻撃に晒されていた……

 

 

つづく

 

 




次回後編でお会いしましょう。


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第84話 勇士の証明や(後編)

 

 

 

「苦戦しとる!?」

 

 はやては息を呑んだ。大画面のモニターに、大地に踞ったまま無抵抗でファイヤーゴルザの攻撃を受ける、ウルトラマンゼロの姿が映し出されていた。

そして巨人と巨獣に、雨あられと撃ち込まれる地上部隊からの魔法砲撃。

 ファイヤーゴルザはびくともせず、踞るゼロへ執拗な攻撃を続けている。ゼロはゴルザの攻撃と砲撃魔法の前に為す術もない。

 

「どうしたんだゼロ!?」

 

 ヴィータはつい画面に向かって叫んでいた。やはりはやての想像通り、ゼロもファイヤーゴルザ共々攻撃を受けているのはともかく、ゼロが全く反撃する様子が無いのがおかしい。

 すると、黙ってモニターを見ていたシグナムが口を開いた。

 

「恐らくあの下に逃げ遅れた人々が居るのだ……今の状況では動く事が出来ないのだろう……」

 

「酷いよ……! 人を助けようとしてるのに攻撃するなんて!」

 

 フェイトは今にも泣き出しそうな顔で、ついシグナムに詰め寄っていた。なのはも心配のあまり落ち着かない。

 

「仕方あるまい……人は正体の知れないものには、拒否反応を示す……今は怪獣でパニック状態でもある上、ダークザギの記憶が鮮明な者も居るだろう……一概に彼等を責められない……」

 

 シグナムは状況を冷静に説明した。自分達も最初ゼロの事を異形故に怪しんだ。自分達を棚に上げて、局員達を非難するような事は言えなかった。

 

 だが冷静に見えるシグナムも、白くなる程拳を握り締めている。共に戦い苦楽を共にして来たのだ。平気な訳がなかった。

 自分でも戸惑う程の怒りを感じていた。憤りとゼロの身を案じ、胸が張り裂けそうな想いに駆られるが表には出さない。

 

(ゼロ……)

 

 自分達があの場に居れば……烈火の将は、感情を押し殺しペンダント状の愛機を堅く握り締める。

 アインスもシャマルもザフィーラも、固唾を呑んでゼロを見ていた。アインスは心配で画面のゼロを凝視し、シャマルなどは泣き出しそうになっていた。

 無言の狼ザフィーラは一見変わらないように見えたが、歯を食いしばって耐えている。

 そんな中だった。モニターを見ていた局員達の一部が軽口を叩くのが耳に入った。

 

「化け物同士潰し合ってくれれば、こちとら楽だよな」

 

「確かにな……あんなのとやり合うのは勘弁して貰いたいしな。せいぜい殺し合って貰いたいもんだ」

 

「!」

 

 それを聞いたヴィータは完全にキレた。怒りのあまり瞳孔が開く。何も知らない故の言葉だったが、彼女には聞き逃せなかった。

 

「てめっ……!?」

 

 飛び出そうとするヴィータを、察したシグナムが押しと止めていた。

 

「我慢しろヴィータ……!」

 

「離せ! アタシは家族を侮辱されて黙っていられる程、ご立派な奴じゃねえ!」

 

《堪えろ……! ゼロ達ウルトラマンの正体は一般には秘密だ……感情的になると怪しまれる可能性がある……ゼロ達の不利益になるかもしれんぞ!》

 

 収まらないヴィータに、シグナムは思念通話で言い聞かせる。幸いざわついているので、鉄騎の憤りの声は誰の耳にも入っていない。

 

「うっ……」

 

 ゼロ達の迷惑になると言われては、ヴィータも引き下がるしかない。渋々ながら矛を納める。だが収まらない者が居た。

 

「違います! ウルトラマンゼロは悪い人なんかじゃありません!」

 

 局員達の前に飛び出したフェイトだった。肩を震わせ、目に涙を溜めて局員達に向かって叫んでいた。どうしても我慢出来なかったのだ。

 まさか大人しいフェイトが食って掛かるとは思わなかったので、周りも止め損なった。

 

「お嬢ちゃん……あんな化け物の味方をするのか? 止めとけ止めとけ」

 

「私は助けて貰いました! ウルトラマンゼロが居なかったら私はとっくに死んでます!!」

 

 フェイトはポロポロと悔し涙を零しながら訴えていた。悔しさと悲しさで止まらなかった。彼女とて理屈では判っていても、感情が収まらなかったのだ。

 子供に泣かれ局員達も困ったようだ。気まずい空気が流れる。すると彼女の肩をポンッと叩く者がいた。

 

「フェイト落ち着け……」

 

「クロノ……」

 

 クロノだった。黒衣の少年執務官は困り顔の局員達に目を向ける。

 

「この子は以前あの巨人……ウルトラマンに助けられたとおぼしき事が有ったもので、感情的になっているんですよ……お騒がせしました。失礼します……」

 

 軽く頭を下げると、まだ収まらないフェイトの手を引き皆の所に連れて行く。不自然にならない程度の範囲で彼女が怒る理由を軽く述べておく。上手く場を収めてくれたようだ。

 

「……ごめんクロノ……どうしても我慢出来なくて……」

 

 フェイトは涙を拭って謝った。クロノは実の兄が妹に向けるように微笑する。彼女の気持ちは良く判る。彼とて良い気分である筈もない。

 

「それは判る……彼を知る者は皆同じ気持ちだ……でも今はゼロの無事を祈ろう……」

 

「うん……」

 

 フェイトはモニターに目を戻す。ウルトラマンゼロはこの間にも、ひたすらゴルザと局員の攻撃に耐えていた。目を背けてはいけないとフェイトはその姿を見詰める。

 元気付けるようにその手を、なのはがしっかりと握っていた。

 

「なのは……」

 

「応援しようフェイトちゃん!」

 

 頷き合った2人はモニターを凝視する。他の局員達はいざこざよりも、モニターの光景に釘付けになっていた。

 

「おい……あの巨人……あのままだと本当に殺されちまうんじゃないのか?」

 

 流石に皆もゼロが全く無抵抗なのを不審に思ったようだ。ゴルザの破壊音波光線が連続してゼロの背中に炸裂し、豪脚が雨あられと背中を踏みつけにする。

 周囲の建築物が余波で吹き飛び、アスファルトが霰の如く飛び散る。更に鋭い爪の生えた脚がゼロの脇腹に深々と打ち込まれた。いくらウルトラマンでも耐えきれない。

 

『ぐはあっ!』

 

 苦悶の声を上げ、ガクリとゼロの体勢が崩れる。だがそれでも其処を退かない。見ている者達が思わず顔を背けたくなる程の凄惨な光景になっていた。

 ゴルザはそれだけでは飽き足らず、その頭を猛然と蹴り上げ数万トンの重量を乗せ後頭部を踏み付ける。ゼロの顔がアスファルトに叩き付けられそうになった。だが気力を振り絞り持ち堪える。地下に衝撃が及んでしまうからだ。

 何時の間にか局員達から、軽口や話し声が止んでいる。呑気に観戦して笑う事が出来る雰囲気ではなくなっていた。

 ゼロの漏らす声が段々弱くなっていく。正視に耐えない。それは血反吐を吐いてなぶり殺されようとしている人間そのものに見えた。

 

「どうして動かない!? 本当に殺されるぞ!」

 

 見ていられなくなった一部の局員達から、思わず声が上がっていた。フェイトとなのはは互いの手を握り締める。そうしていないと、耐えられなかった。

 八神家の面々も必死で堪える。例え決まりを無視して今から飛び出したとしても、到底間に合わない。

 拳を握り締めるヴィータの手を、はやてが励ますように力付けるように握っていた。鉄槌の騎士は堪らず小さな主に訴える。

 

「はやて……ゼロが……ゼロがっ!」

 

「大丈夫や……」

 

 はやては慈母のように微笑みヴィータを、耐える家族達を元気付けるように見回した。

 

「ゼロ兄は絶対大丈夫や……せやから、みんな今は応援しよ?」

 

 その落ち着き払った柔らかな言葉と物腰を、ヴィータ達は心強く思う。主が落ち着いているというのに、守護騎士たる自分達が動じる姿を見せる訳にはいかないと。

 無論内心は違うのだろう。ヴォルケンリッターはそんな主の姿勢を組み、深く頷くと苦闘するゼロを心の中で応援する。

 そんなはやて達を余所に、異様な状況に戸惑いざわめく局員達。すると……

 

「お前らの眼は節穴か……?」

 

 後ろから野太い声が響いた。見ると還暦程の仏頂面の偉丈夫が立っている。

 

「警備隊長……」

 

 ウルトラマンメビウスが、本局でダークメフィストⅢ(ドライ)と戦った時協力した、あの本局警備隊長であった。

 

「あの巨人は何かを守っている……恐らくあの下に逃げ遅れた市民が居る……」

 

 警備隊長は厳つい顔を更に厳つくして、モニターのゼロを見上げ、独り言のように呟いていた。

 

「アイツもどうやら、あの巨人……ウルトラマンメビウスと同じのようだな……」

 

「隊長は信用するんですか?」

 

 意外に思ったらしい局員の1人が尋ねていた。警備隊長はギロリと鋭い一瞥を相手にくれる。

 

「俺はただあの巨人……ウルトラマン達の行動を見ているだけだ……」

 

「行動……?」

 

 首を捻る局員の近くに居た、中年男性の局員がポツリと口を開いていた。

 

「そう言えば……あの時本局が沈んでたら……此所に住んでる俺の家族が皆死んでたんだよな……」

 

「あっ……」

 

 先程の軽口を叩いた局員がハッとした顔をする。隊長はクロノに一瞬視線を送った。クロノは静かに黙礼する。

 

(ありがとうございます……ヒビキ隊長……)

 

 ヒビキ隊長は口の端だけで、クロノに向けフッと微笑して見せたようであった。

 

 

 

 

 魔導師達の砲撃が、踞るウルトラマンゼロと攻撃を加えているファイヤーゴルザに飛ぶ。荒れ狂う巨獣はびくともせず、対するゼロはボロボロだった。

 その最中、ゼストは通信端末を使い連絡を取っていた。良く見知った恰幅の良い、顎髭を生やした中年男性が空間モニターに映る。

 入局以来の親友で魔導師でこそないが、その管理手腕を買われ地上本部で出世し高官になっている『レジアス・ゲイズ』だ。

 

「レジアスどう言う事だ!? 報告書にはあの巨人は味方の可能性が高いとあった筈だぞ! 迂闊だ! 市民の避難も完全には完了していない! 下手に刺激してどうする!?」

 

 ゼストの言葉に、レジアスは苦渋に満ちた表情を浮かべた。

 

《上の決定だ……得体の知れんもの同士が争っているのだ……当然の判断だろう……》

 

 そうは言うものの、レジアスも上の決定が短慮に過ぎると思っているようだ。ゼストと同じく、敵対行為を示していない巨人を下手に刺激するのは下策だと思っていた。

 それに彼には心配事があった。だが私情を挟む訳には行かない。そういう立場なのだ。

 

「くっ……!」

 

 ゼストにも親友の苦悩が判る。彼だけの判断で、攻撃を中止させる程の権限は今のレジアスには無い。友を責めるのは筋違いだった。

 詫びを言い通信を切ったゼストは、今だ攻撃を受け続けているウルトラマンゼロを見上げる。何かを庇っているように見えた。

 

「ゼスト隊長……あの巨人を攻撃するのですか……?」

 

 戻ったクイントが歩み寄り、厳しい表情で質問して来た。命令に納得行かないようだ。

 

「上はあの巨人も危険だと見なしたようだ……」

 

「私にはあの巨人が敵とは思えません。あの時庇われなかったら、私は死んでいました!」

 

 クイントは確信していた。あれは偶然ではない。明らかにあの巨人は明確な意思を持って自分達を助けたのだと。

 クイントの訴えにゼストはしばし黙る。彼は盲目的に上に従うタイプではない。自分がおかしいと思った事には徹底的に意見し、自らの判断で動く。

 だが正直今は、あの巨人をどう判断するかは決めあぐねているというのが正直な気持ちだった。本局から回されてきた報告書でしか知らないのだ。

 正体不明。何処から来て、いかなる生物なのか。何を考えて行動しているのか。その行動原理は? 全てが不明なアンノンウン。

 あの『ダークザギ』と本当に違うのか。あの魔神の影響は強い。ゼストの思考は当然のものと言えた。その時である。

 

《……誰か……頼む……下に人が……逃げ遅れた人達が地下街に閉じ込められている……少なくとも十人……!》

 

 その場に居る魔導師全員の念話回線に声が響いた。それは少年の声に聴こえる苦しそうな声だった。クイントもメガーヌも、部下達も驚いたり妙な顔をしている。他の部隊の局員達も同様なようだ。

 

「念話とは違うようだ……あの巨人が送って来ているのか?」

 

 ゼストは攻撃に晒され踞る巨人、ウルトラマンゼロを改めて見上げた。魔導師のものとは違うものだ。魔力とは無関係なもの。状況から見て、考えられるのはあの巨人しか居ない。

 

「ゼスト隊長!」

 

 クイントはゼストに向かって、決意を促すように呼び掛けていた。

 

「そういう事か……」

 

 ゼストは得心が行った。あれだけ優勢に戦っていた巨人の突然の戦闘中止行為。そして巨人は今も怪獣と管理局の攻撃に無抵抗で耐えている。

 無様かもしれない。格好良さとは無縁かもしれない。だがその必死な姿に、ゼストは懐かしいものを感じた気がした。管理局に入局したての頃の気持ちとでも言うものを……

 

「ゼスト隊長。本当です! あの巨人の真下に生命反応! 逃げ遅れた市民が居ます!」

 

 デバイスで地下をサーチしたメガーヌが、結果を伝える。それを聞いたゼストは決心した。

 

「俺が行く……人命を救うのは管理局員の勤めだ……!」

 

「本当に信用出来るんですか!?」

 

 他の部下が不安そうに声を上げるが、ゼストは重々しく古武士のような風貌を向ける。

 

「例え信用出来なくとも、助けを待つ人々を救うのは管理局員の勤めだ……メガーヌ、指揮はお前に任せる……後の者は援護を頼む……!」

 

 愛機を一振りし、敢然と前に歩き出す。彼は何より人々の為に働く時空管理局員である事を誇りに思っている。清廉な程に。

 助けを求める人々が居るなら、それを看過する事は断じて出来ない。ゼストとはそういう男であった。するとそれに続く者がいる。

 

「隊長、お供します!」

 

 クイントが両手のリボルバーナックルを翳して、不敵に微笑んで後に続いていた。

 

「確実に10人以上は要救助者は居ます。隊長1人では難しいですよ」

 

 メガーヌもおっとり微笑んで、クイントの後に続く。

 

「隊長! 水臭いですよ!」

 

 他の隊員達も続いていた。流石は長年ゼストの元で事件に挑んで来た猛者達だ。人命救助の為なら危険も厭わない。ゼストは頼もしき部下達に感謝する。

 

「良く言ってくれた……ゼスト隊はこれより閉じ込められた市民の救助に向かう!」

 

 隊長の指示の元、砲撃が飛び交う中部隊は前進を開始する。ゼストは再びレジアスに連絡を入れた。

 

 

 同時刻レジアスはモニターで食い入るようにゼロの様子を見ていた。眉間に深く皺が寄っている。知らぬ内に呟いていた。

 

「どうして動かん……? 何を考えている……?」

 

 そこにゼストからの連絡が入った。レジアスはモニターを開く。

 

《レジアス、あの巨人が逃げ遅れた市民を庇っている! 生命反応を確認した。これよりゼスト隊は救助に向かう。砲撃を一旦でも良いから、止めさせてくるよう上に掛け合ってくれ!》

 

「そう言う事か……」

 

 レジアスは得心が行った。改めて無抵抗で攻撃に晒されている巨人を横目で見やる。

 

(何故お前はそこまでする……? 何の関わりも無い筈の世界の人間を何故そんなになってまで……?)

 

《レジアス! 報告書によれば、あの巨人には時間制限が有るのだろう? 巨人の胸の器官らしきものの点滅が速くなっている。頼む!!》

 

 ゼストの焦りを隠せない叫びがモニターから聴こえる。レジアスの脳裏を様々なものが巡った。これまでの苦悩。ままならない現実。ある筋からの誘い……

 

「判った……指示を仰いでいる時間は無い。儂が攻撃中止を伝達させる! 中将には後で掛け合おう……」

 

 レジアスは今は全て振り払い承知していた。自分でも何故そうしようと思ったのか判らない。勝手に命令を下した事になる。後で問題にされ責任を取らされるかもしれない。しかし彼の腹は決まっていた。

 

《済まんレジアス……ゼスト隊、救助に向かう!》

 

 ゼストは長年の友に、感謝を述べ通信を切った。レジアスは地上本部中将の元へ回線を繋ぐ。その最中彼はふと、モニターのウルトラマンゼロに視線をやった。

 

「おかしな奴め……まるで新米局員だな……」

 

 厳つい髭顔から、ついそんな呟きが漏れていた。

 

 

 

 

 ゼスト隊はファイヤーゴルザに気取られないように、壊れた建物や瓦礫沿いに踞るゼロに接近する。幸いゴルザはゼロへの攻撃に夢中で気が付いていない。

 レジアスが指示を出してくれたお陰で、武装局員からの攻撃が一旦止んだようだ。余波での残煙をも隠れ蓑に、ゼスト達は前に進む。

 首尾良くウルトラマンゼロの巨体の下に着いたゼスト隊だったが、流石に各自不安がその表情に浮かぶのは無理からぬ事だ。怪獣の攻撃の衝撃と轟音。だがそこでゼスト達は気付く。

 

「巨人の下には衝撃が殆ど無い?」

 

 クイントは周りを見渡した。周囲は空襲を受けたように酷い有り様なのに、巨人の下には何も被害が無い。しかし今は時間との勝負。まずは閉じ込められた人々の安否を確認しなければならない。

 

「エネルギー障壁のようなものが、巨人の下に張ってあります。それが衝撃と崩落を防いでいるようです。お陰で地下に閉じ込められた救助者はまだ無事です」

 

 地下を調べていたメガーヌが、細かいサーチ結果を告げる。

 

「中には入れるのか?」

 

「問題有りません。今障壁の一部が開かれたようです」

 

 ゼストは眼前の巨人を見上げる。頷いたように見えた。ゼロがバリアーの一部を解除したのだ。そしてゼスト達の念話回線に再び声が響く。

 

《頼む……! 俺もそんなには保たなっ……ぐっ!?》

 

 ゴルザの破壊音波光線が再び直撃した。ゼロは呻き声を漏らし姿勢を崩し掛ける。バリアーが不安定になったようだが辛うじて持ち堪えた。

 

「良しっ、瓦礫を除けるぞ! 巨人ももう限界のようだ!」

 

 ゼストの槍とクイントの拳が瓦礫を吹き飛ばし、地下の入り口を露出させる。ゼスト隊は地下街に突入を開始した。

 

(頼むぜ……!)

 

 ゼロは崩れ落ちそうになる身体に鞭打って、懸命にファイヤーゴルザの攻撃に耐え続ける。

 

 

 

 

 中に入ったゼスト隊は、通路を塞いでいる瓦礫をデバイスで除けながら奥に進む。数ヶ所同じ事を繰り返し、閉じ込められた人々が居ると思しき場所に着いた。

 中に離れるよう声を掛け、最後の入り口を塞いでいた瓦礫を吹き飛ばす。

 

「時空管理局です! 救助に来ました! 怪我をされた方はいますか!?」

 

 クイントが呼び掛けると、奥に一塊になっていた埃塗れの人々が此方を向く。安堵の表情が浮かんでいた。全員無事なようだが、何人か怪我を負ったらしい者がいる。

 すると無事な1人が前に出て来た。埃塗れの眼鏡を掛けた十代前半のショートカットの少女だ。

 

「骨折した人や怪我人が居ます。応急措置はしましたが、早く病院に」

 

「オーリス!?」

 

 理路整然と話す少女に、ゼストは見覚えが有った。名前を呼んでいた。

 

「ゼストおじさん?」

 

 少女もゼストを見て驚いた顔をする。見覚えが有る筈だ。何度か会った事もある、レジアスの1人娘オーリスだった。去年管理局に入ったばかりで、佐官研修に此方に来ていたそうだ。

 結果的に親友の娘を救いに来る事が出来た。だが感慨に浸る暇は無い。ゼストは部下達に指示を出す。

 

「各自怪我人の運び出しと、避難誘導を急げ!」

 

 地下街を支えるバリアーが軋んでいるようだった。パラパラと細かな破片が天井から落ちて来る。ゼロがダメージを負っているので弱くなっているのだ。猶予は僅かだとゼストは判断する。

 

「ゼストおじさん。私にも手伝わせてください! 私も局員の端くれです」

 

 オーリスが手伝いを名乗り出た。自分で動けない怪我人が半数以上いる。絶望的な状況の中、応急手当てをして頑張って来たのだ。流石はレジアスの娘だと感心するが、感心するのは後だ。ゼストは承知していた。

 

「判った。急げ!」

 

 オーリスは埃塗れの顔で頷き、怪我をしてゼストの部下に背負われている母親の子供を抱き上げた。

 

 

 

 

「見ろっ! 一部の隊が向かうぞ!」

 

 モニターを見ていた局員達がざわめいていた。

 

「本当に逃げ遅れた市民を庇っているらしい……あれはゼスト隊だ!」

 

 その間にも巨人ウルトラマンゼロは攻撃を耐えている。誰の目にもゼロが限界なのは明らかだった。カラータイマーが激しく点滅している。

 皆固唾を呑んで状況を見守っていた。はやて達も同様だ。するとクロノが皆に歩みより、はやてに耳打ちしていた。

 

 

 

 

 全く抵抗しないゼロを攻撃するのに飽きたのか、ファイヤーゴルザは止めを刺すべく巨大な顎をバクリと開いた。その口内がオレンジ色に激しく発光する。

 今まで吸収した攻撃エネルギーをも集めた、必殺の破壊光線を放とうというのだ。今の状況で食らったら、ゼロはひとたまりも有るまい。そして地下に張っているバリアーも保たないだろう。

 

(クソオッ……!)

 

 絶体絶命の危機。このままでは地下の市民、ゼスト隊もろとも全滅だ。カラータイマーが喘ぐように点滅を繰り返す。その時、ゼロの頭に女性の声が響いた。

 

《巨人っ、ウルトラマン! 逃げ遅れた市民を救出した! 今から退避する!》

 

 クイントからの念話だ。眼下の地下から、市民を連れたゼスト隊が次々と姿を現した。間に合ったのだ。子供と母親を肩に担いだクイントが目で合図する。

 外に出た人々はウルトラマンゼロを間近で見て、驚いたようだ。オーリスも驚いている。人々の表情に恐れの色が浮かぶのは仕方無い事か……

 そこでファイヤーゴルザは、ゼスト隊と助け出された市民に気付いたようだ。動かないゼロよりそちらを消し飛ばそうと思ったのか、回り込んで来ようとする。

 だが踏み出そうとしたその脚を、ゼロの巨大な手がガッチリと掴んでいた。

 

『させる……かよ……!』

 

 ウルトラマンゼロの両眼が鋭く輝きを増す。ゼスト隊はその隙に市民を連れ、全力で離脱を開始する。

 

『ウオオオオオオオオッ!!』

 

 ゼロは雄叫びを上げた。激痛に耐え、ありったけのパワーを絞り出す。ゴルザの巨体が宙に浮く。脚を掴んだまま、ジャイアントスイングの要領で怪獣を大きく振り回す。遠心力をたっぷり載せて投げ飛ばした。

 ゴルザは数キロは飛ばされ地響きを立て、河原に頭から突っ込み大地に叩き付けられる。市街地からようやく離す事が出来た。

 

『よくも良いようにやってくれたな! 2万倍にして返してやるぜ!!』

 

 ようやく立ち上がったゼロは、2本指を翳して威勢良く啖呵を切るが、余裕はまるで無かった。無論やせ我慢である。ダメージが酷い。無理をしたせいで、全身がバラバラになりそうな激痛が襲っていた。

 活動時間も後僅かだ。喘ぐようにカラータイマーが点滅を繰り返す。保って後1分!

 ファイヤーゴルザは立ち上がると怒りの咆哮を上げ、ゼロに襲い掛かる。

 

『オラアッ!』

 

 ゼロの右手刀が炎と化した。『ビッグバンゼロ』が唸りを上げて、ゴルザの肩口に降り下ろされる。岩がぶつかり合ったような轟音が響く。だが巨獣の巌のような体表は全くダメージを受けていない。

 

(ぐっ……! 駄目だっ……身体に力が入らねえっ……)

 

 激痛にゼロの動きが、油の切れた機械人形のように止まってしまう。最早まともに動ける状況ではないのだ。

 ゴルザは咆哮を上げると剛腕にものを言わせ、ゼロの横っ面を殴り付ける。まともに食らったゼロは横っ飛びに吹き飛ばされてしまった。

 だが倒れる寸前、コンクリートを削って辛うじて持ち堪える。今倒れたら二度と立ち上がれそうにない。

 軋む身体を気力で動かし一旦後方に跳んで距離を取ると同時に、頭部の『ゼロスラッガー』を投擲する。

 白熱化し刃が唸りを上げて飛ぶ。火花が散り、鈍い轟音が響く。ファイヤーゴルザの強固な身体はスラッガーを跳ね返してしまったのだ。

 

『クソッ!』

 

 カラータイマーの点滅が限界を告げている。時間が無い。

 ゼスト達が安全圏に離脱したのを横目で確認すると、激痛を堪え両手をL字形に組み合わせた。必殺の『ワイドゼロショット』の態勢だ。

 

『くらええっ!!』

 

 空間を焼き尽くし、一直線に放たれる光の奔流。ファイヤーゴルザは避けもせず、真っ向からワイドゼロショットを受けた。

 爆砕されるかと思いきや、身体中の血管状器官が紅く発光し、ゼロショットが全て巨躯に吸い込まれてしまう。光線を吸収してしまったのだ。

 間髪入れず、ゴルザは開いた顎からオレンジ色の破壊光線をお返しに吐く。ゼロショットのエネルギーを加えた恐るべき威力だ。

 

『くっ!』

 

 寸でのところでゼロは破壊光線をかわした。堤防が地面ごとごっそり抉れ、後ろの林地帯が根こそぎ消失してしまう。

 ゼロはよろけながらも頭部の『ゼロスラッガー』2本を取り外し、胸部太陽エネルギー集光アーマーにセットした。ゼロの光線技で最大の破壊力を誇る『ゼロツインシュート』の態勢だ。

 

『くたばりやがれぇっ!!』

 

 スラッガーから放たれる青白い光の激流。強力極まりない威力に、反動で身体が後ろに持っていかれそうになる。今の弱った身体には拷問に等しい。ゼロは必死で大地を踏み締め、反動に耐える。

 だがゴルザはツインシュートのエネルギーをも吸収、ゼロショットと同じく破壊光線に転換して口から放出して来た。

 

『ぐおおおっ!?』

 

 自らのエネルギーをプラスされた破壊光線をまともに浴び苦しむゼロ。身体が焼ける。ブスブスと肉が焦げた。このまま食らい続ければ保たない。だがゼロはツインシュートの放出を続けた。

 

『俺のエネルギーを、全部吸収出来るかあっ!!』

 

 生き残り勝負だ。ツインシュートと、破壊光線が互いの身体を行き交う。満足に動けない今、ファイヤーゴルザを倒すにはこれしかなかった。

 ゼロのエネルギーが勝てばゼロの勝ち。ファイヤーゴルザがツインシュートのエネルギーを全て吸収してしまえばゴルザの勝ち。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 ゼロは力の限り吼えた。残りのエネルギーを全てツインシュートに注ぎ込む。身体はボロボロでも、闘志は逆に炎と燃え上がった。戦意に応えるように両眼が激しく輝きを増した。

 ゴルザの破壊光線も勢いを増す。どちらが先に限界に達するかの勝負。目も眩む光線の応酬が辺りを照らす。近寄れない程の高エネルギーが周りを焼いた。河の水が余波で沸騰し水蒸気がもうもうと立ち込める。

 仁王立ちの巨人と巨獣は、互いに一歩も退かず光の応酬を続ける。ゼロのカラータイマーが限界を告げ、激しく点滅する。後20秒!

 その時ゴルザの様子がおかしくなった。身体中に血管のように走っている器官が異常発光し始めたのだ。破壊光線を吐きながら、苦しそうに身を震わせる。

 口から吐く光が異常に増大した。しかしそれは自らの意思ではない。止められないのだ。身体に亀裂が入る。遂に亀裂から光が次々に吹き出し始めた。エネルギー吸収容量を超えたのだ。

 

『消し飛びやがれええええええっ!!』

 

 ゴルザの身体の亀裂が更に広がった。堪らず絶叫を上げる巨獣。青白い光の激流がその巨躯をぶち抜いた。身体に風穴を開けられたゴルザは、強烈な光を発し粉々に吹き飛んだ。

 火柱が吹き上がり、黒煙が上がる。人々を無事避難させたゼスト隊にもそれが確認出来た。その中に辛うじて立つウルトラマンゼロの姿。

 胸のカラータイマーが赤く点滅している。あちこちが焦げ、汚れて元の赤と青の体色が燻みふらついている。満身創痍だった。クイントはその姿を見上げ、泣きたくなる衝動に駆られた。

 

「無理をして……頑張ったね……」

 

 何故か娘達と重なって見えた。非常に若いどころか、まだ子供なのではないかとふと思ったのは、子を育てている母親の勘か……

 

 ゼロはゼスト隊を見下ろすと、弱々しくだが右手を挙げ頭の横に翳す。それは感謝を込めた敬礼だった。

 ゼストも自然敬礼を返していた。全員ではないが、クイント以下数人が敬礼を返す。ゼロは照れ臭そうに肩を竦める。不意にその身体がぐらついた。

 

(うあっ……)

 

 限界だった。ガックリと大地に膝を着いてしまう。最早飛び上がる事も出来ないのだ。ゼロは力無く腕を全面でクロスさせる。巨体が光に包まれ、ウルトラマンゼロは幻のように消失した。

 

 

 

****

 

 

 

 消え去る寸前、現場から離れた位置にテレポートしていたゼロは人間体に戻っていた。しかし満足に動ける状態ではない。辛うじて立っているのが精一杯だった。

 言う事を聞かない身体を引き摺って、ヨロヨロと転移ポートの在る施設まで向かおうとするが、何かに掴まっていないと歩く事すらままならない。

 人目に付くのは躊躇われた。本局所属の嘱託魔導師。それも先程試験を受けたばかりの人間が、地上本部のお膝元で怪我をしているのはかなり不自然だ。

 

 物陰で少し休む事にした。ゼエゼエと肩で荒く息を吐いめいると、近場で声がする。そっと覗いてみると、先程頼みを聞いてくれた管理局員の男性が居た。

 眼鏡を掛けた少女を連れている。閉じ込められていた1人だとゼロは思い出す。そこに父親らしき恰幅の良い中年男性がやって来ていた。

 男性は少女を抱き締める。少女は気丈な質らしく、今まで我慢していたものが溢れたのか、ついに父親の胸で泣き出していた。

 

「……良かった……」

 

 ゼロはその光景を物陰から見て微笑んでいた。それだけで全て報われたと思った。緩みそうになる涙腺を我慢し再び歩き出す。

 だがいくらも歩かないところで脚がもつれた。もう態勢を戻す力も失われていた。あっと思った瞬間、倒れる寸前の彼を両脇から力強く支える者がいる。

 

「シグナム……ザフィーラ……?」

 

 シグナムと青年姿のザフィーラだった。2人はゼロを両脇からしっかりと抱え上げる。

 

「大丈夫ゼロ君?」

 

 シャマルも居た。ゼロに駆け寄って来る。直ぐに怪我の具合を調べ始めた。

 

「酷いっ……!」

 

シャマルはズタズタの背中を見て、その惨状に涙を浮かべていた。内出血で赤黒く腫れ上がり、酷い火傷も負っている。目を背けたくなる程だった。

 

「……た……大した事ねえよ……それより何で……此所に……?」

 

 心配させないよう痛みを堪え、平気な事をアピールし質問する。今の皆は此所には来れない筈。シグナムがゼロの疑問に答えてやる。

 

「確かに我らは今、魔導師としては戦闘に参加する事は出来ない……だが迎えに行くくらいは問題ない……クロノ執務官が許可を取ってくれたのだ……あれでは満足に動けまいとな。ぞろぞろ皆で行くのも目立つから、我ら3人で来た……」

 

「……済ま……ねえ……」

 

 ゼロは深く感謝した。感激のあまり涙腺が緩みそうになるが、激痛で紛らわせられたのは幸運だろうか。強がりでも言うかと思ったシグナム達は意外そうだ。

 

「……ウルトラマンは独りじゃ戦えないってのを……痛感したぜ……あの部隊が俺の頼みを聞いてくれなかったら、本当にヤバかった……」

 

 痛感していた。誰も仲間が居ない状況での戦いは、何と辛くて寂しく大変だった事か。ゼスト隊がいなければ死んでいただろう。

 弱々しく苦笑するゼロだが、応急の治癒魔法を施すシャマルが眉根を険しく寄せる。

 

「酷い怪我よ。早く本局の医務室に。レティ提督が手配してくれてるわ」

 

「これくらい何でも……ぐっ!?」

 

 強がるゼロだが痛みで顔をしかめてしまう。ザフィーラはそんな少年を気遣った。

 

「大丈夫か……?」

 

 背中どころか全身がズタズタだ。あれだけの攻撃をまともに受け続けたのだ。ゼロはザフィーラに笑って見せる。

 

「へへ……攻撃をまともに食らい過ぎちまったからな……でもこれしき……」

 

「喋らないで。肋が折れてる。折れた肋骨が内蔵に刺さってしまうわ」

 

 シャマルは看護師のように注意する。常人ならとっくに死んでいるレベルの怪我なのだ。

 

「……せっかくの管理世界での初陣だって言うのに……格好付かねえなあ……」

 

 ゼロは弱々しく自嘲した。シグナムは、心配させまいと軽口を叩く少年を諌める。

 

「喋るな……傷に響く……」

 

 今の彼を情けないなどと言う輩が居たら、絶対に許さん。叩き斬ってやると烈火の将は内心思うが、それは流石に言葉に出さず、

 

「格好悪くなど無い……良くやった……お前の必死に人を助けようとする姿は何より人々に刻まれた筈だ……いずれ人々も判ってくれるだろう……」

 

 残された人々を守る為、敵にも味方である筈の人々にまで攻撃されようが決して動かなかったゼロの姿は、必ず人々の胸に残ると。今は判って貰えなかったとしても、何れ……

 

「ゆっくり休めゼロ……」

 

 シグナムは満身創痍の少年を労り、優しく微笑んでいた。

 

(次はお前に、あんな想いを味あわせたりはせん!)

 

 心の中では、壮絶なまでに堅く誓うのだった。

 

 

 

************************

************************

 

 

 

 待っていたはやて達に迎えられ、本局の設備の整った医務室に運び込まれたゼロは治療を受け、上半身と頭を包帯でぐるぐる巻きにされうつ伏せに寝かされていた。

 常人ならとっくに死んでいるレベルの怪我を負っていたのだ。今はウルトラマンとしての超人的体力が身体を回復させている最中である。

 どれくらい寝ていたのか、ふとゼロは目を覚ました。枕元に付いているデジタル時計を見て、丸々1日以上寝ていたのを知った。

 お陰でまだ痛みは有るが、かなり回復して来たのを実感する。ウルトラマンならではだ。

 

「やれやれ……早速病院送りかよ……」

 

 自嘲気味にため息を吐いているとドアが開き、車椅子のはやてが1人入って来た。その表情が暗い。顔色も悪かった。心配させてしまったかとゼロは片手を挙げた。

 

「ようっ、はやて……」

 

 掠れた声で声を掛ける。それを聞いたはやての表情が明るくなった。

 

「ゼロ兄っ、目が覚めたん!?」

 

 勢い良く車椅子を動かしベッド脇に着けた。うつ伏せのままのゼロは、顔をはやてに向け笑って見せる。

 

「今さっきな……悪い……心配掛けたみたいだな……? はやて1人か……?」

 

「みんなも居るよ……今は書類書きに、一旦レティ提督の所に行っとるんや」

 

 はやては心底安堵した様子を見せる。ゼロは深刻になり過ぎないようにと、おどけた調子で情けない顔をした。

 

「全く……ドジ踏んじまったぜ……師匠達なら、もっと上手くやったんだろうけどよ……」

 

「もうっ、ほんまに心配したんやからっ」

 

 はやては横を向いて拗ねたふりをする。怒って見せたのだろうが可愛いらしい。

 

「悪い悪い……次は大丈夫だからよ」

 

 軽い調子で謝った。努めて何でもない事をアピールする。だがはやては乗って来ず、向こうを向いたままだ。機嫌直せよと声を掛けようとしたゼロだが、そこで彼女の肩が震えているのに気付いた。

 

「良かった……」

 

 はやての目からポタポタと涙が溢れていた。それだけでは収まらず、肩を震わせ大泣きしてしまう。今まで堪えていたものが吹き出したようだった。

 少年を前に泣きじゃくる少女は守護騎士達の頼もしき主でもなく、強大な魔力と聡明な頭脳で状況を打破する魔導騎士でもなく、年相応の小さな女の子であった。

 

「ったく……はやては我慢し過ぎだ……」

 

 ゼロは見当が着いた。今まで皆に心配掛けまいと大丈夫なふりをして、ずっと不安に耐えていたのだろう。守護騎士達の母親を密かに自負する少女故であった。

 ゼロは苦笑すると手を伸ばし、そっと少女の流れる涙を拭ってやる。

 

「ひぐっ……怖かった……ほんまに怖かったんや……みんなして寄ってたかって、ゼロ兄に酷い事するんやもの……!」

 

 はやては泣きながら訴えていた。『ダークザギ』にゼロが刺された時の事を思い出してしまったのだろう。あの時の喪失感と恐怖を。ゼロは安心させるように、少女の頬を撫でてやる。

 

「俺は不死身のウルトラマンゼロだぞ……これくらい何でもねえ……」

 

「うん……うん……」

 

 はやてはその手を取り、確かめるように何度も頷いていた。ゼロは少女の華奢な手を力無く握り返す。

 

「言ったろ……? はやてが婆ちゃんになって、天国に行くまで側に居るってよ……それまでは絶対にくたばったりしねえよ……」

 

「うん……うん……」

 

 あの日の約束を改めて告げる少年にはやては、泣きながらひたすら頷き続ける。安堵の涙に嬉し泣きが加わり、一向に止まらなかった。

 

(ゼロ兄はいっつも反則や……)

 

 微笑みを浮かべながら、はやては涙を流す。泣き笑いの表情になっていた。ゼロはそんな少女に、傷だらけの顔に温かな微笑みを浮かべて見せる。

 

「今度は……はやて達が俺を助けてくれるんだろ……? 頼りにしてるぜ……」

 

「うん…今度は……私らがゼロ兄を守るからな……」

 

 はやては自らに誓って、その腕をしっかりと押し抱いていた……

 

 

 

 

**************************************************

 

 

 

 

 山中に鼓膜を震わす巨獣の咆哮が木霊した。森の悪霊の化身の如く、禍々しい巨大な怪物がそびえ立つ。『復活怪獣タブラ』人間を補食する凶悪な怪獣だ。

 今正に獲物を追い詰めていた。年老いた老婆と幼い男の子がタブラの足元に倒れている。老婆は脚を怪我して動けないのだ。

 老婆は孫を逃がそうとするが、男の子は頑として聞かなかった。

 

「早くお逃げ! 私は置いて行きなさい!」

 

「やだっ! お祖母ちゃんを置いて行くなんてやだ!」

 

 男の子は泣きながら祖母を引っ張って行こうとする。だが哀しいかな、彼の小さな体ではそれは不可能だった。タブラの凶悪な牙が迫る。生臭い息が2人にかかった。獲物を捕食すべく巨大な顎が開かれる。その時だ。

 

『デリャアアアッ!!』

 

 闇夜に雄々しき雄叫びが木霊すと同時に、巨大な拳がタブラの顔面に炸裂し、巨体が吹っ飛んでいた。そして2人を守るように大地に降り立つ巨大な青と赤の超人。ウルトラマンゼロだ。

 危機一髪のところを救われた老婆だったが、ゼロの巨体を見た瞬間更に恐慌を来していた。

 

「悪魔だ! 悪魔の巨人がまだ戻って来た! 息子と嫁だけじゃ飽きたらず、今度は孫を殺しに来たのか化け物めっ!!」

 

 老婆は心底怯えた様子で幼い孫を庇って抱き締めていた。この地方には過去『ダークザギ』が現れた事があったようだ。

 ゼロは浴びせられる恐怖の声に一瞬哀しそうに俯いたが、それでも2人を守ってタブラに向かう。震える老婆と孫の元に、上空から降りて来る者達がいた。

 

「時空管理局です。救助に来ました!」

 

 はやて達八神家の面々だ。シャマルが2人を抱えて空に飛び上がり、安全な場所まで連れて行く。はやて、シグナム、ヴィータ、ザフィーラの4人はゼロの元へと向かう。

 タブラは1匹ではなかった。少なくとも6匹以上はいる。ゲートを伝って群れが現れたのだ。相手は人食い怪獣。必ず此処で食い止めなくては大変な事になる。

 

 はやて達はウルトラマンゼロと共に、敢然と怪獣の群れへと立ち向かう。はやては一番後ろに位置し長距離砲撃。ザフィーラは主の防御。シグナムとヴィータはアタッカーとして前に出るフォーメーションを組み、ゼロに合図する。

 ゼロは頼もしそうに皆に頷くと、サムズアップして見せた。

 

 

 

 

「お祖母ちゃん……あの巨人は悪い巨人じゃないよ……」

 

 シャマルに抱えられた男の子は、祖母に自分の感じたままを伝えていた。

 

「だって……とっても優しい目をしてたもん……」

 

 素直な言葉に、シャマルは嬉しげに目を細める。そして男の子は後ろで響き渡る、雄々しい巨人の雄叫びを聴いた。

 

 

 

つづく

 

 

 




※警備隊長。並行世界のダイナのヒビキ隊長のイメージです。


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第85話 少女達の願い春の桜吹雪や(前編)★

今年も夜天のウルトラマンゼロをよろしくお願いします。サウンドステージ話になります。


【挿絵表示】



 

 

 あれから数ヵ月の時が経っていた。季節はもう春である。生命の息吹が産声を上げる季節。門出の季節。それに呼応するように、はやての身体は順調に回復していた。

 アインス、ヴィータ、ザフィーラに付き添われ、海鳴大学病院に診察に来ていたはやては、石田先生に診察を受けているところである。

 

「うん凄いわよ、はやてちゃん。本当にどんどん良くなってる」

 

 石田先生は、はやての華奢な足の細かな反応を触診し終えると、小さな患者に目を細めて笑い掛けた。

 

「ほんまですか?」

 

 はやては嬉しげに、確認するように聞き返していた。

 

「足の感覚も大分戻って来てるんじゃない?」 

 

「戻って来てますねえ……」

 

 はやては確かめるように、自らの華奢な足をさする。自分でも回復が判る程だ。改めて実感が湧く。

 

「うん、この調子で行けば、きっと直ぐに全快しちゃうわね。でも早過ぎる気もするけど……」

 

 少々訝しむ石田先生だった。これ程の回復を見せる患者を今まで見た事がない。

 

「あははっ……きっと石田先生のお蔭ですよ」

 

 はやては笑って誤魔化すしかないのである。まさか闇の書の呪いが解けたのと、ウルトラマンの超能力によるものと言う訳にもいかない。

 今の彼女は、生命体として最上級の回復力を示しているのだ。まさか先生も呪いと超能力も関与しているとは思わないので、染々と微笑み首を横に振っていた。

 

「ううん……はやてちゃんが頑張ったからよ」

 

 何処かで諦めていた以前と違い、治療に前向きになったお陰だと先生は思った。それはとても喜ばしい事だと。治療には何より、本人の治りたいという意志が必要な事を石田先生は知っている。

 

「発作も無いから明日からは復学も出来るし、制服とか用具とかもう揃ってる?」

 

「はい、もうバッチリと」

 

 はやては嬉しげに返事をした。そうなのだ。明日からなのは達と同じ、聖祥大附属小学校に通う事となったのだ。

 魔法、管理局の事もある。なのは、フェイト、更には事情を知るアリサ、すずかが通学している聖祥小学校に通うのが一番良い。管理局の仕事にしてもフォローが利く。

 私立なので色々融通も利くのだ。足が完治するまで車椅子通学のはやての為に、教室を一階にしてくれた程である。グレアム提督が手続きをしてくれたのだ。

 

 石田先生は勿論魔法、次元世界の事は知らないので、純粋にこういう融通が利くのは私立ならではだから選んだのだなと思う。それよりも先生にとっては、はやてが復学出来るまでになった事が感慨深い。

 

「立って歩けるようになるにはもう少し時間が掛かるし、リハビリはきっと大変だと思うけど……一緒に頑張ろうね?」

 

「はいっ」

 

 はやては心の底からの返事を返していた。もう以前の全てを諦めていた孤独な少女ではない。やるべき事もある。やる気が伝わったのか石田先生は自然微笑んでいた。そこでふと、

 

「ああ、そう言えばゼロ君、シグナムさんシャマルさんはお元気?」

 

 最近顔を見ていないなと思ったのだ。はやては満面の笑みで応えていた。

 

「はいっ、めちゃめちゃ元気です」

 

 

 

 

 時空管理局本局の人事部提督執務室。デスクに腰掛け、眼鏡を光らせて目の前の3人を見回す理知的な女性。レティ提督である。その前にシグナム、ゼロ、シャマルの3人が居た。仕事を終え報告に来たのである。

 

「ではレティ提督……私達はこれで失礼します……」

 

 シグナムは騎士らしく、頭を礼儀正しく下げ代表して挨拶した。

 

「うん、ごめんね。結局探索に時間が掛かって、夜通し勤務になっちゃったけど色々助かったわ……お疲れ様」

 

 レティ提督は烈火の将と湖の騎士、それにウルトラマンの少年に温かく微笑み労いの言葉を掛けた。怪獣騒動があり、ゼロも変身し怪獣を撃退したのだ。

 

「いえ、ありがとうございました」

 

 シャマルが頭を下げるとゼロは、まだ暴れ足りないと言う風に腕捲りして見せる。

 

「これしき、何でもねえよレティ提督。まだまだいけるぜ」

 

「若いからそんな事が言えるのよ……おおとりさん達にも聞いているけど、最初の頃地球に来たウルトラマンの方達は無理を重ねてボロボロになっていたそうじゃない……そんな事をうちでさせる訳にはいきません。変身後の休養はしっかり取って貰います!」

 

「判ったよレティ提督……」

 

 ピシャリとやられてゼロは、苦笑して頭を掻くしかない。どうもゼロはリンディやレティといった、子供を持つ母親の女性に頭が上がらないようだ。

 シグナムとシャマルはそんなゼロを見て、くすりとする。こうして見ると、年相応の少年だ。

 

「シグナムも今日明日は休養で明後日には、ヴィータと一緒に武装隊に出向だったわね?」

 

「はい……今日には追って連絡が有る筈です……」

 

「あまり無理はしなくて良いのよ? 嘱託魔導師は仕事は選べるんだから……」

 

 守護騎士達及びはやて、アインスは何れ正式に管理局に入局するにしても、今は嘱託魔導師だ。別に無理をする必要はない。別の世界線のように、罪を犯しての奉仕職務に就いている訳ではないのだ。

 

「その辺りは大丈夫です……主のお世話に無理の無い範囲で仕事を受けていますし、嘱託の内に仕事に馴れておきたいというのも有るので……」

 

 シグナムは心使いに感謝しつつ理由を述べた。それに今は、出来るだけ実戦に身を置いておきたかった。主を守る為にも腕を鈍らせたくないのだ。

 レティはそれなら良いと頷くと、今度はシャマルに予定の確認を取る。

 

「シャマルは明後日に、ザフィーラを連れて来て支局の仕事ね。後アインスは技術局のマリーの方にと伝えておいて。知恵を借りたいそうよ」

 

「はい、アインスに伝えておきます」

 

 アインスはその知識を買われ、特別捜査官補佐以外にも本局技術部へよく呼ばれている。伊達に夜天の書の管制人格だった訳ではない。古代ベルカの技術顧問のような事も出来る訳だ。

 

「ゼロ君は明後日アースラに、クロノ執務官と一緒にね」

 

「了解したぜ提督」

 

 ゼロは嗜められても血の気が多いので、闘志満々で即答である。

 

「それじゃあ今日明日はゆっくり休んで。はやてちゃんによろしくね」

 

「お疲れ様でした」

 

「それじゃ提督お先っ」

 

 シグナム、シャマル、ゼロはそれぞれレティに挨拶すると、執務室を後にした。

 

 

 

 

「ふう……局のお仕事ってやっぱり色々肩が凝る事が多いわね……」

 

 エレベーターで転移ポートに向かう道すがら、シャマルは少々所帯染じみたと言うか、新人OLのように肩を叩いた。

 

「お前は内勤や医療班への出向が多いからな……気苦労も多いだろう……まあ色々と重宝されていると聞いたが?」

 

 今まで就職した事が無いので、色々気を使うのだろう。その点シグナムやゼロ、ヴィータは現場仕事、荒事専門の助っ人なので、あまりその辺りは煩わしくはない。

 

「そうなのかな……? お仕事はちゃんと出来てると思うんだけど……」

 

 勤めるのは初めてでも、仕事に関しては優秀である。補助と癒しを本領とする湖の騎士には、医療班は天職と言えるだろう。

 

「シグナムは、新人なのにもう現場で頼りにされてるからな。最後の方にはみんな敬語になってたぜ」

 

 ゼロはからかい半分、感心半分でシグナムの現状を話す。シャマルはやっぱりと、少し嬉しそうな顔をした。守護騎士リーダー烈火の将は、そうではなくてはと思うのだ。

 

「そんなつもりは無いのだがな……」

 

 少々不本意な烈火の将である。古武士のような佇まい、並みの男など及びもつかない腕前と来ては、美貌の女騎士と言うより歴戦の豪傑、剣豪と言う言葉がぴったりだ。

 戦いっぷりを見た局員達がそうなるのは、無理からぬ事である。潜って来た修羅場の数が違う。

 

「そう言うゼロは、意外に溶け込んでいるな……? もっと暴れるかと思っていたぞ……たまに食って掛かりそうになっていたがな……」

 

 今度はシグナムが、お返しとばかりにゼロの事をからかって持ち出す。するとゼロは決まりが悪そうに肩を竦めた。

 

「まあ嘱託だしな……現場の連中は実力主義だし、俺には判り易い……それにあの時は一応我慢したろ? 俺が無茶するとみんなに迷惑が掛かる……」

 

 やはり八神家を危ぶむ者も居る。自分が下手な事をして風当たりが強くなるのは避けたかったのだ。キレ掛けたのも闇の書の事で、守護騎士達が心無い言葉を投げ掛けられた時である。

 シグナムとシャマルは、喧嘩っぱやい少年の我慢に微笑んでいた。

 これ以上突っ込むとヘソを曲げそうなので、シャマルは話題を変えてやる。

 

「そう言えばシグナムは最近、なのはちゃんと一緒になったんでしょ?」

 

「ああ……あの子は武装隊の士官研修生な上、対怪獣戦の経験者だからな……一緒になる事がある……この間初めてゆっくり話をした……」

 

「どんな話?」

 

「取り立てて深い話をした訳ではないが、人となりはわかった……ゼロの言った通りの子だったな……」

 

「良い子だろ? ああ見えて根性スゲエんだぜ」

 

「ふっ……超獣やビーストとやり合い、暴走したアインスに独り立ち向かった程だからな……」

 

 シグナムは同意して頷いていた。確かに年相応のところは有るが、芯がしっかりしていると言うか、いざとなると肝が座っている。言うなれば漢女である。

 

「ヴィータちゃんは相変わらず、なのはちゃんに突っ掛かってばっかりだけどね……」

 

 苦笑するシャマルの言葉に、シグナムは顔を合わせた時の2人のやり取りを思い返し苦笑する。

 

「私は何だかんだであの2人、仲が良いと思うぞ……?」

 

「確かにな……見ててほっこりする」

 

 ゼロも何かとかまおうとするなのはに、わあわあ文句を言うヴィータを思い出し微笑していた。じゃれあっているようで微笑ましいのである。

 

 そんなこんなでゼロの初戦を除き、各自順調に管理局で仕事を始めていた。

 フェイトは執務官候補生として正式に管理局に入局し、アースラに配属されている。ユーノは入局こそしていないが『無限書庫』の司書を任されている。

 今回のように、あれからも怪獣は散発的にだが出現していた。対怪獣戦を何度も経験している八神家は、頼りにされているのだ。

 嘱託の特別捜査官補佐としてゼロも共に出動し、ウルトラマンゼロに変身、既に数匹を撃破もしくは元の世界に送り返している。他のウルトラ戦士達も同様だ。

 次元世界の人々は、現れる怪獣とウルトラマン達に戸惑っている最中と言うところか。

 

「そう言えばヴィータとアインス、ザフィーラは主はやてと一緒だったか……?」

 

 ヴィータで思い出したシグナムは、シャマルに確認の意味で訊ねていた。

 

「うん、一緒に病院に行ってる筈よ」

 

 

 

 

 はやての診察を待つ間、子犬フォームのザフィーラは、同じく病院に来ていた中学くらいの少女達に揉みくちゃに撫で回されていた。ご近所の顔見知りである。

 それをニヤニヤしながら見ているヴィータと、微笑ましそうに見ているアインスである。

 しかしザフィーラ本人は非常に困っていた。2人共犬好きなようで、もうさっきから離してくれない。流石に耐えきれなくなり、ヴィータとアインスに思念通話で訴えた。

 

《むおっ? ヴィータ、アインス……何とか此処を抜け出せないか……?》

 

《我慢しろ。ご近所の方達との親交を深めるのも良い事だぞ?》

 

《蒼き狼よ……まあ良いじゃないか……お前のそんな姿が見られて私は嬉しく思う……》

 

 ヴィータはニヤニヤしながら、アインスは素で嬉しそうにザフィーラにとって非情な言葉を思念通話で返す。

 

《試練だなっ……むぐっ!》

 

 そう言われてはザフィーラも逃げる訳には行かない。守護の獣はとても律儀なのだ。ここで逃げ出しては申し訳が立たないと。そして過剰なまでのスキンシップに耐えるのである。

 するとザフィーラを撫でている少女がヴィータに何の犬種か聞いてきた。

 

「ザフィーラって何の犬種だっけ?」

 

 訊かれたヴィータは首を捻り、ザフィーラに訊ねていた。今まで気にした事もないので判らない。

 

《そんな産まれる前の事を覚えている訳がないだろう……むむっ?》

 

 ザフィーラはごもっともな返事を返す。ヴィータは今度はアインスに尋ねてみる。祝福の風は少し考えた後に、ポンッと手を叩いた。

 

「うん……ザフィーラは確か、ベルカイェーガーハウンドだった筈だ……」

 

「成る程……ベルカイェーガーハウじゃなくて……ベルカイェーガー犬です」

 

「聞いた事無い犬種ねえ? 珍しいって事ねっ? おおっ、よしよしっ」

 

 ザフィーラの苦悶の声を他所に、ヴィータは小春日和の晴れた空を見上げ両手を挙げて伸びをする。アインスも同じくのんびりと空を見上げた。

 

「ふああ……何だか良い陽気だなあ……」

 

「まったくだ……」

 

 2人はほのぼのと、のほほんと呟いていた。ザフィーラはまだ解放して貰えそうにない……

 

 

 

******

 

 

 

 次の日。休みだがゼロは少し本局に用事があって、クロノの元に来ていた。用事を話しているとクロノの端末に呼び出しランプが点り連絡が入る。フェイトからだった。

 

「花見……?」

 

 すずかの伝で見事な桜が咲いている場所を確保出来るので、アースラクルーやお世話になった人達を呼んで、盛大に花見をしようという事になったらしい。日程は次の土曜日。

 

「花見か……そう言やあ、去年は人が多くてはやてが大変だから、ちゃんと花見をしてなかったな……」

 

 ゼロは去年の事を思い返す。花見が出来るような場所は混雑が激しい。あれだけ人が多くては車椅子のはやては大変である。去年はそれで断念したのだ。

 

「僕は土曜はデスクワークだから、少しくらいの外出なら大丈夫だ……」

 

「家も土曜は全員休みだから大丈夫だな。よしっ、クロノ本格的な花見を堪能するとしようぜ」

 

 ゼロは俄然張り切っている。全力で花見を楽しむ気だ。何処かズレている気もするが……

 

「僕もあまり判ってないからな……教えてくれるかい?」

 

「任せておけって!」

 

 胸を叩いて威勢良く請け負うゼロだった。だがこの男に教わって、果たして大丈夫なのだろうか。クロノはゼロの地球の知識がまだ怪しいのを知らない。まあクロノなら途中で気付くであろう。

 

「後は誰が来るんだ?」

 

「なのは達は発案者だから当然として、後は艦長にレティ提督にグレアム提督、リーゼ姉妹にユーノ、ミライさん、アースラクルーに武装隊、それに魔法関連の事を知っている向こうの人達だそうだよ……そうそう、はやての主治医の先生にも声を掛けるそうだ」

 

「大所帯ってやつだな……良しっ、土曜は存分に地球の風流を味わうぜ!」

 

 無駄に気合いを入れるゼロである。クロノは苦笑するしかないのであった。

 

 

 

*************************

 

 

 

「もう~っ、私の居ない間に、そんな愉しそうな事お~っ!」

 

 買い物から家に戻ったシャマルは悶えていた。別に変な意味ではない。自分の居ない間に皆で、はやての着せ替えならぬ、届いた聖祥小学校の制服の試着を始めようとしていたからである。

