銀河の片隅でジェダイを復興したい! (ひさなぽぴー)
しおりを挟む

プロローグ 彼の最期と彼女の入学試験

小説執筆の息抜きに小説を書く生き物・・・それが我々書き手である!(色んなものから目を背けながら
だって書きたくなったんだもん! 書きたくなったんだもん!


 悲鳴と破壊音が、ジェダイテンプル内に響き渡る。同時に迫り来る暗黒面のフォースの揺らめきに、テンプル内に詰めていたすべてのジェダイが緊急事態を悟って駆け出した。

 そのほとんどが既にライトセーバーを手にしており、臨戦態勢に入っている。クローン戦争を通じて将軍としての色を強めていた彼らは、以前にも増して荒事に敏感になっていた。

 

 だが、そんな彼らをしてもなお。

 

「やれ」

 

 青い光刃を手にした若き英雄……そのはずの青年を前に、硬直するしかなかった。

 

 クローン戦争の英雄、アナキン・スカイウォーカー。そのはずだった。近年稀に見る強力なフォースの持ち主であり、人柄も申し分ない好青年だったはず。

 その彼が。率いていたクローントルーパーに躊躇なく指示を出し、自らもまたセーバーを閃かせて殺戮を始める。それはあまりにも、信じがたい光景だった。

 

「そんな、嘘だ、なぜ!? なぜ君がこんなことを!?」

 

 馴染みのあるフォースを感じたがゆえに、誰よりも早くそこにたどり着いたジェダイナイト、アヴタス・イーダが思わず叫ぶ。

 

 しかし返答はなかった。その首を狙って、アナキンのセーバーが襲いかかる。

 フォースの導きに従い、アヴタスはそれを辛うじて防いだ……が、辛うじてでしかなかった。

 

 元よりアヴタスは、戦場に立つ機会が少なかった。ジェダイ公文書館での情報の管理と精査こそが本分だった彼は、この戦時下にあってなお実戦経験が少なかったのだ。

 そんな彼が、いかにアナキンと訓練した時間が他より長いとはいえ、ドゥークー伯爵を圧倒し暗黒面に身を浸したアナキンに抗するなど不可能であった。

 

 二合。それがアヴタスにできた抵抗であり、三回目の一閃は寸分の狂いなく彼の首を刎ね飛ばした。

 

 ごろり、と身体と首が床に転がる。

 

 その彼が完全に意識を閉ざすまでのわずかな間、二人は視線を重ね合う。

 

 ――なぜだ、アナキン! 誰よりも英雄然としていた君がなぜ!

 

 もはや動かせない口の代わりに、目でそう問いかける。

 

 だが、アナキンからの返事はなかった。彼はただ憤怒に満ちた顔に、暗黒面に堕ちたことをうかがわせる黄金の瞳をギラつかせているだけで。

 

 アヴタスには、彼がジェダイというものに怒りを抱いてるのではないか、という裏付けのない推測を抱くことしかできなかった。

 

 しかしその時間もすぐに終わる。アヴタスにとっては人生を振り返るだけの時間があったようにも感じられたが、それはただの錯覚でしかない。

 いわゆる走馬灯の中には、アナキンとセーバーを合わせて稽古をした記憶や、共に機械いじりをした記憶なども含まれていた。それがまた、アヴタスになぜと思わせる。

 

 が、それへの解答などあるはずもなく。走馬灯が今というこの瞬間に追いつくと同時に、彼は一気に意識を失った。

 

 刹那のうちに終わった生命の一部始終を眺めていたアナキンは、終わりを認識すると同時に動き出す。ライトセーバーを振るい、フォースを迸らせて、彼を止めようと躍りかかるジェダイたちを蹴散らす。

 そうして床を蹴り、殺戮に戻った彼はもう二度と振り返らなかった。

 

 残されたのはアヴタスと、彼同様にこの場で殺されたジェダイたちの骸のみ。

 それすらも、すべてが終わったあとになされたテンプルの破却によってあっさりとこの世から失われた。彼らは、路傍の石のごとくこの銀河から消えたのだ。

 

 実際、皇帝となった暗黒卿にとっては石ころ同然だっただろう。そこに一人の人間としての尊厳など、見出されるものではない。アヴタスを含めて、ここで死に絶えたすべてのジェダイたちは、暗黒卿にしてみればその他大勢でしかなかったのだ。

 

 それでも、時間は平等に過ぎていく。低きに従う水のごとく、それを止められるものなどいはしない。

 

 月日は過ぎる。共和国と共にジェダイが滅びてから、幾年。気が遠くなるほどの時間が経った。

 共和国どころか、その後継となった銀河帝国も、新たに興った新共和国すらも時の彼方へ過ぎ去った、あるとき。

 

 銀河共和国のあった銀河から遠く離れた、惑星地球。その北半球に位置する巨大な列島で、一人の赤ん坊が自我を取り戻した。

 

***

 

 太陽系第三惑星、地球の日本国。その中央からやや東寄りの自治体、静岡県の雄英高校において、今まさに入学試験が始まろうとしていた。

 

 全体のおよそ八割に当たる人間が何らかの、しかもそれぞれが唯一の特異な能力を持つこの星において、この試験は日本のみならず諸外国にとっても無視できない。

 なぜなら雄英高校は、世界に名を轟かせるトップヒーローを始め、多くの有能なヒーローたちを世に送り出してきた名門校。彼らの多くは多大な活躍をしており、次代を担う新星が現れるかどうか期待を寄せられているのだ。

 

 その試験の内容は、筆記と実技の二種類。中でも重要視されるのは実技であり――

 

《ハイ、スタートー》

 

 ――今まさに、気の抜けた一言で幕を上げたその内容は、将来ヒーローになるなら絶対に求められる戦闘力をはかる実戦的なものだ。

 だが、開始の合図に応じてすぐさま行動できた受験生は、膨大な人数の中でも両手で数えられる程度しかいなかった。

 

 無理からぬことではある。絶対的に治安のよくないこの星にあって、日本は例外的にかなり安全な国だ。そこで育った少年少女たちが、いきなり実戦の中に放り出されてすぐさま動けるはずがないのである。

 

 しかし何事にも例外はある。前述した通りわずかではあるが、確かにすぐさま動いた若者も確実にいた。

 

 その中の一人に。

 多種多様な見た目の者が多い現代社会にあって、高校の入試会場にはいささか不釣り合いにも見える幼い少女がいた。

 

 おおよそ110センチ程度の矮躯。手足は細く、筋肉はおろか脂肪すらあまり見受けられない骨ばった身体つき。

 けれどもサイドに一本流した三つ編みを飾りとしたかんばせは、それらを補って余りあるほどかわいらしい。将来は誰もが振り返る美人になるだろうと思わせる……しかし今はまだ幼い少女。

 

 にもかかわらず、彼女の動きは機敏だった。彼女があてがわれた区画においては誰よりも早く動き、また誰よりも早く試験場となる模擬市街地に踏み入った。

 

 そんな彼女を、仮想敵であるロボットが早速迎え撃つが――ビルの壁を蹴って高く跳躍した彼女は、ロボットの頭上から落下。着地すると同時に、機体をひしゃげさせてあっさりと破壊してしまった。

 

 ゆるりと立ち上がり、会場の奥に目を向ける少女。その手元には、オレンジ色に輝く光の棒を生み出すシンプルな機械。

 ヴゥン……と独特の音を響かせるそれ――遠い昔、遥か彼方の銀河系でライトセーバーと呼称されていた武器を慣れた手つきで振り回す。そのまま彼女はセーバーを持ち上げ、顔の横で構えると、再び走り出した。

 

 視線の先には多くのロボットがいる。しかしどれもこれも、ただ少女目がけて殺到するだけ。重量や武器があり、数で勝るのにもかかわらずそれしかしないロボットに、少女はこの程度かとこぼした。

 

「脆いし、頭も悪い。これなら通商連合のバトルドロイドのほうがよほど有能だぞ」

 

 身体が跳ね上がる。壁を、標識を、柵を、そして何より標的のロボットをも足場にして、少女は立体的に、縦横無尽に動き回る。

 

 フォーム4、アタロ。ライトセーバーを用いた型において、最もアクロバティックに戦う型の動きだ。かつて今の彼女よりも遥かに小柄ながら、最強と謳われたグランドマスターが得意とした型でもある。

 そしてかような超人的な動きを可能とするものこそ、フォース。宇宙のあらゆる生物を繋ぐエネルギーである。

 

 かくしてフォースに導かれ――来た道とは反対側に彼女が着地すると同時に、この場にいたロボットが軒並み倒れ伏した。

 破壊痕はごくわずか。いずれも的確、かつ最小限の動作で破壊されていた。

 

 そして、少女は残心しない。ちらりとも振り返らず、さらに奥へと進んでいく。

 慢心ではない。彼女にはそれだけの確信があったがゆえのことだ。

 

 それに遅れること十数秒後。彼女が去った場所に、ようやく他の受験生たちが辿り着く。

 彼らは破壊されたロボットたちを見て、一様に顔色を悪くした。試験場は広い。そして仮想敵は有限だ。しかし総数は明らかにされていない。このままでは……。

 

「くそう! なんだあのチビ助!」

「言ってる場合かよ! 早く敵を探さないと……!」

「ちょっとどきなさいよ! 先に行けないじゃない!」

「うるっさいわねそっちこそどきなさいよ!」

 

 彼らは焦燥感に苛まれるままに、感情を露わにして争い合う。

 

 しかしそれは、モニタールームで様子を見守っていた試験官たちに筒抜けだ。彼らの多くは表には出さなかったが、内心でこの会場から受かる人間はほとんどいないだろうとは全員が思った。

 だが、だからといってこの学校は容赦しない。日本一のヒーローアカデミアであり、実際多くのヒーローを輩出するこの学校の校訓は、Plus Ultra(更に向こうへ)。土壇場で成長し、限界の向こう側に行けるものでなければ門をくぐることを許さないのだ。

 

 やがて試験の残り時間が五分となったとき。試験官の一人……百人が見たら百人ともネズミと評する男がボタンを押し、最後のギミックを起動させた。

 するとすべての会場にそれぞれ一つずつ、巨大なロボットが解き放たれたではないか。

 

 誰もが目を奪われたそれ。サイズは周囲の一番高いビルと同じくらい。当然歩くだけでも被害が出る規模であり、にもかかわらずそんな代物が破壊行動を行うとなれば、たまったものではない。

 実際、()()()()()会場で受験生たちは逃げ惑い始めた。事前の試験説明で、ポイントにならないお邪魔虫と説明されていたことも影響しているだろう。

 

 だが、わずかだが例外もいた。たとえば、逃げ損ねた少女を助けるために、()()()()()()()()()“個性”を振るった少年とか。

 

 そしてライトセーバーを振るう少女もまた、その例外の一人。彼女は小さめのビルの屋上に立ち、街を破壊して歩くロボットを軽くねめつける。

 

「……あれもAT-TEウォーカー(クローン戦争当時、銀河共和国で用いられていた大型歩行兵器)よりは脆そうだ。ほとんど宇宙進出していない星の科学力ではこれくらいが限界ということだろうか?」

 

 そう呟く彼女の姿には、悲壮感はおろか緊張感すらなかった。

 いや、試験に落ちるかもしれないとか、怪我をするかもしれないといった緊張感はなかったが、代わりに――()()()()()()()()()()()()()()()()()緊張はあった。

 

「とはいえ、あのサイズだと……このセーバーでは力不足かもしれない。……ならば」

 

 そして彼女は、ライトセーバーを握る自身の手のひらに軽く意識を集めた。それまで一切意図していなかったものを、引っ張り出すように。

 瞬間、彼女の“個性”が発動し――

 

「よし」

 

 ――ヴゥン!

 ライトセーバーの音が、光が、何より熱が、強まった。もはやこれは棒ではない。その名の通り、ありとあらゆるものを切断する光の刃だ。

 

「はっ!」

 

 そうして少女が、地面を蹴る。フォースの力を身にまとい、明らかに人を逸脱した跳躍をした彼女は巨大ロボの肩に着地する。

 と同時に、ライトセーバーが振るわれた。アタロの基本に忠実に、すぐさま跳ねて他の場所へ。そして移ると同時に再度セーバーを振るい、さらにまた……。

 

 掛け声とともに続けられるその作業が進むにつれて、ロボットのあちこちが地面に落ちていく。轟音を立てながら落下したそれらは――すべて抵抗なく切断されていた。

 やがて数十秒ののち。ふわりと着地した少女の後ろで、完全にバラバラになったロボットがぐしゃりと潰れて活動を停止した。

 

 少女は緩やかに立ち上がる。と同時に、ライトセーバーからオレンジ色の光が失われ、柄だけとなる。

 

 そして、

 

《終ゥーー了ォーー!!》

 

 少女が一息ついた瞬間、終わりを告げるアナウンスがすべての会場にこだました。

 

***

 

 雄英高校の一般入試からしばし経ったある日。関東のとある寺に一通の親展封筒が届けられた。

 特に感慨もなく開封された封筒から転がり落ちたのは、小型のホログラム装置。そしてそこから投影されたのは――

 

《私が投影された!》

「――オールマイト?」

 

 そう、日本どころか世界に名を轟かせるナンバーワンヒーロー、オールマイトだった。彼は筋骨隆々の巨体を仕立てのいいスーツでピッチリと覆い、いつものように陽気に微笑んでいる。

 

《HAHAHA、驚いたかい!? それならば関係各所に黙っていたかいがあったというものだね! そう……実は私ことオールマイトは、来年度から雄英高校の教師として赴任する予定なのさ!》

 

 そしていつものようにややオーバーな身振りを交えて話し始めた。

 

《さて、では早速君の合否を通知しよう! まずは筆記だが、こちらは問題なく合格ラインだ! まあ、こちらは不安視していなかっただろうね。何せ()()()()()()()()()()()、これくらいはできないとな! 問題は実技のほうだが……》

 

 ここでオールマイトはずずいと()()()に顔を大きく寄せてきた。撮影していたカメラに近づいたのだろう。

 しかしそれでも、少女はさほど感情を震わせることなく、淡々と映像を眺めていた。

 

《獲得ポイントはなんと107! 振り分けられた区画の仮想敵を一人で半分近く倒してしまったのは、まったくもって見事の一言だ!》

 

 ビシッと音が聞こえそうな勢いで指を向けてきたオールマイトに、少女は小さく頷く。

 

《だがそれだけじゃあない! この試験では敵ポイント以外にも、審査制の救助活動ポイントというものが隠してあった! 大雑把に言えば、誰かを助けることで獲得できるポイントということさ! 実際の合否は敵ポイントと救助活動ポイントの合計で判断される!》

 

 ここでようやくポジションを引いたオールマイトは、咳ばらいを一つしてから改めて口を開いた。

 

《増栄少女! 君は最初から最後まで一貫して仮想敵の撃破に注力していた。ゆえに救助活動ポイントはほぼゼロだ! まあ他の受験生が接敵する前に君がかなりの仮想敵を片付けてしまったから、あの区画では救助活動ポイントを稼ぐことがそもそも困難な状況だった、というのも事実ではあるんだが……》

 

 しかし、と彼が言葉を繋げる。

 

《最後に君は、ゼロポイントの仮想ヴィランを一人で打倒した! あれは間違いなくあの場における脅威であり、ほとんどの受験生が逃げ惑っていたことを考えれば、アレを撃破した君には救助活動ポイントを与えるべきだという意見が試験官の皆さんの中で大勢を占めてね! 協議の末、君には10の救助活動ポイントが加算された! ゆえに……》

 

 オールマイトが間を取った。その瞬間、彼の頭上に数値が表示される。117。つまり、

 

増栄理波(ますえ・ことは)、117ポイント! 文句なく、今年の一般入試最高得点だ!》

 

 そういうことであった。

 

 だがそれでも、彼女は……理波は、年頃の少年少女のように興奮することはなかった。合格(それ)が当たり前のことだと言わんばかりだ。

 

《さあ増栄少女、来るといい! 雄英(ここ)で君を待っているぜ! ――》

 

 そしてプツリと映像が消えた。

 ふう、とかすかにため息の音が室内に響く。

 

『まずは合格おめでとう、かな』

 

 だが直後に、どこからともなく男の声が聞こえてきた。理波以外に誰もいないはずだというのに。

 しかし理波はうろたえることなく、ゆっくり後ろへ振り返った。そこには、半透明の男性がこれまたどこからともなく出現していた。緩やかなローブを身にまとった青年だ。

 

「一応、ありがとうと言っておく」

『おいおい、随分と無感動じゃないか。この国で一番難しい学校なんだろう? 少しは喜んでもいいじゃないか』

「そうは言うけれどな、アナキン。私は人生二回目なんだぞ。特に実技……戦闘に関しては、戦争を経験しているんだ。あの程度では()()にならない。ギャザリング(ジェダイの通過儀礼。ライトセーバーを造るために必要な素材を探すこと)のほうがよっぽど難しかったぞ」

『よく言うよ、君はほとんど実戦に出ていなかったじゃないか』

「そうとも言う。それでもシスの暗黒卿と実際に戦ったことがあるのは、かなり貴重な経験と思わないか?」

『おっと、その話は僕に効く。オーケー分かった、これ以上はやめておこう』

 

 理波の問いに、男……アナキン・スカイウォーカーはおどけた様子で両手を上げて見せた。

 

 相変わらず半透明で、向こう側が透けて見える彼はありていに言ってしまえば幽霊である。しかし単なる幽霊ではない。宇宙全体に満ちるフォースと一体化した、フォーススピリットだ。

 生命としてのフォースが宇宙のフォースと交わり、すべてと結びつくことが可能となった存在。それが今のアナキンであり、彼はこの宇宙のどこにでもいない存在ながら、どこにでも存在しており、死してなお今を生きるものとも交信することが可能なのだ。

 

『……しかし、こんな宇宙の端くれに生まれ変わった君と再会して、かれこれ……あー、この星の基準で六年といったところか。ようやく君はスタートラインに()()()()()わけだな』

「ああ。可能な限り近道をしたけれど、それでもなんだか随分と長かった気がする」

『それだけ学ぶことが多かったってことさ。実際、無駄ではなかっただろう?』

「まあ……それは、本当にそう思う。いかに当時の共和国やジェダイが硬直していたのかは、生まれ変わらなかったら疑うことすらなかっただろうな」

 

 自嘲気味に肩をすくめた理波に、アナキンもまた似たような態度で小さく苦笑する。

 

『どんなものでも永遠はないということだな。この星の宗教観では、無常観と言うんだったか? つまりはそういうことさ』

「ん。けれど失われたなら、永遠でないなら、もう一度作りなおせばいいだけのことだ」

『……僕としては複雑だ。ジェダイに思い入れがあるのは間違いないけれど、嫌な思い出だってたくさんある。それに人間や人間の社会を下手に善と悪の二元論で語るのは悪手だ。共和国から帝国、新共和国までの歴史を振り返ればそれは間違いない事実だ』

「それは私もわかっている。けれどそれは前提として、腐るための平和が必要なんだ。翻って、この星はいまだ平和とは言えないからな」

『確かに。地域によってはタトゥイーンのほうがマシだもんな』

 

 かつての共和国でも、どちらかと言えば無法地帯に属する星のたとえに二人は苦笑する。

 

 そう。今のこの星は、地球は、決して平和ではない。あちこちで“個性”を用いた犯罪が日常的に発生しており、その内容も多種多様だ。日本は数少ない例外だが、それでもかつての“個性”が存在しなかった時代に比べれば、死者も行方不明者も明らかに多いのが現状だ。

 

 だからこそ、

 

「この星には今、ジェダイが必要なんだ。平和の守護者の存在が」

 

 彼女は、増栄理波は決意した。

 かつてジェダイとして、銀河の平和を守ってきた前世を持つからこそ。

 社会のために、平和のために、何より人類の自由と尊厳のために。今一度、遠く過去のものとなったジェダイを復興し、国という線引きを超越した治安維持組織として戦うのだ、と。

 

 くしくもその在り方は、この世界で多くの子供が憧れるヒーローという職業と、その存在理念と合致する。理波がヒーローの免許を求め、この国で最も実績あるヒーローアカデミア、雄英高校を受験したのはひとえにそのためである。

 

『……まあ、かつての友のよしみだ。協力はするさ』

 

 対するアナキンは、少しだけ言葉を濁したものの、賛同はした。

 理念は間違いなく素晴らしいものだ。平和を、秩序を希求することは人として正しいだろう。それでも彼は、どうしても楽観視できなかったのだ。

 

 なぜなら彼は知っている。自身を正義だと、善だと信じて疑わないのは、ジェダイの悪い癖だ。

 それゆえに振るわれる心ない言葉の刃は、間違いなく無用に悪を増やすだろう。それでもそうした悪がどうして悪であるのかを理解できず、延々と争い続ける。ジェダイとシスの歴史はまさにその繰り返しだった。

 

 その古い歴史に学ぶのであれば、善と悪の相克は互いの互いへの無理解が生むのだろう。アナキンはそう考えている。

 すなわち、真の平和のためには悪への理解は必要不可欠だと。それは一度悪の道に入ったことがあるアナキンだからこそ……善と悪双方に深い造詣があるアナキンだからこそ辿り着いた答えであり、だからこそ彼は理波の中に確かにある危うさを懸念する。

 

(まあ、この六年間でだいぶ改善したと思うし、大丈夫だろう。信じて送り出すのも師の務めか。師というのは本当にいつも難しいな、オビ=ワン)

「? どうかしたか、アナキン?」

『いや、何にも。……それよりコトハ、通知の確認も終わったことだし修行といこうじゃないか。ここまで近道してきたんだ、ヒーロー免許も最短で取りたいだろう?』

「それもそうだな。では……よろしくお願いします、マスター・スカイウォーカー」

 

 不意に畏まった理波にアナキンが頷き、ふっと消えた。

 彼を追って、理波は部屋を出る。さらには家を出て、その敷地内にある山の中へと向かう。

 

「父上、修行に行ってまいります」

「おう、夕飯までには戻ってくるんだぞ!」

「はい」

 

 途中で父と言葉を交わして。




いやさ・・・ヒロアカの地名がスターウォーズ由来なのは周知の事実だけどさ・・・それならそのままスターウォーズの銀河出身者ぶちこんでもいいじゃんって思って・・・。
連載するかどうかは未定だけど、やるならこのあと一旦時間遡って過去編から始めるか、そこらへんスルーして原作時系列から始めるか、どっちがいいだろうねぇ。
ヒロアカ的に、オリジンは描いとくべきだろうから過去編からかなー?

ちなみに、スターウォーズキャラはアナキンしか出てこないと思う。あくまで本筋はヒロアカなので、あんまSWキャラ出すのもなんかなって感じなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅰ 新たなる人生
1.だいたい全部フォースのせい


連載する予定はないんじゃなかったのかって?
HAHAHA気分がノってしまったからうっかり書き進めてしまったのSA!!


 私の名前はアヴタス・イーダ。銀河共和国の平和と正義の守護者、ジェダイの騎士である。

 

 ……だった、はずなのだが。

 

 一度ジェダイとして戦死した私はどういう導きか、最後にいたジェダイテンプルとは似ても似つかぬ場所に寝かされていた。それも赤ん坊として、である。何が何だかわからない。

 

 主観的には、首をはねられて意識がプツリと途切れたあと、意識が戻ってきたと思ったら赤ん坊になっていたという感じだ。うん、やはり何が何だかわからない。

 

 最大の謎は、赤ん坊の身体にもかかわらず、私にアヴタスとしての意識と記憶があったことである。赤ん坊の小さな脳機能では、いくらフォースの申し子であってもそんなことはあり得ないだろうに。

 

 しかし、かような偶然があるとは思わない。これもフォースの導きか、試練なのだろうと納得し、私はひとまず未知の言語の習得に励むこととした。

 

 そう、未知の言語である。ジェダイナイトとしての私の仕事は、主に公文書館での情報処理であった。ゆえにコルサントから離れる任務はそこまで経験がないのだが、それでも嗜みとして主要な惑星の言語は習得していた。

 

 その私でもまったく見聞きしたことのない言語が、ここでは使われているのだ。つまり私の現在地は、コルサントどころかコアワールド(銀河共和国の中心地域)ですらないということになる。いずれコルサントに戻り、シスとの戦いに馳せ参じるにはそれなりに苦労がかかりそうではあるが、ともあれ言語を身につけなければどうにもならない。知覚生命の社会でそれは必須の要件だ。

 

 というわけで、暇な赤ん坊の時間を総動員して、言語の習得に努めた。私とてジェダイである。今さら新しい言語を一つ覚える程度は、わけもない。

 

 具体的な日数を数えていたわけではないし、この星の一日、一年が標準時間とどれほどの差があるかはまだわからないが、ともあれつかまり立ちができる頃までには概ね理解ができるまでになった。会話は……身体機能が未熟なため、まだ舌がうまく回らないが。

 

 そうしてまた、新しい一日が始まる。

 

「おはよう理波(ことは)、今日もいい天気だぞぅ。ほーら」

「あい、ちちうえ、おはようごじゃいましゅ」

「ん~~~~! いい子だー、今日もうちの子が死ぬほど可愛い……!」

 

 この頃の私の一日は、マスター・ウィンドゥのような頭の男の挨拶から始まる。彼が私の今の父親である。

 名はジュユー。もしくはシゲオだ。どちらが正しいのかはわからないが、たまに訪れる、彼と同じく頭を丸めているものたちからは前者、私の今の母からは後者で呼ばれていることから、恐らく役名と本名というような関係なのだろう。

 とりあえず、私は彼に養われている身。言うなれば娘なので、シゲオと認識している。それにジュユーだと、フォーム7、ジュヨーと似ていて私が認識しづらいし。

 

 ……ああそうそう。言語の習得が一段落してから気がついたのだが、なぜか私の性別は女に変わっている。それについては別にどうでもいいのだが、そうなってくると私はアヴタス・イーダという人間の延長線にない可能性が高い。

 つまり赤ん坊に戻ったのではなく、赤ん坊に生まれ変わったというべき状況ということだ。あるいは、死した私の魂がフォースに導かれ、この身体に宿ったと言うべきか。

 

 これには参った。なぜって、前者ならまだいい。だがもし後者なのだとしたら、私はこの子の身体を乗っ取ってしまった可能性が高い。それはあまりにも申し訳ないではないか。

 

 しかし散々悩みはしたのだが、現状がそうなっていることは変えられない。共和国の最新技術であっても、過去には未だ戻れないのだ。もはや考えたところでどうにもならない。

 これもフォースの試練なのだろうが、たまにフォースは酷なことをする。ジェダイだった私はともかく、生まれたばかりのこの子に課す試練ではない。

 

 だからこそ、もしもこの子の意識が戻って来る日が来たら、そのときは潔く私は消えようと考え禊とすることにした。起こらない可能性ももちろんあるが、こういう可能性はしっかり考慮しておくべきだ。

 なので身体がより動くようになったら、毎日日記をつけてそのときに備えようと思う。それで何卒ご寛恕願いたい。

 

 ともかくそうしたわけで、私にはアヴタス・イーダとしての自認があったが、しかしそれを口にしたとて誰もわかりはしないだろうし。

 何よりいずれこの身体を、本来の持ち主に返すときが来る可能性を考慮し、私はひとまずアヴタスの名は封印することとした。そしてシゲオが三日かけて考えたという名前を、受け入れた。

 

 ゆえに、コトハ。私の今の名前はコトハである。以後、お見知りおきを。

 

 ……話がだいぶ逸れてしまった。そう、私の一日だ。

 私はシゲオに連れられて、一家の食卓に向かう。この星では一日三食が基本、かつ家族が揃って食事することが習慣らしい。

 

「おはようコトちゃん。今日も可愛いわよー!」

「あいがとー」

 

 シゲオと私を出迎えるのは、今の母である。こちらの名は、ヒロミ。シゲオをよく手伝う良き妻であり、彼同様、娘に対して底なしの愛を向ける良き母である。

 この二人と、私を加えた三人が、マスエ家の構成となる。私は長女というわけだ。

 

「はいコトちゃん、あーん」

「あー」

 

 食事の際は、ヒロミの介助が必要になる。いまだ幼すぎるこの身体は、あまり器用ではないのだ。

 アヴタスとしての意識で言えばもちろん抵抗感はあるのだが、授乳よりは良い。あれは凄まじい試練であった。詮索はご遠慮願いたいところだ。

 

 そういうわけで、私はヒロミに食事をもらう。いわゆる離乳食というやつだが、両親の食事は当然異なる。

 

 彼らは主に白い小さな粒の集合体を主食とし、白みがかったスープが高確率でつく。あとは、時々によって異なる主菜、日によっては副菜もプラスというラインナップだが、その様を見るにこの星の食文化はかなり豊かである。私は家の敷地内しかまだ知らないが、あまりテクノロジーが発達していないように見えるのに食事だけはコルサントの富裕層にも匹敵する。

 恐らくこの星は、生活水準の向上よりも美食を選んだ文明なのだろう。なんと平和な星だろう。素晴らしい(などというのは思い違いも甚だしかったのだが、当時の私はそう考えたのである)。いずれあれらを口にする日が楽しみである。

 

 さて、食後は基本的にヒロミの管轄下に置かれる。彼女は原始的なコンピューターを用いて、何やらデータの作成であったり連絡を取っていることが多い。あとは食材の調達であったり、家屋の清掃、財政の管理なども主に彼女の仕事である。

 

 一方シゲオはと言うと、家の敷地内にある大きな宗教施設(テラ、というらしい)の管理、それとその信者の対応が主な仕事だ。特に後者は重要らしく、彼はよく信者のために彼らの家まで出向き、何やら儀式を執り行っているとか。

 

 ……私は彼が休養日を設けているところをいまだ見たことがない。この星特有の宗教の指導者の一人なのだろうが、熱心なことである。ジェダイにたとえるなら、マスタークラスに値するほどの人物なのかもしれない。

 

 ともあれそういうわけで、両親は二人ともかなり多忙である。ゆえにこの時間を、私は修行に充てている。

 

 なんの、と言えばもちろんジェダイのである。新たな身体になったためか、フォースとの繋がりが途切れてしまっているのだ。かつて物心がつく前からフォースに親しんできた身としては、フォースを感じ取れないことへの違和感はあまりにも大きい。

 

 そういうわけで、少しでもフォースの濃い場所に陣取り(いまだ繋がりができていないので勘だが)、瞑想を行うのだが……。

 

「フォースがかんじられない」

 

 思わずつぶやいてしまう。

 

 瞑想は実のところ、言語の習得に並行して取り組んでいたのだが、一向にフォースと繋がる気配がない。

 やり方が悪いのかと思い、かつて私がどうやって繋がりを得たのか思い出そうとしたが……そもそも物心ついたときからジェダイテンプルにいたので、思い出しようがなかった。

 

 というか、ジェダイに属するフォースセンシティブ(フォースを知覚できるものたちの総称)たちは、みな幼子のうちに各地から連れてこられている。具体的には、生後六か月以内にだ。

 これは成人するにつれて怒りや憎しみを覚える機会が多くなり、ダークサイドへ堕ちる危険性が増すからだが……直近での例外は、とうに自我を確立していた年齢なのにパダワンとなったアナキンだけである。

 

 つまり、ほぼすべてのジェダイは物心ついたときからフォースとの繋がりを得ているのだ。それが当たり前となっていた。

 

 だから翻って今の私の状況を鑑みるに、

 

「……もしや、このからだには、ミディ=クロリアンがたりないのか?」

 

 なるべく考えないようにしていたが、どうもその可能性が高い気がする。

 

 ……フォースとは、生物の細胞内で共生している微生物、ミディ=クロリアンの多寡によって扱えるか否かが決まるものだ。一般的な人間の場合、一細胞内における含有値は平均して2500程度。

 しかしフォースとの繋がりを得るためには、5000程度は必要となる。私は……このコトハの身体は、それに及んでいない可能性が高いのではないだろうか?

 

「……こまる」

 

 だがそれは困る。私は赤ん坊になったが、ジェダイの騎士だったのだ。戦う機会の少ない任務が主ではあったし、そもそも決して優秀なフォースユーザー(フォースの使い手の総称)でもなかったが、それでも平和と正義の守護者であることに相応の誇りを持っていた。

 

 そのジェダイとしての最低要件を満たしていないようでは、いずれコルサントに戻りシスとの戦いに参じることができないではないか!

 この星のテクノロジーからして、惑星間航行を確立していない可能性は高いが、それでもジェダイとしての使命を果たす機会が来たら、いつでも殉ずることができるよう備えておくべきだというのに。

 

「……これもしれんか」

 

 いかん、心が乱れている。ジェダイたるもの、常に冷静でなければ。

 

 ……うむ。そもそもの話、一歳児というのは成長の余地が有り余っている存在だ。まだ私の身体は伸び代がある。私の中のミディ=クロリアンも、少しずつ増えていくに違いない。

 いずれ規定値に達したときのために、今はひたすら心を磨くときなのだろう。これはそういう試練なのだ。恐らく。




というわけで連載始めました。
元ジェダイのTS娘がジェダイを再興するためにヒロアカ時空の地球で戦うお話です。
スターウォーズ由来の単語や設定が、特にエピソード1は多くなると思うので、見たことのない方はご注意ください。
一応、可能な限り注釈は入れるつもりですが、話のテンポとか考えると入れたない場所だってあるし、何より作者自身がおおむね把握していることなので普通に入れ忘れたりもすると思うので・・・。

あ、それと。
今作はがっつりガールズラブさせる予定なので、苦手な方はご容赦ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.”個性”とはなんぞや

本日2回目の更新です。読む順番にご注意ください。


 三歳も半分ほどが過ぎた。この間に様々なことがあったが、その内訳は大体がカルチャーショックに分類される。

 覚悟はしていたが、やはりこの星はなんとも技術水準が低かったのである。むしろ、今いる地域が星の中では先進的と知ったときは驚きすぎて固まってしまった。

 

 何せこの星、人工衛星などの初歩の宇宙技術はあったものの、惑星間航行は夢のまた夢。ドロイド関係も中途半端で、多くの労働が人力。紙と筆記具での手書きがスタンダードというのも驚くし、スピーダーなどは骨董品の内燃機関で動いているし、フォースの研究に至っては皆無であったのだ。

 共和国では、コアワールドから遠く離れた僻地のアウターリムテリトリーですら、人が居住する星には何かしらの宇宙産業があったことを考えると、またなんとも原始的な星に来てしまったものだ。

 

 おまけにこの星は、いまだに政体が整っていない。共和国では、一つの惑星が一つの自治体という感覚が強い。すべてではないが、星の中に複数の国家があるというのは、少数であったのだ。

 

 そしてその国ごとに言語が違うというのも、驚きである。コトハになってから覚えた言語は、三種類も文字を使うやたら複雑なものであった(カンジなる文字はいまだによくわからない。なぜ一つの文字に複数の読み方が必要なのだ?)が、こうも言語が入り乱れる星は珍しい。

 

 だが何より私を驚かせたのは、この星の住人のおよそ八割にも上る人間に、”個性”なる特異な能力があることだ。これは本当に、どれだけの言葉を尽くしても足りないほど驚いた。

 何せこの”個性”、ただ特異というものではない。フタを開けばそのほとんどが驚異的なものだったのだ。

 

 たとえば私の父上であるシゲオは、重力を操る。触れたものにかかる引力を上げたり、もしくは下げたりできる。この星ではいまだに重力制御装置は開発されていないが、彼一人である程度を解決してしまえるだろう。

 

 また母上であるヒロミは、触れたものを拡大することができる。この力にかかればただの小石が岩になるし、小さな金属片がえげつない刃になる。こんなもの、一人の人間が持っていていい力ではないだろう。質量保存の法則が息をしていないぞ。

 

 そして何より困るのが、”個性”という名の通り、この能力が個々人でまったく異なることだ。血縁者でもまるで方向性の違うものであることも珍しくないようなので、本当に危険だ。

 

 なぜなら、こんな強大な力を人間が持って、自制できるわけがないからだ。力を持ってしまったら、使いたくなる、振るいたくなる生き物が人間なのだ。

 そうした欲望を抑え、律することができる人間がどれほどいるだろう。それを旨としたジェダイですら時折離反者が出ていたのだから、普通の人間がどうかなど想像するまでもない。

 

 そして実際、この星では恐ろしい事件が日常的に起こっている。”個性”を用いた凶悪な犯罪が起こらない日などほとんどなく、毎日何かしらの事件が起き、誰かしらが亡くなり、もしくは消えている。なんと治安の悪いことか!

 

 何が恐ろしいって、今私がいる国がこの星では突出して治安がいい地域だ、という事実である。これだけ毎日何かしら起きている国で、突出して治安がいい? そんな感想を抱ける星、アウターリムテリトリーはおろか、ハット一族(共和国でもギャングとして有名な知覚種族)の縄張りですらなかなかお目にかかれないぞ!

 

 もちろん、政府も手をこまねいているわけではない。同じく”個性”を用いて、個性犯罪に対抗するヒーローなる職業を公務員として設けているという。それでもなお事件は起こり続けているのだから、私は相当な試練を課されているに違いない。

 

 なぜかって、それだけ治安が悪いのにも関わらず、今のこの国の状態を「ヒーロー飽和社会」などと評し、あまつさえそのヒーローの中にすら、犯罪抑止以外の活動に注力するような人間がそれなりに存在するのだ。

 

 正気か? この状態を良しとする? 狂気の沙汰だぞ、それは!

 

 こうした社会情勢が長く続いているからこそ、中にいる者たちは気づかないのだろうが……それにしてもこれはない。これで平和だと思っている人々が、何より被害に遭われた方々があまりにもかわいそうだ。

 これを打破しようと、個人単位で活動している人もいないわけではないが……彼らは少数派だ。恐らく何か大きなムーブメントがない限り、現状は変わらないだろう。

 

 ……少し話が逸れた。ともかくこの星には、”個性”という特異な能力がある。そんな中で、私は新たな人生を得たわけだが……どういう身の振り方をすべきか?

 

 答えは決まっている。私はジェダイの騎士だ。平和と正義の守護者である。それはもはや、私という人間の根幹なのだ。生まれ変わったとて、かつての自認が確たるものである以上、他の答えはありえない。

 

 つまり、私のひとまずの目標は再びジェダイとして立つ、ということになる。そして共和国へと戻り、シスとの戦いを征すのだ。

 

 まあそれを赤ん坊からやっと脱した程度の子供が言うなど、それこそ正気を疑われるだろうが……この星にはヒーローという職業がある。ジェダイとは多少異なるものだが、重なるところもある。

 だからか、私の目標はこの星の子供なら誰もが抱くヒーロー願望と認識された。ジェダイのことをあまり声高に叫んでもややこしいだけなので、私もひとまずはその扱いを受け入れている。

 それに、ヒーローになれずしてジェダイになることなど、土台不可能だろう。ジェダイは力のみで治安を維持するわけではない。それは最後の手段であり、人と人を繋ぐ粘り強い交渉こそが肝要なのだ。ならば第一段階として、ヒーローになることもやぶさかではない。

 

 結果、私は幼児が瞑想やらトレーニングやらをしていてもおかしな目で見られないどころか、無理をしない範囲で推奨されるという理想に近い環境を手に入れることができた。

 そんなわけで、私はヨーチエンなる施設に預けられているとき以外は、基本的に修行に専念する日々を送っているのだが……。

 

「……だめだ、フォースをかんじられない」

 

 やはり、何度瞑想してもフォースとの繋がりが戻ることはなかった。これはやはり、この身体はフォースセンシティブではない、ということなのだろうか……。

 

 前にも述べたが、フォースはジェダイの必須要件だ。フォースと言えばジェダイ、ジェダイと言えばフォースと言っても過言ではないくらいには。なのにこれでは、ジェダイなど夢のまた夢だ。

 

「……そろそろ、あきらめるべきか」

 

 はあ、とため息をついて、私は遠くに目を向けた。

 

 ここはマスエ家が保有する小山で、寺の裏にある。私はフォースとの繋がりを求めてここで瞑想にふけっていたのだ。眼下には街並みが広がっている。

 

 その視線の先では、ジオノージアンのような姿の人間が大きな金庫を抱え、ビルの上を次から次へと飛んでいく様子が見える。

 少し遅れてそれを追いかける、光のような何かを緩やかに放出しながら飛行する男が一人。今日も今日とて騒がしく、どこぞかの犯罪者がどこぞかのヒーローに追い回されているようだ。

 

 加勢したい……すべきだ……なのだが……。

 

「ぐむう」

 

 現実はどこまで非情なようだ。思わず二度目のため息が出た。

 

 ……いや、究極のところ、平和と正義の守護者というものにフォースは必要ないだろう。必要なのは覚悟と実際の行動なのだから。

 子供の身体でそれは難しいにしても、身近なところから実践していくことは不可能ではない。具体的には、ヨーチエンの中でとか。

 

 だがそれに関しては既に行っているのだ。目が届かないところで何かがあった場合はともかく、私の目が届く範囲で起きたもめごとなどは積極的に仲裁するようにしている。もちろん、不当に怪我をさせられたりする子がいないようにもしている。

 おかげで保育士たちからは手間のかからない、子供たちのリーダー格のように思われているようだが、大人の意識を持って子供の中に放り込まれれば大抵の人間はそうするだろう。別に私が特段優れているわけではない。だからこの程度のことで、行動が伴っているとは思えない。

 

 ではどうすれば、ジェダイとまで言わずとも平和と正義のために立てるかと言えば……この星ではやはり、”個性”を用いるしかないのだろう。

 その場合、ジェダイとしての帰還はかなわなくなるだろうが……この星の秩序に寄与できるならば、それもまたよしと受け容れるべきなのかもしれない。

 

 私はフォースを扱いたいわけではないのだ。それではシスと変わらない。ジェダイはフォースを、護りのために使うのだから。

 

「うーん……」

 

 であれば、と思考をこの星に寄せる。己のまだ小さい手のひらを開閉させながら、ぼんやりとだが。

 

 この星の治安を悪くしている原因は、大部分が”個性”である。だからこそ、それに対抗するためには同じものが必要になるというわけだが、果たして私に”個性”は発現するのだろうか?

 

 聞いた限り”個性”とやらは、四歳前後に発現することがほとんどという。生まれつき身体が()()なっている異形型はともかく、だが。

 

 そういうわけで、もし私に”個性”が眠っているのであれば、そろそろ何かしら起こってもいいのではと思うが……一方で、そのようなものを誰も持ち合わせていなかった星の人間だった身としては、出るのもそれはそれで不安である。”個性”が何を起こすかわかったものではないからな。嫌な予感しかしない。

 

 何せヨーチエンでは、”個性”を目覚めさせた子供とそうでない子供が入り混じり、カオスなことになっているのだ。”個性”持ちが一人増えるだけで混乱は加速度的に増す。それを助長する側に回ることは私の本意ではない。

 

「……まあ、いずれにせよあせりはきんもつか。フォースにかぎらず、ひつようなものはたくさんあることだし……」

 

 今の私に最も必要なものは知識だし、次いでそれを活かす弁舌能力。また純粋な身体機能、思考能力。それらをうまく扱うための経験が続いて、フォースや”個性”といった戦力としての力の優先度はその下くらいだろう。

 

 うむ、落ち着いてきた。

 フォースに固執する必要はない。あればあったでいいことには変わりないが、まずはジェダイとしての生き方を貫けるよう努力すべきだ。

 

「べんきょうするか。ことしじゅうに、ジョヨーカンジはおぼえたいところだ」

 

 そうして自分に言い聞かせた私は、むくりと立ち上がった。

 

 視界の向こうでは、いつの間にか喧騒が終わっている。どうやら、あの光っていたヒーローは無事に仕事をこなしたらしい。

 少しだけその景色を目に焼き付ける。穏やかな街の景色は、私が理想とするものの一つだから。

 

「よし」

 

 ぱむ、と頬を強めに叩く。両手でしっかりと。

 




パパの個性:重力操作
ほとんどお茶子ちゃんの上位互換だが、重力をゼロにすることはできない。
あとオンオフの切り替えがかなり難しいので、使いこなすには相当慣れが必要。

ママの個性:拡大
小大ちゃんの「サイズ」より大きくする方向に特化した感じ。
その代わりに、生物にもある程度効果がある。ゴッドマンは関係ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.フォースの覚醒

 フォースは必要というわけではない。何より必要なものは、ジェダイたらんとする心。

 

 そう自らの心に折り合いをつけた、翌週の日曜日。遂に私に”個性”が発現した。

 

 そして死にかけて、入院する羽目になった。どうやら、フォースとの繋がりがなくとも嫌な予感というものは当たるらしい。

 

 いきなり入院? と思われるかもしれない。だが、”個性”とはそれほどの危険を秘めているのだ。私は頭ではなく心でそれを理解したよ。

 

 では、私の身に何が起こったのか。順を追って説明していこう。

 

 まず、私は”個性”を発現したタイミングを先に述べたが、実のところこれは正確ではない。なぜなら、私の”個性”は主体である存在の「使う」という意識によって引き起こされるタイプ……俗にいう発動型に分類されるものだったからだ。

 つまり、入院沙汰になった日よりも前に目覚めていた可能性が否定できない、というわけだ。

 これが異形型……人間という生き物から外れた身体的特徴が、目で見てわかる形で表出する類であれば正確にわかったのだろうがね。

 

 では、そんな私の”個性”が発覚したのがどういう状況だったかというと……これは、私にとってかなり恥ずかしい話なのだが。

 

 その日、私はヒロミの買い物に同行していた。そして店から帰宅する前に、店内の食事処で休憩をすることになり、ソフトクリームなる氷菓子を買い与えられた。

 これが思っていたよりも食感といい、冷たさといい、甘さといい、とても優れていて……その……ありていに言って、大層美味な代物であった。この星は共和国に比べて文明水準は低いが、やはり食事に関しては匹敵するのだなぁと、そんなことを考えていたわけである。

 

 だがそのさなかに、私はふと思ってしまったのだ。もっとたくさん食べたい、と。

 

 その瞬間、知らず知らずのうちに目覚めていた私の中の”個性”は仕事をした。意思を持たないそれは、本体である私の意思をただ純粋に遂行し、ソフトクリームを……増やして見せたのである。

 

 そう、私の”個性”はものを増やすというシンプルなものであった。ヒロミが「拡大」という、ものを大きくする”個性”を持っているので、それが遺伝したのであろう。

 

 これを見て、私は喜んだ。うっかり喜んでしまった。

 ヒロミは驚いていたものの、それよりも娘に”個性”が出たことが嬉しかったのだろう。私よりも目を輝かせて、大層喜んでいた。

 この星では、そう珍しくもない親子のやり取りである。ささやかな日常の風景と言えよう。

 

 だが次の瞬間、喜びから一転して急転直下の絶望を見せられるとは誰も思わなかっただろう。

 

 突然全身から力が抜け、一瞬にしてやせ細った私。そのまま意識が薄れていき、倒れ、舗装に受け身もできず倒れる痛みに、二度目の死を覚悟した私。

 

 ……を、目の前で見ることしかできなかったヒロミの心境たるや、察するに余りある。私は子をもうけたことがないので、本心から彼女の心境を理解することはできないが……それでも、推し量ることはできるから。

 

 まあ、私が死にかけたのは、ジェダイとしては慎むべき強欲を抱いてしまった罰なのかもしれないが。それでも、事情を知らないヒロミには申し訳ないことをしたと思う。

 

 幸い、私の命に別状はなかった。数日の入院だけで済みそうだったから、周りも新しく”個性”を目覚めさせた子供を祝福する空気が漂っていた。

 

 そして、私を診断した医師いわく。

 

 目覚めた私の”個性”は、先にも述べた通り私自身の意思によって効果を引き起こす発動型に分類されるのだが……その代償として、私の中の栄養を消費するらしいのだ。そしてそれは、より強く、長く、広く”個性”を発動しようとすればするほど、比例して消費量は増えていく。

 だが当然、人間が身体に保持していられる栄養などたかが知れている。一定水準を下回れば、生命活動に支障をきたすことも自明の理。

 これが私が死にかけた原因である。

 

 ……なお、その辺りのことをより詳しく調べるために、”個性”の試運転を求められたのだが……私はここでも、餓死しかけた。加減がわからず、ついやりすぎてしまったのである。

 病院内にも関わらず、栄養失調で死にかけるというのは、なかなかない経験だろう。……いや、この星では珍しくはないのか?

 

 ともかくそういうわけで、私は短期間で二度も餓死しかけたわけだが……二度目に関しては、実のところ後悔はまったくなかったりする。

 

 だって、仕方ないだろう。

 何せ思いついてしまったのだ。気がついてしまったのだ。

 

 この”個性”があれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? とね……。

 

 ちょうど折よく、周りも使ってみるようにと言うものだから、その仮説を実証しようと思ってのことだったのだが……。”個性”というものが、これほど扱いに慣れと訓練が必要なものとは思わなかった。

 シゲオなどは息をするように、手足を操るかのように、重力を自由自在に制御して見せるのだが。あれは実は、匠の技だったのだろう。

 

 フォースが使えれば、もう少し嫌な予感を覚えることができたのだろうが……いや、それは言い訳か。

 単にわたしの予測は甘かったのだ。いやはや、まったく修行が足らない。お恥ずかしい限りである。私を担当していた医師が干されてしまわないか、心配だ。

 

 だがそれよりも何よりも、ただひたすら泣きじゃくる両親には心底参った。

 鬱陶しいとか、そういう方向で参ったわけではない。生まれた瞬間から大人の意識があった異端の存在を、大っぴらにしていないとはいえ隠しもしない存在を、これほど愛してくれる二人に対して、心底申し訳なかったのである。

 

 ……前にも述べたが、ジェダイは通常幼少期、生後六か月以内にジェダイテンプルへ集められ、修行を始める。だがその後、ジェダイとなるものたちは親と再会することはない。どこの誰であるかを知らされることも。

 

 それはつまり、すべてのジェダイは親の存在を……ひいては家族というものを、それらから向けられる愛というものを知らないということでもある。

 かつての私もそうで、ゆえに私は親というものをよく知らない。長じてからの日々の暮らしや、任務の中でその一端に触れることはあったが……それも多くは知識であって、経験ではない。私は、親の愛というものを知らなかったのだ。

 

 そしてそれを知るジェダイは、私の世代ではただ一人。選ばれし者たるアナキン・スカイウォーカーだけであった。

 

『さみしいよ。お母さんに会いたい』

 

 お互いにまだパダワンだった頃、彼は私にそうこぼしたことがある。当時の私は今よりも精神的に幼く、マスターから与えられる教えこそがすべてであったから、彼の言葉の意味を理解できなかった。

 なぜなら、人間は知らないことを理解することなどできないから。特に子供は世界が狭いため、そうした共感能力が鈍い場合が多い。

 

『執着はいけないよ、スカイウォーカー』

 

 だから当時の私は、そう返した。深く考えることなく、教えの通りに。

 

 彼がその答えに反発したのも、当たり前のことなのだろう。あのときの彼の悲しそうな顔は……今思い返せば、母と会えないことへの寂しさではなく、彼の心を最初から理解しようとしなかった私への失望がそうさせたのだろう。

 

 ……それでも、両者のマスターが仲が良かったこともあって、その後も私は彼と交流が続いたのだが。それは単に運が良かっただけなのだろう。お互いの趣味が同じだった、というだけの幸運なのだ、きっと。

 

 ――ようやくわかったよ、アナキン。君の気持ちが、心から理解できた。

 

 だから今、私は素直にそう思えた。

 真っ直ぐな愛情を、なんの打算もなく、惜しむことなく注ぎ続けてくれる存在の、なんと大きなことだろう。大人としての自意識がある私ですらそう思うのだから、れっきとした子供であればなお大きいものなのだろう。

 

 まあ逆に親が親であることを受け入れていなかったり、放棄していたり……あるいは思い違いや間違いがあれば、それだけマイナス方向に振り切れてしまうのだろうが……いずれにせよ、子供にとって親の存在は非常に大きなものなのだろう。それが原因となって罪を犯してしまう者もいるくらいには……。

 

「よかった……コトちゃんが無事で本当によかった……」

 

 だからこそ、私は恵まれているのだろうと思う。病床で私を抱きかかえ、泣きながらも微笑むヒロミの姿に、そう思った。

 

 だが思えば、私はこの両親に何かを返せているだろうか。

 いや、親が子を養うことは義務であるからして、必ず返さなければならないものでもないのだろうが……受けた恩は返すべきであろう。

 

 ……というか、そもそも私はまっとうな子供ではない。それでも気味悪がることもなく、一心に愛を向けてくれるのだから、もっと感謝すべきだろう。

 

 そのためには……うん。まずは、もう少し二人に歩み寄るべきか。

 今まで口では父や母と呼んでいたが、私はどうもそれを受け入れかねていた。自意識が大人ゆえの弊害だろう。だからこそ内心では名前で呼んでいたわけだが……まずはこれを改めるとしよう。

 

 それはジェダイとしてはよろしくないことだが……しかし、コトハとなって三年以上、彼らに家族として愛されてきたのだ。それを不要と断ずることは、今の私には難しかった。

 

「ただいま、ちちうえ、ははうえ」

 

 だから退院した日、帰宅した私は覚悟を決めた。まず二人にそう言って、身体を預けたのだ。

 子供らしいことは何もできない私だが、家族との接し方もよくわからない私だが……このときはなんとなく、そうしたいと思ったから。

 

 果たして二人はくしゃくしゃに顔を崩すと、涙目になりながらも両側から私を抱きしめてくれた。それがなんとも面映く、私はごまかすようにして笑う。

 

 ……この温もりを、アナキンは知っていたのだな。なるほど、これは捨てがたいものだ。

 

 そしてジェダイが禁ずるはずだ。これはとても離れがたいものだ。この温もりを他者に奪われたとき、人はきっと、容易く暗黒面に転がる。

 

 だが、同時に思った。これを得ることを否とし、ひたすらに禁欲を貫くジェダイは、なるほど人の気持ちがわからないとときに揶揄されるはずだな、と。

 

 ……私はジェダイだ。ジェダイだった人間だ。けれども……この日私は、初めてそのありように対して微かな疑問を抱いたのであった。必ずしも、ジェダイが常に正しいわけではないのかもしれない、と。

 

***

 

 なお。

 

 ”個性”を用いたミディ=クロリアンの増量は、私が思っていたよりもうまくいったらしい。私はほどなくして、フォースとの繋がりを取り戻すことに成功した。

 久々にこの身で帯びたフォースは、どこか温かく、優しい気配が……そう、何やら両親の温もりのような感覚だった。

 

 ……それで終わればよかったのだが。

 

 すぐに揃いの姿の男女数人に囲まれた母上が、死にそうな顔で悶え苦しんでいるフォースヴィジョン(フォースにより未来を見る能力。あるいはその際に見た未来の映像のこと)を見る羽目になるとは思わなかったよ。

 おかげでジェダイが愛を受け取らない理由を、この身でもって理解できたとも。

 

 ただ、それをすることになったのが繋がりを取り戻したその日の夜というのは、さすがに作為的なものを感じたぞ。

 繋がりを再び得られたことはとても喜ばしいことだが、初手からこれが飛んでくるのは私でもどうかと思うんだ。

 

 フォースよ、今少し手加減はできなかったのか?

 




気まぐれかつ今後使えるかどうかもわからないスターウォーズ用語解説第一回
「コルサント」
スターウォーズの舞台である、「遠い昔、遥か彼方の銀河系」を領有する銀河共和国の首都惑星。のちの銀河帝国もここを首都とした。人口は驚愕の一兆人以上。
スターウォーズ世界における人類種起源の地と言われており、それゆえに地図の中心に設定されている。XYZ座標は堂々の「0,0,0」。
共和国における時間や日数の単位も、コルサントの1日が基準となっている。
ヒロアカ的には、轟くんの出身である「凝山(こるさん)中学校」の元ネタ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.友との再会

 四歳半ほどになった。

 

 結論から言うと、私が見たフォース・ヴィジョンは杞憂だった。

 いや、確かに母上には命の危険があったのだが、私が懸念したような事態にはならなかった。なぜならあのとき見た光景は、単に母上が出産しているときのものだったからだ。

 

 私に”個性”が発現し、色々とやらかし、退院して半月ほどあとになって、母上の懐妊が発覚したのである。その後私は父上と共に出産に立ち会ったのだが、そこでなるほどとなったわけだ。

 それに気づいたあとは、素直に妹が産まれるところを見ていられたのだが……いやはや、この星にもだいぶ慣れたと思っていたが、まだまだ慣れない部分はあるのだと思い知らされた。

 

 なぜって、共和国ではここまで出産は大掛かりではなかった。いや、もちろん出産が人の一生において一大事であることには変わりないのだが。少なくともコルサントのような医療が十二分に発達した場所なら、もっと穏やかに済んだものである。

 だがこの星では、いまだに出産はまさに命を懸けた行いなのだ。母上が本当に死んでしまうのではないかと気が気ではなかった。

 今となっては私も女の身なので、他人事ではない。将来的にもしものことがあればこれをするのかと思うと、血の気が引く思いであった。

 

 ただそれについては、そもそも男と性交渉を持たなければいいだけの話だ。禁欲を旨とするジェダイとしてはそれは元々慮外のことであるから、いいのだが……この調子で行くと生理も十分に恐ろしい。

 これもコルサントなどでは生理のデメリットを完全に抑止する副作用のない薬や処置などがあったものだが、この分では期待できまい。

 実際母上は月に一度、必ず体調が優れないときがある。娘の前では気丈に振舞っているが、フォースを使えなくとも多少観察眼のあるものなら気づくくらいには、明らかに具合が悪そうなのだ。将来を思い、早くも憂鬱になった私である。

 

 だがまあそれは置いておこう。なにはともあれ、私は姉になった。新たにマスエ家には女の子が増えて、四人家族となったのである。

 

 それで思ったのだが……いや、妹が可愛すぎるのである。なんだろうか、この心境は。赤ん坊を見ることなど、初めてでもなんでもないはずなのだが。

 

 客観的な事実だけを述べれば、一人では何もできない、あまりにもか弱すぎる存在で。その世話のために多くの手間暇がかかることを考えれば、腹も立つだろうに。なぜかそこまで感情がささくれないのである。

 これはもしや何か恐ろしい”個性”が既に発動しているのかとも思ったが、そうではないという。両親いわくそれが当たり前のことで、だからこそ過酷な子育てに耐えられるらしいのだが……よくわからない。不思議なことである。

 

 やはりジェダイに家族は不要なのでは……。他者に惑わされることなく、揺るぎない心を持つためには捨てなければならないものもあるのでは……。

 そうは思いつつ、暇があれば妹を眺めるなり構うなりしてしまうので、私はもうダメかもしれない。これもいいかと思っている私がどこかにいるのだ。かつてのマスターに知れたら、瞑想部屋に叩き込まれるだろうなぁ。

 

 だが、幸か不幸か今の私にマスターはいない。なんとか雑念を払い、身体を鍛えると共に、瞑想によってフォースとの繋がりをより強固にする。先のためにも必要な鍛錬であり、こればかりは妹の誘惑にも負けず欠かしていないから、許してもらいたいが……はてさて。

 

 なおこの鍛錬は、”個性”が目覚めてからというものより具体的になっている。というのも、なんと我が父上は元プロヒーローなのだと言う。道理であれほど”個性”の扱いに熟達しているわけである。

 ただ、彼の父……つまり私の祖父が急逝したために突如として家業を継がなければならなくなり、引退を余儀なくされたらしい。なので活動していた期間は、さほど長くないらしい。

 

 それでもヒーロー免許はまだ返納していないとのことで、私は彼の監督下で心置きなく”個性”を鍛えることができている。ついでに私の”個性”の詳細も、彼の考察を下にすることで手早く理解することができた。感謝してもしきれない。

 

 そんな私の”個性”だが、父上と相談して、役所には「増幅」として届け出ることにした。仕組みとしては、私が触れているものの()()()()()()()()()()()()()()()()()というものである。効果に比例して私の中の栄養素を消費するため、多用はできないが高い汎用性を持つ。

 

 また検証の結果、この”個性”は二種類に分けることができるとわかった。一つは永続する増幅。もう一つは一定時間で元に戻る増幅だ。

 

 前者のほうが効果は高く永続するため、貴金属や戦略物質を対象にすれば恐らく経済を破壊できる。ただしその分、消費も激しい。

 後者は続かないため時間経過で元に戻るが、コストパフォーマンスに優れるため連発が可能である。

 つまり、私が短期間で二度も死にかけたのは、この使い分けができなかったからだ。

 

 だがそれを抜きにしても、私の”個性”は恐ろしい。特に前者の効果は、言ってみれば無から有の永遠の創造にも等しい。はっきり言って、一人の人間が持っていていい能力ではない。

 私の体内のミディ=クロリアンを増やしたのは前者の永続系の増幅であるが、ミディ=クロリアンを後天的に増やすなど、共和国ですらできなかったというのに。それをたった一人の人間が、しかも身一つで行えるなど、どうかしている。シスに知られれば、実験動物として飼い殺しにされることは間違いないだろう。

 

 ジェダイとシスの相克はともかく、父上もそれを危惧しているのか、”個性”が目覚めてからというもの、過保護に拍車がかかった。一人での外出は家の敷地内ですら認められないのだ。

 そこは年齢的にも仕方ないだろうし、今の私ではどうにもならない脅威が多いことも間違いないので、修行にしろ鍛錬にしろ、必ず誰かといるときに行うようにしている。

 

 ……ただ、そうなってくるとフォースを目撃されることは避けられない。主にそれは父上か母上になるので、二人ならある程度はいいのだが……そのせいで私は”個性”が二つあるものだと両親には思われた。

 

 この説明が大変だった。フォースはあくまで技術なのだが、当然のように信じてはもらえなかった。

 

 まあ無理もない。私以外にフォースを使う人間は今のところ見たことがないし、この星では特異な力は例外なく”個性”とされているから。

 

 しかし、だからと言って複数の”個性”持ちとなると、ただでさえ希少価値がある私の価値がとんでもないことになってしまう。このため、表向きは人が眠らせている超能力を”個性”によって一時的に使えるようにできる、としている。それでもこの星の常識に照らし合わせると、十分常識外であるが。

 

 そしてそれゆえにか、私が”個性”犯罪に巻き込まれたとしても自ら対処できるようにする時機を早めるために、飛び級の話が来ているようだ。なるべく早くヒーロー免許を取得し、強力な”個性”で社会に貢献してほしい、とのこと。

 

 だがそれは恐らく表向きの理由だろう。いや、説明しに来た役人は本心からそう言っていたようではあるが、その上……ヒーロー公安委員会や政府などの本音は、単に私に首輪をはめておきたいというものだろう。つまり大人の都合というやつである。

 

 父上も母上もその点は見抜いているのか、二人ともこの話にはあまり乗り気ではない。愛娘には子供でいられる時間をしっかり確保して、同年代の友人と健やかに育って、その上で自分の意思で道を選んでほしいのだろう。

 

 だが生憎と、なるべく早くジェダイとして動けるようになりたい私には正直好都合である。既にこの星の初等教育に当たる部分は余力を持ってこなせるので、今さら一からわかり切ったことをゆっくりと学習しなおすのも少々気が滅入る。飛ばせるものは飛ばしてしまいたい。

 

 まあ受けるにせよ蹴るにせよ、一年以上先の話だ。今はともかく、将来のためにできることをする段階である。

 

 そんなわけで、今日もフォースの修行のため父上と共に瞑想をしていた(父上はフォースセンシティブとしてではなく、単に宗教家としてだ)私は、ふと背後に懐かしいフォースを感じて振り返った。

 

 そこには懐かしい衣装に身を包んだ、懐かしい顔があった。なぜか半透明だが、その顔を見忘れるはずもない。

 共に修行に励んだ同期。同じ趣味を持っていた友人。そして何より、私の首を刎ねた下手人。

 

 アナキン・スカイウォーカーがそこにいた。

 

「……アナキン……!?」

『君は……まさか、アヴタスか……!?』

 

 私の声に、彼が応じた。どうやら互いに互いを認識できているようだ。

 父上は「どうした、何かあったのか?」と言っているので、彼には見えていないようだが……? 私にだけ認識できるということは、もしやフォースの導きか。

 

 だがそう思ったのも束の間、アナキンは突然笑い始めた。それもただ笑うというレベルではなく、腹を抱え声を上げての爆笑である。

 

『ど、どうしたんだアヴタス! ハハハハハ! 随分、やけに可愛い姿になってるじゃないか! 何がどうしてこうなったんだ!?』

「わ、笑うな! 私とて望んでこうなったわけではない!」

『や、やめろアヴタス! その姿でその物言いはダメだ、イオン魚雷でももっと穏やかだぞ! わ、笑い死んでしまう!』

「そんなにか!?」

 

 久しく使っていなかった銀河標準ベーシック(スターウォーズ世界での標準語)で言い合うが、解せない。解せないぞ。

 何がそんなにおかしいと言うんだ。そりゃあかつての私は強面の巨漢だったと思うが……。

 

 ……いや待てよ、私がジェダイ公文書館に配属されたときも、彼は「外見詐欺」と評して爆笑していたな。思い出した、少しイラっとしてきた。せっかくの再会だ。当時のように軽くたわむれようじゃないか。

 まあ、どうあがいてもアナキンに効くはずはないのだが。

 

『おっと! 残念だが今の君のフォースでは僕には痛くもかゆくもないぞ。衰えたな、アヴタス』

「むむむ……仕方ないだろう、どういうわけか私は非センシティブに生まれ変わってしまったのだ。フォースとの繋がりを取り戻して、まだ一年程度なんだぞ」

『……オーケー、よくわからないが君の身に不思議なことが起こっているみたいだな。聞かせてもらえるか?』

「もちろんだが……」

 

 ここで会話を区切り、横を見る。父上が心配そうににこちらを見ていた。具体的には、心を病んでしまった者を見るような目だ。

 

「……このままだと私は精神病患者だ。一時的に君を見えるようにするから、自己紹介をしてあげてくれ」

『……言いたいことはたくさんあるが、とりあえず一つ。僕はこの星の言葉がわからない』

「…………」

 

 私は頭を抱えた。

 




気まぐれかつ今後使えるかどうかもわからないスターウォーズ用語解説第二回
「クローン戦争」
スターウォーズのナンバリングタイトルであるエピソード1~9のうち、アナキンが主人公となるエピソード1~3の時代に発生した戦争。名前の由来は、主力となった兵士が全部クローンだったから。
正確にはエピソード2の終盤に発生し、3中に終結する。
またさらに言うなら、戦争と言うよりは紛争。銀河共和国と、そこから武力でもって独立しようとする独立星系連合の間で発生した。
ジェダイは共和国の自由と正義のため、共和国軍の将軍となって戦争に参加し、様々な物語が生まれることになる。
そしてその物語は、「クローンウォーズ」のタイトルでアニメ化されている。今ならディズニーのサブスクで全シリーズ見れるはずなのでぜひ見よう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.増栄理波:オリジン

今回、主にスターウォーズのエピソード3~6までのネタバレが含まれています。
ご注意ください。


 まさかここでアナキンと再会できるとは思わなかった。彼には色々と思うところはあるが、今の彼にはあのときのような剣呑な雰囲気は感じられない。むしろ、最も英雄に相応しいと称されていた当時のような雰囲気が、理想のジェダイのような貫禄があって、あれは夢だったのかと思うほどだ。

 彼が言うには、変えようのない現実らしいが……それでも、あの瞬間まで私は彼を友人だと思っていたのだ。そしてあれ以外に、私は彼の蛮行を知らない。真摯に謝罪もしてくれたし、これ以上は言うまい。今は素直に彼との再会を喜びたい。

 

 ……まあ、家族ではすこし揉めかけたが。主に私がイマジナリーフレンドと会話しているように見えることについて。

 これに関しては、「増幅」によって一時的に両親のミディ=クロリアン値を増やすことで、少しだけだがアナキンを視認できるようにしたことでとりあえずは事なきを得た。両親は霊感すら私の”個性”の範疇なのかと驚き、別の混乱も起きかけたがそれはひとまず置いておこう。

 

 アナキンとの再会である。両親同席かつ、彼らとアナキンは互いの言語がわからない状況ではあるが、ともかく話をすることができた。

 そこで私は、今日までの約四年半で何があったのかを語った。銀河標準ベーシックで、可能な限り余すことなくだ。

 

『……まさか他の星に、しかも新しい生命として生まれ変わるなんてことが起きるなんて……』

「フォースの申し子と言われた君でも原因はわからないのか?」

『そりゃあ僕だって全知全能じゃないからな。……しかし本当にそうなら、君のフォースの質がアヴタスだった頃とほとんど変わっていないのはどういうわけだろう。僕はこんな共和国から遠い星、しかもフォースが薄い星で懐かしいフォースを感じたから、顔を出してみたんだが……こんなことになるとはなぁ』

「……君、気楽に言っているが正気か? 『顔を出してみた』程度の気楽さで顔を出せる距離だとは思っていなかったのだが……」

『ああ。今の僕はフォース・スピリット……要は幽霊なのさ。フォースがあるところなら距離は無視できるんだ。ちなみにコルサントからこの星まで、ざっと8700万光年ってところだな』

「遠い! そんな離れた距離を無視して移動できるなんて、君はどうなってしまったんだ!?」

『だから、幽霊さ。他に言いようがないよ。……ちなみにオビ=ワンもできるし、マスター・ヨーダも可能だ。もっとも今の時代、わざわざ顔を出してまで生きている者たちに関わろうとは誰も思っていないけれども』

「……ああうん、マスタークラスでもなければ習得できないものだということは理解したよ」

 

 しれっと言うが、マスター・ケノービはまだしも(それでも十分すぎるが)、マスター・ヨーダに肩を並べられるなど尋常ではない。やはりこの男はフォースの申し子なのだなぁ。

 

 まあそれはともかく、細かいことはわからないが、私は己の近況は語り合えた。

 

「で? 君は一体全体、何がどうして幽霊なんかに?」

 

 だから次は君の番だ、アナキン。

 そう告げたものの、アナキンは口を開くまでに少々時間を要した。

 

 それを見て一筋縄ではいかない話が語られるのだろうとは思ったが……私の予想は大きく裏切られた。いい意味でか、悪い意味でかは即答はしかねる内容ではあったが……ともかく私が死んだ後の彼の人生は、まさに壮大な物語だった。

 

 まず、やはりアナキンはダークサイドに堕ち、シスの暗黒卿となっていたことから始まり。

 

 マスター・ケノービと殺し合い、敗れたこと。

 自身の早合点で妻を亡くしたこと。

 ダース・シディアスが帝国を興し、共和国を滅ぼしたこと。

 そんな帝国で、恐怖政治の一端をになっていたこと。

 

 堂々たる暗黒卿の人生だ。恐らく、彼の手にかかった人間は万では足りないだろう。

 だが……そんな彼が、息子によって心を取り戻し、ジェダイに帰還したこと。そしてシディアスを自身もろとも打ち滅ぼし、罪を清算したこと。フォースにバランスをもたらしたことまで語られると……。

 

 思うところはたくさんある。君ってやつは隠れて結婚していたのか、とか。

 

 だが何を差し置いても私が感じたのは、一つの叙事詩のようだ、というものだ。スカイウォーカーという血族を主人公にした。

 私はその中では、早々と退場した端役だったかもしれないが……それでも、そんな英雄の物語(人生)に参加できたことは、誇らしいとも思えた。

 

『そうして僕は死んだわけだが……フォースと一つになってなお自我を残すことになった、ってわけさ』

 

 語り終えた彼の表情は、凪いでいた。激動の人生であったろうが、死んだ今となっては心の整理がついているということだろうか。

 

 そう問うたところ、

 

『そりゃあ、あの頃から1200年くらい経っているからな。ジェダイや共和国どころか、その後継すらとっくにないんだ。本当に終わっているんだよ、何もかも』

 

 と返されて絶句した。

 まさかそんなに長い時間が経っていたとは……。話の途中、戦争はすっかり終わっていて、今から私がコルサントまで馳せ参じてもできることはなさそうだとは思っていたが、そこまでとは……。

 

「なんてことだ……」

 

 そして私は、再び頭を抱えた。

 

 私が、アヴタス・イーダという人物が知っているものも、私を知っているものも、そのすべてが残っていないとは。この広い宇宙の中に、ただ一人推進力もないポッドで放り出されたような気分だ。これもフォースの試練だというのか。

 私はこれから、どうしていけばいいのだ……。

 

『……君がどうして今、こうして生きているのかは僕もわからない。だけど、人生に無理やり意味をつける必要はないと思うぞ? せっかく未知の星に生まれ直して、新しい人生が始まったんだ。今までのことは思い出として仕舞っておいて、たまに見返すくらいでいいんじゃないか? それで今を楽しんでしまえばいいさ』

「さすが私より長生きしただけはあるな、含蓄がある……」

 

 アナキンは諭してくれたが、そうは言ってもかつての記憶を忘れられない以上、私に他の生き方などできそうにない。

 どうあがいたところで、私はジェダイだったのだ。その生き方は、簡単に捨てられるものではない。

 アヴタスという名は捨てられても、その心を捨てることはできないのだ。

 

『……そういうところ、君は頑固というか、融通が利かないよな。実にジェダイらしいと言えばそうなのかもしれないが』

 

 ……そうかもしれない。

 

『ダメそうだな……よし、それなら逆に考えるんだ、アヴタス。確かに君の帰る場所は、もはや残っていない。かつてそうだった星があるだけだ。だけどコトハが帰る場所はあるだろう? この星はまだ滅んでいない。ジェダイの生き方を捨てられないなら、今いる場所を守ってみたらどうだ。ジェダイとしてな』

「ジェダイとして……そうか。確かに。確かに!」

 

 そうだ。私は少し前に、そう決意したではないか。フォースがなくとも、それで共和国に帰れずとも、ジェダイになれずとも。できる範囲でジェダイたらんと決めたではないか。

 ならば、選べる道が減っただけだ。選択肢が一つになっただけだ。フォースも使えるようになっている。私がやるべきことは、かつてとなんら変わらないではないか!

 

 それに、そうだ。私の”個性”があれば、フォースセンシティブを増やすことができる。代償として私は餓死しそうになるが、見極めは少しずつできるようになってきている。

 であれば……フォースが薄いとアナキンが評したこの星でも、ジェダイを再び興すことができるのではないか!?

 

「……アナキン、ありがとう。私はやるよ。やるべきことがはっきりとわかった」

『よかった、今回は引きずらなかったみたいだな。……それで? 君の答えは? 君がやるべきと思ったことはなんだい?』

「ああ。ジェダイを……復興させる!」

『……正気か?』

 

 なぜかアナキンが目を丸くしている。なぜ……いや、なぜもないか。彼は一度、ジェダイに失望して暗黒面に堕ちたのだった。ジェダイという存在には、含むところがあるのかもしれない。

 

『それも否定はしないが、やはりジェダイの必要性を特に感じていないからかな。ジェダイはあのとき、滅ぶべくして滅んだんだ。間違いなくね』

「そんな、」

『硬直した組織運営、正義への盲信、今を生きることより未来を手繰り寄せることを良しとする傲慢、理念を掲げた手で理念を棄損する矛盾……原因を上げればきりがない。

 だからこそ、もう一度ジェダイを興すというのであれば、君は常に己を律するのみならず、自分が社会に、時代にかみ合っているかどうかも問い続けなければならないぞ。まばゆい光の中では目を開けられないように、強大な光の中にいる人間は(めし)いているのと変わらないんだからな』

「…………」

 

 アナキンの言葉に、私は何も言えなかった。

 

 ジェダイではなくなって、四年と半年ほど。たったそれだけの時間ではあるが、確かにその中での経験が、かすかに抱いた疑念が、反論を言わせてくれなかった。

 そしてその経験を基に当時のジェダイを見返してみれば……むしろ反論は許されていないとまで言えるかもしれない。

 

『それでも君はジェダイを再興するのか? 既に共和国も帝国もないのに、ジェダイにこだわる必要が本当にあるのか?』

「…………、……ある」

『へえ?』

 

 だがそれでも、多少の逡巡ののちに私は是と答えた。

 同時に、興味深そうに眉を片方上げたアナキンに、私は居住まいを正して向き直る。

 

 とはいえ、あるとは答えたものの、正直自身の考えはまとまりきっていなかったから、ゆっくりとだ。少しでも考える時間が欲しかった。

 感情や思考というものの言語化は、いつだって難しい。理性と忍耐が求められるジェダイでは必要な技能であったけれど、ときに人間はそうした理屈を自分でも理解できないものだ。

 

 今の私もそうだろう。だがそれでも、私はただ反射で応じたわけではない。売り言葉に買い言葉で応じたわけでもない。

 ただ、アナキンの問いを頭の中で反芻したとき、浮かんだ光景があったのだ。

 

 それは――

 

「――アナキン、この星の治安がどれほどのものか知っているか? ……ものすごく悪いんだ。”個性”なんていう、フォースにも匹敵する特異な力があふれていることもあって、毎年あちこちで大勢が亡くなり、あるいは行方不明になったりしている。この国はだいぶマシだが……それでもそうした事件は枚挙に暇がない」

『……つまり?』

「つまりこの星は……今まさにジェダイを必要としているんだ。平穏に暮らしている無辜の人々の、自由と正義を守る者が」

『それがジェダイにこだわる理由だと?』

 

 こくりと頷く。

 

 ……厳密に言えば、それに類する職業は存在している。ヒーローだ。だが、彼らの今のありようは不十分だ。不十分というか、不十分なものが多いというか。まあ、それは制度や社会そのものも関わるので、一概に彼らが悪いわけでもないのだが。

 

『なるほど、確かに。当時の共和国ほど平和が続いていないのであれば、ジェダイのような抑止力や解決手段は必要かもな。思えばジェダイも、旧共和国の初期の頃はそういう役目を負っていたわけだし』

「うん、その頃の……ジェダイとしては古き良き時代の在り方とでも言うのかな。それを実践する形になると思う。私たちが生きていた頃のジェダイのような、硬直して身動きが取れなくなるほどの大組織になるのは、もっとずっと先のことだと思うよ。生きている間に土台くらいは作りたいとも思うが」

『それもそうだな。うん、いいんじゃないか? その想いが君の……アヴタスではなく、コトハとしての原点というわけだ』

「うん。……ありがとうアナキン、やはり君との会話は楽しいよ。特に今の君の視点は、とてもためになった」

『そこはまあ、僕も色々あったからな。ダークサイドの教えというのも、覚えて損はなかったというわけさ。あとはあれだな、人に教えた経験はやはり大きい。オビ=ワンは教える側も日々学ぶことばかりだと言っていたけど、その通りだ』

 

 肩をすくめるアナキンに、そういえばと返す。

 うん、彼にもパダワンがいた頃があったな。彼女は諸々あってジェダイを去ってしまったが、傍目から見ていてなかなかいい師弟だったように思うし……うん?

 

 待てよ、そういえばジェダイを再興するのはいいとして、セーバーテクニックは私には教えられないな。私はそこまで荒事は得意ではなかった。アナキンはそういう意味でも外見詐欺と揶揄したものだが、実際私は七つもあるフォームをまるで網羅できていない。

 それに反して、目の前の友人はそちらの面でも優秀で……。

 

『……待て。君、何かろくでもないことを考えているな?』

「そんなことはない。ただ、君に私のマスターになってもらえないかと思っただけだ」

『だと思ったよ……』

 

 はあ、とため息をつきながら、アナキンは肩を落とした。

 だが、やれやれと言いながら顔を上げると、その少し癖のある髪をくしゃくしゃやりながらも、どこか楽し気な苦笑で視線を返してくる。

 

『……まあ、昔のよしみだ。ここ千年ほどは本当に何もなかったし、君がどこまでできるか見届けるのも悪くない。付き合ってやるよ』

「そうこなくては!」

 

 持つべきものは友人だな!

 

 ……おっと、そうと決まれば筋は通さねばなるまい。私は再度居住まいを正すと、腰を折って頭を下げた。

 

「これからよろしくお願いします、マスター・スカイウォーカー」

『き、君にそう言われると、なんだか鳥肌が……』

「なんてことを言うんだ君は!」

 

 まったく心外である。

 しかし、こういうやり取りも友人だからこそなのだろうな。久しぶりの感覚に、どうしても笑えてしまうではないか。

 

 ……ただ、視界の端で両親が私を見て「こんなに楽しそうなコトちゃんは初めて」とか言い合っているのは、その、参るのでやめてはもらえまいか。

 それとだ。幽霊に修行をつけてもらうという話を聞いて、なんとも言えない顔をするのもやめてはもらえないだろうか。

 

 ……またしても爆笑するアナキンには、いつか報いが訪れるものと信じているぞ。

 




気まぐれかつ今後使えるかどうかもわからないスターウォーズ用語解説第三回
「アナキン・スカイウォーカー」
スターウォーズのナンバリングタイトルであるエピソード1~9のうち、プリクエルトリロジーと呼ばれる1~3の3部作で主人公を務めるキャラクター。
色んな意味でスターウォーズの顔であり、本編中でも言及された通り、スターウォーズという物語は彼から始まるスカイウォーカー一族の一大叙事詩である。

本作では、主人公の前世アヴタス・イーダの友人だったと言う設定。
しかしクローン戦争が始まると、将軍として最前線に立って多大な戦果を挙げていたアナキンと、後方勤務ばかりを担当していたアヴタスとでは、立場が違う上に顔を合わせる機会がほとんどなかったため、少しずつ二人の間にズレが出始める。
暗黒面にどんどん近づいていったアナキンの変化を、アヴタスは知らないままだった。
もしももう少し二人が会う機会が多かったら・・・あるいは、ダース・シディアスの戴冠はなかったかもしれない。
・・・まあこれ、二次創作なので、アヴタスなんてジェダイは原作にはいないんですけどね!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.フォースの申し子

 さて修行は始まったわけだが、それはそれとして、今の私には大事なものが欠けている。

 それはすなわち、

 

『簡単にではあるが、この星を調べてみた結果……どうもこの星にカイバークリスタルはないようだな』

「……ということは、ライトセーバーを造れないということか?」

『そうなるなぁ』

 

 やたら呑気に返すアナキンに、私は絶句する。するしかなかった。

 

 そう、カイバークリスタルだ。今の私にはこれが足りない。

 

 カイバークリスタルとは何か? それはジェダイの象徴にして、最も心を預ける武器、ライトセーバーの根幹をなす物質である。

 ライトセーバーをフォースと共鳴するものたらしめる中枢であり、セーバーの刃を構成するエネルギー体を収束させるためになくてはならないもの。これが手に入らないとなれば、ライトセーバーは造れない。

 

 ……いや、だが言われてみればそれも仕方ないのだろう。なにせカイバークリスタルは、あの広い銀河共和国においても希少な物質だった。それが生まれ変わった先の星で都合よく手に入るなど、それこそ天文学的な確率だろう。

 

「……ないなら仕方ない。ならば、色はこの際我慢して、アデガンクリスタルで代用するしか……」

『そのアデガンクリスタルを造る機材なんて、今の君に用意できるのかい?』

「…………」

 

 そりゃそうだ。私は項垂れるしかなかった。

 ……というか、仮に設備が整っていたとしても、アデガンクリスタルを造るには非常に根気と時間が必要になる。確か、どんなに早くても半年はかかったはずだ。それも、作業に専念して。それではいまだ幼児の身である私には荷が重い。

 

 しかもそれだけ苦労を費やして造ることができたとしても、アデガンクリスタルではセーバーの刃は基本的に赤になりやすい。

 別にそれで性能に差があるわけではないが、赤いセーバーはどうしてもシスのものだという感覚があって、他に選択肢があるならできるだけ使いたくないのが本音だった。ジェダイなら、やはり青か緑だろうと。

 

『……まあ、そう落ち込むなよ。セーバーがなくともできることはあるさ。ひとまず、当面は木剣で代用すればいい』

「……それは、まあ」

『それに……』

 

 落ち込んだままの私から流れるように視線を外したアナキンが、空を仰ぐ。

 私はとてもそちらに目を向ける余裕はなかったのだが……、

 

『クリスタルなら、今ちょうど()()()()()ところだからな』

「は!?」

 

 あまりにも唐突な発言に、私は食い気味に顔を上げた。

 相変わらず空を見ているアナキン。彼に従うように、そちらに目を向ければ……。

 

「……隕石?」

 

 赤々と燃え盛る物体が激しい音を奏でながら、破滅的な光の尾を引いて空を切っていた。

 

『そうだな』

「……アナキン? こちらに落ちてきているように見えるんだが……」

『そりゃそうだろうな。何せあれを引き寄せたのはこの僕だ』

「……は?」

 

 今、この男は何と言ったのだ?

 隕石を? 宇宙から引き寄せた、だと? ここまで? ピンポイントで?

 どうやって? いや、フォース以外の何物でもないだろうが、それにしたってこれは……。

 

『カイバークリスタルがないなら、あるところから持って来ればいいだけのことだろう?』

「そんな簡単にできることじゃないだろう!?」

 

 どうやら我が友は、フォースと一体となったことで文字通り人ではなくなってしまったらしい。何をどうしたらそれほどのフォースを操れるんだ……。

 

 ……いや待て、それも問題ではあるが、それよりもだ。

 今、今まさにここに、結構な大きさの隕石が落ちてきているんだが!?

 

「アナキン、どうするつもりだ!? このままだと周辺に被害が……」

『心配するな。僕が誰か、忘れたのか?』

 

 にわかに慌てた私に対して、アナキンは実に彼らしいいたずらっ子な笑みを見せながら空に右手を広げて掲げた。

 

 すると。

 

 ――ぐん、と。隕石の速度が目に見えて落ちた。まるで見えない何かに行く手を遮られたかのように。

 いや、まるでではない。そのものずばり、あれは遮られたのだ。フォースが生み出す斥力によって。

 

 これぞ、フォースの基本技の一つ。フォースによって斥力を生み出すフォースプッシュだ。フォースの引力によって対象を引き寄せるフォースプルとは表裏一体の関係にある。

 

「……ッ!?」

 

 だがそんな基本技を見て、私は目を剥いて驚くしかなかった。

 なぜなら、基本技でありながら、そこにあったのは奥義の極致とも言うべき技量だったのだから。基本にして奥義……そのまさに格好の手本を見せられた気分だった。

 

 そして、そうこうしている間にも隕石の速度はどんどん落ちて行き……私たちの下まで辿り着くころには、隕石は完全に勢いを失い、アナキンのフォースに制御されていた。

 

 そのまま、私たちの隣に緩やかに下ろされる隕石。かすかな音すらもなく着地したそれに、私はやはり驚きがとまらない。

 

 何せこの隕石、結構なサイズだったのだ。具体的に言えば、直径が今の私の実に十倍近く! この星の度量衡で言えば、八メートルはあるだろう。

 スピードだって、かなりのものがあったはずだ。少なくとも、何もなくここにこれが墜落していたら、この裏山だけでなくマスエ家の敷地がほぼ全部吹っ飛ぶくらいの速度はあったように見えたのだが……。

 

『ま、ざっとこんなところかな』

「……ッ、……!!」

 

 そんなものの大気圏突入を、「こんなところかな」で済ませる……! なんという……なんという圧倒的なフォース量と制御力!

 しかも見ている限り、そこまで全力で集中していたようには見えなかった。アナキンは、本当に文字通りの片手間で、これほど大きな隕石を押しとどめてしまったのだ。

 

 ああ、どうやらこの友人は死してなお、フォースの申し子らしい。こんな鮮やかで、繊細で、しかし強大なフォースを、私は他に知らない……!

 

「……すごい……さすが、と、言えばいいのか……」

『だろ? ま、久しぶりだったし、何より弟子の前だ。無様な真似はできないと思ったから、ちょっとがんばったのさ』

 

 ふふんと自慢げに笑って見せるアナキン。

 こういう自尊心の高いところも相変わらずか。それでも若かりし頃に比べれば、だいぶ言い方も穏やかになったなとは思うが。

 

『……とまあ、そういうわけで。見ての通り、ちょっと近場にある小惑星帯から、カイバークリスタルを含有する小惑星を引っ張ってきた。再びジェダイを復興させたいという君への、ささやかなプレゼントさ』

「『そういうわけで』とか『ちょっと』で確保できるものではないと思うし、そもそもまったく『ささやか』ではなかったと思うが……」

 

 地球の近場にある小惑星帯と言うと、火星と木星の間にあるアレだろうか。どんなフォースの射程範囲をしているんだ……。

 

 いや、よしんばそこまで射程範囲だとして、絶えず自転・公転をしている惑星の狙った地点、狙った時間に持ってくるのが、どれほどとんでもない所業か……。

 一生をフォースとの対話に費やしても、私にはこの高みに辿り着ける自信が持てないよ。

 

『僕はこれから、この中からカイバークリスタルを取り出す。で、その後はクリスタルを街の各所に隠そうかと思ってる』

「あー……もしや、ギャザリングを?」

『そのつもりだよ。僕としてはあまり重要視してない儀式ではあるが……君はそうじゃないだろう?』

 

 彼の言葉に、私は無言で頷いた。

 

 ……ギャザリングとは、かつてジェダイで行われていた通過儀礼の一つだ。

 ジェダイは己が使うライトセーバーを自ら制作するが、そのために使うカイバークリスタルを見つける試練を乗り越えなければならない。そして本来であれば、この儀礼を済ませてからでなければ、パダワンとしてマスターに師事することはできない。

 

 パダワンであっても、一般人からしてみればもはやジェダイ。そのため象徴として、あるいは上を目指すために必要なセーバーテクニックを磨くため、ライトセーバーは必須だった。

 だからこそ、まずはギャザリングなのである。今回の私で言えば、あまりにも状況が特異なため仕方ないが。

 

 とはいえ、私自身が試練と言及したように、ギャザリングはただの宝探しではない。

 ギャザリングを受けるものは、迷路のあちこちにあるクリスタルの中から、自らのフォースと合致する、自らのためのクリスタルを見つけなければならないのだ。しかもそのためには、仲間と力を合わせフォースがなければ開くことのできないところを進みつつ、しかし最後は己一人の力でクリスタルに至る必要がある。

 

 ジェダイ・イニシエイトとして身に付けてきたすべてのものを用いて、踏破しなければならない試練なのだ。ギャザリングとは。

 これを抜きにジェダイへの道を語るわけにはいかない。少なくとも私はそう思っている。

 

「……しかし、この星で()()ギャザリングは……」

『ああ、惑星イラムにあったような環境を整えることは不可能だ。だから純粋に、複数ある候補の中から迷うことなく正解を引き当てる、フォースとの感応力を問う形になるだろうな』

 

 とはいえ、とアナキンが言葉を続ける。

 

『実際できるようになるまでは少し時間が必要だろう。そもそも一般的な感性をした親は、未就学児を一人で家から出したりしないしな』

「……それはそうだ」

 

 確かに、今の私はいまだヨーチエン生。ただでさえ治安のよくないこの星だから、その辺りの危機感はコルサントより上だろう。

 それに、私の”個性”のことも考えると、万が一ということもあるしな……。

 

『僕のほうでも準備すべきことがいくつかある。だから、そうだな……君が小学校に入って、しばらくするまでお預けだ。それまでは気にせず、基礎を固めることに専念するといい』

「わかったよ、アナキン」

『では、今日はひとまずシャイ=チョーのおさらいから始めようか。ここからは修行の時間だ』

「はい、マスター」

 

 こうして私は、私用に用意された木剣を手にしてアナキン……もとい、マスターと向き合うのだった。

 

 ……ちなみにシャイ=チョーとは、ライトセーバーの代表的な七つのフォームのうち、最も古く初歩的な第一のフォームのことだ。

 基礎が詰まった最もシンプルなフォームだが、それはつまり無駄がないということでもある。ゆえに、完全に熟達すれば、それだけで達人となれるポテンシャルも持つフォームと言える。

 マスタークラスにも愛用しているものが多かった。基本をやり直すための第一歩として、これ以上のものはあるまい。

 

 まずは前世の私を超えることを目標に、鍛錬を重ねて行こう!

 




今回はっきりと独自設定読字解釈だと断言できるものが出てきましたので、この機会に説明をさせていただきたいのですが。

本作の世界は、レジェンズ要素を持ったカノンのような世界、と設定しております。
カイバークリスタルとアデガンクリスタルが同時に存在していることになってる辺りは、顕著なところですね。カノンではセーバーの基幹物質はカイバークリスタルのみなので。
この他ライトセーバーの型も、レジェンズのほうに準拠しています。
原作の映画を見ていても、アデガンクリスタルとかそういうのは出てこないのであしからず。

で、ここからはコアな話になります。
スターウォーズの設定までご存知ない方に解説しますと、カノンとは権利元であるディズニーが公式であると認めている作品の総称であり、一般的に正史と翻訳されます。レジェンズはその逆です。
語弊を恐れずに言うなら、とりあえずカノンが公式、レジェンズが非公式と思っておけば大体はOKです。

ですがややこしいことに。
このレジェンズ。実は過去には公式扱いを受けていたのです。
というのも、ディズニーが権利を獲得する以前のスターウォーズは様々な媒体で活発に関連作品が展開されており、それらはみな本家本元とも言えるルーカスフィルムの公認だったのです。
その展開は壮大で、映画本編のン万年以上前から百年以上先まで網羅されている、とんでもねえ作品群として支持されていたわけです。

ディズニーはそれらの大半をレジェンズに分類し、整理したのですが・・・中にはカノンに採用された設定も一部存在するのが話をさらにややこしくしてまして。
おまけに、整理されたあとに製作されたカノン・・・いわゆるシークウェルトリロジー(エピソード7~9)やクローンウォーズなどで追加された設定を受け入れられないという人も一定数いたりして。
結果として、設定が整理された今もなお、レジェンズの設定は古参を中心に市民権を得ている状態になっているんですよね。

で。
スターウォーズ要素を持った二次創作をするに当たって、自分はどうしようかと考えたかといいますと。
ボクは使えるものは全部使ってしまおうという結論に達しました。
だってレジェンズの設定、おいしいもの多いんだもの! 伊達に歴史は積み重ねてないってわけですよ!
カノン側の設定に納得いっていない部分があるのはボクもですし、それならいっそおいしいところだけ使わせていただこうという・・・ってわけです。

ハーメルンにもスターウォーズが原作の作品は結構ありますが、それぞれカノン設定とレジェンズ設定をうまいこと織り交ぜて料理しているので、どれも面白いですよ。
そして作品ごとにカノン/レジェンズの使い分け範囲が異なるので、そういう差異を楽しむのも面白いんじゃないかなー、なんてボク個人としては思うわけであります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.趣味の話

 何はともあれアナキンの弟子となった私は、パダワン特有の髪型へと変えた。三つ編みを一房作り、それを横に流した伝統的な髪型である。

 ただ、それ以外は短髪とすることが正式なのだが、両親がそれをひどく嫌がったので、それなりに長さを残した状態になっている。

 

 この星に限らず、女性が髪を伸ばす習慣は共和国でも普遍的に見られた風俗だ。だから両親の気持ちは私もわからなくはない。

 私としては伝統に則った正式なものとしたかったのだが、ジェダイの伝統は今や私の中にしかないものだ。

 

 また、良く言えば伝統に囚われない、悪く言えば型破りなアナキンもそこは拘らなくていいだろうと言ったので、私も頷くことにしたわけだ。両親を泣かせたくないなとも思ったことだし。

 ただ、三つ編みだけは拘らせてもらった。こればかりは譲れなかった。

 

 まあ、こちらについては存外好評なので、それはありがたいのだが……しかしそれはそれで、切り落とすときに一悶着ありそうだなと少し先が思いやられるのはここだけの話。

 

 ああ、うん。この三つ編み、パダワンを卒業してナイトに昇格したら、そのタイミングで切り落とすのが伝統なのだ。

 個人的にはヒーロー免許を取得したタイミングにやろうかなと思っているのだが、今それを口にすると必ず揉めるだろう。なので、それについては黙ったままだ。

 そのときが来たら……まあ、そのときはそのときだろう。

 

 さてそんな私であるが、無事に小学校へと進学を果たした。いやまあ、無事も何もこの国には義務教育制度があるため、よほどのことがない限り小学校に進学できないということはないのだが、ともかく。

 

 内面はかつてと変わらず大人の思考をしている私にとって、小学校での大半は退屈な時間である。子供と話を合わせることも、ときに任務の上では重要になることもあるから、無駄とは思わないが。

 

 ゆえに主に精神修行のつもりで通学しているが、今の私に必要な鍛錬とはやや離れていることには違いない。

 なので、両親と飛び級について本腰を入れて相談し、するという方向で話を進めることとした。二学期に入る頃には、大体のことが固まるであろう。

 

 私生活では、”個性”およびフォース、セーバーテクニックの鍛錬が中心であるが……それのみというわけではなく、息抜きもする。鍛錬だけでは息が詰まってしまうからな。

 

 こういう場合、多くの人間は趣味に興じるものだ。私もご多分に漏れず、わずかな余暇は趣味の時間に充てている。

 そして私の場合、それは機械いじりとなる。

 

「こんなところか。ではテストだ」

 

 この日、私は自作したちょっとしたドロイドの試運転を行なっていた。

 

 見た目はボールのようなそれは、ドロイドというにはかなり小さく、子供の頭くらいの大きさ。機能も大したことはなく、平らな場所を軽く走行したり、一定の条件下で特定の端末へ連絡を入れる程度。

 AIはこの星の中で言えばそれなりのものを積んでいるが、共和国の観点で言えばお粗末なものでしかない。

 

 だがこれは、今の私が作ることのできる限界とも言える。元々私はハード面の制作はそこまで得手ではない(私の観点ではであり、世間的には一定以上の水準だとは思う)のだが、今は子供の不器用な指先で、しかも必要な部品や機材もない中で作ったのだから。

 むしろそれでここまで仕上げたのだから、よくやれているほうではないだろうか。

 

『起動は問題なさそうだな。ま、この僕がアドバイスしたんだ、これくらいはしてもらわないとな』

 

 そんな私の傍らで、腕を組んだアナキンが得意げに笑っている。

 一見すると不遜だが、これはいつものこと。彼は基本的に何をやらせても卒なくこなせる天才肌で、その自尊心に見合うだけの能力の持ち主だからな。

 

 特に機械関係は、私が知る限り一番の腕の持ち主だ。私の苦手なハード面については彼の最も得意とするところであり、彼の助言がなければこれほどスムーズに完成にこぎつけることはできなかっただろう。

 しかし、私は逆に彼よりソフト面で上回る。AIについては完全に私の独力であり、同じ条件でこれを超える出来に仕上げることはそうそうできるものではないと自負している。

 

 この通りお互い機械には秀でていて、しかし得意分野がちょうど互いをカバーし合う形だった私たちは、だからこそ友人として長く付き合いがあった。それはパダワン時代からずっとであり、クローン戦争が激化するまで変わらず続いたものだ。

 そういう意味でも、あの戦争は嫌だったな。アナキンと顔を合わせる機会も極端に減ったし……もっと彼と会う機会があったなら、私とて彼が暗黒面に引きずり込まれていることに気づいて、何かできていたかもしれないのだから。

 無論、既に終わった話であるからして、そんなもしもを考えたところで詮なきことではあるのだが。

 

 え、彼とはどれくらいの間柄だったか?

 それはだな、アナキンが相棒としていたアストロメクドロイドや、従者としていたプロトコルドロイドの修繕や改良に私も少し関わっている、と言えばご理解いただけるだろうか。

 アナキンはあの二機をことさら大事にしていたから、彼らの中身に関わった人間はほとんどいないんじゃないかな。

 

 ともあれそういうわけで、私たちは同好の士である。それが再会したのなら、やはりかつてのようにすることは当たり前と言えるだろう。

 

 ゆえに六歳の誕生日に私が買ってもらったものは、工具一式となった。もちろん両親からはなんとも言えない顔をされたが。

 

 そしてこれに合わせて、私は父上が新たに買い替えたことで型落ちになった端末を譲り受けた。このおかげで趣味を本格的に始めることができた。

 ちなみに材料は、使われなくなって放置されていた家のものや、廃棄品を集めて調達した。

 

 もちろんこれだけに専念できたわけではないので、それなりの時間は要したが……ともあれ、こうやって無事にドロイドが完成したわけである。

 

「……よし、大丈夫そうだな」

 

 一通り動作確認を済ませて、私は満足して頷く。

 眼下では、ボール状のドロイドが電子音で鳴いていた。挙動にぎこちないところはなく、板張りの床を快適に転がる様子は微笑ましい。たまに跳ねたりするが、機体の表面はラバー系素材で処理してあるため、床を傷つけることはない。

 

 内容としては、造物主である私に向けて(アナキンにもしているが、見えていないので方向が頓珍漢)に挨拶すると共に、自分がお世話すべき相手はどこかと問うものだ。知識がなければただピロピロと音を発しているだけにしか聞こえないだろうが、その実態はしっかりとした言語である。

 

 ただし、ドロイド特有の電子言語だ。だからこそ、普通に異言語を理解するよりは難しいものだが、優れたメカニックがドロイドの発する電子言語を理解することは珍しくない。アナキンなどは、アストロメクドロイドと素で完全かつスムーズな会話ができるほどだ。

 

『いいんじゃないか?』

「ああ。ありとあらゆるものの規格が共和国のそれと違いすぎて、だいぶ手間取ったが……結果良ければよしだろう」

 

 私にじゃれつくように動く(挙動の参考にしたものは犬という愛玩動物である)ドロイドに小さく微笑み、私はアナキンと頷きあう。限られた中で作ったにしては、満足のいく出来だった。

 

「よし、ついて来い。私の母上を紹介する」

 

 一通りの動作確認を終えて、問題ないことを確認した私はドロイドを連れて居間へ向かった。

 

 なお、父上は今日も今日とて仕事である。宗教指導者というのは、とかく激務らしい。なので、帰宅したら優しくしてあげる毎日だ。

 

「母上」

「どうしたの?」

 

 さて、リビングである。私の呼びかけに応じて、妹と遊んでいた母上が顔を上げた。

 と同時に、私の足元を転がるドロイドに気づいて怪訝な顔をする。

 

「母上、これは私が開発した子守用ドロイドです。少しでも母上の負担が軽くなればと思い制作しました」

 

 私の紹介を受けて、ドロイドが鳴いた。

 そして私も、これの機能を一つずつ説明していく。

 

「……こ、これ、本当にコトちゃんが……?」

「はい。……ああまあ、多少はアナキンに手伝ってもらいましたが、基本的には私が」

 

 だが、私は愕然とした様子の母上を見て気がついた。どうやらこれでもやりすぎらしい、と。フォースの流れが困惑と驚愕の感情を伝えてくる。

 

 いや、よくよく考えるまでもなく六歳児がゼロからドロイドを設計開発したら、そうもなるだろう。それは理解している。

 ただ私としては、こういうところも飛び級の助けになればという思惑もあった。可能ならば飛び級を重ね、なるべく早く義務教育を終わらせたかったからだ。

 

 何せ、この星でフォースを用いた治安維持活動をするために都合のいいヒーロー免許は、専門の教育機関で取得することが一般的。しかしそれは高等学校クラスで行うことであり、本来は義務教育よりも優先されるものではない。

 であれば、飛び級はできるだけ重ねておきたい。あるいは、一度で多く飛び級しておきたい。

 

 だからこそあまり大したことのないものを作るよりは、それなりのものを出して飛び級認定に優位に働けば……と思って、このドロイドの水準を決めたのだが……。

 

『だから言ったじゃないか、ドロイドじゃなく玩具の範囲に留めたほうがいいって』

 

 呆れた調子でアナキンが言う。

 作り始めた当初、私たちは全力を出す出さないで意見が合わなかったのだが、私のほうが地球生活は長いのだからと押し切った経緯がある。彼の言い分は無理もない。

 

 どうやら、地球……というより、世俗における考え方に関わる視点では、私はアナキンに敵わないらしい。

 

「申し訳ありません、マスター」

『まあ先のことを考えると、悪いことばかりでもないだろうけどな。それでも、君に声をかけたがる輩は間違いなく増えるぞ?』

「……なんとかするしかありますまい。これも試練です」

『なんでもかんでも試練に結び付けるのは、ジェダイの悪い癖だと思うがなぁ』

「いや……その、それについては何も言いますまい」

 

 ドロイドに驚いた母上が、泡を食って父上に電話をかけている様を眺めながら。

 私は妹をドロイドと共にあやしながら、先のことに想いを馳せるのだった。

 

 ……なお、私の飛び級は無事、確定した模様である。

 




気まぐれかつ今後使えるかどうかもわからないスターウォーズ用語解説第四回
「ドロイド」
いわゆるロボット。スターウォーズ世界では、色んな分野で色んなドロイドが活躍している。
大体の場合「○○(業務となる分野の名前)ドロイド」という形でカテゴライズされている。
作中に名前が出たものとしては、

バトルドロイド:戦闘用のドロイド。兵士のようなタイプや、ガトリングブラスターを搭載した制圧用など、色んなバリエーションがある
アストロメクドロイド:宇宙船の運航を補助するドロイド。スターウォーズのマスコットとも言えるドロイド、R2-D2(青くて二本足のちっこいの)はここに分類される。
プロトコルドロイド:主に言語通訳を行うドロイド。スターウォーズのマスコットとも言えるドロイド、C-3PO(人型で小うるさい金ぴかの)はここに分類される。

など。
スターウォーズのドロイドは普通に自己進化するし、自我を獲得してるやつもかなりいるので、機体ごとにかなり性格が違う。
映画でもメインに近いところにいるドロイドは、下手なサブキャラよりよっぽどキャラが立ってて存在感がある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.ギャザリング

 七歳になった。そして私は小学校四年生へと飛び級した。

 当然授業の難易度は上がったが、まだまだ手ぬるい。この辺りの内容は、もはや息をするようにできるようになっているのだから。

 

 一方で、修行は順調とは言い難い。

 

 まず、”個性”の伸びはあまりない。できることは増えているし、少しずつ許容範囲は増えているが……。

 

 父上が言うには、”個性”も身体機能の一部であるため、鍛えれば鍛えるだけ伸びる代わりに劇的な変化はなかなか起こらないらしい。つまり、継続することに意味があるのだろう。

 まあこれについては、増幅という汎用性の高さゆえに、いつでも鍛錬ができるから悲観する必要はないだろう。

 

 だが問題は、ジェダイとしての修行だ。特にライトセーバーについてが難航している。これはやはり、実体のある木剣ではライトセーバーの代わりは難しかったと言わざるを得ない。

 触りの部分を補うことはできても、少し踏み込んだことをやろうとすると本来のセーバーとの違いに戸惑うのだ。

 特に重心の位置をはじめ、持っているときに感じる重さが致命的に違う。何せライトセーバーで重さが存在するのは柄だけ。おまけに光刃が放つアーク波には回転作用があり、実体剣を持つのとはまったく異なるバランス感覚が求められるのだ。このままでは妙な癖がついてしまいそうなので、こちらは今のところ一旦中止している状態だ。

 

 そういうわけなので、やはりまずはライトセーバーを造ろうということになった。つまり、連動してギャザリングを早めることになる。

 

 ギャザリングについては以前触れたが、この星で本来の内容ではできない。ということで、街に隠されたカイバークリスタルをフォースだけを使って見つける、という形で実施された。

 まだ実年齢(と見た目)が幼すぎるせいで遠出はできないので、隠された範囲は嘘偽りなく町内に限定されている。また、ギャザリングができる機会も週に一度あるかないかだ。

 しかし我が家が存在する街は決して大きくはない田舎町なので、簡単に見つかる……と思っていたのだが。

 

 意外なことに、これが苦戦している。それも大苦戦だ。

 

 私とて、一度はギャザリングを通過した身。フォースとの感応を通じてカイバークリスタルを感じることは、難しいことではない。

 ではない、はずだったのだが……今のところ、私はアナキン……いや、マスターの課したギャザリングに成功できないでいる。

 

 彼はこのギャザリングを地球向けに調整するうえで、カイバークリスタルの隠し場所を毎回変えている。これはつまり、一度探した場所でもまた探す必要があるということ。だからこそ、私は苦戦を強いられているわけだが……。

 

 最大の問題は、カイバークリスタルの感知がほとんどできないことである。通常、フォースが使えるならば、そして一度ギャザリングを経験したのであれば、大まかにだがその位置取りはわかるはずなのだ。

 なのにわからない。一体何が悪いというのだろうか……。

 

「……ん?」

 

 そんなある日、いつものようにギャザリングのために街を歩いていた私は、とある神社(この国特有の宗教施設らしいが、この国は一体いくつ宗教が林立しているのだ?)の境内で一羽の鳩が死んでいるのを見つけて首を傾げた。

 周囲に危険がないことを確認しながらも近づき、検分してみる。

 

 鳩は、首の周辺を横一文字に切り裂かれていた。そこから相当量の出血があったようで、地面には派手に血飛沫が散っている。間違いなく、死因はこれによる失血死だろう。

 だが、鳩自体はそこまで血で汚れていない。むしろきれいに羽繕いがされているくらいだ。一体この鳩に何が起きたのだろうか?

 

 改めて周囲に目と意識を向けるが、不穏な気配はない。というより、人の気配が感じられない。

 フォースの乱れもほとんど感じられないので、私の接近に気がついて慌ててここを離れた、というわけでもないだろう。それよりも前にここを後にしたのだと思われる。

 

 ……とはいえ、私の”個性”は過去視ではない。物体に触れてそれにまつわる情報を見る、センス・エコーというフォースの技があれば不可能ではないが、これを身に付けることのできるものは多くない。

 もちろん、私にも不可能な芸当だ。これ以上はどうすることもできない。

 

 とりあえず父上に連絡を入れ、父上伝いに警察に通報してもらうことにした。ただ鳩が病死しているとかであれば、保健所の出番だが……切創による失血死だ。何かよからぬことを企んでいるものがいる可能性を否定できない。

 この通報を受け、私はやってきた警察官に事情聴取を受けることになったので、この日のギャザリングは中止となる。

 

 その後は父上の手を借りて、鳩を弔った。父上が奉じる宗教は、動物の葬儀なども執り行うことがあるらしいので(ものすごく手広いなと思う)。

 鳩はそのまま、我が家の敷地内……つまりは寺に隣接する墓地の片隅に埋葬された。発見者として、そこで祈りを捧げる。

 

「フォースと共にあらんことを」

 

***

 

 さて、それからも私のギャザリングは遅々として進まなかった。

 半年近くが経ち、そろそろ冬が見えてこようかというところまで来ても、進展はなかった。

 

 そんなある日、アナキンがマスターとして声をかけてきた。

 

『さて、それじゃあ授業を始めようか』

「……? どういうことでしょうか、マスター?」

『君がどうしていつまで経ってもカイバークリスタルを発見できないのか。それについてと、対処方法について教えると言ってるんだ』

「……! よろしくお願いします!」

 

 どうやら、見かねてヒントを出してくれるということのようだ。

 私は少しだけ躊躇したが、しかし今のままではまったく前に進むことができない。この半年は主に”個性”伸ばしと趣味の機械いじりに時間を使ったが、やはりセーバーテクニックも早く磨きたい。

 

『オーケー。それじゃあ……まずは端的に、何が問題なのか。そこから言おう。コトハ、君がカイバークリスタルを見つけられない理由……それは、君がフォースのダークサイドを理解していないからだ』

「は……!? き、君、気は確かか!? いきなり何を言いだすんだ!?」

 

 十分前置いて言われた回答に、私は理解ができず気色ばんだ。

 だが、それくらいアナキンの言葉は衝撃的だった。さすがは元シス卿と言ったところかとは思うが、しかしジェダイとしての修行においてダークサイドに言及するとは!

 

『今は鍛錬の時間だぞ、コトハ』

「……マスター・スカイウォーカー、意図を教えていただきたい」

『勘違いするなよ、コトハ。僕はダークサイドを理解していないからだと言ったが、ダークサイドの力を使っていないからとは言っていないぞ』

「……?」

 

 アナキン……マスターの意図がわからず、私は首を傾げる。

 

『理由を説明する前に……おさらいをしようか。コトハ、フォースを用いるために必要なものを述べてみてくれ』

「強い意思です。それから、しっかりとした精神集中」

『正解だ。なら、そのフォースの性質とは?』

「……使い手によってその性質を変える、でしょうか。ジェダイが光明面を、シスが暗黒面のフォースを扱うように」

『……まあ、そんなところだろうな』

 

 なぜか肩をすくめて、やれやれと言わんばかりのマスター。

 

 私は彼の意図がわからず、首を傾げる。

 

『コトハ、君の答えは間違っていないが、しかし満点でもない。いいか、よく覚えておくといい。()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。穏やかで静かな心を基に扱えば光明面の質を帯び、怒りや憎しみを基に扱えば暗黒面の質を得る。厳密に言うともっと細かいが、それは置いておこう』

 

 私の前で、マスターが緩やかに歩き始める。私の周りを巡るように、静かに。その姿は、間違いなく熟練のジェダイだ。

 

『そしてここからが重要なんだが……そうした質の異なるフォースの力が振るわれたとき。それが理解できない感情に根ざしている場合、フォースへの感覚が鈍化するんだ』

「それは……、ッ、なる、ほど!? だから……!?」

『そうさ。普段から怒りや憎しみを否定し、自らにはないものと断じて蓋をしているジェダイは、その手の感情に由来する暗黒面のフォースを見切れないんだよ。感じることは多少できるかもしれないが、詳細はわからないわけだ』

「な……」

 

 そんな。それは。

 そんな話は、聞いたことなど。

 

『さらにだ。ジェダイがフォースからの恩恵を得る際に特に用いるのが、周囲のフォースに働きかける、あるいは体内に取り込むという手法だが。周りのフォースが理解できない、扱えないフォースで満たされると、この恩恵も受けられなくなる。つまり、ごくごく直近の予知すら難しくなる。未来予知など望むべくもない。あのとき、一連の凋落と崩壊をジェダイの誰も予見できなかったのはその辺りも大きい』

「…………」

『暗黒面の力とは言うが、その根幹となる怒り、悲しみ、憎しみ、妬み、恨み、欲……などなど。それらはすべて、人間が持っていて当たり前の感情だ。人間という生き物の本能と言ってもいい。ジェダイはそれを否定して、ないものとして、見ようとしなかった。その状態ではフォースの一端しかわからないというのに。

 だから、真の意味でフォースと繋がっていたら、あんなことにはならなかったかもしれない。きちんと付き合い方を学んでいれば、どんなときでも相応のことができるんだから。そう……あるいはあのとき、それができていたらクローン戦争は起きなかったかもしれない』

「そ、それほどまでに……」

 

 にわかに大きくなった話に、私はごくりと唾を嚥下する。

 

 ……かつての全盛期、ジェダイは未来を予見し、ゆえに多くの問題を治めてきた。それは間違いない。様々な文献がそれを証明しているし、私も幼少期のほうがうまく、深くできた。何より数世紀を生きた伝説、グランドマスター・ヨーダという生き証人もいた。

 しかし、そんな彼ですらナブーの戦いに端を発した共和国、ジェダイの滅亡は予見できなかったという。当時はその理由を、暗黒面の(とばり)が未来を覆っていると表現され、シスの暗躍ゆえのことと思われていたが……。

 

『まあ、ジェダイが滅んだ理由はそれだけじゃないんだが……今はそれは置いておくとして、だ。もう薄々わかっているだろう? 君がいつまで経ってもカイバークリスタルを見つけられない理由は』

 

 と、話が元に戻ってきた。

 昔のことから一旦思考を今に戻し、私は居住まいを正す。

 

「はい、マスター。マスターはカイバークリスタルを、フォースの光明面だけでは感知できない場所に隠しているのですね? 具体的には、人の負の感情が多く存在する場所……と言ったところでしょうか?」

『その通り、満点の回答だ』

 

 ふふんと鼻を鳴らして頷くマスターに、私も小さく頷きながらも考える。

 

 つまり、カイバークリスタルは今まで私が捜索を後回しにしていた地域にあるということだろう。ここは地方の田舎町だが、しかしそういう後ろ暗い場所というものはゼロではない。

 優先度を下げていた主な理由は、そういう場所が今の私一人で近づくには危険度が高いからという判断もあったが……同時に、フォースによる探知がうまくいかないこともあったことは事実。

 

 とはいえ、現状で無策にそういう場所に突っ込むなど、愚かでしかないだろう。

 となれば、ジェダイの教えに反することはしたくないが、よくよく考えれば負の感情渦巻く場所でフォースの力を十全に使えないとなると、この治安の悪い星ではいざというとき致命的になりかねない。

 であれば……やはり忌避感をぬぐうことはできないが、私は覚悟せねばならないだろう。

 

「……マスター、そういう場所でもフォースとの感応を鈍らせないためには、どうすればよろしいのでしょうか?」

『ん、本題だな。つまるところ、今回の問題はジェダイの教えに原因がある。とはいえ、そういう負の感情が身の破滅を招く要因になりやすいことも事実。まったく見向きもしないようではジェダイの二の舞だが、身を委ねすぎると今度はシスの轍を踏むことになる』

「……ではどうしろと?」

『コトハ、君のお父上が奉じる宗教に、こんな言葉があるらしいな。「中道」……すなわち、右でも左でもなく、闇でも光でもなく、真ん中の道を行くと。要はそういうことさ。大事なのはバランスだ』

 

 まさかここに来て、父上の宗教が出てくるとは思わなかった。

 文明の度合いとしては、圧倒的に共和国の風下に置かれているこの星だが……どうやら宗教など内面の点では、負けず劣らず成熟した部分があるようだ。どうも私は、無意識のうちのこの星を見下していたのかもしれないな……。

 

『……生真面目な君のことだから、今何を考えているのかは大体わかるが……それについては後にしてくれ。まずは、負の感情についての理解を深めることが先だ』

「は、はい……しかしマスター? 理解すると言っても、そのようなものを都合よく見る機会など……」

『うん、その通りだな。というわけで、これの出番だ』

「……?」

 

 マスターがフォースによってどこからともなく転移させてきた(もはや神域レベルのフォーステクニックを、日常の小技みたいに使わないでほしい!)のは、私が趣味に使っている情報端末であった。それをここで持ち出してきた意味がわからず、私は首を傾げる。

 

『この端末に、いくつかのマンガや小説をインストールしておいた。いずれも人間の後ろ暗い闇がテーマの作品たちだ。君にはこれを読破して、レポートを提出してもらう』

「ま、マンガに小説? それはただの娯楽では……」

『甘い! ただの娯楽だと思っていると、号泣させられる羽目になるぞ! この星は……というか、この国はその手の分野については、恐らく共和国を凌駕しかねないレベルで発達しているからな!』

「そ、そんなにですか……」

 

 というかマスター……というより、アナキン? まさか君、人の端末に勝手にデータを入れて、それを堪能していたのか?

 

 いや、それは単に作品を見繕っていただけだろうし、彼が間違いないと太鼓判を押す作品なら大丈夫なのだろうが……なんだか妙に釈然としないのは私だけか?

 

 第一、その手のものが無料で手に入るとは思えない。彼がデータを入れる際にかかったであろう購入費用などは、一体どこから……?

 

『細かいことは気にしないほうがいい』

 

 きりりとした真顔で言ったアナキンだったが、つまり何かしら手段を選ばなかったということじゃないか!?

 これだからマスター・クワイ=ガン門下は!




なお、アナキンが勧めた作品はウ○ジマくんとかカ○ジとか、そういうタイプのやつが多かった模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.学校の闇

 ……悔しいことに、アナキンが用意した作品群をじっくり読み込んだあとのギャザリングは、あっさりと完了してしまった。

 読んでいる最中も何度かギャザリングはしていたので、少しずつ成功に近づいているという実感はあったが……だとしても今までの苦労とはなんだったのか。

 

 まあだからとて、人間の負の感情というものを完全に理解できたとは口が裂けても言えないのだが。それでも前世の頃に比べれば、多少は理解が広がったのだろう。私は暗黒面の帳を、少しだけだが開けられるようになったのだ。

 

 この時点で、私の小学校四年生は終わる直前まで来ていた。そこからはライトセーバーを製作するよりも飛び級のための手続きなどで時間を取られたため、本格的に動き出せるようになったのは年度が明けて私が中学校一年生になってからだった。

 

 さて、それはともかくいよいよライトセーバーの製作である。これについても、ギャザリング同様ジェダイとしては修行の一環になっている。

 

 どういうことかと言うと、ジェダイが用いるライトセーバーは完全なハンドメイドなのだ。それも、使い手が自分のために製作するセルフメイド。自分のために、自分の命を預ける品を、図面もないところからフォースに導かれるままに造り上げる……そういう修行なのである。

 このとき、どういう部品を用いるのか、そういったところまでフォースの導きに委ねることになる。それだけフォースとの感応力を試されるため、単に機械いじりができるだけでは完成まで持っていけない。まさしく、フォースセンシティブによるフォースセンシティブのための道具と言えよう。

 

 そんな経緯で造られるため、ライトセーバーは二つとして同じものは存在しない。イニシエイト用の低出力なトレーニング・ライトセーバーはまた例外だが、少なくともパダワン以上のジェダイが持つセーバーは必ず個人ごとの特徴が色濃く表れる。

 それは単にデザインの違いだけにとどまらず、場合によっては上下にそれぞれ光刃を展開できるダブルブレード・ライトセーバーや、杖の中にセーバー機構を完全に収納してしまうケイン・ライトセーバーなど、そもそも普通とは異なるものになることもある。

 

 ちなみに光刃については、カイバークリスタルと調和して覚醒させることでクリスタルそのものに色がつき、それによって決定される。人によって、あるいは製作した時期によってセーバーの色が異なるのは、そういう理由だ。

 だがジェダイは一般的に青や緑になるため、私としてもその手の色には親しみがある。半面、赤といえばシスの色であり忌避感がある。

 

 しかしことさら特異な色と言えば、やはりマスター・ウィンドゥの紫だろう。あれは限りなくダークサイドに近づかなければ扱えない究極のセーバーフォームを用いる、マスター・ウィンドゥだからこその色であろうな。私ではそこまでは到達できまい。

 

 ……話を戻そう。

 

 そういうわけで、ライトセーバーを造るにはフォースの導きに従う必要がある。フォースが選んだ材料を、フォースが選んだ造り方で組み上げる。

 このため、単に大量のネジやらなにやらをロット単位で購入して、それを使う……という方法はなかなか難しい。フォースが選ぶものを聞き取り、それを入手する必要があるため、大量に買った中の一つたりとて使わない可能性すらあるからだ。おかげでセーバー製作は難航した。

 私が成人していて、自由に使える金が大量にあればよかったのだが……いかんせん、いまだ八歳の身の上では材料調達が難しいのだ。少しずつ製作は進んでいるが、恐らく完成は年を越すだろう。

 

 一方、他の修行はどうかと言えば、”個性”のほうが最近になってだいぶ伸びてきている。

 当初は手で触れたものしか増幅できなかったのだが、最近は私の身体が接触してさえいれば、効果を及ぼせるようになってきた。その幅も任意で調節できるようになったし、増幅していられる時間も伸びてきたし、消耗する栄養も少しずつだが減ってきている。

 

 ただ、発動の条件に私の栄養を消費するという欠点は、どれほど鍛錬してもなくせないようだ。こればかりはそういうものとして諦めるしかない。

 

 しかしこの欠点のために、私の身体はまったくもって成長しない。餓死するような事態はさすがにもうほとんどならないが、それでも鍛錬すればするだけ栄養を失うため、日常的に栄養失調である。

 最近は私の胃腸の機能を増幅するなどして、大量の食事が可能になってきたが……それでも足りないときは本当に足りない。特に永続増幅を行ったときは、相変わらずごっそりと栄養を持っていかれる。

 

 おかげで我が家の食費はすさまじいことになっているだろう。私が妹のために開発した子守用ドロイドの特許が取れなかったら、今頃我が家は経済的に干上がっていたかもしれない。まだ妹も幼いというのに、本当に申し訳ない。

 

 その辺りの問題を解決するために、最近の趣味はもっぱら電子翻訳機開発に凝っている。主目的はドロイドの電子言語を翻訳するためであるが、応用すればこの星に無数にある言語に対しても使えるようになるので、やっておいて損はないだろう。

 あとは、並行してスピーダー造りも行っているが……こちらはリパルサーリフト(反重力で空中に浮揚する技術)がまったく形にならず詰まっている。かつては何気なく使っていたものが、いかに優れた発明であったのかを思い知らされる日々である……。

 

***

 

 そんな私の中学校生活であるが、まあ順調である。学校の授業についていけないなどということはまったくないし、周囲の人間とも卒なく付き合っている。

 部活には入っていないのと、鍛錬に忙しいために放課後の人付き合いは悪いかもしれないが……これは将来のためなので、仕方がないと割り切っている。

 どのみち年度が明けたらまた飛び級する予定なので、今の同級生とことさら親しくしてものちのち縁が切れてしまうだろう、という思いもなくはない。

 

 しかしそんな学校生活で、一つ気になることがある。最初のうちは気づかなくて、二学期も終わろうかというところでようやく気づいたのだが。

 なんと、学校の中に極めて濃厚なダークサイドの気配がする人物がいるのだ。いまだ初心者とはいえフォースの暗黒面を少しは理解したからか、一度気づいてしまえばそうだとはっきりと感じ取れてしまう。

 

 とはいえ感じられること自体は、将来のことを思えば悪いことではない。ダークサイドの気配が強い人間は何かしら問題を起こしやすいということであるため、治安維持の観点からは感じられることに越したことはないからだ。

 だが、それが中学校という場所で感じられるとなると、いくらなんでも問題であろう。

 

 しかし問題はまだある。感じられるダークサイドの気配の中にある悪意が薄いのだ。

 ないとは言わない。間違いなく、ある。しかし薄い。暗い力を感じるが、それだけなのだ。

 

 だが、そんなことがあるのだろうか? ダークサイドとは、暗黒面とは、すなわち人の悪意そのものではないのか?

 

『君の見立て通り、渦中のダークサイダーにはそんなに悪意がないんだろうな』

 

 私の話を聞いたアナキンは、あっさりとそう言った。

 

 だがそれでも私は理解ができず、首を傾げるばかりだ。

 

「悪意のないダークサイダーなんて、存在するのか?」

『さすがに完全な悪意ゼロなんてやつはいないだろうが、ままあることだぞ。一番わかりやすい例を挙げると、自分のやってることが誰にとっても正義だと一切疑ってないやつなんかがそうだ。あとは……そうだな、これは稀な例だが、他者を害することがその人間にとって愛情表現になっている場合もあるぞ』

「? ……???」

 

 ええと、何を言っているのかよくわからない。

 

「何を言っているのかよくわからないのだが……」

『いや、これについては本当にそのままだとしか言いようがないんだ。色んな人間がいるからな、そういうやつだっているさ』

「そ、そうなのか……?」

『ジェダイをやっていると、あまりそういう人間と出会う機会はないからな。あったとしても、そこまでその人を深く見る機会もなかった。罪を犯したものを捕縛することはあるが、そうしたものを裁く、あるいは更生させるのはジェダイの任務ではなかったからな』

「まあ……それは、確かに」

 

 ジェダイの前で「私にとっての愛情表現は、相手を攻撃することです」などと言ったら、とりもなおさず捕縛されることだろう。

 そして、警察機構に引き渡して終わるはずだ。アナキンの言う通り、ジェダイに裁判権などはない。あくまでジェダイは共和国からは独立した、対等な存在だったからだ。

 そうでなくとも、ジェダイは一人で何十もの惑星を任務地としていたし、その備えのためすべきことはあまりにも多かった。

 

 ……おや? それは……もしや、この星のヒーローと、あまりにも状況が似ているのでは……?

 

『そういう人間は極めて少数だが、確かに存在するんだよ。多様性をこそ生存戦略の軸に据えた人類ならではの症例と言えるだろう』

「ん……、あ、ああ、なるほど……」

 

 だが考えを進めるよりも先に、アナキンの言葉が続けられる。私は慌てて意識を戻した。

 

『だが、今言ったようにそういう人間は極めて少数だ。彼らにしてみれば、一般的な社会は大層住みづらいだろうな。自分とは異なる価値観を常に強いられているんだから』

 

 アナキンはそこで言葉を切ると、どこか遠い目をした。懐かしむような目だ。

 

『そういう「普通」になれないやつが、裏の世界にはそれなりにいるものさ。タトゥイーンにだっていたし、コルサントのアンダーワールドでもそうだった』

「コルサントでも、あったのか……? というか、詳しいんだな……」

『まあね。何せ僕は生い立ちが特殊だし、シス時代は各地の視察とかで、わりと銀河星系の隅々まで見て回ったからな』

「経験者は語る、ということか……」

 

 暗黒卿がする視察、の意味を考えると少々恐ろしいものもあるが……。

 

『ちなみにオビ=ワンなんかは、そういう人間とも積極的に交流して情報源にしていた。アンダーワールドはさすがになかったと思うが、労働者街くらいならむしろ顔が利いたまであったぞ』

「マスター・クワイ=ガン門下はどうしてそう型破りなことばかりするのだ?」

 

 言われてみれば確かに、クローン戦争が始まる直前に私の上司だったマスター・ジョカスタ・ヌーは、マスター・ケノービが公文書館のアーカイブデータを軽視していると一時期憤慨していたことがあったな。なんでも、公文書館のアーカイブよりも一庶民の記憶を頼りにしたとかなんとか。

 

 まああのときはマスター・ケノービが正しく、ドゥークー伯爵によって削除されたデータが存在すると明らかになり、公文書館は戦争みたいになったのだが。マスター・ヌーも、後日マスター・ケノービに謝罪したという。

 

『話は少し逸れたが、君の質問に対する答えはまあこんなところかな。他に質問は?』

「あ、いや。ひとまずのところは十分だ。ありがとう、勉強になったよ」

 

 疑問は一応解消した。

 普通とは少し異なるが、とりあえず何かしでかす可能性が高いことは間違いないようだ。であれば、未然に防がねばなるまい。

 

 ということで、私は学校生活の傍ら学内に感じられる暗黒面の帳の正体を探り始めた。

 

 私が見つけていたダークサイダーとは、三年生の女子生徒である。名前をトガ・ヒミコという。彼女が抱く暗黒面の帳は、どのようなものなのか。なるべく早く見極めなければならない。

 

 トガ・ヒミコという少女は、一見すると周囲に溶け込んでいるように見えた。よく笑い、それなりに広く同級生と交友があり、平穏な日常生活に埋没している。

 そんな、いわゆる普通に見える少女である。少なくとも今は、何か悪事に手を染めているようには見えない。

 

 しかしそんな彼女の笑顔は、フォース越しに人を見る私からしたら、どこか空虚なものに見えた。なんだか作り物めいた、仮面のような。

 そしてそこから湧き出るように感じられるものは、他者を害したいという欲求であった。調べた範囲では、現時点で何か犯罪に手を染めているわけではなさそうであったが……しかし深く、複雑なその気配は、恐らく長く抱きながら抑えつけてきたゆえのものに見えた。

 

 そして暗黒面に疎い私には、彼女が抱く欲求の詳細はわからなかったが……少なくともそうした欲求を、しかし悪意があって抱いているわけではないように感じられた。恐らく、アナキンが稀な例としたほうに当たったらしい。それこそがトガなりの愛情表現らしいのだ。

 実際、注意して観察していなければわからなかったが、彼女は時折一人の男子生徒……の、首元をねっとりと粘つくような視線で眺めていることが何度かあった。他の人間にそうした視線を向けることはほとんどないため、愛情表現という話にも信憑性があると言えよう。

 

 そしてこれが問題だが、彼女がまとう暗黒面の帳は、日々大きくなっていた。ということは、トガの中で今は利いている抑制が外れつつある、ということでもあるはず。

 それがいつになるかはわからないが、ここまで来てなかったことにできるはずもない。

 

 とはいえ、いきなり「そういうことはよくない」などと声をかけても、不審者扱いが関の山だろう。相手はまだ犯罪に手を出したわけではなく、少なくとも人々の中に溶け込んでいるのだから。

 

 なので、ここは監視しておくべきかと考え、カメラ搭載の小型ドロイドを造ったのだが……造ってから思った。もしやこれは犯罪なのでは? と。

 

「断言はできんけど、犯罪になる可能性は十分あるな。盗撮関係の何かに引っ掛かりかねん」

 

 少し悩んで父上に聞いてみたところ、その通りであった。

 

「正当な理由があれば、なんとかなると思うが……そもそも監視したい理由は、理波(ことは)の第六感なんだろ? それはさすがに、なあ……公安を頼ればまた話は違うだろうけど、それはそれでちょっとな……」

 

 だろうなぁ。

 

 前世、共和国でジェダイがときにそうした行為を許されていたのは、それだけジェダイが社会に認知され、その存在そのものが犯罪抑止力となり、それだけの利益を共和国に供していたからだ。フォースという概念も、詳細はわからずとも存在そのものはそれなりに流布していたことも大きい。

 

 だが今の私が同様のことをしても、認められることはないだろう。何せ今の私はただの中学生だし、フォースにしても社会に認知されているものではない。だからこそ第六感としか言えなかったのだが、いずれにせよ現状では監視は難しいと言わざるを得ない。

 

 ではどうするべきか。

 すぐに思いつく案は、監視を人力で続けるか、あえて距離を縮めることだが……。

 

「俺なら距離を縮めるね」

 

 父上は、迷うことなくそう断言された。

 




はい、というわけで本作のヒロインは、トガちゃんです。
タグの通り、彼女をヒーロー側に引き込みます(正義に目覚めるとは言ってない)。
前回ギャザリングの回でわりとあからさまな伏線入れたのでお分かりの方もいらしたかもしれませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.闇も否定しないという生き方 上

トガちゃんのセリフ考えるのめちゃくちゃ難しい・・・!
トガちゃん大好きなんですけど、彼女の魅力を半分も引き出せていない己が恨めしいぞォ・・・!


「仲良くなれば監視なんてしなくても済むだろ? それに何かに悩んでいるなり、憎んでいるなりするなら、向こうからそれを開示してくれるかもしれない。こっちからそこに踏み込めるタイミングが来るかもしれない。まだヴィランになっていない相手なら、それで悪の道に行かないように留め置ける可能性があるじゃないか」

 

 なにゆえに?

 そう問い返したところ、返ってきた答えがこれである。

 

「罪を犯したヴィランを捕まえるのがヒーローの仕事だが、彼らには何かしら罪を犯す理由がある。その多くには、やむにやまれぬ事情があったりするもんだ。なら、その理由になりそうなことがあったら、事前に摘み取ってやるのもヒーローの仕事だと俺は思うんだよ。で、そういうのは健全な人の繋がりがあれば、解決するものが多いからな」

 

 ――だから俺は、積極的に檀家さんと仲良くするんだよ。

 

 そう付け加えて、父上はにっと笑った。

 父上が元プロヒーローであることは知っていたが、よもや今現在でもそれに準じたことをしていたとは。

 

 父上が言うには、人の心に寄り添い、その闇を救い上げ、道を踏み外さないように支えること。それこそが、宗教家のあるべき姿なのだという。それはヒーローにとっても重要なことだと。

 その観点で言えば、トガのケースは暗黒面から引き戻すこと自体はできずとも、凶行に走らないように引き留めることはできる可能性が高いのだとか。少なくとも、今はまだ。

 

 もちろん、そのためには彼女が何を考えていて、どのような欲求を心の内に隠しているのか、一定以上の確度で知る必要はあるが。

 

 しかしだからこそ、仲良くなるのだと、父上は改めて結論を言った。そうすれば、相手のことを知ることができる。相手のことがわかれば、取れる選択肢が増える。さらに、言い方は悪いかもしれないが、情で縛っておくこともできるようになるかもしれない、と。

 特に、何らかの理由で今の生活に息苦しさを覚えているような……今の社会に馴染めないでいるような、普通になれないからこそ罪を犯すタイプには、それが効果的なのだと。

 

 ……情で犯罪を起こさせない、こちら側に引き留める、という考え方は、正直目から鱗であった。確かに、起きた犯罪を取り締まるよりは、最初から罪を犯させないほうが効率はいい。犯罪件数など、少ないほうがいいに決まっている。なるほど、であった。

 もちろん、一度距離を縮めるからには、一生友人としてやっていく覚悟、何より彼らが罪を犯したときは責任を持ってとめる覚悟が絶対に不可欠らしいが。

 

 そこは当然であろう。ある程度仲良くなったからさようならでは、あまりにも不義理すぎる。

 

「これは俺の個人的な意見なんだがな」

「?」

 

 そうやって話を聞く中で、父上は珍しく自分の過去について少し語ってくれた。今までとは異なり、つぶやくような声だった。

 

「寺の息子だったからかな。俺は、ヴィランも助けられるヒーローになりたかったんだよ。罪を犯した人間が、みんな絶対悪だなんて思いたくなかったんだ。実際、調べてみれば生まれつき社会に馴染めない少数派で、社会からあぶれてしまったからこそヴィランにならざるを得なかった人たちはそれなりにいる。貧困が理由の人も、育ちに問題があった人だって。

 もちろん、悪だと断じるしかないような人だっていたけどね。でも、そういう人たちを含めたすべての人を助けたかった。彼らの心を救って、平和な世界を実現したかった。他ならぬお釈迦様のようにね」

 

 しんみりとした語り口に、私は口を挟まずただ耳を傾ける。

 

「だけど、生まれ持った気質や環境で悪になるしかなかった人であっても、戦わなければならないときは必ずある。助けようとして手を差し伸ばして、裏切られることだって。

 ……それでも、そういう人でさえ助けられる、どんな人でも助けられるのがヒーローだって、子供の頃は無邪気に信じていたんだ。……実際のヒーローは、そんな理想的な存在じゃ決してなかったけどな」

 

 そう言って、父上はやけにわざとらしく自嘲した。

 だが、きっとそれが、父上の原点なのだろう。宗教家の一族に生まれて、それでもヒーローを志した根本は、きっと。

 

 元より、父上は光明面の極みのような気配がする人であった。もしも彼がフォースユーザーであれば、まさにジェダイマスターに相応しいと言えるほどに。これほど光明面に寄った内面の持ち主は、そうそういるものではない。

 その確信は、父上の言葉を聞いてより強くなった。

 

「そういうわけでな。俺はその女の子のことも、助けられるなら助けてやりたい。まだ何かしたわけじゃないんだろ? それなら……なあ?」

 

 そして、どこか困ったような笑みを浮かべながら、父上は私に言った。

 

 彼の目指していたものは、確かに理想がすぎるかもしれない。現実では、きっとできなかったことのほうが多いだろう。あるいは、絶対に不可能という可能性だってある。

 しかし、確かにそうだったらいいなと、素直に思える理想であった。

 

 罪を起こさせないと一口に言うが、力でもって抑止するわけでも、内心の自由を縛って抑止するわけでもない。

 相手の心を救うことで、抑止する。それで犯罪を減らせるのなら、それはなんと平和的で、調和に満ちた方法であろうか。

 

「はい、私もそうしたいと思いました」

 

 だから私は、自分でも不思議なくらいするりと、そう答えたのであった。

 

***

 

 しかし世の中ままならぬもので、なかなか件のトガに近づくことができないまま月日は過ぎて行った。やはり、学年が違うということは、接点を作りづらい。

 しかも私が通う中学校は三年生とそれ以外で校舎が違うため、ただ一人の会ったこともない人間と会うために入るのも難しかった。

 

 そうこうしているうちに、あっという間に卒業式の日がやってきた。

 

 ……言い訳のように聞こえるかもしれないが、父上から話を聞いて私がなんとかしようと思ったのは、二月頭だ。そこから卒業式まで一か月もなかったため、本当に機会がなかったのである。

 

 まあ、それはさておきだ。

 

 私は一年生だが、飛び級して来年度は三年生となる予定のため、その日は他の二年生に混じって卒業生を送る側の席にいた。

 式自体は、特筆すべきところはなかった。トライアルに合格したジェダイが、昇格する際に執り行われる儀式のようなものもなかったので、私としては拍子抜けであったが。

 

 ともあれ、今日が最後の機会だからなんとか都合をつけなければと考えていた私は、卒業式がすべて終了したあとはトガに声をかけるべく片付けの手伝いもそこそこにそっと会場から抜けていた。

 

 だがそこで、トガの様子が急変した。暗黒面の帳が急拡大したのである。

 それをフォースで感じ取った私は、元々彼女を探していたこともあって、急行することにした。

 

 幸い、私の身体は”個性”とフォースの合わせ技により、余人を圧倒的に上回る身体能力を発揮できる。トガが何か事を起こすよりも前に、彼女の前に立つことができた。

 

「?」

 

 いきなり現れた私に、小さく首を傾げるトガ。その仕草は小動物のようで、見目の整った少女であるトガがやれば、とても愛らしい。

 しかしその顔に浮かぶ笑みは普段以上にわざとらしく、「普通に埋没しているように見える仮面」は明らかに外れかけている。

 

 その仮面は、最悪外れても構わない。だが、覚悟だけはさせてはならない。

 覚悟……そう、闇の中に自ら呑まれる覚悟だ。自らの意思でそれをしてしまえば、もはや彼女はこちらに戻ってくることはないだろう。であれば、なおのことここで引くわけにはいかない。

 

「トガさん。何をしようとしていますか?」

「……?」

「その隠し持ったカッターナイフとストローで、何をしようとしていますか?」

「……っ」

 

 トガは私の指摘に、反射的に身体を硬くする。

 しかしすぐに取り繕ってみせた。彼女がそれなりに動揺したからこそそうだとわかったが……私に前世の経験がなかったら、見抜くことが難しかっただろう。

 それほど完璧に近い擬態だった。そこから、いかに彼女が己を殺し偽ってきたか、その期間の長さが窺える。

 

 だからとて、ここで見なかったことにするなどあり得ないが。

 

「なんのことです?」

「隠しても無駄ですよ。私にはあなたの大まかな思考がわかります。そう……あなたは今、無性にサイトウの血を吸いたいと思っている。首を切り裂いて、ストローを当てて、『チウチウ』と」

「……っ!?」

 

 この至近距離で、一度動揺したからにはフォースは簡単に通じる。普段はフォースといえどここまではっきりと心の奥底を見通せるわけではないが、今見せた動揺はその不可能を一瞬とはいえ可能にした。

 

 だが、この指摘を受けたトガは確かに再度動揺した。……確かにしたのだが、今度は一瞬でそれを鎮めてみせた。

 と同時に、表情の抜けた顔で猛然と襲いかかってくる。その手では、カッターナイフが窓から差し込む光で鈍く煌めいていた。

 そしてそれを振るう挙動に一切の迷いはなく、完全に獲物に狙いを定めた猛獣のそれであった。仮面は、もはや完全に外れてしまったと見ていいだろう。

 

 だが、まだ間に合う。彼女はまだ、誰も手にかけていない。

 そして私はジェダイ。ごくごく直近の未来予知はお手の物であり、特にフォースユーザーでないものが相手となれば、絶対的なアドバンテージがある。

 

 ゆえに私も、最小限の動きでトガに応じる。放たれる刃を戦いの術理によってセンチ単位にさばき、身体を泳がせる。

 と同時にその手をひねり、フォースと共に床にねじ伏せた。

 

「あ……っ、ぐ……!?」

「残念ですが、私にそうした攻撃は通用しません」

「は……っ、な、して……!」

「できません。離したらあなた、私はもちろんサイトウのことを害しに行くでしょう?」

 

 言いながら彼女を拘束する。傍目には、私のどこにそんな力があるのかと首を傾げる状態だろう。

 

 しかし感情が高ぶっているからか、トガもかなりの力を振り絞っている。恐らく同年代の、技を持たない人間では即座に投げ出されるだろう。

 

「あなたがやろうとしていることは犯罪です。それを見過ごすわけにはいきません」

「……ッ、私の……っ! 私の何がいけないって言うの……!? 私はただ、普通に生きてたいだけです……!」

 

 鋭い視線が、わずかに私に届く。この星の現状、下手したら本当に視線だけで人を殺せそうな視線だ。

 

 しかしここでこう言うということは、やはり彼女は社会の普通から黙殺されてしまった人間なのだろう。どうしても同情の念を覚えてしまう。

 だが深く考えるまでもなく、このまま行けば彼女は犯罪者一直線。見過ごすわけにはいかない。

 

 とはいえ、ただ頭ごなしに否定するだけでは、ここで彼女の行動をとめたとしても、いずれまた同じことが繰り返されるだろう。必要なことは、再犯の芽を摘むこと。いい意味で次に繋がるようにすることだ。

 

 だから私は、言葉にフォースを乗せて話しかける。これで言葉は、力を持つ。額面以上の説得力が乗る。

 

「……なら問いますが。あなたはサイトウから血を吸うに当たって、当人の同意を得るつもりがありましたか?」

「何言って……っ!」

「なかったですよね? だから犯罪だと言ったのです。たとえどんなことであっても、相手から同意をもらうことは必要なことです。愛を交わすための最たる行為に性交渉がありますが、それとて相手の同意がなければ強姦という犯罪なのですから」

「……あ」

 

 トガの目が丸くなった。その発想はなかった、と言いたげな目である。

 

 なかったのか……。いやしかし、どうやらまだなんとか冷静さを残していたようだ。説得をするには今しかあるまい。

 私はフォースを乗せた言葉を続ける。

 

「恋愛は……と言うほど、私に経験はありませんが。しかし知識の上では、恋愛というものは何より両者間の感情のやり取りであり、それは双方向のものだと聞いています。ならば、好きな相手だからといって、なんでもやっていいわけではないのでしょう? そこに加害行為や求愛行為の別はないと思いますが」

 

 そこにそう続けたところ、トガは視線を落として黙り込んだ。

 しばしそうして、何やら考えていたようだが……。

 

「……でも、だって、人の血を吸いたいって、普通じゃない、らしいんです。同意があっても。おかしいですよね、私はこんなに()()なのに」

「私は別に構いませんが……まあ、大多数の人はそう思うでしょうね」

「……?」

 

 私の言葉に、トガがぐりんとこちらを向いた。両者の位置関係から、完全に向けられてはいないし、ここまでしてもまだ私の全身を視界に収められたわけではないだろうが。

 

「……いま、なんて?」

「大多数の人はそうでしょう、と」

「じゃなくて! その前です!」

「私は別に構いませんが」

「それ!」

 

 みしり、と骨が軋む音がした。私の拘束を、無理やり引き剥がそうとする音だ。

 それでもトガはいとうことなく、ただ私に目を向けることに集中していた。いや、それ以外のことは気にならなくなっているのか。

 

「いいの!? チウチウしても!?」

「それがあなたなりの愛情表現なのでしょう? いきなりされるとか、喉を切り裂かれるとか、そういうのは勘弁願いますが……順序立てて場所を選んでいただければ、いくらでも」

 

 トガの目が、さらに丸くなった。先程と似たような経緯とはいえ、そこにある感情はかなり方向違いだろうが。

 

 しかし、私には彼女を引き止める方法がこれしか思いつかなかったのだが、てき面のようだ。そこまで血に飢えていたというのだろうか。それほどまでに抑圧されていたのだろうか。

 

 私には、彼女の気持ちを正確に推し量ることはできないが……きっと、それはつらいだろう。……あるいは、私にそう思われることも、彼女にとっては余計なお世話かもしれないが。

 

「そこまで多いかはわかりませんが、好きな人にされるなら……と受け入れてくれる人もいると思いますよ。その……痛いのが好きだという人も、少数ながら世の中にはいるらしいですし」

「ほんとう?」

「直にこの目で見たわけではないので断言はしかねますし、私がそうだとも言いませんが……ただ、あなたが悪事を働き、何人もの罪のない人たちを殺める未来を防げるのなら、私は多少斬られようが血を吸われようが気にしません」

 

 そしてそう言うと、トガは目に見えて嬉しそうな顔をした。

 

「そんな人、現実にいるんですか。そっか……そっかぁ!」

 

 そのまま彼女の顔が上気する。まさに恋する乙女という表現が似つかわしい、花のような顔になる。

 ……花、というにはやや壮絶ではあるが。しかし、これがきっと彼女の本当の顔なのだろうな。

 

 そう思った私は、彼女の拘束を解いた。すると、彼女はすぐさま身体をよじらせながらもくるりと回り、私と正面から向かい合う形になる。

 

「わあ、カァイイ!」

「はあ、それはどうも。あなたも……とても、かわいいと思いますよ」

「本当!? よかったぁ……よかった! あ……そうだ、私トガです! 渡我被身子(トガヒミコ)! ええっと……」

「マスエ・コトハです」

「マスエさん! ありがとねぇ、私もうちょっとがんばってみます!」

「……告白しに行くんですか? ええ、健闘を祈っています」

「うん! じゃあ、バイバイ!」

 

 そしてトガは、最初からは考えられないくらいの気安さを見せながら、飛び出していった。その直前、フォースプルでカッターナイフを回収しておく。念のためだ。

 

 なんというか、嵐のような……というか、コロコロと顔を変える少女だった。破天荒というか、支離滅裂というか。思わずため息が漏れる。

 

 だが、私がついたため息はそういう理由のものではない。

 私にはわかるのだ。ここ最近彼女になんとかして近づこうとしていたからこそ、彼女が想いを告げようとした相手に、「そういう気」がないことが。

 

 振られるであろうことがわかっていながら、いけしゃあしゃあと「健闘を祈る」などとうそぶく己に軽く自己嫌悪を覚える。

 

「……私も行くか」

 

 結末は想像できる。なればこそ、まだ終わっていないとわかっている。

 だから私は直前に抱いた気持ちを押し込めると、トガを追って部屋を出た。

 




ボクの作品では別作品でも仏教関係者が主人公の精神面に大きな影響を与えていますが、偶然でもなんでもなくこれはボクが仏教系の学校に通っていた影響が大きいです。
まあ、ボクにとって仏教は哲学って認識なんですけどね。

それはともかく、トガちゃんが一般人としての生活を捨て、蓄電した日に介入です。
彼女が素直なのは、主人公の声にフォースが乗ってることに加え、トガちゃんがまだ完全にはヴィランになってないからですね。
もう本当に限界寸前のところで、「私斬られてもいいですけど」ってやつが現れたから、ってのもある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.闇も否定しないという生き方 下

 学校の片隅で、事態は大体私の予想通りに進んだ。

 人の話を聞くだけの分別がまだあったのか、それとも私の言葉が最後の防波堤として機能したのかはわからない。

 

 しかし何はともあれ、トガは私の助言に従って同級生に告白し、恋仲になることに同意された。

 ……まではよかったのだが。その次に血を吸わせてほしいと告げて、相手の男子生徒を唖然とさせた。

 

 それから言葉の意味を理解できないままの彼に、トガはカッターナイフを取り出……そうとして見つけられなくて、けれど「あ、じゃあ」という気安さで八重歯をむき出しにして噛みつくそぶりを見せた。そうして嬉しそうに……本当に嬉しそうな満開の笑みを見せて、迫ったのだ。それはそれは美しく、凄まじい笑顔であった。

 

 一般人がそんな迫り方をされれば、逃げるに決まっている。案の定、トガは相手に逃げられ、それだけにとどまらず、語彙力のない悲鳴混じりの罵倒を受けて、呆然とその場に立ち尽くすことになった。

 

 まだ高い太陽の光が差し込んで、トガの横顔を照らしている。そこにあったのは、純真な期待を裏切られ、力なくぼんやりと立ち尽くす一人の少女の姿。

 そう、そこにいたのは、ただ失恋をした、どこにでもいるであろう少女だった。

 

 たとえその手段が普通ではなくとも、彼女は確かにただの少女だったのだ。

 そこには、怒りや憎しみなんてものはなく、どこまでも……そう、彼女はどこまでも「普通」だった。

 

 そんな彼女を見て、「ああ強引な手段に出なくてよかった」とだけ考えて終わろうとは、もう私には思えなかった。

 

「……トガさん」

 

 こうなるとわかっていた罪悪感を隠しながら、その背中に声をかける。いらえはなかった。

 

 代わりに油の切れたドロイドのような緩慢な動作で、視線を私に向けようと振り返るトガ。その頰には、涙が滝のように流れていた。

 

「……あは。私……振られちゃいました」

 

 悄然としたその姿に、ますます罪悪感を刺激される。

 

 こういうとき、なんと答えればいいのだろうか。想定はしていたが、その想定を本当に伝えてしまっていいものだろうか。

 前世の私だったら、「よく試練を乗り越えた」と言って褒めていただろうが。そんな言い方は、的外れだと今はもうわかっている。

 

「……心中、お察しします」

 

 とりあえず、まずは何より会話を続けねばと無難な言葉を出したのはいいが、それに対する反応は薄かった。

 

「……生きにくいなぁ……。普通にしなさい、普通ありえない、普通、フツウ、ふつう……それってなんなのかなぁ……ホント……。そんなの全然カァイいくないのに……!」

「…………」

「なんでかなぁ? 私、普通に生きてるつもりなんですけど。でも、笑ったら怒られます。お母さんたちも、異常だって。おかしくないですか? 普通に、自由に生きたいだけなのになぁ……なんで、こんなに生きにくいのかなぁ!」

 

 対して、返ってきたのは切実な心の発露であった。あはは、と乾き切った笑いが虚しく響く。

 それはきっと、紛れもない彼女の本音なのだろう。彼女は本当に、普通に生きているのだ。他の人間と同じように。

 

 けれど、それは彼らには普通に思えるものではなく。

 

 ああ、きっと両者は分かり合えない。

 

「……私は」

 

 けれど、私は。

 

 このわずかなやり取りで、わかってしまったのだ。彼女はただ考え方が少しズレているだけで、心根の部分はどこにでもいる十五歳の少女なのだと。

 そしてそのズレゆえに孤独な、この少女を。何十億もの人の中で、一人で寂しく涙を流す彼女を、()けてあげたい。そう思った。

 

 だから、私は。

 せめて私だけは。

 

「……私は、君の『普通』を否定しない」

 

 だから、こうしよう。

 

「私は、私が、君の『普通』を受け止める」

 

 これが正しいかどうかは、未熟な私にはわからないけれど。

 

「だから……君は私の隣にいるといい。それで、君が君らしく……()()()()生きていけるなら」

 

 少なくとも、これが今の私に思いつく、闇も否定しないという生き方だから。

 

「……いいの?」

「ああ」

「私、たくさんチウチウしたいよ」

「構わない」

「きっと、殺したくなっちゃう」

「できるものなら」

「……刺すよ?」

「ほら」

「……っ!!」

 

 むさぼるように。

 きっと、その言葉が一番相応しいだろう。

 

 トガは差し出されたカッターナイフを奪うと、半狂乱の様子で振るい、私の腕に突き立てた。

 鋭い痛みと共に、血が吹き出す。袖をまくっていたのだから、当たり前だ。

 

 そこに、トガはためらうことなく口を当てた。ストローを用意していたかと思うが、それを使う余裕すらなさそうだった。

 

 そうして、ちう、と音が鳴って、血を吸われる。そう、むさぼるようにだ。

 行為それそのものには、痛みはない。なんとも不思議な感覚だった。

 

 廊下にぺたりと座り込み、泣きながら私の腕に吸い付く彼女の顔は、恍惚としていた。

 

 けれど、それがどうにも、彼女らしいなと感じた。

 少なくとも、苦しくもがいている気配は微塵もない。何より、学校で見せていたものより、このほうが彼女には似合うな、とも。

 

 そうしてしばらく、私はトガに身体を切られ、血を吸われ続けた。何度も。

 

***

 

 さて、その後について語ろう。

 

 まず、私たちは危うく通報されかけた。

 まあ、人の少ない卒業式後とはいえ、少ないのであって誰もいないわけではない。いずれ誰かが通りがかることは必然であった。

 

 しかし、私はあくまで同意の上での行為であり、これは私自身が望んだことであると再三伝え、なんとか警察沙汰だけは回避するところまでこぎつけた。人が大勢集まる前に、周囲に散々広がった血痕の処理を済ませられたのもよかったかもしれない。

 

 もちろん、当たり前のように誰も理解を示さなかった。

 

 いや、その気持ちは私もわかるところではあるのだ。正直な話、私とてトガの吸血行為を完全に理解したなどとは言えないし、きっと永遠にわかるときは来ないだろうとまで思っているほどだ。

 

 けれど私が吸血を許した経緯は、理解してもらえると思うのだが。順序立てて説明しても、なかなか理解してもらえなかったので、わかりあうとは難しいなと改めて思う。

 大衆というものがおおよそそういうものだ、ということもわかってはいたことだが。理解されない、ということは大なり小なり心に来るものがある。トガはそれに苦しんでいたのだ。

 

 だが、私はそんなトガを救けたいと思った。そのためにしたことだから、後悔はない。

 少なくとも、フォースが私を非難することはなかった。私にとっては、それで十分である。

 

 そしてこの件は、トガは両親には話が行かないようにしたので、彼女が普通な生き方を強いる両親から恫喝されることはなかった。

 

 どうしたかと言えば、マインド・トリックというフォースの技を用いた。いわゆる心理操作であり、フォースによって他者の心に意思を植え付け、それによって行動をある程度操るというものだ。

 意思の強固なものには効果が薄く、種族によってはそもそも元から効果がなかったりもするが……逆に言えばあまり意欲や気力のないものには効きやすく、その性質上有効な相手には本当によく効く。

 

 私個人としては、心を操作する技ゆえにジェダイの正道からはやや外れた技だと思っており、あまり使いたくはなかったのだが……今は使いどころだと判断した。

 この判断は正しく、事態は大事になることなく落着したというわけである。

 

 ただこのマインド・トリック、学校関係者全員に実によく効いたので……なんというか、この学校には真実生徒のことを想っている教師はいないのだなと、この国の闇を見た気分にもなったがそれは置いておこう。

 

 ……ちなみに、アナキンの師であるマスター・ケノービはこれの達人であったし、さらに彼の師だったマスター・クワイ=ガンもまたこれを得意とした。私がマスター・クワイ=ガン門下に対して思うところがあるのは、こういう技術を正義のためとはいえ、わりと躊躇なく使うところがあるからだったりする。

 

 それはともかく……どうにかこうにか、トガは完全に暗黒面に堕ちる直前で踏みとどまった。

 

 ただ、まだ危ういところにいることは間違いない。

 だから私は彼女を友人として家族に紹介し、定期的に私相手に欲求を発散させることにした。

 

 彼女によってつけられた傷も、私なら”個性”で治療できる。なんなら治療の練習になるので、これは私にとっても益のあることだった。

 また、痛みに慣れるという意味もある。なかなか日常的に攻撃による怪我はしないから、そういう意味ではありがたいと言えた。

 

 ……ああ、そうそう。トガが唯一本性を見せた男子生徒から、彼女の話が広がることはかろうじてなかった。

 これは今までのトガの擬態が完璧で、誰も彼の話を信じなかったからである。嘘つき呼ばわりされたサイトウ少年には非常に申し訳なかったので、それとなく謝罪はしておいた。

 

 と、そんな感じでまとまった今回の件だが、一通りの報告を聞いたアナキンが「やってしまったな」みたいな反応だったのは、よくわからなかった。

 

『いや、君のしたことが悪いわけじゃない。今の君にできる中では十分な方法だろう。ただ……君の言い方がまずいし、すべてを本当に受け止めてしまったことも、もしかするとのちのち……』

「……? 何か問題でしたでしょうか、マスター・スカイウォーカー?」

『……いや、確証があるわけじゃないんだ。ただ……そうだな……君、責任はちゃんと取れよ。君は言うなれば、猛獣に簡易な枷をつけただけで隣に侍らせているようなものだ。世間の一般人は絶対納得しないし、何かあればことは彼女だけにはとどまらないぞ』

「それはもちろんです。マスターが何を気にされているのか、非才の身にはわかりかねますが……彼女のことは、責任を持って表社会に馴染ませて見せます」

『……だといいんだが』

 

 よくはわからないが、私より色々と優れる上に物事に精通している彼の懸念だ。注意しておくに越したことはないだろう。

 

 あるいは、彼女が犯罪者に利用されるようなこともあるかもしれない。もしそうなったとき、きっと世間は事情を考慮しないだろうから。注意してしすぎるということはない。

 

 ともあれそういう形で、この件は決着したのであった。

 

 それから残り少ない中学校一年生は、穏当に過ぎ去っていった。

 




「君は私の隣にいるといい」
トガちゃん(トゥンク)
アナキン「あっ(察し」

無自覚にフラグを立てていくスタイル。
生兵法は怪我のもととはよく言ったものだね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.その後の二人

 春休み。私は自宅でライトセーバーを組み立てながら過ごしていた。

 相変わらず進行は緩やかだが、しかし確実に前進している。このペースなら、年度が完全に改まる頃には完成するだろう。

 このペースを維持できるのなら、だが。

 

「じゃーん! どうですかコトちゃん、新しいトガですよ! セーラー服なのです!」

 

 そう、私のすぐ横にはトガがいた。両手を広げ、これ見よがしのアピール。ひらりとスカートの端をひらめかせることも忘れていない。相変わらずよくやるものだ。

 

 私はそんな彼女をちらりと横目で見やり、言葉を返す。

 

「ああ……うん。ファッションのことはよくわからないが、君によく似合っていることはわかるよ。とてもカァイらしい。手が離せなくて、あまり見てあげられないのがもったいないくらいだ」

 

 ライトセーバーは武器ゆえに蛮用が可能だが、精密機械でもある。こと組み立て中などは、少し手元が狂っても組み上げることはできなくなる。フォースとの対話も必要だし、ただの機械いじりとは少々方向性の違う手間がかかるのだ。

 

 とはいえ、おざなりに答えたつもりはない。私はわりと本気で、セーラー服がトガによく似合っていると思って答えた。彼女はとても、見目がいい。

 

「えへへへへー、でしょうー? この高校にして正解でした!」

 

 そこは伝わっているようで、トガは照れた様子で嬉しそうにんまりと笑った。

 

 ……彼女は卒業式のあの日から、定期的に我が家にやってきている。表向きは前にも述べた通り、私の”個性”訓練の協力であり、友人との交流である。

 それなりの頻度であるため、我が家にもかなり馴染んでいる。私の両親……特に母上は、私が初めて友人を自宅に招いたことに感動していたので、いささか認識に差があるように思うが、それはさておき。

 

 母上の私への呼び方をすっかり気に入ってしまったトガは、お聞きの通り「コトちゃん」と呼んでくる。別に構わないのだが、心の距離の詰め方がバグっているように思えてならない……。

 

「……待て? 先ほどの言い方、もしかして制服のデザインで行く学校を決めたのか?」

「もちろん! だって、制服が可愛くなかったらやる気だって上がらないもん」

「あー……わからないとは言わないが、自らが通う教育機関を選ぶ基準としてはどうなんだ?」

「やだなぁコトちゃん、カァイイは正義なんですよ!」

「……私にはよくわからない世界だ……」

 

 ぐっと拳を握ってやけに熱く語るトガだが、この手の話は本当によくわからないので、これ以上コメントができない。

 

 そもそもジェダイにとって、必要以上に着飾ることは欲望の喚起に繋がる行為のため、基本的に禁則事項だ。

 さすがにジェダイ・カウンシルや共和国議会など、一定以上のドレスコードが求められる場所ではその限りではないが……そういうときでもジェダイは伝統的なローブが基本である。

 

「むー、もったいないです! コトちゃんはとってもカァイイんだから、もうちょっとオシャレするべきですよ!」

 

 ぷう、と頬を膨らませながら腰に手を当て、軽くにらむようにして私の顔を覗き込んでくるトガ。

 

 手元の細かい作業の邪魔なので、それはゆるゆると押しのけてどいてもらうが……まあ、言いたいことはわからなくはない。

 なにせ今の私の格好は、使い古した上に油汚れがそこかしこについたシャツと、同じく緩いズボンである。幼くとも女が好む格好ではないだろう。

 

 私は普通ではないので、別に構わないのだが。これで式典やら何やらに出席するつもりなら問題だろうが、時と場合はわきまえているつもりであるし。

 

「本当、その通りよねぇ。トガちゃんももっと言ってあげて。この子ったらぜんっぜんオシャレしようとしないんだから」

 

 と、そこに飲み物と菓子を持って母上がやってきた。トガが顔をほころばせる。

 

 私はそんな母上に顔をしかめるが、この件に関しては母上は明確に私の敵である。

 なぜなら、母上が私に着せようとする服の大半が、あまりにも飾りの過剰な豪奢なものであり、私の精神的にも戦闘や訓練に不向きという意味でも、着たいと思わないのだ。これに関しては、感性が合わないと言わざるを得ない。

 

「ですよね! ほらコトちゃん、お母さんもこう言ってるし、もうちょっとだけオシャレしましょうよぉ」

「断る。第一、そこに資金と時間をかけている暇はないんだ。……それに、そもそも我が家は私の”個性”のせいで、ただでさえ食費がすごいことになっているんだぞ。無駄遣いは慎むべきだろう」

「……あんなこと言ってますよお母さん!」

「はあ……もう、この子はいい子なんだけど、いい子すぎるのも問題よね……」

 

 解せない。

 

 しかしここで下手に抗弁すると、より面倒なことになると過去の経験から私は知っている。

 なので、母上とトガが私を着飾るという話で盛り上がる様子を尻目に、ただ黙して作業に没頭することにした。これは時間の効率的な取捨選択である。

 

「はあー……コトちゃんはカァイイなぁ。ちんまくてカァイイ」

 

 と、そうこうしているうちに、いつの間にか母上は退室したらしい。一人になったトガが、後ろから私の身体を抱きすくめてきた。

 彼女はそのまま私のうなじ辺りに顔をうずめると、すんすんと鼻を鳴らす。

 

「いいにおい。血の匂い……」

「……それは君が頻繁に私から血を吸っているからだろうに」

「うん、私好みの匂いになったのですよ」

 

 くふふと妖しく笑うトガに、私は苦笑する。

 

 最初のうちは、顔を合わせるたびにカッターナイフであちこちを切り刻まれていたものだ。傍目には、完全に猟奇殺人の現行犯だったろう。今でも犬のような嗅覚に優れた生き物からすれば、私は常に血の匂いを漂わせる危険人物に映っているだろうな。

 

 ともあれ、今の位置関係では見えないが、今のトガがまとう雰囲気は直前までとは違う。母上と談笑していたときとは打って変わって、はっきりと暗黒面の気配がするのだ。

 それだけわかれば、彼女がこれからどうするか、今何をしたいのかはわかる。

 母上は一度飲み物などを持ってきたら、あとは基本的に顔を出さない。つまり……ここからは、誰も邪魔をしない。

 

「いい? もういいよね? チウチウするね?」

「どうぞ」

「いただきまぁす!」

 

 そうして彼女は、私のうなじにかみついてきた。

 

 タイミングも完全にわかっていたので回避は容易いが……私はこれを受け入れる。

 トガが今、曲がりなりにも表社会の中で生きているのは、こうやって定期的に内なる欲求を発散できているからだ。しかし、そんな彼女も進歩している。

 

 何せ、吸う前にちゃんと許可を取る。おまけに私から血を吸うに当たって傷つける量が、少しずつ減ってきているのだ。傷をつける箇所も、外からはわかりづらい場所に変化した。最近などは、血がにじむ程度にかみつくくらいで済む日もある。おかげでこの最中でも他のことができる。

 私には彼女の心境の変化を見透かすことはできないが、それでも……いや、だからこそ、少しずつ前進しているのだと信じたい。

 

 そう思いながら、私は己の身体に触れて”個性”を発動させる。対象は、私自身の自己治癒能力と造血機能。これによって、私につけられた傷は早々と完治するし、多少血を失おうがすぐに血液量も回復できる。

 この際、どこをどういう風に、どのような意図を持って、どれくらいの量、増幅するかを意識する。そうすることで、”個性”のいい鍛錬になるというわけだ。

 

 ……人知を超えた速度で傷が癒えていく光景は、今でも信じがたいと思う。共和国時代、驚異の治癒能力を持つバクタ溶液(SFでお約束の、全身浸かるタイプの医療ポッドに入ってる液体)でさえ、もっと時間が必要だったはずだが。まったく、”個性”というものは末恐ろしい。

 

 そうやって治っていく傷に、トガの吸血は勢いを増す。まだ行かないで、もう少しだけ、もっと、と言いたげに。それがむず痒く、私は少し身動ぎした。

 

 やがて傷が治り、血が出なくなったところで一回とカウントし、ひとまずはおしまい。最初の日、トガが際限なく血を吸おうとしたので、以降区切りをつけるために設けた私たちのルールだ。

 

「…………」

 

 そうして区切りがついたところで、トガが少し顔を上げる。その頃には材料が尽きていて、私もセーバーの製作を打ち切っていた。

 だから、自然と私たちは至近距離で顔を突き合わせる形となる。そして蕩けた視線と、切なく上気した顔が向けられた。

 

 ……吸血のときはいつもそうなのだが、終わった直後の彼女はあまりにも淫靡に色づいていて、男には見せられないように思う。はふう、と名残惜しそうに漏れる吐息はなまめかしく、いまだ花の開き切っていない歳頃の少女とは思えない妖艶さだ。

 肉体的には女であり、ジェダイとして精神修練を積んだ私でなければ、大変なことになっているのではないだろうか。

 

「ありがとう、コトちゃん」

 

 そして彼女はそんな状態のまま、花がほころぶように笑うのだ。全幅の信頼を込めた、油断し切った笑みである。

 だからなのか、級友らといたときよりも楽しそうに笑っているように見える。少なくとも私には。

 

 ……まあ、その笑顔は大抵の人には気色悪いにやけ顔に見えるようだが。これは個性の範疇だろうと私は思う。無論、原義の意味でだ。

 

 それに、彼女がこうやって笑う頃にはもう、暗黒面の気配は薄れているのだ。消えはしないが、これくらいなら、その辺りに行き交う人間にもまとっているものはいる。

 ならば今の彼女を悪人だと、誰が断じることができようか。

 

「んふふ」

「? どうした?」

 

 にまにまと笑いながら、トガが身体を預けてきた。そのまま私たちは抱き合った状態となり、私の肩には彼女の頭がこてんと乗った。

 

「気づいてました? ()()()()()()()()()()

 

 そんな状態で、彼女は私の眼前に三つ編みを差し出してきた。

 

 言われてみれば確かに、トガの髪型が変わっている。以前までは肩甲骨くらいまで髪を伸ばしていたが、今は肩に触れる程度までとなっている。

 その髪を、一本だけ三つ編みにしてサイドに流してある。これは……この髪型は。

 

「……私に合わせたのか?」

「はい!」

 

 にまりと笑うトガ。

 

「……私のこの髪型はパダワン特有のもので、いずれ切り落とすつもりなのだが」

「は? そんなのぜんっぜんかわいくない! ダメですよコトちゃん、そんなことしたら!」

「ええ……髪型などどうしようが私の自由だろうに……」

「うー……じゃあ、そのときは私も切り落とします!」

「……好きにしてくれ」

「はい、そうします!」

 

 元気に宣言するトガ。相変わらず、やたらと思い切りのよすぎる少女である。

 まあこういうときの屈託のない顔は、血を吸っているときやその直後に見せるものとは違って本当に歳相応のものなので、私としてもついつい受け入れてしまいがちなのだが。

 

「ふふ」

「今度はなんだ?」

「楽しいなぁ。楽しいねぇ、コトちゃん」

 

 と思えばこれである。彼女は思考が独特というか、たまに過程を吹っ飛ばして、私には理解が追いつかないことを言うときがある。

 しかし、そんな彼女を受け入れるのだと決めたのは私だ。理由もなく無碍にするわけにはいかないし、するつもりもない。

 

 だから、

 

「……そうだな」

 

 私も、笑ってそう応じるのだ。

 

 願わくば、彼女のこれからがフォースと共にあらんことを。

 




EP1、もうちっとだけ続くんじゃ。
具体的には3話くらい。

誰かパダワンスタイル(ただし主人公同様、髪の長さは肩にかかる程度であるものとする)な髪型のトガちゃん描いてみてくれないかな・・・。
絶対カァイイと思うんですよね・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.遠い場所で、誰かが原点をつかんだ日

 年度が改まり、私は予定通り飛び級して中学校三年生となった。それに前後する形でライトセーバーも完成し、ようやく私はジェダイ……というより、パダワンとしての体裁を整えることができた。

 

 完成したライトセーバーは、今の私の体格に合わせた小型、かつ刀身は短めである。分類としては、いわゆるショートー・ライトセーバーに当たる。

 ただし、その出力はイニシエイトのトレーニング・ライトセーバー程度に抑えられている。

 

 要は光る棒程度でしかないわけだが、ライトセーバーはユニバーサルカッティングツール(なんでも切るやつ)とも言われる危険な武器だ。そしてこの星のヒーローというものは、殺害はもちろん傷害すら基本的には避けるべきことらしいので、出力についてはわざとである。

 しかし万が一のときには、私の”個性”を使えば本来の威力を発揮できることは確認済みだ。そういう事態が起こらないことが一番ではあるが。

 

 なお、刀身の色はなんとオレンジとなった。前世では何度造っても緑にしかならなかったのだが……これは新しい環境の影響だろうな。私自身も昔に比べて多少変化しているという自覚はあるので、そういうことなのだろう。

 

 さて、ようやくライトセーバーを手にしてからの半月ほどは、アナキンからみっちりとセーバーテクニックの手ほどきを受けた。とはいえ長いブランクがある上に、マスター・ヨーダにも比肩したアナキンが相手だ。一本を取るどころか、ろくに近づくことすらできなかったがね。

 というか、実体がないフォース・スピリットの彼が、実体のある私と切り結べるというのはどういうことなのか。身近すぎて実感が薄かったが、フォースもなかなか人知を超えている。

 

 それはさておき……私は前世、アヴタスだった頃はフォーム6、ニマーンをライトセーバー戦の主体としていた。これは主流な五つのフォームのいいところ、特徴的なところを抽出して組み合わせたフォームであり、最大の特徴は特化したところのある他のフォームとは逆に、総合力を重視している点にある。

 何より、修行の際の負担が低いので、クローン戦争以前の戦いをあまり想定していなかった時代に流行した。戦う以外のことを学ぶ時間を確保するために、というのがその理由だ。

 

『だがニマーンは様々なフォームの要素を集めたために、要領のいいものでも習得までに最低十年はかかる。おまけに多くを詰め込みすぎたこともあって、下手に身につけるとただの器用貧乏で終わりかねない。治安の悪いこの星で、しかも一人で使うには向かないだろうな』

 

 とはアナキンの説明だが、まさにアヴタスというジェダイナイトは戦場では器用貧乏であり、実戦力としては心許ない男であった。サポートに徹していればそれなりに戦えたとは思っているが、それは私の主観であるからなぁ。

 

 ともあれそういうわけで、ニマーンは戦いにおいては決して使いやすいフォームではない。集団戦に弱いという欠点もあるため、コトハとしては基本的に用いないこととした。

 

 代わりに私が選んだフォームが、フォーム4、アタロである。

 アタロは体術に重点を置いた、アクロバティックなフォームだ。全身の柔軟性と、フォースを合わせた飛び跳ねで動き回り、全方位からの攻撃を中心としている。

 

 私がこれを選んだ理由はいくつかあるが、その一つとして、これが前世のマスターが主体としたフォームであることが挙げられる。また、彼女と同種族であるグランドマスター・ヨーダもこのフォームを得意としていたのも理由だ。

 

 彼らは、今の私よりも小柄な方だった。特にヨーダは、何世紀も生きたご高齢であったが、しかしひとたびセーバーを抜けば、すべてのジェダイを圧倒する最強のジェダイだった。

 彼の超人的な立ち回りは一度しか見たことはないが、それでも強く印象に残っている。私より小柄な彼が、極めたことでそれほど戦えるのだから、なかなか身体が成長しない今の私にとっては理想に近いフォームだろう。

 

 もちろん、グランドマスターに憧れないジェダイはいない、という理由もないとは言わない。

 

 そういうわけで、私はヨーダを中心に参考としてアタロを学ぶこととし、その弱点を補うために防御を中心としたフォーム3、ソレスを充てることにした。メインはアタロを使い、ソレスはサブという感じだ。基本のシャイ=チョーと総合力のニマーンは、それらを支える基盤とする。

 

 なお、アナキンが得意とするフォーム5、シエンは純粋に腕力と体格の不足により断念した。あれは小柄なものにはまるで向いていないので……うん。

 

***

 

 さて、そうして四月も終わりに差し掛かったある日のことだ。

 

「コトちゃーん!」

「ああいらっしゃい。少し散らかっているがくつろいでくれ」

 

 いつものように、マスエ家にトガが遊びにやってきた。最近の彼女はあまり血を吸うことがなく、私のセーバートレーニングが物珍しいのか、それを眺めてにまにましている。

 アナキンはフォースセンシティブにしか見えないので、傍目からは私が一人で形稽古して、一人で会話し、一人で吹っ飛ばされているように見えるだろうが。

 

 ともかく私がアナキンに転がされ、トガがそれをやたら嬉しそうに眺めるのが、ここ一月ほどの日常である。気温も上がってきたので、もっぱら屋外にいることが多い。

 

 しかしこの日、私は受験予定の高等学校から資料が届いたので、それに目を通すために屋内にいた。具体的には、リビングで書類を確認していたところである。

 中身はヒーロー科の日本最高峰、雄英高等学校のものであり、ヒーロー免許を実際に持つ父上も交えてのことであった。

 

 しかしトガが遊びに来たので、私たちは検討を中断することにした。私は書類を片付け始め、父上は端末を取り出して触り始める。

 一方、トガは私の手元に視線を落とすと、数回目を瞬かせてから私に向き直った。

 

「コトちゃん、もう受験のこと考えてるの? 早くないです?」

「私もそう思うが、学校側がどうしてもと言うのでな」

「ああ、コトちゃん優秀だもんねぇ。すごいねぇ」

「我が校から雄英に進学する生徒が出るかもしれないと、やけに教諭陣が張り切っていたな。私としてはその考え方はいかがなものかと思うが」

「あの学校はそんなものですよ」

 

 誰も本当の彼女を見つけられなかったことを考えると、やけに説得力がある言葉だ。

 

「……あれ? でも……雄英って、静岡あたりじゃなかったです? 遠くないです?」

「まさにそれが問題でな……ここから通学するにはさすがに遠すぎる。しかし一人暮らしをするには、私はまだ年齢がなぁ……」

 

 資料をしまい終えて、苦笑する。物理的な距離と、実年齢はいかんともしがたい。

 だが将来のことを考えれば、進学先は雄英が望ましい。同条件を整えられる学校は他に士傑があるが、あちらは西日本なのでさらに遠く、論外だ。

 

 この点については、我が家でも意見が割れているので困っている。母上は比較的私に寛容というか、多少放任でも構わないというのだが、父上が過保護なのだ。

 

 まあ、父上はヒーロー免許の持ち主であるし、ヒーローという職業の長短を理解している方だ。加えて、一般的な男親にしてみれば悩ましかろう。子供を持ったことはないが、一般的に男親にはそういう傾向があることは知っている。

 

「……大変ですねぇ」

「ああ。だが、誰も間違ったことは言っていないからな。少しずつ意見をすり合わせて、妥協点を探っていくよ。そうやって話し合いで分かり合えることが、人間を霊長足らしめる要素の一つだからな」

「…………」

 

 私の言葉に、トガはにまりと笑っていた。

 口元に人差し指を当て何やら思いついたと言いたげで、視線がやや上向いているので何か考えているのだろうが。さて、何が出てくることやら。

 

「む」

 

 と、そこで父上がふと声を上げた。何事かと思い、トガ共々そちらに目を向けてみれば、画面の中では臨時ニュースが。

 どうやら、またどこぞかでタチの悪い犯罪者が出たらしい。珍しくはないが、まったく本当に治安の悪い星だ。

 

 だが、どうにも奇妙だ。画面の中には数人のヒーローが見えるが、誰も動く気配がない。何をしているんだ、彼らは?

 

「父上、なぜ誰も動こうとしないのですか?」

「人質がいるみたいだ。ヴィランはどうも身体を直接乗っ取るタイプで、しかも流動系の異形型らしいな。彼らでは対抗手段がないんだろう」

 

 その解説に、私はこらえたが、トガは露骨に顔をしかめた。恐らく、彼女と私の意見は一致していることだろう。

 

 いや、本当に何をしているんだ、現場にいるヒーローたちは。人質がいることは確かに問題だが、ただ手をこまねいて見ているだけとは。

 しかも今聞こえたのは、なんだ。相性のいいヒーローが来るまで持ちこたえさせるだと? 人質は中学生の少年ということらしいが、それを理解してのことか?

 

「どうせみんな、目立ってチヤホヤされることしか考えてないんですよ。助けてほしい人はどこにだっていて、いつだってそう願ってるのに」

 

 頰を膨らませて怒りを見せるトガに、父上が苦笑する。

 

 トガと交流を得たきっかけは、大雑把にだが両親には話してある。一歩間違えたら、悪の道に堕ちていたかもしれないことも。

 そんなトガの言葉には、有無を言わさぬ力があった。

 

「……私はそうはならない」

 

 だから私はそう答える。

 

「コトちゃんはもうヒーローですよ! 私のヒーローです!」

 

 するとこう返ってくる。嬉しそうな笑顔とともにだ。

 

 彼女のこういう、好意を素直に伝えてくるところは好ましいと思う。だから、私もどういたしましてと素直に言える。

 何より、彼女の信頼に応えたいとも。

 

「……父上。これ、現場はどこですか?」

「静岡の……田等院みたいだね。……理波(ことは)、どうするつもりだ?」

「なんとか……してみせます」

 

 言いながら、私は自身の端末をフォースで手繰り寄せた。同時に携帯端末も取り出し、このニュースにそれぞれ接続。

 ただし、すべて違うところからの映像を選ぶ。一つとして状況が重複しないようにだ。

 

 そうして映し出した複数の映像を照らし合わしつつ、地理の知識と組み合わせて、現場の正確な場所を己の中にしっかりと認識する。

 

「父上、”個性”の……使用許可をお願いします!」

「……やれるのか?」

()()()()!」

 

 実を言えば、できるという確信があるわけではない。

 だが、やってみるなどという生半な考えなど、ジェダイには不要だ。ジェダイにあるのは、体現すべきは、やるか、やらないかだ。

 

「わかった、俺が責任を取る。プロヒーロー”バンコ”の名前で”個性”の使用を許可する」

「ありがとうございます……!」

 

 返事をしながら、呼吸を整える。意識を集中させる。巡らせる。全身で己の、世界の、宇宙のフォースを感じるのだ。 

 そうして、画面の中。少年を取り込もうとまとわりつくヘドロのような悪漢を、それ()()をフォース越しに”視”る。

 

 ――ここだ。

 

 手をかざす。次の瞬間、ヘドロの動きが一気にぎこちなくなった。

 

 届いた。思わず、口端が上がるのがわかる。

 

 だがまだだ、まだ足りない。さらにフォースを通して、ヘドロの動きを完全に停止させるのだ。

 並行して、取り込まれかけている少年を引きはがす。どちらも少しずつ、慎重に。

 

 やりすぎてはいけない。度が過ぎると、これは過剰な攻撃手段に早変わりしてしまう。

 フォース・グリップ。遠隔の相手を対象に、首を絞める暗黒面の技。そこにだけは至らない。至ってたまるものか。

 なぜなら私は、ジェダイなのだから。

 

「む……!?」

 

 だがそのとき、画面の外から一人の少年が飛び込んできた。音声から察するに、人質となった少年の友人だろうか。

 怯えた表情を隠すこともなく、しかし一切躊躇なく飛び込んできた少年。彼はやはり怯えながら、恐怖に身体を震わせながら、けれどもとまることなく人質の少年を悪漢から()()()()()()()()()

 

 なんとまあ。私が既に引きはがしかけていたとはいえ、随分と根性のある少年だ。誰がどう見ても無謀であろうというのに。周りでただ手をこまねいていただけの現役たちより、よほどヒーローではないか。

 

 そう思った次の瞬間だった。

 

《プロはいつだって命懸け!! DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!!》

 

 筋骨隆々の巨漢が血反吐を吐きながら割り込んできて、少年二人を引き寄せると同時に拳を地面に叩きつけた。

 

 するとどうだろう、拳を中心にすさまじい勢いの衝撃波が発生し、暴風となってそこら一帯に吹き荒れたではないか。

 挙句それだけにとどまらず、風が猛然と吹きすさぶと同時に強烈な上昇気流が生じたのだろう。水分が巻き上げられ、雨のように降り始めた。

 

「――オールマイト」

 

 それは、この国で……いや、この星でも特に名の知られたヒーローの雄姿であった。

 

 なるほど、これが長年トップヒーローの座を維持している男か。今までヒーローについて細かく調べたりすることがあまりなかったので、具体的にどういう男か知らなかったが……これは確かに、納得するしかないだろう。

 

「いやー、さすがだよなオールマイト。……何はともあれ、お疲れさん理波」

 

 一人で感心していると、ぽんと頭を撫でられた。そちらに目を向ければ、父上が優しい目で私を見ていた。

 

「……ありがとうございます、父上」

「どういたしまして。よくやったな」

 

 父上はそれ以上何も言わなかった。言わなくともお互いの考えていることはなんとなくわかるし、今回についてはあえて気持ちを口にするまでもないと、やはりお互いわかっているからだ。

 彼はフォースセンシティブではないが、こういうところには敏いお方だ。そこは宗教の指導者であるがゆえに、人の心への理解が深いからだろう。

 

「すごい! すごかったですコトちゃん!」

 

 そして、一段落したと見てか、トガがすごい勢いで横から抱き着いてきた。

 端末の映像は早くもオールマイト一色になっていたのだが、そちらには見向きもせずにだ。彼女はいっそ、清々しいまでにオールマイトへの興味がないらしい。

 

 とはいえ、私もさほどオールマイトに思うところはない。なので、この話は事件の終わりと共にあっさりと打ち切られた。そして、話題は流れる水のように次へと移っていくのであった。

 

 ……なお、今回の件を父上がヒーロー公安委員会に報告したところ、私は最低でもヒーロー仮免許を取得するまでは、遠隔地への”個性”の行使を禁止された。

 納得しかないので、それは別にいいのだが……しかし実のところフォースは”個性”ではないので、アナキンは『じゃあつまり、やり放題だな』などと言っていたのだが……いや、しないよ。そんな、マスター・クワイ=ガン門下じゃあるまいし。

 




気まぐれかつ今後使えるかどうかもわからないスターウォーズ用語解説第五回
「クワイ=ガン・ジン」
スターウォーズのメインキャラクター。スターウォーズのナンバリングタイトル、エピソード1に登場(2にも声だけ出演してる
ジェダイの最高位、マスタークラスの人物。実力、指導力に申し分なく、周りからも一目置かれる有力なジェダイマスター・・・なのだが、平気で評議会の決定を無視したり、ジェダイの掟をスルーしたりと、ものすごく型破りな人物。
どれくらい型破りかと言うと、ジェダイに禁じられた賭け事をふっかけられたら即座に乗り、あまつさえその賭け事(ダイス)でフォースを使ったイカサマを堂々とふっかけるレベル。
そんなわけで、誰が呼んだか人呼んで「ジェダイの突然変異」。いやマジで、何がどうしてこんなジェダイができたんだ? 導き? フォースの導きなの?

そんなクワイ=ガンの因子はそれはもうばっちりと弟子、孫弟子に受け継がれている。弟子のオビ=ワンは「ジェダイの鑑」と言われるほどの人物で、普段は実際そういう穏やかな人だが、いざとなるとジェダイ的に禁じ手とされた方法をわりとホイホイ使う。
そのオビ=ワンの弟子は言わずと知れたアナキンとルークであり、両者がジェダイとしてどれほど型破りだったかは劇中の活躍を見れば言わずもがな。
さらに言えば、アナキンの弟子にアソーカという人物がいたのだが、彼女はアナキン直々に「自分と同じ性格」と認められている。なんなんだこの門下。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.彼女の”変身”

 進学先における通学をどうするかの答えは出ないままだが、時間は過ぎていく。

 

 季節も巡り、八月を迎えた。夏休みのさなかであり、自由に使える時間が多いこの月は受験生には正念場であろうが、私にとっても似たようなものだ。

 フォースの扱いそのものはもちろん、セーバーテクニックや”個性”の扱いなども伸ばしていかなければならない。

 

 もちろんそこには勉学も含まれるのだが、こちらについては特に問題ではない。

 元より勉学については得意であり、私は生まれ変わってからというもの、一度足りとて試験で九十五点未満を取ったことがない。模試の結果もことごとく最上級であるので、気にしなくていい。

 

 そんなある日のことだった。具体的には八月七日。私の誕生日である。

 この日は毎年家族から盛大に祝われるのだが、今年はそこにトガが加わっていた。なぜかというと、なんと私とトガは誕生日が一緒だからだ。

 

「コトちゃん、誕生日一緒だったんですね! これはきっと運命ですよ!」

 

 それを知ったとき、トガはそう言って何度も跳びはね全身で喜びを表していたものである。

 

 しかし面白いこともあるものだ。あるいは、フォースがそのように導いたのかもしれない。

 まあ、トガは自分のことより私を祝いたいがために来ているようだが。そこはブレていないと言うべきだろう。

 

 だが今年のこの日、私はそれとは別に信じがたいものを見ることになった。それこそトガの言う運命であるかのように、あるいはフォースの導きであるかのように。

 

「トガ……? 君、まさか……」

「? どうかしましたか?」

 

 玄関から上がる彼女を見ながら、私は目を見開いた。

 トガは首を傾げて私を上目遣いに見上げているが……私は硬直したまま動けないでいた。

 

 もちろん、彼女に見惚れているとか、”個性”による攻撃を受けたとかいうわけではない。

 ではなぜ、私がこんな反応をしたかと言えば……。

 

「わっ!? そこに何かいるんですか?」

「……! やはり……! アナキン、これは」

『ああ……間違いない。彼女、フォースに感応している』

 

 そう、トガからフォースの気配がするのだ!

 まさかと思ってアナキンに呼びかけて出てきてもらえば、案の定。彼女はフォース・スピリットであるアナキンに、反応して見せた。

 

 フォースによって構成されているスピリットの姿は、フォースセンシティブにしか見えないという。それが見えるということは、つまりそういうことだ。

 

『いや……待て。どうもフォースユーザーに至るほどではないらしい。僕がここにいることは把握しているが、その声や姿をはっきりとは認識できていないようだ』

「そ、そうなのか……なあトガ。君、ここにいる人間が見えるか?」

「人がいるんですか? ごめんなさい、わからないです……でも、なんだかもやもやしてて、もんやり声が聞こえるのはわかります」

「アナキンの見立て通りか……どういうことだ……?」

 

 フォースは、後天的に使えるようにはならない。なぜなら、その元とも言えるミディ=クロリアンの細胞内含有数は、後天的に増えたりはしないからだ。あれはあくまで先天的なもので、フォースを扱えるかどうかはそれだけで決まる。

 私は自らの”個性”によってその例外となったが、まさにこれは例外中の例外。後天的にフォースユーザーになるなど、共和国の……ひいてはジェダイの常識ではあり得ないことだ。

 

 だが、そのあり得ないことが今起きている。これは一体、どういうことなんだ!?

 

「私もよくわかりません! あ、でも……もしかしたら、私の”個性”の影響かも?」

「君の? 確か君の”個性”は『変身』だったか?」

「はい! 血を吸った人に変身できるんですよ」

『へえ』

 

 アナキンが相槌を打つ。

 

 そうそう、そんな”個性”だった。確か、摂取した血の量に応じて変身できる時間が変わるのだったか。コップ一杯ほどの血液で一日、と聞いていたはずだ。

 だが、変身できるのは姿だけ。性格や技術はもちろん、”個性”も、変身したからと言って他人とまったく同様に使えるわけではない。潜入や情報収集などには有益な”個性”だろうが、決して飛びぬけて強力と言うわけではない。

 

「でもですね、なんと! 最近になって、変身中も”個性”が少し使えるようになったのです!」

「……なんだと? まさかそれでフォースも?」

「はいたぶん! 変身中に”個性”を使うと、すごく疲れるし変身もすぐ解けちゃうので、ホントに少しですけど……」

「いや、それでも十分すぎるぞ。使い続けて成長したということか……」

 

 ”個性”は身体能力の一部だ。筋肉と同様、使い続ければ成長する。トガの”個性”も成長したわけか。

 

 ただ彼女の場合、使用するには他人の血液が必要となる。そのため、普通に生きていたらそうそう鍛えられるものではないはずだが……ここ半年ほどは日常的に私から血を吸っているから、使う機会はいくらでもあっただろう……。

 

「いや待て、だとしてもおかしくないか? 君の”個性”はあくまで変身するもので、私の能力が使えるというのも変身中の話だろう? それでなぜ、元の姿でも使えるということになるんだ?」

「さあ?」

 

 私の問いに、トガはこてりと首を傾げた。

 

 まあ、それはそうか。わかっていればもっと説明してくれただろうしな。

 

 なんというか、”個性”というものは本当に厄介だな……。何か不思議なことが起きた場合、大体は”個性”が原因ではあるだろうが、その過程がまるでわからない。

 研究者たちなら、何か仮説の一つでも思いつくのだろうか……。

 

『コトハ、ひとまず彼女に一度変身してみてもらえないか? 変身中にフォースが使えるなら、恐らく君と同程度の感応ができるはずだ』

「あ……ああ、わかった。……トガ、せっかくだから君が私の力をどれくらい使えるのか見てみたい。変身して見てくれないか?」

「いいですよ! あ、でも今ストックを切らしてるので……」

「……血だな。わかった……んっ」

 

 夏なので服に袖はないのだから、手首や腕から吸えばいいものを、鎖骨に近い首元にかみついてきた。

 最近のトガはまた吸血の頻度が上がってきているのだが、なぜかこういう妙にデリケートなところから吸いたがる。彼女の中には何か流行でもあるのだろうか?

 

「ぷはぁ。ごちそうさま」

 

 そして彼女は、恍惚とした表情を浮かべながら顔を離すのである。

 私の血はそんなに味がいいのだろうか……?

 

「それじゃあ、変身しますね」

「待て待て待て、なぜ脱ぐ!?」

 

 そしてようやく変身する……というところで、トガはいきなり服を脱ぎ始めた。しかも下着まで含めてだ。

 つまり、全裸になろうとした。この場にいた全員が、トガから顔を背けたのは言うまでもない。

 

「しょうがないんですよ。私の変身、相手の服まで一緒に変身するので。裸んぼにならないと服の上に別の服を着てる、なんてことになって面倒なのです」

「あー……」

 

 なるほど? そういう制約があるなら仕方ない……って、いや、そうではなく。

 

「だからと言っていきなり脱ぐなよ……目のやり場に困る」

「コトちゃんにならどれだけでも見られてもいいですよ? ホラ」

「やめなさい! 年頃の娘がしていいことじゃないだろう!?」

 

 共和国ほど発達していない文明とはいえ、この星もそれなりの科学技術がある。おまけに”個性”なんてものがあるのだから、どこで誰が見ているかわからないというのに! 下着があるとはいえ、胸を露わにするのはやめなさい!

 

「ふふ、コトちゃんは優しいねぇ。だから私、大好きですよ」

「……話が進まないから、早くしてもらえまいか……」

 

 身体ごとトガから視線を逸らして、私は答える。

 

 そんな私に彼女は何か言いたげな雰囲気を出したが、すぐに気を取り直してくるりと背を向けた。それからちゃんと断りを入れて、改めて服を脱ぎ始めた。

 少しの間、ごそごそと動く気配が伝わってきたが……ぱさり、とかすかな音が鳴ったのを最後に音は聞こえなくなる。

 

 代わりに、”個性”が発動した。今までとは異なり気配の変化がにわかに湧き起こり、しかしそれを感じている暇もなく、明らかな異変が生じた。

 

 トガの気配は、雰囲気は、変わらない。だが、その身体から感じていたフォースの気配が、あまりにもなじみ深いものへ変わっていたのだ。

 なじみ深い、というか……普段から身にまとっているもの、と言ったほうがいいか。

 

 そう、それは私のフォースだった。

 

「はい、もういいですよ」

 

 そして聞こえてきた声も、私のものだった。

 

 自分の声が、自分ではないものから発せられているという違和感を抱きながらも振り返れば……そこには、私がいた。

 今の私と同じ服装、同じ髪型の、寸分違わぬ私がもう一人。なるほど、見事な「変身」だ。

 

 とはいえ、立ち方や表情など、違う部分もある。その辺りは、簡単には消すことのできないトガという人間の個性なのだろう。

 

「すごいな……私がいるぞ……」

『いやはや、”個性”ってやつは本当に恐ろしいな』

「本当に人がいるー!?」

 

 そのトガが、驚いた顔でアナキンを思い切り指差した。今まで見えなかったものが急に見えるようになったのだから、気持ちはわかる。

 

『やあ、お嬢さん。僕としては何度も見ているけれど、こうやって面と向かって会話するのは初めてだな』

「ほへー……幽霊? 幽霊さんなのですか?」

『ま、まあ、そんなところだ……』

 

 トガ、すごいな。まったく躊躇なくアナキンの周囲を回りながら、その身体をべたべたと触ろうとしている。霊体なので当然触ることはできないのだが、それでもまるで気にしていない。

 あのアナキンが押され気味だ。珍しいものを見たな。

 

『おほん、僕はアナキン・スカイ』

「幽霊でも血って吸えます? 試してみてもいいですか?」

『ダメに決まっているだろう!? おいコトハ、君の友達だろう、なんとかしろ!』

「あー……トガ、そもそも身体がないんだから血も何もないぞ。やめてあげてくれ」

「なーんだ。幽霊の血、チウチウしてみたかったんですけど」

 

 本当に残念そうに言うトガ。

 

 どれだけ血が好きなんだ……。いずれ私だけでは我慢できなくなりはしないだろうか? そんな日が来ないことを祈るぞ……。

 

「トガ、彼はアナキン・スカイウォーカー。私の友人であり、また師匠でもある」

「そうなんですか。私はトガです」

『うん……知っているよ。僕がコトハにセーバーの手ほどきをしているときとかに、よく一緒にいるのを見ているからな』

 

 はあ、とアナキンがため息交じりで言った。どことなく疲れているように見えるが、幽霊も疲れるものなんだな。

 

『それはともかく。トガ、コトハの力を使ってみてくれないか』

「えー」

「……トガ、私からも頼む。なぜ君に突然フォースが宿ったのか、私も知りたいんだ」

「わかりました!」

『調子のいい娘だな……』

 

 すまない、アナキン。

 というか、トガ。もしや君、素直なのは私に対してだけか?

 

 なんて思っていると、トガは脱ぎ捨てられた衣服から顔をのぞかせていた自身の携帯端末に手を向け、集中し始めた。

 フォースが動き始める。それが感じられる。

 

 そして――私たちが見ている前で、携帯端末は空中を走るように横切って、トガの手の中に納まった。

 

「ふぅ……どうですかコトちゃん、できました!」

「あ、ああ……よくできたな。完璧だ」

 

 私の言葉に、トガは嬉しそうににまりと笑う。

 

 ……私の顔でそうやって笑うと、違和感がすごいのだが。しかしその態度はまさにトガそのものなので、いつものように彼女の頭をなでておく。……いつもよりなでやすいなぁ。

 

「では、私の増幅はどうだ?」

「いいですよ。じゃあ……えっと、これの充電を……」

 

 そう言いながら、彼女は手にした携帯端末に意識を集中させた。

 その画面を横から眺めるように回り込むと……見ているその目の前で、携帯端末の電気残量が増えたのがわかった。

 

 間違いない、増幅も使えている。

 

『……すごいな』

「ああ、本当に……」

「わぷっ」

「『うわっ!?』」

 

 あまりのすごさに私とアナキンが半ば呆然としていると、突然トガの身体が溶けた。

 何を言っているのかわからないかと思うが、言葉に誇張も嘘もない。トガの身体がいきなりどろりと形を失い、溶けたのだ。

 

 と同時に身体は膨張し始め、すぐさま全裸のトガの姿へと変わる。

 彼女はその勢いのまま、私に抱き着いてきた。

 

「~~! 君と言うやつはまたそういうことを!」

「わぁい、コトちゃんの匂い好きぃ」

「いやそういう話ではなくて!!」

 

 全裸のまま、私に身体を摺り寄せてくる。まるで猫だなこの娘は!

 

 ともかく彼女を引き離すと、急いで服を着させる。

 

「なるほど、変身中に他人の”個性”を使うと一気に疲れるとともに、変身残り時間が激減するのか」

 

 その最中、背中越しに尋ねたが、先ほどの溶ける様はそういうことらしい。つまり、変身が強制終了したということのようだ。

 

「です。フォース? だとそんなことはないんですけど、なんでかなぁ。不思議だねぇ」

 

 それは、フォースが”個性”ではないからだろうな……。

 

 と、いうことは念のためまだ言わないでおくとして、だ。

 

「で、アナキン。君はどう思う?」

『僕は”個性”には詳しくないが……変身が解除されるときに、溶ける形で解除されたのが気になるな。おいトガ、君は変身するときもああやってドロドロになるのか?』

「今お兄さん、何か言いました?」

「変身するときもああやってドロドロになるのか? と」

「そうですよ。それがどうかしました?」

「とのことだが」

『うーん……溶けている、というのは……まさかとは思うが、一度身体を再構築しているということか? だとしたら、変身解除のときに細胞が……具体的にはミディ=クロリアンの一部が解除されないまま身体の中に残留している、とかだろうか……』

 

 顎に手を当てて、うんうんうなるアナキン。

 

 なるほど、そういう考え方は確かにできそうだな。もしそうだとしたら、相当な回数変身を重ねなければここまでは至らないだろうが……。

 

「なあトガ。君、変身は頻繁にするのか?」

「コトちゃんからチウチウした日はいつもしてますよ?」

『ということは……君たちが出会ってから、五か月近く……既に百回は確実に変身していることになるな。ゴールデンウィークのときなどは、ほぼ毎日じゃなかったか?』

「何回も、しかも短いスパンで変身し続けたことで、”個性”が何らかのエラーを起こして私のミディ=クロリアンがごくわずかだが残留した、と言うことか……」

『ついでに”個性”の成長も伴っている、と』

 

 存外確率の高そうな仮説ができてしまったな……。

 フォースと違い、私の”個性”である増幅が本来のトガにまで発現していないのは、やはりフォースとはまるで質の異なるものだからだろうな。

 

 何度も言うが、フォースに必要なものは細胞内のミディ=クロリアン。”個性”の由来である個性因子とやらとはまったく異なるものなのだから。

 

「……だとすると、これからトガは私に変身すればするほど、フォースの力が私に近づいていくということか……?」

『あり得るな……』

「本当です!?」

 

 着替えを終えたトガが、割り込む形でぐんと近づいてきた。

 

「本当かどうかはわからないが、今言った仮説が正しければ、そうなっていく可能性が高いのではないかな……」

「じゃあ私、コトちゃんと”個性”もお揃いになれるんですね! やったぁ!」

「……そんなに嬉しいことか……?」

「好きな人みたくなりたいって思うのは、当たり前のことですよ?」

「……そういうものかな……」

 

 私にはよくわからない感覚だが。

 

 どうなのだろう? と思って、アナキンのほうに目を向けたところ。

 

『ああー……まあ……そう、だな……ないとは言わない、かな……』

 

 なぜか歯切れの悪い回答が返ってきた。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

 

 まあいい。それより、今はトガのことだ。

 このままだと、彼女はいずれ完全なフォースユーザーとなるだろう。だとすると、それを野放しにするわけにはいかない。

 彼女の立ち位置は、どうしても暗黒面に近い。万が一完全に暗黒面に堕ちてしまったときのことを考えると、色々教えることは相応の危険を伴うが……しかし彼女の場合、私の修行を見て勝手に使い方を覚えていくだろう。

 

 であれば、最初からこちらから教える体で、フォースに関わる禁則事項などをしっかり認識させるほうがいいように思う。何せ、彼女は私にはかなり素直なようだし。

 

「……と思うんだがアナキン、君はどう思う?」

『……僕から言えることは、たった一つだ。コトハ、ちゃんと責任は取れよ』

「? それは当たり前のことだろう」

 

 当然のことを言い含めてくるアナキンに、私は首を傾げる。

 

 だから、私は気づかなかった。私の後ろでトガが両頬を手で覆い、いっそ昇天するのではないかというくらいにゆで上がった、恍惚とした顔をしていることに。

 




トガちゃん、フォースの覚醒。
ついでになんか個性も育ちました。原作より一年以上早い。
まあ使う機会が多くなかった原作に比べ、毎日のように使ってたから多少はね?

アナキン「ちゃんと責任は取れよ」
「当たり前だろなにいってだ」
トガちゃん(トゥンク)

好感度がもりもり上がってるなう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.フォース・ダイアド

 月日は流れ、あっという間に年度末が近づいてきた。

 私自身の訓練はもちろんだが、あの日はからずもフォースセンシティブとなったトガのフォース訓練も順調と言える。

 

 彼女は九月の末ごろにアナキンを正確に認識できるレベルに達し、晴れてフォースユーザーとなったのだが、そこから更に驚異的な集中力を発揮した。かなりの早さで使いこなせるようになっていき、二月の中頃には実戦で使用できるレベルまで仕上げてしまったのである。

 

 これには私もアナキンも驚いたが、アナキンいわく

 

『変身によってコトハのミディ=クロリアンと遺伝子的に同質のものを得るに至ったからか、二人のフォースは同質だ。だがコトハのフォースは光明面に強く偏っている。トガは暗黒面に。

 そしてフォースはバランスを取る傾向があるから、二人の同質ながら正負別のほうを向いているフォースがバランスを取ろうとして、トガ側のフォースが引き上げられたのではないかな』

 

 とのこと。

 

 つまり、私とトガはどうも人工的なフォース・ダイアドの可能性が高いようなのである。

 

 フォース・ダイアドとは、物質的にはまったくの別存在でありながら、フォース的に同一の存在のことを言う。両者のフォースは同質であり、これによって両者の間には特別な絆が発生する。

 

 予言の中に存在しながら、長らくそのような存在は確認されていなかったので、私も詳しいことは知らない。だがアナキンが言うには、私たちの死後……帝国も瓦解したあとの時代で、アナキンの孫とパルパティーンの孫がこの関係に至ったという。

 その二人は何光年離れていようと意思疎通を可能とし、それどころか手持ちのものを互いの手元に転移させるなど、フォース的にも驚愕に値する様々な超常現象を発生させたとか。

 戦闘においても、両者は互いのフォースを増幅させるなどしたそうで、予言に「選ばれしもの」とされたアナキンにも匹敵する特異な存在のようだ。

 

 もし私とトガもそういう関係になっているとしたら、それはジェダイ的には名誉なこと……と、喜んでいいのだろうか?

 いや、これが自然的に生じた関係であるなら素直に光栄に思っていただろうが。何せ人工的なものであるからなぁ。今の私自身のフォースも含めて。

 

 ともあれ、そういうわけで妙な慌ただしさもあって、時間はあっという間に過ぎたのだが。

 

 三月の頭、私は問題なく雄英高等学校のヒーロー科合格通知を受け取った。首席とのことだが、ジェダイとして見ると難易度はかなり低かったので、まあそんなものだろう。

 

 さて、問題は通学をどうするかだが……と考えながら、ひとまず日課の鍛錬を済まそうと思っていたときだった。

 

「コトちゃーん!!」

 

 トガが我が家にやってきた。

 彼女が唐突にやってくることはよくあることなので、私含め家族の誰も驚かない。

 

 ともあれ家に上がった彼女だったが、彼女は普段より楽しそうに笑っている。何かそんなに嬉しいことでもあったのかと思って尋ねたところ……。

 

「じゃーん!」

 

 彼女は得意満面で、小型のホログラム装置を差し出してきた。

 一瞬首を傾げた私だったが、しかしその装置には見覚えがあった。

 

「トガ……それは、まさか雄英の合格通知では?」

「ピンポンピンポン大正かーい!」

 

 私の指摘に、トガは嬉しそうに跳びはねる。

 そんなまさか、と思った私であったが、しかし彼女が起動した装置からオールマイトの姿が投影され、トガのヒーロー科合格を告げられては信じるしかない。

 

 いや、しかし。しかし、である。

 

「待ってくれ。トガ、君はそもそも既に高校生だろう!?」

「辞めました!」

「はあ!?」

「あの高校は辞めました! それで、雄英を受験しなおしたのです!」

「な……なぜそんなことを!? 既に高校生なのだから、転入なり編入なり取れる手段はあったじゃないか!」

「そんなことしたら、コトちゃんと同じ学年になれないじゃないですか! そんなのヤです!」

 

 彼女の断言に、私はめまいを覚えた。

 

 なんということだ。この娘と来たら、私と同じ学校に通いたいがために。そして同じ学年でありたいがために、わざわざ高等学校を一度辞めた上で受験しなおした!? どういう精神構造をしていたら、そんな大胆なことができるのだ!?

 

「お、親御さんはどうしたんだ!? 大体、学費の問題があるじゃないか!」

「私がどうしてもヒーローになりたい、って言ったらわりとあっさり」

「え、ええ……それでいいのかご両親……」

「んふふ。あの人たち、私をどーしても普通にしたがってたので。ヒーローって、普通の極みみたいな職業じゃないですか。こっちがびっくりするくらい喜んでましたよ」

 

 そう言いながら至極楽しそうに笑うトガの顔は、どこからどう見ても悪人のそれだった。

 

 実際、今回に関しては似たようなものだろう。何せ、

 

「トガ……君は別に、ヒーローになりたいわけではないだろうに」

「もちろん! 私はコトちゃんと一緒にいたい、コトちゃんと同じものになりたいだけなので!」

 

 ということである。

 

 つまり、彼女の中には正義感というものはほとんどないのだ。社会をよくしたいという願いもなく、徹頭徹尾、己の欲望に邁進しているに過ぎない。

 そんな彼女が、定員が三十六名と極めて少なく、倍率が300倍を超える雄英のヒーロー科に受かってしまった。それでいいのか、ヒーロー科最高峰?

 

 というか、彼女が合格したことによって三十六名からあぶれることになった人には、非常に申し訳ない。その人にこそ、ヒーロー足りうる精神があったかもしれないのに。

 

 ……いや、目立つことしか考えていないような、功名心の塊な人間が受かるよりはマシなのか……? そういう人間に比べれば、まだトガは統制が利くはずだし……。

 

 そんな風に思い悩んだ私をよそに、トガはまだあるぞと言わんばかりに胸を張る。

 

「そういうわけなので、コトちゃん! 四月からルームシェア、しましょう!」

「……ルームシェア?」

「はい! コトちゃん、通学をどうするか悩んでたでしょ? 私も一緒なら、静岡辺りで下宿してもきっとお父さんも安心するんじゃないかなー、って」

 

 あと下宿費用もそれなら半分になるし、と言ってトガはにんまりと笑う。

 

 その瞬間、私の脳裏をよぎる光景があった。あれは四月の頃、私が合格した暁には通学をどうするか決めかねていると言ったあとに、やけにいい笑顔を見せていたトガの姿である……。

 

「……まさかトガ、あのときから既に!?」

「んふふ、ドッキリ大成功ー!」

 

 思わず問いかけたら、人差し指と中指を立てた、見まごうことなきVサインで返された。

 

 違う、そうじゃない。そういうことを言いたいんじゃない……。

 

***

 

 結局、私は有意義な対案を示すことができなかったので、私とトガのルームシェアは決まってしまった。

 父上も彼女がいるならと承諾した。まあ、これについては私に彼女をちゃんと見守っておくように、という意味もあるのだろうが……それでいいのか父上と思わないわけではない。

 彼女の両親とうちの両親がどのような話をしたのかは知らないが、ともかくあれよあれよという間に私たちは雄英近くの集合住宅に引っ越し終えることとなる。

 

 なお、妹には「おねえちゃんいかないで」と号泣されたので、私も泣きそうになった。いよいよジェダイ破門かもしれない。

 アナキンはまるで気にしていないので、彼としては問題ない範疇なのだろうが……そもそも彼は、型破りなジェダイを三代続けて輩出したマスター・クワイ=ガン門下である。この程度は気にならないのだろう。

 

 逆に私の前世のマスターが聞いたら、なんと言うだろう。温厚な方だったので即破門ということにはならないだろが、その分怒ったときはまさに烈火で大層恐ろしかったものだ。なんと申し上げればよいのやら。

 

『とっくの昔に死んでるんだから、気にするな』

 

 とはアナキンの弁であり、間違いではないのだが、私はアナキンと違って千年以上もの時間を体感していない。意識の断絶があるので、前世から今に至るまで十年程度しか経っていないという感覚なのだ。それで気にするなと言われても、気にしてしまう。

 それでも、現実はどんどんと過ぎていくので、折り合いをつけるしかないわけだが。

 

 ともかく、そうしていよいよ入学式を翌日に控えた夜のことである。

 

 私は、大事な話があるとトガに声をかけられた。

 いつにも増して真剣な顔で呼ぶ彼女に、これは本当に真剣な話だと私も居住まいを正す。

 

 そうして彼女の口から告げられたのは、

 

「コトちゃん……あのね、私……コトちゃんのことが好きなのです」

「そうか。ありがとう」

「……わかってないよね?」

「? いや、そんなつもりはないが……」

「もー! 普段はあんなに察しがいいのに、なんでこういうときだけ鈍感なんですかー!」

 

 よくわからない話だった。

 

「あのですね。コトちゃん、私のスキというのはですね? 英語で言うところの、ラブなの。愛してるんです。恋愛的な意味でなんです!」

 

 そして続けられた言葉もまた、よくわからないものだった。

 

 いや、知識としては知っているので、わからないというのはいささか不適当か。

 いうなれば、そう。私に向けられてその言葉を発された、ということが理解できなかったのだ。

 

「……? 私、を? そういう意味で?」

 

 己を指差しながら、首を傾げる私。

 そんな私に、こっくりと強く頷くトガ。なんとも言えない空気が漂っていた。

 

 それに業を煮やしたのか、トガのフォースが爆発するように膨れ上がった。あるいは癇癪と言ったほうがいいだろうか。

 だが私はそう考えるよりも早く、同じくフォースをみなぎらせて応じていた。フォースを用いた対人戦の基本であり、ジェダイとしてあの戦争を経験したなら誰もがする反応だ。

 

 しかし次の瞬間、私はトガの心の内を”視”た。フォースの導きによって、彼女の心の中に入り込んだのである。おかげで一触即発にはならなかったが……。

 

『コトちゃんが好き。大好き!』

『コトちゃんとずっと一緒にいたい。死ぬまで、ずっとずっと!』

『愛してる、愛してる』

『コトちゃんコトちゃんコトちゃんコトちゃんコトちゃん』

「……っ!!」

 

 あまりにも重苦しく、煮詰められたような甘さに私は思わず身体を引くしかなかった。瞬間、私たちの間の接続は一旦途切れる。

 

 ……なんだ、今のは。感じたことのない感覚、経験。人の思考が見えたときとはまた違う、もっと深い何かだった。

 もしやこれが、フォース・ダイアドの交感だろうか? 一度アナキンに相談したほうがよさそうだ。

 

 だがそれはともかく、確かにトガの気持ちはわかった。どれほど言葉を尽くしても理解できなかったかもしれないが、直に精神同士が触れたからか、魂で理解できたように思う。

 

 それを察したのは、トガも同様なのだろう。いや……あるいは、彼女もまた私の心の内を覗いたのかもしれない。今までとは打って変わって、何やら納得したような落ち着いた顔をしている。どこか微妙な雰囲気もあるが……。

 

「……何を”視”た?」

「その……アレですよ。そういえば、コトちゃんってまだ十歳だったなーって……」

「……何を今さら」

「や、なんていうか、こう……十歳なら恋愛のこと、わかんなくてもしょうがないかなーって……」

「本当に何を視たんだ……」

 

 思わず頭を押さえた。頭痛を感じたような気がしたが、気のせいだと思いたいものだ。

 

 だがそんな私を気にすることなく、トガが私にしなだれかかってきた。

 

 まあ今の状況なら下手なことはされるまいと、私は彼女に身を任せる。すると、彼女の両腕が私の身体をやんわりと包み込んだ。

 彼女の胸元に、私の頭がそっと当てられる。とくり、とくり、と彼女の少し早い鼓動が聞こえてくる。それが、奇妙に心地いい。

 

「コトちゃん……もっかい言うね? 私は……コトちゃんのことが大好きです。愛してます」

「…………」

「でも、今のコトちゃんはそういうの、よくわかんないみたいなので……私、待ちます」

「…………」

「私、どれだけでも待ちます。コトちゃんが私のこと、愛してくれるようになるまで、ずっと」

「……私が君を好きにならないという可能性は考えないのか?」

「あはは、それはあり得ないですね」

 

 私が申し入れたら、トガは力強く断言した。

 

「なぜそうも断言できる?」

 

 だからそう問い返したら、

 

「だって、フォースがそう言っているので」

 

 と返ってきた。にんまりとした、いつもの笑顔で。

 

 何らかのヴィジョンを見たということだろうか……。

 

 ただまあ、彼女の言い分は理解できる。それなら私も断言しようというものだ。受け入れるかどうかはまた別の話だが。

 

 恋愛のような、特定の個人に執着することはジェダイにとってはご法度だ。何より、そこまでこの少女に入れ上げる自分が想像できない。

 

 ただ、これもフォース・ダイアドだからだろうか? それとも、交感したことでトガの思考に影響されたのだろうか?

 しかしいずれにしても、彼女とこうして身体を合わせていることに、不快感が一切ないことは事実であった。

 

 ……なお、このあと思い切り口づけをされた上に、ものすごい勢いで首から吸血された。いつまでも待つ、という言葉は一体なんだったのか。

 

 しかしたぶん、今までで一番吸われた気がする。仕方がないので急遽、私の造血機能を増幅したが……入学式の前日などというときに、あまり羽目は外しすぎないでほしいものだ。

 

 大体、するならするで許可を取れと言ったではないか。それなら私も文句は言わないのに。

 

 そう思いながら、私はトガの身体を抱きしめた。彼女もまた、口元を血まみれにしながら私の身体を抱きしめてくる。

 

 私たちはそうしてしばらく、無言のまま抱き合っていた。

 そんな様子を、春の月が静かに見下ろしていた。

 

 

 

EPISODE Ⅰ 「新たなる人生」 ―――― 完

 

EPISODE Ⅱ へ続く

 




トガちゃんが見た主人公の心の中:
「愛・・・? 愛って、なんだ・・・?」「好き、とは・・・?」
みたいな感じでひたすらスペースキャットしてた。
信じられないだろ・・・これで精神年齢20歳越えてるんだぜ・・・。
そりゃトガちゃんも10歳児って信じる。恋愛に疎すぎる。
お前は次に「ためらわないことさ」と言うッ!

・・・まあそれはともかく、EP1はこれにておしまいです。
EP2から完全なるヒロアカの原作時間軸に突入するため、オリジナルシーンはだいぶ減るかと思いますが・・・シナリオ自体は原作沿いでも、なるべく原作にないシーンだったり展開だったりを入れたいなと思っていますので、コンゴトモヨロシク・・・。

ただ、EP2の前に幕間の物語を一つ挟む予定なので、章構成としては次の話まではEP1です。こちらもお楽しみいただければ幸い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 トガちゃんの雄英入試

幕間なので短めです。
代わりに後書きが長い。


《ハイスタートー》

 

 司会を務めるプレゼントマイクの、何気ない調子のアナウンスが響いた瞬間だ。塊となっていた生徒たちの間から、一人の少女が真っ先に駆け出した。

 

 動きやすい服装でいい、と定められた入試要綱を無視したセーラー服とローファー。明らかに戦闘行為をするには向いていない。

 だが彼女は、だってこのほうがカァイイんだもん、とのたまってこの装いでこの場に来た。そして、これで十分だという自信もあった。

 

「フォースを使うためには、強い意思。ですよねコトちゃん」

 

 にまりと壮絶な笑みを浮かべ、彼女は走る。緩やかに走っているように見えるのに、疾走と言うに値する速度。その身体には、闇の力が満ちていた。

 

 フォースは、感情に伴って性質を変える。今、彼女の身体を動かすフォースはひとえに深く、重く、分厚く、濃く、熱く煮詰められた愛に支えられている。

 

 初めて本当の自分を見てくれた。認めてくれた。

 それでいいのだと、言ってくれた。

 

 親にすら異常だと言われた己の姿を、嗜好を、構わないと言ってくれた。逃げないでくれた。

 どれほどナイフを突き立てても、かみついても、血を吸っても、ほとんど表情を変えることなく、優しく受け入れてくれた。

 

「満足したか? そう……それはよかった」

 

 そう言って、優しく微笑みかけてくれる。なでてくれる。抱きしめてくれる。

 

 その上で、隣にいろと、言ってくれた。責任は取ると、言ってくれた。そんな人、生まれて初めてだった。

 

 だから。

 

 一緒にいればいるほど、その顔を見ていればいるほど、気持ちがどんどん大きくなった。これが恋だと気づくまで、時間はかからなかった。

 

 自分の惚れっぽいところは、自覚していた。斎藤くんだって、長い間好きをこじらせていたわけじゃない。運動部で、よく怪我もあって、それがなんとなくいいなあと思っていたからで……。

 だけど、今回の「好き」はきっと違う。そんな確信があった。それがたとえ六つも年下の、それも発育が悪くて実年齢より幼く見える幼女が相手だとしても。この人しかないと、そう思った。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 ヒーローなんてもの、本音を言えばどうだっていいのだけど。あの子――理波みたいになりたいと思ったから。同じようにしたいと思ったから。

 

 そう、お揃いがいい。だって、好きな人とは一緒がいい。

 そうすればきっと、もっと、あの子を好きになれるから。

 

 恋に生きる彼女――トガヒミコにとって、受験の動機などそれだけで十分だった。

 

 だから。

 

「私のためにみんな落ちてください!」

 

 彼女は闇のフォースを身にまとい、試験会場に突入する。

 目指すのは、仮想ヴィランの殲滅。あれは、あの点数は!

 

「全部、私のものです!」

 

 現れた数体の仮想ヴィラン……ロボットに、フォースを叩きつける。フォースプッシュ……フォースで斥力を発生させ、対象を吹き飛ばすジェダイの……ひいてはシスの、基本中の基本技。

 感情に任せた猛烈な斥力は、ロボットたちに抵抗を許さず派手に吹き飛ばす。彼らはあわれスクラップとなり、見向きもされずに道端に転がった。

 

 望んだ通りの結果を見て、トガは笑みを深める。

 

 あの子と同じ力。好きな子とお揃いの力。それはどうやら”個性”ではないらしいけれど、それで()は十分だった。

 

 そして壮絶な笑みを浮かべ、高揚しながらも彼女は冷静だった。人目につく場所へまっすぐ移動すると、そこで派手にフォースプッシュを放つ。そうしておびき寄せられてきたロボットたちを迎え撃ち、ポイントを稼ぐ魂胆である。

 

 フォースプッシュとフォースプル、そしてテレキネシス。どれもフォースの基本技で、それ以外の技はまだほとんど教わっていない。

 けれどもこの試験においては、それだけで十分すぎた。

 

 かくしてトガは暴れに暴れ、この試験におけるヴィランポイント75点、レスキューポイント0点を獲得。第三位という好成績を残して見事雄英ヒーロー科に合格することとなる。

 

『やれやれ、やりたい放題だ。これじゃあジェダイにもシスにも程遠い。先が思いやられるよ。……まあ、でも……』

 

 そんな様子を会場の上から眺めながら、ジェダイとシス双方の教えを授かったかつての英雄は、深いため息をついたという。

 

 トガヒミコは、調和など望んでもいないし求めてもいない。

 彼女が求めているものは、ただ一つ。増栄理波という存在だけだ。

 

『まだ若い身空だ。まだ見限るには早すぎる……そうは思わないか?』

 

 アナキンはそうつぶやくと、()()()に視線を向けてうっすらと微笑み――ふっと景色に溶けて消えた。

 

***

 

「ところでよ、この女子リスナーヤバくね?」

 

 雄英高校。その教師陣が一堂に会した一般入試審査の最中、ふとプレゼントマイクがこぼした。

 

 彼が示した受験生とは、トガである。画面に映し出された彼女は、吸血鬼さながらの鬼気迫る笑みを浮かべて全方位に向けてフォースプッシュを放っているところであった。見ろ、ロボがゴミのようだ。

 

「やってることは爆豪って子と同じく、派手な”個性”で寄せ付けての迎撃だけど……なんていうか」

「そうですね……どっちかっていうとヴィランですよねコレ」

 

 マイクに同意するのは、18禁ヒーローのミッドナイトとスペースヒーローの13号だ。その他、セメントスやハウンドドッグといった面々も同感らしくしきりに頷いていた。

 

 だが、マイクは彼らに否と首を振った。

 

「お前もそう思うだろ、イレイザー?」

 

 そして彼に話を向けられた抹消ヒーロー、イレイザーヘッドは彼に同意する形で頷いた。

 

「ドウイウコトダ?」

 

 イレイザーヘッドは常日頃から仏頂面を隠さず、塩対応もよくやるので彼についてはわかる。だが、普段からテンション高く騒いでいるプレゼントマイクの反応は、明らかに普通ではなかった。

 それに気がついたエクトプラズムが、両者に問いかける。

 

 だが彼に答えたのは、プレゼントマイクでもイレイザーヘッドでもなく、毛並みの整ったネズミだった。

 

「みんな、彼女の資料を見てごらん! そこに答えが書かれているよ!」

「んんん……? 別段変わったところはないように見えるが……」

「く、くけけ! なるほどこいつァやべーかもな!」

 

 ブラドキングが首を傾げた……直後、隣にいたパワーローダーが笑い出す。

 そんな彼に、場の視線が集まった。

 

「見ろよこいつの”個性”! 『変身』だってよ!」

「変身……?」

「待ってください、彼女試験中にそれらしいことは何も……」

「そう! 彼女、ずっと念動力みたいなことしかしてないんだよね! 不思議だねぇ!」

「まさか、”個性”の虚偽申請……?」

 

 この時代、それぞれの”個性”は役所に提出され管理されている。強大な力を誰もが持つ時代ゆえに、国家というシステムがそれを統制しているのだ。

 だが、いつの時代も悪というものはそうした法を潜り抜けるものである。”個性”の虚偽申請とは、そうした連中が主に行う不法行為だ。

 

 ただ、治安がかつてと比べて非常に悪い現代では、孤児であったり犯罪に巻き込まれて戸籍が正常ではないものもいる。あるいは、親の善意で悪いとわかっていても正確に届け出たくないというケースもあり、一概には言えないが。

 

「それも問題だが……なあ? イレイザー」

「ああ。実は……以前、仕事で()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「仕事で……?」

「ええ。今から六年ほど前……子供をさらって非合法な実験を繰り返していた、とあるヴィラン組織の研究所に踏み込んだときです。俺の”個性”で消せなくて苦戦したんで、よく覚えてる」

 

 淡々と語るイレイザーヘッドに、周りのヒーローたちの視線が鋭くなった。

 イレイザーヘッドの言葉は淡々としていながらも、確かな熱があった。あるいは、深い苦みも。

 

「……ソノ組織ノ生キ残リカ?」

「というよりは、捕らえられていた子供とかでは? 六年くらい前なら、年齢的に十分あり得ますよね」

「この映像だけではなんとも。少なくとも、どちらもあり得るとしか」

「まあ、単純に”個性”の虚偽申請だってんならわかりやすくていいんだけどな!」

 

 ちなみにそんときは俺の美声でまとめてぶっ飛ばしたんだZE! と続けたプレゼントマイクに、ミッドナイトが話をまとめる。

 

「校長先生、彼女については一旦保留ということで?」

「そうだね、そうしたほうがいいだろう。調査が必要だ。他の生徒には申し訳ないけど、今年は合格通知が少し遅くなりそうだね」

 

 だが、どれほど調べてもトガに不審な点は見当たらなかった。結果として、彼女は入学を許可されることになる。しかしそれでも彼女への疑惑は払しょくされることはなく、念のため要監視となった。

 

 かくして彼女は、担当クラスに対する除籍権限を有するイレイザーヘッドのクラス……すなわち、A組へと配属されることになったのである……。

 





【挿絵表示】

(思い立って描いてみたけど、画力が追いついてねェ)

増栄理波(10)
Birthday:8/7
Height:109cm
好きなもの:修行(肉体的にも頭脳的にも)、機械いじり、ソフトクリーム

THE・裏話1
実は構想段階では、ヤオモモの妹という設定だった。当時の名前は八百万増栄。
個性のアホみたいに高い汎用性と、デメリットが「栄養を消耗する」という設定なのはその名残。
まあ、栄養を消耗する個性にしないと10歳でも結構身長とか諸々成長しかねないからそういうデメリットにした、ってのが先にあるんだけど(その目は澄み切っていた

さらに言えば、カイバークリスタルは当初ヤオモモに創造してもらう予定だったりした。
じゃあここまで八百万家に近い設定を用意しながら、なんで別家に独立することになったかというと小さいけれども複数の理由が重なったため。
いくつかあるけれど、特に設定に影響があったのは

1.ヒロインは最初からトガちゃんの予定だったのだけど、あれこれ考えた結果ヤオモモとトガちゃんが同郷って可能性は限りなく低いなと考えた。
2.人の心がわからないジェダイに、人の心を救うことを目指す明確かつ身近な指標が欲しかった→パパが僧侶に変更→八百万家って寺じゃないよね→変えなきゃ!
3.ヒロアカ世界のヒーロー用サポートアイテムの製造には資格が必要→一般家庭でライトセーバー造れない→じゃあパパを製造資格も持つ多彩なヒーローにしよう→重力ヒーロー爆誕
4.2と3の理由でパッパが元プロヒーローになったけど、これなら初期から修行がクッソはかどるし、公安とかの繋がりとか飛び級の話も持ち込みやすいじゃん! と思った。
5.フォースの存在を早い段階でドクターに知られたくなかった&八百万家ほどの金持ちなら、ドクターが関与するでかい病院(それこそ蛇腔とか)で個性診断してそうって思ったから。
6.やっぱさー名前にさーフォースの要素入れたいよねー。

の六つ。まあぶっちゃけ6が一番でかい理由ってのは否定しない(真顔

THE・裏話2
本当は書く予定なかったんだけど、感想欄でズバリ言い当てられたのでもう書いちゃう。
ライトセーバーの色がオレンジになったのは、ずばり「ジェダイの緑」と「シスの赤」を掛け合わせた色だから。
光の三原色では、緑と赤の組み合わせで黄色になる。そして赤の要素が強いと、オレンジになる。
つまり、主人公のセーバーカラーがオレンジなのは、そういうことである。
一応、現時点ではむしろまだライトサイドのほうにだいぶ偏ってるんだけど、将来の暗示の意味も含めてオレンジに決まった。

THE・補足
主人公の年齢と学年の推移は以下の通り。
6歳(小1)→7歳(小4)→8歳(中1)→9歳(中3)→10歳(高1)
つまり、この子は原作における緑谷たちの5歳下。

なお本編の情報から察していただけると思うけど、トガちゃんの年齢は緑谷たちの1歳上としています。
根拠としては、単行本に載った各キャラの補足における年齢はその単行本時点の時系列に準拠してるから。
例:1巻雄英入試直前時点=中3の2月時点の緑谷(7/15生まれ)が15歳表記、2巻戦闘訓練時点=高1の4月時点の青山(5/30生まれ)が15歳表記。

トガちゃんは24巻の連合VS解放戦線時点=12月ごろにプロフィールが掲示されました。
彼女の設定は、この時点で8/7生まれの17歳となっています。なのでメインメンバーの1歳上と判定しています。つまり、主人公とトガちゃんは6歳差。
なので最初から同じ学年にすることはできなかったんですが、結果として「好きな人と同じ学年になりたいがためにわざわざ高校を中退して雄英を再受験する」とか言う頭おかしいムーブに繋げられたので、個人的には満足。
トガちゃんが幸せならオッケーです(例のサムズアップ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅱ 連合の攻撃
1.よろしく同級生


更新再開です。
原作時系列、入学編スタート。


 さて、高等学校初日である。下宿先は学校近くを選定したので、徒歩十分程度で学校に着く。

 もちろん時間には余裕をもって登校した私たちは、A組のクラスへ足を向けていた。

 

「んふふ、クラスまで一緒なんて、やっぱり運命ですね」

 

 私の横に並んだトガ……もとい、ヒミコはそう言って嬉しそうに笑っていた。

 運命かどうかはさておき、彼女が別クラスになるとそれはそれで不安なので、これでよかったのかもしれない。生徒はもちろんだが、教師陣にまで被害が出たとしたら、私の首だけではどうにもならないだろうし。

 

 ともかくそうしてやってきた教室の扉は、とてつもなく大きかった。私の背丈の五倍近くあるのでは? よくもまあここまで作り込んだものだ。

 

 ともかくそんな扉をくぐった先には、十人ほどの人間がそれぞれの席についていた。

 

「ム……やあ、おはよう!」

 

 そんな中、扉にほど近い席にいた大柄の少年がこちらに近づいてきた。四角いフレームの眼鏡を着けていて、身なりはかっちりと整えられている。

 

「初めましてだな。俺は飯田天哉という! これからよろしく頼む!」

 

 さらに礼儀も正しい。私を小さいからと下に見る向きもない。いかにもな好青年といった感じだ。

 さすがにこの国でも一番の学校というだけのことはあるか。生徒もヒーローらしいものが集まっているのだろうな。

 

「ああ。私はマスエ・コトハという。それから、こっちは私とは同郷の……」

「トガです。よろしくねぇ」

「増栄くんに渡我くんだな! 一緒に励んでいこう! ……と、そうそう、君たちの席はあちらのほうみたいだぞ」

「こちらこそ、よろしく頼む。それから、案内ありがとう。助かったよ」

 

 彼と握手を交わして、自分の席へ向かう。

 

 どうやら私の席は、窓際の前から二番目らしい。一方、ヒミコの席はその右隣。

 

 ……まさか、座席までこうなるとは。まさかこれもフォースの導きだろうか。

 

「んふふ、フォースの導きだねぇ」

 

 と思っていたら、荷物を置いたヒミコがこそりと耳打ちしてきた。

 どうやら同じことを考えていたらしい。思わず苦笑する。

 

 しかし……。

 

 そう思いながら、私はヒミコの二つ後ろの席で静かにしている少年に意識を向ける。頭髪の色が左右でくっきり分かれている少年だ。

 一見して、美しいと言える少年である。彼が何かポーズでも取れば、大体のものは様になるだろう。

 

 だがその彼から、かなり濃い暗黒面の気配がする。ダークサイダーと言ってよい水準である。これは一体どういうことだ?

 

 そう思いながら、ちらりと目線とフォースでヒミコに問うてみる。

 

「……憎い系だよアレ」

 

 それを受けて、彼女はこそりと耳打ちしてきた。

 

 私は暗黒面と、そこに繋がる人の感情の機微にはまだかなり疎い。だから暗黒面の気配を直に見てもそれが何由来であるのか、把握できないことも多々ある。なんとなくこれだろう、という予想を立てるくらいはできるが確証が持てないのだ。

 逆にヒミコは、実際に暗黒面へ踏み込みかけた人間だ。いまだ人生経験の浅い少女とはいえ、暗黒面の理解は私より深いし、そんな彼女なら直に暗黒面の気配を見れば大体背景が見える。

 

 そんな彼女の見立ては、そうそう外れない。であれば、

 

「……要注意対象だな」

 

 気にしておかねばならないだろう。彼が何を憎み、何を思ってヒーロー科に来たのか。それを確認しなければ。

 

 なんてことを考えているうちに、次々と新たな生徒がやってくる。

 うーむ、私たちもかなり時間に余裕を持たせて登校していて、まだ始業には結構余裕があるのだが。こうも早々と人が揃うとは、このクラスはみな真面目だな。いや、クラスというよりはヒーロー科だから、か?

 

 まあ、クラスの人数が二十人しかいないので、どれだけ人が揃っても広々とした印象は変わらないだろうが……む?

 

「……ンだ。チビがガンつけてんじゃねぇぞ」

 

 新たに入ってきた生徒を見て、私の記憶が刺激された。

 

 薄い金髪に、三白眼が目を引く少年である。整った容姿もあって、かなり鮮明に覚えているぞ。睨まれている理由は定かではないが。

 

「いや……どこかで見たことのある顔だと思ってな。確か君は、一年ほど前に……」

 

 だがそう口にしている途中で、少年は盛大に舌打ちをしてきた。

 彼はそのまま私に答えることなく、乱雑に荷物を置いて、やはり乱雑に席にどっかと腰を下ろした。

 

 そんな彼の態度に、ヒミコの視線が一気に冷たくなる。

 

 だがまあ、今回については私が不用意だっただろう。何せ彼は、一年前に田等院のほうで起きた事件の被害者なのだ。それにまつわる話を、人前でいきなり出した私に問題がある。

 

「……すまない、私が軽率だったようだ。非礼を詫びさせてほしい」

「るせぇ殺すぞドチビが」

 

 しかし、謝罪に返ってきたのは殺害宣言であった。

 

 ……なんとまあ。随分と粗暴な少年だな。どうやら先ほどの反応は、トラウマを刺激したからこそではないようだ。フォースもそう言っている。

 

 そしてこの少年の気配も、かなり暗黒面に近いな。これは……増長と傲慢、か?

 

 いや、大丈夫かこの学校? あの試験ではそこまで内面に踏み込めないから、仕方ない面もあるだろうが……。

 

「できるものなら」

 

 とはいえ、ここで引き下がると隣のヒミコが代わりに手を出しそうなので、一応一言返しておこう。

 

 すると先ほどよりもさらに険しい目で凄まれたが……彼が何か言うよりも先に、イイダが割り込んできた。

 

 そのまま二人は流れるように口論を始める。第一印象通り、イイダは超のつく真面目人間らしい。アナキンなどは、ジェダイ的と言うかもしれない。

 そんな彼にしてみれば、私の一つ前のこの少年は到底受け入れがたい人間だろうな。水と油だ。

 

 とはいえ、イイダのほうも少し的外れなことを言っているような気がしなくもない。机に足をかけること自体は私もどうかと思うが、しかし製作者や学校の先輩に対してどうと言われてもな……。

 

「二人とも仲いいねぇ」

「いや、逆だと思うが……」

 

 なぜか楽しそうな顔で両者を眺めるヒミコである。彼女の目には一体どういう風に見えているんだ?

 

 そうこうしているうちにもさらに生徒が入ってきたのだが、その少年もよくよく見ると一年ほど前、私の前の席の少年と共に田等院で事件に巻き込まれていた少年だった。いや、彼の場合は飛び込んだ、と言ったほうが正しいのだろうがそれはともかく。

 

 ミドリヤ、か。覚えておこう。

 しかし彼ほど率先して動ける人間ならここに来てもおかしくないとは思っていたが、まさか同じクラスになるとは。

 

 その彼は、何やら直後にやってきた女子と会話している。態度から言ってあまりにも女性慣れしていないようだが、女子のほうはまったく気にしていないようだ……。

 

「お友達ごっこがしたいならよそへ行け」

 

 と、そのときである。低い男性の声が、賑やかだった教室の中を切り裂くようにして響き渡った。

 声のしたほうに顔を向けると、そこには寝袋に入った状態で横になっている無精ひげの男性が一人。

 

 彼はそのまま困惑した空気の教室の中に入ってくると、自らが担任であること、体操服に着替えてグラウンドに出ろとだけ伝えると、さっさと出て行ってしまった。

 クラスの様子を「合理性に欠ける」と評した彼の態度は、お世辞にもヒーローには見えないだろう。

 

 だがこの学校の教師は基本的に全員がプロヒーローであり、相澤消太と名乗った彼も例外ではない。

 

(あれが抹消ヒーロー、イレイザーヘッド、か)

 

 あまり名の知られたヒーローではないが、私はこの学校に合格した時点で、学校に勤めている全教師について最低限調べてある。

 

 それによると、彼のようにマスメディアへの露出を嫌い、活動内容をほとんど公表していない人物のことを、一般的にはアングラヒーローと呼ぶらしい。そのため彼のヒーローとしての仕事ぶりまではあまり調べられなかったので、どういう人物なのか少々心配ではあったのだが……どうやら杞憂に終わったようだ。

 

「……コトちゃんと同じくらい心がキラキラしてる人、()()()()()以外で初めて見ました」

「奇遇だな、私もだ」

 

 ヒミコの何やら気になる言い方はともかく。

 

 イレイザーヘッドから感じられる気配は、光明面のかなり極まった位置にあったのである。あれだけ深く光明面にいるのであれば、人として信用して構わないだろう。

 また彼ならばあるいは、フォースについて話をしてもいいかもしれない。”個性”のこともあって、私の特異性に最も早く気づくだろうし。

 

 ともかく私は彼が問題ないと判断すると、まだ困惑気味のクラスメイトたちに声をかけることにした。

 

「気持ちはわかるが、彼の指示に従おう。この学校の教師が、無意味な指示を出すとは思えない」

 

 私の言葉に、イイダをはじめ数人の生徒が賛同し、私たちはそれぞれ更衣室へと向かうことになった。

 

***

 

「ケロ……あの、いいかしら?」

「構わない。君は、ええと……」

「ケロ。蛙吹(あすい)梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで?」

「マスエ・コトハだ。よろしく頼む」

 

 更衣室にて。着替えるために制服を脱いでいると、一人の少女に話しかけられた。

 そちらに振り返ると、どことなく蛙のような雰囲気の少女が、心配そうな目で私を見ていた。

 

「その……いきなりで申し訳ないのだけど、ちゃんと食べてるかしら?」

 

 フォース伝いに感じる彼女の思考と、その態度から発言の意図は明白だったが、言葉にされたことで改めてなるほどと思う。

 

 彼女の気持ちもわかる。私の身体は、高等学校一年生の女子としては明らかに小さく、あからさまに痩せているからだ。うっすらとあばらが浮いて見える、骨ばった下半身などなど。十五歳でこれだとしたら、確かに虐待を疑われても仕方がない。

 

 まあ、私は彼女たちとは同年代ではないのだが、そこはこの際関係なかろう。

 

「ああ……心配してくれてありがとう、ツユちゃん。だが大丈夫だ。むしろ同年代の生徒の倍以上は食べている」

 

 言われた通りに呼んだら、後ろからヒミコの視線が突き刺さった。あれは間違いなく、「私だってちゃんづけで呼ばれたことないのに」というようなことを考えているな。

 だがそれとは関係なく、それ以上の関係性が今の私たちにはあるだろうに。

 

「倍以上……? なのにそんなに痩せてるって……もしかして、”個性”の影響かしら」

「その通り。私の”個性”は、発動の際に体内の栄養全般を消費するんだ。そのせいで、訓練しているだけでもどんどん痩せてしまうんだよ。おかげで背も伸びない」

 

 それはともかく。

 

 私が答えると、着替えながらもさりげなくこちらの様子をうかがっていた他のものも納得したようだった。

 

 その中の一人……この中では特に発育のいい、また立ち居振る舞いが特に優雅で洗練されている少女が話を継ぐ。

 

「ああ、少しわかりますわ。私も代償に脂質を消費するタイプでして……慣れないうちは色々と困った覚えがあります」

「君もか。幼少期、初めて”個性”を発現したときなどは大変だったのではないか?」

「ええ。とはいえ、私は脂質だけですので、増栄さんほど深刻ではなかったのではないかと思いますが……」

「ああ……そうだな、私は最初病院沙汰だったよ。餓死寸前まで行って、あのときは家族に迷惑をかけた」

「餓死……!? そんなになるとか、どんな”個性”!?」

 

 今度声をかけてきたのは、肌が桃色で白目が黒い少女だ。

 

「私の”個性”は『増幅』だ。餓死しかけたときは、その……恥ずかしながら、ソフトクリームを食べていたときで……もっと食べたいなと思ったら、次の瞬間ばたりとな」

「あー、なるほどー! や、ソフトクリームおいしいもんね! しょーがないよそれは!」

 

 彼女は私の返答にあっけらかんと笑う。

 

「あ、私は芦戸三奈! よろしくねー!」

「挨拶が遅れて申し訳ありません。私は八百万(もも)ですわ。以後お見知りおきを」

「マスエ・コトハだ、よろしく。……ああそうそう。先ほどから、私の話相手を取られて拗ねている後ろの彼女が、トガ・ヒミコだ」

「はいはい、トガです! コトちゃんとは同じ中学です! よろしくねぇ!」

 

 私が紹介するや否や、前に出て声を出すヒミコ。

 彼女は人見知りではない。むしろ、他人と接することを求めているところがある少女だ。だから私の相手を取らない限りは、こうやって普通に他人に接することができる。

 

 人によっては、それを面倒くさいと言うのかもしれないが。

 

「はいはーい! 私、葉隠透だよー!」

「ウチは耳郎(じろう)響香」

「私は麗日(うららか)お茶子だよ、みんなよろしく!」

 

 その後も相次いで挨拶が交わされる。どうやら、このクラスの女子は全員が暗黒面から遠いところにいるらしい。そこは安心だな。

 ヒミコ以外は、だが。

 

「それにしても、いきなりグラウンドに出ろとは何をするのでしょう?」

「入学式、今やってるはずやんね? 出なくってええんかなぁ……」

「……恐らくだが、入学式に出ている暇はないという判断なのだろうな」

 

 ヤオヨロズとウララカの言葉に、着替えを再開しながら入り込む。

 当然のように、全員の視線が集中した。

 

「コトちゃん、何か知ってる感じです?」

「ああ。人伝いに聞いた話なのだが……この学校の校長は……ものすごく話が長いらしい」

「ものすごく」

「話が」

「長い?」

 

 順番に繰り出される単語に頷き、私は着替えを終えた。

 

「ああ。なんでも、入学のあいさつだけで一時間はしゃべるらしい」

「え、なっが……」

「それは……さすがに少々、時間がもったいなく感じますわね……」

「ねー! そっかー、それで先にやれることやっちゃおうって感じかなー?」

 

 ハガクレと名乗った少女……少女、だよな? うん……そのはずだ。

 彼女の”個性”は透明なのだろうな……服しか見えない……。

 

 ともかくハガクレの言葉に頷く。

 

「ケロケロ……じゃあ、ガイダンスかしら?」

「え、でもガイダンスで体操服っておかしくない? おまけにグラウンドでしょ?」

「だよねぇ。教室で資料があれば十分じゃないです?」

 

 ヒミコが小首を傾げる。それに応じるようにして、全員の視線が再び私に集中する。

 

 だが、今度ばかりは私も答えを持たない。

 

「すまないが、彼が具体的に何を企図しているかはわからない。校長の話は、あくまで人から聞いて知っていただけだからな」

「そっかー!」

「知らないんじゃしょうがないね!」

「そうね。何はともあれ、行ってみればわかるわ」

「せやねー。ヘンなことじゃなきゃいいけど……」

 

 かくして着替え終えた私たち計八名は、更衣室をあとにしたのであった。

 




「クラスの女子にダークサイダーはいない」みたいな描写しましたが、これでもし今後敵連合との内通者が彼女たちの中にいるなんて展開が本誌で起きたらどうしよう、とずっと戦々恐々としてる。
完結してない作品の二次創作ってそういうところあるよね・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.個性把握テスト

「個性把握テストを行う」

 

 端的にそう宣言したマスター・イレイザーヘッドに、場は騒然となった。

 ウララカがガイダンスはないのかと問い詰めていたが、イレイザーヘッドは「そんな悠長なことをしている時間はない」とにべもない。

 

 彼はそのまま個性把握テストの説明をさらりと済ますと、私に声をかけてきた。

 

「増栄。中学時代のソフトボール投げ、何メートルだ?」

 

 その問いに、全員の視線が私に集中する。

 だが残念ながら、この問いに対する答えを私は持ち合わせていない。

 なぜなら今しがたの個性把握テストの説明を受けるまで、体力テストというものが存在することを知らなかったのだから。

 

 しかしイレイザーヘッドの説明は、個性把握テストとやらが個性解禁の体力テストであることはわかっても、各種目の具体的な内容や、実施する目的、私がなぜか知らないでいた理由などがわからない。

 なので、諸々ひっくるめて私は問うしかないのである。

 

「マスター・イレイザーヘッド。申し訳ないのですが、体力テストとは一体どのようなものでしょうか?」

 

 そして私の回答に、マスターを含めた全員が硬直した。

 どうやら、普通なら知っていてしかるべきもののようだが……。

 

 ……あ、いや、例のミドリヤだけは、マスターのヒーロー名に目を輝かせて何事かつぶやいているな。

 

「……お前、体力テストを知らないのか?」

「存じません。受けたことがないもので」

「なぜ……あ。あー……そうか。そういえば、お前は飛び級だったな」

 

 何かに気づいたようで、マスターは頭をがしがしとかいた。

 対する生徒側は、ヒミコ以外の全員が驚いた顔で私を凝視していた。

 

「お前は確か、小五と中二をすっ飛ばしてたな?」

「はい」

「……そりゃ知らねえわけだ。あー、一回しか説明しないから覚えろ」

 

 そうして語られたのは、体力テストの概要である。

 

 なるほど、小学五年生と中学二年生のときに行う、身体能力の統計を取るためのテストか。それは確かに、そこを飛ばした私が知る由はないな。当然、記録も保持していない。

 

「各種目の細かい話は、同中のトガにでも聞いておけ。お前の順番は最後にするから」

「わかりました」

「じゃあ……一般入試の次席は爆豪だったか。お前、ソフトボール投げの記録は?」

 

 一通りの話を済ませて、マスターがバクゴー……先程教室で私に殺害宣言をした少年に話を振った。

 当の本人は、「俺が次席だと……!?」と憤慨していたようだったが。しかしマスターからの指示に、渋々ながらに答えた。

 

「……67メートル」

「じゃあ、”個性”を使って投げてみろ」

 

 ――円から出なきゃ、何してもいい。

 

 ボールをバクゴーに投げ渡しながら宣言するマスター。

 

 なるほどな。普通の身体能力に”個性”を加えることで、現在のポテンシャルを推し量ると共に、今後の指導に活かそうということか。

 

「ヒミコ……67メートルという記録は、どれほどのものなんだ?」

「かなりスゴいと思います。私なんて20メートルくらいだったよ?」

「ほう。男女の差もあるのだろうが、彼はかなり鍛えているのだな。気配で分かってはいたが……」

 

 そう解説をもらっているうちに、バクゴーが位置についた。

 

「死ねぇ!!」

 

 そして、気合一声。凄まじい爆発が彼の手で起こり、ボールはとんでもない勢いで吹き飛んでいった。

 

 ……うむ。かけ声の是非はともかく、相当飛んだのではないだろうか。

 

「705.2メートル」

「す――……っげえ!?」

「個性思いっきり使えるのか! 面白そう!」

 

 マスターが提示した記録に、生徒たちの多くが湧き上がる。

 

 だがその言葉を聞いた瞬間、マスターの雰囲気が一変した。それまでのどこか気だるげな様子から、威圧的な態度へ。

 私……と、ヒミコには本気ですごんでいるわけではないとわかるが、周りはそうは思わないだろうな。

 

「『面白そう』……ヒーローになるための三年間をそんな腹づもりで過ごす気でいるのかい? ……よし、トータル成績最下位のものは見込みなしと判断して、除籍処分としよう」

 

 そしてそれは、その宣言によって明確な形を帯びた。

 同時に、ほとんどの生徒から非難の声が上がる。

 

「コトちゃん、あれって……」

「ああ、威嚇は大部分ポーズだが、除籍については本気だな。どうやら、随分と弟子に厳しい方らしい」

 

 声を上げるものたちをよそに肩をすくめる私に、ヒミコは「まあ私たちなら大丈夫ですね」と軽く笑った。

 

 彼女も今やフォースユーザーだ。おまけに私ほどではないにせよ、ジェダイ式の訓練を経験済み。アナキンにもかなり転がされている。これくらいは試練になどならないだろう。

 

 私も気負いはないのだが、それよりミドリヤがやけに怯えていることのほうが気にかかる。彼ほどの人間なら、何も問題はないように思うのだが、どうしたのだろう?

 

「増栄。さっきも言ったが、お前は全種目最後に回してやる。代わりに一度目は”個性”なしで測れ。二度目は”個性”あり。両方ないとデータとして使えんからな」

「それはつまり、私だけ計測の機会が少ないということですか?」

 

 私の指摘に、周りがさらにざわめく。心配そうな気配がほとんどであることを考えると、みな気のいい連中なのだろうなと思う。

 

 だが、マスター・イレイザーヘッドはそんなことは斟酌しない。

 

「そうだ。何か不満でも?」

「いいえ。その程度でいいのでしたら、いくらでも」

 

 だから私も、普段通りにやるだけだ。

 

***

 

 かくして始まったテストの第一種目は、50メートル走。他の種目は聞いても見当がつかないものもあるが、これはわかりやすい。見る以前に、名前だけで内容がわかる。

 それでも私の順番は最後に回されたので、他の面々の様子をゆっくりと眺める余裕があったのだが……この種目はイイダが圧倒的であった。

 

 彼の”個性”は、どうやら脚部に生じているエンジンがそうらしい。3秒04というかなりの記録を叩き出していた。

 にもかかわらず、彼は距離が短くて全力が出せないという様子だった。どうやら彼の”個性”は長距離のほうが向いているらしい。

 

 他にも、バクゴーが手から爆発を起こすことで猛加速し、4秒13という好記録を出していた。彼の性格や態度はいささか以上に問題だが、言うだけのことはあるということか。

 

 逆にミドリヤは、7秒02とかなりパッとしない記録だった。身体能力を増強する類の”個性”ではないのだろうか?

 

 そして私の結果だが、”個性”なしで4秒11、”個性”ありで3秒04。

 ”個性”ありの記録は当然としても、”個性”なしのほうも普通ならあり得ない。身長わずか1メートルちょっとの、しかも大して肉もついていない私が出せる数値ではない。当然、どよめきが起こった。

 

 だが、これがフォースである。フォースと共鳴し、その恩恵に与った人間は、この程度の記録は簡単に出せる。

 また、仕掛けはそれだけではない。私がどれほどの回数、栄養失調に陥ったことか。だがその成果は、まさに今出ようとしている。

 

「……おい増栄。お前、本当に”個性”を使ってないんだな?」

 

 ”個性”なしでは確実にあり得ない記録なので、マスターが直球に疑ってきた。

 だが本当に私は”個性”を使っていないので、当然と頷く。

 

「はい。なんでしたら、あなたの”個性”を使っていただいてもかまいませんよ。マスター・イレイザーヘッド」

「……いいだろう。続けろ」

 

 そうして行った次の握力。どう測るのかと思っていたが、取り出されたのはシンプルな装置である。

 

 この項目は、ヤオヨロズが創り出した万力で装置を破壊するという、見た目に反してアグレッシブな結果を叩き出していた。創造という”個性”らしいが、本当に”個性”とはなんでもありだな。私が言うのもなんだが。

 

 ともかく私の番。マスターは自身の”個性”を発動した状態で、私の”個性”なし測定を見守った。

 だが、結果は77キロ。これまた”個性”なしでは、私くらいの小娘が出せる数値ではないが……記録は間違いないものだ。

 

 これにはマスターも何も言えなかったのか、どこか納得いかないように……しかし表情は変えることなく、「次」と淡白に告げた。 そうして計測した”個性”ありの私の記録は、399キロであった。

 

***

 

 個性把握テストはそうして、ほぼつつがなく進んで行った。私は全体的に上位の数値を維持し続け、最終の順位は2位と相成った。

 

 なお1位はヤオヨロズだ。さすがに道具を創れてしまう相手となると、誰だって分が悪かろう。持久走でバイクを出してきたときは、さすがに笑ってしまったぞ。

 後先考えずに全力で全能力を増幅していれば、彼女の記録も上回れたかもしれないが……あれはやるとあとが続かないので、これでよかったのだろう。ミドリヤもそんなような内容の勧告を受けていたようだし。

 

 それとヒミコだが、彼女も私同様に上位を維持して7位にランクインしていた。しかし彼女の場合、このテストで”個性”は一切使用していない。

 なぜなら、計測を続けられるほど血のストックがない上に、誰かから(と言っても私以外に変身して個性が使えるかはわからないので、私からしか採らないだろうが)血をもらうことが禁止されたためだ。

 

 ともあれそういうわけで、ヒミコはフォースのみでの測定だが……それだけでも十分な記録が出ることは先に述べた通りである。本人も別にそれで困っていなかったので、それでいいのだろう。

 むしろ彼女より周りの生徒のほうが抗議していたくらいだが、マスターはさらっと却下していた。

 

 マスターいわく、「ストックが必要な”個性”なら、有事に備えいつでも使えるよう準備しておくべきなのがヒーロー」とのこと。

 要は常在戦場であれということであり、そういう点でヒミコの吸血は現着後の補給行為と同等とみなされたようだ。あるいは、”個性”の整備が足りないとでもいったところか。

 個性把握テストで事実上”個性”が禁止されたので、生徒の言い分も一理あると思うが……つまりマスターは、そういう”個性”に関わる自己管理ができているかどうかも見ているのだろう。入学初日だというのにそこまで要求してくるとは、あらゆる意味で厳しい方だな。

 他にも何か思うところがあるようにも見受けられたが……まあ、彼は光明面の人だ。こんなところでそこまで深く探らずともいいだろう。

 

 逆に最後までパッとしなかったのがミドリヤだ。当初は増強するタイプの”個性”ではないと思っていたのだが、イイダいわく超パワーと引き換えに、反動で自身が大怪我をしてしまう”個性”らしい。

 

 実際、彼はソフトボール投げで700メートル超という記録を叩き出したが、結果として右手の人差し指は完全に使い物にならなくなっていた。なるほど、開始前にあれほど怯えていたはずである。

 そして、人間の域を超えた記録はこの一度だけ。その後の持久走に至っては痛みが響いたのか、ソフトボール投げで得た貯金を使い潰す勢いの記録であった。実にもったいないと言わざるを得ない。

 

 ちなみに、彼の指を治そうとしたらマスターにとめられた。やるなら全部終わってから、そして養護教諭の監督下でやれとのこと。

 後者はともかく、前者はヒーロー的には正論なのだろうが、恐らく医者なら却下であろう。少なくとも私には、それほどの怪我に見えた。

 だからマスターの言うことではあったが、私は食い下がって簡単な応急処置だけはさせてもらった。終わったら保健室に直行すべきだろう。

 

 ……だが奇妙だ。確かに地雷のような”個性”だろうが、それにしてもミドリヤの記録は全体的に平凡である。

 というか、下手したら周囲の女子より低い。それはこのテストで記録の底上げに使えそうにない”個性”のハガクレやアシドよりも低記録なので間違いなく(アシドの”個性”は酸らしい。本当に”個性”はわけがわからない)、ミドリヤの成績は堂々の最下位であった。

 普通、あのようなピーキーな”個性”であっても、ヒーローになろうとするものならある程度鍛えてきているはずだろう。そもそも増強系の個性は、地力が高ければ高いほど効果も高くなるものが多いのだし。

 

 だがミドリヤの動きは、努力の形跡は確かにあったがどこかぎこちなかった。それはまるで急ごしらえのようにも見えたが……。

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

 なお、最後にマスターがついでのように付け加えた言葉に、再び場が騒然となった。

 やる気を出させるための合理的虚偽、とのことだが……このマスター、なかなか食わせ者である。

 

「それが一番の嘘なのにねぇ」

「まったくだ。恐らく、最下位になったミドリヤとて見るべきところがあったから前言を撤回したのだろうな」

 

 まあ、彼の真意は別に誰も知らずともよかろう。この件は私たちの胸の内にしまっておくとして……。

 

「マスター。ミドリヤの保健室行きに同行して、養護教諭殿と面会したいのですがよろしいでしょうか?」

 

 すべてが終わり、ミドリヤへ保健室利用届け書類を手渡すマスターに声をかける。

 

「……ああ、治療ができるんだったな。いいよ。婆さんには一筆書いといてやる」

「ありがとうございます。……よし。ミドリヤ、すぐに保健室に行こう」

「え、でも着替え……」

「馬鹿者! それは放置していい怪我ではないぞ! 治せるなら即座に治すべきだ!」

「は、はいわかりました!?」

「ヒミコ、そういうわけだ。すまないが先に行っていてくれ」

「はい、教室で待ってますね」

 

 と、そういうことになったのだった。




なんだかんだで順調にクワイ=ガン門下に染まりつつある主人公。
普通のジェダイは煽られても煽り返さないんだよなぁ。

ちなみに最初は普通にやらせるつもりだったけど、体力テストってよくよく考えたら人生の間でやる機会多くないなと思ってこんな流れに。主人公、飛び級してるのでね。
まあ「中学の頃からやってるだろ?」という相澤先生のセリフは、体力テストが毎年行われてるんじゃないかって疑惑も感じさせるのだけど、そこらへんは独自解釈独自設定ってことで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.緑谷出久という少年

 さて、である。

 

「君とは話がしてみたかったんだ」

 

 なかば無理やりミドリヤを連れ出した私であるが、道中そう声をかけていた。当のミドリヤは、理解が及ばずきょとんとしていたが。

 

「去年の話だ。田等院で君、事件に関わっただろう?」

「え! な、なんで知ってるの!?」

「あのとき、ちょうどリアルタイムでニュースを見ていたからだ。君が飛び込んできてバクゴーを助けたところは、文字通り目の前で見たようなものだよ」

「あ……あれはその、なんていうか、勝手に身体が動いたっていうか……かっちゃんには余計なことするなって言われたし、ヒーローたちにも無謀だってたくさん怒られちゃったしさ……」

「それでもあのとき、君はあの場にいた誰よりもヒーローだったと思うがな」

 

 そう伝えたら、ミドリヤは一瞬きょとんとしたあと、泣き始めてしまった。

 

「す、すまない、気に障っただろうか」

「や……っ、いや、そうじゃなくて……っ、僕のしたこと、見てくれてた人もちゃんといるんだなって思ったら、なんか勝手に……!」

 

 ごめんね、と言いながら袖で目元を拭うミドリヤ。なるほど、感極まったということか。

 

「……しかし、君ほどの人物なら、褒められることはそう珍しくないだろうに。君は素直なんだな」

「へ……?」

「ん? 違うのか? あの状況で迷わず動ける人間が、軽んじられることはそうそうないと思うが」

 

 そう伝えたら、また泣かれた。なぜだ。

 

「いやその……っ、ぼ、僕、実は一年前まで、無個性で……っ。それで、その……ずっといじめられっ子だったっていうか……そんな僕を、こんなに褒めてくれた人、なかなかいなくて……!」

 

 にわかには信じがたかった……が。彼から漂う気配に嘘は感じられないし、何より彼の卑屈な態度は、確かに虐げられ続けた人間特有のものだ。

 

 だが、それよりもだ。”個性”を持たないことが、迫害の対象になっているとは。これも”個性”が人口の大半に存在する弊害か。

 

 つまりこの超常の力は、もはやこの星では日常なのだ。どこまでも当たり前のもので、だからこそ子供の中でも日常ゆえの問題が顔を出すのだろう。

 子供は世界が狭いから、外れた存在に攻撃性を見せることは珍しくはない。いいことではないが、それは親や教師が教え導けばいいことだ。

 だと言うのに、彼の周りの大人たちは一体何をしていたんだ。度し難いぞ、まったく!

 

「……でも、遅くはなったけど、僕にも”個性”が出たから」

 

 ――今はそれより、とにかく前を見ていたいんだ。

 

 ……しかしそう言ってはにかんだミドリヤは、どうやら自身の境遇について既に折り合いがついているようだ。であれば、私があれこれ言うのもお門違いであろう。

 

 それよりも、今の発言にかすかに嘘が混じったことのほうが気にかかる。何が嘘なのかまではわからないが……まあ、私が口を挟んでいいことかはわからないし、保留としよう。

 

 しかし、まあ。それはともかくだ。今の会話で一つ納得できたことがある。

 

「なるほど。だから君、鍛え方が足りないのか」

「ふえ!?」

「先程の個性把握テスト。君は女性陣にも大体負けていただろう。記録に活かせない”個性”のアシドやハガクレよりもだ。つまり君は、”個性”が出るまでろくに鍛錬してこなかった。そうだろう?」

「う……そ、その通り、です……ハイ……鍛え始めたのは、例の事件のあとからで……」

「……まあ、既に十分思うところがあるようだし、私からはこれ以上言わないよ」

 

 彼は既に、個性把握テストで「自分はあまりにできないことが多すぎる」と理解したようである。そのために、人の何倍も努力しなければならない立場であることも。

 自分でそれに気づけたならば、教師でも師匠でもない私がこれ以上言うのはただくどいだけだろう。

 

 人は過ちを犯す生き物だ。それはそういう生き物である以上、仕方がない。

 だから重要なのは、気づきを得られるかどうか。そしてそれを次に活かせるかどうかだ。

 

 その点、ミドリヤは十分に及第点だろう。何せ”個性”が出るまで鍛えていなかったということは、逆に言えば”個性”が出てからのたった十ヶ月程度の急ごしらえでここまで来た、ということでもあるのだ。雄英のヒーロー科入試は、普通の子がその程度で合格できるほど易しくはない。

 つまり、彼は短期間でそれだけの努力ができる人間なのだろう。ただがむしゃらに努力するだけでなく、その内容を省みて改良するような思考力や柔軟性もあるはずだ。

 

 まあ、さすがに彼一人ですべてやりきったとは思っていない。恐らく、マスターとなる人物がいるはずだが……しっかりとしたマスターに出会う運や選ぶ目も、ときには重要だ。そこは深く言うまい。

 

 何より。

 

「……色々言ったが、君の心根は素晴らしいものだと私は思っている。だから君ならいいヒーローになれるはずだよ」

 

 彼の気配もまた、光明面に満ちているのだ。私は彼を信じようと思う。

 

「……っ、あ、ありがとう! その、増栄さんもなれると思うよ!」

「ふふふ、ありがとう、だ。……まあ、君はまず自分の力を使いこなすところからだな」

「ははは……そうだね、その通りだ。僕はまだスタートラインに立つ権利を得ただけだからね」

 

 そう言って、ミドリヤは再び涙があふれ始めた顔のままくしゃりと笑った。

 

 だが、ふとそこから焦りが見え隠れする。随分と取り繕うことが下手というか、本当に根っからの善人なのだろうな。嘘がつけないらしい。

 

「気持ちはわかるが、焦りは禁物だぞ。何事も一足跳びに成長はできないものだ」

「う、な、なんでわかったの……?」

「私はある程度、相対した人間の感情が読める。……まあ、私でなくとも君の場合は聡いものにはわかるだろう」

 

 と言ったはいいが、マスター・イレイザーヘッドはミドリヤの成長があまりに遅いようなら、容赦なく除籍処分を下すだろう。あの方の性格からいって、今回の個性把握テストでは見込みはゼロではない、というだけだったはずだ。

 それに、世間も待ってはくれない。時間は誰にとっても平等なのだ。だから焦るなというほうが土台無理なのかもしれないし、マスター・イレイザーヘッドならずばり「焦れ」くらいは言いそうだ。

 

「……まあ、君の焦りは理解できる。”個性”が目覚めてまだ一年、ではなぁ」

「……そうなんだよね。入試のときも、大怪我しちゃってさ……」

「イイダとウララカから聞いているよ。マスター・イレイザーヘッドが君にしていた説教も、正しいのだろうな」

 

 そう返したら、目に見えて凹むミドリヤである。

 本当に素直な少年だ。そうもわかりやすくがっかりされると、私としても世話を焼きたくなるではないか。

 

「……まあ、相談くらいならいつでも乗るよ。必ずしも有意義な答えを返せるとは言わないが、三人寄ればとも言うだろう? 君はまず、誰かに頼ることを覚えるところから始めるべきだ。幸い、私なら応急処置はもちろん、治療も可能だしな」

「う、うん……そうだね、ありがとう。……あ、ち、ちなみに、増栄さんの”個性”ってなんなの? さっきのテスト、どれも好記録ばっかりだったけど……治療までできるって一体……」

 

 と、ここで彼は今までと一転して、好奇心を前面に出してきた。切り替えが早いことはいいことだ。

 

 ので、更衣室で披露した話を彼にも話す。

 

「なんてすごい”個性”なんだ……! 単なる増強としての使い道だけじゃなくて治癒力にまで使えて他人にも使えるとなるとチームアップするときはもちろんサイドキックとしても誰と組んでも間違いなく活躍できるからきっと引く手数多だぞ……!」

 

 ここまで、感嘆符以外ノンブレスである。怒涛の勢いに、私はあっけにとられるしかなかった。

 

「あ……っ! ご、ごめん、つい癖で!」

「いや……構わない。考察する力は重要だ。あらゆる場面で生きてくるからな」

 

 これが噂に聞くオタクと言うものか。一つ知識が深まった。

 

「……でも、”個性”を使いすぎると餓死しちゃうって、大変だね。……あ! そ、その……参考までに聞きたいんだけど、どうやって制御の仕方を覚えたの?」

 

 そして、自分にも活かせる話題へ繋げつつも、知識欲を満たそうとするとはなかなかに強かだ。どうやら無意識らしいが……彼はこの貪欲さを、もう少しだけ普段から出してもいいのではないかなぁ。

 

「イメージを固めることと反復かな。私も下手に反復できない”個性”だから、まずその基礎をしっかり作れと言われたよ」

「やっぱりそうなんだ……ちなみに、増栄さんのイメージって、どんな感じなの?」

「あー……と……蛇口……と……コップ、かな……」

「蛇口」

 

 本当は特に深くイメージせずとも、フォースを扱う感覚で大体なんとかなったのだが。それを言っても誰も理解できないだろうし、追及されても困る。

 

 なので、どうにかこうにか話をでっち上げる。

 

「そうだ……その、あれだ。蛇口はひねれば水が出るが、多く出しすぎたら手元のコップからあっさりあふれてしまう。その勢いを決めるのは、どれだけコップに注いでよしとするかを見極めるのは、自分自身だろう? そこを考えながら蛇口をひねっていく……と、言ったところかな」

「そ……それだぁ!!」

「お、おお?」

「そうだ、それだよそのほうがわかりやすいししっくり来る! うちの水道ひねるタイプのじゃないけどそれでもレンジの中のタマゴよりはわかりやすい!!」

 

 私はミドリヤの目から鱗が落ちる様を幻視した。

 何やら腑に落ちたらしい。伝わったようで何よりだ。それにしてもすごい勢いだが。

 

「その調節ができるようになったら、あとはひたすら反復だな。私も早急な習熟が求められたから、そこはかなりの回数を繰り返した。まあ、言われた以上の回数をやったら怒られたのはいい思い出だが」

 

 具体的には、コップの中の水に向けて温度を増幅したりしていた。これなら危険も少ないだろうという判断だったが、初期の頃はそれでも一瞬で蒸発するくらいの高温になって何度か火傷したものだ。

 

「あ……ああ、それは僕も覚えがあるなぁ……オーバーワークは厳禁だよね」

「うむ。……ただ、私たちのような”個性”の練習は一人でやるのは危険だ。私は元プロヒーローの父上に協力してもらったが、君はそういう面で頼れる知り合いはいないのか?」

「あ……っと、う、うん、一応、師匠って言える人がいるよ! その人に相談してみる!」

「そうか、なら大丈夫かな。うむ、フォースと共にあらんことを祈っているよ」

「? え? ふ、フォース……?」

「気にするな。私流の祈りの文句だと思ってくれ」

「う、うん……」

 

 私の言葉に、ミドリヤはしばらく目を瞬かせていた。

 

 ……が、ふと思い出したように再度声を上げる。

 

「……待って。さっき増栄さん、お父さんが元プロヒーローって言った?」

「? ああ。と言っても、活動期間は短いマイナーなヒーローだぞ」

「誰!? 僕、ヒーローのこと分析してまとめるの、趣味なんだ!」

「バンコだ。知っているか?」

「え!? 増栄さんのお父さん、もしかして重力ヒーローバンコなの!? 家庭の都合で引退せざるを得なくなったけど個性『重力操作』でヴィラン退治はもちろん人命救助や災害対策にも対応できた万能ヒーローで最近はロボットとか翻訳機まで発明してるすごい人じゃないか! もしも彼が引退していなかったら今頃ナンバーワンは難しくてもビルボードチャートのトップ10入りは間違いないって言われてた!!」

「お、おう……く、詳しいな、本当に……」

 

 下手したら娘の私より詳しいのではないだろうか。何せ父上、自分の功績についてはあまり語ろうとしなかったし……。

 

 まあ、ドロイドや翻訳機、あとライトセーバーなどは、私が開発したと世間に知られると面倒になるから(特にセーバーは私に開発ライセンスがないので)という理由で、隠れみのとして矢面に立ってくれているだけのことだったりするのだが。

 父上が現役時代、自分のサポートアイテムを自作していたことは事実らしいので、今のところは誰も疑っていない。

 

「あの、その、もしよかったらなんだけど、サインとかっていただけたりしないかな……!?」

「……聞いてみるよ」

 

 その後も、彼のヒーロー語りは保健室に着くまで続けられた。

 もちろんほぼノンブレスであり、私はオタクという人種には下手にホームグラウンドの話題を振らないほうがいい、という学びを得たのであった。




将来のためのヒーロー分析ノートNo.10より抜粋「重力ヒーロー『バンコ』」
道教の仙人みたいな、ゆったりとした服装というあんまりヒーローコスチュームっぽくない姿が特徴のヒーロー!
ヒーロー免許だけでなくサポートアイテム開発ライセンスも所持していて、使っていたアイテムのほとんどは自作したものだ!
服の中にはそうした様々なアイテムがいろんなところに隠されていて、”個性”だけでなくアイテムを駆使した活躍をしていたぞ!
でも戦闘行為をあまり好まない人として有名だった! だからどちらかというと災害救助がメインのヒーローだ! ヴィラン退治も基本的に説得から入ったらしい!
ちなみに、ヒーローネームはパンゲア大陸の中国語「盤古」から来てるらしい!

”個性”:重力操作
自分を中心とした周囲の重力を自在に操る”個性”!
自分をものすごく重くして攻撃に利用したり、瓦礫を軽くして災害現場で活躍する!
さらには、必殺技「トラクタービーム」によってものを引き寄せたり、「リパルションビーム」でものを引き離したりもできるぞ!
自分をものすごく軽くすることで空中移動も可能! すごい”個性”だ!
この”個性”を駆使して、デビューから一年で一気にビルボードチャート100位以内に入り込むほどの活躍を見せたんだ! 最高位は87位だ!

ただ、デビューからわずか一年半後、家庭の事情で引退してしまった!
詳しいことはどこにも報道されなかったけど、実家の家業を継ぐために引退したらしい!
主な活動地域は関東地方! 千葉県や茨城県、埼玉県周辺で多く目撃されていたぞ!
それを考えると、出身地は公表されていないけど、その辺りの出身だと思われる!

2XXX年追記:
本名は増栄重雄さん!
同級生の増栄理波さんのお父さんで、急遽継ぐことになった家業っていうのはお寺なんだそうだ!
なるほど戦闘をしないはずだね! 納得だ! おかげで謎が解けたよ!

「いやうん、世間的にはパンゲア大陸から取ったってことにしてたけど、実際はとある昔のマンガから、その、な・・・」
「父上・・・」
「若気の至りってやつだよ・・・」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.保健室と放課後

 さて保健室である。

 

 ここにいるのは雄英の屋台骨とも言われる養護教諭、マスター・リカバリーガールだ。彼女の”個性”は「治癒」であり、彼女にかかればほとんどの怪我は短時間で回復することができる。

 だからこそ実戦さながらの実技試験や授業ができるわけであり、まさに彼女なくしてこの学校は成り立たないだろう。

 

 そんな彼女にかかれば、ミドリヤの怪我もあっという間に治ってしまった。

 

「わ、すごい! 治った……あ、で、でも、なんか、()()()()疲れたような……」

「私の”個性”は、人の治癒力を活性化させるだけ。治癒ってのは体力を使うんだよ。大きな怪我が続くと、体力消耗しすぎて逆に死ぬから気をつけな」

「逆に死ぬ!!」

 

 なるほど、彼女とて万能というわけではないのだな。フォース・ヒーリング(文字通り回復技だが、劇的な効果を得るには熟練の技がいる。他人に使うとなるとさらに難しい)とよく似ている。それでも破格であることは間違いないが。

 

 今回、ミドリヤの怪我は利き手の人差し指だけである。それでも「だけ」と言うにはかなり悪い状態だったので、相応に体力を消耗したようだ。

 

「まあでも、今回はそっちのお嬢ちゃんの応急処置が適切だったのと、”個性”のおかげで思ったよりは体力も残ったみたいさね。あんた、あの状態にもかかわらず制服に着替えてから来るつもりだったんだって? 礼を言っときな、そんな悠長なことしてる場合じゃなかったよ」

「う、や、やっぱりそうなんですね……ありがとう増栄さん、本当に……」

「どういたしまして」

「それにしてもお嬢ちゃん、”個性”は『増幅』だったかい? 私の”個性”とは相性よさそうだねぇ」

 

 今回はリカバリーガール監修の下、彼女による治癒の前に、私の”個性”も使っている。

 具体的にはミドリヤの身体の回復効率を増幅しており、同じ治療効果を得るために必要な体力が減っている状態になっていた。そこにリカバリーガールの”個性”がかかることで、彼女の”個性”のデメリットが目に見えて発生することなく治療が完了した、というわけである。

 

「とても汎用性が高くて、色んなことに応用ができるすごい”個性”ですよね!」

「それについてはお褒めいただきありがとうだが。君、あの怪我で手を握りこんだりするのは本当にダメだからな?」

「あんたそんなことしてたのかい……」

「ウッ、そ、それについてはまことに申し訳なく……」

 

 私の言葉に縮こまってしまったミドリヤ。

 

 そんな彼に、菓子を渡しながらリカバリーガールが言う。

 

「ほら、お食べ。少しでも体力を戻すために、私の『治癒』をかけた患者には渡すようにしてるんだよ」

「あ、は、はい……ありがとうございます……」

 

 普通の菓子で、そこまで劇的に変わるようには思えないが……ないよりはマシか。

 しかし体力などという概念的なものを、都合よく増やすことができるのはフィクションの世界だけだ。現実はそんなにシステマティックにはできていない。

 

 ……が、何事にも例外はある。

 

「……あ、でも増栄さんの”個性”なら体力も増幅できるんじゃ?」

「できるし、経験的に一時増幅分が別要因で消費され尽くしても実害は出ないと思われるが……体力のような曖昧なものは効率が悪いんだ。緊急時以外は極力したくないのが本音だな」

「……あ! いや、今僕にしてほしいとか、そういうつもりじゃなかったんだ! ただ、二人がチームアップしたら、どんな人もノーリスクで救けられるんじゃないかって思って……」

「わかっているよ。君がそこまで図々しい人間ではないと思っている」

 

 うーん、彼は間違いなく善人だが、自信のないところはかなりの優先度で要改善だな。今まで理不尽な目に遭うことが多くて、成功体験が少ないのだろう。なんとか重ねさせてあげたいところだ。

 

「……そういえば、マスター・リカバリーガール。一つお聞きしたいことがあるのですが……”個性”で治療を行うときも、やはり医療知識はあったほうがいいですよね?」

 

 許可を取ってから聞こうとしたのだが、途中で視線で続きを促された。彼女もやはり、教師でありヒーローなのだな。察しがとてもいい。

 この学校の教師は全員プロヒーローだが、たまに世間で見る不甲斐ないヒーローとは違い本物だな。まだ半日程度だが、そう思わされる出会いばかりで嬉しい。

 

「それはもちろんさね。適切な処置を施して『治癒』するのと、何もなしに『治癒』するのとじゃ結果に大きな差が出る」

「やはりそうですか……わかりました。となると、今後のためにもそちらの勉強もしたほうがよさそうかな……」

 

 うむ、また一つ目標ができた。

 この星にはバクタ溶液のような高い医療技術はないからな。人を物理的に治療する能力は、あるに越したことはない。

 

 そしてその他の知識がないとは言わないが、共和国の知識が使えるかどうかは調べねばなるまいし。

 

「ふむ……そういうことなら、あんた保健委員にでもなるといいよ。さっきの体力そのものを増やすって話も気になるし、たまに手伝ってもらうこともあるかもね」

「委員……なるほど確かに。わかりました、そのときはぜひお願いいたします」

 

 と、そんな話もしつつ。

 すべきことは私もミドリヤも終わったので、ほどなく保健室を退室することとなった。

 

「はー、それにしても、増栄さんって本当にすごいね。飛び級してるってことは、僕より年下なんだよね……?」

「今年の八月で十一歳だな」

「今年の八月で十一! す、すごいな……天才なんだなぁ……」

 

 ミドリヤが遠い目をした。その目の中に、かすかに羨望の色が混じる。だが嫉妬はなかった。

 

 ……そうか、今は私がそういう目で見られる立場になるのか。私の才能などたかが知れていて、こんなものは人生二回目だからこそできているにすぎないのだがな。

 

 そう思ったら、自然と私の口からは否と言葉が出ていた。

 

「いや、それは違うよミドリヤ」

「え?」

 

 それに彼は、思ってもみなかったのか目を丸くする。

 

「私に才能なんてものはほとんどないよ。ただ、尊敬できる友にどうにか並びたくて、ひたすら努力を続けてきただけだ」

「……尊敬できる、友に並びたくて……努力を……」

 

 私の近くには、天才がいた。英雄アナキン・スカイウォーカーがいた。

 そして私はそれを羨みつつも、決してよしとはしなかった。そんな卑小な人間にはなりたくなかった。だから努力した。彼の隣に、並び立ちたかった。ただ、それだけのことなのだ。

 

 ……とはいえ、現実は非情だ。私にできたことはその決意を抱き続けることだけであり、私はどれほど努力しても彼の足下にも及ばなかった。もちろん知っての通り、決して彼の(たす)けにもなれなかった。

 

「……そうか。僕も……もっと早くからがんばってたら、もしかしたらかっちゃんとも……」

「? どうかしたか?」

「う、ううん、なんでもないよ! その、自分の不甲斐なさにちょっとね……。それにしても、増栄さんがそこまで言うなんて……その人、()()()んだね」

「ああ、()()()()()よ。私が知る限り最強の男()()()

「あ……そ、っか。ごめん……言いにくいこと聞いちゃったね」

「気にしていないさ」

 

 私が気にしているのは、あくまであのときアナキンの友人として彼を救けられなかったことであって、アナキンが死んだことに関してではない。

 何せアナキンの死は私の死後のことだ。私は当時、既に影も形もなかったのだから、どうにかできたはずがないのだ。

 

 それに何より、確かにアナキンは既に死んでいるが、死してなおピンピンと幽霊をしている。ミドリヤが思っているほど深刻ではない。

 なので、この件についてはあまり気にしてもらわないでほしいところだ。

 

 まあ、下手に訂正しても説明がとても大変なので、これ以上は何も言わないが。

 

***

 

 そんなこんなで保健室から戻り、着替えも終えた私たちが教室に戻ると、そこにはイイダとウララカがヒミコと会話していた。

 

「楽しそうだな、ヒミコ」

「コトちゃんお帰り! それに緑の人も!」

「おかえりー! よかった、元気そうや!」

「へ、あ、う、うん、ただいま!?」

 

 笑いながら近づくヒミコとウララカに、赤くなるミドリヤ。

 

「緑谷くん、指は治ったのかい?」

「飯田くん……うん、リカバリーガールと、あと増栄さんのおかげで。待っててくれたの?」

「うむ! 女子を教室に残して帰るのはどうかと思ったし、君とはもう少し話をしてみたかったからね。麗日君もそうらしい」

「え!? そ、そうなんだ、こ、光栄だなぁ」

「えへへ、入試のときもすごかったもんね! えーと、デク君でよかった?」

「デク!?」

「え? だってテストのとき、爆豪って人が……」

「あの、本名は出久(いずく)で……デクは、かっちゃんがバカにして、それで……」

 

 ウララカにぐいぐい来られて、赤くなるにとどまらず挙動不審の域にまで達するミドリヤ。

 

 ……なんというか、女性経験がなさすぎるな、彼は。これも成功体験の少なさが原因か?

 私くらい幼いと大丈夫なのだろうが……これは別の意味で心配になるぞ。

 

「蔑称か」

「えー、そうなんだ! ごめん!」

 

 そんなミドリヤの解説に、イイダは目に見えて渋い顔をし、ウララカは心底申し訳ないという顔をし、ヒミコはそれよりもすっかり治った彼の指をなぜか残念そうに眺めていた。

 

 ……君はいつも自由だな、ヒミコ。

 

 まあそれはともかく。

 

 ウララカがにかっと笑いながら、ぐっと握り拳を作ってミドリヤに声をかけた。その瞬間のことであった。

 

「でも……『デク』って……『頑張れ』って感じでなんか好きだ私」

「デクです」

「緑谷くん!!」

 

 いっそ清々しいまでの手のひら返しを見せたミドリヤに、イイダがすごい勢いで突っ込んだ。

 

「浅いぞ! 蔑称なんだろ!?」

「コペルニクス的転回……」

 

 イイダはなおも驚いた様子のまま、ミドリヤに問うていたが……当の本人はよほど嬉しかったのか、顔を覆って感極まっていた。

 

「……個人的にはイイダに同意だが、本人がいいならまあ、いいのではないだろうか」

「く……! それはそうかもしれないが!」

 

 なお、爆弾を炸裂させたウララカ本人は、ミドリヤが口にした単語の意味がわからずきょとんとしていた。

 そしてそんな様子を眺めながら、ヒミコがくすくすと楽しそうに笑っている。

 

 彼女のそんな様子を珍しいなと思いつつ、私は提案した。

 

「……まあ、なんだな。とりあえず、教室は出ようか?」

「そ、そうだな。あまり長居はよくないだろう」

 

 そうして私たちは学校をあとにした。

 

「みんなは駅まで?」

「う、うん。そう言う麗日さんも?」

「うん!」

「奇遇だな、俺もだよ」

 

 三人がそう言って、何か期待するようにこちらを見た。

 

「残念ながら、私たちはこちらだ」

「ありゃ、そうなんや」

「そういえば、渡我くんが言うには二人のご実家は遠いとのことだったが」

「ああ。だから私たちは集合住宅の一室を間借りしている」

「そこでルームシェアをしてるのですよ」

「ルームシェア?」

「えー、いいなぁ、楽しそう!」

 

 ウララカが羨ましいと言いたげに手を動かしていたが、さてどうだろうか。私たちが家でしていることと言えば主に修行だし、世間一般で言う「楽しさ」はないのではないだろうか。

 

 あと、ヒミコから定期的に血を吸われることも、人によっては楽しくないだろうなぁ、と……。

 

「んふふ、楽しいですよ。一緒にご飯作るのとか、勉強したりとか、すごく」

 

 そのヒミコがにまりと笑う。あれは本心だな。

 私としては、その気持ちの何割かは好きな人間と同居していることによる心理的補正だと思うのだが、さすがにこれを言っていい状況かどうかの判断くらいはつくので言わない。

 

「なるほど! 二人の成績がよかったのも、そうやって切磋琢磨してきたからなのだな!」

「まあ、そういうことになる、のかな?」

 

 イイダの納得は残念ながら的外れなのだが、ヒミコは私と一緒にいたいがために勉強も鍛錬も凄まじい勢いで頑張っていたので、完全に間違いというわけでもない。

 

「いいなー、いいなー!」

「お茶子ちゃんならいつでも歓迎するのですよ。今度お泊まり会でもやります?」

「ホントー!? やったー!」

 

 ヒミコの言葉に喜ぶウララカは、なんというか彼女も素直だな。裏表がないというか。

 

 しかし喜ぶ彼女はさておき、向かう先が違うならこれ以上の同行は不可能だ。

 なので、ここで私たちは別れた。フォースと共にあらんことを、と声を掛ける。イイダとウララカには首を傾げられたので、ミドリヤ相手にしたものと同じ説明をすることになったが。

 

 ともかくそうして別れ、二人になってしばらく。私は思っていたことを口にした。

 

「楽しそうだったな、ヒミコ。君から人を誘うなんて思わなかったぞ」

「はい! みんないい人です。お茶子ちゃんはとってもカァイイし。ここに来てよかったかも」

 

 彼女は、ふふふ、と先ほどまでとは異なる笑みを浮かべる。暗黒面の気配が、表に出始めていた。

 言っていることだけを聞けばまともなのだがなぁ。

 

 まあ、私としてもヒミコが私以外の人間にも興味を持つことは賛成なので、発言そのものには素直によかったなと返せるのだが。

 

「特に出久くんがいいですね。血の匂い、ボロボロで。お気に入りです」

 

 その根っこにあるものがこれなので、思わず苦笑する。

 

 しかし、そうか。彼はヒミコにとっては私に近しい枠なんだな。だから怪我をした彼をあんなにも見ていたわけか。

 そういえば、私がアナキンに転がされているときや、”個性”の使いすぎでボロボロになってしまったときこそ、普段よりも激しく吸血されていたような。

 

 ……なるほど? なんだか妙に腑に落ちた気分だ。

 

「相変わらずだな君は」

「もー、そこは嫉妬するとこですよ?」

「いや、そんなことを言われても」

「でも大丈夫ですよ、私はコトちゃん一筋なので!」

 

 聞いちゃいない。まあ、こういうところもヒミコのらしさだろう。

 

 と、そうしているうちに、彼女が私の腕に腕を絡めてきた。さらに手も絡めて、限りなく距離がゼロになる。

 路地に伸びる影に至っては、完全に一つになっていることだろう。

 

 私がそれを拒否することは、ない。

 




いや違うんですよ。別に原作より少しでも状況を改善させようとかはまったく思ってないんですよ。
でもこのジェダイがなんか勝手にお節介焼くんですよ。
そんで原作主人公って序盤は一人だけ目立ってステ低いから、その対象になりやすいだけで・・・。

それはそれとして、トガちゃんとお茶子ちゃんはなんていうか、出会いが違えば普通に仲良い友達になったろうなって思います。
特に本作のトガちゃんは原作と違って一応自重を知っているので、裏表のないお茶子ちゃんの素直な物言いには自然と好感抱くんじゃないかなって。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.最初の授業とコスチューム

 明けて授業初日である。

 今日のスケジュールは、午前中は高等学校に於ける必修科目を複数。午後はほぼ丸々、ヒーロー基礎学という特殊な科目となっている。

 

 ヒーロー基礎学とは、ヒーローになるための様々な知識を養う座学や、実際に戦闘や救助などを行う実技がつまった科目であり、一番重要な科目と言えよう。

 

 私……と、ヒミコはヒーローに大した思い入れも憧れもない(ただしその理由は二人で異なる)が、私は自由と正義のために戦うと決めた身。ここで得られる知識は間違いなく無駄にはならないだろう。

 特にヒーロー関係の法律や社会制度については、どうせここで学ぶだろうからと今まで優先順位を下げていたので、重点的に覚えたいところだ。

 

「うわーっ、増栄さんすごい食事量だね!?」

「ふへー、『同年代の倍以上食べている』って話、本当だったんやね……」

 

 そんな授業を控えた昼休み。ミドリヤにウララカ、イイダらと食堂に入った私たちだったが、私の食事を見た彼らはみな一様に驚愕している。

 

 まあそうだろう。何せ私の前には丼とサラダが三種類、定食が二つ並んでいて、なおかつそれが見る見るうちに減っているからだ。

 

「いや本当にすごいな……! 君のその身体の、どこにそう入るんだい!? 明らかに君の身体の体積より食べた量のほうが多いと思うんだが!」

 

 イイダの言葉にはまったくの同感だが、食べるのに忙しいのであまり話す余裕がない。何せ、昼休みには時間制限がある。私の小さな身体でこの量を昼休みが終わるまでに食べ切るには、口を動かし続けなければならないのである。

 

 なので、ここは生活を共にしているヒミコに解説を任せる。

 

「コトちゃんはですねー、”個性”で胃腸の機能とか、栄養の摂取効率とかを増幅してご飯するんですよ。食べた端からどんどん消化されてってるので、理論上は無限に食べられるってわけなのです」

「なんでもありだね『増幅』!?」

 

 すまないミドリヤ、私もそう思う。

 

 ただ実のところ、このなんでもありっぷりは”個性”そのものの力ではなかったりする。

 

 私の”個性”はご存知の通り、触れたものの何がしかを選んで増幅するものだ。なので基本的に触れないものには効果が及ばず、体内のものなど直に触れないものに対しても効果が薄いのだが……フォースがこれを解決してしまう。フォースの届く範囲も効果の対象になるのだ。それも効果を減退させることなく。

 さらに。フォースと”個性”が組み合わさった結果、概念的なものですら増幅できるようになっている。体力やらを増幅できるのはそういうわけだ。正直な話、自分でも反則だなと思うときは多々ある。

 

 そしてこのことから、他の人間の”個性”も恐らく、フォースと組み合わさるととんでもない効果を及ぼす可能性は高い。ヒミコの変身も、フォースによって何かしら強化されているかもしれないのだ。

 このことはジェダイを復興したい私にとって、人集めのときに苦労しそうで今から少し憂鬱である。主に人選の点で。

 

「……でもそれって、食費とかすごいことになるんとちゃう……?」

「それは……言わないお約束なのですよ、お茶子ちゃん……」

「あっ……うん、そうやね……!」

 

 ちなみに私の食費の出どころは、おおむねドロイドと翻訳機の特許使用料だ。名義は父上だが実質私用の口座に振り込まれている。なので、何かを察した顔のウララカには悪いが、実生活にさほど支障はない。

 

 いや本当、機械いじりが得意でよかったと常々思っているよ。いくら清貧に生きようとしても、生きていくためにはどうしてもお金は必要だ。

 

「ご馳走様でした。……と、なんとか予定通りだな」

 

 椀と箸を置き、傍らに置いていた携帯端末のタイマーを確認。予定通り、六度目の一時増幅が切れた一分以内に食べ切ることができた。

 

「そのタイマーはどういう意味なんだい?」

「私の”個性”には永続増幅と一時増幅の二種類があるのだが、後者は全力でも五分くらいしか続かなくてな。その確認用だよ。何せ消化に関わる機能を増幅しているから、下手に効果が切れる前に食べきるとそれはそれで問題が起きるんだ」

「ついでに、有効時間が少しでも延びていないか確認するって意味もあるんだよね、確か?」

「ああ、その通りだ」

 

 ごくわずかな増幅を胃腸と消化効率にかけながら、イイダの疑問に答える。

 補足をヒミコが入れたところで、三人の顔が少しだけ強張るとともに、妙に真っ直ぐな視線を向けられた。

 

「……それはつまり、食事すら”個性”の鍛錬に利用しているということか?」

「端的に言えばそうなる」

「よ、ようやるね……」

「でも合理的だよ。増栄さんの”個性”はものだけじゃなくて身体機能とか体力みたいな概念的なものにでも使えるわけでそれはつまり何にでも効果を発揮できるってこととイコール……つまり彼女は起きている間ならいつどんなときでも”個性”の訓練ができるってことでもあって……すごいな本当に彼女は努力することにまったく躊躇がないんだ見習わないと……ブツブツ」

 

 三者三様の視線には、尊敬の色が見えた。日々これ精進と言わんばかりの態度は、なんだか懐かしきジェダイ・テンプルでのイニシエイト時代を思い出させる。まあ、ミドリヤはなんだか奇妙な方向に行きかけている気もするが。

 

 彼はともかく、彼らから向けられる視線がどことなくくすぐったくて、私は頰をかきながら視線を逸らした。

 その先で、にんまりしているヒミコと目が合って、気まずくなる。

 

 恥ずかしいだろう、やめてくれ。

 

***

 

 そんな食事が済んで、初めてのヒーロー基礎学。

 予鈴が鳴るとともに現れたのは、

 

「わーーたーーしーーがーー!! 普通にドアから来た!!」

 

 ナンバーワンヒーロー、オールマイト。筋骨隆々の身体に、原色がまぶしいコスチュームを身にまとった彼が現れ、教室内が一気にざわめき始める。

 

「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う課目だ! 単位数も最も多いぞ! ……早速だが今日はこれ!『戦闘訓練』!!」

 

 オールマイトは軽い説明をするとともに、「BATTLE」と書かれたカードをこちらに向け提示した。

 それを見て、周りのざわめきが大きくなる。特に私の前の席に座るバクゴーなどは顕著で、凄まじい戦意が湧き起こっている。今日も絶賛暗黒面だな、彼は。

 

「そしてそいつに伴って……こちら!」

 

 と、私があれこれ考えているうちにも、オールマイトの話は進んでいく。

 彼はざわつく生徒たちを無理になだめることなく、手にしていた小さいスイッチを押した。するとかすかな駆動音とともに、壁の一部が横にずれるようにせり出てくる。

 

「入学前に送ってもらった『個性届』と要望に沿ってあつらえた……戦闘服(コスチューム)!」

『おおお!!』

「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ!」

『はーい!!』

 

 ここまで来ると、もうざわめきというよりも歓声だ。やはり、この星ではヒーローという職業は特別なものがあるのだなぁ。

 この中で、声を上げるどころか身動ぎすらしていないものなど、私とヒミコくらいものだ。ここ一日半の間、ほとんど誰ともしゃべっていないトドロキ(例の憎悪系の暗黒面を背負った美形である)ですら多少のリアクションを見せているのだから、私たち二人は間違いなく浮いている。

 

「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女! 自覚するのだ! 今日から自分は……ヒーローなのだと!」

 

 そしてオールマイトはそう締めくくると、なぜか焦った様子で(それがわかったのは私とヒミコだけであろうが)教室を出て行った。

 

「……ヒミコ、何やら彼、焦っていたようだが……」

「教師としては新人なんだし、会場の準備が間に合ってないとかじゃないです? それより、私たちも行こ?」

「それもそうだな」

 

 広い教室にぽつんと二人だけになった私たち。

 自分の分のコスチュームケースを手に取ると、遅ればせながら更衣室へ足を向けた。

 

***

 

 雄英高等学校ヒーロー科には、被服控除と言うシステムがある。プロヒーローが身に着けるような高性能なコスチュームを、ひよっこどころか卵でしかない生徒でも使えるようにするための措置であり、この学校がヒーローを目指すうえで最高の環境と言われるゆえんの一つだ。

 入学前に生徒は自身の”個性”の届出書と身体情報を提出することで、学校専属のサポート会社(ヒーローが扱う様々な道具を開発している会社の総称)が各々に合ったコスチュームを作ってくれるというわけである。

 

 この際、生徒は要望も併せて提出できる。それはデザインであったり、盛り込んでほしい機能であったり様々だが……あまり書かずに提出すると、ウララカのようにあまり望んでいない仕上がりになることもある。

 

「うひー、もっと要望ちゃんと書けばよかったー」

「わー! お茶子ちゃん、そのスーツすごいカァイイねぇ!」

「そ、そかなぁ? ちょっとパツパツすぎひん?」

「そんなことないですよ、お茶子ちゃんによく似合ってます!」

 

 早速コスチュームをまとったウララカが、どこか恥ずかしそうにしている。彼女のコスチュームは、ボディラインがはっきりとわかる全身スーツタイプのようだ。

 彼女に似合っているし、何より彼女は恥ずかしがるような体型ではない。むしろ十人が見ても十人とも整っていると言うだろう。

 

 だから別にそこまで気にせずともいいのではと思うが……これは私が元男ゆえかな。女性なら思うところがあるのだろうか。

 個人的には、半裸の状態のままウララカとあれこれ話しているヒミコのほうがよほど問題だと思うが。

 

「うっはー! ヤオモモ攻めてるねぇ!」

「私の”個性”でものを創ると、素肌から取り出す形になりますので……どうしても露出は多くする必要があるのですわ」

「あー、これも”個性”が関係してるんだ。へぇー!」

「これでも依頼していたものより露出が少ないのですけれど」

「それで!?」

 

 一方、ヤオヨロズのほうは要望が通らなかった部分があるらしい。

 聞いていると、理由は露出が多すぎるからとか。うむ、納得すぎる理由である。実際目のやり場に困る。

 

「ケロ……私、思ったことはなんでも言っちゃうのだけど。透ちゃん……それ……もしかして、ブーツと手袋だけなのかしら?」

「本気出したらブーツと手袋も脱ぐよ!」

 

 だがヤオヨロズより問題なのが、ほぼ全裸状態のハガクレである。ツユちゃんの心配はもっともだ。

 いや、確かに彼女の”個性”から考えるに、ある意味一番その真価を発揮できる状態だろうが……かといって全裸はどうなのだろう?

 

 というか、だ。

 

「……本人の髪などから作った特殊繊維のスーツであれば、肉体同様に”個性”の影響を受けるコスチュームも作れるはずだが。確か『巨大化』のMt.(マウント)レディが、そういうものを使っていたぞ」

「……マジ?」

 

 私の言葉に、ハガクレは固まってしまったようだ。

 気づいていなかったのか……。

 

 そんな彼女に、渋い表情でジローが口を挟んできた。

 

「マジかどうかはともかく、全裸なのは女子としてどうかと思う。先生と相談して考え直したほうがいいと思うよ……」

「ケロ……私もそう思うわ」

「私も同感だ。それに今のままでは冬場の活動は厳しくなるだろうしな」

「で、でも私って髪の毛も透明だし、それでコスチュームって作れるのかな……?」

「そこも含めて、教師陣に相談すべきではないかな。個人的には早めに動くことをお勧めする」

「……うん、そーする!!」

 

 ハガクレの全裸問題は、早くなんとかすべきだと思う。まあ、今日はさすがにどうしようもないから、そこはがんばってもらうしかないが。

 

「そういう二人はなんかファンタジーっぽい!」

「あんま見たことないタイプのコスチュームだ!」

 

 そしてこれは、私とヒミコのコスチュームを見た、ハガクレとアシドの感想である。

 前者はよくわからないが、後者はそうだろうなと同意できる。ヒーローでこういう格好をしているものは、私も父上くらいしか知らない。

 

 というのも、だ。私たちのコスチュームは、ずばりジェダイの正装なのだ。

 白一色で染めなど一切ない、簡素な揃いの上下。ブーツも飾りはない。そこに茶色のローブを羽織った状態である。ローブは全体的に緩やかなので、激しい運動には向かない。

 

 この手のゆるりとしたコスチュームを使うヒーローは、多くないはずだ。何せ戦闘に向かない。当のジェダイですら、戦闘になるとローブは脱ぎ捨てがちだ。

 

 ただ、このコスチュームはこの星で可能な限りの防護処理が施されている。小口径の拳銃程度は貫通できない頑丈さ、熱冷双方にもある程度の耐性があり、炎も防ぐという代物だが……この仕様はローブも同様である。重ねて着ているとなれば、相応の防御力が期待できるはずなのだ。

 なので、あまり脱ぎ捨てないようにするつもりだが……それは相手次第だろうな。

 

 なお、サポート会社はデザインについては勝手に変更してくることがあるらしいので、私は絶対に私の要望から外れないように要望していた。

 あちらはあちらで善意があるのかもしれないが、やはりジェダイ装束を改造されることは、容認できないのでね。

 

「お二人はお揃いなのですね。同じ流派とか、そういうことですの?」

「あー……まあ、そんなところだ」

 

 そして私とヒミコのコスチュームは、サイズが違うだけで装備も含めデザインは一緒である。

 これは単にヒミコが私と一緒にしたがったからで、深い理由はまったくない。

 

 とはいえ同じ流派というのも、あながち間違いではない。ヒミコの指導もアナキンが行なっているし、言うなれば私たちは姉妹弟子と言って差し支えないだろう。

 

「でも、厳密にはお揃いじゃないんですよね。材質とか」

「それは”個性”の都合上、必要な措置だろうに」

「えー、全部揃えたかったですよぅ。ライトセーバーは間に合わなかっただけだから、それは我慢しますけど……あんましかわいくないんだから、せめてお揃いがよかったですー」

 

 私の指摘に、ぶうと頰を膨らませるヒミコ。逢引用の服でもなし、そこはこだわるところでもないだろうに……。

 

 というか、ヒーローとしてのコスチュームで、デザインの好みより私と同じであることのほうが優先順位が高いのか君は。いくらヒーロー願望がないとはいえ、それはそれでどうなんだ?

 

「材質って、どう違うん?」

「我々のコスチュームは、それぞれの髪由来のものだ。それぞれの”個性”に合わせて効果が発揮されるようになっているぞ」

「理波ちゃんがMt.レディを例にしていたやつかしら」

「それですそれです」

「へー! 被身子ちゃんの”個性”どんなやろ、昨日使ってなかったぽいし見るのが楽しみやー」

 

 ……まあ、ヒミコの真意は誰も気づいていないというか、さほど気にされた様子はないので、私もあまり気にしなくていいのだろうかな。

 

「…………」

「? どうした、ジロー?」

「いや……その、がんばろうね、お互い」

「? うむ、無論だ」

 

 なお、最後になぜかジローに励まされたのだが、なんだったのだろう?

 




ちなみに個性が上手いこと増幅してるので、どんだけ食べても排泄の回数や量は普通の人と変わらない・・・というか少ないまであります。
理屈? 細かいことはいいんだよ。かわいい女の子はそういうことしないんだよ(暴論

ああそれと、耳郎ちゃんが何を指してがんばろうと言ったのかはヒロアカ知ってる人にはお分かりいただけると思うけど、SWしか知らない人のために解説しておくと、ずばりおっぱいです。
このクラスは胸囲の格差社会なのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.戦闘訓練 1

「いいじゃないかみんな! カッコいいぜ!」

 

 訓練場に勢揃いした二十名の生徒をぐるりと順に眺めながら、マスター・オールマイトが嬉しそうに声を上げる。

 

 横目で同じように見渡してみれば、確かに。三者三様と言うべきか、統一感は一部の例外を除いてほぼないが、みなそれぞれが似合う、それぞれが映える装いだ。なるほど、これはこの星の年少者の多くが憧れるのも頷ける。

 

「さて、それじゃあ早速始めようか! まず訓練の内容を説明するよ!」

 

 ともあれ訓練である。

 

 マスターの説明によると、今回の内容はツーマンセル同士の対抗戦。片方がヒーロー役、もう片方がヴィラン役となっての戦闘訓練ということだ。

 その舞台はこの訓練場にあるビル内であり、つまり今回は屋内戦の演習ということになる。

 

「基礎訓練もなしに?」

 

 いきなりの実践的な内容にツユちゃんから質問が飛ぶが、マスターはその基礎を知るためだと答える。

 

「ただし、今度はただぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ!」

 

 つまり、現時点でどれほど戦いで動けるかを見極めたいのだろう。基礎はもちろん大事だが、達人になってから実戦に出るような悠長なことは言ってられないしな。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ブッ飛ばしてもいいんスか」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか!」

「このマントヤバくない?」

 

 一つの説明に、多くの質問が寄せられることは学び舎としてはいいことだろう。やはりこの学校のヒーロー科ともなると、人としてできた人間が多く集まるのだなぁと思わされる。

 まあ、一人明らかに関係のないことを聞いている不思議な男子生徒もいるが……あれはあれで、子供が集まる場としてはよくあることだろう。

 

 対するマスターは、生徒の前でありながら堂々とカンニングペーパーを取り出して答える。ナンバーワンヒーローといえど、教師としては新人ということがよくわかる光景だな。

 

「いいかい!? 状況設定はヴィランがアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている! ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか、核兵器を回収すること。ヴィランは制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえること! コンビおよび対戦相手はくじで決めるぞ!」

 

 核兵器とは、また過激なものを出してきたな。この星の技術力で作りうる、最大級の兵器じゃないか。いかにこの星の人間がとんでもない力を持とうと、この兵器を至近距離で使われたらまず誰も助からないだろう。

 ヴィランはそんなものをどうやって入手して、どう扱っているんだ? 想定に疑問点が多い。

 

「マスター・オールマイト。いくつか疑問があるのですが、質問よろしいでしょうか?」

「いいよ! なんだい?」

 

 イイダがチーム分けがくじ引きである点に質問したあと、私も質問する。

 

「今回の演習の条件づけは、それだけですか? 具体的に言えば、ヴィラン側に『核兵器を隠し持って立てこもっている』以上の設定はないと解釈しても?」

「そうだね、それだけだ! だから、それ以外のところは好きに考えてくれて構わない!」

 

 なるほど、提示された以外の部分はこちらで補えと。これはそういう、目に見える形で提示された以外のものをどう捉えるか、どう利用するかも訓練に含まれているな。

 

「もう一つ質問させてください。今回の『核兵器』ですが、爆発兵器ですか? それとも放射線兵器ですか? あるいは、別の意図で設計された類のものですか?」

「んん? ……そうだな。じゃあ……これについては爆弾ということにしよう。核爆弾だ! もちろん、爆発したら放射線も出る!」

 

 爆弾か。一番扱いが面倒なものが来たな。放射線だけなら即死するような量を浴びなければどうとでもできるのだが……あ、いや、違うか。ここは共和国ではないのだった。

 うーむ、放射線除去装置なども製作を検討しておくか?