 ゼロは用事が有ると出たきり、まだ帰って来ていない。

 

「シャマルは制服オーダーする時の、サイズ合わせで見たろ?」

 

 ヴィータは不満そうなシャマルを見て面倒くさそうに返答するが、湖の騎士は頬を膨らませる。

 

「だって家で見るのは、また違うんだもん」

 

 もんじゃねえよ、年考えろよ年と言おうとするヴィータの言葉は、はやてによって辛うじて遮られた。

 

「まあ調度着替えるところやから……よいしょっと」

 

 制服に袖を通しながらシャマルを宥める。その様子を眺めながら、シグナムは表情を曇らせた。

 

「しかし心配ですね……学校に行っている間、何もお手伝いが出来ませんし……」

 

「我が主本当に大丈夫ですか……? 何でしたら私がこっそり着いて行きますよ?」

 

 アインスが極端な事を言い出す。心配なのは判るが、それでは不審人物として通報されてしまうのではないだろうか。

 

「う~ん、まあ心配要らへんよ。元々大抵の事は一人で出来るんやし」

 

「まあそうかもしんないけど……」

 

 ヴィータもやはり心配である。寂しさもあるのだろう。

 

「なのはちゃんやフェイトちゃん、アリサちゃんすずかちゃんも一緒やし、頑張って小学生やってみるよ」

 

 笑顔で小さくガッツポーズをして見せる主に、皆は心の底からエールを送る。そうしている間に、はやては最後に胸元のリボンを締めた。

 

「う~ん……これで完成かな?」

 

 白を基調とした制服姿のはやてが其処に居た。栗色の髪が制服によく映える。元が可愛らしい美少女なので、白い制服がとても似合っている。

 

「ああ~、やっぱり可愛い……」

 

 シャマルは目をキラキラさせて見入っている。シグナムも自然表情を綻ばせていた。

 

「ああ……良くお似合いです……」

 

「我が主……とてもよくお似合いでず……」

 

 アインスは感極まって、落涙までしてしまっている。

 

「はい、鏡」

 

「はやてちゃん、ご感想は?」

 

 ヴィータが持って来た姿見に映った自分を見て、はやては少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに口を開く。

 

「うん……すずかちゃん達とお揃いや……」

 

 胸がいっぱいで、自分でも芸が無いなと思うような感想を言っていた。友達と同じ制服を着て学校に行く。それは想像以上に胸を沸き立たせた。

 やはり自分は学校に行きたかったのだなと、改めてはやては思った。病気が治らないと思っていた頃は縁の無いものと自分に言い聞かせ、諦めていたのが今はよく判る。

 

「ご立派です我が主……」

 

 狼ザフィーラも染々とした様子で、主の制服姿を彼らしい言葉で賞賛する。

 

「おおきにな……」

 

 はやてはザフィーラの蒼い毛並みを撫でていた。家族に祝福される幸せを噛み締める。撫でながら、まだ帰って来ない少年の事を思い浮かべていた。

 

「ゼロ兄早く帰って来ないかな……?」

 

 そう呟いた時、インターフォンがタイミングよく鳴った。だがゼロなら鳴らす訳がない。鍵を開けて入って来る筈だ。ならばお客さんであろう。

 

「はい、は~い」

 

 近所の人かと思いシャマルが玄関のドアを開けると、其処には30台程にも50代程にも見える、緑系の服を着た年齢不詳の優しげで上品な女性が立っていた。

 シャマルは不思議な感覚を味わう。初めて逢ったにも関わらず、何処かで逢った気がする。不思議な女性だった。

 永く生きて来たシャマルが、何故か母親というものを連想していた。女性は頭を深々と下げると自己紹介する。

 

「初めまして、マリーと言う者です」

 

「あっ、どうも……」

 

 ボ~としていたシャマルは我に帰り、慌てて頭を下げる。お世話になっている、技術部マリエル技官の愛称と同じだなと思う。

 女性は日向のように微笑むと、とんでもない台詞を言い出した。

 

「ゼロの父セブンの叔母で、ゼロの大叔母に当たる者です……ゼロがお世話になっています」

 

「マリーさん、ゼロ君の大叔母って事は……まさか『ウルトラの母』さんですかぁっ!?」

 

 シャマルはびっくりして、思わず素っ頓狂な声を上げていた。母の事はゼロから聞いて知っている。『光の国』銀十字軍のトップ、ウルトラの母が訪ねて来たのだから無理もない。それも普通に玄関から。

 

「どうしたシャマル……? 妙な声を出して……」

 

「どないしたん?」

 

 何事かと皆玄関に集まって来た。シャマルはあたふたしながらも、辛うじて目の前の女性を皆に紹介する。

 

「こっ、こちら……マリーさん。ゼロ君の大叔母さんのウルトラの母さん、マリーさんです!」

 

「えええっ!?」

 

 全員の目が、揃って見事に丸くなった。

 

 

 

***

 

 

 

「帰ったぞお~」

 

 帰って来たゼロが玄関のドアを開けると、見知らぬ靴がある。お客さんかとリビングに上がったゼロの目に、ソファーに座って見知らぬ中年女性の話を真剣に聞く皆が入った。何気なく客に声を掛ける。

 

「いらっしゃ……えっ? ウルトラの母あっ!?」

 

 気付いて鋭い目を丸くし、シャマルと同じく素っ頓狂な声を上げていた。

 

「久し振りねゼロ……元気にしていた……?」

 

 ウルトラの母マリーは立ち上がると、慈しむように甥の息子、姉の孫の手を取る。ゼロは照れ臭そうだ。

 

「どっ、どうして此方に……?」

 

「ちょっとアインスさんの体調を見にと、あなたの様子を見に来たのよ」

 

 その眼差しは孫を慈しむ祖母のようである。ゼロは亡くなった姉の孫にあたる。本当の孫のように思っているのだろう。ゼロは照れ臭いのか落ち着かない。

 

「そっ、そうか……で、アインスは大丈夫なのか?」

 

「今のところ特に問題は無いわ……時々様子を見に来るわよ」

 

「そうか……」

 

 ゼロはホッと息を吐く。ウルトラの母がわざわざ来たので、何か有ったのではないかと思ったのだ。母はにっこり微笑むと改めてゼロを見詰める。

 

「うん……人間体の顔色も良いわ。しっかり食べてるようね? でも数ヶ月前にかなりのダメージを受けたようね……?」

 

 会った瞬間、ゼロの細かな体調チェックをしたようだ。ファイヤーゴルザ戦のダメージの事をピタリと当てる。流石はウルトラの母である。

その後も細々とした話をゼロと交わした母は、いとまを告げる。

 

「じゃあ、ゼロの顔も見れたし、そろそろお暇するわ」

 

「えっ、もう帰るのか……?」

 

 その表情が少し寂しそうになる。もう田舎に帰ってしまう祖母を慕う孫のようだった。

 

「他にも寄る所も有るし、向こうも色々忙しいからね……」

 

 ウルトラの母ははやて達にチラリと視線をやる。全員が頷いていた。ゼロは妙な気がしたが、特に何も無いようなので気のせいかと思う。

 そしてウルトラの母は風のように帰って行った。見送った後ゼロは、何気なくはやてに訊ねていた。

 

「何話したんだ?」

 

 はやてはにっこり笑みを浮かべて見せる。

 

「……うん……色々とね……それよりマリーさんって、何かお母さんって感じやね……」

 

「まあ銀十字軍のトップで、ウルトラ戦士皆のお袋みたいなもんだからなあ……」

 

 やはり皆にもそう思えるのかと感心していると、シャマルがはやての着ている制服を示す。

 

「そうそうゼロ君、どう? はやてちゃんの制服姿」

 

「おおっ! そう言えば。良く似合ってるぞはやて。可愛いな」

 

 突然の母の来訪にびっくりしたので、気付くのが遅れた。ゼロは素直な感想を述べる。ここまで回復したかと思うと感慨深い。

 

「そ……そう……?」

 

 はやては照れて赤面してしまい下を向いた。そのまま明日の学校の話となり、結局ウルトラの母の話はそこで終わった……

 

 

 

**************************************************

 

 

 

 そして土曜日。皆の願いが届いたのか、空は綺麗に晴れた。風は少し冷たいが日射しは暖かく、絶好の花見日和だ。

 辺りは満開の桜の木が数多く生え、薄ピンクの花弁が華やかに場を彩っている。見事なものであった。

 すずかの伝で使わせてもらう場所は私有地らしい。他に花見をしている者はいない。だからと言って閑散としている訳ではない。

 結局アースラクルー、武装隊も含めて、総勢50人近く集まっていた。カラオケも持ち込まれ、もう飲み始めている者もいる。

 幹事のエイミィとなのはの姉美由希が挨拶し、乾杯の音頭をリンディがとる。今集まっている人々は、全て時空管理局と次元世界について知っているのでその事にも触れる。

 後で来る石田先生だけ知らないが、その辺りはとある会社の行事という事で秘密にする事になっている。

 

「乾杯っ」

 

 ビールの入ったコップを掲げたリンディの合図に、皆一斉に乾杯を唱和する。わいわいと早速あちこちで始まった。

 賑やかである。満開の桜の花が咲き誇り、花弁がひらひらと春の穏やかな大気を舞う光景は、何とも華やぐものだった。それに人々の愉しげな様子が加わり、ちょっとしたお祭り騒ぎである。

 賑やかに花見を堪能する中、何処か愁いを帯びた少女の透き通った歌声が桜並木に溶けるように解けて行く。フェイトだ。

 歌が上手い。見事なものであった。拍手喝采の後、シグナムは歌い終わったフェイトの歌を誉めていた。意外にシグナムは良い歌を聴くのは好きならしい。無骨一辺倒ではなかったようだ。

 また聴かせてくれるよう頼むと、フェイトは照れながらも了承していた。

 

 フェイトと話を終えたシグナムが、少し風に当たろうかと思った時だ。透明感のあるシンセ音が流れ、エレキギターの激しい前奏が流れる。

 見ると先程からミライと一緒に姿が見えなかったゼロが、勧められるままにマイクを手にした所である。少々困惑していたようだが、ノリと勢いのままに歌い始めた。

 

「fly high!」

 

 ゼロに歌が歌えるのかと思っていたシグナムの耳に、何処か哀愁を帯び情熱的な歌声が響いてきた。烈火の将は桜の樹に身を預け、ゼロの歌に聴き入る。

 

 それは一人の戦士が悩みながら旅をし、守るべきものを見付け闘志を燃やす。そんな姿を連想させる歌であった。

 自分自身の戦いが込められているようだ。どれだけ苦しい状況に陥っても前に突き進もうとする強い意志が感じられる歌。

 シグナムはふと、これからのゼロを示しているようだと思う。だが自分にも当てはまるようだった。もう1人の自分。恐ろしい腕を持つ『シグナム・ユーベル』打倒を誓う身としては。

 

 烈火の将は目を閉じ、少年の唄に聞き入る。熱唱、囁くような台詞の部分。ゼロは自在にそれらを情感たっぷりに唄う。シグナムはその唄に身を委ねた。

 

 ゼロの歌が終わった。ノリの良い曲なので盛り上がっている。武道館満員にできるぞ! などと言ったメタな声を受け、ゼロは照れ臭いのかそそくさとマイクを次の者に渡してその場を離れると、余韻に浸るシグナムの姿を見付けて此方にやって来た。

 

「何かノリでつい、引き受けちまったよ……」

 

 ゼロは頭を掻き、つい言い訳じみた事を言ってしまう。照れ屋の彼らしい。シグナムは微笑し少年の唄を誉めていた。

 

「良い歌を聴くのは好きだ……ゼロ……お前の歌は人を奮い立たせるものが有るな……テスタロッサにも言ったが、良かったらまた聴かせてくれるか……?」

 

「しっ、仕方ねえなあ……気に入ったってんなら、また聴かせてやるよ……」

 

 ゼロは誉められて少し照れ臭そうだったが、承知していた。そこでシグナムは、ふと気になった事を聞いてみる。

 

「しかし……堂に行ったものだったな……歌の指南を受けた事でもあるのか?」

 

 音程も正しく、基本がしっかりしていたように思えたのだ。フェイトは魔法の師匠でもある『リニス』に教わったそうだが。ゼロも誰かに教わったのではないかと思ったのだ。歌を誰かに教わるゼロ。正直意外である。

 

 するとゼロは遠い目で、桜の花弁が舞う空を見上げた。懐かしむような申し訳ないような、哀しそうでもある複雑な表情。少しして自嘲気味にシグナムを見やり、ポツリと口を開いた。

 

「親友にボイスって奴が居てな……そいつに教わったんだ……俺と同い年で音楽教師をしてる……」

 

 ゼロと同い年と言う事は高校1年程。それで音楽教師とは優秀なのだろう。

 

「あいつにも、迷惑かけちまったなあ……」

 

 ゼロは再び深くため息を吐いていた。それは後悔してもしきれない友への謝罪……

 

「修行が終わって光の国に帰った時よ……あいつ……俺が『プラズマスパーク』に手を出すのを止められなかったって、気付いてやれなかったってしきりに謝るんだよ……」

 

 ゼロは思い返す。罪を許され『光の国』に戻ったゼロを一番に待っていたのはボイスだった。彼は親友を抱き締め、済まない済まないと繰り返し何度も謝った。

 ゼロはそれは此方の台詞だと返すが、ボイスは首を静かに振り否定していた……

 

 肩を振るわせる友を宥めながら、ゼロは改めて自分が如何に周りに心配を掛けていたか思い知ったものだ。

 ゼロは満開の桜の木の樹の根元に座り込み、膝を抱えていた。申し訳なさが甦り居たたまれなかったのだ。

 

「思い知ったよ……こんなにも心配掛けていたのにも気付かなかった……情けねえ……色んな人に迷惑を掛けたんだよなあ……」

 

 膝に顔を埋め独り言のように呟いていた。シグナムはそんな少年を見て、無性に哀しくなってしまう。烈火の将は、膝を抱えるゼロの肩を力付けるように叩いていた。

 

「これから恩を返して行け……友に誇れるようにな……」

 

 慰めの言葉ではない。同情でもない。甘やかしでもない。同調して優しい言葉の一つも掛けられない自分を、シグナムは自覚している。たが不器用な彼女なりの精一杯の激励であった。

 

「ありがとよシグナム……やっぱりシグナムは優しいな……」

 

 顔を上げたゼロは、感謝を込めて礼と素直な気持ちを告げていた。

 

「なっ、何をまた馬鹿な事をっ!?」

 

 ストレートな言葉にシグナムはドキリとしてしまい、弾かれたように後退り反射的に否定の言葉を返していた。鼓動が高まっているのが自分でも判る。

 

「俺が落ち込んだ時……何度も励ましてくれた……危ない時も空かさずフォローしてくれる……本当にシグナムには世話になってばっかりだな……」

 

 ウルトラマンの少年には、彼女の言葉の奥に込められた優しさが判っていた。改めて烈火の将に感謝の言葉を送る。

 

(何でお前は……そうなんだ……)

 

 自分が絶体絶命の時来てくれたのは、本当に打ちのめされ、どうしたら良いか分からなかった時に俺が居ると励ましてくれたのはお前だと不器用な女騎士は思うが、口には出せなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 少年の真摯な眼差しと言葉に、シグナムは背を向け顔を明後日の方に向ける。その顔が赤いのは、果たして酒のせいか……

 

「わっ、私は優しくなどない……優しいのはお前だ……私などよりずっと……」

 

 顔を背けたまま治まらない高鳴る鼓動を誤魔化すように、シグナムは辛うじてそう返していた。他人の為に何時もボロボロになるまで戦っているのはお前だと。

 

「んっ、んな事ねえよっ」

 

 ゼロは焦る。2人の間に、何ともむず痒い空気が流れたようだった。シグナムは言葉に詰まり、ゼロの顔をまともに見られない。するとである。いきなり後ろから2人の肩が抱かれた。

 

「将ぉ……ゼロぉ、どうした?」

 

「アッ、アインス!?」

 

 シグナムはギクリとする。アインスが真後ろに立っていたのだ。話に集中して2人共、全く気付かなかった。シグナムはアインスの様子に眉をひそめる。

 

「お前……酔っているな?」

 

「酔ってなど……いないぞ~っ、将ぉ……」

 

 どうもレティに飲まされたようだ。足元が少々怪しい。明らかに酔っている。レティは底無しなので、まともに付き合うと身が保たないのだ。

 アインスは酔っていないアピールをすると、立ち上がったゼロの正面にふんすっとばかりに立ち、肩をガシッと掴んでいた。

 

「ゼロぉ~っ、将は昔からこんな感じだからなあ~、でもとても一途だし可愛い所も有るんだぞ? 主共々くれぐれもよろしく頼む~っ」

 

「なっ、何を言ってる!?」

 

 まるで嫁に貰ってくれと言っているような感じである。シグナムはたいへん慌ててしまった。ゼロは異様な迫力に押され頷いていた。

 

「おっ、おう、判った」

 

「お前も下手に安請け合いするな!」

 

 訳も判らず引き受けたゼロを、シグナムは顔を真っ赤にして一喝していた。ウルトラマンの少年は目をパチクリさせキョトンとするしかない。アインスはそんな2人を愉しそうに見ている。

 酔っ払いンスのお陰で色々グダグダである。そんな3人の周りを優雅に花弁が舞う。

 

 満開の桜の中、様々な話し声と酒と食べ物の香り。宴会独特の賑やかな匂い。それに誘われて、お呼びでないものが近付いていた。

 

 

 

つづく




※ボイスはライブステージ、ウルトラファミリー大集合に出たゼロの親友です。ブルー族でスーツも有ります。
次回後編でお会いしましょう。


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第86話 少女達の願い春の桜吹雪や(後編)

色々忙しく、此方では4月に公開のウルトラ10勇士を観れないかもしれません。(涙)
しかし10勇士だとゼロが自在にシャイニングになれるようですね。反則だなあ。
時系列的に10勇士は、夜天で最終回後辺りになるかと思います。本編でシャイニングの力を自在に使えたら強すぎますからね。


 

 

 

 それは顔が長かった。間抜けな程長かった。確かに巨大だ。だがその巨体に恐怖心を覚える前に致命的な点があった。顔が全く怖くないのである。

 巨大な瓢箪をぶら下げた間抜け面のそれ……

 愉しげな声と酒の匂いにつられてそれは歩き出した。ヒョコヒョコと千鳥足で……

 

 

 周囲に肉や野菜が焼ける良い匂いと、スパイスの香しい香りが漂っていた。クロノが独り、キャンプ用の大型鉄板で懸命に焼き物と格闘しているところだ。通り掛かったゼロはその良い匂いに引き付けられる。

 

「よう、クロノ美味そうだな。独りでやってんのか?」

 

「言い出しっぺのエイミィが、何処かへ行ってしまったんだよ……」

 

 クロノはやれやれと肩を竦めた。苦笑するゼロだが、そこで表情を改める。

 

「色々バダバタして後回しになっちまったけど……親父さんの事済まなかった!」

 

 ゼロは深々と頭を下げていた。何故ゼロが謝るのかと一瞬クロノは思ったが、直ぐに察した。彼は守護騎士達の家族の一員として、遺族であるクロノに謝罪しているのだと。

 

「聞いたよ……みんなは俺が里帰りしていた時に、もう謝罪しに行ったそうだ……だから俺も……」

 

「良いって言ったんだけどね……」

 

 クロノは苦笑する。実際彼の父クライドを殺したのは『ダークザギ』だ。しかしそもそもの原因を作ったのは自分達だと、はやてはアインスと守護騎士達と供に、クロノとリンディに謝罪しに行ったのである。

 ゼロもはやてと同じだ。守護騎士達家族の罪は、自分達も背負うと決めている。だから何を言われても短慮を起こしたりしない。

 クロノと一緒の仕事の時は他に誰かが居たので、中々言い出せず機会を窺っていたようだ。

 それが判ったクロノは、頭を深く下げ微動だにしないゼロの肩を優しく叩いていた。

 

「判った……君の謝罪も受け入れるよ……」

 

「ありがとうクロノ……」

 

 ゼロは改めて深々と頭を下げた。本人は自己満足だと思っているが、お人好し故であった。本当に済まないとの気持ちからだ。

 悪ぶってはいても、やはりゼロは根が善良過ぎる程お人好しである。全身全霊で我が事のように謝罪しているのだ。

 それを察したクロノは、再び頭を下げたままのウルトラマンの少年に頭を上げるように促す。

 

「いいんだ……頭を上げてくれ……それにね、更に確信を得た事が有るんだ……」

 

「確信……?」

 

 ゼロは顔を上げ、少年の顔を見る。クロノは自嘲気味に目を伏せ口を開いた。

 

「恨みが全く無かったと言ったら嘘になる……執務官目指してがむしゃらに進んだのも、何処かに恨みの感情も有ったんだろう……でもね思い知ったよ……憎しみの連鎖は馬鹿げてる。何も生まないってね……」

 

 その言葉は上っ面ただけでは無い。深い実感が籠っていた。

 

「それを教えてくれたのは他でもない、今回の事件だったんだよ……」

 

「今回の事件……?」

 

 ゼロは意外に思い聞き返していた。クロノは父の身体をした魔神の言葉を思い返す。

 

「勝手に人によって造られ害悪とされる……造られた方は何と思う。そして身勝手な人間をどう思う……ザギが闇の書に関してふと洩らした言葉だよ……

 同じく人により造られたザギの言葉は、人間への断罪の言葉だったんだんじゃないかと思う……そして僕は過去の闇の書のデータを見てそれを痛感した……」

 

 クロノはあの時のザギの言葉を改めて反芻する。

 

「ザギは言ってみれば意思を持ったロストロギア……全てのロストロギアの代弁だったのかもしれない……人に造られしものの……」

 

 ザギを造り上げた来訪者の星は既に無く、僅かに逃れた彼等は既に実態を持たない存在だ。ザギは管理世界でのロストロギアそのものである。

 

「データで見たけど、ザギは恐怖への産物だね……スペースビーストに脅え、せっかく『ウルトラマンノア』によって救われた世界を自分達で滅ぼす事になってしまった……

 ロストロギアもそうだ。戦争に勝つ為に、他者への脅えに、他への恐怖が恐ろしい破壊兵器を産んだ……そして幾つかの世界は来訪者の星と同じく滅んでしまった……」

 

「血を吐きながら続ける、哀しいマラソンか……」

 

 ゼロは以前、父ウルトラセブンより聞いた言葉をポツリと呟いていた。

 

「言い得て妙だね……」

 

「親父からの受け売りだけどよ……」

 

 クロノはピタリと当て填まる言葉に感心して頷いていた。自滅の道しか無い死ぬまで踊り続ける哀れな道化師。

 

「だから僕らはそれを断ち切らなければいけない……また旧世代のように繰り返しちゃいけないんだ……その為の時空管理局……創設時の理念を貫きより良い世界を目指すのが僕達の使命……例えままならなくても、思うように行かなくとも僕はそうしたい……」

 

 時空管理局も必ずしも理想通りにとは行かない。巨大な組織故の弊害も確かにある。だがそう言うものだと諦めて流されたりはしない。これから変えて行く。そんなクロノの覚悟が伝わって来るようだった。

 

「クロノ……」

 

 ゼロは思う。このような人々が居る限り、心に光を持つ人々が居る限り、自分達ウルトラマンは共に戦えると。クロノは少し照れたのか、オーバー気味に出来上がった焼きそばを豪快に紙皿に盛り渡す。

 

「さあ、深刻な話しは終わりだ。さあ食べてくれ、士官学校特製焼きそばだ」

 

「おうっ! 此方のも食ってくれよ。もうすぐ出来るからな」

 

 ゼロは大盛りの特製焼きそばを受け取り、早速景気良くかっ込んだ。日本の焼きそばとはまた趣の違う、スパイスの効いた独特の味。

 

「美味い!」

 

 ゼロは満面の笑顔で焼きそばを頬張った。

 

 

 

 

「この匂いは……」

 

 何時ものように構ってきて、頭を撫でてくるなのはに文句を言っていたヴィータは、花見の席で嗅ぐのは珍しい匂いを嗅ぎ付け文句を言うのを止めた。なのはも判ったようで、首を傾げる。

 

「カレーの……匂い……?」

 

「だよね……?」

 

 2人のやり取りを微笑ましく見ていたユーノも頷いた。匂いに引き寄せられ3人はトコトコ匂いの元を辿ってみる。少し歩くと離れた場所で、ゼロとミライがしゃがみ込んで何かやっているのが見えた。

 

「ゼロ、ミライさん、それひょっとしてカレー?」

 

 ヴィータが声を掛けると、ゼロはバツの悪そうな顔をする。

 

「見付かっちまったか」

 

「やっぱり匂いで判ってしまうね」

 

 ミライは苦笑した。見るとキャンプ用ガスコンロを使い、大鍋でカレーを作っているところだった。シンプルな豚肉に野菜のカレーだが市販のルーではなく、色々拘っているらしくとても良い匂いがする。

 しかし花見でカレーを作るとは、やはり何処かズレているウルトラ戦士2人であった。

 

「メビウ……ミライ先輩特製、GUYS Japan特製カレーだぜ」

 

 ゼロは自分の事のように得意気に話す。ヴィータは違和感を感じた。何だろうと考えると思い当たる。

 

(あっ、ミライさんの事、先輩って言ってらあ)

 

 目上の者だろうが、基本タメ口のゼロが先輩を付けているのだ。からかってやろうかと思ったヴィータだったが止める。

 

(考えてみれば、ミライさんが居なかったらアタシらどうなっていたか……)

 

 それは想像したくもない事である。メビウスが『光の国』に援軍を頼んでいなかったら『ダークザギ』は倒せなかった。

 ゼロも恩義に感じているのだろう。感謝も含めて先輩なのだ。その辺りも察してヴィータは聞き流す事にする。

 話はカレーに戻るが、ユーノは以前ミライがカレーを食べた時の反応を思い出した。感極まって落涙していたものである。

 

「ミライさんには、思い入れのある食べ物なんですか?」

 

「うん……僕にはとても懐かしいものなんだ……地球に居た時に、大切な仲間に教わったんだよ……」

 

 ユーノの問いに、ミライはひどく懐かしそうな表情を浮かべていた。もう会う事は出来ない素晴らしき仲間達。正体を知っても尚、共に戦ってくれた掛け替えのない戦友達。

 

「先輩……」

 

 ゼロは心中を察し声を掛けていた。ヒロトを送り返した時が永の別れだったのだ。元の世界では既に数千年の時が流れている。リュウ達GUYSメンバーは既にこの世に居ない。

 

「確かに皆にはもう会う事は出来ない……でも僕の胸の中にはリュウさん達は生きている……どんなに時が経とうともそれは変わりはしない……」

 

 ミライは力強く微笑んでいた。その笑顔は強がりなどでは無い。本当なのだろうとゼロは自然に思えた。どんなに時が過ぎても途切れはしない絆。何と素晴らしいものか。

 自分達もそう在りたいとゼロは思った。何れミライと同じ事を味わう事になる筈だ。数万年以上を生きるウルトラマン。はやても守護騎士達も先に居なくなるだろう……

 守護騎士達の転生機能は、防衛プログラムを切り離した際失われたと聞く。もう不老不死ではない。はやてが死ねばもう再生は出来ない。皆が居なくなるその時、自分は果たして耐えられるのか……

 

「何だしんみりして、ゼロらしくないぞ?」

 

 ヴィータはからかうように、元気が無くなったゼロの顔を覗き込む。

 

「そっ、そんな事ねえよ……」

 

 ゼロは内心の揺れを見透かされるのを恐れ、ぶっきらぼうに返す。するとヴィータはニッコリと微笑んだ。深い微笑みだった。

 

「大丈夫だよ……みんなそう簡単にゼロだけ置いてったりはしないよ……」

 

 ゼロはハッとする。千年近く不老不死のまま人の生き死にを見てきたヴィータには、ゼロの気持ちが判ったのだろう。似合わない事を言ったと思った鉄槌の騎士は、照れ隠しで胸を張る。

 

「ありがとよヴィータ……」

 

 胸を張るヴィータの頭を、ゼロは兄が妹にするように優しく撫でていた。鉄槌の騎士は照れ臭そうな顔をする。それをなのはがじっと見ていた。

 

「なっ、何見てんだよ!? 」

 

「私にも素直に撫でられてよお~っ」

 

「やなこった!」

 

 微笑ましそうかつ、ゼロに羨ましそうな視線を注ぐなのはに、ヴィータは文句を垂れていた。

 

 

 

 

 カレーは後は煮込むだけになったので、ゼロは少し桜並木を見て回ろうと1人ゆっくりと歩き出した。すると後ろから息せき切り走って着いて来る者がいる。フェイトだった。

 

「どうしたフェイト?」

 

 追い付いた彼女は、ゼロの前に立つと呼吸を整える。深刻な話かと思ったが、その表情は晴れやかでとても嬉しそうであった。

 

「どうしても報せたい事があって……」

 

「報せたい事……?」

 

 不思議そうなゼロに、フェイトは落ち着く為かもう一度深呼吸すると口を開いた。

 

「私……リンディ提督の……リンディ母さんの子供に……ハラオウン家の子になります」

 

「そうか……」

 

 ゼロは思い返す。フェイトに言った事を。とことん話し合ってみろと伝えた時の事だと察する。自分も光の国に帰った後、父セブンと色々な事を話した。それが一番だと思ったからだ。

 そして彼女は考えた末に、リンディ達に自らの不安と姓への拘り、心の内を全て打ち明ける事を決心し、納得するまで話し合ったのだ。それは家族への第一歩でもあったろう。

 

「私の今の素直な気持ちをリンディ母さん達に話しました……この家の子になりたいって……リンディ母さんは、姓も捨てる事はないって、そして私を抱き締めてくれました……クロノもエイミィも、本当の兄さんと姉さんだと思えって……」

 

 フェイトは涙ぐみながらリンディ達との顛末を語った。彼女は遂にハラオウン家の娘になる事を決心したのだ。

 

「ゼロありがとう……」

 

 感謝を込めて少女は頭を上げる。ゼロはとても慌ててしまった。

 

「俺はとことん話し合ってみろと言っただけだぜ……? 余計な事だったかもな……リンディさん達なら、俺が何か言わなくても大丈夫だったろうし……」

 

 困り顔でそう言うしかない。決めたのはフェイトだ。自分は助言しただけ、結局決めるのは本人なのだと。そんな照れ屋な少年にフェイトはクスリと笑ってしまうが、そこで表情を改めた。

 

「すいません……私の事ばかりで……それにゼロにはまだ謝っていない事が有ります……」

 

「えっ? 別にフェイトに謝られる事なんか……」

 

 覚えが無いゼロは首を傾げる。フェイトは首を振った。

 

「あの時……私が『ヤプール』に騙されてプレゼントを持って行った時の事です……」

 

「ああっ」

 

 思い出したゼロはポンッと手を叩いた。だがあれはプレシアを乗っ取っていたヤプールの仕業だ。フェイトに罪など無いと思っている。彼女は全くの被害者だ。

 

「いや……あれはフェイトは何も悪く……」

 

「いえっ、どうしても謝りたかったんです……本当にすいませんでした」

 

 ゼロの言葉を遮り、フェイトは地面に頭がくっ付きそうな勢いで首を垂れ深々と謝罪した。ずっと気になっていたのだろう。あの時フェイトは罪悪感で酷い有り様だった。

 管理局への入局に執務官候補生と慌ただしく、ゼロと仕事が同じになる機会も無く、他に人が居る状況では言い辛かったので先伸ばしになっていたのだ。ゼロと同じだ。

 結果的に少女を苦しめていたと思ったゼロは、居たたまれなくなり同じく頭を下げていた。

 

「悪かった……俺が正体を隠す為に、結局フェイトを苦しめちまった……済まねえ!」

 

「えっ? そんな……私こそ……」

 

 逆に謝られてしまい、フェイトも慌てた。これでは逆である。ゼロは本気で自分が悪いと思っているのだ。まったく、見てくれとは逆な男である。

 

(そう……ゼロはこういう人なんだよね……)

 

 フェイトは染々思うと共に、頭を下げ合う自分達が可笑しくなってしまった。クスクス笑うフェイトに、頭を上げたゼロも何だか可笑しくなってしまう。

 

「これじゃあ前と同じだな?」

 

「謝り合ってばかりですね……」

 

『冥王事件』の解決後にもこんな感じだった。それを思い出した2人は苦笑する。ゼロはやれやれと頭を掻いた。

 

「あいこって事だな? ははっ」

 

「そうしましょう……ふふっ」

 

 フェイトは頷く。謝り合ってばかりの自分達が滑稽に思えた。顔を見合せ2人は笑い合っていた。

 ひとしきり笑った後、ふとフェイトは思い出したようにゼロを見上げた。

 

「1つ不思議な事が有ったんです……」

 

「不思議な事……?」

 

 何だろうと思うゼロに、フェイトは自らの疑問を聞いて貰う。

 

「闇の書の中に閉じ込められた時の事です……私ははやてと同じく夢を見ていました……其処にはプレシア母さんもリニスもアリシアも居て……」

 

 懐かしそうな哀しそうな顔。彼女にとっては望んでも絶対に得られないものだ。

 

「母さんは優しくて、リニスは私の記憶のままで、アリシアは可愛くて……でも私は夢の中じゃなく、この世界に、みんなの居る此処に帰って来たいと思いました……あのまま夢の中に留まったら、母さん達は絶対に喜ばない……

 そして私は今まで何処かでアリシアのクローンである事に引け目を感じていましたが、アリシアにありがとうとごめんねをちゃんと言えて、私はようやく母さんの娘でアリシアの妹フェイト・テスタロッサになったんです」

 

 フェイトはしっかりとゼロの目を見詰め、己の素直な心境を語った。彼女は確かに自分の道を歩み出したのだ。過去の夢ではなく確かな現実の未来へと。

 

「でもそこで、1つだけ解らない事が有るんです……」

 

「解らない事?」

 

 ゼロにはここまで話を聞いて、特に不思議な点など感じられなかった。

 

「アインスさんから聞きました……闇の書の見せる夢は人の一番柔らかくて脆い部分を捕らえるって……でもおかしいんです。あの時、あの人の干渉を受けていた闇の書はもうおかしくなっていたと……

 もうその時のアリシアは、私の作り出した夢ではなく、人を闇に引き摺り込もうとする邪悪そのものだったと……

 間違っても私を現実に戻そうとはしなかった筈だったそうです……それなのに夢の中のアリシアは私を励まし送り出してくれました……何故だったんでしょう?」

 

「……」

 

「最後にアリシアは言ってました……私にはこれからも大変な事が待ってるけど、私はずっと見守っていると……本当に幻だったんでしょうか……?」

 

 つまりフェイトが見た夢は本人の作り出したものではなく、人を闇に引き込む夢魔そのものだったと言う事だ。ゼロはしばし考えてみた。すると1つ思い浮かんだ事が有る。

 

「そうだな……俺にも解らねえけどよ……ひょっとしたら本当のアリシアが、妹を助ける為に天国から来てくれたのかもしれねえな……」

 

 自然にその考えが浮かんでいた。本当のところは判らない。だが不思議とそう思えた。

 M78ワールドにも不思議は多い。死んだ筈の人間と会ったという話も聞いた事が有る。ひょっとしたら……

 

「お姉ちゃん……」

 

 フェイトの紅玉色の瞳から、知らず涙が零れていた。小春日和の空にアリシアが、プレシアとリニスと一緒に微笑んでいる気がした。

 

 

 

 

 

 

「グレアムのおっちゃん! リーゼロッテ、リーゼアリア!」

 

 フェイトと別れたゼロは、3人の姿を見付けて声を掛けた。グレアムは染々と桜を見ながら杯を飲み、リーゼ姉妹も同じく桜を見上げ感慨に浸っているようだった。丁度酌に来ていた他の局員も離れている。

 

「ゼロ君か……」

 

 グレアムはやって来た少年に微笑み掛けていた。リーゼ姉妹は深々と頭を下げる。

 

「3人共よく来てくれたな」

 

「はやてにね……押し切られたのだよ……」

 

 ゼロはそうだろうなと思う。本当なら断ろうとしていたのだろう。冥王事件の事後処理で駆け回っているのだ。それだけの被害が出ている。まだ処理にはかなりの時間を要するだろう。

 

「必ず来てくれなければ駄目だとね……はやては物腰は柔らかだが、妙に押しが強い」

 

「まったく……私らも丸め込まれてたよ」

 

 ロッテは同じく苦笑していた。アリアも同じく苦笑する。グレアムは座り込んだゼロにジュースを渡した。有りがたく頂く。

 

「落ち着いて話をするのは初めてだね……? 君のお父さん、ダンさんとはかなり話をしたよ」

 

「ははっ、難しい話は親父達に任せてっからなあ……」

 

 ゼロは砕けた調子で笑った。まあまだ高校生くらいの彼には、色々荷が重い。管理局の一部の人々との交渉、話し合いは他のウルトラ戦士があたっている。この辺りは大人の仕事と言う訳だ。

 グレアムは年相応の少年のように軽いノリのゼロに、済まなそうな表情を向ける。

 

「この間は大変だったろう……? 大丈夫だったかね?」

 

『ファイヤーゴルザ』戦の時の事を言っているのだ。あの戦闘はグレアム達も見ている。仕方ない事とは言え、協力して貰っている味方が同じ管理局に攻撃を受けたのだ。申し訳無いと思ってしまう。

 

「あれくらい、何て事ねえよ」

 

 ゼロは腕をグルグル回して、何とも無い事をアピールして見せた。グレアムにはそれが、心配させないようにとの気遣いだという事は判っている。

 いくら超人でも痛みも何も感じないロボットなどではなく、彼らは喜び悲しみ痛みを感じる自分達と同じ生命体なのだと。

 

「君達ウルトラマンは、まだ怖れられている所もある……やはり『ダークザギ』の影響は拭いきれない……だか徐々にだが人々の中に、あの巨人達は味方ではないかという考えが芽生え始めているようだ……君の頑張りがあったお陰だよ……」

 

「へへっ、だったら良いな……今ははやて達がフォローしてくれるから、そうでもねえしよ」

 

 照れ臭いゼロである。超越的存在が何処からともなく現れ、巨大な怪物を圧倒的力で倒し何処かへ去って行く。それだけならもっと疑われているだろう。

 しかしボロボロにりながらも人を守ったゼロの姿は、一部の人々の心に確かに響いていた。他のウルトラ戦士達も同様だ。今は小さくとも何れ……

 まだ照れているゼロに、リーゼロッテが話し掛けて来た。

 

「そう言えば聞いてると思うけど、私らこれまでの事謝りに行ったんだけどさ……はやて……私らが謝りに行った時、何て言ったと思う?」

 

「大体見当は付くな……」

 

 ゼロは苦笑していた。グレアム達がはやてに謝罪しに来たのは聞いているが、細かいやり取りまでは聞いていない。

 

「今までありがとうございます。これからも沢山お世話になりますよって、だってさ……」

 

 ロッテは苦笑していた。リーゼアリアも苦笑を浮かべると、片割れの言葉を続ける。

 

「で、此方が謝るとね……過ぎた事を気にしても仕方ない、それよりもこれ作って来たからって、沢山のお弁当を出して来てさ……」

 

「ははっ、本当にはやてらしいな……」

 

 ゼロはその光景を容易に想像力出来、思わず笑っていた。はやては他人を恨むような子ではない。グレアムには逆に感謝し罪悪感を少しでも軽くしようと、これからもお世話になりますと言ったのだろう。

 

「ゼロと言い、はやてと言い……何なんだろうね……」

 

 その声には深い自責の念が感じられる。それに比べて自分達は……そんな想いからの言葉だった。グレアムもリーゼ姉妹も『ダークザギ』の記憶改竄により良いように踊らされていた。

 それは仕方ない。次元世界全ての人間達がそうだったのだ。天災に巻き込まれたのと同じだろう。だがやはりそれだけでは割り切れないのだ。グレアムは深くため息を吐く。

 

「私達は結局良いように踊らされてしまっただけだった……」

 

「それってよ……天災に後悔してるのと同じじゃねえかな……? 俺達だって踊らされていたのは同じだぜ」

 

 ゼロはグレアムの悔恨に反論していた。あの状況で抗う事など不可能だった。次元世界全ての人間が、ザギの記憶改竄の影響下にあったのだ。

 ゼロ達も最後までザギのシナリオ通りに踊らされていた。メビウスがいなかったら終わっていた。どうしてグレアム達を嗤えるだろう。

 

「はやても根を詰めすぎなおっちゃん達に、気分転換させたかったんだろう……」

 

「そうだな……そういう子だ……」

 

 グレアムは頷いた。リーゼ姉妹も同じく頷く。それでも彼らの瞳から、悔恨の色が無くなる事は無い。贖罪の意味も含めてこれからも奔走するのだろう。

 ゼロも自分が同じ立場だったらそうするだろうと思う。だがこれだけは言っておきたい事があった。

 

「俺も昔酷い下手かました事が有ったから、あれだけどよ……俺達ウルトラマン。おっちゃん達と一緒に頑張らせてくれよ。頼りにしてるからよ」

 

 グレアムに右手を差し出した。グレアムは頷くとその手をしっかりと握り締める。

 

「ありがとうゼロ君……」

 

 グレアムは微笑していた。少しは重荷を軽く出来たろうかとゼロは思う。そこにリンディとクロノもやって来て、場は賑やかになった。

 

 

 

 

 

 

「ん~と……気が付いたら孤独や……」

 

 なのは達ともいったん別れ、今は守護騎士達も全員バラけている。皆管理局に上手く溶け込んできたのを感じ嬉しくなる。母親の気分と言うやつだ。

 それでも賑やかな場所で、ポツンと独りは寂しいなと少し思ってしまう。つい数年前の自分を思い出してしまうからだ。

 前とは違うのに何かの折に、どうしても孤独な時の自分を思い出してしまうのは、それだけ孤独な時間が長かったという事だろう。

 アインスにも話した事が有ったが、今でも本当に皆が存在するのかつい確めてしまう事が有る。そんな事をつらつら思っていると、

 

「誰が孤独だって?」

 

「ゼロ兄……」

 

 振り向くとゼロが立っていた。はやては不覚にも目頭が熱くなってしまう。

 

(タイミング良過ぎや。あかんっ、いくら何でも今は……)

 

 何時誰かが来そうな今の状況では、はやての性格上それは出来ない。誤魔化して陽気に振る舞おうとすると、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「はやてちゃん、ゼロ君ごめんなさい、遅くなっちゃった」

 

 石田先生だ。当直明けで今頃になってしまったのだろう。

 

「石田先生いらっしゃい」

 

「先生っ」

 

 はやてとゼロは手招きして先生をシートに座らせる。丁度ヴィータも来たので、ゼロは2人で先生に料理を持って来る事にした。ついでに出来上がったカレーを全員分持って来る事にする。

 はやては守護騎士達に思念通話を送って、集合するように伝えた。

 

 ゼロとヴィータが料理を持ちきれない程抱えて行くと、はやては石田先生と何やら真剣な話をしているらしかった。ゼロとヴィータは少し待つ事にする。

 しばらくすると2人で笑い合う。良い頃合いだと思ったゼロとヴィータは料理を持って行く。丁度守護騎士達も集まって来た。八神家全員集合だ。ゼロとヴィータは全員にカレーを配る。

 

「美味しいっ、花見言うより、キャンプみたいやね」

 

 はやてはミライ特製カレーに舌鼓を打った。それぞれカレーを堪能する。

 

「外で食べるのも有るけど、本当に美味しいなこれ」

 

 ヴィータも気に入ったようで、あっという間に平らげてしまうとお代わりをしに駆け出して行く。アインスとシャマルは仲良く並んで座りカレーを食べている。

 

「お酒を飲んだ後のカレーは美味しいな……風の癒し手……」

 

「本当ね、美味しいわあ……」

 

 2人共至福の表情である。シグナムはまたアインスが変な事を言わないか、警戒しているようだが大丈夫そうだ。

 何とも穏やかな空気が流れていた。皆は石田先生と談笑している。その中で新たに八神家に加わったアインスは、先生と色々と話している。シグナムは心配したが、大丈夫なようだ。

 そんな中ゼロは立ち上がり、はやてに声を掛けた。

 

「はやて、眺めの良い所で桜を見てみねえか? ちょっと行って来る」

 

「うん……」

 

 皆に断るとゼロは、はやての車椅子を押して眺めの良さそうな場所に移動する。2人の周りを微風に飛ばされた桜の花弁がたおやかに舞う。

 はやてはその光景にしばし見惚れた。小春日和の陽射しが心地好い。桜の幻想の中を進んでいるようだった。一番現実離れしている、車椅子を押すウルトラマンの少年に、はやてはふと聞いてみる。

 

「どないしたんゼロ兄? 私だけ誘って……」

 

 結構唐突に思えたのだ。ゼロは少し照れ臭そうに笑う。

 

「去年は俺が慣れてなかったせいで、花見に連れて行けなかったからな……せめてもと思ってな……」

 

 去年はこんな良い場所に来れるコネも経験も無かった。それを後ろめたく思っていたのだろう。はやては微笑んでいた。

 

「そっかあ……去年は2人だけやったもんな……」

 

 最初は2人だけだったのが、守護騎士達が来て賑やかになった。そして今はアインスも居る。なのは達友人達も居る。この僅かな間に色々な事が有った。

 

「ちょっと前までは想像も出来んかったなあ……」

 

 ゼロとの出会いは、想像を遥かに超えた物語の始まりだったのだとはやては思った。孤独だった少女は家族を得て、友人を得て今大きく羽ばたこうとしている。

 ゼロはそれを感じ取り感慨深い。そこでさっきはやてが、石田先生と真剣そうなやり取りをしていたのを思い出す。

 

「石田先生と何の話をしてたんだ? 結構真面目な話をしてるように見えたぜ」

 

「うん……お互いあかんかった所の反省をし合った感じやね……そして石田先生のようなお医者さんを見習って、これから頑張りたいって伝えたんや……」

 

 はやては苦笑する。先生には治療に前向きではなかった事を謝った。石田先生は、初めての受け持ち長期患者である事もあり空回り気味だった事を謝罪したのだ。

 だが今のはやては判る。先生の諦めない姿勢は、彼女の中に確かに刻まれていた。誰かを助ける為に頑張る。それは先生から教わったのだ。

 

「正直治ると思っとらんかったんよ……」

 

 はやては自らの足を擦る。全く動かなかった足が少しづつだが動くようになっていた。不思議な感覚だった。物心ついた時には既に動かなかった足が動こうとしている。

 

「それで治療にも身が入らんかったから、先生には迷惑掛けたんよね……ゼロ兄もごめんな……何時も治癒能力当てて貰っとったのに……」

 

「気にすんな……俺が不甲斐なかっただけだぜ……」

 

 ゼロは実感を込めてそう返す。ウルトラマンは神ではない……その言葉を痛感する。

 

「そんな事あらへん……そんな事絶対無い!」

 

 はやては強くゼロの言葉を否定した。

 

「ゼロ兄が来てから、私の世界は変わった……みんなも来てくれた……病気が治らん思ってた時だって、ゼロ兄達が居るから精一杯生きよう思えたんや……」

 

 はやては思う。最初にゼロが現れた時、亡くなった両親からの最後の贈り物のような気がしていた。そして彼は彼女の閉じた世界を開け放ってくれたと。

 

「だったら嬉しいな……」

 

 ゼロは素直に嬉しかった。それはウルトラマンにとって、最大級の喜びであった。他者の為に奔走する無私の少年。その屈託のない笑顔を見てはやてはドキリとし、もじもじしてしまう。

 

「それにゼロ兄が一生傍に居てくれる言うからなあ……いやあ、この歳で早くもそんな事になるなんて照れるわあ……もう少し大きくなるまで待っててな?」

 

 冗談めかした調子で、片目を瞑って見せた。

 

「おっ、おう……? 待ってて……?」

 

「しっ、知らんわ」

 

 はやては顔を真っ赤にしてそっぽを向く。何かぶつぶつ、「また、やってもうたあ……」などと呟いているようだ。何故か胸がざわざわするものを感じるウルトラマンの少年であった。

 

 

 

 

 

 

 開始から2時間程が経過し、花見の席は盛り上がっていた。既に出来上がっている者もいる。その中で代表的な者がいた。

 

「ヴォルケンリッタアアアッ! ちょっといらっしゃあああいっ!」

 

 ワイン瓶片手に手招きする眼鏡の女性。レティ提督である。

 

「ウルトラマンゼロも此方来なさああいっ!」

 

「げっ!?」

 

 はやてと戻って来たゼロは、たいへん焦った。周りの局員がえっ?という顔をする。一緒に居る石田先生も妙な顔をした。するとレティはグイッと酒を呷りつつケラケラ笑う。

 

「冗談に決まってるでしょう? アハハはっ!」

 

 ゼロは頭が痛くなった。普段の理知的な、仕事に厳しい提督は何処に行ったのやら。普段結構怒られているゼロにとっては意外やら何やらである。

 それでも冗談で済ませてくれてホッとする。ウルトラ心臓に悪いが。古い付き合いのリンディ曰く、笊(ざる)らしい。しかし見事に絡み酒である。

 

 仕方なくレティの元に行くと、早速シグナムとシャマルも飲まされた。アインスもさっきの通りだ。別に陰湿な訳ではない。

 さあ呑みなさいのカラッと明るい絡みだが、陽気な酔っ払いのおばちゃんと化していてシグナム達も振り回されている。

 ザフィーラは狼形態を維持し、何気にレティの飲みなさい攻撃を巧みにかわしていた。チャッカリと言うより、もしもの時のガードの為である。守護獣の使命感故だ。

 ゼロが他人事のように、みんな大変だなと思っていると、レティが並々とワインを注いだコップをずいっと押し付けてきた。

 

「さあ、ゼロ君も一杯行きなさい!」

 

「おっ? それじゃあ……」

 

 ゼロの外見年齢15、6歳。本来の年齢に準じて設定している。まあ良いかと不良ウルトラマンならではの思考でコップ酒を受け取ろうとすると、シャマルがそれを止めていた。

 

「レティ提督……ゼロ君は種族的にはまだ未成年なんですよ? ちょっと不味いのでは?」

 

「人間に換算するとまだ15、6……流石にどうでしょうか……?」

 

 シグナムも難色を示す。しかしレティは酔っぱらい特有のノリでケラケラ笑う。

 

「あら、でも5000年以上生きてるんでしょう? 良いじゃない! 皆より年上なんでしょ? そんな事言ってたら、成人になっても未成年って事になるじゃない。それじゃあ後1000年は飲めないわよ! 大丈夫大丈夫!」

 

 屁理屈と言えば屁理屈だが、何とも微妙な話ではある。流石にヴィータは勧められていないが、その理屈ならば自分も飲んでも良い事になるのだろうかと少し悩んだ。

 結局その場は、せめてゼロの人間体が飲める年齢になるまでは止めておこうという事で、なんとか収まった。

 しかし逃れられない者が居る。ウルトラマンメビウスこと、ヒビノ・ミライである。

 

「ミライ君は大丈夫ね? さあグイッと行きなさあい!」

 

「そうですか……それじゃあ……」

 

 ミライはワインが波々と入った紙コップを受け取る。しかし地球に居た頃は設定年齢18歳だったので、アルコールは飲んだ事が無い。それではと素直にコップに口を付けた時である。

 

「!」

 

「!」

 

 ミライはハッとしたように後ろを振り向いた。ゼロも同様に反応する。その場に居るシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラもピクリと反応した。2人は顔を見合せると、ご機嫌なレティに断りを入れる。

 

「すいません、その前にちょっとトイレに行って来ます」

 

「俺も付き合うぜ、ミライ先輩」

 

 レティが何か言う前に、ゼロとミライは猛然と駆け出して行った。

 

「何? 2人共そんなにトイレに行きたかったのお?」

 

 更にワインを水のように流し込みながら不満げなレティを、守護騎士達はまあまあと宥める。シグナムは酔っ払いの相手をしながら、その後ろ姿に向け呟いていた。

 

「そちらは頼む……」

 

 さて、ミライに酒を飲ませ損ねたレティは、取り敢えず帰って来るまでとまた酒を開ける。今度は日本酒になっていた。お酒大好きな提督は、日本酒も気に入ったらしい。もう1人で半分以上空けている。

 ふとレティは風のようなものを感じて上を見上げた。すると其処には、とっても鼻の下の長い間抜けな巨大な顔が在った。

 

『愉しそうだな?』

 

 その間抜け面は酒臭い息を吐いて、野太い声で言った。レティが飲み過ぎたかなと思った時、目映い閃光が走ったかと思うとその間抜け面は影も形も無くなっていた。

 

「あらあ……確かに間抜けで大きな顔を見たような……?」

 

「気のせいですよ、気のせい! さあもう一杯行きましょう!」

 

 首を傾げるレティに、シャマルは並々と酒を注いだ。まあ良いかと飲んべえ提督は酒をあおった。

 

 お察しの通り、顔を出したのは『酔っ払い怪獣ベロン』であった。偶然近くにゲートが開き、紛れ込んだらしい。宴会の空気に反応して来たようだ。

 ベロンは顔を出した直後、巨大変身したウルトラマンゼロと、ウルトラマンメビウスに首根っこを掴まれて摘まみ出されたのである。気付いていた守護騎士達は騒ぎにならないようフォローしてくれたのだ。

 花見会場から追い出したベロンを、仁王立ちのゼロとメビウスが睨み付けていた。

 

『おうっ、送ってやっから、さっさと元の世界へ帰れ!』

 

 一喝するゼロだが、ベロンは既にベロンベロンに酔っていた。腰の巨大瓢箪(ひょうたん)の酒をあおりながら絡む。

 

『やかましい~っ、おらは気持ちよく飲んでんだ~っ、向こう行けっ小僧共、ひっく~っ!』

 

 ジタバタ手足を振って手が付けられない。これでは楽しんでいる皆に迷惑だ。メビウスはやれやれと酔っ払いを見下ろした。

 

『ゼロ、気付かれると騒ぎになる。せっかくのお花見が台無しだ』

 

『だな、となると……』

 

 ゼロとメビウスは頷き合うと、2人してその怪力でベロンを持ち上げた。

 

『何すんだ? 降ろせええっ!』

 

 ジタバタ暴れるベロンを無視し、2人の巨人は一斉に飛び立った。少し行くと山中に湖が在る。幸い辺りに人影は無い。

 

『セアッ!』

 

『オラァッ、酔っ払い目を覚ましやがれえっ!』

 

 湖上空に来たゼロとメビウスは、容赦なくベロンを湖に叩き込む。派手な水飛沫を上げ、ベロンは見事に頭から突っ込んだ。

 

『へっーくしょいいいっ! 冷てえええっ!!』

 

 野太い声で悲鳴を上げるベロン。4月の水は冷たい。どうやら酔いが覚めたようだ。『ウルトラマンタロウ』がキングブレスレットをバケツにして水をぶっかけ、ベロンの酔いを覚ました時と同じと言う訳だ。

 

『花見が終わったら、僕が送り届けてくるよ。ちょっと用事も有るしね』

 

 メビウスは呆然としているベロンを横目に、朗らかに笑ったように見えた。

 

 

***

 

 

 宴もたけなわな中、花見は終わりを告げようとしていた。夜勤明けで来ている局員達もおり、寝てしまっている者もいる。日も落ちてきている。エイミィーと美由希の挨拶で締め、宴は終わった。後は片付を残すのみだ。

 

「さて……後片付けや」

 

 指示を出すはやてに、アインスは大量のゴミ袋を軽々と持ち上げる。守護騎士全員の武器を使えるらしいが、基本専用武器を持たず、己の拳五体を武器とする彼女はパワフルだ。

 

「燃えるゴミは此方ですね……?」

 

「うん、纏めて置いとくと、後で車が回収して行ってくれるそうやから」

 

 その様子を見て、シグナムが渋い顔でアインスに声を掛ける。

 

「アインス……酔いはもう覚めたのか……?」

 

「もう大丈夫だよ……」

 

 アインスは微笑んだ。足取りもしっかりしている。シグナムは妙な気がした。此方を慌てさせた後、アインスは至って普通に花見を楽しんでいたように見えたのだ。

 

「ふふふ……」

 

 アインスは意味ありげに微笑むと、ゴミ袋を担いで先に行ってしまう。釈然としない烈火の将なのである。そんなシグナムに首を傾げるゼロだった。

 

 各自片付けをしていると、はやてを呼ぶ声がする。アースラクルーのアレックスだ。

 

「さっきメンテスタッフのマリーから連絡が有ってね、シュベルトクロイツの部品交換終わったって」

 

「はい、ありがとうございまーす」

 

 はやてはペコリと頭を下げお礼を言う。

 

「では後程私が取りに行ってきます……」

 

 狼ザフィーラが請け負った。現在はやては、シュベルトクロイツと夜天の書を使っている。現代のミッド式デバイスでは、はやての魔力が強過ぎて直ぐ壊れてしまうのだ。

 その点夜天の書専用デバイスであるシュベルトクロイツはピッタリ合う。特性はそのままに中身を大分変えて、最新型にして使っているのだ。これは守護騎士達のアームドデバイスも同様である。しかしその分調整が大変だ。

 

「マリーさん、メンテスタッフさん達には何やお土産持ってあげなあかんな……」

 

「お世話になりっ放しですからね……」

 

 シグナムもメンテスタッフの苦労を察し同意すると、もう1つの事を聞く。

 

「後はやはり魔力制御ですね……どうしてもそれだけでは主の強大な魔力を制御するのは難しいです……ユニゾンデバイスの進捗の方はどうですか?」

 

「うん……アインスとマリーさんと相談して、設計から考えているんやけど……中々難しいよ……でもやっぱり私が自分で作らなあかんと思うし……」

 

 アインスはコクコク頷いている。彼女が一から作ればもっと簡単なのだろうが、はやてはそうしたかったのだ。だからアインスは手伝いと助言である。

 

「貴方を守る新たな同士が生まれるのです。喜ばしいですね……」

 

 微笑するシグナムだった。その頑張りも好ましい。アインスも頑張るはやてに慈しみを込めて声を掛ける。

 

「我が主……それまでは官給品と併用してしのいで行きましょう……」

 

「うん、頑張る」

 

 小さくガッツポーズして張り切るはやてである。

 

「まあ、完成したら我が家の末っ子になるのは間違いないですね」

 

 シャマルはその時を想像し、とても嬉しそうだ。

 

「アタシより年下ねっ?」

 

「楽しみだぜ……」

 

 妹が出来ると張り切っているヴィータと共に、ゼロも新しい家族の誕生に思いを馳せた。まだ設計段階では、かなり先になるだろうが。

 こうして八神家初の花見は、少々邪魔が入り掛けたものの、無事に終わったのであった。

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 その夜。月光に照らされ、見事な夜桜が夜に浮かび上がっている。昼間花見をした場所だ。その上空を3つの小さな影が飛んでいる。

 騎士甲冑姿のはやてと、バリアジャケット姿のなのは、フェイトだ。夜間の魔法戦技の合同練習のようである。

 

「はやてちゃん、今日の模擬戦は負けないよ?」

 

 なのははやる気満々ではやてに宣言する。前回は負けてしまったようだ。フェイトも感心しつつも、しっかりやる気なようだ。

 

「はやての飲み込みの早さは凄いね……でも今日は負けないよ」

 

「ふふっ、伊達にアインスの指導を受けとる訳やないよ?」

 

 はやてにしては珍しく、友人達に不敵な台詞を言っていた。歴戦の先生に教わっているのだ。下手をかましたら申し訳が立たないと思っている。

 3人は訓練を開始した。最初はデバイスを使わずに高速飛行の練習だ。

 

 はやてはまだ空気が冷たい、春の夜空を切り裂いて飛びながら思う。これから先何が待っているのか。それは誰にも判らない。恐ろしい敵の存在。必ずしも楽しい事だけではないだろう。だがはやては進む。愛する家族達と共に。

 

「ドライブ・イグニッション!」

 

 3人の魔法少女達の声が揃って夜空に響いた。

 

 

 

 

つづく

 



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第87話 帝王の逆襲や(前編)


遅くなりました。ウルトラシリーズから取っているので、サブタイトルのネタがどんどん減って行きます(汗)




 

 

 春からはやては学校へ行き、学業とリハビリに支障のない程度に嘱託魔導師として順調に経験を重ねていた。他の八神家の者も同様である。

 そして無事半年の嘱託期間を終えはやて達八神家は、ゼロと敢えてはやての使い魔として動く事を選んだザフィーラを除き、正式に時空管理局員となった。

 なのはとフェイトも仮配属期間を終え、正式に入局している。

 本局で辞令を受け取ったはやて達八神家は、制服や色々な備品を支給されたところである。一番乗りで着替えたはやてが、待っていたゼロと狼ザフィーラの前に車椅子で現れた。

 

「へえ……似合ってるぞ、はやて可愛いな」

 

「主……良くお似合いです……」

 

「あっ、ありがとうなゼロ兄、ザフィーラ……」

 

 2人は本局の蒼い制服に着替えたはやてを見て、素直な感想を伝える。はやては照れて顔を赤くした。

 

(何かここのところ、似合う言われてばっかりやな……それにゼロ兄、可愛い可愛いって狡いわあ……)

 

 何ともこそばゆいはやてである。ゼロは自分が誉められるのは素直ではないが、人を誉めるのに躊躇いが無い。そこに執務官の黒い制服を着たフェイトと、武装隊の白い制服を着たなのはが顔を出した。

 

「おっ、2人共良い感じだな。可愛いぞ」

 

「なのはちゃんも、フェイトちゃんも格好いいなあ」

 

 ゼロとはやては新入社員ならぬ、新入生のようなピカピカの2人に目を細めた。

 

「にゃはは、ありがとうございます。はやてちゃん可愛いー♪」

 

「そう……かな……?」

 

 なのはは慣れない制服に少々緊張気味ながらも、はち切れんばかりのやる気と希望が見て取れる。微笑ましい。フェイトはひたすら照れている。

 ゼロとはやては、そこでフェイトがツインテールを辞めて、髪を下ろした事に気付く。

 

「フェイトちゃん髪を下ろしたんやね。大人っぽ~い」

 

「おうっ、良く似合ってるぞ」

 

「ほっ、本当……? あっ、ありがとうございましゅ……」

 

 赤面するフェイトは辛うじてそう返すが、噛んでいるのはご愛敬だ。そこに着替え終わった女性陣がやって来た。揃いの蒼い本局制服である。はやてとゼロは、また素直な称賛を贈る。

 

「うん、2人共格好ええなあ……」

 

「シャマルもアインスも仕事の出来る女って感じだな。すげえ格好いいぞ」

 

「うふっ、ありがとう、はやてちゃん、ゼロ君」

 

「ありがとうございます我が主、ゼロ……」

 

 シャマルは少女のように嬉しげにクルリと回って見せ、上に着ている白衣を翻す。アインスは微笑を浮かべ、珍しげに繁々と着ている制服を見る。制服など着るのは初めてなのだ。

 

「ヴィータも、武装隊のやつじゃないのは新鮮だな……似合ってるし可愛いぞ」

 

「ほんま、可愛いなあ」

 

 ヴィータも誉められて満更でもなさそうだが、ネクタイを窮屈そうに緩めた。

 

「武装隊のが気楽なんだけどね……制服は窮屈だし」

 

 武装隊所属のシグナムとヴィータは普段、赤い武装隊の服だ。ネクタイは無しの動きやすい服装である。直接前衛で出る烈火の将と鉄槌の騎士は此方の方が良いのだろう。

 ゼロは管理局制服は、初代ウルトラマンが所属していた科特隊のスーツみたいなものだろうと思った。ぶつくさ言うヴィータをシグナムが嗜める。

 

「こら、緩めるな。どのような服でもベルカの騎士には些末な事だが、騎士としてだらしない格好をする訳にはいかないだろう……公の場では此方を着なくてはならない。ヴィータこれも慣れだぞ……」

 

「へいへい……」

 

 ヴィータはまた説教が始まったなと、聞き流しコースである。シグナムが真面目に聞けと更に注意するしようとすると、ゼロがまじまじと彼女を見詰めた。

 

「そう言うけどよ……シグナムも制服良く似合ってるぞ……シグナムの綺麗さが際立つ……」

 

「ぐっ!?」

 

 クソ真面目な表情である。シグナムは思いっきり噎せてしまった。本当にてらいが無い。ツンデレだが、人を誉めるのに躊躇が無いのである。

 

「ばっ、馬鹿者っ、世辞を言うなゼロ……」

 

「いや、でもほんまやよ?」

 

 はやてがニコニコ笑って賛成する。焦るシグナムは何とか態勢を立て直し、コホンッと咳払いした。

 

「主もお戯れを……」

 

「いや……俺は思ったまんまを言っただけだなんが……?」

 

 ゼロは心外だと返す。無自覚の止めである。シグナムは頬が急激に熱くなるのを自覚した。慌てて瞬間湯沸し器のように赤くなる顔を逸らす。

 この少年ごく自然に、こう言う台詞をぬけぬけと吐いてしまう質である。何しろ敵の女性にも綺麗だ、などと言ってしまうくらいなのだ。困ったものである。父親譲りであろうか。

 咳をして誤魔化すシグナムを他所に、なのはがヴィータの制服姿に感極まっていた。

 

「ほんとっ、ヴィータちゃん可愛いね!」

 

「だああっ!? 高町、鬱陶しい!」

 

 ヴィータは頭を撫で回されキレる。もう恒例行事になってきた感がある。皆でわいわいやっているとレティ提督から連絡が入った。早速仕事らしい。それもゼロを含めた八神家全員だ。

 通常の次元犯罪では八神家全員が揃う事はあまり無い。桁外れの魔力を持つはやてを筆頭に、単騎で大軍に匹敵する戦力のシグナム、アインス、ヴィータといった一騎当千の強者に、強力な防御と格闘力のザフィーラ、索敵補助に長けたシャマルが揃うと死角無しの、ほぼ無敵状態なので揃う必要が無いのだ。

 しかし対怪獣戦となると、揃った八神家は管理局の切り札的存在となる。今回はそれに加え、若き最強戦士ウルトラマンゼロ。これは怪獣絡みかもしれない。ゼロの鋭い相貌が更に引き締まった。

 

 

 

 

「調査ですか……?」

 

 もう八神家には、お馴染みとなった人事部執務室。はやてはレティに聞き返していた。やり手の提督は眼鏡越しに少女を見て頷いた。

 

「第21管理世界で、数日前に何か巨大な飛行物体の目撃があったのよ……勿論此方の航空機などではないわ。まだ発見されていないけど、恐らく何処かにゲートが在る可能性が高い」

 

「飛行物体……」

 

 はやてはピンと来たようだ。レティは少女の察しの良さに満足げに頷くと話を続ける。

 

「それにマントを着た、奇怪な顔をした化け物を見たって言う証言があるのよ……それに巨大な影を見たという目撃証言も」

 

「奇怪な顔か……」

 

 ゼロは反芻するように呟いていた。マントを着た化け物。それだけなら獣を元に造った誰かの使い魔の可能性も有るが、未確認飛行物体に巨大な影。合わさるとなると……

 

「時期が時期だけに気になるのよね……」

 

 レティは資料を見ながら呟いた。『ダークザギ』のゲートが出来てから半年余り、今までは紛れ込んだ怪獣の事件のみだったが、そろそろ新天地に気付いた跳ねっ返りの連中が動き出す頃合いかもしれないと。

 無数の文明が存在し、侵略や惑星の奪い合いが日常化しているM78ワールド。他者を滅ぼす事が至上の凶悪極まりない種族や、勢力を広げようとする戦闘種族が次元世界を見過ごすとは思えない。必ずその手を伸ばして来るだろう。

 連中、異星人が単純に破壊を撒き散らす怪獣より厄介なのは自明の理だ。それは皆も同感であった。

 

「判りました。特別捜査官候補生八神はやてと一同、調査に向かいます」

 

 はやては、皆を代表して返事をしていた。

 

 

 

 

 ゼロと八神家は、転移ポートを乗り継いで目的の第21管理世界に降り立った。

 住人は多い。十数億は人間が住んでいる比較的発達した管理世界である。都心は近未来的なビルが建ち並んでいるが、中心部から離れると自然や田園風景が拡がっている。はやて達の住む97管理外世界に似ているようだ。

 現地の管理局に挨拶を済ませて情報を貰ってから車を借り、ゼロ達だけで目撃証言のあった場所に向かう事となった。

 特別捜査官候補生は、特別捜査官より権限は劣るが、独自の捜査権限を持っている。基本現地の局員から情報を貰い独自に動くのだ。お陰で一般には正体を隠しているゼロも、ウルトラマンとして動きやすい。

 

 大型のワゴン車に乗った八神家の面々は、シグナムの運転で現場へと向かう。尤も免許を取ってさほど経っていないので、運転する彼女の表情が少々険しくなるのである。

 

「だっ、大丈夫かシグナム?」

 

 後ろのゼロが少々心配そうに声を掛けた。まだ車に対する不信感が拭えないのだ。シグナムは視線はそのまま、肩越しに微笑して見せる。

 

「問題ない……主も乗っておられるから安全運転だ……アインスも居るしな」

 

「ゼロ任せておけ……」

 

「大丈夫やゼロ兄、2人共反射神経も運動神経も凄いんやし」

 

 助手席に座る祝福の風は頼もしく請け負い、はやても安心させるように励ました。遅れてアインスも免許を取っているので、交替で運転するのだ。

 

「そっ、そうだな……」

 

 取り敢えず安心するゼロである。しかし反射神経や運動神経は凄くとも、シグナムとアインスが免許取り立てなのは変わらないのだが、その辺りは敢えて突っ込まないヴィータとシャマル、ザフィーラであった。

 ちなみにシャマルは車庫入れが苦手で、まだ免許を取りに行っていない。

 

「はやて、やっぱり宇宙人なのかな……?」

 

 ヴィータが隣のはやてに尋ねてみる。夜天の主は少し考えると、首を横に振って見せた。

 

「確かに状況はそれっぽいけど、先入観は禁物やと思うんよ……結論は色々調べてからやね」

 

視野を狭めない為だろう。ヴィータは感心しつつ更に尋ねる。

 

「でもやっぱり宇宙人だったら、どんな奴だろう?」

 

「そうやね……推測するなら、ゲートが開いてそう経ってないのにもう此方に来たいう事は、強引な連中かもしれへんなあ……でもそれだけに何をするか判らんから怖い気がする」

 

「おお~っ、はやて、何かテレビに出てくる刑事みたいで格好いい」

 

「おだてても、帰ってからの手作りアイスくらいしか出えへんよ?」

 

「やった~っ!」

 

 ほのぼのしたやり取りに目を細めるゼロだったが、はやての推察は的を得ていると思う。判断能力に優れ、思慮深いはやてらしい。

 この半年場数と経験を踏み、それに磨きが掛かったようだ。やはり彼女は図抜けたものを持っている。他の者も同様な感想のようだ。しきりに頷いている。

 

 そんなやり取りをしながら、2時間程掛けて現地に到着した。自然が豊かな土地だが、田舎という訳ではない。避暑地であるらしく、近くには高級住宅や別荘などが在る。軽井沢のような場所と言うと判り易いだろうか。

 まだ陽は高く観光客などの人通りも多いが、得体の知れないものが彷徨いていると思うと、日常風景が違ったもののように見えた。

 

「何や、不気味なものを感じずにはいられんなあ……」

 

「今のところクラール・ヴィントのセンサーには何も感じません」

 

「自分の嗅覚にも何も……」

 

 既に周囲を探査していたシャマルと狼ザフィーラは、異常の無い事を報告する。

 

「俺の超感覚にも引っ掛かるものは無いな……」

 

 最後にゼロの報告を聞いて、はやてはこれからの方針を決める事にする。

 

「それじゃあ、手分けして調査を始めよか? 一通り終わったら、3時に一旦集合しよ」

 

 了解した皆は、手分けして調査を開始する。シャマルとヴィータは、未確認飛行物体の目撃された場所に、残りの者は周囲の聞き込みをする事になった。

 現場の森林地帯に着くとシャマルは『クラール・ヴィント』のセンサーで辺り一帯を探り始める。ヴィータはボディーガードだ。

 ゼロ達は更に二手に別れて、聞き込みを開始する。狼ザフィーラの背中に乗ったはやてはゼロと、シグナムはアインスと聞き込みに向かう。

 

 シグナムとアインスは、まず地元の住人に話を聞いてみるがどうもハッキリしない。化け物の話も噂話の域を出ないようだった。

 何度目かの空振りの後道を歩いていると、シグナムは隣を歩くアインスが染々とした顔をしているのに気付いた。

 

「どうしたアインス……? 何か珍しいのか?」

 

 するとアインスは薄く微笑し、辺りを見渡すと口を開いた。

 

「何か感慨深いのだ……」

 

「感慨深いか……」

 

 永い付き合いだ。シグナムは友の理由を察する。

 

「まさか私が人々を守る為に、事件を捜査しているとは……少し前までは考えもしなかったよ……」

 

「それは私もだ……そうか、お前は療養もあって、技術部勤めが多かったからな。まともな捜査は初めてか……」

 

 シグナムも同意する。はやての元に来るまでは人々を守る為に行動したり戦った事など無かった。それよりも主の命令が優先されたのだ。

 今の状況が嬉しいのだろうと思われたが、アインスは哀しげな眼差しを友人に向ける。

 

「魔鎧装事件の時、敵に言われたよ……正義の味方にでもなったつもりかと……」

 

 アインスは擬態したアパテーを通して言われた、もう1人のディアーチェの台詞を思い返す。シグナムは黙って相槌を打つ。

 

「私は罪を背負っている……そんな風に思い上がる事は出来ない……」

 

 俯いた表情に陰が射す。実際は彼女自身も被害者に過ぎないのだが、そうは割り切れないのだ。だが次に顔を上げたアインスの表情に力強いものが現れていた。

 

「だが人を命を助ける為に少しでも力になれるのなら、なりたいと思う事は悪くないのではないかと思う……」

 

 その眼差しは以前の悲嘆に暮れてばかりだった彼女とは明らかに違う。一度は犠牲になろうとしたアインスだったが、周りの人々に支えられこのように考えられるようになったのだ。それが判るシグナムは頷いていた。

 

「そうだな……」

 

 何時も沈んだ顔をしていた友人の変化。それはとても喜ばしい事だ。シグナムは自然微笑みを浮かべていた。アインスは午後の晴れ渡った空を見上げる。

 

「永く生きるものだな……人生は何があるか判らない……」

 

「全くだ……」

 

 シグナムもその通りだと染々思う。はやての元に来てからの波瀾万丈でいて、それでも安らかな日々を思い返す。心から敬愛する主の少女と、色々と自分をかき乱すウルトラマンの少年。動悸が速まった気がした。

 するとアインスは、友の心の内を知ってか知らずか柔らかに微笑んだ。

 

「何時もやり込められてばかりだったが、将の弱点も見付けられたしな……」

 

「弱点だと? 何の事だ?」

 

 覚えが無いシグナムは眉をひそめる。

 

「ふふっ……」

 

 訝しむシグナムに、アインスは意味ありげに微笑して見せると、向こうを指差した。

 

「将、それより次の目撃者の所に着いたぞ。さあ仕事だ」

 

「むう……」

 

 釈然としないものを感じならがらも、シグナムは張り切っているアインスの後を追った。

 

 巨大な影を見たと言う頑固そうな老人に、2人は話を聞いてみた。老人はむすりとした表情を崩さぬまま力説する。

 

「儂はハッキリこの眼で見た……! 頭が沢山の針の山みたいになっている怪物だった。左手が槍かドリルのようで羽根も生えていた。間違いない!」

 

 老人は山に山菜採りに出掛けた時、偶然地面に潜って行く巨大な生物を見たそうだ。

 

「針鼠のような頭部に……左手が槍かドリル、それに羽根ですか……」

 

 改めて特徴を確認するシグナムに、アインスは紅い瞳を向ける。

 

「将……やはりこれは……」

 

「うむ……」

 

 2人はその具体的な描写に、確かな真実を感じた。話だけではどの怪獣か判らないが、潜んでいるのは間違いないと直感する。

 暴れたり動き回ったりもしていないのが不気味だった。その後目撃情報は無い。身を潜めているのだ。自らの意思か何者かの思惑か、目的があって潜んでいるのではと思える。

 礼を述べ老人の元を辞した2人は、はやて達と合流すべく道を急いだ。

 

 

 

 

 一方のゼロとはやて、狼ザフィーラは、今のところ何の手懸かりも掴めぬままであった。怪人を見たという通報は匿名だったので、何処まで本当なのかハッキリしない。

 何件目かの空振りの後道を歩いていると、不意にゼロが表情を引き締めた。ザフィーラの両耳が同時にピクリと立つ。

 

「2人共どないしたん?」

 

 はやてが様子に気付いて声を掛けると、ゼロはさり気なく後ろを一瞥する。

 

「さっきから誰か着けて来てやがる……」

 

「お気を付けください主……」

 

 ゼロとザフィーラは、後を着けて来る何者かの気配に気付いたのだ。

 

「何者やろか?」

 

 はやてはゴクリと無意識に唾を飲み込みながら、努めて普通に尋ねた。ゼロも気付かぬふりを続けながら、

 

「判らねえが、そのまま気付かないふりをしてろよ……俺が取っ捕まえてやる。ザフィーラ、はやてを頼む」

 

「任せろ……」

 

 ザフィーラは頷いた。ゼロも頷くと背後に気を配る。背後で此方を窺っている気配を確かに感じた。

 2人と1匹は何事も無かったように、しばらく道を進む。次の路地を入ったところでゼロの姿が唐突に消えた。尾行者がそれに気付いた時。

 

「わっ!?」

 

 尾行者の目の前に突然ゼロが降り立った。一瞬目を離した隙を見計らい、超人的な跳躍力で飛び上がり尾行者の前に現れたのだ。

 

「誰だ!? 星人の手さ……?」

 

 威勢良く啖呵を切ろうとしたゼロの台詞が、ピタリと止まる。

 

「お前ら……?」

 

 腰を抜かさんばかりにびっくりして尻餅を着いているのは、はやてより幼い年齢の少年と更に幼い少女の2人であった。

 

 

「通報して来たのはお前らだったのか……?」

 

 ゼロの問いに少年と少女はコクリと頷いた。兄妹らしい。兄がケン、妹がアキと言った。ケン少年は少し緊張した面持ちで質問する。

 

「あんたら、時空管理局の人だろ……?」

 

「おうっ、調査に来たんだ」

 

 嘱託のゼロはジーンズに上着を羽織った私服だが、はやては本局の蒼い制服を着ている。それで判ったのだろう。だがそれとは別に、2人の目には猜疑の色が有るようだった。少年は不貞腐れたように口を尖らせる。

 

「俺らみたいな子供が報せたって判ったら、帰るのか?」

 

「なんでだよ? しっかり調べるに決まってる」

 

 ゼロは心底意外そうに返した。兄妹には予期せぬ返事だったらしい。2人共戸惑っている。

 

「だって……誰も信じてくれなかったから……」

 

 周りに言っても誰も信じてくれなかったのだろう。この世界にはまだ一度も怪獣や宇宙人が現れた事がないし、ゲートも確認されていない。

 ゲートの事や他の世界に現れた怪獣の情報は伝わっている筈だが、自分達には関係無い事だと思っているのだろう。いわゆる平和ボケと言うやつだ。

 だからこの兄妹の訴えは、嘘か見間違いという事にされてしまったのだろう。ゼロにはこの兄弟が嘘を吐いているとは思えなかった。

 

「俺は、お前らの言う事を信じるぜ」

 

 ゼロは兄弟に笑い掛ける。ケンは不思議そうな顔をした。

 

「何で……? 誰も信じてくれなかったのに……」

 

「だって見たんだろ?」

 

「うんっ」

 

「それで充分じゃねえか?」

 

 ゼロは屈託なく笑った。例え見間違いだったとしても、調べるのは悪い事ではない。何も無ければそれが一番だ。この兄妹も安心出来るだろう。

 その意外に人懐っこい笑顔に、初めて兄妹に笑顔が浮かぶ。初めて他人にそう言って貰えたのだ。

 子供達が信じてくれと言うのなら、自分は最後まで信じよう。ゼロはそう思った。はやてとザフィーラも頷く。少年は改めてゼロを見上げ、感心した顔をする。

 

「兄ちゃん、テレビに出てくるヒーローの悪のライバルみたいな感じなのに、良い人だなあ……」

 

 ゼロはズッコケていた。子供は正直だ。止めを刺すように妹が訳知り顔で続ける。

 

「お兄ちゃん、ああいう人は子供には優しかったりするんだよ」

 

「そっか」

 

「もう好きに言ってろ……」

 

 ゼロはもう苦笑するしかないのである。はやては肩を震わせ、懸命に吹き出すのを堪えている。ザフィーラも口許が少し怪しい。

 

「まあ……2人共、その怪人を見た時の細かい状況を教えてくれへん?」

 

 何とか耐えたはやては、兄妹に質問してみる。色々と安心したのか2人は滑らかに話し始めた。

 

「街外れに大きな屋敷が在るんだ……どっかの金持ちが建てたそうだけど、何年か前に死んじゃって今は誰も住んでない」

 

「おっきいんだよ」

 

 アキが両手を広げて、屋敷の大きさをアピールする。

 

「其所にこの間妹と探検しに行った時に、屋敷に向かう怪しい奴を見たんだ。頭からマントみたいなのを被った奴でさ……こっそり見張ってたら、門の前で消えちゃって……それで塀の隙間から中を覗いてみたんだ……」

 

 少年は少し心配そうに相手の様子を窺う。ゼロ達は頷いて先を促した。

 

「そしたら庭に同じようなマントを被った奴らがいっぱい居て、屋敷の中に入って行く……それで窓から見えたんだけど、屋敷の中の大きな鏡の中に皆入ってそのまま消えちゃった……」

 

「ほんとなんだよ。いっぱい居たのに鏡に入ってみんな居なくなっちゃったの!」

 

 怖さを紛らわす為か、アキは興奮気味に懸命に同じ事を訴える。

 

「その時マントが捲れて、そいつらの顔が見えたんだ……」

 

 話が核心に近付いた。ゼロ達は固唾を呑む。

 

「牙が生えてて、人間か猿か判らない顔をした化け物だった……変な頭の形してるし、すごく気持ち悪かった……あいつら絶対人間じゃない!」

 

 幼い兄妹はその時の光景をしっかり思い出してしまい、細かな震えが止まらないようだ。相当に怖かったのだろう。

 

「偉いぞ……よくそこまで確かめたな……」

 

 ゼロは腰を落とすと、力付けるように兄妹の頭を撫でていた。とても頼もしく安心するものを感じ、2人は誇らしそうな顔をする。何時の間にか震えも止まっていた。

 だがそこでウルトラマンの少年は真剣な表情をする。

 

「だがな……次はそういう事は止めとけな? 危ないからよ。ああいう連中は何をするか判らねえからな。今度おかしな奴を見掛けたら、近寄らないで管理局に報せるんだぞ?」

 

「判った……」

 

「うんっ」

 

 純粋に身を案じてのゼロの言葉に、兄妹は素直に頷いていた。

 

 

 

 

「お前ら、気を付けて帰れよ」

 

「うんっ、ありがとう。兄ちゃん達頑張れよ」

 

「ばいばい~っ」

 

 手を振りながら帰って行く兄妹を見送りながら、ふとはやては気になってゼロに訪ねていた。

 

「なあゼロ兄……もしもあの子達が、嘘を吐いていたらどないするん?」

 

「信じてくれって言うんだ……俺は信じるぜ……嘘だったとしても何か理由が有る筈だ」

 

 ゼロは屈託なく笑って見せる。ゼロらしいと言えばゼロらしい。しかしはやては、あまりに疑う事を知らない少年が心配になってしまった。不安に駈られと言っていい。

 確かにあの子達が嘘を吐いているとは思えない。しかしゼロは例え相手が嘘を吐いても信じるだろう。

 人間は必ずしも善人だけではない。小賢しい人間も多い。他者を利用する事しか考えない人間だっているのだ。

 ゼロだけではない。ウルトラマン全般に言える事ではないか。

『幸福の王子』はやてはゼロを見て時折、以前読んだ童話を思い出す事がある。

 

 ある街に自我を持った、豪華な装飾を施された王子の像が建っていた。街の貧困で苦しんでいる人々を見かねた王子はツバメに頼んで、自身に着いている宝石や金箔を剥がして、困っている人々に分け与える話だ。

 全て分け与えた王子は終いにはみすぼらしい姿になり、心無い人々に溶鉱炉で溶かされ、ツバメは街に残って奔走した為に衰弱して死んでしまう。

 最後に熔け残った王子の鉛の心臓と、ツバメの死骸はゴミとして捨てられてしまう。他者の為に身を犠牲にした王子とツバメの行為は誰にも顧みられず無意味とされた。

 

 最後に神の救いにより、王子とツバメは天国で永遠に幸せになりましたで終わりだったが、はやては釈然としないものを感じたものだ。

 神に認められても、結局人間は誰も王子達を気にも掛けなかった。助けられた筈の人々が何もしなかったのも納得出来なかった。

 それでも王子とツバメは何の後悔もせずこの世から消えた。彼ら自身は満足だったのだろう。その時はもやもやしたものが残った。

 その後ゼロと出会い、彼の人となりその行動をずっと見てきたはやては、ゼロが幸福の王子と重なって見えた。

 他者の為に命を削り、身を削ってボロボロになろうと、何の見返りも称賛も求めず戦い守り抜く。

 たとえ王子達のように打ち捨てられ、誰にも省みられなくとも……

 それでも彼らウルトラマンは信じ行動し続けるのだろう。例え何十、何百回裏切られようとも。その先には果たして何が待っているのだろう……?

 

(そんなん、あんまりやないか!)

 

 心の叫びだった。ゼロが命を削って守り抜いた挙げ句、守った筈の人間に裏切られ王子とツバメのように死んで行く。想像しただけで身が切られるようだった。

 せめてそうなるのを食い止められるような人間で在りたい。はやては強く思った。

 

「主……」

 

 ザフィーラがひっそり声を掛ける。彼もはやてと同じような想いを抱いたのだろう。

 

「私らは、最後までゼロ兄の味方でいような……」

 

「守護獣の名に懸けて……」

 

 守護の獣は静かに簡潔に、しかし硬い誓いを込め主の言葉に同意の返事をしていた。

 

「どうした2人共?」

 

 はやて達の様子を妙に思ったゼロが声を掛ける。

 

「ううん……何でもあらへんよ。そろそろ時間や。待ち合わせ場所に行こう」

 

 はやてはキョトンとしているゼロに、にっこり微笑み掛けた。

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

『管理局が来たか……』

 

 尊大な声が部屋に響いた。マントを被った怪人が傲然と立っている。

 その部屋は妙な造りをしていた。パイプや機械が壁に埋め込まれ、部屋自体見た事のない光沢を放つ金属で出来ているようだった。

 怪人は管理局が調査を始めた事を、察知したようだ。

 

「愚か者共が……返り討ちにしてくれる……宇宙の帝王の恐ろしさ思い知るがいい……フハハハハッ!!」

 

 高嗤いが木霊す。不気味だった。異様な雰囲気と併せ、背筋が寒くなるようだった。だがそこはかとなく、小物くさいものが感じられのは何故だろうか。

 

 

 つづく

 

 




幸福の王子。小説版メビウスでも触れられてます。


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第88話 帝王の逆襲や(後編)★


【挿絵表示】


数日遅れてますが、6月4日ははやてさんの誕生日という事で誕生日絵をこちらにもです。クールビズ仕様の10年後はやてというところで。


 

 

 幼いサカタ兄妹は足取りも軽く、家への道を歩いていた。終いには小走りになっている。

 

「あの兄ちゃん達、良い人達だったな?」

 

「うんっ」

 

 嬉しそうな兄の言葉に、幼い妹はとてもはしゃいで返す。

 

「父さんと母さんを驚かせてやろうぜ」

 

「管理局の人が調べてくれるって聞いたらびっくりするよ」

 

 2人は信じなかった両親の態度が変わるのが楽しみで、早く話したくて仕方ない。住宅街にある家の前に就くとケン少年は、早速玄関のドアを開けようと手を伸ばす。その時だ。

 不意に黒い影が兄妹を被った。2人は声を上げる暇も無かった。

 

 

「ケン? アキ?」

 

 子供らの声が聴こえていた母親が、何時まで経っても入って来ない事を不審に思いドアを開けてみると、兄妹の姿は何処にも無かった……

 

 

***

 

 

 集合したゼロ達八神家は近場の喫茶店に入り、周りに人のいない奥まったボックス席に着いた。

 昼時は過ぎているので、客もほとんど居ない上、抑えた音量のピアノらしい音楽も流れているので、仕事の相談には持ってこいだ。

 飲み物と軽食を採りながら、早速情報の交換と分析に取り掛かっていた。はやてを下ろしたザフィーラも、青年姿で参加している。

 シャマルからの調査結果で、大気中に微量の放射線反応が計測されていた。次元世界ではその手の機関は現在使用されていない。向こうの乗り物、円盤の可能性が高かった。はやては携帯端末を開く。

 

「あの子達の目撃証言からすると……」

 

 ドキュメントデータを検索してみる。変な頭の形、猿か人間か分からない顔に鏡。検索キーワードを打ち込む。するとゼロが何か思い当たったようである。それとほぼ同時に、はやては流れるモニター画面に目を止めた。

 

「これかなあ……?」

 

 そこには奇怪な宇宙人が映っていた。猿と人間を合わせたような不気味な顔をし、人では有り得ない頭部をしている上、全身を鱗のようなものが被っている。

 他の者達も顔を寄せて画面に注目した。その呼び名を見たシグナムが険しい表情を浮かべる。

 

「バド星人……? 宇宙の帝王ですか……」

 

「帝王って、凄い奴がいきなり現れたって事なんですかね?」

 

 シャマルは帝王の名称に固唾を飲む。皆の顔にも緊張の色が走った。だがそこで微妙な顔をしたゼロが口を開く。

 

「あ~、その何だ……データをよく読んでみてくれ……」

 

「うん……? ほんなら……」

 

 ゼロの様子に首を傾げながら、はやてはバド星人のデータを声に出して読んでみる。他の者も目を走らせた。

 

「え~と、宇宙の帝王と名乗る……名乗る……?」

 

「ひょっとして……」

 

 ヴィータが目を凝らす。一瞬見間違いかと思ったのだ。ゼロはやれやれ顔で頷いて見せる。

 

「おうっ、誰もコイツを宇宙の帝王なんて呼んでない……呼んでるのは自分達だけだ」

 

「まさか自称帝王かよ!?」

 

 ヴィータは呆れて、つい声を上げていた。正直どれ程の強さと恐ろしさを誇る奴かと身構えていた八神家が、少々ズッコケ掛けるのは仕方あるまい。

 それでもはやて達は続きを読んでみる。データにはこう記されていた。

 

 身が軽い。姿を消せる。鏡の中に基地を造り自在に行き来出来る。等身大の時は光線銃を使うが、巨大化するとプロレスに似た技を使う。

 得意技フライングボディーアタック。しかしかわされ自爆した為威力の程は不明。

 最大の得意技は、命乞いと見せ掛けての凶器攻撃。メリケンサックを隠し持つ。最期は投げ飛ばされて頭を強打し死亡。

 

 皆の顔がどんどん引きつっていると言うか、微妙な顔になって行くのが判る。宇宙の帝王どころか、とんだ小物であるように思えた。ドキュメントデータの記述が淡々としているのが却って可笑しい。

 

「コイツ……ひょっとして弱いんじゃ……」

 

 ヴィータは呆れ半分、笑い半分で自称宇宙の帝王の感想を述べる。しかしはやての表情は却って真剣になっていた。

 

「確かにバド星人自体はあんまり強ないかもしれん……せやけど、こういう奴程何をするか判らんから却って怖いわ……」

 

「そうですね……姑息な者程卑劣極まりない真似をしたり、残酷な事を平気でしたりする……」

 

 シグナムは同意する。戦乱の中をも駆けて来た烈火の将は、小心者程残酷になれる例を嫌と言う程見てきたのだろう。はやては頷いた。

 

「自分達以外の知的生物は認めないって、相当に身勝手な連中やと思うわ……」

 

 バド星人は傲慢極まりない理由で地球に来ている。自分達以外の知的生命体全てを滅ぼす事が至上の目的。その行動原理は、傲慢さと臆病故ではないかとはやては思う。他に該当する星人は見当たらない。まずバド星人で間違いないと思われる。

 向こうの地球では太古、冥王星に文明を持った知的生物が存在したらしく、バド星人に滅ぼされたようだ。

 

「我が主、それに今回は怪獣も連れて来てるようです……」

 

 アインスは聞いてきた目撃証言を伝える。用心棒に怪獣を連れて来ているのは間違いないと思われた。

 しかし特徴をドキュメントデータで検索しても、該当怪獣が見付からない。未知の怪獣かもしれなかった。更に気になる事がはやてには有る。

 

「何より気を付けなあかんのは、爆弾やね……」

 

「それが厄介だ。奴らは星一つ吹き飛ばす爆弾を持ってる」

 

 ゼロのキツメの表情が更に厳しくなる。バド星人は以前現れた時、地球を破壊する為の爆弾を持ち込んでいる。今回も持って来ている可能性は高い。

 ゾッとする話だった。次元世界では本星にあたる星しか居住可能な星は無い。知的異星人が人類の他に存在しないとはそう言う事だ。

 だから次元世界の人々は、新たに発見された無人の次元世界に入植したりしているのだろう。

 つまりバド星人の爆弾は実質、次元世界一つを滅ぼす事が出来ると言う訳だ。しかも大きな物ではない。一抱え程の大きさだ。

 

「舐めて掛かると、スゴい汚い手を使って来るだろうから、油断は出来ないって事か……」

 

 ヴィータは苺パフェをほお張りながらも、表情を引き締める。ザフィーラもモニターの奇怪な顔に、厳しい眼差しを向けた。

 

「そうだな……手段を選ばない、外道の集団と見るべきだろう……」

 

 歴戦のヴォルケンリッターは、例え相手が弱そうだからと言って油断はしないのだ。

 はやてはデータを踏まえた上判断した。皆にこれからの方針を告げる。

 

「その屋敷がバド星人のアジトらしいし、あんまりグズグズしてる余裕も無さそうやから、直ぐ行動しよ。爆弾をもう仕掛けとるかもしれんし。シャマル、突入前に屋敷の探査をお願いな?」

 

「任せてください」

 

 シャマルが張り切って手を挙げる。『クラール・ヴィント』による探査で、状況を探ってから突入しようと言うのだ。

 レティに調査結果を告げ許可を取った八神家は、その怪しい屋敷を目指す事になった。

 

 

****

 

 

 街外れまで来た所で離れた場所に車を止めたゼロ達は、遠巻きに屋敷を観察していた。

 周りを森に囲まれた、洋風に似た様式の大きな屋敷だった。赤色の尖り屋根が燻んで、一見血のようにどす黒く見える。周りに人家は無い。

 荒れた印象があるのは長い間使われてないからだろうが、怪しい者達が潜んでいるらしいとなると、何処か禍々しい印象を受けた。

 その横でシャマルがクラール・ヴィントを振り子状の探査形態にし、屋敷の様子を探り始める。後数時間程で陽が暮れる。明るい内に突入したいところだ。

 その最中ゼロの端末に連絡が入った。レティからだ。出てみると少々困ったような顔をした提督がモニターに映る。

 

《ゼロ君、ちょっと良いかしら? まだ屋敷に入る前よね?》

 

「今偵察中のところで。レティ提督、どうかしたんすか?」

 

 ゼロは何か有ったのかと、訝しく思い尋ねた。

 

《ケン・サカタって子供に覚えは有る?》

 

「昼間話を聞いた坊主か……あのケンが?」

 

《それがゼロ君に伝えて欲しいって、あの屋敷の裏に中に入れる秘密の入り口を見付けて入ってみたら、基地のようなものを見付けた。

 案内するから、塀の前に在る女神像の下を開けてみてくれって、其処に秘密の入り口が在るから中で待ってると》

 

 レティはまったく困ったものだと、人指し指で眼鏡の位置を少しだけ上げる。

 

「あいつ……気になっちまったのか……?」

 

 ゼロは少し妙に思った。ケンには念の為自分の携帯端末の連絡先を教えてある。だったらわざわざ管理局のセンターに電話するより、直接掛けて来てもいいものだが。

 この時期次元世界では携帯端末はまだ一般化していない。当然ケン少年は持っていないだろう。

 魔力を持っていたとしても、まだ6、7才程では念話も使えるかどうか。念の為テレパシーで呼び掛けてみたが反応はない。これでは連絡手段が無い。

 

「判ったぜレティ提督。あの坊主を無事連れ戻しとく」

 

《お願いするわ》

 

 直接連れ戻すしかない。レティに請け負うとゼロは通信を切った。

 

 

 

「参ったぜ……」

 

 ゼロは事のあらましを皆に告げた。はやては厭な予感を感じる。

 

「危ないなあ……」

 

 バド星人がアジトにしているらしい屋敷に子供。鮫の目の前にぶら下げられた餌と同じだ。そこに屋敷の探査を終えたシャマルが、判った事を報告する。

 

「はやてちゃん、生体反応が屋敷の中に確認出来ました。人間の子供のようです。それに屋敷内に、妙な反応多数。これは不味いかもしれません」

 

「正確な数は?」

 

「妨害波のようなものが出ているらしくて、そこまでは判りません……」

 

 妨害波。まずバド星人が探知されないように出しているのだろう。やはり連中が巣くっているのは間違いないようだ。このままではケン少年が危ない。

 

「猶予は無いなあ……みんな、ちょう?」

 

 はやては手招きして皆を集め、何やら相談を始めた。

 

 

 

 

「ほんなら作戦通りにな?」

 

 全員が頷く。騎士甲冑を装着し武装を整える。シグナムとアインスは正面から屋敷に向かう。

 ゼロはまだ変身せず、1人指定された屋敷裏手に回る。はやてとヴィータ、シャマル、ザフィーラはまだ動かず様子見のようだ。

 

 先行のシグナムとアインスは高い塀を軽く飛び越え、敷地内に音も無く侵入した。今のところ何も異常は無い。

 シグナムは油断無くレヴァンティンを正眼に構え、アインスは両の拳を構える。しばらく様子を窺うが、屋敷に動きは無い。

 用心深く大きな扉の前まで移動する。木製の分厚い両開きのドアだ。シグナムが目で合図する。中に突入するとのサインだ。

 アインスは頷くと、扉に片手を当てる。魔力を流して電子ロックを解除しているのだ。

 扉が少し軋んだ音を立ててゆっくり開いた。2人は頷き合うと屋敷の中に足を踏み入れる。

 中は薄暗い。少しカビ臭かった。長い間放置されているのでホコリが舞う。中央に豪華な装飾を施された大きな階段がある。

 不気味な程静寂が支配していた。静寂の中、烈火の将と祝福の風の表情が引き締まる。

 

「居るな……」

 

「それもかなりの数だ……」

 

 呟き有ったと同時だった。階段踊り場と降り口、何も無い空間2ヵ所から突然白色の光が飛んだ。ビーム兵器だ。シグナムとアインスは素早く身をかわす。外れた光が壁を吹き飛ばし破片が飛び散った。

 シグナムは床を蹴ると跳躍しレヴァンティンの刃を返して、ビームが飛んで来た箇所に横殴りに叩き付ける。アインスももう1ヶ所に疾走し、拳を叩き付けた。

 

 苦悶の声が何も無い空間から漏れる。銀色の大型ビームガンを持った奇怪な怪人が姿を現し床に崩れ落ちた。バド星人だ。非殺傷設定での攻撃を打ち込んだのだ。

 だが敵は2人だけではなかった。不意にビームガンを構えたバド星人の部隊数十人がシグナムとアインスの前に出現する。

 

「現れたな、バド星人……」

 

 シグナムは厳しい眼光を周りに向ける。周囲を取り囲む異形の怪人の群れ。今非殺傷設定で倒れたバド星人達が平然と起き上がってくる。魔力ダメージだけでは倒せないのだ。

 バド星人は防衛隊の武器、ウルトラガンで倒されるような弱い相手と思いがちだが、ウルトラ警備隊のウルトラガンは、怪獣、巨大異星人に使用される強力なレーザーガン。その威力は戦車砲にも劣らないだろう。

 

 ロボットユートム、プラスチク星人、ゴドラ星人、アンドロイド兵士、数々の敵を倒してきた強力な銃である。

 逆に言えば、それだけの威力がなければバド星人を倒せないと言う事だ。一般魔導師の射撃魔法や拳銃くらいではビクともするまい。

 しかしシグナムとアインスは、些かも臆してはいない。シグナムが警告を叫ぶ。

 

「時空管理局だ! お前達は次元世界に不法侵入している! 大人しく立ち去るならば良し。しかし警告を無視して向かってくるならば容赦はしない!」

 

 向こうが警告を無視した場合、対向措置が認められている。怪獣被害を鑑みて、それ以上の驚異となるだろう異星人相手には、そうしなければ甚大な被害が出ると判断されたのだ。

 非殺傷を基本理念としている管理局としても、やむを得ない選択であった。

 しかし非殺傷設定解除には、非殺傷設定が効かない事と、必ず警告を告げる事が義務付けられている。友好的な異星人が迷い込んだ場合を考えてだ。

 これらの決定には、上でやり過ぎだや生温いなどと色々と意見が飛んだようだが、今のところ必ず警告を告げるのが定められている。

 だが傲慢の塊であるバド星人達が聞く筈もなく、全員が警告を不気味にせせら笑う。

 

「馬鹿共めが、我ら以外の知的生物の存在は許されない! 根絶やしにしてくれるわ!」

 

 やはり目的は次元世界の人間を滅ぼす事だ。狭量極まりない。バド星人達は光線銃を2人に向ける。

 だがこの状況に怯む事なく、却って高揚したシグナムは背中合わせの友に呼び掛ける。

 

「アインス行くぞ!」

 

「ふふ将……こうして背中合わせで戦うのは久し振りだな?」

 

 アインスは拳を構えつつ微笑して応えた。張り切っている。

 

「そうだな……」

 

 シグナムはニヤリと戦闘的な微笑を浮かべる。2人の周囲を囲むバド星人達は、手にした光線銃の引き金を絞った。

 

「死ねぃっ!」

 

 高出力のビームの火線が放たれた。まともに食らえば騎士甲冑をも貫いてしまうだろう。

 だが烈火の将と祝福の風はまともに食らう程ノロマではなかった。バド星人達には2人の姿が消えたように見えた。

 勿論消えた訳ではない。2人は同時に跳躍し、三角飛びの要領で壁を蹴りバド星人達の頭上に出たのだ。

 

「紫雷、一閃っ!」

 

「はああっ!」

 

 シグナムの炎の斬撃が一瞬で唐竹割りにバド星人数体を真っ二つに両断し、アインスの拳が立て続けに星人に炸裂する。両断され頭を叩き潰されたバド星人達は、幻影のような炎を発して跡形もなく消滅する。

 さしものバド星人も、高ランク魔導師の攻撃を食らってはひとたまりもない。

 しかし連中も一筋縄では行かない。その身軽さを生かし、宙を跳び交い2人に襲い掛かる。敢然と迎え撃つ烈火の将と祝福の風。戦闘が始まった。

 

 

 

 

 一方ゼロは、指定された裏手の地下入り口を見付け、暗がりの中長い階段を降りていた。確かに少年から連絡のあった通りである。

 

(何処だ……?)

 

 敵の真っ只中では迂闊に大声も出せない。ゼロの両眼が常人には視認出来ない光を放つ。透視能力を使い周囲を見渡すが、少年を発見出来ない。透視の効きが弱いようだった。

 

「シャマルの言ってた妨害波だな……妙な波動が出てやがる。取りあえずテレパシーや思念通話は通じるが……」

 

 しばらく階段を降りると、吹き抜けになっている広い空間に出た。下を見ると底が見えない程の縦穴が空いている。天然の鍾乳洞のようだ。

 それを利用して抜け道の地下道を作ったらしい。この屋敷を作らせた金持ちは変わり者だったようだ。推理小説マニアだったのかもしれない。

 階段は穴の上で橋になっている。屋敷は渡りきった向こうのようだ。ゼロが用心深く進もうとする。すると……

 

「……管理局の兄ちゃん……」

 

 声が向こうから響いた。見ると向こう側にケン少年が一人、ポツリと立っていた。

 

「お前っ、危ねえって言っただろ? こんな所に居ると何があるか分からねえ、ほら帰るぞ」

 

 ゼロはこっちに来いと手招きするが、少年は動く様子がない。ガタガタ震えて半べそをかいている。怖くて動けなくなっているようであった。

 

「今行くから、そこを動くなよ?」

 

 ゼロは一気に橋を渡ろうとする。その時だ。少年は何かに耐えきれなくなったように大声で泣き叫んでいた。

 

「兄ちゃん、来ちゃ駄目だっ!!」

 

 その絶叫と同時だった。突然橋がボキリと中央から折れた。鉄骨で頑丈に造ってあった橋が支柱もろとも積み木のように崩壊していく。

 

「クソッ!」

 

 ゼロがその超人的身体能力で脱出しようとするが、突然地響きが起こり洞窟の天井が崩落した。追い討ちを掛けるように、巨大な岩石が大量に降ってくる。数千トンにも及ぶ重量だ。いくら超人でも逃げきれない。

 

「うわあああああああぁぁぁぁ……っ!?」

 

 変身する間もなくゼロは絶叫を残し、大量の岩石と共に暗い地の底に落ちていった。遥か下で岩が激突する豪音が轟く。少年は茫然と膝を折った。

 

「ふははははっ! やった! やったぞ!!」

 

 暗がりに勝ち誇った嗤いが響く。少年の後ろに異形の怪人バド星人が現れていた。ゼロが落ちた深い縦穴を、嬉しさを隠せない様子で覗き込む。

 

「いくらウルトラマンゼロでも、不意打ちで変身する間もなく、この落盤ではひとたまりもあるまい! バド星人を甘く見たな!」

 

 バド星人は罪悪感と恐怖で、泣きじゃくっている少年を虫けらでも見る目で見下ろす。

 

「よくやったな……約束通り妹は返してやろう」

 

 ケン少年はそこでようやく顔を上げた。兄妹を誘拐したバド星人は、卑劣にも妹を盾に少年にゼロを陥れるように脅していたのだ。

 だがその為に他人を死に追いやってしまったケン少年は、とても喜ぶ事など出来なかった。身体中の震えが止まらない。そんな少年にバド星人は、ニヤリと厭な嗤いを向けた。

 

「と思ったが、お前達には死んでもらう。妹もだ!」

 

 少年の顔から血の気が引く。最初から星人はそのつもりだったのだ。

 

「だっ、騙したなっ!?」

 

「我らバド星人以外の知的生命体は全て滅びなければならない! 1人でも生かしておくと思っているのか? この世界は地下基地にセットしてある爆弾で、後2時間で跡形も無くなる。お前は先に逝け!」

 

 バド星人は冷酷にも、食って掛かる幼い少年を洞穴に蹴り落とした。為す術もなく、ケン少年は真っ暗な縦穴に落ちて行く。

 

(ごめんなさい管理局の兄ちゃん、アキごめん!)