 

「……わかりました。回答いただきありがとうございます」

「他に質問はないかな? ……よし、それじゃあくじ引きといこう!」

 

 そして私が下がるとほぼ同時に、箱が取り出された。中にはアルファベットが書かれていて、それが合致したもの同士が組むという流れだ。

 

 ……と、その前にヒミコには釘を刺しておこう。私と一緒にいたいという彼女の気持ちは否定しないが、これはクラス全体で行う訓練だ。私とヒミコが同じ組になるように、フォースで操作することはアウトであろう。

 

「コトちゃんのケチんぼ」

「ケチで結構」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてヒミコをいなす私であった。

 

***

 

 厳正なる抽選の結果、私の相方はトコヤミという少年と相成った。全身が上から下まで、何から何まで黒い少年である。

 またしても暗黒面のものかと思わず身構えてしまったが、フォース越しに確認すれば見た目とは裏腹に、かなりの善人と確信できるものであった。

 

 一方で、ヒミコの相方はまさかのバクゴーである。協力する光景がこれほど想像できない組み合わせもそうそうあるまい。

 

 そして訓練本番だが、一回戦はミドリヤ・ウララカペアと、ヒミコ・バクゴーペアで行うこととなった。ミドリヤたちがヒーロー側、ヒミコたちがヴィラン側である。

 

 ……意図したものではないのだろうが、チームの所属についてはとても様になっているな。特にヴィラン側が。

 

「爆豪少年、渡我少女はヴィランの思考をよく学ぶように!」

 

 とはマスター・オールマイトの言であるが……果たして学ぶ必要のある二人だろうかとうっかり思ってしまった。

 

 ともかく、演習を行わない面々とマスターは、会場となるビルの地下に用意されたモニタールームへ移動する。

 ここにはビル内に設定された多くのカメラから取得した映像が、そのままの数だけ表示されるモニターがずらりと並んでいる。実際に戦闘を行うものたちだけでなく、他のものもこの映像を俯瞰した立場から見ることで、戦いというものを学べということだな。

 

 さて、そうして始まった演習。双方には、開始前に五分という時間が与えられている。

 ヴィラン側はこの五分間、打ち合わせの他にも核爆弾設定の模型を設置する場所を決めたり、罠を設置したりして備えることができる。

 対してヒーロー側は、舞台となるビルの見取り図が与えられるため、打ち合わせの他にそれを覚える時間と言えよう。

 

「核爆弾の確保判定は、模型にヒーロー役のどちらかが触れること。演習参加者の確保判定は、与えられた確保用テープを巻きつけること。そして制限時間は十五分だが、核の位置はヒーロー側には知らされず、時間切れはヴィラン側の勝利とする、か」

「これ、ヒーロー側が不利だよね」

 

 私のつぶやきに、アシドが乗っかってくる。

 それにマスターが応じた。

 

「相澤君にも言われただろ? アレだよ、『Plus Ultra』!」

 

 つまり、これくらい乗り越えて見せろということなのだろうな。

 

 しかし……その優位性を、ヴィラン側はまるで活かせていないようだ。なぜならバクゴーは話し合いを最初から放棄しており、ヒミコを模型ともども放置してさっさと別行動を開始してしまったのだ。

 演習参加者には、それぞれ仲間と通信可能な小型無線機が配られているが……あの様子ではそれも使わせてくれるかどうか。

 

 画面に映る定点カメラの映像は音声が付随していないので、頬を膨らませているヒミコが何を言っているのかこちら側ではわからないが……特殊な関係にある私でなくとも、みな大体はわかるだろう。

 

 そしてバクゴーは、ミドリヤだけを執拗に狙っている。ミドリヤも果敢に立ち向かっているが、それすらもバクゴーの怒りに油を注いでしまっているように見える。

 うーん、ダークサイド。いくらなんでも、今のバクゴーは誰がどう見てもマイナス要素しかないぞ。どう挽回するつもりだろうか?

 

 そしてそれ以上に……残されたヒミコの様子から考えるに、彼女と対峙する人間が心配だ。

 

 なぜなら部屋に一人取り残されたヒミコの顔が、態度が、様子が、フォースが、闇に満ちたものへ変わったからだ。

 流れから言って、彼女に対峙するのはウララカになるだろうが……いや、本当に心配だ。

 

 ウララカ、気をつけてくれ。今のヒミコは……この場にいる誰よりも、ヴィランだぞ。

 

***

 

『黙って守備してろ……! ムカついてんだよ俺ぁ今ぁ……!』

 

 言うだけ言って通信を一方的に遮断した訓練の相方に、トガは悪かった機嫌がさらに悪くなった。

 ただでさえ一緒にいたい相手と別々にされて不機嫌だったというのに、組んだ人間からこうも意味のないものと扱われれば腹も立つ。

 

「あーあー、つまんない」

 

 ぼそりとつぶやきながら彼女は着けていた小型無線を外すと、明後日の方向へ放り捨てた。

 

「いいもん。そんなに爆豪くんが好き勝手やるなら、トガだって好き勝手やるんだもん」

 

 それは、好きな人から人前では控えろと言われていたことだ。

 彼女から嫌われたくないから、彼女とずっと一緒にいたいから、控えていたこと。

 

 だが、今は……今この瞬間は、訓練であり。

 誰がどう言おうと、今の自分はヴィランだ。

 もう一人だって、やりたいようにやっている。

 

 なら、たとえそういう役だとしても。

 

 ――少しくらい許されるでしょ?

 

 だから。

 

「私も自由に、やりたいようにやるのです」

 

 そう言って。

 

 トガはにたりと笑って見せた。

 

 彼女のフォースが、暗黒面の帳に包まれる。

 彼女を抑えていた理波のフォースが遠のき……暗黒面の力がトガの身体に満ちていく。

 

 そうして闇一色になったフォースは闘争に鋭敏となり、戦意を持って彼女に近づいてくる存在を即座に感知させた。

 

「あは、お茶子ちゃんが来てくれたんだ。嬉しい」

 

 笑顔のまま部屋の入り口へ身体を向け、ジェダイローブのフードを外す。

 そうして彼女は、入り口の上へふわりと跳び、天井近くに張り付いた。

 

 そのまま待つことおよそ一分半。警戒しながらお茶子が部屋を覗きこみ、誰も守っていない模型を見つけてきょとんとする。

 だが表情を引き締めると、恐らく罠だろうと警戒を強め、少しだけ室内に顔を入れた。

 

 ――瞬間。

 

「……ッ!?」

 

 お茶子の首根っこを押さえつけんと、トガが上から奇襲をしかけた。

 お茶子はすんでのところで前へ跳び、回避したが……完全には回避しきれず、うなじ周辺を爪でひっかかれてかすかに血が噴いた。

 

「上に隠れてたんや……! ぜんっぜん気づかんかった!」

「あー、タイミングはばっちりだったと思ったんですけど。残念!」

 

 ふわりと着地しながら、トガが笑う。

 彼女は同時に、お茶子の血がついた指先を見て嬉しそうににたりと笑い、その指を口に含んだ。

 

「ん……浅い。少ない。ダメですねぇ」

 

 その姿が、あまりにも壮絶で。

 お茶子は、前日……あるいは今日、直前まで見てきた友人の姿が目の前の彼女と重ならなくて、ごくりと唾を嚥下する。

 

「血が少ないとね、ダメです。これじゃ、お茶子ちゃんになれません」

「私に……なる……?」

「刃物は持ち込み禁止だったし、ライトセーバーは斬るっていうか焼き切るだし……っていうか今ここにないし。もうしょうがないので、ここは直に行くしかないよね」

「直……? な、なんのこと……? 何言って……」

「だから――やっちゃうね、お茶子ちゃん。だって、トガは今……ヴィランなので!」

 

 お茶子とまるで話をかみ合わせず、吸血鬼のような犬歯をむき出しに笑ったトガが、暗黒面のフォースを放ちながら猛然と襲い掛かった。

 




戦闘訓練の組み合わせをどうするかでチコっと悩みましたが、原作リスペクトということでやはりここはトガちゃんとお茶子ちゃんだろうなと。
ヒロアカという物語の展開的に、緑谷と爆豪とお茶子ちゃんの三人にはそれぞれ意味があって外せないので、このシーンでは一番役割が薄い飯田くんにはズレてもらうことになりました。
こんな感じで、主人公とトガちゃんが直接関わるところは原作とは違った形になることが多くなると思いますが、そうでないところはおおむね原作沿いになるかなと思ってます。
まあ、話が進めば進むほど小さな改変が重なって大きな改変に繋がるんですけどね。予定は未定ですけど、予測できる大き目な変化もあるので・・・(遠い目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.戦闘訓練 2

「ひ……っ」

 

 誰がどう見ても立派なヴィランの姿を惜しげもなくさらすトガを見て、お茶子は思わず声を漏らした。

 だが、彼女とて多くの人間の中から選ばれたヒーローの卵だ。すぐに気合いを入れなおして、乱れた精神を立て直した。

 

 これは彼女が、あくまで訓練という思考でいることが大きい。爆豪でもあるまいし、まさかトガが本気で害してくるようなことはしないだろう、と。この態度は、そういう演技なのだろう、と。

 

 が、()()()()トガにそんなつもりはなく、今の彼女は完全にお茶子から血を吸う気しかない。

 

 しかしそれは、お茶子の第一印象がよかったから……お茶子がかわいいから、お茶子と仲良くなりたいから、という親愛の情がさせるものだ。

 好きだから、仲良くしたいから、()()()血を吸う。悪意のない悪意だ。それをまっとうな環境で、まっすぐに育ったお茶子に見抜けというのはいささか無理な話であった。

 

 とはいえ、お茶子は解釈は間違えども、選択は間違わなかった。彼女は意識を切り替えると、トガに背を向け一目散に逃げ出したのだ。

 だが、ただ逃げたわけではない。なぜなら、この部屋にはヒーロー側の勝利条件となる核の模型がある。そして今、それに近いのはお茶子のほうだ。彼女は、戦闘になる前に核を確保してしまおうと考えたのである。

 

 その発想は正しい。この状況で取り得る判断としては、一番と言えるかもしれない。なぜなら、残酷な話ではあるが、トガとお茶子の戦力差は大きいのだから。それほどフォースユーザーとそうでないものの差は大きい。

 

 しかし、周囲にある柱を利用することなく、一直線に模型を目指したこと。それは間違いなく、悪手であった。

 

 なぜなら。

 

「やーん、お茶子ちゃん待って!」

「ぅえっ!?」

 

 そう、トガはフォースユーザー。

 ゆえに彼女は、迷うことなくフォースプルを使った。フォースによって引力を起こし、対象を自らに引き寄せるジェダイの――ひいてはシスの、基本中の基本技。

 

 背後に気にかける余裕のないお茶子が、これに抗えるはずもなく。彼女はほとんど無抵抗のままトガのほうへ引き寄せられた。

 

「つっかまっえたっ♪」

「うひゃう!」

 

 そしてそのお茶子を、トガは後ろから抱きしめる。

 

 ただ抱きしめるのではない。この半年近くの間、教えられた技を駆使して簡単には逃げられないように封じ込めながらだ。もちろん、お茶子の”個性”を大枠で知っているトガは、彼女の手が自分に触れないようにしている。

 フォースも使ったこの拘束に、格闘の心得がないお茶子が抗えるはずもない。

 

「ふふ、お茶子ちゃん。素敵。なんでかな、不思議と同じ匂いがするような気がするんですよ」

「な、なんのこと……? って、ちょ、な、何してるん!? そんな、匂いなんて嗅がんといてって……!」

 

 拘束した状態のまま、お茶子のうなじに顔をうずめて鼻を鳴らすトガ。だんだんとその表情が昂っていく。

 紅潮した顔で舌なめずりをするその様子に、地下のモニタールームではエロに人一倍関心が高い小柄な少年こと峰田が大層心拍数を上げていたが、それはともかく。

 

「ごめんねぇ、もう我慢できないの。ごめんねお茶子ちゃん……!」

「え、ええぇぇ……! ま、まさか被身子ちゃんって、そっちの……ういいぃぃ!? ちゅ、注射!?」

「チウ――チウ――」

 

 無理な体勢を承知で、お茶子が後ろのトガに振り返ろうとした、まさにその瞬間。

 トガはいつの間にか取り出していた注射器を、お茶子の太ももに意識の外から突き立てた。

 

 この注射器は、特製のサポートアイテムだ。痛みの生じない代物で、何もしなくとも採血が可能。そして一定まで吸い上げたら、それ以上は動かないというセーフティつきの。

 

 設定上、この注射器が吸い出せる血の量は多くない。30シーシー程度だ。それでも、人前でかみついて血を補給するわけにはいかないからと、理波が説得を重ねて用意させた(理波自身も同じものを持つことで承諾を取りつけた)ものである。

 

 当の理波はモニタールームでこの様子を見ながら、持たせておいて正解だったとホッとしていた。この状況でそれを使ってくれたことにも。

 

「んー……! おいしい! お茶子ちゃん、やっぱり素敵!」

「え、えええぇぇ……」

 

 そして当の本人たちはと言うと。

 

 引き抜いた注射器を早速開封して口に向け、中身をあおって飲み干したと思えば、心底嬉しそうに歓声を上げるトガと。

 目の前で自分の血を飲まれた上に、大興奮する様を見せられたことで心底ドン引きするお茶子という両極端な図となった。

 

 それでも、お茶子は諦めていなかった。注射器から血をあおった瞬間に、わずかに緩んだ拘束の隙間を縫ってトガに接触。”個性”によって、トガにかかっている重力をゼロにした。

 

「ん? あれ?」

「っし……! 脱出成功っ!」

 

 トガはきょとんとした顔のままふわりと空中に浮かび、逆にお茶子は完全に拘束から抜け出して、一目散に核へ向かう。

 

「んー……待ってよぉー!」

 

 彼女に向けて再びフォースプルをかけようとするトガだったが、無重力状態ゆえに向きが定まらず、なかなか上手くいかない。

 

 ならばと彼女は、手首に装着されたサポートアイテムに手をかけた。フックを打ち込み、それに繋がるワイヤーを巻き取る形で移動する未来の鉤縄とでも言うべき代物。理波謹製のサポートアイテムであり、ライトセーバーやドロイド同様、銀河共和国仕様の逸品である。

 

「うひゃあ!?」

 

 それによってトガはお茶子を追い越し、正面から迎え撃つ形を作り出した。

 しかしそれだけではない。彼女はすれ違いざま、自らの”個性”を発動していた。

 

 そして、()()()”個性”を発動していた。

 

「う、え!? わ、私……!?」

 

 その結果、トガに続きお茶子もまた無重力状態となって空中を漂うことになった。

 

 だが、その正面にいるはずの人間は、トガの姿をしていなかった。

 そこにいたのは、負ったばかりの傷すら寸分違わぬ、お茶子であったのだ。

 

「これ……! 私の『無重力(ゼログラビティ)』!?」

「そうですよ! えへへ、これでお揃いだねお茶子ちゃん!」

 

 そう答えたもう一人のお茶子の顔は……しかし普段の彼女ではあり得ない、邪悪な笑みで染まっている。

 トガだ。

 

 そう、彼女の”個性”は――

 

「――『変身』! それが被身子ちゃんの”個性”ってことか!」

「わーい、わかってくれた! 嬉しい!」

 

 ぷかぷかと空中を漂う同じ姿、同じ声の二人が言葉を交わし合う。だが、互いに無重力状態となり、しかし解除は相手に依存する状況。

 おまけに移動も、攻撃も手段がない両者には、もはやお互いに打つ手がなかった。千日手である。

 

「うおー……! なんにもできん……! 自分の”個性”やけど、実際に食らうとこんなに厄介やってんな……!」

「でもこれ、楽しいです。私は好きですよ!」

「そ、それは、えーと、ありがとう?」

「どういたしまして!」

 

 なお、トガは本来なら打つ手がある。いくつかのサポートアイテムを持っているし、フォースもある。

 だが彼女の”個性”「変身」は、服装や装備まで含めた完全な変身である。そのため変身すると、変身相手の服を元から着ていた服の上から着る形となってしまう。当然非常に動きにくく、それを避けるためにコスチュームを自身の毛髪由来の特殊繊維にすることでコスチュームともども変身するようにしているのだが……お茶子のコスチュームは全身をぴったり覆うボディスーツだ。それに圧迫されて、装備しているサポートアイテムはすべて使用不能状態である。

 そしてフォースもまた、細胞レベルで変ずる性質上今のトガは使えなくなっていた。今の肉体はお茶子のそれであり、彼女はミディ=クロリアン値が低い非センシティブなのだから。

 

 ……実のところトガは、このデメリットを知悉しておらずとも予測していた。だがそれよりも、暗黒面に身を委ねた彼女は今、訓練で相手に勝つことより己の欲求を満たすことを優先した。

 引き分けとも言うべき状況はそれゆえであり、最初からトガが本気で倒すつもりでいたならば、もっと早く、それこそあっさりと終わっていただろう。

 

 とはいえ、である。まだ完全に終わったわけではない。

 

 なぜなら、お茶子には”個性”を限界以上に……あるいは自分に対して使い続けると、どんどん酔いが回るというデメリットが。

 トガには変身相手の”個性”を使い続けると、変身可能時間があっという間に激減するというデメリットがある。

 

 すなわち、ここからの戦いはいかに相手より我慢できるか。それに集約された。

 

(うぷ……っ、き、気持ち悪なってきた……自分にかけてないはずなんに、自分にかけたときみたいや……!?)

「あう、あーあー、やっぱり人の”個性”使うと、すぐダメになっちゃう……とっても残念……」

 

 だんだん顔が青ざめていくお茶子。だんだん顔が崩れていくトガ。傍から見ると、ものすごく不穏な絵面であった。

 もしもこれがバラエティ番組であればある種の撮れ高になったのだろうが、あいにくと戦闘訓練である。そういう「ウケ」は無用だ。

 

 しかし、終わりは彼女たちとは違うところから、突如としてやってきた。

 

「行くぞ麗日さん――――SMAAAAASH!!」

 

 下から。少年の雄叫びとともに、凄まじい衝撃が襲いかかり、ビルを激しく揺らす。同時に一階から屋上にかけて風穴が開き、最後に遅れて轟音が響き渡った。

 

「え、わ、わーっ!?」

「デクくん来た……! ここや!」

 

 その衝撃により、今までなんとか堪えていたトガの変身が解けた。同時に、お茶子にかかっていた無重力も解ける。

 

 一方で無重力状態が維持されたままのトガは、猛烈な衝撃波にあおられて吹き飛んでいき、重力を取り戻したお茶子だけが屋内に取り残された。

 

「ふぐ……、た、た……ー……っち……!」

 

 そして彼女は継続し続ける酔いの気持ち悪さをこらえ、襲いくる嘔吐の衝動を口を押さえる形で無理やり抑え込み、核の模型へ這いずっていく。

 

 そして……

 

《ヒーローチーム! WIN!!》

 

 お茶子が震える手で模型に触れた瞬間、オールマイトのアナウンスがビル全体に響き渡った。

 

 そのアナウンスを受け、お茶子はなんとかギリギリで保っていた緊張の糸が切れた。

 同時に、我慢し続けていた吐き気に遂に屈服し、嘔吐する。歳相応に羞恥心があるので、カメラに映らないところでとは思ったが、手遅れだった。模型の陰に顔を押し込むだけで精いっぱいである。

 

 その背後に、戻って来たトガが立った。手には新たに取り出した注射器を持ち、お茶子から血を吸う気満々の顔で。

 

 だが青い顔でえづくお茶子の様子を見た瞬間、トガの全身にみなぎっていた暗黒面のフォースは潮騒のように引いていった。

 

 ()()()()()()()()。本能的にそう思った。これ以上やったら、きっと斎藤くんのときみたいに嫌われるから……。

 

「お茶子ちゃん、大丈夫?」

 

 だからトガは注射器を捨てながらそう言って、お茶子の背中をさする。その姿は、あっという間に理波のものへと変じていた。

 

「ふえ……こ、理波ちゃん……やない……ぅえ、ひ、被身子ちゃん……?」

「はい、トガですよ。酔っちゃったんです?」

「ぅ、ん……ぎぼちわりゅい……」

「わあああ、な、なんとかするので! お茶子ちゃんもがんばってください!」

 

 お茶子の背をさするトガの手から、理波の”個性”が発動される。触れたもののなにがしかを選んで増幅する”個性”。

 今回それが増幅したものは、お茶子の三半規管の機能だった。乗り物酔いに酷似しているから、という判断である。トガも、伊達に雄英のヒーロー科に受かっているわけではないのである。

 

 実際この見立ては正しく、お茶子はほどなくして回復に向かい始めた。いつもならもっとかかるはずなのに、と思いながら、彼女はなんとか回るようになってきた思考でぼんやりと理波……に、変身している被身子の顔を見る。

 

 そこには、つい先ほどまで見ていた壮絶な表情はなかった。ヴィランとしか言いようのない笑みはどこにもなく、あるのはただ、心配そうに見つめながら、大丈夫だと繰り返す友人の顔だけだ。

 だからお茶子は、ほっと息をつくことができた。

 

 よかった、と。

 あれは役になり切っていただけなんだ、と。

 

 そう思った。

 

「……ありがとう、被身子ちゃん。もう大丈夫……」

「本当です? 無理はダメなのですよ、コトちゃんもお義父さんも、いつも言ってます」

「うん……もう大丈夫! 被身子ちゃんの”個性”、すごいね!」

 

 だからお茶子は、にっと笑った。

 それを受けて、トガもまたにまりと笑った。……どろりと全身を融解させ、元の姿に戻りながらだ。

 

「ひゃっ!? そ、それ心臓に悪いよ!」

「あは、ごめんなさい。こればっかりはどうにもならなくて」

 

 そうして二人は、あははと笑い合った。

 まるで普通の友人のようなやり取り。お茶子にとっては、普段と何も変わらないやり取りだ。

 

 だが、トガにとっては……本当の自分をしまい込んだやり取りで。楽しくも、どこか心の中に澱が溜まっていくような感覚があった。

 

 いつか見せられるだろうか。彼女は、理波のように受け入れてくれる人だろうか。

 そんな思いが頭の中に湧いてくる。そして最後に、あの日手酷く振られたときの記憶が脳裏をよぎった。

 

 ――お茶子ちゃんから、あんな風に嫌われたくないな……。

 

 そして、そう思った。()()なら、あり得ない思考。()()とは異なる出会いと、一年間を過ごしたことによる明確な違いがそれを生んでいた。

 

 けれど、それを表に出すことはない。隠すことは、不本意だけど慣れているから。

 

「おーい二人とも! 講評するぞ、早く下りておいで!」

 

 と、そこにオールマイトの声が下の階から聞こえてくる。

 

「あっ、はーい! 被身子ちゃん、行こ!」

「はい!」

 

 そうして二人はどちらからともなく立ち上がると、肩を並べてモニタールームに足を向けたのだった。

 

「……うっ、ごめん、やっぱまだちょっと気持ち悪いかも……」

「お茶子ちゃんー!?」

 




原作のトガちゃんがどういう流れで斎藤くんをぶち切ってチウチウしたか、はっきり描写されていませんが・・・恍惚とした表情ながら滝のような涙を流してるので、たぶんこっぴどく振られたこと自体は変わらないと思うんですよ。
で、原作ではそこで「もうこれ以上我慢できない!」「もう自由に生きてやる!」って吹っ切れたんじゃないかとボクは思うわけです。
ただ、それでも原作の彼女は振られるの、かなり覚悟していたとも思うんですよ。ダメ元というか、わかっていてもとめられなかった状態だったんじゃないかって。

しかし本作では振られる直前にどっかのジェダイが希望を持たせるようなことを言ってしまったので、原作より期待が大きくなっていて。
それでこっぴどく振られたせいで呆然してしまっていた、という想定で物語を書いています。
一度持ち上げられてしまったので、落差が原作よりも巨大になってしまっていたという感じです。覚悟して色々備えて三階から飛び降りるのと、五階から備え無しで突き落とされるのと、どっちが痛いかって言ったらまあ後者ですよね。

そのショックは理波が「全部受け入れる」宣言をしたことで偏執的な愛に変換され、一年ほどの付き合いの中で強烈な依存が足されていったわけですが、ショックを受けた記憶自体が消えるわけではないわけです。
なので、本作のトガちゃんは原作よりもちょっとだけ臆病という設定になります。仲良くなりたいと思った人に拒絶されることに対しては、むしろ人一倍かも。
一応の自重や理性は、そういうところから来ている部分もある感じで。

・・・理波が同世代でもっと早い段階から顔を合わせて付き合いがあったら、原作みたいに積極的にチウチウしにいくヒーローなトガちゃんになったかもしれないんですけどね。
書き始めた当初はそこまで考えてなかったので、トガちゃんには申し訳ないことをしたかなと思いつつも、ヤンデレなお姉さんとTS幼女のカップリングとか正直超好きなので反省も後悔もしていない(真顔


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.戦闘訓練 3

 マスター・オールマイトの宣言により、演習一戦目は終わりを迎えた。

 

 しかし、とんでもない終わり方である。ミドリヤは制御のできない”個性”を使った反動と、正面からバクゴーの猛攻を受けたことで、全身がボロボロ。

 ウララカは”個性”の反動か、模型の陰に顔だけを隠して嘔吐していて。

 ヒミコは無重力状態で派手に吹き飛んだことで、壁に思い切り叩きつけられて少しうめいていたし、バクゴーに至ってはよほど負けがショックなのか、茫然自失で立ち尽くしていた。

 

 そして会場となったビルもまた、無残な状態だ。ほぼ真ん中を全階層貫く風穴が空いているし、バクゴーが派手に破壊した一角もある。戦闘訓練の場としては、もはや使い物にならないだろう。

 

 こうなる前に中止すべきだと、キリシマと一緒にオールマイトには何度も掛け合ったのだが……彼は葛藤しながらもとめることはなかった。私としては、納得しかねる結果である。

 

 ただ何をさておいても、ミドリヤは保健室に直行だ。ぜひとも同行したいところだが、そうはいかないだろう。

 ということで、マスター・リカバリーガールのせめてもの助けになればと、ミドリヤには応急処置と、身体の回復効率の増幅を施して送り出すこととした。()()()()()()()()()()()()()ので、私が施した内容についてリカバリーガールに伝えるよう言い含めて。

 

 ちなみに応急処置用の医療品は、ヤオヨロズに作ってもらった。演習前に”個性”を使わせてしまって申し訳ない。あとで何かしら礼はする約束である。

 

 と、なんとか処置を終えて搬送されるミドリヤを見送ったのだが……処置の最中、私はおやと思っていた。ヒミコが私に変身した状態で、ウララカに増幅を使っていたのだ。体調にかかわる何か……恐らくは三半規管に向けてだろう。

 

 演習中の様子はまさに暗黒面の権化みたいな有様だったのだが、今は落ち着いている。……いや、落ち込んでると言ったほうがいいか。

 その姿に、ああやはり彼女は普通の少女なのだなと思う。ウララカに嫌われたくないと思ったようだ。

 

 だから、テレパシーで大丈夫だと伝えておく。ウララカなら、きちんと説明すれば受け入れてくれるはずだと。

 

 とはいえ、これに関してはすぐに踏ん切りがつくものでもないだろうから、根気よく大丈夫だと伝えていくしかないだろう。

 それに、ヒミコは私以外の人間にも心を開けるようになるべきだ。私しか心の支えがないようでは、万が一私に何かあったときすぐさま暗黒面に沈んでしまいかねない。

 

『あとで……チウチウさせてください……』

 

 ……うん。この返事の様子から言って、下手したらこの授業の直後に求められそうだな。人の目につかず、二人きりになれる場所というと……トイレくらいか? あそこなら多少血がこぼれても水も掃除用具もあるし……。

 

 ともあれ了解と返して、モニタールームに戻った。

 さて、先の演習の講評である。

 

「さて、ひとまず一戦終わったところで、講評と行こうか! まず今回のMVPは……少々判断の難しいところもあるが、麗日少女がMVPかな!」

「ぴっ!? わ、私!? ですか!?」

「その通り! 理由はもちろん、決め手となったからというのが一番だ。追い詰められた状況でも諦めず、勝ちの目を探り続けた! 見事だ! 途中も目立った重大なミスもなかったしね!」

「ふええ、あ、ありがとうございます!」

「しかーし! そんな彼女とMVPを争った子がいるのも事実! さて、それが誰で、なぜだかわかる人はいるかな!?」

「はい、オールマイト先生」

 

 生徒自身に考えさせようというマスター・オールマイトの問いに、ヤオヨロズが即座に手を挙げる。

 マスターは彼女に視線で続きを促し、それを受けて彼女は口を開いた。

 

「まず間違いなく、MVPを競ったのは渡我さんかと。彼女は一番状況設定に順応していました。お見事なヴィランぶりでしたし、核を囮に使ってはいても気は遣っておられました。ただ、いつでも麗日さんを確保できる状況に持ち込んだにもかかわらず、”個性”で遊ぶような振る舞いを繰り返したのはマイナスポイントだったかなと思います。

 爆豪さんと緑谷さんは、論外ですわね。完全に私怨丸出しの独断で動いていましたし、先生が仰ったように屋内での大規模破壊は愚策。相方に全部任せきりだったと言わざるを得ないかと」

 

 淀みなく言い切ったヤオヨロズに、場が一瞬静まり返った。

 

 うむ、見事な講評である。思わず拍手をしてしまった。私につられて、拍手が場に満ちる。

 マスターも、思っていた以上に言われたと言わんばかりの顔だ。

 

「ま……まあ、”個性”で遊ぼうとするヴィランは珍しくないから、設定に即している以上減点はさほど多くはなかったりするんだが……まあ……正解だよ、くぅ……!」

「常に下学上達、一意専心に励まねばトップヒーローなどなれませんので!」

 

 腰に手を当てて、ふんすと鼻を鳴らすヤオヨロズは、普段の優雅な立ち居振る舞いに比べると年相応で、微笑ましいものがある。

 

「う、うん、さすが推薦合格者だな。その向上心を忘れないように!」

 

 ほう? 推薦合格者……なるほど、能力が高いはずだ。

 先程医療品を頼んだときも、淀みなくほとんどの時間差なく作ってくれたし、その出来も既製品と差はなかった。相当に訓練してきたのだろうなぁ。

 

「ではそろそろ、次の訓練に行こう! ……と、その前にビル、変えよっか! このままだとこのビル、いつ崩れてもおかしくないからね!」

 

 ともあれ、次である。オールマイトの案内で別のビルに入った私たちから、四人が離脱して配置につく。

 

 二回目の組み合わせには、暗黒面に包まれたトドロキがいる。ヒーロー側だ。

 さて、彼がどのような戦い方をするのか……見せてもらうとしよう。

 

 ……と、思っていたのだが。

 

 演習はほぼ一瞬で決した。トドロキは、なんとビル全体を凍らせることでヴィラン側を完封してしまったのである。

 彼に対していたのがこの冷気に対抗できる”個性”を持たないオジロとハガクレであったため、どうすることもできなかった。

 あとは、凍りついたビルを悠々と進んだトドロキが、模型に触れるだけであった。

 

「さっむ……!」

「瞬殺かよ……」

「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、なおかつ敵を弱体化!」

「最強じゃねーか!」

 

 周りも騒然としている。

 

 しかしそれとは別に、一つはっきりしたことがある。

 

「……透ちゃん、大丈夫ですかね?」

「そうだな。ブーツまで脱いで完全な全裸になっていたから、この寒さはさぞ堪えるだろうな」

「あ。そーか、そうだよね」

「やはりコスチュームの変更をすべきですわよね、彼女」

 

 ということである。

 

 実際、戻ってきたハガクレは凍えていたので、ヒミコが再び私に変身して、彼女の体温を増幅していた。ちなみに、ツユちゃんも寒さで動けなくなっていたので同様に処置していた。

 

 私は傷のほうに対処した。念のため、授業後にはリカバリーガールに診てもらうように伝え、私たちは再び場所を変えることになった。

 何せ、トドロキがビルを凍らせ、その後それを溶かしたため全体がひどく水浸しなのだ。これでは演習どころではない。

 

 その溶かすという行為だが。演習終了後、自身がやった凍結を溶かすために炎を出していたトドロキは、明らかに普段より暗黒面の力が強まっていた。

 どうやら彼の心の闇は、左右で効果が違うらしいその”個性”が関係していそうだ。

 

 そんなことを考えながら、私はトコヤミと共にビルの外へ向かった。

 次の第三戦は、私の番である。

 

***

 

 私・トコヤミペアの相手は、アオヤマ・イイダペアである。振り分けは私たちがヒーロー側、イイダたちがヴィラン側だ。

 

「常闇踏影(ふみかげ)だ。よろしく頼む」

「マスエ・コトハだ。こちらこそ、よろしく頼むトコヤミ」

 

 舞台となるビルを前に、トコヤミと向き合った。簡単に挨拶を済ませ、ビルの見取り図に視線を落とす。

 

 今回のビルは、今までの二回と少々間取りが異なる。生徒間でなるべく差異が出ないようできるだけ同じ間取りのビルを選んでいるのだろうが、まったく同じとはいかなかったのだろう。

 

「さて、どうする?」

「まずは互いの能力を軽く擦り合わせよう。私の”個性”は『増幅』、ものに限らず人間の能力や概念的なものも対象となるが、栄養を使うため使いすぎると死ぬ」

「死……昨日のテストを見る限り、それは緑谷のようなハイリスクなものではない、と考えても?」

「構わない。今日の昼は普段よりも食べたから、十五分程度なら全力を出し続けられる。……それから」

 

 説明とともに、私はその辺りに転がっていたそこそこのサイズの石に手を向けた。

 

「……! テレキネシスか」

「それも可能だが、これは厳密には引力だ。逆に斥力として使うこともできる……このように」

 

 フォースプル、からのフォースプッシュを披露する。あまりいたずらにフォースを使うべきではないが、時間の限られた今はこれが最も合理的だ。

 

「他にもあるが……これらを総称してフォースと言う」

「”個性”を二つ持っているのか?」

「……いや、違う。”個性”によって内に眠れる超能力を一時的に増幅しているのだ。言っただろう、概念的なものも対象だと」

 

 毎度のことだが、もちろん違うがね。

 

「なるほど……心強いな」

 

 トコヤミの顔は表情がわかりづらい造形だが、どことなく興味深々といった様子だ。

 

「次は俺だな。俺の”個性”は……こいつだ。『黒影(ダークシャドウ)』」

「アイヨッ」

 

 そんな彼の呼びかけに応じて、彼の懐から影が飛び出してきた。ただの影ではない。鳥の形をした、立体の影だ。

 しかもその影は彼の姿とはかけ離れている……のみならず、明確な意思を持って私に話しかけてきたのだ。

 

「これは……意思を持った”個性”なのか?」

「そうだ。俺の”個性”はこの『黒影(ダークシャドウ)』を自由自在に操るというもの。攻撃はもちろん、防御、索敵、すべてにおいて隙はなしと自負している」

「トーゼンダゼ!」

 

 うーむ、本当に”個性”はなんでもありだな。この感想を、この十一年近くの人生で一体何度抱いたことか。

 今日は一日でそう思う回数を更新してもおかしくなさそうだぞ。

 

 というかトコヤミ、鳥の異形系”個性”ではなかったのか……。ではその顔は一体……。

 い、いや、それについてはきっと深く考えないほうがいいのだろう。うん、きっと。

 

「……なるほど。君たちもとても心強いな。つまりこの演習、実質人数の面で我々は優越しているわけだ」

「いかにも。ただ……『黒影(ダークシャドウ)』は光があると弱体化してしまう。ゆえに恐らく、青山のレーザーは相性がよくない」

「なるほど? ”個性”で意思を持っていたとしても、影は影ということか。うむ……ならば、アオヤマは私が引き受けよう。レーザーなら対処できる」

「……そう、か」

 

 彼から大きな驚愕の気配がした。だが、少なくともそれを顔に出さないのは素晴らしいと言える。

 

 しかし、だ。

 

「だが光に弱い……となると、私たちは少し離れて行動したほうがいいかもしれない。何せ私のメインウェポンは発光する」

「む……ならば、お前に先行してもらう形が妥当か?」

「そうだな。私の”個性”も汎用性は高い。どちらが先行して来たとしても対処は可能であろう。問題は先に来たものがどちらかで、その後の対応をどうするかだが」

「青山が先に来たら、任せていいか? 逆に飯田なら、俺が」

「うむ、私もそのほうがいいと思う」

「あとは……二人で来た場合、あるいは二人とも来なかった場合だが」

 

 ああそうだな。可能性は低いとは思うが、これも考えておかねばなるまい。

 

「その場合は、私が先行した状態のまま前衛をしよう。ダークシャドウの射程範囲はわからないが、私はそもそも遠距離攻撃の手段がほぼないからな」

「確かに」

 

 そういうことになった。

 

 さて、ここで開始まであと一分というところだが……。

 

「最後になるが、トコヤミ。これは私のわがままなのだが」

「聞こう」

「相手に投降するよう説得を試みたいのだ。可能ならば最初に」

「説得を……? そんなことができるのか?」

「わからない。だが意味はあると思っている。私はヴィランのすべてが救いようのない悪人だとは思っていないんだ。中には他に選択肢がなかったものもいるだろう」

 

 重力ヒーロー・バンコの娘としても、ジェダイとしても。それが正しいことだと思うのだ。

 もちろん、それが優先されるべきではない状況というときもあるだろうから、常にそうできるとも思ってはいないが……少なくとも訓練なら、やることに意義はあるはずだ。

 

「否定はしない。だがそのようなものばかりとは限らないだろう」

「ああ。だが今回の演習はヴィラン側に設定がない。それをどうするかはあちら側が決めることになる。可能性はあるはずだ」

「む、なるほど」

「だが、この演習は制限時間が短い。説得に時間を割いていられるかどうか不明だ。だから、これは私のわがままなのだ。どうだろうか」

「…………」

 

 私の言葉に、トコヤミは顎に手を当ててしばし考え込んだ。その間、この場は沈黙で満ちる。

 彼が再び口を開いたのは、開始の合図が出る直前であった。

 

「……最初に、というのは却下させてほしい。増栄の言い分は否定しないし、むしろ現実であれば考えるべきとも思う。あるいはそこまで考えが及ぶかどうかも、オールマイトは見ているのかもしれないが……やはり制限時間がネックだ」

 

 口数の少ない彼にしては、長めの言葉であった。

 

「だがどちらか一人を下し、時間に余裕がある状態なら、構わない」

「わかった。ありがとう」

 

 トコヤミの回答に、私は心からの謝礼を述べる。

 

 まさかここまで思考を尽くした回答が来るとは思っていなかった。断られるだけなら十分あり得ると思っていたが。

 言葉を尽くして意見を述べ、それに対して譲れるところは譲り、譲らないところは譲らない回答が出る。理想的な意見交換である。

 

「礼は不要」

「そうだな。結果で応えるとしよう」

 

 ゆえに、私は満足して頷いた。

 

 その様子を見たトコヤミは、数回目を瞬かせる。

 

「どうした?」

「いや……お前が本当に年下なのか、疑っていたが……そういう仕草は年相応だなと」

「……そうだったろうか?」

 

 自分ではそんなつもりはなかったのだが。

 

 しかし、問答はここまでであった。オールマイトによって、演習の開始がアナウンスされたのである。

 




主人公の戦闘の配役、実は敵味方全員が徹頭徹尾側の都合だったりします。
本当はダイスで全部決めたかったんですけど。ていうか本当にダイスで最初はやろうとしたんですけど。
それやったら相手側がフォースユーザーに一切抵抗できないタイプのキャラだけが集まってしまって、ローグワンのヴェイダー卿大ハッスルシーンみたいなことになりかけたので・・・。
で、結果としてもう全部やりたいことのために配置しようとなりまして、不在キャラが確定した次第。実は連載始めた段階で、ここまでストックがもうあったりしたのです・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.戦闘訓練 4

 ビルに突入してすぐに、戦意がじわりと感じられた。それもかなり近い。

 罠だとまた感じ方は変わってくるし、相手の”個性”はそういったものに関係したものではない上、準備時間はたったの五分しかない。これで何か仕掛けられているということはほぼないだろう。

 

 そしてこの気配は、イイダではない。ならば近くにいるのは、

 

「アオヤマの気配が近い。恐らくしかけてくるぞ」

「わかった。前は任せる」

「了解」

 

 それだけ言葉を交わし、数メートルほどの間隔をあけて先に進む私。

 一方後ろから来るトコヤミは、ダークシャドウをコスチューム内に潜ませていつでも使える状態をキープしつつ、奇襲に備えている。

 

 ……このビル、先にも述べたが今までの演習舞台とは間取りが少し違う。四階、五階はそっくりだが、一階から三階までが吹き抜けになっているのだ。ご丁寧に、一階の入り口から入るとすぐの場所がだ。待ち受けるうえで、これほど奇襲を仕掛けやすい場所はそうはない。

 しかも、遮るものが何もない。であれば、ここで何が起こるかは突入する前から想像できる。

 

 その予想通りに、中に入って数秒でうなじ付近にチリッと嫌な予感が走った。

 

「四時の方向から来る、横にずれろ」

「何だと? ……ッ!?」

 

 私が一言、攻撃を予言した直後だ。まさに指摘した方向から、光り輝くレーザーが襲ってきた。

 これをギリギリで回避するトコヤミと、最低限の動きで回避する私。

 

 そして回避しながら、攻撃の方向に振り向きながら声を上げる。

 

「行け!」

「……ッ、ああ!」

 

 そして私たちは、当初の位置関係と入れ替わるようにして跳んだ。

 私はもちろん、トコヤミもまた”個性”によって多大な跳躍が可能だ。トコヤミはレーザーが飛んできた場所からちょうど死角になる二階へ、私は逆に狙いやすい位置の二階へ跳び上がる。そのまま私たちは別行動を開始した。

 

 私はアタロの要領で目立つように、しかし最小限の動きで三階まで登っていく。もちろん、その間に飛んでくるレーザーはすべて回避してである。

 そうして、最初から攻撃位置がほとんど変わっていないアオヤマと対峙した。

 

「……やるね、マドモアゼル☆」

 

 余裕しゃくしゃく、という雰囲気で声をかけてきたアオヤマ。顔もそういう様子で、上手いこと隠しているが無駄だ。

 フォースは告げている。彼がかなり動揺しているという事実を。

 

 ならば、私はそれをさらに揺さぶろう。

 

「ふむ……どうやら、長い間照射はできないようだな。そして、連射もそこまで可能ではない」

「……! それは、どうかな?」

 

 見抜いた事実を、淡々と述べる。述べながら、ゆるりと前へ進む。

 

 レーザーが飛んでくる。

 だが、当たらない。ブラスターと同じだ。いくら光速で飛来しようと、来るタイミングがわかっていれば誰だって回避できるのだから。

 

「ここまでだ、ヴィラン。神妙に縛につくがいい」

「……フフ、捕まれと言われて、素直に捕まるヴィランがいると思う?」

「いないだろうな」

「そういうことさ! アデュー☆」

 

 さすがに、得体の知れなさが勝ったのだろう。撤退を選んだアオヤマの判断は間違いではない。引き際をわきまえているということは、優秀さの条件の一つだ。彼は間違いなく、その条件を満たしている。

 しかも、撤退方法が独特、かつ理にかなっている。彼は50メートル走で見せたように、跳躍してからのレーザーでもって移動したのだ。攻撃と移動を両立する妙手と言えよう。

 

 相手が私でなければ、だが。

 

「いっづ……!?」

 

 反撃を受けたアオヤマが着地に失敗して床を転がり、攻撃を受けた右足を押さえてうずくまる。その顔は驚愕に染まっていた。

 

 私としては、ある意味で見慣れた顔である。彼が見せた表情は、ジェダイ相手に放ったブラスターを弾き返された人間と、まったく同じであった。

 

「ぼ、ボクのネビルレーザーを、跳ね返した……!?」

 

 逃げることも忘れてこちらを向くアオヤマに、私はライトセーバーの切っ先を掲げることで応じる。

 

 そう、ライトセーバーを持ったジェダイに、単発のレーザーなど意味をなさない。アナキンクラスになると、セーバーがなくても意味をなさないだろう。

 ジェダイがブラスター全盛の共和国で、独自の戦力として存在していられた理由はこういうところも大きい。

 

「投降したまえ。これ以上の抵抗は無意味だ」

「く……っ!」

 

 私の宣言に、アオヤマは悔しそうな顔をして逃げを打つ。

 片足を引きずりながらなので、その速度は遅い。それでは私から逃げることはできない。

 

「ぅわっ!?」

 

 ヒミコ同様、フォースプルでアオヤマを引き寄せると、私は確保判定用のテープを彼の胴体に巻きつけた。

 

『青山少年、確保!』

 

 これで一人確保だ。

 

「……やるねキミ」

「ありがとう」

「それにその武器……トレビアンだね☆」

「ありがとう。私も、これは宇宙一洗練された武器だと思っている」

 

 悔しそうにしながらも、ばちんとウィンクを飛ばしてきたアオヤマに頷いて返す。

 

 ……フォースで感じる限り、「悔しい」と感じているところが演習の勝敗よりも、ライトセーバーのほうが若干比重が大きいように思うが、それは言わないほうがいいのだろうな。話が長くなりそうだ。

 

 さて、残るはイイダだが……トコヤミのほうはどうなっている?

 上のほうから戦いの気配が伝わってくるので、既に会敵したのだろうが。

 

『飯田の速さが予想以上だ、来れるか?』

「了解、すぐに向かう」

 

 通信しながら走る。通信を終えると同時にさらに速度を上げ、ほどなくして二人が争っている部屋に辿り着いた。

 

 中を窺ってみると……なんとイイダは身体より大きな模型を抱えた状態にもかかわらず、速度でトコヤミを圧倒していた。

 なるほど、よく鍛えられている。身長以上の大きなものを抱えながら、あの速度を維持して、しかも決して広くはない部屋を走り回るということは、並大抵ではない。

 トコヤミもダークシャドウを駆使してがんばっているが、見たところトコヤミ自身はさほど身体能力が高くないようだ。結果、あと一歩を詰め切れずにいる。

 

 そんな光景を見やりながら、私は開始前のやり取りを思い出していた。次いで残り時間を確認し、改めてトコヤミに通信を入れる。

 

「トコヤミ……到着したのだが」

『なんだ?』

「説得してみてもいいだろうか?」

 

 まだ時間は五分以上残っている。今なら話し合いに失敗しても取り返しがつくだろう。

 

『……わかった、任せてみよう』

 

 果たしてトコヤミの許可を得た私は、イイダの行く手をふさぐ形で部屋に踏み込んだ。

 

「増栄くんまで来たか……!」

「そうだ。もう残すは君一人だ、イイダ」

 

 それでもイイダは足をとめず、戦いを続けようとする。もはやほぼ勝ち目のない戦いを。

 私はそんな彼に、フォースを乗せた声で語りかけた。

 

「やめたまえ、もうこれ以上君が戦う必要はない。君は見捨てられたのだ」

「……!? 何を……!?」

「君が家族を人質に取られ、ヴィランに身をやつしたことは調べがついている。だがその親玉は、先程悠々と出国していったぞ。君がこうやって核爆弾を持ち出して注目されている間にな」

「な、な……それは、」

 

 最初は理解不能といった様子のイイダだったが、すぐに意味を理解したのだろう。気を取り直して、しかし明らかに動きが鈍った。

 

「君がここまで身体を張る必要は、もうないんだ。さあ、我々と帰ろう。家族が待っているぞ」

「し、しかし……! しかし僕は! 取り返しのつかないことを!」

「大丈夫、我々が口添えしよう。減刑にも、執行猶予にも掛け合う。君が社会復帰できるよう、協力もする。大丈夫だ」

「あ……」

 

 一歩だけ前に出て、手を差し出す私。

 そんな私に、イイダもよろけながらも近づいてくる。

 

 そして――

 

『――ヒーローチーム、WIN!!』

 

 彼は自ら、確保テープに飛び込んだのであった。

 

***

 

「う……っ、ううっ、増栄くん、常闇くん、僕は、僕は帰れるんだな……!」

「……飯田? 訓練は終わったが」

「……はっ!? ぼ、俺は何を!?」

「うーむ……君はなんというかその、とても素直な性格なのだな……」

「バカショージキ」

「沈黙は金だ、黒影(ダークシャドウ)

 

 勝敗が宣言された直後の私たちの会話である。

 

 我ながらあまりにもスムーズに行きすぎたと思うのだが、これは恐らくイイダが素直すぎることが大きいのだろう。

 確かに私はフォースを声に乗せて説得力を底上げしたが、それはあくまで説得の補助でしかない。あそこまで役に没入させる効果などなく、それはマインド・トリックを使ったとしても困難だ。

 

 そして聞くところによると、イイダはヒミコのなりきりぶりを見て非常に発奮したらしく(ヒミコのあれはなりきりではなく本気だと思うが)、全力で悪役に徹するべくずっと自らに言い聞かせていたとのことなので……つまりはそういうことなのだろう。彼の自己暗示にフォースが噛み合いすぎたのだ。

 

「いい勝ち方をしたね、増栄少女!」

 

 とは、オールマイトの第一声である。そして彼は、私を今回のMVPだと宣言した上で、周りの意見を聞くのではなく私に声をかけてきた。

 

「さて増栄少女。君はどうして説得という手段を選んだのか。参考までに教えてくれないかな?」

 

 参考も何も、オールマイトほどの人物ならわかっているだろうが……これは他の生徒のために、ということだろうな。

 

 私は了承を告げ、口を開く。

 

「今回の演習の目的は、現時点での我々生徒の戦闘力を把握するためと考えます。その観点で言えば、私の選択はあまり正しくないかもしれません。

 ただ今回の演習には、核爆弾というこの星における最大級の破壊兵器が付随していました。ふとしたはずみで核爆弾が作動する可能性をゼロにするためには、何よりも戦闘行為は極力避けるべきだと判断した結果、説得による無力化がヒーロー側における最善手と考えました。訓練ですから、イイダが乗ってくることはほぼないとも思いましたが……それでもヒーローとしてやるべきだとも」

 

 そう説明すると、なるほどという顔色が並んだ。

 対してオールマイトは、満足げに頷いている。

 

「最初に私にヴィラン側や核の詳細な設定を確認したのも、その判断材料にするためだね?」

「はい、マスター。これがもし他の設定が提示されていたら、場合によっては武力制圧を優先したでしょう」

 

 実際は、ジェダイが最初にそれを選ぶことはほぼあり得ないが。それは私のスタンスの話になるので、ここで言う必要はないだろう。

 

「いい判断だ! そして大事な思考だぞ! たとえ訓練とはいえ、『もしこれが本当に起きたら』って考えることはね!」

 

 うんうんと何度も頷き、オールマイトが生徒たちを順繰りに眺めやる。

 そして、先に二組の講評を終えているからか、今までよりも淀みない語り口で話し始めた。だいぶ慣れてきたらしい。元々人前で話すことには慣れているのだろうな。

 

「ヒーローは目立つ職業だし、”個性”の使用が公認された職業だ! しかしだからといって、無闇に使っていいというわけでもないことはここまでの授業でみんな理解してくれたと思う! もちろん、それで事件を解決することの難しさもね! だからこそ、それができるということは素晴らしいことだ! 人にも建物にも環境にも、被害が出ないことに越したことはないからね!

 だから君たちも、訓練中に考えたことがもし訓練の趣旨からちょっと外れていたとしても、あんまり恐れずにやってみてくれ! それがヒーローとして正しいなら、私たちが減点することはないからね!」

 

 そして彼はそう言ったあと、「ちなみに」と前置いてとあるヒーローの懐事情に触れた。

 なんでも、強力な個性の持ち主だがそれゆえに周辺被害が出やすく、その補填のため経営が赤字になりがちなヒーローは案外いるのだという。具体的な名前は明言しなかったが、実際に独立を維持できなくなってサイドキックとして再就職した、といった話もさして珍しくないのだとか。

 

「そういうときのための保険とか控除なんてあるんスね……」

 

 いきなり暴露された世知辛い現実にどこか拍子抜けしたと言いたげな面々の中、セロが苦笑しながらつぶやいたのが印象的だった。

 

 しかしそうか、ジェダイと違ってヒーローは言ってしまえば営利目的の自営業だ。ジェダイはその辺りは非営利組織のようなものだったので、あまり考えなくてもよかったものだが……ジェダイを復興する上では、そうした金銭面についても考えなくてはならないな。恐らく、ドロイドと翻訳機の特許使用料だけでは足りないだろう。

 保険のような制度があることはわかったが、他にも何かあるのだろうか。いずれ授業でその辺りも詳しく扱うらしいので、その日を待つとしよう。

 

 さて、そうして授業はすぎていき、解散となった。みなそれぞれ有意義な時間だったのではないだろうか。私も思うところがないわけではないので、やはり実践に勝るものはないなと感じるところだ。

 

 まあ私はこのあと案の定、制服に戻って更衣室を出てすぐにヒミコによってトイレへ連れ込まれ、休み時間ギリギリまで吸血されたのだが。久々のやや乱暴な吸血であり、あまりのくすぐったさに声を我慢するのに苦労したよ……。

 




唐突なネタバレ:
今回の戦闘訓練の話で、青山くんを不在にしなかった理由の大体半分くらいを達成しました。
いやその、うん。だって、ねえ? ジェダイと言えばやっぱアレ、やりたいじゃない?

主人公の相方が常闇くんになったのは、レーザーを出せる青山くんの相手をスムーズに主人公に任せるため。
飯田くんを主人公の対戦相手にスライドさせた理由も、ジェダイ=平和の調停者らしいことができる機会ってもうここくらいしかないんじゃないかと思ったからですね。原作だと相澤先生が言ってますが、飯田くん話を作る側からしても超便利。いやマジで。
というかヒロアカ世界、人の話を聞かないヴィランが多すぎるんじゃよ・・・。

最初は他の子たちも組み合わせガラッと変えようかなと思ってたし、そうできなくても彼らの戦闘シーンは入れたかったんですが、その間シナリオは実質進まないので原作同様全部カット。すまぬ。

そして謝罪:
実は昨日投稿した話の後書きに、今回の話で使うはずだったやつを間違っていれてしまっていました。
そのため、唐突なネタバレがマジで誇張抜きでガチなネタバレになってしまっていました。申し訳ありませんでした。

お詫びと言ってはなんですが、今回の話の最後に触れられた「やや乱暴な吸血」シーンを用意しました。どうぞお納めください。

【挿絵表示】

なお絵には間違いなく誇張がありますが、自覚もないままに少しずつ開発が進んでいることも間違いない事実です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.授業を終えて

 

 で。

 

 とにもかくにも初めてのヒーロー基礎学は終わったわけだが……その放課後のことである。

 

「せっかくだし、みんなで今日の訓練の反省会やろうぜ! 交流会も兼ねて!」

 

 ホームルームが終わったあとだ。めいめい帰路につこうかというところで、キリシマがそう声を上げた。彼の提案に、ほぼ全員の視線が集中する。

 

「いいねソレ!」

「おう! その話、乗った!」

「オイラも!」

「すまねぇ、今日は外せない用事がある」

「そうか、そりゃ仕方ねぇな! また今度誘うわ!」

「ああ」

 

 トドロキは帰ってしまったが、それ以外はまさかの全員参加である。うーむ、みななんと向上心が高いことか。素晴らしいことだ。

 まあ、まだ怪我が治りきっていないミドリヤをにらみ続けるバクゴーのようなものもいるが。

 

 というか、バクゴーがここにいることが意外だ。彼は訓練直後、ずっと茫然自失のようだっだのだが……保健室から遅れて戻ってきたらしいミドリヤと更衣室で何かあったのか、教室に戻ってくる頃には普段通りに戻っていた。

 

 ……いや、元通りではないな。彼からはそれまでとは異なり、慢心が消え、破壊衝動にも似た攻撃性も薄れていた。

 そしてどこまでも高い自意識から生まれる、どこまでも果てしない上昇志向が前に出てみなぎっていた。怒りもあるが、それはほとんど自身に向けられている。

 

 細かい経緯はわからないが、ミドリヤとの会話で立ち直ったのだろう。そして早速、これから先のことに目を向けようというのだろうな。

 だからなのか、暗黒面の気配も薄れている。それほどミドリヤに負けたことがショックだったのだろうが、そこで相手を陥れようという発想に至らない辺り、バクゴーもまたヒーロー志望ということか。

 

「すまない。反省会には参加したいのだが、職員室に用事があるんだ。終わったら戻ってくるから、私のことは気にせず進めてくれて構わない」

「お? なんだ、入学早々呼び出し?」

「いやいや、爆豪くんじゃないんだから」

「あァン!? 黒目テメェ殺されてぇか!?」

 

 アシドの茶々入れに、バクゴーが爆発する。……前言は撤回したほうがいいだろうか?

 

 まあ、それはともかく。

 

「いや、申請したいことがあってな。通るかどうか以前に、そもそも制度としてどうなっているかわからないから、どうなるかもわからないのだが」

「申請ですの?」

「ああ。父上から聞いたのだが、雄英は申請すれば放課後などに訓練施設を生徒が使えるらしいのだ。その辺りのことについてな」

「訓練施設!?」

『それ詳しく!!』

 

 ほぼ全員が私に殺到してきた。そんなに訓練がしたいのか、彼らは。ジェダイでもこれほど向上心の強いものはなかなかいなかったものだが、うーん、感心なことだ。

 

「みんな落ち着こう! 増栄くんはそれを詳しく聞くために職員室に行くのだろう!?」

「あ、そうか」

「早合点しちゃったね」

「……そういうわけだ。だから、みんなは先に話し合っておいてくれて構わない。施設云々については、あとで私からみんなに説明するよ」

 

 そういうことで、私はクラスメイトを置いて教室を後にしたのだった。

 

***

 

 丁寧に言葉を重ねて教室を出て行った小さい同級生の背中を見送って、1-Aの面々はそれぞれの思いを胸にそれぞれがため息をついた。

 

「……はー、信じられないけど、あの子あれで年下なんだよなぁ……」

 

 その中で、最初に口火を切ったのは尻尾を持つ尾白猿夫(ましらお)である。

 

「飛び級だっけ。すごいよね……何歳なんだっけ?」

 

 直前の訓練で彼とタッグを組んでいた葉隠透が二の句を継ぐ。

 

 彼女は言いながら、理波と仲のいいトガへ視線を向けた。

 

「コトちゃんは今年の八月で十一歳ですよ」

「十一!」

「ってことはまだ十歳じゃねーか!」

「若い!」

「っつーより幼い?」

「それであの成績か……とんでもないな」

「悔しいけど、輝いてたよね☆」

「光る剣超かっこよかったよねぇ」

 

 それを聞いた賑やかな面々が、口々に声を上げる。

 彼らのリアクションに、トガはなぜか誇らしげだ。

 

 だが爆豪勝己はそんな面々には見向きもせず、理波が去っていった扉のほうを睨むようにして顔を向けていた。

 

 彼の心中では、主に怒りが嵐のように荒れ狂っていた。だがその怒りの原因の大半は、自分にあると既に理解している。だからこそ、彼は表向き静かにたたずんでいる。

 

 己は今日、負けたのだ。今までずっとデクとさげすんでいた、路傍の石でしかなかった幼馴染に。それは誰に対しても偽りようのない事実だ。

 

 それに、である。

 

 一瞬にしてビル一棟を凍り付かせてしまった、轟焦凍(しょうと)。彼にかなわないのではないかと思ってしまった。

 最初から最後まで一貫して的確な分析をしてみせた、八百万百。彼女から受けた指摘に反発するより先に納得してしまった。

 何より、最小限の行動で敵を圧倒するのみならず、言葉で事態を鎮めてみせた増栄理波。彼女にも勝てないかもしれないと、思ってしまった。

 

 そんな自分が何よりも不甲斐なかった。更衣室でふと見えた鏡の中の自分を見て、そんな己を殺してしまいたいとすら思った。

 

 そんなことをしていたものだから、他のクラスメイトがみな着替え終わり、教室に向けて更衣室から出て行ったあと。保健室に搬送されていたがために、遅れて更衣室に来たデク……緑谷出久と鉢合わせる羽目になってしまったのだ。

 

 緑谷はとても気まずそうにしていた。少なくとも今日、彼は爆豪に勝ったというのに、どこか怯えたような様子で。その態度が、なおさら爆豪の神経を逆なでした。

 だから、いつものように激昂して、爆破してやろうと思った。完全な腹いせでしかなかったが、それでもしようとして――

 

「――かっちゃん。これだけは、君には言わなきゃいけないと思って……」

 

 突然緑谷の口から語られたフィクションのような話に、思わず硬直した。

 爆豪がそうして思考を巡らせている間にも、緑谷はあれこれと語った。

 

 いわく、人から授かった”個性”なのだと。

 そして、それをいつかちゃんと自分のものにして、己の力で爆豪を超えると。

 

 そう締めくくり、「しまった」という顔をする緑谷に、爆豪の怒りは頂点に達した。

 彼は爆発するかのように、心の内でマグマのようにたぎらせていた感情を言葉にして緑谷に叩きつける。

 

「こっからだ!! 俺は……!! こっから……!! いいか!? 俺はここで一番に()()()()()!!」

 

 そして宣言した。俺に勝つなど二度とない、と。そう啖呵を切って教室に戻って来たのである。

 

 ……爆豪勝己という少年は、間違いなく才能ある少年だ。彼を揶揄して才能マンと言う向きもあるが、それは厳然たる事実でもある。

 だがそれゆえに彼には、その高すぎる能力を競う相手が今までの人生で、一人もいなかった。そして周囲もそれを無責任に褒めそやした。彼は子供の世界という狭い世界の、圧倒的な王様だったのだ。それは間違いなく、彼にとって不幸だった。

 

 結果として、彼は自尊心のみをひたすらに肥大化させることとなり天狗となり……そしてその高い鼻は、今日まさにへし折れた。全国から集まってきた、優秀な同級生たちによって。

 

 けれども、彼の心までは折れなかった。今回の負けを認めつつも、今よりも成長し勝利することを誓った。

 自分に初めて土をつけた緑谷に切った啖呵は、その決意の表れ。自らを鼓舞するための宣言だ。

 

 そして、そう決めたからこそ。

 

ナンバーワン(オールマイト)はまだめちゃくちゃ遠ェ)

 

 そう自覚できたからこそ。

 同級生からの反省会の誘いに、彼は断りの言葉を半分ほど口に出しかけながらも飲み込み、参加すると答えたのだ。少しでも上へ進むために。

 

 だから、彼にとって理波が年下ということは関係ないことだ。上へ行くに当たって、そんなことはどうでもいい。倒すべき相手のパーソナルデータなど、能力と装備、あとはせいぜいが性格だけで十分だった。

 

 彼にとって大事なことは、勝つこと。そして、オールマイトをも超えるナンバーワンヒーローになること。

 

 だからこそ、

 

「テメェら……! 話し合う気がねェなら俺ァ帰るぞ……!」

 

 彼は両手を軽く爆破させて、周囲を威嚇する。

 話の腰を折るな。そんなことをしている暇はない。言外にそう示すかのように。

 

「お……オォ! そうだな! よっしゃ、そんじゃ一回戦から順番にやってこうぜ!」

 

 そんな爆豪に、ひるむことなく応じながらも自然と司会を始めた同級生……切島鋭児郎。

 こいつはマシかと思いながら、やっと進んだ話に爆豪は鼻を鳴らす。どかりと机に腰を下ろし、ふてぶてしく構える姿に飯田天哉がいちいちうるさいが、それもどうでもよかった。

 

「つっても一回戦の問題って、爆豪の独断専行以外になんかあったっけ?」

 

 まあ、それも上鳴電気の言葉に吹き飛ぶのだが。

 

 そんな吼える幼馴染の姿をちらりと眺めた緑谷の表情は、どことなく爆豪と似ていた。上を目指す気概という点で。

 

「いや、僕も問題だらけだったよ……その、かっちゃんが冷静だったら、きっと十回やっても十回負けてたと思うし……」

「そう? 緑谷いい感じだったじゃん」

「そうそう、爆豪の攻撃ちゃんと凌いでたしすごかった!」

「チッ……!」

 

 どこにいようが聞こえるレベルの舌打ちに一瞬怯えながらも、緑谷は苦笑をクラスメイトに向ける。

 

「い、いやでも、そのあとの行動は全部まずかったからさ……」

「最後の一撃、どう見てもやりすぎでしたものね」

「ケロ。一歩間違えたら、お茶子ちゃんや被身子ちゃん、あるいは核爆弾に直撃していた可能性だってあったわ」

「そうなんよね……八百万さんの指摘聞いて、単純にMVP取れたし勝ててよかったなんて喜んでる場合と違ったなって思った……」

「僕もだよ……一応、使いこなせてなかった”個性”の解決の糸口は見えたんだけど……」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべる緑谷。

 

 だが周りの面々は、それよりも彼の発言に反応した。

 

「出久くん、糸口が見えたって本当です?」

「マジか! やるなー緑谷!」

「い、いや、これも増栄さんのおかげなんだけどね。昨日保健室で、”個性”を使うときのイメージとか、ちょっとアドバイスもらって……その通りに今日やってみたら、うまくいきそうだったんだ。まだダメだったけど、いけそうだ、って思って……」

「よかったじゃないか緑谷くん!」

 

 周りからたくさんの祝福が寄せられることに慣れておらず、緑谷は目を白黒させながらはにかむ。

 爆豪だけが、面白くなさそうにそれを眺めていた。

 

 元を正せば幼馴染でありながら、こじれにこじれて歪んだ関係の二人。その関係が今、少しだけ変わろうとしていた。

 




今回は箸休め回+緑谷と爆豪について少し。
ストーリーの進展がほぼないのですが、原作における重要なファクターなので、二人については主人公の影響で変わった部分はなるべく描写したいなぁと思っています。
とはいえタイミングが悪いとできない可能性もあるので、必ずしも触れるわけでもないんですけど。

現時点での変化は

緑谷:
原作より個性周りの成長が早い
原作より負傷の程度が軽い
原作より早くかっちゃんとの関係性について考えが及び始めている

爆豪:
原作より改心がちょっとだけ早い
原作より改心の度合いがちょっとだけ深い
原作よりクラスメイトとの交流回数がちょっとだけ増えた

辺りですかね。
全体的に二人とも原作より進展が早くなってる感じ。
爆豪から緑谷への印象というか、考え方は原作と同じ。今はまだ。

次回予告:
「次の話の出だし部分は百合の瞬間風速が強めだぞ。……ところで、なぜ急に花の話題が……?」
「フッ、おこちゃまにはまだ早ぇ話さ……」
「峰田くん、守備範囲なんですね……」
「あたぼうよ!(いい笑顔でサムズアップ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.不穏な影 上

 反省会は結局、下校時間ぎりぎりまで話が盛り上がってしまい、私たちは追い出されるように学校を出ることになった。

 私が途中で戻り、訓練施設の使用許可などの話を持ち込んだことも話が続いた要因だろう。

 

 それと、私とヒミコが使う謎の力……フォースについて話題に上がったことも大きい。

 まあこれについては迂闊に本当のことを話せないので、カバーストーリーを披露したが。

 

 つまり増幅で超能力を一時的に目覚めさせているのであって、”個性”ではないという話だ。そして概念的なものであるため著しく効率が悪く、永続増幅……すなわち常に使えるようにするには餓死の可能性がある、と締めくくって「じゃあ自分も目覚めさせてくれない?」という話が出ることを事前に防いでおく。

 

 これについては、ヒーロー公安委員会からも「仮に永続化できるのだとしても、世間的にはできないと押し通せ」と指示されていたりする。

 そうでもしなければ私という人間の価値が暴騰するし、”個性”に並ぶ新たな能力が社会に広がることで起こり得る悪影響も考えれば、できると断言するわけにはいかないということなのだろう。

 

 そして私が後天的にフォースユーザーを増やせることを、どうも公安は認識している節がある。少なくとも私を調査していた関係者(フォースで気づいたので、我が家に来たわけではない)は、そういうものだと承知して動いていた。

 どういう情報を元にその答えへ辿り着いたかはわからないが、その上で「仮に永続化できるのだとしても」という言葉を用いているのだ。つまりあちらとしては積極的にかばいはしないが、その分私がよほどのことをしない限りは、フォースに関しては黙認するというスタンスなのだろう。

 

 まあジェダイを復興したい身としては、この指示がいずれ面倒なことになってくる予感が既にあるのだが……しかし現段階で、子供の私にできることは限られている。社会的に一人前とみなされるまでは、従っておくべきであろうと考えている。

 

 ちなみにヒミコについては、公安もいまだに把握していない。あくまで”個性”である変身の範疇ということにしてごまかしている。つまり、あの能力は身体の一部だけを私に変身させることで強引に使っているのだ、という風にだ。

 そして今のところ、部分変身は私を対象としたときしかできず、それも目で見てわかるレベルには達していないということになっている。クラスメイトにもそう説明した。

 

 私などはこの話自体だいぶ強引だと思うのだが、”個性”が元来なんでもありだからか、特にクラスメイトからはまったく疑問に思われずに済んだ。言い出した私が言うのもなんだが、少し釈然としないものがある。

 

 ともあれ、そんな調子で会話が盛り上がったのは事実だ。これなら最初からどこかの飲食店か、あるいは私たちの下宿先でやったほうがよかったかもしれない。

 

 そして明くる日。授業後の吸血だけでは足りなかったのか、昨夜はヒミコからいつもよりかなり長く求められたので、少々気だるい朝である。

 

「事情は理解するが、君はもう少し加減というものをだな……」

「あは、気分が盛り上がっちゃって、つい」

「ついではない。まったくもう……おかげでシーツのクリーニングで余計にお金がかかるじゃないか」

「そう言うコトちゃんだって……昨日は遂に私のことチウチウしてくれたじゃないですか。うふふ、すごかったです……幸せすぎて死ぬかと思っちゃった♡」

「いや。いや違うぞ。その、あれはそういうつもりではなく……そう、終わろうとしない君をとめたくてだな……って、聞いていない……。というか落ち着けヒミコ、その顔は夜まで取っておきたまえ」

 

 などと話しながら、登校する私たち。

 

 だが校門が見えるところまで来たところで、顔をしかめることになる。

 なぜなら、そこには大量の報道陣が待ち構えていたからだ。校門前を埋め尽くす勢いで、立錐の余地もない。

 

 聞こえてくる声から察するに、オールマイトについて聞きたいようだが……公道を占拠するやり方は感心しないな。それに、アポイントメントを取っていれば学校側もそれ相応の対応をするだろうに。彼らが一体何をしたいのか、はなはだ疑問だ。

 

「あ、生徒の方ですね! オールマイトの授業などについて、お話を聞きたいのですが!」

「あなたたちは私たちに何も聞かない、近づかない」

「……私たちは、あなたたちに何も聞きません、近づきません……」

 

 だがそうして近づいてきた何人もの報道陣に、ヒミコが迷うことなくマインド・トリックをかけたのには驚いた。

 彼女はそのまま流れ作業のように他の報道陣を籠絡していき、最終的には人垣を割って道を開かせそこを悠々と通っていった。もちろん、私の手を引きながらだ。

 

「……ヒミコ」

「あんなのは無視しちゃえばいいんですよ。それに、ますたぁも言ってました。大事なのは使いどころを見極めることだって」

「無視にしたってやり方というものがあるだろう……! フォースはもっと慎みを持ってだな……」

「コトちゃんは真面目ですねぇ」

「これに関しては君たちのほうが異端なんだからな!?」

「やだなぁ、今この星にフォースユーザーは私とコトちゃんしかいないじゃないですか。割合は半々です」

「ぐ……、それは、確かにそうなのだが……」

「それに、ジェダイって1000年以上前に滅んでるんでしょ? じゃあ、細かいルールなんてどうでもよくないです?」

 

 彼女の言うことには一理ある。既に影も形もない組織の定めていた規則など、現代でどれほどの意味を持とうかという話だ。

 しかし私の最終目標は、ジェダイの復興である。だからこそ、私の一挙手一投足がジェダイの規範となり得る。私はそこを考えて行動しなければならないのだ。

 

 ……そう言えば、アナキンやヒミコは「まったく同じ形に復興する必要はない」と返してくるのだが。

 言わんとしていることは私もわかるのだが、しかしやはり、どうにも私の魂に染み付いたジェダイの教えは、変えたくないのである。

 

 ……とりあえず誰かに見られる前に報道陣はそっと正気に戻しておいたが、本当こういうことはあまりほいほいやらないでもらいたいものだ。フォースは社会では認知されていない上に、ヒミコが扱う場合は色々と説明が面倒なのだから。

 

***

 

「急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」

 

 朝のホームルームで、マスター・イレイザーヘッドが宣言する。同時に生徒たちがどっと沸いた。みんな、よほど学級委員長をやりたいようだ。

 ほぼ全員が挙手して騒がしくなる中、イイダが多数決で決めるべきだと言い出し、マスターが「時間内に決めりゃなんでもいい」と返したことで、投票が始まった。

 

「私は”個性”の都合上、マスター・リカバリーガールとの接点が多い保健委員をやりたいので、委員長には立候補しない」

「トガも興味ないので、票はいらないです」

 

 と、私たち二人は早々に辞退させてもらったが。

 ならば誰を推すべきか、である。

 

 私としてはこの状況に誘導したイイダか、昨日の訓練で見事な作戦勝ちに持ち込んだヤオヨロズのどちらかというところだ。

 しかしヒミコは間違いなく私と同じ人間に入れようとするだろうから、私が入れた先は二票がほぼ確定する。それは人数が極めて少ないとはいえ、選挙をないがしろにする行為だ。

 

 なのでフォースを全力で用いて、ヒミコからの探りを防ぎながら票を投じた。彼女もフォースを全力で用いて、私の内心を探りに来たからおあいこである。むしろフォースの訓練になったと思う。

 これで入れた先が被ったなら、それはもうどうしようもなかろう。

 

 で、結果だが。

 

 ミドリヤとヤオヨロズが三票を獲得し、他の立候補者は全員一票ずつとなった。

 委員長と副委員長はじゃんけんでということになり、ミドリヤが委員長、ヤオヨロズが副委員長という運びに。

 

 まあ、その委員長がものすごく及び腰になっているので、私は辞退したほうがいいのではないかとも思うが。あれほど腰が引けるなら、なぜ彼は立候補したのだろうか……。

 

「ヤオモモ惜しかったねー」

「ねー。私、百ちゃんに入れたんですけど」

「じゃんけんですもの、仕方ありませんわ」

「いやどうかな、見てから勝ち手を出せるような”個性”があってもウチは驚かないけどね」

 

 昼食、食堂にて。

 

 今日はヤオヨロズら女性陣と一緒である。彼女がこの手の食堂を利用したことがないというので、案内と先日の演習中の謝礼を兼ねてだったのだが、他の面々がそれに便乗してきた形だ。

 ただし、ウララカはミドリヤたちと一緒なので不在である。

 

「あとの一票誰かな? もしかして増栄ちゃん?」

 

 ハガクレが首を傾げながらこちらを見たが、残念ながら私ではない。

 

「いや、私はイイダに入れたから違うな」

 

 今日の午後のヒーロー基礎学は座学という予感があるので、食事量は控えめだ。おかげで普通に受け答えをする余裕がある。

 それでもサラダと丼と定食とうどんとラーメンが一つずつ、並んでいるのだが。

 

「じゃー男子の誰かかー。うーん……わかんないや!」

 

 私の返答を受けたハガクレは考え込むそぶりを見せたが、すぐに考えることをやめた。なんともあっけらかんとした娘だな。

 アシドも同じようなリアクション。似たもの同士で、気が合ってそうだ。

 

「まあ、あまり考えても仕方のないことですし、副委員長の職務をがんばりますわ」

「そうね、それでいいと思うわよ」

 

 けろ、と鳴いてツユちゃんが締めくくった。

 

 その後はやはり私の食事に関する話になったが、そこで女性陣の注目を集めたものは、私の”個性”についてであった。

 

 私の身体は小さい。彼女たちより若いことを差し引いても、小さい。その私が、なぜ”個性”もなしに高い身体能力を発揮できているのか、という問いが出てきたのだ。

 これについては昨日の反省会で少し触れたが、時間が足りなかったので改めて説明しておこう。

 

「私の身体能力は、私という存在の体力やら脚力、腕力などの身体能力そのものを永続増幅した結果だ。これにより、身体つきはそのままに、高いパフォーマンスを発揮できるようになっているのだよ。細かい理屈は私にも謎だが」

 

 もちろんそれだけではなくフォースがあるのだが、表向きはそういうことにしている。実際、間違いではない。

 

 ただ年齢的に、下手に身体機能を増幅して間違いが起きても困る。だからこれについては骨や筋肉の密度といった科学に基づく具体的なものではなく、あくまで脚力や腕力と言った概念的な身体能力だけに留めて永続増幅している。このため、私は本当に見た目通りの体重だ。

 概念的な増幅は、以前ミドリヤに言った通り非常に効率が悪いので、ここまで持っていくのに毎回危ういところまで栄養を失っているのだが……まあ、そのときの具体的な私の体調についてはあえて言わずともよかろう。

 

 と、いう話をしたところで、なぜか目の色を変えたのはジローである。彼女は食事を終えた私を手招きすると、こそりと耳打ちしてきた。

 

「その……増栄の増幅ってつまり、身長を伸ばしたりとかも……?」

「可能だ。……もしや、伸ばしたいのか?」

「や、その……そう、とも言うし、そうじゃない、とも言うっていうか……」

「?」

 

 やけに歯切れの悪いジローに、私は首を傾げるしかない。

 そんな私とジローの間に、ヒミコが手刀を入れて話を切ってきた。

 

「コトちゃんはまだわかんなくていいことですよ」

「そ……そうそう、なんていうか、あれだよ。もう少し大人になったらわかるから!」

 

 そうだろうか。私はかつて大人だったことがあるので、わからないことはあまりないはずだが。

 

 ……あ、いや、はっきりとわからないと断言できるものがあったな。

 

「……それはもしや、女性特有のものが関わっている話か?」

「あー……まあ……その……」

「ん……まあ、そんな感じかな……」

 

 なぜかジローだけでなく、ヒミコまで歯切れが悪くなった。

 

 だがこういう反応をするということは、そういうことなのだろうな。かつての私は男だったから、雌性にかかわる話はどうしてもわからない。

 そしてこの手の話は、往々にして二次性徴以降に問題になるものだ。また、生々しくなることもあり得る。

 私の身体にはまだ来ていないから、下手にこの手の話題は踏み込まないほうがいいぞと、そういうわけだな。

 

「よくわからないが、二人の配慮痛み入る」

「あ……う、うん。……ちょ、トガ、これどうしたもんかな? 絶対なんか勘違いしてるでしょ」

「何かあったらそのときは私が間に入るのですよ……」

 

 よくわからないが、ヒミコにもこうして内緒話ができる友人が私以外にできたことは喜ばしいことだな……。

 そう思って、ふっと笑みが漏れたときのことだ。

 

「……! コトちゃん」

「ああ、私も感じた」

 

 フォースから強烈な悪い予感が伝えられ、私とヒミコは同時に椅子を蹴った。

 

「ケロ!?」

「お二人とも急にどうされたのですか?」

「侵入者だ」

「それもかなり悪いの」

『え!?』

 

 私とヒミコの言葉に、みなが驚愕した瞬間である。

 

 食堂はおろか、学校全体にけたたましい警報が鳴り響いた。

 




ちょっと一話の中に情報を盛り込みすぎたかもしれない。
でもこの主人公マジで恋愛スペースキャットなので、自分の言ってることが百合な話ってことに気づいてないんですよ。普通に日常のこと話してるつもりなんですよこいつ。
そのくせ無自覚なまま的確にトガちゃんの胸キュンポイントを撃ち抜き続けてる。地雷原でタップダンスするより難しいはずなんですけどねぇ。

え、峰田?
今回の百合シーンは帰宅後の夜のことなので、彼の出番は次回予告だけです。すまんな!
峰田のキャラ性はあの作品では無二なので、百合の間に挟まらない程度に絡めていく予定はあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.不穏な影 下

「うわっ!?」

「警報!?」

《セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください》

 

 そして続いたアナウンスに、騒然となっていた場がさらに騒然となり、食堂内の人間が一気に外へ向けて出入り口に殺到し始めた。

 

「セキュリティ3ってなにー!?」

「確か、校舎内に何者かが侵入してきたときのアナウンスだったかと……!」

「マジ!? でもこれ……!」

「ええ……これじゃあ避難も何もあったものじゃないわ」

 

 一方、クラスメイトたちは立ち上がりはしたものの、状況を把握しようとしている。さすがにヒーロー科だ。周りの生徒たちは深く考えもせず動き、結果罵声や悲鳴を飛ばしながら押し合いへし合いをしているのだが。

 

 いかんな……このままだとパニックがどんどん伝播して、怪我人が出るぞ。下手したら死者まで出かねない。

 

 そう、思ったときである。人の波の中から、突如としてイイダが空中に舞い上がった。落ちる気配がないことから、ウララカの”個性”を受けたのだろう。

 彼はそのまま”個性”である脚部のエンジンをふかすと、猛烈な勢いで空中を横切り出入口上の壁にべしゃりとへばりつく。

 

「大丈ーー夫!!」

 

 そしてあらん限りの大声で、食堂全体に向けて語り掛けた。

 

「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません! 大丈ー夫!」

「マスコミ……!?」

「あ、ホントだ! 見てあれ!」

「うわっ、すごい数のカメラだ!」

 

 イイダの言葉が呼び水となり、少しずつこの場から混乱が引いていく。

 

 そしてハガクレの示したほうを見て見れば確かに、学校の敷地内にまで大量の報道陣が押しかけてきている。マスター・イレイザーヘッドとマスター・プレゼントマイクが対応に当たっているようだが……だいぶ持て余しているようだな。

 無理もない。というか、これは不法侵入そのものだろう。現行犯で逮捕してしまっていいのではないか?

 

 ……いや、問題はそこではないな。

 あれらマスメディアからは、一般人程度にしか暗黒面の気配はしない。先ほど感じた嫌な予感と合致しない。

 

 何より、だ。

 

「……マスコミ? ほんとに?」

「……君に賛成だ。あれとは別に、強い暗黒面の気配を感じる。彼らとは違う何かが校内にいるぞ」

「だよね。……ねえ、コトちゃん……」

「ああ。気づいているのは恐らく私たちだけ……ならば、多少の危険は冒してでも行くべきだろう。ここは任せていいか?」

「……ですよね。コトちゃんはそういう人なのです。だから大好きなんですけどね。……うん、任せてください。それと、気をつけてね。フォースと共に」

「ああ、ありがとう。フォースと共に」

 

 そしていまだ完全には落ち着いていない食堂の中を、私は矮躯を活かしてすり抜けていく。

 

「あら? 理波ちゃん?」

「危ないから、梅雨ちゃんたちはこのままここにいたほうがいいのです」

「え……?」

 

 そんな会話を背中に聞きながら食堂を離れた私は、フォースが伝えてくる情報に従って職員室へ向かっていた。

 だが闇の気配は、近づけば近づくほどだんだんと強くなっていく。終いには、職員室周辺は完全に暗黒面の帳に包まれていた。

 

 しかもそれは、ヒミコが放つものより数段濃い。純然たる悪意の塊が、そこにあるように見えた。ジェダイであっても近づくことを躊躇するレベルである。

 一度これ以上の暗黒面を……前世ではあるが実際に対峙していなかったら、私もここで動けなくなっていただろうな……。

 

 ともあれ私は覚悟を決めると、フォース・クローク(フォースで全身を覆い、姿を隠す技。極めたものは透明も同然となれる)を纏って気配を消し、こっそり職員室を覗き込む。すると、そこには……。

 

「……これか」

 

 白髪の男が、うっそりと佇んでいた。一見すると、まだかなり若い。背丈は少なくとも百七十はあるだろうか。

 しかしその表情はほとんどわからない。なぜなら、顔に手を模したと思われる飾り? を取りつけているからだ。よくわからないセンスだ。

 ただ、その隙間から漏れる眼光は、危険な色に満ちている。態度以上にその目が、射竦めたものすべてを破壊すると口よりもなお雄弁に語っている。

 

 あれは、危険だ。即座にそう認識し、意識が非常時へと完全に切り替わる。

 

 とはいえ、今の私は学生の身だ。ヒーロー科であっても、授業以外での”個性”使用は原則禁止されている。その規則を破るわけにはいかない。

 またジェダイとしても、いきなり武力に訴えるやり方は望ましくない。それは基本的に最後の手段だ。

 

 ならば今の私に何ができるかと言えば……情報を集め、証拠を残すことであろう。もちろん、戦闘に発展する可能性は十分あるから、備えは怠らずに。

 

 そう決めた私は、懐から携帯端末を取り出して謎の男をカメラで動画に収める。

 彼が何をしているのか、何が目的かは現状わからないが、この星には「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言った偉人がいる。私も同感だ。相手を知ることは、正確な情報を集めることは、とても大きな意味がある。

 

「よし。黒霧」

 

 その男が懐に何か書類を収めながら、虚空に向けて声を発した。

 すると次の瞬間、男の背後に黒いもやがどこからともなく現れた。()()()()()()見えるその黒いもやから、人型の何かが顔を出す。あれも男のようだ。

 

 だが……あれはなんだ? あれは、()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()

 ()()()()()()()! あまつさえ、会話まで! 一体なんだと言うのだ!?

 

 い、いや……お……落ち着け。心を乱すな。フォース・クロークが消えてしまう。強引にでもいい、落ち着くんだ……!

 

「帰ろう」

「わかりました」

 

 私が動揺し、自らを必死に律している間に彼らはそれだけの短いやり取りを済ませ、同時に黒い靄が収束し始める。二人の男の身体が飲み込まれ、どんどん縮んでいく。

 やがて黒いもやが消えたとき、そこにはもう誰も残っていなかった。

 

 私はその状態で、しばし警戒と撮影を続けていた……が、彼方からイレイザーヘッドとプレゼントマイクの会話が聞こえてきたのに合わせて、フォース・クロークを解除する。

 警戒も緩やかに解除したが……あり得ないものを見た衝撃はしっかりと残っていて、呼吸が少し乱れていた。

 

「……増栄? こんなところで何してる」

「……マスター・イレイザーヘッド。侵入者です」

 

 そして怪訝な顔で私を聞きとがめたイレイザーヘッドに、私はつい今しがたまで撮影していた携帯端末を差し出した。

 

 瞬間、彼の表情がさっと変わる。いつもの気だるげなものとは正反対の、精悍かつ凛々しいものにだ。

 

「戦ったのか」

「いいえ。無許可での”個性”行使も戦闘行為も、問題と判断し隠形と撮影に専念しました」

 

 まあ、そのためにフォースは使ったが……。フォースは”個性”ではないから、大目に見てもらいたい。

 

「……よくやった。悪いがこいつは一旦預からせてもらうぞ」

「もちろんです」

「教室に戻ってろ。それと、このことは誰にも言うな」

「もちろんです……が、一つ。映像からは恐らくわからない、私の所感を。映っている男のうち……靄の男のほう。生命を感じませんでした。ですが動いていました。それが何によるものか、私にはわかりませんが……何か恐ろしいものということは間違いないかと思います」

「……わかった。そこも含めて一度話し合う。他に報告は?」

「はい、ありません。では、失礼いたします」

 

 ぺこりと頭を下げて、職員室を後にする。

 

 だが、フォースが私に告げている。()()()()()()()()()()()()

 ざわざわと、嫌な感覚が全身をなめている。これは悪いフォース・ヴィジョンを見たときに似ている。

 何かが起こる。危機が迫ってきている。それが何かはわからないが、間違いなく。

 

 どうすべきだ。どう対処すべきだ。どう備えるべきだ。

 私は何を……。

 

『今を疎かにするな、コトハ』

「……!」

 

 廊下の曲がり角から急に現れた霊体に、思わず一瞬身体が硬直した。家ではともかく、学校では自重していて今まで姿を見せなかったのだが。

 

『未来のことに拘泥するな。考えすぎると逆効果だぞ』

 

 その彼が、いつにも増して真面目な顔と声でそう言った。

 

「アナキン……」

『ジェダイはとかく未来のことを重視したがる。先のことがわかれば対処はたやすいと言わんばかりに、それだけを見ようとする。ろくに見えもしないくせに。そんなだからジェダイは滅んだんだ。そんな不確かなものにすがるより、今この瞬間目の前で起こっている問題に向き合うべきだったのに』

 

 のろのろと歩みを再開した私の隣に並んで、アナキンが語り始める。

 

『それに、物事ってのは起こるべくして起こる。なるようにしかならないよ。だがそれは、決められた運命には逆らえないってことじゃない。だから人間は、そんなものクソくらえだと抗うのさ。本来未来っていうのは、そういう勇気が作っていくものなんだ』

「勇気……」

『もちろん、蛮勇と勇気をはき違えてはいけないぞ。まず必要なことは、今自分にできること、できないことを見極めること。そしてそのために必要なものが何か、君ならわかるな?』

 

 アナキンの問いに、私はこくりと頷く。

 

 冷静たれ。心をざわめかせてはいけない。それはジェダイの根幹となる教えの一つだ。そこから正しい解決を導くことこそ、ジェダイのあるべき姿である。

 

「……だが。今の私にできることなど、多くはない」

『そりゃあ、今の君は学生でしかないからな。しかしだからこそ、そんな状態でまだ起きてもいない未来のことをあれこれ考えたところで、心身を疲弊させるだけだ』

「それは……その通りだ……」

『落ち着いたかな? さて、では問おう。そんな中でも君にできることは?』

「……もし事件が起こったとき。そこに居合わせたとき。人々を助けるために戦うこと。そのための力を蓄えること……だ」

『よろしい。……僕はもう死人だ。そういうときに手を貸すことはできない。できるが、控えるべきだ。だが、鍛錬になら付き合ってやる。いくらでもな』

「……ありがとう、アナキン。頼りにしている」

 

 私の言葉にフッと笑って応えると、アナキンの姿は虚空に溶けて消えた。

 

 ……そうだな。考えすぎはよくない。今自分にできることに精を出すべきだろう。

 

 ここは日本最高峰の教育機関だ。それもヒーローが教職を務める。

 ならば、警戒や対策は彼らに任せるべきだ。先ほど私がそうしたように。

 

 だが万が一のときは……。

 

 ぱむ、と両の頬を叩く。いざというときのために、もっと強くならねばな。今よりもなお、かつてのアナキンを超えるくらい、強く。

 

 そう決意を新たに、私は教室へ戻ったのだった。

 

 ……なおその後、ミドリヤが委員長をイイダに譲るという顛末があったが、これについては割愛させていただきたく思う。

 




ジェダイに足りなかったのは瞬瞬必生の精神だと思うんですよね。
SW世界にディケイドを放り込んだら、通りすがりにめっちゃいい感じに説教してくれると思ってる。
誰かやってくれないかなぁ(チラッ

なお本作の本筋はあくまでヒロアカなので、物語がそのストーリーライン上にある限りアナキンの出番も多くはならないと思われます。
アナキン自身も、本人が言う通り基本的に今生きている人たちに関わりすぎないようにしているので、余計に。
一応、セリフの引用であったり行動の一端とかは主人公が言及する予定はありますが、アナキン本人が出てくる機会は今後EP1ほど多くはならないでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.USJ事件 1

あらすじを修正しつつ、タグを整理しました。
俺は今後堂々とヤンデレお姉さんとTSロリのイチャイチャがメインテーマだと言い張るぞ!!


「今日のヒーロー基礎学だが……オールマイト抜きで俺と別の教師で見ることになった」

 

 数日が経って、水曜日。午後のヒーロー基礎学開始前に、マスター・イレイザーヘッドが淡々と宣言した。

 

 マスター・オールマイトが外れる……? 何かあったのだろうか。

 可能性としては、先日の侵入者への対策で、ということかな? これが検挙のために不在であればいいのだが……そんな都合のいい話はないだろうなぁ。

 

 一方、オールマイトがいないことにクラスメイトから落胆の声も上がるが、イレイザーヘッドはいつものにらみでこれを鎮める。

 

「訓練場は少し離れたところにあるから、バスに乗っていく。以上、準備開始」

 

 離れたところ……つまり、即座に応援が来れない場所ということか。ということは、より警戒しておいたほうがよさそうだな。

 念のため、出発前にヒミコにも私の血を補給させておこう。何もなければいいが、万が一のときは増幅の使い手を増やせることはかなり大きいからな。

 まあ、何もないならそれでいい。ヒミコが私を吸えて満足するだけの話だ。

 

 それとコスチュームは自由とのことだったが、ジェダイ装束は着ていく。現状、ライトセーバーはコスチュームの一部……つまりサポートアイテムということになっている(これも世間的には父上の発明品ということになっている)ので、着ていかないと使えないのだ。警戒する上でセーバーは不可欠だしな。まあ、これを着ていると落ち着くという理由も否定はできないが。

 

 ……なお、今日の授業内容は救助訓練とのこと。個人的には、戦闘訓練よりもこちらのほうが興味深い。共和国とは技術力に大きな差がある星だから、この星の技術レベルでどういうことをするのか、できるのか、知っておきたい。

 

 それで移動のバスであるが、

 

「そうやってるの見ると増栄も年相応だよな」

「わかるぅー」

 

 私を膝に乗せ、後ろから抱きすくめて満足げなヒミコを見てのセロの言葉に、ハガクレがうんうんと頷いている。

 

「ヒミコがやりたいというからやっているだけで、私自身が望んでのことではないのだが」

「ダメですよ瀬呂くん。コトちゃんを抱っこするのは私の特権なので」

「いや、俺がやったら通報される絵面になりかねないからやらないぞ?」

「女児誘拐犯」

「やらないぞ!?」

 

 トコヤミが横からポツリと口を挟んだが、あれはもしやセロをからかったのだろうか?

 

「アリ寄りのアリ」

「何がだ……?」

「今……オイラは頭ではなく魂で理解したぜ……『尊い』って感情をよ……」

「日本語を理解できないと思ったのは何年ぶりだろう……」

 

 そしてミネタには、なぜか菩薩のような笑顔で親指をぐっと立てられた。彼の思考はたまにとてつもなく読めないときがあり、今がまさにそういう感じなのだが、つくづく不思議な少年である。ヒミコはわかっているのだろうか?

 

 と、話している私たちとは別のところで、ミドリヤの気配が激しく乱れた。

 思わずそちらに目を向けると、何やらツユちゃんに指摘されたようでものすごく焦っている。

 その後の会話から察するに、彼の”個性”がオールマイトと似ているという話だったようだが。

 

「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」

「んだとコラ出すわ!!」

「ホラ」

 

 そこで彼らの話題が後部座席にも飛んできた。話を振られたバクゴーが、周りから茶化されて吠えている。彼の隣に座らざるを得なかったジローが迷惑そうだ。

 ちなみにトドロキはバクゴーの後ろで寝ている。よく寝られるな。

 

 対してバスの最後尾を陣取っている私は、そんなトドロキの頭上を通り越して、バクゴーに思わず口をはさんだ。

 

「しかしだ。君の攻撃的な態度は、今日のような救助の場ではご法度だと思うが」

「知っとるわボケァ!!」

「言いそうなんよなぁ……」

「同感ですわね……」

「ア゛ァ゛ンン!?」

「ひえっ」

 

 ウララカたちにも飛び火したらしい。まるで狂犬だ。

 

 すると私の上で、ヒミコがうんうんと頷いた。思考が漏れたらしい。

 

「だが実際問題、被災者にもそのような物騒な物言いを自然としてしまうようでは、免許は絶対に取れないと思うぞ。……そうでしょう、マスター・イレイザーヘッド?」

 

 バクゴーの視線が恐ろしいまでに釣り上がり、私を射殺さんとばかりの視線を向けてきたので、無視を決め込んでいるところ申し訳ないが、マスターに話を投げることにする。

 そしてああ見えて光明面の住人であるマスターは、こういう真面目な話は存外無視しない。案の定、彼は面倒そうな態度ながら、ぼそりとつぶやくように答えた。

 

「そうだな。俺が試験官なら即落とす」

「ぐ……!」

 

 彼の返答にバクゴーが詰まったところで、車内の起きている生徒全員の視線が集中した。

 その視線の意味するところは一致しており、今このクラスはほぼ完全に団結していた。

 

「ホラな?」

 

 代表するかのように、カミナリがにやつきながら言った。

 その言葉に、バクゴーの癇癪が爆発しなかったのは褒めていいのか悪いのか。

 

 ただ、それでもなおカミナリやセロを始め、キリシマと言った男子たちからあれこれからかわれていたので、どちらに転んでもバクゴーには面倒であったろうなぁ。

 

「お前らもうそろそろ着くからいい加減にしとけよ……」

 

 そんな喧騒を、マスターは”個性”を含めたひと睨みで黙らせるのだった。

 

***

 

 到着した場所は、大きなドーム状の建物だった。案内されるままに中に入れば、いくつかに区分けされた空間が。それぞれには倒壊したビル群であったり、土砂崩れ直後と思しき小山があったり、大きな池の中にぽつりと船が浮いていたりしていた。

 

 なるほど、それぞれの場所が特定の災害なり事故なりを再現しているのだな。そこでそれぞれの状況に応じた訓練をするのだろう。

 

「すっげーー! USJかよ!?」

 

 と、そこでそんな言葉が聞こえたが、よくわからないので首を傾げる私である。

 

「ゆーえすじぇーとは?」

「遊園地ですよ。時間ができたら今度一緒に行こうねぇ」

「……なるほど、私には縁のない場所のようだ」

 

 ヒミコの説明にそう返したら、周りの生徒からなぜかかわいそうなものを見るような目で見られた。

 

「え……っ、増栄ちゃんUSJ知らないの……?」

「物心ついたときからずっと鍛錬している。その手の娯楽施設で遊んでいる暇はないのだ」

 

 アシドの問いに素直にそう答えたところ、より一層かわいそうなものを見るような目で見られた。解せない。

 

 ……ああいや、バクゴーだけは妙に納得したような顔だな。どうやら彼は理解があるらしい。やはり向上心の強い少年だ。その点は好ましいぞ。

 

「注目」

 

 そこでまた、イレイザーヘッドの声と強い視線。瞬間、騒がしかった生徒たちがぴたりと静まり返り、彼に視線を向けた。順調に調教されているなぁ。

 

「そんじゃ、早速授業を始める。その前に紹介。本日俺とともにお前たちの指導に当たる、13号だ」

 

 とここでイレイザーヘッドに示されたのは、この星で言う宇宙服のような格好をした女性だった。素顔もまったく見えないので、フォース伝いの感覚頼りだが。

 

 とほぼ同時に、ミドリヤが嬉しそうに声を上げた。

 

「スペースヒーロー13号だ! 災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

 

 端的でわかりやすい説明に、周りからへえ、などと声が漏れる。

 一方、ウララカはファンのようで、目に見えてテンションを上げていた。

 

 対する13号は、そのユニークな名前と見た目になかなか似つかわしい、しかし機械を通した声で話し始める。

 

 自分の”個性”は簡単に人を殺せる力だ、と。

 そして君たちの中にもそういう力の持ち主もいるだろう、と。

 

 そう語られた瞬間、場の空気が目に見えて変わった。緊張感が走り、直前までの浮ついた雰囲気は消えていた。この意識の切り替えの早さは、子供ながら見事だ。

 

 ……ああいや、ヒミコだけは話半分といった様子だが。器用にそれを表に出さないで殊勝な顔をしている。除籍されても知らないぞ。

 

「超人社会は”個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えると簡単に人を殺せる”行きすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないでください」

 

 彼女は続ける。その言葉には、納得しかない。私が常々カルチャーギャップを受けている、まさにその根幹である。

 惑星人口の八割がフォースユーザーであっても、こうはならないだろうという現状。それを生み出す”個性”という存在の、なんと恐ろしいことか。

 

 だが、もはやこの星はそのように進化してしまったのだ。今さらなかったことにはできないだろう。

 であれば、その中でいかに生きていくかを考えねばならない。……それを深く考える人間が、あまりに少ないことも問題ではあるが。

 

 少なくとも、この学校に勤める教師陣は、そうした現状を正しく認識しているようだ。考えられる人間がいるなら、まだこの星の未来は閉ざされてはいないのだろう。

 

「君たちの力は、人を傷つけるためにあるのではない。救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 

 そしてご静聴ありがとうございましたと締めくくり、13号は深々と頭を下げた。

 見事な演説であった。私はもちろん、周りからも拍手が巻き起こる。この賑やかな様子を即座に打ち切ろうとしない辺り、イレイザーヘッドも13号の言葉をかみしめる時間は必要という判断なのだろうな。

 

 そうして数秒して、緩やかにみなが落ち着いていくさなか。私は強烈な違和感を覚えて、ドーム内の中央部分付近に目を向けた。

 

 何もない。噴水の音がするだけだ。()()()()

 

「コトちゃん……!」

「ああ。……マスター・イレイザーヘッド! 侵入者が来ます!」

「は?」

 

 周りが私に奇異なものを見る目を向けてくるが、それに構っている暇はない。悪意が膨らみ続けている。破壊に満ちた邪悪な悪意が。

 

 噴水付近で臨界点を迎え、弾けた。

 

「……!」

 

 私が示した先に顔を向けていたイレイザーヘッドの顔が強張る。

 

 ぞわり、と。

 黒い靄があふれ出し、大きくなっていく。

 

 そこから、おぞましい手の飾りを身体のあちこちにつけた男が、ずるりと現れた。

 

 あれは……間違いない。先日校舎内に侵入していた男と、それを転移させた正体不明の靄の何者かだ。正確な目的は不明だが、遂に仕掛けてきたようだな。

 

 だが、現れたのは彼らだけではなかった。十メートル近くもの大きさに拡大した黒い靄からは、さらに大勢の人間が次々と出現してくる。それも数えることが億劫になるほどの人数だ。どうやら連中は、しっかり数を揃えてやってきたらしい。

 あの靄、あんなに大勢が通るゲートを展開できたのか。厄介にもほどがある。

 

「あれは……またか。あんなものが二体も……どうなっているんだこの星は……!」

 

 だが現れた中の一人。全身が真っ黒で、脳がむき出しになった巨漢に私は視線を奪われた。

 悪い意味で。なんだあれは、あのおぞましい存在は。黒い靄の男もそうだったが……あれもフォースが感じられない。

 

 何より、あの巨漢は靄の男以上に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!

 

 そんなもの、あっていいはずがない。そんなことは、あっていいはずがない! それは生命とフォースに対する冒涜だ!!

 

「全員一塊になって動くな! 13号! 生徒を守れ!」

 

 私の思考を切り裂くように、イレイザーヘッドの声が響く。常の彼からは考えられぬ、硬い声と表情だった。

 

 その声に、私は意識を引き戻す。そうだ、こういう日が来てもいいように、私は鍛えてきたのだ。侵入者があってから日は経っていないが、できる限り実践的にやってきた。

 使う機会が来ないことが一番だが……あの人数だ。教師二人が共にプロヒーローとはいえ、相手取るのは難しいかもしれない。

 

 であれば……そう覚悟を決めた私をよそに、キリシマが緊張感のない声を上げた。

 

「なんだありゃ? また入試んときみたいなもう始まってんぞパターン?」

 

 だが彼以外も、おおむねそういった反応だった。

 さすがのヒーロー科といえど、やはりまだ彼らは子供だ。抜き身の悪意に対する感覚が鈍い。こればかりは経験しなければわからないことだから、仕方ないが……この状況では守る立場の教師陣はやりづらいだろうな。

 

「動くな! あれは――ヴィランだ!!」

 

 キリシマたちを制し、イレイザーヘッドが前へ出る。ゴーグルを身につけ、首に巻いた捕縛布を展開しながら。彼の戦闘態勢だ。

 

 そんな彼を前に、人間を次々と吐き出し続けていた黒い靄が人の形を取り、口を開いた。

 

「13号に……イレイザーヘッドですか……。先日()()()カリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」

「チッ……あのワープゲート、随分と使い勝手がよさそうだな。まったく面倒な」

 

 イレイザーヘッドが苛立ちを隠すことなく舌打ちをする。

 

 そのタイミングで、手の飾りをつけた男が気だるげに、しかし地の底から這うような暗い声を出した。

 

「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴がいないなんて……」

 

 ここで一旦言葉を切り、彼は天井を仰ぐようにして私たちを見た。そう、生徒たちをだ。

 

「子供を殺せば来るのかな?」

 

 底なしの悪意を向けながら。

 




世間はエイプリルフールですが、章の佳境に入ったのでここからはシリアスのステージです。
というか、せっかくの四月バカだし何かネタでも書こうと思いましたが、すまっしゅの反転ネタしか思いつかなかったので見なかったことにしました。
いやだって、反転させたら「危ない笑い方をする美少年が二メートル超えのガチムチおっさんにかみついて吸血するシーン」を書かないといけないんですよ。
本作はの趣旨はヤンデレお姉さんと恋愛スペースキャットTSロリの百合なので、それは誰も望んでないでしょう? ボクも書きたくないです(正直

そんなことより、ジャンプラのデップーでオールマイトが出てきたことのほうがよっぽど大事件ですよ。
何が問題ってこれ、ヒロアカ世界とToLOVEる世界が同一世界ってことになるんですよ。
するってぇとアレですよ。本作はヒロアカ世界とSW世界は同一世界という建前の上で作ってる二次創作なので、本作の世界においては銀河共和国・・・コルサントとデビルーク星が同じ世界に並立していたということに・・・!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.USJ事件 2

 矢継ぎ早に避難指示を出し、マスター・イレイザーヘッドが敵陣に飛び込んでいく。自ら囮になるためにだ。彼は己を犠牲にしてでも、私たち生徒を助けようとしている。

 ああ、やはりあなたは光明面の人間だ。そのありようはジェダイに通じる。

 

 だがどれほど精神が強靭であろうと、それだけですべてを乗り越えられるほど現実は甘いものではない。

 彼を取り囲んだ大勢の敵は、大立ち回りを演じる彼に気を取られているようだったが……二人、恐らくはこの騒動の主犯と思しき手の男と、黒い靄の男らしきものはしっかり状況を見極めているようだ。

 

 イレイザーヘッドの”個性”「抹消」は、視界に入れたものの”個性”を一時的に使えなくするものだが……効果を継続させるためには目を開き続けなければならない。これは普通不可能なことで、ましてやドライアイである彼にどれほど使い続けられることか。

 実際、彼が”個性”の対象を切り替える……あるいは仕方なしに目を閉じる瞬間はどうしてもある。彼はそのタイミングを、ゴーグルによって悟らせないようにしているが……観察していればいずれわかることだ。

 

 そして、向こうもそれに気づいたのだろう。イレイザーヘッドの間隙を縫い、早くも黒い靄の男が何やら動きを見せた。靄が広がっていく。

 

「……させない」

 

 瞬間、私はフォースを用いてその身体を靄ごと拘束する。

 

 やつは間違いなく、今回の騒動の中でも中心人物だ。主犯かどうかはさておき、あのワープゲートのような”個性”はあまりにも厄介。そういう意味で、中心人物と断言していいだろう。

 そんなやつが動くとなると、どこにどう動くかわかったものではない。生徒を守るものがマスター・13号しかいない現状、不測の事態が起こる可能性は少しでも下げておきたい。

 

「……おい黒霧、何してる」

「そ、れが……身体が……動きません……!」

「は? ……あのチビか。いい”個性”してるなぁ」

 

 問題は、私がそうしているということが傍目からもわかりやすいということか。

 私に目をつけた手の男が、こちらを向きながら首筋をかきむしっている。だが、それで動揺するほど私の経験は浅くない。

 

 いや、他のジェダイに比べれば浅いことは間違いないが、それでも命がけの戦争をしていたのだ。なんなら、アナキンから文字通り殺された経験もある。あれに比べればこの程度、大したことはない。

 

「面倒だな……おいお前ら、あそこのチビ助を撃ち殺せ」

「へい!」

 

 そんな男の指示を受けて、数人が私に向けて手なり腕なりを向けた。言葉から察するに、遠距離攻撃ができる個性の持ち主ということか。

 

 だが私は逃げない。動じることもない。

 

「死ねや!」

「ヒャッハー!!」

 

 それぞれが異なる音を響かせて、攻撃を放った。放たれたものも、爪であったり弾丸であったり水の弾であったり様々だが……共通するのは、それらがすべて、私に届く前の空中でピタリと動きをとめたことだ。

 

「なにィ!?」

「そんなバカな!」

 

 驚く連中と私の間には、ヒミコが立ちはだかっていた。彼女は私をかばう形で立ち、前に両手を突き出している。

 フォースプッシュで、すべての攻撃をとめたのだ。そして、斥力によって動きを止められた攻撃はやがて推進力を失い、今度は斥力によって来た道を引き返すことになる。

 

「うわーーっ!?」

「ギニャーー!!」

「コトちゃんには指一本触れさせないのです」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてヒミコは胸を張った。

 

「ありがとう、ヒミコ」

「どういたしまして」

 

 私の言葉に、彼女は嬉しそうに笑う。

 

「……なんだよ……さすが雄英ってか? ガキでもあんだけやれるとか……ハハッ……すごいね、まったく」

 

 とそこに、手の男の声が割り込んでくる。声の調子に反して、明らかに苛立った声だ。うなじの辺りをかきむしっている。

 彼の周りでは攻撃を跳ね返された連中が七転八倒しているが、そちらには目もくれていない。

 

「こんな序盤で使いたくなかったけど……ま、仕方ないか。エリクサーはちゃんと使うときに使わないとな」

 

 そして彼はそうつぶやくと、傍らで微動だにしていなかった黒い巨漢に顔を向け。

 

脳無(のうむ)、あのガキ二人を殺せ」

 

 そう、命令した。

 

 刹那。

 

「「……ッ!!」」

 

 私とヒミコは強烈な死の予感を伝えられ、同時に散開した。

 

 直後、巨漢が目にも留まらぬ速さでこちらに突っ込んできて、太く逞しい拳を地面に叩きつけ……地面が大きく割れた。

 

「……なんという……破壊力だ……!」

「かわいくないのです……」

 

 着地しながら、その巨体を観察する。

 

 やはり、あれは死体だ。生きていない。だが動いている。先日の一件から今日までの間に、アナキンから超古代のシスやその秘儀について簡単に説明を受けたのだが……そこで聞いた闇の秘術に極めて近しい何かが施されているようにも思える。

 だが、そうしたシスの秘儀はフォースあってこそのはず。フォースが薄いこの星で、そんな技術があるとは思えない。それとも、これも”個性”によるのか……。

 

 いやそれはともかく。何をさておいても、あれをこれ以上暴れさせるわけにはいかない。

 一目見ただけでわかる。あれの一撃は、人間を即死させ得る力が込められている。正面から対抗できるものは、それこそオールマイトくらいのものだろう。

 

「二人とも、何をしているのです! 早く避難を!」

 

 13号が叱責するが、もうそれは不可能だ。

 

「申し訳ありませんマスター・13号。これから逃げ切ることは、恐らく不可能です!」

 

 彼女には目を向けず、私はひたすら巨漢に注意を向け続けている。なぜか突っ込んできてから動く気配がないが、油断はできない。むしろ、逃げようとした瞬間殺される可能性もある。

 

「何を、……くっ!」

 

 そうこうしているうちに、私の拘束から逃れた靄の男が彼女のほうへ移動したらしい。一瞬で場所を変えたそれは、生徒たちに向けて淡々と目的を語る。

 

 平和の象徴を、オールマイトを殺すこと。それが連中の目的なのだという。

 できるかどうかはさておき、ここまで状況を持ち込んだ手腕は認めなければならないだろう。これは間違いなく計画的犯行であり、少なくとも目の前の黒い巨漢の動きを見るに、不可能とも思えない。

 

 そうして靄の男は、生徒を散らして嬲り殺すと宣言して、複数の生徒を自らの靄の中へ取り込んだ。阻止したかったが、目の前の敵から目を離せない以上、それは出来ない相談だった。

 せめて、勇み足を踏んだバクゴーとキリシマをとめられていたら、分散させられることもとめられたかもしれないが……。

 

「そちらの彼女も、ここからはどいてもらいましょうか」

「ひゃっ!?」

「ヒミコ!」

 

 靄の男は最後に、ついでとばかりの口ぶりでヒミコにも靄を向けた。私と同様、巨漢との対峙でいっぱいいっぱいだった彼女にそれを避けることはできず、その姿が黒の中へかき消えていく。

 

「く……っ!」

「コトちゃん! 大丈夫、すぐ戻ってくるから――……」

 

 だが私が手を伸ばそうとした瞬間に、巨漢が殴りかかって来た。とっさにしゃがんで回避するが、そうこうしているうちにヒミコの気配は完全にこの場から消えていた。

 

***

 

 靄の男……黒霧の”個性”によって、入り口付近から飛ばされたトガが送り込まれた先は、土砂ゾーン。文字通り、土砂崩れが再現されたエリアであり、足元は固められていない土ばかりだ。

 そこで彼女が最初に見たものは、今まさに”個性”を解放しようと左手を引いた轟の姿で。

 

「……っ! 轟くん、ストップ! すぐ近くに透ちゃんがいます!」

「……っ!?」

 

 彼を慌ててとめたトガは、すぐさまフォースを駆使して軟着陸。勢いもそのままに、うずくまっていた葉隠の下へ転がっていき、彼女の身体をさらう。

 さらには地面を蹴り、二人で轟からある程度距離を取ったところで、

 

「もういいですよ!」

「……おお」

 

 改めて声を上げれば、次の瞬間土砂ゾーンのほとんどが氷に包まれた。要した時間は極めて短く、いかに轟の”個性”が鍛えられているかがわかろうというもの。

 

 それを見たトガは、感嘆とも呆れとも取れるため息をついた。

 

「……相変わらずすごいねぇ。透ちゃん、大丈夫です?」

「う、うん、おかげ様で……っていうか、トガちゃんよく私のことわかったね?」

 

 一方葉隠は、迷うことなく確保されたことに、少しだけ困惑していた。

 

 彼女は透明人間だ。そういう”個性”なのだ。身に着けている服にまでその効果は及ばないが、今はコスチュームのため目で見てわかる部分は手袋とブーツだけ。ほぼ完全な透明である。

 

 だがそんな葉隠の下へ、トガは一直線に辿り着いた。これほどすぐに見つけられるなど、葉隠にとっては初めての経験だった。

 

「トガ、人よりちょっとだけカンが鋭いんですよ」

 

 ところがトガはそう言って、にまりと笑いかける。

 

「……あれ、ここ擦りむいちゃってますね。ちょっと待ってください……今コトちゃんに変身するので」

 

 あまつさえ、着地に失敗した葉隠が怪我をした箇所に手を当てて、治療しようとする。その箇所は正しく、少し冷たい手で触れられた場所にある怪我の診断もまた、間違いない。

 そんなトガに葉隠は、言葉に詰まって思わずぽかんとトガの顔を見つめてしまう。

 

「なんで……」

 

 かろうじて出た言葉が、これである。あまりにも端的に過ぎて、これではわかるはずもないと内心慌てる葉隠。

 実際トガは質問の意図を読み違え――実際にはフォースで大まかには把握していたが、あえて――葉隠が期待したものとは異なる答えを返してきた。

 

「コトちゃんなら、きっとこうすると思うので」

 

 再びにまりと笑ったトガの心に、迷いはなかった。

 

 本音を言えば、今すぐに理波のところへ全力で戻りたい。この短時間であっても、彼女の存在が隣に感じられないことがトガにはとても寂しかった。だから葉隠の問いかけにも、一番早く話を終えられる答えを探した。

 

 だがトガとて、常に感情に身を任せているわけではない。何より事態が事態であるだけに、少しでも冷静に状況を判断しなければならないという理性が、トガに考えさせたのだ。

 

 もしも今、ここでクラスメイトを放置していったとしたら……理波はどう思うだろうか? と。

 

(そんなことしたらきっと、嫌われちゃうのです……)

 

 そう考えたトガは、己の欲を抑え込んだ。

 

 心のどこかでは、そんなことで理波に嫌われることはない、と断言している自分もいる。それでも可能性がゼロでないなら、そんな可能性は潰しておきたかった。

 だからトガは葉隠を治すのだ。ここに飛ばされた全員が無事戻るために。

 

 ……それはつまり、最初に轟を制して葉隠を助けたことは無意識の行動、ということになるのだが。トガがそれに気づく様子はなかった。

 ともあれ、人助けよりも自分本位なトガの思考が葉隠に伝わることはなく。

 

(トガちゃん、いい子だなぁ……見た目はちょっとだけ怖いけど)

 

 葉隠はトガに対する好感度を、彼女自身が思っているよりも高めに上昇させることとなった。

 

「よーし、これで大丈夫!」

「ありがとー!」

 

 そうしてやるべきことを終えたところで、二人は互いに笑い合う。見る人が見れば、友情の芽生えとでも名づけそうな若者二人の姿がそこにあった。

 

 まあ、両者の内心は微妙にすれ違っているし、周りには氷漬けのチンピラたちがあちらこちらに転がっているので、実態はいささか以上に殺伐としているが。

 

「それで、これからどうしよっか?」

「コトちゃんのところに戻りたいです。ここはもう片付いちゃったみたいですし」

 

 そこで治療を終え元の姿に戻ったトガが、周囲を見渡す。葉隠もそれに続いた。

 

 周りはさながら氷河期の様相である。何十人もいるチンピラはいずれも氷漬けになっており、まったく身動きが取れないでいた。地中に潜んでいる気配などもなく、葉隠のような透明になっている気配も感じられない。

 轟は正真正銘、敵を瞬殺してしまったのだ。

 

「轟くんは……あれって何してるんだろ?」

「尋問かなぁ。たぶんですけど」

「あ、やっぱり?」

 

 二人の視線の先では、轟が氷漬けのチンピラ相手に敵方の秘策を聞き出そうとしていた。

 

「あのオールマイトを殺れるっつう根拠……策ってなんだ?」

 

 彼のその言葉を聞いて、トガは再び考えを改めた。

 

 トガにとって、理波はオールマイト以上の()()のヒーローだ。理波以外のヒーローは、十把一絡げとも言う。

 だがそんな彼女であっても、オールマイトが()()のヒーローであることは疑っていない。さすがの理波と言えど、拳一つで天候を左右するような人間相手では分が悪い。それは間違いないと思っているのだ。

 

 しかし、どうやら敵にはそんなオールマイトを殺す手段がある、らしい。もしも本当にオールマイトを上回る切り札があるとしたら、それは間違いなく理波を脅かすだろう。

 自分が助けに入るだけで、なんとかなるものならいい。けれどもし、何かしら特殊な仕掛けなどがあって、自分の力が大して役に立たないなら……。

 

 そう考えたトガは、ここは情報を集めたほうがきっといい、と判断する。

 

「……轟くん、それ、トガがやってみてもいいですか」

 

 その結果トガは、薄ら笑いを浮かべながら轟の隣に立った。

 

「……何か手があんのか」

「はい、ちょうどいいのが」

 

 頷くトガに、轟はほとんど動くことなく視線だけを向けてきたが……ほどなくしてかすかに頷くとともに、顎をしゃくって促してきた。

 

 彼に促されるまま、トガは前に進み出る。そうして、背後にした轟や葉隠には見えなくなったところで笑みを深めた。

 誰が見ても嫌な予感しかしない、そういう類の笑みだ。彼女に最も近い男の顔が引きつり、その口からか細い悲鳴が漏れた。

 

「こんにちは、お兄さん。私トガです、よろしくねぇ」

「へ、あ、お、おう……よろしく……?」

「ありがとうございます! じゃあやりますね!」

「は!? 今のそういう意味かよ!? 待っ……!」

 

 身動きが取れないままの男の頭に、トガの手が当てられる。ちょうど頭の上半分が覆われた形となり、男の視界は遮られてふさがった。

 

「それで? オールマイトを殺すって、どういうことです?」

「知るか……! 俺は何も……」

「ふぅん?」

 

 問いに答えない男。だが無意味だ。フォースユーザー相手に、黙秘は通じない。対抗できるのは、同じくフォースユーザーだけである。

 トガの脳裏には、既に回答があった。男の心を垣間見て得た答えだ。

 

 マインド・プローブ。平素からフォースユーザーが有している、相手の思考を読み取る能力。それをより強め、深め、記憶や精神に直接踏み込み調べる技だ。

 

 いわゆる精神探査だが、その分繊細な制御が求められる技でもある。ゆえに、加減を気にせず野放図に使うと、心の中に土足で踏み入り荒らす行為に早変わりする。

 そうなったとき苦痛を伴わないはずがなく、場合によっては廃人になってしまうほど危険な技だが……見方を変えればそれは拷問に有用と見ることもできる。記憶を覗き、苦痛も与える。ダークサイダーにとっては一石二鳥であり、実際そのように利用された歴史もあった。

 

 ただ、トガは一応……そう、一応少しだけ、ライトサイドの力も持っている。何より、拷問などは理波が許さない。実際にやろうものなら、きっと嫌われる。

 だから、トガに記憶を掬い取られた男は幸運であったと言えよう。彼は内心を物理的に荒らされる辱めを受けずに済んだのだから。

 

 ……ただ、沈黙して目を細めるという行為をトガがしたので、恐怖に苛まれる結果は残ったが。

 

 トガはその後、数人のチンピラに同様の作業を繰り返した。もちろん、情報の確度を上げるためである。

 

「なんかわかったか」

「はい。さっきここに飛ばされる前、脳みそがむき出しになってる黒くておっきい人がいましたよね?」

「……ああ」

「トガちゃんと増栄ちゃんが襲われたヤツだよね?」

「はい。あれ、脳がないって書いて脳無っていうらしいんですけど――」

 

 ――オールマイトと同じくらいのパンチが打てるらしいですよ。

 

 その言葉を聞いて、その場にいる全員の顔が強張った。

 

 轟たちは、事実だとしたらあまりに恐ろしいその話に。

 周りのチンピラたちは、口を割ってもいないのに情報が抜かれた事実に。

 

「この人たち、それ以外のことはなんにも知らないみたいです。手をいっぱいつけた人……えーと、死柄木弔(しがらき・とむら)くん? って人がリーダーらしいので、詳しくはその人に聞くしかないかなぁ」

「……それがマジなら、もやに巻き込まれなかった連中のほうがやべぇ」

「どどど、どーする!? そんなのがいるんなら、私ら行っても足手まといなんじゃ!?」

「そんでもできることはあるはずだろ。俺は行く」

 

 動揺を隠さない葉隠に対して、轟は覚悟を決めた顔できびすを返した。そのまままっすぐ、このUSJの入り口に足を向ける。

 

 そんな彼の背中を見て、トガは一人「おや」と目を丸くした。彼から感じる気配に、にわかに光明面が見え始めたからだ。

 トガや理波にとって、轟はダークサイダーという認識であった。彼はそれくらい、何かに対して常に憎しみを募らせていた。

 だが、今の彼はむしろ……。

 

「マジ!? 轟くんマジ!? 危ないよ!?」

「無理に来なくていい。お前らは避難しとけ」

「マジかー!?」

 

 そうして轟は、土砂エリアを降りていく。

 その背中を、驚きながら見送るしかない葉隠。

 

「……トガちゃんどーしよー!?」

「? トガも行きますけど」

「マジかぁぁ!?」

 

 そして、トガの返しにオーバーリアクションになる葉隠。

 

「コトちゃんが心配なのです。私がいなくても大丈夫だとは思うけど……でも、それとこれは別なので」

「……短い付き合いだけど、トガちゃんが増栄ちゃん大好きなのはよくわかったよぉ……」

 

 うおおお、と葉隠は頭を抱える。

 

 だが、ほどなくして顔を上げると、覚悟を決めた表情で(もちろん余人には見えないが)両の拳をぐっと握り、気合いを入れて見せた。

 

「……おっけーわかった、私も行く! ……途中まで」

 

 話の流れ的に、三人揃って出撃となりそうなところを外した発言。相手次第では脱力し、あるいはツッコミを入れていただろう。

 

 だが色々な意味でトガは普通ではなく、葉隠の決断に異を唱えることはなかった。

 

「それで、他のみんなを探すよ! 見た感じ、あのもやに巻き込まれたのにここにいない人のが多いみたいだし!」

 

 彼女が後ろ向きではないと、気づいていたので。

 

「わかりました、じゃあ途中まで一緒だねぇ」

「うん、よろしくねトガちゃん!」

 

 そうして二人は、轟を追いかけ土砂ゾーンを後にした。

 




原作での透ちゃんが実際にどう思っているのかはっきりしたことはわかりませんが、透明人間で、誰も本当の彼女の姿を知らない(物理)という点において、トガちゃんと似てるなと思います。
トガちゃんの場合は「誰も本当の彼女の姿を知らない(精神)」だったわけで、ちょっとベクトルは違いますが、それでも共通するところはあるだろうなと。
なので、透ちゃんにはお茶子ちゃんと並んでトガちゃんに近しい子になってもらいたくて、この展開になりました。
ボクとしては、お茶子ちゃんか透ちゃん、二人のうちどちらかでも同窓生だったら、トガちゃんもヴィランに堕ちることはなかったんじゃないかなって思うのです。
まあボクが透ちゃん好きってのもあるんですけどね。透ちゃんヒロインのヒロアカ二次もっと増えて。

ちなみにトガちゃんが葉隠ちゃんに施した治療は、治す前に空気中の水分を増幅して作った水で洗い流してから行われています。ごあんしんください。

それと「マインド・プローブ」ってのは、シークウェルトリロジー(EP7以降のナンバリングタイトル)で、カイロ・レンが尋問と拷問で使っていた技ですね。
トガちゃんはちゃんと丁寧にやったので誰も傷つけてません。ごあんしんください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.USJ事件 3

 山岳ゾーン。山岳救助訓練を主に行うエリアであり、小さいながらも文字通りの山あり谷あり。なかなかに険しいフィールドが再現された場所だ。

 当然人が多く展開するには向いていない場所だが、例外もある。ここは訓練用の施設であるため、一定以上の生徒が同時に存在できるように開けた場所もいくつか存在するのだ。

 

 そんな場所に飛ばされた生徒は、八百万、耳郎、上鳴の三名だ。全員が肉弾戦に向いた”個性”ではないため、大勢に囲まれてしまっては苦戦は必至の組み合わせ……ではあるが。

 

 上鳴の”個性”は、大容量の電撃を放つことも可能な強力なもの。その最大放出がなされれば、チンピラが何十人で取り囲もうが物の数ではない。

 ただし無差別に電撃が放たれるため、当初は味方も巻き添えする懸念から動くことができなかった彼だったが……。

 

「できた!!」

 

 その問題も、八百万によって解決された。

 

 八百万百……”個性”、「創造」。生物以外のものを、なんでも作り出せるというものだ。

 そのためには正確な知識がなければならないが……知識を身に付ける場所に困らない環境で生まれ育った八百万にとって、それは問題にならない。

 

 そうして彼女が作り出したものは、絶縁体のシートだ。それも、簡単には傷つけられない分厚さの。

 

「厚さ100ミリの絶縁体シートです。上鳴さん!」

「――……なるほど」

 

 告げるとともに、八百万は耳郎と共にシートの中へ身体を潜らせる。

 

 彼女たちが完全にシートの中に隠れたことを確認した上鳴は、鼻血をぬぐいながら気合いを入れて、全身に力を込めた。

 

「これなら俺は……クソ強ぇ!」

 

 電撃。遅れて、音が奔る。

 周辺一帯をまとめて焼き尽くすほどの高圧電流が、彼らを取り囲んでいたチンピラたちを一掃する。

 

 光と音が消えたとき、そこで立っていたのは生徒たちだけであった。

 

「うェ~~~~い」

 

 ただし、上鳴は”個性”の使い過ぎによって、一時的に思考能力が死んでいた。

 

 まあ、こればかりは仕方がないことである。人体にとって、電気とはそれだけ影響が大きいものなのだから。

 

「……八百万、その、服が……」

「ご安心を、すぐに創りますわ」

 

 一方、大きなものを創造したために、八百万のコスチュームは破れ上半身がほとんど露わになってしまっている。

 耳郎はそんな彼女の身体……主に胸部装甲を見て、彼我の戦力差におののくばかりであった。

 

 そうして八百万が服を整えなおしたころには、すっかり弛緩した空気が漂っていた。

 

 だが、それが問題であった。彼女たちは、まだ気を抜くべきではなかったのである。

 なぜなら、今この戦場を整えたのは敵のほう。地の利は圧倒的に相手側にあり……それはすなわち、いくらでも戦力を伏せておけるということでもある。

 

 地面から、巨漢が現れる。八百万たちに気づかれない位置、気づかれない動きで。

 その身体から、パリパリと電気が漏れる。彼もまた、電気系の”個性”の持ち主だった。

 

 そんな電気をまとった太い腕が、思考能力低下中の上鳴の首をさらおうとした……瞬間。

 

「痛づっ!?」

 

 その二の腕に、どこからともなく射出されてきたワイヤーフックが突き刺さる。

 突然の攻撃に男は思わずうめき、結果として八百万たちは奇襲に気づくことができた。

 

「ウェ!?」

「な!?」

「上鳴さん、危ない!」

 

 八百万が他の二人の袖口をつかみ、強引に近くへ引き寄せる。これによって男の目論見は失敗に終わり、

 

「喰ーらえぇーい透ちゃんエルボーっ!」

「ぐへはぁッ!?」

 

 刺さることで固定されたフックを基点に、巻き上げられるワイヤーごと引き寄せられながら高速で接近してきた見えない何かの攻撃によって、吹き飛ばされた。

 

「葉隠!?」

「やっほー! 間に合ってよかった!」

 

 突然現れた姿の見えない何者か……葉隠は、己の正体を言い当てた耳郎にピースサインを向けつつ、同時にワイヤーフック自体を腕から切り離し、空中でくるりと回転すると見事な着地を決めた。

 

「……っとぉ! へへ、十点!」

「葉隠さん! ありがとうございます、私たち伏兵に気づかず気が緩んでいましたわ……」

「いいのいいの、みんな無事でよかった!」

 

 頭を下げる八百万に、ニコっと笑いかける葉隠。

 

 ……だったが、次に思考能力の落ちた上鳴を見て、ぷんすかと怒り始めた。

 

「上鳴くんどしたのその顔!? 誰にやられたの!?」

「うぇ、うぇ~~い?」

「あ、いや、コレは違くて……こいつの”個性”のデメリットっていうか……」

「こ、んの……! ガキどもがぁ……!!」

 

 またしても空気が弛緩し始めた……が、葉隠に蹴り飛ばされた男が復帰してくる。かなりの勢いを乗せた蹴りだったが、意識を刈り取るまでには至らなかったらしい。

 そんな男に、一同はさっと意識を引き締め対峙する。同じ轍は踏まないとばかりに、すぐさま切り替えたのである。

 

「死ねェェーー!」

 

 ただ、いくら警戒を強めたところでどうしようもない攻撃というものは存在する。

 光の速さで襲って来る電撃はその筆頭であり、対策が何もない状態で放たれれば回避はもちろん防ぐことなど不可能だ。

 

 だが……そこに上鳴が割って入る。まだ顔は緩んでおり、思考能力も当然回復していない。

 けれど、まったく回復していないわけでもない。だから彼は、敵が身にまとっていたものを見て次の攻撃をかろうじて予測し、とっさに身を挺した。全身を広げ、後ろにいる仲間の姿を隠すように。

 

「……!? そ、そんなバ――」

「う……うェェーーイ!!」

 

 そしてその一瞬の行動が、最後の勝敗を分けた。

 

 上鳴電気……”個性”、「帯電」。その名の通り、全身に電気を帯びることができる”個性”。

 すなわち彼は……彼に、電撃はほぼ効かない。ましてや一度放電され、空気によって減衰した電撃など。

 

 そして、

 

「……っ、ナイス上鳴!」

 

 耳郎の”個性”と、サポートアイテムによって放たれた爆音が、男を襲う。指向性を与えられた音は、的確に彼だけを攻撃し、その身体能力を、思考能力を剥いだ。

 

 耳郎響香……”個性”、「イヤホンジャック」。音をとらえ、あるいは放つことができる”個性”。そして音を防ぐことは、電気ほどではないが難しい。

 

「うああぁぁ!」

「葉隠さん、合わせてください!」

「りょーかい!」

「「せー……のっ!」」

「がはぁ!?」

 

 そして最後に、八百万と葉隠が振るった鉄パイプが、左右同時に男の身体を叩いて完全にダウンさせた。

 

 だが今度は誰も油断せず、残心を続ける。それでも敵の気配を感じられず、ほどなくして彼女たちは警戒を解いた。

 

「危なかった……葉隠が来てくれてホント助かった……」

「んへへ、どういたしまして。間に合ってよかったよー」

「最初の攻撃、すごい勢いでしたが一体どのように?」

「途中までトガちゃんと一緒だったんだけどね、こっち助けに行くって言ったらワイヤーフック貸してくれたんだ。ほら、戦闘訓練で使ってたやつ!」

「あー、あれかぁ。なるほどね」

「便利ですわね。今度構造を教えていただけないかしら……?」

 

 そうして四人は、山岳ゾーンを下山し始めるのだった。

 

***

 

 その少し前。雄英高校、校長室にて。

 

 自らのデスクに着き、授業中の教師からの定時連絡を受け付けていた校長の根津は、二人の教師からの連絡が途絶えたのみならず、連絡が完全に遮断されていることに気がついた。

 

「……これは、何かあったね。定時連絡が途絶えたのは、相澤くんたち……場所はUSJか」

 

 そうつぶやく彼の”個性”は、「ハイスペック」。思考、知識、その他諸々……いわゆる頭脳に関する分野の能力が飛び抜けて高いというものであり、ゆえに彼は先日の侵入者の狙いをほぼほぼ正確に予測していた。

 

 マスメディアの侵入は、陽動のために別の侵入者に引き込まれたもの。そして騒動を起こした侵入者が狙っていたものは、職員室から紛失していた授業のカリキュラムだった……と。

 

 ではそんなものを盗んでどうするのか、だが……カリキュラムというものが、どんな授業がいつ、どこで、誰によって行われているかが記されている書類だと考えれば、目的はおのずと予測できる。

 

 一番マシなものとしては、今年度から教師に就任したオールマイトの授業風景を見るため。

 だがその可能性は低いだろう。侵入者に気づいた生徒から寄せられた映像から見るに、その侵入者はそんな人間には見えなかった。

 

 では最悪な目的は?

 それはやはり、授業中の生徒を襲撃するため、だろう。次点で、教師でもあるヒーローへの逆恨み。

 だが後者は、前者と両立が可能な目的だ。そのため、何よりも優先されるべきは生徒の安全であることにかわりはない。

 

 そこまで読んだ根津は、学校の警備体制を見直すとともに、カリキュラムの一時変更を決断した。すなわち、新しい警備体制が整うまでの間はオールマイトをフリーにする形にだ。

 

 この一時的な警備体制は、ひとえに雄英高校の広さが原因である。雄英高校はとにかく広い。それは敷地という意味でもそうだが、関連施設が校外にも存在するという点でもだ。

 そのため、授業が校外で行われることも雄英ではそこまで珍しくない。そしてその場合、移動にはバスが用いられるほど校舎との距離があることがほとんどである。

 

 しかし当たり前だが、この超人社会であっても、それほどの距離を即座に踏破できる”個性”の持ち主は限られている。同じタイミングで、複数のクラスが校外で授業を行なっていたとしたらなおさらだ。

 そしてもちろん、学校である以上は授業そのものを削るわけにはいかない。

 

 ゆえに、オールマイトである。彼なら常人の何倍も早く、現場に駆けつけることができる。彼ならどんな相手であろうと、後れを取ることはない。だから彼を校舎に配置し、何かあったときはすぐに駆けつけられるように待機してもらう。

 それが、新しい警備体制が整うまでに採ることになった方策である。

 

「オールマイト。パターンAだよ、出動を。場所はUSJ!」

 

 そうして根津は、別室で控えていたオールマイトへ連絡を入れる。

 

 また、彼からの了解を受けると同時に、他の教師陣にも連絡を取る。オールマイトはあくまで先遣なのだ。いくら彼がナンバーワンヒーローであろうと、一人でできることには限りがある。

 今はそれ以外にも理由があるのだが、それはさておき。

 

 ただ校舎側のセキュリティもあるので、教師全員を駆り出すわけにはいかない。そのため誰をどう動かすかをすぐに決める必要があるが……それは根津にかかれば造作もないことだ。 

 

「いやあしかし、通勤がてらヒーローをしようとするオールマイトに、控えるよう説得したかいがあったというものさ。あのときの私、グッジョブなのさ」

 

 己のすべきことを順次こなしながら、根津は学校から文字通り飛び出していったオールマイトの背中に、思わずつぶやく。

 

 そう。()()と異なり、オールマイトはほぼ万全の状態である。胃袋全摘の状態が万全かどうかはさておき、現時点での活動可能時間はほぼ丸々残っている。

 

 これは根っからのヒーローであるオールマイトが通勤時に活動可能時間を使い切らないように、根津から熱心な説得が行われたからだ。

 まあ、根津お得意の長話でもあったので、オールマイトを密かに辟易とさせたのだが。しかし最悪に備えたいという根津の熱意はしかと伝わったので、オールマイトはあの侵入騒動以降、ちゃんと通勤時のヒーロー活動を控え、授業にもあまり出ないようにしていた。

 生徒たちには寂しい思いをさせたかもしれないが、彼らの未来が失われることこそ最悪なのだから。

 

 そしてそんな事態を避けるため、ヒーローたちが動き出す。

 

「待っていてくれ少年少女たち……! 私が行く!」

 

 かくして本来より早く、本来より元気なオールマイトがUSJに向けて走っていく。

 

 そして、時間はまた少しだけ遡り――。

 




オールマイト、原作より早く出撃。主人公が提供した映像を、学校側が重く見た結果です。校長が頑張りました。
その分はからずも原作より動ける状態での出撃になりましたが、そこは話の整合性を取ろうとした結果そうなっただけですね。別に救済しようとかは考えてないです。
好きなキャラではあるので、戦える時間もうちょっと長く取りたいなとは思ってますが。

ちなみに、他のゾーンに飛ばされた生徒の動向は、原作とほぼ同じなのでカットします。
一応他のところも主人公たちの影響がないわけではなく、緑谷の負傷が少なく済んでるし、青山が常闇のところにいるって設定だったり、爆豪たちが敵を全滅させるのが少し早かったりするんですけど。物語の展開自体は変わらないので冗長になると判断しました。

次から主人公に視点が戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.USJ事件 4

 肌の真っ黒な巨漢の拳が、私の眼前に迫る。私はかがみ、それをすんでのところで回避する。

 と同時に、フォースをみなぎらせて相手から距離を取る。アタロの要領で跳びはねながら、複雑な軌道を描いて。

 

「フォースが……朧気で読みづらい……!」

 

 あれが死体で、意思がないからだろう。巨漢から伝わる未来は曖昧で、全力で集中していないと攻撃を読むことが難しい。

 大したことのない相手であれば、戦いながらでもテレパシーを飛ばすことができるが……この分ではそれも難しいだろう。本当なら、ヒミコにテレパシーを飛ばして安否を確認したいのだが。

 

 と、そこまで並列で思考して、私はわずかに動揺する。

 

 襲い来る敵のことよりも先に、ヒミコのことを思い浮かべた? ジェダイのこの私が?

 

 ……いや、友人を心配することは普通だ。普通のことだ。

 ふるりと首を振り、横に跳ぶ。直後、そこがえぐれて建材が派手に飛び散った。

 

 速い。あの腕に込められた力もさることながら、その強さと速さを両立しているとは! あれはもはや、一つの完成された兵器だ。なるほど、オールマイト……平和の象徴を殺そうと息巻くだけのことはある。

 私が凌げているのは相手の攻撃が単調でわかりやすく、技がまったくないからである。にもかかわらず、回避に徹するだけで精一杯とは恐れ入る。

 

「脳無、何してる! さっさとそのチビを殺せ!」

 

 十数秒ほど、しかし濃密な攻防を繰り返したところで手の男のイラついた声が割り込んできた。どうやら一撃で終わらなかったことがよほど腹に据えかねたらしい。

 

 だがその瞬間、男の意思が命令という形で巨漢……脳無とやらに乗ったのだろう。途端に相手の攻撃の未来が鮮明になった。この感覚は……バトルドロイドに命令が下った直後と同じだな。

 どうやらこの脳無とやら、完全に兵器のようだ。意思はまったくなく、ただ下された命令を遂行することだけが存在意義の。

 

 なるほど、それで先ほど私とヒミコをどちらも追いかけることなく沈黙したのか。

 あのとき、直前に下されていた命令は「二人を殺せ」。そしてあのとき、私とヒミコは脳無から完全な等間隔を置く形で動いていた。ミリ単位で同じ、しかし違う方向へ距離を取ったからこそ、脳無は二人を同時に殺せなくなり、正常な行動が一時的に不可能になったのだろう。

 

 であれば、やりようはある。そしてバトルドロイドと同様ならば、命令が下ってしばらくは先読みが明確だが、時間が経てば経つほどそれは薄れていくはず。やるなら短期決戦だ。

 

「……っ、ふっ、はっ!」

 

 私は脚に込める力を調整し、跳ぶ方向を変えた。この場で戦いを制することを放棄し、逃げに走ったのである。

 ただし、戦闘そのものを放棄したわけではない。あくまでこの場を凌ぎ、仕切り直すための逃走なのだ。アナキンにお勧めされたマンガで言うところの、「某家伝統の戦い方」というやつである。

 

 向かう先は、脳無に指示を出す手の男のほうだ。そちらに跳び、巻き添えにしようという作戦である。指示する人間が不在になれば、自我を持たない兵器は沈黙する定め。

 

「下手打ったな。やれ脳無!」

 

 それを見た手の男が、嬉しそうに指示を出す。瞬間、脳無が砲弾のように地を蹴った。凄まじい勢いで私に肉薄し、叩き落とそうと拳を振り下ろしてくる。

 

 だが。

 

「下手を打ったのは君たちのほうだ」

「は?」

 

 私の身体が、()()()()()()横にずれた。脳無の攻撃は空を叩く形となり、不発。そのまま私の横を通りすぎていく。

 当然、そのスキを見逃すはずもない。私はフォースをみなぎらせ、念のため脳無の身体で手の男の視線を遮らせた状態で相手の背中に向け技を放つ。

 

「――むんっ!」

 

 その瞬間、脳無の身体は猛烈な勢いで射出された。彼自身がすごい速度で飛び出していたところを、さらに押し出したのだから音速に達していてもおかしくないのではないかな。

 

 さらに言えば、私は少しだけずらした軌道で技を放った。結果、タカをくくっていたのかほとんど動く気配のなかった手の男に脳無が着弾し、フィールド全体が揺れた。

 同時に建材と土が派手に巻き上がり、砲弾どころかミサイルが落ちたような様子である。手の男の悲鳴が聞こえてきた。

 

「ぐああああーーッッ!?」

「生憎と、私は空中を移動できるのでね」

 

 これが、今の私がとっさに出せる最大出力。ヒーロー的に言えば、必殺技とでも言うのかな。

 ジェダイとしては「必ず殺す技」という字義が気に食わないので、そうは呼ばないが……ともかく、私の切り札の一つだ。

 

 とはいえ、その実態はとてもシンプルなのだが。フォースで強化した”個性”……で、増幅したフォース……で、重ねて強化した”個性”……で、さらに何倍にも増幅されたただのフォースプッシュだからな。まあ、「スーパーフォースプッシュ」とでも名付けておこうか。

 ただ恐らく、これでもアナキンの全力には届いていない。天井は遠い。

 

 ……と、それはともかく。

 

 このうちに、マスター・イレイザーヘッドと合流をはかる。せっかく入り口付近から離れ、広場付近まで出てきたのだ。少しでも彼の助けになりたい。

 

 幸い、ここにいるものたちは大したことのないものばかりだ。先程の脳無着弾に気を取られてばかりで、棒立ちも同然。簡単に制圧できる。

 マスターはすぐに気を取り直して制圧に動いていたのだから、襲ってきた側に言い訳はできないだろう。日頃から鍛え備えている人間と、そうでない人間の差だ。

 

 そうして私も五人ほどの意識を刈り取りつつ移動して、マスターの隣に着地する。

 

「マスター、事後承諾で申し訳ありませんが、戦闘許可をいただきたく」

「お前……わざとこっちに突っ込んできたな?」

「脳無と呼ばれるあの巨漢を凌ぐ方法が、他に思いつきませんでした」

 

 横目でにらんできたイレイザーヘッドのほうを見ずに答える。彼を軽んじているわけではなく、まだ脳無が健在だからだ。あれから一秒たりとて目を離すわけにはいかない。

 

 ……と言いつつ、今の言い分はマスター・クワイ=ガン門下みたいだったなと自分でも思う。私も、アナキンの影響から無関係ではいられないということか……。

 

 いや、まあ、それはともかく……だ。やはりまだ終わりではないらしい。

 

「……マスター、左へ跳んでください!」

 

 砂埃の中から脳無が勢いよく飛び出してきた。見たところまったく堪えていないどころか、無傷。兵器というか、化け物だな……!

 

 そんな相手に、私は右に跳びながらローブを広げた。こちらに移動しながら脱いでいたものだ。そんな余裕ができるくらい、この辺りにいるものたちは弱かった。

 

「増栄……お前あとで職員室」

「……わかりました」

 

 私とは真反対に跳んだマスター・イレイザーヘッドの声に一瞬ひるみつつも、私は広げたローブで脳無の視界を覆った。

 いかに化け物じみた兵器とはいえ、外観は極めて人に近しい。外部情報の獲得は視覚に頼っているはず。ならば、視界を奪ってしまえばいい。たとえそれで稼げる時間がごくわずかであったとしても、今はそれでいい。

 

 私はこのわずかな間に、腰に向けてフォースプルを使う。そこに佩いていたライトセーバーを引き寄せ起動すると、顔の近くまで持ち上げ構えた。

 

 同時に、私の全能力を一時増幅する。これによって訪れる無駄な全能感が好ましくなく、また極めて消耗の激しい行為な上に、効果が切れた直後の虚脱感や喪失感がすさまじいためやりたくなかったが……ここを凌ぐためにはやるしかない。

 

 そして次の瞬間、眼前に破壊力そのものとも言うべき拳が迫ってきた。

 

 それを横に跳び回避し、すぐさま”個性”を併用して空中を泳ぐ。空気を瞬間的に増幅することで推進力を得ているのだ。つまり仕組みとしては、先日の戦闘訓練でバクゴーがやっていた空中機動と似たようなものである。

 

 ただ、私の”個性”は身体のどこかに触れてさえいれば発動可能なので、彼よりも自由度は高いだろう。本来ならどこでもいいとはいえ身体に直接触れていないと増幅はできないが、このジェダイ装束は私の髪由来の繊維でできている。ゆえに、私はこれをまとっているときに限り服越しに触れているものも増幅できるのだ。

 これを用いれば、周りに足場がなくともグランドマスター・ヨーダさながらの挙動を実現できる。

 

 そうして脳無の攻撃を次々かいくぐりながらも、少しずつ肉薄。挙動のすべてに必殺の威力が込められている上、風圧を伴っているため、近づくことは容易ではないが……それでも小さい身体もたまには役に立つ。何せ相手側も攻撃を当てにくい。

 

 近づいてはライトセーバーを振るい、脳無の身体を打ち据えては離れを繰り返す。……が、やはりと言うべきか。これでは動きを鈍らせるどころか、攻撃を受けたことすら感じさせられないらしい。案外、痛覚なども既にないのかもしれないが……。

 

 しかし、アタロは激しく動くことが特徴的なフォームなため、これ以上時間をかけると私が不利だ。ならば、躊躇している場合ではなさそうだ。

 

 ”個性”によって、セーバーの出力を増幅する。セーバーがかすかに放つ音が大きくなり、本来の切れ味を取り戻した。

 

「……バカな。こいつ、素の身体能力でオールマイト並みか……!?」

 

 途中、マスターのそんなつぶやきが聞こえた。

 私と脳無の攻防の中、彼はずっと”個性”を発動して脳無に干渉し続けていた。にもかかわらず、脳無の動きは一切衰えることがなかった。これはつまり、脳無は”個性”なしにこの身体能力を発揮しているということになる。

 

 イレイザーヘッドというヒーローの”個性”は、今のこの星の社会では極めて強力だ。しかし”個性”に頼ることなく最初から強い相手には、ほとんど意味をなさないものでもある。”個性”を消しても強い相手と対峙するとき、彼は無個性に等しいのだ。

 

 だから彼は、高速な私と脳無の戦いにほとんど介入できない。教師として、生徒に任せるしかない状況を口惜しく思っていることが伝わってくる。

 それでも諦めることなく、脳無のスキを探り、効果的なタイミングで妨害してくれている。おかげで私もだいぶやりやすい。さすがと言うべきだろう。彼は間違いなく、一級のヒーローだ。

 

「マスター!」

 

 そんな彼に呼びかけながら、一瞬だけテレパシーを送る。フォースによって明確化されたイメージが、彼に届いたはずだ。

 彼ならこれで通じるはず。そう信じて、私は一気に前へ出る。

 

 脳無が真正面から迎え撃った。裏拳の要領で、私を払いのけるようにして吹き飛ばそうと。

 

 だがその脳無の足に、イレイザーヘッドの捕縛布が絡みついた。

 もちろん、それで脳無がとまるはずもない。だがイレイザーヘッドの目的は、これで攻撃をとめることではない。足に巻き付けた捕縛布を全力で引っ張り、体勢そのものを崩すことが狙いだ。

 

 脳無の巨体からして、相当な重量があるはず。対するイレイザーヘッドの体格はいいが、一般的な人間の域を超えることはない。崩すだけでも一苦労だろう。

 しかし、苦労であるなら不可能ではない。彼はプロであり、また強く光明面に生きる男だ。多少の困難など、容易に乗り越えて見せるはず。

 

 そう信じた私の目は正しかった。イレイザーヘッドは確かに脳無の体勢を崩し、その攻撃の勢いを削ぐことに成功したのだ。

 もちろん、脳無の動きが阻害された時間は長くない。攻撃が弱まったと言っても依然強力で、直撃を受ければ小さな私の身体はひとたまりもないだろう。

 

 だがこの一瞬でよかった。それだけでよかったのだ。

 

「はああぁぁっ!」

 

 その一瞬だけあれば、私がライトセーバーを振るうには十分すぎた。

 オレンジ色の輝きが一閃し、脳無の身体が地面に倒れ込む。その直前に後ろへ跳んで巻き込まれることを回避した私は、着地と同時に深く息を吐いた。

 

 このタイミングで全能力の増幅が切れ、身体が一気に重くなる。

 

「何をした?」

「はあ、はあ……脚の、腱を、斬りました。いかに……あの脳無なるものが、強力であっても、人体同様の構造をしている以上は、もう、動けないでしょう……」

「合理的だな。よくやった」

 

 そう言いつつも、警戒を緩めないマスターである。私も同様だが、短時間で激しく動きすぎて息が切れている。額を伝う汗を袖で拭いながら、呼吸を整えるので精いっぱいだ。

 

「なんだそれ……生徒のくせに脳無と張り合うとか……とんだチートだ……!」

 

 そこに、ふらり、と手の男が現れた。脳無が着弾したのは効いたのか、先ほどまでと違い衣服はボロボロ。足も引きずりながらで、身体のあちこちにも怪我が見て取れる。その様子からいって直撃はしなかったようだが……それでもなお目に宿る狂気は健在だ。

 

 イレイザーヘッドが、それから私を守るように位置を変える。

 

「おい脳無何してる! とっとと起きろ! あいつらを殺せ!」

 

 男が苛立ちを隠そうともせず、命令を下す。

 だが、脳無が立ち上がることはなかった。立ち上がろうともがいているが、あの巨体を支えるための部位が欠損しているのだ。もがくことしかできないでいる。

 

「クソッ、なんでだ!? なんで動かない!」

「脚の腱を斬られたんだ、そりゃ立てねえだろ」

 

 いきり立つ男に、イレイザーヘッドが冷たく言い放つ。

 それから彼は、渋々という態度を隠さず声をかけてきた。

 

「……まだ周りに雑魚は残ってやがるな。おい、やれるか」

「三下、程度で、あれば……」

「……なら、癪だが戦闘許可を出してやる。だから親玉は任せて下がってろ」

「はい、マスター」

 

 そして彼は、捕縛布を操りながら前へ飛び出した。ざわりと彼の髪が逆立つ。”個性”が発動した証拠だ。

 手の男は”個性”を封じられ、真っ向勝負を強いられる。だが激昂していて精神が乱れている……しかも怪我だらけの今の男では、イレイザーヘッドの相手はあまりにも荷が重いというもの。

 それでもしぶとく捕まることはかろうじて防いでいるようだが、まったく相手をとらえられていない。倒されるのも時間の問題だろう。

 

「く……っ! くそっ、くそっ!」

 

 男の怨嗟を聞き流しながら、私は周囲に気を配る。

 今まで私たちにまったくついてこれていなかったため、言及しなかったが……周りにはまだ十人ほどの敵が健在である。だが、先ほどの戦いを目の前で見てしまったからか、全員すっかり委縮してしまっているようだ。

 

「念のため聞くが。投降するつもりは?」

「う……うるせええぇぇーー!!」

「ガキ一人がなんだってんだ!!」

「バカ野郎お前俺はやるぞお前!!」

 

 だが、私がセーバーの切っ先を掲げながら問うたところ、彼らはいきり立って襲い掛かってきた。

 

 やれやれ。追い詰められた三下の行動は、銀河が違えど変わらないということか。

 

「カッ!?」

「げふっ」

「おご……っ」

 

 アタロで跳び回りながら、全員のうなじ、もしくは鳩尾にセーバーを叩き込んで制圧完了だ。この程度の相手であれば、これだけ消耗していてもなんとかなる。

 

 ちなみに、先ほど脳無を斬ったときのセーバー出力の増幅はごく短時間のものだ。ゆえに、三下を制圧したときは既に光る棒レベルになっていた。誰も殺してはいないので、安心してほしい。

 

「さて……あとは……」

 

 セーバーをしまいながらも、私はこの施設の入り口のほうへ目を向ける。敵にはもはや逆転の目はないとは思うが、あの靄の男が戻ってきたら逃げられる可能性は十分ある。あちらのほうは気にかけておかないと……。

 

 そう、思っていたときだ。

 フォースがざわめき、悪寒が奔った。直後に訪れる悪い未来の映像が脳裏に明確に映し出され、私の全身が粟立つ。

 

 慌ててフォースを駆使して、マスターの身体を引き寄せようとした……その直前だった。

 

 起き上がった脳無が、マスターの身体を殴り飛ばしたのは。彼の身体が、まるで紙切れのように地面を転がっていく――。

 




ようやくクワイ=ガン門下の自覚ができてきた主人公。これにはアナキンもニッコリ。

ちなみに、空気を瞬間的に一時増幅して推進力を得る方法。
自分のフォースを伸ばしたところでも増幅は発動可能なので、やろうと思えば特別製の服に頼らなくてもできるんですが、毎回フォースと個性を組み合わせて場所を整えて……とかやってると戦闘中とか大変頭の中がせわしないことになります。
なのでそこは道具で補おうという判断ですね。一応、全裸になればそこらへん気にせず使えますが、まあ、そんなことしたらトガちゃんどころか女性陣が黙ってないですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.USJ事件 5

「――マスタァァーッ!!」

 

 私は全力で地面を蹴り、殴り飛ばされたマスター・イレイザーヘッドの下へ向かった。数回地面をバウンドし、挙句に顔から地面に突っ込みかけていた彼を、すんでのところで受け止める。

 

 恐らく、とっさに防御したのだろう。左腕が粉々になっていた。その骨のいくつかは肉を貫いて露わになっており、血まみれとなっている。控えめに言って絶対安静の重傷だ。

 だがこれに留まらず、地面を転がったときにあちこちがこすったのだろう。ひどい擦り傷が広範囲にできてしまっている。

 

 これらは私はもちろん、マスター・リカバリーガールの”個性”をもってしても完全には治らない可能性があるぞ……!

 

「ぐ……っ、く……!」

「マスター! その怪我で戦うなど無茶で……くっ!?」

 

 だが、マスターはなおも立ち上がろうとする。私はそれをとめるが……そんな時間はないようだ。

 

 脳無が再び襲い掛かってきた。私はイレイザーヘッドを抱えて跳んだが、成人男性を抱えた状態では満足に動けず、拳の風圧に煽られて彼と離されてしまう。

 

「……そうだ、それでいいんだ。さすが()()()脳無だ……!」

 

 そんな私たちを見て、手の男が楽しそうに笑った。

 その前で、脳無が悠然と佇んでいる。私が斬ったはずの脚は……完治していた。

 

「……! そうか……それの”個性”は肉体再生系か……!」

「正解。『超再生』……たとえ腕をもがれ身体が半分になろうと、数秒後に元通り! 最高のサンドバッグ人間さ!」

 

 私の言葉に、勝ち誇ったように笑う男。

 

 だが、そうだとすると非常にまずい。

 なぜって、ライトセーバーの傷口はプラズマの温度によって焼灼(しょうしゃく)されるのだ。つまり、傷口は切断されたそのときから完全に塞がっていることが、ライトセーバーという武器の特徴。当然、それが簡単に治るはずがない。

 

 にもかかわらず、それすらも乗り越えて完全に元通りになるだと? あまりにもバカげている!

 

「よし。そのガキを殺せ、脳無」

 

 そして、再び命令が下される。

 私はとっさにセーバーを抜いたが、突撃してきた脳無に攻撃する暇はなく、回避行動を取るだけで手いっぱいだった。

 

「く……っ! かくなる上は……仕方あるまい……!」

 

 超再生などという”個性”があるなら、多少手荒な方法も取り返しがつくだろう。ことここに至っては、仕方ない。

 

 そう判断した私は、ライトセーバーを身構える。アタロではなく、ソレスでだ。セーバーを持たないほうの手の人差し指と中指を立てて前に出し、セーバーを持つ手は後ろに引く。そうして、先読みと反射神経を活かして攻撃にカウンターで応じる、防御主体のフォームである。

 

 不幸中の幸いは、脳無の攻撃が単調であることだ。ただでさえ意思がなくて攻撃が読みづらいのに、これに熟練の技があったら恐らくもっと苦戦していただろう。

 だが、命令から時間が経てばたつほど手の男の意思が薄れ、さらに先読みが難しくなる。これは依然として、短期決戦で終わらせるべき戦い。いかに短い間に、相手を無力化するか。すべてはそれにかかっている。

 

 ゆえに私は、再度の全能力増幅に踏み切った。今度は五分超ほど続く一時増幅……つまり全力の発動だ。マスターが倒れた今、頼れるのは己だけ。ゆえにこうするより他に手はない。

 

 だが、一日にこれを二度もしたことはないので、効果が切れたあとどうなるかわからない。

 私の”個性”は発動時点で栄養が消費されるが、全能力を上げるとその消耗で倒れず踏みとどまった状態で動くことが可能になる。それでも発動したタイミングで既に私の消耗が進行することは変わらないため、動けるというのは全能力が増幅しているという全能感で諸々をごまかしているに過ぎない。

 

 そんな消耗した状態で、戦闘を行えばどうなるか。

 

 簡単な話だ。さらに消耗が重なるのだから、効果が切れることで棚に上げていた問題がさらに大きくなって襲い掛かってくるのである。

 効果が切れた際の虚脱感や喪失感はその表出であり、最低でもしばらく身動きが取れなくなることは確実。最悪、効果が切れると共に気絶する可能性も十分以上にある。そうなっては非常にまずい。

 

 しかし今ここを凌がなければ、私はおろかマスターの命もないだろう。ここは命の張りどころだ。

 

「……ここッ!」

 

 そして三度ほどの防戦を経て、私は反撃に出た。攻撃を回避しつつ、どう動いても次の攻撃を私に当てるためには攻撃前にワンアクションが必要な位置へ。そうして一瞬だけ生み出した敵のスキをつき、出力と()()()()()()()()()()セーバーを振るう。

 光刃特有の音を響かせながら、肉が焼き切れる音が続く。瞬間、脳無の右腕が飛んだ。

 

「何……!?」

 

 手の男が驚愕する。

 私はこの瞬間を見逃……して、再度脳無から距離を取った。腕を斬り飛ばされながらも脳無は反撃を開始していたから、欲をかいては返り討ちに遭うだけだ。

 

 脳無はそのまま攻撃を再開したが……やはり、腕が片方ない状態では動きに支障があるようだ。先ほどまでと異なり、少し精彩を欠いている。

 斬り飛ばした腕はそんな中、少しずつ再生を開始している。その回復は予想より遅い……と思っていたら、焼灼していた部分を治療し終わった瞬間、一気に回復速度が早まった。

 

 ……なるほど? この情報は重要だ。どうやら、セーバーの傷口が完治するまでにかかる時間は、相手にとって想定外らしいな。ならば、勝機はそこにある。

 

 そう思いながら、私はソレスを駆使して回避に専念する。もちろん反撃のスキをうかがいながらだ。

 

 右。しゃがんでかわす。蹴り。しゃがんだタイミングでスライディングを開始しており、これも下に潜り抜ける形で回避。

 股下を抜けながら股間に斬撃。有効打になるも、動きをとめるには及ばず。

 

 裏拳。これは跳んで回避。続くハイキックは、空中を横切って。

 

 着地を狙った踏みつけは、前に()()ことで回避しつつ膝裏を一閃。

 直後に斬った場所を蹴って転倒させつつ、別方向へ距離を取る。

 

 わずかに休憩をはさみ、再び右――と、ほぼ息つく間もない攻防を、どれほど続けたことだろう。だが、実のところさほど時間は経過していないはずだ。何せ、まだ増幅した能力が戻っていないのだから。

 

 それでも脳無が身体を切り落とされた回数は優に二十を上回り、周囲にはトカゲの尻尾切りさながらに落とされた四肢が、散々転がっている状況。

 相手に治療を強い続けることで全力を出させないことに成功しているが、それでも二回に一回は反撃する余裕がない。反撃できたとしても、常に四肢を落とせるわけでもない。本当に化け物だよ、この脳無とやらは。

 

 その少し向こうでは、重傷を負いながらもマスター・イレイザーヘッドがなおも立ち上がり、手の男と戦っていた。彼は満身創痍でありながらたびたび脳無に抹消をかけて再生を阻んでいたので、敵に排除すべきだと思われたのだろうな。

 だが手負いの状態で、どこまで戦い続けられることか。助けに行きたいところだが、私も脳無の相手で手いっぱいだ。

 

 その私も息がだいぶ上がってきていて、そろそろ身体の増幅も消える。体感的にも栄養の残りが少ないことがわかる現状、あとどれほど戦えるだろう。

 

 しかし、それは脳無のほうも同様らしい。少し前から、明らかに再生速度が落ちた。動きもかなり悪くなってきている。やはり何事にも限界はあるということなのだろう。

 

 問題は、拮抗しているだけでは勝てないということ。そしてこの時間は、もう残り少ないということだ……。

 

「む……!」

 

 そんな拮抗状態を崩したものは、轟音と黒煙を伴う爆発だった。容赦のない絨毯爆撃である。

 一瞬遅れて、今度は白煙を伴って氷がその周囲を覆いつくしていく。爆発がまき散らした噴煙とその中の塵が媒介になったのか、凄まじい勢いで周囲一帯が凍りついていく。それらが手の男と脳無を同時に襲ったのだ。

 

 フォースの気配からして手の男はどちらもギリギリ(あるいは運)で回避できたようだが、脳無は爆風にあおられて不安定な体勢となったところで身体を半分以上も凍らされ、動きがとまっている。よく見れば、その停止にはフォース・グリップの気配もある。

 

 私はそんな脳無から距離を取りながら、一呼吸つけることに安堵の息を漏らした。

 いつもは暗黒面の力も共に振るわれるはずの氷や、どちらも同居する爆発が、ともに強い光明面の力を帯びていたことに疑問を覚えながらも。

 

 そして、こちらに近づいてくるなじみ深いフォースの持ち主に顔を向ける。

 

「コトちゃん!」

「ヒミコ!」

 

 ヒミコの顔を見た瞬間、身体の力が抜けた。増幅が切れたのだ。

 倒れそうになったところを、すんでのところで支えられる。

 

「大丈夫!?」

「ああ……怪我はないよ。怪我はな」

「よかった……無事でよかった……!」

 

 不安げな顔で抱きしめてくる彼女を抱き返しながら微笑みかけ、かろうじてもう一度自分の足で立つ。

 

 一方、マスターの下にはトドロキとバクゴーが駆けつけていた。彼らほどの力があれば、ひとまず手の男一人は余力を持ってしのげるだろう。

 

「増栄! 大丈夫か!?」

 

 こちらにはヒミコと、それにキリシマも来てくれたようだ。彼にも手を上げて応えておく。

 

「ったく、あんなの相手に無茶しすぎだぞ! ……マジですごかったけどよ!」

「私としては、二度と御免だがね……」

「だろうな!」

 

 本当、一日二度の全能力増幅はもうやりたくない。これほどの反動は、想定外である。

 

 ……と、ここでさらに近づいてくる気配が三つ。水辺のほうに目を向けると、そこからミドリヤ、ミネタ、ツユちゃんらが上がってきたところだった。

 

「増栄さん!」

「大丈夫?」

「ああ……なんとかね……」

「バカバカバカ! 遠目に見えてたぞ、あんなの相手にオマエ無茶しすぎだって!」

「あ、それさっき俺が似たようなこと言っといた」

「おいィィ!?」

 

 セリフを取られたと言いたげなミネタに、一同が苦笑する。

 

 だが、ここで敵方にも動きがあったようだ。靄の男が手の男のところに合流してきており、イレイザーヘッドたちからだいぶ距離を離すことに成功していた。

 

 フォースを用いても十歩以上を要するであろう距離を取った彼らは、憎々し気にこちらを睨んでいる。特に手の男の瞳はさらなる狂気が宿り始めており、何をしでかすかわからない状態に見える。

 

「くそ……! くそっ、くそっ、ふざけやがって……! 俺と黒霧以外全滅……!? ラスボスに辿り着けすらしないとか、どんなクソゲーだよ……!」

 

 男が首筋をかきむしりながら叫ぶ。声音は悲痛なものだが、肝心の中身があまりにも空虚だ。あれでは子供の癇癪と変わらない。

 

 そんな異様な光景を、ミドリヤたちは唖然とした様子を眺めている。マスターは……さすがというべきか、逃げられないよう靄の男に”個性”を使っているようだ。

 

 だが、力のある子供の癇癪ほど厄介なものもない。

 

「黒霧、帰るぞ……! レベリングして出直しだ……!」

「わかりました」

「けど……その前に……! 殺せるだけ殺して、平和の象徴の矜持をへし折ってやる……!」

 

 手の男が、地面に両手を置いた。

 




原作よりもかなり雄英側が有利なので、オールマイト到着前に連合撤退。
ただし原作より追い詰められているで、弔の咄嗟の判断が凶悪になってます。
まあまだ覚醒してないんで、崩壊がさらに伝播して何もかもぶっ壊すなんてことはないですが・・・地面を崩壊させるだけでも大惨事は間違いないですね。

ちなみに今回披露した「光刃の出力を増幅」+「光刃の長さを増幅」の組み合わせ、クソヤバい技だろうなって予感があります。
たぶんマジでガチの全力でやるとハイパーオーラ斬りとか約束された勝利の剣みたいになる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.USJ事件 6

 ぴしり、とかすかな音が聞こえた気がした。トドロキが作る氷に似た、しかし何かが致命的に違う音。

 

 どこから? 手の男が触れた地面からだ。それがことの起こり。

 

 次の瞬間だ。そこを基点にして、地面が崩れ始めた。しかも崩壊は広がっていき、地割れとなってこちらにまで伝ってくるではないか!

 私は今までやつが”個性”を使うところを見る機会がなかったが、こんな凶悪な”個性”だったとは……!

 

「く……させるか!」

 

 すんでのところでマスター・イレイザーヘッドの抹消が間に合い、攻撃がこちらに届くことはなかったが……今なお地面に手を置き続けている男にこれ以上させないためには、こちらに抹消を使い続けるしかないだろう。

 となれば、フリーとなった靄の男がワープゲートを使えるようになるわけで。

 

「ホンットかっこいいなぁ、イレイザーヘッド……! けど、あんたの相手はもうしない」

 

 彼らは広げられた黒い靄の中へと悠々と消えていく。

 

「逃がすものか……!」

 

 私はとっさに、彼らに向けてフォースプルをかけた。ヒミコも察してくれて、同時に動いてくれたが……。

 

「……!? そんなバカな!?」

「うそ、なんでフォースが!?」

 

 私たちは同時に驚いた。

 

 黒い靄の向こうに、フォースの気配があったのだ。男たちを引き寄せようとする私たちに対抗する形で、逆方向からのフォースプルがかかっている。

 それも、相当に強力なものだ。私が限界まで消耗しているとはいえ、こちらは二人がかりだというのに!

 

「脳無……最後の命令だ……」

 

 そんな中、手の男の声が響く。

 

()()()()()()()()()!」

 

 下された命令は、最悪のものだった。

 

 パキリ、と氷が砕ける音が鳴る。脳無の身体が氷ごと砕ける音だ。

 

「……ッ、お前らこの場から離れろ! 今すぐにだ!」

 

 その瞬間、マスターが叫んだ。

 

 だが生徒たちが動くよりも早く、脳無の砕けた身体がみるみるうちに治り始める。

 ()()()()()()()()()()()。これには全員が顔を引きつらせて後ずさった。

 

 その再生自体は、直後にマスターが抹消をかけたことで中断された。身体が治り切らなかった脳無は地響きを立てながら倒れたが、その状態でやたらめったら腕を振るい、暴れ続けているのだからたちが悪い。

 

「ちょちょちょ、逃げようぜ! あれマジでやばいやつ!」

「お、おお、そうだな! 増栄、走れるか!?」

「私が運びます! 切島くんも早く!」

 

 そうして私はヒミコに横抱きにされ、彼女に連れられる形で距離を取る。

 

 やつの膂力が素でオールマイト並みであることは、既に周知の事実。どれほど離れても離れすぎと言うことはない。

 何せ、立てない状態で無造作に動かされた拳が地面を叩くだけで、そこに小さいながらもクレーターができるのだ。数十メートル程度など、詰めるまで一秒もかかるまい。

 

 しかし、マスターの抹消は長く続けることはできない。特に、全身におびただしい怪我を負っている今は。

 

 事実、すぐに脳無の再生が再開された。みるみるうちに元通りになっていく身体をいからせて、脳無が私たちに襲い掛かろうとする。対象は……私か!

 既に消耗著しいが……仕方ない! フォースプッシュで対処する!

 

 そう決めた私に同期するように、ヒミコも同じ動きを取る。そうして二人のフォースが脳無の動きを阻害するが……とめきれない! 拳が迫ってくる!

 

「いい加減止まりやがれ……ッ!」

 

 その拳を阻む形で、分厚い氷壁が現れた。トドロキの氷結だ。

 

 これを脳無は、まるでないものとばかりにあっさりと砕いてくれたが……勢いがさらに削がれたことは間違いない。

 

「さあああせるかあああぁぁぁ!!」

 

 そしてそこに、キリシマが全身を硬化させて私たちをかばうように立ちはだかる。彼はその硬い身体で、かなり弱まったとはいえ脳無の一撃を正面から受け止めてみせたのだ。

 

「増栄さん! トガさん! 二人から離れろ……! SMAAAAASH!!」

 

 さらに、殴りかかってきた脳無の横から、ミドリヤが強烈な拳を叩き込んだ。まるで戦艦の砲撃のような音が鳴り響き、脳無が吹っ飛……ばない!?

 

「!? 効いて……ない……!? そんな……!?」

「嘘だろ!? 緑谷のパンチで吹っ飛ばないとかどうなってんだ!?」

 

 ミドリヤの”個性”は、デメリットは大きいが極めて強大なものだ。その一撃を受けて何事もないだと!? まさか、超回復以外にも何か”個性”を持っているのか!?

 

「どけェクソデクゥ!!」

 

 そこに今度はバクゴーの爆破だ。先ほどの絨毯爆撃とは違う、範囲を絞って威力を上げたもの。恐らく、戦闘訓練でミドリヤに放ってみせた籠手からの一撃だろう。

 これにはさすがの脳無もバランスを崩して転んだ。私たちにも爆風が来たが、そこはキリシマが図らずも再び盾となってくれた。

 

 ……脳無、これで転んだ程度で済むのか。これ、下手したら脳無一体で銀河共和国の軍隊を相手取れるのではないか?

 

「ありがとうみんな、助かった……」

「……おう」

「気にすんな! 無事で何よりだぜ!」

「テメェを助けたわけじゃねぇ! テメェは俺が殺すんだからなァ!」

 

 まあバクゴーは相変わらずのようだが……殺害宣言とは裏腹に、暗黒面の気配がない。言葉が悪いだけで、いずれ私に勝つという宣言のようなものらしい。

 

 だが何はともあれ、このスキに私たちは戦線離脱を試みる。どうあがいてもすぐに追いつかれそうではあるし……事実、やつはすぐに態勢を整えて攻撃を再開しようとしたが……フォースが告げている。()()()()()

 

「むううぅぅん!!」

 

 特徴的な金髪のたてがみをなびかせて、筋骨隆々の巨漢が割り込んできた。

 

「オールマイト!」

「やったー勝ったー!!」

 

 そう、マスター・オールマイトだった。彼はその強大な力でもって、真正面から脳無と組み合ったのである。

 あれほど荒れ狂っていた脳無の動きが、たった一人に押さえ込まれてぴたりととまっていた。

 

「すまない、みんな……! だがもう大丈夫だ! なぜって!? 私が来た!!」

 

 そして彼は、敵を目の前にしながら言ってのけた。

 

 やはり、この星ではオールマイトの存在は大きいのだろう。今まで何十年にも渡って繰り返されてきた「私が来た」は、間違いなくこの場の絶望的な空気を完全に消し飛ばすだけの力があった。

 同時に空気も弛緩したが……すぐにイレイザーヘッドがこちらに向け声を張り上げる。

 

「お前ら何してる……! 今のうちにさっさと避難しろ……!」

「……お、おおお、そ、そうだぜ相澤先生の言う通りだ!」

「そうね。先生がたの邪魔になってはいけないわ。できるだけ早く下がりましょ?」

「う、うん……でも……」

「下がるならテメェらだけで下がってな……!」

「俺も残る。オールマイトは無理でも、相澤先生のサポートならできるはずだ」

「正気か爆豪轟ィ!?」

「峰田の言う通りだ……お前ら、さっさと避難しろ……!」

「……俺の力なら役に立てるはずです。現にさっきは……」

「それはそれ、これはこれだ!」

 

 下がろうとしないバクゴーやトドロキにミネタが驚愕しているが、この場合は二人のほうが普通ではない。イレイザーヘッドもこれには声を荒らげる。

 

 他方、ミドリヤは何やら普通以上にオールマイトを案じているようだが……何? 彼に時間がない? どういうことだ?

 

「ぐ……! ぬ、ぬぬぬぬ……! 力強いな君!」

「そいつは”個性”抜きでその力です、気ィ抜かないで! あと死ぬまで暴れ続けるみたいなんで、どっか遠くに吹っ飛ばすのだけはナシで!」

「マジか!? HAHAHAそいつは……なんとも越え甲斐のある壁だな……!」

 

 力の入らない腕で必死にヒミコの首にすがりつきながら、釣られるように戦いに目を向ける。そこでは、相変わらずオールマイトと脳無ががっぷり四つに組み合って、拮抗状態だ。

 

「……!?」

 

 だが、私は見た。見てしまった。

 ただ組み合っているだけの状態のオールマイトの口から、血がこぼれ出たところを。

 

 まさか。

 まさか?

 

 彼がいつも何かしら焦っているのは、そういうことなのか?

 

 まさか……まさか、彼は既に、戦える時間が残されていないのか!?

 

「せぇいッ!」

「うわっ!?」

 

 だが直後、野太い掛け声が響いた。内心の焦りなど少しも表に出すことなく、オールマイトが脳無の足を盛大に刈ったところだった。見事な大外刈りである。

 

「どうした? ちょいと踏ん張りが足りてないんじゃあないか!?」

 

 不敵に笑みを浮かべながら、オールマイトが言う。手をくいと動かし、「COME ON!!」と挑発すら。

 

 対して、地面を転がった脳無。だがすぐに体勢を整えると、猛烈な速度で走り出す。

 さながら暴走スピーダーのようだ。だが……私が戦ったときより明らかに遅い。

 

「なるほどこりゃ確かに私並かも……だが!」

 

 オールマイトのパンチが放たれる。繰り出された敵のパンチに合わせる形でだ。

 それらが真正面からぶつかり合い、凄まじい音と衝撃が周囲に放たれる。再び拮抗……するかと思われた。

 

 だが現実は違った。脳無だけが吹き飛ばされたのである。オールマイトのパンチが上回ったのだ。

 

 やはり、脳無の勢いは一時ほどではない。あれが今の全力なのだとしたら、どうやら私がやったことは無意味ではなかったようだ。巡り巡ってオールマイトの役に立っているのなら、散々に敵の四肢を切り落とし続けた甲斐があったというものである。

 

「速いだけだ!  技がない! それじゃあこの私は倒せないぜ!」

 

 そしてオールマイトはそのまま突進した。そのまま吹き飛んでいる最中の脳無に追いつくと、

 

「行くぞ! DETROIT……SMASH!!」

 

 その身体を、猛然と殴りつけた。

 空中にいた脳無は当然踏ん張りも何もなく、さらに吹き飛ばされていく。生徒たちの歓声が上がる。バクゴーとトドロキは、少しでも得るものはないかと目を皿のようにしているようだが。

 

 しかし、オールマイトがいまだ油断なく身構えている姿を見て、みな少しずつ静かになった。

 

「……今、おかしかったぞ。手ごたえがなかった。相澤くん! 彼の”個性”ってなんだい!?」

「『超回復』……の、はずですが……さっき緑谷の攻撃もほとんど堪えてませんでした。ダメージを抑える何かもあるかと……」

「やっぱりか! 殴った感触がおかしかった! 当たった瞬間から、衝撃が消えていくような……そんな……!」

 

 実際、そんな不穏なやりとりが交わされていた。

 やはり、先ほどの懸念は間違っていなかったようだ。”個性”が二つあることは、恐らくまず間違いないだろう。

 

「……あれの、”個性”は……一つでは、ない、ようだな……」

「は、マジか!? そんなことあり得るのか!?」

「んなわけねぇ……普通”個性”は一つだ……! 半分野郎の”個性”にしたって、あくまで二つの効果がある一つの”個性”ってだけのはずだ……!」

 

 その可能性をバクゴーが否定したそのとき、脳無が猛然と戻って来た。相変わらず無傷であり、本当にそろそろ勘弁してほしい。

 

 しかし、だからといって諦めようとはならない。

 オールマイトもまた同様。彼は申し訳なさそうに、イレイザーヘッドに目配せした。

 

「うーん、タフネス! まあでも、そういう防御系の”個性”があるなら……」

「ええ……任せてください。攻撃に合わせます……!」

「無茶しないでね相澤くん!」

 

 そこから始まった戦いは、息つく間もない怒涛の展開であった。ただし、内容は焼き直しばかりだ。

 決して倒れることなく、何度も何度も立ち向かって来る脳無。それを撃退し続けるオールマイト。という図だ。

 

 弱っているとはいえ、脳無の力はとても一人でどうにかなるものではなかったはずだが。それでも彼は、真正面からこれを撃退し続けた。

 イレイザーヘッドが要所要所で的確に補佐していたとはいえ、まさに圧倒的である。なるほど、平和の象徴などと言われるはずだ。

 

 ただ……これはこの星の人間の癖なのだろうか。いつの間にかバクゴー、トドロキ以外も避難するそぶりを見せなくなっていて、オールマイトに注目している。

 

 いや、みんな危機感がなくなるの、少し早くないか? 私はもう動くどころか意識を保つことさえ億劫で、つまりフォースであれこれできる状態ですらないんだ。可及的速やかにこのUSJという施設を離れたいのだけれども! それは諦めたほうが良さそうか?

 

 私が気にしているのは、それだけではない。ヒーローに興味がなく、オールマイトへの憧れも欠片とて持たないヒミコでさえ、彼が来た瞬間足をとめたのだ。

 さすがに彼女が見ているのは終始私で、ずっと励ましながら治療をしてくれているのだが……それはつまり、彼女であってもオールマイトが絶対的な安全圏を確保する存在だと認識していることに他ならないだろう。

 

 どうやら、この星の住人のオールマイト信仰は相当に根深いようだ。既にヒーローとしての時間が残り少ないらしいオールマイトに、今後何かあったときのことが心配でならない。

 

 確かに、オールマイトの姿は本当に時間が残されていないのかと疑問に思ってしまうほど圧倒的だったが……彼から少しずつ焦りの感情が大きくなっていくのが見て取れる辺り、恐らく本当なのだろうな……。

 

 どういう意味で彼に時間が少ないのかは、わからないが……私の”個性”ならば、あるいは。

 

 そう思ったときだった。どこからともなく飛来した銃弾が、脳無の身体を貫いた。

 

 どうやら、ヒーローたちが到着したらしい。なるほど、オールマイトは先遣か。

 

「みんな来てくれたか……! ヘイミッドナイト! 手を貸してくれるかい!」

「ナンバーワンヒーローのお呼びとあれば、喜んで」

 

 ヒーローたちの中から、妙齢の女性がこちらに駆けてくる。18禁ヒーロー、ミッドナイト。”個性”によって相手を眠らせることのできる人物だ。

 

 なるほど、彼女の力であれば脳無といえど瞬殺であろう。何せ、彼女の”個性”は匂いによって引き起こされる。知っていれば対策は難しくないが、自我のない脳無にそれは難しかろう。

 

 問題は脳無が死体であり、そんな相手に睡眠が効くのかということだが……それは杞憂であった。

 ミッドナイトが到着してすぐに脳無は無力化されたのである。イレイザーヘッドが脳無の”個性”を消したところでオールマイトが拘束し、ミッドナイトが……という流れだ。

 まさに流れるようなスムーズさで、彼らの実力の高さがうかがえる姿であった。私以外も、それぞれ思うところがあったように見える。

 

 最後に脳無は、セメントス……セメントを操る”個性”のヒーローによって、首だけを出した状態で厳重にコンクリート詰めにされ、搬出されていった。

 

「や……っと……終わった、か……」

「コトちゃん? コトちゃん!!」

 

 そしてその様子を見届けたところで、私はヒミコの腕の中で意識を失ったのだった。

 




オールマイトの「私が来た」にノーリアクションのトガちゃん。
でもさすがに、彼が来た=この場所はもう安全という認識くらいはあると思うんですよ。何せ根がヴィラン気質とはいえ、彼女もあの世界で生まれ育った生粋のヒロアカ人ですし。
というわけで、かなり終盤まで「その場で治療開始」か「取り乱して外に向かう」か悩みましたが、前者の形でUSJ事件を終わらせることとしました。

ただ書いてるボクが言うのもなんですけど、ヒロインより主人公が先にお姫様抱っこされることになるとは思ってなかったですね・・・。

というわけで次回、EP2最終回。
皆さん気になってるだろう点についてもそこで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.事件を終えて

後書きという名の解説がクソ長くなってしまった・・・。


 ぞわりと黒い靄が閉じて、床にボロボロの死柄木弔が横たわった。同時に、黒霧が隣に立つ。いかにも場末という様子のバーだった。

 

 そんな二人を出迎えたのは、全体的に明るくポップな衣服で身を包んだ少女だ。弔同様白い髪を、後ろで無造作に束ねた彼女はやたら甘いと評判のコーヒー牛乳を片手に、高い椅子に座って足をぷらぷらさせていた。

 

「ぶっ、あっはっはっはっは! 弔ボロボロじゃん! なになに、もしかしてスコンスコンにやられちゃった感じ?」

 

 だが彼女は、負傷していて倒れたままの弔を見て一瞬きょとんとしたあと、指をさして爆笑し始めた。

 

「うるせえぞテメェ……! お・兄・ちゃ・んが疲れてお帰りだってのに、もっと労えねのか……!? 妹の分際で偉そうにしてんじゃねぇ……!」

「はーん? 誰のことぉ? 鏡見てから出直したほうがいいんじゃなーい? ……ていうか、そこは労ってくださいませの間違いでしょ!」

 

 対する弔は怒りに顔を歪めながら、身体を起こしてすごむ。

 

 しかし少女がひるむことはなく、むしろ煽り返す始末である。当然、それで弔がとまるはずもなく。

 

「は? バラされたいのかクソガキがよ」

「お? やんのか受けて立つぞ?」

『そこまでだよ、弔。(かさね)も、そう家族の傷口に塩を塗るものじゃあない』

「「先生」」

 

 ”個性”を使うつもりで手を伸ばしたところで、二人にとって頼れる大人の声が響き、それでようやく二人はとまった。同時に、黒霧が密やかに安堵の息をついた。

 

 二人が声のしたほうへ顔を向ける。バーの隅のほう。何の変哲もないテーブルに置かれたパソコンが声の発信源だ。

 ただしそこに二人が慕う人物の姿はなく、無機質に「サウンドオンリー」と表示されているだけだ。

 

「先生……話が違うぞ……! 脳無のやつ……! オールマイトどころか、生徒のガキにすら勝てなかった……!」

 

 弔がそこに向けて恨めしそうに言う。

 

 彼の隣で、あわよくばおちょくってやろうかと考えながらそわそわしていた少女……襲は、このセリフに「は?」と目を丸くした。さすがの彼女でも、脳無が子供にすら勝てなかったという話は不意打ちがすぎたようだ。

 

『なんじゃと? ワシと先生の作品が! オールマイトどころか生徒に負けたじゃと!?』

 

 とそこに、また別の声が割り込んだ。

 壮年を通り越し、老年ということがわかる声。それに黒霧が応じた。

 

「……いえ、脳無を倒すところまでは見れていませんが……一人の子供を倒せないまま撤退を余儀なくされました。死柄木弔は脳無へ『死ぬまで暴れ続けろ』と命令し、そのまま……」

『そうか……うん、脳無のことは残念ではあるけれど、最後にした命令はよかったね。悪い状況で、できる最善の手を打った。よくやったよ、弔』

『うう……ワシの脳無が……』

「先生のお話が聞こえないから、ドクターは黙って」

『襲ちゃんはワシに厳しいのう……』

「だってでかい口叩いてたわりに、ボクの力のことなんにもわかんなかったじゃん」

『うーむ、ぐうの音も出んな……』

 

 ドクターと呼ばれるその老人は、襲の言葉を受けて沈黙した。

 

 この結果に、襲は勝ち誇ったかのようにドヤ顔を誰にでもなく披露する。

 

『しかし……仮に弔が失敗したとしても、話は違わないと言うつもりだったけど……今回はちょっと想定外だな……』

「先生が想定外だなんて、そんなことあるんだね」

『いやいや、人生想定外ばかりだよ。世の中そんなものさ。……いや、だからといって済む話でもないな。僕もミスがあったことは認めないとな。すまない弔。すぐに情報を集めよう。それで償いとさせてほしい』

「すぐだ……すぐにくれよ先生……! わかり次第ぶっ壊してやるからさぁ……!」

 

 謝る「先生」に対して、弔は荒れた口調で言い募る。いまだに彼の中で失敗した怒りが渦巻いており、下手に近寄ればそれだけで殺しそうな勢いだ。

 

『何か気づいたことはないかな? あればより早く調べられるんだけど』

「…………」

 

 だが「先生」の質問を受けて、弔はぴたりと動きをとめた。

 そうしてしばらく考え込んだあと、ゆるりと顔を上げ直す。

 

「そうだ……先生……そいつ、オールマイト並みのスピードだった……」

『……へえ。搦め手じゃなく、正面から脳無と戦ったわけだ?』

 

 ようやく少し落ち着いた弔が、うっそりと言う。

 それに応じて、「先生」の声のトーンが少し低くなった。

 

 襲は知っている。彼がオールマイトを非常に嫌っていることを。

 

「それだけじゃない……! 襲みたいな力を使ってた……襲と同じだ……”個性”が二つあるんだ……! チートだチート……っ! そいつさえいなければ……ガキが……っ!」

 

 だがそうこうしているうちに、再び弔が激し始める。感情の高ぶりに合わせて傷口から血がこぼれるが、彼はそれを意に介さない。

 

 そんな彼に応じたのは、今まで口を閉ざしていたドクターだった。

 

『いや、襲ちゃんのアレは”個性”ではないぞ。ワシの施設でもなんもできんかったし、先生の”個性”でも動かせなかtt』

『ドクター、すまないが少し静かにしていてくれるかい』

『はい』

 

 が、オタク特有の早口を、結構な声量でぶちかましたからか、「先生」からやんわりと遮られた。

 途端に黙り込んだドクターに、襲が笑う。

 

 しかしそんな彼女も、すぐに笑いを収めて先ほど感じた気配について話題に上げる。

 

「でもそーいえば、確かに。弔たち引っ張ったとき、ボクと同じ力感じた。向こうから引っ張られてた感じしたよ、先生」

『うーん、なるほどねぇ』

「もしかしてボクの()()()だったりするのかな……。もう何年もみんなと会ってないから、誰が誰かよくわかんないけど」

『近くまで行ったらわかるかい?』

「うん、気配がわかればそれでわかるよ。……先生あのさ、もし会えたらさ、こっち誘ってもいい?」

『もちろんだよ。友達は多いほうが楽しいだろう?』

「うん! そうだよね、ヒーローみたいな社会のゴミ目指すなんてバカなことやめて、こっち来ればいいんだよね!」

 

 さすがわかっている、と言いたげな満面の笑みを浮かべる襲。

 

 一方、弔は心底嫌そうな顔でモニターをにらんだ。

 

「おいマジかよ先生……本気で言ってんのかよ……!」

『友達や仲間は大事だよ、弔。多いに越したことはない! 特に、強い仲間はね。今回はそういう人材が足りなかったね』

 

 返ってきた言葉に弔は理解しつつも、感情が完全には納得できないのか舌打ちをした。

 隣で襲が得意げにうんうん頷いているのも、彼の神経を逆なでする。

 

「……じゃあさじゃあさ、()のボクの番は、スカウトがんばろうと思うんだけど、ダメかな? どーせどこか攻撃するとかはしばらく無理だろーしぃ」

「……チッ」

『いいと思うよ。じゃあ任せてみようかな。弔は治療に専念しよう。無理をして変に治ってしまってはよくないからね』

「……わかったよ、先生……。クソ……っ」

 

 その襲が、自分よりうまくやっているように見えるのも、弔にとってはストレスだ。

 肌が乾く。かゆみが身体中をはい回る。

 

 彼がそんなストレスを感じていることを理解している襲だが、しかし彼女は弔を労わらない。

 勝ち誇った顔を隠すことなく、わざと目立つように弔の視界周辺をうろうろするだけだ。さながら「ねえどんな気持ち? 今どんな気持ち??」と言いたげに。

 

 当然、沸点の低い弔はすぐに怒りの頂点に達する……が、残念ながら襲との付き合いは短くない。こういうときの彼女への対処法を経験的に把握している弔は、手を上げる前に意識を切り替えようと努める。

 

「んのッ……――スゥー……――」

 

 深呼吸し、一拍の間を置いて。「先生」に教えられた鎮め方だ。

 

 そして、今もなお挑発するようにうろうろしている襲に、軽薄な笑みを浮かべて言い放つのである。

 

「……そうキャンキャン吠えるなよ……弱く見えるぜ……」

「は? 殺すわ」

 

 瞬間、それまでとは立場が逆転し、襲は表情を飛ばした顔で弔に拳を向ける。

 いつものパターンだ。だから弔も、決まりきった単純な軌道をさらりと避けた。

 

「はっ、毎回毎回口より先に手が出る……頭の中カラッポなんじゃないの? ……ああそうか、栄養足らないんだったな……そうだったそうだった。身体はもちろん、頭も足りないんだっけ。ごめんごめん、気づかなかったよ……」

「だーれーがー頭カラッポのクソチビだオォン!? そのパッサパサの唇縫い合わせてやろうかァ!?」

「正論って、本当のことだから刺さるんだって話、マジなんだなぁ……誰もそんなこと言ってないのに。図星ってヤツだ……はは……」

「……はーキレた。キレちまったよボクはァ! 上等だクソダサ手マン表に出やがれギッタンギッタンにしてやんよ!!」

「おお、こわいこわい……」

 

 今までの自分を棚に上げてキレ散らかす生意気な小娘に対して、弔はけらけらと笑う。

 

 その程度のことが逆鱗に触れたのか、襲は遂に”個性”を発動した。処理しきれなかった激情が彼女の身体からあふれ、赤いスパークがばしりと駆け巡る。

 

『そこまでだよ、襲。君の悪いところは怒りっぽいところだ。いい所でもあるんだけどね』

 

 だがその瞬間、成り行きを見守っていた「先生」が制した。途端、襲ははっとして”個性”を解く。

 

「……ごめんなさい、先生」

 

 そうしてしゅんとする姿は、実に見た目相応であった。

 

「ぷっ……怒られてやんの……」

「……ッッ!」

 

 が、それを弔があざ笑う。さながら殴れるうちに殴っておこう、とでも言いたげな態度に、再び襲の身体から赤い光が漏れる。

 

 しかし彼女とて、これは日常だ。先ほどの弔同様に深呼吸を挟み、どうにか怒りを抑え込んだ。

 

『何はともあれ、今回は失敗だったわけだけど……悔やんでも仕方ない! 今回だって決して無駄ではなかったハズだ。失敗は次に活かせばいい。君たちはまだまだ成長できる。じっくり腰を据えてやっていこう!』

 

 それを見計らって、「先生」は総括に入る。

 

『我々は自由に動けない! だから君のような「シンボル」が必要なんだ。死柄木弔! 次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!』

 

 彼の言葉に、弔は無言であった。しかしその瞳に宿る狂気はそれまでと違って揺らぎはなく、完全に落ち着きを取り戻している。そうして狂気は、闇は、研ぎ澄まされていく。

 

 確かに今日、彼は失敗した。だが、「先生」が言う通り、失敗は次に活かせばいいのだ。失敗は成功のもと、とはよく言ったものである。

 

 そう、弔には「次」がある。それは少なくとも明日やあさってというものではないが……しかし、年単位で先というわけでもない。

 さして遠くない未来、いずれ来る「そのとき」を想像して、弔は昏い笑みを浮かべる。

 

 彼のそんな姿を、名前を呼ばれなかった襲がむくれた顔で見つめていた。

 

***

 

 トガの腕の中で、こくりこくりと船を漕いでいた理波が遂に眠りに落ちた様子を見ながら、爆豪勝己は渋い表情を抑えられないでいた。元からあまり感情を隠さないタイプだが、それでも表に出したくないものはあって……しかしそれを抑えきれなかったのだ。

 

 なぜなら、それだけ直前までの経験が衝撃的だったから。

 

 トップヒーローの本気の戦いを、初めて目の当たりにした。それもすぐ目と鼻の先で。これほど幸運なことはなく、またこれほど高い壁だとは思わなかった。

 これがプロの世界か、と思わされた。己は所詮、まだ卵でしかないのだと思わされた。まったく、己の弱さに心底腹が立つ。

 

 だが、それよりも爆豪の感情をささくれ立たせるのは、他にある。今目の前で寝落ちした理波だ。

 

 オールマイトが強いということは、ある意味当たり前だ。日本どころか、世界に名を馳せるトップヒーロー。世界に冠たるナンバーワンヒーロー。それを長きに渡って維持してきた男に、たかだか高一の若造がすぐに敵うはずがない。たとえ爆豪がどれほど強がろうが、それが世間一般の評価だ。

 

 だから、オールマイトがあの脳無とかいう黒い化け物を、一方的に圧倒したことは驚くことではない。

 もちろん、あれと同じことが今の自分にはできないと自覚しているからこそ、それはすごいと思うのだが。しかしそれは、理解できる驚きだ。

 

 だが、あれはなんだ? オールマイトが戦ったときより明らかに動きのよかった脳無相手に、一歩も引かずに戦い続けたあの女はなんだ?

 

 ただ張り合ったのではない。相手の超再生という”個性”の性質を即座に見抜き、しっかり再生しなければ戦いに支障が出る……あるいは戦うことすら覚束なくなる箇所だけを的確に狙い続けた。そうして脳無についぞ全力を出させることなく乗り切り、オールマイトに繋いでみせた。

 

 それをなしたのが、自分の同級生? さすがの爆豪も、これには思わず信じられない心持ちだった。

 

 爆豪はその場に向かう最中であったから、実のところ遠目にしか彼女の戦いは見れなかったが……それでもわかる。五分近くもの間、脳無の凄まじい攻撃をかいくぐりながら急所だけを狙って、消耗を強い続けていた。

 

 だがそれを実現するために、どれほどのものが必要になるだろう。極限の状態で敵の状態を見抜き、攻撃を予測する観察眼。対策を考える思考力、それを実行に移す行動力。さらには武器を振るう、立ち回る技術……などなど。

 思いつくだけでも、これだけのものが即座に浮かぶ。言うは易し行うは難しだ。

 

 そして、それらを自分が持ち合わせているかと言えば……プライドの高い爆豪であっても否と言わざるを得ない。今はまだ。

 

 だが……そう、今はまだ、である。

 ゆえに爆豪は、笑みを浮かべて見せた。オールマイトのそれとは異なる、不遜な色合いを帯びた勝気な笑み。

 

「絶ッ――……対に……! 超えてやる……!」

 

 なぜなら彼にとって増栄理波という少女は、ただの通過点でしかないのだから。

 

 そしてそれは――轟焦凍にとっても同様だった。

 

 腹立たしいが、憎い父の教えゆえに同年代では抜きん出た実力を持つ轟には、爆豪同様理波が行った超絶技巧が見えていた。

 同時に、近接戦……それも一対一の状況では、勝ち目が薄いことも理解できてしまった。だからなおのこと、暗い感情が鎌首をもたげる。

 

 ただ……それとは別に。

 

 あれほどの戦いを見せた人間が、まっすぐに……心底安堵した顔で……それこそ年相応の幼子のように、「ありがとう」と。「助かった」と。そう告げてきたとき、己の胸の内に去来した感覚は、不思議と悪いものではなかった。

 

 あの言葉を告げられたとき、轟はなんとなしに思ったのだ。

 

 ――ああ。そういえば俺は、オールマイトみたいなヒーローになりたかったな、と。

 

 その気持ちが、すぐに彼を光明面に引き戻すことは残念ながらない。それだけでは、長年積もり積もった気持ちは揺らがない。

 けれども、彼の暗黒面に波紋を起こしたことは間違いない事実である。

 

 ……そうして。

 

 のちにUSJ事件と呼ばれる一連の騒動は、ひとまず幕を引いた。

 

 この件で、生徒側に目立った被害はなし。軽傷のものはそこそこいたし、敵を撃退するに当たって”個性”の反動で怪我をしたミドリヤのような生徒もいたが……全員リカバリーガールによる治癒で間に合う範囲。

 理波についても、疲労困憊と栄養不足が原因なので被害と言うほどではなく、基本的には無事と言っていいだろう。

 

 一方で、そうではなかったのが教師陣だ。13号は靄の男――黒霧との戦いで、自身の”個性”「ブラックホール」を返されてしまい、背中を大きく損傷。ただし、命に別状はない。

 

 最も重傷なのはイレイザーヘッドで、彼は左腕の粉砕骨折の他、右足も骨折、肋骨には数本にヒビがあり、さらには右手は皮が大部分崩れてしまっていた。その他にも、それに比べれば軽いが、範囲の広い擦り傷がいくつかという有様だ。

 

 これでも命に別状はなく、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と診断された。それでも二人とも保健室ではこと足りなかったので、一日しっかりと入院することになった。

 

 また今回の事件を受け、学校側は当然セキュリティの強化に乗り出した。

 

 ただ、黒霧のような遠隔地から直接乗り込んで来られる”個性”の持ち主がいることを考えると、どれほど厳重な警備であろうと効果は薄いと言わざるを得ないだろう。

 それでも雄英高校は、できる限りの対策を講じ、万全であると表明する。その中には、どこかの銀河共和国で稼働していたバトルドロイドによく似たロボットたちがいたという。

 

 そして事件の翌日。臨時休校と定められた日の昼下がり――

 

***

 

 ――不意に意識が覚醒し、緩やかに目を開ける。私を迎えたのは、心配そうにこちらを見つめるヒミコの顔であった。

 

「コトちゃん……!」

「……やあ。おはよう、ヒミコ……」

「よかった、起きたぁー!!」

 

 いまだ夢見心地な頭のまま、寝すぎたとき特有の少しかすれた声で応じれば、彼女は瞳を潤ませながら私にすがりついてきた。

 

 そんな彼女の頭を抱きかかえ……ようとして利き手がうまく動かなかったので、利き手ではないほうで抱きしめた。

 ちらりと横目に見れば、動かなかったのは点滴と繋がっているからのようだ。後遺症などではなくて一安心である。

 

「ごめん、ごめんねコトちゃん……! 早くあそこを出てちゃんとした治療してもらわなきゃいけなかったのに、私のせいで……!」

「……いいんだよ。それに……私も、心配をかけた……。君のことだから、ずっと傍にいてくれたんだろう?」

「それは……もちろん、だけど……でも」

「気にしていないよ。だから……私から言えるのは、一つだけだよ。ありがとう、ヒミコ」

 

 あのときは私も全身がひどくだるく、栄養不足もあってつい当たるようなことを考えてしまった。まったく、修行不足も甚だしい。

 それが申し訳ないと思う反面、ヒミコが心配してくれたことはとても嬉しく、ありがたかった。

 

 だから彼女に礼を言うことはあっても、非難しようなどとは思わない。

 そう言葉ではなくテレパシーで伝えれば、ヒミコは涙を流しながらもにこりと微笑んだ。

 

「……どういたしまして」

「ん」

 

 そうして私たちは、抱き合ったまま唇を――

 

「――はいはい、仲のいいことは結構だけどね」

「ひゃあ!?」

「ん゛ッ! げほっ、げほっ!?」

 

 そこにリカバリーガールの声が割って入ってきて、どちらからともなく大急ぎで身を引く私たちであった。

 

 ……いや、違う。そうではなく。

 私は先ほど、何をしようとしていた? 寝起きで頭が回らない状態だったとはいえ、いくらなんでも流されすぎではないか……!

 しかもリカバリーガールの存在に気づかなかったとか、どれだけ気を抜いていたんだ……!

 

「あと少しだったのに……」

 

 君はこんなときでも平常運転か!? いや、確かに女性はたまに、ものすごく驚くほど一瞬で意識を切り替えることがあるが!

 

「それだけ動けりゃ大丈夫そうだね」

 

 だがリカバリーガールは私たちの態度には何も触れず、淡々と職務を遂行する。

 

 私はあっさりと点滴を外され、実にてきぱきと診察を終えて、退院の運びとなった。

 いや、保健室から帰ることを退院と言っていいかはわからないが。

 

「あんたほとんど一日寝てたからね。栄養は点滴で入れてたけど、お腹空いてるだろ。ランチラッシュが来てくれてるから、食堂でなんかもらってきな」

 

 という言葉と共に見送られた私たちであった。

 

「……その、じゃあ、行くか」

「うん。一緒に食べよ?」

「そう、だな。そうしよう」

 

 そうして私たちは、どちらからともなく手を取り合って、歩き出したのであった。

 

 

EPISODE Ⅱ 「連合の攻撃」――――完

 

EPISODE Ⅲ へ続く

 




トガちゃんが連合にいない関係上、オリキャラを最低でも一人連合に配置することは、連載を開始したときから決まっていました。
ただ、それをフォースユーザーにするかどうかについては、最後の最後まで悩みました。ヒロアカとSW、それぞれの対立軸が並立する事態はよろしくないとわかっていたので。
で、悩みに悩んで結局フォースユーザーとして出すことにしたわけですが・・・これにはもちろん戦力バランスを取るためという理由もありますが、一番の理由はフォース的な意味でのバランスを取るためです。
フォースという概念の設定に忠実にあろうとした上で原作以上のハッピーエンドするためには、フォースユーザーが敵側にも一人は必要ではないかと考えたわけです。
最初に強いフォースユーザーを悪側に置くことで暗黒面に偏っているスタートラインを用意し、そこからフォース的にバランスに向かわせることで物語的にもハッピーエンドに持っていこうという魂胆です。

なので・・・これは少々ネタバレになるのですが・・・SWでジェダイと敵対していたシスの関係者はまったく出てきませんし、影響も存在しません。パルパティーンもエグザキューンも不在です。
なぜなら、あくまで本作の中心軸はヒロアカであり、SWではないから。
ジェダイとシスの相克、フォースの光と闇の対立はメインテーマではないので、そうした要素は極力薄めていく方針です。

このため今回遂に登場したオリキャラ、襲ちゃんはフォースユーザーですが正規の訓練は一切受けたことがなく、出力は主人公を上回るものの技術や知識は一切ない、という設定になっています。一般人(?)の弔に攻撃をあっさり避けられているのはそのせい。
それでもヒロアカ基準では十分強いので、あんな調子づいたメスガキになってしまったわけですが、見た目に関してはぶっちゃけ趣味です。
ボクっ子メスガキ合法ロリってよくないですか。いや、トガちゃんくらいの年齢は合法じゃないんですけど。
ボクはライトセーバーを振り回す幼女とクソでかい剣を振り回す幼女の戦いを書きたかったんです(その目は澄み切っていた

あ、今回も一つ幕間を挟んでEP3に入ります。
相澤先生視点のお話です。よろしくね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 相澤先生の憂うつ

 抹消ヒーロー・イレイザーヘッドこと相澤消太は、雄英高校の教師の中でも少々特異な存在である。

 なぜかと言えば、それは彼がわずか三年という教師歴の中で、実に154回もの除籍処分を実行しているからだ。

 

 雄英のヒーロー科は、基本的に二クラス四十人が一学年の定員。つまり一クラスは基本二十人であり、それをたった三年間で154回も除籍したという記録は、誰がどう考えても普通ではない。

 しかも去年度に至っては、担当していたクラスの全員を除籍してしまっている。自由が校風だから教師もそうする自由がある、と言うにはいささか常軌を逸した経歴と言えるだろう。

 

 だが、それはひとえに子供を案じるがゆえだ。

 半端に夢を追わせることほど残酷なものはない、が彼の信条。そしてそこには何より、自己犠牲と命を捨てることは同義ではない、という信条が根底にある。死んでしまったらそこですべて終わりだということを、深く実感しているから。

 

 だから彼は、教師に就任する際に校長へ直談判し、()()()()()()()()をもぎ取った。

 生徒に一度、「最高峰のヒーロー科に合格しながら除籍処分にされた」という社会的な死を与えることで、本気を引き出すために。そして見込みがあれば、すぐさま復籍させられるように。

 

 ゆえに、除籍処分154()。そう、彼が処したという記録は、人数ではないのだ。

 

 ただ……そうした特殊な権限を持つがゆえに、彼の受け持つクラスには入試時や素行調査などで何らかの懸念事項があった生徒が配属されることが多い。

 彼なら、そのような生徒を本当に除籍したとしても、「ああまたいつものか」としか思われないから。彼なら「しょうがない」と思われるから。

 

 ……そんな彼であっても、今年の受け持ちに問題児がこれほど集まるとは予測していなかった。

 

 あの一般入試は、普通にしていればヴィランポイントとレスキューポイントに露骨な差のある合格者は、そう大量に出るものではないはずなのだ。それがあからさまな偏りがある生徒は、素行の良し悪しとはまた異なる問題を抱えていることが多いと、相澤は経験則で知っている。

 今回の相澤のクラスには、そんな生徒が何人もいる。うち三人に至っては、どちらかのポイントがゼロという始末。おまけにそれ以外にもエロの権化もいる。今年は例年にも増して心労の多い年になりそうだと相澤が思ったのも、仕方ないと言えよう。

 

 中でも特に目を引く生徒は、約六年前の仕事で遭遇した不思議な力と思しき力の持ち主である。おまけにその生徒は、入試でヴィランさながらの活躍を見せた今年度きっての問題児でもある。

 

 そんな生徒を受け持つだけでもかなり苦労すると想像できるが、彼女の監視役も密かに受け持つことになってしまった。仕方ないとはいえ、ため息の一つも出るというものだ。何せ子供を疑うなど、あまり気持ちのいいものではない。

 

 けれども相澤は、その役目を引き受けた。なぜなら彼はヒーローで、教師なのだ。誰かを助けることは当たり前のことであり、義務。生徒を、子供を信じることもまた当たり前のことで、義務だ。

 件の少女……トガヒミコもそんな子供の一人だ。確かに使っている能力が申請された”個性”と異なるのは不審だが……少なくとも事前の調査では出自などに問題はなかった。ならば、相澤は生徒の無実を信じるだけだ。もちろん、それを表に出すことはないが。

 

 ただ、相澤がいつもやっている入学式無視の個性把握テスト。ここで早くも懸念していたことが現実になった。

 

 トガの持つ力は、間違いなく不安要素だった。だからそれを己の力で消せるのかどうかは、”個性”の詐称よりもまず確認しなければならないことだった。

 また、かつて見たヴィラン組織の力と同じかどうか、見極める必要もあった。そしてそれを彼女がどう使うかも。そのためには、例の力を見る回数は一回でも多く取りたかった。

 

 だから、あえて厳しく”個性”のためのストック補充を禁じた。普段ならば一度誰かがやるまでは見逃すのだが、今回は最初から禁じたのだ。

 

 果たして、トガはその力を使って見せる。”個性”もなしに、超人的な身体能力を発揮したのだ。あるいは、離れた場所のものを動かすなどの力を躊躇なく見せた。

 

 そしてその力を抹消することは、かなわなかった。これで少なくとも、”個性”とは異なる力が使えることは確定。

 例のヴィラン組織で使われていたものと同じかどうかまでは、数回見るだけでは確信できなかったが……それでもなんとなく、同じのような気がした。

 

 だが、このテストでは本人の思想や素行は詳しくはわからないからと、残りを普段通りに続けようとしていた相澤を別の問題が襲った。

 

 どうもトガと同じ力を使っているやつがいるっぽい。そのことに気がついたとき、表には出さなかったが相澤は頭を抱えたくなった。増栄お前もか、と。

 

 相澤のこの発見は、すぐに根津校長に報告された。そうして慌てて増栄理波という生徒の調査をしたところ、興味深い話が知れた。

 

 増栄理波……”個性”、「増幅」。身体のどこかが触れたものの何かを自身で選択し、増幅することができるという”個性”。極めて汎用性が高く、できないことを探すほうが難しい”個性”だ。

 彼女はそれを用いて己の中の超能力を一時増幅し目覚めさせることができる、とされていたのだ。表向きは明らかになってはいないが、少なくともヒーロー公安委員会はそれを承知して認めていた。

 

 だとすると。

 

 増栄の情報を聞いた相澤たちには、恐ろしい仮説が浮上した。

 つまりトガのあの力は、増栄によって与えられたものなのではないか? というものだ。

 

 何せトガは、調べた範囲では間違いなく例のヴィラン組織とは無関係。出生もDNAも、その育ちに至るまで、不審な点は見当たらない。”個性”の申請も、決して間違ってはいなかった。

 そんな少女が”個性”とは異なる力を使えるというなら、目覚めたよりも他人から与えられたと考えたほうが妥当だ。そういう伝説のヴィランも、かつては実在していたのだから(もっともそのヴィランは今もなお生きているのだが、それを知る者は現時点ではヒーロー側にはいない)。

 

 そして、トガと増栄は同郷だ。学校も同じ。

 学年は違ったが、いかなる縁か今はルームシェアまでしていて、非常に親密である。どうも友情を超えたものすら感じるが、だからこそ力を与える理由も一応説明できてしまう。

 トガに強要されて、という可能性ももちろんあるが……二人の関係性を見ていると、それはないような気がした。

 

 さらにだ。もしこの仮説が正しいのであれば、増栄はあの超能力を、自身の栄養以外はほとんど制約なしに、誰でも扱えるようにできる可能性も高い、ということになる。

 これは何よりも大きな問題だ。トガの”個性”詐称疑惑や十歳児を色恋の目で見ていること、ヴィランっぽい振る舞いなどよりもよほど大きな。

 

 ”個性”とは異なる力を他者に与えられる、十歳児。ヴィランに知られれば、誘拐待った無しの案件である。

 実際、かつて相澤らが壊滅させたヴィラン組織も、非合法手段のほとんどを用いて()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして大量の犠牲の上にではあるが、()()()()()()()()()()()。もしも逮捕を免れた残党がいたとして、増栄の存在を知られたとしたら、まず間違いなく彼女は危険に晒されることになる。

 

 だが、この仮説には問題もある。増栄の経歴に不審な点が一切ないことだ。

 彼女の両親はかなり過保護で子供から目を離すことはなかったと言うし、彼女が”個性”に目覚めた時期は、例の組織が壊滅する直前。

 であれば、増栄が超能力に目覚めたのは偶然と考えるのが妥当だろう。

 

 仮に組織が関与していたのだとしても、やたら急いだような飛び級がこの超能力の影響で許されたことは間違いないはずだ。公安委員会も、可能な限り増栄に自衛できる手段を与えるべきだと判断したのだろう。

 

 そんな、人によっては厄ものな幼女を受け持つことになっていたと気づいたとき、相澤は深いため息をついた。

 

 だが合理性を重視する彼はトガのみならず、増栄も同様に監視対象に加えることを自発的に決意する。

 こちらは身柄を守るためという意味合いが強い。事情はどうあれ、増栄理波が十歳の幼女ということは事実であり、ならば大人として守らなければならない。

 なに、どちらかを見ようとすれば、どうせもう片方も自動的に見ることになる。何せあの二人が別々に行動していることなど、ほぼあり得ないのだから。

 

 そうして増栄の情報は関係各所にも周知され、相澤の今年度初日は終わった。日付はとうに変わっていたが。

 

***

 

 だが、このクラスは本当に曲者だった。授業初日から随分と派手にやってくれたのである。

 

 一番気にしなければと思っていた増栄とトガを差し置いて、初っ端から爆豪と緑谷がやらかした私情しかない危険な殴り合い。そのVTRを見た相澤は、ため息しか出なかった。

 それに、トガが見せたヴィラン同然な言動も問題だ。生徒たちはあれが演習の設定に忠実になりきっていたものと考えているようだが、絶対違うという確信が相澤にはあった。伊達に三十一年も生きてはいない。

 

 やはりトガは要注意人物、除籍もやむなしか。そう思った相澤だったが……直後、”個性”の反動で苦しむ麗日を助け、心配するトガの顔は本気に見えた。まったく判断の難しい少女である。

 

 しかし彼女だけが懸念事項ではない。ゆえに相澤は、感じるような気がする頭痛を無視し、ハラハラしながら増栄の戦闘訓練を眺めた。

 

 だが予想に反して、彼女はヒーローとしてほぼ理想的な行動のみをしてくれた。トガとは違ってこちらの性根は善人なのだろうと思われて、ほっと一息つく。戦い方が父親と似ている部分もあって、ほっこりしたまであるくらいだ。

 

 授業後も、訓練施設は使えるのか。使えたとして、そのためには何が必要かを質問しに職員室まで来ていた。一年生でそれを必要と考え、存在すると知り、実際に使おうと考える生徒はなかなかいるものではない。

 

 何より彼女は理性的で、理屈で動く。生徒の中では一番年下のはずなのに、一番年上なのではないかと思えるほどだ。

 

 だからこの時点で相澤は、もしトガが超能力を使えるようになった元凶が彼女だとしても、悪い女(ヴィランという意味ではない)に引っかかっただけなのかもしれない、と考えるようになっていた。

 

 だが、今回のヴィラン襲撃事件を経て、相澤は増栄への考えを改めていた。

 つまりどういうことかというと、

 

「普段は模範的な優等生だが、いざというときはやたらアグレッシブ。一番面倒なタイプだ」

 

 という風にである。あの鉄火場のさなか、暴れるヴィランを利用して敵を攻撃するというトレインじみた判断を、そうするしかなかったとさらりと言ってのける辺り、良くも悪くもやるときはやるやつだと。

 

 そんな、本人が聞いたら自分はクワイ=ガン門下ではないと言うような認識を胸に、相澤は病院のベッドで医者の回診を待っていた。

 そして、考えを巡らせる。

 

 今回の事件の襲撃者側には、増栄とトガが使う超能力――フォースと言うらしいが――を使える人間がいる可能性が高いと二人は証言したらしい。

 だがあの事件のさなか、彼女たちはひどく驚いていた。それはまるで、自分たち以外に超能力の使い手はいないと確信していたかのような反応であり……あれが演技なのであれば、二人揃って簡単に千両役者になれよう。であれば、少なくとも二人と襲撃者とも関係がないと見ていい。

 

 ただそれは同時に、逃したヴィランの背後に何かがいる可能性を高める推測でもある。もしそうであれば、二人が気づいたようにあちら側も、二人が同じ力を持っていると気づいたかもしれない。

 だとすれば、二人がヴィランに狙われる可能性はさらに増したと見ていい。まったく、ヴィランというやつは本当にろくでもないことしかしない。

 

 ただ今回の事件では、増栄だけでなくトガもまた、彼女なりに他人を思いやることができる人間だと証言が取れたことは大きいだろう。教師としては、その証言をした生徒共々トガを信じたかった。

 

 まあ、トガについては増栄への非常に強い依存心も垣間見えたのだが……それは逆に言えば、増栄さえいれば、増栄が道を踏み外しさえしなければ、トガが道を踏み外すことはないとも言える。そういう意味では、どちらも注意深く見守っていかねばならない生徒であることには変わりはないだろう……。

 

 そこまで思考を重ねて、相澤は二人を疑っての監視はあまり必要ないと判断することにした。前述の理由での注視、あるいは二人をつけ狙うであろうヴィラン対策という意味での注意は必要ではあるだろうが、悪性は低いと。教育でどうにかできる範囲だと。

 

 ……もっとも、上がどう判断するかはまだわからない。何より、相澤の意見が全面的に通ったとしても、教育担当は相澤自身なわけで。

 結局彼は、やれやれどうしたって仕事が増えることになる、と肩をすくめた。

 

 ただ、それでも彼は教師という仕事の職責から逃げるつもりはなく。

 

「……あのフォースとかいう力について、知る必要があるな。六年前の事件については塚内さんが骨を折ってくれてるから、そろそろ何かしら連絡があってもおかしくないが……」

 

 教える立場であるなら、当然性質などは知っておかなければならないだろうと、相澤消太はさらなる苦労を背負いこむことを決意したのだった。




前話にあんなに感想が来るとは思ってませんでした。感想というか大半はご指摘ですけど、それでもまさか普段の3倍以上とは・・・。
なんというか、皆さんちゃんと読んでくれてたんですね・・・ブクマ数とかUAPVに反して感想あんま来ないから、そんなに気にされてないのかなってちょっと思ってたんですけど。
そんなことないらしいとわかったので、より一層励もうと思います。
感想をくださる皆さん、誤字脱字を報告してくださる皆さん、いつもありがとうございます。改めて感謝を。
いただいたご意見も目を通させていただいております。ありがたく参考にさせていただきます。

何はともあれ相澤先生視点の話でした。証拠になるものがほとんどヒーロー側にないせいで文章的には推測ばっかりになりましたが、そんなに間違ってない。
そしてちょっとだけ、フォースをどうこうしようとしてたヴィラン組織についても言及。地球のフォースが暗黒面に偏ってるのは大体こいつらのせい。

あ、「除籍・復籍権限を持ってるから問題児と予想がつく生徒は相澤先生に回されがち」というのは推測です。原作からして、A組のほうが扱いづらい生徒多いように見えるし多少はね?

ちなみにEP3ですが、騎馬戦のポイントやトーナメントの組み合わせの整理で色々手間取ったので、開始まで少し時間をください。
半分くらいは書きあがってるんですけどね。一通り書いたら投稿再開しますので、それまでお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅲ ジェダイの産声
1.舞台に上がる


お待たせしました。
新章、開始いたします。


 学校で目が覚めた日は、臨時休校になっていたらしい。事件の後始末で教師陣は総出で動いていて授業どころではなかっただろうし、無理もない。

 この日私はヒミコと食事を摂ったあと、やって来た警察の方から事情聴取を受けて帰宅した。

 

 そして帰宅後も、ヒーロー公安委員会同席の事情聴取を受ける羽目になった。

 

 まあ、私たちと同様フォースを使うヴィランの可能性が浮上した以上、仕方ないだろう。謎の超能力ことフォースは、表向き私も状況に応じて都度使えるようにしていることになっているので、その手の話は公安も一枚噛んでくるのだろう。

 

「超能力者を勝手に増やしたりしていないでしょうね?」

「誓って一切ありません」

 

 と、そんな腹の探り合いもあったがね。

 

 ヒミコ? 彼女は自発的にフォースに目覚めたのであって、私が使えるようにしたわけではない。

 

 それはともかく、だとするとどうやってフォースユーザーが生まれたのか、謎だ。この星はフォースが薄く、ユーザーどころかセンシティブすらろくにいないのだが。

 いや、私にとっては謎でも、委員会や警察は何か情報をつかんでいる可能性はあるだろうけれども。その場合、一応は一般人である私がその何かを知る由はないので、これ以上はなんともできない。

 

 とりあえず、アナキンには私たち以外のフォースユーザーがいるのかどうか聞いたのだが……「いる」という答えがあっさりと返ってきた。

 そういえば、彼はフォースが薄いとは言ったがフォースユーザーが皆無とは言わなかった。これについては私の早合点だったわけだ。

 

『いつ気づくかなと思っていたが、思っていたより遅かったな』

 

 彼はそう言って笑ってくれたよ……。

 

 ただ、実戦レベルで使用できる域にあるものはほとんどいないらしい。その数少ない例外が、先日の襲撃犯の中にいる可能性が高いことは問題だが……この星にも多少なりともフォースユーザーがいるのであれば、ジェダイを復興する上でそうした人物を探したいところだ。

 

 何度も言っているが、私の”個性”は代償として私の栄養素を消費する。フォースユーザー足るほどにまでミディ=クロリアンを永続増幅するとなると消耗は激しく、即座に栄養失調に陥るだろう。最悪餓死する。

 毎回そんなことをしていては、そう遠くない日に身体にガタが来るだろう。生まれつきのフォースユーザーになり得る人物がいるのであれば、できる限りそういう人物をスカウトするほうが安全なはずだ。

 

 とはいえ、アナキンは死者として過度な肩入れをしないと以前に明言しており、今回もこれ以上のことは教えてくれなかった。もどかしくはあるが、彼に頼り切ることも確かに問題だろう。

 

 なので、この星におけるフォース関係の情報は自力で集めるしかない。とりあえず、情報収集用のドロイドを造ろう。

 そう決めて、設計図を引……こうとしたところで、今日は安静にしろとヒミコに怒られ、ベッドに引きずり込まれた。

 

 ともあれそういうわけで、その日は過ぎて臨時休校明け。

 登校したところみなに大層心配されてしまったが、私が意識を失った原因は単なる疲労と栄養失調なので、さほど大したことはなかった。むしろ昨日は食堂の食材をほとんど一人で食べ尽くせるくらいにはピンピンしていたので、私よりミドリヤのほうがよほど重傷だっただろう。

 

 マスター・イレイザーヘッドも心配だ。何せ彼が一番の重傷者だったはず。いくら驚異的な回復が可能なこの星とはいえ、昨日の今日で教師に復帰できるかどうか。

 

「おはよう」

「相澤先生復帰早ッ!!」

 

 と思っていたら、マスターは何事もなかったかのように現れた。右手はギプスで固められ布で吊っていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「先生ご無事だったのですね!」

「さすがプロだぜ……!」

 

 担任の無事? な姿にクラス全体がざわめくが、心配された当の本人がやかましいと一蹴。ぎろりと相変わらずの”個性”込みのにらみを受けて、即座に教室内が静まった。

 

「まあ、何はともあれ全員無事で何よりだ。だが、戦いはまだ終わっちゃいねぇ」

 

 その彼が、随分と含みを持たせて言う。

 その内容に、またしてもクラスがざわめき始めた。もしやまだヴィランがいるのかと、ミネタ辺りは怯えていたが……安心していいぞ。マスターにそんなつもりはないから。むしろこれは彼のお茶目だから。

 

「雄英体育祭が迫っている!」

 

 途端、クラスがどっと湧いた。毎度ながら、私とヒミコ以外はだが。

 

***

 

 体育祭という学校イベントは、さすがに私でも理解している。一応短くも義務教育には通ったのだ。経験だってある。

 

 だが、雄英高校の体育祭はそれとは一線を画したものだ。なぜならマスメディアが多数入り、逐一配信がなされるのだ。しかもそれが惑星規模で視聴されるという人気のコンテンツと化している。

 またそれだけにとどまらず、現役のヒーローたちにとってはスカウトのための場でもあるという。つまりやがて卒業してヒーローとなる優秀な生徒を、今のうちに確保しておこうという魂胆だ。この国で言うと、青田買いと言うのだったかな?

 

 つまりそれは、ヒーローを目指す生徒にとっては己の存在をアピールする場でもある、ということでもある。実際、ここでの活躍に応じて今後校外学習などに差がついていくという。

 

 だからイレイザーヘッドから体育祭の話が出たあとは、全員が何かしらの形で発奮していた。彼らは将来のためにここで精一杯アピールをし、より高みを目指すのだ。

 

 まあ、中にはただ勝つという気概を昂らせ、暗黒面と光明面の間を高速で反復横跳びしているバクゴーや、どういうわけか急に憎悪をたぎらせ始めたトドロキなどもいるが。この辺りのメンツは例外だろう。

 大体の生徒は純粋にやる気を昂らせているのであるが……。

 

「出場辞退はできないのだろうか」

『増栄(理波)ちゃん(さん)正気(ですか)!?』

 

 昼。食堂で女性陣(ウララカはミドリヤたちといるのでこちらにはいない)と食事をしているときにそうこぼしたところ、ヒミコ以外の全員から正気を疑われることとなった。

 あと、少し離れたところからバクゴーの怒気が膨れ上がったのは、絶対聞こえていたからだろうな……。

 

 だが生憎と正気である。

 

「私は目立つために鍛えているのではない。この力はこの星の自由と正義のためのものだ。大衆向けの娯楽として消費されることや、いたずらに力をひけらかすことは極めて不本意なのだ」

 

 私としてはこれに尽きる。この星の歴史的に言うならば、ローマ帝国のサーカスにはなりたくないとでも言えばいいだろうか。

 

 私はジェダイだ。ジェダイの力は調和のために、社会の安定のために使われるべきもの。

 それを、マスメディアを入れて全世界に中継する? 強さを示すために使う? 冗談ではない。

 

「……気持ちはわからなくはないわ。でもここでプロの目に留まらないと、今後に響いてくるわ?」

「承知の上だ。そもそもの話、私はヒーロー免許がほしいだけでヒーローになりたいわけではないからな」

『え……っ』

 

 茶をすすりながらツユちゃんに答えたら、今度は場が凍りついた。凍っていないのは、事情を知っているヒミコだけである。

 

 やや間を置いて、代表するようにヤオヨロズが問うてきた。

 

「な、なぜに……そのような……?」

「私はこの星の自由と正義の守護者たらんとするもの。そこで報酬を求めるつもりはないし、大衆に迎合した過度な知名度も欲していない。それだけのことだよ」

「……まるで超常黎明期のヴィジランテのようなことを仰るのですね」

「ああ……それが近いかもしれないな。とはいえ、免許なしにやったら本当にただのヴィジランテ、犯罪者だ。だから免許自体は取りたいわけだ」

 

 私が最終的に目指しているものは、この星でのジェダイ復興だ。つまりヒーローという概念のみならず、政府……というよりも国家という枠組みからも独立した惑星規模の治安維持組織なので、ヒーロー免許すらいずれは不要になるかもしれないがね。

 

 まあ何はともあれ、私の目指すものが富と名声ではなくただ人助けのみである以上、それ以外のものはさして必要ない。それは理解してもらえたようだ。

 

「……でも、学校的に許されるかどうかは別じゃない?」

「まあ、確かに」

 

 この国はそういう点で、全体主義的なところがあると思う。

 

「それにウチとしてはさ、増栄と競ってみたいなって思うわけだけど……」

「ケロケロ」

「……あー……」

 

 確かに、鍛えた力を託す相手を見つけるという点では、参加する意義があるかもしれない。ジェダイも、力をひけらかすことは禁じれど競い合うことは否定しなかった。

 雄英の体育祭は学年ごとの総当たりなので、ヒーロー科以外の生徒と顔を合わせる機会でもあるし……。

 

「ほらコトちゃん。みんなもこう言ってるんだし、少しくらいがんばろ?」

「ん……うん」

 

 結局、最後はヒミコに言いくるめられるようにして頷くことになったわけだが……。

 そのヒミコが、誰よりもヒーローを目指していないことも、体育祭をただの祭りとしか思っていないことも、言わないほうがいいのだろうな。

 

 というか、彼女は親御さんの目につくところで活躍するのはまずいのではないだろうか。いつものように笑うことすら、親御さんは禁止していたからな。

 それでも間近で私を見たいがために、欠席の選択肢が浮かびもしない点はさすがと言わざるを得ない。

 

***

 

 その日の放課後、私はイレイザーヘッドに職員室へ呼び出された。

 先日の事件の際、予告されていたので思うところはない。廊下が何やら騒がしかったが、それは置いておく。

 

 で、職員室に来たわけだが……その……用務員用の席で身を隠すように事務作業をしている、骸骨のような男性を見て私は絶句した。

 

 あれ、マスター・オールマイトだ。間違いない。フォースがそう言っている。同じ気配だ。

 どういうことだろうか。もしや、彼に時間があまり残されていないという話はこういうことだったのか?

 

「来たか」

 

 と、そこにイレイザーヘッドが来て、私は思考を遮られた。

 

「……あの、マスター? 本題の前に一つお聞きしたいのですが……」

「なんだ。手短に話せ」

 

 相変わらず合理性の鬼である。だが話は早いので、こういうときは助かる。

 なので私は彼の耳に顔を寄せ、極力声を抑えて訊ねることにした。

 

「あの、あそこの男性は、マスター・オールマイトですよね?」

「……ッ!」

 

 瞬間、彼は一瞬すごく険しい顔をした。なんなら”個性”も発動していた。

 

 だがすぐにいつもの様子に戻ると、淡々と話を打ち切った。

 

「……他言は無用だ。いいな」

「……はい、わかりました」

 

 気づいてはいけないことだったらしい。知りすぎることもときには問題だな。

 

「……ちなみに、なぜわかった」

「気配が同じですので……」

 

 そう答えたところ、深いため息で応じられた。目頭を押さえるというおまけつきである。

 カマをかけられたのではなく心を読まれたと思っている辺り、彼は私の力に対する理解が相当深い。”個性”ゆえか、目がいいのだろうなぁ。

 

「……だからあの人の席は職員室に置くべきじゃないって言ったんだ……ったく……」

 

 だが、仕事を増やしてしまったことは間違いないらしい。申し訳ない。

 

「……まあいい。それはそれだ。で、今日呼び出したのは他でもない。体育祭についてだ」

 

 おや?

 

「……先日の事件のことで、お叱りを受けるものだとばかり思っていましたが」

「それはあとでじっくりやる」

「あ、はい」

 

 やるのか……じっくりか……そうか……。

 

「で、体育祭だ。お前、その開会式で選手宣誓やれ」

「え、私がですか?」

「ああ。一年の部は、毎年ヒーロー科一般入試の首席がやることになってる。つまり今年はお前だ」

「ああ……なるほど、そういう」

「だから当日までに、なんか適当な挨拶考えとけ。なんでも構わん。ここは自由が売り文句だからな」

「はあ……。私としては、人前で必要以上に目立ちたくないのですが」

「……まあ、そうかもな。お前の”個性”じゃないほうの能力……フォースだったか? あれを人前で派手に使うと、色々あるだろうしな」

「はい、その通りです」

 

 おっと、探りを入れてきたな。

 とはいえ、あまり深い意味はないようだ。何か厄介なことに巻き込まれやしないだろうかと少し身構えてしまったが、イレイザーヘッドから感じられるものは私たちを案じる気配だけだ。

 

 となると、今回の探りはある種の交渉目的の接触だろう。あるいはその前準備か。

 つまり、私にフォースについて話させる心理的ハードルを下げさせようという考えだと思われる。

 

 イレイザーヘッドがそういう姿勢なのであれば、彼には話してもいいかもしれない。少なくとも、彼はヒーロー公安委員会よりは信用できると思うし。

 

 とはいえ、それは今ではない。話すにはまとまった時間が必要だし、マスターの側もまだ色々と早いと思っている。

 だから今は、体育祭についてだ。

 

「……まあ、お前が選手宣誓を辞退するのは勝手だ。だがそうなった場合、誰が代わりにやると思う? 爆豪だ」

「……ものすごく面倒なことになりそうですね」

 

 間違いなくなるだろう。バクゴーは最初に比べて少し丸くなったが、あくまで少しだけだ。

 

 フォース越しに見た推測だが、彼の根幹をなすものは何者にも勝つという想いだと思われる。しかもそれは、相手の全力を真っ向から打ち破っての完膚なきまでの勝利を常に求めてのこと。

 そして彼の場合、普段の態度から言って「勝つ」ということには単純な力での戦いだけでなく、人から任されるかどうか、頼られるかどうかも含まれる。

 

 そんな彼が、人から譲られた役目だと知ったら……まあ、大層怒るだろう。その後何かと絡まれる可能性も否定できない。もしそうなったら面倒以外の何物でもない。

 

 ……やれやれ、仕方ない。生活圏が重なる人間から目の敵にされ続けるくらいなら、ヒミコに一日中吸血されているほうが何倍もマシだ。

 

 ただ、これで体育祭からは逃げられないな。

 

「……本当に何でも構わないのですね? どんな内容でも問題ないと」

「ああ。なんなら一言で終わらせてもいい」

「わかりました、それならなんとかしてみましょう」

 

 そこまで言われては仕方あるまい。

 だが、そういうことは今まであまり経験がないのだよな。これはヒミコやアナキンの力を借りるべきか。

 

「んじゃ、こないだのお説教な」

「あ、はい」

 

 このあと実に手短に叱られた。まったくじっくりではなかった。彼はこんなところまで効率第一主義らしい。いや、彼としてはこれでもじっくりなのかもしれないが。

 

 まあ、あのときは色々と非常時だったからな。あまり長々と叱るわけにもいかなかったのだろう。たぶん。

 




しっかりとしたヒーロー志望として(少なくとも人助けのために)雄英のヒーロー科に来ているのに、体育祭をスルーしようとするオリ主がいるらしい。
まあ逃げられないんですけどね。
次の話で考えを改めて腹をくくります。で、その次から体育祭が始まる予定。
EP3もどうぞお付き合いいただければ幸いです。

ちなみに、今まで描写する機会がなかったのでアレですが、主人公とトガちゃんは一つのダブルベッドで一緒に寝てます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.体育祭の前に

 体育祭の開催は二週間後らしい。ということは当然、それに備え各自が自主練習に取り組むことになる。

 だが会場は違えど開催日は全校同時であるため、当然全学年がそれに向けて動き始めた。結果どうなったかといえば、校内の訓練施設の争奪戦である。

 

 この学校の施設は充実しているし、ここで起きた怪我などはマスター・リカバリーガールのところに持ち込むこともできるから、思い切り練習ができる。その回数を重ねられば、それだけ優位に立てる可能性はぐっと上がるからな。

 

 そして、これについては上級生が有利である。何せその手の制度があることを知っているので、情報がない一年生に比べたら先んじることができる。

 ただ今年のA組については、私がその情報を初日に皆に共有してしまったため、例外と言えるだろう。もちろん、申請から許可が下りるまでの時間差や、混み具合を体感で予測できないというディスアドバンテージもあるが……存在を知らないよりは動けるというもの。

 

 そういうわけで予定通りにいかないときもありつつも、時折訓練場を利用できる人間がいるという状況で過ぎていく日々の、ある日のことである。

 

「あの、増栄さん。その、今日……訓練場で一緒に訓練しない?」

 

 開催のちょうど一週間前、ミドリヤにそう話しかけられて私は首を傾げた。

 

「もちろん構わないが、君はそれでいいのか? 手の内を明かすことになるぞ?」

「いや実は……申し込みが殺到してる関係で取れそうなのがグラウンドベータだけだったんだけど、あそこ広いでしょ? だから十人以上の連名じゃないと使わせてもらえないらしいんだ。それで……」

「ああなるほど、場所は提供するから名前を貸してほしいと」

「そ、それもそうなんだけど……その、増栄さんさえよかったら、少し教えてほしいことがあるっていうか……」

 

 どうかな、と遠慮がちに問うてきたミドリヤに、私はふっと笑って頷く。

 

「構わないよ。そういう約束もしたしな。まあ、私が行くと自動的にヒミコもついてくるが……」

「あ、ありがとう! もちろん、トガさんも歓迎だよ! 実はまだ十人も集められてなくって……」

 

 私の隣に立ったヒミコに、いまだ緊張感を含んだ笑みを浮かべてミドリヤが言う。

 

 なお、今のところイイダとウララカが来ると言ってくれたらしい。いつものメンバーだな。ここに私とヒミコを加えて五人。

 

「あと五人か……」

 

 なのでそうつぶやいたところ、

 

「その話」

「ウチらにも」

「詳しく」

「聞かせてほしいな!」

「ケロ」

 

 女性陣が集まってきた。最初の段階からずっと耳をそば立たせていたので、さもありなん。

 男性陣の中にも、会話が聞こえていたらしい数名が気にしている様子がある。

 

「……いっそ来れる人間全員呼ぶか? 各自見られたくないものもあるだろうが、グラウンドベータの広さなら仮に二十人いてもあまり周囲を気にしなくて済むかもしれないし」

「確かに、隠匿の必要性は否定しない。しかし……」

「ちゃんとしたところで訓練できるチャンスのほうが大事! ってことで?」

「同感!」

 

 私の提案に、遠巻きに見ていた男性陣も群がってきた。

 そこにバクゴーとトドロキがいないのも、いつも通り……。

 

「おい」

「ひえっ、か、かっちゃん……」

 

 ではなかった。バクゴーが横合いから入ってきて、ミドリヤの肩をつかんだ。静かに、しかしすごみながらだ。

 

「俺も入れとけや。いいな」

「う、うん……わかったよ。じゃ、じゃあ……みんなの名前も使わせてもらうね……!」

 

 ということで、この日はクラスのほぼ全員が参加でグラウンドベータに集まることになった。

 

***

 

 そして放課後。

 グラウンドベータと言えば、最初の戦闘訓練で利用した場所だ。あのとき破壊されたビルは既に何事もなかったかのように修復が済んでおり、その手の業務に関わる人々の苦労がしのばれる。

 

 そしてここはご存知の通り、街を模した場所。二十人に満たない人間が、互いを見えないくらい離れて動き回ったところで問題ないくらい広いため、イイダ提案のもと各自が特定の範囲に配置する形で分散することになった。さすが委員長である。

 

「それで? 君は私に何を聞きたいんだ?」

 

 で、全員が散ったあと。ヒミコの腕の中で抱き上げられながら、ミドリヤに問う私である。

 

 ……視線を感じるが、これはミネタか。何を考えているのやら。

 まあそれはともかく。

 

「えーと、”個性”の使い方についてなんだけどね。こないだオ……師匠から、僕が使いこなせている力は100%中5%くらいだって言われて。最初に増栄さんに教えてもらったイメージで言うと、水を受け止めるコップが仕上がってないからそれくらいが限界らしいんだよね」

 

 ……待て。待つんだミドリヤ。

 

 今、君はマスター・オールマイトを師匠だと言いかけたな? いくら口を閉ざしても、君の素直な心はフォースでほとんど筒抜けだぞ。

 本当か、その話。私はもちろん、さすがのヒミコですら今ものすごく驚いているのだが!

 

 確かに二人の”個性”は非常に似通っているが、一体どのような繋がりが……。いや、ミドリヤの心の様子からして、両者の関係性についてはオールマイトの姿同様秘匿すべきことのようだが!

 

「それで……5%でもそこそこの効果はあるんだけど、結局そこそこ程度で。でもコップ……器を今から一週間で100%使えるように仕上げるのは不可能だから、これだけでもなんとかうまい使い方、ないかなぁって……」

 

 だがミドリヤは、私たちの驚愕に気づいていないのか、己の拳を見つめて話を続ける。

 

 うむぅ……とりあえず二人の関係性については置いておこう。そして、私たちは何も聞かなかったことにしたほうがよさそうだ。

 

『君もそれでいいな、ヒミコ?』

『も、もちろんなのです』

 

 と、テレパシーで会話しつつ。

 

 私は顎に手を当てた。

 

「とりあえず、その5%を君は今どう使っているんだ? 一度実戦で見せてくれ」

 

 ということで、私はヒミコの腕を軽く叩いて下ろしてもらい、ミドリヤの前で軽く身構える。

 

 その私と、私からヒミコが離れるのを見て一度目を瞬かせてから、ミドリヤも遅れて身構えた。

 

「ヒミコ、タイマーを。五分……いや、三分でいいか。セットしてくれ」

「はーい。……行くよー?」

「うむ。ではミドリヤ、タイマーが鳴るか相手を行動不能にしたら終わりということでいいか?」

「う、うん。よろしくお願いします!」

「わかった。……行くぞ」

「スタート!」

 

 ヒミコの言葉を合図にして、ミドリヤが距離を詰めてきた。直前、脚に力を集中したのだろう。普段の彼を上回る速度だ。

 

 だがそれは途中で失速し、私の眼前に辿り着く頃には腕に力が集まっていた。

 その力の移動に関する推測を、未来を読むことで確信に変えながら、ふむ……と少し考える。

 

 ミドリヤらしい素直な動き……に見せかけて、既に頭の中では今後どう動くかをかなり高速で考えている。彼はやはり、考えるより先に動くタイプではないな。理詰めで、しかし考えながら動くタイプだ。

 

 なら、こうするとしよう。

 

「……っ!?」

 

 私は脚力を増幅しつつ、攻撃をかいくぐるとともに、空気を増幅しての空中機動を組み合わせたアタロの動きを取る。立体的に、しかも高速で動きながらだ。

 案の定、ミドリヤはこれをとらえきれず私の姿を見失った。

 

 直後、私は彼の背中を蹴り飛ばす。

 

「ぐ……っ!」

 

 慌てて振り返ってきたが、既に私はそこにはいない。アクロバティックに動いて敵を翻弄し、追い詰めていくことこそアタロの本領。下手な思考は、考えるより先に動くより悪手だぞ。

 

 そしてこの動きをされた相手は、大体同じことを考える。ミドリヤもそうだ。

 つまり、なんとかして動きをとめよう、という思考。

 

 だが、アタロはそもそも動き回るフォームだ。相手がそう考えることは、最初から想定に組み込まれている。

 

「ふ……っ!」

「お」

 

 散々攻撃を喰らいながらも、私の動きを予測してかろうじて対応してきた点は見事と言っておこう。これが本気の実戦であれば既に手遅れだが。

 

 とはいえ、訓練だとしてももはや手遅れだ。その予測も、私には見えている。

 

「SMASH!!」

 

 私を振り払うように放たれた横薙ぎの手刀(しっかり”個性”の力は乗っていた)に合わせて少しだけ身体を浮かし、その手の上に私は乗ってみせた。

 

「うっそぉ……あいっ、いたたたた!」

「うむ、大体わかった」

 

 全体重+増幅で強引にその手を下ろさせ、腕ごと極めながら私は言う。

 

「三分もいらなかったですねぇ」

 

 その様子をどこか楽しそうな目で見ながら、ヒミコがタイマーをとめた。

 

「くう……っ! わかってはいたけど、手も足も出なかった……」

「思考はよかったと思うぞ。あの短時間で私の動きを予測して対応しようとしていたからな」

 

 もちろん、私とて本気でやっていたわけではないが。

 

 ともあれである。ミドリヤの身体を起こして、私は腕を組む。

 

「だが動きが硬すぎる。思考と身体がかみ合っていなくてちぐはぐだ。君、さては”個性”の発動を技かのように考えているだろう?」

「……? えーと……」

「”個性”は身体機能だ、本来なら呼吸や鼓動のように意識して行うものではない。だが君は”個性”の発現から一年程度しか経っていないから、感覚が身についていないのだろう。超パワーをいちいち『ここで使う!』という力みが透けて見えた。あれでは身体をうまく使えないし、相手にも次に何をするか丸わかりだ」

「あ……なるほど! そうか、毎回使うって考えてるから、反応がどんどん遅れていくんだ……」

 

 彼の理解力は高いな。将来有望だ。

 

「それとだ。戦いながら思っていたのだが、君の”個性”は身体の一部でしか使えないのか?」

「え?」

 

 そんな彼に、私は重ねて声をかける。

 

「力を集中する箇所は、君の意思で変えられるのだろう? なら、最初から全身を強化してしまったほうが色々と都合がいいのでは?」

「」

 

 そしてそう言ったところ、ミドリヤは眼球が零れ落ちるのではないかというほど目を見開いて、硬直してしまった。

 どうやら、まったく意識になかったみたいだな……。

 

「そ……そうか! そうだよね!! せっかく5%まで出力落としてるんだから、一か所だけで使うのは損だよね!!」

 

 彼が復帰するまで、たっぷりと一分ほどを要した。

 だがそこからは、独壇場だった。しばらく……また一分ほど、ノンブレスでブツブツと思考を開示にしながら考えた結果……。

 

「こんな、感じで、どうだ……!?」

 

 気合いを入れて身構えた彼の身体から、凄まじいエネルギーが迸った。

 それはきっと、彼の身体に収まりきらなかったのだろう。緑色のスパークとなって、彼の身体を覆う。

 

 ふむ……これは。

 

「いい感じじゃないか。動けるか?」

「わ……わから、ない……けど……!」

 

 やる気は十分、と。

 

 ならば。

 

「試してみるか?」

「ぜひ……!」

 

 そして再開された訓練であるが。

 5%の強化を全身に走らせただけで、劇的に動きが変わった。もちろん常に維持できるほど彼の身体はまだ仕上がっていないが……それでもだ。自爆覚悟な100%を放つようなやり方に比べれば、選択肢も増えたし安定性も増した。相当に化けたぞ。

 

 フォースによる先読みの前では手も足も出なかったが、これで100%を全身に巡らせられるようになったら、間違いなく先読みだけでは対処できないだろう。それこそオールマイトや先日の脳無を相手にするような覚悟が……。

 

 ……おや? まさかとは思うが、ミドリヤの”個性”の行きつく先はオールマイトなのか?

 だとすると、”個性”が似ているというレベルではないような気がするぞ。もしや……いやまさか。そんなまさか、な。

 

***

 

「おいガキ、ツラ貸せや」

「マスエ・コトハだ。君はクラスメイトの名前も覚えられないのか」

 

 ミドリヤをある程度相手したあと、私も鍛錬をしようと思って移動していたときだ。私に気づいたバクゴーが威圧感たっぷりに近づいてきて、なおかつこの言いようである。

 まあ、別に構いやしないがね……本当に彼は暗黒面の住人だな。

 

 ただそれでも、強くなるために努力を惜しまないところは評価に値する。遠目からちらりと見ただけなので詳細はわからないが、どうやら彼は”個性”の出力を伸ばすために試行錯誤しているところだったようだ。

 それは私が以前の反省会でしたアドバイスに基づいてのことだろうが、それでも人から言われたことを受け入れることのできる人間がどれほどいることか。

 

 ……実のところ、私は以前の反省会で彼にろくにアドバイスできていないのだがね。

 

 というのも、バクゴーは既に十分基礎ができている。彼に匹敵する技量の持ち主は、私を除けばトドロキしかいないと言っていいだろう。

 そのトドロキも、”個性”の制御、使い方という点では非常に大雑把だ。彼の場合は”個性”が強すぎるがゆえに、使い方を工夫する必要性が今までなかったからだろうが……それを抜きに考えても、バクゴーの”個性”制御は非常に繊細で緻密だ。それを誰から教わるわけでもなくやっているのだから、むしろ私が彼に教わりたいくらいだった。

 

 なので私にできたアドバイスは、「感情に身を任せるな」ということと、「”個性”の出力を伸ばしてみてはどうか」という二点のみ。

 それも彼くらい才能のある若者であれば、あっさりとものにしてしまいそうだ。私の優位性など、フォースユーザーであることくらいではないだろうか。

 

 ということを考えながら、バクゴーに正面から相対する。

 彼は私の言い分を無視して、突き付けるように口を開いた。

 

「いいか、決勝だ。そこでテメェをぶっ飛ばしてやる」

 

 ふむ。ぶっ殺すではなかった辺り、ここは褒めておくべきだろうか?

 

「黒目どもが騒いでたの聞こえてたぞ。絶対上がって来い。逃げたり手ぇ抜いたりししやがったらぶっ殺す。全力でかかってきやがれ!」

 

 一秒しかもたなかったか……。

 

 いやそれはともかく。

 あの会話、やはり聞こえていたのだな。確かにバクゴーからしてみれば、私の言い分はふざけているどころの騒ぎではないだろう。

 

 けれどこれは私のスタンスというか、矜持の問題でもあるからなぁ。それに、手の内を公共の電波に乗せて開示することもはばかられる。

 

 などと考えながら、もはや用は済んだとばかりに背を向け去っていくバクゴーを見送っていると、じわりと隣にフォースの揺らぎが生じた。アナキンが現れたのだ。

 

『いいのか、コトハ? あのバクゴーにあそこまで言わせて、自分はあくまで片手間でやるっていうのか?』

「…………」

 

 マスター・イレイザーヘッドではないが、合理的に考えるのであればこの体育祭、私やヒミコはむしろ全力を出すべきではない。人目に触れる機会が少ないことに越したことはないのだ、フォースは。アナキンもそれはわかっているだろう。

 

 だが彼の性格上、この手の競う場で手を抜くこともないだろう。もちろん序盤からずっと全力で、というほど考えなしではないから、手を抜くところは抜くだろうが……逆に言えば、手を抜くべきではないと思ったところでは遠慮なく全力で行くはずだ。彼はそういうところがある。

 思えばパダワンの頃の彼は、バクゴーと似たところもあったな。勝気で、向こう見ずで、しかし自信にあふれた才能ある若者であった。

 

『僕に言わせれば、礼儀を尽くした試合で手を抜くことのほうがあり得ないけどな。見ろよ、あのバクゴーが光明面に居座ってる。あんな真摯な若者相手に、おざなりにやる気か?』

 

 言われてみれば確かに、今のバクゴーの気配はほとんど光明面だ。普段暗黒面に寄っている彼にしては、非常に珍しい。

 これは挑戦者の気概とでも言うべきか。格上相手に、一歩もひるまず戦いを挑む勇者のそれだ。

 

 ……確かにそうだな。あのバクゴーが、全力で光に寄るほどの熱意を持っているのだ。きっとみなもそうなのだろう。

 そんな真剣に取り組んでいるものたちに対して、片手間で応じるというのは非常に失礼な話だ。逆の立場で考えれば、アナキンほどではないにせよ、私も思うところはあるだろう。

 ジェダイとしても、競い合うこと自体は禁忌ではない。仮にそれが世界規模に中継されていたとしても、今目の前にいる相手への礼儀は失するべきではない、か。

 

 ならば。

 

「……いいだろう」

「あ?」

 

 私の言葉に、バクゴーが足をとめて顔だけをこちらに向けてきた。

 

 そんな彼に、私は笑って言葉を続ける。

 

「もし君と直接戦うことがあれば……そのときは()()()お相手しよう」

 

 すると、バクゴーは一瞬目を丸くした……が。

 すぐさま好戦的な……先ほどよりもなお燃え上がる、気迫あふれる笑みを浮かべた。

 

「上等だコラ。その言葉、忘れんじゃねェぞ」

「無論だとも」

 

 そうして彼は、今まで以上にやる気をみなぎらせて立ち去って行った。

 

「……よかったんです?」

「正直、アナキンに乗せられたような気はしなくもない」

 

 彼の姿が見えなくなってから。今までずっと黙っていたヒミコが、ささやくように聞いてきた。

 私は思わず苦笑して、傍らで何やら含み笑いをしている友に目を向ける。彼はなんのことやら、と言いたげに肩をすくめた。

 

『君の気持ちはわからなくはないよ。特に、公衆の面前で手の内をさらす危険性については僕だって重々承知の上さ。それでも、君には一度真剣に競い合うことの意義ってやつを思い出してほしくてね。僕たちの世代はナイト昇格の時期がクローン戦争と重なったせいで、その手のことから離れざるを得なかったからな』

「それは……確かに、その通りだ」

 

 クローン戦争による情勢不安の影響は、ジェダイであっても逃れることはできなかった。共和国軍の将軍として、軍を指揮する立場になっていったのだ。私はジェダイアーカイブでの後方任務がほとんどであったが、今思い返すとそれでも色々とすり減った心はあったなとも思う。

 

 それが実に三年も続いたのだ。そして終結とほぼ同時にジェダイは滅び、私も死んだ。ナイトに昇格してからの時間は、すべて戦争に充てられていたと言っても過言ではない。そんな状況で、同僚と切磋琢磨する機会が得られるはずもなかった。

 

『だろう? ……何、うちは代々型破りで有名な一門だ。誰も深く気にしないさ。オビ=ワンは少しうるさいかもしれないけどね』

「君、そういうところだぞ」

 

 悪びれることなく言い放ったアナキンに、思わず苦笑する。マスター・ケノービの叱責の声が、どこからともなく聞こえたような気がした。

 

 だが、まあ、そんなアナキンであるが、今は彼が私のマスターだ。そして私自身も、彼の言い分に理があると思った。

 何より、礼儀知らずにはなりたくないと思った。だから、

 

「仕方ないな。これも経験と割り切って、精一杯やらせてもらうよ」

 

 私はそう言って、肩をすくめた。言うほど仕方なさそうな表情、声色でなかったことは、自覚するところであるがね。

 

 そんな私を見て、ヒミコが嬉しそうに笑う。

 

「じゃあ、全力でがんばるコトちゃんの応援ができるんですねぇ」

「いいや? ()()()相手するとは言ったが()()()相手するとは言っていない。全力を出すかどうかはクラスメイトたち次第さ」

「……あは。私、知ってますよ。そーいうの、詭弁って言うんだよねぇ?」

「駆け引きと言ってくれたまえ」

「んふふ、はぁい。……でも、どっちにしても私、一生懸命応援するので。カッコいいとこ、期待してますよぉ」

「ん……まあ、うん。しかしそれなら、君の前でみっともない姿は見せられないな」

 

 そして私もまた、笑みを浮かべて彼女に応じたのだった。

 

 ……ちなみにその後、私を見かけたものたち全員が何かしらアドバイスやら模擬戦を求めてきたので、私が鍛錬をする時間はあまり残らなかった。




ヒーロー側の現段階(体育祭開始直前)での原作との違い

緑谷:既にワンフォーオール・フルカウルが使える(原作では体育祭のあと習得
爆豪:追われるものではなく追うもの。いい意味で緑谷を気にかけていない。また、個性の出力が上がっている(原作では林間合宿までほぼ上がっていない
相澤:後遺症はなく、軽傷で済んでいる。個性への影響もない。万全。
オールマイト:活動可能時間がほぼ減っていない(原作ではこの時点で50分前後

この他、A組の轟以外のメンバー(緑谷や爆豪も含む)はそれぞれ少しだけ経験値が多くたまってます。
A組同士で戦いになった場合、差し引きゼロですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.体育祭 開会式

 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、いよいよ体育祭当日。

 私たちは体操服に着替え、控室で開催を待っていた。

 

 そう、体操服だ。体育祭はヒーロー科以外も全員参加であるため、公平を期すため我々はコスチュームの着用が禁じられている。

 逆にサポート科……サポートアイテムの開発者を養成する科の人間は、自身が開発したアイテムに限って持ち込みが許されている。

 私もライトセーバーを持ち込みたいところだが、あれは表向き父上の発明品ということになっているので、まあ無理だ。持ち込んだとしても、光る棒状態のセーバーでは使い道は限られるし、本来の出力にしたら危険すぎる。諦めるしかない。

 

 そんな中。

 

 憎悪系暗黒面の主ことトドロキ(今日はまたいつにもましてすさまじく憎悪が濃い)が、不意にミドリヤへ話しかけた。

 彼が何を考えているのか、いまだ暗黒面に疎い私にはよくはわからないが……とりあえず、マスター・オールマイトに目をかけられているミドリヤに対して何やら対抗心があるようだ。「お前には勝つぞ」と堂々と宣言していた。

 

 私の後ろで、バクゴーの機嫌が悪くなったのは感じたくなかったが。

 

「みんな……他の科の人も本気でトップを狙っているんだ。僕だって……遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で――獲りに行く!」

 

 対して、ミドリヤはネガティブなことから言い始めたが……そう締めくくって見せた。彼もまたやる気は十分と言うことらしい。

 

 うむ……こういう素直かつ健全な対抗心のぶつけ合いばかりなら、私も何も思うところはないのだが。

 これでなぜ憎悪を膨らませられるのか、心底謎である。今日はトドロキから目を離せない一日になりそうだ。悪い意味で。

 

 ……あと、バクゴーは本当にミドリヤが何を言っても機嫌を損なうのだな。そんなに彼が嫌いか? この二人しか来なかった災害(もしくは犯行)現場とか、控えめに言って地獄では?

 

「みんな準備はできているか!? もうじき入場だ!」

 

 そんな中イイダの安心感たるや。バクゴーとトドロキは彼の真面目さを見習うべきだぞ。

 

「…………」

 

 なおヒミコは、部屋の隅のほうでいつもなら絶対しない作り笑いの準備に余念がなかった。作り笑いが久しぶりで、感覚が鈍っているらしい。

 

 まあ、親御さんも見ているだろうしな。いつもの笑い方を両親にすら嫌悪されている彼女にしてみれば、今日ほど目立ちたくない日もなかなかあるまい。

 二度目だが、それで欠席を選択肢に入れなかったのは本当によくやると思う。そんなに私が好きか。好きなんだろうな。

 

「あれ? 被身子ちゃんどしたの?」

「? 何がです?」

「いや、だってなんか……顔、ヘンだよ?」

 

 そんなヒミコの作り笑いを、ずばり変と言い切るウララカは本当に裏表がないな。一瞬ヒミコの顔が引きつったぞ。

 

 まあでも、ウララカのそういうところはいいところでもあるのだろうな。

 

「やーその、人前に出るので、笑顔の練習を」

「無理しなくていいと思うよ? いつもの被身子ちゃんのがかわいいもん!」

「――っ!?」

 

 何せそうやって言い切ってくれるのだから、間違いなく長所だろうよ。

 

「そーだよトガちゃん、自然体が一番だよ! ほら、リラックスリラ~ックス!」

 

 そこにハガクレも入っていった。透明なのに、なぜかにっこり笑っていると誰にでもわかる雰囲気だ。

 

 当のヒミコは、二人の物言いに困惑しているようだった。私のほうに視線とテレパシーで助けを求めてきた。

 

 いや、ここは私の出る幕ではないと思うが。

 そう思いつつも、いつもより少し臆病な彼女に、友人を信じてあげろと伝える。

 

 取り繕っていないヒミコを、素直にかわいいと言ってくれているのだ。それは彼女自身、フォース越しにわかっているだろうに。

 

「……ふふ。うん……そーですね。……うん、ありがとうお茶子ちゃん、透ちゃん」

 

 そして彼女は、数秒もじもじとしたあとに。

 二人に対して、いつも通りな……けれどとびきりの笑顔を見せた。

 

 うん。

 私も、君はそうしている姿が一番魅力的だと思うよ。

 

 そして、よかったじゃないか。君の本当の姿を受け入れてくれる友達が、ここには最低でも二人いるんだ。だからもう、変に怖がる必要なんてない。

 君は、普通に生きていいんだよ。これからも、ずっと。

 

***

 

《雄英体育祭! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル! どうせテメーらアレだろこいつらだろ!? ヴィランの襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ヒーロー科! 1年! A組だろぉぉ!?》

 

 マスター・プレゼントマイクの実況の中、私たち二十人はスタジアムの中へと足を進める。

 途端に巻き起こる、怒涛の大歓声。全周囲から飛んでくる声はもはや物理的な圧があり、ビリビリと私の小さな身体を揺らしてくる。

 

「わあああ……人がすんごい……」

「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……これもまたヒーローとしての素養を身に付ける一環なんだな!」

「めっちゃ持ち上げられてんな……なんか緊張すんな……! なァ爆豪」

「しねえよただただアガるわ」

 

 ミドリヤとバクゴーはこういうときでも対照的だなぁ。

 

 しかし、キリシマの言う通り随分と持ち上げられている。これではB組がただの引き立て役みたいではないか。

 他の科もそうだ。催しごとに、所属する科によって扱いに差があることは仕方ないときもあるだろう。しかし、全校生徒が参加する催しでこれほど露骨に扱いに差をつけるとは……。この星が競争社会とはいえ、いささかやりすぎに思う。

 

 というか、これはあれか。先日のUSJ襲撃事件で落ちた学校の評判を、少しでも取り戻そうという一環か? 巻き込まれた生徒は同年代の中でも特に有望株だと言い切ることで、事件の注目点をそらすため……とか。何はどうあれ、学校側に落ち度があったと見られることは間違いないわけだし。

 

 ……そんなことを考えてしまう自分に、やれやれとも思う。周りのみなのように、素直にこの状況を楽しめるならよかったのだろうが。人生二度目というのも、たまに困りものだな。

 

「選手宣誓!」

 

 おっと。主審を担当するマスター・ミッドナイトが呼んでいる。

 催しの趣旨から外れたことを考えている場合ではないな。

 

「ミッドナイト先生、なんちゅう格好だ……」

「さすが18禁ヒーロー……」

「18禁なのに高校にいてもいいものか」

「いい」

「静かにしなさい!」

 

 トコヤミの疑問はもっともだが、ミネタも力強く答えるんじゃあない。

 

「選手代表! 1-A、増栄理波!」

 

 さて出番だ。

 

「選手宣誓は増栄さんか……!」

「あいつ入試一位通過だもんな……納得だぜ」

「ハ……ヒーロー科の入試な」

「は、はい……」

「対抗心むき出しだな……」

 

 仕方ないと思うぞ。これほどあからさまに扱いに差をつけられれば、大抵の人間はそうもなる。

 

 とはいえ、居並ぶヒーロー科の中から私が進み出たことに、少々周りには困惑の気配が広がっているようだ。気持ちはわかる。誰がどう見ても私は幼女だものな。

 

「……あの、すいません。マイクが高くて届きません」

 

 実際、背伸びしてもこうなるし。

 スタンドに収められたマイクは、一番低いところにあってもなお私の口元より高かった。

 

 それを見たミッドナイトは微笑ましいものを見た顔をするとともに、スタンドからマイクを外して顔の前に持ってきてくれる。

 

 ともかく、選手宣誓である。内容については、アナキンとヒミコに手伝ってもらって整えた。

 整えたのだが……本当にこれでよかったのかは、正直私にはわからない。アナキンは「せっかく幼女なんだから、その見た目は有効に使えよ」と言っていたが。そもそも有効に働くのだろうか?

 

「…………」

 

 ふう、と一つ。軽く呼吸を整えて、私はマイクの前で手を上げる。

 

 そして、

 

「――せんせい!」

 

 わざと思い切り舌足らずな声を張り上げた。後ろのほうで、ヒミコ以外のクラスメイトたちが目を丸くしたのが感じられる。

 

「ぼくたち! わたしたちは! すぽーつまんしっぷにのっとり! せいせーどうどう! このたいいくさいを! ほんきでたたかいぬくことを! ちかいます! せんしゅだいひょお! いちねんえーぐみ! ますえことは!」

 

 こんな声が出せたんだなぁ、とクラスメイトたちが(あのバクゴーやトドロキですら)困惑しているが、私も困惑している。いや本当、どこからこの声が出ているのだろうか。

 

 そして周囲の反応だが……ミッドナイトは今まで以上に微笑ましそうにしている。あまりにも視線が生温かい。なんだかアナキンに騙されたような気がしてきた。

 だが彼女の態度は、おおむね会場全体の総意のようだ。そしてそれは、選手である生徒たちも同様である。私の幼女感全開の宣誓を聞いて油断していないものは、ごく一部に限られている。

 

 セロが言った通り私は一般入試の首席で、そこが基準でこの役目を仰せつかったのだが。その辺りのことに考えが及んでいない生徒は、まず間違いなくこの体育祭を勝ち上がることは不可能だろう。どれほどやる気があろうとだ。

 

 ……というか自分で言うのもなんだが、人間は本当、見た目でほとんどのことを判断してしまう生き物なのだな。こんなあからさまな演技で騙される人がなんと多いことか。

 

「あは、コトちゃんカァイイ」

「……ありがとう」

 

 で、なぜ抱き上げるんだいヒミコよ。

 微笑ましさがさらに増した気がするが、君はこの雰囲気を後押しするつもり……ではなかろうなぁ。完全に素だ、これ。

 

 大丈夫か? 公共の電波に乗っているんだぞ。この絵面、大丈夫か?

 

「それじゃあ早速第一種目行くわよ!」

 

 この雰囲気を見なかったかのように進めるのだな、ミッドナイト……。いや、その果断さは必要なことだろうが。

 

「いわゆる予選よ! 毎年ここで多くのものが涙を飲むわ(ティアドリンク)!」

 

 彼女の言葉に合わせて、空中に映像が投影される。さながらルーレットの絵柄のように、さまざまなものが一瞬見えるが……。

 

「さて運命の第一種目! 今年は……コレ!!」

 

 最後に現れたのは、「障害物競走」の五文字であった。

 

「計十一クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約四キロ!」

 

 そして続く説明に応じる形で、スタジアム内にあったやたら頑丈そうな扉が開いていく。その上には、スタートを知らせるランプ。

 

「我が校は自由が売り文句! ウフフフ……コースさえ守れば何をしたってかまわないわ! さあさあ位置につきまくりなさい……」

 

 その説明のさなかから、生徒たちがスタートゲート前に殺到していく。

 

 うーむ、ゲートのあの狭さ、あれは間違いなく開始直後につまるな。縦に大きいから、空中を移動できるものなら大丈夫だが……その最初に動いた集団の中に、トドロキが見えるのだよなぁ。彼の周辺にいる生徒たちは、残念ながらここでおしまいだろうな……。

 

 などと考えているうちにも、スタートラインの頭上のランプが消えていく。三つ、二つ、一つ……そして。

 

《スターーーート!!》

 

 ランプが消え――前のほうにいる生徒たちが、一斉に走り出した。

 

 いよいよ、体育祭が始まったのである。

 




いや本当、トガちゃんとお茶子ちゃんはこういう風に笑い合えるチャンスがあったと思いたいんですよボクは。30巻の二人のやり取りがどこか切なくてね、もうね。
なので、二次創作ならええやろと思いそうしました。本作の二人は仲良しです。
思えばこのEP3はこのやり取り書いた辺りで、プロットさんがお亡くなりになったんだよな・・・(すべて書きあがってから連続投稿しています

ところで、このEP3では閑話として掲示板回を用意しているんですけど、投稿のタイミングっていつがいいですかね?
時系列に合わせて都度入れるのと、全部話が終わってから一気に出すのとどっちがいいでしょう。
アンケート貼っておきますので、よろしければご回答いただければと思います。
締め切りは、障害物競走が終わった段階とします。それまでになにとぞよしなに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.体育祭 障害物競走 上

 開始早々、案の定スタートゲートで大渋滞が発生した。あれでは一歩も身動きが取れないだろう。

 

 そしてこれも案の定だが、その先頭を突き進んだトドロキにより、ゲート周辺にいた生徒のほとんどが凍結に巻き込まれて行動不能に陥った。

 これによって凍結に巻き込まれなかった後続も進行を妨げられたわけだが……我らがA組の面々はそれをものともせず、通り抜けていく。

 あるものは爆発の推進力で飛び、あるものは自ら創り出した棒を用いて跳び。他にもそれぞれの”個性”を用いて、あるいは機転によってあっさりと妨害を潜り抜けた。

 

 その様子を、マスター・プレゼントマイクが実況する。……そしてどうやら、彼の隣で解説をするのはマスター・イレイザーヘッドらしい。

 

 まあでも彼の態度から言って、プレゼントマイクから無理やり解説を押し付けられたのだろう。あの二人は確か同期な上に、出身も同じくここ雄英だったはずだ。お互い他の教師より気安い間柄だからこそ、白羽の矢が立ったのだろうな。イレイザーヘッドとしては不本意だろうが。

 それでも、なんだかんだでちゃんと解説する辺り、彼は律儀というか……やはり光明面の人だ。尊敬するよ。

 

 さて、周囲の状況の解説を終えたところで、私たちが今どうしているかだが。現状は他のクラスメイト同様、凍結による妨害を回避したのち、おおよそ中間くらいの立ち位置で走っている。

 小さい分歩幅も小さい私は相当せわしなく足を動かしているのだが、ヒミコは悠然と走っているので、これについては本当に小さいと不便だなと思う。

 

「さて何やら見えてきたが……」

「あー、あれって入試のときの」

「0ポイントの仮想ヴィランだな」

 

 見るのはまだ二度目だが、平気な顔してあれを学校行事に出すこの学校はどうかしていると思う。万が一潰されようものなら、大体の人間は即死だと思うのだが。

 

《まずは手始め……第一関門! ロボ・インフェルノ!!》

 

 ああ、やはりあれが一つ目の障害物なのだな……。しかもあの巨体を誇る仮想ヴィランが、見た感じ最低でも十体はいるようだが……本当にこの催し、ヒーロー科以外はお呼びではないという感じだな。

 

 ……む。あの巨体でかすんでいるが、他のタイプの仮想ヴィランも全種類配置されているのだな。0ポイントに気を取られていると、その足元にいる小型のものたちに足下をすくわれるというわけか。

 

「どうします?」

「このまま突っ切ってもいいが……アナキンなら『それじゃあ面白くない』とか言いそうだな」

「言いそうですねぇ。ふふ、何かやっちゃう?」

「……頑張って戦い抜くと宣誓してしまったからな。できる限りのことはさせてもらうさ」

 

 ヒミコと会話しながら、私は2ポイントの仮想ヴィランに組みついた。四本足で動き、サソリのような長い尾をもたげさせているタイプの機体だ。

 

 仮想ヴィランは私を振り落とそうともがくが、私はこの機体の手足では届かない箇所に組み付いているので一切妨害を受けることがない。

 私は構わず仮想ヴィランの装甲部分を剥がし取り、現れた配線に手を伸ばした。

 

 と同時に、物陰からヒミコが周囲のカメラに向けてテレキネシスを使い、私を視界に収めるカメラの視線を逸らす。さすが私の半身、こうしてほしいと思ったことを読み取って動いてくれる。

 まあ、カメラマンがみなロボットだから可能なことだがね。

 

 それはともかく。

 

「フォースハック」

 

 触れた配線に向けて、フォースを流し込む。

 

 これはフォースによって、電子回路に影響を及ぼす技である。腕があるものが使えば、機材なしにハッキングが可能な技であり、極めたものならこれだけでどんなドロイドも手中に収めることができてしまう技。そして、私が最も得意とする技でもある。

 

 得意とは言っても、持ち前の機械技術によって特例的にマスタークラスへ至ったマスター・パラトゥスほどできるわけではないが。

 それでも私は、この技によって機械類を機材なしにハッキング、あるいはプログラミングできる。さすがに時間をかけて新しいものを組むときは端末を使うが、簡単なものやよく使う決まりきったものならこれでやったほうが早い。

 

 ……うむ、あまり複雑な内容ではないな。そして遊びというか、余裕を残したプログラムになっている。これなら、色々と書き加えてしまってもいいだろう。

 

「よし。行くぞヒミコ、乗れ!」

「ん!」

 

 私はそうして改造した機体にひょいと駆け上がると、ヒミコの手を取って持ち上げ二人乗りの体勢になる。

 前に私、後ろにヒミコだ。彼女は嬉しそうに、私の腰回りに抱き着いてきた。

 

 と、それと動く前に。他の壊れた仮想ヴィランから配線を持ち寄って、シートベルトの代わりとしよう。

 

《あーー!? 1-A増栄、まさかのロボを乗りこなしてるゥーー!? 同じく1-Aトガ、それに便乗ーー!!》

《あいつらの”個性”で、何をどうしたらそんな芸当ができるんだ……》

《担任のお前がわからなかったら、誰があいつらをわかってやれるってんだよコノヤローッ!》

 

 実況と解説も混乱しているようだ。決定的なところは映らないようにしたから、無理もない。

 

 だがそれには目もくれず、私は仮想ヴィランを走らせる。

 風防は少し迷ってつけなかったのだが、つけなくて正解だったな。このままだと、風防が必要な速度に達する前に機体の足回りが壊れる。

 この仮想ヴィラン、やはり元々倒しやすいように諸々設計を甘くしているのだろうな。全力で動かそうとすると、あちこち問題が浮き彫りになる。

 

 と、そうこうしているうちに見えてきたのは、深い谷であった。その前で、数人の生徒たちが動くのをためらっている。

 

《オイオイ第一関門チョロイってよ! んじゃ第二はどうさ!? 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォーーーール!!》

 

 プレゼントマイクの実況がよく聞こえる。

 同時に全貌が見えた。なるほど、ところどころに足場は残っていて、綱によってそれが繋がっているな。要するに大袈裟な綱渡りということか。

 

 まあ、バクゴーのように飛ぶ手段を持っている生徒にとっては、ほとんど意味をなさないだろうが。彼のように飛ばずとも、トドロキやイイダなど、クラスの実力者は速度を落とすことなく安定して綱を渡っているな。

 

 では私たちはどうするか、だが……簡単だ。()()()()()()()()

 

「ヒミコ、跳ぶぞ。しっかりつかまっていろ」

「んふふ、もちろんなのです」

 

 私の身体を抱きしめる彼女の腕に、少し力が足された。応じて密着が強くなる。彼女の胸が、私の後頭部を優しく包み込む。

 

 それをよそに、私は二人の身体の浮力を一時増幅させる。機体を走らせる速度は、落とさない。むしろ上げる。

 

《増栄、ロボの速度を落とさない! まさか、まさかァァ~~!?》

 

 そのまさかだとも、プレゼントマイク。つけていてよかったシートベルト、だ。

 

「ここだ!」

 

 フォースで機体を操り、谷に落ちる直前で全力で跳躍させる。さらにその瞬間に合わせて、機体の浮力も一時増幅!

 これによって跳躍と同時に浮力を得た機体は、その馬力を十全に活かしてすさまじい距離の跳躍を実現する。そして今回の一時増幅は早めに切れるように調節したので、跳躍しすぎてコースアウトする前に浮力は元に戻った。

 

「ウッソだろ……」

「マジかー……! 増栄ちゃんマジかー……!」

 

 かくして再び重力に囚われた我々は、物理法則通りの軌道を描いて第二関門を一跳びに通り抜けることに成功した。もちろん、着地の瞬間に一瞬だけ機体の浮力を増幅して、衝撃を軽減することも忘れない。

 

《や、や、やりやがったーーッ!! マジでやっちまいやがった!! ジャンプ一つでザ・フォールクリア! 嘘だろー!?》

《要所要所でしっかり”個性”を使ってるな……派手にやってるように見えるが、ありゃちゃんとした科学知識と徹底した”個性”制御力がないとできない繊細なパフォーマンスだ》

 

 うーむ、さすがイレイザーヘッド、慧眼である。

 

《先頭は相変わらず轟が一足抜けた状態! それをロボにまたがる増栄たちが猛追する! あとはほとんど団子だな! そして早くも最終関門! かくしてその実態は……一面の地雷原!!》

 

 ほう、地雷。問題はどのくらいの威力があるのか、だが……。

 

《ちなみに地雷! 威力は大したことねぇが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!》

《人によるだろ》

 

 ……ふむ? ということは……む、よく見ればわかるようになっているな。これなら降りてもいいが……このまま突っ込んでも問題はなさそうだな。

 先頭のトドロキこそ最も地雷を警戒しなければならないから、彼の速度も目に見えて落ちた。ならば、一つ仕掛けるとしようか。

 

 ……と、その前に。

 

「ダメですよ爆豪くん、このロボは二人乗りなのです!」

 

 真後ろからバクゴーが機体に攻撃を仕掛けてきた。ヒミコはもちろん私がそれに気づかないはずはなく、さらりと攻撃は回避する。

 

「チッ! 喰らっとけよなァ!」

 

 そしてその横を、バクゴーが悪態をつきながらも通過していった。

 攻撃が当たって私たちを妨害できればよし。回避されても自分が行く道は開くことができる、という考えだったのだろうな。彼はやはり頭もいい。私も見習わなければ。

 

 そしてバクゴーは、そのままトドロキを追い抜いた。競技が始まったときより、明らかに爆破の勢いが強い。彼はどうやらスロースターターらしい。

 

《ここで先頭が変わったー! 喜べマスメディア! お前ら好みの展開だああ!! 後続もスパートをかけてきた! だが引っ張り合いながらも……先頭二人と続く二人が優勢かああ!?》

 

 対するトドロキは、慎重に走りながらも、凍結を利用してバクゴーを妨害しようとしている。個人的には道を作って全力で走ったほうがいいように思うが……まあ、それは私たちには関係のないことだ。

 

「飛ばすぞ、ラストスパートだ」

「はーい!」

 

 既に限界が近そうな機体に鞭を打ち、全力で走らせる。当然、足が地面につく端から地雷が起動し派手な音と振動が伝わってくる。

 だがそれなりの重さがあるロボットを吹き飛ばすほどの威力はなく、私たちに影響はほとんどない。ガタは来ているので、地雷を踏むたびにどこかしら装甲が剥がれ落ちたりはしたが、決定的に壊れることはなかった。

 

 私たちはそのまま一切速度を落とすことなく、足の引っ張り合いをしていた前二人をさらっと追い抜くことに成功する。

 

《抜いたーー! 再び一位が入れ替わる!!》

 

 追い抜く瞬間、二人からはあり得ないものを見るような目で見られたので、ヒミコと二人揃って手を振っておく。

 

 もちろんそんな私とヒミコを、この二人が見逃すはずがない。彼らは互いに妨害し合っていたのがウソのように、息を合わせて私に攻撃を仕掛けてきた。

 

 ふむ……この辺りが潮時か。

 

「降りようか」

「はーい!」

 

 迫りくる氷結と爆風を前に、私たちは決断する。

 そしてシートベルト代わりに使っていた配線を外すと同時に、パージする形で機体を蹴って前へ飛び出した。

 

《増栄、トガ、ロボを乗り捨てたー!! こいつぁシヴィーー! だがそのまま最終関門をイチ抜け!! ナイスタイミングだ! 爆豪&轟の攻撃は不発!!》

 

 不発ということはない気もするがな。元々酷使していたからか、二人の攻撃を受けた仮想ヴィランはほぼほぼ木っ端みじんになってしまったのだから。

 

 ただ、そのせいで私たちの姿をそれなりの時間見失ったことも事実であろう。ここまで来たら、あとはフォースと”個性”を用いて進むだけのことだ。

 

 だがその直前。

 

《少し遅れて爆豪・轟! 最終関門を今抜けそうだが――……A組緑谷、爆発で猛追ーーっ!! つーか……抜いたああーーっっ!!》

 

 ミドリヤが、やって来た。

 




無自覚にイチャイチャを全国に向けて見せつけていくスタイル。

なお、フォースハックはレジェンズに登場する技です。マスター・パラトゥスことカズダン・パラトゥスも、レジェンズのキャラですね。
ただ、名前は調べた範囲ではそれっぽい名称が見当たらなかったので、それっぽく命名しておきました。ハッキングなのでハック。まんまです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.体育祭 障害物競走 下

 凄まじい爆音と光に思わず振り返ってしまったが、なるほど。

 

 考えたなミドリヤ。地雷を掘り出して集めたあと、面でそれを受けられるものを利用して爆風を推進力に変えるとは。

 持っていたのは、私たちが乗り捨てた仮想ヴィランの装甲の一部のようだな。バクゴーたちの攻撃ではがれ、たまたま彼の近くまで吹き飛んでいたのだろう。

 

 だがそれをこんな咄嗟の状況で、すぐさま利用できると考える発想力は見事に尽きる。私には思いついただろうか。

 

 そうこうしているうちに、もう一度大きな爆音が聞こえてきた。

 

《緑谷間髪を容れず後続妨害! なんと地雷原即クリア!》

 

 空中という身動きを取れない状態で、手持ちの道具をうまく使って再度地雷を一斉起爆したのか。フォースユーザーでもないのによくやるものだ。

 

《イレイザーヘッドお前のクラスすげぇな! どういう教育してんだ!》

《俺は何もしてねぇよ。やつらが勝手に火ィつけ合ってんだろう》

 

 うーん、イレイザーヘッド本当に慧眼である。彼は態度に反して実に生徒をよく見ているな。

 

 と、そんなことを考えていたら、ミドリヤに並ばれた。その身体からは、見覚えのある緑色のスパークが迸っている。どうやら順調に”個性”は使いこなせるようになってきているらしい。

 

「追いついたよ増栄さん……!」

「驚いたな、もう使いこなせるようになったのか」

「まだ完ぺきとは言えないけど、おかげさまで! でも、それとこれとは別だから……!」

 

 そして彼はさらにスピードを上げ、私たちを追い抜いて行った。

 

 速度としてはさほど差がないし、全力で走っているミドリヤに対して私はまだ余裕があるので、追い抜けないことはないが……まだ第一種目だ。ここは無理せずともいいだろう。

 バクゴーが聞いたらまた怒りそうだが……複数人が残るであろう予選で、上位通過が確実にもかかわらずあたら全力を出す必要性はまったく感じない。ただでさえ歩幅の関係で体力を余分に消耗する身だからな、温存できるところはしておきたい。

 

「コトちゃん、どうします?」

「ここまで来たらこの種目の通過は確実だ。無理はしなくていいだろう」

「だよねー」

 

 ということで、私たちはミドリヤの猛追をスルー。特に彼に対して何かすることなく、彼がスタジアムの中へと駆け込んでいく背中を見送ったのだった。

 

《さァさァ序盤の展開から誰が予想できた!? 今一番にスタジアムへ還ってきたその男……緑谷出久の存在を!!》

 

 プレゼントマイクの実況と大歓声に迎えられた彼は、少しだけ戸惑いながらも周囲を見渡し……そして、カメラに向けて笑って見せた。

 その姿は……まだだいぶ隔たりはあるけれど、マスター・オールマイトのそれにどこか似ていて。

 

「……ああ、なるほど。()()()()、ということか」

 

 推測でしかないが、色々と察した。

 

「おめでとう、ミドリヤ。まさかあんな方法をあの場で思いつくとはな」

「あ、ありがとう……! でも、ここまで安定して来れたのは増栄さんのおかげだよ。本当、なんてお礼を言ったらいいか……」

「私は助言を少ししただけさ。そこから理論を自分なりに組み立て、己にうまく適用したのは君の実力だ。もっと誇りたまえ」

「う……うん!」

 

 しかしなんというか、彼は涙もろいのだな。先ほどはオールマイトにどこか似ていると言ったが、この点はまったく似ていない。

 

《さあ続々とゴールインだ! 順位なんかは後でまとめるから、とりあえずお疲れ!》

 

 さて、あとはこのあと誰がどの順番で来るかだが……と思いながらゲートのほうに目を向けたら、暗黒面の帳に包まれたトドロキと目が合って、思わず一瞬硬直した。

 彼はすぐに私から視線をずらしてミドリヤの背中を見つめていたが……本当に君は一体何がそうも憎いというのだ。

 

 同じ暗黒面でも、自分のふがいなさにひたすら怒りを高めているバクゴーのほうが何倍もマシだぞ。

 

「事案です!」

「グワーッ!! あ、でもこれはこれでアリ……!」

 

 と思っていたら、視界の端でミネタがヒミコに蹴り飛ばされていた。

 何をしたのかと聞いてみれば、ミネタは終盤ヤオヨロズの腰にずっと張り付いていたらしい。なんというか、なるほどであった。

 

 そして唐突に理解する。つまり、たびたび彼の思考が読めなかったのは、それが性欲由来の暗黒面だからなのだろう。私にわからないはずだ。今後もあまりわかりたくないがな。

 

 まあそれはともかく、ミネタは私より小柄だが、筋肉量などは性別相応歳相応であり、私よりも重い。そんな人間が腰にずっとついていたのだから、ヤオヨロズの結果が振るわなかったのも無理はない。

 

「……災難だったな」

「まったくですわ……!」

 

 その後、彼女の衣服に張り付いたミネタの”個性”を全力ではがした。

 

 ……ミネタには、私からも一撃入れておこう。私はともかく、ヤオヨロズたちをそういう目で見ていたのであればそれは許しがたいことである。ましてやヒミコをとなれば、黙っているわけにはいくまい。

 

***

 

 さて、全員がスタジアムに戻ってきて、順位が発表された。

 

 ミドリヤが1位、私が2位、ヒミコが3位。さらにトドロキが4位、バクゴーが5位と続く。

 どうやら予選通過は42位までらしい。そしてそれは、ヒーロー科によってほぼ独占されていた。

 

 ……というか、予選通過が42人という数字はひどく作為的なものを感じるな。ヒーロー科は40人しかいないのだ。ヒーロー科だけでは絶対に独占できない。

 

 つまりこの人数設定は、ヒーロー科以外にも門戸を開いているというアピールも含まれているのだろうな。次に行う競技の人数調整もあるのだろうが……なんというか、本当にヒーロー科以外お呼びではないなこの催し。

 普通科のほうからは、相応に暗黒面の気配が漂って来るのだが。その辺りの生徒のメンタルケアはどうなっているのだろう?

 

「さーて第二種目よ!」

 

 しかし話はどんどん進んでいく。ミッドナイトの宣言に合わせて空中に映像が現れる。

 第一種目のとき同様、ルーレットのような演出と共にそこに現れたのは……。

 

「……騎馬戦?」

「騎馬戦……」

「個人競技じゃないけど、どうやるのかしら」

 

 空中に浮かぶ漢字三文字に、みなが少しざわつく。

 

 だがツユちゃんが首を傾げた直後、別の映像が投影された。そこには大きく「例」という文字と共に、騎馬を組んだ雄英教師陣が映っている。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ! 基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが先ほどの結果に従い各自にポイントが振りあてられること!」

 

 ああなるほど、入試のときのような方式というわけか。

 ただし騎馬を誰と組むかで、各自のポイントが違ってくる。そこが色々と肝になっているのだな。

 

 問題は、どのようにポイントが振りあてられていくかだが……。

 

「与えられるポイントは下から5ずつ! 42位が5ポイント、41位が10ポイントといった具合よ。そして……1位に与えられるポイントは、1000万!!」

 

 ……冗談だろう、それは。

 だが間違いないようで、ミッドナイトは堂々とし続けている。

 

 周りは一瞬だけ空気ごと凍ったが……しかし、誰もがすぐにミドリヤに視線を注いだ。

 当のミドリヤは、半ば放心状態である。

 

「最終種目に進めるのは、上位四チーム()()! つまり上位のやつほど狙われちゃう……下剋上サバイバルよ!!」

 

 そしてミッドナイトは、そんな彼にまったく斟酌することなく宣言したのであった。

 

「……む……?」

「……すごいなぁ、出久くん」

 

 だが、ほどなくミドリヤは立ち直った。暫定とはいえトップに立っている重圧を強く感じながらも、拳を握って決意を新たにしている。

 

 ああ、そうだなヒミコ。彼はすごい。一年前もそうだったが、本当に。

 

 その後はミッドナイトから、細かいルール説明が入った。制限時間やポイントを示す方法など。

 

 中でも重要な点は、ポイントを取られようが騎馬が崩れようが、失格にならず試合に残留することだろう。さすがに騎馬が崩れているときの行動は無効らしいが、それでも騎馬すべてが最後までフィールドに居続けることになる。これでは仮にポイントを稼いだとしても、位置取りなどで失敗すると足元をすくわれかねないだろう。

 

 初期ポイントが多くない組などは、いっそ最初にポイントを捨てて身軽になっておくというやり方もできそうだな。実際にやるかどうかはともかく、様々な作戦が考えられる。

 

 ああそうそう、”個性”の使用はもちろん自由だ。ただしあくまで騎馬戦であるため、悪質な崩し目的の行動は一発退場となるらしい。フィールドから出る手段があるとしたらこれくらいだろうが、やるものはさすがにいないだろうな。

 

「それじゃ、これより十五分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

 そしてミッドナイトはそう締めくくり、鞭を鳴らして合図とした。

 

 チーム決め、か。とりあえず、考えるまでもなくヒミコとは一緒だ。

 

「コトちゃん」

「もちろんだ」

 

 そしてフォースを用いての以心伝心が可能な私たちは、二人でもこの種目は十分戦える。

 チーム人数は2~4人、と幅を持たせられているので、これでチーム完成、と言ってもいいのだが……。

 

「トガちゃーん! 増栄ちゃーん! 組もー!」

「私もー!」

「私もいいかしら?」

「増栄大人気だな……」

 

 トドロキに合流したヤオヨロズと、ミドリヤに合流したウララカ以外のA組女子が私たちの下へ集まってきた。

 男子はほとんどがバクゴーに集まっているようだが、男女できれいに分かれたな。

 

「そりゃーうちのクラスで強いって言ったら、増栄ちゃんか爆豪くんか轟くんだもん!」

「そうそう。その中で誰と一番組みたいかって言ったら、やっぱ増栄ちゃんだよね」

「うん。爆豪と轟も選択肢として悪いわけじゃないけど、やっぱ同性のが気楽だし……」

「何より、普段の態度見てるとどうしても躊躇しちゃうわ。特に爆豪ちゃん」

「日頃の行いというわけか……」

 

 みなの言いように、苦笑しか出ない。これはバクゴーとトドロキ両名の今後の課題だろうなぁ。

 バクゴーは言うまでもないが、トドロキも人と距離を置いていることが多いからなぁ。その辺りを不安視されたか。それでもすぐに組むメンバーを選んでいるので、コミュニケーションに難があるわけではないのだろうが。

 

 ……まあ、彼らのことはともかくだ。

 

 人気なのはいいのだが、あいにくとチームの人数は四人までとされている。この中から二人には外れてもらわねばなるまい。

 

「そこは仕方ない!」

「選ばれなかったらそのときはそのとき!」

 

 返事こそしなかったが、頷いてジローとツユちゃんも同意する。みな人間ができているなぁ。恨まれることも覚悟していたのだが。

 

 だがそういうことなら、選ばせていただこう。

 

「どうする?」

「うーん……」

 

 と、悩んでいるそぶりを見せつつ、テレパシーでヒミコと意見をやり取りする。

 

 とはいえ、二人ともほとんど意見は固まっており、ほとんどためらうことなく答えは出た。

 

「じゃあ梅雨ちゃんと」

「ジローに来てもらおうかな」

「ケロ。よろしくね」

「っし。よろしく!」

 

 そして二人がこちらに動き、

 

「あちゃー、ダメだったかー。まあちょっとそんな気はしてたけど」

「二人ともごめんなさいです……」

「いーのいーの。こればっかりはしょうがないもん! よっしゃ、他当たってみよう!」

 

 もう二人が離れていくこととなった。

 

 ……心の動きからして、ヒミコはハガクレに来てほしそうではあったが。当のハガクレ本人が、お情けや友達だからというだけで選ばれることを望んでいなかったので、こういう結果になった。アシドも同様だ。

 

 イレイザーヘッドは彼女たちの考えを合理的ではないと言うかもしれないが、こればかりは当人たちの矜持の問題だからな。それを笑うことなどできるはずもない。

 ゆえに私たちは、二人とも本気で戦うことを約束し合って見送った。

 

 そしてチームの完成をミッドナイトへ報告。その場で点数が書かれた鉢巻を受け取り、競技の開始に備えるのであった。

 




最初は主人公とトガちゃんだけで二人のチームにしようと思ってましたが、別にクラスメイトとの交流をしていないわけではないので、普通に声かけられるしかけられたら無視する二人ではないよなと思ってこの組み合わせになりました。
おかげで騎馬戦のチームも原作と一部が異なった上に、障害物走の順位が原作と違っている分、点数計算にめっちゃ時間取られてなかなか書き進められなかったのはもういい思い出です(遠い目

ちなみに閑話についてのアンケートですが、今回で障害物競走が終わったのでここで締め切らせていただきます。たくさんご回答いただきありがとうございました。
思ったより差がつきましたが、それでも白黒はつきましたので、次は騎馬戦ではなく閑話を投稿します。
何卒よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ1

(開会式)

197:ヒーロー志望の名無しさん ID:

中継始まった!

 

202:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はじまた

 

207:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ラストチャンスにかける熱とか経験値から成る戦略とか見られるから、大体は三年ステージがメインだけど今年に限っては一年ステージが注目だよな

 

210:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>207

わかりみが深い

 

215:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こうして見ると観客にプロヒーロー多いな

 

219:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>215

さっき外周近くでMt.レディ見たぜ。タコ焼き買い食いしてた

 

221:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>219

仕事しろ岳山

 

223:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>219

何してんだ岳山ァ!

 

224:ヒーロー志望の名無しさん ID:

現地組いいなー

 

228:ヒーロー志望の名無しさん ID:

選手入場!

 

230:ヒーロー志望の名無しさん ID:

A組先頭!

 

233:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんかもう既に貫禄がある

 

240:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>233

やっぱ実戦が人間を成長させるってはっきりわかんだね

 

243:ヒーロー志望の名無しさん ID:

A組クソちっこいの二人もいるな……あんなんでヒーローできんのか?

 

247:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>243

何言うてんねん二人とも雄英の試験突破してるんやぞ

 

249:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>243

少なくともお前よりはできるやろ

 

253:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>243

見た目で判断するなよ常識だろ

 

255:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>243

個性を見ろ個性を

 

262:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

しごおわきたく

まだ始まってないですよね?

 

266:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>262

寝ろ

 

269:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>262

早く休んで、どうぞ

 

275:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>262

もうすぐ選手宣誓だよ

 

280:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>275

サンクスかわいい子いなかったら寝ます

 

283:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>280

社畜さん……

 

291:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>283

社畜じゃないよ夜勤だよ

 

306:ヒーロー志望の名無しさん ID:

選手宣誓!

 

309:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女だ

 

311:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女だな

 

312:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どう見ても幼女

 

315:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まさかあの中からあんな幼女が選手宣誓とは、このリハクの目をもってしても見抜けなかった

 

316:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マイクに届いてないww

 

319:ヒーロー志望の名無しさん ID:

困ってるww

 

320:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あのミッドナイトを開幕ほっこりさせるとはやるな小娘

 

321:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マイク持ってもらってるww

 

323:ヒーロー志望の名無しさん ID:

かわよ

 

327:ヒーロー志望の名無しさん ID:

せんせい!

 

330:ヒーロー志望の名無しさん ID:

小学校の運動会かな??

 

332:ヒーロー志望の名無しさん ID:

舌足らずなのかわいい

 

333:ヒーロー志望の名無しさん ID:

漢字読めてない感すき

 

337:ヒーロー志望の名無しさん ID:

この子応援するわ

 

338:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>337

俺も

 

340:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こんなんずるいわ

 

341:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ミッドナイトの顔ww

 

342:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは母性が溢れてますね間違いない

 

344:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まーたミッドナイトのファン層が広まってしまうのか

 

346:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増栄ちゃんクラスメイトに抱きかかえられてるww

 

348:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はーーーー?

すき

 

349:ヒーロー志望の名無しさん ID:

かわいいがすぎる

 

353:ヒーロー志望の名無しさん ID:

クラスでもマスコットみたいな感じなんだろうなぁ

 

354:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

よっしゃ今日は体育祭終わるまで寝ません!

幼女かわいいよ幼女

 

356:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>354

社畜さん……

 

367:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お前ら幼女幼女て盛り上がってるけど、一年の選手宣誓って毎年入試の首席がするもんだからな?

つまりこの幼女があの中で一番強いってことに……

 

371:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>367

ええやん

 

374:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>367

何か問題でも?

 

377:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>367

一般入試の首席が、だろ。推薦入試組忘れてんなよ

 

384:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どっちにしろトップクラスの実力者なのは変わらないのでは?

ボブは訝しんだ

 

(障害物競走)

411:ヒーロー志望の名無しさん ID:

第一種目は障害物競走!

 

415:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何が出るかな

何が出るかな

 

419:ヒーロー志望の名無しさん ID:

雄英のことだからハードルとか網くぐりとかでないことは確実

 

422:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スタート

 

424:ヒーロー志望の名無しさん ID:

 

425:ヒーロー志望の名無しさん ID:

すご

 

426:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いきなり凍らせてきた!

 

427:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さむそう

 

430:ヒーロー志望の名無しさん ID:

1-A……なるほど例のクラスの

 

432:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟?

どっかで聞いたことあるような

 

437:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>432

エンデヴァーの子じゃね?

確かあの人、轟炎司って名前だったはず

 

440:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>437

それだ

 

442:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>437

でもエンデヴァーの個性って火じゃん

氷って逆じゃね?

 

445:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>442

個性のことだしそういうこともあるんじゃね

 

449:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どっちにしろ周りもあの状況で突破できるのすげーわ

さすがヒーロー目指すだけある

 

455:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>449

それな

 

467:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

469:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ロボ?

 

470:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でっか

 

473:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でけぇww

 

476:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まてまてまて生徒たち殺す気か

 

478:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さすが雄英やることがえげつない

 

479:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あんなのどうしろと

 

485:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟くん迷うことなく行ったー!!

 

489:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さすがナンバー2の血だなぁ

 

492:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あのクソデカロボを一瞬で凍らせるとか

 

495:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ぼくにはとてもできない

 

497:ヒーロー志望の名無しさん ID:

 

498:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ちょま

 

499:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今誰か潰されなかったか!?

 

503:ヒーロー志望の名無しさん ID:

え、死ぬの?

このレース人死ぬの??

 

512:ヒーロー志望の名無しさん ID:

生きてた

 

514:ヒーロー志望の名無しさん ID:

よかった生きてた

 

517:ヒーロー志望の名無しさん ID:

無傷ってどうなってんの

 

525:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もう一人潰されてた

 

527:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ウケるーじゃあないんだよ

 

529:ヒーロー志望の名無しさん ID:

プレゼントマイクさすがにそれはないわ

 

533:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あのデカいロボを堂々と飛び越えていくのすげーわ

 

536:ヒーロー志望の名無しさん ID:

よくやる

 

542:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あいつらと同じ個性持ってたとしてもやれる気がしない

 

549:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの爆豪ってやつどういう手してんの

 

553:ヒーロー志望の名無しさん ID:

手から爆破起こすだけであんな飛べるもん?

 

556:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>553

できるから飛んでるんだろ

 

563:ヒーロー志望の名無しさん ID:

つか先に行くのA組ばっかじゃね?

 

565:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ほんとだB組なにしてんの

 

569:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いい解説

 

573:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジで実戦経験ゼロとイチとじゃ違うんだなぁ

 

577:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの小汚いおっさん誰?

 

581:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>577

抹消ヒーロー・イレイザーヘッド

 

583:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>581

あんなヒーローいたっけ?

 

588:ヒーロー志望の名無しさん ID:

メディア嫌いで有名だからなー、知らなくてもしゃーない

 

590:ヒーロー志望の名無しさん ID:

メディア好きなやつのほうがおかしいやろ

 

594:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

595:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なにて?

 

596:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

幼女キタ――(゚∀゚)――!!

 

599:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ロボ乗りこなしてるww

 

601:ヒーロー志望の名無しさん ID:

機械操作する系の個性か

 

602:ヒーロー志望の名無しさん ID:

それならあの入試も突破できるわ

 

610:ヒーロー志望の名無しさん ID:

イレイザーヘッド違うっぽいこと言ってる?

 

612:ヒーロー志望の名無しさん ID:

担任も知らないってどうなってんの?

 

615:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやそれより幼女の後ろの子どうした

 

616:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ほんとだクッソ嬉しそうな顔でくっついてるww

 

618:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これ嬉しい通り越して恍惚でしょ

 

621:ヒーロー志望の名無しさん ID:

この子開会式で幼女抱っこしてた子だよな?

 

622:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これ便乗って言うよりただのニケツだよなぁww

 

626:ヒーロー志望の名無しさん ID:

俺たちは何を見せられてるんだ

 

627:ヒーロー志望の名無しさん ID:

キマシ?

キマシなの?

 

630:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

皆さん落ち着きましょう、まだ慌てるような時間じゃありませんよ!

 

634:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女の背中に頬ずりしてるww

 

635:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

キマシタワー!!

 

638:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>635

あまりにも早い手のひら返し、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね

 

642:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ザ・フォール

 

644:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スタンドっぽい

 

647:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あんな深い穴誰がどうやって掘ったんだか

 

648:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>647

パワーローダーだろうなぁ……

 

651:ヒーロー志望の名無しさん ID:

見る分にはただの大袈裟な綱渡りだけど、実際あの場にいたら渡れる気がしない

 

652:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>651

俺も

 

655:ヒーロー志望の名無しさん ID:

せ……っ!

押せ……っ!

 

657:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>655

はいアウツ

 

661:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>655

(ヒーローとしてはそれは)いかんでしょ

 

670:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪スゲー

 

673:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっぱ飛べるって便利だよな

 

679:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

増栄ちゃん!!

 

681:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女だ

 

684:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんかイチャラブ感増してない?

 

686:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

おねロリかロリおねか……それが問題ですねこれは難問ですよ!

 

690:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さすがにあのロボで綱渡りは無理でしょ

 

692:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ファッ!?

 

694:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ファーーーーwwwwwwwww

 

695:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ジャンプ一発で飛び越したwww

 

696:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ウソだろ

 

697:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジで何の個性なんだわからねぇ

 

700:ヒーロー志望の名無しさん ID:

イレイザーヘッドは個性を使ってるって言ってるけどどの辺が?

 

702:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あ、これは担任も把握してる使い方なんだ?

 

703:ヒーロー志望の名無しさん ID:

 

705:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお、今のよく避けれたな

 

708:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

おのれ爆豪!

幼女に容赦なく攻撃するとかてめぇの血は何色だ!!

 

710:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>708

さてはオメー開会式んときの社畜さんだな?

 

712:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>708

寝ろ

 

713:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>710

>>712

だから社畜じゃなくて夜勤だってばさ

 

717:ヒーロー志望の名無しさん ID:

その幼女はあっさり爆豪の攻撃を回避してるんですけどね

 

719:ヒーロー志望の名無しさん ID:

見てから回避余裕でした

 

721:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いや後ろの子が警戒してたんでしょ

 

725:ヒーロー志望の名無しさん ID:

実際なんか話してたっぽいし、見張り役なんだろうな

 

727:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ロボ操ってるのももしかしてこっちの子の個性?

 

728:ヒーロー志望の名無しさん ID:

地雷て

 

732:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジか……

 

735:ヒーロー志望の名無しさん ID:

俺雄英行けなくてよかったわ……

 

737:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お!

 

739:ヒーロー志望の名無しさん ID:

抜いた

 

741:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女つEEEEE

 

744:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪だけじゃなくて轟まで容赦ねーなーww

 

745:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

お前もか轟!!

 

747:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>745

社畜さん……

 

751:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

もう社畜でいいや……

 

752:ヒーロー志望の名無しさん ID:

乗wwりww捨wwてww

 

754:ヒーロー志望の名無しさん ID:

孔明の罠……でっていう……うっ頭が

 

755:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ロボかわいそう

 

761:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

762:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今度はなんぞ

 

763:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんか一人出てきた

 

764:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何だ今の大爆発

 

767:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんか持ってるぞ

 

769:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷?

誰?

 

771:ヒーロー志望の名無しさん ID:

目立ってなかったよな

 

773:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>771

今初めて名前出てきたよ

 

777:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なるほど、幼女が乗り捨てたロボのパーツで大量の地雷を一斉起動したんだ

で、その爆風で飛んだと

 

780:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>777

はー頭いいなぁ

 

782:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>780

そりゃあ雄英は頭もよくないと入れませんしおすし

 

795:ヒーロー志望の名無しさん ID:

とりあえず上位はこの五人で確定かな

 

797:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>795

そら(こんだけ差がつけば)そうよ

 

802:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷はっや

 

804:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増強系かな?

 

807:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女抜かれた

 

808:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

緑谷ァ!!

手加減しろァ!!

 

812:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>808

寝てろください

いやマジで

 

813:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>808

社畜さんあなた疲れてるのよ……

 

816:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ゴール!!

 

818:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやー白熱したわ

 

822:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いいレースだった

 

823:ヒーロー志望の名無しさん ID:

白熱っつーか何度も困惑させられたっつーか

 

828:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マイクの言う通りこんな冴えない感じのやつが一位に来るとはなぁ

 

830:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>828

マイクそこまで言ってねーだろ

 

831:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>828

お前よりは冴えてるわ

 

834:ヒーロー志望の名無しさん ID:

結構かわいい系だよね緑谷くん

 

836:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ヒーロー志望ってこと考えると、あの顔でも首から下はムッキムキなんやろなぁ……

 

839:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>836

まさかあの幼女も……

 

840:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>839

やめてください幼女に筋肉なんてあるはずないじゃないですか

メルヘンやファンタジーじゃあないんですから

 

842:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>840

現実だからこそ筋肉はつくはずなんだよなぁ……

 

845:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>840

ヒーロー!

早く来てくれー!!




最初は全書き込みにしっかりIDまで書こうかと思ってたんですが、普通に負担がヤバかったので一貫性があって目立つ書き込みだけIDを付与することにしました。
それでも思った以上に長くなったので、騎馬戦のメンバー決めタイムは騎馬戦のほうに組み込みます。

ちなみに、主人公の身体は全体的にぷにぷにしているので、抱き心地は抜群と思われます。
それでも個性の影響で日常的に栄養不足になりがちなので、同年代や同身長帯の子に比べると細いほう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.体育祭 騎馬戦 上

 さて十五分が経過し、騎馬が出揃った。二人、三人、四人の組み合わせも様々に、十二のチームが揃い踏みである。

 

 投影されたスクリーンには、各チームの組み合わせと合計ポイントが表示されている。

 

 私たちは655ポイント。初期の持ち点としては、1000万を持つミドリヤチームに次ぐ数値だ。これは狙われるな。

 

《さあ起きろイレイザー!》

《……なかなか面白ぇ組が揃ったな》

 

 ……マスター・イレイザーヘッド、この短時間で寝ていたのか。いや、それはそれで得難い才能だとは思うが。

 

 そんな同期二人組の話を聞き流しながら、みなが一斉に騎馬を組む。

 もちろん私たちも同様だ。私たちは騎手に私、前騎馬にヒミコ。ジローとツユちゃんが後騎馬、という形である。

 

《よォーし組み終わったな!? 準備はいいかなんて聞かねえぞ! 行くぜ残虐バトルロイヤルカウントダウン!》

 

 マスター・プレゼントマイクのカウントダウンは適当に流しつつ、三人に声をかける。

 

「『では各々、抜かりなく』」

「はぁーい」

「オッケー!」

「ケロ。任せて」

《スタート!!》

 

 そして開始が告げられた。

 

 と同時に、バクゴー、トドロキ、ミネタ、さらにB組の中でも初期点が最も高いチームが一斉にミドリヤチームへ殺到する。まあ、そうなるだろうな。

 

 これに対して、私たちは逆にミドリヤたちから距離を取る。気になるのはミドリヤチーム狙いに加わらず、序盤は様子見を選んだチームだ。

 

 中でも特に気をつけるべきは、二チームだと当たりをつける。それは金髪の少年を騎手にしたB組のチームと、紫色の髪を上げた少年を騎手にした普通科のチームだ。この二つは、策に陥れようという気概が他より強く見て取れた。油断すべきではない。

 

 特に後者は、騎馬になっているアオヤマやオジロたちの様子が明らかにおかしいので、何か仕掛けがあることは間違いない。できる限り早くあれの謎を解くことが、我々チームの序盤でやるべきことであろう。

 

 だが、ミドリヤ狙いに動いていなかったB組のチームが、ここで一斉に私たちに向かってきた。

 

「来た!」

「B組は何かしら結託しているのかしら?」

 

 そう言う二人に反応するかのように、後ろに新たな騎馬の気配が迫る。前や横から迫る同じ組のチームすら囮に利用して。それはわかっていた。

 

 だが、私とヒミコはあえてこの動きを二人に知らせず、後ろから来る手を避けない。

 

「そういうこと」

 

 そう言いながら私から鉢巻を奪ったのは、最初に挙げた金髪の少年。名前は確か、

 

「やあ。よく来たな、モノマ」

 

 モノマ・ネート。私が見た限り、B組の中心的人物。そして同時に、先の障害物競走であえて順位を上げず、我々A組の様子見に徹した男。

 

「……! へえ、さすが首席。勘がいいんだね?」

「まあな。それは預けておこう」

 

 そんな彼に、私は655ポイントを献上する。

 

 当然だが、その行動にモノマは眉をひそめた。

 

「なんのつもりだい?」

「なに、言った通りさ。それは君に預けておくだけだよ」

「なるほど、後半追い上げる作戦? でも残念、そんなことにはならないよ」

 

 彼はそれだけ言うと、私たちから遠ざかっていく。向かう先は……バクゴーか。

 

《増栄チーム、なんと自らポイントを献上! 物間チームが一歩リードだ!》

《献上は作戦みてぇだがな。さて、これが後半どうなるか……お手並み拝見か》

「まずは作戦通り、だね」

「ケロ。本当にぴったり予想通りになったわね」

 

 まあ、ここまで含めてすべて作戦通りなのだがね。

 モノマに触れられ、”個性”をコピーされるところまでが、である。

 

 別に彼の”個性”を見聞きしたことがあるわけではない。前情報はまったくの無だ。

 しかし、あわよくばこうしたい、などと考えながらこちらをうかがっているようでは、フォースユーザーには筒抜けなのである。

 

 だからあえてコピーさせた。なぜなら、私の”個性”は練習なしに使えるような簡単なものではなく、また下手に使えば命の危険があるのだから。

 

「モノマ、忠告だ! 私の”個性”は下手に使うと死ぬから、使わないほうがいいぞ!」

「……!?」

「真剣な話だ! 忠告はしたからな!」

 

 そして、あえて忠告することでモノマの行動を縛る。こうすることで、私は彼の”個性”を見抜いている、あるいはそういう手段があるという心理的なプレッシャーをかけると共に、コピーした私の”個性”使用の是非について悩ませることができるというわけだ。

 ついでに言えば、いくつコピーできるかは知らないが、その枠を潰すこともできる。これでコピーした”個性”を使うまで再コピー不可能、とかなら言うことなしだが……それは高望みがすぎるだろうな。

 

 まあ私がどうこうせずとも、次のターゲットをバクゴーに決めた時点で彼の命運は尽きたようにも思うが。

 

「さて次は……」

 

 私はつぶやきながら、乱戦を避けて動いている残る要注意人物……シンソー・ヒトシに目を向ける。

 

 そちらに向かうようみなに指示を飛ばしつつ、ツユちゃんの舌から鉢巻を受け取る。もはや私たちに用はない、とばかりにターゲットを変えたB組チームの背後から、ジローのイヤホンジャックとの合わせ技で奪ったものだ。

 

 125ポイントか……まあまあだな。首に鉢巻を巻きつつ、奪ったチームから狙われないよう位置を取りながら移動する。次の狙いはシンソーだ。

 まあ、彼については能力の把握が優先なので、取れずとも構わないが……。

 

「やあミスター。すまないが、君のポイントを頂戴したい」

「ち……っ」

 

 だが思っていた以上に、あっさりとシンソーから鉢巻を手に入れることができた。285ポイント……これで410か。

 

 ついでに、その思考も読めた。舌打ちしていたが、彼はちっとも焦っていない。彼もまた私たちと同じく後半に追い上げる作戦のようだ。

 そして、”個性”にも察しがついた。騎馬の三人から意思が感じられず、シンソーの思考と合わせて考えるに、彼の”個性”は意図を持って声をかけそれに応答した相手を操るものだろう。

 

 思っていた以上に強力な”個性”の持ち主だったが、対処方法は比較的簡単だ。

 そして、今の私たちに彼の”個性”はほとんど効かない。

 

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

***

 

「まず耳栓を用意する。……と言ってもヤオヨロズがいない以上、布を裂いて湿らせることで代用するしかないだろう。追加で私の個性により遮音性を増幅すれば、まず間違いなかろう」

「響香ちゃんの”個性”で自爆しないよう対策ということね」

「ああ。コスチュームが使えない以上、指向性は持たせられないだろうが……乱戦が予測されることを考えれば無差別のほうがいいだろう。普通に音も出せるのだろう?」

「できるけど、コスチュームなしじゃこの場全体に届くような音量には……あ、そうか。増栄の”個性”と合わせれば……」

「うむ。増幅できる。ついでに言えば音への耐性も増幅できるから、そちらも時が来れば増幅しよう。前半は周りに合わせてゆるゆると動き、機を見てジローの爆音でスキを作る。そこを一網打尽、というわけだな」

「そのときは私と梅雨ちゃんも取るのに動けばいいんですね」

「わかったわ。……でも、こんな大歓声の中で耳栓までしてしまったら、声が聞こえなくなってしまうわ?」

「それについては問題ない」

『なぜなら私はテレパシーが使える。他者の意思を読み取ることもできる』

「うわっ!?」

「ケロ!?」

『接触した状態なら、意思を持って放たれた言葉はほぼ確実に読み取れる。意思の疎通はこれで行う』

「……そういや超能力まで使えるんだった」

「確かに、テレパシーもよくある超能力の一つね。ケロ。これなら耳栓のデメリットを軽減できるわ」

 

***

 

 ……ということが、チーム結成後にあったのである。

 ジローの爆音攻撃への対処で行った処置(ちなみに犠牲になったものは私のハンカチ)であったが、ここでシンソーに刺さるとは思わなかった。

 

 とはいえ、念には念をだ。シンソーの”個性”に関する考察をみなに伝え、彼の声が聞こえても応じないよう要請する。

 

 そうこうしているうちに先ほど手に入れた125ポイントが取られてしまったが、会話中に対抗するのが面倒だったのでこれは返却しておこう。まだ焦る時間ではない。

 

 一方で、ミドリヤの周辺は一貫して賑やかだ。仕方ないことではあるが、彼は常に最低二チームから攻められ続けている。

 それを凌ぎ続けているのはさすがだが、どうやらミドリヤのみならずチーム全体がしっかりと協力してのことのようだ。サポート科の人間のアイテムをうまく使いつつ、ウララカのゼログラビティで移動を助け、防御に徹するトコヤミはダークシャドウによってほぼ鉄壁の守護神と化している。

 

 だが、全方位から攻められ続けてすべてどうにかするなど、難しい。特に攻めるという点に特化するバクゴーが参戦したとあっては、いずれどこかでほころびが出てくるだろう。

 

 ……というか、だ。

 

《おおおおお!? 騎馬から離れたぞ!? いいのかアレ!?》

 

 まったくもってプレゼントマイクの言う通りだ。いや、何を言っているかは正確にはわからないのだが、彼の心の動きから大体わかる。

 何より、彼が声を上げる原因が視界にちゃんと映っている。

 

 バクゴーと来たら、いつものように爆破を活かした空中移動を行っているのだ。あれでは騎馬も何もないではないか。プレゼントマイクが言いたいのはそういうことだろう。

 

 だが、主審のミッドナイトはそれを是とした。

 

「テクニカルなのでオッケー! 地面に足ついてたらダメだったけど!」

「いいのですかマスター・ミッドナイト!?」

「もちろん! 言ったでしょう? ウチは自由が売り文句だって! 主審の私がいいと言えばいいのよ!」

「……なるほど、よくわかりました」

 

 まったく考えてもいなかった。

 いなかったが……空中移動(それ)がありなのであれば。

 

「『みんな。作戦変更を提案する』」

「どうするの?」

「行くんですね、コトちゃん!」

「まさか爆豪みたいなことするつもりなんじゃ……」

「『そのまさかだ。積極的に攻めようと思う。どうだろうか』」

「私はコトちゃんのしたいようにすればいいと思うのです」

「マジか……まあでも、いいんじゃない? どうせなら一位通過したいしね」

「構わないわ。キャッチは任せて」

 

 満場一致か。ヒミコはともかく、二人とも勝つ気満々だな。

 

 そう決めた私は、脱ぎ始めた。

 

「『よし。では攻める』」

「いやなんで脱ぐ!?」

「『私の個性は、身体のどこかが触れてさえいれば使えるのだ。だから全力を出すには服も靴も邪魔なのだよ』」

 

 フォースとの合わせ技で非接触物にも使えるから、無理に脱ぐ必要はないのだが。それをやろうとすると思考をそちらにも割く必要が出てくるから、脱げるなら脱いだほうがいい。

 

「中継されてるんだけど!?」

「『下着は残すさ。というか、そもそも私の裸など誰も喜ばないだろう』」

「ダメよ理波ちゃん。本当にダメよ」

「そうですよコトちゃん。(コトちゃんのカァイイ身体は私のものですし人目はもちろんテレビになんて映させたくはないけどそれはそれとして今そんな押し問答してる時間の余裕ないし一度賛成しちゃったしでもそれはそれこれはこれなので私の心の平穏のためにも)最低でも脱ぐのは上着と靴と靴下だけにしてください」

 

 ヒミコにすら怒られてしまった。何やら怒涛の行間があったような気もするが、それはともかく。

 

 こういうとき、女は少々不便だな。下着程度でも許されないのか。

 まあでも、みな私より女としての経験は長いのだ。これは彼女たちのほうが正しいのだろう。

 

 仕方なく、私はヒミコに言われた範囲で脱ぐことにした。

 

《んー!? 増栄、なんか脱いだぞ!? オイオイこの体育祭を放送事故にするつもりか!?》

《合理的な判断だな》

《……もしもしポリスメン?》

《おいやめろ》

 

 毎度ながらイレイザーヘッド、慧眼である。生徒の”個性”は生徒本人と同じくらい理解していそうだな。そういう気配がちゃんとある。

 だが、恐らくいつものように短い言葉で済ませたのだろう。プレゼントマイクが割と本気で通報しようとしている。具体的に何を言ったかはわからないが、何事も言い方というものはあると思う。

 

 まあ、私が動くよりも先に解説の彼が答えを言ってしまったら、周りが有利になるから詳細を話せなかったというのもあるのだろうが。なんというか、運の悪いお方だ……。

 




公衆の面前で堂々と幼女ぶる幼女

公衆の面前で堂々と女とイチャつく幼女

公衆の面前で堂々と脱ぎだす幼女←NEW!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.体育祭 騎馬戦 下

 残り時間が半分を切り、さらに少しして。バクゴーの一瞬の隙をついたモノマが鉢巻を奪ったタイミング。

 

 準備を終えた私もまた、乱戦の中へ飛び込む。

 

「『行くぞ。騎馬の誘導はヒミコに任せる』」

「『はーい!』」

「いやあんたもコレできるんかい!」

「便利ね」

「『では行ってくる!』」

 

 それだけ言葉を交わし、私は空中に飛び出した。

 全身を使って飛び上がりながら、素肌の触れている部分で空気の一時増幅を繰り返して立体的かつ高速の空中機動を開始する。

 

 先日のUSJ事件で、脳無相手に行ったものとはまた少し違うものだ。あのときはセーバーを振るっての近接戦闘が目的であったため、動きの主体はあくまでアタロであった。空中にいることも多かったが、基本的に地に足をつけて戦うための動きであったのである。

 だが今回は違う。今回は、あくまで空中で戦うための動きだ。基本的に地に足は着けず、滞空し続けることに主眼が置かれている。

 

 その主体となっているものは、ヒーローとしての父上の戦闘スタイル。彼が”個性”「重力操作」を用いて行っていた空中での動きと、それによる戦いのノウハウを私の”個性”に合わせて諸々調整するとともに、アタロの要素も組み込んだ形に仕上がっている。

 これにより、私は極めて高速、かつ変則的な空中戦が可能となった。フォースによる高度な空間把握能力がなければ不可能な挙動をするものであり、初見、しかも乱戦の中で見切ることは難しいだろう。

 

 ものになるまで何年もかかったが、根気強く訓練に付き合ってくれた上に、自らが築いた方法を惜しげもなく教えてくれた父上には感謝しかない。

 

《おおー!? 今までほとんど動かなかった増栄、ここで動いた! なんだその動き! 巨人でも殺すのかー!?》

《服を脱いだのは、この動きを効率よくやるためだな》

 

 そんな実況と解説を聞き流しながら、私はバクゴーを煽って絶好調なモノマを真上から襲う。

 

「やあモノマ。先ほど預けていたものは返してもらうよ」

「うわっ!? ど、どこから!?」

「真上さ。ではね」

 

 他チームから奪った鉢巻は、頭ではなく首からかける形でと指示されている。その中から私たちの初期点を取り返し、反撃を受ける前にさっと離れた。

 

「ガキテメェ!!」

「安心したまえ。君たちの分は残してあるとも。私は私のものを取り返しただけだからね」

「舐めプかこの野郎……!」

「爆豪、今は増栄より目の前のことに集中しようぜ!」

「チッ、わぁっとるわ! ()るぞ!」

「殺しはしねぇぞ!?」

 

 絶賛噴火中のバクゴーをよそに、私は騎馬に戻る。私の思考を読んだヒミコが、絶妙な位置につけてくれているからとても容易い。

 

 そして再び、私は騎馬から離れる。次の狙いは、

 

「来たぞ鉄哲!」

「ハッ、来るなら来やがれぇぇ!!」

 

 何やらキリシマとよく似た”個性”と性格の少年……テツテツのチームだ。

 彼らは正面から迎え撃とうとしているが……それでは私をとめることはできないぞ。

 

 真横に移動し、さらに空中を蹴って方向転換。まずは騎馬の動きをとめる。

 

「させません!」

 

 おっと? チーム唯一の女性の”個性”は、髪を蔦のように伸ばし操るものか。これはなかなか厄介だな。

 

 私が相手でなければだが。

 

「えっ」

「うわあ!?」

 

 絡め取られるよりも早く伸びてきた蔦をまとめてつかむと、高速で鋭角を描いて上へ舞い上がる。そのまま全身を使って、騎馬を釣り上げた。

 高空から落とすような所業はするつもりがないので、ほどほどで留めたが……これで騎馬は反撃どころではなくなる。

 

 それでも私を捕まえようとする根性は見事だと思うが、それだけではな。

 

「なっ!?」

「私は囮のようなものだよ。ではな」

「くそっ、待ちやがれ!」

「待たないわ」

 

 完全に私に気を取られていたテツテツチームは、背後に迫っていた我が騎馬の存在にまったく気づいていなかった。ツユちゃん、見事な奇襲である。

 

 二回空気を増幅して方向転換。のちに騎馬に戻り、テツテツチームの鉢巻を受け取る。665ポイントか。かなり大きい。

 

 次いで、ヒミコからも鉢巻をもらう。ここまで来る途中で取ってきたらしい。

 うん。テレキネシスができるフォースを前に、マジックテープではなぁ。目立つからあまりしなかったが、混戦状態ならアリだろう。

 

 ともあれ、225ポイント追加だ。

 

《増栄チーム快進撃! 小回り利かせて飛び回る増栄もスゲーが、それにバッチリ合わせるチームメイトもスゲーー!!》

《お互いの意図を完全に理解した動きだな……》

《おっと!? こっちにも動きだ――》

「『……! トドロキから離れろ!』」

「おわ!? ちょ、急にどうした!?」

「轟ちゃんに何かあるの?」

 

 だが次へ向かおうとした瞬間、私はトドロキのほうから嫌な予感を受けて急遽方向転換を指示する。

 ヒミコは私が指示するより早く動いており、傍から見れば私たちは突然あらぬ方向へ逃げ始めたように見えたことだろう。

 

 だが、その理由はすぐに明らかになる。フィールドの大半を覆う電撃がほとばしったのだ。

 

 トドロキから感じたことを考えれば、これはカミナリの”個性”だろう。そしてあのチームにはヤオヨロズがいるので、彼らはその影響をほぼ受けていないはずだ。

 

《なんだ何をした!? 群がる騎馬を、轟一蹴!》

《上鳴の放電で確実に動きをとめてから凍らせたんだ。さすがというか、障害物競走で結構な数に避けられたのを省みてるな》

《ナイス解説……ああ! 直前で増栄チームが急に逃げ始めたのはそれを避けるためか!》

《だろうな。相変わらずいい勘してやがる》

 

 実況と解説の内容はともかく、イレイザーヘッドからはそれもフォースかと問う気配がした。はっきりとした意思が乗っていたので、やはり彼はおおよそを察しているな?

 

「あ……っぶな……! そういうことね……」

「『説明する時間がなかったのです。急に動いてごめんねぇ』」

「『みんな無事か?』」

「大丈夫よ。距離があったのと、間に身体の大きな障子ちゃんがいたからかしら」

「『急いだ分、位置取りがんばりました!』」

「『ありがとう、さすがだな』」

 

 私も含め、チームはみなすぐに動ける状態のようで何より。

 

 では、今のうちに動けるだけ動くとしよう。動けない人間から奪うなど私の主義ではないが、ここはそういうルールが敷かれた戦いの場だ。かろうじて卑怯ではないだろう。

 

 と、その凍結を行ったトドロキはと言えば……氷の壁を展開してフィールドを二分し、ミドリヤチームと一対一の攻防を始めたようだ。壁が邪魔でよく見えないが、決して高い壁ではない。上から飛んで行けば簡単に越えられるだろう。

 

《爆豪! 容赦なしーー!! やるなら徹底! 彼はアレだな、完璧主義だな!!》

 

 そして私たちがいくつかのポイントを得ているうちに、視界の端でバクゴーがモノマからポイントを奪い尽くしたところが見えた。予想通りの結末であるが、思ったより早かったな。

 

 バクゴーはそのまま憤怒の形相で氷の壁に目を向け、すぐさまそちらへ進むよう指示を出す。

 こちらには見向きもしなかったが、どうやら彼の中では今のところ私よりミドリヤのほうが優先度が高いらしい。

 決勝で、という話を守るつもりかな。あるいは、この競技で最初に標的にしていたミドリヤをまず、といったところか。妙なところで律儀な男だ。

 

 ともあれ、そうして氷の壁の向こうへ飛び込んでいくバクゴーを見送りつつ、私はこちらに殺到する周りのチームに目を向ける。

 

 彼らはいずれも持ち点がゼロのチームだ。そして今、ポイントを持つチームの大半が氷の向こうにいる。例外は唯一、私たちだけ。

 ならば、私たちを狙うのは当然の帰結である。

 

《さあ残り二分! ますます戦いは激しくなってきたァ!》

「もう一度その鉢巻もらうよ! 袋叩きになるけど卑怯とは言わないよねぇ!」

 

 モノマもやってきたようだ。

 

 うむ、見事に全方位囲まれているな。少し逃げてみたが、袋小路だ。

 

 ならば、ここで切り札を切ろう。

 

『ジロー。三、二、一で行こう』

(オッケー!)

 

 私のテレパシーに、ジローもまた内心でのみ応じた。三。

 

 そして彼女の”個性”を……正確には、そのイヤホンジャックのジャック部分から放たれる音量と、みなの音への耐性を私の”個性”が増幅する。二。

 

 さらに、迫り来るモノマチームをフォースプッシュでほどほどに吹き飛ばす。一。

 

「うわっ!?」

「なんだこれ、なんの”個性”だ……!?」

 

 彼らだけでなく、近すぎて音を至近距離で受けてしまいそうなものたちもやはりほどほどに吹き飛ばし、ゼロ。

 

「即興必殺ビートバースト!!」

 

 瞬間、ジローが上に掲げたイヤホンジャックから、凄まじい音量の心音が放たれた。耳栓をした上で耳を塞いでいた私たちですら、しかと聞こえるほどの大音量。それは物理的な威力さえ伴って、私たちを囲んでいたすべての騎馬を吹き飛ばした。

 

《な、なんだあ!? 爆音!?》

《耳郎だな。タネも仕掛けもあるが、ここまでできるか》

《ハッ、俺にはまだまだ及ばないぜオーケー!? っと、それより周りの連中大丈夫か!? 死屍累々って感じだが!》

 

 プレゼントマイクの言う通り、私たちの周囲はまさに死屍累々である。ほとんど全員が耳を押さえて転げ回っており、もはや彼らは騎馬を維持することすらできないでいる。

 

 その中を、私たちは悠々と通り抜けて駆け回る。やりすぎていないか確認したくてのことだが、全員鼓膜は無事らしい。

 一番心配だったショージも、なんとかなったようだ。耳から少し血が出ているので、保健室行きは確実だろうが。彼にはあとで私からも治療の下準備を施しておこう。

 

「よかった、やりすぎたかと思った……」

『私も他人の”個性”を増幅したことはあまりないからな……大丈夫だとは思ったが、なんとかなってよかった』

 

 これだけ追い込んだのだ、残り時間のうちに復帰することはできないだろう。よしんばできたとしても、万全には戻るまい。

 そんな状態で攻めてきても、私たちにとっては敵足りえない。

 

 さて、体感だが残り時間は一分くらいと言ったところか。そろそろ耳栓は外したほうがよさそうだな。終了の宣言を聞き逃してはことだ。

 

 そう判断して、耳栓を外しながら氷の壁に顔を向ける。

 

《あーーっと! 外でゲリラライブしてるうちに中で逆転劇! 轟が1000万! そして緑谷急転直下の0ポイントー!!》

 

 と、そこで壁の向こうでも動きがあったようだ。

 

 しかし私たちがやることは変わらない。恐らくはバクゴーチームのアシドが溶かしたであろう入り口に陣取り、中をうかがってみれば……そこではまさに、激闘が繰り広げられていた。

 

《だがその隙をついたのは爆豪! 轟チームのポイントを一部奪取だ! まだ足りなさそうな辺り、やっぱ完璧主義かコイツゥ!!》

 

 点を失い、もはや怖いものはないミドリヤチーム。

 1000万を手に入れ、完全に追われるものとなったトドロキチーム。

 そしてトドロキチームをゼロポイントに落とそうとするバクゴーチーム。

 

 三つ巴である。

 

《残り三十秒! っとお!? ここで爆豪、轟チームから1000万を取ったー! 遂にトップに上り詰め――》

「トルクオーバー――レシプロバースト!!」

「んなッ!?」

《な……何が起きた!? 速ッ! 速ーッ!! 飯田そんな超加速があるんなら予選で見せろよー!!》

 

 目まぐるしく状況が変わるな。

 

 イイダも見事だ。何やらデメリットがあるようだが、それでもあの速度を初見で対応できるものはそうはいまい。

 

 そう考えていたところに、死に物狂いの様相で突撃してきたシンソーチームを、ヒミコがフォースプッシュで吹き飛ばしていた。

 

《爆豪三日天下ー! 残り二十一秒!》

「クソがぁぁーーッ!!」

「そこだああぁぁーーっ!!」

「……!?」

 

 点を取り返したことで、雄叫ぶバクゴーから距離を取るトドロキチーム。そこに、ミドリヤチームが割り込む。

 ミドリヤの全身は、あの緑色のスパークで覆われていた。そこに宿る強大な力は、やはりと言うべきか、オールマイトに似ていて……思わずトドロキが怯む。

 

 一瞬、彼の左半身から炎が出たのが見えた。だがその炎はすぐに引っ込んでしまい、その隙をついたミドリヤにより、トドロキは1000万の鉢巻を奪い返されてしまう。

 

 これで再び順位は入れ替わり、ミドリヤチームが一位に。バクゴーチームが二位、トドロキチームが三位。

 

 それでも三チームは動きをとめず、攻防を再開する。残り時間はわずかであるにもかかわらず、誰も諦めていない。

 

《そろそろ時間だカウント行くぜ10!》

 

 だからこそ、狙うならここだ。

 

「『行ってくる』」

「いってらっしゃーい!」

「頼んだよ!」

「任せたわ」

 

 そこを見計らって、私は空中に飛び出した。

 

 視界の向こうで、バクゴーがミドリヤに襲いかかっている。

 

《9!》

 

 だがミドリヤチームは既に全力で離れ始めている。トコヤミの守りも健在であり、バクゴーの攻撃は不発となった。盛大に舌打ちをしながら、騎馬に引き戻されるバクゴー。

 

 そこに割り込む。

 

《8!》

「んな……!?」

「すまないな、ミドリヤ」

《7!》

 

 まず、距離を取り始めていたミドリヤから、すれ違いざまに。

 

「こんのクソガキ……!」

「言っただろう、感情に身を任せるなと」

《6!》

 

 さらに、熱くなって視野が狭まっているバクゴーの、背後から。

 

「ミドリヤを気にするのも分からなくはないが――」

《5!》

 

 そして最後に正面、しかしフェイントを二つ入れてトドロキから。

 

 それぞれポイントを回収していく。

 

「――もう少し周りも見たほうがいいぞ」

「テメェ……!」

《4!》

 

 そして私は上空へ舞い上がる。

 

「ウェェーーイ!!」

 

 そこに、これが最後だからと言わんばかりのカミナリが、今の全力と思われる電撃を放ってきたが……既に何回か使っていて、充電が足りていないのだろう。大したことがない。

 

 手のひらを前に出してフォースバリアをかざし、そこで電撃を受け止める。指向性がない「放電」であるからか、想像以上に威力が低い。私を捕らえるには不足が過ぎる。

 一度ものは試しでアナキンから受けたフォースライトニングに比べれば(彼は相当に手を抜いていたが、それでもなお)あまりにも緩いと言わざるを得ない。

 

《3!》

「待ちやがれガキィ!!」

「てやああぁぁーっ!」

 

 と、ここで諦めずバクゴーとミドリヤが追いすがってくるが、

 

「無駄だ」

「ぐ……っ!?」

「あぎ……っ!?」

《2!》

 

 手のひらで押さえ込んでいた電撃をフォースプッシュで解放し、彼らにぶつける。

 

 そして空中を蹴って方向転換し、

 

「コトちゃん!」

「ケロっ!」

《1!》

 

 ヒミコのフォースプルと、ツユちゃんの舌によって回収され、騎馬に戻った。

 

《タイムアーーップ!!》

 

 そしてそのタイミングで終了が宣言される。

 

 直後、身体を痺れさせたバクゴーとミドリヤが、べしゃりと地面に落ちた。

 




主人公の空中移動は、プレゼントマイクが実況した通り進撃の立体機動的な感じです。
より具体的に言うなら、アッカーマンレベルの。
まあ体格や腕力で劣るので、さすがにリヴァイやミカサと張り合えるのはスピードや反応速度とかだけですが・・・問題はこの幼女の得物はライトセーバーということですね。
ジャーカイ(ライトセーバー二刀流)させたら、さぞやエッグいことになるんじゃないかな(他人事

ちなみに原作といくつか相違点があります(爆豪が物間を下す時間とか飯田のレシプロを切るタイミングとか)が、本作だとA組が自主訓練をする機会が原作より多い+各自に主人公が何かしら助言しているので、大体そこら辺が原因です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ2

34:ヒーロー志望の名無しさん ID:

第二種目は騎馬戦!

 

36:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どうせこれもよくある種目名からのクソ仕様なんだろ

 

45:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ほーポイント制ねぇ

 

49:ヒーロー志望の名無しさん ID:

落ちても脱落なしって、混戦待った無しでは

 

52:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いいなあ、個性ありの体育祭楽しそう

 

55:ヒーロー志望の名無しさん ID:

リカバリーガールみたいなガチな保健医いないと無理ゲーだよなあ

 

62:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

64:ヒーロー志望の名無しさん ID:

1000万!?

 

65:ヒーロー志望の名無しさん ID:

1000万wwwwww

 

66:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷の顔www

 

67:ヒーロー志望の名無しさん ID:

誰だってそーなるww

俺だってそーなるww

 

68:ヒーロー志望の名無しさん ID:

クイズ番組ラストのヤケクソ配点じゃないんだからww

 

87:ヒーロー志望の名無しさん ID:

チーム決めタイム15分は短いなー

 

88:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どういうメンツになるかで色々変わりそう

 

92:ヒーロー志望の名無しさん ID:

誰が誰と組むのか楽しみ

 

97:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷超避けられてるww

 

98:ヒーロー志望の名無しさん ID:

気持ちはわかる

 

99:ヒーロー志望の名無しさん ID:

狙われるの確定してるもんなぁ

 

102:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やめてくれ嫌な思い出がよみがえる

 

104:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

幼女は?

増栄ちゃんどこ??

 

107:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>104

おまわりさんこいつです

 

110:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

私がおまわりさんです!!

 

112:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>110

社畜さん!?ww

 

113:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>110

ウッソだろお前w

 

114:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>110

お前のような警察官がいるか!ww

 

118:ヒーロー志望の名無しさん ID:

その増栄ちゃんだが、タンデムシートに乗せてた金髪ちゃんと速攻組んだな

 

119:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>118

一切迷いのない選択だったな

 

124:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっぱこの二人デキてるんじゃ

 

125:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>124

何か問題でも?

 

128:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>124

私は美味しくいただけます

 

130:ヒーロー志望の名無しさん ID:

社畜さんロリコンで百合豚ってだいぶヤベーやつだな……

なぜのうのうと警察官をやれるのか、コレガワカラナイ

 

134:ヒーロー志望の名無しさん ID:

エンデヴァーの息子と組んでるメガネの子、どことなくインゲニウムに似てるような

 

136:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>134

個性も似てるっぽいし、兄弟かなんかじゃね?

あそこ確か代々ヒーローだろ

 

139:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そんなことよりポニテの子、あのおっぱいは反則だろ

名前早くアナウンスしてくれ全力で推す

 

141:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>139

わかる

 

188:ヒーロー志望の名無しさん ID:

血で血を洗う騎馬戦、はっじまっるよー

 

190:ヒーロー志望の名無しさん ID:

解説のおっさんが面白い組み合わせって言ってるけどどの辺がだろう

 

192:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>190

一年は上級生と違って前情報がほぼないからわからんよな

 

196:ヒーロー志望の名無しさん ID:

順位表の1000万310ポイント、何回見ても草生える

 

203:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スタート!

 

208:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷クソ狙われてるw

 

209:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ですよねー

 

210:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そらそうよ

 

211:ヒーロー志望の名無しさん ID:

実質これの奪い合いだもんな

 

235:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪顔こっわ

 

236:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは何人か殺ってる顔ですわ

 

240:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪って確か去年のヘドロ事件の子だよな?

 

243:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>240

そうそう、確か身体乗っ取る系のヴィランに襲われたのに最後まで乗っ取られなかった子

 

245:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>240

>>243

将来有望だよな

 

247:ヒーロー志望の名無しさん ID:

現地組だけど、あいつ普通に「死ね」とか「ブッ殺す」とか叫んでるぞ……

 

249:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そう思っていた時期が私にもありました

 

251:ヒーロー志望の名無しさん ID:

この熱い手のひら返しよ

 

254:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>251

いやでもヒーローが死ねはいかんでしょ

 

256:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあ最近のヒーローは強けりゃわりと許されるみたいな風潮あるけどなー

問題はそれで実際強いヒーローがほとんどいないことだが

 

268:ヒーロー志望の名無しさん ID:

一方幼女はわりとのんびりしてる模様

 

271:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>268

なんかポイント献上してたよな

 

272:ヒーロー志望の名無しさん ID:

後半追い上げる作戦なんかね

 

276:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ここまでB組目立つとこなし

 

279:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>276

まだ慌てるような時間じゃない

 

322:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷粘るなー

 

325:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マイクの言う通り即取られるって思ってたわ

 

327:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今更だけどさ、機械めっちゃ使ってるのはアリなの?

 

328:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>327

アリ

サポート科は自作のに限って持ち込みが許されてる

後ろのゴーグルかけてる子がサポート科らしいから、彼女から提供されたもんだろうな

 

329:ヒーロー志望の名無しさん ID:

解説サンガツ

 

334:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そうか、ヒーロー科ばっか見てたけど、障害物の通過は42人だもんな

最低でも二人は絶対ヒーロー科以外から出てるはずなんだ

 

336:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あのピンク髪の子がヒーロー科じゃないのはわかったけど、もう一人どこだ?

 

337:ヒーロー志望の名無しさん ID:

他にアイテム持ってるやついないなら、普通科の生徒がどっかにいるはずだよな?

 

339:ヒーロー志望の名無しさん ID:

わからん

現地組なんか情報ない?

 

342:ヒーロー志望の名無しさん ID:

たぶん心操ってやつだと思うけど、ヒーロー科すら把握しきれてないからなー

 

350:ヒーロー志望の名無しさん ID:

 

351:ヒーロー志望の名無しさん ID:

盤面動いたか

 

352:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪取られてやんのww

 

355:ヒーロー志望の名無しさん ID:

顔ヤベー

 

356:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どう見てもヴィラン

 

361:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんか金髪の男の子クッソ殺意向けられてるけど何したの?

 

365:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>361

クッソ煽った

 

366:ヒーロー志望の名無しさん ID:

納得しかなかった

 

369:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪の騎馬やってるやつら大変そう

 

371:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>369

でもみんな仲は悪くなさそうなんだよな

 

376:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

378:ヒーロー志望の名無しさん ID:

脱いだ!?

幼女が脱いだ!

 

379:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

キタ━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━!!

 

380:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女の裸が見られると聞いて

 

381:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うおおおおおおおおお(ドコドコドコドコ

 

382:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これで勝つる!!

 

383:ヒーロー志望の名無しさん ID:

祭りの時間だ!!

 

384:ヒーロー志望の名無しさん ID:

一万回保存した

 

385:ヒーロー志望の名無しさん ID:

一生この子推すわ

 

386:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もっと!!もっとだ!!

 

387:ヒーロー志望の名無しさん ID:

インナーの隙間から……ッ!

ちっちゃなさくらんぼが……ッ!

見え……見え……

ちくしょう見えないッッ!!!

 

388:ヒーロー志望の名無しさん ID:

イヤッホオオオオウ!!

 

389:ヒーロー志望の名無しさん ID:

バカな!こいつら一体どこから湧いてきやがった!

 

390:ヒーロー志望の名無しさん ID:

クッ、抑えきれない……!

 

391:ヒーロー志望の名無しさん ID:

このロリコンどもめ!!

 

392:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もしもしポリスメン?

 

393:ヒーロー志望の名無しさん ID:

イレイザーヘッドwwww

 

394:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお同志!

 

395:ヒーロー志望の名無しさん ID:

同志イレイザーヘッド!

 

396:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さすが雄英の教師は一味違うぜ!

 

397:ヒーロー志望の名無しさん ID:

俺たちの希望!

 

398:ヒーロー志望の名無しさん ID:

言葉が足りなかったせいでイレイザーにとんでもない風評被害がwww

 

399:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マイクもガチトーンで通報しようとすんなしww

 

401:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

私がおまわりさんです!!

 

402:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>401

あんたは黙って寝てろwww

 

404:ヒーロー志望の名無しさん ID:

真面目な話チームメイトからも必死に止められてる辺り、羞恥心ってもんがないのかねこの幼女は

 

406:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>404

案外マジに幼女なのかもしれん

ほら子供ってまだそういうの薄いじゃん?

 

409:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>406

雄英の倍率思い出せ、あれくらいの子供が合格できる難易度じゃねーよww

 

413:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女が動いた!

 

416:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやはっやなんなんあの動き

 

418:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もしかして:アッカーマン一族

 

419:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやマジであの子の個性なんだ?

まったくわからんぞ

 

424:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>419

風を操るとか?

 

426:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>419

デメリットとして脱ぐ必要があるとか……

 

433:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>426

最高かよ

 

437:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>433

幼女の裸見て何が楽しいんだ……

 

439:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あっさりポイント取った!

 

450:ヒーロー志望の名無しさん ID:

順位表の変動ウケる

 

452:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女のチームがゴリゴリ上がってやがる

 

454:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

457:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いや騎馬の動きもやべーぞ。あんな不規則な高速移動してるちっこい物体の落下地点を完全に予測してる

サブについてる蛙吹もいい仕事してる

 

460:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>457

そんなまさか、サー・ナイトアイじゃあるまいし

 

462:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>460

愛です、愛ですよナナチ

 

467:ヒーロー志望の名無しさん ID:

金髪ちゃんクッソ楽しそう

 

471:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>467

明らかに他と雰囲気違うよね

 

473:ヒーロー志望の名無しさん ID:

金髪ちゃんだけ真っ当に体育祭してる感じするわ

 

476:ヒーロー志望の名無しさん ID:

鬼気迫る必死さはないけど、女の子がこう歳相応にはしゃいでるのは嫌いじゃない

 

477:ヒーロー志望の名無しさん ID:

気のせいかな……この子さっき幼女が脱いだ服をくんかくんかしてたように見えたんだが

 

480:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>477

ガチじゃん!ww

 

482:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>477

全国放送の場でやるとは恐れ入る

 

483:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>477

詳しく……説明してください……

今、私は冷静さを欠こうとしています

 

486:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>483

こわっとずまりしとこ

 

488:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ええい散れ!ロリコンと百合豚どもは散れ!

 

490:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷取られた!

 

494:ヒーロー志望の名無しさん ID:

遂にか

 

495:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは緑谷チームの敗退は決まったか?

 

498:ヒーロー志望の名無しさん ID:

時間はまだ残ってる! ここでポイントを取り返せば騎馬戦に勝てるんだから!

 

499:ヒーロー志望の名無しさん ID:

次回、緑谷死す!

 

500:ヒーロー志望の名無しさん ID:

デュエルスタンバイ!

 

503:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>498-500

仲良しかよww

 

505:ヒーロー志望の名無しさん ID:

三つ巴だ

 

509:ヒーロー志望の名無しさん ID:

氷の中と外の温度差よ

 

511:ヒーロー志望の名無しさん ID:

氷の外側みんなゼロポイントw

 

513:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女たちが根こそぎ取ってったからなw

 

516:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女たち高みの見物してるww

 

519:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おおお!!

 

520:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪1000万取ったぞ!

 

521:ヒーロー志望の名無しさん ID:

取っ

 

525:ヒーロー志望の名無しさん ID:

取り返されたーwww

 

527:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はッッッッや

 

530:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ああやっぱあのメガネ、インゲニウムの弟だわ

あのエンジンは間違いなく飯田家

 

531:ヒーロー志望の名無しさん ID:

三日天下ww

 

532:ヒーロー志望の名無しさん ID:

だれうまww

 

535:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷もやるなあ

 

539:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あっ

 

542:ヒーロー志望の名無しさん ID:

殺戮者(幼女)のエントリーだ!

 

544:ヒーロー志望の名無しさん ID:

最後の最後でww

 

549:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわーえげつねーww

 

552:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ごっそり持っていきやがった

 

554:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

558:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ねえ最後何したの?

なんで電気跳ね返してんの??

 

561:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いまだに幼女の個性がわからない件

 

563:ヒーロー志望の名無しさん ID:

四位以下みんなゼロポイントなんですけど?

 

565:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これどーすんのよ?

 




理波ちゃんに羞恥心というものはほぼない(皆無とは言わない)ので、必要があるなら公衆の面前だろうが何だろうが全裸になれます。
狼狽えない! ジェダイナイトは狼狽えないッ!

いやまあ、実際のジェダイの皆さんがどうかはわかんないですけど。
でも彼らのことなので、とっさに全裸にされても戦闘や作戦行動に支障をきたさない程度には動けると思うんですよね。精神修養もジェダイには必要なものなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.体育祭 昼休憩

 会場全体を、騒めきとどよめきが支配している。客席には、困惑の気配ばかりがあった。

 直前まで競技が行われていたフィールドでも同様だ。ほとんどの生徒が、呆然とスクリーンを見上げている。

 特に、最後の最後でゼロポイントに陥落したミドリヤチームの落胆っぷりはすさまじい。ミドリヤなどは真っ白になっているほどだ。

 

 無理もない。なぜなら、誰もが見えるように表示されているチーム一覧の中で、ポイントを持っているチームは三つしかないのだから。

 

《Yeahhhhh! 事前の打ち合わせで想定はしてたが、まさか本当に起こるとはな! ともかく上位チームを発表するぜ! まずは一位、増栄チーム! そして二位、爆豪チーム! さらに三位、轟チーム! そして――四位! 緑谷チーム! こいつらが最終種目に進出だぜ!》

 

 だが直後、マスター・プレゼントマイクの言葉がスタジアム全体に流れると、生徒たちは驚愕の声を上げた。

 

 特にミドリヤチームはそうで、彼らは何が起こったのかまったくわからないという顔をしている。

 

《オイオイオイオイ、何をそんなに不思議がってるんだ? 最初にミッドナイトが言っただろ? 「最終種目に進めるのは、上位四チーム『のみ』」ってな! 以上でも以下でもない! つまり、最終種目に上がるのは、絶対に四チームってわけだ! ドゥーユーアンダースタン!?》

 

 彼の説明に、なるほどと思う。

 

 スクリーンに表示されている順位表には、常に同位が存在しなかった。複数あるゼロポイントのチームに対しても、必ずはっきりと順位付けがされていたのだ。

 

《でもって、気づいていたやつもいたんじゃあないか!? 順位表の中に同点でも同じ順位がなかったことにYO! つまりこの順位表は、ゼロポイントに陥落したのが遅ければ遅いほどゼロポイントの中でも上につく仕組みになってたわけだ! 言い換えれば、絶対に格付けが決められる順位表だったってことだぜ!》

《同じ順位が複数生じて揉める可能性なんて、誰だって思いつく。そんな非合理的なこと起こさせねぇよ》

《ってことだ! アーユーOK!?》

 

 プレゼントマイクとイレイザーヘッドの言葉に、改めて観客席から歓声が上がった。

 

 そこでようやく実感が湧いてきたのか、ミドリヤは泣きながら膝から崩れ落ち、ウララカは頰を紅潮させて跳び上がり、ハツメは大きな歓声を張り上げながら拳を掲げ、トコヤミは見た目は冷静に腕を組んで目を閉じていた。

 

 一方で、私は小さくため息をついていた。

 

「……そういう仕組みだったのか。ポイントを私たちで独占して、最終種目の参加人数をできるだけ減らそうと画策していたのだが」

「あんたそんなこと考えてたの……」

「見た目に似合わずアグレッシブね」

「……なるべく公共の電波に映る時間を減らしたかったんだ。まあでも、バクゴーとトドロキもさすがだよ。彼ら本来のポイントまでは取れなかったからな」

 

 ジローのなんとも言えない視線と、ツユちゃんの評価に私は肩をすくめる。

 

 自分でもそろそろ、クワイ=ガン門下ではないと言い張るのが難しくなってきたような気がしているところだよ……。

 

《以上で第二種目、騎馬戦は終了だ! 一時間ほど昼休憩挟んでから午後の部だぜ! じゃあな!》

 

 ともあれ、午前の部は終わったらしい。

 ならば食事にしようかと、思っていたのだが……ミドリヤがトドロキに連れ出されるところを目撃してしまった。

 

 トドロキから立ち上る暗黒面の気配は先ほどまでよりさらに増しており、どう考えても尋常なことではない。恐らくは秘密にしたい話があるのだろうが、これは確認しておいたほうがいいかもしれない。

 

 そう思った私は、暗黒面に親しいヒミコを呼……ぼうとして、やめた。

 振り返った視線の先には、ウララカやハガクレと共に楽しそうに談笑しているヒミコがいた。そんな彼女を、私の都合で引っ張り出すわけにはいかないだろう。

 

 彼女のことだから、私が呼べば二つ返事で来てくれるだろうが……せっかく友人と楽しくしているのだ。彼女のことを思えば、すべきではない。

 

 なので私は、テレパシーで先に行ってくれと伝えて屋内に戻りゆく列から外れた。

 

 そうして気配を殺して二人のところへ向かうと……そこには先客がいた。

 

「……ッ」

 

 意外なことに、バクゴーである。彼は物陰に隠れる形で、ミドリヤとトドロキの話を聞いているようだった。

 

 そのためお互いに物音を立てるわけにもいかず、視線のみでやり取りしてバクゴーの隣に並ぶ。彼は仕方なさそうに、苛立った視線を私から外した。

 

「個性婚、知ってるよな。”超常”が起きてから、第二~第三世代間で問題になったやつ……。自身の”個性”をより強化して継がせるためだけに配偶者を選び……結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。実績と金だけはある男だ……親父は母の家族を丸め込み、母の”個性”を手に入れた」

 

 そこで聞こえてきたトドロキの言葉に、私は思わず顔をしかめた。話は途中からのようだったが、トドロキの憎悪の気配が聞けていない部分を補完する。

 

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自分の欲求を満たそうってこった。うっとおしい……! そんな屑の道具にはならねぇ」

 

 続けられた言葉は、やはり憎悪の色で染まっていた。

 

「記憶の中の母は、いつも泣いている……」

 

 その中に、悲哀が混じり込む。

 

「『お前の左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

 二つの感情は絡み合い、溶け合い、闇の力を放つ。

 

「ざっと話したが、俺がお前につっかかんのは見返すためだ。クソ親父の”個性”なんざなくたって……いや……」

 

 それが、ここでさらに膨れ上がる。それを成しているのは決意だ。漆黒の決意。

 

「使わず『一番になる』ことで、やつを完全否定する」

 

 最後に決意が言葉として放たれることで、闇は確たるものとなる。隙間のない暗黒面の帳がトドロキを支配し、縛り付ける。

 

 その様子に、私は素直にかわいそうだと思った。同時に、たった十五歳の少年にそこまでの決意を抱かせるような、過酷な環境ではない……ひたすらに無償の愛を注いでくれる両親から生まれ直すことができた己の境遇に感謝する。

 

 子供は親を選べない。当たり前のことだが重要なことで、そうした親に向かない親の下に生まれた子供は間違いなく一定数存在する。

 父上は、そうした家庭環境に起因する犯罪者も減らしたいと言っていた。私も同感だ。

 

 だが、トドロキのこの闇を払うにはどうすればいいのか。私にはわからない。

 

 何より、私は恵まれすぎている。前世も、今世も。

 そんな私が何を言ったとしても、果たしてトドロキの心に届くかどうか。

 

 父上……父上なら、彼にどのような言葉をかけるだろうか?

 

「僕は……ずうっと助けられてきた……さっきだってそうだ……僕は、誰かに救けられてここにいる」

 

 そのときである。まるでつぶやくようなミドリヤの声が聞こえてきた。

 

 トドロキに言うのではなく、自分を言い聞かせるような言葉選び。

 デリケートな話題だ、躊躇はある。それでも彼は、間違いなくトドロキに向き合って、暗黒面の帳の向こうにある心に直接声をかけようとしていた。

 

「オールマイト……彼のようになりたい……そのためには、一番になるくらい強くならなきゃいけない。君に比べたら、些細な動機かもしれない……でも」

 

 ああ、そうだな。君はそういう人なのだろう。君のそういう、誰かのために迷わず動けるところを、私は心の底から尊敬する。

 

「僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに応えるためにも……! さっき受けた宣戦布告……改めて僕からも」

 

 ――僕も君に勝つ!

 

 二人はそのまま、それぞれ異なった決意の表情を浮かべてどちらからともなくその場を離れていく。

 

 彼らにつられるように、私たちもその場を離れることになった。

 だが人の繊細な内面にまで踏み込む重い話に、二人とも言葉はなく。普段何かと激しやすく騒々しいバクゴーからは想像もつかないほど、彼は静かだった。

 

 なんというか、普段の爆発的な向上心もそうだが、なんだかんだで彼はやはりヒーロー志望なのだろう。トドロキのあの話を聞いて多少なりとも動揺しているのだから、根底にあるものは曲がってはいないのだろうと……そう思えるのだ。

 

 だから……まあ、そうだな。私はバクゴーのことが、嫌いではない。もう少し弱者に寄り添うことができれば……とは思うが。

 

***

 

 で。

 

 遅れて食堂に行ったところ、やはり非常に混みあっていて……しかしヒミコたちが座席を確保していてくれたので、無事に食卓に着くことはできたのだが。

 

「……これはどういう状況だ?」

 

 ミネタとカミナリが、隅のほうで床に直接正座させられていた。

 

「おかえりコトちゃん。あの人たち、私たちにウソついてチア衣装着せようとしたんですよ」

「……なるほど? まあ、相手が悪かったな」

 

 なぜそんなことをしたかはわからないが、フォースユーザーの前で嘘をつくとはバカなことをする。

 

「危うく騙されるところでしたわ……渡我さんが見抜いてくれなかったらどうなっていたか」

「ホントだよ。まったくあいつらアホだよね」

 

 ヤオヨロズとジローなどは呆れている。気持ちはわかる。

 

「最初から丁寧に頼んできたんだったら、こっちだってちょっとは考えるのにね!」

「うんうん。チア衣装カァイイですし、着てみたくはあるよねぇ」

「同感やー。まあ、もう遅いけどね?」

「「ウィッス……」」

 

 そしてヒミコたち三人の言葉に、一瞬希望を見出したのか顔を明るくしたミネタとカミナリだったが、すぐに悔しそうな顔でうなだれたのであった。

 

 うん、反省の色はなさそうだ。この調子では、また何かやらかしそうだな。そんな二人に助け船を出す必要はないだろう。

 私は二人をちらと一瞥だけすると、すぐさま栄養補給に努めることにした。今日はいつも以上に食べなくては。

 

「……ヤッベェ、今の視線なんかゾクってきた」

「幼女にさげすまれて見下される感じ、しゅごい……」

「百ちゃん、事案です! 重りを差し入れてあげましょう!」

「お任せください!」

「よっしゃやったれヤオモモー!」

「「アッーー!?」」

 

 ……懲りないなぁ。

 




心操くんファン、およびB組ファンの皆さんには大変申し訳ないのですが、彼らはここでリタイアです。
いや彼らが嫌いなんてことは一切ないんですけど、諸々考えるとここで彼らを活躍させることは不可能だと結論付けるに至りました。
何卒ご了承いただきたく。本当に申し訳ない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ3

(騎馬戦続き)

569:ヒーロー志望の名無しさん ID:

え、緑谷チームも突破?

 

572:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あー、なるほど

 

573:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そういやずっと順位しっかりついてたな

 

575:ヒーロー志望の名無しさん ID:

じゃあ最終種目出場はこの十六人か

 

578:ヒーロー志望の名無しさん ID:

最後何やるんかね

 

580:ヒーロー志望の名無しさん ID:

午前の部終わり!閉廷!

 

581:ヒーロー志望の名無しさん ID:

しゃー飯だ飯

 

583:ヒーロー志望の名無しさん ID:

午後の部も楽しみだわ

 

(午後の部・レクリエーション)

721:ヒーロー志望の名無しさん ID:

最後はガチバトルトーナメント!

 

724:ヒーロー志望の名無しさん ID:

王道を行く

 

726:ヒーロー志望の名無しさん ID:

去年はスポーツチャンバラだったよな

 

730:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>726

去年が平和過ぎたんだよ。雄英も襲撃されたわけだし、ここは一発ガツンとってことだろうな

 

741:ヒーロー志望の名無しさん ID:

組み合わせ発表!

 

745:ヒーロー志望の名無しさん ID:

誰が誰か顔と名前一致しねぇンだわ

 

750:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>745

実況で名前上がってたやつのが少ないしなぁ

 

752:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>750

いや今年はだいぶ偏ってる感ある。普段ならもうちょい名前上がるやつ多い気がする

 

764:ヒーロー志望の名無しさん ID:

対戦カードまとめてみた。考察スレのほうで予想されてる個性も入れといたよ

 

増栄(幼女。個性不明)VS芦戸(ピンク肌。個性酸)

上鳴(チャラそうな金髪野郎。個性放電)VS渡我(ガチレズ疑惑の金髪ちゃん。個性念力?)

八百万(ポニテおっぱい。個性創造)VS耳郎(黒髪ひんぬー。個性爆音?)

発目(ピンク髪のサポート科。個性不明)VS飯田(短髪メガネ。個性エンジン(脚)

切島(トンガリ赤髪。個性硬化)VS常闇(トリ頭。個性モンスター使役)

爆豪(ヴィラン顔。個性爆破)VS麗日(茶髪ショートボブ。個性重力操作?)

轟(紅白頭。個性氷と炎)VS瀬呂(地味目醤油顔。個性テープ(肘から出る)

緑谷(地味目モサモサ頭。個性身体強化)VS蛙吹(カエル顔。個性カエル)

 

767:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>764

有能

 

769:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟が氷と炎?

炎なんて使ってたっけ?

 

773:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>769

騎馬戦のラストで緑谷相手に一瞬使ってた

すぐ引っ込めたけど

 

775:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>773

マ?

 

779:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>775

つべ用に動画作ってるけどマ

編集途中の映像だけど

つ「https://********」

 

780:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>779

マジやんけ!

 

782:ヒーロー志望の名無しさん ID:

氷に加えてエンデヴァーの炎?

最強じゃね?

 

785:ヒーロー志望の名無しさん ID:

え、じゃあなんで今まで炎は使わなかったんだ?

 

788:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>785

考察スレのほうでは何かデメリット、もしくは使用条件があるんじゃないかって言われてたな

あとは温存説もあった

 

790:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>788

確かにそんな強個性、デメリットがあってもおかしくない、か……?

 

794:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあ理由はどーあれ、ガチバトルトーナメントなんだから今後使うでしょ

 

796:ヒーロー志望の名無しさん ID:

使うところ楽しみだわ

 

805:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さっき動画上げたマンなんだけど、恐ろしいことに気づいてしまった

幼女、ここまでほっとんど表情が変わってない

基本無表情

 

809:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>805

マ?

 

811:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>805

そういえば確かにずっと淡々としてたような

 

812:ヒーロー志望の名無しさん ID:

感情を失ってしまった系幼女?

 

815:ヒーロー志望の名無しさん ID:

最近感情がなくなりつつある

 

817:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>815

やめろそれは俺に効く

 

818:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

かわいそうに……きっと何か怖い目に遭ったんだ

おまわりさんが助けてあげなきゃ……(使命感

 

820:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>818

お前ダメだぞそろそろ

 

822:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>818

通報しますた

 

826:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でも金髪ちゃんと会話してるときは表情が柔らかいんですよ

つ「https://********」

 

830:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>826

あら^~

 

831:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>826

めっちゃ自然に笑ってるやんけ

 

832:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>826

この二人、ひょっとして金髪ちゃんだけでなく幼女のほうもガチなのでは?

 

834:ヒーロー志望の名無しさん ID:

百合はいいものだ

 

835:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの二人の距離感はなんか百合っていうよりレズって感じするんだよな

 

836:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>835

なんかわかる気がするw

 

837:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれ?

このトーナメント、順調に行けば二人戦うことになるんじゃ

 

840:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>837

ロミオとジュリエットかな?

 

864:ヒーロー志望の名無しさん ID:6aKp7FYt

こちらスネーク

ランチラッシュのめしどころに潜入していた

 

867:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>864

!!

 

868:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>864

スネーク!

スネエエェェェク!!

 

869:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>864

で、味は?

 

872:ヒーロー志望の名無しさん ID:6aKp7FYt

レクリエーション中暇なので、めしどころで撮影したヒーローのタマゴたちの画像を順番に貼っていく

>>869

ウマすぎる!!

 

874:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>872

おおおおお!!

 

875:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>872

さすがスネーク伝説の諜報員だ!!

 

875:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>872

ナイスゥ!

レクリエーション中マジで特に話すことなかったから助かるわ!

 

879:ヒーロー志望の名無しさん ID:6aKp7FYt

いやまあぶっちゃけたまたまなんだけどな

気を取り直してまずはこれだ

談笑するA組女子たち「https://********」

「https://********」

「https://********」

 

880:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>879

おーみんな揃ってると華やかだな

 

882:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女、クラスメイト相手にも楽しそうにしてるじゃん

 

883:ヒーロー志望の名無しさん ID:

人見知りが激しいのかな幼女

 

886:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緊張してたんじゃね

入試一位だからこそのプレッシャーとかもあるだろうし

 

887:ヒーロー志望の名無しさん ID:

待て待て最後の画像なんぞwww

 

891:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんかのコラでは?ってくらい料理が並んでて逆に現実感ないwww

 

894:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これこの幼女が全部食うの?うせやろ?

 

897:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ここに来て突如放り込まれた大食いキャラ属性に困惑を隠しきれない

 

898:ヒーロー志望の名無しさん ID:6aKp7FYt

みんな安心してくれ、俺も四度見したが現実だ

 

899:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

いやまあ確かに驚きましたけど、それより幼女のご尊顔ですよ

今のご時世こんな美味しそうに食べる子なかなかいませんよ!

いっぱい食べる君が好き!!

 

901:ヒーロー志望の名無しさん ID:

珍しく社畜さんがいいこと言った

 

904:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どうしよう……体育祭中の真顔からは考えられないくらい幸せそうな顔してて、このままじゃロリコンになってしまいそうだ……

 

905:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>904

こっちだよ……

 

906:ヒーロー志望の名無しさん ID:

周りもめっちゃ微笑ましそうに見守ってて草

 

907:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ところでこの画像、三つとも隅の方に石抱きの刑に処されてる男子二人組がいるけどこれってA組のやつらだよな?

何してんだ??

 

909:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ほんとだ正座した足にレンガ詰まれてるwww

 

911:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何してるんだっていうか何したんだっていうか

 

914:ヒーロー志望の名無しさん ID:

顔www

 

915:ヒーロー志望の名無しさん ID:

この二人をよそにみんな普通にしてるところから察するに、実際なんかやらかしたんだろうなww

 

917:ヒーロー志望の名無しさん ID:6aKp7FYt

次は……

(その後画像が連続で投稿されているが、あるところで急に投稿が途切れた。投稿された画像も即座に見れなくなったので、ヒーローに捕まった説が濃厚となる)

 

984:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ヤリスギタオマエハヤリスギタノダ!

 




今まで主人公の一人称がほとんどだったので描写する機会がなかったのだけど、こいつ慣れた人の前だとわりと表情豊かです。
別に身体に精神が引っ張られてるとかでなく、前世からそんな感じ。オールマイトみたく、ごつい見た目に反して言動の端々がかわいいタイプのやつでした。
アナキンが「外見詐欺」って言ってたのはそこら辺もあったりする。特に食事中は表情が緩みがち。
つまりこいつ、完全に日本の食事情にどっぷり浸かってやがる。今日も元気だご飯がうまい。

いやまあ、全部ボクの力不足って言われたらそれまでなんですけどね!(五体投地


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.体育祭 バトルトーナメント一回戦 1

 さて昼休みはあっという間に過ぎ、午後である。

 

 午後はまず勝敗の関係ないレクリエーションが行われ、その後に最終種目として一対一の戦闘形式でトーナメントが行われるらしい。

 レクリエーションの内容は大玉転がしや借り物競争など、一般的な体育祭らしい内容である。

 

 このためにアメリカから本場のチアガールを呼んだとのことだが……なるほど、ミネタとカミナリは彼女たちを見てあのようなことを思いついたのだろうなぁ。

 

 まあそれはともかく、レクリエーション前にトーナメントの組み合わせが発表された。

 それによると、私は一番手。相手はアシドであった。

 

「ゲッ、増栄ちゃんと一回戦!?」

「やあ。いい試合にしよう」

「う、うん! 負けないよ!」

 

 一方、ヒミコの相手はカミナリであった。

 

「上鳴くん……がんばろうねぇ……」

「ひぇっ。お、お手柔らかにオナシャス……」

 

 私に矛先を向けたことが癇に障ったらしく、ヒミコは気配を消して後ろからカミナリを脅かしていた。

 

 だが、もしも私とヒミコ、二人とも勝ち上がった場合、私たちは戦わなければならなくなる。こんなときまでフォースは私たちを近い場所に配置しようとしているのだろうか……。

 別に彼女と戦いたくないわけではないのだが、それなら一回戦から一緒にしてもらったほうがあとあと気が楽だったのだが。

 

 というか、こうして見るとほぼA組の独壇場だな? 別に意図していたわけではないのだがな。互いの手の内がある程度わかっているからこそクラスメイトと組んだところはもちろんあるので、まったくの偶然というわけでもないと思うけれども。

 

 一応、ハツメというサポート科の生徒が一人いるが……彼女は勝つことより目立つことのほうが重要らしいので、勝ちあがることはほぼないだろう。

 彼女の対戦相手はイイダのようだが……こちらはある意味で荒れるだろうなぁ。

 

 ああ……早くもイイダが声をかけられているが、生真面目で素直な彼のことだ。すぐに騙されるのだろうな……。

 あれはとめたほうがいいのだろうか? しかしハツメ自身には勝ち抜くつもりはまったくないようだし、どう転んでもイイダに勝利が与えられることには変わりがないのだよなぁ……。

 

 だが迷っているうちに私はヒミコに回収され、人目のないところへ連れていかれてしまった。すまないイイダ、あとで謝る。

 

「コトちゃん……はあはあ……」

「んぅ……」

 

 私はそこで、レクリエーションの間吸血され続けた。

 昨夜は今日に備えて早く寝た分、あまり吸血する時間を取れなかったからな。何より、先の騎馬戦で私が肌を晒した件で独占欲が溢れたらしい。

 

 あと、先ほど昼休憩の前に私が一人で別行動したことも気に喰わなかったようだ。私がそうしたのは気を遣ってのことだったし、それはもちろんありがたく嬉しいことではあったらしいのだが、それはそれこれはこれらしい。年頃の少女の心とはなんとも複雑だな……。

 

 まあレクリエーションに参加するつもりは最初からなかったし、別に構わない。どうせ瞑想くらいしかすることはなかったしな。

 少々治療と造血で”個性”を使うことにはなったが、先ほどかなり多めに補給したからこれくらいなら問題ない。

 

 ただ、人が近づいてきたときにこそ激しくするのは本当にやめてもらいたい。誰かに気づかれたらどうするつもりなんだ、まったく。

 

「あはぁ……♡ 声我慢してるコトちゃん、カァイイ……好き……♡」

「……ありがとう。君には負けるけれどね」

 

 私がどんな顔をしているか知らないが、まったく物好きだよ君は。

 

***

 

 そしてトーナメントが始まる。

 

《ヘイガイズアァユゥレディ!?》

 

 マスター・プレゼントマイクの言葉を受け、スタジアム全体が震えるほどの大歓声が上がる。

 

《色々やってきましたが! 結局これだぜガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな! 心技体に知恵知識! 総動員して駆け上がれ!》

 

 そして彼の言葉に応じる形で、私はステージに向かう。

 

《一回戦! ここまでの成績、二位、一位! この幼女、強すぎる! ヒーロー科、増栄理波!》

 

 次いで、向こう側からアシドが姿を現す。

 

(バーサス)! そのツノからなんか出んの? ねえなんか出んの!?同じくヒーロー科、芦戸三奈!》

 

 彼女からは緊張の色も見えたが、気負いはない。何より、勝つという気概で満ちていた。どうやら、衆目にさらされていることによる悪影響はなさそうだな。

 

《ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする、あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!》

 

 ふむ? 「落とす」という表現を使うということは、逆に言えば空中にいれば構わないということかな。これは私やバクゴーのような、飛行できる人間はやや有利だな。

 

《ケガ上等! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨て置け! だがまあもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ! アウト! ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!》

 

 これは当然だな。ここまで来たもののほとんどが、他人を簡単に殺傷できる”個性”の持ち主だが、それはそれだ。

 

《レディィィィ……――――……スタート!!》

 

 そして、戦闘開始が告げられた。

 

「とりゃーっ!」

 

 同時に、アシドがこちらにまっすぐ向かって来る。思ったより速い。どうやら生成した酸の上を滑って移動することで速さを稼いでいるようだ。酸とはいっても相当に弱いものだろうが。

 滑走ができることを見ると、粘性なども操作できるようだ。本当、”個性”とはなんでもありだな……。

 

 彼女はそんな高速移動と同時に手から酸の生成を行っている。思考を読むまでもなく攻撃の意図は明らかだ。

 

 ただ、非常に素直な動きである。フェイントはなく、ほぼ一直線。酸は多少厄介だが、「これくらいなら回避されるだろうから一発目は捨てて二発目が本命」という狙いも、左右の手で生成速度が違う酸を見ていれば予測できる。

 

 うむ……普段の彼女の言動から言って、これは完全に彼女の気質によるものだろう。彼女の美点ではあるのだが、戦闘、しかも一対一でとなると、それはマイナスにしかならない。

 

 ならば……と思い、私はあえてアシドの思惑通りに動くことにした。ただし、初手までだ。二手目は直前で動きを変える。

 もちろんそこまでは誘い出される動きをする。つまりは身体の動きを利用したフェイントだな。

 

「ここ――って!?」

「甘い」

 

 誘い出したつもりが誘い出されていたことに気づいたアシドだが、もう私は彼女の懐に潜り込んでいる。

 彼女は決して突出して体格がいいわけではないが、それでも私と比べたら相当な身長差がある。懐に入ればもはやろくに動きを追えず、私はそのまま彼女の胸元をつかみ寄せると、アイキドーを用いて後ろに転がした。

 

 しかし、アシドもここまで来た実力者。何やら踊るように身体を動かすと、すぐさま起き上がってきた。柔らかいな。

 

「くっそー! やっぱ簡単にはいかないか!」

「もちろんだ。次は私から行くぞ」

 

 言いながら、私は視線でアシドを誘導する。

 攻撃は、視線を向けたところとは違う場所へ。そしてそれは、相手の視界の外から放てればなおよし、である。

 

「うわっ!?」

 

 そうしてまんまと攻撃を受けたアシドは、たたらを踏んで後退する。

 私はそれを追撃しない。蹴りを放った姿勢のままアシドの復帰を待ち、ゆるりと脚を下げた。

 

《お手本のように綺麗なフェイント、からの一発ー! だが芦戸も堪えた様子なし! やはり体格差体重差は大きいかー!?》

《……あいつまさか……》

 

 イレイザーヘッド、毎度ながら気づくのが早すぎる。どれだけ観察眼がいいのだ。

 

「くっそー、負けないぞぉっ!」

 

 アシドが再び攻勢に出る。

 私はそれに反撃しない。ジェダイの、あるいはこの星の格闘術の動きをさながら見せつけるように動きつつ、一つ一つを丁寧にいなしていく。

 

 さすがに”個性”による酸は体術で防げないので、回避、あるいは身体の一部を流す、もしくはフォースで動作を遮るなどして防ぐ。

 

《芦戸、途切れることなく連続攻撃だあー! だが増栄、そのすべてをことごとく凌ぐ凌ぐ凌ぐー!》

《合気道と空手……あと他にも何か混ざってるっぽいな……》

 

 そうこうしているうちに、アシドも私に攻める気がないことに気がついたのだろう。即興かつ今まであまり考えたことがないからか、かなり荒くはあるが……それでもフェイントを入れ始めた。また、”個性”をブラフとして使う頻度も高くなってきた。

 それに彼女の身体はかなり柔軟で、可動域が広い。腕だけでなく足で攻めてくることも多く、私に強いる選択肢の数が少しずつ増えていく。

 

 いいぞ、相手をよく見ろ。戦いながら考えるんだ。あらゆる可能性を模索して行け。

 

《怒涛のラッシュラッシュラッシュゥゥーー!! これには増栄もたまらず下がる!》

《…………》

 

 ただ、それでも付け焼き刃だ。先ほどから視線を特定のほうへ向ける回数があからさまに多く、その先に酸を飛ばす回数も多いのだから。

 見たところ、弱めの酸で床の滑りをよくし、そこに私を誘い込もうという魂胆だろう。そう予測するのは簡単で、フォースもまたそうだと告げている。

 

 ならばと私はあえて少しずつその誘いに乗っていき、酸で濡れた一角に踏み込んだ。

 その瞬間、アシドの口角が上がった。してやったりという顔である。

 

 が、それはすぐに崩れることになる。

 

「……あれっ!?」

「残念だがそれはお見通しでね。策を練るのはいいが、破られたときのことは考えておいたほうがいい。備えあれば、というだろう?」

 

 私は一切滑ることなく、しっかり足下を踏みしめてアシドの懐へ再び潜り込んだ。靴の摩擦係数は、増幅済みなのだ。

 

「受け身はしっかり取れよ!」

 

 今度は転がすという生半可なことはしない。彼女の腹部に手を当てると同時にフォースプッシュをかけ、吹き飛ばす。

 

「わーっ!?」

 

 もちろん、空中での移動手段を持たない彼女が吹き飛んだら、打つ手はない。

 彼女はそのまま舞台の外へ飛んでいき、地面に転がった。受け身は取れたようで何より。

 

「芦戸さん場外! よってこの勝負、増栄さんの勝ち!」

 

 すぐさまミッドナイトが声を張り上げ、それに応じてプレゼントマイクが結果を大々的に放送する。

 

《決まったー! 勝者、増栄理波ーーっ!!》

 

 歓声が上がる中、私は舞台を降りてアシドに手を差し出す。

 

「大丈夫か? 策が成功したイコール勝利というわけではないのだから、あそこで気を抜いたのは失策だったな」

「だよねー! くそー、手加減してもらったのに全然敵わなかった!」

「さすがにあからさまだったな。すまない」

「ううん、おかげで私のダメなところよくわかったし、むしろありがとうだよ!」

 

 そう言ってにっと笑うアシドには、悔しいという気持ちはあれど私を恨むような感情はまったくない。公衆の面前で露骨に格下扱いしたので、何を言われても構わないと覚悟していたのだが……本当に我がクラスの面々は向上心が豊かで、人間ができている。

 

「でも次は負けないよ! もっと強くなって、私が勝つんだからね!」

「……ふ、そのときは受けて立とう」

《握手を交わして試合はこれにて完全終了! 二人のスポーツマンシップにクラップユアハンズ!!》

 

 そうして私たちは、観客からの拍手を浴びながらステージから退がったのであった。

 




みんなが戦いに備えてあれこれやってる間、薄い本でお馴染みの「ホラ人が近づいてきたよ……声出したらバレちゃうね? どうしよっか?」「やだバレちゃう……でもなんで? 気持ちいいよぉ……」を実際にしていたやつらがいるらしい。
でも大丈夫! 本番はしてません。血を吸ってただけです。全年齢です。KENZENです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.体育祭 バトルトーナメント一回戦 2

 試合を終えた私は、控え室に来ていたヤオヨロズと少し言葉を交わしてからクラスメイトの下へ戻った。

 

 だがその向こう側では、早くもヒミコがカミナリを場外に落として勝利を収めているところで、展開の早さに私は目を丸くすることになった。

 

《瞬殺!! あえてもう一度言おう、瞬・殺!!》

 

 マスター・プレゼントマイクの言葉に、観客が大いに歓声を上げた。早すぎる決着は、それはそれで盛り上がるものらしい。

 

「もう終わってしまったのか。どちらが勝つにせよ決着は早いとは思っていたが、これほど早く終わるとは」

「増栄さん! トガさんが増栄さんに変身して放電を受けとめたんだけど、あれって何!?」

「騎馬戦のとき、増栄も同じことしてたよな? なんだありゃ!?」

 

 そのまますぐにミドリヤとキリシマから質問が飛んできたので、座席に着きながら答える。

 

「膨大な斥力で跳ね返しているだけだ」

「ウッソだろそんなことまでできるのか!?」

 

 実際はフォースバリアという技で、要はフォースによる障壁(厳密にはただのシールドとは少々原理が異なる)なのだが。それを言うとなるとフォースの説明もしなければならないので、混乱をきたしかねない。なので、既にクラスメイトには知れているもので押し通すことにする。

 

 まあ、私程度の技量ではフォースバリアも大したものにはならないので、実戦で使えるかというとまた別の話になってくる。グランドマスター・ヨーダのように、ダークサイドの力に満ちたフォースライトニングをも跳ね返せればいいのだが……それはまだまだ遠い頂きである。

 フォースバリアの習得ですら前世のどれほどを費やしたことかわからないから、そこに辿り着くためにはもう何度か生まれ直さないといけない気もするがな。

 

 それはともかくだ。

 

 ヒミコが既にフォースバリアを展開し、なおかつフォースが乗っていないとはいえ電撃を跳ね返すほどの技術を身に付けているはずはない。

 何せ、彼女がフォースに目覚めてまだ一年経っていないのだぞ。そんな短時間でフォースバリアのような応用技を簡単に使えるようになってしまったら、私の立つ瀬がない。

 それほどまでに彼女がフォースに秀でているとはアナキンも言っていないので、あるいは”個性”の精度がまた増したのかもしれない。

 

 まあそれについてはあとで確認するとして……私としてはそこ以外にも、私に変身するまでの時間があまりにも短くて驚いている。

 何せ電気は音よりもなお速く動くのだ。その攻撃に間に合うように私に変身して、しかも対応までしたのだからまさに一瞬の変身に見えただろうな。フォースユーザーだからこそ反応ならできるだろうが、反応はできても変身にかかる時間は別問題のはずなのだが。

 

 ……”個性”も身体機能であることを考えると、普段から私にばかり変身しているヒミコの変身技術は、私に対してのみ極まっている可能性はありそうだ。あるいは、変身速度や精度に関してもフォースが関わっている可能性も……?

 ううむ、考え出すときりがない。

 

 ……と、”個性”とフォースの関係性などについて考えるのはこの辺りにしておこう。

 

「あー……まあ、なんだ。父上の技を真似ているんだよ。色々考えた」

「え、増栄の親父さんってヒーローなのか?」

「そういえば、ヒミコとミドリヤ以外には言っていなかったか? 実はそうなんだ。今は引退しているし、活動期間も短かったマイナーなヒーローだがね」

「マジかよ!? なんて人だ? よかったら教えてくれよ!」

 

 一時的に場が盛り上がる。以前ミドリヤにしたような話をまたすることになったのだが、徐々に周囲の目が優しくなっていったのはなんだったのだろうか。

 

「そうか増栄さんのお父さんは重力ヒーロー・バンコだ……彼の必殺技は主にトラクタービームとリパルションビームだけどリパルションビームの応用で攻撃を跳ね返すなんてこともしてたっけ……やっぱり家族にヒーローがいると違うな……」

 

 そしてミドリヤは相変わらずだな。ツユちゃんが真顔で引いているぞ。

 

「……ところで、ミネタは何をそういきり立っているのだ?」

 

 先ほどから隅のほうで、退場していくカミナリの背中をミネタが凄まじい形相でにらんでいるのだ。一体何があったのだ?

 

「これが落ち着いてられるかよォ! 上鳴のヤロウ、百合の間に挟まろうとしたんだぞ! 万死に値するッ!!」

「……すまないが、私の日本語能力は未熟らしい。何を言っているのかわからない」

「安心しろ、俺らもわからん」

「まあいつもの峰田だろ」

 

 とりあえず、苦笑混じりのセロが軽く手刀を打ち込んでミネタを黙らせたわけだが。

 

「上鳴くん、試合前からナンパしてきたんですよ」

「は?」

 

 戻ってきたヒミコに顛末を聞けば、思わずそんな声が口をついて出た。自分でも驚くくらい低い声だった。

 

「もちろんお断りしました! 上鳴くんが嫌いってわけじゃないですけど、私のタイプではないので!」

「ほぉーう? じゃあじゃあ、トガちゃんのタイプはどんな人なのかなー?」

「私も気になるなー!」

「そですねぇ、努力家で落ち着きがあって、いつも一生懸命なカァイイ人ですかねぇ」

 

 唐突に始まった恋愛談義だっだが……名指ししないだけの分別がしっかりあったようで何よりである。私が言うのもなんだが、十六歳が十歳児に懸想している事態は法的に結構問題だろうしな……。

 

 そう思いながら女性陣の盛り上がりを見ていたら、ミネタに肩を叩かれた。

 振り返れば、彼はいつかのように菩薩のような笑顔で親指をこちらに向けて立てている。オイラはわかってるから、と言いたげに。

 

「増栄は心配しなくっても大丈夫だズェ……」

「何の話だ」

 

 毎度ながら彼のことはよくわからない。

 

 まあそんなことより、試合の続きである。ヒミコ・カミナリの次は、ヤオヨロズ・ジローの組み合わせだ。

 

 ヤオヨロズは、創造という私に匹敵する汎用性の高い”個性”を持ち、高い思考力を持つ推薦入学者だ。

 ただ、考えすぎるタイプなのだろう。とっさの判断はやや苦手なようで、戦闘中に選択肢を多く叩きつけられると目に見えて動きが鈍くなるところがある。突くならそこからだろう。

 

 対するジローは音を操ることができるが、サポートアイテムなしに攻撃手段にできるほど強大な力ではない。

 ただ、イヤホンジャックは鞭のように振るうことができる。鞭による痛みは独特で、どれほど痛みに慣れていてもなかなかに耐えがたいものだ。それを活かせると、一対一の状況ではかなり優位に立てるのではないだろうか。

 

 あとはルール上、開始の合図が出る前に”個性”で準備をすることは禁じられているため、開始直後のヤオヨロズは普通の人間でしかない。ジローがまず狙うべきはそこだろう。

 

 ……と、思っていた試合であったが、結果は順当にヤオヨロズの勝利。

 

 ただしかなりの接戦であった。ジローの先制攻撃をヤオヨロズは凌ぎきるのに手一杯で、序盤は苦戦を強いられたのである。

 だが、中盤から装備が整い始めたヤオヨロズにジローの攻撃力が不足していき、決定打を打てなくなった。

 ヤオヨロズはそこから武器を創って反撃に出た。数回の攻防を経て、ジローを場外に押し出すことに成功した……という流れである。

 

「耳郎のやつ、序盤からもっと積極的に攻めればよかったのに」

「いや、ヤオヨロズはアイキドーを嗜んでいる。下手に近づけばジローこそあっさり負けていただろう」

「マジか」

 

 カミナリの言葉にそう返す私である。

 

 なぜ私がそんなことを知っているかと言えば、バクゴーから宣戦布告を受けた日の訓練で、請われてヤオヨロズと一度手合わせしたからである。資産家の娘なだけあって、彼女は護身術は一通り身に着けていた。

 

「なるほど合気道! 確かに終盤の攻防ではそれらしい動きしてたな……そうか八百万さんの個性はものが出来上がるまでにタイムラグがあるからそれまでをしのぐためにそういう技術は必要不可欠ってことで……ブツブツ」

「緑谷ちゃん、相変わらず怖いわ」

 

 本当にミドリヤは相変わらずだな。

 

 ……なお、この次の試合はハツメとイイダの組み合わせだったのだが。

 レクリエーション前の私の予想通り、なかなかにひどいものであった。

 

 イイダを言いくるめて自作のサポートアイテムを持たせたハツメは、ミッドナイトの許可も得て合法的に試合開始。だがそこから始まったのは試合ではなく、ただのプレゼンテーションであった。

 ハツメはひたすら攻撃を避けながら、自作のサポートアイテムについて語り続けたのである。イイダはこれに終始翻弄され続ける羽目になる。

 

 そうして彼女はたっぷり十分ほどをかけて持ち込んだアイテムの説明を終えたところで、自ら舞台を降りて勝ちを献上したのであった。

 

「騙したなあああ!!」

「すみません。あなた利用させてもらいました」

「嫌いだああぁぁ君ーー!!」

 

 いつも以上のオーバーリアクションで叫ぶイイダから目を背け、しかしいい顔で笑うハツメ。両者の姿は実に対照的だった。

 

「きっと飯田くん真面目すぎたから、耳触りのいいこと言って乗せたんだ……あけすけなだけじゃない、目的のためなら手段を選ばない人だ……」

「あっはっは、商魂たくましいなぁ」

「飯田くんなら確かに言いくるめられてそー」

「だが機械の腕は確かなようだな。彼女には一度話を聞いてみたいな……」

「マジか増栄……」

「いや、実は機械いじりが趣味なんだ」

「マジか増栄」

「増栄さんはお父さんもサポートアイテム関係のライセンス持ってるもんね!」

「あー、うむ、そうだな」

 

 そこから少し私の趣味の話になり、なぜかまたしてもみなの目がだんだん優しくなっていったのだが、舞台にキリシマとトコヤミが上がってきたところで話題は一気にそちらに移った。

 

 それと同時に、その次に試合を控えているバクゴーとウララカが少し時間を空けて席を立つ。

 

 ……そう、一回戦第五試合は、バクゴー対ウララカである。戦力差は明らかであり、何より相手が相手だ。ミドリヤやヒミコを中心に、心配そうな目がたくさんウララカを見送っている。

 ただ、ウララカに負けるつもりはまったくない。ならば下手に気を回すことは失礼であろう。バクゴーに対してもだ。

 

 やがて思うところがあるのか、ミドリヤがノートを持って離席したが……さて、ウララカは彼の献策を受け容れるだろうか?

 




漢、峰田実。現時点において、二人の関係性への理解度が突出して高い人間の一人である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.体育祭 バトルトーナメント一回戦 3

 キリシマとトコヤミの試合はかなり長引いた。硬化という防御に特化した”個性”を持つキリシマの守りを、昼間のダークシャドウでは抜くことができなかったのである。

 ただし、キリシマもダークシャドウに阻まれ攻撃が通らず、泥仕合の様相を呈した。観客も少しテンションを落ち着かせられるくらいの時間が経過したのだ。

 

 だが……恐らくは永遠に硬化し続けられるわけではないのだろう。次第に硬化が緩んでいっていることを見抜いたトコヤミが、機を見て猛攻を開始した。

 そして攻勢に出られると対処が難しくなるのがダークシャドウである。それを凌ぐだけの力があればまた別だが、”個性”も限界まで酷使したキリシマにはもはやなすすべがなかった。

 

 結果、それまでかかった時間がまるで嘘のように、あっという間に決着へなだれ込んだ。

 かくして、キリシマは惜しくも敗退と相成ったのである。

 

 とはいえ、どちらも十分に健闘した。一般客はもちろん、ヒーローからもちらほらと称賛する声が聞こえたので、負けたキリシマも展望は明るいのではないだろうか。

 

 さて、問題は次の試合である。バクゴー対ウララカだ。

 

 プレゼントマイクのアナウンスに従う形で舞台に上がる二人を見たツユちゃんが、つぶやくように言った。

 

「次、ある意味最も不穏な組ね」

「ウチ、なんか見たくないなー」

 

 ジローが表情を曇らせて応じていたが、二人の言い分はもっともであろう。日頃からバクゴーを見ていれば、大体の人間はそう思うはずだ。

 ウララカの可憐な容姿もあって、相対するバクゴーの姿はどう見ても悪役である。

 

 ただ、彼から油断や慢心は一切感じない。笑ってもいない。どこまでも本気だ。

 むしろ警戒すらしている。それだけウララカのことを、油断ならない相手だと認識しているのだろう。

 

 ちなみにミドリヤはキリシマ・トコヤミ戦の途中で戻ってきたのだが、どうやら彼のアイディアはウララカに遠慮されたらしい。細かい経緯は聞いていないが、みんな本気でやっているからこそ受け取れない、という趣旨のことを言われたようだ。

 

 ウララカも随分と言うものである。イイダ・ハツメ戦で個人的な好みによるジャッジをしたミッドナイト辺りが聞いたら、さぞやテンションを上げることだろう。

 まあ私としても、妥協をしない姿勢は好ましいと思うけれども。

 

《中学からちょっとした有名人! 堅気の顔じゃねぇ! ヒーロー科、爆豪勝己! (バーサス)! 俺こっち応援したい! ヒーロー科、麗日お茶子!》

 

 そうして私情全開なプレゼントマイクのアナウンスと共に、戦いは始まった。

 

 戦いは、終始バクゴー優位に推移する。当初はウララカも、体操服を浮かせて爆風に紛れ込ませることで撹乱したが……バクゴーは罠にひっかかりながらも、そんな小細工は効かないとばかりに対処してみせた。

 ……フォースセンシティブに近い反射神経だな。あるいは本当にそうかもしれないが。

 

 その後は、なんとか接近しようと前へ進み続けるウララカを、バクゴーが爆破で迎撃、吹き飛ばし続けるという図がしばらく続く。絵面は非常にヴィランらしく、ジローは目を覆ってしまっていた。

 

 ウララカは愚直に攻め続けているように見えるが、他に手がないとも言う。イイダに問われたミドリヤも言っていたが、ウララカには退くという選択肢がないのだ。

 それはこの試合を放棄するつもりがない、という意味だけではない。バクゴーは近接戦においてはほぼ隙などなく、スロースターターだから動けば動くほど爆破も強くなっていく。

 

 だが、迂闊に接近されるわけにはいかないのはバクゴーのほうだ。それだけウララカの”個性”は強い。事故でもなんでも、手に触れられたらその瞬間に無力化されるからだ。

 

 だからこういう試合運びになる。近づくしかないウララカと、吹き飛ばすしかないバクゴー。どちらも相手を真剣にとらえ、勝つために全力だからこそ。

 

 それをわかっているから、観客席から飛んできたブーイングに私……ではなく、ヒミコが怒りを露わにする。

 

「何が実力差ですか……! 女の子いたぶってですか……そんなわけないじゃないですか……! お茶子ちゃんバカにするのもいい加減にしてよね……!」

 

 そんな彼女の姿に、周りのクラスメイトがぎょっとする。

 ヴィランらしい姿が漏れているので、無理もないが……今回ばかりは私も彼女に全面的に同意だ。

 

 とりあえずヒミコにはもう少し鎮まるようテレパシーを飛ばしつつ、周りに解説をする。

 

「ウララカはやけを起こしているわけではない。彼女は策を立て、それに沿って動いている。そして……彼女は既に、己の得意分野にバクゴーを誘い込んでいる。ここからバクゴーが逆転するには、”個性”の限界まで一瞬で持っていかなければならない」

「え、そ、そんなに追い詰められていますの……!?」

「そうは見えねーけど!?」

《今遊んでるっつったのプロか? 何年目だ? 素面で言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。就職サイトでも見てろ》

「相澤先生……!?」

 

 そこに、まるで補足するようなタイミングでイレイザーヘッドが口を開いた。辛辣だが、間違いない事実だろう。

 

 何せ、観客席(こちらは私たちとは違い、高所に設置されている)にいるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「爆豪の距離ならともかく……客席にいながらブーイングしてたプロは恥ずかしいね」

 

 隣のブースから聞こえてきたモノマの声に、思わず頷く。

 彼のように、学生でも人生一度目の人間が気づけるのだ。プロとしてヒーローを名乗るならば、学生の仕掛けは見破ってもらいたいものだな。

 

「……あれは」

「マジかよ……いつからだ……!?」

 

 観客も気づいたようだ。まあ、ウララカが攻める手をとめて声をかけたのだから、さすがに誰もが気づくか。

 

 クラスメイトも驚愕している。みなの視線の先は、バクゴーとウララカ……よりも上。

 

 虚空。そこには、大量のコンクリート片が浮かんでいた。

 

「あえてバクゴーに爆破を連発させ、舞台を破壊する。その破片を浮かし続けていた、というわけだ。バクゴーに意図を読まれないよう、低姿勢で攻め続けることでな。おかげで場には常に爆煙があって、気づかれることなくここまで来た」

「そんな捨て身の策を……麗日さん……!」

「君がそれを言うのか……」

「えっ?」

「個性把握テストといいUSJ事件といい、君も大概捨て身の策を取ってきたと思うのだが」

「う゛、た、確かに……できることが少なかったとはいえ、相当無茶してたね……」

 

 ミドリヤはそう言うと、視線をさまよわせながら頭をかいた。

 彼の心意気は買うのだがね。アナキンではないが、何事もバランスだよなあ。

 

 と、それよりもだ。今は試合に集中しよう。

 私たちをよそに、ヒミコが声を張り上げた。

 

「行けーお茶子ちゃん! やっちゃえ!!」

 

 そうして、ウララカはずっと維持し続けてきた己の”個性”を解除した。途端にコンクリート片は惑星の引力に引かれ、一斉に落下し始める。

 

《流星群ー!?》

《気づけよ》

 

 さらにウララカは、攻撃と同時に前へ出た。既に身体は限界に近いであろうに、自分に”個性”をかけながらだ。なんという精神力だろうか。

 

 だが。

 

「オラァッ!!」

 

 大爆発。

 そう形容するしかない規模の爆炎が、バクゴーの手から放たれた。あれほどの爆発を起こすために、どれほどの爆薬がいることか。

 

 そんな赤い光に呑まれ、バクゴーに向けて落ちていたコンクリート片は軒並み吹き飛んでしまった。

 

「……うそ」

 

 ヒミコの茫然とした声が、ぼんやりと響いた。

 クラスメイトたちも、一様に口を開けて驚愕している。

 

 かくいう私も、結構驚いた。まさかこれほどの爆発を起こせるとは。

 

 ……いや、起こせるようになったのか。私が「出力を伸ばしてみたらどうか」と言ったから。そこをここ二週間、鍛えていたから。

 

「デクの野郎とつるんでっからなてめェ。何か企みあるとは思ってたが……危ねぇじゃねーかオイ」

 

 そう言うバクゴーの手元では、()()()()()()()()()()()()()。あれほど大規模な爆発を起こしておいて、手元が無事とは恐れ入る。

 入学当初の彼なら、あの爆発を起こしたらしばらく爆破を起こせないくらいにフィードバックがあったかもしれないが……。

 

「……! 一撃て……」

《会心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々――正面突破!!》

 

 だが、それでもウララカは諦めていなかった。心が折れてもおかしくないというのに、なおも前へ進もうとした。

 

「いいぜ……こっから本番だ! ()()!」

 

 バクゴーも、彼女の覚悟を理解したのだろう。満身創痍のウララカを全力で迎え撃つ。

 

 まさかの名指しだ。普段、誰に対しても罵倒も同然なあだ名で呼ぶ彼が、名字とはいえウララカの名前を呼んだ。つまり、それだけウララカのことを敵として完全に認めたということなのだろう。

 

 ……が。

 

「お茶子ちゃん!!」

 

 あらゆる意味でもう身体が限界だったのだろう。ウララカの身体が崩れ落ちた。

 

 すぐさまミッドナイトがバクゴーを制止しながら舞台に上がり、ウララカの状態を確認するが……その中でもウララカは立ち上がろうともがき続けていて。

 

 本当に心の強い子だと思う私の隣で、ヒミコが喉を枯らすのではないかという勢いで声援を飛ばす。

 

「麗日さん、行動不能! よって二回戦進出は爆豪くん!」

 

 ……しかし彼女の声援も虚しく、ウララカには敗退が告げられた。

 

 直後、立ち上がっていたヒミコが、すとんと。落ちるように席に座る。

 彼女はそのままぼんやりとした顔で、搬送されていくウララカを見つめていた。

 

 その姿がやけに痛々しくて、私は思わず彼女の手を握る。

 ヒミコはすぐに握り返してきて、繋がった手を通じて彼女の心境が流れ込んできた。それに対して、心の赴くままにすればいいと答える。

 

 だが、周囲はもはや過ぎたことと言わんばかりに進んでいく。舞台はセメントスによってあっという間に修復され、選手入場が告げられる。

 

 普段以上に、そして今日一番の特大の暗黒面の気配を撒き散らしながら、トドロキが舞台に上がる。迎え撃つのはセロだ。

 

 ……私はこの試合、嫌な予感しかなかったのだが。おおむねその通りになった。

 

 トドロキはスタジアムの屋根をも大幅に超える大規模な氷を生み出し、セロはその中に身体の大半を飲み込まれてしまったのである。

 当然ミッドナイトはトドロキに軍配を上げ、一瞬で倒されたセロに向けて観客は「どんまい」と連呼する。

 これがこの試合の幕引きであった。あまりにもあっけない終わり方。観客がセロにコールするのもわからなくはない。

 

 ただ……私には。

 舞台の上にできた特大の氷を自らの左半身から炎を出して溶かすトドロキの姿が……どことなく、頼るものも何もない暗闇の中でさ迷う幼子のように見えた。

 




隙あらばイチャついていくスタイル。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.体育祭 バトルトーナメント一回戦 4

 やがて氷は溶けたが、舞台は水浸しのままだ。結果として、乾ききるまでの小休止が宣言された。

 

 次のミドリヤとツユちゃんの試合が始まるまで……そして終わるまでどれくらいかかるかはわからないが、そろそろ私たちも控え室に移動したほうがいいかな……と考えていたときだ。

 

 不意にヒミコが明後日のほうへ顔を向けた。

 そちらにあるのは観客席……だが、その奥には控え室がある。そしてそこにいるのは、ウララカで。彼女の感情の乱れが、ここにいても感じられる。

 

「コトちゃん、私……あとでお茶子ちゃんに謝らなきゃ……」

 

 しばらくそちらを見ていたヒミコは、少しののち座席に力なく身体をもたれさせた。

 

「……ううん、みんなに、ですかね……」

 

 前にも述べたが、ヒミコはヒーローには興味がない。なろうなどとは欠片も思っておらず、彼女は単にいつどんなときも私の隣にいたいだけなのだ。

 だからこの体育祭にも、ほとんど興味がない。周りが将来のために全力で戦っている中、彼女だけはただのお祭り気分であったのだ。

 

 だが……どれほど怪我をしようが、どれほど辛かろうが、最後まで諦めることなく戦い続けるウララカの姿を目の当たりにして。

 あまつさえ、悔しさに涙を流すウララカの気配を感じて。あまりにも大きい己との心構えの差に、申し訳ないと思ったのだろう。だから謝らなければ、と。

 

 つくづく思う。ヒミコは少し嗜好が他と違うが、その感性は普通の少女だなと。

 

「そう、だな……確かに、筋は通したほうがいいだろう。だが、今の君はもう遊び半分ではないだろう? なら、そう不安に思わなくとも大丈夫だろうに」

「そう、ですかね……? そうだといいなぁ……」

「なになにー、二人してなんかシリアスな顔してどーしたの?」

 

 と、そこにハガクレが後ろから顔を出してきた。もちろんその顔は見えないのだが、それはそれ。

 

「いや、そのだな……。あー、うむ。あれだ。少し気は早いが、体育祭が全部終わったらみなで打ち上げなどできたらいいな……とね。私たちの家はここからすぐそこだし、それなりの広さもあるから会場としてどうかなと」

「えっ、マジ? いいねそれ、さんせー!」

 

 途端にハガクレがうきうきし出す。彼女に誘われるように、他のクラスメイトたちもなんだなんだと集まってきた。

 小休止中で見るべきものもないから、そうもなるだろうな。

 

「……ありがと」

「君のためならどうということはないさ」

 

 盛り上がるさなか、すまなさそうに小声で話しかけてきたヒミコに、私は片目を閉じて応じるのであった。予定にはなかったことだが、それでも私の心に嘘はないのだから。

 

***

 

《っしゃあ舞台も乾いた! ってことで第八試合行くぜ! 成績の割になんだその顔! ヒーロー科、緑谷出久! (ヴァーサス)! かゆいところに手が……もとい舌が届くキュートなケロケロガール! 同じくヒーロー科、蛙吹梅雨!》

 

 その後、舞台も無事乾いてミドリヤとツユちゃんの試合が始まった。

 

《スタート!!》

 

 二人の戦いは、最初から一貫して肉弾戦となった。二人とも爆破やら凍結やらの特殊な能力を持たないため、当たり前だが。

 

 しかし二人の”個性”にはかなり差がある。

 ミドリヤのそれは純粋な増強型であり、単純に身体能力を上昇させるというもの。彼はこれを全身にまとうことで、今までとは一線を画した身体能力を発揮できるようになった。だが安定して使える遠距離攻撃手段を持たない。

 

 対するツユちゃんは、カエルという異形型の”個性”だ。カエルらしいことなら大体なんでもできるが、中でも脚力に優れる。また騎馬戦でも見せたように、舌による中距離攻撃も可能とかなり万能だ。

 

 そうした”個性”の差を両者ともに理解しているのか、流れは自然と動き回りながら攻撃と離脱を繰り返すミドリヤと、動きは少なめに抑えつつカウンターを狙うツユちゃんという形に収束していった。結果として、両者にさほど大きなダメージないまま戦いは推移する。

 

 ……その二人の動きだが、ミドリヤはアタロ、ツユちゃんはソレスの要素が見て取れる。そういえば、USJ事件では二人の前で見せていたな。あのときの私の立ち回りを、二人なりに参考にしたのだろう。

 クラスメイトもそれには気づいたようで、感心の声を上げていた。

 

 ミドリヤに関しては、バクゴーらしい要素も見えたが……いずれにせよ、二人とも今日までの経験をしっかり活かして今日に臨んでいるのだろうな。

 

「ぐっ!?」

 

 と、いうところでミドリヤがツユちゃんの強烈な蹴りを喰らって地面を転がっていく。受けた場所は急所でもなんでもなく、ミドリヤが受けたダメージは見た目ほどではないだろうが……身体が安定していない状態だったため、結構な勢いで吹き飛んでいく。

 

《蛙吹のキックが炸裂~~! 緑谷、このままだと場外だがぁー!?》

「まだ……まだぁ!!」

 

 だがミドリヤはとっさに拳を舞台に叩き込んで、錨とした。コンクリートで固められているはずの舞台に彼の拳がめり込み、その身体を舞台内にとどめたのだ。

 

「すごい……緑谷くん、さすがの超パワーだな」

「それに、マジでコツつかんだみてーだな。この試合、まだ一回も自損してねーぞ」

「これは厄介な相手の出現だな……」

 

 クラスメイトたちが口々にミドリヤを評価する。

 

「わわ、もう二人の試合始まっとる~!」

 

 と、そこにウララカが戻ってきた。彼女の声が聞こえるより早くヒミコが即振り返り、それ以外の面々も声がしたところで振り返ったのだが……。

 ウララカの目は、明らかに腫れていた。どうやら相当に泣いたらしい。

 

「見ねば」

 

 本人はそう言って拳を握っていたが、それよりもイイダが大袈裟であった。

 

「目を潰されたのか!! 早くリカバリーガールの下へ!」

 

 ……まあ、その内容はだいぶ的外れなのだが。

 

「行ったよ。コレはアレ……違う」

「違うのか! それはそうと悔しかったな……」

「今は悔恨よりこの戦いを己の糧とすべきだ」

「お茶子ちゃん……えっと、ほら、こっち空いてますよ」

「ん……ありがと、みんな」

 

 周りに歓迎され、ウララカも席に着いた。

 

「えっと……見た感じ、ちょっとだけ梅雨ちゃん有利って感じ?」

「ああ。遠距離攻撃手段の有無ゆえだ」

「あれ、見た目以上に威力出るもんなぁ」

 

 トコヤミの言葉に、後ろからミネタが同意した。やたらと実感がこもった言葉だったが、何度か喰らったことがあるらしい。

 

「しかしミドリヤの攻撃力を警戒して、ツユちゃんも積極的に攻勢に出られていない状況だ。どちらが勝ってもおかしく……む」

《緑谷、ボディーブローが決まったァァーー!! 蛙吹、これは痛い!!》

 

 会話している間も、途切れることなく攻防を続けていたが……どうやら動いたようだ。ミドリヤのパンチがツユちゃんの腹部に入ったのだ。

 

「うわー、痛そー!」

「緑谷のやつ手加減なしかよ……! ああ見えてさすが爆豪の幼馴染ってか」

「やかましいわアホ面、テメェの目は節穴かよ」

 

 カミナリも懲りないな。

 

 だがバクゴーの言い方はともかく、考えていることは間違っていない。

 

「あのボディーブローは決まっていない」

「ン!?」

「え、マジ?」

「ほら」

 

 私が指を向けた先で、ツユちゃんは吹き飛んでいる最中に舌を伸ばして攻勢に出ていた。ボディーブローの直撃を受けたのであれば、あれほどスムーズに口から攻撃はできないだろう。

 

 つまり彼女は、ミドリヤの攻撃を予測していたのだ。そして攻撃を受けるタイミングに合わせて、自身の脚力を活かして吹き飛んだように見せかけたのである。

 直後、マスター・イレイザーヘッドもそう解説した。

 

《って、アレ!? 効いてないっぽい?》

《攻撃の直前に自分から跳んでるな。攻撃を読んでたんだよ》

「はー、やるなあ梅雨ちゃん」

「彼女は元々冷静沈着で、目立った欠点のない人間だ。これくらいはやってのけるだろうさ」

 

 そうしているうちに、ツユちゃんの舌が完全にミドリヤを絡め取った。

 彼女はそのまま自身の勢いも乗せて、ミドリヤを場外に向けて大きく投げ飛ばす。弧を描いての大きな投擲だ。

 

《投げたぁーー!! どーする緑谷、ここで終わってしまうのか!?》

「あー……ありゃ終わったな……」

「そうだな……空中を移動する手段なんて緑谷持ってねーもんな」

 

 カミナリとセロの言葉に、反応したのはウララカだ。

 

「……いや。あるよ! デクくんのパワーなら、ここからでもできることある!」

「麗日くん?」

 

 彼女にイイダが問いかけようとした、その瞬間だった。

 

「SMAAAAASH!!」

 

 ミドリヤの掛け声と共に、凄まじい衝撃と風が巻き起こった。風は舞台のみならず観客席にまで吹き抜る。軽い私の身体など、ヒミコに抱きかかえられていたにもかかわらず浮き上がりそうだ。

 

 だがそんなことより、その風が収まる頃には何が起きたのかが誰の目にも明らかになった。

 舞台の上には、誰もいなかったのだ。

 

「え!? あれ!?」

「ケロ……油断したわ……」

《こ……これはぁ!》

「蛙吹さん、場外!」

 

 マスター・プレゼントマイクが声を上げた直後に、マスター・ミッドナイトが手を掲げる。

 

 そう、ツユちゃんは先ほどの風に吹き飛ばされていた。そのまま場外に飛んで行ってしまっていたのだ。

 

 観客席から、大きな歓声が上がる。と同時に、ミドリヤが観客席の中に落ちた。どうやらプロヒーローの誰かが受け止めてくれたようで、それによる怪我はなさそうである。

 

 ……あくまで落下での怪我は、だが。

 

「……! ンの野郎……!」

 

 バクゴーが舌打ちと共にぼそりと言う。

 

《バカでかい空気砲だな。投げ飛ばしたあと……攻撃をしたあとってのは存外スキができやすいもんだ。そのタイミングを狙ったんだな。蛙吹は緑谷を上に投げたことで重心が上がっていたし、舞台に張り付く間もなかったから油断とかじゃねぇ。今回は緑谷が少しだけ上手だったっつぅことだ》

《毎度ながらナイス解説!》

 

 彼に遅れて、イレイザーヘッドが独り言のようにこぼした。

 

 私はそこに補足を入れる。

 

「あれほどの風を巻き起こすためには、自損するしかないのだろう。しかしミドリヤは……恐らくだが、どうせ自損するなら自身を舞台に戻す推進力にするより、吹き飛ばす攻撃に使ったほうがいいタイミングと判断したのだろうな」

 

 そう、ミドリヤの左手の中指は、明らかに正常ではなかった。USJ事件のときも似たような怪我をしていたな。あのときもきっと、今回のように指による空気砲を放ったのだろう。

 

「お、おお……なるほど!」

「それにあの位置で下に空気砲したんやったら、デクくんの身体はもっと上に浮くから落ちるまでの時間も稼げるよね!」

「なるほ……ム!? そういえば、ルールでは『場外に落としたら勝利』だったな!」

「あー! そっか、地面につかないうちは『落ちた』ことにならないから……」

「それまでミッナイ先生は結審出せないってわけか! 考えたな緑谷!」

 

 ルールの穴をついたような勝利ではあるが、勝ちは勝ちだ。それは間違いなく、最後の一瞬まで勝負を諦めなかったミドリヤの根気がなしたものだ。

 

 あの状況で、指一本を捨ててでも勝ちに行った判断は、人によっては賛否分かれるかもしれないが……どうやら会場の雰囲気を見るに、賛のほうが多いらしい。私としても、今回は褒めてもいいだろうと思う。

 ただ、自損の判断を咎める人間はどこかにいなければならない、とも思う。

 

 それに、仮にミドリヤがもっと早く鍛え始めていれば、この場であっても自損なしに空気砲を撃てた可能性はあったはずだ。その点も含めて、ミドリヤは今後も精進し続けなければならないだろう。お節介かもしれないが、あとで言っておくかな。

 

《最後の最後にド派手なカウンターを決めた緑谷が二回戦進出だ! これで一回戦がすべて終わった! 小休憩挟んだら早速次行くぞー!!》

 

 おっと。

 この学校は本当になんでもかんでも早速だな。

 

 すぐに二回戦が始まるのであれば、私たちももう動かねばなるまい。

 

「行こうか、ヒミコ」

「……うん」

 

 そして私たちは、連れ立って控室へ足を向けた。

 




おや?
トガちゃんの様子が・・・?

あ、次は閑話の掲示板です。
主人公VSトガちゃんはそのあとで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ4

(一回戦第一試合)

59:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いよいよガチバトルトーナメントだ!

 

60:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こちとらこれだけが楽しみで

 

76:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増栄ちゃんと芦戸ちゃん

 

79:ヒーロー志望の名無しさん ID:

誰か解説とかできるやつおらんの?

 

81:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>79

そういうやつは大体実況スレか考察スレに張り付いてるから……

 

82:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>79

まったりスレにそこまで詳しいやつはいねーよ

 

87:ヒーロー志望の名無しさん ID:

順当に行けば増栄ちゃんだろうけど、芦戸ちゃんの個性って酸だろ?

ワンチャンどころか結構あるんじゃね?

 

89:ヒーロー志望の名無しさん ID:

別にどっちが勝ってもいいよ

どっちもかわいいし

 

92:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>89

ちょっとわかる

 

94:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>89

芦戸ちゃんかわいいよね

ピンク肌好きよ

 

95:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>89

白目が黒いのもそーゆー魅力よな

かわいい

 

98:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スタート!

 

100:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おおー……おあー

 

104:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増栄ちゃん立ち回り上手いなぁ

 

106:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女とは思えない

 

108:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれ見てから回避してるよな?

 

112:ヒーロー志望の名無しさん ID:

酸が出てない場所だけ狙ってさばいてるぞ

 

113:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

123:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でも全然攻めないじゃん

 

129:ヒーロー志望の名無しさん ID:

守ってばっかりでおもんねーわ

騎馬戦みたいなやつやれよ

 

133:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これもしかしてだけど、芦戸ちゃんに指導してる?

 

139:ヒーロー志望の名無しさん ID:

言われてみればほぼスパーリングだ

 

141:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>133

mjd?

 

143:ヒーロー志望の名無しさん ID:

それって相当実力差がないとできないんじゃ

 

146:ヒーロー志望の名無しさん ID:

って、あー

 

148:ヒーロー志望の名無しさん ID:

一気に決めたなぁ

 

149:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今も何したのかわかんねぇ

マジで幼女の個性なんなんだ

 

150:ヒーロー志望の名無しさん ID:

吹っ飛ばしたってことは、やっぱ風関係?

 

151:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>150

でも風とかそういうの見えなかったけど

 

154:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>150

それでどうロボを操れるんだよ

 

156:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>154

磁力とか?

 

158:ヒーロー志望の名無しさん ID:

わからん……なんもわからん……

 

(第二試合)

199:ヒーロー志望の名無しさん ID:

電気系は強個性だよなー

 

202:ヒーロー志望の名無しさん ID:

生身でどうにかできるもんじゃねーもんなぁ

 

203:ヒーロー志望の名無しさん ID:

瞬殺で終わりそうだな

 

207:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ファッ!?

 

208:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

209:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何が起きた???

 

214:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!

瞬きをしたと思ったら、トガちゃんが増栄ちゃんになっていた。

何を言っているかわからねーと思うが(以下略

 

215:ヒーロー志望の名無しさん ID:

個性念力じゃなかったのかよ!?

 

216:ヒーロー志望の名無しさん ID:

変身ってことか!?

 

217:ヒーロー志望の名無しさん ID:

考察スレがさぞや阿鼻叫喚だろうと思ったらなんか変な流れにになってるな

 

219:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もしかして幼女の個性が念力なのか?

それなら確かに色々と説明つくことも多いが

 

221:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>219

変身先の個性まで使えるとか強すぎね?

 

224:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>219

いや、念力でどう電撃を防ぐんだ?

 

227:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>221

少なくとも幼女が騎馬戦で電撃防いでたし、トガちゃんが幼女の個性使ってるってことは間違いないだろ

 

229:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>219

仮に幼女の個性が念力だとして、変身してそれ使うのはともかく変身しないで使ってたのはどう説明つけるよ

 

233:ヒーロー志望の名無しさん ID:

言うて個性の複数持ちなんてあり得ないし、他になくね?

 

238:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ていうかトガちゃんの個性もいいけど、瞬殺された上鳴のことも少しは話題にしようぜ?w

 

240:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>238

いや、だって瞬殺以外の何者でもないし……

 

241:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>238

瞬殺以外にどう言えと……

 

245:ヒーロー志望の名無しさん ID:

瞬殺で終わるとか言ってたニキ元気かー?

 

246:ヒーロー志望の名無しさん ID:

確かに瞬殺ではあったなww

 

(第三試合)

274:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あのポニテのおっぱいの子が八百万か

覚 え た ぞ

 

277:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今年のヒーロー科はマジで顔面偏差値が高いな……

 

279:ヒーロー志望の名無しさん ID:

胸はだいぶ格差社会みたいだけどな

 

280:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>279

言ってやるなよ

 

284:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>279

こうして向かい合うとマジで差が際立つよね……

 

287:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>279

貧乳はステータスだ! 希少価値だ!

 

289:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>279

みんな違ってみんないいんですよ

 

293:ヒーロー志望の名無しさん ID:

社畜さんが言うとなんかな……

 

295:ヒーロー志望の名無しさん ID:

巨乳派を否定しない寛容なロリコン……?

 

313:ヒーロー志望の名無しさん ID:

耳郎ちゃんは騎馬戦でやったみたいな爆音はやらないのかな

 

317:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>313

何か制約があるのかも

 

320:ヒーロー志望の名無しさん ID:

逆に八百万のほうは堅実に動くな

 

322:ヒーロー志望の名無しさん ID:

アイテム持ち込み禁止のこの試合でアイテム作るのチートじみてる

 

324:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どんなものでも作れるんでしょうか

私気になります!

 

325:ヒーロー志望の名無しさん ID:

経済を破壊しそうな個性ではあるな……w

 

330:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お、決まった

 

332:ヒーロー志望の名無しさん ID:

八百万ナイス!

ナイスおっぱい!!

 

335:ヒーロー志望の名無しさん ID:

耳郎ちゃんは最後まで攻めきれなかったな

 

339:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>335

まあ二か月前まで中学生だったししゃーない

 

341:ヒーロー志望の名無しさん ID:

将来のために近接鍛えるといいかもね

 

342:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ガンヘッドとかデステゴロとかのとこに行けるといいねぇ

 

343:ヒーロー志望の名無しさん ID:

フォースカインドなんかも色々教えてくれそう

 

347:ヒーロー志望の名無しさん ID:

第一、第二試合に比べて平和だったなぁ……

 

(第四試合)

366:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今大会唯一のサポート科だ

 

369:ヒーロー志望の名無しさん ID:

サポート科特有のビックリドッキリメカ期待してる

 

371:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ってあれ?

 

372:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おいおいおいおい

 

375:ヒーロー志望の名無しさん ID:

飯田もフル装備じゃねーか!

 

379:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ミッドナイトにとめられてて草

 

381:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんて?

 

384:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はー、対等に戦うねぇ

 

385:ヒーロー志望の名無しさん ID:

サポート科も熱いこと言うじゃん

 

387:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こういうときどーすんの?

 

390:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>387

主審の判断次第だな

 

392:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>390

ミッドナイトがどう言うかか

 

396:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いいんかいww

 

397:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いいんだww

 

399:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ミッドナイトこういう青臭いの大好きだからな……ww

 

410:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さて試合開始だが

 

411:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

412:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんだ?

 

413:ヒーロー志望の名無しさん ID:

プレゼントマイクの実況じゃないぞ?

 

417:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これしゃべってるの発目だわ

 

419:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>417

は?

まさか放送ジャックしたのか?

 

420:ヒーロー志望の名無しさん ID:

 

421:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ちょ

 

422:ヒーロー志望の名無しさん ID:

んんwww

飯田www

完全にもてあそばれておりますぞwww

 

425:ヒーロー志望の名無しさん ID:

通販番組ですねクォレハ……

 

427:ヒーロー志望の名無しさん ID:

売り込み根性たくましいな……

 

429:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これいつまで続くんだよww

 

474:ヒーロー志望の名無しさん ID:

自分から場外に出たwww

 

476:ヒーロー志望の名無しさん ID:

すべて余すところなく見ていただきました、もう思い残すことはありません!(キリッ

 

477:ヒーロー志望の名無しさん ID:

めっちゃいい顔だな……ww

 

478:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やりきった顔してやがる……

 

481:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これ巻き込まれた飯田は災難だなー

 

485:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>481

そうは言うが、この程度のことヒーロー科ならなんとかできるべきじゃね?

 

487:ヒーロー志望の名無しさん ID:

飯田がショボかったのか発目のアイテムがヤバかったのか

 

492:ヒーロー志望の名無しさん ID:

現地で見てる限り、飯田は対策されてたっぽいけどな

発目が出したアイテム、大半が飯田の個性を妨害するようなものだったし

 

495:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そもそもタマゴとはいえ、対戦相手はアイテムの専門家だぞ

渡されたもんほいほい装備するやつがあるかよ

 

497:ヒーロー志望の名無しさん ID:

真面目なんだよきっと……眼鏡だし……

 

(第五試合)

513:ヒーロー志望の名無しさん ID:

男対男になった途端流れが緩やかになったの笑うわ

 

519:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>513

いやまあどっちも個性確定してるし、多少はね?

 

520:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はじまた

 

529:ヒーロー志望の名無しさん ID:

切島攻めるなぁ

効いてないけど

 

533:ヒーロー志望の名無しさん ID:

常闇攻めるなぁ

効いてないけど

 

535:ヒーロー志望の名無しさん ID:

切島マジで鉄壁だな……あんだけガンガン殴られてるのに下がるどころか怯みもしてねえ

 

537:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やるやん!

 

540:ヒーロー志望の名無しさん ID:

常闇の個性ってもしかして本体にダメージフィードバックされない感じ?

 

542:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>540

騎馬戦の様子からしてそうだろうな

 

543:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こっちはこっちで鉄壁だな……

 

546:ヒーロー志望の名無しさん ID:

泥臭いノーガードの殴り合いだなぁ

 

548:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは長引きそうな予感

 

579:ヒーロー志望の名無しさん ID:

終わらないww

 

580:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いつまで殴り合ってるんだこいつらww

 

583:ヒーロー志望の名無しさん ID:

常闇はもうちょい自分自身も攻撃に参加すりゃいいのに

 

586:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>583

切島の個性見てないのかお前は

 

588:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>583

あんなの個性なしで殴ったら普通に逆効果だろ

 

594:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれ?

 

595:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれ効いた!?

 

598:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あー、ずっと硬化してられるわけじゃないのか

 

600:ヒーロー志望の名無しさん ID:

全身ずっと力んでる感じなのかな

 

604:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そりゃ続かねーわ

 

607:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あー

 

609:ヒーロー志望の名無しさん ID:

個性が切れたら一気だったな

 

610:ヒーロー志望の名無しさん ID:

切島惜しいなー

 

613:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でもこういう熱いやつはいいよな

 

619:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>613

わかる、応援したくなるしそこにいてくれるだけでこっちもアガる

 

623:ヒーロー志望の名無しさん ID:

切島は負けたけどいい試合だったしいい男だった

 

(第六試合)

644:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今大会一番の不穏

 

647:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どう見てもこれから一般人を殺そうとしてるヴィランだよ

 

649:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あんな凶悪犯相手に麗日どうするんだろう

 

653:ヒーロー志望の名無しさん ID:

重力操作っていうなら、やりようはあるだろうけど……

 

655:ヒーロー志望の名無しさん ID:

重力操作って言えば昔そういうヒーローいたな

 

657:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの顔前にしてあんま怯えてないのはさすがヒーロー科というかなんというか

 

658:ヒーロー志望の名無しさん ID:

かわいくてもやっぱ雄英のヒーロー科なんだなぁ

 

661:ヒーロー志望の名無しさん ID:

クラスメイトだから慣れてるだけって可能性も

 

662:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>661

あり得るんだよなぁ……w

 

668:ヒーロー志望の名無しさん ID:

即爆破

 

671:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんの躊躇もなく行ったな……

 

672:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あんなかわいい子をためらわずに爆破できるのはある種の才能だろ

 

675:ヒーロー志望の名無しさん ID:

囮!?

 

676:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やるやん!

 

679:ヒーロー志望の名無しさん ID:

避けた!?

 

680:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ウッソだろ爆豪どんな反射神経してんだよ

 

681:ヒーロー志望の名無しさん ID:

化け物か

 

682:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆破

 

684:ヒーロー志望の名無しさん ID:

麗日ちゃんがんばれ!

 

709:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわえっぐ……

 

713:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おいおいおいおい

 

714:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いつまで続けるんだこれ

 

718:ヒーロー志望の名無しさん ID:

だいぶクソだぞこれ

 

720:ヒーロー志望の名無しさん ID:

場外せずにいたぶり続けるとかそれでもヒーロー科かよ!?

 

726:ヒーロー志望の名無しさん ID:

イレイザーヘッドきっつ

 

728:ヒーロー志望の名無しさん ID:

辛辣

 

731:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そうは言うがここから麗日勝つのはないだろ

的外れなこと言ってんなよ

 

736:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お?

 

738:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわすげぇ!?

 

741:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そうか、爆破された舞台の破片を浮かせて

 

744:ヒーロー志望の名無しさん ID:

捨て身にもほどがあんだろ……

 

745:ヒーロー志望の名無しさん ID:

かわいい顔して覚悟ガンギマリにもほどがあるわ

 

748:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ワイは麗日ちゃんやると思ってたで!

 

750:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>745

熱い手のひら返しやめーや

 

752:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

754:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジかよ……一発で全部吹き飛ばしやがった

 

757:ヒーロー志望の名無しさん ID:

しかもまだ余裕ありそうだぞ

 

759:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今年の一年はバケモノ揃いか?

 

760:ヒーロー志望の名無しさん ID:

中坊でヴィランに抵抗し切ったのは伊達じゃないってことか

 

761:ヒーロー志望の名無しさん ID:

態度はともかく実力は折り紙付きなんだな爆豪

 

766:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>761

その態度が一番問題なんだよなぁ……

 

769:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あっ

 

774:ヒーロー志望の名無しさん ID:

麗日ちゃん行動不能……ここまでか

 

776:ヒーロー志望の名無しさん ID:

よくここまで持ったよ。ど根性だ。

 

779:ヒーロー志望の名無しさん ID:

可愛い顔してとんだスポ根キャラじゃったか

 

780:ヒーロー志望の名無しさん ID:

頑張った!感動した!!

 

783:ヒーロー志望の名無しさん ID:

麗日ちゃんかわいいし健気だしこれからに期待だな

 

(第七試合)

799:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟と瀬呂ですが

 

802:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マイクの言い方よ

いくらなんでもひどくね?

 

804:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>802

マイクだからこそ他のステージより盛り上がるところもあるんだけど、たまに口悪いよなw

 

808:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でも実際地味なんだよな瀬呂……

 

809:ヒーロー志望の名無しさん ID:

始まるぞ

 

811:ヒーロー志望の名無しさん ID:

始まtt

終わったーーーー!www

 

814:ヒーロー志望の名無しさん ID:

またしても瞬殺だったなw

 

815:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これはひどい

 

816:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どうなってんだあの氷

 

817:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スタジアムの天井突き破ってね?

 

822:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どんまいww

 

825:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ドンマイコールww

 

826:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは流行るww

 

828:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあさすがナンバーツーの血って感じだったな

 

(第八試合)

891:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっと再開か

 

894:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟やりすぎだったよな

 

896:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷と蛙吹……蛙が吹くって書いてあすいって読むのか

 

899:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>896

超常以降読めない名字増えたよなー

 

900:ヒーロー志望の名無しさん ID:

このカードはわからんなー

 

902:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>900

考察スレの連中によるとどっちも特殊すぎる能力は持ってないみたいだし、素直に楽しめる試合になるんじゃないかな

知らんけど

 

905:ヒーロー志望の名無しさん ID:

蛙吹ちゃんもかわいいよね。やっぱケロケロ鳴くのかな?(意味深

 

909:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>905

そうか?

無表情でちょっと怖くね?

 

912:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>909

それがいいんだろうが

 

913:ヒーロー志望の名無しさん ID:

始まるぞ

 

914:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おおお

 

915:ヒーロー志望の名無しさん ID:

すげえなんだあの動き

 

917:ヒーロー志望の名無しさん ID:

シンプルだけどわかりやすい殴り合いだな!

燃えるぜ!

 

920:ヒーロー志望の名無しさん ID:

蛙吹ちゃんあんま攻めないな

 

922:ヒーロー志望の名無しさん ID:

クラスメイトだし、緑谷の個性がどこまで増強できるか知ってるんじゃないか?

全力で増強したらやべー威力が出るとか

 

924:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>922

ありそう

 

940:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷よく動くなー

 

942:ヒーロー志望の名無しさん ID:

一年であれだけ動けて、使い勝手のいい増強型ってなると取る事務所多そうだよな

 

943:ヒーロー志望の名無しさん ID:

予選を見てた限り頭も良さそうだしな

 

951:ヒーロー志望の名無しさん ID:

腹に入った!

 

952:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは痛い

 

954:ヒーロー志望の名無しさん ID:

俺なら間違いなく吐くわ

 

956:ヒーロー志望の名無しさん ID:

試合とはいえ女の子相手によくやるわ

 

959:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやよく見ろ!

 

960:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお!

 

961:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やるやんけ!

 

962:ヒーロー志望の名無しさん ID:

騎馬戦から思ってたけどベロめっちゃ伸びるなぁ

 

963:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これはまぎれもなくカエル

 

966:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷投げ飛ばされたー!

 

967:ヒーロー志望の名無しさん ID:

終わったな

 

968:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さすがに増強型でも……いやシンプルな増強型だからこそ空中じゃ何もできないよなぁ

 

972:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ファッ!?

 

973:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何だ!?

 

986:ヒーロー志望の名無しさん ID:

舞台に誰もいないぞ

 

987:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何が起きた??

 

992:ヒーロー志望の名無しさん ID:

えええ?

 

4:ヒーロー志望の名無しさん ID:

蛙吹ちゃん場外!?

 

7:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷は?

 

12:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>7

観客席にいるww

 

16:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>12

いやそうはならんやろ!

 

20:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>16

なっとるやろがい!

 

23:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやマジで何がどうなった?

 

26:ヒーロー志望の名無しさん ID:

生中継だからスロー映像とか出ないもんな……

 

29:ヒーロー志望の名無しさん ID:

切り抜き待ちか

 

40:ヒーロー志望の名無しさん ID:6aKp7FYt

待たせたな!

「https://*******」

 

44:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>40

スネーク!?

生きていたのか!?

 

50:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやマジで写真うpりまくってた人で草

釈放されたのかw

 

52:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>40

うわすっげ

 

53:ヒーロー志望の名無しさん ID:

デコピン一発で舞台の上全部吹き飛ばすとかオールマイトかよ

 

55:ヒーロー志望の名無しさん ID:

蛙吹ちゃん吹っ飛ばしながら、自分はその勢いで上に動いたのかー

 

65:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷の個性クッソ強くね??

 

68:ヒーロー志望の名無しさん ID:

蛙吹ちゃんはこの威力を至近距離でぶつけられるのを警戒してたってわけか

 

70:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>68

そりゃ警戒するわ。こんなんモロに喰らったら死んでしまう。

 

74:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやでも、デコピンした緑谷の指バッキバキだぞ

 

80:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なるほどデメリットがでかいのか……

 

81:ヒーロー志望の名無しさん ID:

オールマイトとは似て非なる何かだな

 

101:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ともあれ一回戦はこれで終わりか

 

103:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どれもなかなかいい試合だった

一部以外

 

107:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>103

その一部が突き抜けてるんだよなぁ……

 

111:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>103

すべて余すところなく見ていただきました、もう思い残すことはありません!(キリッ

 

115:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>111

嫌な事件だったね……

いや見てる分には楽しかったけどww




「いよいよこのときが来ちまったな緑谷ァ……」
「どうしたの峰田くん、随分とやる気だね!?」
「当たり前だろなんてったって事実上の決勝戦だからなぁ!」
「事実上の!? いや、言われてみれば確かに……増栄さんはもちろんだけど、トガさんも相当な実力者……そういう見方もできなくもないのか……!?」
「オイラは信じてるぜ……いまだかつてない百合百合シーンが起きることをな……!」
「さっきも言ってたけどそれ何の話!?」
「次回、理波VSトガ! プルスウルトラだぜお前らァ!」
「さ、さらに向こうへー!!(ヤケ」

まあレクリエーション時の激しい吸血みたいな濃い百合は起きないんですけどね。
ちゃんと戦闘します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.体育祭 バトルトーナメント二回戦 上

 控室に続く通路を歩く私とヒミコ。

 しかし、その途中のことだ。

 

「……コトちゃん」

「うん?」

 

 並んで歩いているヒミコに声をかけられた。同時に彼女が足をとめたため、私は少しだけ追い越し、前から向かい合う形となる。

 

 するとそこには、どこか決意を固めたような顔のヒミコが立っていた。

 彼女は少しだけ、ためらう様子を見せたが……本当に少しだけ。すぐに私と視線を合わせると、滅多にしない真剣な顔で言葉を続けた。

 

「……私、決めました。体育祭が終わったら……みんなに謝ります……。それで、許してもらえたら……チウチウさせてもらうのです」

 

 彼女の口から出てきたのは、まさに決意の言葉であった。

 

「だから……そのためにも。次の試合……コトちゃんに挑戦するのです。ちゃんと、全力で」

 

 さらに続けられた言葉に、私は思わず感動してしまった。

 

 ああ、そうか。遂に、君は進めたんだな。ただ盲目的に私だけを見ることを、やめることができたのだな。

 

 無意識のうちに、口端が上がった。どうやら私は、笑っているらしい。

 そうだな。私は嬉しいのだろう。彼女が前に進めたことが、何よりも。まるで自分のことのように、嬉しいのだ。

 

 だから私はそのまま、ヒミコに正面から応える。

 

「受けて立つとも。だが、たとえ君が相手だとしても……いや。君が相手だからこそ。私は手加減しないぞ」

「うん。そうだよね。ふふ……うん、そうだよねぇ」

 

 にまり、とヒミコが笑う。いつも通りの、可愛い笑みだ。

 そこから、じわりと暗黒面の気配が漂う。

 

 ……あえて心を隠さず、内心をそのまま出してきたな。仮に負けてもしないぞ、口づけは。先日のあれは、思考が緩んでいる隙を突かれただけなのだからな。

 

「コトちゃんのケチんぼ」

「ケチで結構」

 

 そうしていつぞや交わした言葉を再度交わし、私たちはそれぞれの控え室へと踏み入った。

 

***

 

《さあ待たせたな! こっから二回戦を始めていくぞ!》

 

 マスター・プレゼントマイクの言葉とともに、私たちは舞台に上がって向かい合う。

 

《二回戦第一試合! 同じ中学、同じクラス、そして同じチーム! ここまでずっと協力してきた二人が遂に相対するぜ! 勝つのはどっちだ!?》

 

 ふむ……言われてみれば確かに。こういう向き合い方は、ヒミコとは初めてかもしれないな。

 

《増栄理波! (バーサス)! 渡我被身子! レディィィィ……! スタート!!》

 

 そして試合開始が告げられ、私たちは同時に地面を蹴……らない。円を描くようにじりじりと動きながら、少しずつ接近していく。

 

 私たちはフォースユーザーだ。フォースを扱えるということは至近の未来を予知できるということであり、対峙した相手の思考を限定的ながら読めるということと同義である。

 

 しかし、その精度は本人のフォース量と技量、そして互いのフォースの属性への理解度に大きく左右される。

 結果、フォースユーザー同士の戦いは未来と思考の熾烈な読み合いとなり。いかに相手の予知と読心を出し抜いた行動ができるか……さらに言えば、いかに場のフォースを味方につけられるかが肝要となる。

 

 非フォースユーザーにわかりやすくたとえるなら、フォースによる制空権争いが行われているようなイメージでいてくれればよい。相手や場をフォース的に征することができれば、それだけ恩恵を多く受けられる。ゆえに技量の差は戦いの趨勢に直結する。

 

 そして私たちの場合は――フォース量は完全に同等。しかし技術に関しては、圧倒的に私が上である。ただし、互いのフォースの属性を左右する感情などへの理解度は私が劣る。

 このため、拮抗しているかのように様子をうかがうような出だしとなった。

 

 しかし、技量において私に分があることは事実。ゆえに最初は緩やかに始まりつつも、次第に場のフォースは私に傾き。

 

「はっ!」

 

 機は熟したと見て、私は一気に前へ飛び出した。アタロの要領で軌道を複雑に変えて回避と防御をくぐり抜け、的確な掌底をヒミコの鳩尾に叩き込む。

 同時にフォースプッシュを放ち、彼女を一気に場外へ押し出した。

 

「ぐ……っ!」

《互いに出方を窺う静かな始まりから一転、増栄強襲ーッ! 速ああぁぁい! 説明不要ッ!》

 

 吹き飛んでいくヒミコ。しかし私は油断なく追撃に出る。再び距離を詰め、駄目押しにまたフォースプッシュを放つためだ。そうしなければ即座に復帰される。

 

 だがその私の身体を、フォースプルがさらう。勢いをつけたところに来た引力により、体勢を……普通なら崩すところだが、それは読めている。

 ゆえに引力を利用する形で地面を蹴り、さらなる加速を行う。空中に飛び出し、攻撃を放つが……そのときにはもう、ヒミコの姿は私のものに変わっていた。

 

「私だって……! 負けないのですよコトちゃん!」

 

 そして向けられた彼女の手を見た瞬間、私は次の攻撃を避けられないことを悟った。ゆえに、咄嗟に身体に”個性”を発動させ防御力を上げる。

 

 直後、私の腹部を不可視の爆発が襲った。

 

「カハ……ッ!」

 

 その衝撃に、私は血を吐きながら吹き飛んだ。

 そのまま舞台に向けて落下するが、激突寸前に体勢を立て直し、空中機動で舞台スレスレのところで復帰。なおも残った吹き飛びの勢いをいなしながら、舞台に着地した。

 

 その私を追いかけるようにして、ヒミコが舞台上に戻ってくる。

 

 私と同じ姿の、しかし暗黒面に満ちた佇まい。

 だが光明面も内在している。どうやら思っていた以上の威力が出て、使った本人も焦っているらしい。

 

《なんだ何が起きた!? トガが手を向けた途端に爆発が起きたぞー!?》

《トガのやつが変身してる、っつーことは増栄の”個性”の応用なんだろうが……》

 

 ああそうとも、これは”個性”の応用だ。正確には、スーパーフォースプッシュ同様、フォースと”個性”の合わせ技だろう。

 

 前にも少し触れたが、私の”個性”は触れたものに対して発動できる。しかしフォースを合わせることで、その対象は直接触れていないものにも拡大できる。

 体内臓器である胃腸にまで簡単に効果を発揮できるのはその最たる例だ。私のフォースが触れているものも効果対象になるわけである。

 

 ではここで問題だ。フォースグリップとまでは行かずとも、相手の身体を拘束する目的でフォースを行使している状況で、その接触部周辺の空気を瞬間的に、大量に増幅したらどうなるだろうか。

 

 その答えが、直前の私が受けた攻撃である。空気爆発によって多大なダメージを負うことになったわけだ。これを仮に、フォースブラストと呼称しよう。

 

 空気の瞬間一時増幅自体は、私もよく使う。空中機動を行う際にやっているものがまさにそれであり、それだけならさほど問題ではない。

 だがフォースブラストは、ほぼゼロ距離で起こる空気爆発だ。しかも、攻撃の意図を持って発動される。威力が低いはずがない。

 

 何せフォースが関わっている。そこに攻撃の意思がある以上、この攻撃は間違いなくフォースによって威力が上がっているはずだ。

 

 暗黒面の技の代名詞とも言われるフォースライトニングは、実のところライトサイダーも使えないわけではない。だが使っても静電気程度の威力にしかならないのだ。

 ダークサイダーが使うと見た目以上の高威力になるのは、そこに明確な攻撃の意思と害意があればこそ。だからこそフォースライトニングは、暗黒面の技の代名詞のように扱われるのだが……フォースブラストにも、それと同じ理屈が働いているはずだ。

 

 実際、私の腹部は対策を講じたにもかかわらず、かなりの痛みが生じている。体内を少々痛めたようだ。即座にフォースヒーリングと治癒力の増幅で対応する。

 

「えと、コトちゃん、大丈夫……?」

「問題ない。……が、迂闊に使うと人を殺し得るぞ。試合中にこう言うのもなんだが、その技は使わないほうがいい」

 

 これは間違いなく暗黒面の技だ。人に向けて使っていいものではない。

 

「ん……そう、ですね。わかりました」

 

 私の言葉に、ヒミコはほっとした顔でこくりと小さく頷いた。

 

 だが、フォースを通じて伝わってくる。もう彼女に動揺はない。人に向けて使うと殺しかねないなら、人に向けなければいいと考えている。ダークサイダーの面目躍如といったところか。

 

「えーいやっ!」

「まったく君と言うやつは!」

 

 直後、私は後ろに大きく跳んだ。

 それに一瞬遅れて、私が立っていた場所が爆ぜる。コンクリートが派手に砕け、白い破砕物が私を襲った。

 

 それらをテレキネシスとフォースプッシュでヒミコへ飛ばすと共に、空中に舞い上がって動き回り、彼女の背後から襲いかかる。

 

「あはははは!」

 

 対してヒミコは機嫌よく笑いながら、フォースブラストを連続発動して私を攻撃する。私自身を対象に取っていないが、やはり攻撃の意図が乗ったフォースの技だ。ただ空気が爆ぜるだけでもかなりの衝撃が伝わってくる。

 特に頭の近くで起こるものは要注意だ。そのまま脳震盪を起こしかねない。

 

 また、時折私自身を対象にしてくるので、ないとは思うがかけられたフォースの見えざる手を外すよう対処に迫られる。選択肢をより多く、そして同時に与えることは対人戦の基本だが、フォースブラストでそれをやられるとまるでミサイルに追いかけられているような気分だ。

 

《トガ、爆発しまくるー! だが増栄に当たらない! 騎馬戦でも見せた異次元の立体機動でかわすかわすゥ! 当たらなければどうということはないってかぁ!? まるでサーカスだな!!》

 

 もちろん私もただ飛び回っているわけではない。変則極まる機動でもってヒミコに近づき、そのまま接近戦に持ち込んだ。

 

「あーもー速い!」

「小回りの良さは私の取り柄だからな!」

「普段なら近づいてきてくれたら喜ぶんだけどねぇ!」

 

 とはいえ、いまだ私に変身しているヒミコは、触れているところをフォースブラストできることには変わりがない。ゆえに、さながらバクゴーを相手取っているかのように慎重に、しかし迷うことなく格闘戦へ移行する。

 

 ……だが、ここで一つ誤算があった。カミナリ戦でヒミコがフォースバリアを使ったと知ったときから抱いていた懸念が、現実のものとなったのだ。

 

 つまり、今のヒミコはまた”個性”が成長し、変身の幅が広がっているのだろう。彼女が戦闘訓練を始めてからまだ一年も経っていないのに、まるで本当に私自身と戦っているような挙動をするのだ。

 おかげで戦いは一進一退となり、互いの攻撃はほとんど当たらない。実況と観客は湧き立っているが、私はそれどころではないぞ。これはもう、対象の技量まで含めて変身できるようになっていると考えていいだろう。

 

「く……っ、か、身体がっ、追いつかない……っ、よぉ……っ!」

「まだまだ追いつかれるわけにはいかないからな……そら足下がお留守だぞ!」

「わあっ!?」

 

 だが、まだ完全に変身相手と同じになれるわけではないのだろう。具体的には、思考の形や咄嗟の判断力などがヒミコのままだ。おかげで生じるはずのないスキが生じるし、それを突くこともできる。

 

 まあ、体勢を崩して倒しても、フォースと増幅によって即座に復帰してくるのだが。それでも、無視できないほどのダメージがヒミコに蓄積しつつあることは間違いない。

 心得のないものには今もなお互角の殴り合いをしているように見えるかもしれないが、ヒミコの顔には明らかに余裕がないのである。変身も一部が綻んできているので、イレイザーヘッドなどは既にヒミコが詰み寸前であるとわかっているだろう。

 

「ま……だ! まだだよコトちゃん!」

 

 それでも立ち向かってくるのは、彼女なりに覚悟を固めたからなのだろう。ウララカの姿を見て、自分もと考えた結果だ。

 

 そんなヒミコと正面から戦えていることが、私は、きっと……――。

 

「はっ!」

 

 そして私は、何度目かとなる攻撃をヒミコの眼前に手を伸ばした。顎を狙った拳撃である。

 それは当たり前のように回避されるが……私の狙いはそれではない。

 

「甘い!」

「きゃっ!?」

 

 私は突き出した拳により、光を瞬間的に大量に増幅させる。擬似的な閃光弾だ。

 眼前で放たれた光にヒミコは対応しきれず、目をやられてしまう。そしてこの動揺により、フォース制御が決定的に揺らいだ。

 

 その瞬間を、私は見逃さない。伊達にアナキンに何年も師事していない。

 

「はあぁぁっ!!」

「きゃああぁぁっ!?」

 

 フォースで強化した”個性”で増幅したフォースで放つ、スーパーフォースプッシュ。これをヒミコの身体に打ち込み、高速で舞台から射出した。

 対応する暇もないほどの速さで吹き飛ばされた彼女は、そのまま選手入場口まで接地することなく飛んでいき、激しく地面を転がって通用路の中に消えていく。

 

「トガさん、場外! よって三回戦進出は増栄さん!」

 

 と同時に、ミッドナイトが手を掲げて勝敗を告げた。これを受けて、ようやく私は全身の緊張を解いた。

 

《決まったぁぁーー! 強い! 強すぎるぞこの幼女! この子をとめられるやつはいないのかぁぁーー!?》

 

 そして私はプレゼントマイクの実況をよそに、舞台上に転がっていたヒミコの服一式(靴を含む)を取って大急ぎでヒミコの下へ走る。

 

 ヒミコの変身は、服まで含めた変身だ。ゆえに服を着ている状態で変身すると、服を二重に着た状態になってしまう。私はヒミコより大幅に小さいので、自前の服が変身後の姿に合わなくて破れるということはないが……丈が余りまくることにはなる。

 なのでこの戦い、実はヒミコはかなり早い段階で自前の服を脱いで戦っていた。そうしなければ私と万全に戦えないのだから、仕方がない。

 

 だが、ならばその状態で変身を解除したらどうなる?

 

 答えは簡単だ。全裸になる。

 

「ヒミコ、早く着るんだ。このままフェードアウトするとあらぬ心配をさせることになる」

「はぁーい」

 

 ヒミコの裸はとっくに見慣れているが、公衆の面前にさらすなど絶対に許されない。だからこそ、私はヒミコとの位置関係が整うまで格闘戦を続けなければならなかったのだ。人目につかないところへ吹き飛ばせるようにな。

 

 ということで、なんとか服を着直したヒミコと連れ立って、私は一度舞台に戻った。そうして改めてプレゼントマイクや観客からの歓声を受け取ったあとに、ようやく退場したのであった。

 




ということで、真面目に戦った二人でした。
ボクとしても、訓練されたフォースユーザー同士のセーバー戦は書きたいのですが、たぶん本作では書けないだろうなぁ・・・。

ちなみにフォースブラストはもちろん本作オリジナルのフォース技なのですが、「フォースの影響で離れた相手に触れずとも効果を発揮できる増幅」という設定を思いついて最初に浮かんだ「やべーコンボ」がこれです。
他にも「脳の温度を増幅」とか「性欲を増幅」とか「感度を増幅」とかいろいろやべーコンボが思いついている(しかもいずれもやろうと思えばやれる)のですが、何もかも暗黒面の技なので理波がそういう使い方をすることは今後もないでしょう。
でもトガちゃんは使うかもしれませんね。ダークサイダーなのでね!
いや、何がとは言いませんけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.体育祭 バトルトーナメント二回戦 中

「ふふ」

「なんだ? 負けたのに嬉しそうだな」

 

 観客席に戻る途中。ヒミコと手を絡めて歩いていると、不意に彼女が笑った。

 

「うん、悔しいは悔しいですけど……でも、楽しかったので。コトちゃんはどうでした?」

「……君には言わなくても伝わるだろうに」

「でも、コトちゃんの口から聞きたいですよぅ。ね、どうだった?」

「……ああ。楽しかったよ。君と一緒に……こう……ダンスでもしているような感覚だった」

 

 ああ、そうだとも。

 

 私は、ヒミコと正面から戦えて、楽しかったのだ。

 心拍数が上がっている。だが、これは運動によるものだけではない。疲労とは異なる感覚が、身体を包んでいる。

 

 なんだこれは。これは、一体なんだと言うのだ。

 ジェダイとして、あるまじきことだ。戦いを楽しむなど、あってはならない。

 

 ならないというのに……後悔など、微塵もないのだからおかしなものだ。ヒミコとの交感で、暗黒面に引きずられているのだろうか。

 

『それが伯仲した相手と競い合う楽しさというものさ』

「アナキン」

 

 そこに、アナキンが姿を現した。壁を貫通して現れる当たり、お茶目だな。もう驚かないぞ。

 

『競争もまた人間という動物の本能の一つだ。そうやって力を競うことで、少しずつ種としての力を上げていくための本能。だからこそ、全力を出してなお容易に超えられない相手との競り合いは、楽しさを伴う』

「成長のため進化のために無理なく行えるように、か……」

『その通り。だが、ジェダイも競うこと自体は禁止しなかったが、没頭することは禁じた。まあ一つのことに執着することを禁じる戒律上、当たり前ではあるんだが……理由はわかるよな?』

「競争は闘争となり、闘争は戦争となる。そして争いは勝敗を区分け、勝敗は容易に憎しみを喚起する……」

『その通り。けどなコトハ、結局それは行き過ぎた結果起こることだ。ほどよく競い合うことができれば、それは意義がある。君ならわかるよな?』

「…………」

 

 確かに。我がA組の面々は、みな負けたことを悔しく思うことはあっても、憎むようなことはしなかった。誰もが糧とし、次に活かすべく全力であり、観るのみとなっても成長しようとしている。

 

 そして……何より、かつての私も。

 

『だろう? だから、君が抱いた気持ちも悪いばかりじゃない。何度も言うが、要はバランスなのさ。ジェダイはそのバランスを保つために抑制を選んだが、それ一辺倒だったからなぁ』

「ん……そう、なのかもしれない。まだ少し心の整理がつかないが……」

『ま、すぐに折り合いをつけろとは言わないさ。そういう風にしか教られてこなかったんだからな。君に競争の意義を思い出してもらえたなら今回の目的は達している、あとは時間をかけてゆっくり考えればいいさ』

 

 ――二人で仲良く、ね。

 

 アナキンはそう締めくくると、空気に溶け込むようにして消えていく。ヒミコがその背中に手を振った。

 

「大丈夫ですよ、コトちゃん」

 

 次いで彼女は反対の手……私と絡め続けていた手を少し強めに握ってくる。

 

 彼女が言葉を続けることはなかったが……手を通して、その気持ちが伝わってきた。

 

「……うん。ありがとう、ヒミコ」

 

 だから、私はそう答えたのだった。

 

***

 

「二人ともおかえりー! トガちゃん惜しかったねぇ」

「すげー白熱した試合だったな!」

「てゆーかトガっち、あんだけ動けるなんて私聞いてないんですけどー!?」

 

 クラスの座席に戻った私たちを、クラスメイトたちが出迎える。

 私たちは彼らの声に応じながら席に着いた。

 

「やー、私全然でしたよ。できるだけのことはしましたけど、ダメでした」

「いやいや、増栄とあんだけやり合って全然ってこたねーだろ」

「同感ー。増栄ちゃんもなんか私との試合より楽しそうだったしぃー?」

 

 先ほどの私は、傍から見ても楽しそうだったのか。修行が足りないなぁ。

 アナキンが言うように、競い合うことの楽しさを覚えることはおかしなことではないのだろうが……。

 

「いや、私だけだとホント全然なんですよぅ。あれはコトちゃんに変身してたからできただけで」

「あ。そのことだがヒミコ、やはり”個性”の精度が上がったんだな?」

「はい! 他の人で試したことないからどこまでかはわかんないですけど、変身相手の技術まで込みで変身できるようになりました!」

『マジかよ!?』

 

 話の流れで試合中に気になっていたことが上がったのでそれについて尋ねたら、返ってきた答えに周りが騒然となった。

 

 確かに、変身相手の技術まで変身可能なるとなればかなりの脅威だ。格下相手に変身したら技量も下がるのではないか、という懸念もなくはないが……私が彼女の格上であり続ける限りは、少なくとも私への変身でデメリットが生じることはないはずだものな。

 

 しかし、ヒミコの”個性”の成長速度が目覚ましい。彼女が”個性”を鍛え始めた(?)のは比較的最近のはずだがなぁ。

 

《さぁー二回戦第二試合だ!》

 

 おっと。

 

 次の試合が始まるらしい。マスター・プレゼントマイクの声に、みなが話を打ち切り舞台のほうへ身体を向ける。

 そちらには、既にヤオヨロズとイイダが立って向き合っていた。

 

「コトちゃんはどっちが勝つと思います?」

「十中八九イイダだろう」

 

 プレゼントマイクの実況を聞き流しながら、ヒミコとそう言葉を交わす。

 

 と、その後ろからツユちゃんが尋ねてきた。

 

「その心は?」

「ヤオヨロズは考えてから動くタイプだ。速さこそが最大の持ち味であるイイダとは致命的に相性が悪い」

 

 なのでそう返したら、周りから納得の頷きを頂戴した。

 

 全員が納得してしまったので私はここで口を閉じたが、実際のところヤオヨロズが勝てる可能性も十分にある。イイダは遠距離攻撃手段を持たないので、速くともやりようはあるのだ。

 

 まあ、一番有効なやり方はイイダの性格を突く方法だろう。これは相手についてある程度見知っているからこそできることだから、実戦でできるかどうかはまた別の話だが。

 

《レディィィィ……スタート!!》

「レシプロバースト!!」

 

 そして試合が始まり、予想通りの展開となった。

 イイダはデメリットがあるらしい技を初手で切り、目にもとまらぬ速さで即座にヤオヨロズの背後を取って舞台外へ押し出したのである。あまりの速さにヤオヨロズはまったくついて行けず、動揺している間に試合は終わってしまった。

 

 ふむ。ジロー戦でもそのような気はしていたが、これで確定した。ヤオヨロズの”個性”はフォース同様、発動に一定以上の集中が求められるようだな。

 ただ速さについていけないだけなら、”個性”を使うことは可能だったはずだ。実際、彼女からはその気配が見て取れた。

 にもかかわらず、何も創造されなかった。恐らく、ただ思い描くだけでぽんと創れるような都合のいいものではないのだろう。

 

「八百万さん場外! 三回戦進出は飯田くん!」

 

 宣言するマスター・ミッドナイトをよそに、イイダのふくらはぎにあるエンジンは黒い煙を吐いていた。なるほど、時間が経つとエンジンが一時的に停止するのか。わかりやすいデメリットだ。

 

 そんなイイダにヤオヨロズが呆然と顔を向ける。

 

「そんな……。何も……できなかった……何も……」

「ヤオモモ悔しそうだなぁ……一瞬で終わっちゃったもんね……」

「わかりみが深い」

「瀬呂はマジでドンマイすぎる」

「それな」

 

 一方観客席では、一回戦で敗退した面々の中でも負け方の差でリアクションに差があった。

 アシドやセロ、カミナリはヤオヨロズに同情的な言動が目立つ。このトーナメントに進出できなかったメンバーも似たようなものだ(ミネタは服を脱がせとかなんとか言っているので除外)。しかしジローやキリシマ、ツユちゃんは分析に意識を割く余裕が垣間見える。

 

「増栄の言った通りになったね……」

「さすがのスピードだよなぁ飯田」

「ケロ。切島ちゃんもそうだけど、シンプルだからこそ対応が難しいケースよね」

 

 なので、そちらに混ざろうと思ったのだが。

 

「だが蹴ったり投げたりしなかった辺り、イイダは人がいい。その気になればそういう攻撃もできたはずだ」

「そこなんだよなぁ……耐えるだけなら俺もできるだろうが、反撃……当たっかなぁ、アレに……」

「ウチの”個性”も音で攻撃できなくはないけど、サポートアイテムなしだとアレだしなー……」

「予測をうまく組み立てられるようになる、かしらね。ひとまずは。……ところで被身子ちゃん。理波ちゃんって、やっぱりたまにかなりアグレッシブね?」

「やるときはやるんですよぉ」

「…………」

 

 どこからともなく「君はもう由緒正しいクワイ=ガン門下なのだよ」というアナキンの澄ました声が聞こえた気がして、私は口をつぐんだ。

 

 ま、まあそれはともかく。

 

 片や胸を張って、片や肩を落としてという対照的な退場を見送りながらの会話だったわけだが……ここにバクゴーがいたら、「速いだけ」とか「なんとでもなる」とか言いそうだな。

 

 やがて、そのバクゴーが舞台に現れる。イイダたちが観客席に戻ってきた、ちょうどそのときであった。

 

 そのバクゴーの前に立つのは、トコヤミ。これまた先の試合に負けず劣らず、致命的に相性の悪い組み合わせである。

 

 こちらは性格や思考がどうこうではなく、純粋に”個性”が、であるが。

 

「どっちもクラス有数の実力者だよなぁ。騎馬戦で常闇すごかったぞ」

「俺も実際に戦ってわかったけど、あの防御力は実際厄介だぜ。あれで攻撃もできるんだから強ぇーよな」

「マイク先生も無敵かもって言ってたもんねぇ」

「でも相手はあの爆豪だぜ?」

「そうよね。常闇ちゃん、どう戦うのかしら」

「増栄はどう見てんだ?」

 

 今度はミネタが聞いてきた。出場者がどちらも男と聞いた途端にこれである。彼も異性への性欲が絡まなければ、わりと真っ当に向上心があるヒーロー志望なのだがな……。

 

 というか、いつの間にか解説役になっているな、私。別に嫌ではないが、トコヤミの場合は……。

 

「……私は戦闘訓練のとき、ダークシャドウの弱点を聞いている。それをここで暴露することは避けるが……バクゴーが勝つ。十中八九ではない、確実にだ」

「マジ?」

「そんな勝ち目のないカードなのか……!?」

 

 全員が驚いていたが……私の予想はすぐに現実のものとなった。

 トコヤミは試合開始早々から、防戦を強いられまったく攻撃できないのである。

 

「常闇なんでェ!? 切島相手には超攻撃してたのに!」

「何かタネが……?」

「そうか、爆破の光で攻撃に転じられん……相性最悪だ……」

「うん……弱ってる。増栄さんが言ってたのはこういうことだったんだ。かっちゃんにバレてなければ転機はあると思うけど……」

 

 なぜなら、トコヤミのダークシャドウは光に弱い。そしてバクゴーは、その爆破によって光を放つことができる。結果は自明であった。

 

 だが、トコヤミも粘る。ダークシャドウは弱体化してもなお、防御力という点では爆破を上回るらしい。

 

 ただしそれはジリ貧というものだ。恐らく、バクゴーには既にトコヤミが攻めてこない理由はわかっているはず。

 あとはどのタイミングで仕掛けるかだが……。

 

閃光弾(スタングレネード)!!」

 

 そう思っていたら、バクゴーは空中で態勢を整えつつもトコヤミの背後に回り、そこで思い切り両手を爆破した。

 巻き起こったのはいつものような攻撃的な爆発ではなく、光を起こすことに重点を置いた爆発。爆煙も起こったが、それよりも呼び名の通りなまばゆい閃光がいかにも目立つ。ダークシャドウが悲鳴を上げた。

 

 そしてその隙を、バクゴーが突かないはずがない。爆煙を突っ切ってトコヤミの口に手をあてがい、地面に押し倒したのである。

 

「……知っていたのか……」

「数撃って暴いたんだバァカ。まァ……相性が悪かったな、同情するぜ。詰みだ」

「……まいった……」

 

 トコヤミはそこで降参を宣言。バクゴーの勝利が確定した。

 

「俺、常闇行くと思ってたわ」

「彼も無敵ではないということか」

 

 カミナリがやけにキリリとしたら顔で言っていたが、あれはカッコつけているのだろう。私もかつては少年だったので、この辺りの心の機微については少しわかる。

 

 そんなことを考えながら、私は次なのにもかかわらずここで観戦を続けていたミドリヤが慌てて席を外すのを見送ったのだった。

 




トガちゃんとなかなかに拮抗した戦いをして、抱いた楽しさに対する感想の表現が「一緒にダンス」な辺り、既に相当キてると作者ながらに思います(その目は澄み切っていた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.体育祭 バトルトーナメント二回戦 下

《さあ二回戦第四試合だ! 今回の体育祭、トップクラスの戦力の持ち主同士! まさしく両雄並び立ち、今! 轟(バーサス)緑谷!》

 

 マスター・プレゼントマイクの声が響く中、トドロキとミドリヤが相対した。

 相変わらずトドロキからは、暗黒面の濃い気配が漂っている。彼がフォースユーザーだったら、この周辺は闇のフォースでうすら寒くなっていただろうな。

 

《スタートォ!!》

 

 ともあれ、試合は始まった。

 

 トドロキの”個性”は炎と氷を操る強力なもので、大規模な攻撃が可能だ。そんな彼に対して、ミドリヤはさてどうするつもりかと思いながら開始を見守っていたが……。

 

 開始と同時にミドリヤは全身をあの緑色のスパークで覆うとともに、斜め前へ飛び出した。直後、彼のいた場所へ向けて一直線に大きな氷の列が通過する。

 

 トドロキは大体いつも開始と同時にあの攻撃を放つが、今回はせざるを得ないと言ったところか。ミドリヤのフルパワーを好きに使わせたら、いくら彼とはいえただでは済まない。

 

 そんな初撃を回避されたトドロキだったが、さすがに冷静だ。即座に二撃目をミドリヤに向けて放つ。同じように地面を這う氷が次々に形成されていき、ミドリヤを襲う。

 あれに巻き込まれれば、セロの二の舞だ。ミドリヤはすぐさまきびすを返し、攻撃を避ける。

 

「……自損覚悟の打ち消しはしねぇのか」

 

 その姿に、トドロキがかすかに眉をひそめながら声を出した。

 

 だが、二つの大きな氷の列に囲まれたミドリヤに、逃げる場所はもはやない。だからトドロキは、焦ることなく三度目の氷結を開始し――。

 

「これだあぁぁっ!!」

「!?」

《おおおお! 緑谷、フィールドに作られた氷を破壊! 強引に轟の攻撃範囲から離脱した!》

 

 ――直後、ミドリヤがその強烈な蹴り(それはツユちゃんのものに似ていた)でもって最初に作られた氷の列のほとんどを破壊したことで、顔色を変えた。

 

 ミドリヤはそのまま氷の列があった場所を垂直に抜けて、氷がまだ張られていない側へ抜ける。その手には、今しがた破壊して飛び散った氷の一部を握っていた。

 

「ふんぬ!」

《でもって投げたーー!! ありゃ氷か!?》

《一回戦でも二回戦でも、破壊した舞台の破片を武器に使ったやつがいたからな……まあ思いつくわな》

 

 彼はその氷を、緑色のスパークと共に思い切り投げた。強化された身体から放たれた氷は、もはやただの投擲に収まらない威力を秘めている。

 

「ち……っ!」

 

 トドロキはその氷を、眼前に氷の壁を形成することで防いだ。

 だが氷が飛んできた方向は、彼から見て左側。戦いとなると左の熱を使わない彼にとっては、やりにくいだろう。そんなやり取りが数回続いた。

 

「おお!? 緑谷やるじゃん!」

「さっすがデクくん! あの氷結とどうやって戦うのかって思ってたけど……」

「ああ! 轟くんが作った氷を逆に利用するとは……!」

「けどよ、轟は強烈な範囲攻撃をポンポン出してくるんだぜ。緑谷のパワーは確かにすげえが、このままじゃジリ貧なんじゃ?」

「ポンポンじゃねえよナメんな」

 

 キリシマの言葉をまるで蹴飛ばすようなセリフを放ったのは、探るまでもなくバクゴーであった。

 

「お? 爆豪おかえり!」

「フン。筋肉酷使すりゃ筋線維が切れるし、走り続けりゃ息切れる。”個性”だって身体機能だ、奴にもなんらかの限度はあるはずだろ」

 

 バクゴーはそう言いながら、不遜な態度でキリシマの隣にどっかと腰かけた。

 態度は問題だが、言わんとしていることは至極まっとうである。キリシマをはじめ、みなも納得顔で頷いていた。

 

「じゃあ緑谷は瞬殺マンの轟に……」

「耐久戦! ってことかぁ!」

 

 キリシマの言葉を継いだハガクレにうむと私も頷く。

 

 それを証明するかのように、ミドリヤは破壊した氷をぶつけて氷結をギリギリのところで凌ぎ続けていた。だが、何度も続けているうちに、じわじわとミドリヤに氷が迫っていく。

 

 トドロキも耐久戦に持ち込もうとしていることは理解したようで、ここでさらなる攻勢に出た。氷結を伸ばしながら前に出たのである。

 

 ミドリヤはその攻撃を、やはり砕いた氷を投げることで相殺するが……氷とともに前へ出ていたトドロキは、ノーマークのままミドリヤへ攻撃を仕掛けることができた。

 トドロキは氷を坂のように形成することで、接近を直前まで悟らせなかったのだ。砕ける氷の坂を踏み台にして跳躍し、上からミドリヤに襲い掛かったのである。

 

 ミドリヤはこれを後ろに跳んで避けようとしたが、トドロキの手にしていたものを目にして表情を硬くする。

 形状はかなりいびつだが、トドロキは氷の棒を手にしていた。それを思い切り振り下ろしたのである。想定よりも長いリーチの攻撃を前に、ミドリヤの回避行動は不足だった。氷の塊がミドリヤの身体を打ち据える。

 

《轟、緑谷のパワーにひるむことなく近接へ!! 遂に攻撃がヒィーット!!》

「ぐ……!」

「まだだ」

 

 さらにその接触部分から、勢いよく氷結が始まる。トドロキの”個性”も私と同じく、触れているところから効果が及ぶらしい。だが氷に関しては、それそのものが”個性”の触媒になるのだろう。あれでは迂闊に受けられないな。

 しかも、氷越しとはいえ対象が近いからか、凍る速度が尋常ではない。このままでは、ミドリヤは氷の中に囚われてしまう。

 

 しかし直後だ。凄まじい暴風と衝撃が吹き荒れた。一回戦の比ではない。そのため、私はもちろんミネタも吹き飛びそうになる。

 

「うわっ!?」

「なんだ!?」

「ミドリヤがフルパワーで腕を振るった。もはや自損せずには凌げないと考えたのだろう」

「わー……すっごいですね出久くん……舞台の上、リセットされちゃいましたよ」

「え? うわマジだ」

「ふふ……やっぱりいいなぁ、出久くん……一生懸命で、ボロボロで」

 

 ヒミコの言い方に少し引っ掛かるものを覚えつつ、舞台の中央に戻るミドリヤを見やる。

 

 彼の左腕は、やはりひどい状態になっていた。あれでは振るうどころかろくに動かすこともできないだろう。

 しかし、舞台はもちろん身体に氷の影響がほとんど残っていないところを見るに、最低限の目的は果たせたようだ。代償が腕一本、というのはいささか不釣り合いにも思うが。

 

 そしてトドロキは、ミドリヤの豪腕によって吹き飛ばされていた。だが吹き飛びながらも、自身の背後に氷の壁を作り続けたのだろう。ギリギリではあったが、舞台の上に残っていた。

 他には何もない。ミドリヤの咄嗟の攻撃によって、舞台上に形成されていた氷はすべて吹き飛んでしまった。

 

「これで状況は元通りか……」

「一進一退だぁ! ねね、もしかしてこれ、緑谷勝つのもあるんじゃない!?」

「けど轟は炎のほう使ってないし、依然として轟が有利なことには変わりないんじゃ?」

 

 オジロの指摘はもっともだ。だがしかし、である。

 

「いや、有利不利の話をするならミドリヤのほうが有利だ。少なくともトドロキが氷結しか使わないのであれば、今後もそれは揺らがない」

「ん!? そうなの!?」

「ミドリヤは左腕を負傷した。確かにこれは大きい。だがそれ以上に……ここからではわかりにくいが。あまりの低温に、トドロキは身体がついていっていないようだぞ」

「え……?」

 

 みなは首を傾げたが、トドロキが次に放った氷結攻撃が、明らかに小さくなっている様子を見て「あっ」と声を上げた。

 

 迎え撃ったミドリヤにもかなりあっさりと対応され、そのまま流れるように近接戦へと持ち込まれてしまう。彼の全身が強化されているとはいえ、トドロキの動きが悪くなっていることは間違いない。

 

《緑谷ここで前へ出た! 腹に一発入れたぞぉ! 轟判断ミスか!? これはイタイ!》

「氷小さくなってるよ!?」

「動きも鈍くなってねぇか……!?」

「……! そういうことかよ……!」

 

 それを見て、色々と察したのだろう。バクゴーが吐き捨てるようにこぼした。

 

「どういうことだよ爆豪?」

「見てわかんねぇのかアホ面! 身体に霜が降りてからだ……そっから半分野郎の動きが目に見えて悪くなった……!」

「! 低体温……!」

「やっぱ轟にも限度はあったか!」

「……で、それでなんで爆豪は機嫌悪くしてんの……?」

「揃いも揃って目ン玉腐ってんのか!?」

 

 バクゴーの暴言にミネタが半泣きになる。本当に態度が悪い。

 仕方なく、助け船を出すことにする。

 

「つまりだ。トドロキのあの弱体化は、左の炎で熱を供給すれば打ち消せるはずだろう? なのにそれを使わない。お世辞にも有利ではない状況なのにも関わらずだ。バクゴーはそれが気に喰わないのだよ。……なめぷ? とかいうやつだからな」

『なるほど!』

「チッ……!」

 

 ほぼ全員からの納得をいただいたが、当のバクゴーからは、なんでこれくらいわからないんだと言いたげな舌打ちが聞こえてきた。

 

 まあ、それについてはともかく……彼がトドロキに怒るのもわからなくはない。全力の相手に勝つことを望む彼にしてみれば、トドロキの態度は……それこそ当初の私以上に気に喰わないものだろうから。

 

 そして……そう思ったのは、幼馴染のミドリヤも同様だったのだろう。

 

「全力でかかって来い!!」

 

 彼は凍えながらも立ち上がったトドロキに、弱点を指摘してから大きな声で啖呵を切ったのである。

 そこからの出来事は私にとっては非常に驚愕に値するものであり、同時に尊敬に値するものであった。

 

 今まで以上に憎悪をたぎらせたトドロキに、ミドリヤは負傷した左腕をよそに猛攻を仕掛けた。技術的にも身体的にも、今のミドリヤはトドロキに敵わないはずである。しかし、低温によって大きく身体機能が落ちたトドロキにはなんとか勝るらしい。

 

 そして攻めながら、ミドリヤは自身の想いを口に出した。

 

 ――(オールマイト)のようになりたい。

 

 拳がトドロキをとらえる。

 

 ――そのためには一番になるくらい強くならなきゃいけない。

 

 トドロキがたたらを踏んで後退する。

 

 ――君に比べたら些細な動機かもしれない。

 

 放たれた氷は、ミドリヤに当たらない。

 

 ――期待に応えたいんだ……!

 

 そのままカウンターの蹴りが、トドロキを襲う。

 

 ――笑って応えられるようなカッコいい(ヒーロー)に……

 

「なりたいんだ!! だから全力で! やってんだ、みんな!」

 

 トドロキの身体が吹き飛ぶ。地面を転がる。そこに追撃はかからなかった。

 

「君の境遇も、君の決心も、僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも! 全力を出さないで一番になって完全否定なんて、フザけるなって今は思ってる! 君がなりたい(ヒーロー)ってのは、そんなことをする人なのか!?」

「うるせえ……!」

 

 トドロキがかろうじて立ち上がり、氷結を放つ。しかし……もはやその氷はあまりに小さく、ミドリヤをけん制することしかできない。

 

 そこに、再びミドリヤの拳が入った。

 再び地面を転がったトドロキに、ミドリヤはやはり、追撃を放たない。トドロキが起き上がるのを待つ。

 

 その背中を見ながら、私は理解した。ミドリヤは、トドロキを救けようとしているのだと。

 

「俺は……俺は! 親父を――……!!」

「君の! 力じゃないかッ! 炎も、氷も、どっちも君のッ!」

「――――!」

「僕はオールマイトじゃない! 君だって、エンデヴァーじゃない! 遺伝がどうとか関係ない、君は君のなりたいものを目指せばいい! それでいいじゃあないか!!」

 

 そして、ミドリヤが、そう強く断言した瞬間だった。

 

 トドロキの動きがとまった。顔が強張り、次いで崩れかけて。同時に――その身体から暗黒面の帳がほどけ始めた。

 

 ああ、心底驚いたとも。ミドリヤの言葉の、どの点がトドロキの心の奥に届いたのか、わからなかったから。それでも間違いなく、届いていたから。

 思わず身体を乗り出し、二人の姿を凝視した。トドロキの心の中で、何が何と結合し、反応を起こしたか。それが知りたくて。

 

 だが直後に、トドロキの身体から膨大な量の火炎が巻き起こる。それはまるで、暗黒面の帳が弾けた様のようで。

 

「敵に塩を送るなんて……どっちがフザけてるって話だ……! 俺だって……!」

 

 その中から、トドロキのか細い……けれどもはっきりとした声が、聞こえてきた。

 

「ヒーローに……! オールマイトのようなヒーローに!」

 

 直後、文字通り降ってわいたようなエンデヴァーの声援(?)はこの際どうでもよかろう。

 

 確かなことは、この瞬間からトドロキが炎も使い始めたということ。そして氷結によるデメリットを克服したということだ。

 

 炎と氷が渦巻くトドロキの姿を見て、ミドリヤが笑う。どこかおののくような色合いを残しつつ……しかしどこか嬉し気に。

 

「どうなっても知らねぇぞ」

 

 そして両者は、同時に動き出した。

 

 トドロキは温まった身体から、初手に匹敵するほどの氷を放ちながら。

 ミドリヤは無事だった右手にエネルギーを集中し、拳を握りながら。

 

「膨冷――

DETROIT(デトロイト)――

 

 生み出した氷を飲み込んでなお余りあるほどの、白熱した炎が放たれる。

 一撃で目の前の壁をすべてを吹き飛ばすほどの、渾身の拳撃が放たれる。 

 

 ――熱波!!」

 ――SMASH(スマッシュ)!!」

 

 かくしてスタジアムは、すべてを覆いつくすほどの巨大な爆風に支配された。

 




このカードはおおむね原作通りに。
この時点でフルカウルを習得している二次創作は珍しくないですが、ボクの手にかかるとこんな感じの展開になりますよ、といった感じでございます。

体育祭の緑谷VS轟は、デクの「誰にでもお節介をついつい考えてしまう」ヒーロー性と、「誰かを助けるために何かを捨てなければならないとき、自分を最初に捨てに行く」異常性が同時に現れる、非常に重要な回だと思ってます。
なのでこの段階で彼の異常性を知る機会を設けるか否かは、物語の展開にも相応の影響を及ぼすだろうと考えているのですが・・・それがどう今後に影響していくかは、正直まだあんま思いついてなかったりします。
現時点でヤクザ編までしか構想がないのであれなのですが、後々に尾を引くのか、さほど影響しないのか・・・考え続けたいところ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.体育祭 バトルトーナメント三回戦

話の区切りの関係上、二回戦の掲示板回は次に入れます。
そのすぐあとに三回戦の掲示板回を入れるので、今回だけ閑話が二回続く形になります。ご了承ください。


 その後について語るとしよう。

 

 ミドリヤもトドロキも、遠慮なく大技を放った結果の超暴風によって、舞台は吹き飛んだ。観客も一部が吹き飛んだ。ミネタと私も飛びかけた(私はヒミコに、ミネタはショージにつかまれて事なきを得た)。

 

 そして当の本人たちも、派手に吹き飛んだ。

 つまり、同時に場外。まさかの引き分けである。

 

 このため、勝敗の行方はマスター・ミッドナイトの判断によって……ええと、たたいてかぶってじゃんけんぽん? なる種目にて決着がはかられる運びとなった。なかなか興味深い種目であった。

 

 最初は腕相撲で雌雄を決するつもりだったらしいが、マスター・リカバリーガールによる治癒をもってしてもミドリヤの負傷は治し切れず(以前に本人が言った通り、リカバリーガールの治癒は対象の体力と引き換えのため、大怪我を治しすぎると命にかかわるためだ)、ミドリヤには腕相撲をする余力がなかったためこうなった。

 

 引き分け後であり、明快な決着が求められたので”個性”は禁止されたが、どちらにせよミドリヤには非常に不利だっただろう。それでも棄権することなく再度舞台に上がったのだから、随分とまあ根性がある。

 

 ただ、やはり怪我の痛みが響いたのだろう。じゃんけんはともかく、その後のヘルメットをかぶったりおもちゃのハンマーを振り回す動作が振るわず、トドロキが三回戦に勝ち上がることとなった。

 

 当然ミドリヤは悔しそうにしていた。しかし、それでも決着をつけた二人の間に悪い空気はなく、トドロキがまとっていた暗黒面の帳ははっきりと薄らいでいた。

 

「……トドロキを暗黒面から引き離した。なんという男だ」

「うん……すごかった、ね」

 

 退場する二人を見送りながら、私は感嘆の息をつく。

 

 厳密に言うと、トドロキはまだ完全には暗黒面から脱せていない。しかしそれは時間の問題だろう。彼の心の中には、それまでは感じられなかった輝きが確かに存在しているのだから。

 そしてそれを成し遂げたミドリヤ・イズクという少年を、私は心の底から尊敬する。

 

 クラスメイトたちも、戻ってきた彼に対して惜しみない称賛を送っていた。観客も同様であり、こればかりは私も素直に賛同した。

 

 まあ、そうした声に委縮するような気の小さいところは相変わらずであったが。

 どうもオールマイトからは後継者と目されているらしい彼ではあるが、そうした点はマスターと似つかわしくなく……しかしそれでいいのだろう。そうした等身大の姿も、彼ならば愛嬌だろうから。それこそ、憧れとまったく同じである必要はないのだ。

 

 ……さて、感動冷めやらぬ中であるが、続く三回戦は舞台の損傷が直されるのを待ってのスタートとなった。

 第一試合は私とイイダ、第二試合はバクゴーとトドロキというカードである。

 

 ヒミコとの戦いでだいぶ栄養を消耗した私だが、舞台の修復にかなり時間がかかったので多少補充する時間は取れている。なので万全とは言えないが、かなり近い状態での試合となった。

 

《準決! サクサク行くぜ! お互いヒーロー家出身のエリート対決だ! 増栄理波対飯田天哉!》

「全力で行くぞ、増栄くん!」

「ああ。どこからでもかかってくるといい」

 

 対峙したイイダと言葉を交わし、そこで試合開始が告げられた。

 と同時に、イイダはクラウチングスタートの姿勢を取る。ふくらはぎのエンジンに、エネルギーが集まっていく。

 

「レシプロバースト!」

 

 直後、彼は風となった。生身の人間が出せない速度で私に迫り、攻撃を仕掛けてくる。

 

 だが。

 

「それはもう三度目だぞ」

「な……!?」

 

 スピードを活かして背後に回ったイイダのほうへ振り返り、さらに攻撃を正面から避ける。

 

 と同時に体操服の袖をつかんで腕を絡め取ると、アイキドーの技をかけて盛大に転倒させた。

 

「うぐうっ!?」

《ああーーっと飯田、攻撃が不発! 増栄、飯田のスピードに完全対応!》

 

 地面を転がるイイダだが、この辺りの対応は慣れているのかすぐに復帰してきた。少なくとも、アシドよりは早かった。さすがにヒーロー家生まれというだけのことはある。無論、方向転換直後で最高速度でなかったことも大きいだろうが。

 

 イイダはその後も猛然と攻撃を続けたが、いずれも私には当たらない。確かに人間を超越したスピードだが、ブラスターよりは格段に遅いのだ。フォースによる先読みが可能な私には脅威ではない。何度も見た技であればなおさらである。

 

「く……! 時間切れか……!」

 

 そうこうしているうちに、イイダのふくらはぎから煙が上がった。本人が言った通り、時間切れのようだ。

 

 なるほど、レシプロバーストとやらは大体十秒ほど続く技なのだな。

 

《どうした飯田! エンストかぁ!?》

《そのものずばりだな……》

「では次は私から行くぞ」

「……っ! 来るなら来い!」

 

 それでもイイダが折れることはなかった。彼はややぎこちない動きながらも、私を迎え撃つ。

 

 だが、今の彼は文字通り”個性”が停止した状態だ。おまけに脚部の挙動は日ごろから”個性”が影響しているのか、それがとまったことで”個性”を持たない人間よりも動きが遅くなっている。

 特に、下半身の動きが非常にぎこちない。肉弾戦をしかけてみたが、防御に徹するだけで手いっぱいといった様子であった。

 

 とはいえ、私が小さく軽いこともあって、単純に攻撃するだけでは体格のいいイイダには有効打とならない。多少体勢を崩せるくらいか。

 

 ただし、それは私が何もせず攻撃した場合の話。私はただ無心に攻撃し続けていたわけではない。

 

「おかしい……! もうエンジンは復帰しているはずなのに……!」

 

 しばらく攻防を続けるうちに、イイダが顔色を変えた。

 彼のエンジンは沈黙し続けている。依然として煙を吐き続けていて、落ち着く気配はなかった。

 

 それも当たり前。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

「”個性”が停止状態から回復するまでの時間を増幅した。君はまだしばらくその状態で戦い続けなければならないぞ」

「……! そんなことにまで使えるのか!? ぐ……っ!」

 

 驚き意識が逸れたイイダの足元をさらう。今度は先ほどまでと異なり、諸々強化した本気の足払いだ。

 

 イイダはこれを、驚きながらもなんとか回避したが……代償としてすっかり体勢が崩れてしまっている。

 転倒ほどではないにせよ、これは十分に致命的だ。ただでさえ”個性”が停止していて動きがままならないのだから。

 

 もちろん、これを見逃すことはしない。死角に入り込み、身体の側面からフォースプッシュを叩き込む。

 

「はあっ!」

「ぐわああぁぁ!?」

 

 イイダはそのまま射出され、場外を転がっていった。

 

「飯田くん、場外! よって決勝戦進出は、増栄さん!」

《決まったァ! 増栄、決勝進出ーー!》

「く……! 兄さん……!」

 

 場外でイイダは天を仰ぎ、悔しそうに歯をかみしめていた。

 

「……怪我はないか?」

「ああ……大丈夫だ、どうということはないよ。しかしさすがだな……レシプロに対応されてしまうとは……。今後は対応された場合のことをしっかり考えなければ」

「その技は確かに強力だが、何度も使えば対応されることは世の常だよ。しかし、その意気だ。練習したいならいつでも付き合うぞ」

「ありがとう! そのときはぜひ頼む!」

 

 そうして私は彼に手を差し出し、彼もまたそれを取って立ち上がったのだった。

 

***

 

 さて試合を終えた私たちだが、なんでも早速進めようとするこの学校のことだ。次の試合が終わったら、さほど間を置かずに決勝戦を始めるだろう。

 そう踏んだ私は、観客席には戻らず控室へ戻ることにした。静かに瞑想して出番を待つことにしたのである。

 

 とはいえ、控室も完全な防音が施されているわけではない。実況と解説の音声は控室にも放送されているので、軽く瞑想する程度にとどまった。

 

 そんな中でのバクゴー・トドロキ戦であるが、実況を聞いている限りでは終始バクゴーがトドロキを圧倒したらしい。

 

 また、トドロキは一度炎を出すも、使うことなくすぐに収めてしまったようだ。ミドリヤとの戦いで暗黒面から解放されはしたが、迷いが完全に晴れたわけではないらしい。

 これについては、すぐにどうにかなるものではないだろう。どれほど実力があろうと、トドロキもまだ十五歳の少年なのだ。メンタルの不調を即座に立て直すことはなかなか難しいはずだ。

 

 ただ……バクゴーにとってはそんなことは関係ないだろうなぁ。炎を収めてしまったトドロキ相手に、噴火する勢いで激怒する姿が目に浮かぶようだ……。

 

 と、いうようなことを座禅を組みながら考えていると、馴染み深いフォースが近づいてくることに気づいた。

 私はゆるりと目を開く。同時に、控室のドアが開かれた。

 

「コトちゃーん」

「いらっしゃい。どうかしたのか?」

 

 言うまでもなく、現れたのはヒミコだ。彼女はにんまりと笑いながらこちらへ近づいてくる。

 

「聞いてました? 爆豪くんが勝ちましたよ」

「ああ、聞こえていた。さぞ鬱憤がたまっているだろうな」

「場外になって倒れた轟くんの胸倉につかみかかってましたよ」

「そんなことだろうと思っていた」

 

 思わず苦笑する。さすがというかなんというか、ブレない男だ。

 

「ふふ、猛犬注意って感じでしたよ。ミッドナイト先生が眠らせて黙らせました」

「その光景が目に浮かぶようだな……」

 

 苦笑が再度漏れた。

 

 しかし、そういう幕引きになったということは……彼は私に全力を求めてくるだろう。これは迂闊なことはできないな。

 

 と、そんな会話をしている間にも、ヒミコはこちらへ来て私の前で腰を下ろした。

 普段の調子なら、流れるように抱きかかえて対面するように椅子に座るのだろうが。今日は……というよりは今は大人しいな。

 

 とはいえ、彼女が私に視線の高さを合わせていることは普段通りだ。そのまま少しの間、私たちは見つめ合う。

 どれくらいそうしていたかは、わからないが……少なくとも、舞台に上がるように指示が来なかったから、さほど長くはなかっただろう。

 

 静かな時間は、ヒミコの口づけによって終わった。

 

 ……もちろん、口と口にではない。頬に対してである。だから拒まなかった。

 彼女はそのまま、頬に両手を当てて顔を紅潮させ、「しちゃった♡」と満足気である。

 

 しかしすぐに微笑むと、

 

「……必勝祈願のおまじないです。決勝戦、がんばってねコトちゃん! 応援してます! フォースと共に!」

 

 そう言うと、慌ただしく控室から出て行った。

 

 彼女の背中を見送りながら、私はもう一度苦笑する。

 

「……やれやれ。負けるつもりは元よりないが、なおさら負けられなくなったな」

 

 ヒミコに口づけされた頬を軽くなでながら、私はひとりごちた。

 そこにスタッフが呼びに来たので、一声応じて私も控室を出る。

 

 私の口元は、自分でも気づかないうちにうっすらと笑っていた。

 




決勝戦の直前、キスで主人公を激励するヒロインの図は王道だと勝手に思ってます(二人の年齢から目を背けながら
・・・普通王道なシーンは先にやるもんだっていうツッコミはナシでお願いします(吸血シーンから目を背けながら

さて前書きにも書きましたが、掲示板回を二回挟んでから決勝戦となります。
カードは皆さん予想通り、VS爆豪。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ5

(二回戦第一試合)

160:ヒーロー志望の名無しさん ID:

二回戦のカード置いときますね

 

増栄(念力?)VS渡我(変身)

八百万(創造)VS飯田(エンジン(脚)

常闇(モンスター使役)VS爆豪(爆破)

轟(氷と炎)VS緑谷(超パワー)

 

164:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>160

有能

 

166:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>160

楽しみですねぇ!

 

167:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>160

幼女と金髪ちゃん、轟と緑谷が特に盛り上がりそうかな

 

206:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さーて二回戦第一試合だ

 

207:ヒーロー志望の名無しさん ID:

選手入場ッッ

 

209:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

幼女キタ――(゚∀゚)――!!

 

211:ヒーロー志望の名無しさん ID:

社畜さんようやく静かになったと思ったのに

 

214:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はじまた

 

221:ヒーロー志望の名無しさん ID:

……動かないな

 

222:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どっちも様子見してるな

 

225:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お互い少しずつ近づいてくの達人感あるよね

 

226:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こういうのフィクションでたまに見るけどリアルでもあるんだな

 

228:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スキをうかがってる感じ?

 

230:ヒーロー志望の名無しさん ID:

遂に開始地点から位置が入れ替わったぞ

 

231:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>225

この二人がやってると、ただ二人の世界で見つめ合ってるだけのようにも見えるんだよなぁ……

 

234:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>231

あると思います!

 

235:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いつまでやrっほほほおおう!?

 

236:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女行ったー!!

 

238:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どんな動きだww

 

241:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これ念力ちがくね?念力でこんなん無理やろ

 

242:ヒーロー志望の名無しさん ID:

むしろ個性アッカーマンとか言われた方がよっぽど納得できる

 

248:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今一瞬でいくつ攻防した?

 

249:ヒーロー志望の名無しさん ID:

トガちゃん今まで百合ムーブ以外あんま目立ってなかったけど、実はかなりすげー子なのか

 

252:ヒーロー志望の名無しさん ID:

吹っ飛んだ

 

253:ヒーロー志望の名無しさん ID:

変身した!

 

254:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ダブル幼女だ!!

 

255:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

( ゚∀゚)o彡゜幼女!幼女!

 

258:ヒーロー志望の名無しさん ID:

トガちゃんが変身したほう、服二重になってない?

 

260:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>258

なってるな。脱いだら下から服出てきて思わず二度見した

 

261:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>258

靴も脱いでる

 

262:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>258

靴も二重ww

 

268:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんだ!?

 

269:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今度はなんだよ!

 

272:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆発!?

 

275:ヒーロー志望の名無しさん ID:

この二人はマジで考察班泣かせだなぁww

 

277:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ちょ待てよ、幼女今血吐いてなかったか?

 

279:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おいおい大丈夫か?

 

281:ヒーロー志望の名無しさん ID:

吐いてた

 

284:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やった本人が一番慌ててない?w

 

287:ヒーロー志望の名無しさん ID:

咄嗟のことで制御ができなかったか?

 

290:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なお喰らった当の幼女はケロッとしてる模様

 

292:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>290

ウッソだろ

 

293:ヒーロー志望の名無しさん ID:

え、なにこれは

 

294:ヒーロー志望の名無しさん ID:

トガちゃんめっちゃ笑ってる……

 

295:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ヴィランに見えるヒーローランキング入り待ったなし

 

296:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

幼女になんてことを……いやもしかして日頃からそういうプレイを……?

まさかハードレズ……?あの歳で……?

待てよ、それはそれで……

 

297:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>296

普段どういう思考して生きてるんだよ……

 

298:ヒーロー志望の名無しさん ID:

板野サーカスだこれwww

 

299:ヒーロー志望の名無しさん ID:

生身で板野サーカスをするなww

 

300:ヒーロー志望の名無しさん ID:

組みついた!

 

301:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわすげー、流れるように乱打戦に入った

 

302:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんだこの……なに?

 

303:ヒーロー志望の名無しさん ID:

達人同士の殴り合いって感じだ

 

304:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

307:ヒーロー志望の名無しさん ID:

見た目同じだからどっちがどっちかわからねぇww

 

314:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>307

おすまし顔で楽しそうにしてるほうが増栄ちゃんで楽しそうだけどちょっと苦しそうにしてるほうがトガちゃんですね間違いないです

もし違ってたら木の下に埋めてくれても構わないよ!!

 

319:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>314

社畜さん……

 

321:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんでだろう、信じがたいのにやたら説得力がある

 

323:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あってるっぽいんだよなぁ……

 

326:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これがロリコンの本気か

 

330:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そんな本気いらんかったわ

 

336:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うおっまぶし!

 

338:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今度は何だよ!何したんだよ!

 

342:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>338

幼女が光った

 

344:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ウソも誇張もない真実なんだけど、字面がなんか

 

348:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これ絶対個性念力じゃないだろ念力で光ってたまるかよ

 

356:ヒーロー志望の名無しさん ID:

考察スレのぞいたけどアビインフェルノしててワインがうまい

 

360:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお

 

361:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ふっ飛ばした!

 

364:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これよく使うよね。増栄ちゃんの必殺技なのかな?

 

366:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どっかで見たことあるんだよなぁこれ……

どこだったっけなぁ……

 

367:ヒーロー志望の名無しさん ID:

決着ついたか

 

369:ヒーロー志望の名無しさん ID:

トガちゃんもどってこねーな?飛ばされたとき怪我でもしたか?

 

370:ヒーロー志望の名無しさん ID:

と思ってたら幼女が服と靴持ってすっ飛んでったぞ

 

377:ヒーロー志望の名無しさん ID:

……もしかして今トガちゃん全裸なんじゃ?

 

380:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>377

な、なんだってー!?

 

381:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>377

マジかよ最高かよ

 

383:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>380-381

考察スレのほうで服まで含めて変身するんじゃないかって言われてた

 

385:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ああ、だから服と靴が二重に

 

389:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増栄ちゃん今日一番の必死な顔して服持ってったのちょっと笑う

 

395:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あ、二人揃って出てきた

 

398:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ちゃんと顔出しに戻ってきてくれるのファンサ精神あっていいね

 

400:ヒーロー志望の名無しさん ID:

トガちゃんの服乱れてる……急いで着たのかな?これは考察スレの見立て正しそうだな

 

402:ヒーロー志望の名無しさん ID:

鎖骨エッッッッッッッ

 

403:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あーだめだめえっちすぎます

 

404:ヒーロー志望の名無しさん ID:

卑しか女ばい!!

 

416:ヒーロー志望の名無しさん ID:

バカ野郎お前ら楽し気に寄り添う二人の姿が見えないのかよ!

 

417:ヒーロー志望の名無しさん ID:

百合の間に挟まろうとするやつらは駆逐してやる!

 

422:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっぱこの二人絶対デキてるよね(確信

 

424:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ここまでほぼ常にゼロ距離だもんな

 

425:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ここにキマシタワーを建てよう

 

426:ヒーロー志望の名無しさん ID:

雄英はキマシタワーだった……?

 

427:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

尊みで死にそうです

 

430:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>427

社畜さんは一回リアルに死んだほうがいいと思う

 

(第二試合)

502:ヒーロー志望の名無しさん ID:

アイテム作れる八百万とアイテムに弱い飯田の試合だな

 

507:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>502

なんでやアイテム関係ないやろ!w

 

508:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれは最初からメタってた発目の作戦勝ちって決着ついたじゃないか

 

512:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さーて始まったが

 

514:ヒーロー志望の名無しさん ID:

飯田がなんかクラウチングスタートしてる

 

516:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おおおおおお!?

 

517:ヒーロー志望の名無しさん ID:

速い!!

 

518:ヒーロー志望の名無しさん ID:

出た!騎馬戦のラストで見せたやつ!

 

521:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女の立体機動も大概だけど、飯田のこれもやべーな時速どんだけよ

 

524:ヒーロー志望の名無しさん ID:

人間の目で追える速さじゃないぞ

 

527:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あー八百万場外

 

528:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあそうなるわな

 

529:ヒーロー志望の名無しさん ID:

時間をかければかけるほど八百万が有利になるから、飯田としてはこれが一番正解だよな

 

535:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でもそんな速いならせめて服を脱がしてから場外してほしかった

 

539:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>535

欲望だだもれで草

 

541:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>539

お前はあのおっぱいがまろび出るところ見たくないと言うのか!?

 

545:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>541

悪い……やっぱつれぇわ

 

547:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>545

そりゃつれぇでしょ

 

550:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>545

ちゃんと言えたじゃねぇか

 

(第三試合)

576:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はいはい男男

 

579:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>576

もう少し興味持ってやれよww

 

584:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これはどっちが勝つんだろうなぁ

 

589:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪やべーけど、常闇の個性を抜ける威力を出せるかって言うと

 

592:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>589

麗日戦見るに出せてもおかしくないと思うけどな

 

597:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はじまた

 

599:ヒーロー志望の名無しさん ID:

本当にこいつ躊躇なく爆破するな

 

603:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>599

いっそ清々しい

 

608:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>603

ヴィラン相手ならともかく、災害現場には来てほしくないぞ

 

611:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>608

わかりみ

 

624:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんか変だな

 

627:ヒーロー志望の名無しさん ID:

常闇守ってばっかじゃん

 

629:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何か不調か?

 

631:ヒーロー志望の名無しさん ID:

逆に爆豪はどんどん動きがキレッキレに

 

635:ヒーロー志望の名無しさん ID:

障害物もそうだったしスロースターターなんだなぁ

 

640:ヒーロー志望の名無しさん ID:

黒いやつもなんか逃げ腰だな

 

643:ヒーロー志望の名無しさん ID:

逃げ腰っていうか怯えてる?

 

645:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ちょっとかわいい

 

650:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もしかして:光が弱点

 

653:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>650

それだわ

 

657:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>650

あー、常「闇」だし?

 

660:ヒーロー志望の名無しさん ID:

だとしたら相性最悪なんじゃ

 

663:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪が光った!

 

666:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女といい今年の雄英は光るのが流行ってんの?

 

670:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>666

爆豪のはなんとなく原理が想像つくから……

 

674:ヒーロー志望の名無しさん ID:

常闇降参した

 

677:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こうマウント取られたらしゃーない

 

678:ヒーロー志望の名無しさん ID:

むしろこんだけ相性悪い相手によく粘ったよ

 

681:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪強いなー

 

(第四試合)

711:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さて注目のカードですが

 

715:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷は一応遠距離攻撃できるけど自爆同然だから、どう近接に持ち込むかかな

 

718:ヒーロー志望の名無しさん ID:

自爆しまくりで押し切れても素直に応援できねーもんな

 

719:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっぱ勝つからにはオールマイトみたいにスカッといってほしいよな

 

722:ヒーロー志望の名無しさん ID:

始まっ攻撃早っ

 

724:ヒーロー志望の名無しさん ID:

瀬呂戦もそうだったけど、轟速攻マンだなー

 

725:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやーあれだけ強い個性ならそうもなるでしょ

 

726:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお

 

727:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷かわしてる!

 

728:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やりますねぇ!

 

729:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっぱこいつ強いよな

地味だけど

 

732:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>729

そう言ってやるなよ

地味だけど

 

735:ヒーロー志望の名無しさん ID:

氷ぶち抜きよった

 

736:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どんなパワーよ

 

737:ヒーロー志望の名無しさん ID:

一回戦のデコピン見るにこれでも全力じゃないんだから笑うしかない

 

740:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお!

 

743:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なるほどそう来たかー

 

744:ヒーロー志望の名無しさん ID:

舞台にできた氷で遠距離攻撃確保とかよく思いつくな

 

745:ヒーロー志望の名無しさん ID:

予選から一貫して戦術が光る

 

747:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こういう咄嗟のときにちゃんと動けるやつはいいヒーローになれる

俺は詳しいんだ

 

750:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>747

お前それ爆豪に対しても同じこと言えんの?

 

753:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>750

ば、バクゴーも対ヴィランとして見たら頼もしいし……(震え声

 

755:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあでもずっとやってりゃ対処はされるわな

 

757:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟もさすがエンデヴァーの息子なだけはある

 

758:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの短時間で反撃に出て成功させるなんてな

 

761:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお!?

 

762:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今の超パワーか!?

 

763:ヒーロー志望の名無しさん ID:

舞台の上全部吹っ飛んだぞ!?

 

774:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわ

 

775:ヒーロー志望の名無しさん ID:

げー緑谷の左腕バッキバキじゃん

 

776:ヒーロー志望の名無しさん ID:

デコピン一発であの威力だもんな。腕一本使えばこれくらい行くか。

 

777:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷超涙目だな

あれクッソ痛いだろうに

 

778:ヒーロー志望の名無しさん ID:

俺なんて泣きわめいてのたうち回る自信しかない

 

780:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれでなんで戦闘続行できるんだ……精神バケモノかよ

 

781:ヒーロー志望の名無しさん ID:

化け物の多い体育祭ですね今年は……

 

792:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さっきの一撃でダメージ受けたか?

なんか轟の動き悪くなってね?

 

794:ヒーロー志望の名無しさん ID:

確かに

 

797:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお

 

798:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いいのが入ったぞこれは

 

800:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でも立つのか……雄英のヒーロー科ってこれくらいできないとやっていけないんだろうなぁ

 

803:ヒーロー志望の名無しさん ID:

緑谷なんて?

 

807:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>803

全力でかかってこいって

 

810:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?轟全力じゃないの?

 

814:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>810

よくわからんけどそうっぽい

 

815:ヒーロー志望の名無しさん ID:

舐めプしてるってこと?

 

818:ヒーロー志望の名無しさん ID:

熱いじゃん緑谷

 

820:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお

 

822:ヒーロー志望の名無しさん ID:

攻める攻める

 

826:ヒーロー志望の名無しさん ID:

攻めてるけど……これは全力出すの待ってる感じあるな

 

828:ヒーロー志望の名無しさん ID:

バカだなーさっさと決めちゃえばいいのに

 

832:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>828

バカはお前だ

 

835:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>828

こういう学生らしい青臭さがいいんじゃないか

 

840:ヒーロー志望の名無しさん ID:

出た!

 

841:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おお!?

 

842:ヒーロー志望の名無しさん ID:

使った!

 

843:ヒーロー志望の名無しさん ID:

炎だ!

 

844:ヒーロー志望の名無しさん ID:

会場熱そう

 

845:ヒーロー志望の名無しさん ID:

実際クソ熱い

 

848:ヒーロー志望の名無しさん ID:

エンデヴァーどうしたww

 

849:ヒーロー志望の名無しさん ID:

エンデヴァーうるせえwww

 

851:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なにあのおっさんあの顔で子煩悩なの?ww

 

852:ヒーロー志望の名無しさん ID:

突然の熱い息子推しは笑うわwww

 

855:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟が全力出したら緑谷手も足も出ないんじゃ

 

858:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>855

右手ぶち壊せばあるいは……

 

859:ヒーロー志望の名無しさん ID:

二人とも構えた

 

862:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おおおおお!?

 

863:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何が起きた!

 

864:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なにこれ!?

 

876:ヒーロー志望の名無しさん ID:

イレイザーが散々冷やされた空気が高熱で一気に膨張したって言ってるけど……

 

880:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>876

絶対それだけじゃないでしょこれ!

 

883:ヒーロー志望の名無しさん ID:

直前緑谷がデトロイトスマッシュ!って叫んでた

一回戦でもスマッシュ言ってたしオールマイトのフォロワーなんかな

 

885:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの威力出せるなら恥ずかしげもなくスマッシュ言ってても納得できるよ

まあ怪我してんのはいただけないけど

 

887:ヒーロー志望の名無しさん ID:

威力だけ見れば確かにデトロイトスマッシュだよコレ

 

890:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ていうかまだ映像晴れないんだけど

 

891:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どうなったんだよマジで

 

898:ヒーロー志望の名無しさん ID:

見えた!

 

899:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お?

 

903:ヒーロー志望の名無しさん ID:

引き分け!?

 

904:ヒーロー志望の名無しさん ID:

引き分けww

 

908:ヒーロー志望の名無しさん ID:

二人とも場外の上に、どっちが先に外に出たかカメラに映ってないとかww

 

910:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いや映ってなくてもしゃーなしよw

 

911:ヒーロー志望の名無しさん ID:

引き分けってどうすんの?

 

915:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>911

主審の判断次第

 

918:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>911

ミッドナイトが独断と偏見で決めるやつだ

 

920:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>915

>>918

またかよ!

 

923:ヒーロー志望の名無しさん ID:

腕相撲

 

924:ヒーロー志望の名無しさん ID:

腕相撲などでww

 

927:ヒーロー志望の名無しさん ID:

それでいいのかww

 

930:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>927

ま……まあミッドナイトほどの実力者がそう言うなら……

 

932:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いや、緑谷両腕バッキバキだったけど腕相撲なんてできんの?

 

935:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>932

 

937:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>932

それでもリカバリーガールなら……リカバリーガールならなんとかしてくれる

 




二回戦の掲示板でした。
予告通り、次も掲示板です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ6

(準決勝第一試合)

167:ヒーロー志望の名無しさん ID:

リカバリーガールでもなんともなりませんでしたね……

 

173:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>167

まああんだけの怪我だからしょうがない

 

178:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>173

なんとかなったとは思うんだが、あの人の治癒は対象の体力使うからな

 

185:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>178

下手に治しすぎると体力尽きて死ぬんだっけ?

何事もデメリットはつきものだよな

 

190:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ドクターストップもかかってそう

 

198:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でもまさかこの場で叩いて被ってじゃんけんぽん見ることになるとは思わなかったな

 

202:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>198

やってることに反して二人の顔が真剣すぎてギャップがひどかったなww

 

208:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>198

あんな真剣にじゃんけんする機会なんてたぶん一生に一度あるかないかだよなw

 

224:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お、ようやく準決勝始めるのか

 

227:ヒーロー志望の名無しさん ID:

待ってた

 

229:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あんだけ舞台壊れたししゃーない

 

231:ヒーロー志望の名無しさん ID:

雄英は教師も生徒も加減ってもんを知らない

 

234:ヒーロー志望の名無しさん ID:

選手入場!

 

235:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うーんこのガタイの差よ

 

239:ヒーロー志望の名無しさん ID:

は?

 

240:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どちらもヒーロー家?

 

245:ヒーロー志望の名無しさん ID:

飯田家はわかるけど、増栄家も?

 

256:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あーーー!!

わかった!

わかった思い出した!!!

 

260:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>256

なんだどうした

 

261:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増栄ちゃんの立体機動とか、あの押し出すやつとか、どっかで見たことあると思ってたんだよ!

あれ重力ヒーローバンコだ!!

 

267:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>261

重力ヒーローバンコ?誰それ?

 

268:ヒーロー志望の名無しさん ID:

しらね

 

269:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どうせ地方のショボいヒーローだろ

 

272:ヒーロー志望の名無しさん ID:

バカ野郎デビュー一年でビルボードチャート100位以内に入った古豪だぞ!

まあその半年くらいあとに家庭の事情で引退しちゃったんだけど

 

275:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>272

は?そマ?

 

278:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>275

ウィキに載ってた

マジだ十五年くらい前に引退してる

 

283:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>278

ウィキに本名載ってねーじゃん確認取れないだろ

 

290:ヒーロー志望の名無しさん ID:AekF9i3O

ちょうどよかった、実は彼女については調べていてね。

間違いないよ。重力ヒーローバンコ、本名は増栄重雄だ。

 

292:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>290

増栄!!

 

295:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>290

どうやって調べてきたんですかねぇ……

 

297:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>290

考察スレの連中より早いとかどうなってんの

 

298:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

ちょっと仕事してきます

 

301:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>298

社畜さん!?

 

303:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>298

まさかマジで警察官なのか

 

304:ヒーロー志望の名無しさん ID:

重力ヒーローバンコ、個性は重力操作……必殺技はトラクタービームとリパルションビーム

なるほど?

 

305:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ていうか増栄重雄って、ドロイドと翻訳機の発明者じゃねーか!?

超有名人じゃん!元ヒーローだったのか!

 

307:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>305

mjdk

 

309:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>305

ヒーロー時代から自前のサポートアイテム使ってたとかいうエピソード、なるほどって感じだ

 

310:ヒーロー志望の名無しさん ID:

名前隠してるのはそういう事情か?

 

313:ヒーロー志望の名無しさん ID:

名前リークした人やばいんじゃね?

社畜さんの書き込み、トーンがガチだったし

 

315:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あったよ!つべに昔の映像!

昔のだからかなり荒いけど「https://********」

 

318:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>315

でかした!

 

330:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは

 

331:ヒーロー志望の名無しさん ID:

トラクタービームとリパルションビームって、要するに引力と斥力か

 

332:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ふわふわ浮いてのんびり空中散歩してるかと思いきや突然立体機動でカッ飛んでくの草

 

334:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは親子ですわ

 

336:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの吹っ飛ばし攻撃なんてリパルションビームそのままじゃね?

 

340:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>336

親子揃ってビームっぽいエフェクトは皆無だけどなw

 

344:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>340

それを言っちゃおしまいよ

 

346:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>340

ある意味意表をついてるし多少はね?

 

350:ヒーロー志望の名無しさん ID:

つまり増栄ちゃんはお父さん譲りの個性でお父さん譲りの戦い方してるわけか

かわいすぎかよ

 

355:ヒーロー志望の名無しさん ID:

バンコ:家庭の事情でおよそ十五年前に引退

増栄ちゃん:今年高一=普通にしてたら十五歳くらい

教授!これは一体!?

 

357:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>355

あっ(察し

 

359:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>355

バンコうまぴょいしたのか……

 

363:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>359

うまぴょい言うなしwww

 

366:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ていうか増栄ちゃんで盛り上がってるうちにいつの間にか勝敗ついてる件

 

368:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわほんとだどうなったの?

 

372:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>368

芦戸戦みたくスパーリングのあと飯田が負けた

 

378:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>372

あのクソ速いやつどうしたのよ飯田使ったでしょ

 

384:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>378

初手で使ったけど普通に回避されてた

 

387:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>384

社畜さんの代わりに

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

388:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>384

馬鹿なぜよ竜馬

 

392:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジだって!

涼しい顔でこうひらりと!!

 

398:ヒーロー志望の名無しさん ID:6aKp7FYt

待たせたな!!

「https://********」

 

401:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>398

スネークktkr

 

402:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>398

サンキューヘッビ

 

412:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジで普通に回避しまくってて草

 

413:ヒーロー志望の名無しさん ID:

飯田めっちゃ驚いてて草

 

417:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>413

飯田くんリアクションいいよねw

 

418:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どんな反応速度してるんだよ……

 

419:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの速度相手に動くと同時に動けるもんかあ?

 

422:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もしやただの重力操作ではない?

 

423:ヒーロー志望の名無しさん ID:

母親の個性と悪魔合体してる可能性はあるよな

 

427:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやでも、重力で光れるか?二回戦でやったフラッシュの説明つかないだろ

予選のロボ操作もそうだし……教えて理系の人!

 

431:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあそこらへんは語り出したらスレ違いでしょ

 

433:ヒーロー志望の名無しさん ID:

それもそうだな

あとで考察スレ見ておこう

 

437:ヒーロー志望の名無しさん ID:

くそーあとで録画見直さなきゃ

 

(第二試合)

488:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ド派手な個性同士の戦いだな

 

493:ヒーロー志望の名無しさん ID:

相変わらず爆豪顔すげえ

 

496:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さあどうなる?

 

498:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟やっぱ開幕ぶっぱかww

 

501:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>498

いや実際これは厄介よ

 

503:ヒーロー志望の名無しさん ID:

瀬呂戦より規模小さいな

 

505:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>503

爆豪なら抜けてくるって思ったんだろ

実際抜けてきたし

 

507:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そんなあっさり抜けれるもんじゃないと思うがw

 

512:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわあの状態からああも投げれるかよ

 

515:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれちゃんと氷出さないほうだけ狙ってつかんでるよな……

 

518:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増栄ちゃんもだけど爆豪も大概規格外だよな

 

521:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ここまで全部圧勝だし、あの態度もなんか一周回って頼もしく見えてきた

 

525:ヒーロー志望の名無しさん ID:

有言実行ならビッグマウスもありよね

 

530:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>525

でも死ねを有言実行されるのはちょっと

 

532:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟うまい

 

533:ヒーロー志望の名無しさん ID:

氷壁ガードかっこいいテクニカルで

 

539:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれ?

 

540:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟炎使わないぞ

 

541:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんでよ

 

542:ヒーロー志望の名無しさん ID:

また舐めプか?

 

547:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪ブチギレてて草

 

550:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>547

喚き散らしてるぽいけど何て?

 

556:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>550

コケにするのも大概にしろよ

とか

ぶっ殺すぞ

とか

舐めプのクソカスに勝っても意味ねぇんだよ

とか

勝つつもりもねぇなら俺の前に立つな

とか

 

560:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あー……なるほどつまり爆豪ってめっちゃストイックなのか

 

562:ヒーロー志望の名無しさん ID:

気持ちはわからんでもないが

 

563:ヒーロー志望の名無しさん ID:

みんな全力でやってるのに、適当にやられてちゃ腹も立つだろうな

 

564:ヒーロー志望の名無しさん ID:

自分にも他人にも厳しいタイプか

 

568:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ええやんちょっと見直したで

 

575:ヒーロー志望の名無しさん ID:

イレイザーが轟調子崩れてるって言ってるけどなんで?崩れるようなことあったっけ?

 

578:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>575

試合以外でなんかあったとか?

 

582:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>578

思春期真っただ中の高校一年生だぞ

衆人環境かつ全国放送で親父にあんな応援されたらそらメンタル崩すわ

 

586:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>582

これだわ

 

587:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>582

説得力がやばいww

 

588:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>582

リアルに確かに!って言っちまったじゃねーかww

 

600:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪飛んだ

 

605:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんか回転してる

 

608:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれこれやべーやつでわ?

 

611:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お?轟火出したぞ!

 

613:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっとか!

 

616:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれ?

 

618:ヒーロー志望の名無しさん ID:

火消しやがったぞ

 

619:ヒーロー志望の名無しさん ID:

着☆弾

 

620:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ミサイルかよ……

 

622:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪一年なのにどんだけ技持ってんだよ

 

625:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟緑谷戦ほどじゃないけど爆風やべーわ

 

626:ヒーロー志望の名無しさん ID:

で、結果は?

 

629:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あー

 

630:ヒーロー志望の名無しさん ID:

轟場外か

 

636:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんか釈然としない

 

640:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>636

それな

 

644:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんだよせっかく盛り上がってたのに

 

646:ヒーロー志望の名無しさん ID:

気分下がるわ

 

652:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪轟につかみかかったと同時にミッドナイトに眠らされてて草

 

655:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>652

まあ殺しかねない勢いだったし多少はね?w

 

657:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやこれは殺されても文句言えんでしょ

 

660:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何はともあれ決勝は幼女対ヴィラン顔か

 

664:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>660

言い方ww

 

666:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>660

確かにそうなんだけどwww




ちょっと動かしはしたけど、ID露骨すぎたかもしれない。

ちなみにバンコ=増栄重雄ということは積極的に開示されてはいないものの、別に隠してるわけではないです。
なので知ってる人はまあ知ってる(特にヒーロー業界では普通に知られてる)話なので決してプレゼントマイクが口を滑らせたわけではないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.体育祭 バトルトーナメント決勝戦

 舞台に上がる。対面では、既にバクゴーが待っていた。

 思っていたよりその顔は凪いでいる。だがフォース越しに伝わってくる内面は、ケッセル宙域のメイルストロムがごとく荒れ狂っている。

 

「……わかってんだろうな、()()

「無論だ。約束通り、本気でお相手しよう」

 

 問いにそう返せば、バクゴーは極めて攻撃的な笑みを浮かべた。

 

 暗黒面の気配。しかし、光明面の気配も変わらず同居している。この絶妙なバランスは、彼以外にできるものはそうそういないだろうな。

 

《さァいよいよラスト! 雄英一年の頂点がここで決まる! 決勝戦!》

 

 マスター・プレゼントマイクが声を張り上げる。観客の声が大きく響く。

 

 バクゴーが、そして私が、身構える。

 

《増栄対爆豪! 今――――スタート!!》

「死ねぇぇッ!!」

 

 開幕と同時に、バクゴーが爆破を放ってきた。正面から爆炎が襲い来る。

 

 私はそこへ、スーパーフォースプッシュを叩きつけた。

 

「断る!」

「ぐっ!」

 

 強烈な斥力によって、爆炎はもちろん爆風、煙も逆流してバクゴーに返っていく。のみならず、斥力は彼の身体をもさらって吹き飛ばそうとする。

 

「甘ぇ!!」

 

 だが、バクゴーはとっさに両手から爆破を起こして空中に逃れ、斥力のくびきから抜け出した。さすがの判断力だ。

 

 次に、上空からかかと落としが降ってくる。これに対して上方向の軽いフォースプッシュを放って勢いを削ぎつつ、迎撃しようとしたところ、小刻みな爆破を繰り返しての急激な方向転換で対応され、側面から裏拳を叩き込まれた。

 

「せいや!」

「チィッ!」

 

 だがそれは見えていた。肘で拳を打ち払いながら、逆の手で私からも拳をプレゼントだ。

 

 そう思っていたが、途中でバクゴーの身体が加速した。爆破を使って強引に加速したのである。これにより、彼の攻撃は完全に不発となった。

 

 しかし私の肘打ちは彼の素肌ではなく体操服に入り、私も狙っていた増幅を不発にされた。続く攻撃も、猛烈な速度で傍を通過した彼には当たらない。

 

 一瞬……一瞬だが。今、バクゴーの未来が複数同時に存在した。この感覚……まさか?

 

「オラァ! どーした俺のパクリ技はしねぇのかァ!?」

「あれはヒミコが開発したものだ。私には不可能だよ!」

 

 厳密には、仕組みは理解しているからやろうと思えば恐らくできる。

 だが、私は博打が嫌いだ。そもそもバクゴーほどの相手に、練習すら一度もしたことのない技を使うなどもってのほかだろう。フォースブラスト以外に、頼れる技はいくらでもあるのだから。

 

「ハッ、どうだか……なァ!!」

「おっと!」

 

 何はともあれ、私たちは至近距離で殴り合う。もちろんノーガードということはなく、互いに互いの攻撃をさばきながらだ。

 

 ただし、その攻撃には爆破であったりフォースであったりが乗っているので、速さと威力は桁違いなのだが……バクゴー、合わせてくるか。今はまだ全力を出していない私だが、それでもフォースによる先読みを加えて攻撃しているから、簡単に避けられるはずはないのだが。

 その上で、私の肌に触れないように警戒しているのだから恐れ入る。

 

「随分と警戒するのだな!」

「クソメガネとの試合見てりゃ、テメェに触れられるだけでアウトっつーことくらい誰でもわかるわバァカ!」

 

 振り返りながらの爆破。かなり近い位置からのそれはかなり強烈で、後退を余儀なくされる。

 そこにさらに爆破の追撃。いや……連撃か。さながら絨毯爆撃のような攻撃が、私に次々と叩き込まれる。

 

《爆豪エゲつない絨毯爆撃!! これにはさすがの増栄も逃げるしかないか!?》

「テメェの判断力は並みじゃねぇ……癪だがそれは事実だ! っつーか未来予知もしてんだろアアン!?」

「おお。それを見破ったのは、マスターたち以外では君が初めてだ」

「ほざいてな! だがよぉ……そんなら未来が読めようがなんだろうが、どうにもならねぇ攻撃をすりゃいいだけの話だ!!」

「お見事、正解だ」

 

 爆風の向こうから届く声に、是と返す。

 

 彼の推測は正しい。私は確かに至近の未来予知が可能だが、いくら未来がわかったところで回避できない規模の攻撃を叩き込まれたら対応はできない。数体やられようが関係のないバトルドロイドの大軍による物量作戦や、ドロイディカ(バトルドロイドの強化版みたいなもの。バリアを展開した上でブラスターを連射してくる)のような絶え間のない攻撃を延々としてくる相手こそ、ジェダイの数少ない天敵だった。

 

 そして横だろうが後ろだろうが、あるいは上だろうが、どこに逃げても逃げ切れない高威力広範囲の爆破は、それに十分匹敵する。この威力では私の拙いフォースバリアで防ぎきれないし、面での攻撃だから跳ね返すにはスーパーフォースプッシュ並みの出力を出さなければ対応できない。

 何より、そうしたフォースの高度な応用技を使うための集中を、派手な音と光、そして高い威力の爆破の連続が鈍らせて来る。単純な力押しだが、実に効果的な攻撃だ。

 

 ついでに言えば、バクゴーは逐次位置を変えながら攻撃を続けており、単純な反撃を受けないように立ち回っている。煙で彼の姿が見えないので、フォースによる直接攻撃も難しい状況である(ジェダイなのでしないが)。そこまで考えてのことではないだろうが、こうした戦闘のセンスはさすがと言っていい。

 

 それを実現している根幹は、恐らく私のアドバイスによって伸ばされた彼の”個性”の出力だろう。出力の上昇に伴い身体もそれに対応できるよう成長したのか、攻撃はほとんど途切れることがない。見事だ。

 

 だが、今の私はフォース以外にも”個性”という超能力を持っている身。やりようはいくらでもある。

 

 ゆえに私はまず、上着を脱いで諸々増幅し、バクゴーに向けて投げつけた。鋭く飛んでいったそれは簡単に回避されたが、それでいい。

 この隙に、爆破から逃げる形で後ろに大きく跳ぶ。そうして空気の瞬間一時増幅を用いた高速の空中機動でもって、舞台を大きくぐるりと迂回してバクゴーへ襲い掛かる。爆炎/爆煙によって相手の姿が見えないのは、お互い様なのだ。

 

「やっぱそう来るよなぁ!」

「ああ、君ならそう来ると思っていたとも!」

「がッ!?」

 

 背後からの高速の攻撃を、バクゴーは恐らく音で感知したのか、最小限の動きで回避した。

 

 しかし読んでいたのは私も同様。私はそこから反撃しようとしていたバクゴーのほうへ直角に軌道を変え、肘打ちを鳩尾に叩き込んだ。

 

 一瞬えずき、姿勢を崩しかけるバクゴー。しかしそのままひるむことなく攻撃を続行することは、フォースに頼らずともわかる。彼はそういう男だ。

 

 ゆえに私は即座に離脱した。肘打ちを叩き込んだその先で、空気を一時増幅してバクゴーの身体を大きく吹き飛ばしながらだ。

 そんな私を爆破が追いかけてくるが、変則的な空中機動によって即座に回避。返す刀で回転蹴りを首筋に入れ……ずに直前で身体を上下逆さまに反転。しかし勢いはそのまま残してバクゴーの頭上スレスレを潜り抜けながら、襟首をつかんで思い切り場外へ投げ飛ばす。

 

《増栄、息をつかせぬ怒涛の攻撃! もうなんていうか口で説明できねー変態的な立体機動ーー!!》

 

 遂にプレゼントマイクは、私の挙動を実況することを諦めたらしい。短時間で目まぐるしく、そしてせわしなく動いているから気持ちはわかる。そういうものは、そういうドロイドに任せておけばよい。

 

 ともあれ、私は投げたバクゴーを猛追する。彼は爆破を小刻みに用いて瞬時に体勢を立て直したが、空中戦は全身で挙動を制御できる私に分がある。

 そのまま猛スピードでバクゴーを追い越した私は、すぐさま反転して体勢を整えた直後の背中に蹴りを入れる。

 

「ぐ……ッ! んの……!」

「まだまだ!」

「クソ……ガキ……がぁ……ッ!」

 

 だが、彼を地上には戻さない。このまま空中で、満足に身動きが取れない状態のまま消耗してもらおう。

 

 私は何度もバクゴーの周辺を複雑に往復し、空中に彼をとどめたまま、さながら一人でキャッチボールをするかのように攻撃を打ち込み続けた。

 直接接触できるときには彼の身体の重さを一部だけ増幅して回ったので、身体のバランスは滅茶苦茶だろう。もはや彼は自前の”個性”だけでは、ろくに飛び回れないはずだ。

 

《あの爆豪が手も足も出ないーー!? 嘘だろ増栄、ここはドラゴンボールの地球じゃねぇんだぞ!?》

《いや、手は出てるな》

《あっ確かにィ! さすがだなアイツ!!》

 

 イレイザーヘッドの言う通りだ。バクゴーは空中という本来なら人類には上がることすら許されない土俵にありながら、視界の外から来る高速の連続攻撃を、過重かつバランスを崩した状態にもかかわらず、かろうじてでも対応している。攻撃は確かに喰らっているが、その内のいくつかはしっかり防御しているのだ。

 ときには爆破で反撃もしてくるので、見た目より私に余裕があるわけではない。実際いくつも火傷を負ったし、血も出ているしな。

 

 だが、これではっきりした。今までもしやとは思っていたが、確定だ。こんな状態で空中機動を半ば持続し、あまつさえ戦闘行動が可能なほどの集中力、空間把握能力、身体能力を維持できる人間など、そうそういてたまるか。

 

 間違いない、バクゴーはフォースの素養がある。現時点でアナキンの姿を認識できるほどの素養があるかどうか……何よりユーザーになれるほどの素養があるかどうかは、しっかり調べてみないとわからないが。

 しかし、それでも確実に常人より感覚が上だ。これは、”個性”以外ではフォースの恩恵がなければあり得ない。

 

 であれば、本当の意味で手加減は無用だ。そう判断し、私はスーパーフォースプッシュを死角から叩き込む。手順は同じでも、それぞれの強化を最大で行う全力のスーパーフォースプッシュだ。

 

「敗……けるかああァァァァーーーーッッ!!」

「むう!?」

 

 だが、彼は吹き飛ばなかった。ウララカとの試合で見せたような、凄まじい規模の爆破を背後に起こすことで、強化された斥力に抗いきったのである。

 

 それどころか、斥力を食い破って私に肉薄までして見せた。彼の手が向けられる。

 当然そこには強大な爆破のエネルギーが解放されつつあり、私の眼前に破滅的な赤が迫っていた。

 

 予測、予知してなお、それを上回られた。一瞬だが、今、間違いなく、明確に。

 

 だが迫りくるバクゴーの姿を見て、私は――――口元に笑みが浮かぶのを自覚する。

 

 ヒミコと戦ったときとはまた違う高揚感。己の半身と優雅に踊るような感覚とは異なる、ひりつくような……恐ろしくもどこか楽しい、そんな高揚感だ。

 それが今、一瞬だが私の全身を駆け巡った。その感覚がわかった。認識できた。

 

 そうか。

 

 これが。

 

 この感情が、戦いの喜悦か。これがマスター・ウィンドゥが行き着いた究極のセーバーフォーム、ヴァーパッドの入り口か!

 

 なるほど、この感覚はフォースを研ぎ澄ませる。極限まで鋭くなったフォースが、一段以上も位階を引き上げてくれるだろう。ここに”個性”を組み合わせればあるいは、アナキンにも――

 

「コトちゃん!! 負けないで!!」

「……ッ!」

 

 ――そして、ヒミコの声で我に返った。

 

 彼女の「負けないで」はバクゴーにではない。私に向けた、己自身に負けるなという意味だ。

 

 ああ、そうだ。そうだとも。()()()()()()()()

 ”個性”による全能力増幅と似ている。あれで抱く全能感、万能感にとても近い。

 しかも、より闇に近い。この感覚に身を任せたら、間違いなく破滅する。

 

 それに気づくことができた。ありがとう、ヒミコ。

 

 そうだ、私はジェダイだ。この昂る気持ちのまま動いてはいけない。

 だから私は、全身を暴れるように駆け巡る感覚を緩やかに抑えつつ、しかし完全には抑圧しないでフォースの力を研ぎ澄ませた。しかし思考はどこまでも冷静に、()()()()()()()()()()鍛えた技を全身に注ぎ込む。

 

「――来い! バクゴーッ!!」

 

 とはいえ、もはや回避は不可能だ。手を伸ばせば届くほどの至近距離に、バクゴーがいる。 

 だから、迎撃するしかない。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)ォッッ!!」

 

 さながら人間ミサイルと化したバクゴーの、凶悪な爆破が私を襲う。これに対して、私は両手を突き出し渾身のフォースバリアを前面に展開した。

 

 フォースバリアはフォースによる障壁で身を守る技であるが、それは厳密に言うと「エネルギーを吸収して周辺に拡散することで攻撃を和らげる」効果も持つ。つまり単に攻撃を遮る技ではなく、フォースを介してエネルギーを散らして攻撃そのものを減退させる技……ツタミニスの上位技なのである。

 

 これをスーパーフォースプッシュ同様、フォースで強化した”個性”で増幅したフォースでもって行使した。

 

 増幅した対象は、フォース操作に関わること全般。それからバリアの行使と共に、私の身体と周辺の空気がエネルギーを吸収・拡散する効率も増幅する。

 これにより、私の前面に展開されたフォースバリアは、スーパーフォースバリアとでも言うべき堅牢な守りを発揮した。併せて少しだけ後退を開始し、衝撃に備える。

 

 そうして刹那も間を置かず、バクゴーが着弾した。バリアに人を何人も殺して余りあるほどの衝撃が叩きつけられ、それが眼前で相対する私にも伝わってくる。

 轟音と暴風が吹き荒れる。全身が痛み、きしむ。

 

 だが、致命的な負傷はない。ならば耐えられぬ道理などない。受け流す。

 

 ――拮抗。

 

「がああぁぁぁァァァーーッ!!」

「おおおぉぉぉ……ッ!!」

 

 フォースが爆破のエネルギーを拡散する瞬間の、かすかな光の煌めきを挟んでバクゴーが吼える。私も。

 寄せ合って、と言えるほどの至近距離で、獰猛なバクゴーの顔が楽し気に、生き生きと笑っていた。

 

 ああ、と思う。

 彼ほどではないにしろ(そうだと信じたい)、きっと私も笑っているのだろう。この瞬間、今だけは、きっと私と彼の思考は同じはずだ。

 

 だが――終わりは突然に訪れた。バクゴーの身体が、突然勢いを失い始めたのである。その手からは、出血していた。

 無理もない。最大級の爆破を、この短時間で何回も連発したのだ。既に彼の身体は限界だったのだろう。

 

 瞬間、天秤の均衡は崩れる。秤は私に傾き、受け止める側であるはずの私の身体が前に出た。

 

「私の――勝ちだ」

 

 そして私はバクゴーの身体をつかむと、教師陣がいる座席めがけて()()()放り投げる。これを、長身ながらも骨と皮だけに見える男性……マスター・オールマイトが、慌てた様子で受け止めた。

 

「爆豪くん、場外!」

 

 一瞬、静寂。

 

「よって――……増栄さんの勝ち!!」

 

 しかし、即座に反転。今日一番の盛大な歓声が沸き上がり、スタジアム全体を包み込んだ。

 

 私はそれに応えず、ふらふらと舞台の上に戻る。私もだいぶ限界が近い。特に、栄養の残りが心もとない。空腹で仕方ないぞ。

 

 それでも私はくずおれることも、座ることもせず。

 舞台を両の脚でしかと踏みしめると、バクゴーへまっすぐ笑みを向けて胸を張った。どうだ、と言うように。

 

 返事はなかった。あったとしても、聞こえないだろう。フォースで感じ取ることはできるが、それは必要なかった。

 

 なぜなら、オールマイトの手で立ったバクゴーの顔は、険しい表情ながらも納得したものであったから。

 

 何より、彼は応じるように親指を地面に突きつけて見せたのだから。

 

《以上ですべての競技が終了! 今年度雄英体育祭一年、優勝は――――……A組! 増栄理波!!》

 




かっちゃんフォースセンシティブ疑惑は、プロローグを書き始める前から考えてました。作中で才能マンとか言われる彼ですけど、手元の爆破だけであんだけ飛ぶにはフォースの恩恵がないとできないと思うんですよね。VSお茶子ちゃん戦で見せた異次元の反応速度も、そういうことではないかと。
ということで、本作の彼はフォースセンシティブです。そういうことにしました。
彼の才覚のほどはいずれまた。ただ、しばらくその辺りについての描写は挟まらないかなとも思います。
ヒロアカをご存知の方なら体育祭の次がどういうシナリオかご存知でしょうが、爆豪自体の出番がしばらくあまりないので仕方ないのです……。

なお、本作におけるフォースバリアの原理はレジェンズ準拠になっています。
どうぞあしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ7

744:ヒーロー志望の名無しさん ID:

かつてこんなに不穏な絵面の決勝戦があっただろうか

 

747:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>744

一回戦のVS麗日もひどかったけどこれはなあww

 

749:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どう見てもヴィランです本当にありがとうございました

 

752:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こんなん幼女応援するに決まってるやん

 

757:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いや俺は爆豪応援する

あの薄い表情の幼女が泣きわめくところが見たい

 

760:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>757

わかる

ヒィヒィ言わせたいよね

 

765:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>757

>>760

性的な意味で?

 

767:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>757

>>760

>>765

発想が邪悪すぎて草も生えない

 

768:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>757

>>760

>>765

なんでそんなひどいこと思いつくの?

 

769:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>757

>>760

>>765

もしもしポリスメン?

 

770:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

はいおまわりさんです!!

 

773:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今回ばかりは頼もしいわww

 

775:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>770

ていうか仕事終わったのか?

 

777:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>775

上司に31連勤はさすがにまずいから休んどけって怒られました

 

778:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>777

やっぱり社畜じゃないか!w

 

779:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>777

休め……っ!

今日はもう……っ!

 

780:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>777

ありがとうおまわりさん……ヴィラン受け取り係とか言ってごめんな……

 

781:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そんなことより始まるぞ

 

783:ヒーロー志望の名無しさん ID:

開幕爆破

 

784:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もはやお家芸だな

 

785:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おっ

 

786:ヒーロー志望の名無しさん ID:

跳ね返した!

 

789:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これがリパルションビームちゃんですか

 

791:ヒーロー志望の名無しさん ID:

このリパビ今までより威力高くない?

 

792:ヒーロー志望の名無しさん ID:

威力というか勢いが強いな

これが増栄ちゃんの本気ってわけか

 

793:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そしてそれを普通に乗り越えてくる爆豪よ

 

795:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どっちもだいぶ人間やめてる感ある

 

796:ヒーロー志望の名無しさん ID:

超人社会になって久しいけど、やっぱトップ勢は軒並み人間やめてるよなw

 

797:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪の「死ね!」に対してあまりにも毅然とした「断る!」で笑っちゃった

 

801:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわあ

 

802:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これはひどい

 

803:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まさに外道

 

806:ヒーロー志望の名無しさん ID:

絨毯爆撃もいいところだ

 

808:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

増栄ちゃあああああん!!。゚(゚´Д`゚)゚。

 

812:ヒーロー志望の名無しさん ID:

理にはかなってるんだよな……びゅんびゅん動き回られる前に超広範囲攻撃で封じ込めようってことだろ

 

815:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>812

やたら察しいいしな増栄ちゃん

 

817:ヒーロー志望の名無しさん ID:

よくこんな大規模な爆破を連発できるな……

 

821:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今煙の中からなんか飛んでこなかった?

 

823:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>821

体操服ですね……なんかブーメランみたいになってたけど

 

826:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>823

壁に刺さる体操服ってなんだよww

 

828:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>823

それってつまり脱いだってことでわ?

 

829:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

幼女の裸と聞いて!!

 

831:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>829

上着だけだ座ってろ

 

834:ヒーロー志望の名無しさん ID:

後ろから外に飛び出た!

 

835:ヒーロー志望の名無しさん ID:

薄着になってる!

 

836:ヒーロー志望の名無しさん ID:

出るか立体機動!

 

837:ヒーロー志望の名無しさん ID:

出たーーーー!!ww

 

840:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやー本当何回見てもアッカーマンだな……

 

845:ヒーロー志望の名無しさん ID:

改めて動画で見たお父さんの立体機動と見比べると、娘のほうがだいぶ洗練されてる感じあるな

 

848:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>845

技術は進歩するんやね

 

850:ヒーロー志望の名無しさん ID:

で、それに対処できてる爆豪って何者?w

 

854:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>850

化け物かな……

 

855:ヒーロー志望の名無しさん ID:

だれうまw

 

858:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あっ

 

859:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪ぶん投げられた!

 

862:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いや爆豪は空中でも移動できるからこれで決まりとは限らなアアアアーーwwww

 

864:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あっあれはまさか追い撃ち攻撃!

 

867:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>864

知っているのか雷電!?

 

869:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>867

うむ……あれはドラゴンボールのゲームの話だ……

相手を吹き飛ばしたあと、その後ろに高速で回り込みさらに攻撃を加えてもう一度吹き飛ばすという一連の技のことを追い撃ちと言う……

 

870:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まるで一人でラリーしてるみたいだなぁw

 

873:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>869

サイヤ人でなくてもあれできるやついたのか……

 

875:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

 

878:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これはさすがの爆豪も手も足も出ないだろって思ってたのに少なくとも手は出てるんだよな……

 

879:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの状態でどうして反撃できるんだよ……

 

880:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もうこの二人そこらへんの下手なプロより十分強いだろ

 

881:ヒーロー志望の名無しさん ID:

事務所構えるのはさすがに難しいだろうけど、サイドキックなら即務まるよな

 

886:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

あああああ増栄ちゃん!怪我が!

 

887:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあ至近距離であんだけ爆破されれば直撃なくてもそうなるわな

 

891:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

あんな小さい子に怪我をさせるなんて許すまじ爆豪

 

894:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>891

私情すげえな社畜さん……

 

898:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>891

あの舞台に立ってる以上関係ないんだよなぁ

 

901:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おっリパルションビーム

 

903:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これは決まっらないんかーいww

 

904:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジか爆豪マジか

 

905:ヒーロー志望の名無しさん ID:

リパビって斥力なんだよな?

それに対抗できるってもうあの爆破爆破じゃねーよロケットだよ

 

906:ヒーロー志望の名無しさん ID:

正面から突っ切るとは恐れ入った

 

907:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さすがの幼女もこれにはびっくり

 

909:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっぱちゃんと感情あるんだな

ああいう顔見ると安心する

 

910:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女も正面から迎え撃った!!

 

911:ヒーロー志望の名無しさん ID:

真正面からのぶつかり合いだ!

 

912:ヒーロー志望の名無しさん ID:

がんばれ増栄ちゃん!!!!

 

913:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やったれ爆豪!!

 

964:ヒーロー志望の名無しさん ID:

拮抗!?

 

965:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どーなるんだ!?

 

968:ヒーロー志望の名無しさん ID:

二人とも笑ってるw

 

969:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪はわかるけど増栄ちゃんも笑ってるぞ

 

973:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわ増栄ちゃんが叫んでる

 

974:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今まで淡々としてたぶんここで感情を発露させるの感慨深い

まさに頂上決戦って感じでわくわくする

 

977:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんだか青春って感じ

あれだけ動けるとなると、増栄ちゃんにも爆豪にもライバルになるようなやついなかっただろうし二人とも嬉しいんじゃない?

 

980:ヒーロー志望の名無しさん ID:

歯見せて笑って幼女かわいすぎかよ

 

981:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪も轟戦と違って生き生きしてるなあ

 

982:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

にっかり幼女かわいい

 

984:ヒーロー志望の名無しさん ID:

!?

 

985:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ああああああ

 

986:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪とまった!

 

987:ヒーロー志望の名無しさん ID:

手から血が出てるぞ!

 

988:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あんだけ大規模な爆破しまくってたらそりゃあそうもなるわなあ……

 

990:ヒーロー志望の名無しさん ID:

増栄ちゃん、爆豪を振りかぶって投げたー!!ww

 

44:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪どこ行った?w

 

48:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>44

職員席だなw

 

51:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪受け止めたあのガイコツみたいな人誰だ?w

 

54:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>51

あんなヒーローいないよな?

 

56:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>51

用務員じゃね?

 

62:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何はともあれ決着ゥ!!

 

63:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女が優勝だー!!

 

64:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おめでとう!!

 

71:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女どこ見てんの?

 

75:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>71

職員席に落とした爆豪だな

めっちゃ胸張ってて微笑ましい

 

77:ヒーロー志望の名無しさん ID:p25wHAzg

>>75

えっへん幼女かわいい

 

80:ヒーロー志望の名無しさん ID:

爆豪が親指地面に向けて応じてるけど、なんかこの二人はこれでいいような気もしてきた

 

85:ヒーロー志望の名無しさん ID:

負けたけど爆豪すごかったもんなー

 

91:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今年のベストバウトかもしれんな

全学年込みで

 

101:ヒーロー志望の名無しさん ID:

にしても結局幼女の個性わからんままだったな

 

105:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>101

考察スレでもお手上げになってたのちょっと笑ったよね

 

107:ヒーロー志望の名無しさん ID:

役所にハッキングすればあるいは……

 

110:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>107

ヒーロー呼ばれるやつ

 

111:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあなんにせよ今年は楽しかったわ

 

115:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こいつらまだ一年なんだよな

ってことはまだ二年は楽しめるわけだ

しばらくは死ねないな!

 

121:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>115

それな




社畜さん、死亡フラグ立たず。
別の意味での死亡フラグは立ってるかもしれない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.トガヒミコ:オリジン

「それではこれより、表彰式に移ります!」

 

 打ち上がる花火を背にしたマスター・ミッドナイトがそう宣言すれば、指定の位置に着いた報道陣が一斉にカメラのフラッシュを焚いた。彼らとの距離はそれなりにあるが、面と向かう形で表彰台に立つ私には少々まぶしい。

 

 その表彰台に立つのは、私を筆頭にバクゴー、トドロキである。一人足りない。

 

「三位には轟くんともう一人、飯田くんがいるんだけど……ちょっとお家の事情で早退になっちゃったので、ご了承くださいな」

 

 その一人、イイダであるが……みなから少し聞いた限りでは、兄君がヴィランに襲われたとのこと。心配だ。

 しかし現時点で私たちにできることは、無事を祈ることくらいだ。それ以外にはどうすることもできない。

 

 ならば今は、せめて胸を張ろう。誇るのではなく、ジェダイがここにいるのだと示すために。

 

「ではメダル授与よ! 今年メダルを贈呈するのは、もちろんこの人!」

 

 ミッドナイトの宣言と共に、スタジアムの上にあったオールマイトの気配が()()()()

 と同時に、彼の身体が声と共に降ってくる。

 

「私が! メダルを持ってき「我らがヒーロー、オールマイトォ!」

 

 だがその声はミッドナイトの声にかち合い、打ち消されてしまった。

 困惑した顔でミッドナイトを振り返るオールマイト。彼に両手を合わせて謝るミッドナイトという構図に、会場から笑いが起こる。

 

 とまあそんなアクシデントもあったが、メダル授与である。

 

 最初にオールマイトが銅色のメダルを持って歩み寄ったのは、トドロキである。

 彼の首にメダルをかけながら、オールマイトが言う。

 

「轟少年、おめでとう。……準決勝で、炎を収めてしまったのにはワケがあるのかな?」

「緑谷戦できっかけをもらって……わからなくなってしまいました」

 

 そのやり取りに、思わず視線を向ける。

 

 今のトドロキが纏う気配はバクゴー戦時よりもなお暗黒面が薄く、もはや光明面に帰還したと言っても差し支えない状態だ。

 フォースを感じられなくとも佇む姿からそれを感じ取ったのか、オールマイトは優しく微笑んだ。

 

「あなたがやつを気にかけるのも、少しわかった気がします。俺もあなたのようなヒーローになりたかった。ただ……俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃダメだと思った。清算しなきゃいけないものがまだある」

「……顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」

 

 そしてオールマイトはそう告げながら、その大きな身体でトドロキの身体を静かに抱きしめた。

 

 次に、オールマイトがバクゴーの前へ移る。手にしたメダルの色は、銀。

 だが、そのバクゴーが非常に大人しいことに、オールマイトは少々困惑しているようだ。

 

 まあ気持ちはわかる。普段のバクゴーを見ていればさもありなん。

 

「えっと、爆豪少年、準優勝おめでとう?」

「……ンで疑問符ついとんだ」

「いや、いつもの君なら『こんなもんいるか!』とかって言いそうだなって思って……」

「……ハッ」

 

 筋骨隆々の身体で、なぜか怯えたようなコミカルな動きをするオールマイトに、バクゴーは鼻で笑いつつも静かに答えた。

 

「俺は全力を出した。こいつも全力で応えた。その結果に文句つけるなんてクソダセェ真似するかよ。……だから、これはもらっとく。これは俺の……俺だけの傷だ。この傷を否定するやつァ、たとえアンタが許してもこの俺が許さねぇ!」

 

 そしてバクゴーは、オールマイトが恐る恐る差し出していたメダルを引っつかむと、乱雑に自らの首に提げた。

 

 ナンバーワンヒーローを相手に実に不遜な態度だが、言っていることはとても殊勝だ。負けたことに文句はないと言いつつ、不満はあるというのに。

 だがその不満は、己に対してのみだ。だからこそ、今回の結果に価値があると認めているに等しい言い方をしたのだろう。頂点を目指し、常に誰にも負けまいとする彼なら、認められないものは一位であっても断固拒否するはずだ。あのメダルは彼にとって、まさに受け入れるべき傷なのだろう。

 

 しかしそれは、後ろ暗くも恥ずかしくもない傷であるらしい。ゆえに、隠すことなく堂々とさらしたのだろうな。

 さながら、次は絶対に負けないという意思表示のように。そのどこまでもブレない有りように、私はまた口元が緩むのを感じた。

 

「……うむ、その意気だ爆豪少年! 来年を楽しみにしているぞ!」

 

 それをオールマイトも理解したのか、一転して満面の笑みを浮かべると、嬉しそうにバクゴーの身体を抱きしめた。

 

「……おう」

 

 そのバクゴーは、言葉少なに応じただけだったが。

 彼にとっても、オールマイトは特別なのだろう。途端にその心が凪いでいったのが見て取れた。

 

「さて、増栄少女!」

 

 そして私の前にも、彼が来た。

 

 ただ、私と彼の身長差はほぼダブルスコアなので、まったく視線が噛み合わない。

 思わず苦笑してしまったのだが、これを見た教師陣が気を利かせたのだろう。私の足下がせり上がった。

 

 セメントスの仕事だろうな。彼に目礼する。

 

 そんな私の前に金色のメダルが掲げられ、その帯が頭をくぐる。

 

「優勝おめでとう! 強いな君は!」

「いえ、まだまだです。私はまだ精進が足りません」

「おっと? 謙遜はすぎると嫌味に聞こえるぜ?」

「本心ですよ。なぜなら、私が目指すものはこの星の自由と正義を守ることなのですから。そのためにはまだ、何もかも足りません」

 

 即答した私に、オールマイトは一瞬きょとんとした。

 しかしすぐに陽気に笑うと、嬉しそうに私を抱きしめてくる。

 

「こいつは一本取られた! この国どころか、この星とは……そいつは確かに、今よりもっと精進しないといけないな!」

「はい。なので、今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。マスター」

「……ああ! 任せてくれたまえ!」

 

 私から離れたオールマイトは、いつもの笑みを浮かべてどんと胸を叩いた。それにつられるように、私も笑みを浮かべる。

 

 そうして仕事を終えたオールマイトは、カメラに向けて振り返った。

 

「さぁ! 今回は彼らだった! しかし皆さん! この場の誰にも()()に立つ可能性はあった! ご覧いただいた通りだ! 競い! 高め合い! さらに先へと登っていくその姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!」

 

 彼の言葉を間近で向けられた観客から、未来への希望を確信するような感情があふれる。報道陣のフラッシュが連続する。

 またなんとも、そうした注目が似合う男だな。オールマイトは。

 

「てな感じで、最後に一言! 皆さんご唱和ください! せーの!!」

 

 だが、最後の最後で彼が放った言葉と人々が放った言葉が食い違い、なんとも締まらない終わり方をしたのであった。

 

 ……ちょっとしたコメディのようなワンシーンであったが、個人的にはオールマイトという存在とその他の民衆の見ているものがかみ合っていないのではないか? という懸念を感じたのは、私が穿ちすぎであろうか?

 

***

 

「お疲れっつーことで、明日、明後日は休校だ」

 

 すべてが終わり、本日最後のホームルーム。

 壇上に立ったイレイザーヘッドは、いつもの調子で口を開いた。

 

「プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」

 

 そうして、体育祭は終わった。

 終わったが……。

 

「みんなー! 打ち上げしようぜぇい!」

 

 イレイザーヘッドが退室したのを見計らって、ハガクレが腕を振り上げながら立ち上がった。そんな彼女の言葉に、ほとんどのクラスメイトが歓声で応じる。

 

 彼らの素直な姿に、くすりと笑みが漏れた。

 

「じゃあ、私たちについてきてくれ。我が家に案内するよ」

 

 そうして私は、ヒミコと連れ立って先頭に立った。

 

 さて、向かう先は雄英から徒歩十分の場所。どこにでもある住宅街に建つ集合住宅……それが私とヒミコの今の住居である。何の変哲もない集合住宅であり、広さと学校との距離で選んだ場所だ。

 

 ただし、私たちの部屋には複数のドロイドがいる。万が一侵入者があっても、即座に捕縛される運びとなるだろう。

 何せ、彼らにはエレクトロスタッフ(スタンロッドのようなもの。製品によってはライトセーバーとも切り結べる)を搭載しているからな。戦闘プログラムも現時点での最高のものを搭載しているので、建物そのものを狙われない限りは問題ないはずだ。”個性”の存在ゆえに、これでも万全とは言えないのがこの星の恐ろしいところだが。

 

 ともあれ、そういう意味で私たちの家は何の変哲もない、と表現するのに若干の抵抗がある場所になっている。

 

『おじゃましまーす!!』

 

 そこに、A組のほとんどがやってきた。いないのはトドロキとイイダくらいである。

 

 ……バクゴーも来たことについて、少々驚いたのはここだけの話だ。

 

「オ帰リナサイマセ、ますたーガタ。ソシテ、ヨウコソイラッシャイマシタ、オ客様ガタ。ワタクシ、さーゔぁんとどろいどノS-14O(ワンフォーオー)ト申シマス。オ見知リ置キヲ」

 

 それを出迎えたのは、私謹製のサーヴァントドロイド。すなわち使用人型ドロイドである。末尾のOはオリジンのOであり、今販売されているサーヴァントドロイドの初号機であることを示す。

 彼女は初号機ゆえに、今の私の腕と手に入る材料で実現できるあらゆる機能が検証用に盛り込まれている。ゆえに使用人型でありながら、14Oは戦闘も可能な仕様なのである。

 

 ……ところで、ミドリヤは14Oの名前を聞いてそう挙動不審にならないでほしい。フォース越しに見えてしまうではないか……。

 

「うおーっ、ドロイドだ! すげぇ!」

「かっこいい! 私ドロイドって初めて見たよ!」

「フフフ、ソウデショウソウデショウ。ワタクシ、スゴクテカッコイイノデス」

 

 みなの歓声に胸を張る14O。初号機ゆえに気合いを入れた、かつ色々とイレギュラーなAIを積んでいるのだが、おかげで随分と人間くさくなったのは必要経費と言えるだろう。つまり完全な銀河共和国仕様なのだが、おかげで時折とても面倒くさいのが玉に瑕だ。

 ただ、たくさん褒められることでやる気を漲らせるやつでもあるので、今は上機嫌でクラスメイトたちを案内してくれた。

 

「サア皆様コチラヘドウゾ。準備ハスッカリ整ッテイマスヨ」

 

 そんな14Oが先導した先にあるリビングでは、言葉の通り準備が整っていた。テーブルには様々な料理が出来立ての状態で並んでおり、その周辺では14Oのサポートユニットである球体の小型ドロイドが整列している。

 それを見て、また歓声が上がった。

 

 そこからは、特に縛りのないパーティの時間だ。みなで乾杯を交わし、好きなように料理を取りながら談笑する。

 

 腕を負傷しているミドリヤに甲斐甲斐しく介助する小型ドロイドに、ヤオヨロズが丁寧に応対して微笑ましさを提供してくれたり。

 

 ツユちゃんが食事や飲み物を取り分け面倒見の良さを発揮したり。

 

 ウララカの普段の節約を通り越した私生活に、ハガクレやアシドやジローにとても驚愕されたり。

 

 キリシマがセロやショウジらと体育祭を振り返ったり。

 

 トコヤミとオジロが穏やかに食事をしているところに、アオヤマが割り込んでいったり。

 

 ミネタとカミナリが私とヒミコの私室を覗きに行こうとして、14Oに制圧されていたり。

 

 そんな14Oにバクゴーが強い興味を示し、”個性”抜きで軽く手合わせをしたところ互角の乱打戦になって慌ててみなでとめたりした。

 

「14Oさん、とてもお強いのですね」

「なんでロボなのに電気効かねーの……」

「ワタクシ、デキルどろいどデスノデ」

「おい増栄、ドロイドっていくらすんだ」

「14Oはワンオフの特別機だから値がつけられないぞ。市販品なら、本体価格600万くらいだったかな。ここから目的やオプションに応じて上がる」

「ひょええお高い……」

「……案外安いな」

「え?」「ア゛?」

「特別機って、響きがかっこいいよね☆」

 

 などという会話もあった。

 

 そうやって、しばらくして。場もある程度落ち着いてきた頃を見計らって、ヒミコが声を上げた。

 

「あの! 実は私、みんなに謝らないといけないことがあって……」

 

 声を上げたはいいが、一斉に目を向けられた彼女はうつむいてしまった。あわせてだんだん小さくなっていく声を聞いて、私はテレパシーでエールを送る。

 

 それに背を押されるようにして、ヒミコは再び顔を上げた。周りからは依然視線が集まっているが……今度はうつむかなかった。

 

「……私、今回の体育祭、本当にただのお祭りのつもりで参加してたのです。でも……みんなを見てたら、それって一生懸命やってるみんなに申し訳ないなって、思いました。だから……ごめんなさい、なのです……」

 

 少し早口に、そう言い切ったヒミコ。少しだけ沈黙が場に満ちたが……。

 

「でもさ、今は違うんでしょ?」

 

 最初にそう返したのは、ハガクレだった。

 

 彼女の言葉に、ヒミコはこくりと頷く。

 

「お茶子ちゃんが爆豪くんと必死に戦ってるの見て……私、ダメだなって……思ったのです。だから……」

「うん、許す!」

「えっ」

 

 ぽつりぽつりと話すヒミコを遮ったのは、当のウララカだ。麗らかに笑いながら断言した彼女に、ヒミコは目を点にする。

 

「だってそう思った上で、わざわざみんなの前で謝るなんてなかなかできんことだよ。みんなの前でここまでしてくれたんだもん、私はもう許すよ!」

「で……でも。……私、そもそも別に、ヒーローになりたくてここにいるわけでもないし……」

 

 フォース越しに見えてはいても、心で納得できなかったのだろう。まるで罰して欲しそうに、言わなくてもよかったことを付け足したヒミコに、さすがにみんなざわつく。

 

「その、それは増栄さんのように人助けのために……?」

「……違うのです。私……私は、本当に誰かのためとかそういうこと、考えてなくて。ただ、好きな人と同じことがしたくて、それで……」

 

 けれども、ヤオヨロズの問いにヒミコがそう答えた瞬間、みんなが「ん?」と首を傾げた。困惑しているようだ。

 

「……それの何が悪いんだ?」

「えっ」

「な。つまり、好きなヒーローのサイドキックになりたいってことじゃね?」

「うん、別に珍しいことじゃないよねぇ?」

「え、あれ? え?」

 

 周りのリアクションに、ヒミコがあたふたと視線を泳がせる。しかしどれだけそうしても、ヒミコを非難するような気配はまったく起こらない。

 みんな聖人君子か? ヒミコの「好きな人と同じことがしたい」という発言を、そう捉えるとは。それとも、アシドの言うように本当にこの星では珍しくないのか。

 いやまあ、バクゴーだけはもう興味なさそうに……そして不機嫌そうにしているが。彼は例外だ。

 

 ……ヒミコ、こればかりは常識の話だ。私にすがられてもわからないぞ。本当にすまない。

 

「えっと……その、トガさん」

 

 ヒミコにつられる形でどうしたものかと悩み始めた私をよそに、ミドリヤが声を上げた。

 

「サー・ナイトアイってヒーロー、知ってるかな。あのオールマイトのサイドキックをしてたすごい人なんだけど。その人……あくまで噂なんだけど、オールマイトのファンで。オールマイトに頼んで頼んで頼み込んで、根負けさせてサイドキックになったって噂があるんだ」

 

 彼の顔に、ヒミコの視線がまっすぐ向かう。

 それを受けて、ミドリヤはいつものように照れた形で小さく微笑んだ。

 

「もちろん、彼がそのためだけにヒーローになったとは思わないけど……まったく考えてなかったわけでもないと思うんだ。でもそれって、普通のことじゃないかな。僕だって、できるならオールマイトと一緒にヒーローしたいもの」

「……出久くん……」

「だから、僕はトガさんがヒーローになっていいと思うよ。()()()()。だって、『好きな人と同じことがしたい』からヒーロー科に来たなら、トガさんの好きな人はヒーローなんでしょ? じゃあそれって、つまり人助けがしたいってことじゃないか」

 

 ね、と締めくくって、にへっと笑ったミドリヤ。

 

 ヒミコは彼からのろのろと視線を外し、周りを見渡すが……彼の言葉はみなの総意であるらしい。それはみなの態度だけでなく、伝わってくる気配からしてわかろうというもの。

 

「緑谷の言う通りだぜ! オイラなんて女子にモテたくてここまで来たんだぜ? それに比べりゃトガの動機なんてピュアっピュアなかわいい動機だろ!」

 

 その様子にヒミコがうつむく直前、ミネタがショウジの身体によじ登りながら声を張り上げた。

 あまりと言えばあまりな動機に、誰もが……特に女性陣が引いた。

 

 しかし、確かにとも思わされてしまう何かがミネタにはあった。あまりにも堂々と言い張るものだから、一周回って妙な説得力が生まれているのだ。

 そんな彼と比べたら、「好き」だけを理由にしていることに罪悪感を覚えているヒミコはそりゃあ可愛いものだろう。

 

 ヒミコ自身も、それで納得できたのだろう。くすくすと笑って、それから頬を勢いよく叩くと、顔をはっきりと上げた。

 そこには既に、暗い雰囲気はまったくなく。

 

「……よし! 私……今から、ヒーロー目指します! ヒーロー志望のトガです! それで……戦いのときも災害のときも、いつだって好きな人の隣にいる、ちょっと過激な女の子になるのです!」

 

 そう宣言した彼女の顔には、いつもの笑顔が輝いていた。

 

 調子を取り戻した彼女に、内心ホッとしながらも私は声をかける。

 

「だから言っただろう? 大丈夫だと」

「うん!」

 

 そんな彼女を見て、ようやく空気が緩んだ。

 

 そして、アシドとハガクレが両脇からヒミコに抱きつく。

 

「はいはーい! ホッとしたところで……トガっちが好きっていうヒーローが、私気になるなー!」

「私もー!」

「あ、私も気になるー!」

「俺らも聞いていいやつー?」

「もしかしてラブですかーッ!?」

 

 女性陣だけでなく、男性陣からも声が上がる。

 

 ほとんど同時の詰問に、ヒミコはオロオロしながら顔を隠した。

 

「そ、それは……ないしょ、ですよぅ……」

『ラブなんだー!』

 

 ……そこでなぜ恥ずかしがるのだろう。普段から、散々アピールするように私にくっついてくるではないか。

 それとこれとは別なのだろうか? よくわからない。

 

 だが……赤くなった顔を隠すヒミコは、いつもとは違う可愛さがあるなとは、思った。

 思いながら私は、賑やかにからかわれ始めたヒミコを、なんだか不思議な心持ちで眺めるのであった。

 

 ……その後ろで、ミネタが大仕事をやりきったような感慨深げな顔で頷いていたのは、見なかったことにした。




産声を上げるジェダイが一人とは言ってない。
・・・まあ、EP3書き始めた時点ではこんな結末になるとはまったく想定していなかったんですけどね。
峰田が説得でクリティカル出すのも含めて想定外でした。お茶子ちゃんがついて、緑谷がこねた餅の美味いところを持っていきやがった・・・。

あ、ちなみに次がEP3の最終話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.幼年期の終わり

 体育祭の翌日。マスター・イレイザーヘッドが言っていた通り、今日明日は休校である。

 普段は休日であっても何かしら鍛錬をするのだが、昨日はかなり力を使ったので、さすがに今日は純粋な休養日とした。

 

 なので朝からアナキンに勧められた作品にヒミコと一緒に目を通したり、趣味に没頭したり……というようなことをしていた。

 途中、両親から電話がかかってきて色々と話し込んだりなどもしたが……おおむね穏やかな一日であったと思う。

 

 そんな空気が一変したのは、ヒミコの端末に電話がかかってきたときだ。画面に表示された「お父さん」の文字に、彼女は硬直して竦んだ。

 鳴り続けるコール音にヒミコは端末へ手を伸ばすが、何度も躊躇して戻すということを繰り返す。

 

 気持ちはなんとなく読める。つまり彼女は、両親と会話したくないのだ。体育祭を見た両親から、きっと心ないことを言われるから。それが最初からわかっているから。

 

 ……両親と馬が合わないというのは、この際仕方あるまい。以前トドロキの件で少し触れたように、人は生まれてくる場所を選べないのだから。

 家族の縁を切り、無関係な他人となったほうがお互いのためになる親子というものは、間違いなく存在する。そういう場合は、縁を切ることもやむなしと私は思う。

 

 だが、未成年にそれは難しい。この国の法律では親には子供の保護義務があり、その義務を負うものの親権はかなり強く設定されている。そしてそこに立脚する家族のありよう、付き合い方には、政府であっても簡単に口を挟めるものではない。

 だから、私がヒミコの家族のことに踏み込むことは、難しい。色々な意味で。

 

 けれど……。

 

「……コトちゃん……」

「大丈夫だ。私が一緒にいる」

 

 それでも、私は彼女を否定しないと決めたのだ。私だけは、何があっても彼女を受け止めるのだと。

 

 だから私は彼女の隣で手を握ると、空いたほうの手で彼女の身体を軽く抱き寄せる。

 

 彼女の身体は、緊張で強張っていた。無理もない。

 けれど、私の言葉に、少しずつヒミコの身体から力が抜けていった。

 

 ちらと目を向ければ、彼女と目が合う。瞳の中に映る私の顔がゆるりと微笑み、力強く頷いたように見えた。

 

「……うん」

 

 応じてヒミコはぎこちなく笑うと、深呼吸を一つ。そして恐る恐る端末に手を伸ばす。かすかに震える指で、端末の画面に触れた。

 

『被身子! どうしてすぐ出ないんだ!』

 

 途端、男の声が放たれる。ヒミコの父君のものだ。何度かお会いしたことがあるから、間違いない。

 

「――ごめんね。ちょっと、見てるアニメがいいとこだったから。あと、昨日はクラスのみんなと打ち上げパーティしてて。後片付けとかもあったし、忙しかったの」

 

 嘘ではない。実際、私たちはアニメーションを鑑賞していて、佳境を過ぎたところである。今は一時停止状態だ。

 後半も同様に。理由は彼女が言ったとおりである。

 

『……まあいい。体育祭見ていたぞ。トーナメントまで勝ち残るなんて、すごいじゃないか。最後は、まあ、相手が悪かったんだろう、うん』

「……ありがとう」

『だが、あの顔はなんだ? あれはやめろと言っただろう!』

 

 始まりは穏やかに。

 しかし続けられた言葉は、確かに娘に対する一種の拒絶であった。途端にヒミコの顔が曇る。

 

『お前がヒーローになると言ってきたときは安心したのに……本気で努力していたから、もう大丈夫だと思ったのに。だから雄英にだって行かせたし、下宿だって許したんだぞ。それを、あんな……全国放送の場で、あんな不気味な顔を見せるなんてどうかしているぞ! それでヒーローができると思っているのか!?』

 

 拒絶の言葉はなおも続く。あまりにも主観的で、娘の心を慮らない言葉に、私のほうが怒りを覚えてしまいそうになる。

 

 だが私がそう感じたと同時に、ヒミコは震える己の身体を無理やり抑え込むと、暗黒面の力を纏いながら顔を引き締めた。

 

『どうしてお前は普通になれないんだ? どうして――』

「――うるさいなぁ」

『なに?』

「うるさいって、言ったの」

『何を』

「私がどういう顔しようが、どう笑おうが、そんなのお父さんに関係ないでしょ」

『おま……ッ、お前というやつは! 俺はお前のためを思って言ってるんだぞ、それを関係ないだと!? この親不孝者め!』

「嘘。お父さんはただ、私のことで周りから何か言われたくないだけ。周りの目が気になって仕方ないだけ! それを私のためって、お父さんの勝手を私のせいにしないで!」

『バカなことを! 大体、あんな顔のヒーローが売れるわけないだろう! まるで異常者だ! あんな――』

「――異常じゃないもん」

 

 ばっさりと、斬り捨てるように。

 ヒミコは断言した。

 

 端末の向こうで、父君が息を呑んだ音がする。

 

「みんな、かわいいって言ってくれたのです。この顔が、自然だって。一番だって。かわいいって!」

『そ……そんなもの、お世辞だ! 嘘に決まっている! 普通は……』

「ねえお父さん……普通って、何?」

『は……』

「私、普通に生きてるよ。この顔も、趣味も、みんな、みんな私の普通。他の人があんまりしないことが好きなだけ。だから、私は普通に生きるのです。今までも、これからも――」

 

 ヒミコが私を抱きしめた。抱き寄せていたはずの私の身体は、彼女の腕の中にすっぽり収められる。

 

 そうして彼女は、上向きに視線を合わせた私の額に、口づけを落とした。

 

「――私は恋して生きて、普通に死ぬの。それで、もっと好きになる。だから」

 

 そんな彼女に、私も応じる。私の顔近くに回されている彼女の手の甲に、口づける。

 

 ヒミコが、にまりと笑った。いつも通りの、彼女の笑み。

 

 私はこれを――とても、かわいらしいと思う。

 

「だから、お父さん。お母さんも。二人の『普通』を、私に押し付けないで。……大丈夫、ちゃんとヒーローにはなるので」

 

 そしてヒミコはそう締めくくると、言葉を待つことなく端末画面の終話に触れた。

 

 音が途切れる。

 

「……コトちゃん」

「お疲れ様。がんばったな」

「……うん。言ってやったのです」

 

 震える声で笑う彼女に、身体の向きを変えて正面から応じれば、私はきつく抱きしめられた。

 そのまま私も、彼女の身体を抱きしめる。

 

 すると、彼女の身体が私のものへと変わった。体格差がなくなり、無理なくお互いを感じられるようになる。

 

 自分と同じ身体が、体温が、フォースが、己を包んでいる感覚。しかし、それは私ではない。

 私と同じ姿、フォースの彼女がしかし私ではないことを……彼女がトガ・ヒミコであることを、私はもっと根源的なところで()()している。

 

 そして私は、これが。彼女とこうして抱き合っている状況が、存外嫌いではない。

 どうしてそういう結論に達するのか、その根拠は自分でもよくわからないが。

 

「コトちゃん……」

「ああ」

「……ふふ。なんでも」

「そうか」

 

 ともかく、私たちの間に言葉はさほど必要ない。こうして触れ合っていれば、基本的に考えていることは、想いは、伝わるから。

 言葉として出力することに意味が必要なときはその限りではないが、少なくとも今は、出さずとも問題ない。

 

 そうして私たちは、しばらく無言のまま抱き合っていた。

 

「……ふふふ」

「どうした?」

 

 元の姿に戻りながら、ヒミコが笑う。そのまま彼女の顔近くまで抱き上げられながら、私は問うた。

 

 答えは、頬への口づけと共にやってきた。

 

「んーん……ただ……コトちゃんから、初めてキスしてくれたなって、思って」

「……それは。その、別に」

「ふふ、わかってるのです。()()()()()じゃないってことくらい。それでもやっぱり、コトちゃんからこんなにはっきりしてくれたのが初めてで、嬉しくって」

「…………」

 

 言われてみれば、確かに。

 私はヒミコの好意を受け止めることはあっても、自分から向けたことはなかったかもしれない。あるいはそれらしいことを表に出すことすら。

 

 そうか。それは、いささか不義理であったかもしれないな。人間関係は、双方向のものであるだろうに。

 

 けれど、私はこういうときのやり方を知らない。

 私がヒミコに抱いている好意は友人としてであると同時に、フォース・ダイアドとしてのそれであるが……だからこそヒミコは、通常の友人とは明確に異なる。ただの友人として向けるには大きく、しかし恋人として向けるには足らないこの感情を、どのように向ければいいのかわからないのだ。

 シンプルな友人、恋人、家族以外の好意を概念レベルで解していないのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。

 

 ともかく、私は自分から彼女に向けて何かしたいと思っても、どうにもできないのである。交渉とはまた異なる答えのない問いは、人の機微に疎い私にはまったく難問なのだった。

 

 先ほどのことは……よくわからない。自分でも。

 ただあのときは、ああすることが一番正しいと思ったのだ。ジェダイとしては正しくないかもしれないが、ヒミコと向き合う上では正しいことなのだと。

 

「……すまないヒミコ。別に君が嫌いなわけではないんだ。けれど、どうすればいいかわからないんだよ」

「こういうときジェダイはダメダメなのです」

「返す言葉もない」

 

 くすくすと笑うヒミコに、私は苦笑するしかない。

 

 そんな彼女の肩に顎を乗せて、けれど、と言う。

 

「わからないままで終わろうとは思わない。なあヒミコ、この国には『失敗は成功のもと』という言葉があるだろう。何事も挑戦だ。試してみても構わないかい?」

「もちろんなのです。コトちゃんにだったら、何されても大丈夫ですよぉ」

 

 思考もなく闇雲に繰り返したところで意味はないが、さりとて失敗を恐れて何も行動しないなど愚の骨頂だ。

 己の身の振り方に問題があると思ったのなら、省みたのなら、あとは実際に動くべきだろう。

 

 だから、

 

「いつも君のことを想っているよ。それだけは断言できる。間違いなく」

 

 今思いつく、できる限りの誠意を口にしたのであるが。

 

「ふぇう」

 

 ヒミコにはどうやら違う形で刺さったらしい。彼女は顔を赤くして、すっかり固まってしまった。

 

 どうやら間違ったようだ。ヒミコの反応から言って察するに、これは恋人に向ける類のものなのだろう。

 

 ううむ、感情の提示とは実に難しい。一体どうすれば正解なのだ? いや、そもそもこの手のことに正解など存在しないのか……。

 

 待て待て、もしかしなくともこれは考えすぎなのでは? ジェダイとしては、少々踏み込みすぎているのでは……。

 

 真っ赤なままのヒミコを見てうなりながら、私はそのようなことを思うのであった。

 

 

EPISODE Ⅲ「ジェダイの産声」――――完

 

EPISODE Ⅳ へ続く




友達に背中を押されて自分を隠さずテレビに映ったトガちゃんがした選択と、想いを受け止めるだけでろくに返してこなかった理波の選択。
その結果が対象(方や実の両親、方や前世の育ての親)こそ違えど反抗期でした、というお話。

トガちゃんに関しては劇中で理波も言っていますが、嗜好がズレているだけで考え方のの根本は「普通のどこにでもいる思春期の女の子」なんだと思っています。
で、原作にある彼女のセリフ、「もっと好きになる」の対象は、社会、あるいは世界そのものだろうとボクは考えてます。
きっと自分の「普通」をずっと否定されてきた彼女にとって、世界は好きなものではなく。けれど自分らしく「普通」に生きることで、ようやくこの世界を好きになることができたから。
だからこのまま普通に生き続けて、そうすればもっともっと世界が好きになれる。そしてそれは、原作ではヴィランとして死柄木やトゥワイスたちと生きることなのかなと。

ではそんなトガちゃんの両親が、たとえばもう少し、少しだけでも普通でないことに寛容だったらどうなっていたかな、などと思う日々です。

・・・と、言ったところでEP3はおしまい。
今までのEPと同じく、幕間を挟んでEP4へ続くのでもう一日だけお付き合いくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 雄英体育祭一年ステージをまったり語るスレ8 &雄英体育祭一年ステージ出場者を考察するスレ

閑話:無駄話。
幕間:一幕が終わって次の一幕が始まるまでの間。

本作における「閑話」は無駄とは言わないけれど、究極読まなくても物語の理解に影響しないものとして扱っています。
半面、「幕間」は次の物語に向けて意味のある、読んでおくことで物語の理解を深めるものとして扱っています。
つまり、今回の掲示板は今までのものと違って重要です。


201:名無しのヒーロー志望 ID:

表☆彰☆式

 

206:名無しのヒーロー志望 ID:

一人足りなくね?

 

208:名無しのヒーロー志望 ID:

飯田がいないな

 

211:名無しのヒーロー志望 ID:

早退?なんかあったか?

 

216:名無しのヒーロー志望 ID:

あー、たぶんこのニュースだ「https://********」

インゲニウムがヒーロー殺しにやられたらしい。

 

220:名無しのヒーロー志望 ID:

>>216

マ?やべーじゃん

 

224:名無しのヒーロー志望 ID:

よりにもよって今日にやるなよな……空気読めよこれだからヴィランは

 

227:名無しのヒーロー志望 ID:

無事だといいけどな……インゲニウム結構好きなんだけど

 

239:名無しのヒーロー志望 ID:

オールマイト!?

 

243:名無しのヒーロー志望 ID:

いいなー、今年の一年はオールマイトからメダルもらえるのか

 

246:名無しのヒーロー志望 ID:

>>243

貰えるだけじゃなくて授業までしてもらってるんだぞ

 

249:名無しのヒーロー志望 ID:

>>246

そうだった。クソ裏山

 

253:名無しのヒーロー志望 ID:

銅メダルー

 

258:名無しのヒーロー志望 ID:

オールマイト一人一人に話しかけていくのか?

 

264:名無しのヒーロー志望 ID:

何言ってだこいつ

 

266:名無しのヒーロー志望 ID:

轟つまりどういうこと?

 

268:名無しのヒーロー志望 ID:

なんかしがらみとかあったのか?

 

269:名無しのヒーロー志望 ID:

よくわからん

 

274:名無しのヒーロー志望 ID:

いやそこは深く聞いてくれよオールマイト

 

277:名無しのヒーロー志望 ID:

トラウマか何かがあって炎のほうは上手く使えなかったとか?

 

280:名無しのヒーロー志望 ID:

そういえば昔、エンデヴァーの長男が山火事で亡くなってなかったっけ

 

282:名無しのヒーロー志望 ID:

うーん?

 

285:名無しのヒーロー志望 ID:

次に行ってしまった

 

287:名無しのヒーロー志望 ID:

しゃーない、あとで考察スレの連中にどうにかしてもらおう

 

293:名無しのヒーロー志望 ID:

爆豪が思ってたより静かで驚いてるのは俺だけじゃないはず

 

297:名無しのヒーロー志望 ID:

オールマイトも驚いてるww

 

298:名無しのヒーロー志望 ID:

あのオールマイトにここまで言わせるって、こいつどんだけだよww

 

299:名無しのヒーロー志望 ID:

普段からあんななのか……

 

301:名無しのヒーロー志望 ID:

ある意味でブレない男……なのか?

 

305:名無しのヒーロー志望 ID:

でも言ってることはまともだぞ

 

308:名無しのヒーロー志望 ID:

お互いに全力を出し切ったんだからこの結果がすべて、ってことかなー

 

310:名無しのヒーロー志望 ID:

最後超熱かったよ

 

311:名無しのヒーロー志望 ID:

言うやん爆豪

 

312:名無しのヒーロー志望 ID:

ああ見えてもちゃんとヒーロー志望なんだな

 

315:名無しのヒーロー志望 ID:

ちょっとアレだけど、なんだかんだで将来が楽しみなやつではある

 

317:名無しのヒーロー志望 ID:

見直したわ爆豪

 

319:名無しのヒーロー志望 ID:

体育祭が終わったら職場体験だろ?どこ行くかなーうちの近所来ないかなー

 

322:名無しのヒーロー志望 ID:

次の体育祭も楽しみにしてるで!

 

323:名無しのヒーロー志望 ID:

リベンジ期待してるわ

 

327:名無しのヒーロー志望 ID:

幼女

 

330:名無しのヒーロー志望 ID:

身長差www

 

331:名無しのヒーロー志望 ID:

いくらなんでも体格が違いすぎるww

 

333:名無しのヒーロー志望 ID:

これ冗談抜きでダブルスコアなんじゃないか?ww

 

336:名無しのヒーロー志望 ID:

オールマイトって身長いくつだっけ?

 

339:名無しのヒーロー志望 ID:

>>336

公称220センチだったはず

 

341:名無しのヒーロー志望 ID:

>>339

ってことは増栄ちゃんは110センチってことか……

 

343:名無しのヒーロー志望 ID:

ちっさ!

 

345:名無しのヒーロー志望 ID:

六歳児でももうちょっとあるぞww

 

346:名無しのヒーロー志望 ID:p25wHAzg

いや、あの感じだとギリギリ110センチありませんね

 

349:名無しのヒーロー志望 ID:

>>346

ええ……

 

350:名無しのヒーロー志望 ID:

>>346

あんたも最後までブレないやつだな……

 

351:名無しのヒーロー志望 ID:

>>346

どこからそんなことがわかるんだよ……

 

353:名無しのヒーロー志望 ID:

>>346

さすがにキモいよ……

 

355:名無しのヒーロー志望 ID:

土台が高くなった

 

358:名無しのヒーロー志望 ID:

セメントス相変わらずいい仕事する

 

360:名無しのヒーロー志望 ID:

サンキューケン

 

362:名無しのヒーロー志望 ID:

>>360

ケン?

 

363:名無しのヒーロー志望 ID:

>>362

セメントスの本名だよ

 

364:名無しのヒーロー志望 ID:

>>363

マジかww

 

367:名無しのヒーロー志望 ID:

この星の自由と正義を守る

 

368:名無しのヒーロー志望 ID:

大きく出たな―

 

369:名無しのヒーロー志望 ID:

夢はでっかく

 

372:名無しのヒーロー志望 ID:

世界規模で知名度があるオールマイトでも地球全体を救って回ることはできなかったというのに

 

374:名無しのヒーロー志望 ID:

つまりこれは遠回しなオールマイト超え宣言ってことか?

 

377:名無しのヒーロー志望 ID:

いやー、さすがにオールマイト超えは無理じゃね?

 

379:名無しのヒーロー志望 ID:

言うてオールマイトもいい歳だろ?

実年齢は知らないけど、結構長いことヒーローやってるわけだし

 

381:名無しのヒーロー志望 ID:

>>379

雄英への着任は後継者探しって説もあるもんな

今のところ与太話の域を出ないけど

 

384:名無しのヒーロー志望 ID:

まあなんにせよ、若いやつらがオールマイトを超えるんだってこういう場で宣言するのはいいことだよ

できるかどうかはさておき、それだけの向上心があるんだから

 

386:名無しのヒーロー志望 ID:

>>384

オールマイトを超えるって言ってて実力が見合ってるの、今んとこエンデヴァーしかいないもんなー

そのエンデヴァーも若くはないし

 

389:名無しのヒーロー志望 ID:

そこらへんの底辺ヒーロー科のやつが言うならともかく、雄英でトップ取ったやつの言うことなら俺らも信じられる

 

391:名無しのヒーロー志望 ID:

>>389

説得力がダンチよな

 

392:名無しのヒーロー志望 ID:

>>389

わかる。それにこの子、ここまで一貫してヒーローらしいことしかしてないし。

 

394:名無しのヒーロー志望 ID:

>>389

この子ならやってくれるんじゃないかってちゃんと思えるよね

 

398:名無しのヒーロー志望 ID:p25wHAzg

品行方正で頼もしい幼女ですね!

そんな幼女に私の貞操も守ってもらいたいです差し上げますので。

 

401:名無しのヒーロー志望 ID:

>>398

吐き気を催す邪悪

 

402:名無しのヒーロー志望 ID:

>>398

今いい雰囲気だったでしょうがあ!

 

406:名無しのヒーロー志望 ID:

オールマイトこういうときは本当にいいこと言う

 

409:名無しのヒーロー志望 ID:

そうだよな、次はちゃんと育ってるんだもんな

 

410:名無しのヒーロー志望 ID:

少なくとも幼女と爆豪は既に十分

それ以外でも緑谷なんかもちゃんとヒーローしてたよな

 

411:名無しのヒーロー志望 ID:

誰もがこの表彰台にいる可能性があったかはちょっと疑問じゃね?w

 

413:名無しのヒーロー志望 ID:

>>411

シッ!

 

416:名無しのヒーロー志望 ID:

プルスウルトラ!

 

417:名無しのヒーロー志望 ID:

プルスウルトラ

 

418:名無しのヒーロー志望 ID:

plus ultra

 

419:名無しのヒーロー志望 ID:

Plus Ultra!

 

421:名無しのヒーロー志望 ID:

プルス

 

424:名無しのヒーロー志望 ID:

お疲れさまでしたwwwww

 

426:名無しのヒーロー志望 ID:

オールマイトwww

 

427:名無しのヒーロー志望 ID:

オwwwチwww

 

428:名無しのヒーロー志望 ID:

最後の最後でそれはないわwww

 

429:名無しのヒーロー志望 ID:

こういうとこあるからオールマイトって憎めないんだよなww

 

436:名無しのヒーロー志望 ID:

>>429

近所のおじさんって感じだよねww

 

437:名無しのヒーロー志望 ID:

>>429

わかるwww

 

440:名無しのヒーロー志望 ID:

まあいい締めだったよwww

 

443:名無しのヒーロー志望 ID:

来年またここで会おうぜ!

 

444:名無しのヒーロー志望 ID:

お疲れさまでしたー!

 

***

 

(トーナメント一回戦頃の考察スレ(なお現在はいくつかの書き込みが削除されています)

339:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

そんなバカなと思いながら見てたけど、そんなバカなだった

トガのやつ何してんだよ

 

340:名無しのヒーロー志望 ID:

>>339

なんだどうした

 

341:名無しのヒーロー志望 ID:

>>339

トガちゃんがどうかしたのか

 

342:名無しのヒーロー志望 ID:

>>339

それ個性に関係ある話?

 

343:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

いや俺中学で同級生だったんだけどさぁ

 

344:名無しのヒーロー志望 ID:

>>343

マ?

 

345:名無しのヒーロー志望 ID:

囲め!情報を抜き出すんだ!

 

348:名無しのヒーロー志望 ID:

>>343

てことはオメー高一か?

こんなところで油売ってないで勉強でもしなさいよ

 

350:名無しのヒーロー志望 ID:

>>343

さあキリキリ吐いてもらうぜ!

 

351:名無しのヒーロー志望 ID:

>>343

ずばりトガちゃんの個性は念力だろ!?

 

354:名無しのヒーロー志望 ID:

>>343

いや磁力系だろ!な!?

 

363:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

あいつ今年高二になるはずなんだけどなんで一年ステージにいるの?

 

366:名無しのヒーロー志望 ID:

>>363

……は?

 

367:名無しのヒーロー志望 ID:

>>363

はあ?

 

368:名無しのヒーロー志望 ID:

>>363

ハア?

 

369:名無しのヒーロー志望 ID:

>>363

はーーーー??

 

370:名無しのヒーロー志望 ID:

>>363

いきなり何言ってんのお前

 

373:名無しのヒーロー志望 ID:

一年ステージにいるやつが実は一個上とか、さすがにそんな餌に釣られるやつはおらんわ

 

376:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

いやマジなんだって!!

 

377:名無しのヒーロー志望 ID:

はいはい解散解散

 

380:名無しのヒーロー志望 ID:

アホらし

 

383:名無しのヒーロー志望 ID:

時間の無駄だったわ

 

406:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

マジだっつってんじゃん!!

ほら!!「https://********(二年前の某中学校の卒業式の写真の写真)」

 

413:名無しのヒーロー志望 ID:

>>406

は?

 

414:名無しのヒーロー志望 ID:

>>406

は????

 

415:名無しのヒーロー志望 ID:

>>406

はあ!?

 

416:名無しのヒーロー志望 ID:

>>406

マジじゃん

 

420:名無しのヒーロー志望 ID:

真ん中列の一番右の子だよなトガちゃん

 

422:名無しのヒーロー志望 ID:

コラちゃうんか??

 

427:名無しのヒーロー志望 ID:

ぱっと見は加工の痕跡はなさそうだが……

 

432:名無しのヒーロー志望 ID:

マジか

 

435:名無しのヒーロー志望 ID:

え?じゃあ何か?

トガちゃんは留年してまで雄英に来たってことか?

 

439:名無しのヒーロー志望 ID:

>>435

いや、>>339の「高二のはず」って書き方からして雄英には行ってないんじゃないか?

 

441:名無しのヒーロー志望 ID:

>>439

はあああ!?

 

445:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

>>439

そうなんだよ

トガは確か〇〇高校に行ったとかって聞いてたんだけど

 

446:名無しのヒーロー志望 ID:

>>445

知らない高校ですね……

 

450:名無しのヒーロー志望 ID:

>>446

調べてみたけど、関東のどこにでもある普通の市立高校っぽい

 

452:名無しのヒーロー志望 ID:

まさか退学して受験し直したのか?

 

454:名無しのヒーロー志望 ID:

>>452

なんのために?

 

455:名無しのヒーロー志望 ID:

ヒーローになるためにわざわざ?

 

456:名無しのヒーロー志望 ID:

そこまでするか普通??

 

457:名無しのヒーロー志望 ID:

転校とかでよかったじゃん

 

460:名無しのヒーロー志望 ID:

>>457

それ

 

461:名無しのヒーロー志望 ID:

なんでわざわざ面倒かつ金のかかるやり方を……?

 

462:名無しのヒーロー志望 ID:

ますます謎が深まるな……

 

463:名無しのヒーロー志望 ID:

なんか思いなおすような経験でもしたんだろうか

 

466:名無しのヒーロー志望 ID:

ちなみに>>339はトガちゃんの個性知ってんの?

 

469:名無しのヒーロー志望 ID:

そうそう個性だよ個性

 

470:名無しのヒーロー志望 ID:

そこんとこどうなんだ?

 

471:名無しのヒーロー志望 ID:

kwsk

 

475:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

変身だったかな?

使うところ見たことないから、実際どうなのかは知らないけど

 

476:名無しのヒーロー志望 ID:

変身!?

 

480:名無しのヒーロー志望 ID:

あーーーー!

なるほどーーーー!!

そういうことかーーーー!!

 

481:名無しのヒーロー志望 ID:

その発想はなかった

 

482:名無しのヒーロー志望 ID:

確かにそれならしっくり来る、つまり念力は幼女の個性で、それを使ってるんだ

 

484:名無しのヒーロー志望 ID:AekF9i3O

実に興味深いね。

 

485:名無しのヒーロー志望 ID:

変身しないで他の個性使ってるっぽいのは?

 

488:名無しのヒーロー志望 ID:

>>485

一部だけ変身してるとかじゃないか。手だけとかならぱっと見わからんから、必殺技とまではいかなくても色々と選択肢になるだろ

 

491:名無しのヒーロー志望 ID:

>>488

なるほど!!

 

492:名無しのヒーロー志望 ID:

>>488

頭いい

 

493:名無しのヒーロー志望 ID:

>>488

これだわ

 

497:名無しのヒーロー志望 ID:

変身した!

 

499:名無しのヒーロー志望 ID:

マジだったんか

 

500:名無しのヒーロー志望 ID:

幼女になった!!

 

503:名無しのヒーロー志望 ID:

電撃受け止めてるゥー!ww

 

505:名無しのヒーロー志望 ID:AekF9i3O

騎馬戦で増栄もやっていたね。なるほどこれはよさそうな個性だ。

 

506:名無しのヒーロー志望 ID:

変身した人の個性まで使えるのはかなり強個性だぞ。優勝候補が増えたな。

 

507:名無しのヒーロー志望 ID:

ただのガチレズじゃなかったのか……

 

510:名無しのヒーロー志望 ID:

>>507

そこは言ってやるなよww

 

511:名無しのヒーロー志望 ID:

>>507

とっさの変身先として幼女を選ぶあたり、やっぱガチだよねこの子www

 

514:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

予選最初から見ててもしかしてって思ってたけど、やっぱトガってレズだよなぁ?

クラスでも結構人気だったんだけどなー

 

519:名無しのヒーロー志望 ID:

>>514

多様性の時代だからな、そこは潔く認めたまえよ少年

 

520:名無しのヒーロー志望 ID:

>>514

お、好きだった口かなー?んんー??

 

525:名無しのヒーロー志望 ID:

>>520

やめとけよおっさん若いのに絡むなんて見苦しいぞ

 

530:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

いやーまあー、嫌いではなかったけど、なんかヤベー顔してるし正直引いたよね

おまけにまさかロリコンのレズとは、たまげたなぁ

さすがにないっすわ

 

533:名無しのヒーロー志望 ID:

>>530

ド正論で殴るのやめーやww

 

535:名無しのヒーロー志望 ID:

>>530

確かにあの顔は人選ぶかもなww

 

536:名無しのヒーロー志望 ID:

>>535

ああいうのはヒーローやるなら響くかもだしなー

 

539:名無しのヒーロー志望 ID:

俺は嫌いじゃないけどなぁ

 

542:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

それにほんとかは知らんけど、トガに殺されそうになったやつがいるって噂聞いたことあるし

 

544:名無しのヒーロー志望 ID:

>>542

は?

 

545:名無しのヒーロー志望 ID:

>>542

はあ?

 

546:名無しのヒーロー志望 ID:

>>542

それマジ?

 

549:名無しのヒーロー志望 ID:

だとしたらヤバくね?

 

553:名無しのヒーロー志望 ID:8iOC22pz

なんかいきなり喉元にかみついてきたとかなんとかって聞いてる

 

556:名無しのヒーロー志望 ID:

>>553

マジなら超やべーやつじゃん

 

558:名無しのヒーロー志望 ID:

かみつくとはまた妙な攻撃だな……異形型でもないだろうに

 

560:名無しのヒーロー志望 ID:

そこらへん雄英はどうしてんの?

 

561:名無しのヒーロー志望 ID:

これ雄英もわかってるとしたらヤバくね?

 

562:名無しのヒーロー志望 ID:

>>553

ヴィランじゃんそんなの

 

564:名無しのヒーロー志望 ID:

こないだの襲撃事件もなんか関係してんじゃね?

 

565:名無しのヒーロー志望 ID:

こわちか

 

599:名無しのヒーロー志望 ID:p25wHAzg

みんな憶測でトガちゃんを悪く言うのはやめません?

彼もあくまで「噂」と言っていますし。

 

***

 

 職業柄、あるいは趣味の延長上。そして何より「彼」という大望のため、ドクターと呼ばれる「彼」の腹心は、体育祭が始まる前からネットの掲示板に張りついていた。

 

 今は教育者を標榜している「彼」はそちらに張りついていられるほどの時間があったわけではないが、その気持ちは理解できた。なぜなら二人にしてみれば、優秀な”個性”の持ち主が集まる雄英体育祭はただの品評会でしかないのだから。

 

 まあ「彼」は鼻を失い、目も失った身であるため、自ら書き込んだりはできないのだが。

 それでも、楽しそうなドクターに聞かされる有象無象の戯言はこれで案外面白いものだ。中には「彼」であっても感心させられる書き込みも、稀にだが確かにあるのだから、大衆というものも存外侮れない。

 

 だから、ドクターからその内容を聞いた「彼」は、すぐに興味を示した。

 

 もちろん”個性”だけではない。

 いや、それももちろん気になる。気になるから書き込みもしてもらった。だがそれとはまた別に、興味を惹かれたことがある。

 

 ゆえにこそ彼は、のっぺらぼうとなってしまった顔を腹心の声を放つモニターに向けて、ぽつりと。

 

 一言、こぼした。

 

()()?」




はい、というわけで今度こそEP3はおしまいです。
ここまでおよそ一か月間、お付き合いいただきありがとうございました。

EP4はいつものように、書きためてから投稿していく予定です。
ただ今回は半ばEP3の投稿に並行して閑話を書いてたので、まだ5話分くらいしかストックがありません。
少々投稿再開までお時間をいただくことになると思いますが、なにとぞご容赦いただきたく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅳ ファントム・メナス
1.名前をつけてみようの会


お待たせしました、投稿再開します。


 休校二日目。昨日は完全な休養に充てたので、今日は普段通り鍛錬を行いながら過ごす。

 昨日の一件以来ヒミコは顔を合わせるたびに軽く赤面していたようだが、私は普段通りだ。彼女としても合わせないわけではないし、別段私が嫌いになったわけではない。そのうち慣れるだろう。

 

 そう考えつつ、午前中の鍛錬を終え。ヒミコとシャワーを浴び、一息ついているときのことであった。

 

「ますたー。ゴ学友ノ飯田サマカラ、オ電話デス」

 

 S-14Oがやってきてそう言った。

 

「イイダから? わかった、出よう」

「ハイドーゾ」

 

 彼女から端末を受け取り、私は身体ごとヒミコの膝から頭を起こす。

 

「もしもしイイダか?」

『もしもし? 休日に突然の電話、すまない』

「いや、ちょうど休憩していたところだ。大丈夫だよ。どうかしたのか?」

 

 と言いつつ、電話口からも感じる暗黒面の気配に、なんとなく事態は察せられた。

 

『ああ……その、つかぬことを聞くのだが。増栄くんの……”個性”で。脊髄の損傷を……治療することは、可能だろうか……?』

 

 そしてその予想は、続いた彼の言葉で確信へと変わった。

 

 イイダの兄、プロヒーロー・インゲニウムがステインなるヴィランに敗北し、重傷を負ったというニュースは体育祭の時点でわかっていた。どうやらインゲニウムは、脊髄を損傷したのだろう。ということは……この星の今の医療技術では、日常に戻ることはできてもヒーローに戻ることはできないだろう。

 

 これは生真面目で、情に厚いイイダには相当に堪えただろうな。彼でなくとも、憧れであり自らの原点とも言える存在の復帰が絶望的となれば、大多数の人間は暗い感情を抱くだろう。

 そしてなんとかして尊敬する兄を助けたくて、望みは薄くとも私に……と言ったところか。

 

 しかし……残念ながらそれは不可能だ。イイダの気持ちを思えば言いたくはない。言いたくはないが、言うべきことは言わなければならないだろう。

 

「……普通は症状の程度がわからない場合、断言はしないのだが。今回ばかりは……すまない、断言する。不可能だ」

『……ッ! 不可、能……なのか……』

「私の”個性”による治療は、リカバリーガールのそれとほぼ同じ仕組みだ。すなわち対象の治癒力を底上げするもの。人間の自然治癒で治らないものは、治せないのだ」

『そ……う、か……』

 

 愕然と、と言うに相応しい暗い声がスピーカーから聞こえてきた。

 

 ああ、彼が一歩暗黒面に近づいてしまった。愛がふとした瞬間、憎悪へ反転する好例だ。だからこそ、ジェダイはそれを抱くことを禁じたわけだが……しかし今の私は、イイダの気持ちが少しわかる。

 私も、家族やヒミコに万が一のことがあったら、彼のように暗黒面に踏み込まないとは言い切れない。かつてのようにないと断言することは、もはや今の私には不可能だ。

 

 それでも、無理だと断言すればこうなることはわかっていた。いたが……しかし、下手なことを言って逆効果になったほうがもっとまずいだろう。だから言うしかなかった。

 ……それに、当てがないわけでもないから。だから。

 

『……すまない、突然の電話にも関わらず答えてくれてありがとう。では学校で……』

「待てイイダ、電話を切るな。話は終わっていない」

『……?』

「確かに、私の”個性”で脊髄の治療は不可能だ。身体にマヒがあったとして、それを治すことはできないだろう。だが――」

 

 そう言う私の脳裏をよぎるものは、前世。クローン戦争のことだ。

 あの当時、大量のクローン兵士が()()された。ジェダイですらときにあっけなく死ぬ戦場で、しかし彼らは死んだ端から補充された。将軍であり、替えの利かないジェダイとは違う彼らはまさに道具であり、いつ死んでもさほど問題ではない消耗品。それが大衆的なクローン兵士観だった。

 

 しかし彼らには希薄とはいえ自我があり、さらには経験を積むことでそれを確立したものもいた。付け加えれば、戦場での経験はクローンであっても替えが利くものではない。

 何より、彼らはクローンであっても人間。その()()など許されるものではなく。

 ゆえに私は戦争勃発後、自らの機械技術を彼らのために活かして後方任務の傍ら様々な開発・研究事業にも協力していた。実際にそのための機械を造ったことだって、何度もある。

 

 だから。

 

「――義肢なら、造れるぞ」

『……なん、だって?』

 

 私は電話の向こうに、断言した。

 

***

 

 体育祭が明け、通常の授業が始まる日。やはり全国放送の影響は強いらしく、たった十分程度の通学時間であっても相当声をかけられてしまった。

 私やヒミコが目立っていたことはお互い自覚するところであるので、仕方ないとも思うが……十分でこれなら、それなりの時間をかけて通ってきている面々は相当に辟易とさせられているだろうな。

 

「超声かけられたよ来る途中!」

「私もジロジロ見られてなんか恥ずかしかった!」

「俺も!」

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」

「ドンマイ」

 

 クラス全体の空気もそんな感じで、なんとなく浮ついたものを感じる。この辺りはみな歳相応だな。

 

「一位の増栄なんてすごかったんじゃねえか!?」

「どうだろう……確かに声はかけられたが、私たちはすぐ近くに住んでいるからな。回数、人数の合計はみなより少ないのではないかな」

「私はせっかくなので見せつけてきたのです」

「マジか! 漢らしいなトガ!」

「……そういうのかコレ?」

 

 ……ただ、その状況で見せつけるように密着するヒミコは、なんというかいつも通りである。立ち直ったようで何より。

 

 14Oによると、ネットワーク上では私たちが()()()()関係にあると邪推する書き込みが相当数あったようだが、この国では「人の噂も七十五日」という言葉がある。移り気な人間を表現した言い得て妙な言葉だ。匿名で無責任にはやし立てるものたちの他愛もない言説など、そのうち風化するだろう。

 まあ別にしなくとも噂そのものに困りはしないが、それで周囲が騒がしくなるのは面倒だ。こういう情報に嬉々として飛びつく民衆が面倒なのは、恐らく人が人である以上どこに行っても変わらないのだろうな。

 

 さて、そうして始まった最初の授業はヒーロー情報学である。ヒーロー基礎学の一つであるが、中でもヒーローに関わる歴史や法律など、主に知識に関する授業だ。

 担当はマスター・イレイザーヘッド。彼は体育祭時には吊っていたギプスが完全に取れ、すっかり完治した姿で現れた。

 

「今日のヒーロー情報学はちょっと特別だぞ」

 

 彼がそこで一拍間を挟むと、周囲から緊張の気配が一気に強くなる。

 

「『コードネーム』……ヒーロー名の考案だ」

『胸膨らむやつきたああああ!!』

 

 だが、マスターが言葉を続けた途端、クラス全体がどっと湧いた。

 まあ、直後にマスターのひとにらみであっという間に鎮まるのだが。相変わらず、マスターはこの辺りの緩急のつけ方がうまい。

 

 その後淡々と説明を行うマスターによれば、今回のプロからの指名は将来性に対する興味に近いものだという。まだ一年生なのだから当然とも言えるだろう。

 確か、この指名を使って職場体験に行くのだったな……と思いながら聞いていると、マスターは指名の数を表示させた。

 

「例年はもっとバラけるんだが、あまり見ない形の偏り方をした」

 

 そう言うマスターの横の表には、十五人の名前が並んでいる。どうやら最終種目に出場した生徒には、全員何かしらの指名が入ったようだ。

 

 一番上に配されている名前は、僭越ながら私だ。数は2198。

 次いでバクゴー、トドロキと体育祭の順位通りに並ぶ。数は順に1904、1800。

 

 この下には順位を飛び越えてヒミコが970と続き、そこからイイダ、トコヤミ、ミドリヤ、カミナリ、ヤオヨロズの五人が順とはいえ300前後の数値で集中している。

 そしてツユちゃん、キリシマ、ウララカ、ジロー、アシド、セロの六人が90前後で集中。数字が近いものの塊が複数、という……確かにあまり見ない形の偏り方だ。

 

 もっとも、周りは偏りがどうこうというより、指名が来たかどうかで反応しているようだ。アオヤマは「見る目ないよねプロ」と渋い顔をしているし、ウララカは来ると思っていなかったのか歓声を上げながら前の席のイイダを揺さぶっている。

 

 ミドリヤもその辺りは似たようなもので、後ろからものすごく驚いている気配が伝わってくる。やはり彼はまだ自分に自信がないのだろうなぁ。彼にとって、これがいい成功体験になるといいのだが。

 

「これを踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に体験してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りある訓練をしようってこった」

「なるほど、それでヒーロー名ってことですね」

「俄然楽しみになってきたぁ!」

 

 嬉しそうに声を上げるジローとウララカに、マスターがかすかに頷く。

 

「まぁ仮ではあるが、適当なもんは……」

 

 そしてそう言いかけたときである。

 

「つけたら地獄を見ちゃうよ!」

「ミッドナイト!」

 

 言葉を引き継ぐ形で、マスター・ミッドナイトが意気揚々と教室内に入ってきた。まるで豊満な肢体を見せつけるようにである。

 ずっと教室の外に待機していたからいつ入ってくるのかと思っていたが、このタイミングか。

 

「このときの名が! 世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!」

「まぁそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん」

 

 ミッドナイトの入場にもさしてリアクションすることなく、さらりとイレイザーヘッドが言う。

 

 ……そうだろうか? 彼の「イレイザーヘッド」という名前はなかなかいい名前だと思うのだが。もしかして、人につけてもらった名前なのだろうか。

 

「将来自分がどうなるのか……名をつけることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。……『オールマイト』とかな」

 

 彼はそう締めくくると、寝袋を取り出して入ってしまった。

 

 ふむ、名は体を表す、か。表意文字を用いる言語体系の国らしい格言だな。

 しかしヒーロー名なぁ……。これほど早く決めろと言われることになるとは思っていなかったから、まったく考えていないぞ。どうしたものだろう。

 

 とりあえず前からフリップとペンを受け取り、残りを後ろに回しつつ考える。

 

『コトちゃんどうしましょう。全然なんにも考えてないのですよ……』

『私もだ。いやはや困ったものだ』

 

 ヒミコも同様らしく、テレパシーで感じる彼女の声は今まで聞いた中でも相当に困っている様子だった。

 

 彼女は私より深刻だろう。つい最近までヒーローに一切興味がなかったのだから、こういう話はそれこそ慮外のものだったはずだ。

 ここで決めたものが最後まで使われる可能性を考えれば、下手なものはつけられないしなぁ。

 

 そんなことを考えながら、しかし時間はあっという間に過ぎていった。

 

「じゃ、そろそろできた人から発表してね!」

『え』

 

 そして十五分ほど経って。ミッドナイトの言葉に、一瞬クラス全体が固まった。発表形式ということで、緊張感が生まれたらしい。

 だがそんな中を、出席番号一番のアオヤマが堂々と先陣を切った。元々何かと目立ちたがる彼だ。こういう状況は、彼にしてみればむしろ好都合なのかもしれない。

 

「行くよ。……輝きヒーロー『I can not stop twincling(キラキラがとめられないよ)☆』」

 

 しかしその彼の提示した名前は、随分と特殊なものであった。彼自身は自信満々だが、まさかの短文である。バクゴーやトドロキすらこれには唖然とし、クラス全体の心が一つになった。

 

 が、ミッドナイトは動じない。

 

「そこはIを取ってCan'tに省略したほうが呼びやすい」

「それねマドモアゼル☆」

 

 ほぼノータイムでそう言ってのけ、飄々と会話を続けたのだ。もしかすると、今までの教師生活で似たようなものを見たことがあるのかもしれない。あるいは、もっととんでもない名前を出してきた生徒がいたのか。

 

 いずれにせよ、妙な出だしとなってしまった。その空気は、アシドが「エイリアンクイーン」という名称を出したことで決定的となった。

 銀河共和国出身としては、エイリアンという言葉には特に悪いイメージはないのだが、この星の人間はそうではないだろうなぁ……。

 

 と、思っていたが、ツユちゃんが流れを元に戻してくれた。さすが、冷静沈着でしっかり者のツユちゃんである。

 

「小学生のときから決めてたの」

 

 そう言いながら彼女が提示したフリップに書かれていたのは、「梅雨入りヒーロー・フロッピー」。ミッドナイトの言う通り親しみやすく、大勢から愛される名前であろう。私の頭ではとても思いつきそうにない。

 

 彼女に続くように、キリシマが昔のヒーローにあやかった「烈怒頼雄斗(レッドライオット)」を挙げた。己の目指すヒーロー像はそれであると。

 さらにジローが「イヤホン=ジャック」、ショージが「テンタコル」、セロが「セロファン」……と、次々に発表していく。ミッドナイトはそのほとんどをよしとし、ヒーロー名が決まっていった。

 

 さすがにトドロキが「ショート」と自身の名前をそのまま出してきたときは、それでいいのかと尋ねたが……彼が問題ないと答えたあとは特に何も言わなかった。プライバシーにかかわる問題は起こりかねないと思うが、本人が気にしないなら本名でもいいということなのだろう。

 

 ……まあ、バクゴーだけは「爆殺王」と提示した結果、即却下されていたが。彼はその査定に納得していないようだったが、納得していないのは彼だけだろうな……。

 

 と、一通りクラスメイトのほとんどがヒーロー名を決めたところで、私も決めることにした。みなの名乗りが、しっかりヒントになってくれた。

 

 私は、ヒーローを目指していない。私が目指すものはジェダイの復興だ。ゆえに、みなのように「ヒーロー」という単語は使わない。

 だからこそ、私が名乗るものは。

 

「……『ジェダイナイト・アヴタス』? どういう意味かしら」

 

 私が提示した文字を見て、ミッドナイトはもちろんクラスのほとんどが首を傾げた。

 まあ、そうなるだろう。当たり前だ。むしろ知っているような反応をされたら、私から即座に声をかける。

 

 しかしこれこそ、私がかつて歩んだ道を示す名前なのだ。今の私にとってそれは完全な理想ではなくなってしまったし、実際その教えのいくつかは破ってしまっている。何より、もはやこの宇宙のどこにも存在しない組織に身命を捧げた過去の男の名前でしかない。

 けれども、そうであった己を捨てることは私にはできないのである。滅びはしても、死んだとしても、その生き方の大部分が理想であり、私の根底であることには変わりないから。

 

 イレイザーヘッドならば、それこそ不合理と言うかもしれない。だが、生まれ変わって思うようになったのだ。これが人間なのだと。

 

 だから、ジェダイの名前は。そしてそうであった己の名前こそ、私が名乗るべき名前であろう。そう思った。

 

「ジェダイとは遠い昔、遥か彼方の銀河系に存在した治安維持組織の名前であり、そこに所属していたものたちをも指す言葉です。そしてアヴタスは、そこに所属していたとある人物の名前になります」

 

 なので、ほぼ問われたままに答えたが……途端に全員の目が微笑ましいものを見るそれになった。

 うむ、目論見通り子供の戯言と思ってくれたらしい。さすがに前世の自分の名前だと答えていたら、もう少し違った反応になっただろうが。言わなくて正解だったな。

 

「そう……うん、そうね。なかなか想像力が豊かで結構」

 

 そう思っていたら、ミッドナイトに頭をなでられた。戯言と思われたほうが都合がいいのだが、ここまで子ども扱いされるのも少々遺憾だぞ。

 

 なので視線だけでも抗議のつもりでじとりと向けたら、ますますにっこりと微笑まれた。解せぬ。

 

「さて、思ってたよりずっとスムーズ! 残ってるのは再考の爆豪くんと……飯田くん、トガさん、そして緑谷くんね!」

 

 席に戻る私の後ろで、ミッドナイトがそう言ってクラスを見渡した。

 

 これに応じるように、イイダが席を立つ。

 彼が掲げたものは、トドロキと同じく己の名前であった。

 

 しかし、出した彼自身が納得していないように見える。いつもと異なり暗黒面の気配が漂っている辺り、やはりインゲニウムの一件が尾を引いているのだろう。昨日義肢の話を持ち掛けたが、関係各所の許可も必要になるし、すぐにどうこうできるものではないからな……。

 

 と、そんなイイダを見送りながら隣のヒミコに目を向けたところ、彼女と目が合った。悩んでいる……というよりは、確認を取ろうとする目だ。

 彼女の内心が聞こえてくる。

 

『……私もジェダイの名前、使っていーい? 私、どっちかっていうとシスな気しますけど』

 

 うん。確かに彼女は、ジェダイというよりシスだろう。シスは、良心に屈することなく己の欲望を貫徹する奔放な精神を持つことが肝要……らしいからな。

 

 しかし、私と一緒にいたいという一念で社会規範に従うことをよしとした今の彼女ならば、ジェダイを名乗る資格はあると思う。つまるところ、彼女はどちらかに分けることができない中間の存在なのだ。どちらでもなく、どちらにでもなれる。”個性”も含めて、そういう存在なのだろう。

 

 まあ、かつてのジェダイならば間違いなく不適格とされるだろうが。今の時代、ジェダイを名乗ろうなどという人間は私くらいのものだ。その私がいいと思うのだから、ヒミコがジェダイを名乗っても問題はないだろう。

 

『なあアナキン、君もそう思わないか?』

『好きにすればいいと思うよ』

 

 念のため虚空にテレパシーを送れば、どうでもよさそうな返事が来た。そんな投げやりな……とは思ったものの、実際ほとんどどうでもいいのだろう。彼にとってはどちらも終わった話だしな。

 

 と、そうこうしているうちに、ミドリヤが壇上に立った。彼の発表に、再びクラスが困惑する。

 なぜなら、彼が掲げたものは「デク」であったからだ。それは一般的に蔑称であり、ミドリヤ自身もわかっているはずだが。

 

「今まで好きじゃなかった。けどある人に意味を変えられて……僕には結構な衝撃で……嬉しかったんだ。だから……これが僕のヒーロー名です」

 

 だが彼はそう言うと、少しはにかんで見せた。そこに無理をしているような様子はまったくない。

 

 なるほど、入学初日にウララカが言っていた話か。つまり、彼は悪い意味でデクを名乗るのではなく、「がんばれ」という意味で名乗るのだな。

 いいのではないだろうか。蔑称を名前にするという風習自体は、わりと各地に存在することだし。

 彼がこれからデクを名乗ることでこの言葉が蔑称ではなくなるのであれば、それは意義のあることであろうと思う。

 

「じゃあ次、私行きまーす!」

 

 そんなミドリヤと入れ替わりで、ヒミコが壇上に立つ。そして、みたびクラスが困惑した。

 

「はい! 『ジェダイナイト・トランシィ』! です!」

 

 トランシィ……英語で変身を意味する「トランスフォーム」の頭から取ったのだろう。

 そしてなんとなくだが、不思議とシス寄りの雰囲気を感じる。ダースとついていても違和感がない。

 だからこそだろうか。ジェダイという単語と併せると、まさにどちらでもなく、どちらにでもなれる形に感じられる。私が考えていた以上に「らしい」ネーミングになったと思う。

 

 ……と、思っているのは私だけだろうなぁ。

 

「トガさんも、その……ジェダイを?」

「はい、同じ流派ってことで」

「……なるほど?」

 

 ミッドナイトをはじめ、みな微妙な顔をしている。がんばって納得しようとしているような感じだ。

 

 ……あ、いや、ミッドナイトが父上を疑っている。違うんだ、父上は何も悪くない。どちらかと言うと父上は巻き込まれた側で!

 

「まあいいでしょう。トランシィのほうはかわいいしね! 『ー』じゃなくて『ィ』な辺り、こだわりを感じるわね!」

「あは、わかります? 先生、いい人ですねぇ」

 

 まあ、一応ヒーロー名としてはいいという雰囲気だし、ここで声を上げるとややこしくなるだけだからしないけれども。

 

 ……ああ、ちなみに。

 

「爆殺卿!」

「違うそうじゃない」

 

 バクゴーは最後まで却下され続けていた。

 

「なぜ君は爆殺という単語にこだわるのだ? ヒーローに『殺』はご法度だろう。使うならせめて爆の字だけに留めたまえよ」

「黙ってろクソガキィ……!」

 




というわけでEP4は「ファントム・メナス」です。ここまで映画スターウォーズのサブタイをもじってきましたが、そのままになりました。
いや、ちゃんと考えた上でこのサブタイが相応しいと考えたんですよ。本当ですよ。
ファントム・メナスって「見えざる脅威」って感じの意味なのでね。
ともあれそういうわけでEP4、十八話+幕間一話を糖度高めでお送りする予定ですので、お楽しみいただければ幸いです。

・・・ただフォース持ちのオリキャラが今回動くので、その点はご了承くださいとあらかじめ申し上げておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.行きたいところは?