 

 信じてくれた人を陥れ、結局妹も救えなかった。少年は絶望と後悔の中、真っ暗な闇の中をどこまでも落ちていった。

 しかし闇には、決して消える事のない光が灯っている事がある。

 

「?」

 

 硬い地面に叩き付けられる衝撃は無かった。少年は温かく鋼鉄のように逞しい腕にしっかりと抱き止められていた。そう銀色の超人ウルトラマンゼロが寸前で彼を受け止めたのだ。

 

『大丈夫か?』

 

 その目付きの悪い超人は、風貌にそぐわない温かな眼差しで少年に声を掛けた。

 

 

 

 一番の障害を取り除いたと思ったバド星人は、悠々と洞穴から離れる。少し離れた場所に、気を失っている幼い少女アキが倒れていた。

 

「さて……後はこいつを人質に使って、管理局の連中を皆殺しにしてやるか……そしてこの世界の人間を滅ぼしたら、他の人間も次々と滅ぼしてやろう。ククク……」

 

 バド星人は下卑た笑みを醜い顔に浮かべる。仲間に通信を取ろうと顔を上げた。その時妙なものが目に入った。

 暗緑色の楕円形をしたものが宙に浮かんでいるのだ。

 

「何だこれは……?」

 

 怪訝に思い、身を屈めてそれを覗き込むと……

 

「げぇっ!?」

 

 いきなりそれの中から大ぶりの石が飛んで来た。石は見事にバド星人の眉間に辺り、思わず仰け反ってしまう。間髪入れず中から人間の手がニッュと出てくると、少女を抱き抱え中に引っ張り込む。同時に暗緑色のものは消え失せた。

 

「こんな事だろうと思ったわ」

 

 暗がりに凛とした少女の声が響き渡る。見上げると六枚の漆黒の翼を広げた魔導騎士八神はやてと、少女を抱いたシャマル、ヴィータに青年姿のザフィーラが宙に浮かんでいた。

 

『残念だったな!』

 

 縦穴の底から声が響き、少年を抱き抱えたウルトラマンゼロが颯爽と上昇してくる。当てが外れて慌てるバド星人。

 はやて達は状況から、サカタ兄妹が星人に捕まっているものと推測し、わざと罠に掛かったふりをしたのだ。

 

 兄妹が人質に取られる事を考慮し、はやて達はシャマルの妨害波を利用して密かにゼロの後から侵入、隙を見てシャマルが旅の鏡でアキを奪還したのだった。

 ゼロはあらかじめ承知していたので、罠に掛かかると同時に素早く変身していたのである。

 はやては帝王を名乗る者とは思えない、姑息な星人を指差した。

 

「わざわざ次元世界にまで来て人類抹殺やなんて、大方向こうはゼロ兄達ウルトラマンがいてやりづらいから、手薄そうなこっちに来たんと違うんか?」

 

「うっ!?」

 

 するとバド星人は、ギクリと明らかに動揺したようだった。はやては子供を利用するような手口に怒りを感じ、挑発の意味もあって言ったのだがどうやら図星のようだった。非常に情けない理由である。

 どこが帝王なんだ。その場にいる者全員が呆れてそう思った。しかし自称帝王はまったく懲りなかった。

 

「おのれええっ! 帝王に逆らう虫けら共があっ! 皆殺しにしてくれるぅっ!!」

 

 帝王の威厳とやらはどこへやら、取り乱して叫ぶバド星人。それを合図に武装した仲間のバド星人の一団が駆け付けてきた。数十人はいる。

 

「縛れ! 鋼の軛!!」

 

 ザフィーラは先手とばかりに両腕をクロスさせた。地面から次々と鋭い刃が突き出し、襲い来る怪人達を串刺しにする。しかし刃の陣を突破した星人が向かってくる。その前にアイゼンを構えたヴィータが立ち塞がった。

 

「この尻頭星人! くたばれえっ!!」

 

 ラケーテンハンマーが唸りを上げ、バド星人数体が頭をかち割られ一度に吹き飛んでいた。光線銃の射撃をかわし、ヴィータは猛然と星人の軍団に切り込む。

 

「オオオオッ!」

 

 ザフィーラも続き、その剛腕を振るい星人を叩き潰す。牙獣走破の鋭い蹴りが、縦横無尽に敵を凪ぎ払った。

 

「風の御盾!」

 

 シャマルが巻き起こした数個の小型竜巻が、バド星人達を巻き上げ陣形を崩す。そこにはやてが間を開けず攻撃する。

 

「ブラッディー・ダガー!」

 

 無数の深紅の短剣が高速で飛来し、バド星人達に炸裂爆発させた。更にゼロが額から『エメリウムスラッシュ』を掃射し星人を焼き尽くす。瞬く間に駆け付けたバド星人達は全滅していた。

 

「クソッ! 援軍を……」

 

 1人残った先ほどのリーダーらしきバド星人は、残りの仲間を呼び寄せようとする。しかし応答は無い。

 

「クソッ、どうした!? 誰か応えろ!」

 

 すると暗がりからコツコツと足音が響いた。タイミングよく向こうからやって来る者がいる。醜い顔に喜色を浮かべるバド星人だったが、それは頼みの仲間ではなかった。

 

「残念だったな……」

 

「向こうは全て片付いたぞ……」

 

 それはシグナムとアインスであった。バド星人の目には、背後にズオオンッという擬音が見えそうであった。なまじ美女2人なだけに却って怖い。

 残りの星人軍団を2人だけで片付けたのだ。掠り傷一つ負っていない。さすがは一騎当千の烈火の将と祝福の風であった。

 

 バド星人は完全に追い詰められた。仲間は全滅。周りは強力な魔導師と若き最強戦士ウルトラマンゼロ。絶体絶命だ。しかし星人にはまだ切り札があった。

 

「まだまだ、これからだ! 出ろ、X(クロス)サバーガッ!!」

 

 バド星人の指令に呼応し、突然激しい地鳴りと地震が辺りを襲った。耳をつんざく叫びが地底より木霊し、何か巨大なものが現れようとしている。

 鍾乳洞が大崩落を起こす。崩れた岩が大量に降ってきた。このままでは生き埋めになってしまう。

 

「みんな外へ!」

 

 はやて達は兄妹を連れ、飛行魔法で地下を脱出する。ゼロは少年を預けると対抗して巨大化した。

 

 

 

「はやて、あれっ!」

 

 外に出たヴィータが森を指差す。見ると二つの巨大な怪物が、土砂と木々を盛大に巻き上げ地上に出現していた。更に巨大化したバド星人まで姿を現す。余波で屋敷が半壊してしまう。

 ウルトラマンゼロも鍾乳洞を派手に突き破って地上に降り立った。左腕を突き出した、得意のレオ拳法の構えをとる。

 広域結界を張りたいところだが、実は管理世界では結界は迂闊に張れない。

 地球と違い魔力資質を持つ者が多いので、下手に展開した場合多数の人間が結界内部に閉じ込められてしまうケースがあるのだ。

 アリサとすずかのような事故が多発すると言うと、判りやすいだろう。過去に出られずに戦闘に巻き込まれ死亡したケースもある。

 広域結界は魔力資質を持つ者が少ない世界では便利なものだが、魔法が普及した世界では必ずしもそうではない。

 その為管理局はこの世界で、限定的で狭い範囲のみの結界しか使用出来ないのだ。おかげでゴルザ戦でゼロはピンチに陥ったのである。此処が郊外の人気の無い場所なのが幸いだった。

 

『ふははははっ! こいつに勝てるかな? ウルトラマンゼロッ!』

 

 バド星人の勘に障る勝ち誇った声が響く。大地を割り現れたのは、針鼠のような頭部に恐竜のような姿、翼を備え左手がドリル状になっている奇怪な怪獣『宇宙忍獣 X(クロス)サバーガ』だった。しかも2匹。

 

『何だコイツらは!?』

 

 ゼロは見た事のない怪獣に一瞬戸惑った。ドキュメントデータにもない怪獣だ。『レイブラッド星人』が引き起こした『ギャラクシークライシス』に因り、他世界の怪獣も現れるようになったM78ワールドだが、Xサバーガはまだ出現していない。

 

『ふははははっ! 帝王を甘く見るな! 空間異常のせいで此方に現れた別世界の怪獣を、我等のコントロール通りに動くようにしたのだ!』

 

 とバド星人は自慢げに嗤っていると、振り返ったXサバーガはギロリと主人を睨んだ。様子がおかしい。2匹の怪獣の頭部辺りからスパークと煙が立ち昇っている。

 Xサバーガは怒ったように咆哮すると、巨大な尾を振り上げた。焦る自称宇宙の帝王。

 

『うわあっ!? 馬鹿者、敵は向こう!?』

 

 言い終わる前にバド星人は強力な尾の一撃で軽々と吹っ飛ばされていた。数百メートルは飛ばされ、岩場にガツンッと頭をぶつけて呻いている。

 

『コントロール出来てねえじゃねえか……』

 

 ツッコミを入れるゼロである。どうやらコントロール装置がもう効かなくなったらしい。『根源的破滅招来体』由来の怪獣相手には、バド星人の科学力では限界があったようである。

 しかし見境なしかと思われたXサバーガ2匹は、ゼロを血走った眼で睨み猛然と襲い掛かって来た。

 

『ちっ!』

 

 Xサバーガは『根源的破滅招来体』が亜空間ゲートの守りに付かせていた生体兵器と思しき怪獣。製造されていた同タイプが『M78ワールド』に迷い混んだのだろう。

 どうやらゼロを『ウルトラマンガイア』や『アグル』と同じような敵と判断したようだ。

 それを見たバド星人はヨロヨロと立ち上がり、頭を擦りながら距離を取って高笑いする。

 

『ふはははっ! どうやらそいつは、お前達ウルトラマンを優先的に襲うようだな? ならば私は隠れて高みの見物といこう!』

 

 情けない台詞を吐くとバド星人の姿が幻影のように消え失せる。得意の透明化で姿を隠したのだ。

 

「せっ、セコい……」

 

 ヴィータは呆れ顔をし、他の者も激しく同意するがそれどころではない。Xサバーガ2匹は左腕のドリルを高速回転させ繰り出してきた。ゼロは身をかわしドリルの猛攻を避ける。

 

「すっ、すげえ……!」

 

「おっきいっ!」

 

 大地を揺るがす巨人と魔獣の決闘。サカタ兄妹は目を丸くするが、ケン少年は何かを思い出したようで、はやて達に訴えた。

 

「大変だ! あいつ爆弾を仕掛けたって、後2時間でこの世界が無くなるって言ってた!」

 

「やっぱりな……」

 

 はやては皆に目配せし、シグナム達は頷いていた。

 

 

 

 Xサバーガ2匹は巨体に似合わぬ素早い動きで、ゼロの周りを円を描くように移動する。接近戦には微妙な距離だ。それならばまず片方をと思ったゼロは、左腕を水平に挙げた。『ワイドゼロショット』の態勢だ。

 腕をL字形に組み合わせ、左方のXサバーガに光線を放つ。眩い光の奔流が空を飛んだ。しかし……

 

『何いっ!?』

 

 Xサバーガが大地を踏みつけると、何と地面が辺りの岩盤ごと大きく捲れ上がった。巨大な地面の盾だ。忍者の畳返しのようである。

 ワイドゼロショットにより数千トン分の質量は粉々に吹き飛んだが、その間にXサバーガは素早く離脱する。それと同時にもう1匹がゼロに後方から襲い掛かった。

 

『野郎っ!』

 

 ゼロは振り向き様『ゼロスラッガー』を投擲した。しかし不意に爆発したように土煙が上がり、その姿が消え失せる。スラッガーは何も無い空間を通り過ぎてしまう。一瞬で地中に潜ったのだ。

 間髪置かず、ゼロの後方の土中からXサバーガが飛び出した。土遁の述。左手のドリルが唸る。

 とっさに体を捻って避けるゼロだが、片割れのサバーガのドリルが後ろから肩口を抉った。

 

『ぐあっ!?』

 

 さすがに避けきれず食らってしまう。しかしわずかに身を沈めたので深手ではない。怯まず、お返しと反撃の鉄拳を顔面に叩き込んだ。

 弾かれたように吹っ飛ぶサバーガ。しかしそのまま背中の翼を使い、空に飛び上がった。もう1匹も空に飛び上がる。

 2方向からの同時体当たり攻撃だ。衝撃波を伴い、音速で突っ込んでくる。寸でのところで後方に跳びかわすゼロ。

 2匹のXサバーガはかわされたと見るや、距離をとって同時に地面に降り立った。同時に右手をゼロに向ける。その手が倍ほどに膨張した。その掌中央に穴が開き、何かが一斉に飛び出してくる。

 

『何だっ!?』

 

 破壊光線か何かの飛び道具かと思いきや、大量の蝙蝠のようなものがうじゃうじゃと飛んでくる。体長数メートル程の黒い小型怪獣だ。小Xサバーガ。

 ともかく数が多い。数百はいる。ゼロに群がる小サバーガは、光に群がる蛾の大群のようだ。

 

『ちいっ!』

 

 額からエメリウムスラッシュを放ち、虫叩きの要領でまとわり付く小サバーガを撃ち落とすが数が多すぎる。2匹分である。次々とゼロの身体に小サバーガが取り付いた。

 引き剥がそうとするが離れない。一斉に発光を開始するとゼロは急激な脱力感を感じた。

 

『コイツら、俺のエネルギーを吸い取ってやがる!?』

 

 だがそれだけではなかった。取り付いた小サバーガ群が光を増すと、次々と自爆する。轟音が響き火花が散る。凄まじい爆発だ。

 

『ぐあああっ!?』

 

 自分のエネルギーを使われ、ゼロ距離で自爆されては堪ったものではない。相手のエネルギーを吸い取り、自爆攻撃をおこなうのが小サバーガの本領なのだ。

 全身からエネルギーを放出し敵を倒す技もウルトラマンにはあるが、小サバーガはそのエネルギーで自爆攻撃をしてくるだろう。巨大なウルトラマンにとって、相性最悪の攻撃と言えた。

 大型サバーガがいる状況では小さくなって対抗する事も出来ない。

 Xサバーガ2匹は、更に追加の小サバーガを繰り出す。爆発のダメージで膝を着いてしまうゼロ。このまま攻撃を受け続ければ不味い。胸のカラータイマーが赤く点滅を始めていた。

 

 

 

 狼形態になったザフィーラは、サカタ兄妹を背中に乗せ、宙を駆けていた。安全圏に避難させる為だ。爆風や降りしきる土砂の中を、蒼き守護獣は巧みに避け防御魔法で防ぎながら全速力で離脱する。

 そんな中、ケン少年は後ろを心配そうに何度も振り返っていた。

 

「どうした……?」

 

 危機を脱したザフィーラは尋ねていた。少年は表情を青ざめさせる。

 

「あの兄ちゃん居なかったけど、大丈夫だったのかな?」

 

「心配は要らない……ゼロは無事だ……」

 

 まさか今戦っている巨人が本人だと言うわけにもいかないので、そう伝えておく。その言葉にケン少年は心底ホッとした顔をするが、再び後ろを振り返った。

 

「助けてくれたあの巨人、大丈夫かな……?」

 

 遠目にウルトラマンゼロが小サバーガの自爆攻撃を食らい、大地に膝を着いている。苦しそうだった。全身から白煙が立ち昇っている。

 

「大丈夫だ……ウルトラマンゼロはあのような外道に負けたりはしない……それに主が、我らがいる!」

 

 ザフィーラは静かに、しかし頼もしく応えていた。

 

 

 

 膝を着くゼロに更に迫る小サバーガの大群。カラータイマーの点滅が早い。かなりのエネルギーを吸い取られてしまっているのだ。活動時間はわずかである。

 ここままでは……その時だ。凛とした声がゼロの耳に響いた。

 

「飛竜、一閃っ!」

 

 蛇腹状に分割した刃が、小サバーガを大蛇のごとく切り裂いた。シュランゲフォルムの愛機を振るうシグナムだ。

 

「ナイトメア!」

 

 更にアインスのレーザー状砲撃魔法が、群がる小サバーガを撃ち落とす。

 

「アイゼンッ!」

 

 ヴィータの打ち出した魔力弾が次々と黒い怪獣を粉砕する。そして6枚の漆黒の羽根を広げた魔法少女が上空に現れた。

 

「ごめんゼロ兄、探索やらで遅うなった。ちっこいのは任せて!」

 

 はやてのシュベルトクロイツが光を発し、降り注ぐ強力な魔力弾が小サバーガ数十匹を一度に撃墜、Xサバーガにも爆撃を敢行する。

 怯むXサバーガ2匹。しかし小サバーガの数は多い。態勢を立て直した群れは、はやて達にわらわらと向かってくる。だが迎え撃つ主と騎士達は怯みはしない。敢然と立ち向かう。

 

『悪い、みんな助かったぜ!』

 

 変幻自在の攻撃に惑わされていたゼロは礼を言うと、気合いを入れ直し雄々しく立ち上がった。

 咆哮するXサバーガ2匹。さすがに小サバーガは、今これ以上放出出来ないらしい。ゼロのカラータイマーの点滅が激しくなる。時間が無い。

 

『行くぜぇっ!』

 

 大地を揺るがし向かうゼロ。小サバーガははやて達が引き受けている。もうネタ切れかと思われたが、突然Xサバーガの姿がぶれて見える。ぶれて見えるだけではない。Xサバーガが8匹に増えたのだ。

 

『こいつは!?』

 

 8匹のXサバーガは、戸惑うゼロをグルリと包囲する。左手のドリルを回転させ襲い掛かってきた。

 ゼロは側転して8つのドリル攻撃をかわすと、近場のXサバーガにエメリウムスラッシュを叩き込む。

 

『何いっ!?』

 

 光のラインはサバーガをすり抜けてしまった。後ろの木々が一瞬で炭化する。

 

『2匹以外は分身かよ、忍者かてめえら!?』

 

 忍者は知っているのようだ。漫画かテレビで観たのだろう。文句を付けるゼロにサバーガ8匹は嘲笑うように空に飛び上がる。八方向からドリルを繰り出し突撃してくる。

 ゼロはスラッガーを投擲するが、攻撃がすり抜けてしまう。背後からの体当たりを食らい、ゼロは吹っ飛ばされてしまった。森の木々がマッチ棒ようにへし折れる。

 Xサバーガは、巧みに幻と実物を使い分けているのだ。

 

(クソッ、本物はどれだ!?)

 

 透視も効かない。こちらで見切るしかない。しかしカラータイマーの点滅が激しくなる。ゆっくり考えている時間も無い。

 Xサバーガの分身は、ウルトラマンガイアの眼をも欺く事が出来る。唯一水面に映らないという弱点があるが、あいにく此処には湖や沼は無い。

 

『ええいっ! 面倒だ!!』

 

 ゼロは開き直ったかのように立ち上がった。襲い来るXサバーガ8匹に対し、正面から向かう。ヤケクソになったのかウルトラマンゼロ?

 

『食らえっ!』

 

 ゼロは回転しながらスラッガーを投擲、更にエメリウムスラッシュとワイドゼロショットを同時に別方向に掃射する。8匹のサバーガにまとめて同時攻撃したのだ。

 当たらなくても構わない。見切れないのなら全部まとめて攻撃し、本物を見分けようと言うのである。

 数匹を攻撃がすり抜けるが、絶叫が上がると同時に、8匹いたXサバーガの姿が消え失せた。

 後にはスラッガーで腕を切り裂かれ、エメリウムスラッシュを肩に受けた2匹のXサバーガのみが残されている。強引な戦法だが、効をそうしたようだ。

 

『見付けたぜぇっ!』

 

 ゼロは盛大に土砂を巻き上げ、サバーガ2匹に突撃する。宇宙忍獣は即座に傷を再生すると咆哮し向かってきた。Xサバーガは再生能力が高い。

 右手のドリルを同時に繰り出してくる。しかしゼロはわずかな動きだけでドリルをかわし、その腕を取ると2匹まとめて大地に投げ飛ばす。サバーガは地響きを立てて頭から叩き付けられた。

 怒りの鳴き声を上げ立ち上がるXサバーガは、直ぐに身軽に立ち上がる。再び羽根を使い分空に飛び上がると、回転するドリルを向けてくる。

 ゼロはボクシングのダッキングの要領で、身体を低くして同時攻撃をかわすと、両手にゼロスラッガーを構えた。

 

『オラアッ!』

 

 銀色の斬撃が宙を走り、Xサバーガのドリル部分が根本から切断されていた。しかし忍獣は生体兵器故か、それでも攻撃を途絶えさせない。

 2匹の右腕が再び膨れ上がる。次の小サバーガを射出出来る準備が整ったのだ。

 

『そうはさせねえっ!』

 

 ゼロはエメリウムスラッシュを放つ。光のラインは狙い違わず、サバーガ2匹の射出口に命中した。倍以上に膨れ上がった腕が内部から光を放ち、腕が吹っ飛んだ。

 中の小サバーガがスラッシュのエネルギーで、内部自爆してしまったのだ。

 さすがに両腕を失ったサバーガ2匹は、無くなった腕を押さえ絶叫を上げる。直ぐには腕2本を再生出来まい。トリッキーな動きがようやく止まる。

 

『今だっ!』

 

 ゼロの数万トンの巨体が、重力の枷を離れて軽々と空に跳んだ。宙でアクロバットさながらに回転する。その右脚が炎のように赤熱化した。『ウルトラゼロキック』の態勢!

 

『デリャアアアアアアッ!!』

 

 急降下のゼロキックが、わずかな時間差で2匹に炸裂する。炎のキックは、Xサバーガの頭部を上半身ごと粉々に爆砕した。ウルトラゼロキック二段蹴りだ。

 Xサバーガ2匹は盛大な地響きを上げて倒れ込み、粉々に吹き飛ぶ。爆煙を背に、ゼロは地上に降り立った。

 

 カラータイマーの点滅が限界を告げている。かなりのエネルギーを吸い取られ、活動時間はそんなに残っていない。

 ヨロヨロと立ち上がろうとするゼロの背後に、何時の間にか音も無くバド星人が出現していた。

 

『ふはははっ! もうエネルギーは限界だろう! 私の勝ちだウルトラマンゼロッ!!』

 

 姿を現したバド星人は、ゼロが消耗するのを息を潜めて待っていたのだ。さすがは帝王である? その手には宇宙金属製のメリケンサックが光る。迫る凶器攻撃!

 

『舐めんな尻頭星人!』

 

 しかしゼロは軽く首を振ってメリケンサックの攻撃をかわすと、右正拳突きをカウンター気味にバド星人の顎に叩き込んだ。

 

『ぐええええっ!?』

 

 あっさり殴り飛ばされ大地に這いつくばる自称帝王。たとえエネルギーが残り少なくとも、ウルトラマンゼロの敵ではなかった。迫るゼロに、バド星人は怯えたように後ずさる。

 

『たっ、頼む、命だけは助けてくれえ!』

 

 自称帝王は敵わぬと見ると、頭を抱えて懸命に命乞いする。帝王の威厳も何も非常に情けない。

 

『うるせえ、往生際が悪いぞ!』

 

 ゼロは拳を振り上げるが、憐れっぽく命乞いをするバド星人に、どうしても拳を叩き付ける事が出来なかった。ウルトラマンは命乞いする相手に止めを刺す事など出来ない。それはゼロとて同じだ。

 甘いと言われようが、それがウルトラマンという存在であった。

 

『……二度と、こんな事をするんじゃねえぞ……それなら見逃してやる……』

 

『わっ、分かった。もう諦める……二度とこんな事はしない。だから許してくれ……』

 

 ゼロはその言葉を信じた。頷くときびすを返す。しかしバド星人が本心から改心する筈などなく、隠し持っていた大型光線銃を取り出し、ゼロの背中に向けた。

 

『甘ちゃんが、死ねえいっ!!』

 

 だが引き金に手を掛けるバド星人の目の前に、シグナム、アインス、ヴィータ、はやてが待ち構えていた。小サバーガの群れを全滅させたのである。

 

「貴様のような外道の考えなどお見通しだ! 翔けよ隼!!」

 

 怒るシグナムのシュツルムファルケンが、ものの見事に星人の胸に炸裂する。

 

「来よ、夜の帳(とばり)! 夜天の雷!!」

 

「轟天! 爆砕! ギガントシュラアアクッ! くたばれ尻頭星人!!」

 

 更にアインスの必殺の拳と、数十メートルにまで巨大化したアイゼンがバド星人に纏めて炸裂する。

 

『うっぎゃあああああああああぁぁぁぁっ!?』

 

 必殺技のコンボをまともに食らい、絶叫を上げるバド星人の巨体が綺麗な放物線を描いて空を舞った。

 

「とどめや、ラグナロク!」

 

 最後にはやての強力極まりない魔力砲撃を受け、バド星人はものすごい勢いで頭から岩場に落下した。その口からブクブクと血の泡を吹く。自称帝王の最期であった。

 だが自称帝王は往生際も悪かった。

 

『い……いい気になるなよ……私を倒しても、もう遅い……この世界は後わずかで粉々になるのだ……』

 

 仕掛けた惑星破壊爆弾の事を言っているのだ。しかし……

 

《残念でした~》

 

 シャマルのおっとりした調子の声が響く。はやての携帯端末からだ。はやてはにっこり微笑むと、端末画像を死にかけのバド星人に示す。少々ホコリ塗れのシャマルは主と同じく微笑んだ。

 

《爆弾はもう見付けました。鏡を入り口にしていた地下基地に入るのは、皆に瓦礫を除けてもらったりで、骨が折れましたけど、仕掛けた爆弾は無事回収完了です。

 レティ提督の手配で、爆弾は安全圏まで転送完了しましたよ、お尻頭星人さん♪》

 

 思いっきりバド星人に得意気な顔をして見せる。道理ではやて達が参戦するのが遅れ、シャマルの姿が見えなかった訳だ。惑星破壊爆弾の回収と処理をしていたのである。

 はやては苦笑混じりに、バド星人に片目を瞑って見せる。

 

「得意気に色々バラすから、失敗するんやよ?」

 

「所詮自称帝王ですからね……」

 

 シグナムが軽蔑感たっぷりに頷く。ヴィータは呆れたように星人を見下ろした。

 

「バド星人なんて名前、勿体ないよな。もう正式名称、尻頭星人でいいんじゃね?」

 

「レティ提督に、ドキュメントデータ変更の申請をしておくか……」

 

 アインスが真面目な顔で頷いた。もうボロクソである。最後の手段までも失敗してしまったバド星人は、最期の力を振り絞って声を発した。

 

「……しり頭星人だけは……止め……」

 

 言い終わらない内に白い炎に包まれ消滅してしまう。余程嫌だったようである。これですべて片付いた。

 

『ありがとう、みんな……』

 

 ゼロは手を振って宙に浮かぶはやて達に感謝すると、両手を組み合わせ人間形態に変化した。

 

 

 太陽が半分ほど沈み、辺りが夕陽の光に染まる。ゼロ達がザフィーラが避難させていたサカタ兄妹の元に行くと、ケン少年が涙で顔をクシャクシャにしてゼロに謝ってきた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……僕……」

 

 ゼロは泣きじゃくる少年の前にしゃがみ込むと、その頭を優しく撫でてやる。

 

「気にすんな……お前は妹の為にがんばった……俺はこうしてピンピンしてる。それに我慢出来なくて、俺に知らせてくれたろ? だから助かったんだぜ」

 

 ケンの表情にようやく安堵の色が浮かんだようであった。アキは気絶していたので、やり取りの意味が判らず首を傾げている。

 妹を助ける為に自分を陥れたとなじる気は、ゼロには無かった。知らせてくれたお陰で助かったと言うのは嘘だが、少しでも少年の罪悪感を軽くしてやりたかったのだ。

 それにあの状況で、泣きながら危機を教えようとしてくれた少年の心を、何より素晴らしいと思った。

 橙色の夕陽の光が、兄妹とゼロを温かく照らす。はやてはその光景を見て思う。

 

(ゼロ兄は、やっぱりこうなんよね……)

 

 結局のところ理由はどうあれ、ゼロは人間に嘘を吐かれ罠に嵌められ殺されるところだった。そしてバド星人を許そうとし不意打ちを食らうところだった。

 

「済まねえ……結局みんなには迷惑掛けたな……」

 

 立ち上がったゼロは皆に頭を下げる。無論無責任にバド星人を許そうとした訳ではない。爆弾処理の事も既に知っており、星人にはもう手段が無い事から、命だけは助けようと思ったのだ。

 そうは言うものの、ゼロはこれからもそうしてしまうだろう。それは甘さではなく、変えようと思ったとしても変えられない、ウルトラマンの魂のようなものだから。

 例え何十、何百回裏切られようとも……

 

 それはとても尊いものであると同時に、まだ若いゼロにとっては危ういものだとはやては改めて思った。

 

「主はやて……その分は我らが……」

 

 同じ感想を抱いたシグナムが頷いていた。彼女も不安に駈られたのだろう。あまりに他者を信じすぎるウルトラマンの少年を。はやても頷き返す。

 

「うん……私らがカバーすれば良いんや……」

 

 幸福の王子のような末路をゼロには味あわせたりはしない。人として家族として。そして……

 他の者達も頷いていた。

 

「どうした? 」

 

 首を傾げるゼロに、はやては笑いかけていた。

 

「王子様を守らんとあかんなって話や」

 

「何だよ、それ?」

 

 意味が判らないウルトラマンの少年に、はやては決意と温かな感情を込めて笑って見せるのだった。

 

 

 

 

 

 追記

 後日管理局のドキュメントデータの名称に変更があった。それには……

 

 バド星人。自称宇宙の帝王。別名、尻頭星人

 

 と記載されていたそうである。

 

 

 つづく

 

 




結界などの魔法設定は、独自のものとなります。As編以降出てこない事を自分なりに考えた結果なので、本気にしてはいけません。


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第89話 まぼろしの街1


何年も掛け、夜天のウルトラマンゼロも百話近くになりました。付き合って頂きありがとうございます。今回の話でとある事に変化が訪れます。シグナム燃えます。



 

 

 この時計欲しいのか?

 

 店先に飾ってあった時計を見ていた私に、少年は何気なく声を掛けてきた。

 ああ……私は夢を見ているのだ。これは先日あった出来事だ。買い物帰りにふと立ち寄った店での事だ。

 

 少し珍しくてな……

 

 見られて少々ばつが悪い私は、なんでもない風をして応える。それは秒針式のアンティーク調の時計だった。鈍く銀色に光るフレーム部が落ち着いた感じで良い。文字盤も手造りで職人芸を感じさせ好みだ。

 デバイスや端末にデジタル時計が付いているので無くても困らないが、私は古い騎士のせいか、こういったアナログなものが好きなのだ。

 表情に出ていたのだろうか、彼は屈託なく笑い掛け言った。

 

 買ってやるよ

 

 私は慌ててしまった。流れ的に催促したみたいではないか。それなら自分で買うと言うが、彼は聞きはしなかった。却って張り切ってしまっている。

 いい値段なので値札を見て少し固まったようだが、それでも彼は照れ臭そうに言った。

 

 昇進祝いだ。シグナムには何時も世話になってっからな……

 

 結局押し切られ私はその時計を買ってもらってしまった。包装された長方形の小箱を手渡される。

 

 す、済まんな……

 

 ひどく心が揺れ動いたが私は努めて平静を装い、それを受け取っていた。そんな私を見ても彼はとても嬉しそうだ。まさか顔に出ていたのではあるまいな?

 大丈夫だと自分に言い聞かせる。家族同然の少年にプレゼントされたのだ。別にやましい事はない筈だ。

 少し気持ちが落ち着いた私は、小箱に入った時計を無意識の内に大事に抱き締めていた。

 

 時計を填めてみる。ひどく嬉しかった。無意識に口の端が上がっているのに気付いた。慌てて口許を引き締める。

 気を取り直し、もう一度時計を見てみる。すると時計の秒針が止まっていた。

 おかしいと思い更にもう一度見ると、時計の硝子は無惨に割れ、秒針はネジ曲がり生々しい血痕が着いていた。そして目の前に血塗れの彼が倒れていた。

 

 全身の血の気が引いた。私は我を忘れて駆け寄り抱き起こしていた。抱いたその身体が、体温を失い冷たくなっていく。

 

 しっかりしろ!

 

 私は懸命に彼を抱き締め呼び掛けていた。だが彼の身体は氷のように冷えて行く。失われて行く生命の炎。どうしても止める事は出来ない。気が付くと私の眼から熱いものが流れ落ちていた。

 

 死ぬなゼロッ! 目を開けてくれ! ゼロォッ!!

 

 絶望的な恐怖と耐え難い程の喪失感。終に彼は物言わぬ骸となっていた。私は亡骸を抱いて泣き叫んでいた。

 

 何故かその時、あの女シグナム・ユーベルの顔が浮かんだ。

 自分と同じ顔をした黒い騎士甲冑の女は、何とも寂しげで愛しそうな眼差しをしていた。冷徹な表情に浮かんだ感情……それは……

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 シグナムは目を覚ましていた。カーテンの隙間から僅かに零れる青い月光が、暗い部屋を微かに照らす。見慣れた自室の寝室だ。まだ心臓が早鐘のように鳴っている。

 

「夢か……」

 

 深く深く安堵のため息を吐いていた。枕元には月明かりに鈍く光るあの腕時計もある。無論壊れてなどいないし、血痕も着いてなどいない。

 何か良くない事の前触れのような気がしたが、シグナムは微苦笑を浮かべてその考えを振り払う。

 

「夢見が悪かったからといって、何だと言うのだ……」

 

 しかし先程の生々しい夢の映像は、中々脳裏から去ろうとしなかった。そこで彼女は気付いた。

 

「……?」

 

 頬を伝うもの。烈火の将は自分が夢の中と同じく、涙を流している事に気付いた……

 

 

 

 

 

 

**************************************************

 

 

 

 

 ゼロ達八神家が時空管理局で働き始めてから、1年以上が過ぎていた。はやての回復も目覚ましく、リハビリも順調に進んでいた。杖無しでもいくらか歩けるようにもなってきている。

 この調子なら普通に立って歩く事が出来るようになるのも、そう遠い事ではあるまい。

 そして管理局の仕事の方は、バド星人以降は散発的な怪獣出現に留まっており、正式に特別捜査官となったはやてやシグナム達の補佐として、ゼロは怪獣事件以外は通常の次元犯罪捜査にあたっていた。

 だが人知れず不穏な動きが高まっていた。レティの心配の通り、新天地が見付かった事で、侵略宇宙人達は次元世界に狙いを定めたのだ。

 今は侵略の為の前段階。偵察と思しき円盤の目撃や、神隠しにでもあったかのような不可解な行方不明者の数が増えていた。そして……

 

 

 

*************************

 

 

 

 第58管理世界、次元航行船の発着場。そこに急いで向かう2人の男女の姿があった。ゼロとシグナムである。かなり慌てているようだ。

 実は最終便に間に合うかどうかの瀬戸際である。もう深夜近くで、まだ新しい発着場には殆ど人気は無い。あまり拓けていない世界なので発着場が出来たのも最近の事である。

 当然定期便も少ない。これを逃すと明日まで待たなければならなくなる。宿泊施設も周りには無い。2人共終いには駆け足になっていたが、

 

「ああっ、行っちまったか!?」

 

 ゼロは離陸する中型の航行船を見て、悔しそうに舌打ちした。どうやら間に合わなかったようだ。

 

「やれやれ……どうしたもんかな……?」

 

「かなり手間取ってしまったからな……主はやても皆もご心配されているだろう……」

 

 シグナムは残念そうに肩を竦めた。今回は2人での仕事であった。事件が立て続けに起こり、はやて達は別の管理世界でロストロギア絡みの事件にあたっている。

 此方は怪獣が潜んでいる可能性が有ったので、ウルトラマンであるゼロと、単騎で怪獣と渡り合える1人のシグナムが赴く事になった。

 だが偶々管理局の航行船の空きが無く、空きが来るのを待つより直接行った方が早いとなり、ゼロとシグナムは定期便に乗りこの世界に来ていたのだ。

 奥地の方で怪獣騒ぎとロストロギア騒ぎ両方が重なり、中々大変だったのである。

 潜んでいた月の輪怪獣『クレッセント』の群れを、ゼロは獅子奮迅の勢いでシグナムと共に撃破、ロストロギアも無事回収に成功した。

 しかしお陰で予定よりかなり時間が掛かってしまったのである。

 どうしたものか。転移魔法や転移ポートは他の世界と遠すぎる為に使えない。長時間戦闘で次元移動ブレスレットのエネルギーも使ってしまったので使用不能。

 ウルティメイトイージスも前回、迷い込んだ怪獣を元の世界に送り返した時に使用したのでまだ使えない。

 

 2人して頭を捻っていると、微かな噴射音が響いた。見ると定期便の中型航行船が降下して来るのが見える。

 

「何だ、此方が最終便か、脅かしやがって」

 

「時間は過ぎている筈だが、新規に加盟した世界だとよく遅れる事があるからな……だが有り難い」

 

 着陸した航行船のドアが音も無く開く。ゼロとシグナムはこれ幸いと荷物を持って乗り込んだ。

 雑多な雰囲気の少し古い型の航行船らしい。小型の旅客機のような機内だった。人はまばらだが十数人程が座っている。

 気のせいか照明が暗く感じられた。疲れているゼロは気にせず、空いている席に倒れ込むように座った。シグナムも隣に腰掛ける。周りを見るとみんな眠っているようだった。

 

「やれやれ……」

 

 ゼロは足を投げ出して楽な姿勢を取る。そこでふと、

 

「そう言えばシグナム……昇進した時に来た首都航空隊の話断ったんだって……? 部下も持つ事になるんだろ。勿体ねえな」

 

 首都航空隊。本局武装隊と並ぶ、時空管理局のエリート部隊である。

 シグナムはその働きと指揮官適正が有ったので、昇進した際首都航空隊から誘いを受けていたのだ。

 

「ふっ……折角だがな……今の管理世界の実情を考えるとな……」

 

 シグナムの凛とした美貌に、鋭いものが走る。

 

「怪獣、異星人絡みの事件がある……通常の次元犯罪ならまだしも、怪獣と戦っている最中部隊指揮をしている余裕など無いしな……していたら死んでいるだろう。単独で呼ばれる事も多い……そんな事では録に部下の面倒も見れまい?」

 

「そうだな……」

 

 ゼロは頷いた。歩兵レベルの平均的魔導師では怪獣に全く歯が立たない。豆鉄砲で荒れ狂う巨象にむかうようなものだ。その為高ランク魔導師が前に出る事になる。

 それでも太刀打ち出来ない個体も多い。だが単独で怪獣を撃破した事もあるシグナムは、経験も実積もあり頼りにされているのだ。

 そこで烈火の将の瑠璃色の瞳に、静かな炎が灯る。

 

「それにシグナム・ユーベル……奴を追い抜くには常に実戦に身を置いておきたいのだ……」

 

 先日見た夢の事を思い出す。ゼロは彼女らしい表明に苦笑を浮かべる。

 

「シグナムらしいな……」

 

 今は部隊指揮より、一個の剣士として腕を磨くのが己に課せられたものだと思っているのだ。

『ウルトラセブンアックス』の事があるゼロにもよく判る。彼女が部下を率いるようになるのは、シグナム・ユーベルを打倒した後であろう。

 まだ自分達の問題が解決していない今、別の世界線のように後進を見守るという考えは、今のシグナムにはまだ無い。

 今の彼女ははやてと同じく特別捜査官。その腕を必要とされる事件に呼ばれる、助っ人の凄腕剣豪というところである。

 

「流石に眠くなって来た……」

 

 納得したゼロは大欠伸する。烈火の将は少年の無邪気な動作が少し可笑しい。

 

「眠っておけ……かなりエネルギーを消耗してしまっただろう? 向こうに着いたら起こしてやる」

 

「……分かった……頼む……」

 

 ゼロはコクンと頷くと目を瞑った。あっという間に寝息を立てる。シグナムは微笑ましくなりつい微笑してしまう。その目はとても温かかった。

 早々に寝入ったゼロを横目に、少し報告書を纏めておこうと思い携帯端末を開く。しばらくキーを叩いていたが、流石に疲れを感じた。彼女も今日奮戦したばかりである。一休みしようと端末を仕舞った時だ。

 

「!?」

 

 シグナムは思わずピクンッと身体を震わせてしまった。何故ならゼロがいきなり、肩に持たれ掛かって来ていたからである。

 

「ゼッ、ゼロ……?」

 

 見るとゼロは正体無く寝こけ、シグナムの肩に頭を持たれさせていた。電車などで、たまにある光景である。慌てて起こそうとしたが、無邪気な顔で熟睡している少年を見ると躊躇われた。

 

(しっ、仕方無いなっ……疲れているのだ)

 

 自分をそう納得させ、そのまま寝かせてやることにした。動悸が少々速まってしまう。そこではたとある事に今更思い当たった。

 

(考えてみれば……久し振りに2人だけで、出先に来ているのか……)

 

 今更ながら一旦意識してしまうと頬が熱くなってしまう。2人でトレーニングをする時もあるので、今更という感じであるが、仕事先とは言え旅先で2人きりなのは初めてだ。大抵は八神家の他の者が一緒である。

 烈火の将は動揺して頭を振った。アインス辺りが見ていたら、にこやかに笑って頭を撫でようとするであろう。

 

(何を考えているのだ私は!)

 

 自分を叱責し、高鳴る鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返す。管理局では豪傑で通っている烈火の将も、中身はれっきとした女性である。しかしたいへん不器用だ。

 今だゼロへの感情をもてあまし、困惑しているというところである。

 ドキドキしながらつい、ゼロの匂いは日向の香りだな、などと思ってしまっていると、持たれていたゼロが顔を上げムニャムニャ言った。

 起きたのかとヒヤッすると、今度は反対側に持たれ寝息を立てる。シグナムはホッとするやら残念やら、複雑怪奇な心持ちを味わった。

 

(……まったく……この男は……)

 

 取り敢えず全てゼロのせいにしておく事にする。そうしないと生真面目な将の精神に悪い。

 しばらくしてようやく落ち着いたシグナムは報告書を書き上げ、シートを少し倒した。休める時に休んでおくのも仕事の内だ。向こうでも何か有るかもしれない。シグナムは静かに目を閉じた。

 

 その間にも次元航行船は、うねうねとした次元の海を進んで行く。2人は気付かなかった。この航行船が得体の知れない空間に入り込んで行くのを……

 

 

 

*******

 

 

 

「ん……?」

 

 シグナムは僅かな違和感を感じ目を覚ました。航行船が下降して行く気配が感じられる。隣を見るとゼロはまだ気持ち良さそうに熟睡していた。

 

(そんなに眠ってしまったのか……?)

 

 そんなに時間は経っていないような気がする。目的の世界には、スムーズに行っても2時間は掛かった筈だ。腕時計を見てみる。

 

「止まっている……?」

 

 例の秒針式の腕時計は止まっていた。あちこち操作してみたが、まったく動く気配はない。

 今日の戦闘で壊れてしまったのかもしれない。後で修理に出さなくてはと、ゼロを横目でチラリと見て思う。済まないと心の中で詫びた。

 そこで脳裏に、先日見た夢の光景が再び甦った。止まった時計。こびり付いた血痕。そして血塗れで冷たくなっていくゼロ……

 

(馬鹿馬鹿しい!)

 

 シグナムは不吉な考えを振り払うように頭を振っていた。まだ気にしている自分が滑稽に思える。偶々夢と同じく時計が壊れてしまっただけではないかと。そうしている内に航行船は着陸態勢に入っていた。

 

「ゼロ起きろ、もうすぐ着くぞ」

 

「ん~っ……?」

 

 取り敢えずゼロを起こす。寝惚け眼のゼロは目を擦り大欠伸をして、荷物を持って降りる支度をする。

 それから数分が経ち、航行船は発着場に着陸したようだ。微かな振動と独特の着陸音がする。

 2人がベルトを外していると、他の乗客達は無言で次々と外に出て行く。何故かシグナムは妙なものを感じた。

 乗客が申し合わせたように、同じような眠たげな目でフラフラと歩いているのだ。だがそれだけだ。

 

(気のせいか……?)

 

 他に不審な点は見当たらない。取り敢えずまだ眠そうなゼロを伴い、定期便を降りた。しかし……

 

「此処はこんな街だったか……?」

 

 シグナムは眉をひそめた。目的地の世界は拓けた世界の筈だ。確かに高層ビルが建ち並び、都会の雰囲気だが、真夜中とは言え人気がまるで無い。寒々とした街だった。

 アンバランスなのである。街並みはごく普通の都市なのに、車の姿も全く無い。街灯の灯りも心なし寒々として見えた。機械的とでも言えばいいのだろうか。温かみがまるでない。ゼロも首を捻っている。

 

「あれ……? 俺達ひょっとして、乗る便を間違えかのか?」

 

「いや……彼処から出ている便は一ヶ所しか無かった筈だ……」

 

 シグナムも訳が判らない。少なくとも他の世界に間違って来てしまったという事は無い筈である。何かの事情で別の発着場に着陸したのかもしれない。

 それならアナウンスがあって然るべきだが、2人共グッスリ眠っていたので聞き逃してしまった可能性もある。

 

「じゃあ、職員に聞いてみようぜ」

 

 ゼロは窓口に向かうが、示し合わせたように電気が次々と消え、人気が全く無くなってしまった。何時の間にか他の乗客達の姿も無い。

 それならばとシグナムは、はやて達に連絡を取ろうと携帯端末を開くが、

 

「通じない……?」

 

 同じ世界なら端末で連絡が取れる筈だが、何処にも通じない。

 

「俺のと同じく、今日の戦闘で壊れたか……?」

 

「かもしれんな……」

 

 ゼロの端末は今日の戦闘中に壊れてしまっている。シグナムの端末もそうかもしれなかった。

 仕方なくターミナルに向かうが、公衆電話の類いも車の影一つもない。途方に暮れていると、ライトの灯りが見えた。この世界のタクシーだ。一台だけ静かに此方に向かって走って来る。

 

「おっ、有り難え、乗せてって貰おうぜ」

 

「そうだな……」

 

 ゼロが手を挙げると、黒塗りのタクシーは音も無く2人の前に停車した。後部ドアが微かな音を立てて開く。乗り込んだゼロは、管理局の支部がある都市の名前を運転手に告げる。

 運転手は此方を全く振り向かず、無言で頷くと車を発進させた。バックミラーに無表情な中年男の顔が映っている。

 しばらく無人のような街を、タクシー一台だけがポツンと走って行く。本当に人気が無い。擦れ違う車も一台も無い。

 街というより、巨大な機械の中に迷い込んでしまった錯覚を覚える程だった。シグナムはやはり、街の様子を不審に思う。標識を一度も見掛けない事も不審に拍車をかけた。

 

「この街は何と言う街なのですか……?」

 

 違和感を拭えないシグナムは、運転手に尋ねてみる。すると運転手はポツリと一言だけ、

 

「街です……」

 

「いえ、だから何処の街かと……」

 

「だから街です……」

 

 取り付く島も無い。と言うより明らかにおかしかった。すると周りを見ていたゼロが、突然声を上げた。

 

「おいっ、止めてくれ、止めろ!」

 

「どうしたゼロ?」

 

 ゼロはシグナムに、周りを指し示した。見てみるとさっきの発着場だ。元の場所に戻っていたのだ。

 

「どういう事ですか?」

 

 おかしい。シグナムの問いに、運転手は表情一つ変えず質問に答えを発する。

 

「この街は何処に行っても、元の場所に戻ってしまうのです……」

 

「馬鹿な、それではこの街から出られないという事ではないか!?」

 

 質の悪い冗談にしても気味が悪い。自然語気が強まる。しかし運転手は表情一つ変えず一言だけ発した。

 

「その通りです……」

 

「なっ!?」

 

 あくまで運転手は淡々と答える。冗談を言っているようには見えなかった。尋常では無い。明らかにおかしい。その時だった。

 

「降りろ!」

 

 高圧的な声が響いた。見ると何時の間にか見慣れない白い軍服のような服を着た、数十名に及ぶ男達がタクシーの周りに立っていた。それだけでは無い。

 

「!?」

 

 男達は鈍く銀色に光る銃を、ゼロとシグナムに突き付けて来たではないか。完全に包囲されている。不味い状況だ。

 すると先頭の軍帽を被ったリーダーらしき男が、銃口を向けながら高圧的な態度でゼロを指差した。

 

「モロボシ・ゼロ……いやウルトラマンゼロ! 貴様を逮捕する!」

 

「!?」

 

 ゼロとシグナムの顔色が変わる。管理局の一部以外にその事を知っているのは、ほんの僅かだ。他に漏れる心配はまず無い。それなのに知っているのはという事は……

 突如男達の姿が異形に変化した。黒い皮膚に不気味に光る瞳の無い眼に、耳の位置に角のようなものが生えている。明らかに人間では無い。

 

「バム星人!?」

 

 銃を構える男達は人間では無かった。『四次元宇宙人バム星人』だ。

 ゼロとシグナムは一瞬目配せする。間髪入れず、2人はドアを蹴破って前のバム星人を跳ね飛ばした。

 同時に数人の星人を殴り跳ばす。だがバム星人達は怯まず銃を撃って来る。外れた光が火花を上げ、コンクリートを抉る。光線銃だ。このままでは不味い。

 飛び退いてかわしたゼロとシグナムは背中合わせになり、それぞれ『ウルトラゼロアイ』と『レヴァンティン』を取り出した。

 

「デュワッ!!」

 

 ゼロは素早くウルトラゼロアイを両眼に装着するが、

 

「何ぃっ!?」

 

 ゼロアイは僅かに音を発しただけだった。ウルトラマン形態に変身出来ない。身体に全く変化が起こらなかった。驚くゼロに、バム星人は嘲るように肩を揺らした。

 

「フフフ……この四次元空間では、お前達ウルトラマンは変身出来ん!」

 

 ウルトラマン80の時と同じであった。この特殊空間は、光エネルギーの結合を阻害する作用があるのだろう。あれから改良を重ねた筈のウルトラゼロアイですら作動しない。向こうの技術も進歩しているのだ。

 得意気なバム星人達の前に、シグナムが敢然と立ち塞がった。

 

「ゼロは駄目でも、魔法には関係有るまい! レヴァンティン!」

 

 ペンダント状のレヴァンティンを掲げた。ペンダントが片刃の長剣に変化する。だが起動はしたものの、魔力の結合が明らかに弱い事にシグナムは気付いた。騎士甲冑も形成出来ない。

 

「無論それだけでは無い、この中では魔力結合は殆ど意味を成さなくなる! 他のウルトラマン達も1人づつ四次元空間に誘い込み殺してやる!」

 

 嘲るようにバム星人は宣言した。不味い状況だった。四次元空間には、虚数空間のような特性もあるのだろう。魔導師に対抗する為に手を加えたのだ。これでは飛行魔法も魔法障壁も発動出来ない。

 数十に及ぶ光線銃が2人を狙う。完全に逃げ場を塞がれていた。周囲の建物からも狙撃手が狙っている。

 以前のウルトラマン80に逃げられた時の反省から、完全な包囲網が敷かれているのだ。いくらゼロとシグナムの技量をもってして、これだけの数の光線銃を避けきる事は無理だ。

 

「撃てっ!!」

 

 リーダー各の合図に、前面に立っていたシグナム目掛け、一斉に光線が撃ち込まれた。その時、

 

「危ねえ、シグナム!」

 

 ゼロがシグナムを抱き抱え、盾になりながら横合いに跳んでいた。だが銃撃を避けきれず、まともに被弾してしまう。

 

「ぐあっ!?」

 

 そのままアスファルトに転がってしまった。傷口からドクドクと鮮血が流れ落ちアスファルトを紅く染める。

 

「ゼロッ!?」

 

 青ざめるシグナムを他所に、バム星人は光線銃を再度向ける。絶体絶命の危機。ゼロはこの状況を前に、ヨロヨロとシグナムを抱き抱えたまま無理矢理身を起こした。

 

「止めを刺せっ!!」

 

 号令の元、光線銃の火線が2人を襲う。だが被弾する瞬間、ゼロは最後の力を振り絞り全力で跳躍した。百メートル以上の距離を一気に跳んで、包囲網を飛び越える。

 向かいのビルの壁面を蹴ると更に跳躍し、狙撃手達をウルトラゼロアイガンモードで撃ち倒す。しかし別の狙撃主からの狙撃に遭い、ビームが肩と腹を抉った。

 

「ぐっ!」

 

「ゼロっ!」

 

 蒼白になるシグナムの呼び掛けに、ゼロは固い笑みを見せるともう一度跳躍し、暗い路地裏に飛び込み疾風の如く駆ける。

 20分程も走っただろうか。何とか包囲を抜けられたようだ。だがそこでゼロは力無く膝を着き、シグナムを辛うじて下ろすとそのままアスファルトに倒れ伏してしまった。

 

「ゼロッ、しっかりしろ!」

 

「……だ…… 大丈夫だ……」

 

 強がっているものの、ゼロは重傷だった。両肩と腕は抉られ、脇腹にも被弾している。出血が酷い。10発以上食らっていた。

 そんな身体で無理矢理動いたのだ。傷口が更に開いていた。常人ならとっくに死んでいるだろう。

 シグナムは血痕を残さぬよう、着ていたコートでゼロを包んで抱えあげ、注意しながら離れた場所の倉庫に運び込む。

 

 ゼロを物陰に寝かせると、ハンカチや有り合わせの布で止血を試みる。だが重傷だ。出血が止まらない。その最中ゼロはたどたどしく口を開いた。

 

「……シグナム……怪我は……無いか……?」

 

「無い、何故庇った!?」

 

 シグナムは怒っていた。自分を庇ってゼロが怪我をするなど、我慢ならない。ゼロは力無く苦笑して見せた。

 

「あの状況じゃ……2人共食らってた……」

 

「むっ……」

 

 そう言われては返す言葉が無い。変身も出来ず魔法も使えないのでは、2人の技量でもあの一斉射撃を防ぐ事は不可能だった。

 

「それによ……」

 

「あまり喋るな、傷口が開く……」

 

 ゼロは無事な姿のシグナムを見上げ、心底ホッとした様子で微笑する。

 

「……シグナムに怪我させる訳には……いかねえよ……」

 

「……」

 

 シグナムは無言で止血作業を進めた。頬が熱くなってしまうのを気付かれないようにだ。こんな状況だというのに嬉しかった。

 

「……済まない……ありがとう……」

 

 しばらく無言だったが、辛うじてそれだけをゼロに告げた。

 

 

 

 

 

 辛うじて出血は止まったようだが、このままでは危ない。いくら超人的体力を持つゼロでも、このままでは命の危険がある。今のゼロは、生身の人間とそう変わらないのだ。

 変身さえ出来ればある程度の治癒が見込めるのだが、四次元空間のせいで変身不能。現在転移ブレスレットもイージスも使えない。

 魔法もろくに働かない。当然転移魔法も。魔力の結合を阻害するA.M.F(アンチ・マキリング・フィールド)の比ではなかった。

 通信を試みたが駄目だった。通信機も思念通話も何処にも通じない。一旦逃げられたものの、絶体絶命の状況は変わらなかった。

 シグナムは二階に上がり、小窓の端から辺りの様子を窺ってみる。近くにはいないが、大勢のバム星人達が2人を捜して彷徨いているようだった。見付かるのも時間の問題だろう。

 シグナムは頭に入れていた、バム星人の記録を引っ張り出してみる。

 

(この異相空間は、確か奴等の作った発生マシンで作られたものの筈……それさえ壊せればゼロは変身出来、魔法も使える上連絡も取れる筈だが……)

 

 だがそれが難しい。頼りはレヴァンティンのみ。向こうはかなりの人数だ。それに恐らくは戦闘用ロボット『メカギラス』も擁しているだろう。

 

「だが……」

 

 意識が半ば無いゼロを見る。顔色が悪く呼吸が荒い。早く手当てか変身出来ないと命に関わる。

 

(正夢にしてたまるか!)

 

 夢でのゼロの無惨な姿が浮かぶ。心が急速に冷えた気がした。グズグズしてはいられない。シグナム瑠璃色の瞳に、凄惨なまでの決意が浮かんでいた。

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 はやて達は提供してもらった官舎の部屋で、落ち着かない時間を過ごしていた。

 朝になり正午を回ってもゼロとシグナムが此方に戻ってこない。連絡も無い。向こうの支局に連絡を取ったが、2人は既にそちらに向かった筈との事だった。

 

「はやて、ゼロもシグナムもどうしたんだろ……? やっぱり何かあったんじゃ……」

 

 ヴィータが不安そうに聞いて来た。はやては心配する鉄槌の騎士に笑い掛ける。

 

「大丈夫……あの2人は大抵の事には負けはせんよ」

 

 だがそんな彼女も顔色が良くない。はやては自分にもそう言い聞かせていると、アインス、シャマル、ザフィーラが部屋に入って来た。まずアインスが判った事を報告する。

 

「主……やはりゼロも将も、航行船発着場に向かった後に行方が判らなくなっているようです……」

 

 あれからかなりの時間が経っている。調べて貰ったのだが、今だ2人の行方は判らない。

 まんじりとも出来ない中、はやての端末に連絡が入った。フェイトからだ。記録などから2人の行方を調べてもらっていたのである。

 

「フェイトちゃん、何か判った?」

 

 はやてはつんのめりそうな勢いで早速聞いてみる。しかしモニターのフェイトは残念そうに首を横に振った。

 

《ごめんね……此方でも判らないんだ……でも一つ気になる情報が入ったんだけど》

 

「気になる情報……?」

 

 フェイトは頷くと、リストを画面に表示した。百人以上に及ぶリストだ。

 

「これは……?」

 

《58管理世界で、ここのところ起きた行方不明者のリスト。状況がみんな同じなの……全員航行船の最終に乗る筈だった人達……でも全員そのまま姿を消している……》

 

「ゼロ兄とシグナムの時と同じや……」

 

 これは何か有る。2人は事件に巻き込まれてしまった可能性が高いとはやては思う。そこで思い当たる事があった。

 

「この状況……前に何処かで……?」

 

 頭を捻っていると、ザフィーラが何かを思い出したようだ。

 

「以前ゼロから聞いた事が有ります……四次元空間に人を引きずり込む宇宙人の話を……」

 

「思い出した! バム星人や!」

 

「そう言えば向こうの事件も少し不自然でしたね……?」

 

 シャマルが端末から事件のあらましを出す。おあつらえ向きの怪獣の出現。その前までは異変もゲートも確認されていなかった。

 

「バム星人は、ウルトラマンの変身を阻害する空間を作り出す事が出来る……これはひょっとして、ゼロ兄を抹殺する為の罠なんじゃ……?」

 

 一同の顔が青ざめた。

 

 

 

**********

 

 

 

 あれからかなりの時間が経ったにも関わらず、四次元空間の街は冷たい闇に支配されていた。永遠に夜が明けない世界。シグナムとゼロにとって死の世界だった。

 街の中央に巨大な工場が在る。中には乗客達が黙々と働いて、何かの作業をしていた。皆の目に生気が無い。催眠術か何かで操られているようだった。

 その中央に巨大な物体が鎮座している。銀色に輝くメカニカルなボディー『四次元ロボ獣メカギラス』だ。他にも何台ものメカギラスが製造中だった。全部が完成されたら恐ろしい戦力になるだろう。

 

 バム星人は派遣されているゼロ達ウルトラマンを抹殺し、此処を拠点にこの管理世界を侵略する計画であった。狙いは次元世界の資源と人員だ。

 次元世界は豊富な資源に、使い勝手のよい労働力の宝庫なのだ。資源は戦闘兵器に、人間は洗脳して奴隷にするなり、魔導師なら戦闘員にするのも良い。

 ウルトラマン、宇宙警備隊は向こうで手一杯。派遣されている数名のウルトラ戦士を片付ければ、向こうが手を打つ前に態勢を整えられると踏んだのだ。

 そしてこの世界を一大軍事基地とし、メカギラスの大軍団を製造しようというのだ。着々と準備は整いつつあった。

 

 

 

 

 シグナムは隠れていた倉庫から一旦出ていた。偵察の為である。まだあの倉庫に探査の目は届いていない。今の内だった。

 物音を立てず、ひっそりとビルの間の小路を行くシグナムは、1人で探索しているバム星人の姿を認めた。光線銃で武装している。

 

(丁度良い……)

 

 僅かながらレヴァンティンに魔力を通す事が出来る。音も無く背後に近付いたシグナムは、相手が気付く前に刃を返したレヴァンティンをバム星人の鳩尾に叩き付けた。

 

「くっ!?」

 

 硬いゴムを殴ったような感覚。バム星人は平然としている。硬い皮膚と強化服を着込んでいるのだ。非殺傷設定では無理だった。

 

「非殺傷は通用しないか……」

 

 銃声を聞かれると不味い。シグナムは光線銃を撃とうとするバム星人の気勢を制し懐に入り込む。接近戦で銃は不利だと悟った星人は、腰に着けていた棍棒状のスティックを取り出しレヴァンティンを受け止めた。

 

(やるな……!)

 

 さすがに1人でグリーンベレー50人分の戦闘力のバム星人。一筋縄ではいかない。逆に速く重い攻撃を繰り出してくる。

 だがシグナムは歴戦の戦士だ。巧みにスティックの攻撃をかわし、鋭い突きを繰り出した。レヴァンティンはバム星人の喉を見事に貫く。星人は声も無く後ろに倒れ、緑色の血を吹き出し絶命した。

 

 シグナムは死んだバム星人が持っていた銃を拾ってみる。相手の武器を使えればかなり有利になるのだが。

 

「駄目か……」

 

 引き金が引けない。バム星人以外には使えないようになっているのだ。ロックが掛かっている。これも以前80に逆に武器を奪われ、使われた時の反省だろう。

 

「どうやら四次元空間では生体センサーの類いは使えないようだな……」

 

 死んだバム星人はそれらしき機械を持っていなかった。通信機だけだ。使えないので人数に任せて探しているのだろう。それだけが救いであった。

 広域センサーを使われていたら、既に発見されている。それ故以前ウルトラマン80は身を隠す事が出来たのだ。だが今回は相当の人員がいる。人海戦術で捜されたら何れ見付かってしまう。

 

「むっ?」

 

 シグナムは近付いて来る機械音のようなものを察知した。高速で近付いて来るものがある。シグナムは咄嗟に物陰に隠れた。

 姿を現したのは、体長が3メートル程の奇怪な獣だった。街灯に銀色のボディーが鈍く光る。対人用と思われる小型のメカギラスであった。

 

 

つづく




絶体絶命の危機の中、シグナムは決死の覚悟を固める。死地を前に烈火の将は……
次回『まぼろしの街2』でお会いしましょう。


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第90話 まぼろしの街2★


とても前後編に収まりそうになかったので、3話構成になります。最近ウルトラマンXといい、オールCGの初代ウルトラマンといい、最近ウルトラマンがいい感じです。


 

 

 

 現れたのは、小型の肉食獣を思わせるフォルム。恐竜ヴェロキラプトムを彷彿させる、体長3メートル程の小型メカギラスだった。動きが非常に俊敏だ。対人用に高速機動タイプに造られているようだった。

 シグナムが倒したバム星人の死体を見ている。恐らく異常を検知して、仲間のバム星人に連絡を取っているのだろう。此処に留まるのは危険だった。

 シグナムは物音を立てないよう注意しながら、小型メカギラスから離れる。念の為距離を取っていたお陰で、此方にはまだ気付いていないようだ。眼からサーチライトのような光を発し辺りを照らしている。

 

(奴の索敵範囲、性能が判らない以上、迂闊に近付くのは考えものだな……)

 

 このまま離れようとするシグナムだが、小型メカギラスの眼の輝きが不意に増した。シグナムの隠れている方向に首を向け、金属を擦り会わせたような機械音を発する。サーチライトが、隠れている場所をピンポイントで照らし出した。

 

(しまった。見付かったか!?)

 

 何かのセンサーに引っ掛かってしまったらしい。小型メカギラスは肉食獣特有の素早い動きで疾走し、シグナムに迫る。

 人の走る速度より遥かに速い。時速百キロ以上は出ている。いくらシグナムでも、飛行魔法をも封じられた今の身では逃げ切れない。

 機械の獣の上顎の発射口から、レーザー光線が発射される。

 身を低くしてかわしたシグナムは、アスファルトを蹴って間合いを一気に詰め、レヴァンティンでボディーを横殴りに斬り付けた。

 

「くっ!?」

 

 鋭い金属音が響き火花が散る。レヴァンティンが跳ね返されてしまった。紫電一閃などの魔法を使った技なら両断できただろうが、今の状態では特殊合金製の装甲を抜けない。

 小型メカギラスは再度レーザーを放つ。横っ飛びにかわしたシグナムの元いた場所が、爆発したように粉々に吹っ飛んだ。

 更に悪い事に、遠くから此方に向かってくる気配がする。通信を受けバム星人達が集まってきているのだ。

 

(長居は無用だ!)