独自設定さん、お仕事です。


 さてなんとかヒーロー名を決めたところで、マスター・イレイザーヘッドから分厚い紙束を渡された。

 

 これは指名を入れてきたヒーロー事務所(一部事務所を構えていないものもいるようだ)のリストだ。この中から、自分が行く職場を選ぶ形である。指名がなかったものには、学校側がオファーした事務所の一覧が配られるから、そこから選ぶようだな。

 いずれにしても、ヒーローによって活動地域や得意なジャンル、活動の具体的な手段は異なる。そこはしっかり考慮しなければならないだろう。

 

 ただ……今週末に。すなわちあと二日のうちに提出しろと言われても、である。

 リストはヒミコで22枚、私に至っては45枚もの紙束なのだ。この中からあれやこれやの要素を踏まえ、二日で選び抜くのは並大抵のことではないぞ。

 

「大半が知らないヒーローなのだよなぁ……」

「私もー」

 

 私もヒミコも、ヒーローにはあまり興味がないから余計である。

 

 まあ、私についてはいいのだ。これだというヒーローはなくとも、目的とする方向性くらいは固まっているからな。最悪、指名が来ている事務所の中にその目的に合致する場所が一つもないとしても、保険になり得るヒーローも見つけている。

 

 問題はヒミコのほうだ。彼女は「なんとなくこれ」という方向性すらまだないらしい。

 

 ならばどうするかであるが……やはり困ったときは専門家に尋ねるべきだろう。

 

「出久くん、助けてくださーい!」

「へぁっ!? ぼ、僕でよければ!」

 

 ヒミコにずいと迫られて、ミドリヤが上半身を引きながら赤面した。

 かくかくしかじか、と説明するヒミコに、ミドリヤはなおも身体を引きながら視線を逸らす始末である。彼は相変わらず女性耐性がないな……。

 

「そそそ、そういうことなら、喜んで!」

 

 ということで、ヒミコはミドリヤに自らのリストを差し出した。

 彼はおっかなびっくり、しかし好奇心を隠せない様子で受け取ると、次第に目を輝かせながら一覧を手早く眺めていく。この辺りは、さすがというべきかな。

 

「……すごいねトガさん……! ナンバーフォーヒーローのベストジーニストとかナンバーファイブヒーローのエッジショットから指名が来てるなんて……!」

「? すごい人なんです?」

「すごいに決まってるよ!? ビルボードチャートJPのトップテンに名を連ねてる大人気ヒーローたちだもの! やっぱり『変身』って”個性”に注目したヒーローは多いんじゃないかなぁ!」

「そういえば聞いたことはあるようなないような……。コトちゃんは知ってます?」

「さすがにチャート上位の面々は知っているぞ……君はつくづくヒーローに興味がなかったんだな」

「えへへ」

「この現代社会でここまでヒーローに興味を持たずに生きてきたってある意味すごいなトガさん……!」

 

 なぜか嬉しそうに笑うヒミコであるが、私もミドリヤも別に褒めてはいないのだが。

 

「えーと、じゃあこの中で一番ランキングの高い人のとこに行けばいいんです?」

「うーん、それはどうかなぁ。相澤先生も言ってた通り、どういうヒーローになりたいかでその辺りは変わってくるはずなんだよね」

「それは私も同感だ。だが御覧の通り、彼女は今までが今までだからな。無理に高ランクの尖ったヒーローのところへ行くよりは、現代ヒーローの一般的な姿や、様々な業務を無難に満遍なく見せられるところのほうがいいのではないかと私は考えている」

「あ、それはそうかもしれないね。ちょっと贅沢な話ではあるけど……上のほうのヒーローほど、その……なんていうか癖が強い人も多くなる傾向あるし……ウォッシュとか……」

「あと、ベストジーニスト辺りは単純にヒミコとの相性が不安でな……」

「そうなんです?」

 

 きょとんとするヒミコ。ミドリヤも、「そうかな?」と首を傾げている。

 

 そんな二人に頷いて、私は思うところを述べた。

 

「まずそもそも、ファッションセンスがヒミコと致命的に合わない」

「ファッション」

「全身デニムばかりというのは、その手の知識に疎い私でもどうかと思うのだがいかがだろう?」

「あー……まあ……人は……選ぶかも、ね……」

「ナイですね」

 

 断言したヒミコの顔は、とても白けている。彼女はかわいいもの好きだし、おしゃれに関しては既に自分の好みを確立させている。そりゃあたまにはデニム生地の服も用いるが、だからといって全身に使うことはまずない。

 

 ……まあこれは前座のようなものだ。本命は、考え方の違いである。

 

「それに、ベストジーニストは不良や犯罪者の矯正にもかなり力を入れているヒーローだろう? それはもちろん重要なことだが……しかし、見方を変えればそれは彼の考え、思想を強制する行為でもある。ヒミコは人から何かを強制されることが嫌いだから……」

「ああ……そういえば増栄さん戦のトガさん、笑いながら爆破しまくってたから……確かにジーニストからそっち方面で目をつけられた可能性は高そうだね……」

 

 私の説明に、ミドリヤも納得した様子でうんと頷いた。

 

 と、そのときである。後ろのほうで、バクゴーのやや動揺した気配が伝わってきた。

 ちら、とそちらに目を向けてみれば、彼は百八十度向きを変えて、速足で教室から出ていくところ。

 

 ふむ……? もしや彼、指名の中で一番順位が上だからという理由でジーニストを選んだのだろうか? 確かに、彼のあの言動ならジーニストが目を着けている可能性は高い。ヒミコより高い。

 きびすを返したということは、既に提出した職場体験先の書類を訂正しに行ったのだろうな。彼にとって、やりたくないことを中心にやらされる可能性に思い至ったのかもしれない。

 

「そういうことなら……ベストジーニストとあまり方向性が近くないヒーローをピックアップしてみようか?」

「いいのではないだろうか。どうだ、ヒミコ?」

「よくわかんないので、出久くんにお任せしまーす!」

「わかった、任せてよ!」

 

 頼られたことが嬉しいのか、ミドリヤは笑顔で頷きペンでリストにあれこれと書き込み始めたのであった。

 

***

 

 そこからの日々は、あっという間に流れていった。中間テストも終わり、数日後に職場体験を控えた日曜日のこと。

 

 私はヒミコと共に、新幹線で東京へ向かっていた。私は一仕事する予定なのだが、彼女はすっかり逢引気分である。念のため軽く変装してきたから今のところ目立っていないが、もし見つかれば絡まれることは必至であろう。目的があって上京しているさなかなので、それだけは勘弁願いたいところだ。

 

「やあ理波。被身子くんもよく来たね」

「父上、お久しぶりです」

「こんにちはぁ、()()()()()

 

 そして駅で父上(普段は僧服だが、今回は私服である)と合流し、今度は在来線で保須市へ移動する。

 目的地は、保須総合病院。イイダの兄、インゲニウムが入院している病院である。

 

「増栄くん! こっちだ!」

 

 その病院の入り口で、イイダが待っていた。律儀なのは彼の美点なのだが、せっかく変装して、父上にも目立たない格好で来てもらったというのにこれでは台無しではないか。思わず苦笑する。

 まあ、病院の中で騒ぐことは他の場所よりも禁則事項としての度合いが強い。ここに関しては許容すべきか。

 

「やあ。休日にわざわざすまないな」

「そんな! ほとんどこちらの都合だ、むしろ俺が謝らなければならないというのに!」

「いやいや……まあその話は置いておこう。こちら、私の父上だ」

「父の重雄です。娘がいつも世話になっているね」

「は、飯田天哉です! お噂はかねがね! むしろ、お世話になっているのは僕のほうで……!」

 

 そんな一般的なやり取りを重ねつつ、我々は病室に到着した。

 

 今回父上を伴ってここまで来たのは、インゲニウムの義肢を作るに当たってのデータ収集のためである。関係各所からの許可が下りたのだ。思っていたより早かった。

 

 ただ銀河共和国水準のものを造る予定であるから、私が中心になるわけだが……生憎と今の私は、この国における諸々の資格を持たない小娘に過ぎない。そのため、無理を言って父上に出てきてもらったのだ。

 

 幸い……と言っていいのかどうかはわからないが、父上は快諾してくれた。忙しい方なのでスケジュールの調整は難航したが、たまたまこちらで関東地区の宗教指導者たちの会合が開かれる予定があったということで、どうにかなった。

 

 それでもかなり無理やり日程をねじ込んでいるので、あまり時間は取れないし、何より久しぶりの作業だが……そこはS-14Oもいるのでなんとかなる。はずだ。

 まあ私に同行しているのは14O本体ではなくその補助ユニットで、彼女は遠隔で状態を見る形になるが。

 

 ともかく、そうしてイイダに案内された個室に足を踏み入れると、そこには痛々しく包帯で身体を覆った青年がベッドに横たわっていた。だが、点滴などの管は最低限になっている。なるほど、許可が下りるわけだな。

 

「や。久しぶりだな、インゲニウム」

「……バンコさん! お久しぶりです!」

「ああ、無理はしなくていい。安静にしていなさい」

「すいません……ありがとうございます」

 

 その青年……インゲニウムに、父上がかけた言葉を聞いて私たち年少組は目を丸くした。

 

「……父上? インゲニウムとはお知り合いで?」

「いやー……実は彼の職場体験先、俺のところだったんだよ」

「なんと」

「ええ!? そうだったのですか!? 兄さん、聞いてなかったぞ!?」

「はは……何せ俺の職場体験が終わってすぐにバンコさん引退しちゃったからな……」

「ええ!?」

 

 父上の父親……私から見れば祖父である先代住職は、父上に夢を諦めないよう背中を押してくれたのだという。ヒーローとしての寿命を迎え、引退する頃までは寺を守って見せると言って。だから父上はヒーローとなれた。

 

 しかし、その約束は果たされなかった。祖父は突然の脳梗塞であっさりと逝ってしまったのだ。

 だから父上は、迷うことなくヒーローを引退したのだという。夢を追うことを許し、後押ししてくれた親への恩を少しでも返すために。そしてその後は大きな寺で僧侶としての修行を数年経て、実家の住職を継いだ。

 

 その辺りのことを少しぼかしながらも語った父上に、イイダは感激していた。彼らしい反応だ。

 

「ではインゲニウムが今回の話を受けてくれたのは」

「バンコさんが造ってくれるなら、信頼できると思ったからだよ。バンコさんの特製アイテム、すごかったからなぁ」

 

 私の問いに、インゲニウムは管のついた顔をうっすらと 微笑ませて見せた。

 なるほど、父上への信頼があったればこそか。だとしたら、申し訳ないな。

 

「それなんだけどな、インゲニウム。今回は名目上俺がやることになってるが、メインはこの子だ」

「え」

「は!? 増栄くんが!?」

 

 ぽん、と頭に置かれた父上の手をそのままに、私は頭を下げる。

 

「この子は俺のヒーローとしての志だけじゃなくて、技師としての腕も引き継いでくれてな。この子も自分のサポートアイテムを自作してるんだ」

「えええええ!? 本当かい増栄くん!?」

「ああ。ライトセーバーもワイヤーフックも、全部私が造った。ヒミコの注射器は、さすがにそちらを得意とする会社のものだが」

 

 この答えに、イイダは絶句してしまった。まあ、気持ちはわからなくはない。

 

「あとここだけの話なんだが。ドロイドも翻訳機も、全部この子が造ったものなんだよ。俺はただの隠れ蓑さ」

 

 声を潜め、「内緒だぞ」と笑う父上に、インゲニウムまでも絶句した。そうして口をあんぐり開けて硬直している二人の様は、なるほど兄弟である。

 

 ……後ろでヒミコが誇らしげに胸を張っている気配がする。彼女は本当に、どれだけ私のことが好きなのだろう。

 

「まあ、メインがこの子ってだけで俺も関わらないわけじゃない。だから俺たちに任せてくれ、最高のアイテムにして見せる」

 

 そんな二人に、父上は胸を叩いて見せた。その姿は今の本職である僧侶でも、かつての本職であるヒーローとも異なるが……しかし、確かに人を救けるもののそれであった。

 

 だから私も、父上にならう形で胸を張る。人を救けるためには、人を安心させうるだけの姿も求められるものだ。銀河共和国でも、ジェダイローブを羽織っていれば相応の効果があったものである。

 何より、私はこの人の娘なのだ。誇ることにためらう要素などあろうはずもない。

 

 それは二人も理解できたのだろう。驚いていた顔から一転、覚悟を決めた穏やかな笑みを浮かべると、

 

「「よろしくお願いします」」

 

 声を揃えて同時に頭を下げたのであった。

 

 それに私たちも、頷いて応じる。

 

「よし。じゃあ始めるぞ、理波」

「はい。ヒミコ、準備を」

「はーい!」

 

 ちなみに今まで空気に徹していたヒミコは、機材や道具の準備、手渡しなどのサポート役である。外科手術などで、医者が求めたものを差し出すような、そういう。

 彼女に機械技術はほぼないが、伊達に私に一年以上付き合っているわけではない。それに彼女は、ライトセーバーの製作も進めているのだ。知識だけなら十分あるし、何より共和国の規格を知る数少ない人間だからな。

 

 さて、そうやってデータ取りに勤しむことおよそ一時間。義肢造りは前世ぶりだが、やはり何度もやったことは覚えているものだ。作業はつつがなく終了した。まだ14Oの補助ユニットが少し動いているが、やるべきことは終わった。

 

 そして諸々集めた情報を精査した結果としては、

 

「……思っていたより軽傷なので、下半身を義肢に換装するのではなく、外から装着する類の……そう、パワードスーツでなんとかなりそうですね」

 

 という形で落ち着きそうである。

 

「本当「本当か増栄くん!」……天哉」

「あ! す、すまない兄さん!」

 

 インゲニウムは弟に苦笑しきりだ。イイダは本当、まっすぐな性格をしているよ。

 

 一方、父上も別のことに苦笑している。

 

「下半身不随が軽傷って言えるのはお前だけだよ、理波」

 

 父上はそう言うが、戦争における負傷兵はこんなものでは済まない。銀河規模で何年も戦争し、多くの人員を失った当時の共和国であれば、後回しにされる可能性も十分あるほどだ。

 

「完全麻痺ではありませんでしたので。それに、神経の状態も思ったより悪くありませんでした。担当した医師の腕がよかったのと、恐らくステインの剣術がよすぎたのでしょう」

 

 周辺の状態から見て、使われた得物は切れ味を重視したものではないはずだ。むしろより痛みを強く長く感じさせるために、刃こぼれしている……あるいはのこぎりに近い形状の得物が使われたと思われる。

 

 しかし神経は完全に断たれていたが、かなりきれいに切断されていたのである。あえて切れ味を求めていない刃物を使っているにもかかわらずそうだということは、逆説的に相当な技術があると言っているにも等しい。

 

 下手をすると下半身をすべて機械に置き換えなければならなかった可能性を思えば、インゲニウムの状態は間違いなく軽傷だ。不幸中の幸いである。

 

 そして、朗報はまだある。

 

「サイバネティクスを駆使した義肢を製作するとなると、半年近くかかっていたと思いますが……スーツなら、もっと短時間で製作できます。そうですね……何事もなければ二か月くらいで仕上げて見せましょう」

「二か月……!?」

「思ってた以上に短い……すごいな君」

「恐縮です」

 

 驚くインゲニウムに、頭を下げる。後ろではヒミコが胸を張っているが、いつものことだ。

 

「試作品が仕上がったら、試着のためにまたお邪魔いたします。そのときはよろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む」

 

 こうして私の出張は終わったのであった。

 用が済んだなら長々と病室に居座るわけにもいかないので、辞去する。

 

「送っていくよ、増栄くん」

「ありがとう」

「礼を言うのは僕のほうだ……兄さんは、インゲニウムは死ななくて済んだのだから!」

 

 涙ぐんだイイダに、私は微笑みながら背中をさする。ほとんど届かなかったが、それはご愛嬌というやつだ。

 

「……インゲニウムは、私が一番職場体験で行きたかったヒーローなんだよ」

「……そう、なのか?」

「ああ。六十人以上の人間を差配する、組織としてのヒーローを体現している人物だ。尊敬に値する。そうした運営能力や、統率力をこそ私は学びたくてな。……だから、今回のことは私の欲も多分に入っているんだ。もちろん、君を見ていられなかったからというお節介もあるけれどね」

「増栄くん……!」

 

 私は、ジェダイの組織運営にはかかわったことがない。一介の騎士階級で終わったから、当たり前ではあるのだが。

 

 しかしそれでは、組織としてのジェダイを復興することは難しい。だから、運営に関する知識やノウハウは是が非でも学ばなければならないのだ。そのためにもインゲニウムのような、組織であることを重視するヒーローのやり方は知っておきたかった。

 結果としてインゲニウムは体育祭当日に重傷を負ったため、インゲニウム事務所からの指名は来ていない。実に残念であった。

 

「ありがとう……! 本当にありがとう……!」

 

 ……イイダ、相変わらず生真面目で素直な男だ。

 だが、往来でいきなり感極まって幼女に抱き着くのは、さすがにどうかと思うぞ。色々な意味で。

 

 いやまあ、公衆の視線よりも、完全に暗黒面に振り切った顔をしているヒミコと、完全に親バカの顔をしている父上のほうが気になるのも事実ではあるのだが!

 




インゲニウムが30歳、バンコパッパの引退が約15年前なのでギリ行けるなと判断しました。
原作のインゲニウムがどのヒーローのところで職場体験をしたのかは、堀越先生のみぞ知ることです(たぶん
ということで本作ではインゲニウムは引退しないのですが、作中触れてる通り指名を出せる状態にはないです。
主人公とトガちゃんがどのヒーローのところに行くか、こうご期待。

あ、ジーニストはないです。ごめんなさい。
あの人、絶対にトガちゃんとの相性クッソ悪いですよね・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.動き出す悪意

「ところで理波、これなんだが」

「?」

 

 イイダと別れ、手ごろなカフェで小休止を挟んでいるときのこと。

 父上が取り出したものを見て、私は首を傾げた。

 

 そこには、「I・エキスポプレオープン招待状」と書かれている。すごく見覚えがあるな。

 

「父上に()届いたのですか?」

 

 そう。この招待状、私のところにも届いているのだ。

 

「やっぱり理波のところにも来ていたか」

「私のものは、体育祭優勝者への景品と言った感じでしたが……」

「俺のところは、あれだ。サポートアイテム開発者としての招待状だよ」

「……ああ、なるほど。大体わかりました」

 

 I・エキスポとは、様々な国の様々な企業、資産家が出資して造られた人工島「I・アイランド」で開かれる予定の博覧会である。

 

 I・アイランドの設立目的は、国家間のしがらみを抜きに”個性”の研究やヒーローアイテムの開発などを自由に行うことだ。所属する研究者やその家族を守るため、強固なセキュリティと自立移動可能な設備を併せ持っていることから、世界中のどの国家にも属さない都市国家的な場所と言える。

 

 そこで開催されるI・エキスポは、もちろん前述の目的に沿ったもの。すなわちそうした研究や開発の成果をお披露目する博覧会であり、ヒーローとして名の知られた人物や将来性の高い子供はもちろん、開発者として名の知られている人物にも招待状が送られているというわけだ。

 

 今回私たち親子に来た招待状は、タイトルの通りプレオープンの招待だ。一般公開開始の前日に、移動やアトラクション参加に支障が出ないよう配慮された中で巡回できたり、レセプションパーティがあったりするわけである。

 

「父上宛のものは、ただの学生向けのものとは少々違うのでしょうね」

「そうなんだよ。でも俺はあっちに移住するつもりも特定の研究室に入るつもりもないから、行かないつもりだ。何よりそんな暇ないし」

 

 寺の住職である父上に、休みというものは基本的に存在しない。長期の休みともなればなおさらである。

 何せ生き物はいついかなるときでも亡くなる可能性があり、それゆえに宗教者は常に待機していなければならないのだ。今日が例外なのである。

 

 いや、そういう今日も決して休日ではないのだが。

 

「そういうわけで、こいつは理波に譲ろうと思ってたんだが……」

「私は既に持っているので、持て余しますね……」

「さあどうかな? 中身だけでも見てみたらどうだ?」

 

 にやりと笑いながら言われ、中身を確認してみれば確かに。

 父上宛のほうは、自由に使える時間が少ない。私が受け取った分は丸二日博覧会を見て回れるようになっていたが、こちらは二日目に意見交換会や新作発表会が組み込まれている。

 

 確かに遊ぶ時間はないだろう。ないだろうが……確かにこれは、

 

「……新作発表会などは素直に気になりますね」

「言うと思ったよ」

 

 この星の技術……それも”個性”にかかわるものが集まる場所なのだ。しかも最新作がと言われると、一技術者としては気にならざるを得ない。

 父上宛の招待状で行くとなると、ライトセーバーやドロイドなどの質問も来るだろうが……これに関してはむしろ私のほうが答えられる。そういう意味でも都合はいいだろう。

 

「まあそういうわけだから、こいつは理波にあげるよ。使ってもいいし、使わなくてもいい。好きにしてくれ」

「ありがとうございます、父上。……そういうわけでヒミコ、すまないのだがあちらでの自由時間を減らしてはもらえないか」

 

 元々彼女と行って遊ぶ予定だったのだが、私の都合で会場を巡る時間が減るとなると、私の一存で決めていいものではないだろう。

 

 そう思って確認を取ったところ、

 

「……わかったのです。でも、その代わり」

『デート一回』

 

 途中で言葉を切り、テレパシーに切り替えた彼女に肩をすくめる私である。

 

「わかったよ。付き合おう」

「わあい! コトちゃん大好きー」

 

 そして途端に腕を絡めてくるヒミコであった。いつも通りと言えばその通りではあるが。

 そんな私たちの様子を、父上は微笑ましく見守っていた。

 

 しかし、はて。余ったほうの招待状は、どうしたものかな。捨ておくにはもったいない。誰かに譲るか?

 元は体育祭の優勝者に贈られたものだから、ここは準優勝者のバクゴー……に、譲ろうとしたら「死ねッ!」などと言われそうだ。さてどうしよう?

 

***

 

 時間は少し遡り、体育祭当日。

 飯田の兄、インゲニウムに再起不能の重傷を負わせた張本人、ステインは敵連合の黒霧に連れられてとあるバーを訪れていた。

 

「よーこそ、先パイ♡」

 

 彼を出迎えたのは、身長百三十センチ程度の少女。媚びを売るかのような猫なで声を出しつつも、その目には相手を小馬鹿にする色が隠しきれていない子供だった。

 その後ろに控える青年も、軽薄な態度を隠そうともしない。ステインは、ストレスが加速度的に蓄積していく己を自覚した。

 

 だが、さすがの彼も敵連合には興味があった。オールマイトに撃退はされたものの、天下の雄英に襲撃をかけた組織。偽物のヒーローを断罪し、粛正することをこそ己の使命とするステインにとっては、気にかかる存在であった。

 

 そう思い、話を聞いてみることにしたのだが……最終的に提示されたのは、組織に加われという勧誘であった。

 これには目を細め、試さざるを得ないステインである。

 

「その一団に俺も加われと」

「そーゆーことー! ね、お願い先パイ、かわいい後輩のためを思ってさーあー?」

「……目的はなんだ」

「「とりあえずオールマイトはブッ殺したい」」

 

 そんなステインの問いに、青年と少女の答えが重なった。

 

「もちろん他のヒーローもぜーんぶ!」

「気に入らないものは全部壊したいな」

 

 だが、二言目は重ならなかった。

 ただし同時ではあった。二人は重ならなかった言葉に互いの顔を見合わせると、次には互いにガンを飛ばし合う。

 

「ちょっと弔! 今回はボクのターンなんだから、口挟まないでよ」

(かさね)……お前悪党の大先輩の前だからっていい子ぶってんじゃねぇぞ、アアン?」

「「は? やんのか?」」

 

 そして勝手に一触即発の空気を出して、軽く拳を交わし合う二人。

 

 そのまとまりのなさすぎる姿に、ステインは深いため息をついた。

 

「興味を持った俺が浅はかだった……お前らは……俺が最も嫌悪する人種だ」

「はあ?」

「げ」

 

 襲が口元をひくつかせたが、もう遅い。

 ステインはためらうことなく身に着けていた短剣を引き抜き、ぎらりと二人を睨む。

 

「子供の癇癪に付き合えと? ハ……ハァ……信念なき殺意に何の意義がある」

「先生……とめなくていいのですか!?」

 

 殺意を隠そうともしないステインの姿に、黒霧が少し慌てて問いかける。

 

『これでいい!』

 

 だが、答えは是であった。バーの隅に置かれたサウンドオンリーのディスプレイから、低い男の声が応じる。

 

『答えを教えるだけじゃ意味がない。至らぬ点を自身に考えさせる! 成長を促す! 「教育」とはそういうものだ』

 

 男の声が言い切るかどうか、というタイミングで。

 

「死ね」

 

 ステインは、二人に向けて襲い掛かった。

 

「チッ」

「あーもー、結局こうなっちゃうかぁ」

 

 彼に応じて、弔は露骨に舌打ちを漏らすと前に出る。

 

 対して襲はやれやれと言わんばかりに両手を掲げ……次の瞬間、彼女からパシリと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 弔の手が、空を横切る。そのときにはもう、ステインは空中にいた。宙返りの勢いで弔の背を斬りつけると共に、黒霧の眼前へと着地する。

 弔はこの攻撃をかろうじて回避したが、黒霧は標的になると思っていなかったのか、反応が遅れた。一閃された短剣に左腕を斬り裂かれ、小さくよろめく。

 

 だが直後、黒霧から離れようとしたタイミングで、ステインの身体は突然吹き飛ばされた。その勢いはかなり強く、ステインが叩きつけられた壁に小さくヒビが走る。

 

「……!」

「ダメだよせーんぱいっ! 黒霧はだーめっ!」

 

 そこに、突進するように近づいてきた襲が拳を突き出した。技も何もない、ただ前に出すだけのパンチ。

 

 だが赤い閃光を宿したその速さは尋常ではなく、ステインをもってしても全力で回避しなければならないほどであった。

 威力もまたすさまじい。壁に叩き込まれた拳は、そのままビル全体を揺らすほどの威力が込められていたのだ。直前で急制動がかかったにもかかわらずである。

 

 シンプルな増強型の”個性”。それは間違いないが、効果量がとんでもなかった。

 

 とはいえ、襲の動きは徹頭徹尾技がない。完全なケンカ殺法であり、行動の起こりから過程、結末に至るまで、歴戦のステインには簡単に予測可能なものであった。

 

 おまけに弔との連携もない。弔の”個性”も相当に危険なものだとは見て取れたが、互いに互いの動きを阻害するように立ち回っていては、せっかくの強”個性”が泣くと言うものである。

 だからステインは、黒霧の血を舐めて動きをとめる余裕が十分あったし、弔も襲も蹴散らすには十分であった。

 

 ただ、襲の()()()()は突出していた。ステインの攻撃をすべて回避していたし、ステインの動く先を狙って攻撃していた。なるほど子供じみた態度が許されるだけの実力はあるのかと、ステインは少しだけ認識を改める。

 

 何より、

 

「えーいやっ!」

「ヌゥ……!」

 

 襲が放つ謎の吹き飛ばし攻撃、それに周辺のものを遠隔で投げつけてくる攻撃には辟易とさせられた。

 

 どう考えても増強型の”個性”で説明のつく技ではなく、その点が少々不気味であった。

 ステインも裏社会に長くいる身だ。都市伝説とされるかつての()()()のことは、噂程度にも知っている。まさか……という思考が脳裏をよぎった。

 

「あーもーっ! なんで当たんないかなぁ! イライラするぅ!」

 

 そんな彼をよそに、襲は一向に終わらない戦いに怒りを募らせていた。

 同時に彼女の身体を覆う赤い閃光が勢いを増しつつも身体へと収束していき、さらに彼女の動きが加速していく。

 

 それでも……ある種技術の極致に至りつつあるステインを打倒するには及ばず。

 

 やがて両者は、荒れたバーの中央で対峙したまま動きをとめることとなった。

 片や刀を構え、静かに呼吸を繰り返しながら。片や目と肩を怒らせ、赤い閃光を迸らせながら。

 

「……子供の癇癪を叩きのめしてやるつもりだったが……ハァ……()()()()()()()()小娘?」

「……まーね」

「ハァ……いいだろう……お前の勘の良さに免じて……聞くだけ聞いてやる……」

 

 ぎろり、と。

 構えた刀の奥から向けられた凍てついた瞳に、しかし襲は臆することなく獰猛に笑う。

 

「ヒーローを殺したいと言ったな。その理由を言ってみろ」

「ヒーローなんて絶滅すればいいって思ってるんだ、ボク」

 

 即座に返された言葉に、今度はステインが目を細める。

 

「どいつもこいつも、調子のいいことばっか言って。目立ちたいだけのバカなのばっか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 赤い閃光が、完全に襲の身体に呑み込まれて見えなくなる。漏れていたエネルギーの奔流がなくなり、余すことなく彼女の身体を増強するようになったのだ。

 

 同時に、彼女の身体から闇の力が放出され始めた。見るものが見れば、暗黒面のフォースとわかる力。それが、バーの中に吹き荒れて小さな嵐と化す。

 

「だからあんなやつら、いないほうがいいんだ。ヒーローなんて……この世界から、一匹残らず! 消してやるんだ!」

「ハァ……犯罪被害者か……そうか」

 

 断言した襲に対して、ステインは刀を下ろした。

 

「小娘……襲……とか言ったな……お前は()()()()。俺の目的と限りなく近い……」

 

 それを見て、襲も不満を隠そうともせず……しかしフォースの奔流を抑え込んだ。途端に赤い光が戻ってきて、次いでパシリと唐突に弾けて消える。

 

「ボクは先パイと仲良くしたかったのになー。弔が余計なこと言うからなー、あーあー」

「やまかしいぞクソガキがよ……!」

 

 ぶーたれる襲の言葉に、倒れたままの弔が抗議する。

 

 その顔の両脇に、ステインは短剣を叩き込んで刃で挟み込んだ。

 

「お前はダメだな……徒に力を振りまくただの犯罪者……粛正対象だ……ハァ……」

「……!」

 

 そしてその刃が、弔の顔を覆う手のひらにあてがわれた。

 

 瞬間。

 

 弔から本気の殺意が放たれた。彼は躊躇うことなく短剣の刃に五指でつかみかかる。

 途端に彼の”個性”が力を発揮し、短剣の刃は見る見るうちに朽ち果てていく。

 

「この掌は……ダメだ。殺すぞ」

 

 そう言う彼の瞳は……あてがわれた手の指の隙間からのぞくそれは、今までと異なり研ぎ澄まされていた。

 

 彼は言う。地獄の底からはい出てくるような、昏い声で。

 

「口数が多いなァ……信念? んな仰々しいもんないね……強いて言えば……そう……オールマイトだな……」

 

 短剣が、遂に崩壊する。

 

「あんなゴミが祀り上げられてるこの社会を、目茶苦茶にブッ潰したいなァとは思ってるよ」

 

 そして、弔は狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 襲のものとは違う笑み。歪みを持つことは共通すれど、その歪み方や方向性、何より深さが決定的に違う笑みだった。

 

 ステインはそこに、萌芽する前の信念の小さな種子を見た。

 

 かくして敵連合と”ヒーロー殺し”ステインは、消極的かつか細い同盟を結ぶに至る。

 しかしこの脆弱で頼りない同盟こそが、のちの歴史に刻まれる一連の事件の本当の始まりなのだ。

 

 ――悪意が牙をむく。




はい。というわけで、劇場版、やります。
今回はその予告と、襲というオリヴィランについての触り回でした。
彼女の個性については、EP4の本文中で語る機会があるのでそちらをお待ちいただくとして。
個性とフォースがあるのにステインに勝てないのか、という点については、ステインが登場タイミング(原作6,7巻という序盤に近い)に比して強敵すぎるという認識でいるから。
そして何より、弔同様成長する敵としてキャラメイクしたからです。
なので長い目で見ていただければ幸いです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.闇の抱擁

 五月最終週の水曜日。私たち雄英ヒーロー科の生徒は、学校最寄りの駅に勢ぞろいしていた。

 

「全員、コスチューム持ったな?」

 

 引率するマスター・イレイザーヘッドが、居並ぶ生徒たちに確認を取る。

 彼に応じる形で、何人かがコスチュームケースを掲げた。

 

「……本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ、落としたりするなよ」

「はーい!」

「伸ばすな、『はい』だ芦戸。くれぐれも体験先のヒーローに失礼のないように。じゃあ行け」

 

 相変わらず簡潔な物言いに終始して話を打ち切ったマスターに、全員が返事をして……ああいや、ヒミコだけは悲壮な顔で私を見ている。

 

 だがこればかりは仕方がない。何せ、私と彼女の体験先は違うのだから。私たちの指名は、奇跡的なまでに被らなかったのである。一つのヒーロー事務所につき、指名は二人までということなのでこればかりは仕方ない。

 

 いや正確には、被っているところもあるにはあったのだが。そういうところは大体、有象無象というか……程度の低い事務所ばかりだったので、こちらの選択肢に入らなかったのである。

 

 おかげで昨夜はなんというか、大変だった。本当……全身のあらゆるところから吸血された気がする。その分、彼女の中のストックは万全だろうがな……。

 

 別に原始的な惑星でもないのだから、会話ならいつでもできるだろうに。第一、その手の機械がなくても私たちはフォース・ダイアド。何光年離れていようと、テレパシーで会話ができるだろうに。気にしすぎだと思うがな、私は。

 

「ううううう、コトちゃん……」

「あまり悠長にしていると、乗り遅れるぞ。……大丈夫、すぐにまた会えるさ」

 

 今生の別れのような顔でちっとも進もうとしないので、仕方なく私は彼女にハグをする。

 

「さあ。大丈夫、フォースと共にあらんことを」

「……うん。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 ついでに頬へ軽く口づけをくれてやれば、ヒミコは多少なりとも機嫌を直してホームへと向かっていった。それでもちらちらとこちらを何度も見返していたので、これは相当重症である。

 

 体育祭で少しは前進したと思ったのだがなぁ。どうやら片足を踏み出した程度の前進らしい。

 あとは、なんだかんだで時間が取れず、ウララカたちから血を吸うどころかそれを説明する機会もないままなので、せっかく固めた覚悟が揺らぎ始めているというのもあるかもしれない。なんとかしたいところだが、はてさて。

 

「……少しは時と場所を考えろ」

「は。申し訳ありません」

 

 呆れたようなイレイザーヘッドの声が、背中に突き刺さる。正論すぎて何も言えない。

 私はくるりと百八十度向きを変えると、深々と頭を下げた。

 

「ったく……。まあいい。そんじゃ行くぞ」

「はい、よろしくお願いします」

 

 そうして私は、きびすを返して駅から出ていくイレイザーヘッドの一歩後ろに続いた。

 

 そう。

 私のヒーロー職場体験先は、イレイザーヘッドなのである。

 

 ……以前にも述べた通り、私が一番職場体験先に選びたかったのはインゲニウムのところだ。集団を率いるということを、特に学びたかったから。

 

 しかし彼は負傷してしまい、指名を出しても受け入れられる状態ではない。仕方なく他を当たろうとしたのだが、インゲニウムのような方針のヒーローはなかなかいなかったのだ。

 次点で来るといいなと思っていたエンデヴァーからも不発だったので、私にはもはやどうしようもなく。専門家……ミドリヤの協力も仰いだが、やはりそういうヒーローはほとんどいなかったのである。あれほどの数の指名があったというのに。

 

 結果として、私は現時点で組織運営を中心に学ぶことは不可能だと判断した。そして、ならばせめてヒーローというものがよくわかるであろう実力者のところで……と考えた結果が、イレイザーヘッドという選択である。

 理由としては、彼が教師として優秀であると知っていること、フォースについて理解があること、そしてフォースの件で話をする機会があればいいなと考えたこと、などである。あと、遠隔地に行く必要がないという点も少々。

 

 ともあれそういう理由で、イレイザーヘッドの下についた私である。ゆえに、今回駅に来た理由も主に見送りだ。

 そして既に職場体験は始まっている、ということで、実は見送りにもヒーローコスチューム……ジェダイ装束で来ていた。合理性をとことん追求するイレイザーヘッドのことなので、こうなったのだ。

 

「とりあえず、繁華街周辺まで出るぞ」

 

 タクシーを呼び止めながら言う彼に、私は頷きつつ一つ尋ねることにした。

 

「ちなみにマスター、鳴羽田(なるはた)には行かないのですか?」

 

 鳴羽田とは、イレイザーヘッドの地元だ。四年ほど前まで、彼はそちらを中心にヒーローをやっていた。

 だが、彼の返答はノーであった。

 

「時間があればな」

 

 短くそう答えて、話を打ち切ったのである。心の動きからすると、今は教師業があるからあまり雄英周辺から離れられないということのようだ。

 物理的な距離はどうしようもない。納得の理由なので、私もこれについては何も言わず頷いて終わりにしたのであった。

 

***

 

「おや、渡我くん? 君も東京方面に?」

 

 東京へ向かう列車の中。早々と乗り込んで座席を確保していた飯田天哉は、発車ギリギリになって乗り込んできたトガにそう声をかけた。

 

 返ってきたのは、きょとんとした顔。しかしすぐにいつものように笑みを浮かべると、彼女はこくりと頷いた。

 

「はい。飯田くんもです?」

「ああ! 俺は保須に行く予定になっている」

「奇遇ですね、トガも保須なんですよぉ」

 

 そのままトガは、飯田の正面に座った。

 

「君もか? どなたのところへ?」

「ノーマルヒーロー・マニュアルって人です。知ってます?」

「えっ?」

 

 だが飯田のほうは、思わず目を丸くして固まってしまった。

 なぜなら、

 

「知ってるよねぇ。だって、飯田くんもマニュアルだもんねぇ」

 

 ということだからだ。

 

「そ、それは、そうだが……お、驚いたな、知っていたとは。誰かから聞いたのか?」

「ふふ、そんなとこです」

 

 彼女には話していないはずだが、と飯田は内心で考えているが、彼の驚きは正しい。なぜなら、トガは直前まで飯田の職場体験先を知らなかったのだから。

 

 しかし、彼女はフォースユーザー。対面して、話題の中心とも言えるものを口に出して問われれば、当人が思い浮かべているものを見抜くことなど造作もない。心を読まれる対策をしておらず、生来素直な飯田の内心は非常に読みやすいのだった。

 

「そういうわけなので。職場体験、一緒にがんばろうねぇ飯田くん」

「ああ! よろしく頼む!」

 

 ただ、トガが飯田を見てきょとんとしたのは彼がいると思わなかったからではない。彼から感じる暗黒面の気配が思ったよりも大きかったからだ。

 もちろんインゲニウムが負傷した直後には遠く及ばない。ないが……インゲニウムがヒーローに復帰できると知ったときよりは、間違いなく。

 

 なのでトガは、インゲニウムのことは解決したはずだけど……と内心で首を傾げながら、とりあえず飯田と相席することにした。

 

「それにしても、渡我くんがマニュアルさんのところとは……どうしてそこを選んだんだい?」

「出久くんに、『普通』のヒーローを探してもらったのです。なんだっけ……えーっと、確か……『まんべんなく普通にこなせるほうがいい』……でしたっけ?」

「ああ。マニュアルさんは、現代ヒーローのマニュアル的存在になりたいという想いで名前を決められたそうだからな」

「そういうことなのです。トガ、ヒーローのことホント知らないので。とりあえず、ヒーローがどんなか知るのにちょうどいいかなって」

「それで『普通のヒーロー』で、マニュアルさんか、なるほど」

 

 うんうんと頷く飯田。

 そんな彼に、トガは確信を持って問い返した。

 

「飯田くんはなんでマニュアルのところ選んだんです?」

「俺か? 俺は……俺も君に近いな。将来は都市部での対犯罪を中心に活動したいと思っているんだが、他の活動も疎かにすべきではないと思うんだ。だから、一通りのことができるマニュアルさんはうってつけだと考えたのさ」

「なるほどぉ~」

 

 飯田の答えに、トガはにんまりと笑って頷いた。

 

 そして、

 

「でもそれ、違いますよね」

「……ッ」

 

 すぐにそう言い返した。問い返したのではない。言い返した……つまり断言したのだ。

 

 トガはこのために相席したのだ。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()。言い方はもっと違っただろうが……少なくとも、言葉の端々から感じた暗黒面の気配を、見て見ぬふりをするとは思えないから。

 もちろん、視界の端に映った()()も理由ではあるが。

 

「保須は、お兄さんいるもんねぇ。心配だよねぇ」

「あ……ああ……うん、そう、だな……。君には隠す必要はなかったな……」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべながら、飯田は頭をかいた。

 

 だが、トガはなおも切り込む。

 

「それに、ヒーロー殺しも気になるよねぇ」

「……ッ!」

「コトちゃんが言ってました。ヒーロー殺しは必ず、一か所で四人以上に危害を加えるんだって。保須は、まだ一人だけだよねぇ」

「…………」

 

 言いながら、トガは顔を飯田に近づけていく。対して、飯田の顔は比例するようにうつむいていく。

 

 トガは、その視線に自らのそれを合わせるように、下から飯田を覗き込んだ。

 彼女の金色の瞳が……瞳孔の開いた瞳が、飯田のそれと向かい合う。暗黒面のフォースが、親しい闇の気配に呼応して蓋をこじ開け始めていた。

 

「ねえ飯田くん。お兄さんの敵討ち、しようとしてます?」

「…………」

「…………」

 

 そのまま二人は、無言でしばらく顔を見合わせていた。

 ただ、薄い表情のまま飯田を覗き込むトガに対して、飯田の表情は様々に移り変わっている。彼の中の葛藤が、顔にそのまま表れていた。

 

「……いや……そんなことは、考えていないよ……今は……」

 

 だが、飯田はそれでも否と答えた。

 瞳に現た剣呑な空気は……消えていない。

 

 それを見たトガは、目を細めて黙り込んだ。

 違うだろう、と。そうじゃないだろう、と。無言で言い放つ。

 

 そんな彼女に、飯田はあえぐようにかすれた声で言いなおした。それでもなお、否、と。

 

「君の言う通り、しようとしたさ。敵討ち……考えた。考えてしまったとも。だからいただいたプリントに保須の事務所が載っているのを見たとき、これだと思った……思ってしまったんだ……職場体験中にヒーロー殺しに遭遇しても、偶然と言い張れるはずだと。それで戦うことになっても……俺がこの手でやつをどうにかしても、構わないはずだと……」

「でもコトちゃんとお義父さんが、お兄さん復帰させてくれますよね」

「ああ……だから、冷静になれた……と、思うんだが……。結局、志望を取り下げようとしなかったんだから、まだちっとも冷静じゃないのかもしれない……。君にはお見通しだったみたいだし……」

 

 自虐的に微笑み、飯田は目を閉じる。その下で、拳がきつく握りしめられた。

 

「考えないようにはしている……だけど風呂や、布団の中で……一人でいると、どうしても考えてしまうんだ。確かに増栄くんのおかげで、兄さんは復帰できるかもしれない……インゲニウムは死ななかった……でも! けれど、それで兄さんの怪我が治るわけじゃない……! 結局……結局僕は、やつが憎いんだ……そう思う自分をとめられないでいる……!」

「…………」

「わかってはいるんだ……頭ではわかってる……。でも……わかっていても、僕は……! 憎いと思うのをとめられないんだ……! そんな自分が不甲斐なくて、恥ずかしい……! これではヒーローになる資格なんて……ッ!」

「とめなくって、いいと思いますよ」

 

 我慢していたのだろう。自責の言葉を次々にあふれさせる飯田を遮って、トガは静かに断言した。

 

 その言葉の意味がわからず、飯田は怯えるように目を開いた。眼前の少女と、再び目が合う。

 

 そこにあったのは、先ほどまでと異なる金色の瞳。闇を宿した、昏い輝き。暗黒面のフォースが煌めいて、禍々しくも生き生きとしていた。

 

 トガが言う。さながら誘うように。

 

「大切な人を傷つけられて怒らない人なんて、いるわけないじゃないですか。なんで我慢しなきゃいけないんです?」

「……そんな。だって、私怨で動いていいはずがないじゃないか! ヒーローが私刑なんて、もってのほかだ!」

「でも飯田くんは、敵討ち、考えてないんでしょう?」

「……それは。そう、だが……しかし……!」

「じゃあ、いいじゃないですか。憎くっても。だって、それって人間として当たり前のことだもん。無理に抑えたって、見て見ぬふりしたって、どっかで爆発するだけですよ」

「……人間として……」

「そうですよぉ」

 

 こくりと頷くトガの顔が、にまりと歪む。

 

 その様に、飯田はごくりと生唾を飲んだ。そうして、いや、と首を振る。

 

「……それでもダメだ、ダメなものは。もしもやつが目の前に現れたら、僕はきっと……」

「もー、そういうとこですよ、飯田くん」

 

 え、と目を丸くして顔を上げる飯田。

 

 彼の眼前に、トガは人差し指を向けた。そのまま、白魚のような指を左右に揺らす。闇のフォースが飯田の身体を包み込む。さながらかき抱くように。

 

「さっき、駅で出久くん言ってるの聞こえてましたよ。本当にどうしようもなくなったら言ってね、って。お茶子ちゃんだってうんうんしてました。頼っていいんですよ。一人で抱え込まないでください」

「だが、これは僕の私事だぞ! こんな関係ないことで友達を巻き込むわけにはいかない!」

 

 しかし、フォースを乗せた言霊を飯田は振り切った。彼は素直で生真面目だが、意思は固い。だからこそヒーロー志望なのだが。

 

 そんな彼を見て、内心でトガは小さくため息をついた。けれど、もう一度。

 

「頑固だなぁ。出久くんなんて、きっと自分から巻き込まれに来ますよ。だって、出久くんヒーローだもん。関係ないなんて、それこそ関係ないですよ。たぶん」

「それは、……確かに……そう、かもしれない……」

 

 今度は通じたらしい。トガは改めてにまりと笑う。

 

 対して、つぶやくようにこぼした飯田の脳裏には、入試のときの光景が浮かんでいた。

 

 そうだ。あのときも彼は……緑谷出久という少年は。

 試験の残り時間も、身の安全も、合格に必要な要素を天秤にかけ。それでもなお、一切の躊躇なく救うために飛び出した。彼は、そういう男なのだ。

 

 ならば……と、己をあのときの被害者……麗日お茶子と入れ替えて思考する。

 答えはすぐに出た。考えるまでもない。それでもきっと、緑谷の行動は変わらないだろう、と。

 

 そこまで考えて、飯田は納得する。

 

 そうだ。彼なら、きっと来る。来てしまう。

 

(……僕は、そういう彼を。クラスメイトとして、友人として、尊敬している)

「でしょう?」

 

 己が思い浮かべた答えに飯田が到達したところを見て、トガが笑みを深めてふふりと声を漏らした。

 

「だから、憎んだっていいの。ね。それで、やっぱり敵討ちしたくなっちゃったら、頼っちゃえばいいんです。みんな喜んで助けてくれますよ。

 もちろん敵討ちを手助けなんてしませんよ? とめてあげるの。だって、みんなヒーローだもん。お兄さんだって、そうしてるんでしょ?

 だからもしものときは、みんなで飯田くんをとめてあげますよ。こう……ぶん殴ってでも」

 

 そして、えーい、とおどけて腕を振るって見せた。

 ね、と言いながら小首を傾げる。

 

 そんなトガの姿が、妙におかしくて、かわいらしくて。

 

 飯田は、思わず笑ってしまった。だが、同時に肩の力が抜けたのも感じていた。

 

 そうだ。兄は、インゲニウムは。最高に立派な、僕のヒーローは言っていた。支えてもらっているのだと。

 

 ――ああ、そうか。そうだった。ヒーローは、ヒーローとは、助け合いなんだ。

 

 蒙を啓かれた気分であった。

 だから飯田は、目の前のクラスメイトに改めて声をかけることにした。かけることができた。

 

「……もしものときは、頼めるかい? 渡我くん……」

「もちろんなのです。なんたって、今のトガはヒーロー志望なので」

 

 どこか晴れた表情の飯田に、トガはえっへんと胸を張る。

 

 その姿がまたおかしくて、飯田はようやく声を上げて笑った。笑うことができた。

 兄が負傷して以来久しぶりの、心からの笑みだった。

 

 そんな二人の姿を、列車の隅のほうで半透明のアナキンが楽しそうに眺めていたが……やがてきびすを返しながら、景色に溶け込んでいく。

 

『これでよかったんですよね、ますたぁ』

 

 彼の背中を見送って、トガはにこりと笑った。

 




というわけで、二人の体験先は相澤先生とマニュアルでした。雄英で教師してる場合指名は出せない、なんて裏設定とかあったら破綻するやつですけどね!

主人公の行先については公安関係(あと飛べるやつってこと)でホークス、戦闘スタイル関係でミルコなども選択肢でしたが、主人公の主観では二人ともナシだったのでナシになりました。
理由はヒーローとしてのスタイル。ホークスは「ホークス一人で大体全部解決、サイドキックはほぼ後始末係」、ミルコは「群れない上に事務所を持たず、しかも対ヴィランがメイン」なので、どちらも主人公の求めるタイプではない、ということですね。

ちなみに、飯田君ですが。
原作通りにインゲニウムの復帰ができないでいたら、トガちゃんのこのやり方ではたぶん飯田君止まらないと思います。むしろ逆効果かも。
ダークサイドだからね、仕方ないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.繋がる

 職場体験初日は、つつがなく終了した。

 

 内容としては、ヒーロー基礎学で教わった基本的なことを実地で実際に見ることが中心である。マスター・イレイザーヘッドはその辺りかなり実践的にやるようで、パトロールという行為の説明から始まり、犯罪者を実際に捕まえながらそれぞれのケースでどういう対応になるのか、その後の警察とのやり取りなどを説明されながらの半日だった。

 

 そんな状態でありながら、淀みなく犯罪者をあっさりと確保する手腕はさすがである。本人は「教職をやってるうちに多少なまっちまってる」とぼやいていたが、十分な腕前であろう。もちろん、当の本人が納得していないのだから私があれこれ言う資格はないのだが。

 

 ちなみに、災害のような大規模な問題などは起きなかったので、それに関する対応を見ることはできなかった。

 こればかりは仕方ない。起きないことに越したことはないので、不満も文句もない。ヒーローが暇なのはいいことである。

 

 ともあれ、そうして予定時間までじっくりパトロールを済ませたあとは学校に戻り、翌日の簡単な予定を聞いて解散となった。

 明日からは日が暮れてからも職場体験を続行する日があり得るということだが、初日はそこまでしないとのことである。

 

 ということで服を着替え、帰路に就く。

 

「…………」

 

 そこに会話はない。一人しかいないのだから当たり前だが。

 

 いやアナキンがどこにでもいるので、厳密には一人ではないのかもしれないが……フォースセンシティブでなければ見えない、聞こえない彼と公道で会話するつもりはない。

 

 だが、どことなく不思議な気分だ。こうして無言で下校するのはおよそ三ヶ月ぶりくらいか。三か月前など比較的最近のことのはずなのに、なんだか随分と昔のように感じる。

 

 高校入学以前、私は学校であまり人付き合いをしてこなかった。同級生との精神年齢差と、毎年飛び級する関係で親しい人間を作る必要性が低かったことから、基本的に登下校はこんな感じだった。

 

 しかし高校に入ってからは、登校時はもちろん下校時が特に賑やかになった。ここ最近は、クラスメイトたちが帰宅前に我が家に寄っていくことも増えたから、なおのこと。

 アシドやハガクレのどちらかがいると、本来なら不要な寄り道をする機会も多い。先日の中間テストが終わった日などは、みなでジェラートを食べに行ったりもした。私だけでは絶対にしないことだが、それが結構楽しかったりする。

 

 そんな風に、帰り道は必ず誰かといて、彼ら彼女らと他愛のない会話を交わすようになっていた。私は聞き役に回ることが多いが、それでも無言にはならない。

 そして……それを悪くないと思っている私がいる。

 

 ああ、私も本当に変わったものだな。

 

「…………」

 

 何気なく振り返って校舎の向こうの空を見上げれば、雨季が近いとは思えないほどの快晴。いまだ日は暮れ切っておらず、暑いほどだ。

 その向こうでそれぞれ励むクラスメイトたちを思い、私はふっと笑みを浮かべた。

 

「ただいま」

「オ帰リナサイマセ、ますたー」

 

 そうしていつものように、しかし一人で帰宅すると、これまたいつものようにS-14Oが出迎える。

 彼女に荷物を預けつつ、靴を脱いで屋内に上がった。

 

「本日ノオ夕飯ハイカガナサイマス?」

「あー……今日はヒミコもいないし、君にすべて任せるよ」

「! オ任セクダサイ、ますたー!」

 

 嬉しそうに頷いた14Oは、うきうきした様子で荷物を片付けると、台所へ向かっていく。冷蔵庫が開く音がして、「何ニシヨウカナァ、腕ガ鳴ルナァ」と、これまたうきうきした声が聞こえてきた。

 

 私たちの食事は、ヒミコが作ることが多い。私に色々と食べさせたい彼女が、調理を積極的に買って出てくれているからだ。

 もちろん、余人の数倍は食べる私の食事を一人で、しかも家庭用のキッチンで作ることは難しいので、日常的に14Oが色々と手助けしているのだが。

 

 それはそれとして、使用人型として設計された14Oは根っからの奉仕好きであり、今回のように頼られることが大好きな性分なのだ。一人ですべてやるということは、彼女にとって決して嫌なことではないのである。

 

 ……ああ。もちろん私だって、家事の一つや二つはするぞ。その、風呂の用意とか。

 いや、何せ身の回りの面倒な家事をすべて解決するために使用人型ドロイドを造ったので、やることはほとんどないのだよ。掃除なども、14Oの補助ユニットがほとんどこなせてしまうので……うん。

 

 まあそこはともかく。

 

 調理が終わるまでは、宿題をこなすのが日課である。

 そして食事を済ませたあとは、自由時間だ。ヒミコと戯れたり、実家の家族と通話をしたり、あるいは趣味の機械いじりをすることが多い。今はインゲニウム用のパワードスーツ開発があるので、もっぱら機械いじりだな。

 

 なおあのときはあれだけの啖呵を切ったが、あれも実は最大限に見積もってのことだ。本気になればこれくらい、一か月もあれば充分である。

 

 ……のはずなのだが、今日はなぜかあまり気が乗らない。そういう気分ではないのかと思って、だいぶ前から開発に取り組んでいるリパルサーリフトに手をつけてみたが、これもあまり進まず。

 仕方がないのでマンガに手を伸ばしてみたが、これもあまり集中できなかった。妙なこともあるものだ。

 

 そうこうしているうちに時間になってしまったので、風呂を済ませることにした。

 

 だが、一人だと風呂もすぐに終わる。普段ならヒミコとあれこれ話しながらだし、場合によっては吸血が始まるので、それなりに時間がかかるのだが。今日は三十分もかからなかった。なんだか不思議な気分である。

 

 そんなことを考えながら髪を乾かしていたのだが……ううむ、一人ではうまくいかない。実家では母上がやってくれていたし、いつもはヒミコがやってくれるのだが、意外に技がいるのだな……。

 

 とりあえずなんとか形にした……と思うが。鏡の中の私は、不機嫌を隠すことなくむすくれていた。なるべく表情は平坦に保つように日頃から気をつけているのだが。何がそんなに気に食わないのだ。髪型などどうだっていいではないか。

 

 ……いや待て。そもそもの話、わざわざ髪を乾かす必要などなかったな。

 それでは髪が傷むとは何度も聞かされてきたが、それを気にするのは母上やヒミコであって、私はどうだってよかったはずだろう。何をしているのだ、私は。

 

 はあ、とため息をつきながら、ドライヤーを定位置に戻した。

 本当になんだか調子が出ない。今日はもう早く寝てしまったほうがいいかもしれない。

 

 そう思って、早めにベッドに入ったのだが。

 

「……眠れない」

 

 普段ヒミコと二人で使っているダブルベッドは広い。その中で一人、ぽつんと横になっているのは……なんというか、贅沢なことをしている気がしてまったく落ち着かない。

 

 ごろりと寝返りを打つ。そちらに、いつもいるはずの彼女はいない。もちろん、周囲のどこにも。

 ここまで来れば、いかに私でもなんとなく察しはつく。何せ、今頭の中に浮かんでいるのは、彼女のことだけなのだから。

 

「……私は寂しいのか? ヒミコがいないことが?」

 

 常夜灯の明かりがぼんやりと浮かぶ薄闇の中で、つぶやく。

 

 そうやってから思う。ああ、声に出してしまったと。

 

 なら、そうなのだろう。きっとそうなのだろう。

 そんなはずはない、と……思う。思うが……これ以上自分をごまかすのは難しいだろう。

 

 どうやら、私は一人でいることが寂しいらしい。あれだけ仕方ないやつだというような態度で、ヒミコを送り出したくせに。

 そんなつもりはまったくなかったのだが……いつの間にか、私の中でヒミコという存在がそれだけ大きくなっていたようだ。

 

 信じたくはないが、そうでもなければ胸の辺りに走るかすかなうずきの説明がつかない。まさか何かの病でもあるまいし。

 いっそ病であったらよかっただろうか、などと思いながら、本日何度目かわからないため息をつく。

 

 それから身体を寝かせたまま、枕元に置いた端末に手を伸ばした。

 

 まだ、彼女は起きているだろうか。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 周辺のフォースが波紋のように揺らぎ、私はいつか感じた深い繋がりを再び感じて硬直した。

 同時に、背後に直前まで考えていた人物の気配を感じて、驚きを深める。

 

「なに、これ……?」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 その声に、私は身体を起こしながら反対側に上半身を向ける。

 

「……ヒミコ?」

 

 そこには、ヒミコがいた。間違いなく。これは、一体?

 

「……コトちゃん? え、あれ? なんでホテルにコトちゃんが?」

 

 私の声に、彼女もまた上半身を起こしてこちらを向いた。

 

「いや……ここは私たちの部屋のはずだが。そういう君こそ……」

「ええ? ううん、ホテルだよ、ここ……だって、周りそうだもん」

「……? 私の周辺も、いつもの寝室なのだが……」

 

 私たちは至近距離で顔を付き合わせたまま、同時に首を傾げる。

 だが、なんとなく原因はわかっていた。お互いに。

 

「「……フォースで繋がった?」」

 

 だから、私たちは同時につぶやいた。

 

 そうだ。かつて私とヒミコがフォース・ダイアドだろうと仮説を立てたときに、アナキンから聞いた。

 フォース的に同質のもの同士は、距離を無視することがあると。それは互いの場所に互いの幻が現れ、しかしそれは幻ではなく、互いの居場所に直接影響を及ぼすらしい。

 そしてそれをなすためには、お互いがお互いについて……。

 

 そこまで考えて、私は顔が熱くなるのを感じた。

 

 いや。違う、そういうものではない。

 これは、そう。ただ、友人が遠くへ行ってしまったから、だから、そういうものであって。

 

 ああそうとも、彼女は、私にとって一番親しい友人であるからして。いつも一緒にいる彼女がいないことに、寂しさを覚えているだけなのであって。

 そしてそれを、フォース越しに本人に知られることが気恥ずかしいという、そういうものであって。

 

 ……だが、同時に、恐る恐る伸ばした両者の手が重なり、しかと互いの感触と温度を感じたとき。彼女から伝わってきた嬉しさで、そんな考えは塗り潰された。

 

 そのままどちらからともなく、私たちは磁石が引き合うように衝動的に身体を寄せた。そして互いの背中に手を回す。いつものように。

 

 密着した彼女の身体が、感じられる。そこにはいないはずなのに、間違いなく。彼女の体温と鼓動が、息遣いが、何よりフォースが、直に伝わってくる。

 

 ああ……くそ。やけにしっくり来るじゃないか。

 

 なんてことだ。

 どうやら私は自分で思っていた以上に、ヒミコに絆されているらしい。たった三ヶ月で、こうまでなるのか。

 信じられないが、これは現実だ。ならば受け入れなければならない。

 

 私は……彼女が傍にいなければ眠れない身体になってしまったようだ。

 

「えへへぇ……コトちゃんだぁ……」

「……ああ、私だよ」

「んやぁ、くすぐったいですよぅ」

「……気のせいだろう」

 

 私はそんな己が気恥ずかしくて、ヒミコの胸元に伏せる形で顔を隠した。

 こんな、こんな情けない顔を、彼女に見られてはたまったものではない。

 

 だから、それだけのことだから。

 

 あまり、頭をなでないでくれないか。

 

***

 

 ……そして翌朝。意識を取り戻した私は、改めてため息と共に両手で顔を覆うことになった。同時にベッドの中で身体を丸めて、意味もなく何かから己を隠そうとする。

 

 なぜって、仕方ないじゃないか。あれほど眠れなかったというのに、ヒミコと抱き合った状態から横になって、さほど間を置かずに意識がなくなったのだから。

 既に周りに彼女の気配はないが、これはない。そんなに私は彼女が恋しかったのか。子供じゃあるまいし、そんな。

 

 もしや魂が身体に引っ張られているのだろうか……。どうかそうであってほしい……。

 




離れて初日にこれなので皆さんお察しと思いますが、もう手遅れです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.相澤先生のお仕事

 職場体験二日目も、大半はパトロールで終わった。

 とはいえ初日とは異なり、他のヒーローとブッキングした場合のあれこれであったり、即席でチームアップをする、といった応用編とも言うべきところに早くも踏み込んだ。時間帯によって気をつけるべきことや優先すべきことが変わったりするので、今のところ素直に勉強になっている。

 

 なおイレイザーヘッドは”個性”の性質上、他のヒーローとブッキングした場合サポートに回ることが多いようだが……職場体験ということで、あえて自分が中心になって任務を遂行することもあった。

 しかも事前に根回しは行っていたようで、関わったヒーローはみな協力的であった。そうでないものも、頼まれてそういう態度をしていただけで内心はしっかり協力する腹積もりであったので、イレイザーヘッドはまったく良き教師である。

 

 まあ、顔を合わせたヒーローたちの多くは体育祭で優勝した私が目当てであったようだが……イレイザーヘッドはそれも織り込み済みで動いていた。執拗な勧誘などへの基本的な応対法などもしれっと言及する辺り、使えるものは親でも平気でこき使いそうな合理性の鬼である。

 

 とはいえ、常にパトロールをしていたわけではない。ただ一日を外を出歩いて終わりではなんとも味気ないし、それだけがヒーローの仕事でもないからだ。

 ただ、まとまった時間を確保できたわけではないことも事実であったため、そういう空き時間はイレイザーヘッドとの組手で費やした。

 

 さすがに直接的な威力を持たない”個性”で何年もプロヒーローをしているだけあって、彼の近接戦闘技術は磨き抜かれていた。増幅を封じられた状態とはいえ、フォースによる先読みが可能な私に一方的な展開を許さなかったことを考えれば、この星の上位に入るのではないだろうか。

 おまけに、明らかにフォースユーザーと戦った経験があるような動きを心身ともにしていたので、そういう意味でもイレイザーヘッドにはぜひともジェダイに来てほしいという思いを深めるに至った。彼の性格から言って、それが可能とはあまり思えないので口にはしていないが。

 

 なお、

 

「……増栄。お前、相手の思考、あるいは未来。もしくはその両方が読めるな?」

 

 とは、組手を数回行ったあとのイレイザーヘッドの言葉である。今まで考えはしても直接問うてくることはなかった彼だが、遂にといったところだ。もちろん彼相手に今更隠すことではないので、是と答えたらやはりかと唸られた。

 この際、何やら授業参観がどうのこうの、という思考が垣間見えたのだが、はてさて。この先何があるのやら。

 

 ともあれ、そうして迎えた職場体験三日目(ちなみに二日目の夜もヒミコと繋がった。色々と会話ができて楽しかったが、吸血も激しく朝は後処理が大変だった)。本日は定例の職員会議や授業など、教員として外せない仕事があるということで、職場体験はヒーローのそれというより教員のものであった。

 

 ただ、彼について参加した授業はいずれも上級生のものだ。先の授業内容を覗けるということで、私に不満はない。知識を身につけることは得意である。

 

 毛色が違ったのは、この日最後の授業。ヒーロー仮免許試験の対策として、演習が行われたのである。

 対象は、六月頭に仮免許試験を控えたヒーロー科の二年A組の面々。担当の教師が急きょ警察の要請でヒーローとして出動を余儀なくされたため、代理としてイレイザーヘッドにお鉢が回ってきたらしい。

 

 この二年A組、どうやらイレイザーヘッドが去年受け持っていたらしいのだが。イレイザーヘッドが教室に踏み込んだ途端に教室内が静まり返り、壇上で彼が「代理で俺が仮免試験対策演習を行う」と言った途端に、悲鳴のような声が一斉に上がったのには思わず笑ってしまった。

 

 イレイザーヘッド、去年は相当に暴れたらしい。聞けば注意感覚で除籍処分を連発していたようで、去年の一年A組、つまり今年の二年A組は、全員が最低一回は除籍されたことがあるらしい。

 それでも決して恨まれてはいない辺り、彼の人柄が垣間見えるが……それはそれとして、注意感覚で除籍処分にするのは私もどうかと思う。彼はそう思われることすらも気にしないのだろうが。

 

 さて当の演習内容であるが。私たち一年生が最初に行ったものより、さらに実践的である。人質を取ったヴィラン役と、それらを救出および捕縛するヒーロー側に分かれての演習だ。

 私たちがした演習と似た部分もあるが、大きく異なる点が二つ。設定が現実に即した詳細かつ厳格なものになっていることと、ヴィラン役がイレイザーヘッド本人、および助っ人として呼ばれた三年生の二人であることだ。

 

 なお現実に即した、という点については、人質役、および巻き込まれた一般人役がいるという意味も含む。彼らは避難訓練の名目で集まった他科の生徒(なお志願制とのこと)という配置であり、彼らに対してヴィラン役は現実同様、容赦なく攻撃(もちろん本当に殴ったりはしないが)を行う。

 

 この一般人役、彼ら独自の判断でヒーロー役の面々に”個性”を使って助力していいことになっている辺り、明らかに設定レベルがおかしい。やる気を出した素人ほど、現場で邪魔な存在はそうそうないのだ。

 これのどこが「仮免許試験対策」なんだ。完全に本免許試験対策ではないか。

 

 おまけにヴィラン役に招聘された三年生は、本免許試験に合格済みの生徒。つまり、免許取り立てとはいえプロヒーローをそのまま相手取ることとなんら変わりがない。

 

 しかもである。

 

「よろしくね!」

「通形先輩じゃねーか! ビッグスリーに勝てるかちくしょう!!」

 

 今の雄英で、特に将来を期待される三人の若者……それがビッグスリーだ。その一人が、トーガタ・ミリオである。

 彼は、今年の体育祭三年生のステージで優勝した人物でもある。聞いたところによると、既にビルボードチャートJPの上位陣に匹敵するほどの実力者らしい。

 

 そんな人物が相手と来れば、二年生が一斉にブーイングを上げるのも無理はない。

 

「お前ら、プロになってからも同じこと言うつもりか? たった三ヶ月くらい顔合わせなかっただけで、随分とまあヘタれたもんだな」

 

 だが、イレイザーヘッドは容赦しない。”個性”を発動した赤い瞳を見せ、髪を逆立てる。

 その姿を見た瞬間二年A組の面々がピタリと静かになった辺り、我々の先輩も我がクラスの面々同様、彼に躾けられたらしい。

 

 ちなみに私はというと、イレイザーヘッドの補佐としての参加だ。リカバリーガールからの許可を得て、臨時の治癒要員として動く予定である。前世に学んだ医学知識がこの星でもおおむね適用できたことから、こちら方面では既にリカバリーガールから十分な認定をいただいているのだ。それでも治していいのは簡単なものだけだが。

 

 ただし、イレイザーヘッドはそれを言うつもりがない。より緊張感を持たせるため、私のことはただの見学者に留めて説明するつもりなのだ。

 

「特に今回は、一年生から見学者がいる。不甲斐ない真似はすんなよ。今回の授業は俺が全権持ってる。除籍もあり得ると思え」

 

 私の見立て通りに、彼は説明を締めくくった。途端に二年生たちが本気になった辺り、本当によく調教されたのだなと内心で苦笑する私である。

 

 と、そこで先に名を挙げられたトーガタが、声を挙げながら手も上げた。金髪を逆立てた、ベビーフェイスがまぶしい好青年である。

 

「なんだ通形」

「彼女、見学でいいんですか? せっかくの機会だし、実力もあるみたいだし、参加してもらってもいいと思いますが!」

「……ま、確かにそうだが。それでも一年だ、まだ仮免試験を受ける段階に達してない。ここで段階を飛ばすのは合理的ではないと結論づけた」

「ああー……そりゃしょうがないですね!」

 

 イレイザーヘッドの合理的虚偽に、トーガタは素直に頷いて引き下がった。

 

「では各自、位置につくように」

 

 そうして始まった演習だが、イレイザーヘッドもトーガタも圧倒的であった、ということが何よりもまず最初に挙げられるだろう。イレイザーヘッドはもちろんだが、三年生の体育祭優勝者、この学校で誇られるビッグスリーの名は伊達ではなかった。

 

 どれほどかと言えば、二年生たちではトーガタに手も足も出ず、せいぜいが時間稼ぎが精いっぱいというのだから相当なものだ。少し離れたところから見ていると、それが実によくわかった。

 

 しかし目立つのはそこだが、重要な点はそこではない。

 

「増栄、お前の所見を言ってみろ」

 

 十分ほどでヒーロー側全滅、ヴィラン側の圧勝という結果に終わったあとのこと。

 幸い大きな怪我はほとんどなく、そのわずかな例外も私で治せる範疇。そしていざ講評となったところで、イレイザーヘッドはまず私に水を向けた。

 同時に、周りの目が私に集中する。

 

「……自分ができるかどうかは棚に上げさせていただきますが、よろしいでしょうか?」

「構わん。早よ」

「わかりました。では……今回の演習目的は、『ヒーローの基本三項すべてを、同時に一定の水準以上でこなせるようになること』と推察します。現実と同様の条件ですね。

 ゆえに、目的を達成できなかった時点で不合格は当然として、脱落認定を受けた人質役が全体の半分以上に上ったこと、避難が済んでいない市民役も一定数いたことを考えると、合格にはまだ遠いであろうな、と思いますがいかがですかマスター?」

 

 そう言い切ると、一部から怒りとそれが込められた視線が向けられた。

 

 が、イレイザーヘッドがぎろりと睨むと即座に沈静化した。

 

「具体的に何が問題だった? 述べてみろ」

「個々の問題はともかくとして、最大の問題はトーガタ先輩を気にしすぎるあまり、一人に大勢が殺到した点でしょうね。計画も連携もない状態でそれは、戦力の逐次投入という失策です。

 そしてそれは、そのまま避難誘導のための人手を減らしてしまっていました。基本三項の中でどれを優先すべきかは状況次第で変わりますが、少なくとも今回のような状況で『撃退』は最優先ではないでしょう。オールマイトのような力があれば別ですが」

「よし。……わかったかお前ら、コレが今年の一年一位だ。うかうかしてるとあっさり抜かれるぞ」

 

 イレイザーヘッドの言葉に、二年生たちが目に見えて落ち込んでしまった。そこまで追い込まずともいいだろうに。

 

「まあ、今回の演習に失敗するのもある意味当然だ。なんせ本免許試験の対策演習だからな、これ」

『え?』

 

 だが、しれっと続けたイレイザーヘッドに対して、二年生たちは何を言われたのかわからないとでも言った様子で一斉にぽかんとした。

 

「仮免試験の対策演習は、基本三項のうち、『撃退』か『救助』どちらかに特化した内容だ。今までやってきたの、そうだったろ?」

「まあ……」

「言われてみれば、確かに……」

「実際、仮免試験はそういう内容なのが普通だ。だがな、あくまで仮免許は通過点でしかないんだよ。忘れてるやつもいたみたいだから、思い出させるためにあえて難易度を上げた」

 

 そしてその言葉に、二年生たちがざわめき始める。

 

「ま、まさか相澤先生……!」

「合理的虚偽ってやつッスか……!?」

「そうだよ」

『うわああぁぁ久々にやられたァ!!』

 

 恐る恐る、と言った感じの問いにイレイザーヘッドがさらりと答えれば、生徒たちの大半が頭を抱えてしまった。

 

 どうやら彼は昨年、除籍だけでなく合理的虚偽もそれなりに放ったらしい。「ちくしょうイレ先め」「おのれまたしても」などと恨み節を叩く二年生を見て、トーガタは陽気に笑っている。一般人役で参加していた他科の生徒に至っては、爆笑だ。

 

 とはいえ、それらもイレイザーヘッドがひと睨みすればすぐに収まる。

 

「確かに、今回の演習はお前らには難しかったろう。これが本免試験本番なら文句なく不合格だ。だが思っていたよりはできていた、というのも正直な感想だ」

 

 しかし次いで出てきた言葉に、二年生たちはきょとんとする。そんなにイレイザーヘッドに褒められることが珍しいのだろうか。

 

「想定ではもっと早く全滅すると見てたんでな。現時点……仮免を取ろうって段階じゃ上出来だよ。だからまあ、仮免くらいさらっと取ってこい」

 

 言外に「今のお前らなら仮免なんて余裕だ」と言うようなイレイザーヘッドに、先輩方は苦笑を禁じ得ない。

 

 何せ彼は「くらい」と言ったが、ヒーロー免許は仮免許試験であっても合格率は確か半分くらいしかなく、それなりに狭き門だ。

 二年生の何人かも、口には出さずとも内心でぼやいているのが見て取れる。

 

 まあとはいえ、イレイザーヘッドの考えも理解できる。仮とはあくまで仮でしかないのだから。

 そして、飴よりも鞭のほうが多いのがイレイザーヘッドという人物だ。

 

「だが現実問題、プロになればこれくらいの事件なんざよくあることだ。通形、インターンでも結果を出してるお前ならわかるな?」

「さすがに相澤先生レベルのヴィランがほいほい出てくることはそんなにないですけどね。でもゼロじゃない! それは間違いないですよね!」

 

 トーガタの答えに、イレイザーヘッドは少しだけ満足げに頷く。

 

 その言葉に、二年生たちの顔つきはますます引き締まる。

 

「これが仮免と本免の差だ。いいか、さっきの俺の言葉に『仮免だってそれなりに難しい』とか思ったやつもいるだろうが、先に言った通り仮免はただの通過点だ。その先にあるものが取れるようにならなきゃならないし、それだって通過点だ。スタートラインに立つだけで満足するような、クソみてぇなやつにはなるなよ。去年何度も言ったが……原点を常に意識しとけ。以上」

 

 彼にしては長い言葉を言い切ったイレイザーヘッドは、いつものように淡々としていた。

 

 言っていることもかなり手厳しい。だが事実だ。彼がなんだかんだで慕われているのは、こういうことでは決して偽らないからでもあるのだろうな。

 

「さて……時間はまだだいぶあるな。シチュエーション変えてもう何回かやっとくか」

『え』

「なんのためにそいつを連れてきたと思ってる。増栄、ある程度でいい。怪我人を治癒しろ。十五分後に演習を再開する」

「マジすか先生!?」

「ていうかただの見学者じゃなかったの!?」

「いつから合理的虚偽が一つだけだと錯覚していた?」

『なん……だと……!?』

 

 とはいえ、軽い悲鳴が上がる中やはり淡々と言うところは、本当に弟子に厳しい方だなと改めて思う次第である。

 

 それでも、ここから二年生たちは必死に食らいついた。最後の演習ではイレイザーヘッドとトーガタを両方、一度は捕獲するまで行ったのだから大したものだ。

 

 まあ、ヴィランを捕獲して終わりとならないのが現実で、この演習はそれに準じている。捕まえただけで終わるなどあるはずもなく……大いに油断した結果、早々と逆襲を許してしまっていたので、本免許はもう少し遠いだろう。

 




物語的には、手の空いてるビッグスリーがミリオだけだったってことで彼ですが、作者的にはナイトアイの話題を入れるためってことで彼です。
まあ、うちの幼女がインターンにナイトアイのところに行く予定は今のところなかったりするんですが、プロットくん急に死ぬことあるしね。念のためってことで。

あと、原作においてビッグスリーがどのタイミングで本免許を取ったかはわかりません。本免許試験がいつあるかもわかりません。っていうか、まだ持ってない可能性すら否定できない。
なのでこの段階でミリオが本免許持ってるってのは本作独自設定になります。あしからず。
・・・でもなんか、彼は持ってても違和感なさそうですよね。作中のあの活躍見てるとそう思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.胸を借りる

「で、どう思った?」

 

 授業後。私を引き連れて二年生のフロアから離れたイレイザーヘッドは、歩きながら端的に問うてきた。

 

「まだまだ先は長く、やらねばならないことが多いですね。私はあまり『救う』ことを考えたことがありませんでしたので、その辺りが特に」

「お前の歳でそこまで考えてたら異常だよ」

 

 イレイザーヘッドはそう言うが、今回の演習は二年生たちのみならず、私に対しても先を見せてそこまで考えさせる目的があったはずだ。でなければ、逐一私に問いかけて来るはずがない。

 

 そして確かに対外的には私は十歳児だが、前世の経験を丸ごと引き継いでいることを考えると、彼の言葉を真に受けて安堵などできるはずもない。

 彼と組手をして改めて思ったが、そもそも私は決して才能溢れる人間ではないのだ。もっと精進せねばならない。

 

 ただそれはそれとして、ジェダイとヒーローは、やはり似ているようで違うのだなと感じる。職場体験で実際のヒーロー活動を見て、特にそう思うのだ。

 

 ジェダイは、護るものであった。銀河共和国の自由と正義の守護者。そして秩序の調停者だ。

 

 翻ってこの星のヒーローは救うものだ。人々の生命と尊厳の救助者。そして秩序の介助者だ。

 

 どちらも存在意義を発揮する過程で、何かを撃退し、誰かを救助する。その手段も大枠で見れば共通する。

 だが何を優先し、どんな手順を踏むかが決定的に違う。それを履き違えてはならないだろう。

 

 ……究極のところ、撃退はジェダイが。救助はヒーローがと、住み分ければよいのではないかと思うがな。

 ヒーロー基礎学をかじっただけでもわかるが、ヒーローという職業に求められるものはあまりにも多すぎる。直接的な武力を振るう存在が、その手で救助も同時に担うのは重すぎるだろう。

 

 いや、もちろんそれは必要なことではある。軍隊もときに救助隊の役割を帯びることはあるからだ。

 しかしそれはそれとして、特化した存在は別にあるべきではないだろうか。ジェネラリストだけがいて、そこにすべてを任せるのは様々な観点から見ても問題ではないかと私は思うのだが、いかがだろうか。

 

「さてこの後のことだが……」

 

 おっと。思考が逸れた。意識をイレイザーヘッドに向け直す。

 

「俺はこのあと職員会議がある。予定じゃ六時くらいで終わるはずだが、会議なんてのは非合理の極みみたいなもんだ。七時くらいまでかかるだろう。もっと延びてもおかしくない」

「……まだだいぶ時間がありますね」

「ああ。学生として見るならもう下校していい時間ではあるが……職場体験として見ると足らない。そこで、通形。お前に少しだけこいつを任せたい」

「いいですよ!」

 

 イレイザーヘッドに話を振られたトーガタは、二つ返事で快諾した。

 

 そう、私たちは二人ではない。トーガタもまた、先の演習から引き続き同行している。

 

「すまんな。場所はトレーニングルームシグマを使ってくれ」

「了解です!」

 

 そこで会話を切ったイレイザーヘッドは、階段を上に。私たちは下に向かう形で別れた。

 

「改めて、よろしくなんだよね! 俺は通形ミリオ、ヒーロー名は『ルミリオン』さ!」

「マスエ・コトハです。ヒーロー名は『ジェダイナイト・アヴタス』。よろしくお願いします、ルミリオン」

 

 私たちは、どちらからともなく握手を交わす。

 

「じゃあ、まずは軽く手合わせしてみよっか!」

 

 そしてそういうことになった。

 

***

 

 眼前に、ルミリオンの太い腕が迫る。くるりと縦に回転してこれをかわしつつ、後頭部に向けて蹴りを放つ。

 

 しかしこれは彼の身体をすり抜けてしまい、不発になった。このままでは勢い余って縦回転を続けかねないが、既に準備は済んでいる。私の身体は直角を描いて地面へ落ちていく。

 

 そこに蹴りが叩き込まれるが、私は落ちながらフォースプッシュを放って相手を吹き飛ばした。

 

 そうして互いに態勢を整えなおし、改めて向かい合……ったところで、タイマーが鳴った。時間切れだ。

 

「いやー、驚いたよね! 想像以上だ!」

 

 かなりの回数攻撃を叩き込んだはずなのだが、堪えたそぶりもなくルミリオンは陽気に言う。

 

 一方の私は、ローブこそ脱ぎ捨てたが無傷だ。ライトセーバーも使っていない。事前の取り決めではタイマーが鳴る=引き分けであったが、優勢なのは私と言っていいのではないだろうか。

 

「あなたこそ。恐ろしいほど精密な個性操作だ」

「おっ? さっきの演習といい、よく見てるんだよね」

「?」

「いやね、大抵の人は俺を見て、『すごい”個性”』って言うからさ!」

「ああ、なるほど」

 

 すぐにはわからなかったが、ルミリオンの補足になるほどと思う。確かに、一見そのように見えるかもしれない。

 

 先の演習、およびこの組手で分かる範囲で言えば、彼の”個性”は透過である。あらゆるものをすり抜ける”個性”だ。確かに、なかなか他に類を見ない能力だろう。

 

 実際に戦って思ったが、これはかなり厄介な能力だ。攻撃は当たらないし、防御は無視される。これほど戦いづらい力もなかなかない。

 ここにルミリオン自身の卓越した予測が組み合わさると、さらに驚異的である。攻撃も防御も意味をなさず、なすすべもなく対処されて終わるだろう。先の演習でもそうだった。

 

 だがしかし、である。

 

「”個性”の発動中、あなたは呼吸をしていませんね。そして何も見えていない。恐らく、あなたの”個性”は空気や光すらも透過してしまうのでしょう?」

「そうなんだよね! 何かをすり抜けるにしても実際は地面をはじめ、ものとの接触部はそのままに、目当てのものだけを透過しつつ、その場所を適宜変えないといけない!」

 

 そう、彼の”個性”は極めて使い勝手が悪いのだ。普段何気なく行なっている動作であっても、透過しながらやるには複数の工程が必要になるはず。

 

 そして失敗すれば、重力に引かれて地面の下へ落下してしまう。並みの人間なら、これでヒーローになろうとは思わないだろう。思っても諦めるのではないだろうか。

 

「やはりですか。下手に使えば振り回される”個性”ですね。それでそこまで動けるようになるまで、どれほどの鍛錬が必要になることか……」

「いやー、一発でそれを見抜かれたのは久しぶりだなぁ。相澤先生が指名したのも納得なんだよね」

「恐縮です」

 

 頭を下げる。

 単に彼の言葉にだけでなく、これまで彼が歩んできた道のりとその心意気に頭が下がったのだ。

 

 なるほど、これがビッグスリーか。彼に匹敵する力の持ち主が、まだ二人はいるのだから世界は広いものだ。

 

「それにしても、君は引き出しが多いね! 今まで経験したことのない動きばっかりだったぜ! 自分の半分くらいの背丈の相手と戦う機会も滅多にないし、超勉強になった!」

「いえ、こちらこそ勉強になりました」

 

 確かに私ほど引き出しが多く、次に何をされるのか想像できない人間はそうそういないだろう。増幅とフォースの組み合わせは、やれることが多すぎる。私以上の手札の持ち主など、都市伝説に語られる巨悪くらいのものだろう。

 

 まあそれはともかく、とはいえ私がビッグスリー相手に優勢を取れた最大の理由はそれではない。一部ではあるが、最大の理由は致命的な相性の悪さである。

 

 どういうことかというと、ルミリオンの透過にも透過できないものがあったのだ。

 

 それはフォースだ。この宇宙のあまねくすべてと繋がるこの力は、すり抜けることを許さなかった。

 そしてフォースを透過できないのであれば、フォースを介して増幅が効くということになる。つまり、私はルミリオンにとって天敵なのであった。

 

 正確に言うと普段より効き方が鈍いし、すり抜けられないとはいってもできることは触れることくらいなのだが……増幅との組み合わせは、それだけで十分なのだ。

 フォースプッシュとフォースプルも効いたしな。恐らく、フォースだけでなく重力も透過できないのだと思う。落下するようだしな。

 

 もちろん、フォースによる先読みが彼の予測を上回ったということもあるが……昨日のイレイザーヘッドとの組手で、フォースの先読みに匹敵する予測を行う人間との戦い方を多少なりとも経験できていなかったら、相当苦戦したはずだ。

 ルミリオンはそれほどまでに強い。軽い手合わせであったが、すぐにそうとわかるほどには。

 

「それにしても、俺もまだまだだな。今度インターンに行ったらまたサーに稽古つけてもらわないと」

「いや……私の場合、そういう能力なども増幅できてしまうので、かなり特殊かと」

「あ、やっぱり? 君、普通に未来予知的なことしてるよね!」

「おわかりでしたか」

 

 さすがはビッグスリーと言ったところか。彼の言葉ではないが、一発で見抜かれたのは初めてではないだろうか。

 

「いや、実はサーがそこら辺推測していてね。君に指名を出したのはそういうところもあると思うよ!」

 

 そのルミリオンは、私の頷きに恐縮した様子で頷き返した。

 

 サー。すなわちプロヒーロー、サー・ナイトアイである。確かに、彼からも指名が来ていた。

 

 そしてルミリオンは、そのサー・ナイトアイの下でインターンをしているのだという。

 

「そうなのですか。確か氏の”個性”は……」

「ズバリ、『予知』! なんだよね! 自分の”個性”とどう同じなのか、あるいはどう違うのか、録画を見ながら考えてたってサイドキックの方から聞いたんだよ」

「”個性”は結果が同じでも、仕組みなどは十人十色ですからね。お断りしてしまったことは申し訳ありませんが」

「まあ、それはしょうがないよね。縁があったらまた指名が行くと思うから、そのときに考えればいいんじゃないかな」

「それもそうですね」

 

 とは言うが、私はあまりサー・ナイトアイというヒーローに魅力を感じていない。私が目的の達成に必要なものを得るためには、彼のところであるべき理由が何一つないからだ。彼のところで学べることは、他の大概のヒーローからも学ぶことができる。

 

 彼について特異な点と言えば、オールマイトの元サイドキックである点だが……あいにくと私はオールマイトという個人はともかく、オールマイトというヒーローにはそこまで好感を持っていない。

 確かに彼のなしたことは偉大であり、行いもまた素晴らしいものだ。しかし、彼一強状態の現状がそれらを台無しにしていると私は思うのだ。そんな状態を強固に作ってしまったことは、いかがなものかとね。

 

 ただそう思うのは、私が別の文明を、別の社会を知っているからだ。

 そしてその私が知る別社会も、構造的には似たようなものだったと思う。きっとこの星の人間からすれば、グランドマスター・ヨーダはオールマイトと何が違うのだと思うだろうから。

 

 ……話が逸れたな。ともかくそういうわけで、私にとってオールマイトの元サイドキックという要素は加点要素ではない。

 そしてミドリヤいわく、サー・ナイトアイはかなりのオールマイトフリークであるらしく。この一点で、私はサー・ナイトアイとは相性が悪いとすら推測できるのだ。

 

 だからこそ、私は彼の指名を受けないと、わりと早い段階で決定していた。

 

「とはいえ、今年は全学年含めても君にしか指名を出さなかったって聞いてるんだよね。だから実は、俺も君のこと気になってた! 声をかけてくれた相澤先生の後ろに君がいたのを見たとき、ラッキーって思ったよ」

「それはどうも。私もあなたほどの実力者と手合わせができて幸運です」

「もう一度やってもいいかい?」

「もちろん、願ってもないことです。よろしくお願いします」

 

 そうして私たちは、休憩を挟みながらも一時間以上手合わせを続けた。

 

 休憩も無駄にはしない。その間は彼の実際の体験を様々聞くことができたので、非常に有意義な時間になったのであった。

 




主人公がナイトアイの指名を蹴った理由は作中で語った通りなのですが、これ実は後付けのようなもので、作者の都合で却下が先にあり、主人公が断る理由は何かと考えた結果だったりします。

ではなぜ作者がナイトアイの指名を却下させたかというと、彼の事務所に設置されているお仕置き用くすぐりマシーンがその理由です。
というのも、ナイトアイはユーモアを重視する人。それは自身のサイドキックにも徹底させていて、あまりにユーモアのないことを言っているとくすぐりマシーンでくすぐられるわけです。
あれはまあ、ジャンプ的なギャグシーンの一環だと思うんですが、これうちの幼女的にかなりまずいんですよ。

というのもうちの幼女、ユーモアに対する理解が恐ろしく低いです。クソ真面目とも言います。飯田君ほどじゃないですが、センスがないことを自覚しているので積極的にユーモアに行こうとはしません。
なのでナイトアイのところに行けば、高確率でくすぐりマシーンにかけられるでしょう。
これがいけない。
何せうちの幼女の身体は、トガちゃんによる開発が進んでいます。そんな状態で迂闊に全身をくすぐられると・・・。
・・・つまりはそういうことです。それはいけない。いけないでしょう?

いやボクは信じてますけどね?
多分あの子の身体が反応するのはトガちゃん相手のときだけだと。
信じてますけどね、0以外の可能性は全部起こり得るんですよッ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.保須の戦い 1

 理波がミリオと組み手を続けていた同時刻、東京都保須市にて。

 

 太陽がほとんど沈んだ街の中で、脳無が暴れていた。ただし、以前ウソの災害と事故ルーム(USJ)に現れた個体ではない。身体の大きさも、形も、色も、何もかも違う別の個体だ。

 しかし脳がむき出しになり、自我というものがいささかも存在していない動く死体であることは同様である。

 

 それが、三体。我が物顔で、保須の街の中を暴れ始めたのだ。

 突然のバケモノの出現に、周囲は騒然となる。逃げ惑う人々は波となり、その声が、姿が、パニックを伝染させていく。

 

「マジかよ! このご時世に馬鹿だな!」

 

 事態を把握したノーマルヒーロー・マニュアルは、すぐさま現場へ急行する。

 

「天哉くん、トランシィ、現場行く! 走るよ!」

「はい!」

「はーい」

 

 彼に続くのは、彼の下で職場体験を行っていた飯田、およびトガである。

 三人はマニュアルを先頭に、人々が逃げてくるほうへ向けて走り始めた。

 

 だが、直後である。飯田は方向転換した際に視界に入った路地のほうを見て、硬直してしまった。そして、そちらに足を向けてしまう。無意識のうちに。

 

「飯田くん!」

 

 そんな彼の手首を、トガがつかんで引き留めた。飯田が、ハッと我に戻る。

 

「……渡我くん、俺は」

「わかってるのです。……ヤな感じ。暗黒面なのです。それにフォースも……」

 

 トガの言葉の意味を、飯田は半分ほどしか理解できなかったが……しかし、だからこそ逆に冷静になれた。

 

 彼は目を閉じて深く深呼吸をすると、カッと目を見開く。そして既にだいぶ離れてしまったマニュアルに身体ごと向き直り、走り出しながら声を張り上げた。

 

「マニュアルさん!! お待ちください!!」

「! ど、どうしたんだい!?」

 

 その固い声に、マニュアルは足をとめて振り返った。

 飯田は彼の下へ駆け寄ると、こそりと耳打ちする。ヒーロー殺しらしき姿を見た、と。

 

 当然、マニュアルは驚愕に目を丸くする。

 

「……まさか、この騒動はヒーロー殺しの陽動か? 今までのやつの傾向と合わないぞ……単に偶然重なったのか……?」

「マニュアルさん、いかがしましょうか!」

「あ、ああ……そうだね。まずは目の前のことを片付けよう。暴れてる三人とやらも問題だけど、もし天哉くんが見たのが本当にヒーロー殺しだった場合、こっちも大問題だ。幸い、今この街は厳戒態勢でヒーローも大勢いる。俺たちはヒーロー殺しを追おう!」

「了解です!」

「俺が先行する。二人は距離を取ってついてきてくれ。それと……これを」

 

 そう言いながらマニュアルが二人に渡したのは、彼の携帯端末であった。飯田が首を傾げる。

 

「ヒーロー殺しは間違いなく強敵だ。俺が勝てるかどうかわからないし、勝てたとしても無傷じゃすまないだろう。だから万が一やつと接敵したときは、君たちが他のヒーローに連絡を取ってくれ。たぶん、俺にそんな余裕はないだろうからね。そしてそのまま離脱してもらう」

「……!」

「申し訳ないけど、君たちは仮免許すら持っていないヒーローのタマゴだ。万が一にも怪我をさせるわけにはいかない。天哉くんは特に、やつに対して思うところはあるだろうけど……」

「わかりました、マニュアルさん!」

「……いいのかい?」

「はい。……ただ、正直、俺もやつ本人を見て冷静でいられるかどうか、自信がありません。なので……渡我くん。ここは君が持っていてくれるかい?」

「あは、任されました!」

 

 にまりと笑いながら頷いたトガに、飯田はどこかほっとした顔をした。コスチュームのヘルメットで、表情は見えないが。

 

 そしてトガが受け取った端末を懐にしまうのを確認したマニュアルは、決然とした表情を浮かべて一つ頷くと、飯田が示したほうへ向けて走り始めた。

 かくして路地裏に突入した三人は、狭く、暗い道を駆け抜ける。

 

 と、そこに何か大きく重いもの……しかしそれなりに柔らかいものが壁か、あるいは地面にか。叩きつけられたような音が響いた。同時に、男のうめき声。いずれも穏当な音ではまったくない。

 この保須市を拠点とするマニュアルは、その音がした場所をほぼ正確に察知した。すぐさま向かう先を微修正し、走る速度を上げる。

 

 そうして走り続けた三人が、見たものは。

 

「身体が……動かね……クソやろうが……! 死ね……!」

「ヒーローを名乗るなら、死に際のセリフは選べ」

 

 顔面を手でふさがれ壁に押し付けられたヒーローと、それをなす刀を持った長身の男の姿だった。

 

 それを見るや否や、マニュアルはトガたちに通報しつつ離れるように指示を出しながら、両者の間に割って入る。

 

「そこまでだ、ヒーロー殺しステイン!」

「……!」

 

 鋭い蹴りを横合いから受けることになったステインは、舌打ちをしながら殺そうとしていたヒーロー……ネイティブから離れた。

 

 身体が動かず、ただ倒れるしかないネイティブをマニュアルは受け止めつつ、視線と警戒はステインから離さない。

 

「ま、マニュアル……!」

「大丈夫かネイティブ!」

「ノーマルヒーロー……マニュアル、か……ハァ……」

 

 現れたマニュアルの姿とネイティブの呼びかけから相手を悟ったステインは、視線を鋭くしながら身構える。

 

 そんな彼の頭上で、小さな人影が躍り上がった。

 その人影が、向かう先は――

 

「……! 飯田くん離れてください!」

「え!?」

 

 ――ステインたちから離れ、他のヒーローたちへ連絡を入れようとしていたトガたちであった。

 

 明確な敵意と殺意をフォースで感じ取ったトガは、とっさに飯田を蹴飛ばして距離を取らせる。同時に腕につけられたワイヤーフックを壁に放つことで、強制的にその場から離れた。

 しかしその手元から、すっかり慣れ親しんだ力によって端末が引き剥がされる。

 

 直後のことだ。

 

 凄まじい金属音が路地裏に甲高く響き渡った。

 

「……!」

「な……!? こ、子供……!?」

 

 トガに蹴飛ばされながらも、恵まれた身体を活かして体勢を崩すことなく距離を取った飯田が、驚愕で目を見開く。

 

 少し遅れて、ワイヤーフックによって壁に着地するように張り付いたトガが、渋い表情を浮かべる。

 

 二人の視線の先には、剣。銀色に輝く長い刃が、分厚い刃が、直前まで二人がいた場所を。そして端末を両断していた。固いはずのアスファルトに、強引な切り傷が刻まれている。

 

「うるさいなぁ……どうせボクは発育不良だよ。これでもボク、オマエらより年上なんだけどなぁ。まーでもぉ……」

 

 その傷跡を刻み込んだ人影が。

 身長わずかに百三十センチ程度の少女が、ゆらりと立ち上がる。

 

「どーせオマエたち、そんなボクにやられちゃうんだし? 気にしないであげるぅ」

 

 にやにやと、小馬鹿にするような笑みを浮かべて。

 

 少女は。

 

 死柄木襲は、手にしていた剣をぶんぶんと振り回してポーズを決める。

 

 彼女の身体には、放電を思わせる赤い光がまとわりついている。

 そして軽やかに扱われた剣は――()()()()があしらわれた剣は、彼女の身長とほぼ同じだった。

 

 その様子をちらりと横目に見ながら、ステインがぽつりとこぼす。

 

「……コスチュームを着た子供? マニュアルと同時に現れたということは……職場体験か」

「さっすが先パイ! こいつら、雄英の一年だよ。ほらあっちの金髪ちゃん、こないだ見せた写真にいたじゃん? こっちのフルアーマーもたぶんそーだよ!」

「なるほど、な……ッ!」

 

 不穏な会話。そのスキをついて、マニュアルが攻撃をしかける。

 

 だがステインは会話を続行しながらも、これに対応した。攻撃をさらりと回避しつつ、反撃を繰り出す。振るわれる刃の勢いはあまりにも鋭く、マニュアルは即座に守りに回らざるを得ない。

 

()()殺すなよ、襲。子供でも場合によっては標的になるが……それは見極めが済んでからだ」

「えぇー、ヒーロー目指すようなゴミなんて全部死ねば……ちえ、はいはい、わかったよぉ」

 

 攻撃を続行しながらのにらみを受けて、襲は肩をすくめながら両手を挙げて見せた。

 しかしすぐに剣を構え直すと、身体から赤い光を迸らせて。

 

「とりあえず、死なない程度に遊んであーげるっ!」

「……! 飯田くん、こっち跳んで!」

「……ッ!」

 

 猛然と飯田に襲い掛かった。無造作に振るわれた銀閃は右から左への横薙ぎ。

 これを飯田は、トガを信じて示されたほうへ跳んだ。結果として、彼は間一髪で攻撃を回避する。

 

「……! へえ、やっぱりだ」

 

 その動きを見て……いや、正確には、直前に言葉を聞いて。

 襲はゆっくりと焦らすように、トガへ振り返った。

 

「オマエ、ボクとおんなじだよねぇ。()()()やつだ!」

「……! やっぱり……USJで最後に弔くんを引っ張ったのは」

「ボクだよ! あのときボクの邪魔したの、オマエだな! その気配、覚えてる!」

 

 トガの渋い顔に対して、襲はきゃらきゃらと笑う。無邪気な、しかしどこか壊れた笑い方。

 

「と……渡我くん、USJとは……まさか、この少女は」

「……ヴィラン、連合なのです」

「なん……だって……!?」

 

 この会話を漏れ聞いたマニュアルの顔も、引きつった。

 

 次の瞬間、襲の笑みが一転する。

 直後、会話を引き裂くように剣が振り下ろされた。

 

 誰かを狙ったものではない。ただ、アスファルトが砕けた。それだけの行為。いわば威圧だ。

 しかしその威力はすさまじく、地面を露出させてアスファルトの破片が飛び散った。

 

「でも、おかしいなぁ……? ボク、オマエなんて知らない。オマエ、同級生にいなかったよねぇ。じゃあなんなの? なんでオマエ、使えるワケぇ?」

「……さあ、なんででしょーね。トガも正直、詳しいことはわかんないので」

「そっかぁ。わかんないかぁ。じゃあしょーがないかぁ」

 

 あはは、と襲が笑う。

 笑って、即座にすんっと表情を消す。

 

「わけあるかぁ!」

「うひゃあっ!?」

「渡我くん!」

「トランシィ! ……くそっ、強い!」

 

 直後、襲の身体が猛烈な勢いで襲ってきた。先ほどとは明らかに速く、鋭い。ギアの上がった動きだ。

 

「二人とも! マニュアルの名において”個性”の使用と戦闘を許可する! とにかく自分の身の安全を最優先にしてくれ!」

 

 それを視界の端で見たマニュアルが、ステインの攻撃をスレスレで回避しながら叫んだ。

 

 言われるまでもなく、トガはそのつもりだ。だからマニュアルが声にするより早く、攻撃に正面から応じていた。フォースを信じて回避に成功する。

 同時にジェダイローブを脱ぎ捨て、目隠しとして襲にかぶせた。

 

 その動きは、幾重にも重なる近しい未来のうちの一つ。フォースユーザー同士が対峙したときに生じる、未来の読みあい。その中からトガは、己の技術と直感に従い選び取った。

 

「邪魔ぁ!」

 

 ローブは果たして、即座に切り裂かれてしまったが……その時間があればよかった。その時間が必要だった。

 トガはこの隙に自らの端末を飯田に投げ渡すとともに、襲の動線を自らのみに固定する位置取りへ移動していたのだ。

 

「飯田くん! 逃げながらできるだけたくさんの人に連絡してください!」

「いや、俺も戦う! 君一人に任せるわけにはいかない!」

「この子は私と同じ超能力が使えるのです! これに対抗できるのは、同じ能力者だけ――」

「うらああぁぁっ!!」

「――なのですっ!!」

 

 ごう、と暴風のような勢いを伴う剣撃を迷うことなく潜り抜け、トガが吼える。

 そして繰り出された掌底は、フォースの斥力を伴って襲の身体を打ち据えた。

 

「ぐぇっ!?」

 

 フォースプッシュで押し出された襲の身体が吹き飛び、アスファルトの上を乱雑に転がる。

 

()うぅ~~……! やるじゃん!」

 

 背中をさすりながら立ち上がり、襲が不敵に笑う。

 

 その正面に立って、トガも冷や汗をよそに笑う。

 

 暗黒面に身を預ける二人のフォースユーザーが、激突する。

 




トガちゃんVS襲。
・・・なのですが、保須の戦いは小さな戦いを複数描写する形の予定です。
というわけで、マニュアルVSステインやります。
地味に結構好きなんですよね、マニュアル。活躍させたかったのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.保須の戦い 2

 トガと襲という二人のフォースユーザーが戦い始めた頃、ステインとマニュアルの戦いは早くも佳境へと入っていた。

 どちらも一歩も引かず、狭さすら利用した戦いは激しくなる一方だ。にもかかわらず両者にダメージはなく、まさに戦いは一進一退である。

 

 ただ……一見すると拮抗した勝負のようだが、実態は違う。負傷したネイティブを背後にかばいながらのマニュアルは常に苦戦を強いられており、何か一つでもミスをすれば即座に押し切られてしまいそうな状況であった。

 おまけに苦戦を乗り切るために”個性”を全力で使い続けているため、限界に向けて一直線。そのときは着実に近づいている。

 

 逆にステインは、まだ一度として”個性”を使っていない。彼はあくまで技術だけで戦っており、わずかでも血を出させればそれだけで勝利に近づく。

 加えて、今の市内の状況をおおむね正確に知っている。救援が来る可能性が限りなく低いことを知っている。なぜなら連合の兵器が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、街にはびこる贋作の選別をしているのだ。

 そして今のこの街に、選別を潜り抜け場末の路地裏にまで来られるような本物はいないと、ステインは確信していた。

 

 つまりこの戦い、最初から圧倒的にマニュアルが不利であった。

 

「器用貧乏と……ネットでは揶揄されることもあるが……ハァ……存外やるじゃあないか……!」

「く……っ!」

 

 ただ、それでも刀と短剣による猛攻をかろうじてでも防いでいるのは、やはり”個性”があるからだ。たとえそれが凄まじい負荷になっていたとしても、それがあるからこそ戦いは成り立っているのだ。

 

 マニュアルの”個性”は、液体を操作するというもの。ゆえに彼のコスチュームには、いつでも扱えるように様々な液体のストックが用意されている。彼はそれらを駆使して、なんとか状況を膠着させていたのだ。

 

 また、素手で武器を持つ相手と戦うのはそれだけで不利だが、マニュアルにはちゃんと武器がある。それが今手にした瓶から出ている液体だ。

 この液体、マニュアルの”個性”によって自在に形を変える。あるときは刃となり、あるときは鞭となり、あるときは盾となる。まさに彼のヒーローとしての方針のような千変万化の対応力によって、彼はなんとかステインに対抗できていた。

 

 加えて、マニュアルの”個性”の対象はあくまで液体だ。その状態にあるものであればなんでもよく、ゆえに今、彼が武器としている物体は水ではない。

 手にした武器は、溶解液でできていた。

 

 もちろん、あらゆるものを溶かすような強力なものではない。即座に人の身を害するようなものでもない。ただ、”個性”由来の特殊な……そう、金属だけを限定して攻撃する特殊な溶解液である。

 それ以外に扱っているものもまた、対ヴィラン用に調整されたマニュアル専用の特殊溶液だ。繊維だけを狙って溶かすものであったり、身体の動きを阻害したり……そういうものだ。

 

 当然、どれも当たらなければ意味がない。だがそれらを見破ったからこそ、ステインは普段よりも慎重に動かざるを得なかった。傍目には拮抗状態に見える状況は、そんな奇跡的なかみ合わせによって生じているのだ。

 

「ち……っ」

 

 今もまた。

 ステインは、利き手ではないほうで斬りつけた短剣を包み込むようにして展開された液体を前に、攻撃を中断する。

 

 別に、大事な武器というわけではない。しかし急ぐ必要がない以上、下手な消耗は避けたかった。

 

 だが、どんなことにも対応できることを旨とするマニュアルはそれをさせない。展開した液体を絞りつつ、一部を触手のように伸ばして攻撃に転じたのだ。

 それを避けた先で、地面に溜まっていた別の液体も槍衾さながらにステインを襲う。

 

 いずれも大した速さではなく、彼には対応は簡単だ。だが、攻めきれない。マニュアルに刃が届かない。

 届かなければ使えない”個性”を持つステインにとって、この遅延行動はなかなかに腹立たしいものであった。

 

 このままだと、動きを封じたネイティブが動き出す可能性もある。そしてマニュアルの狙いは、間違いなくそれであった。なんらかの異常を引き起こす類の発動型”個性”は、ほぼ間違いなく永続しないのだから。

 

 ――もういいか。

 

 だが、戦い始めてから二分ほど。ステインがマニュアルのすべてを見切ったと判断した瞬間である。

 

「せやぁっ!」

「ぬ……!」

「天哉くん!? なんでこっちに……」

 

 飯田が戻ってきて、事態は加速し始める。

 飯田の、同年代の中では優れた蹴撃がステインの虚をつき、大きく距離を取らせることに成功した。

 

「マニュアルさん! すいません、もう一人のヴィランに妨害されて戦線離脱に失敗しました! マニュアルさんの端末も壊されてしまって……!」

 

 彼が戻ってきた先では、トガと襲が激しくぶつかり合っている。正確には、身の丈並みの大きな剣を振り回す襲相手に、得物を持たないトガはあまり攻撃ができていないのだが。

 それでもトガも、暗黒面の住人だ。周辺のものをテレキネシスで高速で放つ、頭上の配管などを引き落とすなどして容赦なく攻撃を加えている。

 

 彼女の今のところ立ち回りは危なげがなく、むしろ優勢に立ち回っている……のだが、そういう派手な戦いなので、二人の周辺はとてもではないが通過できそうにない。少しでも近づいたら、そのまま巻き込まれてしまうだろう。

 飯田も何度か加勢しようとしたが、結局できず断念したのだった。

 

「く……っ、そうか……! いや、君が悪いんじゃない、俺の判断が悪かっ……うわっ!?」

「よそ見をしている余裕があるのか?」

「マニュアルさん!」

「大丈夫だ! 天哉くんは、ネイティブの護衛を頼む!」

「わ、わかりました!」

「はあああぁぁぁっ!!」

 

 飯田に負傷したネイティブを任せたマニュアルは、防戦から攻勢へ打って出た。

 

 マニュアルはこのわずかな間に、思考を定めた。このまま防戦に専念すれば、きっとネイティブが復活して二対一に持ち込める。だが、既に限界寸前まで”個性”を使っている以上、それまで守り切れる保証はない。何より学生がいる。

 ならば、と。

 

 そう、彼は覚悟を固めたのだ。何よりもまず、後ろにいる二人の安全を優先するという覚悟を。

 

「ハァ……!」

 

 その顔を見て、ステインは少しだけ表情を緩めながらも、正面から迎え撃つ。得物を駆使して一つ一つを丁寧にいなしつつ、チラチラと脱出の機会を探る飯田からも注意を逸らさない。

 

 マニュアルは、己に完全には集中していないステインをなじることはしない。己に集中していないなら、それだけ敵のスキを突きやすいということ。マニュアルはそこに起死回生のチャンスを求めたのだ。

 

 そしてこの猛攻により、遂にステインが数歩後ろに下がった。

 

 瞬間。

 

「天哉くん今だ!!」

「! 了解です!!」

 

 ”個性”の使い過ぎで流れた鼻血をコスチュームでぬぐいながら叫んだマニュアルの意を受けて、飯田は脚部のエンジンをふかす。彼はすぐさまネイティブを背負って、猛然と走り出した。エンジンがうなり、マニュアルがこじ開けたスペースを縫っていく。

 

「ハァ……! 逃がさん……!」

 

 だがステインもさるもの。一瞬のスキをついてナイフを引き抜くと、容赦なく投擲した。

 

 マニュアルがとめる間もなく、一直線にネイティブのうなじに飛来するナイフ。

 その動きを、走り抜ける一瞬だけ垣間見た飯田は――迷うことなく己の腕を盾にした。

 

「ぐう……っ!」

 

 血が噴き出る。

 

 しかし。

 

「天哉くん!」

「大丈夫……です! 俺は……! 俺は、インゲニウムの弟です! これくらいではへこたれませんっ!!」

 

 飯田はそのまま、ほとんど速度を落とすことなく路地裏から脱出していった。

 

 その背中を安堵と共に見送りつつ、マニュアルはステインに集中する。

 

 一方のステインもまた、嬉しそうに笑みを浮かべながら飯田を見送った。周囲に飛び散った飯田の血を舐めるそぶりは、一切見せなかった。

 

「ハァ……()()じゃないか……。インゲニウムは弱い贋作だったが……その弟とやらは、まだ見込みがありそうだ……!」

 

 なぜなら、彼のお眼鏡に飯田がかなったのである。

 

 そう、ステインの目的は、掲げる思想は、英雄回帰。ヒーローとは見返りを求めてはならない、ヒーローとは自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない、というものである。

 多くのヒーローを殺し、あるいは再起不能にしてきたのは、そのためだ。現代のヒーローは、オールマイト以外すべて英雄を騙る偽物であり、己にはそれらを粛正する義務がある、と。

 

 だがだからこそ、ステインは将来有望な子供であれば、手をかけることはしない。オールマイトに次ぐ、真の英雄がそこから生まれるかもしれないから。

 

 そう、飯田は見逃されたのだ。ネイティブを殺せなかったことは残念だが、それは将来性を見せてくれた子供に対するご褒美として目をつむることにした。目の前の相手のこともある。ステインにとって、ネイティブはその程度の存在に過ぎない。

 

 そして当初の目的が消えたことで、ステインの標的は完全にマニュアルへと移り変わった。

 

 ――マニュアルは、それなりに心構えはできているようだ。だが、実力のほどはどうだ?

 

 ゆえに――全力。

 

 ステインは改めて数回マニュアルと交錯した直後……マニュアルがステインの()()動きに慣れたと見たところで、遂に完全な全力を出した。これまで培ってきた剣術を、あるいは暗殺術をフル活動し、マニュアルに肉薄したのである。

 そのままギリギリまで引き付けてから攻撃をかわし、かわしながら鋭い反撃を放つ。その対処にマニュアルが動いたところへ、ナイフを投擲しつつ追撃で短剣を振るった。

 

「ぐう……!」

 

 本命は右手の刀ではなく、左手の短剣。投げナイフも含めれば、三つほぼ同時の攻撃。マニュアルは、これを、防ぎきれなかった。

 

 先ほどまでなら恐らく、防げていた。だが、わざと慣れさせられて最適化させられていた動きとは明確に異なる動きが、判断を、何より認識を誤らせた。

 そう、今まで極力避けていたはずの武器と溶解液の接触を、避けずに踏み込む動き。ブレーキを踏むべき場面でのアクセル全開の動きが、マニュアルの敗北を決定づけたのである。

 

 マニュアルの身体を、遂に刃がとらえた。

 もちろん、マニュアルとて致命傷は避けている。本命だった攻撃も、予備だった攻撃も、かろうじて防いで見せた。

 

 だが、ステインにとってはもはやそれも気にすることではなかった。

 

 一つ。どれか一つでよかったのだ。

 どれか一つでも、血を出させることができれば。

 

「な……!?」

 

 反撃に転じようとしたマニュアルの身体が、硬直する。そのままがくりと膝をつき、受け身も取れずに倒れこんでしまう。

 

 不自然に距離を取った先で、ステインがちろりとナイフの刀身を舐めていた。先ほど投げたナイフ。マニュアルの身体をかすり、壁に刺さっていたナイフ。そこに付着していた血を。

 

 ――ステイン、”個性”「凝血」。相手の血を舐めることで、身動きを封じることができる。対象の血液型によって効果時間に差はあるが、一対一の場面においては、相当以上に強力な”個性”と言えよう。

 

「ハァ……どうやら……お前も贋作のようだな……」

 

 ステインが言う。心底残念そうに。

 

「く……っ! ネイティブは……これにやられたのか……!」

 

 うめくマニュアル。そんな彼の眼前に、刀の切っ先が突き付けられる。刃の向こうで、ステインの昏い目がぎらついていた。

 

 なんとかこの状況を打破しようと身体に力を込めるマニュアルだったが、やはり身体は動かない。”個性”も同様らしく、今まで使っていた溶解液は既に地面に落ちてしまっていた。

 

「く……、悔しいが……俺の負けだ……。だが、俺は……役目を果たした……! 悔いはない……!」

「……ネイティブよりは、マシなようだな。だが、それでも贋作は贋作。滅びるがいい」

 

 そこに、ステインは容赦なく刀を突き立て――

 

「よく言った若いの!」

「……!」

 

 ――る直前、全力で上体を逸らした。

 

 そこを、凄まじい速度で小柄な老人が通過していく。

 老人はそのまま明後日の方向へ……行くことなく。足から猛烈な空気噴射を行って、鋭角に軌道を二度変えてステインの真上を取る。

 

 もちろん、ステインもさるもの。それを手持ちの短剣で迎撃しようとしたが……。

 

「やれ小僧!」

()()()()()()スマッシュ!!」

「ぐぅッ!?」

 

 その身体を、背後から脚が打ち据える。鍛え抜かれた、という域には決して達していないはずの脚が放つには、あまりにも速く、重い一撃だった。

 

 これにより、ステインはアスファルトに思い切り叩きつけられる。その背中に、一切軌道を変えないままの老人が真上から猛然と着地した。強すぎる衝撃により、ステインは血を吐きながら脱力する。

 

 だがそれでもステインの執念は、彼の身体を突き動かす。気絶どころか、死んでもおかしくないほどの一撃を入れられてもなお彼は刀を手放さず、老人を突き刺そうとする。

 

「こいつまだやる気か!?」

「グラントリノ、危ない!」

 

 老人……グラントリノと呼ばれた彼は、ステインの攻撃をかわそうとしなかった。ただそこにあった。

 

 それでも彼に攻撃が届かなかったのは、直前割り込んだ少年……緑谷出久がその力でもって腕を押さえつけたからだ。

 いかずちを思わせる緑色の閃光を全身から迸らせながら、緑谷はさらにステインの身体を極める。

 

「ヌゥ……!」

 

 だが、そうしてもなおステインは武器を手放さず、鋭い眼光を二人に向けもがいていた。彼のあまりに常軌を逸した執念に、緑谷は思わずおののき唾を嚥下する。ただし、身体はとめないままで。

 

 緑谷がそうしている間に、グラントリノはどこからか取り出した鎖でもって、ステインの身体を拘束する。

 

 そして、宣言した。

 

「……午後七時十一分。ヒーロー殺し、確保」

 




脳無が暴れてるのをステインが容認しているのは、作中にある通り連合側がヒーローの選別用に出すと説明したからです。
ただ兵器であることは伝えていても、人間を改造した生物兵器であることは伝えていませんし、脳無と互角だった一年生が規格外ということも伝えていません
なのでステインは少しだけ状況を誤認しており、だからこそ脳無を容認した状態ってわけです。

あと、マニュアルの個性が「液体操作」というのは独自設定です。
はっきりとは明言されていませんが、原作だと目薬に個性を使って操作していたので水だけじゃないだろう、と。
まあ原作見る限りそれらしい装備は見当たらないんですが、ポーチは着けてるんでその中に色々しまってあるんじゃないかなぁ。
・・・と、そういうわけで、本作におけるマニュアルは様々な液体を駆使して戦うヒーローということでお願いします。

あ、トガちゃんが変身してない理由は次でちゃんとやります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.保須の戦い 3

 遡ること十数分前。

 新幹線で山梨から東京に向かっていた緑谷とグラントリノは、突如として列車に突っ込んできた脳無の一体と遭遇する。

 

 相手を見るや否や、グラントリノは即座に行動を開始する。己の”個性”である「ジェット」を用いて脳無を列車から引き離すとともに、緑谷に声をかけた。

 

「小僧()()()()()! グラントリノの名において”個性”の使用と戦闘を許可する!」

「! は、はいっ!」

 

 そうして二人は列車から飛び出し、脳無を相手に戦闘を開始した。

 人を見れば誰彼構わず襲い掛かり、そうでなくとも見境なく暴れる脳無を前に、二人はできるだけ人気の少ないほうへ誘導。避難の済んだ人気のない場所で改めて対峙し、なんとかこれを無力化することに成功する。

 

 ただ、緑谷の感想は「弱い」であった。もちろん自身がUSJ事件当時より成長しているという自覚はあるが、それに関係なく今回の脳無は明らかに当時出てきた黒い脳無よりも弱かったのだ。

 その辺りの所感をグラントリノに語り、脳無という存在への推測を互いに交わしかけたが……そのタイミングで火柱が空に上がった。

 

 そう、街に現れた脳無は全部で三体。一体を確保しても、残りの二体が街のどこかで暴れているのだ。悲鳴と衝撃音が響き渡っている。

 

 ならばと二人は倒した脳無を警察に任せ、そちらに向かおうとした時だった。緑谷の携帯端末に、着信が届いた。

 

 まるでどこかせかすような、連続した着信通知に緑谷は思わず画面を確認してしまう。そして、顔から血の気が引く音を錯覚した。

 

「グラントリノ、大変です! ヒーロー殺しと遭遇したって、ここで職場体験してる友達から連絡が……!」

「なんだとォ!?」

 

 連絡をよこしたのは、トガであった。彼女から、クラスメイト全員に向けて救援要請が届けられていた。

 文章の書き方がまったくトガらしくなく、むしろ飯田らしかったのは気になるところではあるが、今はそれどころではない。

 

「し、しかも……! ヒーロー殺しと一緒に、ヴィラン連合のヴィランがいるって……!」

「……チッ、なるほど。あのバケモノどもはそういうことか……!」

「ど、どうしましょう!?」

「場所はわかるか!?」

「江向通り4-2-10の細道だそうです!」

「……ヒーロー殺しのほうに向かう。恐らく脳無とやらからは、連合に繋がる情報はなんも出てこんはずだ! 行くぞ!」

「は、はいっ!」

 

 そうして二人は、保須の空を駆けてこの場にやってきた。マニュアルは文字通り死ぬ寸前であり、間一髪であったと言えよう。

 

 だが、戦いはまだ終わらない。ステインを確保してもなお、終わることはない。

 

 立ちはだかるのは、小さな少女である。だがただの少女ではない。

 少女……襲はずっと暴れ続けていた。その動きはとまることはなく、むしろどんどんキレを、速さを、重さを増していく。

 

「ああああぁぁぁぁーーっっもうっっ!! イライラするうぅぅぅーー!!」

 

 比較的整った顔を台無しにするような憤怒の表情を顔に張り付けて、襲が吼える。

 

 するとそれに応じるように、彼女の身体を覆っていた赤い光が収束して体内に吸い込まれていく。一見すると、どんどん地味になっているようだが……さにあらず。相手取っていれば、光が襲の身体に収まれば収まるほど強くなっていることが嫌でもわかるはずだ。

 

「ううううう……っ! ど、んどん……! 強くなる……! フォースも……!」

 

 当初は優位に立っていたはずのトガだが、今ではもうかわすだけで手いっぱいだった。それも、全力を先読みに注がなければならないほどに。

 余裕のあるうちに理波に変身しておけばよかったと悔やむ(もっとも、今理波に変身すると半裸になるという問題が生じる)が、もはやそんな余裕はどこにもなかった。

 

 相変わらず、襲の動きに技はない。だが、そんなことは気にならないほどに彼女の力が増していたのだ。それは身体能力のみならず、フォースすらも例外ではない。

 

 そして彼女の力は、ステインが捕縛されたことで極まることになる。

 

「せーーんーーぱーーい!? 何捕まっちゃってるワケぇ!? ざーこ!! よわよわ染み染みマン!!」

 

 彼女が叫ぶと同時に、彼女の身体を覆う赤い光が消えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、その全身からフォースセンシティブでなくとも認識できるほどの膨大なフォースの嵐が吹き荒れた。闇一色に染まったフォースが、狭い路地裏のすべてを打ち据えながら平らかにしていく。

 

「なん……!?」

「うきゃあぁぁっ!?」

「わああぁぁっ!?」

「なんだこいつは……ッ!?」

 

 もちろん、その暴風に巻き込まれなかったものなどいない。トガをはじめ、全員が吹き飛ばされて地面を転がっていく。

 暗黒面のフォースによって吹き飛ばされているため、その威力は尋常ではない。見た目以上の風圧が、全員の身体を襲う。

 

 その中にはステインも含まれているのだが、襲にはそこまで繊細な制御はできない。本人も、ステインのことなどさほど気にもしていなかった。

 

「と、トガさん……! 大丈夫……!?」

「わっ!? ありがと出久くん! だいじょぶなのです! ……でも、このままじゃ……!」

 

 ほとんど身動きが取れない中で、自身の身体をトガのクッションにした緑谷。

 その上にぺたんと座っていることに気づいたトガはすぐにどいたが……その視線の先で、獣のような荒い呼吸をついている襲に顔をしかめる。

 

 呼吸と同じく、まるで獣のような極端な前傾姿勢。それでも危なげなく構えられた白銀の大剣(あくまで襲の身長と比してだが)は、分厚い。その柄の先端は、これまた()()()()の意匠が刻まれている。

 そしてその反対側に伸びるまっすぐな刀身には……フォースの気配。刃そのものに、フォースが染みついている。トガには、それがはっきりと感じられた。

 

 おののくヒーローたちの前で、襲は文字通り目にも留まらぬ速さで地を駆けた。その先にいるのは、ステイン。

 

「ちぇーい!!」

「……! ダメっ!」

 

 次の瞬間、ステインを拘束していた鎖が襲によって引きちぎられた。紙くずでも破るように、いとも簡単に。

 直前、トガが気づいてフォースプッシュを放ったが……遅かった。ステインが解き放たれるには十分だった。

 

「ハァ……! 礼は言わんぞ……!」

「いらないよそんなの! それよりぃ、ちょっとはいいとこ見せてよ、せ・ん・ぱい!♡」

 

 彼は解除が済んでいなかった武装の中からサバイバルナイフを抜くと、近場に転がっていたマニュアルに襲い掛かる。

 

「こんの……っ!」

 

 いまだ動けないマニュアルは顔をこわばらせるが、グラントリノが割り込んだ。先ほどのダメージが抜けきっていないステインは本調子ではないようだが、それでも執念のなせる業か、グラントリノの素早い動きに追随している。

 ただ、さすがにそこに緑谷が加勢すれば、ひとまずステインがマニュアルを害せる状況ではなくなる。いくら達人とはいえ、万全ではないとはそういうことだ。

 

 しかし、それを許さない存在が一人。

 

「オマエらまとめてぶった切ってあげるからさぁ! 死んでよ!」

 

 突っ込んでくる襲だ。

 

「行かせないのですよっ!」

「邪ァ魔ァ!」

 

 だがその前に、トガが立ちはだかる。

 

 刹那、両者の間で無数の今ではない戦いが繰り広げられた。互いに未来が見えるがゆえに分岐し、爆発的に増えていく「もしも」の一瞬。交錯するまでのごくごくわずかな間に、二人はその一瞬の中で互いの力をぶつけ合う。

 

 そうして両者は、己の直感を信じて一手を選んだ。

 

 結果は――トガに軍配。

 

 フォースに満ちた刃はトガをとらえることなく壁を豆腐のように切断するだけに終わり、トガのフォースプッシュが襲を吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされた襲は空中で体勢を整えると、軽やかに着地する。同時に、今しがた切り裂かれたビルの壁が崩れ落ち、かすかに粉塵が巻き上がった。

 

「ああもう……っ! ホン……ット……! オマエ邪魔だなぁ!!」

 

 だが襲はそんなことを気にすることもなく、青筋を浮かべてもう一度前に出た。

 

 対するトガは、退かない。だから、もう一度フォースの戦いが行われる。一瞬を勝ち取るための、一瞬の戦い。

 

 フォースの技量は、トガが圧倒的に。フォースの物量は、襲が圧倒的に。

 ゆえに拮抗するフォースの戦いは、何度も繰り返される。

 

 しかし、フォースの全力行使はそれだけ集中力を要する。にもかかわらず、深い集中を阻害する要因しかない状況。そんな中で無理に精神を酷使すれば、当然肉体とは別に疲弊する。

 

 どんどんと押されていくトガ。顔が苦しく歪み、次第に見える「もしも」の数が減っていく。

 

 だが、そんな両者の戦いはしかし、フォース以外の力によって決することになる。

 なぜなら、襲の”個性”が増しているものは、フォースだけではないのだから。

 

「オラァ!!」

「ぐぇ……っ!」

 

 再びの戦いが始まってからというもの、衰え知らずだった襲の身体能力が遂にトガのフォース感知を上回った。疲れるそぶりを見せなかった襲が、トガを削り切った形だった。

 

 結果、襲の強烈な蹴りがトガの鳩尾に入る。骨がきしむ。トガはうめきながら、胃の中のものを吐き出しながら、壁に激突して倒れ込んだ。

 

 それを見た襲の顔が喜色満面に染まり、”()()()()()()()。パシリ、と再び赤い光がいかずちのようにその身体から漏れ出て、()()()()()()()()

 

「フゥー……ったくさぁ、苦労させないでよねぇ。雑魚の分際でさーあー!」

「ぐ……、は、くふ……っ」

 

 ぶつかった衝撃で壁が崩れ、トガの身体は瓦礫で半ば埋もれた。その中で、せき込みながらも起き上がろうともがく彼女の身体のあちこちから、血が溢れる。

 

 だがそんな彼女の意に介することなく、ずんずんと襲は近づいていく。剣を背負うように掲げながら、楽しそうに。

 

「……ッ! やめろォ!!」

 

 その様子に気づいた緑谷が、いまだ粘るステインをグラントリノに任せて動き出す。考えるよりも先に、身体が動いていた。

 

 しかし。

 

「そんな……! トガさん……っ、くそ……っ!」

 

 届かない。彼の手は常人のそれと変わらず、伸びることはないから。その代わりとなる、飛びぬけた力を放つこともできないから。

 いまだに受け継いだ力を十全に扱えない今の彼では、こんなわずかな距離でさえ詰め切ることができず。

 

 緑谷が伸ばした手のひらの向こうで、襲が嬉しそうに笑う。

 

 ……いや、事実彼女は嬉しいのだ。ヒーロー志望などという塵芥が悲痛な声を上げながら近づいてくる様に、そして間に合わないという事実を既に半ば理解してしまっている様に、喜悦を覚えているから。

 

 ()()()”個性”がさらに弱まり、強い赤い光が周辺を照らし出す。

 それでも負傷した少女を殺すには、十分で。

 

 襲は、まるで周りに見せつけるように剣を振りかぶった。

 トガが、その様を見上げる。夜闇の中で、白銀の刃が煌めいたように見えた。

 

 けれども。

 

 トガの顔は、絶望に染まってなどおらず――

 

「――――」

「死ねぇ!!」

 

 剣が振り下ろされる直前、つぶやかれた呼びかけは誰の耳にも届くことなく虚空に溶け――周囲のフォースが、波紋のように静かに揺れる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 同時に小さな人影がトガの横を通り過ぎ、彼女をかばう形で襲の前に立ちはだかる。

 

「な、ん……!?」

 

 かくして白銀の刃と、橙の光刃が真正面からぶつかり合った。

 




原作を読んでいるときから疑問だったのですが、トガちゃんの個性である「変身」は一体どういう機序で変身後の姿を規定しているのでしょう。
現時点の変身相手の姿になるのか。
血を摂取したときの姿になるのか。
トゥワイスのように、使い手が最後に見た(彼の場合は計測だけど)ときの姿になるのか。
それとも変身後の姿はある程度自由にできるのか。

色々考えましたが、本作では「現時点では最後に見たときの姿に変身する」と設定します。
根拠としては、「私服姿のお茶子ちゃんから吸った血で仮免試験時に変身したときは、コスチューム姿に変身している」けど、「VS解放戦線時は服装ごとの変身をしていない」けど、「全面戦争時、蛇腔病院でヒーローに変身したときは服装ごとコスチューム姿に変身している」点から。
つまり、状況によって変身の機序が一定ではないように見えるので、個性が周りから受ける影響如何で色々と変わるのだろう、と考えた結果そうなりました。

では話は本作の劇中に戻りまして。

Q.このタイミングで、トガちゃんが最後に見た理波の姿はどんな姿?
A.夜、抱き合いながら吸血してたら勢い余って上を脱がしちゃったときの姿。

はい。この戦闘中、トガちゃんが理波に変身すると、上半身裸で下半身もパジャマという姿に変わります。
なのでトガちゃんは理波に変身したくてもできなかったわけですね。
正確には上を完全に脱がしたわけではなく、はだけさせたくらいですけれども。戦闘中なので、ええ。激しい動きしてるのに前がはだけてると、色々と見えますよね。

ここで改めて申し上げますが、本作のメインテーマは「ヤンデレお姉さん×TSロリの百合」なので・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.保須の戦い 4

 我がライトセーバーの向こうで、心底驚いたと言わんばかりに目と口を開いている少女がいる。

 彼女の気持ちはわからなくはないのだが……いや、恐らくこの場にいるヒミコ以外の全員が同様の心境だろうが、それを説明する時間はない。

 

 まあ、時間があっても目の前の少女には説明しないが。何せ今ここにいるのは、ヒーロー殺しと共にヒミコらを殺そうとしている()なのだから。

 

 私は鍔迫り合うセーバーはそのままに、フォースプッシュを放つ。

 今は全能力増幅をしている状態だから、威力はつまり全力のスーパーフォースプッシュである。相手の少女は勢いよく吹き飛ぶと、壁に小さなクレーターを作るような勢いで激突してうめき声を上げた。

 

「……ヒミコ、大丈夫か?」

 

 そのスキに瓦礫をテレキネシスで引き剥がし、ヒミコを横抱きに抱き上げる。

 彼女はにまりと笑うと、よろけながらも立ち上がろうとした。

 

 しかしどう見ても軽傷ではない。ところどころから出血があり、できるかぎり急いで処置を施さねばならないくらいには重傷だ。無理をさせるわけにはいかない。

 

「無理をするな。君は休んでいたまえ」

「……でも」

「大丈夫だよ。あとは私に任せろ」

 

 そうして私は努めて優しく笑って見せると、ヒミコに今己ができる最善の治療を施す。

 

「ん……うん。……フォースと、共に」

「ああ」

 

 そこに、ミドリヤが恐る恐ると言った様子で近づいてくる。

 

「ま、増栄さん……!? どうして……いやそれより、どうやってここに……!?」

「話はあとだ、ミドリヤ。済まないが、ヒミコを頼む」

「ふえ!? えとっ、う、うん、わ、わかったよ!?」

「重ねてよろしく頼む。……その分、やつは私がどうにかする」

「う……う、うん……」

 

 私の言葉に、ミドリヤはどこか怯えた様子でごくりと生唾を嚥下する。それでもヒミコをそっと丁寧に受け取る辺り、彼は信頼できる人物だ。

 

 その向こうでは、何やら小柄なご老人がヒーロー殺しを相手に押している。ヒーロー殺しは満身創痍のようだし、あちらもひとまず任せておいて構わないだろう。何せ今の私には時間がない。

 

 と、このタイミングで猛烈な闇のフォースが吹き荒れた。立ち上がった少女が一瞬赤い閃光に包まれたかと思うと、普段の私を上回る凄まじい量のフォースを一気に解き放ったのだ。

 

 ふむ……グランドマスター・ヨーダやアナキンには及ばないが、少なくともマスター・ケノービは上回る量だ。無論、前世の私とは比べるべくもない。

 私たちはUSJではこれを相手に、疲弊しきった状態で正面から挑んだわけか。なるほど、それでは二人がかりであっても勝てるはずがないな。

 

 だが、今の私は全能力増幅中だ。そしてルミリオンとの組手で多少消耗してはいるが、USJのときのように動くことさえままならない状態でもない。

 

 であれば、ただフォース量が多い()()の相手は怖くない。目は見張れども、脅威にはならない。

 まあとはいえ、まったく脅威に感じないのもそれはそれで奇妙だが……()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんだオマエ……!? どーなってんのさ、どっから出てきた!? てゆーか、おかしいじゃん! なんで、なんで同じ気配が二つあるの!? 何がどーなってるわけ!?」

 

 問題の少女だが、当たり前ではあるがフォース・ダイアドを見るのは初めてらしい。フォースユーザーであれば、私とヒミコを見たら混乱するのは当然と言える。私が誇張抜きで、どこからともなく現れたことも拍車をかけているようだ。

 そしてその混乱が、どうやら彼女の力を十全に発揮させないでいる。

 

 ()()()()()()()。一気に畳みかけるとしよう。

 

「その問いに答える必要はない」

 

 私は彼女に向けて、左手をかざす。

 

「一応聞いておく。投降するつもりは?」

「……は? 舐めてんの? するわけ……ないでしょーがあぁぁっ!!」

 

 私の問いに、少女は答えることなく突っ込んできた。さながらフォースの壁そのものが迫ってきているかのようだ。

 しかし、何よりも目立つのは殺意だ。相手には文字通り殺すつもりしかなく、私に斬りかかってきたのだ。

 

「そうか。……残念だ」

 

 これに対して私は、()()()()()()()()()を口にしながらフォースをみなぎらせた。

 

 かざした左手をえぐるように上を向ける。すると、少女の身体はテレキネシスにさらわれ中空に浮かび上がる。

 

「わ……っ!?」

 

 直後、私は左手を握り込む。同時に、拳を叩きつける形で下に振り抜いた。

 

「ガハッ! ごほっ、がっ、く、くそ……!」

 

 途端、少女の身体は似たような動きで()()()()()()()()()()。骨の折れる音が聞こえた。

 しかし彼女自身は折れることなく、なおも剣を構え直してこちらに攻撃をしようと走り出す。

 

 その剣からは、濃いフォースの気配が感じられた。なるほど、フォースウェポンか。古の時代、ライトセーバーが生まれるより以前にジェダイの前身や始祖が使っていた武器だ。

 なぜそんなものがあり、なぜ彼女が手にしているのかはあとで考えるとして……フォースウェポンは、ライトセーバーと切り結べる武器の一つだ。()()()()()()()()()()

 

 そう判断した私は、ライトセーバーの出力を()()()()増幅した。同時に、本来の切れ味を取り戻したセーバーを構える。

 持ち上げて顔の横で構える、いつもの構えではない。この星で言うケンドーのそれに近い、前方に切っ先を向ける形でだ。

 

 そして私に向けて振るわれた剣を、()()()()()()()()()

 

「……っ!?」

「はあッ!」

 

 次いで前に出つつ、振り下ろした位置からの横薙ぎで相手の腕を狙う。

 相手は慌てて剣を引き、これを受け止めたが……受け止めきれず、たたらを踏んで一歩後退した。そこで踏ん張ろうとする。

 

 私はこれを許さない。守りを固める、あるいは攻撃に転じるスキを許さず一歩、また一歩と前へ出ながら、力を込めた攻撃を一つ一つ、激しく打ち込んでいく。

 ときには斬撃、ときには刺突。状況に応じて動きを使い分けながら、しかし共通して()()()()()()()()()()()()()。これにより、確実に相手の防御を砕いていく戦い方。

 

 これぞフォーム5、シエン。防御を重視するソレスとは真逆の、攻撃を重視するフォーム。攻撃と制圧こそがその主軸であり、アナキンが最も得意としたフォームだ。

 

 そして、小柄で非力な今の私にはまったく向かないフォームでもある。

 だが今の私は、全能力が増幅した状態。そして相手は負傷している上、普段手合わせをする面々に比べれば大幅に小柄だ。ニ十センチほどの差なら、()()()()()()()()()()()()()

 

 私の攻撃を前に、相手は防戦一方だ。一歩、また一歩と後ろへ退いていく。

 

「ぐ……! くっ、なん……! なんで……! なんで!? なんで何も見えないの!? うそ、そんなはず……!」

「未熟者め。フォースはあれどあるだけで、振りかざすことしかできぬとは」

 

 混乱しながらもなお食い下がる相手ではあるが、もはやこの周辺のフォースは私が完全に制した。今この場において、フォースの先読みはほぼ私だけの特権と化している。

 

 そして”個性”のほうも……原理はよくわからないが、対峙したときからずっと減退し続けている。身体の表面を申し訳程度に覆う赤い光を見るに、ミドリヤのようなシンプルな増強型だったようだが……今ではもう、身の丈ほどの剣をほとんどろくに持ち上げられないところまで追いつめられている。

 これに比例する形で、フォースの量も減っている。どうもこの娘のフォースは、”個性”に結びついているようだな。”個性”が弱まったことでフォースも弱まるとは、なんとも不自然だ。

 

 だが、何はともあれ。

 

「これで終わりだ!」

 

 私は大きく横からセーバーを振るって、相手の剣ごと身体を弾き飛ばす。勢いに引きずられて、相手が大きく体勢を崩したところで懐に踏み込み、ぐるりと手首を切り返して再度セーバーを振るった。

 

「ぐ!? あぁッ!」

 

 橙色の光がさっと走り、相手の両太ももを一閃した。肉が焼き切れ、立つために必要な力を維持できなくなった相手はその場に倒れ込む。

 

 ただ位置関係の都合上私のほうに倒れてきたので、軽くフォースプッシュを放って地面に転がしておく。

 

 だが直前、私はフォースの感知でこれが悪手であったと悟った。しかし、もはや身体の動きをとめても意味のないタイミングである。

 

「……クロギリか!」

 

 飛ばした方向に、黒い靄が出現したのだ。

 

 忘れようはずがない。これはUSJ事件の際、私たちを悩ませた相手の”個性”だ。遠隔地と結ぶワープ系の”個性”。相変わらず、動く死体のすることは起こりが読めない。

 そんな存在の作り出した黒い靄の中に、剣を握り締めたままの少女が飛び込んでいく。もちろん彼女は主体ではなく、そうしたのは私だが。

 

 思わず顔をしかめる。しかし、疑いようなく一手遅かった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、靄の向こうにさらに思い切り吹き飛ばしておく。

 

「殺してやる! オマエは絶対、絶対ぶっ殺してやるからなぁ!!」

 

 かくしてそんな罵声を最後に、少女は黒い靄と共に消えたのであった。

 

 だがまだセーバーは仕舞わない。そろそろ戻らなければまずいと本能的にわかっているが、ここまで来ておいて中途半端な状態で帰るわけにはいくまい。

 

 私はきびすを返し、ヒーロー殺し……ステインに目を向ける。小柄なご老人が善戦しているが、少々焦りが見て取れる。ステインがそれだけ強敵ということもあるのだろうが、ご老人のほうは長く前線を離れていたのだろう。久しぶりの実戦でいきなり大物と戦う羽目になったとなれば、無理もあるまい。

 問題ないとは思うが、念のためこちらにも対処しておくとしよう。

 

 そう考えて、私は一気に二人の間に割って入る。もちろん、ご老人の邪魔にならない位置へだ。

 

「助太刀します」

「「!」」

 

 そして二人が目を見開いている間に、ライトセーバーを振るう。

 

 セーバーの出力は、いまだに増幅されたままだ。つまり本来の威力を持っている。そんな代物の前では、ほとんどの刃がなまくらでしかない。

 プラズマの高温が、ステインの持っていたナイフの刀身を一瞬で溶かして消滅させる。

 

 さらに一振り。これにより、ステインの靴に取りつけられたスパイクも消える。

 

 最後にもう一振り。これでステインがやられながらも取り出した短剣の刀身も消えた。

 

 そしてここで、ご老人が鋭く動く。ステインの鳩尾に猛然と肘打ちを叩き込み、壁に打ち付けたのだ。これがとどめの一撃となる。

 

「見……事……」

 

 ステインは最後、気絶する直前にそう言った。それが誰に対しての言葉かはわからなかったが……しかし、誰に対してであろうと私は同じ答えを返すだろう。

 

「称賛は不要だ。思想のために暴力を頼った君はテロリスト以外の何者でもなく、それ以外の意味を持たないのだから」

 

 セーバーを仕舞いながら私はそう言うと、ヒミコがひとまず自力で立てるようになっているのを確認し――そこで限界を迎えてこの場から消滅した。

 

***

 

 なお。

 

「クックック……どうした襲、ボロボロじゃないかぁ。おいおい、もしかしてフルボッコにされてゲームオーバーかよ?」

「うるっさい……! かわいい妹が瀕死だってのに、少しは労えないの? はーほんとこれだからクソダサ手マンは」

「おいおい誰のことだよ? 鏡見てから出直したほうがいいんじゃねぇ? ……っつーか、そこはどうか労ってくださいの間違いだろ?」

「は? 潰されたいのバカ野郎が」

「お? やるか受けて立つぜ?」

 

 某所では、そんな意趣返しが行われていた。

 




何度もしつこく強調したので皆さんお分かりいただけるとと思いますがそれでも念のため後書きでも申し上げておきますと、
ガ チ ギ レ で す 。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.保須のその後と学校からのお知らせ

 その後の話をしよう。と、言ってもここからは又聞きなのだが。

 というのも、雄英にいるはずの私が離れた東京に出現した理由に関わる。

 

 このとき私は、もちろん雄英にいた。そこでヒミコの危機を察した私はルミリオンから”個性”の使用と戦闘許可を得て、全能力増幅と共に自らの精神体を遠方に映す技、フォースプロジェクションを行ったのだ。つまり、あれは幻影である。

 

 だがただの幻影ではない。ご覧いただいた通り周囲の物質に干渉が可能な幻影であり、そこにいながら存在せず、存在しながらそこにいないというものであった。その間本来の私は、ここでフォースプロジェクションに集中していた、というわけである。

 

 とはいえ、この技は極めて消耗の激しい技だ。おまけに、非常に難度の高い技である。前日、前々日と、偶然とはいえヒミコと繋がり互いにプロジェクションを交わしていなければできなかったことは間違いなく、そもそも発想として思いつきもしなかっただろう。

 

 どれくらい難しいかというと、私ごときの腕では全能力増幅中でなければ一秒とて使えない代物である。その最中であったとしても、私との繋がりが強い……私と同質の存在であるヒミコの周辺以外には投影できないだろう。

 

 ともあれそういうわけで、これは心身ともに非常に消耗する技である。ゆえに、ヒミコの安否を確認する時間をほとんど取れなかった。本当ならすぐにでも彼女に駆け寄って抱きしめたかったのだが。やるべきことを優先していたらそうならざるを得なかった。

 

 後悔は一切ないが、不安ではあった。ただ、それを気にしていられるほどの余裕がなかったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

 何があったかというと、急いで切り上げたにもかかわらず、私は凄まじい消耗でそこからほぼ丸二日間寝込んだのだ。おかげで死ぬかと思ったが、あれこれと考え込んで落ち込む暇もなかったわけだ。

 全能力増幅を日に二回しても一日寝込んだだけで済んだのに、これだ。フォースプロジェクションがいかにとんでもない技かは、お分かりいただけるだろう。

 

 というかアナキンいわく、彼の息子がこれのやりすぎで死亡したというのだから、意識は朦朧としていたものの、二日間寝込むだけで済んだ私は間違いなく軽症だ。

 まあ、寿命は確実に縮んだだろうが……ヒミコを助けられたのだから悔いはない。

 

 ともあれそういうわけで、私は寝込んだ。なのでそこから何があったのかは、人づてに聞いた話しか知らないわけだ。長い前置きになって恐縮である。

 

 で、その聞いた話だが。

 

 あの場に居合わせた人間はいずれも命に別状はなく、犠牲者もいなかった。何よりである。

 イイダはステインにより腕を負傷。ヒミコもあの少女からそれなりの重傷を受けていたが、最終日には職場体験にも復帰していた。

 

 ただ、最後に脳無が乱入してもう()()騒動あったらしい。対ステインのために保須まで出張してきたエンデヴァーと、それに帯同していたトドロキ。さらに被害者の搬送から戻ってきたイイダの三人がこれを取り押さえたのことだが……。

 直後、ステインが気絶から覚醒。拘束を逃れた彼は、そのまま脳無の捕縛に”個性”を用いて一役買ったのだ。

 

 それだけならまだよかったのだが……彼はそこからエンデヴァー相手に、おどろおどろしく喧嘩を売ったのである。

 ステインはすぐにまた気絶したのだが……問題はその喧嘩の売り方である。彼はエンデヴァーを相手に、こう言った。

 

「偽者が蔓延るこの社会も、いたずらに力を振りまく犯罪者も、すべて粛正対象」

「すべては正しき社会のために」

「誰かが血に染まらねば、英雄を取り戻さねば!」

「調子に乗るなよ贋作。俺を殺していいのは、捕まえていいのは、本物(オールマイト)だけだ!」

 

 事前の戦闘で受けたダメージが大きくろくに動けないはずなのに、彼がそう言っている間、居合わせたものたちは誰も動けなかったという。そこに宿るある種の正当性と、何より巨大な狂気がすべてのものを威圧していた。

 

 それで終わったなら、よかったのだろうが。このやり取りを野次馬が撮影していた。そして、ネットワークに流してしまったのだ。

 

 これがいけない。ステインの主張は、一種の劇薬だ。多少の正しさを内包するからこそ、認知されれば伝播してしまう。その姿もまた、人によっては魅力的に見えたに違いない。

 かくして、この動画は爆発的に拡散された。警察は躍起になって削除しているが、いたちごっこになっている。

 

 結果、私が動けるようになった頃には、世論の動きはどうにもならないところまで行き着いてしまっていた。あまりにもスムーズ、かつ劇的な燃え上がり方はいっそ清々しいほどに不自然で、恐らくこの流れを主導した何者かがいるはずだ。

 そしてそれは、あのときステインに同道していた少女……正確には彼女が所属する、ヴィラン連合を抜きには語れないだろう。

 

 このヴィラン連合。ステインと繋がりがあり、実際に一緒に行動していたこともあって、これまた評価ががらりと変わっていた。

 具体的には、社会への不満から雄英を襲撃して返り討ちにあった木っ端な犯罪者集団から、特定の方角を向いた思想集団であると。そしてそんな思想集団に、場所を求める犯罪者が集まっていくのは時間の問題だ。

 

 恐らくだが、世論を誘導した存在はヴィラン連合の評価の変遷も織り込んで行動している。それどころか、ステインが逮捕され、その間際に己の思想を打ち立てるところまで考えている可能性が高い。二つの動きはそれだけ密接で、連動している。

 そんな策を練り、行動に移し、成功させる。一体どれほどの神算鬼謀があれば可能となるのか、私には想像もつかない。下手したら、シスにも匹敵するのではないだろうか。

 

 ただ、そのブレーンは決してUSJに現れたトムラとかいう青年ではないだろうし、ましてやあのやたら怒りっぽく口の悪い少女でもないだろう。

 あの二人は、どう見ても子供だった。見た目が、という意味ではない。精神が、という意味でだ。そこまで群衆の心理を読んで策を考えることはできないだろう。

 

 とはいえ、そんな二人も脅威であることには変わりない。片や触れるだけでものを塵にまで風化させる”個性”、片やフォースウェポンまで持ったフォースユーザー。一筋縄では行かないはずだ。

 そしてそんな二人は、万全ではないだろうがいまだ健在だ。二人の背後に控える存在など、ほとんど何もわかっていないと言ってもいい。そんな連中を捕まえるには、やらなければならないことが……超えなければならない壁がたくさんある。

 

 事件の顛末を聞いた私は、そう思ったのだった。

 

 ……ちなみに。

 

「やりすぎ」

「面目次第もありません」

 

 職場体験最終日になんとか復帰した私は、イレイザーヘッドに絞られた。まあ、ルミリオンから諸々許可を得た上で実行したことなので、短時間ではあったのだが。

 そのまま流れるように事情聴取となり、結果として私はフォースについてのかなりの部分を彼と共有するに至った。詳細は伏せたが、ヒミコが私の影響でフォースユーザーになったこともである。

 

 当たり前だが、イレイザーヘッドは頭を抱えた。世間にうっかり情報が出回るととんでもないことになるのは間違いないので、彼の反応は正しい。

 だが知ってしまった以上は、もう戻れまい。彼には一蓮托生となってもらおうと思う。

 

 ちなみに私が遠隔地に「出現」したことについては、私が寝込んでいる間に闇に葬られ、箝口令が敷かれていた。恐らく公安が動いたのだろう。なので、イレイザーヘッドの懸念はひとまずは大丈夫……のはずである。

 

 ああそうそう。動けるようになったそのタイミングで、アナキンから

 

『やあ。前世込みで、生まれて初めて激怒した感想はどうだい?』

 

 と言われて私は思わずきょとんとした。

 そんなつもりはまったくなかったので、私は最後まで冷静であったと抗弁したのだが……普段の私なら絶対にしないであろう行動の数々を列挙されれば、それ以上は何も言えず。

 

『つまるところ、アレだな。君は冷静に落ち着いたままブチ切れてたわけだ』

「…………」

 

 私は「顔から火が出る」という、この国の慣用句の意味を魂で理解した。あれやこれやとからかってくるアナキンとは目を合わせることができず、私は顔を両手で覆うのが精いっぱいであった。

 

 それも当然だ。なぜって、どう考えても、私が激怒した理由はヒミコを害されたことしか思い当たらないのだから。

 違う、などとは言えない。言えるはずがない。

 

 わかっている……いや、違うな。わかってしまったのだ。もはや私にとって、ヒミコは家族に匹敵する大切な人なのだと。

 

『いや、僕はわりと褒めてるんだけどな。冷静さを保ったまま激怒するなんて、シスの奥義みたいなものだぞ。君は案外、シスの素養もあったんだな』

「それだけは嫌だ……」

 

 ヒミコのことは構わないが、シスだけは本当に嫌だ。何が悲しくてシスの才能を認められなければならないのだ。

 

 ゆえに私は、なお一層の精進を誓ったのであるが。

 

「コトちゃん! 助けに来てくれたのはとっても嬉しいですけど、ボロボロのコトちゃんもとってもスキですけど、でも身を削るようなのはもう絶対ダメだからね! 本当……本当に心配したのです……無事で、無事でよかったよぉ……!」

 

 職場体験を終えて戻ってきたヒミコには、怒られて泣かれた。これには心底参った。彼女を泣かせたかったわけではないのだ。

 

 ただ、他に方法がなかったとはいえ、彼女の言うことはまったくの正論だ。なのでその夜は彼女の好きなように、思うように扱われることを、甘んじて受け入れたのであった。

 

 ああ、まだまだ、何もかもが足らない。

 

***

 

 ただまあ、色々ありはしたが。

 

 結局のところ、今の私は資格も何も持たない小娘に過ぎない。推測はできてもそれを基に何か実行する権限も伝手もなく、できたことと言えばせいぜいS-14Oに情報収集を指示したくらいだ。

 あとは学生の本分に打ち込むのみである。結局のところ、何事にも近道はないのだから。

 

 というわけで、職場体験も終わって数日が経ったある日のこと。授業終わりのホームルームに現れたのは、いつものイレイザーヘッドではなくオールマイトであった。

 

「相澤くんは急遽お仕事で警察に行ってしまってね! 今日のホームルームは……私がやる!」

 

 普段は授業でしか現れない彼の登場に、クラスはもちろん沸いた。

 イレイザーヘッドなら、それを即座に黙らせるものだが……そこはオールマイト。本題に入ったのは、軽く生徒との会話に付き合ってからであった。

 

 さて、その本題であるが、

 

『授業参観ー!?』

 

 とのことであった。なんでも再来週の月曜日だという。なるほど、先日イレイザーヘッドが憂慮していたのはこれのことか。

 

「ヒーロー科でもそういうのあんだな」

 

 と言ったのは、キリシマだ。私も同感である。クラスもそのようだ。

 

 そこにオールマイトはプリントを配っていく。

 

「これは保護者の方への案内だ。みんな必ず渡すようにな。恥ずかしいからって渡さないのはダメだぞ?」

 

 生徒たちの同意の声が上がる。

 

「さて、じゃあその授業参観で何をするかだが……保護者の方への感謝の手紙だ! みんな、しっかりと書いてくるように!」

 

 だが続いた説明には、誰も同意の声を上げなかった。

 

「まっさかー! 小学生じゃあるまいし!」

 

 代表するようにカミナリが笑ったが、オールマイトはこれを笑い飛ばす。

 彼はちっちっち、と人差し指を振りながら生徒一同をゆるりと見渡した。

 

「HAHAHA! もっちろん……ジョークじゃあないんだなこれが!」

 

 そして一拍タメを作ってから、笑顔のままで言い放つ。

 イレイザーヘッドなら真顔で断言して教室を凍らせるのだろうが。この対応の差よ。

 

 しかし笑いながらとはいえ、オールマイトの言葉にウソはない。間違いなく彼は本心のみで話しており、それはクラスのみなも少しずつ理解したらしい。

 

「そして授業では、いつもお世話になっている保護者の方への感謝の手紙を朗読してもらう!」

 

 加えてそうきっぱり言われてしまえば、もはや誰も冗談とは思っていなかった。

 

 どよめく教室内。ただ、多くの生徒は思春期特有の恥ずかしさを覚えているようだったが、ヒミコだけは渋い顔だ。体育祭の翌日に口喧嘩をして以来、ろくに両親と会話がないらしいから無理もないが……。

 

「みんないいかい? ヒーローは誰かを救ける仕事だから、感謝されることが多い。けれどね、そうやっていると不思議と感謝する機会が減っていくんだよ。思う機会が、ってことじゃあないぞ? 口にして感謝を伝える機会が、って意味さ。

 けれど、人は持ちつ持たれつ。どんな人であっても、必ず誰かに助けられて生きているんだ。ヒーローだって助け合いだ。この私でもコスチュームを作ってくれているデイブをはじめ、警察のみんなに、他のヒーローたちに助けられている。教師としては新米もいいところだから、相澤くんや校長先生を中心に助けてもらっている。

 でも人間って、察することはできても完全に心を読めるわけじゃあない。そんな人たちに抱いた感謝の気持ちは、口に出さないと正確には伝わらないんだ。口に出したって、正確に伝わらないことだってある。

 それはまずい! そういうコミュニケーション能力は、ヒーローとしてやっていく上では地味に重要だ! だから今のうちに……身近で、かつお世話になっていることはまず間違いない保護者の方を相手に、その練習をしておこうってわけだよ!」

「なるほど……確かにチームアップをする上でも、救助者から状況を聞き取る上でも、コミュニケーション能力は必須……! そのための練習を、段階を踏んでさせていただけるということですね! 納得しました!」

 

 オールマイトの長めの演説に、イイダが目からうろこと言わんばかりに頷いている。相手は違うが、いつもの光景だ。

 

 そして彼が納得してしまうと、なんとなくクラス全体が話を受け入れる流れになるのも、もはやいつものことと言えるだろう。

 

「あ、でもその前に、施設の案内に合わせて軽い演習もやってもらうから、そっちも気を抜かないようにね!」

「むしろそっちが本命じゃないスか!?」

 

 最後におまけのようにして付け足された言葉に、カミナリが再び代表するように叫んだのであった。

 

***

 

「どうしよう……」

 

 下校時刻。ヒミコは頭を抱えていた。色々と励ましたのだが、まだ踏ん切りがつかないらしい。

 

 そこに、荷物を持ったハガクレが「一緒に帰ろー」とやってきた。

 

「トガちゃんどーしたの?」

「先ほどの手紙の件で、ちょっとな……」

「……トガは現在、お父さんたちと絶賛ケンカ中なのです……」

「あー、そりゃ気まずいねぇ」

 

 机に突っ伏していたヒミコが、のそりと顔を横にして答えた。

 

 その答えに、ハガクレは納得して苦笑する。

 

「でもさ、書き方としては仲直り系の内容でいけるんじゃなーい?」

「仲直りできる気がしないのですよ……」

「わあ、ひょっとしなくても深刻? これ以上聞かないほうがいい感じ?」

「そうでもないですけど……んー……価値観の違いがおっきくって……」

 

 なんともぼかしたものだ。当然、それだけで理解できるはずもなく、ハガクレは首を傾げている。

 

「簡単に言えば……笑うなって言われたのです」

 

 ここからどうするのかと思っていたら、ヒミコはのそりと身体を起こ……さず、両腕を枕のようにして、そこに顎を乗せた。

 どうやら話すつもりらしい。まだ言葉足らずなので、ハガクレはなおも首を傾げているが。

 

「私の笑い方が異常だって、言われたのですよ」

「はー? そんなわけないじゃん! トガちゃんこんなにかわいいのに!」

 

 だが語られた内容に、彼女は両手を振って憤慨した。

 

「……ずっとそう言われてきたのです。だから今まで我慢してました。でも、体育祭のあと……電話でめちゃくちゃに言われて、我慢できなくなっちゃって」

「それは我慢しなくていいやつだよ! 親だからって関係ないよ! 言っていいことと悪いことがあるんだよ!」

 

 ハガクレはなおもぷんすかと動いていた……が、ふと思い出したように手を叩いた。

 

「……そっか。だから体育祭始まる前、笑う練習なんてしてたんだ。全国放送だもんね」

「うん。……でも、お茶子ちゃんと透ちゃんが、『かわいい』って言ってくれたので。私、あれで自信がついたのです」

 

 そんなハガクレに、ヒミコはにまりと笑った。いつもの笑みだ。

 

「だから、二人にならたくさん感謝のお手紙書けるんですけどー」

「よせやい、照れるぜぃっ」

 

 うへへ、と笑いながらハガクレが手を振る。ついでに身体をくねらせている。

 

 なお、ヒミコが名を挙げたもう一人であるところのウララカは、スーパーのタイムセールを征するためホームルームが終わると同時にごめんと断り教室を飛び出していった。今日は何としてでも手に入れたい食材があるらしい。

 

「……でもさ、そういうことならやっぱりちゃんと仲直りしたほうがいいよ。もしかしたらできないかもだけど……一回も試さないでそれっきり、ってのはちょっと気が早いんじゃないかなぁ」

 

 ハガクレが、今までとは一転して真面目なトーンで言葉を口にした。

 その内容に、ヒミコも小さく頷く。体勢が体勢なので、頷くとは言えないかもしれないが。

 

「……透ちゃんもそう思います?」

「一応? まあ、でも。トガちゃんがイヤなら、無理しなくっていいとも思うよ。相澤先生にごめんなさいはしないといけないかもだけど……」

「コトちゃんとおんなじこと言ってるのですー」

 

 ハガクレの言葉を受けて、ヒミコはぷくりと頬を膨らませた。かわいい。

 

「きっとお茶子ちゃんもおんなじこと言うんだろうなー。だよねぇ、みんなヒーローだもんねぇ。お節介はヒーローの本質ですもんねぇ」

「あ、いいこと言うね」

 

 出久くんの受け売りですけどね、と応じたヒミコはため息をつきながらも身体を起こした。

 

「うー、正直ちっとも気が進まないですけど……できるだけがんばってみるのです……。なので、ちゃんとお手紙書けたら透ちゃん。いっぱい褒めてください」

「あはは、よっしゃどんとこーい! めっちゃ褒めたげる!」

「わーい、透ちゃん大好きー!」

「はっはっは、ういやつめーういやつめー」

「うひゃー! くすぐったいですよぉ!」

 

 ……私は何を見せられているのだろう。

 

 そう思っていたら、後ろから肩を叩かれた。振り返れば、そこではミネタが修行僧のような静かな眼差しで立っていた。

 彼に言葉はなかったが、その内では「大丈夫、お前らはちゃんと想い合ってる」と魂が叫んでいる。

 

 相変わらずよくわからないので、思わず首を傾げたのだが……彼はそのままの顔で力強く、それこそ励ますように一度頷くと、私から離れていった。

 

 一体なんだったんだ……わからん……まるでわからない……。

 

 だがそんなことをしているうちに、ヒミコたちのスキンシップは落ち着いたらしい。

 

「あ、そういやトガちゃん。来週の日曜って空いてる? 今なんか文化ホールで黎明期のヒーローの展示があるらしいんだけど、予定合わせてみんなで行こうって話しててさー」

「来週の日曜? それなら、ごめんなさいなのです。一日まるっと用事があるのですよ」

「ありゃ、残念ー」

 

 申し訳なさそうに、しかしきっぱりと答えたヒミコに、ハガクレも残念そうにしている。

 

「……ちなみに用事って何? どっか行くの?」

 

 そしてその問いに、ヒミコは意味深に笑った。ちら、と視線がこちらを向く。

 

「……ふふ、秘密なのです」

 

 ああ、そうだな。

 

 ()()()は秘密だ。




(´・ω・`)<私は何を見せられているのだろう。

というわけで、ここからは小説版のステージだ。
小説版とは本編の合間で繰り広げられた日常を切り取った作品、雄英白書シリーズのことですが、本作では期末試験の前にそちらを扱います。
まあ既に雄英白書とは若干展開が違うんですけどね。
原作では相澤先生がお知らせをしますが、本作ではオールマイトになっています。
これは本作のA組には心を読めるやつが二人もいるからで、すなわちオールマイトも本当のことを知らされていません。
さて、次回は一体、二人はどこに行くのか。
ヒントは「糖度高め」だ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.はじめての 上

 授業参観を翌日に控えた日曜日。私は最寄りの駅のロータリーで、ヒミコの到着を待っていた。待ち合わせ、というやつである。

 

 今は同じところに住んでいるのだから、一緒に家を出たほうが時間も手間もかからないと私は思うのだが。ヒミコが「デートなら待ち合わせだよねぇ!」と言って譲らなかったので、こうなった。

 私にはよくわからないこだわりだが、今日は私の都合でヒミコとの約束を一部反故にしてしまった埋め合わせのためにある。なるべく彼女の希望に応えたい。なので思うところはありつつも、素直に従っている。

 

 そう、デートだ。つまり逢引である。先立ってヒミコと約束したものだが、それが今日なのである。

 職場体験のとき、マニュアル率いるヒミコらに助けられたプロヒーローから折良く謝礼として遊園地のチケットが届いたので、そこへ行く予定になっている。

 

「コトちゃーん! お待たせー!」

 

 おっと、どうやらヒミコが到着したようだ。返事をしながらそちらに身体ごと向き直る。

 

 するとそこには、随分と気合いの入れた格好の彼女がいた。服装はもちろんだが、どこか顔の雰囲気が違うのは化粧が施されているからだろうか?

 見慣れているヒミコとはどこか違う、けれどいつもより確実にかわいい彼女の姿に、思わず戸惑う。心臓がいやに大きく跳ねた。

 

「えへへー、待った?」

「い、いや。それよりその、なんというか……今日は見違えたというか」

「んふふ、カァイイでしょ?」

「ん……うん、そう、だな。ああ、とてもカァイイよ」

「わーい! がんばった甲斐があったのです」

 

 そして私の言葉に、喜色満面を浮かべてゆらゆらと身体を左右に揺らす彼女は、さらにかわいく見える。

 なんだろうな……この……よくわからない。うまく言えないのだが。

 

 そういえば、母上は女は化粧で変わるものだと言っていたような気がするが、これはそういうものなのだろうか。視覚に与える影響は大きいのだなぁ。

 

「まあ、なんだ。行こうか?」

「うん!」

 

 私の問いにヒミコはこくんと大きく頷き、身を寄せてきた。

 継続する不思議な感覚に戸惑いながらも、私が彼女の腕に静かに己の腕を絡めると、彼女はさらに嬉しそうににんまりと笑う。

 私も小さく微笑んで、それに応じた。

 

 とはいえ、私は逢引などしたことがない。ジェダイなので当然だが。

 そもそも遊園地という場所もまったく行ったことがないし、その知識も一切ないのでどうにもできない。

 

 なので基本的にはヒミコに任せきりである。不甲斐なくて本当に申し訳ないが、こればかりはどうにもできない。

 

 とはいえ、いつもは人前だと抑えている願望を遠慮なく表に出せる状況だからか、彼女は常にご機嫌であった。

 

 そうして辿り着いたのは、ズードリームランドという遊園地だ。ヒミコに聞いた話では、動物をモチーフにしたテーマパークらしい。森やサバンナを模したアトラクションが居並ぶメルヘンなところで、年齢に関係なく幅広い層に人気があるのだとか。

 今日は日曜日なので、特に人の入りがすごい。立錐の余地もない、とまでは言わないが、一日ですべてのアトラクションを回り切ることはまず不可能だろう。

 

 まあそれでも、惑星人口が軽く兆を超えるコルサントの繁華街に比べれば大したことはない。人混みは慣れているのだ。

 ただ今の私は小柄なので、当時よりは気をつけねばならないだろうな。ヒミコもいることだし、もし何があってもすぐ動けるようにしておかねばなるまい。

 

 ……そう思っていたのだが、これは想定していなかった。

 

「ヒミコ……この装身具は着けなければならないものなのか?」

 

 入園して直後のこと。私は手にしたものを軽く掲げながら、怪訝な目をヒミコに向けていた。

 

「いけなくはないですけど、遊園地に入ったらその遊園地色に染まらないとつまんないですよぅ。ズードリームランドに来たら、誰だってみんなここの住人なのです!」

 

 やけに熱く語るヒミコの頭上には、金色の猫の耳が輝いている。

 

 私が手にしているものも、同じものだ。色は違うが。黒い猫の耳があしらわれたカチューシャである。

 ヒミコは色までお揃いにしたがったのだが、金髪に黒い猫耳(あるいは黒髪に金の猫耳)は彼女の「カァイイ」には当てはまらなかったらしく、泣く泣く諦めていた。

 

 その彼女をよそに周囲を軽く観察してみたところ、確かに来客は老若男女を問わず、そのほとんどがこの手の飾りを身に着けていた。動物の種類は人によって違うようだが、少なくとも着けていない人間は確実に少数派のようだ。

 

「……なるほど。郷に入っては郷に従え、か」

 

 規則でないのなら、無理にしようとは思わないのだが……今日はヒミコの希望になるべく応えると決めたのだ。

 ならば、ここは従うべきだろう。彼女は全力でこの遊園地を、一緒に楽しむことを望んでいるのだから。

 

「……どうだ?」

「カァイイ!! とってもとっても似合ってます!! すき!!」

 

 ということで、黒猫耳カチューシャを着けてみたのだが……ヒミコのテンションが鰻登りである。そんなにか……。

 よくわからないが、ともかくお気に召したのなら何よりである。

 

 と、そう思っていたところ、遠目に私くらいの子供が同じ型のカチューシャをつけて、姉と思われる人物に向けて「にゃーん!」と猫のような声を出しつつ、仕草を真似ていた。

 

 ああいうものも、やったほうがいいのだろうか?

 

「……にゃーん?」

 

 そう思って、やってみたところ。

 

「ウ゛ッッッッ」

「ヒミコ!? どうした!?」

 

 ヒミコは突如、胸を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。

 すわ突発性の心臓病か、と思って焦ったのだが、答えは「不意打ちが可愛すぎて死ぬかと思った」である。わけがわからない。

 

「驚かさないでくれ……心臓がとまるかと思ったぞ……」

「ごめんねぇ」

 

 てへ、と舌を出して笑うヒミコ。かわいいが、そういう問題ではない。

 

「本当に心配したんだ。紛らわしいことはやめてくれ。君だってUSJ事件や保須のとき、私を心配してくれたじゃないか」

「あー……うん……そう、だねぇ。うん……ごめんね、コトちゃん。嬉しくてテンション上がっちゃったのです」

「……気をつけてくれるならそれでいい。下手に抑えるのも逆効果だろうし」

「ん……ありがと。大好き」

「……ん。まあ、うん」

 

 なんだか今日は妙な気分だ。ヒミコの顔をあまり見られない。いつもより脈も早いし、なんだか顔が熱いような。

 一体私の身に何が起きているのだろう。

 

「よーし! じゃあ、アトラクション行こ!」

「ああうん。わかったよ」

 

 しかしともあれ、今日はヒミコのためにここまで来たのだ。私は彼女と連れ立って遊園地を練り歩く。

 

 その遊園地だが……誤解を恐れず率直に言わせてもらうと、よくわからない、というのが私の感想になる。ヒミコと一緒に様々なアトラクションに乗ったのだが、どの辺りが楽しいのかわからなかったのだ。

 バイキングは前後上下に動いているだけだし、ジェットコースターは敷かれたレールを走っているだけ。フリーフォールに至ってはただ落ちるだけである。

 

 主に絶叫マシーン、というカテゴリに入る娯楽らしいのだが……本当に機能しているのだろうか。

 

 というか、絶叫するような状況に身を置くことが娯楽になるということ自体が、そもそも私にはわからなかったりする。

 百歩譲って人間にとってなるのだとしても、高速の変則機動に慣れた私にとってこの程度はちょっと……いや、かなり物足りない。せめて制御を半ば喪失したスピーダーくらいは必要だと思う。それはそれで、前世パダワン時代のあまり思い出したくない記憶だが。

 

 あと……お化け屋敷については、スタッフに申し訳ないとしか。いや、フォースの前では虚仮威しにもならなかったから……。

 

 これについてはヒミコも予知できたせいで何も驚いておらず、がっかりしていた。人が人を驚かそうとその場にいる限り、この手のものは未来予知が可能なフォースユーザーには意味がないのであろうなぁ。

 

 ああでも、ティーカップはなかなかによかったと思う。回転は普段経験する機会が少ないからな。あれは三半規管を鍛えるいい器具ではないだろうか。

 趣旨が違う? ごもっとも。

 

 ともかくそういうわけで、私は理解があまり及ばないまま遊園地を回っていた。楽しんでいるヒミコには本当に申し訳ない。

 

 ただそれはヒミコもわかっていたようで、最初ははしゃいでいたが少しずつ私の様子を窺うようになり、ついには昼食を摂っているときに謝られた。

 

「ごめんねコトちゃん……つまんなかったよね……」

「いや、私のほうこそすまない。私にはどうも、この星の娯楽を理解する感性がないらしい」

「そんなことないのです! ……やっぱり、博物館とかのほうがよかったかなぁ……」

「確かにそちらのほうが私は楽しかったと思われるが……別にここもつまらないわけではない。興味深いとは思っているからな。何より、博物館は君があまり楽しめないだろう。今日は君に楽しんでもらうために来たんだから、私はそれでいいんだよ」

「やっ、違うのです! せっかくのデートなんだから、二人で一緒に楽しみたいの!」

「それで言うなら、私はわりと楽しめているよ」

「……でも、アトラクション……」

「それは確かに、あまり楽しめていないのが本音だが……」

 

 しょんぼりとうなだれるヒミコに、思わず苦笑する。だがその顔を正面から見据えて、私は本心で語りかけた。

 

「色んなものを楽しんでいる君の顔を見て、楽しんでいる。だからあまり落ち込まないでくれ。君には笑っていてほしいんだ。君は君の思うように満喫してくれればいい」

「う、……うー、それは反則ですよぅ……」

 

 今度は一転して、顔を赤くするヒミコである。

 

 そんな彼女の前に、昼食の限定アップルパイを差し出す。彼女は少しだけ逡巡したあと、その先端をぱくりと口に納めた。

 

 私も残りの部分にかじりつく。

 うん、美味だ。この星の食事は……いや、この国の食事はどれを食べても飽きない。

 

 そのあとも、二人で飲食物を分け合って穏やかに過ごした。

 

 様子が変わったのは、食事を終えて少し談笑を興じていたときだ。

 少し離れたところから、何かが壊れる音が聞こえてきた。合わせて悲鳴も上がったようである。

 

「……何かあったようだな」

「だねぇ。行……きますよね、うん。コトちゃんだもんねぇ」

「すまない。だが」

「わかってます。私も、今はヒーロー志望のトガなのです。どこにだってついていくのですよ」

「ふふ、それはとても心強い」

 

 ということで、私たちは手早く片付けを済ますと、騒ぎの大元のほうへ向かった。

 

 場所はどうやらお化け屋敷。何やら急ごしらえの規制線が張られ、警備員たちが必死に野次馬を抑えている。

 その最前線では、若い女性が血相を変えて何やら訴えているようだが……それよりも。

 

「あれ? ねえコトちゃん、あれって飯田くんと常闇くんじゃなあい?」

「本当だ。カミナリとミネタもいるようだな」

 

 面白い偶然もあったものだ。

 彼らは女性と何やら話し込んでいたが、そのときお化け屋敷の中から作り物であるはずの幽霊が顔を出した。ゆらゆらとうごめく様は、まるで生きているかのよう。

 それを見てようやく怯える様子を見せた野次馬を、警備員たちが制する。相変わらず、この星の人間は危機感がなさすぎるな……。なぜ対処する力もないのに、自ら危険に近づくのだろう。

 

 だがそのよそで、イイダたちは列から離れて野次馬の間をかき分けると、お化け屋敷の裏手に回っていく。

 何かをするようだ。だが彼らのことだ、火事場泥棒などというようなことはないだろう。

 

 なので、私たちも便乗することにした。

 




はい、ということで遊園地デートです。理波は約束を守る幼女なので。
雄英白書1でこの遊園地回を読んだとき、これはもうデートさせるしかねぇなって思いました(素直
だってケモミミカチューシャを半ば必須とする遊園地ですよ。そんなの行かせないわけがないんだよなぁ(素直

ちなみにこれはボク個人の偏見ですが、ジェダイという人種は大半が絶叫マシーンを理解できない人種だと思ってます。
常に平静を保ち、常に穏やかで落ち着いていることを求められる連中なので、この程度のことで恐怖を覚えてキャーキャー言ってたらパダワンにすらなれないだろうなっていう。
それくらい心身ともに鍛えられてないと、ブラ=サガリなんてできないと思うの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.はじめての 下

 私たちはイイダたちに急いで追いつくと、声をかける。

 

「みんなー、何があったんですー?」

「? うおっ、もしかしてトガ? ひゅー、今日は随分キマってるじゃん! かわいいぜ!」

「えへへー、でしょー?」

「……ああ、渡我くんか! すまない、着飾っているからか一瞬わからなかった! ……おお、それに増栄くんも。二人も来ていたのか!」

「はいー、ネイティブからチケットもらったので、たまにはと思ってコトちゃんと。飯田くんもです?」

「そんなところだ。緑谷くんや轟くんも誘ったのだが、今日は用事があるとのことでね」

 

 なるほど、それで代わりにトコヤミたちということか。

 

 ……ミネタとカミナリは、どうも女性をひっかけようとしていたようだが。まあ、すべて失敗に終わったようなので、何も言うまい。

 

「で、何があったのかだが。どうやらお化け屋敷の中で少女が一人が行方不明になってしまったらしく……しかも間の悪いことに問題が発生してしまったとのことだ」

「それは大変だな。しかし、ならばなぜ裏手に?」

 

 私の問いにイイダはその場に膝をつくと、真っ黒に塗られた地面近くの小さな窓を示した。どうやら開くようだ。

 

「昔家族でここに遊びに来たとき、兄が抜け道を見つけたのを思い出したんだ。それで」

「我々で少女を救け出そう、というわけだ」

「なるほど」

 

 やはり、彼らは根っからのヒーローらしい。だがそういうことならば。

 

「私たちも同行しよう。なあヒミコ?」

「ん、人探しは多いほうがいいですよね」

「二人とも……そうだな、そうしよう。六人もいれば、きっとあっという間だ!」

 

 そういうことになった。

 

 ……のだが、後方でなぜかカミナリとミネタが揉めていた。ミネタが一方的に突っかかっているように見えるが、あれはなんなのだろうか。

 

「二人とも何をはしゃいでいるんだ! 早くユカくんを助けねば!」

「わ、わぁってるよ!」

 

 どうやら行方不明の少女はユカというらしい。名前がわかっているなら、より可能性は上がるな。

 

 ということで、正規ではない入り口からお化け屋敷に入った私たちであったが、出迎えたのは闇であった。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。

 ただし、完全なる闇ではない。なので、周囲の光度を増幅して進むこととする。緊急事態ということで、これくらいは見逃していただきたい。

 

「うわ、これは……」

「こいつはひでぇや。あの幼女大丈夫か?」

 

 お化け屋敷の中は、散々に荒れていた。本来なら通路であろう場所には破壊されたセットや装置が散らばっており、さながら嵐でも通ったかのようである。

 おまけに、現在進行形で何かが動き回っている音もする。これは恐らく、あの動いている人形のお化けの仕業だろうが……ふむ、フォースで探った感じ、生き物の気配はほぼないな。

 

 そう、こういうときもフォースは活躍する。周囲に向けてフォースを放ち、その反響によって状況を探ることができる。この星で言えば、ソナーのような使い方だ。

 あの人形は、結局のところ人形でしかないのだろう。そこに生き物としての気配はなく、しかしまったくの無機物ではない独特の気配がかすかに感じられる。どうやら、”個性”によって操られているだけのようだ。

 

「”個性”? ……増栄、他に人間の気配は?」

「あるにはある。が、”個性”を使っている気配は一つしかない。そしてそれは、怯えている小さな子供の気配と合致する」

「……ということは、下手人はあの幼女の可能性が高いな。いや、下手人という言い方は失礼か」

「はあ? いやいや常闇、あの子はまだ”個性”は出てないって……」

「今、突如発現したのだとしたら?」

「ああ! その可能性はありそうだ。目測だが、ちょうど四歳くらいだった」

「じゃあしょうがねーな。突然発現するもんな、あれ」

「こんな暗いとこでいきなり”個性”が発現したら、びっくりしちゃうよねぇ」

 

 ミネタの言葉に、ヒミコをはじめ全員が頷いたところで……上から人形が降ってくるのが感じられた。

 私やミネタくらいのサイズ。それがちょうどミネタに、後ろからのしかかる形で降ってきたのだ。

 

「ミネタ、少し右にずれたまえ」

「? おう」

 

 なのでそう伝え、ミネタが困惑しながらも言う通りにしたところで、直前まで彼が立っていた場所に河童を象った人形が落ちてきた。

 

「うわあ!?」

 

 人形は回避されたこともなんのその、とでも言いたげに、周りに攻撃を仕掛けようと動き出す。

 

 だが、

 

黒影(ダークシャドウ)!」

『任セナ!』

 

 トコヤミの指示に従って現れた黒い鳥型の魔物が、人形を破壊した。バラバラになった人形は”個性”の制御から離れたのか、床に転がって完全に動かなくなる。

 

「お、おお……二人ともサンキューな。黒影も」

「気にするな」

『ソウダゼ~』

「ふむ……やはりだな。この人形に宿っていた気配は、怯えている小さな気配の持ち主と同じだ。ユカ? とやらの”個性”と見てまず間違いないだろう」

 

 しゃがんで人形の破片を検分した私に、ならばとイイダが頷く。

 

「彼女の場所はわかるかい?」

「ああ」

「ならば、案内を頼めるだろうか? 道中、周囲の警戒と迎撃は俺たちが請け負おう」

「了解した」

 

 ということで、中心に私とヒミコを置き、前方にミネタ、左右をイイダとカミナリが固め、しんがりにトコヤミがダークシャドウと共につく。

 この布陣を相手に、”個性”発現したての少女の力で対抗できるはずもない。

 

 何より、フォースによる感知で場所がはっきりわかっているので、私たちはほぼ最短距離で目的地に辿り着いた。戦闘もあるにはあったが、”個性”を使うまでもなく対応できた。

 

「そんなことまでできんのかよ……って、なーる。それでこないだの救助レース、一直線に動けたのか」

「そういうことだ」

 

 そして、ちょうど場所がわかる理由について説明を済んだところで、私たちは足をとめる。

 

「これは井戸か。この中に?」

「ああ。……だが井戸は見た目だけで、そう深くはない。すぐそこにいる……はず、なのだが」

 

 その中は、まるでそういう塗料で塗り固められたように闇一色であった。明らかに普通ではない。

 

『本当ダ、中ニイルヨ』

 

 首を傾げる私に、ダークシャドウが補足するように言った。どうやら、影そのものである彼には何かわかるものがあるようだ。

 

 ならばとイイダが井戸の中に呼びかけるが、返事はない。出てくる気配もだ。

 しかし、動く気配は感じられた。やはり、ここにいることは間違いないのだ。

 

「なんで出てこないんだ?」

「パニクってんじゃね? ほら、初めて”個性”が出たときって、最初パニクるだろ? 俺なんてビックリして目いっぱい放電しちまって、一日中アホんなってたぜ」

「あー、オイラももぎりすぎて血ぃ出てパニクったわ」

「もしくは姿を現す術がわからないとか?」

「どっちもありそうだよねぇ。んー……」

 

 イイダの言葉に考え込むそぶりをしたヒミコが、ちらと私に目を向けた。

 

 彼女が意図することを理解した私は、「最終手段だ」とだけ答える。そう、フォースで操るのは最終手段だ。

 

「……俺が話しかけてみる」

 

 と、そこでトコヤミが一歩前へ出た。聞けば、ユカとやらとは園内で迷子になっていたところを助けた縁があるらしい。

 そしてそれを解決するきっかけを作ったのはトコヤミであるらしく、彼ならあるいは、とイイダたちも納得して一度口を閉じた。

 

「……落ち着け。凪のように穏やかな精神で己の存在を意識すれば、お前は闇より帰ってくる」

 

 だが、彼の口をついて出た言葉に、一同で脱力する。カミナリが代表するように、呆れた口調で言った。

 

「常闇……相手、幼稚園児だってわかってる?」

「うんうん。そこはもうちょっとかみ砕かないとですよぅ」

「うむ、それでは少々固いぞ常闇くん」

「……委員長に固いって言われるようじゃおしまいだな」

「どういう意味だ、峰田くん?」

「……わかりやすく……」

 

 周りの言葉にトコヤミは少し考え込んだが、やがて井戸の中に向けて手を差し出した。

 

「ユカ、この手を取れ」

 

 すると、真っ黒な闇の中から少女の小さな手がゆっくりと現れた。私よりも小さい。

 それが戸惑うように、そしておずおずとトコヤミの手に触れた。トコヤミがその手をしっかりと握り返せば、少女のほうもその力強さに触発されたのか、闇から少女の全身が現れる。

 

「とりのおにいちゃん……」

「もう大丈夫だ」

 

 その姿に、誰もがよかったと胸をなでおろした。

 

「お母さんがとても心配しているぞ! 早く姿を見せてやらねば!」

 

 だが、イイダの言葉にユカは力なく首を振った。

 

「なぜだ?」

「……ママ、すっごくこわがってた……。ユカもこわい……ひとりでくらいの、やだよ……」

 

 彼女はそのまま、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 

 無理もない。この星の人間は本来、昼行性の生き物だ。闇の中は人間の世界ではなく、本能的に人間は闇を恐れるようにできている。

 ましてや、”個性”が出始めたばかりの年頃では恐れないはずがない。あまつさえ、自らが関わった闇を親が恐れたとなれば、なおさらだ。

 

「……闇は己の本性を暴く。そこに恥じるものがなければ、恐れる必要はない」

 

 そんなユカに対して、なおもトコヤミは言葉を重ねるが……相変わらず固い。まあ、私も恐らく似たような言い方しかできないだろうから、口をはさむ資格はないのだが。

 

 カミナリが「言い回し、言い回し!」と助言を送っている。トコヤミも考え込んだものの、

 

「だから……つまり……」

 

 いい表現が思い浮かばないのだろう。言いよどんでしまった。

 

 しかし、そこになんと、ダークシャドウが割って入った。

 

『闇ハ友達ダヨ!』

黒影(ダークシャドウ)!」

「ともだち……?」

「ああ。俺の”個性”だ」

 

 いきなり上から現れたダークシャドウに、ユカはびくりと驚いたが……トコヤミの身体から伸びていると理解してからは、恐る恐るではあるが歩み寄った。

 

「怖くないのか?」

「ともだちなら……だいじょうぶ。とりのおにいちゃんも、こわくないもん」

「……そうか」

『友達、友達!』

「……ともだち!」

 

 ペットか何かに見えたのだろうか。ともあれ、ユカは友達だとまくしたてるダークシャドウに、にっこりと笑いかけた。

 

 その姿を見て、私たちは誰からともなく安堵の息をつく。そして幕を引くように、イイダが声を上げる。

 

「よし! 戻るとしよう!」

 

 すっかり静かになったお化け屋敷の中をまっすぐ抜けて、外に出た私たち。そこにいたのは、現着しこれから突入しようとしていたヒーローであった。

 代表してイイダが事の次第を説明すれば、あっという間に騒ぎは収まった。

 

 何度も謝礼を述べ、頭を下げる母親に対して礼はいらないと辞退する我々の間で、小さな押し問答はあったが。

 ただ、最後の最後。別れ際に、ユカがトコヤミに「だいすき!」と告げて一悶着があった。

 

 相手は四歳前後の幼女であるのに、嫉妬の炎に燃えるカミナリとミネタはどうでもいいとして。

 生真面目に「交際は大人になって、互いの両親の許可を得てから」と言うイイダはやはり信頼できる男だ。

 

 ……なお、トコヤミは最初は動じていなかったが、がんばると言い切ったユカにまばゆい笑顔を向けられたときには、さすがに照れたようであった。

 

 そんな小さな騒動を終えた私たちであるが、

 

「そうだ二人とも。せっかくだから、一緒に回らないか?」

 

 午後。イイダにそう提案された。

 

 それもそうだと頷くカミナリとトコヤミ。一人「バカ野郎!」と憤慨するミネタ。

 

 彼らを前に、ヒミコは少し迷ったようで、心がかすかに波立った。

 しかし、その中心にあるものは揺らいでなどおらず。私もその揺らがない想いには心底同意する。

 

 ゆえに私は、ヒミコの手を取って身体を引き寄せながら、答えた。

 

「いや、済まないが今日は二人で回るという約束なんだ」

「そうか、そういう約束なら仕方ないな!」

 

 いつものようにイイダがあっさりと納得し、ミネタがやたら力強く何度も頷いて別行動を推奨するので、カミナリとトコヤミも折れた。

 かくして私たちは、偶然出会ったにもかかわらず元のように別れたのであった。

 

「コトちゃん?」

「今日はデートなんだろう?」

「……うん!」

 

 ぱあ、とヒミコの顔が輝く。私もにっと笑う。

 

 そうして私たちは、改めて遊園地に繰り出した。

 相変わらずアトラクションはどれも私の琴線に触れるものではなかったが……午前中と違い目いっぱいはしゃぎ、全力で楽しむヒミコの姿が見れたので何も悔いはない。

 

 そして、そんな彼女に最後に連れてこられたのは観覧車であった。

 

「……高所に上がるのであれば、展望台でいいと思うが」

 

 乗って開口一番に、私はそう言った。わざわざ密室状態のゴンドラをいくつも連ねて、ゆっくりと回転させる意味がよくわからなかったから。

 

 だが、そんな私をするりと抱き上げて、ヒミコはにんまりと笑う。

 

「観覧車は景色を楽しむだけのものじゃないのです」

「というと?」

 

 再度の問いかけに、彼女は笑みを深めた。

 

「決まった時間、誰も邪魔しない部屋で、二人っきりになるためにあるんだよぉ」

 

 そして、膝の上に私を乗せる。至近距離で面と向かい合う形となった。

 目の前に彼女の顔が迫り、思わず少しだけのけぞる。心臓が早鐘のように動き始めたのがわかった。

 

「ここでなら、思いっきりイチャイチャできるのです」

「……なるほど、そういうことか」

 

 思わず苦笑してしまった。

 

 まあ、そういうことなら思う存分付き合おうではないか。

 

「ね、コトちゃん。さっきの女の子、すごかったねぇ」

「……ああ。女は小さくても女だと誰かが言っていたが、その通りなのかもしれないな。……あの歳の子供でも理解できているものを、理解できていない私はなんだとも思うが」

「ふふ、それは言いっこなしだよコトちゃん」

 

 すり、と頬を寄せられる。もちろん、抵抗などしない。

 

「……ねえコトちゃん。今日はありがとね」

「気にするな。最初は対価のつもりだったが……私も楽しかったよ。だから、あれは私がしたくてしたことだ」

 

 そう、イイダの申し出を断ったのは、誰あろう私がしたくてしたことなのだ。

 だから、感謝されるいわれなどなく。

 

「……んふふ。だからコトちゃん、大好き」

「そうかい? ありがとう」

 

 ぎゅ、と抱きしめられる。私も応じて、彼女を抱き返した。

 

「……ねえ、コトちゃん?」

「なんだ?」

「……キス、しても。いいですか?」

「ああ、いいよ」

 

 言った本人であるヒミコが軽く驚いたが、私自身も驚いた。この場合の「キス」が()()()()()()()()()をフォース越しに見えているにもかかわらず、何も考えず即答した自分に。

 

 だが、それでもなお嫌だとは微塵も思っていない自分がいることに気づいたとき、私は単純に思考が心に追い付いたのだと気づいた。胸の鼓動が落ち着いていく。

 

「……ホントにいいの?」

「私が今まで、君に嘘をついたことがあったかい?」

「んーん、ない」

「だろう?」

「…………」

「…………」

 

 ゴンドラの外から、夕日が差し込んでくる。橙色の光が、私たちの横顔を照らす。

 その中に浮かび上がるヒミコの瞳は、切なく揺らいでいる。しかし、その視線が揺らぐことはなく。

 

 しばし見つめ合った私たちは、そのまましばし影を一つする。

 

 ――初めて()()()()唇の感触は、思っていた以上に柔らかく、瑞々しいものだった。

 

 そうして夕焼けの余韻の中で、正面から互いを抱きしめながら、思う。

 

 私はジェダイ失格だ、と。

 

 そして、重ねて思う。

 

 ()()()()()()()、と。

 




I will give you all my love.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.授業参観 上

ネタバレ覚悟で先に警告いたします。
ここから章末までの4話の中に、襲とは別に地球人フォースユーザーのオリキャラ(敵ではない)が登場します。苦手な方はご注意ください。
ただ彼に関してはそれよりも、今後の布石としての意味のほうが大きいので、大目にかつ長い目で見ていただければなと思う次第。


 きっと私は、ヒミコのことを好いているのだろう。友人としてではなく、また親兄弟としてでもなく。

 

 それに気づいたのはいいが、しかしだからと言って何かが変わるわけではない。ただ、私からヒミコに話しかける機会、物理的に接触する機会が増えるくらいだ。

 

 あとは……そうだな。吸血のときに、私からも能動的に少し吸ってみたりとか。

 まあ、なぜかこの日のヒミコは逆に大人しかったのだが。何かを必死にこらえているようだったが、何だろうか?

 

 ともあれ、些細な変化ではあるが……別にそれでいいと思う。心を通わせたもの同士が何をするのか、私にはよくわからないが……お互いの意思がはっきりしているのなら、別段何か特別なことなど必要ないだろう。

 

 まあ、ヒミコのように周囲の目をはばかることなく、誰の目にも明らかなような行動ばかりするのは、さすがにやりすぎだろうなとは思う。

 でなければ、職場体験の初日にイレイザーヘッドに咎められることもなかっただろうしな。そこは反面教師にしよう。

 

 ……ヒミコの予言通りになったことが少々癪である、というのもなくはないが。なんだか負けた気分だ。

 いや、勝ち負けがどうのこうのという話ではないし、そもそもそんなことにこだわっているようではあからさまにジェダイ失格なのだが。

 

『ノーコメントで』

「そこは何か言ってくれないか」

 

 アナキンは黙して語らず、非常に生ぬるい目で私を見るだけであった。

 

 ともかく、一夜が明けて。

 

 今日は授業参観当日である。

 

 で、あったのだが。

 

「……相澤先生、来ないね?」

 

 習慣で、時間通りに全員着席した教室。だがチャイムが鳴ってもイレイザーヘッドは姿を見せず、困惑した様子でハガクレがつぶやいた。

 

 ツユちゃんが「遅刻かしら?」と応じ、イイダが由々しき事態だと騒ぐ中、私も首を傾げる。

 

 イレイザーヘッドは時間にうるさい人だ。少なくとも、私が知る限り彼がトラブル以外で定刻に遅れたことは一度もない。セロが言う通りイレイザーヘッドも人間なので、そういうこともあるだろうが……。

 

「少なくとも周辺半径三百メートル内に、イレイザーヘッドの気配が存在しない。何かあったのではないだろうか」

「な、なんだって!?」

「テメェ、なんでそんなことわかる」

「超能力の応用だな。実力者なら惑星単位で探査できるが、私程度ではこれくらいが限界だ」

 

 前からバクゴーが睨んできたのでそう返したら、一瞬目が開かれ次いでいつものような舌打ちが返ってきた。

 

 ちなみに私のフォース探査、有効射程距離はおおよそ五百メートルほどだ。同心円上に行う場合は、三百メートルほどが限界となる。

 

「ああ、昨日言ってたやつ。え? だとしたらマジでなんかあったんじゃねぇ?」

 

 私の能力の一端を、昨日垣間見たカミナリも少し離れたところで応じる。彼以外にも、私の力を知っているものはいるため、そこを中心に少しずつざわめきが広がっていく。

 

 と、そのときであった。クラス全員の携帯端末が、一斉に着信を知らせる音を響かせた。

 差出人は……

 

「相澤先生からだ……!」

「『今すぐ模擬市街地に来い』?」

 

 後ろからの声に続く形で、私は首を傾げる。それは私以外の全員もそうだった。

 

「市街地? なんで?」

「……あっ! 俺わかった! 相澤先生、あっちでまとめて授業……つーか手紙の朗読と施設案内するつもりなんじゃね? 合理的に!」

 

 その中で、カミナリが閃いたと言わんばかりに声を上げた。同意を求めるような彼の顔に、確かにと思う。

 

 思うが……同時に、届いたメッセージに何か妙な予感を覚える私もいた。

 

「ヒミコ、どう思う? 君の直感はどう言っている?」

「私はコトちゃんほど鋭くないのでアレですけどー……でもやっぱり、なーんかひっかかる感じするなぁ……」

「だよなぁ」

 

 そう会話する私たちに、ミドリヤも加わった。

 

「そうだよね……確かに合理的ではあるけど、でもだったら集合場所は最初から言っておきそうじゃない?」

「うむ。こういう二度手間なことを、イレイザーヘッドがするかというとどうも……」

 

 とはいえ、ここであれこれ話していても仕方がない。私たちは保護者宛の手紙を手にして更衣室に向かい、手早くコスチュームに着替えて校舎を出た。

 用意されていたバスに乗り込み、模擬市街地アルファに到着する。その中に入った私は、ガソリンの臭いを感じて首を傾げた。

 

 念のためと思いショージに頼んでみたところ、やはりガソリンの臭いが奥から漂ってくるという。

 これはもしかするともしかする。私は周囲を探査することにした。

 

 結果、ここにあってはならないものを感知して足を止める。

 

「……全員待て」

「どうした増栄くん? 早く行かねば遅刻してしまう!」

 

 バス停にイレイザーヘッドの姿がなかったため、中で待っているのだろうと判断したイイダ。彼に率いられる形で、模擬市街地を進んでいたクラスメイトを私は呼び止めた。

 

「恐らくヴィランがいる」

 

 そして告げた言葉に、全員が絶句する。と同時に、賑やかな面々から悲鳴のような声が上がった。複数の人間からどういうことだと問い詰められる。

 

「見知らぬ気配がある。これはいい。ひとまとめに固まっている様子からして、我々を見に来た保護者だろう。だがその近くに、暗黒面の気配がある。数は一つだが……非常に強い」

 

 問われたままに答える私。

 

 だが、その瞬間であった。ヴィランの気配が急激に大きくなった。より正確に言うと、フォースがはっきりとわかるレベルにまで増えたのだ。

 フォースユーザーだと? そんなバカな……と思うものの、これは現実だ。受け入れるしかないだろう。

 

 次いで、私が知る誰のものでもないフォースが私たちを通り抜けた。フォースによる探査だ。やり返された。思わずライトセーバーに手が伸びる。

 

 さらに直後、背後から音が聞こえてきた。思わず振り返れば、勝手に閉まっていく門が見える。

 

「……まさか」

「ケロ……閉じ込められた?」

 

 ヤオヨロズとツユちゃんが、恐る恐ると言った様子でつぶやいた。

 

 直後のことである。

 

『その通りですよ』

 

 応じる形で、どこからともなく男の声が聞こえてきた。聞き覚えのない声。

 音の出どころへ目を向ければ、そこにはスピーカーがあった。

 

『申し訳ありませんね。あなたがたの保護者さんは、全員捕まえさせていただきました。彼らの命が惜しければ、そのまままっすぐ中心部まで来ることです。……ああ、外部への連絡は無駄ですよ。通信妨害をしておりますので』

 

 機械で弄られてはいない、しかしどこかくぐもった声がそこから響いてくる。慇懃無礼な男の声だ。

 だがそこに、嘘や冗談の色はなかった。この声の主は、本気だ。本気で我々の保護者を害そうとしている。

 

 それを証明するように、遠くから叫び声や悲鳴が聞こえてきた。

 

 直後、慌てて動き出すクラスメイト。そのほとんどが、混乱の中に焦燥を抱えていた。程度の差はあるもののバクゴーですら例外ではないのだから、彼も人間なのだなぁと思ってしまったが、それはさておき。

 

 問題は、恐らく保護者たちのものと思われる声には、まったく恐怖や怯えがなかったことだ。

 まさかこれ、演習か? イレイザーヘッドお得意の合理的虚偽による。……にしては、ヴィランと思われる男からは本気で害意が感じられる。

 もしや、保護者側は非常事態に気づかないまま、演習だと思ったまま、ヴィラン役が本物にすり替わっているということだろうか。だとしたら相当まずい。

 

 おまけにガソリンの臭いがする。この状況でそんなものがあったら、嫌な予感しかしないだろう。

 

「全員落ち着け。このまま無策で向かっても敵の思うつぼだ」

 

 走りながら、私は声をかけた。もちろん、フォースを乗せてだ。これで少しは落ち着けるだろう。

 さらに言えば、多少だが私の言葉に従いたくなるような力も乗せた。あまりやりたくないことだが、事態が事態だ。下手に統率を乱すわけにはいくまい。

 

「けどよ……!」

 

 中でも特に焦りが強い一人、キリシマ。それだけ仲間想い、家族想いなのだろう。

 そんな彼に、重ねて慌てるなと告げる。

 

 次いで、ヤオヨロズに声をかける。ただし、フォースでだ。

 恐らく、敵は我々の会話を拾っている。敵に作戦が漏れる可能性は極力減らしたい。

 

 ただ体育祭で私と組んだメンツはこの仕組みを理解しているが、他はそうではない。なので、その説明(これについては全員に向けて)をできるだけ早く済ませた上でヤオヨロズに話しかける。

 

『ヤオヨロズ、武器を造ってくれ。遠距離攻撃ができて、かつ高速のものがいい』

(では、テーザーガンはいかがでしょう?)

『遠距離用のスタンガンか。ちょうどいい、それを頼む。できるだけ多く……ただし、すぐに形にしないでくれ。いつでも造れる状態で待機。できるか?』

(あまり多くはできませんが……できなくはありませんわ)

『よし。それ以外も、遠距離攻撃ができるもの……アオヤマとジロー、セロはいつでも放てるように準備を。バクゴーは悪いが待機だ。かすかに漂うガソリンの臭いからして、下手に爆破はできない状況である可能性が高い』

(ウィ、任されたよ☆)

(わかった!)

(お、俺もか!? ま、まあ、了解だ!)

「テメェ……この俺に指図とはいい度胸だなァ……!?」

 

 応じる他の面々に反して、バクゴーが表情鋭く言い放つ。

 セロやキリシマがこれを取り持とうとするが、バクゴーの内心は思ったより反発していない。さすがにこの状況で押し問答をしている場合ではないと理解していることと、周囲に漂う臭いからして自身の”個性”が封じられたも同然と思われることが理由のようだ。あと、私のことを一応は格上だと認めているということもあるか。

 

 それをわかっている私は他をなだめながら、話を続ける。今回ばかりは口でだ。

 

「いざというときは、バクゴー。君に指揮は任せるぞ。君ならこのクラスの人間であっても使えるだろう」

「……この俺を予備扱いしといて、失敗なんざしやがったらマジでぶっ殺すからな」

「了解した。まあ、君になら殺されても文句はないがな」

 

 マジかよ、と周りから少し引かれたようだが、わりと冗談抜きに本心である。私はそれだけ、バクゴーを買っているのだ。

 

 ちなみにイイダを指名しなかったのは、ステインとインゲニウムの一件から、身内が捕らわれている状態での指揮はまだ荷が重いだろうと思ってのことである。

 

 何はともあれ、続きだ。

 

『移動しながら立ち位置を変えてくれ。ヤオヨロズを中心に固める形で、大柄なものを前へ。小柄なものは左右だ。前に出るものは、攻撃の射線を遮らないよう注意してほしい』

 

 この言葉に、まずショージが先頭に立った。後ろにヤオヨロズがつく。

 既にショージは”個性”によって複腕を展開しており、ヤオヨロズの姿はほとんど前から見えないだろう。その両脇をイイダとセロ、トドロキ、バクゴーと身長の順に固め、さらに他の面々が続く。

 

『まず私が敵の注意を引き付ける。そして合図をしたら、遠距離攻撃ができるものは全員一斉に攻撃を放ってくれ。当たり所は考えなくていい。どこでもいいから当たるように放ってくれればそのスキに敵を完全に引き付けるから、他の面々は人質の救出を頼む』

 

 そして私がそう説明したところで、それが見えてきた。

 

 ぽっかりとした空き地。まるで周辺のものを雑に取り払ったような、地面むき出しの空間だ。瓦礫がそこかしこに転がっている。

 

 さらにそこに、穴が一つ。直径は数十メートルはあるだろうか。深さは遠目ではわからない。

 

 そんな穴の中央には、ぽつんと檻が設置されている。頼りない柱のような足場が、それを支えていた。

 穴の中からはガソリンの臭いが立ち上がっているので、あからさまに危険だ。

 

 そして穴の前には、中肉中背の男。全身黒一色の服装で固め、これまた黒い首輪に、黒い仮面を着けた男だ。髪も不自然なまでに黒い。

 だがその身体を、青い光が覆っていた。全身が薄っすらと発光するような……これがエンタメ作品でたまに見かける、オーラを纏った状態だろうか。

 

 男の前には、剣が地面に突き刺さっている。その近くには、赤黒い液体。さらにその中には、見覚えのある()()()。が浮いている。

 男は地面に刺さる剣の柄の頂点を覆うように両手を置き、姿勢よく佇んでいた。

 

 彼は私たちを見ると剣から手を離し、まるで一流のホテルマンが客を出迎えるように優雅に一礼して見せる。

 

「こっ、これは……!」

「ようこそ、ヒーロー志望の皆さん。お待ちしていましたよ」

「一体何者だ……!?」

 

 その後ろで、保護者たちが意味のある言葉を叫び始める。我々を呼ぶ声。彼らは檻の中に捕らえられていた。

 だが、やはり彼らの言葉には危機感が乗っていない。心の中にもそれは見当たらない。やはり、この事態を演習のままだと思っているようだ。

 

 そしてその中にいる、母上の姿を見とめた瞬間だ。私は、緩やかに意識が冷えていく感覚を味わった。

 恐らく、二度目となる感覚。一度目は自覚できていなかった感覚だ。

 

 アナキンがシスの奥義のようなもの、と言った状態に自らがあることには色々と思うところはある。だがなってしまったものは仕方がない。少なくとも主観の上では冷静なので、この状態で事態を収めるべく努めるしかないだろう。

 

「おっと、それ以上近づくのはおやめなさい。まあ、後ろの方々の命が惜しくないのであれば、存分に近づいていただいて構いませんが」

 

 そんな私をよそに、男は懐からライターを取り出した。

 周囲に充満するガソリンの臭いと合わせて考えれば、どういうことかは考えるまでもない。少し着火するだけで、大変なことになることは間違いない。

 

 これにはみな何も言えず、ぐっと口をつぐんで足を硬直させた。

 させるしか、なかった。

 

「さて、まずは自己紹介をいたしましょう。私の名前は……そうですね。『ルクセリア』とでもお呼びいただければ結構」

 

 男はそう言いながら、目の前の地面に刺していた剣の柄を見せつけるように撫でる。

 そこには――

 

「かつて、イレイザーヘッドに滅ぼされた組織の生き残りですよ」

 

 ――()()()()が、あしらわれていた。




ところで、感想でもここすきでもやたら峰田が人気なのなんでなの?w
いやボクも受けを狙ってるところはあるんで、それはいいんですが。
感想もここすきも、ありがたく頂戴しておりますしありがたく拝見しておりますし。ただ執筆を優先していて返信はかなり抑えているだけで、いつも励まされております。ありがとうございます。

ただ前話のラストシーンはボクの書き手人生の中でもトップ5に入るくらい、できがいいカップル成立シーンと自負してただけに「そっちかよ!?」と思ってしまったことは、お許しいただきたいですわ・・・。
いやもうホント、こんなに峰田が人気のヒロアカ二次がかつてあっただろうか?





というわけで、次のEP5の章末幕間は峰田の話にします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.授業参観 中

 ルクセリアと名乗った男の言葉に、緊張をみなぎらせる。

 ここにいるのはみな、優秀なものばかりだ。彼の言葉の意味は、全員理解できたのだ。

 

 私も同様だ。フォース的に場を制圧しようとしていた集中が、一瞬乱れてしまった。

 だが、我がA組の面々と私が動揺した理由は別だ。彼らは相手の言葉と、彼の足下の痕跡からイレイザーヘッドがやられたと考えたからだろうが、私のそれはその傍らに刺さる剣と男から感じる暗黒面のフォースにある。

 

「……復讐か……! 相澤先生をどこへやった!?」

 

 私をよそに、歯がみしながらイイダが言う。

 

 分厚い暗黒面の帳がルクセリアを覆っているため、私には彼の真意が正しいのかどうかはわからない。だが、嘘はないように感じられた。

 

「さて、どこでしょうね。……まあ、それについてはどうでもいいんですよ」

 

 はぐらかすように答えたルクセリアは、そこで足下の液体と布にちらと視線を落とした。

 その行動の意味を、聡いこのクラスの面々が理解できないはずもなく、息をのむ気配が伝わってきた。

 

 だが、緊張しつつもトコヤミが訝しんだ。

 

「どうでもいい、だと……? どういうことだ」

「はい。実のところ、組織はわりと好き放題していましたので、滅ぼされたこと自体は必然だと思っているんですよ。因果応報というやつですね。なので復讐云々は興味ないんですよ」

 

 ははは、と軽く笑って見せるルクセリア。

 

 だが、私はそれどころではない。ヒミコ、それにミドリヤも気づいたようだ。

 なぜなら、ルクセリアが前に置いている剣にあしらわれた装飾が、ステインと一緒にいた少女――カサネと言ったか――が持っていた剣と同じなのだ。

 

 しかも、今ルクセリアの身体を覆っている青いオーラもまた、襲のそれを思わせる。

 だとすると……と嫌な予想が脳裏をよぎる。まさかこれは、ヴィラン連合の襲撃なのではないか? と。

 

 そしてそれを見透かしたように、ルクセリアはミドリヤを向いた。

 

「ああ、違いますよ。私はヴィラン連合とは無関係です。まあ、彼らは大所帯なようなのでね。所属している人間全員と、絶対に一切の関係がないとまでは断言できかねますが」

「……っ!?」

 

 その見透かした動きに、ミドリヤが息を呑む。

 彼の頭の中には、私とヒミコがいた。相変わらず察しがいい男だ。私やヒミコが普段からしている、読心や未来予知と似たものを感じたのだろう。

 

 そう、私が緊張を高めている最大の理由はこれだ。カサネ同様の武器――つまりフォースウェポン――を持つルクセリアからは、襲同様にフォースの気配がする。それが、ただでさえ暗黒面に満ちているやつの心を読みづらくしているのだ。

 

 これはまた、相当に無茶をしなければならないかと内心でため息をつく。

 だがだとしたら、なおのこと私が引き受けるべきだろう。フォースユーザーの敵を相手取るには、非ユーザーではあまりにも荷が重い。

 

「お、おい増栄……!」

 

 ミネタが案じるように声をかけてくれたが、これは適材適所だ。

 そう、私は前に出た。そんな私に、ルクセリアの視線が向けられる。

 

「細かい話は抜きにしよう。それで、結局君は何が目的なんだ?」

「おっと。私としたことが、つい楽しくて話し込んでしまいました」

 

 おほん、とやけに芝居っぽく、ルクセリアが咳払いする。

 

「残りの目的ですが……ええ、皆さんが欲しくなってしまいましてね」

 

 そして続けられた言葉に、場の空気が凍った。

 

「る、ルクセリアとは、まさか……」

 

 そんな中、ヤオヨロズが震えた声を上げた。

 

「おや、意味をご存知の方がいらっしゃる? さすが雄英生ですね、優秀だ。――そう、私は七大罪の一つ、色欲をつかさどるもの。性欲を、劣情を力に変える”個性”『色欲』の持ち主。つまりはそういうことです」

 

 じゅるり、と。

 舌なめずりする音が、聞こえた気がした。

 

 そして、ルクセリアの粘ついた視線が我々一人一人に、順繰りに向けられる。

 

「体育祭、拝見させていただきました。いやぁ、今年の一年生はまこと将来有望であらせられる! 誰も彼もみな美しく……あるいはかわいらしく。大変……ええ、大変……興奮させていただきました」

 

 先ほどまでと打って変わって、妖しく笑うルクセリア。

 

 同時に、彼の下半身……股間部分がぐぐぐと持ち上がる。

 女性陣から悲鳴が上がった。もちろん、保護者たちからは非難囂々である。

 

 だが同時に、ルクセリアの全身を覆う青い光は激化していく。それに比例してフォースが高まっていくその様は、やはりカサネのそれと非常によく似ていた。

 

「野郎……! ふざけやがって!」

 

 そんな敵の姿に、憤慨したのはキリシマだ。全身を硬化させて、思わずと言った様子で一歩前に出る。

 

 だがさすがの彼も、嫌らしい視線を向けられると怯んだ。

 

「ふふ……あなたもいいですねぇ。実にいい。素直な方は好きですよ。硬化でしたっけ? 私、たぎってしまいます……どうです、抱きしめていただけませんか?」

「な……!? こ、こいつ……まさか!」

 

 恐らくは今まで向けられたことがないであろう、色欲に満ちた視線。これにキリシマは、怯えた様子で一歩下がった。

 

「ええ。私、男性も女性も等しくおいしく……ああ失敬、訂正を。人間であろうとなかろうと、生き物であろうとなかろうと、等しくおいしくいただける口でして!」

 

 これに応じて、ルクセリアが楽しそうに宣言する。

 

 彼の言葉に、ミネタが「か、勝てねぇ……」と絶望した声を絞り出す。

 

「今年は男性陣も豊作ですよね……ンンン……特に……あなたとあなた。かなり私好みですよォ、クックック……いいお尻していますよね……顔も、ふふ、なかなか……」

「ひえっ、ぼ、僕!?」

「きめぇこと言ってんじゃねぇクソが! 死ね!!」

 

 標的にされたミドリヤが青ざめ、バクゴーが吼える。相変わらず対照的な二人だが、それはともかく。

 

「ですが! ですが……やはり、一番はあなた、あなたです!」

 

 ルクセリアは彼らから視線を外し、私を見た。

 

「小さくてかわいらしい姿……その見た目に反する理知的な言動……しかしふとした瞬間に漏れ出る愛らしい笑顔と仕草……素晴らしい! しかも、しかもですよ! 普通ヒーローになるべく鍛えている人はどうあがいても筋肉質になるものですが、あなたは違う! 年齢に相応しい、筋肉も脂肪も少ないパーフェクトボディ! ここに幼女らしいぷにぷにフェイスが組み合わさって……ああ、最高だ! あなたがナンバーワンだ!!」

 

 熱っぽい演説を早口にまくしたてるルクセリアに、一同は盛大に引いた。

 

 そしてそれとは別に、ヒミコの様子が危うい。「は?」と非常に低い声を漏らした挙句、とんでもないレベルの暗黒面のフォースを溢れさせ始めた。

 結果として、周囲一帯が私ではなく彼女のフォースで支配され始める。まあ戦いを制するという意味では、私と彼女のフォースは完全な同質なので支障はないのだが……周りがな。

 

 怒りの沸点を超え、頂点をも超えて一周した感情は冷え切っており、それが暗黒面のフォースを通じて他者にも影響を及ぼし始めている。

 

 具体的には寒気がする。この規模となると、恐らく非センシティブであっても感じられると思う。ステイ、ステイだヒミコ。もう少し待て。

 

 ……あと、彼女に続く勢いで憤慨しているのがミネタというのもどういうことなんだ? いや、あれだけ絶望した顔をしていた彼が今にも飛び出しそうなほど憤慨している点については、彼もちゃんとヒーロー志望なのだなと思えて喜ばしいのだが。

 

 まあ、彼についてはともかく。

 

「わかった。ならば私がそちらに行こう。もちろん、武装解除はする。だから人質は解放してもらえまいか」

 

 目的が私であるなら話が早い。そう思って口にしたら、全員(後ろの保護者も含む)からやめろと言われた。まあ、気持ちはわかる。

 

「いや、これが最も合理的だ。私よりも優先すべきことがある、それだけの話だ」

 

 だがそう、こうすることが一番合理的だ。そして手っ取り早い。だからこれでいいのだ。

 

 何より、人質に甘んじるつもりもないのだから。

 

「素晴らしい……ああ、もう、本当に、最高だ……イってしまいそうになる……! 幼女最高……!」

 

 対して、ルクセリアはなおも興奮した様子を隠さず……というかさらに興奮した様子で、息を荒らげている。身体を覆うオーラの光がさらに増して股間に集中し、そこが眩しいほどに輝き始める。なんて嫌なパワーアップなんだ……。

 

「よろしい、ではこちらへ! 私がかわいがってあげましょうねぇ……!」

 

 その状態で周囲への警戒を切らしていないのだから、随分と年季が入った敵だなと思いつつ。

 

 私はローブを脱ぎ捨て、次いで身に着けている道具をすべてルクセリアの周辺に放り投げる。

 そうして丸腰になった私は、敵意はないと態度とフォースで表明しながら両手を上げ、ルクセリアへ近づいていく。全員からものすごく悔しそうな気配を感じるが、まだだ。まだ始まってもいない。

 

 が、私はルクセリアまであと一歩、というところで足を止めた。

 

「約束は、守ってくれよ?」

「もちろん! 私は約束は守る男ですので!」

「ならばいい」

 

 それだけ交わし、私は完全にルクセリアの間合いに入った。

 彼が感極まった気配をみなぎらせながら、私に思い切り抱きついてくる。

 

 だが……ああ、そうとも。お断りだ。それをする権利は、()()()()()()

 

『今だ!』

 

 その瞬間、私は全能力増幅を実行する。

 

 同時にフォースプルによってライターを回収しながらの私の合図を受けて、アオヤマが、ジローが、セロが同時に攻撃を放った。これに併せてヤオヨロズ、彼女から武器を渡されたハガクレ、アシドも続く。

 

 何より、ずっとお預けを喰らっていたヒミコも。彼女は文字通り解き放たれた獣のように、容赦も躊躇もなくルクセリアへ攻撃を仕掛けた。

 

 彼女の攻撃は、フォースグリップ。憤怒と憎悪で殺意を醸造し、蒸留し、あまつさえ希釈することのない暗黒面の力がルクセリアの身体を襲った。

 これにより、彼の身体……正確に言うと首にはすさまじい力がかかり、下手をしたら首の骨がへし折れる可能性があったが……そこはさすがフォースユーザーか。ぎりぎりのところでヒミコのグリップを外すと、他の攻撃もかろうじて回避し切って見せた。

 

 だが、これでいい。この一瞬があれば、それでよかった。

 

 仲間の攻撃をかいくぐっていたのは私も同じ。そしてその間に私がしたことと言えば、この辺りにまで転がしていたライトセーバーを引き寄せること。それから、ルクセリアの背後に回り攻撃を仕掛けることだ。

 

「ふっ!」

「……ッ!」

 

 かくして、私の橙色の光刃がルクセリアを捉えた。

 ただし、やつもまた剣を手繰り寄せて防御に入っていた。私の攻撃は白銀の刃に遮られ、一瞬の硬直ののちフォースと剣の戦いが始まる。

 

 ルクセリアの動きは、カサネより洗練されていた。明らかに、剣を使った技をある程度修めているものの動きだ。ゆえに圧勝は難しそうだ。

 だが、カサネより身体能力の強化は劣るようだ。フォースは彼女にも匹敵するくらいの規模だが、こちらは剣のように洗練されていない。全能力増幅中の今なら、よほど下手を打たない限りは十分だろう。

 

 そんなルクセリアを私はフォーム5、シエンで激しく追い立てる。だが今回は、怒りに任せた攻撃ではない。怒りは確かに乗っているが、しっかりと考えて、不利を承知であえてやっている。

 理由はもちろん、相手を人質である保護者たち(と、ガソリン)から遠ざけつつ、味方のほうへ確実に押し込んでいくためだ。体格差がカサネ戦より激しいため、正確にはアタロとシエンの合わせ技と言ったほうが正しいだろうが。

 

 そして私が押し始めたと見るや否や、遠距離攻撃を持たないクラスメイトたちが同時に地面を蹴って飛び出した。先頭を切るのはミドリヤとイイダ。もちろん、人質を救出するためである。

 

「……っ、ふふ、フフフフフ! 強い! ああ、お強い! やはりあなたは最高だ……! この力をここまで使いこなせる人間が、よもや組織の外にいたとは!」

 

 そんな彼らには見向きも……ああいや、すれ違いざまに”個性”のもぎもぎを投げたミネタには対処した。あれ、拘束手段としては地味に強力だからな……それをこちらにフォースプッシュで飛ばしてくるのは、敵ながらいい判断と言うべきだろう。

 

 まあ、光そのものであるセーバーの刃にはくっつかないのに弾けるのだがね。結果、いくつものもぎもぎを跳ね返されたルクセリアは苦し紛れに剣でそれを受けてしまい、ほとんど武器としては機能しなくなった。

 ここは、ミネタを褒めておくべきかな。

 

 にもかかわらず、ルクセリアはなぜか嬉しそうだ。人質から離され、後退を余儀なくされ、完全に押されているというのに、余裕だな……と思ったとき。

 

 暗黒面の帳から垣間見えたのは、光だった。そこにある感情を、思惑を読めてしまった私は、そういうことかと今回の騒動の実態を理解する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが確かに、フォースユーザー相手に()()は茶番でしかない。彼も苦悩したのだろう。それについては何も言うまい。

 

 しかしそういうことなら、そろそろいいだろう。もう十分、ルクセリアを人質から離した。それに、怒りもすっかり引いてしまった。

 ゆえに私は、フォームを変える。いつものアタロだ。

 

 と同時に、救助に向かわず一人じっと待ち続けていたバクゴーが、戦いに飛び込んできた。お預けを喰らっていた犬のように……と言うと彼は怒るかもしれないが。それくらい猛然と。

 

 少し離れたところでは、私に変身したヒミコ。隙あらばフォースブラストを叩き込むべく、鋭い視線を向けている。

 

 途切れることのない三重の攻撃が、何回も繰り返される。しかもうち二つはフォースユーザー。さらに一人も、未覚醒とはいえセンシティブだ。これはいかにフォースユーザーと言えども、分が悪い。ルクセリアはあっという間に追い詰められた。

 それは戦況としても、物理的な立ち位置としてもである。退避する場所はもはや限られている。

 

 ほどなく、爆発が一つ、二つ、三つと起こった。最初がヒミコ、あとの二つはバクゴーだ。いずれもかわしきれないタイミング。

 ゆえに命中。ルクセリアの身体が泳ぐ。

 

 そこに私が上空から急降下して、剣を弾き飛ばす。剣はそのまま、貼りついたもぎもぎにより地面にぴったり吸着して固定され、下手に触ることもできなくなる。

 

 と同時に、ルクセリアの足元が爆ぜた。ヒミコのフォースブラストだ。しかも攻撃力ではなく、吹き飛ばす力を重視した爆発。

 

 これによってルクセリアは上空に巻き上げられる。それを狙って、私は立体機動で肉薄する。予測どころではない、変則的な動き。フォースによる感知をも欺くように、確実に。

 

「まだです……! まだ終わっていませんよ!!」

 

 空中のルクセリアに、動く手段はない。だが、それでも負けじと彼はフォースプッシュをかけてきた。私の身体が、彼から引き離される。

 

 ああ、()()()()()

 私()()は、それを狙っていた。

 

「ッ!?」

 

 吹き飛ぶ私をルクセリアの視界から遮るように、バクゴーが下から現れる。爆発音はなかった。

 

 当たり前だ、私がルクセリアに迫りながら()()()()()()()()()()で引き寄せていたのだから。

 

 バクゴーの爆発は――ここからだ。

 

「任せたバクゴーッ!」

 

 声と爆発音が、重なる。ヒミコのフォースブラストと、自前の爆破。二つを合わせてバクゴーが前に出た音。いずれもルクセリアに肉薄した音。

 

「死ィィねぇぇぇぇッッ!!」

 

 その咆哮は、果たして誰に向けられたものだろう。ルクセリアに向けられたものか、あるいは一人で解決できなかった己に向けられたものか。

 

 ともあれトドロキ、および私との戦いで見せたバクゴーの技が放たれる。回転運動をかみ合わせた、重い重い一撃。確か、ハウザーインパクトと言ったか。

 それが、ルクセリアの腹に叩き込まれた。

 

「ごふぉぁ……ッ!!」

 

 彼の身体が、宙を切る。とんでもない速度で射出された彼は血を吐きながら檻のあった穴を飛び越え、ビルの壁面に激突した。次いで、重力に引かれた彼は瓦礫と共に落下する。

 

 さすがにこのままだと死ぬと見た私はテレキネシスを放ち、ルクセリアを救出した。

 この時点で彼の身体を覆っていた”個性”の光は完全に消えたし、あれほどみなぎっていたフォースもほとんど感じない。当然、意識もだ。この状態であの高さから落ちたらさすがにまずいし、もういいだろう。

 

 これでこちらは一段落。視線を移せば……どうやら人質も無事に救出されたようだ。

 見える大きな氷は、トドロキが生み出した足場かな。檻を数人で担いでいるところを見るに、ウララカのゼログラビティが活躍しているのだろう。それをミドリヤとイイダがけん引している。

 

 ということは、完全に終わったと見ていいか。

 

 そう思ってセーバーを仕舞ったところで……

 

「はい、お疲れさん」

 

 イレイザーヘッドが、いつもと変わらない調子で声をかけながらこちらに歩いてきた。

 近づいてきていることはわかっていたが、この方もまったく人が悪い。私は苦笑を抑えきれなかった。

 




せっかくの百合の日、百合がテーマの作品だっていうのに、百合シーンがなくて本当に申し訳ない。
今日書いてたEP5の9話は百合くなったので、それで切腹は許していただきたく思います。
まあ百合の日ってことでテンション上げて書いてたら、うっかり行きつくところまで行きかけたのでその大半は封印指定ですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.授業参観 下

 普段通りのイレイザーヘッドを見て、生徒たちは困惑することしきりである。

 だが彼は、そんな生徒をよそにこれまた普段通りの態度で保護者達に声をかけた。檻を開けながらだ。

 

「皆さん、お疲れさまでした。なかなか真に迫っていましたよ」

「いやー、お恥ずかしい! 先生の演技指導の賜物ですわ!」

 

 彼にそう応じて笑うのは、関西弁の混じった男性。ウララカの父君かな。彼に続いて、保護者たちは堰が切れたように話し始めた。

 

 直前まで恐怖におののいていたはずの彼らが、和気あいあいとする姿に呆然とするのは生徒たちである。ルクセリアの心中を見てしまった私は苦笑しっぱなしだ。なお、ヒミコはものすごく不機嫌にぶすくれている。

 

「まだわからねぇか? わかりやすく言うとドッキリだな」

 

 だがイレイザーヘッドのその言葉に、ようやく彼らは「はあーっ!?」という驚愕の声と共に再起動した。

 

「じゃ、じゃあ犯人も……!?」

 

 アシドがすごい顔で問い詰める。

 

 と、そこにドロイドたちが担架に載せて、ルクセリアを運んできた。仮面は砕け、白目をむいている。口元は血まみれだ。

 私は彼に近寄り、診察と治療を開始する。

 

 ……普段なら即座に手伝いに来るヒミコが来ないのは、それだけルクセリアに対して怒っているからだろうな。彼はきっと一生許されないに違いない。

 

「ま、増栄ちゃん危ないよ!」

「大丈夫だ。彼はヴィランだがヴィランではない」

 

 寄り添って私を守ろうとしてくれたハガクレに答えつつ、私は再度苦笑する。

 

「そうだ。そいつは元ヴィランでな。俺が捕まえて、社会復帰させた。今は更生して、警察官をやってる」

「ウッソォ!?」

「あれで警察!?」

「地獄か!?」

 

 生徒たちをさらなる驚愕が襲う。

 だが、まさか警察官とは。私もそれは見抜けなかったので、驚いた。

 

 しかし大丈夫か、この国の治安。少なくとも、ルクセリアが私たちに向けていた色欲は本物だった。いやまあ、そうしないと”個性”を発動できないのだろうが……。

 

「安心しろ。こいつのいた組織が崩壊したのはこいつが内部告発したからだ。今も常に監視はされているし、この首輪は万が一の備えだ」

「し、しかし……そのような人を呼び寄せるとは……!」

「ヴィラン役は本当なら教師の誰かに頼む予定だったんだが……うちのクラスには対面した相手の思考をある程度読めちまう問題児がいるからな……」

 

 イイダの言葉に応じたイレイザーヘッド。

 彼の言葉に、「ああ……」と言いたげなクラスメイトの視線が私に集中した。私は肩をすくめるだけにとどめる。

 

 しかし途中でわかってしまったが、それでもそこまでは私も気づいていなかったのだ。イレイザーヘッドの用意は成功と言えるだろう。

 

「俺としても苦肉の策だったよ。こんな脳内ピンク色のやつを引っ張ってくるのは」

「あ、そこはガチなんや……」

 

 改めて女性陣がドン引いている。先ほど以上だ。

 

「まあ仕方ない。こいつの”個性”は自身が言った通り、性欲に直結してる。その影響をどうしても受けざるを得ない。”個性”に振り回されているとも言う」

 

 それを拾ったイレイザーヘッドだったが、私はその言葉にヒミコの横顔をちらりと垣間見る。

 

 彼女の血が吸いたいという衝動は、”個性”由来だと私は思っていない。彼女自身も同様だろう。だが、思ったことがないわけではないはずだ。

 

「もちろんだからって大目に見るわけじゃない。行動に移したらその時点で犯罪者だからな。それでも、”個性”に行動を振り回される人間は一定数いて、そのせいでヴィランになっちまう人間もそれなりにいる。そういうやつへの対処はいずれまた授業でやるが……今回はその前準備も含んでいた、と思ってくれ」

 

 なるほどなー、とやや能天気に言うのはカミナリだ。ジローはそんな彼を少し冷ややかな目で見ている。

 

「で、ですがいささか以上にやりすぎなのでは? 一歩間違えたら怪我どころではすみませんわ!」

 

 だがヤオヨロズはまだ納得できないようで、珍しくイレイザーヘッドに言い募っていた。

 

「万が一には備えてある。やりすぎってことはない。プロのヒーローは常に危険と隣り合わせだからな。ぬるい授業が何の身になる?」

「それは……そうですけど……」

 

 いまだに納得いかない様子のヤオヨロズに、イレイザーヘッドはじっと見据えて、ゆっくりと口を開いた。

 

「……怖かったか? 家族に何かあったらと」

「……はい、とても」

 

 ヤオヨロズはこれに、神妙に答えた。

 

「身近な家族の大切さは、口で言ってもわからない。失くしそうになって初めて気づくことができるんだ。今回はそれを実感してほしかった」

 

 イレイザーヘッドが生徒たちを順に見回す。

 

「いいか、人を救けるには力、技術、知識、そして判断力が不可欠だ。しかし判断力は、感情に左右される。お前たちが将来ヒーローになれたとして、自分の大切な家族が危険な目に遭っていても変に取り乱さず、救けることができるか。それを学ぶための授業だったんだよ。授業参観にかこつけた、な。わかったか八百万」

「はい……」

 

 頷くヤオヨロズ。

 

 イレイザーヘッドの説明は一理あるだろう。そしてこの問題に対して、「判断力を落とす機会を極力減らすためそもそも家族を持たない」という回答をしたのがジェダイだ。

 まあジェダイの場合は判断力どうこう以前に、家族を持ったがゆえに感情を乱し結果として暗黒面に堕ちることを防ぐため、という意味もあるので、一概に同列視することはできないわけだが。

 それでもまったく別の問題ではないだろうし、確かに意味のある授業であったろう。

 

「それともう一つ。……冷静なだけじゃヒーローは務まらない。救けようとする誰かは、ただの命じゃない。大切な家族が待っている誰かなんだ。それも肝に銘じておけ」

 

 そうだな。それは本当に、忘れてはならないことだろう。これについては、ジェダイもヒーローも関係ない。

 

「で、講評だが」

 

 が、ここで終わらないところがイレイザーヘッドという男だろう。続けられた彼の言葉に、多くのクラスメイトが「げっ」と言いたげに顔を歪めた。

 

「過去の連中と比べても、いい出来だ……いい出来なんだが」

 

 言いよどむイレイザーヘッド。その様子に、喜びかけた生徒たちは再度緊張し始める。

 

「お前ら、何にも考えずに一斉に走り始めただろ。増栄がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

 そして、何人かは予想していたのだろう。うめきながらも甘んじて受け入れようという顔がちらほらと見えた。

 

「そもそも、俺からの指示が普通じゃないと警戒していたやつがどれだけいた? ガソリンの臭いがして、おかしいとは思わなかったのか? おまけに相手は一人だってのに、動揺しすぎだ。こいつの言動は確かにとんでもないが、そこはもう少しやりようはなかったのか」

 

 出るわ出るわ、イレイザーヘッドの辛辣な評価の数々。相変わらず弟子に厳しいお方だ。

 とはいえ、彼はそれからもしばらくダメ出しをしたが、ちゃんと褒めるべきところは褒めた。特に、役割に徹して乱れることのなかった面々は名指しであった。あとは、連携のスムーズなところなど。

 

 そして最後に。

 

「まあそんなところだが……結果は合格だ。それは間違いない」

 

 そう言った彼に、みなが頬を緩ませた。

 

 いや待て、まだ終わっていないぞ。

 

「今日の反省点をまとめて、明日提出な」

 

 ほら。彼はそういう男だ。

 

 だが不満の声が上がる中、イイダがそれとは別の疑問を挙げた。

 

「あ、あの、感謝の手紙は……!? 朗読の話は、ドッキリをカモフラージュするための合理的虚偽だったのですか!?」

「手紙を書いたことで、普段より家族のことを考えただろう? 手紙を書いたときの気持ちは、今後も忘れるんじゃないぞ。それにオールマイトさんが言ったはずだ。これはコミュ力の練習でもある。ちゃんとあとで口で伝えておけよ」

「確かに……! ありがとうございました!」

 

 食い下がったイイダが、あっさりと納得して頭を下げたところで……ルクセリアがうめき声をあげた。

 全員の視線が集まる中、彼はむせながらも目を開ける。

 

「待て、まだ動くな、治り切っていないぞ」

 

 彼に私は言うが、しかし彼は首を振って身体を起こした。

 そのまま制止を聞かず担架から下りた彼は、その場でなんと土下座して見せたではないか。

 

「ヴィラン役を請け負ったとはいえ、皆さんには不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません」

 

 彼の態度は、敵として相対したときとはまったく違う真摯なものだった。

 さらに彼は、誰かが口を開く前にこう付け加えた。

 

「許していただく必要はありません。そのつもりもありません。ただ、未来を担うあなた方に。そんなあなた方を生み育てた、親御さんに対するけじめはつけなければなりません。これはそのけじめなのです。それだけをわかっていただければ、私は何もいりません」

 

 そして彼は言うだけ言うと、患部から噴き出る血を押さえながら自ら担架の上に戻った。そうして保健室まで運ばれていく。

 

 なるほど、あれは確かに更生したようだと思わせるには十分だろう。ちゃんと警察官はできているようだ。

 まあ周りはどちらかというと、直前までの態度との落差があまりにも大きすぎて、困惑しているようだが。

 

 しかし……そんな彼が、なぜカサネと同じ武器を持っていたのだろうか。”個性”も似ていたことを考えると、無関係とは思えない。勘だが。しかしその勘こそ、フォースユーザーにとっては重要だったりする。

 あとで訪ねてみるか……と、いうところで授業の終わりを告げるチャイムの音が聞こえてきた。

 

「それじゃ、今日はこのまま解散。保護者の皆様、ご協力ありがとうございました」

 

 これに応じて、イレイザーヘッドがやはり端的に終了を宣言する。ただし、後半は丁寧にだ。

 そしてこれで解散とは、ホームルームの類もなしか。というか、普段であればまだ下校には早い。だが、今日ばかりは保護者との時間を取らせようということかな。

 

 そういうことなら……と私は武装解除した道具を引き寄せると母上の下へ向かう。

 

 途中、ヒミコに声をかけた。

 

「どういう結果になっても、私は必ず君の味方だ。だから思う存分話し合ってくるといい。大丈夫、悪いようにはならないさ」

「うん……」

「家で待っているよ」

「……うん!」

 

 人目につかないよう、彼女に軽く口づける。

 まあ身長差の関係で、背伸びしてもなお彼女の顎にしか届かないのだが。人目も多いし時間もないので、こういう軽いものでひとまずはいいだろう。

 

 そうして手を振って一時の別れを告げると、今度こそ母上の下へ向かう。

 

「お待たせしました、母上」

「いいのよ。立派になったわねぇ、コトちゃん。体育祭でもそうだったけど、娘が立派で誇らしいわ」

 

 母上はそう言うと、嬉しそうに笑いながらそっと私の頭を撫でた。

 ヒミコのものとは違う愛が込められたそれは、不思議と心地よいものだ。私は目を細め、されるがままになる。

 

「……ありがとうございます」

「あら、照れてるの? ふふ、最近のテレビ電話でも思ってたけど、なんだか雄英に行ってからよく笑うようになったわね」

「そうでしょうか? ……そうかもしれません」

 

 まさか、と一瞬思ったが……確かにそんな気がしたので、素直に肯定することにした。何せ、高校に入るまでは意図的に交友関係を絞っていたからなぁ。

 

 ヒミコと行動を共にしている影響はもちろんあるが、しかしそれとは別に、クラスメイトと会話する機会は間違いなく以前より多い。彼らは私がどうであろうと関係なく、至極普通に話しかけてきてくれるからな。

 それに、それぞれが向上心を持ち、努力することを厭わない。そんな彼らを、私は気に入っている。彼らの影響も、きっとそれなり以上にあるはずだ。

 

 しかし、さすがは生みの親というところか。些細な変化でもわかるものなのだなぁ。

 

「……それより母上、とりあえず移動しましょう。まずはコスチュームを脱がなければ」

「ああそうね。それじゃあ、校門前で待ってるわ」

「はい。ではまた」

 

 こうして、授業参観は終わったのであった。

 




対面の相手にキスしようとするけど全然届かなくて顎にするに留まる、ってシチュがすごくすきです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.滅びたはずの悪の話

 授業参観が終わった次の日の、始業前。私はまだほぼ生徒が登校していない早い時間に、保健室を訪ねていた。

 目当てはルクセリアだ。彼が昨夜、保健室に泊まると聞いたのでこのタイミングになったのだ。あのルクセリアを訪ねるということで、ヒミコがものすごく警戒しているが。

 

 ああ、ちなみに彼女。両親とは仲直りとはいかなかったものの、冷戦状態は一応脱したらしい。ここから少しずつでも改善していけばいいなと願うばかりだ。

 

 ……と、それはともかく。リカバリーガールの許可を得て保健室に入れば、ベッドに腰掛けたルクセリアが何やらタブレット端末を操作していた。彼はすぐに私に気づき、端末を閉じて頭を下げてくる。

 

「バクゴーから受けた怪我は治りましたか?」

「完治ではないですが、痛みもなく動けます。一限目が始まる頃にはお暇しますよ。リカバリーガール様々ですね」

 

 そう答える彼は、今日は仮面はつけていないので顔がよく見える。思っていたより平凡な顔つきだ。記憶に残りづらい顔、とも言う。

 

 だが、今の彼からはほとんど暗黒面の気配がしない。むしろ、光明面の気配が強いところを見るに、先日のあれは相当に入れ込んだ演技だったようだ。

 

 ヒミコもそれは理解できたようだが、それでも警戒を解いていない。いつでも攻撃に移れるよう、私を守る位置でルクセリアを睨んでいる。

 

 これを見たルクセリアは堪えた様子もなく、

 

「ここにキマシタワーを建てよう」

 

 などとのたまう。

 その顔は仏に出会って心を入れ替えた罪人のようであり、言葉の意味はわからないがミネタの同類ということはなんとなくわかった。同類は同じような結論に達するのだろうか。

 

 ともあれ、あまり時間はない。早速本題に入るとしよう。

 

「改めてお聞きしたい。あなたはカサネという少女をご存知でしょうか?」

「……よく知っていますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう答えたルクセリアは、少し寂しそうに笑う。

 

「……まずは改めて自己紹介させてください。私の名前は逸色(いっしき)理雄(あやお)。かつて銀鍵(ぎんけん)騎士団という組織でルクセリアと呼ばれていた、幹部級の元ヴィランです」

 

 だがすぐに表情を引き締めるとそう名乗り、話を始めた。

 

「そしてカサネも同様……と言いたいのですが、彼女は幹部候補生止まりでしたね。最高傑作と呼ばれており、幹部としてイーラの名を与えられる予定でしたが、その前に騎士団が滅んだので」

「やはり。銀鍵騎士団……ということは、あの剣はそういう由来なのですね?」

「ええ。剣そのものは団員に共通ですが、幹部は刀身にそれぞれの生命力を込めることで強化していました。私もカサネもそこは同様です」

 

 完全にフォースウェポンだな。よくもまあ見つけたものだ。

 だがそれを言うなら、フォースそのものをよくぞ見つけたと言うべきか。あの広大な銀河共和国ですら、ジェダイの人口はクローン戦争勃発直前で総勢約二万人だったのだ。実際に各地で直接任務に当たっていたものは、半分の一万人程度だった。

 それを思えば、このフォースが薄い星で、犯罪者とはいえフォースを用いた組織を作り上げるほど理解した存在は、偶然とは思えない。

 

 ……いやまあ、私というとびきりの例外が存在する以上、断言はできないが。

 

「……あなたたちは剣だけでなく”個性”も似ているように見受けられましたが、そこはどうなのですか?」

「いい質問ですね。ですがその質問に答えるために、騎士団のことから話したいのですがよろしいですか?」

「ああ。それも聞きたかった。併せてお願いします」

 

 私の言葉に頷いたイッシキは、どこか遠いところを見ながら再び話し始めた。

 

「銀鍵騎士団がいつからあったかは、定かではありません。ただ”個性”がこの世に現れる前から存在したことは確かで、その起源は身内でTRPGに興じるサークルだったようですね」

 

 イッシキは語る。彼によると、そのサークルは盤上遊戯をする集まりだった。様々なものを扱ったが、最も親しまれ最も遊ばれたのが、「クトゥルフ神話」という作品群をテーマにしたものであったという。

 詳細は省くが、そのテーマとなった作品群の中に、銀の鍵という道具があるという。これを携え呪文を唱えることで、時空を超えてあらゆる場所に行くことができる……そんな道具らしい。

 

 もちろん現実には存在しない。だから本当に遊びであり、かつての銀鍵騎士団はあくまで数ある仲良しサークルの一つでしかなかった。

 

 だがその集まりに、転機が訪れる。正確には世界そのものに。そう、超常――”個性”の出現だ。従来の秩序は崩壊し、人類という枠をも崩れ、世界は混沌の一途を辿った。

 

 この混乱の中で、彼らは平穏を求めてあちこちを逃げ回ったという。

 しかしある日。その途中で見つけた洞窟の奥で、彼らにとっての銀の鍵を手に入れてしまった。

 

「いかにもなオカルト話でしょう? ですが銀鍵騎士団に、地球の科学力では到底造れないオーパーツが存在していたことは間違いない事実です。

 初代のリーダー……騎士団長はそれによって遠くを見通し、人の心を見通し、世界のありとあらゆるものと繋がる力を得たそうですよ。騎士団の人間は多くがそれを信じていました。きっとその当時のメンバーもそうだったのでしょう」

 

 なるほど確かに、銀の鍵とやらの力はフォースに近しいものもある……ような、ないような。

 

「そうして、力を手に入れた騎士団長でしたが、当然それを見た他の面々も欲しました。時代が時代ですからね、力はいくらあってもよかったのでしょう。ですが、手に入れられたものはいませんでした」

 

 それはまあ、そうだろう。彼の話がすべて事実なら、騎士団長とやらがフォースを手に入れることができたのは、元々素養があったからだと思われる。

 だがその素養は、滅多にあるものではない。先にも述べた通り、フォースセンシティブは稀なのだ。フォースが薄いこの星では、恐らくもっと稀だろう。

 

「ですが荒んだ世にあって、求めていた力を目の前にして人間が我慢できるはずもなく。そこから騎士団はヴィラン組織になっていくのです。折しも時代は、世界中の社会秩序が崩壊した超常黎明期……合法非合法を問わないやり方で、力を求め出しました」

「なるほど、大体わかりました」

「そういうわけです」

 

 私たちの間で、フォースによってイメージが共有される。つまりは、人を誘拐し、実験台にする非人道的な行為だ。

 

 多くの場合、犠牲者は子供。どうしてもほしい”個性”を見つけた場合はその限りではなかったようだが。時には組織内で個性婚を行い、赤子を使い潰すこともあったようだな。

 

 当然目的に届かず亡くなる子供は数知れず、何年何十年とかけてもフォースに辿り着くものはいない。

 いないとなるとますます行いはエスカレートし、被害は広がっていく。そんな悪循環だ。

 

「ですが彼らは見つけてしまいました。特定の種類の”個性”の持ち主ならば、超能力を手にできると。まあそれを自由移植することはできませんでしたが……それでもこの発見は、彼らのタガを完全に外しました。やり方が一気に過激になったのです。

 私が覚えている限りでは、一度に百人以上の子供が入荷され、数日のうちに全員が亡くなる、なんてこともありましたね」

 

 なんとも腹立たしい話だ。これにはさすがにヒミコも顔をしかめ、イッシキに対してとはまた異なる怒りが見て取れた。

 

「その”個性”こそが……感情を元になんらかの効果を発揮するタイプの”個性”です。特に、身体機能を増強するタイプのものがベストでした。そう、私やカサネのようにね」

 

 イッシキが肩をすくめるが、私は驚きつつも納得のほうが大きかった。意図して似た”個性”が集められたから、イッシキとカサネが持つ”個性”は似ていたわけだな。

 

 そして腹立たしくはあるが、銀鍵騎士団の目の付け所は悪くない。フォースは、感情によって形を変える。そしてその感情が大きければ大きいほど、程度の差こそあれ高まりやすいのだ。

 私もつい最近体験したし、ユーザーでないバクゴーも私との戦いで昂ったとき、近いことを起こしていた。銀鍵騎士団はそれを意図的に呼び起こしてフォースユーザーになろうとしていたのだな。

 

「それで行くと、イッシキは性欲を、カサネは負の感情を力に変える”個性”という解釈をしても?」

「カサネは怒りを変換する『憤怒』ですね。私たちはそれを理由に拉致、あるいは騎士団内で個性婚されて集められた子供でした。そこで拷問も同様な実験を受けたわけです。

 内訳は省きますが……結果として私は、どんなものにでも欲情できる変態になることと引き換えに。カサネは些細なことでも怒りを抱ける非常に短気な性格になることと引き換えに生き残り、騎士団の幹部となったわけです。ルクセリアはそのコードネームですね」

 

 あれは彼の性癖ではなかったのか。望んでそうなったわけではないとなると、また見方が変わるな……。

 

「ちなみにロリコンなのはたぶん元からです。幼女を見たときの強化率はマックスなので。それでもオールマイトには遠く及びませんけど」

「うえぇ、その情報はいらなかったのです……」

 

 同感だ。私の感傷を返してくれ。思わずヒミコの後ろに隠れてしまったではないか。

 

「ですが、そこまでしても完全に超能力が定着するわけではありません。肉体改造によって強化され常時使えるようになった”個性”で、ほとんどないに等しい超能力を常に無理やり増やして使っているだけですからね。

 ”個性”を頻繁に使っていれば平素から多少なりとも使えるようになりますが、それもしばらく”個性”を使わないでいると抜けてしまいます。だからこそ、騎士団の次の目標は完全に超能力を定着させることでした」

 

 以前にも触れたが、フォースの素養は細胞内のミディ=クロリアン量に比例する。そしてそれを後天的に増やすことは不可能だ。共和国時代ですら不可能だったことを、それよりも文明の劣るこの星でできるはずがない。

 もっとも、わずかでも使えるようにしてしまえているのは、”個性”があるからだろう。やはり”個性”はとんでもないものだ。

 

 だがイッシキの話が真実なのだとすると、彼やカサネのような「成功例」を一人育て上げるまでに、一体何人の人間が死んだことだろう。それに連動して、この星のフォースは暗黒面に偏るだけにとどまらず、量的にもいきなり激増したり突然すべて消滅したりと、非常に不安定な状態を強いられていたはずだ。

 

 フォースは元来安定を求め、それに向かっていく性質を持つという。ライトサイドに偏重していた銀河共和国とジェダイが滅び、ダークサイドに偏重した帝国とシスが台頭。最後にはそれも滅びて、どちらもない平らな状態になったように。

 それを考えると、騎士団が滅びたのはフォース的にも道義的にも因果応報、当然の報いに思うが……まあ、それは今考えても仕方がないことか。

 

 ただ、一つ絶対に確認しなければならないことができた。私の”個性”を用いてフォースを増幅すること、あるいはミディ=クロリアンを増幅すること。今まであまり気にしていなかったが、これらがフォース的に問題ないかどうか。それを確認できないうちは、下手にフォース関係のものを増幅しないほうがいいだろう。

 

「そんな騎士団の最期はこうです。幹部となって最初の任務で外に出たルクセリアが、そのまま警察に直行して騎士団を告発。組織を滅ぼしてしまいました」

「あなたじゃないか。外に出られるようになったその足で警察に駆け込んだのですか」

「はい。あんな生活はご免でしたからね。で、色々ありましたが、私は警察に就職。職権で日々スケベピクチャーを見てお金をもらう生活をすることになったのでした。めでたしめでたし」

「めでたし……めでたいのか、これ?」

「やっぱり変態じゃないですかやだぁ!」

 

 私が渋面で首を傾げると同時に、ヒミコが軽くフォースグリップをイッシキにかけた。

 もちろん命を奪うようなものではなかったので、イッシキは軽い調子で痛がりつつも、ははは、と笑ったが。

 

「訂正します。サイバー対策課で違法アップロードとかサイバーテロとか、そういうのに対処するお仕事をしてます。ここ三週間弱は、ステイン関係の動画をひたすら消し続けるだけのお仕事ですね……」

 

 ……それについては、なんというか、きっと激務なのだろうな。肉体労働ではないだろうが……。

 

「まあ私はいいんですよ。常に監視はありますが、こうして面白おかしく生きています。昨日のように訓練相手として各地のヒーロー科や警察学校にお邪魔することもあるのですが、そういうときは半ば観光みたいなものです。まあ、その分完全な休みがやたら少ないですが、それは仕方ないですね。

 でもそうやって楽しめるのは、私が誘拐されて騎士団に来たからなのでしょう。私はわずかとは言え世の知識があり、経験がありました。だからこそ騎士団を告発できたし、崩壊した今も生きていける。ですがカサネは……」

「騎士団で生まれ育った生え抜き、ですか」

 

 先回りして答えた私に、イッシキはため息交じりで頷いた。

 

「騎士団で生まれ育った子供たちは騎士団なき後、各地の児童養護施設や里親に預けられました。彼らの大半は使わなくなった結果超能力を失い、”個性”を活かしてまっとうに育ち、生きているようです。しかし、何事にも例外はあるものです」

「カサネがそうであると」

「はい。上から聞いた話では、そもそも彼女は保護されることを拒み、剣を持って逃げたそうです。年齢もあって報道されていませんが、いくつかの殺傷事件の犯人と見られていますね。

 彼女に余計な力がなければこんなことにはならなかったのでしょうが……最初に言った通り、彼女は騎士団の最高傑作でした。気に入らないものは破壊できてしまう。しかも彼女の”個性”は『憤怒』……おまけに騎士団の人体改造で、どんなことにも怒ることができてしまう。その結果が、敵連合の(カサネ)なのでしょう」

 

 本当なら、音を重ねるで重音(カサネ)という名前なんですけど。そう付け加えて、イッシキは再びため息をついた。

 同じところで同じ苦しみを味わったものとして、思うところがあるのだろうな……。

 

「……ちなみに、カサネのようにヴィランとして活動している騎士団員は他には?」

「警察は彼女だけと判断しています。組織壊滅時に保護された人間は私を含め、全員が所在を常に監視されていますからね。逮捕された人間は全員タルタロスの中ですので、ヴィランになった子供もカサネだけだろうと」

 

 この答えに、私はそっとため息をついた。

 もはや罪を犯したカサネを擁護することはできないが、同情心がないわけではない。もし彼女が失踪先で出会ったのが、ヴィラン連合でなかったらあるいは……とは思わざるを得ない。

 

 と、言ったところで予鈴が鳴った。そろそろ教室に行かねばなるまい。

 

 しかしその前に、これだけは聞いておきたい。

 

「……最後に一つ、お聞きしたいのですが」

「なんなりと」

「この件、だいぶ機密レベルの高い情報に思いますが、私に()()()()よかったのですか?」

「もちろん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あなたから訪ねてきてくれて、手間が省けましたよ」

 

 その返事に、私はやはりかと納得を深めた。

 

「なるほど。時間を取っていただきありがとうございました……()()()()()()()()()()

 

 そして私は一礼すると、ヒミコを伴い保健室を後にする。最後に見たイッシキの顔は、いい笑顔であった。

 

 ……政府か公安、どちらが主導かはわからないが。どうやら今まで私に開示してこなかったフォースに関する情報を、与えたほうがいい状況と判断されたようだな。

 恐らく、フォースユーザーに正面から対抗できるのは同じくユーザーのみ、とわかっているのだろう。私をカサネにぶつける算段と見た。

 

 あわよくば、手駒にフォースユーザーを増やそうとも考えていそうだな。実際、私ならコストも時間もほとんどかけることなく、フォースユーザーを生み出せてしまう。

 そういう意味でも、私は国にとって是が非でも確保しておきたい人間のはずだ。銀の鍵とやらをはじめ、騎士団から押収したであろう資料などがあれば、育成も捗るのではないだろうか。

 

 最悪の場合、第二のオールマイトにされる可能性もあるな。世間的には、私はオールマイト超えを宣言したと思われているらしいが……あいにくあれはそんなつもりで言ったセリフではない。第二のオールマイトだけは絶対に嫌だ。

 

 ……どうも犯罪者以外にも備えておいたほうがよさそうだ。他にも何か考えているのではないかと勘ぐってしまう。

 

 そして確信した。ジェダイの立ち位置は、国家の下ではダメだと。最低でも国と同格でなければなるまい。

 政治家は信用はしても信頼すべきではない、というジェダイの教えは、やはり間違っているわけではないのだ。ただ、柔軟性が欠けていたのだろうな。結局、父上の宗教が言う通り「何事もほどほどが一番」なのだろう。それを実現することがいかに難しいかは、この際考えないでおくが。

 

 ひとまず、フォース関係の情報を集めるために造っているドロイドは、まもなく完成する。彼にはS-14O共々、色々な情報を集めさせるとしよう。

 

 やれやれ、前途は多難だな……。

 

「コトちゃん……大丈夫? 悩んでる顔なのです」

「ん? ああ、大丈夫だよ」

「……また無理してないです? してたら私、怒るのですよ」

「大丈夫だ。まだ無理はしてない」

「まだって、これからする気なんじゃないですかー!」

 

 もー、と頬を膨らませるヒミコ。かわいいなぁ。

 思わず顔が緩みそうになるが、そんなことをしたら彼女の怒りに火を注ぐことになる。我慢だ。

 

「すまない。でも、備える必要があると思ってのことなんだ。君を守るためにも、どうか許してほしい」

「……もう。ずるいのです。そんなこと言われたら、なんにも言えなくなっちゃう」

 

 少し伏し目がちに言うヒミコ。彼女の腕に抱きつきながら、すまないと繰り返す。

 

「……何かするなら、一緒だよ? 死ぬときだって、一緒じゃなきゃ許さないから」

「ああ。行く先が極楽か地獄か、はたまた別の星かは知らないが、君がいてくれるなら心強い。どこにだって行けるし、何も怖くないな」

 

 私がそう言うと、ヒミコは嬉しそうに笑った。きっと私も似たような顔をしているだろう。

 

 ああ、そうだとも。たとえこの先どんなことがあろうとも、ヒミコと一緒なら大丈夫だ。

 

 私はより強めに彼女の腕に身体を寄せながら、そう思ったのだった。

 

 

EPISODE Ⅳ「ファントム・メナス」――――完

 

EPISODE Ⅴ へ続く




はい、というわけでぶっちゃけてしまえばオリキャラの設定をオリキャラが語る回でした。
ですがこの騎士団の存在こそ、主人公が転生した理由なので語らないわけにはいかないんですよね。その詳細はEP5にて。
あと、政府や公安という主人公にとっての「ファントム・メナス」を明示しておきたかった。
それらから基本的に距離を置いている主人公に、国家と対等以上になる必要があることをこの段階で明確に理解させる必要もありました。
実際ジェダイは共和国の内部にありながら、共和国と鼎立する対等の存在だったわけです。ただ、それをしっかり認識していたジェダイは末期にはほとんどいなかったと解釈しています。ジェダイを復興するためには、そこは認識していないといけないのですね。

と、言ったところでEP4はおしまいです。
明日投稿の幕間を挟んで、書き溜め期間に入りますのでご了承ください。
今回の幕間はほのぼのJK回です。

・・・ところでこれは独り言なんですが、ルクセリアこと逸色さんはEP3で既に登場してたりします。ええ、独り言ですが。
まさか15話の投稿後30分以内に言い当てられるとは思ってもいませんでしたが。いえ、独り言ですよ。

※追記
なお、本作においてクトゥルフの要素は一切ないと断言しておきます。今後そのようなものが出てくることも一切ありません。
銀の鍵、という設定も作中の過去の人々がそういうものと認識し、そう呼んでいるだけで実際は別のものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 試験終わりの寄り道

前話の後書きにも追記しましたが、こちらでも念のため。
本作において、クトゥルフの要素は一切ありません。今後も一切出てきませんし、出しません。
銀の鍵、という設定も作中の過去の人々がそういうものと認識し、そう呼んでいるだけで実際は別のものです。
どうぞあしからず。



 それはまだ職場体験学習が始まる前のこと。

 中間試験を終えた一年A組の教室には、開放感が漂っていた。ホームルームが終わればそれは顕著になり、普段から何かと賑やかな面々を筆頭に騒がしくなる。

 

 クラスメイトのそんな様子を横目に帰宅準備を整えていた理波とトガの下に、芦戸がやってきた。

 

「……ジェラート?」

「そ! 学校近くに専門店ができたらしくってさ、気になってたんだけどテスト中でさ。で、テスト終わったじゃん? これからみんなで行ってみない?」

 

 増栄ちゃんも甘いの好きだったよね、という提案に、理波は小さく首を傾げた。

 

「すまない。ジェラートとはなんだ?」

「そこから!?」

 

 そして出てきた質問に、芦戸はずっこけた。

 ずっこけてから、そういえばこの子十歳だったなと思い直す。学力においては八百万にも引けを取らず、戦力に至ってはクラス一だが、一般的な知識はわりと歳相応だったなと。

 

「ジェラートとは、アイスクリームによく似たイタリアの氷菓子ですわ。製法や成分が少々異なるので、日本の法律では明確に違うものとして扱われておりますの」

 

 そこに説明を入れたのは、八百万だ。

 

 彼女の言葉に、理波の顔が輝いた。

 

「そうか。それはさぞ美味なのだろうな」

 

 その表情を見たものは、みな一様に微笑ましい気持ちになって顔が緩む。

 顕著なのは隣にいるトガで、彼女は「カァイイなぁ」と連呼していた。

 

「そうそう、専門店って言うからには絶対おいしいと思うんだよね! ……ってことで、みんなで行こうよ! 今日なら時間あるんじゃない?」

「ぜひ」

 

 そしてその誘いに、こっくりと頷く理波。

 頷いてから、少し慌てて同居人に許可を求める姿は普段と異なり、本当に見た目相応に見えた。

 

 ともあれそうして、一年A組の女子一同は寄り道をすることになった。

 

 彼女たちがやってきたのは、雄英にほど近い駅のやや裏側。一等地ではないが、人目につかないということもないであろう場所に位置するその店は、華やかな色で飾られた店名を看板に掲げていた。

 その店内は広くはないが、十人程度なら座って食事ができるように整えられている。軒先にもベンチが二つ。

 

 他にも、奥まったところにまるで密談のために設けられたような個室が存在するが、これは本当に密談用だったりする。

 雄英の経営科出身者がオーナーを務めるこの店は、ヒーローや警察がときに人目につかずに打ち合わせや内密な話をする場所を提供する、という目的も持っているのだ。雄英近くにはこういう店がさり気なく多く、教師陣御用達の隠れた名店めいた居酒屋などもあったりする。

 

 まあ、そういう事実を知るものが学生にいるということはなく。訪れたA組女子一同も気づくことのないまま、店先でどれを選ぶかで悩んでいた。

 

 その筆頭は理波である。店の秘密に真っ先に気付きそうな彼女であるが、今はジェラートしか眼中になかった。

 

「普段の理波ちゃんを見ているから、全部って言うと思っていたわ」

 

 その姿を、まるで妹を見るような目と顔で微笑ましく眺めているのは、早々と買うものを決めた蛙吹である。

 

「ねー。まあでも、言われたら納得ー」

「うん。そりゃ”個性”なしであんなに大食いなわけないもんなぁ」

「ここは雄英でも、私有地でもありませんものね」

 

 彼女に続いて葉隠、耳郎、八百万が頷く。

 

 これに芦戸と麗日がニコニコしながら応じた。

 

「気持ちはわかるけどね。まさかこんなに味の種類があるなんて思ってなかったもんなー」

「だよねぇ。私もまだ迷ってる。被身子ちゃんはー? もう決めた?」

「みんなと被らないやつにしよっかなーって。ほら、それならみんなと交換で少しずつ色んなの食べれるでしょ?」

「あはは、なるほどあったまいい!」

「でしょー!」

 

 そう言って笑い合うトガと麗日。

 そんな二人をよそに、理波が意思を固めたのはほどなくであった。

 

 やがて数分後、店内には女子たちの華やかな声が響き渡る。

 

「あまーい!」

「おいしー!」

「濃厚だー!」

「ねー! 来てよかったー!」

 

 わいわいと感想を述べる一同。その中で、理波は控えめに「美味だ」とつぶやいて、しかしふにゃりと顔を緩めた。

 スプーンでジェラートをすくい、はむ、と口にする仕草は誰がどう見ても子供のそれである。小さすぎて地についていない足はぱたぱたと前後に揺れており、そんな様を見た周りはさらに表情を緩める。

 

 なお当人にそんなつもりはなく、ポーカーフェイスのつもりでいるので、周りの反応に毎回内心で首を傾げているのだが。

 

 しかしそんな疑問も、横からトガに「あーん」とジェラートを眼前に差し出されれば、すぐに消える。

 

「あー……んむ」

「ふふ、どーお?」

「ああ、これもいいな。アイスクリームやソフトクリームと違って、果肉が入っているのは新鮮だ。うん、おいしい」

 

 小さく切り刻まれたキウイの、酸味と甘みの合わせ技に理波の顔がまたほころぶ。

 彼女はそれから、お返し、とばかりに自分のクッキークリーム味をすくうとトガに差し出す。応じたトガもまた、顔をほころばせた。

 

 二人の反応は、とてもよく似ている。表情も。峰田が見たら、手を合わせて拝む可能性大の光景であろう。

 

「私もちょっとほしいなー!」

「じゃあ私の上げるよ、芦戸ちゃん!」

「……食べる?」

「いただくわ。お返しに私のもどうぞ?」

「はい、八百万さんもどーぞー」

「ありがとうございます。ふふ、こういうのも楽しいですわね」

 

 そんな二人をきっかけに、一同はジェラートの交換を行う。互いのジェラートをひとすくいして、それぞれに差し出して。

 

 彼女たちは異なる味を楽しみながら、どうということのない話に興じて笑い合う。

 たかが一口、されど一口。ジェラートを満喫する彼女たちの顔は、程度の差こそあれみな一様に明るく幸せそうであった。

 

 八人が八人とも夢に向かって邁進する若者で、過酷な訓練を重ねる日々ではあるが、だからこそこういう何気ない時間には黄金にも勝るとも劣らない価値があるのだ。

 

 そうして全員がジェラートを平らげ、余韻に浸りながら雑談に興じていたとき。

 

「あ……そういえば、なのですけれど」

 

 ふと思い出したというように、八百万が声を上げた。

 彼女は鞄から何やらパンフレットを取り出すと、全員が見やすいようテーブルに広げる。

 

「お? なになに?」

「I・エキスポ? ってなんだっけ? 聞いたことある気がする」

「ニュースで見たわ。I・アイランドでやるのだったかしら」

「ええ。会場は各国から企業や投資家の出資を受けて造られた人工島ですの。これはそこで今度開催される博覧会の案内です」

「”個性”研究やヒーロー向けアイテムを造っている島の、博覧会だな。様々な展示が行われる」

「ああ、聞いたことある。確か、あのデヴィット・シールド博士がいるんだっけ?」

「おおー、ノーベル個性賞の人や。すごいイベントなんだねぇ」

「そのチラシ持ってきたってことは……もしかして百ちゃん」

「はい。父がI・アイランドのスポンサー企業で株主をしていまして……その縁で招待状をいただいたのですが、余ってしまいまして……」

『おおー!』

 

 言いながら、八百万が差し出したのは二枚の招待状。

 これを見て、一同は声を上げた……が、すぐに「ん?」と首を傾げる。

 

 そして代表する形で、蛙吹がおずおずと口を開いた。

 

「……百ちゃん、これ……二枚、よね?」

「ええ……余っているのは二枚だけでして。お呼びできるのは……お二人だけですの」

 

 この答えに、一同には激震が走った。次いで隣、あるいは向かいに座っているメンバーに視線を向けて、ごくりと生唾を飲み込む。

 

 その中から、芦戸が覚悟を決めた顔で拳を前に出した。

 

「……じゃんけん! じゃんけんで決めよう! 誰が勝っても恨みっこなし!」

「それだー!」

 

 彼女に葉隠が乗っかり、麗日も顔を引き締め拳を前に出す。

 無言ながらも蛙吹と耳郎が応じ……たところで、ここまでリアクションを起こしていなかった二人のうち、理波が申し訳なさそうに声、さらに手を挙げた。

 

「あー、みな覚悟を固めている所悪いのだが」

 

 そして視線の集中を受けた彼女は、鞄の中から封筒に入れられた紙を取り出した。八百万が出したものとほとんど同じデザイン、内容のものだ。

 

 全員の目が丸くなる。

 

「私も余らせていてな。たぶん、これで全員行けると思う」

『……えええぇぇぇ!?』

 

 次いで、その言葉の内容に驚いて一斉に声を上げる。

 

「なんで!? どして!?」

「体育祭の優勝者にと送られてきたんだ。同伴者は四人まで、つまりこれ一枚で五人参加可能らしい」

「五人? じゃあどっちみち足りんやん!」

「ふっふっふー、ところが足りるのですよぉ」

 

 ダメじゃん、と言いたげに招待状へ指を向けた麗日に、トガがにんまりと笑う。

 

 そんな彼女に応じて、理波はさらに招待状を追加して見せた。

 

「こちらは父上宛に届いた招待状だ。こちらは同伴者の条件が少々厳しくてな。私とヒミコはこちらで行く予定なんだ」

「お父さん宛ー?」

「ああ。増栄のお父さんって元プロヒーローで、開発者でもあるから?」

「そういうことね」

「えっと、では私の招待状でお二人……体育祭の招待状で五人……バンコさんの招待状でお二人……これで全員で行けますわね!」

 

 全員の分がないことに対して申し訳なさそうにしていた八百万の顔に、花が咲く。

 

 彼女に続く形で、全員が顔を見合わせ……そして同じく嬉しそうに笑い、歓声を上げた。

 

「あれ? でもこれ、優勝者宛の招待状なんでしょ? 増栄じゃなくってウチらがそれ使うのってアリなわけ?」

「大丈夫、先方には確認済みだ。条件はあるが、譲渡は構わないとのことだよ」

「条件? 何かしら?」

「体育祭で最終トーナメントに残っていたものにのみ譲渡を許可する、とのことだ。そして同伴者の条件はない。……最初は準優勝のバクゴーにどうかと思ったのだが、施しはいらんと断られた」

「あーはははは……」

「爆豪らしいリアクションだぁ」

 

 実際は、事前の予想通りに「死ね」と言われたのだが。それは言わない理波であった。

 

「それと三位のトドロキとイイダは、ヒーロー一家だからな。そちらで伝手が既にあるらしい。他に譲ってやってくれと言われてな。こうなったわけだ」

「あー、エンデヴァーとインゲニウム」

「どっちも有名だもんね。こういうとき有名人ってお得や、ずるい」

「でもそういうことですと、I・アイランドではお二人にもお会いできるのですね」

「会場は広いはずよ。顔を合わせる機会があるかしら?」

「んふふ、でも楽しみですよねぇ」

 

 あれこれと会話する一同を代表するように、トガが嬉しそうに言った。

 彼女の言葉に、一瞬場が静まる。しかし誰もがすぐににっこりと笑うと、嬉しそうに頷いた。

 

「いやー、それにしてもこのメンバーでI・アイランドかー。もう完全に旅行だなコレ」

「そういえばそうだね。わあ、がぜん楽しみになってきたなァ」

「わかるー! ちょー楽しみー!」

「ねーねーせっかくだからさー、みんなで一緒の飛行機で行こうよ! そんでもって、一緒のホテルに泊まって、夜はみんなで女子会! どお!?」

「三奈ちゃんナイスアイディアです! やりましょう!」

「私、女子会はしたことがありませんわ。何をご用意すればよろしいでしょうか?」

「……私もしたことがないな。そもそも女子会とはどのような催しなのだ?」

「えっとねー、女子会ってのはねー……――」

 

 ――かくして、I・アイランドに一年A組女子が勢揃いする。

 




なるべく表情は平坦に保つように日頃から気を付けている(キリッ(EP4の5話「繋がる」より

ということで、普段から全然ポーカーフェイスはできていませんよというお話でした。
これは身体に引っ張られているわけではなく素で、前世でもジェダイに外交官的役割が強く求められた共和国末期にあって、腹芸が全然できないこともあって公文書館に回されたという設定だったりします。
まあ、それはそれとしても日本の食文化が刺さりまくっているわけですが。イギリスに生まれなくてよかったね(本気
なお、芦戸ちゃんは基本的に名字で呼び捨てます(付き合いの浅かった入学直後はともかく)けど、理波に対してだけはちゃんづけです。これは今回みたくなんだかんだで言動に幼さが見えるところから、ちゃんづけにしてる感じですね。

・・・ちなみに今回、アニメヒロアカの体育祭編のED映像がイメージです。そこに主人公だけでなくトガちゃんも入れてあげたかった。
でもああいう、高校生が青春を謳歌して輝いてる姿からしか摂取できない栄養素って、ありますよね。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅴ I・アイランド:レスキュー・オーダー
1.備えろ期末テスト


お久しぶりです、お待たせしました。
エピソード5、「I・アイランド:レスキュー・オーダー」を開始いたします。
全15話+幕間2話、どうぞお楽しみいただければ幸い。


 六月も最終週となり、期末テストが近づいてきた。

 

 テスト期間が始まる前、マスター・イレイザーヘッドからは林間合宿がある旨と、テストに赤点があれば学校で居残り補習という旨が伝えられた。後者については合理的虚偽だが。

 言いながらの彼に念入りに睨まれたので、口外するつもりはない。というか、林間合宿行きたさに励もうとするクラスメイトを見れば、口外するという選択肢は出てくるはずもないのだ。

 

 しかし、である。

 

「まったく勉強してねーー!!」

 

 ある日のこと、カミナリが切羽詰まった顔で突然叫んだ。中間テストにおける彼の成績は、A組最下位の20位である。

 

 彼の隣では、すべてを諦めた様子で笑っているアシドがいる。彼女は19位。

 

 そして二人にならうように、ヒミコが笑いながらため息をつくと言う器用な真似をしている。彼女の成績は18位だが、カミナリやアシドとの差はほとんどない。

 

 ……ヒミコは一度、高校一年生をやっている。今また一年生をしているのは、私と同じ学校に行きたいがために高校を中退したからだ。

 つまり学業の面でも肉体の面でも、彼女には一年分のアドバンテージがあるはずなのだが……元々彼女はそこまで勉学に優れていたわけではないらしい。それでも雄英に入りなおすに当たって相当勉強したようだが、付け焼刃だったからか後が続いていない。

 

「問題集とか参考書なんてもう二度と見たくないです!」

 

 とは合格当日の彼女のセリフなのだが……ヒーロー科は普通科における授業も並行してやる関係で、普通科よりも一般科目はハードだ。おかげで学業は散々というわけである。

 ただ、死ぬ気で勉強して雄英に入れるだけの成績を過去に出したことは間違いないので、やればできると思うのだがなぁ。

 

 だが、期末試験はそれだけではない。

 

「いやーしっかし、アレだよな。期末は実技試験もあるのがなぁ。かーッ、つれぇわー。筆記に加えて実技とか、マジつれぇわーかーッ」

 

 つらいつらいと言いつつどこか得意げに言うのは、ミネタである。ああ見えて彼の一般科目の成績は悪くない。20人中10位なのだ。少なくとも、赤点を取ることはまずないだろう。

 

「あんたは同族だと思ってた!」

「そうですよ! 峰田くんズルいです!」

「お前みたいなやつはバカで初めて愛嬌出るんだろが……! どこに需要あんだよ……!」

 

 そんな彼に最下位争いをしている三人が口々に言うが、当人はどこ吹く風で断言した。

 

「世界……かな……」

 

 そして「フッ」とニヒルを気取った笑みを浮かべる。うーむ、調子に乗っているなぁ。いやはや若い若い。

 

 と、ここにミドリヤとイイダが割って入る。

 

「芦戸さん、トガさん、上鳴くん、がんばろうよ! やっぱ全員で林間合宿行きたいもん! ね!」

「うむ!」

 

 だがそう言う彼らの順位は、5位と2位である。人によっては素直に応援だとは受け取れまい。

 

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねぇだろ」

 

 そしてここで、傷口に塩を塗り込む所業をしたトドロキは6位。

 

 案の定、カミナリは心臓を押さえるそぶりを見せながら三人から顔を背けた。

 

「言葉には気をつけろ!!」

「上鳴しっかり! 傷は深いよぉ!」

「俺はもうダメだ、致命傷だ……あとは……任せた……」

「上鳴くーん! もー、轟くんってば、人には得意不得意があるんですよ!」

 

 遂には寸劇まで始める始末である。これは重症だ。

 

「あの……お三方とも。座学なら私、お力添えできるかと」

 

 だがここで、救いの手が差し伸べられる。中間で筆記1位のヤオヨロズが手を上げたのだ。

 そこに三人が顔色を変えて殺到する。

 

「「ヤオモモー!」」

「百ちゃんんん!」

 

 ヒミコなどはそのままヤオヨロズに抱き着く始末である。

 

 ……座学なら、私も教えられるのだが。ヤオヨロズのほうに行くのか。

 ああ……いや、国語……日本語は私、少し苦手だからなぁ。特に古文。中間試験はそれで順位を落としているから、そこで選択肢に入らなかったか。

 

 むう、座学のほうももう少し本腰を入れるべきか? だが私には他に優先すべきことがあるし……。

 

「お三方じゃないけど……ウチもいいかな? 二次関数ちょっと応用つまずいちゃってて……」

「わりィ俺も! 八百万、古文わかる?」

「俺も」

 

 と、そう思っていたら、ジロー、セロ、オジロがヤオヨロズの席に近寄った。

 ヤオヨロズはもちろん、いいですとも、と答えて頷く。

 

 ……なるほど、その手があるか。

 

「ヤオヨロズ、私もいいか?」

「え……っ? ですが、私が増栄さんに教えられることはないと思いますが……」

 

 相乗りするように言った私に、ヤオヨロズは驚いた顔をした。周りも同様だ。

 

 まあ、うん。だろうなとは思う。私の中間テストの成績は、20人中3位なのだから。

 

 だが、こう、その。なんだ。仕方ないじゃないか。

 

 だって……ヒミコを取られたような気がしてならないんだ。

 

 それに、ちゃんと理由ならある。

 

「いや……昔から国語、特に古文の類はどうにも苦手でな。漢文などは理解が及んでいない部分のほうが多い。これが足を引っ張って順位を落としているんだ」

「……そういえば、国語だけ点数が」

「ああ。苦手は早いうちに克服しておきたい。頼めるだろうか?」

「はい、もちろんですとも!」

 

 ともかく私が頼むと、ヤオヨロズは嬉しそうに快諾してくれた。

 

 よかった。これで家で一人きりになることはない。

 

「……?」

 

 内心でホッとしていると、ヒミコから視線を感じた。

 目を向けると、彼女は笑っていた。どこかからかうような顔でだ。

 

「…………」

 

 それがどうにも気恥ずかしくて、私は彼女から顔を逸らすのであった。

 

 ああもう、顔が熱い。

 

***

 

 その日の午後。

 どこから聞きつけたのか、ミドリヤから実技試験の内容はロボットを相手にした戦闘演習である、という話が上がった。

 

 これを聞いて喜んだのは、もちろん筆記試験に自信がない三人である。

 

「んだよロボならラクチンだぜ!」

「私もー!」

「私もだよー!」

「上鳴と芦戸は対人だと”個性”の調整が特に大変そうだからな……」

 

 そんな彼らにコメントをするのは、ショージだ。

 

「ああ! ロボならぶっぱで楽勝だ! これで勉強のほうに集中できるぜ!」

 

 応じてカミナリが再び歓声を上げるが、果たしてそう簡単に行くかな?

 

 ステインの事件以降、世間はヴィラン連合との兼ね合いもあってか過熱報道が続いている。両者の繋がりが暴露された以上、恐らく行き場のなかった悪意はそこに集まり、いずれ激しく暴発するだろう。

 ヒーロー養成校としては日本一と言われる雄英が、そうなったときのために備えないはずはないと思う。そして期末の実技試験は、備えとしてはちょうどいいのではないかな。

 

 より具体的に言うと、実技試験の難易度を上げてもおかしくないと思う。

 というか、ほぼ確実に上がる気がする。上がり幅は、低く見積もってもバトルドロイドが複数出てくるくらいに。最大限高く見積もったら、先日のルクセリア……イッシキのような元ヴィランが仮想敵として招聘される可能性も、かなりあるのではないだろうか。次点でも、プロヒーローは出てくるくらいはあり得ると思う。

 

 なので、ロボットなら楽勝、という思考はいささか甘く見すぎだろう。この辺りは、やはり卵と言われても仕方がない。

 

 そしてこういう考え方を、蛇蝎の如く嫌う人間がこのクラスには存在するわけで。

 

「人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ。何がラクチンだアホが」

 

 ほら、クラス一向上心の高い男の癇に障ったようだぞ。

 

「アホとはなんだアホとは!」

「何が相手だろうとやることは変わんねぇだろうが! 全力で勝つ! そんだけだ! ロボなら楽だとかクソみてぇなこと言ってるやつなんざ、アホで十分だわこのアホが!」

 

 うーむ、この言いよう。実に辛辣である。

 

 だが刺さるものがあったのか、カミナリは反論できずに「うっ」とうめいて一歩下がった。

 

 そんな二人の会話に、思わず笑いが漏れる。

 

 バクゴーとしてはそれが気に食わなかったのか、鋭い視線が飛んできた。

 

「ふふ、そうだな。バクゴーの言う通りだ」

 

 なので、言葉を添えることにした。

 

「どんな状況であっても、どんなものが相手だろうと、私たちは常に最善、最高の結果を求められる立場だ。消極的なことを言っていると置いて行ってしまうぞ?」

「アッハイ……仰る通りデス……」

 

 ……言いすぎてしまったかな。カミナリががっくりとうなだれてしまった。バクゴーがそれを鼻で笑っている。

 

 だが私がカミナリにフォローを入れるより早く、バクゴーがこちらに再度目を向けた。

 

「おい増栄、期末こそぶっ殺してやるから覚悟しとけや」

「受けて立とう。もう一度返り討ちにしてあげるとも」

 

 最近薄々わかってきたのだが、バクゴーにとって殺害宣言は宣戦布告のようなものらしい。これもそういうことだろう。彼は本当にブレないな。

 

 だが、私もまだまだ負けるつもりはない。元々戦闘面の才能の乏しい身ゆえに、いつかバクゴーには負けてもおかしくないと思っているが……少なくともそれを今許すつもりはないぞ。

 

「轟……テメェもだ。テメェには今度こそ完璧に勝つ……首洗って待ってろや」

 

 しかしとりあえず、私の答えに満足したのかバクゴーは視線をトドロキに移した。

 そして彼にも宣戦布告をすると、小さく鼻を鳴らして教室を出て行く。そんなバクゴーの背中を、ミドリヤがどこか輝いた目で顔で眺めていた。

 

 なお、トドロキは「首を……」とつぶやきながら、自身の首をさすっている。成績のいい彼なら慣用句の意味はわかっているはずだが、その上でこのリアクションは彼なりのお茶目だろうか。

 

 と、ここで教室の中が今までとは違う形でざわついていることに気がついた。視線を向けてみると、どうやら改めて実技試験が不安になったらしい面々が話し合っていた。その中には、しっかりカミナリもいる。

 うーん、やはり言い過ぎたかな?

 

 まあ、ここはフォローしておくとしよう。私はヒーローになるつもりはないが、将来有望な若者を手助けすることはやぶさかではない。

 

「……私でよければ、実技対策の相談に乗るが」

 

 なのでそう言ったら、午前中とは逆に私のところへ人が殺到した。ヤオヨロズまで来た。

 

「増栄ちゃん!」

「増栄ェ!」

「助かる!」

「お、俺も頼みたい……!」

「あの、私もお願いしてもよろしいですかっ?」

 

 思っていたよりも多く人が来たので少し困惑していると、ヒミコの視線を感じた。

 

 目を向けてみると、彼女は少し離れたところで小さくむくれているようだった。

 どうやら実技関係では、私を独占したかったらしい。

 

 そんな心境を垣間見た私は……笑い返すことにした。からかうつもりで、少し意地悪くだ。

 

 ……しっかり意趣返しになったようで、ヒミコはぷぅ、と頬を膨らませた。

 

 と、ここまで考えたところで私は我に返った。何をしているんだ私は。これではただの駄々っ子ではないか。あまりにも短絡的すぎる。

 ジェダイが恋愛を禁じるはずだ。まさかこんなにも判断力が落ちるなんて、思ってもみなかった。

 

 ええと、ともかく軌道修正を……見たところ顔ぶれは共通しているようだから……。

 

「あー、その、なんだ。どうやらメンバーは被っているみたいだし、ヤオヨロズの勉強会に併せるか? ずっと机に向かって勉強していても、集中が続かないだろうし」

「おお、それだよ! グッドアイディア!」

「わあい、ヤオモモ&増栄ちゃんのブートキャンプだ!」

「いいですわね。では講堂の他に、庭も使わせてもらえるようお母様に報告しておきますわ!」

 

 というわけで、そういうことになった。

 

 ……はあ。確かにこの間、己の気持ちを自覚したときにジェダイ失格でもいいとは思ったが、だからといって己を律することができないのは問題だ。心の修行をしなければなるまい……。




第一話からだいぶトばしていますが、EP4で両想いを達成しているのでここからは大体こんな感じの距離感です。
なお、まだ距離が縮まる予定があるものとする。

しかし今エピソードの元であるアニメヒロアカ劇場版第一弾、「二人の英雄(ヒーロー)」が金曜ロードショーで放映されることになるとは。
タイムリー過ぎて感謝すればいいやら、恐縮すればいいやら。
まあ、本作においては劇場版エピソードに当たる時系列に入るまで数話を要するんですけど、それはそれとして本作と原作がどう違うのか、を楽しめればいいかなぁなんて思うなどする。
ただそういう意味では、先に原作を知りたいという方もいらっしゃる方もいるかもしれません。
その場合は、8月6日の金ローを見るまでは本作をあえて見ない、選択肢もありかも・・・?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.期末実技試験 上

 そして時間はあっという間に過ぎ、実技試験の日がやってきた。

 

 筆記試験は全員それなりに手ごたえがあったようなので、ここがいよいよ最後の山場ということになる。

 半日にも満たないとはいえ問題点を指摘しつつの実戦形式でしごいてあげたからか、アシドとカミナリはロボなら合格確実とばかりに開始前から元気を振りまいていたが……イレイザーヘッドの捕縛布の中から現れた校長が「内容を変更しちゃうのさ!」と宣言した瞬間に硬直した。

 

 説明された理由は、予想通りのものだった。ステインとヴィラン連合によるヴィランの活性化が予想されるため、対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い内容を重視する方針へ舵を切ったのだという。

 

 結果として提示された試験の内容は、クラスメイトと二人一組になって教師陣と戦うというものであった。これも予想通りである。

 仮想敵としてイッシキのような元ヴィランが来なかっただけマシではあるが、厳しいことには変わりない。何せ雄英の教師は、みなプロヒーローなのだから。

 

「なお、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ」

 

 そしてそう締めくくったイレイザーヘッドが、順に組み合わせを発表していく。

 私の相方は……

 

「おっ、増栄か! お前がいるなら百人力だぜ、頑張ろうな!」

 

 キリシマであった。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 そして対戦相手は、セメントスである。

 

 ……なるほど、と思う人選だ。恐らくこの試験、各生徒の課題、問題点を指摘できる教師があてがわれているのだろう。私とキリシマの場合は、消耗を強いられた場合に弱いことかな。

 キリシマに関してはそれに加えて、選択肢の少なさも、か。それらをどう補うかが見られるのだろう。

 

 何せセメントスは、周囲にセメントでできたものがあればほぼ無限に戦える。……もちろん彼にも限界はあるのだろうが、何年もプロヒーローをしている彼の限界が、学生のそれより低いはずはないしな。

 

 この傾向は他のペア、対戦相手を見ても同様であるので、予想は間違っていないはずだ。

 

 ちなみにヒミコのペアはジローで、対戦相手はプレゼントマイク。目立った弱点がない二人ゆえに、単純に強敵があてがわれたように見える。

 特にジローにとってプレゼントマイクは、戦闘面においては完全な上位互換と言っても過言ではない。大丈夫だろうか。

 

 あと目を引く組み合わせとしては、ミドリヤとバクゴー。普段あまり仲のよろしくない二人なので、そういうところからの組み合わせなのだろうが……相手はまさかのオールマイトである。

 現在の最強を前に、さて二人はどうするのか。気になる組み合わせである。無事に済めばいいのだが。

 

 ……といったことを考えながらの、試験会場への道中。キリシマとは簡単に打ち合わせを行ったが、彼は正面突破以外のアイディアを持っていなかったので、ああこれはまずいなと思った私である。

 手持ちの選択肢が少ないことは仕方ないにしても、選択肢を増やそうとしないことは問題だ。

 

 ゆえにテレパシーを用いて、セメントスに聞かれないように懸念、推測を伝え、まず無策で正面から相手に突撃しないことを確認しつつ、互いに意見を出し合い作戦を決めた。

 

 ……ああ、ちなみに話は逸れるのだが。

 

 ”個性”を用いてフォースを増幅することの是非について、アナキンは『”個性”だけを使ってのことなら生物活動の範疇であり、フォース的にほぼ問題はない』と答えた。

 つまり”個性”によるフォースの増幅は、徒歩から疾走に変えて移動速度を上げるようなもので、よほどやりすぎない限りは問題にならないらしいのだ。

 

 逆に、銀鍵騎士団のように”個性”が混ざりに混ざった未熟な機械技術や薬物などを用いると、フォース的に問題になるようだ。

 先ほどの移動速度のたとえで言うなら、徒歩から燃費と排ガスが最悪な車に切り替えるようなものらしい。つまり騎士団が存在した時代、この星のフォースは乱れに乱れていたことになる。

 

 そしてアナキンは、だからこそ私がこの星に生まれ変わったのではないかという仮説を立てていた。私の存在は、フォースに安定をもたらすためにフォースによって遣わされたのではないか、と。

 

 もちろん明確な根拠があるわけではなく、かといって実証実験をするわけにもいかないので、恐らく立証されることは永劫ないだろう。

 

 しかしそういうことであるなら、私は今まで通りにするだけである。私は私として、この星の自由と正義を守るために尽力するのみだ。私はきっと、そういう生き方しかできないから。

 

 ……ああそうそう。”個性”でミディ=クロリアンを増やすことについてはどうなのかと聞いたところ、アナキンは『永続増幅であればフォース同様問題ない』という回答をした。

 つまり一時増幅の場合、生命の唐突かつ急激な出現と喪失になる。それは間違いなくフォースを乱すだろう、というわけである。

 

 ただ、ミディ=クロリアンは細胞内で共生する生物である。ゆえにその増幅は、どちらにせよ命の創造にも等しいと思ったのだが……。

 

『そもそもの話、生命の創造はミディ=クロリアンも可能だからなぁ。人間一人を生み出すことすらできるんだから、永続増幅なら気にしなくていいと思うよ』

 

 とさらりと答えられてしまい、絶句した。

 

 ついでに、アナキン自身がそれによって生まれた存在であり、母親が処女懐胎であったとまで知らされて頭が痛くなった。どうやら、フォースも”個性”並みになんでもありらしい。

 

 あとそれはそれとして、ヒミコが「じゃあ女の子同士でも赤ちゃん作れます?」とアナキンに迫って困らせていたのも頭が痛い。ノータイムでどちらが産もうか、と考えた私自身にもである……。

 

「どーした? 体調不良か?」

「いや……なんでもない。大丈夫だ、ありがとうキリシマ」

 

 何はともあれ、今は試験に集中すべきだ。フォースのあれこれは置いておこう。フォースの増幅が問題ないなら、それでいい。

 

 ということで、どう戦うかを話し合っているうちに会場に着いたのだが……。

 

「ビルの多い都市部を模した会場……ってことは」

 

 まだ開いていない会場の入り口。その外からでも見える中の様子の一部に、キリシマが表情を硬くしてこちらを見た。バスの中で伝えたことを思い出したのだろう。

 

 ああ、そうだな。想定される中でも一番難易度が高い状況になる。この試験、教師陣も相当に力を入れてきているな。

 

 そう思いながら頷き、二人でセメントスに向かい合う。

 

 試験の制限時間は三十分、と説明する彼から、捕獲を示すためのハンドカフスを手渡された。これを相手にかける、あるいは出口に辿り着いたらクリアとなるわけだな。

 

 そして対戦相手の教師には、ハンデキャップとして自身の体重の半分になるよう、腕輪や足輪の形の重りを装着するとのこと。これは逃げるだけでなく、戦闘を視野に入れさせるためだろう。

 

「で、俺らは中央スタート、と」

「逃げて勝つためには指定のゲートを通らなければならないから、どうあがいても一度は接敵することになる形のようだな」

「けど逃げるなんて漢らしくねぇよなぁ!?」

「性別のことはともかく、逃げて勝つつもりはもちろんないとも」

「そうこなくっちゃな!」

 

 位置についた私たちはそう言葉を交わし、互いに笑う。

 

『それじゃあ今から期末試験を始めるよ!』

 

 と、そこにリカバリーガールのアナウンスが聞こえてきた。彼女は今回、治療を担当しながらアナウンスも行うらしい。

 

『レディィィーー……ゴォ!』

 

 ともかく、合図が出た。開始である。

 

 だが開始と同時に、私たちにコンクリートが襲いかかってきた。速攻、かつ持久戦を強いる。セメントスの得意分野だ。

 

「いきなり来たか!?」

「この状況で出鼻を挫くならこれが一番だろうからな」

「セメントス先生の方向、わかるか!?」

「任せろ。やるぞ、レッドライオット!」

「おうよ!!」

 

 既にフォースの索敵で、セメントスがいる方向はわかっている。なので、打ち合わせ通りに私はキリシマ……レッドライオットをそちらに配置し彼の後ろにつく。

 

「行くぞ!」

「おう!」

 

 掛け声と共に、レッドライオットはその場で跳躍した。と同時に、硬化する。

 

 本人曰く「硬さなら誰にも負けねぇ」とのことで、実際彼の守りを抜くことは非常に難しい。だが彼の硬さは、そのまま破壊力にもなる。

 

 であれば。

 

「はあッ!」

 

 眼前には、既にコンクリートが何重にもなって押し寄せてきている。そうして間もなく飲み込まれる……というところで、私はいまだ空中にあるレッドライオットの背中に、全力のスーパーフォースプッシュを叩き込んだ。

 

 日々鍛錬は欠かしていないので、私は”個性”もフォースも入学当時より成長している。その分肉体の成長が後回しだが、ヒミコとの体格差以外で困っていることはほとんどないので、構わない。

 そういうわけなので、”個性”とフォースを組み合わせての全力スーパーフォースプッシュなどは、掛け算で増幅された結果なのでさらに磨きがかかっている。

 

 するとどうなるか。簡単なことだ。目視すら難しいほどの勢いで、レッドライオットが射出される。

 そして彼の身体は今、余人には侵しかねる鉄壁。そんな高硬度の物質が猛然と叩きつけられれば、コンクリートなどひとたまりもない。言うなれば人間砲弾だ。押し寄せる壁はどんどん砕かれていき、レッドライオットは一直線に、それもあっという間にセメントスへ向かっていく。

 

 さらに、私も空に舞い上がって上からセメントスに向かう。一旦追い越し、変則的に軌道を変えてどこからでも彼を攻撃できるように動く。

 

 その動きは、体育祭時の比ではない。能力の成長もそうだが、身体に取りつけたサポートアイテム(職場体験後に父上から渡された)が空中軌道の挙動を底上げ、かつ補正しているのだ。父上が私向けに新作した、彼譲りの立体機動補助装置である。

 これにより、コンクリートの波のわずかな隙間を縫って死角からセメントスへ向かうことができる。ここまで細かい挙動は、この装置なしではできない。

 

 もちろんセメントスもプロなので、すぐに対処してくるが……出力を上げたライトセーバーを全身で回転しながら振るえば、コンクリートなど豆腐みたいなものだ。すべて切り捨てて、セメントスに向かう。

 

 さらに、ヒミコのような威力はまったくないが、音だけは一丁前のフォースブラストでセメントスの危機感を煽る。威力ではなく音を優先しているので、「ブラスト」というには中途半端だがそれはともかく。

 

 こちらはブラフ以外の何物でもないが、近くで爆発音がすれば人間何かしら驚くものだ。

 もちろん、威力がない音だけのこけおどしではすぐに慣れられるから、使うタイミングは絞るがね。

 

 そしてその頃にはレッドライオットもセメントスの至近にまで到達していた。つまり私と合わせて、前と死角からの同時攻撃の形になる。

 

 これにはたまらず、セメントスはその場から離れることを選んだ。コンクリートの波に乗って、さながらサーフィンをするかのように模擬市街地を移動し始めたのだ。

 目立った機動力を持たないと思っていたが、ああいう移動方法もあるのだな。都市部では本当に強力な”個性”だ。

 

 だが、それよりもなお私の空中機動のほうが速い。あっという間に追い越すと、スーパーフォースプッシュでセメントスをコンクリートの波から引き剥がす。

 

 そして入れ替わりに反対の手で、スーパーフォース()()を行う。そう、この増幅技、プッシュでできてプルでできない理由はない。

 

 対象は――

 

「――レッドライオット!」

「おっしゃああぁぁぁぁ!」

「なんと!」

 

 セメントスの背後から、レッドライオットが迫る。

 

 もちろんレッドライオットに空中を移動する術はない。だが、私にはある。させる術も。

 

 そう、位置関係は整っていた。私、セメントス、レッドライオットの並びであり、高さも高中低と並んでいる。

 私はその状態で、レッドライオットに向けてセメントスを吹き飛ばした。それとほぼ同時に、レッドライオットを引き寄せたのだ。

 

 これにより、両者は空中で激突する。硬化したレッドライオットの身体は鋭く尖った天然の武器であり、そんな彼が近づくだけでもプレッシャーになる。ましてやセメントスのコスチュームは露出が多めなのだ。

 

 それでも、普段のセメントスなら対処できただろう。いかに空中で、周囲に操れるものがないとはいえ現役のプロヒーローだ。実際、彼はレッドライオットが手にしたハンドカフスだけを狙って弾き飛ばそうと腕を動かしていた。

 

 だが、その動きは鈍い。原因はそう、ハンデキャップの重りだ。身体の各所に着けられているそれは、腕輪や足輪の形をしている。

 つまり、一番動きが阻害されるのは腕と足。これが勝敗を分けた。

 

「……! やれやれ、こりゃ完敗だ」

「! よっしゃあああ!!」

 

 ハンドカフスが取り付けられたセメントスが肩をすくめながら笑い、地面に落ちていく。

 対するレッドライオットは、拳を天に突き上げ歓声を上げながら地面に落ちていく。

 

 私はすぐさま両者の下に回り込み、フォースプッシュを駆使して墜落の衝撃を緩和する。

 セメントスを優先したのは、レッドライオットが”個性”ゆえに多少の衝撃が効かないからだ。ある種のトリアージである。

 

『報告だよ。条件達成、最初のチームは切島・増栄ペア!』

 

 と同時に、リカバリーガールのアナウンスが聞こえてきた。こんな放送もするのか……確実にまだ終わっていないものたちを急かすためだな……。

 

 まあそれはともかく。私はひとまず、レッドライオットを引っ張り起こすことにした。

 

「悪ィ、ありがとな!」

「いや、私こそ受け止めきれなくてすまない。怪我はないか?」

「見ての通りだぜ!」

 

 立ち上がりながら、レッドライオットは笑みを浮かべて力こぶを作って見せた。うむ、本当に怪我はないようで何よりだ。

 

 と、そこにセメントスが歩み寄る。

 

「思ってた以上にあっさりクリアされてしまったなぁ」

「市街地であなた相手の持久戦は、あまりにも不利ですので。加えて、我々の”個性”は使い続けることに向きません。速攻が最善と判断しました。結果としてほぼ力押しになってしまったので、そこは反省したいところです」

 

 より具体的に言うなら、レッドライオットをもっと活かしたかった。協力が前提と思われるこの試験、私の力によるところがあまりに大きいやり方になったのは、私の力不足のように思う。

 

「いや、力押しでどうにでもなる状況なら、そうしてしまったほうがいい。下手に小細工をして負けてしまっては本末転倒だからね」

 

 だがセメントスは微笑みながらそう答えた。若干認識に差があるようだが、まあ言わんとしていることはわかる。

 

「それに、烈怒頼雄斗(レッドライオット)を発射するのは結構度肝を抜かれたよ? おかげで少し反応が遅れた。喰らってみれば確かに合理的なんだけどね。あれはアヴタスのアイデアかな?」

「いえ、あれはレッドライオットの案です」

「増栄……あいや、アヴタスと話し合ってるうちに思いついたんスよ。俺は機動力がないんで、普通にしてたら先生に近づくのはまず無理ッス。なんで、そこ補ってもらう必要があるなって。でもって、俺ならアヴタスの吹き飛ばしを受けても無傷で済むから、攻撃と移動が同時にできる! って感じッスね!」

「いいねぇ。急なマッチアップでも、お互いのできることを組み合わせればできないこともできるようになる。そこに目が行ったなら十分だろう」

 

 彼は次いで周囲を見渡して、付け加える。

 

「市街地への被害も最小限だ。うん、文句なく合格だろうね」

 

 この宣言に、レッドライオットは改めて喜びの声を上げたのだった。

 




さらっとぶち込まれる主人公の出生の秘密。
それがどうなったら原作に進むのかというと、

フォースの均衡がおかしいやんけ!早いとこ対処せんとあかんな!(主人公転生)

主人公に個性が発現するも、ソフトクリームを増幅しすぎて餓死

アカン、用意してたやつ死んでもうた・・・しゃーない、ワイが直接やったるで

銀鍵騎士団関係者、様々な形で短期間に一斉に死ぬ

これできれいさっぱりまっさらになったな! ヨシ!

原作時空

こんな感じ。運命の分岐点はソフトクリーム。

ちなみに、アナキン・スカイウォーカーがミディ=クロリアンによる処女懐胎で生まれた存在、というのはスターウォーズの公式設定です。
もう一つちなむと、シリーズの元凶であるダース・シディアスの師匠、ダース・プレイガスは人工的にミディ=クロリアンに働きかけて生命を創造することができたらしいという設定があり・・・。
ええ、夢が膨らみますね! 暗黒面の力は素晴らしいぞ!

この設定を知ったときから、スターウォーズの設定使って百合を書きたいと思ってたんですよね・・・ええ・・・(その目は澄み切っていた
せっかくある設定なので、皆さんも書こう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.期末実技試験 下

 少年、緑谷出久にとってオールマイトは神にも等しい。彼の短い人生の多くはオールマイトによって構成されており、その憧れはオールマイトを絶対視させるには十分すぎた。

 

 加えて、己の力不足。”個性”を()()()()、同じ能力を使えるはずなのに、まったく及ばないという事実。それは直にオールマイトと接するようになってから、痛感させられるばかりで。

 

 ゆえに、いつの間にかオールマイトは「越えられない壁」という認識が無意識に染みつきつつあった。

 

 だから、同じチームにされた幼馴染が迷うことなくオールマイトに向かおうとするところを見て、逃げることを提案した。

 勝てるはずがないと。勝つだけが試験ではないのだから、ここは逃げるべきだと。特に策はないけれど、まずは逃げるべきだと。

 

 だが、それが幼馴染の逆鱗に触れる。

 

「このクソナード……それ以上ふざけたこと抜かしやがったらテメェから先に殺すぞ!」

「け……っ、けど、いくらかっちゃんでも、オールマイトに勝つなんて無――」

 

 正確かつ素早い動きで胸倉をつかまれ、宙に吊るされそうになる。呼吸が詰まり、苦しさがこみ上げてくる。

 

 ああ、やはりダメなのかという思いが脳裏をよぎった。

 

 物心つく頃からの付き合いで、しかし”個性”の有無によっていつの間にか虐げるものと虐げられるものになってしまった関係。そうなった原因の幾分かは、きっと自分が口だけでまったく努力をしてこなかったからだと、新しいクラスメイトとの初日の会話で自覚できている。

 だからこそ、勇気を出して自分の意見を出したけれど……やっぱりかっちゃんとは協力できないのか。そう絶望しそうになる。

 

 だが、

 

「テメェ寝てんのか? 寝言は寝て死ねクソが! 最初から何もせずに逃げるなんざ真似をヒーローがするとでも思ってんのか!」

 

 さにあらず。幼馴染の逆鱗に触れたのは、そこではなかった。

 

「わかってんだよ、()()俺一人じゃオールマイトには勝てねぇことくらい! そんなことはもう、USJのときにとっくにわかってんだよ! だから話だけは聞いてやろうとしたんじゃねぇか! この俺が! それをなんだァ……テメェ……!?」

「……っ!」

「何もしないでとりあえず逃げるだと!? テメェの頭ン中は腐ってんのか!? ンなことでオールマイトから逃げきれるなら誰も苦労しねェわ! 第一なぁ……! 今勝つつもりのねぇやつが……! 今超えるつもりのねぇやつが……! 超えられるようになるわけねぇだろうがこのクソが!」

「うぐ……っ!」

 

 地面に背中から叩きつけられ、一瞬完全に呼吸がとまる。

 なんとか息を整えて、かろうじて目を開ければそこには、絶対に勝つことを諦めない幼馴染が失望した目で見下していた。

 

「そんなゴミと組むくらいなら、一人で戦ったほうがまだナンボか勝率高ぇんだよクソが……! わかったらとっとと尻尾巻いて失せろ! 邪魔だ!」

 

 そしてそう吐き捨てると、何一つ躊躇うことなく背を向ける。

 

 彼の背中に、ああそうだ、と緑谷は思った。確かにそうだ、と。

 

 ――ああそうだよ、そうだとも。

 

(僕は……また何もしないで逃げようとしてた……! ヒーローになりたいって言いながら、努力も何もしてなかった頃と同じだ……何にも変わってない……!)

 

 歳下のクラスメイトに努力不足を指摘されたこと。その少女の実力にわずかに嫉妬したこと。その本人にずっと鍛錬し続けてきたと言われて驚いたこと。そして、それは尊敬できる友人に追いつくためだと言われて目から鱗が落ちたこと……。

 何より――その友人を過去形に語る様子を見て、自分は後悔したくないと思ったこと。

 

 ごくごく一瞬のうちに、あの日の記憶が、あの日抱いた気持ちが走馬灯のように脳裏をよぎる。

 

 ――あのとき僕は、なんて思った?

 

 そうだ。もっと僕がまっとうに努力してきていたら、きっとかっちゃんとだって肩を並べて雄英に来れたかもしれない。

 彼とまっとうに幼馴染であれたかもしれない。何より、一緒にヒーローになれたかもしれない。

 

 そして同時に、思ったはずだ。失ってからでは遅いと。

 

 歳下のクラスメイトには悪いけれど、自分も幼馴染も、まだ生きている。だから――幼い頃のように、とまでは言わない。せめてまっとうにライバルと呼べるくらいには、なりたいと。手遅れにならないうちに、せめて。

 

 そう思ったはずだ。だからこそ、今日まで頑張ってきた。そのつもりだ。

 

 その、つもりだった。

 

 じゃあ、今は? 今はできているのか?

 

(ちっともできてないじゃないか!)

 

 やる前から諦めていた。オールマイトを相手に、勝つなんて絶対にできないって思っていた。思い込んでいた。

 

 いや、それはもちろん事実だ。あの幼馴染だって、それは認めていた。

 でも、だけど。

 

(かっちゃんは……! 自分一人じゃ勝てないとは言ったけど……! ()()()()()()()()()()()()()()……言わなかった! だから!)

 

 そうだ。彼は嫌なやつだけど。そう思うような関係になってしまったけれど。

 

 でも、ずっと昔からなんでもできて、歳上にだって臆することなく戦い、しかも勝ってしまう僕の幼馴染は。

 ずっとオールマイトを超えると公言してきた彼は。どんなことでも勝つことを諦めない、どんな相手にだって勝つことを諦めない、僕の憧れた幼馴染は!

 

(最初は、僕を頭数に入れてくれてたんだ! なのに僕は! かっちゃんが怒るはずだ!)

 

 ぐ、と全身に力が入る。緑色の閃光がいかずちのように溢れ、緑谷の身体を包み込む。

 

 力がみなぎる。腕に、脚に、何より心に。緑谷出久という存在のすべてに、木偶の坊だった頃とは比べ物にならない力が満ちていく。

 

 歯をくいしばる。

 

 そうだ。

 

 そうだ。

 

 そうだ!

 

 こんなところで諦めていいはずがない。

 たとえ師匠が相手でも。たとえオールマイトが相手でも!

 

 ――プルスウルトラだ!

 

 なぜって?

 

 決まってる!

 

(僕はオールマイトの、ワンフォーオールの()()()なんだ……! 僕は……僕は、今! ここにいる!)

「かっちゃん……!」

 

 幼馴染の背中に声をかける。返事はない。振り返りもしない。立ち止まることすら。

 

 当たり前だ。だって、それだけのことを今、彼の前でしてしまったのだから。

 

 ならどうする?

 

 示すしかない。僕がここにいることを。()()()()ということを!

 

「ごめんかっちゃん……僕は……僕には、オールマイトに勝つ方法がちっとも思いつかないんだ。情けないけど……」

 

 顔を上げる。もう俯くなんてしない。

 少なくとも、彼の前では。

 

 だってこの、爆発的向上心の塊な幼馴染の隣に並べる……それすらも超える、最高のヒーローになりたいから。

 

「だからかっちゃん! 僕を使ってほしいんだ! こうしろって、これをやれって、そう言ってほしい! 他力本願でごめん! でも……でも君の指示なら、君の作戦なら! 僕、信じられるから! だから……!」

 

 目が、合った。呼吸が一瞬とまる。

 赤い瞳に射抜かれて……しかし、決して視線は逸らさない。

 

 そうして数秒。あるいは、数分。

 なぜか動く気配のない敵……オールマイトを気にする余地もなく、ただ幼馴染と向き合い続けた時間は、無限にも感じられたけれど。

 

 やがて、幼馴染がにやりと笑って、その時間は終わった。

 ここ十年近く、向けられていた笑みではない。まだ本当に対等だったとき、向けられていた笑み……に、近い。

 

 ああ、と思う。

 彼は、かっちゃんは、こうやって笑う人だったな、と。

 

 オールマイトと同じだ。この幼馴染も、困難を前にしたとき、よく笑う。

 

 ならば、自分も。憧れ(ふたり)にならおう。ぎこちなくてもいい。まずは、形から。

 

 だから――にぃ、と笑って応えた。

 

「……やるぞデク。オールマイトをぶっ殺す!」

「うん! ……あ、いや、さすがに殺すのはちょっと……試験だしさ、ね?」

「うぅるっせぇんだよクソナードが! 殺す気でやるんだよ!」

「ええええーっと、それはっ、僕には荷が重いっていうか……!」

「やかましい! 何も思いつかねぇような雑魚は黙ってついてくりゃいいんだよ!」

 

 かくして、本来ならば最悪だったはずの二人は、大幅に異なる流れでオールマイトへ立ち向かう。

 爆豪に本来よりも心に十分な余裕があったからこそ……緑谷に本来よりも爆豪について考える時間が多かったからこその、変化だった。

 

 ――オールマイトのデトロイトスマッシュによって周辺一帯が更地になるのに、二人が巻き込まれるまであと五秒。

 

***

 

「久々に無茶したなぁ、緑谷」

「は、はは……何も言えないや……」

 

 試験のために設けられた、臨時テントの出張保健室。その一角で、キリシマが呆れたような尊敬するような顔と声で言えば、ミドリヤは苦笑しながらも認めた。

 いまだにベッドから起き上がる気力はなさそうだが、意識ははっきりしているし、もう目立った怪我はないと言っていいだろう。

 

「お前もだよ爆豪。まさかお前が緑谷みたくボロボロになるとは思わなかったぜ」

「そういうセリフはオールマイトと戦ってから言えやクソ髪」

「それもそうだな!」

 

 バクゴーも同様だ。常の彼からは考えられないくらいの重傷を負ったが、少なくともキリシマの言葉に悪態を返せるくらいには回復している。

 

 そして、彼らに言うべき注意は既にリカバリーガールが言っている。なので、私から言うことは何もない。

 

「けど一番驚いたのは、爆豪が緑谷と協力したことだよ。お前あんなことできたんだな」

「どーいう意味だア゛ァ゛ン!?」

 

 それにバクゴー、この状態でも何かあると爆発しようとするので、ある意味全快していると言ってもいいのではないだろうか。

 

 ただ、少しでも爆発しようとすればこの場の主が黙ってはいない。

 

「騒がしくするなら出てってもらうよ」

「アッス、すいませんリカバリーガール!」

「……チッ」

 

 そうしてバクゴーは改めてベッドに横になると、苦い顔で……しかし逸らすことなくつぶやいた。

 

「……勝つんだよ。それがヒーローなんだから。今回はそのための手札がデクしかなかっただけだ」

「爆豪……それ、」

「ストップだ、キリシマ。それ以上はやめておけ」

「お、おう……すまん、保健室だもんな。悪かった」

 

 キリシマが頭をかきながら謝った。まったく、バクゴーの性格は今日まででわかっているだろう。「どんな汚い手を使ってでも勝つって思われかねない」などと言おうものなら、間違いなく大噴火だ。防げる災害は防ぐに限る。

 

 ……何はともあれ、ミドリヤはバクゴーと共に試験をクリアした。オールマイトという強すぎる相手を前にしても二人で一歩も譲らず、装備とコスチュームの大半を失いながらも、彼らは確かに勝利した。

 決着は、ミドリヤにトドメを刺そうと近づいたオールマイトの一瞬の隙をついて、かすかだがフォースの気配を宿したバクゴーによる。一瞬の隙をついて後ろから接近し、オールマイトのカウンターをフォースの導きを受けて完璧なタイミングでかわしたバクゴーが、ハンドカフスをかけることに成功したのだ。

 

 その分負傷も大きかったわけだが、しかしオールマイトを相手に逃走しての勝利ではなく立ち向かっての勝利をもぎ取ったことは、何よりも大きいだろう。

 バクゴーは特に、相当深く集中していた。祈るでもなく、運に身を任せるでもなく、全力で勝利をつかみに行ったのだ。それがフォースの一端に触れた原因だろう。

 

 もちろんハンデキャップはあったが、それでも確かに二人は勝ったのだ。これは二人にとって、最高の経験になったはずだ。

 そしてそれは、二人の表情を見れば間違いないと確信できる。

 

 私やキリシマは途中から見ていたのだが、普段の仲の悪さが嘘のように連携できていたので、試験内容についても私から言えることは何もない。お見事である。これは私もうかうかしていられない。

 

 そう思っていたら、バクゴーに神妙な顔で一瞥された。どうやら私に近づいたとは思えども、勝ったとは思っていないようだ。もちろん、オールマイトに対しては言うまでもなく。

 

 これに対して私は肩をすくめつつも、軽く首を横に振ってから頷いて、返事とした。

 今回は勝ったと言い切っても、誰も異論は挟まないと思うがな。私自身も、今回は君の勝ちだと思うぞ、バクゴー。

 

 ……その後私たちは、リカバリーガールの出張保健室で、他のクラスメイトの試験を眺めて過ごした。

 最初に試験をクリアした私たちがここに来る間に、トドロキ・ヤオヨロズとイイダ・オジロの試験は終わっていたので、そこは見れなかったが。

 あと、見学させてもらおうとしたところでツユちゃん・トコヤミの試験も終わってしまい、そこも不発。仕方ないとはいえ、少々残念だ。

 

 ともあれ他の面々だが……ミドリヤとバクゴーが搬送されてきてから少しして、ヒミコ・ジローのペアがクリアした。上位互換とも言えるプレゼントマイクを、確保してのクリアである。

 どうやら私に変身したヒミコが、簡単には目視されないほどの遠隔からフォースと増幅でプレゼントマイクを徹底的に妨害し続け、ジローがそこをついたようだ。

 

 まあ、勝利の決め手になったものが、フォースブラストでえぐれた地面から巻き上がった土の中から現れたムカデ、というのは誰も予想していなかったが。

 うん、顔面に何十センチもあるムカデが張り付いてきたら、誰だって悲鳴を上げるだろう。あれはさすがに、プレゼントマイクに同情する。

 

 彼女たちに次いで、ショージ・ハガクレペアがスナイプを確保してクリアした。

 

 ……のだが、彼らの場合。銃火器による遠隔からの攻撃によって演習場にはほぼ常に煙幕か粉塵が舞っている状態だったため、流れはほとんどわからない。

 かろうじて、透明人間であるハガクレがその視界不良の中を抜けてスナイプを捕まえた、ということはわかるのだが……あとで話を聞かせてもらいたいところだ。

 

 そしてそのすぐあとに、アオヤマ・ウララカペアが13号を捕まえてクリア。

 

 アオヤマとウララカは13号のブラックホールに捕らえられかけながらも、あえて手を離して懐に飛び込んだウララカを褒めていたが、私とバクゴーはそうは思わない。

 私たちの意見は一致する。あれはただの偶然だと。

 

 ただその直前、アオヤマに何事か話しかけられたウララカの心が激しく揺れ動いたのが気にかかる。あの心の動き、どこかで見覚えがあるのだ。どこで見たのだったか。あとでヒミコにも聞いてみようと思う。

 

 それから、試験終了直前でセロ・ミネタがクリアした。このときはもう試験を終えた全員が戻ってきていて、出張保健室はとても狭くなっていたが、それはともかく。

 

 このペアはなんというか、ミネタを見直す内容だった。

 というのもこのペア。相手がミッドナイトだったのだが、序盤でセロが眠らされてしまっていたのだ。後で聞いた話によると、開始とほぼ同時にセロは抜けてしまったらしい。

 そして、一人でミッドナイトを相手取るのはかなり難しい。ゆえに、このペアはもうダメかと思われていた。

 

 だが、ミネタは諦めていなかった。弱者を装い、本音も混ざっているだろう弱音をぶちまけながら逃亡することで、ミッドナイトの嗜虐心を誘い。

 そうして誘われた彼女を”個性”でその場に貼り付け動けなくしたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 最後を決めたのは間違いなくセロの功績だが、しかし時間一杯まで粘り、ミッドナイトの視線を一身に集めて拘束までしてのけたのは、間違いなくミネタの功績だ。これには、この場にいたほぼ全員がミネタを見直した。

 まあ完全にとはいかなかった辺り、ミネタのこれまでの行いがいかに問題か物語っているが。

 

 なお当のミネタは試験後、ヒミコに「カッコ良かったですよぉ」と言われて相好を崩して気を良くしていたが、直後に私を見てからなぜか気が触れたように床に何度も頭を打ちつけながら、許しを請うてきた。

 合間合間に「違うんだオイラそんなつもりじゃ」とうわ言のようにこぼしていたが、なんだったのだろう。もちろんみなで慌ててとめたのだが、毎度ながら彼はよくわからない。

 

 最後に……アシド・カミナリは、最後までクリアできず時間切れとなった。校長の詰将棋めいた悪辣な仕掛けに屈することも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いいところまで肉迫したが……残念ながら間に合わず。

 戻ってきた二人が意気消沈していたのは当然で、私にはかける言葉がなかった。

 

 ただ、これは「不合格者は学校で補習」というイレイザーヘッドの言葉が合理的虚偽であるとわかっているからでもある。このことはまだ明かさないほうがいいだろうから、私はとりあえず下手な慰めだけはしないように口をつぐんでいたのだ。

 

 で、翌朝。試験の結果発表だが。

 

「赤点はいなかったので、林間合宿は全員行きます」

「「どんでん返しだぁ!!」」

 

 イレイザーヘッドの宣言に、アシドとカミナリは天を衝く勢いで両手を挙げたのであった。

 




試験の組み合わせは原作同様。
ただし主人公が色々と底上げしているので、ほとんどのペアが原作よりクリアが早く、点数が上がっています。
三奈ちゃんと電気くんペアの場合は、もちろん原作よりがんばったからってのもあるんですが。
予想より粘った二人を相手に校長先生がやりすぎ、フィールドを「逃げてゲートに辿り着いてもクリア」という勝利条件を絶対に満たせない状態にしてしまったことによる恩情、も含まれています。
「クリアすれば合格とは言われていない」ですが、逆説的に「クリアできなければ不合格とも言われていない」ので、そういう感じです。テンポの都合でカットしましたが。

それとここで一つお知らせが。
本作を書き始めたときに想定していた「青山くんを除外しなかった理由」の残り半分を、今回無事にクリアしました。
そう、彼にはとても大切な存在意義があったのです。お茶子ちゃんに恋心を自覚させる、というとても大きな存在意義が!
色んな意味でお茶子ちゃんはトガちゃんと対比のある子なので、そういう意味でやはりデク茶は外せないわけです。
いいよね、デク茶。本作ではしっかりカップルになってもらうぞ(宣言


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.病院にて

 まず腰に、中核となる制御装置を巻きつける。

 見た目は少し大きめのベルト、といったものだ。防護のためのカバーもあるので、実際ベルトと言っても差し支えはない。

 

 次いで、脚部に実際に動きを補佐するためのパワードスーツを装着していく。

 下半身を覆う……しかし肌を完全には隠さない形状は、通気性も考慮したものだ。

 

 なおデザインそのものは見た目は()のコスチュームに近しい見た目をしており、()のファングッズと思うものもいるかもしれない。

 

 最後にスーツの先端部を制御装置に接続し、起動を入力すれば正真正銘完了だ。

 いくつかの電子音が響き、かすかな駆動音と共に制御装置からスーツ部分に向けて光の筋が走る。光はスーツの表面をなでるように順繰りに走り、最後は制御装置に戻る。

 

《システムオールグリーン。起動完了》

 

 そしてそんなアナウンスと共に、私は()に向かって大きく頷いて見せた。

 応じて頷いた()は、恐る恐るといった様子で椅子から立ち上がる。

 

 そう、立ち上がるのである。入院してからおよそ二ヶ月、立ち上がるどころか下半身を動かすことすらできなかったはずの彼――インゲニウムが、今、再び立ち上がった。

 

「た……立てた……」

 

 どこか呆然とした声で、インゲニウムがつぶやく。その視線は真下、己の下半身に向けられて釘付けだ。

 

 だが、これで終わりではない。そんな中途半端なものを造った覚えはないのだ。

 

「歩いてみてください。特別なことはいりません。ただ、怪我をする前のように」

「あ、ああ……やってみる……!」

 

 私の呼びかけに応じて、彼はごくりと生唾を飲んだ。

 私の後ろでは、既に喜びですすり泣く音がする。

 

 そして、誰もが固唾を飲んで見守る中、彼は。

 

「あ……ああ……! 歩ける……! 歩けるぞ!」

 

 スムーズに歩いて、泣いた。そしてそのまま、涙をぬぐうこともせず室内を歩き始める。

 

「兄さん……!!」

「ああ! 歩ける! 兄ちゃん歩けるぞ、天哉!」

「兄さん!!」

 

 さらに彼は、インゲニウムは。

 

 小走りになって弟に近づき。

 

 弟もまた、走るように兄に近づきがしりと抱擁を交わした。

 

 ターボヒーロー・インゲニウム、復活の第一歩であった。

 

***

 

 期末試験明けの日曜日。私たちは父上に連れられて再び保須の総合病院を訪れていた。

 そう、インゲニウム用のパワードスーツが完成したので、その試着のためだ。

 

 とはいえ試着なのでまだ完成ではなく、ここから実際の使用感などから細かい調整を施して調整を繰り返す必要がある。運が良ければその回数も減るが、こういう直接肌に接触する装備というものは、得てして一発で完全にフィットするものではない。

 

 と、いうわけで、私は兄弟揃って病院内をリハビリで歩くインゲニウムに続いていた。

 もちろんデータ収集と、不具合がないかの確認である。大体のところはS-14Oのサポートユニットがやってくれるので、私は調整の実作業を行っている。

 

 病院を上から下まで、ゆっくりとだがしっかりと回るインゲニウム。すれ違いざまに多くの人から驚かれ、祝福されるその姿からは、彼の人気のほどがうかがえる。

 

 そんな彼に付き添い少しずつ、何度も調整を重ねていく。その内容はシステム面もあれば、細かいパーツ同士のかみ合わせもあったりと多岐に渡る。中には見た目だけでなく、インゲニウムの体感でもほとんど差のないものもあったりするが。

 ともあれ回数を重ねるごとに、少しずつインゲニウムの動きが滑らかになっていっている。いい調子だ。

 

 このあとは中庭に出て、走っても問題がないかどうかを確認する予定だ。しかし見ている感じでは、走っても問題はない仕上がりになってきているように思える。

 

 いずれにせよ、インゲニウムは復活に向けて、順調に歩き始めたと言っていいだろう。

 

 ちなみに予定より試着までに時間がかかった点については、製作が遅れたのではなく、父上との日程がなかなか折り合わなかったためである。いかんせん父上名義で行っている作業なので、彼がいないと作業ができないのだ。資格を持たない身の上が恨めしい。

 今日は友引なのでどうにか都合がついたものの、それでも使える時間は午後の数時間だけだ。可及的速やかに何とかしたい。

 

 実は今日はクラスメイトたちに、林間合宿用の買い物に遊びに行こうと誘われていたのだが。インゲニウムのほうが先に予定に入っていたから、イイダも交え三人で泣く泣く諦めた経緯がある。行きたかったなぁ。

 今頃は、木椰区のショッピングモールでわいわいと賑わっていることだろう。あるいは早めに終わることができたら、合流できるだろうか。

 まあ、だからといって手を抜くことはしないが。

 

 そんなことを考えながら、まるで子供のようにはしゃぎながらも甲斐甲斐しく兄を世話するという、妙に器用なことをするイイダを後ろから眺めていた私であるが。

 

「こうして見てると、すごいです」

 

 それを一緒に見ていたヒミコが、感心したように言った。

 

 ちなみに父上は、インゲニウムの両親と話し込んでいてここにはいない。

 

「コトちゃんはいつもすごいってわかってますけど。でも、あんなアイテム造れちゃうんだから、ホントすんごいのです」

「……まあ、な。これだけは唯一アナキンにも並べるとは思っているよ」

 

 勝てる、とは言えないのが凡人の悲しいところではあるが。

 

「んー……」

 

 だが、ヒミコは納得していないようで、少しむくれた顔で私を覗き込んできた。

 

「……たまに思うんですけど、コトちゃんちょっと自分を低く見すぎじゃなあい?」

「客観的な事実だと思うがなぁ」

「そりゃ、ししょーと比べたらそうかもですけど……」

 

 ぷくりと頬を膨らませて、ヒミコが言う。かわいい。

 

 だがまあ、彼女の言いたいこともわからないではない。好いた相手がたびたび己を卑下していれば、思うところはあるだろう。

 

「……私、夢でたまーにコトちゃんの前世をコトちゃん視点で見ますけど。私にはそんなにすごい人ばっかりには思えないけどなぁ」

「どの時点の過去視をしているのかわからないが、ジェダイはそもそも能力をひけらかしたりしないからな。そう思っても無理はないよ」

「ますたぁさんは確かにすごそうな人でしたけどねぇ」

「ああ……マスター・ヤドルはすごいお方だよ」

 

 前世の私のマスター、ヤドルは女性のジェダイマスターだ。かのグランドマスター・ヨーダと同じ種族の方であり、かの方同様フォースの高い素養を持ち、深い見識と常なる向上心を持った立派なお方であった。一時期は、ジェダイ最高評議会のメンバーでもあったな。

 アナキンがジェダイに迎えられたあとに最高評議会からは降りたが、それに前後して私は彼女のパダワンとなった。その後の歴史を考えれば、私は彼女の最後の弟子ということになるのだろう。

 

 また、最高評議会を辞めても書籍や芸術品の収集、管理、研究を行うライブラリアン議会の議長は続けていた。私がこういう性格の人間として完成し、ナイト昇格後にジェダイアーカイブに配属されたのは、間違いなくマスターの影響もあっただろう。

 

 そんな方であったので、自然とマスターの周りは誰かしら人がいた。賢者は賢者を知るもので、そういう人はやはり優れた方が多かったなぁ。勉強になったものだ。懐かしい。

 

「……それってやっぱり、周りがすごすぎたってことなんじゃ?」

「んん……それは……確かに否定はできないかもしれない」

 

 マスターは同種族だったからか、グランドマスター・ヨーダとも親しかったからなぁ……。

 

「コトちゃん。ふつーね、前世があるって言っても、十歳の女の子がプロに勝ったりしないと思います」

「そうかなぁ」

 

 できそうな気がするけれどなぁ。あれは組手で、相手も全力ではなかったし。

 

「……はぁ」

 

 そう思ったら、ため息をつかれてしまった。ダメだこれはという顔をしている。

 

「……ま、いっか。私はコトちゃんが他から悪く言われないなら、それで」

 

 ただ、こうやってすぐに割り切れるのは彼女のいいところなのだろうな。

 

 ……というか、ふと思ったのだが。

 

「……今更なのだが、君はいいのか? 私が実は、合計したら君の倍以上の年齢に当たるという点については」

「? なんで?」

「いや、なんでって……年齢差とか、あるだろう?」

「えぇ? なんだっていいと思いますけど」

「……そうか?」

「うん。だって、愛に年齢なんて関係ないでしょ?」

「……まあ。うん……」

 

 言われてみれば確かに、私に恋慕する彼女も世間的には問題だった。十六歳が十歳に手を出すのは、この国では犯罪だ。

 それを考えれば、彼女が年齢差など気にするはずもなかったか。私が愚かであった。

 

 私の過去を私の視点で見ているなら、私の元の性別は知らないだろうが……私が元男だと暴露しても何事もないのだろうなぁ。

 

「私、もしも記憶がなくなっても……そのときコトちゃんがどんな歳でも、どんな姿でも、会ったら何回だって好きになるもん。だから、年齢なんて関係ないのです」

「ぅ……う、ん……あ、ありがとう……」

 

 い、いきなりそんなことを言わないでくれ。胸が苦しくなるじゃないか。

 ……うう、それに、なんだ。この病院、空調が壊れているのでは?

 

「……それに、コトちゃんて結構子供っぽいとこあるよ? クラスのみんなも別に歳のこと疑ってないし……だから、あんまり歳上って感じはしないかなぁ」

「バカな」

 

 それはちょっと信じがたいぞ。

 

 いや、嘘だよな? 私、そんなに子どものようなことをしているか?

 

 ちょ、ちょっと待て。待ってくれヒミコ。

 

「ヒミコ? 嘘だよな? からかっているんだろう? な?」

「ふふ。どーですかねー? んふふふふー」

「嘘だと言ってくれ!」

 

 言ってくれなかった。

 

***

 

 まあそんなトラブルもあったが、ともかく。

 

 全力で取り組んだこともあってかなんとかギリギリ時間内に収まったので、パワードスーツの調整は無事完了。装着したまま預けることになった。

 今後はしばらく使ってもらって、経過観察を行う予定だ。S-14Oのサポートユニットも一つ、諸々の備えとして置いていく。

 

 最後は細かい使い方や注意点などをしたためた書類を渡し、何かあったときのための連絡先も交換する。まあ、何も起きないとは思うが念のためだ。

 

 次はいよいよ、ヒーロー活動用のスーツを作ることになる。ただ、こちらはコスチュームとの兼ね合いもある。

 このままだと父上のスケジュールを圧迫してしまうし、いちいち人の諸々の手続きに仲介が必要になる点が煩わしいので、私はサポートアイテムとコスチュームに関する資格の取得を決意した。今度の合宿のとき、イレイザーヘッドに相談しようと思う。

 

「では本日はこの辺りで失礼いたします」

「ありがとう。何度でも言わせてほしい。ありがとう!」

「どういたしまして。……あなたの復帰を、私も待っています。どうかご無理はなさらず」

「ああ! 君たちが仮免許を取るまでには何とかしてみせるよ!」

「弟君共々、その日を楽しみにしております」

 

 そうして私はインゲニウムと握手を交わし、何度目かわからない号泣中のイイダとも別れて病院を後にしたのだった。

 

 まあそんな感慨深い別れも、クラスみんなで買い物に行っていたミドリヤがシガラキ・トムラと遭遇したという話で吹き飛んだのだが。

 

 なんというか、彼はあまりにも運がなさすぎるのでは? 行く先々で事件に巻き込まれている気がする。

 それとも、何か特殊な”個性”でヴィラン連合にマークされているのだろうか。

 

 ……しかしいずれにせよ、誰も被害が出なかったことは不幸中の幸いと喜んでおくべきなのだろう。

 

 今後、何もなければいいのだが……あるのだろうなぁ。この国では、二度あることは三度あるとも言う。フォースがなくとも予言できるぞ、これは。

 




ヤドルはスターウォーズのEP1で最高評議会のメンバーとして登場する、ヨーダと同種の人物です。
本作で提示された彼女の設定はレジェンズに準拠しています。

ちなみに主人公、アーカイブに配属になった理由をヤドル由来のあれこれの他に戦闘に適性がないから前線から遠ざけられた、と思っていますが、実際は本作EP4の幕間の後書きで書いたように、腹芸ができない子なので外交に適性がないと判断されたから。
実際の戦闘能力はそこまで低くはなかったのだけど、彼にとって同年代の比較サンプルがアナキンだったから・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.プールサイドのA組女子

アニオリ回。


 木椰区の一件の影響で、林間合宿は開催場所が急遽変更される運びとなった。併せて、行先は完全秘匿となる。

 

 仕方ない話だとは思うが、それでも合宿自体は行うのだから、雄英のヒーロー科にとって合宿がいかに重要であるかがうかがい知れる。

 まあ行先が不明という点については、この際どうでもいい。どこであろうと、結局やることは変わらないだろうからな。

 

 そういうわけで、雄英も夏休みに入った。合宿が行われるのは、八月頭からの一週間。なので、十日ほど時間が空く。

 その間にI・エキスポがあるので、準備をしつつ鍛錬や開発を行う日々となる。

 

 ……のだが、今日はA組女子一同で学校に来ていた。

 

「ちえー、せっかく水着買ったんだから着たかったなー」

「ねー」

「うんうん」

「ま、しょうがないよ」

「ケロ。学校だもの」

「だが意外だな。日光浴の名目で雄英のプールの使用許可が下りるとは」

「それは確かに思った!」

「申請した私が言うのもなんですが、驚きましたわ。ダメで元々でしたもの」

 

 そう、私たちはプールに来たのだ。

 

 終業式の日、私たちには不要不急の外出を控えるよう通達された。これも木椰区の一件の影響だ。

 だが、せっかくの夏休み。遊泳の一つくらいはしたいと話が持ち上がり、ならば学校のプールはどうだということになったのである。

 

 我々はヒーロー科なので、訓練名目でなければ許可は下りないと思っていたのだが……日光浴で通ってしまった。他の科も使えるらしいので、これについては分け隔てなく使わせてもらえるということなのかもしれない。

 

 ただ場所が学校ということで、学校指定のスクール水着以外は許可されなかった。アシドたちが唇を尖らせるのも仕方がないだろう。

 私としても、見慣れた水着とは違う水着のヒミコを見たかった。彼女も私の水着を期待していたはずだろうに。

 

 その更衣室にて。

 

「…………」

 

 なぜかジローが暗黒面の帳に包まれていたので、私は盛大に首を傾げたのだが、ヒミコから絶対に触れるなと釘を刺されて了承した。

 あのヒミコが真顔で、ゆるゆると首を振る姿は事態の深刻さをうかがわせた。暗黒面初心者の私には荷が重いだろう。ここは彼女に任せることにする。

 

『かーわーいーいー!』

 

 一方、手早く着替えを済ませた私は、アシドたちにかわいいと連呼されていた。それに参加していないヤオヨロズとツユちゃんも、目を細めてうんうんと頷いている。

 

「……確かに私は一般的にそう称されるであろう見目のようだが、格好は君たちと変わらないぞ。化粧をしたわけでもなし、普段と何が違うと言うんだ」

 

 よくわからなかったのでそう言い返したのだが、普段から色々と元気な二人組がぶんぶんと首を横に振る。

 

 なぜだ。彼女たちとの違いなど、ただ浮き輪を抱えているくらいのものだというのに。

 

「いや、そこがかわいいんでしょ」

「そんなバカな」

 

 復帰してきたジローに指摘され、私は愕然とする。

 

「ただの救命道具じゃないか」

 

 授業であれば持ち込まないが、今日は遊びに来たんだ。それに、監督役もいない。だがらこそ、万が一にと思って持ってきたんだぞ。

 ヒミコが選んだものだから、確かにデザインは少々かわいいかもしれないが……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「えー、あー、いやその、どっちかって言うと、自分より大きめの浮き輪を抱っこしてるようなスタイルは……子供らしさを強調するだけっていうか……」

「そんなバカな」

 

 焼き直しのように繰り返した私に、クラスメイト一同が笑った。

 別にバカにされている様子は一切ないのだが、なんとも釈然としない。

 

「あ、あっ、ごめん増栄ちゃんごめん!」

「そんなスネないで、ね?」

「ほら、飴ちゃんあげるから!」

「スネてなどいない」

 

 でも飴はもらっておく。

 

「私は先に行く」

「あ、待ってよぉコトちゃぁん」

 

 そして私は、珍しく私の味方をしないヒミコを置いてプールに向かった。

 

 もちろんというべきか、彼女はすぐに追ってきたが。それでも、隣に並んだ彼女に私は半目を向けざるを得なかった。

 

「どうせ君も、私を子供っぽいと思っているんだろう」

「あは、こないだそんなこと言ったねぇ」

 

 くすくすと笑うヒミコ。

 

「今のコトちゃんは、確かに子供っぽいかも」

「ふん。どうせこの見た目だ。何をしてもそう見えるだろうよ」

「んーん、そうじゃなくって。子供っぽいって思われたってムキになってるとこが」

「う」

 

 それは、……確かに、そうかもしれない。

 

 ……なんだか最近、急速に思考力が落ちていないか私? 思考力というか、こう、その場の勢いで動くことが多いというか……。

 こんなところにまで影響が……? だとしたら、恋愛とはなんと恐ろしいものなんだ……。

 

「……だが、ただ浮き輪を抱えているだけでそう思われたら、違うと否定したくなるだろう」

「んー、それは日本の文化っていうか……」

「文化」

 

 なんだその文化!?

 

 惑星ごとに様々な文化があることは承知しているが、救命道具を抱えているとかわいいと言われるような文化がこの国にはあるのか!? どうなっているんだこの国!

 

「……コトちゃん、今度一緒にふつーのアニメ見ようねぇ。硬派な大人向けのヤツじゃなくって、ゆるーくてまーったりしたやつ」

「……うん」

 

 仕方ない。文化なら仕方があるまい。

 それを知るためには、関わりの深いもので学ぶしかない。まだまだ私はこの星の人間にはなれないようだ。

 

「……おや?」

「あれ、障子くん? ……だけじゃないですね」

 

 やってきたプールには、A組男子のほとんどが集まっていた。

 

「お前たちも来たのか」

「うむ。奇遇だな」

「ああ。……その浮き輪は?」

「授業ではないからな。念のため、というやつだ」

「そうか。確かに、増栄は底に足がつかないか」

「残念ながらそういうことだ」

 

 そんな話をして、男子とは異なる場所へ移動する。

 

 ……ショージは何も言わなかった。言わなかったが、内心で私の姿にかわいいと思っていた気配はあった。

 もちろんミネタやカミナリのような下心は一切なく、それこそ微笑ましいものを見たと言わんばかりの……まさに子供を見たような。

 

 彼以外にも目を向け、挨拶を交わしてみるが……全員が似たような反応だった。

 

 むう。どうやら本当に、これは文化らしい。なんということだ。なんて複雑怪奇な国なんだ……。

 

***

 

 まあそんなこともあったが、その後は特に何かあったわけでもなく。

 みなで泳いだりビーチバレーをしたりして、楽しく過ごした。ビーチではないし、プールの中でやったから、本当にただのレクリエーションであったが。

 

 こういう遊びを今までしてこなかったからそういう意味で新鮮だったし、クラスメイトと遊ぶという経験も少ないので、なかなか楽しい時間だった。

 

 ……まあ、アシドの顔にアタックを決めてしまったことについては偶然ではあるが、最初の件の仕返しとでも思って勘弁してもらいたい。

 

「女性陣もよかったら飲んでくれ!」

 

 休憩中、イイダからオレンジジュースの差し入れがあったのでありがたくいただきつつ。プールサイドに腰かけて談笑する。おいしい。

 

 男子はどうやら水錬に来ていたようで、随分と一生懸命泳いでいた。見習いたいものである。まあ、ミネタとカミナリはそうではなかったようだが、これはいつものことだろう。

 

「……そういえば、I・エキスポまで一週間切ったねー」

「楽しみだねー!」

 

 ねー、と笑い合うアシドとハガクレに頷きを返す。

 

 新しい技術には、いつだって興味が湧くものだ。特にこの星特有の、”個性”が関わる技術は実に興味深い。

 私の持つ銀河共和国の技術と組み合わせればできることはさらに増えるだろうし、そうでなくとも単純に技術者として楽しみである。

 

 ……まあ、足となる飛行機は今から気が重いのだが。

 

「二日目は理波ちゃんと被身子ちゃんは別行動なんよね?」

「うん。私は付き添いですけどねぇ」

「新作発表会や意見交換会にも出席するのでしたね。少々羨ましいですわ」

「壇上に呼ばれる可能性が高いから、そこは少々憂鬱だがね」

「お父さんのドロイドと翻訳機は画期的な発明だから、仕方ないわ」

 

 まったくもってその通りだ。造ったことに後悔は一切ないが、こういうときは面倒だ。

 

「あとあれだよね。増栄の……なんだっけ、サポートアイテムの光る剣」

「ライトセーバーか」

「それそれ。他にもサポートアイテムでよさげなのいくつかあるし、そっちでも聞かれるんじゃない?」

「……ありそうだなぁ」

 

 ライトセーバーは完全にこの星ではオーパーツだ。

 だが正式に申請してあるものだから、当然存在を知っている人は知っている。その辺りのことで何か聞かれてもおかしくない。

 

「……ライトセーバーと言えば」

「? ヤオモモどうかした?」

「先日プールの許可申請を出しに行ったとき、渡我さんとご一緒したのですけど。そのときサポートアイテムの追加申請で、ライトセーバーを出しておられたなあと思い出しまして」

 

 そんなこともあったな。終業式の前日にヒミコのライトセーバーが遂に完成したから、それで出しに行ったのだったか。

 

 彼女のセーバーは、私たちがフォース・ダイアドだからかまったく同じ形、同じサイズになった。光刃の長さも、色もだ。

 

 アナキンは『いくらダイアドでもそれはあり得ないはずだ』と言っていたが、なったのだから仕方がないだろう。

 彼は『ダイアドが同じなのはあくまでフォースの質。一卵性双生児でもない、違う人生を歩んだ違う人間が造る以上、同じセーバーは造れないはず。変身して造っていた様子もなかった。どういうことだ?』と、考え込んでいたが。

 

 とはいえ、この件については何か理由があるはずということはわかったものの、肝心のセーバー自体はとりあえず問題なさそうだった。ゆえにヒミコの武装として正式に採用したのである。

 次の演習からは、ヒミコもライトセーバーを持って参加できる。楽しみだ。

 

 だが、のんびりとそんなことを考えていた私をよそに、他の面々は驚いた顔で私たちを凝視した。

 

「えっ!? トガっちあれ手に入れたの!?」

「んーん、造りました」

「ウッソォ!?」

「造ったぁ!?」

「マジ!?」

「あれ普通に造れるん!?」

「普通には造れないですねぇ」

 

 驚くみなに、ヒミコが説明する。

 

 ライトセーバーは、フォースを用いないと造れない品だ。それは設計図がなく、フォースの導きに従って造るから、という意味だけではない。

 

 というのも、フォースのテレキネシスを用いないとどうにもできない位置にパーツを取りつける必要があるのだ。目視が難しく、工具を入れることもできないような位置に、である。こういうところも、ライトセーバーがジェダイの武器と言われるゆえんだ。

 

「マジか……じゃあ超能力者じゃないと造れないってことか」

「構造も複雑そう……設計図さえあれば私の”個性”でと思いましたが、難しそうですわね」

「えー、でもほしいー!」

「私も私も! 私の”個性”となんか組み合わせられそうな気がするんだ!」

「私も気になっていたわ。水中で水の抵抗をほとんど受けない、取り回しのいいサポートアイテムは魅力的よ」

 

 手を上げてぴょんぴょん跳ねるアシドとハガクレはともかく。

 こういうときに冷静で理論的なツユちゃんは、なんというか強いな。ちゃんと順序立てて説明できる人間には、こちらも応えたくなるというか。

 

 ……だが、それは難しいのである。

 

「残念だが、ライトセーバーにはこの星に存在しない資源が使われている。それが手に入らない限りは造れない」

「それこそ嘘でしょォ!?」

「どういうことなの……」

 

 さらに盛り上がってしまったが、まあ、気持ちはわかる。

 

「……六年ほど前だったか。我が家の近くに降ってきた隕石に含まれていたものが使われているんだよ」

「……それでどうやってライトセーバーに結びつきますの……? とてもゼロから造れるとは思えませんけれど……」

「あー……それは……あれだ。我々の師匠が、詳しくてな」

「……前々から気になってたんだけどさ、増栄ちゃんとトガっちの師匠ってどんな人?」

「二人の流派? ってのも気になるよね。そこんとこどうなん?」

「…………」

 

 しまった、墓穴を掘ったか。

 

 ううむ、アナキンのことを話してしまってもいいものだろうか。あまり下手なことは言いたくないのだが、どうしたものだろう。

 とりあえずフォースで問いかけてみたが、既に死んでいる彼は『いいんじゃないか?』と気にした様子もない。呑気か。

 

 うーん……。

 

「増栄さん?」

「ケロ。言いたくないのなら無理に言わなくても大丈夫よ?」

「あー……いや、言いたくないわけではないのだが。どこまで言っていいのか考えていたんだ」

 

 まあ、いいか。言いたくないわけではない、というのは本当だ。彼女たちに隠しごとはしたくない。

 それに彼女たちが言いふらすとは思えないし、他言無用と断っておけば大丈夫だろう。それくらい、私は彼女たちを認めているのだから。

 

「……誰にも言わないでほしいのだが」

 

 そう考え、周りを気にしながら声を潜める。

 これに応じるようにして、全員が私の顔のほうに耳を寄せた。

 

「我々の師は故人なんだ。幽霊なんだよ」

 

 そしてそう言ったところ……全員が固まってしまった。

 特にジローは顕著だ。何なら青ざめている。もしや、そういう類の話は苦手か?

 

「……そういう”個性”でしょうか?」

「あり得ない……とは言えんよね?」

「まあ、わりとなんでもありだしね”個性”」

「うんうん、あってもおかしくないと思う!」

 

 いきなり幽霊と言われたら普通は疑うだろうが……そういう”個性”かという発想がすぐ出る辺り、この星の住人は少し変だと思う。

 そりゃあ、私自身そういう”個性”があってもおかしくないと思われると判断したからこそ話したが。

 もちろん、実際の仕組みはまったく違うわけだが。

 

 と、ここでヒミコがにまんと笑って口元を隠した。そして、

 

「あ、来てますよぉ」

 

 と言ってジローの後ろを指さした。

 

「ひぃっ!?」

 

 すると彼女は、大袈裟なほどに驚いて飛び退いた。

 そして慌ててそちらを凝視するが……まあ、彼女には見えないだろうな。アナキンはフォーススピリット。フォースセンシティブでなければ視認できない。

 

「……っ、もー! びっくりさせないでよ!」

「ごめんなさい、つい」

 

 からかわれたことに気づいたジローがすねたようにヒミコに食って掛かるが、ヒミコはてへ、と舌を出して笑うばかりだ。

 

「いや、普通の人には見えないだけで、いるにはいるんだが」

「ひぃっ!?」

 

 だが私が事実を述べると、ジローはすっかり怯えてヒミコの後ろに隠れてしまった。

 

 そんな彼女を見て、アナキンは悪い笑みを浮かべた。

 ……君、そういうところあるよな。昔から結構やんちゃな子供だった。

 

 アナキンが、プールの水に手をかざす。フォースが波打った。

 すると、あまりにも精緻で美しいフォースの招きに応じるように、水が浮かび上がる。私とヒミコ以外の全員から、驚きの声が漏れた。

 

 彼女たちが息を呑んでいるうちにも、水はこちらに近づいてくる。そしてプールサイドの乾燥した部分に静かに落ちた。

 

『初めまして、僕の名前はアナキン・スカイウォーカー。二人を今後ともよろしく』

 

 そしてその水が、そんな文章を描いた。

 まあ英語だったが、これくらいの英文は全員理解できる。

 

「……スカイウォーカーさんと仰るのですね。初めまして。私は……」

 

 これにまず反応したのはヤオヨロズ。わりと疑うということを知らない子だが、今回はそれがいい具合に働いたようだ。

 

 彼女を皮切りに、幽霊との懇親会のようなことになった。途中、男子から競争するから審判を頼むと言われ中断することになったが。

 

 なお、ジローは最後まで頑なに隠れていた。

 

「響香ちゃん、苦手なのね」

「ちょっと意外かも」

「いい人っぽかったけどなぁ」

「ダメなものはダメなの!」

「まあ、そりゃそーだ」

「誰にでも苦手なものはありますわ」

 

 プールからの帰り道は全員で盛大に励ましたし、なんなら我が家で盛大にもてなした。

 




なお恋愛にかまけて思考に乱れが生じているとかそんなことはなく、クラスメイトと打ち解けて緊張が解けた結果、素が出てきているだけです(無慈悲

挿絵については、四連休で時間に余裕があったので・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.I・エキスポ 上

 七月末。私たちA組女子一同は示し合わせて、同じ飛行機でI・アイランドへやってきた。

 入国審査は滞りなく終わり、まずはホテルへチェックインするため空港を出る。

 

 すると目に飛び込んできたのは、既に相当に賑わう島の光景。人々が楽しそうに行き交う様子は、少し前にヒミコと行った遊園地を思わせる。

 

 そんな光景に、年若い一同が釣られるように顔を輝かせるのも当然と言えよう。

 右を見ても左を見ても実に盛況で、プレオープンでこれなら明日以降一般公開が始まったらどうなるのかと思ってしまうな。

 

 と、私だけが特別大きなキャリーケースを引きずっての移動中にて。

 

「いやー……それにしても」

「すーっごい意外だよねぇ」

「うん、ほんと意外やった」

「確かにね」

「ですわねぇ」

「ケロ」

『まさか増栄(理波)ちゃん(さん)が飛行機が苦手だったなんて』

 

 私は周りからの視線に耐えかねて、顔を逸らした。向けた先では、ヒミコが楽しそうに笑っていた。

 

 だが笑いごとではない。揚力のみで飛行するなんて不安定な方法を、よく実行に移せたな地球人。推進装置が浮揚装置を兼ねているんだぞ? 何か起きたらどうするんだ。

 

 実際、バードストライクのような事故は起こるときは起こっている。調べた限りでは、原因がはっきりわかっていない事故すらあった。元銀河共和国人として言わせてもらうが、正気の沙汰ではない。

 

 おかげで飛行機の中では終始緊張しっぱなしであった。別に怯えて固まっていたとか、誰かにすがりついていたということはないが、いつ何が起きてもいいように気を張っていたので、とても疲れた。

 

 一度疲れから眠ってしまったときは、目覚めた直後にとても焦った。ヒミコに抱きすくめられて落ち着いたが、あれは本当に心臓に悪かった。

 

 前世と違って今の私は身一つで飛べるので、何が起きても私一人なら助かることは難しくない。それは事実である。

 だが飛行機には大勢の人が乗っていたし、何よりヒミコやクラスのみながいる。彼女たちを置いて一人だけ助かろうなどとは一切思わない。

 

 義務感や使命感からそう考えるのではない。仮に私がヒーローやジェダイでないにしても、彼女たちに何かあれば私は動くだろう。それくらい、彼女たちに対する愛着は既に持ち合わせているのだから。

 

 しかしこれは、早急にリパルサークラフトを開発しなければなるまい。最近あまり手をつけられていないので、I・アイランドから帰ったら少し集中的に取り掛かりたいところだ。

 

「りぱるさーくらふと?」

「反重力装置を組み込んだ乗り物のことだ。かくなる上は何が何でも実現して見せる」

「SFだ!」

「マジ? そんなのまで造れるわけ?」

「君たち、信じていないようだが、笑っていられるのは今のうちだからな!」

 

 今のこの星の技術レベルからして、確かにリパルサークラフトはフィクションの中のものに思えるかもしれないが。私はそれが存在する星から来たんだ。必ず実現可能だということを知っている。

 そして造れるだけの技術力があると自負している。ならばできないはずはないのだ。

 

「ふふ、実現したらぜひとも教えていただきたいですわ」

「……まあ、そうだな。完成したら、まずは君たちにお見せしよう」

「楽しみにしてるー!」

「そうね、ぜひ乗せてもらいたいわ」

「そのときは自慢できちゃうね。反重力装置を使った乗り物に、地球で最初に乗ったんやーって」

「言われてみれば確かに!」

「いや、製作の過程で何度も私が試乗するだろうから、その称号は君たちには贈れないと思うが」

「それはそれ、これはこれ!」

 

 そんな話で盛り上がる一同であった。

 

 さて、そんなこんなでホテルである。泊まる場所は全員でひとまとめで同じホテル、同じ部屋だ。

 しかし案内された部屋はいわゆるスイートルームで、とんでもなく広く、豪華な代物であった。ロビーでもそうだったが、ウララカなどは卒倒しかけていた。

 

 ちなみに部屋は、八人でこの大きな部屋一つを取っている。ただし、その部屋はさらに細分化されており、さながら集合住宅の一室のよう。

 寝室はその中に複数設置されており、二人一組で一部屋ずつという形になった。一部屋余ったのは文字通りの余談である。

 

 私はもちろん、ヒミコと同じ部屋だ。高級な部屋ゆえに防音はしっかりしているようだが、念のため今夜は声を出さないようにしないとなぁ。

 

 あとは、それぞれの部屋を結ぶ形で共同スペースがある。こちらには豪華すぎるソファと大きなテレビがどんと置かれており、他にも何やら色んなものがあった。

 全員であれやこれやと話題の種にしてそれなりに楽しく盛り上がったが、最終的な結論は「私たちの手には余る」だ。ヤオヨロズなら十全に扱える……と言いたいが、酒関係は全員がご法度なので。

 

 たぶん、この部屋で利用できるサービスの何割かは使用されないまま、滞在期間が過ぎるだろう。

 

 ……という有様だが、実は全員でまとまって同じホテル同じ部屋、しかもスイートルームに泊まるのには理由がある。

 

 というのも、このホテルは招待したI・アイランド側が手配してくれたのだが、アイランド側がよほど父上を呼びたかったのか、提示された場所がこのスイートルームだったのだ。

 

 たった二人だけでそのような豪華極まる部屋に泊まるなど、私にしてみれば言語道断である。元より贅沢を否とするジェダイだ。そんな無駄遣いはやめてくれと伝えたのだが……そこは先方も意地なのかプライドなのか、ともかく使うだけでもいいからと頑として譲らなかった。

 

 だがちょうどクラスの女子一同で一緒に行くことになったので、ならばと思い連絡したら即座に許可が出た。で、こうなったというわけである。

 

「皆さん、お着替えは終わりましたか?」

 

 荷物を置き、着替えを済ませ、部屋で一番豪華な共同スペースに向かえば、そこには既に全員が勢揃いしていた。私やヒミコも含め、全員がヒーローコスチュームのフル装備である。

 

 本来なら、まだ免許を持たない私たちはこれを公共の場では着用できない。だが、I・アイランド内では生徒であってもコスチュームの着用が可能となっている。

 つまり、コスチュームが使える機会である。そして、使えるなら使いたいと思うのが人情というものだろう。

 

 ……と、いうことに気付けるようになった辺り、私も少しは人の感情に詳しくなってきたのではないだろうか。

 

 もちろん、私もコスチュームは使いたい。ジェダイ衣装を纏えるなら纏っておきたいのだ。なぜなら私はジェダイだからだ(最近かなり怪しいが)。

 

 ということで、私たちは学校からの許可をもらって各自持参してきたというわけである。

 

「オッケー!」

「だよ!」

「ん、バッチリ!」

「こっちもOK!」

「私もよ」

「トガも行けますよぉ」

「右に同じく」

「では、エキスポに参りましょう!」

『おー!』

 

 かくして私たちは、意気揚々と博覧会の会場へと繰り出した。

 

***

 

 I・エキスポの展示内容は、大雑把に「映像展示」「作品展示」「参加型アトラクション」「土産ものの物販」四つに分けることができるようだ。

 それらには一貫して「”個性”由来の技術や、それを利用した作品、道具」が関わっており、I・アイランドという場所の存在意義がいかんなく発揮されている。

 

 また招待客の中には各国のプロヒーローも混ざっており、彼らとの交流も展示とは別の目玉として機能しているように見える。

 彼らはみな一様にコスチュームを身に着けているので、目立つ。私でもとりあえず、見た目でどこかのヒーローかなと察することはできた。

 

 ただ私はヒーローに詳しくないので、見かけた人物がどういう人物であるのか、どこの国の出身であるのか、といったことはまったくわからない。

 

「デクくんがいたらきっと全員解説してくれるんやろなぁ」

 

 とはウララカの弁だが、同感である。彼はヒーローについては文字通りの生き字引だ。まあ、途中でとまらなくなる欠点もあるが。

 

 ともあれ、展示である。まずI・アイランドの歴史や成り立ちについて紹介する映像展示を皮切りに、私たちは興味を抱いた展示に足を向ける。団体行動をしているので、ものによっては誰かが興味が薄いものもあったが……そこは譲り合いの精神だ。

 

 それと参加型アトラクションは、大体のものが能動的に参加者が行動できるものがほとんどだったので、遊園地のアトラクションより楽しめた。

 こういうものばかりなら、私も進んで遊園地に行こうと思えるのだが。文字通りヒミコと一緒に遊べるわけだし。はしゃいで何度も変身するヒミコはかわいかった。

 ただ、これは”個性”の自由使用が認められているI・アイランドだからこそなのだろうな。

 

 途中、親の代理で来たというイイダやトドロキとも合流し、総勢十人となった私たちは、次は最新ヒーローアイテムのパビリオンへ向かった。

 

 事前に招待状と共に配布されていたパンフレットによると、ここに置かれたアイテムのほとんどは、かのノーベル個性賞を獲得したデヴィット・シールド博士の研究が何かしらの形でかかわっているらしい。実に興味深い。

 その分人の入りも相当なものがあったが、かといって延々と行列ができているほどではなく。比較的スムーズに入ることができた。プレオープン招待、様様といったところか。

 

 そうしてパビリオン内を順繰りに進んでいたときである。

 

「あれ? 緑谷の声が聞こえる」

 

 ジローが首を傾げながらつぶやいた。

 

「緑谷くんのところにも招待が行っていたのか?」

「そういった話は聞いていないが」

 

 ジローに応じたイイダに応じる私。トドロキも同意したが、あるいはと言葉を継ぎ足した。

 

「親戚に関係者でもいたんじゃねぇか」

「その可能性はありそうね」

 

 が、この際彼がここにいる理由については問題ではないだろう。重要なのは、彼がここにいる、その一点だけだ。

 

「まーそれは置いとこうよ!」

「うん。デクくんも来てるなら、せっかくだしデクくんも誘ってみようよ」

「あら、でもご家族といらしていたとしたら、迷惑になりません?」

 

 ヤオヨロズが遠慮がちに言う。

 

 彼女の言葉にそれもそうだ、となるが、ここでヒミコが手を上げて提案した。

 

「じゃあ、まず響香ちゃんに調べてもらいましょーよ! 音で!」

「おっ、トガちゃんナイスアイデア!」

「えへへ、でしょー?」

「まあ……そういうことなら、やらせてもらいますかね……っと」

 

 ということで、ジローはその場にしゃがんで耳たぶから垂れているイヤホンジャックを床に挿す。

 彼女が聞き取りやすいよう、私たちは黙って結果を待つ。

 

 そうすることおよそ一分。ジローが、「んん?」と首を傾げた。彼女の様子に、私たちも首を傾げる。

 

「耳郎さん、どうかなさいまして?」

「あの……さ、緑谷って兄弟いたっけ?」

「? 緑谷くんは一人っ子だったはずだが」

「ああ。俺もそう聞いてる」

「だよね。……じゃあ誰だろ、これ」

「?」

 

 やけに歯切れの悪いジローに、再び首を傾げる私たち。

 

「いやさ……緑谷、若い女の人と二人っきりっぽいんだよね」

『ええ!?』

 

 そうして告げられた言葉には全員が驚いた。

 




いよいよ映画「二人の英雄」編突入。
前半はまあそんなに変えようがないのでアレですが、後半は原作と比べてもわりと異なる展開になる予定です。

ちなみに四連休中に挿絵を描くとしたら、プールで浮き輪抱えてるところか飛行機でド緊張してるところか、どっちにしようかと悩んだのはここだけの話。

そうそう、ちなみついででもう一つちなむのですがね。

本編は主人公の一人称なので、本当に飛行機に怯えてなかったか、本当にトガちゃんにすがりついてなかったかは、読者の皆さん各自の判断に委ねられるものとします。
一人称はキャラクターの認識と実際が必ずしも一致しないため、想像の予知があるところが醍醐味ですよね・・・(仏イックスマイル


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.I・エキスポ 中

 ミドリヤの近くに、年頃の女性の影。この情報を聞いて、一番驚き一番心を揺らしたのはウララカである。以前感じたそれに近い心の揺れ方であり、それを間近で目撃した私は思わずヒミコと意見を交換してしまったのだが、それはともかく。

 

 ウララカに次いで反応が大きかったのは、アシドだ。まあ彼女の場合は単純に好奇心が刺激されただけのようで、「もしかして緑谷にラブの気配が!?」と楽し気に推測を明後日の方向へ膨らませていたが。

 

 それに比例する形でウララカの心がますます揺れていたのだが、それは指摘しないほうがいいのだろうな。

 

 彼女については、ここまで間近で心の動きを見せられたらさすがの私にもわかる。

 

「つまり、そういうことなのだろうなぁ」

「そういうことなのですねぇ」

 

 なので、うんうんと二人で頷き合う私たちである。

 状況が状況だけにアシドの言葉への相槌と受け止められたようだが、ハガクレやジロー、それにヤオヨロズまでもがまさかと言いつつどこか楽しそうだった。ツユちゃんは相変わらず冷静だが、それでも気にはなっているようである。

 

 それとイイダとトドロキは「どういうことだ?」と首を傾げている。私より察しが悪いとは、少し心配になる二人だ。

 

「よーし、ちょっと様子見てみようよ! ちょっとだけ! ねっ?」

 

 そんな中で提案したのは、やはりアシドである。彼女はどうやら、他人の恋愛事情に人並み以上の関心があるらしい。

 

 ……私とヒミコの関係については、彼女の前では下手に言わないほうがよさそうだな。なんだか面倒ごとになる予感がする。

 

 まあそれはともかく、彼女の提案自体は大きな問題があるわけでもないので、無言を貫くことで消極的に同意しておく。

 生真面目が過ぎるイイダなどは隠れる必要性を理解できていないようだったが、根が素直すぎるせいもあって、アシドに丸め込まれていた。

 

 ということで、ヒミコが軽くフォースを飛ばしつつミドリヤの場所を特定。なるべく気づかれないように位置取りと移動を気を付けて、そちらに向かうこと数分。

 

「……ヤバい。めちゃくちゃ綺麗な人じゃん」

「少なくとも日本の方ではなさそうですわね……」

「緑谷くんどこで知り合ったんだろーね? 親戚って感じでもないし……」

「むぅー……」

 

 見つけたミドリヤの隣には、彼より長身で、金髪の女性がいた。見たところ、コーカソイド系か。眼鏡の奥から垣間見える瞳は、ヤオヨロズに勝るとも劣らない知性が垣間見える。

 

 そんな彼女を、複雑そうな目で見つめるのはウララカである。彼女の心境に非常に心当たりがある私は、その背中に軽く触れながら首を振った。

 

「少し()()()感じでは、二人の間に恋愛感情はなさそうだな」

「ホントっ?」

 

 途端にウララカが嬉しそうにこちらに身体を向ける。

 

「ああ。ミドリヤからは尊敬の念が感じられるし、女性からもそれなりに親しみを感じるが、いずれもそれらに恋愛の色はまったく見えない」

 

 続けてそう言ったところ、それに最速で反応したのはやはりアシドだ。

 

「えー、ホントにぃー?」

「本当だ」

「ちぇー、残念。もしかしたらもしかして、って思ってたのになー」

「芦戸くん、あまり人のプライベートを深堀りするのはいかがなものかと思うぞ!」

「えー、でも気にならないー? そりゃさー、私らヒーロー科だけどさー、やっぱコイバナとかしたいじゃん!」

 

 そんな話がアシドを中心に巻き起こる。

 

 彼女たちを尻目に、ウララカがすっきりした顔でミドリヤに背後から近づいていく。なるべく音を立てないよう、忍んでだ。

 案の定、突然後ろから話しかけられる形になったミドリヤは慌てた様子で振り返り、そこで見つけた知己に大層驚いていた。

 

 そこにヤオヨロズとジローが話しかけ、これでミドリヤと女性は私たちに気づいた。私もそちらに手を上げて振って見せ、ヒミコはぴょんぴょんと跳ねながら存在をアピールしていた。

 

「……コイバナってなんだ? 前後の文脈からして花じゃないみてぇだが」

「轟ちゃん……それを説明するのは、ちょっと難しいわ」

 

 そしてトドロキは、ツユちゃんを少々困らせていた。彼女もまさかそこまでとは思っていなかったようだが、下手なことを言うと間違って覚えてしまいそうでそこに困っている様子である。

 私もうっすらとしかわからないので、口をはさむ権利はないと思うが……とりあえず、ここは助け船を出しておこう。

 

「とりあえず、ミドリヤのところへ行こう」

 

 ということで少し紆余曲折もあったが、私たちはミドリヤと合流したのである。

 

***

 

 合流後、私たちはカフェテリアで休憩することとなったのだが……そこで紹介された女性に、私たちは大層驚くことになる。

 

「シールド……って、まさか!?」

「デヴィット・シールド博士の?」

「ええ、娘よ」

 

 そう、メリッサと名乗った彼女は、かのシールド博士の娘であったのだ。

 一体どのような形でミドリヤが彼女と知り合い、しかも案内まで買って出るほどの関係になったのか、気になるところである。

 

 しかし何はともあれ、彼女には一つ確認をしておかねばなるまい。

 

「ということは、明日の発表会や交換会には?」

「ええ、もちろん出るわ。と言っても私はまだ学生だから、そんなに出番はないけど」

「やはり。そのときはぜひよろしくお願いします。……ああ、自己紹介がまだでした。私はマスエ・コトハ。明日は父上の代理で出席する予定になっています」

「ええ、知っているわ! 私も雄英の体育祭は見てるもの! 今年の一年ステージの優勝者で、あのマスエ・シゲオ博士の娘! お会いできて光栄だわ!」

 

 ああ、やはりあの体育祭の影響は大きいのだな……。あのときは納得して本気を出したので、後悔はしていないが……それはそれとして、やはり全国放送には忌避感を抱いてしまうな。

 

「それに何より、マイトおじさまを超える宣言! すごかったわ、アカデミーでもしばらくはもちきりだったもの!」

「……あれはそういうつもりで言ったのではないのですがね……」

 

 ほら。マスメディアはすぐに発言者の意図を歪曲する。

 

「はー、やっぱ体育祭で優勝すると目立つんだなぁ」

「世界規模で放映されていますものねぇ」

「くぅー、また悔しくなってきたよー!」

 

 一方で、クラスメイトたちはどこかのんびりしつつも、軽く悔しそうにしている。この辺りはやはり若いなと思う。

 

 しかし……マイトおじさま、か。ということは、ミドリヤとシールド女史を繋いだのはオールマイトなのだろうな。

 オールマイトのコスチュームの作成者は、確かデヴィット・シールド博士だったはずだ。その繋がりか。

 もしかすると、ミドリヤはオールマイトの同伴者としてここに来ているのかもしれない。

 

「でもそれより! 私としてはやっぱり、博士の発明品のほうが気になるのよねー!」

 

 おっと。

 

 ミドリヤとオールマイトのことはともかく、どうやらシールド女史は根っからの技術者らしい。私の風評を聞いて、こちらに話を繋げる人間は今のところほぼ皆無だったのだが。

 彼女は目に見えて機嫌を良くして身を乗り出すと、両手で私の手を取ったのだ。

 

「ドロイドのことはずっと詳しく聞きたいと思っていたの! 明日はむしろこちらからお願いしたいくらい!」

「私も、あなたの物質超圧縮技術について興味深く見ておりました」

「うふふ、ありがとう! そういうことなら、技術交流と行きましょう?」

「今回は私も()()()を持ち込んでいます。こちらこそ、ぜひ」

 

 私に応じて大きく頷いたシールド女史の目は、輝いていた。どこの星でも、技術者という生き物はある意味わかりやすいな。未知の技術には興味津々と言ったところか。

 まあ、これについては私もあまり人のことは言えない。何せ、彼女が関わる圧縮技術はずっと気になっていたからな。

 

 ……と言うところで、私はヒミコに身体ごとさらわれて膝の上に乗せられた。

 

 どうしたと思って顔を見上げれば、彼女の内心からは「私のコトちゃんに軽々しく触らないで」という気持ちが見えたので、とんでもないことを口走りやしないかとはらはらしていたが……。

 

「……そういう話は、人のいないところでしたほうがいいと思うのです」

 

 思っていたより冷静な正論を述べたので、私は「おや」と思うと共に安堵した。

 シールド女史もこれには大いに頷いて、「それもそうね」と大人しく引き下がってくれた。

 

 ……まあ、私はそのままヒミコに抱きかかえられた状態を維持されたのだが。

 

 そこからは取り止めのない話である。話題の中心は、互いの通う学校のこと。そしてその差異についてだ。

 やはりヒーロー科と、技術系のアカデミーではだいぶ違うようだ。国が違うという点も大きい。所属者の国籍がバラバラ、というところも違いを生んでいるだろう。

 

 それでも、学校だからこそ共通することはあるもので。そうした話を聞いたり話したりするのは、前世ではなかったことなので新鮮である。こういうところを見ていると、学校という組織はジェダイのような閉じた専門の養成機関とはまた違った意義があるのだなと思う。

 

 ああ、そうそう。あれこれと話し込んでいる私たちは、ずっとカフェテリアにいたのだが。

 ここの店員として、カミナリとミネタが出てきて全員で驚いた。

 

 聞けばエキスポ序盤のみの短期間でアルバイトを募集していたようで、それによるそうだ。休憩時間にエキスポを見て回れるし、それなりに給料もいいとのこと。

 

 まあ、最大の理由が女性との出会いを求めて、という辺りは二人らしいなと思う。ズードリームランドのときとまったく変わっていない。

 その流れでシールド女史に目をつけ、いつの間に出会ったのだと男性陣につっかかるのも、いつもの彼らだろう。

 

「何を油を売っているんだ! アルバイトのために来ているのなら、労働に励みまえ!」

 

 とイイダに怒られるまで、完全にいつも通りである。思わず全員で声を上げて笑った。

 

「ふふふ、みんな仲がいいのね」

 

 そんな私たちを眺めて、シールド女史も楽しそうにそう言った。

 

「みんな友達だからね!」

「うん。それに仲間だもん!」

「ライバルでもあるけれどね」

 

 彼女に応じるのは我がクラスの元気印、アシドとハガクレだ。そんな二人に続けて、ツユちゃんが腰を折るように……しかしとても嬉しそうに言ったので、みなそれぞれの笑みを浮かべて頷く。

 トドロキも頷いていたので、これはこの場の総意なのだろう。

 

 もちろん、私も。ここにバクゴーがいたら、きっと否定するのだろうがな。

 

 ただ、私は他とは少し異なる感覚がある。なにせ私には、前世の記憶があるもので。

 

 けれどもクラスメイトはジェダイではないが、全員私にとって友人で、仲間だという想いに偽りはない。そこには前世、ジェダイの同胞に抱いていたものとは明確に異なる感情がある。

 

 しかし、今の私はそれでいいと思っている。恐らくどちらが優れているというものではなく、それぞれに短所と長所があるというだけのことだと思うから。

 




つい最近まで恋愛のれの字もさっぱりわからなかったくせに、お茶子ちゃんの心の動きに訳知り顔でうんうんするから君は幼女扱いされるのだ。
わかっているのかね増栄くん。そういうところだぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.I・エキスポ 下

 カミナリとミネタには悪いが、長めの休憩を終えた私たちは二人を置いてカフェテリアを後にした。

 二人は恨めしそうに声を上げこちらに手を伸ばしていたが、短期間とはいえ労働契約を結んでいるのだ。私たちに彼らをどうこうすることはできないし、してはいけない。

 

 ということで、改めて博覧会を見て回る。

 その案内をシールド女史が買って出てくれたので、とても助かった。

 

 特に、土産となる品々を見繕う際は彼女の知識が役に立った。あのシールド博士の娘なだけはあって審美眼は確かであったし、おすすめのブースも外れは一切なく、つい色々と買いすぎてしまった。家族全員、喜んでくれるといいのだが。

 

 あれやこれやと買い込みながらそんなことを考えている私は、本当にジェダイ失格だなと思うが……これについては、もう気にしないことにした。開き直った、とも言う。

 

 なぜって、私はもう戻れないのだ。前世に、という意味でもそうだが、何より家族や恋人の暖かさを知らなかった頃には、戻れないのである。

 ならばせめて今を、新しい人生での出会いを、大事にしたい。この世に永遠はなく、いずれ別れは来るが……それでもその日が来るまで、私は彼ら彼女らとの縁を大事にしたいと思う。

 

 それに、マスター・クワイ=ガンも今を大事にせよという考えを提唱されていた。これはきっと、そういうことなのだと思う。

 

『君のしたいようにすればいい。それを新しいジェダイのスタンダードにすればいいのさ』

 

 とは、品を抱えてレジに並んでいた私の隣に現れたアナキンのセリフだが。

 

 以前にヒミコにも言われた通り、かつてのジェダイとまったく同じ形にする必要はないのだろう。

 私は私なりに、この星に合ったジェダイの姿を探っていこうと思う。そういう意味では、高校の三年間はちょうどいいモラトリアムだなと思う次第だ。

 

 と、そう言った話はさておき。

 

「じ……十四秒! レコードが出ました! 今までの記録に大差をつけてトップに躍り出ました!」

 

 そびえ立った氷の壁と、その中に飲み込まれたドロイドの仮想敵たちを見ながら、観客が感嘆の声を上げる。

 その壁の始点には、見慣れたクラスメイト――トドロキの姿が。

 

「すごいや、さすが轟くんだ!」

 

 ミドリヤの歓声を皮切りに、彼への賞賛が周りから飛ぶ。

 

 私たちは今、参加型アトラクションの一つである、ヴィランアタックなるものに顔を出している。ヴィランを模したドロイド……いやロボット複数体を相手に戦い、全滅させるまでにかかる時間を競うアトラクションらしい。

 ロボットには”個性”由来の装備がそれぞれ与えられており、それをいかに退けるかが見どころ……らしいのだが。トドロキ相手では、文字通り相手が悪いと言うしかないだろう。彼の”個性”は、こういう一対多の状況では無類の強さを誇るのだから。

 

 さすがに一線を走るプロヒーローが来たら、この記録も破られるかもしれないが……そもそも”個性”にも得意不得意があるからして。トドロキの記録は、なかなか破られるものではないだろう。

 

 だが、だからといって引き下がるものなどいないのが我がクラスの面々である。全員が全員、順番待ちのエリアで負けてなるものかと気合いを入れている姿が見える。

 

 そしてトドロキに続いて、彼ら彼女らが順々に挑戦を開始した。

 全員がトドロキ以前のレコードを更新する好タイムを出す辺りは、さすが学生とはいえ雄英でヒーローを目指す者たちか。

 

 ものを創造するタイムラグがあるヤオヨロズ、触れなければ”個性”を発揮できないウララカ、そもそも”個性”がまったく戦闘に向いていないハガクレは中でも低い数値に落ち着いた。

 アシドも、酸を用いて滑走することで移動速度を上げられるが、フィールドは険しい山を模していたためか思った以上に速度を出せず、A組の中では低めの決着となる。

 

 それでも全員が全員、一般人の出したレコードなど何するものぞと言わんばかりの好成績なのだから、大したものだ。

 

 中でも、遠距離攻撃と索敵の手段を併せ持つジローは水を得た魚のようであった。開始数秒で索敵を完了すると、音響兵器とも言うべきサポートアイテムを使ってあっという間にクリアしてしまった。

 

 異形型ゆえにシンプルに身体能力が高く、中距離攻撃手段も持つツユちゃんもクリアが早く、記録は二人共に十七秒。

 

 しかし、目を引いたのはやはり身体能力……特に移動速度に優れる二人だ。エンジンによって凄まじい速度を発揮でき、しっかりとした戦闘技術も持つイイダが遠距離攻撃手段がないにもかかわらず、十六秒。

 

 そして何より、ミドリヤである。恐らくはオールマイトと非常に関係が深いであろう”個性”の彼は、その高い身体補正効果をいかんなく発揮し、()()()という記録を叩き出した。

 

 期末試験のときもそうだったが、彼は私のアタロの挙動を組み込んだアクロバティックな動きを、一部とはいえかなりの速度で行えるようになっている。精度自体はまだまだかなり荒いが、それでもロボット相手には十分だ。

 職場体験以降はそこに蹴りも組み込むようになっているので、戦闘中の選択肢も多い。そしてその選択肢を、容易に誤らない頭の良さも彼は持っている。この記録は妥当なところだろう。

 

 入学以前の彼しか知らない人間には、信じられないだろうが。それは彼が血のにじむような努力を欠かさず続けてきたからこそだ。正しい努力を続けた人間が伸びるのは、当たり前である。

 

「みんなすごいわね。さすがヒーローの卵」

 

 そんなみなを見つめながら、観客席の最前列で私の隣に立つシールド女史が思わずと言った様子でこぼした。

 

 私は彼女に大きく頷きながら同意する。

 

「ええ。自慢のクラスメイトたちですよ」

「コトハさんも出ればよかったのに」

「力は不必要に誇示するものではないと私は考えていますので……」

「そうだったわね」

 

 ふふ、と暖かい顔で笑うシールド女史である。

 

 以前にも言ったが、私は目立つために鍛えているわけではない。この力はこの星の自由と正義のためのものであり、娯楽として消費されることやひけらかすことは本意ではないのだ。

 

 体育祭のときは、全力を振り絞るクラスメイトたちへの礼儀として私も全力を出したが、あれは正々堂々行う試合だったからだ。それによるメリットも、一応あった。

 だが今回のヴィランアタックは、完全に娯楽でしかない。仮想敵の撃破時間を競う、という趣旨も私の……というより、ジェダイの主義に反する。

 

 いざとなれば相手を倒すことに躊躇はしないが、それでも敵を問答無用でただ破壊するだけ、しかもその早さを競う、という形式は好ましくないのだ。メリットもない。私が参加を見送ったのは必然であった。

 

「私のことより……先ほどミドリヤの動きを見て、何やら考え込んでいたようですが。何かありましたか?」

「ん? ああ……まるでマイトおじさまみたいだなって思って」

 

 私の問いに、少しはにかんで答えたシールド女史からは、オールマイトへの深い愛情と尊敬を感じさせる。

 親戚のおじさん、くらいの感覚だが……あのオールマイトにその形の愛を向けられる人間はなかなかいないだろう。それはやはり、オールマイトと多少なりとも関係があるからなのだろうな。

 

 そしてそういう人間から見ても、やはりミドリヤの”個性”はオールマイトのそれに似ていると思うものらしい。シールド女史がそちら方面に詳しい人間だから、ということを差し引いても、疑問に思う人間は一定数いるはずだ。ツユちゃんも思っていたようだしな。

 

 ただ、ヒントと思われる心の動きを見せたときのミドリヤは秘密を知られたくないように考えているようだから、私は深掘りしようとは考えていないが……仮にそうだとするなら、師弟揃って隠せているつもりなのだろうかとも思ってしまうときはある。

 

「でも……なんだか無理してるように見えたの。なんていうか、意図的に”個性”をセーブしているような……って」

 

 ……本当に、シールド女史はよく見ているな。優秀な方だ。

 

「よくお分かりですね。彼が本気で”個性”を使えば、体育祭のときのように拳の一振りだけで周囲を更地にできます」

「……でも、それをやると身体を壊してしまう、のよね? あのときの彼の腕、すごく痛々しくて見ていられなかったわ……」

「そういうことですね。聞いた話では、今の彼は5%ほどしか”個性”を使いこなせていないそうです。……ああいや、期末試験のとき6%の安定使用に成功したと言っていたかな?」

「なるほどね。うーん……ということは……」

 

 私の説明を聞いたシールド女史はぶつぶつとつぶやきながら、考え込んでしまった。どことなくミドリヤを彷彿とさせる姿だ。

 この状態になったら、下手に声をかけても届かないだろう。落ち着くまでは彼女の好きにさせるとしよう。

 

 と、言ったところでスタート地点にヒミコがついた。彼女は楽しそうだし、ということでヴィランアタックに参加しているのだ。

 

 ちらり、とこちらに顔が向けられる。

 

「ヒミコ! がんばれ!」

 

 なので、声援を送る。テレパシーだけでも十分だが、私が声に出して応援したかったから。

 

 これに応じて、ヒミコがにんまりと笑う。そして大きく頷き、ローブのフードを外した。彼女のかわいい顔が露わになる。

 

「ヴィランアタック、レディゴー!」

 

 開始が告げられると同時に、ヒミコの姿が変わる。瞬きほどのわずかな間に、私の姿へ。

 

 またこれと同時に、彼女の身体が空へと舞い上がる。私の空中機動を用いてぐんぐん高度を上げる彼女は、それと同時に相手の位置を把握しているだろう。

 生物ではない存在に、フォースの感知は有効ではない。だがほとんどの相手がプログラムに従って攻撃を始めており、それによる己の危険は感知できる。

 

 何より、空からであれば敵の位置はほとんどが見えるだろう。今までの傾向からして隠れているものもいないようだから、すべてを把握できてしまえばあとは……。

 

「行っきまーす!」

 

 そんな声が聞こえた。同時に、両手が下に向けられる。

 

 するとその瞬間だ。仮想敵のロボットたちが、一斉に爆発して吹き飛んだではないか。観客がどよめく。

 

 ううむ、あれだけの広範囲にフォースを広げて、増幅で空気を破裂させるとは。ヒミコも腕を上げているな。ダークサイドのフォースで威力を上げることを前提とした技なので、私にはこれほどの応用は恐らく不可能だ。

 それを私の姿でしている点については少々思うところもあるが、まあヒミコのやることなので気にはすまい。

 

 だが、それでも攻撃の端のほうにいたロボットは破壊しきれなかったようだ。ほとんどろくに動けない状態ではあるが、動いている。

 

 ヒミコはこれに対して、相手をフォースプルで引き寄せながらライトセーバーを投げることで対処した。ライトセーバーを神聖視するジェダイは絶対にしない方法だが……確かに、とっさの遠距離攻撃としては多少は有用かもしれない。周囲のものにとって危険なので、どのみち私はやらないが。他に遠距離攻撃手段はあるしな。

 

 まあ、私たちのライトセーバーは安全のため、起動スイッチから手を離して少しすると自動的に刃が収まるようになっている。仮にあのセーバーの先に誰かがいたとしても、被害が出ることはないだろう。

 

 と、いうところで空中に引き上げられ身動きが取れないロボットの身体を、橙色の光刃が回転しながら襲い掛かり両断する。……しっかり出力の増幅をしていたようだ。

 これで仮想敵は全滅。ヒミコが着地し、変身を解いたところで司会が目を丸くしながら終了を告げた。

 

「じゅ……十四秒! レコードタイが出ました!」

 

 歓声がどっと場を満たす。それと同時に、ヒミコはフォースプルでライトセーバーを手元に引き寄せ、そのままどうだと言わんばかりに掲げて見せた。

 

 うむ、さすがヒミコだ。私も鼻が高い。思わず拍手をした。

 

「……ふふ、やっぱりあなたも出たかったんじゃない?」

「? いえ、まったく」

「そう? 随分楽しそうにしてるから、てっきり」

「それは……」

 

 う、た、確かにヒミコの活躍する姿を見て、うっかり盛り上がってしまった。

 というか終わって考えてみると、私に変身したヒミコが活躍すると、それはそのまま私の力の一端を開示するも同然では? ヒミコが活躍するところしか見ていなかった。

 

 くそ、またしても考えなしなことを。なんとかならないものか。

 

 ……なんともならないから、ジェダイは恋愛を禁じたことはわかっているのだが。それでも、やはり私は……。

 

「……彼女とは、一番付き合いが長いので。中学も同じですし、どうしても他のクラスメイトより贔屓してしまうのです」

「同じ中学校から二人も雄英に? すごいわね」

「ミドリヤもそうですよ。もう一人は今この場にはいませんが……」

 

 とりあえずなんとか取り繕った私に、シールド女史は深く追求しなかった。

 そのことに安堵するのもいかがなものかと思いつつも、ついついほっと息をついてしまう。

 

 ……だが、その瞬間だった。

 

「……!」

 

 強い暗黒面の気配を感じて、私は思わず振り返った。もちろんそこには誰もおらず、何かがあるわけでもないので、隣のシールド女史は首を傾げたが……。

 

 間違いない。今、確かに闇の気配がした。場所は……方向的に、セントラルタワーのほうか? あるいはそのさらに向こうか……。

 

 ……このI・アイランドは、強固なセキュリティを持っている。ゆえに、犯罪者が紛れ込んだとしても問題ないと思うが……しかし、何事も絶対というものはない。

 

 などと考えているうちに、クラスメイトたちが戻ってきたのでひとまず全員の健闘を称える。

 その流れでヒミコに駆け寄り確認を取る。

 

「ヒミコ、先ほどの気配は感じたか?」

「うん、はっきり」

「……これはまた、きな臭くなってきたな」

 

 私の問いに、ヒミコはその答え同様にはっきりと頷いた。

 

 私以上に暗黒面に知悉している彼女が感じたのなら、もう間違いないだろう。この島で、何かが起ころうとしている。

 問題はこのことをみなに知らせるべきか否かだが……とりあえず、まだクラスメイトには言わないほうがいいか。どれほど実力があろうと、我々は結局のところ無資格の学生だからな。

 

 となると、島に来ているヒーローを誰か捕まえて説明を……いや、私の力について知らない人間に言っても信じてもらえないか。

 フォースについて多少なりとも知っているヒーロー……ああ、そうだ。一人、ちょうどいい人間が来ているじゃないか。

 私は見ていないが、少なくとも一人。

 

 そしてその一人に連絡をつけられる人間……その可能性があって、説明も説得する時間を必要としない人間は――

 

「――ミドリヤ」

「うん? どうかしたの増栄さん?」

「オールマイト、来ているのだろう?」

「ぅえっ!? い、いやその、えーと……」

「隠さなくてもいい、読むまでもなく君の気配からわかっている。すまないが、彼に繋げてもらえないか。今すぐ伝えておかねばならないことがある」

「それって……」

 

 オールマイトのことを言い当てられたミドリヤは、一瞬取り乱した。

 だが、私が二の句を継ぐや否や、表情を険しく変えた。私の言いたいことを余すことなく理解した彼は、そのまま顔を引き締めると、一つ大きく頷くのだった。

 




主人公、ようやく色々と吹っ切れるの巻。
そして吹っ切れた結果が後半のあれそれな模様。

トガちゃんを見てうっかり盛り上がったとか言ってますけど、こいつクラスメイトの活躍を見たときも似たようなことしてますからね。
キラキラお目目を隠すことなく、柵から両手を差し込んで、シンバルを連打する猿のおもちゃみたいに拍手するくらいには盛り上がったのは、さすがにトガちゃんのときだけですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.レスキュー・オーダー 1

 ヴィランがいる。その可能性を、ミドリヤからオールマイトに伝えてもらった。

 オールマイトは不審者がいないか警戒すると共に、ヒーローに会う機会があればそれとなく警戒を促すことを請け負ってくれた。

 

 また、ちょうどシールド博士と話し込んでいたところだったそうで、その彼にも話を通してくれた。

 任されたシールド博士は、セキュリティを見直したうえで強化するよう進言してくれるらしい。シールド博士は世界的な”個性”研究の権威だ。I・アイランド側も、そんな彼からの具申であれば無視することはないだろう。これで一安心だ。

 

 ……と、言いたかったのだが。

 

 レセプションパーティに備えて正装に着替えるため、ホテルに一旦戻った私はずっと嫌な予感を覚えていた。

 ……いや、違うな。ずっと、ではない。だんだん大きくなる嫌な予感を覚えていた、が正しい。

 

 最初はまだ、大したことはなかったのだ。だからみなには告げず、着替え始めた。

 しかしその途中、折れ線グラフが直滑降するような勢いで一気に周囲の気配が暗黒面に寄って、嫌な予感が大きくなるのだ。しかもそれが複数回起これば、疑いようもない。

 

 フォースユーザーがいるような雰囲気はないが……それでも、悪意が広がっている。そんな気がしてならないのだ。

 

 だから。

 

「……すまない、ヒミコ。私はこのまま行く」

 

 私は着替えないことを選んだ。

 

 この選択に、先に着替えを終えたヒミコが心底がっかりした様子で肩を落とす。

 その手には、私用のドレスがあった。プールに行った翌日みなでヤオヨロズ邸に集まり、散々に試着を繰り返して選び、貸してもらったものだ。

 

 服飾にはまったくと言っていいほど詳しくないのでなんとも言えないのだが、少なくともヒミコを始め全員から好評をいただいたドレスだ。私も鏡に映る自分を見て、なかなかいいなと思った。

 だからたくさん試着して疲れはしたが、それ以上に結構楽しみにしていたのだが……残念ながらお蔵入りだ。

 

 ちなみに明日の催しで使えばいいだろう、という指摘については残念ながら的外れである。なぜなら、明日は明日で別のドレスが用意されているからだ。私たちはどちらも使いたいのである。

 

「ドレスのコトちゃん、見たかったのに……」

「普段こういう機会がないから、私も君に見てほしかったよ。……だが、万が一のことを考えると、それはできない」

 

 いまだにしょんぼりし続けるヒミコをなんとか励ますが……ダメらしい。

 

 どうしたら元気を取り戻してくれるだろうか……と困っていたら、彼女のほうが動いた。

 

 ヒミコは私の前で膝をつくと、視線を合わせる。そうして唇に己の人差し指を当てると、上目遣いで請うてきたのだ。

 

「……キス、してほしい……。それで、我慢するのです……」

 

 これに対して私は、なるほどと思った。

 

 確かに、かつてと異なり今の私はヒミコと口づけを交わしているとき……うまく言えなくて恐縮だが、そう、強いて言うならば、満たされるような気分になる。きっとヒミコもそうなのだろう。

 心を通わせた相手であれば、口づけも立派な励ましやご褒美になるのだな。一つ賢くなった。

 

 ……まあでも、この手のものは乱発しないほうがいいだろう。どんなことでも下手に何度も繰り返すと、価値は下がるものだ。口づけも例外ではないだろう。

 

 何はともあれ、ヒミコがお望みであれば、私に拒む理由などない。

 

 私はヒミコが唇に指を当てていたほうの手首をつかむと、そっと横にずらして彼女の顔を露にさせる。

 そのまま身を寄せつつ、空いているほうの手を彼女の頬に添えて。

 

 口づけを、

 

「ん……」

 

 交わした。

 

 最初は軽く、触れる程度に。

 次は少し深く。それを何度か繰り返す。口づけてはかすかに離れ、もう一度……と、さざ波のように。

 

 唇が触れるたびに、互いの喉奥からかすかに声が漏れる。そうこうしているうちに、口づけという波は大きくなっていくのだ。

 さながら振り子が次第次第に大きく振れていくように。音と音が重なって、ものを震わせるように。

 

 やがてそれは、明確に違う形を取る。もっと、という欲求と。それから離れたくない、という欲求と。

 ゆえに私たちは唇と唇を重ねて、その状態のままさらに互いの唇を求め始める。それこそ()()ように……。

 

 ……いや待て。これ以上はいけない。

 

「ス、トップ……ストップだ、ヒミコ……」

 

 理性に思い切り頭を殴られて、私はまだまだ、もっとと言わんばかりに唇を差し出すヒミコを押しのける。

 

 彼女と……その、こうして口づけを交わすことは嫌ではないが、これでは際限がない。この辺りでやめておかないと、きっと延々と続けてしまうだろう。

 

 そう、何事もほどほどが一番なのだ。

 何より、思わず没頭しかけてしまったが、今はあまり時間がないのだから。

 

 ヒミコもそれは理解しているので、名残惜しそうに口元をさすっていたが、これ以上は何も言わなかった。

 

 それでも目は、「物足りない」と雄弁に語っている。この国の言葉では、「目は口程に物を言う」と表現するのだったか。まさにその通りで、そんな私しか見ていない瞳に、愛しさがこみ上げてくる。

 

 ああ。私、彼女のことが好きなんだなぁ。

 

「……続きは全部終わってからにしよう。な?」

「……うん。……ふふふ」

 

 私の言葉に、ヒミコはにまりと笑って応じた。

 

 ……終わったあとの()()()()は、長くなりそうだ。手加減してくれるといいのだが、少々危いかもしれない。早まったか。

 

 と、まあそんなこともあったが、何はともあれ私はヒミコをコスチュームに着替えさせてから部屋を出た。

 泊まっている部屋からではなく、その中の寝室からである。そのため出た先は、スイートルームとしての共有スペースだ。

 

 備えを持ち込むため、大きなキャリーケースを引きずりながらヒミコと共にそこに顔を出せば、既に全員が着替え終わって待っていた。

 

「あれ? 二人とも、着替えてないじゃん」

 

 私たちを見て、ジローが首を傾げる。彼女に続く形で、他の面々も同じように首を傾げた。

 

「ああ……実は」

 

 そんな彼女たちに、事情を説明する。

 みな半信半疑ではあったが、私の感知能力を知っているため最終的には真剣な顔で考え込んでしまった。

 

「ヴィランがいる可能性、か……」

「嫌な予感、というのは漠然としすぎてるけど……でも」

「ケロ。理波ちゃんの言うことだもの。信ぴょう性は低くないわ」

「実績あるもんね……どうしよっか?」

 

 アシドに話を振られたヤオヨロズは、今まで黙っていたが……毅然とした顔を上げて私たちを見渡した。

 

「万が一にでも可能性があるのなら、私は備えるべきだと考えますわ。一応、ヒーローコスチュームはドレスコード上、正装として認識されますので問題はないはずです」

「……だよねー! ちえー、せっかく着たのになー」

「……ウチとしては、こういうの似合うと思ってないし、ちょっとラッキーかもなんて思ったりもして……」

「わ、私も……こういうの初めて着るし、ちょっと自信なかった」

 

 ジローとウララカは控えめだな。十分すぎるほどに似合っていると思うが。

 

 まあ、そういう励ましは私ではなく、ヒミコがするほうが響くだろう。

 

「二人ともすっごくカァイイですよぉ」

「そ、そーかなー?」

「……アンタらほどじゃないし」

 

 ほら、二人ともまんざらではなさそうだ。

 

 まあそちらについてはともかく、だ。

 

「いいのか? 今から着替えなおすとなると、パーティに遅れてしまうが」

「遅れるとは言っても、開始の十数分ほどですわ。コスチュームなら全力で走っても大丈夫ですから、道中の移動は短縮も可能かと」

「そうね。飯田ちゃんには遅れる旨を伝えて、先に入っていてもらいましょう」

 

 そう言う二人にそれもそうかと頷いた私の横で、アシドが一人で復活する。

 

「……ま、見方を変えればヒーローとしてのカッコを、大々的にアピールできるチャンスかも?」

「あ、確かに! よっしゃ、そーいうことならいっちょ女を見せたろ!」

 

 ハガクレもそれに続き、かくして意見は統一された。

 

「なら、私たちは着替えを手伝おう」

 

 そして――事件は始まる。

 

***

 

「なんで揃いも揃ってコスチュームなんだよ!」

「そこはドレスだろうがよぉ!」

 

 とは、合流直後のカミナリとミネタ(彼らにはシールド女史が恩情でパーティの招待状を渡していたのだ)の発言である。

 

 まあ彼らの憤慨については無視するとして……私の懸念通りに問題は発生してしまった。

 

 私たちが律儀に待っていた男性陣、およびシールド女史と合流した直後のことだ。I・アイランドは前触れなく厳重警戒モードに移行したのである。

 これによりアイランド内の各エリアはそれぞれに遮断され、警備マシンが大量に放出されることになる。不用意に出歩いたものは、これによって即座に拘束されるわけだ。

 

 またエリアだけでなく主要施設も隔壁によって封鎖され、出入りすらも覚束なくなった。こちらも仮に不用意に外に出れば、拘束される運びとなるだろう。

 

 もちろん、通信も封じられた。外部との連絡は取れない。それは今私たちがいるセントラルタワーも例外ではない。

 

 さらに言えば、このアイランドに敷かれているセキュリティは、重度な上に社会的影響が大きい犯罪者を収容するタルタロスと同レベルのもの。これらの状況はまだ序の口だろう。現状ではここで一旦とまっているが、その気になればいくらでも悪辣に追い詰めることができるはずだ。

 

「メリッサさん、どうにかしてパーティ会場まで行けませんか?」

 

 そんな中、私から話を聞いていたために、男性陣では一人コスチュームのまま来ていたミドリヤが声を上げた。

 会場にオールマイトがいるはずだから、という彼に応じてシールド女史が案内をするということで、私たちはひとまず会場へ向かう。

 

 タワーの内部はあちこちが封鎖されている上、エレベーターなども停止している。なので普通であれば移動は不可能だが……そこは関係者。シールド女史が非常階段を提示し、そこから案内してくれた。幸い妨げられることなく移動はかなった。

 

 私たちがそうして踏み込んだのは、会場の天井付近のスペース。恐らくはスポットライトのような、演出用の装置を配置する場所だ。

 そこから会場を見下ろせば……銃器によって武装し、顔を隠した二十人ほどの男たちの姿が。そして彼らによって人質と化したパーティ参加者と……拘束されたヒーローたちの姿も見える。

 

 ヴィランたちの中心には、鉄仮面をかぶった赤髪の男。彼は耳に手を当てて、何やらぼそぼそと口を動かしている。どこかに指示を飛ばしているようだな。となれば、あれが首魁か。

 

 私はそれよりも会場内の様子に違和感を覚えたが……ひとまず、やるべきことを先に済ませよう。

 

「では始める。ジロー」

「ん、いつでもいいよ」

 

 私のフォースによって声を届け、ジローのイヤホンジャックで声を拾うのだ。

 

『マスター・オールマイト。今、フォースによってあなたに声を届けています。傍らにはジローが控えています。小声で構いません、応答を願います』

 

 返事はすぐに来た。

 

「ヴィランがタワーを占拠した。警備システムを掌握している。今やこの島の人々全員が人質だ。ヒーローたちも捕らわれた。ここは危険だ、すぐに逃げなさい」

 

 内容は端的で、こんなものであった。

 

 その内容に、やはり私は違和感を抱く。だが、引き出せる情報は引き出す必要があるだろう。

 

 その後、いくつかのやり取りを経た私たちは、情報の共有のため一旦会場から非常階段に引っ込んだのであった。

 




事件開始・・・なのですが、この9話は以前EP4の16話の後書きで書いた通り、百合の日に書いてたので、キスシーンが入りました。それも結構濃いやつ。
まあ初期稿だと気合いが入りすぎて、キス通り越して行為に及ぶ直前まで行ったので、書き直したんですけどね。

ところで、ディープキスってR15の範疇ってことでいいですよね?(掛かり気味


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.レスキュー・オーダー 2

「俺は雄英高教師であるオールマイトの言葉に従い、ここから脱出することを提案する」

「飯田さんの意見に同意しますわ」

「私も同じくよ」

 

 状況を聞いたイイダとヤオヨロズ、そしてツユちゃんが即座に脱出を提案する。

 

 だが、それは不可能だ。

 

「無理だ。ここの警備システムはタルタロスと同レベルだぞ」

 

 正確に言うと、私だけなら恐らく可能だ。ヒミコも……恐らくできなくはないだろう。

 しかし、私たち二人だけが脱出しても意味がない。

 

「そうね。下手に外に出たら、その瞬間警備マシンが殺到してくるわ。そもそも物理的に封鎖されているから、普通の手段じゃタワーの外に出るだけでも難しいと思う」

 

 私とシールド女史の否定に、脱出を提案した三人は表情を悪くした。

 

「うげ、マジ?」

「じゃあ救けが来るまで大人しく待つしか……」

 

 さらに、ミネタとカミナリがどこか怯えを含む顔でこぼす。

 

 だがそんな二人を、ジローが叱咤した。

 

「それでいいわけ?」

「そーだぞ二人とも!」

「うん! 救けに行こうよ! どうせ逃げられないんだしさ!」

 

 彼女にアシドとハガクレも続く。ウララカも無言ながら何度も頷いている。

 

 が、ミネタが現実的な観点からこれを否定した。

 

「オールマイトまで捕まってんだぞ!? オイラたちだけで救けに行くなんて無理すぎだっての!」

 

 確かに、彼の言い分はある意味で正しいだろう。だが、オールマイトという安全神話に依存した考えでもあるだろう。

 

 何より、

 

「俺たちはヒーローを目指してる……何もしないでいいのか?」

 

 そういうことだ。トドロキが前を向く。カミナリとミネタは、彼に気圧されたように小さくうめいた。

 

 イイダたちはこれを否定しなかったが、顔はそれでもやめるべきだと言っている。しかし、内心はその限りではない。ヤオヨロズとツユちゃんも同様だ。

 

 ……ふむ、トドロキの言葉に同意的であるのは、ミドリヤをはじめアシド、ウララカ、ハガクレ、ジロー。この六人が主戦派と言ったところか。

 

 対して非戦派はイイダ、ヤオヨロズ、ツユちゃん、カミナリ、ミネタの五人。

 ただし前半の三人の意見は「ヒーロー免許を持たない自分たちが勝手に動くわけにはいかない」という社会規範によるものであり、心境としては戦闘も辞さない覚悟があった。

 

 一方、シールド女史は推移を見守っている。そして私はと言えば……。

 

「私はミドリヤたちに同意する。この状況、動けるものは私たちだけであり、また解決できるものも私たちだけだ」

 

 ということになる。

 

 そして、非戦派たちの懸念に対しても考えがある。

 

「資格云々については、オールマイトから許可をもらえばいい。私のテレパシーで詳細を話し、ジローが受け取る。その流れでな」

 

 この発言に、ミドリヤがどこか嬉しそうに顔をほころばせた。他の面々も、その手があったかと言わんばかりの顔をする。

 それは非戦派の面々もおおむね同様で、つまりヤオヨロズたちも進むか立ち止まるかしか選択肢がないのであれば、進むことに否はないのだろう。

 

「なので問題はそこではない」

「? というと?」

「正攻法では、どう動いても間違いなく敵に見つかり戦闘になる……ということだ」

 

 きょとんとした顔で問うてきたミドリヤにそう言ったところ、ほぼ全員が表情を硬くした。

 その状態から、ミドリヤが最初に抜け出しブツブツとつぶやき始める。

 

「……そうか、セキュリティは完全に掌握されてるんだ。それはつまり監視カメラとかセンサーも使い放題ってことで……隔壁とかそこら辺も自由に動かせるだろうから移動ルートを固定させて誘導させたりとかもできるな……そうすれば罠にだってかけ放題だぞ……」

「緑谷ちゃん、怖いわ。言ってることには全面的に同意するけれど」

 

 そういうことである。

 

 ただ、システムを完全に掌握されたのであれば、今私たちがこうしていることさえできないはず。にもかかわらず何も動きがない、という点は気になるところだ。

 もちろん、ここでそれを考えたところでただ推測を重ねることしかできないから、いずれ失敗を恐れず動く必要があるが。

 

 ともあれ私はツユちゃんに頷きつつ、他の面々に視線を順繰りに回した。

 

「ミドリヤの言う通りだ。ゆえに、正攻法で行くなら見つかることを前提にして作戦を立てる必要がある。他にも問題はあるが、何よりこれが一番大きな問題だろう」

 

 まあ、敵の行動がやけにちぐはぐだとか、ほぼ間違いなく内通者がいるとか、そういう問題もあるのだが。これは今気にすることではない。それらの問題についても、推測を重ねたところで結局やることは変わらないのだから。

 

「まず目的を設定しよう。私たちが最終的に達成すべき大目標。これはヒーローおよび人質を解放することでいいだろう。そうすれば、あとはプロの仕事だ」

 

 私の言葉に、全員の視線が集まる。視線で是非を問うが、否定は出なかったので話を続ける。

 

「大目標を達成するための中目標は、警備システムの奪還だ。シールド女史、Iアイランドのシステム制御はどこで?」

「このセントラルタワーの最上階にある管制室で行っているわ」

「なるほど。つまり中目標を達成するためには、このタワーの最上階に行く必要があるわけだ。ならば小目標。最初の問題提起に戻るな。気づかれずに最上階に行くためにはどうすればいいか?」

 

 この問いかけに、まずミドリヤが口火を切った。

 

「……二手に分かれよう。最上階へ向かいシステムを奪還する側と、パーティ会場の状況を適宜確認して動きがあれば知らせる側に」

「いや、最低でも三手だ。目的達成のために動いているものたちをどうにかする……最低限行動を遅延させる必要がある」

 

 その彼に、私は否を告げる。改めて全員の視線がこちらに向いた。

 中でも首を傾げたものたちを代表するように、アシドが口を開く。

 

「どーいうこと?」

「会場から連れ出された人間がいるとオールマイトが言っていた。目的は不明だが、これは目的もなしにする行為ではないだろう。そもそもの話、警備システムを掌握し、人質まで取ったヴィランが何もせずに突っ立っているはずがない」

「……なるほどな。その目的を達成されちまったら、ヴィラン側に人質を置いておく理由がなくなるから……」

「最悪の場合、大量の死傷者が出てしまいかねない、ということか……!」

 

 トドロキとイイダの言葉に、私は首肯で応じた。

 

 ……まあ、その人質の中に含まれているヒーローを、ヴィラン側が()()しようという気配がない点は非常に奇妙なのだが。

 

 何せ人質というものは、特定の人物を狙ったものでない限り一人いるだけでも機能する。そしてそれは、戦力や抵抗手段のないものであればあるほどよい。

 だから、ヴィラン側にヒーローを生かしておく必要はないはずなのだ。ましてやオールマイトがいるというのに、なぜ生かしているのか?

 

 その理由は現状不明だが、私個人の見解では内通者がいるであろうことと無関係ではないと思っている。

 

 ……と、それはともかく。

 

「そしてオールマイトが言うには、最初から現時点までで連中は外部と交渉を行うそぶりがなく。動きと言えば、人を連れ出しただけだという。ただその連れ出された人間は、シールド博士と助手の二人らしい」

「そんな!? じゃあ、まさかヴィランの目的はパパとサムさん……!?」

「いいえメリッサさん。あるいは博士の発明した何か、ということも考えられるわ」

「……確かに。それはあり得ないとは言い切れないわね……」

「つまり、博士たちを助けることも考えなきゃいけないわけだ。せめてどこに連れていかれたかわかれば……」

 

 ジローがむう、と唸りながら天井を仰ぐ。

 

 ひとまず、状況は大体共有できたか。

 であれば……私は傍らに視線を向けた。そこには私に変身した状態で目を閉じ、フォースを操っているヒミコがいる。

 

「ヒミコ、どうだ?」

「……歩いてないのに上に行ってる人が、四人います。エレベーターかなぁ。全然止まんないし、最上階に行くのかも? 他にタワーの中で大きく動いてる気配はないですよぅ」

 

 そう、彼女は今の今まで、可能な限りタワー内部の探査を行っていたのだ。もちろんフォースによる探査は万能ではなく、取りこぼしもあるだろうが……少なくとも活発に動いている人間を見つけることはさほど難しくない。

 

「……あと、パーティ会場近くの下の階で、寒そうにしてるのに動いてない人がいるのです。なんでかはわかんないけど、こっちに救出班もいるかも?」

「ありがとう。……どうやら要保護者がいるようだな。その中にあって、博士たちは上に連れていかれているようだ」

「……それって、遊園地でもやってた探知?」

「ああ」

「変身マジパネェな……」

 

 ミネタに頷きつつ、私は再度シールド女史へ問う。

 

「シールド女史。このタワーにあるもので、犯罪者が欲しがるようなものに心当たりは?」

「……いくつか思い浮かぶわ。たとえば、”個性”の影響を受けた植物がある八十階と百六十階の植物プラント。あるいは島全体のサーバーを一括管理してる百三十八階のサーバールーム。でも一番可能性が高いのは……」

 

 彼女はここで一度言葉を区切り、天井を仰いだ。その先の先にある、何かを見据えるように。

 

「……二百階。つまり最上階にある、保管庫。そこにはI・アイランド中の研究者が手掛けた、色んなものが厳重に保管されてるの。……世間に出せないようなものも、ね」

 

 そして告げられた心当たりに、ミネタやカミナリ、アシドやハガクレと言った面々が一斉に声を上げた。

 

『それだぁ!』

「……だろうな。博士たちが連れていかれたのは、その保管庫のセキュリティを突破するためか」

 

 ただ、これでも前述の謎と完全に合致しない。

 そしてそれを合致させようとすると、シールド博士こそが内通者なのではないかという推測が可能になってしまうが……これはやはり、今は置いておくとしよう。つまりヴィランが本格的に動く前に、博士を確保すればいいのだから。

 

「さて話を戻そう。つまり我々は、四手に分かれる必要があると考える。最上階に行き、警備システムを回復するもの。シールド博士らが強いられるであろう行為を遅延するもの。階下にいる要保護者を救助するもの。そしてパーティ会場を監視するものだ」

「……警備システムに行くやつだけ負担重すぎねぇ? 警備にバレるの前提なんだろ? そこがうまくいかなかったら、他全部破綻するやつじゃん」

「そうだな。なので、それについては私とヒミコがやる」

 

 おずおずと言うカミナリに私がそう返せば、様々な驚愕が私たちに向けられた。

 

「理由はいくつかある。隠密性と戦闘力を併せ持つことがまず一つ。それからシステムの掌握が可能な技術および知識を持つことが一つ。さらに、ヒミコの”個性”ならヴィランに変身して状況の異変をごまかせることが一つ。

 何より……私の身体なら適当な通風口などから外に出られる上に、空を飛んで一気に最上階まで行けることが一つ。ヒミコも、私に変身している今はそれが可能だ。

 つまり、ここまで敵に気づかれることを前提に正攻法を話してきたが、正攻法ではない方法で気づかれずに動けるのは私たちだけ。ゆえに、私たちが行く」

 

 そう言い切った私に、場が沈黙する。

 

 だが、ミドリヤがまず成否の可能性についてブツブツと検証し始め、次いでカミナリとミネタが確かにそれなら、と同調。

 さらに女性陣とイイダが心配そうにする一方で、トドロキは異論はないのか他をどうするのか聞いてきた。

 

「残りはどう考えてる?」

「監視にはジローが必須だ。次いで、あの場で身を乗り出して会場を覗き込んでも気づかれる可能性が低い、ハガクレ。状況判断役としてヤオヨロズが二人を統括し、念のため護衛……身軽で小回りが利く肉弾戦が可能なツユちゃんかミドリヤのどちらかを置けば良いだろう」

「うん、いいと思うよ」

「私も同意するわ。どちらが百ちゃんチームに入るかは一旦置いておくとして……」

 

 護衛役に名を上げた二人以外も、否はないらしい。

 

 そのツユちゃんには続きを促されたので、そちらも考えを述べる。

 

「救助に向かう組は、階下に向かうか博士に向かうかで分けることになるが……階下に向かう組にはトドロキがいたほうがいいだろう。寒そうにしているというなら、暖める役が必要だ」

「わかった、任せろ」

「それと階下に向かう面子は、偶発的にヴィランと遭遇する可能性が一番高い。パーティ会場のすぐ近くだ、気づかれる可能性も否定できない。ゆえにここには、対人制圧に向いた”個性”のミネタも加えるべきだと思う。そしてこの組は、イイダに統括してもらいたいがどうだ?」

「うむ、了解だ!」

「げっ、お、オイラもか!?」

「階下にいるのは女性のようだぞ」

「ここはオイラに任せとけ!」

 

 ミネタは本当にブレないなぁ。女性陣の視線が厳しい。

 まあ、芯もなくころころと意見を翻すよりはマシだろうが。

 

「最後に博士の下へ向かう組だが……シールド女史。行きますよね?」

 

 この問いかけに、周りが騒めく。当然だろう。シールド女史に戦闘経験は一切ないだろうから。

 だが、その心中にある決意は本物で、揺るぎない。

 

 それを指摘すれば、シールド女史は薄っすらと微笑んで、しかし間違いなく、大きく頷いた。

 

 彼女はシールド博士が連れていかれたと聞いたときから、そう考えていたのだ。そしてそれは少しずつ大きくなっている。

 しかし私は、それを咎めたりとめたりしない。

 

 なぜなら経験上、こういう人間はとめるほうが逆効果になりやすいと知っているから。ならばその意思をある程度汲みつつ、護衛と行動してもらったほうがいっそマシなのだ。

 

 無論、シールド女史ほどの才媛が非合理的なことをする可能性は、そこまで高いわけではないだろう。

 しかし、人間の心は元より非合理的なもの。私はそれを、ここ一ヶ月半ほどで特に痛感している。ならば、最初から備えておくべきだろう。

 

 そして何より……先ほどから、逐一探知し続けている最上階の状況をヒミコがテレパシーで知らせてくれているのだが。最上階に到着したあと、博士とその助手の周辺からはなぜか誰もいなくなったようなのだ。

 連れ去られた人間の周りに、監視役と思われるものがいない。これはあからさまに異常であり、この事件の内通者は彼らでほぼ確定したと言っていいだろう。

 

 しかしいずれにせよ、二人に戦闘経験はないはずだ。……いや、シールド博士はオールマイトの元相棒だから多少はあるだろうが、それにしても直接的な戦いは門外漢のはず。

 システムを取り戻したあとなら、戦力にならないシールド女史をそこに連れ込んでもさほど問題にはならないだろう。むしろ、そこが一番安全になる可能性すらある。

 

 もちろん、そんなことはどれもここでは口に出さないが。

 

「……アシド、ウララカ。すまないが、君たちはシールド女史の護衛を兼ねてもらえないだろうか」

「おっけーまっかせて!」

「わかった!」

「……そしてミドリヤ、ツユちゃん。監視班に入らなかったほうを、アシド同様の仕事を任せることになるがどうする?」

 

 この問いに、ミドリヤとツユちゃんは一度視線を合わせると、一つ頷いて視線を戻してきた。

 

「……僕が行く。実はさっき、メリッサさんから僕の”個性”を限定的とはいえほぼノーリスクで使えるアイテムをもらったんだ。使うときはいい状況じゃないだろうけど、それでも切り札として機能するから」

「ケロ。それに万が一パーティ会場でそれを使うことになった場合、周りに被害が出てしまう可能性もあるわ。だから、私が百ちゃんチーム。緑谷ちゃんがメリッサさんチームよ」

「了解した」

 

 妥当な判断だろう。

 

 その後組み分けを改めて口に出し、みなで是非を確認するが異論はなし。

 

 ならば――あとは行動あるのみだ。

 

「ちょちょちょ、ちょい待ち。増栄さんや、俺は? 俺のポジションは?」

 

 と、その前にカミナリが挙手をして己の顔を指差した。うむ、彼の名は今まで挙げなかったな。

 

 だがしかし。

 

「カミナリには申し訳ないのだが、待機だ。正直に言って、君の”個性”はこういう場では使い勝手が悪すぎる」

「そんなァ!?」

 

 電撃ができるという点は間違いなく強いのだが、彼の場合は指向性がないからな……。ただ放電するだけとなると、狭い屋内では仲間を巻き込んでしまう。

 

 その欠点は全員が理解しているのか、慰めようとは思っているものの、具体的な言葉が上がることはなかった。カミナリががくりと膝をつく。

 だがそれを見かねて、遂にヤオヨロズが前に出た。

 

「……あの、よろしければいくつか武器を作りましょうか?」

「頼むヤオモモ! ここに来て俺だけ何もやることがないとか、いくらなんでもそれは嫌すぎる!!」

 

 ……というわけで。

 

 カミナリは、女性がいることがわかっている階下に向かう、イイダチームに合流したのだった。

 




二人の英雄はいい作品だと思いますし、初見のときは素直に少年ジャンプだ楽しい! だったんですけど。
改めて見返すと、それはそれとして展開にちょっと強引だなと思うところがちょいちょい見えてくるんですよね。尺の都合かなとも思いますが。
なので、そこを主につつく感じの展開になりました。
これについては、I・アイランドの警備レベルをタルタロスと同等という設定にしなければ、もうちょっと何かやりようがあったんじゃないかとも思いますけどね。
本編でのタルタロスの情報が出れば出るほど、二人の英雄における緑谷たちの行動の危うさとウォルフラム以外のヴィランのアホさが際立つっていう・・・。

あと、パーティ会場の階下に要救助者がいるってのはオリジナルです。植物プラントが増えてるもそうですね。
要救助者については、原作より人数が多いので、今回ばかりはより細かく分割しないと手に余る・・・というか分割してなお手に余ったのでね・・・。
先に謝っておくのですが、監視班のメンバーの出番はもうほぼありません。活躍させたかったけど、無理でした。ボクの力不足です。本当に申し訳ありません。

・・・それはそれとして、フォースが便利すぎるんよ(震え声


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.レスキュー・オーダー 3

 オールマイトから作戦決行と、”個性”および戦闘の許可を得た私たち。

 

 まず私とヒミコが、シールド女史の案内でパーティ会場上層部の、そのまたさらに上層部にある通風口から外へ出る。彼女がいなかったら、あるかどうかもわからない通風口を探してあてどなくさまよっていたかもしれない。彼女はそうは思わないかもしれないが、いいアシストである。

 

 通風口は、私くらいの背格好であれば問題なくくぐり抜けられるくらいのサイズだった。そこを抜ければ、タワーの内部はある程度空間に余裕がある構造になっている。

 最悪の場合、ライトセーバーで障害となるものを壊しながらダクトの中を匍匐で進む必要があると思っていたが、これは不幸中の幸いである。

 

 あとは隙間を縫って、簡単に外へ出ることができた。私に変身したヒミコも同様である。

 

「わあ、高ぁい」

 

 外に出て、開口一番に私の姿のヒミコがこぼした。

 その口調や表情に恐怖はない。むしろ遊園地でアトラクションに乗っているときのような感じであり、彼女にとってこの高さもさして問題ではないのだろう。

 

 そしてそれは、私にとっても同様だ。あまりジェダイアーカイブの外に出る任務の経験はない私だが、スピーダーでコルサントの上空を走り回ったことは不本意ながら、それなりの回数ある。あれに比べれば、この程度の高さなど恐るるに足らない。

 

 それでもなんとなく、私は問うてみた。

 

「怖いか?」

「んーん、ちっとも。だってコトちゃんと一緒だもん」

「嬉しいことを言ってくれるが、怖いと偽ってくっついてくれてもよかったんだぞ」

「やだなぁ、今の私はヒーロー志望のトガですよぅ。ちゃあんと時と場所は考えてるのです」

「ああ、そうだったな」

 

 少しすねたように返してきたヒミコに、私は一本取られたという心境で応じた。少し前の彼女なら、こうは言わなかっただろうが……その変化が嬉しい。

 

「でも……これくらいは許されるよね」

 

 そう思っていたら、頰に軽く口づけられた。

 

 根の部分は変わらないな、と思いながら私は肩をすくめる。

 

 ただ、どうせならヒミコ本来の姿でしてほしいところだ。そう思ったところ、はっとした様子で元に戻る彼女に、私は軽く目じりを下げて口元を緩めた。

 

 そうして吹き抜ける風を尻目に軽い口づけを返して、私たちはワイヤーフックを用いてタワーの上層部へと向かった。

 ワイヤーの長さは五十メートルほどなので、限界まで伸ばしたら一旦”個性”で飛び、改めてワイヤーフックを使って……という流れを繰り返すこと十二回。私たちは無事、タワーの最上階に辿り着いた。

 

 ……のだが。

 

「見て見てコトちゃん、ヘリコプターですよ」

「ああ。動いてはいないようだが……警備しているものがいるな。だが外見的にも精神的にも、まっとうな手合いではないようだ」

 

 そこはヘリポートになっていて、ヘリコプターが一機留まっていた。

 周辺には、見張りと思われるヴィランが一人。銃で武装している。だが手にしているだけで、即座に使える状態にはなっていない。

 

 つまりこのヘリコプターは救助に来た人間が乗ってきたものではなく、ヴィランがここから脱出するためのものと考えるのが妥当であろう。

 

 しかしヘリコプターのサイズは、今このタワーにいるヴィランの人数と明らかに釣り合わない。ヘリコプターの定員は、飛行機ほど多くはないのだ。軍用の輸送ヘリコプターはまた別だが、それに比べると明らかに小さいことだし。

 

 これは……まさか、最初から何人も見捨てることを前提とした計画ということか?

 

「なんと身勝手な」

 

 ひどいことを考えるものだ。経験上、そうした人間を見たことはそれなりにあるが、こういう手合いは何度見ても慣れないな。

 

「どうするの?」

「……ヘリコプターそのものを無力化したいところだが、それは管制室を制圧してからのほうがいいだろう」

 

 このタワーの制御がすべてそこで行われているのであれば、ヘリポートも確認できるようになっている可能性は高い。その状態で下手を打つわけにはいかない。

 

「だが見張りが一人しかいない上に、その姿が見えているのだ。ヘリコプター自体は無力化できずとも、できることはあるな」

「あは。アレ、やるんだねぇ」

「うむ。本番では初だが、演習でも有用ということはわかっている。使いどころだろう」

「はーい」

 

 ということで私は、気だるげに周辺をおざなりに警備している男に手を向ける。彼にフォースをそこに伸ばすとともに、”個性”を発動させる。

 するとどうだろう。男はほどなくしてがくりとその場に倒れ込み、眠ってしまった。

 

 これぞ私の新しい技。フォースと”個性”を合わせ、対象の睡魔を増幅することで眠らせる技だ。体育祭でミッドナイトを見て、使えそうだと思い開発した。そうだな……フォーススリープとでも名付けようか。

 

 ただ、シンプルに眠気を増すだけなので確実性はない。睡魔、という認識で増幅することでただ眠気を増すよりは効果があるのだが、それでも効かないときは効かない。

 特に、薬物などで興奮状態にある場合は難しいだろう。そこはミッドナイトの”個性”には劣るところだ。

 

 また、効果が出るまでに時間が少しかかるところも欠点と言えよう。一度に大勢を対象にできない点もだ。だからこそ、パーティ会場にいるヴィランたちを抑えることは難しかった。

 

 さらに言えば、燃費も悪い。私の増幅は、元となる要素が少なければ少ないほど、あるいは曖昧であればあるほど、必要なコストも多くなるという性質があるのだが、睡魔はその両方に引っ掛かる。場合によっては重ねがけも必要になるので、あまり多用はできないのだ。

 

 ただの睡眠なので、眠らせたあとも強い衝撃などがあると起きてしまうというのも欠点かな。なので、立っている人間を眠らせる場合は何らかの形で穏やかに身体を倒させる必要がある。私たちはテレキネシスを併用する。

 

 ……こうして特徴を挙げると欠点だらけだが、その代わりフォースの恩恵によって、射程はすさまじく広い。また対象を任意に選択できるので、この二点についてはミッドナイトには勝るはずだ。

 

 何せ相手の位置を正確に把握していれば、距離を無視して眠らせることが可能なのである。要は使いどころが別で、それをしっかり見極められるかどうかが重要というわけだな。

 

「さっすがぁ」

「それほどでもない」

 

 ともあれ男が眠ったことを確認した私たちは、周囲に気を配りつつ男を引き寄せ拘束。しかるのちに、ヘリポートの出入り口に向かう。

 

「こちらコトハ。ただいま屋上に到達した。併せて、敵の脱出手段と思われるヘリコプターを発見。ヴィランが一人警備していたので、眠らせておいた。ヘリコプター自体の停止は後程行う。これより最上階へ進入する」

 

 道中、私は懐から取り出したソフトボールほどの機械を使い通信を行う。

 

『こちら天哉。了解した、二人とも気をつけてくれ!』

『こちらデク、了解! 無理はしないでね!』

『こちら百、了解ですわ。……それと、パーティ会場は今のところ動きはありません。まだ焦らずとも大丈夫ですわ』

 

 その機械から、イイダたちの声が順に届く。彼らに了解を返して、機械をしまう。ひとまずは順調、と言ったところかな。

 

 ……この機械は、私が試作したコムリンクである。要するに、銀河共和国仕様のトランシーバーだ。現状この星で使用されているどの通信回線とも異なる回線による通信機であり、それゆえにヴィランに通信を傍受される可能性のない代物である。

 

 だが言った通り試作品なので、サイズは大きいし重量も十キロくらいある。通信可能範囲も、本来のコムリンクはどんなに悪い品でも五十キロほどは担保するのに対して、わずかに五百メートルと少しといった程度。

 さらに本来のコムリンクは電子データの送受信も可能なのだが、それもオミットしている。ゆえに、私に言わせれば試作も試作の未完成品であり、とても世に出せる代物ではない。

 

 何せジェダイが標準使用していたものとなると、有効範囲は軽く百キロに達したものだ。通話を暗号化する機能も持ち、サイズも重量も指二本でつまめるほど。雲泥の差とはこのことだろう。

 

 ただまあ、今はこれでも十分だ。シールド女史にもとても興味を示してもらえたが、それは置いておいて。

 

 なぜそんなものがここにあるのかといえば、明日の発表会に手ぶらで参加するのもどうかと思い、念のため試作品を持ち込んでいたからである。

 そう、昼間にシールド女史に言った試作品とはこれだ。私がアイランドに到着時、そしてここに来る前に大きなキャリーケースを引きずっていたのはそのためだ。

 

 今回はそれを、万が一に備え持った状態でタワーに来たわけである。こんなこともあろうかと、というやつだ。

 他にも備えとなるものは入っているので、ケースはタワーにも持ってきている。今はアシドに預けてあるが。

 

「さあ、行こう」

「うん」

 

 ともあれ。ヒミコに声をかけると共に、私はジェダイローブのフードをかぶる。ヒミコもそれにならう。

 

 由緒正しきジェダイのスタイルだ。懐かしさと共に、軽い高揚感を覚える。

 ここ最近、何度もジェダイにあるまじきことをしている私だが、やはり私の根幹はジェダイにあるのだなぁと何気なく思う。

 

 そうして私たちは、ヘリポートからタワーの内部へと進入した。

 この際、扉を不用意に開けては管制室にいる相手に気づかれる可能性があることから、開放は慎重を期してフォースハックで行った。

 

 フォースハックは回線や電子基盤に直接フォースを当てる必要があるため、そういった部分がむき出しになっていないものには効果が薄い。

 しかし薄いだけで、効果がないわけではない。元より私が一番得意な技でもある。多少時間はかかってしまったが、丁寧に技をかけることで警報装置や監視システムに干渉されることなく扉を開けることに成功した。

 

 ついでにこの島のシステムの仕組みをそれなりに理解してしまったが、それはこのあとシステム制御を取り戻す上で有用なので許してもらいたい。

 

 そうして入り込んだ最上階だが。

 

「……相手は四人か。なんとお粗末な」

 

 この階に詰めている敵の数があまりにも少なすぎて、思わず呆れてしまう。

 

 普通、こんな重要な施設を掌握したら取り返されることを警戒するだろう。ここを取り返されるだけで、ヴィラン側の優位性はほぼ失われるのだからなおさらだ。

 にもかかわらず、四人である。管制室に二人、その手前付近に二人だけ? 遊びに来ているとしか思えない配置だ。首魁の意図が読めない。

 

 あるいは、内通者の意見がそうさせたのか。

 ほぼ間違いなくシールド博士は内通者だが、どうも彼はそれなり以上に気を遣われているように思える。彼が何かしらの配慮を要求し、それが通ったからと考えればこの状況もあり得なくはない。パーティ会場での謎もだ。

 

 ただし、それをヴィラン側がどこまで、いつまで守るかは保証できない。ある程度泳がせたところで博士を裏切る可能性が大きいと、私などは思うぞ。

 裏切るのであれば、なおさらこの階にはそれなりの人数を配置すると思うが……おかげで本当に大して考えていない輩である可能性も、まだ否定できない。

 

 まあ、何はともあれやることは変わらない。

 

 私たちはヴィランのいるほうへ進み、管制室の手前までやってきた。もちろん、あちこちにある監視カメラなどを誤魔化しつつだ。フォースクロークはこういうときも役に立つ。

 私に変身していればヒミコも私と同水準でフォースを扱えるので、中に入ってからはずっと私に変身している。

 

 ただ今日はまだ一度も血を()()していないので、変身しなくていいときはしないでおいてもらったほうがいいだろう。

 最近になってまた変身効率が上がり、私に限って変身していられる時間もさらに増したようだが……”個性”まで使うとなると、その有効時間は加速度的に減っていく。念には念を入れたほうがいいはずだ。

 

「……よし、開けるぞ」

「了解した……なんちゃって」

 

 それとここ最近、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが……今それはしなくてもいいと思うぞ、私は。

 

 ともあれ管制室の手前の二人を眠らせ、拘束。そのまま中へ入る。ここでももちろん、フォースハックで扉を開けた。

 

 中には、随分とくつろいだ様子の男が分厚いガラス越しに二人。武装も傍らに置いた状態であり、敵地にいるという態度ではない。

 

 そんな連中を尻目にヒミコと視線で頷き合うと、二人でそれぞれにフォーススリープをかけて眠らせる。

 実にあっけなく済んだ制圧に拍子抜けしつつも、眠らせた男二人が倒れた衝撃で目を覚まさないようテレキネシスで緩やかに床に寝かす。

 

 そうして奥へと踏み込めば、いびきをかいている男が二人。眠らせた私が言うのもなんだが、暢気なものだ。

 

 ……む、タバコが落ちているな。火がついている。気が抜けているどころの騒ぎではないぞ、これは。いっそ教科書に載るレベルの怠慢だ。

 

 ともかくタバコは消して捨ててしまおう。それから眠りこけている男二人を拘束し、猿轡も噛ませて通信機器を身体から外しておく。

 

 途中、ヒミコには変身を解いてもらいつつ、ヴィラン側から通信が飛んできても対応できるよう、ヴィランの血を摂取してもらう。注射器の出番だ。

 最初の戦闘演習でも使ったこれは、採血時に痛みを与えない。父上に紹介されたサポート会社の製品だが、いい仕事をするものである。

 

 まあ、ヒミコ本人はどこの馬の骨とも知らない男の血を飲むことをとても嫌がっていたが。気持ちはわかるけれども、ここは我慢してもらいたい。

 

「……なんだ、随分とモニターが少ないな」

 

 その後、管制室の中央にて。設置されているモニター群を前に、私は一言こぼした。

 モニターには、このセントラルタワーのごくごく一部しか映っていない。タワー内部すべてを映すには、モニターがまったく足りていないのだ。

 つまり、他の場所を映すためには切り替える操作が必要になる。これでは全体を把握できないではないか。随分と小ぢんまりとしているな。

 

 ……ああいや、フォースなしに大量の画面を同時に認識はできないか。つまりこれは、常人に可能な空間認識範囲における最大限ということか? これならもう少し大胆に動いてもよかったな。

 だからこそ、暢気にタバコをふかして私たち学生の行動をすべて見過ごしていたあの二人は、素人としか言いようがないのだが。

 

 それはともかく。

 

 コンソールの前に立ち、一通りシステムに目を通す。実際は目視や実操作だけでなく、フォースによる感知も行っている。フォースハックの応用だ。

 

「……コトちゃん、どーお?」

「さすがに強力だな。この星で見てきた物の中では一番と言っていい。()()()()()()()

 

 銀河共和国のシステムは、もっと複雑で強固だぞ。

 そして私は、コンピューターに関しては多少自信がある。フォースハックもあるので、私に操作できないシステムはこの星には存在しない。

 

 この程度のシステムを相手に、短時間で掌握しなおせない程度の腕でしかないので、あくまで多少だがね。

 

「ただシステムを戻すだけであれば、五分もかからない」

 

 ゆえに、私はそう断言した。ヒミコが嬉しそうに、誇らしげににんまりと笑った。

 

 まあ、一気にシステムを復旧させるとヴィラン側に気づかれるので、段階を踏まねばならないのだが。そのため、実際にはもっと時間は必要になる。

 

 ともあれ私はコムリンクを取り出し、通信を入れた。

 

「こちらコトハ。管制室を制圧した。これよりシステムを順次解放していく」

 

 まずは警備マシンの無力化だ。島全体が人質、という状態は脱しなければならない。

 これらは一刻を争うので、作業は並行する。

 

 同時に、エレベーターを解放する。そうしたら、シールド女史たちを二百階まで案内する。

 これと同時に、イイダたちを下の階に案内だ。

 

 マルチタスクが連続するが……訓練中に事件に巻き込まれ、アストロメクドロイドが吹き飛んだスターファイターで宇宙戦をする羽目になったときに比べれば、大したことではない。やりきってみせるとも。

 

 そうして私は、フォースをみなぎらせながらコンソールに指を置いた。




ラブラブカップルがイチャつきながら戦場にエントリーしました。
久々に個性とフォースの悪魔合体タグが仕事しましたね。

ちなみにアストロメクドロイドってのは、スターウォーズのマスコットであるR2-D2(青くてピポピポ言ってるちっこいの)みたいなドロイドなのですが。
彼らが吹き飛ばされたスターファイターを操縦するというのは言うなれば、オートマ車を運転中にいきなり車内システムがミッションに切り替わったようなもんです。
アストロメクドロイドがやってる仕事は運転補助だけじゃないので、厳密に言うとそれに加えてナビもウィンカーもヘッドライトもろくに操作できない状態ですね。軽く地獄ですわ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.レスキュー・オーダー 4

 まずは、パーティ会場のモニターに表示されているタワー外の映像を、別のものに差し替える。順当に警備システムを取り戻せたとしても、ここの映像から異常に気づかれる可能性があるからな。そのために必要な映像を複数見繕い、充てておく。

 

 この作業が終わる前に、なぜか監視もなく作業をしているシールド博士の様子も確認していたが……。

 

「一生懸命何か操作してますねぇ。見張りはねぇ、人間だけじゃなくってロボもいないみたい」

「その状態でわき目もふらず、か」

「早くアレを取り戻さないと、とかって考えてるみたいだったけど……」

「君もそう感じたか」

 

 ヒミコとの意見の一致に、思わず操作の手をとめてしまった。

 

 我々が感知した彼らの内心が正しいのであれば今回の事件、絵図面を描いたのはヴィランではなくシールド博士たちということになるぞ。ノーベル個性賞を受賞し、アメリカ時代のオールマイトの相棒を務め、そのコスチュームをすべて手掛けてきた男がやることとは考えづらい。

 

 ただ、私は我々の感知を疑うつもりはない。フォースが告げたものだから、ということももちろんあるが……どんなに考えづらくとも、状況証拠からしてそれが真実という推測にほぼ間違いはないだろうから。

 何より、シールド博士が黒幕だとすれば、ヴィランたちのお粗末な対応にすべて説明がつくのである。

 

 しかしだとすると……娘のシールド女史には少々辛いことになるだろう。ジェダイはこういう状況を試練と呼ぶが、親子の情を理解した今の私にはその呼称はどうにもはばかられる。

 

「出久くんたちが一緒だから、きっと大丈夫だよ」

「……そうだな。その辺りの励ましは、私などより彼らのほうが何倍も上手だろう」

 

 正直言って、私にはなんと声をかければいいのか見当がつかない。適材適所で考えるべきだろう。

 

 ……と、それはともかく。

 

「……こちらコトハ。エレベーターの制御を取った。ミドリヤチーム、動いてくれ。エレベーターまでの道は逐次指示する」

『こちらデク、了解! みんな、行こう!』

 

 まずはシールド女史を連れて、ミドリヤたちに動いてもらう。

 ただ、今いる場所に最寄りの地点でエレベーターを使うとなると、パーティ会場が近すぎる。彼らには一旦非常階段から上の階に上がってもらって、そこからエレベーターに乗り込んでもらう。

 

 さらに言えば、中央エレベーターはヴィランが使う可能性が高い。使わずともエレベーターの近くに何人かいるので、階数表示の点灯でエレベーターを使っていることに気づかれる可能性もある。

 なので、少し離れた場所のエレベーターへ向かわせた。直通ではないので、いくつか経由する必要はあるが、急いでヴィラン側に気づかれるわけにはいかないからな。

 

 その道中の隔壁は、システムをいじって順番に開けていく。最初から一気に開けられればいいのだが、並行して島全体のセキュリティをいじっているので、この形になる。

 

 とりあえずミドリヤたちを最初のエレベーターに乗せたあとは、イイダたちの番だ。

 

「こちらコトハ。イイダチーム、動いてくれ」

『こちら天哉、了解した! さあみんな、出動だ!』

 

 彼らに向かってもらうのは、パーティ会場のすぐ下の階だ。モニターで確認する限り、どうやらくだんの人物は冷蔵室に閉じ込められているようだ。

 その人物の格好が料理人のそれであること、冷蔵室に置かれているものがすべて食材であることを考えると、食材を取りに来てそのまま取り残されてしまったのだろう。見た目からして、若手かな。

 

 すぐにでも外に出してあげたいところだが、一般人でしかないであろう彼女をここで解放して、そのまま状況をよく理解せずにヴィランたちのところに移動されても困る。彼女にはもうしばらくだけ我慢してもらいたい。

 

 ただ、彼女以外の料理人は、パーティ会場に隣接した調理場で一様に人質と化していることを考えると、運が良いのか悪いのか、微妙なところだろうなぁ……。

 

***

 

 パーティ会場から離れ、下へ向かった飯田たち四人。非常階段を息を潜めて降りる彼らの顔つきは真剣そのものであり、またよどみがない。数か月とはいえ、ヒーローとしての訓練を積んできたからこそだろう。

 

 ここまで来る動機が少々不純な二人であっても、それは変わらない。彼らもまた、確かにヒーローの卵であった。

 

『こちらコトハ。扉を開放する』

 

 そんな中で、飯田が手にしたコムリンクから理波の声が響く。

 

 と同時に、目的の階に到着した彼らの目の前で扉が開いた。ここまでの道中、すべてがその調子だ。遮るものは到着と同時に開き、彼らを拒むものは何もない。

 

 順調に過ぎる流れ。しかしそれを成している人物が、クラスの頂点に立つ幼女であることを理解している彼らは疑わない。彼らはただ信じている。それだけの実績と実力が、理波にはあった。

 

「こちら天哉、フロアに入った!」

『こちらコトハ、了解。ではまずそこから右に。それから……』

 

 その理波から、相次いで指示が飛んでくる。彼女に従ってフロアを進めば、見えてきたのは食糧庫の文字。

 

「なーる、パーティ用の食材があるんだな」

「調味料もあるぜ。こんな大量の塩とか砂糖なんて、オイラ初めて見た」

「食材があることを考えると、消毒もせずに立ち入るのは気が引けるが……今は仕方あるまい」

「ここで寒そうにしてる、ってことは……救助対象はあん中か」

 

 食糧庫の中を、なるべく周囲のものに触れないようにしながら歩く一行。

 

 その中で、轟がある一点を指し示した。かすかに低音を響かせる、銀色の扉。冷蔵室である。

 

「この中に、今までずっと? うへぇ、ぜってー寒いじゃん」

「早く救けてやらねーとまずいぜ! ……委員長、オイラたちが開けるから周囲の警戒頼むぜ!」

「任せてくれ! ……こちら天哉。増栄くん、到着したぞ!」

『こちらコトハ、了解。……今冷蔵室のロックを解除した』

 

 通信と同時に、ガチャリと鍵が開く音がした。

 

 これに応じる形で、上鳴と峰田が扉を開ける。轟は右の袖をまくり、そこから炎を出して温める準備をする。飯田は出入口のほうを、鋭く睨みつけていた。

 

 そんな彼らの姿を、開かれた扉の向こうで見た女性は震えながらも安堵した顔を見せる。

 服はもちろん、帽子まで白一色のいでたち。それはまさに、万人がシェフという言葉から想像するであろう料理人の格好だった。

 

「大丈夫スか? 救けに来ました!」

「もう大丈夫、オイラたち雄英生です!」

 

 その女性に努めて優しく手を差し出して、上鳴と峰田は微笑む。それぞれが、己の一番決まった顔と信じる笑みである。

 

 彼らを見て、料理人の彼女は涙目になりながら懐に飛び込んだ。身長の関係で峰田はその対象から外れてしまって憤慨し、上鳴は得意げにドヤ顔を披露したことで両者は一瞬険悪になるが……。

 

 直後、彼女の関心が炎を纏わせてゆるゆると温め始めた轟にまっすぐ向かったのを見て、両者の友情は決裂を免れた。

 

「くっ、これだからイケメンは……!」

「オイラたちが一体何をしたっていうんだ……!」

「そういうとこじゃねぇのか」

 

 異性にすがりつかれてもなお、顔色一つ変えずに淡々としている轟に言われれば、二人とも沈黙するしかない。しかないが、しかしそれを認めたくないのが人情というものであろう。

 

「こちら天哉、要救助者を救助した!」

『こちらコトハ。了解、ありがとう。……君たちはすまないが、そのままそこに待機していてくれるか。近くに、パーティ会場に隣接の調理場に直通のエレベーターがあるはずなのだが』

「エレベーター……ああ、あれか。うむ、見つけたぞ!」

『警備システムを完全に復旧させると同時に、そこから調理場に踏み込んでほしいのだ。調理場にもヴィランがいて、料理人たちが拘束されている。

 もちろん、危険ということは重々承知している。だが調理場にはヒーローがいない。会場のヴィランはそこにいるヒーローたちがなんとかしてくれるだろうが、調理場のほうはどうしても反応が鈍くなってしまう。そこを補ってほしい』

「なるほど、それは確かに。了解した、それまで我々は待機している!」

『よろしく頼む。何か問題があったら、すぐに連絡を。では』

 

 通信を終えた飯田は、コムリンクを下ろして料理人の女性へ向き直る。長身の身体をかがませ、視線を女性より低くしながら。

 

「心細く、凍えておられたところ申し訳ありません。システムが復旧するまではもう少しだけ、僕たちの傍にいてくださいませんか。大丈夫! 何があっても我々が絶対、あなたを守ります。何者であれ、あなたには指一本触れさせません!」

「は、はい……ありがとうございます……!」

 

 そう答えた彼女の目の中には、ハートマークが浮かんでいた。

 

「バカな……! こんなところに伏兵が……!?」

「くっ……、確かに委員長、顔はいいよな……!」

 

 上鳴と峰田は、ずっと平常運転だった。

 

***

 

 イイダたちが救助を終えた直後に、管制室にミドリヤチームがやってきた。

 

「みんなー! 待ってたのです!」

「被身子ちゃん! 理波ちゃん!」

 

 彼らをヒミコが出迎え、少しだけ場の雰囲気が和やかになる。

 

「増栄ちゃん、はいこれ! 預かってたケース!」

「ありがとう、助かる」

 

 私はアシドから、コムリンクを入れていたケースを受け取る。

 

「コトハさん、パパたちは?」

「シールド博士たちなら無事だ。……この通りだよ」

 

 と同時に、シールド女史に尋ねられたので、モニターに保管庫で作業をしている博士たちの様子を映し出す。

 

 そこでは相変わらず、見張られることなく作業を続ける博士たちの姿。

 ミドリヤたちはこれを見てほっとしたようだが、話はそう単純ではない。

 

「安心しているところ申し訳ないが、あの場所にはあの二人以外誰もいない。警備マシンの類もだ」

「え……?」

 

 私の言葉に、全員が目を点にした。

 

 よくわからない、と言いたげなのはアシドだ。他の面々も似たようなものではあったがそれはわずかの間で、特にミドリヤに関しては即座に意味を理解したようで、顔を強張らせていた。

 

「ま、まさか……!? 増栄さん、シールド博士たち……!」

「ああ。今回の事件、首謀者は博士たちだろう。最低でも、内通者であることは間違いない」

「マジで!?」

「そんな……!?」

「ウソ……パパとサムさんがそんなことするなんて、あり得ないわ!」

「気持ちはわかる。だが、状況証拠ではあるが……」

 

 思わずと言った様子で声を張り上げたシールド女史に、私は推測を語った。

 

 大量のヴィランが一切気づかれずにここまでのことをした点。

 にもかかわらず、最上階やヘリポートにいたヴィランがあまりにも油断し切っていた点。

 

 私がオールマイト伝いに博士へ警告をしていたにもかかわらず、それが反映された様子が一切ない点。

 

 ヴィランが制圧した場にいるヒーローを一人も殺していない点。

 ヴィランが人質を取ったにもかかわらず、外に何も要求していない点。

 

 ヴィランに連れてこられたはずなのに、シールド博士たちに見張りがついていない点。

 

 そして何より、博士が「取り戻す」と思考している点。

 

 これらを説明した私に、しかし反論は来なかった。

 

 だが、それは絶望してのものではないとわかっている。話しながらでも、わかっていた。

 なぜならシールド女史は愕然としてはいたものの、同時に義憤の心を燃やしていたからだ。どうやら、ミドリヤたちに励ましてもらう必要はないらしい。

 

 そして彼女は、説明を終えた私に宣言する。

 

「もし……もし本当にパパたちが今回の事件を起こしたなら……私がとめるわ……!」

 

 そんな彼女に、ミドリヤたちは嬉しそうに頷いた。

 

 私の心配は余計なお世話だったようだ。私も思わず、表情を和らげていた。

 




白状しますが、峰田がクッソ書きやすいんですよね・・・。
尖った性格のキャラはハマる状況を用意すると本当に描写しやすい・・・。
逆にそうじゃないキャラは・・・うん・・・。
すまんな尾白君障子君・・・。

なんだかんだで不在にされることはめったにない二人ですけど、いたらいたで描写されるかっていうと微妙ですよね、この二人も。
原作からして活躍するシーンほとんどないしね・・・。
学校としては二十人って少ないけど、物語としては二十人ってクッソ多いんだよなぁ。

ボクは平均的が好きなので、全員に均等に出番を用意してあげたいんですけど、それやってて一番やりたいこと(百合)がおろそかになったら本末転倒なので、これからもすまない。あらかじめ謝っておく・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.レスキュー・オーダー 5

 と、そのときである。

 

『進捗はどうだ?』

 

 ここにいた男から外した通信機から、男の声が発された。

 モニターを見るに、鉄仮面の男が発信者らしい。人に指示することに慣れている口ぶりであり、やはり彼がヴィラン側でも中心的な人物のようだな。

 

 これを受けて、ミドリヤたちは一斉に口をつぐんだ。アシドなどは手で口をふさいでいる。

 

 一方ヒミコはフォースによって、声が飛んでくることを察知していた。そのため少し前から”個性”を発動しており、さすがに私にするときのように一瞬とはいかないが、ほとんど声とのタイムラグなしに変身することに成功する。

 

 ……慣れていない相手への変身に数秒かかることを考えると、ヒミコの”個性”は不特定多数への変身よりも、これと決めた特定の人物への変身に用いたほうが色々な意味で都合がいいように感じるな。ある程度好感を抱いている人物でなければ変身先の”個性”を使うこともできないから、スパイなどをするにしても片手落ちになりかねないし。

 

 ……まあそれはともかく。

 

「なんですか、ボス」

 

 ヒミコがヴィランに応じる。

 

 応じたが……私には完璧に見えるというのに、鉄仮面の男は不審がっている。随分用心深いというか、勘がいいというか。あるいはそういう”個性”なのだろうか?

 これが本当にただの勘であるなら、この男だけははっきり警戒すべきだな。

 

『……進捗は?』

「はい……まだちょっとかかりそうですね」

『……何かあったらすぐに連絡しろ』

「了解です」

 

 それだけでやり取りを終わらせて、通信は途切れた。ふう、とため息をついてヒミコが元に戻る。

 

 彼女を尻目に、私はモニターに目を向けた。常時表示させていた、パーティ会場の様子だ。

 その中で、鉄仮面の男があごに手を当てて何やら考え込んでいる。男はしばらく考えていたようだったが……近場の男二人を呼び寄せると、何やら指示を下した。

 

 指示を受けた二人の男はというと、パーティ会場から出て中央エレベーターに向かう。

 

「……どうやら、今のやり取りだけで不審に思ったようだな。あの男、随分と用心深いらしい。判断も早い」

 

 私がそう言うと、モニターを見ていたミドリヤも顔色を悪くする。

 

「大変だ!? 早く博士たちをとめないと!」

「そうだな。ここは私たちがなんとかする。ミドリヤたちは博士たちを頼む。保管庫の場所はシールド女史、わかりますね?」

「ええ、大丈夫。任せて」

 

 力強く頷くシールド女史に頷き返し、次いで視線でアシドとウララカに促す。

 二人も大きく頷いて、ミドリヤと共にシールド女史を護衛しながら管制室から出て行った。

 

 改めて二人になった私たち。モニターを見る限り、こちらに向かっているヴィラン二人は半信半疑のようだな。まだ状況がおかしくなっていることには懐疑的だ。

 

 であれば、不意打ちで仕留めればいいだろう。

 

 ヒミコともそう頷き合って、私たちはモニターに中央エレベーターの内部を映し出す。

 

 もうお分かりだろう。フォーススリープである。ほぼ平常心の彼らは、抗うことなくエレベーター内で眠りについた。あとはここに到着したら、外に引きずり出してやればいい。

 

 それまでの間、私は念のためケースの中のものを起動することにした。

 

 アシドに持ってきてもらったキャリーケース。この中には試作コムリンクが収めてあったのだが、先に述べた通り中身はそれだけではない。

 

 ここには、先日完成した情報収集用ドロイドも入れてあったのだ。

 こちらは試作コムリンクと違い、発表会や交換会で出す予定ではない。私以外の話を余すことなく記録し、解析させるために持ってきた。こんな形で使うとは思ってもいなかったがな。

 

 それをここまで持ってきてもらったのはまさに念のためだったのだが……この国では備えあれば憂いなしという。

 あの鉄仮面の男は恐らくやり手。であれば、保険はかけておくべきだろう。

 

「……これでよし、と。起動しろ、(アイ)2O(ツーオー)

「……I-2O、起動。しすてむおーるぐりーん。ヨッますたー、オハヨーサン。……ドコダココ?」

 

 電源を入れたことで直方体から四角錐型に変形したドロイドが、軽い調子でこちらを向いた。モノアイが物珍しそうに明滅している。

 

 これが情報収集用に造ったドロイド。ドロイドとしては小型で、四角錐の底面は一辺三十センチ程度しかない。

 だが小さいと侮ることなかれ。私とアナキンによる合作であるこの機体は、恐らくこの星の材料を使ったドロイドとしては現時点でのマスターピースと言っても過言ではない。うっかり二人で盛り上がりすぎたとも言うが、それはさておき。

 

 この小さい機体に高度な共和国仕様のAIを積み、地球のあらゆるコンピューターに接続できる術を持ち、大量のデータを蓄積できる上、コムリンクと共通規格の通信システムも……まあ通信システムは未実装だが、とにかくデータを扱うことに特化している。

 

 名前はI-2O。インテリジェンス2型、タイプオリジンだ。

 

「I・アイランドのセントラルタワー最上階、管制室だ」

「ハ? まじ?」

「ああ。状況はこうだ」

 

 そのI-2Oに状況を説明し、ここを任せる旨を伝える。

 

 私の予想が正しければ、システムの復旧より先にあの鉄仮面の男が動く。そうなった場合、誰がそれに対応するかという話になる。警備システムで対応できればいいが、できない場合は私が出撃しなければならないだろう。

 だから私はいつでもどこへでも動けるよう、フリーになっておきたいのだ。

 

 幸い、やるべきことは既に大半を終わらせている。ここからならI-2Oに任せても問題ない。仮にここを離れたとしても、私ならヒミコ伝いに指示を伝えられるからな。

 

 ヒミコに私に変身してやってもらうという手もあるが、彼女の変身では私の技術までは模倣できても、判断力や思考力を模倣することはできない。それでは繊細なコンピューター制御をするには少々不安がある。ならばこうするのがベターだろう。

 

「ナールホドネ。ヨクワカッタゼ。アトハ俺様ニ任セトキナ」

 

 I-2Oは調子よく言ってのけると、アストロメクドロイドよろしく床を滑り、コンソールに近づいた。

 そしてそこに据えられている外部入力端子をちらりと確認すると、それに合致する端子を持つマニピュレーターを展開。接続した。

 

「ホウホウホーウ……イイジャネーカ、俺様素直ナ子ハ好キダゼェ? ナァカワイコチャン、俺様ニモット見セテクンナ。ンンン~、イイ声デ鳴クジャネーカヘッヘッヘ……」

 

 そして何やら不穏なことを言いながら、システムに介入し始める。

 

 情報処理に特化している機体であり、その技術は私と比べてもそん色ない出来栄えになったと自負しているのだが……こういう言い回しを好む性格になってしまったのはなぜなのか。

 

「……もう少しなんとかならないのか、その物言いは?」

「オイオイ、冗談キツイゼますたー。カワイコチャンヲ見タラ口説ク。コレハ男ノ義務ッテモンダゼ」

「そんな義務は聞いたことがない」

「ハー、コレダカラ堅物ノじぇだいッテヤツァヨォ」

 

 ……とまあ、万事こんな調子なので。

 I-2Oが非起動状態でケースに押し込められていたのは、こういうところが面倒という理由が半分を占める。

 

 なお残りの半分は、入国審査時に乗客貨物として扱わせるためである。普通なら通らないだろうが、私は技術者枠の招待状を使っているからな。これが一番楽で、角が立たなかったのだ。

 

「ねーねー2Oちゃん」

「ナンダイさぶますたー?」

「人間はラブの対象じゃないよね?」

「ワケネーダロ。俺様どろいどダゼ? なまものハ、オ呼ビジャネーノヨ」

「だよねぇ? ふふ、よかったぁ……」

「ヒェッ」

 

 そしてヒミコは、機械相手に一体何を牽制しているんだ。その、私を案じてくれていることについては嬉しいのだが。

 

「まあそれはいい。行けるな、I-2O?」

「モチロンサ。全部任セトキナ」

「よし。ならば任せる」

 

 ……と、そうこうしているうちに、中央エレベーターがこちらに到着したな。I-2Oもいるし、変身によるかく乱はヒミコにしかできない以上、ここは私が対処に行こう。

 

 ということで一度管制室を出る。幸い中央エレベーターはここを出て目の前なので、時間はかからない。

 開きっぱなしになったエレベーターの中で眠っている男二人を拘束し、エレベーターの外に転がしておく。

 

 特に難しい作業ではない。体格差はあるが、私は見た目より力があるし、なんならフォースがあるのでやりようはいくらでもあるのだ。

 

 というわけでさっさと作業を終え、管制室に戻る。そこでは、I-2Oが順調に作業を進めているようだった。

 

 だが私を出迎えると同時に、ヒミコが眉をひそめながら声をかけてきた。

 

「おかえりコトちゃん。……あのボスっぽい人が、動き始めたのです」

「ただいま。……やはりか」

「……人間ノクセニ、俺様ヨリ早ク状況把握シチャウノ、ヤメテクンネェ? ますたーガタヨォ……」

 

 I-2Oの言い分はともかく。

 

 モニターの中……パーティ会場に既に鉄仮面の男の姿はなく、彼はエレベーターで上に向かっているようだった。

 

 野生の勘ともで言うべきか。問題が既に起きていて、確認しに行かせたものも無駄足に終わっている、と感じているのかもしれない。

 

「どうします?」

「ことここに至っては、ヒミコの”個性”でごまかす意味はないな。……I-2O、システムの状況は?」

「サッキ説明サレタ形デ復旧スルナラ、アト十分ホド欲シイナ。全部一気ナラ一分カケネーデヤレルノニ、注文ガ多インダヨ」

「それについてはすまないな。だがときとして最善の行動が、最善の結果を生むとは限らないのだ。承知してくれ」

「ヘイヘイ。……デ? おーだーハ?」

「鉄仮面の男を眠らせる。しかるのちに拘束し、システムを復旧させたら一気に叩くぞ」

「ハイヨ、カシコマリ」

 

 ということで、エレベーターで移動中の鉄仮面の男に向けて、フォーススリープを行使……しようとしたところで、私は慌ててやめた。

 

「コトちゃん、今……」

「ああ、危ないところだった」

 

 フォースが知らせてくれた。眠らせにかかったら、男は自らを撃って痛みによって催眠に抵抗してのけるということを。

 それも急激に襲い来る眠気の中、自身の身体を極力傷つけないよう……つまり弾丸を身体に貫通させるのではなく、肌を擦過させることで最低限の傷に抑えてだ。やはりこの男、ただ者ではない。

 

 フォースはその場合、エレベーター内の監視カメラを破壊された上にどこかの階で下車されるという未来も見せてきた。もしそうなれば、あとあと面倒なことになっただろう。気づけて良かった。

 

「どうするの?」

「システム復旧までの時間を稼ごう。どのみち気づかれるが、それならばこちらから能動的に動いたほうがいいからな。……I-2O」

「オウサ」

「彼を……そうだな。百三十階の実験室に誘導しろ。あそこなら警備マシンを暴れさせても問題ないだろう。可能であれば捕縛する」

了解(ラジャ)了解(ラジャ)

 

 こうして百三十階で強制的にエレベーターから放り出された鉄仮面の男は、殺到する大量の警備マシンに囲まれた。

 

 普通なら、これほどの量の敵を相手を切り抜けることは不可能だが……実力者であればこの程度、どうとでもなるだろう。

 

 そしてその予想は、現実となる。

 

 警備マシンから放たれた金属ワイヤーが、男をがんじがらめに拘束する。男はそれに、抵抗するそぶりを見せなかった。拘束されてもなお、余裕を崩さなかった。

 

 さらに私はここで未来を垣間見て、作戦の軌道修正を余儀なくされた。思っていた以上に、男の”個性”が凶悪だったのだ。

 

 男はにたりと笑って見せると、”個性”を発動した。淡い光が彼の手から漏れたかと思うと、次の瞬間彼を拘束していたワイヤーは彼の武器となったのである。

 ワイヤーから直接繋がっている警備マシンも例外ではなく、あっという間に男の制御下に落ちる。彼は次いで警備マシンだったものをより集め、束ねると、一気に押し出した。

 

 すると警備マシンの群れはそのまま金属の波となり、押し流されていく。そうして警備マシンの移動経路すべてが金属でふさがれ、このフロアで数を使った物量作戦を封じられてしまったではないか。

 

 そう、男の”個性”は金属操作であった。これでは警備マシンをけしかけても無意味だ。逆に相手に利することになってしまう。

 

「オイオイオイオイ、まじカ?」

 

 理不尽とも言える一方的な展開に、I-2Oが呆れたように言う。ヒミコも似たようなものだ。

 

 私も驚きはしたが、こうなる未来は直前に見えていたのだ。動揺はない。

 

 そして見たところ、恐らくあの”個性”は手で触れなければ発動できない。手であれば素手である必要はないようだが……いずれにせよ、金属を操ると思われる”個性”なら、金属を使わなければいいだけだ。

 

「拘束システムを使え。あれは金属ではなかったはずだ」

「オ、オウ、カシコマリ!」

 

 私の指示にI-2Oが動く。青白く光る帯が、男に巻きついていく。

 

 ……なぜそこまで警備システムに私が詳しいかと言えば、先ほどまでやっていたフォースハックで関係した情報を抜き出したからだ。こういう使い方をするつもりはなかったが、前言通り有効活用させてもらうぞ。

 

 まあこれをしても男はとまらないのだが、時間を稼ぐという意味であれば無意味ではない。男の動きを確認するという意味でもだ。

 

「うっそぉ!?」

「やはりこうなったか」

 

 ほら。これでもなお、鉄仮面の男はとまらなかった。

 

 確かに少しの間、動きはとまった。だが彼がとまっていたのはそれだけで、力づくで拘束を引きちぎってしまったのである。

 

 カタログスペックでは、あの拘束帯は筋力増強型、あるいはそれに準じた効果を持つ異形型の”個性”がなければ人間には絶対に破れない。それらがあったとしても、簡単に破れるものではないはずだが。

 

 にもかかわらず、それがなされたということは……この男、”個性”の複数持ちと見ていいだろう。

 

「オイオイオイオイ、ドーナッテンダヨコノ星ノ人間ハヨォ! コンナノアリカ!?」

「……残念ながらありだ。それがこの星だからな」

 

 悲鳴のような声を上げるI-2Oには全面的に同意するが、仕方がない。ここはそういう星なのだ。銀河共和国にはミラルカやフェルーシアンなど、先天的に全員がフォースユーザーの種族はいたが……それよりもよほどとんでもない星である。

 

 しかしそんな地球でも、”個性”の複数持ちは通常あり得ない。USJ事件では脳無という存在があったが、あれは動く死体であり、例外と言っていいはず。その後の保須事件などでも脳無は確認されたが、それらもまた一様に死体であった。

 であれば、”個性”の複数持ちは死体でなければ不可能……そう思っていたのだが。

 

 どうやらその不可能は、覆されたらしい。この星の機械技術の進歩はなかなかどうして勢いがあるが、こういう非合法的な分野でそうした進歩はしてほしくなかったな。

 

 ……しかし、だからといって私に退くという選択肢はない。そもそも、こういう「とんでもなさ」は私も多少ながら持っている。

 ならば、やることは一つだ。

 

「I-2O、あの男を百六十階の第二植物プラントに誘導しろ。方法は任せる」

「……イイノカヨ? ソンナコト言ワレタラ俺様、ワリトエゲツナイコトヤッチャウゼ?」

 

 モニターの中。壁も機密扉も、金属なら操って。そうでなければ破壊して、まっすぐ二百階へ向かってきている男を一瞥した私は、ジェダイローブをはためかせてきびすを返す。

 

「この際仕方ないだろう。どうせもう、タワーの破壊は起きてしまっているからな」

「アイヨ、カシコマリ。……誘導シタアトハ、ドースンノヨ?」

「もちろん、決まっている。私が男をとめるさ」

 

 マントをちらりと開き、腰に佩いたライトセーバーをI-2Oに見せる。

 

「コトちゃん」

 

 そうして足を踏み出した私を、ヒミコが呼びとめた。

 

 言われるままに足をとめ、彼女に顔を向ける私。

 そんな私に、彼女は言った。

 

「……フォースと共に、あらんことを」

「ありがとう。フォースと共に」

 

 かくして、事件は佳境を迎える。

 




I-2Oの外見は四角錘型と表現していますが、実際は化粧石のないピラミッドのような、階段状の荒い四角錘です。

何はともあれ次回、ボス戦です。
なんかRTAをやってる気分だ・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.レスキュー・オーダー 6

 第二植物プラントは八十階の第一植物プラント同様、”個性”の影響を受けた植物を管理・研究するための場所である。

 ただし、あちらがよくある木や草に属する植物が中心になっているのに対して、こちらは野菜や果物……すなわち食用となる植物が中心だ。

 

 ……”個性”の影響を受けたものを食べたいか、という問題はあるが……まあ、そこは研究こそ存在意義の島だ。うまいことしているのだと思いたい。

 

 と、そんな第二植物プラントであるが、ここに誘導した理由はやはり単に場所が広いこと。そして鉄仮面の男の”個性”が操る対象である金属が少ないことが理由だ。

 

 私はここの一角に陣取り、腕を組んで静かに瞑想していた。

 やがて音が聞こえてくるようになる。ものを破壊する音。それが少しずつ近づいてくる。I-2Oに任せた誘導は、うまいことやっているようだな。

 

 まあ、そのために金属によらない区画封鎖……すなわち壁や床の破壊をするしかなかったところが何箇所かあるだろうと思っているが。その点については、ヴィランを捕縛することで大目に見てもらいたい。

 

 そう思ったときだ。

 

 ――来た。

 

 私はフォースによってそれを感知し、男のほうへ向き直る。

 

「……あん?」

 

 ”個性”の操作で扉をこじ開けて入ってきた男が、怪訝そうに声を上げた。やってきた場所に、子供がいれば当然だ。

 しかもその子供は明らかに普通の格好ではなく、堂々と待ち構えている。警戒こそすれ、油断などするはずがない。

 

「ここまでだ。君がどこの誰かは知らないが、この先には行かせないぞ」

 

 そんな彼に、私はフォースをみなぎらせながら目を開き、宣言する。

 

「チッ……こんなガキに何をしていやがった。どいつもこいつも使えねぇ」

 

 だが、返事は返事とも呼べないようなものだった。

 その言いように、私は眉を片方ぴくりと上げる。

 

「己の人使いがまずいのだろうに。よくもぬけぬけと言えたものだな、()()()()()()

「……おいガキ……てめぇ何モンだ?」

 

 名前を言い当てられたウォルフラムは、明らかに顔色と意識を変えた。銃口が向けられる。

 

「ジェダイナイト、アヴタス。この星の自由と正義を守るもの。……ヴィランよ、投降せよ。もう君に逃げる道はない」

「その言い回し……そうか、てめぇ増栄理波だな? 見た目通りの青臭いことを抜かしやがる」

「……やれやれ、すっかり有名になってしまったものだ。これだから体育祭には出場したくなかったのだが」

 

 ヴィランにここまで知られているとなると、むしろ私のことを知らない人間を探すほうが難しいのではないだろうか。これは来年以降の出場は、本気で見合わせたほうがいいのでは?

 

 と、思っていたところに銃弾が飛んできた。無論、危なげなく最小限の動きで回避するが。

 

「無駄だ。その程度の武器では私を捉えることはできないと思いたまえ」

「みてぇだ……なッ!」

 

 だが、ウォルフラムはそれが無意味だと見るや否や、早くも別の攻撃に転じた。この判断力、切り替えの早さは敵ながら見事と言っておくとしよう。

 

 しかしそれも、無意味である。ここに来るまでに遭遇した警備マシンの残骸を持ち込んでいた彼は、その金属片を操りマシンガンのようにこちらに乱射してきたのだが……。

 

「無駄だ、と言っている」

 

 それらはすべて、私のフォースによって阻まれた。

 斥力によって動きをとめた金属片は、そのまま逆に発射されウォルフラムへと襲い掛かる。

 

 だがウォルフラムもさるもの、と言うべきか。それをされるより早く位置を変え、そこらに設置されている金属の手すりを操作し始めていた。鞭のようにしなり、襲いくる手すりの前に弾幕はすべて蹴散らされる。弾幕はこのための布石だったわけだな。

 

 まあ、それも読めているわけだが。

 

 ついでに言えば、鞭のように振るった手すりにより攻撃を仕掛けていること。たとえ回避されても手すりをしならせ、拘束するつもりでいることも、お見通しだ。

 さらに言うと、攻撃も拘束も回避された場合、手すりを投げ縄のように使ってこの場から離脱しようとしていることもわかっている。

 

 ゆえに、私はライトセーバーを抜いた。同時に出力を増幅し、その光刃で襲い来る手すりを正面から受け止めたのである。

 

 一時的に本来の出力に戻っているライトセーバーに、人が操るとはいえただの金属が触れたらどうなるか。

 

 簡単だ。一瞬で溶解する。

 

「何!?」

「言ったはずだ。無駄だ、と」

 

 勢いよくセーバーに突っ込んできた手すりは、光刃に飲み込まれるようにしてあっさりとこの世から消失した。これは予想外だったのか、さすがに狼狽するウォルフラム。

 

 そんな彼に、私は改めて声をかけた。

 

「もう一度言うぞ。投降せよ。君にもはや逃げ場はなく、また勝ち目もないのだから」

 

 この呼びかけに、ウォルフラムは怒りを募らせた。顔を険しく歪ませると、ふざけるなと叫びながら拳を振り上げた。

 

 ああ、身体能力を増強する力があるならそうするだろうな。ここは植物プラントだが、広大なフロアの中にいくつかの区画が皿を重ねるような形で複数、連なって収まっている。そしてそれら最小単位の区画を破壊するだけなら、彼には造作もないだろう。

 

 だが、それも読めている。

 

「ぬうっ!?」

 

 私はフォースプルでウォルフラムの足下をさらい、体勢を崩させる。

 

 それに合わせて、出力が元に戻ったセーバーの光刃を増幅した。

 今度の対象は長さだ。ほとんど無形の位であった手元でセーバーの切っ先が一瞬にして伸び、ウォルフラムの鳩尾に直撃する。

 

 急所に不意打ちで一撃を受けた彼は、直前に体勢を崩していたこともあって仰向けに転倒した。

 

「カハッ!?」

『I・アイランドの警備システムは通常モードになりました』

 

 そんなウォルフラムをよそに、無慈悲なアナウンスが響く。セントラルタワーのみならず、I・アイランドそのものがウォルフラムの手から完全に離れた証であった。

 これに合わせて、パーティ会場はヒーローたちに、また我がクラスメイトたちによって解放されるだろう。つまり、ウォルフラムに増援は一切来ない。

 

 その後も続く種々のアナウンスを聞き流しながら、私は改めてウォルフラムに声をかける。

 

「どうしても投降するつもりはないのか」

「くたばりやがれ!」

 

 やはり返事は否であった。

 

 ウォルフラムが床を引きちぎる。指を立てた手を突き立て、めきめきと。

 そこから顔をのぞかせたのは、区画の土台となる金属。

 すぐさま操られた金属の波濤が、私目がけて殺到する。

 

 これも読めていたが……頑として抵抗するなら仕方ない。心を攻めるとしよう。

 

「重ねて言う。――無駄だ」

 

 ……突然の講釈となるが、私の増幅の効果は、山なりに推移しない。効果量は私の任意によって決定され、発動した瞬間にその量の増幅が瞬時になされる。

 これは効果が切れるときも同様であり、これによって私は、近接武器で超遠距離攻撃が可能なのだ。それも一瞬にして。

 

 特にライトセーバーの刀身は実体がほぼなく、重量もない。その分実体剣に比べてコストパフォーマンスは格段に良く、”個性”との相性は抜群だ。

 

 そう、私はライトセーバーの出力と長さを再度、一瞬だけ増幅した。

 すると、セーバーはたちまち長大なユニバーサルカッティングツール(なんでも斬る剣)と化す。

 

 こうして生まれる、巨大な光刃。これを足場を切り捨てないタイミングで形成して、下から上へ、掬い上げるように一閃する。

 

 途端、あっさりと切り払われた金属の波は、ウォルフラムの制御から離れた。あとは飛ぶことでどうとでもなる。

 

 そうして金属操作の効果が途切れた金属塊の隙間を潜り抜け、高速でウォルフラムに肉迫。高威力であることを見せつけたライトセーバーをブラフとして、防御と意識をもかいくぐると、脛に蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐおおぁぁ!?」

 

 たちまちウォルフラムは野太い声を上げながら、その場にうずくまった。無理もない。

 

 この国では、弁慶の泣き所というのだったか。それだけ脛という場所は防御することが難しい急所の一つだ。

 ウォルフラムもそれは理解しているのか、簡易ながらも脛当てがあったようだが……攻撃力という概念的な力を増幅していれば、関係ない。

 

 蹴ったついでに彼にかかる重力を増幅し、動きも制限する。そして鼻先にライトセーバーを突きつけた私は、宣言した。

 

「投降したまえ。これ以上、いたずらに罪を重ねることはないだろう」

「ふ……! ふざけるな……! ふざけるな、こんな、こんなことがあってたまるか……!」

 

 彼はそれでもなお、破れかぶれになることなく、手持ちの札……この場合は増強系の”個性”を用いて接近戦に持ち込んできた。攻撃の一つ一つに、子供など瞬殺してしまえるような力が込められている。

 

 いやはや、ここまでされても戦意も殺意も衰えないところは、敵ながら見事ではある。私を殺そうとしつつも、逃げられる状況が整えば即座にそちらに作戦変更するつもりであることも、天晴れと言えよう。

 

 だが――それでも言おう。無駄であると。

 

 何せ、足りないのだ。増強されていることは間違いないが、その効果量が足りない。

 

 そもそもの話、私にはこの手の”個性”の敵との戦闘経験がある。直近だとシガラキ・カサネが。少し前に遡れば、脳無という強敵との経験が。

 

 断言しよう。ウォルフラムの”個性”は、結果としての効果こそ同じだが、前述の二人に比べると劣る。かかる重力が増していて動きが鈍っていることを差し引いても、近接戦闘の技術がしっかりしていることを加味しても、遅いのだ。

 

 恐らくだがこの増強系”個性”、ウォルフラム本来のものではないのだろう。

 その場合、どういう経路、どういう手段で”個性”を複数持つに至ったのかという問題が浮上するが……今は置いておく。

 

 ともかくウォルフラムの増強系”個性”は、金属操作に比べて明らかに練度が低い。全能力増幅自体を使わずとも、フォースによる身体強化だけで対処できるのだから、その程度がわかろうというものである。

 

 おまけに脳無と異なり、ウォルフラムには意思がある。どこを狙おう、どれくらいの力を込めよう、といった意思が。それは必ず彼の心理に現れ、偽ることができない。

 さらに言うなら、今のウォルフラムは決して平常心ではない。多少なりとも乱れた彼の心は、彼の狙いは、フォースによって悲しいほどに筒抜けだった。

 

 それらが致命的だ。フォースユーザーである私の前では、ウォルフラムの技はほぼ意味をなさないのだ。

 

 それでも私が手を抜けないのは、彼の力量が優れていることの証と言える。追い詰められているからこその爆発力も、諦めることのない精神力も、決して侮れない。その点は認めなければならない。本当に彼の力がなかったら、もっと早く無力化できていたはずなのだから。

 

 まあ、私としては彼を必要以上に傷つけるつもりはないし、してはならない立場でもある。加えて言うなら、普段なら有効な手持ちの拘束具が軒並み金属製なので、ウォルフラムとの戦いは中途半端に長引く羽目になったわけだ。

 

 しかし私も、相手を気絶させるべく何度も急所を打ち据えた(股間はさすがに狙わないでおいた)のだが。これで気絶しないのだから本当に大したものである。

 ”個性”を含め、彼がもう少し弱ければここまで追い込まれることはなかっただろうに、とも思わなくはないが。

 

 ただいずれにせよ、ウォルフラムは詰んでいる。私が告げた「逃げ場はない」は客観的事実なのだ。

 

 最初の地点から少し離れた場所。数分の攻防の末、プラントのほぼ真ん中に位置する中央エレベーターの近くにまでウォルフラムを追い込んだ私は、今度こそ本当の最後通牒を出す。

 

「これで最後だ、ウォルフラム。これ以上の抵抗は真実無意味であり……それでもなお抵抗するのであれば、ここまで受けてきたどんな痛みよりも強烈な一撃が君を襲うだろう」

 

 既に全身に打ち身や擦り傷を作り、服もボロボロになったウォルフラム。

 

 だがそうなってもなお――彼が折れることはなく。

 

「くたばれガキがああぁぁぁぁッッ!!」

 

 中央エレベーターに触れ、”個性”でもってこのタワーそのものを破壊しようとしてきた。

 

 だが、そうすることはわかっていた。フォースを使うまでもなく。

 

 なんと言うことはない。追い詰められた悪人がやることは、銀河が違えど変わらないということだ。

 

 ゆえに――もう遅い。そう、遅いのだ。

 

「……残念だよ、ウォルフラム」

 

 私はそうつぶやくと、ライトセーバーの刃を収めて目を閉じた。

 

 直後。

 

MISSOURI SMASH(ミズーリースマッシュ)!!」

「ごぼぁっ!?」

 

 中央エレベーターから躍り出たオールマイトの手刀が、ウォルフラムの後頭部に叩き込まれた。

 最後の最後まで外れなかった鉄仮面が吹き飛び、ウォルフラムもまた猛烈な勢いで顔から地面に叩きつけられる。遅れて、竜巻のような突風が巻き起こった。

 

 そしてその風が収まったとき。ウォルフラムの膝がかくりと倒れ、力なく横たわった。

 

 そんな彼に……もはや聞こえていないだろうが、私は言う。

 

「言っただろう。ここまで受けてきたどんな痛みよりも強烈な一撃が君を襲う、とな」

 

 私がただ長々と戦闘を続けていたはずがないだろう。ヒミコとのテレパシーを通じて、オールマイトを誘導してもらっていたのだ。中央エレベーターにまで戦いがもつれ込んだのも、そのためである。

 

「……増栄少女、お疲れさん! 救かったぜ!」

「いえ、こちらこそ。お見事でした」

 

 かくして、事件は一応の終結を見たのであった。

 




個性持ちのジェダイと、複数個性持ちとはいえ非フォースユーザーが正面から戦ったらこうなりますよ、という見本市でした。
原作のウォルフラムはもっと絶望的なボスとして描写されてるんですけど、そのために必要なアイテムが手に入らないまま理波に捕捉されたので、こうならざるを得ませんでした。

原作通りにシールド博士からアイテム強奪に成功してたら、そもそもライトセーバーが使えなくなるのでめちゃくちゃな強敵になるはずだったんですけど。
無理やり原作沿いにするために主人公側をガバらせるわけにはいかないですからね。
強力なオリキャラをぶち込むタイプの二次創作ってこういうところで難しいです。加減が効かないから。
ていうかこういう展開は序盤にやるべきなんだろうけど、最初のボスが脳無って明らかに難易度バグってるよねヒロアカ。

ちなみに理波ちゃん。
ライトセーバーで遠距離攻撃ができることに気づいたとき、それはそれは大層はしゃいだ模様。
※ライトセーバーを神聖視する一般ジェダイは、頑なにブラスターとかその手の武器を使わないのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.事件のあとで

 事件が終結し、ヴィランたちも捕まった。

 

 それでもセントラルタワーは無傷ではなく。レセプションパーティは中止になり、代わりに行われたのは警察による事情聴取だ。

 関係者が多かったためにこれは長引き、日付が変わる直前で続きは翌日に持ち越される。

 

 だがそんな時間帯にあって、内通者として逮捕されたデヴィット・シールド博士の下を訪ねる男が一人。

 

「トシ……」

「やあデイヴ! 私が……面会に来た!」

 

 筋骨隆々、派手な原色のコスチュームを身にまとった巨漢。ナンバーワンヒーロー、オールマイトその人である。

 

 彼はその巨体を、しかしちんまりと寄せてパイプ椅子に座り込む。

 

「……すまない。私は……私は、バカなことをしてしまった。多くの人を危険にさらしてしまった……。君や未来のヒーローたちがいなかったら、どうなっていたか……」

 

 その正面、アクリル板の向こうで博士は自嘲たっぷりに言葉をひり出す。ため息交じりのそれは、まるで消え入るようなものだった。

 

「そうだな……ヒーロー、オールマイトとしては、頷くしかないな。なんてバカなことをしたんだ、デイヴ……」

 

 応じた声にも、力なくうなだれることしかできない。

 

「けどな、デイヴ。一個人としては……一人の八木俊典(としのり)としては。嬉しかったぜ。君が私のために今までの功績も立場も、何もかも投げ打ってまで、思い遣ってくれたことは。それは、それについては……ありがとうと、言わせてくれないか。我が友よ」

 

 だが続いた声に、博士は一度呼吸をとめて顔を上げた。

 

 そこには、いつものスマイルを浮かべた友人がいた。お互い老けたが、かつてと変わらない笑顔がそこにあった。

 長年の相棒が見せたその顔に、ようやく博士は一息つくことができた。

 

 許してもらえるとは思っていない。許されていいとも思っていない。むしろ、自分は非難されなければならない。

 それでも……そんな自分を、今なお友と呼んでくれるオールマイトに、シールド博士はようやく、前を向くことができた。

 

 しかしだからと言って、何を言えばいいやらわからなかった。

 こういうとき、先に口を開くのはおおむねオールマイト……八木俊典の役だった。

 

 今も、また。

 

 そうして、しばらく取り留めのない会話が続く。その大半は、雄弁なオールマイトが喋っているだけ。シールド博士は相槌に終始していた。

 

 だが、博士は知らない。オールマイトもまた、悔いていることを。しかしその後悔を、口にするわけにはいかないからこそ、雑談から離れられないことを。

 

 ……オールマイト。本名、八木俊典。”個性”、「ワンフォーオール」。そう、それは緑谷出久が持つ”個性”と、まったく同じもの。

 

 本来、この世には二つと同じ”個性”などない。たとえ同じ結果を生み出す”個性”があったとしても、それらはすべて別の枠組みで成り立っている。だからこそ、この異能は「個性」と呼ばれる。

 

 つまり……ワンフォーオールは例外だ。ワンフォーオールとは、引き継がれていく”個性”なのだ。

 持ち主はこの力を、別の人間に譲り渡すことができる。そうしてこの”個性”は、超常黎明期から力を増し続けてきた、ある種の特異点なのである。

 

 オールマイトは、この”個性”の八代目だ。そして緑谷出久こそ、当代の継承者。九代目に当たる。

 

 そう、オールマイトの”個性”は既に譲渡済み。今彼の中にある”個性”は、言うなれば残り火。燃え尽きる直前のロウソクのようなものでしかない。シールド博士が検知し、憂慮していた「オールマイトの”個性”が消えかかっている」という事態は、これが()()原因だ。

 

 だが、ワンフォーオールの特異性がゆえに、その説明は誰にもするわけにはいかない。譲ることのできる”個性”が知られれば、それを奪おうとする人間は必ず現れる。

 

 ましてや、ワンフォーオールという”個性”が宿命とする大敵の存在。それに対抗するためには、秘密にせざるを得ないのだ。

 

 ゆえに、オールマイトは苦悩する。己を案じてくれた親友に、真実を教えたい。教えるべきだった。そうすれば、親友が犯罪に手を染めることはなかったかもしれないと……。

 

「……トシ」

「ん? なんだい?」

「君が気に病むことはないんだ。私が悪かったんだよ。私が視野狭窄だっただけなんだ」

「いや……しかし」

 

 そんなオールマイトの苦悩を、しかし表に出すわけにはいかない苦悩を、シールド博士ははっきりと感じ取った。

 

 なぜなら、彼らは親友なのだ。大学時代はタッグを組んでいた。お互いの考えることなんて、手に取るようにわかる。そんな、無二の親友なのだ。

 

 もちろん、オールマイトの内心にあるすべてを読み取れるわけではない。だからシールド博士は、娘の話をすることにした。己を叱り飛ばした、自慢の娘の話を。

 

「……メリッサに、叱られてしまったよ」

「メリッサに?」

「ああ。私の装置さえあれば……”個性”を人体に影響なく、機械的に増幅するあれさえあれば、トシの”個性”を取り戻せる。平和の象徴を取り戻せると言った私に……あの子はこう言ったんだ。

『マイトおじさまがおいくつか、パパが知らないわけないでしょ? もう六十近いのよ? そんな人の”個性”だけ増幅したって、身体がついてこれるわけないじゃない!』ってね」

「こいつは手厳しい!」

 

 娘の口調を真似る博士に、オールマイトは思わず笑う。あまりにもその通り過ぎて、笑うしかなかった。

 

「まったくだよ。けど、それが私には衝撃的だった。……私はそんなことも見落としていたのか、ってね」

 

 博士はアクリル板越しに親友の顔を……正確には、そこに刻まれた皺をじっと見やる。

 記憶にある、そして手元にあるどんな写真、映像よりも老いていた。

 

 当たり前だ。当たり前すぎて、忘れてしまっていた。

 

「……世間じゃノーベル個性賞の受賞者、”個性”研究の第一人者とか言われておきながら、このザマだ。”個性”が身体機能の一つにすぎず、それが他の身体機能とも密接に関わっていること……今や小学校でも習うようなことを、見落としてしまっていた。私たちが、もうちっとも若くないんだってことも……」

「まあ、なあ……私も心は若いつもりだが、ちょいちょい高校生とのジェネレーションギャップは感じるな……」

「あの子はこうも言ったよ。あの子を守ってついてきてくれた子供たちを示して、『雄英の体育祭で、マイトおじさまは言っていたわ。次代のヒーローは育ってるって。その通りよ! デクくんも、麗日さんも、芦戸さんも……ここには来てない、他の子たちも! みんな立派なヒーローだわ! これからはもう、彼らの……ううん、私たちの時代なのよ!』って……」

「……デイヴ……」

「正論だろ? 正論すぎて、私は何も言えなくなってしまったよ。……そうだ、世代は変わるんだ。それが生き物の宿命なんだってね」

 

 ははは、と渇いた笑いが室内で反響する。

 

「私はもっと、未来を信じるべきだったんだ。必ず君の志を継ぐものが……次の『平和の象徴』が、現れると。君がそれを育ててくれると、信じるべきだったんだよ。だから……トシ」

 

 改めて、シールド博士が顔を上げる。オールマイトの視線が、彼のそれと重なる。

 

 オールマイトは見た。そこにあるものが、紛れもなく光であると。親友は、既に折り合いをつけているのだと。

 否、己との会話の中で、折り合いをつけることができたのだと。

 

「君は悪くない。君が気に病む必要は、ないのさ。まったく、これっぽっちも」

「……すまない。ありがとう……ありがとう、デイヴ」

 

 ならばと、オールマイトも頷く。これ以上の下手な気遣いは無用だと、理解したのだ。

 

 そこからの彼らの会話は、若かりし日のカレッジのごとく弾んだ。

 そこにいたのは、世界に冠たる平和の象徴でも、”個性”研究のトップランナーでもなかった。ただの八木俊典と、デヴィット・シールドだった。

 

 話題の中心は、子供たちのこと。未来のことだ。現役を退くべきときが近づいている自分たちが、そのために何ができるか。

 二人は二十歳そこらの若者のように屈託なく、際限なく、それを語り合った。

 

 妄想に等しい案もあった。現実に阻まれるであろう案もあった。これなら行けるかも、という案も。

 そうして語り、語り尽くして、すべてをぶつけ合った二人は改めて未来を約束する。

 

 両者の顔に、最初あった憂いはもはやなく。

 

 また会おう、と。

 

 それを最後の言葉として、二人は別々の扉から退室したのだった。

 

 ――朝日が、顔を出そうとしていた。

 

***

 

 タルタロス級の警備システムを持つI・アイランドが、ヴィランに襲撃された。このニュースは瞬く間に世界を駆け抜け、多くの人々に衝撃を与えた。

 同時にI・エキスポの開始は延期となり、本来なら盛大に行われたであろう開催式の時間帯は、後始末に費やされることとなる。

 

 もちろん、当事者となった私たちも例外ではない。直接的に私たちが手伝うことはほとんどないが、それでも事情聴取は受けなければならず、なんとも複雑な時間を過ごすこととなった。

 

 中でもオールマイトの秘密の一端を知ってしまったアシドとウララカは、憂鬱そうにしていた。

 

 無理もない。この星におけるオールマイトは、もはや神話に近しい。その絶対性が崩れかかっているという事実をいきなり突きつけられて、思うところがないはずがない。

 しかも、そのことを誰にも言えないのだ。憂鬱にもなろうというものである。

 

「私たちがオールマイトを超えればいいだけの話じゃないか。プルスウルトラ、今までとやることは変わらないよ」

 

 と励ましておいたし、「どうしても我慢できなくなったら、秘密を共有するものとして私やヒミコを頼ってくれて構わない」と伝えれば、二人の表情は和らいだ。

 

 まあ、ミドリヤがどうしてそれを知っているのかととても狼狽していたがね。

 

「君とオールマイトの間にある秘密もおおむね察しているぞ?」

 

 ついでにそうささやいたら、狼狽を通り越して青くなっていたのには、申し訳ないが少し笑ってしまった。

 

 私たちに彼らの秘密を暴露するつもりはまったくないし、私たちと同じ手段が使えるのはカサネかイッシキくらいだろう。

 しかもフォースによる読心は、ライトサイダーのほうが得意な技だ。ダークサイダーであり、フォースの訓練を受けていない彼らから情報が洩れることはまずないだろうから、とりあえずは気にしなくても大丈夫だと思うがね。

 

 さて、それはともかく。

 

 やるべきことを終えた私たちはその後、帰国の飛行機が来るまでの間は自由時間を与えられた。

 

 とはいえ博覧会の展示はほとんどが閉まっていたので、できたことと言えば食事会に参加するくらいだ。

 I・エキスポ開始が延期になったことで、客を当て込んでいた食事処の食材はほとんどが行き場をなくしてしまった。そのロスを少しでもなくすために、残っていた全員に料理が盛大に振舞われたのである。なので、遠慮なく相伴に預かることにした。

 

 ああ、遠慮なく食べさせてもらった。私一人で二十人前くらいは食べたのではないだろうか。我ながらやりすぎだと思うが、食材の廃棄はもったいなさすぎる。食べられるなら食べておこうと思ったのだ。おいしかった。

 

 余った食材もよかったら持っていって構わないということだったので、ウララカなどは目に見えて元気になっていたな。

 

 ともあれ、そうしてアイランドから去る時間帯。私たちの下に、シールド女史が見送りのために訪ねてきてくれた。

 

 父親が事件の発端であることを考えれば、彼女の今後は決して順風満帆とはいかないだろうが。それでも彼女は間違いなく、前を向いていた。

 

「パパにあれだけ啖呵を切っちゃったんだもの。今まで以上に頑張らないとね」

 

 彼女はそう言って、にっこりと笑って見せたのだ。

 

 そんな彼女に、我々もまたヒーローを目指すもの――私とヒミコはその限りではないが、それを言い出さないだけの分別はある――として応じ、互いの健闘と飛躍を誓って別れたのである。

 

「はーあー、結局レセプションパーティも二日目のパビリオン巡りもできなかったなー」

「ええ、残念でした……。でも、ヒーロー志望としてはいい経験になりましたわ」

「それはそう。でもそれとこれとは別だよぉ!」

「わかる」

 

 アシド、ヤオヨロズ、ハガクレ、ジローのやり取りに、そうだなと頷く。

 

 私としても、少々物足りない。食事会は楽しかったが、それが目的にここまで来たわけではないわけで。結局、技術交流会も新作発表会も中止になってしまったしなぁ。

 

 ……その辺りの情報を、I-2Oが事件のどさくさに紛れてごっそりと抜き出していたことをあとで知った私は大層驚愕させられる羽目になるのだが、それはさておき。

 

「その分林間合宿楽しもうよ! ……まあ、合宿は強化合宿らしいから、あんまし遊べる時間はないかもしれんけど」

「そうね。でも、一週間もみんなと共同生活をするのだもの。なんだかんだできっととても楽しいわ」

「……そーだよね! うん、合宿で楽しもう!」

「肝試し! 花火! あとは……キャンプファイヤーとか? 楽しみ!」

「合宿じゃなくっても、何か機会があったら、今度こそみんなで旅行したいですねぇ」

 

 そんな中、林間合宿の話で盛り上がりかけたところでヒミコが言った。

 にっこりと笑う彼女に、他のみなも一斉に笑みを浮かべる。もちろん、私も。

 そうして、全員が賛成と声を上げた。

 

 このクラスの面々は、きっと大成する。そうでなくとも、雄英のヒーロー科から脱落することはまずないと思う。

 であれば、ヒミコが言った機会もいつかは来るだろう。新しい人生を過ごすに当たって、また一つ楽しみができた。

 

 私はジェダイであり。そうした娯楽や、特定の人物に対する強い親近感は、避けるべき立場だが……私はもう、それについては開き直ると決めたのだ。楽しいと思うことは、素直にそう思おうと決めている。

 

 特に、大勢で同じことを一緒にする、ということの楽しさは、ジェダイでは経験できなかったことだから。

 学生であるうちは学生らしく、友人らと共に過ごそうと。そう、思うのである。

 

 だから……まあ、なんだな。

 これからも、みなどうぞよろしくと。改めて思ったりするのであった。

 

***

 

 そうして帰宅した、その日のうちに。

 私たちのアパートの寝室には、I・アイランドでたくさん撮った写真を流すデジタルフォトフレームが追加された。

 

 夜。ベッドの上で腹ばいになりながら、ゆるゆると切り替わっていく写真を眺める。全員で写っているものもあれば、そうでないものもある。だが共通して、写り込む全員は楽しそうだ。笑顔があふれている。

 

 もちろん、私も。何せ開き直ることにしたのだ。少しくらい羽目を外してもいいではないか。

 

 まあ、そんな私をこうして客観視すると、どう見てもただの子供なのだが……そこはなんというか、実際今の私の身体は子供なので……。

 

 いやそれにしてもこれは行き過ぎだな……。私はこんなにも表情を抑えるのが下手だっただろうか。

 もしや身体に引っ張られているのだろうか。それとも、開き直ると決めたからだろうか……。

 

「ふふ、コトちゃん楽しそう」

「ん……うん……そう、だな。楽しいよ」

 

 と、そこでヒミコが上に寝そべるようにのしかかってきた。と言っても私に体重をかけるような形ではないが。

 その状態で、私の首筋の顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らしている。鼻息がくすぐったい。

 

「また旅行、行こうねぇ」

「ああ。今度こそ事件などなく、穏やかに済めばいいが」

「それはどうかなぁ……だってヒーローになったら、オフでもそういうの見過ごせなくなっちゃうし」

「確かに。それを嫌とは言わないが、旅行中には勘弁してほしいと思ってしまうのが人情だろうな」

 

 それでも、やるときはやるだろう。私でなくとも、A組のみなならきっと。ハガクレが言っていた通り、それはそれこれはこれというわけだ。

 

 何より、ヒーロー免許は国際免許だからな。本免許を取得したら、返納しない限りは相応の立ち居振る舞いがいつでもどこでも求められる。

 

「私はダークサイダーなので、素直にヤって言っちゃいますけどね……はむ」

 

 耳を甘く噛まれた。

 

「ん……っ。よく言うよ。今回にしても、自発的に動いたくせに」

「だって、コトちゃんならそうするでしょ? 好きな人と同じになりたいのは、当然なのです♡」

「ふふ、まったく君というやつは……」

 

 なんてことを言いながら私は、耳をずっと責めてくるヒミコから逃れるために、その場で力づくでぐるりと仰向けになった。

 もちろん、ヒミコと目が合う。その目は、甘くとろけていた。

 

 ああ……これはもう、限界のようだな。

 

 そう思った瞬間、ヒミコは思い切り抱き着いてきた。次いで私の顔の横に両手を置き、真上から私を覗き込んでくる。

 

「はあ……っ♡ もう我慢できない……!」

 

 そうして部屋の明かりから逆光になった彼女の顔は壮絶で、妖艶だった。顔はすっかり上気し、息遣いも荒い。

 

 ……なんとなく、こうなる気はしていた。今夜の入浴はやけにあっさりしていたというのに、今の今までずっとそわそわしていたからな。スキンシップも、帰宅してからというものいつも以上に激しかった。

 

 だが無理もない。共に暮らすようになってからは毎日の習慣だった吸血を、旅行中の丸二日間、一切行わなかったのだから。昨夜については後始末が忙しく、そもそも吸血をしている暇がなかっただけなのだが、それはそれであろう。

 

 去年の今頃は毎日していなかったから、別に問題なく我慢できていただろうが……慣れとは恐ろしいものだ。ある意味薬物に依存する人間のように、少しでも我慢できなくなってきているような気もする。

 一泊二日でこれなら、林間合宿は一体どうなることやら。一週間あるのだぞ?

 

 ……まあ、そうなったらきっと、私は彼女に言われるがまま身体を差し出すのだろうな。

 もちろん最低限人目は避けるが……いずれにせよ私は――たぶん、彼女の懇願を断れない。

 

「よく我慢したな。好きなだけ吸うといい」

 

 ほら。

 

 今もそうだ。約束したとはいえ、自分から服をはだけさせて、首筋を、肌を、惜しげもなくさらしている。

 

「……でも、少しだけ加減してくれると助かるのだが」

「それは、保証、できないのです……!」

 

 ……ああ。

 

「いただきまぁす!♡」

「ふ……っ♡ ん、んんぅ……♡」

 

 今夜は、長くなりそうだ――。

 

 

EPISODE Ⅴ「I・アイランド:レスキュー・オーダー」――――完

 

EPISODE Ⅵ へ続く




ステイッステイッ
(うまぴょいは)まだだッまだだッ

というわけでEP5、これにておしまいです。
少し短めになりましたが、劇場版+日常シーンでこんなところでしょう。
これ以上はたぶん冗長になってしまうでしょうからね。
ちなみに一番の黒幕と言うべきは博士の助手のサムさんなんですけど、原作ほど追い込まれていない状況、しかし原作より明確に逃げ場がないことを悟って、ネタバレしないままウォルフラムたちに全部なすりつけてます。
ちゃっかり原作よりかなりマシな立場を勝ち取ってるので、この人が一番得したかもしれない。

さて今後ですが、最初に言った通り幕間を二つ挟んで書き溜め期間に入ります。
それまで今少しお付き合いくださいませ。



ところで身長比較したったーなんて面白そうなものを見つけたので使ってみたんですけど。


【挿絵表示】


自分で設定しといてなんだけど、この身長差やべぇな???
こんだけ身長差あるとなると、いざ本番するときめっちゃ困るんじゃないかな・・・。
まあ理波は圧倒的ネコだからそんなに困らないか? どうだろう。教えてエロい人。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 漢の軌跡

お ま た せ 。


 オイラの名前は峰田実。国立雄英高校のヒーロー科で、日夜ヒーローになるための厳しい修行に明け暮れるナイスガイさ。

 

 ……自称だって? うっせー、わかってんだよそんなことくらい。どうせオイラ童顔だし、身長だって六歳児くらいしかないよ! イケメンは滅んじまえ! ペッ!

 

 けどよぉ、そんなオイラでもやっぱモテてぇのさ。たくさんの女の子に囲まれてチヤホヤされたい。キャッキャウフフしたい。性的な意味で。

 

 なぜって? そんなん決まってらぁ。オイラ、女体って言葉を思い浮かべるだけで生きてる意味を実感できるのさ。物心ついたときから、ずっとそうだった。

 

 オイラに言わせれば、女体ってのは全人類のふるさとなわけよ。実家なわけよ。

 ならよぉ、実家に帰省したいって思うのは人として当たり前のことだよなぁ?

 

 ……ところがどっこい、オイラが実家に帰りてぇからって実家の前に立つと、実家は門前払いしてきやがる。そこをなんとか、って声を上げたら不審者扱いで、どうしてもなんとかなんねぇのかって詰め寄れば犯罪者扱いよ。

 

 そんなの納得できねぇよなぁ! オイラはよぉ、ただ実家に帰りたいだけだってのになぁ!

 

 ……そんなわけだから、オイラ雄英に来た。見た目で実家から絶縁状を叩きつけられるようなオイラみたいなやつは、何かしら箔が必要だって考えたんだ。

 

 そう、ヒーローって箔だよ。ヒーローってやっぱカッコいいじゃん? モテるじゃん? アゼルバイジャン?

 

 だからよ、オイラみたいな非モテがモテるためには、ここが一番の近道だって思ったのさ。どうせヒーローになるなら、やっぱオールマイトやエンデヴァーの出身校、日本一の雄英がいいもんな。

 

 ……まあその雄英に来てつくづく思ったのは、ヒーローだからカッコいいんじゃなくて、カッコいいからヒーローなんだっつーことなんだけどよ。それは置いとくとして。

 

 ともかく、オイラはモテたくて雄英に来た。ヒーローになってモテる! その第一歩としてな。

 

 けど、せっかくの高校生活。ワンチャンここで可愛い女の子とお近づきになれないかなとも思ってた。

 だってそうだろ? 高校生だぜ。女子高生だぜ。その肩書きだけでプレミアがつく。それがJKってやつなんだ。期待しないほうがどうかしてる。

 

 だからよぉ、振り分けられた先のA組女子を確認したとき、オイラ、神に感謝を捧げたね。普段はそんなの信じてないけど、捧げざるを得ないと思った。それくらい、A組の女子のレベルは高かった!

 それに比例して、オイラのやる気もうなぎ登りよ。入学初日のオイラは間違いなく希望に満ち溢れてたし、クラスメイトを確認したときそれは有頂天だったと断言できるぜ。

 

 そうして始まった授業。最初のオールマイトの授業で、オイラは見た。

 麗日に抱きついてくんかくんかして、おまけに吸血にまで及ぼうとしたトガの姿をな。

 

 あれは……あれはマジでエロかった。火照ってほんのりと赤くなった頰! 興奮を隠しきれない荒い吐息! ちろりと垣間見える舌! あんなの見せられたらオイラのオイラは荒ぶって仕方ないってなもんよ!

 

 ああいう顔をオイラに向けてほしい。オイラもあんな感じに抱きしめられたいし、くんかくんかされたいし、ぺろぺろされたいし、チウチウされたい!

 なんなら注射じゃなくって、直にオイラに噛みついてチウチウしてくれてもいい! 干からびるまで……はさすがに困るけど、でもちょいと吸うくらいならいくらでも吸わせてあげるぜぇうへへへへへ!

 

 ……ってわけで、トガはオイラの中で狙いたい女子一位に躍り出た。顔はかわいいし、エロい。性格はちょっと自由だけど、それが猫みたいでまたなんともたまらない。おっぱいも大きめだしな!!

 

 麗日との距離がやたら近い感じからして、もしかしてそっちの人間かなとも思ったけど……そんときはそんときよ。百合はいいものだ。あわよくばその間に挟まりたい。

 

 ……そう思っていた時期が、オイラにもありました。

 

 そうさ。意外に思われるかもしれないけど、オイラ百合の間には挟まりたい男だったんだ。

 なぜって? いや、右と左に女の子がいたら、どっちも味わいたいと思うのが男ってもんだろ?

 

 世の中に、百合の間に挟まる男絶対殺すマンが存在することは知ってた。でもそういう連中だって、実際のところは挟まりたいに違いないって思ってたんだよ。

 

 ……いや、確信していたって言ってもいい。今思えば、なんて浅はかなこと考えてたんだと思うね。

 

 そうさ……百合には男が侵しちゃならねぇ領域ってもんがある。どうあがいても、男の入り込む余地のない、絶対的な聖域ってもんがな。

 

 オイラがそれに気づいたのは、そう、あの忌まわしきUSJ事件の日だ。

 あの日、オイラたち一年A組はバスに乗って移動していた。その中でのことさ。

 

 トガが、増栄を抱いて膝の上に座らせていたんだ。

 それだけじゃない。その状態で頭をなでたり、頬ずりしたり、キス寸前の距離で会話したりと、そりゃもうすんげぇ絵面だったんだよ。

 

 極めつけは、そのときの二人の顔だ。トガは完全に恋する乙女の顔だった。それをいとうことなく受け止める増栄の顔も、他のクラスメイトに向けるのとは明らかに違ってたんだよ。

 

 それを見た瞬間、オイラの胸には言い知れない感情が湧いて出てきたんだ。最初は分からなかったけどな……しばらく二人を観察してて、わかったんだ。

 

 ああ。

 

 これが。

 

 この感情が。

 

 ――「尊い」か。

 

 ってな! 頭じゃなくて、魂で理解できたッ!

 

 その解釈が間違いじゃなかったことは、わりとすぐに明らかになった。

 

 USJに現れたヴィランたち。そいつら相手に、十歳児にもかかわらず一歩も引かずに戦った増栄が、限界を迎えたとき。

 

 トガは、迷うことなく増栄をお姫様抱っこした。

 増栄も、疑うことなくトガの首筋にすがりついた。

 

 これは間違いねぇ! あの二人の間に、オイラは入っちゃならねぇ! そう確信したんだ。

 

 ……と、以上がオイラが改宗した経緯だ。

 

 それからのオイラは、よく二人の様子を眺めるようになった。見てるとな、こう、尊いが高まって穏やかな気分になれるんだ。たまに死ぬ。そんな生活だった。

 

 いやもう、二人のイチャつきぶりは、その後もとどまることを知らなかったからな。エロい顔するあやふや敬語系お姉さんが、お固い顔して案外チョロい幼女にぞっこん。幼女のほうも満更でもない。最高かよ。

 

 ただそれはそれとして、実家に帰省したい……つまり女の子と仲良くなりたい、キャッキャウフフしたい(性的な意味で)と思うオイラがいるのに変わりはない。

 トガと増栄に手を出そうとはもう思わないけど、他の女子は変わらず守備範囲だったからな。

 

 けどある日、オイラは気づいちまったんだ。オイラが女体を求めてA組女子に近づくと、そこには必ずトガコトカップルもいるってことに。

 これに気づいたとき、オイラ愕然としたね。オイラは無意識のうちに、百合の間に挟まる男になってたんだからよ!

 

 それに気づけたのはたまたまだ。たまたま、授業終わりの更衣室で、女子更衣室に続く覗き穴を見つけたからだ。

 

 あのときのオイラは、使命感に駆られていた。オイラのオイラも万歳行為に余念がなかったし、そこにスキマがあるなら覗くしかねぇ! と思ってた。

 実家に帰れないなら、入れてもらえないなら、せめて実家を外から見たいって思うのは、ごくごく自然な流れだろ?

 

 けど、覗き込んだ穴の向こうで、ギラギラと不穏に輝く金色の目が……瞳孔の開き切った赤い縁取りのダークネスな金色の目と、視線が合ったのよ。

 超怖かった。ちびるかと思った。

 

 そこにあったのは、トガの目だった。やたら勘のいいトガは、オイラの考えてることを見透かして、穴を逆に覗き込んできてたんだ。これが世に言う、「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」ってやつだぜ。

 

「みーーねーーたーーくーーん?」

 

 トガはその穴からこちらを覗きながら、ヤベェくらいドスのきいた声を出してきた。悲鳴を上げて尻餅をついたオイラは、至極真っ当な感性の持ち主だと思う。

 

 けど、そこでオイラは察した。気づかされたのさ。

 

 女子更衣室を覗けば、女子の十人十色なおっぱいを眺められる。控えめに言って天国だ。

 けどな、その中にはな、トガコトカップルも含まれるんだ。それに気づいたんだ。

 

 あのラブラブカップルの着替えを、女体を、オイラが見る?

 

 男のオイラが?

 

 それは――許しちゃならねぇ大罪じゃねぇかよぉ!!

 

 そうして己の罪に気づいたオイラは、二人に謝った。謝り倒した。

 ついでに神様にも誓った。もう二度と過ちは犯さねぇって。もう二度と、百合の間には挟まらねぇ、ってな……!

 

 まあ、期末試験のときはそれでも挟まりかけちまって、ケジメをつけなきゃならなくなったが。ケジメ自体に後悔は微塵もねぇ。

 

 ただ誓ったのはいいんだが、一つ困ったことにもなった。

 

 というのもだ。オイラは入学する前から、ヒーロー科の一年生が行く夏の林間合宿を超楽しみにしてた。

 

 いや合宿そのものは別にどうだっていいんだよ。そこに風呂があって、女子も入ることが重要なんだ。入浴シーンがあることがな!

 

 けど、オイラは入学後に改宗したんだ。トガコトカップルの間には挟まらない、その覚悟がある。そしてこの「挟まらない」には、二人の裸を見ることも含まれると思ってる。

 

 じゃあ?

 

 そうなると?

 

 A組女子の入浴シーンも見れないってことになるよなぁぁーー!!

 

 入浴シーンは見たい。たとえこの命に代えても。けど、そこには見てはならない禁忌がある。

 

 オイラは悩んだ。多分、人生で一番くらいに悩んだ。悩みすぎて眠れなくて、枕を涙で濡らした夜もあった。

 

 けど悩みに悩んで……ある日、ふと一つのことに気がついたのさ。

 

 A組の入浴シーンが見れないなら、B組の入浴シーンを見ればいいじゃない!!

 

 アハ体験だった。目から鱗が落ちまくったね。

 

 そう、気づいちまえば単純な話だ。雄英のヒーロー科は、二組ある。そしてこれは経験則だが、こういう合宿系イベントは基本的にクラスごとに分かれるものの、行先自体は同じって相場が決まってるもんだ。

 

 だから、そう。

 

 オイラが狙うのは、B組女子!!

 

 範囲は、狙える人数は狭まるが、ものは考えようだ。

 手広く行くんじゃなくて、手の届く範囲で。そういう話だ。二兎を追う者は一兎をも得ず、って言うしな。欲張りは身を滅ぼす。

 

 そうと決まれば、準備を整えなければ。

 オイラの”個性”は捕縛するには便利だけど、それ以外には向かないからな。文明の利器に頼る必要がある。

 

 そう、必要なものは、何よりもまずドリル……ッ!

 

 待ってろよ林間合宿、待ってろよB組女子!

 すべての女体を余すことなくこの目に焼き付けてみせるぜ……!!




この物語を書いてて、主人公以外の視点・・・しかも原作キャラの一人称を書く最初のキャラがまさか峰田になるとは、この海のリハクの目をもってしても見抜けなかった。

というわけで峰田視点で見るトガコトカップルでした。別名、百合の尊さに目と心を焼かれた男の話。
峰田は原作(というか小説版2巻)で、明確に百合の間に挟まりたい男として描写されているんですが、エロスに通暁する男であるからこそ、エロス全開で幼女に迫るトガちゃんに本気の百合を見出してしまったのですというお話ですね。
ついでに、本作ではカットした職場体験後の更衣室覗き事件の顛末もちょろっと。
原作とは異なる裁きが下っていました。裁きっていうか自首ですけど。

あとこれがなんで閑話じゃなくて幕間なのかというと、A組の風呂を覗かないという決意表明なので、当然若干だけど林間合宿編の流れが変わるわけで。
なので、一応この話は飛ばさないほうがいい話だろうな、という判断です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 在りし日の夢

 銀河共和国の首都惑星、コルサント。ここにジェダイの本拠地、ジェダイ・テンプルはある。

 

 一つの大きな基部と、そこから伸びる五つの塔によって構成されるテンプルは、銀河に満ちるフォースの意思を読み解くための修道院にして、ジェダイを目指すイニシエイトやパダワンのための学び舎であり。

 また同時に、ジェダイという組織の意思決定機関でもあり、さらには銀河共和国とジェダイが脈々と積み重ねてきた歴史を、知識を、記録として保存する情報保管庫でもあった。

 

 そんなジェダイ・テンプルの入り口は、主に二つある。一つは正面入り口に繋がる、行進の道。長い階段を上ればテンプルの門と、その手前に並ぶ偉大なジェダイマスター四人の像が見えてくるだろう。

 もう一つは、スターシップなどを用いて空から来るものたちの場所。テンプルの横から突き出た発着場である。

 

 そんな発着場に、一機のスターシップが着陸した。白を基調に、赤い縁取りがなされた半円型の機体。ジェダイが外交船として用いる輸送船、T-6シャトルである。今、一組の師弟が任務を終えてテンプルに帰還したのだ。

 

 シャトルから降りた二人は、まっすぐにテンプルの四隅に立つ塔の一つへ向かう。評議会に任務の報告をするためだ。

 

 それが終われば、ひとまずは自由行動になる。いかにジェダイが超人的な活躍をするものたちとはいえ、休息は必要なのだ。

 

 しかし三十代も半ばを迎えたマスターに対して、二十歳に満たない若いパダワンはまだ元気だった。

 

「休めるときに休んでおくことも大事なことだぞ、アナキン」

「わかっていますよマスター! 大丈夫、長居したらあいつにも迷惑がかかるし、適当なところで退散します」

「……ほどほどにな。ではまたあとで」

「はいマスター!」

 

 茶色の装束をなびかせて、きびすを返したパダワン……若き日のアナキン・スカイウォーカーは、テンプルの内部へ足を向けた。若さに、そして何より自信に満ち溢れたアナキンは、肩で風を切るかの如く堂々と歩き去っていく。

 

 彼の背中を、オビ=ワン・ケノービはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて見送った。だがその瞳に宿るものは確かな親愛であり、両者の絆は間違いなく本物であった。

 このときはまだ。

 

 一方、オビ=ワンと別れたアナキンが向かった先は、テンプルの基部となる場所。その中の一角である、ジェダイアーカイブだ。

 公文書館とも呼ばれるここは、広い銀河系のあらゆる情報保管室の中でもトップクラスの情報を持つ。いわばジェダイの叡智の集積場である。

 

 ただ、アナキンはあまりアーカイブを訪れることはない。もとより感覚派の天才肌である彼は、お行儀よく勉強するということがどうにも得意ではなかった。特に、アーカイブ特有の静謐な空気と、お堅い雰囲気が苦手であった。

 

 それでも彼がアーカイブを訪れたのは、もちろん目的があってのこと。ただしそれは、調べたいことがあるとか、勉強したいと思ってのことではない。

 

 彼の目的は――

 

「やあアヴタス! 相変わらず窮屈そうだな」

「アナキン? 戻っていたのか」

 

 ――共に学んだ同期、友人との邂逅である。

 

 書架の前に立ち、古めかしい紙の書籍を折り目正しく元の場所へ陳列し直していたのは、平均より大きいアナキンをなおも上回る体格の巨漢であった。ヒューマン種としては限界近くまで大きくなった肉体は大きさに違わず筋骨隆々としており、手にした書籍がおもちゃのように見える。

 

 だが男の顔は友人との再会にすっかり綻んでおり……そのギャップある姿に今回も耐え切れず、アナキンはくすくすと笑う。笑いながら、男――ジェダイナイト、アヴタス・イーダに歩み寄った。

 

 そうして二人は、軽くハグを交わす。交わすと同時に、アヴタスがその身体を活かしてアナキンをきつく抱きしめた。

 

「いいい痛い痛い、痛いって!」

「君、また笑っただろう。いい加減に慣れてくれたまえよ」

「しょうがないだろ、君が一足先にナイトになってからというもの、会う機会が減ってるだろ。どうにも免疫がつかないんだよ」

「言わせておけば」

「うわっ、待て待て、僕が悪かった! ごめんって!」

「まったく……」

 

 おどけたように両手を上げ降参と表明するアナキンに、アヴタスは仕方なさそうに笑う。

 

 その顔はかなりの強面であったが、そこに不快や嫌悪はない。交流のないものは不機嫌に見えるかもしれないが、十年近い付き合いがあるアナキンには、ちゃんと楽しくしているとわかる。

 

 アヴタスはそうやって笑いながら、アナキンの姿を上から下まで確認する。そして特に問題がないようだと判断して、一層柔らかく笑った。

 

「……怪我はないみたいだな。よかった」

「おいおい、今さら僕がそんなヘマをするわけないだろ?」

「そういうところだぞ、アナキン。まったく、君は少々自信過剰だ。それがいいところでもあるけれど……心配する私の身にもなってくれ」

「まったく、君は心配性だよ」

 

 まるで母親に案じられながら叱られた子供のように、ばつが悪くするアナキン。

 

 そんな彼に、アヴタスは当たり前だと答える。

 

「君の無茶に付き合って、私が何回バクタタンク(いわゆるメディカルポッド)に放り込まれたか教えようか?」

「……オーケー分かった、この話題はやめよう。僕が悪かった」

「いいや、やる。私が振った話題だぞ、やめるわけがない」

「勘弁してくれ! 今しがた評議会のお偉方から小言をいただいたばかりなんだ!」

 

 降参、これ以上はやめてくれ、と声を上げるアナキン。

 

 だが、そのセリフは失敗だ。アヴタスの顔がひそめられる。

 

「はあ? ……アナキン、君また無茶なことをしたのか」

「あ。い、いやいや、待ってくれ、待つんだアヴタス。今回は僕は無実だぞ!」

「どうだか……どうせあれだろう? 自分から面倒ごとに首を突っ込んだり、率先してとんでもないことを散々したんじゃないか?」

「本当だって、今回ばかりは僕じゃない! ()()()()()()に持ち込んだのはマスターだ!」

 

 この返事に、アヴタスは遠い目をした。

 

「……マスター・ケノービも、なんだかんだで無茶をするよなぁ……」

 

 清廉潔白、質実剛健、謹厳実直。

 ジェダイマスター、オビ=ワン・ケノービを評する言葉は様々あるが、いずれも理想のジェダイと称えるものばかりだ。それだけの実績があり、認められているからこそだが……いざというとき、わりと派手にやらかす面も間違いなくあった。

 

 横の繋がりが薄いジェダイだ。オビ=ワンとの面識があまりないものはそれを知らないが、アヴタスはアナキンを通じてそれなり以上に面識がある。だからこその、ある種の諦観があった。

 

「普段はすました顔でお堅いことばっかり言うくせにな。まあ、あの人もマスター・クワイ=ガンの弟子ってことだよ」

「君……他人事じゃないってこと、わかっているかい?」

「さあ、なんのことだか?」

 

 ただ、こんな会話は二人の間では日常茶飯事だ。

 ひとまず会話にオチがついたところで、改めて二人はくすりと笑い合う。

 

「で? アンシオンはどうだった?」

「悪いところじゃなかったよ。少なくとも景色に関しては、コルサントのごちゃごちゃしたのより僕好みだ。人々も……まあ犯罪者はともかく、大体は素朴で……あれで紛争が起きてなかったらね」

 

 アヴタスの問いに答えて、アナキンは首を振る。

 今回のアナキンたちの任務は、その紛争の調停であったのだ。

 

「そうか……最近は本当に物騒だな。なぜこうもあちこちで紛争が頻発するのか」

「ドゥークー伯爵のせいだろ?」

「それはわかっているよ。私が言いたいのは、彼の口車に乗るものが、星が、こうも多いのはどうしてかということだ」

「うーん、それは色々理由があるからこれって言いきれないよ。アンシオンに関しては黒幕までの間に何人も人間が挟まってて複雑化してたから、一つってわけでもないだろうし」

 

 政治の腐敗した銀河共和国から離れ、独自の道を行こうとするものたち。元ジェダイにしてシスの暗黒卿になった(このときそれを知るものは当のシス以外に誰もいないが)ドゥークー伯爵による、クローン戦争勃発前夜のご時世であった。

 

 おかげでジェダイは広い共和国内を、あちらへこちらへと追われるように任務に当たっており、その人手の少なさにあえいでいる。先ほど任務から戻ったばかりのアナキンも、いつまた駆り出されるかわかったものではない。

 しかしだからこそ、彼は少しでも友人との時間を持ちたかった。ジェダイの任務は、時に危険なこともあるのだから。

 

「……ああそうだ、アヴタス。これ、よかったらもらってくれ」

「うん?」

 

 そんな会話のふとした瞬間。

 アナキンが取り出したものを見て、アヴタスは小首を傾げた。

 

 小さな容器。主に食料用に使われるもので、冷蔵および冷凍機能も持ったものである。

 

「アンシオンで、お土産にってもらったんだ。地元のミルクをたっぷり使ったアイスクリームさ」

「……アナキン、また君はそうやってものをもらってくる。下手したら賄賂だぞ」

「何を言うんだ。人の厚意を無下にするなんて、できるわけないじゃないか。捨てるなんてそれこそとんでもない話だろ?」

「勘違いされるようなことは慎むべきだ、と言っているんだよ。どんな言いがかりをつけられるか、わかったものじゃないというのに」

「じゃあ、いらないのか?」

「……いる」

 

 からかうように言ったアナキンに、アヴタスは口をとがらせて顔をしかめた。しかめながら、その大きな手でちょこんとアナキンのローブの裾をつかむ。

 

 友人の相変わらずの態度に、アナキンは笑わずにはいられなかった。

 そこにある意味を理解しているアヴタスは、しかし何も言わない。今までの経験で、下手なことを言うと何倍にもされて茶化されるとわかっているからだ。

 

 だが、そんなアヴタスの機嫌はすぐに直った。アナキンからアイスクリームの入った容器を受け取った瞬間、その顔がにっこりと崩れたのである。いつものことだった。

 

「……食べ物に罪はないからな。放っておいたら腐ってしまうし、うん」

 

 すぐに表情を取り繕って、早口で弁明する。これもいつものこと。彼は甘いものが好きなのだ。

 

 これでこの友人、隠し通せていると思っているのだからたまらない。だからアナキンは、この友人を銀河一の外見詐欺だと思っている。

 まあそれは口には出さないし、思っても悟らせないほどには修行を積んでいる。よしんばバレたとしても、そのときはそのときだ。

 

 と、そんなときであった。アナキンの懐で、コムリンクが通信をキャッチした。

 

「はい、こちらアナキン」

『アナキン、戻ってきたばかりで悪いがもう一度評議会へ来てくれ。新しい任務だ』

 

 通信を飛ばしてきたのは、オビ=ワンであった。

 だがその内容に、思わず顔をしかめてしまうアナキンである。ついさっき戻ったばかりだというのにまた任務なのか、と。

 

 けれども、ジェダイの任務があるとき、そこでは必ず誰かが救けを求めている。ならば、いまだパダワンとはいえ、ジェダイとしては応えないわけにはいかない。

 ジェダイは銀河共和国の守護者だ。広大なこの国の、自由と正義を守るものなのだ。

 

 ゆえにアナキンはすぐに表情を引き締めると、応答する。了解、と。

 

「……また任務だって?」

「ああ。まったく、忙しくて嫌になるね」

「……私に、君ほどの実力があればなぁ」

「そうだな、僕も君が後ろにいてくれれば心強いんだが。まあ、仕方ないさ」

「ジェダイの絶対数が足りないものなぁ……」

「そういうこと。……じゃあ、僕は行くよ」

「気をつけてな。フォースと共にあらんことを」

「ありがとう。君も、フォースと共に」

 

 そうして、アナキンはジェダイアーカイブを後にして、再び評議会へと向かった。

 そこで下される任務が、彼の人生を決定づけるものだと知らずに。

 

***

 

 意識が深い闇の底から浮上する。

 

 ゆるりと目を開ければ、そこにあるのは白い天井。視線を横にずらせば、あるのは銀河共和国とは似ても似つかないインテリア。

 高度な文明を思わせるものはほとんどなく、直前まで見ていたものよりほとんどが劣るそれは、地球のもの。

 

「……夢、かぁ」

 

 現実に戻ってきた。それを認識したトガは、ぼんやりしながらつぶやいた。

 つぶやいてから、その声が己のものではないことに気がついて、身体に目を向ける。

 

 小さかった。愛しい人と同じ身体。

 いつの間に、と思いながら変身を解除する。

 

 そうして小さく息をついて、何気なしに窓へ目を向ければ、ほのかな明るさ。夜明け少し前、と言ったところか。少し早く目が覚めてしまったらしい。

 

 だが、夢を見るときはいつもそうだ。正確には、銀河共和国の夢を見るときは、いつも。

 

 最近……というより、理波とフォース・ダイアドとなってから、トガは時折こういう夢を見る。まったく知らない文明、まったく知らない人種が存在する、遠い昔、遥か彼方の銀河系の光景を。

 

 アナキンはこれを、理波の記憶を垣間見ているのだと言った。フォース的に同質であるトガと理波は、そうした記憶をも交感しているのだろう、と。

 

 細かい理屈は、トガには正直よくわからなかった。ただ、己の愛する人がかつて過ごしていた環境を、彼女という人間を構築したものを追体験できることは、嬉しかった。

 

 惜しむらくは、視点が理波の……彼女の前世であるアヴタス・イーダのものであることか。おかげでどれだけ望んでも、理波がかつてどういう姿であったのかを知ることができなかった。

 

 ……できなかった、はずだが。

 

 今日の夢は、少し違った。視点が俯瞰だったのだ。

 

 あの夢の中で、トガはトガとして、はっきりとしていた。闇一色の場所で、ただ一つ闇ではないものを……さながら一人きりの映画館で、映画を観るような感覚で眺めていたのだ。

 

 そんなこともあるのだろうか、と思う。うっかり眠っている間に、”個性”を使ってしまったからだろうか。それはそれとして、なんだか妙な場所にいた気もする……。

 

 などと考えてみるが、よくわからない。そういう細かいことを考えるのは、少し苦手だった。

 だから今は、ただ夢の感慨だけを愛おしく抱きしめることにする。

 

「……あれが、コトちゃんの前世。初めて見た……」

 

 ふふ、と笑いながら、掛布団を愛しい人に見立てて抱きしめる。

 

 ……なんとなく、理波の前世が男であることは察していた。アナキンの態度からして、そうなんじゃないかなと。

 だからどうということはないのだが……しかし、まさかあんなにも理波との差の激しい見た目をしているとは思わなかった。身長、二メートルはあったんじゃないかと思いなおして、改めて驚く。

 

 それでもその姿を見た瞬間、トガは思ったのだ。

 あ、コトちゃんだ、と。

 迷うことなく、疑うことなく、そう思った。根拠は何もなかったけれど、確かにはっきりと。

 

 けれど……と思い、トガは横に顔を向ける。

 

 くうくうと静かな寝息を立てて、あどけない顔を無防備にさらす理波がいる。その小さな手が、いつの間にかトガの寝間着の裾をちょこんと握っていた。

 

 その様子を見て、トガは改めて笑う。

 

「……コトちゃん、ちっとも変わってない」

 

 だから、改めて確信する。アヴタス・イーダは増栄理波だと。

 

 そして思う。アヴタスくんもかわいいな、と。でもカッコいいな、と。

 やはり自分は、生まれ変わっても、記憶がなくなっても、どんな姿になっても、この人を何度でも好きになるのだろう、と。

 

 胸の奥がきゅんとうずき、たまらなくなる。掛布団に顔を埋め、衝動を堪えた。

 しかし自分のものと混ざって、理波の匂いがする。それがトガの心を多幸感で満たしていき、ますます衝動が身体を動かそうと暴れ始める。これを抑えるなんて、至難の業だ。

 

「んむぅ……」

 

 と。

 

 理波が身動ぎした。そうしてごそごそと這うようにして、トガの身体にぴたりと身を寄せてくる。

 ただ、まだ起きているわけではないらしい。だからこその愛らしい動きに、思わずトガは相好を崩す。

 

「ふふ……」

 

 にんまりと笑いながら、トガは改めてベッドに横になった。

 

 そのまま眠っている理波と正面から向き合う形になり、さらにその小さな身体を優しく抱きしめる。

 すると、まるで起きているかのように理波もトガの背中に手を回してきた。無意識だろうが、その動作にトガの笑みは深くなる。

 

 全身に満ちていた、身悶えしようとする衝動はいつの間にか消えていた。

 

「……愛してるよ、コトちゃん。大好き」

 

 いまだに眠りの世界にいる理波の額に口づけを落とす。

 

 そうしてトガは、目を閉じて。

 怠惰なる二度目の眠りへと旅立つことにしたのだった。

 




こんなやつが幼女になったら、そりゃあ違和感ないわなっていうお話でした。
ジェダイとしては腹芸はできないわ、友人には親身になりすぎるわで、わりと危うい存在って評価にならざるを得ないやつ。
でも一般ジェダイが「ジェダイならもっと慎みを」「掟に反する行為はすべきではない」とかなんとか言ってくるのに対して、アヴタスはまず無事であることにほっとしてから、「心配させないでくれ」と叱る。
なので、アナキンとしても友人として素直に認められるやつだったわけですね。しかも趣味が合うので、余計に。
まあそんなアヴタスの死因はアナキンによる首ちょんぱなんですけど(無慈悲

ちなみにSWを見たことのある方ならわかるかもですが、夢の時系列は原作EP2の冒頭ごろです。
このあとオビ=ワンとアナキンにアミダラ護衛任務が下り、運命が動き出す・・・って流れですね。その前にこんな感じのやり取りがあったらいいなぁ、なんて思います。

さて、およそ半月に渡って更新してきたEP5はこれにて本当におしまいです。
またここから書き溜め期間に入りますので、今しばらくお時間をください。

それはそれとして、今週末は今回の話の元になったヒロアカ映画が金ローでやるし、新作映画も封切られるから楽しんでこうぜ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅵ 連合の逆襲
1.true blue


お久しぶりです、お待たせしました。
エピソード6、「連合の逆襲」を開始いたします。
全20話+幕間1話(R18)、お楽しみいただければ幸いです。


 それがどこかはわからない。周りの景色がまったくないのだ。……それか、もしくは見えていないのか。

 

 ともかく、見える、という言葉通りに認識できるものは彼女だけだった。

 闇のようなその場にあって、彼女の金髪はよく映えた。

 

 にんまりと笑う顔。瞳孔の開いた金色の瞳。三日月のように釣り上がった口。その口元から覗く鋭い歯。

 見慣れた彼女の顔。私が愛する人。トガ・ヒミコ。

 

 だがヒミコは、少し不安そうに周囲を見回している。私のことが見えていないのだろうか。

 私は彼女に向けて手を伸ばすが、まったく届かない。呼びかけるも、これすら届いていないのか反応は返ってこない。

 

 ならば近寄るまでだと駆け出すが、一向に彼我の距離は縮まらない。それどころか、彼女の身体が遠ざかっていく。

 

 気ばかりが焦る。どうなっているんだ。

 そうこうしているうちに、霧が立ち込め始めた。それが彼女の姿を隠していく。

 

 待て。待ってくれ。どこに行くんだ!

 

 全身にさらに力を込めて、霧の中へ飛び込む。視界を占拠するそれをただひたすらにかき分けて、前へ進む。

 その必死の努力が実を結んだのか。やがて霧の向こうに人影が見えた。彼女の気配がする。声が聞こえる。

 

 少し方向を変え、そちらへまっすぐ進む。

 そうしてやっと、彼女の姿が見えてきた。

 

 だがしかし、である。

 私は彼女の姿に、違和感を覚えた。

 

 何が違う? 何にそう感じた?

 

 強烈な違和だ。しかしその原因がわからない。不自然なまでに謎で満ちていて。

 彼女が笑っている。いつものように。

 

 かわいい。私の好きな顔。私が愛する人の顔。

 しかし、その顔自体に何か違和感が。

 

 ……ああ。

 

 そうだ、髪型。髪型が違う。

 いつもの、私と揃えた髪型ではなく。団子状に結った塊が二つ。それが違うのだ。いつの間に髪型を変えたのだろうか?

 

 だが、それだけではないような――。

 

 疑問を抱く私をよそに、彼女の顔にべたりと赤黒いものがかかる。音が感じられないことがいかにも不自然なほどの、大量の何かが、飛沫のように彼女に降り注いだ。

 その赤黒い闇が。どろりと溶けて、彼女を覆う。さながら繭のように、彼女の全身を覆い隠そうとする。

 

 その手には、鈍く光るナイフ。ライトセーバーではない。

 

 なぜ?

 

 彼女が笑う。どこか壊れた顔。

 

 違う。それは、その顔は、同じ……同じだけれど、でもそれは。

 

 ――そのとき、ふと気づく。

 

 彼女が手にしているナイフ。その刀身が、赤黒く汚れていて。

 

 ナイフに、赤。その組み合わせで想起できるものなど、一つしかない。

 

 であれば彼女に降り注いだものも、恐らくはそれで。

 

 違う。

 

 彼女は彼女だが、彼女ではない。私が愛する彼女ではない。

 同じだけれど、違う。これは、あるいはなるかもしれなかった彼女の姿なのでは。

 

 そう思ったとき。

 

 彼女の肩に、男の手が置かれた。馴れ馴れしい。

 

 誰だ。私ではない。私の前世でもない。前世の私はもっと筋肉がついていた。

 誰だ? お前は。

 

「ハハ」

 

 ぬるりと。

 

 彼女の身体を覆う闇が、形を変えた。半ばだけ変じたそれは、彼女の肩に置かれた手に繋がっていて。

 

「未来なんか要らないんだ」

 

 現れた男の顔には、大きな手が充てがわれていた。

 

***

 

「……ッ!!」

 

 目が覚めた。勢いよく身体が起き上がる。身体にかかっていた、夏用の薄い掛け布団がずれ落ちた。

 

「…………」

 

 息が上がっている。そんな己の呼吸音に、ああ、夢だったかと認識させられる。

 

 夢?

 ああ……そうだ、夢だ。間違いなく。

 

 しかし、これは。今見たこれは、

 

「……フォース、ヴィジョン……?」

 

 久しぶりに見た。最後に見たのは何年前だったか。USJ事件のときですら見なかったのに、なぜ今になって。

 

 しかしいずれにせよ、フォースが何かを私に伝えようとしているようだ。恐らくはよろしくないことが起こる、ということを。

 具体的なことはわからない。だが、確かに何かを伝えようとしている。

 

 しかしそれが何かを考えるよりも先に、私は傍らに顔を向ける。

 こちらを向いて、横になっているヒミコがいた。すやすやと気持ちよさそうに眠っている。

 

 ほっとする。

 ここに、私の隣に、彼女がいる。今はそれで、それだけで。

 

 ぱたり、と背中からベッドに倒れ込む。暗い室内で、デジタル式の時計の表示がぼんやりと明るい。どうも中途半端な時間に目が覚めてしまったようだ。が、寝なおすには少々時間が足りない。

 

 だが何はともあれ。

 

 私はヒミコに向き合う形で体勢を変え、そのまま正面から抱きついた。

 夏特有の薄い寝巻き越しに、彼女の豊かな胸元が私の薄い身体にふわりと密着する。

 

 彼女の匂いが鼻をくすぐる。それを確かめるように、私は顔を、彼女の身体にこすりつけた。

 彼女の鼓動が聞こえる。緩やかな、規則的な音が私の耳朶を打つ。

 

「……ヒミコ……」

 

 彼女の名前を口にする。それだけで、落ち着くような気がした。満たされる気がした。

 

 そうして落ち着いた頭で、考える。

 あれはきっと、あり得ただろうヒミコの姿だ。私に出会うことがなかった彼女。ヴィランとなった彼女。

 

 今になってその姿を見た。そこに一体、どのような意味があるというのだろうか。

 

 何せ、もう今のヒミコがヴィランになることはないはずなのだ。どれほどのことがあろうとも、そこに疑う余地はない。

 

 ……いやまあ、卑劣な手段によって私を害された場合はその限りではないだろうが。逆に言えば、それ以外に可能性はないと思うのだ。

 

 そんな姿を、なぜ今になって?

 

 ヒントは……最初はあくまで私の知るヒミコだったというところか。一度彼女が離れ、見えなくなり、次に見えたときに姿が変わっていた。

 ということは……この先彼女が私から離れるということだろうか。そしてそこからヴィランに堕ちてしまうという暗示だろうか。

 彼女の傍らにシガラキ・トムラが現れたことを考えると、ヴィラン連合が関わってくることは間違いないように思うが……。

 

 あるいは、フォースのバランスが乱れるという兆しであろうか。それにしては、随分と特定の個人を明示してきていた。

 

 ……ダメだ、わからない。暗黒面の帳が未来を覆い隠している……というのとは少し、違う気がする。前世、ナブー問題に端を発する一連のシスの陰謀のときに感じていた「先の見えなさ」とは違うように思うのだ。

 

「……考えてもどうしようもない、か」

 

 未来のことは、わからないことが本来のあり方なのだ。少しばかり見えたヴィジョンに、あれやこれやと悩んでいても仕方があるまい。

 

 アナキンも言っていた。物事とは起こるべくして起こるものだと。

 だが、運命には逆らえないものではないとも言っていた。それに抗う勇気が作るものなのだと。

 

 ならば、私はそれにならおう。勇気をもって、前へ進もう。

 

 大丈夫。もしもヒミコに、恐ろしい何かが襲い掛かるのだとしても。もしもヒミコが、涙を流すようなことになろうとも。

 必ず私が何とかしてみせる。彼女を救けてみせる。

 

 あの日、私は彼女に言った。私の隣にいるといい、と。

 それはもちろん、彼女が完全な暗黒面に堕ちてしまうことを防ぐためだった。彼女が道に迷ったとき、私が少し先を歩いて導いてあげられるように。

 

 だが今となっては、別の意味も持つようになった。

 

 つまり、私は何があっても、彼女の隣にいるのだと。ずっと一緒にいるのだと、一人にはさせないと、そういう決意だ。

 

 それに、私は信じている。ヒミコが今さらヴィランへ身をやつすなど、あり得ないと。

 

 だから。

 だから、大丈夫だ。

 

 ヒミコ。

 

 私が、必ず君を守ってみせる。みせるとも――。

 

***

 

「雄英は一学期を終え、夏休みだ。だが、ヒーローを目指す諸君らに安息の日々は訪れない。この林間合宿で更なる高みへ――プルスウルトラを目指してもらう」

『はい!』

 

 マスター・イレイザーヘッドの極めて短い演説に、クラスメイトたちが声を揃えて応じる。

 

 そう、今日から我々雄英高校ヒーロー科一同は、林間合宿に入る。

 ただの物見遊山ではない。一週間という短い期間の中で、集中的に鍛える……のだと聞いている。具体的にどういうことをするかはわからないが、ともかくそういうわけだ。

 

 しかし、それだけでないことも事実。木椰区の事件の影響で撤回された当初の予定では、肝試しなど遊びの時間も含んだ日程になっていた。新しい予定でも、まったくないというわけではないだろう。

 

 そういうわけだからか、一部のメンバーはすっかりはしゃいでいる。具体的にはアシドとカミナリ。ああしてみると、彼らはまだまだ少年少女だなぁと思う。

 元気だなぁ。私は今朝方のヴィジョンのせいで少々寝不足だよ。

 

 ……ただ、二人に挟まれる形で、同じくはしゃいでいるように見えるウララカは内実が異なるのだろうな。

 

 あれはいつもの調子、いつもの距離感でミドリヤに話しかけたところ、女性への免疫が少ないミドリヤのリアクションを見て色々と意識してしまったからだろう。それをごまかすために道化を演じているのだ。顔が赤いのは気温にやられたわけではなく、そういうわけだ。

 

「……早く認めちゃえばいいのにー。私、お茶子ちゃんなら出久くんとお似合いだと思うけどなぁ」

「言ってやるな。私だって君とのことを受け入れるまで、かなり時間がかかったんだぞ。人間そういうものだろう」

 

 あくびを噛み殺しながら、ヒミコに言う。

 

 彼女の言い分にはおおむね賛成なのだが、どんなことにもその人なりの歩みというものがあるだろう。誰もがヒミコのように、自分の心に素直なわけではない。

 

 そのヒミコにしたって、恋愛ではない方面ではたまに臆病になるときがある。己の性癖がクラスメイトに受け入れられるだろうかと、いまだに前に踏み出せずにいる。

 方向性は違えど、感覚としてはそれと同じことだろうよ。人間の心は複雑怪奇で、私にはわからないことだらけだが、考察する材料があれば今の私にはそれなりに思い至れるのだ。

 

「……うー、それについてはなんにも言えないですけど……。でもでも、こっちの話するなら……コトちゃん、私のこと意識するまでは長かったけど、してからはわりと早かったよーな……」

「それは言ってくれるな……」

 

 が、思わぬ反撃に、反射的に顔を覆ってしまう私であった。今回は痛み分けということにしておこうじゃないか、うん。

 

 ……そんな私を見て、アナキンが鼻で笑っている気配がするな。どうやら元シスの暗黒卿は、ジェダイが人の心を語ることがおかしいらしい。

 

 と、そんなことをしている間に出発の時間である。駐車場にはバスが二台。つまり、A組B組がそれぞれのバスに乗り込むわけだな。同じ学校の同じヒーロー科なので、当たり前だが。

 

 しかしそのB組生徒の背中を見やりながら、彼らとの交流はほとんどないなぁとなんとなく思う私である。

 

 そして、モノマがやたらとこちらを意識していることは体育祭のときから察していたが、今回も彼は我々に並々ならぬ意識を向けているようだ。

 まあ、期末で赤点がなかったA組に対して、B組は当のモノマがその赤点らしいので、今は大人しいが。これでA組にも赤点がいたら、嬉々として絡んできたのだろうなぁ。きっと、それはそれは楽しそうに突っかかってきたのだろう。

 それを回避できただけでも、期末試験対策に協力したかいはあったかもしれない。私は気にしないが、クラスの面々は気にするものもいるだろうし。

 

 ただ私としては、せっかく学生を楽しもうと決めたのだ。他のクラスとも何かしら交流を持ちたいなと思うのだが……そもそも自由に使える時間が少ないからなぁ、ヒーロー科。

 

 合宿中はどうだろう。何かしら会話をする機会があるだろうか?

 そんなことを考えながら乗り込んだ、バスの車内。先の予定を話そうとするイレイザーヘッドをよそに、車内は大層賑わしい。

 

 みなよほど楽しみだったのだろうが……イレイザーヘッドの話は聞いておいたほうがいいと思うぞ。珍しく彼がちゃんと予定を話そうとしたのだから、特にだ。

 まあ、フォースで色々と見えてしまう私とヒミコは備えさせてもらうがね。

 

 とりあえず、ことが起こるのは一時間後だ。そこから訓練が始まる。

 ならばと、私はヒミコに身体を預けて眠ることにした。先にも述べたが、少々寝不足なのだ。

 普段なら短時間の睡眠でも十分になるよう、”個性”を使ってから寝るのだが……このあとには訓練が控えている。下手に消耗はしないほうがいいだろう。

 

 なので、自然に身を任せる。

 

 と。

 

 目を閉じて、身体を預けた私の手が何かに暖かく包まれた。ヒミコの手だ。応じる形で、私はその手を握り返す。

 

 そのおかげだろうか。眠りはすぐにやってきた。

 

 おやすみなさい。

 




今回のサブタイは、フォース的にも主観的にも自分が生まれた意味をよくわかっていなかった理波が、こう言い切るまで来たのだという意味を込めてのものです。
ボクの中で理波のテーマソングはこの曲なのです。なので、ずっとどこかで使いたいと思っていたんですよね。

なので、本文にも歌詞のアレンジが入っています。
まったく同じ文を使っているわけではないのですが、念のため楽曲コード載せておきますね。
名曲ですし、アニメも名作です。



ちなみに作者はこのアニメでショタ沼に叩き落されました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ

 さて、一時間後。私たちは問答無用でバスから降ろされた。みなは休憩と思っているようだが、そうではない。

 実際、バスが停まった場所は休憩所ではなかった。ただのだだっ広いフリースペースでしかない。

 

 だがそれを訝しむ間もなく、聞き覚えのない声が割り込んでくる。

 

「煌めく(まなこ)でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 こちらが誰何するよりも早く、猫の要素を加えたファンシーな衣装に身を包んだ二人の女性が、口上を述べつつポーズを決めた。

 

 個人的にだが、彼女たちの格好はズードリームランドにおける猫耳の装身具が思い出される。しかしあれとは異なり、彼女たちの衣装は立派なヒーローコスチュームだ。

 なおデザインは同じだが、色合いは違う。つまり二人は同じチームに所属しているわけだ。加えて、固有のパーソナルカラーがあって、傍目にも区別がしやすくなっている。

 

 と、考える私をよそに、ミドリヤが自発的に解説を始めた。ヒーローオタクの面目躍如である。

 

 彼が語ったところによれば、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツとは、山岳救助を中心に活動する四人一組のヒーローチームであり、この道十二年になるベテランらしいが、実年齢に触れ得るためか、そこで彼の解説は青いプッシーキャッツ――ピクシーボブによって強制的に打ち切られていた。

 

 一応補足すると、彼女たちはヒーローランキングで32位に位置するなかなかに人気、知名度の高いヒーローたちである。

 現代のヒーローはチームで活動することが少なく、チーム名義でランキングに登録されているものはさらに少ない。プッシーキャッツは、そんなチーム名義で複数人で活動するヒーローとしては最高位のヒーローだ。なので、私も一応の知識はある。

 

 ……そんな彼女たちの後ろには、私と背格好が近い少年がいたが。こちらはヒーローではなく単に扶養家族のようだ。

 お世辞にも懐いているとは言えないようで、ヒーロー二人を「バッカじゃねえの」とでも言いたげな顔と目で見ている。随分と早い反抗期のようだ。

 

 だがしかし、である。彼女たちの紹介もそこそこに、訓練は始まった。雄英は本当、なんでも早速だな。

 

「あんたらの宿はあの山のふもとね」

『遠ッ!?』

 

 赤いプッシーキャッツ――マンダレイが彼方の山を指し示した。

 

 遠い。目測だが、直線距離でも二十キロくらいはあるだろうか。何もなければ二時間くらいあれば走り抜けられるだろうが……ロケーションは山のふもと、かつ森が広がっている状況である。最低でも倍以上はかかると考えるべきだろう。

 そしてイレイザーヘッドの考えていることからして、実際の所要時間はさらに倍して考えたほうがよさそうだな。今が九時半ごろだから、夕方五時過ぎくらいか。

 

 あくまで普段通り淡々と考えている私とは異なり、他のクラスメイトたちは全員顔色を悪くしている。あまりにも遠すぎる目的地を見た彼らは、まさか、と言わんばかりにイレイザーヘッドを見ている。

 全員がわかっているのだ。イレイザーヘッドが何の目的もなく、意味もなく、こんな場所で降ろすはずがない、ということは。

 

 しかし、それに気づいたところでどうしようもない。最初からそういうスケジュールになっているのだから、生徒としてはやれと言われればやるだけである。

 まあ、どうにかできるのだとしても、気づくのが遅いのでどちらにせよ結果は変わらない。

 

「バス……戻ろうか? な? 早く……」

 

 そう言うセロをよそに、イレイザーヘッドが不敵に笑う。

 

 彼にならう形で、プッシーキャッツの二人もまた笑う。

 

「今は午前九時半……早ければぁ……十二時前後ってところかしらん?」

「ダメだ……おい……」

「戻ろう!」

「バスに戻れ! 早く!」

 

 三人の笑みに怯えるように、バスへ向かい始めた面々を尻目に、私はただ備える。ヒミコも同様だ。

 

「十二時半までに辿り着けなかったキティは、お昼抜きね!」

「悪いね諸君。合宿はもう始まってる」

 

 そうして誰もバスに辿り着けないまま、A組の面々は盛り上がった土の波に流され崖下へと落ちていった。あれはピクシーボブの”個性”だな。

 

 なお私とヒミコはと言えば、フォースを駆使して跳躍し、土の波を回避してバスの上に着地している。ついでに、流されるクラスメイトの中からミネタをフォースプルで引き寄せていた。

 

「ふええ……た、たす、助かった……」

「いや、助かってはいないが?」

 

 気の抜けた顔でミネタがほっとしていたが、そんなことをしている暇はない。

 

「私が君を引き上げたのは、君が尿意をずっと我慢していることに気がついていたからだ。用を足したら我々も行くぞ」

「鬼! 悪魔! リアル幼女戦記!」

 

 最後の言葉は意味がよくわからないが、とりあえず全体的に罵倒されているらしいとはわかる。

 

 だが、そんなことを言われる筋合いはないつもりだぞ。女になった今回の人生、男に比べて尿意を我慢できる時間が短いことに気づかず粗相をしてしまった経験が何度かあるのだ。この手の失敗はわりと心に来るものがあるので、助けられるなら助けたいと思っているんだぞ、私は。

 

「そういうわけなので、回避してしまいましたが。すぐに下に降りますので」

「……好きにしろ」

 

 ともあれ、イレイザーヘッドには許可を取り、ミネタが用を足したのを確認して三人で崖下に向けて飛び降りたのであった。

 

「あ、理波ちゃんたち来た!」

「おーい、こっちこっち!」

 

 ウララカとハガクレに迎えられた我々は、それよりも端のほうで山になっている土に目が向いた。軽いが敵意の残滓が感じ取れる。

 

「何かあったのか?」

「土でできた魔獣が襲って参りましたの。恐らくピクシーボブさんの”個性”ですわ」

「なるほど、仮想敵か。雄英がやりそうなことだ」

「一応、増栄くんたちが来るまでの間に、前中後の三チームに分かれて最短距離を一気に突っ切ろう、という話になったのだが、ぜひ君の意見が聞きたい。何かあれば、遠慮なく言ってくれないか」

 

 イイダにうんと頷いたところで、全員の視線が注がれていることに改めて気づく。その中にバクゴーがいることが少々意外だ。

 

 と、そんな思考を私の視線から読み取ったのか。バクゴーは目を怒らせて、不満を滲ませながら言った。

 

「テメェ俺を舐めてんのか? 誰がどう見ても、無理矢理連携させつつ持久力上げる訓練だろがこんなモン」

「そうだな」

 

 思わず笑ってしまったが、カミナリが「頭のいいやつ同士で通じ合ってんなよ!」と言ってきたのでこの話は終わりにしよう。

 

 で、私の意見だったな。

 

「まず、複数に分かれることには賛成だ。個々の能力差、向き不向きを考えれば妥当。最短距離で、というのも賛成だ。しかし、分け方は前衛、左翼、右翼、本陣にすべきだろう。それと移動のペースは緩やかに、されど一定を保つべきだ。そうしなければむしろ到着が遅れるぞ」

 

 そう言いつつ、先程から考えていた到着時間に関する考察を語る。

 すなわち、イレイザーヘッドたちが想定しているであろう到着時刻は十二時どころではなく。どうあがいても昼食には間に合わないだろう、という考察だ。

 

 これを聞いて、多くのものが不平を口にしつつも納得する様子を見せた。だいぶ雄英のやり方に馴染んでいるなぁ。

 

「つまりこの訓練は単に体力だけじゃなくて、”個性”もいかに保ちつつ長距離・長時間の作戦行動ができるか。そのための心構えや身体作りが目的、ってことだね?」

 

 ミドリヤの考察に頷く。

 

 バクゴーはこれに「だから最初っからそう言ってンだろが」と吠えていたが、彼は言葉が足りないことが多いのだよな。天才肌の人間は得てしてそういう傾向があるが、すべての人間がそれでわかるなら苦労はしないのである。

 

「そのため道中は温存策を取りつつ、現れる魔獣とやらは、基本的に相手にしない方針が妥当だろう。もちろん逃げ一点集中ではない。最小限の消耗で、魔獣を行動不能にすればよい。そのための戦闘行動は必須と言える」

 

 これはバクゴーには不本意なやり方になるだろうが、遭遇するすべての敵を倒して進むのでは効率が悪すぎるし、恐らく不可能だ。一人ではなおのこと。

 彼もそこは理解しているのだろう。だからこそ、団体行動をよしとしているわけだ。期末試験のときから薄々感じていたが、彼も協力するということを覚えたらしい。いいことだ。

 

 と、いう前提を共有したところで、細かいメンバー分けを行う。全員が様々意見を交わし合い、現状のベストと思われる構成で四つの部隊が出来上がる。

 

 前衛はバクゴー、本陣はツユちゃん、左翼はイイダ、右翼はトドロキをリーダーとし、総指揮官はヤオヨロズだ。

 接敵した魔獣にどう対処するかはそれぞれのチームリーダーの判断に任せつつ、全体の方針はヤオヨロズが決定する形である。

 本陣に控える面々は索敵を行うショージとジロー、それに総指揮官のヤオヨロズを護衛しつつ、いざというときは遊撃として状況に応じた行動を取る。

 

 総指揮官には私を推す声がいくつかあったが、これは辞退させてもらった。確かに私は少ないが従軍経験があり、指揮官として行動したこともある。その手の知識も、前世に学んでいる。実際、I・アイランドでははからずもそういうポジションになった。

 

 だが、あまりクラスで私一人の発言権が大きくなる事態は避けたいのだ。なぜなら、確かにこういう状況で元本職が指示を出す確実性はあるものの、場合によっては私に対する依存を起こしかねないからである。

 全員がヒーローを目指しているヒーロー科においては、それは避けるべきだろう。ましてやこれは訓練なのだから、経験できるうちにしておくべきだ。

 

 あとそもそもの話、このメンバーではほぼ唯一治療行為が可能な私は余計な消耗をするわけにはいかない、という理由もある。これはヒミコも同様だ。決して指揮に自信がないわけではないぞ。

 

「ああそれと。最後になるが、こうなることは想定していたので、食料は持ち込んでいる。大半は菓子類だが、休憩時はこれをみなで分けよう」

 

 そして私は最後にそう言いながら後ろを向いて、背負っていたカバンをみなに見せる。ヒミコも同様に。

 すると、大きな歓声が上がった。

 

 うむ、多少なりとも補給があるだけで、そして嗜好品があるというだけで、士気は保てるというのはどこの星でも変わらないな。

 

 そう、私たちはバスから降りるときに、カバンを一緒に持ってきた。イレイザーヘッドは気づいていたようだが、中身には気づいていないようで咎める素振りは見せなかった。中身を知っていたら、あるいはとめられたかもしれないな。

 

 ……実のところ、ここまで本格的な行軍をすることになるとは思っていなかったのだが。それでもカバンの中に菓子類がやけに多いのは、まあその、そういうことであるからして。

 そもそもおやつに金額制限がなかったのだ、大目に見ていただきたい。

 

「それでは皆さん、参りましょう!」

『おぉーーっっ!!』

 

 何はともあれ、ヤオヨロズの号令で私たちは進み始めた。

 訓練は始まったばかりである。

 

***

 

 ようやく見えてきた建物に、誰かが歓声を上げた。それに応じるように、駆け出していくクラスメイトたち。

 私が敵なら、この場にこそ罠を設置しておくが……どうやらその手のものはないらしい。それでも私が殿から動かず、いつでも飛び出せるように心身共に身構えていたのはもはや習性であろう。

 

 ともあれ、私たちは目的地に到着した。まず出迎えたのは、ピクシーボブ。

 

「よーく来たにゃん。思ってたよりだいぶ早かったねぇ」

 

 彼女の言葉に、アシドが非難の声を上げた。ハガクレやカミナリ、キリシマといった普段から賑やかな面々が彼女に続く。

 

「プッシーキャッツの合理的虚偽つきー!」

「そうだそうだー!」

「どうあがいても三時間じゃ無理な設定だったっしょコレェ!」

「やりすぎッス! 死ぬかと思ったッスよ!」

 

 口々に放たれる怨嗟に、ピクシーボブは堪えた様子もなくきゃらきゃらと笑った。

 

「いいねいいね、戦いながらここまで来たわりにみんな元気! にしても、私の土魔獣をあそこまでスルーされるなんてにゃー。戦闘面のチェックがあんまできなかったのはちょっと困ったけど……それだけ判断を誤まらなかったってことだもんね。ホントいいよ君たち!」

 

 笑って笑って、それから鞭のあとの飴とばかりに褒めてくる。

 

 彼女の内心を読む範囲では、六時過ぎまでかかると思われていたようだな。それを()()()()()縮めたのだから、さもありなん。

 

「戦闘面で特に目立ってた君たちには、三年後のためにもツバつけとこーっと! 有望株!」

「うわっ!?」

 

 と思いきや、いきなり文字通り唾を吐き始めたので、標的になったバクゴーやミドリヤ……前衛で特に活躍していたものたちは派手に退がった。

 

 唾をつける、という慣用句があることは知っているが、それを実際にやるものがあるか。

 

「マンダレイ……あの人あんなでしたっけ」

「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで……」

 

 イレイザーヘッドもそれについては疑問だったのか、気怠げにしながらも少々引いた顔でマンダレイに問うていた。

 

 適齢期的なアレ……つまりは結婚に関してだと思うが……私などは、それほど結婚がしたいならヒーローを辞めればいいのではと思ってしまう。

 

 何せ、ヒーローという職業は家庭を築くことにはまったく向いていないと思うのだ。プライベートはほぼないに等しいし、下手を打てば世論に袋叩きにされる。最悪殉職だってあるのだ。

 これで収入面が他の追随を許さないならまだしも、それはヒーローの中でも上澄みだけ。金欠にあえいでいるヒーローは案外多い。収入に関する信用問題で言えば、ローンを組めないものもそこそこいるのではないかな。

 

 他にも挙げればきりがない。ゆえに、ヒーローは家庭を作るにはあまりにも向いていない、不安定な職業と言わざるを得ないだろう。

 

「適齢期と言えば……」

「と言えばて!」

 

 まあ、それでも気にするものはいるのだろうな。ミドリヤの言葉に過剰反応するピクシーボブは、そういう人種ということか。

 

「ずっと気になっていたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」

 

 それをスルーできるのだから、ミドリヤが図太いのか繊細なのかよくわからない。

 

「ああ違う。この子は私のいとこの子だよ」

 

 ミドリヤに答えたのは、マンダレイであった。

 彼女は猫の手状のグローブをはめた手を動かし、少年を手招きする。

 

「洸汰、ほら挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから」

 

 だが少年……コータは反応しない。三白眼を隠そうともせず我々を睨んでいる。どうもヒーローという人種に随分と隔意があるようだ。

 

 これを人見知りしていると取ったミドリヤは、自分もそういうところがあるくせに、できる限りにこやかに微笑みながらコータに近づいていく。

 

「えと、僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 

 そして手を差し出したのだが……。

 

 瞬間、敵意をはっきり感じ取った私は、フォースプルでミドリヤの身体をコータから引き離した。

 その直後、それまでミドリヤのいた場所……特にその股間周辺を、コータの拳が通過する。

 

「わっ!? ま、増栄さん?」

「……チッ」

 

 急に引っ張られたせいでバランスを崩したミドリヤだったが、さすがにすぐ体勢を整えていた。

 

 だが彼が困惑する傍らで、コータはあからさまに舌打ちをしている。完全に狙ってやっているな。そのまま何も言わずに背を向けて離れようとするので、私は彼の身体も引き寄せることにした。

 

「うわっ!?」

 

 そうして彼を手中にすると、こちらに身体ごと向き直らせて目を合わせる。

 

「コータとやら。今君がやろうとしたことは犯罪だ、それを見逃すわけにはいかない」

「な……んだお前!? 関係ないだろ! ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇんだよ!」

 

 どうやら反省する気はないらしい。素直に謝るなら何もする気はなかったが、これはお灸をすえたほうがよさそうだ。

 

「関係ならばある。我々はヒーロー志望だ。犯罪者を前にプロヒーローが動かないならば、我々が捕まえるしかないだろう」

「はぁ!? なんで俺が……」

「違うとでも? 君は先ほど、明確な害意を持ってミドリヤを攻撃したな。それは立派な傷害罪だ。今回は未遂に終わったが、その場合でも暴行罪や脅迫罪に問われることはあり得る」

「な……っ!?」

 

 どうやらこの少年、随分と賢いらしい。私の言葉をほぼ正確に理解している。

 同時に、そんなつもりはなかったと思っている辺りは子供だなとも思うが。

 

 ただ、その思考の裏に垣間見える感情……彼が我々に敵意ある視線を向け続けていた理由には、同情の余地もある。そこは汲もう。

 しかし、だからといって人を害していい理由にはならないのである。

 

「いやいや、何もそこまで言わんでも……子供なんだしさぁ」

「いいや、言わせてもらう。子供だからこそ、間違っていることは大人が正さなければならない」

「う、ま、まあ、それはそうかもだけど……」

 

 カミナリが割って入ってきたが、私はこれを断固拒否する。

 周りから「大人?」という疑問が漏れ聞こえていることについては、聞かなかったことにさせてもらうが。

 

「第一、狙い通りに股間を強打されていたら最悪の場合、ミドリヤから生殖能力が永遠に失われていた可能性だってある。君も男なら、その痛みは理解できるだろう?」

 

 私は元男だ。それがどれほどの苦痛かはよくわかる。

 

 いや、女でも股間は急所なので、どちらがいいとか悪いとかは関係ないのだが。それはそれとして、瞬間的な痛みの数値が男のほうが上であることは事実だ。

 

「すいません俺が悪かったです!」

「いや、君の謝罪は必要ないのだが」

 

 そしてなぜかカミナリに謝られてしまったが、それはさておき。

 

「あー……その、ごめんね? 私からもちゃんと言っておくから、ひとまずは……」

「そうだよ増栄さん。僕はなんともなかったし……」

 

 ミドリヤという直接の被害者がそう言うならば、私からはこれ以上は何も言うまい。

 

「……わかった」

 

 私はコータをマンダレイに引き渡すと、クラスメイトの中に戻る。

 

「コトちゃんが久々にジェダイしてる」

「……ジェダイをするとはどういう日本語なのだ?」

 

 そこでは、生暖かい目をしたヒミコがくすくすと笑っていた。

 




原作初めて読んだ時からずっと気になってるんですけど、仮にもヒーローならいきなり人様の金玉ぶん殴った子供のことはその場で叱らないといけないと思うんですよ。それが扶養している子供ならなおさらでは?
いやまあギャグシーンの扱いだろうし、そこツッコむのも野暮かなとも思うんですが。
理波ちゃんはその辺りの判断がシビアなので、まあこうなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.合宿初日の夜

 予定より早く到着した、かつ予想より元気が残っているということで、夕食までの間に私たちに課せられたのはイレイザーヘッドを相手にした組手だった。

 

 一人三分ほどを使ってかわるがわる模擬戦を行い、細かく問題点を指摘しつつ意見を交換するというやり方であり、要するに職場体験学習のときに私がやっていたこととほぼ同じだ。

 違うことと言えば、私とヒミコがイレイザーヘッドと並んで生徒を相手する側に回らされたことか。

 

 ただ私はイレイザーヘッドと同様の立ち位置であったが、ヒミコは変身を用いた特殊な模擬戦の担当となった。

 通常の模擬戦とは別に、ヒミコが変身した状態でイレイザーヘッドや私と戦う。変身されたものはそれを見て自身に何が足りていないのか、あるいは強みは何か、などを確認する。そんなやり方である。

 

 最初からこの訓練をやるつもりだったのだろう。血を採取するための注射器は、サポートアイテムとして普段使っているものと同じものがロット単位で大量に用意されていた。

 

 ヒミコの”個性”はどうも変身相手への好感度によって精度や効率が上下するらしいのだが、A組のメンバーを対象にした場合は誰であっても問題なくその”個性”を使える状態にある。まったく同じことができるものがいるのであれば、それを客観的に見せることで次に繋げよう……という魂胆だな。

 まあ、変身した状態で相手と完全に同じ身体能力、技術になれるのはまだ私を対象にしたときだけらしく、変身相手によって差があったが……そこは仕方ないだろう。

 

 ただ、ミドリヤの”個性”はその由来が極めて特殊であるためか、変身していても使うことができなかった。

 単に”個性”の力が強すぎて、少しでも使おうとした瞬間変身が解けてしまうだけかもしれないが。試行回数が少なすぎて、実際のところはわからない。

 

 なので彼だけは少々変則的になったが、おおむね模擬戦は平穏無事に過ぎていった。

 

 ……まあ、大勢の前で嬉々として血を飲み干したり、血の入っていた容器を名残惜しそうに舐めまわしたり、物欲しそうな目でクラスメイトのうなじを凝視するヒミコの姿は、平穏とは遠い気もするが。

 これについては我がクラスにおける日常風景であり、特に何か問題になることはなかった。全員感覚が麻痺していると言われてしまえば、何も言い返せないが。

 

 ともかくそうして時間は過ぎ、B組がやってきたところで訓練は終了。夕食の時間となった。

 

「……これ、食材足りるかしらん?」

 

 その夕食時。調理室のほうから、黄色のプッシーキャッツ――ラグドールがぼやくのが聞こえてきた。

 

 うん、すまない。すべてを食べ尽くす勢いで食べてしまって申し訳ない。

 せめておいしく平らげるから、大目に見ていただきたいところだ。

 

 さて、食事が終わったあとは入浴である。温泉があるということなので、ありがたく入らせていただいた。

 

「はあ……」

 

 その浴場にて。ジローが深いため息をついていた。

 何事かと思って彼女の視線を追えば、そこにはクラスメイトたちの豊満な胸が。

 

 なるほど、確かに我がクラスの女子は全体的に身体つきがいい。特にヤオヨロズなどは他の追随を許さないほど。

 彼女と比べてしまえば、ジローは少々慎ましやかと言うしかないだろう。その差を嘆いているのか。

 

 ……む? もしや彼女からたまに感じた暗黒面は、そういうことなのか? こんなことで?

 

「……運動の邪魔になるだけだと思うのだが」

「増栄……アンタももうちょっと大人になったらわかるよ……」

 

 なので、胸について思うところを素直に言ったのだが。年季が長いにもかかわらず、教団幹部で唯一悟りに至れていないアナンダのごとき顔で諭すように言われてしまった。よほど気にしているらしい。

 

「そういうものか」

「そういうもんだよ……」

 

 よくわからない。そうまでして気にすることだろうか。

 

 いや、人間の女性の乳房が性的な関心を招く部位であることは知識として知っている。その大小が女性性のアピールに関わってくることも、わかってはいる。

 そしてその結果として、胸部が慎ましやかな女性がやや不利になるという文化傾向があることもわかってはいるのだが……それはどこまで行っても文化における傾向でしかない。地域によってその価値は逆転することもある、程度のものでしかない。

 

 何より、身体つきの好みなど人によって変わる。だからこそ気にすることではないと思うわけなのだが……折り合いをつけるにはジローはまだ若いということなのかな。

 

 そう思いながら、ジローにならうように己の薄い胸元に視線を落としつつ、さすってみる。

 

 年齢に加え、ただでさえ栄養が足らず発育の悪いこの身体である。子供特有の柔らかさはともかく、女性的な柔らかさはほとんどない。むしろ骨の感触のほうが先立つだろう。人によっては壁とでも表現するのではないだろうか。

 触り心地も、骨の感触がところどころで感じられるから、お世辞にもいいとは言えないな。肌の質自体は年齢的に良いだろうが。

 

 ……ふむ? そうか。こうして改めて自分を触ってみるに、触り心地という観点に立つと私はいまいちかもしれない。

 ヒミコがそこを気にするとは思わないのだが、ここ最近は一緒に入浴しているときや吸血時に、身体を触られる機会が増えたことだし……。

 

「二人とも隅っこで何してるんですー?」

 

 と、いうところでそのヒミコが寄ってきたので、ふと何気なく彼女の胸に手を伸ばす。

 

「ふえっ!?」

「え、ちょっ、増栄……」

「ふむ……」

「ひゃうぅ……」

「うわ、指が胸に沈んで……うわ……改めて見るとおっき……うわ……」

 

 ヒミコの胸は、思っていた以上に柔らかかった。この部分に筋肉をつけることは困難を極めるので、それは当然なのだが。

 

 ひとまず触れてみての感想としては、やはり触り心地は私よりヒミコのほうが圧倒的に上だろう、ということである。ヒミコはクラスの中でも大きいほうだが……。

 

 なるほど、そういうことか? 触る側……つまり、一般的にパートナーとなる男性にとっては、この部位は大きいほうがいいという結論に達するのか。胸が大きいほうがいいという文化傾向は、そこから生まれたのかもしれない。

 

 まあ、私はヒミコ以外の人間と番うつもりはないし、ヒミコもそうだとは思うが……パートナーであることには変わりなく。

 ゆえにその、いずれはヒミコがそういうことを……うん。求めてくる、かもしれない可能性を考えると、少しくらいは大きくなっておいたほうがいいかもしれない。

 

 ……と、頭の中で結論づけたところで気づく。目の前で、ヒミコが顔を真っ赤にして固まっていることに。この場合の赤いは、のぼせているとかではなく……。

 

「……あっ。す、すまない! 考えごとをしていて、つい!」

「……コトちゃんのえっち……」

「いや、そういうつもりではなくだな!? その、本当に申し訳ない!」

 

 慌てて立ち上がりつつ、特に意味のない身振り手振りをする私。

 

 そんな私を上目遣いに睨みつつ頬を膨らませ、しかし心中では、私が望むならどれだけでもしていいと考えているヒミコ。

 何ならもっとしてくれても……などと考えている彼女に、私は違うと連呼する。いや、ヒミコが魅力的であることは間違いないのだが、それはそれこれはこれである。

 

「耳郎ちゃん、大丈夫? なんか暗いみたいやけど……」

「……別に……一方的に負けた気分にさせられただけだから……」

「? お困りなら相談乗るわよ、響香ちゃん」

「いや……こればっかりは生まれつきの話だから……」

「そ、そお? えっと……じゃあ……そう、トガっちたちどうしたの?」

「さあ……痴話げんかっぽいこと始めたから置いてきた」

「普段から仲いい二人にしては珍しいねー」

「なんかあったんかなぁ……」

「でも言うほど険悪な様子ではないし、ひとまず様子見でいいんじゃないかしら」

「ですが渡我さん、顔が真っ赤ですわ。のぼせてしまったのでは?」

 

 結局心配したヤオヨロズが来るまで、私はヒミコに対して有意なことを言うことができなかったのである。

 

 ともあれ、それ以外のトラブルはなく温泉自体はよいものであった。

 

 問題はそのあとである。トラブルは遅れてやってきた。

 

「あ」

「む」

 

 女子にあてがわれた大部屋にて。長距離の行軍と、その後に続いた模擬戦のおかげで今日は早めに寝ようかと話をしていたところで、嫌な予感を覚えて私とヒミコが同時に同じほうを向いた。

 

「どうかしたん?」

「え……まさかと思うけど、またヴィランとか言わないよね!?」

 

 私たちの反応に、周りがざわつく。

 

 ああ……確かに、こんなことをしたらそう思われても無理はないな。実際、私は猛烈に嫌な予感がしているのだから、あながち間違いではないとも思う。

 私もまたかといい加減うんざりしかけているところだが……I・アイランドで覚えた嫌な予感の初期段階くらいの感覚なので、現時点では細かいところがまったくわからない。かなり漠然としているのだ。

 

「んーん。今、峰田くんがえっちなこと考えてます」

『……は?』

 

 しかしさらりと出されたヒミコの言葉に、他のクラスメイトのみならず私までもが目を点にして口を開けた。

 

「さては峰田くん、お風呂覗こうとしてますねこれ? B組の女の子を狙ってるっぽい……」

『ギルティ!』

 

 そして我々の心は一つになった。

 A組の恥をさらすわけにはいかない。なんとしてでも阻止せねば。

 

 ということで、我々は眠気を堪えて出動。イレイザーヘッドが詰めている職員用の部屋へ赴き報告し、風呂場の近くでなぜか荷物を詰めたカバンを背負うミネタを確保したのだった。

 

 そのカバンの中からはドリルや暗視ゴーグル、さらには超小型カメラまで出てきたので、イレイザーヘッドはもちろん女性陣の背後には不動明王である。

 

「なんて迅速な活動……さすが抹消ヒーローイレイザーヘッド……。でも一つだけ見落としてることがありますよ……オイラもまた、温泉に踊らされただけの犠牲者の一人にすぎないってことを……!」

「黙れ」

「グヘハァー!?」

 

 彼はその際、わけのわからないことを口走ってイレイザーヘッドに殴られていたが、誰も同情するものはいなかった。

 

 なおその後の取り調べによると、今回のミネタは実際に行動に移していないらしい。あくまで下見、下準備の段階だったようで、断罪するには明確な証拠が足らず、イレイザーヘッドは阿修羅もかくやな顔を隠さなかった。

 

 ……まあ、最終的にはヒミコのマインドプローブ(精神探査。EP2の14話参照)によってミネタの目論見はきれいさっぱり白日の下にさらされたので、イレイザーヘッドによっていずこかへ連行されていったがね。嫌な事件だった。

 

 ……というか、私が感じ取った嫌な予感は、これだったのだろうか? なんだか違うような気もするが……。

 

 まあでも、私は暗黒面の気配を感じられても、それが具体的に何に根差しているかはまだはっきりとはわからないことが多い。これについてはやはりヒミコのほうが上手なのだろう。

 

 ……まあそれはそれとしてだ。

 

「……なあヒミコ? 君、随分と細かくミネタの中の暗黒面を見抜いていたが、それはつまり……君もそうしたことを考えたことがあるのか?」

 

 そう、ヒミコがミネタの欲望を正確に把握できたということは、こういう推測が成り立つのである。年齢的に、みな大なり小なり考えたことはあるだろうが……どうにも釈然としない。私のような身体に、欲情できるものか?

 

 しかし私の推測は、どうやら正しかったらしい。ヒミコは私の問いに、とろりとした笑みを浮かべて顔を寄せてきたのである。

 

「……それなりにぃ」

 

 彼女の瞳に映る己の顔が、強張ったのが見えた。

 

「……それはつまり、あれか? 先ほどみなで風呂に入ったが、そのとき……」

「や、そんなわけないのです。私がシたいのはコトちゃんだけだもん。他の子のカラダに興奮なんてしないのです」

 

 私の問いにヒミコはきっぱりと断言したが、それはそれでどうなんだ?

 いや、確かに他の面々にそういう目を向けていない点は安心したが。色々な意味で。

 

 ただ、現時点で、彼女の金色の瞳の中に色欲と思しき色が見えるのだ。それが私を見つめている……ということは。

 

「……ええと? 普段から私たちは一緒に入浴しているし、吸血時などはかなり身体の接触も多いが。君、私のこの身体をそういう目で見ていると?」

「…………」

「そこはせめて何か言ってくれ」

「……ごめん、なさい……。ヤでしたよね……でも、好きが抑えられなくって……」

「え、別に嫌ではないが。この身体のどこに欲情できる要素があるのか、わからなかっただけで」

 

 どこか怯えるようにしょげたヒミコであるが、私が気にしていた点はそこではない。

 

 何せ今の私は、百十センチ程度の矮躯だ。女性らしいメリハリのある体型でもない。誰がどう見ても、幼児体型なのだ。そこに性的な興味を向けられる理由がわからない。

 それとも、好きという感情は外見的な要素を無視して性的関心を喚起するものなのだろうか。

 

 まあそれはともかく。

 

 私の、言葉と心、両方による答えに、ヒミコは嬉しさと不安をないまぜにした瞳を向けてきた。

 

「……いい、の?」

「? 今更だろう。それに……私は君が何をしても受け入れると決めているから」

 

 それはあの日、「私の隣にいるといい」と告げたときに決めたことだ。彼女が悪の道に行ってしまわないように決めたことである。

 しかし今となっては、それだけではない。彼女のすべてを……いいところも悪いところもひっくるめて、すべて愛そうと思っているから、そういう意味でも、である。

 

 だから、ヒミコが本当にこの身体に劣情を抱くのであれば、私はそれを受け入れる覚悟がある。彼女に求められるなら、私はきっと拒めないし、そもそも拒まない。

 

 まあ、男性が抱く性的な興奮や欲求は元男として多少なりとも理解しているが、女性のそれはまったくわからない。それに、その手の行為については生物学的な知識しか持ち合わせていないので、いくら気持ちで応じたくても身体が言うことを聞かない可能性はかなり高いと思うが。

 

 ……あとはまあ、法律的なあれこれとかも問題だろうが、それはこの際置いておこう。

 

「……んもう……だからコトちゃん、大好き……」

「ん……ありがとう。私もだよ」

 

 ぎゅ、と抱きしめられたので、抱き返しておく。

 

「そろそろ戻ろう。不審に思われる」

「うん……あ、でも、待って。みんなのとこ戻る前に……」

 

 身体を離す、その直前。

 

 ヒミコの唇が、私のそれに重ねられた。

 




>その手の行為については生物学的な知識しか持ち合わせていないので、いくら気持ちで応じたくても身体が言うことを聞かない可能性はかなり高いと思う
専門用語でこれをフラグと言います。
はいここ、テストに出ます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.強化合宿二日目 上

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める」

 

 翌朝。日が出て間もない朝五時半ごろ、我々は宿(今さらだが、マタタビ荘という看板が立っていた)から少し離れた開けた場所に集合した。

 ほとんどの生徒がまだ眠そうに、しかし二人だけコスチュームをまとっている私とバクゴーを不審そうにちらちらと見ている中、イレイザーヘッドが口を開く。

 

「今合宿の目的は、全員の強化およびそれによる『仮免』の取得……つまり、具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように」

 

 ……仮免の取得だと? 雄英のカリキュラムでは、あれの取得時期は二年生の前期からだったはずだが。

 それをこのタイミング……なるほど、我々ヒーロー候補生に対して、自衛手段を確保させるためか。ヴィラン連合を中心とした犯罪者の活性化は、それだけ深刻に見られているのだな。

 

 ただ、本来よりも半年以上も早い取得となるわけだから、これは相当厳しいことをさせられそうだな。私はともかく、他のみなは大丈夫だろうか?

 

「というわけで……」

 

 と、私が考えている中で、イレイザーヘッドは懐からボールを取り出しながら目を私……を通り越し、バクゴー……も通り越して、アオヤマに向けた。

 

 うむ、賢明な判断だと思う。イレイザーヘッドが考えているデモンストレーションに、私とバクゴーは向かない。

 

「……青山、こいつを投げてみろ」

「体力テストのときのやつ?」

「そうだ。前回の……入学直後の記録は、107.5メートル。どんだけ伸びてるかな」

 

 イレイザーヘッドの言葉に、アオヤマは軽く頷いた。それからさらりと前髪をかきあげながらも優雅な、しかしどこかオーバーな所作で、何もない山のほうへ向き直る。

 

「おお! 成長具合か!」

「この三か月色々濃かったからな! 倍になってても驚かねぇぜ! やったれ青山!」

「もちろん、任せてよ☆」

 

 彼の背中に、アシドとセロが声を飛ばす。

 

 これにわざわざ顔を向けて応じる辺り、アオヤマはこういうときでもマイペースだ。

 だが、すぐに真剣な顔になる辺り、やはり彼もヒーロー科である。もちろん、手を抜くなどあろうはずもない。

 

 彼は少し上半身を逸らして身体を固定すると、へその辺り……彼の”個性”によってレーザーが放出される位置にボールを置いた。

 

「フゥー……Bon(さあ),On y va(行くよ)☆」

 

 直後である。得意げに吼えた彼の”個性”が発動され、光によって押し出されたボールが勢いよく空へと吹き飛んでいく。

 

 ずっとそうしていられたら、どこまでも飛んでいくのだろうが……しかし、彼の”個性”には反動があり、使いすぎると腹を下す。

 そのため一秒程度で照射は終わり、それに伴ってボールは一定の高さを頂点に落下を開始した。

 

 やがて森の中へボールは消えたが……すぐにイレイザーヘッドの手元から電子音が鳴る。あれでも問題なく計測できているようだ。

 

 イレイザーヘッドが、端末をこちらに見えるように掲げる。

 

「119.2メートル」

「!? オー……ララ……!?」

「あ、あれ……?」

「思ったより……」

 

 この結果に、周囲が騒めく。ほぼ全員、思っていたよりも低いと驚いている。

 アオヤマ自身もこの結果には満足していないようで、渋い顔をしつつ首を傾げていた。

 

 この様子に、イレイザーヘッドはどこか満足げに、しかし皮肉気に笑う。

 

「約三か月間、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だが、それはあくまでも精神面や技術面……あとは多少の体力的な成長がメインで、”個性”()()()()は今見た通りでそこまで成長していない。だから――今日から君らの”個性”を伸ばす。死ぬほどキツイが……くれぐれも死なないように」

 

 そうして指を立てつつ、凄みのある笑みに表情を変えたイレイザーヘッドに、周囲からごくりと唾をのむ音が聞こえた気がした。

 

「……ただし爆豪、お前は入学直後と比較して明確に”個性”が伸びていると、体育祭と期末試験で確認できている。増栄の”個性”も、既に十分な水準にある。この二人は別個に一歩先のメニューを行う」

 

 最後にそう締めくくり、イレイザーヘッドは訓練の開始を宣言したのであった。

 

***

 

 別メニューと言われた私とバクゴーは、イレイザーヘッドとピクシーボブに連れられてマタタビ荘から離れた森の中へ踏み込んだ。

 ただ、森とは言っても奥まったところには入っていない。整備された範囲であり、辿り着いたところも開けた広場状になっていた。

 

「さて、お前らのメニューだが……お前らにはこれから、必殺技を最低一つ……可能なら二つ、編み出してもらう」

「必殺技ァ?」

 

 バクゴーのおうむ返しな問いに、イレイザーヘッドが頷く。

 

「必殺技……つまりは、自分の中にある型の到達点の一つ。これさえ使えれば、戦況を動かせるという確信を預けられる技。それが必殺技だ。つまり、別に必ずしも殺す必要はないが……まあ、慣例的にそう呼んでる」

 

 途中、必ずしも殺す必要はない、のところを強調しつつバクゴーを見据えるイレイザーヘッド。

 

 バクゴーは舌打ちをしているが、こればかりは日頃の行いだろう。

 

「今回他の連中がやってる”個性”伸ばし訓練は、この必殺技を編み出すためのものだ。だが、お前らは既にその域を超えている。他と同じことをさせるのは合理的じゃない」

 

 だが、褒め言葉にも聞こえるこの言葉に、バクゴーは自信満々に笑ってみせた。

 

 まあ、すぐに私の存在を思い返してにらんできたのだが。彼は本当、こういうところで表情豊かだ。

 

「っつーことで、必殺技を編み出してもらうわけだが……お前ら、既にいくつか必殺技は持ってるな?」

 

 と、この問いに私たちは同時に頷く。

 

 以前にも述べた通り、私は必殺技の字義が気に食わないのでそのような表現はしたくないのだが。

 それはそれとして、イレイザーヘッドが言う必殺技の定義に当てはまる技は、いくつか持っている。

 

「それらは今回カウントしない。既存の技に加えて一つ、もしくは二つ作ってもらう。ただ、既存の必殺技をより効果的なものに昇華するならこれに含めてもいい。以上が今回の合宿でのお前らのメニューだ。ものによってはコスチュームとの併用が前提になるものもあるだろうから、お前らだけはコスチュームを用意させたわけだな」

 

 イレイザーヘッドがこれを手渡してきたのは、昨夜のことであった。このためにわざわざ学校から持ち込んでいたらしい。

 他の面々が体操服でことに当たっていることを考えると、優遇されているようにも思えるが……理由はイレイザーヘッドが言った通りだ。これは確かに一歩先に踏み込んだ訓練だな。

 

「開発する、あるいはした技によっては、コスチュームの改良も視野に入れる必要が出てくるだろう。だがここにはパワーローダーが来ていないから、その点についてはすまんが対応できん。筆記具を渡しておくから、そういうのが出てきたらなんでもいい。思うところをまとめておけ。提出してもらう。夜のうちにブラドと共に精査して、パワーローダーに送っておく」

「……ッス」

「了解しました」

「それと、増栄はサポートアイテムに関する資格を取りたいと言っていたな。そのときパワーローダーにお前を紹介する予定になっている。コスチュームへの改良点がゼロであってもどのみち定時報告はあるから、九時前に事務室まで来ること」

「重ねて了解しました」

 

 このやり取りに、バクゴーが「マジかこいつ」と言いたげな顔を向けてきた。さすがの彼も、これについては心底驚いたらしい。

 まあ、彼の心境をわからないとは言うまい。言ってみれば、私がやろうとしていることはヒーロー科とサポート科の完全な二足の草鞋だ。いかに優秀なバクゴーであっても、ほぼ不可能だろう。

 

 だがこれについては、私にジェダイという前世があって、その記憶、知識を完全に受け継いでいるからできることだ。私の過去の努力があるからこそと言えるが、そもそも前世の記憶などというものは通常あり得ない。

 つまりこれは極めてイレギュラーなことであり、通常はあり得ない。バクゴーは気にしなくていいし、するべきでもない。

 

 それでも気にするのがバクゴーという人間なのだろうがな。この茨の道も、よくよく考えれば我が父上という前例があることだし。

 ……うん? それを考えると父上、本当に人生一度目なのだろうか?

 

 いやまあそれはともかく。

 

 さすがにサポート科を兼ねることは、バクゴーにとってさほど重要なことではないのだろう。悔しそうな気配はしているが、さりとて体育祭や期末試験のときのようなギラついた対抗心はなかった。

 対抗心自体は存在するから、やはり彼はブレない男だなぁとも思うがね。

 

「話を戻すぞ。そういうわけで訓練だが……頭で考えたところで試す相手がいなけりゃ意味はない。っつーことで、組手相手としてこんなものを用意した」

 

 パチリとイレイザーヘッドが指を鳴らす。

 

 と、それに応じる形で。木々の陰から人型の物体が姿を現した。

 

「へぇ……いいじゃねぇか……」

 

 それは、ドロイドだった。雄英の各所で用いられているロボットではない。私が発明したことになっているものであり、世界規模の特許があり、各国の工場でライセンス生産されている、正真正銘のドロイドだ。

 

 だが特別見覚えがあるな。確か体育祭の前に、「こんな注文が来ているが対応できないから専用の設計とAIを作って欲しい」という話が、ドロイドのライセンス開発をしている企業の一つから来ていた。そのときに用意したものの一つではないだろうか。

 注文仕様書を見てもかなりの金額を積んで様々なオプションをつけたワンオフ品だなと思っていたが、なるほど。さすが雄英、と言ったところか。

 

「初メマシテ、生徒諸君。私ハ(ビー)8T(エイトティー)、様々ナ状況ニ応ジタ対戦相手役トシテ、コノタビ雄英ニ赴任シタノデアル。以後ヨロシク、デアル」

 

 バトルドロイド8型、タイプティーチング。つまり高度な戦闘技術と、それを教導する技術を併せ持つ機体として設計されたものである。装甲もかなり分厚くしてある。具体的には、バクゴーが爆破しても全力でなければ余裕をもって耐えられる……はずなくらいには強力である。

 

「こいつを相手に、交代で技を試すこと。それと場だが……」

「私が用意するよー!」

 

 イレイザーヘッドの目配せを受けて、今度は今まで黙っていたピクシーボブがしゃがんで地面に両手を置く。

 

 するとそこを起点に土が盛り上がり、フィールドが複数の小山が連なる起伏ある空間へと変化していった。土を操る”個性”……シンプルだが強力そうだな。

 

「っつーことだ。……ただ、俺もピクシーボブもお前らだけに構ってはいられない。定期的に様子を見には来るが、いないときはくれぐれも注意すること」

 

 この言葉に、私は手を挙げた。イレイザーヘッドの視線がこちらに向く。

 

「なんだ?」

()()相手でなければ効果を発揮しないものは、どうすればいいでしょうか?」

「……許可なく試すな。絶対にだ。いいな」

「わかりました」

「他に質問は? ……よし、では取りかかれ。俺たちは他の連中に指示を出してくる」

 

 ということで、イレイザーヘッドたちは開始を宣言すると同時に、この場から離れていった。

 ピクシーボブは「火の取り扱いには特に注意ね!」と言いながらである。

 

 遠ざかる彼らの背中を見送って、8Tに目を向ける。彼は「イツデモドーゾ、デアル」と言いながら、シャドーボクシングをして見せた。

 

 ふむ。新しい技、か。それについては、できることの多い”個性”を持つ身の上だ。わりと日常的に考えている。

 発想次第でいかようにもなる上に、フォースがそれを助けてくれるのだ。大体のものが形になるので、考える甲斐はある。なので、案だけならいくつもあるのだ。

 

 ひとまず、最近考えていたものはイレイザーヘッドに不在時の禁止を言い渡された。今は他のものを……その下地となるものを試すとしよう。

 

 バクゴーのほうは……私の手助けはいらんとばかりに、早くも何やら試すように手元を爆破させながら8Tに向かっていった。まあ、まずは8Tと戦ってみたいという欲求が勝ったようだが。

 

 何はともあれ、私も私のことに専念するとしよう。

 具体的には、今まであまりやらないでいた、()()()()()()()を試すことにする。

 




出番はもうないと思われた男、青山優雅。
書き始めた当初は想定していなかった出番が回ってくる。
いや原作通りのパフォーマンスを爆豪にやらせると、軽率にキロ超えかねない実力が既についちゃってるからなんですが。
理波の場合は、個性だけでなくフォースも伸びているので、個性テストの時点から個性そのものがどれくらい伸びたのかを判断しかねるからですね。
あ、青山のボール投げの記録はねつ造です。正確な数値がわかる方がいたら、教えてくださると幸い。

ちなみに、割烹にも書いたのですが、明日ワクチン接種受けてきます。
一回目なんで副反応はそこまでひどくないと思いますが、もし更新が途絶えたら副反応で倒れてるんだなと思っていただければ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.強化合宿二日目 下

 私の”個性”、増幅の仕組みは基本的に足し算である。対象としたものに、任意の何かを任意の量、プラスする。数式で表現するならば、シンプルに「+X」というイメージだ。このXの部分に代入できる数値は、私の鍛え方やその日の体調、あるいは精神状態などによって上下する。

 まあ対象に存在しない要素を増幅することはできないので、そこは通常の足し算とは異なるのだが……ともあれ、基本的な仕組みは足し算である。

 

 では、初歩的な数学の話だ。このXに、マイナスの数値を代入するとどうなる? たとえば、「5+X」という数式でそれをやったとしたら?

 簡単な話だ。元の数値は減る。場合によっては正負すら逆転するだろう。これこそ、「マイナスの増幅」の概念である。

 

 ただそうは言っても、先の数式のXにマイナスを代入することは、現時点ではできない。できないと思っていた。他のやり方でマイナス効果を得られたから、余計にである。

 

 しかし”個性”というものは基本、なんでもありの代物だ。できないと思っていたことが、案外見方や意識を変えればできるようになったりすることもあるらしい。少なくとも、実例はいくつもあるようなのだ。

 

 先日のI・アイランド事件以降、シールド女史から色々と”個性”に関わる論文を融通してもらうなどして、その手の知識を得られた。

 なので、私も今回マイナスの増幅に挑むことにした、というわけである。

 

 ……と、言ったところで何なのだが。先に少し述べた通り、同様の現象を起こすことは現時点でもできたりする。

 マイナスの増幅ができないのになんでマイナスの増幅効果を出せるんだおかしいだろう、と思ったものもいるだろう。だが、できるのである。

 

 カギは、存在するものなら増幅できる、という性質だ。

 

 そうだな、実際にやってみようか。たとえば、ここに小石がある。指の第一関節程度の小石だ。

 しかし小さいとはいえ、石は石。風化もしておらず、普通であれば素手でどうこうできるものではない。実際、今の私には形を変えることなど不可能だ。

 

 これを、増幅する。対象は――柔らかさだ。

 

 するとどうなるか?

 小石は、ゴムボールのように柔らかくなった。指で挟んで力を込めれば、ぐにょりと形を変える。これはまさに、マイナスの増幅効果が現れたことに他ならないだろう。

 

 仕組みは、そこまで難しくない。つまり、物質が持つ要素に相反する要素。それは物質が実存在としてある限り、絶対にゼロにならない。ならばこれを増幅すれば、疑似的にマイナスの増幅効果を得られるというわけなのだ。

 

 硬さに対して、柔らかさ。

 堅さに対して、脆さ。

 速さに対して、遅さ。

 強さに対して、弱さ。

 長さに対して、短さ。

 多さに対して、少なさ。

 

 他にも、他にも。この考え方を駆使すれば、現時点でも十分な減少効果を起こすことができる。一見言葉遊びのようだがな。

 

 しかしこのやり方、基本的に燃費がとてもよろしくない。なぜなら以前(EP5の11話参照)にも述べたが、私の増幅は元となる要素が少なければ少ないほど、あるいは曖昧であればあるほど、必要なコストも多くなるという性質がある。相反する要素は、その両方に引っ掛かりやすいのだ。

 

 例として、時速100キロで動く物体を遅くする場合を挙げよう。このとき、今の私が取れる方法は「対象の遅さを増幅する」、ということになる。

 

 だが時速100キロの物体が遅いとは、普通言わない。もちろんハイパードライブ航法と比べれば格段に遅いが、人間という生物がその身だけで知覚できる速度としては明らかに速い。

 そこに内包されている「遅さ」など、あってないようなもの。ものすごく少なく、かつ曖昧。先に挙げたコスト増の要因に完全に抵触するわけである。

 

 ついでに言えばこの方法だと、動きを止めている状態では使えない。停止している物体に速いも遅いもないからだ。要するに融通が利かないところがあるのだ。

 

 これが単純に「移動速度をマイナス増幅する」ならば、状況によっては使えないという欠点だけでなく、コストの面でも恐らくは問題は起こらない。……はずである。

 通常プラスにしか増幅できないものをマイナスに増幅する、という形態はコスト増に繋がりそうではあるが、少なくとも移動速度という要素はかなりはっきりしているのだから。

 

 そういうわけで、今回の訓練ではマイナス増幅を使えるようになることを目標にしたわけである。もちろん現時点ではまったくできないので、私にとってB-8Tはしばらくお呼びでないだろう。

 しかし彼の相手は私だけではない。バクゴーがいるのだから、彼が暇を持て余すことはないだろう。

 

 ……ところで、私の”個性”を鍛えるとなるとかなりの栄養補給が必要になってくるのだが、その辺りはどうなのだろう。見た限り、それらしいものはないようだが。

 というか、マタタビ荘の食料備蓄は十分なのだろうか? その気になれば私はほぼ無限に食事ができるのだが。

 

 うむ……しまったな。イレイザーヘッドたちがいる間に聞くべきだった。ひとまず食料についてがわかるまでは、あまり無理はしないほうがよさそうかな……。

 

 そう思いつつ、私は渡されたノートに渡された鉛筆を向けることにした。

 書き込むのは、今考えている技についてだ。彼が戻ってくるまでの間、口頭での説明を省けるくらいにはまとめておくとしよう。そのほうが合理的だろうからな。

 

***

 

 結論から言うと、食料は足りなかった。今日、明日の分はなんとか持つようだが、それ以降はダメらしい。

 ので、どこかのタイミングで誰かが買い出しに走ることが確定した。業者からのまとまった仕入れが届くまでの間を、それでしのぐことになる。

 これでも当初の予定の倍くらい買い込んであったそうなのだが、それでも足りなかったわけだな。実に申し訳ない。

 

 そしてそこまでさせておきながら、マイナス増幅はまったく成功しなかったので本当に申し訳ない。

 ただ、成功はしなかったもののコストとして栄養は容赦なく消費されていたので、失敗だったわけではない。本来のプラス増幅も初期の頃は似たような挙動をすることが多かったので、これはそういうことなのだろう。

 

 つまりは失敗ではなく、マイナス増幅されている量が少なすぎて効果が認識できない程度でしかなく。しかししっかり消耗は発生している、というわけだな。

 恐らくやり方は間違っていないのだろう。これならば、特訓を重ねればマイナス増幅もプラス増幅同様に卒なくこなせるようになりそうだ。

 

 ……まあそれはそれとして、私がマタタビ荘の備蓄を食い尽くしかけたのは厳然たる事実だ。

 

「見かけによらずほんとよく食べるキティね!」

 

 とはラグドールの言葉だが。

 彼女は言いながら、少し顔が引きつっていた。その”個性”「サーチ」で私の状態を見ていたようだが、彼女の”個性”は私をどう見たのだろう?

 

 さてそんなこんなで、夕方四時。訓練は終わりを迎えた。

 

「さぁ世話を焼くのは初日だけだよ!」

「己の食う飯くらい己で作れ! カレー!」

 

 我々を出迎えたのは、未加工の状態の食材たちであった。ほぼ一日中身体を酷使させた上でこれとは、なかなか精神的に堪えるだろうな。

 実際、クラスのほとんどに覇気がなく、どんよりとした空気が漂い始めた。

 

 だが、それを吹き飛ばしたのがイイダである。

 

「確かに……! 災害時など避難先で消耗した人の腹と心を満たすのも救助の一環……! さすが雄英、無駄がない! 世界一うまいカレーを作ろうみんな!」

 

 と、鼓舞して回ったのだ。

 相変わらず少し的外れな内容なのだが、まあ間違っているわけでもなかろう。彼に釣られる形で、クラスメイトも気合を入れ直していたので無駄でもない。

 それはイレイザーヘッドがイイダを便利なやつだと思いながら見ている辺り、間違っていないのだろうな。色々な意味で。

 

 そういうわけで調理が始まったのだが……。

 

「……うん。増栄は皮むきお願いしていい?」

「すまないジロー……力になれずすまない……」

 

 私は調理班から戦力外通告を喰らい、ピーラーを片手にとぼとぼと立ち位置を移動した。

 

 なんということはない。私には調理の経験が皆無というだけの話だ。今も昔も、この手のことはドロイド任せだったから……。

 

「ハッ」

 

 私の背中に、怒涛の包丁さばきを見せるバクゴーの勝ち誇った笑いが刺さる。私がこしらえた乱切りの失敗作を見たらしい。

 

 戦力にならないことは事実なので言い訳をするつもりはなく、反論もしなかったのだが……ヒミコが躊躇いなしに包丁を振りかざした気配を感じて、慌てて止めた。

 それでもなおヒミコの顔はまったく笑っていなかったし、謎の(いや原因ははっきりしているが)迫力がそこにはあった。なんなら暗黒面特有の目になっていたので、さすがのバクゴーも少し引いていた。

 

「爆豪サイテー」

「同感だね。デリカシーってもんがないの?」

「まったくですわ。信じられません」

「増栄ちゃんは十歳なんだよ、料理できなくて当たり前でしょ!」

「てゆーか、授業ならまだしも料理の腕で十歳の子と張り合うってどうなん?」

「そうよ爆豪ちゃん。さすがにどうかと思うわ?」

「なんなんだテメェら……ッ!」

「今回はマジで一切擁護できねぇんだわ」

 

 ついでに言うと、彼はヒミコだけでなく他の女性陣(あとなぜかミネタ)からも言葉の袋叩きにあっていた。

 

 私は気にしていないし、そもそもの話できもしないことを任されるままにやろうとした私が悪い。

 だから何もそこまで言わずともと思ったのだが、無理はすることはないとなぜかやたらと甘やかされた。よくわからない。その後ろでうんうん頷いていたヒミコのほうがまだわかる。

 

「申し訳ありません増栄さん、私の采配が至らないばかりに……!」

 

 あとヤオヨロズにはものすごく謝られた。どうも彼女からは、私にできないことは何もないと思われていたようだ。

 そう気に病まないでほしい。食材のカットくらい私でもできるだろうと思った私がいけないのだから。

 

 ……ちなみに、サーヴァントドロイドであるS-14Oと共に日々調理場に立っているヒミコは、料理に堪能である。バクゴーも相当だが、恐らくヒミコがクラスで一番上手い。身内の贔屓目とかではなく、純粋にだ。

 やり始めたのは私と同居し始めてからなので、実践経験は三か月程度。そう考えると驚異の成長速度だが……何分私が大食なので、作る量と頻度が違う。14Oという教師役もいるので、瞬く間に成長したのだろう。

 

 今も彼女は、食材のカットに鍋の確認、ルーの調合など、ほぼ休むことなく八面六臂の大活躍だ。明らかに訓練より真剣な顔をしているのは、やはり私のために食事を作るのが好きなのだろう。ありがたい話である。頭が上がらない。

 

 実際、ヒミコの料理は全部私好みの味付けなので……うん。私は完全に胃袋を握られている。

 

「ヒミコの作る料理はどれも絶品だが、カレーは特にとてもおいしいんだ」

「そっかぁ、それは楽しみやねぇ」

「うん」

 

 完成を待つばかりとなった頃。ヒミコの料理について力説する私がいた。

 

 そんな私に、ウララカがとてもいい笑顔で頷いてくれた。ついでになぜか頭をなでられた。

 

「ちなみに辛さは?」

「甘口だ」

「あはは、そんな気はしてたよね」

 

 セロの問いに首を傾げながら答えたら、オジロにとても納得という顔をされた。

 

 どういうことだろうか?

 

 改めて首を傾げる私の後ろでは、ヒミコが一人で五つの鍋を同時に相手取っていた。

 

 ……ちなみに、私以外のメンバー用に作られた中辛のカレーを少し分けてもらったのだが、あまりの辛さに泣きそうになった。

 そのあとに食べたヒミコ特製のカレーは、心の底から安心できる味だった。

 

***

 

 で。

 

 食事も入浴も終え、部屋に戻ったあとのことである。

 

「ねーねー、女子会しようよっ!」

 

 アシドがとてもとても楽しそうに、声を上げた。




マイナス増幅を身に着けることにより、ますますぅゎょぅι゛ょっょぃが加速する。

ちなみにトガちゃん特製理波用カレーの辛さは、ポケモンカレー以上バーモントの甘口未満です。
EP1の最後に出したようなプロフィールを今やるとしたら、理波の好きなもののところにはトガちゃんの手料理が入ることでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.1年A組の女子会

 アシドの提案に即座に乗ったのは、普段から何かと一緒に盛り上げることが多いハガクレだ。

 彼女に続いてヒミコが手を上げ、さらに困惑しつつも楽しそうに応じたのがヤオヨロズ。ウララカも楽しそうだと参加を表明し、返事はしなかったが拒否もせずうっすらと微笑んだツユちゃんも参加と見ていいだろう。

 この流れに、ジローも拒否は無駄と見たか応じ、私もまたその中に飲み込まれた。

 

 ……ということで、部屋の中央にどこからか持ってきた菓子を広げ、自販機で買ってきたジュースを持ち寄り、布団をクッション代わりに車座になる。

 

『かんぱーい!』

 

 そしてジュースで乾杯。これだけで既に半分ほどが楽しそうだ。雰囲気で酔う、というやつだろうか。

 

「……実は私、女子会をするのは初めてなのですけれど……どういうことをするのが女子会なのでしょう?」

「私もわからない。単語には聞き覚えがあるのだが」

「女子が集まって、何か食べながら話すのが女子会でしょー?」

 

 ヤオヨロズと私の問いに、アシドが答える。

 

 わからなくはないが、それだと随分と定義が広い気がする。

 

「その定義だと、いつぞやジェラートを食べに行ったときも女子会ということになるのでは?」

「あれは……うーん、違くはないと思うけど……」

 

 私の再度の疑問に、アシドが困ったようにこめかみを押さえた。

 

 が、その隣でハガクレが腕を組みつつ言う。……たぶん、立てた指を左右に振っているな。

 

「女子会と言えば……恋バナでしょーが!」

 

 彼女の言葉に、場の雰囲気がさらに華やいだ。

 

「そうだ! 恋バナだ! 女子会っぽい!」

「うわぁ~」

「恋、ねぇ」

「こ、恋!? そんなっ、結婚前ですのに……!」

 

 特にアシドの盛り上がりは突出している。

 一方、ウララカとツユちゃんはほんのりと頬を赤くしていた。ヤオヨロズも同様だが、言葉とは裏腹に楽しそうではある。発言内容は、相当な箱入りだとよくわかるものだが。

 

 ……では私はと言えば、隣のヒミコとテレパシーを交わしている。

 

『……ヒミコ? この手の話題にはどう答えるべきなのだ?』

『コトちゃんは秘密にしたい感じです?』

『ああ。……恥ずかしいとか、そういう理由ではないぞ。そもそもこの国の法律上、私たちの関係は犯罪になり得る。主に君がだ。私が法で絶対的に守られるべきとされる年齢である以上、私がどれだけ合意の上だと主張したとしても私の意思は認められず、君は性犯罪者として扱われる可能性が高い。それは嫌だ。もちろんこのクラスの面々のことは信じているが……それでもこのことを知っている人間は極力少ないほうがいいと思う』

『コトちゃんがそう言うなら、そうするのです』

『君はそれでいいのか? 隠す必要をまったく感じていないだろうし、法にしても守る必要を感じていないだろう?』

『うん。……でもコトちゃん、私のために言ってくれてるんでしょ? なら、私だってガマンするのです。だってコトちゃんのこと大好きなんだもん』

『君はそういう人だよなぁ』

 

 無意識に眉が片方下がったのがわかった。今私は苦笑しているのだろうなぁ。

 

 本来ヒミコは素直な人だ。思ったことは大体そのまま口にするタイプである。隠しごとも基本的にしない。

 かつて派手に振られた影響から、自分が仲良くしたいと思った人に嫌われることは避けたがる傾向にあり、それにかかわるであろうことは口にしたがらないところもあるが……今回の件についてはその範疇にはないのだろう。

 

 その上で、私に配慮すると言ってくれるのだ。こんないい人をパートナーにできた私は、もしかしなくても恵まれているのだろう。

 

「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!?」

 

 と、そうこうしているうちに、アシドがわくわくした顔と声を隠すことなく音頭を取った。心底期待しているのだろうな。

 

 彼女はその顔を引っ込めることなく、周囲に目を配る。他の面々も同様だ。

 だが動き出すものはおらず……次第にその間は妙な沈黙となった。

 

 しかし、

 

「はーい!」

 

 その中にあって一人。沈黙を切り裂いて、ヒミコがいつものにんまりとした笑みを浮かべながら、元気よく挙手した。

 当然、全員の視線が彼女に集中する。

 

「私! お付き合いしてる人、いまーす!」

 

 そしてこの宣言である。私以外の全員が、多少ほっとしつつも期待の眼差しを浮かべた。

 

「だれだれ!?」

 

 中でも食い気味に身を乗り出したのは、やはりアシドであった。彼女はその桃色の肌をうっすらと紅潮させて、ヒミコの二の句を待っている。

 

 ヒミコはそんなアシドににんまりと笑みを浮かべると、

 

「ひみつでーす!」

 

 と返してみせた。

 がくりとアシドが肩を落とす。もちろん、それで諦める彼女ではなかったが。

 

 そんな彼女とは別角度から、ハガクレが切り込んできた。

 

「あれー? でもさトガちゃん、例のヒーローさんはどーなったの? 諦めちゃった?」

「あっ、そーだ! そうだよ、そこんところどうなの? せめてそれくらい教えてよぉ!」

 

 そういえば、表向きはそういうことになっていたな。

 体育祭のあと、ヒミコはヒーローを目指す理由として好きなヒーローの隣にいたいからと語った。あのときの彼女の顔は控えめに言って恋する乙女であり、周りもそうだと確信してあれこれと質問攻めにしていたなぁ。

 

 ヒミコはそのとき、控えめに内緒だと言いつつも、頑なに誰のことか明かさなかったが。

 

「諦めるなんてしてないのですよ? ……その人と、お付き合いしてるのです」

 

 今回はそこまで言うことにしたらしい。どうやら、私のことを隠しつつも自分のやりたいことをやろうとしたとき、ヒミコの中ではここは言える範囲なのだろう。

 

 だが、この発言に反応したのは今まで口を挟まずとも微笑ましそうに成り行きを見守っていた面々である。

 その代表のような形で口を開いたのはツユちゃんだ。

 

「……待って? それって、結構な歳の差があるんじゃないかしら。場合によっては犯罪になってしまうんじゃ……」

「そうなのですよ。六歳差なので、私は別にそれくらい気にしないですし、まだ清い関係ですけど……きっと世間はうるさく言うと思うので。お相手については黙秘させていただくのです」

 

 そしてヒミコはまたにんまり笑うと、人差し指で己の口を封じて見せた。笑いながら「ないしょ!」と付け加える姿は、どこか色気がある。

 そう思ったのは私だけではないようで、ジローやウララカが座りが悪そうに赤面していた。

 

 ……六歳差というのは正しいのだが、それが下だとは誰も思っていないだろうなぁ。物は言いようである。

 

「……じゃあやり方を変えてー……増栄ちゃんはさ、トガっちの彼氏さんは誰か知ってるー?」

「えっ」

 

 と、ここで矛先が私に来た。だが私がその相手なので、なんとも答えづらい。

 

 その逡巡を見抜かれたのか、ハガクレが楽しそうに指差してきた。

 

「あっ、これ知ってるリアクションだ!」

「間違いない! ねーねー、教えてよぉー!」

 

 そうして私は、左右から二人に挟み込まれた。

 

「いや……その、うん。そりゃあ、彼女の相手が誰であるか知っているかと問われれば、知っている、と言うしかないのだが。しかし、その。ほら、世間体は大事であるからして」

 

 至近距離まで顔を寄せてくる二人に、私は何度も二人を交互に見ながらとりあえず言えることだけ口にする。

 

「どんな人!?」

「この際誰かは聞かないからさ、特徴だけでもさー!」

「ええと、それは、そのぅ」

 

 言えるわけないじゃないか。私なんだぞ。己を客観視して、それを端的に言い表すのはとても難しいんだぞ。

 よしんばできたとして、そこから私に辿り着かれたら困るし……。

 

「もー、二人ともコトちゃんに縋りつかないでください。ただでさえコトちゃん、隠しごとニガテなんだから」

 

 と、いうところでヒミコが二人を引き剥がしてくれた。ほっと一息つく。

 その言い分には物申したいことがないわけではないのだが、ここは何も言うまい。藪を突いて蛇を出すことになったら目も当てられないからな。

 

「ちえー、残念ー」

「少しくらい教えてくれてもいいのにー」

 

 対して、二人は口を尖らせながらぶうぶう言っている。

 文字にするとただ面倒な絡み方だが、実際はそんなことはなく、既に二人ともきっぱりと距離を取っている。物理的にも精神的にもだ。こういう切り替えの良さが、二人のさっぱりした性格に繋がっているのだろうな。

 

「はー、被身子ちゃん大人やなぁ……」

 

 そこで艶っぽくため息をついたのはウララカだ。

 どことなく憂いを秘めた仕草だが、その奥にある心では様々な言葉が大量に行き交っている。

 

 その様子はどことなくミドリヤと似ていて、確かに以前ヒミコが評した通り、二人はなかなかお似合いではないかと思う。

 

「そういうお茶子ちゃんはどーなんですー?」

 

 と、そこにヒミコが切り込んだ。自分の話はおしまい、とでも言いたげに。

 

「ふえっ!? いいいいいや、なんもないよ!?」

 

 それに対するリアクションは、実に可愛らしいものであった。顔を赤くしてわたわたと両手を振る様は、あると言っているも同然だと思うが。

 

「急にどうしたのお茶子ちゃん」

「あー! もしかして付き合ってる人いるのー!?」

 

 そう思ったのは私だけではなかったようで、「思ったことはなんでも言っちゃう」と言っていたこともあるツユちゃんが静かに問いかけた。

 ハガクレがこれに続いたが、両者の雰囲気の落差よ。

 

「おっ、おらんよっ!? おるわけないしっ!」

 

 焦った様子でそう言うウララカの頭の中に、ミドリヤの顔が浮かんでいることは私とヒミコにはお見通しである。

 が、それを言うとオーバーヒートしてしまいそうな反応だ。なので私たちは何も言わず、温かい目で見守ることにした。

 

 どうせ私たちが何か言わずとも、決定的なことを言わずとも、迫るものはいることだし。

 

「その焦り方はあやしいな~?」

「誰? 誰っ? 女の子だけの秘密にしとくから!」

 

 もちろんハガクレとアシドである。

 

「いやっ、これはその、そういうんと違くてっ」

「そういうのってどういうの~?」

「ほらほら、吐いちゃいなよ。……恋、してるんだろ?」

 

 ここまでいくとなんだか取り調べのようだ。そろそろとめたほうがいいだろうか。

 

「ほんまそういうんやないし! これはその、恋バナとか久々すぎて動悸がしただけっていうか!」

「どれだけ久しぶりなんだ」

 

 ジローの言葉に思わず吹き出した私である。

 

「そっかー」

「ごめんごめん」

 

 一方、ウララカの反応からやりすぎたと思ったのだろう。ハガクレもアシドも、これ以上はつつかないことにしたらしい。

 

 これに対してウララカはほっと一息つく……や否や、また百面相を始めた。頭の中では誰に対してでもない言い訳が延々と続いている。その勢いはまるで濁流のようで、内容はほとんど読めない。

 

 ……うーむ。こうして他人の恋模様を見るに、本当に好きという感情は人間を大きく動かすのだな。良くも悪くも。

 

 人生一度目の思春期にこれにぶつかれば、問題行動も起ころうというものである。ジェダイの恋愛禁止は、その悪くを絶対に踏まないようにということだったのだろうなぁ。

 私は人生二度目にして初めての経験だが、一度目でこれにぶつかっていたら果たして今ほど冷静に動けたかどうか……。

 

「お茶子ちゃん? なんだか疲れてるわね」

「いや、ちょっと動悸がおさまらへんだけ……」

「それは何かの病気なのでは? 無理は禁物ですわよ?」

「う、うん、ほんと、ほんとに大丈夫だから! ……うん!」

 

 まだ大丈夫ではないように思うが、とりあえずは気を取り直したウララカ。

 顔を少し緊張させた彼女は少しむくれるようにして、追い詰めた二人に目を向けた。

 

「ていうか……そう言う二人はどうなん? いい人おらんのっ?」

「……残念ながら……」

「……特には……」

「あっ……ご、ごめん……」

 

 反撃を試みたウララカだったが、どうやら急所に直撃したらしい。二人とも顔を伏せ、さらには明後日のほうを向いてしまった。

 

「……まあ、そりゃねぇ。そもそも雄英入る前は受験対策、入ったあとも授業やら宿題やらで忙しいもんなぁ」

 

 そんな二人を見かねたのか、ジローが助け舟を出す。これには全員が同意する。

 

「そんな状況でトガっちはどうやったら付き合うまで持ちこんだの?」

 

 で、結局話はヒミコに戻ってきた。

 

「どうって……ふつーだと思いますけど。意識してもらうために何度も自分をアピールして、話しかけて……あとは軽くボディタッチとか。ご飯作ったりもしてますよぉ」

「うーん、結局はそこに行くのかー」

「ていうか女子力高いな……ウチには真似できそうにない……」

「ぼ、ボディタッチ……軽くとはいえ、私もできそうにありませんわ……」

 

 軽く……ボディタッチ……?

 吸血はまったく軽くないと思うのだが……いやそれを抜きにしても、ヒミコのスキンシップは激しめなような……。

 

「てゆーか、私がやったことって好きな人がいる前提なのですよ。そもそもみんな、好きな人っているんです?」

『…………』

 

 この問いに、室内は沈黙に満たされてしまった。

 

 ……ああいや、ウララカだけは相変わらず顔を赤くしてわたわたしている。

 その様子がよほど気に入ったのか、ヒミコが楽しそうににたりと笑った。

 

 ああもう、悪そうな顔をして。まあ、相手を慮って口にしないだけの良識はあるようなので、私からはそれ以上何も言わないが。

 

 ……その後は、まだ見ぬ誰かのことを語るのではなく、より現実的に「どんな異性が好みか」という話題に推移して行った。

 

 ただ、私がそこで「性別は問題の内に入らないのでは?」と言ってしまったからか、少し妙な空気になりかけたのは申し訳なかったと思う。

 星にもよって差はあるが、銀河共和国では同性愛を問題視しないことが一般的な星も多かったから、これもまたカルチャーギャップの一つか。まあ、今の私がまさに同性愛をしているから、ということもあると思うが。

 

 元男? 今更である。元々性愛とは無縁の生活をしていたからか、私の性自認はもうほとんど女と言っていい。と思う。たぶん。

 

 あと、そう。雰囲気を悪くしておきながら、私はイレイザーヘッドとの約束の時間になったので途中で退室することになってしまったことも、申し訳なかったと思う。

 

 ただ、退室する直前。

 ヒミコが本当に心底楽しそうに、

 

「恋バナ楽しいねぇ!」

 

 と笑っていたのが印象的だった。

 




トガちゃんが本当の意味でA組女子と恋バナしてるところは、どうしても書きたかった。
こんな世界線もあってほしかったのです・・・。
なのでみんなもトガちゃんがヒーロー側の話もっと書こうぜ!