 

 シグナムはレーザーをかい潜って跳躍し、壁面を蹴って背後のビルに設置されている非常階段に飛び乗った。その階段の固定具と上部をほぼ同時に両断する。

 支えを失った数トンもの鉄材が、メカギラスに降り注ぐ。轟音が響き機械の獣は下敷きになった。

 その隙にシグナムは全力でこの場を離れる。これで逃走時間を作れた。その途中後ろを見てみると、無傷のメカギラスが非常階段を除けて起き上がってくるところだった。 やはり特殊合金製のボディーは、並大抵の攻撃では傷ひとつ付かない。

 

(やはりあれしきでは参らんか……)

 

 万全の状態ならともかく、現時点で小型メカギラスに正面から当たるのは無謀だった。

 

(不味いな……)

 

 状況は更に悪くなった。バム星人の軍団に対人用メカギラス。シグナムの表情が厳しさを増していた。

 

 

 

*******

 

 

 

 シグナムは偵察を終え、ゼロを隠している倉庫に戻っていた。結果は絶望的なものだった。

 あれから探索の目を掠め街を偵察して回ったが、一定の所まで行くと元の場所に戻ってしまう。街から出られない。あの運転手の言う通り、この街は外部と閉じた空間なのだ。助けは到底望めない。

 

 街の中心部にそびえ立つ、基地と思しき巨大な建物に目星を付けたが、武装した200人は下らないバム星人達が警備している上、先程の小型メカギラスが3台も守りに着いている。見付からないように忍び込むのは不可能。

 捜索に回っている者達まで戻って来られたら、更に倍以上。状況は正に絶望的だ。

 

(手段は一つ……私が敵の基地に奇襲を掛けて、直接四次元空間発生装置を破壊するしかない)

 

 シグナムの表情が険しくなる。侵入出来ないのなら速攻の奇襲で行くしかない。撹乱しながら基地の何処かに在る装置を探す。速攻に全てを懸ける。

 しかしこの方法はシグナムの生死を省みない上、装置を見付けられない可能性もある。分が悪いどころではない。賭け以下だ。

 いくら歴戦の騎士でずば抜けた腕を持つシグナムでも、重火器で武装したバム星人の大軍団と、小型メカギラス相手にほとんどの魔法を使えない状況で挑むのは自殺行為と言えた。

 更には向こうの切り札、大型メカギラスの存在。例え魔法が使え、バム星人の部隊と小型メカギラスを全滅させられたとしても『ウルトラマン80』のサクシムウム光線をも跳ね返すメカギラスには、シュツルム・ファルケンも通用すまい。

 しかしそれでもやらなければ、ただ死を待つだけだ。

 シグナムはまず現状の戦闘力を確認する。魔力カートリッジを利用して、辛うじて第一段階の騎士甲冑を纏う事は出来るようだった。しかし通常の半分以下の強度しかない上、長時間の使用は厳しい。

 そして魔力を使う必殺技の使えないレヴァンティンだけが頼り。今使えるものはこれだけだ。

 

(私は帰れないかもしれない……)

 

 愛機を調整しながら、シグナムは心の中で呟いていた。弱気になった訳ではない。永年の戦闘経験に裏打ちされた、冷徹なまでの計算の結果だった。

 あまりに戦力差が有りすぎる。並大抵の者なら、突入する前に何も出来ず殺されるだろう。

 今のシグナムは、何度死亡消滅しようが復活出来た頃とは違うのだ。リンクを完全に断たれ、はやてが居ない状況で深刻なダメージを負えば、そのまま消滅死んでしまうだろう。

 死の恐怖を感じていないと言えば嘘になる。以前は死など恐れはしなかった。元々使命の為なら死を恐れるような彼女ではなかったが、それは勇気ではなく戦闘マシーン故だったのかもしれない。

 今のシグナムは死を怖いと思っている。だが彼女が怖いのは死ぬ事より、主であるはやてや仲間達を悲しませたくないからだ。

 今の皆との生活を何より大事に尊く思っているからだ。二度と皆に会えないのは寂しく哀しいからだ。

 それは最早彼女が戦うだけの魔法プログラムではない事を示していた。

 しかしそれで戦えないという事は無い。座して死を待つくらいなら、最後の最後まで戦い抜く。それがヴォルケンリッターの将、剣の騎士シグナムだった。

 

(ゼロ……)

 

 シグナムは意識の無いゼロに振り返った。少年の顔は血の気が引き青白くなっている。苦しそうな呼吸が微かに響く。

 時間が分からないので正確なところは不明だが、あれから十数時間以上は経過している。ろくな治療も受けられぬままで、明らかに容態が悪化していた。常人ならとっくに死んでいるだろう。

 このままではいくら超人のゼロでも保たない。そしてぐずぐずしていれば、何れシグナムも狩り出され、重傷のゼロ共々殺されるだろう。

 むざむざ死ぬつもりはないが、独り突入するシグナムの生還率はゼロに近いと言うよりほぼゼロだった。

 

(主はやて……皆……)

 

 シグナムの脳裏に敬愛するはやて、それに家族に友人達の顔が浮かぶ。

 

(主はやて……最後まで諦めるつもりはありませんが、おそらく私は生きては帰れないでしょう……皆……その時は……)

 

 心の中で家族と友人達に頭を下げていた。すると噎せる音が耳に入り、シグナムは現実に立ち戻る。

 見るとゼロがぼんやりと目を開けていた。また噎せると苦し気な声を発する。

 

「……シ……シグナム……」

 

 一旦意識を取り戻したのだ。だが目の焦点が合っていない。出血と痛みで朦朧としているようだったが、シグナムを辛うじて見上げる。

 

「ゼロ、大丈夫か?」

 

 駆け寄るシグナムに、瀕死のゼロは弱々しく笑って見せた。

 

「な……なに……これくらい……どうってことは……それよりシグナムは……大丈夫か……? 怪我をしてるんじゃ……」

 

 先程の小型メカギラスとの戦いで少し怪我を負っていたのだ。シグナムは努めて頼もしく微笑んで見せる。

 

「なに、掠り傷だ……心配するな」

 

「……無理……す……」

 

 そこまで言ったところで、また意識を失ってしまった。止血した布に、また血がじくじくと染み出してきていた。

 光線銃の銃撃は内臓にまで達している。光線銃をまともに10数発は食らっているのだ。今は超人的体力が辛うじて命を保たせているに過ぎない。

 

「ばかものが……私を庇って……そんな死に掛けの身で私の心配など……」

 

 シグナムは再び傷口が開いた箇所の布を縛り直す。それでも出血が完全には止まらない。布から血が滲み出している。チアノーゼも起こしかけていた。瀕死の容態だ。

 ゼロは一瞬の躊躇いもなく自分の盾となった。例え見知らぬ者だったとしても、ゼロは躊躇なく盾になっていただろう。この少年はそういう男であった。

 そうでなければ間違いなく、自分はあの時光線銃で蜂の巣にされて死んでいただろう。

 

「お前は何時もそうだ……何時も誰かの為に傷付いている……」

 

 シグナムは思わず目頭が熱くなってしまった。この少年を死なせてはならない。ゼロはこれからも多くの命を救う者だ。

 だがそこまで思ったところで、彼女は首を横に振っていた。もっと強い己の心の底から湧き上がるもの。

 

「いや……そうではない……そうではないのだ……私はお前に生きていて欲しいのだ……」

 

 多くの命を救うから、死んでほしくないのではない。烈火の将でも、ヴォルケンリッターのリーダーでもなく、管理局員としてでもない。シグナムという一個人がこの少年を死なせたくないのだ。

 

「お前は私が守る……!」

 

 シグナムは誓いと共に、両の拳を握り締めていた。そしてそれには、自分の命が代償になるだろう。それ程絶望的な状況だった。

 

(これが最後かもしれない……)

 

 その事実にシグナムは、胸が締め付けられるような想いに駆られてしまった。もう二度とゼロと会う事も話す事も出来ないかもしれない。

 

「……」

 

 傍らに片膝を着くと、意識の無いゼロを改めて見詰める。そして横たわる少年の前髪を、そっと無意識にかき上げていた。今までの事が脳裏を走馬灯のように過った。

 

「お前と出会ってから、もう数年にはなるな……」

 

 聞こえていないのは判っている。しかしシグナムは語り掛けずにはいられなかった。その声がひどく穏やかなものになっている。

 

「覚えているか……? 初めて出会った時の事を……」

 

 最初のゼロとの出合い。闇の書が発動し、ゼロとはやての元に自分達が初めて現界した時の事……

 

「私は最初お前を怪しい奴だと思っていた……酷い事もした。だがお前は快く許してくれたな……」

 

 自分の感情を確かめるように、今までの事をゼロに語りかける。喋る事で気持ちの整理を付けているようだった。

 

「それからお前と共に数々の戦いに赴いた……素晴らしい戦いばかりだったぞ……」

 

 何と心が熱くなる戦いばかりだった事か。それは歴代のマスターの命令通りに動いていた時には、決して味わえなかったもの。

 永い時の中を戦い続け、残るのは澱(おり)のような淀みと身にこびり付いた血と、無限地獄の中の無力感だけだった。

 しかしはやてとゼロの元に来てからの、世界を名もなき命を守る為だけに非道な邪悪と戦う日々。それは以前彼女が心の中で望んでも、決して得られなかったものだった。

 

 シグナムは屈み込み、少年の顔を間近で見詰める。何故自分は堰を切ったように、取りとめの無い思い出話をしているのだろう。そう思っても止まらなかった。口は感情のままに、今まで胸に溜まっていた言葉を吐き出し続ける。

 

「お前が眩しかった……何の見返りも求めず、他者の為にボロボロになっても守り戦い抜くお前が……私もお前のようになりたいと思った……」

 

 彼女は知っている。どんなに傷付こうが、最後まで命を守る為に戦う少年が歩んできた道を……

 どんなに傷付こうが殺されかけようが、自らを盾に人々を守り抜く身を案じ胸が張り裂けそうになった。

 どんなに口が悪かろうが態度が悪かろうが、その奥底に秘めた勇気、無償の愛、眩しかった。底無しの闇のようだった人生の中で、はやてと並んで自分に温かな光と誇りをくれた少年……

 

「そんな中でお前の強さ、優しさ、奥底の弱さも知った……何時からだろうか……お前から目が離せなくなったのは……

 私は古い騎士だから、自分の心に戸惑い蓋をしてきた……それでもどうしようもなく、お前から目が離せなくなっていたよ……」

 

 怖いもの知らずに見えるゼロも、恐怖に竦む事もあった。共に戦っている内に普段悪ぶっていても、本当は繊細で優しい心を隠す為なのだとシグナムは何時しか悟っていた。

 弱点になってしまう程の優しさと、未熟な青さを危なっかしくも微笑ましく思い支えたいと思った。はやてとも密かに誓った。

 

「お前が笑うと私も嬉しくなった……お前が泣くと私も哀しくなった……」

 

 闇の巨人にされ、儚く散っていった母子を想い自分の無力さに嘆き、土砂降りの中慟哭する背中に胸を締め付けられた。

 シグナムはあの時、その背中を抱き締めてやりたいと思った。実際は肩に手を掛けるのが精一杯だったが……

 

「私達の過去を知って、お前は我らを抱き締めてくれたな……温かかった……主とお前の優しさが身に染みた……」

 

「誰かに温かく抱き締めて貰うなど、永い時の中で無かったからな……触れあう前に剣で立ち塞がる者全て、薙ぎ倒して来たからな……今でもあの温もりは忘れられない……」

 

 温かな春の日差しに包み込まれるような感覚。あの時シグナムは紛れもなく幸福だった。

 

「私達が超獣と戦って力を使い果たし危機一髪の時、お前は駆け付けてくれたな……そして満身創痍の私達の為に泣いてくれた……」

 

 あの時は照れてしまい、つっけんどんな態度を取ってしまった。しかし真っ直ぐな少年の想いは何よりも嬉しかった……

 

「私が闇の書の真実を知って、動揺して途方に暮れた時にお前は言ってくれたな……俺が居ると……どれ程心強かったか判るか……?

 私は皆のリーダーとして、強く在るべきとずっと自らを律して来た……

 心細いなど、間違っても口に出来なかった……

 あの時私は正直零れ落ちそうになる涙を、そっと堪えたのだぞ……」

 

 誰にも言えなかった心の動き……全てがまやかしと知り、崩れ去りそうだった心に伸ばされた不器用で優しい手……

 

「私達が復活した時、お前は泣いてくれたな……幼児のように震えて私を抱き締めてくれた……嬉しかった……」

 

 其処に存在する事を確かめるように、自分を抱き締める少年。温かいものが胸を満たした。落ち着くまでその背中をずっと撫でてやっていた。その時抱いた想い……

 シグナムは愛しげにゼロを見下ろした。しばらくの間女騎士は、少年を無言で見詰め続ける。その胸に去来するもの。今まで認めようとしなかった感情。

 一つ一つを振り返り、ようやくシグナムは自分の正直な気持ちを認めた。

 

(やはり……そうなのだな……)

 

 明確な答えを出した自分の心に従い、彼女は意を決して口を開いた。

 

「……そうだ……私はお前を……モロボシ・ゼロ……ウルトラマンゼロ……お前を……愛している……」

 

 初めて自分の素直な気持ちを告げた。無論聞こえていないのは判っている。これが不器用な彼女なりの精一杯だった。

 烈火の将は死を前にして、自分の心がひどく素直に静かになった気がした。心の奥底に仕舞っていた感情をようやく口にしていた。今まで気付かないふりをして来た感情を……

 これが最期になるかもしれない予感が絶望的な状況が、彼女の心の枷を解き放ったのかもしれない。

 

「私は剣しかない不粋な女だ……プログラムの身ではお前の子も産んでやれんだろう……そしてこの手は過去の罪で汚れている……こんな女に惚れられても迷惑でしかないな……?」

 

 シグナムは哀しげに、そして自嘲混じりに微笑み掛ける。判っている。ゼロはそんな事は絶対に思わない事は。だがどうしても自虐してしまう。そして何より……

 

「それにお前に告げるつもりは無い……確信がある訳ではないが、主はやても幼いながらにお前を想っておられるかもしれん……主が想われているかもしれない男に告げるなど、そんな事私には出来ん……」

 

 まだ幼いはやての好意がどんな種類のものなのか、シグナムには判らない。それでも烈火の将には主を差し置くなどという真似は出来なかった。

 

「私はこの想いを胸に抱いたままにする……私はただ、お前と主はやての傍らに寄り添えればそれで良い……それだけで……」

 

 シグナムは想いを押し込めるように、自らの胸を押さえていた。彼女は1人の女である前に、哀しい程騎士だった。せめて想いだけは胸に……それがシグナムなりの想いの形であった。

 

(主はやて……申し訳ありません……)

 

 心の中でそっと敬愛する主に頭を下げていた。想うだけでも罪悪感を感じてしまうシグナムだったが、それすら放棄して死路に向かうのはあまりに哀しすぎた。

 永い時の中、主を転々としてきた。せめて惚れた男は生涯唯一人。その魂に惹かれた唯一人の男。烈火の将最初で最後の恋であった。

 

 自らの想いを全て吐き出し、将は安堵したように息を吐く。その表情は晴れ晴れとしていた。そしてその翡翠色の瞳に不退転の決意が漲る。

 

「必ずお前を、生きて主はやての元に帰す……!」

 

 シグナムは意識を失っている少年の顔を再び見詰めた。

 

「ゼロ……主はやてと逢えて、皆と逢えて良かった……主の元に来てから、誇りある騎士として生きられて良かった……そして……」

 

 一旦言葉を切る。そして想いを寄せる少年を愛しげに見詰め、万感の想いを載せて言葉を告げた。

 

「ゼロ……お前に逢えて良かった……」

 

 シグナムはゼロに顔を近付ける。お互いの息が掛かる程の位置。意識の無いゼロの顔が間近に在る。己の中に愛する者の面影を刻み付けようとしているようだった。そこでふと思い出した事がある。

 

「ゼロ……私にもベルカの儀式をしてくれないか……?」

 

 冗談めかして言う。以前ベルカの戦士を送り出す儀式で、ヴィータと2人でゼロの頬にキスをしたのを思い出した。

 ほんの軽口だった。反応する筈のない少年を覗き込み苦笑すると離れようとする。

 その時ゼロが苦し気に寝返りを打った。その拍子に間近にあったシグナムの唇に触れていた。2人は口付けする形になっていた。

 

「!?」

 

 まるで彼女の本当の願いに応えるように、シグナムとゼロは唇を合わせていた。シグナムはあまりの事に動けない。否、動きたくなかったのかもしれない。

 

(温かい……)

 

 身体に光が溢れたようだった。刹那の一瞬。シグナムは今は全てを忘れ、光に身を委ねていた。

 どれ程そうしていただろう。実際はほんの僅かな時間であったが、女騎士には甘やかで無限にも等しい幸福な時間だった。

 

 シグナムはようやくゼロから顔を離す。事故とは言え、ゼロとキスをしてしまった。実感が湧くと赤面して顔が火照ってしまう。永い時を戦いだけに明け暮れてきた彼女の、ファーストキスだった。

 

(申し訳ありません、主はやて……)

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、はやてに詫びておいた。もう一度律儀にはやてに詫びると立ち上がり、永年の愛機を抜いた。

 魔力カートリッジをロードさせると弱々しくもベルカの魔方陣が煌めき、その身にインナーのみの騎士甲冑が纏わる。

 

「騎士甲冑も、これが限界か……」

 

 少しは攻撃を防げる筈だが、光線銃やレーザーの直撃には保たないだろう。だが無いより遥かにましだ。後はレヴァンティンだけが頼り。

 刃に使える魔力を回せば、バム星人の強化服は切り裂ける。だがそれが今の精一杯だった。しかもこの四次元空間で魔法を無理矢理使うと、魔力を恐ろしく消耗する。

 

 A.M.F干渉空間で魔法を使う高等技術の応用だが、消耗は比ではない。

 敵の武器すら使えない今、純粋な白兵戦のみでバム星人と渡り合うしかない。絶望的な状況だがシグナムは怯まない。一歩たりとも退きもしない。

 そっと自分の唇に触れる。先程の温もりが残っている気がした。身体中に力が溢れているようだった。ゼロに力を貰ったとシグナムは思った。

 

 ゼロへのメッセージを端末にいれておく。逃げろと。自分は上手く身を隠すので、エネルギーを充填できたら助けに来てくれと入れておいた。捕らえらてれいる人々の救助も頼むと。

 身を隠すのくだりは嘘だ。恐らく死力を振り絞って四次元空間発生装置を破壊出来ても、その時シグナムは無事ではあるまい。

 しかも破壊出来る確率は一分あるかどうか。成功しても力を使い果たした彼女は、残りのバム星人かメカギラスに殺されるだろう。

 そう言わなければゼロは必ず助けに来てしまう。今のゼロには変身出来ても、まともに戦えるだけのエネルギーは無い。

 一旦逃げてエネルギーを蓄えなければ、逆にゼロはメカギラスに殺されてしまうだろう。少年の性格を読んだ心遣いだった。

 妙なところで察しの良いゼロのこと、朦朧としていなければシグナムの決意を感じ取っていたかもしれない。意識が無くて幸いだった。

 

 シグナムはゼロを抱き抱え、念の為更に倉庫の奥に隠す。一見しては判らないように、周りに段ボールの箱を積み上げておく。

 

「お前は生きろ……! 主はやてを皆を頼む……!」

 

 シグナムは別れ際に、愛する少年をありったけの想いを込めて抱き締め最後の言葉を告げた……

 

 

 

 *

 

 

 シグナムは永の愛機を片手に、ゴーストタウンよのうな四次元空間の街に立った。

 ゼロにはウルトラゼロアイを着けさせ、布で縛って固定してきてある。これなら四次元空間発生装置を破壊出来れば、そのまま変身出来るだろう。

 

(主はやて……おそらくこれが私の最後の戦いでしょう……不義理をお許しください……しかしゼロだけは……ゼロだけは必ず主の元に帰してみせます!)

 

 敬愛する主の優しい微笑みが浮かぶ。その顔が哀しげなのはシグナムの決意を察してか……

 

(アインス、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、テスタロッサ、そしていずれ産まれるツヴァィよ……後は頼む……!)

 

 皆への最後の言葉。それは遺言だった。愛機が主人の戦意に応えるように淡く輝きを放つ。シグナムは走り出した。目指すは四次元発生装置が有ると思しき、バム星人の本拠地。

 

「行くぞレヴァンティン! 地獄の底まで付き合ってもらうぞ!!」

 

《ja!!》

 

 主人の戦意に応え、レヴァンティンは望むところだとばかりに頼もしく叫んだ。

 シグナムは駆ける。疾風のように冷たい異界の街を駆ける。八重桜色の髪が闇になびく。その姿は戦場を駆ける修羅の如く。しかし凛と美しかった。

 

 突入前に出来る限り部隊との遭遇は避けたが、基地を前に遂に気付いたバム星人の一隊が前に立ち塞がった。

 星人達は一斉に光線銃を乱射する。剣の騎士は攻撃に怯む事なく、レヴァンティンで銃撃を弾く。神業であった。

 

「それしきで、ヴォルケンリッター烈火の将を止められると思ったか!?」

 

 シグナムは吼える。閃光のような抜刀が闇を切り裂き、星人が体液を吹き出し次々と倒れ伏す。しかし相手も一筋縄ではいかない。正確な銃撃が騎士甲冑を削り取り、身を傷付けるがシグナムは怯まない。

 

「はああああっ!」

 

 地を蹴って弾丸のごとくバム星人部隊に迫ると、白刃が煌めく。一呼吸の内に六人の星人が胴体を両断され、声を上げる間もなく崩れ落ちた。

 

 シグナム白刃の舞は止まらない。舞いが止まった時、自分は死ぬであろうと烈火の騎士は悟っていた。

 

(このシグナム、刀尽き矢折れようと修羅の如く戦ってやる!)

 

 小隊を蹴散らしたシグナムは躊躇なく、真っ直ぐに基地に向かう。狙いは小型メカギラスが配置されていない裏手側入り口だ。

 それでもバム星人の部隊が入り口を守っている。光線銃の一斉射撃が襲う。

 

「剣の騎士シグナム、押し通るっ!」

 

 シグナムは避けない。特攻さながらに火線の中をひた走る。凄まじき剣捌きで光線銃の銃撃を弾きながら部隊の真ん中に踊り込んだ。

 だが無事では済まない。銃撃がその身を抉る。騎士甲冑が破れ鮮血が飛び散るが、意に介さず剣を振るう。

 接近戦にスティックで迎撃するバム星人達。修羅と化したシグナムの剣が唸る。攻撃をかい潜り、目前の数人を斬り倒して強引に基地内に侵入した。

 全部に構っていられる余裕は無い。目標は四次元空間発生装置の破壊のみ。

 内部は想像以上に広く複雑に入り組んでいたが、グズグズしている暇はない。時間を掛ければ掛ける程装置の破壊は難しくなる上、瀕死のゼロが発見されてしまう可能性もある。

 

「くっ……」

 

 シグナムは走りながら表情をしかめる。騎士甲冑を貫かれた箇所から血が滲んでいる。薄いとはいえ、甲冑のお陰で深手まではいかないが浅くもない。ダメージが蓄積する。

 だが休む間はない。追ってくる守備隊と、内部守備のバム星人達が次々に襲ってくる。

 通路が狭ければ常に1対1に持ち込めるのだが、通路は広く多数と一度にやり合わなければならない。小型メカギラスも通れるようにだろう。

 そして光線銃は実弾銃と違い、跳弾を気にしなくて良い。味方に直接誤射しない限り自在に撃ってくる。こちらの利点はほとんど無かった。不利は承知。烈火の将はレヴァンティンを、鋭い気合いと共に振り上げた。

 

 

 

 

 

 バム星人の基地近くのビル屋上に人影が在った。ポニーテールに括った八重桜色の髪が、冷たい異界の風になびく。

 黒い騎士甲冑。久々に姿を現したシグナム・ユーベルであった。無言でバム星人の基地を見下ろしている。その後ろ姿に話し掛ける者がいた。

 

「ロード……アノシグナムノ生存確率ハ0……発生装置破壊二成功スル確率モ0パーセント……辿リ着ク前二死亡消滅スル……」

 

 機械的な辿々しい片言だった。ユーベルの傍らに同じ黒い騎士甲冑のインナーを着た10才程の少女が立っている。しかしその姿は異様だった。

 頭から包帯を巻き付け、顔半分も包帯で隠れている。包帯の隙間から覗く片目はひたすら虚ろだった。感情というものがまるで感じられない。

 感情以前に、人格というものまで感じられなかった。人というより人形のようだ。

 

「そうか……」

 

 シグナム・ユーベルは包帯の少女を短く一瞥すると、下の騒ぎを冷徹な瞳で見下ろした。

 

 

 

 

 

「はああああっ!」

 

 飛び交う銃撃の中シグナムは駆ける。光線銃が更に甲冑を破り身体を抉るが怯まない。怯む訳にはいかない。バム星人を気迫で切り捨てる。

 続々と襲い来る星人を気迫で圧倒する。鬼神の如き強さであった。だが代償は少なくなかった。騎士甲冑はあちこちが破られ血が流れている。それでもシグナムは駆ける。戦い続ける。

 

「退けっ!」

 

 レヴァンティンが敵の血で緑色に染まっていた。そして彼女自身も自らの血で朱に染まっていく。修羅の如く疾走するシグナムは、剣を振るい続ける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 昔の戦闘マシーンの彼女に立ち戻ったかのようだったが、その心に去来するものは戦いの高揚感でも、冷徹な騎士の使命感でもない。愛する者を守りたいという、一途で激しい想いだけだった。

 

 目の前のバム星人を切り捨てると、背後から数人がスティックを振り上げ襲い掛かってきた。痛みで反応が僅かに遅れてしまう。

 僅かに身体を捻るが、電磁スティックがシグナムの脇腹に打ち込まれる。騎士甲冑を抜いて身体に衝撃と電流が走った。

 

「ぬううっ!」

 

 シグナムは身を焼く電撃に耐え、スティックを持つ腕を切り飛ばし、レヴァンティンでバム星人の喉を纏めて切り裂く。絶命した星人達は、床に崩れ落ちる。シグナムの通った後には、バム星人の屍が連なっていた。

 シグナムは脇腹を押さえ壁に寄り掛かった。苦痛に凛とした美貌が歪む。

 

「肋をやられたか……」

 

 口元からも血が流れていた。呼吸が荒くなっている。もうどれぐらい敵を斬ったのか覚えていない。左腕の感覚が鈍くなってきていた。身体中に痛みが走る。確実に戦闘力が落ちていく。レヴァンティンもあちこちが刃こぼれしていた。

 無理もない。最初から全開状態で、優れた兵士のバム星人と戦い続けているのだ。いくらシグナムでも限界がある。魔力も四次元空間で無理に使い続けている為に、どんどん消耗していく。

 僅かな間に魔力カートリッジを、レヴァンティンに補給する。そうしなければ、四次元空間では僅かでも魔力を使えない。

 満身創痍のシグナムに、バム星人達は容赦なく向かってくる。きりが無い。このままではじり貧だが、止まる訳にはいかない。身体に鞭打って再び走り出す。

 

(何処だ……発生装置は……?)

 

 痛みを堪え基地内を駆けるシグナムだが、今だ四次元空間発生装置の位置を特定出来ない。向こうも破壊されるのを警戒してか、慌てて警護に人員を回すような下手な行動をしていない。

 装置も見付かりにくい場所に設置しているのだろう。奇襲による撹乱で下手な行動を取るのを狙っていたのだが、バム星人は周到だった。あてが外れた。これでは装置を発見出来ないまま無駄死にだ。

 追い打ちを掛けるように更に大勢のバム星人の部隊が目前に現れる。探索に回っていた部隊も戻っているのだろう。

 一旦退いて別の通路に飛び込もうとするが、後方にもバム星人の部隊が駆け付けたていた。向こうは同士打ちを避け、距離を取って銃撃態勢に入る。逃げる隙が無い。

 

「鼠がっ、死ねぇぃっ!!」

 

 一斉射撃がシグナムに浴びせられた。騎士甲冑が更に削り取られ肉を抉る。鮮血が飛び散った。騎士甲冑を貫いた射撃が身を削る。

 

「ぐっ!」

 

 このままでは騎士甲冑を完全に破壊され蜂の巣だ。しかし此処は一本通路のど真ん中。何処にも逃げる場所も隠れる場所も無い。

 周りはパイプが走る、分厚いコンクリートらしき壁。壁を切断して脱出しようとしても、その間に銃撃を受けてしまう。

 更に悪い事に、此方に近付く機械的な足音が聴こえてくる。小型メカギラスだ。

 

(不味いっ!)

 

 銃火の中、シグナムの流れるような眉が激痛と焦りに寄せられる。避けてきた小型メカギラスバムまで来られては万事休す。

 星人は満身創痍の女騎士に、大型のライフルのような光線銃を持ち出してきた。容赦なく放たれる死の光。それは万全の騎士甲冑であったとしても、耐えられない程の高出力だった。

 

「ぐはっ!」

 

 一直線に放たれた銃撃は、甲冑を易々と貫いて身体に食い込み、シグナムは為す術もなく崩れ落ちていった。

 

 

つづく




次回『まぼろしの街3』でお会いしましょう。


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第91話 まぼろしの街3★


バム星人編完結になります。
夏バテしていて遅くなりました(汗)
ウルトラマンX、ゼロ祭りでしたね。今でも出番が多いので嬉しい限りです。


 

 

 大型光線銃を食らったシグナムの身体が、糸の切れた人形のようにガクリと崩れ落ちる。ここまでか? だが床に崩れ落ちる寸前、彼女の目に映るものがあった。

 

(これだ!)

 

 それは通路を走っている金属の太いパイプだった。シグナムは寸でのところで激痛を堪えて踏み止まり、レヴァンティンをパイプに叩き付ける。

 金属製の管が両断された。その瞬間、切断面から爆発したように蒸気が吹き出した。ボイラーの配管か何かだったらしい。

 辺りはもうもうとした白い蒸気で覆われ、視界が真っ白になってしまう。この状況では流石に同士打ちの危険が高いので、バム星人達も迂闊に撃てない。隣に誰がいるのかも判別出来ない。

 

(今だ……!)

 

 この機を逃さず、シグナムは激痛を堪えて蒸気に紛れバム星人の囲みを抜ける事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 バム星人の足音があちこちで聴こえる。シグナムは辛うじて包囲を逃れ、入り組んだ機械類の中に身を潜めていた。

 

「……レヴァンティン……騎士甲冑閉鎖……」

 

《ja……》

 

 破損した騎士甲冑を最低限補修するが、現在の魔力ではとても全部は修復出来ない。止血と血痕を残さないようにするのが限度だった。

 

「くっ……!」

 

 痛みに脇腹を押さえる。脇腹をかなり深く抉られていた。常人なら痛みで、身動きすらままならないだろう。

 

(このままでは……)

 

 此処も直ぐに見付かる。移動しなくてはならない。だがどうしても四次元空間発生装置の在りかが判らなかった。

 

(……力が……抜けて行く……)

 

 疲労とダメージが蓄積している。一斉放火を浴び、脇腹を抉られ戦闘力は更に減じた。死闘の連続で、身体が言う事を聞かなくなってきている。

 魔力カートリッジもそんなに数は残っていない。使いきってしまったら、最早僅かな魔力すら使えなくなり即座に殺されるだろう。

 あちこちで走り回る音がする。だんだん近付いてくるようだった。

 

(移動しなければ……しかし発生装置は何処に……)

 

 いたずらに動き回っても無駄だ。こちらの狙いを読まれていた。向こうは周到だった。四次元空間発生装置を破壊されないよう、判らないような場所に隠してあるのだろう。

 完全に追い詰められてしまった。このままでは発生装置の場所すら見付けられず無駄死にだ。

 

(……どうすれば良い……どうすれば良いのだ……!)

 

 八方塞がりだった。焦燥感だけが身を苛む。それでも動かない訳にはいかない。シグナムが痛む身体に鞭打って立ち上がろうとした時だった。

 

 ……シグ……ナ……ゼ……ニ……

 

 シグナムは声を聴いた気がした。見付かったのかと思ったが、そうではない。バム星人達の声ではない。それは此処で聞く筈のない、良く知った少女の声だった。

 

「主……?」

 

 はやての声が聴こえた気がしたのだ。幻聴だと思った。疲労と傷の痛みと出血の為に、幻聴が聴こえるのだと。

 

 シグナム……ゼロニイ……

 

 しかし声は、またシグナムに聴こえた。

 

 シグナム……ゼロ兄……

 

 声が聴こえてくる。自分とゼロを呼んでいる。

 

 将……ゼロ……

 

「アインス……?」

 

 今度はアインスの声まで聴こえた気がした。そして声はアインスだけではなかった。

 

 シグナム……ゼロ……

 

 シグナム……ゼロ君……

 

 シグナム……ゼロ……

 

 今度はヴィータに、シャマル、ザフィーラの声まで聴こえた。

 

「これは……?」

 

 それは自分とゼロを呼ぶ、家族達の声であった。

 

「まだ聴こえる……」

 

 シグナムはヨロヨロとだが立ち上がった。バム星人達には聴こえていないようだ。幻聴かもしれない。しかしその声は確かにはやて達の声に聴こえた。微かに何処からか聴こえてくる。

 シグナムは惹かれるものを感じた。声の元へ行かなければと思った。理屈ではない。家族が自分を導いていると感じた。その声は必死で呼び掛ける自分達への激励に聴こえた。

 声はまだ聴こえている。シグナムは重い脚を引き摺りながら、声の導きに従って歩き出した。

 

 

 

 *

 

 

 

「シグナムゥッ!! ゼロ兄ぃぃっ!!」

 

「将ぉっ!! ゼロッ!!」

 

「シグナムッ!! ゼロォッ!!」

 

「シグナム! ゼロ君っ!」

 

「シグナム!! ゼロォッ!!」

 

 屋上に声が響き渡っていた。はやて達に手配され駐在している隊舎の屋上だ。はやてがアインスが、ヴィータがシャマルが、寡黙なザフィーラまでもが空に向かって声を張り上げ叫んでいる。

 

(届く、届く筈や! 2人の元に!)

 

 はやては声が枯れんばかりに叫び続けながら、今『ウルトラマンメビウス』となってゼロとシグナムの行方を捜している、ミライから聞いた話を思い出していた。

 

 

 

 

「僕も変身して捜索にあたるけど、四次元空間の位置は、僕らウルトラマンでも感知出来ない……間に合えば良いけど……」

 

 はやて達の話を聞いたミライは、悔しそうに拳を握り締める。発見出来る可能性は低いと言う事だった。ガックリとするはやて達だったが、そこでミライは意外な事を言い出した。

 

「一つバム星人の事件には、不思議な事があったんだ……」

 

「不思議な事ですか……?」

 

 はやては、藁をもすがる気持ちで聞き返していた。ミライは頷き、以前の事件の事を語り出す。

 

「地球に居た時、同じくバム星人の四次元空間に引き込まれた80兄さんは、四次元空間で聴こえる筈のない生徒達の声を聴いたそうだよ。それが無ければ四次元空間発生装置の在りかは判らず、変身も出来ずそこで死んでいただろうと……」

 

『ウルトラマン80』こと、ヤマト・タケシが中学の教師をしていた時の事だ。担任していた生徒達は、四次元空間に閉じ込められ行方不明となったタケシを全員で呼び続けた。

 周りに笑われても止められても、決して止めなかった。必ずヤマト先生は帰ってくると信じて……

 

「生徒達の声が聴こえたんですか?」

 

「理屈的には有り得ない……バム星人の造り出した四次元空間に、三次元の声が聴こえるなんて有り得ないからね……でも80兄さんには聴こえた……もしかしたら……」

 

 

 

 

 はやて達は力の限り叫び続ける。思念通話も全開で発し続ける。他の局員達は、空に向かって大声で呼び掛け続ける八神家に首を傾げるが、はやて達は決して止めたりはしない。

 きっとこの声は四次元空間で苦闘している筈の、シグナムとゼロに届く筈だと……

 

 

 

 

 *

 

 

 

 シグナムは誘われるままに声の聴こえる方向に進んでいた。幸いバム星人や、小型メカギラスに出会さず進む事が出来た。まるで声が危険を避けて導いてくれているようだった。

 しばらく進むと行き止まりにぶち当たった。だが声は壁の中から聴こえてくる。気になって壁を叩いてみた。音が周りと違う。

 

(空洞になっている……?)

 

 辺りを触ってみると、小さな蓋を見付けた。触れてみると蓋が開いた。中にはスイッチがある。押してみると音も無く壁が開いた。隠し扉になっているのだ。地下に通ずる階段がある。

 扉を閉め階段を注意しながら降り、どれくらい進んだだろう。気が付くと広い通路にシグナムは辿り着いていた。中心よりかなり端の方である。

 

(むっ?)

 

 シグナムは物陰に身を隠す。向こうの角にある大きな扉の前に、光線銃を構えた複数のバム星人が見張りに立っていた。厳重な警戒が取られている。声はその扉の奥から聴こえてくるようであった。

 

(彼処だ……四次元空間発生装置は!)

 

 警備態勢も含めシグナムは直感していた。

 

(ありがとうございます……主はやて……皆……)

 

 シグナムは心の中で深く感謝した。幻聴などではない。皆の想いが自分を此処まで導いてくれたのだと思った。この導きが無かったら、発生装置を見付ける事すら出来ず無駄死にしていただろう。

 しかし警戒は厳重だ。強硬突破しかない。ここが正念場だった。

 

(この身が砕け散ろうと、四次元空間発生装置だけは破壊する!)

 

 迷っている時間は無い。即決した満身創痍のシグナムは、レヴァンティンを構え猛然と飛び出した。

 

「バッ、馬鹿な! 何故此処が!?」

 

 バム星人達は驚いている。余程意外だったのだろう。この機を逃さず、シグナムはレヴァンティンを振り上げ、見張りのバム星人達の中に踊り込んだ。

 

「退けっ!」

 

 銃撃が飛び交う中、レヴァンティンが星人を叩き斬る。乱戦になっては銃は不利と、電磁スティックで応戦するバム星人達。

 

「装置に近付けるな!」

 

 スティックが唸りを上げる。剣の騎士は首を振ってかわす。外れたスティックが、コンクリートの壁の表面を易々と破砕し火花が散る。今の騎士甲冑ではまともに食らえば保たない。

 かわし損ねた攻撃が身を苛む。しかし烈火の将は痛みを感じていないかのように剣を降り下ろし、星人達を叩き斬る。

 

「はあああっ!」

 

 シグナムは気合いと共に四方から打ち込まれるスティックを跳ね上げ、目前の星人をスティックごと唐竹割りに両断した。死体となって崩れ落ちる星人の背後の開閉ボタンを押す。

 扉が開いた。シグナムは遅い来る左右の星人を斬り倒し、強引に部屋の中に飛び込んだ。

 

(あれか!)

 

 体育館程の広さの打ちっぱなしのコンクリートの部屋奥に、透明なパイプが入り組んだ銀色の妙な形をした機械が鎮座している。四次元空間発生装置だ。部屋の中にはガードのバム星人達はいない。

 しかしそこでシグナムは妙な事に気付く。見張りのバム星人達が誰も追ってこないのだ。

 

(まさか!?)

 

 発生装置の傍らから、鈍く光るボディーがのそりと立ち上がる。金切り音のような叫びが部屋に木霊した。対人用の小型メカギラスだ。

 今の戦力ではまともにやり合うのは不利と直接戦う事を避けていたが、敵は装置のガードにメカギラスを配置していた。

 

「残念だったな! 此処でメカギラスにやられて死ね!」

 

 同士討ちを避けて、バム星人達は部屋に入って来なかったのだ。小型メカギラスは金属製の顎をガチガチと噛み合わせ、シグナムに迫る。

 

(こいつを倒せなければ、発生装置は破壊出来ない!)

 

 やるしかない。小型メカギラスの敏捷性は既に見ている。ほとんどの魔力を使えないのでは、機動力は向こうが遥かに勝る。隙を突いて発生装置を壊すのは無理だ。脇を抜けようにも隙が無い。シグナムは残りの体力を総動員し、正面から立ち向かう。

 

「ちえすっ!」

 

 斬撃を小型メカギラスに放つ。関節部を狙ったが弾かれた。そんなに甘くはない。内部フレームも特殊合金な上、配線の類いは露出していない。

 更に高速で動き回る機械の獣は、本物以上の敏捷性で動き回り狙いが定まらない。逆に上顎に装備したレーザーを発射して来る。

 レヴァンティンで弾き返そうとするが、疲労と怪我の痛みで僅かに遅れた。超高温の光が薄い騎士甲冑を破り、肩を抉る。

 燃えるような激痛が走るが、意に介している暇はない。一気に懐に飛び込もうとするが、小型メカギラスはレーザーを乱射してくる。

 敵のレーザーを利用して発生装置を破壊出来れば良いのだが、電子頭脳で的確に状況を判断する小型メカギラスは、そんな下手は打ってこない。

 レーザーの弾幕の嵐。バム星人の光線銃の比ではない。食らったら今の騎士甲冑ではあっさり破られてしまう。

 シグナムはジグザグに動いてかわそうとするが、雨あられと放たれるレーザー。避けきれない。遂にシグナムの左脚を、無情にもレーザーが撃ち抜いた。

 

(くっ……!)

 

 脚をやられた。灼熱の鉄棒を突き刺されたような激痛が襲う。辛うじて床に倒れ込むのは避けられたが、機動力を失ってしまった。左脚が言う事を聞かない。これでは走り回る事すら出来ない。

 

(発生装置は目前だと言うのに!)

 

 此処で殺られては全てが終わる。メカギラスは動けなくなってしまった獲物に、金属製の尾を振り上げた。鋼鉄の鞭のような尾が襲う。

 シグナムはレヴァンティンでガードするが耐えられずに、砲弾のように吹き飛ばされ壁に叩き付けられてしまった。

 

「かはっ!」

 

 分厚いコンクリートの壁に亀裂が入る程の衝撃。血を吐くシグナム。薄い騎士甲冑の防御が追い付かない。機械の獣は止めとばかりに両耳部の発射装置を動かす。

 大型メカギラスと同じ破壊光線砲だ。今の状況で食らっては骨も残るまい。

 

(まだだ……! 今死ぬ訳にはいかん!)

 

 シグナムは身体がバラバラになりそうな激痛を耐え、右脚だけで全力で跳躍した。僅かな差で光線が壁を粉々に吹き飛ばす。

 逃げた訳ではない。剣の騎士は相手の正面目掛けて跳んだのだ。自殺行為に近い動きに電子頭脳の演算が迷ったのか、ほんの一瞬だけ小型メカギラスの動きが鈍る。剣の騎士はその一瞬に全てを懸けた。

 

「くああっ!」

 

 流星の如き突きを繰り出す。レヴァンティンの刃先がメカギラスの首と胴体の接合部に入り込んだ。しかし渾身の突きは、僅かに接合部に食い込んだだけであった。

 万事休す。メカギラスは獲物の無力を嘲笑うように、頭部の破壊光線砲を放とうとする。

 だがシグナムは食い込んだレヴァンティンを離さない。その眼に炎が灯った。

 

「レヴァンティン、カートリッジ全ロード!」

 

《Jawohl!!》

 

 薬莢が飛び出しレヴァンティンのボロボロの刀身が輝いた。全ての魔力を一気に放出したのだ。頚と胴体の接合部に差し込まれた剣が僅だが炎を発する。

 

「はああああああああああああああっ!!」

 

 シグナムは鬼神の如く吼えた。レヴァンティンが高熱を発し、特殊合金製のボディーに食い込む。

 だがそれでもまだ威力が足りない。メカギラスは振り払おうと激しく動きレーザーを放つが、シグナムは食らい付く。破壊光線はさすがに近すぎて使えないようだ。

 全身全霊を懸けて、食い込んだ刀身に全てを叩き込む。それに応えるように、レヴァンティンの僅かな炎が勢いを増していく。

 遂に刃は光をも放ち本来の炎を取り戻した。業火の剣が特殊合金製のボディーを溶解していく。

 

「紫電……一閃っ!!」

 

 必殺の斬撃は見事特殊合金製のボディーを切り裂き、その身体を袈裟懸けに両断した。ボロボロのレヴァンティンは耐えきれず、遂に真ん中からへし折れてしまう。小型メカギラスはグラリと後ろに倒れた。

 機械の塊のボディーは、そのまま背後の四次元空間発生装置に倒れ込み爆発を起こした。シグナムは爆風に飛ばされ床に投げ出される。

 

(やった……!)

 

 遂に四次元空間発生装置を破壊するのに成功したのだ。これでゼロは変身して脱出出来る筈。しかしシグナムには最期の時が近付いていた。

 

「ぐっ……!」

 

 最早身体が動かない。魔力結合は復活したものの、今までの無理が祟って残りは僅か。しかも満身創痍の身はレヴァンティンを振り上げる事すら出来ない。脚も撃ち抜かれている。歩く事すら出来なかった。

 

 そして目前にはバム星人の軍団に、駆け付けた小型メカギラスが3台。全ての銃口が床に転がるシグナムに向けられる。リーダー格らしい服装のバム星人が、言葉を発した。

 

「この状況で恐ろしい奴だ……貴様1人にここまでやられるとはな……だがそれもこれで終わりだ! 相応の報いを受けてもらおう!」

 

 もう立ち上がる事すら出来ない筈のシグナムは、それでも最後の気力を振り絞って立ち上がった。しかしそれは本当に立ち上がっただけであった。

 折れた剣を構える事も出来ない。それでもシグナムは、バム星人達を仁王立ちで睨み付けた。

 此処で死のうと最期まで膝を屈しないとの決意であった。それは剣の騎士の最期の意地であった。

 バム星人の銃口と小型メカギラスがシグナムに照準を合わせる。次の瞬間彼女の身体は蜂の巣にされ、原形も留めない程に焼失するであろう。

 

(これまでか……)

 

 逃れられぬ死を前に、シグナムの心はひどく穏やかだった。

 

(ゼロ……無事逃げおおせろよ……)

 

 これで少なくともゼロは、愛する男は助かる。それだけで充分だった。ふと填めている腕時計が目に入った。破損した騎士甲冑の下から、壊れてしまった腕時計が見える。硝子は割れ文字盤も無惨に壊れ血が着いていた。

 

(私の血だったか……)

 

 夢の事を思い出していた。ゼロの血でなくて本当に良かったとシグナムは自然微笑んでいた。しかし心残りもある。

 

(申し訳ありません……主……奴、シグナム・ユーベルを倒すと言っておきながら……私はここまでのようです……)

 

 はやての哀しげな顔が浮かぶ。誓いを守れなかったのが無念だった。そして次に浮かんだのはシグナム・ユーベルもう1人の自分。黒い女騎士の顔……

 

(そうか……奴は……)

 

 ユーベルのあの表情の意味が今なら判る。シグナム・ユーベル。彼女は紅の魔神ウルトラセブンアックスを愛しているのだ。

 

(……何故お前は……あんな外道に……)

 

 そう問うのも愚問かもしれないと思った。シグナムには知るよしもない色々な事があったのだろう。一体何があってもう一人の自分はああなってしまったのか。

 しかしシグナムに今それを知る術はない。感慨に浸るのもそこまでだった。リーダー格のバム星人が片手を挙げる。

 

「死ねっ!」

 

 処刑の合図が響く。数十もの砲門が全てシグナムに向けられた。最期の時が迫る。

 

(ゼロッ……!)

 

 最期に生涯唯一愛した男の顔が浮かぶ。そこまでが限界だった。撃ち抜かれた脚から鮮血が飛び散る。体勢が崩れた。堪えていたダメージが一斉に吹き出したようだった。彼女の身体が、遂にぐらりと床に崩れ落ちた。

 床に倒れ込む前に彼女の身体は引き裂かれてしまうだろう。逃れられぬ確実な死。意識が遠のく。

 その時だった。一対の光が何処から飛来し、唸りを上げて闇を切り裂いた。

 

「ぐあっ!?」

 

「ぎゃああっ!!」

 

「がああっ!?」

 

 バム星人達が光に次々と切り裂かれ、両断されていく。光は鋭利な刃のようであった。残りの星人達と小型メカギラスは瞬く間に光に切断されて全滅していた。

 そして床に崩れ落ちる寸前だったシグナムは、鋼鉄のような逞しい腕にしっかりと抱かれていた。

 女騎士は相手の顔を見上げた。しかし見るまでもない。この温かさと力強さ。間違えようもなかった。誰が間違えるものか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……何故……来た……? ばかものが……」

 

 鋭い六角形の眼が温かく自分を見下ろしていた。ウルトラマンゼロがシグナムをしっかりと抱き止めていたのだ。言葉とは裏腹にシグナムの目から一筋の涙が流れていた。

 

『バカ野郎! シグナムを置いてなんか行けるかよ!!』

 

 怒鳴り付けるような調子の声。しかしその声には深い労りと温かみが籠っていた。

 

「……こ……この……大馬鹿者が……」

 

『知らなかったのか? 俺は大バカ野郎なんだよ』

 

 そのアルカイックスマイルの口が笑ったように見えた。ゼロが自分を助けに来るのは自殺行為だ。四次元空間発生装置を破壊したのが無駄になる。それは判っている。判っているのだ。だが涙が止まらなかった。

 

(どうしてお前は……来てくれるのだ……?)

 

 死を覚悟した。だがゼロは来た。死を目前にした自分を救う為に来てくれた。来てくれたのだ。様々な感情がない交ぜになるが、やはりその涙は嬉しさからだった。

 

 四次元空間発生装置が破壊され変身出来たゼロは、端末に残されていたメッセージを聴きシグナムの嘘に気付いた。命と引き換えに自分を逃がす気なのだと。

 ゼロは我を忘れる程の感情のままに飛び出していた。本当なら間に合う筈がない。装置を破壊して数分と経っていないのだ。しかし間に合った。

 

『はやて達の声が聴こえたんだ……』

 

 ゼロにもはやて達の声が聴こえていたのだ。声の導きが無かったら、とうてい間に合わなかっただろう。

 

『済まねえ……こんなになってまで俺の為に……ありがとうシグナム……』

 

 バム星人の屍の中、ゼロは傷だらけの女騎士をしっかりと抱き締めていた。肩が震えていた。自身で戸惑う程に、二度と離したくないという強い想いに駈られていた。

 シグナムはその温もりにひどく安らぐ。少年の真っ直ぐな想いが嬉しかった。しかし状況はまだ悪いままだ。

 本当の戦いはこれから。変身出来たと言え、ゼロは怪我の為何時ものようには動けまい。我慢しているようだが、動きがぎこちない。エネルギーもほとんど無い筈だ。だがこの窮地でゼロは言った。

 

『シグナム、奴らをぶっ飛ばしてやろうぜ! そして必ずはやて達の元へ帰る!!』

 

「ゼロ……」

 

 その言葉に自棄になった響きはない。シグナムと心中するつもりで来たのではない。本気で勝つつもりなのだ。そして2人で皆の元に帰ると。

 

『どんな事になっても最後まで諦めない……それがウルトラマンだぜ!』

 

 ゼロの両眼が炎のように光を増す。この男ならやれるかもしれない。この状況を引っくり返せるかもしれない。シグナムは思わず微笑していた。そうだ。自分の惚れた男はこういう男なのだ。

 ゼロから温かな光が発せられ、シグナムに注がれる。メディカルパワーだ。痛みが薄まっていき、身体が軽くなっていく。

 

「止せ……余計なエネルギーを使うな……今は戦いに……」

 

 メディカルパワーの照射を拒むシグナムだが、ゼロはそれを押し止めた。

 

『余計じゃねえよ。済まねえが、シグナムにはまだやってもらいたい事がある』

 

 ゼロは申し訳なさそうに言った。勝つにはシグナムの力も必要だと。それを察したシグナムは拒むのを止め不敵に笑って見せる。

 

「心得た……!」

 

 心が沸き立つようだった。それならば自分も最後まで諦めない。ゼロと共に必ず皆の元に帰ると。

 しかしその前にシグナムは今の自分の状態に気付く。泣いてしまい、お姫さま抱っこされたままである。慌てて涙を拭う。

 烈火の将をお姫さま抱っこしたのは、後にも先にもゼロだけであろう。

 

「……判ったからゼロ……その……」

 

『どうした?』

 

 ゼロは不思議そうに尋ねてくる。烈火の将にしてみれば大事なのだ。逆はよくあるのだが。気絶したゼロを連れて帰った事もある。

 

「……降ろしてくれ……」

 

 赤面するシグナムは、俯いて呟くように言った。

 

 

 

 

 

 ゼロと辛うじて動けるようになったシグナムは、催眠術に掛けられていた人々を誘導し、基地の外に飛び出していた。

 今正気に返すとパニックに陥る可能性が高いので人々の催眠はまだ解かず、ゼロが代わりに脳波で誘導しているのだ。

 

 脱出とほぼ同時に、基地の中央が観音開きに大きく開く。雷光のような光に照らされ、中より銀色に輝くボディーをした機械の竜が3機せり上ってくる。初代とほぼ同じ姿。量産型メカギラスだ。

 そして更に巨躯の機械竜が大将然と姿を現す。量産型より一回りは大きく厳つい。装甲と火力をアップした、強化型メカギラスⅢと言ったところか。

 

 強化型はまだ動かず、量産型3機は地響きを立てて此方に向かってくる。4対1。不利も良いところだ。だがゼロは怯みはしない。

 

『シグナム、誘導権をお前に渡すから、みんなを航行船の所まで頼む! 俺はまず量産型を何とかする!』

 

「気を付けろよゼロ」

 

 決して表には出さないが、同じく満身創痍であるゼロをシグナムは気遣った。ウルトラマンの少年は判ったと頷く。

 

『おうっ、みんなを誘導したら力を貸してくれ。シグナムと力を合わせれば必ず奴らをぶっ飛ばせる。さあ勝ちに行こうぜ!』

 

 全幅の信頼であった。共に戦ってきたシグナムを、ゼロは深く信じているのだ。例えそれが共に戦う戦士としての信頼だけだったとしても、それだけで彼女には充分であった。

 

「任せておけ!」

 

 烈火の将は頼もしく請け負った。まだバム星人の生き残りが街中にいるかもしれない。コントロールを引き継いだシグナムは、人々を誘導して駆け出した。

 乗せられてきた航行船は使える筈だ。此方の航行船を流用したものである。それを確認したゼロは両手を組み合わせる。

 

『デヤッ!』

 

 質量が爆発的に増大する。身長49メートルの巨人が敢然とメカギラス隊の前に立ち塞がった。

 しかし既に胸のカラータイマーが点滅している。瀕死の重傷の応急治癒のせいで、エネルギーは残り少ない。

 

 量産型メカギラス3機は軋むような咆哮を上げ、ゼロに迫る。上顎から一斉にミサイル弾を発射してきた。凄まじい火力だ。

 

『ぐあっ!?』

 

 とっさにかわせず、ゼロはミサイルをまともに食らってしまう。1分間に2000発のミサイル弾は標的を逃さない。余波で周囲が根こそぎ吹っ飛んでしまう。

 ゼロは飛び退いてミサイルの弾幕から逃れようとするが、明らかに動きが精細を欠いている。逃れられず再びミサイルを浴びてしまう。

 堪らず膝を着いてしまう超人。3機の量産型メカギラスが一斉に襲い掛かる。動けないと思われたゼロだが猛然と立ち上がり、正面の量産型に正拳突きを叩き込んだ。

 

『うっ!?』

 

 しかしその拳は寸前で光の壁に阻まれてしまう。前面に張られたバリアーだ。今のゼロではバリアーを突破できない。量産型と言っても、初代メカギラスと同じ性能を持っているのだ。

 

『クソッ!』

 

 それならばと、左方の量産型の側面を狙って上段回し蹴りを放つが、その銀色の姿が不意に消えてしまう。別の異相空間に転移したのだ。メカギラスの特殊能力だ。

 四次元空間のみで使える能力で、三次元に引きずり出せば使用不能になる弱点がある。

 しかし今のゼロのエネルギー量では、ウルトラマン80が使用しメカギラスを三次元に引きずり出した、テレポート光線はとても使えない。まともにやり合うしかないのだ。

 背後に姿を現した量産型メカギラスは、その鋼鉄の腕をゼロに降り下ろす。飛び退いて危うくかわしたゼロは、それでも果敢に3機のメカギラスに挑む。

 だがエネルギーを食う武器を使えない状態でのパンチやキックは、ことごとくバリアーに跳ね返されてしまう。

 メカギラスⅢは自分が出るまでもないと判断してか、後方で悠然と構えている。ゼロは完全に追い込まれていた。量産型3機は完全にゼロを包囲する。

 

「ゼロッ!」

 

 そこに誘導を終えたシグナムが駆け付けた。ゼロは悪あがきするように、効果のない肉弾戦を繰り返している。あまりに真っ正直すぎる。このままでは殺られてしまう。しかしシグナムの口許が微かに笑ったように見えた。

 量産型メカギラスはもはや相手に打つ手無しと見て、まだ無駄な抵抗を続けるゼロに一斉に破壊光線を放とうとする。

 その時ゼロの眼がギラリと光を増した。そこで量産型達は気付く。何時の間にかゼロの頭部のゼロスラッガーが無い。そして足元には穴が空いている。

 量産型が気付いた時は既に遅かった。突然背後の地中から、唸りを上げてゼロスラッガーが飛び出したのだ。

 一対のスラッガーはバリアーの張られていない後ろから、2機を股間から頭頂部まで真っ二つに両断し、返す刀で残り1機の首と胴体を切断した。

 崩れ落ち大爆発を起こす量産型メカギラス。ゼロはスラッガーでの奇襲を成功させる為にわざと真っ正面から戦ったのである。

 今のエネルギー量では正面から行っても勝ち目は無いと判断し、スラッガーの奇襲作戦に出たのだ。シグナムは即座にそれを悟り何も言わなかったのである。

 しかしまだ終わっていない。メカギラスⅢが、金属を擦り合わせたような咆哮を上げて向かってくる。動きが速い。

 強烈な体当たりを食らい、ゼロは吹っ飛ばされてしまった。後方の高層ビルに叩き付けられ倒壊したビルが降ってくる。

 粉塵が立ち込める中、ビルに半分埋まってしまったゼロに、メカギラスⅢは上顎と両手に装備されているミサイル弾を一斉掃射する。

 ゼロはダメージを堪え、瓦礫を跳ね除けて横合いに跳んだ。

 しかしメカギラスⅢの火力は量産型を遥かに上回る。ミサイルの掃射はゼロが跳んだ位置まで巻き込んで降り注ぐ。

 

『うおおっ!?』

 

 ミサイルをまともに食らい、工場地帯を更地にして大地に倒れ込んでしまうゼロ。辺り一帯が焦土と化してしまっている。恐るべき火力だ。

 シグナムは援護に動かず、折れたレヴァンティンを再生していた。辛うじて飛行魔法で空に飛び上がり、戦闘とは離れた位置のビル屋上に降り立つ。

 一方のゼロはヨロヨロと立ち上がろうとする。だが足元がおぼつかない。ダメージが酷いのだ。重傷の身体に鞭打ってここまで戦ってきたが、限界が近い。胸のカラータイマーが限界を告げて激しく点滅している。

 

『こなクソオオオッ!!』

 

 それでもゼロは無理矢理立ち上がった。立ち上がると同時に、ゼロスラッガーを投擲する。スラッガーは左右から全面のバリアーの死角を狙ってメカギラスを切り裂かんと迫る。

 スラッガーが炸裂すると見えた瞬間、メカギラスⅢの姿が消え失せる。別の異相空間に転移したのだ。そしてゼロの直ぐ後ろに音も無く現れ、鋼鉄の腕で痛烈な一撃を見舞う。

 

『がっ!?』

 

 背中にまともにもらい、ゼロは大地に叩き付けられる。メカギラスⅢは、止めと巨大な脚を振り上げた。数万トンの重量が降り下ろされる前に、ゼロは地面を転がってストンピングを避け反動で再び立ち上がった。

 左腕を水平に上げる。残りのエネルギーを注ぎ込んだ『ワイドゼロショット』の態勢だ。

 

『くたばりやがれええええっ!!』

 

 L字形に組み合わされた右腕より、青白い光の奔流が放たれる。光は一直線にメカギラスⅢの側面目掛けて飛ぶ。

 しかし光の障壁がメカギラスの全方位に展開された。ゼロショットはバリアーに阻まれあえなく拡散してしまう。愕然とした様子のゼロに、Ⅲの破壊光線が炸裂する。

 

『ぐわああああっ!!』

 

 身体を引き裂くような威力に絶叫を上げ、遂に膝を着き動かなくなってしまうゼロ。量産型の破壊光線など比べ物にならない。

 メカギラスⅢは火力パワーで量産型を上回るだけではなく、全方位にバリアーを張る事が可能なのだ。万事休す。もはやメカギラスⅢを倒す手立てが無い。踞ったまま絶望した様子のゼロに向け、声が響き渡る。

 

《そこまでのようだな、ウルトラマンゼロ!》

 

 生き残りのバム星人。メカギラスⅢに搭乗しているのだ。もはやゼロに打つ手無しと、余裕の宣言であった。

 

《手こずらせてくれたが、これで終わりだ! 此処で死ねウルトラマンゼロッ!!》

 

 絶体絶命の危機。カラータイマーが限界を告げている。保って後十数秒。だが絶望にすくんでいるように見えたゼロの眼が輝きを増したように見えた。

 それに応えるように屋上のシグナムは、レヴァンティンに最後の魔力カートリッジを装填する。

 

「チャンスは一度きり……2度目は無い……レヴァンティン『シュツルムファルケン』行くぞ!」

 

《Bowgen Form!!》

 

 レヴァンティンが心得たと甲高い声で叫ぶ。シグナムは剣の鞘を出現させると、剣と鞘を組合せ長大な洋弓に変化させる。近接戦闘に特化した彼女の唯一の遠距離攻撃魔法『シュツルムファルケン』

 だが全方位からの光線技も通じないメカギラスⅢに、通用するとは思えない。しかしシグナムは最後の力を振り絞り、ギリギリと弦を引き絞ってメカギラスⅢに照準を合わせた。

 メカギラスⅢは、最後の止めを刺そうと全砲門を開く。ゼロは成す術なく砲門に晒される。一斉砲撃を受ければ今の満身創痍のゼロは保たない。

 これまでかと思われた時、シグナムからの思念通話がゼロに届いた。

 

《ゼロッ!》

 

『おおっ! 反撃タイムはこれからだぜぇっ!!』

 

 シグナムの合図に、ゼロはここだとばかりに両手を組み合わせる。その姿が光に包まれ消えていく。

 逃げられると判断したメカギラスⅢは、ミサイル弾と破壊光線を放つが、既にゼロの巨体は消え失せていた。

 しかしゼロは消えた訳ではない。ミクロ化したのだ。豆粒程に小さくなったゼロはシグナムの元へと向かう。それと同時に、シグナムの構える矢が眩い紫色の光を発した。合わせてミクロ化したゼロが鏃に乗る。

 

『今だシグナムッ!』

 

「応っ! 翔けよ隼っ!!」

 

《Sturm Falken!!》

 

 鼓膜を破らんばかりの轟音を上げて、砲撃の如き矢が放たれた。当然メカギラスⅢはそれを補足している。あの程度ではバリアーを破れない。全身をバリアーで包み込む。

 今メカギラスⅢのバリアーを破れる程の攻撃を繰り出せる者はいない。しかしそれは致命的な判断ミスとなった。

 シグナムの放った矢は音速を超え、炎となった不死鳥の如く飛ぶ。だがこれだけでは無かったのだ。炎の鳥が更に速度を増した。何かが一緒に迫ってくる。

 そうだ。ウルトラマンゼロがシュツルムファルケンの勢いに乗って一直線に向かってくるのだ。打ち出されると同時に巨大化し、身長49メートルの巨人に戻って行く。

 『ステップショット戦法』父『ウルトラセブン』が、あらゆる攻撃が通じない『クレイジーゴン』を倒した捨て身の特攻戦法だ。

 

「うわあああっ!? 」

 

 搭乗していたバム星人達が悲鳴を上げる。異相空間に逃げようとしてももう遅い。転移で逃げられないよう油断を誘う為に、ゼロは残り少ないエネルギーでまともに戦ったのだ。

 シュツルムファルケンのパワー、自身の最大スピードと巨大化エネルギー全てを載せ、炎の不死鳥と化したウルトラマンゼロはバリアーを正面から打ち破った。メカギラスⅢに頭から激突し土手っ腹をぶち抜く。

 大破したメカギラスは、火花を盛大に上げ工場に倒れ込む。内蔵武器が引火し、工場に誘爆する。

 製造途中だった量産型メカギラスをも巻き込み大爆発を起こした。バム星人基地の最期だ。火柱を上げて星人の野望は、粉々に飛び散っていった。

 

 

 

 

 黒い女騎士、シグナム・ユーベルはビル屋上で、無表情に遠目の火柱を眺めていた。その暗い瑠璃色の瞳に僅かながら、満足そうな光が浮かぶ。

 傍らの包帯を頭に巻き付けた少女は首を傾げていた。

 

「解析不能……何故アノシグナムハ死亡消滅シナカッタノカ……? アリエナイ……アノ状況デ生キ残ル可能性ハ、ゼロノ筈……」

 

 心底判らないと言った風であった。それは困惑していると言うより、機械が計測結果のエラーを告げているだけに見えた。ユーベルは無言で踵を返す。

 

「終わった……行くぞ、アギト……」

 

「了解……ロード……」

 

 包帯少女は機械的に返事をし後に続く。少女を従え闇に消え行く女騎士はポツリと呟いていた。

 

「そうでなくてはな……」

 

 寒気を覚える程、戦闘的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 *************************

 

 

 

 次元の海を飛行し、ゼロとシグナムの行方を捜していたウルトラマンメビウスは、空間異常を感じ取った。

 駆け付けてみると、空間の裂け目が出来ている。造られた四次元空間が完全に消滅したのだ。その中に一隻の次元航行船が漂っている。メビウスは船をそっと抱え上げた。

 

 

 *

 

 

《シグナム、ゼロ兄ぃっ! 良かった……》

 

 端末画面に泣くのを堪えているはやての顔が、ノイズ混じりに映っている。連絡が取れたのだ。残っていたシグナムの端末はあちこち破損してものの、何とか使用出来た。

 後ろにべそをかいているヴィータやアインス、シャマルに、ほっとした様子のザフィーラが一生懸命に此方を見ているのが判る。皆ゼロとシグナムの無事を心から喜んでいた。

 

「今ミライ殿に、そちらに運んでもらっていますので後程、では主はやて失礼します……」

 

 シグナムは頭を下げて通信を切った。すると後ろでドスンと倒れ込む気配がする。気が緩んだのか、ゼロは力なく操縦席の床に座り込んでいた。

 変身による体組織の変換である程度の傷の修復が出来たものの、重傷には変わらない。更には相討ち覚悟の特攻技を使ってボロボロである。

 

「大丈夫かゼロッ!?」

 

「た……大したこと事ねえよ……」

 

 駆け寄ろうとするシグナムに、ゼロは傷だらけの顔で笑って見せる。相変わらず意地っ張りな男であった。

 

「それよりシグナムは大丈夫か……?」

 

「お前よりはましだ……」

 

 シグナムはそう返すが、彼女も魔力も体力も尽きている。メディカルパワーでの応急処置を受けたといっても、怪我が治った訳ではない。

 

「お互い様だな……」

 

 ゼロは苦笑して見せる。シグナムもそうだなと苦笑し返した。

 

「済まねえが……少し休ませてもらうぜ……さすがにもう動けねえ……」

 

 ゼロは力なく笑う。もう指1本動かすのも億劫なのだ。通信の時は心配させないように、意地で立っていたのである。

 

「この有り様では、主はやてに心配させてしまうな……騎士として不甲斐ない……」

 

 ボロボロの自分とゼロを見て、シグナムは表情を曇らせる。2人共傷だらけだ。通信状態の悪い画面では誤魔化せたが、帰ったらはやてが惨状に卒倒しそうである。

 するとゼロはシグナムをまじまじと見詰め、真剣な眼差しでポツリと一言言った。

 

「シグナムはどんなになっても、綺麗だよ……」

 

 シグナムの頬がみるみる紅くなる。この男はと、照れ隠しに文句を言ってやろうとすると、ゼロは既に眠っていた。

 

(お前という奴は……)

 

 少し腹が立った。こちらの気持ちも知らず、それなのに自分の心をこんなにかき乱す。シグナムはざわめく気持ちを落ち着ける為に、深呼吸して一息吐いた。そして改めて、こんこんと眠るゼロの寝顔を見詰める。

 意識が無かったとは言え、告白してしまった事が脳裏に甦った。そしてこの想いは、死ぬまで胸に秘めると誓った事も……

 

(これで良いのだ……私はお前を想うだけで良い……)

 

 不器用な女騎士の密かな誓い。そこでシグナムはふと気付く。壊れている筈の時計が動き出していた。ガラスも割れ、針もねじ曲がっているが内部機構はまだ生きていたのだ。

 

(こんなにしてしまって済まない……修理に出せば大丈夫のようだ……)

 

 眠るゼロにそっと詫びる。少年の唇が目に入った。無意識に自らの唇にそっと触れる。まだ彼の温もりが残っている気がした。

 

(私はこれで充分だ……)

 

 全ての想いを胸に秘め、シグナムは想いを寄せる少年の寝顔に微笑んでいた。それは何処か物悲しい、しかし美しい微笑みであった。

 

 

つづく




※居村慎二先生の漫画でメカギラスⅡが出ているので、こちらはメカギラスⅢになってます。
それでは次回でお会いしましょう。


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番外編 紫天の恩返し(前編)


たいへんお待たせしました。色々忙しかったもので(汗)すいません。今回はウルトラマンレオと紫天一家のその後のお話です。




 

 

 

 複数の月の青白い光が、深い森をぼんやりと照らしていた。

 森の動物達が何かを察したように、一斉に逃げ出した。野鳥の慌ただしい羽ばたきが夜の森に響く。大型の肉食動物までが一目散に逃げ出していく。

 それから数瞬遅れて、巨大な何かが3つ地響きを上げて森に降り立った。

 月光が雲に隠れ詳細は不明だが、それは3体の巨人であるらしかった。その中の1人が尊大に口を開く。

 

『フフフ……やっと見付けたぞ、ウルトラマンレオ……』

 

『他の世界にもウルトラ族が何名か派遣されているようですが、どうしますか? 邪魔が入るかもしれません』

 

 他の2人が敬語で最初に声を発した巨人に質問する。どうやら2人はもう1人の部下のようなものらしい。

 

『俺の邪魔はさせん……あくまで狙いは奴1人……その為の策は考えてある……』

 

 その仮面の下の片眼が光を増した。それは狂気と憎しみに満ちたものだ。憎しみの光だ。冴えざえとした月光よりも冷たい光だ。眼光だけで人間を射殺せそうであった。

 

『奴は並大抵ではありません。大丈夫でしょうか?』

 

『その為奴に気取られないよう、密かにあくまで密かに準備するのだ……抜かるなよ!』

 

『はっ!』

 

 2体の巨人は、もう1人を怖れるように跪き畏まる。恐怖なのか畏敬なのか、巨人達はもう1人に絶対の忠誠を誓っているようであった。

 

『ウルトラマンレオ! 以前の恨みは忘れていないぞ! 今度こそはマグマサーベルの餌食としてくれる!!』

 

 もう1人の巨人は、右腕に装備されている巨大なサーベルを掲げた。刃が複数の月明かりを反射し、ギラリと冷たい光を放つ。そして月光に露になった巨大な姿は、半身を機械化したマグマ星人であった。

 

 

 

 

************************

 

 

 

 

 子供達の元気な歓声が響く。幼稚園程から小学校くらいの少年少女達が、元気に空き地を駆け回っていた。

 その中で張り切って走り回る、青い髪をツインテールに括ったフェイトに良く似た少女と、彼女より年下の亜麻色の髪をした可愛らしい少女。

 雷刃の襲撃者レヴィ・ザ・スラッシャーと、紫天の盟主ユーリである。地球で言う、鬼ごっこのような遊びをしているらしい。

 泥だらけになって近所の子供達と遊ぶ様は、年相応の子供であった。

 駆け回って陽が暮れる。めいめいに家に帰る子供達に別れを告げ、2人は空きっ腹を抱えて走って帰路に着く。

 

「今日の晩御飯は何かな、カレーが良いな!」

 

「ハンバーグかもしれないですよ」

 

 互いに好きなメニューを言い合いながら走っていると、下町風情が残る住宅街に出る。道行く人にレヴィは元気よく挨拶し、ユーリはペコリと丁寧に挨拶しながら住宅街を走り抜ける。

 小綺麗な2階建ての家が見えてきた。今の紫天一家の住まいである。カレーの良い匂いがした。家の前に二つの人影がある。はやてとなのはに良く似た少女達だ。

 

「お前達は……また泥だらけになりおって……夕食の前に風呂だ!」

 

 呆れたように、はやて似のエプロン姿の紫天の王こと、ロード・ディアーチェが声を上げる。板に付いていた。

 

「お帰りなさい……レヴィ、ユーリ」

 

 その横で頭に猫を乗せたなのは似の少女、星光の殲滅者こと、シュテル・ザ・デストラクターが迎える。

 猫は別に飼っている訳ではない。どうもシュテルには猫に好かれる質らしく、何時も寄ってくるのである。

 早くもカレーの匂いに気付いたレヴィは、満面の笑顔で両手をバタバタ振ってディアーチェに走り寄った。

 

「うわあっ、王様今日はカレーだね!?」

 

「ハンバーグカレーだ」

 

 ディアーチェは偉そうに腕組みして答えを言う。ちょっとどや顔である。それを聞いてユーリが目を輝かせた。

 

「2人共ハンバーグカレーを食したければ、さっさと風呂に入って来んか!」

 

「わあいっ♪ ユーリ行っくぞぉっ!」

 

「はいっ!」

 

 ディアーチェのほとんど母親の一喝に、レヴィとユーリは小躍りせんばかりに喜び勇んで家に入る。ディアーチェとシュテルはその後からのんびり歩いて行く。

 その様子を近所の住民達は微笑ましく見ている。ディアーチェとシュテルはご近所さんに会釈すると我が家に戻り、腕白坊主2人の着替えとタオルの用意をする。

 

 世界征服を狙っている彼女ら紫天一家は、表向きは一介の善良な市民として暮らしているのだ。多分……

 

 小綺麗に掃除された居間で、4人は食卓を囲む。レヴィとユーリは欠食児童よろしく、もりもりと夕食を食べている。空腹もあるが、ディアーチェの料理はとても美味しい。

 2人の食べっぷりについ目を細めながら、ディアーチェはふと、隣のシュテルに尋ねていた。

 

「シュテルよ、獅子の王子は今何処をほっつき歩いておるのだ?」

 

 獅子の王子。『ウルトラマンレオ』こと、おおとりゲンの事らしい。

 

「ええ……昨日のニュースで、怪獣が出たのではと言ってましたから、そちらに出向いているのでしょう……」

 

 シュテルは応えると気になったのか、テレビを点ける。怪獣が出現するようになってから、報道番組でも何処の世界に怪獣宇宙人が現れたか流すようになっていた。

 丁度今先週にあった怪獣事件を報道している。ウルトラマンレオも映っていた。

 

「まったく慌ただしいな……本当に最初に言った通りだな……」

 

「ええ……自由に暮らしていればいいとの言葉は本当でしたね……」

 

 シュテルの声には染々とした響きがある。ゲンは実際この家には住んでいない。時折様子を見に来るだけである。2人は最初にこの家に来た時のことを思い出した。

 

 

 

 

「此処が今日からお前達の家だ」

 

 ゲンは2階建ての住宅を指差した。中古だが小綺麗な外観のしっかりした造りの家。今ディアーチェ達が住んでいる我が家。ゲンが手配してもらったものだ。

 

「うわあっ!」

 

 荷物を担いだレヴィとユーリは、目を輝かせて家を見上げている。鍵を開け中に入るゲンに続き、紫天一家も後に続いた。

 

「ライフラインも既に通っている……これはキャッシュカードだ。生活費はここから使え。あまり無駄遣いはするなよ?」

 

 ゲンはクレジットカードをディアーチェに手渡した。ゲンの口座である。彼の嘱託魔導師としての給料を使えとの事だ。

 嘱託の給料は良い。余程の贅沢をしなければ不自由なく暮らせるだろう。

 ゲンはその後数日掛けてこの世界の説明と、暮らしていく上での注意点を一通り教えた。

 

「まあ、こんなところだ……この世界は平和で暮らしやすい……住んでいる人々も親切で穏やかだ……あまり迷惑を掛けないようにな……困った時は私に連絡しろ」

 

 ゲンは説明を済ませると、一つだけ持っていたサンドバック状の荷物を肩に担ぎ出て行こうとする。ディアーチェは慌てた。

 

「待て、獅子の王子よ! 何処へ行くつもりだ!?」

 

「私は受け持っている世界を回って歩こうと思う……たまには様子を見に来よう……」

 

「良いのか? 我らが何か仕出かすかもしれんぞ?」

 

 ディアーチェの半ば脅すような問いに、ゲンは苦笑を浮かべた。眼光鋭い顔が意外な程柔らかになる。

 

「それは心配はしていない……お前達がそんな者達なら、元からこうはしていない」

 

 それは彼女らを信頼していると言っているのだ。お人好しと言うより、彼女らの根っ子を理解しているが故であった。下手な誤魔化しや、性根の腐った者のへつらい言などゲンには通用しない。

 

「それではな……あまり無茶はするなよ」

 

 ポカンとする4人を残し、ゲンは風のように去っていったのだ。

 そしてあれから2年近く、紫天一家はすっかりこの世界に慣れ親しんでいた。近所の住人達も、奇妙だがどこか憎めないこの4人の少女達を温かく受け入れていた。

 

 元々管理世界は様々な世界の人間との交流が盛んである。多国籍国家のようなものか。排他的ではないと言うか、懐が広いのだ。その点も紫天一家には有りがたかった。

 もうすっかり彼女達は溶け込んでいる。生活にも不自由はない。紫天一家は今の生活を楽しんでいた。しかしディアーチェはどうにも気になる事がある。

 

「獅子の王子は、いったい何処で寝泊まりしておるのだ?」

 

 ディアーチェは首を捻る。あれから月に一度程は様子を見に来るが、それ以外は何処でどうしているのか分からない。

 来る時も監視の為ではなく、無事に過ごしているか気にかけてやって来る感じである。お土産も持ってくる。レヴィとユーリなどはお土産を心待ちにしているくらいだ。

 皆の無事を確かめ不自由が無いか確認すると、また風のように去ってしまう。一番近いのは、娘達を気に掛ける単身赴任の父親であろう。

 

 ディアーチェは態度こそ尊大であるが、馬鹿でも愚か者でもない。今こうして皆と穏やかに暮らせているのが、ゲン達のお陰だという事を判っているし感謝もしている。まあ口にはしないであろうが。

 それは他の者も同じだ。シュテルやユーリはもちろん、あのレヴィでさえそれは判っているだろう。

 

「せめて……食事でもしていかんか……」

 

 ディアーチェは、満面の笑みで彼女の作った料理を頬張る皆を見て、ついこぼしていた。

 彼女は凄まじい程に料理の腕を上げていた。はやてを元に実体を持ったせいか、料理がとても得意である。今現在のディアーチェの料理の腕前ははやてと互角であろう。

 しかしその手料理を、ゲンは一度も食べていなかった。

 

「おおとりさんは、本当にすぐ行ってしまいますからね……」

 

 シュテルはそんな王の気持ちを察してか、表情の変化は乏しいながらも染々と頷いた。ゲンはこの家に長居しないのだ。来てやることは、まず皆の話を聞くことである

 

「おおとりさん、こないだね、皆で動物園に行ってきたんだよ! みんな格好良かったんだ!」

 

「ご近所の方から、たくさんお裾分けを貰うんですよ。皆さん良い人達で」

 

「そうか……それは良かったな……」

 

 ゲンは目を細めてレヴィやユーリの話を聞く。その様子は子供を思いやる父親のようだった。2人はゲンに懐いていた。

 ユーリが懐いているのは意外に思えるが、元は人間であった彼女には、今は記憶すら定かではない父親をゲンに見ているのかもしれない。

 そしてゲンは、4人から最近あった出来事などを聞き必要な事を確認すると、止める間も無く居なくなってしまう。

 

「ふっ、ふんっ、まったく慌ただしい事よ。我の腕前で度肝を抜いてやろうと思ったのだがな……」

 

「そうですね……次こそはおおとりさんに目にもの見せてやりましょう……」

 

 素直でないディアーチェに合わせ、シュテルはとても料理でとは思えない程物騒な返しをする。

 そのやり取りを聞いて、レヴィはご飯を頬張りながら目を輝かせた。

 

「おおとりさんは、怪獣と戦ってるのかあ……もぐもぐ……良ひなあ……僕もかいひゅうと、しょおぶしてみたひなあ、もぐもぐ……」

 

「喋るか食べるか、どっちかにせんか……行儀が悪いぞ」

 

 ディアーチェはレヴィに注意しておく。そこで先程から何か思案していたシュテルが、

 

「王……おおとりさんは必要以上に此処に長く居るのを避けてるように思えるのですが……」

 

「お前もそう思うか……?」

 

 ディアーチェもそう感じていたらしい。するとユーリが食事の手を止め、おずおずと口を開いた。

 

「……この間私1人の時、アインスが訪ねて来たのは言ってますよね?」

 

「近くに仕事で来たので、寄ったんでしたね……? たまたま私達は出掛けてましたが……」

 

 シュテルが応えた。そこでユーリは口ごもる。少し言いづらいことらしい。

 

「言ってみろユーリ……」

 

 ディアーチェが優しく先を促したので、ユーリは話し始めた。

 

「私その時おおとりさんのことを話したら、アインスが言ってたことが有るんです……」

 

「ほう……?」

 

 相槌を打つディアーチェ。アインスはユーリに親近感のようなものを抱いているので、小さな盟主を気にかけている。

 

「長居しないのは、気を使わせないようにしているだろうとのことでしたが、もう一つ……おおとりさんは昔大切な人達をほとんど無くしているって……」

 

 ディアーチェ達は意外な話にハッとする。

 

「私達を万が一にも戦いに巻き込みたくないせいもあるのではと、アインスは言ってました……亡くした人達の中には私くらいの子もいたそうです……」

 

「余計な気を回しおって……」

 

 ディアーチェは不機嫌そうに腕組みした。確かに彼女達は消滅したとしても、時間を掛ければ何れ復活する事ができる。

 しかしM78ワールドは様々な力を持った怪獣、宇宙人の宝庫。封印されたり吸収されたり、2度と復活できなくされてしまう危険もある。

 プログラムに直接干渉できるものまでいるのだ。一概に紫天一家も安全とは言えないのである。

 ドキュメントデータを見ても、こいつとは戦わない方が良いと思うものも少なくない。ゲンの心遣いは判るが、釈然としないディアーチェであった。

 紫天一家はヴォルケンリッターとアインスのように、永い間人間の勝手な都合で自由など無かった。ゲンはせめて彼女達に平穏に暮らしてほしいのだろう。

 シュテルはもう一つフォローを入れておく。

 

「王……私達は表向きは消滅したことになっています……あまり目立つなと言うこともあるのでしょう……」

 

「それは判るがな……まったく……」

 

 紫天の王は、ニュース画像に流れるウルトラマンレオの映像を、不満げに見詰めた。すると画面が切り替わり、無人機によるものと思われる画像が流れる。

 

「あっ、これ今のやつだ!」

 

 レヴィが画面を指差す。他の次元世界のリアルタイム映像だ。ゲートから現れた怪獣が、街に向かって進撃しているところであった。逃げ惑う人々。炎に包まれる家屋。

 まだ人家の少ない場所なのと、避難誘導のお陰で被害はまだ少ないが、このままでは甚大な被害が出てしまうだろう。

 怪獣は前面が赤、背面が青いが前後全く同じ姿をしていた。前後どちらから見ても顔がある。まるで赤鬼と青鬼の前面だけを1つに張り付けたようだ。

 怪獣は前後ろ二つの顔からそれぞれ超高温の火炎『ダブルフェイスファイヤー』を吐き、辺り一面を火の海と化す。そして管理局の武装隊の攻撃をまったく受け付けず、高ランク魔導師の攻撃すらものともしない。

 並みの怪獣なら高ランク魔導師で対処できる場合もあるのだが、この怪獣には全く通用しない。

 それもその筈。阿修羅像に更に鬼を加えて禍々しくしたような奇怪な姿。『二面凶悪怪獣アシュラン』だ。その姿は怪獣と言うより怪人に近い。以前出現したアシュランの別個体だ。

 その戦闘力はかつて、ウルトラ戦士単独では太刀打ち出来ないと評された程の強力怪獣である。

 

 魔導師部隊を羽虫のように蹴散らし、大都市に乗り込もうとするアシュラン。暴虐の本性のままに荒れ狂おうとする。

 恐るべき破壊力と暴虐に、さしものディアーチェ達も息を呑んだ時だ。目映いばかりの光が輝き、その前に真紅の雄々しき巨人が立ち塞がった。

 ウルトラマンレオだ。レヴィとユーリは箸を止めて、レオに声援を送る。

 

「ウルトラマンレオだあっ! 行っけぇっ! おおとりさん!!」

 

「おおとりさん、頑張れ!」

 

 ディアーチェとシュテルも画面に見入っていた。アシュラン。以前レオ単独では勝てないと言われた程の強力怪獣。

 以前のアシュランは、ウルトラマンジャックとレオとの2人掛かりでようやく倒したのだ。果たしてウルトラマンレオは?

 

『エイヤアアアッ!!』

 

 ウルトラマンレオの、烈帛の気合いが大地に響く。左手を前に突き出し右拳を引いた得意のレオ拳法の構えだ。

 アシュランは敵の出現に、凶悪極まりない顎を開き咆哮を上げる。

 巨人と怪獣は大地を揺るがし激突した。アシュランの剛力無比の腕がレオを襲う。

 獅子の戦士は突進の勢いをいささかも緩めず、首を振って剛腕をかわすとカウンターで、アシュランの横っ面に右正拳突きを叩き込む。

 吹っ飛ぶ巨体。顔面から大地に倒れ込む。追撃を掛けようとするレオだが、アシュランの背面の青い顔が牙を剥く。その口から超高温の炎が吹き出した。

 

『ぬっ!』

 

 寸前で後退するレオ。アシュランは背面も前面であるのだ。死角が無い。素早く起き上がった二面怪獣は、青面のままレオに猛攻を加える。

 その暴風雨のごときパワーの前に、レオも防戦一方に見えた。あのウルトラマンレオがじりじりと追い詰められていく。胸のカラータイマーが点滅を始めていた。

 ウルトラマンレオの次元世界での活動時間は2分40秒。地球と変わらない。時間が無い。

 

「頑張れ、おおとりさん! ウルトラマンレオォッ!!」

 

「おおとりさん、頑張れぇっ!」

 

 レヴィとユーリは声を張り上げて、届けとばかりに危機に陥る獅子の戦士に声援を送る。その中でディアーチェとシュテルは、戦況を冷静に見ているようだった。

 

『タアアッ!』

 

 レオは高く跳躍して、ようやくアシュランの猛攻から逃れる。周囲を連続してジャンプし、相手を幻惑しようとしているようだった。

 捕まえられないことに業を煮やしたアシュランは、二面両方からダブルフェイスファイヤーを一気に吹き出した。凄まじい火力だ。これでは周囲が壊滅状態になってしまうが……

 

「あれ……?」

 

 レヴィが画面に目を凝らした。何時の間にか周りに何も無い、岩場のような場所にレオとアシュランは移動していた。人家や避難民はおろか、山火事になるような木々すら無い。

 

「そう言うことだ。獅子の王子は、完全に被害が及ばない場所まで防戦のふりをして敵を誘導していたのだ。それに見ろ。王子は先程から敵の攻撃をまともに食らっておらん。全て捌いておる……恐るべき手練れだな……」

 

 ディアーチェは、狐に摘ままれたような顔をしているレヴィとユーリに説明してやる。

 

「始まりますよ……おおとりさんの反撃が……」

 

 シュテルが僅かに微笑を浮かべたようであった。それに応えるように、ウルトラマンレオの双眼が光を増した。

 

『エイヤアアッ!』

 

 獅子の戦士が雄叫びを上げる。火炎熱戦を最小限の動きでかわし、アシュランに中段回し蹴りを連続して叩き込む。堪らずよろめく二面獣。レオの猛攻は終らない。

 更に鋼鉄の拳が、アシュランの顔面に、ボディーに次々に炸裂する。まるで至近距離でミサイルを放っているかのようだ。

 剛腕を振り回し反撃を試みるアシュランだったが、レオはその腕を巧みに掴み、一本背負いで頭から大地に叩き付ける。土砂が巻き上がり、大地が地震のように震えた。

 地面に半ばめり込んでしまったアシュランだったが、ダメージを無理矢理ねじ伏せ猛然と立ち上がる。前後両方の口から、超高温火炎熱戦を火山のように吐き出した。

 あっという間に周囲が焦熱地獄と化す。巨大な岩石群が高温で真っ赤に赤熱化し、終いにはプラズマ化してしまう。

 熔鉱炉のような有り様になった大地を、ウルトラマンレオは疾走する。死角無しのアシュランは火炎熱戦を吐き続け、レオを寄せ付けないつもりだ。

 そうはさせじと獅子の戦士は、地上1000メートルの跳躍力を生かし大きく宙に飛び上がる。アシュランはレオを撃ち落とそうとするが、当たらない。掠りもしない。

 自在に跳躍してダブルフェイスファイヤーを全てかわしたレオは、赤面の顔に炎の『レオパンチ』を放つ。音速を遥かに超えた速度で拳が耳朶を打つ唸りを上げる。

 

「イヤアアアッ!!」

 

 強力極まりない赤熱化した拳がアシュランの顔面を叩き潰す。どす黒い血が飛び散り、牙が砕け散る。絶叫を上げる二面獣。しかし前面がやられてもまだ裏面がある。

 青面に切り替えたアシュランは口から火炎熱戦を吐こうとする。しかし既にレオの姿は無かった。

 姿を見失ったアシュランは慌てて辺りを見回すが、時既に遅し。天空に真紅の巨人が舞う。

 空中で軽業のごとく回転するレオの右脚が炎と化す。必殺の『レオキック』!

 

『タアアアアアアアッ!!』

 

 炎のキックがアシュランの顔面を粉々に蹴り砕く。その威力の前に頭部が上半身ごと爆砕した。

 レオが大地に降り立つと同時に、死体となったアシュランは火柱を上げて吹き飛んだ。

 以前地球で戦った時とは違うのだ。今のウルトラマンレオにとって、アシュランなど敵ではなかった。

 レオは『ウルトラマント』を取り出し、焦熱地獄と化した大地に翻すと、炎は鎮火し大地は元の穏やかな温度に戻る。

 それを確認すると、レオは空に飛び上がり姿を消した。

 

 

 

 

 

《いったい彼らは何者なのでしょうか?》

 

 戦いが終わり、カメラがスタジオに戻る。中年の男性ニュースキャスターが、しかめ面で視聴者に問い掛けるように話した。

 

《今のところ彼ら、ウルトラマンと呼ばれる常識を遥かに超えた力を持つ巨人達は、ゲートから現れる巨大生物を撃破もしくは捕獲すると姿を消しています。

 味方なのではないかとの意見も有りますが、いまだ正体不明で、更には以前の巨人『ダークザギ』の件もあり、危険なのではないかとの声も根強いようです》

 

 やはりそう簡単に信じてもらう訳にはいかないようだ。ゼロ達ウルトラマンは、これからも行動で示していくしかない。信頼を得るのは難しいのだ。失うのはとても簡単なのに……しかしやはり紫天一家には面白くないようだ。

 

「何だい、助けられて疑うなんて!」

 

 レヴィがプンスカ怒ってテレビに抗議している。ユーリも納得いかないようだ。シュテルも判りづらいが少しムッとしているようだ。正直ディアーチェも面白い訳ではない。

 彼らウルトラマン達が、純粋な善意と使命感で戦っていることを知っているからだ。実際に会って直接彼らを知ればそれは判る。

 納得いかない面々を他所に、次のニュースが流れる。それは最近この世界で起こっている事故のニュースだった。それを見たシュテルは、眉を僅かにひそませる。

 

「王……そう言えば最近妙に感じることが有るんです……」

 

「妙な事……?」

 

 ディアーチェは首を傾げた。この世界は平和そのものの世界だ。戦争も無い。それなりに争いはあるが、それは何処の世界にもある程度のものだ。

 それに此処には、まだゲートも怪獣宇宙人も現れていない。シュテルは少し自信が無さそうだったが疑問を口にする。

 

「今も言ってましたが、最近機械トラブルで、他世界との通信に不具合が生じてしまっているのはご存知ですよね?」

 

「うむ……何か事故があったらしいが……お陰で今他世界との連絡に支障をきたしているようだな……」

 

「最近こうしたトラブル続きが多い気がするのです……」

 

「むう……」

 

 ディアーチェはシュテルの言いたいことを察する。少し不穏な気配を感じる気がすると言いたいのだろう。

 

「考えすぎだと良いのですが……」

 

 シュテルは画面を見ながら呟いた。偶然である可能性も否定できないが、気になっているのだ。ディアーチェは考えすぎと笑う気にはなれなかった。

 

「何か厭なものの前触れかもしれんな……」

 

 右腕であり、知のマテリアル、シュテル・ザ・デストラクターの言は信頼できる。それにディアーチェ自身も妙に心がざわつくものを感じた。

 

「そろそろ獅子の王子が様子を見に来る頃だ。その時に伝えておこう」

 

 しかしさすがに彼女達も気付かなかった。その僅かな異変は、まさにおおとりゲン、ウルトラマンレオがこの世界に寄るタイミングを狙って起こっていたことを……

 

 

 

 

**************************************************

 

 

 

 

『手筈は……?』

 

『万全です』

 

 サイボーグマグマ星人の問いに、跪く2体のマグマ星人は報告する。

 

『ウルトラマンレオは月に一度必ずこの世界に戻る……』

 

 サイボーグマグマの口許がニヤリと歪に歪む。作戦の為に、かなり前から様子を探っていたようだ。

 

『行き先はさすがに気取られる恐れがあるので判りませんでしたが、この世界にレオが定期的に滞在するのは間違いありません』

 

『来いウルトラマンレオ! その時が貴様の最期だ!!』

 

 憎しみに燃えたサイボーグマグマの片眼が、再び狂気の火を帯びた。

 

 

 つづく

 

 




それでは次回『紫天の恩返し(後編)』でお会いしましょう。


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番外編 紫天の恩返し(後編)


今更ですが、あけましておめでとうございます。たいへんお待たせしました。連載再開です。今年もよろしくお願いします。


 

 

 

 次元航行船で穏やかな顔をした老婆は、隣に座っていた中年男性に話し掛けていた。

 

「あんた、何処まで行きなさるんかね?」

 

「タサランの街までです……」

 

 男は屈託なく答えた。人懐っこい笑顔を向ける。話好きの老婆はニコニコ笑って、お菓子を勧めながら更に聞いてくる。

 

「何やら嬉しそうだねえ。住んでなさる? ご家族が待っとるんかい?」

 

「住んでいる訳ではありませんが……知り合いの子達の様子を見に行くんです」

 

 男、おおとりゲンはひどく優しい眼差しで、波のようにうねる次元空間を見詰め答えていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 紫天一家は朝からとても気合いが入っていた。

 

「王様、玄関の掃除終わったよ!」

 

「廊下の終わりました!」

 

 レヴィとユーリが、ふざけて軍隊よろしく敬礼で報告する。何時も掃除が行き届いている家だが、今日は更に念入りになされていた。

 そしてエプロン姿のディアーチェは、前日から仕込んでいた料理のチェックをしていた。シュテルは手伝いである。

 今日はゲンが様子を見に来る日なのだ。来る数日前に連絡が来る。抜き打ちで来ないのは信用の証だろう。

 

「僕おおとりさんに、宇宙拳法教えてもらうんだ!」

 

 レヴィはウルトラマンレオの、左手を前に突き出す構えの真似をして見せる。どや顔だ。けっこう様になっている。

 

「ふははははっ! 見ていろ獅子の王子よ! 今日こそ目にもの見せてくれるわ!」

 

 お玉を振りかざし、どう聞いても恨みを晴らそうとする悪役の台詞を吐くディアーチェである。直訳すると「今日こそ自慢の料理を食べてもらい、唸らせてやる!」となる。まったく素直でない。

 

 そうしてつつがなくゲンを迎える準備が出来た紫天一家であるが、いささか張り切りすぎたようである。

 

「準備全部終わっちゃったね……」

 

「おおとりさんが来るのは、まだ先ですよね」

 

 レヴィとユーリは、手持ちぶさたにピカピカの部屋を見渡した。もうやる事が無い。ゲンから何時くらいに来るか連絡は来ている。

 そろそろこの世界に着いた頃だろうが、先日の仕事の関係上地方の発着場を利用するので、到着するのはまだ2、3時間は先だろう。

 つまみ食いを目論むレヴィを台所から引きずり、紫天一家はゲンが来るまで一休みと、リビングのソファーに腰掛けた。

 シュテルが煎れたお茶を飲みながら、ディアーチェは何気なくテレビを点ける。ちょうど都心の様子が中継されているところだった。人でごった返している。ディアーチェ達が住む家は郊外に在るのだ。

 リポーターのお店紹介を聴いている時だった。ディアーチェは目を見張った。

 

「あれは!?」

 

 中継カメラに、巨大なものが降下してくるのが映ったのだ。リポーターの悲鳴に近い声が響く。

 3体の身長数十メートルはある巨人達だ。アスファルトがガラスのように砕け、地震のような振動が辺りを襲う。被害こそ軽微だったが、降って湧いた恐怖に逃げ惑う人々が映っている。

 

「あれは……マグマ星人!?」

 

 シュテルが即座に巨人達の正体を看破した。彼女はドキュメントデータを全て記憶しているのだ。

 脇に控える2体は確かにデータにあるマグマ星人だが、中央に傲然とそびえ立つ1人は、かつて『グア軍団』によりサイボーグ化された改造マグマ星人に酷似している。

 

「奴らめ、何をしに此処へ?」

 

 ディアーチェは画面のマグマ星人達を睨み付けた。レヴィの顔付きが厳しくなり、ユーリは不安そうな表情を浮かべた。シュテルは冷静に状況を見ている。

 マグマ星人達は、無差別に破壊活動を始めると思われた。3人は分散すると、都心の周りをマグマサーベルで破壊し始める。

 無差別破壊を始めたのかと思いきや、それだけで破壊を止め再び降下した場所に戻った。そのまま動きを止めた。悠然と街を見下ろしている。

 

「何のつもりだ? 直ぐに管理局に通報が行くだろう……ウルトラマン達が来るのを待っておるのか?」

 

 不審に思うディアーチェに、端末を操作していたシュテルが応えた。

 

「王……今この世界を、特殊なフィールドが包み込んでいるようです……他の世界との連絡がいっさい取れなくなっています」

 

 ネットワークで状況を調べたところ、通信関係はパニック状態だった。この世界内では通るようだが、他世界との通信が全て不通になっている。

 

「何だと!? 次元航行船は!?」

 

「航行船は管理センターのシステム異常により、全て航行不能です……」

 

「このタイミングでの孤立化……」

 

「あの人達の仕業ですか……」

 

 ユーリが固唾を呑む。明らかにこれは偶然ではない。故意に引き起こされたものだ。

 

「奴ら何をしておるのだ?」

 

 ディアーチェは、いまだ動かないままのマグマ星人達を観察する。あれからまったく動かず、不気味な程に沈黙していた。

 

「まるで誰か呼んでるみたいだね」

 

 感じたままを呟くレヴィだったが、それは当たっている気がした。

 

「テレパシーで誰かに呼び掛けておるのか? よしっ!」

 

 ディアーチェはマグマ星人が発していると思われるテレパシー受信を試みる。無作為に発しているものなら、こちらでも受信できる筈である。

 ウルトラマン達と既にテレパシーで会話している彼女らなら内容も判る。宇宙語はその時既に入力済みだ。

 ディアーチェに習って、全員はマグマ星人のテレパシー受信を試みる。

 

「読み通りだ。捉えたぞ!」

 

 してやったりと笑うディアーチェだったが、その内容を聴き顔色が変わった。その内容とは……

 

《ウルトラマンレオに告ぐ! 今すぐに無条件降伏し、此処に来い! 来なければこの世界の人間を全て皆殺しにする!》

 

「何だと!?」

 

 マグマ星人の卑劣な脅迫に、ディアーチェは激昂した。そう言えば先程破壊した場所は全て道路だ。完全に破壊されてしまい、数千人の市民が逃げられず取り残されている。この脅迫の為だったのだ。

 

「王さま、魔導師部隊が来たよ!」

 

 レヴィが画面を指差す。外世界との連絡は不能だが、管理局地上支部や、治安部隊からの魔導師部隊が到着したのだ。だが……

 

 マグマサーベルの一振りで、瞬く間に魔導師部隊は叩き落とされていた。更に部下のマグマ星人2人がフィールドに捕らえた大量の市民を頭上に浮かべて見せる。これでは手が出せない。

 それに元々平和なこの世界は管理局支部の規模もあまり大きくなく、大した装備や強力な高ランク魔導師もそれほど常駐していない。

 そして人質のせいもあるが、マグマ星人達は非常に強力だった。サイボーグマグマは当然として、部下2人も並みのマグマ星人ではない。

 サイボーグマグマはギラリと輝くマグマサーベルを翳し、更にゲン、ウルトラマンレオに対し脅迫を続ける。

 

《貴様がこの世界に戻っている事は判っている! 抵抗は無駄だ! 他の世界との連絡手段は全て断った。他のウルトラ戦士に連絡を取ろうとしても、ウルトラサインはフィールドにより送る事は出来ない!

 貴様の命と引き換えだ! 来なければ、この世界の人間を1人残らず殺す! 今はわざと殺さなかったのだ。この意味が判るな!? 

 俺の目的は貴様唯1人! 俺に殺されに来いウルトラマンレオォッ!!》

 

 サイボーグマグマの仮面の下の顔が、憎しみと狂気でひどく歪む。確かに死人はまだ出ていないようだ。ここで下手にこの世界の人間を殺せば、レオが歯向かう可能性がある。

 一見人道的に見えるが、投降してもマグマ星人が約束を守らないと思われれば、レオは無抵抗ではいられまい。

 殺さないことで約束は守ると宣言し、逆にレオの反撃を完全に封じたのだ。素直に殺されれば、この世界の人間は無事だと。

 

「何という事を……」

 

 ディアーチェは拳を握り締めた。シュテルが自らに確認するように状況を伝える。

 

「奴らはこの為に、周到に準備していたようです……他世界への転移魔法すら使えません……今この世界は完全に孤立しています……他からの助けはとても望めません……」

 

 ウルトラマンレオへの逃れられぬ地獄罠。まともに戦う気も無いのだろう。人々を盾に、なぶり殺しにされろとレオへと告げているのだ。

 そしてレオは殺されると判っていても、人々の為に必ず来る。ましてや自分の為に、関係ない人々が巻添えになるのを看過出来るような男ではない。

 

「いかん……いかんぞ!」

 

 ディアーチェは外へ飛び出していた。レヴィもユーリも後へ続く。シュテルは鍋の火を消してから後へと続いた。

 

 表に出ると、近所の人々が避難しようとしているところだった。

 

「ディアーチェちゃん達、早く逃げた方が良いよ!」

 

 荷物を抱えた隣のおばさんが声を掛けてくる。他の人々も管理局員の指示で避難する準備をしていた。郊外とはいえ、何時此方に飛び火してこないとも限らない。しかし病人など動けない者も多い。

 ディアーチェは、おばさんに自分達も避難すると答え見送ると3人を振り返った。

 

「奴らの好きにさせてたまるか! 行くぞ!!」

 

 4人は避難する人々の間をすり抜け、都心部目指して敢然と走り出した。

 

 

 *

 

 

 既にこの世界に来ていたウルトラマンレオこと、おおとりゲンはマグマ星人の脅迫を受け取っていた。

 

「……やはり奴は……」

 

 自分にこれ程の憎しみを持つマグマ星人。あの故郷を滅ぼしたマグマ星人に違いなかった。

 かつて『宇宙鶴ローラン』を追って地球に来たマグマ星人を、レオは倒している筈なのだが……

 マグマ星人からの、脅迫のテレパシーが聴こえる。

 

《後5分以内にやって来い! 1秒遅れる毎に、人間を100人ずつ殺す!》

 

「外道がっ!」

 

 ゲンは拳を固く握り締める。だが怒ってもどうなるものでもない。ウルトラマンレオの恐ろしさを知っているマグマ星人達は、卑劣な手段でその恐るべき戦闘力を完全に封じてしまったのだ。

 少しでも妙な行動を取れば、部下のマグマ星人が即座に人質を殺すだろう。

 ゲンは覚悟を決めたように目を閉じる。再び開かれた瞳には、怒りも憤りも浮かんではいなかった。逆に穏やかな色が浮かんでいるようだった。

 

 ゲンはおもむろに右手を前面に翳す。そして叫ぶ。右手人差し指の獅子の瞳が激しく輝いた。

 

「レオオオオオオオォォッ!!」

 

 目映い光と共に、真紅の巨人が大地に降り立った。

 

 

 *

 

 

 走るディアーチェのペンダントが煌めき、はやてと色違いの騎士服デアボリカが全身を纏う。シュテル、レヴィ、ユーリもそれぞれ騎士服を纏い空に飛び上がる。

 

「王どうします……?」

 

 並飛行するシュテルがディアーチェに尋ねた。紫天の王は、不敵に笑う。

 

「あのような外道をのさばらせるなど、我の沽券に関わる! 支配予定の者共にも危害が及ぶやもしれん。そしてこれを期に獅子の王子に借りを帰す。あやつらに目にもの見せてくれよう!」

 

 直訳すると『あいつらのような卑怯ものに、お世話になってるこの世界の人達やレオは殺させない。やっつけてやる』である。

 

「あいつら、僕らでやっつけてやるぞぉっ!」

 

「絶対におおとりさんは殺させません!」

 

 ディアーチェの心中に同調したレヴィとユーリが気勢を上げる。同じく静かに燃えるシュテルは、一つ提案をする。

 

「私達はあの人質を取っているマグマ星人2人を何とかしましょう……」

 

「うむ……マグマ共を襲撃し、同時に人質を解放する。皆我ら紫天一家の力存分に外道共に見せ付けてやれ!!」

 

「任せてよ王様!」

 

「はい、ディアーチェ!」

 

「星光の殲滅者の砲撃、しかと味あわせてやりましょう……」

 

 頼もしく応えるレヴィ、ユーリ、シュテルだったが、そこでシュテルがハッとしたような表情を僅かに顕にした。

 

「しかし私達は消滅したことになっています……あまり表立っては……」

 

「センサー類を欺くのは容易いが、我らは変身魔法はまだ使えん……直接顔を見られるのは不味いな……愚図愚図している時間は無いぞ!」

 

 ディアーチェは表情を曇らせる。使う必要も感じなかったので、変身魔法はまだ誰もマスターしていない。その時である。

 

「王様、王様!」

 

「ディアーチェ」

 

 レヴィとユーリがニッコリ笑って手招きした。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

『来たか……ウルトラマンレオ……』

 

 サイボーグマグマはニタリと口許を歪めた。血のように真っ赤な夕日を背に、ウルトラマンレオが静かに歩いてくる。

 その雄々しき姿は死地に赴く殉教者のように、厳かに悲壮に一枚の宗教絵のようにすら見えた。

 

『約束通りやって来たぞ……』

 

『フフフ……さすがはウルトラマンレオ……逃げずに来たな……』

 

『貴様はあの時死んだと思っていたが……誰かに蘇らされたか?』

 

 レオは疑問をサイボーグマグマに問う。ローランを花嫁にしようとして、レオに返り討ちにされた筈。するとサイボーグマグマは、忌々し気に舌打ちした。

 

『あれは俺の影武者よ……尤もあんなくだらぬ真似をするとは思わなかったがな! 貴様を殺す為なら、得たいの知れぬ奴とでも取り引きするさ!』

 

『何っ!? 誰と取り引きしたのだ!?』

 

 あの時倒したマグマ星人は、本人ではなかったのだ。サイボーグマグマは、取り引き相手に関しては答えず、

 

『お前に言う必要は無い……それより俺は『ブラックスター』と手を組んでいた……』

 

『何だと!?』

 

 意外な事実に、さしものウルトラマンレオも驚く。

 

『だが、貴様によりブラックスターは破壊され、俺も爆発に巻き込まれたのだ!』

 

 そうレオの怒りの光線を受け、惑星ブラックスターは完全に破壊された。本当なら最後の円盤生物『ブラックエンド』を倒したレオの弱ったところを狙い、マグマ星人が止めを挿す筈だった。

 しかしウルトラマンレオの怒りと最大のエネルギーを込めた光線により、マグマ星人はブラックスターもろとも宇宙の塵になった筈だった。

 それが何者かにより、サイボーグ手術を受け蘇ったようだ。

 

『蘇ったからには、必ず貴様を殺す! 動くなよ……動けばどうなるか、判っているな……?』

 

 サイボーグマグマは、ニタリと酷薄な笑みを浮かべる。部下のマグマ星人2人は、万が一にもやられたりしないように、離れた場所に配置されている。直接レオから見えすらしない。完全な布陣であった。

 逆転の芽を完全に摘まれている。いくらウルトラマンレオでも、見えすらしない位置のマグマ星人2人から同時に人質を助け出すのは不可能だった。

 

『俺を殺せば、この世界の人々には手出ししないと言うのは本当だな!? もし約束を守らないつもりなら……』

 

 レオの眼光が凄まじいばかりの殺気を放つ。しかしサイボーグマグマは同じず、

 

『安心しろ……俺の目的はあくまで貴様だ! この世界に興味は無いし、そのつもりならとっくにこの世界の人間を殺している……殺さなかったのは約束は守るという証だ……』

 

 少しでもそのつもりがあったなら、レオに見抜かれているだろう。サイボーグマグマはレオを殺す為なら約束を守るつもりなのだ。

 奇妙なことだが、マグマ星人は卑劣故に約束を守るということだ。

 

『安心して殺されろ!』

 

 サイボーグマグマは、右腕のマグマサーベルを振り上げる。レオは動けない。動く訳にはいかない。マグマサーベルが容赦なくレオの肩口に降り下ろされる。

 

『ぐあっ!』

 

 苦悶の声を漏らすレオ。血のような火花が散り、マグマサーベルは肩を切り裂いていた。

 

『フフフ……これしきで俺の気が済むと思うなよ!』

 

 更にサーベルがレオの腹を切り裂く。じっくりなぶり殺しにするつもりなのだ。レオはそれでも倒れず、仁王立ちのままだ。

 ウルトラマンレオは人々の為此処で死ぬつもりなのだ。人々は怯えながらその様子を見ている。凄惨な処刑が始まった。

 マグマサーベルがレオの身体を切り裂き、レーザー光線がその身を焼く。苦悶の声を漏らすウルトラマンレオ。

 逃げることも出来ず、処刑の様子を遠巻きに見ていることしか出来ない人々にも、真紅の巨人が自分達を守る為に無抵抗で殺されようとしていることが判った。

 

 

 *

 

 

『ウルトラマンレオもこれで最期だな……』

 

 人質をエネルギーフィールドに捕らえているマグマ星人2人は、聞こえてくる一方的な斬撃音にニタニタと厭な笑みを浮かべ合っていた。

 

『あのウルトラマンレオを討ち取れば、我らマグマ星人の名は宇宙に轟くぞ』

 

 勝ちを確信している。ここのところ地に落ちつつある、マグマ星人の名誉を取り返せると悦に入っているのだ。その時……

 

「そこまでだ塵芥共っ!」

 

 凛とした声が辺りに響き渡った。何事かとマグマ星人達が空を見上げるとそこには、二昔前の泥棒のようにほっかむりをした4人の少女達が、敢然と浮かんでいた。言うまでもないが、紫天一家である。

 

『何者だお前ら!?』

 

 マグマ星人達は訝しげに、怪しさ満点の少女達を見上げる。すると水色髪のほっかむり少女、レヴィがレオの真似のポーズを取り格好付けて名乗った。

 

「通りすがりの謎の仮面暗黒戦士参上ぉっ! フハハハハアッ!!」

 

 高笑いするレヴィを他所に、ほっかむりディアーチェは頭を抱えていた。

 

「激しく決まらん!」

 

「仕方ありませんディアーチェ……この状況では……」

 

 同じくほっかむりをしたシュテルが、冷静に宥める。レヴィは全く恥ずかしがることはなく、胸を張って宣言する。

 

「みんな謎の覆面のヒーローなんだよ!」

 

「みんな泥棒みたいですね」

 

 ユーリが楽しそうに、お間抜けなみんなを見て笑った。全員タオルを泥棒のように被って、顔を隠しているのだ。

 レヴィが見付けた洗濯物からタオルを失敬し、正体を隠す為に着けているのである。そのタオルに認識阻害の魔法を掛けてあるのだ。市民からは、ほっかむりをしたぼやけた連中としか映らない。

 しかし時間が無かったとは言え、たいそう怪しい4人組であった。

 

『貴様ら俺達を舐めてるのか!?』

 

 緊張感の無いやり取りにキレたのか、マグマ星人達は声を荒らげる。その隙を紫天一家は見逃さなかった。

 

「今だレヴィッ!」

 

 ディアーチェの合図に、レヴィの体が光に包まれ閃光と衝撃波が辺りに飛び散った。スラッシュスーツをパージしたのだ。

 マグマ星人達は目眩ましに思わず目を庇う。そして閃光の中から、高速形態スプライトフォームとなったレヴィが、大鎌形態のバルニフィカスを携え飛び出した。

 

「でえええいっ!」

 

 光の大鎌が人質を捕らえているエネルギーフィールドの根っこを、僅かな時間差で切り裂く。マグマ星人達が気付いた時にはもう遅い。

 エネルギー供給を断たれたフィールドは自壊し、捕らえていた人々は地上に落下すると思われたが、

 

「行くぞユーリ!」

 

「はいっ!」

 

 ディアーチェとユーリが待ち受ける。ディアーチェが紫天の書を開き、呪文を詠唱するとユーリの魄翼が煌めいた。

 すると地上に落下する人々の下に巨大な魔方陣が出現し、その姿は消えた。ディアーチェがユーリの強大な魔力をコントロールし、数百人に及ぶ人質を一度に安全圏に転移させたのだ。

 そこでディアーチェは、一方的に攻撃を受け続けるウルトラマンレオに思念通話を送る。

 

《獅子の王子よ! 人質は全員取り返した。此方は我らに任せろ!》

 

 驚いたような気配が伝わってくるが、直ぐにテレパシーが返ってきた。

 

《判った。すまんな……だが危険だ……後は任せるんだ!》

 

《聞く耳持たん!》

 

 身を案じての言葉だったが、ディアーチェは聞かなかった。プライドもあるが、レオは今まで無抵抗で攻撃を受けている。ダメージも少なくない。それに此方のマグマ星人達はまだ引き下がらないだろう。

 

「貴様ら!」

 

「待て! 人質をもう一度確保するのが先だ!」

 

 人質を失った怒れるマグマ星人の片割れだが、もう1人がそれを押し止め、他の逃げ遅れた人々を人質に取ろうと踏み出す。

 

「いかん、足止めをしろ!」

 

 ディアーチェ達はマグマ星人達の脚や足元を集中して狙う。脚に砲撃を受け、道路が陥没し2体の星人の脚が止まるが、これでは時間稼ぎにしかならない。

 

「攻撃をまずは1人に集中させろ! 向こうは巨大だ。並みの攻撃では倒せんぞ!!」

 

 ディアーチェの指示の元、紫天一家は片方のマグマ星人に集中放火を浴びせる。

 

「闇に飲まれて反省せいっ! デアボリカ!!」

 

「真ルシフェリオンブレイカー!」

 

「行っくぞおっ! パワー極限! 雷刃封殺爆滅剣!」

 

 黒い砲撃と紅蓮の砲撃、無数に分裂した刃が飛ぶ。各自の必殺攻撃をまともに食らい、吹っ飛びビルを崩して倒れ込むマグマ星人。

 しかしさすがにしぶとい。ダメージを負いながらも怒りの形相で立ち上がった。

 

『クソッ……! このクソガキ共があっ!!』

 

 マグマサーベルから強力なレーザー光線を発する。障壁を破られ、ディアーチェ、シュテル、レヴィは吹き飛ばされてしまった。

 3人は弾かれたように飛ばされ、架橋やコンクリートを崩し叩き付けられてしまう。さすがに並みのマグマ星人ではない。訓練を積んでいるのだ。

 

『死ね! 虫ケラがあっ!!』

 

 止めを刺そうとするマグマ星人。だがその前に魄翼を広げたユーリが立ち塞がった。辛うじて起き上がるディアーチェが叫ぶ。

 

「ユーリ、思い切り行け! 手加減無用ぞ!!」

 

「はいっ、ディアーチェ!」

 

 ユーリの服装の色彩が変化し白い部分が赤くなり、髪や目の色も変わり、肌に刺青のような模様が浮かび上がる。最大出力だ。

 

「エンシェントマトリクス!」

 

 ユーリの小さな体が砲弾のように超スピードで飛び出した。ディアーチェ達が集中攻撃したマグマ星人の胸部に、正面からぶち当たる。

 それだけでは終わらない。巨大な魔力の槍を形成し深々と突き立て、一気に蹴りで押し込んだ。魔力の槍は見事マグマ星人の胸をぶち抜き、風穴を穿つ。

 

『こ……こんな……馬鹿なっ……!?』

 

 驚愕の表情を最期に、マグマ星人は爆発四散した。完全になれば惑星の活動にも影響を及ぼす砕け得ぬ闇、アンブレイカーブルダーク。その攻撃力は正に次元世界最強。

 だが安心するのも束の間。もう1人のマグマ星人が攻撃を掛けてくる。マグマサーベルからのレーザーが紫天一家を襲う。

 

「きゃあっ!?」

 

 ユーリがレーザーをまともに浴びてしまい、地上に落下してしまう。踏み潰さんと迫るマグマ星人。

 

「このおっ!」

 

 瓦礫を跳ね除けて果敢に斬りかかるレヴィ。しかし動きを見切られていた。マグマ星人が左手に出現させた鉤爪の一閃で、叩き落とされビルに突っ込んでしまう。

 

「痛たたっ……!」

 

 瓦礫の中呻き声を上げるレヴィ。とっさに直撃は避けたものの、かなりのダメージを負ってしまった。先程も薄い装甲で攻撃を受けてしまったのだ。ユーリもレヴィもまだ動けない。

 

「いかん!」

 

 ディアーチェとシュテルは追撃を掛けようとするマグマ星人に砲撃を仕掛けるが、素早く動き回るマグマ星人を捉えきれない。逆にレーザーの攻撃を食らってしまった。

 直撃は避けたものの再度の攻撃にジャケットが破損し、損傷を負ってしまう。

 痛みに耐えて攻撃しようとするディアーチェとシュテルだったが、先の一体を仕止めるのに、一度に魔力を使い過ぎた。

 必殺魔法は短時間で連続使用出来るものではない。少しでもチャージの時間が必要だが隙が無い。

 集束魔法使いのシュテルも、周囲の残存魔力をかき集める余裕が無い。

 レオは攻撃をかわし、ディアーチェ達を助けに向かおうとするが、サイボーグマグマはそれを許さない。

 

『舐めるなよ! 今の俺は人質など無くとも、貴様を殺せるだけの力が有るのだ!』

 

 凄まじいばかりの速度でマグマサーベルの切先がレオを襲う。ハンドスライサーで競り合うレオだったが、そのパワーに押され気味だ。

 サイボーグ化されたその身体は、元の数十倍以上にパワーアップされているようだった。レオの胸のカラータイマーが赤く点滅し始めていた。

 

 

 *

 

 

 砲撃を撃ちまくり、辛うじてユーリとレヴィを助け出し合流を果たしたディアーチェ達だったが、状況は不味い。

 

「レヴィ、ユーリ、まだ動けるか!?」

 

「へへへ……こんなの楽勝だよ王様……!」

 

「まだ行けます!」

 

 レヴィとユーリは生傷だらけの顔で、頼もしく笑って見せた。ユーリも無限の魔力を持つとは言え、まだ完全ではない身で無茶を続けると、身体の方が負担が大きい。全員ボロボロだった。

 ディアーチェは頷くと、全員の顔を見回した。

 

「今ここで我らがこ奴を倒さねば、再び人質を取られ、元の木阿弥になる。この世界の者共を、獅子の王子を死なせる訳にはいかん……こうなれば一か八かの手段しかない!」

 

 心は一つ。ディアーチェの言葉に、シュテル、レヴィ、ユーリは頷いていた。

 

「行くぞ! 我に続けぇっ!」

 

 紫天一家はマグマ星人に、正面から突っ込んでいた。それは自殺行為同然に見えた。気付いたレオはサイボーグマグマの猛攻を凌ぎながら、テレパシーを送る。

 

《何をするつもりだ!?》

 

《知れたこと! 我ら紫天一家の力を知らしめてやろうと言うのよ!!》

 

 ディアーチェは高飛車な物言いとは真逆な、澄んだ瞳で笑って見せた。シュテル、レヴィ、ユーリも同様だった。レオには彼女達の表情が、死に別れた親しい人達と重なって見えた。

 

「後は任せたぞ、獅子の王子!」

 

『止めろ! 止めるんだ!!』

 

 レオの制止も虚しく、紫天一家はレーザーに被弾し傷付きながらも、マグマ星人目掛けて突っ込んで行く。最後にディアーチェ達はレオに振り向いた。

 全員が微笑んでいた。まるで、ありがとうと言うように……

 マグマサーベルが彼女らに降り下ろされる。当たる寸前、紫天一家の姿が光の粒子となった。身体をプログラム状に変えたのだ。

 プログラム体となったディアーチェ達は、剥き出しの口から星人の体内に侵入する。するとマグマ星人が苦しみだした。

 

『グアッ? ガアアアアアッ!?』

 

 絶叫が上がる。苦しむその口から眼から煙が立ち上った。よろめいて胸をかきむしる。その胸が内側から光ったように見えた。

 

『ギャアアアアアアッッッ!!』

 

 断末魔の叫びと共に、次の瞬間マグマ星人は内部から火を吹いて大爆発を起こした。内部に飛び込んだディアーチェ達が、最大出力の攻撃を行ったのだ。

 だがそれでは中のディアーチェ達も到底無事では済まない。自爆覚悟の特攻技だ。いくら彼女達でも、マグマ星人の心臓部の爆発に巻き込まれては再生することも出来まい。

 マグマ星人と共に藻屑となったのか、細かな破片だけが虚しく宙を舞う。ディアーチェ達の姿は何処にも無かった……

 

『貴様……っ!!』

 

 真紅の拳が音を立てて軋んだ。レオの両眼が怒りに炎と輝き、サイボーグマグマに向けられる。

 

『故郷や百子さん達だけでは飽きたらず……懸命にただ自由に生きようとしていたあの子達までも……許さん!!』

 

 真紅の身体が本物の炎と化したようであった。獅子の怒りに、サイボーグマグマも一瞬怯む。しかし復讐に燃える暴君は、負けじと咆哮する。

 

『ほざけ! 今日こそ貴様の最期だウルトラマンレオ! 故郷の星と同じく、跡形もなく消滅させてくれるわあっ!!』

 

 サイボーグマグマは、電光の速さでサーベルを繰り出す。危ういところで体を捌き、斬撃をかわすレオ。外れた斬撃が高層ビルをバターのように切断し、ビルが切断面から擦れ落ち轟音を上げて落下崩れ落ちる。

 

『エイヤアアアッ!!』

 

 裂帛の気合いが響き、レオは白刃の嵐の中に突っ込んだ。

 ハンドスライサーとマグマサーベルが火花を散らす。レオの怒りの猛攻に堪らず後退するサイボーグマグマ。

 その一瞬の隙に、レオの強烈極まりない中段回し蹴りが脇腹にヒットし、マグマはくの字になって吹っ飛ぶ。

 追撃するレオ。しかしサイボーグマグマは飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、カウンターで強烈なサーベルの突きを繰り出す。サーベルに光が走る。レーザーを刀身に集中させ、マグマサーベルを光剣にしたのだ。

 

『死ね! ウルトラマンレオオッ!!』

 

 それに対しレオは、拳一つで立ち向かう。その拳が真っ赤に赤熱化する。『レオパンチ』だ。真っ向から鋭いサーベルと拳が激突する。

 

『イヤアアアアッ!!』

 

 大地を震わせる気合いと共にマグマサーベルは炎の拳の前に、粉微塵に砕け散っていた。だが復讐に燃えるサーベル暴君は怯まず、新たに両腕にマグマサーベルを出現させる。マグマサーベル二刀流だ。

 

『勝負だ、ウルトラマンレオオッ!!』

 

 サイボーグマグマの巨体が、砲弾の如く宙に飛翔する。レオも大地を蹴ってサイボーグマグマを追った。

 

 サイボーグマグマのサーベル二刀流が光を放ち、その身体が竜巻のように回転する。

 対するレオは空中で勢いよくとんぼ返りを打った。その両足が炎の如く赤熱化する。

 

 空中で音速を遥かに超えた速度で激突する、レオとサイボーグマグマ。この一撃で勝負は決する!