ちなみにこれ、本来ならB組から三人来るはずの話なんだけど、峰田による騒動が一日早く済んでいるので来ませんでした。
ボクとしては別にB組をないがしろにしたいわけではないんだけど、描写する機会がなかなかないんですよね・・・。
下手に入れようとしても蛇足になりかねないし・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.強化合宿三日目

 合宿三日目。

 ……と、言ってもやることは昨日と変わらない。私とバクゴーは技の開発に、他のメンバーは”個性”伸ばし訓練である。

 

 バクゴーは昨日のうちに何かつかんだのか、それとも単に戦いたいのか。ともあれ彼は激しくB-8Tとやり合っていた。

 

 対して私は、食事をしながらマイナス増幅の練習である。まあ、ありていに言ってしまうと”個性”伸ばし訓練であり、やっていること自体はヤオヨロズと同じなのだが。

 しかし私も同じことを延々と繰り返していると多少集中が落ちてくるので、たまにB-8Tと身体を動かす。自分で設計したドロイドに言うのもなんだが、実にいい相手だ。

 

 そうしていれば、わずかにだが昨日より効果が増しているように感じられる。

 昨日は残り食料の都合でやらなかったが、今日は一度マイナス増幅に関する能力を増幅した上で試してみたところ、わずかとはいえはっきりとした成果が得られた。訓練のやり方や方向性は間違っていないということだろう。あとは反復あるのみである。

 

 ……とまあ、そういうわけなので劇的な変化は特になく。それは私以外のほとんどもそうで、あっという間に夕方となった。

 本日の夕食の主菜は肉じゃがである。何やら昨夜、男子たちが使う肉を牛か豚かで決めるべくA組B組対抗戦をしていたようだが、私としてはどちらでも構わない。どちらも美味だからな。

 

 なお、私は調理班から戦力外通告を受けたので、火起こしのほうへ移った。サバイバル経験や知識は一応持っているので、こちらならまだ多少動ける。

 

「オールマイトに何か用でもあったのか?」

 

 そんな中。同じく火起こしを担当していたミドリヤに、トドロキが声をかけてきた。

 

 どういうことかと思って私もミドリヤに目を向けてみれば、多くの人間が一度はヒーローに憧れる今の世にあって、なぜコータがあそこまで頑なにヒーローを忌避しているのかを考えていたらしい。

 聞けば昨夜、食卓で姿を見かけなかったことから食事を持って彼を探したのだという。そこで出会い頭のとき同様、かなり激しく拒絶されたとのこと。

 

 これになるほどと頷くトドロキと私である。

 

「僕の周りは昔から、ヒーローになりたいって人ばっかりだったからどうしてもわからなくて……。でも、うまく言えないけど、なんだか洸汰くん、無理してるようにも見えて……」

「……子供にも、事情ってもんがあるんだろ。たぶんデリケートな話だろうし、あんまズケズケと首突っ込むのもアレだぞ」

「同感だ。……私は初日、彼の事情が見えてしまったが……かなりセンシティブだ。下手にその件を口にするのはやめたほうがいいだろう」

 

 そう、非常にセンシティブな事情だ。

 二年前、三歳のときにヒーローの両親をヴィランに殺されている、など。下手に触れるべきではない。

 

 かつてのジェダイなら、そんなことはお構いなしに踏み込むだろう。責務を全うして殉職した両親を褒めたたえ、それを見習うように言うのだろうな。これもまた試練であると。本当に、良かれと思って。

 

 だが、それは当時わずか三歳だった子供には理解しがたい話であろう。五歳の今も変わらないだろう。

 両親が死んだことを褒め、その死を嘆くなと言われ、あまつさえお前も死んだ両親のようになれと言われるようでは、反発の一つや二つするものだ。

 

 ……と、思う。その辺りの心理を、私はすべて理解できているわけではない。

 だが、ジェダイが一般人から「ジェダイは人の心がわからない」と揶揄されることがあったことは知っているのだ。

 だからこそ、今回のような状況ではジェダイの発想でものを言わないほうがいいだろう、と今の私は考えている。

 

 思えば、アナキンのパダワンだったアソーカ・タノ冤罪事件も、この点を考慮できていればもう少し穏当な結果になっていたはずだ。

 当時珍しく任務でコルサントを離れていた私があの場にいればあるいは、と思うのは思い上がりというものだろう。私がいてもいなくても、結果は変わらなかったと思う。

 だからこそ、人間心理への理解の欠如は、ジェダイが明確に反省しなければならない点だ。新しくこの星にジェダイを興すに当たっては、特に気をつけなければならないだろう。

 

「……見えちゃうんだ……」

「お前、マジでなんでもありだよな」

「私も見たくて見ているわけではないぞ。もちろん見ようと思って見ることもあるが、普段は不可抗力のほうが多い。強い感情に根差していると、見えやすくて困るんだよ。特にそれが深い怒りや憎しみの類だと、中てられるからなおさらな」

「それは……ちょっと難儀だね……」

「確かに。便利なのも善し悪しだな」

 

 ”個性”のみならずフォースの力も伸ばしているから、前世と比べると私は格段にフォースに敏感になっているように思う。そのせいもあるだろう。

 

 アナキンも、なまじ見えてしまうからこそ道を踏み外したのかもしれないと言っていた。フォースは強ければ強いほどいい、というわけではないのだ。

 つくづく、父上の宗教が言う「何事もほどほどが一番(意訳)」という教えは真理だなと思う。

 

 最近は、これ以上ミディ=クロリアンの量は増やさないほうがいいだろうと思っている。場合によっては、少しマイナス増幅をかけて減らすことも考慮しておいたほうがいいかもしれない。

 

***

 

 とまあそんなこともあったが。

 

 食事が終わり、片付けも終われば本日はレクリエーションが待っている。

 今回はA組B組対抗の肝試し。つまり、脅かし合いである。

 

 クラスメイトと二人一組を作り、森の中に定められたルートに沿って進む。この道の中間地点に名前を書いた札があり、それを持って戻ってくるという流れだ。

 

 チームは三分おきに出発。ルートを順当に歩けば、およそ十五分で戻ってくる計算らしい。

 この間に、別クラスの生徒たちが”個性”を用いた様々なやり方で脅かしてくる。ただし、直に接触することは禁止。そういう趣旨である。

 

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」

 

 プッシーキャッツの面々が、ルール説明をそう締めくくった。ジローがこれに対して心底嫌そうにしていたのが印象的であった。

 

 まあ失禁はともかく、つまりいかに相手を驚かせるかであるのだが……イイダが言う通り、これは”個性”の使い方の幅を広げるため、思考力を養う訓練でもあるのだろう。考えたものである。

 

 ただB組には申し訳ないのだが、この肝試しはほとんど勝負にならない。

 

 なぜならフォースユーザー……私とヒミコは、周囲の感情の変化や害意に対して極めて敏感であり、驚かせるという明確な害意を持って行われる肝試しでは、相手の意図がほぼすべて読めてしまうのである。以前ヒミコとデートで遊園地に行ったとき、お化け屋敷で大層興ざめしたが……あれと同じ状況になるわけだ。

 つまり、B組はどうあがいても二人分は絶対に驚かせることができないのである。単純にやり方が悪くて非フォースユーザーの面々すら驚かせられない可能性もあると考えれば、勝負として成立するかどうか非常に怪しいと言わざるを得ない。

 

 なので、私とヒミコは凪いだ心境で組み合わせ決めのくじ引きを眺めていた。まあヒミコはアシドやハガクレと言った賑やかな面々に乗せられる形で、どうにかこうにか元気を出していたが。

 

 で。

 

 その組み合わせだが、私はトドロキと共に九番手ということになった。どうせならヒミコと一緒がよかったが、抽選だからな。もちろん、操作などするはずもない。

 

 ちなみにヒミコはミネタと共に二番手になっていた。

 そしてそのミネタは、「頼む増栄変わってくれ、オイラ百合の間に挟まる男にはなりたくねぇんだ! お前らも一緒のほうがいいだろ!?」とブッダの入滅を受け入れられない弟子のような悲壮な顔で五体投地しながら拝み倒し、私を心底困らせてくれた。毎度ながらよくわからない男だ。

 

 これにはクラスの全員……のみならず、ここに居合わせていた教師陣やプッシーキャッツも引いていた。

 

「……相手がいいって言うならメンバーの交換も認めるけど、どうするにゃん?」

 

 ラグドールの問いに、私は苦笑しながら首を横に振った。

 

「抽選の結果に文句は言いませんよ」

「増栄ェェ!?」

「君は……ヒミコの何が不満なんだ?」

 

 返答次第では私も怒るぞ。

 

「アッハイ……すいませんッした……」

「私もだいじょぶですよぉ。峰田くん、一緒にいても害ないですし」

 

 一方、ヒミコの意見はこれである。この言葉に、全員が一斉に首を傾げたのは言うまでもないだろう。

 彼女はどうも、ミネタの意図がよくわかるらしいのだが……なんというか、なんだかその意図はわかってはいけないような気がしてならない。

 

「一緒にがんばろうねぇ、峰田くぅん……」

「ヒェッ……りょ、了解であります……」

 

 そのミネタは、最後にはヒミコ渾身のダークサイド顔によって沈黙させられていた。

 

 うん……あの脅し方をされたら大体の人間は引き下がるだろう。何気なく、ダークサイドも使いようだなと思った。要は包丁のようなものかと。こんなことで思いたくはなかったが。

 

 まあ何はともあれ、そうして始まった肝試しだが……非フォースユーザーにはそれなりに効いているのだろう。先に入っていった面々の悲鳴が聞こえる。

 

 特に、最初に入っていったウララカとハガクレコンビの悲鳴がすごい。ただ前者は本気の悲鳴だが、後者はどこか楽しんでいる節が見受けられるので、二人の間に若干感情の齟齬はあるだろうが。

 彼女たちの悲鳴が聞こえるたびに、アシドやカミナリと言った賑やかな面々が楽しそうにしている。

 

 ともかく進行自体は順調で、五組目のジローとトコヤミが森の中へと入っていくところを見送った。

 

 ……その、直後のことである。

 

「……!」

 

 フォースが前触れなく、強い悪意を知らせてきた。

 すぐさまフォースを飛ばし、周辺の状況を探る。すると、直前まで何もなかったであろうところに十一人の人間の気配。

 

 ……うち二つは人の形をしてはいるが、生物としての気配がない。これは……脳無だな。

 しかも片方は、覚えがある気配だ。クロギリ。

 

 つまり、これは……。

 

「……マスター・イレイザーヘッド。今すぐ肝試しを中止してください」

「どうした」

「お、さすがにこういうのは苦手か?」

 

 私の提言にクラスメイトたちが目を丸くする。セロがどこかからかうような口ぶりで言ってきた。

 だが、そんな悠長に言っている場合ではない。

 

「ヴィラン連合が森の中に()()しました」

 

 この言葉に、全体に緊張が走った。

 

 だがイレイザーヘッドはさすがの合理主義とでも言うべきか。それとも単に私とのやり取りに慣れているのか。

 にらみつけるように横目を向けると、端的に問うてきた。 

 

「数は?」

「十一人。うち一体が脳無です。さらにクロギリも……あ。今クロギリが消えました。一旦退避したようです」

「……死柄木は?」

「トムラのほうはいません。ですが、カサネのほうはいます」

 

 この回答に、イレイザーヘッドは露骨に顔をしかめた。

 

「脳無までいるとなると、人手が足らねぇな……仕方ない」

 

 そして目を閉じ、深呼吸をすること一度。ただ一度、本当に一瞬に近い間。

 

「……マンダレイ、森の中にいるやつらに通達を。ヴィランの襲来を伝えるとともに、イレイザーヘッドの名において戦闘を許可する、と」

 

 それだけの間に、彼は覚悟を固めていた。あとで処分を受けるのは自分だけでいい、と。

 

***

 

 ぱしり、と襲の身体から赤い光が漏れ出る。”個性”、「憤怒」。彼女が抱いた怒りを、力に変換する力。

 

 それが発動したということは、今この瞬間彼女が怒りを覚えたということに他ならない。

 

「……襲ちゃん? いくらなんでも気が早いんじゃないのォ?」

 

 そんな彼女を見とがめたのは、女性口調の巨漢。

 

「……いや。こいつはなんにでもキレるイカレ女だが、さすがに今は何もなさすぎる。何があった?」

 

 彼――彼女?――を制したのは、焼けただれた肌を随所に露出させる黒髪の男。

 

「今、ボクたちのコトがバレたんだよ……ッ」

 

 だがそんな男も、襲の回答には目を見張った。他のものも同様だ。

 

「は……?」

「遅くね!? もうかよ!?」

「あらまぁ、本当にあったのね超能力。大したもんだわぁ」

「早すぎる……ホンット腹立つなぁ……! なんなんだよ、あのチビ……ッ!」

 

 ぎり、と歯噛みする襲。

 

 が。

 

「バカだなお前はよォ。どうせバレるだろうって話だっただろ? じゃあ予定通りだ! なあ! 気づかれたんたならどうせ向こうもやる気だろ? 派手に殺ってやろうじゃねぇかよ!」

 

 その背中をばしりと叩く、仮面を着けた巨漢。彼はそのまま、ずいと前へ出る。

 

 対して襲は動かず、その背中をじとりとねめつけた。

 

「そんなことはわかってんの! だからボクが怒ってるのはそこじゃないってんだよ、この筋肉ダルマ!」

 

 それからはあ、とため息をつく。赤い光の勢いは先ほどより増していて、しかし確かに身体の中に組み込まれようとしていた。

 

「……で? どうすんのさ、サブリーダー?」

 

 彼女に、ガスマスクを着けた少年が問う。

 

「……腹立つ。腹立つけど、弔の予定通りだよ。ボクがあのチビを殺る。コンプレスは手筈通りに。あとはみんなで派手に殺っちゃえ。そんだけ」

 

 答えながら、襲の顔が歪む。殺意に満ちた笑みだった。その瞳が一瞬、赤い縁取りを持った金色に輝く。

 

 そんな彼女の身体を支える両の足は。黒く短いスパッツから伸びる太ももには。

 

 ――ライトセーバーによる傷は、()()()()()()

 




シリアスさんがエントリーしました。
ということで、ここから最後までずっとシリアスさんのターンです。

なお肝試しのメンバーと順番は、原作から結構変わってます。
ぶっちゃけてしまうと今後の展開のために変えたのですが、あれやこれやと整合性を取ろうと考えた結果、このメンバーと順番決めで一週間くらい取られたのはここだけの話。

(9/27追記)
色んな方が誤字として指摘してくださるのですが、「遅くね!? もうかよ!?」は誤字ではありません。お気持ちは大変ありがたいですし、普段から誤字脱字報告には助けられているのですけれども。
というのも、このセリフは原作から登場しているヴィラン、トゥワイスを企図して書いたセリフなのでこれが正しいです。
トゥワイスは二重人格的なキャラであり、事象に対して反対のことを口走り、二の句でさらに反対のことを言う、という造形のキャラです。二の句は言わないこともあるし、彼の成長に伴って最終的には落ち着いていきますけども。
一番わかりやすい原作のセリフは、轟の氷を食らって「熱っつ!」と言ってるところですかね。
そういうキャラなので、今後も連合が出ている場面ではそういう矛盾したセリフが出てくる予定ですが、そういうのは全部トゥワイスのセリフであり、見かけたら「ああまたややこしいやつがらややこしいこと言ってんな」という感じに考えていただきたく。
いや、ボクだって書きづらいので普通にリアクションさせたいんですけどね!w
でも原作の設定が「そう」なので、仕方ないんですよ。トゥワイスのこの喋り方は、彼というキャラの人格の根幹に関わっているので外すわけにはいかないんですよ。
詳しくは原作を読もう! 具体的には22巻辺りから始まるヴィランアカデミア編とか!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.連合の逆襲 1

 ぴくり、と顔の筋を少し動かしながら、トガが立ち止まる。これに合わせて、峰田も足を止めた。

 

「ど、どうかしたのかよ?」

「……峰田くん……」

 

 見上げてくる峰田の名を呼びながら、トガが軽く身構える。

 

「……ヴィラン連合が、来ちゃったのです」

「……は!?」

 

 そして放たれた言葉に、硬直する峰田。

 

「そ、それって、アイランドとかでやってた探知で……?」

「はい」

「確実なやつじゃん! なんでだよ!? 万全を期したはずじゃなかったのかよォ!?」

「まー黒霧さんの”個性”ならどこにでも出てこれるってことでしょーね」

 

 早速取り乱し始めた峰田に、肩をすくめるトガ。

 

「……だから、早く逃げよ? まだ来たばっかりで、この辺にはいないみたいなので」

「お……おお! そうだな! それがいい!」

 

 だが、次の瞬間である。

 

 悲鳴が。

 

 二人分。

 

「――……っ!?」

「? 今の……」

 

 聞こえた。

 

 ()()()

 

「お茶子ちゃん! 透ちゃん!」

「おいトガ!? 逃げるんじゃなかったのかよォ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

***

 

 森が揺れる。木々がなぎ倒される。

 同時に、チェーンソーとドリルの音が響き渡る。

 

 だから気づけた。だから動けた。

 

「……ッ、かがめ八百万ッ!」

「きゃっ!?」

 

 同じ組となった八百万の前に躍り出た切島は、既に自らの”個性”を発動していた。

 硬化。全身を金属にも劣らぬ超硬度のものへと変ずる力。

 

 それを発動させた切島の身体に、猛烈に回転するチェーンソーが叩きつけられた。不快な金属音と共に、火花が飛び散る。

 

「ぐう……っ!」

 

 凄まじい膂力で行われたそれに、切島の身体は耐えられず吹き飛ばされる。だが、致命傷は完全に回避した。

 

「切島さん!」

「だ……大丈夫だ……! 俺ァ硬さじゃ誰にも負けねぇ……!」

 

 しかし、身体の一部は欠けていた。それだけ凄まじい攻撃だったのだ。

 

 そしてそれは、攻撃の主にとっては渾身のものでもなんでもなく。

 ただ日常の何気ない動作の一つであるかのように、再度チェーンソーが振るわれる。

 

「そんな……これって……!?」

「USJにいた……! 脳無……!?」

 

 それは、脳がむき出しになった異形。それぞれに武器がついている腕のような触手を複数、背中から生やしている異形だ。

 

「ネホヒャンッ」

 

 脳無。ヴィラン連合が擁する、生物兵器。

 それが、うつろで意味を持たない鳴き声を上げながら、切島と八百万の前に迫っていた。

 

***

 

「痛ぁい!?」

 

 きびすを返し、元来た道を戻ろうとしていた青山は、隣にいた爆豪に突然蹴り飛ばされて悲鳴を上げた。

 彼はそのまま森の茂みの中へ突っ込み、地面を転がる。

 

「いきなり何するのさ……ッ!?」

 

 そうして、なんとか立て直して顔を上げた彼が見たものは。

 

 暗い森の中でも、不思議と存在感を放つ剣。赤い閃光をまとった少女によって振るわれたそれは三日月を描くように空を切り裂き、次いで周囲に突風を巻き起こして見せた。

 

 直後、爆発が起こる。爆豪の”個性”だ。迷うことなく一直線に、少女に叩きつけられる爆発。

 

 入った。青山にはそう見えた。

 しかし、それは簡単に回避される。まるでそれが来るとわかっていたかのように、あっさりと。

 

 少女――死柄木襲が、にたりと笑う顔が。文字通りの返す刀で爆豪を切り裂こうとするヴィランの顔が、青山にははっきりと見えてしまった。ヒッ、と息が漏れる。

 

「オマエらはお呼びじゃないんだよ……ほらぁ、さっさと死んじゃえッ!」

「ハッ、てめぇがな!」

 

 猛烈な爆発が巻き起こり、襲を襲う。それを防ぐために剣を引けば、剣を吹き飛ばすような位置関係で。

 どちらを選んでも、不利になる状況。それを強いた。激しやすい性格に見えて、正確に状況を把握できる爆豪だからこそのとっさの妙技。普通の人間であれば、間違いなく何かしらを捨てなければ大ダメージを受ける状況。

 

 だがしかし、そう。死柄木襲は普通の人間ではない。

 

「ざぁーんねーん……でしたぁーっ!」

「ぐうッ!?」

 

 赤い閃光。同時に、突き出される手のひら。

 極小の生物によってもたらされる神秘が、斥力を生み出し爆豪の身体を襲った。彼は爆風もろとも吹き飛ばされ、地面に勢いよく転がる。

 

 転がりながらも、起き上がることができたのは彼だからこそ。途中で小さい爆破を起こして身体を跳ね起こすと、踊るようにして立ち上がって見せたのだ。

 そうして改めて襲と正面から対峙した爆豪の顔には、確かに危機感が漂っていた。

 

「てめぇ……その力は……」

「? ああ……そっか、そーだよねぇ、知ってるよねぇ。あのチビと同じクラスだもんねぇ……体育祭ぃ、()()のぉ、ば・く・ごー・くぅん?」

「……ッ!!」

 

 手の中で、小刻みに爆発が連続する。

 

 怒りが爆豪の中を支配……しない。全身を駆け巡ったが、しかし支配には及ばない。

 怒りながらも冷静に。冷静ながらも怒りを忘れずに。

 

 超えると定めた相手からの助言を踏まえ、努めて行われているそれは、シスの極意とも言えるもの。

 しかし本来であれば、フォースはバランスの取れた状態を最良とする。そこに善も悪も、光も闇もなく、二つの感情による均衡もまた同様である。

 そうして均衡は調和を。調和は安定を。安定は盤石を生むのだ。

 

 シスはその上で、盤石を踏み砕いて攻撃を行う。だからこそ彼らは限界を超えた攻撃力を発揮し、結果として己の身すらも破壊する。ゆえに彼らは暗黒面と呼ばれる。

 

 しかしそうしないのであれば。

 均衡状態を維持し続けることができるのであれば。

 

 フォースは光明も暗黒も関係なく、純粋に最大限の恩恵を約束する。

 

 ()()()彼の中の力は、迫り来る脅威を前に少しずつ芽吹きのときを迎える。

 

「死ねぇッ!!」

「あははっ、そっちが死んじゃえばぁ!?」

 

 先ほどとは真逆のやり取り。

 

 かくして、戦いは加速していく。

 

***

 

 恐らくはバクゴーのものと思われる爆音が不規則に響いてくる中、マンダレイの”個性”である「テレパス」によって、ヴィラン連合の襲来と戦闘許可は遅滞なく全員に通達された。これで森の中にいるB組の面々は、自衛手段を得られたわけだな。

 

 そうこうしているうちにも、我々生徒はイレイザーヘッドとプッシーキャッツの虎によってマタタビ荘へ避難するように誘導される。

 

 私はそうしている間にも索敵を続けつつ、B組の監督役として森の中にいるマスター・ブラドキングに敵の位置や動きをテレパシーで伝えていた。同じようにして、森の中の生徒たちが敵に遭遇しないよう、細心の注意を払いつつテレパシーを続ける。

 既に敵と遭遇してしまった……あるいは敵の動きが速すぎて遭遇を回避できなかったものもいるのは悔しい。なんとかして彼らを無事に生還させなければ。

 

 そう思いながら、集中し続けていたからか。

 ミドリヤが血相を変え、列から離れて行くのに気づくのが遅れた。

 

「緑谷くん!? 待ちたまえ、どこへ行くんだ!」

 

 イイダが制止の声を上げるが返事はなく、ミドリヤの身体が森の中へ消える。

 私もそちらへ目を向けたが、既にミドリヤの姿は視認できなくなっていた。

 

「どうした飯田!」

 

 と、そこにイレイザーヘッドがやってきた。

 

「相澤先生、緑谷くんが一人で森の中へ行ってしまって!」

「……は?」

 

 これにイレイザーヘッドは信じられない、と言いたげに目を見張った。私も同感だ。

 

 だが、ミドリヤはかくも短絡的な男だったか? 私が知る限り、むしろ彼は冷静に分析を重ねて対処するタイプのはずだが。

 

 もちろん、彼の気持ちもわからなくはない。戦闘力を持たない五歳児が一人、ヴィランの近くにいるなど危険すぎる。助けに行くべきだろう。

 

 しかし、わかるからといって今回の彼の行動は一切褒められない。

 これは感情とは別の話なのだ。一人の勝手な行動が……特に統率者の命令を無視して動いてしまえば、全体にほころびを生むかもしれない状況なのだから。

 

「マスター。ミドリヤはコータを助けに行ったようです。恐らくコータの居場所を、自分以外知らないからと」

 

 そして私の説明に、イレイザーヘッドは乱雑に頭をかいた。

 

「……あんのバカ。ただでさえ人手の足りてないときに勝手に動きやがって……!」

 

 お前はオールマイトじゃないんだぞ、と締めくくったイレイザーヘッドの顔は、ひどく渋い表情に染まっていた。

 

「相澤先生、人手が足りないなら我々生徒も戦ったほうがいいのではないでしょうか!?」

「イイダに同意します。私なら、施設にコスチュームもあります。私は万全に戦える」

 

 そう言いつつ、私が前線に出るべきではないとわかっているし、するつもりもないのだが。

 

「……ダメだ。さっきの戦闘許可はあくまで自衛のため。お前らを前線に出すためのモンじゃねぇ。特に増栄……お前のことだ、今も広域を索敵しつつ情報をあちこちに伝えてるな? 最年少で資格もないお前にそれだけの負担を強いてるだけでも俺は教師失格なんだ。これでさらに前線に出すのはどうしても許可するわけにはいかねぇんだよ」

「先生……しかし!」

 

 イイダが言い募るが、私はイレイザーヘッドの考えには納得している。

 それに、自衛云々とは別に、私は行かないほうがいい。イレイザーヘッド流に言うなら、非合理的なのだ。私が前線に出ることは。

 

 彼が言った通り、私は今も並行して、脳無と遭遇してしまったらしいキリシマとヤオヨロズのところにブラドキングを誘導している。また、ヴィランたちを避けて引き上げるよう、B組の面々も誘導している。これらはそれこそ、脳無との戦闘中には絶対に不可能なことだ。

 だから私は、戦いに行くわけにはいかないのである。

 

「……!?」

 

 そのさなか、私はまったく同じ気配が()()になったことに気がついて驚愕する。

 

 敵の”個性”か。()()()だ? 「己を増やす」”個性”か、「他者を増やす」”個性”か。

 後者だとしたら、状況は最悪に近い。あらゆる敵が無限に出てくることになる。

 

 それをイレイザーヘッドに伝えたところ、彼は渋かった顔をさらに歪ませて、舌打ちを漏らした。思わず、と言った様子だった。

 

「……増栄、緑谷はどこだ? どっちに向かってる?」

「あちらです。あの方向にまっすぐ。そこにコータがいます」

「わかった。……プッシーキャッツの皆さん! 俺は洸汰くんを保護するために少しこの場を離れます。それまで生徒たちを頼みます」

「任せておけ!」

「了解!」

「イレイザー、あの子をお願い!」

 

 イレイザーヘッドの言葉に三者三様の返答をするプッシーキャッツ。

 

 それを確認したイレイザーヘッドは、最後に我々A組のメンツをちらりと一瞥する。

 

「……飯田。ヴィランがここまで来たら……委員長として、全体を統率しろ。増栄、絶対に無理はするな。くれぐれもプッシーキャッツの皆さんの邪魔にならんように。わかってるな? 過度な戦闘は控え……」

「はい、あくまで自衛に徹すること、ですね? 了解いたしました!」

「了解」

 

 そしてイレイザーヘッドは、私たちの答えを聞くと同時に駆け出して行った。

 彼と入れ違いに、ジローとトコヤミが戻ってくる。どうやら二人は問題なく無事のようだ。出発してほとんど間もないから、それだけ余裕があったのだろう。

 

 そんな二人をこちらへ誘導するプッシーキャッツの面々だが、マンダレイは他の誰よりも緊張の面持ちだ。血縁であるコータが心配なのだろう。あるいは今、まさに彼へテレパシーを飛ばしているのかもしれない。

 

 ……私も、先ほどから定期的にヒミコにテレパシーを飛ばしているのだが。何度やっても返事はない。

 

 正確に言えば、返事はなくとも強い怒りは伝わってくる。激怒と呼ぶのもおこがましいほどの憤怒である。

 彼女がそこまで怒髪天をついているということは、彼女の近くにいるウララカとハガクレに何かあったのだろう。それが何かはわからないが、同時に敵の気配も近くにあるので、原因はそういうことだろうな。

 

 問題はその敵の強さである。現時点で脅威と明確に言い切れるものは脳無とカサネだが、それ以外にも手練れがいてもおかしくない。あるいは全員か。

 

 いずれにせよ、ヒミコは二番手で出発した。それも一人ではない。何事もなくこちらに戻ってくるにしても、もう少し時間がかかるだろう。

 

「……無事でいてくれよ、ヒミコ……」

 

 イイダが陣地を固めるように指示を出し、初日の行軍のような配置を作ろうとしているところを尻目に。

 私は思わず、そうつぶやいていた。

 

***

 

「あーあ、行っちゃった。あのさぁ……脳無? と、マスキュラーとムーンフィッシュはまあ置いとくとしてもだよ? 仮にも現場指揮官が、真っ先に最前線に突っ込んでくのってどうなんだろうね?」

「あら、そういう指揮官もいるわよ? 襲ちゃんはそのクチね。確かに何かあったとき士気がガタ落ちするけど……強い指揮官が最前線で活躍する姿は、味方にとって心強いものよ」

「そうかなぁ? 僕にはただの私怨に見えるけど?」

「ま、そうとも言うわね」

 

 ガスマスクの少年の言葉に、女言葉の巨漢は肩をすくめる。

 

「彼女はステイン唯一の弟子。だが、本当に彼の薫陶を受けていたのかどうか……見せてもらおうじゃないか」

 

 それに続く形で、爬虫類の姿をした青年が口を開く。ぎょろりと動かした瞳の先は、暗い森があるだけだが……彼には最初に飛び出していった連合の副指揮官の姿が見えていた。少なくとも気分の上では。

 

「「行くぞ」」

 

 彼の後ろから、焼けただれた肌の青年が二人。言いながら出てくる。

 その背後には、彼らとまったく同じ姿の青年……と、全身スーツを纏った男。

 

「せいぜい派手に暴れて来いよ、()()()

「言われなくとも」「わかってる」

 

 三人もの同一人物の会話を節目に、彼らも動き出す。

 

 逆襲は、始まったばかりだ。

 




青山優雅、再び。
いや、あれなんですよ。色々考えた結果、爆豪の相方を彼にするしかないなって判断した結果なんですよ。
まさか当初の考えに反してこんなに登場させる機会があるなんて・・・と思ってましたが、どうもボクはああいう我の強い我が道直進系のキャラが好きらしいです。
と、いうことをテイエムオペラオー育てながら思いました。今後ももしかしたら青山の出番が増えるかもしれません。増えない可能性も十分あるけど。

それと荼毘が増えてるのは原作同様トゥワイスの個性ですが、原作と異なり増やす数が増えています。
ただしこれは、一応原作設定に準拠したものになります。
トゥワイスの個性「二倍」は、一つから最大二つを増やすというものです。
二倍と言いつつも1を2という倍の値にするのではないので、対象となるオリジナルを含めると全部で三つまで増やせるわけです。

まあその設定が開示されたのは時系列で言えば十二月で、八月頃の合宿編では一人しか増やしていないし、二人増やせるなら最初からやらない理由がないので、たぶんこの段階ではそこまでできなかったんじゃないかとは思います、が。
成長したからできるようになったという描写は一切ないので、本作ではこの時点でもできるものとして考え物語を進行させます。あらかじめご了承ください。

合宿編の段階では堀越先生もそこまでトゥワイスの設定を練り込んでなかったんじゃないか、というのは禁句だよ☆


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.連合の逆襲 2

 猛烈な速さで伸び、枝分かれし、広範囲を切り裂く白い刃が麗日と葉隠を襲う。そんな暴力的な連続攻撃を最初に回避できたのは、ただの偶然でしかなかった。

 その偶然に助けられた二人はしかし、逃げに徹している。直接的な攻撃手段を持たない二人には、それしか取れる手段がないのだ。

 

 しかし太い幹を持つはずの木々は大した壁にならず、むしろ逃走の妨げになっている。視界をふさぎ、足元を悪くしている木は、まさしく邪魔であった。

 

 そんな二人を追いかけているのは、黒い拘束具によって全身――顔も含めて――を覆われた細身の男。刃の根本は彼の口の中から生えており……つまりそれは、彼の歯であった。そういう”個性”なのである。

 

 男を示す名前はムーンフィッシュ。連続殺人犯であり、死刑囚であり、そして今は脱獄犯。

 そんな長年多くの命を刈り取ってきた男の技の前では、たかだか半年にも満たない訓練しか受けていない子供たちはまさに子供でしかなかった。

 

「肉……肉、見せて」

「なんなん……っ!? なんなんこの人っ!?」

「超っ! 気色悪いぃーー!」

「きっときれいだ……君たちの肉面……っ」

 

 歯が武器である関係上、常に開いたままの口からは抜き身の欲望が漏れっぱなしなっている。ついでに唾液も。

 

 そう、ムーンフィッシュは肉を切り裂くこと、その断面に美しさを見出しているサイコキラーだ。はっきり言って、あらゆる意味で常人とは住む世界が違う。

 

 けれども犯罪者として、ヴィランとしては間違いなく手練れだった。

 ムーンフィッシュは拘束された身体にも関わらず、”個性”である歯刃(しじん)を用いてさしたる苦もなく移動する。歯をまるで鞭のように扱い、周囲を軽快に跳び回る。

 

 常軌を逸した思考、美学を持ちながらも戦いに関する勘にかげりはなく、さながら狩りをするかのように二人を的確に追い込んでいた。

 

「……っ、麗日ちゃんっ!?」

「も、もうダメ……!」

 

 そんな一瞬のミスも許されない状況でひどく強い緊張を強いられ続け、足下への注意が疎かになってしまった麗日が木の根に足を取られて転倒した。葉隠が慌てて駆け寄るが、麗日は首を振る。

 

「葉隠ちゃんだけでも逃げて……! 私のことはいいから!」

「そんなことできるわけないでしょ!?」

 

 対する葉隠の返答は即座の否であった。

 ある意味、当然である。ここで素直に友人を見捨てられるなら、彼女は雄英にいないだろう。

 

 しかし。人によってはこれを、あるいは愚かだと断じるかもしれない。一人だけでも助かる道を潰した、と。

 

「きゃあぁっ!?」

「葉隠ちゃんっ!?」

 

 ムーンフィッシュの歯刃が、葉隠の身体を襲う。透明で狙いが定まらなかったからか、直撃とはならなかったが……間違いなく、彼女の身体は切り裂かれた。夜の闇の中に、赤い血が舞う。

 

 次いで、地面に倒れて転がる。それでもなお、傷ついた箇所を押さえつつ立ち上がろうとできるのは日頃の訓練の賜物だ。

 

 しかしそんな彼女であっても、こちらに手を伸ばしてきた麗日の腕に刃が刺さるところはとても受け入れられない光景であり。全身から血の気が引いて、我を忘れてしまった。

 

「うぎ……っ!?」

「麗日ちゃん!! こんのぉ……っ!!」

「ごめんね、ごめんね、君の番は次だからぁ」

「うあ……っ!?」

 

 再び蹴散らされて、地面を転がる葉隠。今まで経験したことのない痛みがした。起き上がれそうにない。

 

 そんな彼女の目の前で、麗日の腕が、

 

「あ゛ぐッ!?」

「「……え……?」」

 

 切り離される前に。

 

 ムーンフィッシュの身体が、刃が、不自然に硬直した。

 

 びくりびくりと跳ねる身体。併せて、口から泡が飛ぶ。じわり、じわりと身体が浮き上がっていく。さながら吊り上げられるように。

 

 その下で。ムーンフィッシュの首が、ぎりぎりと音を立てて締まっていた。

 

「ぎ……がッ、はッ、ぐぎ……っ!?」

 

 歯刃が、緩やかに元の姿に戻っていく。それでも完全には戻らず、敵に切先が向いている辺り、並ではない。

 

 そう、敵だ。ムーンフィッシュは明確に、敵を見た。

 

 森の中。全身で枝葉を押しのけながら、手のひらをかざした彼女が現れる。

 

「……と、トガ、ちゃん……!」

「ひ、被身子ちゃん……だめ……! 来ちゃダメ……!」

 

 二人で彼女を呼ぶ。だがそんな二人は、痛みを堪えながら見たものに圧倒された。

 

 普段、よく笑う人なつこい顔はそこにはなかった。あるのはただ、研ぎ澄まされた怒りのみ。

 そうして闇の中に、フォースのダークサイドに染まった金色の瞳が浮かび上がる。

 

「二人から離れてください……」

 

 抑揚のない声が漏れる。

 ムーンフィッシュに向けられていた手のひらが、ぐっと握られる。同時に、ムーンフィッシュの首がさらに締まった。

 

 フォースグリップ。フォースの力を用いて首を絞め、へし折る闇の技。

 

 トガの背負う邪悪な気配も相まって、麗日と葉隠は思わず呼吸を忘れた。ムーンフィッシュを前にしたときよりもなお恐ろしい、何かがそこにあったから。

 

 何より、その目が。赤い縁取りの金色が、なんの躊躇いもなく人を殺せる色に見えたから。

 

「……っ、ダメ! トガちゃん!」

「それ以上やったら死んじゃうよ!」

 

 だから、忘れた呼吸を忘れたままに、声を張り上げた。

 これに、トガははっとする。その身から、暗黒面が薄らいだ。

 

 次いで、フォースグリップをかけていた腕を勢いよく振り抜く。すると、ムーンフィッシュの身体は凄まじい勢いで森の中へ吹き飛んでいった。

 

「お茶子ちゃん! 透ちゃん!」

 

 彼女はそのままムーンフィッシュには目もくれず、倒れている二人に駆け寄る。

 駆け寄ると同時に理波へと身を変じ、すぐさま応急処置を開始した。

 

「大丈夫、大丈夫だからっ、すぐ治るから……治しますから……!」

 

 そうして泣きそうな顔で言い募る姿は、理波なら絶対やりそうにないもので。それがかえって麗日たちの心を落ち着かせた。

 

「んぐ……あ、ありがと……正直、死ぬかと思った……」

「麗日ちゃん大丈夫? 腕、結構深めに刺さってたみたいだけど……」

「どかな……どうなんだろ、どう思う被身子ちゃん?」

「たぶん、ですけど、靭帯とか骨とかの大事なところは大丈夫っぽいので……このままそっとしとけば、たぶん……。あっ、透ちゃんごめんね、透ちゃんも痛いのに……」

「私は大丈夫だよ、ちょっと切れたくらいだし!」

 

 葉隠はそう言って身体を動かして見せるが、わりと痩せ我慢であった。かなり痛い。動かなくていいなら動きたくないくらいには。

 しかし目の前に自分より重傷な麗日がいるのだ。それならこれくらいはと、葉隠は自分に言い聞かせている。

 

「ダメなのです! こんなに血が出てるんだから、無茶しないで!」

 

 だが、そんな心は怒りを解いたトガにはよく見えた。

 

 だからそう言うと、増幅による処置を終えた麗日から手を離して、今度は葉隠に向ける。もちろん、迷うことなく傷にだ。

 

「……ありがと」

「んーん、これくらいなんてこと……」

 

 ちょっと勘がいい、とはUSJ事件のときに言われたのだったか。そんなことを考えながら、葉隠は早くも引き始めた痛みの大元を見えないながらに見つめていた。

 

「……っ!」

 

 が、その途中でトガが勢いよく虚空へ手を向けた。

 その手前まで迫っていた歯刃が、斥力によってぴたりととまる。

 

「また来た……!」

「ひえぇ、しぶとい……!」

 

 身を引く二人をかばうように、前に立つトガ。今は理波のその顔が、再び怒りに染まっていく。

 

「ああぁぁぁあ゛あ゛ぁぁーーっ、なん、なんで治しちゃうの……!? ダメだ……ダメだろう……ぼ、僕の、僕の肉うぅぅ!」

 

 再度姿を見せたムーンフィッシュに、やはり再度フォースグリップがかけられる。

 

 だが、今度はムーンフィッシュはとまらなかった。いや、とまるという発想が頭から抜けているのか。

 せっかく切り裂いた肉が治り始めていることに半狂乱となったムーンフィッシュは、首を絞められながらも歯刃をがむしゃらに伸ばして周囲を破壊し始めたのだ。

 

 半ば狂っているがゆえに意図が薄く、フォースの先読みを多少なりともすり抜けるようになったのは皮肉と言えようか。

 おまけに、物量攻撃とも言うべき大量の、しかも四方から迫る刃には、フォースユーザーであっても圧殺できるだけの力があった。

 

 仕方なく、トガは舌打ちをしながらフォースグリップを解除し、フォースプッシュでムーンフィッシュを吹き飛ばす。

 

 それでもなお歯刃を展開し続け、強引に斥力をかいくぐろうとするムーンフィッシュ。この狂気を見て、トガは生半可な攻撃ではとめられないと理解した。

 だからこそ、前に出る。

 

「お茶子ちゃん、透ちゃん、逃げて!」

「トガちゃん!」

「被身子ちゃん!」

 

 刃の嵐の中に飛び込んでいく友人を呼ぶが、しかし二人はそのあとに続けない。続くだけの力がない。

 

 理波の小さな身体を借りて、刃の中をくぐり抜けるようにして進むトガ。フォースによる先読みを駆使し、フォースプッシュも組み合わせ、さらにはフォースブラストも振るっての強引な進撃である。

 それを追うだけの力は、二人にはなかった。

 

 何より、二人は理解できてしまったのだ。こんな無理矢理な進撃が、自分たちを慮ってのものだということを。敵の意識をすべて一人で集めるためだということを。

 

 悔しい。悔しくて、涙がにじむ。

 

 なぜあそこに立てないのか。なぜ彼女の隣に並び立てないのか。

 己の無力さが、あまりにも情けなくて。

 

 それでも、二人はヒーロー科。ぐいと目元を拭うと、立ち上がる。

 ここに自分たちがいたら邪魔になる。だからここから立ち去るべきだ。それが、戦えない自分たちにできる唯一のことだと。

 

 そう、理解して背を向ける。

 

「ごめんっ、ごめんねトガちゃん……!」

「すぐ先生たち呼んでくるから! だから……だからっ、約束だよ! 絶対、無事でいて!」

「はい!」

 

 返事を待たずに駆け始めた二人は、揃って顔を歪めていた。悔しさに歯を食いしばりながら、涙をこらえながら。

 

 二人の想いは同じだ。

 

 もっと自分にできることがあれば。

 もっと”個性”を伸ばせていれば。

 もっと戦う力があれば。

 

 二人は共に、心の中でそう叫んでいた。その気持ちに呼応するように、彼女たちの身に宿る()がひくりと(はら)んだ――。

 

***

 

 圧倒的な劣勢を強いられていたのは、切島と八百万も同様である。

 何せ相手は脳無だ。強大な膂力と凄まじい治癒力を標準で備える上に、複数の腕と武器を併せ持つ、正真正銘の化け物。正面から戦えばオールマイトですら苦戦するであろう化け物の相手は、学生には荷が重すぎる。

 

 それでも、二人はなんとか耐え凌いだ。まずは逃げて逃げて、追いつかれたあとは切島が硬化を発揮。それでもなお身を削られながら、地面に足を突き刺し意地でもって八百万を守り抜いた。

 

 八百万もまた、創造を駆使して脳無の動きを制して見せた。

 彼女が創り上げたのは、槍のように長い警棒型のスタンガンだ。壁に徹する切島の横合いから、果敢に電撃を叩き込み続けたのだ。

 

 脳無は改造を施された死体だが、それでもその基本的な身体の構造は人に準ずる。電気信号によって動いていることは間違いなく、ゆえにスタンガンはかろうじて有効であった。

 

 もちろん、それだけでどうにかなるはずもない。二人が対抗できるのはほんの一分にも満たない間でしかなく、逃げていた時間を含めても大した時間ではない。

 

 それでも、その時間があったからこそプロが間に合った。理波のテレパシーによってまっすぐ誘導されたブラドキングが、間一髪間に合ったのだ。

 

「ブラドキング先生!」

「二人ともよく耐えた! ここは俺に任せて、マタタビ荘に戻れ!」

「っ、はいっ!」

 

 割り込んだブラドキングは、既に”個性”によって攻撃を行なっていた。

 

 操血……文字通り、己の血を自在に操る”個性”によって動く彼の血は、液体ゆえに破壊されることはない。チェーンソーやらドリルやら金槌やらで武装した脳無の攻撃は、柳に風である。

 

 もちろん凄まじい力でもって振われるため、固めた血は衝撃で弾け飛んでしまう。そういう意味では壊れないわけではない。

 しかし、液体である血そのものが破壊できるわけではない。そしてそこに血がありさえすれば、ブラドキングにとっては問題ない。よほど遠くにまで飛ばされない限りは、”個性”が続く限りは、彼の武器防具が失われることはないのだ。

 

 身体能力に差があるために、これでも倒すには至らないところが脳無の恐ろしいところだが……それでも間違いなく、ブラドキングは一人で脳無を抑え込んでみせた。

 

 彼の勇姿を確認して、切島と八百万はこの場を後にする。ヒーロー候補生としては悔しいが、しかし生きて帰ること、情報を持ち帰ることもまた戦いの一部であることを、彼らは期末試験を通して知っている。

 

 が、その直前。ふと思いついたようにはっとなった八百万は、”個性”によって小型の……本当に指先程度の小さな機械を創造したかと思うと、それをブラドキングへと投擲した。

 

「ブラドキング先生! もし逃げられることがあれば、これをお使いください!」

「なんだ!?」

「発信機です! 最悪逃げられても、それがついている限り追跡できますわ!」

「……なるほど! いい判断だ、もらっておく!」

「どうかご武運を!」

 

 それだけのやり取りの間にも、ブラドキングと脳無は何回も攻防を交わしていた。

 

 今のところ、両者は互角。だからこそ、手助けができるならしたい……とは思うが。

 できないものはできない。それがわかっているからこそ、八百万は再びブラドキングに背を向けた。

 

「やるなブラド先生!」

「ええ、さすがプロですわ。私たちも、いずれはあの場に並び立てるようにならないといけませんわね!」

「いやお前もすげぇよ八百万! お前と同じ”個性”だったとして、俺に同じことができたかどうか……!」

「……それはお互い様ですわ。私とて、硬化できたとしても切島さんのように勇敢に立ちはだかれるかどうか……」

 

 悔しさを押し殺して、そう言葉を交わす二人。

 

 そうして走る二人の隣に、同じく避難してきたであろうB組の面々が並んだ。

 

「どちらも謙遜する必要はないと僕は思う」

「しかりですな!」

「二人とも、今できることをしっかりやってたノコ!」

 

 やや小柄ながらも全体的に大きい、しかし引き締まった身体の少年、庄田二連撃。

 

 獣と化した身体を活かして軽快に走りながら、人一人を背負う眼鏡の少年、宍田獣郎太。

 

 彼に背負われた、茶髪のロングボブで目をほとんど隠した少女、小森希乃子。

 

「お、おお!? いつの間に!」

「ブラキン先生と共に。しかしあんなものを相手に、二人ともよく耐え切れたと思う。素直に敬意を表したい」

「一応、遭遇は二度目ですので……多少なりともどんなものかわかっていたのが大きいですわね。そうでなかったら、どうなっていたことか……」

「えっ、二度目ノコ? じゃあ一回目はどこで……」

「……ここだけの話だがよ、USJだ。そんときはオールマイトがやっつけてくれたんだよ」

 

 声をひそめた切島の言葉に、三人はぎょっとする。顔色も、少し悪くなった。

 

 対するA組の二人は、それが当たり前だと思う。

 

「なんとまあ。……だとしたら、体育祭のときに鉄哲氏や物間氏が喧嘩腰で食ってかかったのは、本格的に筋違いでしたな。あんなものに出くわした人間に対して、まずやるべきことはそんなことではありませんぞ」

「確かに。二人ともクラスを想ってのことだが、やっていいことと悪いことがある」

「ノコ……でも鉄哲はともかく、あの物間が謝るかなぁ?」

 

 小森の言葉に、他二人が遠い目をした。

 

 これを見た切島たちは、どのクラスにも問題児はいるのだなぁという、やや緊張感に欠けた、しかし素直な感想が浮かぶ。口には出さなかったが。

 

 そうして、なんとか森から脱した彼らが見たものは――四人のヴィランと対峙する、プッシーキャッツの姿であった。

 




第一試合:大事な友達を害されてガチギレのトガちゃんVS目当ての肉を治されてガチギレのムーンフィッシュ
ファイッ!

それと残念なお知らせなのですが、ブラキン先生の勇姿はここで打ち止めです。
基礎スペックの差を考慮すると延々続く泥仕合しか書けないので、物語的な進行が止まってしまうんですよね・・・。
おまけに他メンバーの戦いは今後の物語(原作との差異という意味でも)に明確に影響しますが、ブラキン先生の場合は特に影響がなく描写する意義が薄いので、申し訳ないですがカットします。
すまないブラキン先生・・・すまないB組・・・。

すまないついでに先に謝っておくと、プロットの上では対抗戦でもいくつかはカットされる予定で・・・。
すまない・・・本当にすまない・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.連合の逆襲 3

 この場の戦いは、ピクシーボブの身体が突如としてすさまじい速度で引っ張られていったところから始まった。

 

 フォースによる危険察知や先読みは、主に自らへ迫る危機や向けられている敵意に反応する形で行われる。そのため私は、彼女が引っ張られることに気づくのが遅れた。

 急いで彼女にフォースプルをかけたが、それでもあれこれ並行している中では空中で制止させるだけで手いっぱいであった。

 

 とはいえ彼女もプロである。一瞬取り乱したが、引きずられるのがとまればすぐさま冷静に周囲に気を配ることができていた。

 このおかげもあって、次に襲ってきた青い炎も”個性”によって見事に防いでいた。足元から盛り上がった土――もちろん彼女の”個性”だ――がかろうじて彼女を守り切ったのである。

 

 土の壁によって炎だけでなく、ピクシーボブを引っ張る力も途切れたらしい。彼女はその場に降り立ち、まさに猫のような身のこなしで他のメンバーの近くにまで戻ってくる。

 

「来たか!」

 

 これに応じる形で虎が声を上げ、マンダレイともどもそちらに身体を向ける。

 

「あーらら、バレちゃった。さすが、プロ名乗るだけはあるってことかしら」

 

 そんなプッシーキャッツたちに応じたのは、男の声。身長と同じくらいの長さの、布に包まれた何かを肩にかついだ男である。それが森の中から現れた。

 彼の隣には爬虫類のような身体の青年と、身体の大半の肌が焼けただれた黒髪の青年が並ぶ。

 

 中心に立つ男の顔は、見覚えがある。確か指名手配されていた。マグネ、というヴィランネームも与えられた、かなりの犯罪者であるはず。

 

 他二人は初めて見る。しかし少なくとも黒髪の青年は、要注意かな。爬虫類の青年のほうは、逆に大したことがなさそうだが。

 

「ご機嫌よろしゅう、雄英高校! 我らヴィラン連合開闢行動隊!」

 

 私の思考をよそに、次に口を開いたのはその爬虫類の青年である。両手を広げ、自分たちを見せつけるようにして声を張り上げた。

 

「我々は見定めに来た! 君たちが、果たしてヒーローの器たるかどうか! ステインの示した『正しきヒーロー』に相応しい存在であるかどうかを!」

 

 さながら演説するような彼の物言いに、実際にステインと対峙したことのあるイイダが顔をしかめる。

 

「ステイン……!? あてられた連中か……!」

 

 なるほど言われてみれば、爬虫類の彼が顔に巻いている包帯はステインのそれによく似ている。

 あてられた、とは言い得て妙だな。ステインの姿を模倣しているが、そこに青年自身の思想はまるで感じられない。見た目も含め、文字通りあてられた輩だろう。

 

 だが当人は、イイダの言葉にどこか嬉しそうに口端を歪めた。

 

「ああ、君! そこのメガネ君、そう君だよ! 君は合格だ! ステインが問題ないと認めた君には、ひとまず今は手を出さないと約束しよう!」

「はあ……?」

 

 イイダのみならず、周りの大半の人間が何をバカなことを、と言いたげに顔をしかめる。

 

 しかし青年はこれを意に介さず、イイダから視線をずらした。他のクラスメイトたちにだ。

 と同時に、背負っていた剣……いやあれは剣ではないな。多種多様な刃物を雑多に、そして乱雑にひとまとめにした虚仮威しだ。見た目だけはそれなりにインパクトがあるが、それだけである。

 

 ともかく彼はそれを引き抜き、イイダを無視する形で我々生徒に切っ先を向けてきた。

 

「だが他の連中はどうかな? ……おっと、申し遅れた俺はスピナー。ステインの夢を紡ぐものだ!」

 

 そうして名乗った彼の隣に、黒髪の青年が並びなおす。

 

「同じく、荼毘」

 

 情熱的なスピナーの言葉に対して、ダビと名乗った青年のそれはひどく端的で、また冷めていた。まるで感情がないような言葉。

 しかしそこには、スピナーにいやいや付き合っているという様子は見えない。単にダビがそういう性格なのだろう。……あるいは、彼の心に瑕疵があるようにも見えるが、それはともかく。

 

 問題はそこではない。

 

「そして私はマグネ。私は別に紡がないけど。ま、ともかくよろしくね?」

 

 記憶通りの名を表明した男でもない。

 

 問題は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「――トドロキ、我々の後ろに氷壁を!」

「! ああ!」

『うわぁっ!?』

 

 そしてそこから繰り出される、特大の青い炎だ。

 

「なんだ、バレたか」

 

 溶かされた氷壁。水となって崩れるその向こうから、ダビの姿が現れる。

 

「何バレてんだよ、俺」

「仕方ないだろ。例のチビは未来が見えるんだろ?」

「それもそうか」

「で? そのチビを抑えるはずのプッツン女はどこだ?」

「俺が知るかよ」

 

 前と後ろで、会話する二人のダビ。

 この姿に、周りがにわかにざわつき始める。

 

 敵が増えていることは事前に説明しているが、ダビが二人いて、それが炎を扱ったということは、恐らく「増える」のはまた別のヴィランの”個性”。

 クラスメイトはみな雄英に受かるだけのことはある俊英であり、この予測に多くのものが辿り着いたのだろう。現状はかなり悪い、ということに。

 

 しかしそれはともかく、今はここを乗り切るしかない。

 

 プロは三名。これで四人のヴィランを相手取る。しかもうち二人は広範囲に炎をまき散らせるタイプ。

 これは明らかに分が悪かろう。鍵となるのはピクシーボブだが……。

 

「!? お、おいあれ……!」

「火事ね……!」

 

 周囲の森から、火の手が上がった。思わずそちらにちらりと目を向ければ、炎を背にする形でキリシマとヤオヨロズがB組の三人と共に戻ってきた。

 

 だがカミナリとツユちゃんは彼らとは別のほうを向いて声を上げている。つまり火は複数個所で発生しており……深く考えるまでもなく、ダビの仕業だろう。

 

 となると、彼の炎に対抗し得るピクシーボブはそちらに手を割く必要性が出てくる。他に大規模な消火活動を代行できる”個性”の持ち主がいないのだ。今はラグドールが向かっているようだが、彼女一人ではこの規模の火事を消すのは不可能と言っていいだろう。

 やはり先手を取られたことが痛いな。しかもその一手で、同時に複数の選択肢を叩きつけられた。

 

 ……と思っていたが、ヴィラン連合の四人は少し意外そうにしている。思っていたよりもだいぶ早い、と言いたげに。

 

 これに私が内心で首を傾げたが、そういえば先ほどから何度も爆発が聞こえていた。つまり、()も火事の一因というわけだ。

 

 だが無理もない。何せ彼が今対峙しているのは、あのカサネなのだから。

 

***

 

 爆豪勝己と死柄木襲の戦いは、余人がほとんど介入することができぬほどの激しさでもって行われていた。

 爆破の”個性”は遠慮なく使われており、大きな音と衝撃、それに爆風が森の中を吹き抜ける。もちろん周囲の木々は悲惨なことになりつつあるが、そうしなければ襲の猛攻をしのぐことはできないのだから正当防衛であろう。

 

 何せ襲の身体は、”個性”のみならずフォースによっても強化されている。そこから繰り出される攻撃は圧倒的の一言で、当たるどころか近くを通るだけでもダメージになり得る。

 最初の攻防だけでそれを見抜いたからこそ爆豪はずっと全力であり、文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際にあった。

 

 今もまた、襲の斬撃によっていくつかの木が哀れにも斬り倒された。だが、空気砲とも言うべき衝撃がそれに続く。これがまた厄介で、見えない上に範囲が広く、威力も相応にあるのだからたまらない。

 

 爆豪は空中を縦横無尽に飛び回り、何度も攻撃を叩き込んできたが、その大半は牽制以上の意味を成していない。フォースによる未来予知、先読みがあるからだ。

 

 しかし、彼にはフォースユーザーとの戦いの経験がある。その多くは訓練中の小競り合いのようなものだが、体育祭のそれは本気のフォースユーザーとの全力の戦いだった。

 その経験は間違いなく活きていて、だからこそ爆豪は苦戦しながらではあるが、襲に攻撃を当てることに何度も成功している。襲の動きが素人丸出しであったことも、それを後押ししていた。

 

 何より、戦いに没入するかのように集中すればするほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それでも。

 

「……ッ、ああもうっ! ちょこまかとうっとーしいなぁ!」

「チ……ッ!」

 

 攻撃の直後に、狙いすましたような攻撃が振り落とされる。空中、しかも攻撃を放った直後という明確なスキを狙われたことに、爆豪は舌打ちを隠せない。

 その攻撃は、横合いから飛んできた青い光線によって一瞬だけ静止させられたことで回避が間に合った。それでも腹が立つことには変わりなかった。

 

 全力で怯えていて逃げることもままならなかったくせに、動けても逃げきれないと開き直ってからはかなり的確な援護をしてくる青山に腹を立てているのではない。一人では危ういであろう場面は何度かあったのだ。己の弱さに腹を立てることこそあれ、青山にそれを向けるべきではないことはわかっている。

 

 では何が爆豪を苛立たせているかというと。

 

「ったくさーあー!? 雑魚なら雑魚らしく、さっさと死んじゃえばいいのにコバエみたいにさあ!」

「ハッ! 雑魚はどっちだクソガキが! 未来予知ができるくせして何発も喰らってる雑魚は! アア゛ン!?」

 

 そう、ここまでの攻防で爆豪は既に相当な回数の攻撃に成功している。

 多くは直接的な殴る蹴るであり、勝負を決めるほどのものではないが……逆に言えば、決勝打になり得る一撃もいくつかは当てている。

 にもかかわらず、襲はぴんぴんしている。爆豪のあらゆる攻撃が、まるで効いていないのだ。

 

 いや……正確に言えば、攻撃を当てた直後は効いている。殴打であろうと蹴撃であろうと、そして爆破であろうと、襲は攻撃を受けたらほぼ必ず痛がるそぶりを見せ、実際に怯んで見せる。出血だってあるし、骨が折れる音すら聞こえた。

 しかしそれは長くは続かず、なんなら現状、彼女の身体にダメージの痕跡は一切残っていないのである。こんな状態で、舌打ちをしないでいられる人間などそうはいない。

 

「チッ……! めんどっちーなぁもう!!」

「テメェがなぁ!!」

 

 襲の身体を覆う赤い光の規模が増す。次いでその光が身体の中へと浸透していく。どれだけやっても爆豪をとらえきれない苛立ちが、襲の”個性”を後押ししたのだ。

 

 これこそ彼女に施された()()の成果と、”個性”のシナジー効果である。何にでも、どんなささいなことにでも怒れる身体にされた彼女は、戦闘がうまくいかないだけで、()()()()()()()()()()()()だけで、”個性”の出力が勝手に上がるのだ。

 

 そうしてギアの上がった彼女の動きに、しかし爆豪もまた追随する。

 戦闘がうまくいかないことに腹を立てているのは、何も襲だけではないのだ。

 

 もちろん、それで爆豪の”個性”が強くなることはない。ないが……明確な格上との戦いは、これが初めてではない。むしろ慣れたものだ。

 だから態度や内心に反して、爆豪の思考は冷静さを保っていた。

 そしてそれゆえに、そんな彼の中の冷静な部分は、攻略の糸口を見つけていた。

 

 襲の”個性”が怒りに応じて強化率が上がる増強系の”個性”であることは、既に見抜いている。そして今、その出力が上がってさらに動きがよくなったことも、わかった。

 けれども、どこか襲の動きはぎこちない。最初からではない。大きな攻撃を命中させるたびに少しずつ、だ。

 

 最初はろくに戦闘技術を持っていない、子供のケンカ殺法だからだと思っていた。

 しかし違う。そんな単純な話ではない。もっと根本的な、()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな挙動をたまにするようになったのだ。

 

「……ッ!」

「そこォ!」

「あーーーーっっ!! イライラするぅぅ!!」

 

 ほら。

 

 今もまた、襲は一瞬、身体が強張った。全身を引き絞り、攻撃をしかけようとした瞬間だった。

 それはまるで、しばらく身体を動かしていなかった人間が、一応はリハビリを終えたもののまだ完全とは言えないときのような。

 

 爆豪の優れた頭脳は、襲のこの挙動が”個性”の反動であると見抜いていた。驚くことに、どれほどダメージを与えても治ってしまう強力な”個性”を併せ持つようだが……しかし、強力すぎるのも考え物だ。何せ、どんな些細な怪我でも治してしまうらしいようだから。

 そしてどれほど強力なものであろうと、限界というものはある。ならば、このまま押し続ければ。

 

 先に限界を迎えるのは向こうだ。

 

 ゆえに爆豪は、笑い続ける。物心ついたときから憧れ続けている、ナンバーワンにならうように。

 

 そうして、フォースユーザーでも防ぎきれない飽和攻撃はあるという経験則に従い、一気に攻勢に出る。

 体育祭の決勝戦での反省を組み込んだ攻撃。この合宿のさなかに編み出した、出来立てほやほやの技。

 

爆散弾(BBショット)!」

「あっつ!? こんの……ッ! ふっざけんなよゴミカスがァ!!」

 

 何度も連続して行う爆破ではなく、複数同時に放たれる爆破。器用に、かつ複雑に折り曲げた指を組み合わせて行うことで、文字通り散弾銃のような爆撃を飛ばす技だ。

 

 もちろん、襲の力であれば剣を振り払うだけで防げてしまう。しかし、何回も連続すれば話は別だ。

 面を制圧する攻撃を、あちらこちらから連続して放たれればいずれは限界が来る。ただの連続攻撃でも飽和させられることは証明済みだ。それよりも対処の難しい攻撃であれば、その限界は早いものだ。

 

 ゆえに、爆豪は襲のスキを作り出すことに成功した。

 

「ヘソ野郎! 撃て!」

「……っ、青、山! だよっ!☆」

 

 さらに、襲の身体がまたしても強張ったスキを見て、ネビルレーザーをダメ押しに添えて。

 

 それは剣によって防がれてしまったが、これでいい。この瞬間を、待っていた。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)ォッッ!!」

「うがああぁぁっっ!?」

 

 かくして、特大の爆撃が襲の腹部に直撃した。

 




第二試合:ラグドールを抜いたワイプシVSマグネ、スピナー、ダブル荼毘
第三試合:何かに目覚めつつある爆豪feat.逃げきれないと悟って開き直った青山VS晴れて個性二つ持ちになった襲
ファイッ!

書いてて改めて思ったけど、超再生って痛覚も自我もクソもないうえに、不調とか無視して動けるだけの身体能力がある脳無が持ってて初めて真価を発揮する個性よね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.連合の逆襲 4

 森の一角が、消失していた。爆破によって木々が跡形もなく吹き飛び、クレーターの様相を呈しているのだ。

 だがそうしなければ、ジリ貧であった。この光景を作った爆豪勝己とて、不本意な結果だった。何せヒーローは、不用意に周囲を破壊してはならないのだから。こんなものは、到底完全な勝利ではない。

 

 だから、というわけではないが。ともかく、爆豪は大きく舌打ちをした。構えを解くことはなく、警戒を緩めることもない。

 

 一方、直撃の瞬間を遠巻きながら目の当たりにした青山優雅は、色々な意味で生きた心地がしなかった。

 

 だがそれでも。

 

「おぇ……ッ、かはッ、げほッ、ふざっけんなよ先生……ッ! 便利だけど不便じゃんかコレェ……ッ!」

 

 必殺技(ハウザーインパクト)の直撃を受けたはずの襲は、荒々しく地面を踏みしめながら姿を現した。

 

 その腹には、風穴があいている。比喩ではない。彼女の身体を貫通して、その向こう側が見える穴がぽっかりとあいているのだ。

 

 それでも襲は生きている。顔をしかめ、脂汗をかき、血反吐を吐きながら、ぎこちなく……しかし元気に当たり散らしながら。

 

 だが何よりも目を引くのは、彼女の腹にあいた穴が、時間を巻き戻すかのように閉じていくことだ。焼け焦げて黒くすすけ、血にまみれた穴が今まさに、爆豪と青山の目の前で、痛ましくもおぞましい音を立てながら塞がっていくのである。

 

 もちろん、時間は戻っていない。筋線維が、血が、臓腑が、肉が、皮が、次から次へと生成されているのだ。人はそれを、「超再生」と呼ぶ。

 

「ふざけんなはこっちのセリフだクソが……ッ!」

 

 それを目の当たりにした爆豪は、確信と共に悪態をつく。

 

 気づいていた。わかっていたのだ、戦闘開始からここまで、何度もぶつけたはずの爆破がほとんど効果を発揮していないことは。

 そしてそれが、相手の防御力にはよらないということも。己の”個性”が通じていないわけではないということもだ。

 

 だからこそ、爆豪は必殺技を直撃させるという選択をした。そうしなければ、襲の”個性”を限界に至らせることは不可能だと判断したから。

 

 結果はおおむね予想通りと言えた。襲にダメージを与えることに成功し、”個性”を無理やり発動させたことで彼女は確実に限界に近付いた。

 

 しかし、それほどのダメージすらごくわずかなうちになかったことにされてしまうとは。おまけに、襲は戦い始めたときほどではないが、まだ十分戦えるように見える。

 想定していなかったわけではないが、これは最悪に近い。

 

「テメェ……()()()”個性”を持ってやがる……!?」

「ふん……ふふん、さあ、どーだろうね! あはは、ボクってばオマエらみたいな雑魚とは違ってちょぉっと他より色々頑丈だからさぁ、きゃぱしてぃ? が他の人より多いらしくってねぇ。二つかな? 三つかな? もしかしてもっとかもね!」

 

 爆豪の指摘に襲が小馬鹿にするように笑みを浮かべ、それとほぼときを同じくして彼女の怪我が完治した。

 

 見方によってはそれは、神のみ業のようにも見えなくはない、が。

 

「ば……バケモノ……」

 

 ぼそり、とかすれた声で青山が後方からつぶやく。

 

 彼の言葉通り、化け物と評したほうがより現実に即しているだろう。

 

「チッ、テメェも脳無ってことかよ……!」

 

 一方、それでも爆豪が怯むことはない。極大の爆破を放ったあとの具合を確かめるように拳を開閉しながら、子供が裸足で逃げ出すような笑みを浮かべる。

 

 気に喰わない。心底気に喰わなかった。

 

 襲の”個性”が、あの煩わしい幼馴染のそれに似ている。身体能力を爆発的に向上させる効果、何よりその全身をいかずちのような光が覆うその見た目が、気に喰わない。

 襲の超能力が、あの超えるべき壁のそれと同じ。触れることなく相手を吹き飛ばし、引き寄せる技。何より至近の未来予知による察しの良さが、気に喰わない。

 

 そしてそれら二つの程度が、緑谷よりも理波よりも拙いことが、特に気に喰わない。超能力に至っては、明らかに力不足だ。雲泥の差がある。理波であれば、こうも簡単に何度も攻撃を当てさせてはくれないだろう。

 

 おまけに、戦闘技術も稚拙である。ろくに身体の動かし方もわかっていない、本当にただ暴れているだけのような動き。にもかかわらず、身体能力の高さだけですべての動きが猛威となることが、気に喰わない。

 

 それでも襲が稚拙であるがゆえに。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何より未来予知と身体強化を同時に使いこなす相手との戦闘経験が、恐らく今の日本の誰よりも多いがゆえに、爆豪は彼女を追い詰めることができた。代わりに、周囲の木々への配慮は一切できなかったが。

 

 逆に襲のほうは、今までとは打って変わって爆豪への興味をほとんど失ったように振舞った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、ばかだなぁバクゴーくんはぁ。ボクは人間だよ? 大丈夫? 眼科行く? ……んん? え、マジ? ()()?」

 

 ただ、爆豪をもてあそぶようにぺらぺらとしゃべり始めた口を唐突にとめて、明後日のほうに顔を向けた。その耳に、剣を持っていないほうの手の指をあてがいながら。

 

 その姿に、爆豪はますます怒りを募らせる。

 

「クソガキがぁ……! よそ見してんじゃねぇぞコラァ!!」

 

 そうして爆破を放った……が、それは襲が放ったフォースプッシュによって蹴散らされる。

 

「グッ!?」

「爆豪くんッ!?」

 

 今までで一番の威力だった。爆風のみならず、爆豪の身体をもとらえたフォースプッシュにより、激しく吹っ飛んでいく爆豪。

 

 その反対側……つまり技をかけた側である襲の顔は、直前までと打って変わって怒りに満ちていた。

 その身体に、赤い閃光はない。ないが……しかし、今の彼女は”個性”を使っていないわけではない。

 

 0%か100%。それが彼女の()()の”個性”使用において、赤い光を伴わない条件だ。そして0%では、襲のフォース感応力は実のところずば抜けて高いというわけではない。

 

 すなわち今の彼女は――。

 

「うぅるっさいんだよ、ざぁこ。ボクは今、マジでガチに頭に来てるんだ……!」

 

 ――100%だ。

 

「ああもう……ッ! こんな雑魚ども相手に苦労させられるし、誰も殺せてないし、そもそもあのチビのとこまで行けてないし! それでもう撤収とかほんとありえないんですけどぉ!? コンプレスのバカ! 早すぎるんだよバカ! ついでに弔もばああーーっか!!」

 

 にもかかわらず、襲は語彙力のない罵倒をしながら爆豪たちに背を向けた。そのままずんずんと地面を踏み鳴らすようにして遠ざかっていく。進む先にあるものすべてを、子供の癇癪で圧し潰しながら。

 

「ま……待ちやがれ……ッ! このガキ……ッ!」

 

 やがて爆豪が戻ってきた頃には、既に襲の姿は夜闇の中に消えていた。

 

 爆豪も、青山も知らない。

 既にヴィラン連合の目的は達成されたことを。

 ()()の彼らは、しっかりと引き際を誤らなかったことを。

 

 何より――既にヒーロー側は負けているということを。

 

***

 

 時間は少しだけ遡る。

 

 一人でムーンフィッシュを引き受けることを選んだトガは、理波の姿のまま改めて怒りを募らせていた。

 

 麗日と葉隠は、彼女にとって特に親しい友達だ。理波に続いて、己を受け入れてくれた大切な人たちだ。

 そんな二人を傷つけようとした目の前の男に。実際に傷つけ、腕を斬り落とそうとした目の前の男に、怒るなというほうが無理な話であった。

 

 対峙すればするほど際限なく、怒りが湧き上がってくる。まるで終わりが見えない、それこそ火山が噴火するように次々とあふれ出るそれを……しかしトガは抑えようとは思わなかった。

 

 もちろん、だからといって殺そうとは思っていない。麗日と葉隠にとめられたからだ。

 二人の治療を優先したのも、見るに堪えない男の相手より友達の命のほうが大事だと思ったからだ。そう思えるくらいには、トガという少女は人を思いやれる子だった。

 

 麗日と葉隠の二人は生粋のヒーロー志望で、実際ヒーローに相応しいとトガは思っている。自分よりよほど相応しいと思っている。

 そんな二人に、嫌われたくはなかった。法に定められたどんな罰則よりもそれが嫌で、怖かった。

 

 だから今も、ムーンフィッシュをぶちのめしてやろうとは思っているが、ぶっ殺してやろうとは思っていない。

 そう、()()()()思っていない。正当防衛の過程であわよくばとは思っているが、それはともかく。

 

 いずれにせよ、トガは今、ムーンフィッシュをできる限りの暴力で蹂躙してやりたくて仕方なかった。心身双方の奥底からとめどなくあふれる赫奕とした怒りが、すべての元凶に叩きつけてやれと叫んでいた。

 

 そして。

 

 歴史が変わり、性格が少し変わってはいるものの。

 トガ・ヒミコという少女は本質的に、思ったことはそのまますぐに実行するたちであった。その根幹は、この世界線でも結局のところ変わっていない。

 

 だから十数回の攻防ののち、麗日と葉隠が完全に周辺からいなくなったことをしっかりと確認して、トガは大きく息を吸い込んだ。

 同時に怒りと共に湧き上がる己のフォースを見つめなおして、確信する。

 

 ()()()()()()

 

 何の根拠もないが、そう確信したのだ。

 

 ぎらり、と瞳が金色に輝く。赤い縁取りが鈍く煌めき、暗黒面が身体の隅々にまで浸透する。そうして湧き上がる衝動に、身を任せる。

 

 ジェダイを自認する理波の姿でありながら、全力で暗黒面へ舵を切った瞳で正面を鋭く見据える。

 

「肉~~! にくめんんんん! あの子たちの肉は僕のものだああぁぁ!」

「あなた、うるさいです」

 

 歯刃が迫る。しかしそんなものには意も介さず、トガはムーンフィッシュを痛罵した。

 

 今は小さなトガの手が、するりと前に向けられる。激情に震える手のひらが、正確にムーンフィッシュを捕捉した、次の瞬間。

 

 ――雷鳴。

 

 連続していかずちがいななき、激しく空気を打ち据えた。

 青白いいかずちが、暗黒のいかずちが、トガの手のひらから迸ったのだ。

 

 フォースライトニング。怒りに身を任せた稚拙極まりない――ダース・シディアスが見れば鼻で笑うだろう――ものであったが……しかしそれは確かに、暗黒面の使い手が至る一つの極致である。

 夜闇を切り裂いて放たれたそれが、ムーンフィッシュの身体に直撃した。

 

「ああああがあああああぅあああああ!?」

 

 ただの電撃とは一線を画する破壊の力が、ムーンフィッシュの全身を襲う。ただ痛いだけではない衝撃が彼の身体を駆け巡り、伸びていた歯刃をズタズタに破壊していく。

 それは全身が痙攣し、体内のありとあらゆる要素に痛みだけが残る、悪意しかない一撃だった。

 

 そうしてムーンフィッシュは砕けた歯をまき散らしながら、フォースライトニングの衝撃で彼方へと大きく吹き飛んでいく。当然のように木々をなぎ倒していくその様は、さながら砲弾のようであった。

 

 やがてフォースライトニングを終えたとき。そこには、ただただ破壊の痕跡が一直線に、太く、禍々しく残るのみであった。

 

「……はあっ、はあ……っ、はあ……!」

 

 それをもたらしたトガが、ぐったりとその場に膝をつく。その姿は、とうの昔に元に戻っていた。ライトニングを放っている最中からして既に、である。

 

 何せ、究極とも言える奥義を初めて使った。何の遠慮もなく、一切の加減もなしに。それはさながら、短距離走のやり方で長距離を走るようなものだ。

 ましてや、怒りで限界を超えてしまったのだ。ゆえに消耗もまた極めて激しく、”個性”のほうが保たなかった。

 

 そのため、やり遂げたはずの頭はこの状況に対して、何よりもまず「怒りに全部任せたらダメだなぁ」と思い至っていた。

 

 実際、それは正しい。他にやりようはあったのだ。トガ一人ならともかく、理波に変身していたのだから。取れる手段はいくらでもあった。

 にもかかわらず、最も破壊的で、最も相手を痛めつけられる技を即決した。それは間違いなくやりすぎで、短絡的であった。

 

 なるほど、ジェダイが負の感情を戒めるわけだなぁ……なんてことをぼんやりと思うトガ。

 だがそんな彼女に、早速己の短絡さを省みるときがやってくる。

 

「……!」

 

 それが潜んでいることに、今の今まで気づかなかった。

 それが近づいてきていることに、今の今まで気づかなかった。

 

 そして気づいたときにはもう遅く、仮に遅くなかったとしても身体が動かなかっただろう。

 

「……あーあ……やっちゃったなぁ……」

 

 トガは最後にそうつぶやくと、己に行使される仮面の男の”個性”に身を委ねた。

 




第三試合、引き分け。
第一試合、トガちゃん勝利。けれど。

ちなみにトガちゃんのライトニングを、パルパルが鼻で笑うだろう、と書いたのは威力がどうこうではなくて精度と心構えの問題。いや威力もパルパルから見るとお粗末なんだけど。
シスはよく負の感情を用いると言われているけど、彼らはあくまで「用いる」のである。
なので怒りに我を忘れて振り回され、衝動で行動するのはシス的にも下の下。今までも地の文でちらちら書いたけど、怒りながら冷静を維持できることが肝要なのです。
己はあくまで主体。怒りを乗りこなし、使いこなしてこそ一流のシス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.連合の逆襲 5

『コトちゃん、ごめん……フォースライトニングしたらすごく疲れちゃって、そのまま捕まっちゃったのです……』

 

 ヒミコからようやくテレパシーが来たと思ったら、いきなりそんな内容だったので私は思わず激しくむせた。

 いや、むせた理由の半分は、戻ってきたミドリヤが内側から粉砕させたような変色をした両腕をぷらぷらさせていたからなのだが。要はタイミングが悪かった。

 

 ミドリヤに関しては、どうやらコータを助けるに当たって相当手ごわいヴィランと遭遇したようだ。苦戦を強いられたのだろう。イレイザーヘッドが間に合っていなければ、そのまま死んでいた可能性すらある。

 無事……とは口が裂けても言えないので、クラスメイトはもちろん合流済みのB組の面々などは特に顔を青ざめさせていたが。ともかく、命に別条がなさそうなのは不幸中の幸いだ。コータやイレイザーヘッドもである。

 

 となると、問題になってくるのはマグネたちだが……そこはさすがに現役のプロヒーローと言うべきか。マグネもスピナーも、イレイザーヘッドの抹消がなくとも捕縛に成功していた。

 

 なお、ダビ二人はどちらも本物ではなかったようで、数回攻撃を受けたあとは消滅してしまっている。さほど耐久力があるわけではないらしい。

 まあ、妙にトドロキと、それとなぜかエンデヴァーを強く意識していたのは気になるところだが……それはともかく。

 

 ここで、事態は動く。恐らくはヒミコが捕らえられたことがきっかけなのだろう。

 

 マグネとスピナーの心境が一斉に変化した。引き上げだ、と。恐らく、他のヴィランも同様のはずだ。

 よくよく見ると、マグネたちはインカムをつけている。無線通信だ。どこからか、撤退の指示が出たのだろう。

 

 と、私が認識するのに前後して、不意に黒い靄が出現した。それも、マグネとスピナーを取り押さえるプッシーキャッツ二人を覆うようにだ。

 

 クロギリ。連合が抱える移動手段。このままだと逃げられる。

 

「やれやれ、皆さん少しどいていただきましょうか」

「させるか――っぐ!?」

 

 もちろん、こちらにイレイザーヘッドがいる限りそれは許可されない。

 だが彼の”個性”は、対象を一度視認しなければ効果を発揮できないという欠点もある。

 

 イレイザーヘッドの前方に、青い炎の壁が走った。この”個性”の持ち主は、

 

「またあのヤケドヤローかよ!? 何人出てくるんだ!?」

 

 そう、ダビだ。イレイザーヘッドの視界を完全にふさぐ形で、左右から一人ずつ、二人のダビが姿を見せながら炎を放ったのだ。さながら十字砲火のようにイレイザーヘッドを……何なら我々をも飲み込む形で青い炎がごうごうと音を立てて燃え盛る。

 

「何人っつーか、どういう”個性”っつーか……!」

「恐らく彼自身の”個性”はシンプルに炎のはず……ということは、他に()()()()”個性”のヴィランがいるということですわ……!」

「だろうな……クソッ、俺の氷で炎自体は防げるが、先生の視界までふさいじまう……!」

 

 敵方に人を増やせる”個性”を持つものがいることは、これで確定した。はっきり言って非常に厄介だ。

 最初も今回も二人しか来なかったということは、そこまで多くは増やせないのだろうが……万が一”個性”が成長したとしたら、まったく笑えない事態になりかねない。

 

 しかしそうこうしているうちに、クロギリはマグネとスピナーを回収して消えていく。プロヒーローたちが一斉に飛びかかるが、これはダビコピーたちが文字通り身を挺して阻止してしまう。

 

 私もどうにかして敵の撤退を妨害しようとしたが、盛大にむせている最中にフォースを万全に扱うのは困難極まる。並行してヒミコとのテレパシーを試みていたこともあって、余計にだ。欲張りすぎたか。

 

 結局、我々はヴィランたちの撤退を阻止できなかった。それは他の場所でも同様だったらしく、ほどなくして森の中にあったヴィランの反応が一つ、また一つと消えていく。

 

 そして遂には、ヒミコの気配もこの周辺から消えた。別の星に、というわけではないが。それでも確かに、遠い場所へ彼女は移動してしまったのだ。

 今すぐそこへ飛ぶなど、できようはずもない。フォースプロジェクションであっても同様だ。そもそもあれは、想いが重なったとき以外は命を縮める。

 

 思わず、歯噛みする。無性に胸の奥が痛くなった。

 あのフォースヴィジョンはこういうことだったか、と。今になってようやく思い至った。

 

 ……フォースに対して、なぜはっきりと問題の場面を見せてくれないのだと苛立ちを覚えてしまうのは、私の修行が足りないから……ではないのだろうな。

 前世ではそんなこと、思ったこともない。それも試練であると考えていたし、ヴィジョンの解釈もまた修行の一部であった。

 だからこれはきっと、私が理波になった影響なのだろう。この星に生まれ変わってからのおよそ十一年で積み重ねたものが、そう思わせるのだろう。

 

 そして……私はそれを、間違いだとは思わない。

 仮に間違いだとしても、私は後悔しないだろう。この二度目の人生は、それほどの価値がある。そう信じているのだから。

 

『……コトちゃん?』

『……すまない、ヒミコ。どうやら我々の負けらしい』

 

 いつの間にか背中をさすってくれていたツユちゃんに礼を言いつつ、ヒミコとテレパシーを交わす。

 

 いずれにせよ、悔やむことなどいつでもできる。私が今すべきはそんなことではない。

 

 だから。

 

『……ヒミコ。必ず迎えに行く。だから……』

『……うん。私、待ってるのです』

『ああ。君のことは私が守る』

 

 私はそう約束を交わして。

 一つ、大きく深呼吸をした。

 

 空を仰ぐ。闇の中にまたたく星々が何かを言うことは、なかった。

 

***

 

 さて、()()()その後について語るとしよう。

 

 ヴィラン連合の襲撃によって我々雄英高校ヒーロー科生徒が受けた被害は、重傷者三名、軽傷者二名、それに行方不明者一名と、そこまで多くはなかった。

 ヴィランの出現地点に近いものが多かったB組には被害者が出なかったので、これについては正直ほっとした。私がやったことは無駄ではなかったようで、安心したのだ。

 

 なお一番の重傷者はミドリヤだが、ウララカとハガクレの怪我もなかなかのものであった。特にウララカの腕は下手したら切断されていたかもしれないということだったので、ゾッとする。

 

 ただ、ヒミコが適切に応急処置を施してくれたようで、既に危機は脱している。救急隊員は「残りはリカバリーガールの手にかかれば、多少痕は残るかもしれないが完治するだろう」と言っていたし、そこは不幸中の幸いである。

 

 そしてミドリヤについても、遭遇した相手がかの有名なヴィラン、”血狂い”マスキュラーであったことを考えれば軽傷なほうだと言える。

 数え切れないほどの殺人を犯した凶悪犯罪者であり、その被害者の中にはヒーローも含まれている指名手配犯なのだ、マスキュラーは。明らかに学生が戦っていいヴィランではない。

 

 そんなヴィランが出てきていたことを考えるなら、ミドリヤの独断専行も今回ばかりはまったくの無駄ではなかったと言うしかないだろう。コータは彼がいなければ、恐らく殺されていただろうからな。もちろん、軍隊であれば最低でも降格は確実だが。

 

 まあミドリヤの場合、大半の怪我はマスキュラーの攻撃ではなく自らの”個性”が原因、という辺りがなんとも……である。これについては、イレイザーヘッドがあとでたっぷりと説教するのだろう。そんな内心をしていた。あるいはリカバリーガールもか。

 

 ……と、さも問題は少ないという体で話してきたが、どれだけ犠牲者が少なかろうと問題は問題である。行方不明者も出ているのだから、大問題と言っていい。

 

 そして問題と言えば、もう一つ。プッシーキャッツの一人……ラグドールがなんと行方不明になっていた。

 これは私の落ち度である。B組の避難を優先していたこともあって、彼女の動向はあまり見れていなかった。私もまだまだ未熟だな。精進せねばなるまい。

 

 なおラグドールがいたであろう地点には、きれいにくりぬかれたような穴が開いていたこと。さらに言えば、ヒミコが消えたであろう地点にも同じような穴があったらしいことから、同じヴィランによって捕らえられたものと見ていいだろう。

 捕まえることに特化している”個性”と思われることから、最初からヴィラン連合の目当てはヒミコとラグドールだったのではないかと私はにらんでいる。何をもって二人を狙ったかまではわからないが。

 

 なお、ヴィラン側はどうなのかというと。

 

 我々が逮捕できたのはヒミコが下したムーンフィッシュと、イレイザーヘッドとミドリヤが下したマスキュラーのみである。

 単純な人数、という見方をすればイーブンかもしれないが、ヒーローという職業上、一人でも捕虜が出た時点で負けと言うべきなのだろうな。どちらも突出して凶悪なヴィランであることを差し引いても、負けであろう。

 

 当然、林間合宿は中止である。我々生徒はそれぞれの家に帰されることとなった。怪我を負った五人は、もちろん入院だが。

 私もまた、マスメディアが殺到する雄英の校舎を尻目に、我が家へと戻った。内心に渦巻く感情を、どうにかこうにか抑えながら。

 

「オ帰リナサイマセ、ますたー……アレ? ますたー、さぶますたーハドチラヘ?」

 

 出迎えてくれたS-14Oが首を傾げる。彼女のアイカメラが、困惑したように瞬いた。

 

「ただいま、14O。I-2Oは?」

「ア、ハイ。ますたーノ作業部屋デすたんばいもーどデスガ」

「わかった。君も来てくれ」

「? ハイ、タダチニ」

 

 私は、14Oに告げられた部屋へまっすぐ向かう。手にしていた荷物もそのままにだ。

 

 そして部屋に入って数秒、I-2Oが起動して私を出迎えた。

 

「ヨォますたー。随分ト早イオ帰リジャネーカ? ドーシタ?」

「まあな。しかし事情については今話している暇などない」

「「?」」

 

 I-2Oに返しながら、しかし私は彼に見向きもせず、コンピュータを次々に起動していく。

 そしてそれらが立ち上がるまでのわずかな時間に、くるりと二機に向き直る。

 

「14O、I-2O。手伝え。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「了解(ラジャ)了解(ラジャ)」」

 

 即答した二体のドロイドに、私は笑みを深める。恐らくは、ほの暗い笑みを。

 

 とはいえ、別に殺してやろうとは思っていない。そんなことはもってのほかであると断言するし、一方的に攻撃を加えようとも思っていない。フォースに誓って、それはない。

 なぜなら、私はジェダイだからだ。感情に流されるまま、相手を害するなどあっていいはずがない。そこはちゃんと理解して、わきまえているとも。それができるからこそジェダイなのだ。

 

 ああ、わきまえているとも。その辺りのことは、しっかりとわかっている。

 だからそう、今回の襲撃に参加していたヴィランに関する情報を、最速で警察組織に提供して差し上げるだけのことだ。きっといいように使ってくれるだろう。

 

 なので、今回私が確認できた人間については、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろん現在地は言うまでもない。

 銀河共和国の技術力を見せて差し上げようじゃないか。()()()()()に手を出して、タダで済むと思うな。()()()()()()()()()()()

 

 だがそれは、あくまでついで。

 本当の目的は救出現場に私も同行させてもらうことであり、情報収集は救出を行うタイミングを早めるためのものでしかない。

 

 まあ情報収集の過程で法に触れることにはなるが、()()()()()()()()()。どのみち痕跡を残すようなヘマはしないし、犯罪者の持つ端末を介して行うつもりだしな。

 

「君もそうするだろう? アナキン」

『ああ、するね』

 

 虚空に投げかけた問いへの答えは、背後から返ってきた。さすがは我が友にして師である。こういうときの彼のやり口に、全面的に同意する日が来るとは思っていなかったが……まあ、私もすっかりクワイ=ガン門下と言ったところか。

 

 ただ、私はアナキンに目を向けない。彼もそれ以上は言わなかった。

 

 だが、それだけでいいのだ。私たちの間に、これ以上の会話は必要なかった。

 

***

 

 ちなみに。

 

「すまねぇ……! すまねぇ増栄……! オイラ、オイラ何もできなかった……ッ!」

 

 帰り際。ヒミコを助けられなかったことについて、ミネタから五体投地を重ねて謝罪された。

 

 聞けばどうやらヒミコが捕まったとき、彼はヒミコを視界に収められるくらいには近くにいたらしいのだが……直前にフォースライトニングを放ったヒミコが恐ろしくて、竦んでしまったらしい。

 しかし、非フォースユーザーである彼にしてみれば、フォースライトニングは恐怖以外の何物でもないのだろう。こればかりは仕方あるまい。

 

 珍しく……と言ってはなんだが、ミネタは真剣に、心から、本気で謝罪していた。いつものよくわからない心境もゼロではなかったが、それはそれとして、彼はヒミコを助けられなかったことを心底悔いていた。

 

 これに対して、私は思った。ミネタは悪くない、と。

 

 なぜって、他にも取れる手段があったろうに、わざわざフォースライトニングなどという暗黒面の奥義を放って派手に消耗したのだ。ヒミコのほうが悪いだろう。だから怒りというものは厄介なのだ。

 

 そういうわけなので、私は大丈夫だとミネタをなだめたのだが……彼自身が、一番己を許せていないようだった。

 ミネタが妙なことをしなければいいのだが……と、そう思わずにはいられない私であった。




第二試合:引き分け
総合結果:敗北

原作との主な違いは「さらわれた人間」「特大の無力感を味わった人間」「マスキュラー戦に相澤先生参戦」「それに伴い緑谷の怪我が軽く済む」「マスタード、逮捕を免れる」の5点。

あと、そう。二度目なのでお分かりだと思いますが、ブチギレてます。
単純なピンチではなく誘拐なので、前回よりキレてます。
なお、峰田の内心は「マジで何もできなかったふがいなさが6割、百合の間に挟まろうとしているやつ死すべしが4割」くらいです。

ちなみにマスタード君ですが、原作同様森の一か所に陣取り個性でガスを出して獲物を待ち伏せしていましたが、理波が索敵とテレパシーでその周辺に誰も近づけさせなかったので、最初から最後までひたすらぽつねんと待ちぼうけしてただけで終わりました。
なので原作と異なり逮捕を免れました。たぶんあとで襲にざぁこざぁこ言われまくることでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.準個性

 襲撃翌日の昼前。私は今回の襲撃事件で指揮を執る刑事が、今滞在している警察署に来ていた。

 

 現在ここでは、イレイザーヘッドとブラドキングの事情聴取が行われている。また、事件に関するあらゆる情報を取りまとめるためか慌ただしく大勢の警察官が行き来していて、非常に混雑していた。

 まあ、混雑している理由の何割かは、私が匿名で送りつけたヴィラン連合の個人情報が原因だろうが。急に大量の情報が来て、その裏取りに手を取られているのだろう。

 

 そう、私は一晩でおおむねのところを調べつくした。私、それにS-14OとI-2Oの手にかかればこの星の電子システムなど敵ではない。

 

 ただすべてと断言しないのは、私の技術をもってしても調べきれなかったものがいるからだ。

 その筆頭はもちろんシガラキ・トムラだが、ダビもまたこれに該当する。恐らく、出生に関する情報を一切届け出ていない。あるいは、死んだと誤認させて生き延びた人間のどちらかだろう。

 

 一応ダビについては、この人物ではないかという推測までは立てられたが……確証はない。彼をヴィラン連合に仲介したブローカー、ギランですらその素性を把握していないのだから大したものである。

 

 あと、私が遭遇しなかったヴィランの情報も追えていない。さすがにフォースの探査だけでいたことしかわからない人間を調べるのは、不可能だからな。

 どちらにせよ、もっと時間をかければ正確な情報を得られた可能性もあったかもしれないが……さすがに半日にも満たない時間では、どうしても限界がある。それに、早くヒミコを助けなければならないのだ。今はこれで十分だろう。

 

 とまあ、そういうわけで警察署に来たわけだが。こんなおおわらわな状況であっても、私のような子供が一人でやってきたら当然声を掛けられるわけだが……しかし現実そうはなっていない。

 私はフォースクロークを行った上で、人目を避けて動いている。目当ての刑事……ツカウチ氏の下になるべく誰にも関わることなく直行したかったので、こうさせてもらった。

 

 問題ない。何せフォースは”個性”ではないからな。

 そしてツカウチ氏の正確な所在は、コンピューターを介して把握している。時間はほとんどかからなかった。

 

「なるほど? ではその発信機を……」

「ああ、やつの体内にブチ込んでやった。もちろん傷口はすぐに『超再生』してしまったが……胃腸に入れたならともかく、脇腹だ。今も有効だと思われる」

「……だが二回もアレを見た感じだと、アレはただの兵器だ。連中と同じ場所にいるかどうか……」

「ふむ……もっと言えば、さらわれた二人と同じ場所にいるかどうか、か……」

 

 部屋の中から、そんな会話が聞こえてくる。

 

 ああ……そういえば、ヤオヨロズがブラドキングに発信機を渡したと言っていたな。素晴らしい判断だったと思う。

 しかしイレイザーヘッドが言っている通り、脳無とヴィラン連合、そしてさらわれた二人が全員同じ場所にいるとは限らない。一つ場所が割れているだけでも進展だろうが、十分ではない。

 

 ならば、その残りを私が補おう。

 

「わかりますよ」

 

 私はそう言いながら、部屋の中へ踏み込んだ。

 

「なっ!?」

「増栄……!?」

「ええ……君、どうやってここまで……っていうか、誰も気づかなかったのか……?」

「ちょちょちょちょっと、困るよ君ィ、こんなところまで……」

 

 すると当然、室内は騒然となる。しかし最初に復活した猫の顔をした刑事が私を押し出そうとする。

 

「ヒミコの居場所なら、確実にわかります」

 

 だから私は、不動の構えを取るとともに断言する。

 これにはこの場の全員が、思わずと言った様子でピタリと静まった。

 

「私とヒミコは特殊な繋がりがありまして。彼女側が応答できない状態でない限り、制限なくテレパシーで会話ができます」

『……!?』

 

 さらに付け加えたら、静まるを通り越して硬直してしまった。

 

「……フォースか」

 

 そこから最初に復帰したのは、やはりと言うべきか。私という人間についてそれなりに詳しいイレイザーヘッドだった。

 

 彼に頷き、説明を続ける。

 

「はい。私は”個性”とはまた異なる力によってテレパシーができます」

『このように』

「うわっ!?」

「お、おお……」

 

 説明の途中で、この場の全員に軽いテレパシーを送る。既に何度も受けていて慣れているイレイザーヘッドとブラドキングは平然としていたが、この場にいる刑事二人は少し困惑しているようだ。

 

「マンダレイのそれとは異なり、このテレパシーは相手の場所を把握していなければ送れません。ですが先に述べた通り、私とヒミコの間には特殊な繋がりがあります。これがある限り、私たちは何光年離れていてもテレパシーで会話が可能なのです。……もちろん、今この瞬間にでも」

「な……!?」

「そして彼女はこう言っています。バーのあるビルにいる、と」

『……ッ!?』

 

 みたび刑事二人が硬直する。

 

 それもそうだろう。何せ今、彼らはヴィラン連合のアジトと思われる場所の情報を手にしている。そしてそれは、テナントとしてバーの入っているビルだ。この情報は無視できまい。

 

 もちろん、この情報は少々言えない手段で手に入れているので私が口にすることはないが。

 なお、不正アクセスの罪は予定通り闇のサポートアイテム開発会社に負ってもらった。

 

 まあそれはともかく。

 

「色々と思うところはあるが……君のその情報があれば、すぐにでも裏が取れそうだな……ありがとう」

 

 ツカウチ氏が緊張をにじませながらも少し喜色を浮かべて軽く会釈する。

 

 私もこれに会釈で応じるが……私はこの情報を知らせるためだけに来たのではない。

 

「この件で一つ、お願いしたいことがあります」

「……お願いしたいこと?」

「はい。救出作戦に、私も同行させてください。”個性”の使用と戦闘の許可をいただきたく」

 

 だがこの申し出には、ツカウチ氏は盛大に顔をしかめた。イレイザーヘッドとブラドキングも同様である。

 

「……君の気持ちはわかる。だが」

 

 しかしその反応は、想定済みである。それに対する返しもだ。

 

「私がその場にいれば、ヒミコの状況はすぐにわかります。それを作戦に参加する人員に知らせることも」

「……だが、それは」

「ええ、別に現場にいる必要はない。ですが、私の”個性”は『増幅』と言いまして……他者の強化はもちろん、治療も可能です」

 

 反応は劇的だった。やはり、治療ができる”個性”は貴重なのだな。実際、貴重でなかったならリカバリーガールはもっと早く引退していただろうし。

 

 ヴィラン連合を相手取るなら、怪我人は避けられないだろう。そのため、私が現場にいることは間違いなく意味があるのだ。これは無視できないはずだ。

 

 まあ、それでも私の参加を認めないのが良識ある大人というものだが。

 

「……それでも、ダメだ。資格を持たず、あまつさえいまだ十歳の君を最前線に出すなどもってのほかだ」

 

 このツカウチ氏のように。

 彼の言い分は正しい。まったくもって正しい。

 

 とはいえ、こう来るだろうなとは思っていたので、特に落胆はない。なので、私は素直に引き下がる。

 

「……わかりました。では、私はこれで……」

「……待て、増栄」

 

 だがそれを、イレイザーヘッドが引き留める。がし、と肩をつかまれた。

 

「お前、勝手に行動する気だな?」

「法に触れることはしませんよ?」

「……つまり行動自体はするってことじゃねぇか……」

 

 はあ、とため息をつかれる。

 

 さすがに彼はごまかせないか。どうにも彼には、私はやるときはやるやつだと思われているようだし……昨日実際に勝手に行動した男がいるから余計だろう。

 

 ただ、法に触れることはしないつもりというのは今回は本当だ。いまだ法整備が遅れている、超AI搭載型ドロイドは盛大に使うつもりだが。

 

「いいか増栄、お前は……」

「おっと、一旦その話はストップさせてください」

 

 だがそこに、さらに別の人間が割り込んできた。がちゃりと扉が開かれ、現れたのは……。

 

「なっ、誰だね君は!」

「……イッシキ?」

「こんにちは、お久しぶりですね」

 

 中肉中背、黒い首輪をはめた目立たない容貌の男。元ヴィラン、ルクセリアのイッシキ・アヤオだった。

 

「……なぜお前がここにいる?」

「お仕事ですよ。……と、まずはこちらを」

 

 彼はイレイザーヘッドの問いににこりと笑って見せると、懐からスマートフォンを取り出し中を全員に見せつけるように掲げた。

 直後、そこに電話がかかってくる。電話と言っても一般的な電話ではなく、通話アプリによるビデオ通話だ。

 

 いぶかしげにそれを見やる私たちをよそに、イッシキはこれに応答。そうして画面に表示されたのは……。

 

「……けッ、警視総監殿……!?」

『うむ』

 

 そういうことらしい。つまり今のイッシキは、サイバー対策課所属の冴えない刑事ではない。

 

 いや、身分立場に関してはその通りなのだろうが、それだけではないと。警察組織のトップがついているというわけだ。

 これにはツカウチ氏たちも何も言えず、敬礼するしかないらしい。

 

『安心したまえ、別に捜査権を移すなどという話ではない。単に、彼女に渡したいものがあるだけだ。……逸色くん、あれを』

「はい」

 

 そんなツカウチ氏を前に、警視総監は端的にそう言った。

 これに応じる形で、イッシキはにっこりと笑いながら再び懐に手を入れた。

 

 彼が取り出したものは、二枚のカード。そこにはなぜか、私とヒミコの顔写真がそれぞれ載っている。

 

「……それは……?」

『ヒーロー活動許可仮免許証だ。増栄くんと渡我くんの、な』

『な……ッ!?』

 

 警視総監の言葉に、イッシキ以外の全員が心の底から驚いた。

 当たり前だ。何せ、国が私という子供に対して、仮とはいえヒーロー免許を与えたのだから。

 

『ただ、少し特殊なものだ。気づいたかね? 従来のヒーロー免許と少しデザインが違うということに』

 

 しかし警視総監は私たちの驚愕を気にすることなく、そう言う。やはりこれに応じて、免許証を見えやすいように前に差し出してくるイッシキ。

 

 が、そう言われてもヒーロー免許を見る機会は実際のところあまりない。私は父上が元プロなので、一般家庭の出よりは見たことがあると思うが……それでも普段から見ているわけではない。

 

 ゆえに、最初に気づいたのはプロヒーローの二人。イレイザーヘッドとブラドキングだった。

 

「……免許の種類? ブラド、こんな項目あったか?」

「いや、間違いなくなかった。ヒーロー免許の種類? どういうことだ?」

 

 二人の言葉を受けて目を凝らせば、確かに。個人情報や交付日――よくよく見ればそれは六月にあった仮免試験の日付になっていた――などの一覧とヒーローネームの間に、黒い罫線で覆われた枠がある。

 そしてそこには「免許の種類」という文章が入った欄と、一つの空欄、さらに”準個性”という単語が入った欄の三つが並んでいた。

 

『……”準個性”?』

 

 これに再び、イッシキ以外のこの場の全員が声を上げた。

 

 対して、画面の中の警視総監がどこか満足げに頷く。

 

『その通り。かねてより()()は、彼女たちが用いる”個性”ではない超能力……通称フォースについての扱いについて議論を重ねていてね。その結論がこれだ。すなわち、フォースを”準個性”と定め、”個性”同様に国の管理下に置く、と』

 

 驚く我々をよそに、言葉は続けられる。

 

『これにより、フォースの持ち主もヒーロー活動が可能になる。状況に応じて、フォースの行使も認められる。ただし、書かれている通り”準個性”での活動に限る。”個性”を用いて活動するためには、また別に”個性”でのヒーロー免許試験を受けていただく必要がある。

 ま、全力でヒーロー活動がしたいなら、今までで言うところのヒーロー免許も別個で取得しなければいけないというわけだな。自動車免許と自動二輪免許が区別されているのと同じように、だ』

 

 ……そう来たか。ここでそう来るか。

 どうやら国は、是が非でも私を制御下に置きたいらしい。

 

 恐らく、前々から出すタイミングをはかっていたのだろう。昨日の今日で、いきなりこの仕組みやカードを用意したとは考えられないからな。

 

 だが腹立たしいものの、極めて有効だ。ヒミコのことを思えば私はこれを受け取るしかないし、仮に受け取らなかったらフォースを使うだけで犯罪者になってしまう。

 世間への発表より先に動いた上に、試験などを無視していきなり許可証を発行してきたのは、要するに私に対する配慮という体裁の脅迫だろう。

 なんならこの”準個性”、遡及法が適用されている可能性すらある。そういう意味でも私はこの()()を断れない。

 

「まあとはいえ、従来のヒーロー免許保持者による”個性”使用許可があれば問題なく”個性”も使えますからね。そこはあまり気にされる必要はないかと思います」

 

 と、ここまでほとんど無言だったイッシキが、補足するように言った。その顔にはセールスマンさながらの笑み。

 

 胡散臭いことこの上ないが、彼は通常の警察官とは立ち位置が少々異なる。今回はあくまで使い走りだろうし、彼自身は国の思惑にはかかわっていないはずだ。

 画面に映る警視総監が一瞬渋い顔をしたところを見るに、言う必要のないことを言ったようだしな。実際、イッシキの心情はこちら側にある。

 

『まァ……そういうわけだ。なので、彼女が救出作戦に参加することはもう何も問題はない。仮で限定付きとはいえ免許だからな、インターンの扱いで現場に入れて構わない』

 

 まあ、今度は私たちが渋い顔をさせられたわけだが。

 

 この場にいるのは全員良識ある大人ばかりなので、それも無理からぬことだろう。国の決定とはいえ、そのあまりの内容に嫌悪感を露にしている。程度の差はあるが。

 

 参戦を求めていた私が言うのもなんだが、同感だ。仮とはいえ、限定的とはいえ、試験を飛ばして子供にヒーロー免許を交付してしまうなんて、信用を欠く行為と言わざるを得ない。本当に何も思惑がないにしても、私をコントロールしたいと思われても仕方がないと思うぞ。

 

 それとも、私たち以外にフォースユーザーが見つかったのだろうか。地球はフォースの薄い星だが、ゼロではないので可能性はある。この機会にそうした人間を法の制御下に置いておこうと考えてのことか。

 

 あるいは、単純に焦ったか?

 だとしたら、恐らく国も警察も一枚岩ではなく、様々な思惑が入り混じっているからこそだろうが……まあいい。この免許証が、今このときだけは都合がいいことには変わりないのだ。

 

 私はそう考えながら、イッシキが差し出したままだったカードを手に取った。

 

 ……いいだろう、借り一つだ。だが、いずれ踏み倒す借りだ。

 必要以上に国や警察に警戒感を抱かせるわけにはいかないから、それを口には出さないが。

 

 と、そのとき。用件を終えるや否や沈黙したスマートフォンをしまったイッシキが、私に目を向けた。彼は申し訳なさそうに表情を崩していたが、くすくすと笑いだす。

 

 具体的に何をするかまではわからないが、何かをやらかそうとしていることはフォースによって見えたのだろう。

 

 ――どうぞどうぞ。

 

 彼の、そんな声が頭の中に響いた。

 




ザ・裏話
今回出てきた準個性、設定上「いわゆる個性以外のすべての特殊能力」が含まれています。
なので予定は一切ないですが、たとえばスタンドであったり念能力だったりがこの世界に出現したとしたら、それらもすべて法の下で制限されます。
普通に考えればそんなことあり得ないのですが、フォースという前例ができてしまっているので、お偉方は警戒したわけですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.動く

 理波が改めて法に触れる決意を固めていた、ほぼ同時刻。

 

 合宿所近くの病院に搬送されている麗日、葉隠の下に、峰田が一人見舞いに訪れていた。

 普段から助平であることを隠さない彼一人の来訪に、二人は警戒しかけたが……そんな二人から見ても、峰田は明らかに空元気だった。昨夜は眠れなかったのか、顔色がよろしくない。入院している人間に心配される始末である。

 

 それは出張してきたリカバリーガールによって、半分ほど治癒が施された緑谷から見ても同様だった。入院患者ながらに二人の病室を訪れた彼は、峰田の様子に驚いた。

 

 だがそれを指摘することは、誰にもできなかった。なぜなら、程度の差こそあれ全員が同じ想いであったから。

 

 たった一人でヴィランに立ちはだかった友達に、すべてを任せることしかできなかった無力感。

 自分がもっと強ければ、友達がさらわれることはなかったはずなのにという悔しさ。

 

 それが身体の傷より、何よりも痛かった。

 

 だから、だろうか。

 自分だけではないことを、はっきりと確認できたからだろうか。

 

 峰田は、覚悟を決めた顔で重々しく口を開いた。

 

「救けに行けるかもしれねぇんだよ」

『!?』

 

 彼は語った。切島から、八百万が発信機をブラドキングに渡していたことを聞いたのだと。

 それが正常に機能しているかはわからない。だがもし機能しているなら、追跡用のデバイスを八百万に創造してもらえばあるいは……と。

 

 ごくりと、全員が喉を鳴らす。明らかなルール違反だった。

 

 だが最初にこれに異を唱えたのは、意外なことに緑谷だった。

 

「き……気持ちはわかるよ。でも……でも、もうこの件は、その……プロに任せるべきじゃないかな……」

 

 彼は麗日たちの病室に来る直前、リカバリーガールからかなり長く、強く、説教されていた。大半は身体を壊すようなやり方についてだったが、中には独断専行についても含まれていたのである。

 病院に搬送される直前にも、相澤からかなりきついお叱りを受けた。だからこそ、緑谷は異議を唱えたのだ。

 

 己の中でくすぶる正義感を、無理やりに押さえ込みながら。

 

 そう、緑谷の顔は発言とまったくかみ合っていなかった。むしろ異議を唱える彼のほうが、率先して賛成したがっていたのである。

 そしてそれは、誰の目にも明らかで。

 

 何より、普段誰よりも最初に飛び出していく緑谷がそんなことを言うものだから、峰田はどうしても我慢しきれなくなった。

 

「んなこたわかってんだよオイラだって! でもよォ! 何にもできなかったんだよ!」

 

 魂のこもった叫びだった。これに三人は、何も言えなくなる。

 

「目の前にいたんだ……! オイラのすぐ目の前にいたんだ! なのに、なのにオイラ、何もできなかった! しなかったんだよ! ここで動けなかったら……オイラ一生ヒーローになんてなれねぇんだよ!」

 

 じわり、と峰田の目に涙が浮かぶ。

 

 対する三人が、唇をかみしめた。

 

「なあ! まだ手は届くかもしれねぇんだよ! だから……!」

 

 そして峰田はそこで一旦言葉を区切った。それから一瞬ハッとなり、改めて頭を下げる。

 

「……だから、お前らの手を貸してくんねぇか……! オイラ一人じゃ無理だ……だから、だから頼む……頼む……ッ!」

 

 そうして、室内に重い沈黙が満ちる。

 誰も動けず、口を開くこともできないまま、じんわりと時間だけが過ぎていく。

 

「……峰田くん……」

 

 その空気を、最初に破ったのは葉隠だった。

 

「……やるじゃん! ちょっと……んーん、結構見直した!」

 

 彼女はそう言って、透明な顔をぎこちなく、しかしにこりと綻ばせた。

 

「……行く。行くよ。行かせて!」

「葉隠……」

「……わ、私も……!」

 

 次いで、麗日が声を上げる。

 

「私も行く……! 私……私、救けたい……!」

「麗日……!」

 

 そんな二人に、緑谷は少し取り乱す。

 

「う、麗日さん……葉隠さん……!」

 

 そして咎めようと口を開くが、しかし考えていた言葉が出ることはなく。

 

 代わりに出てきたのは、

 

「僕も……行く……!」

 

 そんな決意の言葉で。

 

 何せ、思ってしまったのだ。頭ではダメだとわかってはいても。それでも、いてもたってもいられなくなってしまった。

 手は届くかもしれないと言われて……思ってしまった。

 

 ――救けたい、と。

 

「緑谷ぁ……!」

 

 感極まった様子で抱き着いてきた峰田を受け止めながら、固い笑みを浮かべる。

 

「……で、でもその、まずは八百万さんに聞いてからだよ。ほら、八百万さんがデバイス創ってくれなかったら、そもそも追跡も何もできないわけだし……」

 

 この言葉に、他の三人はそりゃそうだと軽い羞恥心を覚えて頭をかいたのであった。

 

 それでも、気は逸るばかりだ。誰からともなく、彼らはいかにしてトガを救うかを話し合い始めた。

 

 戦闘はできない。その許可は既に解除されており、仮免許すら持たない学生の身では絶対にしてはならない。

 ゆえに、戦闘無しでどう救けるか。それが議題の中心であった。

 

 ……それでもなおこの世界線の緑谷は、本来より少しだけ冷静だった。もしも本当に行くことになったら、自分はストッパーに回ったほうがいいかもしれないと、そう思うだけの余裕があった。

 

 何せここまでの学生生活中、本来よりも圧倒的に怪我の頻度が少なかった。マスキュラー戦で負った怪我の程度も本来より軽く、目の前でクラスメイトをさらわれたわけでもない。

 だから彼は、少しでも戦闘の可能性が出た時点で、三人を引き戻そうと考え……それから、もしそうなったときに自分にそれができる自信がないことに気がついて、苦笑するしかなかった。

 

 緑谷出久。ワンフォーオールの九代目。平和の象徴オールマイトの後継者。

 多少世界が変わろうと、彼は結局のところ、どうしようもなく()()()()だった。

 

***

 

 不本意ながら、ヒーロー活動を認可された翌日の夜。

 私はジェダイ装束を身にまとい、神奈川県横浜市の神野区に来ていた。場所はもちろん警察署である。

 

 そこには、十人以上のヒーローが居並んでいた。しかもオールマイトを筆頭に、エンデヴァーやベストジーニスト、エッジショットと言ったランキング一桁のヒーローが揃っている。そうそうたる顔ぶれと言っていいだろう。

 

「……なぜこの小娘がいる? タマゴもタマゴ、一年生ではないか」

 

 そんな中、エンデヴァーがぎろりと横目に私をにらんだ。

 

「彼女には国から直々に許可が下りている。仮免許ではあるけど、既に彼女はヒーローだ」

 

 これに対して、ツカウチ氏が苦々しい表情で答える。事情を先に知らされているオールマイトも似たような顔だ。

 

 一方、今ここで初耳となった面々は全員がぽかんとした顔を見せた。

 

「バカも休み休み言え塚内」

 

 その中から最初に復活した小柄な老爺……グラントリノが言う。

 

「冗談であったらどれだけよかったことか……」

 

 だがそれに対する応答に、グラントリノは今度こそ驚愕の顔を浮かべた。他のメンバー(警察官も含む)も同様である。

 

 次いで私に視線が集中する。なので、私は懐からヒーロー仮免許証を取り出して掲げて見せた。

 

「……免許の種類? ”準個性”、だと……?」

「増栄少女……おっと、今はジェダイナイト・アヴタスだったな。彼女は”個性”とは異なる超能力……フォースというものを扱える。それを用いてのヒーロー活動を許可する、ということさ。まだ世間には公表されていないが……要するに国は彼女をテストケースとして、”個性”ではない能力も”準個性”と定義づけて管理しようとしている、というわけだよ」

 

 エンデヴァーのいぶかしげな声に、オールマイトがなんとも言えない顔で答える。

 Mt.レディが、思わずと言った様子で「マジで?」とこぼした。

 

「……待て。確か彼女は、まだ十歳ではなかったか?」

「まもなく十一歳になります」

 

 信じられない、という顔で言ったベストジーニストに割って入る。

 彼は「違うそうじゃない」とでも言いたげに唖然とした。

 

「……国は何を考えているんだ」

「まったくだ……正気か?」

 

 ギャングオルカとエッジショットが、渋い顔で首を横に振っている。

 他の面々も同様だ。ヒーローだけでなく、この場にいる警察官のほぼ全員が、私の参戦をよく思っていないことがうかがえる。

 

 彼らの反応に、私は少し安心した。彼らは実にまっとうな大人だ。正しい感性を持っている。やはり大部分のヒーローや警察官は、みな立派なライトサイドの住人なのだな。

 彼らのような人がもっと増えればいいのだが……いや、それはそれで、光明面が薄く引き伸ばされてジェダイのような末路を辿るだろうか?

 

「おほん……君たちの懸念はもっともだ。しかし彼女は、敵にさらわれたトガ・ヒミコの存在を感知できる。加えて、今この瞬間も会話ができる。おまけに”個性”を用いれば治療も施せる。そしてその治療も、リカバリーガールも太鼓判を押すほどの腕前。参戦を断るには、年齢は理由として弱いと上は判断したんだよ」

 

 と、ここでツカウチ氏が話をまとめる。それでも顔は苦々しいままだ。よほど思うところがあるのだろう。

 

「……だが、最前線には出させないつもりだ。彼女に発行されたのは仮免だし、ジーニストも言った通り彼女はまだ十歳。本来であれば大人が守るべき子供なんだからね」

 

 彼はそう締めくくったが……まあ無理だろうな。

 何せ敵はヴィラン連合だけではない。オールマイト、グラントリノ、そしてツカウチ氏が、連合の後ろに控える黒幕の存在を強く強く懸念している。

 

 ちらりと見えた限り、その黒幕の名はオールフォーワン。オールマイト、そしてミドリヤの”個性”「ワンフォーオール」と一繋ぎに語られる言葉を名に冠した人物ということを考えれば、まず間違いなくオールマイトに匹敵する巨悪であろう。

 そんな人物を相手に、戦力となり得る人間を完全に後ろに下げたままということはあり得ない。

 

 そもそもの話、敵方には強力なフォースユーザーであるカサネがいるのだ。ヒミコが言うには先生(恐らくはオールフォーワン)のところで調()()()とのことで今は不在らしいが、戻ってきた場合は私以外の人間が相手取ることは難しいだろう。

 

 ……まあ、今それを口にしても揉めるだけだ。時間は有限であるから、これについては何も言うまい。何せカサネが戻ってきたら、ヒーローや警察による包囲や突入のタイミングを感知されてしまう。

 

「治療までできるのか……」

「なるほどな……」

「前に出さないなら、まあ……」

 

 周りもひとまず、この話は終わりにしようという雰囲気が漂い始めているしな。

 

「……あー、ちなみにアヴタス。今トガさんはどうしているのかな? 無事だといいんだが」

 

 と、ここでツカウチ氏から問いかけが来た。

 

 彼に応じるため、私はヒミコに声をかけ……そして眉をひそめた。

 

「……ヴィラン連合のメンバーと、トランプをしているそうです」

『……は?』

 

 そして私の言葉に、再びこの場の全員がぽかんとした顔を見せた。

 

 私としても、あまり喜ばしくない。

 いやまあ、ヒミコの性格を考えれば()()なるのは何もおかしくないのだが……状況が悪い。

 

 何せ彼女は今、ネットワーク上で炎上しているのだ。過去に同級生を殺そうとしたヴィラン予備軍である、として。

 

 裏取りの取れていない、ネットワーク上のただの噂でしかないのだが……発端が二か月近く前のことであり、その始まりの書き込みも同日中に削除されているというのに、まるで不死の怪物のように何度も何度も現れている。

 もちろんそのたびに削除はされているのだが、昨日の昼頃からその勢いが劇的に増した。結果対処が間に合わず、劇的に拡散し始めたというわけである。

 質の悪いマスメディアは既にこれに便乗し始めており、ヒミコへの、さらに言えば雄英への風当たりは非常に厳しい。

 

 タイミングからして、間違いなくヴィラン連合による策略だろう。この世論を用いて雄英の評判をさらに落としつつ、あわよくばヒミコをヴィラン側に引き込もうという魂胆と見た。

 

 しかしこの件、実のところただの噂と断じることができない。何せ当時のヒミコには人を積極的に殺すつもりはなかったものの、未必の故意は確実にあったのだ。

 つまり、噂自体はすべてが間違いというわけではない。これが厄介だ。真実の混ざった嘘、噂ほど面倒なものもそうそうない。

 

 そんな状況で、暢気にヴィラン連合のメンバーと遊んでいる。これは世間からあらぬ疑いを持たれても、文句は言えないだろう。

 

 まあこの件については、私が動くまでもなく警察のほうが動いているので、大丈夫だろう。私からも証言を出している。

 それでも心配なものは心配だが。

 




実を申せばこの物語を書き始めた当初、トガちゃんがさらわれることは決まっていたものの、救出に行くメンバーがどうなるかはまったく考えていませんでした。
でもまあ原作沿いに書く予定だし、なんとかなるでしょと思ってEP6まで来たところ、要所は原作沿いでもイレギュラーである理波の影響は小さいけれど確実に広がっており。
このままだと、切島くんや轟くんが原作のように我を忘れるほどの情熱でもって、トガちゃんを助けに行くほど関係を深めているかというとそこまでではない状況になってたわけです。
そこで白羽の矢が立ったのが、まさかの峰田でした。関係性で言うとそこまで深いわけではないけど、一方的にクソデカ矢印を向けている彼なら百合の間に挟まる男の存在を匂わせればこう動くに違いないと確信できたのです。
かくして肝試しのトガちゃんの相方は峰田となりましたとさ。

ありがとう峰田。ありがとうグレープジュース。君のエロスがこの作品を停滞の危機から救ってくれた。
君が、君こそがこの作品のヒーローだ・・・!

いやホント、何がどう繋がって来るかわかんないね。
だから創作ってやめられねぇんだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.嵐の前

「ちょ、マジかこれ」

 

 横浜に向かう列車の中。コンビニで買い込んだ弁当やおにぎり、サンドイッチなどで食事を摂っていた緑谷たちだったが、峰田の声で全員が顔を上げた。

 

 峰田はおにぎりを片手にスマートフォンをいじっていたのだが、よほど良くないものを見たのか、顔色が悪い。

 

「どうしたの峰田くん?」

「これ見ろよこれ!」

 

 首を傾げ、葉隠が問う。そんな彼女に、峰田はスマートフォンを差し出した。

 

 画面に表示されているのは、グレーゾーンな取材や、プライバシーなどへの配慮が欠けた……言ってみれば三流週刊誌のウェブページ。書かれた見出しは、「雄英、ヴィラン予備軍を受け入れか」。

 内容は単純だ。インターネット上に流布している、「トガ・ヒミコは中学三年生のとき、同級生を殺そうとした」という噂の掲載から始まり、それを指してヴィラン予備軍、もしくは実際にヴィランなのではないかと指摘するものである。そこから雄英高校の対応全般を手当たり次第に非難していた。

 

 このうち、学校云々は緑谷たちにはほとんど関係がない。ゼロではないが、学校運営の意思決定など生徒にわかるはずもなければ関わることもないからだ。

 

 だから問題は、前半。トガがヴィランなのではないか、という疑いである。

 

 これに対して、緑谷たちは即座に否定することができなかった。

 何せ、彼らは見ている。ヒーロー基礎学や、直近では合宿のとき。友人の血を嬉々として飲み干し、あまつさえもっとほしい、とつぶやきながらクラスメイトをじーっと見つめるトガの姿を。

 

 A組の面々はその姿にたった四ヶ月弱ですっかり慣れていて、もはや誰も気にしていない。今となっては日常の風景と言ってもいい。

 けれど最初に見たときに抱いた感情は、「驚いた」の一言で済ますには少々足りなかった。それは事実であったのだ。

 

 だからこそ、この記事を……その根拠となる噂を、否定しきれなかった。もちろんそれは最初だけで、すぐに誰からともなくそんなはずはないと意識を切り替えたのだが。

 ただ、インターネット上の風潮が、トガを叩くほうへ傾きつつあることには誰もが憤慨した。

 

 ゆえに、彼らはある種の反発でもって団結し、意見を固めた。人はそれを、若さゆえの感情的な反発だと言うだろうが――

 

「今さら疑うもんか!」

「うん! 私たちはトガちゃんを信じる!」

「おうよ!」

「ええ!」

「うん!」

 

 ――そんな感情による団結と信頼が、ときに人の心を救うこともあるのだ。疑われ、世間の大部分が敵に回ったときなどは、特に。

 

 かくして五人は、決意も新たに神野区に降り立つ。

 

***

 

 誰もいない、寒々しい通路。だというのに、扉の向こうからは人々が生み出す熱気が伝わってくる。

 ただし、その熱気は決していいものではない。いかにして世間をにぎわすような言動を引き出せるか。そんな悪意がこもっていて、毒々しいほどだ。

 

 その扉の、ちょうど手前。壁を背にして立っている男の姿を見とめた三人の教師は、軽く眉をひそめた。

 

 男は中肉中背。目立った特徴はなく、顔も平凡。服装もまたどこにでもありそうなもので……唯一、首にはめられた黒い首輪だけが目立っているが、それも隠そうと思えば隠せてしまう。

 

「……何の用だ、ルクセリア。また運び屋か?」

 

 男――ルクセリアに、イレイザーヘッドは半目で問うた。

 

 これに対して、ルクセリアは後ろ頭をかきながら軽く会釈する。

 

「いえ、今回はメッセンジャーですね」

 

 さらに苦笑した顔を見せた彼に、イレイザーヘッドは小さくため息をついた。

 

 ルクセリアを更生させた彼にしても、ルクセリアが警視総監と繋がりがある……恐らくは何らかのエージェントであることは、先日まで知らなかった。

 まあ、本人が望んだ上でのことなら別に気にはしないのだが。元ヴィランであり、今もなお一定の監視下に置かれているルクセリアが、心の底から望んで今に至るとはどうにもイレイザーヘッドには思えないのであった。

 

 ルクセリア自身は確かに救いようのない変態だが、悪を憎み平和を愛する心に偽りはないとイレイザーヘッドは理解している。そこを利用されていなければいいのだが、と案じてしまうのは教師になったからだろうか。

 

 そんなイレイザーヘッドの心境を知ってか知らずか、ルクセリアは表情を落ち着かせてから口を開いた。早速本題に入ろうと言わんばかりである。

 

「皆さんもご存知ですよね? ネット上で話が広がっているトガさんの()について」

 

 その言葉に、教師三人の顔はしかめられた。

 

 知っている。知らないわけがない。

 同級生を殺そうとしたという、ヒーロー候補生としては致命的な噂だ。それが凄まじい勢いで拡散し続けているのだ。否応にも見る機会があった。

 

 だからこそ、この話題には三人とも過剰に反応せざるを得なかった。

 

「落ち着いてください、悪い話じゃありません。むしろいい知らせですよ」

 

 これに対して、ルクセリアは両手を前に出して振りながら、三人に抑えるように促す。

 

「彼女のヴィラン予備軍疑惑についてですが、問題ないと裏が取れました」

『……!』

「まあ確かに、彼女は同級生の血を摂ろうとしていたとのことなので、傷害の疑惑が上がるのも無理はありませんがね。その対象になった本人が証言してくれましたよ。『確かに血を吸わせて欲しいと言われたが、彼女はちゃんと許可を求めてきたし、断ったらそれ以上何もしてこなかった。自分も周りに大げさに話しすぎた』とね。

 そのあと、彼女は()()()……()()()()()()()から血を吸ったそうですが。これもその本人が、『自分から望んで血を吸うように促した。互いに合意の上のことである』と証言しています。そしていずれも、嘘か否かを判断する”個性”の公安協力者が間違いないと太鼓判を押しています」

 

 そしてルクセリアは最後に懐からタブレット端末を取り出すと、イレイザーヘッドたちに掲げて見せた。

 

 画面には、警察の高官が閑散とした場所で会見を開いている、リアルタイムの動画。それは警察庁の公式ウェブサイトで発信されており、語られている内容は今まさにルクセリアが語って聞かせたものとほぼ同じだった。

 違うことと言えば、トガの吸血行為が”個性”に紐づいた本能的な衝動であり、両者合意の上であれば罪には当たらないという補足があったくらいだ。

 

 トガは無実である、という警察による発表。それを、雄英高校の会見とほぼ同じ時間に行うということの意味がわからないものは、ここにはいない。

 なるほどと頷く三人に、ルクセリアも満足げに頷いた。

 

 そんな彼に、根津が代表するように一歩前へ出る。

 

「ありがとう、逸色君。おかげで懸念材料が一つなくなった。少し気が楽になったのさ」

「どういたしまして。いやあ、あの二人のためになったのであれば私も本望です」

 

 これに対して、ルクセリアは心底嬉しそうに笑った。二人の間には何人たりとて挟ませるわけにはいきませんからね、と付け加えた瞬間は、無駄に迫力があったが。

 

 おかげでルクセリアを従える国の考えはともかく、彼の行動はまったくの善意であることが何となくわかってしまい、イレイザーヘッドはげんなりした。とてもではないが、気が楽になったとは言えそうにない。

 

「それでは、私はこれにて。……会見が無事に運ぶことを、何よりトガさんが無事に戻ってくることを、祈っております」

 

 そしてルクセリアは、それだけ言って三人から離れていった。途中、振り返ることは一度もなかった。

 

 一方、残された三人はというと。

 

「……さて、我々も行こうか。()()を全うしないとね」

「はい」

「もちろんです」

 

 手短にそう話して頷き合うと、彼らは会見場の扉を開いた。

 

 味方のいない会見が、始まる。

 

***

 

 同時刻、とあるビルの中に置かれたバー……の体をしたヴィラン連合のアジトにて。

 

 拉致され、一人ヴィランのただなかに置かれたトガはどうしていたかというと、

 

「わーい、上っがり~!」

「ウッソォー!? またなのォ!?」

「クソッ、ふざけんなよ! ジョーカーだけ狙って取らないってどういうことだよ!? 僕だけ四連敗じゃないか! おいお前ら席順変えろ!」

「ざまあ! ドンマイだぜマスタード!」

「はっはっは、場所は毎回変えるべきだったかもなぁ!」

「なんだかな。襲のと同じ超能力みたいだがあいつよりだいぶ強くないか?」

 

 テーブルを囲み、ババ抜きで盛り上がっていた。

 それもフォースの恩恵をフル活用しての、連続一位記録を更新し続けている。大人げなかった。いや、法令上彼女も未成年だが。

 

 マスタードがそれを指摘するも、トガはくふふと笑うばかりだ。

 

「別に見ようと思って見てるわけじゃないんですよ? 見えちゃうだけなのです」

 

 彼女はそう言うと、口に人差し指を当てた。その妖艶な仕草に、ガスマスクを外した素顔を少し赤らめるマスタード。

 

 そう、大人げないとは表現したが、実のところトガもやろうと思ってピーピング(カードゲームにおいて非公開情報を覗き見ること)をしているわけではない。何もしなくてもわかってしまうだけなのだ。

 

「面と向かってたら相手の心が見えるのか」

 

 そこに、ゲームに参加せず何やら考え込んでいた荼毘……の、かなり離れたところからのつぶやきが差し込まれるが、これには首を振るトガである。

 

「そこまで細かくはわかんないです。わかるのは感情の動きですねぇ。だから、ババ抜きだと特にわかりやすいのです。だって手を伸ばした先にジョーカーがあると、それを意識しないでいられる人なんてほとんどいないでしょ?」

「……なるほどな」

 

 視線を伏せたまま、しかし探るような態度を隠すことなく頷いた荼毘に、トガもまたにこりと笑って応じる。

 

 ほとんどの面々はトガと一緒になって遊んでいるが、荼毘だけ――最初から黒子に徹している黒霧は除く――は参加せず冷徹に、慎重にトガを観察していた。

 彼は他の面々とは異なり、いざとなればすぐに殺せるように控えている。さらに感情の動きが大まかにわかるトガには、試されているように思えた。

 

 とはいえ一応捕虜なので、そうそう無視するわけにもいかない。

 なので、明かしても問題ない範囲は遠慮なく明かしている。たとえば、自分の”個性”を発動するためには対象の血が必要になるため、決して使い勝手がいいものではないということとか。

 

 もちろん、周りを注視しているのはトガのほうも同様である。と言っても、これだけの人間が一堂に会している状況でできることなどほとんどないので、おおむね遊びに徹しているのだが。

 ただそれは、理波を信じているからこそ。だから彼女はリラックスして、普段通りに過ごしていた。

 

 しかし実のところ、それは恋人への無償の信頼だけが理由ではない。

 何せこのヴィラン連合、トガは全員に強い親近感を覚えるのだ。誰も彼もがそれぞれ好き勝手で秩序だったまとまりがなく、おのおのがてんでバラバラにしているように見えるが、その実心の内に垣間見える想いはかなり共通していて、それが自分と似ているから。

 

 だからこそ、この場を居心地がいいと感じている自分がいて……それがトガをリラックスさせるのだ。

 ゆえに彼女は、己の本質はやはり()()()()なのだろうなとなんとなく思った。

 

「はーあ、これじゃ永遠にトガちゃんのワンサイドゲームだわ。ババ抜きはやめましょっか?」

「じゃあ、とりあえずカード集めちゃいますねえ」

「ふざけんな、ここからだろ! で、何する?」

「いやでも、カードゲームの類はアウトじゃないか? なら、人生ゲームとか……」

「あのさぁスピナー……バーにそんなものが置いてあるわけないでしょ」

 

 まあ何はともあれ。トガはすっかりヴィラン連合に馴染んでいた。荼毘以外の人間はあまり警戒するそぶりを見せなかったし、何ならどこまでも友人のようにふるまったからだ。

 

 それはコンプレスの「圧縮」から解放されて以降ずっとであり、この二日間で変わることはなかった。外へ出ることは禁じられているが、それ以外ではかなり自由にさせてもらっている。

 食事もまっとうに三食出た。おやつも出た。しかも昼寝つきである。もちろん、拘束などされるはずもなかった。

 

「盛り上がってるな」

「お、死柄木! お前もやるか?」

「やらない」

「嬉しいこと言うじゃねぇか! つれねぇぞ死柄木!」

 

 と、ここで死柄木弔が戻ってきた。コンプレスに誘われて即断った彼は、相変わらず支離滅裂なトゥワイスの物言いにけらけらと笑った。

 

 彼はそうやってひとしきり笑ったあと、感情を潜めるようにすうっと目を細めながらバーカウンター前の椅子にどっかと座った。そのままカウンターをひじ掛けにして身体を預ける。

 

 と同時に、カウンターの中で飲み物を扱っていた黒霧がテレビの電源を入れた。

 合わされたチャンネルは、雄英高校の謝罪会見。この映像に、全員の視線が集まる。

 

 画面の中では、謝罪を行う根津校長、イレイザーヘッド、ブラドキングに対して、マスメディアがねちねちと責める言葉を連ねていた。

 これを見て、トガは「ああ、勧誘が始まるんだ」と理解した。

 

 弔が画面を見ながらせせら笑う。

 

「不思議なもんだよなぁ……なぜ奴らが責められてる!?」

 

 問題を提起するような発言。しかしその言い方に込められている感情は愉悦であり、心の奥底では本気で言っているわけではない。彼は()()それに気づいていないだろうが。

 

「奴らは少ーし対応がズレてただけだ! 守るのが仕事だから? 誰にだってミスの一つや二つある!」

 

 顔にあてがわれた手の隙間からのぞく瞳は、らんらんと輝いていて。

 

「現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ……トガちゃんよ!」

 

 トランプの束を手の中でいじるトガを、不穏な気配をまき散らしながら見据える。

 

 彼女が何か言う前に、スピナーが弔の言葉を継いだ。

 

「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはヒーローでなくなった。これがステインの教示!」

「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民。俺たちの戦いは『問い』! ヒーローとは、正義とは何か? この社会が本当に正しいのか? 一人一人に考えてもらう! 俺たちはそのつもりだ」

 

 再びスピナーから言葉を継いで、弔はトガを正面から直視する。

 

「君も、色々と抑圧されてた側だろ? 悪いとは思ったけど、調べさせてもらったんだ」

「……君を連れて来るのに強引なやり方をしたのは謝るよ。けどな」

 

 次に言葉を発したのはコンプレスだ。

 

「我々は悪事と呼ばれる行為にいそしむ、ただの暴徒じゃねぇのをわかってくれ。君をさらったのは、たまたまじゃねぇ。ここにいる者はみんな、事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ……苦しんだ。君ならそれをわかってくれると信じてのことなんだよ」

 

 そう言って、彼は連合のメンバーを示すように両手を大きく開いた。

 彼の言葉に異議はないようで、この場にいる全員はそれぞれ覚悟を決めた表情で佇んでいる。

 

 この主張に、トガは……

 

「わかります、とても」

 

 素直にこくりと頷き、

 

「誰も……誰も、私のこと。ホントの私を、見てくれません()()()。お父さんお母さんだって。だからずっと、周りにウソついて生きて()()()。苦しくて、むなしくて……でも、ヒーローはみーんな知らんぷり。誰も救けてくれなくって」

 

 そして、仮面を外した。

 

「私、血が好きです。大好きです。カァイイものを見ると、チウチウしたくなっちゃう。好きな人は特にそうで……ついついかぷってしたくなっちゃうの」

 

 にまりと笑って、犬歯をむき出しにする。口は三日月のようにつり上がり、目はどこか遠いところへ向けられる。

 恐ろしげながらも恍惚として、女の色気にあふれた顔。トガの、理波以外には隠された本質が顔を見せた瞬間だった。

 

 これを見て、連合の中では比較的感性が一般人に近いスピナーやマスタードは軽くおののき、上半身を引いたが……それだけだ。荼毘は「こいつもイカレてるな」と少し嬉しそうである。

 それ以外の面々もみな一様に「やっぱりな」と言いたげに微笑んでおり、弔に至っては嬉しそうに笑っている。

 

 彼らの様子に、トガは嬉しくなった。この人たち()、自分を受け入れてくれるのだと。

 

 同時に、少し寂しくもなる。()()()()()()()()()、自分はきっと……。

 

「やっぱりなぁ。だから同級生を殺そうとしたんだろ?」

「殺すつもりはなかったですよ? ただ血をチウチウしたかっただけなのです。だってあのときは、彼が好きだったんだもん。だからちゃんと許可も取ろうとましたよ? まあ死んじゃうかもって思ってましたけど、別にそれでもいいかなって。逃げられちゃいましたけど。

 ……でも、みんなそれはおかしいって言うのです。異常だって。やめろって言うのですよ。ヘンだよねぇ? だって、()()()()()()()()()()()()。ホント、生きにくい世の中なのです」

「んもう、大丈夫よトガちゃん! あなたは何もおかしくなんかない、あなたは普通の女の子よ! 私が保証するわ!」

「えへへ、ありがとマグ姐」

「そうなんだよ、世間の価値観はガッチガチに凝り固まってて、とかく生きにくい。だからこそ、俺たちは『それだけじゃないよ』と道を示したいのさ」

「……ってことだ。なあ、トガちゃんよぉ。わかるだろ。君はそっち側じゃない。こっち側の人間なんだ。仲間なんだよ、俺たちは」

 

 弔がまた引き継いだ。

 笑う。かすれた笑い声が、小さく響いた。

 

 そして、右手をトガに向けて差し出した。

 

「来いよ。こっちに。一緒に行こう。正義だの平和だの……あやふやなモンでフタをされたこのクソッタレな世界を、みんなでぶっ壊してやろうぜ!」

 

 勧誘。真摯で、友好的で、甘い……悪魔のささやきだった。

 

 トガが嬉しそうに笑う。金色の瞳が、うっとりと弔の目を見つめる。

 

「うん……」

 

 そして彼女はこくりと頷き――

 

「絶対ヤです!」

 

 ――きっぱりと断った。

 




百話以上付き合ってくださった読者の皆さんには、きっと確信をもって予想できたであろう渾身の拒否でした。
やっと「絶対ヤです!」を出せた・・・。

ところで実際のところ描写が少ないので大部分を推測で補ってるんですが、マスタード君って弄り甲斐ありそうじゃないです?
こう・・・なんていうか、わからせが似合いそうって言うか・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.彼女の居場所

「……は?」

 

 死柄木弔は、これでもかと言うほど目を見開いて、正面のトガの顔を呆然と見やった。

 

 無理もない。トガの言動は明らかにヴィラン側のそれで、連合に入ると言っているも同然だったのだ。それがいきなり()()()()()とまで言われて、理解が追いつかなかった。

 

 周囲の面々も同様で、今しがたトガが口にした言葉の意味がわからず……それどころか、その発言自体あったのかどうかを疑うほどである。

 この場の全員が沈黙してしぃんとする室内に、テレビから流れる謝罪会見の音だけがむなしくこだましていた。

 

 だが、トガはこれらを気にしない。あっけらかんと口を開く。いっそ場違いなほどに、楽しそうな声が発された。

 

「みんなのこと、好きですよ。だって、誰も私のことおかしいって言わなかったのです。普通だって、思ってくれてるのです。だからウキウキしました。ウキウキトガです。嬉しい。最初からこんなに気の合う人と会ったの、初めてです」

「は……」

 

 その態度がやはり拒否とは結び付かなくて、弔はほとんど反応もできないままでいる。

 

 しかし、やはりトガは彼らの心境など気にしない。

 

「一度にたくさんお友達ができて、トガは幸せなのです。この二日間、とってもとーっても楽しかった!」

 

 嬉しい、幸せ、楽しい。友愛に満ちた言葉がためらうことなく放たれる。

 

 本音だ。本当に心の底から、トガはそう思っている。彼女は思ってもいないことは口にしないのだ。

 

 そう、彼女は本気で、ヴィラン連合と一緒にいて楽しかったと思っている。この場所が、心地いいと思っている。ここにずっといられるなら、きっともっと楽しいだろう、とも。

 

 何せ自分でも驚くくらい、しっくりきているのだ。まるで心の友であるかのように、気の合うものたちの集まり。それはまるで、最初から自分のために用意された居場所なのではないかと思うほどに心地よく、間違いなく理波の隣に比肩する。そう思うほどに、トガはヴィラン連合の面々が気に入っていた。

 だから自然、笑顔が浮かぶ。にんまりと、口元が三日月を描いて犬歯が露わになる。

 

 けれども。

 

 ああ、けれども、答えは否である。どこまでも否である。

 

「でも私、一番の居場所がもうあるのです。絶対絶対、離れたくない場所があるのです。だから、みんなとは一緒に行けないのです」

 

 なぜなら、既に彼女の中で答えは出ているのだ。それも、もう一年以上も前に。

 

「ごめんねぇ、弔くん。せっかく誘ってくれたのに、ごめんねぇ」

 

 それでも、連合に集まったものたちの心情は、おおむね理解できてしまったがために。

 

 きっと理波に出会っていなかったら、自分からここに来ていただろうと確信できてしまったがために、彼女は申し訳なさそうに眉をへにょりとハの字に歪めて謝罪の言葉を口にする。

 

「私、()()()()()()()()()()()()()()()()()と添い遂げるって、もう決めてるのです。お友達がなんて言っても、そこだけはもう絶対絶対、ぜーったい、変わらないのです。だから」

 

 ――ごめんねぇ。

 

 トガはもう一度、謝ると。

 嘘偽りのない悲しい笑みを浮かべて、弔にぺこりと頭を下げた。

 彼女のそんな姿に、ヴィラン連合はやはり誰も反応できない。

 

 ……弔はヴィラン連合というあり方を、ヴィランという生き方を、全面的に否定される形で拒否されることは想定していた。ヒーロー志望の人間を勧誘するのだ、それくらいはあるだろうと思っていた。その場合にどう対応するかも、決めてあった。

 逆に、全面的に受け入れられることも想定していた。葛藤しながらも受け入れられることも、まあ想定内である。それくらい、今回の作戦は上手く行ったと思っていた。

 

 だがしかし、である。

 ここまであからさまな好意を持たれて、ここまではっきりとした理解を得られて、なお拒否されることは想定していなかった。

 

 なぜって、連合のことをここまで好意的に見ることができるようなヴィラン気質の人間が、それでもなおヴィランになることを断固拒むなどあるはずがないと思っていたのだ。死柄木弔という男が、決して長くはない人生の中で見てきた人間の中に、そんなものは一人だっていなかったから。

 だから、そんなことができる人間など、いるはずがないと思っていた。

 

 だってそんな、それではまるで、ヒーローではないか!

 

 思考が乱れる。怒りがむくむくと鎌首をもたげ、弔の心を支配し始める。

 だがそれをなんとか押し込めながら、彼は掠れた声を上げた。

 

「なん……っでだよ……!? 生きにくいだけだろうが、こんな社会……! なんでそんなところにこだわる……!? なんで……ッ!」

 

 顔を上げたトガは、そんな弔に笑いかける。どこか困ったような……しかし先程までの笑みとは明らかに異なる笑み。

 

 ずっと手にしていたトランプの束を、後ろで()()()()()()()()()()()彼女は、蕩けた顔で笑いかけたのだ。

 

 端的に言って、それは――

 

「ホントですよね。生きにくいです。生きやすい世の中になってほしいものです。……でも、いいんだ。別にいいの。だーい好きな人の隣にいれたら、それだけで。()()()()()()とずっと一緒にいれれば……この先ずぅっと生きにくくっても、それがトガにとっていっちばんおっきな幸せなのです」

 

 ――愛に生きる女の顔だった。

 

「……ッ!!」

 

 いっそ砕けろとでも言うかのように歯をかみしめて、弔の怒りは限界に達する。

 だが、彼はそれを制御下に抑えようと努めた。怒りのままに当たり散らすのは妹分のやることだと、あんな無様な姿を見せてなるものかと、必死に少ない冷静な部分を総動員して。

 

 沈黙が流れる。つけっぱなしのテレビに映る記者会見から、トガの傷害疑惑を持ち出して攻撃的に質問を繰り返すマスコミを、警察庁の発表を盾……いや剣にしたイレイザーヘッドの冷たい言葉が流れてきた。

 

「あなたは愛に殉じる道を選んだのね。……ふふ、いいんじゃなぁい? これぞ女の本懐だわ」

 

 そんな中、最初に口を開いたのはマグネだった。彼の口調、顔、目はいずれも凪いでいて、どことなく羨ましそうな色を帯びていた。

 

 彼にこくりと頷くトガは悪びれることなく、むしろ誇るよう。

 

 だが次いで口を開いた荼毘とマスタードは、辛辣だった。

 

「いや……バカだろ」

「まったくだよ……何考えてんの? その気がないならさぁ、乗るフリでもしとけばいいのに」

「いやぁ、俺はアリだと思うぜ? 彼女はどうやら、道を選ばされたわけじゃないらしい。自分の意思で、ヴィランの道を()()()んだよ。今の若い子にしちゃなかなかどうして立派じゃないか」

 

 これをなだめたのは、ミスターコンプレス。誰にも言っていない、誰も追求しないが、彼もまた内に秘めた己の理想に邁進する男だ。抱く想いの形は違えど、方向は違えど、種類は違えど……だからこそ、トガのそれを理解できた。

 

 そしてそんな仲間の会話を聞き流しながら、弔はなんとか話を続けられるくらいには冷静さを取り戻すことに成功した。

 それでも苛立ちは隠せず、彼は爪を立てて首筋をがりがりとかきむしる。

 

「クソ……! クソ……ッ、クソッ、シミュレーションゲームって難しいなぁ……! わかり合えたのに拒否られるとか、クソゲーじゃないか……!」

 

 彼の様子に、これまでひたすらに静観を貫いていた黒霧が慮るように視線を向ける。

 

 だが苛立っていても、弔はしっかり思考を回せていた。彼はもう、四月当初の彼ではない。

 

 そう、彼も成長している。彼もまた、一人の生徒なのだ。

 

「……チッ! 仕方ない。ヒーローたちも調査を進めてるって言ってたしな……時間制限付きのシミュレーションゲームはここまでだ」

 

 そして今、彼はまた一つ成長した。

 己の手に余る事態が起きたとき、己ではどうすることもできない状況に陥ったとき。自らの力不足を素直に受け入れ、仲間に、先生に、頼ることを選べるほどに。

 

「……先生。力を貸せ」

 

 そんな彼の呼びかけに応じて、部屋の隅に置かれていたディスプレイから反応が飛んでくる。

 

 サウンドオンリー、と表示された画面から男の声が響き渡る。低い、低い、しかし蠱惑的な魅力をたたえた声。

 

『……良い、判断だよ。死柄木弔』

 

 これを聞いて、トガは今こそ潮時だと判断した。

 

 フォースがさざめく。共鳴する。刹那、距離は一切の意味を失い、するりと()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は()()を、強く握りしめた。

 

「お前ら……とりあえず、そいつは拘束しておけ。こうなったら何が何でもこっちに来てもらうからな……!」

「トゥワイス、やれ」

「はァ俺!? 嫌だし!」

「……と言いつつやるのか……」

 

 荼毘の投げやりな言葉にトゥワイスがすんなり従い、スピナーがどこか疲れたような声を出す。

 

 そうして、拘束具を手にしたトゥワイスがトガの前に来た。

 

「ごめんなトガちゃん……俺は悪くねぇ!」

「うん、わかってるよ仁くん」

 

 ――だから、そんな彼にトガはにっこりと笑いかけると。

 

「悪いのは……きっと、トガのほうなので」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 いつの間にか、後ろ手に持っていたトランプの束は消えていた。

 

「……え?」

「は?」

「えっ」

「な……」

「お?」

「アウチッ!?」

 

 橙色の輝きが閃く。特有の音を響かせながら、力強い一撃がトゥワイスの手を打ち据え、拘束具を手放させた。

 

 ひらり、ひらりと刃が躍る。ゆらり、ゆらりとトガの身体が揺れる。

 

 しかし直後に身体が沈み、刃は後ろへ、空いた左手は人差し指と中指を立てて前へ。

 

 ソレス。守りを重視する、ライトセーバーの型。その基本の形に身構えた。

 

「ごめんね! ちゃんと受け身してね仁くんっ!」

「でええぇぇっ!?」

 

 そして、トゥワイスへフォースプッシュがかけられる。彼の身体はなすすべもなく吹き飛んでいき、酒瓶が並ぶ棚へと激突した。

 

「バカな!? 一体どこから武器を!?」

「言ってる場合じゃないわよスピナー!」

「へぇ……あれがライトセーバーか……」

「荼毘は分析してる場合じゃないだろ!?」

「お前もな、マスタード!」

 

 そうして、連合の全員が戦闘態勢へ移行した。

 

 が。

 

「SMAAAAASHッ!!」

「今度はなんだぁ!?」

 

 次の瞬間壁が吹き飛び、原色のコスチュームを身にまとった巨漢がダイナミックに突入してきた。

 彼によって砕かれた壁だったものたちが、勢い任せに周辺に吹き荒れる。その様はさながら弾幕のよう。

 

 しかも、その一部はトガが次々にライトセーバーではじき飛ばしたことで、完全な不意打ちとして数人の鳩尾に叩き込まれた。中でも、慌ててガスマスクを着用しようとしていたマスタードは防御を失念していたのだろう。気絶してしまった。

 

「黒霧! ゲート……」

 

 それでも弔はなんとか動き、指示を出そうとするが……。

 

「先制必縛――ウルシ鎖牢!!」

 

 巨漢……オールマイトに続いて突入してきたシンリンカムイの必殺技によって、全員の身体が拘束される。

 

 彼の技は……というより身体は、木だ。ゆえに、炎を生み出せる荼毘がすぐさま燃やそうとした。

 

「逸んなよ。大人しくしといた方が……身のためだぜ」

「がッ!?」

 

 だがこれも、阻止された。文字通り目にもとまらぬ速度で突入してきたグラントリノが、その速度のまま荼毘の頭に強烈な蹴りを見舞ったのである。

 これにより、荼毘もまたこうべを垂れて沈黙した。二人目のノックアウトだ。

 

「さすが若手実力派だ、シンリンカムイ! そして目にもとまらぬ古豪グラントリノ!」

 

 一瞬の攻防を見極め、オールマイトが立ちあがる。全身に力を込めて、立ちはだかる形で。

 

「もう逃げられんぞ、ヴィラン連合……何故って!? 我々が――来た!!」

 

 最強が、仲間を引き連れてやって来た。

 




ボクはシークウェルトリロジー(EP7~9)については思うところがある口なのですが、それはそれとして見どころがないわけではないとも思っています。
というか、一瞬一瞬のワンカットであればプリクウェルやオリジナルにも匹敵するところはかなり多いんじゃないかなーくらいには、見ていて感心しました。
個人的にはベンとレイの遠距離セーバー手渡しはまさにその筆頭だと思っていて、フォースという不思議な、しかし過去六つの作品によって描写されつくして神秘性を失いかけていた能力が、再び神秘のベールが包まれた名シーンだと思うのですよ。
これはボクも書きたいと思っていたのでようやく書きたかったシーンの一つに辿り着けて嬉しいです。
・・・まあ、だからといってボクのシークウェルに対する評価が劇的に回復するわけではないんですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.オールフォーワン

 ライトセーバーの手渡しがうまくいって、何よりだ。代わりに受け取ったトランプの束を、押収品として手近な警察官に渡しておく。

 

 しかしまあ、相変わらず派手な男だ。ヴィラン連合の拠点に突入したオールマイトの姿を遠目に眺めながら、私はそう思った。

 それでいて、破壊は最小限に留めているのだからとんでもない。全力を出したら、あのビルとて即座に消滅するだろうに。ワンフォーオールとはつくづく、個人に持たせていい力ではない。

 

 もちろん、そんな人物が味方にいることの安心感は大きい。それは間違いない。

 しかし、だからこその気の緩み、たった一人にすべてがかかっているということは問題だ。

 まったく、神ならぬ人の身で神話など作るものではない。私の周囲にいる警察官の大半が、既に勝った気でいるではないか。まだまったく終わっていないというのに。

 

 私はひっそりとため息をつきながら、遠くの様子を注視し続ける。

 

 双眼鏡を取り出し改めて様子を窺うに、どうやらあそこにオールフォーワンとやらはまだ来ていないらしい。カサネもだ。

 

 しかし、ヴィラン連合は詰み直前である。シンリンカムイの技で全員が拘束されており、ヒミコとグラントリノによって二人が気絶させられた。

 おまけに、彼らの兵器である脳無はベストジーニストが率いる別働隊によって、ほぼ回収されているはずだ。実際、レンズの向こうではシガラキ・トムラは愕然としている。クロギリも……まあ彼の場合、見た目ではわかりづらいが。

 

 ともかく、彼らが出そうとしても脳無は出てこない。これ以上の増援はほぼない状態で、できることはない。

 

 ……のだが。

 

 フォースが私に訴えかけている。まだ終わりではないと。

 

 ということは、恐らくここからオールフォーワンが出てくるのだろう。どう出てくるかはわからないが、そこは間違いないはず。

 だからこそ、私はずっと一連の流れを注視していたのだが……。

 

「……! 敵が出てくるぞ! 構えろ!」

「は?」

 

 フォースが危機を伝えてくる。だから声を張り上げたのだが、誰もついてこない。

 実績のない私の言葉に説得力がないからか、単に突然だったからか。……まあ、両方か。

 

 しかし、もう遅い。突如として虚空に黒い液体が現れたかと思うと、その中から脳無が出現したのである。

 それも、何体も。

 

 場所も悪い。大勢がひしめいているところに現れたため、出現と同時に早速被害者が出たのだ。大急ぎでフォースを駆使し、引き剥がしたが……数が数だ。間に合わないところはどうしても出てくる。

 

「やってくれるな……さすがに黒幕なだけはあ……、ッ!?」

 

 何はともあれセーバーを抜き、私は戦闘態勢に入った……のであるが。

 

 遠い視線の先。ビルの中で、ヒミコの口から黒い液体が湧き出し、彼女の身体が液体の中へ消えていこうとしているのを見て、目を疑った。

 

 彼女自身が抵抗を試みているのはもちろんのこと、すぐ近くにいたオールマイトが引っ張り出そうとするが、まったく効果がないようだ。ヒミコの身体が、どんどん見えなくなっていく。

 

 オールマイトの力でもどうにもならないということは、恐らくクロギリのそれとは異なり、対象のみに直接影響する力なのだろう。

 

 であれば……。

 

『ヒミコ! 私に変身しろ!』

 

 私は大急ぎでテレパシーを飛ばした。

 

 するとこれに応じて、ヒミコの身体が一瞬にして私に変じた。普段から私に変身しているからこその早業だ。

 

 わずかな間を置き、彼女の身体は見えなくなったが……彼女の変身と同時に、体内から何かが迫り上がってくる特有の嫌悪感が生じて私は口を開けた。

 

 すぐさま、そこから黒い液体が吹き出す。先ほどのヒミコと同様に。

 

 出てきた液体は独特の臭気を持っており、不快だ。しかし私はこれに一切対抗することなく、身を委ねた。周りからは、私をどうにかして助けようと人もの警察官が寄ってくるが……無駄だ。オールマイトですら無理だったのだからな。

 

 何より、これは作戦通りなのだ。だからこのままでいい。

 

「私のことは気にしなくていい!」

 

 だから私はそう叫び……そのまま私の身体はすっぽりと液体に飲み込まれた。

 直後に、私を呼ぶ声が聞こえなくなる。それを含めた様々な要素から、異なる場所へ転移したのだと認識する。

 

 そうして、ほどなくして黒い液体から解放された私が見たものは……まず、何かにえぐり取られたような地形。その向こうで倒壊している建物。その周辺で倒れ伏したヒーローや警察官たち。

 

 咄嗟の思いつきだったが、どうやら私はヒミコと共に転移することに成功したらしい。

 

「……おや? おかしいな、僕が呼び寄せたのはトガくんだけのはずだが……ああ、なるほど? 転送中に変身した結果、混線でもしたのかな。変身先も対象に含まれてしまったんだね。これは要検証だな」

 

 そんな私たちのすぐ近くで、カサネを従え佇む黒い人影があった。

 黒く、非常に仕立てのいいビジネススーツを身にまとい、黒い大仰な機械で頭部を覆った男。

 

 考えるまでもない。フォースで探る必要もない。

 

 なるほど。つまりこの男が、

 

「……オールフォーワンだな?」

「おや、どうやら名乗る必要はないようだね?」

 

 不気味で、強烈な威圧感がひしひしと身体を圧倒する……が、この程度ならどうということはない。

 シスの暗黒卿、ダース・ヴェイダーのほうがよほど恐ろしいぞ。何せ私は首を刎ね飛ばされた。

 

「こちらこそ、名乗る必要はないようで何よりだ」

 

 ともかくオールフォーワンの問いかけに答えつつ、口の中に残っていた液体をすべて吐き出す。

 

 そんな私の隣に、元の姿に戻ったヒミコが並んだ。彼女は「くさい……」と渋い顔をしながら口や鼻の周りを袖口でこすっている。

 

「まあ、君はともかく……トガくんには悪かったね」

「ふぇ?」

 

 悪いとは欠片も思っていない様子で、オールフォーワンが言う。

 一方のヒミコは、悪いことをされた感覚がないようできょとんとした。

 そんな様子を、カサネがイライラした様子で眺めている。既に身体は赤い光で覆われている。

 

 と、カサネ以外は奇妙に穏やかな我々の背後で、複数の水音がした。それに伴う形で、まるで溺れているかのようなうめき声が聞こえてきた辺り、連合のメンバーが全員ここに転送されてきたのだろう。まったく、本当に”個性”は理不尽だ。

 

「また失敗したね、弔。でも決してめげてはいけないよ」

 

 そんな私たちの後ろに顔を向けたオールフォーワンが、諭すように言う。

 さながらシスの暗黒卿が、人を引きずり込むような甘く優しい声で。

 

「またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した」

 

 彼はそこで、ヒミコをちらりと一瞥した。……と思う。何せ顔を覆う機械のせいで、視線がわからない。

 

「この子もね。君が『こちらに引き込める人材』だと考え、判断したからだ。いくらでもやり直せ、そのために(先生)がいるんだよ。すべては君のためにある」

 

 その言葉を聞きながら、なるほどこれは先生だと思う。暗黒面の深みにいる人間だからか、その思考はほとんど読めないが……しかし弔を教え、導こうとしていることは間違いないだろう。

 

 ……とはいえ、恐らくただ育てるだけではないだろう。この手の人間の「育てる」は、単純に人間としての成長を促すためのものではない。手駒を増やすためのものであることが一般的だ。オールフォーワンも、単純に子供としてトムラを育てているとは考えづらい。

 

 それを考えると、育てた弟子が師を殺すことで代替わりとするシスの仕組みは少々特殊な気もするが……まあ今は置いておこう。

 

 ひとまず今一番の問題は、かなり近いところにあるミドリヤたちの気配だな。彼の他にはウララカ、ハガクレ、ヤオヨロズ……それにミネタか。一体こんなところで何をしているんだ……。

 

 ともかく、この場所をオールマイトに伝え……るまでもなく、もう来ているか。さすがはナンバーワンと言ったところだな。

 

「やはり……来ているな」

 

 オールフォーワンがつぶやく。

 

 と同時に、空からオールマイトが降ってくる。凄まじい気迫と、実際の圧力を伴いながら、両の拳を鋭くオールフォーワンに叩きつけた。

 

「すべて返してもらうぞ、オールフォーワン!」

 

 だがオールフォーワンは、これをこともなげに受け止める。

 

「また僕を殺すか、オールマイト」

 

 返された言葉もまた、穏やかなもので。

 

 しかし、オールマイトの力が伝わったのだろう。オールフォーワンの立っていた地面が半径数メートルに及んで陥没した。

 直後、激しい破裂音を響かせながら……しかし両者無傷のまま、オールマイトとオールフォーワンは一旦距離を取り、少し離れた場所に着地してにらみ合う。

 

 だがそれだけではない。両者の攻防は衝撃を伴って周囲に吹き荒れ、この場にいる全員の身体を吹き飛ばした。

 

「バーからここまで五キロ余り……僕が脳無を送り、優に三十秒は経過しての到着……衰えたね、オールマイト」

「貴様こそ……何だその工業地帯のようなマスクは!? だいぶ無理しているんじゃあないか!?」

 

 煽り合う二人。

 

 だがその途中、オールマイトは私の姿を見つけて目を丸くした。気持ちはわかる。

 

「オールマイト、私のことはお気になさらず。思いっきりやってください」

「! ……六年前と同じ過ちは犯さん。オールフォーワン、私は二人を取り戻す! そして貴様は今度こそ刑務所にぶち込む! 貴様の操るヴィラン連合諸共!」

 

 私に頷きで応じたオールマイトは、気を取り直して拳を振りかぶりながら一気に前へ出る。

 常人であれば、それだけで戦意を失ってもおかしくない。それほどの気迫が込められた突撃だった。

 

 しかしオールフォーワンは小揺るぎもせず、左手を軽く前に掲げた。すると、その腕が一気に肥大化する。

 

「それは……やることが多くて大変だな。お互いに」

 

 咄嗟に、私は全力のフォースプルをオールマイトにかけた。

 

 直後である。前に突き出されたオールフォーワンの手のひらから、筆舌に尽くしがたい威力の衝撃が放たれた。

 一瞬にして、彼から直線上に存在するものが崩壊した。建物は粉々になりながら、吹き飛ばされていく。

 

 オールマイトはかろうじてフォースプルが間に合い、そこに巻き込まれることはなかったが……そもそもそんな衝撃が放たれた場所周辺が無事であるはずもなく、私たちもまた軽く吹き飛ばされてしまう。いずれにせよ、もし直撃を受けていたらと思うとぞっとする話だ。

 

「『空気を押し出す』+『筋骨発条化』『瞬発力』×4『膂力増強』×3」

 

 いまだ衝撃の余韻が吹き荒れる中、オールフォーワンが楽しそうにつぶやく。

 

「この組み合わせは楽しいな……増強系をもう少し足すか……」

 

 いや、実際楽しいのだろう。無邪気な声色だ。

 

 だがその口ぶりに反して、その内容……なるほど、なるほど。彼のことが少しわかってきた。

 

「――ッ、すまないアヴタス、助かった!」

「いえ。しかしオールマイト、これは……あの男、まさか”個性”を複数持ち、しかも複合して使えるのですか?」

「……その通りだ。このことは内密に頼むが、まさにそうだ!」

 

 やはりそうか。

 

 そして態勢を整えたオールマイトの表情や内心から言って、オールフォーワンはまさに因縁の相手なのだろう。六年前、と言っていたし……何度もやり合った間柄ということか。

 

「それにしても……」

 

 と、ここでオールフォーワンが私を向いた。

 

「……いまだ十歳にもかかわらず、とっさの機転、判断力、そして実力……どれを取っても、既に上位のプロヒーローに匹敵するね。せっかくあっさり引退してラッキーと思っていたのに、バンコも厄介な後継を用意してくれたものだ」

 

 先ほどまでの楽し気な声から一転して、少々不機嫌な声だった。

 

「君は邪魔だな……。”個性”は()()()が……それよりもオールマイトを超える宣言といい、弔にとって最大の障壁になりかねない。ここで排除しておかないとまずそうだ」

「させん!」

「! オールマイト、お待ちを! 挑発です!」

 

 彼がそう言うと同時に、オールマイトが私をかばうように躍り出た。至近距離での殴り合いが始まる。

 

 が、それだけではなかった。

 

「先生の邪魔をするなぁっ!」

「……!」

 

 オールマイトが前に出たタイミングで、これまでずっとオールフォーワンの後ろに控えていたカサネが剣を振りかぶって襲い掛かってきたのだ。

 振り下ろされる刃にライトセーバーを合わせ、一度弾き飛ばす。しかしカサネはすぐさま態勢を整え攻撃してくる。

 

 さらに言えば、ヒミコには連合のメンバーが襲い掛かった。完全に分断されてしまった。やはり、先ほどの物言いはこれを狙ってのことか。狡猾な男だ。

 この状況に持ち込まれてしまった以上、オールマイトを手伝うことは難しい。そしてそうなったとき、オールフォーワンがどうするかなど簡単に想像がつく。

 

「ぐぅっ!?」

 

 その想像通りに、オールマイトが吹き飛ばされた。先ほどと同様……いや、あるいはもっと高威力の衝撃が、彼を吹き飛ばしたのである。

 

 余波の暴風が吹き荒れる中、オールフォーワンは次いで私に身体を向けた。その腕が、先ほどのように肥大化する。

 

「……ッ!」

 

 仕方なく、私は全力で跳躍した。その真下を、強烈な衝撃が通り過ぎていく。

 私の小さくて軽い身体はその余波に煽られて、さらに上空へと吹き飛ばされていく。

 

「よし。さあ弔、ここは逃げなさい。その子を連れてね」

 

 オールフォーワンの声が響く。大声でもないのに、不思議と通りがいい。

 

 彼の指の形が変わる。黒を帯びた、アクレイ(惑星ヴェンダグサに住む水陸両生の猛獣。第一次ジオノーシスの戦い*1で、マスター・ケノービが戦った)のかぎ爪のような形にだ。

 その指がさらに伸びて、倒れていたクロギリの身体に複数突き刺さる。すると直後、彼の身体が”個性”を起動した。黒い靄が大きく展開される。

 

「”個性”を強制発動させる類のものか……!? させない!」

 

 身体を翻し、高速の立体機動で妨害すべく突撃するが……その前にカサネが立ちはだかる。

 

「逃がさん!!」

 

 ほぼ同時にオールマイトも戦線に戻ってくるが、彼にはオールフォーワンが立ちはだかる。

 

 彼に合わせる形で目まぐるしく飛び回り、カサネを振り切ろうとするが……振り切れない。カサネの身体が、私の眼前に何度も瞬間移動するのだ。

 

 高速移動ではない。彼女の気配が、フォースが、不自然に途切れて目の前に現れるのだ。

 

「行かせない……よッ!」

「むう……!」

 

 横薙ぎの一閃を防ぎつつ、一旦距離を取って考える。

 

 カサネの”個性”は、怒りを力に変える「憤怒」のはず。バクゴーはそれとは別に、脳無のように超再生する”個性”も持っていたと言っていたが……またさらに別の?

 まさか……。

 

「……オールフォーワンは他人に”個性”を与えることができるのか……!」

 

 その”個性”はどこから持ってくる? まさか……先ほどやつは「欲しい」と言ったな。ということは、他人から奪うのか!?

 

 でたらめすぎる……! そんな反則そのものな”個性”が存在していいのか!?

 

「おりゃあぁぁっ!」

 

 だが私のつぶやきを無視して、カサネが凄まじい速度で襲い掛かってくる。彼女が今全力の何割くらいの強さで”個性”を使っているかはわからないが、もはや単純な身体能力はいまだ無強化の私を優に上回っているだろう。

 猛烈な連続攻撃に対してソレスで何合か刃を交わすが、次第次第に私の身体は押されていく。

 

「コトちゃん!」

「問題ない! 大丈夫だ、君は君の安全を第一に考えろ!」

 

 それに伴って、ヒミコからも離されていく。私をヒミコから引き離し、強引にでも彼女を連れていくつもりなのだろう。

 

 何せオールマイトはオールフォーワンに、私はカサネによって足止めされている。いくらヒミコが並みのヒーロー志望より強いとはいえ、数の暴力を前にしては不利だ。

 囲まれると同時にもう一度私に変身して対峙しているから大丈夫だろうが、ここまで来て引き離されるなど受け入れがたい。

 

「問題ない……だぁ……!? 舐めてんのかこのクソチビがあぁぁっっ!!」

 

 だが、どうやら私はカサネの逆鱗に触れたらしい。赤い光が勢いを増し、しかしすぐさま身体に吸い込まれて消えていく。

 ”個性”の出力が上がった。彼女にもそういうプライドはあるらしい。

 

 だがさせるものか。ヒミコは私が守る! 誰にも渡さない!

 

「全能力――増幅!」

 

 ゆえに、私は切り札を切った。

 

*1
原作スターウォーズのエピソード2「クローンの攻撃」で終盤に起きた戦闘




本編中に解説する機会が来るかどうか、ちょっと自信ないのでここで書きますが。

襲に与えられた三つ目の個性は、AFOが使っている「転送」の素材になったものの一つ(の、複製個性)という設定。
AFOはあの黒い液体を使う液体を披露したとき「まだ出来たて」と言っているので、わりと直前まで個性をこねこねしてたんだろうという予測による展開です。
そして襲が複数の個性を受け入れることができているのは、EP4の最後の話でルクセリアが語った通り、肉体を色々と改造されているから。

・・・個性三つに加えてフォース持ち、というのはいかにもバランスブレイカーっぽいけど、原作には無改造で合計7つもの個性を持つ化け物がいるんだから原作のほうがどうかしてると思う。
というか、ヴィランアカデミア編辺りから兆候はあったとはいえ、全面戦争編のインフレ速度おかしくないすか?w


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.手を

 オールフォーワンが現れてからというもの。

 緑谷たちは何もできないまま、状況を窺うしかできなかった。それほどの威圧感、それほどの恐怖をまき散らしていたのだ。

 

 だが、それもオールマイトが現れてからは収まっていた。ただそこにいるだけで、人々を鼓舞する存在。それこそがナンバーワン、それこそが平和の象徴オールマイトなのだ。

 しかしその安堵も、空前絶後の戦いが始まってからはしぼんでしまった。

 

 何せ敵は、あのオールマイトをものともしない。なぜかここにいる理波にも強い敵が取りついていて、押してはいるが倒すにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 そして、もう一人の理波……変身したトガが、複数のヴィランを相手に苦戦を強いられている。

 

 この状況で、戦うことが許されない。それが何よりも悔しくて。

 

 それでも、緑谷は考えることをやめなかった。今の自分たちにできることを考え、それをどう生かすか。ありとあらゆることを考え続けた。

 

 そして、彼は一つの答えを導き出す。

 案の定、友達を引き戻すどころか自分から積極的に動こうとしていることに内心で苦笑しながら、八百万に一度止められかけながらも、その答えを開陳した。

 

 四人はこれを受け、答えを出す。数秒の葛藤ののち、全員が「やろう」という答えを出した。

 かくして五人は動き出す。

 

 まず、葉隠を中心にして全員がその身体をつかむ。そうして葉隠が軽く念じると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 

「は、葉隠さん、こんなことができたのですね……!?」

「ううん、できなかったよ。でもね、トガちゃんがさらわれたあとから、できるようになったんだ」

「……! 成長、したんだ……!」

 

 緑谷が言う。”個性”はふとしたことをきっかけに、成長することがあると。

 彼の言葉に、全員が納得した。そんなきっかけなど、心当たりがありすぎた。

 

 そして、もう一人。

 

「……オイラもだ」

「峰田くんも……!?」

「おう。オイラの『もぎもぎ』、くっつかないのオイラだけだったんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っぽい……」

 

 今んとこ選べるのは一つだけっぽいけど、と付け足した峰田だが、その()()はとんでもないことだった。

 

 元々ヒーローオタクで、”個性”についても知識が深い緑谷は、こんな状況ではあるが素直に感動した。そして称賛する。彼にとって、どんな”個性”も素晴らしいものだが……それをさらに成長させることができたということは、この上なく素晴らしいことなのだ。

 

 何より、選択肢が広がる。これなら。

 

「これなら行けるよ……!」

 

 そうして彼らは姿を隠して、高所へと移動した。

 戦場を俯瞰できる場所だ。オールフォーワンと激しくぶつかり合うオールマイト、瞬間移動を繰り返す襲を相手に押している理波、ヴィラン連合に囲まれながらも理波に変身することで持ちこたえているトガの姿がよく見える。

 

 この一角に、緑谷は峰田の”個性”を設置させた。「もぎもぎ」を等間隔に張りつけたのである。

 

 さらに、八百万はかつて理波からもらった設計図を基に、銀河共和国仕様のアンカーフックを二つ創造。念のためにと麗日と葉隠に渡す。

 

 そしてこれを装備した麗日は、自身と葉隠に「無重力(ゼログラビティ)」を施す。重力のくびきから一時的に解放された二人は、しっかりと組み合って。

 

 最後に、その二人の身体を緑谷がつかんだ。

 普段なら、きっと女性に直接触れるということで挙動不審になっただろう。しかし今はそんなことを言っている場合ではなく、考えている場合でもない。

 

 ゆえに、緑谷はためらわなかった。

 

「……麗日さん、葉隠さん。行くよ?」

 

 彼の問いかけに、二人が頷く。

 

「お二人とも……どうかお気をつけて」

「オッケーまっかせて! 絶対助けてくるから!」

「うん! 思いっきりやっちゃってデクくん!」

 

 そして。

 

 ――ワンフォーオール・フルカウル、()%!

 

 緑谷の身体を、いかずちのような緑色の光が覆う。

 ぐん、と全身に力が込められる。

 

 ――SMAAAAASH!!

 

 隠密ゆえに、直接声は出さなかったが。しかし心の中ではお決まりの掛け声を乗せて、緑谷は組んだ麗日と葉隠を思い切り投げ飛ばした。

 

 その先は、峰田が設置したもぎもぎ。

 このもぎもぎは、峰田によって葉隠がくっつく効果の対象外になっている。

 

 効果の対象外になっているもぎもぎが、何を引き起こすか?

 答えは――反発。さながらトランポリンのように、「もぎもぎ」は葉隠……と、彼女に組み付いた麗日の身体を、目にもとまらぬ勢いで弾き飛ばしたのだ。

 

 そうして二人の身体は虚空を切り裂き、戦場の上を通過する。

 

 この気配を、フォースユーザーの三人は敏感に感じ取った。

 

 と同時に、まず理波が動く。上空に目を向けた襲が瞬間移動することを防ぐべく、シエンのフォームで猛然と攻撃を加えた。

 上を見る余裕など一切与えない、苛烈な攻撃。これに盛大な舌打ちを漏らした襲はただでさえ押されていたところを、もはや後ろに下がり続けることしかできなくなる。

 

 このタイミングで、麗日と葉隠の身体はちょうどトガの真上に到達していた。

 そして、二人は。

 

「被身子ちゃん!!」「トガちゃん!!」

 

 同時に声を張り上げながら、手を差し出した。

 

「うん!」

 

 これを受けて、トガは理波の身体で心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 笑って、フォースと「増幅」を組み合わせて地面を蹴る。

 

 蹴って、跳んで、飛んで。

 

 二人の手を、取った。

 

「何ィィィ!?」

 

 驚いたスピナーが声を上げる。

 

 それをよそに、トガは理波の顔でにっこりと笑い続ける。彼女の身体を、麗日と葉隠が抱きしめる。

 

 トガの身体に、すぐさま「無重力(ゼログラビティ)」が施される。次いで、葉隠が触れているすべてのものに「透明」が伝播し、三人が視覚的に消えた。

 

「よかった! 無事でよかった……!」

「ホントだよ……! 心配したんだから……!」

「ごっめぇーん! でも、ありがとう!」

 

 見えないけれど、もう一度にこりと笑うトガ。

 

「逃がすな! 遠距離攻撃できるやつは!?」

「荼毘に黒霧! 両方ダウン!」

「私一応飛ばせるけど……どこに行ったかわからないわ!」

 

 連合も黙ってはいない。いないが、透明になってしまった三人を見つけることができず、右往左往している。

 

 さらに。

 

「ん~……っ、ばーん!」

 

 理波に変身したままのトガがそちらに手を伸ばせば、連合メンバーの間に激しい空気爆発が起こった。

 

「ぬわあああ!?」

 

 これによって吹き飛ばされるコンプレス、スピナー、マグネ。

 

 だが彼らの不幸はこれに留まらない。この瞬間、到着したグラントリノの攻撃が見舞われたのである。

 気絶する三人。これで、トガを追いかけることができるものはいなくなった。

 

 ゆえに。

 

「よーっし、お茶子ちゃん、透ちゃん! 飛ばしますよぉ!」

「えっ!? ちょ、トガちゃん待ってよ!」

「そうだよ! 理波ちゃんがまだ……」

「コトちゃんは残るって言ってます。許可もらってるんだって」

「えぇ……マジ……!?」

「どうやって許可もらったんやろ……」

「そういうわけなので……私たちだけでも。ね?」

「んー……納得はできないけど……」

「そやね……仕方ない、か」

「ですです。コトちゃんなら絶対大丈夫だもん。……なので、二人ともしっかり捕まっててくださいね!」

「「……うん!」」

 

 トガは理波の立体機動を駆使して、二人ともども戦場から離れていく。

 

 去り際に、彼女はちらりと理波を見た。

 理波は透明なはずのトガをまっすぐ見据えて、にんまりと笑っていた。

 

 その顔は、トガのそれ――変身中という意味ではなく、元々の素顔での笑い方――によく似ていて。

 

 ()()()()()()()()

 

 ――トガ・ヒミコ、救出に来たA組メンバーと共に脱出成功。

 

***

 

『コトちゃん?』

『私は許可を得ている。このままオールマイトと共に残るよ』

『ん……んんん……むぅ、わかったのです。……待ってるから。フォースと共にあらんことを』

『ああ、必ず戻る。フォースと共に』

 

 ヒミコとテレパシーでそんな会話したあと、彼女はウララカとハガクレと共にこの場から離れていく。これでひとまず、最大の懸念は解消した。

 

「やられたな……一手できれいに形勢逆転だ」

 

 それをよそに、とてもしてやられた側とは思えない声音で、オールフォーワンがつぶやく。

 

 と同時に、彼は先ほどから何度も使っている空気砲を撃ってきた。カサネが私に斬りかかったタイミングでだ。

 

 全能力増幅中だ。彼女の攻撃を避けたり受けたりすることは簡単だが……空気砲が続くとなると態勢を少しでも崩すわけにはいかない。カサネは気にしなくていい。どうせ瞬間移動で退避するはずだ。

 

 なのでほとんどカサネから意識を外し、攻撃を受け止めながら空気砲への対処に動く。

 

 オールフォーワンに向け……正確に言えば彼の肥大化した腕の下から、全力全開のスーパーフォースブラストを放つ。ここまでしてもなお、この技の威力は相変わらずヒミコに届かないのだが……今はそれでいい。

 これにより、オールフォーワンの腕は上に向いた。結果、空気砲も上空に発射されるに至り、私は直撃を免れることに成功する。

 

 とはいえ、その秘めたる威力は尋常ではない。余波が特大の暴風となって吹き荒れ、フォースブラストに注力していた私はさして踏ん張ることもなく、思い切り吹き飛ばされた。

 

 まあこれほどの風なら、いっそ無理せず吹き飛ばされたほうがマシだろう。下手に耐えようとしてこの場に留まって、下手に動けない状態のときに追撃を受けかねない。

 

 そう思いながら風に身を任せたところで、既にカサネの姿が近くにないことを確認する。だろうな。

 

 彼女はオールフォーワンの近くにいた……が、そのオールフォーワンによってクロギリのほうへ投げ飛ばされていた。

 

「先生!?」

「襲、僕を想う君の気持ちはありがたいけれど……ここまで押し込まれたら、まずは逃げることを考えないといけないよ。逃げることは敗北ではないのだからね。最後に勝てばいいんだよ」

 

 オールフォーワンが穏やかに言う。これをオールマイトと渡り合いながらしているのだから、まったく恐れ入る。

 

「でも……ッ! ボクまだ負けてない! 『憤怒』だって、ここからが100%で……ッ!」

「弔と一緒に逃げるんだ、襲。君の”個性”は素晴らしいし、僕の()()()()()だってある。けれど……そろそろ『我慢』も覚えないとね。そうして成長しなければ、君はこれ以上勝てない。成長するんだ、襲」

「……ッ!」

「弔はもうできている。君だってできるはずだ。そうだろう?」

「……ッ、わ……わかった……わかったよぉ!」

 

 ()()による教導は一段落したらしい。割って入れればよかったのだが、生憎と思っていたよりも吹き飛ばされてしまったので、すぐにはどうしようもなかった。

 大急ぎで戻ってきた頃には彼らの話は終わっていて、クロギリの靄に向けてカサネが気絶したヴィラン連合のメンバーを叩き込んでいるところだったのだ。トムラのほうも、一緒に気絶したメンバーを引きずっている。

 

「待て!」

 

 なんとかそれをとめようとしたが、再びオールフォーワンの妨害が飛んでくる。伸ばした変形指がバラバラに薙ぎ払われ、グラントリノともども弾かれてしまった。

 

 そうこうしているうちに、ヴィラン連合が完全に靄の中へと消える。

 

「「先生……」」

 

 直前、トムラとカサネが並んでオールフォーワンを振り返った。さながら、旅立つ親にすがるような顔で。

 

「弔、襲。君たちは戦いを続けろ」

 

 そんな二人に、オールフォーワンはそう言い残して。

 背を向けてオールマイトに立ちはだかった。

 

 と同時に、靄が収まる。そのあとには、誰も残っていなかった。逃げられたか……。

 

 いや、これ以上はどうしようもあるまい。まずはオールフォーワンをなんとかせねば。

 

 そう思い、意識をそちらに向けると……彼は例の黒い液体によってグラントリノを眼前に引き寄せ、オールマイトへの盾にしていた。

 決して一瞬とは言えない行動であったが、オールマイトの速すぎる攻撃はもはやとまれないところまで来ていた。結果として、彼は強引に攻撃を逸らそうとしている。

 

「オールマイト! そのまま行ってください!」

 

 なので私は、グラントリノを引き寄せる。スーパーフォースプルを用いて、オールマイトの攻撃軌道上からグラントリノを引きはがした。

 

 応じて、オールマイトは攻撃を逸らすことをやめた。再び拳を握り込め、オールフォーワンへと殴りかかる。

 

 オールフォーワンの舌打ちが聞こえたような気がした。直後、両者の拳がぶつかり合う。

 これによって、オールフォーワンの空気砲に限りなく近い威力の暴風が周辺一帯に吹き荒れる。私はまたしても吹き飛ばされてしまった。グラントリノも一緒だ。

 

「グラントリノ、大丈夫ですか?」

「問題ねぇ!」

 

 何はともあれ、急いでオールマイトの下へ戻らねば。

 

 ……と、思った直後である。また両者がぶつかり合ったのだろう。再び暴風が吹き荒れ、私たちはもう一度吹き飛ばされる。

 

 ああもう、埒が明かない。前世の三分の一もない軽い身体が今ばかりは恨めしいぞ。重量も増幅したほうがいいだろうか?

 

 だが下手に重量を増やすと、立体機動に支障が出る。これは今後の課題として、覚えておくとしよう。

 

 ともかく大急ぎで戻った私たちが見たものは、

 

「貴様の穢れた口で……お師匠の名を出すな……!」

 

 仰向けに倒れ込んだオールフォーワンの頭部に拳をめり込ませたオールマイトが、普段の彼らしからぬ怒声を上げているところだった。

 




葉隠ちゃんと峰田に上方修正かかりました。
好きな人()がヤケドしたのを見ただけでただの氷操作が氷の温度まで操作できるようになる世界だから、これくらいパワーアップしてもおかしくはないでしょう。たぶん。
あと今回ははっきりと示す状況にならなかったけど、お茶子ちゃんにも上方修正かかってます。彼女についてはEP7にて。

・・・おかしいなぁ、なんで峰田こんなに活躍してるんだろう・・・?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.ワンフォーオール

 オールマイトの一撃が入ったなら、無事で済むはずがない。実際、オールフォーワンの着けていたマスクは上半分が完全に吹き飛んでいる。

 

 にもかかわらず、オールフォーワンは堪えた様子を見せることもなく、楽しそうに……憎々し気に語る。あるいは騙る。オールマイトの師匠と思われる人物のことを。

 

 これに対して、オールマイトが遂に激昂した瞬間である。怒りの間隙を縫って、オールフォーワンがオールマイトの身体を空へ吹き飛ばした。あっという間に見えなくなるオールマイト。

 

「ったく、乗せられやがってあのバカが……!」

 

 彼を追って、グラントリノが空へ舞い上がった。

 

 あちらは彼に任せていいだろう。ならばまず私がすべきことは、彼らへの追撃をさせないことだ。オールフォーワンはまだ立ち上がっていないが、無力化できるならしておきたい。

 

「ああ……君もしつこいな」

「生憎と、私はこの星の自由と正義を守る者だ。君の思うようにはさせない」

 

 立体機動と超速のアタロで襲撃するが、座ったままそのすべてを受け止められる。

 

 ……いや、違うな。これは防御をしようとしていない。それらしく受けているだけだ。

 見たところマスクがはがれた顔に目はなく、見えていないからか……とも思ったが、直前までオールマイトと激しくやりあっていた。”個性”を複数持っていることを考えると、察知する類の”個性”も持っているはずだ。よもやフォースユーザーということはあるまい。

 

 なのになぜおざなりな防御に終始する?

 

 そう思ったが、答えはすぐに出た。私がオールフォーワンの身体を打ち据えるたびに、その衝撃が私に返ってくるのである。これでは攻撃するだけ損ではないか。

 

 恐らく、衝撃を返す類の”個性”。感触からして、衝撃を丸々すべて返せるわけではないのだろうが……それにしても、である。

 

 まあ、だからとて詰んだわけではない。まずは、どれだけ離れていても衝撃を返せるかどうかを確認すべきかな。ライトセーバーの光刃を伸ばすとしよう。

 

 そう思いながら改めてアタロの構えを取る……が、何を思ったのか、立ち上がったオールフォーワンは語り掛けてきた。

 

「この星の自由と正義を守る、ね……僕の自由と正義は守ってくれないのかい? 自由も、正義も……人間誰しも持っているものじゃあないか」

「詭弁だな。自由と自分勝手は違う。そして君の正義は、大勢の無辜の民の涙や絶望、死によって構成される自分勝手の極みだろう。そんな正義が受け入れられると思うな」

 

 構わず攻撃を続けようとするが……動き始めを空気砲で吹き飛ばされる。

 くそ、大規模攻撃に対する防御策がないのが痛い。来ることはわかるから直撃を避けるだけならなんとでもなるが、それゆえに近づけない。

 

 というか、やはり先ほどまでは手を抜いていたな。私も甘く見られたものだ。

 

 まあいい、せっかく離れたのだ。予定通り遠距離から攻撃をぶつけてみるとしよう。

 

「へぇ……僕を悪と言わないんだね」

「正義の反対は悪ではないからな。私はそれを、この生を得てからの約十一年で理解している」

 

 吹き飛ぶ私に、オールフォーワンの声が追いすがる。態勢を整えて着地しつつ、それに応じた。

 

 彼我の距離、およそ二百メートルくらいか……と考えたところで、オールマイトを抱えたグラントリノが戻ってきた。

 

 オールフォーワンが彼らに顔を向ける。向けるが……意識は依然として私にも向けられているらしい。

 その腹に、私は一瞬だけ光刃の長さを増幅して突きを叩き込む。

 

「……っ、へえ、ライトセーバー……だったか。伸びるんだね、それ」

「ふむ……反射の”個性”が発動しなかったのは、意識の外だったからか。それとも射程距離外だったからか……もう一発行ってみようか」

「やれやれ、もう少し聞く耳を持ってもらいたいな。とてもオールマイトを超えると言い切った人間のやることとは思えない」

「いや、そんなことは一言も言っていないのだが」

「えっ」

 

 私の即答に、戻ってくるなりグラントリノに何やら叱られていたオールマイトが、思わずと言った感じで声を上げた。

 

 この反応が意外だったのか、あるいは琴線に触れたのか、オールフォーワンは改めてこちらに顔を向けてくる。

 

 その顔に、私はもう一度セーバーの突きを叩き込む。今度も衝撃は返ってこなかった……が、今度はまったく手ごたえがなかった。

 ううむ……オールマイトのパンチすらさほど効いていなかったのだから、これも”個性”の影響だろうが。ではなぜ、先ほど腹に入れたのは効いたのか?

 

 わからない。成り立つ推測が多すぎる。”個性”がたくさんあるというのは、厄介などという話ではないな……。

 

「おや? 世間では君のことを、オールマイトの後継者と言う向きもあるようだが。違うのかい?」

 

 そして、何もなかったかのように語りかけてくるオールフォーワン。

 

 うむ……かくなる上は、セーバーの出力を上げるしかないか? 

 だがなぁ……そうなると、頭上に陣取っている報道ヘリコプターが邪魔だ。ジェダイとしては、敵の腕や足の一本くらい切り落とすのは珍しくもなんともない普通の攻撃なのだが。

 この星のヒーローは、それもなかなか許されない。大衆がそれを求めるからだ。そういう意味でも、厄介などという話ではないわけだが……。

 

 ともあれ、相手が会話をしたいというのなら少し応じるとしよう。話し合いは、ジェダイにとって何度も無視していいものではない。

 もちろん時間稼ぎの意味もあるだろう。時限つきの強化を施している身としては、頭が痛い話だが……私としてもやりすぎない範囲で有効打を与える方法がすぐに思いつかないので、思考の時間が欲しい。

 

「勘弁してくれ。確かに、オールマイトという個人のことは大いに尊敬している。だが、オールマイトというヒーローのことは決してその限りではない」

「どうしてだい? 僕が言うことではないかもしれないが、彼は平和の象徴じゃないか」

「もちろん彼の功績は素晴らしいものだ。だが今となっては、平和の象徴という柱石に人々は頼り切ってしまっている。ヒーローすらもだ。誤解を招くことを覚悟で言うが……オールマイトというヒーローは長く生きすぎた。もっと早く後進に道を譲るべきだった」

「ふ……ふふ……っ」

 

 私の言葉に、オールフォーワンは笑い始めた。

 

 いや、これは嗤っているのか。私ではなく、オールマイトを。

 

「ははははは! これは傑作だ……オールマイト、君なんかよりこっちのお嬢さんのほうがよほど現実が見えているじゃないか! 君の! 五分の一も生きていない幼女のほうが!」

「……っ、ヒーローの形は人それぞれだ! 教え子のそれが私と違うからと言って、否定することはあり得ない! いや……むしろ先達の失敗を反面教師にできる彼女は、確実に私を超えるだろう! それは師として嬉しい悲鳴というやつだ!」

「乗るな俊典! 挑発だ、落ち着け!」

「そうかな? まあ、そうでもいいんだけれど。ねえ、今どんな気持ちだい? 弟子に己がヒーローとしての生き様を真正面から否定された気持ちは!」

「貴様……ッ!」

「だから乗るな! やつと言葉を交わすんじゃない!」

 

 ……しまったな。これがオールフォーワンの狙いか。

 恐らく私に対する世間の風潮を、オールフォーワンは最初からまったく信じていなかったのだろう。私と話し合う気は最初からなく、あくまで狙いはオールマイト。彼の心だけをえぐるつもりだったということか。私はそれに乗せられたわけだ。

 

 やはり、暗黒面の深みにいるものは心が読みづらくてやりにくい。これがフォースユーザーとなるともっとやりにくいのだろう。

 ダース・シディアスはその思惑を、目と鼻の先にいるジェダイに最後まで悟らせなかったが……恐らく歴代の暗黒卿の中でも最強クラスだったのだろうな。

 

 と、言ったところで急激に身体が重くなり、私はがくりと膝をつく。全能力増幅が切れたのだ。

 

「……! 大丈夫かアヴタス!」

「あなたほどではありません……」

「おやおや、無理をしていたのかい? ダメだよ……君はまだ幼いんだ。若いうちの無理は歳を取ってから響くからね。プルスウルトラだなんて馬鹿なことは言わないで、早くおうちに帰って休みなさい。――帰れたらの話だけれどね」

 

 くくくと笑うオールフォーワン。

 笑いながら、こちらに手を向けた。その腕が、一気に肥大化する。

 

「……! でけぇの来るぞ! 避けて反撃を――」

 

 それを見たグラントリノが飛び上がる……が。

 

「避けていいのかい?」

 

 オールフォーワンの狙いは、どう見ても私だった。反動で動きが鈍っている私を見て、言われるまでもなくオールマイトがかばう形で前に出る。

 

 私は……まだ行ける。先ほどの全能力増幅は全力ではない。まだ最低一回は全能力増幅を全力で行えるし、そうでないなら二回は固い。だから避けようと思えば避けられる。

 だがそれをしたところで、大規模攻撃を連発するオールフォーワン相手では分が悪いだろう。未来が読めても、回避しきれないのだから。

 

 さらに言えば、後ろから人の気配がする。私もオールマイトも、避けるという選択肢は持ち合わせていなかった。

 

 しかしこの状況……使えそうだ。あの空気砲が放たれれば、余波で巻き上がる粉塵によって視界はかなり悪くなる。上空を飛ぶ報道ヘリコプターからの視線も、遮ることができるだろう。

 であれば……。

 

「おい!!」

 

 と、そこにグラントリノが焦った声を上げながら戻ってくる。

 

 その内心から、オールマイトの限界が近いことが窺える。

 それはまずい。オールフォーワンに正面から対抗できるオールマイトの存在は、どうしても必要だ。先ほどオールマイトのことをああ言ったが、オールマイトというヒーローの善性や力に関しては、否定するつもりなどまったくないのだ。

 

 であれば――やはり私がすべきことは()()だろう。

 

 そう覚悟を決めた私は、空気砲が放たれたのとときを同じくして、私の前に立つオールマイトの身体に向けて”個性”を()()発動させた。

 

「君が守ってきたものを奪う」

 

 凄まじい威力が込められた空気砲が、今まででも一番の威力を持って襲ってくる。これに立ち向かうのは、長年この国の治安を守り続けてきたトップヒーロー。

 オールマイトは一切怯えることなく、躊躇することもなく、拳を前に突き出す。デトロイトスマッシュ、と掛け声が響く。

 

 轟音。耳をふさいでいてもなお鼓膜を激しく揺らすほどの音が、周囲一帯に鳴り響く。

 それは空気が空気をぶつかり合う音だけではない。地面がえぐり取られる音、建物が倒壊する音、さらには押し出された空気が巻き起こす暴風も含んだ空前絶後の轟音だ。

 

 だが、それでもなお――オールマイトは倒れない。

 

「まずは怪我をおして通し続けたその矜持……みじめな姿を――ッ!?」

 

 オールフォーワンの嬉々とした声が、途切れた。絶句であった。

 

 余波が収まり、砂塵が収まり、少しずつ視界が晴れていく。

 オールフォーワンは目が機能していないはずだが……それでも、これで悟ったのだろう。今目の前にいるオールマイトの状態を。

 

「オーマイ……オーマイグッネス……!」

 

 オールマイトがぽつりとこぼす。その身体に数秒、とても見覚えのある()()()()()()()()()()が走った。()()()()()()()()()()

 

 そうして彼は、拳を突き出したままの態勢で笑った。そこに苦しさは見当たらない。

 健在だ。心だけではない。身体も。先の空気砲を、完全に相殺することに成功していた。

 

 代わりに、私はがくりと膝をつき、倒れそうになる。限界が近い。もはや栄養は枯渇寸前だ。

 

 だが、これでいい。私の存在感を消しつつ、オールフォーワンに勝つには()()が最も合理的だろう。

 

 震える手で懐から非常食(イレイザーヘッドがよく使っているゼリー飲料の特注品)を取り出しつつ、私も笑う。

 

「……バカな。そんなはずは」

 

 オールフォーワンがかすれた声を上げた。この国の人間であれば、ほぼ全員がそんな反応などしないだろう。

 

 だが無理もない。オールフォーワンは、オールマイトの()()を知っていたのだから。

 知っていたからこそ……今目の前に立つ、”個性”も含めた力がみなぎる()()()()()()()()()()()姿()に、強い衝撃を受けたのだ。

 

「と……俊典? お前……」

 

 グラントリノも同様だ。彼の場合は、味方だからこそおののいてはいないが、それはともかく。

 

 そう。

 

 今、ここに立つオールマイトは。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「……君のおかげだね、アヴタス?」

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「アメイジングだ……!」

「……ッ! そうか……増幅……! だが、そんなことが可能なのか……!?」

 

 できるかどうかで言えば、恐らく不可能だ。

 だが、その不可能をフォースが可能にする。フォースと組み合わさることで、増幅は実体のない概念であってもその対象にできるのだ。

 若さと”個性”という曖昧さの極みのようなものを増幅するとなると、全能力増幅に匹敵するほどの消費が必要になるが……ここは使いどころだろう。

 

 そして、その甲斐はあった。

 だからこそ、彼が仮初の復活を果たしたのだ。

 

 現代の神話。たった一人であらゆる困難を、悪を打ち砕いてきた男が、今ここに再臨する。

 

「およそ三分。それが消耗した今の私にできる限界です。……あとは任せましたよ、マスター・オールマイト」

「十分すぎるよ。なーに、ウルトラマンだって三分さ、任せてくれ。――大丈夫、私がいる!」

「く……!」

 

 そこから先は、あっという間だった。

 

 オールマイトの身体が、音速で動く。オールフォーワンは、それに対処できない。

 オールマイトの拳が、音速を超えて振るわれる。オールフォーワンは、それに対処できない。

 

 それでも、敵もさるもの。遅れはしたが間違いなくオールマイトに身体を向け、恐らくは衝撃を返す”個性”でカウンターを仕掛けようとした。

 

 だが。

 

()()()()()()

 

 先ほどまでであれば、限界をいくつも超えなければ出せなかったであろう威力が込められた攻撃を軽く囮にして、オールマイトがオールフォーワンの背後に回り込む。

 

 ただの背後ではない。囮にした攻撃すら、当てずともオールフォーワンの空気砲並みの衝撃波を出しているのだ。それに煽られて、オールフォーワンの身体はたたらを踏んでいる。

 そんな状態の背後に回り込んだのだ。誰の目から見ても明らかな、隙であった。

 

 当然、そこへ向けて拳が叩き込まれる。これもまた音速を超えて振るわれたのだろう、とんでもない音と風が巻き起こる。

 

 ――直後、人の身体を殴ったとは到底思えない、爆音が鳴り響いた。一瞬遅れて、地面が砕ける轟音が続く。

 オールフォーワンが後頭部を殴られ、顔面から地面に叩きつけられた音だった。

 

 これに応じるように、地面にクレーターができる。当たり前のようにクレーターを作るその威力に、肌が粟立った。

 

 オールフォーワンは……動かない。意識も感じられない。気絶したらしい。

 

 誰も文句は言うまい。オールマイトの、勝ちだ。圧勝である。

 

 拳が掲げられる。高々と、胸を張りながら。無言の勝利宣言。

 彼のこの姿は、きっと上空のヘリコプターから全国に……いや、全世界に向けて流れているのだろう。

 

 なるほど、こんなものを長年見せられていたら、彼一人に頼りきりになるのも無理はない。それほど圧倒的だった。三分どころか、ゼリー飲料をチャージする程度の時間で終わらせてしまった。

 恐るべきは、彼の持つ”個性”。ワンフォーオール……か。

 

 ……いやまあ、あの威力の攻撃の直撃を、よりにもよって頭に受けながら気絶で済んでいるオールフォーワンも大概恐ろしいのだが。なぜあれで五体満足でいられるんだ? それも”個性”だろうか。USJ事件に居合わせた脳無もそんなような”個性”を持っていたが……。

 

 しかしまあ、何はともあれ。

 

 ヴィラン連合との戦いは、こうしてひとまず幕を下ろしたのであった。




必殺・若マイト召喚。
いや呼吸器半壊や胃の全摘を治せないのでこれでも全盛期には届かないんだけど、AFOも六年前の大怪我以降弱体化しているから・・・。
この映像をシールド博士が見たらひっくり返りそう。

次回はリザルトと、締めです。EP6最終話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.アップデート

 さて、その後のことを語ろう。神野の悪夢、あるいは神野事件と呼称されるに至った事件の、その後について。

 

 まず、死傷者の数はまだはっきりしていない。何せ、時間を追うごとに怪我人の数は増え続けている。このため、具体的な数値をいまだに確定させることができないでいるのだ。

 今のところ死者はほとんどいないが、怪我人の数が凄まじい。まったく喜べない状況である。街の一角がほぼ完全に消滅したので、無理からぬことであるのだが。

 

 その被害者の中には、ナンバー4ヒーローのベストジーニストや、ナンバー32ヒーローのワイルド・ワイルド・プッシーキャッツも含まれている。

 ベストジーニストは腹に風穴をあけられており、長期の活動休止。プッシーキャッツもまた、さらわれていたラグドールが”個性”を発動できなくなった――恐らくオールフォーワンに奪われたのだろう――影響で活動見合わせを余儀なくされた。

 

 そしてオールフォーワンだが、翌日にはもうタルタロスへ投獄された。タルタロスに投獄されている犯罪者の大半は、判決……特に死刑が執行された場合に世間へ与える影響が大きすぎるがゆえに、刑が確定しないまま投獄されている。ステインもそうだったし、オールフォーワンもそれに該当したというわけだ。

 

 そんなオールフォーワンの逮捕について、国や警察は「とびきり甘く採点して痛み分け」と評価していた。大元は捕らえたものの、トムラたち実行犯はほぼ捕まえられなかったからだ。

 おまけに脳無については相変わらず何もわかっておらず、連合のメンバーの中にも身元がわからないものがいる。私は負けだと思うが……まあ、それについては深くは言うまい。

 

 私が気にする点は、一つ。私が手を貸した結果、オールマイトがオールフォーワンを圧倒したために、国や警察の上層部にいまだ「オールマイト健在論」を盲信するものが存在することだ。

 

 何かあっても、オールマイトが何とかしてくれる。彼がいる限り、問題はこれ以上大きくならない。

 

 そんな、よく言えば楽観的。悪く言えば現実が見えていない人間が一定数いるのだ。オールマイトの弱体化をそもそも知らない民衆に関しては、大半がそうであろう。

 

 この件についてはオールマイトも思うところがあるようで、今後の身の振り方も含めて、オールマイトに頼らない体制作りを主張するものたちと近々話し合いをするつもりらしい。

 知りすぎてしまったことへの口止めついでにちらりと聞いた話では、私がオールフォーワンに語った「オールマイトはもっと早く後進に道を譲るべきだった」という言葉に思うところがあったようだ。まだワンフォーオールが使えるうちに改革を進める、とのことである。

 

 彼が言うには、元々もう五十分くらいしかヒーロー活動ができない状態にまで追い込まれていたというから、遅すぎると思うが……それ以前に、そんな状態でよくもあれほどのことをやり続けていたものだ。無茶にもほどがある。

 

 ちなみに、話ついでに彼はヒーローではない己の姿……体育祭の前、職員室で見かけた極限までやせ細った即身仏のような姿も見せてくれた。これが本当の姿であり、ゆえにトゥルーフォームと呼称しているようだ。

 

 ただ、その姿については既に知っている。初めてトゥルーフォームを見たときのことと共に、フォースで見れば同一人物であることは丸わかりだと告げれば、彼は顎が外れるのではないかというくらいの大口を開けて固まってしまったが。

 

 ともかく、制度改革については私としても今後気にしていく所存だ。

 

 それとヒミコだが、ミドリヤたちによって警察に送り届けられ、事情聴取などの諸々で二日近く拘束されていたらしい。

 彼女が解放されたとき、私は既に武装を解除していて実家に戻っていた。戻らざるを得なかったとも言うが。

 

 ともかくそうして彼女も一旦実家に戻されたが、そんな経緯だったので彼女と直接顔を合わせる機会はなかった。テレパシーやフォースプロジェクションで会話はしていたが。

 

 ただ、どうも両親がヒミコを外に出したがらないらしい。聞くところによると、あまり仲がよろしくない親子ではあったものの、さすがに一人娘がヴィランに誘拐されたことについては思うところがあったようなのだ。

 

「ちょっとだけ、仲直りができたのです」

 

 夜。彼女はテレパシーでそう言って、はにかんだ。

 

 どれだけ血の繋がりが強かろうと、不仲になるときはなる。生来ウマが合わない場合はどうしようもない。だから無理して親に合わせる必要はない。

 けれども、せっかく血を分けた親なのだ。仲がいいことに越したことはないとも思う。

 

 だから彼女と直接顔を合わせて話がしたかったが、私はヒミコが家族との時間を過ごしたほうがいいと判断した。そういう時間が、彼女には必要だろうと思ったのだ。

 

 一方私は許可を得てあの場にいたので、特にどうということはなかった。母上は、私の巣立ちが早すぎることに寂しそうにしていたが。

 

 なお元ヒーローの父上は心配しつつも労ってくれたし、細かいことがまだわからない年齢の妹に至っては目を輝かせて「おねえちゃんみたいなヒーローになる!」と両の拳を握って宣言する始末。それはダメだというのが当人以外の家族全員の総意であるが、本人の意思は尊重すべきであるし悩ましいところである。

 

 その妹についてだが。久しぶりに会うからか、寝ても覚めても私にずっとべったりで、ヒミコと話す時間をだいぶ削られてしまった。

 まあ、実家にいるときくらい家族を優先にすべきだろうし、私としても妹を邪険にするつもりなど欠片もない。かわいい妹である。

 

 ともあれそういうわけで、私たちは合宿が何日も早く終わってしまったため、予定より早く帰省し家族と穏やかに過ごす日々を送っていた。

 まあ、神野事件の影響もあって、私たち雄英の生徒は相変わらず不要不急の外出を控えるように言われている。だから穏やかにならざるを得ないとも言う。

 

 そういう形で事件は一応の終結を見たが……事件の影響はもう一つ。

 それが夏休み明けからの、雄英の全寮制移行である。

 

 突然の話に聞こえるが、状況を考えれば致し方ないだろう。確かに合宿ではほとんど被害者は出なかったし、神野事件も一応は解決した。

 

 だが、今後平和の象徴は形骸化していく。雄英はオールマイト本人が教鞭を取っているのだから、それを理解しているのだ。彼が今後どうするかについても、知っているはずなのだ。

 だからこそ、そうなったとき社会が動揺するだろうと正確に予想できる。それに備えて、生徒の安全を確保するため全寮制に移行するのである。

 少し動きが早いが、遅いよりはいいだろう。雄英の敷地内なら、下手に手を出すことはできないしな。

 

 ……と、いうのは表向きの話。それとは別に、存在するのではないかと危惧されている内通者を見極めるため、という目的もある。そうでなければ、どこにも開催地を明かしていなかった合宿所を襲撃されるなどおかしい、というわけだな。

 

 まあ内通者については、他人から”個性”を奪えるオールフォーワンの存在を知った今となっては、いないのではないかとも思うが。あの男であれば、内通者など使わなくとも情報を抜き出せても驚かない。”個性”ではないが、私もコンピューターを駆使すれば同じことができるわけだし。

 

 もちろん内通者がいないと断言できるわけではないので、学校側はやきもきし続けることになるだろう。生徒を疑わなければならないので、まっとうな教師であればつらいだろうが……状況が状況だ。仕方あるまい。

 

 しかし、ここで問題が一つ。

 

 全寮制の説明のために訪れたイレイザーヘッドたちに聞いたところ、寮で与えられる部屋は一人につき六畳一間だという。

 けれども、今私たちが雄英近くで借りている部屋は、八畳二間六畳二間の合計四部屋で構成されている。六畳一間など、四分の一にも満たない。つまるところ、足らない。

 しかしない袖は振れないので、何を持っていくか、何を持っていかないかを考え持ち物は厳選しなければならなくなったのだ。

 

 とりあえず、ベッドをそのまま移すのは少し難しい。何せ、今使っているものはダブルベッドなのだ。入るは入るだろうが、それだけでスペースが取られてしまう。

 

 あとベッドで思い出したが、一人一部屋となると、ヒミコと一緒に寝られなくなる。それも困る。私はもう、彼女なしでは眠れない身体にされてしまっているのだ。

 ……まあそれはヒミコもそうだろうから、恐らく二人して夜は無断で部屋を抜け出すことになる気はする。

 

 それから気になるのは、防音設備だな……。

 いや、機械を動かすときの騒音対策だよ。決して声量の話ではない。うん。本当だ。少しはあるかもしれないが、そちらはあくまで念のためだ。うん。

 

 ともあれそういうわけで、八月中旬から寮生活が始まる。なので私たちは借りているアパートの整理のため、これまた予定より少し早く帰省を終えることにした。

 泣きじゃくる妹に感化されて涙ぐみながらも実家を出て、ヒミコと共にアパートに向かう。

 

 道中、あまり会話はなかった。

 夏休み中に会話する機会をあまり持てなかったのだが、しかし本当に面と向かって話したいことは、公共の場でするには少々……いや、結構恥ずかしい。

 下手に会話を始めてしまったら、私はヒミコがさらわれたことで抱いた感情の数々を抑えきれる自信がなかったのである。

 

 だから手はずっと繋いでいたものの、賑やかに会話をすることはなかった。ただ身体を寄せ合って、穏やかに過ごしていた。

 

 しかしアパートに辿り着き、ドロイドたちの出迎えを終えたあとは、もう私たちを縛るものは何もない。

 

 だから、私は彼女に思い切り抱きついた。今までずっと我慢してきた気持ちを……彼女がさらわれてからずっと、抱いていながら抑えていた気持ちを思い切りさらけ出す。

 

「コトちゃん?」

「おかえり、ヒミコ」

「……うん、ただいまコトちゃん」

 

 リビングで、私たちはどちらからともなく笑い合った。

 

 私は次いで、ヒミコの身体の向きを変えると、今度は跳び上がって正面から抱きつく。

 

「……ん」

「ちゅ……んむ……」

 

 そうして、私たちは口づけを交わした。

 

 肌に触れるヒミコの感触が、幻ではない、確かにここにある彼女の存在感が、私の心を満たしてくれる。

 それを恥ずかしいことだとは思わない。私は、私はやはり、この女性のことが――。

 

「……コトちゃん、あのね?」

 

 一通り互いの気持ちをぶつけ合ったあと。

 一段落つけて、ひとまずソファに腰を下ろす。私は彼女の膝の上、またぐ形でだ。そうして、正面から軽く向かい合った状態で話を始める。

 

「わかっている。君に()()()()つもりがあることは、合宿のときに聞いたからな。あんな事件のあとだ、今日辺り()()じゃないかとも思っていたよ」

「……てへ。バレちゃいました?」

「君のことだ、私がわからないわけがないだろう?」

 

 悪びれた様子もない彼女に、私は笑う。

 笑って、私の思うところを口にする。

 

「だから……まあ、なんだ。私は……うん。私は、構わない。覚悟はできている。だから君が望むなら……私は、喜んでこの身体を君に捧げよう。好きにしたまえ。でも……」

「コトちゃん……!」

 

 すると、彼女は感極まりながらもそのまま勢いよく首筋に噛みついてきた。ぴりりとした痛みと共に、それとは異なる独特の感覚がゆるりと全身に広がっていく。

 やがてそれは、いつものように全身に浸透した。触覚が全面的にむき出しになったような、不思議な感覚に支配される。

 

「ん……っ、ま、待て、ヒミコ……」

「ヤ! 待たないのです! だって、もう私、ずっとずっと待ってたんだもん……っ!」

 

 ちう、と血を吸う音が鳴る。首筋を、ヒミコの舌がぞろりと舐めた。ぞくぞくと身体が震える。

 

「ち、ちが……待たせるつもりはなくて……んっ、あう、ただ……その前に、今、君に……ん……っ、後悔したくないから、君にどうしても言っておきたいことがある、だけで……」

「……言いたいこと?」

 

 そこでヒミコはようやく吸血をやめて、顔を上げた。その口元が、私の血で濡れている。新鮮な血によって、てらてらと光る唇がなんとも淫靡だった。

 

 はふう、と一息つく。けれど、治療は施さない。

 そんなことよりも、私は改めてヒミコに向き直ることを優先した。

 

 彼女の頬に両手を添えて、互いの額を軽く当てる。互いの視線をしっかりと絡める。

 

「……ヒミコ」

「なーに?」

 

 早く()()を始めたくてうずうずしている彼女に、私は口を開いた。

 彼女がさらわれてから、ずっと言おうと思っていたことを伝えるために。今まではっきりと口にしたことがなかった想いを、告げるために。

 

「……好きだよ。好き。好きだ。君が……君のことが、大好きだ。……他の誰かではもう、ダメなんだ。愛している、ヒミコ。ずっと……ずっと、私と一緒にいてほしい」

 

 ヒミコの美しい金色の瞳が、一際大きく開かれた。そこにまず、驚きが浮かぶ。

 

 けれどすぐさま歓喜と幸福が続き、満面の笑みがその顔に花開いた。

 

「うんっ! 私も! だぁーい好きっ!」

 

 そしてその顔が、ためらうことなく私の顔に寄せられた。唇と唇が、何度も重なり合う。

 

 今までで最長の口づけだ。ゆえに息継ぎを繰り返して……その合間に、お互いに何度も「好き」「大好き」と繰り返す。

 

 そのまま、どれだけ口づけを続けていただろうか。口づけに留まらず、舌を口の中に押し込まれて舌と舌が何度も絡み合って、呼吸がままならなくなる。少し頭がぼんやりとし始めた、そのとき。

 

 ようやく満足したのか、ヒミコが顔を離してくれた。だが何度も舌を絡めあったせいか、唾液が銀色の糸を引いて二人の口を繋いでいる。

 ヒミコはそれを、愛おしそうに見やる。

 

 そうして彼女は、荒い息をつく私の顔を抱くようにして……同じく乱れた自身の息を整えることなく、私の耳元で吐息混じりにささやいた。

 

「死んでもずぅっと、来世でもずぅっと、一緒だよ……コトちゃん……」

「う……ん、ずっと……ずっと、一緒……一緒だ……ヒミコ……」

 

 全身が震えた。反射のようだった。

 瞬間的で、規模の大きな身体の動き。今まで吸血の際に近いものは何度も……それこそ数えきれないほどあったが、最大の反応だったと思う。

 

 けれど不快ではない。むしろ真逆の感覚で……不思議と、この一瞬の震えを手放し難いと思った。

 

 ――もっと。

 

 思わず、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 けれど、それは不要であった。

 

 ヒミコが、再び私に口づける。次いで、首筋に口をあてがう。

 

 ――ちう、と音が鳴る。

 

 そうして私は、改めてこの身のすべてを彼女に委ねた――。

 

 

EPISODE Ⅵ「連合の逆襲」――――完

 

EPISODE Ⅶ へ続く




(すべてを読むにはわっふるわっふると書き込んでください)









いや冗談ですよ大丈夫です。明日23時前後にちゃんと続き投稿します。
ただし今回ばかりはマジでR18なので、明日の投稿は別枠になります。
そしてR18のリンクを全年齢向けのこの作品に貼るわけにはいかないので、みなさんタイミングを推し量ってボクのマイページからアクセスしていただければと思います。

そういうわけなので、一応この作品としてはEP6はここで区切りということになります。
明日幕間を別枠で投稿しますが、それはそれとなってしまうのでここに書きますが・・・明日からまた書き溜め期間に入ります。
EP7のストックが仕上がり次第また投稿するので、それまで今しばらくお待ちくださいませ。

※幕間投稿しました。念のため言いますが、18歳未満の人は見ないようにね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅶ 雛鳥たち
1.新しい朝


前回までのあらすじ:ゆうべは おたのしみ でしたね。


 ふ、と意識が浮上する。目を閉じていても感じる光の気配に、ああ朝が来たのかと思う。

 

 目を開けてみればその通りで、しかし身体が重くて動かない。寝返りを打つことすら億劫だ。

 それでもどうにか視線を動かして、時計に目を向けてみると……普段起きるようにしている時間帯からだいぶ遅い頃合い。昼間、とまでは行かないが、限りなく昼に近い時間だった。

 

 どうしてこんなにも寝坊を……と思ったところで、昨夜のことを思い出して私は一人赤面する。そのまま重い体をのろのろと動かして縮こまり、誰に対してでもないがともかく顔を隠した。

 

 ああ、そうだ。

 昨夜はヒミコと、ほぼ一晩中愛し合っていたのだった。

 

 日頃から鍛えているためか、お互いなかなか体力が尽きず延々と……その、そういうことを。互いにして、されて、あるいは一緒に……と繰り返して。それで、いつの間にか時間など完全に忘れていたのだ。

 

 大失態である。自分がこれほどまでに快楽に弱いとは思わなかった。最後のほうはもう何も考えられなくて、よく覚えていなくて、ただひたすら貪るように快楽に溺れていたような気がする。

 

 何が一番問題って、それらを思い出すだけで身体が少し熱くなってきていることだ。恥ずかしさだけではない。下腹部が少しうずき始めている。私は、私はなんということを。

 

 それでいて、それを完全に拒絶しようとは思っていない自分がいる。思い出すだけで、自覚できるくらいに表情が緩むのだ。それほどの幸福感が今も続いている。

 

 恐ろしい。こんなもの、麻薬も同然ではないか。性愛に溺れるものが絶えないはずである。ジェダイが禁じたのもむべなるかな、だ。

 

 はあ、と思わずため息をつく。

 

 と同時に気づいた。恐ろしく喉が痛い。ただ息をついただけで、しくしくと痛む。

 

「……ぁ゛……あ゛、ぅ……」

 

 口を動かしてみる。が、声がろくに出ない。とても痛い。

 

 なぜ、と思うが……すぐに思い当たる。

 

 昨夜は、それはもう何度も何度も喘がされたのだ。今まで自分が出したことのないような甘い声を、大声でずっと上げ続けていたのだから、喉がやられるのも当然だろう。

 こんなことになるまで行為にふけっていたのか、という驚きは即座に羞恥心へと変わる。我ことながら、本当にどうしようもない。

 

 とりあえず喉に向けて増幅をかけ、治癒させる。同時に全身にもかけて、疲労の回復に努める。

 

 そんなことをしながら改めて己に目を向けてみる。

 

 全裸である。

 

 隣に目を向ければ、そこではヒミコが熟睡している。やはりこちらも全裸だ。

 

 当たり前である。昨夜はずっと愛し合っていて、終わりの境界もよくわからないまま二人とも気絶するように眠ったのだ。後処理などできるはずもなかった。

 

 だからこれも当たり前なのだが……ベッドはだいぶひどいことになっていた。二人がまき散らした色々な体液が、処理されることなく放置されている。どうしたものだろう、これ。

 

「……まあいいか」

 

 少し考えたが、やることが多すぎる。まだ覚醒し切っていない頭で、重い身体を引きずって片付けなどあまりにも億劫だ。

 

 ……わかっている。こんな怠惰な時間の使い方をするなど、あまりにも不甲斐ないということはわかっている。

 けれど、それでも今はまだ、もう少し。もう少しだけ、昨夜の余韻に浸っていたかった。

 

 だから私は、もう一度目を閉じる。閉じて、ヒミコに身体を寄せる。

 お互いに裸のままなので、直接肌と肌が密着する。伝わってくる彼女の体温がたまらなく愛おしく、心地よかった。

 

 そうして私は、自分でも驚くくらいあっという間に、二度目の眠りに落ちたのだった。

 

***

 

 二度寝から目覚めたとき、既に真昼間だった。我ながら随分と寝坊したものである。

 この頃にはヒミコも起きてきたが、とりあえず何を差し置いてもまずは風呂だ。昨夜のあれそれの結果、身体が汗をはじめいろいろなものでべたついている。

 

 その間に、S-14Oに後始末を任せる。彼女はまったく働き者で、入浴している間にすべてきれいに片づけて、新しくベッドメイキングまでしてくれた。今日ほどドロイドを造っておいてよかったと思った日はそうそうない。

 まあ彼女の手際もさることながら、入浴中にヒミコが求めてきた(拒めなかった)のでそれだけの時間が確保できたということもあるのだが。

 

 ともかく色々な意味で火照った身体を休める私をよそに、ヒミコが昼食を兼ねた朝食を用意してくれた。

 

 この時点で既に昼は過ぎており、この日は結局ほとんど何もできないまま終わった。ヒミコと二人、身体を寄せ合って何をするでもなく、ぼんやりとしたまま穏やかに過ぎていったのである。

 

 寮に転居するために荷造りをしなければならないのだが……まあ、たまにはこういう日も悪くないだろう。

 昨夜延々としていたからか、この日の夜は特に何もなく、静かに眠りにつくことができた。

 

 で、翌日からは荷造りである。まだ寮に移動するには少し時間があるが、我が家はものが多いので早いうちに済ませておかねばならない。

 

 それと寮の部屋は六畳一間しかないので、持っていけないものをどうするかも考えねばならない。ありがたいことに、工房用の部屋を用意してもらえるらしい。が、それでも今ほどのスペースは確保できないので、取捨選択は必須である。

 このままこの部屋を借りた状態にして、倉庫のように扱うのもありだとは思うが……下手に人目に入れるわけにはいかないものがそれなりにあるので、引き払って実家に送り返したほうがいいだろう。家賃もそれなりにするわけだし。

 

 ちなみに14OやI-2Oなどのドロイドは、寮に持っていくつもりだ。彼女たちには明確な自我があるが、扱いとしてはどこまでも私の所有物でしかないので、問題はないはずである。

 

 というわけで、持っていくもの持っていかないものの選別を行うとともに、14Oに梱包を任せる。そんな作業を、ほぼ一日かけてこなした。この部屋に住み始めてまだ半年も経っていないはずだが、それでもものは増えてしまうものだな。

 私が機械いじりをするためにあれやこれやと資材を買い込むこともあるが、それとは別にマンガや映像媒体などもそれなりに場所を取っていた。

 

 寮には共同スペースが設けられると聞いているので、この手のものはいっそそこに置かせてもらうつもりである。許可も取った。

 

 あとは寮への配送手続きなどを行い、持っていけないものの片付けをこなしながら、数日を過ごし。

 雄英に集まる日がやってきた。久しぶりに制服に着替えて、登校する。

 

 新しく我々が住むことになった寮は、雄英の敷地内……校舎のすぐ目の前に建てられている。建物が整然と居並ぶ姿は圧巻ではあるものの、すべて同じ規格で完全に同じ見た目をしているため、いささか味気ない気もする。

 

 その中の一つ、我々A組に用意された建物の前で、我々は久しぶりに全員集合していた。

 

「とりあえず一年A組、無事にまた集まれて何よりだ」

 

 私たちを前に、マスター・イレイザーヘッドが言う。いつも通りの、淡々とした物言いであった。

 

 そんな彼に対して、ツユちゃんが言う。

 

「無事集まれたのは先生もよ。会見を見たときはいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」

 

 彼女の言葉に、クラスの大半が頷いた。

 

 私はその会見を、すべて終わってから見たので何とも言えない部分もあるのだが……確かに、イレイザーヘッドはあのとき間違いなく進退を懸けていた。彼は自分の社会的な立場より、生徒の安全を取ったのだ。

 それでも許されない場合があるのが社会であり、大人というものだが……ともあれ、イレイザーヘッドの首は繋がったようだ。

 

「……俺もびっくりさ。まぁ、色々あんだろうよ」

 

 頬をかきながら返すイレイザーヘッドであるが、彼については学校側の都合などもあるのだろう。

 内通者がいないかどうかを調べるために、あえて大きく体制を動かしていないのだと思う。泳がせて尻尾をつかもうとしているのだろうな。

 

「さて……これから寮について軽く説明するが、その前に一つ」

 

 まあ、それは今言うことではない。

 

 ということで、イレイザーヘッドも話を変えた。ぽん、と一度だけ手を叩いて注目を集める。

 

「当面は合宿で取る予定だった、仮免取得に向けて動いていく。だが……緑谷、峰田、麗日、葉隠、八百万。この五人はあの晩、あの場所へ、トガ救出に赴いた」

『……!?』

 

 そうして放たれた言葉に、ほぼ全員が表情を強張らせた。名指しを受けた五人は当然として、他の面々もだ。

 彼らは大層驚いていて、五人をそれぞれに凝視している。バクゴーもそれなりに驚いている辺り、あの五人の行動は誰にも知らされていなかったのだろうな。

 

「その様子だと、行くそぶりすら誰も把握してなかったようだな。クラスの誰にも相談すらしなかったってか。はぁ……色々と棚上げした上で言わせてもらうが、例年通りなら俺は勝手に動いた五人のことは除籍処分にしているよ」

『ッ!?』

 

 学生にとっては恐ろしい文言を、躊躇なく口にしたイレイザーヘッド。

 彼のいつも通り淡々としたありようが、その言葉に説得力と迫力を生んでいる。名指しされた五人はもちろん、他の面々が顔を青くした。

 

 そしてその顔色は、イレイザーヘッドが鋭く睨みつけたことでさらに悪くなる。特に五人がだ。

 

「公共の場での”個性”の無断使用は、違法行為に当たる。ルールを……法を犯すということは、たとえそれがどのような善意に基づくものであろうと……どれだけ立派な成果を上げようと、ヴィランのそれと変わらない。除籍が妥当だろう?」

 

 普段とは異なり、明らかに感情が見え隠れする声色である。だからこそ、余計にイレイザーヘッドが本気で怒っていることがわかる。

 

 だが彼は、次の瞬間ふっと苦笑した。自嘲しているのだろう。ひどく弱弱しい笑みであった。

 

「……とは言ったが。最初に言った通り、実際はそこらへん色々と棚上げだ。何せ今年はカリキュラムを色々変えてる。一部を急いで進めて仮免取得に舵を切ったことで、免許なしに犯罪現場に出くわしたときの心構えや、軽率な行動が引き起こす影響などが十分に周知されていなかった。

 何より、今回の件は情報漏洩を防げなかった雄英側にそもそも一番責任がある。資格を持たない未成年を預かる教育機関として、お前らが法に触れる行動を起こす可能性も考慮して動くべきだった。だから、あの日のことでお前たちに処分を下すことはしない」

 

 自嘲しながらも、しかし目を逸らさないイレイザーヘッド。彼は間違いなく、正面から五人を順繰りに見ていた。

 

 ……ああ、よかった。これでいつものように最低限のことしか言わないまま除籍を強行していたら、私はイレイザーヘッドを糾弾していただろう。棚上げしたという部分を説明せずに、一方的にと言うのはあまりにもやりすぎであると。

 

「処分はしない……しない、が。それでも、お前たちが信頼を裏切ったことは間違いない。

 ……俺たち教師陣のじゃねぇぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前たちの軽率な行動が、どれだけの人を心配させたか……わからないとは言わせねぇぞ。もしそんなことを言おうもんなら、それこそ俺は本気で除籍する。

 いいか、今後は正規の手続きを踏み、正規の活躍をするように。それがお前たちが信頼を取り戻す、唯一の方法だ。わかったな」

『……はい!』

 

 五人が揃って声を上げる。

 彼ら彼女らの顔をちらりと見てみるが……大丈夫だろう。強い決意と覚悟、それに後悔がちゃんと彼らの中にある。全員がしっかり反省したはずだ。

 

 ……その中にミネタも入っているのが、どうにも不思議に思ってしまうのはやはり日頃の行いのせいだろうが。

 

「……よろしい。俺の話は以上だ。んじゃ、寮について説明する。中入るぞ」

 

 五人の言葉に大きく頷いたイレイザーヘッドは私たちに背を向け、寮の扉を開いた。

 




どうも、どうもどうも。
言ったことは守る男、ひさなです。
というわけで大晦日の深夜ですが、本日よりEP7「雛鳥たち」を始めます。
全16話+幕間1話、イチャラブ多め(のはず)でお送りしますので、楽しんでいただけると幸いです。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ところで、今EPでは通してアンケートをします。
少し前に割烹に書いたのですが、スターウォーズメインヒロアカサブの長編の閑話を書きたいなと思い始めていて。
ただ閑話という言葉通り、本編にはあまり影響しないので書く必要がないといえばないんですよね。
幕間の要素もあるので、無意味ではないんですけど。書くとすると普通に1EP分くらい(下手したらもっと)がっつり書くことになるので、その間本編の進行は当然とまります。
それでも閑話って読みたいですかね?
というアンケートです。よろしければご回答いただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.ハイツアライアンス

「寮は一クラスで一棟。右が女子棟、左が男子棟と分かれている。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂、洗濯はここで」

 

 生徒を中に招きながら言うイレイザーヘッド。

 

 ぱっと見た限りでは、吹き抜けになった中庭を囲む形で左右に分かれているようだ。その中庭が見える位置に、広々としたソファが並んでいる。

 さらにその奥にはテーブルと、さらに調理場も見える。広さは実家の寺のお堂くらいか。

 

「おおおおお!」

「広キレー! そふぁあああ!!」

「へー、中庭もあんじゃん」

 

 生徒のリアクションは様々だ。目に見えて顔を輝かせているハガクレやアシド、物珍しそうに周囲を見渡すセロやトドロキなどなど。

 

「豪邸やないかい」

 

 中には想像以上だったのだろう、倒れかけてイイダに身体を支えられているウララカもいる。

 そういえば、彼女の実家はあまり裕福ではないのだったか。

 

「聞き間違いかな……? 風呂、洗濯が共同スペース? 夢か?」

「男女別だ。お前いい加減にしとけよ?」

「はい」

 

 そしてミネタはやはりミネタであった。あの事件以降、少しは見直したのだがなぁ……。

 

 ……ただなんというか、彼の暗黒面をわずかだが以前より理解できるようになっている己に愕然とする。恐らくヒミコとそういうことをしたからだと思うが……うーん、素直に喜べない……。

 

 と、そうこうしているうちに二階に案内される。移動はエレベーターか。一応階段もあるようだ。

 

「各自の部屋は二階からだ。一フロアに男女各四部屋の五階建て」

 

 そうして案内されたのは、誰の名前もかかっていない空き部屋である。

 

「一人一部屋、エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼットつきの贅沢空間だ。防音設備も完備だ」

 

 六畳一間の室内には、イレイザーヘッドが説明した通りのものがあらかじめ備え付けられていた。

 防音設備については、どうやら私が事前に申し入れたものを採用してくれたらしい。まさか建物全体に施されるとは思わなかったが。

 

 ともかく、ありがたい。これで夜中でも機械をいじれる。あとはまあ、その、夜に大声を上げても大丈夫だろう。

 

「ベランダもある……すごい!」

 

 窓を開けてベランダに出たミドリヤが、感心している。

 

「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですわね……」

 

 彼をよそに、部屋の中を見渡していたヤオヨロズがぼそりとつぶやく。

 

「豪邸やないかい!」

 

 そして再びウララカが倒れて、イイダに救助されていた。

 

「部屋割りはこちらで決めた通りだ。各自事前に送ってもらった荷物が部屋に入ってるから、とりあえず今日は部屋作ってろ。明日また今後の動きを説明する。以上、解散!」

『ハイ先生!』

 

 しかしイレイザーヘッドは彼女をよそに説明を続け、生徒たちがこれに応じて動き始める。

 ……まあ、ヤオヨロズはイレイザーヘッドに連れていかれたが。どうも持ち込んだ荷物が多すぎたらしい。

 

 ともかく、私も動くとしよう。

 

 私の部屋は女子棟の二階だった。立地としては、トコヤミの部屋の反対側ということになる。

 そこから工房と空き部屋を挟んだところ、ミネタの部屋の反対側がヒミコの部屋である。

 

「夜でも気づかれずに行き来しやすくってよかったです」

 

 とはヒミコの弁であるが、彼女は夜中でもうろつく気満々のようだ。まあ、そうだろうなとも思うが。

 

 さて部屋の準備だが、私の部屋は他の面々とは少し違う。

 具体的には、隣の部屋と直接出入りできるように改造されている。つまり、二部屋が与えられているのだ。その分、隣の部屋は工房用としてトイレやクローゼットが撤去され、十畳ほどのシンプルな空間になっている。また、この部屋と廊下を繋ぐ出入り口も埋められている。

 

 これは完全なる特例であるが、サポート科担当教師のヒーロー、マスター・パワーローダーがぜひにと後押ししてくれた結果である。彼はドロイドや翻訳機の開発者が父上ではなく私であることを薄々察しているようで、私には開発環境を整えてやるべきだと熱く力説してくれたらしい。

 合宿のとき、通信で顔合わせをしたときからやけに彼は親身になってくれたので、感謝しかない。まあ、今年入ったサポート科の問題児に対する抑えとして期待されているような節もあったが……それはもしや、体育祭で唯一最終トーナメントに上がってきたハツメのことだろうか。

 

 まあ、それについてはあとあとパワーローダーの工房にお邪魔すればわかるだろう。

 

 ともかく部屋である。が、基本的にはS-14Oにお任せだ。部屋に届いていた荷物の一つを開封して、彼女を起動すればあとは自動でやってくれる。

 もちろん彼女一機ですぐに終わる量ではないので、私も手伝うが。私が動かすのは、主に工房に入れる機材や資材だ。こちらは下手に他人に触れられて何かあっても困るからな。

 

 とはいえ、私室のほうで使うものはあまり多くない。なので、そちらが終わったら14Oにはヒミコを手伝いに行ってもらうとしよう。

 

「コトちゃーん、終わったー?」

「ああ、大体のところは。君も終わったんだな」

「うん! 14Oちゃんのおかげでとんとん拍子」

 

 そうこうしているうちに、ヒミコがひょっこりと顔を出した。にんまりと笑っている。かわいい。

 

 時計を見れば、まだ三時くらい。途中でトドロキが件のハツメ由来のトラブルに巻き込まれたため、助けに行くということもあったが、それでもお互いにだいぶ早く終わったようだ。

 

「このあとはどうする?」

「うん。お菓子作ろうかなーって」

「菓子?」

 

 私の問いに、ヒミコは後ろ手に持っていたレシピ本を前に出して見せた。

 主に洋菓子がつづられているらしいそれに、私は首を傾げる。確か、買ったはいいが作る時間があまり取れないから活用される機会がなかったものではなかっただろうか。

 

「うん。あのね、ここのご飯ってランチラッシュが作ったのが届けられるでしょ? なら、ご飯作る時間が減るなーって思って」

「ああ、なるほど」

 

 ルームシェアをしていた頃、私たちの食事は14Oとヒミコが作っていた。最近はヒミコが担当する比率が増えていて、彼女は立派な料理上手と化しているのだが……この寮では、彼女が述べた通りランチラッシュの食事が給されることになっているので、基本的に料理をする必要はない。

 しかし和食と洋食が選べる以外は献立がお任せであったり、提供できる数の上限が決められていたりするし、私にとって一番好みの味付けがヒミコのそれで固定されてしまっているので、今後も彼女は作り続けると宣言している。それでも、今までより作る量が減ることは間違いない。

 

「その浮いた時間で、菓子を作ろうということか」

「うん。ランチラッシュのご飯にデザートはつかないみたいですし」

「そうか。となると、私はますます君から離れられなくなるわけだ」

 

 食事のみならず、菓子まで私好みの味付けのものを給されたらもはやどうにもなるまい。

 

「うん、ぜーったい離さないから」

 

 そして返事がこれなので、私は苦笑いを浮かべるしかない。

 まあそんな反応をしつつも、私自身彼女から離れようとは思っていないので、ポーズのようなものだが。

 

 ともかく、椅子に座ったヒミコの膝の上に座る。そのまま二人でレシピ本を開いた。

 

「コトちゃん、何か食べたいデザートってあります? ソフトクリーム以外で」

 

 私が一等好む菓子を禁止されたのは、別にそれを作れないとか面倒だからとかそういう理由ではない。単純に、最近業務用のソフトクリーム用機械を入手したのでそれを寮にも持ち込んだからである。

 つまりいつでも食べられるので、あえて作ってもらう必要はないのである。まあ共同スペースに設置する予定なので、残量は気にしなければならないだろうが。

 

「うーん、そうだな……」

 

 ぺらぺらとめくられる本の中を順繰りに眺めるが、気になるものが多くて困る。相変わらず、この星の食文化は豊かだ。ざっと見た限り食べたことのないものはないのだが、だからこそ余計に決められない。

 

 結局決められないまま最後まで行き、最初に戻って……を数回繰り返したあと、私は諦めることにした。用意する側にとっては面倒な話かもしれないが、すべて任せることにしたのである。

 

「んーん、気にしないで。じゃあ……そだなぁ、初日で材料もあんまり整ってないし、プリンにしよっかなぁ。どーお?」

「プリン……うん、いいと思う」

「ん、おっけー♡」

「カラメルは多めがいい」

「んふふ、お任せなのです」

 

 そういうことで、ヒミコは早速調理場に向かいプリンを作り始めた。

 私も一緒にそちらへ移動したが、調理には何一つ貢献できない身なので、共同スペースに持ち込まれたソフトクリーム機やマンガなどの娯楽品の確認を行うことにする。

 

 なお、14Oは元々住んでいたアパートに戻している。何分あちらはまだ片付いていないからな。I-2Oともども、もう数日はあちらにいてもらう必要があるだろう。

 

 と、そうして私のやれることがすべて終わり、プリンの蒸し工程中で多少暇をしているヒミコと談笑していたときであった。

 

「あれ、増栄さんにトガさん」

「二人とも早ぇーな!」

「もう終わったのか?」

 

 オジロとカミナリ、それにショージが連れ立って共同スペースにやってきた。

 

「ああ。君たちもか?」

「おう! っつっても、俺は飯田たちに手伝ってもらわなかったらもっとかかってただろうけどな」

 

 私の問いにカミナリが答えるが、そのイイダの姿は見えない。

 この疑問には、オジロとショージが答える。

 

「ああ、委員長ならまだ部屋作り終わってない人を手伝いに行くってさ」

「俺たちも同行しようとしたのだが、一部はあまり部屋を見られたくないのか遠慮されてな。となると、部屋の広さからして人数が多いとむしろ邪魔になる」

「なるほど。まあ、自室というものはプライベートな空間だからな。抵抗があるものもいるだろう」

「それなー。……お? こんなとこにマンガの棚なんてあったっけ?」

 

 ソファにカミナリが腰を下ろす。と同時に、私が設置した本棚を見つけて目を丸くした。

 

「私が家から持ち込んだものだ。部屋に置くスペースがなかったから、いっそ誰でも手に取れるようにと思ってここに設置させてもらった」

 

 許可はもらっているよ、と説明すると、三人から少し驚いたような顔を向けられた。

 

「え、ってことはこっちのアニメとか映画のブルーレイが入ったのも?」

「ああ、私が持ち込んだ」

「マジ? 意外ー!」

「そうだな……お前はこの手のものには興味がないものと思っていた」

「言わんとしていることはわかる。まああれだ、この星の文化と人間心理の研究のためにな」

「えぇ? マンガで勉強になるもん?」

「意外とバカにならないぞ」

「……あー、言われてみれば確かに。マンガもアニメも映画も、わりと硬派なやつが多いね」

「納得した」

 

 ショージの頷きに応じる形で頷いた私であった。

 

 と、彼の視線が私からずれてヒミコに向かう。

 

「……トガは何を?」

「プリン作ってます!」

「プリン!? マジ!?」

 

 ヒミコの返事に真っ先に反応したのは、カミナリだ。

 

「時間が余ったので。お菓子作ろうって思ったのです。ランチラッシュは基本デザートまではつけてくれないみたいですし」

「ひゅー! さすがの女子力!」

「すごいなぁ。でもなんか見た感じ、結構な量じゃない?」

「慣れてるのでー。大丈夫、みんなの分もちゃんとありますよぉ」

「ああ、そういえば合宿のときもすごかったね。なるほどなぁ」

「……そういうことなら、俺たちも楽しみにさせてもらおう」

 

 そしてなぜか、三者三様ながら生暖かい微笑みを一斉に三人から向けられる私であった。本当、なぜだ。

 

「あ、そうそう。そこの機械はソフトクリームマシーンなのです。さっきセッティングしたばっかなので食べられるようになるまでもうちょっとかかると思いますけど、夜ご飯までには食べられるようになるはずですよ」

「え!? これが!?」

「なんでそんなのがあるの……」

「……ソフトクリーム……甘い菓子……まさか……」

 

 ここで改めて、三人から生暖かい視線を向けられる私。だからなぜだ。

 

「んふふ、三人ともぴんぽんぴんぽんだいせいかーい。コトちゃんの大好物なので、持ってきちゃいました」

「マジか!? 剛毅だな!?」

「これどう見ても業務用だよね……? どこからそんなお金が……」

「……体育祭のときにお邪魔したときは、なかったと思うが……」

「言っておくが、私が購入したわけではないぞ」

 

 具体的には、父上からの今年の誕生日プレゼントである。政治的な理由とはいえ、この歳で仮免許を得たことに対する褒美でもあるらしいが……いずれにせよ絶対に安いものではないだろうに、いきなりぽんと与えられて私も困惑した。

 

 まあ、それはそれとしてありがたく頂戴したが……そういうわけなので、実はまだ手に入れてから二週間も経っておらず、何なら一度も使用したことがない。

 

「パパさん……さすがの元プロヒーローも父親なのね……」

「……八百万さんほどじゃないけど、増栄さんとこも結構なお金持ちなんだね」

「さすがは大発明家と言ったところか……」

 

 彼らの様子から言って、やはりソフトクリームの業務用機械はやりすぎらしい。薄々そんな気はしていたが、父上はいわゆる親バカと呼ばれる人種なのかもしれない。

 

 とはいえ、もらってしまったものは仕方がない。機械なので腐ることはないが、目的あって製造された機械を使わないでおくのはかわいそうだし、何よりもったいない。

 別に、私がソフトクリームを堪能したいからではない。ないのだ、本当に。

 

「……まあそういうわけだから、みなソフトクリームはいつでも好きに食べて構わない」

「マジ!? いいの!?」

「ああ。だからこそここに置いたんだ。大丈夫、私の持ち物だからな。清掃や補充は私がやるよ。メンテナンスもな」

 

 正確には、メンテナンス以外は14Oが、だが。

 

「やりぃ! 食えるようになったら早速試してみよっと!」

「……俺も、ちょっとほしいかな」

「コーンもありますよぉ。ここでーす」

「……用意がいいな」

「ソフトクリームはコーンと合わさって完成するものだと思っている」

 

 みたび、三人から生暖かい視線が集まった。だから、なぜなんだ。

 

 だが、このあと他の男子たちも次々に合流してきたのだが、そのたびに同じことを説明し、同じようなリアクションばかりを受けることになった。

 

「解せない」

「よしよし」

 

 そしてむすくれる私の隣で、ヒミコがくすくすと楽しそうに笑っていたのだった。

 




改めまして、新年あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、ボクとボクの作品をよろしくお願いいたします。

原作で二階部分に配置された女子がいなかったのは、絶対二階に峰田がいるからだと思ってます。
その周りも峰田に迎合しない、もしくは彼に対処できるであろう面々で固められてるから、A組メンバーの配置は相澤先生が意図して決めてるのは間違いないでしょう。
その上で本作ですが、原作より多い二人を峰田のいる階に配置した理由は、相澤先生の目から見て理波とトガちゃんだけは峰田が性的な目で見ていないと判断されたからです。
相澤先生はなんだかんだでちゃんと生徒を見てるので、そういう判断するだろうということで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.部屋王決定戦

 夜になってある程度経った頃。共同スペースにプリンがある旨の伝言を残して、私とヒミコは部屋に戻っていた。

 

 そして二人で……その……あれだ、椅子に座ったまま身体を寄せ合って愛し合っていたときである。バクゴー以外のクラスメイト全員がこの部屋に向かってきていることに気づいて、私たちは取り繕うべく大慌てで身体を離して動き始めた。

 首筋の吸血痕を増幅で治し、興奮状態になりつつあった身体をマイナス増幅(疑似のほう)で鎮静化させ、ものの弾みで乱れた机の上を片付け、ついでに念のため消臭スプレーを軽く振りまく。

 

 一応言い訳をさせてもらうと、私は勉強をしていたのだ。しかしほどなくしてヒミコがしなだれかかってきて、けれどこれくらい邪魔になるわけでもなし、と抵抗しないでいたらいつの間にかずるずると……。

 

 ともかくそういうわけで、片付けを終えた私は机に向き直り、開かれてさほど間を置かずに放置されていた参考書と問題集に改めてペンを向けた。

 一方ヒミコは何食わぬ顔でカーペットに寝そべり、タブレット端末でレシピを検索する体を取る。

 

 直後、部屋の扉がノックされた。

 

 ……危なかった。吸血の段階だったからすぐに対処できたが、これがその先まで至っていたらどうしようもなかっただろう。あと、クラスメイトたちが先にヒミコの部屋に行って反応待ちをしてからこちらに向かってきてくれていなかったら、間に合わなかった。立地に助けられた。本当に危なかった。

 

 と、そんな焦燥などはおくびにも出さず、勉強する私の代わりという体でヒミコが出迎えに向かう。

 

「はーい?」

「あれ、トガっち?」

「なんでここにいるの?」

「遊びに来てたんですよぉ」

「そっかー、それで部屋におらんかったんや」

「……にしても、みんな揃ってどーしたんです?」

 

 入口のほうに顔を向けてみれば、感じた通りバクゴー以外の全員が揃っているようであった。

 とりあえず私もペンを置き、扉の方へ向かおう。

 

「あ、うん! 実は今、部屋王決定戦ってのやってて!」

「……部屋王?」

「なんだそれは」

「えっとねー……」

 

 アシドとハガクレが語ったところによると。

 クラスメイトの部屋を見て回り、誰のインテリアセンスが最も優れているのか競おうということらしい。男子棟は一通り見てきたので、今は女子棟を見に来たところだという。

 

「連絡は入れたはずなんだけど」

「届いてなかった?」

 

 言われて端末を手に取ってみれば確かに、私にもヒミコにもメッセージが届いていた。

 

 うん。そういうことを始めかけていたので、まったく気づかなかったわけだな。

 

「……すまない、気づいていなかった」

「ごめんなさーい」

「ああいいのいいの、こっちこそ押しかけてごめんね!

「でもさ、よかったら見せてほしいなーって! すぐ終わらせるからさ!」

 

 歯を見せてにっと笑い、請うように手を合わせるアシド。これに応じて、ほとんどの人間が期待を込めながら頷いているようである。

 

 まあ、別に見られて困るものはない。工房は少々企業秘密というか、漏れては困るものもあるが……それは主にコンピューター内の情報という形なので、見られることはないだろう。そもそも装置の外観を見ただけでどういうものか理解できるほど、工学方面に明るいものもいないはずだし。

 

「構わないが……私のインテリアセンスは大したものではないぞ」

 

 と答えながら、部屋にみなを招き入れる。

 

「……ホントだ、案外普通って感じ?」

 

 先頭切って入ってきたアシドが、わりと遠慮なく言う。なぜかオジロが嬉しそうだ。どうやら女性陣に色々と言われたらしい。私からは何も言うまい。

 

「どっちかっつーと、男子っぽくね?」

「地味だよね☆」

「自覚はしている」

 

 私のこの言葉に、女性陣が食い気味にカミナリとアオヤマへ抗議する。私は別に構わないのだが。

 

 しかしこういう扱いを見ると、今の私は実力どうこう関係なく、保護されるべき年齢なのだなぁと改めて思う。同時に、オジロのことも案じてやってほしいとも思うが。

 

「構わない。というか、カミナリとアオヤマの言わんとしていることは私も少々思っていたから、気にしないでくれ」

 

 私くらいの女児であれば、ぬいぐるみなどが並ぶのが普通だろうか。少なくとも、色合いはもう少し華やかなのだろうな。それがきっと、普通なのだと思う。

 しかし、その手の趣味嗜好については前世の男性性が残っているからか、最初から選択肢になかった。そもそも、ジェダイとしての感性がそういう飾りは不要だと判断しているということもあるし。

 

 なので私の部屋で明確に飾りと言えるものといえば、デジタルフォトフレームくらいである。映し出されるのは、入学以来撮影する機会があったA組の写真だ。

 

「この写真、素敵ね。I・アイランドのときのものだけじゃなくて、他にも色々あるのね」

「ありがとうツユちゃん。まあ……なんだ、君たちとの時間は私にとってそれくらい有意義なものだということだよ」

「ケロケロ……どういたしまして。……ねえ理波ちゃん。この写真、いくつか分けてもらってもいいかしら」

「もちろんだ」

「あ、俺も欲しい!」

「私もー!」

 

 と、そんなやり取りにキリシマらも便乗して少し盛り上がったのだが。

 

 体育祭の打ち上げ時や、合宿直前の集合写真を見たアオヤマの心が、突然激しく乱れた。急にどうした?

 

 そう思って、心配ゆえに心の中を少しだけ覗こうとしたが……動揺は直後に押し込められ、すぐに立ち上がった心の壁に拒絶されて失敗した。

 

 この壁は”個性”ではない。これは内心を必死に守ろうとしている人間の反応だ。ジェダイに読心能力があると知った人間……特に後ろ暗いものがある人間は、こういう反応をするものが多い。

 実際にはよほど油断か信頼をしている相手、もしくは取り乱している相手でないと明瞭に心を読むことはできない。だからこういう過剰な反応こそ、何か後ろめたいものがあると教えているも同然なのだが。

 

 しかし、以前はアオヤマからこんなものは感じなかった。一体何を隠しているのだろう?

 あるいは、以前から秘めたことはあったが、心境の変化などによって隠しきれなくなったのか。きっかけが写真というのはよくわからないが。

 

 ただ、これ以上やろうとするのは難しい。人知れずできることでもないし、クラスメイトを疑うのもあまりやりたくはない。

 いずれにせよ、大勢の前で明らかにしていいことではないだろうし、しばらくは様子見かな。

 この件は一旦私の内にしまっておくとして、話を戻そう。部屋の内装についてだ。

 

 私の部屋で一番スペースを取っているものはベッドだが、ロフトベッドを採用している。フレームは落ち着いた色合いの木製で、荷重は二人で()()()使うことを想定して多めに取っている。

 代わりと言っては何だが高さは低めであり、ヒミコが立ち上がっても天井にはかろうじて頭は届かない。またベッドの下にはテレビと周辺機器、あとは細々とした小物を収めた棚が置いてある。

 

 反対側には勉強用の机が置いてあるが、ここに収まっている椅子は最高品質の逸品だ。長時間座っていることを想定したものであり、テレビを見るときはこれの向きを反転させるのだ。

 

 ちなみにこれもヒミコと二人で使うことを想定しているので、かなり大きめである。あくまで一人用ではあるので、二人で使うときは先にした通りヒミコが座り、私はその膝に座る形になる。先ほどはその状態で、その……うん。

 

 ……あとは、本棚が二つ。本棚の中身は色々あるが、その大半はデータで販売されていないものだ。それ以外は実家に送ったか、共同スペースに移したか、データで保管している。

 

「思ってたより本が少ないと思ったら、そっかデータかー!」

「本はいいものだが、スペースを取るからな。可能な限りデータで所有することにしているんだ。データのほうが慣れているということもあるが」

「電子時代の申し子……」

「なるほど、電子書籍か……両親に相談するべきか? 俺も本が場所を取ることは気にしていたんだ」

「飯田くんの部屋、本でぎっちりだったもんね……」

「メガネもいっぱいやったけどね!」

「私も検討してみようかしら……」

「ヤオモモの部屋も本いっぱいなイメージある」

「それなー」

 

 ああ、確かにそれは目に浮かぶようだな。

 

「……ところで、ミネタは何をしているんだ?」

「さあ?」

「アイツの考えることはたまによくわかんねーんだよな」

「まあでもいつもの峰田だろ」

 

 部屋の入口で立ち止まったまま、目をふさいでいる峰田である。何がしたいんだ。

 いや、彼からは「百合の間に挟まるわけにはいかない」という強固な意思が漏れ出ているのだが、その意味がよくわからないのである。相変わらずと言っていいのかもしれないが、彼の思考が少しわかったかと思えばこれである。彼のことを真実理解できる日は、来ないのではないだろうか。来てもそれはそれで困りそうだが。

 

「ところで、そろそろツッコみたいんだけど……」

 

 と、ここでジローが声を上げた。彼女の視線がこちらに向いたが、身体はこちらを向いていない。

 彼女が向いているのは、他の部屋にはないであろう扉だ。

 

「……この扉、何?」

「ああ、そこは工房だ」

『工房!?』

 

 全員がざわついて、私を凝視してきた。そう驚くことだろうか。

 

「私はサポートアイテムにまつわるライセンスも取ろうとしているからな。マスター・パワーローダーが後押ししてくれたんだ。作業部屋は持っていたほうがいいとな」

「お……おお……なる、ほど……?」

「えっ、いや、待て待て、それってつまりサポート科を兼ねるってことか!?」

 

 キリシマの言葉は訂正するほど間違っていなかったので、うんと頷く。

 すると、全員が改めて驚きの声を上げた。そうしてひとしきり驚いたあとは、感情が一周回ったのか感嘆のため息があちこちから漏れ聞こえるようになる。

 

 うん……やはり、ヒーロー科とサポート科の兼任は相当に難易度が高いのだろうな。

 だが前代未聞ではないのだよなぁ。父上がそうだし、パワーローダーもそうなのではないだろうか。

 

「増栄さんは本当にお父さんを尊敬しているんだね……!」

 

 なおミドリヤは普段通りであった。まあ、こちらも訂正するほど間違ってはいないし、構わないのだが。

 

「な、なあ、中って見てもいいもんか?」

「構わないが……不用意に触れるのだけはやめてくれ」

 

 どこかワクワクした様子のキリシマに頷いて、私は工房の扉を開けた。

 

「お、おお……!」

「これはまた、なんとも……」

「パソコンがたくさんある……」

「よくわかんないけど、機械もいっぱいだぁ!」

「すっげぇ、なんか秘密基地みたいでわくわくすんな!」

「まばゆくはないけど、浪漫はあるね☆」

「サポート科の寮って、もしかしてこんな感じやったりするんかなぁ」

 

 工房の中を見渡して、みなが口々に言う。

 サポート科の寮についてはわからないが、工房は大なり小なりこんなものではないだろうか。というか、ある程度文明の形態が近いのであれば、どの星でも同じようになると思う。

 

「見たところ、作りかけらしき機械がありますわね。あれはサポートアイテムですの?」

 

 と、ここでヤオヨロズが声をかけてきた。床に無造作に置かれている失敗作を示しながらだ。

 工房内にはいくつか異なる種類の機械が置いてあるが、彼女が示したものは……。

 

「いや、あれは試作品の失敗作だな。必要なデータは取れたから、あとは解体して使えるパーツを回収している途中なんだ」

「試作品の失敗作って……随分と大きい機械だけど、何を造ろうとしてるの?」

 

 私の回答に、ミドリヤがこちらを見ることなく問うてきた。彼は見下ろす形で失敗作をまじまじと眺めている。

 

「リパルサーリフトだ。だがエネルギーの確保で折り合いがつかなくてな」

 

 いまだ核融合に到達していないこの星の技術では、リパルサーリフトを安定的に動かすことは難しい。ただ動かすだけなら一応なんとかなるが、大量の電力をとんでもない勢いで消費してしまうのだ。

 

 ドロイドやライトセーバーを造ったとき、併せてパワーセル(銀河共和国のエネルギー蓄積装置。地球の電池とは比べ物にならない)も開発しているのだが、それでは足りない。充電式にしようとすると、今度はかさばる。過剰な大型化を避けた上でリパルサーリフトを満足に動かすためには、エネルギーを生み出すジェネレーターがどうしても必要不可欠なのだ。

 そもそもの話、リパルサーリフトはただ浮揚するだけの機械ではなく、推進装置もセットで語られるものだ。それを乗り物……リパルサークラフトにしようとすると、相応のエネルギーを必要とするのである。

 

 が、さすがの私もこれはどうにもならない。

 絶対に造れないとは言わないが、燃料がな……。調べた限り地球にはプラズマ資源がないので、造ったとしても稼働させられないのだ。いやまあ、あったとしても採掘・精製する技術も機材も人手もないのだが。

 

 おかげで飛行機に代わってリパルサークラフトを普及させようなど、夢のまた夢と言わざるを得ない。となると、この際核融合を実現させるしかない……が、そんなことをしている時間はないので、ひとまずリパルサーリフトを組み込んだ担架から始めようと結論づけたのが昨夜のことである。

 

「りぱるさーりふと?」

「細かい説明は省くが、要するに反重力装置だ」

『うええ!?』

 

 私の説明に、男性陣がどよめいた。そういえば、彼らには話したことはなかったか。

 

 一方、生暖かい目を向けてきたのは女性陣である。

 

「あーっ、I・アイランドのとき話してたやつだ!」

「ケロ。本当に着手していたのね」

「それほど飛行機がお嫌だったのですね……」

「有言実行の女だなぁ!」

 

 そしてこの言われようである。

 

 この反応に何かあるらしいと察した男性陣が目を向けてきた。

 

「増栄ちゃんね、飛行機が苦手なんだって」

「苦手なのではない。信用できないだけだ」

「いや、だからって色々飛び越えていきなり反重力装置はさ……こう、ネズミ退治に地球破壊爆弾持ち出すようなものでしょ……」

「ぐぬ」

 

 ジローの言葉に思わずひるむ。私はそこまでのことをしているだろうか。本当に?

 

 思わずヒミコに振り返る。彼女はくすくすと笑っていたが、慈愛の微笑みを浮かべると私の頭を優しくなでる。

 

「だいじょぶですよぉ。コトちゃんはただ、安心安全な乗り物を作ってあげたいだけだもんねぇ。立派ですよぅ」

「う、うん……」

 

 そうだよな?

 私は別に、そんな子供じみたことなどしていないはずだ。うん、そのはずだとも。

 

 よし。

 

 ということで、改めてみなに顔を向ける。

 が、その先では、なぜか微笑ましく私を見つめる女性陣の姿が。

 

 本当になぜだ。転居してまだ半日程度しか経っていないのに、なぜかくも私は愛玩される幼児のごとき扱いを何度も受ける羽目になっているのだ?

 

 これからの共同生活が、少し不安になった私であった。




【没ネタ・部屋王決定戦に理波たちが最初から参加していた場合の話】
「楽しくなってきたぞ! あと二階の人は……」

 三つの部屋を確認し、目に見えて楽しそうなウララカはそう言いつつ、途中で言葉を切った。
 彼女が続きを言うまでもなく、この場の全員がそちらに気づいていたからだ。

 全員の視線が向かう先。そこには扉を開け放ち、顔だけを覗かせているミネタの姿が。

「入れよ……すげえの……見せてやんよ」

 彼は目を血走らせながら、人差し指をくいくいと動かして誘ってくる。

 が、その誘いを受けるものはいなかった。いないどころか、全員が完全に無視を決め込む始末である。

「三階行こう」
「うん」
「入れよ……なァ……!」

 それでもなおすがろうとする彼の姿があまりにも哀れだったので、私はため息をつきながらもそちらに身体を向けた。

「ではお邪魔しよう」
『……え!?』

 すると途端に全員が驚愕の顔を浮かべて私を見た。そして固まった。

 ……なぜだ。というか、誘った側のミネタも硬直しているのはどういうことだ。

「ちょ、やめときなよ増栄。どうせろくなもんないって」
「どうだろうな? 実際に見てみなければそれはわからないだろう。この星ではシュレディンガーの猫というのだったかな」
「それはそうかもだけど……」

 ジローにそう返しつつ、私はミネタのほうへ向かう。

 彼の顔色が、思考に同期してコロコロと変わっている。思考が乱れているせいで、どういう心境なのかはわからない。
 わからないが、誘われているのだから別に中を見ることに問題はないだろう。そう思い、私がミネタの横を通過しようとしたときである。

「ヤメロオオォォォ!!」

 当のミネタに、凄まじい勢いで部屋から遠ざけられた。

「やめろ! ダメだ!」
「なぜだ。君から誘ったんじゃないか」
「ダメだ! お前にはまだ早い!」

 拒絶するような物言いだが、そこにはある種の義務感というか使命感が垣間見える辺り、彼もやはり一応はヒーロー志望か。まあ、最初から誘わないでもらいたかったところだが。

 しかし彼の思考の意図がある程度わかるのは、やはり私が性経験を得てしまったからだろうなぁ……。彼の部屋にはきっと、その手のものが大量にあるのだろう。

「さすがの峰田も、十一歳児にエロコンテンツを見せびらかさないだけの理性はあったか……」
「いや、すごい葛藤してたよ」
「結構な時間悩んでたよね、アレ」
「顔もすごかったよねぇ」
「ケロ。百ちゃん、判定は?」
「……執行猶予つきで有罪、でしょうか」
『異議なし』

 そんな私の後ろでは、女性陣が判決を下していた。

 なお、ヒミコは「峰田くん、何か使えそうないい道具とか持ってないですかねぇ」などと末恐ろしいことを考えながら、ニコニコと無言で立っていた。

【没ネタ終わり】

ボクも勘違いしていたのでここで改めて訂正の説明をするのですが、

リパルサーリフト:リパルサーフィールドという反重力放射によって物体を浮揚させる技術のこと。
リパルサークラフト:リパルサーリフトを利用した乗り物のこと。リパルサーリフト・クラフトとも。

らしいのですね。
つまり、リパルサーリフトが反重力装置、リパルサークラフトがそれを積んだ乗り物、という感じで。
なので、過去の話でこの単語が出た回を修正してあります。
わかりづらくて申し訳ないのですけど、スターウォーズの設定はそうなってるので、仕方ないのです・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.編め必殺技

 朝が来た。いつも通り、アラームが鳴る前に目が覚めた。

 端末に手を伸ばしてアラームを切りながら、身体を起こす。はらりと落ちた薄い掛布団から、隠すものなき上半身が露わになる。

 

 そうして伸びをして。次いで隣に目を向ければ、そこには全裸のヒミコがいた。

 

 もちろん、と言うべきか。私も上半身のみならず、下半身も隠すものは何もない。

 

 そんな己の身体をちらりと見て。

 

「……結局こうなるのだな」

 

 私は思わず、ため息交じりにひとりごちた。

 

 まあ、うん。そういうことである。昨夜、部屋王決定戦とやらが終わって少ししてから、改めて押し倒されたのだ。で、そのままなし崩し的にこうである。

 どうも私の意思は豆腐よりも貧弱らしい。以前に私は、ヒミコに求められたら拒めないだろうと推測していたが、その通りだったということである。

 

「……ヒミコ、起きろ。朝だ」

 

 しかしともかく、朝である。今日からまた学校に通わなければならないのだから、動かなければ。

 

 ベッドは……まあ、初めて致したときよりはだいぶマシか。あの日ほど長時間しなかったのもあるが、脱ぎ捨てた服を重ねて下敷きにしたのが功を奏した。今後はここに、バスタオルなどを用意すればより良いだろうか。

 

 ただ、全身がべたついていて見た目的にも臭い的にも、人前に出られない状態であることには変わりない。これは、風呂だな。朝風呂は身体に悪いらしいから、シャワーか。

 しかし朝食の時間も考えると、悠長にはしていられない。

 

「んむぅ……コトちゃぁん……」

「ああもう、ほら、起きたまえ。そういうことは昨夜十分したじゃないか……」

「んー……」

 

 まだ半分ほど夢の世界にいるヒミコが、抱き着いてきた。

 そのまま離れようとしないので、仕方なく彼女を抱き上げると、そのままベッドから飛び降りる。そうして脱ぎ散らかしていた昨夜の寝巻きを簡単にまとって着替えを取り、一路風呂場へ向かった。

 

 まだほとんどが寝ている時間帯だ。例外は朝からランニングに出たミドリヤ、それにクラス一真面目なイイダくらいだから全裸のままでもいいかと一瞬思ったが、私はともかくヒミコの裸を余人に見られる可能性は排除せねばなるまい。

 

 そうして私は、夢うつつなヒミコを風呂場に連れ込み共にシャワーを浴び、身支度を整えたのであった。

 

「やあ増栄くん、渡我くん、おはよう! 早いんだな!」

 

 そして風呂場を出たところで、イイダと出くわした。彼は早いと言うが、彼自身も十分早い。

 

「おはようございまーす」

「ああ、おはよう。寝汗をかいてしまったのでな、少し早めに起きてシャワーを浴びていたんだ」

「なるほど! エアコンがあるとはいえ、日本の夏は暑いものな!」

 

 と、さも何もなかったかのように振舞いながら言葉を交わし、食卓へと向かった私たちなのであった。

 

 ちなみに昨夜の部屋王決定戦では、セロがその玉座についた。なので、昨夜ヒミコが作って余っていたプリンを朝食のデザートとして進呈しておいた。

 まあ、なぜかセロからは申し訳ないからと返されたのだが。彼はあまりプリンが好きではないのだろうか?

 

***

 

 さて、食後は登校である。

 世間的には夏休みなのだが、他科よりも必要な授業の数が多く設定されているヒーロー科は夏休みが短い。何より、中断を余儀なくされた特訓を再開しなければならないということで、例年に輪をかけて短い夏休みとなっているのだ。

 

 そういうわけで、さほど久しぶりという気がしないA組教室にて。教壇に立ったマスター・イレイザーヘッドと、私たち生徒は対面していた。

 

「昨日話した通り、まずは仮免取得が当面の目標だ」

『はい!』

「ヒーロー免許ってのは人命に直接関わる責任重大な資格だ。当然、取得のための試験はとても厳しい。仮免と言えどその合格率は例年五割を切る」

「仮免でそんなきついのかよ……」

 

 イレイザーヘッドの淡々とした説明に、ミネタのおののく声が聞こえた。彼と同じような感想を抱いたものも、それなりにいるようだ。

 

「そこで今日から君らには、最低でも二つ……――」

 

 まあ、イレイザーヘッドは生徒のそんな心境には斟酌しないのだが。

 彼はやはり淡々と説明を続けながら、ここでふと扉のほうに視線を向けつつ指を動かした。

 

 すると扉が勢いよく開かれ、ミッドナイト、エクトプラズム、セメントスの三人が威風堂々と入ってくる。

 

「――必殺技を作ってもらう!」

 

 そして同時に放たれたイレイザーヘッドの言葉に、クラス全体がどっと湧いた。

 

『学校っぽくてそれでいてヒーローっぽいのキタァァ!!』

 

 ……後者はともかく、前者はそうだろうか? 学校とは、それほどまでに必殺技と縁深い場所だったろうか?

 

「必殺技! コレスナワチ必勝ノ型、技ノコトナリ!」

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない。戦闘とは、いかに自分の得意を押しつけるか!」

「技は己を象徴する! 今日日必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」

 

 だが私が首を傾げる間もなく、教師陣が次々に言葉を紡いでいく。

 

「詳しい話は実演を交え、合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館ガンマに集合だ」

 

 というわけで、私たちは体育館ガンマへとやってきた。

 

 ここでイレイザーヘッドからされた説明は、主に合宿のときに私とバクゴーにされたものと同じであった。すなわち、それを使えば戦況を動かせる技、型こそが必殺技であり、それを作れと。

 ゆえに、与えられた課題も同様である。だが”個性”伸ばしの特訓だった合宿は中断されてしまっているので、私とバクゴー以外は”個性”伸ばしの訓練も並行する形となった次第だ。

 

 ちなみに、合宿のときに私たちの相手をしたB-8Tも動員されていた。試作した技を試す相手はエクトプラズムの分身体がいるので困らないが、一定のダメージを与えると消えてしまうので、本気のスパーリングをするとき専用という感じだ。

 まあタイプティーチングであるからして、それ以外にも戦闘に関する立ち回りを指導することもできる。その手の情報はすべてインプットされているから、教師陣と一緒に生徒を見て回るようだ。

 

 と、言ったところで私であるが……実のところ、マイナス増幅のために”個性”を伸ばす段階から抜け出せていない。そのため、基本的に食事と”個性”発動を延々と繰り返している状態だ。なので、発動機序が似ているヤオヨロズと同じ場所で訓練を繰り返すこととなった。

 一応、ライトセーバーの光刃を伸ばして行う遠距離攻撃は、必殺技として認定されたようなので最低限のノルマはクリアしていると言えるが……そちらはメインではないので。

 

「やってるねぇみんな!」

 

 と、そこにオールマイトがやってきた。

 

「私が――呼ばれてないけど今日は特に用事もなかったので、来た!」

 

 つまり暇だったらしい。まあしかし、トップヒーローが暇なのはいいことだ。

 

 彼はそのまま教師陣に合流し、生徒一人一人にアドバイスをして回るようだ。彼の普段の授業風景を見るに、彼のアドバイスがどこまで有効かは少々あやしいところがある気もするが……そうは言っても、大抵の子供が憧れるトップヒーローだ。彼から直接声を掛けられ、状態を見てもらえるというのはモチベーションに繋がるだろう。

 

「増栄少女はどんな必殺技を考えているんだい?」

「増幅をマイナスに作用させることが直近の目標ですね。これができれば、敵の無力化も捗るはずなので」

「なるほど、それは確かに必殺技だ。完成が待ち遠しいな! うん、既に方向性が固まっているなら私が出る幕はなさそうだ」

 

 私とはそんな会話だけで終わった。彼の言う通り私は目標がはっきりしているので、今回ばかりは彼の教え方がどうこうという話ではない。

 

 と、思っていたのだが……。

 

「……今日の授業が終わったら、一人で仮眠室まで来てくれ。話がある」

「……? はい、了解いたしました」

 

 別れ際に、彼はそんなことを耳打ちしてきた。

 はて、私に何を話すつもりなのだろう。一人で……ということは、オールマイトの秘密に関わる何かだろうか。

 

 ……まあ、それはそのときになればわかることか。今考えても仕方あるまい。

 ということで、私はその後訓練に集中し、時間いっぱいまで己を鍛え抜いたのであった。

 

***

 

 必殺技開発訓練は、午前で終わりとなる。会場となる体育館ガンマは一つしかないし、そのフィールド形成を担うセメントスが一人しかいないので、午前と午後でA組B組を振り分けているのだ。ちなみに順番は日替わりである。

 

 では午後は何をするのかというと、自主訓練であったりコスチュームやサポートアイテムに関して考える時間となっている。このため、私はサポート科のマスター・パワーローダーに直接顔を合わせて挨拶するために、ヒミコとハガクレを伴って彼の工房へ向かうことにした。

 

「おーいみんなー! 工房行くんだよね? 一緒に行こ!」

「もちろんだよー!」

「わーい、お茶子ちゃん! 一緒に行きましょー!」

 

 その道行きに、ウララカとイイダが加わった。

 

「君たちもコスチュームやアイテムについて相談かい?」

「いや、私はアイテム開発についての話だな。ヒミコはただの付き添いだ」

「なるほど、君たちはある意味完成しているものな……」

「ハガクレは逆に、コスチュームの相談らしいがな」

「うん。私ね、”個性”が成長して触ってるものも透明化できるようになったから、色々付け足したくって!」

「すごいじゃないか! うん、葉隠くんのコスチュームは……最初に比べれば不安は薄れていたが、それでも色々と心配だった。付け足すのは俺としても賛成だぞ」

 

 イイダが高速で、しかし視線を逸らした状態で何度も頷くのに連動するような形で、ウララカも頷いていた。気持ちはわかるので私も、さらにはヒミコも似たように頷く。

 

 今まで触れる機会がなかったのだが、実はハガクレのコスチュームは最初期の「手袋とブーツだけ」の状態から、髪由来の繊維を用いた最低限の衣服が追加されている。確か六月の半ばからだったか。

 このため今の彼女の格好は痴女ではないのだが、それでも使える素材が限られていたこともあって、コスチュームの選択肢は決して広くなかった。”個性”が成長したことで、露出度がもっと下がるといいのだが。

 

「ねぇねぇ理波ちゃん、ちょっと相談あるんだけど……いいかな?」

「ん? なんだ?」

 

 と、話が一段落したタイミングでウララカが声をかけてきた。

 

「あのね、実は理波ちゃんのお父さんにアドバイスもらえないかなって思ってるんだけど、いい……かなあ?」

「父上に? どうしてまた」

 

 私は首を傾げる。意図がよくわからなかった。

 

「うん、あのね? 必殺技についてなんだけど……今のところは自分自身を浮かす方向でがんばろうと思ってるんだ」

「機動力を底上げするためか?」

「うん。だけどね、さっき授業中にエクトプラズム先生から、他に選択肢はあるのかって聞かれて……思いつかへんかったんよね……」

「まあ君の場合、まず相手に触れられるところまで近づかなければならないからな」

「うん。エクトプラズム先生も、思いつかないなら今あるものを伸ばそうって言ってくれたんやけど……本当にないんかなって思って。選択肢がある中で選んだのと、それしか選べんかったのって、似てるようで違うやん? でね、そんとき思ったんよ。理波ちゃんのお父さんって、そういえば重力ヒーローやったなって」

「確かに、父上の”個性”は重力操作だ。なるほどそれでか」

 

 父上の場合、重力をゼロにすることはできない。しかし増やすことと減らすことはできる。汎用性という意味では、ウララカの上位互換のようなものだ。

 そんな”個性”の持ち主である父上から、果たしてウララカに適用できるアイディアが出るのかわからないが……聞いてみて損はないだろう。

 

「わかった。では今夜、取り次いでみよう。だが、実のある回答が得られるかはわからないぞ。そこは覚悟しておいてくれ」

「うん、わかってる。そんときは素直に諦めるよ」

「ん、ではあとで私の部屋まで来てくれ。タイミングはあまり遅くならないうちであれば、いつでも構わないから」

「ありがとう、理波ちゃん!」

 

 と、話が一段落したところでちょうど目的に辿り着いた。校舎一階に設けられた、マスター・パワーローダーの工房である。

 

 が、そこには先客の姿が。

 

「あれ、デクくんだ」

 

 その先客の姿を見とめた瞬間、ウララカの心境が一気に変わった。表情もだ。

 

 嬉しそうな笑みを浮かべて、彼女は駆け出す。イイダが廊下で走るなとそれを制そうとしているが……今回ばかりは野暮というものだろう。

 

「いないと思ったら! デクくんもコス改良!?」

 

 ウララカのその言葉を受けて、ミドリヤも我々に気がついた。

 彼は工房の扉に手をかけたところでこちらに顔を向け……って、いけない!

 

「ミドリヤ、危な――」

 

 ――そして彼は私が介入する間もなく、工房から発生した爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。

 




瀬呂くんがプリンを受け取らなかったのは、渡されたときの理波の顔が(´・ω・`)だったからです。

ところでボクはデク茶を推しておりましてね。
いやまあ、トガ茶も推していますけれども。
そういうわけなので、以前どこかで書いたかと思いますが、百合のみならずこの二人を絶対にくっつけてやるぞという意思の下で本作を書いています。
いずれはダブルデートとかさせたいですね。ヒロアカのストーリーライン的に、このあとそういうことさせるだけの余地が社会からどんどん消えていくのがつらいところですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.JK二人の決意

 結論から言えば、ミドリヤは無事だった。中にいたマスター・パワーローダーやハツメも大した怪我はなかったので、爆発の威力は上手く逃がせていたのだろう。

 

 ただ、それによって吹き飛んだハツメがミドリヤを押し倒す形になったことで、心穏やかではいられないのがウララカである。彼女は能面のような顔で、ミドリヤの背中を見つめていた。

 

 一方、ハツメの豊満な胸を押し付けられる形になったミドリヤもだいぶ取り乱していたが、こちらは単に男性的なあれそれだろう。私も元男として、気持ちがまったくわからないわけではない。

 

 とはいえ、ハツメにそういうつもりは欠片もなく。彼女はあくまで機械いじりにしか興味がないようで、ミドリヤに対してもそっけなかった。

 

 ……というかハツメ、体育祭でそれなりに接点があったはずのミドリヤたち三人の名前すら覚えていなかった。いくらなんでもあんまりだと思うが、パワーローダーいわく「彼女は病的に自分本位」とのことなので、誰に対してもそんな感じなのだろう。

 それでいて、ミドリヤの口からコスチュームやアイテムの相談が出るや否や、それまでのそっけない態度を翻してミドリヤに迫る勢いである。繰り返すが、いくらなんでもあんまりだと思う。

 

 とはいえ、興味を持てる分野では天才的な素質の持ち主なのだろう。その流れの中で口に出された提案は、どれもなかなか興味深く……思わず私も身を乗り出してしまった。

 

 まあ、この件に関してはパワーローダーの仕事だ。もちろんサポート科の生徒であるハツメが、関わってはいけないというわけではないが……それでもパワーローダーの許可は必要なわけで。主導はあくまでパワーローダーである。

 

 ハーネスを限界まで伸ばしてなお前に行きたがる犬のようなハツメをなだめつつ、パワーローダーがコスチュームの改良やアイテム作成に関する説明を行う。それは合宿のときに既に聞いた話だった。

 

 要するに、コスチュームを一定以上変える場合はしっかりとした書類を作り、国に申請する必要がある。ただ、求める機能と身に着けた際の機能性を両立するデザインを考えるのはそれ専用の事務所が行うことであり、申請自体はそうした事務所が行うという話だ。

 サポートアイテムを増やすだけ、あるいはわずかな変更くらいならライセンスを持っていれば誰でも申請できるので、パワーローダーに任せればいい。父上でも可。

 

 つまるところ、パワーローダー自身はどちらかというとサポートアイテムの開発がメインなのだろう。デザインについてもできないわけではないが、そこまでやろうとするとヒーローや教員としての時間が取れなくなってしまう、とのことだった。

 

「その辺はバンコもそうだったな」

「でしょうね」

 

 ヒーローと開発者の二足のわらじは、それだけ負担が大きいということなのだろう。

 

「……ま、説明はそんなところかね。で? 誰からやる?」

 

 説明が終わり、パワーローダーが問う。これに応じて、特に求めるものがない私とヒミコはミドリヤたちに目を向けた。

 

 一方四人はというと、互いに視線で何度か譲り合ったものの、最終的にミドリヤが折れるような雰囲気で最初に口を開いた。

 

「えっと、僕は身体に負担がかからない、もしくは減らせるものが欲しいんですけど……まずは、少し前に伝手でいただいたサポートアイテムがあるので、これをサポートアイテムとして登録したいんです」

 

 そう言って彼が取り出したのは、赤い腕輪だった。だがその縁にあったスイッチを押すと、腕輪は瞬く間に右腕を覆う籠手へと変じる。

 

 見覚えがあるアイテムだ。確か、シールド女史が開発したフルガントレットだったか。I・アイランド事件のとき、ミドリヤに譲られたものだ。

 まあ、あのときは結局使う機会がなかったのだが……どうやらそのまま持ち帰ってきていたらしい。

 

「ただ一つしかないので、現時点では右腕にしか装着できなくて……可能ならこれと同じようなものをもう一つ……贅沢が許されるなら脚にもほしいなって……」

「ああ、緑谷くんはインファイターだったね。そいつの性能や仕組みに関しては取説を見せてもらうとして……方向性としては、全体的に『身体に取りつける』感じかな?」

「そうですね。あ、でもあまり動きを制限するようなものや、今とかけ離れたデザインはなるべく避けたいっていうか……」

「フム」

「なるほどなるほど?」

 

 と、要望を口にしたミドリヤに、パワーローダーが頷くのと同時。

 ミドリヤの後ろからぬっと現れたハツメが、輝くような生き生きとした顔で、ミドリヤの全身を舐めるように撫でまわし始めた。異性への耐性が希薄なミドリヤは、突然だったことも相まってすごい表情で固まってしまう。顔も赤い。本当に耐性がないな……。

 

 あと、それを目の前で見せられることになったウララカの顔色はなかなかに悪い。分類としては笑顔なのだが、ものすごく絶望的な雰囲気がある。

 

「は、発目さん……? 何を……?」

 

 それでも声をかけに行くのだから、彼女の対人能力はミドリヤの比ではないのだろう。まあ声はとても固かったが。

 

 なおそんなウララカの様子を見て、ヒミコとハガクレが「恋だ」のなんだのと小声で話し合っていた。私にはよくわからないが、二人にとっては興味深い話題なのだろう。合宿のときの女子会でもそうだったし。

 

 と、それはともかく。

 

「フフフ、身体に触れているんですよ」

「ウララカの言いたいことはそういうことではないと思うがなぁ」

 

 私は思わず声をかけてしまったのだが、無視された。なるほど、「病的に自分本位」か。

 

「はいはい……見た目よりがっしりしてますね。フフフいいでしょう、そんなあなたには……」

 

 そしてハツメが持ってきたものは、金属製のサポーターだった。ただしその趣はパワードスーツのようだ。だいぶごつい。装着したら、その下のものは覆われてしまって何も見えないだろう。

 ハツメはそれを、ミドリヤが唖然としているのをいいことにあっという間に装着してしまった。彼の腕にはフルガントレットが既に着いていて、下半身にしか取りつけなかったとはいえ、なんともまあ手の早いことだ。

 

「……増栄くんが兄さんのために造ってくれた下半身用パワードスーツに似ているな」

 

 実際に取りつけられた様を見たイイダが、顎に手を当てながらつぶやいた。

 

 私も頷く。

 

「そうだな。まあ、人間用の補助器具を造ろうと思えばどうしてもデザインは近くなる」

「ほう!? その話とても気になりますね!」

 

 が、そこにハツメが割って入る。さすがにアイテムの調整をしている状態でこちらに寄ってくることはなかったが、目が爛々と輝いている。

 

「私が造ったものは、脳からの電気信号を感知して直接動きを補助するものだ。下半身不随になった人間用だから、健常者を強化するそれとはコンセプトが違うぞ」

「なるほど、確かに違いますね! ちなみにこちらは筋肉の収縮を感知して動きを補助するものでして!」

「ふむ、つまり少ない動きで最大限の運動効果を得ようという考え方か。だが本来は全身を覆うタイプと見受けたが……」

 

 パワードスーツを部位ごとに使えるように、多少無理にでも分解したような形跡が見えるのだ。ごく一部だが、塗装が他とわずかに異なる部分がある。

 

「え、ま、増栄さん?」

「あっ、コトちゃん……」

「その通りです! 部分ごとに分解することでピンポイントでも効果を発揮できる小回りのきくハイテクっ子ですよ! 第49子を改良した第58子です! フフフフフ!」

「ということは、パワードスーツとして使っていても損傷には強いのではないか? 一般的にこの手のものは全体が繋がっていて初めて効果があるものが多いが、バラけても稼働するならダメージコントロールとして有用だろう」

「その通りです! 自信作です!」

「アイディアとしてはわかるが、実際に形にするとは……やるなぁ。この星の技術力では簡単にできるものではないだろうに」

 

 なかなかどうして、この星の人間もやるではないか。

 

 いや、そもそも地球人と共和国人の間に、生物としての能力差はさほどないのだろう。

 であれば、この手の技術は歴史の積み重ね次第。銀河共和国には宇宙に進出してからの歴史が千年以上あって、その下にも相応の歴史があったのだから、むしろ彼我の差は当たり前のこと。その中でこれほどのものを造って見せたハツメは、間違いなく銀河共和国にいたとしても大成していただろうな。

 

 私はそう思いながらミドリヤに近づき、その下半身を覆うスーツをまじまじと眺める。素材は……塗装がある分わかりづらいが、アルミがメインの合金だろうか?