 

『イヤアアアアアアアアッッッ!!』

 

 怒りのダブルレオキックが、マグマサーベル二刀流を粉々に打ち砕き、サイボーグマグマの胴体を貫いた。

 

『ゴバアアアアアッ!?』

 

 胴体を爆砕され、サイボーグマグマの身体が二つに散っていた。

 

『クソオオオッ! あの餓鬼共さえ、あの餓鬼共さえいなければああああっ!!』

 

 怨念と口惜しさで泣き叫ばんばかりの断末魔を上げ、サイボーグマグマは粉々に爆発四散した。

 

 ウルトラマンレオは爆発の閃光と断末魔を背に、地上に降り立つ。僅かに星人の最期を見届けると、その真紅の姿が光と共に消え去った。

 

 

 *

 

 

 おおとりゲンの姿となったレオは、瓦礫の中に静かに降り立っていた。

 その背にはようやく仇を討てた高揚感も充実感も感じられない。ただ哀しみと無力感、寂寥感だけが漂っているようであった。

 ゲンは紫天一家が爆砕した辺りを見渡してみる。何も無い。瓦礫とマグマ星人の細かな破片だけが散らばっていた。

 

『済まない……』

 

 彼女らが居なかったら、自分は此処で死んでいた。やっと自由を手に入れた彼女達は、他人を救う為に散っていったのだ。

 ディアーチェ達を弔うように、ゲンは頭を垂れていた。

 

(……また……救えなかった……)

 

 死んでいった親しい人々の顔が浮かんだ。親友、恋人、友人達……

 力及ばず救えなかった掛け替えのない人々……

 それはどれだけ永い刻が流れようと、忘れることなど出来ない十字架。己への戒め……

 ウルトラマンは神ではない。その言葉の意味を誰よりも深く理解しているのは、レオなのかもしれない。

 

「?」

 

 ゲンはふと、視界を掠めたものに気付き顔を上げた。妙な塊がふわふわ落ちてくるのが目に入る。爆発で天高く吹き飛ばされたものが、ようやく落ちてきたのか……

 

『!!』

 

 ゲンは思わず眼を見張っていた。塊が解けるように開いたのだ。その中には……

 

「勝手に殺すでない獅子の王子よ……!」

 

 ディアーチェが煤だらけの顔で、ニヤリと笑って見せた。レヴィが頭を擦りながら手を振る。

 

「痛たた……おおとりさ~ん」

 

 塊に見えたボロボロの魄翼を仕舞うユーリは、ヘロヘロながらも微笑んだ。

 

「おおとりさ~ん……無事でーす」

 

「みんな真っ黒ですけどね……」

 

 シュテルが僅かに微笑する。ボロボロの格好の紫天一家だった。塊のように見えたのは、ユーリの魄翼だったのだ。

 マグマ星人の体内で爆発寸前に全員を魄翼で包み込み、魔力を全て防御に回したのだろう。それでもかなり際どいところであった。崩壊寸前の魄翼がそれを物語っている。

 一歩間違えれば、全員ここで再生不可能まで分解され、消滅していたかもしれない。

 

「無茶をしおって……だが、ありがとう……」

 

 ゲンは全員を抱き締めていた。それは父が子を抱き締め、慈しむのに似ていた。

 レヴィとユーリは嬉しそうな顔をする。シュテルも猫のように安堵の表情を浮かべた。憎まれ口を叩きそうなディアーチェもその気力も無いのか、照れ臭そうながらも大人しく抱き締められている。

 ディアーチェはふと、ゲンが泣いているのではないかと思った。無論泣いてなどいなかったが、ディアーチェはそんな気がした。

 

 

 ゲンはヨロヨロの4人を子犬を抱えるように担ぎ上げ、家に向かって歩き出した。レヴィとユーリは、もう寝息を立てて寝入っている。シュテルも眠そうだ。うつらうつら船を漕いでいる。

 肩で揺られているディアーチェは、ぼそぼそとゲンの耳元で囁いた。

 

「……言っておくが、我らは不死身ぞ……そう簡単にくたばったりはせん……」

 

 それは心配するなと言っているのだ。自分達は殺されたりなどしない。巻き込むなどと気遣いしなくても良いと。ゲンにはそれが判った。彼女の不器用な気遣いであった。

 

「だから……たまには食事くらいしていかんか……もう準備はしてある……」

 

 ディアーチェは、拗ねたようにそっぽを向きながら食事の誘いをする。本来なら食事への誘いは、レヴィやユーリに任せようと思っていたのだ。

 だが今自分が言わないと、またゲンがふらりと去ってしまいそうな気がして言わずにはいられなかった。

 

「判った……馳走になろう……」

 

 ゲンは苦笑しながら返事をしていた。

 

「ふんっ……残ると勿体……ないからな……」

 

 素直でない返しをした闇統べる王は安心したのか、夜のとばりが降りる中、何時のまにか心地よい眠りに就いていた。

 

 

つづく

 

 

 

※公式ではないようですがマグマ星人はババルウ星人の部下で、通り魔宇宙人もマグマ星人の手引き。ブラックスターとも繋がっていたという噂設定があったようです。

 




それでは次回お会いしましょう。


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第92話 授業参観に行こうや‼★



お待たせしました。今回は戦闘無しのほのぼの?話になります。


 

 

 

 聖祥大附属小学校。授業も終わり、放課後のホームルームの時間である。もうすぐ終わりだと、ざわざわした空気の中、

 

「はい、では皆さん、帰ったらお家の人にプリントを渡してくださいね」

 

 担任の女教師の言葉に、生徒達は元気よく揃って返事をと言う訳でもなく、一部が元気よく他は面倒くさそうに、ある者は義務的に返事をする。

 小学生も学年が上がってくると、そういうものだが、プリントの内容も各自の反応に関係していた。

 配られたプリントを見るはやては、少々浮かない顔をする。それに気付いた隣席のすずかが声を掛けた。

 

「はやてちゃん、シグナムさん達都合が悪いの?」

 

「うん……この辺りみんな仕事が入っとってな……ちょう無理やな……」

 

 はやては笑って見せる。要するに母親授業参観なのだ。

 帰り支度をしてフェイトとなのは、アリサ達と下校する。やはり母親参観の話となった。はやては3人に前もって話しておく。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、家のみんなには言わんどいてな? 知ったら気にしてしまいそうや……」

 

 外せない任務なのだ。ただでさえ人手不足の管理局。シャマルは重要な会議が入っている。シグナムとアインス、ヴィータは危険なロストロギアの捜査任務。

 代わりが効きそうにない任務ばかり。この事を知ったら絶対にみんな気に病んでしまうと思ったのだ。はやてらしい。それを察したなのはとフェイトは、察して頷いていた。

 

 

*****

 

 

 ウルトラマンゼロこと、モロボシ・ゼロは、休みに入っていた。昨日調査していた事件で遂に敵を突き止め、変身して敵宇宙人と用心棒怪獣を見事撃破したのだ。

 その為今日明日は休みである。変身しての戦闘後は、必ず休むことになっている。レティ提督からの厳命だ。がむしゃらで無茶をしがちなゼロは、特に念を押されている。

 はやては学校。他の者達はそれぞれ任務に出ていて留守だ。今家に居るのはゼロだけである。

 さすがに戦闘の疲れで、みんなを送り出してから午前中は寝ていたが、午後になって起きると家でじっとしていられなくなった。性分である。

 

「家に独りで居ても暇だし、ちょっと出掛けるか……」

 

 街に繰り出して商店街をぶらぶらしていたゼロは、行き交う人波の中見知った顔を見掛けた。

 

「リンディさん?」

 

 リンディ提督であった。今はアースラを降り、内勤に就いている。ウルトラマン達との協力体勢の根回しや、フェイトの為でもある。買い物中らしい。箱やら紙袋をたくさん抱えている。

 

「おーい、リンディさん~っ」

 

 声を掛けると、リンディは荷物を抱えてやって来た。

 

「あらゼロ君、今日はお休み?」

 

「変身休みってやつで、リンディさんも休みっすか? 荷物持ちますよ」

 

 ゼロはごく自然にリンディの荷物を持ちながら、屈託なく聞いてみる。

 

「ありがとうね。今日は早上がりなの。明日は授業参観だし、明日来ていく服をちょっとね」

 

 気合いが入っている。だがそれを聞いたゼロは、怪訝な顔をして首を傾げた。

 

「参……観……日……?」

 

「えっ? ゼロ君知らないの?」

 

 リンディはゼロの反応を見て、直ぐに状況を悟った。はやては他の者に心配や罪悪感を持たせたくなくて、母親参観のことを黙っているのだと。

 はやて達は現在アースラを降りて内勤に就いているリンディにまで、話をしていなかったのだ。まさか特別捜査官補佐のゼロと、内勤のリンディが街中で偶然出会すとまで思っていなかった。

 いくらリンディでも、この状況では誤魔化すのは苦しい。だが彼女はそれはしたくなかった。

 いくら聡明で強大な魔力を持つ夜天の主といえど、子供が独り色々抱え込むのは良くないと思ったのだ。せめてゼロだけには言っておこうと。

 

「はやての奴……」

 

 リンディから明日の母親参観のことを聞いたゼロは、ため息を吐いていた。

 

「みんなが外せなくて、言うに言えなくなったんでしょうね……」

 

「教えてくれて、すんません……」

 

 礼を言うゼロは、哀しくなってしまった。だが言い出せない気持ちも判る。参観日の話が出た時点でタイミングが悪かったのだ。本当は来てほしいに決まっていると思った。

 

「よし、リンディさん、俺が何とかしてみるぜ!」

 

 ゼロは任せろとばかりに、胸を張って高々と宣言した。

 

 

 

 

********

 

 

 

「とは言ったものの……」

 

 家に帰ったゼロは、頭を捻っていた。勢いで言ってしまった感が大きい。参観日は明日。時間が無い。当然シグナム達は出ることが出来ない。彼女らに話すことも避けたい。絶対に落ち込む。ゼロは非常に困った。

 結局何も思い浮かばず、夜になってしまった。みんなで夕食の時、さりげなくはやてに学校のことを振ってみる。

 

「はやて、学校はどうだ……?」

 

「うん、めっちゃ楽しいよ」

 

 はやてはニコニコ笑って返事をする。心の底からそう思っているのは確かだろう。次の母親参観以外は……

 

「何か困ったこととかねえか?」

 

「無いなあ、みんな良くしてくれるし」

 

 無論言う筈もなく、笑って軽く流された。これ以上突っ込むとボロがでそうである。ゼロはそうかと頷いて見せた。

 

 

 

 

 その夜ゼロは落ち着かず、自室の中をうろうろ動物園の熊のように歩き回ってどうしたら良いか考えていた。じっとしていると落ち着かないのである。

 

「どうすりゃ良いんだ……?」

 

 石田先生に頼むのも違う気がした。それにいきなり明日では、先生も都合がつくまい。

 女装という考えが浮かんだが、身長180センチ越えのゼロには無理がある。それで学校にノコノコ行ったら通報されそうだ。それくらいは、いくらゼロでも判る。

 部屋の中を100周以上行ったり来たりしていると、ふとベット脇に置いてある『ウルトラゼロアイ』が目に入った。

 

「変身して、どうにかなるもんでもねえしなあ……」

 

 ため息を吐く。ウルトラマンゼロに変身したからといって、どうなるものでもない。

 

「ん……?」

 

 だがそこでゼロの頭に、ある連想が浮かんだ。ウルトラゼロアイ、レッド族が使うことがある変身アイテム。レッド族。父『ウルトラセブン』同族『ウルトラマンマックス』そして『ウルトラセブン21』……

 

「ウルトラセブン21……? むうう……」

 

 ゼロは最後に浮かんだ、セブン21の名前を繰り返していた。何か思い付いたらしいが、踏ん切りが着かないようだ。顔を伏せたまま唸っている。

 しばらくの逡巡の後、少年ウルトラマンはようやく顔を上げた。

 

「これしかねえ……!」

 

 ゼロアイを握り締めるゼロの表情が、何かを吹っ切るように気合いが入った。

 

 

********************

 

 

 母親参観の日。リンディや、なのはの母親桃子、アリサの母にすずかの母も来ている。何だか友人達は照れ臭そうだが、嬉しそうではあった。

 後ろをチラチラ見たり、なのはなどは母親に屈託なく小さく手を振ったりしている。はやてはそんな友人達の様子を、微笑んで見ていた。

 一通り揃ったようだ。はやて以外は全員母親が来ているようだ。もうすぐ授業が始まる。少し寂しいが仕方ないと小さな夜天の主は自分に言い聞かせた。

 

(我が儘はアカン……)

 

 その時だった。誰かがバタバタと教室に駆け込んできた。

 

「遅れてすんません。八神はやての家の者です!」

 

 はやては耳を疑った。誰か来れる筈はない。それにこの声はシグナムでもアインスでもシャマルでも、無論ヴィータでもない。

 しかし何となく、何処かで聞いたような気がする声であった。

 振り向いたはやての目に入ったのは、まだ若い少々不良がかった雰囲気の美女であった。ロングの髪をツインテールに括っている。目付きがけっこうキツい。あまりそこらで見ない雰囲気の女性であった。

 背が高くスーツを着ているので一見20歳前後くらいには見えるが、はやてにはまだ高校生くらいに見えた。実際は少女ではないかと思った。

 

 

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 しかしこういう雰囲気の人物を、身近に知っている気がする。と言うか初対面の筈だが、何時も会ってる気がする。

 初対面で誰だか判らない筈なのに、知っている気がする不思議な感覚。混乱するはやてに、その少女はパタパタ手を振った。

 

「はやて~っ! 俺だ、俺っ!」

 

 そこではやての中で、少女と見知った人物がピタリと重なった。

 

「ゼッ……!?」

 

 危うく口に出掛かった言葉を呑み込む。フェイトやなのはも、初めて見たに関わらず会ったことが有るような女性に首を傾げ合っている。リンディも隣に立つ女性を見て、はてな?という顔をしているようだ。

 

(ゼロ兄? ゼロ兄なんか? 女装って訳やなさそうやけど……?)

 

 はやてはさりげない風を装いながら、混乱する思考を纏めようとする。チラリと後ろを向いて、改めてゼロに似た女性を見た。

 身長はゼロよりふた回りは低い。アインスと同じくらいか。何よりゼロより華奢だ。女装で誤魔化せるものでもないだろう。だがよく聞くと何時もよりか細いが、声は確かにゼロのようだ。

 

《ゼロ兄やよね……? どないしたん、その姿は?》

 

 思念通話で話し掛けてみる。するとその女性は、母親譲りの大きめの胸を、ふんすっとばかりに張りテレパシーで返した。

 

《へへっ、ちょっとした発想の転換ってやつだな。前にウルトラセブン21って仲間が、女に変身してたのを思い出したんだよ。それで遺伝子を組み替えて、俺が女に生まれた時の姿ってやつになってみたのさ》

 

 今のゼロは正真正銘の女性という訳だ。かなり恥ずかしいものはあるが、はやての為だと勢いでここまでやってしまったのである。

 はやてはその気持ちを酌んだ。能力的には可能でも、実行するのに相当根性が要っただろう。ほとんどヤケクソかもしれないが。

 

《今日は面談もあるから、先生には親戚のお姉さんいうことにしよ? 名前はゼロ兄て呼ぶ訳にもいかんしなあ……》

 

 それなりに話を合わせねばなるまい。しばらく考えたはやては思い付いた。

 

《ゼロ兄のゼロは、漢字やと零やろうから……そうや、さんずいへんを足して澪(みお)にしよ。ゼロ兄の妹でモロボシ・ミオ。ミオ姉やね》

 

《おっ、おうっ》

 

 いっぱいいっぱいで、そこまで頭が回っていなかったゼロならぬ、ミオは合わせて頷いていた。

 

 授業が始まった。算数の時間である。この問題が判る人、という先生の言葉にある者は張り切って、ある者は親の手前仕方なく手を挙げ教室はハイで溢れかえる。

 そんな中、はやてが当てられた。ミオはつい声を上げてしまう。

 

「はやて頑張れーっ!」

 

 はやてはつい吹き出してしまい、教室がどっと笑いに包まれる。頭を掻くミオであった。

 

 

 

 

 休憩時間。一旦廊下に出たはやては、リンディとフェイト、なのはにミオがゼロであることを説明していた。隠すより、話しておいてフォローしてもらおうと言うのである。ボロが出そうなので。

 

「どうりで見たことある子だと思ったのよねえ……」

 

 リンディはさすがに縮こまっているミオの肩を、楽しそうにポンポン叩く。ゼロは今のクロノとだいたい同い年くらいなので、女性にならなくとも何時もこんな感じである

 はやてはふと、ミオが着ているスーツが気になった。かなり良いものに見える。

 

「せやけど、このスーツどないしたん? シグナムかアインスの借りたんか?」

 

「借りたらバレるから、来る途中店に飛び込んで店員に見繕ってもらったのを買った……」

 

 ミオの顔がげんなりしたものになる。色々苦戦したようである。お金もかかっただろう。

 

「ま……まさか……ゼ、ミオさん本当は女の人だったんですか?」

 

 フェイトが青くなっている。動きがロボットのようにカクカクになっていた。頭が混乱しているようだ。

 

「フェイトちゃん落ち着いて! 変身してるからだよ」

 

 なのはは、頭がぐるぐるして説明が半分も頭に入っていない友人を宥めるのであった。

 

 

 

 

 授業が終わり、お昼時となった。今日は親達も一緒に給食を採るのである。椅子を持ってきてもらい、各自子供と向かい合わせで食べる。

 今時の給食は豪勢だ。有名私立の聖祥大附属小学ともなると、有名レストランのシェフに献立を考えてもらったりすることもある。

 今日は海老ピラフに、地元産ブランド牛のハンバーグと地鶏の唐揚げに新鮮野菜のコールスローサラダ。フレッシュなコーンがたっぷりのコーンポタージュにデザートは生プリン。子供の大好きな献立である。

 

「はやて、美味いなコレ!」

 

 ミオは今は女性ということも忘れて、ぱくぱく給食をがっついている。はやては笑うしかないが、さすがに今は女性なので注意をしておく。ミオは危うくお代わりしそうになるのをしぶしぶ自重した。

 

 そして昼休み。今日はこの後面談をして、生徒も親と一緒に帰る。はやて達は外で遊んでいた。それをリンディと見守るミオである。

 はやての足もかなり治っていた。全力で駆け回ったり激しいスポーツをするのはさすがにまだキツいが、もう普通に歩いても支障は無い。

 なのは達は、はやてでも疲れない遊びを選んでくれている。

 

「良かったなはやて……」

 

 満面の笑みの少女を見てミオは感慨深いものがあり、込み上げてくる涙を抑えるのに苦労した。何時もより涙腺が更に脆くなった気がする。

 

「フェイトも、楽しんでるようっすね……」

 

 同じく年相応にはしゃいでいるフェイトを見て、ミオはリンディに話し掛けた。

 

「本当にね……気を使う子だから最初は心配してたけど、ああいう風に笑ってくれるようになって良かったわ……」

 

 リンディも感慨深いものがあるのだろう。この数年で彼女らは本当の家族になったのだ。2人してしみじみと遊ぶ子供らを見守るミオとリンディの元に、なのはの母桃子がやって来た。

 

「この間はどうも、リンディさん。初めましてミオさんだったわね? ゼロ君の妹さん」

 

 会釈するリンディに合わせ、ミオもペコリと挨拶する。リンディは桃子になのはの様子を尋ねていた。

 

「なのはさんはどうですか?」

 

「店の手伝いで紛らわせているようです。もう少しのんびりしなさいと言っても、つい動いてしまうようです。あの子は何かしてないと落ち着かないんでしょうね」

 

 桃子は苦笑した。実はなのはは今、長期の休暇中である。ずば抜けた才能と魔力で、教導隊で活躍していた彼女だが疲労が蓄積されていたようで、今は療養の為管理局の仕事は止めているのだ。

 リンディとしばらく話していた桃子は、今度はミオに話し掛けてきた。

 

「ミオさん達のお父さんのお陰で、なのははしばらく仕事を休む決意が出来たようなので、お父さんにお礼を……」

 

「おっ、親父に言っときます」

 

 ミオは自分のことのように照れて答える。親が感謝されるのはこそばゆいものである。

 

 此方に一時来ていた父ウルトラセブンこと、モロボシ・ダンと仕事を一緒にする機会があったなのはは、ダンに休むことを進められたのだ。

 自身が過労で死に掛けたことがあるダンは、なのはの蓄積された過労に気付いたのである。

 その経験談に覚えが有りすぎたなのはは、このまま続けると却って周囲に迷惑が掛かると自覚し、長期休暇を取ることにした。

 大怪我をしたゼロの心配をする、はやて達の様子を見てきたせいもあったろう。

 今ではかなり蓄積された過労も抜けてきているようだ。完調したら復帰するだろう。つくづく大事にならなくて良かったと思うミオだった。

 さすがは親父だと感心する。まだまだウルトラ戦士として及ばないと、悔しいやら誇らしいやらであった。

 

 

 

 

 ここまではちょっとがさつなお姉さんで済んでいたゼロことミオだが……

 ミオは落ち着かない様子で教室に戻ってきたはやてに、青い顔で尋ねていた。

 

「はやて……トイレに行きたくなってきた……何処にあるんだ?」

 

 もう我慢出来ないようだ。場所を教えると足早に教室を出ていく。その後ではやては、ハッと気付いた。

 

「ゼッ、ミオ姉まさか……?」

 

 時すでに遅し。遠くで男子の悲鳴が聞こえた。男子トイレに突っ込んだのであろう。

 それから少しして、ミオが慌てた様子で戻ってきた。顔色が青い。結局まだ済んでいないようだ。

 

「はやて……どうやればいいんだ?」

 

 身体の構造が違うので判らないのだ。くそ真面目な顔で聞いてくるミオに、はやては思いっきり吹き出してしまった。

 

 そんな調子であったが、三者面談では特に問題なく受け答えし、無事? 母親参観は終了した。

 

 ミオとはやては、なのは達と別れ家に向かう。途中ミオは、はやてが少し疲れているように思えた。歩けるようになったとはいえ、まだ長時間動いたりするのは辛いだろう。

 

「はやて、今日は疲れただろ? ほら、おぶってやるよ」

 

 しゃがんで背中に乗るように促す。するとはやては少し考えると、ニコリと満面の笑みを浮かべた。

 

「おんぶより、抱っこの方がええなあ……シグナム達との違いを是非とも知りたいしな」

 

 さすがはおっぱいソムリエのはやてである。狙っていたのかもしれない。

 

「よし、任せとけっ」

 

 その辺よく判ってないが、ミオは軽々とはやてを抱き上げお姫さま抱っこしてやる。女性化したとはいえ、超人ウルトラマンゼロだ。

 

「んん……ふかふかのポヨンポヨンやあ……」

 

 はやてはミオの大きな胸にもたれて、ひどく幼い顔をした。その様子は母親に甘える幼子そのものであった。

 

「……お母さんに抱っこされとるみたいや……」

 

 彼女が他人の胸に拘るのは、普段は表には出さない、亡くなった母への思慕の念が根底にあるのかもしれない。

騎士達の前ではどうしても主としての面が邪魔をして、その辺り抑えている部分があるので、ここまで甘えられないのだ。

 ミオは母親代りに少しでもなれるならと、優しく包み込むように少女を抱く。今は女性なせいか、本当に子を慈しむ母親になった気がした。

 すっかり安心して身を任せるはやては、ミオをおもむろに見上げた。

 

「ゼロ兄……今はミオ姉か……今日はありがとうな……」

 

「おっおうっ、これくらい何でもねえよ……」

 

 そうは言うものの、ゼロが一大決心して恥ずかしさを堪えてまで来てくれたのがはやてには判る。

 

「ほんまに嬉しかった……」

 

 ゼロが来てくれたと判った時、はやては危うく嬉しくて泣きそうになってしまった。自分以外は全員家族が来ている。その心細さ寂しさは、想像以上に堪えるものだった。

 ずば抜けた魔力と思慮深さを持ち、夜天の主と言えどまだ小学生の少女なのだ。

 

「そうか……来た甲斐があったな……」

 

 ミオは赤子のようにもたれ掛かるはやての頭を、あやすように撫でてやる。小さな夜天の主は、子猫のように目を細めた。

 

「またミオ姉になって、こうしてくれへん?」

 

「うっ……」

 

 リンディ達には口止めしてあるが、さすがに家のみんなに知られるのは恥ずかしい。ヴィータ辺りに知られたら、何を言われるか判ったものではない。

 言葉に詰まるミオだったが珍しいはやての我が儘な上、すがるような眼差しでの頼みを断れなかった。

 

「判ったよ……」

 

「やったあっ」

 

 無邪気に笑うはやてであった。ミオはまあ良いかと思ったがふと、自分の胸を見て、

 

「しっかし……重いもんだな……おっぱいってやつは……シグナムとか大変だよなあ……」

 

「あははっ」

 

 もの凄く実感がこもった感想にはやては堪えきれず、またしても吹き出してしまうのであった。

 

 

 

 

 

************************

 

 

 

 

 数日後。シグナムがゼロの部屋の前を通り掛かると、ドアが開きっぱなしになっていた。

 

「またゼロは……」

 

 雑誌や漫画、ペットボトルに衣類などが散らばっている。他の掃除はしっかりやるくせに、自分の部屋はつい散らかしてしまうゼロである。

 この辺りはアインスも一緒だ。自分のことはだらしない。

 

「仕方ない奴だ……」

 

 何だかんだ言いながら、苦笑しつつ片付けてやる烈火の将である。片付けをするシグナムは楽しそうだ。だが次の瞬間、烈火の将は思わず目を見張っていた。

 女性もののスーツ一式が奥に掛けてある。女性ものの下着まであった。

 

「ま……まさか……」

 

 シグナムの顔がスーッと青ざめた。

 

 

つづく

 

 

 

 




それでは次回お会いしましょう。そろそろ『彼女』が出てくるかもしれません?


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第93話 がんばれ!ちびっこ祝福の風や(前編)★



たいへん遅くなりました。4月が多忙の為遅れました。すいません。
夜天のウルトラマンゼロ再開です。


【挿絵表示】



 

 

 

 第32管理世界。深夜を回っても都会の喧騒が続いている。アルコールの匂いと、客引きがひしめいている雑多な飲み屋街を1人の中年男が千鳥足で歩いていた。

 酔っている。かなりの量の酒を飲んだのだろう。上機嫌で喧騒から離れ、家に帰るところのようだ。

 賑やかな街を離れ、路地裏をふらふら歩く。少々遅くなったが、仕事の付き合いなのだ。滅多にこんなに遅くなることないので、妻も許してくれるだろう。男は酔った頭で楽天的にそう思う。

 しばらく歩いたところで、ふと男は妙なものを視界に捉えた。道路の排水溝から、泡のようなものが噴き出しているのだ。男は酔って思考が纏まらない頭で、何処かの店が大量に洗浄水でも流したのかと思った。

 それにしては妙に思える程、その泡は排水溝から這い出るように大量に溢れてくる。男は何気なくその泡に近付いて行った……

 

 

**************************************************

 

 

 その日。朝からはやてとアインスは、たいへん張り切っていた。

 盛んに相談する2人はひどく楽しそうである。それを温かく見守るゼロと守護騎士一同であった。

 どうも朝から八神家にはそわそわした空気が流れている。それはまるで、赤ン坊のお産を待つ雰囲気に似ていた。

 当然である。無理は無いとゼロは感慨深い。何しろ遂にはやてのユニゾンデバイスが誕生するのだ。

 今のアインスは完全に復調しユニゾン能力もほぼ復活しているが、戦力的にもはやて専用のユニゾンデバイスはやはり必要であった。

 はやては魔力が高過ぎて、単身で魔力コントロールが難しい。いざとう時の為にも、彼女だけのユニゾンデバイスは必須と言えた。

 

 アインスとマリー技官の協力の元、はやてが設計を担当した。デバイスを熟知しているアインスが全てを手掛ければ楽なのだろうが、やはりここはマスターとなる自分がやるべきだとはやては思ったのだ。

そしてついに今日、新たなユニゾンデバイスが産まれようとしている。

 無論嬉しいのはゼロも同じである。新しい家族が増える。何とも形容し難い嬉しさだった。子供が産まれる時はこんな感覚だろうかとゼロは思う。

 

「はやて、ツゥヴァイはアタシより年下にしてね?」

 

 ヴィータなどはそう頼み込んでいたものだ。実質末っ子なので、妹が欲しかったのだろう。シグナムもシャマルも、ザフィーラも嬉しそうだ。

 

「さあみんな行くでぇ!」

 

 はやての号令の元、八神家は本局に向かった。はやてのリンカーコアを分割して産み出すツゥヴァイは、一種の魔力生命体だ。機械では無くシグナム達に近い。勿論自らの意思と心を持つ存在である。道具ではなく、新たな家族なのだ。

 

 技術部のデバイス工房に皆で乗り込み、ずっとはやて達のデバイスの管理をしてくれている、マリエル技官の協力の元作業は開始された。

 

 装置に座ったはやてから、特殊な機械でリンカーコアの株分け作業に入る。光るリンカーコアがはやてから取り出され、それに様々な魔法プログラムを施す。

 無論担当はアインスである。株分け作業を受けるはやては、少々苦しいようだ。心配するアインスに平気だと笑って見せる。

 一通りの作業が終わり、いよいよ誕生の瞬間が迫っていた。装置に掛けられたリンカーコアが光に包まれる。光は広がり、徐々に人型を形作って行く。

 そしてそれは30センチ程の少女の姿をとった。六歳程の幼い少女だ。

 銀色の長い髪。顔立ちははやてに似ている。リインとはやてを併せたような少女だった。

 はやてはペタンと座り込む彼女に、静かに歩み寄った。少女は顔を上げる。蒼いくりくりとして、無垢で澄んだ眼差しがはやてに向けられる。

 

「おめでとう……私はあなたのマイスター八神はやてや……よろしくな……?」

 

「まいますたー……はやて……」

 

 はやての言葉に、ツヴァイは小首を可愛らしく傾ける。

 

「あなたの名前はリインフォース・ツヴァィ……祝福の風や……」

 

「りいんふぉーす、つばい……?」

 

「うん……」

 

「マイスターはやてちゃん……」

 

 理解したのか、ツヴァイは満面の笑みで自らの母で主の少女を見上げた。

 

「そうやよ」

 

 はやては感極まってリインフォースを抱き締めていた。その光景を見てゼロは、泣きそうになるのを必死で堪えているつもりだったが、涙がただ漏れである。

 ふとツヴァイと視線が合う。すると小さな祝福の風は満面の笑みを浮かべ一言言った。

 

「うーたーまんぜろにいたん」

 

「ぶっ!?」

 

 ゼロはたいへん慌てた。周りの技術スタッフは、ゼロがウルトラマンであることを知らない。お世話になっているマリー技官も当然知らない。

 

「うん、ウルトラマンと同じ名前やね」

 

 はやてがにこやかに笑って、ツヴァイをそっと抱き上げた。フォローしたのだ。こうすればまさか、本物のウルトラマンゼロに言ったとは思うまい。

 どうやらマリー達には、誕生したばかり故の子供の言葉と思ってもらえたようだ。ゼロは内心ホッと息を吐く。

 ツヴァイにはまったくまっさらな状態という訳ではなく、ある程度の基本知識や情報が刷り込まれている。はやてのリンカーコアの影響もあって、ウルトラマンゼロのことも少し入ってしまったのかもしれない。

 そんなこんなでゼロは少々焦ったが、八神家の新しい家族リインフォース・ツヴァイは無事誕生したのだった。

 

 

 

*************************

 

 

 

「ツヴァイ待ちなさい~」

 

 アインスの慌てた声が、響くまではいかない感じで聞こえる。そういう声質である。ツヴァイが愉しげに、部屋中をふわふわ浮いて逃げ回っていた。遊んでいると思っているらしい。

 それを懸命に追うアインスである。今日は休みのアインスがツヴァイの面倒を見ているようだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 あれから数ヶ月。ある程度知識が有るとはいえ、やはり子供であるツヴァイは中々に手を焼かせてくれた。なまじ飛べるだけに一苦労である。

 そこに学校から帰ったはやてが、ちょうどリビングに入ってきた。

 

「はやてちゃん!」

 

 ツヴァイは喜び勇んで、その胸に文字通り飛び込んだ。夜天の主は微笑んで受け止める。

 

「ただいまリインフォース、いい子にしてたか?」

 

「してたですぅ」

 

 優しく撫でるはやてに、満面の笑みで応えるツヴァイである。本人的にはいい子にしてたつもりらしい。出迎えるアインスにはやては苦笑して見せ、

 

「アインス、この子な、どうもツヴァイよりも、リインフォース呼ばれる方が良いみたいなんや。ツヴァイ言うと言うこと聞かんやろ?」

 

「はあ……確かに……」

 

 確かにアインスはベルカでの1の意味だが、響きが綺麗だ。ツヴァイは少々ゴツい感じがする。だから彼女的にはリインフォースと呼ばれたいのだろう。

 そこにみんながまとめて帰ってきた。部屋の荒れっぷりから状況を察したシグナムが、ようやく大人しくなったツヴァイもとい、リインフォースを叱る。

 

「こらっ、お前は最後の夜天の王、主はやての誇り高き子だ……あまり我が儘を言っては駄目だ」

 

「はい……です……」

 

 八神家の堅物お父さんシグナムの叱りを受け、リインはしょんぼりと頭を垂れた。

 

「将……そんなに厳しく言わなくとも……」

 

 アインスがオロオロとしょんぼりする妹を心配する。シグナムはピシャリと止めを刺す。

 

「お前のは甘やかしと言うのだ……」

 

「うっ……」

 

 容赦なく嗜められ、アインスは言葉も無い。地味どころか、確実にダメージを受けたようである。

 シグナムは自分が不器用なのを自覚している。甘やかすのが苦手な自分は、敢えて厳しくする役割りを引き受けようとしているのだ。

 甘やかすのはアインスやはやて達がしてくれるだろうと。だがいかんせん、甘やかす者が多すぎた。

 

「ほ~ら、リインちゃん、お姉ちゃんと遊びましょう」

 

 しょんぼりリインを、ここぞとばかりにシャマルが抱き上げる。

 

「あっ、シャマルずっりい、アタシも遊ぶ!」

 

 ヴィータも負けじと、のろいウサギを取り出して対抗しようとする。とても叱る比率が悪そうではある。

 さしものザフィーラも、もふもふの毛皮で無邪気に遊ぶリインには好きにさせているようだ。

 まあはやては小さなお母さんなので、締めるところはきちんと締めるだろう。温かく見守るはやては小学生にして、おかんを体現しているようである。

 そしてゼロはと言うと……

 

「おう、リイン元気にしてたか?」

 

 小さな末っ子を抱き上げてやる。ついでにぐるぐる回してやる。

 

「はい、ですぅ」

 

 リインはきゃっきゃっと歓声を上げながら、元気いっぱいに応えた。ゼロは元気で結構、な考え方と言うか本人がまだまだやんちゃなので、リインの腕白っぷりは微笑ましいのだ。

 

「よーし、今日はアイスクリームを買ってきたぞ、晩飯の後に食べるぞ」

 

「わーい、ですぅっ!」

 

「やったあーっ!」

 

 一緒に喜ぶヴィータであった。お姉さんになったと言うのに、こういうところは変わってない。

 結局甘やかしているゼロを見て、やれやれと苦笑するシグナムである。そんな将にはやては微笑みかけた。

 

「なんや、シグナムには損な役割りを押し付ける形になってしもて、ごめんなあ」

 

「いえ……私には甘やかし方など判りませんし、他の者も無責任に甘やかしたりはしていないようですから……」

 

 シグナムは苦笑混じりに、主に微笑み返す。そう言えばゼロも、しっかりアイスクリームは食後と我慢させている。シャマルも駄目なことは駄目と言うし、ヴィータも姉の自覚が有るのか色々言い聞かせたり、面倒を見たりしている。

 ザフィーラも一番リインの玩具にされているが、してはいけないことなどは、しっかりと言い聞かせている。

 アインスも確かに甘やかし気味ではあるが、叱る時は叱る。(かなり葛藤しながらだが……)

 リインも叱られても、みんな愛情故だということが何となく判っているのか、よく叱られるシグナムを嫌ったりはしない。家族のみんなが大好きなのだ。とても良い子である。

 

「でもなあ……」

 

 はやては美味しそうに食後のアイスクリームを満面の笑みで頬張るリインを見て、ポツリと哀しげに呟いていた。

 

「リインも何れ戦わなければならないのか……」

 

 はやての気持ちを察したゼロが、はやての肩に手を置いていた。その表情もやりきれなさが滲み出ていた。

 八神家には明確な敵がいる。必ず倒さねばならない敵。ウルトラセブン・アックスとその手の者達。

 局員として、犯罪に挑むどころの話ではない。リインフォースも何れ彼らと戦うことになる。しかし無邪気な末っ子を見ていると心が痛むのだ。

 

「ごめんなリイン……」

 

 はやてはアイスクリームを食べ終えたリインを、しっかりと抱き上げた。みんなの苦悩が判っていない彼女は無邪気にはやてに身を預けて、満ち足りた顔をしている。

 

「お気持ちは判ります……しかしリインが此方で生まれたと言うことは、向こうにもリインが存在する可能性が高い……」

 

 シグナムが慰めるように、しかし冷徹な可能性を口にする。平行世界の自分達。必ず倒さねばならない悪魔のような存在。

 

「我らの宿命なのでしょう……しかし盾の守護獣、いざとなればリインフォースの盾となりましょう……」

 

 ザフィーラははやての腕の中、満ち足りた顔のリインを優しい瞳で見上げながら言った。ヴィータもガッツポーズして見せた。

 

「リインが危なくなったら、アタシも守るよはやて」

 

「私もリインちゃんを危ない目に遭わせるような人達には、容赦しませんよ」

 

 シャマルが右手を、わしわし動かして見せる。確かに物理的に容赦しなさそうだ。

 

「おうっ、リインがこれから先も無邪気に笑ってられるように、アックスの連中をぶちのめしてやれば良いんだよ」

 

 ゼロが不敵に笑って拳を翳して見せた。みんなの頼もしい宣言にはやては微笑し、腕の中のリインに笑い掛けていた。

 

「うん、頑張ろうなリインフォース……」

 

「はい、ですぅ!」

 

 この時まだほとんど理解しきっていない筈のリインの返事に、何故かしっかりとした決意のようなものを感じる八神家であった。

 

 

 リインが産まれて以来、更に賑やかになった八神家であるが、実は一番リインフォースの面倒を見ているのは、ゼロとザフィーラである。

 はやては学校もあるし、局員なので仕事もある。さすがにまだリインを仕事に連れては行けないし、当然学校に連れていける訳もない。

 他の者も仕事がある。そうすると、嘱託扱いのゼロと、望んではやての使い魔扱いとなっているザフィーラが一番時間の融通が効く。

 お陰でリインフォースの面倒を見るのは、家族の誰よりも長けてしまうゼロとザフィーラであった。

 

 

 

**************************************************

 

 

 

「さてと……」

 

 ゼロはサンドバックに似た形の荷物入れを、ドスンと肩に掛けた。ウルトラマンレオこと、おおとりゲンも愛用していたボクサーバッグである。

 

「気を付けてな……」

 

 今日は休みのアインスが仕事に出掛けるゼロを、玄関まで送り出す。他の者は既に別口の仕事に出向いている。

 

「おうっ、行ってくるぜ、リインはどうした?」

 

 先程からリインフォースの、小さな姿が見えない。

 

「何処に行ったのか……つい先程までリビングで遊んでいたのだが、今姿が見えないのだ……結界が張ってあるから外に出ることはない筈なんだが……」

 

「その辺でかくれんぼでもしてるんだろ、じゃあな」

 

 ゼロはリインが見送りに来てくれないのが少し寂しいのか、少々元気無さげに仕事に出掛けるのだった。

 

 

 

****

 

 

 

 転移ポートを乗り継ぎ、ゼロは第32管理世界に降り立っていた。発展している、開けた世界である。近未来的な高層ビル群が建ち並んでいる。

 ゼロが脚を踏み出そうとしたその時である。ゼロは此処で聞く筈のない声を聞いた。

 

「プウー……ププウー……」

 

 だれかが呻いているような声。とても聞き覚えのある声だ。バッグの中からのようだ。慌てて開けてみると、

 

「えへへえ~」

 

「リインッ!?」

 

 プハアッ、とばかりに出てきたのは、リインフォースであった。お弁当のサンドイッチを平らげ、代わりにバスケットの中に隠れていたのだ。結界はゼロに引っ付いていたので、すり抜けてしまったようである。

 潜り込みは、ウルトラ世界の得意技ではある。恒例行事と言えよう。今回見事にリインがやらかしたようだ。

 

「お前なあ……」

 

「リインも行くぅっ!」

 

 帰されると思ったリインは、手足をバタバタさせて駄々をこねた。ゼロは参ってしまう。ここまで来てしまうと、帰す手段が無い。

 仕方ないのでゼロはアインスに連絡を取った。案の定パニックになっていた彼女に経緯を話す。

 

「そう言う訳だ。今日は調査だけだから、仕方ねえから連れて行くぜ。夜には帰る」

 

 数週間程前、ヴィータとロストロギアの調査に行った時、姿が見えない機械兵器に襲撃を受け、何台か叩き壊したことがあった。

 今回同系統のロストロギアが有る可能性があり、また機械兵器が現れるかもしれないという事で、彼にお呼びが掛かったのだ。

 透視能力を持つゼロには機械兵器のECSステルス機能も無意味であるし、数々の強敵怪獣、異星人と戦ってきたヴィータは、気配だけで機械兵器を難なく撃破している。

 他の世界線では深刻な事態を招いた事件だったが、ご存知の通りなのはは療養中で他に被害も出ず、特に今のところ誰も大した事件とは思っていない。

 それが良いのか悪いのか、未来を知る術がないゼロ達にはそれは判らない……

 

「よろしく頼む……主たちには私から言っておくよ……」

 

 アインスへの連絡を終えたゼロは、肩の上で無邪気に辺りを見渡すリインを見て、やれやれと苦笑するしかない。

 

「大人しくしてるんだぞ?」

 

「はい、ですぅ」

 

 リインを肩に乗せたゼロは、ようやく目的地の地上本部に向かう。小さな祝福の風は、見るもの全てが珍しいのか、はしゃいでいちいち聞いてくる。ゼロは丁寧に、一つ一つ教えてやった。

 地球に来た当初は、自分もこんな感じだったのだろうなと思うと可笑しくなるやら、はやてに申し訳ないやらであった。

 

 しばらく歩くと、32管理世界の本局施設が見えてきた。ミッドチルダなどの大きな本局と違って、それほど大きなものではないが、それでもかなりの規模だ。

 その前で道路工事が行われていた。ダダダッと工事機械の工作音と振動が伝わってくる。何気なく通り過ぎようとしたゼロだったが、

 

(これはただの工事の音じゃねえっ!?)

 

 超感覚が異常を伝えていた。それはコンクリートを砕く音に混じって、別の音が紛れていたのだ。管理世界のものではない。コンクリートやアスファルトを切断して、地中深くまで達しているようだった。

 ゼロがハッとしたその時だ。辺り一帯に突如強烈な光が降り注いだ。あまりの広範囲に、さしものゼロも変身する間も逃げることすら出来なかった。

 

「逃げろリインッ!!」

 

 叫び声と同時に、その姿は光に包まれ消え失せる。そして地上本部も周辺の建物も地面ごと、ゼロ達と一緒に跡形もなく消え失せていた。

 

 

 

*************************

 

 

 

「ゼロ兄とリインが、32管理世界の地上本部施設もろとも消えてしもた!?」

 

 はやての表情が青ざめる。一瞬よろめいてしまった。それを後ろのシグナムが然り気無く支える。

 

「はやて……大丈夫?」

 

 フェイトが心配している声を掛ける。クロノも心配そうだ。はやては気丈に姿勢を正す。

 

「大丈夫やよ……続けてクロノ君」

 

 クロノは沈痛な表情で、はやて達八神家に状況を説明する。

 

「ミッドや主要世界程の規模は無いが、それでもかなりの魔導師や職員が施設ごと消えてしまった。現場には跡形も無い……訪ねていたゼロとツヴァイは巻き込まれたようだ……目下、消えた施設と人々を捜索中なんだ」

 

 衝撃を受けているはやてを落ち着かせる意味もあり、シグナムが代わりに質問する。

 

「クロノ執務官、手掛かりは……?」

 

「まだ無い……だが転位魔法などで、あれだけの施設を職員ごと消し去るのは不可能だ。まず異星人の仕業に間違いないだろう……」

 

 クロノは端末にデータを表示する。そこにはとある宇宙人が記載されていた。『ダンカン星人』ゼロの父ウルトラセブンが地球に滞在中戦ったことのある宇宙人だ。

 宇宙潮流を避ける為地球に一時避難。しかしその際に居住区として街の一角を丸々強奪して山中に移動させ、住民を人質に手出しを封じるという手段を取った為地球側と敵対。

 戦闘形態の巨大怪獣となったが、セブンにより倒される。

 高度な科学力を持った異星人だ。本体は泡状の不定形生物らしい。街を丸ごと消し去り、ウルトラ族をも脳波コントロールで操ることが出来る高度な科学力を持っている。自然嫌な想像が頭を過ってしまう。

 

(あかん……こんな時こそ冷静にならな!)

 

 はやては懸命に自分に言い聞かせた。ゼロとリインのことを思うと、身が締め付けられるようだ。だが今助けになるのは自分達だ。取り乱すより行動しなくてはならない。

 はやては静かに呼吸を整えると、クロノに敬礼した。八神家一同も続く。

 

「クロノ執務官、レティ提督より執務官に協力し、行方不明の人々の救出にあたれとのことです。よろしくお願いします」

 

 大事件だ。数百人もの人々が、32管理世界の本局施設ごと行方不明。しかも宇宙人絡みの可能性大。八神家も全員出動を求められている。

 

「よろしく頼む……」

 

 クロノははやて達の気持ちを汲み敬礼を返す。フェイトも続いて敬礼した。ちょうどその時、部屋のドアが開いて入ってきた者がいる。みんなも良く見知った人物だ。クロノが説明してくれる。

 

「今回はミライさんも捜索にあたってくれる」

 

 ウルトラマンメビウスこと、ヒビノ・ミライだ。遊撃の彼は他の世界に常駐しているウルトラ戦士達の中、一番身軽に動きやすい。ミライは普段は穏やかな表情を引き締め、はやて達に声を掛ける。

 

「はやてちゃん、みんな、僕も及ばずながら力になるよ。消えた人達を一刻も早く助け出そう」

 

「ありがとうございますミライさん、よろしゅう頼みます……」

 

 はやて達は深々と頭を下げていた。有りがたい。頼もしい助っ人だ。ある可能性があるだけに、ウルトラ戦士がいるのは心強い。

 

「よしっ、みんなこれより行方不明になった人々の捜索と救出にあたる!」

 

 クロノの指示にみな頷く。必ずゼロ達と消えた人達を助け出すとの決意が、全員の顔に漲っていた。消えた本局施設と人々の探索が始まった。

 

 

 

 

 ゼロとリインが本局もろとも消えてから2日が過ぎていた。まだ消えた本局施設は見付かっていない。はやて達は休む間も惜しんで飛び回った。

 いくらダンカン星人が高度な科学力を持っていても、さすがに他の世界に施設を転移させたとは考え辛い。

 この32管理世界の何処かに移した可能性が一番高い。クロノ、フェイト、ミライとはやて達は人気の無い山中などを中心に探索にあたっていた。

 

 

****

 

 

 手分けして捜索にあたっていた八神家は、一旦クロノ達と合流していた。

 

「我が主……少しお休みになってください……」

 

 アインスが根を詰めすぎなはやてに、休むことを提案する。そう言うアインスも心配で憔悴しているようだ。守護騎士達も同様である。

 

「大丈夫やよ……」

 

 強がるはやてだが、その肩をフェイトがポンッと叩く。その反対の手には、夜天の書が載っていた。

 

「はやて……顔色悪いよ。ほら、これ今置いたままだったよ」

 

 うっかり置いたままにしてしまったようだ。冷静なつもりでも、やはり焦燥していたのだろう。

 

「少し休もうはやて……疲れすぎると頭が働かないよ」

 

「フェイトちゃん、ありがとうな……」

 

書を受け取り、友人の気遣いに感謝する。ようやく休憩を取ることにした。これでは却ってみんなの足手まといになってしまうと自覚する。心労と疲労で体が重い。

 シャマルの回復魔法を受け、休憩すると大分ましにった。一息吐いたはやては、考えを纏める為にもクロノと話すことする。

 それにどうも今回の事件に、違和感を感じる気がするのだ。それを確かめたかった。

 

「クロノ君、今回の事件どう思う……?」

 

「どうかか……妙な点があるような感じだ……」

 

 クロノも同じような違和感を感じているようだった。元々ダンカン星人は、侵略者という訳ではない。地球に一時避難してきただけだったのだ。

 以前の事件は、双方の不信感にあったのではないかとはやては事件のあらましを聞いて思った。試しにミライに自分の感想を聞いてもらう。するとミライは哀しげに口を開いた。

 

「ダンカン星人は避難先の地球人を信用しなかった。そして地球人もダンカン星人を信用しなかった。あの時双方共もう少し相手を信用していれば、戦わなくて済んだかもしれないね……前にセブン兄さんも言っていたよ……」

 

 はやては頷いた。侵略目的で、わざわざ未知の世界に来るような異星人ではないようだ。ゲートに巻き込まれて此方に来てしまった可能性が高いように思える

 未知の世界に来てしまい、警戒しているのなら判る。だかそれなら何故今回、警告を送ってこない? はやては引っ掛かる。それにもう1つ。

 

(何故消したのが本局施設なんやろ……居住区にするなら、リスクの少ない普通のビル街を転移させたらええのに……)

 

 

 

*************************

 

 

 

 翌日。更に深い山中を探索していたシャマルとフェイトは、険しい渓谷の近くで朝日の光を反射する人工物を発見した。

 

「見付けたわ!」

 

 山中に鎮座する本局施設と周囲の建物だ。こちらの読みと、シャマルの広域センサーの賜物だった。早速クロノ達に発見の連絡を入れる。みな直ぐに現場に駆け付けた。

 

 まだ踏み込まず、距離を取って向こうの様子を探る。今のところ何も動きは無い。気付かれていないのかもしれない。

 大挙して押し掛けては人々が却って危ない。増援より先に、クロノ達と、はやて達、ミライだけが先行することとなった。

 

 飛行せず地上を歩いて、蒸発した都市に向かう。鬱蒼と茂る大木や茂みを隠れ蓑に、クロノ達は慎重に近付いていた。後数百メートルの位置まで来た時だ。全員の思念通話回線に、突然若い女の声が響いた。

 

《聞け……我らはゲートの為、此方の世界に迷い込んでしまった者達だ……それ以上の侵入は認められない……》

 

 無機質な機械の合成音声のような声だ。既に気付かれていたのだ。クロノは声に対し、念話で呼び掛ける。

 

《偶然迷い込んでしまったことが本当ならば、我々管理局は君達に危害を加えるつもりはない。ただ建物ごと連れ去った人々を解放して貰いたい。話し合いがしたいんだ》

 

《確かに警告したぞ……》

 

 しかし声の主は呼び掛けには応えず、淡々と要求のみを伝えてくる。

 

《我々は帰る目処が着くまで、手出しをしてもらいたくないだけだ……この街に踏み込んだ場合、人質の無事は保証しない》

 

 脅しに近い言葉を吐き、通信は一方的に切られた。理不尽な要求だけ押し付けて、交渉に応じる気は無いと言う訳だ。

 

「警告……まるで予想以上に早く発見されたんで、慌てて警告を出したようや……」

 

 はやてにはある仮説があった。みんなにも既に話してある。予想が当たっていとるとすると、手遅れになる可能性があるとはやては思っている。

 レティ提督にも状況を話し許可を取った。後はこの場の責任者のクロノが決断しなければならない。

 

「フェイト、頼んでいた情報は集まったか?」

 

 クロノは先程から端末を操作しているフェイトに尋ねた。何か調べてもらっていたらしい。フェイトは顔を上げ結果を知らせた。

 

「はやてとクロノの読み通りみたい。見て……」

 

 フェイトは端末の情報を全員に見せる。何が判ったのだろうか?

 ダンカン星人の警告を無視したら、地球のように戦いになってしまうかもしれない。だがクロノはその情報も照らし合わせ決断した。ここは急ぐべきだと判断したのだ。

 

「急ごう! 不味いかもしれない!」

 

 はやて達は街に踏み行った。アスファルトやコンクリートごと移動しているので、地面は都会のそれだ。険しい山中に整地された道路と建物だけが在るのは、妙にアンバランスだった。

 

「物音1つしない……」

 

 油断なくアイゼンを握るヴィータは、辺りを見渡して呟いた。視界に映るもので動いてるものは何も無い。車もつい先ほどまで動いていたかのように道路に在るが、全て停止状態だ。

 

「主はやて、行方不明になった人々です」

 

 シグナムが指差す。街中には共に消え失せた人々が居た。だがどの人間も静止している。

 通勤途中と思われるサラリーマンや、買い物で通り掛かったと思われる親子連れなど、時間でも停められたかのように不自然な格好で身動き1つしない。まるで蝋人形のようだ。

 

「細かい理屈は判らないが、みんな何かのフィールドに捕らわれているようだ。これは大元を何とかしないと無理だろうな……」

 

 クロノは身じろぎもしない人々をチェックして、そう判断した。するとクラール・ヴィントで辺りを探っていたシャマルが難しい顔をする。

 

「この中では何かの妨害波のようなものが飛び交っているみたい。クラール・ヴィントのセンサーがほとんど働かないわ。ザフィーラはどう?」

 

「嗅覚も駄目だ……微かだが、嗅いだことの無い異様な臭気が邪魔をしている……ミライ殿は?」

 

 狼ザフィーラは無念そうに頚を振りミライに尋ねる。ミライも超感覚を駆使するが、結果は同じだった。

 

「どうも効きが弱いみたいだ。僕の超感覚でも探れない……」

 

 はやてはみんなの報告を聞き、改めて首を捻った。

 

「魔法も嗅覚も、超能力も駄目かあ……」

 

 この街には、捜索を拒む機構が働いている。これではしらみ潰しに一つ一つ捜すしかない。

 

「行こう、中心部の本局施設に何か有る筈だ。設備的にも、星人達は其処を利用しているだろう」

 

 クロノの指示の元、全員は静止した街を進み始めた。その様子をじっと見ている者がいる。静止している市民の目が、カメラのように働き、本局施設の指令部に映像を送っていた。

 

 暗がりの中、髭を蓄えた中年の男とおぼしき男が、苛立った様子で拳を握り締めていた。

 

「これからという時に……下等生物共が……」

 

 男は無数に浮かんでいる空間モニターの1つを見上げる。そのモニターには、地面にうつ伏せに倒れている少年の姿があった。男はマイクに向かって指令を出す。

 

「ウルトラマンゼロ! 侵入者を殺せ!!」

 

 指令に反応し倒れていた少年、ゼロがむくりと立ち上がった。その眼には生気が無い。ゼロは胸ポケットから、ウルトラゼロアイを取り出し両眼に装着する。目映いスパークが本人と周囲を照らした。

 

 

 

 施設に侵入したはやて達の前に、突如巨大な影が降り立った。アスファルトを砕き、小山のようにそびえ立つ巨人。その両眼がギラリと不穏な光を放つ。

 

「ゼロ兄ぃっ!?」

 

 はやては巨人を見上げて、思わず叫んでいた。ウルトラマンゼロが幽鬼のごとく、はやて達の前に立ち塞がっていた。

 

 

 

つづく

 

 




※ダンカン星人についてはあやふやな点が多く、一部妄想入ってます。
それでは次回後編でお会いしましょう。


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第94話 がんばれ!ちびっこ祝福の風や(後編)

たいへん遅くなりました。すいません。やっと祝福の風後編です。


 

 

 

「ゼロ兄ぃっ!!」

 

 はやての悲痛な叫び声が時間の凍った街に響きわたる。しかしウルトラマンゼロはその叫びにもまったく反応せず、はやて達を無感情に見下ろす。

 ゼロの可愛いげや、やんちゃな部分が全く感じられない。意思の無い操り人形のようであった。その額のビームランプに、エメラルド色の光がスパークした。

 

「我が主っ!」

 

 アインスが咄嗟にはやてを抱えて、横あいに全力で跳んだ。他の者も同時に跳ぶ。

 ゼロの額から、光のラインが放たれる。エメリウムスラッシュだ。一瞬でその場に停車していた自動車が粉々に吹っ飛び、周囲のアスファルトごと消し飛んでしまう。まったく躊躇する様子がない。

 

「ゼロ、しっかりしろ! 我々が判らないのか!?」

 

「ゼロッ! 目を覚ませよ!!」

 

「ゼロ君っ!」

 

 シグナム達も必死にが呼び掛けるが、やはりゼロは反応せず機械のように頭部に手をやる。一番先頭にいたシグナム目掛け飛び出す、1対の宇宙ブーメラン。ゼロスラッガーが空を切り裂き超低空で飛来する。

 シグナムは危ういところで急上昇し、巨大な刃をかわした。外れたスラッガーが一撃で高層ビルを斜めに両断し、轟音を上げてビルが倒壊する。

 ウルトラマンゼロの凄まじいまでの破壊力。敵に回すとこれほど恐ろしいものはない。ミライがさすがに動揺を隠せない皆に向け叫んだ。

 

「駄目だ! 今のゼロは完全にコントロールされている。コントロール装置を破壊しない限り正気には還らないんだ!」

 

 ウルトラマンゼロは完全に敵の支配下にある。このままでは危ない。だがはやて達には、ゼロに攻撃を加えるなど出来なかった。

 

「僕がゼロを押さえる。その間に人々の避難とコントロール装置を!」

 

 ミライは左腕を天高く掲げた。その腕に『メビュームブレス』が発現する。中央トラックボールが勢いよく回転し、光のスパークがミライの身体に溢れた。

 

「メビウウウスッ!!」

 

 目映い光が輝き無限大にも見える光の中より、赤と銀色の巨人が出現する。ウルトラマンメビウスだ。数万トンの巨体が大地を揺るがして街に降り立ち、襲い掛かるウルトラマンゼロの前に立ち塞がる。

 

『セアッ!』

 

 クロノは頼むとメビウスに目で合図すると、激突する巨人達を横目に手早く指示を出す。

 

「フェイトはやて、アインスは僕とコントロール装置の捜索を頼む。シグナム、ヴィータにシャマル、ザフィーラは人々を安全地帯に移動させてくれ!」

 

 そこでクロノは、はやてに済まなそうな目を向ける。

 

「済まない。ツヴァイの捜索はその後になる」

 

 今は1分1秒を争う。メビウスの活動時間内にコントロール装置を破壊しなければならないのだ。誤解されがちだが、実は人情家のクロノには身を切られるようだろう。

 

「大丈夫や、リインはきっと無事や」

 

 はやてはクロノの気持ちを汲むように答えた。そう信じたかったのもあるが、何となくそう思えたのだ。センサーの類いが効かなくとも、繋りのようなものを感じたのかもしれない。

 

 半々に別かれたそれぞれは、行動を開始した。クロノ達捜索班は敵の本拠地、コントロール装置破壊に向け捜索にあたる。

 フェイトは走りながら、暴れまわるゼロを見上げた。その姿は意思の無い人形そのものだった。胸が痛んだ。自分もヤプールに知らずに従っていた時、あんな様子だったのかもしれないとふと思った。

 

「待っててねゼロ、必ず装置を壊すから……」

 

 その呟きを耳にしたはやては頷いて見せる。フェイトも頷き返し、2人は先行するクロノ達に続いた。

 

 

 *

 

 

 シグナム達は静止させられている人々を転移魔法で、次々と避難させ始めていた。メビウスがゼロを抑えているが、このままではどんな事になるか判らない。人々の救助は緊急を要す。

 

「妙だな……」

 

 広範囲に渡って転移魔法の術式を行うシグナム達だったが、ある事に気付く。将の呟きにシャマルは同意して頷いた。

 

「やっぱり魔導師が1人もいないわ。消えた時の状況から考えても、1人もいないのは不自然すぎる……」

 

 局員が何人か混じってはいたが、デバイスを持っている局員が誰もいなかったのだ。つまり居たのは非魔導師の局員のみ。

 

「不味いぜ、はやての悪い予想が当たってる」

 

 ヴィータが術式を行いながら、苛立ったように舌打ちする。脱出させなければならない人々の数は多い。

 

「しかし、此方も終わらせんとどうにもならん……急ぐしかない……」

 

 ザフィーラは焦燥を押し隠すように、作業の手を早めた。何故魔導師だけが静止させられている人々の中にいないのか?はやて達はいったい何を悟ったのだろうか?

 

 その間にもメビウスは、ゼロを食い止めようとしているが、避難が済んでいない今街中で派手にやり合う訳には行かない。

 街の外に誘導を試みようとするが、操られているゼロは乗ってこない。そのようにコントロールされているのだろう。不味い状況だった。

 ゼロの巨大な拳が唸りを上げて放たれる。メビウスは寸でのところで首を捻り顔面を狙った正拳突きをかわすと、その腕を掴み一本背負いで地面に投げ飛ばす。

 

『済まないゼロッ!』

 

 無人の広場に投げ飛ばそうとするが、ゼロは叩き付けられる前に自ら前に跳んだ。その勢いを利用して腕を外すと、身軽に後方に回転し地面に降り立つ。

 操られていても、その身に刻まれた体術は忘れられていないようだった。

 ゼロは降り立つと同時に、頭部のゼロスラッガーを素早く投擲する。まともに食らえば、メビウスとて無事では済まない。

 身を低くして2つのスラッガーの斬撃を避ける。しかし刃は方向を変えランダムな軌道を描き、再びメビウスを両断せんとする。変幻自在の刃をかわし切れない。危機のメビウスの両眼が光を増した。

 

『セアッ!』

 

 激しい激突音を立てて、スラッガーが弾かれる。メビウスの左腕から、サーベル型の光剣が発せられていた。『メビュームブレード』だ。

 これでは効果が無いと判断したのか、ゼロはスラッガーを呼び戻すと両手に刃を掴み半身に構えた。メビウスもメビュームブレードを前方に構える。

 相手は若き最強戦士ウルトラマンゼロ。生半可なことでは抑えることさえ出来ない。メビウスは焦燥を隠せない。

 

(みんな、コントロール装置を早く!)

 

 胸のカラータイマーの点滅が始まっていた。ブレスレットの予備エネルギーを今使うのは避けたい。まだ本当の敵がいるのだ。

 

『ゴアアッ!』

 

 操られたゼロは奇怪な声を上げて、スラッガーを振り上げメビウスに襲い掛かる。再び味方同士である巨人2体は、静止した街を揺るがし激突した。

 

 

 

 *

 

 

「んん……?」

 

 リインフォースは薄暗がりの中、目を覚ました。

 

「ゼロ兄たん……?」

 

 キョロキョロ辺りを見回すが、廻りには誰の姿も無い。どうやら此処は何処かの建物の中、事務所のようだ。

 リインは無事だった。転移させられる寸前、ゼロは咄嗟にリインを庇いウルトラ念力で守り、物陰に跳ばしていたのだ。

 同じく転移させられてはいたがお陰で星人にも気付かれず、ゼロのように脳波コントロールも、静止状態も免れていた。

 

「ゼロ……にいた~ん……?」

 

 心細くなったリインはふわふわ宙に浮かぶと、半べそでゼロの名を呼びながら探し始めた。

 

 

 

 *

 

 

 はやて達は静止させられている人々の間を抜け、本局敷地内に辿り着いていた。ここまで妨害は無い。スムーズに行き過ぎて不気味な程だ。

 

 敵の攻撃を警戒しつつ敷地を抜け、建物内部に入り込んだ。センサーの類いの効きは弱いが、建物内部くらいなら辛うじて狭い範囲なら探索魔法が使えるようだ。

 各自手分けして本局内部をサーチする。クロノは結果に表情を険しくした。

 

「おかしい……」

 

 凍結されたように固まっている局員達の姿しかない。目ぼしい施設にも星人が居る様子がない。

 

「此処じゃなかったか……?」

 

「じゃあ行方不明の人達は、いったい何処に?」

 

 フェイトは焦りを隠せない。広範囲センサーが使えない今、しらみ潰しにあたるしかないが、そこまでの時間は無い。

 ゼロを抑えているメビウスは基本地上での活動時間は3分だが、それなりにエネルギーの消費を抑えればもう少しは保ち、更にブレスレットのエネルギーを使えば活動時間は伸びるがそれにも限度がある。

 ゼロの方が活動時間が長い。メビウスの変身リミットが切れれば、ウルトラマンゼロは此方に向かってくる。その前にコントロール装置を見つけ出さなければ絶体絶命だった。

 

「ミライさん、もう少し堪えてくれ。敵はいったい何処だ?」

 

 時間は容赦なく迫ってくる。更に避難が完了していない今、操られたゼロとメビウスの戦闘に凍結された人々が巻き込まれてしまう。

 このままでは、クロノは焦燥感を表には出さない代わりに、奥歯をきつく噛み締めていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 リインフォースは建物の中を、ふらふらとさ迷っていた。見付けられたのは、静止させられている人々のみ。リインは人々を突っついてみたりするが、無論反応は無い。

 ふとそこでリインフォースは、妙な物音に気付いた。機械音のようだ。奥の方から微かに聴こえてくる。全てが静止した中で動いているものがある。

 リインは誰かいるのかと、機械音のする方に進んでみる。そこでリインはふと悪寒を感じた。

 

「気持ち悪いです……」

 

 おぞましい邪悪な気配をひしひしと感じた。本当なら恐怖を感じ、すぐ逃げるのが普通であろう。しかし小さな祝福の風は恐れを振り払い、意を決して邪悪な気配に近付いて行く。

 行かなければならない。リインフォースは強く思った。リンカーコアを別けたはやての影響だろうか。

 そこでリインは気付く。通路の何ヵ所かに監視カメラが設置されているのを。彼女なりに、あれに映るのは良くないと感覚的に気付いた。カメラに映らず、あの部屋に行くには……

 

「あっ、ですぅ!」

 

 リインの目に、ある物が映った。

 

 

 *

 

 

 その部屋で、男はにんまりと厭な笑みを口許に浮かべ、周囲に浮かぶ空間モニターの様子を見ていた。

 モニター上には、正気を失ったウルトラマンゼロと、それを止めようとするウルトラマンメビウスが映り、懸命に人々の避難にあたるシグナム達、そして此処を探しているだろうクロノ達の右往左往が窺えた。

 

「愚か者供が……」

 

 その後頭部をリインは換気口の中から見ていた。部屋に通ずる換気口を見付けた彼女は、その中から侵入したのだ。特に深く考えた訳ではない。ちょうど入れそうだったので入ってみただけである。

 小さいリインは監視カメラにも映ることなく、まんまと部屋に入り込んでいた。当然である。監視カメラは人間サイズのものを見るのに出来ているのだ。身長30センチ程のものを見るものではない。

 リインは部屋の中にいる男に、とても良くないものを感じた。本当なら近寄りたくはなかった。だが男が見ているモニターに暴れるウルトラマンゼロと、必死で駆け回るはやて達の姿を見付けた。それを見て男は嘲笑っていた。まるで塵を見るように。

 

「良いぞウルトラマンゼロ、メビウスと人間達を捻り潰せ!」

 

 リインは悦に入っている男を見て、幼いながらも悟った。この男は大好きなみんなを苦しめているのだと。それに何故か、あの男からも助けを求める声が聞こえる気がする。

 

「お兄たんと、はやてちゃん達を苛めちゃ駄目ですぅっ!」

 

 リインは勇気を振り絞り感情のままに大声で叫びながら、無謀にも部屋の中に飛び込んでいた。

 

「何だコイツは? 何処から入った!?」

 

 男は慌ててリインを捕まえようとするが、小さい上にふわふわ飛び回るリインを中々捕まえられない。

 リインは顔を真っ赤にして力の限り叫んだ。

 

「みんなを苛めるのはダメですうっ!!」

 

 リインの足元にベルカ式の魔方陣が煌めいた。まだ魔法は基礎くらいしか教わっていないのだが、はやてから受け継いだリンカーコアがリインの感情の爆発により、無意識に魔力プログラムを組んだのかもしれない。

 

 リインから沢山の氷柱が爆発的に伸びて行く。氷柱は四方の壁を突き破り、コントロールパネルをも直撃した。火花を上げる機械類。

 

「コイツ、何てことを!」

 

 パネルが火を吹く。電気系統がショートしたらしく、部屋の機械は全て停止していた。

 まだ自らの魔力をコントロールしきれないリインの、凍結魔法で作られた氷柱は更に広がり窓ガラスを砕いた。

 

 リインが暴れているのと同時だった。

 

『はっ!?』

 

 荒れ狂っていたウルトラマンゼロの動きが、突然止まった。

 

『……メビウス……先輩……? 俺は何を……?』

 

 ゼロは慌ててメビウスを、辺りをキョロキョロ見回している。自分の今の状況に混乱しているのだ。

 

『ゼロ、正気に還ったんだね?』

 

 頭を振るゼロの肩に、メビウスが労るように手を置いた。

 

 

 *

 

 

 

「この下等生物があっ!!」

 

 男は激昂して、リインに光線銃を向けた。発射される光線を、小さな祝福の風は慌てて避ける。しかし男は怒りのままに光線銃を乱射、終にリインは隅に追い詰められてしまった。もう逃げ場が無い。

 

「手こずらせてくれたな……死ねっ!」

 

 男は獰猛な笑みを浮かべ、光線銃の狙いを定める。リイン絶体絶命。引き金が引かれようとした時、部屋のドアが轟音を上げて吹っ飛んだ。

 

「リインフォース!」

 

 小さな祝福の風にとって、最も安心して安らぐ声が響いた。部屋に突入してくる魔導騎士の少女ともう一人の祝福の風。それに続く少年執務官に少女執務官。はやて達が駆け付けたのだ。

 リインの氷柱が派手に炸裂したお陰で、場所を特定出来たのだ。

 

「はやてちゃん! お姉ちゃん!」

 

 リインフォースは母に駆け寄る幼児の如く、はやてとアインスに飛び付いていた。

 

「リイン……無事で良かった……」

 

「心配させて……でも無事で良かった……」

 

 はやては小さな娘をしっかりと抱き締め、アインスは安堵で滲むものを拭う。顔を上げたリインは、はやてに尋ねていた。

 

「ゼロにいたんは?」

 

「大丈夫、リインのお陰で正気に還ったよ」

 

「良かったですぅ!」

 

 ゼロの無事を聞き、満面の笑みを浮かべるリイン。まったく大した末っ子であった。この危機をこの子が引っくり返したのだから。

 

 クロノはそのホッとするやり取りを横目に、怒りの表情を浮かべる謎の男に相対し指差した。

 

「お前は誰だ!?」

 

「……我らはダンカン星人だ……」

 

 男は高ランク魔導師に囲まれているにも関わらず、ニヤリと厭な笑みを浮かべてクロノ達と対峙する。まるで恐れる様子はない。

 するとはやては一歩前に踏み出し、普段の穏やかさを脇に除け男をキッと見据えた。

 

「確かにその身体はダンカン星人のものかもしれん……」

 

「!」

 

 夜天の主の意味ありげな言葉に、初めて男はびくりとしたようだった。はやては矢継ぎ早に次の疑問を繰り出した。

 

「何故本局施設を移動させたんや? 居住区にするなら、リスクが少ない所を狙う方が危険がなかったんやないの? 何でわざわざ武装している本局施設を奪わなあかんかったんや? 本当の目的は違うんやないか?」

 

「なっ、何を根拠に……?」

 

 はやての犯人を追い詰める探偵の如き追求に、男は思わず後退りしたようだった。クロノもはやてと同じ読みなのか、黙って状況を見ている。

 はやてに続くように、今度はフェイトが一歩前に踏み出した。

 

「この世界でここ数週間前から、謎の失踪事件が起きていた……その中で、僅かながら目撃証言があった。泡を見たと……泡が人を襲ったと。でもダンカン星人は人間を捕食したりはしない……」

 

 ダンカン星人が人間を捕食したという事実は無い。そんな習性は無い。はやては真相を暴くべく、フェイトの後を更に続けた。

 

「あんたの本当の狙いは、魔導師の知能を吸い取ることやろ! せやけど大量にやると直ぐにウルトラマンに嗅ぎ付けられる。だからダンカン星人に取り憑いて利用したんやな!?」

 

 男は歯軋りして更に後退りする。そしてはやては卑劣な相手の正体を暴く。

 

「そうやろアルゴ星人!」

 

 はやては男を敢然と指差した。男は顔を伏せる。観念したと思いきや顔を上げると悠然とはやて達を見渡し、悪意そのものの笑みを浮かべた。

 

「ふははははっ! よくぞ見破ったな……取りあえずは誉めてやろう下等生物供!」

 

 身を叩くような鬼気に、はやて達はデバイスを構える。

『アルゴ星人』以前ウルトラマン80と戦ったことのある宇宙人だ。

 母星がブラックホール化してしまい、彷徨う身となったアルゴ星人達は食料となる炭酸ガスと、精神生命体に進化すべく他の知的生命体の知能を吸い取る為宇宙を彷徨している恐るべき宇宙人である。

 

「多分あんたらは、此方の世界のことを知り、興味を持った。最終進化を目指すアルゴ星人にとって、別世界の魔力という力を持った人類はさぞ魅力的に映ったんやろうな……

 せやけどあんたらに必要な量の知能を吸い取るには、それなりの量が必要なんやな? 大量にそれをやると、直ぐにウルトラマンに気付かれる。せやからダンカン星人に取り憑いて時間を稼ぎ、その間に……」

 

 おぞましい動機に、狡猾な手段であった。アルゴ星人は基本他の生命体を利用する。魔道師達は別に集められ、その知能を吸おうとしていたのだ。

 

「こっちはデータもあるから、ダンカン星人かと思て、どうしても慎重になってまう。まさか本当は人間の知能を喰らう化け物の仕業なんて思わんからな!」

 

 はやては怖気を振り払うように怒りと供に吐き捨てた。自らの進化の為にはいかなる手段もいとわない。アルゴ星人にとって、自分達以外の知的生命体はただの餌にしかすぎないのだ。

 

「その通り……ダンカン星人を操り、その科学力で獲物は集めた。後は我々で食するだけだったのだがな……貴様ら、下等生物の割には中々鋭いではないか。だが少しばかり遅かったな……」

 

 アルゴ星人はにちゃりと、粘つくような厭な笑みを浮かべる。はやては青ざめた。つまり拐われた魔道師達は、既に知能を吸い取られてしまっている。

 それと同時だった。男、アルゴ星人が不意に倒れた。その身体が大量の白い泡に被われていく。泡の増殖は止まらない。部屋を大量の泡が包んでいく。その中から一瞬、黒い影が飛び出したようであった。

 

「みんな、部屋から出るんだ!」

 

 クロノの指示すると供に、外壁へ砲撃魔法を放つ。泡は更に増殖を続けている。全員は一斉に破壊孔から外へ飛び出した。

 クロノ達が上空で距離を取ると同時に、ビルから吹き出した泡が巨大な泡の塊となる。そして泡の中より白い巨体が出現した。針鼠のような棘を全身に生やした巨大な怪獣だ。ダンカン星人の戦闘形態である。

 

「アルゴ星人は抜けた筈……そうなると……」

 

 クロノは状況を整理する。アルゴ星人はどさくさに紛れて抜け出したようだ。そうなると彼はダンカン星人本人ということになる。

 

「ダンカン星人、聞こえるか? こちらはこの世界のリスク管理をしている時空管理局だ。君達に危害を加えるつもりはない!」

 

 呼び掛けるクロノだったが、ダンカンは山羊に似た声で咆哮すると、辺り構わず建物を破壊し始めた。

 

「混乱しとる?」

 

 飛び散る瓦礫の中、はやてはダンカンの状況を察する。アルゴ星人に取り憑かれ、見知らぬ別世界に連れて来られたのだ。混乱するのは当たり前だった。

 

『ふははははっ!』

 

 苦慮するクロノ達の耳に、耳障りな声が響く。見ると高層ビルの屋上に黒い影のようなものが立っていた。半精神物質となっているアルゴ星人の本体だ。

 耳障りな嗤い声と供に、高層ビルが地下から湧き出した泡に包まれていく。そして完全に泡に包まれた時、ビルが崩壊し、中から全身に突起を備えた毒々しい真っ赤な巨体が出現する。

 アルゴ星人の宇宙服でもある特殊な泡を使って、戦闘用の巨大な身体を作り上げたのだ。

 

「我が主、あれを!」

 

 アインスが隣のビルを指差す。見るとその高層ビルも泡の中に溶け、新たなアルゴ星人戦闘体が現れたではないか。

 アルゴ星人が2体。奇怪な咆哮を上げると、ギロリと不気味に光る眼をダンカンに向けた。その長く鋭い牙を生やした口許が、毒を含んだ笑みの形を取る。

 

『ご苦労だったな……お前らは用済みだ!』

 

 アルゴ星人達の両眼が光を発した。破壊光線を放とうというのだ。アルゴ星人とダンカンでは戦闘力が違いすぎる。彼らには巨大化しても、まともな武器も無いのだ。

 ダンカンは動けない。クロノ達が駆け付けようとするが、とても間に合わない。その時だ。

 

『オラアッ!!』

 

『セアッ!!』

 

 アルゴ星人達に突っ込んでくる者達がいる。ウルトラマンゼロとウルトラマンメビウスだ。2人のウルトラ戦士は、同時に強烈な飛び蹴りをアルゴ星人の横っ面にぶちこんだ。

 派手に吹っ飛び、ビルに叩き付けられるアルゴ星人。倒壊したビルが星人に降ってくる。ゼロとメビウスは、卑劣な星人の前に立ち塞がる。

 

『よくも良いように操ってくれたな! 2万倍にして返してやるぜぇっ!!』

 

『セアッ!』

 

 ゼロは今までの鬱憤を晴らすように、2本指を示して吼えた。メビウスは右手刀を全面に構えるファイティングポーズを取る。

 

《小癪な!》

 

 アルゴ星人2体は瓦礫を跳ね除けて傲然と吼えた。全身の突起から、ロケット弾を雨あられと打ち出す。凄まじい火力だ。『ミサイル超獣ベロクロン』以上の火力だった。明らかに以前現れた個体よりパワーアップしている。

 このままではダンカンも戦闘に巻き込まれてしまう。彼の目覚めと供に凍結されていた人々は元に戻ったが、意識を失ったままだ。

 今現在シグナム達が懸命に避難活動を行っているが、人数が多い。まだまだ時間が掛かってしまう。

 クロノは戦闘を開始した、ゼロとメビウスに念話を送る。

 

《ダンカン星人の保護と、人々の避難は此方に任せてくれ》

 

《判った。任せるぜクロノ!》

 

《僕達は奴らを此処から引き剥がすよ》

 

 ゼロとメビウスは、信頼の言葉を返した。皆なら大丈夫だと。全幅の信頼であった。

 危機を逃れたダンカンだったが、まだ混乱しているようだった。クロノ達は説得を試みる。ダンカン星人の高度な知能なら、此方の言葉を理解できる筈だった。

 

「落ち着いてくれ! 決して君達には危害を加えない! だから話し合いに応じてくれ!」

 

 だがダンカンは威嚇するように咆哮し、クロノ達を寄せ付けようとはしない。頑なな態度であった。

 その時だ。リインフォースが、はやての腕の中から飛び出していた。

 

「リイン!?」

 

 慌てるはやてを後ろに、リインは真っ直ぐにダンカンの前に飛び出していた。巨大な星人は怒ったように威嚇の咆哮を上げる。

 このままではリインの小さな体は、ひとたまりもなく捻り潰されてしまう。クロノ達も当てることはしなくとも、威嚇攻撃せざる得ない。

 すると気配を察したのか、小さな祝福の風はダンカンの前に手を広げてクロノ達に向け叫んだ。

 

「リインは平気ですぅ! この人は守ってるだけです! ずっと助けてって、この人達を助けなきゃって!!」

 

 見ると、ダンカンの足元の後ろに幾つかの泡の塊が見える。彼はその泡を庇っているように見えた。

 

「仲間を守ろうとしてたんか……」

 

 はやては頑なな態度に合点がいった。あれは同じくアルゴ星人に利用されていたダンカン星人達だろう。リインはダンカンに振り返ると、無邪気な笑顔を向けた。

 

「リイン達はダンカンちゃん達と、喧嘩したりしないですよ?」

 

 ダンカンは意表を突かれたようだった。毒気を抜かれたように、きょとんとしている。愛嬌のある姿なので、何処か可愛らしい。リインは感覚的に、ダンカン星人のSOSを受け取っていたようだ。

 クロノはダンカンの目前に着地すると、自らのデバイスS2Uとカード状のデュランダルを地面に置き両手を上げた。

 

「僕達に敵対の意思はありません……話し合いに応じてください……僕達は被害者に向ける武器は持っていません……」

 

 クロノは誠実さを身をもって示したのだ。ダンカンは立ち上がるのを止め、踞るように少年執務官とリインを見た。一歩間違えれば捻り潰される状況。重苦しい沈黙。はやて達も下手には動けない。

 どれ程の時間が過ぎたか。クロノの額から一筋の汗が流れる。汗が地面に落ちようかという時、ダンカンは自らを納得させるようにかぶりを振った。全員の念話回線に声が響く。

 

《信用しよう……異世界の者達よ……》

 

 ダンカンからのテレパシーだ。誠実さがダンカン星人に届いたのだ。以前の事件では、お互いの不信感が最悪の結果を招いた。以前の事件を見てクロノは、最初からこうしようと思っていたのだろう。

 

《お前達は誠実さを示した……それなら我らも示さなければなるまい……それに……》

 

 ダンカンは目前に浮かぶリインを見た。その紅い瞳がふっと柔らかくなったようであった。

 

《この小さき者のお陰で、奴らの呪縛から抜け出ることが出来た……感謝する……》

 

 ダンカンは小さな祝福の風に感謝を述べていた。

 

「リイン偉いのですぅ」

 

 胸を張るリインに寄ってきたアインスが、コツンッと軽く妹の頭を小突く。

 

「無茶をして……リインは少しは反省しなければ駄目だ……」

 

「はいですぅ……」

 

 滅多に怒らないアインスに叱られて半泣きになるリイン。まだ事件は終わってはいないにも関わらず、その場に居た者達からつい笑みが零れた。

 

 

 *

 

 

 一方のゼロとメビウスは、アルゴ星人の攻撃力の前に苦戦していた。

 街の外に出す為に受け身に回っていたこともある。しかし誘導に成功したものの、アルゴ星人の攻撃力は強力だった。

 

『クソッ! 死角が無えっ!』

 

 ゼロは遅い来る砲撃を辛うじて避ける。アルゴ星人達は、全身からロケット弾を一斉に放ってくる。弾幕が途切れない。周囲の森林がごっそりと消失していた。

 メビウスはロケット弾を避けて移動しながら、ゼロにテレパシーを送る。

 

《ゼロ、アルゴ星人は強い光に弱い》

 

《その隙に、光線をぶちかましてやる!》

 

 ゼロとメビウスは後退すると見せ掛け、同時に胸に両腕を組む構えを取った。2人のクロスした両腕から強烈な光が放たれる。

 ウルトラマン80も使用した『ダブルスパーク』だ。光に弱い敵に使用されるもので威力は無いが、強烈な光を発することが出来る。

 アルゴ星人2体は眼を被い、怯んだように見えた。その隙を突き、ゼロは両腕をL字形に組みワイドゼロショットを、メビウスは腕を十字に組んでメビュームシュートを放つ。アルゴ星人に炸裂する2つの光線。

 

『何ぃっ!?』

 

 ゼロは声を上げた。当たる寸前、アルゴ星人の前面に光の障壁が張り巡らされ、光線を防ぎきってしまったのだ。しかも強い光が効いていない。

 

《ふははははっ! 魔道師の知能の効果はてきめんだな!》

 

 吸い取った魔道師の知能のお陰でパワーアップを果たしていたのだ。アルゴ星人は眼から灼熱の破壊光線を発する。意外な展開にまともに食らってしまうゼロとメビウス。

 崩れ落ち大地に膝を着いてしまったところに、アルゴ星人2体は口から溶解泡を浴びせかける。

 

『ぐわあっ!』

 

『ウウッ!』

 

 ゼロとメビウスが白い泡に包まれてしまう。アルゴ星人の溶解泡は、強靭なウルトラ戦士の身体を蝕み溶かして行く。泡の余波で周囲の木々や大地が、ぐずぐずに液状に溶けていくのだ。恐るべき威力であった。

 2人のカラータイマーは既に点滅していた。動けないゼロ達に、アルゴ星人は更に溶解泡を浴びせ続ける。

 カラータイマーの点滅が早くなる。既にブレスレットの予備エネルギーは使っている。残された時間はもう僅かだ。

 

《ウルトラ戦士といえど、所詮我らに比べれば下等生物よ! 死ねっ! この世界の人間は全て我らの餌となる!!》

 

 止めを刺さんと、アルゴ星人2体の両眼が光を放つ。だがその時、ゼロとメビウスの眼が光を増した。

 

『舐めんな、外道供がああっ!!』

 

 ゼロが吼えた。全身の力を込めて雄々しく立ち上がる。裂帛の気合いと供にエネルギーを放出し、全身を侵していた溶解泡を吹き飛ばした。

 

『他者を餌としか思わないお前達に、負ける訳にはいかない!!』

 

 メビウスも大地を踏み締め、敢然と立ち上がる。その全身から炎が吹き出し、死の泡を焼き尽くす。熱に強い筈の溶解泡が、あっという間に蒸発して行く。

 そして炎の中から、全身に炎の模様を纏った『バーニングブレイブ』が出現した。

 

《死に損ない供がああっ!!》

 

 アルゴ星人達は全身からロケット弾を一斉発射し、眼から破壊光線を放つ。凄まじいまでの弾幕の嵐。しかしゼロとメビウスは大地を蹴って、同時に弾幕の中に突っ込んだ。

 破壊光線とロケット弾を、ゼロはエメリウムスラッシュで迎撃し、メビウスはメビュームブレードで跳ね返しながら斬り込んで行く。

 

『オラアッ!』

 

『セアアッ!』

 

 同時にゼロとメビウスは、アルゴ星人目掛けて弾丸の如く跳躍した。ゼロの巨大な拳が唸りを上げ、卑劣な星人の腹に深々と打ち込まれ、メビウスの光の剣がもう一体の胴体を袈裟懸けに斬り裂く。

 絶叫を上げよろめくアルゴ星人達だったが、それでも怒りの形相で襲い掛かってくる。両手の鋏で2人の首を両断せんとする。

 ゼロとメビウスは同じタイミングで上体を沈めて、ダッキングで鋏の攻撃をかわすと、体勢を戻すと同時に拳を繰り出した。

 砲弾のようなアッパーが星人の顎に炸裂し、ぐらつくところに2人の豪快な回し蹴りがアルゴ星人を吹き飛ばす。大地を揺るがし転がる星人。メビウスはゼロに合図した。

 

『今だゼロッ!』

 

『おおっ!』

 

 メビウスバーニングブレイブの身体から吹き出た炎が広げた手の中に集まり、巨大な火球を形成する。ゼロはスラッガーを胸部にセットし、エネルギーを集中させた。スラッガーが白熱化する!

 

『食らえ!ツインシュートだあっ!!』

 

『セアアアアアッ!!』

 

 放たれる光の奔流と火球。アルゴ星人達はバリアーを張り巡らせるが、必殺の光線はバリアーを粉々に突き破り星人2体に纏めて炸裂した。

 断末魔を上げる間もなく崩れ落ちる星人。その身体から大量の泡が吹き出し次の瞬間、アルゴ星人達は粉々に吹っ飛んでいた。

 

 

 ***

 

 

 クロノ達は沈痛な表情で被害者達を見下ろしていた。行方不明になった魔導師達は1ヶ所に閉じ込められていた。残りの巨大化まで出来ないアルゴ星人をゼロとメビウスが始末し、被害者の発見は出来た。しかし……

 

「駄目……目を覚まさないわ……」

 

 魔導師達の容態を見たシャマルは、悔しそうに首を振った。アルゴ星人によって知能を吸い取られてしまったのだ。

 もはや廃人同然、生ける屍であった。地球での被害者達も結局誰一人目覚めることはなかった。

 救えなかったことにガックリと肩を落とすゼロ達。すると全員の頭の中に声が響いた。

 

《今なら何とかなるかもしれん……》

 

 それはダンカン星人からのテレパシーであった。

 

「本当ですか!?」

 

 クロノは巨大なダンカンに、思わず勢い込んで尋ねていた。頷くダンカン。

 

《奴らは脳を直接食った訳ではない……生物の脳内を走る電気信号、脳波を吸収するのだ。アルゴ星人は倒された……今なら解き放たれたものを元の人間に返すことが可能だ……》

 

「そんなことが……」

 

《脳研究に長けた我らなら可能だ……》

 

 人間を自在にコントロールし、ウルトラ戦士をも操ることが出切るダンカン星人ならではだろう。敵に回すと厄介極まりないが、味方にすれば心強い。

 クロノは感謝しつつも、尋ねずにはいられなかった。

 

「ありがとうございます。しかし何故……?」

 

《……せめてもの礼だ……》

 

 ダンカンははやての肩に乗っているリインを見やる。少し微笑んだように見えた。

 

 人間形体になったゼロは、その様子を感慨深く見ていた。以前父ウルトラセブンと戦うこととなってしまったダンカン星人。

 今回みんなのお陰で争うことなく終わることが出来た。しかもダンカン星人は、被害者を助けてくれると言う。

 ゼロは自然ダンカン星人達に頭を下げていた。ミライも同様であった。

 それに気付いたのか、ダンカンは2人を見下ろした。その紅い瞳が向けられる。ゼロとミライにテレパシーが伝えられる。

 

《ウルトラ戦士の2人よ……君達にも感謝する……》

 

 感謝の言葉だった。因縁のあるゼロは複雑な心境だった。するとダンカンは言った。

 

《確かに過去、君の父と仲間が争いになったことは知っている……お互い複雑なことも有るだろう……しかし少なくとも今此処にいる我らは、この世界の人間の誠意と、君達ウルトラマンに救われたことは決して忘れはしない……》

 

「あっ、ありがとう……ありがとう……」

 

 ゼロは胸が一杯になってしまった。我知らず涙を流しながら、ダンカン星人達に深々と頭を下げていた。

 

 

 

*************************

 

 

 

 ダンカン星人達の治療のお陰で、昏睡状態だった魔導師達は全て目覚めることが出来た。

 そしてエネルギーチャージを終えたメビウスに連れられて、ダンカン星人達は元の世界に帰っていく。

 見送る中、リインフォースは一生懸命手を振っていた。

 

「大したもんだなリインは、さすがアタシの妹だ」

 

 ヴィータが小さな末っ子の頭をクシャクシャと撫でる。ゼロはしみじみとリインの小さな肩を叩いた。

 

「リインがいなかったら、俺はどうなっていたか判らねえな……本当にありがとうなリイン……」

 

 今回はリインの活躍で、直ぐに正気に還ることが出来た。もしも洗脳が解かれず、誰かを傷付けたり死なせたりしたならば……

 考えただけでも背筋が寒くなる。しかし今回は無事だった。これから先は……?

 

「へっへ~っ、リインは大したものなのですぅ」

 

 ゼロの不吉な思いを他所に、リインはみんなに誉められ感謝されて鼻高々である。思いっきり調子に乗っている。だがそこに厳しい言葉が飛ぶ。

 

「それはともかくだ……勝手に抜け出し、皆に心配を掛けたのはいただけんな……」

 

 シグナムがこわい顔で、リインの高くなった鼻をへし折る。自分が締めるところは締めなくてはと思ったのだ。アインスはそんなシグナムの厳しさに、相変わらずオロオロしている。先程叱ったので限界だったようだ。

 

「まあまあ、まずはみんな無事で良かったやないの。でもリイン、みんなにごめんなさいは言わなあかんよ?」

 

 はやては取りなしつつも、その辺りはしっかりと言い含めた。見事なオカン振りである。リインもその辺りは深く反省しているようだ。しょんぼりしていたが顔を上げる。

 

「心配かけてごめんなさいなのです……」

 

 小さな末っ子は、みんなに謝った。はやては良く出来たと微笑み、小さな身体を抱き締めてやる。厳しい表情だったシグナムもリインに微笑み掛けた。

 

「うむ……判れば良い……しかしよくやったな……」

 

 何時もは厳しい、八神家のお父さんボジションな烈火の将にも誉められ、リインはようやく笑顔を浮かべる。その様子を包み込むように無言で、温かく見守るのは守護獣ザフィーラである。

 そして最後にシャマルが、可愛らしい小袋を取り出した。

 

「さあ、リインちゃん、お腹空いたでしょ? ほら、私特製のクッキーを持ってきたわ。さあ食べて」

 

 リインは台詞の前半で表情を輝かせ、後半で思いっきり顔を青ざめさせた。満面の笑みでシャマルは袋を開け、さあさあと薦めてくる。全く悪意の無い善意のみの笑顔。

 

「ごめんなさいですぅっ! もうしないから許してくださいですぅっ!」

 

「えっ? ちょっとリインちゃん?」

 

 リインは耐えきれなくなり、一目散に飛んで逃げ出していた。小さいながら彼女も、シャマル料理にはあまり良い思い出がないようだ。良かれと思ってやったシャマルは慌てている。

 

「罰はこれで充分だな……」

 

「風の癒し手……そんな追い討ちを掛けなくとも……」

 

 ニヤリと笑うシグナムと、非難の目で見るアインス。ゼロとはやては、渇いた笑いを浮かべるしかない。ザフィーラは無言。

 

「ちょっとおっ! 私がオチって酷くない!?」

 

 シャマルの悲しい声が、山中にのほほんと響く。ゼロは苦笑しつつ、シャマル製クッキーをひょいと一つ摘まんでみる。

 

「むっ……」

 

 アンチョビのしょっぱい味と、マーマレードの味が口の中一杯に広がった。

 

 吹いた。

 

 

 

つづく




次回お会いしましょう。


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第95話 復讐鬼ツルク1

たいへんお待たせしました。夜天のウルトラマンゼロ更新です。


 

 

 

 

 闇夜だった。星ひとつ無い空は闇を更に深め、寂れた灯りの乏しい寂れた町を暗黒に落としこめていた。

 その中を土煙を上げて進む数台の車両数台があった。獣の咆哮のごときエンジン音が、狂ったように響く。改造車を駆る若者とおぼしき一団だ。

 整備状態が悪い道路を、狂ったようにスピードを出して走っている。暴走しているようであった。

 しかしそれは、蛮勇などとは違う。必死で逃げている。そのように見えた。まるで何者かに追われているようであった。

 

「あ、あの化け物は何処へ行った!?」

 

 先頭車両の助手席の男がデバイスを構えながら辺りを見回した。その目には怯えの色が強い。

 

「振り切ったんじゃねえのか?」

 

 運転席の男は希望的観測を口にする。それからしばらく狂ったように車両は走っていたが、何も起こらない。一団の中に安堵が広まって行く。だが希望的観測は何時の世も裏切られるものだ。

 

「あっ、あいつだ!!」

 

 先頭車両の男は眼を見張った。進行方向に人影が見える。ライトに照らされ、奇怪な人物が闇夜に浮かび上がった。

 金属のアーマーを着込んだような人物だ。その両手にはギラギラと車のライトを反射する、刃渡り二メートル近くある曲線を描いた異形の刃を携えていた。

 

「こっ、殺せええぇっ!!」

 

 中央の車に乗っていた男の命令が響く。周りの男達は窓から身を乗り出しデバイスで砲撃した。魔導師が幾人か混じっているようだ。

 しかし攻撃が届く事は無かった。怪人は砲撃を眼にも留まらぬスピードで全て回避していた。掠りもしない。人間の反応速度など比では無いのだ。

 怪人は砲撃を全て易々とかわし、先頭の車両に瞬時に肉薄していた。

 

「クソオッ! ひっ轢き殺せぇっ!!」

 

 車両は狂獣の如く怪人目掛けて突進した。だが怪人は避ける様子も無く両手の異形の刃を構え、車両に正面から対峙する。

 すれ違い様に剣閃が、闇夜に煌めいた。

 疾走する車両がバターでも切るように、真中から真っ二つに両断されていた。燃料に引火して爆発四散し、車は派手な火柱を上げる。乗っていた人間達は炎に包まれた。

 燃料の燃える臭いと、人間の焼ける厭な臭気が立ち込める。まだ生きてた者が火だるまで中から飛び出し、悲鳴を上げながら断末魔のダンスを踊り崩れ落ちる。地獄絵図であった。

 

 その中で2人程、魔力障壁を張って無事だった魔導師が飛び出し逃げようとする。戦おうとは考えない。何故ならばここに至るまでに、既に多くの魔導師が攻撃を当てることすら出来ず、無惨に斬り殺されていたからだ。

 

 しかしその胴体は、飛び出すと同時に両断されていた。血を撒き散らしながら上半身と下半身が、地面に叩き付けられ絶命寸前の魚のようにのたうち回る。

 残りの車両に乗っていた者達は恐慌状態に陥っていた。我先にてんでばらばらの方向に逃げようとする。

 だが怪人は1人たりとも生かして帰すつもりは無かった。両手の刃が炎をギラリと反射する。

 怪人は残りの者達に残酷で無慈悲な死を与えるべく、疾走を開始した。

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

「宇宙の通り魔……」

 

 移動中の車内で、ゼロは鋭い目付きを更に険しくし、端末機のデータの画像を睨み付けた。

 ドキュメントデータに奇怪な怪人が映っている。金属のアーマーのような物を着込み、両手に異形の刃を携えている。

 

「ツルク星人……」

 

『奇怪宇宙人ツルク星人』ゼロの師匠ウルトラマンレオと戦ったことのある宇宙人である。

 夜な夜な通り魔のように出没しては人間を斬殺し、レオに罪を着せようとした。ウルトラマンレオを一度は破った強敵である。別個体であろう。

 

「得意技は両手の刃による2段攻撃か……」

 

 シグナムの目が鋭くなる。剣で戦う彼女にはツルク星人の恐ろしさが分かるのだ。通常剣は利き手で使うものだ。

 両手に持ったからといって単純に2倍強くなる訳ではない。かの剣豪宮本武蔵の二天一流のように、2本の剣を自在に操れなければ虚仮威しにしかならない。

 ツルク星人は鋼鉄や特殊金属をもバターのように両断する宇宙金属製の刃を、自由自在に操れるのだ。

 そして一撃目をかわせたとしても、次の一撃が相手の首を落とす。レオも厳しい修練の末にやっとツルク星人の剣閃を見切ったのだ。恐るべき相手と言えよう。

 

「ゾッとしねえなあ……」

 

 ヴィータが顔をしかめる。厭な事件だと彼女は思った。陰惨なものを彼女は感じていた。はやても同意して頷き、改めて事件の被害者リストを見直した。

 

「これが被害者の数……」

 

 はやては哀しげに呟く。被害者は老人から幼い子供までも。正に悪鬼の所業であった。

 ゼロ達はこのツルク星人を倒す為、この世界にやって来た訳だ。今はもっとも新しい事件現場を目指しているところである。

 リストを確認していたはやてはふと、妙な違和感を感じた。

 

(何やろ……? この感じは……?)

 

 だが違和感の正体が分からない。もう一度リストを確認しようとしていると。

 

「野郎っ……!」

 

 はやての思考は、ゼロの洩らした声に中断された。隣に座るゼロを見ると、拳を握り締めて端末の被害者リストを睨み付けている。

 

「ゼロ兄……」

 

「悪い……驚かせちまったな……ついな……」

 

 ゼロは謝り視線を落とす。落ち着いたかに見えたが、そうではない。怒りが収まらないのだ。

 握り締めた拳に尋常ではない力が籠っている。被害者の数がゼロの怒りを更にたぎらせているのだ。

 殺された人々にはそれぞれの人生があったはずだ。その人を待っている人達も……それを理不尽に奪うツルク星人が許せなかった。

 

「許せねえ……絶対にぶっ倒してやる……!」

 

 怒り心頭で怒りを口にしているのにも気付かないゼロを、シグナムが嗜める。

 

「落ち着けゼロ……過剰な怒りは冷静さを欠き、後れを取るぞ……」

 

「わっ、判ってる……」

 

 自覚したゼロは一反深呼吸した。まだまだ修行が足りないなと思うものの、こんなものを見せられて怒らない訳にはいかなかった。

 

(みんなの無念は俺が必ず……!)

 

 固く被害者達に誓うゼロであった。

 

 

 

 

 車は寂れた街道を抜け、市街地に入っていた。ようやく落ち着いたゼロはふと、周りの様子に気付く。

 

「何だか静かな世界だな……?」

 

 街は静かというより、妙に静まり返っていた。活気が無い。人通りもまばらで寒々しかった。この世界に来てから、ずっとそうであった。

 

「やっぱりツルク星人を恐れてるのか……?」

 

「それだけやないと思う……」

 

 ゼロの疑問にはやては、静かを通り越して寂れている街並みを見渡した。

 

「どういうことだ?」

 

「この世界は長いこと同じ一族が政権を掌握しとる、言ってみれば独裁政権が支配する所なんよ……あまり良い噂は聞かないみたいや……本当なら管理局にも関わって欲しくなかったんやないかな?」

 

「独裁政権……」

 

「そういうところやと監視の目も有るやろうし、自由もかなり制限されとるんやろうな……正直みんな息苦しく暮らしとるんやないかな……?」

 

 はやては眉をひそめた。そんな所であれば、本来時空管理局にも関わってほしくはなかったであろう。

 この第42管理世界は管理局に加入こそしているが干渉を嫌い、地上本部設置も拒否している。最大限に譲歩し、小さな支局があるきりである。

 最初に対応した政府役人の、非協力的態度が思い出される。あまり余計なことはしてくれるなと言外に匂わされた。

 ツルク星人を何とかして、サッサッと出ていけと言わんばかりであった。

 

「……」

 

 ゼロは無言で、まばらに道行く人々の生気の無い表情を見た。空はそんな人々の心を代弁するように、どんよりと重々しく曇っていた。

 

 

 

*************************

 

 

 

「はあ……なんも話してくれないなあ……」

 

 ヴィータがぶちぶちとぼやく。聞き込みも空振りに終わっていた。誰も協力的ではなかった。目撃者も見付からない。

 人々は関り合いを避けるようにはやて達に、何も知らない、関係ないくらいしか喋ってはくれなかった。

 

「ゼロ……」

 

 シグナムがそっとゼロに囁く。頷くゼロ。こちらを監視している者がいる。

 

「ここの政府の奴か……」

 

 ゼロはうんざりした顔でわざと露骨に振り向いて見せる。角で様子を窺っていたスーツの男達は慌てて引っ込んでしまった。

 

「やれやれやなあ……あれじゃあ、誰も証言なんかしてくれへんわ……」

 

 はやてはため息を吐いた。

 

 

*************************

 

 

 ゼロは人気のまったくない路地裏を独り歩いていた。念の為のパトロールだ。はやては一旦ホテルに戻りレティ提督に連絡。ヴィータははやての警護。シグナムはゼロとは反対の地区を回っている。

 外に出てみると、10時を回った辺りだが人気はほとんどない。車もまばらだ。外灯が寒々しく灯っているのがまた寂れた感じを強くしていた。

 

「奴はまだ居やがるのか……?」

 

 相手が無差別殺人を繰り返すなら、次の標的が何処になるのか分からない。行動パターンがまだ分からない今、警戒するしかない。

 ゼロはしばらくうらぶれた街中を独り歩く。2時間程回ったが特に異常はない。深夜を回り、人気もほとんどなくなっている。何気なく超感覚で周囲を探ろうとした時であった。

 

「ギャアアアアアッ!?」

 

 突如闇夜に断末魔の悲鳴が轟いた。ゴトリと何かの塊が地面に転がる音。もう人通りは全くなかった筈だが。

 

「チイッ! 出やがったか!?」

 

 ゼロが駆け付けると、物凄い血臭が鼻孔を打った。胴体を無惨に両断された男達の死体が、血の海の中物のように転がっていた。見覚えがある。ゼロ達を監視していた政府の男達だ。

 

「貴様ああぁっ!!」

 

 ゼロは怒りの咆哮を上げた。そこに幽鬼のようにゆらりと立つ怪人の姿。両手に異形の刃を携えたアーマー姿。ツルク星人だ。その姿は以前現れた標準的ツルク星人と幾分違って見える。

 怒りに燃えるゼロはアスファルトを蹴って、弾丸の如くツルク星人に殴り掛かっていた。

 

「デリャアアアアッ!!」

 

 ゼロの拳は空を切っていた。ツルク星人は軽く体を横にずらしただけで岩をも砕く鋭い拳を避けていたのだ。

 

(くっ!)

 

 ゼロは追撃を避けて間合いをとる。今の体術を見て侮れないと思ったのだ。左手を前に突き出しレオ拳法の構えをとる。がむしゃらに行っては危ない。改めてツルク星人と対峙したゼロはそこで悟った。

 

(なんて威圧感だ!?)

 

 ただのツルク星人とは思えなかった。ゼロは最初、レオに鍛えられた自分ならば動きを見切り倒せると思っていた。だがそれは甘い考えだと思い知らされる。

 

(油断しているとやられる!)

 

 ゼロは全神経を目前の怪人に集中する。互いに動かない。息も出来ぬ程の静寂。ゼロの額から一筋汗が伝う。汗が頬まで達した瞬間、ツルク星人が動いた。恐るべき速さだ。蹴ったコンクリートが衝撃で一拍遅れて粉々に砕け散る。両手の宇宙金属製の刃が唸りを上げた。

 

(2段斬り!?)

 

 ゼロは咄嗟に身を低くした。反応出来たのは彼ならではだ。常人どころか並みのウルトラ戦士でも、何が起こったかも判らないうちにあの世逝きだろう。

 

(これしきっ!)

 

 ゼロはかわせると思った。だがツルク星人の刃は想像を遥かに超えてた。想定を遥かに上回る剣閃がゼロを襲う。

 

(違う! 3……、4段斬りだ!)

 

 背筋に氷を突っ込まれるような感覚。以前のツルク星人の数倍に達する剣閃だった。ツルク星人の刃が空気を切り裂いてゼロの首に迫る。

 

(やられる!)

 

 ゼロは反射的に腕で首を庇った。腕一本犠牲にしなければやられると咄嗟に判断したのだ。

 

「……?」

 

 だが刃がゼロに降り下ろされることはなかった。

 

「ウルトラ戦士か……」

 

 ツルク星人はそう呟き刃を下ろすと、音も無く高く跳躍した。数十メートルを軽々と跳び、その姿は暗闇に消えていった。

 

(何故だ……? 何故攻撃を止めた……? 斬るのは容易かったはずだ……)

 

 ゼロは疑問と共にツルク星人の消えた闇を、怒りと屈辱と疑問の入り交じった視線で凝視した。

 

(奴は強い! 今戦ったら負ける……!)

 

 厳然とした現実が心に重くのし掛かっていた。

 

 

 

 つづく

 

 

 

 



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