 

「……よし、ミドリヤ動いてみてくれ。実際の稼働状態を見てみたい」

「え!? とめてくれるんじゃないの!?」

「? 何を言っているんだ、こんな素晴らしい装置を試さない手はないだろう」

「その通りです! ……フフフ、どうやらあなた、わかる人ですね?」

「それほどでもない」

 

***

 

 困惑しっぱなしの緑谷をよそに、あまりにも自然に発目と盛り上がり始めた理波を見たトガは口をとがらせた。

 

「あーあ、スイッチ入っちゃったのです……」

「スイッチ?」

「コトちゃん、機械いじりが趣味だから……。サポート科兼任も趣味の一部みたいなとこあるのです」

「ああうん……飛行機がイヤで反重力装置造ろうとするくらいだもんね。納得」

「……まさかとは思うが、増栄くんも発目くんと同じようなことを……」

「ちゃんと迷惑にならない範囲で収まるので、あんな子と一緒にしないでください! ……まあでも、それはそれとして、ああなったコトちゃんをとめるのは難しいのです……」

「確かにお目々がキラキラしとるね……」

「そうなのです……とっても楽しそうにするので、とめづらいのですよ……」

 

 はあ、とため息をつきながら、トガは麗日に頷いた。

 

 正確に言えば、とめる方法はある。後ろから近づいて、首筋に「かぷっ」として「チウチウ」すればとまる。

 だがそれをやると、色々とまずい。二人きりならいざ知らず、人前でやるわけにはいかない。この世界線のトガには、それを自重するだけの常識はあった。

 

「くけけ……増栄が発目を引き付けてくれている間に話を進めよう」

 

 そしてパワーローダーには、理波たちをとめるつもりなどまったくなかった。

 

 野放図に機械を造っては騒動を起こし、周囲のことなどろくに気にしないのが発目明という人間だ。開発者としての技術や思考力は群を抜くが、人間性はそれに反比例している。ゆえにパワーローダーも、その扱いにはだいぶ困っていた。

 だがあの合宿のとき、理波とリモートで会話をしたときから、予感があった。発目に匹敵する能力を持ちながら、常識をわきまえている理波なら、あるいは発目を御せるのではないか、と。御せずとも、しばらく注意を引き付けておくことはできるのではないか、と。

 

 要するに「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ」という発想だが、どうやら功を奏したらしい。発目はすっかり理波と議論に夢中であり、面倒なことを起こす気配はまったくない。

 

 巻き込まれた緑谷については申し訳ないと思うが、発目との縁故は将来的には大きな意味を持つだろう。彼女にはそれだけの価値がある。ここは耐えてほしい。

 ショベルカーのような仮面の下で、パワーローダーは神妙な顔をしつつ誰にともなく小さく頷いた。

 

「で……えーと、君は飯田くんだったね。君はどうしたいんだい?」

「え? あ、はい……俺は脚部の冷却器を強化していただきたいなと……」

 

 パワーローダーが気にせず話を進めるので、本当にあちらはいいのかと緑谷のほうをちらちら見ながら、飯田が口を開く。

 

「なるほど。それならできる……できるけど、それに頼り切りになる可能性は否定できないね。”個性”の強化も並行したほうがいいよ」

「は、それでしたら家族がみな似たような”個性”なので、今日の放課後にでも効率のいい鍛え方はないか確認しようと思っていたところです」

「当てがあるならいい。じゃ取説見せて」

「こちらでよろしいでしょうか?」

「ん」

 

 という流れで、パワーローダーと飯田も話し込んでしまった。

 結果として、トガと麗日と葉隠の仲良し三人組が浮いた形となる。

 

 けれども、トガが面白くなさそうにしつつも理波を見つめて仕方なさそうに微笑んでいるのに対して、麗日は複雑な表情で緑谷……ではなく、発目に視線を向けていた。

 

 そしてそんな二人をハガクレは色々と察した顔で眺めていたが……その視線に気づいたトガに視線を向けられると、にっこりと笑った。

 これに応じて頷くと、トガはウララカに声をかける。垣間見えてしまったウララカの心の内に、強い親近感を覚えながら。

 

「つまんないですねぇ」

「……ん……うん……」

 

 そして話題を振ったにもかかわらず、反応が鈍い麗日を見たトガは予想通りだとにんまり笑みを深める。

 

「出久くん、取られちゃいましたねぇ」

「ブッ!?」

「わあ、トガちゃん真正面から豪速球」

 

 ()()()爆弾を投下してみた。反応は劇的で、麗日は盛大に噴き出しついでとばかりにむせる。

 

 この反応に、葉隠以外のクラスメイト三人が心配そうに顔を向けた。

 彼らに対して、大丈夫だからと身振りで応じた麗日の注意は、はっきりと緑谷に向いている。トガと葉隠は、それぞれの笑みを浮かべつつも麗日の背中をさすった。

 

 そんな状況だ。意識が向いた、ということを意識してしまった麗日は一際顔を赤くして、トガにその顔を向けて抗議する。

 

「なななななっ、なん……っ、いきなり何言うの被身子ちゃん……っ!」

 

 が、その顔に説得力はなかった。耳まで真っ赤な麗日の表情はそっくりそのまま、彼女の心境の現れだ。

 わざと心の幕を開くような物言いをしたからこそではあるが、しかしだからこそトガには余計にそれが筒抜けである。

 

 麗日の深層心理は、心の奥底には、確かに緑谷の隣を取られたくないと思っている彼女がいた。その気持ちを理解しきれず、しかし投げ出すこともできず、それでいて認めきれず後生大事に抱え込んで、頬を膨らませる……そんな、ヒーローとは反対を行くような、年頃の少女が。

 

 だから、思うのだ。こんなにもかわいらしい恋心を抱いているこの親友を、応援してあげたいなと。

 好きな人と一緒にいられる幸せ、愛を分かち合い心を通わす喜びを、少しでもいいから知ってほしいな、と。

 

 それは絶対に悪いものじゃないから。大丈夫だからと……そう、教えてあげたい。

 

「えへへ、ごめんなさい。お茶子ちゃんがカァイイので、つい」

「かっ、ちょ、どゆことぉ!?」

 

 ――まあでも、今はとりあえず、ひとまずごまかしておくとして。

 

 トガは今日から少しだけ、お節介トガになろうと密かに決意した。

 

 フォースユーザーではないため彼女ほど察せられたわけではない葉隠も、過程は違えどほぼ同じ結論に達していた。だからこそ、透明な顔に満面の笑みを浮かべて成り行きを見守っていたのだが。

 

 葉隠の納得を横で読み取ったトガは、彼女と視線を合わせてどちらからともなく大きく頷いたのだった。

 




絶対にデクとお茶子ちゃんをくっつけてやるんだ(鋼の意思

なお、毎晩「かぷっ」として「チウチウ」することで強制的に作業を終了させているものとします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.彼らの”個性”について

 ハツメという少女は、確かにマスター・パワーローダーが評した通り病的に自分本位であった。言ってみればマッドサイエンティスト気質であり、それは体育祭での印象通りでもある。

 

 ただ、「悪気なく周りに迷惑をかけ得る気質」の人間を伴侶としているからか、自分でも思っていた以上に交流は滞りなく済んだ。むしろ盛り上がったと言ってもいいだろう。もちろん私が機械とプログラム、双方に詳しいからということも否定はできないだろうが。

 

 まあ、そんな私の知識も利用できる材料程度にしか考えていないようなので、パワーローダーの人物評を改める気にはならなかったが……少なくとも技術を悪用するつもりは――結果的に被害が出るとしても――ないようだし、知人として交流することに忌避感は覚えなかった。

 

 そういうわけで、ミドリヤのコスチュームの件ではハツメと延々と盛り上がってしまったが、それに見合うだけのものは出来上がるはずだ。普段からシールド女史とやり取りをしている私がフルガントレットの詳細な情報を取り寄せることに成功したので、ミドリヤも色々と納得済みである。

 ここで依頼人の要望を全面的に受け入れる辺り、間違いなくハツメは有能な技術者であろう。その上で自分の色を出そうとしているので、なおさらだ。まあ彼女の場合、それが不安要素でもあるのだが。

 

 それはさておき、工房での用事はひとまず全員済んだ。チャイムも鳴って、放課後が近くなったので、我々は工房を辞することとなった。

 

 その放課後。私はマスター・オールマイトの呼び出しに応じて、一人仮眠室へと足を運んだ。

 

 扉をノックして、入室の了承を得て中に入れば、そこにはテーブルを挟んで置かれた椅子のうち、片側に二人で並んで座るオールマイトとミドリヤがいた。

 オールマイトはトゥルーフォームである。一般的には秘匿されている姿を隠さないオールマイトに、ミドリヤがうろたえているが。

 

「えっ、お、オールマイト? いいんですかっ?」

「大丈夫だ緑谷少年、彼女は承知している」

「あ、そ、そうなんですか……」

 

 説明を受けたミドリヤは、ホッとして胸を撫で下ろす。

 

 そんな二人を眺めながら、私は概ねの状況を理解した。オールマイトに促されるまま対面に座りながら、声をかける。

 

「本日は、お二人の”個性”に関する話という理解でよろしいでしょうか?」

「えっ」

「そ、そのつもりだが……それもフォースかい?」

「この場においては単に推測ですね。そのための材料が集まったのはフォースによりますが、偶然も多々ありましたよ」

 

 たとえば我が家のドロイドの名前とか、と説明すると、二人とも納得した様子でどこか遠い目をした。

 

 フォースはもちろんなのだが、この二人は根本的に隠し事に向いていない性格なのだ。まあ、それについては触れずともいいだろう。

 

「……まあ、それじゃあ早速本題に入ろうか。……そのために、だが……増栄少女、君は緑谷少年の”個性”について、どこまで把握しているかな?」

 

 どこまで、か。

 ふむと小さく応じつつ、軽く顎に指を添えて、己の記憶をさらう。その記憶を整理しつつ、口にする言葉を吟味して。

 

「……”個性”の名前は『ワンフォーオール』。強大な力を行使するもの。強大すぎるために制御が難しく、自傷する危険性を常に孕む。そして……他人に分け与えることができる。ミドリヤのそれは、マスター・オールマイトから渡されたもの。こんなところですか」

 

 そして箇条書きするがごとくに話した私に対して、ミドリヤが「大体あってる……」と顔色を悪くしていた。

 

「素晴らしい。よく気づいたね。……なら私たちが”個性”を秘匿していることも、理解してくれているね?」

「はい」

 

 他人に分け与えることができる。その特徴は裏を返せば、やり方次第で力を奪えるということでもある。

 そして、あれほどの力だ。無軌道に使われようものなら、とんでもないことになる。オールマイトが、そしてミドリヤが秘匿しているのも至極当然と言える。

 

「だがすべてでもない。間違っている点もある。……ということで、改めて説明させてもらいたいのだが……すまない。この件に関しては、増栄少女に拒否権はないものと思ってくれ。なぜかは説明がすべて終わったときに自ずとわかるはずだから」

「わかりました、よろしくお願いします」

 

 オールマイトの強い言い方に、少し不審に思うところはあったが……彼という人間のことは信頼していい。

 恐らく事情があるのだろう。彼がそうすべきと考え、今まで秘匿していた情報を私に開示しようと言うのだ。ならば信じるべきであろう。だから私は素直に応じた。

 

 そんなオールマイトが語ったところによると、「ワンフォーオール」は分け与えられるのではなく、譲渡できるのだという。力の一部を切り取って与える、のではない。力そのものをすべて受け渡す、という仕組みらしい。

 

「私がもうヒーローとしてあまり長く活動できないのは、もちろん怪我の後遺症や年齢のこともあるが……何より、既に私の中にワンフォーオール本体がないからに他ならない」

 

 彼はそう言って、胸元に手を当てた。まるで大切な宝物に触れるような、とても繊細な動きだった。

 

「私の中にあるのは、残り火……いずれは完全に消え、無個性に()()だろう」

「……なるほど、あの戦いの最中でグラントリノが危惧していたことはそれですか。単に戦えなくなるのではなく、力そのものを失うことへの」

「その通りだ。……とはいえ、私としてはオールフォーワンとの戦いですべて出し切るつもりでいたんだけどね。それが今なお力を残していられるのは、君のおかげだ。改めて、お礼を言わせてほしい。ありがとう」

 

 そしてオールマイトは頭を下げた。これについて問答をするつもりはないので、素直に受け取る。

 

「さてそんな私の、残る活動時間だが……一日におよそ()()()()()()と言ったところだ」

 

 話を戻してそう言うオールマイト。

 

 私はこれに対して、思ったより短いと思ったのだが……これに一番大きく反応したのは、なぜかミドリヤだった。

 

「えっ?」

 

 彼は困惑している様子だった。その内心には、信じ難いという感情。

 だがそれは、「オールマイトがもうそれだけしか動けないこと」に対するものではない。むしろ……。

 

「え、あの、オールマイト? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 まさかと思った私だったが、そのまさかだった。思わずオールマイトに目を向ける。

 彼は私たちに順繰りに頷きつつ、最終的には改めて私に目を向けた。

「そう、まさにそれだ。その件で、増栄少女を呼んだんだよ」

「というと?」

「実は神野事件の直前、私の活動可能時間は一日に一時間二十分くらいだった。ところが事件の翌日は一時間五十分ほど動けた。三十分ほど伸びていたんだ。

 あれから少し時間が経って、また目減りしつつあるが……それでもこれは本来あり得ないはずなんだ。残り火は所詮残滓、減ることはあっても増えることはないはずだからね。

 けれどそのあり得ないことが起こった。そしてなぜかと考えたとき……思い当たるものが一つあった」

「……私の増幅ですか」

「その通りだ」

 

 私の応えに大きく頷いたオールマイトは、こちらに身を乗り出してきた。

 

「君に、もう一度聞きたい。あのとき、君は私の何を『増幅』したんだい?」

 

 あのときは、確か。

 

「……『若さ』。それから『ワンフォーオール』を」

 

 答えながら、私はおおよそのところを察した。ミドリヤも同様だろう、大きく目を見開いて私を凝視している。

 

「……やはりか。どうやら間違いなさそうだ。つまり、君の”個性”によってワンフォーオールの残り火に燃料がくべられた……そういうことなのだろう」

「で、でもオールマイト! そんなこと、あるんですか? 増栄さんの”個性”は永続と一時の二種類があって、でもあのときオールマイトが復活していられたのは確か三分程度で、それはつまり使われたのは一時増幅のほうということで……!」

「ミドリヤの指摘に同意します。私の力……一時増幅は、一瞬で増え一瞬で消えます。何日も日をまたいでまで影響を残し続けることは不可能なはずです」

 

 二人でオールマイトに言い募る。

 

 だが彼は、これを予想していたのだろう。落ち着いた様子で、人差し指を立てて見せた。

 

「そうだね。そこで一旦、別のほうへ話を向けたい。ワンフォーオールそのものについてだ。ワンフォーオールは特殊な成り立ちを持つ”個性”でね……実は二つの”個性”が合わさって生まれた”個性”なんだ」

 

 彼の言葉に、ミドリヤが何かに気づいたらしい。彼は大きく、また短く声を上げて、硬直してしまう。

 

「……そう、二つの”個性”。ワンフォーオールの元になった”個性”は……『”個性”を譲渡する”個性”』。そして――」

 

 ――「力をストックする”個性”」さ。

 

 この言葉に、私も驚いて硬直した。

 

「この”個性”を、今に至るまで私を含めて八人の人間が受け継いできた。オールフォーワンという巨悪に立ち向かうために、力をひたすら蓄え続けて……そして私の時代、この”個性”は究極のパワーを発揮する増強系”個性”として完成に至った。

 けれどね、ワンフォーオールの超パワーは副次的なものなんだ。本来の効果は、あくまで力をストックすること。力を貯めて受け継ぐ……それがワンフォーオールの第一義で、私たちの超パワーはあくまでその貯金を切り崩しているようなものなのさ。まあ、その貯金は四十年かけてもほとんど切り崩せないくらい、やたら有り余ってるわけだが」

 

 オールマイトはそう言い切って、拳を握って見せた。静かで、穏やかな言動。けれどそこには、間違いなく時代を背負った男の迫力があった。

 

「……ということは、まさか」

「その通り。君の”個性”が増幅する際、残り火はそのエネルギーを吸収しストックしてしまったんだ。それが本来の機能だし、残り火とはいえワンフォーオールはワンフォーオールだから、当たり前と言えば当たり前なんだろうけどね」

「ストックしたエネルギーの本質が”個性”そのもののエネルギーなのか、増幅によって増えた力そのものなのか、増幅の燃料になった増栄さんの栄養なのか……どういう原理なんだろう……不思議だ……! それに増栄さんの”個性”だけがそんな結果を生んだのは一体どういう……」

 

 オールマイトの言葉に考察を始めたミドリヤをよそに、私は恐らくフォースの影響だろうなと考えていた。

 

 何せ私の”個性”は、フォースによってありとあらゆるものに効果を及ぼすことができる。若さなどという概念をも対象にできるのだから、ワンフォーオールに直接エネルギーが伝わっても何もおかしくない。なぜならフォースは、この宇宙のあまねくすべてに存在するのだから。

 

 それで行くと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは不思議ではある。ただ彼女の場合、変身対象の技術まで模倣できるという点が、果たして”個性”の成長によるのかフォースによるのかがわかりづらいので、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うん、そこはわからないから、ひとまず置いておくよ。重要なのは、使い方次第でワンフォーオールそのものを強化できてしまうという点だ」

「それの何が問題なのでしょうか? 強化できるのであれば、それに越したことはないと思いますが」

「うん……普通はそうなんだけどね……」

 

 私の言葉に応じたオールマイトは、一旦区切った。そして一息ついてから、ちらりとミドリヤを見た。

 その意味がわからず、首を傾げるミドリヤ。

 

「……この際私のほうはいいんだ。最近は引退を視野に入れて動き始めているし、本当なら私は神野ですべて出し切っていたはずだしね。最悪引退までの時間を引き延ばすにしても、今まで使い続けてきた力だからよほど無茶をしない限り私は問題ないはずだ」

 

 彼を優しい目で見つめながら語るオールマイト。その内心にあるものは、ただ一人の人間を案ずるものであった。

 

「……ワンフォーオール自体を強化することで、ミドリヤがどうにかなってしまう、ということでしょうか?」

 

 しかしこのままでは話が進みそうにないので、私は率直に問うた。

 

 いきなり話題に上がったミドリヤはきょとんとするが、オールマイトは一転して真剣な険しい顔になった。

 

「ワンフォーオールはね……強くなりすぎたんだよ。鍛えていない人間が継承することが不可能になってしまっているくらいにね」

「あ……っ、そ、そうか……! 鍛えていない人間が受け継いじゃったら、身体がワンフォーオールの力に耐えられなくて爆散してしまうって……!」

「なんだって?」

 

 思わず声を強くしてしまったが、無理からぬことだろう。ミドリヤの発言は、それだけ聞き捨てならなかった。

 

 彼は語る。自分がワンフォーオールを受け継いだのは、オールマイトに見出されてから約十ヶ月後。雄英一般入試の当日のことだったと。

 

 ではそれまで何をしていたかと言うと、ひたすらに身体作りに励んでいたらしい。それはもちろん、ヒーローになるためには筋肉諸々の身体機能が必要だからだが……同時に、ワンフォーオールを受け継ぐための器作りでもあったという。そうしなければ”個性”そのものの力に肉体が耐えきれず、身体が内側から爆ぜて死んでしまう可能性が高かったから。

 

 だとすればなるほど、強くなりすぎたという表現は誇張でもなんでもない。ただの事実だろう。

 

 そして身体に合わない力が器を……つまり所有者の肉体を破壊してしまうなら、私にこの件で拒否権がないというのも当然だろう。

 

「それだけじゃあない。この懸念はワンフォーオール以外にも付きまとうと思うんだよ。デイブが”個性”を増幅する研究をずっとしていたから、この分野には少し知識があってね……デメリットのある”個性”の場合、そのデメリットすら強化してしまいかねない」

 

 そしてそう言われれば、私に否があるはずもない。かのデヴィット・シールド博士の名前を出されたなら、なおさらだ。

 

「そういうわけだから……増栄少女。君に話を聞かないと拒否する権利はないと言ったのは、そういうことだ。

 君には今後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 重々しく告げられた言葉に、ミドリヤがごくりと唾を呑む。

 

 しかし、だからこそ私は即座に頷いた。

 

「承知いたしました。お約束します、みだりに使うことはいたしません」

 

 この即答に、一周回って驚いたのかオールマイトは目を丸くする。

 

「……いいのかい? あれは君の切り札の一つだと思っていたが」

「それは否定しませんが……元々曖昧なものを増幅するとなると、燃費が悪いのです。個性因子ではなく”個性”そのものを対象にするとなると、たった一分の増幅でもかなり消耗しますから。進んでやりたいとは思うものではないのですよ」

「そうか……。うん、君が理性的な子で助かったよ。ありがとう」

「感謝されることではありませんよ。友人を殺めてしまう可能性があるのであれば、誰だって控えるでしょう。それに、治療のために使ったり、単に腕力を底上げしたりする分にはいいのでしょう?」

 

 頭を下げるオールマイトを制して、私はそう言った。

 

 これに対して、ミドリヤがはにかむ。オールマイトも緊張を解いたのか、にこりと微笑んだ。

 

「もちろんだとも。”個性”そのものでなければ、問題はないはずだ」

「でしたら大丈夫ですね。よかった、これからも私は友人たちの力になれる」

「増栄さん……その、いつも本当にありがとう」

 

 ミドリヤはそう言うと、感極まった様子でくしゃりと顔を崩す。

 私はそんな彼に、「どういたしまして」と笑みを返した。そうして、二人で笑い合う。

 

 室内に、穏やかな空気が漂い始めた。それまでの緊迫した気配は、霧散している。

 だがそれを確認して、私はふと思い立って釘を刺しておくことにした。

 

「しかしミドリヤ。たとえ非常時であっても、君からワンフォーオールの増幅を求めるなんてことはしないでくれよ?」

「えっ、しないよ!? 好き好んでそんな危ないことするはず……」

「あるだろう。胸に手を当ててよく考えたまえ。個性把握テストに始まり、最初の戦闘演習、USJ事件に体育祭、それに何よりマスキュラー戦を思い返しながらだ。君は自分を犠牲にすることに対して、いささかたりとも躊躇しなかったじゃないか。私はあり得ると思っているぞ。それこそオールフォーワン級の敵と対峙したとき、君にワンフォーオールを増幅しろと言われても私は驚かない」

「うっ……!」

 

 胸を押さえて、ミドリヤがのけぞった。心当たりしかないはずだ。むしろこれでないと言おうものなら、私は本気で怒っていただろう。

 

 ちなみにオールマイトは口元を隠しつつ、顔を思い切り逸らしていた。こちらも心当たりしかないのだろう。似た者師弟だ。

 

「……返す言葉もございません……」

「誰かのために命を賭けられる君の心根は、とても尊いものだ。私が君を尊敬する所以でもある。だが誰かを助けるために君が犠牲になったら、残された家族や私たち友人は喜べるものも喜べないんだ。コータのようにな。だから、無理はしないでくれ。一人で飛び出す前に、頼ってくれ」

「うん……気をつけます……」

 

 そしてミドリヤは、そう言ってしおらしく身体を小さくした。

 ここまで言えば、さすがに非常時でも迷わず命を使おうとはしないだろう。まあ、そんな状況に接する機会などそうそうないだろうがね。

 

 ……ちなみにこの後、オールマイトの”個性”を回復させることはしない、ということで我々は正式に合意した。増幅のコストとなるものが私の栄養であり、やりすぎた場合どうなるかをデータの上でも実体験としても理解している二人は、私の健康を害してまでするべきことではないと判断したのだ。

 何より、ほぼ全力の全能力増幅に近しいコストを費やして得られる効果が、わずか三十分ほどの延命(しかも時間経過で目減りする)では割に合わない。

 

 私としても、慣れているとはいえそう何度も頻繁に栄養失調に陥りたくはない。オールマイト自身も既に引退を念頭に置いて動いていることもあり、彼らの主張にありがたく頷かせていただいた。

 

 一応、最終手段としてそれしかないのであればやぶさかではない、とも答えたが……そんなことは起こらないと願いたいものだ。

 




イチャつかない回でした。
ちょっとした考察回でもあり、久々の「フォースと個性の悪魔合体」回でもあります。
感想欄で「今デクが持ってるOFA本体を増幅したらパァンしそう」とか「OFAを増幅したら多少エネルギーが残るのでは」と指摘されたとき、久々に「貴様ッ(作者の心の中を)見ているなッ!」と思いました。

あとそれとは別に、いくつか前振りを。
「フォースと個性の悪魔合体」は、ずっとタグに入れている通り本作において地味にめちゃくちゃ重要な要素なので、今後も覚えておいていただけると幸いです。
いやまあ、デクくんへの「やるな」は皆さんお察しの通り、「押すなよ、絶対に押すなよ」みたいなもんですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.一緒に歩こう

昨日は更新できなくて申し訳ありませんでした。
面白い作品を見つけると、うっかり没頭してしまうのは本当悪い癖・・・。


 オールマイトとミドリヤの秘密を共有する身となった(ヒミコには禁則事項とその理由だけを伝えた。真相を話してはいないが、わけは聞かず従ってくれた)私であったが、その後は特に目立ったことはなく、日常に戻った。技の開発のため、”個性”を伸ばすための訓練を行うために登校し、やるべきことをやって寮へ戻るという日常だ。

 その中で、クラスメイトたちに技についての意見を求められたり、アタロやソレスの型について教えを請われたり、サポートアイテムについて質問を受けたり、ハツメと開発会議をしたりしたが、おおむね目立った出来事はなかったと言っていいだろう。

 

 強いて言えば、元々使っていたアパートの片付けが済んで、S-14Oが寮に常駐できるようになったことと、訓練中に交代予定時間より早くやって来たB組とバクゴーが揉めた日があったくらいか。後者については、実質モノマ一人の所業だが。

 

 ……ああいや、もう一つあった。ヒミコとハガクレが、ウララカとミドリヤを恋仲にしようと目論んでいる。最近は二人であれこれと密談していることが増えた。おかげでヒミコを取られた気分である。実に面白くない。

 

 この件に伴い私とヒミコが恋仲であることがハガクレにバレたのだが、彼女は「なんとなく、そうなんじゃないかなって思ってた」とすんなり受け入れていた。その上で、他言はしないと約束してくれたのは喜んだほうがいいのだろう。さすがに肉体関係があるとはまだ気づかれていないようだし。

 

 ただ、「私のこともチウチウしてくれていいんだよ?」とヒミコにしなだれかかったときは、どうしてくれようかと思ったが。

 ちょうどそこに居合わせたミネタが「百合の間に挟まる女……!? そういうのもあるのか……!?」と、四門出遊において生まれて初めて四苦を目の当たりにしたブッダのごとき驚き方をしていたが、それはとりあえず無視した。

 

 それはさておき。

 

 他人の恋愛事情にお節介を焼こうとする二人から、相談される機会もあるのだが……これについてはそもそもウララカ本人が己の恋心を見て見ぬ振りをしているので、私ごときにどうにかできるはずがない。

 前世も含めればイレイザーヘッドよりも年上になる癖に、確かに育っていた己の恋心に気づくまで実に三か月以上かかった私だぞ。戦力外も甚だしい。

 

「こういうときジェダイはダメダメなのです」

「返す言葉もない」

 

 なので、いつかのやり取りを焼き直すことしかできない私である。さすがにジェダイどうこうは二人きりのときにしか言わないけれども。

 

「……というか、ジェダイって平和と正義の守護者なんでしょ? こういうお悩み相談みたいなのって、受けたりしなかったんです?」

「ジェダイは基本的に恋愛禁止だぞ。そもそもの話、人生で起こり得る困難や苦悩をすべて試練の一言で片づける人間に、人生相談をしたいと思うか?」

「人の心がわからないって言われるのも納得なのです」

 

 元ジェダイが言うのもなんだが、本当こういう人間的な悩みについては無力だったと思う。人として生きていく上で自然生じるもののいくつかをジェダイが不要とみなしていたことは事実だし、それを認知しようとする人間も多くなかった。

 今になって考えれば、それは見て見ぬふりだったのではと思えるのだがね。ジェダイの教えに近い要素も持つ宗教の指導者である父上を見ていると、余計に。

 

 いや、グランドマスター・ヨーダや、我がマスターだったヤドルのような高位のジェダイマスターならあるいは、とも思うが。

 

 まあそれはともかく。

 

「参考までに聞くんですけど、ますたぁはどうやってお付き合いまで持ってったんです?」

『こう言うのもなんだが、君とあまり変わらないぞ。人生を変えるほどの運命的な出会いだった、その後なるべく一緒にいて、アピールを続けた、それだけだ』

「何の参考にもならないのです……」

『聞いておいて随分な言い草だな。修行の量を増やされたいのか?』

「やー!」

 

 アナキンにも意見を求めたヒミコだったが、こちらも参考にはならなかったらしい。そんな感じで軽口を叩き合って終わった。

 

「……つまり、お茶子ちゃんはスタートラインにすら立ててないのですよ。話はそれからなのです!」

 

 で、最終的にはそういう結論に達する……ということを、ほぼ毎日のようにやっているヒミコである。

 お節介トガになる、と静かに決意していた通り随分とお節介なのだが、堂々巡りに陥っているので実のところ建設性はないに等しい。たぶん、ハガクレとの密談もそんな感じなのだろう。

 

 ……というか、だ。

 

「ふえっ?」

 

 私はもやもやとした気持ちを発散するかのように身を乗り出すと、ヒミコの頬を両側から手で挟み、私に視線を固定させる。

 

「こ、コトちゃん?」

 

 やや困惑した表情で首を傾げようとするヒミコだが、私はそれを許さない。

 視線を合わせたまま、私はさらに彼女に近づき至近距離でささやく。

 

「……デート中なんだぞ。今は、私だけを、見ていてくれたまえよ」

「……んんんんん! もう、コトちゃんってばカァイイんだからぁ! すき!!」

 

 そう、実は私たちは今、デート中である。せっかくの休日なので、行きつけの洋食屋に来ているのだ。

 雄英に通うようになって以来のなじみの店で、雄英から徒歩十分ほどの場所にある。以前住んでいたアパートの近くで、メニューがやけに豊富なのが特徴の店だ。

 

 つまり公共の場所である。密室だったら、きっと私は強引にヒミコの唇を奪っていただろう。

 

 くだらない嫉妬であることはわかっている。ハガクレの距離が近いことでヒミコとの接触が減っていて、鬱憤がたまっていたことも否定できない。それらをわかっていてわざとやったし、これからもやるだろう。

 

 ただ、己を抑えきれないのではない。ヒミコがこういうやり取りを好むからやるのだ。

 何せ彼女は、独占欲が強い。その対象である私が、同じように彼女を独り占めしたいと言っているも同然な挙動をすると、とても喜ぶのである。

 

 今、顔を赤らめながらキャーキャー身体をくねらせているのがまさにそれである。

 そして私は、そんな彼女のかわいい姿を見ることができて嬉しい。まあ、大声で好きと言われるのはさすがに気恥ずかしいのだが。

 

 ずっとそうしているわけにもいかないので、促して食事を再開する。と言っても、既にメインは終えており、今私たちの前に給されているものは食後のデザートなのだが。

 

「んふふ、はいコトちゃん、あーん」

「あーん」

 

 ヒミコが己のフォークですくい、私の口に運んだものはオペラ(チョコレートケーキの一種)の一部である。おいしい。

 お返しに、私もミルクモンブラン(モンブランの要素は見た目だけで栗要素はない)一部をすくい、彼女の口元へ運ぶ。そうして、二人してくすりと微笑みあうのだ。

 

 ……本当のことを言えば、今日はショッピングに出かけたかった。そこで二人であれこれと見て回りながら、互いの誕生日プレゼントを買おうという話だった。

 去年の今頃は特に何かあったわけではなかったが、今年の誕生日は既に恋仲になっていた。だから一日中デートをしながらプレゼントを買って、贈り合おうと話していたのだが……神野事件のせいで計画は流れてしまったのである。

 

 そのまま二人で出かけるタイミングがつかめないまま今日に至ったのだが、ここでも神野事件が尾を引いている。

 具体的には、ヴィラン連合の標的になったヒミコを雄英から遠出させる許可が下りなかった。で、仕方なく――そう言うとこの店に失礼かもしれないが、最低でも月に一度は来ていたので新鮮さという意味ではどうしても薄れるのだ――近場のここにランチデートに来たというわけである。

 

 ちなみにヒミコ。先日はリボンを私の身体に巻きつけて、

 

「誕生日プレゼントはコトちゃんがいいなぁ」

 

 などと言って迫ってきた。当然のように、私は私を彼女に贈る羽目になったのだがそれはさておき。

 

 それはそれということで、今日のデートではお互いにこの店で一番好きな食べ物を奢る、ということで今年の誕生日プレゼントとした。おかげで今日の昼食は、最初から最後まで大満足であった。

 

「あとは、この料理を作れるようになれば完璧だねぇ」

 

 ケーキをほおばる私を眺めながら、両手を器のようにして顎を乗せた状態のヒミコはそう言うと、満面の笑みを浮かべた。

 

 だから私も、にこりと笑う。

 

「うん、楽しみにしているよ」

 

 ヒミコはこの店に来るたびに、料理のレパートリーを増やしているのだ。それはひとえに、私がおいしいと言った料理を家でも再現するべく努力しているからで……そうやって人のために努力をためらわない彼女が、私は大好きだ。そしてその感情が私に向けられていることが、何よりも嬉しい。

 

 そしてきっと遠くない将来、彼女のレパートリーに二種類のケーキも加わるのだろう。その日がとても楽しみである。

 

***

 

 で。

 

 それはまあ、いいのだ。

 ヒミコとの関係が、順調であることについては構わないのである。

 

 だが順調すぎるのも考え物で……ゆえに私はこの日、一つの覚悟を持って夜を迎えた。

 

「……これ以上はダメだ。早く何とかしないと、生活が破綻してしまう」

 

 これは寮生活七日目の朝……つまり今朝、ヒミコと全裸で朝日を迎えた連続回数を更新し、頭を抱えた私の発言である。

 言うまでもなく、正式に想いを伝えたその日から、ほぼ途切れることなく毎晩心身を重ねていることについてだ。

 

 自分でも驚くほど、この行為にハマりこんでいる自覚はある。前世であれほど精神的な修行に励み、性的な欲求や衝動などとうの昔に克服したと思っていた……何なら自分はその手の感覚が希薄なのだろうと思っていたのだが。

 何のことはない。ただ単に、そうしたいと思うほど心を預けられる相手に巡り合う機会がなかっただけなのだろう。

 むしろ好きな人と交わることは相当以上に気持ちいいと……精神的に満たされることの喜びを知ってしまった今となっては、もしや自分は性欲の強いほうなのではないかと思うことすらある。違う肉体に生まれ変わったことを差し引いてもだ。それくらい、最近の私はどうかしている。

 

 つまるところ、私は今色事に耽溺している状態なのだ。ヒミコの身体に溺れていると言い換えてもいい。

 私が率先して彼女を求めているわけではないが、彼女からの求めを拒んだことは一度もないし、一度ことが始まってしまえば止まらないのだから同じようなものだろう。

 

 しかし毎晩そんなことをしていれば、影響が出ないわけがない。初夜ほど長時間情事に及ぶことはないが、それなりに遅い時間までは続くのだから。

 

 そもそも夜は私にとって、知識を学んだり機械を造ったりする時間だ。その時間をすべてヒミコとの行為に割いてしまったら、できることもできない。

 

 だから今日、いつも通りのタイミングで……しかしデートの余韻を残してうきうきした様子のヒミコが私の部屋に来て、これまたいつも通りの時間帯に吸血しようとしてきたとき、私は心を鬼にして彼女を押しのけたのである。

 

「えっ……」

 

 なんで? と言いたげな、そしてとても悲しげな顔で、ヒミコは絶望に満ちた視線を向けて来た。

 

 その様子につい覚悟が揺らぐが、私は罪悪感で飾りつけられた煩悩を振り払ってヒミコの両肩に手を置く。そうしてその勢いのまま、彼女の唇を奪った。

 

 昨日までなら、このキスはなし崩し的に深いものへと変わっていった。だが今日はそれを抑え込み、私は後ろ髪を引かれながらも口を離した。

 と同時に、物欲しげな視線が私の顔に直撃する。

 

「ヒミコ……すまない、今日はこれで勘弁してほしい」

「なんで……? 私のこと、嫌いになっちゃった……?」

「そんなわけない! あるわけないだろう。そもそも、嫌いならキスなんてしない。ただ……」

 

 私は一度言葉を切り、横目に作業台を見る。

 

 そう、ここは工房である。ここでの作業中に吸血され、そのまま流されるままに身体を委ね、やがてベッドへ連れて行かれる、というのがほぼ毎晩の流れであった。

 

 だがそのせいで、先日から解体している失敗作がいまだに三分の一ほど残って鎮座している。作業が遅々として進んでいないことは、誰が見ても明らかだ。

 当初の予定では、今頃はとっくに別のものに取りかかれていたはずだった。なのにこれである。私がこれ以上はダメだと考えたのも、当然だと思わないか。

 

「……このままだと、作業が進まない。機械の開発だけじゃない、勉強も覚束なくなる。目指すものがあって、そのためにしなければならないことがたくさんある私にとって、それは困る。だから……」

「あ……っ」

 

 言いながらヒミコに視線を戻して、私は言葉に詰まった。ヒミコがうつむいて暗い顔をしていたのだ。内心で、やりすぎた自分を省みているらしい。

 

「……ごめんなさい……。コトちゃんの都合、なんにも考えてなかったのです……。私、ダメダメですね……」

 

 自覚が元々あったのかはわからない。わからないが、根が普通の少女であるヒミコは、自分がしでかしたことをちゃんと反省することができる子である。

 

 まあ、それと同時に残念に思っている彼女も併存しているので、人間の心はなんとも複雑だなと思うが……同じく私の中にも、残念に思っている自分が存在するので。

 

「……だから、その……そういうことは、せめて週に一回くらいで……なんとか収めてはもらえないかなと……そう、思うのだが。ええと、そう、休日の前、土曜日とかで……」

 

 しょんぼりする彼女の姿を前に、思わず一歩引き下がってしまった。言ってから、これぞまさに人の業だとすぐさま後悔した私である。

 

 だがそれも、顔を輝かせたヒミコを見たらどうでもよくなってしまった。彼女が何をしていても、かわいいと。好きだと思ってしまうのだから、どうしようもない。

 

 私は結局、どこまで行っても彼女には敵わないらしい。懐に飛び込んできた彼女を抱きしめながら、ある種の諦観を抱く私であった。

 

「……まあ、なんだな。私も君との行為自体は望むところというか。だから、君が止まらなかったのも無理はないというか……」

「でも……私がコトちゃんの気持ちを無視して毎日シてたのはホントだし……」

「されるがままだった私も悪い。だから……まあ……お互い様と言うか。今後は何かあったら、その都度二人で一緒に考えて、一緒に反省して……ちょうどいいところを一緒に探そう。詳しくはないが、伴侶というのはそういうものではないか?」

「……うん! えへへ、ありがとうコトちゃん。大好き!」

「うん、私もだ。大好きだよ、ヒミコ」

 

 そうして私たちは浅く、しかしはっきりと愛を込めたキスを交わしたのである。

 




一応腐ってもジェダイなので、ちゃんと煩悩を振り切れました。
今後は週一くらいで落ち着くでしょう。
まあ、なんだかんだでそのうちトガちゃんがYES/NO枕を持ち込んで、もう少し頻度高めで着地すると思う(無慈悲

この作品は徹頭徹尾ボクの性癖によって形作られています(その目は澄み切っていた
みんなも性癖に正直になろうぜ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.心浮かぶ

 日常が過ぎていく。技を開発するために精進する日々は一般的には日常ではないだろうが、ヒーロー科ゆえにこれが私たちの日常だ。

 ただみなそれなりに工程は進んでいるようだが、いかんせん元々スケジュールを前倒ししている上に、そのための合宿が中断されたせいで負担が大きい。充実はしているだろうが、みな大なり小なり疲労が蓄積しているように見える。

 

 そんなある日、仮免試験まで一週間を切った夜のこと。みなでおしゃべりをしようという()()()()()()()()、談話室に女性陣が集合していた。

 

「みんな必殺技の開発はどう?」

 

 その思惑はともかく、話題はこれである。対象を選ばないハガクレの問いを受けて、私を膝の上に乗せているヒミコがにっこりしながら挙手をする。

 

「クラスのみんななら、変身にかかる時間が秒を切りました! 変身中の姿から別の人に変身するときも秒かからないので、より臨機応変に動けるようになったのですよ!」

 

 彼女は自慢げにそう言ったあと、「まあみんなの”個性”を使いこなすのがまだ難しいんですけど」と付け加えて、苦笑した。

 

「ウチはコントロール面でまだサポートアイテムは必須だけど、コンクリくらいなら余裕で破壊できるようになった」

「私はねー、いい感じの防御技が出来上がりそう! 酸でどんな攻撃も防いじゃうんだ!」

「私はよりカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ」

「どうかなー? 私だって透明になる以外で技ができたんだよー! なんと私葉隠透、光れるようになりました!」

 

 ヒミコに続く形で、みなが次々に現状を述べていく。これに応じて、全員で合いの手を入れて盛り上げる。

 

 とはいえ、全員が全員順調というわけでもない。

 

「増栄ちゃんは?」

「完成形は少しずつ見えてきた、と言ったところか。もう少し”個性”伸ばしが必要そうだよ」

 

 たとえば私とか。マイナス増幅が安定して使えるようになるには、もう少し”個性”を磨く必要があるだろう。

 

「わたくしもですわね。やりたいことはあるのですが、まだ身体が追いつかないので」

 

 ヤオヨロズは確か、複数のものを同時に「創造」しようと試みていたな。脂質を必要とする以上、単純計算でも負担は倍だろうから無理もない。

 

「お茶子ちゃんは?」

「…………」

 

 そして例外が一人。改めてハガクレから話を振られたウララカだが、飲み物を口にするだけでどうにもぼんやりしている。これまでの話にもほとんど入ってきていない。

 見かねてツユちゃんがウララカをつついたところ、飲み物を噴き出す勢いで驚いていた。やはり気づいていなかったらしい。

 

「お疲れのようね」

「いやいやいや! 疲れてなんかいられへん、まだまだこっから! ……のハズなんだけど。なんだろうねぇ、最近無駄に心がザワつくんが多くてねぇ」

 

 彼女はすぐに取り繕ったが、どうにも空元気に見える。彼女自身も思うところがあるのか、言葉に勢いがない。

 

 ……のだが、表情のほうはというと……疲れている、というのとはまた違うのである。

 これはどちらかというと……。

 

「恋だ」

「ギョ」

 

 と思った瞬間、アシドが一切の躊躇なくウララカの心中に切り込んでいった。

 アシドは何かにつけて物事を色恋沙汰に持っていこうとするところがあるのだが、今回ばかりは彼女の指摘通りウララカは「恋」をしているのだろう。

 

 そして人間、不意に図星を突かれると大なり小なり焦るものである。ウララカも途端に顔を赤らめ、どっと脂汗を出しておろおろし始めた。

 

「なっ、何!? 故意!? 知らん知らん!」

「緑谷か飯田!? 一緒にいること多いよねぇ!」

 

 慌てながらもかろうじて応答したウララカだったが、アシドのさらなる追撃に対処できず、「チャウワチャウワ」と連呼するだけになってしまう。そうこうしているうちに、両手で顔を覆ってしまった。

 普段の彼女なら、”個性”事故を防ぐために絶対にしない行為だが……混乱している状況ではそれも仕方あるまい。結果、彼女は逆さまの状態で空中をふわふわと浮遊することになった。

 

「誰ー!? どっち!? 誰なのー!?」

「ゲロっちまいな? 自白したほうが罪軽くなるんだよ」

 

 まあとはいえ、そんな姿を見せたらむしろ加虐心を煽るだけだろう。実際、裏でウララカの恋愛事情に首を突っ込んでいるハガクレがすぐに便乗したし、普段ならあまりそういう話に乗ってこないジローすら追求に加わる始末である。

 

 なお、ハガクレはこの流れを狙っていた。興奮した様子を見せつつも、内心では「計画通り」とほくそ笑んでいる。なんと恐ろしい手管であろう。

 

「違うよ本当に! 私そういうの本当……わからんし……」

「無理に詮索するのはよくないわ」

「ええ。それより明日も早いですし、もうオヤスミしましょう」

 

 ツユちゃんとヤオヨロズは、こういうときでも冷静だなぁ。この温度差に、私は思わずこっそり苦笑する。

 

 苦笑しつつ、頭上のヒミコにちらりと目を向けると……そこには悪役のような笑みがあった。どうやらこのままアシドたちにつつかせて、ウララカに自覚を促したいらしい。それまで口を挟むつもりはないようだ。

 

 きっとハガクレも似たような表情をしているのだろうな。ウララカには少し同情する。

 

「えぇー、やだー! もっと聞きたいー! なんでもない話でも強引に恋愛に結びつけたいー!」

 

 そしてアシドは遂に本音をぶちまけたな……。いくらなんでも直球がすぎるだろう……。

 

「そんなんじゃ……っ」

 

 そんなときである。ウララカがふと言葉を切った。

 

 不思議に思って彼女に目を向ければ、彼女の視線は窓の外に釘付けになっていた。

 その先を追えば……そこには、夜だというのに一人自主練習をしているミドリヤの姿が。イイダから教わった足技を復習しつつ、そこに私が教えたアタロの要素を足そうと試行錯誤しているようだ。

 

 そしてそのミドリヤを見るウララカの目の色はと言えば……。

 

「……スタートラインに立ったっぽいよ、トガちゃん」

「グッジョブですよ透ちゃん! んふふ、ここからはトガにお任せなのです」

「任せた! ふふふ、これでやっとまともに応援できるね」

「ねー!」

 

 ささやくような、そして嬉しそうなハガクレの呼びかけに、ヒミコは悪い笑みをさらに深めて応じた。ハガクレも笑い、二人は顔を合わせてニコニコしあっている。

 

 私はそんな二人の様子に、そっと小さくため息をついたのだった。

 

***

 

 ノックの音がした。

 

 自室に戻り、しかし寝る準備に取り掛かることもなく、所在なくベッドに腰掛けていた麗日は、この音で現実に引き戻された。慌てて立ち上がり、玄関に向かう。

 扉を開けてみれば、そこにいたのは。

 

「さっきぶり、お茶子ちゃん」

「被身子ちゃん?」

 

 クラスでも特に仲のいい友人だった。

 彼女はにんまりと笑い、話したいことがあると言う。どんな話かはわからなかったが、麗日は疑うことなく友人を部屋に迎え入れた。

 

「何も出せんくてごめんね」

「ううん、こんな時間にいきなり来た私が悪いので。おかまいなくー」

「ん……それで、話って何?」

 

 とりあえずトガには座布団を勧め、自身はベッドに腰を下ろす。

 これに従いつつ、トガはそれまでと一転して真面目な顔になった。

 

 どうやら、大事な話らしい。そう思い、麗日もまた表情を引き締めて――

 

「お茶子ちゃん、出久くんのこと好きでしょ?」

「んぶッファ!?」

 

 ――コイバナの豪速球を正面から喰らい、盛大にむせた。トガが慌てて背中をさする。

 

「なん……っ、い、いきなり何……っ、や、てか、ちゃ、ちゃうし、だからそんなんとちゃうし……!」

 

 むせた苦しみでうるむ瞳を鋭くして、トガをにらむ。

 

 けれど、トガはそれに堪えることなく――申し訳なさそうにしゅんとはしたが――言い返して来た。

 

「……ごめんねぇ、お茶子ちゃん。私、見えちゃったのです。フォースユーザーなので」

「え……。……え、えっ? えええええ!?」

 

 その言葉に、麗日は固まる。一瞬、意味がわからなかった。

 が、しかしすぐに答えを導き出した。その意味を理解できた。できてしまった。

 

 だから、麗日の顔は一瞬にして真っ赤に染まった。取り繕おうと慌てる余裕すらなく、目を回す勢いだ。

 

 これにはトガが逆に焦り、言葉にフォースを乗せて落ち着くように誘導する。

 

 そうして数分ののち、なんとか理性を取り戻した麗日はしかし、いまだ赤い顔のまま。けれど観念したのか、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「うぅ……これ……やっぱそう、なんかなぁ……そういうこと、なんかなぁ……!」

 

 すがるように、違うと言ってくれと言いたげな顔をトガに向ける麗日。

 

 しかしトガはこれに忖度することなく、そうだと力強く頷いた。

 

「はうぅ……や、やっぱそうなんや……。経験者の被身子ちゃんが言うなら、きっとそうなんやね……」

 

 がくりとうなだれる麗日。同時に、過去最大の深いため息が出た。

 

 これを受けて、トガはこてりと首を傾げる。

 

「……もしかしてお茶子ちゃん、恋愛とかしたくない人でした?」

「そ、そんなことないよ……? その、芦戸ちゃんとか透ちゃんくらいとは言わんけど、機会があるなら少しくらい……とかは思っとった……」

「じゃあ、何かが引っ掛かってるんです?」

「ん……。だって……なんか、よくわかんないけど、怖いよ……。最近、まともにデクくんの顔見れへんもん……。なのに発目さんがデクくんと一緒にいるとこ見て、頭ん中もやもやざわつくし……。寝る前とか、一人でいるとそういうときのこと、思い出しちゃって、勝手に胸が痛くなるし……!」

 

 ――私が私じゃなくなっちゃったみたいで、怖いの。

 

 麗日は、そう言って目を伏せた。そんな彼女の肩に、トガは優しく手を置く。

 

「ん……わかります。私も人を好きになったとき、そんな感じになります」

「被身子ちゃんも……?」

「うん。その人のことしか考えられなくなって、ずーっと見ちゃうよねぇ。他の女の子と一緒にいると、勝手にざわざわして。でも、大丈夫ですよ。だからって別に人が変わったりしないのです」

「ホントにぃ……?」

「ホントですよぅ。ただ……んーと……んー、なんて言うか……、……そう、新しい扉を開いただけなのです」

「新しい扉……」

 

 追随する形で、麗日がつぶやく。応じて、うん、とトガが頷いた。

 

「今まで入れなかった場所に、入れるようになっただけなのです。んっと、世界が広がる? って感じ。でもそこの前情報は一個もなくって……そんなので初めて来る場所って、不安に決まってるでしょう? それと同じ……って言うのは、ある人の受け売りなんですけどー」

 

 実際はこの気持ちを表す言葉が思いつかなかったので、この場で助言を求め、その回答になるほどと思いながら話していた。要するにカンニングなのだが、麗日がそれに気づく余地はない。

 単純に余裕がないということもそうだが、トガの言葉に目から鱗を落としていたからだ。トガが借りた幼女の言葉が、それだけ腑に落ちたのである。

 

「だから、怖がらなくたって全然大丈夫なのです。トガのお墨付きですよ」

 

 そう言って、トガは笑みを深めた。

 

 この笑顔を見て、麗日は全身から余計な力が抜けたような気がした。経験者の語る実体験には確かな説得力があって、オールマイトの笑顔にも匹敵する頼もしさを覚えたのだ。

 

 まあ、トガは意識してそう思わせるように誘導したところがあるので、彼女はやはり本質的にはダークサイダーなのだが。

 

「そういうわけなので、私はお茶子ちゃんのことを全力で応援するのです! ……それで、いつ告白しますか?」

「こ……ッ、そっ、それはっ、それはまた別って言うか……!」

 

 が、続けられた言葉に、思わず手が出た麗日であった。

 

 手が出た、とは言っても全力で殴ったわけではない。軽く、触れる程度に拳を当てただけだ。それを真っ赤な顔でしたものだから、トガはただ()()()()としか思っていないのだが。

 麗日にそれを知るすべはなく……結局は知らぬが仏であった。

 




お節介トガちゃん、透ちゃんと共謀してお茶子ちゃんの背中を押すの巻。
原作でこういうガールズトークをしてほしかった。
なのでしてもらいました。
ここまでが前半なので、後半へ続くよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.アケスケちゃんとしまっとくちゃん

 緑谷にいつ告白するのか。

 トガはそう問いかけた。これは今の彼女にとって、誰かを好きになったからには告白しないという選択肢がないからに他ならない。

 

 なぜなら、色々と思い悩んですぐにはできないかもしれないが、それでもいずれはするものだという認識があるからだ。理波との日々が、告白に失敗したときよりも成功したときの幸せの大きさを教えてくれたからだ。

 だからこそ、彼女は麗日の反応を「すぐ告白するなんてできない」「今は無理だから、そのうち」というような方向で解釈した。そしてその原因は、もしも振られてしまったら……もしもそれが原因で嫌われてしまったら……という後ろ向きな想像によるものだと受け取った。

 

「大丈夫ですよ、お茶子ちゃんカァイイもん! 出久くんだって受け入れてくれますよ!」

 

 だからこそ、トガは笑みを浮かべつつ拳を握り、麗日を励ましたのだが……。

 

「や、違……っ、そうやなくて……!」

「?」

「だって……め、迷惑やん……こんなん……。デクくん、毎日すっごくがんばっとるのに……それなんに恋愛どうこうって……お邪魔虫やん……」

 

 麗日の返答は、トガの想像の埒外のもので。言われた直後は何を言われているのかわからなくて、ぽかんとしてしまった。

 

 トガは、基本的に押す人間だ。仮面をかぶっていたかつてはともかく、今は間違いなくそういう性質であり、自分を前面に出して主張する人間である。

 

 しかしゆえにこそ、人の事情を斟酌することが苦手であった。苦手だからこそ、世界が違えば容易にヴィランの道へ進み得る。だから麗日の言葉の意味がわからなかった。

 

 けれどそれはわずかな間のこと。今の彼女には、考えればちゃんと意味が分かった。

 相手の考えをないがしろにしない。相手の都合を考える。相手の立場を慮る。その発想ができていないことをつい最近、他ならぬ最愛の人に教えてもらったから。

 自分の好きを伝えたとき、それが相手にどのような影響を及ぼすのかを、拙くも考えることができた。

 

 そしてだからこそ、麗日の言いたいこともなんとなくわかった。彼女から垣間見えた緑谷への好意の形が、何より目標のために努力を惜しまない姿であったことも相まって……一理あると納得すらした。

 

「今さら被身子ちゃんの前でごまかさへんけど……でも、だからこそ私……デクくんの邪魔になりたくない。意味ない寄り道なんてさせたくない……。そ、それに、そもそもデクくんが私のこと、す……す、好きに、なってくれるかどうかもわからんし……」

「お茶子ちゃん……」

「……だから……。だから、別に、いいよ……応援してくれるのは嬉しいけど……。でも、いいんだ。私……私、この気持ちはしまっとく」

 

 けれど。

 けれど、だ。

 

 だからと言って、言っている本人が納得し切っていない儚げな笑みを浮かべていたら。

 

 トガに納得なんてできるはずがなかった。

 

「……ダメだよお茶子ちゃん」

「えっ……?」

「しまってたってね、気持ちは大きくなるんだよ。そのうち我慢しきれなくなって、爆発しちゃうよ」

 

 だから、納得してもらいたくてトガは言った。もちろん、諦めないことを納得してもらうためにだ。

 

 しかしそんな彼女の言葉は、どこか独り言のようで。それでいて、自分に言い聞かせるような色を帯びていて。

 麗日は、そんなトガに首を傾げた。

 

「……あのね、お茶子ちゃんだから、言うんだけどね。……私ね。血が好きなの。大好きな人のことを考えると、その人の血が全部ほしくてたまらなくなるの」

「被、身子、ちゃん……?」

 

 だが、続けられた言葉に、目を見開いて息を呑んだ。

 

 正面にある顔が、歪んでいた。昏い笑みだった。それは、まるでヴィランのような。

 

「キュンとする私はそうなの。……でも、わかってます。みんなはそうじゃないって。お父さん、お母さんすらそうで。だから、とっても生きにくくて……それがわかってたから、今まで好きになった人は何人もいましたけど、告白は一度もしなかったのです。できなかったのです。もしもOKされたら……私、自分をとめられる自信がなくって。だから、ずっと好きって気持ちをしまってました」

 

 けれど、そのヴィランのような笑みは、泣き顔のようでもあった。

 

「でもダメなの。しまっとくと大きくなるの。好きが大好きになって、あふれちゃって……とまらなくなるの。だから私、我慢できなくなって……中学校の最後の日に、人を刺そうとしました」

「えぇっ!?」

「それを、コトちゃんがとめてくれたのです」

「あ、だよね、やってないよね……って、理波ちゃんが……?」

「うん。とめてくれて、それだけじゃなくって。私のしたいこと、コトちゃんになら全部していいって、そう言ってくれたのです。

 嬉しかった。とっても、とってもとっても、嬉しかったのです。だから……コトちゃんは()()()()()()なのです。初めて本当の私を見つけてくれた、初めて本当の私を受け入れてくれた……どんなときもずっと一緒にいたい、私の……」

 

 だが、ここで不意にトガの雰囲気が変わった。言葉と共に、顔も変わっていく。

 遠くに視線を向ける表情は、それまでの悲壮な表情とは真逆と言ってもいい顔で……その様子に麗日は思い当たるものがあって、思わず口を挟んでしまう。

 

「私のヒーロー……? あれ、えっと。え? あの、まさか……まさかとは思うけど、被身子ちゃんの好きな人って」

「うん。コトちゃんですよ」

「えええええ!?」

 

 だが満面の笑みと共になされた力強い首肯に、麗日は思わず大声を上げた。

 上げるしかなかった。それくらい、今彼女が向けられている表情は幸せ全開な女の顔だったのだ。

 

 そしてその顔によって、それまで部屋に満ちていた真剣な空気は消し飛んだ。

 

「まっ、ちょ、えぇ!? 待って待って、合宿のときお付き合いしてるって言ってなかった……!?」

「はい! 毎日がハッピーラブラブライフです!」

「言われてみれば確かに二人ともいっつも距離近い気がする!」

 

 今明かされる衝撃の事実。麗日はこれに思わず声を張り上げたが、思い当たるものがあった。

 

 彼女の脳裏に浮かんだのは、トガたちがルームシェアをしていたアパートだ。

 麗日の涙ぐましい節約生活を見かねた二人が誘ってくれたこともあって、彼女は他のクラスメイトより二人のアパートを訪ねる機会が多かった。泊ったこともある。そのときに、ふと思ったことがあったことを思い出したのだ。

 

 そう、やたらペアに整えられた小物や雑貨が多いということをだ。洗面所を借りたときは、一つのカップに納められた二本の歯ブラシも目撃している。あれらはもしや、お揃いというやつだったのだろうか。

 さすがに体格の違いから服はお揃いではなかったが、それにしてもトガには変身という手段がある。寮でもよく理波に変身して、なり切って周りを混乱させているのだが、今考えるとあれももしや、と思ってしまう。

 なんなら寮の二人の部屋もよく似ていたし、そもそも二人の髪型はずっと一緒だ。

 

 そしてその内心を垣間見えるトガは、肯定する形でにんまりと笑う。

 

「んふふ。好きな人とはおんなじがいいじゃないですか。なんでも一緒がいいのです」

「……思い返せばあからさますぎる! なんなん二人してアケスケちゃんなん!?」

 

 なので、改めて声を張り上げる麗日であった。

 

「そう言うお茶子ちゃんはしまっとくちゃんですか?」

「いや今はそういう話と違……ッ、いやそういう話やったっけ……。えーっと……」

 

 なんだか頭痛がするような気がして、麗日は小さく首を振りながらこめかみに指の関節を当ててぐりぐりともみ込む。

 

 彼女の様子に、トガも話が脱線していたことに思い至って居住まいを正した。

 

「えっと、なんていうか、そういうわけで……つまりですね、たぶん……ううん、絶対。コトちゃんがもしいなかったら……私、ヴィランになってたのです。我慢しすぎて、それくらいに気持ちが膨れ上がっちゃってました」

「温度差で風邪引きそう……言いたいことはまあ、わかるんやけど……」

「お茶子ちゃんが我慢しきれなくて、私みたくなるかはわかんないですけど。でもさっきのお茶子ちゃん、あんまり大丈夫な感じじゃなかったのです」

「え……そ、そかな……」

「そうですよ。しまっとくって言っといて、全然納得してない顔だったのです」

「ぅ……そ、そうかなぁ……」

「ですよぅ」

 

 きっぱりと断言したトガの頷きに、麗日は軽くうめきながら目を逸らす。

 

「なので、無理に我慢しないほうがいいよって、そう言いたかったのです。誰かを好きになるのだって、人間なら当たり前のことだもん」

「随分遠回りした気がするけど……うん、とりあえずはわかったよ……」

 

 はあ、とため息が出た。その後、視線を天井に向ける。

 次いでまた、軽くため息をついて。それから視線を落として、またため息を……という行為を、特に意味もなく繰り返す麗日。彼女自身、心に整理がついていないのだった。

 

 そんな彼女に、トガが改めて声をかける。

 

「……私くらいアケスケちゃんになれとは言わないですけど。全部しまっとくちゃんになる必要はないんじゃないかなーって、トガは思うのです。今よりちょっとだけ多く声かけて、一緒に何かするくらいならいいんじゃなあい?」

「それができたら苦労しないよ……」

「えー、そうかなぁ? たとえば……出久くん毎朝寮の周りランニングしてるから、一緒にするのはどう? これなら邪魔にならないですよ」

「ふえっ!? い、いやそれは、その……」

「あと組手とか。お茶子ちゃんガンヘッド直伝の格闘術あるし、これも邪魔にならないと思いますけど」

「う……えっと、あの、えと……!」

「”個性”対策の考察なんて誘ったら、それこそ出久くんが断るなんてあり得ないんじゃないかなぁ?」

「わ、わかった、わかったから! もうやめてぇ!」

 

 次々とトガの口から出てくる具体案に、麗日はあうあうと言いながらトガを押しのけ物理的に発言を封じた。

 

 そのまま至近距離で向かい合うことになった二人だったが、すぐに麗日が紅潮した顔ごと視線を逸らす。逸らしながら、ぼそりとつぶやくように声を発した。

 

「わかった、から……。ち、ちょっとだけ……がんばって、みる……」

 

 そうして唇を尖らせる麗日の()()()()姿に、トガは思わず首筋にかみつきたくなる衝動を覚えたが……我慢した。

 順序は踏むべきだと、教えてもらったから。今ならきっと、ちゃんと()()()から。

 

 だからまずにこりと笑うと、よしよしと麗日の頭をなでる。

 

「応援してます。トガはいつだってお茶子ちゃんの味方なのです」

「ん……うん……ありがと……」

「ところでお茶子ちゃん……ちょっとだけ、ちょっとだけでいいので、お茶子ちゃんの血をチウチウさせてくれませんか?」

「この流れで!?」

 

 なお、吸血が自分にとって親愛を示す行為なのだと説明したら、わりとあっさりさせてもらえた模様。よかったね。

 

***

 

 緑谷出久の朝は早い。遅くとも六時には起床して、朝練を始めるのだ。

 まずはストレッチで身体をほぐし、筋トレを行う。その後は三十分ほどランニングをして、またストレッチ。それが終わったら汗を流し、朝食の席に着く。それが彼の朝のルーチンである。

 

 だがこの日、着替えを済ませて一階へ降りてきた彼は、そこでストレッチをしている人影を見つけて「おや」と思った。

 それは寮に入ってから一度もこの時間に見なかった人物で……しかし普段何かと会話をする機会がある人物であるから、よほど近くない今は特に気負うことなく声をかけることができた。

 

「おはよう麗日さん、早いね?」

「ひゃっ!? わ、あ、で、デクくんおはようっ! そういうデクくんも!」

 

 声をかけられた人物……麗日は、一度大きく身体を跳ねさせたあと、あたふたと振り返った。

 

 彼女の上ずった声に内心で首を傾げる緑谷だったが、元より人付き合いの経験が少ないせいもあって深くは考えなかった。

 

「うん、朝練でね。もしかして麗日さんも?」

「う、うんっ、そんなとこ! やっぱさ、身体は資本だもんね!」

「そうだね、体力はいくらあっても困るものじゃないし」

 

 だから、麗日が自分と同じ目的で早起きしていると知って、素直に表情を綻ばせた。同時にさすが雄英、生徒の向上心は並みじゃないなと感心する。

 

 そんな彼の嬉しそうな表情を見た麗日が胸を高鳴らせていることに気づかないまま、彼は朝練の準備を始めた。

 

「……デクくんいつもはどんな朝練してるん?」

「僕はストレッチ以外だと筋トレ、ランニングかな。欲を言えば格闘の復習とかもしたいんだけど、平日の朝はちょっと時間が足りなくって……」

「宿題とかも考えると、あんま睡眠時間削れんもんねぇ……」

「うん……まあそこは仕方ないよ。時間はみんな平等だし。だから相澤先生じゃないけど、なるべく有効的に使わないとね」

「合理的に行こう、だね!」

「うん」

 

 ストレッチをしながら、そんな何気ない会話を交わす。普段は一人黙々とやっている……それこそただのルーチンワークが、なんとなしに華やいで感じられた。

 

 そんな純朴な緑谷の内心を知ってか知らずか、麗日は内心で大きく葛藤をしていた。だがせっかくここまで来たのだからとなんとか自分を言い聞かせて、疲れや暑さとは違うもので渇いた口を唾で湿らせて、おずおずと声を出す。

 

「えっと、あの……その、よかったら私も一緒していい? 今日が初めてだから、加減とか目安とかがちょっとわからんくて……」

「もちろん、僕なんかでよかったら」

 

 返答は即であった。麗日が懸念していたようなことは一切なく、いっそあっさりと承諾されたことに少し肩透かし感を覚えつつ……けれど確かに胸に満ちた嬉しさに、改めて己の気持ちを自覚する。

 麗日は自然と綻ぶ顔を極力引き締めつつ、なるべくいつもの自分を意識して笑う。ありがとう、と言いながら。

 

 そうしてしばし共に筋トレをこなして、二人は揃って寮を出る。夏ゆえに既にそれなりの高さに上がっている朝日をよそに、並んで地面を蹴って。

 

 訓練であり、鍛えることが目的であるため、余計な会話はない。けれど今、並んで同じことをしているというそれだけのことが、麗日にとっては何より嬉しいもので。

 どんなときでも一緒にいたいと隠すことなく言い放ち、堂々と人前で触れ合う()()の気持ちが、少しだけわかってしまって……それができる関係を既に構築していることを、少しだけ羨ましく思った。

 

(でも私は被身子ちゃんほどアケスケちゃんにはなれんから……ちょっとずつ、ちょっとずつ前に進もう。そもそも恋愛がしたくて雄英来たわけとちゃうし。まずはヒーローになる! そこ疎かにしたらあかんやんね)

 

 なんてことを考えながら。

 麗日お茶子の新しい日常は幕を開けた。

 

 そんな彼女……いや、彼女たちの後姿を、ベランダの手すりに身体を預けながら見送る人影が一つ。

 

「ファイトですよぅ、お茶子ちゃん」

 

 彼女は、慈愛に満ちた表情でつぶやいたのだった。

 

 ……この顛末を、全力の透明状態でこっそり眺めていたもう一人の仕掛け人が、あとで黄色い声を上げて大層喜んだのは言うまでもない。

 




というわけで、原作より20巻分近く早い「アケスケちゃんとしまっとくちゃん」でした。
原作では決裂したやり取りですが、本作では説得に成功。
というか、原作での出会いが違えば手を取り合えたと思えるやり取りが悲しくて、素直なコイバナをさせてあげたかったので、こんな感じになりました。
ここで一旦気持ちに区切りがついてしまったのと、目当てのゲームが発売したこともあって、執筆がしばらくとまってたのはここだけの話。

次からは仮免試験です。
なので、さすがにイチャイチャはここで一区切り。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.仮免一次試験

 ヒミコとハガクレがウララカにお節介を焼いた日からの数日間、ウララカの私を見る目が少々複雑な色を帯びていて気まずかったが……容赦なく時間は流れ、日々は過ぎ。ヒーロー仮免許試験の当日がやってきた。

 

 私とヒミコは神野事件の折りに準個性と分類されたフォースでの仮免許を発行されているので、最悪受からなくてもなんとかなるのだが……”個性”の使用を許可されるには必要なことなので、仕方がない。

 

 そんな試験の会場は、静岡多古場(たこば)の国立競技場。聞いたところでは、ミドリヤとバクゴーの実家の近くらしい。

 

 まあ私とヒミコは、入場前に多くの学生から好奇の視線を向けられたのだが。注目を浴びることは予想の範疇なので、特にどうということはない。

 士傑高校や傑物学園からは声もかけられたが、こちらは単に我々の中の誰かと縁のあるところもあったからのようだ。

 

 まあ、士傑で声をかけてきたヨアラシという人物の縁は、あまり良いものではないようだが……その相手であるトドロキはヨアラシのことを覚えていないようなので、何やら少々嫌な予感がする。

 

 とはいえ、結局のところは試験の内容次第。そう思いつつ、各々がコスチュームに着替え会場へ足を踏み入れた。

 

「ずばりこの場にいる受験者1540人一斉に、勝ち抜けの演習を行ってもらいます」

 

 そして壇上に立ったヒーロー公安委員会のメラなる人物は、睡眠不足を一切隠すことなくそう言った。

 

「現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降ヒーローの在り方に疑問を呈する向きも少なくありません。まあ一個人としては、動機がどうあれ命懸けで人助けをしている人間に『何も求めるな』は……現代社会において無慈悲な話だと思うわけですが」

 

 彼はそう前置いて、試験の内容を開示する。

 

「試されるのはスピード! 条件達成者()()100名を通過とします」

 

 そのあまりに狭き門に、会場内が一気にざわつく。我らがA組の中からも、声が上がった。

 

「受験者は全員で1540人……合格者は例年五割を切るとは聞いていましたけれど、これは……!」

「つまり、合格者は一割を切る人数ということね……」

「ますます緊張してきた……!」

「まァ社会で色々あったんで……運がアレだったと思ってアレしてください」

 

 だがメラ氏はあくまでも淡々としたまま、無慈悲に言い切る。彼はふるいにかける側だから、それも当然だろうが……いずれにしても考えるだけ詮なきことだろう。試練とは得てしてそういうものなのだから。

 

 しかしこの難易度設定……恐らくだが、オールマイトが引退に向けて動いている影響だろうな。

 彼がいなくなるなら、残された側には彼が抜けた穴を埋めるために相応以上の実力が求められる。そのためには下手に数で補うのではなく、質を重視しようという流れに舵を切った……もしくはその方針に傾いている、と言ったところか。

 

 どうやら、オールマイトは今のところうまく動けているらしい。普段の彼を見ていると、そうした政治ができるようにはあまり見えないが……彼のことを知っている理解者がいるのかもしれないな。

 

「で、通過の条件というのがコレです」

 

 おっと、続きを聞かねば。

 

 メラ氏が取り出したものは、ボールと……何やらライトのような形状の装置。同時に、彼の背後に設置されている大きなスクリーンにその全容が拡大されて映し出された。装置のほうにはターゲット、と記されている。

 

「受験者はこのターゲットを三つ、身体の好きな場所……ただし常にさらされている場所に取りつけてください。足裏や脇はダメです。そしてこのボールを六つ携帯します。ターゲットはこのボールが当たった場所のみ発光する仕組みで、三つ発光した時点で脱落とします」

 

 彼の言葉と同じ説明が、映像としてスクリーン内でなされる。

 

「三つ目のターゲットにボールを当てた人が『倒した』こととします。そして()()倒したものから勝ち抜きです。ルールは以上」

 

 メラ氏が言葉を切ったのと同時に、彼の後ろから委員会の黒服たちが道具一式を入れた箱を抱えて前に出た。

 

「えー……じゃ()()()、ターゲットとボール配るんで。全員に行き渡ってから一分後にスタートします」

 

 が、直後の言葉に会場内の人間の大半が首を傾げる。

 

 しかし、その答えはすぐに明かされた。会場が文字通り展開したのだ。直方体が面ごとに開き、部屋は部屋ではなくなった。

 そしてその周辺には、様々な環境を模したフィールド。これが試験の本当の会場ということなのだろう。

 

 だがこう……なんというか、無駄に大掛かりというか……この試験を、全国で三か所同時にやっているのだろう? 予算はどうなっているのだろうか……。

 

 まあ、そこは一受験者が考えることではないか。とりあえず装備一式を受け取り、予算のことは頭の外へ放り出す。

 

「先着で合格っつーなら、同じ学校同士の潰し合いはねェ……おいテメェら、離れすぎんじゃねぇぞ」

 

 が、ここで意外なことに、バクゴーが団体行動の音頭を取った。これに対して、全員が一斉に驚愕したのは無理からぬことだろう。

 

「か、かっちゃん……!?」

「どうした爆豪!? どっか具合悪ィのか!?」

「まさか偽者なんじゃ……!?」

「あァ゛ン゛!? 死にてェのかアホ面ァ!!」

「ひえっ」

 

 ミドリヤやキリシマはともかく、カミナリの言いようはどうかとも思うが……彼の気持ちもわからなくはない。これについては、バクゴーの日頃の行いが悪いとしか言えないな。

 

 ただ、開始まであまり時間がない。ここは説明させてもらおう。

 

「先日B組が予定時間より早く来たとき、バクゴーとモノマが揉めていただろう? 大方その件だろう。合格者数でB組に勝ちたいのではないかな」

「あのコピー野郎は絶対(ぜってぇ)ブッ殺す……! いいかテメェら、死んでも合格しやがれッ!」

「なんだ、いつもの爆豪だ」

 

 それで安心するのもどうなんだ、カミナリ。

 

 だがどちらにしても、入学当初のバクゴーなら、こういう形であっても協調は絶対しなかっただろう。雄英で一番成長したのは、バクゴーなのではないかな。

 

「ま、まあまあ。でも、僕もかっちゃんに賛成だよ。この試験内容だと他の学校もまとまるだろうから、たぶん学校単位の対抗戦になる。そしたら次はどこを狙うかって話になるわけだけど……この中には唯一、『”個性”不明というアドバンテージ』を失ってる高校がある」

「なるほど、私たち雄英……原因は体育祭ですわね」

「ウィ……でもボクたち、目立っちゃったから仕方ないよね☆」

「そっか! ”個性”どころか、弱点やスタイルまで筒抜け……そういうことだねデクくん?」

「うん。だからたぶん、僕たちは真っ先に狙われる……! でも逆に言うと、それは向こうから出向いてきてくれるってことだから……みんなで相手を動けなくしてさ」

「理解した。拘束して確実にボールを当てる……返り討ち。爆豪はそう言いたかったのだな」

 

 トコヤミの頷きに、ミドリヤも頷く。バクゴーは、「ケッ」と悪態をつく。

 

「聞きゃわかんだろ。先着だからって攻めたモン勝ちの試験じゃねぇってことだわ」

 

 だが悪態と共に放たれた言葉は、この試験の本質を突いている。

 

 この国には「出る杭は打たれる」という言葉があるが、まさにそれを地で行く試験となるだろう。つまり、一人で突出すれば一斉に狙われる。先着百名、倍率十倍以上という言葉に惑わされて焦って取りに行くなど、自殺行為でしかない。

 

「つまり、友情・努力・勝利! ってことですねぇ」

「ジャンプか。いや言いたいことはわかったけどさ」

「要するに、団結と連携が重要! ってことだよね。ね、爆豪?」

「だァから、聞きゃわかんだろうが!」

「爆豪ちゃんは言葉が足らないわ。私たち、理波ちゃんたちみたいに人の考えていることは読めないんだもの」

 

 ヒミコの少しとぼけた総括に、ジローがくすりと笑いながら突っ込んだ。

 そこをアシドが拾い、バクゴーがかみつけば、ツユちゃんが冷静に問題点を指摘する。

 

 程度の差こそあれ、いつもの光景だった。どうやらみな、ほどよい緊張感はあれど上がってしまうようなことはないらしい。いいことだ。

 

「けどよぉ、二十人も集まって団体行動って難しいぜ? 轟とか、大所帯じゃかえって動きづらくねぇ?」

「いや。大まかにだが要点は覚えてる。問題ねぇ」

「え、あれ? いつの間に?」

「何言ってんのさ、峰田。俺たちはその訓練、つい最近やったじゃないか」

「尾白の言う通りだ。まあ、増栄はそこまで意図していたわけではないだろうが」

「……?」

「あ、そうか。合宿初日のアレ、ちょうど今みたいな感じだったな」

「それだぁ!」

「あー、そういえば」

 

 最後はショージの言葉にセロがなるほどと言いたげに手のひらを打ち、そんな彼へハガクレが指を向け、ミネタはようやく納得した。

 

 そう、そういうことである。

 ただ、別にこうなると予測していたわけではないのは本当である。図らずも、あのときの行軍訓練をちょうど活かせる状況になったというだけだ。

 

「では、成果を見せるときだな! やはり雄英は無駄がない。あの日の訓練は長距離の移動のみならず、こうした団体行動も見越していたのだな!」

 

 相変わらず少しずれた納得の仕方をするイイダであるが、まあ今回は訂正する必要はないだろう。そんな時間もないしな。

 

 かくして我々二十人は打ち合わせながら、いつぞやの行軍のように陣を敷いてフィールドに踏み込んだ。装備の変更や”個性”の成長、また相手が意思なき作りものではないことなどを鑑みて、ある程度配置に違いはあるが、クラス一丸となっての進撃である。

 あの日私の提言で大人数の連携と行軍を経験していなかったら、バクゴーやトドロキ辺りは早々に離脱していたかもしれないが……それはもはやもしもの話でしかない。

 

 ちなみに、私とヒミコは一旦ジェダイローブを脱いで委員会に預けている。ターゲットをローブに取りつけてしまったら試験中にローブを脱げないし、かといってローブの下に取りつけるのはレギュレーションを満たさないからである。

 

 さてそんな我々が踏み込んだのは、山岳エリアとでも言うべき場所。建造物などは一切なく、一つだけ大きい山を大小さまざまな凸凹が雑多に囲んでいる区画だ。あの日の経験をより活かしやすい場所を選んだ結果である。

 

 そしてそこに入ってすぐに五秒前からカウントダウンが始まった。

 同時に、周囲からの敵意が一気に膨れ上がったことを察知した私は、すぐさま注意を促す。

 

「開始と同時に、後ろ以外の全方位から一斉に来るぞ」

「了解! 皆さん、展開を! 手筈通りに!」

『おうっ!』

 

 これに呼応して、ヤオヨロズが号令を出す。彼女に合わせて私たちは陣を膨らませる形で広がりつつ、敵のいる方向に対峙するよう展開した。この国で言うところの、魚鱗の陣である。

 

『第一次試験、スタート!』

 

 このタイミングで、試験開始が告げられる。その瞬間だ。

 前方に広く布陣していたものたちが一斉に現れ、一斉にボールを放ってきた。

 

 だが、想定内である。ゆえにこの直前……開始宣言と同時に、私たちから見て右側に巨大な氷の壁が生まれた。

 

「『穿天氷壁』」

 

 手筈通り、トドロキが作り出したものである。私たちの右手に展開していたものたちは、これに阻まれ初動を完全に殺された。運悪く氷の中に巻き込まれたものもいるかもしれない。

 それでも相手が三分の二ほど残っているが……これで十分だ。

 

「やるぞヒミコ」

「もちろんだ」

 

 試験開始と同時に私に変身してなり切っているヒミコと共に前に出た私は、揃ってライトセーバーを抜く。

 

 手投げのボールなど、ジェダイの前では打ち返してくれと言っているも同然である。ましてや、大した打ち合わせも何もない……早さも威力もてんでバラバラなボールの弾幕など、武器を提供しているようなものだ。まあ、さすがにセーバーの長さは少し増幅したが。

 

 ソレスの構え――自前のものと変身先のもの、二本のセーバーを手にしたヒミコは変則的だが――に応じて、橙色の輝きが三つ閃く。同時にボールが次々と、そして正確に跳ね返され放ったものたちに直撃する。

 

「ばッ、バカなぁぁ!?」

「あの弾幕を跳ね返しやがったッ!?」

『あ、開始十秒で二人脱落ですね。山岳エリアです。また次の機会にがんばってください。あ、情報が入り次第私がこちらの放送席から逐一アナウンスさせられます』

 

 うち二人は開始早々の脱落となった。運が悪かったと思って諦めてくれ。

 

「事前に聞いた通りだな」

「ああ。ボールは他人のボールであっても有効らしい」

「情報通りなら、これで私とヒミコは撃墜数一となるわけだ」

 

 そんなことを、クラスメイトにだけ聞こえる程度の声量でヒミコと話し合う。

 

 私はボールとターゲットが配布されるタイミングで、他人のボールを跳ね返した場合どうなるかを聞いていた。答えは有効であり、それで撃墜判定になった場合は最後にそのボールに干渉したものの得点となる、とのことであった。

 つまりこの一次試験、私とヒミコに対して馬鹿正直にボールを投げるのは手の込んだ自殺である。

 

 とはいえ、本気でやったら私とヒミコは一分も経たずに通過してしまう。それではクラスメイトの援護ができないので、お互いに撃墜は敢えて1で留めている。

 その代わりと言ってはなんだが、我々に近いところにいる受験者はその大半が脱落一歩手前の状態にしておいた。うむ、我ながら上手くいった。

 

「っしゃあ行くぜ峰田!」

「おうよ瀬呂!」

 

 そしてそこに、セロのテープとミネタのもぎもぎが降り注ぐ。まずは動きをとめる。

 

 それと共に、ヤオヨロズが生み出したトリモチ弾が猛威を振るう。夏の間に鍛えられた彼女の”個性”は訓練が間に合い、複数同時の創造ができるようになっているのが大きい。

 次から次へと生み出されるこれを、イイダにオジロ、キリシマ、ショウジの四人が身体能力をフル活用して途切れることのない攻撃を行っている。

 

 とはいえ、これら接着するタイプの攻撃がすべて有効に働くとは思っていない。相手はヒーローになりに来ているものたちだ、むしろ半分以上が回避ないしは防御されている。

 ただ、テープももぎもぎもトリモチも、すべてその場に残るタイプのものである。つまり回避されたなら、そこにぶつけてやればいい。

 

 というわけで。

 

「ようやく出番だね☆ 派手に行くよ!☆」

「オラァ吹っ飛べモブども! 徹甲弾(APショット)機関銃(オートカノン)!」

「……ここに並ぶは少々不本意だが、致し方あるまい。『深淵闇躯(ブラックアンク)』!」

「同感だけど、仕方ないね。『ハートビートファズ』!」

「ケロっ!」

 

 アオヤマやバクゴー、トコヤミ、ツユちゃんやジローといった遠隔攻撃手段を持ったものが攻撃を加えて、見えている地雷に飛び込まざるを得ないように誘導する。

 彼らだけでなく、私とヒミコもフォースを駆使してこれを手伝う。私たちの場合、シンプルに動揺しているものたちを力づくで動かして行動不能にする形になる。

 

 結果、これらの反撃によって、大半の人間が身動きを封じられるに至った。

 

「この辺でいいかな?」

「おう! んじゃ行くぜ……ポインター射出! かーらーの……『ターゲットエレクト』!」

「おおー、上鳴くんホントに電撃ビーム撃てるようになったんだ!」

「へへっ、発目と増栄のおかげでな!」

 

 一方で、カミナリとハガクレを伴って空中に布陣したウララカは、氷壁――破壊されないよう、トドロキは逐次補修しつつ拡張もしている。左右同時発動で暖を取りながらなので、体育祭のときのように自滅する気配はゼロだ――の向こうに隔離された面々がやってこないように牽制している。カミナリは電撃を放って、ウララカは遠隔でゼログラビティをかけての無力化である。

 

 カミナリの”個性”は元来指向性がないのだが、そこは訓練の成果だ。サポートアイテムのおかげでもあるが……ともかく、今の彼は設置されたポインターに向けてなら電撃を放てるようになっている。その射程距離は最大でも()()()()()()()()()だが、今の状況なら十分だ。

 

「私もやるよ! んーむむむ……! 『ゼロ・リップル』!」

「うわえっぐ……麗日ってばいつの間に遠隔ゼログラできるようになったの……」

「すごいよね。やっぱお茶子ちゃんも”個性”成長してるよね?」

「んへへ、それもあるっぽいけどね、私も大体は理波ちゃんのおかげだよ。バンコさんからアドバイスとアイテムもらえたんだ」

 

 何せ彼と共に空中にいるウララカもまた、格段に成長している。

 

 彼女は我が父上の助言と、父上が現役時代に用いていたサポートアイテム、それに私も使っている立体機動補助装置の提供を受けた。これに加え、恐らくだが神野事件の際に抱いた想いが”個性”を成長させている。

 結果として、ウララカは自身の機動力を高めるのみならず、効果が出るまで多少の時間はかかるものの、ある程度離れているものを対象に”個性”を発動できるようになっているのだ。

 

 元々、触れただけで無重力化できるという強力な”個性”である。それが遠隔からできるようになった今のウララカは、極めて高い制圧力を持つに至っている。

 自ら以外も透明化できるようになったハガクレがそこに加わることで、さらに凶悪なコンボが可能となる。カミナリとウララカはもちろん、一連の行動が不可視となっているのだ。攻撃されている側にしてみれば、たまったものではないだろう。

 

 もちろん、トドロキもいるとはいえたった四人でずっと足止めができるはずはなく、さほど間を置かず氷壁は破壊されてしまったが……もう十分だ。

 

 氷壁を破壊し、私たちの前にやっと出てきたものたちが見たものは、テープやらもぎもぎやらトリモチやらで固められ、死屍累々となった受験者たちの山。

 

「ハッハァー! 楽勝ォ!!」

 

 ……の、中で、勝利を雄たけびを上げるバクゴーの姿であった。状況が状況だけに、ヴィランに思われても仕方ないのではないだろうか。

 

 しかし彼以外の人間……身動きが取れないものたちの周辺で、ターゲットにボールを押し当てる作業を淡々とこなしている私たちも、似たようなものだろう。そういう趣旨の試験なので、仕方ないことではあるのだが。

 

 まあいずれにせよ、やるべきことはやった。これで終わりだ。ヤオヨロズ原案、バクゴーおよびミドリヤプロデュースの計画は首尾よく完了である。

 

「うっそぉ……」

 

 誰かがそうつぶやいたのが聞こえた。

 

『うお!? うわー、っと、いや、はい。今最初の通過者が出まして……間を置かずに一気に二十人が通過! これで通過者は二十一名ですね。うーん、さすが士傑と雄英。ちょっとびっくりして目が覚めて参りましたよ。さあどんどん行きましょう!』

 

 と同時にメラ氏のアナウンスが響き渡り、私たち雄英一年A組の全員通過が確定したのであった。

 




仮免試験開始。
ですが今EPのメインテーマは恋愛とか青春とかなので、軽めに。
とりあえず、大量に投げられたボールをライトセーバーでバカスカ跳ね返すダブル理波の絵面をやりたかったので、やりました。ジェダイ相手に飛び道具は自殺行為。

なおかっちゃんが原作よりだいぶマイルドですが、理波の影響もさることながら、合宿でさらわれたりオールマイトがまだ引退したりしていないので、精神的に余裕があるのが大きいということで。
原作で「君ら落ちてよ!」とあんだけ露骨にケンカ売りに来た物間にかっちゃんがろくにリアクションしてないのは、やっぱ精神的な余裕がなかったからだと思うんですよね。
あるならまあ、あんな売り文句を買わないわけないだろうと。
そういうことで、全員合格しないとB組相手に完璧に勝ったことにならない、という判断の下、A組に助言・協調するかっちゃんの構図と相成りました。

その他、原作とは異なるところがある面々の説明については、仮免試験が終わったら回の後書きで書こうかなと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.次に備える

『っしゃああああ!!』

「スゲェ! こんなんスゲェよ!」

「こんな短時間で雄英全員、一次通っちゃったあ!」

 

 合格者向けの控室への移動中、クラスの中でも普段から賑やかな面々が盛り上がっていた。そうでないものも、穏やかな表情で見守っているので気持ちとしては同じなのだろう。

 とはいえ、試験はまだ半ば。油断は禁物である。

 

 ……ということでやってきた控室には、先客が一人いた。アナウンスで私たちより先に一人通過者がいたと言っていたから、その人物ということになる。

 

 そしてその我々に先んじた通過者は、士傑のヨアラシであった。

 しかし我々に先着したとはいえ、さほど差はなかったのだろう。彼は私たちが控室に入ったとき、入り口にかなり近いところできょろきょろとしていた。そして私たちに気づくや否や、嬉しそうな顔でずかずかと近づいてくる。

 

「雄英の皆さん! 全員一斉に通過スか!? スゲェッス! さすがッス!!」

「待ってくれ。称賛してくれるのはありがたいが、ここで話し込んでは後続の方たちの迷惑になってしまう。もう少し奥へ行こう!」

「確かに!!」

 

 彼の勢いに、先頭付近にいた数人はたじたじである。イイダが間を取りなしに入ったので、さほど混乱はなかったが。

 

 そうしてみなが身体からターゲットを外したあとは、熱血を絵に描いたような勢いで話し続けるヨアラシに対して、似たような、しかしまっすぐな態度で応じ続けるイイダという構図で妙に盛り上がりを見せた。

 

「さすが委員長っつーか、さすが飯田っつーか」

 

 二人の様子を尻目にカミナリがどこか精神的な疲れが垣間見えるような言葉を漏らしたが、言いたいことはなんとなくわかる。相手の勢いに被せ続けてどんどんボルテージを上げていく応対は、このクラスではイイダくらいしかできないだろう。あまりにも怒涛が過ぎる。

 

 最初は僅差で一次試験通過一番手をかっさわれたことにバクゴーが怒っていたのだが、このノーガードの殴り合いのようなやり取りに気を削がれたのか、これ見よがしに舌打ちしつつこちらにやってきたのだ。どれほどの激しさかは推して知るべしである。

 

「それにしても、どんな”個性”なんだろう……やっぱりすごいんだろうな……相澤先生の話が本当なら少なくとも入試のときには轟くんより上手だったわけだしそんな人が士傑で伸びないはずがないしだからこそ一番に通過したんだろうし……」

「緑谷ちゃん、今日も絶好調ね」

 

 少し離れた場所からヨアラシを眺めつつ、ぶつぶつと独り言を続けるミドリヤ。

 

 に、一言入れるツユちゃん。に、和む我々である。

 

「緑谷さんの分析はさておき、実際お強いのでしょうね」

「そうだな。俺たちは協力したからこそというところがあるが、あの男は一人で突破したのだからな」

「……一匹狼か。はたまた単に連携が難しい”個性”か……」

「見た感じ、まだ余力も十分ありそうだよね。二次試験もあっさりクリアしそう」

 

 ヤオヨロズの言葉に応じたショージ、彼に続いたトコヤミ、オジロだったが、私は「いや」と首を振った。

 そうして集中した視線に、返してもらったローブを羽織りつつ応じる。

 

「どうだろうな。次の試験は危ういと思うぞ」

「どういうこと増栄さん?」

 

 これに真っ先に反応したのは、やはりと言うべきかミドリヤである。彼の横をちゃっかり確保しているウララカと、二人で揃って首を傾げている。

 その様子に、確かにお似合いだなぁと思いつつも、私は予測を述べる。

 

「試験前に顔を合わせたときからそうだったが……彼は必要以上にトドロキを避けようとしている。それを意識しないようにはしているようだが、意識しないように意識しているせいで逆効果になっている」

「心の中に、ほの暗~い闇が見えますよねぇ。轟くんとなんかあったんでしょーか?」

 

 備え付けの軽食と飲み物をみなに配っていたヒミコも、私に続いて言う。それに対するみなの反応はあまり芳しくなかったが。

 

「……ってことらしいけど、轟なんか心当たりある?」

「……いや……正直記憶にねぇ。推薦なら入試んときに会ってるはずだが……」

 

 アシドの問いに、トドロキはヨアラシに視線を向けつつ答える。普段からあまり表情を変えないトドロキにしては、困惑した様子がよくわかる顔だった。

 

 が、そこで視線の先にいるヨアラシが、一瞬鋭い視線を向けてきた。向かう先は明らかにトドロキで、その眼光は間違いなく何か確執があるもののそれである。直前まで半信半疑だった他の面々も、この様子には納得せざるを得なかった。

 

「これは……」

「おいおい轟おいおいマジか」

「……え、あれ絶対何かあるやつじゃん」

「だよね? 轟くん、ホントに心当たりないの?」

「……すまん、まったく……」

「あんな騒がしい人、一回会ったらそうそう忘れんと思うけどなぁ……」

「悪ィ……」

 

 ウララカはこういうとき、相変わらず率直な物言いをするなぁ。トドロキが妙にしゅんとしてしまった。

 

「……そうか、二次試験に残るのはたった百人だ。どんな試験になるかはわからないけど、それだけの人数で協力しようと思ったら顔を合わせない確率のほうが低いわけで……そういう試験が来ると思ってるから、増栄さんは危ういって言ったんだね」

「うむ。今のヨアラシが、トドロキと協力することは難しいだろう。逆もまた然りだ」

「ハッ、甘いこと抜かしてんじゃねぇ」

「かかかかっちゃん!?」

 

 と、ここでバクゴーが会話に入ってきた。思っても見なかった人物の参戦に、ミドリヤはもちろん他のメンバーも少し目を丸くする。

 

「おい半分野郎、足は引っ張んじゃねェぞ」

「善処する……が、それは試験内容とヤツの出方次第だろ」

「死ぬ気でなんとかしやがれ!」

「爆豪ちゃん……少しは協力的になったと思ったのだけど」

「頼もしくはあるんだけどね……」

 

 仕方なさそうにケロケロ鳴くツユちゃんに、オジロが苦笑しつつもバクゴーの顰蹙を買わないように小声で応じた。

 まあしっかり聞こえていたようで、バクゴーは派手に舌打ちをしながらにらんでいたが。

 

 しかしすぐにその視線を戻すと、

 

「――次は救助か避難だ」

 

 静かにそう言った。

 それは私の予測と同じであったが、しかしそれだけでは足りないだろうと補足と入れようとして……それよりも早くカミナリが吼えた。

 

「だから! 説明足りんのよお前はいつも!」

 

 彼にならう形で、ほぼ全員がうんうんと頷く。バクゴーは再度の舌打ちでこれに応じた。

 

 だが今回は時間に余裕があるからか、激することなく――渋々ではあったが――説明を始めた。

 

「授業でやったろーが。ヒーローの基本三項」

「なんだっけ」

「救助、避難、撃退の三つですわね」

「ちょ、上鳴アンタ……やったじゃん」

「うっ、ど、ド忘れだよド忘れ!」

「基本であるがゆえに、絶対に疎かにするな。相澤先生はそう言っていたな」

 

 ジローに突っかかるカミナリをよそに、トコヤミが言う。

 これに対して、バクゴーが「それだ」と応じた。

 

()()なんだよ。ヒーローの。できねェやつはなれねぇんだよ」

「ああ……! わかったよかっちゃん! 一次試験が『撃退』系だったから、次は『救助』系か『避難』系のどっちかってことだね!?」

「チィッ!」

「えええ理不尽!」

 

 バクゴーとミドリヤは仲がいいんだか悪いんだか。

 いやまあ、悪いのだろうが……入学直後の両者を知っているから、だいぶ良くなったように見えるのだ。まだどちらも互いに対して含むものがあるようだが……うーむ。その辺りが解決さえすれば、案外いいコンビになれると思うのだが。

 

「ちょい待ち。もっかい撃退ってことはねーのか?」

 

 まあそれはさておき、セロが指摘する。

 

 バクゴーがこれに応じた。相変わらず態度はよろしくないが、これでも進歩と言えるか。

 

「受験生同士の潰し合いはもうやったろーが。もっかい撃退系が来るにしても、似たような内容にするか? ア?」

「ああ……やるにしても協力してヴィラン役退治とかのほうがあり得そうだな。でも、三項全部まとめてってこともあり得るんじゃ?」

「複数の項目の是非が問われる試験は、基本的に本免許試験からだ」

「そうなのか?」

「雄英の本免許試験対策の授業が、そういう内容だからな。まあ『基本的に』と言ったように、仮免許試験で求められることもないわけではない。調べた限りでは、オールマイトの活動が抑えられた六年前の試験がそれで、相当厳しい内容だった」

 

 とここで、オールマイトが力を大きく落としたきっかけにかかわるだろう情報に、ミドリヤだけが痛ましそうに眉をひそめた。もちろん、その件に言及するわけにはいかないので、見なかったことにする。

 

 代わりに、彼以外のなるほどと頷く面々に視線を順繰りに向けながら話を戻す。

 

「ただ複合的な内容だったとしたら、それこそ協力は最低限の前提になる。ヒーローは助け合いだからな。ゆえに次の試験は、協力が前提としたものとほぼ確信できるわけだ」

「……つーことだ。わかったか半分野郎、善処するとか半端なこと抜かしてんじゃねーぞ! 殺す気でやれ!」

「殺したらダメだろ」

「気概の話だわバァカ!」

 

 たとえ話でも殺すのはどうかと思う。

 それは日頃からバクゴーに接していて彼に慣れているこの場全員の総意で、大半が苦笑していた。

 

「あの調子で救護対象者に怒鳴ったりしなきゃいいけど」

「それな」

 

 ジローとカミナリの会話はまさにそれで、本当下手なことをしなければいいのだがな。

 

「まー爆豪はともかく……どっちになってもいいようにおさらっとく?」

「ええ、そうしましょう」

 

 一方、アシドとヤオヨロズは建設的な話をしている。せっかくの空き時間だ、有効活用はしたいな。

 

 まあ、私は栄養補給も並行したいところなのだが……。

 

「……コトちゃん、それおいしい?」

「あまり」

 

 ヒミコの料理の味に慣れ切ってしまった私にとって、設置されていた軽食にはどうにも気が乗らないのであった。

 

***

 

 次第次第に通過者が現れ、控室に人が増えていく。

 

 しかし、その速度は思ったよりも緩やかだ。山岳エリアに身動きが取れない受験者を必要以上に出してしまったので、そこから一気に通過者が出るだろうと思っていたのだが……どうやらそれを巡って盛大な足の引っ張り合いが起きたらしい。

 そこで協力という選択が取れなかった者たちは、今回の試験の落とし穴にはまってしまったのだろうな。シスの暗黒卿辺りが聞いたら笑うにも値しないとでも言いそうだ。

 

 まあそれはともかく。一次を通過したものと無関係のままでは少々まずかろう。

 

 というわけで、彼らとは次の試験で恐らく協調しなければならないだろう、という予測の下、交流を図ることにした。予測を伝え、もしそうなった場合は協力をしようと話しかけるのだ。

 ついでに雑談も少々。これを手分けして行う。

 

 さすがにまだ”個性”や技の詳細を教えるわけにはいかないが、私個人のものであれば多少は構わない。こういうときは、提案したものから差し出すものである。

 

 この辺りは、昔取った杵柄だ。あまりこの手の任務をした回数は多くないが、経験があるだけでも違うものである。

 

 あとは、まあ……不本意ではあるが、私のこの外見は他人に威圧感を与えない。それに人の庇護欲を刺激するらしく、通過者で私の話を聞かないものは一人もいなかった。前世の身体ではこうはいかなかっただろう。

 

「アヴタスくんもカァイイ人だったと思いますけどねぇ」

「それは君だけだと思うが」

 

 と、そんな会話もあったが……それはともかく、である。

 

 予想以上に人の集まりが悪く、現時点で控室にいるものには全員に話を済ませたので、待機状態の私はその間に念のため動いておこうと思ったのだが……。

 

「なあ、お前……夜嵐っつったか」

 

 私が動くまでもなく、他の女性陣にせっつかれたトドロキが、自ら行動に移していた。

 

 なので私は、二人の様子を少し離れたところから見守ることにしたのであった。

 




試験はさらっと、と言いつつ待ち時間に二話使う所業。
いやその、最初は一話で済ますつもりだったんですけど、書いてる途中にヒミコト二人にこれは二話かけるべきだと言われたので。
なお両者の言い分は同じでも、その理由は違う模様。
キャラが勝手に動こうとするときはキャラに全部任せるスタンスでいるので、こういう流れになりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.繋ぐ

 私が見た限り、トドロキに声をかけられたヨアラシは振り返りつつもその顔を硬くしていた。やはり彼はトドロキに対して隔意がある。

 問題は、トドロキにその自覚がいまいちないことだが……そこも含めて彼は踏み込もうとしているので、彼もバクゴー同様入学して以降成長しているのだと思う。

 

 ただ、それだけで済まないのが人間関係であり、社会的動物である人間の難しいところである。

 

「休憩中に悪ィな。なるべく早く済ませる。……俺、お前になんかしたか?」

 

 実に簡潔、かつまっすぐな物言いは、トドロキらしいと言えるだろう。それが吉と出るか凶と出るかは私にもわからないが。こういうものは、やってみなければどうにもならないのだから。

 

 見ている限りだと、ヨアラシは目を鋭くしたものの、それはトドロキの言い方が気に障ったわけではないようだ。

 そして無視するという選択肢はないのだろう。小さくため息をつくと、覚悟を決めた顔で口を開いた。

 

「……逆ッスよ」

 

 これに応じたヨアラシの心の中で、闇が広がる。それは嫌悪の色をしていた。

 

「俺はあんた()が嫌いだ。あのときよりいくらか雰囲気変わったみたいスけど、あんたの目はエンデヴァーと同じッス」

「……親父の……目……?」

 

 その嫌悪が剣となって、トドロキを刺す。特に彼にとっては、父親の話は禁句に近い。体育祭以降、一皮むけたが……それでも今なお思うところがあることに変わりはない。過去は変えられないのだから。

 

「そうス。……ヒーローってのは俺にとっては熱さだ。熱い心が人に希望とか感動を与える! 伝える! ……だからショックだった。エンデヴァーの目からはただただ冷たい怒りしか伝わってこなかったんだから!」

 

 だが、ヨアラシの言い分は多少なりとも理解できるものだった。確かに、エンデヴァーは冷たい印象を与えることが多い。彼とトドロキの関係を聞いてしまった身としては、それはより強く感じられたものだ。

 

 トドロキも意味を理解したのだろう。顔はしかめたが、納得した様子を見せた。

 

「……だから入試であんたを見て、あんたが誰かすぐにわかった。何せあんたはまったく同じ目をしてた!」

 

 しかし続けられた言葉には、より派手に顔をしかめた。

 やはりエンデヴァーを完全には赦せていないのだろう。そんな人物と同列視されるのは、トドロキにとってどうしても忌避感があるのだろうな。

 

 風が吹く。

 屋内で? あり得ない。

 あり得ない……が、それが”個性”となれば、あり得る。

 

 ヨアラシから、風が吹いていた。すぐに収まったが……しかし、感情の動きと共に風が漏れたということは、それだけ彼のエンデヴァーに対する嫌悪の強さがうかがえる。

 

「同じだと……? ふざけんなよ、俺はあいつじゃねぇ」

「同じッスよ。同じ、はるか先を憎むような目だ! 目の前の人を見ない、そういう冷たい目だった!」

「……!」

 

 が、ヨアラシの断言に、トドロキは絶句した。心当たりがあったのだろう。それは目の前のヨアラシのみならず、その身体から一瞬漏れた風に対しても。

 

 トドロキがゆるりと目を見開き、数回口をはくはくと動かす。

 

 彼の内心に、一人の少年が浮かんでいる。丸刈りの頭の、目つきが鋭い……ジャージの少年。格好はまったく違うが、顔に変化はない。間違いなく、それはヨアラシであった。

 今と変わらず、賑やかで騒がしいヨアラシの姿。それを今の今まで忘れていたのだから、まさに当時のトドロキは見ていなかったのだろうな。

 

 それをトドロキも自覚したのだろう。彼の内心で、大量の言葉が湧き出ては沈み、吹き荒れている。

 

「だから俺は、あんたら親子のヒーローだけはどーにも認められないんスよ。以上!」

 

 言いたいことは言い切ったのか、ヨアラシはトドロキに背を向けた。そのまま彼から離れようとしたが……。

 

「あ……あの!」

 

 そこに、ミドリヤが回り込んだ。

 

 彼の姿を見て、ヨアラシとトドロキはもちろん、遠巻きに眺めていた私たちA組の面々も驚いた。ミドリヤが二人の会話を気にしていたのはみな気づいていたが、普段わりと大人しい彼が割り込むとは思っていなかったのだ。

 

 ただ考えてみれば、ミドリヤはトドロキの家庭環境を本人から教えられていたな。事情を知っている彼にしてみれば、何かを言わずにはいられなかったのだろう。

 

「おお、確か緑谷サン! 体育祭見てたッス! 超熱かったッス!」

「え、あ、ど、どうも! ……じゃなくて、えっと」

 

 割って入ったはいいが、ヨアラシの勢いに押されるミドリヤ。実に彼らしい光景である。

 

 しかし、ここで終わらないのがミドリヤという人間だ。だからこそ、オールマイトは彼を後継者に選んだのだろう。

 

「その……さっきの話、聞いてました。ごめん。でも、だからこそ言わせて欲しくて……!」

 

 ほら。いざというときは、前に出ることができるのだ、彼は。

 

 そして彼は、再び表情を硬くしたヨアラシが何か言う前に、言葉を続けた。

 

「その、夜嵐くんの言いたいこともわかるんだ。入学直後の轟くんは、確かにちょっと怖くて、近寄り難いところがあったし……僕自身、体育祭までは接点がなかったから……」

 

 そうして語り始めれば、彼はとまらなかった。普段、蘊蓄や考察の際に発揮される早口が、しかししっかり聞ける程度に抑えて発揮されている。これにはヨアラシも口を挟まず、それどころか押されているようにすら見える。

 直々に「近寄り難かった」と言われたトドロキが、バツが悪そうにしているが。

 

「……でも、今の轟くんは違うよ。今までのこと見直して、変えていこうとしてる。それを間近で見て、わかってるから、僕たちA組は一緒に訓練だってしてるし、さっきの試験だってみんなで協力して突破できたんだ。僕たちにとって、彼はそれだけ頼りになる友達で……大切な仲間なんだ。

 ……だから、すぐに仲直りしろなんて言わない、言えないけど……でも、せめて()()もらえないかな。他でもない今の轟くんを……ヒーロー『ショート』を。どうか、()()()()()()()()()()()()!」

 

 そう一気に言い切ると、ミドリヤは深々と頭を下げた。いっそ潔いまでの低頭である。

 

 これに慌てたのは、ヨアラシだ。……いや、これは慌てているのではなく、愕然としているのか。己のしたことに対して。ミドリヤの言葉は、それだけ響いたのだろう。

 

 一方、トドロキも似たようなものだ。こちらも慌てているというよりは、照れているのかな。顔には出ていないが、態度がそういう感じだ。

 

 しかしどれだけ二人が慌てようと、ミドリヤは頭を上げない。答えを聞くまではこのままだと言わんばかりである。こういうところで妙に頑固なのも、彼の気質と言うべきか。

 

 そしてこうなったとき、折れるのは得てして相手側であり。今回も、ヨアラシのほうが先に折れた。納得はしていないものの、己を省みる必要性は認めたのだろう。

 

「……わかったッス。確かに……俺のほうも頭が硬くなってたみたいだし、もう少し頑張ってみまッス」

「ありがとう、夜嵐くん!」

「いや! 礼を言うのは俺のほうッス!」

 

 そうしてヨアラシは改めてトドロキに向き直ると、まだ困惑しているトドロキに対して頭を下げた。勢いが余って頭を床にぶつけるほどだった。

 

「ごめん!!」

 

 その姿に、トドロキの困惑は加速する。

 

「自分が嫌いなものになってた!! 試験のときとは雰囲気が少し変わったってわかってたくせに!! 今のあんたを見ようとしてなかった!! 本当にごめん!!」

 

 そして繰り出される大声の謝罪に、途中からとはいえ先程まで堂々としていたミドリヤが途端におろおろし始める。これがなければもっといい男なのだろうが、それはさておき。

 

 ここでようやく立ち直ったトドロキが、その場に片膝をついてヨアラシに手を差し伸べた。

 

「いや……俺のほうこそ悪かった。あの頃……入試の頃は、お前の言う通りのヤツだったから……元々は俺がまいた種だ」

「……それと重ねてごめん!!」

「んん?」

「正直、まだあんたのことは好きになれん!! だからごめん!! でも努力はするから!!」

 

 このあまりにもまっすぐな言葉に、トドロキがふはりと笑う。自然体な笑みだった。

 

「なんだそりゃ。……まァ、でも、気持ちはわからなくもない。俺もまだ、お前のことは好きになれそうにねぇ」

「……お互い様だ!!」

「おう。……それより、そろそろ顔上げてくれ。話しづれぇ」

「ウッス!!」

 

 そうして、二人は改めて正面から向き合うと。

 

「轟焦凍だ。ヒーロー名は『ショート』。よろしく頼む」

「夜嵐イナサ! ヒーロー名は『レップウ』!! よろしくッス!!」

 

 握手を交わすことはなかったが、視線を交わして頷き合った。

 

 その後、二人はミドリヤに向き合ってそれぞれ礼を口にする。

 これに対したミドリヤは、さらにおろおろしてしまうのだが……彼の中ではそこまで大それたことをした自覚がないのだろうなぁ。謙虚なことである。

 

 一方、そんな様子を眺めていた我々女性陣は、感心することしきりだ。私としても、ジェダイの見本のような仲立ちであったので感心せざるを得なかった。

 

「緑谷やるじゃん!」

「ええ、お見事ですわ」

「ケロ。緑谷ちゃんはやるときはやる子よね」

 

 アシドたちの言葉に頷く面々にならうように、私もうんうんと頷く。

 

 が、その中で一人違う反応をするものが一人。

 誰かと言えば、もちろんウララカだ。彼女は少し惚けた様子で、ミドリヤにまっすぐ視線を向け続けている。

 

 そこにどういう心の動きがあったかは、今の私にはよくわかる。相手の何気ない発言や挙動に、改めて惚れ直しているのだろう。なるほど、外から見るとこう見えるのだなぁ。

 

 などと思っているのは私だけだろうが、しかし心の動きに気づいたのは私に限った話ではなく。

 

 当たり前のように、ヒミコとハガクレがウララカに絡みに行った。

 

「出久くん、かっこいいねぇお茶子ちゃん。かっこいいねぇ」

「なるほどなー、お茶子ちゃんはあーいうところがイイんだねぇ」

 

 わざわざ小声で、しかし両脇から挟む形で行ったので、完全に愉快犯である。

 

「んひぃ!? ちゃ……! う、ことも、なくはないん、やけど、あの、えと、うぅー……!」

 

 真っ赤になってしまったウララカに、二人がにまにまと笑う。まったく、タチが悪い。

 

「二人ともやめておけ。そう人の心を弄ぶものではないぞ」

「「はぁーい」」

 

 ため息混じりに私が二人を引き離せば、揃った返事が来る。

 どうやら反省はしていないようだ。ここまで来ると、もはや確信犯ではないだろうか。

 

 仕方ないので、私は改めてウララカに二人から距離を取らせる。

 

「……ウララカ、こういう輩は無視しよう。根っから善良な君にはなかなか難しいとは思うが……」

「そんなぁ!?」

 

 瞬間、ウララカが反応するよりも早く、ヒミコが絶望に満ちた声を上げた。

 これにはハガクレがぎょっとし、ウララカなどは何もそこまでしなくとも、と言いたげに私に視線を向けてくる。

 

「……いや、私がヒミコを無視するという話はしていないつもりだが。そんな恐ろしいこと、するはずがないじゃないか」

「……ですよね!? あーびっくりした……死んじゃうかと思いました……」

 

 大げさな仕草で胸をなでおろしつつ、大げさなことを言うヒミコ。ニュアンスでわかれとは言わないが、フォースでおおむねのところはわかるだろうに。

 いやまあ、そういう少し前のめりなところも今の私には決して短所には見えないあたり、だいぶ彼女にのめりこんでいるなとも思うわけだが。

 

 それはそれとして、「()()()()()()()()()」とテレパシーで伝えれば、あっという間に機嫌を直してくっついてくるのだから彼女も現金なものである。

 

「こっちはこっちで、お互いベタ惚れなんだねぇ」

 

 まあ、そんなことをしていたら、ハガクレの標的がすり替わるのも無理はないかもしれないが。

 

 しかし甘い。その程度で私たちを照れさせようなどとは、甘すぎる。

 

「そうだが」「そうですよぉ」

 

 法的なあれこれはともかくとして、二人の心境としては、この関係に後ろめたいところなど微塵もない。私も彼女も、互いを好いているのかと問われれば是と答えることに躊躇などないのである。

 

 ゆえに同時に即答して、私たちは手を絡める。

 この切り返しは想定していなかったらしく、ハガクレは「ひゃあ」と声を漏らしながら顔を赤くした。

 

 ……まあその、同じく至近距離で私たちを見たウララカが、羨ましそうな顔をしつつも先ほどより赤面していたのは、とばっちりだったろうが。

 




20人の通過がバラバラかつギリギリだった原作と違って、本作では同時かつほぼ最初だったことで休憩時間に余裕がありまくってるため、轟と夜嵐の確執はスピード解決。
原作でも轟は疑問を解決しようと直接声をかけに行ったので、時間的な余裕があればある程度は話が進むだろうし、そこを目撃したデクくんがお節介焼かないはずがないだろう、ということで。

そしてそんなデクくんを見たお茶子ちゃんが反応しないはずがないよね!
本作だとこの時点でしまっとかない方向で心に折り合いついてるから、惚れ直すでしょうよ!

でもってそれを見たお節介二人組がからかわないはずもなく。
さらに言えば堅物の理波がそれを咎めないはずもなく。

というような感じで、物語の展開が一つの思い付きを基点にして一気に思いつくような一連の流れを、我々書き手は「キャラが勝手に動いた」と称します。
今回の展開の中で書き手のボクが意図して放り込んだのは、「そこでもう少しだけ前のめりになってもろて」くらいです。
そうすることで堂々と二人の前でイチャつくバカップルができるので、休憩時間で2話分の文量を使う必要があったんですね(どこぞの構文


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.仮免二次試験

 やがて通過者が定員に達し、一次試験終了のアナウンスが流れた。

 

 その後は脱落者の撤収作業が済んだところで、改めてメラ氏のアナウンスが入る。

 

『えー……二次試験に通過した百人の皆さん。これご覧ください』

 

 彼の言葉が終わるか否かのところで、壁にかけられていたモニターが起動した。表示されたのは、先ほどまで一次試験が行われていた周辺のフィールドである。

 

「フィールドだ」

「なんだろね……」

 

 これに対して、ミドリヤとウララカがぽつりとこぼした、次の瞬間である。

 

 派手な破裂音と、それに見合う規模の爆発が各所から連鎖的に発生し、フィールドがどんどん崩壊し始めたではないか。

 誰もが何故と思う中も爆発はどんどん続き、ほどなくしてフィールドはあっという間に被災地もかくやな有様へと姿を変えた。

 

 ……ふむ、被災地、か。なるほどこれは……。

 

『次の試験でラストになります! 皆さんにはこれからこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます』

 

 ああ、やはりそういうことか。

 

「マジで救助演習かよ……!」

「さすが雄英、読みも鋭いってか……」

 

 このアナウンスに、周囲から視線が集まる。

 

 だがそれを柳に風と受け流し、メラ氏の説明に集中する。

 

「「パイスライダー……?」」

「現場に居合わせた人のことだよ。授業でやったでしょ」

「アンタらはまたもう……」

 

 ……集中する。

 

「む……人がいる?」

 

 ショージがつぶやく。決して大きな声ではなかったが、それは周辺に確かに響いた。

 

 彼の言う通り、画面の向こうでは崩れたフィールドの各所に大勢の人がいる。ただし、彼らに重篤な問題は見受けられない。気を失っているように見えるものも、血が出ているものも、すべてそういう偽装である。

 ……中には四肢がもげているようなものも見えたが、フォースで感じる限り見た目に反して内心は相当凪いでいるため、あれも偽装だろう。とんでもない徹底ぶりだ。

 

 つまり、彼らが要救助者ということだ。彼らを余すことなく救い出すことが、二次試験の内容なのだろう。

 

『彼らはあらゆる訓練において今引っ張りダコの要救助のプロ! 「Help Us Company」、略してHUC(フック)の皆さんです。皆さんには、これから傷病者に扮した彼らの救出を行ってもらいます』

 

 そしてその推測は、メラ氏のアナウンスによって間違いないことが明らかになった。

 

 その後に続いた説明によると、試験の内容は救出活動を随時採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格となるようだ。どうやら、おおむね事前の予測通りになりそうだな。

 

 なお、そんな説明が続く中でも、モニターの向こうではHUCのものたちが”個性”を駆使してとんでもないところへ入り込んでいく様子が見える。なるほど、要救助のプロとはよく言ったものである。世のヴィラン連中も、このように世のため人のために”個性”を使ってほしいものだ。

 

「……ねえデクくん……」

「うん……神野区を模してるのかな……」

 

 そんな中、モニターを食い入るように見ていたミドリヤとウララカが、神妙な顔をして言葉を交わしていた。

 ヒーローとしてではないにせよ、実際にあの場に二人には……いや、一般人としてあそこにいたからこそ、二人には思うところがあるようだ。

 

「――頑張ろう、麗日さん」

「うん!」

 

 そうして決意を新たにする二人を、やはりヒミコとハガクレが楽しそうに眺めていた。

 さてはまったく懲りていないな? まったく、どうしてくれたものか。

 

 だが試験開始まで十分とアナウンスされた。猶予としては決して長くない。下手に触れて士気に影響しても困る。話はあとに取っておくとしよう。

 

 ということで、私はこの十分という短い期間に、改めてこの場にいるものたちに協力を呼びかけるとともに、救助や傷の手当などの自信がないというものに対して簡単な助言をするなどして過ごすことにした。

 

 そして、そのときは訪れる。室内全体にけたたましいベルの音が鳴り響いた。

 

()()()()()()()()()が発生! 規模は〇〇市全域、建物倒壊により傷病者多数!』

 

 音と共に、アナウンスが流れる。

 さらに、これに合わせるようにして控室が展開していく。一次試験と同じ仕組みで造られた部屋だったらしい。

 

 だがテロ、か。どうやら今回の試験は、歴代の仮免許試験の中でもトップクラスの難易度に設定されているようだ。

 

『道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ! 到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローたちが指揮を執り行う。一人でも多くの命を救い出すこと!』

 

 ――試験スタート!!

 

 私の思考をよそに合図が下され、百名が一斉に動き出……す前に、激しい爆発音がすぐ近くで響いた。実際に威力はないが爆発も起こっており、これには思わず全員が身構えながらそちらに目を向ける。

 

 爆発を起こしたのは、バクゴーだった。彼は上空に手を向けて、音メインの爆発を起こしたのである。

 

 彼は全員の注目が集まっていることをさっと見渡して確認すると、声を張り上げた。

 

「試験のシナリオは『ヴィランによるテロ』だ! 全員そっちの警戒も忘れんじゃねェぞ!!」

 

 この言葉に、多くのものがはっとした。

 

 そう、今回のシナリオはテロなのだ。目の前の惨状を引き起こしたものは、災害ではない。

 であれば、その原因と接触する可能性は極めて高く。ゆえに、歴代の仮免許試験の中でもトップクラスの難易度に設定されているようだ、という推測が成り立つのである。

 

 とはいえ、元々ここに残ったのは狭き門を潜り抜けてきたものたちだ。誰もがすぐに気を取り直して、それならそれでと言わんばかりに三人組、四人組をすぐさま構築し始めた。

 下手に発破をかける必要はないようで、何よりだ。だが恐らく、そういう人間をなるべく多く残すように一次試験は調整されていたのだろう。

 

「増栄ェ! ()()()()!」

 

 と、思っていたところでバクゴーに問いかけられた。

 その意図を理解した私は、なるほどと頷き行動する。ヒミコに視線で合図を送り、二手に分かれて周囲にフォースを飛ばした。

 

 索敵である。それなりに範囲が広いので、一人より二人のほうが早いし正確だ。

 

「こっちにはいないみたいですー」

「見つけた。あちらだ。今のところは、だが」

「十分だ」

 

 これを受けて、バクゴーが眼光鋭くにやりと笑う。

 

 好戦的な笑み。暗黒面に踏み込んだものにしかできない笑みだ。前世の私であれば、間髪を入れずやめろと言っただろう。なんなら抜剣までしていたかもしれない。

 しかし彼のそれは、暗黒面と言っても深みではない。二度と戻ってこれないような場所ではないのだ。何より、彼は闇に触れつつも、決して光明面からは逸脱していない。

 であれば、私はそれを咎めることはすまい。これぞ彼らしいと、はばかることなく言うとしよう。きっと彼は、それでいいのだと。

 

 そうしてバクゴーは、何も言うことなく私が示したほうへ……ヴィラン役と思われる大勢の人間が潜んでいるほうへと駆けていく。そんな彼を追いかけて、カミナリとキリシマが動き出す。

 

 なので、

 

「カミナリ! キリシマ!」

「ん!?」

「これを持っていけ! つい最近できたばかりの、リパルサーリフト式携行担架だ!」

 

 私はできたての担架を二人に投げ渡した。

 

 携行、という呼称がつく通り持ち運びが容易な代物であるそれは、一見すると腕輪である。なので、受け取った二人は困惑していた。ボタン一つで担架に変形するということを説明したら、一転して目を剥いて驚いていたが。

 

 実のところ、私にとってもこれは驚きの対象だったりする。日本の誰よりも先駆けて、最新の技術を使わせてくれたメリッサ・シールド女史には感謝してもしきれない。無論利用料はしっかり払ったが。

 

 ただ今回の試験の内容からして、治療が可能な私は担架を使う機会がほぼない。その手の”個性”の絶対数は足りていないのだから、最前線で救出に当たるより優先してやるべきことがあるのだ。

 

 しかし、せっかく試験に間に合わせたのだ。何より外から力が加わらない限りは揺れず、一定の高さを絶対的に確保する担架をここで使わない手はない。

 だからここは託すことにした。誰にするかは少し悩んだが、”個性”を人命救助に使いづらいキリシマとカミナリがこの場合は最善であろう。もちろん、二人の人品を今さら疑うはずもない。

 

「充電式だから、もしバッテリーが切れたら任せたぞカミナリ!」

「……なるほど! オーケー任せとけ!」

「そういうことならありがたく借りるぜ!」

「ああ。私たちはここで応急処置と治療に専念する!」

 

 だからそう言葉を交わして、二人を送り出した。

 

 一方彼ら以外のA組はというと、ひとまずここから最も近い都市エリアへ向かったようだ。そこから先で、さらに複数グループ分かれるつもりらしい。健闘を祈る。

 

 ちなみに、リパルサーリフト式携行担架はヒミコの分も造ったのだが、彼女はそれをハガクレに渡したらしい。確かに、バクゴーを含めても三人しかいないグループに担架は一つでいいだろう。いい判断である。

 

 さて担架を託した私たちだが、先に述べた通り治療のためこの場に残っている。ヒミコも同様だ。

 

 ただ、要救助者が来るまではわずかだが時間がある。なので、この場に残って救護所を設置しようとしたものたちと協力して場を整えていく。

 

 こういうとき、変身さえすれば複数の”個性”があるも同然のヒミコは実に強い。ウララカに変身して周辺の物体の重力をなくしたり、ものによってはアシドに変身して溶かしたり。

 何よりこういう状況だと、ヤオヨロズの”個性”が使えると本当に頼もしい。創るものについての知識がないと使いこなせないので、ヤオヨロズ本人ほど知識を持っていないヒミコでは創れるものは限られるが……包帯や消毒液などがあるだけでもだいぶ違うものだ。

 

 ちなみに、トリアージに関しては事前に他へ頼んでいたこともあって、私はやっていない。おかげでひたすら治療に専念できている。

 

 もちろん警戒は怠っていない。あちらへこちらへとせわしなく動き回りつつも、定期的に周辺にフォースを飛ばしていつなんどき襲ってくるものがいてもいいように備えている。

 まあ、どうやらヴィラン役は最初に控えている場所から動く気配がないのだが。それでも万が一ということはあるし、いつ来るかという問題もあるからな。

 

 さて、そうしてどれくらいの時間が過ぎただろうか。多くの要救助者が運び込まれた。それをなした中にはもちろんクラスメイトの姿もあり、最前線がどうかはわからないものの、少なくとも救護所周辺で問題になりそうな行動をするものはいなかったから、大丈夫だと思う。みんな真面目に救助活動に専念していた。

 まあ、大人しく(?)人を抱えたバクゴーに鉢合わせたミドリヤは心底驚いていたし、私もそれなりに驚いたが。いつぞやのバスの中での会話をしっかり覚えていたらしい。

 

 それはさておき、フォースでの感知によれば、大体半分以上は救助できたか……と言った頃合い。

 

 遂にそれは現れた。

 

 フィールドを取り囲む壁の一部から、大爆発が起こる。揺れる地面に、吹き飛ぶ瓦礫、それに噴き上がる爆炎。随分と派手な登場である。

 

 そんな爆炎の中から、瓦礫を踏みしめて大柄な男が姿を見せた。

 

 人の四肢を持ちながら、その顔は人にあらず。

 肌の色は、一部を除いて黒い。トサカのような頭頂部は角ではなく、背びれ。

 海洋生物らしい無機質な瞳で周囲の受験者たちを順繰りににらみつけ、鋭い牙を露に笑みを向かべる男の名は、

 

「ギャングオルカ!?」

 

 ビルボートチャート、ナンバー10。神野事件においても活躍した、シャチの”個性”を持つヒーローだった。

 

 彼の後ろからは、揃いのコスチュームで顔も含めた全身を覆った人間が続々と登場する。数えるのも億劫になるほどの人数に加えて、全員が武器と思われる装置を手に着けている。さながら無名の戦闘員たちと言ったところか。

 

「ハッ、ようやく来やがったな……!」

 

 これを見て喜んだのは、恐らくここにいる百人の受験者の中では彼だけだろう。

 そう、彼……バクゴーは、ヴィラン役の登場を見るや否や、爆破を重ねて文字通り飛んでいったのである。その背中を、ミドリヤがわずかに遅れて追いかける。

 

 だが私は追いかけない。手伝うこともしない。

 

 見放しているのではない。彼らの実力を認めているからだ。彼らならば心配はいらないと、知っているからだ。

 だから、ヴィランを前にしても手は止めず、ひたすら治療に専念する。さすがに余波の可能性は否定できないので、簡単にだが守りを整えるように指示を出すが。

 

「さすが雄英の一位、冷静だなぁ……」

 

 そこに、そんなつぶやきが聞こえてきた。トリアージを任せていた一人で、傑物学園の女子生徒だった。

 

 そんなことはない。これでも決して余裕があるわけではない。アナキンとは違って本番には強くないんだ、私は。

 

 なので、動きながらその背中に応じる。

 

「私が冷静なのは、己の実力云々ではありませんよ。私は私のクラスメイトを信頼している。それだけです」

「……なるほど、そりゃそうだ」

 

 彼女はそう答えると、小さく笑った。彼女にも、信頼できる仲間はいるようで何よりである。

 

 そして、私の仲間も彼女の仲間も、みな信頼に応えた。試験が終了するまで、彼らは一度も救護所はもちろん、要救護者にもヴィラン役を近づけさせなかったのだから。

 

 特に、トドロキとヨアラシがやってきてからは圧巻だった。傑物学園の男子生徒の後押しもあったればこそではあるものの、ギャングオルカを完全に足止めしてみせたのだからお見事である。

 一時はどうなることかと思った両者の関係だが、相手の弱点を的確につく炎と風の合わせ技を即興でやれた辺り、案外戦闘の相性は悪くないようで何よりだ。

 

 またその間に、取り巻きの戦闘員もバクゴーとミドリヤを中心にした面々よってほぼ全滅。こちらもまたお見事だった。

 

 まあ、戦闘員に足止めされている間にギャングオルカとの戦いを譲る羽目になったバクゴーは、不満を全面に出して隠そうともしていなかったが。そこは今後の課題とすればいいだろう。

 

 なおそのバクゴーは、二次試験開始直後の警告に関してクラスメイトたちからからかい混じりの賞賛を受けて爆発していた。最初の頃に比べると、本当に様々な意味でみなバクゴーに慣れたものだ。

 

 ともあれこうして、私たちの仮免許試験はひとまずの区切りを迎えたのであった。

 




ということで仮免RTAでした(
なお当初の予定では、「ヤオモモにポラロイドカメラを創ってもらい」「理波に変身したトガちゃんと一緒に」「空に上がってフォースで要救助者の位置を特定しつつ」「現場の俯瞰写真を用意して」「そこに感知した要救助者の位置を書き込み」「ヤオモモにそれを複製してもらい」「全員に配る」という力技で超高速解決するはずでした。
今よりもRTAみの強い展開ですね。
でもそれだとあまりにもスタンドプレーがすぎるので、没。
この場合物語の展開としてあっけなさすぎるという意味ではなく、実際に命がかかっている救助現場ならともかく、試験という努力や研鑽の如何を問う場で、その余地や意義を奪うようなやり方はジェダイらしくない、という意味です。
ヤオモモの「創造」で複製するような創造が可能かどうかわからなかった、というのもありますけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.結果発表と見えてしまったもの

ヒロアカ原作の、終盤(単行本34巻)で明らかになるかなり重要なネタバレが含まれています。
ここから先の物語は、その点をご理解の上でお読みください。


 試験終了が告げられ、フィールドから撤収したあと。制服に着替え、改めて一箇所に集められた我々受験者は、発表を待つ。

 

「こういう時間いっちばんヤダ」

 

 そのじれったい時間の中で、ジローがため息とともにこぼした。

 

 彼女に多くのものが同意する中、またしばし時間は流れ……ようやくそのときはやってくる。

 

『えー……結果発表の前に、まずは今回の採点方式について一言』

 

 壇上に立ったメラ氏は、場が鎮まるのを待ってからそう口火を切った。

 

『今回の試験は、我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる二重の減点方式で皆さんを見させてもらいました』

 

 掲げた二本指に視線を集中させるように、彼は言う。

 つまり今回の試験は、切羽詰まった危機的な状況下でいかに間違いのない行動を取れたかを審査したというわけだ。

 

 それを言ったあとは、いよいよ結果発表である。メラ氏が横に手をかざすと、彼の背景に置かれていたモニターが起動して合格者の名前が一斉に表示された。

 

 ……見た限り、一次通過者のほぼすべてが合格しているのではないか、これ。つまり二次試験は、落とす試験ではなかったということか。あからさまに一次と二次では方針が違ったわけだ。

 

 そしてフォースによって高い空間認識能力を持つ私は、緊張を覚えるまでもなくヒミコの名前を発見する。次いで己の名前も即座に見つかり、さらにはクラスメイトの名前も次々に見つけていく。

 

 ……ふむ? これは、なんともまあ。

 

「アレ? これ……まさか」

「ええ……そのまさかよ、切島ちゃん」

「もしかして、もしかしなくても?」

「ぼ、俺たち全員、受かっているのか!?」

「うおおおおおーー!? やったじゃん!!」

 

 すぐ近くで、どっと歓声が上がる。

 

 そう、我々A組は、全員が合格していた。一次試験を通過できたのはわずか百名だが、その五分の一を占める私たちがそのまま合格したのだ。よくぞやり遂げたものである。

 

「ハッ! 朝飯前だこんなモン!」

 

 バクゴーは高らかに笑っていたが、しかしそんな彼でも心の中に多少なりとも安堵がある。この辺りは、彼もなんだかんだでまだ少年なのだろうな。

 もちろん、私がそれを指摘しても彼は頑として認めないだろうし、そもそも本当にその感覚を自認していなさそうでもあるが。

 

 だが彼よりも誰よりも、気にしなければならないものがいる。

 

「…………ッ」

 

 A組の面々から少し離れたところで、悄然とした顔をまっすぐモニターに向けたままの少年。

 合格しているにもかかわらず、顔色が悪い彼の名は――――アオヤマ・ユーガ。()()()()()()()私は、思わず彼のほうに顔を向けた。結構な勢いでだ。

 

 ああ、そうだ。彼は合格できたことに驚いているのではない。

 ……いや、驚いているには驚いているが、種類が違う。合格できると思っていなかったから驚いた、という枠組みは他の自信がなかったであろうものと同じだが、その根幹は。その心の内側に隠されていた想いは。

 

「……ヒミコ、見えたか?」

 

 隣で、似たような反応をしていたヒミコに問う。

 が、そうするまでもなく答えは決まっているはずだ。

 

「……はい。信じたく、ないですけど……」

「私もだ。まさか……まさか、彼が――」

 

 ――内通者だとは。

 

 私はその言葉を飲み込んで、こっそりとため息をついた。

 

『確認終わりましたか? えー、では続きましてプリントを配ります。採点内容が詳しく記載されていますので、しっかり目を通しておいてください』

 

 しかしそれについてあれこれ考えるより先に、メラ氏が話を次に進めた。

 彼に応じる形で、ヒーロー公安委員会の黒服たちが紙束を持って私たちの中へ入ってくる。名前を呼びながら、手にしていた紙をそれぞれへ配っていく。

 

「青山くん」

「…………」

「青山くん?」

「おい青山、呼ばれてるぞ?」

「……! ……ハハッ、ボクとしたことが、嬉しすぎて固まっちゃったよ☆」

「はい」

「メルスィ・ボークー☆」

 

 名前がア行で始まるゆえに、二番目に名前を呼ばれたアオヤマはすぐに動けなかった。が、それでもセロに軽く小突かれて、表面上は取り繕って見せた。

 

 一見するといつも通りの、マイペースな彼に戻ったように見えるが……まだだ。まだ彼の心は、ひび割れて今にも壊れそうだ。見ていられない。

 今までどれほど苦悩していたのだ、彼は。それでいて、そんな悩みを抑え込んで、隠していたのか。フォースセンシティブでもないものが、ここまでフォースの感知をすり抜けられるとは……。

 

 ハット一族のように、生物として先天的にフォースが効きにくい種族は銀河共和国にはそれなりにいたが、地球人にその手の種族的能力はない。ということは、それだけアオヤマは心を守る術に長けていたということになる。

 

 ただ、彼の今の心の様子を見る限り、それは望んで手に入れたものではないだろう。恐らくは、そうせざるを得なかったからこその……。

 

「増栄さん」

「はい」

 

 思考を続けながらも、採点用紙を受け取る。あまり読み込もうという気にはなれないが、それでもこれは無視できない。減点の理由が書かれているからだ。

 

「コトちゃん、何点でしたー?」

「97点だ。治療の際に一度共和国の感覚で動いてしまったからな、それで引かれている」

 

 具体的には、部位欠損を軽傷と言ってしまった。

 それだけならまだギリギリ減点にならなかったかもしれないが、共和国の感覚で「むしろ義手になったほうがやれることが増える」と励ましたのがいけなかった。あちらでは十分励ましになる言葉なのだが、この星の科学力ではとてもそうはいかないので失言と判断された。

 

 うん。生まれ変わって十一年が経ったが、それでもまだ私は銀河共和国人の感性や常識を完全には捨てられていないのだろう。元々決して本番に強いわけではないので、それがうっかり出てしまった形だ。

 

 もちろん前世のことを完全に捨てる必要はないし、私にとって大切なものもたくさんあるのだが、この星で生きている人々はそんな私の都合など知る由もない。この減点は甘んじて受け入れるしかないし、受け入れるべきである。

 ただそれを考えると、トリアージをすべて人任せにしたのは英断だったように思う。もっとヘマをしていた可能性を、私は否定できない。

 

 あとそれとは別に、他者を治療可能な”個性”という点でヒーロー公安委員会からの採点が少し甘くなっているようだ。用紙に明記されているわけでも、口頭で言われたわけでもではないが、黒服たちがそういうことを考えていた。

 つまり、私の”個性”が別のものだったら、もう少し点は低かっただろう。いかに治療系”個性”が希少か、そして重宝されているかが垣間見える。

 

 一方、私の点数を聞いたヒミコは、自分のことのように満面の笑みを浮かべる。

 

「あは、さすがコトちゃん。私のヒーローは今日も最高なのです」

「ふふ、ありがとう」

 

 彼女にそう言われるのは素直にとても嬉しい。

 

 なお、そう言うヒミコは84点なのだが、患者の血を見る顔と目つきが原因でHUCから10点も引かれている。彼女の両親が口うるさくあれこれ言うのも、あながち間違いではないのだろう。

 

「お二人さーん、どうだったー?」

「見せてー!」

 

 と、ここでウララカとハガクレがやってきたので、互いの用紙を交換する。

 

「「97!?」」

 

 そしてすぐさま驚きの声を上げる二人であった。そんな二人に対して、自慢げに胸を張るヒミコが微笑ましい。

 

「はぁー、被身子ちゃんも結構な高得点やなー」

「そっかー、これ減点要素になっちゃうのかー」

「ヒミコがそれをしないことはなかっただろうから、彼女は90点満点だったのと同じだな」

 

 その採点内容を見て、ハガクレが残念そうに言う。

 だが私や彼女のような感想を抱く人間のほうが、きっと世の中では少ないのだろう。特に、それを救う側の公安ではなく、救われる側の役をこなしたHUCからの評価となれば完全に無視するわけにもいかない。

 

 ただこれは彼女の性癖なので、こちらとしてもどうにかなることもない。私もヒミコにそういう目で見られることにある種の悦びを感じるようになっているため、本当にどうしようもない。

 そしてヒミコ自身も改める気もさらさらないだろうから、それ以外のところで挽回するしかないだろう。

 

 などと話しているうちに、どうやら全員に採点結果が行き渡ったらしい。壇上のメラ氏が、頃合いを見計らって話題を切り替えた。

 

『合格した皆さんは、これから緊急事態に限りヒーローと同等の権利を行使できる立場になります。すなわちヴィランとの戦闘、事件、事故からの救助など……ヒーローの指示がなくとも、君たちの判断で動けるようになります。しかしそれは、君たちの行動一つ一つにより大きな、社会的責任が生じるということでもあります』

 

 彼の言葉に、この場の全員が会話をとめて傾注する。誰もが改めて彼に目を向けていた。

 

『この世に永遠はありません。どんなに優れた英雄であっても、必ず表舞台を去るときが来る。必ず皆さん若者が、いずれは社会の中心になっていくのです。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。次は皆さんがヒーローとして人々の規範となり、抑制できるような存在にならねばなりません。ここにいる皆さんが、そうなってくれることを一社会人の先輩として期待していますよ。

 ――()()()()()()()()()()()

 

 そして締めくくりの言葉に、私はヒーロー公安委員会が正式にオールマイトの引退を視野に入れて動いていることを確信した。でなければ、あえて次の話などすまい。

 

 彼の言葉の意味を、今ここにいる人間のどれほどが百パーセント理解できていることだろう。それはわからないが、しかしオールマイトから力を託されたミドリヤは間違いなく、理解している。彼の表情は険しく、しかし決意に満ちていた。

 

 その後は、二次で不合格になった者への救済措置について説明があったが、それについては全員が受かったA組にはあまり関係がない。それでも説明は説明なので、誰もがまだ静かにしている。

 

 なので、私は今後について改めて考える。このあとどうすべきかをだ。

 黙って済ますことはない。それは私の矜持の上でも、実際に起きたことへの感情の上でも、してはならないことであるから。

 

 だがそれとは別に、彼と縁を繋いだクラスメイトとしての感情が、判断を鈍らせている。

 

『それは鈍っているんじゃないさ。君は今、かつてよりもより多角的に物事を捉えられるようになっただけだ』

 

 そこに、ふわりとフォースが満ちてアナキンが現れる。

 ものは言いようだと思ったが、これだけの人の前で彼と会話するわけにはいかない。なので視線をそちらに向ければ、彼はふっと笑った。

 

『表面的な問題をこうだと断じたらそれで全て解決、となるほど現実はシンプルじゃない。ともすれば、すべてが丸く収まることが絶対にできないことすらあるのが現実だ。その折り合いをどうつけるか……君の判断を期待しているよ』

 

 彼は言うだけ言って、虚空に溶けた。

 

 なるほど、正しい意味での試練というわけか……と、前世の私なら考えただろうな。そして一人で何とかしようとしただろう。相手の事情を深く考えることなく。

 

 もちろん、試練ではないとは言わない。だが今回に限っては、私個人のものではないと言うべきだろう。この問題は私一人だけが関わるものではなく、むしろ私一人でどうにかするべきではないはずなのだ。

 それは影響が及ぶ範囲が広すぎるから私の手に余るという意味でもあり、同時に私以外にも知る権利があるものがいるという意味でもある。

 

 ただ、初動が私に委ねられているということも事実だ。そういう意味も含む試練なのだろう。であれば、私がすべきことは……。

 

 そう考えながら、私は観客席に座っているイレイザーヘッドに目を向ける。

 

 それでいい、というアナキンの声が聞こえた気がした。

 




当初のプロットでは合格発表のあとはすぐに寮に戻って打ち上げパーティをして、最後は部屋で二人がいつものように幸せなキスをして、大人の時間(意味深)に突入しておしまい、という流れだったんですけど。
本誌のほうで内通者が発覚してしまったので、大慌てでプロットを変更した結果EP7が2話増えました。
ということで、もう少しだけEP7続きます。

それはともかく、現時点でのキャラクターの原作との違いについて。

・デクくん
最終章で使っているミッドガントレットを既に四肢に装備している。
OFAフルカウルの許容上限が現時点で8%までしっかり扱える。
シュートスタイルという蹴り特化のスタイルは持っておらず、普段の戦闘スタイルが既にパンチもキックもジャンプもなんでもアリと化している。
というか、OFAを使うことでフォースなしでガチにアタロができるようになってる。ヨーダみたいに跳ね回れる。理波はライトセーバー使ってくれないかなってずっと思ってる。
総じて、「原作より個性含めた技術はかなり高いが、実戦経験で少し劣る」。

・お茶子ちゃん
個性が成長しており、意識を集中させることで五指で触れているものに触れているものにも効果を及ぼせるようになっている。
ここにバンコも学生時代に使っていたアイテムを組み合わせることで、離れたものを無重力化する技「ゼロ・リップル」を習得。
また、サポートアイテムとして立体機動補助装置(理波が使っているものと同じ)を装備。これにより、空中での機動力が爆上がりしている。
ちなみに、バンコの個性「重力操作」の発動条件は直に触れていること。そんな彼が離れた相手に効果を及ぼせるのは、前述の補助アイテムを使って認識を強化する訓練を積んだから。お茶子ちゃんはこの練習用アイテムとアドバイスを受けた。

・かっちゃん
学生生活のしょっぱなから少しずつ原作と異なるイベントを積み重ねた結果、メンタル面では既に原作最終章並みのところに到達している。
特に、ハンデありとはいえオールマイトに勝ったことと、自分のせいでオールマイトが引退していない、という二点が非常に大きい。
加えて、少しずつ「目覚め」つつある。

・葉隠ちゃん
個性が成長して、触れているものを透明化することができるようになっている。
これに伴い、コスチュームが大幅に変わっている。
描写する機会が今までないのであれだけど、7代目OFAに近いイメージ。マントがかっこいい。

・上鳴くん
サポートアイテムのポインターの性能がクッソ上がってる。
主に理波が発目とハッスルしたせい。

・峰田
個性が成長しており、もぎもぎにくっつかないものを一つだけ任意で選択できるようになっている。
百合の間に挟まる男絶対許さないマン(重要

こうやって全体的に見ると、原作と比べた場合峰田が一番輝きを加算されてるのは間違いないですね!
ちなみにA組全体に共通する強化要素として、「予知、あるいは高精度の予測ができる相手との戦闘経験が豊富になっている」があります。誰のせいやろなぁ(すっとぼけ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.キラメキをもう一度

 クラス揃ってヒーロー仮免許を取得した夜。軽い打ち上げをクラス全員で行ったあと。

 本来であれば、敷地内であっても出歩くことを禁じられたこの時間帯に、私はアオヤマを連れて外を歩いていた。

 

 なぜそんなことをしているかと言えば、単純に話があると呼び出したからだ。そうして私は彼を促し、グラウンドベータへ向かっていた。

 

 会話はない。そもそも私はジェダイ装束をまとっている。つまりヒーローとしての格好であり、どういう話がなされるのかをアオヤマも察している。彼は今、心の準備をしているところなのだ。ここで下手に話しかけるのは逆効果だろう。

 

 それなら私の呼び出しになど応じなければよかったのにとも思うかもしれないが、その場合話し合いに至るまでの過程が変わるだけだ。

 

 アオヤマも逃げられないと思ったのだろう。それに彼は、報いを受けることを当然だと考えている節もある。

 その思考と、何より玄関先で出迎えた私を見て、私にならそうされても構わないと考えたことから、改めて私は彼を敵と認識するのは困難だと思った。

 

「……ここらでいいだろう」

 

 目当ての場所に辿り着き、私は足を止めて振り返った。そこでは、ハッとしたアオヤマが周囲を忙しなく確認している。

 

 グラウンドベータ。我々A組が雄英に入って初めての実技を行った場所。そして周りを見渡すアオヤマの心から垣間見える様子からして、彼が入試を受けた場所でもあるようだ。

 そこまで企図していたわけではないが、つまりここはアオヤマにとって始まりの場所と言っていいだろう。

 

 そんなグラウンドベータの、市街地を模した路上。ここを選んだのはもちろん意味あってのこと。

 

 実はすぐ近くに、ヒミコとオールマイトとイレイザーヘッド、そして警察のツカウチ氏が潜んでいる。ハガクレに変身したヒミコによって、透明化した状態でだ。

 私だけしかいないという認識でいてくれたほうが、アオヤマの心を開きやすいだろうから。それが私……が、相談したイレイザーヘッドと彼が相談した校長の案である。

 

 ゆえに私は四人がいることをフォースで確認すると、マインドプローブに意識を集中させてアオヤマと向き合う。ローブの中に手を隠し、しかしその手のひらをアオヤマにしかと向けて。

 そうして口を開けば、自然と言葉を選ぶようにゆっくりと、平坦な話し方になった。

 

「……私は。フォースによって、他者の心を読むことが、できる」

 

 ――知ってる。

 

 アオヤマからそんな心の声が聞こえてくる。

 ……なるほど? それを知っているから、神野事件のあと私とヒミコにだけは気づかれまいと、必要以上に秘匿を意識していたのか。それが逆に、私たちの感覚に引っかかってしまったと。

 

 まあ、アオヤマ自身はそう思いつつも、隠しきれる自信はなかったようだが。そしてそれは正しい。

 

「……普段は、能動的に読もうとは、しない。内心の、自由があるし、道徳倫理的にも、すべきではない、からだ。だが、勝手に見えてしまう、ときもある。感情が高ぶったときや、内心を抑えられなくなった、ものが近くにいると、見えてしまうことがある、のだ」

 

 ――知ってる。

 

 もう一度、同じ心の声が聞こえた。

 ……ああ。合宿のとき、ミドリヤとトドロキにそう話しているのを聞いていたのか。だから隠しきれる自信がなかったと。

 

 知らぬが仏とはよく言ったものである。私の、そしてフォースの知識を多少なりとも得てしまったからこそ、隠せなくなってしまったとは。

 

 だが、その一番のきっかけはそれではないはずだ。直前に起きたあの事件が、恐らくはすべてのきっかけ。

 

 だから私は、申し訳なく思いながらもマインドプローブを続行する。相手に気づかれないように、違和感を、嫌悪感を、体調不良を覚えないように緻密に、細心の注意を払って。

 

「……最初は、単に人に言えない、深い……しかし、個人的な悩みが、あるのではないか、と、思っていた。その一端を垣間見せたタイミングが、謎ではあったけれど。ともかく、だからこそ、何か力になれないかと、注意していた。……だから、気づけた」

 

 私がそう言うと、アオヤマは露骨に顔色を悪くした。ごくりと喉を鳴らす。

 

 ――来る。

 ――来る。来てしまう。

 

 心の声が聞こえる。身構えた声だ。

 

 その声が乗っているのは、神野事件の記憶。リビングで、家族揃ってあの惨事をテレビ越しに観ているときの。

 そしてその核になっているものは、かつてまだ顔があった頃の男。その名前で。

 

「アオヤマ・ユーガ。ヴィラン連合……いや。それを生み出し、操っていた男。()()()()()()()()に繋がっていた内通者は、君だな」

 

 それを告げた途端、アオヤマはびくりと全身を震わせた。身構えていてもなお、受け止めきれない恐怖があるのだろう。

 

 けれども、彼はその恐怖を抱きながらも歯を食いしばり、私の視線から逃れないようにしている。互いの視線は、まだ重なっている。それだけでも、十六歳の少年としては十分すぎるほど気丈と言っていいだろう。

 

 ただ、その恐怖の中にわずかにだが、安堵が見えた。それだけが明らかに異質で、では何か特殊な事情があるのだろうとそこを重点的に探ってみれば、なるほど。見えてきたのは納得しかないものだった。

 

 家族だ。両親の姿が、そこにはあった。

 

 誰にも勘づかれてはいけないということしか知らないアオヤマに、オールマイトがいて、なおかつ他の場所から孤立するだろう授業はどれかと問う両親の姿。

 やはり誰にも勘づかれてはいけないことしか知らないアオヤマに、今どこにいるのか、合宿先はどこなのかと問い詰める電話をかけてくる両親の声……。

 

「……いや、違うな。正確には……君の、両親が、……か?」

「……ッ!!」

 

 心を覗いた私の言葉に、アオヤマは即座に反応した。

 彼は追及が己ではなく両親に移った瞬間、私に向けて”個性”のレーザーを放ってきたのである。恐らくは、反射的な行動。それほどまでに両親を追及されたくなかったのだろう。

 

 レーザーが亜光速で私に迫る。だがその刹那の間に、私はマインドプローブを解いてライトセーバーを引き抜いた。橙色の光刃がレーザーを弾き飛ばし、青い光はなすすべもなく地面に突き刺さる。

 

 そこまで来て、ようやくアオヤマは自分が何をしたのか理解が追い付いたらしい。焦燥した顔で、青白い顔で、半ば呆然としていた。

 

 アオヤマは恐らく、自分にそれなりに情状酌量の余地があるのだと理解しているのだ。主犯とも言うべき存在が己ではないと。理解しているからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、考えるより先に身体が動いていたのだろう。両親に咎が及んでほしくないと、心の底から思っていたから。

 

 そう、彼はこの場において、両親をかばっているのだ。ああ、なんという麗しい家族愛だろうか。

 

 だが、恐らくこの状況はオールフォーワンにとって想定内だろう。シスの暗黒卿に似た気配を持つあの男のことだ。こうやって家族がかばい合い、互いに擦り切れていく様を見て悦に浸るのだろう。あの男が駒、あるいは道具に対して抱いている感情など、その程度でしかないはずだ。

 

 そしてアオヤマも、それは思い至ったのだろう。彼も雄英に合格した人間、頭脳の回転は早い。加えてオールフォーワンについても、一般人より知識があるはずだ。

 

 だからこそ、彼は覚悟を固めてしまった。今の反射的な行動が、固めさせてしまった。

 

 ――だってボクは、ママンとパパンを守りたくて。死なせたくなくて。

 

 マインドプローブを使わずとも見えてしまった、その悲壮な覚悟に。

 私はただただ悲しくなる。

 

「アオヤマ……」

「フフッ……、フフ、アハハハハ!」

 

 私の呼びかけをかき消すように、アオヤマが笑う。

 

 やめろ。そんなことをしても、意味はない。それで隠せているつもりか。

 

「……そうだよ。USJも、合宿も。ボクが手引きした。()()()()()()()()()()()

 

 似合わない笑みを浮かべなくていい。君はどうあがいたってそんな笑い方ができる人間ではないだろう。

 

 なぜって、君は。入学当初、君は間違いなく、ヒーロー志望の未来ある若者だった。光と闇のバランスは、他と多寡の違いはあれど間違いなく光にあったのだ。人のために、人に喜んでもらうために、みんなのためにと想う、清い心がそこにはあった。

 

「合宿が中止されたのも、プッシーキャッツが活動休止に追い込まれたのも……トガさんがさらわれたのも! 全部ボクのせいだ! ハハハハハッ!」

 

 だからそんな、やりたくもないことを無理やりにやる必要はない。そうだろう。

 

 だって君は。

 君は今、私の正面に立つ君は。

 

「……ならばなぜ泣いているんだい、青山少年……」

 

 私の言葉を代弁するように、男の声が響く。太く、強く、雄々しい声。日本の治安を支える男の、多くの人にとっては聞くだけで安心できる、ヒーローの声。

 

 その声に、アオヤマは硬直した。ぎょっとした顔で、恐る恐る横を向く。

 

「私はフォースは使えない。人の心を読むなんて器用なことは、とてもじゃないができっこない。でもね……そんな私でも、今君が無理をしていることくらい、わかるよ」

「……オール……マイト……」

 

 そこにはいつの間にか、ナンバーワンヒーローが立っていた。数歩先には、イレイザーヘッドの姿もある。まだツカウチ氏の姿は見えていないが。

 

 オールマイトの言う通り、アオヤマは泣いていた。号泣である。泣き声は上げず、本人も己の状態を把握し切れていなかったようだが。

 

 後悔に満ちた顔で、光を失った目で、取り乱した髪で、色を無くした表情で、涙を流しながら笑っていても、説得力などあるはずがない。ただ、悲しくなるだけだ。

 

「私はオールフォーワンを知っている。やつのやり口を知っている。……君も、君のご両親も、逆らえなかったんだろう? 従うしかない状態に、追い込まれていたんだろう?」

「……っ、ち……、ちが、……っ」

「違わないはずだ! 本当に心底やつに忠誠を誓っているなら、どうして合宿で爆豪少年と共闘できたんだい? ……いや、あるいはそれは、相手が脳無並みの強敵だったからかもしれないが……それでも、それでもだよ、青山少年……! 相澤くんから聞いている……!」

 

 ――君は二次試験で、真っ先に人を救けようと動いたそうじゃあないか!

 

 その言葉に、アオヤマが嗚咽を上げ始める。彼の心がさらに乱れて、中身がちらちらと垣間見えた。

 

 救助をテーマとした、仮免許試験の二次試験にて。心が立ち直り切っていない中で、苦悩を心のうちに抱えつつも、考えるよりも先に動くアオヤマの記憶が。フォースによって、私にははっきりと見えた。

 

 そうだ。だから彼は。

 合格を告げられたとき彼は誰よりも驚き、驚きを通り越して悄然としたのだ。思考に反したその行動が、それを認めた公安委員会の判断が、何より自分自身が信じられなくて。本当に己はここにいていいのかと、自問し続けるしかなくて。

 

「トップヒーローは、学生時代から逸話を残している……! 彼らの多くが、話をこう結ぶ! ――『考えるより先に身体が動いていた』と……! 君もそうだったんだろう!?」

 

 やがて、瀑布のごとき感情の奔流をこらえきれなくなったアオヤマが、その場に膝をついた。

 

 まるで、罪人が聖職者に懺悔しているかのような構図。

 だが、それはあながち間違いでもないのだろう。

 

「確かに君は罪を犯したかもしれない。けれど罪を犯したから一生ヴィランだなんてことはないんだよ、少年! だから――」

 

 オールマイトが言う。私の予想通りの言葉を、私の予想を上回るトーンで。

 

 ああ、さながらそれは。

 

「――君は! まだ! ヒーローになれる!!」

「う……うぅ……! ぅ、ううう……! うわあああああぁぁぁぁぁ……ッッ!!」

 

 神の赦しのようであった――。

 




原作と違ってかっちゃんがこじらせてないので、デクVSかっちゃん2はありません。
代わりに取り調べがログイン。

内通者が発覚したあと、改めてヒロアカを読み返したんですよ。
そしたら、確かに仮免試験編の青山くんは普段と少し様子が違うんですよね。すべてが明らかになってから見たら、それはなるほどと思うには十分でした。
それでも二次試験からの彼は、おおむね普段通りに戻っていて。
それは恐らく、飯田くんが助けに来てくれたこと、彼が「君のおかげだ! ありがとう!」と言ってくれたこと。
何より、ミナちゃんが「青山のおへそレーザーのおかげで、またみんな集まれたねぇ!」と言ってくれたことが、青山くんにとっては非常に大きな救いになったんじゃないかと思うのです。

しかし本作では、理波の影響で一次試験でも二次試験でも、青山くんの心が救われるような出来事は起こりませんでした。
パッと見はスムーズに合格してるように見えますが、これは青山くんにとってはかなりまずい事態だと思います。それこそヴィラン堕ちどうこうではなく、まず彼の心がもたないだろうという意味で。

なので、ここはオールマイトに登場してもらいました。
原作ではデクくんが言っていたセリフを、代わりに言えるだけの格と説得力があるのは、恐らくオールマイトくらいなので。
特に本作では、オールマイトは張子の虎とはいえいまだに健在です。ここは彼に任せる以外に、ボクには策が思いつきませんでした。

アナキンが、理波が一人でどうにかしようとせず教師陣に頼ろうとしていたのを見て、「それでいい」と言ったのはそういう理由ですね。オールマイトを引っ張り出さないとまずいぞ、という。

しかし改めて読み直すと、デクくんと青山くんって酷似しながらも対照の存在として徹底されてるんですね。
古来日本語において、緑と青は同じ色を示す言葉でした。谷と山は、もちろん対義の言葉。
どちらも元無個性で、他人から個性を与えられて夢をかなえようとしている。その個性にかなり大きなデメリットがあるのも共通。
入試の会場も、二人は同じグラウンド。もちろんクラスは同じA組で。
でもオタク気質で気が弱いけれど、人のためなら自分の命は省みないデクくん。
我が強くてマイペースだけど、自分が危ないときは腰が引けてしまう青山くん。
人見知りなところがあるけれど、必要とあれば人との会話もなんとかこなせるデクくん。
人見知りはしないけれど、自分と感性が合わない人間とはなかなか会話が成立しない青山くん。
一般家庭の出身で、息子のためなら厳しいことも言える親を持つデクくん。
富裕層の出身で、始まりは息子のためとはいえ自分たちが助かるために息子にすがりつく親を持つ青山くん。

堀越先生はどこまで見越してキャラメイクしてたんでしょうね。
ここまで条件が揃ってる以上、たぶん最初からすべて計算してやってるんだと思いますけども。
クリエイターとしての格の違いを感じる・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.羽ばたく

 それなり以上の時間を置いて、ある程度落ち着いたアオヤマは、オールマイトに対して己が知り得るほぼすべてのことを話した。

 

 元々アオヤマは無個性であったこと。

 およそ十年前、彼の将来を危ぶんだ両親がオールフォーワンにすがったこと。

 オールフォーワンから”個性”を与えられたこと。

 去年そのオールフォーワンから、オールマイトが就任する噂がある雄英に入学させるよう指示を受けたこと。

 そして入学後、情報を渡すように指示を受けたこと……。

 

 最後については、私がマインドプローブで見たことそのものである。それを改めて口に出し、文字通り懺悔の様相でオールマイトに話すアオヤマの姿は、どこからどう見ても自ら望んで内通した人間のそれではない。これでそうだったとしたら、今この瞬間にでも役者の道で大成できるに違いない。

 

 ただ、アオヤマ一家がオールフォーワンに会ったのは”個性”をもらったときの一度だけらしい。それ以外は互いに連絡はなく、ただ必要に応じてオールフォーワンの側から指示が来るという関係だったようだ。

 実に典型的な悪の親玉らしいやり口である。ハット一族も似たようなことをよくしていたものだ。改めて思ったが、オールフォーワンにとってのアオヤマ一家は、文字通り道具以外の何者でもないだろう。

 

 また、アオヤマ自身は幼かったこともあって、オールフォーワンのことはあまり覚えていなかったらしい。ひどく恐ろしげな男から”個性”をもらった、ということくらいしか。

 

 だが神野事件のとき、報道された映像で見た圧倒的な悪の姿にその記憶が、完全に蘇った。

 USJ事件のときから、もしかしてと思ってはいたらしい。だから入学以来、己がやっていたことの意味を完全に理解してしまった彼は、両親に確認してしまった。真実を聞いてしまった。

 そして実際に考えていた通りだったと知ってしまい、彼はそれまで以上に深く苦悩した。同時に私とヒミコを、心を読むフォースを危惧した。

 

 結果はそれこそが発覚する引き金となったわけだが、しかしだからこそ、彼は私に呼び出されたときにすべてを察したわけである。

 

「すまない……ずっと君を救えなくて、すまない……! けれど……ありがとう……! よく……よくぞ話してくれた……!」

 

 話を聞き終えたオールマイトは絞り出すようにそう言うと、その大きな身体でアオヤマを抱きしめ受け止めた。アオヤマは、そこでもう一度号泣した。

 

 彼はその後オールマイトと、それからあたかも今到着した風を装って現れたツカウチ氏に連れられ、雄英を後にすることとなった。両親のことも含めて、ひとまずは警察預かりとなるらしい。

 彼ら家族が今後どうなるのか、私にはわからない。少なくとも、今その展望をはっきりと描いているものはどこにもいないだろう。

 

 しかし、である。

 

「……俺は、オールマイトさんとはソリが合わないと思ってる。教師としての方針はほぼ真逆だと言ってもいい。……が、今回ばかりは同意見だ。……青山。俺はまだお前を除籍するつもりはないからな」

 

 残される側としては、最後にそう声をかけたイレイザーヘッドの言葉がすべてであろう。

 

 彼の言葉に、私も大きく頷いた。見えないが、変身し続けているヒミコもそうしていた。A組のクラスメイトたちだって、もしもこの場に居合わせたのであれば、同じ反応をしたに違いない。

 

「アオヤマ。私も待っているぞ。君とまた、ここで切磋琢磨する日を」

「……ッ、ありがとう……増栄さん……。ありがとう、ございます、相澤先生……」

 

 そうして、私たちはアオヤマの背中を見送ったのだった。

 

***

 

「青山のご両親が」

「入院ー!?」

 

 翌朝。伝達された内容を聞いて、アシドとハガクレが驚愕しながら大声を上げた。とはいえ、二人以外の反応もおおむね似たようなものである。大声を上げるかどうかくらいしか差はない。

 

 そう、アオヤマの件は内密のままで話が進められた。ただ伏せるだけでなく、別の理由によって隠されてだ。

 

 大まかに言うと、両親が急な入院をすることになった。アオヤマは両親の下にいることを選び、夜のうちに出立。最低でも数日は休む……というような流れである。

 

 なお、入院という話は間違いではない。オールフォーワンの手口をよく知るオールマイトいわく、オールフォーワンから直接”個性”を与えられたアオヤマ本人はもちろん、その話を受けた両親にも何かしらの仕掛けが施されている可能性が捨てきれないというのだ。このため、彼ら家族は日本で最高峰との呼び声高いセントラル病院にて検査を受けることとなったのだ。

 

 ただし、事の真相は受ける二人には伏せられている。アオヤマの両親には、発症していないものの特定の珍しい遺伝的疾患の因子を持っている可能性が浮上したためその検査で、という表向きの理由が説明されることになっているらしい。

 

 隠す必要は現時点ではあまりないのだが、それはあくまで現時点の話。何せオールマイトいわく、タルタロスで面会したオールフォーワンは諦めた様子が微塵も見られなかったという。

 

 オールマイトとは別に、オールフォーワンの様子を窺うことに専念していた公安の人間――もしやイッシキか?――が言うには、オールフォーワンが自身の力でどうこうしようとは考えていないようだったという。それと同時に、外部からヴィラン連合が解放しに来ると確信していた、とも。

 

 そのため念には念を入れて、裏切りを決して許さないオールフォーワン――あるいはその部下――にアオヤマの両親が狙われないよう、カバーストーリーが用意されたわけだ。裏切りという秘匿すべき情報が発覚する大きな原因の一つは、裏切るのだと認識・実行しているときの当人……その態度や言動だからな。

 

「ではこれからの始業式、青山くんは欠席か……いつ戻ってこれるのだろう? 増栄くんは聞いているかい?」

「いや、わからない。私もとりあえずの伝言を受け取っただけだからな」

「ムウ」

「青山くん、心配だね……何事もないといいんだけど」

「うん……」

「じゃあ、青山ちゃんがいつ戻ってきてもいいように授業のノートをまとめておきましょうか」

「まあ、名案ですわ。皆さんで手分けして残しておきましょう」

「梅雨ちゃんナイスアイディア。……まあ、ウチが戦力になるかどうかは正直微妙かもだけど……」

「実技はどう残すよ? 文字にするのはむずくねーか?」

「実技は毎回映像に残していると聞く。ひとまずは閲覧許可を取っておく、ということでいいのでは?」

 

 とはいえ、真実を知らないA組の面々は、「設定」を疑うことなく持ち前の人の良さをいかんなく発揮している。悪く言えば馬鹿正直となるのだろうが、しかし彼らに悪意など欠片もなく、私はみな実に善きものたちだと改めて思う。もちろんと言うかなんと言うか、バクゴーだけは気にするそぶりを見せていないが。

 

 そんなクラスメイトの様子を眺めながら私は、こういう横の繋がりが前世ジェダイの頃にもあったらどうだったろう、などと詮なきことを考えていた。

 ジェダイには学校がなかったからなぁ。一応、同じギャザリングで通過したものを同期と呼ぶ習慣はあったが、むしろそれくらいしか横の繋がりはなかったから……。

 

 しかしそれもすぐに中断する。

 なぜなら今日は、後期の授業日程が始まる日。イイダが言っていた通り、始業式がある。式のあとも、通常課程の授業もある。そう、今日からまた、普通の日々が始まるのだから。

 

 ただ、そこにアオヤマがいないことを、寂しく思う。彼は間違いなく、このクラスの一員だったから。

 

 だからといって彼がしたことが善き行いであるはずはなく、今後彼がどうなるかは彼とその家族、あるいは国次第といったところだろう。

 イレイザーヘッドが何やら腹案があるようで、校長や警察と共に話をまとめるというようなことを言っていたが……さて、どうなることか。

 

 とはいえ、この件は既に私の手を離れている。まだ完全に国に認められたわけではない立場の私では、これ以上のことはできないし、してはならない。私にできることは、他のものと同じく待つだけである。もちろん、請われれば力は貸すけれども。

 

「よし、今日出席のみんなは準備できているな? うむ、では登校しよう!」

 

 かくしていつものようにイイダが音頭を取り、私たちは動き出す。各々が鞄を持って、寮を出る。

 

「コトちゃん」

「ん……どうした?」

 

 その最後尾で、ヒミコが声をかけてきた。

 

「私、コトちゃんに会う前になんにもしてなくてよかった。あの日まで我慢しててよかった。だって、何かしてたらあんな風に離れ離れにされちゃってたかもしれないんでしょ? そんなのヤ。ヤです」

 

 視線を向ければ、彼女は空を見上げている。いやに実感のこもる、しみじみとした声音であった。

 

 その言葉の裏には、あくまで「普通」にこだわる両親への感謝が垣間見える。両親がなぜそうさせていたのか、その本質を今ようやく理解できたのだろう。どうやら、トガ家和解の日は近いらしい。

 

「だからね、私、これからも絶対ぜーったい、悪いことはしないのです。コトちゃんと離れ離れになりたくないもん!」

 

 次いでヒミコはそう続ける。今までもそういう心持ちだったろうが、アオヤマの一件で改めて決意したのだろうな。

 であれば、もうヒミコがヴィランになることは絶対にないだろう。

 

 だが、仮にとは思うこともある。もしも彼女がもっと早く限界を迎えていたら……きっと、私たちはヒーローとヴィランという立場で相対していただろうから。

 

 もしそうだったら、私は彼女に対して今と同様の感情を持てただろうか。

 ……難しいだろう。私の価値観を変えてくれたのは、私に誰かを愛することの意義を教えてくれたのは、他でもないヒミコなのだから。

 

 よしんば持てたとしても……きっと、それはお互いにとってとても困難な道が待ち受けていたに違いない。立場が違うということは、敵対するということは、そういうことだ。

 

 ただ、それはあくまでもしもの話であって。今ここにいる私たちに、敢えてすれ違っていたであろう可能性を論ずることにさしたる意味はないだろう。

 そんなことよりも私は、ヒミコが口にした言葉の根底にあるものがどうにも嬉しくて。だから私は、くすりと笑って言葉を返す。

 

「ああ、ぜひしないでくれ。私も、君と離れ離れになるのは嫌だ」

「うん。えへへ、ずーっと一緒にいてね、コトちゃん」

「もちろんだよ」

 

 こうして私たちは、どちらからともなく手を絡めた。

 

 前を行くハガクレが、それに気づいて口笛を吹くそぶりを見せる。

 

 彼女に向けて、空いているほうの手で人差し指を立て、己の唇に当てるヒミコ。

 

 私はそれを見て、やれやれと苦笑するが……しかし、手を離すことは決してないのであった。

 

 

EPISODE Ⅶ「雛鳥たち」――――完

 

EPISODE Ⅷ へ続く




というわけで、青山くんは一時離脱。のちのち戻ってきてもらうよって匂わせて今EPは終わりです。
少なくとも次のEP8・・・原作で言えばインターン編の時系列中では出てこないと思います。つまり、ボクとしては2か月近くは時間的な余裕を確保できたということ。
ええ、そうですね。今のところノーアイディアなので、原作での動き待ちです。
いやまあ、何か思いついたらそっちを使うかもですけど。とりあえず、ということで。

そしてトガ家和解の予感。
本当の自分を押し殺して、普通であることの必要性を頭ではなく魂で理解したトガちゃんでした。
まあ理波が悦んでチウチウされてるので、今更隠す必要はないんですけど。
運命の相手に出会うまでの時間稼ぎとしては間違いなく必要だったと理解できたので、デタントは間近です。

さてそんな感じで、EP7はこれにておしまいです。
正確には明日の幕間まで、ですが。
もう一日だけお付き合いくださいませませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 此方もまた雛鳥

「――……ッッッッ!!」

 

 彼女の身体から赤い閃光が稲妻の如く溢れ出し、即座に収束。全力の怒りによって、ありとあらゆる力が人の限界をいくつもまとめて踏み越えた。

 と同時に、ある意味で純粋な感情一色に染め上げられたフォースが吹き荒れる。強すぎる心の動きに応じて暗黒面の力がたぎり、周囲一帯が薙ぎ払われた。木々が倒れ、石が飛び散り、砂塵が舞い上がる。

 

 そこはどこかの森だ。けれども彼女……死柄木襲の周辺は、まるで無理やり整地したかのように何もなく、平らにならされていた。

 

 ――できない!

 

 襲は心の中で叫ぶ。

 本当は思い切り声に出して、物理的に当たり散らしたかった。地面を殴りたくてたまらない。

 

 けれどそれはできない。してはいけない。

 これは宿題だ。先生からの。

 

 だから、覚えなくてはいけないのだ。怒りを我慢する、ということを。

 

 襲は怒りで握り締めた拳をにらむように見つめつつ、どうにかこうにか己をなだめすかして少しずつ手の力を抜いていく。焦らなくていい、と言い聞かせながら、ゆっくり、ゆっくり。

 そうしてたっぷり十分近くの時間をかけて、彼女は己の”個性”を鎮めきった。赤い光が、本当の意味で消失する。

 

 それを確認して、襲はため息をついた。そのまま背中からぱたりと地面に倒れ込む。見上げた空は彼女の心境には程遠く、憎らしいほど青く澄み渡っていた。トンビが鳴きながら飛んでいる。

 

「……あー、くそっ。むつかしい……イライラする……!」

 

 ぼやく襲だったが、実のところ単純に怒りを抑えるだけならそこまで難しくないと思っている。そもそもの話、状況に応じて怒りを制御することは、昔はそれなりに()()()()()()()のだから。

 

 ではなぜつい最近まで制御していなかったのかと言えば、制御する必要がなかったからとしか言いようがない。

 もう、()()()から解き放たれたのだ。()()()は滅んだのだ。理不尽に従わされる必要も、自分を抑える必要もなくなったし、外の世界の大体のものは無軌道な彼女にすら敵わないものが大半だったから。

 

 だから、やろうと思えばできた。身体が覚えていた。自転車や水泳と同じだった。

 

 ただ。

 

「……てゆーかさぁ。もしかしなくっても、超能力とボクの”個性”って相性超悪いんじゃ……」

 

 半目で空の彼方をにらみ、襲はひとりごちる。

 

 怒りをたぎらせれば、彼女の”個性”はそれだけ強くなる。彼女の「憤怒」は身体機能を全般強化するので、怒れば怒っただけフォースの出力も加速度的に上昇する。

 

 しかし、フォースの制御のためにはそれ相応の集中が必要になる。怒り狂っている最中にそれを行うのは難しく、ましてや最大出力で「憤怒」しているときなどはフォースの制御は最低限になってしまうのだ。その状態で、勢いの増したフォースをどうこうできるはずがない。

 

 もちろん怒りを抑え、”個性”もほどほどでフォースを使えばバランスよく二つの力を併用できる。だが、それは所詮絵に描いた餅。言うは易くとも、行うには難いのである。

 

 それに、最大出力で「憤怒」しているときに万全にフォースが扱えるのであれば、そのほうがいいに決まっているわけで。

 

 先生が出した宿題も、そういう意味なのだろうと襲は認識している。だからこそ、フォースと”個性”の併用を特訓していたのだが……これがまったくうまくいかない。

 なぜなら、怒った状態で集中など容易ではないから……というわけで、結局話は振り出しに戻るのであった。

 

 はあ、とため息をつく。そうして襲は、しばらくぼんやりと空を眺めていた。トンビの鳴き声が、降り注ぐ。

 

 その、トンビに。

 

「……えいやっ」

 

 彼女は手を向けた。

 途端、フォースによってトンビの身体が拘束される。今までとは明確に異なる鳴き声が降ってきた。

 

 ただ、それ以上の変化はない。トンビの身体に怪我が生じることはなく、ましてや首が締まることもまったくなかった。

 襲がどれだけフォース制御に意識を割いても、力を込めても、望んだ結果は起こることなく。

 

「……ダメじゃん! ああもう、なんでうまくいかないんだよクソが!」

 

 失敗に苛立ち、制御が緩む。結果、トンビは拘束から逃れ、混乱しながらも大慌てでこの上空から離れていった。

 

 うっかり怒りを露わにしてしまったことを反省しつつ、襲はそれを見送る。完全に視界からトンビが消えたところで、掲げていた手を地面に下ろした。

 

「くっそー……! こっちも全然だ……! あのクソチビも金髪女も()()()にいなかったくせに、どうやってあんなに使いこなせるようになったんだよ……!? 銀の鍵があればこんな苦労しなくて済むのに……!」

 

 空をにらみながら、ぶつくさと不平を口にする。

 

 そんな彼女の脳裏にあるのは、二つ。合宿襲撃直前に感じた探るフォースの感覚と、 幼女にべったりな金髪女がムーンフィッシュを完封したと言うコンプレスの証言だ。

 襲はそれらの技を、”個性”ではなくフォース……彼女が言うところの超能力によるものだと直感した。根拠はなかったが、答えを導くフォースに気づかないままではあったが、とにかく襲はそう確信した。

 

 と同時に、ならば自分でもできるはずだと思った。そしてやってみて、まったくできない自分に激怒した。

 

 襲にもプライドというものはある。地獄で生き残ったというプライドだ。

 

 いつも誰かが泣いていた。絶望だけがそこの支配者で。自由なんてものは存在せず、非人道的な実験によって次々に子供が()()されていく理不尽な世界。それが彼女にとっての世界のすべてだった。

 そんな場所で過ごしていた自分が、どう見てもそこらの一般家庭でぬくぬくと生まれ育ったであろう連中より劣っているなんて思いたくなくて、認めたくなくて、腹立たしいことこの上なかった。

 

 それでも最終的には、先生を助けられなかったのは自分の力不足のせいだと。フォースの扱いで劣っていると、渋々ながらも認めたからこそ、襲は特訓に励んでいる。”個性”とフォースの併用は当然として、それとは別にフォースそのものの扱いについても特訓しているのだが……こちらも結果は芳しくない。

 

 何せフォースの件で襲が参考にできるものなど、かつての組織の教義以外にないのである。そんなものには頼りたくなかったが、他に手段がないので仕方なくその記憶を思い出そうとしたが……これは逆効果も持っていた。

 

 なぜなら、フォースに関する記憶を掘り起こそうとすればするほど、自らが経験してきた地獄も一緒に思い出さなければならないから。そこで失ったもののことも思い出さなければならないから。

 

 ()()を脳裏に浮かべた瞬間、必ず終わりを意識してしまう。自分がそこから解放されたとき、という意味の終わりではない。大切なものを失ったとき、という意味の終わりだ。

 

 そうなれば、我慢などできるはずもなく。

 結果、それも怒りに繋がるため、”個性”ばかりが勝手に伸びていく。フォースのほうの成長が遅く、二つの技術の差が縮まるどころか広がる一方であることには、さすがの襲も多少なりとも焦りを感じていた。

 

「……はあ……」

 

 ただ、どれほど心が苦しかろうと、()()を忘れようとは思わない。そんな思い出があるからこそ今伸び悩んでいるのに、それでも忘れたいと思ったことはなかった。

 

 ()()は間違いなく、襲にとっての傷だ。しかし傷であると同時に、大切なものでもあった。

 

「……あーっ、もうやめ、やめやめ!」

 

 不意に首を振る。と同時にフォースを使い、襲は仰向けに寝転がっている状態から身体を跳ね上げ一気に立ち上がった。

 

 さらに、その一瞬の間に離れたところに手を向けフォースプルを使う。

 引き寄せられてきたのは、白銀の剣だ。鍵をあしらった握りは地獄を生き抜いた証であり、七大罪の冠名を与えられた証でもある。

 

「行き詰ったときは、別なことして気分転換だよねぇ!」

 

 そうして襲は、剣をがむしゃらに振り回す……ことはなく。懐から取り出したスマートフォンでインターネットに接続すると、動画サイトを開いた。

 

 履歴画面からアクセスした動画は、旧時代の遺産とも言うべきもの。いまだ”個性”が存在していなかったころに、集客半分記録半分で撮られた西洋剣術研究家の動画。剣と振るうための技を、最低限ながら解説つきで次々に披露するものだ。

 

 襲はしばらく、それに没頭する。さほど長くはない動画を、繰り返し何度も確認する。

 満足するまでそうしたあとは、スマートフォンを放置して一心不乱に剣を振るう。目で見た動きをなぞるように、自らの身体に染み込ませるように。

 

 動きが少しずつ、洗練されていく。それはフォースの制御とは異なり、明確な成長だった。

 

「……うん! やっぱボクには身体動かすのが性に合ってる。小難しいこともできなくはないけど、向いてないんだなぁ」

 

 ひとしきり動いて、彼女はひとりごちる。身体を動かして汗をかいたその顔には、敵対したことのあるヒーローサイドの人間が見ても別人と思いかねないほどの笑みが浮かんでいた。

 

「……んぅ?」

 

 と。

 

 動画を映していたスマートフォンが、着信を告げる音を奏で始めた。

 やることが一段落し、気分転換も済ませて珍しく怒りを一切抱いていない状態の襲は、それを素直に引き寄せて応答する。

 

「なーにー?」

『お、今日は一発で出たな。珍しいこともあるもんだ』

 

 画面に表示されたのは、仮面で顔を覆ったシルクハットの男。背景はどこかの廃工場か何かのようで、古びた配管や元のわからない廃材が転がっている。

 

 男……ミスターコンプレスを見て、襲は小さく首を傾げた。

 

「コンプレスぢあーん。何の用ー? 定時連絡の時間にはまだなってなかったと思うけどぉー? くすくす、時間わかんなくなっちゃったぁー?」

『荼毘と連絡がつかねーんだけどさ、襲ちゃん何か知らねーか?』

「はぁー? あんなヤケド男のことなんて、ボクが知るわけないじゃん。でもどーせあれでしょぉ、ステイン先パイ好き好きマンだしぃ、どっかで社会のゴミでも燃やしてんじゃなーい?」

『それはそう。……ったく、しゃーねーなあいつは。義爛にも聞いてみるか』

「……ってゆーかさぁ、そんなことのために電話してきたわけぇ? 一人でも捕まったら全員が危ないって言ってたの、どこの誰だったかなぁー? ねぇー?」

『もちろんそんなわけないでしょーが。弔が一旦集まりたいって言っててよ。で、おじさんが幹事やらされてるってワケ』

 

 やれやれと言いたげに手を広げ、肩をすくめて見せるコンプレス。

 

 彼の言葉に、襲はそれまで見せていた小馬鹿にするようなニヤついた顔を引っ込めた。

 

「……弔が? ふーん……なんか面白いことでも思いついたのかな。ん、まあわかったよ。一応覚えとく」

『一応じゃなくてちゃーんと覚えといてほしいんだけどな……ま、細かいことが決まったらまた改めて連絡するから』

「りょーかい。がんばれがんばれー♡」

『わーいちっとも心のこもってない声援、ありがとさん。そんじゃなー』

 

 同じく心のこもっていない礼を最後に、通話が切れた。

 

 切れたあとのスマートフォンを人差し指で支えながら器用にくるくると回しつつ、襲は改めて空を見る。

 抜けるように青い空は、どこまでも果てしなく遠かった。

 

 襲の特訓は、続く――。

 




はい、というわけで今回の幕間はヴィラン側、襲でした。
彼女もまた成長し切っていない雛鳥であり、合宿での失敗を省みて特訓をしているというお話。それとちょびっとだけ彼女の過去にも言及を。
ちょっと露骨かなとも思いますが、次登場したときにいきなりパワーアップしてるよりはこのほうがまだ自然だろうと判断した次第です。
まあフォースのほうは、簡単には伸びないんですけど。数千年の積み重ねがあったジェダイとシスですら、フォースのすべては解明できていないのです。先達がほぼいない襲がその秘奥に近づくのは容易ではありません。
なお仮に銀の鍵を入手できたとしても、()()()()()()()()()襲ちゃんには使いこなせない模様。

と、そんな感じでEP7「雛鳥たち」はこれにて本当におしまいです。
次のEP8の公開まで書き溜めますので、それまで今しばらくお待ちください。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

ああそれと、アンケートへの回答ありがとうございました。
比率で言うと読みたい人のほうが多いようなので、スターウォーズメインの閑話は各方向で改めて検討しようと思います。
まあ、時系列的に劇場版2作目のあとになるので、書くとしてもだいぶ先のことになるんですけどね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅷ ヴィランの覚醒
1.後期授業の始まり


「くらい。だれもいない」

 

 苦痛だけがあった。身体も、心も、痛くて、苦しくて。

 

 でも。

 

 けれど、()()がんばれる。がんばらなきゃ。

 

 だって。

 

「いつも、いつもだれかがしんでいく。きえてしまう」

 

 でも。

 

「『わたしががまんすれば』」

 

 この痛いのを、我慢すれば。

 この辛いのを、自分がすべて引き受ければ。

 

「『そうすれば、だれも。だれも、きずつかなくてすむ』」

 

 ああ、でも。

 

 やっぱり、本当は、嫌だ。

 

 叩かれるのも、引っ張られるのも。

 切られるのも、刻まれるのも。

 お注射も、お薬も、全部、全部。

 

 我慢しなきゃいけないのに。

 

 それでも。

 

「いたい。いやだ。だれか。たすけて」

 

 ――大丈夫、いたくないよ。

 

「てがみえた」

 

 ――大丈夫、こわくないよ。

 

「てをとった」

 

 ――大丈夫、くるしくないよ。

 

「てがだきしめた」

 

 ――大丈夫、ヒーローが救けにきてくれるよ。

 

「てがあたまをなでた」

 

 ――大丈夫、……

 

「てが、」

 

 ――ごめんね……。

 

「みえなくなっちゃう」

 

 崩れていく。消えてしまう。いなくなってしまう。

 

 消える。消える。

 すべてが。ああ、何もかもが。

 

 そのとき、また声が聞こえた。

 

 別の声。同じ声? わからない。わからないけれど。

 

『どうして? どうしてボクたちばっかり、奪われなきゃいけなかったんだろ?』

「しょうがないよ」

『どうして、この世界にはこんなに理不尽ばっかりあるの?』

「しょうがないよ。だって、のろわれてるんだもの」

『仕方なくない! 仕方ないはずあるもんか! そうでしょ!?』

 

 声が、混ざる。

 

 ああ。

 

 ああ!

 

『オマエら……ッ! 全員……ッ! 全員ぶっ殺してやるッ!』

「だれにもしんでほしくないのに!」

『なんで……! なんで、なんでもっと! もっと早く来てくれなかったんだ……! ふざけるなあぁぁッッ!!』

 

 憎悪が光る。

 光が伸びる。

 

 振るわれた輝きの色は、まごうことなく、赤――

 

***

 

「――……っ」

 

 強烈な、しかし言葉にするのもはばかられるほど嫌な感覚が、私を襲った。全身が粟立つ。

 

 だが今は動くわけにはいかない。何せ始業式の真っ最中だ。いやまあ、ネヅ校長の話はものすごくどうでもよく、ありえないほど長く続いているので、気を紛らわすにはちょうどいいのかもしれないが。

 

 この星の――全体的なフォースが、少し乱れている。いつの間に、バランスに影響があったのだろう。暗黒面の力がわずかに、しかし間違いなく増しているように感じる。

 

 いや、それについてはいい。よくはないが、少なくとも予測はつく。十中八九、シガラキ・カサネだろう。

 今のこの星で、暗黒面の力をそれほどまでに強められる存在は彼女くらいのものだし、その庇護者であったオールフォーワンが強くなるような言葉を残していたのだ。自発的に己の力を高めようとしていたとしても、何も驚かない。

 

 だが、その乱れが見せたと思われるフォースヴィジョン。これについてはまるでわからない。誰かの視点であったように思うが、あまりにも抽象的すぎて考察がままならないのだ。

 

 手入れのされていない無造作に伸びた白い髪と、絶望と怒りをないまぜにした赤い瞳の幼女であったように思う。それだけで言えばカサネを示しているように思うが、どうも顔つきが違うような気がしてならないのだ。

 さらに言えば、そうでない少女の姿も見えたように思う。いやまあ、ところどころが黒い景色と混じり合い、溶け合い、という状態だったので、はっきりと見えていた部分がほとんどないのだが。

 

 ちらりとヒミコに目と意識を向けてみるが、首を振るばかりだった。

 というより、彼女には見えなかったのか。質が同じフォースダイアドの我々だが、それでも個体としては異なる存在。こればかりは仕方ないか。

 

 ならばとダメ元でアナキンにテレパシーを向けてみたが。

 

『気にしなくていいと思うぞ。今回の件に関しては、君たちに危機が及ぶことはないはずだ』

 

 彼はそう言うだけであった。

 

 ……私たちに危機が及ぶことはないから気にしなくていい……? それはあまり、受け入れられるものではない。

 

 私はジェダイだ。この星の平和と正義を護らんとするもの。

 であればこそ、私たちだけがよければそれでいいなどと思えるはずがないのだ。

 

 何せ、一つだけはっきりとしていることもある。誰か……幼い少女が助けを求めている、ということだ。であれば、私がすべきことは一つしかないだろう。

 私たちが授業を受けている間に、世界のどこかで大きな事件、あるいはそのきっかけが起こりつつある。もしくは起こる。それは間違いなく、今は関係なくともいずれ関わることは間違いない。そういう意味でも、無視できるはずがない。

 

『それで自分の命を危険にさらすことになってもかい?』

『今さらそんな質問が、意味を持つとでも?』

『それもそうだ。ならば……こう言わせてもらうよ――フォースと共にあらんことを』

 

 アナキンはそう言って、消えた。

 

 と、ちょうどそのタイミングで、校長の話が終わったらしい。壇上の人間が、マスター・ブラドキングの司会で生活指導担当のマスター・ハウンドドッグと入れ替わる。

 その話も気持ち半分で聞き流しつつ、私は校長が触れた一つの言葉に想いを馳せていた。

 

***

 

 始業式が終わり。教室に集まった私たちを前にマスター・イレイザーヘッドがいつも通りに淡々と口を開く。

 

「かつてないほどに色々あったが、上手く切り替えて学生の本分を全うするように。今日は座学のみだが、後期はより厳しい訓練になっていくからな……なんだ芦戸?」

 

 が、締めくくるかと思われた直後に”個性”を発動、アシドに身体を向けつつぎろりとにらみつけた。サポートアイテムである捕縛布が半ば展開されており、完全にやる気である。久しぶりに見る気がする。

 

 これにびくりと身体を硬直させたアシドだったが、当の彼女に代わるようにツユちゃんが手を挙げた。イレイザーヘッドは”個性”と捕縛布を治めつつ、視線で続きを促す。

 

「さっき始業式でお話に出てた『ヒーローインターン』……って、どういうものか聞かせてもらえないかしら」

「そういや校長が何か言ってたな」

「俺も気になっていた」

「先輩方の多くが取り組んでらっしゃるとか……」

 

 彼女の発言に続くように、何人かも声を上げる。

 

 私も内心で頷いた。私が気にしていた言葉は、まさにそれであったからだ。

 まあ私の場合、父上からある程度聞いているので、単純に行う機会はいつになるのかという類の「気にする」だが。

 

 ともあれこれを受けて、イレイザーヘッドは気だるげに頭をかいた。しかしその内心は、完全に責任ある教師のものである。

 

「それについては後日やるつもりだったが……そうだな、先に言っておくほうが合理的か……」

 

 そうして自身の中で折り合いをつけたのだろう。彼は一度言葉を区切って、改めて口を開いた。私たち全員をゆっくりと見渡しながらだ。

 

「平たく言うと、『校外でのヒーロー活動』。以前行ったプロヒーローの下での職場体験……その本格版だ」

 

 その発言に、ウララカが「体育祭での頑張りはなんだったのか」という問いを放ったものの、説明は続けられる。

 

「ヒーローインターンは、体育祭で得たスカウトをコネクションとして使う。だから体育祭でスカウトをいただけなかったものは活動自体が難しいんだよ。ついでに言えば、授業の一環ではなく生徒の任意で行う活動になるから、活動することで学業に支障が出そうなやつもアウトだ」

 

 ここで、成績が下位の面々がほぼ同時に、一斉にうめいた。

 

「ただ、一年生での仮免取得はあまり例がない。他にも理由は色々あるが、お前らの参加は慎重に検討しているのが現状だ……と、今話せるのはこんなところか。ま、体験談なども含め、後日ちゃんとした説明と今後の方針を話す。こっちにも都合があるんでな」

 

 イレイザーヘッドは話をそう締めくくると、一時間目を担当するマスター・プレゼントマイクに交代して退室していったのであった。

 

***

 

 さて、ひとまず授業も終わって昼休み。

 みなで食卓を囲む中で、上がる話題はもっぱらヒーローインターンについてだった。

 

「私なんてスカウトなかったんだけど、もしかして参加できない感じ?」

 

 口火を切ったのは、いつかのようにハガクレである。

 彼女の言葉に、同じくスカウトが来なかった面々がそれぞれに頷いた。

 

「俺も。でもやりたいよね……」

「それな。……増栄はなんか知らねーか? 親父さんから、こう、なんか」

 

 焼き魚をやけに器用にほぐしながら、ミネタが視線を向けてきた。彼に続く形で、同席していたものたちから一斉に視線が集まる。

 

 これに対して、私はいつものように複数並んだ料理の中からひとまずサラダに箸をつけつつ答えた。

 

「体育祭でのコネクション、とマスターは仰ったが……父上の経験では、それだけがインターンの入り口ではないらしい」

「というと?」

「他にコネクションがあるなら、それを使っても問題ないらしいぞ。たとえば個人的に親しい地元のヒーローとかな」

「なるほど!」

 

 私の返答に、ミドリヤが「地元となると僕の場合有名どころはデステゴロかシンリンカムイかMt.レディか……スカウトは来てないけど選択肢には十分入るぞ……」などとぶつぶつするのをよそに、ミネタが「Mt.レディはもう勘弁してほしい……」と珍しく女性に対して弱気になっていたが、それはともかく。

 

「あとは、インターン経験者自体もコネクションに含まれるそうだぞ」

「え、それホント?」

 

 野菜を咀嚼しつつ、ハガクレに頷く。

 

「とは言ったものの、父上がインターンをやっていたのはもう二十年近く前の話だからな。今もそうかはわからないぞ。少なくとも当時はそうだったらしい、というだけであって」

 

 この答えに、しかし場の雰囲気は一気に明るくなった。

 私は決して断言はしていないのだがなぁ。十年一昔と、この国では言う。二十年ともなればかなり変わっていると思うが。

 

「そういうことなら、予選落ちした俺たちもチャンスはありそうだな」

「うちのクラス、スカウトもらったやつ多いもんな!」

「先にインターンに行った人に紹介してもらえば、あるいはというところか。多少出遅れるのは仕方ないとして」

 

 しかし一度盛り上がった彼らは、鎮まらなかった。まるで山火事のようだ。

 

「そういうことなら……ねーお茶子ちゃん、()()()()()、もしインターンやれることになったら助けてくれる?」

「もちろんだよ!」

「んふふ、右に同じくなのです」

「わーい! 二人とも大好き!」

 

 二人の即答に、いつの間にかヒミコをあだ名で呼ぶようになっていたハガクレが、諸手を上げて歓声を上げる。

 思わず眉間に力が入ったのがわかった。

 

 ……まあそうは言っても、ヒミコはインターンに行くとしたら私と同じところに行くだろう。仮免許すら取ったばかりの一年生を、三人も受け入れてくれるような懐の深いヒーローはそうそういないはずだし。

 うん。眉間から力を抜いた。

 

 とはいえ、私としてもインターンに行くとしたら誰のところにするのか、という問題は出てくる。いやまあ、十月頭にサポートアイテム関係の資格試験が控えているので、インターンに行くとしてもその後からのつもりなのだが。

 

 それはそれとして、行くならやはりインゲニウムと言いたいところなのだが、彼の復帰に間に合うかどうか。既にヒーロー活動用のパワードスーツは完成して、引き渡して経過も良好だったからもう間もなくだとは思うが……。

 

 そう考え、私は空になった二つ目の丼を横にずらしつつ、インゲニウムの縁者に声をかけることにした。

 

「……イイダ、兄君の調子はどうだ? 私はできればインゲニウムのところを希望したいのだが」

「ああ、順調だよ! 医者が言うには、早ければ今月の中頃には復帰できそうとのことだ!」

 

 が、彼の返答が場の空気を変えた。それまでの、ある意味では学生らしい陽気な雰囲気は吹き飛び、一瞬の静寂ののちにお祝いムード一色になる。

 

「マジか!?」

「本当なの飯田くん!?」

「よかったじゃん飯田!」

「ありがとう! みんなありがとう! 兄に代わって礼を言う!」

 

 口々に祝いの言葉を述べる面々に対して、イイダはわざわざ立ち上がって一人一人に頭を下げていく。それも深々とだ。

 

 そんな彼に対して、さらに祝辞がぶつけられていく。律儀な彼はこれにすべて応えようとするのだが、何度も何度も声がかけられるためエンドレスである。そのうちカミナリやアシドのような、比較的他人に遠慮なく絡みに行く傾向の強い面々が調子に乗り出し始めた。

 

 そこまで行けば、あとはヤオヨロズやツユちゃんなどが制止してくれる。ここまでで、ある意味一つの流れと言えよう。A組では比較的よく見る光景だが、うちはそういうクラスなのだろう。

 

 そうして最終的には、ヤオヨロズの音頭でインゲニウムに復帰のお祝いを贈ろうと決まったところで昼休みは終了となったのだった。




お待たせしました、書きあがりましたので本日より投稿を再開します。
EP8、「ヴィランの覚醒」全18話+幕間2話をお楽しみいただければ幸いです。

今章は原作で言う八斎會編です。
割烹とかだとヤクザ編と書いてましたが、書きあがってみると実のところインターン編withヴィランアカデミア一部先取り編といった感じになりました。
つまり、原作沿いじゃない部分があります。書くのに時間がかかったのはその辺りの調整に手間取ったからですね。
二次創作で原作から逸れたことをやろうとすると、下手に一次創作するより時間かかるのは既存の流れをどう変えるか、変えたとしてその影響はどれほどのものかといったことを考える必要があるからでしょうねぇ。

なおヴィランアカデミア一部先取り編、と書いたので原作のヴィランアカデミア編を知ってる人にはわかるかもですが、今章は理波が完全に不在な話が過去一多いです。
そのため百合要素は前章、前々章より減ってる・・・と思う。たぶん。
まあ前半は比較的百合百合しくしてるはずなので、そちらでご勘弁いただきたく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.ビッグ3

 アオヤマはまだ戻ってきていないが、それでも授業は進む。

 始業式から三日が経った日のこと。この日、イレイザーヘッドが担当するヒーロー情報学の時間において、そのときはやってきた。

 

「今日は本格的にインターンの話をしていく。具体的には、職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう」

 

 彼は最初にそう言うと、教室の外へ声をかける。

 これに応じて室内に入ってくる三人をよそに、話を始めるイレイザーヘッド。

 

「多忙な中、都合を合わせて来てくれたんだ。心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する三年生三名……通称ビッグ3のみんなだ」

 

 彼に紹介される中、先頭に立って入ってきたのは、いつぞや手合わせをしたトーガタ・ミリオであった。

 他の二人とは面識はないが、知識としては知っている。黒髪の、耳が尖っているほうがアマジキ・タマキ、紅一点がハドー・ネジレだったはずだ。

 

 そんな三人を見て、クラスメイトが騒めく。すぐ近くで強烈な戦意が湧き上がっているが、これについては無視しよう。

 

「じゃ手短に、自己紹介。天喰から」

 

 そのざわめきを無視するのは、いつも通りのイレイザーヘッドだ。

 

 が、彼に促されたアマジキは、固い表情のまま。心拍数も高いようだし、ついでに言えば先ほどから思考が非常にうるさい。緊張で。にらむように我々を見ているのは、単にそれをごまかそうとしているにすぎない。

 実際、彼はすぐに音を上げた。

 

「ダメだミリオ……波動さん……どうしたらいい……言葉が出てこない……帰りたい……!」

 

 そして背を向け、黒板に身体を預けてしまう。

 このあまりにもあまりな姿に、一斉に困惑が場に満ちる。

 

 が、そんなアマジキを放っておいて、ハドーがにこにこと声を出した。

 

「そういうのノミの心臓って言うんだって! ね! 人間なのにね! 不思議!」

 

 字面だけ見れば、完全に罵倒である。が、本人の内心にはそんなものは欠片もない。純粋に彼女は不思議がっているようだ。

 

「彼はノミの『天喰環』、それで私が『波動ねじれ』。今日はインターンについてみんなにお話ししてほしいと頼まれてきました……けどしかし、ねえねえところで」

 

 そのまま自己紹介をあっさりと終わらせた彼女は、その内心の衝動の赴くままに我々に話しかけ始めた。

 いずれもみなの身体的な特徴を、不思議不思議と言いながら質問攻めにするのだが、答える前にさっさと他のものに話しかけてしまうため、まったく落ち着きがない。

 アシドが幼稚園児みたいと評していたが、実にしっくり来る。我が家の妹も、なんでもかんでも質問ばかりする時期があったなぁ。などと思う。

 

「合理性に欠くね?」

 

 が、これをイレイザーヘッドが見逃すはずもない。

 彼のひとにらみでハドーも身を引いた辺り、どの学年でもイレイザーヘッドはある種恐怖の対象らしい。

 

「イレイザーヘッド、安心してください! 大トリは俺なんだよね!」

 

 そのイレイザーヘッドに親指を立てて見せたトーガタが、一歩前に出る。そして、

 

「前途ーー!?」

 

 三音を大声で発しながら、耳を向けてきた。

 これも脈絡がまったくない。当たり前だが、みなぽかんと黙り込んでしまった。あのバクゴーですらである。それはそれで大したものではあるのだが、それはさておき。

 

 私は彼の心境がおおむね見えるし、面識もあるので、とりあえず応じることにした。

 

「多難」

「それだーーっ!! ありがとう増栄ちゃん! よォしツカミは失敗だ!!」

 

 私しか応じなかったことに、しかし動じることなく笑うトーガタ。

 その姿に、再び教室内が少しずつ騒めき始める。主に、威厳や風格が感じられない変人、という方向で。気持ちはとてもわかる。

 

 だが残念なことに、彼らが今の雄英の上位三位を独占していることは事実だ。人間、必ずしも性格と能力は比例するわけではないという好例と言えよう。

 いやまあ、彼らも本質的には善に属するものたちなので、基本的な人品に関しては文句はないのだが。

 

 とはいえ、トーガタはそういうひそひそ話にも一切動じない。

 

「まァ何が何やらって顔してるよね。必修ってわけでもないインターンの説明に、突如現れた三年生だ。そりゃわけもないよね」

 

 彼はそうこぼし、何やら思案するようにブツブツとつぶやいたあと。

 

「君たちまとめて、俺と戦ってみようよ!」

 

 元気にそう宣言した。当然と言うべきか、やはり驚きの声があちこちから上がる。

 バクゴーは、もうなんというか好きにしてくれ。

 

「俺たちの経験をその身で経験したほうが合理的でしょう!? どうでしょうねイレイザーヘッド!」

「……好きにしな」

 

 そしてイレイザーヘッドも応じてしまったため、私たちはあれよあれよという間に体育館ガンマへと移ることになったのだった。

 

「あの……マジすか」

「マジだよね!」

 

 体操服に着替えたものの、気乗りしない様子のセロが尋ねれば、トーガタは伸脚をしながら応じた。迷いのない即答である。

 

「ミリオ……やめたほうがいい。形式的に『こういう具合でとても有意義です』と語るだけで十分だ……」

 

 これに対して、体育館の隅で壁と顔を合わせたまま動こうとしないアマジキが声をかける。ただし、その声はだいぶ小さいので聞き取りづらい。

 小さい、のだが。

 

「みんながみんな上昇志向に満ち満ちているわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない……」

 

 後半のその声は、妙によく響いて聞こえた。

 

 当然、これに真っ先に反応を見せたのはバクゴーだ。こんな話を聞いて、彼が怒らないはずがない。

 

 が、彼が爆発するより早く、アシドの角で遊んでいたハドーが口を開いた。

 

「あ、聞いて知ってる。昔挫折してヒーロー諦めちゃって問題起こしちゃった子がいたんだよ。知ってた!? 大変だよねぇ通形、ちゃんと考えないとつらいよ、これはつらいよー」

 

 この言葉に、バクゴー以外の面々も明らかに顔色を変えた。バクゴーに至っては、怒りが一周したのか笑みを浮かべて今にも殴りかかりそうである。

 

「待ってください……我々はハンデありとはいえ、プロとも戦っている」

 

 そんなバクゴーを代弁するかのように、トコヤミが視線も鋭く声を上げる。

 バクゴーを手で制していたキリシマも、彼に続いた。

 

「そしてヴィランとの戦いも経験しています! そんな心配されるほど俺らザコに見えますか……!?」

 

 彼らの言葉は、クラスの総意なのだろう。大なり小なり戦意を見せて、既に身構えている。

 

 が、これを確認したトーガタは、場に満ちている反発をさらりと受け流した。

 

「いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だ!?」

 

 それが、始まりの合図となった。トーガタが言うや否や、キリシマがそれまで抑えていたバクゴーを解き放つ。

 

「死ぃぃねええぇぇッッ!!」

 

 爆破を両手で起こしつつ、凄まじい速度で前へ飛び出すバクゴー。

 そんな彼に続くように、しかし一直線ではなくやや迂回するように駆け出したのはミドリヤだ。トーガタが見える位置へ移動し、バクゴーに対してどう動くかを見定めるつもりなのだろう。

 

「よっしゃ! 先輩そいじゃあご指導ぉー……よろしくお願いしまーっす!!」

 

 二人に遅れる形で、キリシマが吼える。これを合図にして、他の面々も一斉に動き始めた。

 

 うん、フォースがなくとも読めていた流れである。

 対して私とヒミコは参加しない。ヒミコに胸元で抱きかかえられた状態で、イレイザーヘッドの隣へ戦線離脱したのだが……それはひとまず置いておくとして。

 

 この瞬間に、トーガタの服が落ちた。彼の身体をすべてすり抜けて、地面にと。

 

 当たり前だが彼は全裸となり、これを目にしてしまった女性陣が硬直する。特にジローは悲鳴を上げながら顔を隠してしまった。戦闘の場において致命的すぎるが、仕方がないとも言える。克服はすべきだとも思うが。

 

 しかしなるほど。自らの細胞由来ではない、普通の服を着た状態で彼の「透過」を発動するとこうなるのか。前に自ら言っていた通り、実に扱いの難しい”個性”だ。

 

「今服が落ちたぞ!?」

「ああ失礼、調整が難しくてね!」

 

 目の前で起きた出来事の理解が難しいのか、セロが声を上げる。これに対して、トーガタは敵前だというのにも関わらず服を着なおしている。上半身は諦めたようで、パンツとズボンだけのようだが。

 

 しかしその明確なスキを、バクゴーが見逃すはずもなく。

 

「隙だらけだ! 喰らいやがれ!!」

 

 爆破の勢いを乗せて身体をねじり、強烈なハイキックを顔面に叩き込んだ。

 

 だがその攻撃は、なおもズボンをはこうとしているトーガタの顔をあっさりと透過する。

 

「顔面かよ」

 

 空振りと終わった攻撃に、バクゴーは舌打ちをしながら空中へ距離を取る。

 直後、思わずと言った様子でつぶやいたトーガタ……それにバクゴーの二人を思い切り巻き込む形で、複数の攻撃が降り注いだ。セロのテープやアシドの酸、トドロキの氷、あるいはミネタのもぎもぎなどである。少し遅れて、トコヤミのダークシャドウやツユちゃんの舌、ジローのイヤホンジャックも来た。

 

 が、それらもすべてが空振りに終わる。いずれもトーガタに触れることすらなかったのだ。

 

 そして同時に、彼の身体が地面に沈んだ。これが見えたのは、離れていたところから俯瞰していた私とヒミコ、ミドリヤ、それと真上近くにいたバクゴーくらいだろう。

 

「いないぞ!?」

 

 近接攻撃しかできない面々が、遠距離攻撃に続いてトーガタに接近しようとしていたが、姿が消えた様に思わず足をとめてしまう。イイダの声に、距離を取っていた面々も攻撃の手をとめた。

 

 ああ、それは悪手だ。いつもの彼であれば、このあとは――

 

「――まずは遠距離持ちだよね!」

 

 全裸のトーガタが、ジローの後ろに現れた。地面から飛び出るようにしてだ。ただしその速度は極めて速く、よく見ていないと一瞬でそこに現れたようにしか見えないだろう。

 

「ワープした!?」

「すり抜けるだけじゃねぇのか!? どんな強”個性”だよ!」

 

 この移動に、動揺が広がる。特に一番トーガタに接近されたジローが顕著だが……それでも、全裸の大男に悲鳴を上げながらもイヤホンジャックを巻き取り、迎撃をしようとしていたのでまるきりダメと言うわけではないだろう。

 

 ただ、トーガタを前にそれはあまりにも悠長が過ぎた。さして動くこともできないまま鳩尾に拳が叩き込まれ、ジローがその場にくずおれる。

 

 この勢いのまま、トーガタはさらに動く。最初の位置からほとんど動いていなかった、遠距離攻撃持ちの面々が次から次へと襲われ脱落していく。

 

「死ねぇぇぇぇッ!!」

「やらせないっ!」

 

 それを阻止すべく、バクゴーとミドリヤが()()同時に攻撃を加える。バクゴーが顔に、ミドリヤが足下にだ。

 

 上手い。私がそう思った瞬間に、トーガタの身体が地面に沈んで消えた。

 

 バクゴーは舌打ちを、ミドリヤはあちこちへ視線を飛ばしながらほぼ同時に着地。互いの背をかばうような形で立ち上がった。それに続くようにして、遠距離持ちの中で被弾を免れたトドロキとヤオヨロズが、同じように周囲を警戒する姿勢を取った。

 

 そんな彼らの意図を無視するように、トーガタが離れた場所へ現れる。一瞬で移動するには、かなり無理のある距離だ。オールマイトでもなければ不可能だろう。

 

 これにいまだ驚愕の色を隠せないまま、A組の面々が視線を集中させる。ぽつりとトドロキがつぶやいた。

 

「一瞬で三分の一以上が……!」

「お前らいい機会だ、しっかりもんでもらえ。その人……通形ミリオは俺が知る限り、最もナンバーワンに近い男だぞ。プロも含めてな」

 

 と、ここにイレイザーヘッドの淡々とした激が飛ぶ。感情を声に乗せない人なので、ただ聞くだけではわかりづらいのだが……嘘偽りない善意100%の激励であっても、今この状況においては少し逆効果ではないかなと思う。

 

「な、ナンバーワンに最も近い男……!?」

「何したのかさっぱりわからねぇ……!」

「すり抜けるだけでも強ェのにワープとか……! それってもう無敵じゃないすか!」

「よせやい!」

 

 ほら。何人かの戦意が、早くも挫けかけている。ポーズを決めているトーガタに、自信と余裕が満ち溢れているように見えることも一因か。この辺りは、風貌すらも心を挫く武器にしていたオールマイトに通ずるものがある。

 いやまあ、みなそこまで明確にやられているわけではないだろうが。士気が下がっていることは間違いない。

 

「寝言言ってんじゃねぇぞテメェらァ!」

「うん……! からくりはあるはずだよ!」

 

 が、そんな空気を切り裂くように、バクゴーとミドリヤが声を張り上げた。

 

「すり抜け野郎がワープする前には、必ず地面に『落ちて』やがる……起点はそこだ! 見逃すんじゃねェぞ!」

「それにこっちが攻撃を喰らってる、ってことはすり抜けないタイミングもあるはず……それならカウンターは狙えると思うよ!」

「お、おお! さすが、ハンデありとはいえオールマイトに勝ってるだけあるな! 助かる!」

 

 うむ……この二人に限っては挫ける、ということはなさそうだ。

 こうなったからには、戦いがあっという間に終わるということはなさそうかな?

 

 私はそう思いながら、ここからの展開に期待をするのだった。

 

 ……ちなみに、隣から授業中だぞと言わんばかりの鋭い視線(”個性”込み)を向けられたので、ヒミコは唇を尖らせながら私を床に下ろした。

 




原作と違いかっちゃんも轟くんも仮免合格してるので、この戦闘にも当然二人が参加します。
かっちゃんがいるなら、こんな誘い方された上に格下扱いされたらそりゃキレる。
でもって本作ではデクVSかっちゃん2がなかったので、デクくんが率先して先手を取りに行くことはないかなってことでこんな感じの流れに。

なお、青山くんは前章の後書きで言及した通り、今章は不在になります。
次章では戻ってくる予定なので、今少し時間と予算をいただければ。

【おまけ・その後の二人のテレパシー】
『いきなり除籍されなかっただけ、君はイレイザーヘッドに感謝すべきだと思うぞ』
『ぷぅ』
『私にカァイイアピールをされても困るのだが。いや、それをイレイザーヘッドにするのも、その、嫌なのだが』
『……えへへ』
『なんだ、どうした』
『なーんでも』
『なんなんだ』
『なんでもないもーん』
※戦闘シーンはちゃんと見ながらやってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.最も新しいフォースユーザー

 戦いは、アマジキやハドーが懸念したようには進まなかった。確かにじわじわとA組の面々は脱落していったが、あっという間に全滅とまでは行かなかったのである。

 

 理由はいくつかあるが、バクゴーとミドリヤが互いに互いをうまく使いながら、ほぼ常にトーガタに”個性”の発動を強い続けて行動を制限していたことが特に大きい。

 

 トーガタの”個性”は自ら「調整が難しい」と言った通り、迂闊に使ってもうまく機能しない。一つの行動をするにも、いくつかの工程を踏まなければならないのである。

 だからこそ、彼に対しては同時に攻撃を仕掛けるより、わずかに時間差を置いた攻撃を連続したほうが効果が高い。身体の離れたところ……たとえば手と足を別々に狙うなどできればなおよい。そうなれば、いかに高い制御技術があるトーガタでも”個性”の発動にミスが出てくる。

 

 あとは有効打足りえないが、足元を固めてしまうのも手だ。”個性”柄それは透過されるわけだが、やり方次第では無理矢理彼に状況をリセットさせることができる。戦いを仕切り直したいときに使える手だ。

 

 バクゴーはこの辺りのことを、かなり早い段階で悟ったらしい。やや遅れてミドリヤも。だからこそ、彼らは「互いをうまく使」っているのだ。協力しているように見えるが、決して協調第一で動いているわけではない。

 

 二人の戦い方は、協調しないまま戦う様子には、違和感がない。元々仲が良好だったわけではないからだろうが、これがトーガタの予測を乱すことにも繋がっている。何が有用かわからないものだ。

 

 まあ、バクゴーとしては「トーガタが”個性”を発動するよりも早く攻撃を当てる」という正攻法でどうにかしたいようだが。なかなかそれをさせてくれないから、少しずつフラストレーションがたまっているように見受けられるな。

 

 とはいえ、トーガタはそれでもなお強い。私との戦闘経験があるからかA組全員がしっかり考えて動けているのだが、粘って攻撃を受けないように立ち回ることに精一杯で、トーガタに攻撃を通すことはできないままだ。それも完全ではないので、少しずつ人数が減っていく。

 

「お前らは行かないのか?」

 

 そんな戦いを眺めていると、ふとイレイザーヘッドから声をかけられた。

 

「私は別に、ナンバーワンには興味がないのでー」

「私はトーガタとの手合わせは経験していますから、ここは譲るべきでしょう。そもそも私たちの場合、フォースがトーガタの”個性”を貫通しますから。私たちまで参戦した場合、彼が伝えようとしていることがうまく伝わらない可能性が高いと踏みました」

「……ああ。そういやそうだったな」

 

 フォースはこの宇宙のあまねくすべてと繋がる力だ。この力は、「透過」されることを許さない。それを引き出せる私たちは、彼と比較的正面から殴り合うことができるのだ。

 さらに言うなら、私は前期にトーガタと”個性”ありで手合わせをしている。機会は一日のうちわずかな時間だけだったが、回数はかなり重ねた。お互いに手の内をそこそこ晒しているので、ここに割って入ろうとすると私と彼の戦いだけで終始してしまいかねない。

 

 以上の理由から、私たちの参戦は今回の趣旨に反すると考える。

 

 イレイザーヘッドもそこは理解できたようで、それ以上は何も言わなかった。

 

「ぐぅ……ッ!?」

 

 と、ここでトドロキが脱落だ。これで残るはバクゴーとミドリヤの二人だけ。いつものように吼えながら前へ出るバクゴーと、倒れたトドロキを気遣うミドリヤ。

 こういうところでも対照的な二人だが、今この瞬間だけを見るのであれば、バクゴーのほうが正しい。強大な敵を目の前にして、よそ見をする余裕があるのかという話だ。

 

 案の定、ミドリヤがスキを突かれて攻撃を受ける。急所は外して、脱落は免れたようだが……手痛いダメージを受けたことは間違いない。

 

 そしてそこに、ミドリヤごと爆破しようと突っ込んでくるバクゴー。これまた彼らしいと言えばらしいのだが、そういう攻撃はせめて巻き込まれる側が相手を拘束しているときにやるべきではないだろうか。

 

 トーガタも同じようなことを思ったのだろう。”個性”で攻撃を透過しつつ、反撃を――

 

「負けねええぇぇぇぇ!!」

「ぐッ!?」

 

 ――しきれず、爆破を受けた。

 

「おおッ、さすが爆豪!」

「やっと一発いいの入った!」

「畳みかけたれ爆豪ー!」

 

 これを見て、いまだグロッキーだった脱落組が歓声を上げる。彼らと同時に、アマジキやハドー、イレイザーヘッドも目を見張る。

 

 私も同様だ。だが、私は彼らとはまったく異なる理由でそうしていた。

 

 急所ではなくともトーガタに、バクゴーの攻撃が入った。そこは別に驚かない。バクゴーほどのセンスがあれば、この戦闘中に一、二度はできるだろうと思っていた。

 だから私が驚いたのは、そこではなく。

 

「ヒミコ! 今、今の! 感じたか!?」

「はい、しっかりー」

「やはり! ……そうか、そうか……! 遂に、遂に()()()()か、バクゴー!」

 

 思わず両手を拳にして、声を上げる。

 そんな私の姿が珍しいのか、全員の視線がこちらに向くが……今はそれを気にしている場合ではない。

 

 私が見ている先で、バクゴーが正面からトーガタと殴り合っている。必殺を期した攻撃は、しかし互いの適切なガードやパリィによってさしたるダメージにはならず、どちらも一歩も引かない。

 普通であれば、あり得ない光景だ。雄英のトップに立つ男と、一年生が対等に渡り合うなどあり得ない。

 

 だがそこに、そこにフォースがあるならば――フォースの馴染んだ「爆破」が「透過」を貫通したとしても、それは何もおかしなことではない。

 

「……まさか、君()使えるとはね! これはさすがに、ちょっと想定外なんだよね!」

「ハッ! なんの話だよ先パァイ!!」

 

 フォースを宿した爆発がトーガタを襲う。今までと違い、トーガタの「透過」を無視する爆発だ。それを目の前にして、トーガタはしかし慌てていなかった。

 

「けれど! 実はそういうの初見じゃないんだよね! 必殺! ファントム・メナス!」

 

 彼は”個性”を発動させるや否や、周辺に屹立しているトドロキ産の氷に飛び込んでいく。かと思えば次の瞬間、彼は文字通り目にもとまらぬ速さでバクゴーに向けて飛び出した。

 

 トーガタの”個性”はほぼあらゆるものを透過するが、物質に透過している状態で”個性”を解除すると、物質のない場所へ弾き出される。その際の速度は凄まじいものがあり、弾き出される瞬間の身体の向きを調節すれば向かう先をコントロールできる。彼が最初から見せていたワープのような瞬間移動は、そういう原理でなされている。

 

 では、その弾き出される方向を、敵に向けたらどうなるか?

 

 答えは簡単だ。人間の普通の目では絶対に視認できない速度で放たれるタックルになる。

 さらに拳を振るうという動作を組み合わせれば、瞬間移動は多くのものを粉砕する必殺の一撃へ早変わりだ。

 

 これを、周囲の壁や障害物を利用することで前後左右、場所によっては上下をも含めた全方位からの超速連続攻撃とする。それこそトーガタの、いや、ヒーロー「ルミリオン」の必殺技、ファントム・メナスだ。まさに、見えざる脅威である。

 

「が……ッ、は……ッ!?」

 

 この攻撃は、さすがのバクゴーも初見で、しかも至近距離でされては防ぎきれなかった。

 一発目は辛うじてかわし二、三発目まではなんとか防御できていたので、十分すぎる成果ではあるのだが。それでも繰り返されると凌ぎきれず、やがて強烈な一撃を鳩尾含め複数の急所に受けてしまった。

 まあ、フォースでブラスターを避けるのも少し慣れがいるし、これは仕方あるまい。

 

「かっちゃん!」

「POWERRRRR!!」

「うぐぅッ!?」

 

 そして直後にミドリヤも殴りつけられ、くずおれる。

 

 こうして、突発的に行われたA組VSルミリオンという戦いは、ルミリオンの勝利で一応の終結を迎えたのであった。

 

***

 

 その後、改めてトーガタから説明がなされた。

 

 自身の”個性”がとても制御が難しい代物で、入学してからしばらくは底辺の成績であったこと。

 インターンに参加し、プロヒーローに直接指導してもらいつつ、多くの経験を積んだこと。

 その経験を力に変えてトップをつかんだこと。

 言葉ではなく、直接その経験を伝えるために手合わせをしたこと。

 

 そして……インターンではプロとして扱われること。

 ゆえに、ときには人の死にも立ち会うことがあること。

 

 そういったことを話しつつ、現場で得られる経験の多さ大きさから、どれほど怖くてもインターンはやるべきだという話であった。

 

「いやしかし、思ってた以上にみんな強くて少し驚いたよね! 今年の一年生は有望だ!」

「けど攻撃当てられたの、爆豪だけでしたし……」

「それな」

「いやいや、俺だって一応は本免許持ってるんだよね! 一斉に相手したとはいえ、まさかここまで粘られるなんて思ってもみなかった! 一年の頃の俺と比べたら、みんな十分すぎるくらい強いぜ!」

 

 朗らかに言うトーガタに対して、キリシマとカミナリが決して明るいとは言えない顔で言う。

 トーガタは間髪入れずにフォローを入れるが、それで安心できるほどA組の面々は呑気ではない。

 

「攻撃をなんとかしのげたのも、ぶっちゃけ増栄ちゃんとの訓練で先回りしまくってくる相手に慣れてただけだしぃー」

 

 アシドの言葉に、多くの人間がうんうんと頷いた。

 

 その中から、ハガクレがふと思いついたようにこちらを見る。

 

「ていうかその()()()()()と、それにひみちゃんはなんで手合わせに参加しなかったの? もったいない」

 

 彼女以外の視線も向いたので、先ほどイレイザーヘッドにした説明をもう一度する。

 

「そしてトーガタとは、既にそれなりに手合わせをしているからな。君たちに機会を譲るべきだと判断した」

 

 まあそう締めくくったら、全員から羨ましがられたわけだが。

 ここでただ驚くで終わらず羨望にすぐ行きつくのだから、我がクラスの面々は本当に頼もしい。ああ、彼らが全員フォースユーザーであったらなぁ。

 

 だがそう、フォースユーザーと言えばだ。

 

「バクゴー!」

「あ゛?」

 

 インターンについての話が終わり、授業としての時間も終わったタイミング。

 私はいの一番にバクゴーに駆け寄った。

 

「遂に目覚めたな! おめでとう!」

「……あれはやっぱりそういうことか」

 

 私の言葉に、バクゴーは納得した様子を見せた。どうやら、彼の中でもある程度推測はできていたらしい。

 そして私に声をかけられたことで確信を得た彼は、獰猛な笑みを見せた。

 

「増栄。俺に()()()()()()()()

「もちろん、そのつもりだとも!」

 

 彼の笑みに応じる形で、私も笑う。

 

「ただ、私にも予定というものはある。常に君に付き添えるわけではない」

「んなこたわかっとるわ。俺だって暇じゃ……」

「そういうわけなので、適任者に一任する」

「はあ?」

 

 私の言葉に、眉をひそめるバクゴー。

 

 そんな彼の目の前に……私の隣に並ぶ形で、アナキンが現れた。

 

「……はあ!?」

 




前章の後書きに対するリアクションからして、察してる方は多かったですね。その通りです。
というわけで、みんな未来予知を突破するために戦闘中に考える癖が染みついてるので、なんだかんだでA組全員原作より粘りました。
ただ突破できるかどうかはまた別問題。ルミリオンは強かった。

ちなみにこちらもお察しいただけるかと思いますが、わりと目を懸けていた子がフォースに目覚めたので、理波はかつてないほどテンション爆上がりしてます。ウッキウキコトちゃんです。
ガチで満面の笑みを向けたので、状況からして仕方ないとは思いつつも、むすくれている子が後ろにいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.マスター・スカイウォーカーの条件

 私の隣に現れたアナキンを見て、バクゴーが目を丸くして硬直する。彼がこぼした「はあ?」という一語は、まごうことなき彼の本音であろう。

 

 だがそういう反応をするということは、彼にはフォーススピリットであるアナキンがはっきりと見えているということに他ならない。それはフォースに目覚めているということだ。

 

 実際、バクゴーとヒミコ以外の人間は誰も気づいておらず、何か起きているのかと怪訝そうにしている。一応、アナキンのことは夏以来女性陣だけでなく男性陣にもちらと話しているので、大半は察しているようだが。あとそれはそれとして、ジローは顔色が悪い。

 

 しかし目の前の事実に意識を奪われている私は、周りをよそに一層笑みを深めた。

 

「紹介しよう、バクゴー。彼は私の古い盟友にして、今の師でもある男だ」

『アナキン・スカイウォーカーだ。見ての通りの幽霊さ』

「んな……」

 

 あのバクゴーが仰天している姿に、アナキンは何を思ったのか楽しそうにしている。確かに通常見られるものではないのだが。まったく、いたずらな気質は相変わらずだ。

 

 とはいえ、バクゴーはすぐに気を取り直して色々と考え始めているのだが。最初に思いつくのが「どういう”個性”なのか?」という辺り、この星の現代人である。

 実際にはその思考は完全に的外れなのだが、今の地球における一般的な知識では絶対に辿り着けないものがアナキンの正体なので、無理はない。

 

 そして納得いく答えには辿り着けなかったであろうバクゴーではあるが、重要なことはそこではない。彼自身もそれにはすぐ思い至ったようで、改めてアナキンに向き直った。

 

「……幽霊でもなんでもいい。俺はそれも使って上に行くだけだ」

 

 まあ、そう言った彼とアナキンでは、十センチ以上の身長差があるので見上げる形ではあるのだが。

 

 対してアナキンは、バクゴーの不遜とも言える態度を見て小さく鼻で笑う。

 もちろんバクゴーはこれに反発を抱き、ぎろりとにらみつけたのだが……まあ、ジェダイでは英雄と呼ばれ、シスでは最強クラスの暗黒卿であり、史上最強の暗黒卿の側近でもあったアナキンである。一学生のにらみが効くはずはない。

 

 案の定、アナキンは聞き分けの悪い子供を見るような表情を浮かべた。彼にしてみれば、文字通り児戯なのだろうな。

 

『ああ、悪いね。どうも僕の弟子になる人間は癖が強いやつばかりで、困ったものだと思ったのさ』

「それを君が言うのか……」

 

 ジェダイの師弟は、基本的に評議会で選ばれるものである。その基準は様々だが、両者の性格的な相性も判断には含まれているはずなのだ。

 そして、性格的な相性の良さは性格の相似性と無関係ではないというのが一般論であろう。

 

 そもそもの話、アナキンは型破りで有名だったマスターの門下だ。私はアナキンに、「類は友を呼ぶ」というこの国のことわざを無性に贈りたくなった。もちろん衝動に任せて口にはしないけれども。

 

『その言葉、そっくりそのまま君に返すぜ?』

 

 そう思っていたら、私に飛び火した。思わず顔をしかめる。

 

「そんなはずはない。私ほど癖のない人間もそうそういないだろうに」

『それこそそんなはずはないってもんだ!』

 

 ところが私の抗弁に、アナキンは爆笑した。解せぬ。

 いや、最近の私がジェダイの教えから逸脱した行動をしがちであることは否定しないが。それでもアナキンや、その弟子であったアソーカ・タノ、あるいは師のマスター・ケノービ、マスター・クワイ=ガンに比べれば私などかわいいものではないか。

 

「属性のごった煮みてぇなやつが何ほざいとんだお前……」

「そんな馬鹿な!?」

 

 バクゴーすらそんな認識なのか!?

 

『さて、難題に明快で愉快な結論が出たところで話を戻そう。バクゴー、君にフォースを教えること自体は別に構わない。ただ、いくつか条件がある』

 

 愕然とする私をよそに、いきなり真顔になるアナキン。応じてバクゴーも顔を引き締め向き直ったため、私は一人取り残されるような形になった。

 

 そんな私を、今まで黙って成り行きを見守っていたヒミコが企みがあるような笑顔で抱き上げる。いわゆる抱っこの形になった私は、頭をなでられるまま全身を委ねつつ、明後日のほうに目を向けた。

 

 ……こらアシド、写真に撮るんじゃない。

 

「いや、かわいすぎてつい」

「ついじゃないが。ハガクレ、君もだぞ」

「ごめんこれはちょっと我慢できない」

 

 結局、二人とも手はとめてくれなかった。いつもはとめてくれるヤオヨロズやツユちゃんですら生暖かい目で見守るばかりなので、仕方なく私は遠い目で視界を別のほうへ向け。

 

 そしてその先で、五体投地の体勢で本気でこちらを拝むミネタを見てしまい、私の目は死んだ。

 教室の床で何をしているんだ、ミネタは。もはやクラス全体がないものとして扱っているが、それでいいのか。

 

「条件だァ?」

『ああ。なに、ヒーロー志望の君ならこなせるだろう条件しか出さないさ』

 

 関係のないところで混乱する私をよそに、アナキンとバクゴーの会話は進んでいく。

 

 アナキンが提示した条件は「悪事に使用しない」とか「生兵法で調子に乗らない」といったもので、確かにヒーロー志望なら問題ないものばかりであった。

 フォースに関してアナキンの指示は絶対であるという条件も提示されたが、これも妥当であろう。それだけフォースは扱いを間違えると大変なことになるものであり、このことは間近で私を見ているバクゴーには納得できるものだろう。実際、彼は特に何も言い返さずに是と応じていた。

 

 ただ、そんな彼でも受け入れられない条件があった。最後に提示されたその条件とは、

 

『最後に……バクゴー。ミドリヤに謝罪して和解するんだ。上辺だけじゃなく、根本的にしっかりとな』

「んなっ!?」

 

 というものであった。これにはバクゴーも気色ばみ、ふざけんなと声を荒らげた。

 

 私はと言えば、アナキンが出した条件の意図がわからず、首を傾げるばかりである。もちろん、アナキンが見えず声も聞こえていないクラスメイトたちは、突然のことに随分と驚いている。

 

『なんだ、できないのか? 仕方ないな……一言謝るだけで済むだろうに、難儀なやつだ』

 

 これに対するアナキンの答えは、だいぶ辛辣なものだった。彼にしては相当手厳しい。

 

 そもそも、謝るとはどういうことなのだろう。

 いや、確かにバクゴーは日頃からミドリヤに対してやけに当たりが激しいが、見ている範囲では何か大きな衝突があるようには見えないのだが。

 

 しかしアナキンがそう言うということは、実際に何かあったのだろう。それも、非常によろしくない何かが。

 

「誰もできねぇなんて言ってねぇだろが!」

『口に出さなくとも、心がそう言っているさ。先に言っておくが、僕は生前フォースの申し子なんて呼ばれていてね。それくらいフォースが得意なのさ。僕の前で、目覚めたばかりの君が隠し事なんて夢にも思わないことだ』

「ぐぬ……ッ!」

『ま、自殺をそそのかすほど嫌っていたんだもんな。できなくても無理はないか』

「な……ッ!?」

「なんだと?」

 

 それは聞き捨てならないぞ。もちろん、かなり踏み込んだ話になるだろうから、ここで掘り返そうとは思わないが。

 私だけでなく、ヒミコも揃って顔をしかめたのは、人として当たり前の反応として許されるだろう。本当、何をしていたんだバクゴー。

 

『とはいえ、別に僕も鬼じゃない。段階くらいは踏ませてやるとしよう。そうだな……一度、腹を割って本心で話し合うんだ。最低でもそれができないうちは、僕から何かを教えることはないと思え』

 

 ぴしゃりと断言したアナキンは、次いで私たちに目を向ける。

 

『コトハ、トガ。君たちもだ。バクゴーがこの条件を達成するまでは、彼に何を言われてもフォースに関して教えることを禁じる』

 

 そしてそう言い切ったアナキンの目には、ジェダイらしい正義感が見えた。

 一度シスに堕ちたアナキンだが、本をただせば卑怯なことや悪辣なやり方を嫌う正義漢だった。だからこそ、彼はジェダイとして英雄と呼ばれていたのだ。

 

 そんな彼の怒りに触れるような何かを、バクゴーはかつてミドリヤにやっていたのだろうな。

 あのアナキンがここまで言うのだ。であれば私たちに否やはない。友人としてではなく、弟子として返すとしよう。

 

「畏まりました、マスター」

「はぁいわかりました、ますたぁ」

「……チィッ……!」

 

 アナキンに頷いた私たちに、バクゴーは大きな舌打ちをする。

 それからミドリヤを一度ぎろりとにらむと、荷物を荒々しくひっつかんで大股で教室を出て行ってしまう。

 

『僕は幽霊だ、どこにもいないがどこにでもいる。用があれば呼ぶんだぞ』

 

 彼の背中にそう投げかけるアナキンの声がやけに軽いのが、妙に印象的だった。

 

 そしてアナキンが消えるのを確認して、私はため息を一つつく。やれやれ、どうなることやら。

 

 が、私のこの仕草を見て、色々と終わったと判断したのか周りから声がかかった。

 

「見えない何かと会話されていたようでしたけれど、もしかしてお相手はスカイウォーカーさんですの?」

「その通りだ」

「ああ、なるほど。……かっちゃん、随分機嫌悪くしてたけど、一体どんな話を……?」

「バクゴーがフォースに目覚めたから、その手ほどきをするように頼んだのだ。そのための条件が、彼に折り合わなかったんだよ」

「なるほど、すんごい爆豪くんっぽい話や」

「いや待て待て! 爆豪のやつ、これ以上強くなんのか!?」

「むう……これ以上離されるのはさすがに口惜しいぞ……」

「まったくだよ! 私たちだって覚えたい!」

 

 声を荒らげたカミナリ、盛大に顔をしかめて腕を組むトコヤミに応じたハガクレが、ぷんすかしながら腕を振るう。

 

 だが、こればかりはどうにかなるものではない。私を抱き上げたまま、ヒミコが彼女を受け止めるのを見ながら、私はわずかだが憮然としつつ首を振った。

 

「フォースは先天性の能力だから、残念ながら……。それに仮に才能があったとしても、一般的には相当の鍛錬を積んでいかなければ目覚めるには至らないものであるからして」

「むきー! 私もひゅってしてばーんってやりたい!」

ふぉふぇんふぇへ(ごめんねぇ)ふぉふぉふひゃん(透ちゃん)

 

 納得しきれない様子のハガクレが、ヒミコの頬を両手でむにむにする。

 ずるい。私もやりたい。

 

 いやそうではなく。

 

 確かに、善人であるA組の面々にであれば、フォースを教えることに否やはない。彼らならまっとうに使ってくれることは間違いないし、世のため人のために使える手段は多いに越したことはないし。

 

 そして実のところ、私の”個性”があればできないことはないのだが……フォースのバランスを崩すことになり得るので、下手にすると大変なことが起こりかねないのだよな。

 まあ、ミディ=クロリアンそのものの数を増幅するのではなく、ミディ=クロリアンの能力を増幅する形でやるならなんとかなるのではないかとも思うが……それにしてもミディ=クロリアンの絶対数が少ない場合、フォースセンシティブの水準に届かないだろうし。

 

 うーむ、一度ミディ=クロリアンの検査機を造ってみるかな? 数値がはっきりすれば、あるいは覚醒できるものも輩出できるかもしれない。

 

 私はそう思いながら、負けじとヒミコの頬をむにむにと揉む。乳房に勝るとも劣らない素晴らしい感触だった。また一つ、ジェダイに不要な知識が増えてしまったな。

 

 当のヒミコはそのまま右から私、左からハガクレにもてあそばれる形になったのだが、どこか楽しそうに目を細めている。カァイイ。

 

 なお、ミネタはここまでずっと私たちを拝んでいた。ぜひとも見なかったことにしたい。

 




かっちゃんのいじめ問題は控えめに言って大問題で、そこが改善されないまま物語が進行することに対してずっと否定的な声があったのは、堀越先生も把握してたみたいですね。
原作でそれが一応の着地を見るのは33巻とめちゃくちゃ遅いわけですが、本作ではアナキンが黙っていませんでした。
というわけで、かっちゃんのフォース正式習得はもうちょっとお預け。

【おまけ】
「バクゴー、君もジェダイにならないか?」
「ならねェ」
「だよなぁ……(´・ω・`)」
「よしよし」
「残念だなぁ……(´・ω・`)」(ダキツキー
「……♡」
満面の笑みを自分以外に見せた件については、これで帳消しにしてくれました。
なお昂ってしまったので結局チウチウは激しかった模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.オーバーホール

 街から離れた場所の廃工場。もはや久しく使われていないその場所に、一台の車が停まった。

 

 そこから現れたのは、二人。黒と灰が基調の全身スーツをまとった男と、ペストマスクが特徴的な男だ。

 

 うち、ペストマスクの男が憂鬱そうに口を開く。

 

「見るからに不衛生だな……ここが拠点か?」

「ああ! いきなり本拠地に連れてくかよ。面接会場ってとこ」

 

 対するは、意味の反する言葉を発したスーツの男。ヴィラン連合のトゥワイスだ。

 彼に案内されるまま、ペストマスクの男は工場の中へと踏み込む。

 

 そこで彼を出迎えたのは、複数のヴィランたち。荼毘やマスタード、スピナーなど一部は不在だが、しかしいずれもあの神野事件で何かしらの被害を出した名前持ちであり、一人の人間を出迎えるにしては明らかに過剰戦力だ。

 

 まあ実際のところ、ペストマスクの男の戦闘力は彼らに劣るどころか相手によっては格段に勝るのだが……それはそれとして、無傷で切り抜けられるかどうかは定かではなく。

 トゥワイスが言うような「面接」にしては、相当な圧迫面接と言うほかないだろう。

 

「来たか……」

 

 二人を、さして歓迎することもなく出迎えるはもちろん、ヴィラン連合のリーダーである死柄木弔。

 彼に頷いて、トゥワイスはペストマスクの男を指で示す。

 

「話してみたら意外といいやつでよ! お前と話をさせろってよ! 感じ悪いよな!」

「……とんだ大物連れてきたな、トゥワイス」

 

 弔の言葉に、大物と呼ばれた男が一瞬眉をひそめた。

 しかしすぐに気を取り直したのか、怯える様子もなくさらりとかわして見せる。

 

「大物とは……皮肉が効いてるな、ヴィラン連合」

「何? 大物って、有名人?」

 

 これに反応したのは、マグネ。得物を己の肩にかけ、リラックスして座っているように見えるが、その実いつでも動ける態勢だ。

 

 彼女に問われるままに、弔は答える。

 

「先生に写真を見せてもらったことがある。いわゆるスジ者さ。『死穢八斎會(しえはっさいかい)』……その若頭だ。名前は確か……オーバーホール」

「極道!? やだ初めて見たわ、危険な香り!」

「ゴクドー? それって、つまりボクたちとどう違うわけぇ?」

 

 説明に一人顔を紅潮させるマグネをよそに、胡乱げな視線を隠そうともせず話を拾ったのは死柄木襲。

 

「よーし、小学校すら通ってない襲ちゃんにおじさんが教えてあげよう」

 

 彼女に応じたのは、ミスターコンプレス。その言い方が気に入らなかったのか、襲は赤い瞳を怒らせて表情のない仮面をにらむ。

 

 しかし、コンプレスも一廉のヴィラン。これに動じた風もなく、飄々と説明を始めた。

 

「昔は裏社会を取り仕切る、恐ーい団体がたくさんあったんだ。でもヒーローが隆盛してからは摘発・解体が進み、オールマイトの登場で時代を終えた。シッポつかまれなかった生き残りはヴィラン予備軍って扱いで、監視されながら細々生きてんのさ。ハッキリ言って、時代遅れの天然記念物」

「まァ……間違ってはいない」

「ふぅーん。つまりぃ、時代に取り残されたかわいそーな人たちってことかぁ。へぇー?」

 

 嫌味が込められた説明と、あからさまにバカにするような感想と視線を、ペストマスクの男……ヴィラン名「オーバーホール」は、それでもいきり立つことなく淡々と受け流した。

 

 彼はその内心で、表向きそんな落ち目の組織の若頭でしかない己の情報を持っている、ということにそれなり以上に思うところはあるのだが。それはヴィラン連合に対してではなく、裏にいた黒幕に対するものなので、ヴィラン連合自体にはさして心動かされるものはなかった。

 

 そして問題の黒幕は、現在タルタロスに収監されている。改めて、オーバーホールは今このときを千載一遇の機会だと判断した。

 

「それでその細々ライフの極道くんがなぜウチに? オールマイトだってまだ健在なのに、そんなにハッスルしたいわけ?」

「……日向のことはさして関係ない。オールマイトも人間である以上、寿命がある。そのうちいなくなるさ。そしてその日は近いと見ている。だから重要なのは、オールフォーワンが消失したことだ」

 

 オーバーホールは語る。オールフォーワンは、自分たち裏のものにとっては都市伝説のようなものだったと。

 

 無理もない。オールフォーワンはそれだけ用意周到に、裏の世界をその手で支配していたのだ。

 それでいて、滅多に姿を現さない。噂さえもだ。”個性”が出現し始めた超常黎明期以降、明確に生き続けた悪の親玉。それがオールフォーワンなのである。

 オールマイトに敗れた現代でさえ、裏の世界で生きていれば自然とそうした話は聞こえてくる。それほどの存在だった。

 

 だが、そのオールフォーワンが本当に倒れた。

 もちろん死んだわけではない。それでも、明確に人前にその姿を現し、敗北した。捕らえられた。その瞬間が、映像としてはっきり世間に流れた。この影響は、決して小さいものではない。

 

「つまり今は、裏の世界に支配者がいない。じゃあ次は、誰が支配者になるか」

 

 それがオーバーホールの結論。もちろん、そう言うということは、そこに己が立つだけの覚悟と力を持つという自負があるからでもあるが。

 

 しかし、それを認められないものがここにいる。

 

「……ウチの『先生』が誰か知ってて言ってんならそりゃ……挑発でもしてんのか?」

 

 死柄木弔だ。

 

「次は俺だ。今も勢力をかき集めてる。すぐに拡大していく。そしてその力で、必ずこのヒーロー社会をドタマからブッ潰す」

 

 彼の言葉に、襲がうんうんと何度も頷く。

 

 しかしオーバーホールは、これになびかない。彼の心は、一ミリも動かなかった。

 

「計画はあるのか?」

「計画? お前さっきから……仲間になりに来たんだよな?」

 

 そして放たれた問いに、弔の声が低くなった。じわじわと機嫌が悪くなり始めている。

 

 だが、これにもオーバーホールは動じない。彼は淡々と、今のヴィラン連合に……ひいては弔には、先がないとでも言いたげに言葉を紡ぐ。

 

「計画のない目標は妄想と言う。妄想をプレゼンされてもこっちが困る。いいか。目標を達成するには計画がいる。そして俺には計画がある。今日は別に仲間に入れてほしくて来たんじゃない」

 

 弔の額に、青筋が浮かぶ。傍らで、襲の目が細められる。

 

「俺の傘下に入れ。お前たちを使ってみせよう。そして俺が次の支配者になる」

「帰れ」

「そーだそーだ!」

 

 真正面から突きつけられた、挑発どころか明確な嘲りに、弔と襲が拒絶を突きつける。

 

 それは他のメンバーも同様だった。

 最初に動いたのは、マグネ。

 

「ごめんね極道くん、私たち誰かの下につくために集まってるんじゃあないの」

 

 いつの間にか臨戦態勢を取っていた彼女は、手にしていた包みから己の武器を取り出していた。そのヴィラン名の元になった、巨大な磁石があらわになってオーバーホールに狙いを着けている。

 

 同時に、マグネの”個性”が発動する。

 それは「磁石」。周囲の自分以外の人間に、磁力を付与するというもの。付与する場所は一部でも、全身でも。強さの度合いも自由にできる力。

 

 付与できる性質は決まっている。男はSに、女はNに。

 ゆえにマグネは相手の頭に磁力を付与し、手にした巨大な磁石と引き合うほうを前にするのだ。そうすれば、頭から磁石に引き寄せられた人間は、猛烈な勢いで磁石に……つまりは石に、頭を強打することになる。それが彼女が多くの死傷事件を起こしてきた常套手段だった。

 

「何にも縛られずに生きたくてここにいる。私たちの居場所は私たちが決めるわ!」

 

 今回も、そのようになる――

 

「……?」

 

 ――ハズだった。

 

 磁石に頭を打ち付けられたオーバーホールが、”個性”を振るっていた。手で触れたものを、瞬時に分解する”個性”を。

 彼の手が、いつの間にかマグネの腕に触れていた。ギギギ、と音がする。人の身体がきしむ音だ。

 

 そして、限界はすぐに訪れる。

 

「……ッ! マグネッッ!!」

 

 寸前。

 襲が突き出した手のひらに引かれて、マグネの身体がオーバーホールから引き離される。

 

 直後、マグネの左手が弾け飛んだ。

 

「あああああああっっ!?」

「マグネッ! しっかり!!」

 

 激しく血が噴き出す。強烈な痛みと喪失感で、マグネが悲鳴を上げる。

 そうして後ろに倒れ込む彼女を、咄嗟に襲が抱き留めた。

 

 一方、今まさに人を殺そうとしたオーバーホールは気にした風もない。それどころか、自らに降りかかった血をぬぐうことに躍起になっている。

 

「ああ汚いな……! これだから嫌だ……!」

「お前ぇぇ……っ!!」

 

 そんなオーバーホールを見て、襲が前に飛び出す。既に全身は赤い閃光に覆われていて、白銀の剣も抜き放たれている。

 

「待て襲」

 

 弔がそれを制そうとするが、もう遅い。”個性”とフォースによって爆発的な身体能力を発揮した襲のスピードは、簡単に止められるものではなかった。

 

「死ィィィィねええぇぇぇぇッッ!!」

 

 猛然とオーバーホールの首に向け、刃を叩き込む襲。

 

 だが、それが首に届こうとしたところで、彼女は()()()()()()動きを変えた。無理な姿勢から身体をひねりながら跳躍して、強引に身体の向きを大きく変えたのだ。

 

 その勢いのまま剣を振るい――音もなく飛び込んできた弾丸を弾き飛ばす。

 

「邪魔を……!!」

 

 着地。彼女はその直前から、弾丸が飛んできたほうへ手を向けていた。

 すると、フォースが生み出す引力によって、天井からペストマスクで顔をすっぽりと覆い隠した男が引きずり降ろされてくる。

 

「するなァ!!」

「どっちが……!」

 

 男を迎える切っ先。対峙する銃口。

 この隙を突いて、襲にオーバーホールが手を伸ばす。

 

 しかしその動きの鏡写しのように、弔もまた接近して手を伸ばした。

 

 どちらも相手に触れることで効果を発揮する”個性”の持ち主。触れさえすれば、相手をすぐに死へ至らしめる力。

 

 そんな物騒な力が秘められた両者の手が交錯する傍らで、銃が起動する。顔をマスクで覆った男が、弾丸を放った。

 

 現れたのは、先端に針を持つあからさまに普通ではない弾丸。もちろん、襲がそれをはっきりと視認できたわけではないが……それでも()()()()()()、彼女は再び弾丸を剣で弾き飛ばした。

 振るわれた剣の勢いも乗った弾丸は、まっすぐにオーバーホールへ向かい……。

 

「オーバーホール!」

「……ッ、チィッ!」

 

 すんでのところで、オーバーホールはこれを回避した。闇に消える弾丸を見送りながら、勢いよく距離を取る。

 

 そうこうしている間に銃を撃った男もそちらへと移動し、くしくも二つの組織のリーダー格が二対二で対峙する構図となった。

 

 しかしそれもすぐ崩れる。なぜなら、廃工場の壁を力任せに破壊しながら、複数の男たち――いずれもペストマスクを着けている――が乱入してきたからだ。

 

「ハッ、なるほど……ハナからそうしてりゃ幾分かわかりやすかったぜ」

 

 数の優位をあっさりと覆され、弔は悪態をつくように声を出す。

 ただその顔には、かつての彼とは異なる冷静な色もあった。

 

「待てどこから!? 尾行はされてなかった!」

「大方どいつかの”個性”だろう」

 

 大勢の乱入に、案内役だったトゥワイスが狼狽える。

 これに答える弔の口調はやはり落ち着いていて……それはまさに、オールフォーワンの教育が芽吹き始めていることの証だった。

 

「……遅い」

「二発とも外しちゃいやした……参りやしたね」

 

 一方オーバーホールも、落ち着き払っている。

 手短にたしなめられた男のほうも、参ったと言いつつ本気で参っているようには思えない口ぶりだ。

 

「穏便に済ませたかったよ、ヴィラン連合。こうなると冷静な判断を欠く。幸いにして、死人はお互い出なかったんだ。戦力を削り合うのも不毛だし……頭を冷やして後日また話そう。腕一本はまけてくれ」

 

 そのまま、オーバーホールは仲間を従えてこの場を離れようとする。

 

「ふざっけんなよ時代遅れのゴミどもがぁ……!」

「てめェ殺してやる!!」

 

 彼らを追いかけて殺そうと、襲とトゥワイスが気炎を上げる。

 

 だが、

 

「……ダメだ」

 

 弔がそれを制した。

 

「なんでさ!? ここまでナメられて何もするなって!?」

「そうだ! 責任も取らなきゃなんねェだろうが!」

 

 これに対して二人はさらに激昂するが、そうこうしているうちにオーバーホールたちは既に大半が消えていた。

 

「冷静になったら電話してくれ」

 

 その言葉と、連絡先が書かれた名刺だけを残して。

 

 かくして、ヴィラン連合と死穢八斎會の初顔合わせは、非常に険悪なまま終わったのであった。

 




マグネ生存。
フォースユーザーが居合わせて、仲間の命の危険を見逃すはずがないよねってことで。
まあ今後の展開のためにも、マグネは死んでもらったら困るというのもあるんだけど。
今までは極力原作沿いになるように書いてましたが、今章はここから少しずつ原作と違うところが出てきます。
まあとはいえ、全体的に見ればそこまで激しく原作から逸脱してるわけでもない・・・はず・・・。

これまでより原作との違いが多いのは、そうならざるを得なかったわけではなくEP2の頃からの予定通りなので、その点に関して言えばプロット君は無事です。
それ以外のところでちょっと死にかけましたが、死んではいないのでヘーキヘーキ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.今の話と将来の話

 ビッグ3も巻き込んだヒーローインターンの説明会が終わり、翌日。

 

「一年生のヒーローインターンですが、昨日協議した結果……校長をはじめとした『やめとけ』という意見がわずかに多数派となりました」

 

 朝のホームルームの時間、本日の連絡事項をすべて伝え終わったあとに、イレイザーヘッドはそう言った。

 

 すると、当然のようにクラスのそこかしこからブーイングが上がる。

 

「えー!? あんな説明会までして!?」

「でも全寮制になった経緯から考えたらそうなるか……」

「クソが!!」

「が、今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見も過半近くあり、方針として『インターン受け入れの実績が多い、もしくはビルボードチャート上位の事務所に限り一年生の実施を許可する』という結論に至りました」

 

 しかしイレイザーヘッドがそう付け加えると、クラス内の雰囲気は一転して熱を帯びた。

 

「……範囲狭ない?」

「セルキーさん連絡してみようかしら」

「ッシャオラァ!!」

 

 ……バクゴーは百面相をしているが、アナキンが出した条件をクリアする目処は立っているのだろうか? インターンに行くよりは先にフォースをある程度修めたほうがいいと思うが。まあその辺りは彼が判断することではあるけれども。

 

 とりあえず彼のことはさておくとして。

 

「その『実施を許可された事務所』を、こちらでピックアップしておいた。もしもヒーローインターンに行きたい場合は、放課後職員室まで来ること」

 

 そうして配られた書類は、体育祭のときに配られたスカウトの一覧と違い明らかに薄かった。一番指名が多かった私ですら、用紙は二枚しかない。随分と厳しい基準を立てたようだ。

 というか、スカウトがなかったもの用の職場体験先など、このピックアップに残っているところは皆無のようだ。

 

 とはいえ、これだけ少ないのであれば選定の手間は省ける。資格試験が終わったあともインゲニウムの復帰が遅れる可能性はあるし、そもそも彼がインターン受け入れをできるかどうかもわからないので、調べるだけはしておくとしよう。

 

 やるのは主にI-2Oだが。この程度であれば、彼の手にかかれば一時間もかからないだろう。

 やはり最初にドロイド開発に手を付けたのは間違っていなかった。こういうとき、使える手が多いのはいいことだ。

 

 そして放課後。バクゴーを筆頭に、クラスの三分の一ほどがまっすぐ職員室へ向かった。どこに行くかはわからないが、みなやる気は十分ということだろう。

 

 すぐに行かなかったものも、やる気はある。ただ、我々は現段階では必修科目の履修が済んでいない一年生だ。普通にしているだけでは学業との両立が難しい。単純に実力不足ではないかと思っているものもいる。この辺りは人それぞれというやつだな。

 

「誰もが上手くいくといいな」

「ですねぇー」

 

 その中でも、特殊な事情でインターンへの参加を控える予定の私は、やや他人事のように彼らを見送ったのであった。

 

***

 

 さてインターンはそんな調子で、私たちは少し距離を置いているわけだが。

 それとは別に、入学式のときに見たフォースヴィジョンのことは忘れていない。念のため、I-2Oには日本全体(移動手段が限られるため、国外は今回は泣く泣く除外)の情報を収集・精査するように指示を出してある。

 

 出してあるのだが……。

 

「……I-2O、これはなんだ?」

「I・あいらんどノでーたダケド?」

「それは見ればわかる。なぜそんなものがここにあるのか、と言っているんだ」

「ンナノ決マッテンダロォ、アノ事件ノトキニ丸ゴトイタダイテキタカラダゼェ」

 

 そう。I-2Oと来たら、事件のときに中枢に接続したことをいいことに、I・アイランドのデータを引き抜いてきてしまっていたのだ。

 

 ただのデータではない。全データ、だ。I・アイランドの設計図や見取り図は当然のように含まれているし、警備関係のシステムもある。島を動かす動力やシステムだって丸ごとここにあるし、詳細出資者はどこの誰か、どこのテナントにどこの企業が入っているか、居住区にどこの誰が住んでいるかまで……文字通りの、全データなのだ。

 

「時間ハカカッタガ、ソレデモココマデ見ヤスク綺麗ニ整理シタンダ。俺様ニモット感謝シテクレテイインダゼ、ますたー?」

 

 そんなものが簡単に検索ができるように整理された上に、私が特に興味を持つだろう部分をピックアップしてまとめて出してきたのだからたまらない。

 

「違うI-2O……そういうことじゃないんだ……」

 

 思わず頭を抱える私をよそに、I-2Oは得意げだ。

 

「ますたーハソノウチ、じぇだいヲ作ルンダロ? ナラドコノ国ニモ属サナイ、海ヲ移動可能ナ基地ナンテ、拠点ニハ最適ジャネーカ。ソノ候補選ビヲ手伝ッテヤッタッテノニ、何ガ不満ナンダ?」

 

 それどころか、などとのたまう始末である。

 

「大体、ますたーダッテコナイダヤッテタジャネーカ」

「うぐ」

 

 挙句の果てにこれである。

 データの不正取得について言及されてしまったら、私はこれ以上何も言えない。うなりながらも、渋々認めるしかなくなってしまう。I-2Oは勝ち誇ったかのように笑った。

 

 造られてから半年も経っていないAIとは、とても思えない挙動である。全力で造り上げた結果ではあるのだが、こういうのを見るとやりすぎたかと思ってしまうなぁ……。

 

「……任せていたことはできているんだろうな」

「ッタリメェヨ! 俺様ニカカリャコノクライ、でーた整理ノ息抜キミテーナモンダカラナ!」

 

 仕方ないので一旦問題は棚に上げ、話題を強引に本題へ持っていく。

 I-2Oはこれに対して、打てば響くとでもいった様子で即座にデータを見せてきた。

 

 表示されたのは、雄英から電車で一時間ほどのところに位置する自治体に置かれた警察署に関するもの。具体的には、他地域の警察署と情報を共有するやり取りである。

 

 ……これも違法な手段で入手された情報だな。インターネットをただ漁るだけでは絶対に手に入らない。確かに禁止する命令は出していないが……そんな法の穴を突くようなやり方はしないでほしい。まったくもう、本当にこのドロイドは……。

 

 だが、その中身はそうも言っていられないものだった。

 

「……ヴィラン連合と指定ヴィラン団体、『死穢八斎會』が接触した可能性あり……?」

 

 どうやらどこかの廃工場で、両団体が接触した可能性があるとのことだった。廃工場では争ったような形跡があったものの、それが本当に争いなのか、あるいは工作なのかはまだわからないようだが。

 

 とはいえ、場所については問題ではないだろう。オールフォーワンを失ったヴィラン連合が、あれから一か月も経っていないのに動き出したかもしれないという点が問題なのだ。

 どういう意図があって、指定ヴィラン団体と接触したか。そして数ある組織の中から、どうして死穢八斎會とやらと接触することを選んだのか。そして両者の関係性がどれほどの状態なのか。まず明らかにしたいのはその三点だが……廃工場の件が発覚したのは本当にこの二十四時間以内のことらしく、詳細はまだ一切わかっていない。

 

 もちろん、あのフォースヴィジョンが示していたものが、ヴィラン連合とはまったく関わりがない可能性もあるが……何かをやらかす可能性が最も高い組織であることには代わりない。まずはここからだろう。

 

 とりあえず、死穢八斎會に関する情報は調べておくとするか……と、思いながらデータを順繰りに眺めていた私は、締めくくりの文字に思わず手を止めることになる。

 

「……サー・ナイトアイ事務所に捜査協力を要請……」

 

 ここでその名前を見ることになるとは思わなかった。

 確か、トーガタ……ルミリオンがインターンをしている場所だったはず。

 

 そして、体育祭後私にスカウトを出してきたところでもあり……学校側が出した「インターン受け入れの実績が多い、もしくはビルボードチャート上位の事務所」の条件も満たしているところでもある。

 つまり、行こうと思えば私はここにインターンに行ける。いやはや、世間は狭いものだな。

 

 まあ、繰り返しになるが、私はサポートアイテム関係の資格試験を控えているので、インターンはまだ行かないつもりなのだが。

 しかしそれでも、何かしら手を打っておいてもいいだろう。やれることはすべてやっておくべきだ。

 

「……I-2O、この死穢八斎會という指定ヴィラン団体について、調べておいてくれ」

了解了解(ラジャラジャ)

「それと、()()場合はそれがどこであれ一度私の承認を得ること。いいな?」

 

 そして私は――彼のやり口を、最低限容認することにした。

 

 違法だ。はっきり言って、違法である。だが、有用であることは間違いないのだ。彼が集める情報があれば、犯罪に対して先手を打てるのだから。

 

 そう思ったとき、私の脳裏に浮かんだのはあのマスター・クワイ=ガンだった。

 同時に私は理解できてしまった。彼がジェダイでありながら、何度も何度も秩序に反する手段を取っていた真意を。

 

 そう、彼は共和国の自由と正義のため、誰かを助けるためなら、己の手が汚れることを気にしない人だったのだろう。自分がどうなってでも、世のため人のためになるならば構わないと……そういう人だったのだ、きっと。

 

 思えばマスター・ケノービも、アナキンも、そしてアソーカ・タノも。マスター・クワイ=ガンに連なる人々はみな、そういう気質の人だった。

 より地球人らしく言うなら、考えるより先に身体が動くヒーロー気質の人。そういうことなのだろう。

 

 とはいえ違法であることには変わりがないため、そこで己を律さなくなってしまうと、ドゥークー伯爵のように完全に道を踏み外すことになるのだろうな。

 まあ、彼の場合はシスにささやかれたということもあるのだろうが……そのドゥークー伯爵こそマスター・クワイ=ガンのマスターなので、なんというか、血の繋がりはないはずなのに、確かな繋がりを感じてならない。

 

 ともあれそう考えて、限定つきとはいえ許可を出したのだが。

 

「エッ」

「……『えっ』とはなんだ。まさかI-2O……他にも無断で手を出していると?」

「……エー、アー、ソノ……マアナンダ……公安ノ監視トカ……」

 

 などと答えるI-2Oの歯切れはよろしくない。カメラアイが、あちらへこちらへと泳いでいる。

 何かを隠していることは明白だ。

 

「それだけではないな? 白状するんだ」

「ウグゥ……マダ途中ナノニ……」

 

 余計なことをしてしまった、とでも言いたげなI-2Oは、それでも渋々白状した。

 

「……銀鍵騎士団ニツイテ、調ベテタンダヨ……。ソノ関係デ、警察庁ノでーたべーすニモ色々ト……」

「あー……」

 

 が、出てきたものの内容が内容だけに、またしても私は何も言えなくなってしまう。

 

 かつてこの星で、独自のやり方でフォースに迫った組織。その情報は、確かに私にとってはそれなり以上の価値を持つ。

 滅んだ経緯や、関係者から聞いた範囲から考えるに、あくまでそれなりにしかならないとは思うのだが……それでも、欲しくないと言ったら嘘になってしまうだろう。それくらいには、意味があるのだ。

 

「……仕方ない。それについてはそのまま進めて構わない」

「ソウコナクッチャナァ!」

「だがそれについても、承認なしで手を広げるのはなしだ」

「ハイヨ、仕方ネーナァ」

「返事は?」

了解了解(ラジャラジャ)!」

 

 やたら勢いよく答えるI-2Oに、私は小さくため息をつく。

 

 これで特に何も出てこないとなると、私の精神衛生的によろしくない。手を付けたからには、何かしらの成果があってほしいものだ……。

 

***

 

 ちなみに。

 

「拠点を作るなら、私たちの愛の巣もほしいですねぇ。誰にも邪魔されない、私たちだけの……んふふふふ、そこで一日中、ずぅーっと愛し合うのです」

「……そんな都合のいい場所になり得るところなど、地球上には存在しないと思うが」

「えぇー? むぅ……あっ、じゃあ宇宙! 宇宙にしましょう! お月さまとかどうですか? これならきっと誰にも邪魔されないのです! キレーな地球を見ながらイチャイチャしたいです!」

「確かに共和国の技術を再現できれば可能だが……」

 

 名案だと言わんばかりに笑顔で胸を張るヒミコである。随分と突拍子のない話に聞こえるかもしれないが、言った通りやろうと思えばやれる。

 そして確かに、地球外であれば誰にも邪魔されることはないだろう。何せこの星には、いまだ惑星外に進出する手段がないのだから。

 

 なので完全に拒否するにも少しばつが悪く、ひとまずいずれ用意する新たなジェダイの拠点は、人工島か月面かの二択ということになった。

 どちらにしても一年二年でどうにかなるものではないので、まだだいぶ先の話だが。

 

 とりあえず、地球と月を往復するに足るスターシップのためにも、次は核融合炉を造るべきだろうかと思った私なのであった。

 




O・Kさん「マスターはそこまで考えていなかったと思う」
A・Sくん「なんてこと言うんですマスター」
少しずつ、セイバーの色のように闇に近づきつつある幼女です。
まあ元が光に寄りすぎていたので、まだ闇に踏み込んだとは言いがたい微妙なラインですが。

あ、せっかくだからアンケートしてみましょうかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.休日の朝

狙ってやったとはいえ、デススターが人気過ぎて笑う。


 さて週末だが、今週は珍しく二連休だ。何人かがインターンの申し込みのために出かけると言っていたが、私やヒミコは特にそう言った喫緊の用事はない。

 

 なので前夜には二人で愛を交わし合ったのだが、久しぶりの二連休とあって結構遅い時間まで盛り上がってしまった。おかげでお互いの身体は吸血痕だらけである。

 すぐに治せるからそれはいいのだが……この調子だと、いつか休日を丸ごと潰してしまいかねない気がする。これはもしや、週に一回と限定したがゆえの弊害だろうか。我慢を重ねた結果、週末にそれが爆発しているのでは……。週二回くらいにしたほうがいいのではないか……。

 身体を重ねたあとの心地よい疲労の中でまどろみつつ、そんなことを考えた私だったのだが。

 

 朝目が覚めたら眼前に私がいて、またかとため息をつくことになった。

 

「う、ううう……やめ、やめろアナキン……なんで、どうして……」

 

 しかし今日は悪い夢でも見ているのか、ひどくうなされていたので慌てて起こすことになったのであるが……。

 

「暗黒面に堕ちたアナキンに、私が首を落とされるところを見たんだ……」

 

 私に成り切った状態のまま、そんなことを言うものだから私は妙に納得した。互いに全裸なところは締まらないが。

 

 ヒミコが時折、こうして私の過去を夢と言う形で追体験していることは知っていたが……どうやら行き着くところまで行ったらしい。

 ただあのときの戦いと呼ぶのもおこがましい衝突は、私にとってはもう過ぎたことだ。アナキンとも和解は済んでいるので、今更どうこう言うことはないのだが……ヒミコがあれを見せられたとなれば、さすがに思うところはある。

 

 しかし、話はそれだけでは終わらなかった。

 

「それだけじゃない……暗黒面に堕ちたアナキンと、マスター・ケノービの死闘も見た……」

 

 これには仰天するしかなかった。

 なぜなら、アナキンとマスター・ケノービの戦いは、私の死後に行われたものなのだから。

 

 ヒミコが見る過去夢は、私目線のものと完全な第三者目線での俯瞰のものがあると聞いている。元々後者については私の前世の追体験ではないのでは? と考えていたが、今回はその推測が確定したと見ていいかもしれない。

 

 しかし、一体ヒミコの身に何が起きているというのだ? まるでわからないぞ。

 

 いや、睡眠中という無意識の状態で私に変身していることが鍵ということは、過去の事例から言って間違いないとは思うが。

 そして変身していることが鍵ならば、それは恐らくヒミコが持っている独特の願望が影響している可能性は高いと見ているのだが……それらがなぜ過去の光景を見ることに繋がるのかがわからない。

 

 だが何にしても、断言できることもある。アナキンとマスター・ケノービの戦いは間違いなく実際に起きた事実である、ということだ。

 

 先にも述べたが、そのとき既に私は死んでいたので実際のところを見たわけではない。しかしアナキンの人生は彼から直接聞いていたから、それがいつどこで起きたことなのかはすぐにわかった。

 

 恐らくは、溶岩で覆われた星ムスタファーでの戦いだろう。ここでアナキンはマスター・ケノービに敗北し、溶岩に落ちて全身を焼かれた。

 しかし彼はそれでも生き延び、ダース・シディアスの手によって全身サイボーグとなって復活する。その後の銀河帝国において悪名高い、巨いなる暗黒卿ダース・ヴェイダーの象徴的な姿が出来上がった瞬間である。

 

 そのときの光景が、ヒミコとのフォースの共鳴によって私の脳裏にも映し出された。まるでその場にいたかのような臨場感で繰り広げられたその戦いは、シスの暗黒卿とジェダイマスターの激しい殺し合いでありながら、師匠と弟子の悲しすぎる戦いでもあった。正義を司るはずの青と青のライトセーバーがぶつかり合う、その悲哀と来たらない。思わず目眩と吐き気を覚えて、身体を縮こめる。

 

 だが敗北し、溶岩に落ちたアナキンの、憎悪と憤怒に染まった顔は。それに対するマスター・ケノービの「お前は弟同然だったんだ、アナキン……愛していた……」という返しは、その上を行く。

 その後、愛する人を他でもない己の手で殺めてしまったと教えられたアナキンが、慟哭と共に弱り切ったフォースで周囲の機材を吹き飛ばすところもまた、あまりにも悲しい。

 

 ああ、どうして私は彼がこうなる前に、気づけなかったのだろう。

 いや、それはもちろん互いに任務で忙しかったからなのだが、それでも何かやりようはあったのではないかと思ってしまう。

 きっとこのとき、私にできることはなかっただろうけれど。それでも、それでも何か一つくらいは……と思わずにはいられない。

 

 ……しかしなるほど、こんなものを眠っている間に見せられたらうなされる。私だったら、どうにかして二人をとめようとして……二度と戻らない過去の夢である以上はどうしようもなくて、肩を落とすだろうな。

 

 実際、今まさにそういう気分だ。私に変身したままのヒミコも同様らしく、二人してベッドの上で重いため息をつく。

 

 だがいつまでもそうしているわけにはいかない。主に、昨夜の後始末のために風呂に行かねばならないので。

 

 私は何度もこみ上げてくるため息を飲み込むと、ヒミコに声をかける。

 

「……とりあえず、いい加減元の姿に戻らないか」

「……ああ、そうだな」

 

 そう言いつつも、なかなか変身を解除しようとしないヒミコ。

 彼女にとってはそれが望みであり、私に成り切ることも楽しんでいると最近になって気づいたわけだが、今そこまでしなくともいいだろうに。

 

 そもそも、である。

 私は少し不機嫌になって、彼女の頬を両手で挟み込んでこちらへ強引に向かせた。

 

「……?」

「君が()()()()()()と思っていることは、薄々わかっているぞ。だが、すまないがそれだけは許容できないんだ。私が愛しているのは私ではなく、トガ・ヒミコという女性なのだから。なあ、そろそろ愛しい君の姿を見せてくれ」

 

 そしてそう言い放つ。

 すると、目の前の私は蕩けた笑みを浮かべたかと思うと、どろりと溶けてヒミコに戻った。

 

「すき!」

 

 そんな朝の挨拶をしながら、勢いよく抱き着いてくるヒミコ。柔らかく豊満な胸が、私を優しく抱き込んだ。

 

「おはよう、コトちゃん。えへへ、朝からごめんねぇ」

「うん、おはよう。構わないとも」

 

 私は彼女を抱きとめながら、改めて目覚めのキスを交わす。

 

「……君の気質のことだ。私になりたいと考えるなとは言わない。変身するなとも言わないさ。ただ、完全に君が私に成ってしまったら、そこに君は存在しないことになってしまう。それだけは嫌だ。お願いだから、私から愛する人を奪わないでくれ。私も、私が君に近づけるように努力はするから」

 

 ヒミコがしたいことなら、私もしよう。「なんでも一緒がいい」が彼女の望みなら、私もそれにならおうとも。

 

 だから、私もヒミコの血を吸う。”個性”が違うので、私がやっても身体的に意味はないのだが……ヒミコにとってはこれが最大の愛情表現だから。

 好いた人が愛を伝えたくてそうするなら、私だってそうしよう。これがきっと、一番彼女に愛を伝えられるから。

 

「うん……ごめんねぇ。ありがとう、コトちゃん」

「気にする必要はないよ。最近は君の血の味も覚えてきたことだし……だから、ちゃんと責任は取ってくれよ? 私をここまで夢中にさせたのだから」

「えへへぇ、もちろんなのです」

 

 次いで、深いキスを一度だけ交わして。

 

「……それより、いい加減シャワーを浴びに行こう。そろそろ人目を避けての移動がしづらくなる」

「はぁい」

 

 そうしてギリギリで風呂場に辿り着いた私たちは、手早く吸血痕の治療をして身体を洗い流して、食卓へ向かう。

 

 と、そこでテーブルで向かい合って食事をしていたミドリヤとウララカに遭遇した。

 

 もちろんと言うべきか、途端にヒミコがにんまりと笑う。また彼女の意識が私以外に向いたことに、眉間に力が入る。

 すぐに気づいて腕を絡めてくれたけれど、そういう取り繕うようなやり方で懐柔されるほど私は安い女ではない。まあ、それはそれとして拒みはしないけれど。

 

「……二人ともおはよ! 今日も仲良しやねぇ」

「はい! おはようですよお茶子ちゃん」

 

 そんなやり取りを交わす二人だが、ウララカの内心には「相変わらず隠さないなぁ」というある種の戦慄があった。まだミドリヤとの距離を詰めきれていないウララカとしては、私たちの距離感にはそれなり以上に思うところがあるらしい。

 

 なお、そんなウララカから想いを向けられている当のミドリヤは、「仲の良い幼馴染かぁ、羨ましいなぁ」と的外れなことを考えている。私が言うのもなんだが、鈍い男だ。

 

「……ミドリヤたちはインターンの申し込みだったな? どこに行くんだ?」

 

 ともあれ、私たちも食卓に着いて話を振る。今日のこのタイミングなら、この話題が一番だろう。

 

「僕たちはサー・ナイトアイのところだよ」

「う、うん」

「へえ」

 

 ほぼ同時の返答を受け、ヒミコがものすごくいい笑みを浮かべた。それ以上は言わなかったが、目は「順調なんですねぇ」と語っている。

 

 その意図するところをほぼ正確に理解したのは、もちろんと言うべきか、ウララカだ。言い訳をするように、やや早口で話し始めた。

 

「う、うん。その、わ、私ね、最近入学してから今日までの色んな事件のこと考えること多くて……それで、漠然となんだけど、思ったの。ヒーローを救けられるヒーローになりたいなって……」

「ヒーローを救けられるヒーロー、です?」

「うん。だってさ、どの事件も結構ギリギリだったと思わへん? USJのときはみんな何かしら危なかったし、保須のときは飯田くん、I・アイランドのときは理波ちゃん、合宿のときは被身子ちゃんとデクくん、神野のときはプロの人たち……それに、何よりオールマイト」

 

 ”個性”の誤作動を防ぐために、独特の握り方をしている箸の先で虚空をかき混ぜるようにしながら、ウララカは言う。その目は、確固とした意思があった。

 

 そういえば、彼女はI・アイランドでシールド博士からオールマイトの衰弱を知らされてしまっていたな。その影響も大きそうだ。

 

 私は神野事件でオールマイトが健在であるように見せたが、しかし私の”個性”、そして私があの場に居合わせたことを見ているウララカなら事情を察していてもおかしくない。その辺りもあるのだろうな。

 

「みんなすごくて、かっこよかったけど……でも、必死だったよ。だからもし何か一つでも違ったら……って。そう、思ってまうんよ。あのとき、余裕のあった人がどんだけいたかなって。それでも、辛いって簡単には言えへんよね。ヒーローだもん。

 でも、でもさ。ヒーローだって人間だよ。辛かったりしんどかったりしても、それって当たり前だと思うの。でもだからこそ、辛いのを辛いって言えないのは、すんごく辛いと思うんだ……」

 

 おや、と思う。その言い分は、以前にヒミコがイイダに言ったことに似ている。

 そこに思い至る過程はまるで違うはずなのに、似たような結論に至るとは。人の思考においても収斂は起こるのだな。

 

「だから、ね。ヒーローが辛いとき、誰がヒーローを守ってあげられるんだろう? って思ったら……さ」

「なるほどぉ、だからヒーローを救けられるヒーローですかぁ。でもいいんです? それって、ヒーローとしてはあんまし目立てないと思いますけど」

「別に目立ちたくってヒーローなりたいわけとちゃうから、それはいいの! 私、人の喜ぶ顔を見るのが好きだから、それでいいんだ。ていうか、そういう被身子ちゃんも、それに理波ちゃんだって、人のこと言えへんやん!」

 

 ぷくりと頬を膨らませて、ウララカが指摘する。言われたヒミコは、確かにと笑った。

 

「ふむ、それでサー・ナイトアイか。あのオールマイトの元サイドキックだものな、その手のノウハウはかなりありそうだ」

「うん。それで通形先輩にお願いして、繋いでもらって今日このあと……ってことなのでした」

 

 えへへ、と照れた顔で笑うウララカ。彼女に対して、私とヒミコも改めて笑って応じる。

 

 どうやら、単純にミドリヤの側にいたいからというわけではないらしい。考えた末にというところは、感情が先行したヒミコとは対照的だな。この二人、根の部分はよく似ているけれど、向いているほうは違うのだろう。

 

「ウララカさんは目指す将来像がはっきりしてるんだね!」

 

 ただ、ミドリヤはもう少し気の利いたことは言えないのだろうか。いや、私が言うのもなんだが。

 まあウララカはそれでも嬉しそうにしているから、いいのか?

 

「……そういうミドリヤは? グラントリノのところではないのか?」

「あ、うん。グラントリノはなんか別件で動いてるみたいで、インターンの対応は無理らしくて。そもそもの話、学校が出した条件に合わないってのもあるんだけど」

「そですねぇ、グラントリノさんって全然知らないのです」

 

 ヒミコのストレートな物言いに、だよねぇ、と苦笑するミドリヤ。

 

「でも僕の受けたスカウトで、条件に合うところがなくってさ……。それでもやっぱりインターンには行きたくって、オールマイトに相談して、サーのところでインターンしてる通形先輩を紹介してもらったっていう……その、ウララカさんに比べるとただの成り行きみたいなものなんだけど……」

「ふふ、オールマイトの元サイドキックだからってのも大きいんでしょうー?」

「う゛、そ、それはもちろん、そうなんだけども……!」

 

 ぬっと顔を近づけたヒミコに、顔を隠しながら身を引くミドリヤ。

 それに少し頬を膨らませるウララカ。

 

 一方で、私はなぜオールマイトがわざわざトーガタを介したのかわからなくて、首を傾げる。知らぬ仲どころかよく見知った仲なのだから、直接繋げてやればよかったのに。なぜだろう?

 

 またそれとは別に、ここでナイトアイの名前が上がるとは思っていなかったので、そちらの意味でも思うところがある。死穢八斎會とのあれこれに下手に巻き込まれたりしないといいのだが。

 

 ああ、ちなみに繋げると言えばだが。インターンになったらツテで助けてほしいとヒミコたちに言っていたハガクレは、イレイザーヘッドから「この成績で行く気か?」とにらまれた結果、自粛している。

 

「でも大丈夫ですよぅ。出久くん、やればできる人ってことは私たち知ってます。上手くいきますよ、絶対!」

「そ、そうだよデクくん! そりゃ確かに正規のスカウトじゃないかもだけど……でも、デクくんなら絶対大丈夫だよ!」

「う、うん……、二人ともありがとう……」

 

 そのまま照れてしまったミドリヤだが、反応はヒミコに対してよりウララカに対してのほうが大きかった。

 二人とも、女性としての魅力は負けず劣らずだ(もちろん私はヒミコが上だと思うが)。それでも反応に差があるということは、脈はないわけではないのかもしれない。

 ヒミコやハガクレのようにとは言わないが、なるほどこれは応援したくなるのもわかる気がする。

 

「みんなおはよう、いい朝ね」

 

 と、そこに準備万端のツユちゃんが降りてきた。彼女もインターン志願組だ。他にも何人かいるが、今日申し込みに行くのは彼女を含めた三人のようだ。

 

「ああ、おはよう」

「あ、梅雨ちゃん! おはよー!」

「おはよう梅雨ちゃん! 今日もカァイイねぇ!」

「ケロケロ……朝からみんな、仲良しね」

「なか……っ!?」

 

 微笑ましげにケロケロ鳴くツユちゃんの言葉に、ミドリヤが赤面する。どうやら、今更ながら男が自分一人ということに気づいたらしい。

 相変わらず過剰な反応に思うが、しかし今まではここまでではなかったのだから、ウララカを始めとした一部の女性陣にはある程度免疫がつき始めているとも取れる……かも?

 

「梅雨ちゃんはどこ行くんでしたっけ?」

「リューキュウのところよ。セルキーさんのところのように、水辺に関する案件は多くないけれど……それ以外のこともできるに越したことはないもの。それで波動先輩がオススメしてくれたの」

 

 まあ、それはともかく。ヒミコの問いに朗らかに答えるツユちゃん。これになるほどと頷く私たちである。

 

 相変わらず私はヒーローにそこまで詳しくないが、リューキュウは上位のヒーローであるためそれなりに知っている。女性のヒーローとしては、ミルコと並んで数少ないランキング一桁のヒーローであるため、何かと話題には事欠かないのだ。

 

「ドラグーンヒーロー・リューキュウ! ビルボードチャート9位の実力派だね! ドラゴンに変身する”個性”がすごくてかっこいいんだよなぁ……!」

 

 まあ約一名、元気に復活を果たしたものもいるが、それはさておき。

 

 穏やかで、いつも通りの日常がそこにはあった。

 そうしている間にも、誰かが起きてきて食卓に着いたり、会話に混ざってきたりする。その流れはなかなか途切れることはなく、しかしそこにはなんとも言えない嬉しさがある。

 

 こういう日常は、前世ではほぼなかったなぁ。

 

「あ、デクくんそろそろ……」

「あっ、本当だ! 片付けなきゃ!」

「手伝うわ。駅まで一緒に行きましょう」

 

 と、ほどほどのところで、志願組の三人が席を立つ。

 

「行ってらっしゃい」

「みんな気をつけてねぇ」

「うん!」

「ありがとう。行ってくるわ」

「行ってきまーす!」

 

 やがて彼らは、揃って出かけていった。そのタイミングで談話室にいた一同で見送る。三人とも無事にインターンに就ければいいなと祈りつつ。

 そうして私たちは、それぞれの休日に戻ったのであった。




原作より事件の現場に居合わせることが多かったことや、デクくんに対する感情の整理がついてることもあって、原作より少し早く答えに達してるお茶子ちゃんです。
インターン先の同僚が減ってしまった梅雨ちゃんには申し訳ないけど、どっちみちヤクザとのあれこれは起こるから・・・。

なお今回の話の前半部分ですが。
トガヒミコというキャラクターを構成する要素として、特に大きな意味を持つものと言えば血液嗜好症(ヘマトフィリア)があります。
あまりにもわかりやすく、かつセンセーショナルな特徴なので基本トガちゃんを描こうとするとここがピックアップされるわけですが、ボク個人としては好きなものへの同化願望も同レベルの外せない特徴だと思ってます。
というか、ボクはこちらの同化願望こそが彼女の「個性に由来するもの」であって、ヘマトフィリアのほうは個性無関係の生まれつきのものだと考えています。
なのでずっと同化願望もうまく物語に組み込めないかを考えていまして、その結果として生まれたのが変身時の夢を介して遠い昔、遥か彼方の銀河系を見る展開なのでした。

そしてせっかく物語に組み込んだので、それにかこつけて二人をチウチウしてされる関係にしたわけですが、これについてはやりたかったのでやりました(その目は澄み切っていた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.ヴィランの覚醒 上

 ありふれた日曜日の昼前。本来ならば人気などないはずのとある廃ビルの中で、複数の人間が屯していた。

 その中でも一際目を引くのは、片腕を失った男。処置は施され命に別状はないが、痛々しさはどうしてもぬぐえない。

 

 しかしそんな彼――もとい、彼女、マグネは今嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 理由は傍らに立つ仮面の男――ミスターコンプレスが持ってやっているスマートフォンの先から届く声だ。

 

『嘘は言わねぇ。明日の午後くらいまでには届けに行ける予定だ』

「ありがとう! さすが義爛、愛してるわ!」

『なーに、別に慈善事業ってわけじゃない。今後の付き合いを考えての、先行投資さ。金自体は貰うぜ?』

「それでもよ! 今後どうしようかと思ってたんだもの、お金で解決するなら安いものよ!」

『それもそうか、モノがモノだ……まあそれじゃ、完成したらまた連絡入れる。またな』

「ええ! 義手、楽しみにしてるわね!」

 

 そこまで言葉を交わして、電話は沈黙した。コンプレスが電話をしまう。

 

 と同時に、マグネはほっと息をついた。

 そんな彼女と同じく、この場に集まったヴィラン連合の面々はほぼ全員が同じような反応をする。

 

「……よかった。マグネが片腕を失ったって聞いたときはどうしたもんかと」

 

 その中の一人、爬虫類の身体を持つ青年、スピナーがまず口を開く。

 

「下手したら死んでたんでしょ? 片腕だけで済んでよかったじゃん、死んでたらただの犬死にだもんね」

 

 続いて辛辣な物言いをしつつ、あからさまに胸を撫で下ろしたのはガスマスクを身に着けるマスタード。

 

「すまねぇマグ姉……俺があんな奴らを連れてこなきゃ……!」

 

 自責の念に駆られるままに頭を下げるのは、全身スーツのトゥワイス。これら三人が、明確に安堵している顔ぶれである。

 コンプレス、死柄木襲の両名は何も言わなかったが、それでもその視線や態度には間違いなく安堵の色がにじんでいた。

 

 一方で、荼毘のみは関心を寄せるそぶりを見せなかったが、まったくの無関心というわけではない。視線はマグネのほうへ向けられており、周りが悟られない程度の音で鼻を鳴らした辺り、彼には彼なりの仲間意識があるのだろう。

 

「いいのよ、気にしないで。あれは私が迂闊だったんだもの」

「けどマグ姉……!」

「お。その感じだと、義手の目処は立ったみたいだな」

 

 と、そこに扉を開けて入ってきたのはもちろんと言うべきか、死柄木弔だった。

 彼は耳に当てていたスマートフォンを下ろしつつ、ごくごく自然に正面からマグネを見た。

 

「おかげさまでね。……とはいえ、きっと生身とは違うんでしょうね。重さとか、感触とか……色々と。前線に立つのはしばらく遠慮したいところ」

 

 これに対して、マグネは肩をすくめて応じる。

 ただ、字面だけ見たら軽い調子に見えなくもないが、その語調や顔色は明らかに不本意そうだった。

 

「……だから、極道くんのことは()()()()たちに任せるわ」

 

 そしてそれが、改めて言葉として表に出される。

 

 弔はこれに明確な言葉では答えなかったが、しかし確かに頷いた。

 

「襲、出番だ」

「んぇ? ボク?」

 

 不意に話を向けられた襲が、赤い瞳を丸くしてきょとんとする。

 

「オーバーホールに繋ぎを取ってやろうとしたんだ。そしたら……忙しいからかけ直せって言うんだぜ。しかも本人じゃないと来た。失礼な話だよなぁ。でも……」

 

 彼女に対して、弔は顔に着けた手の下でにたりと笑った。

 

「仕方ないとは思ってるんだぜ、これでも。何せ、後ろのほうが騒がしかったから……。ありゃなんかトラブってる」

「ぷぷー、ざまぁ」

 

 襲が放つ端的な嘲笑に、弔も激しく同意する。

 

「だから襲。お前、追加でちょっかいかけて来いよ。いい感じの技、できたんだろ?」

「……なぁーるほどぉ?」

 

 続けられた命令に、襲もまた弔と同じような笑みを浮かべた。

 

 ……本来であれば、ここは渋々ながら死穢八斎會と手を組むはずである。しかしこの世界において、ヴィラン連合の弱体化は最小限に近い。マスタードは逮捕されず、マグネも負傷はすれど死んでいないのだ。

 

 ゆえにこそ、弔は大人しく手を組むことを良しとしなかった。嫌いな相手には、全力で嫌がらせをする。師が師なら弟子も弟子であった。

 

「俺たちはやりたいようにやるだけだ。そうだろ?」

 

 とはいえ、それがヴィラン連合という組織の根幹。

 だからこそ、この場の全員が不敵な笑みを浮かべて頷く。

 

「……おっけー、わかったよ。今回ばっかりは弔に全面賛成だし? ボクも試運転したかったし、丁度いいや。あのクソダサマスク、ぶった切ってやる」

 

 その中で、襲はくすくすと笑いながら剣を担いだ。鞘に収められたそれを肩に乗せ、窓際へと歩み寄る。

 

 彼女はそこで上半身をひねって振り返った。

 

「弔、例の仕掛けだけはちゃんとやっといてよぉ? やれてなかったら……一生恨むから」

「おお怖い怖い……冗談だよ、任せとけって」

 

 これに対するおどけた返しに、襲はふんと鼻を鳴らすと外に目を向けて。

 

 ――次の瞬間、その場から消えていた。

 

 彼女が出動したことを確認した弔は、手にしていたスマートフォンをネットワークに繋げて室内を映し始める。

 画面に映るものはもちろん室内だが、それだけではない。ライブ配信になっている。もちろん不特定多数が閲覧できない設定だ。

 

 弔はその、視聴人数の増えない配信をするスマートフォンを手近な机に置く。

 置いて……そのまま放置した。一切気にかけることなく、仲間との会話を始める。

 

 かくして熱のない機械の瞳が見つめる中で事態は静かに、しかし確実に、じわじわと動き出した。

 

***

 

 同日、やや時間は下って。

 ある街の隅のほうで、死穢八斎會の若頭であるオーバーホールは、()()のヒーローと対峙していた。

 

 と言っても、別に敵対しているわけではない。死穢八斎會は警戒対象とみなされているものの、具体的に何か事件を起こしたわけではない……と思われているからだ。ヒーローは、証拠もなしに動くことは許されない。

 

 ではなぜオーバーホールがヒーローと向き合っているかといえば、関係者がヒーローの腕の中にいるからだ。

 

 それはエリと呼ばれる、五歳ほどの幼女だった。額から一本のツノが生えているが、それは問題ではない。

 何せ靴どころか靴下すらなく、両腕は包帯で覆われている。長い白髪には手入れの痕跡などかけらもなく、赤い瞳にはただ怯えの色だけがあった。明らかに尋常ではない。

 

 そんな幼女が、ぶつかってきたのだ。ヒーローが見過ごせるはずもない。

 そしてそのヒーローの名は、ルミリオン、デク、ウラビティと言った。

 

「この子に何をしてるんですか?」

 

 デクが問う。その傍で、オーバーホールの視線からエリを守る位置にウラビティが立つ。

 

 たとえ目の前にいる相手が、今インターンをしているナイトアイ事務所が探っている人間だとしても。

 それを相手に察知される可能性があったとしても。何より敵対する可能性があったとしても。

 彼らが志すものが体現すべき在り方は、怯えた子供をやり過ごすわけがないから。

 

 ルミリオンは、今はまだ直接的な敵対は避けるべきと考え、そうなるように話を動かそうとしているが……他の二人はそこまで先を見据えて動くことはまだできない、ということもある。ルミリオンは表面上はにこやかにしつつも、内心ではどうしたものかと頭を悩ませていた。

 

 そうこうしているうちに、オーバーホールがため息をつく。口先だけではこの頑固なヒーローたちを煙にまけないと理解したのだ。

 ()()()実力行使に出る。

 

 とはいえ、オーバーホールも力以外のものも利用して今の立場を築いた男だ。ただ単純な暴力に訴えるような短慮はしない。

 彼はいかにも仕方ないと言いたげに肩をすくめると、路地裏へとヒーローたちを誘う。恥ずかしい話で、人目につくようなことは避けたいと告げて。

 

 ヒーローたちは、これに対して覚悟を決めて続くが。

 オーバーホールが着けていた手袋を外しつつ、殺気を見せたことで事態は急変する。それまで怯えるだけだったエリが、覚悟を決めた顔でデクの腕の中から飛び出したのだ。

 

 その変化を理解できず、デクとウラビティは手を伸ばす。

 しかしルミリオンはそれを押し留めた。証拠がない。疑惑だけでは、子供を親から引き離さない。それが法律だ。

 

 何よりルミリオンは察していた。殺気を見せることで、オーバーホールがエリに、エリ以外の人間が死ぬのだと確信させたことに。そういうことが日常的に、周囲で行われていることも。

 

 だから、エリは自発的にヒーローから離れたのだ。自分のせいで、誰かが死んでしまわないように。

 優しくも悲壮な幼いその決意に、気づいていてもなお何もできない。世間では華々しく喧伝されるヒーローの、超えられない現実的な壁だった。

 

「いつもこうなんです。すみません、悩みまで聞いてもらって。ご迷惑をおかけしました」

 

 そんな現実に歯噛みするヒーローたちを尻目に、オーバーホールは悪びれることなく言い放つ。

 そうして彼は、「お仕事頑張って」とだけ言い残すと、エリの手を引いて背を向けた。

 

「――ふざけるな」

 

 そこに。

 

 次の瞬間、小柄な人影が()()する。何の前触れもなく、一切の時間差もなく。

 

 そしてその人影は、出現しながら剣を抜いていた。鞘走るような無駄のない一閃が、オーバーホールの腕を跳ね飛ばす。

 

「――ッッ!? がああぁぁッッ!?」

 

 突然の激痛と喪失感に、オーバーホールが悲鳴を上げる。さらに一拍遅れて、その身体に蕁麻疹が生じた。

 

 だが下手人はそんなこと気にしない。その人物は、あまりにも突然の出来事に動きが遅れるヒーローたちを嘲笑うかのように、フォースをみなぎらせてオーバーホールの身体を吹き飛ばした。直線を描く勢いで吹き飛び、アスファルトの上を激しく転がるオーバーホール。

 

「ふざけるなよ……」

 

 そしてそこで、ようやくその人物は口を開いた。

 

「ふざけるなよ……! ふざけんじゃない……! この子が何をしたって言うんだ……なんでそんなことができる……! お前は、お前も! ()()()()と同じかオーバーホール! ()()()()()()と! 同じことをしてやがったなオーバーホールッ!!」

 

 そう、彼女の名は。

 

「そんな……!? 死柄木襲……!? どうしてこんなところに!?」

 

 ぽつりとデクがこぼす。

 

 そう、彼女は。

 鍵をあしらった白銀の剣でヒーローたちを牽制しつつ、空いた手でエリを抱き寄せる少女の名は、死柄木襲と言った。

 

 その身体に、赤い光はない。しかし重い剣を微かにも振るわせず静止させる様は、間違いなくその”個性”が全開になっていることの現れである。

 

「お前らもふざけるなよ……! なんで救けない! なんで手を離した!?」

 

 そして彼女の怒りは、ヒーローたちにも向けられる。

 

「ヒーローなんだろ!? この子の悲鳴が聞こえなかったのかよ!? この子の傷が見えなかったのかよ!? 耳も目も、腐ってんのか!?」

 

 怒髪天をつく、雄たけびのような声が物理的に周囲を打ち据える。フォースが込められた怒声は、明確な威力と説得力を持って、ヒーローたちを襲う。

 

 その直後にヒーローたちの内心を垣間見て、襲は再び声を荒らげた。

 

「やっぱりそうだ……お前らは、お前らは! いつも! いつもいつもいつもいつも()()んだよ!! 見つけてもくれないくせに! 全部、全部、何もかも終わってから味方ヅラして来やがって!! なんで! なんでもっと早く!! もっと早く、来てくれなかったんだ!! ふざけるなああぁぁぁぁッッ!!」

 

 怒りは収まらない。それを証明するかのように、襲が一際大きく声を張り上げると、先ほどまでよりさらに強い衝撃が音を伴って周りを破壊する。アスファルトにもビルの壁にもヒビが入り、軋み始める。

 

 だが、そんな中でもただ一つ。襲の力が、暴力が及ばない場所があった。

 彼女の腕の中で、理解を超える出来事の連続に呆然としていたエリにだけは、一切の影響はなく。

 

 それは無意識といえど、一時的とはいえど、死柄木襲が銀鍵騎士団の目指した地点に完全に至ったことの証であり。

 

 かくしてヴィラン連合の死柄木襲――あるいは、銀鍵騎士団のイーラは。

 エリの様子とオーバーホールの言動から己の原点を思い出してしまった彼女は、()()()()()()()()()()()()()で己の敵を視界にとらえた。




ヴィラン連合、ヤクザと決裂するの巻。
そして次回からはじっくり3話かけて、いかにオーバーホールが襲の心の地雷原でド派手にタップダンスをしているかを描写していきます。
というわけで、ここからヴィランアカデミア一部先取り編になります。先生以外はオリキャラしか出ませんので、ご注意くださいとあらかじめ申し上げておきます。
どうぞなにとぞご容赦をば。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.鬼怒川重音:オリジン 上

 それは地下にあった。頑丈な金属の檻や、分厚いコンクリートの壁。外を臨む窓の類はなく、明かりも最低限しかない。

 一応ベッド、のようなものはあるが。それも最低限。気温がほぼ適温で一定に保たれていることだけが、唯一最低限でない点だが……それもこの場所にいるものたちのためではない。

 

 そんな場所に、子供たちが集められていた。

 子供であること以外に、共通点は一見見受けられない。人種も性別も、年齢すらもバラバラ。生まれも富裕層、貧困層の別はなく、この施設で最初から産み育てられたものもいる。

 

 ただ、一つだけ共通点はある。それは彼らがみな、感情に関わる”個性”が発現した子供だということだ。

 

 この地下施設には、彼らの他にも大勢の被検体がいる。彼らは傾向の近しい”個性”ごとに七つのグループに分けられ、それぞれに一つの部屋が与えられていた。「彼女」がいたのは、怒りやそれに近しい感情、あるいはそれらにまつわる”個性”で分けられた部屋……通称イーラ房だ。

 

 この場所で。

 何かよくわからない、とてつもなくマズい、ビビットレッドの粘液を無理矢理飲まされたこと。結果、腕が中から破裂したこと。顔から出る液体をすべて出しながら絶叫したこと。

 それが「彼女」の、一番古い記憶だった。

 

 外に出る自由も、好きなものを手に取る自由も、誰かと遊ぶこともできない……外を知ることすら許されない、不自由な籠。

 時折出されることはあるが、それも屋外には行けない上に、決まって大人に酷い目に遭わされた。

 

 一番多かったのは、劇薬を飲まされる、もしくは体内に注入されること。もちろんどれもろくなものではなく、程度や方向性の違いはあれど、投与のあとには必ず何かしらの苦痛と実害を伴った。

 極端な発熱や身体が内側から爆発するくらいは、もはや大したものではない。一番堪えるのは、嘔吐と下痢である。同時に来たら最悪だ。それを経過観察されるのだから、肉体的にも精神的にもこれほど屈辱的で苦しいことはなかった。

 

 次点で多かったのは、身体の中に直接得体の知れないものを埋め込まれること。そのためには当然身体を切開されるが、痛み止めなど最低限しか与えられなかった。

 それも次第に耐性がついて、終いには麻酔なしで切り刻まれる羽目になった。当然痛くないはずがなく、何度気絶したかわからない。

 

 戦闘訓練、あるいは”個性”訓練と称して行われる、殴る蹴るも日常茶飯事だ。ひどいときは、死にかねない威力を出すスタンガンであったり、切れ味の鈍い刃物を使われることもあった。

 しかし治癒系の”個性”持ちがいるらしく、大人たちには遠慮も容赦もなかった。毎回返り討ちにしてやる気概で挑んでいたが、おかげさまでそんな機会はついぞ訪れなかった。

 

 それが、彼らの言う()()。いと高き人の()()……世界のありとあらゆるもの、場所と繋がり、ありとあらゆるものを見通す超能力に至るための施し。だから大人たちは、何かするたびに記録をつけて、あれやこれやと指示を出し、身体に不具合があれば最後は治した。

 

 だがそれは、強引で残酷な選別である。そんなことをされて、子供が無事であるはずがないのだ。

 だから彼らは、弱ったものから容赦なく死んでいった。中には繰り返される苦痛に耐えかねて、死を望むものすらいたほどだ。

 

 イーラ房の子供たちは、怒りにまつわる”個性”ゆえに他よりも生存率が高かったが、死ぬときは死ぬ。怒りを維持できなくなったときが、そのときだから。そして「そのとき」がいつ訪れるかは、誰にもわからない。

 

 ただ、だからといって部屋から子供がいなくなることもなかった。ある程度減ると、必ずどこかから子供が連れてこられるからだ。

 

 囚われ、処置を施され、虐待と言うには生ぬるい所業を受け続ける日々。

 しかし、そこに囚われていることを「彼女」が自覚したのは、自我が目覚めてからかなり経ってからだった。

 

 なぜなら、「彼女」はここ以外の場所を知らない。ここで生まれ、ここで育った。物心ついたときにはもう、ここにいた。

 

 人間の世界は、個々の認識以上のものにはならない。狭い世界で外を知らなければ、外の世界を望むことはできないのだ。

 そしてその外を教えられるような余裕のある子供は、外から連れてこられたものにはいなかった。

 

 もちろん、「彼女」も嫌だとは思っていた。辛いとも、痛いとも、逃げたいとも思っていた。救けてほしい、とも。

 同時に、激しい怒りと憎しみもあった。必ず、自分を痛い目に遭わせた大人を全員殺してやるという強い決意があった。

 

 それでもこの場にとどまっていたのは、少しでも反抗的な態度を見せたり、逃げようとした子供には見せしめとして処置どころではない暴行を受ける羽目になるからだ。

 小さくても、見せしめという概念は理解できたから。

 

 だから、我慢した。痛いのは嫌だったし、逃げたかったけれど。目の前で自分たちに処置を施そうとする大人を、惨たらしく殺してやりたかったけれど。

 結局、世間を知らず有用な知識など何も持たない小さな子供に、大人を出し抜くことなどできるはずがなかった。

 

 それでも「彼女」が折れなかったのは、もしかしたら、生まれ持った”個性”のおかげなのかもしれない。

 イーラ房においても、もっともシンプルで最も根源的な力を持っていた彼女が、怒りを失うことは絶対になかった。いついかなるときも、彼女は怒りと共にあったのだ。

 だからこそ、いつか絶対に。その想いを胸に、「彼女」は生き続けた。

 

 けれど、現実はいつも容赦がない。子供たちは次第次第に死んでしまい。やがて次がやってきた、それもまた死んでいく。それが繰り返される。

 何度も、何度も。

 

「彼女」はそれを、見続けてきた。

 

***

 

 ある日、いつものようにイーラ房に子供が連れてこられた。被験体が少し前に「彼女」を残して全滅してしまったため、補充されたのだ。不猟だったようで、珍しく一人しか補充されなかった日であった。

 

 新しい子供は、「彼女」より少し上くらいの少女で。

 外から連れてこられたらしく、めそめそと泣いていた。

 

「だいじょうぶ?」

 

 イーラ房唯一の生き残りになっていた「彼女」は、いつも通り声をかけた。

 あくまでいつも通り。部屋の中ではそういう習慣があったから、それに従っただけだった。

 

 何せ人数が減れば、その分処置を受ける頻度が上がる。それを少しでも先延ばしするためには人数は多いほうがよく、であれば面倒でも新入りに声をかけるくらいはしておいたほうがいい。

 何せ、ここで一番死ぬ可能性が高いのは、初めて処置を施されるときなのだから。

 

 そんな打算ゆえの習慣であり行動だったから、その後の新入りの反応に「彼女」は驚き、ここでの記憶の中でも特に鮮明なものとして刻まれることになる。

 

「そ、そっちこそ大丈夫なの!? お医者さん、いないの!?」

 

 なぜならその新入りは、直前まで泣いていたにもかかわらず、「彼女」の姿を認識するや否や、まず心配して見せたのだ。

 

 このときを振り返れば、「彼女」はまさに処置を受けてから間もなく。まるでスズメバチの大群に襲われたかのように……さながらカートゥーンのキャラクターかのように、全身がひどく腫れていた。現実でそんな姿のものがいたら、普通の家庭で生まれ育ったものなら多くが心配するだろう。

 

 けれど、さらわれてここに来たばかりの子供に、他人を慮る余裕を持ち合わせていることなどそうそうない。

 なのにこの新入りは、まず他人を心配して見せた。まだ最初の処置を受けていなかったから、余力があったことは否定できないだろうが。

 

 それでもこれは「彼女」にとって初めての経験で……貧相な語彙では到底言い表せない、胸の内のあたたかさを覚えた。

 

 それが、二人の出会い。

 

 新入りはその後、怪我や病気はともかく処理の症状によっては癒されないものもある(経過や効果を確認するため放置される場合。その基準を「彼女」は知らない)ことを聞いて、泣きながら憤った。

 けれどもそれが終わると、新入りはぐいっと涙をぬぐって立ち上がって。

 

「大丈夫! 私が来た!」

 

 誰もが憧れる、ナンバーワンヒーローを気取って胸を張った。具体的に何ができるわけでもないけれど、それでも何かをしたいと虚勢を張った。

 

「私ね、鬼怒川蓄羽(おきは)っていうんだ。あなたは?」

 

 そしてそう名乗る。けれど、対する「彼女」はこれに対する答えを持たない。

 

「しらない。おとなにはイーラの一号ってよばれてる。そのまえは四号だったし、さいしょは二十一号だったけど」

「ええ!? あなた、名前がないの!?」

 

 なぜなら「彼女」は、生まれも育ちもここである。親どころか家族も知らず、もっぱら管理番号でしか扱われていなかったから。自らの名前、というものを持っていなかった。

 

「うん。けっこうまえからずっとイーラの一号。だからオマエはイーラの二号だね」

 

 こくりと頷いて、新入りに言う。同時に、制御しきれない怒りが”個性”の光となって、「彼女」の身体を覆う。

 

 その顔は暗く、しかし赤い瞳だけはやけに明るい。浮かべられた笑みは自嘲的でありながら、獰猛な肉食獣のようでもあった。

 いまだに改造が済んでいない頃であるにもかかわらず、この”個性”が発動しているということはそういうことだ。

 

 まあ、新入りはそこに気づくことなく、憤って扉に向かって突撃したのだが。

 結果はもちろん、徒労に終わる。見えていた結末なので、「彼女」がそれに対して何か思うことはなかった。

 

 このあと、何の偶然か追加の補充はなかなか来なかったため、しばらくは「彼女」と蓄羽の生活は二人きりであった。

 

 一つ「彼女」にとって意外だったのは、外から来たわりにことのほか蓄羽が頑丈だったことだ。初めて処置を受けた蓄羽はもちろん泣き叫び、服を血とかその他諸々で汚し、ぐったりと憔悴して戻ってきたが、少なくとも命に別状はない範囲で収まっていた。

 

 新入りが一番死ぬ可能性が高いのは、最初の処置だというのに。それだけで済んだ新入りは、それなりに長くここにいる「彼女」でも初めて見た。

 

 しかも蓄羽は、自分より「彼女」に心配かけまいと、大丈夫だと言い続けるのだ。

 

「ヒーローはヴィランを倒して、困ってる人を助けるんだよ! これくらいで私負けたりしないもん!」

 

 そう言って、無理矢理笑って。

 

 だから「彼女」は、呆れた顔を浮かべて鼻で笑う。自分を犠牲にして他人を助けることの意義を、理解できなかったのだ。

 

 とはいえ、蓄羽が堪えていなかったわけではない。あくまで空元気であり、その後は気を失うようにしてすぐに眠り込んでしまった。

 

***

 

 それから数日が経ったある日のこと。

 処置の合間のわずかな時間、やることがなくてぼーっと虚空をにらんでいた「彼女」の近くで、蓄羽が突然声を上げた。

 

「……うん、決めた!」

 

 それがあまりにも脈絡がなくて、「彼女」は得体の知れないものを見るような目を向ける。

 

 しかし蓄羽は「彼女」の意に介することはなく、ずいと距離を詰めた。

 

「あのね、あなたに名前つけてあげる!」

「は?」

 

 ほとんど突然に放たれた言葉の意味がわからず、「彼女」は面食らう。

 

 だがやはりそれに構うことなく、蓄羽は言葉を続けた。

 

「名前はね、大事なものなんだよ! いっちばん最初にもらうもので、生まれてから死ぬまでずっと使い続けるものなんだからね!」

「……?」

「だって、一号二号なんてそんなの味気ないしかわいくないもん。それに呼びづらいじゃない? だから、私があなたに名前つけてあげる!」

 

 蓄羽はそう言い切って、しかし「他にしてあげられるものがなくてごめんね」と苦笑する。ますます意味がわからなくて、「彼女」はもうぽかんとするばかりであった。

 

 そんな「彼女」を置き去りに、蓄羽はにっこり笑いなおすと、彼女なりに時間をかけて考え出した名前を口にする。

 

「あのね、今日からあなたは『鬼怒川重音』だよ!」

「……きぬがわ、かさね?」

「うん! えっとね、鬼が怒る川って書いて『きぬがわ』。こっちは名字って言ってね、同じ家に住んでる人は同じ名前を使うんだよ。私たち、同じ部屋だし。それなら家族って言っていいでしょ。鬼怒川は私のだけど、あげる!

 それでね、名前のほうはね、音を重ねるって書いて、『かさね』だよ。こっちがその人本人を表す名前なの。いい感じでしょ?」

「……知らないよ、そんなの」

「そっかー! まあ、今すぐはわかんなくていいよ。私も自分の名前、好きじゃなかった時期とかあるし。そのうちね、そのうち!」

 

 怒涛の勢いで放たれ続ける言葉に、「彼女」は困惑し続けるしかない。それを正面から見据えて、蓄羽はにんまり笑う。

 

 その表情は、「彼女」にとっては初めて見る種類のもので。うまく言えなかったけれど、いいもののように思えた。

 

 それに、初めて人から何かを与えられた。そのことが、「彼女」にとってあまりにも未知の経験で。

 

「……まあ、べつに。なんでもいいよ。なんでも」

 

 正面から受け止めきれず、顔を背けるしかなかった。けれど、そこには確かに……ここまでずっと怒りかそれに類する感情しかなかったはずの顔に、それ以外の感情が垣間見えていて。普段その身体を覆っていることの多い赤い光が、このとき完全に消えていた。

 

 そんな「彼女」を見て、蓄羽はますます笑みを深くする。そうして嬉しそうに、「彼女」を抱きしめるのだ。

 

 そんなことも「彼女」にとっては初めてのことで。

 けれど、どれも悪い気はしなかったから。

 

 だから、その日から。

 

「彼女」は鬼怒川重音になったのだ。

 




銀鍵騎士団については、EP4の18話で触れています。重音という名前についてもそちらにて。お忘れの方はそちらを改めてご確認をば。

まあとはいえ、実は既に騎士団には初期メンバーがいないので、彼らがフォースに固執しているのは完全に目的と手段が入れ替わってしまってます。
元々は超常黎明期の混乱を乗り切るため、仲間を助けるための力として求められたものなんですが。相澤先生の「何をするにも原点を忘れるな」はけだし名言であります。

そんななので、仮に騎士団が望んだ通りに自由にフォースを手に入れられるようになったとしても、それでどうするかを考えている人間がいません。
なので彼らはどう転んでもジェダイにもシスにもなれないまま、ただフォースのバランスを崩すだけに終わるのです。
これにはフォースくんもげきおこ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.鬼怒川重音:オリジン 下

 蓄羽(おきは)は、十歳のときにこの場所にやって来たと語った。それはつまり、普通の世界にそれだけ親しんでいたということで。

 そんな彼女との出会いは、地下から出たことのない重音に多くのものをもたらした。

 

 ただし、その多くはよくわからなかった。

 

 たとえば文字。意思疎通のための手段として人類が生み出した、情報を共有するための手段。

 しかし地下施設の被験体には無用のものであり、また筆記用具も代用になるものもここにはない。目で見てわかるものがない以上、概要も意義も理解できなかった。

 

 たとえば食べ物。味気ない、栄養価しか考えられていないカロリーブロック以外は口にしたことのない重音にとって、それはまったく想像の埒外のものだった。

 甘いとは、おいしいとは一体どんなものなのか、まったく想像もつかなかった。

 

 たとえばヒーロー。悪いヴィランを捕まえる、すごくてかっこいい人たち。ヴィランのことは一応理解できた(施設の大人は全員ヴィランだろうと思った)けれど、ヒーローはわからなかった。

 なぜなら、ヴィランが退治されているところなど見たことがなかったから。

 

 特にオールマイト。ヒーローの頂点に立つこの人は、どんな相手にも負けない、どんな困難にも挫けない、どんな人でも救けてしまうのだという人物らしい。

 けれど狭い世界で生きてきた重音には、そんな人間なんて想像できなかったし、いるとも思えなかった。

 

 ただ、オールマイトのことを誇らしげに語る蓄羽の姿は、重音にとってまぶしかった。憧れていると……将来は自分も立派なヒーローになって、みんなを救けるんだと……そう言う蓄羽は、暗い地下の檻の中では確かに輝いていた。

 

 まあ重音としては、そんなすごい人たちがいるならどうして自分たちはこんな辛い目に遭い続けなければならないのか、とも思ったのだが。蓄羽が楽しそうだったから、その疑問は口にはしなかった。

 

「大丈夫だよ! いつか必ずヒーローが救けに来てくれるよ! それで外に出れたら、一緒に遊びに行こうね! 約束だよ重音!」

 

 蓄羽はいつも、最後をそう言って締めくくった。締めくくって、笑う。自分も苦しいはずなのに。自分も痛いはずなのに。

 そうしたところをほとんど見せることなく、強がって見せた。

 あまつさえ、ここでは先達のはずの重音を心配する。そこは素直に、すごいと思った。

 

 だからヒーローのことはよくわからなかったけれど、すごい蓄羽ならなれるのかもしれないと思った。

 

 何せ蓄羽は、有言実行の少女だった。重音に宣言しただけでなく、実際に世話を焼いたのだ。

 処置を受け、憔悴した重音を甲斐甲斐しく介抱(道具どころか知識もないので、そう言えるかはさておき)し、物理的にも精神的にも近くに寄り添った。話題を提供して、あれやこれやと言葉を引き出した。重音が諦めないように、重音が死んでしまわないように。

 

 不思議な気持ちだった。うまく言葉にはできなかったけれど、蓄羽に優しくされるたびに胸の奥底があたたかくなる。

 だから二人でいることは、いつの間にか苦ではなく……むしろ一緒にいたいと思うようにすらなった。

 

 そしてそれは、あとからイーラ房に補充された子供たちにも行われた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。怖くない、私がついてる。ほら、痛くない、痛くない……ほらね?」

 

 処置の影響で苦しむ子供にそうやって語りかけ、手を差し伸べる。そしてそういう”個性”なのか、された側は一時であっても本当に苦痛が和らいだ。

 

 それだけではない。蓄羽は率先して処置を受けるようになっていた。自ら手を上げ立候補して、他の子供より優先して処置を受けるのだ。

 もちろんすべてを引き受けることができたわけではないが、それでも他のものに処置が施される機会は目に見えて減った。人数は増えているはずなのに。

 

「だって、私が我慢すればそれだけみんなが苦しまなくて済むじゃない?」

 

 どうしてそんなことをするのかわからなくて、尋ねた重音に返ってきた言葉がこれだ。これには重音も心底驚いて、思わず「わけがわからないよ」と言ってしまった。

 

 けれどもその成果は明らかで、この頃イーラ房は鬼怒川一家と呼べるものになっていた。地獄めいた牢獄の本質は失わずとも、子供らしい賑やかさを多少なりとも獲得していたのだ。それはひとえに、自らが一身に痛みを受け止めようとする蓄羽のおかげである。

 

 そんな彼女との生活は、重音にとってようやく経験した人間らしいやり取りで。成長の遅れていた彼女の情緒は、少しずつ、しかし遅れを取り戻すかのように、発達していったのである。

 

 ただ、情緒が発達するということは、すなわち重音の”個性”が十全に機能するようになることとほぼ同義でもある。加えて、処置が進むにつれて感情の振れ幅も大きくなり、重音は少しずつ肥大する己の凶暴性を抑えきれず、何度も蓄羽と殴り合いをするようになった。

 

 けれども蓄羽はそれを嗜めることはあっても、理不尽に抑え込もうとはしなかった。怒りが過ぎ去ったあと、後悔する重音を知っていたから。自らの凶暴性を恐れる重音を知っていたから。

 だから蓄羽は、殴られても笑っていた。許してくれた。

 

「大丈夫、痛くないよ。怖くないよ。苦しくないよ。大丈夫、傍にいるよ。ずっと一緒だよ、重音!」

 

 つまり精神的にはともかく、重音の身体が壊れることなく踏みとどまっていられたのも、 蓄羽がいたからで。

 

 だから蓄羽は、確かにこの頃、イーラ房におけるヒーローだった。それは重音ですら、認めるしかないほどに。

 

 だが、そんなすごいヒーローだからか。

 世界は、運命は、蓄羽に力をもたらした。

 

 フォース。この世界のあまねくすべてと繋がる力。この施設を運営する、銀鍵騎士団が求めるもの。

 蓄羽はこの力に覚醒したのだ。

 

 騎士団は狂喜した。遂にイーラ房から覚醒する者が出たと。

 

 そして覚醒個体となった蓄羽は、イーラ房から解放された。依然として逃げ出せない地下ではあったものの、個室を与えられ、生活水準は劇的に向上したのである。

 

 結果、強引に蓋をされていた地獄の窯は開いた。慣用句としての仕事を休もうという意味ではなく、文字通りに地獄が表に出てくるという意味として。

 

「この方式、この道具、この薬、この順番で処置を施したイーラ二号が目覚めた。であれば、次は再現性の確認だ」

「これでイーラ組の覚醒を安定化させられればいいのだが」

「なに、どっちみちやってみなければわからんのだ。そういう話はやってからだ」

「では一号から順番に試していきましょうか」

 

 再現実験が、一斉に行われたのだ。

 ただでさえヒーローを取り上げられたばかりだというのに、それまでヒーローが引き受けていたありとあらゆる責め苦のほとんどが、短期間で一気に襲ってきたのである。子供たちに耐えろというほうが無理な話であった。

 

 かくして、イーラ房はほぼ全滅した。死の間際に大きな怨嗟を残して。

 

「いたい、いたい!! いたいよぉ!!」

「やだやだやだ!! やめっ、あっ、あああぁぁぁ!!」

「ぎいいぃぃぃ!? ぐッ、ぐるじい、やめて、やめてぇ!!」

 

 痛かった。怖かった。苦しかった。

 

 そして、何より。

 

 ヒーローは、救けに来てくれない。

 

「どうして? どうして!? どうして!!」

「救けて! 救けてよぉ!!」

「なんで? なんで来てくれないの!?」

「どこに行っちゃったの!?」

「蓄羽ちゃん!」

「蓄羽ちゃん!」

「蓄羽ちゃん!」

 

「――――ウソつき!!!!」

 

 ……追い詰められたものは、自分を助けてくれなかったものではなく、助けようとしてくれる、してくれたものの救済の不完全さを憎悪する。人間とは、そういう要素を持つ生き物である。

 

 もちろん、重音も恨みを覚えた。怒りを抱いた。

 けれども、唯一蓄羽以前を知っていた重音は折れず、生き残った。絶望の底というものの深さを知っていたから、備えることができた。耐えることができた。

 

 そして生き残れたからこそ――重音もまたフォースに目覚めた。

 死んでいく、死んでしまったものたちの恨みつらみ、何より怒り。それらを背負って、怒髪天を衝きながら。

 

 目覚めたばかりのフォースが、暗黒面の力に染まって吹き荒れた。大人たちを吹き飛ばし、設備を破壊して。

 長く抑圧され続けていた怒りは重音の自我のほとんどを飲み込んで、すべてを破壊するだけの獣となした。

 

 もっとも、ろくな食事もしていない、技術もない子供の暴走では、力を持つ大人を滅ぼすことはできなかった。

 結局重音は、緑色の光を身にまとう騎士団の幹部に気絶させられた。騎士団に大したダメージはなく、何事もなかったかのように()()は続いた。

 

 変化があったとすれば、重音と蓄羽の関係だ。二人は別々の個室に分けられ、常に顔を合わすことはできなくなった。

 

 そして最大の変化は、蓄羽のありよう。

 

 気絶から覚め、諸々の検査を済ませ、フォースに覚醒して初めての戦闘訓練で。

 蓄羽と対峙した重音が見たものは、憔悴しきったかつてのヒーローの姿だった。あまりの変化に、殺してやろうとまで思っていた重音の身体からは赤い光が霧散した。それくらい、ひどいものだった。

 

 蓄羽は重音と顔を合わせ、開口一番に謝罪した。

 ごめんなさいと。そんなつもりじゃなかったと。ぼろぼろと涙を流しながら。そのまま膝から崩れ落ちて、重音の足にすがりつく。

 

 言葉の意味がわからず、唖然とする重音。だがその脳裏に、よぎるものがあった。

 互いにフォースに目覚めたからこそ、感じることができたもの。相手の感情と、その由来。それが一気に重音の頭の中に流れ込んできたのだ。

 

 それは、蓄羽が感じた子供たちの怒り。恨みによって強まり、死によってさらに深まったもの。

 

 先んじてフォースに目覚めていたからこそ、蓄羽は離れた場所にいながらそれをすべて知覚してしまっていたのだ。

 

 ――自分は良かれと思って。自分はみんなを守りたくて。救けたくて。

 ――救けることができたと思っていた。ヒーローになれたと、そう思っていた。

 

 それなのに。

 なのに。

 

 必死に守ろうとした子供たちは、あっさりと死んでしまった。負の感情だけを残して。

 

 まだ幼い子供の心は。ひたすらに貯め込み続けていた少女の心は。必死に虚勢を張って、明るく振舞っていただけのヒーロー志望の少女の心は、かくして砕けた。

 すべてが無駄だった。無駄どころか、逆効果だった。そんな後悔だけを残して。

 

 ただ、それを目の当たりにした重音にはもう、蓄羽を殺してやろうとは思えなかった。ヒーローの末路があまりにも哀れすぎて。

 

 けれども、許してあげようとも思えなかった。蓄羽が希望を見せなければ、あんなに苦しい、あんな嫌な想いはしなくて済んだはずだと、そう思ってしまうから。

 

 その心境が、フォースによって伝わったのだろう。蓄羽の身体から力が抜けて、がっくりと崩れ落ちた。

 

 こうしてこの日から、蓄羽は生きているだけの屍になった。重音と顔を合わせる機会もどんどんと減っていき、最終的には失敗作の烙印を押されることになり。

 育ちかけていた重音の情緒は成長が止まり。心には怒りと憎しみと、わずかなしこりが残った。

 

 もしかしたら、人はそれを後悔と呼ぶのかもしれない。

 

***

 

 月日は流れ。

 フォースと”個性”、そして戦闘の訓練をひたすら繰り返させられていた重音の生活に転機が訪れる。

 

 完成個体へと至り、色欲(ルクセリア)の幹部名を与えられた青年が、施設の存在、銀鍵騎士団の存在を世に明らかにしたのだ。これにより、騎士団はヒーローたちによって制圧されることになる。

 

 フォースによってそれを察知した重音は内側から行動を起こし、施設全体の破壊と大人たちへの復讐を目論んだ。

 ただ、長年ここで暮らしていた彼女ではあったものの、知っている範囲は全体のごくわずかだ。とりあえずあちこち走り回ってみたものの、なかなか思うような結果は得られなかった。

 

 そんなときだった。重音は懐かしいフォースを感知した。

 蓄羽のフォースだ。しばらく会っていなかったし、彼女の気配を感じることもなかったから、とっくに死んだものと思っていた。

 

 しかし久々に感じた蓄羽のフォースは、明らかに普通ではなかった。

 

 何者かと戦っている。それは間違いない。ただ、そこにある乱れに乱れたフォースは、闇と光を高速で行き来するフォースは、素人でもわかるほど明らかにおかしい。

 

 少し躊躇した。それでも、なんとなく気になって。

 重音はそちらに足を向ける。今なら、あの日抱いた心の違和感に、答えが出るような気がして。

 

 けれど、彼女がそこで見たものは、

 

「クソッ! ここでもトリガーかよ! 人の心がねぇのか……!」

 

 数人のヒーローと、正面から戦う蓄羽だったものの姿だった。

 

 乱れに乱れた長い髪は、長年の処置によるストレスで重音同様真っ白。栄養も足りていない身体はすっかり細くなっていて、肌もまた蝋のように白い。

 一方で、全身からあふれる血だけは目が痛いほどに赤く。間違いなく彼女の身体は、まだ生きていた。

 

 しかし、目は左右それぞれが明後日のほうを向いていて、口からはだらしなくよだれがこぼれている。何より()()()()()()()が、あまりにも特異で。彼女は明らかに正気ではなかった。

 

 それでも身にまとうフォースはあまりにも大きく、その手にしっかりと握られた白銀の剣は、優れた冴えを見せてヒーローたちを寄せ付けない。

 

 本人はもちろん、騎士団の人間たちも知る由はなかったが、フォースによって彼女の”個性”は通常よりも強化されている。

 そこに加えて、囮にするために理性を弱め”個性”を強化する違法薬物(トリガー)を投与された結果が、その姿の理由であった。

 

 失敗作だからできる所業である。ヒーローたちはここまでの道中に、こういうものを何度か対峙していた。だからこそ、彼らは憤る。

 

「マモル……マモル……! コンドコソ、コンドコソ……タスケル……!」

 

 それでも、蓄羽はうわごとのようにぶつぶつとつぶやき続けている。かつて己が目指していたものたちに、刃を向け続けながら。

 彼女の背後には、イーラ房。檻の向こうでは、怯えた子供たちが身を寄せ合って、外側を見つめていた。

 

 守ろうとしている。自我を失ってなお、壊されてしまってもなお、彼女は確かに、誰かのために動こうとしていた。

 

 その姿に、まぶしいと思った在りし日のヒーローの姿が重音の脳裏をよぎる。

 

 そんな蓄羽を。

 

「ええい、これ以上は無理だ!」

 

 ヒーローたちは。

 

「ああ、このままではこちらがやられる!」

 

 覚悟を決めて。

 

「やむを得ないか……!」

 

 攻撃した。

 ことここに至っては、死んでしまっても仕方がない。そんな意図をもって。

 

「――――ッッ!!」

 

 瞬間、重音の思考は怒りによって塗りつぶされた。

 

 なぜ怒りがそうも荒ぶったのか、彼女にはわからない。わかるだけの知識も経験もなかった。

 

 ともかく、彼女はこのとき確かに、怒りの完全なる支配下に堕ちた。

 

「オマエら……ッ! 全員……ッ! 全員ぶっ殺してやるッ!」

 

 その後、何がどうなったのかは覚えていない。

 気がついたときには二本の剣と、事切れた蓄羽の身体を持って、月下の森を歩いていた。

 

 いや、覚えていないというのは語弊がある。記憶はあるのだ。

 ヒーローたちをフォースで蹴散らし、床に落ちた蓄羽の剣を拾い上げた。鍵があしらわれた柄を壊れても構わないとばかりに握り締め、全力で振るった。

 

 そう、彼女はこのとき、明確な殺意を持って剣を手に取り、実際に人を殺めたのだ。

 

 だからだろうか。

 血飛沫が舞い、肉片が飛び散った。それらを浴びながら、執拗に人を殺した。そのことに対して、途方もない快感を覚えて歓喜した。

 

 そんな記憶が、感触と共に確かにあった。

 

 あったが、しかしそれを自分がやったという実感がない。まるで演劇を見る観客のような……自分ではない自分を見ているような。

 そんな、思考と心の距離感だけがあった。どこか浮ついたまま、暗黒面のフォースに導かれるまま、重音は森の中を歩く。

 

 歩いて、歩いて、歩き続けて。

 そうして、辿り着いた先に。

 

 ()はいた。

 




個性「貯蓄」
鬼怒川蓄羽の個性。色んなものをため込むことができる。
ワンフォーオールの元になった、「力をストックする個性」のほぼ上位互換。取れる対象は幅広く、感情をも貯め込むことができる。
このため、感情を利用してフォースに目覚めさせようとしていた騎士団に目を付けられ、被験体として誘拐された。

応用性に富む個性であり、鍛えれば「攻撃や怪我を負うタイミングで発動することでダメージをため込み、疑似的にノーダメージにできる」「怪我や病気をため込むことで疑似的に対象の治療ができる」「ため込んだダメージなどを敵に放出して押し付ける」「体力をため込んでいざというとき全力を出し続ける」「スピードをため込んで対象の動きを止める」「ため込んだスピードを放出して高速で動く」「浮力と推進力をため込んで空中を移動する」「自分以外のものにもため込めるようになる」と言った高い汎用性を持つ可能性を秘めていた。

蓄羽はもっぱら怪我や痛み、負の感情などを肩代わりすることに使っていた。
フォースの相乗効果で許容量が増えてより多くのものを肩代わりするようになったものの、一回の貯蓄で取り込む量も増えた。

最期は、「個性は代を経るごとに強力になっていきいずれ人類はそれに耐えられなくなるだろう」という某ドクターの個性特異点説を証明するかのように、個性より先に肉体が限界を迎えた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.死柄木襲:オリジン

 ()()()()()の気配など一つしかない、街はずれの一角だった。かなりの敷地面積の中に、小さめのビルが一つある場所。職業訓練校と呼ばれる類の建物。

 かつての時代のそれと同じ機能を持った建物であるが、一つ違うところは”個性”を用いた職業訓練を目的とした場所であること。限定的に、労働における”個性”使用を認可する資格を獲得するための場所。つまりは社会的に有用な”個性”の持ち主が、多くいる可能性の高い場所。

 

「おや……こんな時間に客人とは珍しい、と思ったが。まさかこんな可憐なお嬢さんが一人でとは。どうかしたのかな? 親御さんは?」

 

 そこにいた男は。黒い、非常に仕立てのいいビジネススーツを身にまとった男は、重音にそう声をかけてきた。

 

 周囲に血や肉片、吐しゃ物などが散乱するというのに、昼下がりにティータイムでもしているかのような、普段の日常とまるで変らぬ状況にいるかのような、穏やかな声だった。

 重音が抱えている血濡れの剣や無残な姿の死体など、まるで気にもしていない。そんな声色。けれどそこには、確かな力があった。

 

 とはいえ、大人に対する不信感を、物心ついてからずっとずっと強く持ち続けていた重音だ。男の問いには答えず、回答らしい回答といえば、怒りだけが満ちた赤い瞳くらいのものであった。

 

「……そうか。よくはわからないけれど、色々あったんだね。大変だったろう……」

 

 それでも男は気分を害した様子を見せず、穏やかに微笑んだ。

 

 微笑みつつ、膝を折って視線を重音に合わせてくる。それは重音にとって、一度たりとて大人にされたことのない配慮だった。

 

「でも大丈夫だよ――僕がいる」

 

 そうして男が放った言葉。

 同じセリフだった。かつて重音がヒーローだと思った少女が言っていたものと、同じもの。ナンバーワンヒーローの決めゼリフ。

 

 なら、こいつが。

 

 そう認識した瞬間、重音は一気に距離を詰めて剣を振るった。狙いは正確に、首へ一直線。目にもとまらぬ早業だった。

 

 だが確かに入ったと思った攻撃は、あっさりと受け止められる。

 男の身体にではない。男の周辺にある何か、身体をまとうように出現した見えない何かが、刃を阻んでいた。

 

「きっとヒーローが憎いんだろうなァ。わかるよ……僕もそうだからね。つい最近も、()()()()が一つ潰されてしまったばっかりなんだ」

 

 見えない何かを貫こうとしてぎりぎりと音を立てていた刃が、不意に抵抗をやめる。

 本音を狙いすましたような男の言葉に、重音の心が待ったをかけたのだ。

 

 それをも見透かして、男は笑う。あるいは嗤う。ニィ、と口元を歪めて。

 

「彼らはいつも、余計なことばっかりしてくれるんだよ。オールマイトなんてやつは、特にね。だからとても困ってる」

 

 ヒーローではない。オールマイトではない。言外にそう言っているも同然な振舞いであった。

 

 もちろんそれが真実だという証拠などどこにもなかったし、証明する手段もない。

 ただ、なんとなく。重音はなんとなく、男の言葉が真実であると直感していた。

 

 だから剣を下ろした。暗黒面に導かれるままに、それが正しいことだと信じた。

 

 それでもまだ警戒を続ける重音に、男はさらに言葉を重ねる。

 

「ここで会ったのも何かの縁だろう。もし行く当てがないなら、僕のところに来てみないかい?」

 

 ……このとき男にとって、運がよかったことが二つある。

 一つは宿敵との決戦の直前であり、全盛期と言っていい時期であったこと。

 そしてもう一つは、重音がいまだフォースユーザーとしてはすぎるほど未熟であったことだ。

 

 身に宿すフォースの量はこの星の誰よりも多くとも、ジェダイやシスのような体系立った教えを受けたことがなく、訓練も半ばであった重音である。心の内を隠すことに長ける上に、心の内を守る”個性”をも持つ男の本心を見抜くことは、重音にはできなかったのだ。

 

 それでももし、このときの彼女に同時期の理波の半分ほどでもフォースの技術があれば、男の思惑に気づけていたに違いない。

 だがそれは、もしもの話でしかない。

 

 なぜなら。

 

「その恰好のままだと、身体に悪い。それに、お腹も減ってるんじゃあないかな? 大丈夫、無理に何かするつもりはないさ。嫌ならすぐに出て行ってもらっても構わない。だからね」

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、手を差し出した……否、差し伸べた、男を拒むことは。

 

 醜い死体と成り果てた蓄羽を、(ただ)しく姉だと言い当てた男を拒むことは、心の疲弊した重音にはできなかったのだから。

 

「……ッ、ぅ、うう……!」

 

 ああ、そうだ。そうだったのだ。

 

 恨んでしまったけれど。

 突き放してしまったけれど。

 

 あの頃、あの場所で。身を寄せ合って生きていた、同じ境遇の子供たちは、確かに家族だった。

 

 その家族をまとめていたのは、間違いなく蓄羽で。

 外のことを知らない重音に、たくさんの知識を与えてくれた蓄羽は。地獄での生活しか知らない重音に、たくさんの希望を見せてくれた蓄羽は。

 

「お、ねえ、ちゃん……!」

 

 確かに、姉だった。姉、だったのだ。

 

「うわああぁぁん……!!」

 

 暗い夜の中、雲に紛れて輝く真円なる夜の女王を仰ぎながら。

 今さらその事実に気づかされた重音は、このとき生まれて初めて、「悲しさ」「寂しさ」といった感情を持って泣いた。

 

***

 

 重音はその後、男と共に二人で蓄羽を埋葬した。

 場所は見晴らしのいい山の中腹。蓄羽の使っていた剣は墓標となり、彼女は彼方に見えるナンバーワンヒーローの事務所ビルを見つめる形で永遠に眠ることになった。

 

 かくして男に保護された重音であったが、腹も満ちて心が落ち着くと、やはり男……というより大人に対する不信感を抱かずにはいられなかった。

 男は親切だったが、常に何かを探るような目をしていた。じっくりと落ち着いて考えれば、当時の重音のフォースであってもそれを察するくらいはできたのだ。

 

 特に信用ならなかったのは、彼が一番の友人だと紹介した丸メガネの年寄り。

 

「僕が知る限り、最も”個性”研究に詳しい僕の主治医だよ」

 

 そう紹介された年寄りは、やけに優しげな顔や言動に反して重音の”個性”と謎の超能力――フォースに興味津々だった。

 

 一応重音自身も、フォースについて何かわかることがあるなら知りたいと思って、地下時代を思わせる検査の数々に頑張って怒りを抑えて協力したが……得られるものは何もなかった。おかげで重音は、元から好きではなかったドクターのことが嫌いになった。

 

 だから重音は、早々と男の下を離れた。それでも男は最初に言った通り、出ていく重音を引き留めたりすることはなく、むしろ資金や携帯端末、一般常識の補足を与えてから送り出してくれた。

 

 そうして、蓄羽が教えてくれた世界を歩く。

 初めて見る外の世界。初めて歩く外の世界。初めて聞く外の世界。

 初めて、初めて、初めて。

 

 何もかもが初めて尽くしの旅は、目的地のない流浪の旅であった。気分の赴くままに……あるいはフォースの直感に任せて。そんな旅。

 

 その過程で、重音は見た。大の大人が、自分の都合だけを考えて子供を痛ぶる姿を。いわゆるヴィランの姿を、初めて見た。

 

 ()()()殺した。かつて自分が受けたことを思わせる所業を行う輩を、許すことができなかった。怒りを抱かずにはいられなかったのだ。

 子供を狙わないヴィランについては、我を忘れるほど激することはなかったが……それはそれとして腹は立ったので、やはり殺した。

 

 そんなことをしていれば、当然警察に追われるようになってしまったが……警察のことをよく知らない重音は、これをヴィランと認識した。

 厳密には少し違うようだとは思っていたが、自分を捕まえてどこかに連れ去ろうとするのでどっちにしろ敵だと判断したのだ。

 

 だがフォースによる直感で追っ手を避けることは難しくなかったので、そんな生活が終わることはなかった。

 

 そうしてしばらくして、世間を見つめる余裕ができた頃。重音はヒーローの心の声を聞いてしまう。

 

「もう大丈夫、助けに来たぞ!」『へへへ、やっと怪我人が出たぜ。これでもっと目立てる!』

 

 装飾された言葉。その中に覆い隠された本音。それが、

 

「やあ、みんな応援ありがとう!」『チッ、うるせーなどいつもこいつも。こちとら急いでんだよ』

 

 見える。聞こえる。感じる。

 

 フォース。世界のありとあらゆるものと繋がる力。

 それが虚飾を許さない。隠すことを許さない。

 

 こんなものが、あの蓄羽が目指したものなのか。その失望は、同時に強烈な衝撃を伴っていた。それは騎士団で施されていた処置によるものとは、似て非なるもので。

 

 ……彼女の身体は、長きに渡る処置によってどんなことにも怒れるようになってしまっている。ようやく生まれた心の余裕が消し飛び、頭が、心が、怒りでいっぱいになるのにさして時間はかからなかった。

 

「クソッ、間に合わなかった! 遅れて申し訳ない!」『ああ、また救けられなかった! クソッ、俺はなんて無力なんだ!』

 

 中には、本心から真摯に向き合っているものもいた。いたけれど。

 

「ヒーローはまだか!?」

「中にまだ人が! 子供がいるんだ! 誰か、誰でもいいから、早く!」

 

 そういうものたちですら、いつも来るのが遅かった。いつもいつも、遅れてやってくる。自分のときと同じように。

 救いを求める声がむなしく響く。そんな光景を、何度も見た。自分のときと同じように。

 

 それらがあの日の家族たちのことを想起させて、気持ち悪くて仕方がない。喧騒から離れた路地裏で、幾度となく吐いた。

 それがまた、彼女に怒りを与える。

 

「もう大丈夫! なぜって!? ――私が来た!!」『すぐに救ける! もう少しの辛抱だ!!』

 

 その中で、かつて姉が憧れたナンバーワンも見た。

 

 確かに彼は、本物だった。一蹴りで空を飛び、拳の一振りで天候すら変えて。声が途切れるより早くやってきて。どんな相手も一撃で沈めて見せた。

 

 なるほど、本物だ。蓄羽が憧れたのも、わかる気がした。その姿には、確かに彼女の面影が見えたのだ。

 

 けれど。ああ、けれども。

 

 それでも、とっくに怒りに呑み込まれていた重音がオールマイトの勇姿を見て、最初に抱いた想いは憧れや感謝などというものではなく。

 

「……ッ! それだけの力があるなら……! どうして、どうしてボクたちを見つけてくれなかったんだよ……! どうして……! もっと早くオマエが来てたら……! お姉ちゃんは死ななくてよかっただろ……!」

 

 彼女の胸に去来したものは、自分たちは救けてもらえなかったという、自分たちは見つけてすらもらえなかったという、どうしようもない怒りだった。

 

 胸の、心の、頭の奥底から、マグマのごとく湧き上がってくる猛烈な怒り。命を薪にして他の感情すべてを燃やし尽くし、思考をも焼き尽くす赤い憎悪。重音の心身は、それを生み出すばかりであったのだ。

 

 この怒りの源泉が、果たして持って生まれたサガによるのか。それとも、処置によって施された肉体改造によるのか。

 

 それはもう、誰にもわからない。

 わからない。重音にもわからない。

 

 けれども、重音がこのとき、オールマイトという存在に対して明確な怒りを、殺意を抱いたことは、変えようのない事実であった。

 その強すぎる憤怒は、あの日(ヒーロー)の笑顔に抱いた想いを、初めて見たヴィランに対する怒りを塗り潰すには十分すぎて。

 

 だからこそ。

 

「やあ、久しぶり。外の世界はどうだい?」

 

 ある日、()()再会した男――なぜか顔が潰れていた上に死にかけだったが――にそう聞かれた重音は、迷うことなく怒りをあらわにした。

 

「外がこんななんて思わなかった……! あり得ない、なんでどいつもこいつも、平気な顔してヘラヘラ笑ってられるんだ……! ボクは、ボクたちはあんなに死にそうな目に遭ってたっていうのに!!」

 

 あらわにして、そして。

 

「あいつら……ッ、あいつらなんなんだよ!? 全部、全部、何もかも終わってから味方ヅラして来やがって!! どうして! どうしてもっと早く!! もっと早く、来てくれなかったんだ!! ふざけるなああぁぁぁぁッッ!!」

 

 赤い光は瞬時に身体に吸い込まれ、極点に達した怒りによって劇的に強化されたミディ=クロリアンが大量のフォースをまき散らす。

 闇一色の、どこまでも昏い邪悪なフォースが、破壊力を伴って周囲を次から次へと打ち据える。

 

 そんな重音を目も鼻も失った顔で眺める男は、しかしフォースで傷を負うことはなく。そよ風の中に佇むような静けさで、重音に頷き返した。

 

「いいんだよ」

 

 そして、男は言った。穏やかに、しかし力強く。

 

「いいんだよ、心の赴くままに動いてしまっていいんだ。僕は君のすべてを肯定するとも。――さあ、君はどうしたい?」

「全員ッ! ぶっ殺してやるッッ!!」

 

 赤い瞳が男を見据える。昂る感情によって揺らぐようにも見える色彩の中で、フォースもまた陽炎のように立ち上っていた。

 

「ああ、いい子だ。実に素晴らしい」

 

 返事は、劣らず昏い含み笑いと、緩やかな拍手であった。

 

 その後、少女には男から新たな名前が贈られた。

 

 ()ねた()は、幾重にも連なり途切れることなく広がり続ける。

 しかし無遠慮に起こされた音に分別などはなく、同心円状に吹き荒れるそれは、この世のありとあらゆるものに()い掛かる。

 

 死を悲しむことはない。別れを告げるような、殊勝な感情など持ち合わせない。弔いなど、彼女の前では何の価値もなく。

 ただ怒りのままに、すべてを無に帰そうとするもの。

 

 ゆえに、重音(カサネ)より転じて(カサネ)

 

 かくしてこの日、死柄木襲はこの世に生まれた――。




フォース君「テコ入れしたライトサイドがだいぶ育ってきたわ。バランス整うまであと少しやな! 楽しみにしてるやで!」
フォース君「ファッ!? トリガー!? お前地球お前どんだけバランス乱すアイテムあるんや!? なんやねん”個性”ってええ加減にせぇよ!」
フォース君「ええ……なんか勝手に自滅しよった……こわ……。ダークサイドも減りすぎてもうたし、どないしよ……」
フォース君「いい感じの生き残りがおるやんけ! 全力でダークサイドの奥までご案内するやで!」
フォース君「光と闇のフォース量がいい感じに拮抗したやで! ヨシ!」

なお数年後のフォース君
「ファッ!? 変身のしすぎでフォースに目覚める!? お前地球お前どないなっとんねん!? テコ入れしなきゃ(使命感」
「……なんや、光も闇も両方持っとるやんけ! ならヨシ!(テノヒラクルー」

さらに約一年後のフォース君
「ま、まっとうな手順で覚醒した……だと……!?」
「しかも既に両方に通じてる!? やるやんけ地球!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.憤怒(イーラ)

「大丈夫――」

 

 怒りを消すことなく、しかし落ち着いて一つ深呼吸を済ませた彼女は言う。かつての己を、死んでいった誰かを重ねた幼女に言う。

 その声色は”個性”とも、与えられる予定だった名前とも反して、優しく。

 

「――ボクが来た」

 

 ヒーローたちに向けた敵対の視線を覆い隠すかのように、高らかに告げられた。

 

 同時に三人のヒーローが身構え、一拍遅れてオーバーホールが立ち上がる。

 落ちた手を拾い上げつつ、自らの”個性”でもって己ともども分解・修復することで万全の肉体を取り戻す。

 

 そんな彼の姿を見て、襲はいつもなら浮かべるであろう小生意気な笑みを浮かべず、能面のような顔のまま声を上げた。

 

「許可のない”個性”の不正使用じゃん? ちょうど役立たずが三人もいるんだし、ここで捕まっとけばぁ? オーバーホール」

「……ッ、犯罪者の分際で……何を抜かしやがる……!」

「その言葉、そっくりそのまま返したげるぅ。こっちはさぁ、オマエがこないだ”個性”使って人の片腕吹っ飛ばしたって、連合みんなで証言してもいいんだよ?」

 

 血走った眼を向けるオーバーホールの圧力をさらりと受け流しつつ、襲はヒーローたちを軽く一瞥する。

 しながら、「ねぇ?」と声をかける。

 

「ほら、ヴィランがあそこにいるよ? 見てないでさーあー? ……さっさと動けよ、ゴミどもが」

「「「……!」」」

 

 憤怒に満ちた冷たい声だった。

 

 しかしヒーローたちも、気圧されはしても引きはしない。それどころか表情を引き締めて、前に出る。

 

 このタイミングで、オーバーホールが動いた。

 

「あっ、ちょ……!?」

「エリを返してもらうぞ……!」

「返す?」

 

 猛然と、しかしスキのない動きで迫りつつ、手が伸ばされる。

 

 オーバーホール、本名治埼(ちさき)(かい)。”個性”、「オーバーホール」。ヴィラン名と同じ名を持つそれは、手で触れたものをバラバラに分解してしまう”個性”だ。

 ただ分解するだけでなく、任意で修復することもできる。凶悪な攻撃性を持ちながらも治療すら可能であり、非常に強力な”個性”である。マグネはこれによって、腕を分解されてしまったのだ。

 一秒にも満たないわずかな時間で、大柄な人間の腕を吹き飛ばすのだ。しっかりと手のひらで触れてしまえば、即死すらあり得る。

 

 だが究極、触らなければ効果を発揮できない”個性”でもある。ゆえに、潔癖症でありながらオーバーホールは戦闘となると相手に素手で接触しなければならない。

 

「なにそれ。おかしなこと言うなぁ、ヤクザくんは」

 

 そしてそれは、フォースユーザーにとって最も御しやすい類の”個性”である。

 己に迫る敵意や危機を、直近の未来を見ることができるのだから、触られなければそれで済む。

 

 しかも今の襲は、ほぼベストコンディションと言っていい。油断もない。

 ゆえに彼女は、一切動じることなく、最短最速の動きでオーバーホールの身体をあしらった。

 

「この子はお前のモノじゃないだろ!」

「ぐっ!?」

 

 狙いすました攻撃を、あっさりとかわされた上に反撃まで受けたオーバーホールの身体が虚空に打ち上げられる。

 もはや回避できない彼の身体に向けて、襲は勢いよく剣を振るった。狙うは上半身と下半身の両断。

 

「させないっ!」

 

 しかしそこに、デクが割り込んだ。今の彼が制御できる限界、10%の出力でワンフォーオールをまといながら。

 

 真横から飛び込んできた緑色の輝きが、剣の腹を殴りつけて軌道が逸れる。

 剣はギリギリのところでオーバーホールの身体から外れ、そのオーバーホールはルミリオンによって引き寄せられた。

 

 そうしている間にも、デクは続けて猛然と襲に挑みかかる。軽い、しかしワンフォーオールによる強烈なジャブを小刻みに繰り出して牽制しつつ、必殺の一撃を見舞うスキを窺う。

 

 何せデクは、襲がフォースユーザーであることを既に見聞きして知っている。加えてフォースユーザーを相手取るために必要なことも、理解している。

 ゆえに、動きはあえて不規則に、アドリブに任せて。一つの動きで、攻撃で、複数の意味を持たせることを意識して。

 

 もちろんそれだけでは、フォースユーザーに対抗するには足りない。

 だからその不足は、ウラビティが埋める。彼女は重力を消した瓦礫を投げ、襲の思考や集中を乱すことに努めるのだ。

 

 襲自体に「無重力(ゼログラビティ)」をかけられればもう少し事態は好転していただろうが、それはできない。離れた相手に発動するには、相応の集中と時間が必要になる。瞬間移動を繰り返す襲には使えない。

 

「ああもう……! オマエ邪魔だな……!」

「えっ!?」

 

 しかし、それでも。次の瞬間である。襲がデクの隣にいた。

 超スピードではない。何せ彼女は真横に飛んだのだ。その彼女が、デクの真横から飛び込んでくる。それはまごうことなき、

 

(――瞬間移動!?)

「デクくん! 大丈夫!?」

「だ……っ、いじょうぶ!」

 

 同時に、襲の肘がデクの鳩尾に叩き込まれた。彼はそのまま態勢を崩し、せき込みながら斜め後ろへ数歩たたらを踏む。彼の身体をウラビティがとっさに受け止めた。

 

 一方、そんな彼らに構うことなく、襲は前へ踏み込んだ。踏み込んで――同時にオーバーホールの眼前に現れる。今の彼女の狙いはあくまでオーバーホールであるらしい。

 

「ッ!?」

「どりゃあ!」

「待ったぁ!」

 

 そのまま唐竹割りに剣を振り下ろす襲に、ルミリオンが割り込んだ。ここまでのわずかな攻防で、早くも襲の動きを見切って攻撃を置きに来たのである。

 

 だがそれすらも、フォースユーザーには読めている。

 

「……! 本物のワープってか……!」

 

 刹那、再び襲の身体が瞬間移動した。次に現れたのは、オーバーホールの真後ろ。

 

 しかし、ただ真後ろに出現したのではない。向きが逆になっていた。すなわち、オーバーホールの背中と相対する形で。

 ただし、振り下ろす途中だった剣の動きはそのままだ。すると当然、無慈悲な刃は躊躇なくオーバーホールの頭を――

 

「……っ!」

 

 ――叩き切る、直前。

 腕の中のエリが、ひどく怯えた表情で身体を縮こめて顔を背ける様をフォースで感じ取った襲は、剣をとめた。

 

 ギリギリである。既に刃は、オーバーホールの頭皮にまで到達していた。薄皮一枚とはいえ、刃に食い込まれた皮膚からはかすかに血が漏れ出る。

 

「……何が嫌なの? コイツには散々、ひどいことされてきたんじゃないの?」

 

 その姿勢のまま、襲は心底不思議そうにエリの顔を覗き込んだ。

 

「ひ……っ、だ、でも、ぁ、ぅ……ご、ごめんなさい……」

 

 エリに対する殺意は、微塵もない。しかし、いまだにオーバーホールへの殺意は全開でもある。それを境遇ゆえに感じ取れてしまうエリは、怯えたまま襲を見た。

 

 が、そこまでだ。いまだ幼いエリには、抗議するだけの度胸はなかった。尻すぼみに声が消えていく。

 

 しかし、彼女が言わんとしたことは伝わった。なぜなら襲は、フォースユーザーだから。目の前の非フォースユーザーの思考を、この至近距離で、ましてや接触している状態で読み取ることはたやすいことだ。

 

 もちろん読めるとは言っても、技術がない襲には、幼い子供の思考を正確に読み込むことはできない。そのための人生経験もない。

 

 それでも、伝わってくるものはある。子供であるがゆえの、極めてシンプルでプリミティブな感情。それが襲の脳裏に届いて焼き付いた。

 

 ――イヤだ。

 

 理屈ではない。厳密な理由もない。

 ただ、目の前の誰かが死ぬということが、目の前の生命が無理やり失われるということが。それが、イヤだ。どうしようもなく、受け入れられない。

 

 それが見えた瞬間、襲の頭はちくりと痛みを覚えた。

 

 怪我や病気によるものではない。エリと同じ年頃の自分に、彼女と同じように人を許すことができたかを思わず考えてしまったのだ。そう、失ってしまった大切な人と同じように、人を許すことができたかを。

 

 だから生まれからして違うのだと、突き付けられたような気がして。

 

「……っ、わかったよ。ボクが悪かった。ごめんね、怖くしちゃった」

 

 その意味を理解したくはなかったが、理解してしまった襲は舌打ちをしながらも剣を引いた。

 引きつつ、態勢を整えなおして手を伸ばしていたオーバーホールの身体を全力でフォースプッシュする。

 

「がは……っ!?」

 

 彼はビルの壁に激しくぶつかり、血を吐いた。

 

 そんなオーバーホールを目にもくれず、襲は剣を引いた動きを利用してくるりと身体の向きを整えつつ、瞬間移動を加えて後ろからルミリオンの首に剣を当てる。

 

 が、ルミリオンも負けてはいない。彼は全身に「透過」を発動すると、地面の中に落下してこの場から逃れた。

 

「んぅ?」

 

 彼はそのままオーバーホールの隣に出現すると、復帰したデクともども改めて身構える。

 

 ウラビティは少し迷ったが、血を吐いたオーバーホールに手を貸していた。一応、彼はまだ、かろうじてヴィラン扱いできない。

 

「……ふぅーん? そこらへんのよわよわな紛い物じゃないってコト? 面倒だなぁ……」

 

 彼らにうっそりと目を向けながらも、襲は剣を下ろした。切っ先がアスファルトに触れて、甲高い音を立てる。

 

 次に何が来る?

 そう考え、身構えつつも口を開こうとしたデクたちだったが……しかし、彼らの思考に反して襲は剣を背負っていた鞘に収めた。

 

「え……?」

「優しいこの子に免じて、今日はここでおしまいにしてあげる。感謝してよねぇ」

 

 襲はそんなことを言いながら、エリを改めて抱きかかえなおした。それまで剣を振るっていた手が、顔や態度とは裏腹に優しくエリの頭をなでる。

 

「ま、待て! その子をどうするつもりだ!?」

「オマエらには任せておけないから、連れて帰るんだよ。どうするかはそのあと考えるけど」

「んな……っ!」

「ふざけるな……! エリは俺のものだ……!」

 

 ウラビティの手を振り払い、身体を起こしたオーバーホールが地面に手を伸ばす。

 

 だがその直前で、彼の身体が持ち上がった。そのまま首から空中に吊り下げられる。慌ててウラビティが身体を支えるが、重力の影響がなくなっても首が締まる圧力自体は弱まらない。

 

「が……っ、はっ、ぐ、ぐぁ……!?」

「いい加減にしろよ……。この子はお前のモノじゃない……って言っただろ……!」

 

 掌が、オーバーホールに向いていた。

 

 フォースグリップ。闇の力で、触れずして首を絞める暗黒面の技。

 本来なら、見様見真似どころか又聞きなどでは到底使えないはずの技が、無尽蔵と見まごうほどに溢れ続けるフォースの物量によって、強引に実現されていた。

 

「そもそも娘ですらないくせに、オマエ何ほざいてんの? ……んん? へえ……? なんだ、組長の孫なの? やっぱりオマエ、何にも関係ないじゃん……よくもまあ、ぬけぬけと言えたもんだね?」

 

 それを放つ手の奥には、金色の瞳が爛々と輝いていた。

 

「その手を離すんだ、死柄木襲!」

 

 彼女をとめるために、再びデクが飛び出す。

 

「いいよ、離してあげるぅ!」

「きゃっ!?」

「ごはぁッ!?」

 

 しかし彼の動きを見たと同時に、襲はフォースグリップをかけていた手を振り抜いてオーバーホールを地面に叩きつけた。

 ウラビティが振り払われ壁にぶつかると同時に、オーバーホールの身体からは骨がへし折れる音が響き、アスファルトに軽くクレーターのように人型のヒビが入る。

 

 次いで彼女は上を向き――消えた。

 

「また消えた!」

「上だ、デク!」

 

 空振りとなったデクも、隙を窺っていたルミリオンも、険しい表情で上に目を向ける。

 

 そこには、空中を自由落下する襲の姿。腕の中には変わらずエリの姿もあって、突然の視界の変化に戸惑いながらも落下の勢いに怯えてぎゅっと目を閉じている。

 

 しかし襲はもはやヒーローたちなど気にもしておらず、落ちていることも気にした様子はない。ただ顔だけは先ほどと何も変わらないまま、淡々とスマートフォンを片手で弄っていた。

 

 そして次の瞬間。

 

「じゃあね、バイバーイ」

 

 襲はそう言い残すと。

 

 スマートフォンの画面――そこに映し出された弔たちの姿を赤い瞳で見つめながら。

 エリごとこの場から瞬間移動して、消え。

 

 消えた地点を、デクの蹴りがむなしく通過した。

 




「覚醒」と言っても、暗黒面の奥に踏み込んだだけで別に一気にステータスが上がったとかではないです。シスとダークサイドの深淵は別の概念なので。
なので今回の襲がやたら強いのは、フォースグリップのくだりで書いたようにあくまでフォースの膨大な物量によるゴリ押しです。平時を普通のダム放水だとしたら、今回は全開で放水してるような感じ。
もちろん前章の幕間で書いた通り特訓はしてたんで、神野時間当時より強くなってることは間違いないんですがね。

なおその来歴同様に詳細を説明する暇がなかったのでここで語りますが、襲の三つ目の個性は、「視界に入れたところに瞬間移動する」というものです。見ている範囲にしか移動できないので、どんなにがんばっても地平線以上の移動できません。
ですが彼女は訓練を重ねることで、瞬間移動を使った際に身体の向きを変えられるようになってます。これを使って、瞬間移動を連発して全方位から連撃するというのが、弔に言っていた新しい技です。

さらに新しい技はもう一つあって、それはリアルタイムの映像を見ればそこに距離を完全に無視してそこに瞬間移動することです。だから弔には念押しして配信をさせたわけですね。
ただ、こちらはフォースと個性の悪魔合体が仕事した結果。理波がカメラ越しに増幅を発動できるように、襲も同じようなことができるようになったわけです。まあ、これは増幅の概念に対する発動に比べるとだいぶ難易度低いんですが。
なお「見えてるところにワープする個性? それってライブカメラでも使えたりする?」と指摘したのはマスタードな模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.近い場所で、彼が飛躍を果たした日

 インターン初日を終えて、寮に戻ってきた出久だったが、心中は穏やかではなかった。

 

 気のいい人間が集まっているA組では、一部を除いて誰もがみな気にかけてくれたが……インターンで見聞きしたものは基本的に守秘義務の範疇となる。下手なことは言えないため、詳しく説明するわけにもいかなかった。

 おかげで食事も入浴もおざなりになってしまい、部屋へ戻っても何かするほどの気力が湧かないまま、ベッドに仰向けとなってぼんやりするばかりである。

 

 彼の中にあったのは、どうすればあの少女()()を救けることができるだろうか、という問いだ。サー・ナイトアイには、その考え方は今はやめておくべきだと諭された問い。

 けれど、だからといって考えないなど、緑谷出久という男にとっては不可能なことだった。

 

 とはいえ、答えは出ない。仮免許を取ったとはいえ、ヒーローとしても、人間としても経験が足りないのだ。

 ましてやここは現実である。すべてを明快に救うような、特別な力や知恵が突然降って湧いてくるはずもない。

 

 ――と。

 手にしたままだったスマートフォンが、通知を告げてきた。

 

 何気なしに画面を持ち上げて、その内容に小さく目を丸くする。

 

『電話してもいいですか』

 

 生まれて初めての異性の友人から、そんなメールが届いていた。

 上半身を起こす。画面をタップして、少し悩んで、短い文章を送り返す。

 

 すると、ほどなくして電話がかかってきた。

 きっと心配してくれているんだろうな、と思い至って少し面映ゆくなる出久。

 

 とはいえ、放っておくわけにはいかない。そういうところは真面目な彼は、深呼吸を一つしてから通話のアイコンをタップした。

 

『もしもしデクくん?』

 

 直後、耳元で女性の声が響いて、出久はあっという間にいっぱいいっぱいになった。お茶子と会話すること自体は、初めてではないというのに。

 

 とはいえ、彼女相手ならば最初の頃よりも余裕があることも事実。まあ今この瞬間においては、異性を意識するだけの精神的な余裕がないだけというのが情けないところではあるが。

 

「も、もしもし?」

 

 ともあれ、出久はなんとか取り繕って応答した。

 

『夜にごめんね。その……なんていうか、色々……そう、色々あったから……』

「う、も、もしかして気を遣わせちゃったかな……」

『ううん、私がしたくてやってることだから。……正直もやもやしたままで寝るに寝れんし、それなら誰かと話してたほうがいいかなって、そういうアレだから。うん』

「ああ……麗日さんもそうなんだ……? で、でも、なんで僕なんかに……」

『なんかじゃないよ!』

「わっ」

 

 フォースで精神的に横っ面を張られて、落ち込んでいたところだ。雄英に来てからは極力出さないように努めていたネガティブな面をうっかり出してしまったところで、結構大きめの声で即答されて出久は驚いた。

 

 対してお茶子は、想いを寄せる人の卑屈な面がもどかしくて、反射的に答えていた。

 が、すぐにそれに気づいて慌てて取り繕う。電話の向こうでは、見えているわけでもないのにわたわたと手を動かしていた。

 

『えっと、その、デクくんはすごくて……その、かっこいい人だって、私わかってるから。あの、だから……その、なんていうか、「なんか」なんて言うのはやめてほしいっていうか……』

「う、うん、えっと。えーっと、あ、ありがとう?」

『ど、どういたしまして!』

 

 それが見えているわけではないのだが。普段と少し違うお茶子の口ぶりに釣られる形で、出久も妙に胸が騒いで頬を赤くする。

 

 しばらく、そこからはとりとめのないやり取りが続いた。お互いにわかってはいるけれども、本題に入るには何か前置きをしておきたかったので、一度話が脱線したのは二人ともある意味好都合だった。

 

 が、やがて覚悟を決めて。お茶子が、おずおずと本題を切り出した。

 

『……あのね、デクくん。今日のこと……なんだけど』

「……うん」

 

 来た、とは思った。

 思ったけれど、予想よりも身構えることはなかった。

 

 そのことを少し不思議に思いながらも、出久は頷く。ここにいない相手と、目が合ったような気がした。

 

『えっと……その、私でよければ、話聞くよ。愚痴でもなんでも。同じとこにおったんやし、私なら一応守秘義務の外でしょ』

 

 お茶子の申し出に、出久は一度目を見開いて。それからぎこちなく笑った。

 

 そうだった。この寮に住む二十人の中で、唯一お茶子だけは例外なのだ。彼女には、彼女だけは、話すことができる。

 そう思った瞬間、はっきりと気が楽になったように感じた。

 

『そ、それにデクくん、わりとため込んじゃうクチだと思うし。私も、その、言いたいこととか思うところ、あるから……よければ聞いてほしいなって……その、そんな風に思って、電話しました』

「……麗日さんにはかなわないなぁ」

 

 それは秘密を共有することへの親近感か、彼女の人徳のなすところか。それとも、彼女がそういうヒーローを目指しているからか。

 

 ともかく出久は、自分でも驚くくらいするりと言葉を口にしていた。

 

「……頭ではわかってるんだ。僕はオールマイトじゃない……救けようと思ったときに必ず救けられるような力なんて、ないんだって。サーの言う通り、今は考えないほうがいいのかもしれない。わかってるんだけど……でも、どうしても考えちゃうんだ」

『わかる……考えないなんて無理だよね……』

「あのとき、本当にあそこでエリちゃんを救けるのは無理だったのかなって……考えちゃうんだ。何かできたんじゃないか、って……」

『わかる……だって死柄木襲の言葉、聞いててしんどかった……』

「だよね……。なんで救けないんだって。悲鳴が聞こえないのかって。……そりゃ、ヴィランが言うなよって話かもだけど……でも、正論だし……」

『うん……』

 

 そこで出久は、ゆっくりとうなだれた。

 お茶子も、電話口の向こうで同じようにしていた。共にその場に居合わせたものとして、そんなことはないとは口が裂けても言えなかった。

 

 頭ではわかっている。出久もお茶子も、同行していた通形ミリオも。それぞれが今の自分の力でできる最大限のことをした。それは異論を挟む余地のないこと。

 救けようとした結果、その相手が死んでしまっては意味がないのだから、あのときはあれが最善だった。そのはずだ。

 

 ただ、現在進行形で被害を受けているものにしてみれば、それすらも裏切られたように思えてしまうことも、あり得る話で……。

 

 ここまであれこれ思い悩む必要など、ないのかもしれない。実際、相手が違ったならここまで思いつめなかったかもしれない。

 

 だが、出久たちにこの問題を突き付けたのは誰あろう、フォースユーザーの死柄木襲である。あのときの彼女ははっきりとフォースの深淵にあって、放たれる言葉には無自覚ゆえの全力のフォースが例外なく乗っていた。

 ただでさえ、言葉はときに刃物となって人の心をえぐる。フォースという明確な力を帯びていたとなれば、引きずるのも当然と言えた。

 

 しかも、である。

 

「……どうして救けてくれなかったんだ、ってセリフ……どこまで本気だったんだろうね……」

『……見つけてくれないくせに、とも言ってたよね……。いつも終わってから来るくせに、って……』

「……うん。そりゃ、嘘かもしれないけど。真に受けるほうが問題かもだけど……でも、僕にはそれが嘘には思えなくて……」

『……私も……。あの言葉、ずっと頭の中でリフレインしてて……もやもやしっぱなしや……』

 

 あのときの襲の言葉が、悲鳴に聞こえた。怒りに満ちた襲の顔が、救けを求めているように見えた。

 少なくとも二人にはそう聞こえたし、見えたのだ。それがどうにも、心をざわつかせる。

 

 そう、二人は察してしまった。ヴィラン連合の主要人物である死柄木襲が、元は”個性”犯罪の被害者だったということを。ヒーローに救けられないまま、絶望の淵をさまよっていたことを。あるいは今も。

 

 そして同時に、出久はかつてのオールマイトとの会話を思い出していた。木椰区のショッピングモールで、死柄木弔と遭遇したあとのこと。オールマイトに、「オールマイトでも救けられなかったことはあるんですか?」と問うたときのことを。

 

 ナンバーワンヒーローの答えは、迷うことなく「あるよ。たくさん」だった。あのオールマイトでさえ、取りこぼすことがある。そんな現実を突きつけられた日のことを。

 時間を置いた二つの記憶がまるで、違う絵柄なのにかみ合ってしまったジグソーパズルのように、くっついて離れなかった。

 

 だから余計に、もやもやする……。

 

『……でも、さ。諦めたくは、ない、よねぇ……』

「――――」

 

 それは、とても静かな言葉だった。もしかしたら、つぶやくような声量でしかなかったかもしれない。

 けれど、彼女のその言葉は、やけにはっきりと聞こえた。

 

『救けたい、よね……。笑っててほしいなって、思うよ……もちろん、他の人だって、みんな、みんな……』

 

 言葉が重ねられる。余人には無謀な願望にしか思われない言葉。けれどそこには、はっきりとした覚悟の色があった。だから。

 

「――……うん。救けたい。救けることを、諦めたくない。だって、救けたいって、思っちゃったんだ」

『――――』

 

 心の炎が、勢いを増した気がした。

 

「エリちゃんは当然として。彼女も……死柄木襲も。ヴィランになってしまった人も、なるしかなかった人も……いや、もうヴィランに望んでなった人だって! 僕は――全部全部、救けたい!」

 

 だから言う。それはさながら、宣誓のように。

 

『――……ふふ。やっぱりデクくんはすごくてかっこいいや』

「え。そ、そう、かな? 自分で言っといて無茶苦茶だなって思うんだけど……」

『そんなことない! だって、それができたら一番いいやん? それ目指して、悪いわけあるもんかい!』

「麗日さん……」

 

 いつの間にか、二人とも顔は上がっていた。視線は窓の向こう、暑さの残る夜の空を見つめていた。

 

『……でも、そのためには強くならんとね』

「そう……だね……。救けるためにはきっと、負けられない戦いもあるだろうし……ああ、強くなりたいなぁ……」

『うん……私も、もっともっと強くなりたい……』

 

 そうして次に出てきた言葉は、力なきものの定型句のような言葉で。

 

 しかしそこに、悲観や羨望、嫉妬の色はなく。

 ただひたすらに、望み、願い、理想という前に向かって走り続けるもの特有の明るさに満ちていた。

 

「……ねぇ、麗日さん。僕……僕も、目指すヒーロー像、決まったよ。オールマイトみたいなヒーローになりたい。ずっと、ずっとそう思ってたけど。今は――」

 

 なぜなら。

 

 彼はもう。

 

「――オールマイトを、超えるヒーローになりたい! いつだってみんなを悲しませない、みんなが笑っていられる世界にできる……どんなときでも必ず勝って、必ず救ける、そんなヒーローに……!」

 

 デク(無個性の役立たず)ではない。デク(ナンバーワンを継ぐもの)なのだから。

 

『なれるよ』

「うん……」

『なろうよ!』

「うん……!」

『一緒に強くなろ、デクくん!』

「うん!」

 

 そんな彼に、彼女の言葉はよく沁みた。

 直接身体に触れられたわけでもないのに、暖かかった。

 意見を重ねるわけではなく、寄り添ってくれたことが、嬉しくて。思わず涙腺が緩む。

 

 そんな目元を、空いているほうの手でぐいとぬぐって、出久は天井を仰いだ。

 

「……ありがとう、麗日さん!」

『えへへ、いいってことよ!』

 

***

 

 ――そんな会話がなされている。

 

 ような気がするようで、どこかうっとりしているヒミコをよそに。

 私は今日、何が起きていたかの情報をまとめたI-2Oから報告を受けていた。

 

 内容そのものには、そこまで目を引くものはない。

 いや、もちろん私の感覚では十分すぎるほど大事件の芽に感じるのだが、この惑星の水準で考えるとこれでもまだ大したことはないのである。相変わらず恐ろしい星だ。

 

 それでいて、ことの発端とも言える死穢八斎會の若頭、オーバーホールことチサキは捕まっていない。虐待の疑いはあれど、証拠がないため逮捕できないのである。

 任意同行はもちろん求めたようだが、それも断られている。任意は任意だからな。

 

 だがそれよりも何よりも、私にとって無視できないものが別にある。

 

「……シガラキ・カサネがフォースグリップを使った、だと……?」

 

 そう、これだ。これは、これだけは何を差し置いても見過ごせない。

 

 フォースグリップは、言うまでもなく暗黒面の技だ。シスのみならず、暗黒面に堕ちたフォースユーザーなら使うこともあるだろう。

 だが、だからといって訓練もなしにいきなり使えるものではない。暗黒面の技としては下から数えたほうが早い難易度ではあるだろうが、それでも基礎を固めた上に成り立つ応用技なのだ。

 

 それを、シガラキ・カサネが使っただと?

 あの、ただフォースを振り回すことしかできなかった子供が? 誰からも教わることなく?

 

 いくらなんでもそれは、信じがたい話だ。せめて誰かがどこかでやったところを見たか聞いたかでもしない限りは、たどり着けるものでもないのだが。

 

 ……ヒミコ、しかいないよなぁ……。恐らくは合宿で、ムーンフィッシュと交戦したとき、だろうな……。

 彼女を捕まえたものに見られていたわけだ。そこから伝わったのだろう。

 

 まあ、それについてはもう仕方がない。既に終わったことだ。今さらヒミコにとやかく言う意味も必要もない。

 

 ただ、これが事実であるなら。現状でシガラキ・カサネと真っ正面から戦って勝てるものは、もはやこの地球上には私とヒミコしか存在しない可能性が高い。

 

「公安委員会の思惑通りに進んでいることには思うところはあるが……ヴィラン連合への対処に私が出ないわけにはいかなくなった、か……」

 

 つまり、そういうことである。すべての報告に目を通し終えた私は、ここで一つため息をついた。

 

 公安委員会からの要請となれば、それは「退治」となるだろう。果たして説得の余地を与えられるかどうか……。

 

 もちろん、戦うことに否はない。この星の自由と正義のために、戦わざるを得ないのであれば戦おう。シガラキ・カサネはまごうことなき犯罪者であり、暗黒面に生きるフォースユーザーなのだから。

 

 しかし彼女の過去に、相応のことがあったと私は知っている。虐待されていると思われる子供を誘拐したのも、自分と似たような境遇の子供をチサキから保護したかったからなのではないか。

 もしそうであるなら……彼女にも、更生する余地はあるのではないか。そう、思えてならない。

 

 たとえその可能性がゼロに極めて近くとも。ゼロでないのであれば、ジェダイとして、あの父上の娘として、ただ倒すだけで終わりとはしたくない。

 

 私はそう、思うのである……。

 




今回のサブタイは、EP1の13話に重ねる形のサブタイ。別名「緑谷出久:ライジング」。
何らかの飛躍がキャラクターにあったとき、原作ではライジングのサブタイが与えられますが、デクくんは今のところそういうのないですよね。
いやまあ、彼ってわりと常にライジングしてるし、その手のイベントが起きたときはもっと印象的なサブタイが与えられてるイメージではあるんですが。

一方原作の展開は既に最終章なので、今後デクくんのライジングが出るとしたら最後の最後にとっておき、って形だろうと推測してます。
ただ割烹ではちらっと書いてますが、本作は原作で言う全面戦争編をひとまずの決着にするつもりで書いています。なので、原作のライジング回の時系列では普通に授業とかしてる時期である可能性が極めて高く。
そういうわけで、もうここでライジング回やっちゃえって思いました。

思ったのでやりました(その目は澄み切っていた
まあ、ボクはこういう発破はヒロインにやってほしい派なので、かっちゃんではなくお茶子ちゃんにやってもらいましたが。

ところで、そろそろタグにデク茶とか入れたほうがいいんだろうか・・・。
でもタグのスペース、文字数いっぱいなんだよな・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.嫌な話

 さらに数日が経って、再びの週末。土曜日のことである。

 私とヒミコは、イレイザーヘッドに呼び出されて寮を出た。彼と共にタクシーに乗り込んで向かった先は、ナイトアイの事務所。……の、最寄りの警察署である。

 

 なぜそうなったかは説明されている。ヴィラン連合に関わる案件……つまりはシガラキ・カサネに関わる案件があるため、これに対抗し得るフォースユーザーとして駆り出されたのだ。

 

「んー……わかんないです」

 

 集合時間までの暇な時間、大会議室に集まったヒーローたちをざっと見渡したヒミコがあっけらかんと言い放つ。

 もちろん、この場にいるヒーローのことがわからない、という意味だ。彼女は私以上にヒーローに興味がないので、誰が誰だかわからないのである。さすがに全員がわからないわけではないが、それは慰めにはならないだろう。

 

 ただ、参加している人数はかなり多い。ヒミコが覚えることを放棄しても仕方ないくらいには多い。

 

 神野事件以降、少しずつだが犯罪件数が増えてきているのだが、それでもまだ劇的には増えていない。依然としてこの国は「ヒーロー飽和社会」である。だからこそ、今回これだけの人手が集まれたのだろうな。

 

 ……それを支えているオールマイトは既に引退間際の傷病者だし、ここ一年くらいは活動自体もかなり抑えているのだがなぁ。

 まあ彼が健在である、と世間が認識していることが重要なのだろう。これで彼があのとき倒れていたら、どうなっていたのか試算するのも恐ろしい。

 

「あれ、相澤先生に増栄さんたちまでいる!?」

 

 と、そうこうしているうちにミドリヤたちがやって来た。彼と共に、ウララカ、ツユちゃん、キリシマ、バクゴー、トドロキもいる。さらに言えば、ビッグ3も勢揃いだ。

 

「なんでー!?」

「私たちは相澤先生と一緒に来たんですよぉ」

「なんだよ、どうせなら一緒でよかったじゃねぇか」

「私たちはイレイザーヘッドの指揮下という体だからな。君たちにもそれぞれ、上役としてのヒーローがいるだろう?」

「合理的判断、ということなのね……」

「ああ……相澤先生なら言いそうだ」

「ケッ!」

 

 と、そんな話もそこそこに、彼らはとりあえずそれぞれがついているヒーローに挨拶へ向かった。

 

 その後一通りの顔合わせが済んだところで、用意されていた資料と共に席へ案内される。

 座席はプロヒーロー、警察関係者の二グループに分けられているが、私とヒミコはイレイザーヘッドの隣に配置されている。それ以外の学生組も、それぞれの担当ヒーローの傍だ。

 

「さて、揃ったところで会議を始めましょうか」

「はい。我々ナイトアイ事務所は警察からの要請を受け、先週から共に死穢八斎會という指定ヴィラン団体について調査をしていました。というのも、先だってヴィラン連合と死穢八斎會が接触したらしい、という情報がもたらされたためです」

「我々ナイトアイ事務所に話が来たのは、単純に死穢八斎會がうちの管轄内にある組織だからですね。もちろんそれだけの能力があると見ていただけているからでもありますが」

 

 音頭を取った刑事から話を向けられて口火を切ったのは、ナイトアイ事務所のサイドキック二人。バブルガールとセンチピーダーだ。

 

「ところがその調査中……この間の日曜日のことです。その死穢八斎會の若頭、『オーバーホール』こと治埼廻と、うちのインターン生が偶然にも遭遇する事態となった。……それはいい。それ自体はいいのです」

 

 次いで、ナイトアイ本人が話を引き継いだ。これを受けて、この場にいるほぼ全員の視線がトーガタ、ミドリヤ、ウララカに注がれた。

 

「三人はこのとき、オーバーホールの下から逃げ出していた少女を保護しようとしていました。資料一ページ目の子です。名前はエリ。どうやら八斎會の組長の孫とのこと。保護しようとしていたのは、虐待の疑いがあったため。

 とはいえ、日本は保護者の親権が強い国です。ましてや我々は警察ではない。その警察でも、エリちゃんの素性を確定するまで二日かかりました。当時現場でそれを知る術はなく、ゆえに明確な証拠もなしに彼女をオーバーホールから引き離すことはできなかった。多少の問答ののちに、解放するしかなかったわけですが……そこに、ヴィラン連合が突如として割って入って来た」

 

 二ページ目に進んで、という補足が入り、紙が一斉にめくられる。そこにあったのは、シガラキ・カサネの写真だった。

 

 とはいえ見るために撮られたものではなく、何かのスキをついて隠し撮ったものだろう。画質がよろしくないし、ピントも少しずれている。

 それでも、この少女がシガラキ・カサネであると判別することに支障はない。それくらいの質はあった。

 

「死柄木襲、そう呼ばれているそうです。本名かどうかはわかりませんが、連合のリーダーである弔と同じファミリーネームを用いている以上、ただの幹部とは思わないほうがいいでしょう」

「この死柄木襲によって、エリちゃんは誘拐されました。そしてオーバーホールから、警察・ヒーロー双方に対して捜索願が出された……というのが現状になります」

 

 ナイトアイから説明を引き継いだ刑事二人の言葉に、多くの人間が顔をしかめた。

 

「指定ヴィラン団体からの捜索願か……我々としては応じるしかないとはいえ、やってくれる」

「ふむ……俺と塚内にも声がかかったのもそういうことっつぅわけだな」

 

 代表するかのように、エンデヴァーとグラントリノがこぼした。私も同感だ。

 

 とその直後、資料を眺めていたロックロックが思わずといった様子で声を上げた。彼に続く形で、あちこちからどよめきが上がる。

 

「……おいおい、このガキ”個性”を三つも持ってやがんのか? これも神野んときのスーパーヴィランの仕業かよ?」

「正確には準個性もあるんで、能力としては四つですね。まあ、それについてはこの際重要じゃないでしょう」

 

 これに対して、いつも通りの態度で淡々と応じるイレイザーヘッドである。気持ちはわかる。

 

 わかるが、周りの興味が一斉に準個性に向いた。いまだに世間にはほぼ公表されていないので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

 しかしこれについては誰も説明することなく、話はさっさと先に進んでいく。

 

「しかし問題はそれだけではありません。資料の三ページ目をご覧ください」

 

 そう言われてしまえば仕方なく、全員が再び紙束をめくった。

 

 三ページ目に記されていたものは、銃弾と思われるものの写真だ。先端部分は針になっているので、銃弾としての機能があるのかどうかは少々疑わしい。

 

 だがそこに装填されているものの説明文を読み進めると、これが非常に問題のあるものだということがわかる。

 

「問題は八斎會もだ。結論から言いましょう。調査の結果、八斎會はとある薬を新たなシノギにしようと動いていると判明した」

「とある薬……?」

「そこからは俺に任せてや」

 

 ナイトアイが口を開く前に、大きな身体のヒーローが立ち上がる。大阪を拠点にしているヒーローで、名前はファットガムだったかな。キリシマとアマジキのインターン先だったはずだ。

 

「俺は昔、薬の類を扱う連中をゴリゴリにブッ潰すんをメインにしてた時期があってな。その経験からお呼ばれしたんやが……これはマジでアカンやつや。なんせ……”個性”を破壊する薬やさかい」

 

 彼は軽く自己紹介したあと、そう言って険しい表情をした。その衝撃的な内容に、場が一気に騒がしくなる。

 

 当たり前だ。この星は今、”個性”というものが社会の基盤になってしまっている。危なっかしい状況は続いているが、ひとまずはそれで一応の安定を見ている。

 だがそれを破壊できる弾丸――資料では個性破壊弾と仮称している――などというものが出回ってしまったら、社会はまた超常黎明期のような暗黒時代に戻ってしまいかねない。それほどの危険性が秘められている。

 

「今週の月曜のことや。ウチでインターンやっとる烈怒頼雄斗(レッドライオット)のデビュー戦の話や。事件自体は結構派手めに報道されたから知っとる人もおるかとは思うけど……実はこんとき、ドサクサに紛れてこの弾丸がサンイーター(アマジキのヒーロー名)に撃ち込まれてもうた。おかげでサンイーターは”個性”が使えなくなってしもたんや」

 

 続けられたファットガムの言葉に、場はさらに騒然となる。

 特にアマジキと仲のいいトーガタは、軽く立ち上がりながらアマジキに声をかけた。

 

「え、環……!? でも、今は大丈夫なんだろ!?」

「ああ……寝たら回復していたよ。見てくれこの立派な牛の蹄」

「朝食は牛丼かな!?」

 

 問題ないと言いながら、アマジキは”個性”を発動させた。右手が牛のそれへと変化する。彼の”個性”は、食したものの身体を自らの身体に再現するものなのだ。

 彼の様子に、周りからは口々に安堵の声が出る。

 

「回復すんなら安心だな。致命傷にはならねぇ」

「……俺の『抹消』とはちょっと違うみたいですね」

 

 ロックロックがいかにも気にしていないと言うような態度で言ったが、これにイレイザーヘッドが口を挟んだ。

 

「あん? どう違うんだよ?」

「資料を読む限り、こいつを受けると個性因子が傷つき、結果”個性”が使えなくなるとあります。ですが俺は”個性”を攻撃してるわけじゃないんで」

 

 イレイザーヘッドは言う。自分の”個性”は、あくまで個性因子の活動を一時停止させるだけなのだ、と。

 

 走るスピーダーを停止させる方法にたとえた場合、イレイザーヘッドの”個性”は外部からブレーキを踏ませる方法と言っていいだろう。だが個性破壊弾は、スピーダーそのものを破壊することで結果的に停止させる方法と言っていい。結果が同じでも、その機序はまったく違うのだ。

 

「今は自然治癒して異常なし。身体のほうも異常なし。ただ”個性”だけが攻撃された、か……確かに違ぇな。……なあ。だとするとこの薬、もしかしなくても未完成ってことなんじゃねぇか?」

「だろうな。恐らく完成品は、”個性”を完全に破壊することを企図している」

 

 ロックロックが納得した顔で頷きつつも、緊張した面持ちでこぼした。その対面で、エンデヴァーが頷く。

 

「そんなものが出回ったら大変なことになるぞ……!」

「か、解析はできたのか?」

「残念ながら、サンイーターに撃ち込まれたモンからはなんもわからんかった。撃った連中はダンマリ! 銃もバラバラ! この薬が入った弾も、撃ったっキリしか所持してへんかった。けど……」

 

 ここでファットガムは、言葉をためるように一度口を閉じた。

 同時に視線を傍らのキリシマに向け、彼を誇示するかのように開いた手で指し示した。

 

「ところがどっこい、烈怒頼雄斗が身を挺して弾いたおかげで、中身の入った一発が手に入りましてん!」

「うおっ!? 俺ッスか! びっくりした、急に来た!」

「切島くんお手柄や」

「ケロ。かっこいいわ」

「硬化だよねー。知ってるー! うってつけだね!」

 

 どうやらアマジキ同様、キリシマにも個性破壊弾を撃ち込まれたようだ。だが、彼の”個性”は「硬化」。発動中は、針が刺さる余地はない。それで彼は被害を免れたようだ。

 免れたどころか、効果を残した個性破壊弾が手に入った。なるほど大手柄である。

 

「そしてその中を調べた結果……ムッチャ気色悪いモンが出てきた。人の血ィや細胞や」

「つまりその効果は人由来……”個性”ってこと? ”個性”による”個性”破壊……」

「うーん……さっきから話が見えてこないんだが。こいつがとんでもない代物ってことはよくわかったが、それがどうやって八斎會と繋がる?」

 

 その言い分はわからなくもない。確かに、これだけではいまいち接点が見えてこない。

 だが、そこには明確な接点である。既に私には、内心を覗く形で見えている。

 

 なぜならばこの弾丸は。

 

「その弾丸の中から見つかった血と細胞が、エリちゃんのDNAと一致した……と言えばおわかりいただけるかと」

『……ッ!?』

 

 そういうことなのだから。

 

 衝撃的な内容に、この場は感情が一周したのか静まり返ってしまった。そんな中で、ナイトアイが淡々と言葉を続ける。

 

「これに関しては、運がよかった。オーバーホールも、まさか大阪で起きた小さい事件で中身が無事な個性破壊弾が警察に渡ったとは思わなかったのでしょう。思っていたなら、エリちゃんのDNA採取に協力するはずがない」

「まあ、それについてはエリちゃんの捜索のためにはDNAが必要だと警察が協力を求めたってのもあると思いますがね」

「……おいおい、警察が嘘ついたってのかよ?」

「ハハハ、方便って言ってくださいよ、ロックロック。それにあとから捜索”個性”のヒーローを別口でちゃんと呼びましたので、丸っきり嘘ってわけでもないですよ」

「シノギの要を誘拐した連合に意趣返しがしたかったのだろうが、それが最大の失敗となったということか。下手な策は身を滅ぼすというわけだな」

 

 本来であれば、静岡と大阪ほど離れている場所の事件に繋がりがあるとはなかなか考えられないものだが。元々月初のヴィラン連合との接触により、八斎會は従来よりも監視が強くなり、既に捜査が始められていた。そのため、どんな些細なことでも八斎會に繋がる可能性があるものは、すべて捜査の手が及んでいたのである。

 その結果、警察は大阪の事件で個性破壊弾を使った男が、死穢八斎會と関係のある組織から卸されていた違法薬物も併用したことをつかんだ。

 

 もちろんそれだけでは大きな意味を持たないが、かすかにでも二つの要素が八斎會と繋がっていたのである。

 さらに言うなら、オーバーホールことチサキの”個性”は対象の分解・修復を行うものである。つまり一度壊し、治す。警察は、この効果に着目した。

 

「そしてエリちゃんは……うちのインターン生三人が遭遇したとき、手足におびただしく包帯が巻かれていた。さらに言えば、彼女は”個性”が未届で不明。しかし一般的に”個性”が発現しているであろう年齢。

 かくして我々は、一つの疑惑に辿り着いたのです。オーバーホールは――年端も行かない幼い少女の身体を銃弾にして売りさばいているのではないか、と」

 

 ナイトアイの説明に、多くのものが顔色を悪くした。社会の悪意の免疫が少ない学生組は、ごく一部を除いて真っ青になっている。無理もない。

 無理もないが……ここは耐えてもらうしかあるまい。恐らく、ヒーローをしていればこれに匹敵する案件は必ず遭遇するだろうから。

 

「警察でも『まさか』って声は多かったですよ。でもこの超人社会、やろうと思えば誰でもなんでもできてしまいますからねぇ……」

「それで念のためDNA鑑定をした結果、クロだったわけか」

「エンデヴァーの仰る通り。……ということで、ようやく本題です。現在、八斎會に対する捜索令状と、エリちゃんの保護に関する諸手続きを申請しているところです。これが出揃い次第、ヴィラン連合と同時に踏み込みたい。ちょうどエリちゃんの居場所を特定するのと同じくらいのタイミングになる予定でしてね」

「ついてはそのために、誰がどちらに対応するかを決めておきたい。役割分担や日程の調整も含めて、なるべく早く決めてしまいたいのです」

 

 ……その後会議は二時間ほどに渡って続き、最後は作戦決行日が確定したら連絡が入る、それまで待機および準備、ということでお開きとなった。

 

 なお一年生組は、インターンの中止も視野に入っていたとはイレイザーヘッドの弁である。

 とはいえ誰もこれには納得しなかったし、問題視されているのはヴィラン連合のほうなので、一年生組はほぼ全員八斎會対応側の班に回るということで一応は決着となった。

 

 まあ、バクゴーは私がヴィラン連合側に回ることに抗議していたが。それは私を案じてではなく、カサネにリベンジしたいからなのだろう。

 彼はフォースに目覚めたからには連合側でいいだろうと言っていたが……素手でシガラキ・カサネと戦うにはまだ修行が足らないだろうということで、却下である。

 

 その際彼の内心に起きた動きは悪いものではないと思うので、そのままアナキンの宿題を片付けてほしいものだが。彼は極めてプライドが高いから、すぐには無理かもしれない。すぐにできたとしても、時間は足らないだろうし。




本文中で説明した通り、原作とは違ってまだオールマイトが引退していないので、犯罪発生率は抑制され続けています。オールフォーワンが捕まり次の悪のリーダーを目指す連中の影響で増えてはいますが、それでも原作の同時期よりはだいぶマシ。
なのでここに来たヒーローは原作より多く、エンデヴァーもそのうちの一人という感じです。
捜索系個性のヒーローを地方から引っ張ってこれたのもそういう事情。
なんなら人数を確保できてるので、二正面作戦とかやっちゃう。
で、仮免取れたなら轟くんがエンデヴァーのところでインターンするのはまず間違いないだろう、ってことでこのメンツ。
かっちゃんがどこでインターンをしているかは、幕間でやる予定。

・・・と、ここまで色々書きましたが、八斎會に殴り込む側は全部カットします。こっちで起きることはおおむね原作通りなので。
一応隠し通路を事前に知る方法というか、手順は原作と違うんですけど、そういうところ余すことなく書いてると文字数が跳ね上がる(たぶん5万文字くらいかかる)し物語としてもテンポが悪くなるので・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.戦いの前に

 さらに時間は過ぎ。いよいよ作戦決行の日がやってきた。

 この重要な日の朝……ヒミコはいじけていた。

 

「……うー、やっぱり一緒に行けませんか?」

「そうもいかないよ。君の変身だからこそできることはあって、それが求められる可能性が高いのは八斎會突入班のほうだ」

「ううー! 私はコトちゃんの隣にいるためにヒーロー目指してるんですよ。こういうとき一緒にいるためなのにぃ……!」

 

 そういうことである。気持ちはわかるし、私としてもバックアップにヒミコがいてくれたほうが心強いのだが、役割分担が必要となればこれは仕方がないだろう。何せ、ヴィラン連合と死穢八斎會、より人数が必要なのは絶対に後者なのだから。

 

 ヴィラン連合はそもそもが少数精鋭な上に、オールフォーワンという強力な後ろ盾を失っている。神野事件のとき、オールマイト以外にどうしようもなかったオールフォーワンがいない今、こちらも少数精鋭で――エンデヴァー事務所とナイトアイ事務所を中心にしたチームで、十分に対処できる。そう判断されたし、私も大丈夫だと思う。

 

 翻って、 死穢八斎會は組織としての体裁を完全に維持している。それだけの構成員が存在するのだ。

 そしてこの手の犯罪組織には、往々にして特有の統率が存在するものである。であれば、最大の敵はその他大勢。たとえ”個性”という力がはびころうとも、たとえ技術が進歩しようと、我々が人類である以上、最大の武器は数なのだから。

 

「うー……それでもヤですぅ……」

 

 そう言っても、ヒミコは納得しない。私に抱き着いたまま、いやいやと首を振って丸まっている。

 

「……仕方ないな」

 

 口にした通り、仕方ないので私は少し無理やりにヒミコと視線を合わせる。

 

「終わったら、好きにしていいから」

 

 そして切り札を切った。

 

 効果はてきめんである。何せヒミコは言われてすぐに、蕩けた表情を浮かべた。

 

「……はぁい♡」

 

 その姿は、さながら獲物を前にした肉食獣のようであった。

 

 ……よう、というよりはそのものかもしれない。食べる、という比喩を使った場合、食べられる側に当たるのは大体いつも私なのだから。

 

 さて、私は一体何をされてしまうのだろう。ぞくりと身体が震える。

 ああ、身も心も期待してしまっているな。だからあまり切り札は切りたくなかったのだが。

 

 まあ、幸い明日は日曜日だ。互いに大きな怪我がなければ、さほど面倒もなく帰れるだろう。だからこそ切れた札である。

 

「じゃあ、私はもう行くよ。フォースと共にあらんことを」

「うん、フォースと共に……あっ、待ってコトちゃん」

「ん?」

「ちゅ♡」

「!?」

 

 振り返ったところで、不意打ちでキスをされた。集合場所ではないし早朝なので周囲に人はいないが、天下の往来だったのでつい狼狽してしまう。

 

 が、ヒミコは悪びれることなく笑う。ぺろりと舌なめずりする様があまりにも妖艶で、その顔に見とれる。

 

「……んふふ、いってらっしゃいのキスです」

「……ああ、うん……そういうことか……」

 

 苦笑を隠し切れない私だったが、納得はできた。

 だがそういうことなら、ことが終わったときにただいまのキスをしたほうがいいのだろうな。やれやれ。

 

「……行ってくる」

「うん、いってらっしゃぁい!」

 

 ともあれ、そうして私は少々慌ただしくも歩き始めたのだった。

 

***

 

 一方その頃、渦中のエリをさらったヴィラン連合はと言うと。

 

「小さくっても女の子だものね、やっぱりキレイに着飾らなくっちゃ! 今日もきれいにしちゃうわ!」

「いやぁ、いっつもありがとねマグネ。どうもボク、こういうの苦手でさぁ」

「んもう、襲ちゃんだって女の子なんだから、もうちょっとおしゃれに気を遣いなさいよ! 磨けば光るのにもったいない!」

「えーめんどくさい、ボクは最低限でいいよ。ねぇ、エリもそう思わない?」

 

 いずこかの廃ビルの中にて。ある程度生活環境が整えられた一室で、ふかふかのソファに座るエリを囲んで、襲とマグネがにぎやかに言葉を交わしていた。

 

 そのさなかでも、マグネの手は止まらない。片腕は義手になったが動きに淀みはなく、元々手入れがされていなかったエリの髪を丁寧に整えている。

 

 そのエリの服装は、脱走時とは違っている。世間の目から逃げ続けているからこそ資金不足な連合の、懐事情を無視して購入された子供服。ハイブランドのものではないが、二束三文の安物でもない……そんな代物で、エリの身体は飾られていた。

 まだ残暑が残る時期なのに長袖、タイツと肌を覆い隠すもので徹底されているのは、エリの手足の傷がまだ治っていないからだ。女心を理解するマグネの配慮である。

 

「よ、よく、わかんない……」

 

 まあ、当のエリの態度はいまだにぎこちないのだが。

 

 それについては、三人を遠目に眺めるヴィランたちのぶしつけな視線と濃厚な血の臭いに怯えているからであって、同性の襲とマグネにはとりあえずだいぶ気を許していた。

 

 もちろんマグネを同性と認識するまでは一悶着あったが、そこはそれ。マグネも伊達にこの道でずっと生きているわけではない。エリがまだ偏見の育っていない子供ということもあって、わりと短時間で理解を得ることに成功していた。

 

 一応連合の男どもを擁護しておくと、彼らは別にエリを邪険にしているわけでもなければ、珍しい見世物を見ている感覚というわけでもない。むしろオーバーホールの所業に多くのものが憤慨し、積極的にエリを構いに行くものすらいた。

 

 筆頭はトゥワイスで、次点でコンプレス。彼ら年長組は、初孫かと言わんばかりにとにかくエリに甘かった。そして距離感をつかめないまま構おうとして、怯えられるまでがセットである。

 スピナーもエリには優しかったが、節度はあったのでトゥワイスたちを白けた目で見ていたし、マスタードも同様だ。

 

 なおマスタードの場合は、口を開けば皮肉ばかりだが、態度はあからさまにエリのことを気遣っているためマグネからはひどく生暖かい目を向けられていた。

 

 ただ、荼毘については例外だ。彼はエリのことなど気にもしておらず、弔も同様だ。まあ、その弔は今は不在だが。

 

「……そうかもしれないわね。でも、まだわからなくても大丈夫よ。これから少しずつわかるようになっていけばいいんだから」

「そうそう。……まあ、最初は初めてばっかだから色々とびっくりすると思うけどさ。ボクも通った道だし、なんとかなるなる」

「……うん。ありがとう……お姉ちゃん」

 

 ただ、それでもエリの襲に対する態度は明らかに一線を画していた。

 やはり襲がエリが経験したあれこれに対して、共感できる唯一と言ってもいい存在だからであろう。同じような境遇だったからこその特殊な親近感が、二人の間にはあった。

 

 襲のほうも、ほぼ無意識のうちにエリをかまった。ずっと傍にいて声をかけ、エリがオーバーホールに言われ続けていた洗脳的な刷り込みを否定し続けた。

 

 それはまるで、かつて自分を守り救けようとした少女の行為をなぞるようで。なぜそんなことをしているか以前に、そうしていること自体に襲は気づけていなかったけれども。

 

 それでも結果として、エリは大人相手でも素直に会話ができるくらいには精神が回復していた。

 

 とはいえ、問題がないわけでもない。

 

「まあ、何かあったらボクがなんとかするからね。オーバーホールもヒーローも、全部ボクがぶっ殺したげるから、安心していいよ」

「…………」

 

 襲の価値観は結局のところ、救われなかった元被害者のそれであり、ヴィランのそれである。だからこそ、彼女の言葉にエリはわずかに表情を曇らせた。

 

(……どうして……?)

 

 エリには、よくわからなかった。襲が、オーバーホールとヒーローを同列に扱っていることがわからなかった。どちらも唾棄すべき悪だと断じていることが、理解できなかった。

 

 小さくうつむき、エリはマグネが髪を整え続けている頭に意識を向ける。

 思い出すものは、オーバーホールから逃げたとき。優しく抱きしめてくれたヒーローの手だ。名前も知らない彼の手は、それまでエリが経験したどんな手よりも優しくて、温かかった。そんな経験は、初めてだった。

 

 もちろん、襲も同じように触れてくれる。扱ってくれる。

 

 けれど……けれど、そう。同じなのだ。エリにとっては。

 自分を救けてくれた人と、救けようとしてくれた人。どちらも、彼女の中では同じ分類で。

 

 なのに、その二人は対立している。殺し合おうとしている。それが、どうにもわからなくて。だから――

 

「――さあ、できたわ。ほらエリちゃん、どう?」

 

 そのとき、マグネが手をとめた。そして一際優しく話しかけながら、手鏡を渡してくる。

 

 エリは促されるままに手鏡を受け取り、中を覗き込んで……目を丸くした。

 

「……? あの……これ……わたし……?」

「そうよ? 他に誰がいると思った?」

「……ほんとう?」

「やだもうこの子ったら……どれだけ心を殺されて生きてきたの? おまけに新しい髪型試すたびに毎回これって、あの極道くんマジ許せないわ」

 

 自分の姿すらろくに見たことがなかったエリにしてみれば、髪も服も整い着飾った自分など今まで見る機会のなかったものだ。鏡の中の人物を自分と認識できず、不安そうに首を傾げるばかり。

 

 それを見て、マグネは己の中でオーバーホールに対する怒りが燃え上がるのをはっきりと感じて、一瞬目を鋭くした。

 

「かわいいなぁ。エリ、かわいいよ!」

 

 そんな彼女をよそに、襲はエリを抱き寄せた。そうして、二人で一緒に鏡に映り込む。

 

 銀板に並ぶ二人の姿は、共に白髪、赤目で。こうして並んでいると、確かに姉妹に見えなくもない。

 とはいえ顔の作りは異なるため、初見でも血の繋がりがあると思うものはあまりいないだろうが。

 

「……ほんとう?」

「うん、よく似合ってる。すごいよ、とぉっても」

 

 育ちが悪いために、襲は語彙力があまりない。特に褒めるとなるとそれが顕著になる。今も褒めてはいるのだが、その物言いは貧相だった。

 

 しかしエリはまだ幼く、同じく劣悪な環境で育っている。そんな彼女には、こういう奇をてらわない言葉のほうがよく通じた。

 

「……えへぇ……」

 

 思わず、と言った様子でエリが小さく笑った。保護されてから一週間以上が経った今、彼女は少しずつだが笑えるようになっていた。

 

 その頭を、襲は満足げに撫でる。撫でながら、取り出したスマートフォンで笑顔のツーショットを写真に収めた。

 

「そうだ、エリ。やってくれたマグネにお礼は?」

「あ……う、うん。……あの、マグネ、さん。きょうも、ありがと、ございます」

「どういたしまして。ふふ、これくらいのことでいいなら、いつだってやってあげるわ」

 

 そう言うとマグネはサングラスを下にずらし、上目遣いにぱちりとウィンクをする。

 彼女のお茶目な仕草に、エリはほわあ、と口を開いた。

 

 穏やかな時間。しかしそれは、突如として破られた。

 いきなり扉が、蹴破るほどの勢いで開け放たれたのである。

 

 いや、ほどのというものではない。実際、蹴って扉が開け放たれた。

 下手人は、手の飾りを身体のいたるところに着けた男。死柄木弔である。その身体には、いくつかの返り血が付着していた。

 

 扉が開く音で大きく身体を震わせたエリは、さらに弔の姿を見た瞬間襲の後ろに隠れてしまう。

 

 これを受けて、襲はぎろりと弔をにらんだ。

 

「あのさぁ、弔さぁ? もっと静かに入ってこれないわけぇ? 頭の中腐ったぁ?」

「……移動するぞ」

 

 だが弔は、襲の言葉を無視した。苛立つ様子を隠すことなく、襲と同じような仕草で彼女をにらむ。

 

「これで三回目だ……! 何回場所変えてもサツどもが寄って来る……なあ襲、そのガキ絶対何かされてるだろ?」

「はぁ~? 言いがかりはやめてほしいんですけどぉ? 証拠はあんの、証拠はぁ」

「先生が言ってただろ……疑わしきは罰するだ。そいつは置いていく。ヤクザの手に戻らなきゃそれでいい」

「はあ!? ふざけてんの!?」

「ふざけてんのはテメェだろうが! 一人で何もできねぇガキなんざ、足手まといにしかならねぇんだよ!」

「だからボクたちで守るんじゃないのさ!? 連合の仲間じゃん! 血も涙もないわけぇ!?」

「テメェがそれを言うのかよ……? テメェこそ、やけにそのガキに入れ込んでるよなぁ……? 妙な情でも湧いたか? あぁ?」

「はァン? おいオマエ、言葉は選べよ? やんのか? あ?」

「その言葉、リボンでぐるぐる巻きにして返してやるよ……表出ろ、コラァ」

「はいはいストップストップ、それまでよ」

 

 そのままどんどん互いに近づきあい、罵りながら眼前で互いにガンを飛ばし合う二人の間にマグネが割って入った。

 

「あのねぇ、二人ともそろそろいい歳なんだから。子供の前でそんな大人げないケンカなんてやめなさいな、みっともない」

 

 返事は二つの舌打ちだった。

 

 とはいえ、二人とも周囲から注がれている呆れる視線は自覚できたらしい。互いに身体ごと視線を逸らして、ひとまずこの場は停戦となった。

 

「……今回はサツの数が多い。ヒーローどももかなりいた。ガチで来るぞ」

「かーマジか、カチコミかよ」

「はーあ、朝っぱらから元気だよね、あいつら。嫌になっちゃうな」

「マスタード朝弱いもんな。ウケる。無理すんなよ」

「……どうするんだ、リーダー」

 

 荼毘の昏い瞳を受けて、弔はすぐに応じる。にらむように視線を返しながら。

 

「生き埋めにしてやろう。んで、そのあとはトレインだ」

「?」

「生き埋めはなんとなくわかるけど、電車がなんだって?」

「あーミスター、この場合はゲーム用語だな」

「どういうことだ、スピナー?」

「逃げた先にいるやつに、追手を押し付けるってこと。オンラインゲームじゃ稀によくある迷惑行為だ」

「ははあ、なるほど?」

 

 スピナーの説明に、エリ以外の全員が薄ら笑いを浮かべた。

 

「極道くんに全部まとめて押し付ける気? やだわぁ、リーダーったら恐ぁい」

「こっちは迷惑受けた側だろ……やられたらやり返すのが礼儀ってもんだ」

 

 おどけるように黄色い声を上げるマグネに、弔は白い歯をむき出しにして獰猛な笑みを返す。

 

「襲……そのときはテメェにも嫌とは言わせないからな」

「……ボクは」

「籠城戦だ。ギリギリまでは付き合ってやるよ……俺は優しいからな。けど、それ以上はダメだ」

「…………」

 

 その笑みのまま、弔は襲を視線で射竦める。

 

 それでも襲は納得できず、うつむいた。そんな彼女に、エリが心配そうに目を向ける。

 

「……わたし……じゃま……?」

「……ッ、そんなわけない! わけないだろ!」

 

 襲はそのまま、エリを抱きしめる。

 

「大丈夫、絶対、絶対守ってみせる……絶対……!」

 

 そしてそうこぼした彼女の言葉は。

 

 まるで、自分に言い聞かせているかのようだった。

 




ククク、ここでの女子トークのためにマグネを生存させたとは誰も思うまい。
そして6歳児への接し方がわからず、から回るヴィラン連合のおじさんたちでした。

彼らについてはともかく、原作のエリちゃんが回復に時間がかかったのは、一度保護されかけて連れ戻されたときに助かることを諦めた(作中ナレーションで明言されてる)のもかなり大きいと思ってます。
本作では諦める前に助かったのに加えて、自分になにくれと世話を焼いてくれるお姉さんが自分の経験をよく理解してくれているので、ある種の仲間意識もあって少し早く回復しつつある感じです。
まあ、今のところヒーローに対する考え方が致命的に違うんですけどね。

ああそうそう。「食べられる側になるのはいつも大体私」発言についてですが、誇張0%の真実です。理波ちゃんは根っからのネコ。これだけははっきりとお伝えしておきたかった。
でも自分だけがしてもらってばっかりなのはパートナーに申し訳ないし、パートナーにも気持ちよくなって欲しいから、たまにはタチに回ろうと一生懸命がんばっているのです。
なお二回がんばる間に八回は散々に蕩かされる模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.突入

 ヴィラン連合がエリを引き込んで潜伏している場所は、街中の無人ビルであった。人が使わなくなってからさほど経っておらず、中も外もほとんど整備せずとも次の相手に貸し出せるくらいには整ったビルである。

 

 そんなビルを今、警察とヒーローが囲んでいた。

 

「保護対象の少女はどこにいる?」

「さっきまで上のほうの階におったけど、今は下の階に移動しちゅぅな。この感じやと、地下まで行くんやないかね」

 

 エンデヴァーとナイトアイが、エリのDNAから対象を追跡する”個性”持ちのヒーロー(四国のほうから無理を言って呼び寄せたらしい)を交えて打ち合わせをしている。

 

 そこにルミリオンが声と手を挙げた。

 

「そういうことなら、俺が先行できます!」

「待て、連合の誰かがついているはずだ……アヴタス、その辺りはどうだ?」

 

 ナイトアイに問われた私だが、既にフォースで索敵を行っている。

 

 だが、反応はいつもより鈍い。強いフォースを宿すカサネの所在はおおむねわかるのだが、彼女の反応が強すぎる。以前にも増してフォースが強くなっている。

 これはもしかしたら、いつかグランドマスター・ヨーダに比肩してしまうかもしれない。それほどの逸材、これ以上道を外れて欲しくないが……難しいだろうなぁ。

 

 ともかくそんな強いフォースのおかげで、彼女の周辺にあるはずの生命反応が覆い隠されてしまっている。周りにフォースユーザーがいないから、余計に強く感じるというのもあるだろう。

 

 とはいえ、カサネの動きだけなら間違いなくわかる。そして彼女は、確かに下に向けて動いていた。

 

「エリの正確な位置はわかりませんが……シガラキ・カサネも下に向かっているようです。なので、まず間違いなくエリと共にいるでしょう。そもそも誘拐時の言動を考えれば、エリに対して連合の身内に対するそれとはまた異なる、特殊な仲間意識を持っている可能性が高いですし」

「同感だ。……となると、ルミリオン。お前の”個性”では非常に相性が悪い。それでも行くつもりか?」

「もちろんです! 今度こそ……必ずエリちゃんを保護する!」

「……無理はするな。まずいと思ったら我々の合流を待つように」

「はい!」

「……ふん。では救助についてはナイトアイ事務所に任せる。他の連中は我々に任せてもらおうか」

「ええ、予定通りに」

 

 というわけで、チーム分けはナイトアイ事務所からナイトアイ、センチピーダー、バブルガール、ルミリオン。そしてエリを追跡するため地方から出向してきたヒーローと、対カサネ要員の私。この六人でエリの下へ向かう。

 

 なお、グラントリノは別行動をしている連合の幹部、クロギリの目撃情報が上がってきたためそちらに対応すべく不在である。こればかりは仕方あるまい。

 

 また、デクとウラビティ、それからショートは一時的にイレイザーヘッド、リューキュウ、それにファットガムの指揮下にそれぞれ預けられている。エンデヴァーがファットガムに対して、ショートのことをくれぐれも頼むとしつこいくらいに念押ししていた姿が印象的であった。

 

 ついで言うなら、内心かなり本気でトドロキを案じていたのは意外である。

 トドロキの生い立ちを聞いているので、エンデヴァーにはどうにも思うところがあるのだが……この短時間で彼の印象はすっかり「不器用な父親」で固まってしまった。

 

 まあ、それはともかく。

 

 デクとウラビティからは、エリをどうかよろしくと頼まれた。元よりそのつもりであるが、友人の頼みもあるとなればより身が入るというものである。

 

 さて、そうして突入の時間はやってきた。エンデヴァー事務所は飛べたり上下移動が可能なものたちがビルの上部から、それ以外の面々は正規の入り口からと、挟み込むことを念頭にして突入する。

 

 私たちは、正規ルート組と共に突入だ。追跡の結果エリは予想通り地下に向かったようなので、我々も地下へまっすぐ進む。ルミリオンは、「透過」を発動させてそのまま下に落ちていくだけで済むが。

 

 と、下り階段に向かう私たちの後ろのほうから、炎が燃え盛る音が響いてきた。ちらとそちらに目を向けてみれば、蒼い炎が一階を埋め尽くしている。ダビだな。躊躇なくビルを焼き払いに来たか。

 となると、「崩壊」を持つシガラキ・トムラも遠慮なくビルを破壊しにかかるだろうな。すぐにそうしないのは、我々をある程度引き込んだところで生き埋めにするつもりなのだろう。私が思いつく策程度、かのエンデヴァーが想定しないとは思えないので、そうなってもなんとかするだろう。もちろん、こちらも対策はあるから大丈夫だ。

 

 とはいえ、ビルを崩壊させられるより早くことを済ませたいものだな。できるならそれが一番いい。

 

 そう思った瞬間である。地下一階に足を踏み入れた私たちを出迎えたのは、一寸先も見えないほどに濃く分厚く充満した桃色のガスであった。

 

「む……これは」

「どう見ても身体に悪そうなガスですね……連合にこんな”個性”のやつなんていましたっけ?」

「……合宿襲撃のとき、森の中で一歩も動かなかったがゆえに誰からも捕捉されなかったものが一人いました。恐らく、それでしょう」

「なるほど。しかしどうしましょうか、サー?」

 

 センチピーダーの問いに、サーが眼鏡の位置を整えながら答えようとした……その瞬間。

 私はライトセーバーを抜き、先頭に踊り出た。直後、銃声が鳴り響く。

 すぐさまガスの中から弾丸が飛び出してきたが、閃いた橙色の光に弾かれ再びガスの中へ消えた。

 

 ふむ……撃ってすぐに退避したな。直前までいた場所を狙って弾き返したのだが、外れたようだ。

 

「……なるほど? つまりガスん中に閉じこもることで、相手を近づかせんまま銃で攻撃するっちゅうわけか。理には適っとるなァ……」

「ですね。普段であれば苦戦は免れなかったでしょう……が、今回は相手が悪かったな。アヴタス、できるな?」

「お任せを」

 

 ナイトアイに指示されるままに、私は空いた手の平を前に向ける。そのままフォースプッシュを行えば、ガスは斥力によって猛烈な勢いで吹き飛ばされていく。そうして一秒程度の時間で、通路のガスは奥へと消えた。

 まあ、この階全体にガスが完全に充満しているようなので、横道からすぐにガスがこちらに殺到して来るが……それより早く私は前へ飛び出した。高速で空中を飛び、最短で相手の近くにまで接近する。

 

「そんなバカな!?」

 

 その先にいたのは、身体からガスを放出している少年だった。学生服にガスマスク、右手には回転式けん銃といういで立ち。どう見ても、彼が下手人だろう。

 

「ふっ!」

「ぅぐえっ!?」

 

 私は身体をひねって回転させながら少年にさらに近づき、彼をフォースプルで引き寄せながら鳩尾にライトセーバーの突きを叩き込んだ。もちろん出力は増幅していない。

 

 少年は重いうめき声をあげながら、身体をくの字にして吹き飛び壁に激突。すぐに気絶……するかと思われたが。

 全身がどろりと溶けたかと思うと、そのまま泥のようなものになって床に落ちてしまった。

 

「……これは。トゥワイスの『二倍』か」

 

 本物とまったく同じ分身を作り出す”個性”。合宿襲撃のときも、これによって何度もダビがやってきてキリがなかった。

 今回は最初から突破されることを見越して、分身をここに配置していたということか。「二倍」の使い方としては一番理に適っている。

 

 すぐさま周囲を索敵するが、ひとまずこの階にはもう他の生き物の気配はない。とりあえずは先に進んでしまっていいだろう。

 そう判断して、私は再び高速でナイトアイたちの下へ戻った。

 

「……了解した。ならば、先に進むとしよう」

 

 一通りの説明をしたあと、すぐさまナイトアイはそう指示を出した。

 

 ただガスの発生源がいなくなったものの、ここは換気が難しい地下だ。なかなかガスが晴れる気配はなく、一行の先頭は引き続き私となったのであった。

 

***

 

 その頃、襲の下には早くもルミリオンが追いついていた。エリを抱きかかえて走っていた襲の、後ろに天井ごとすり抜けて現れたのだ。

 

「……ッ、面倒だなぁ、その”個性”……」

 

 そして襲は彼を確認するや否や、即座にフォースプッシュで対応した。

 あらゆるものをすり抜ける「透過」と言えど、フォースは透過できない。ルミリオンは斥力にあおられるまま、吹き飛ぶ。

 

 ……が、彼はそれに一切逆らわなかった。斥力の直撃を受けることで彼はあえて壁の中まで吹き飛び、”個性”解除の反動で吹き飛んでいたときよりもさらに早い速度で戻ってきたのである。

 

「……!」

「悪いね……フォースの使い手とはそれなりにやり合ったことがあるんだよね」

 

 あっさり眼前まで復帰されて、襲が眉をひそめる。その身体から、パシリとかすかな音を立てて稲妻のような赤い光が湧き上がってまとわりつく。

 

「あっそ……そんなに死にたいなら、殺してあげるぅ」

 

 言いながら、彼女はエリをそっと床に立たせた。そうして、ここを離れるように促しながら剣を抜き、ルミリオンを正面から見据える。

 

 剣を構えた姿勢に、ブレも揺らぎもなく。ルミリオンは知る由もないが、以前に比べて明らかに安定感が増していた。

 これを見て、ルミリオンも身構える。だが、両者は動かない。動けない。

 

 なぜなら、エリがその場から動こうとしないからだ。それどころか、彼女は襲の服をつかんで離さない。

 

「……エリ。いい子だから離れてて。じゃないとこいつ、殺せないからさぁ」

「……っ、なん、で……? その人、わるい人じゃないよ……たすけようって、してくれたよ……?」

 

 怒りを燃やし、冷たい顔でルミリオンをにらむ襲に、しかしエリは引き下がらなかった。

 

 初めて会ったとき、あれほどまでに怯えていた少女がそれを飲み込んで、強大な力の持ち主に言い募る姿に、ルミリオンは目を見開いて驚く。短期間でそこまで精神状態が回復したのかと驚き、恐らくはそれを成したであろう目の前のヴィランへ視線を向けながら。

 

 しかしそこにあったのは、怒りを乗せた殺意を霧散させた少女の顔だった。見た目相応の……そう、どこにでもいそうな、妹を心配する姉のような顔をした、少女の姿がそこにあって。

 言動から想像できるその生い立ちを改めて思い起こしたルミリオンは、世界が彼女に強いる理不尽を嘆く。

 

「助けようとしただけじゃん。思っただけで、動かなかったじゃん。それどころか見過ごそうとした! そんなやつがヒーロー? 笑っちゃうよねぇ!」

 

 だが同時に襲が吐き捨てるように言ったことに、心を揺さぶられた。

 

 彼女の言い分を、否定することはできない。むしろ耳が痛い。フォースによって見透かされた深層心理であるだけに、耳どころか頭を鈍器で殴られたような衝撃すらあった。

 

 しかし、だからなんだとルミリオンは内心で首を振る。

 あのとき動かなかったのは、見過ごそうとしたのは、自分が弱いからだ。だがその弱さを、ルミリオンは誰よりも知っている。知っていて、だからこそ受け入れてもいる。

 

 そう、ルミリオンにとって弱さは前提の話。それを受け入れ、隠すことなく生きてきた。

 だから、それを突き付けられようと。心を揺さぶられようと。ルミリオンは揺らがない。倒れない。

 

 そうして彼は、死柄木襲を改めて見据える。人間のおぞましい業によって、そうならざるを得なかったであろうヴィランの姿を。

 

「……ああ、君の言う通りだ。そんな俺に保護されることなんて、エリちゃんは望んでいないかもしれない」

「は?」

「それでも……! あのとき、俺たちが傷つくことより、地獄に戻ることを選んだ優しい子が笑えないままなんて、そんなの許せない」

「……だから来たってワケぇ? バッカじゃん? エリはもう笑えるんだよ。オマエなんかいらないの。わっかんないかなぁ!」

 

 襲が笑う。けらけらと、ルミリオンを嗤い飛ばす。

 

「そうかもしれない。エリちゃんにはもう、君っていうヒーローがいるみたいだしね」

 

 が、その返しに、襲はピタリと止まった。

 何を言ってるんだこいつは。そんな顔だった。

 

「わかるよ、エリちゃんを見れば。君はきっといいお姉さんなんだろう。今日までずっと傍に寄り添って、守り続けたんだよね? そこはすごいと思うよ。素直に尊敬するんだよね。

 でも、君以外はどうかな! 心底エリちゃんを愛して守れる人間が、ヴィラン連合に何人いるんだい? いや……ヴィランでも人間だ、そういう人はいるかもしれないけど……全員ってことはないんじゃないか?」

 

 この言葉に、襲は顔をしかめた。

 彼女の反応を見て、ルミリオンはやはりなと頷く。

 

「それだけじゃないぞ。ヴィラン連合については俺、詳しくないけれど。あの脳無? とかいう兵器を使う組織、ってことくらいは知ってる。”個性”をたくさん持つ人型の生物兵器なんてとんでもない代物を作ってるやつが、エリちゃんの”個性”を黙って見過ごすとは俺には思えないんだよね! そこんとこ、君はどう思うんだい!?」

 

 そして、トドメとばかりに言葉を続ける。

 

 これに対して、襲は明確に舌打ちでもって応じた。いや、応じたというよりは身体が勝手に動いたというべきか。それくらい、彼女の心を貫いたのだ。

 

 襲は弔と異なり、ドクターに何度か直接会った記憶がある。襲が持つ”個性”のみならず、フォースについて研究するために顔を合わせたのだ。

 つまりドクターの顔はもちろん、その性格も弔よりは理解している。ドクターは隠していたし、実際脳無の詳細については何も知らされていないが、それでも彼が”個性”に対して偏狂的とも言える関心と執念を持っていることは知っている。

 

 だからこそ、わかってしまう。わかってしまったのだ。確かにあのドクターなら、エリの”個性”次第では何をやってもおかしくない、と。

 

 だがドクターは、先生ことオールフォーワンの腹心だ。しかも今の困窮しているヴィラン連合にとって、複製された”個性”と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()脳無は明確な切り札となり得る。それらを唯一作れるドクターを殺すのは、長期的に見れば不可能だ。

 

 そこまで考え、思い至ってしまって。

 襲は、ぎしりと奥歯を噛みしめる。返す言葉が浮かばなくて、ルミリオンをにらみつけることしかできない。

 

 ゆえにこの瞬間、言葉での勝負はついたのだった。

 




荼毘は「まだ時期じゃない」ので、エンデヴァーの前に極力出ないように立ち回ってます。
元より籠城戦なので、違和感を覚える人は現場にはいないでしょう。

なお、原作と違い本作では個性破壊弾の存在もオーバーホールの企みも連合に露見していないので、当然それがエリちゃんの個性由来であるとは連合の誰も思い至っていません。
エリちゃんも自分の個性を使うと人が消えるやべーものってことを理解してるので、ここまで一度も使ってないし説明もしてません。
もしどれか一つでもあれば、何かしらの連絡が行ってドクターが何を差し置いても奪いにきてたと思う。
なのでエリちゃんが一週間以上も連合で問題なく生活できたのは、ギリギリの綱渡りの上に成り立ってるそれなりな奇跡的だったりする。

最後にようやく触れられましたが、襲は脳無の材料が人間ということを知らされていません。むしろ、人工的に作られた意識なきクローンを素体にしている、という誤った知識を与えられています。
これは彼女の生い立ちを知っているAFOが、真実を教えたらえらいことになると読んだためです。結果、本当のことを伏せつつも嘘をつかない範囲でどちらともとれるような言い方で煙に巻かれた。
EP6で彼女が脳無をただの兵器として扱う旨のセリフを強調したのは、脳無の真実を知らないという伏線です。
いやまあ、細かすぎてわかりづらいのは承知しているんですが、ヴィランの背景を描写する余地がなかったので苦肉の策です。ここら辺はボクの力不足ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.ヴィランの覚醒 下

 一触即発の空気の中、エリがおろおろとルミリオンと襲を交互に見やる。そこにあるのは、純粋な心配。二人を気遣う色だけがあって。

 

 しかし問答を終えた今、論破されたヴィランがヒーローに対してすることは一つしかない。

 

「――うああぁぁぁぁッ!!」

 

 赤い瞳で敵をにらみつけ、襲は吼えながら前へ飛び出した。全身を覆う赤い光が収束し、「憤怒」が全開となる。

 踏み込んだ床は砕け、目にもとまらぬ速さでルミリオンに向けて剣が振るわれた。

 フォースが深く染み込んだ刃は、「透過」されることを許さない。ゆえにルミリオンには、回避する以外に方法はなく。

 

 しかし彼は下がることなく、あえて前に出た。剣を思い切り振るう腕に向けて拳を放つことで、攻撃そのものを中止させたのだ。

 次いで一瞬だけ床に沈み、弾き出される反動を利用して膝を顎に向けて叩き込む。クリーンヒット。歯が折れる音が響き、血が噴き出た。襲は大きく上を向いてのけぞり、たたらを踏んで後ろに下がる。

 

 だがその眼前で、ルミリオンは目を見張る。攻撃を受けた襲の歯が、即座に生え変わったのだ。

 

 彼女が自己再生系の”個性”を持っていることは、事前に聞いて知ってはいた。その速度が常軌を逸したものであることも。

 ただし、歯すらも治ってしまうほど強烈な超再生とまではほとんど思っていなかった。だからそれを実際に目で見た瞬間、ルミリオンは理解する。襲には勝てないと。

 

 ルミリオンには、自らの肉体以外に武器がない。襲の超再生を上回るダメージを与える手段が、彼にはないのだ。

 

 しかし、それで彼が焦ることはない。打ちのめされることもない。

 確かに勝てない。だが、それは負けるということでは決してない。負けないことは、ルミリオンにもできる。

 

 自分にできること、できないことを正しく認識し、相手の動きをよく見て次の行動を予測し、動く。それができるうちは、ルミリオンに敗北はない。

 

(サーたちが来るのを待つ!)

 

 勝利条件が更改された瞬間だった。ルミリオンは意識を切り替え、まるでオールマイトかと思うような速度と力を見せる襲をいなしていく。

 瞬間移動すらも組み合わせて、縦横無尽かつ息もつかせぬ連続攻撃が前後左右上下から絶え間なく繰り出される。これを「透過」と予測で紙一重でしのぎ続けるのだ。

 

 もちろん、無傷では到底済まない。衝撃を殺し切ることは不可能で、何かあるたびに全身にびりびりと痛みが広がる。

 距離を離してすれ違うだけでもそれだ。距離が近ければ、肌が焼けるほどの痛みと衝撃が届いて血が出る。一体どれほどの力があるというのか、万が一直撃を受けてしまったらどうなるのか、考えたくもない。

 

 特にフォースウェポンの剣は天敵で、これだけは絶対に喰らえないからと重点的に回避するが、こちらも回避しきれるわけではない。次第にルミリオンの身体には、剣による切創も増えていく。

 これに応じて血が飛び、広がっていく。見る見るうちに身体がボロボロになっていく。

 

 やめてとエリは声を上げるが、襲はとまらないし、ルミリオンも決して引かない。

 

「消えろ! 消えろ消えろ消えろ!! ボクは!! オマエより強い!! エリは……エリは、ボクが、ボクが守るんだ!!」

 

 溢れ続ける怒りに突き動かされるように、襲が暴れる。その姿が、かつての姉のそれと同じであると指摘できるものは、ここにはいない。

 

 いないが。

 

「そうだね! 君のほうが強い! でも!!」

「ぐっ!?」

 

 たしなめるものはいる。

 精神状態と同じく不安定なフォースの未来予知と危機感知を超えて、予測をこなしたルミリオンが動く。血まみれの拳が、襲の腹部をえぐり上げる。

 

君の立場(ヴィラン)じゃできないことを、違う立場の俺(ヒーロー)はできる!!」

 

 小さく浮いた襲の身体。次の瞬間、彼女の姿はルミリオンの背後にあった。そのまま、白銀の剣が振り下ろされる。

 

 ――読めているよ!

 

 だがルミリオンは迷うことなく床を蹴り、ぐるりとその場で横に回転。その勢いでもって、剣の腹をかかとで蹴り飛ばした。

 

 インパクトのタイミングをずらされた上に、攻撃の真横から与えられた衝撃によって、襲の手から剣を取りこぼれる。

 もちろんそれはフォースプルによってすぐさま手元に戻されるが、その瞬間攻撃がなくなることは事実。そしてそれだけの時間があれば、ルミリオンが一息入れるには十分すぎた。

 

「死柄木襲! 君は強い! でも強い()()で守れるものは、救えるものは、案外多くないんだぜ!?」

「うるさい……! うるさい、うるさいうるさい!!」

 

 ふらつきながらも構え直したルミリオンに、襲が吼える。

 そうして、過去最速最大の唐竹割りが、ルミリオンに振り下ろされた。

 

「ダメぇ!!」

 

 エリがそれを静止しようと今までで一番の大声を上げるが、襲はとまらず。

 

 しかしそんな彼女の攻撃は、横合いから一瞬にして現れた橙色の光刃によって防がれた。

 

***

 

 危ないところだった。もう少し遅れていたら、あるいは私の”個性”が瞬時に効果を発揮するものでなかったら、ルミリオンは殺されていたかもしれない。

 まあ彼のことだから、なんとかしたのではないかとも思うが……遠目に見ても今の彼は満身創痍であり、万が一は十分あり得た。ならば手を出さない道理はない。

 

 とはいえ、距離はまだ少しある。急いでルミリオンと合流しなければ。

 

「ミリオ! 大丈夫か!」

「サー……!」

「チ……ッ! 邪魔するなぁ!!」

 

 ナイトアイが、超質量ハンコを投げながら走る。

 それは当たり前のようにカサネによって弾き返されたが、こちらには私がいる。ライトセーバーを振るって、帰って来たハンコをさらに弾き返した。

 

 走りながらそんな応酬を数回やったところで、ルミリオンの下に到着する。私はそのまま足を止めず、カサネの前に立ちはだかった。

 

「またオマエか……! オマエがいっちばん邪魔!!」

「それは恐縮だ」

 

 お互いに迷いなく、得物を振るい続ける。ライトセーバーとフォースウェポンがぶつかり合う独特の音が、何度も断続的に響き渡る。カサネの攻撃は瞬間移動が組み合わさっているため、非常に変則的で予測しづらいが……フォースがあれば難しくはない。

 そうして豪雨のような猛攻が続く中、私はソレスの型を忠実になぞって少しずつ攻撃を加えながら、カサネの瞳を注視する。

 

 どうやらミドリヤが言っていた、「金色の目」にはなっていないようだ。彼の証言を聞いたときは心底驚き、危機感を抱いたものだが……ひとまず、今のところは暗黒面の深淵にはいないと見ていいだろう。

 とはいえ、一度至ったことがあるなら、比較的容易にそこに踏み込むことができるものだろう。油断はせず、着実に。詰将棋を進めるように、私は戦いを続ける。

 

 まあ、どれだけセイバーで切ってもすぐに回復してしまうのだが。バクゴーから聞いてはいたが、どうやらカサネにはUSJ事件の脳無クラスの超再生があるらしい。

 厄介だ。せっかく出力を上げても、これでは割に合わない。どうやら出力増幅はここぞというときだけに絞ったほうが良さそうだ。

 

「……! エリから離れろ!!」

 

 だが、今のカサネの優先順位は何よりエリに重きが置かれているようだ。バブルガールとセンチピーダーがエリに近寄ろうとした瞬間、カサネの身体は私の前から消えた。

 彼女はそのままエリの身体を抱きかかえると、さらうような強引さで私たちから一気に距離を取る。

 

「はあ……ふう……くそ……っ!」

「お姉ちゃん……もう、もうやめようよ……!」

「……ッ!」

 

 当のエリが、腕の中からカサネをたしなめる。すると直後、カサネの心の中で怒りが爆発したのが見て取れた。

 

 だが、どうやらその様子は今までと異なるようだ。怒りの対象が、私たちではない。

 もちろんエリでもない。あれは、自らに向けての怒りだ。私はそれを、ここ半年ほどでとてもよく見慣れている。

 

 カサネはその怒りを抑え込まず、解放する。だが狂えるほどに怒っているにもかかわらず、カサネのフォースが安定していく。

 これに呼応するかのように、カサネの瞳の色が変わっていく。赤い瞳が、中心からじわりと黄金へと変じていく。やがてさほど時間をかけず、赤い縁取りの金色が私たちを見据えるに至った。

 

「……! お下がりください」

 

 改めてカサネに対峙すべく身構えるナイトアイたちを押しとどめ、私は先頭に立つ。

 

「あれはフォースの暗黒面、その深淵に立っている証。あの状態に至ったダークサイダーを、非フォースユーザーが相手取るのは極めて困難です」

「……っ! 仕方ない、か……!」

 

 歩を進め、ライトセーバーをアタロに構え直しながら、私はカサネから顔を逸らさず見据える。

 

 周囲に闇のフォースが広がり始めている。自らのフォースで場の制圧をし返しながら、深淵に踏み込んだにもかかわらず動きをとめた襲を注視する。

 

 その荒ぶる心の中に、強い強い葛藤が見えた。

 核にあるのはどうやら、自分ではエリを救うことができない、という理解か。それを認められない幼くも猛々しい獣性を、フォースを纏った怒れる理性が押しとどめている。

 

 ああ……ダメだ。このままでは、カサネは完全に覚醒してしまう。自らの意思で、望んだときに暗黒面の力を十全に引き出せるようになってしまう。それは看過できない。

 

 できないが……しかし、けれども。

 ここでカサネを倒してしまったら、きっとエリが救われることは永遠にないだろう。それくらい、エリの中にあるカサネの存在は大きい。ことここに至って、私は動くに動けなかった。

 

 と。

 

 そんなさなか、カサネの懐で音が鳴った。どうやら携帯電話らしい。

 

「はあー……っ!」

 

 直後、カサネは大きく息をついた。

 ため息のような雰囲気ではない。自らの中にためにため込んだ、不純物をすべて放出するような。そんな息であった。どうやら答えが出たらしい。予想通りの答えが。

 

 金色に染まったままの瞳が、ぎらりとルミリオンに向く。

 

「……オマエ……名前は?」

「……ルミリオン」

 

 これに対して、ルミリオンは身体を支えていたナイトアイから離れる形で立ち上がり、真正面から応じた。

 両者の視線がぶつかり合い、絡み合う。

 

 着信を告げる音が場違いなまでに明るく奏で続けられる中、二人はそのまましばらく黙ったまま視線を交わし続けていた。

 

「……オマエ、言ったよね。ボクには……ヴィランじゃできないやり方できるって。……見せてみろよ」

 

 その沈黙を破ったのは、当然というべきか、カサネである。

 彼女は剣を収め、懐から携帯電話……スマートフォンを取り出しながら、こちらへ近づいてくる。警戒を深め、身構える私たち。

 

「見せてみろ……! 弱くっても、エリを守れるんだって……! 約束しろ! ボクよりうまく、エリを守るって!」

「お、お姉ちゃん……?」

 

 エリが困惑した声を上げて、カサネの顔を見た。

 ある意味当然か。エリは今、カサネによってルミリオンに差し出されているのだから。

 

「ああ、約束する。この子がもう二度と悲しまないように、ずっと笑っていられるようにしてみせる!」

 

 力強い返答が、地下の空間に響き渡る。満身創痍の状態だというのに、どこからそんな声が出せるのだろう。

 

 対して、カサネが笑った。にやりと、獰猛に。さながら暗黒卿のように。

 

 言ったな? やれるものならやってみろ。できなかったら殺す。そう書いてあるようであった。

 

 彼女はその顔のまま、ルミリオンの腕の中にエリを託して後ろに下がる。

 もちろん我々はその瞬間を狙ってカサネを捕まえようとしたが、瞬間移動ができる相手となるとそれは困難であった。

 

「ま……まって、まってよお姉ちゃん……」

「ごめんエリ……バイバイしなきゃ。ずっとそばにいたいけど……ボクじゃエリのこと、守り切れないみたいだから。……ごめんね、本当に……」

 

 次にカサネが現れたのは、通路の奥の奥。同じく瞬間移動ができなければ追いつけないほど彼方に現れた彼女は、そこからエリに向けて手が振っていた。その顔はどこか穏やかで。

 しかし目は、依然として赤い縁取りの金色のままであり。セーバーの刀身を伸ばしながら突きを放ってみたが、案の定それは最小限の動きで回避されてしまった。

 

「まって! もう、もうあえないの!? ヤだよ……そんなの、そんなの……!」

 

 そんな彼女に、悲しげなエリの声が突き刺さる。ルミリオンの腕の中で、彼女が手を伸ばす。

 

 ナイトアイたちは既に駆け出している――

 

「会いに行くよ! 絶対! だから……いい子にしてるんだよ、エリ!」

 

 ――が、彼らが追いつくよりも早く、自らの眼前にスマートフォンの画面を掲げたカサネは、泣くのを堪えるような崩れた微笑みと共に、この場から掻き消える。

 

 そうしてカサネが見えなくなったとき、エリの手は既に引っ込められていて。

 ルミリオンの腕にしがみついた彼女は、口元をぐっと横一文字に結んで泣くのをこらえていたのであった……。

 




【朗報】ナイトアイ、無事【生存】
なおルミリオンの怪我は満身創痍と書きましたが、原作でオーバーホール相手に無個性で凌ぎ続けたあとよりは軽傷です。
フォースユーザー相手に下手に攻めると返り討ちにあう。古事記にもそう書いてある。
彼はそれを身をもって知っているので、ひたすら合流の時間を稼ぐことに徹していたのでなんとかなった感じ。
そもそも状況からして、エリちゃんを後ろにかばいながらではないってのも大きいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.入り混じる光と闇

 さて、その後について順を追って話そう。

 

 まず地下にいた私たちだが、ルミリオンの治療に着手する間もなくビルが崩壊したのでそれどころではなかった。あとで聞いた話では、カサネが合流するや否や、トムラがビルを一気に崩壊させたらしい。

 もちろんエンデヴァー以下ヒーローたちはこれを見抜いていたわけだが、触れるだけで破壊できる力だ。ビルという大きなものに触れることを防ぐのは難しい。

 

 おまけにビルが崩壊しているさなかに、その崩壊しているビルの中にいるヴィランを確保できるわけではなく。あちら側が終始籠城戦に徹していたこともあって、逃げられてしまった。

 

 とはいえこれに関しては、ヒーローがダメだったわけではなく、相手が上手だったと言うべきだろう。ミスターコンプレスを名乗るヴィランが”個性”によってメンバー全員を玉に封じ込めた上で、カサネがコンプレスと共に瞬間移動することでその場を脱したのだ。これをどうこうするのは、それこそオールマイトでも難しいだろう。

 

 そして逃走したヴィラン連合一同は、まっすぐに死穢八斎會の事務所へ向かった。その姿をヒーローや警察にあえて見せることで追手を呼び込み、それを八斎會になすりつけたのである。

 

 ちょうどその頃、八斎會の事務所周辺ではオーバーホールが派手に暴れていた上に居合わせた大半のヒーローが負傷していたこともあって、エンデヴァーたちはヴィラン連合より仲間の窮地を救うことを選択せざるを得なかった。

 

 ただ結果的に、合流したエンデヴァーたちの尽力により助かったものも多かったので、この件についてはよかったと思うしかないだろう。

 

「あばよヒーロー! 時代遅れな底辺どもの掃除、ご苦労さん!」

 

 去り際オーバーホールの手を崩壊させ、心底楽しそうに言って身を翻したシガラキ・トムラの姿は、そこにいたものたちの神経をさぞ逆なでしたことだろう。

 ヒミコが言うには、彼以外にも多くの連合メンバーが、それぞれの捨て台詞を口にしていたようなので(カサネに至っては腕を崩されるオーバーホールを録画しながら爆笑していたとか)効果は倍増だったろうなぁ。

 

 この頃の私は、バブルガールを手伝って地下から脱出に成功したタイミングであり、八斎會の現場にはいなかった。いたなら逃走を阻止しにかかっただろうが……こればかりは仕方あるまい。

 

 とはいえ、こちら側に負傷者はあれど死亡者はいない。その負傷者も、命にかかわるような重傷者はいないので、成果としては十分だろう。

 その上で八斎會の主要メンバーは全員逮捕することができたのだから、作戦は成功したと言っていいだろう。

 

 また、私とヒミコのマインドプローブにより証拠も揃った(フォースが準個性として認定されたので、フォースによる読心も証拠能力を認められている)ので、オーバーホールの所業は白日の下にさらされた。

 まあ、オーバーホールの目論んでいたことがことだけに、彼は法廷での判決を待たずしてタルタロスへ拘留されることになったのだが。社会への影響が多すぎるから、これについても仕方ないだろう。

 

 それから別働で動いていたグラントリノたちだが、クロギリと同じ場所にとんでもない「化け物」がいたとかで大勢の負傷者を出したらしい。

 なんでもMt.レディ並みの巨体を持った男ということだが、彼女のようにただ大きくなるだけでなく、その上で複数の”個性”を使ったというのだから恐ろしい。そんな中でも、クロギリだけでも確保できたのだからグラントリノの優秀さは疑う余地がない。

 

 一方、今回の作戦最大の目的だったエリだが、無事に確保できた。できたが、彼女の”個性”が全員の想定をはるかに上回る効果だったために、病院に一時隔離されることとなった。

 道中での”個性”事故を警戒して、セントラルまでは移送されていない。それほどにとんでもない”個性”だったのだ。

 

 そう、オーバーホールから聞き取った彼女の”個性”は、「巻き戻し」。対象にした生物の時間を戻すという、規格外にすぎるものである。

 

 エリはこの”個性”が発現したとき、父親を消してしまったらしい。

 比喩ではない。文字通りの消滅である。どうやら時間が戻りすぎた結果、子供も胎児も通り越して精子と卵子にまで戻ってしまったようだ。

 

「使いようによっては、人間を猿に()()ことすらできるだろう」

 

 とはオーバーホールの弁だが、大いにあり得るだろう。つまり個性破壊弾とは、エリの”個性”によって人間を超常以前の人間に戻す代物だったわけだ。

 そんな代物が、八斎會はもちろんヴィラン連合に一つも渡らずに済んだことは、エリの無事に次ぐ朗報と言っていいだろう。そういう意味では、今回の作戦は大成功だった。

 

 ただ、エリのそれが”個性”であることには代わりない。つまり、イレイザーヘッドの「抹消」によって停止させることができる。

 オーバーホールが言うにはエリは”個性”をまったく使いこなせないらしいが、イレイザーヘッドの近くにエリを置くことで制御訓練をつけるという方向で早くも話が進んでいるらしい。セントラルまで移らなかったのは、その辺りもあるのだろう。

 

 エリが”個性”を完全に制御できるようになったら、きっと彼女はどんな怪我や病気でも治せる名医になれるはずだ。そんな「巻き戻し」を、デクたちは「とっても優しい”個性”」と評した。私も全面的に同意する。

 

 これを聞いたエリは泣きながらも笑っていた。どんな力も、使い方次第。それを彼女が理解してくれたようで、何よりである。

 

 ちなみに。

 

「……ところでこれはただの個人的な疑問なのですが、時間を戻すに当たって『巻き戻し』という命名はどういう意図なのでしょう? 一体何を『巻く』のでしょうか? もしや時間を戻す以外にも、何か効果があるのでは……」

 

 取り調べの場でこう述べた私に対して、同席していた大人たちは例外なく一様に傷ついた顔をしていた。八斎會のメンバーすら例外ではなかった。

 非常に申し訳ないことをしたとは思う。ただ、その場の全員が同じ思考をすると読もうと思わずともはっきり読み取れるという発見もあったので、私個人としては発言そのものを後悔してはいない。この点については、ジェネレーションギャップの一環として容赦していただきたいものである。

 

 そして最後になるが。

 

 この作戦があった日、私とヒミコはほとんど怪我もないということで後始末や取り調べに積極的に協力していたら、一日では終わらない量の仕事を抱え込んでしまい、ナイトアイ事務所で一夜を明かすことになった。当然、()()()()()()ができるはずはない。

 そして寮に戻った日の翌日は月曜日であり、容赦なく授業がある。つまり、あまり夜更かしはできない。

 おかげでヒミコに許可した「好きにしていい」は延期となった。

 

 いやまあ、一応少しやることはやったのだが。それでヒミコが満足できるはずはなく。

 

「ねえコトちゃん? 週一回だとお互い満足できないっぽいですし、これからは週二回にしません?」

「……うん」

 

 それどころか、私も不完全燃焼感を味わう羽目になり。

 結果として、私たちの間にあった約定はそのように改訂されることになったのであった……。

 

***

 

 恋仲の二人が、ほとばしる若い熱情を持て余している夜。マイトタワーを遠くに望む位置の山に、一人の少女がいた。

 登山道からは離れた位置。関係者も来ることはないだろう山の中腹であり、つまり意図して人が近づくことのない場所である。

 

 そこで白髪、赤目の少女……死柄木襲は、眼前に突き刺さる剣の前で佇んでいた。

 鍵をあしらった柄を持った、白銀の剣。その刀身を、彼女は複雑な心境を隠すことなく、うっそりと見つめている。

 

 が、しばらくののち。彼女は深いため息とともに、さながら崩れ落ちるようにしてその場に腰を下ろした。

 

「……蓄羽(おきは)……ヒーローってさぁ。難しいんだねぇ」

 

 そのまま、手入れなどされていないはずなのに一切かげりのない刀身を見つめる。ぽつり、とつぶやかれた言葉は、まるですがるような色を帯びていた。

 

「わかってるよ。柄にもないことしたなーって思うもん。ってゆーか、ボクもヒーローやってるなんて思ってなかったんだってば。ルミリオンに言われなかったら、たぶん気づかなかったんじゃないかなぁ」

 

 言葉を向ける先は、言うまでもなくもうこの世にはいない人間だ。

 

「でも……しょーがないじゃん。だって、自分とおんなじようなことされてる子供がいたら……さ。そりゃ、蓄羽じゃなくても気になるでしょ。……気に、なっちゃったんだもん」

 

 伏せるように半分閉じられた瞳が、白銀の刀身を直視する。鏡面の中の己もまた同じようにこちらを見つめていて、二人の襲の視線が交錯する。

 

「……だから……さ。わかったんだよ。誰かを守るって……救けるって、あんなに難しいんだな……って……。

 ……ずっと、ずっと思ってたんだけどな。ヒーローなんて、いらないって。あんな連中、いなくったっていい……ボクのほうがうまくできる、って。……そう、思ってたんだよ。でも……」

 

 言葉が途切れる。そのまましばらく、襲は顔も伏せて口を閉ざしていた。晩夏の夜山に、気の早い虫たちの声が響く。

 

 沈黙の中で、彼女は言葉を選んでいた。それを聞くものはここにはいないけれど。それでも、今から言うことは、間違えたくない。そう、思ったから。

 だから、色々と悩んで。言葉を決めた。

 

「でも……違う……んだよ、ね……? 誰かを救けるって、すごく難しくて……誰にでもできるような簡単なことじゃなくって……。だから、失敗することだってあって……それは誰でもそうで……。だから……」

 

 顔が上がる。現れたのは、独りぼっちの子供の顔。広い世界のただなかで、導どころか支え合う誰かすらいない迷子の顔だった。

 

 そんな顔で。襲は改めて、鏡面に映る自分の()()()を見る。自ら手を振り払ってしまった人の姿を見つめる。

 

「だから……だから、ねぇ、蓄羽……。その……あの……。……ごめん……。あのとき……恨んじゃって……ごめん……」

 

 それは、弔いであった。

 それは、襲という在り方を切り崩す行為であった。

 

「……っ、ごめん……ごめん……!」

 

 だが、一度口にしたら、もうとまることはなく。とめることなど、できるはずもなく。

 

「ごめん、なさい……お姉ちゃん……!」

 

 襲の目から玉のような涙があふれて、一つ、二つ、三つ……と次々にこぼれていく。乾いた土に、黒い痕跡が増えていく。

 彼女はそのまま、夜が更けるまで涙を流し続けた。

 

 しかし、それでも彼女の中にある怒りを洗い流すことはできず。

 

「……ねぇ、お姉ちゃん。どうして? どうしてボクたちばっかり、奪われなきゃいけなかったんだろ?」

 

 むしろ、周囲にこべりついていた不純物が消えたことで。

 

「ねぇ、なんで? どうして、この世界にはこんなに理不尽ばっかりあるの?」

 

 彼女の根幹をなす怒りが、姿を現した。

 

「仕方なくない! 仕方ないはずあるもんか! そうでしょ!?」

 

 表出したのは、社会そのものへの怒り。世界そのものへの怒り。

 瞳が変わる。色が変わる。赤から金へ。

 

 だから闇は夜と共に、親し気に少女の手を取った。

 彼女はその手を握り込む。握り締めて、離さない。

 

「じゃあどうする? どうすればいい? 何をしたら、ボクたちは奪われないでよくなるの?」

 

 いや。

 

 離せない。

 

「……一度全部壊すしか、ないんじゃないの?」

 

 なぜなら、彼女は光をほとんど知らないから。

 人間は、知らないものを選ぶことはできない。彼女が正しい教育を受けられなかった以上、人生の師と呼べる出会いに恵まれなかった以上、それは必然で……ゆえに彼女がその選択をしたのもまた、必然であった。

 

 ただし、まったく知らないわけでもなく。

 

「……あ、いや、ダメか。それやったらエリが困るし……んんんー……」

 

 他者の真似であろうと、わずかな期間であろうと、誰かを必死に守ろうと奮闘した日々は、微かではあるけれども確かな光を闇の中に芽吹かせていた。

 

 それはある意味で、襲が冷静に怒れている証でもある。だが同時に、連合……特に死柄木弔の思想に反する思考でもあるのだが。

 襲はそれに気づいていないし、指摘するものもここにはいない。フォースは黙して語らず、ただ静かに見つめるだけだ。

 

「ダメだ、なんにも思いつかない! あーもー、保留! はあ、未来のボクに任せよ……」

 

 ゆえに彼女は、しばらく考え込んでいたものの、明確な正解を導き出せず頭を抱えて背中から地面に倒れ込んだ。手も足も投げ出して、南天した月を仰ぐ。

 

 襲はそうして寝転がったまま、目を閉じる。そうして、深く考えることを一旦放棄した。

 ほどなくして、彼女の意識は眠りの内へと落ちていく。

 

 そんな彼女に、一つ。

 

『大丈夫、ちゃんとヒーローできてたよ。カッコよかったよ、重音!』

 

 かすかに声がかけられた。

 

 だが、襲がそれを認識することはなく。

 この日彼女は、今は亡き家族の前でそのまま一夜を過ごしたのだった……。

 

 

EPISODE Ⅷ「ヴィランの覚醒」――――完

 

EPISODE Ⅸ へ続く




予告通り、八斎會側はカットです。
おおむね原作通りに展開が進み、しかし死傷者は原作より少なかった。
そして最大の違いとして、個性消失弾がヴィラン連合に渡らなかった、という理解でOKです。

というわけで、EP8はこれにて区切り。
ただ、最初に書いた通り幕間が二つあります。
そちらもお楽しみいただければ幸い。

そしてヴィランアカデミア先取り編ということで、簡易プロフォールをようやく公開です。


【挿絵表示】


鬼怒川重音/死柄木襲(年齢不詳)
Birthday:不明
Height:136cm
好きなもの:チキンラーメン(ふやかさずにバリボリ食べるのが好き)、リンゴ(最近好きになった)

THE・裏話1
敵側のオリキャラ。
EP2の初登場時の後書きにも書いた通り、物語をフォース的にマイナスの状態から始め、ゼロ以上に持ち上げることで結果的にはプラスとするために生まれたキャラクター。
そして、主人公の介在により変わるヒーローとヴィランの戦力差をある程度ならすために生まれたキャラでもある。それは否定しません、純然たる事実です。
ただ、なんのバックボーンもないフォースユーザーだと確実に浮くし、読者の方の反感を買うことはわかっていました。

なので、なるべくヒロアカ世界に溶け込めるように、それでいて理波とのかかわりを持たせつつ原作ストーリーに馴染めるように、バックボーンをしっかりと(それこそ下手したら理波以上に)練り込んだ結果、めちゃくちゃ悲惨な生い立ちの女の子が誕生しました。反省はしていない。
キャラメイクの過程で、理波というフォースによる転生者をこの世界に存在する事を許容させるための理由づけもできたので、後悔もしていない。

そういうわけで、今章がどちらかというと襲メインの物語になっているのは偶然でも成り行きでもなく、彼女を出すと決めた当初からの予定通り。
弔が成長するヴィランとして原作ヒロアカで描かれているからこそ、襲もそれにならい成長するヴィランあれかしとメイクしたのですが、そのきっかけはエリちゃんにすると最初から決めていたのでこんな感じのEP8になったわけです。
まあ、襲がメインになってるシーンが想定より多くなったのは事実なんですけども。

とはいえそのすべてを最初から出すわけにはいかなかったので、襲が出るエピソードで見かける否定的な感想には「わかる」「ですよね」「ワイトもそう思います」と思いつつも、どうかオリジン回までついてきていただけないでしょうか損はさせませんのでと祈りながら執筆してました。
EP2から約一年。あそこで読むのを辞めた方に対して、もったいないことしましたねと言えるだけの結果を出せたでしょうか。出せたのであれば、書き手としてこれ以上の喜びはありません。

THE・裏話2
ひさなさんはな、歳の差カップルが好きでな(温度差
というわけなので、いつかやれたらやりたいですね。そういう欲もちょっと込みでのキャラ造詣なんですよね、実は。いや何がとは言わないですけど。
まあやれるとしたらエピローグか、全部終わった後のおまけ番外編とかですかね。さすがに6歳児とそういうことするのは、ちょっとね。いや何がとは言いませんけど。
・・・最大の壁は、生い立ちが生い立ちなだけに襲にその手の知識が一切ないことですね。年上の側が何も知らない無知シチュ・・・? 誰得なんだ・・・?
いや、何がとは言わないんですけどね。

THE・補足1
襲本来の個性、「憤怒」最大出力時の効果量は、ワンフォーオールのおよそ15%ほどです。
ここにフォースによる身体能力強化を組み合わせることで、ワンフォーオールの30%ほどにまで引き上げることができる、と規定しています。
なので諸々全開にしたときの襲は、普通に腕を振るったりするだけで空気砲を放てます。
まあ、本人がそこらへん気づいていないので、意識して使われることはないですが。憤怒100%中は、そこらへんの判断力も落ちますしね。
今章の覚醒によって理性を切らさずに怒れるようになったので、今後は十全に使えるようになる可能性はありますが。

THE・補足2
物語的に襲のプロフィールを知る者なんていないし、それを知る手段もないので一様に不明にしましたが、作者的には一応決めてあったりします。
2月14日生まれ、18歳という設定。
つまりエリちゃんとは12歳違う。ヤバい。いや何がとは言わないですけど。
まあエリちゃんの個性があれば年齢差はあってないようなもんだし、ヘーキヘーキ。いやカップリングの話ですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 彼の決断

 短くも濃密な戦いは、ヒーローたちの勝利で終わった。乱入してきたヴィラン連合が引き連れてきたヒーローたちにより、形勢は完全に定まったのだ。

 

 オーバーホールはヴィラン連合を追ってやって来たエンデヴァー事務所の面々による凄まじい集中砲火を浴び、瀕死となる。

 すぐさま傷と疲れを治そうと自らに”個性”を向けようとしたが、ショートが氷で割って入って不発に終わらせた。単純な方法だが、触れなければ発動できないからこそよく効いた。

 この隙に、フロッピーに投げられたウラビティがデクに触れた。同時に変身したトランシィがデクに増幅をかけ、さらにデクの背中をキングダイナの爆破で押し出した。

 

 かくして放たれたデク渾身のマンチェスタースマッシュがオーバーホールの延髄に叩き込まれ、一連の事件の首魁は撃破されたのである。

 

 最大の目的だったエリの確保も、別動隊が完遂。ヴィラン連合は全員に逃げられてしまったが、作戦自体は上首尾に終わったと言っていいだろう。

 

 だが、それをよかったと言えない男がいる。納得できない男がいる。

 男の名前は爆豪勝己、ヒーロー名はキングダイナ。誰よりも完全な勝利にこだわる男だ。

 

 彼のインターン先は、サンドヒーロー・スナッチである。

 身体を砂に変える”個性”を操るスナッチは、現役のヒーローとしては上から数えたほうが早い年齢の壮年だ。しかし、長年のヒーロー経験で培われた判断力や戦闘力は並大抵のものではなく、勝己をして教えを乞うに値するヒーローであった。

 

 職場体験でも、スナッチはその”個性”のように柔軟だった。勝己の要望を汲んだ戦闘中心の体験をさせてくれる一方で、勝己があまりやりたがらない救助や避難などの体験もしっかり行われた。勝己という人間の危惧すべき点や直すべき点なども、容赦なく指摘されたものである。そういう意味では小言も多かったが、その内容に頷けるものが多かったことも事実で。

 

 だからこそ、彼のところでインターンが許可された勝己は、彼なりに意気込んでいたのである。

 そしてその手の意気込みが、空回りに終わるほど爆豪勝己という人間は弱くない。彼は今できる限界近いパフォーマンスを発揮し、立ちはだかる極道たちを下していった。

 

 もちろん一人でそれを成せたわけではない。何せ相手の数が多すぎた。だが、彼は使うものはすべて使うと決めたのだ。そこで今さらヘソを曲げたりはしない。

 

 しかし、である。目の前で、教えを乞うたヒーローが敗北する瞬間に、手を貸すことができなかったこと。それは、それだけは、認めることができなかった。

 

 確かに負傷していた。”個性”を連発していた手も万全ではなかったし、装備もいくつか失っていた。

 

 それでも。

 だとしても。

 

 まだ自分にはフォースがあったはずで。

 

 しかしその使い方は判然としないまま、手を伸ばしたその先で、スナッチはオーバーホールに敗れた。

 

 分解という”個性”に対して、砂になるスナッチの相性はよかった。実際、最初のうちはスナッチが押していた。

 しかし、個性破壊弾が流れを変えたのである。

 スナッチの”個性”は、前述の通り身体を砂に変えるもの。だが実は、下半身には効果が及ばない。この隙を狙われたのだ。

 

 しかも、スナッチが撃ち込まれたのは完成品だ。かくしてスナッチは無個性と化し……しかしその状態でなお、一人ではなかったとはいえオーバーホールと拮抗してみせた。

 

 自分がその瞬間に居合わせたなら、そんなことはさせなかった。自分がもっと早くクロノスタシスを倒せていれば、スナッチは負けずに済んだ。そう思えてならなかった。

 

「キングダイナが気にすることではない。元より引退すべきかどうかを気にする歳だ。ちょうどいい機会だよ」

 

 病室で、スナッチはそう言って笑って見せた。長らく一線で活躍し続けたヒーローの顔に、翳りはなかった。

 フォースに目覚めた勝己には、その顔が偽りのものではないことがわかった。本当にスナッチは後腐れなく、完全に納得していたのである。

 

 だから、自分が納得できずにイライラすることは、結局のところ自分のためだ。自分で自分を許せない。そういう心境だった。

 

 ゆえに、勝己は確信する。チームで戦うということは、ヴィランを倒して終わりではない。街の人を救けるだけで終わりではない。

 誰一人脱落者を出さない。そこまで行って、初めて完全な勝利であると。

 

 そして、神野事件のときオールマイトですらそうしたように、世の中には一人だけではどうしようもならないことがある。それが現実であると、理解した。

 

 とはいえ、自分にできることは多いほうがいいことには代わりなく。

 ゆえに後始末を終えて寮に戻った日、勝己は己に課された宿題を済ませることにした。

 

***

 

 事件を終えて、寮に戻り。残っていたクラスメイトたちからおかえりと迎えられ、大きな山を越えたお祝いにとささやかながら打ち上げが行われたあと。

 

 オーバーホールにとどめを刺した手柄を理由に一番風呂を譲られた出久は、素直に頷いて寝巻きとタオルを取りに一旦自室へ向かった。そうして必要なものをまとめ終わったタイミングである。

 

「おいデク」

「でええぇぇ!? か、かっちゃん!? な、えっ、なんで!?」

 

 突然物騒な幼馴染から物騒な声音で後ろから話しかけられ、派手に跳び上がった。

 慌てて振り返れば、そこには確かに幼馴染の姿が。どうやら幻聴ではなかったらしいと知って、ますます出久は混乱する。

 

「え!? えと、その、ど、どうしたの!?」

 

 返事はなかった。が、勝己はずいと中に立ち入り……それからオールマイトグッズであふれた部屋を目の当たりにして、心底呆れた顔をした。

 

「……テメェ……マジかよ……。さすがにキメェぞクソナードがよ……」

「えええそんないきなり罵倒を!? いやそりゃ確かに否定はできないけども!」

「うるせェ」

「理不尽!」

 

 鋭利な刃物で切り付けられるような断言に、条件反射で言い返す出久である。

 だがその様子を間近で見て、勝己は彼の変化を改めて実感した。

 

 一年前なら、こんなやり取りは絶対起きなかった。ヘドロ事件の影響もあるが、そもそもそれほどの距離感と差が二人の間にはあったのだ。

 しかし今、二人の間に距離感はともかく差はほとんどない。たった一年で、随分と詰め寄られたものだと勝己は思った。

 

 それでも大きな焦りを覚えることなく、すぐ真後ろで追いかけてくる出久を気にしないでいられたのは、間違いなく遥か先を行く幼女の存在があったからこそだろう。きっと彼女がいなければ、全部自分のものにして勝ちに行くという境地に達するまで、もっと時間がかかっていたに違いない。

 

 ただ、その縮まった差をこうして改めて認識すると、やはり思うところはある。意識する暇がなかっただけで、その感情は常に存在していたのだから。

 

「……あ、ちょ、それは!」

 

 ふと目に着いたノートを、無造作に取る。いつかの日、中学校の教室で爆破したときのように。

 

 将来のためのヒーロー分析ノート。表紙にそう書かれたノートを奪い返されないように牽制しつつ開いてみれば、そこにはクラスメイトたちの”個性”やバトルスタイルなどが、事細かくびっしりと書き込まれていた。

 

 一番多くページ数が割かれているのは、やはりと言うべきか、クラスのトップを走る幼女のもので。

 しかしその中に、勝己が気づいていなかった「増幅」の特徴が書かれていることに気づいたとき、勝己に去来した感情は……いつかの日、出久に手を差し伸べられたときのものと同じ色をしていた。

 

 だが、内心を完璧に言語化するには、まだ足りない。

 敗北感、なのだろうとは思った。ずっと見下していた無個性の「デク」が、自分にはできないことをやってのける。自分より遥かに後ろにいるはずなのに、自分より遥か先にいるような感覚。

 

 そこまではわかる。改めて考えるまでもなく、思っていたことだから。雄英に入学してからの今日までの間、ほとんど意識してこなかったが……今、本人を目の前にして様子を見れば、蓋をしていただけの感情はすぐに理解できた。緑谷出久という人間を、認めたくなかったのだと理解できた。

 

 その上で、足りないのだ。まだ勝己の中で、抱いた敗北感が「認めたくない」に直結した理由が見えてこない。

 なまじ頭脳明晰で色んなものが見えるからこそ、勝己にはわかってしまうのだ。出久に対する「認めたくない」が、単純な「認めたくない」とはどこか異なることを。

 

 本人に向けて語るには、なおのこと。歯抜けのジグソーパズルのように、重要なピースが――緑谷出久に敗けたという納得が、まだ見つかっていなかった。

 それは本来とは異なり、雄英に入ってから出久に敗北感を抱く機会が少なかったからだ。

 

 そしてだからこそ、まだ本当の意味での謝罪を口にできそうにない、とこの土壇場で気づいた勝己は。

 次の瞬間、ここまでの自分の行動や心の動きがすべて他人の思い通りであることを察して、阿修羅もかくやな表情を浮かべる。

 

「……チッ、あのクソ幽霊……! 最初ッから全部わかってやがったってことかよ……ムカつくなぁ……!」

「えええ……! な、なんなのかっちゃん……今日なんかおかしいよ……」

「うるせぇテメェは黙ってろクソカスが!」

「ひえっ、ご、ごめん……!」

 

 思い切り、しかし傷つけないように投げつけられたノートは、出久の腹に直撃した。ものがものだけに、痛みなどは一切なかったが。とりあえず、また取られてはかなわないと本棚にしまい込む出久。

 

 その背中に。

 

「おいデク」

 

 勝己が声をかける。

 

「な、なに……?」

 

 返事はすぐにあった。

 中学までと同じような、おどおどとしたリアクション。しかし表面的には同じでも、すべてが同じではないことはもう勝己にはわかっていることで。

 

「……一度しか言わねえ。いいか、俺は今日ここに謝りに来た」

「……え!?」

 

 だから繰り出した言葉を、当の出久は理解ができず愕然とした顔で硬直した。

 

 その内心に本物かどうかを疑う心があることが()()()しまった勝己は、いつものように般若の形相を浮かべ……しかしなんとか堪えて、別の言葉を口にする。

 

「だがよォ……どーにも納得がいかねぇ」

「あ、うん。それは、うん」

 

 今度の言葉には心底からの納得を抱かれた。やはり勝己は再度顔を怒らせたが、これも堪えた。

 

「……勘違いすんなよ。ヒーローがすることじゃなかったってことくらいは、もうわかってる」

 

 深呼吸をしてから、そう口にする。

 そうして改めて、正面から出久を見る。自分より少し低いところにある視線が、己のものと重なった。

 

 出久は目を逸らさない。ああ、もしかしたらこれが一番大きな変化かもしれないと、なんとなく勝己は思った。

 

「けど……まだ俺の中で答えが出てねぇ。お前の何が他と違って、何が認められないのかが見えてこねぇ」

「……う、ん?」

「だから……今はまだ言わねぇ。でも答えが出たそのときは……ちゃんと、言う」

 

 この言葉に、出久は目を瞬かせながらもごくりと喉を鳴らした。

 

 彼はフォースユーザーではないけれども、しかしいじめられっ子だった経験からか、

他人の気分の変化には敏感だ。

 その感覚が、理解したのである。今の爆豪勝己は、本音で話しているということを。漠然とだが、確かに。

 

 そして幼馴染の出久は、爆豪勝己がやると言ったらやる男であることはよくよく承知している。

 嫌なところもあるし、長年いじめられた相手だが、彼はそういうすごいやつなのだと、出久は知っている。そう確信できるだけの実績が、勝己にはある。

 

「……ん。わかった。待ってるよ、かっちゃん」

 

 だから、出久はぎこちなく笑いながらも、そう返した。まだ、握手はできそうにないけれど。

 

「……おう」

 

 それでも、はっきりと返事が来た。そのことに、何かが大きく変わろうとしていると感じられた出久であった。

 

 そうして、これ以上は何も言うことはないと言いたげに外へ向かう勝己の背中を見ながら思う。

 

 ――そういえば、幼稚園からの付き合いだけど。かっちゃんと本音で話したことって今までなかったな……。

 

 いつか、そんなことができる日が来るだろうか。そう考えて……その日が来るなら、きっといいことだろう、とも思った。

 まあ、和気藹々と談笑する日はちょっと想像できないなあとも思ってしまうわけだが。

 

「おい」

「へ? あ、うん、なに?」

 

 と。

 去り際、部屋の扉から顔だけを出した勝己が、改めて声をかけてきた。まるで忘れ物を思い出したと言いたげな態度に、なるべく明るく応じた出久であったが。

 

「”借りモン”……()()()()()になったかよ」

 

 そう問いかけられた瞬間、びくんと全身が跳ねた。

 

「……ははあん? もしかしてとはずっと思ってたが……なあ、テメェの”個性”、やっぱオールマイトからもらったんだな」

「へぇあ!?」

 

 どう答えようかと迷っているうちに続けられた言葉に、さらなる混乱へ叩き込まれた出久。

 

 そんな彼に対して、勝己はまるで悪役のような笑みを浮かべた。

 意図してやったことではなかったが、そんなことはおくびにも出さない。むしろ、かかったなアホがとでも言っているような顔をしてみせる。

 

「なるほど、フォースってなァ便利なモンだ……なぁデク?」

「あわわわわわ……」

 

 間違いなく、心を読まれた。一度ならず二度までも。

 そうして心の中で己を罵倒する出久をよそに、勝己は勝ち誇るようにして去っていった。

 

「『誰からは言えない』んだろ……言わねぇよ、誰にも。じゃあな」

 

 去り際にそう言い残しながら。

 

「……オールマイトに相談だ……!」

 

 一人取り残された出久が、大急ぎでオールマイトに電話をかけたのはそれからすぐのことで。

 翌日の昼休みに、出久は勝己を伴ってオールマイトがいる仮眠室に集合することになったのだった。

 

『ま、及第点ってところだろう』

 

 なお、一部始終を見ていた幽霊は、そうつぶやいたという。

 

 かくして、新しいフォースユーザーは大いなる第一歩を踏み出した。




はい、というわけでかっちゃんのインターン先はスナッチでした。
彼を選んだ理由としては、このインターン編でかっちゃんが宿題をクリアしようと思わせるような敗北経験を目の前でするに当たって都合がよかったのと、原作での言動からしてベストジーニストほど厳しくなくても、彼に近い考え方してそうだなと考えたからです。

それとかっちゃんのヒーロー名は、理波の「殺の字はやめておけ」というアドバイスを受けてのものです。あと、渾身の大・爆・殺・神ダイナマイトはうっかり見てしまったトガちゃんに遠慮なくゲラゲラ笑われたのもやめた理由の一つらしいですよ。
あ、ちなみに読み方はキングカズマと同じイントネーションでよろしくお願いします。

あとかっちゃんのライジングをここにするかもう少し先にするかで悩みましたが、さすがにこのこじれまくった二人の関係は一気に解決するような簡単なものではないだろうと思ったので、最終的にこんな感じになりました。
アナキンの評価は、本人が言った通り及第点です。

ちなみに本作でのヤクザたち

活瓶:原作通り。
入中:透ちゃんに変身したトガちゃんが迷路だけを透明化したので普通に見つかり、相澤先生に抹消されて御用。
窃野たち三人:原作通り。
乱波たち二人:原作通り。オーバーホール戦に切島くんだけいなかったのはそのせい。

音本たち二人:オーバーホール戦開始まで身を隠していて、途中参戦する形で妨害。オーバーホールを一気に優勢にしたが、ロックロックに空中で本締された。戦闘はだんだんそこから離れていったので、結果的に戦線離脱となり御用。

玄野:オーバーホールと共闘。二回やられたがそのたびにオーバーホールの個性で復活し、しぶとく戦った。攻撃は控えて補佐に徹した結果、相澤先生はじめ複数のヒーローを超鈍足にして分断に成功するが、最後はかっちゃんと轟くんに個性の鍵である髪(?)を全部燃やされて御用。

オーバーホール:スナッチを始め多くのヒーローを戦闘不能に追い込んだ(個性を壊されたのはスナッチだけ)。戦闘の過程で色々取り込んで巨大になっていき、地上に出たところでリューキュウと怪獣大決戦をした。
活瓶の影響で弱体化したリューキュウ相手には終始押していたものの、現れたエンデヴァー事務所御一行様から全力の集中砲火を浴びてあとは本文で述べた通り。ナンバーツーは伊達じゃない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いている

とっくの昔に明らかになってるので今さらではありますが念のため警告いたしますと、今回スターウォーズのほうのそこそこなネタバレがあります。
具体的に言うとダース・シディアスの本名に言及しているので、彼の正体が基本的に伏せられているEP1~3を見たことがない方はお気を付けください。
いやまあ、パンフとかでは普通にバラされてた(幼き日のひさな少年はパンフを投げた)んで大丈夫な気もしますが、一応念のため。


 銀河の中心惑星、コルサント。その中枢がギャラクティックシティと呼ばれていたのはもはや昔の話だ。

 元老院が有名無実化し、国号が銀河帝国へと変わった今、ここはインペリアルシティと呼ばれている。

 

 ただ、名前は変われどその光景はさほど変わっていない。そもそも共和国の基盤を受け継いでいる帝国は、政府機関も大部分がそのままなのだから当然と言える。

 

 その中で大きな変化と言えば、行き交う人々の中からエイリアン種が大きく減ったことが挙げられるだろう。

 

 理由は簡単。帝国を手中に収める皇帝が、人間種をことさらに優遇しエイリアン種を差別する政策を採っているからだ。

 このため、帝国が成立して数年が経った今では、中央省庁など各種機関の上層部は軒並み人間種が占めるようになっている。街を行く人々も同様だ。

 

 そんな街並みを、コルサントで最も高い位置から臨む男が一人。

 緩やかな黒いローブを身にまとった男は、一見すると老いさらばえた年寄りにしか見えないだろう。跳ね返された闇の力の直撃を受けたせいで醜く劣化したこともあって、実年齢よりも老けて見えるのだ。

 

 それでも、老齢の域にある年齢と言っていいのだが……しかし、闇のフォースが完全に定着した不気味な黄金の瞳は、隠しようもないほど爛々と輝いていて。そこに宿された野望はもはや秘められることもなく、何よりも雄弁であった。

 

 男の名は、シーヴ・パルパティーン。またの名を、ダース・シディアス。ジェダイを滅ぼし、銀河共和国を乗っ取るという長きに渡る悲願……復讐を成就させた、偉大なるシスの暗黒卿である。

 

「失礼いたします」

 

 と、その背中に男の声が投げかけられた。機械に通され、特徴的な呼吸音を伴うくぐもった声である。

 応じたシディアスがゆるりと振り返れば、そこには全身を暗黒の鎧と機械で覆った偉丈夫の姿。光を宿さない兜の疑似的な眼窩が、確かにシディアスの前にあった。

 

 ダース・ヴェイダー。世に二人しか存在しない掟のシスにあって、その傍らを務める暗黒卿。シディアスのアプレンティスに当たる男。

 そして銀河帝国の重鎮であり、皇帝ダース・シディアスの恐怖を体現する存在の一つである。

 

 そのヴェイダーが、頭を垂れる。

 

「皇帝陛下、お呼びに従い参上いたしました」

「よくぞ来た」

 

 鷹揚に応じたシディアスが、ゆるゆるとヴェイダーへと近寄り――そのまま横を通過する。

 

 シディアスは振り返ることなく、供をせよ、とだけ告げて部屋の隅へと移動した。壁の一部にフォースを流し、動かせば、どこからどう見ても壁だった場所がぽっかりと開く。隠し扉である。

 

 ヴェイダーにとってもその隠し扉は初めて見るものであったが、しかしこの程度のことではもはや驚愕には値しない。稀代の策謀家であり、様々な手段を駆使するシディアスがどこに何を隠していても、それは今さらのことでしかないのだ。

 だからヴェイダーは無言でシディアスに続く。二人が入ったのは、小さなエレベーターであった。シディアスの操作に従って、箱は下へ下へと動き始める。

 

 二人の間に会話はない。箱が動いている間、終始無言だった。

 そうして二人がやってきたのは、闇のフォースが漂う暗い空間であった。決して狭い部屋ではないようだが、雑多に置かれているものが多いせいか広い印象を抱くものはいないだろう。

 

 全体的に研究室と言った趣であるが、置かれている機材や調度品はフォースに親和性を持つものばかりである。古きシスの魔術に由来するものすらあるため、見る者が見れば宝の山でもあるだろう。

 

 つまりここは、暗黒の工房なのだった。これにはさしものヴェイダーも、少々目を見張る。だがそれぞれがどういうものかを気にする暇はなく、彼は前を進むシディアスに従い続けた。

 

 シディアスが足を止めたのは、そんな工房の奥。書斎と思しき部屋の中であった。古式ゆかしい紙媒体の書籍や書類が無造作に置かれた部屋の中で、シディアスが振り返る。その手には、いつの間にか正四面体の機械らしきものが置かれていた。

 

 ヴェイダーはこれを見て、ホロクロン(フォースによって起動する記録装置)かと最初は思った。だが、ホロクロンと言うには随分と古めかしい。ホロクロンにはもう少し洗練された機械としての趣があるが、これは色のぼやけた樹脂で覆われており、全体的に武骨で時代がかっている。

 

 そんな代物が、厳かにヴェイダーへ差し出された。

 

「これをそなたに与えよう」

「……これは?」

「ウェイファインダー(まだ航法テクノロジーが拙かった時代、宇宙の辺境を開拓する際の道しるべとして広く使用された道具)だ。シスによる、シスのためのな……」

 

 受け取りながらも聞き返せば、意外にもシディアスは素直に答えた。

 

「ということは、未知領域のものですか」

「いかにも。……知っての通り、シスは一つの時代、師弟二人のみの存在。これはその師弟だけが持つことを許されるものだ。つまり持ち主を、正統なるシスであることを証明するものでもある」

 

 免許皆伝を示すものではないと補足を付け加えつつ、シディアスは懐から正四面体の機械を取り出した。ヴェイダーに手渡されたものと、同じものであった。

 

「……そしてこれなるが示す先は、惑星エクセゴル。我らシスの、聖域と呼ぶべき星だ」

「……初めて聞く名です」

「であろうな。歴代のシスが秘匿を徹底してきた上に、通常の航路では絶対に辿り着けない場所にあるのだから。しかしだからこそ聖域足りうる」

「然りでありましょう」

「我が弟子ヴェイダーよ。正統なるシスに連なるものよ。いずれ時機を見て、エクセゴルに参拝する。そのときは同道せよ」

「仰せのままに」

 

 再度頭を垂れるヴェイダー。これに頷くシディアス。

 

 しかし直後、シディアスの顔がかすかに動いた。

 

「……陛下?」

 

 その変化を、ヴェイダーも敏感に感じ取った。怪訝そうに声をかける。

 だがシディアスはこれに応えず――ぐりん、と。

 

 ()()()に顔を向けた。邪悪な金色の瞳が、まっすぐに()()()を凝視している。

 

()()()

 

 掌が向けられた。そこには強大なフォースが渦巻いていて。

 

 すぐさま破壊の権化たる青白いいかづちが、()()()に向けて放たれ――

 

***

 

「――ああぁぁっっ!!」

 

 全身に強烈な痛みが走った……ように感じられて。

 私は思わず声を上げながら、飛び起きた。

 

「は……っ、は……っ! はぁ……! ……な、にが、起きて……」

 

 あの瞬間、全身を襲った痛みは余韻すらもなく。

 しかし荒れた呼吸と、じっとりと全身からにじむ脂汗が、決してただの夢ではなかったことを物語っていた。

 

 あれは、あの人物は、間違いなくシスの暗黒卿ダース・シディアス。銀河共和国の平穏を破壊し、ジェダイ諸共滅ぼした張本人。

 

 あんな、あんなにも恐ろしいフォースの持ち主だったとは。私が対峙したアナキンですら、あれほどのおぞましさは感じなかったというのに。あれがシスの頂点だというのか。

 アナキンは、ルークは、あんな恐ろしい人物相手によくぞ勝てたものだ。立ち向かえと言われればもちろんやるが、しかし正面から向かって勝てるとはとても思えない。

 

「おい! おい、しっかりしろ、大丈夫か!?」

 

 目が覚めてもまだおののく私の隣から、声が飛んでくる。

 心配の色を隠さないそれに応じるように目を向ければ、そこにはやはり心配そうな顔をする()がいた。

 

「大丈夫か? 一体何を見たんだ、()()()

 

 その私が言う。

 

 ヒミコ? いや、私は――――。

 

 ――――そこまで考えて、()は我に返ったのです。

 

 同時に変身を解いて、迷うことなくコトちゃんにすがりつく。

 

「……ふええぇぇぇぇ、怖かったよぉコトちゃぁん……!」

 

 本当に、本当に怖かった。本家本元のフォースライトニングが、あんなに怖いなんて思ってなかったのです。あれに比べたら私が歯の人にやったやつなんて、赤ちゃんみたいなものじゃないです?

 

 あんまりにも怖すぎて、涙がにじんでしまう。でもあんまりそんなトコは見せたくなくって、首筋に顔をうずめる。

 

 ああ、コトちゃんのにおいがする。急なことで心配して焦ってくれたのか、ちょっと汗ばんでる。その中に、かぐわしい女の子のにおいがします。私の大好きな人のにおい。

 安心します……世界で一番、ここがほっとするのです……。

 

「大丈夫だ。私はここにいるよ。大丈夫……」

 

 ぎゅってする私の身体を、コトちゃんもぎゅってしてくれる。背中を、とんとんと優しく叩いてくれる。

 そうしてしばらくすると、私も落ち着いてきました。ぽんとコトちゃんの手に触れて、少しだけ力を緩めてもらって上半身を起こす。

 

「……何があった?」

「……いつもの夢、なのです。いつもの夢……だったはず、なんですけど」

 

 聞かれたままに、全部話します。遠い昔、遥か彼方の銀河系の夢を見るときは、いつも鮮明に覚えてるから苦労はしないのです。

 

 でもあんなに怖かった夢なので、ちょっとだけ憂鬱。でもでも、フォースが見せてるなら意味がないはずはないと思うので、ちゃんと話します。そもそも、コトちゃんに隠し事なんてしたくないですし。

 

「どういうことだ……? 一体君の身に何が起こっているんだ……!」

「ですよねぇ……」

 

 ただ、フォースに詳しいコトちゃんでもこの夢のことはよくわかんないので、どうしようもないんですよね。もどかしいのです。

 

 本当、なんなんでしょこの夢。最近は頻度も上がってきてるし、面白くないのです。

 どうせしっかり覚えてられる夢を見るなら、もっともっと楽しい夢がいいのに。具体的には、コトちゃんと一緒の夢がいいのです。

 

 なんてことを思いながら、改めてコトちゃんに身体を預ける。コトちゃんは、優しく受け止めてくれた。

 

 透き通るような青い瞳がまっすぐ、気遣うように私を見てるのです。ほっそりしたちっちゃい手が、そっと私の頭をなでた。その手つきがまた優しくて、あったかくて……気持ちよくて。身体も心もぽかぽかする。

 

 ああ、好き。大好き。口元がにんまりするのがわかりました。

 同時にかぷってしてチウチウしたくなりますが、さすがにこれは我慢します。今からまた()()のは、明日に響きますもんね。

 

「……とりあえず、寝なおそうか。難しい話は明日、起きてからアナキンを交えてするとしよう」

「うん」

 

 そのまま、そっと……まるでエスコートするみたく、ベッドに横にされる。

 もちろんコトちゃんも一緒。横になった視界が、コトちゃんのカァイイ顔でいっぱいになる。

 

 そんなコトちゃんが、ずいって迫ってきた。二人の距離がゼロになって、それで。

 

 ちゅ、って。口元で小さく音が鳴った。それだけで幸せって気持ちで一杯になれる私は、もしかしてチョロい女の子です?

 

「おやすみ、ヒミコ」

「うん。おやすみ、コトちゃん」

 

 でも、そんなことはどうだっていいんです。

 だって、この日はもう、遠い昔の夢は見なかったんですから。




フォース君「今回ばかりは濡れ衣だから・・・(震え声」

シディアスならこれくらいしそうだよなっていう・・・こう・・・EP1~9全編でラスボスやってたシスへの熱い信頼がある。
いや、彼がこういう行動を取ったのにもちゃんと設定は用意してあるんで、今までの夢が悪夢になっただけなんてことはないんですけどね。
もちろん、以前後書きに書いた通り彼がストーリーに関わってくることはないです。
少しお漏らししてしまうと、フォースくんは濡れ衣だけどフォースそのものはガッツリ関わってる。
詳しくはA組B組対抗戦編でやる予定なのでそれまでは明かせませんが、スターウォーズにお詳しい方は考察してみてください。
まあ仮に正解されたとしても、立場上言うわけにはいかないんですけども。

なお今回出てきたシス・ウェイファインダーは原作EP9に登場する道具で、まあ名前の通りシスが自分たちのために作ったウェイファインダーですね。
でもそのシス・ウェイファインダーが正統なシスであると示すものだ、というのは本作の独自設定なのでご了承を。
EP9でシディアスとヴェイダーがそれぞれ持っていたらしいといきなり出てきたので、どうして二人が持っていたのかを考えた結果です。

と、そんな感じで改めましてEP8「ヴィランの覚醒」はこれにておしまいです。
二十日間お付き合いいただきありがとうございます。
またここから書き溜め期間をいただきまして、書き上がり次第投稿していくことになります。
次の章が書き上がるまで、しばらくお待ちくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅸ 雄英の祭の物語
1.おかえり


 九月最後の日曜日。私はサポート科の生徒に混じって、サポートアイテムの資格試験を受験していた。

 ヒーロー仮免許のとき同様、送迎のバスで試験会場と行き来したのだが、それなりに顔を知られている私が同乗していることに様々な声が寄せられたのは仕方がないことなのだろう。

 

 ただ、初対面の人間に対して、撫でるなどして猫かわいがりするのは人と愛玩動物の区別がついていないのではあるまいか。さすがの私も辟易とさせられた。

 こういうことがあり得るから、目立ちたくないのだ。いや、体育祭のことならあれはもちろん意義のあることではあったのだが。

 

 これで機械に関する有意義な話ができたならよかったのだが、私が便乗したのは一年生用のバスだったこともあってか、そういうものはなかった。一年生ではそんなものなのだろう。ハツメが突出しすぎた存在だったのだ。

 

 そのハツメだが、どうやら違うバスに乗っていたようで、顔を合わせることはなかった。残念である。

 

 いやまあ、帰りのバスには当たり前の顔をして私がいるほうのバスに飛び込んできたのだが。

 随伴の教師に色々と言われていたにも関わらず、すべて無視していたのはさすがと言うべきだろうか。とりあえず、十分な意見交換はできたしその間不用意に接触してくるものもいなかったので、私としては満足ではある。

 

「いつでも工房へお越しください! 私のドッカワイイベイビーをお見せしましょう!」

「ぜひ」

 

 そんな会話を交わしつつ、私は彼女と別れた。

 

 ちなみに当たり前のようにヒミコが試験に同行したがったのだが、これに関しては受理されるはずもなく。

 

「合格祝いに、ケーキ用意しておきますからねぇ!」

 

 結局彼女は、そんなセリフと共に送り出してくれた。

 私の不合格を一切疑っていないところは、ご愛嬌だろう。いや、実際何事もなく合格したが。

 

 これで今後、装備の更新に他人を頼らずに済む。それにサポートアイテム作成のためというお題目があれば、造る機械に”個性”由来の技術も流用できるので、単純にできることが広がったとも言える。

 

 前者はともかく、後者は素直にありがたい。私にとってこの星は基本的に技術水準が低いのだが、一部の技術は銀河共和国を上回るからな。

 

 今一番目をつけているのは、シールド女史の圧縮小型化技術だが、他にも見るものは多いのである。

 

 それ以外でも、大型機械や建物の建造速度がとてつもなく早いこともこの星の特徴だろう。今私たちが使っている寮棟も、全校生徒分が揃うまでに要した時間が一週間程度しかかかっていないのだから、尋常ではない。

 今後は大型の機械も造っていきたいので、社会として建造が早いというのは本当に助かる。どこに頼むかという問題はついて回るが。

 

「……ケーキか。どんなものが出てくるのだろう」

 

 ともかくそういうわけなので、帰りのバスを降りた私はヒミコのセリフを思い返して思わず笑みを漏らした。楽しみである。

 

 だがそれとは別に、楽しみなこともある。

 

「ボクがっ! キラメキと共に帰ってきたよ!☆」

 

 寮の玄関をくぐると同時に、独特のポーズを取ったアオヤマ(”個性”を使っているようで、比喩ではなく光っている)が出迎えてくれた。そう、今日遂にアオヤマが戻ってきたのである。

 

「やあアオヤマ、久しぶりだな。()()()()()()?」

「おかげさまで、()()()()()()()()()()()()()()、パドゥプロブレム☆ 大丈夫だったよ!☆」

 

 わかるものなら意味の分かる言葉と視線を交わして、私たちは微笑み合う。つまり、そういうことらしい。

 

 彼も、という表現については、雄英を離れた際のカバーストーリーが「遺伝性の病気」を根拠にしているので、家族全員がしばらく病院にいたことに由来する。もちろん本来の意味はそちらではなく、アオヤマ自身の安全性の話だが。

 

 それとは別に、心のほうは大丈夫かなと思って少しだけ心の中を覗いてみたが……うん、どうやら問題ないようだ。本人も随分と力強く断言していたし、本当に大丈夫なのだろう。少なくとも今は。

 

 彼については、一応彼を告発したのが私ということで、今後どうするかの大まかな話は聞いている。

 

 それによると、オールフォーワンがタルタロスに拘留されている現状は、ひとまず雄英に戻して元通り授業を受けさせてよいとなったらしい。

 ただ内通者であったことは覆せないし、どうやらアオヤマ本人はともかく、その両親は万が一オールフォーワンが脱獄した場合情報をあちらに提供する可能性が非常に高いらしい。それほど強烈に、オールフォーワンに対する恐怖を与えられてしまっているようなのだ。

 

 なので、そうならないことが一番ではあるが、もしもそうなってしまったときは本人たちが意図していないダブルスパイとして使ってしまおう、というのが警察上層部の判断らしい。こちらから流す情報を絞ることで、オールフォーワン側の行動を誘導しようということだな。

 

 そうなったときのために、アオヤマの両親は何も知らされていないままだ。もしも万が一のことがあった場合、彼らは今まで通りオールフォーワンから求められるままに雄英の情報を息子に要求するだろう。

 

 その場合、アオヤマには相応の精神的負担を強いることになるが……彼は既に覚悟を固めている。さらに向こうへ行く覚悟を。大丈夫という判断は、そこも含めてだ。

 

 ……まあ、そんなことがそうそう起こるとは思えないが。何せタルタロスの中では、”個性”を使おうと思っただけでも即座に銃口が向けられる。さすがのオールフォーワンでも、あそこから脱獄することはできないはずだ。

 もちろん彼には多くの信者がいるらしいので、外からの手引きで脱獄する可能性は十分にある。そうならないためにも、秩序を守る側である我々は今後も気を引き締め、一層の努力を続けなければならないだろう。

 

「おう! 増栄も帰ってきたな!」

「これでやっと、A組全員揃ったねぇ!」

 

 と、そこにキリシマとアシドがやってきた。

 二人にうんと頷きながら、手招きされるまま談話スペースへ移動する。

 

 そんな私たちを、ホールケーキを載せた盆を手にしたヒミコが出迎えた。

 

「コトちゃん、おかえりなさぁい!」

「うん、ただいま。連絡は入れたがこの通り、無事受かったよ。このケーキが?」

「いぃえぇ、これは青山くん用のですよ。ほら!」

 

 ヒミコはそう言って盆をテーブルの上に移すと、載せられていたホールケーキのチョコプレートを見えるように向きをこちらへ変えた。

 

 と同時に、周囲にいたクラスメイトたち……特にカミナリやミネタと言った面々が、クラッカーを鳴らす。放たれたテープが向かう先は、アオヤマだ。

 

『退院おめでとう!!』

 

 そして、ほぼ全員がアオヤマに向けてそう声をかけた。

 ケーキのチョコプレートにも、「青山くん退院おめでとう」と書かれている。なるほど、アオヤマの退院祝いでパーティを開こうというわけか。

 

 バクゴーさえいる――引きずってこられたようで顔も内心も不本意そうだが――ので、本当にクラス総出のお祝いだな。

 

「……メルスィ・ボークー☆ 本当……本当に嬉しいよ、ありがとうみんな!☆」

 

 すぐ隣で、アオヤマがまるで歌劇か何かのような気取ったポーズを取りながら、声を上げた。

 彼は普段からリアクションが大きいが、今回は特にオーバーリアクションだ。その心の中は、感動でいっぱいになっている。

 

「なに、これくらいどうってことはないさ!」

「そうだよ、僕たち友達じゃないか!」

「青山くんいなかった間のノートはみんなでばっちり取ってあるから、安心していいよー!」

「実技のほうも、いつでも記録を見られるようになっておりますわ」

「解説なら我々喜んで引き受けよう」

「おいおい、真面目な話もいいけど早くケーキ食べようぜ!」

「それもそうだ! あ、飲み物入れるよ、何がいい?」

「切り分けるのはトガにお任せですよぉ」

 

 ほとんどノンストップで、誰かが何かを口にする。そこにあるのは純粋な善意ばかりで、誰も一切疑っている様子はない。

 

 だからこそ、アオヤマには響くのだろう。彼はどうやら堪え切れなかったらしく、口元を押さえて顔を逸らしてしまった。その目に光るものを私が指摘するのは、野暮と言うものなのだろうな。

 

「え、青山どうした!?」

「ちょま、もしかして泣いてる?」

「……っ、いや……っ、もう……! 本当……本当、君たちって人は……」

「大袈裟だなー、これくらいのことで」

 

 そう言って笑うのはセロだが、そこに嫌味な色は一切ない。彼は本当に、これくらいのことで感極まるなんて大袈裟だと思っている。彼にとっては、この出迎えは大袈裟でもなんでもないのだ。

 アオヤマ一家入院の話はあくまでカバーストーリーであり、実際は誰も健康を害してはいないのだが。それはもう、この際どうでもいいことだろう。

 

 他の面々も似たようなものだ。ああもう、本当に彼らはどこまでも光明面の住人だよ。私も嬉しくなってしまう。

 

 とはいえ、内通者として彼らを裏切り続けていた自覚があるアオヤマにとっては、眩しすぎるだろう。真実を知らされてはいないが、それでもここまで無邪気に復帰を喜んでもらえるなんて、絶対に思っていなかったのだろうなぁ。

 

 ただ、だからこそ固まる覚悟というものもあるわけで。

 

「……メルスィ、本当に……それしか言葉が見つからないよ……☆」

 

 アオヤマはぐいっと目元をぬぐうと、深呼吸もほどほどにポーズを取った。既にその顔に憂いはなく、いつもの……そう、いつも通りの表情だけがあった。

 

「うん☆ みんな、改めてヨロシクね!☆」

 

 そしてそう宣言した彼に、あちこちから同意する声が一斉に上がる。

 

 と、その中で、ハガクレがぽんと手を叩いた。

 

「……あ! せっかくだからさ、みんなで写真撮ろうよ!」

「それは素敵なアイディアね、透ちゃん」

「うん、やろうやろう!」

「いいねー! さんせー!」

 

 これにみなが同意して、アオヤマを取り囲む形でそれぞれの距離を縮める。

 

「そういうことなら……14O、カメラを頼めるか」

了解了解(ラジャラジャ)

 

 私は寮に常駐させているサーヴァントドロイド、S-14Oを呼び寄せてカメラを持たせた。

 彼女はカメラの設定を手早く整えると、これまた手際よく私たちに呼びかけながらレンズを向ける。

 

「オイコラ半分野郎! 引っ張んな!」

「一人だけ距離を取ろうとしないなら離すぞ」

「テメェらが無理やり連れてきたんじゃねーか! ぶっ殺すぞ!」

「いーじゃん爆豪、こういうときくらい!」

 

 ……そんなやり取りもあったが、最終的にバクゴーも渋々ながら折れた。彼の吼えまくる様だけを狙って、14Oが高速連写モードでシャッターを切ったのである。

 そんな写真を何百枚も撮られるよりは、一枚でさっさと終わらせてしまおうという判断だろうな。手前味噌で恐縮だが、我がドロイドながらまったく賢い。

 

「デハデハ皆サン、ハイちーず」

『イエーイ!』

 

 かくしてこの日、私のデジタルフォトフレームに新しい写真が追加された。

 寮の談話スペースで、アオヤマを中心にクラスメイト全員で集まっている写真だ。そこには笑顔ばかりがあって、陰鬱な気配は一切ない。神野事件があったとは思えないくらい、晴れやかなものであった。

 

 それは私も例外ではなく。満面の笑みとは言わないが、それでも確かに写真の中の私は笑っていた。最愛の人と腕を組んで、身を寄せ合う顔は幸せであふれている。

 

 写真の中のそんな自分を見て、つくづく思う。随分と遠いところまで来たな、と。

 しかし後悔はない。むしろ、ここに来てよかったとすら思う。この半年ほどの間の出来事は、それだけ有意義なもので満ちていると確信しているのだ。何せ、得難い友がこんなにも大勢いるのだから。

 

 まあ、それはそれとして。

 

「コトちゃん。はい、あーん」

「あーん。……うん、おいしい。ありがとう、ヒミコ」

「えへへぇ、どういたしまして」

 

 やはり、私にとっての一番は彼女である。

 彼女謹製合格祝いの特製ケーキ、ミルクモンブランは、かつて雄英近くのレストランで食べたそれより見栄えは少し劣ったが、味は上回る。少なくとも、私はそう思った。




青山くんのバレ、当初の予定だと合宿襲撃編で明らかになる予定だったっていう裏話読んで目が点になりました。
もしそうなってた場合、本作のような展開は絶対不可能でしたね。34巻までバレを引っ張ったのは、単純に物語の面白さを追求した結果でしょうけど、それはそれとして二次創作してる側としても、バレタイミングが今でよかったなって・・・。

ともあれそんなわけで、お待たせしましたEP9始まります。
今回は本編13話+幕間3話+閑話1話と、ちょっとバランス悪めの構成。
当初の予定ではA組B組対抗戦編まで含めて一つにしようと思ってたんですけど、話数がエグイことになりそうだったので急遽文化祭編だけにした結果です。
まあその分お話に余裕を持たせられたところはあるので、何事も善し悪しですね。

あとメタ的な話をすると、ヒロアカのストーリーライン的に学校行事みたいな学生らしいイベントでクラスメイトと和気あいあいできるのはここが最後なのでね・・・ここで尺をそれなりに使いたいなって・・・。
・・・改めて書くとすげぇな。一応は日本の学校が舞台の少年漫画で、14巻分以上もの間青春云々ほぼ抜きのシリアスが休みなく続いてるって。

まあでもそういうことなので、シリアス入る前に嵐前の静けさ的な感じで、今章は理波とトガちゃんのイチャラブたっぷりでお送りいたします。どうぞお楽しみいただければ幸い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.前を向こう

 十月に入ったある日。週の真ん中、平日だというのに、私とヒミコはイレイザーヘッドに呼び出され公欠の扱いで学外へ出ることになった。

 出迎えの車にいたのは、サー・ナイトアイとルミリオン。向かう先は病院である。

 

「エリちゃんの”個性”が暴発しそう?」

 

 走る車内で事情を説明されてすぐ、ヒミコが首を傾げながらそう言った。

 

「ああ。君たちはエリちゃんが”個性”をまったく扱いきれていないことは知っていたな?」

「はい。とめ方がわからないから、一度発動したら自身が力尽きるまで使い続けてしまうのですよね。その状態の彼女に接触してしまったら、最悪の事態になりかねないと」

「その通り。そして、どうやら彼女の”個性”はエネルギーを貯め込んで発動するタイプらしい。しかし最低でも一ヶ月はまったく使っていないせいか、エネルギーが貯まりすぎて今にも暴発してしまいかねない状態が続いている」

「……なるほど、それでマスターが呼び出されたわけですか」

 

 マスター・イレイザーヘッドの”個性”は、「抹消」だ。”個性”を強制的に停止させる効果を持つ。万が一暴走が始まっても、エリを制止させられる。

 彼が呼び出された理由はわかった。問題は、なぜ私とヒミコまで呼ばれたのかだが……そういうことなら、推測はできる。

 

 ただ、ヒミコは思いつかなかったようで、しきりに首をひねっていた。

 

「んー……? でも、それならなんでコトちゃんと私まで呼び出されたんです?」

「それは私も聞きたい。どういうことですかな、イレイザーヘッド?」

「えっ、サーが二人を呼び出したんじゃなかったんですか?」

 

 どうやら、私とヒミコも連れ出されたのは、イレイザーヘッドの独断らしい。ナイトアイの問いかけに、ルミリオンは口を大きく開けて運転席に顔を向けている。

 

 対して、質問をされた側のイレイザーヘッドはちらりと横目に私を見てきた。彼が言わんとしていることはわかるので、私は構わないと応じる。

 

「……俺の”個性”は、あくまで強制停止。暴走を止めることはできますが、止めるだけです。対してこいつの”個性”は……”個性”の働きそのものを弱めることができる」

「「!?」」

 

 イレイザーヘッドの答えに、前座席の二人が気色ばんだ。

 その二人に、私は自らの”個性”について説明する。合宿のときから本格的に鍛え始めた、マイナス増幅についてである。

 

「そして私はどんなものにも……概念であっても”個性”を発動することができる。これを応用すれば、相手の個性因子の機能だけを弱めることができるわけです」

「……なるほど。個性因子の機能が弱まれば、”個性”の出力、効果も当然弱まる。しかしゼロになるわけではないから、”個性”を使うことには代わりない……」

「そうか! 増栄ちゃんのその技があれば、エリちゃんに負担をかけずに”個性”の訓練ができるってことですね!?」

「ええ。そしてトガは、増栄に変身すれば同様のことが可能。そういうわけで少し気は早いかもしれませんが、こいつらも同行させるべきだと判断したってわけです。こいつら自身の訓練にもなりますしね」

 

 イレイザーヘッドはそう締めくくるが、実を言うとまだ私一人では満足のいくマイナス増幅はできない。

 いや、シンプルな効果であればそろそろ実用できそうな水準には達しているのだが……消費が激しくなるようなもの、つまり効果を及ぼす難易度が高いものを対象にした場合は、まだまだ不十分なのである。発動までに多少時間もかかるしな。

 一応個性因子は”個性”とは違って概念ではないので、まだマシな部類ではあるのだが……マシなだけで不十分であることには代わりがない。

 

 そこでヒミコの出番である。私一人では足らなくとも、二人であれば足りる。それは単純に二人掛けをする場合でも、どちらかを増幅して能力を強化しての場合でも、である。

 だがどちらにしても、この件は私とヒミコ双方に声がかけられたことは事実。そして、私の隣にい続けたくてヒーローを目指すヒミコにとって、今回はようやく巡って来た「ヒーロー活動をする私の隣にいる」機会である。

 

 ゆえに、ヒミコはいつも以上に嬉しそうな笑みを浮かべて、私を抱き寄せた。

 彼女の想いは理解しているので、もちろん私は抵抗しない。

 

 が、イレイザーヘッドににらまれたのでこれについてはここまでにしておこう。

 

「エリちゃんの”個性”制御訓練をどうするか、結論は出ていなかったが……そういうことなら、答えは決まったようなものか」

「ええ、そうなるでしょう」

「……と、そういうわけだよヒミコ。わかったかい?」

「よくわかったのです!」

 

 エリには、なるべく急いで”個性”を制御できるようになってもらわなければならない。そうしなければ周りが危険だし、本人にとってもよろしくない。

 だからこそ、それに協力できる私たちの存在は大きいというわけである。イレイザーヘッドが世間一般への知名度に反して、警察組織やヒーロー界隈では極めて有名であるのも、その辺りのことがあるのだろう。

 

 とはいえ、そういう実務的な面以外にも思うところはある。私の妹と同じくらいの幼い少女が、悲惨な環境に置かれていたのだ。素直に笑えるようになってほしいと、幸せになってほしいと思うのはごくごく自然なことだろう。

 

 ……と、思っていた矢先。病院に到着した私たちを出迎えたのは、血相を変えた医師だった。

 

「イレイザーヘッド! お願いです、もういつ爆発してもおかしくない!」

 

 その言葉に促されるまま、病院にもかかわらず我々は走った。

 普段跳んだり走ったりしない医師の先導なので、全力ではないが。その分説明を聞きながら移動することはできた。

 

 そうして案内された部屋の中では。頭を……正確には角の生え際を手で押さえ、脂汗をじんわりとにじませながら荒い呼吸をするエリの姿だった。

 

 抱いた印象は、決壊寸前の川である。彼女の周りにエネルギーの動きは見えないが、じんわりと何かが彼女の中からあふれそうになっている気配はある。

 

 何より、彼女自身が根元を押さえている角。これが、実に十五センチ以上にまで伸長していた。どう見ても救出作戦のときより大きくなっている。

 もちろん根本付近の太さもそれ相応で、なるほどこれは爆発寸前以外の何物でもあるまい。

 

 そんな彼女の姿を視界に入れると同時に、イレイザーヘッドは”個性”を発動した。彼の目が赤く輝き、頭髪が重力に逆らって巻き上がる。

 

 彼の”個性”が効果を発揮するのは、発動してからまばたきをするまで。当然ずっと発動し続けることは不可能だが、まばたきから再発動までにかかる時間はさほど長くはない。

 

「ありがとうございます! さあやるぞ!」

 

 そしてそれだけの時間があれば、控えていた医師たちが治療を施すことも不可能ではない。

 もちろん一人一人でまったく異なる力が”個性”なので、根本的な解決には程遠いわけだが。少なくとも、状態を確認するどころか近寄ることすらできなかった状況を思えば改善しているのは間違いないだろう。

 

「エリちゃん、もう大丈夫だよ!」

 

 そんな中、ルミリオンが前に出た。医師たちの邪魔にならない位置に進むと膝をつき、エリへと手を差し伸べる。

 

「だ……っ、ダメ……っ! さ、さわったら、みんな……!」

「大丈夫、今君の力をあの人が抑えてくれてる! だから誰も消えたりなんかしないさ!」

 

 自身の危険性をよく理解しているエリは、怯えた様子で大人たちから距離を取ろうとする。だが、ここにいる人間でそれをよしとするものは一人もいなかった。

 

 ルミリオンは、大丈夫だからと繰り返しながらエリの手を取る。その大きな手で、彼女の手を包み込む。

 ルミリオンに「巻き戻し」が及ぶことは、なかった。

 

 それを理解した瞬間の、エリの心底ほっとした顔は年齢に見合わない悲壮さを帯びていて、それが彼女の生い立ちを象徴しているようで……私たちはみな一様に表情を曇らせる。

 

「……オーバーホールには賛成できなかったですけど。こういうの見ちゃうと、”個性”があるのもなんだかなぁって思っちゃいますよね……」

 

 ぽつりとこぼされたヒミコの感想は、私が抱いた想いと一致していた。元々”個性”などと言うものの存在しない社会で生きていたから、私にしてみれば「”個性”を病気とみなし、世界から根絶する」ことを最終目的に掲げていたオーバーホールの考えは、一定の理解ができるのだ。

 

 もちろんその”個性”があったればこその良き出会いもたくさんあるのだが、かといってこんな年端も行かない子供が犠牲になる可能性がどこにでも、しかもそれなり以上にある社会など、素直に歓迎できるはずがない。

 

「……よし、二日分の診察は終わりです」

 

 と、そうこうしているうちに医師たちの仕事は終わったらしい。”個性”が暴発しそうになっていること以外、身体に異常はなし。精神的にも一応の安定を見ていると。

 

 であれば、やはり急いでエリには”個性”を制御できるようになってもらうしかあるまい。それは全員の総意であった。

 

 ということで簡単な打ち合わせがこの場で執り行われ、大きな反対もなくすぐに訓練を開始することで意見の一致を見た。

 エリ自身も”個性”を下手に使ってしまわないようになりたいと思っていて、訓練に意欲を見せてくれたので、訓練はこのまま開始されることになった。

 基本的には私とヒミコがマイナス増幅を交互に行い、制限を受けた状態でエリが”個性”を使う。対象は毒などの害がなく、かつエリが忌避感を示さない範囲での小型の昆虫や爬虫類などである。

 

 もちろんすぐに使いこなせるようになるはずはなかったが、私たちが抑え込んだ甲斐はあったようで、実験台が消滅してしまうことはなかった。何かあったらすぐに「抹消」を発動できるようイレイザーヘッドが控えていたが、彼の出番はほとんどなかった。これは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 ただ私の”個性”が私の栄養を消費する関係上、あまり長くは使えない。効果が続く時間も、入学当初に比べれば倍近く増えてはいるものの、それでも決して長くはない。

 このため、訓練自体は一時間程度で終わりとなった。まあ六歳児のエリに負担を強いるわけにもいかないので、これくらいがちょうどいいのかもしれないが。

 

「……ぜんぜんできなかった……」

「気にすることないよ! ”個性”を鍛えるって、案外難しいんだよね! 俺なんて、高校入ってから使いこなせるようになるまで一年以上かかったんだ。それに比べればエリちゃんは早いほうだよ!」

「……そう、なの……?」

「うん! 才能あるんだよね!」

 

 自信なさげに上目遣いになったエリに、ルミリオンは満面の笑みを浮かべながらその頭を優しくなでた。

 彼のその姿を見て、エリは安心したのかほっと胸を撫で下ろす。

 

 そんな彼女の額の角は、私たちが訪ねたときの半分くらいになっていた。どうやら、それなりに発散できたらしい。

 

「焦ることはない。我々はこれからも来る。週に二回か三回……うむ、三日に一回くらいを予定している。少しずつ進んでいこう」

「はい。……えっと、ありがとうございます、サーさん」

 

 普段の仏頂面が嘘のような穏やかな笑顔を見せたナイトアイに、エリがこくりと頷く。彼女の顔にも、微笑みがあった。

 

 ふむ。あまりにも進捗がないようなら最終手段を使うことも考えていたが、この調子なら問題はなさそうだ。

 そう、”個性”の上達速度を増幅する、など最終手段だ。できなくはないが、凄まじい消耗をするからな。

 

 かくして、私とヒミコは定期的にエリの下へ通うことになったのだった。

 

***

 

 ちなみに。

 

 病院を辞した私たちは学校に戻り、クラスのヒーロー基礎学実技演習に合流したのだが。

 そこに、なぜかナイトアイも仮想敵役の助っ人としてやってきた。

 

 突然のビッグネーム参戦にクラスメイトは全員驚いていたが、それはそれとしていい訓練と刺激にはなったようで何よりである。

 

「まさか、()()()()()()()このクラスの生徒は全員『予知』を覆せるのか……? フォースユーザーとの戦いに慣れるとは、やはりそういう……? いや、結論を出すのは全員で試してみてからでも遅くはないか……」

 

 まあ、ナイトアイが去り際にそんなことを呟いていたので耳を疑ったわけだが。

 しかしさすがの私でも、しばらくの間彼が半ば定期的に雄英を訪れ、稽古や講義をするついでに”個性”を試すようになるとは予測できなかった。

 

 一体何が彼をそこまで駆り立てると言うのだろうか? オールマイトがいない日、いない時間にばかり来るのは狙ってのことなのだろうが……。

 




エリちゃんは原作と違い、オーバーホール戦に不参加でデクくんへの個性行使がなかったため、原作よりかなり早く個性が暴発寸前になりました。
なので原作より二か月近く前倒しで個性訓練を受けさせるよ。理波たちも手伝いますよというお話でした。
あとあとこれが意味を持つので、この話はカットできなかったのです。つくづくエリちゃんの個性は反則技。
ともあれ、本格的な文化祭編のスタートは次話からです。

あとついでに、サーの奇行。いや奇行って言ったら彼に対して失礼なのですが。
話のテンポ的にも今後の展開的にも、個性「予知」について描写する必要性が薄いのでここでぶっちゃけますが、これは感想でも予想されていた通り、圧迫面接でデクくんに未来予知を覆された影響です。
ただ、原作と違ってみんなの願いが絶望的な未来を変えた流れが起きていないので、原作の彼が死の間際に辿り着いた結論にまだ達していないのですね。

なので、「普段から未来予知をするクラスメイトと訓練してる」と言ったデクくんの言葉から本作中の推測を立てた結果、A組で個性を試そうとしてるわけです。
そしてやはりA組の人間(この話のときは作戦時に顔を合わせたことのある切島くんを「視」た)に予知を覆されたので、通うことにしたという流れ。
もちろんA組だけに関わるのは不自然かつ不平等なので、彼はB組の訓練にも顔を出すようになります。
原作より一年生全体の実戦経験が少ないので、代わりに訓練の質を上げることで穴埋めするスタイル。もちろん予定していてこうなったわけではありませんけどネ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.お祭りの始まり

『結論から言うと、わからない』

 

 ある日のこと。アナキンの言葉に、私とヒミコは揃ってがくりと肩を落とした。

 

 エリの下へ通うようになって、数日後のことである。以前からヒミコが見る謎の夢について、フォースの申し子とも呼ばれたアナキンに調査を頼んでいたのだが、その返事がこれなのだ。私たちの反応は仕方がないと思わないか。

 

『正確に言うと、もしかしてと思うものがないわけじゃないんだけどな。ただ、今となってはそれを確かめるすべがもう残っていないんだよ』

「……そういうものなのか。マスター・ヨーダやマスター・ケノービはなんと?」

『それなんだが、スピリットになっている連中は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。共和国時代の元ジェダイはともかく、ルークもレイアも何も言わないんだよ』

「明らかに何かを隠しているやつじゃないですか、やだー」

 

 フォーススピリットになっている人物は、アナキンだけではない。その気になれば、マスター・ヨーダもマスター・ケノービも姿を現すことができることは聞いているので、その伝手は使えないのかと思ったが……誰も彼も何も言わないとなると、ヒミコの言う通りこれは隠し事があると見ていいだろう。

 

 だが、スピリットになっているもの全員がそうだとなると、ただ隠しているだけだとは考えづらい。何か今の私には考えもつかない深謀遠慮があって、あえて黙っている可能性も十分にある。

 

 あるいは、これは私たちが乗り越えるべき、正しい意味での試練であるのかもしれないが。

 だとすると、手がかりは何もないということになってしまう。どうしたものか。

 この件に関しては、”個性”が絡んでいるだけにわからないことが多すぎるのだ。単純にフォースだけの問題ではない、という点がどうしてもネックなのである。

 

「……せめてヒントとかもらえないんです?」

『ヨーダとオビ=ワンはとぼけるだけだったよ。ああいうのを、この国では狸って言うんだろうな。ルークたちには、なんか接触を避けられてる。子供から拒否られてるんだ。この気持ちがわかるか、二人とも。僕の気持ちも少しは汲んでくれ』

「それについては私が悪かった」

 

 いや本当に。家族を持つことの意味を理解している今の私にとって、アナキンの切々とした言葉は理解できすぎた。なので思わず深々と頭を下げていた。

 

 ただ、私としてもヒミコにこれ以上悪夢を見てほしくないのであり。どうしても燻るものが生じてしまう。それがあまりよくないことだとはわかっているが……。

 

「わからないんじゃしょうがないですねぇ……」

 

 結局はそう言わざるを得ない。

 

『ああ。だから、二人とも注意は怠らないことだ。何か気づいたことがあれば、些細なことでも調べてみるしかない』

「棚に上げるとも言うが。とりあえずはそうするしかないか」

「はぁい。まあ、あの夢はなんでか全部しっかり覚えてるので、そこは大丈夫かなって思いますけど」

 

 と、ここでヒミコはそれに、と言葉を区切ってから、私の腕に腕を絡めて引き寄せてきた。

 

「いざってときは、コトちゃんが守ってくれますから大丈夫です」

 

 そして、にんまりと笑った。一瞬きょとんとしてしまったが、私も応じて笑った。そのまま彼女を抱き寄せる。

 言われるまでもないことではあるが、いずれにせよ彼女の期待に応えられるよう全力を尽くすとも。私たちはパートナーなのだから。

 

 などと思いながら身体を寄せ合っていたら、なぜかアナキンに呆れられた。

 

『……君たちは本当、いつまで経っても付き合いたてのカップルみたいだよな。やることも散々やってるくせに、その距離感はなんなんだ?』

「……念のため聞くんだが、君、普段から()()やいないだろうな?」

「えぇー? ますたぁのえっち!」

『ひどい濡れ衣を見た。友人の濡れ場なんて誰が好き好んで見るんだよ』

 

 まあ、うん。一度始めたら、結構な長丁場になる私たちにも責任がないわけではないかな。

 

 いやそれについてはともかく。

 ヒミコの夢に関しては、本当に注視していくしかないだろう。睡眠中に変身さえしなければ起こらないはずなので、()()()()()()をいかに防げるかが鍵といったところか……。

 

***

 

 翌日。

 

「文化祭があります」

 

 ホームルームの時間に、ぼそりとイレイザーヘッドが言った。

 これに対して、クラス全体が歓声を上げて大きく湧き上がる。

 

「文化祭!」

「ガッポい(学校っぽいの略)の来ました!」

「何するか決めよー!」

 

 などと盛り上がっている。

 

 が、直後にイレイザーヘッドが目を光らせると、当たり前のように静まり返った。

 

「注意事項として……今年は例年と異なり、一部の例外を除き学内だけでの文化祭になる。これは時世を鑑みての決定だ」

 

 全寮制に移行した理由を考えれば、これは仕方がないだろう。内通者は既に見つかっているが、一人だけとは限らない。

 

 それに、神野事件以降の犯罪件数が増えてきていることも事実。まだそれを指摘するマスメディアはほとんどないが、ヒーロー側は認識しているのだろう。

 だからこそ、誰でも出入りできる形にして何か起きてからでは遅いという判断なのだと思う。

 

「雄英のイベントはヴィランごときで中止していいもんじゃない。それは体育祭だけでなく、文化祭も同じだ。何せ文化祭はヒーロー科以外が主役。特に経営科とサポート科にとっては、体育祭よりこっちが本番と言っていい。

 単純に学生の楽しみとしても、無くすわけにはいかない。何せ現状、寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じてる者も少なからずいるからな……」

 

 そしてイレイザーヘッドの口から語られた説明に、クラスのほぼ全体が背筋を伸ばした。根が真面目で善良なものが多いこのクラスだ、彼の説明の意味を十分に理解したのだろう。

 

「とはいえ、USJ事件から神野事件、そして先日の死穢八斎會事件と、ヴィラン連合が何かと騒がしいことも事実。だから自粛はしないが、規模は縮小。警備は体育祭同様、例年の五倍で。そういうことになったわけだ」

 

 クラス全体の様子を確認したイレイザーヘッドは、説明を続けながら寝袋に入った。

 

 ……この流れは、しばらく生徒側に丸投げするやつだな。いい加減、彼の合理主義にも慣れたものである。

 

「……っつーことで、文化祭だ。我々ヒーロー科は主役じゃないが、決まりとして一クラス一つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」

 

 案の定、彼はそのまま壁に寄りかかって眠り始めてしまった。

 

「ここからはA組委員長、飯田天哉が進行を務めさせていただきます!」

 

 だがもはや彼に慣れ切っている我々A組は誰も動じない。それどころか、イイダとヤオヨロズが張り切って壇上に立ったくらいである。

 

 ということで、案を挙げるよう声がかかったわけだが。

 

「上鳴くん!」

「メイド喫茶にしようぜ!」

「バカ野郎上鳴お前この野郎! そんなことしたらうちのクラスのキレイどころが他の野郎どもの目にさらされるだろうが!! 却下だ却下!!」

「どうしたお前本当に……いや本当にどうした!? 血の涙流すくらいなら言わなきゃいいだろ!?」

 

 一番手となったカミナリの提案に、ミネタが食って掛かったのが意外過ぎてクラス全員が目を丸くしていた。

 本当にどうしたと思ったのだが、途中で私とヒミコに向けて合掌をしてきたので、いつもの発作かとこれまたクラス全員で納得する。

 

 ただその所作はあまりにも美しく整っていて、さらに言えばカミナリへの文句のさなかに流れるような自然さで挟み込まれたため、私ですら一瞬気づかなかったほどだ。ミネタの背後に、何やら無数の腕を持つ大きな観音像が見えた気がしたのは、本当に気のせいだったろうか。

 

「メイド服……私はいいと思うのです。ヴィクトリアンスタイル、いいですよね。ホントなら露出がほとんどない服で脱ぎかけ、ってのが特にカァイイんですよねぇ……んふふ」

「……真昼間だぞ、ヒミコ……」

 

 そしてそんな会話――それとお互いの流し目――を交わした私たちだが、これを目の当たりにしたミネタは血涙をすっと消したかと思えば、天竺で経典を授けられた瞬間の玄奘三蔵もかくやな晴れ晴れした顔を浮かべて手を合わせると、天井を仰いだ姿勢のまま椅子に身体を預けて動かなくなった。

 

 これもどうせいつもの発作だろうと、クラス全員が彼を無視して話は進む。

 

「おもちやさん!」

「なるほど和風で来たか!」

「腕相撲大会!」

「熱いな!」

「ビックリハウス!」

「わからんが面白いんだろうなきっと!」

「ダンスー!」

「華やかだな!」

「ヒーロークイズ!」

「緑谷くんらしい!」

「蛙の歌の合唱!」

「微笑ましい!」

「手打ちそば」

「大好きだもんな!」

「デスマッチ!」

「まさかの殺し合い!?」

「暗黒学徒の宴」

「ホホゥ!?」

「ボクのキラメキショウ☆」

「……んん!?」

「……コントとか?」

「なーる!」

 

 ……また随分と、多種多様な意見が出るものだなぁ。まあ、バクゴーの意見は間違いなく却下だが。

 

 アオヤマの案も恐らく取り下げられるだろう。あんなことがあったあとだけに、こういうところで彼が以前と変わらない態度を貫いている様には安堵するところではあるのだが。

 

「さあ他に意見はないか!?」

「アジアンカフェ!」

「演武発表会!」

「タコ焼き屋!」

 

 そうこうしているうちにも、続々と案は上がっていく。

 応じて黒板に案が箇条書きにされていく。

 

「ふむ、こんなところか。渡我くんや増栄くんは挙手すらしてなかったようだが、何かないのかい?」

「んー……コトちゃんの作品発表会とか、考えてましたけど……」

「わあ、ひみちゃん攻める。でもそれ、サポート科の子が泣きかねないでしょ。さすがにまずくない?」

「ですよね。下手にあのズームの人が乗り込んできても困りますし……それじゃ、クレープ屋さんとかどうでしょう?」

「おお、食べ歩きにもってこいだな!」

 

 ヒミコのクレープ屋か……そんなものが学内にあったら、毎日通ってしまうなぁ。

 

「増栄くんはどうだい?」

 

 おっと、私にも振られたか。

 

 正直なところ、文化的な活動から縁遠い人生をまっとうした前世を持つ私には、この手の文化的な行事の案は荷が重い。アニメーションや漫画などで、一応その手のものに少し触れたことはあるが……そういうところで出ていたものは、大体案に上がってしまっているからなぁ。

 

 まあ、一応案がないわけではないのだが……恐らく却下されるだろうな。言ってみるだけなら無料だから、とりあえず言ってはみるが。

 

「ヒーロー基礎学の公開授業はどうだろうか? 座学ではなく実技のほうで」

「なんと!?」

 

 この提案に、クラス全体が騒めいた。どうも感じる気配からして、こういう行事でわざわざ授業をやるのは受け入れづらいものらしい。

 なぜだろうか、非常に理にかなった案だと思うのだが。

 

「結局、授業はあくまで訓練だからな。だがそれを公開すれば現実の状況に近づくし、人目があるとなれば我々は一層身が入るだろう。他よりも多く訓練時間を確保できることにも繋がる。

 それにヒーロー基礎学は名前の通り、ヒーロー科限定の授業だろう? 見聞きしたことがあるものはごくわずかだ。実技となればなおさらな。であれば、普段見られないものを見られるという付加価値が生じるだろうし、マスター・オールマイトを講師にしての実技なら大衆受けもいいと思うのだが、どうだろう?」

「さ、さすが、日常的に”個性”訓練をしてる増栄さんだ……心構えが違う……!」

「なるほど……! 授業とイベントを両立させるということか……なんという向上心だ! 俺も見習わなければ!」

「ええ、来場者のニーズにも応えられる良き案かと!」

「い、いやぁ、でもよぉ、文化祭だぜ? さすがに授業は……なあ?」

「うん、こういうのはパーッと遊ぶようなのがいいと思う!」

 

 ミドリヤやイイダ、それにヤオヨロズはかなり前向きにとらえてくれたようだが、他は反対のようだ。

 

「コトちゃん……ソレはさすがに味方できないのです……だって文化祭ですよ?」

「なん……だと……?」

 

 しかもヒミコすら反対の立場を表明する始末である。私は思い切り落ち込んだ。

 

「……さすがに実技の公開授業はナシだな」

 

 おまけに寝ていたはずのイレイザーヘッドすら、わざわざ身体を起こしてそう言ってきたので私はますます落ち込んだ。

 

「警備には教師陣も当たることになってる。そんな中公開で実技授業となると、最低でも教師が二人……場合によってはもっと必要になる。しかも大人数が観覧できる演習会場は、文化祭の会場範囲から離れた場所にしかない。手間がデカすぎる上に人手が足らん」

「えっ、そういう理由……ってことはつまり」

「ああ、公開座学ならいい。俺は一向に構わん」

『それだけは嫌だ!!』

 

 だが、まっとうな理由だったので私は少しだけ回復した。イレイザーヘッドはやはり、光明面の極みに立つ人である。話が分かる。

 

 ……と、そんな小さなトラブルもあったが。

 それはそれとして、あれやこれやと自分の案を推す声が上がり続け、あるいは互いに互いの案にダメ出しをするような時間が続くことになる。

 イイダはなんとかして話をまとめようとしていたが、生真面目が過ぎるところのある彼では少々手に余ったようだ。

 

 結局時間内に案がまとまることはなく……。

 

「実に非合理的な会だったな。お前ら、明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合……増栄の案で行く。つまり公開座学だ」

 

 まるで”個性”を使っているかのような目でこちらをにらみ、イレイザーヘッドは退室していった。

 

 彼のその言葉に、残されたものたちの心は私を除いてほぼ一致する。

 

「冗談っしょ……」

「みんな! 今日中に出し物決めようぜ!!」

『おおおおお!!』

 

 ……こんなことで、クラスのみなが一致団結するところは見たくなかったかもしれない。

 




漢、峰田実。
百合の間に挟まりたいとか抜かす男を増やす可能性があるメイド喫茶を、断腸の思いで拒否。
あとそれとは別に、喫茶店だとスタッフとして時間を拘束されるので、ヒミコトカップルには時間いっぱい文化祭でいちゃついてほしいとも考えている模様。
いやしかし、前章はメインが襲だったこともあって、理波たちだけでなく峰田の登場シーンも少なかったんだけど、こうして久々にガッツリ書くとやっぱこいつ抜群に書きやすいなって・・・。

なお、メイド服でコスチュームプレイの実績をアンロックしていることを察してしまった皆さんのえっちレベルは、峰田に匹敵するものとお考え下さい(無慈悲


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.音で殺れ

 その日の夜。寮に戻った私たちは、早速出し物をどうするかを改めて話し合い始めた。

 

「インターン組は?」

 

 だがそこに、インターンに出向いていた面々はいない。

 

「補習だってよ。話し合いには参加できないから、決定に従うって。爆豪は『下手なモンにしやがったら殺す』とか言ってたけど」

「平常運転がすぎる」

 

 そう、彼らは放課後の今も授業を受けている。丸一ヶ月学校にいなかったアオヤマも同様である。

 

 なお、私とヒミコの場合は必要なときのみの一、二時間くらいしか出動がないので、補習は免除だ。ヒミコは成績的に危うかったが、次の定期考査で結果を出すことを条件に免れている。

 

 なので、談話スペースで集合した面々の中には私たちも当然同席している。同席、というか私はヒミコの膝の上に座っているのだがね。

 それを見て、涅槃仏のような顔と姿勢でソファに横たわったミネタはいつも通りということで、全員が放置の構えである。打ち合わせには問題なく参加するようだし、気にするだけ無駄とも言う。

 

 彼はともかく、そういうわけでインターン参加組とアオヤマ以外の欠席者はおらず、十三名全員が揃っている。

 

「落ち着いて考えてみたんだが……先生の仰っていた他科のストレス、俺たちは発散の一助となる企画を出すべきだと思うんだ」

 

 そんな中、学校でも議長をしていたイイダがやはり、ここでも率先して口を開いた。何かヒントとなるものはないかと、ノートパソコンを操作しながらだ。

 

「そうですわね……ヒーローを志す者が、ご迷惑をおかけしたままではいけませんもの」

 

 これにヤオヨロズも同意した。

 

「そうなると正直……ランチラッシュの味を知る雄英生には、食で満足させられるモノを提供できないと思うんだ」

「あ、飯系ダメってこと?」

「個人的には、だ。他科へのサービスを考えれば」

 

 確かに、ランチラッシュの作る食事は非常に美味である。私としてはヒミコの手料理のほうが上だとは思うが、これは彼女の味付けが完全に私向けに特化していることと、身内のひいき目によるものだ。世間一般では、ランチラッシュに軍配が上がるはずである。

 なので、食事でもてなそうとするならイイダの懸念は何も間違っていないだろう。何せただでさえ美味かつ幅広い料理を、安価で提供されているのが雄英の食堂なのだから。

 

「そう言われると、そうだな……俺たちが楽しいだけでは彼らに申し訳がない」

 

 そしてショージもこれに同意し、ハガクレが改めて案の一覧が表示されているパソコンの画面をのぞき込んだ、そのときである。

 

「……別に他の科の人のことなんて、気にしなくてよくないです?」

 

 私を抱きすくめた状態のまま、ヒミコが話の前提に殴りかかった。

 この発言に、私以外の全員がぎょっとして彼女に視線を集中させる。

 

「と、渡我くん!? いきなり何を言うんだ!?」

「そうですわ、さすがにそのお言葉は看過できません」

 

 イイダとヤオヨロズの言葉は総意のようで、多くのものが頷いている。

 

 だが、この程度のことでヒミコが怯むはずがない。仲良くなりたい人相手には少し臆病なところがある彼女だが、既にA組の面々にはそのサガも含めて受け入れられている。この場所で変に遠慮することは、もうしないだろう。

 だからこそ、彼女は飄々とした顔で唇を尖らせた。カァイイ。

 

「だって、おかしいじゃないですか。なんで私たちのせいで、他の人たちがストレス感じるなんてことになるんです? 私たち、何かしました?」

 

 だがその口から出てきたのは、カァイイ仕草とは反対の真剣なものだった。

 

「そりゃ、私たちは入学したときから何度も事件に巻き込まれてるのです。それでイベントがちっちゃくなったりしたのがヤって気持ちだって、わかります。……でも、私たち誰も好きで事件に巻き込まれてなんかないじゃないですか」

 

 ――悪いのは、勝手に襲って来たヴィランの人たちじゃないですか。

 

 そう付け加えられた言葉に、全員がハッとなる。

 

「襲われたから、私たち追い返したんですよ。みんなでがんばったんです。あの頃はまだ誰も仮免許だって持ってなかったのに。いっぱい怪我して、いっぱい怖い目に遭って……でも、みんなで力を合わせて、なんとかしたんですよ。そんな私たちをまるで諸悪の根源みたいに言う人たちなんて、私知らないです。つーんです」

 

 そして彼女は言葉をそう締めくくると、ぷくりと頬を膨らませて私の首筋に顔をうずめた。彼女はそのまま黙り込んでしまう。おかげで場には気まずい空気が流れた。

 今ここにアオヤマがいなくて助かった。もし彼がヒミコの言葉を聞いたら、たとえ覚悟ができていたとしても傷ついただろうから。

 

「……確かに……トガさんは実際にさらわれているもんね……」

「そうだな……相当なストレスだったはずだ……」

「……申し訳ありません、渡我さん。私たちの配慮が足りませんでしたわ……」

 

 みなは口々にそう言うが、あまり気にしないでほしい。何せ私の首筋に顔を伏せている彼女の内心は、欠片も気にしていないのだ。むしろヴィラン連合のヴィランたちを、友人だと思っている始末である。

 なので私は一応彼女の頭をなでているが、実に何とも言い難い。そういう意味でも、アオヤマがいなくてよかった。

 

 こういうところを見るに、ヒミコは他者への共感性がやや低いのだろう。彼女が両親から普通たれと口酸っぱく言われていたのは、この辺りもあるように思う。

 私はそんな欠点も含めて彼女を愛しているし、そもそもの話フォースダイアドである我々の間には、察するという行為はほとんど必要ないので、そういう意味でも私たちは運命の相手なのかなとも思ったりもするわけだが……。

 

「……というわけなので、私は三奈ちゃんの案がいいと思うのです!」

 

 私が頭の中であれこれ考えていたことは、改めて顔を上げたヒミコの満面の笑みで吹き飛んだのであった。

 

「へっ? 私の?」

「みんなで踊ると楽しいと思います! どーせ私たちをよく思ってない人たちのご機嫌取りしたって、まともに受け取ってくれないと思うので。まずは私たちが一番楽しめるやつがいいと思うのです!」

「おー! トガっち話が分かるー!」

 

 直前までとは打って変わっての笑顔を見せるヒミコに、困惑するみなの前で彼女はアシドの手を取って上下に動かす。

 それとは逆の手で、彼女はイイダの手元にあったノートパソコンを引き寄せ何やら操作する。

 

「トガだって一応はヒーロー志望なので、私たちだけなんてことは言わないのです。私たちがまず楽しんで、それで他の人も一緒に楽しくなるようなのがいいと思うのです……ってことで、こんな感じはどうでしょ?」

 

 そうして、みなに見える形でくるりと向けられた画面には、派手な光と音で煌めく空間で人々が躍る映像が。

 

「そう来たかー!」

「意外! ひみちゃんからそういう発想来るとは思わなかった!」

「けどよ、素人芸ほどストレスなもんはねーぞ?」

 

 セロの言い分ももっともだ。

 

 だがヒミコは動じることなく、むしろ甘いとでも言いたげにアシドに目を向けた。

 

「ダンスなら三奈ちゃん教えられますよねぇ? こないだ青山くんとか出久くんが教わってるの、見てましたよ」

「うん、私教えられるよー!」

 

 そう答えるアシドに、なるほどと相槌を打つ。

 

 確かに少し前、教室でそんなことをしていた。そして最初は明らかにぎこちなく不自然だったアオヤマとミドリヤだったが、今は形になった動きができるようになっている。

 アオヤマなどは、ここにいたらこれ見よがしに踊って見せていただろうと容易に想像できるほどである。

 

「そういやそんなことしてたね」

「然り。言っては何だが、当初の二人はだいぶ……」

「奇怪な動きだった素人が一日でステップをマスターしたんだ、芦戸の指導は確かだ!」

「待て素人ども! ダンスとはリズム! すなわち音だ! パリピは極上の音にノるんだ!」

「音楽と言えばぁー……!」

 

 と、ここで全員の視線がジローに向いた。

 

 うむ、私もそう思う。我がA組で音楽といえば、彼女をおいて他にあるまい。当の本人は、困惑しきりであるが。

 その彼女に、ハガクレがぴょんぴょんと跳びはねながら距離を詰める。

 

「耳郎ちゃんの楽器で生演奏!」

「ちょっと待ってよ」

「なんでェ!? 耳郎ちゃん演奏も教えるのもすっごく上手だし、音楽してるときがとっても楽しそうだよ!」

 

 そうなのである。彼女は演奏も指導も上手なのだ。何度か彼女の部屋にお邪魔して音楽に触れる機会があったが、実に楽しそうに色々と話してくれたことをよく覚えている。今までその手のものに触れてこなかった私にとっては、とても有意義な時間だった。

 まあ、私にはどうも音楽の才能がないようなので、それについてはコメントは差し控えさせていただきたいのだが。それはそれとして、様々な楽器を操るジローの姿は輝いていたと思う。

 

 ただ、そんな彼女はどうも後ろめたさを感じていたようだ。ヒーロー活動に根差したものではないということに、思うところがあるようだった。

 

「何言ってんだよ! あんなに楽器できるとかめっちゃカッケーじゃん!」

「カミナリに全面的に同意するよ。それにだ、音楽は国境を越えるというだろう。君の演奏は、言葉の違うものたちを一挙に笑顔にできる、とてもヒーローらしい特技だと思うぞ」

 

 なのでカミナリと二人でそう言ったら、すっかり照れてしまったが。

 

「……ここまで言われてやらないのも……ロックじゃないよね……」

 

 最終的に、彼女は覚悟を決めた……それでいて、どこか吹っ切れたような顔で、そう答えたのだった。

 

「決意と照れが入り混じる響香ちゃんのお顔、とってもカァイイのです」

「わかるよひみちゃん、アレはカァイイだよね」

「うんうんカァイイ」

 

 まあ、一部の女性陣からは「カァイイカァイイ」と連呼されて微笑ましく見られていたのだが。

 

「ちょっとそこの三人!」

「あまり人をからかうのはよくありませんわ」

「そうだぞヒミコ」

 

 ともあれ、こうして私たちA組の出し物は生演奏とダンスということに決まったのだった。

 

 その後は日を改めて、補習を終えた面々も加えてから役割分担決めである。

 諸々話し合ったが、ただ歌って踊るだけでは物足りないということで、演出も加えることになった。結果、担当は楽器班、ダンス班、演出班の三つに分かれることになる。撮影や機材の担当として、14Oも駆り出す。

 

 楽器の担当選定は紆余曲折はあったが、ジローが歌兼ベースを、カミナリとトコヤミがギターを、ヤオヨロズがキーボードを、そしてバクゴーがまさかのドラム担当ということで落ち着いた。

 バクゴーは最初はやらないと言っていたのだが、セロに「難しいらしいぞ」と煽られたことで張り合う形で応じることになった。まさかバクゴーがあそこまでドラムに堪能とはなぁ。人は見かけによらないものである。

 

 そのバクゴー、「他の科のストレス発散とかいう慣れ合いみてェなお題目だったら殺してたわ」と言っていたので、改めて何人かはヒミコに礼をしていた。そんなことで礼を言われるのもなんだか奇妙な話だと思うのだが。

 

「やるからには雄英全員、音で殺るぞ!」

 

 最終的にはいつものバクゴー節が炸裂していたので、気にする必要はなさそうである。協力はしてくれるわけだし。

 

 彼としては、我々を敵視している連中を音楽で改心させたら勝ち、殺したということになるらしい。彼のことはだいぶ理解できたと思っていたが、こういうところはまだ少しよくわからないな。

 まあ、A組一同はそういうところも含めて彼を受け入れているので、応じる形で全員気炎を上げていたが。

 

 なお、私とヒミコはダンス班である。一部の演出にも協力する形になるので兼任と言ったほうが正しいかもしれないが。

 

 付け加えると、この選出はヒミコの強い希望で決定されている。その際に私との二人だけのパートを約束させていたので、あの殴りかかるような意見の出し方はこれが目的だったのだろう。抜け目のない人である。

 

「ところでコトちゃん? 歌うのヘタッピでしたけど、ダンスは大丈夫ですよね?」

「銀河共和国の末期、ジェダイは調停役をこなしていたんだぞ。社交の一環で踊ることがないわけではなかった。歌よりはマシなはずだ」

 

 カラオケには二度と行かない。行っても絶対にマイクは取らない。私はそう決めている。




前世から今に至るまで、音楽を自分でやる方面ではほぼ触れてこなかったので、下手したらジャイアンより酷いと思います。
ただ前世で同じ状況に陥っていたら、練習して次に備えるくらいのことはしていたはず。内心でどう思おうと、目の前の困難から目を背けるようなことはジェダイならしないと思うんですよね。
なのにここで二度と行かないという発想が先に出る辺り、既にジェダイナイトのアヴタスと雄英一年生の理波は同じだけれど別の人間なのでしょう。
それがいいことか悪いことかはさておき、こういう態度を取れる友人が彼女の周りにいる、ということは間違いなくいいことであるはずだとも作者は思うのでした。

・・・それにしても、もしかしてみんな結構メイドコスプレ回見たい感じ・・・? 作者としてはさらっと流すつもりのシーンだったんだけど・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.エリちゃんと

 出し物が決まったので、あとは本番に向けてひたすら練習を重ねるのみである。文化祭が終わるまではインターンもないということなので、全員揃っての練習が続く。

 

 とはいえ、私とヒミコはエリの”個性”訓練のために何度か授業を抜けていたのだが……ある日、この訓練にミドリヤとウララカもやってきた。

 自発的についてきたわけではなく、エリの指名だ。自分を助けようとしてくれたヒーローに、直接礼を言いたかったらしい。さらに言えば、そういう人々のことをもっと知りたかったのだという。

 

 二人ともそう望まれれば否と言うはずがないので、共に病院へ赴くことになった。

 正確には、彼らは見舞い客という立場になる。なのでヒーローとして来ているルミリオンや私たちとは違い、あくまで私人としての来訪だ。

 

「久しぶりだね、エリちゃん。元気そうでよかった」

「こんにちは、エリちゃん。あ、これフルーツの盛り合わせ! よかったら食べてね!」

「わあ、ありがとうございます」

 

 訓練の前に、ウララカから見舞い品として渡されたバスケットを、エリは嬉しそうに受け取った。その視線は、中に置かれたフルーツたちに釘付けだ。

 

「よかったね、エリちゃん。早速食べるかい?」

「……リンゴ、たべたいです」

「だと思ったよね!」

「そういうことならトガにお任せですよぉ」

 

 よろしく頼むよ、と言うルミリオンをよそに、どこからともなく取り出した果物ナイフでするするとリンゴを切り分けていくヒミコ。非常に慣れた手つきであり、とても素早い。あっという間にうさぎの形に切り分けられたリンゴが出来上がった。

 

「うひゃー、さすが被身子ちゃん。慣れてるや」

「すごいね! 思わず見惚れちゃったんだよね!」

「うさぎさんだ……!」

 

 そうして差し出されたリンゴに、嬉しそうに目を輝かせるエリ。

 

 気持ちはわかる。非常にわかる。私も初めて母上にこの切り方を見せられたときは、この星の文化水準の高さに心底驚き心が昂ったものだ。

 

「リンゴ、好きなの?」

「……うん。あまくって、おいしくて、すきです」

 

 ミドリヤの問いに、エリは笑顔を見せてこっくりと頷いた。

 

 が、彼女がすぐに手を出すことはなかった。彼女は差し出されたリンゴを皿ごと受け取ると、お先にどうぞと私たちに差し出したのである。

 

「……我々ももらってしまっていいのか? これはすべて君のものなんだぞ」

「うん、いいの。だっていつもありがとうございますだから、おかえし……それにね、みんなでいっしょにたべるほうがおいしいって、マグネさんが」

「……エリちゃんは優しいんだね」

「……せやね。そういうことなら、いただいちゃおっか」

 

 最後に付け加えられた人物の名前に、秩序の側に立つものとして思うところがないわけではないが。おすそ分け自体は完全なる善意で行われているので、我々はそれを飲み込んで受け取ることにした。

 

 ヒミコがそれを見越していたわけではないだろうが、リンゴは六切れ。ちょうどここにいる学生組の人数と一致する。

 同行者であり、責任者でもあるサー・ナイトアイとイレイザーヘッドは視線だけで遠慮を表明したので、ならばとエリを含めた若者同士で分け合うことにした。

 

「おいしい!」

「それはよかったんだよね!」

「うん、本当によかった」

 

 病室には、様々な笑顔が咲いた。

 

 そんな中、一番にリンゴを食べ終わったエリが居住まいを正して、ミドリヤたちに向き直る。

 

「あの……ずっとおれいがしたくて。でも、おなまえがわからなくて……しりたくって。えっと、おなまえ、きいてもいいですか……?」

「あっ、そういえば名乗ってなかったっけ。僕は緑谷出久だよ。ヒーロー名はデク!」

「ヒーロー名……えっと、ナイトアイさんとか、ルミリオンさんみたいな」

「そうそう。えっと、たぶんデクのほうが短くて覚えやすいだろうし、デクって呼んでくれていいからね」

「私は麗日お茶子! ヒーロー名はウラビティだよ。よろしくね」

「デクさん。ウラビティさん」

 

 エリはしばらく、二人の名前を反芻していた。

 

 しかしすぐに覚えたようで、一度小さく頷いてから改めて、二人に向けてぺこりと頭を下げる。

 

「たすけてくれて、ありがとうございました」

 

 この言葉に、一瞬ミドリヤとウララカは言葉に詰まった。二人とも、自分がエリを助けられたとは思っていないのだ。自分たちでは手が届かなかったと、そう認識している。

 しかし今ここでそれを言っても、押し問答になるだけだけだろう。エリのことを考えれば、素直に受け取るべきだ。

 

 二人もそう思ったのか、すぐに笑みを浮かべて頷いた。

 

「どういたしまして!」

「うん、エリちゃんが無事でよかった!」

 

 そして二人の返しに、エリもまたにこりと微笑んだ。

 微笑んで、二人ににじり寄る。まだ人に直接触れることには多少怯えが見えるが、それでも彼らにはもっと近づきたいと思ってくれているのだろう。

 

「あのね、私ね、ずっと考えてたの。たすけてくれたときのこと……たすけてくれたひとのこと……。お姉ちゃんたち、ヒーローのことはなんにもおしえてくれなかったから……だから、ヒーローの人たちのこと、もっとしりたいなってかんがえてたの」

「うん、なんでも聞いてよ!」

「私たちなんでも答えるから!」

 

 そこからは、とりとめのない会話が続いた。会話の中心は主にルミリオンで、ウララカが次点といったところ。

 エリは聞き役にほとんど徹していた。いまだ幼く、世間から隔絶した環境にいたこともあってか、彼女は同年代よりも知識が足りていないのだろう。それは会話や感情の機微も含まれる。

 

 とはいえどんなことにも疑問を抱いて質問するし、返って来た答えにはうんうんと頷いて自分なりに噛み砕こうと努力している。エリ自身の頭に問題があるわけではないことは、間違いない。経験さえ積めば、この程度の遅れはすぐに取り戻せるはずだ。

 

 何より、彼女の表情はちゃんと感情の変化に伴ってころころと変わる。嬉しいと思えば笑顔になるし、悲しいと思えば曇る。驚けば声を上げて跳びすさるし、怖ければ怯える。

 それらはどれも身体と心の動きが一致していることの現れであり、それだけ心身が安定していることの表れでもある。それはいいことだ。

 

 そんな、なんと言うこともない会話の中のこと。あるとき些細なきっかけで、話題が文化祭へと飛んだ。

 

「ぶんかさい?」

「文化祭っていうのはね、俺たちの通う学校で行うお祭りさ! 学校中の人が学校中の人に楽しんでもらえるよう、出し物を出したり食べ物を出したり……あ! リンゴ! リンゴアメとか出るかも!」

「リンゴアメ?」

「リンゴをあろうことか、さらに甘くしちゃったスイーツさ!」

「……!」

 

 ルミリオンの説明はさらに途中で飛んだが、エリはこれに目の色を変えた。それどころか、口元からよだれが出るほどである。よほどリンゴが好きなのだなぁ。

 

 気持ちはわかる。出店に並んでいる食べ物は、どれも不思議と美味に感じるものだ。

 私もリンゴ飴は好きだ。綿菓子も好きだし、ベビーカステラもおいしい。チョコバナナもよかったなぁ。

 

 うん、なんだか腹が減ってきた。今度ヒミコに作ってもらおう。

 そう思ってちらりと視線を向けたら、ヒミコは「仕方ないですねぇ」と言いたげににんまりと笑っていた。

 

 これには私も思わず微笑んでしまったのだが、どこからともなく『腹ペコ幼女……』という友人の呟きが聞こえた気がして、正気に戻った。

 

 そんな私をよそに、話は進んでいる。エリはそわそわしながら、おずおずと口を開いていた。

 

「あの……その……その、おまつりって……私も行けたり、しませんか……?」

 

 このかわいらしいお願いに、ミドリヤもウラビティもルミリオンも、一斉に後ろに振り返った。

 

「「相澤先生!」」

「サー!」

「もちろんだ」

「ああ。校長に掛け合ってみよう」

 

 今まであまり要望を口にしなかったエリの、ささやかな願いだ。善意の塊である彼らは、迷うことなくそれを叶えようとする。イレイザーヘッドも即座に端末を取り出し、あれこれと動かし始めた。

 

 彼の表情を見る限り、どうやらネヅ校長も同意見なのだろう。話はスムーズに進んでいるようだ。

 実際、ほどなくして許可は下りた。

 

「文化祭当日まではまだ一か月近くある。サー、細かい調整は任せます」

「任された。……エリちゃん、文化祭はたくさんの人が行き交う場所だ。万が一何かあってはいけない。だからそれまでに、もう少しだけ”個性”を使えるようになっておこう」

「うん……! 私、がんばる! ……ます!」

 

 ナイトアイの言葉に、両の拳を握ってきりりとした顔を見せたエリである。頬はやや紅潮していて、フォースユーザーでなくとも彼女が楽しみにしていることはわかるだろう。

 そんな彼女に、我々はみな一様に表情を綻ばせたのであった。

 

 そうしてしばらくしてからは、”個性”制御訓練が始まる。せっかくだからと、ミドリヤとウラビティも同席した。

 

 ほとんどの人間が自分だけの特殊能力を持つこの星で、”個性”を鍛えることは難しい。何せ同じ”個性”は基本的に存在しないからだ。

 ただ、極めて近しいものは存在する。だからこそ、訓練の際はそうした過去の前例にならうわけだが……エリのような似たものがない、突然変異的な”個性”はその前例がない。これをミューテーションと呼ぶ。シガラキ・トムラも恐らくはそうだろうと言われている。

 

 だからこそ訓練は難しいわけだが、しかしそういうものであっても根幹は変わらない。

 それは、自分の”個性”を信じることだ。自分の”個性”なら、こういう使い方ができるはずだと信じる。こういう結果を出せるはずだと信じる。そのイメージが、”個性”の成長には欠かせない。

 

 その辺りの説明をナイトアイから聞いたミドリヤは、「オールマイトも言ってたけど、結局はそこなんだなぁ」とぶつぶつ呟いていた。

 最近はウララカとの朝練の前に、オールマイトと訓練をしていることは知っている。何やら新しいことを試しているのだろうな。

 

 だが、だからといって小声とはいえ人前で言うのはどうなのだろう。彼は果たして隠す気があるのかないのか。

 

 ちなみにもう一人の見学者であるウララカは、納得の表情で頷いていた。彼女は我が父上から、離れたところに効果を及ぼす上でのコツなどを聞いていたが、その際も同じような話をされていたので馴染みがあるのだろう。

 

「あとはひたすら反復だ」

「何事も近道はできないってことだな」

 

 年長組は最後にそう締めくくったが、これに一番頷いていたのはヒミコだった。

 

 うん、君は去年私に変身しまくっていたものな。それを間近で見ていた私から見ると、説得力がすごい。

 

 なお本日のエリの訓練は今日もわずかな進展にとどまったが、既に多くの人から”個性”を使いこなせるようになるまでにかかった具体的な時間を聞いているからか、初日と違いエリが落ち込むことはなかった。

 そういう意味では、順調そうで何よりと言うべきだろう。

 

 彼女の発奮の根幹に、ヴィランがいなければなおよかったのだが……まあ、そこは下手に口を出すべきではないのだろう。

 




今まで表に出す暇がなかった設定:
ご存知の通り理波の実家は寺ですが、大きい寺なので年に一回檀家を集めての仏教イベントがあります。
寺が保管してる貴重な仏像やら曼荼羅やらが一般に向けて開帳され、僧侶が集まってお経あげたりするんですが、ただのお堅い宗教イベントだと人が集まらないご時世なので、お祭り要素も併せてます(作者の近所の寺が実際にやってた)。
ここには出店も並びます。理波ちゃんが本格的に地球の甘いものにハマりこんだのはこれが原因。この際の姿は、普段の大人顔負けな彼女しか知らない学校の先生には大層驚かれたそうな。
なおうっかりそれらを目撃したアナキンは腹筋を破壊された。

ところでみなさんメイドコスプレ回を強くご所望のようなので、幕間・・・いやこの場合閑話かな。を、増やそうと思います。ネタを思いついてしまったのでね・・・思いついたからには使いたいと思うのは書き手のサガでしょう。
なるべくえっちくできるように頑張るんで、その代わりと言っちゃあなんですが、感想いただけると嬉しいですわよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.銀の鍵

 十月も半ばを過ぎ、文化祭本番まで残り半月を切った。

 この間、文化祭本番の前にエリを学校に慣れさせたいからとナイトアイが彼女を連れて来訪したり、ダンス班のミドリヤが途中で演出班に引き抜かれて舞台上での出番が大幅に減るという小さなイベントはあったが、概ねどこも順調に練習は続いている。

 

 そんなある日の夜のこと。

 

「ヘイますたー、ヤットでーたガマトマッタゼ」

「ありがとう。早速見せてもらおうか」

 

 私は情報収集を任せているドロイド、I-2Oから報告を受けることとなった。

 

 今回彼が出してきたのは、シガラキ・カサネやルクセリアがかつて囚われていたヴィラン組織、銀鍵騎士団についての情報である。それも、主にフォースに関係することを中心にしたものだ。

 どこにあったか、どんな人間がいたか、彼らが今どうしているのかといった情報は今のところ重要度が低いので、報告からは外してもらったが……しかしそれでもかなりの量だな。

 

 理由ははっきりしている。非生物であり機械であるI-2Oにはフォースのことがまったくわからないので、フォース関係の情報はほとんど精査できないまま省かれていないからだ。

 些細なものでも除かれていないのだから、量が増えるのは当たり前である。おかげで確認には手間がかかりそうだ。

 

 仕方がないとはわかっている。だがこれでまったく有用な情報がなかったら、骨折り損がすぎるので何かしらの成果が欲しいところであるが……。

 

「……そんなバカな」

 

 かといって、私の認識を根幹から崩すようなものがあってほしいとまでは思っていなかった。

 

「どうしたんですコトちゃん? この箱みたいな機械に何かあるんです?」

 

 ぼそりとつぶやいて固まってしまった私の横から、私の手元を覗き込みながらヒミコが問いかけてくる。

 

 何か、か。ああ、あるとも。聴取を重ねてもなお結局何か分からず、警察も供述通り「銀の鍵」と名づけたこの押収品には、重要なものがある。絶対にだ。

 

 だが、問題はそこではない。いやそれも問題ではあるのだが、それはこの際置いておく。

 何せ、この銀色の機械の存在そのものがとんでもない大問題なのだから。

 

 そう、これは。この機械は、この星に存在しているはずがないのだ。あり得ないのである。

 

「なぜ……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 なぜなら、この銀色の金属で形作られた、正十二面体の機械――ホロクロンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほろくろん……ってなんです?」

「……フォースユーザーが造る、情報記録装置だ。フォースを使わなければ起動すらできない代物で……その高い秘匿性ゆえに、かつてはジェダイ、シスの別なくそれなりの数が造られていた」

 

 最初は意味がわからずきょとんとしていたヒミコも、私の説明を聞いてじわじわと顔色を変えた。

 

 そう、そうなのだ。この装置は、フォースという前提があって初めて存在し得るもの。それが、こんなフォースの薄い星で存在するなどあり得ないのだ。

 

 もちろん、この画像データだけではこのホロクロンが地球製という可能性を排除できない。

 だがこの星における人類の歴史は、どれほど長く尺を取ってもおよそ七万年ほど。そしてその大半は、文明からかけ離れたものであった。

 いわゆる有史と呼ばれる時代が五千年ほどしかないこと、精密機械を製造できるようになったのがここ数百年程度であること、ついでに言えば人類以前に知的生命体が栄えた痕跡が一切ないことを考えれば、地球製の可能性はほぼゼロと言ってしまっていいだろう。

 

 何よりジェダイとして育ち、公文書館職員として多くの知識やホロクロンの現物に接する機会があった私にはわかる。

 このホロクロンの形は、スタイルは、間違いなくジェダイホロクロンのそれであり。さらに具体的に言うなら、銀河共和国末期のデザインを模したものだということが。

 

 そして、それが意味することは一つしかない。

 

「かつてこの星に、ジェダイが来たことがある、のか……!?」

「えっ、でもジェダイって、シディアスのおじいちゃんが滅ぼしたんですよね?」

「アナキンが言うには、そうだな。確か、オーダー66だったか……それによって、軒並み殺されている。だが、わずかだが生き延びたものがいたことも事実だ」

 

 他ならぬグランドマスター・ヨーダや、マスター・ケノービがそれに当たる。だが、彼ら以外にも生き延びたものもわずかながらいたとは聞いている。

 

 そして正確に言えば、このホロクロンの製作者は、ジェダイの教えを十全に学んだ人間ではないと思う。形からして、つい先ほど「模した」と評した通り、完品と言うにはいささか荒が目立つのだ。造られた意図はわからないが、ともかくジェダイホロクロンを手本にして造られたものだろう。

 

 恐らく、オーダー66などの外的要因によってジェダイの教えを途中で放棄せざるを得なかった人物。

 あるいは、共和国やジェダイが滅んだ後世の人物。その辺りがこれの製作者のはずだ。

 

 私としては、前者の確率が高いと思う。オーダー66を生き延びたものの多くは、フォースとの繋がりを断ったり銀河の辺境に身を隠すことで、帝国の執拗な追及を逃れようとしていたらしいからな。その中に、あの銀河系そのものから脱出したものがいたとしても、私は驚かない。

 まあ、ホロクロンの製作者とここに持ち込んだ人物が同一とも限らないわけだが。

 

 ……ふむ。そうだな、ここはアナキンにも聞いてみるべきか。誰よりもあの時代の中心に近いところにいた、彼にしかわからないことはあるはずだ。

 

「アナキン!」

『ちょっと待ってくれ、今バクゴーがゴルフボールを一センチほど浮かせられたところなんだ。どれだけ続くか見てい――あっ』

「アナキン!?」

 

 何をやっているんだ。いや修行なのだろうが。それにしたって、少し拍子抜けするというか……自分だけ緊迫していた私がなんだか間抜けみたいじゃないか。

 

 と、思っているうちにそのアナキンが私たちの隣に出現した。

 

『やれやれ、一秒と持たなかったよ』

「……進みが早いのか悪いのか、よくわからないな。どんなことでも小器用にこなす男ではあるのだが」

『いかんせん、意識の根幹にあるのがまず勝ち負けって男だからな。フォースに向けて集中するのが下手クソだ。ただ戦闘が絡めば一気にギアが入るから、いかにその辺りをこじつけるかかな。ちなみにさっきは煽りに煽って、無理やり戦うことに結び付けさせたんだ。まるでカートゥーンみたいなキレ方で面白かったぞ。カメラがあったら撮ってたんだけどな、惜しいことをしたよ』

「何をやっているんだ君は」

 

 いや本当、何をやっているんだ君は。

 

「絶対面白いやつじゃないですかー。いいなぁ、私も見たかったのです」

「羨ましがることではないと思う」

 

 やれやれは私のセリフだよ。思わず深いため息が出た。

 

『それで? 何が何だって?』

「いきなり話を戻さないでくれ、心が追いつかない。いや、いいんだけれども……」

 

 釈然としないものを抱えながらも、とりあえず状況を説明する。

 最初は話半分と言った様子だったアナキンも、ホロクロンの画像を見た瞬間に顔色が変わった。さもありあん。

 

 そして説明を終えると同時に、私はすぐに質問を投げかけた。

 

「アナキン、君はどう見る?」

『君と同意見だ。この星に、ジェダイの教え……あるいはジェダイという存在をある程度知っているものが来たことはまず間違いないと思う』

「だが、ここと共和国の距離は……」

『ああ、とんでもなく離れてる。スターシップで行き来するなんて現実的じゃない。片道であっても無謀すぎる。……ただ、ハイパースペースで何か起きたのであれば、あるいはと言ったところか』

 

 ハイパースペース。我々が存在する実空間(リアルスペースと呼ばれる)とは異なる位相の世界である。銀河共和国のスターシップは、ハイパードライブエンジンを用いることでこの空間に突入し、リアルスペースの距離を無視して超長距離を超光速で移動している。

 正確に言うと、実際の原理はもう少し違うのだが。厳密な話をすると難しくなるので、とりあえずハイパードライブ航行……ワープ中に通っている別空間がハイパースペースだと思ってもらえればいい。

 

 そんなハイパースペースだが、いかに技術が発達した銀河共和国であっても、そのすべてが明らかになったわけではなかった。

 確かに共和国にはハイパースペース内を移動するスターシップの存在を感知する装置があったし、リアルスペースに引きずり出す装置すらあった。それでも、リアルスペースの生物が生息する場所ではない以上、わからないことのほうが多かったのである。

 

「銀河共和国と地球を繋ぐ道があったって可能性はないんです? 誰にも知られてないけど知ってる人がいたとか、それともたまたま見つけたとか、そういう……」

「その可能性もなくはないが、確率としてはかなり低いだろうな。何せハイパースペースは確かに別空間だが、リアルスペースとは相互に影響を及ぼすんだ。進路上に恒星や惑星、小惑星帯などがあると衝突事故を起こす程度にはな。8700万光年もあれば、普通に飛んだところで途中でどこかの星の中に埋まるのがオチだ」

「えっ、やだ怖いです……」

「そもそもの話、8700万光年を無補給で航行し切るほど燃費がいいスターシップなど存在しないしなぁ」

『ああ。だからそれよりは、ハイパースペース内で起きたなにがしかの影響で、遠く離れた場所へ吹き飛ばされた可能性のほうが高いと思うわけさ。大気圏内でジャンプしたとか、ハイパースペース内でドッグファイトをしたとか……そういう特殊な状況での何かならもしかして、ってところかな。こじつけみたいなものだけど』

「ハイパースペース内でのドッグファイトは、銀河帝国時代ならあり得そうだな。ハイパースペース内でスターシップ本体から切り離された小型ポッドが、二度と戻ってこなかったなんて事故は共和国時代でも年に何度かあったことだし」

「……それ、事故したときの被害フツーに大きくないです? それでなんで飛行機のほうがヤってなるんです?」

「そういう事故は大体人災か自業自得だ、飛行機なんかと一緒にしないでくれ」

 

 思わず早口で言い返してしまったが、意図しない、本当にどうしようもない事故の件数は、広い銀河共和国を見ても一年に一度あれば多いくらいだったのだ。本当、飛行機のような原始的なものとは一緒にしないでほしい。

 

 とりあえず、生暖かい微笑みを浮かべたヒミコはこの際一度考えないものとして、話を戻そう。

 

「ちなみにアナキン、この星にホロクロンを持ち込んだ人物について、どう思う?」

『どうだろうな。僕はジェダイ関係者じゃなくて銀河共和国、もしくはジェダイに近い縁者じゃないかと思うが……ただの勘に過ぎないからなぁ』

「君の勘なら信じる価値はあると思うが」

『おだてても何も出ないぞ? まあとはいえ、過去に遡って調べてみる価値はあるだろう』

「同感だ。もしかしたら、世界のどこかには痕跡があるかもしれない」

 

 私はそう言いながら、アナキンと目を合わせる。

 付き合いの長いこの親友は、これで私の意図を正確に理解した。そして小さく肩をすくめる。

 

『で、僕に任せるって? 随分と人使いが荒くなったじゃないか。昔の君なら一緒に調べようって言うところだぞ。まったく、これも悪い女に引っかかってしまったせいかな?』

「ますたぁ、それ私のこと言ってます?」

『自覚があって大変結構』

 

 皮肉げに笑うアナキンの視線が、こちらにも向いていることは明白だ。良し悪しはともかく、誘惑されるままずぶずぶと色恋沙汰にはまり込んだ自覚はあるので、私は目を逸らす。

 

 が、逸らした先に「失礼しちゃいます」と唇を尖らせるヒミコがいたので、私は頬を緩めた。何をしてもカァイイから彼女はずるい。

 

『まあいいんだけどな。僕だって結婚はしていたわけだし。子どもも孫もいるし。ただ……』

「わかっている。分別はつけろと言うのだろう?」

『それもそうだがそっちじゃなくて……まあいいか。これ以上は実際に経験してみないとわかるものじゃないし。ただ、君もなんだかんだで僕と同類だからなぁ』

「君のように破天荒に生きているつもりはないのだが」

『……そういうところで鈍いのは相変わらずなんだよなぁ』

 

 妙に歯切れの悪いアナキンに、私は首を傾げる。

 しばらくそうしていたら、彼は仕方なさそうに言葉を続けた。

 

『君も、()()()()()()()()()()()()()()()ってことだよ』

「? 仮にそうだとして、何か問題が?」

『長所と短所は表裏一体なんだよ……ま、これについては僕より君の父君のほうが専門だろう。それは置いとくとして……僕もこの星にどんな人間が来ていたのか、気にはなる。調べてみるよ』

「ああ、うん……すまないが、よろしく頼む」

 

 ここで会話は終わり、アナキンは踵を返しながら静かに消えていった。

 結局、彼が最後に何を言いたかったのかはよくわからない。警告のような色合いもあったようだが……少し考えてもわからなかったので、ひとまず棚に上げるとしよう。

 

 ということで、改めて銀鍵騎士団の情報確認に戻ったのだが。

 

「あーん……かぷっ♡」

「ひゃあん♡」

 

 二十二時を過ぎたところでヒミコからチウチウによる強制終了を受け、私はベッドに連れ込まれたのであった。

 夜は長い。

 




はい、ということで銀鍵騎士団が手に入れた銀の鍵とは、ホロクロンのことでしたよという設定開示回でした。やっとここまで出せた。

つまり騎士団出身のルクセリアがEP4の18話で語った「初期メンバーが銀の鍵に触れたことで謎の超能力に目覚めた」という認識は間違いで、実際は逆。
「程度はともかくフォースに目覚めていたからホロクロンを特殊な道具であると認識できた」が正しいわけです。ホロクロンそのものはただの記録装置で、特殊な力を持っているわけではないですからね。
フォースさえあれば起動はできるので、騎士団ではフォースに目覚めた実験体が本当に覚醒したのかどうかの確認用として使われていたって設定なんですが、そこら辺は書く余裕がなくて後書きでの解説になりました。
なお起動できるからといって、中身を有効活用できるかどうかはまた別の問題な模様。

では誰がこのホロクロンを地球に持ち込んだのか? 中には何が記録されているのか?
それらの謎はトガちゃんの夢ともども今後明らかにしていく予定なので、そこらへんのことは棚に上げておいて、しばらくは学校行事でイチャつく幼女とトガちゃんをご堪能ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.文化祭前夜

 かつて地球に来訪した銀河共和国の人間がいたとして、どこにいたのか。何人いたのか。何をしていたのか。

 そうした足跡を辿るのはアナキンに任せる一方で、私は押収品としての銀の鍵、すなわちホロクロンのあとを追うことにした。

 

 基本的に、事件の証拠として警察に押収された品は、返却されるものとされないものがある。されないものの中でも薬物や偽造品などは焼却処分されることが一般的だが、そうでない品は官公庁が主催するオークションに出品されて国の収益に充てられることが一般的だ。

 ではホロクロンがどう扱われているのか、だが……その「一般的」からは外れる扱いを受けていた。つまりは完全な例外である。

 

 まあ、あまり考えずとも理由はわかる。銀鍵騎士団での扱いもさることながら、地球人には謎の機械だろうからな。これがもしも歴史的に重要な発見に繋がる何かだったらと思えば、処分などとんでもないと結論付けるしかないだろうし。

 実際、今のこの星に可能なあらゆる方法を用いた結果、ホロクロンが実に何千年も前のものであると判断されているようだ。この星に存在しない素材でできているということも。

 

 つまり、この星で言うところのオーパーツというやつだ。しかも後世のねつ造が多いそれらの中でも、間違いなく正真正銘のオーパーツに当たるのだ。必然扱いは丁重にならざるを得ないだろう。

 

「……で、様々な専門家のところを転々としたが謎は謎のまま。各分野の人間が引き取り手として名乗りを上げて盛大に揉めた結果、最終的には東京国立博物館に寄贈。しかし展示は一度もされることなく倉庫に入ったまま、か……」

 

 それでこの結末というのは、何とも言えない気分になるな……。

 

 まあ、銀河共和国でも似たようなことは起きていた。まったく違う銀河のまったく違う人種だが、見た目だけでなくこういうところでも人間の質と言うものは似通うのだなぁ。

 

「使われないままほっとかれてるなら、有効活用できる私たちのものにしちゃいません?」

「思い切り犯罪じゃないか……ダメだぞ、ヒミコ」

「ぷぅ」

 

 これを聞いたヒミコは使えるものが使うべきだと主張し、取ってこようと提案してきたのだが、それはいくらなんでも問題だろう。

 

 確かに、件のホロクロンの中にどんなデータが保存されているかは非常に気になるところだ。もしもオーダー66を逃れようとしたジェダイが持ち込んだものだったとしたら、ジェダイの機密情報などがあってもおかしくないからな。弟子育成のノウハウなどがあったとしたら、是が非でもほしいとも思う。

 

 ただ、それらが絶対に必要かと言えば否である。私は確かにジェダイを復興させようとしているが、私が知っている時代のジェダイの在り方は、今の地球の実状にはそぐわない。そっくりそのまま導入しても、意味をなさないどころかマイナスになる可能性すらあるのだ。

 

 ほしいと思う情報ですらこうである。これで中身がジェダイテンプルやカイバークリスタル産出地の地図などであった場合、地球ではまったく意味をなさない。

 無茶をして罪を犯してまで手に入れた情報がそういうものであったとしたら、骨折り損どころの騒ぎではないだろう。だからこそ、今の私にホロクロンはそこまで重要ではないのである。

 

 そもそも、だ。目下のところ私たちがやるべきことは決まっている。文化祭の準備であり、ダンスと演出の練習だ。

 

「今はどこにあるかはもうわかっているのだし、これについてはここで手を引くとしよう」

 

 なので、そういうことになった。

 

 ヒミコの膨らんだ頬を指先でつつき、空気を抜いてやる。それでもなお、どこか不満げに唇を尖らせたままの彼女は、とてもカァイイのであった。

 

***

 

 練習を重ねながら日々が過ぎていく。

 失敗と成功を繰り返して流れる時間はあっという間で、いつの間にか文化祭は翌日にまで迫っていた。練習そのものは順調であり、前日最後の練習は早々と全体での通し練習となり、最終確認、最終調整へと進んでいく。

 

 ヒミコと手を取り合って、くるくると踊る。決して激しい動きではない。だが緩やかというわけでもない。視線はほぼ常に合わせる形で、きびきびとステップを踏む。

 

 身長差が五十センチ近くあるので、傍目にはきっと年の離れた姉が妹をリードする微笑ましい光景に見えるかもしれない。

 けれど、見つめ合って踊る私たちにそんなつもりは欠片もなく。ただの確認練習ゆえに音楽そのものがなく、リズムを刻むための手拍子だけだからこそ、余計に二人の世界に没頭しているような感覚で。

 

 ああ、楽しい。心の底からそう思う。

 目の前のヒミコも、同じだと確信している。いつものような満面の、しかし確かに女の笑みを浮かべているのだから。

 もちろん、私も似たような顔で応じる。

 

 ――そんな、この瞬間が永遠に続いても悔いはないと思える時間も、すぐに終わる。

 

「はいオッケー!」

 

 手拍子でテンポを取っていたアシドが、打ち切る形で声を上げた。応じて私たちは動きをとめる。

 

 名残惜しいが、私たち二人だけのダンスパートは五秒程度の短いものだ。演出班も兼ねている私たちは、ダンスの合間合間にフォースで舞台上からスポットライトを動かす役も負っているので、こればかりは仕方がない。さすがに踊りながらフォースを駆使するのは私でも少し苦労するのだ。

 

「いいね! 二人ともすごくいいよ! バッチリ!」

 

 満面の笑みで言うアシドに、二人でそれほどでもと応じる。

 

 彼女の内心で、どうやら私たちがそういう関係なのではという疑惑が膨らんでいるようだが、これだけ大胆に二人のパートを使ったのだから仕方ないだろう。他にも何人か、もしかしてと思っているものがちらほら見て取れるな。

 

 ただ何が何でも隠したいというものでもないが、かといってこちらから暴露することでもない。聞かれるまでは今まで通りにしておくとしよう。

 

「時よとまれ、二人は美しい……」

「梅雨ちゃーん、峰田くんがまた発作起こしてるー!」

「戻ってくるのよ峰田ちゃん、悪魔との契約なんてダメよ」

 

 なお視界の隅のほうでは、博士が呼び出した悪魔(メフィストフェレス)に契約の履行を強いられているようなと言うより、煩悩の化身の悪魔(マーラ)に悟りへの道筋を妨害されているようなミネタがツユちゃん渾身の舌攻撃で正気に引き戻されていた。文化祭の練習が始まってからというもの、よく見るいつもの光景である。

 

「モウガルルル九時ダロ!? 生徒はァアア゛九時まデダロォ!!」

 

 と、そうこうしているうちに生徒指導担当のマスター・ハウンドドッグが人語を喪失しかけながらもやってきて、最終確認はお開きとなった。

 

 幕引きはやや締まらなかったものの、出来る限りの準備はすべて終わっている。だからあとは夜が明けるのを待つだけだ。

 

 しかし祭り前夜独特の雰囲気はみなを高揚させ、自然と眠りを拒ませていた。

 そう言った面々は寮の談話スペースに、全員ではないものの誰からともなく集まり、言葉を交わしていた。

 私もその例に漏れることなく、ヒミコと共にソファでくつろいでいる。

 

「皆盛り上がってくれるだろうか」

「そういうのは考えないほうがいいよ。恥ずかしがったりおっかなびっくりやんのが一番よくない。舞台に上がったらもう楽しむ!」

 

 経験があるのだろう。ジローが静かに、しかしはっきりと答えた。

 

 これに対して、カミナリがやや茶化すように声をかける。

 

「お前めっちゃ照れ照れだったじゃねえか!」

「あれはまた違う話でしょ」

 

 そう答えるジローだが、彼女の顔はまた少し赤い。私も最近わかってきたが、彼女はそういうところが特にカァイイのである。

 

「耳郎さんの話、色んなことに通じるね」

「ウィ☆ 誰がためを考えると、結局己がために行き着くのさ」

 

 彼女の言葉を継ぐように、ミドリヤとアオヤマが言う。賑やかな面々もいる中で、どこか穏やかなやり取りだった。

 

 彼ら以外にも、各々が好きなように話をしたり身体を動かしたりしている。やっていることはバラバラだが、しかし心は一つなのだろう。

 何せ周りを見渡してみれば、誰もが楽しそうなのだ。全員で同じほうへ向けて力を合わせているからこそ、そんな時間を過ごしてきたからこその一体感が、ここにはあった。

 

 その中にはきっと、私も入っている。そう思えるから、私は嬉しい。

 何より、私一人では絶対に見ることのできない景色を見ることができたことが、見せてくれたみなが、たまらなく愛しい。

 

「……楽しそうですね、コトちゃん」

 

 ヒミコが微笑んで、隣に寄り添う。そういう彼女も、楽しそうだ。

 

「うん。とても楽しいよ。とても」

 

 だから私は笑って、応じるのだ。お互いに身体を預け合って、くすくすと語らう。これもまた楽しいものだ。

 

「そろそろガチで寝なきゃ」

 

 だがそうこうしているうちに、アシドが伸びをしながら立ち上がった。

 彼女に応じる形で、一人また一人と腰を上げる。よくよく見れば、いつの間にか日付が変わりそうだった。

 

 そんな中で、キリシマが拳をぶつけながら音頭を取る。

 

「そんじゃ、また明日やると思うけど……夜更かし組! 一足お先に……絶対成功させるぞ!」

『オーーッ!!』

 

 彼に応じて、全員が声を張り上げた。中には拳を振り上げたものもいる。

 私もそれに続く。自分でも驚くくらい、大きな声が出た。それでもみなの声の中に紛れたが。

 

 本当に、私は今、心底から楽しいのだろう。素直にそう思えて、私はますます笑みを深めた。

 

 それからみなが三々五々に散っていく。私たちも同様だが、そこにミドリヤがおずおずと声をかけてきた。

 

「あの、トガさん」

「出久くん? どうかしました?」

 

 しかも珍しいことに、ヒミコに対してである。ヒミコはこてりと首を傾げながらもこれに応じた。私も彼女の腕の中で同じようにする。

 

「その、つかぬことを聞くんだけど。トガさん、食紅って持ってたりしないかな? あったら少し使わせてほしいんだけど……」

 

 直後、返って来た言葉の中にエリのイメージが含まれていることに、私たちは気づいた。

 

 同時になるほどと思う。そういうことなら遠慮はするなとばかりに、ヒミコは大きく頷いた。

 

「もちろんありますよぉ。こっちです」

 

 そしてミドリヤを調理スペースに案内し、普段しまっている場所を説明する。食紅だけでなく、各種調理器具なども含めてだ。

 

「ありがとう!」

「んふふ、どういたしまして。……リンゴ飴、作るんですか? エリちゃんですよね?」

「うわあ、そういうことまでわかっちゃうんだ?」

「君は正直すぎるんだよ。オールマイトもそうだが、おかげで君たちは心が読みやすい」

 

 私の指摘に、ミドリヤは再度うわあと苦笑した。

 その仕草がどうにもおかしくて、私たちは笑い合う。

 

「……うん、リンゴ飴。さっきプログラム見たんだけど、出してる出店がなさそうだったから……それならいっそ自分で作っちゃおうと思って」

「出久くん、普段は料理とかしない人ですよね? トガお手伝いしましょうか?」

「えっ!? いやそんな。トガさんは増栄さんと一緒に回るんでしょ? せっかくの時間を邪魔しちゃったら悪いよ。大丈夫、ちょっと調べたけど僕でも作れそうだったし」

 

 お節介を発揮したヒミコだったが、ミドリヤはこれを固辞した。

 私とヒミコが一緒に文化祭を回ることは特に言っていないのだが、ミドリヤは確信しているようだ。私たちの関係がそういうものとまでは思っていないようだが、それはそれとして私たちはセットという認識なのだろう。

 

 彼の認識に、私たちは揃って相好を崩す。困っているならデート中であろうと手を差し伸べるつもりだが、それはそれとして二人の時間を割くとなれば思うところがないわけではないのである。

 

「リンゴ飴、わりと簡単ですもんね。……あれ? でもリンゴのストックってなかったかと思いますけど」

「うん、だから明日朝一番で買ってくる予定。ついでに小道具のロープも必要になったしね」

「ああ、そんなことも言っていたな。構わないが、遅刻はしないようにな」

「もちろんだよ!」

 

 ミドリヤはにこりと笑うと、力強く頷いた。

 

 こうして文化祭前日の夜は更けていったのであった。

 




二人の世界を書くと、高確率で峰田もついてくるの我ながら笑っちゃうんだよな。
おかげでがんばって考えてストックしてた仏教ネタがすさまじい勢いで消えていく・・・。
いやまあ、今後使う機会はまず間違いなく減るだろうし、ここで放出するのも悪くないとは思うんですけどね。

というわけで、次からデート回・・・の、前にジェントル回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.束の間の戦い

 ヴィラン名「ジェントル・クリミナル」は、犯罪行為を映し動画投稿サイトに投稿する、次世代型のヴィランである。

 活動期間は実に六年に及び、その間一度も逮捕されていないという実績を持つが……実のところ、殺人や破壊などの派手なことは一切行っていない。それどころかやっていることはコンビニ強盗程度が最大であり、何なら未遂に終わったものも多い。

 

 外野からすれば不要と思えるようなこだわりも多く、世間的には木っ端のヴィランという扱いであり、動画のほうもろくに閲覧数を稼げていないのが現実だ。

 まあ、殺人などを行わないのは義賊を表明している彼のポリシーにそぐわないという点もあるが……それはそれとして、彼に名を轟かせるだけのある種の能力が欠けていることは間違いなかった。

 

 そんな非才の身を、素直に受け入れられればよかったのだろうが。しかし人並み以上の承認欲求があり、若い頃から歴史に名を残すことを生涯の目標と公言していた彼は、歪んだ形でそれを実現しようとしてヴィランとなった。

 

 そしてこのたび、遂に大きな行動に出る。何度もヴィランに襲撃され、セキュリティを大幅に強化した雄英高校に侵入する。そんな計画を企てたのだ。

 

 彼には相棒がいる。ソフトウェアに極めて強く、コンピューターの扱いにかけては他の追随を許さないラブラバだ。

 彼女の手を借りて雄英のセキュリティを一時的に無効化し、その隙に文化祭中の学校内へ侵入する。箇条書きにすればそんな単純な流れになるが……時期が悪い。

 

 先にも挙げたが、雄英はここ半年の間に何度もヴィランに襲撃されている。これによって失ったものは多く、これ以上の失態はもはや許されない。

 万が一侵入を許し、生徒に被害が及んだとなれば問題などという言葉では生ぬるい。未来ある若者が理不尽に命を失う、あるいは身体機能に障害が残るなど、あってはならないのだ。

 

 仮に被害がなくとも、文化祭そのものを中止にしなければならない可能性だってある。子供の一時期、数回しか経験できない学校行事の中止となれば、多くの子供たちが悲しむだろう。

 

 だから。

 

 だからこそ、偶然にも彼と遭遇した緑谷出久は、言う。

 

雄英(ウチ)に手を出すな」

 

 この一か月、ずっと練習をしてきた。同じクラスの仲間たちが、同じ学年のライバルたちが、尊敬する先輩たちが、精魂込めて一つのものを作り上げていく様を見てきた。

 何より今日は、エリが来る。ずっと悲惨な境遇にあった幼い少女に、目いっぱい楽しいを、ワクワクを経験してほしくて。

 

 そんな文化祭に、大勢の夢と希望と想いが詰まった文化祭に、ケチをつけさせるわけにはいかない。その決意を胸に、彼は毅然と言い放ったのだ。

 

「察しの良い少年だ……ラブラバ、予定変更だ! これより何があろうともカメラをとめるな!」

「もちろんよジェントル!」

 

 だが、紳士の名を抱いた男はとまることなく。普段より気負ってはいるものの、普段通りのありようを崩すことはなかった。

 相棒から向けられるカメラの視線を受け止めながら、申し訳程度の変装を一気に解放してヴィランとしての姿を露にする。

 

「諸君! これより始まる怪傑浪漫、眩目(めくるめ)からず見届けよ! 私は救世(ぐぜ)たる義賊の紳士――ジェントル・クリミナル!」

 

 これに対して、出久は”個性”を発動させて身構えた。この瞬間、彼はただの少年から一人のヒーローとなる。

 いまだ仮免許の身とはいえ、心で燃え盛る正義の炎には一点の陰りもなく。ワンフォーオールの九代目にして偉大なるナンバーワンの後継者、デクがヴィランの前に立ちはだかった。

 

「予定がズレた! ただいまいつもの窮地にて、手短に行こう! 今回は! 『雄英! 入ってみた!!』」

 

 だが、ジェントル・クリミナルはあくまで己のペースを崩さない。いっそすぎるほどに俗っぽいテーマの発表に、デクは目と耳を疑う。

 

 それでもすぐに気を取り直して、前へ出る。

 

「そんなことさせない!」

 

 そこに。

 

「まったくだよね」

 

 今まで一切なかったはずの別の声が、割り込んだ。

 

 声と同時に、小さな人影がジェントル・クリミナルとラブラバの間に出現していた。

 

『!?』

 

 三人が同時に、同じ反応をする。デクは足を止め、ジェントル・クリミナルとラブラバは振り向きながらだが、確かに同じ反応を。

 

「別に、今日じゃなかったらザコの妄想なんてスルーしたけどさぁ」

 

 そこにいた人影が、手のひらを大きく開いて片手をかざす。

 

 次の瞬間、フォースが生み出す斥力によって、ジェントル・クリミナルは道の端へと吹き飛ばされた。

 

「ぐおぅっ!?」

「ジェントル!?」

「今日の文化祭、エリはずーっと楽しみにしてたんだ。たとえ妄想だったとしても、その邪魔をしようってんなら……ボクは手加減しないぞ」

 

 それを行った彼女の名は――

 

「そんな……!? なんでここに!?」

 

 ――死柄木襲。ヴィラン連合の頭の片割れにして、今この星で唯一、暗黒面の深みに立つフォースユーザーが、そこにいた。

 

 そして彼女は、ジェントル・クリミナルを吹き飛ばした余勢をかって身体をくるりと横に回転させると、ラブラバと正面から相対して首に手を伸ばした。

 

「ひ……っ!?」

「ラブラバ!? やめろ、彼女に何をする!」

「やだなぁ、まだ何もしてないぢあーん。……まだ、ね。まーあ? オマエらのこれからの態度次第ではぁ、するかもしれないけどぉ?」

 

 吹き飛ばされたところから大慌てで体勢を整えたジェントル・クリミナルを、襲は鼻で笑う。

 

 確かに、彼女が伸ばした手はまだラブラバには触れていなかった。たとえ次の瞬間には、その剛力で首を握りつぶせてしまうほどの至近距離とはいえ、一応は、まだ。

 

「「やめろ!」」

 

 ほぼ人質と化したラブラバ。

 彼女を前にして、デクは動くに動けない。ジェントル・クリミナルも同様だ。

 

 と、そんなデクに、襲はちらりと視線を向けた。同時に、フォースがこの場の人間の思考を拾い集める。

 そうして見透かした想いに、感情に、襲は「だよね」とつぶやいた。

 

「わかってるよ。今ここで殺したら、それこそ文化祭が中止になりかねないもん。殺しはしないって」

 

 その言葉は穏やかだった。何なら、微笑んですらいる。

 

 今までむやみやたらに怒りをまき散らしている襲しか見たことのないデクは、今日の立ち居振る舞いに目を丸くした。

 

「だからさ。オマエらがさっさと失せてくれれば、ボクは何もしない。本気だよ」

 

 そんな穏やかな表情のまま、襲はジェントル・クリミナルに再び顔を向けた。

 天下に悪名を轟かせる、ヴィラン連合のナンバーツーらしい色はそこにはなく。歳相応の少女のような微笑みが、そこにはあった。

 

 あった、が。

 

「でも。それでもこれ以上、先に行こうってんなら……オマエらはヒーローと、ヴィラン連合を同時に敵に回すことになるんだけど……そこんとこどーお?」

 

 次の瞬間、そんな穏やかな表情のまま、彼女の身体から怒りが迸った。あらゆるものに向けられるその感情は赤い光となって、いなずまのように彼女の身体を駆け巡る。

 その姿は、緑色のいなずまめいた光を身にまとうデクと対照的ながら、よく似ていた。

 

「ヴィ、ラン……連合……!?」

 

 ジェントル・クリミナルが、かすれた声を上げる。完全にすくんでいた。

 

 同じヴィランを名乗ってはいても、彼とヴィラン連合ではあまりにも性質が違いすぎるのだ。

 ましてや、どこか一般人らしい気質を捨てきれていない彼にとって、生まれてから今に至るまでずっと、凄惨な人生だった生粋のヴィランの放つ気迫は毒でしかなかった。

 

「あ、そういえば名乗ってなかったね? ボクの名前は死柄木襲……ヴィラン連合のサブリーダーさ。よろしくね、ザコおじさん?」

 

 だが襲はジェントル・クリミナルのことなど意に介さず、にこりと笑って見せた。とんでもない凄みが込められた、威嚇のような笑みだった。

 

 この顔を、正面から見たジェントル・クリミナルは悲鳴にならない悲鳴と共に硬直する。見てはいないが、その暴力を喉元にまで向けられているラブラバも同様だ。

 

 そんな二人の様子に満足げに笑いなおすと、襲は二人から距離を取る。二人をデクとの間に挟む位置に油断なく移動し、両手を挙げながら二人に向き直る。

 

「それで? ボク、返事を聞かせてほしいなぁ。ねーえ、ってばぁ?」

 

 この問いかけに、ジェントル・クリミナルはぐっと唇を噛み締め悔しさと共に沈黙するも、しばしののちラブラバに駆け寄って抱きしめ踵を返す。

 彼はそのまま捨て台詞すら残さないまま、自らの”個性”によって跳びはねこの場を離脱した。向かう先は雄英の正反対の方向であり、迷いのない一直線の進行は無言の敗北宣言だ。

 

 そんな彼らの手元から、ハンディカメラがフォースプルによって襲へと引き寄せられてくる。

 

「これは持ち帰られたら困るから、こうしとかなきゃねぇ」

 

 彼女はそれを、即座に握りつぶした。だけでは飽き足らず、念には念をと言わんばかりに両手ですり潰していく。

 ほどなくしてカメラだったものは、”個性”であっても容易には復元できないほど文字通りの粉々になった。

 

「これでよし、っと。じゃ、ボクはこれで」

 

 その残骸を適当に捨てながら、赤い光まで消した襲も踵を返す。

 

「ま、待った!」

 

 彼女の背中に、デクの声が飛ぶ。

 

 これに対して、襲は「だよねぇ、知ってた」と応えながら改めて振り返った。

 

「言っとくけどさ、ボク今回は本当に何もする気ないんだよ? だって、ボクが暴れたら文化祭中止になっちゃうでしょ。エリの楽しみを奪うなんてこと、ボクがするはずないじゃん。だから見逃してくんない?」

「……それを僕が信じるとでも思ってるのか」

「うん、思ってる」

 

 身構えて、いつでも攻撃できる状態のデクの言葉に、襲は自然体のままあっけらかんと答えた。

 これにはデクも目を丸くする。

 

「こないだはボク、ブチ切れてたから全然見えてなかったけど……こうして見ると、オマエがボクが見てきた中でもマシなほうのヒーローってことはわかるもん。もしかしたら、ステイン先パイでも認めるかもしれないって思っちゃうくらいにはね」

 

 続いた言葉に、デクはさらに目を白黒させる。どうやら褒められたらしいとは理解できたが、ヴィランに褒められても素直には喜べなかった。

 

「だってオマエは、エリのことをずっと心配してる。なんとかして楽しませたいって思ってる。そんなだから、オマエはボクを信じるしかないんだよ」

 

 図星だった。デクは思わず顔をしかめる。それでも、ヒーロー志望としては目の前のヴィランをむざむざ取り逃すことはしたくなかった。

 

 だが、わかっているのだ。ここで交戦したら、文化祭そのものに影響するだろうことは。

 そうなってしまったら、エリはがっかりするに違いない。それだけは避けたかった。

 

 そもそもの話、デクの持つヒーロー仮免許はあくまで仮である。緊急時には”個性”の使用が認められるが、逆に言えば緊急性が低い場合はその限りではない。

 いかに指名手配の凶悪なネームドヴィランが目の前にいようと、それが一応は戦う意思をまったく見せていない以上は、緊急性が高いかどうかはプロたちも意見が分かれることだろう。

 

 つまり、他に選択肢がない。それを理解したデクの胸中では葛藤が凄まじかったが、どうにかこうにか己をなだめすかして否を飲み込む。

 

 それでも一言を返さずにはいられなかったのは、若さゆえだろうか。

 

「……一つだけ、聞かせてほしい。君にとって、君にとってエリちゃんは、なんなんだ?」

 

 だがこの問いかけに、襲はきょとんとして目を瞬かせた。まったく想定していなかった質問に、思わず腕を組んで考え込む。

 

 その反応こそまったく想定していなかったデクは、構えを解くタイミングを逃したまま見守るしかなかった。

 

「……うーん……そんなの考えたこともなかった、けど……んんん……でも……そう、だなぁ……。もしエリが許してくれるなら……――」

 

 ――家族、だったらいいなぁ。

 

 しかし、たっぷり時間をかけて返ってきた答えに、思わずデクは息を呑む。

 

 彼の正面には、あまりにも儚く、今にも壊れそうな笑みがあった。そこにいたのは、いわゆる普通の人間なら誰もが最初から持っているはずのものを持たず、そんな当たり前であるはずのものを、無理だと思いながらも恐る恐る欲しがる孤独な子供だった。

 少なくとも、デクにはそう見えた。果たして彼の中の同情心がそうさせたのか、誰が見ても同じように思うのかは、わからない。

 

 だが、理解できたことはある。見聞きした襲という人間の情報を組み合わせれば、見えてくる。

 彼女にとって、エリはやはり特別なのだ。今、そのためだけに動いているくらいには。

 

 だからこそ、エリのためにならないことはしないという言葉は、ただ唯一の選択肢を強いるための方便でも何でもない、正真正銘襲の本心で。それは、そこだけは、きっと――信じてもいい。

 

 ゆえに考えがそこまで及んだ瞬間、デクの心から敵対の文字が消えた。少なくとも今は、もう戦う気にはなれなかった。

 思わず空を仰ぐ。既に構えは解かれていた。

 

 襲はこの仕草を、了承と受け取ったらしい。満足げに一つ頷くと、スマートフォンを取り出し操作しながら改めて踵を返す。既にその顔からは、直前までの色は消えていた。

 

「死柄木襲!」

 

 その背中に、デクは慌てて声をかける。期待はしないままに。

 

 だが襲は足を止めると、上半身だけだが振り返った。

 

「……いつか君も救けてみせるよ! きっと、まだ遅くはないはずだから! だから……エリちゃんのためにも、救けられてほしい!」

 

 そうしてかけられた言葉に、襲は小さく笑った。

 

 嘲笑うような色ではない。失笑という様子でもない。

 ただ、()()を懐かしむような雰囲気はあった。

 

 けれど、デクがその先に想いを致す前に。

 襲の姿は、一瞬にしてかき消えた。

 

 A組の出し物まで、あと一時間十九分。

 




こんな展開ですが、ジェントルとラブラバのコンビ、すごい好きです。二人が逆行して、改めて二人三脚でヒーロー目指す話を考えたことがあるくらいには好きです。
だからってわけではないですが、この二人は一定の役割を持ってまた登場する予定。
原作のような、意地を張り合った結果敗けてもなお見えるものがあった、という結末ではなかった分、それとはまた違った方向に進ませるつもりなので、今後とも見守っていただければと思う所存。

なおデクくん。このあと通報しようとするも、スマホを忘れてきたことに気づいて例の喫茶店に慌てて入って電話を借りて、各所に連絡する。
結果時間取られまくって、学校に戻ってきたのは結局原作と同じくらいのタイミングになるっていう。
まあ原作と違って連絡が取れないままどこで何してるかわからない、ってわけではないので、初めてのおつかい君扱いはされなかった模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.開催・文化祭

 昨夜の段階ではあくまでただの戯言だったはずの「遅刻するなよ」が、まさか現実になりかけるとは思っていなかった。

 しかも、原因は恐らくシガラキ・カサネとなれば私もさすがに少し焦ったものである。

 

 彼女がこの近辺にいた時間帯、確かに私たちは大きなフォースの気配を感じていた。だが、感じた範囲ではかなり光明面に近い色をしていたので、思わず自らの感覚を疑ったのだ。

 諸々を察して出撃しようとしたときには既に彼女の気配はこの近辺から消えていたので、何があったのかはわからないままである。これについては、文化祭が終わったあとにミドリヤに聞いてみるしかないだろう。

 

 まあ、それはいいのだ。もう終わったことである。

 それだけのことはあっても、ミドリヤはギリギリ間に合った。衣装などもすべて整えた上で、一応は間に合ったのだから、今はこれ以上語る必要はないだろう。

 彼は間に合い、私たちの出し物は大成功のままに幕を閉じたのだ。事情だってみなわかっているのだから、文句を言うものなどいないはずだ。

 

 そう、大成功である。会場は大いに盛り上がった。

 ゆえに改めて思いなおしたのだ。音楽というものが、どれほど素晴らしいのかということを。

 

 イレイザーヘッドが言ったように。イイダたちが懸念したように。私たちの存在そのものに隔意があるものだって、それなり以上にいたはずなのに。

 それらの壁を取り払って、姿かたちも、”個性”も異なるものたちの心が、一つになった。規模は関係ない。それは間違いなく偉大な成果だ。

 

 フォースでも感じたから、間違いない。あのとき、あの場にいた人間で、心を震わされなかったものは一人としていなかった。反感を持って会場に来ていたものたちであっても、例外はなく魂を揺さぶられて喝采を挙げた。

 

 だからあの瞬間は。舞台の上にいた私たちも、観客席にいたものたちも。一人とて向きをたがえることなく、同じ感情のもと楽しさを共有したのである。

 

 あのとき私の身体が熱を帯びたのは、運動だけが理由ではない。音楽によってどんどん昂っていく人々の心が、それに共鳴した私の心が、そうさせたのだ。

 高揚する心の衝動に身を任せたあの瞬間、きっと私は他の誰とも変わらない、ただの学生で、ただの少女だった。そのわずかな時間の体験を、心地よいと心の底から思った。

 

 ああ、実に遠くまで来たものだ。ジェダイだった前世を持つ私が、随分と変わったものだ。

 

 けれど、それでいいのだという確信もあった。

 フォースは黙したまま、何も語ってはくれないけれど。それでいいのだと、私は信じている。

 

 父上が奉じる仏の教えにいわく、この世界に常なるものは存在しない。なるほど、けだし名言である。

 

 であればこそ、私のありようが素晴らしい友人たちの影響で変わることなど、何もおかしくないだろう。その変化が、悪いものであるはずがないだろう。

 

 そして、この昂った感情の赴くままに一つ決めたことがある。

 

 もう少しだけ。少しでいい。歌をまともに歌えるようになろう。そう心に決めた。

 ジローほどに、とまでは言わないけれど。この友人たちと一緒に歌えるなら、それはとても楽しいことだと思うから。

 その場で私だけが見ているだけなんて、絶対に寂しいだろうと思うから。

 

***

 

 演出の兼ね合いで、体育館の中を大量の氷などで埋め尽くしてしまったので、私たちはしばらく片付けに追われることになった。

 B組の劇が見ものだとアナキンが言っていたので、気になっていたのだが……結局劇が終わるまでに片づけは終わらなかった。少し残念ではあるが、仕方あるまい。

 

 その片付けの最中、エリを連れたナイトアイとトーガタが顔を出した。どうやらエリも楽しんでくれたようで、いつになく上機嫌で、笑顔を振りまきながら必死に身振り手振りと共に言葉を引っ張り出して、感想を述べてくれた姿はとてもかわいらしいものであった。

 ミドリヤたちはこのあと、エリたちに合流して一緒に文化祭を見て回るらしい。エリを気にしていたツユちゃんも同行を願い出ていた。

 

 これ以外に特筆すべき点と言えば、恐らくは私たちに反感を抱いていたであろうものたちが謝ってきたことだろうか。私はもちろん、ほとんどのものがわざわざ言いに来なくともと思ったが、そこはプライドの問題なのだろうな。

 

 まあ、これに対してバクゴーが勝ち誇った顔で、実際に「勝った」と思っていたのはいつも通りと言うかなんというか。

 

「早く氷全部! 片付け!! 済ませようや!!」

「あ、ワリ! 峰田さっきからカリカリだな」

 

 対して、一人で阿修羅もかくやな顔をしていたのはミネタである。

 

「早くしねぇと!! ミスコンいい席取られるぞ!!」

 

 こちらも、いつも通りだ。

 だが彼については、最近女性に対して貪欲な姿を見る機会が減っていたこともあってか、いっそ安心すら覚える。

 

 で、せっかくだからとミスコンはクラス全員で見に行くことになった。もちろんバクゴーはまったく興味なさそうにしていたのだが、キリシマたちに捕まっていた。彼も随分丸くなったなぁと思う一幕である。

 

 なおミスコン……学校で一番の美女を決めるコンテスト。こちら女性であれば自薦他薦問わず誰でもエントリーできるのだが、A組は全員不参加である。

 

 というのも、私たちがミスコンの存在を知ったのは参加の締め切りが過ぎてからだったのだ。イレイザーヘッドは、意図して存在を明かさなかったのである。

 彼の場合、私たちを案じてなのか個人的な好悪によるものなのか、一見するとわからないが。

 

 彼の語ったところによると、出し物を決めるだけでも散々時間を浪費した私たちが、ミスコンまでやるような余裕があるのか、とのことである。

 

 実際B組からは一名コンテストに参加していたのだが、これによって出し物に多少影響が出ていたらしいので、イレイザーヘッドの判断は正しいだろう。

 全員一丸になっての出し物であった私たちのそれは、一人欠けるだけでも他のメンバーへの負担がかなり増える。言い方は厳しいが、そこを心配してくれたのだと思う。たぶん。

 

 ただ、事前に知らされていたとしてもA組から誰かが立候補していたかというと、微妙なところだとも思う。A組の女性陣はみな美形だが、そこを誇るタイプのものはいないからだ。先にも述べた通り他薦もありなので、そこから誰かが持ち上げられる可能性が少しあるくらいか。

 

 だとしても私やヒミコは、まず参加しなかったと思う。何せ私たちは互いに互いが世界で一番の女だと認識しているので、判断基準が少々ズレているのである。

 そして互いに互いが世界で一番の女だと認識しているからこそ、別の誰かが一位に選ばれたときの精神的負荷は大きいと予想できる。さらに言えば、そうなる可能性はそれなりにあるので……。

 いやまあ、私の場合そもそも身体の年齢が低すぎるので、いずれにしても論外だとは思うが。

 

 ちなみにミスコンの存在を知った日、アシドの提案により、A組の中で選ぶなら誰が一番か? という議題で女性陣で少し盛り上がったことがある。

 

「ねぇねぇ、A組でミス決めるなら誰だと思う!?」

「また急だな。そりゃヤオモモでしょ」

『わかる』

「え!? そ、そうでしょうか!? こ、光栄ですが、その、なんとも気恥ずかしいですね……」

「んー、私は透ちゃんだと思うんですよねぇ」

「へ!? わ、私!?」

「ああ、私もそう思う」

「ことちゃんまで!?」

 

 最初に口火を切ったジローに続いて多くのものがヤオヨロズを推す中、ヒミコと私だけはハガクレで一致していた。

 

 これには他のものも興味津々で、ハガクレに視線を集中させる。普段あまり注目を浴びる機会のないハガクレは、これに大層照れていた。

 

「正確に見て取れるわけではないのだが、フォースによる位置の感知方法はエコーロケーションに近い仕組みでやるのが一番簡単でな。これを至近距離で精密にやると、大雑把にだが顔の造詣もわかるんだ」

「はい。なので透ちゃん見えないですけど、見た感じ一番カァイイなーって。ちょっとクセのあるふわふわな髪もカァイイですよねぇ。誰からも見えないのにお肌も爪も髪も、ちゃぁんとお手入れ欠かしてないところとか、トガ的にはとってもポイント高いです」

「ふえぇ」

 

 満面の笑みでヒミコに頭を撫でられたハガクレは、見えずとも誰にでもわかるくらい、明らかに動揺して赤面していた。

 それで気恥ずかしさをごまかすためか、ヒミコの胸元に顔をうずめたことに関しては思うところがあるが……状況が状況だけに、これは仕方ないだろう。気にしないことにした。

 

 なお、それを見たミネタが「やはり百合の間に挟まる女なのか……!? いやでも、これは自分から挟みに行ったわけで……くっ、どっちだ……!? ダメだッ未熟なオイラにはわからねぇ……!!」と、滝行中の修験者よろしく険しい顔で合掌しながら叫んでいたが、こちらは誰からも気にされていなかった。

 

 ……話を今に戻そう。

 

「ミスコンも終わったし、次どこ行くよ?」

「C組の心霊迷宮ヤバそー。行かねぇ!?」

「行くー!」

「ヤダ。ウチヤダ」

「アスレチックあるんだ? 勝負しようぜ!」

「くれえぷ!」

「うむ、ではここからはそれぞれ別行動だな!」

 

 ミスコンも終わったところで、意見がバラバラな様子を見たイイダに私も頷く。

 

 そのイイダは、トドロキやトコヤミたちと行動するようだ。そこにショージと、意外なことにアオヤマも同行した。以前までのアオヤマなら、単独で行動しそうな状況だが……彼も心境に変化があったのだろうな。

 

 それとカミナリの意見に同意したアシドの二人には、ミネタとハガクレがついていった。男二人がクラスでも女性に対して人一倍貪欲な二人なだけに、アシドとハガクレが少し心配だ。

 

 一方、アスレチックを挙げたキリシマにはセロやオジロが合流。その中には、これまたいつものようにキリシマに引っ張られてバクゴーもいた。

 

 心霊迷宮なるものを断固拒否したジローは、ヤオヨロズと行動するらしい。これを見たミネタが「まさかこっちにまで百合の波紋が……? いやこっちはさすがにないか……? だが待てよ……ありかなしかで言えばありよりのあり……」と、何やら読経をやたらめったら短時間で終わらせようとする僧侶のようにブツブツしていたので、ツユちゃんがいつものように舌で一発喝を入れていた。

 

 ウララカは、ミドリヤやツユちゃんと共にエリたちに合流するようだな。彼女もエリに対してはやはり思うところがあるのだろう。

 

 それぞれが別々に行動し始める様子を眺めていた私たちは、さてどうするかだが……これについては、最初から決めていた。言葉にして確認したわけではないが、お互いにそうするものだと確信していたのである。

 

「じゃあコトちゃん。私たちも」

「うん、行こう」

 

 手を絡めて、身体を寄せ合って、人混みの中に溶け込んでいく。

 

 そう、デートだ。こんな大きなお祭りである。しないほうがおかしい。そうだろう?

 

「……?」

「ヒミコ?」

 

 その直前である。

 何かに気づいたように、ヒミコが一度だけ後ろに振り返った。彼女に続くように私も振り返ったが……身長の関係で何があったのかはよくわからない。

 

 ただ、なんとなくだが別行動を取ったはずのクラスメイトから、視線を向けられていたようには感じられた。

 あれは、もしかしなくても――

 

「――……んーん。なんでもないのです。ほら、行こ?」

 

 ヒミコも、それは感じ取っているはずだ。だが、彼女は……一瞬申し訳なさそうな顔をしたものの、すぐにいつもの表情に戻ってこちらに向き直った。

 

「ん……まあ、君がそれでいいなら私からは何も言うまい。では、どこに行こうか」

「お腹すきました! まずは何か食べましょう!」

「いいな。せっかくだから、今日は食べ物類はすべてを制覇したいところだ」

「あはは、コトちゃんは食いしんぼさんですねぇ」

「なんとでも言ってくれ。それでも私は食べるからな」

 

 そうしてそんなことを言い合いながら。

 私たちは、和やかに文化祭を楽しみ始めたのであった。

 




バンドシーンは原作とほとんど変わらないのでカットです。申し訳ない。
一応、練習シーンでも言及されていたように、スポットライトを動かすのは口田くんに代わってヒミコト二人でやってるんですけど、逆に言えば違いはそれくらいなんで・・・。
ああ、あとは峰田のハーレムパートにヒミコト二人は参加してません。お察しの通り、本作の峰田は百合の間に絶対挟まらない&挟まる男絶対殺すマンなので・・・。

そもそもの話、原作を見れば見るほど完成度が高くて、下手に何か加えてもマイナスにしかならないと思ったんですよね。音楽ってやっぱこう、文字で表現するには難しいというか。力不足と言ってしまえばそれまでなんですけどね。

なのでみんなも原作を見ような! アニメだとばっちり一曲歌ってるから、なおいいぞ! ようつべにも公式でMVあるからそっちでも楽しめるからよ! 「Hero too」で検索検索ゥ!

・・・ところで透ちゃんがA組で一番美人っていうのはよく聞く話ですが、原作で遂に明らかになった彼女の素顔を見る限り、そうだとしても違和感はないかなってボク個人は思ってます。
この9話書いてる時点で34巻が発売されて、彼女の素顔が単行本組にも開示されたタイミングだったので、せっかくだしと思って素顔の話を盛り込みました。
盛り込んだ結果盛大に旗が立った気がしますが、まあこれはこれで(代替わりして天に召された先代プロット君を見送りながら


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.文化祭でデートを 上

お待たせしました、デート回です。なんと全三回。


 話し合った通り食事をするために、目についた食品を手当たり次第に購入した私たちは、ひとまず空いていたベンチを見つけて腰を下ろした。

 

「焼きそば、タコ焼き、お好み焼き、じゃがバター、フランクフルト、フライドポテト、アメリカンドッグ、豚汁……いや、こうして見るとなかなかに種類が豊富で、見ているだけでも楽しいなぁ」

「タコ焼きとお好み焼きはほとんど被りみたいな気もしますけどねぇ。フランフクルトとアメリカンドッグも結構スレスレじゃないです?」

「それを指摘するのは野暮と言うものだぞ、ヒミコ」

 

 ……いや、わかっている。皆まで言うな。本当に全部買うやつがあるかと言いたいんだろう?

 正直私もそう思う。空腹の勢いに任せて片っ端から買ってしまったのだが、おかげで置く場所がなくて困っているんだ。完全に持て余している。

 

 問題なく完食できる程度の量しかないので、そういう意味では困らないのだがな。さすがにもう少し考えるべきだったと反省している。ここは食堂ではないのだ。

 

「でもま、おめめきらきらさせてどんどん買い込んでいくコトちゃんがカァイかったので、私的にはオッケーです」

「わかっていたならとめてほしかったかなぁ」

「食べ物を両手いっぱいに抱えて困ってるコトちゃんもカァイかったですよ?」

「そういうところだぞ、君」

 

 そんなことを言いつつも、食事は進める。先にも述べたが、この程度は問題なく完食できるので、どんどんと私の口の中に消えていくのである。

 もちろん私一人で独占するつもりで買ったわけではない。ヒミコとはちゃんと分け合いながらだ。

 

「私もアメリカンドッグほしいです」

「ん、はいあーん」

「あーん♡」

 

 半分くらい食べたアメリカンドッグをヒミコに差し出せば、彼女は残りをおいしそうにほおばった。

 代わりと言わんばかりに彼女からタコ焼きが差し出されるので、私もそれをあーんと口の中に収める。

 そんな感じで、お互いに食べさせ合いながらの食事はつつがなく進んだ。

 

 ……あ、いや、まったく問題がなかったわけではないな。途中、なぜか数回カメラを向けられたのである。

 何を思って私たちの食事風景を撮影しようとしたかは知らないが、下手にネットワーク上に写真を流されても困る。私は必要以上に目立ちたくないと思っているし、ヒミコとの関係は友人相手ならともかく公にはまだしたくないのである。

 

 なので、撮影者たちが全員そういう目的だとは思っていないが、念のため写真を撮ったものたちには厳重に口止めをさせていただいた。

 本当なら削除させたかったのだが、いくつかの写真が当事者の私たちから見てもとてもいい出来だったので、譲ってもらう代わりに口止めで留めたのである。

 

 まあ、その際には言葉にフォースも少し込めたので、流出することはまずないだろう。

 

 と、そんなことはあったが、とりあえず食事自体は済んだわけである……が。

 ただ、普段の私の食事量から行くとまだ少し物足りない。甘いものはまだ意図的に食べないようにしているのだが、それを加味してもまだ足りない。

 

「んふふ、足りないってお顔してますよぉ。追加で買いましょっか」

「……うん、食べたい」

 

 というわけでゴミを片付け、改めて出店に向かう。

 

 とはいえ、一度買ったところにまた行くという選択肢は基本的にない。一か所しか扱っていない品はその限りではないが、タコ焼きなどいくつか品が被っているところもあるからだ。

 ただ、被っていても味付けなどが微妙に違うということはあるだろう。そういう意味で、被っている品が扱われている場所は他のところも回りたいのである。

 

 そう思って、とあるタコ焼きの出店に顔を出したときのこと。

 

「あの! 申し訳ないんだけど、しばらく店番をお願いできないかな!?」

 

 大サイズを買おうと声をかけた瞬間、中にいた経営科のものたちにそんなことを言われて思わず面食らう私たち。

 

 何事と思う間もなく始まった説明によれば、どうも近くにある競合他店に現状まったく太刀打ちできないので、戦略会議を兼ねて買い出しに行きたいのだという。それでただの通りすがりに店番を頼むというのは、図太いというかなんというか。

 

 とはいえ、文化祭は今日一日しかない。その貴重な時間をここで使うわけにはいかないので、この話は断ろうと思っていたのだが……。

 

「お願い! 店番してる間、食材は自由に使ってくれていいから!」

 

 こう言われた瞬間、ヒミコが目を輝かせて承諾してしまった。私が口を挟む暇もないほどの即答であった。

 

 かくして私たちは、あれよあれよという間に出店の中に納まることになってしまったのである。

 

「……ヒミコ、どうしてまた急に引き受ける気になったんだ?」

 

 自分でもわかるくらい、機嫌が下がっている声だった。

 

 これに対してヒミコは、手際よくタコ焼きの生地を作りながら笑顔で答える。

 

「だってコトちゃんってば、おいしそうに食べるんですもん。私が一番コトちゃんの好きな味にできるんだって、証明したくなったのです」

「……それはズルいぞ、ヒミコ……」

 

 なんだか気恥ずかしくて、思わず顔を覆う。そんなことを言われたら、私だって納得するしかないじゃないか。

 

 そうこうしているうちにも、ヒミコはよどみなく手を動かして、タコ焼きを作り上げていく。先ほどジローが歌っていた曲を、鼻歌で口ずさみながら料理を進める彼女をちらりと横目に見てみれば、惚れ惚れするような手際の良さだ。

 これはプロにも負けていないのでは? いや、タコ焼きのプロをよく知らないので、失礼な言い方かもしれないが。

 

 しかし改めて考えれば、ヒミコが料理をしているところを間近で見る機会はあまりなかった気がする。調理場に戦力外がいても邪魔にしかならないから、基本的に調理中の彼女には近寄らないようにしていたのだ。なんだか新鮮である。

 

 こうして近くで見る彼女の額には、うっすらとだが汗がにじんでいる。鉄板の熱によるのだろう。

 けれど楽しそうに手を動かす姿には、苦労の類の色は一切見えない。フォース越しにも、彼女は料理そのものを楽しんでいる様子がうかがえる。

 そんな真剣な表情の中には、私に喜んでもらいたいという気持ちもはっきりと見えるのだから、私にできることなど礼を言うこととおいしくいただくことくらいだろう。

 

 いやはや、実に絵になる立ち姿である。思わず見惚れてしまった。改めて惚れ直したとでも言おうか。

 本当に、私はつくづく出会いに恵まれたと思う。こんないい人を伴侶にできる私は、間違いなく幸せ者なのだろうなぁ。

 

「よーし出来上がり! コトちゃん、お待たせしました!」

 

 と、そうこうしているうちに出来上がったらしい。差し出されたプラスチックのパックには、八個のタコ焼きが。香ばしいソースと鰹節の香りが、私の鼻腔をくすぐった。

 

「はーい、どうぞー♡」

 

 そしてそのうちの一つにつまようじが突き刺され、私の眼前に持ち上げられる。

 

 私はもちろん、それをためらうことなく口の中に入れた。途端に襲ってきた熱さはこの際仕方がないとして、しかしそれを押しのけて口の中に広がる味は、明らかに今日食べた他のタコ焼きとは違っていた。

 

「ん……! ほいひい(おいしい)!」

「えへへぇ、よかったぁー」

 

 まだ飲み込んでもいないのにも関わらず、思わず声を上げた私にヒミコが満面の笑みを浮かべる。

 

 いや本当、それくらい味が違うのだ。同じタコ焼きという料理のはずなのに、何がそんなに違うのだろう?

 

「コトちゃん、お野菜でも麺類でも柔らかいほうが好きですよね? なので卵を少し多く入れて、焼く時間も短めにして、明石焼きにちょっと近づけてみたんです」

「……君には敵わないんだと再確認したよ」

 

 本当に、私のことをよくわかってくれている。それがタコ焼きのおいしさも相まって、とても嬉しい。

 

 そう言えば、ヒミコはますます笑みを深めた。

 そんな彼女の幸せそうな様子を肴に、タコ焼きを食べ進める私なのであった。

 

 ただ、誤算が一つ。

 

 今まで客入りの悪かった店だから、店番と言ってもやることは大してないだろうと思っていたのだが……私があまりにもおいしそうにタコ焼きを食べているから、という素直に喜べない理由で客が急に増えたのである。

 

 当然私たちは困惑したのだが、一応店を預かっているからには客を無視するわけにはいかないだろうということで、急遽本当に商売をすることになってしまった。

 もちろん私は調理など一切できないので、分担は悩むまでもなく決まっている。会計だ。あと、たまに列の整理。

 

 だが、不思議と一向に客足が途絶える気配がない。列の中には、警備で来ているヒーローまでいた。

 なぜかと思って少し広めに音を探ってみれば、どうやら私が出店をしていることで注目を集めてしまったらしい。

 

 言われてみれば確かに。私はこれでも体育祭の優勝者であり、それなりに世間に顔が知られている。私ほどではなくとも、ヒミコも似たようなものだ。

 まさか普段の知名度が、こんなところにまで影響するとは。昨今のヒーローにはテレビ出演などで顔を売っているものが一定数いるが、私にはやはり理解できないと思わされる一幕であった。

 

 もちろん、ヒミコの作ったタコ焼きがおいしかったから、というのも大きな理由だろうけれども。

 まあこちらに関しては、彼女の女としてはむしろ喜ばしいことだと思う。知名度による補正は否定できないだろうが、それでもヒミコのタコ焼きをおいしいおいしいと言ってほおばってくれる客の姿を見て、私はどこか誇らしい気分になった。

 

 そうだろう? 私の彼女が作る料理は、とてもおいしいのである。

 

「なんじゃこりゃ……」

 

 ちなみに、買い出しから戻って来た経営科のものたちは、出かける前とのあまりの落差に目を点にして硬直したという。

 

 気持ちはわかる。前後の写真を残していたら、同じ場所には見えないだろう。

 だが最終的に、彼らは買い出し中に行った会議の内容を全面的に破棄。ヒミコのレシピを有償でもらい受け、彼女監修という名目を掲げて売り出すことにした。

 

 せっかく時間を取って、新しい食材を買ってまで試そうとしたことをなかったことにするのはどうかとも言ったのだが……。

 

「いや! 今はこのビッグウェーブに乗るのが経営的に正しいと思う!」

「ああ! 新しいことを試す時間や労力を考えても、今の流れをあえて切るほどの勢いは得られないだろうと判断した!」

 

 彼らはそう言って、今の方向を維持すると満場一致していた。

 

 まあ、商売に関しては私は素人以下である。学生とはいえ、それを中心に学んでいる経営科のものがそう言うのなら、それが正しいのだろう。

 

 そういうわけで、レシピと共に調理の仕方などの引継ぎを済ませた私たちは、後を任せて他の場所へ向かうことにしたのだった。

 

「……その前に、一旦寮に戻ろうか」

「そですねぇ。これを持ち歩いて文化祭は、さすがにちょっと」

 

 なお、レシピ及び店番の報酬として私たちが受け取ったのは、経営科のものたちが新たに買ってきた大量の果物である。

 彼らはタコ焼きと共に、果物を入れたロリポップケーキを作ることで起死回生を図ろうとしていたらしいのだ。

 結局それらは使わないということになったので、代わりに私たちがそれらをもらい受けたというわけだな。

 

 ただ量が量なので……これはあれだな、あとでクラスのみなで分けるとしよう。

 

「じゃあ今夜の打ち上げは、フルーツパーティですねぇ」

「ああ、いいな。すごく楽しみだ」

 

 果物の入った段ボール箱をそれぞれ抱えながら、私たちは笑い合った。

 




アニアカ文化祭編のEDで、中学時代のトガちゃんの写真を見たときから本作では絶対笑顔で写真撮らせるぞって思ってました。
あの写真、トガちゃんは写真の真ん中でたくさんの同級生に囲まれてるのに、笑ってないんですよね。
周りの子たちはみんな満面の笑みなのに、トガちゃんだけ笑えてないんですよ。
ああ、やっぱりトガちゃんにとって、中学時代の同級生とは本当の意味でわかりあえていなかったんだなってのを突きつけられた気がして、悲しかったんですよ・・・。
なのでせめて本作では、ずっと幸せ全開の笑顔を振りまいていてほしかった。

そういうわけなので、読者の皆さんにはこの調子であと二話、バカップルどものいちゃつきに付き合っていただきます(断固たる決意


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.文化祭でデートを 中

「おや」

「あら」

 

 段ボール箱を抱えて寮に戻った私たちは、二人揃って思わず足を止めた。入り口近くで、ミドリヤとウララカに出くわしたからだ。

 彼らも私たちと出くわすのは想定外だったのか、私たちと同じように目を丸くしている。

 

 ……いや、これはどちらかというと、私たちが抱えている段ボール箱のほうが気になっているのか。まあ、当然と言えば当然か。

 

「あれー? なんで二人とも寮にいるんです?」

「リンゴ飴を作るために戻ってきたんだよ」

「私はお手伝い!」

 

 ともあれヒミコが声をかけたところ、そんな答えが返ってきた。出し物での景品を片付けるという口実で、エリたちから一時離脱したらしい。

 

 ふむ。ミドリヤがここにいるのはそうだろうと思っていたが、ウララカもか。なるほどと思う私である。

 と、私はそれで納得したのだが。そこで終わらないものが隣にいる。

 

 そう、ヒミコだ。彼女はウララカの答えを聞くや否や、にんまりと笑みを浮かべたのだ。

 当然、ウララカはその意図を察して赤面する。ただ否定はしてこないので、まあそういうことなのだろうが。

 

 そして一人、よくわからないと言った顔で首を傾げるミドリヤである。

 

 私が言うのもなんだが、彼は本当にこの手のコミュニケーションに不慣れだな……。友人の想いはぜひ成就してほしいと思っているのだが、ここから先に進むとなると苦労しそうである。ウララカが報われるのはいつになるのだろうか。

 

 そんなことを考えているうちに、ミドリヤたちは口実である景品の片づけのために一旦分かれた。

 私とヒミコは調理場に向かい、果物を整理しながら順々にしまっていく。

 

「ところでその、ずっと気になってたんだけど……そのフルーツどうしたの?」

「こうして見るとすごい量や……でもそんなにたくさんフルーツもらえるようなところあったっけ?」

 

 やがて調理場にやってきた二人が、開口一番に聞いてきた。

 

「ひょんなことから出店を手伝うことになってな……その報酬としてもらったんだ」

「報酬!? 何があったの!?」

「実はかくかくしかじかでな……」

「はー、やっぱり被身子ちゃんは料理上手なんやね」

「えへへー、それほどでもー。……ただ、多すぎるのは間違いないのでー。せっかくだし、今夜はフルーツで打ち上げでもどうかなーって話してたとこです」

「へぇー、いいね! おいしそう!」

「本当だね。でもこれだけ色々あると、迷っちゃいそうだなぁ」

 

 と、しばらくそれぞれの作業をしながら会話する。私たちは片付け、彼らは調理の準備だが。

 

 とはいえ、大掃除のように時間を使うことでもないので、ほどなくして私とヒミコは作業を終える。なので少し手伝おうかと思ったが、これは遠慮されてしまった。

 楽しい時間を邪魔するわけにはいかないからと言われてしまえば、私たちとしても否とは言えない。

 

 なので二人に見送られるような形で、寮を再び出ることになった。別れ際、ヒミコが飴が余ったらフルーツ飴にするから量はケチらなくていいという旨の話をしていたので、そちらも楽しみだが……それは置いておくとしよう。

 

「じゃあ、今度はどこ行きましょ?」

「……サポート科の発表は既に終わっている時間だな。それなら甘いものを食べつつ、そろそろ食べ物以外のものも見ていこうか」

「いいですねぇ。コトちゃん、何か食べたいのあります?」

「私はクレープが食べたいな。チョコバナナもだ」

「あは、コトちゃんほんとに甘いもの好きですよねぇ」

「うん、大好きだ。そういう君はどうなんだい?」

「私ねぇ、綿菓子が食べたいです! 確かどっかにありましたよね?」

「ああ、それもいいな。よし、二人で食べようか」

「わぁい!」

 

 そんなことを話しつつ、文化祭会場に戻った私たちは、話し合った通りに甘いものを買いながら練り歩いた。

 

 やはりこういう非日常的な空間で食べるものはおいしいものである。特に今日はヒミコと一緒なので、余計だろう。分け合いながらの食事は、楽しいものだ。ちょくちょく口の周りをぬぐわれたりしたのは、祭りの最中と言うことで大目に見てほしいところだが。

 

 また話し合った通り、途中途中でいくつか出し物にも顔を出した。アトラクション型では射的や鏡を使った迷路などがあって、なかなかに面白かった。まあ、射的では大きいぬいぐるみを当ててしまいまた寮に戻る羽目にもなったのだが……。

 

「カァイイからいいのです!」

 

 ヒミコが気に入って、終始ご機嫌だったので収支はプラスだろう。

 なお、リンゴ飴の進捗は順調そうだった。

 

 ただ、お化け屋敷の類は申し訳ないが満場一致で飛ばさせてもらった。以前遊園地で実際に体験して実感した通り、フォースユーザーにお化け屋敷は致命的に向かないのである。どこから何が来ても、すべてわかってしまうからこればかりは、な……。

 

 それ以外では、B組以外でも演劇をやっているところがあったのでそれを観た。B組の演劇はファンタジーものとのことだったが、こちらは現代的というか、異形型の”個性”で悩む若者の恋愛劇だった。

 ちょうど今まさに恋人とデート中なので、その内容には少々身につまされるところがあった。誰一人として同じ”個性”を持たないこの星の現代ではときに深刻な社会問題であり、そこに切り込んだ社会派な作品だったと言えよう。実に興味深い出来だった。

 

 まあ、最後の最後で機械仕掛けの神のようなご都合主義があった辺り、プロが作った番組や映画には及ばないのだろうがね。私は悲劇的な終わり方は好みではないので、これはこれでよかったのだとも思う。

 

「やっぱり最後に、必ず愛は勝つんですよねぇ」

 

 見終わって席を立とうというとき、そう言ってこっそり頬に口づけをしてきたヒミコの姿は、演劇とはまた別に印象的であった。

 

 それ以外だと、ヒーロー科にいるとまったく縁がないが、運動系の部活動の部員と思われるものたちが、スポーツ体験などを開催していた。今までこの星のスポーツを経験する機会があまりなかったので、そちらにも参加させてもらった。

 

 ただこのスポーツ体験、なんというかある種博物館の展示のような空気があったのは気のせいではないだろう。

 何せ”個性”が世に出回って以降、ずっと下火なスポーツ業界である。あまりやろうという人間は少ない上に、その参加している人間も大半はさほど興味の対象にはなっていない様子だった。

 

 私はと言えば、ヒミコと一緒にテニスをダブルスで素直に楽しんだのだが……これは二人とも常時効果が出るタイプの”個性”ではないからなのだろうなぁ。こちらも恋愛関係と並んで、一見問題なさそうな現代社会の問題の一つを目の当たりにした気分である。

 

 この辺りの問題をどうにかするのは、政治家の仕事だろうとは思うが……しかしスポーツが衰退しているという状況は、”個性”の存在しない社会にいた身としては少々不健全にも思ってしまうなぁ。

 犯罪が多く、ヒーローが必要以上に持ち上げられるのも、そういうところの影響があるように思うのだが、どうにかならないものだろうか。

 

「はーい、そういうジェダイでもどうにもならない話は今はやめましょうねぇ」

 

 と、いった問題提起は、ヒミコによってすげなく却下されたわけだが。

 確かに、彼女の言うことももっともであろう。ここは国会議事堂ではなく、学校の文化祭会場なのだし。

 

 なので私は素直に謝って、彼女の身体に密着した。

 

「次はどこ行きますー?」

「そうだなぁ……ん?」

 

 と、そんな感じで全力で文化祭を満喫しつつ歩いていると、何やら一際賑やかな一角を見つけた。

 

 プログラムを確認してみると、どうやらアスレチックコースをタイムアタックするという出し物らしい。だがそれだけでこれほどに盛り上がるだろうか……と思ったのもつかの間。二人でプログラム上の文面を読み進めて、なるほどと納得する。

 

 どうやらこのアスレチックコース、オールマイトの在学中から行われている伝統的なものらしい。新調はされてもコースの内容は当時から変わっていないようだが……それもそのはず。

 このアスレチックコースの最高記録保持者は、今でもまだオールマイトなのだという。彼が高校生だったのは今から五十年近く前のことなので、それがどれほどとんでもないかは推して知るべしといったところか。

 

 ちなみにその記録、ちゃんとコースの説明に記載がある。これによると、なんと五秒らしい。これがいまだに破られていないとなれば、なるほど雄英の生徒が熱狂するのも少しはわかるというものだ。

 

「コトちゃん、ちょっとやってみません?」

「記録を狙う類のことはあまり好みではないが……」

「えぇー、私コトちゃんのかっこいいところ見たいですぅー」

「……君ならそう言うと思っていたよ」

 

 唇を尖らせてぶぅぶぅと文句を言うヒミコに、私は両手を挙げて降参の意思表示をする。

 

 もはやかっこいいなどという概念とは程遠い我が身だが、恋人からそれを期待されて奮わないはずがない。

 厳密には、今までそういう感覚はよくわかっていなかったのだが……今理解できた。なるほど、これは昂るというものである。

 

「……おや」

 

 というわけで参加の列に並んで、順番を待っている最中。現時点でのスコアの二位のところに、バクゴーの名前があった。

 どうやら彼も、これに挑戦していたらしい。だがさすがの彼でも、オールマイトの記録を超えるのは難しかったようだ。

 

 まあ、五秒だものなぁ。外から眺めている限り、一直線ではあるが複数の障害物や急こう配の坂などが絶え間なく続くので、五秒という壁はあまりにも分厚く高いというべきだろう。

 

 ただ私の場合は……。

 

「お!? もしやヒーロー科一年の増栄さんでは!?」

「ん。そうだが」

「やっぱり! オールマイト超え宣言、熱かったですよ! ここでも超えてくれると嬉しいです!」

「善処しよう」

 

 開始直前、司会に激励されるという一幕があった。これに応じるように、外から眺めていたものたちが思い思いのヤジを飛ばしてくる。

 世間の私への印象は、相変わらずらしい。本当、そういうつもりであのとき発言したわけではないのだが。まったく、メディアがろくなことをしないのはどこの銀河も変わらない。

 

「ところで確認なのだが。”個性”()()は自由に使ってもいいのだよな?」

「もちろんです! あ、でもコースを破壊するのはナシですよ!」

「なるほど。そしてクリアの条件は、ゴールにあるボタンを押すことである、と」

「はいそうですよ!」

「わかった。では始めようか。準備は万端だ」

 

 最後にそれだけ司会に確認を取った私は、最前線でこちらに手を振っているヒミコを見て思わず笑みを浮かべる。

 そのまま彼女に一つ大きく頷いて――

 

「スタート!!」

 

 ――開始の合図と同時に、私はその場で高く飛び上がった。

 そしてボタンを視認できる高さに達するや否や、すぐさまその場からフォースを向け、ボタンを押した。

 

 すぐさまピンポーンという、仕掛けの壮大さに反してやや安っぽい音が鳴り響き、ゴールの先にあった電光掲示板に「三秒」という数値が点灯する。

 

「……えっ」

「え?」

「あっ」

 

 そうして静まり返ってしまった会場に、私は着地する。

 

「わああぁぁ! さっすがコトちゃん! かっくいぃですー!!」

「えっ、あっ、えっと、はい!? はい! し、新記録ッ、で、出ましたァァ~~!!」

 

 直後、会場全体に爆発したかのような大歓声が響き渡った。

 

 その最前線で、やはり大喝采を上げている愛しい人の躍動的な姿に私はにこりと笑って、この星で言うところのピースサインを向けるのであった。

 




最初はここでお茶子ちゃんに告白させようかなと思ってたんですけど、書いてて全然うまくいかなかったので、たぶんまだ彼女は告白するには早いって思ってるんだと判断しました。
デクくんのほうも、今されたらまず間違いなくドチャクソ取り乱すだろうし、じゃあいっそここは飛ばそうってことで、こんな感じに。二人がここでどんなことをしていたかは、追々。

なお前回のタコ焼き代役と、今回のクラスメイトから離れてリンゴ飴を作るデクくん、それにアスレチックはすべて小説「雄英白書・祭」のエピソードからです。
アスレチックでかっちゃんが挑戦しつつもオールマイトを超えられなかったのも同書からですが、フォースが使えりゃそりゃこうなるわなって感じ。
フォースユーザーが遠隔でスイッチ押すのは、原作でもわりとありますしね。
なので次の年はかっちゃんがフィーバーすると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.文化祭でデートを 下

 私がオールマイトの記録を更新したことに、やたらと周りが興奮しているさまには精神的な隔たりを改めて感じる。

 

 私にとって記録やらオールマイトやらは、正直どうでもいいのだ。ヒミコが喜んでくれることが重要だったのだから。

 そして、彼女は私の活躍をとても喜んでくれた。そんな彼女の姿が見られて私も喜び、満足した。私にとって、それでこのアトラクションは終わりである。

 

 だから一言二言くらいのインタビューには一応答えたが、それ以上となるといささか困る。残り時間は少ないが、まだ文化祭は終わっていないのだ。これ以上時間を取られたくはない。

 ヒミコの機嫌もだんだん悪くなっていったので、周りのものには申し訳ないが、ほどほどのところで打ち切らせてもらった。この辺りの対応は、イレイザーヘッド直伝である。こんなにも早く役に立つ日が来るとは思っていなかったが。

 

「なんでみんなそんなにオールマイトに関係したものが好きなんですかねぇ……やっぱり普通の人たちはよくわかんないのです」

「無理にわかる必要もないだろうよ。わからずとも、共存することはできるんだ。それに……」

 

 フォースクロークまで使って物陰に潜んだ私たちを見失い、右往左往する追っ手たちを横目に流しながらそんなことを交わす。

 

 そして物陰であることをいいことに、ヒミコの唇を奪った。

 

「……私が君を理解していれば、それでいいだろう?」

「えへへ、それもそうでした」

 

 嬉しそうに破顔した彼女は、そのままお返しと言って私の唇を奪い返しに来た。

 もちろん、みすみす奪われるに任せる。元より私の身も心も、彼女のものだ。

 

「……んふふ、この後どうします? まだどっか見ます? 見れてもたぶん次が最後になると思いますけど」

「そうだなぁ、どうしようか……」

 

 微妙に時間が残っている。ひとまずプログラムを広げ、眺めてみるが……うむ、目ぼしいところは大体回ってしまっているな。

 あとは、興味は引かれるものの既に終了しているであろうところがほとんど。これではできることはなさそうだが……。

 

 そのとき、ふと思うところがあって私はぴたりと動きをとめた。そんな私に、ヒミコが小さく首を傾げる。

 

「……ヒミコ、ここに行ってみよう」

 

 問われるままに答えながら、私は広げたプログラムのとある箇所を人差し指で示した。

 

 そこにあったのは、サポート科と経営科が共同で設けているアクセサリーショップだ。サポート科が作り、経営科が販売しているらしい。

 それを認識すると同時に、ヒミコはふふりと微笑んで私の顔を覗き込んできた。

 

「へえ、アクセサリー。珍しいですね、コトちゃんがそういう系に興味持つなんて。コスプレに続いてお洒落にも目覚めました?」

「いやその……付き合い始めてから、外を出歩く機会がほとんどないだろう? こういう贈り物をしたいとは思っていたんだ、ずっと」

「……すき!」

 

 しかし私が答えた次の瞬間、すごい勢いで抱きつかれた。彼女の豊満な胸と、柔らかな四肢が私の身体を包み込む。

 

 そんな彼女に、私もだと返しながら歩くことを促す。

 これに素直に従うヒミコは、しかし離れようとしない。私も離れようとは思わない。腕を絡めて、ゆるゆると歩く。

 

 目当ての場所は、会場全体で言うと真ん中の辺りにあった。商売のことは専門外なのだが、商売の立地としてはかなりいいように感じる。

 そう思っていたのだが、実際に着いてみると、あまり繁盛しているようには見えなかった。なぜかと首を傾げたが、どうやら周りに人気の出し物や出店が立ち並んでいるようなので、単純に競り負けたということなのかもしれない。

 

 まあ既に日が暮れ始めている通り終了間際なので、単純にこのタイミングで寄るものが少ないだけかもしれないが。実際のところどうなのかは不明だ。

 

「これ、全部手作りなんです? すごいねぇ、ワクワクします!」

 

 そんなアクセサリーショップの店先で、ヒミコが目を輝かせている。こういうところを見るにつけ、彼女はどこまでも普通の少女だなぁと改めて思う。彼女の理解者が私以前に一人もいなかったなんて、信じがたい話だ。

 

 まあ、それはそれでこのかわいらしい笑顔を私が独り占めできるということでもあるので……そういう意味では、私たちの出会いは定められていたのかもしれない。などと思ったりもする。

 だからこそ、もし仮に気に入ったアクセサリーがなかったとしても、この表情を見られただけでも最低限の目的は達成できたような気分になれそうな私である。

 

 一方で、私自身はアクセサリーというものに一切縁がない生活を前世も今世もしていたので、正直良し悪しはまったくわからない。工業製品という視点であれば、多少言えることがありそうだが……それは多分、アクセサリーに対してするものではないだろうし。

 

 いやまあ、店の形態がサポート科と経営科の合同であるからか、その手のちょっとした便利機能を搭載しているものも扱っているようなのだが。そういうものは大体売り切れていて、今店頭にあるものは普通のアクセサリーのみらしい。

 

 それは見方を変えると余り物と言えるわけで、少しヒミコに申し訳ないが……下手な機能があっても困るだけ(ハツメの発明品のように、やたら爆発されるとなおさら)なので、私としてはそのほうが安心できる。

 ヒミコも気にしている様子はないので、これでいいのだろう。もしものときは、私が手を加えればいいのだし。

 

 しかし……こうして見ると、アクセサリーにも色々あるのだなぁ。リングにブレスレット、ペンダント、イヤリングと、一応それぞれの種類はわかるのだが、その枠の中でも色や飾りなどが多種多様で、ここから選ぶにはなかなかの知識と決断力がいりそうだ。

 

「これとかどうです?」

「あ、これもいい感じです!」

「わぁ、これもカァイイ!」

「ねぇコトちゃん、どうかなぁ?」

 

 だからか、あれやこれやと試着しては私に見せてくるヒミコなのだが、私に言えることは一つだけだ。彼女は相談相手を間違えている。

 

 なぜって、私には何を着けていても彼女に似合って見えてしまうのだ。私の審美眼は機械類以外に対してはおおむね節穴だし、ヒミコが主体になると主観が入りすぎて正しい評価ができなくなるのである。

 

 もちろんそんなことを言おうものなら彼女の機嫌を損ねてしまうことはわかるので、「似合う」という解釈に繋がることを手を変え品を変え言い続けているわけだが。

 本気で全部似合っていると思っていることは事実なので、私のスマートフォンには凄まじい勢いでヒミコの写真が増えていく。これは下手したら、今夜にでも中のデータを保存用のハードディスクに移さなければならないかもしれない。

 

「……あ」

 

 そんな中。日もだいぶ暮れて、文化祭の終わりが告げられるまであとわずかと言った頃合いである。

 

 ヒミコが、ギャザリングでカイバークリスタルを手にするかのように、フォースに導かれたかのように、一つの飾りを手に取った。

 

 それは、橙色のダイヤ(ダイヤモンドではなくトランプの柄のダイヤ)の形をした小型の飾りが取りつけられた首飾りだった。ロケットペンダント、と言うらしい。どうやらこのダイヤ型の飾りは、開いて中に写真などを収められるのだとか。

 ヒミコはそんなペンダントを、愛おしそうに着けて見せた。その姿を、すぐさま私に見せつける。

 

 言葉はいらなかった。互いの中に満ちる、まったく同質のフォースがこれだと言っていたから。

 

「……私、これがいいです」

「うん。それが一番しっくり来るよ」

 

 だから、私も即座に頷く。金属特有の光沢の中で、淡く煌めく橙色は、私たちのライトセーバーの色とよく似ていた。

 

 そうして会計を頼むと声をかけた、直後である。

 

「これと同じの、合わせて二つくださいな」

 

 割って入って、ヒミコがそう告げた。

 

 思わず彼女に目を向ければ、出迎えたのは満面の笑み。

 ()()()、私はああと応じる。

 

「「なんでも一緒がいい」」

 

 次いで同時にそう言い合って、私たちは改めてくすくすと笑った。

 

 ああそうだ。橙は、私とヒミコの色だ。私たちを象徴する色だ。だから、これでいい。これが、いいんだ。

 

 ……それから会計を済ませてものを受け取った私は、まったく同じ首飾りを、同じように着ける。うまくできなかったので、ヒミコにやってもらったのは我ながら情けないとは思うが、それはさておき。

 

 お揃いの飾りを身に着けて、私たちは身を寄せ合う。

 同時に、文化祭の終わりを予告するカウントダウンの音が聞こえてきた。

 

「……帰ろうか」

「はい!」

 

 そうして、私たちは同時に歩き出す。このロケットの中に、どんな写真を入れようかと話し合いながら。

 

 ……なお、そんな私たちに対して、店のものたちがみな一様に拝んでいたことは見なかったことにしたい。

 

 なんだろう、ミネタのような思考をする人間はもしかしてわりと珍しくないのだろうか。その点だけが釈然としないが、とりあえず、楽しい一日であったことは間違いない。

 そこは、それだけは、胸を張って断言できるのである。

 

***

 

 私たちが寮に戻って来たとき、まだ誰も戻ってきていなかった。

 

 なので、早速買ったばかりのロケットペンダントに入れる写真を用意することにした。

 どれを使うべきか、ここまでの道中で意見を交わしたが……最終的にはヒミコの意見を採用することにした。

 

 これは彼女の意思にすべて委ねようということではなく、私も納得してのことである。なぜなら、彼女が提示した案は、

 

「では14O、頼む」

了解了解(ラジャラジャ)。デハ撮リマスヨォ……ハイ、ちーず」

 

 最新の写真を使うというものだからだ。

 充実した一日を共に過ごした今この瞬間こそが、私たちの仲が今までで一番深まっていると思うから。

 

 その判断は、正しかった。仕事を終えた14Oから渡されたカメラに収まっていたのは、同じペンダントをつけて、同じように笑い、同じように寄り添う私たちの姿。幸せという概念をそのまま形にしたような、仲睦まじい二人が写っていた。

 

 これを見て、二人でまた改めて笑い合う。こういうさまを、比翼連理と言うのだろうか。そうであるなら、嬉しい。

 

「あとは、これを印刷して中に入れれば完成ですねぇ」

「ああ。……共和国で作るのであれば、簡易的なホログラム装置を組み込むのだがな。たまにはこういうのも、いいものだな」

「んふふ、古きを温め新しきを知る、ですかねぇ?」

「それは少し違わないか?」

 

 そんな、とりとめのないことを言い合いながら。

 二人でそれぞれ印刷した写真を、ロケットに合わせる形に切り抜く。それをロケットに納めて……お互いの首にかければ、完成だ。

 

 そうしてもう一度笑い合って……私たちは、口づけを交わす。

 

 今日、これまでしていたものとは違う。互いの口腔を犯すような、深いものだ。

 だが、今はここまでだ。これ以上のことは、もう少しあと。日が完全に暮れて、月が昇り切るまでは、我慢だ。

 

 だから、私たちは後ろ髪を引かれながらも身体を離す。名残惜しそうに、私の首筋を舐めるヒミコを私は少しだけ押しのけて。

 

 そうして、談話室へ戻り。

 

「おかえり」「おかえりなさぁい!」

 

 戻ってきていたクラスメイトたちを、二人で揃って出迎えたのだった。

 




ということで、デートはこれにておしまい。
今後、二人の装備品にロケットペンダントが増えます。常時身に着けてる系のやつですね。
なおこのペンダントのオレンジ色は塗装による色ではなく、素材の金属そのものが色を持ってるタイプの色です。いわゆるメタリックオレンジ。
本編中で言及された通り、二人のライトセーバーの色ですね。

お揃いっていいよね。でも正気に戻ってよくよく考えると、趣味嗜好や血を吸うやり取りすらお揃いとかゾッとしてしまうので、正気はこれからも投げ捨てておく。
なお今章でのイチャラブはここでおおむね終わりなので、ここでマジで今章自体を終わりにしようかとも思ってましたが、せっかくなので一応終わったあとのことも書こうということで次の13話が出来上がりました。
一応、拾っておかないといけないものも他にありますしね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.祭りの後

 この日、寮に最後に戻ってきたのはミドリヤとウララカだった。エリに作ったリンゴ飴を渡し、見送ってきたのだろう。

 その経緯を知っている私は連れ立った二人に何も思うところはないのだが、そうではないものも多少いるもので。

 

 アシドは楽しそうに目を輝かせたし、ハガクレも進展したのかと興味津々である。

 そしてミネタは「は?」とドスの利いた低い声を上げて、目を血走らせながら全力で二人の関係を邪推していた。

 

 とはいえ、ミドリヤもウララカも、この手の感情の機微には疎い。そういう反応を見せていた面々を、首を傾げて不思議そうに見やっていたので何もなかったと見ていいだろう。

 

 まあ、他より手持ちの情報が多い私には、同じような動きで首を傾げ、同じような表情を顔に浮かべている二人の姿は、本当に男女の付き合いがないのかと疑問に思うくらいなのだが。

 そんな浮ついた感想が最初に浮かぶようになった辺り、私自身がまずかなり浮ついているなと思わざるを得ない。自戒せねば。

 

 それはともかく。

 

「おかえりなさい、緑谷ちゃん、お茶子ちゃん。エリちゃん、どうだったかしら?」

 

 談話スペースに入って来た二人に、台所でヒミコを手伝っているツユちゃんが声をかけた。彼女も事情はほぼすべて承知しているようだ。

 だからか、そんな彼女に二人はいい笑顔を浮かべて応じた。

 

「うん、バッチリ!」

「喜んでもらえたよー!」

「ケロケロ。それはよかったわ」

 

 そしてその二人に応じ返しながら、ツユちゃんも嬉しそうに笑った。

 

 そんな彼女と共に、ヒミコが台所から出てくる。二人して、一口サイズに整えられたたくさんのフルーツ飴が並べられた大皿を手にしている。

 

「みんなー! お待たせしましたー、フルーツ飴できましたよー!」

 

 ヒミコの声と、実際に目の当たりにした大量のフルーツ飴に、歓声が上がった。

 

「まだフルーツはたくさんあるので、みんな好きなの選んでいいですからねぇ」

「わーい!」

「よっしゃー! 打ち上げしよ打ち上げー!」

 

 テーブルに並べられたフルーツ飴に多くのものが殺到する中、先手を取ったのはハガクレとアシドの二人だ。もちろん、二人に続く形でどんどん手が伸びていく。

 

 ただ、バクゴーだけは離れたソファでふんぞり返るのみである。そういえば彼は辛い物が好きで、逆に甘いものは好んでいなかったな。

 キリシマが勧めているが、返事はそっけない。いわく、「んな甘いモン食えるか」だそうだ。

 

 普段なら、ヒミコの手料理を無下にする行為に対して思うところがある私だが、今回はそんなことはない。事前にこうなるだろうことはわかっていたので、ヒミコも対策は済んでいるのだ。

 

「そう言うと思って、爆豪くんには専用のを作っときましたよぉ。はい、トウガラシ飴!」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべると、あまりにも赤々しい尖った飴をバクゴーに差し出し……いや、違うな。あれは押し付けている。

 

「変な気遣いしてんじゃねぇ! (かれ)ぇか甘ぇかわけわかんねぇだろが!!」

 

 当然というべきか、バクゴーは手元を爆破させてこれを拒むが……我がA組は、彼に対してたまに妙な団結力を発揮するときがある。今回のように。

 

「まあまあ、せっかく作ってくれたんだし」

「そうそう。美少女の手作りなんだからさ、いらないはないっしょ!」

 

 セロとカミナリが、両脇からバクゴーの肩を同時に叩きつつ、軽くだがさりげなくその身体をロックした。完全に逃げ道をふさぐ立ち位置である。

 

 そして彼らに対処しようとバクゴーがわずかに動いた、その瞬間にヒミコはトウガラシ飴を押し付けることに成功した。

 してやったりと言わんばかりの笑顔を浮かべてさっと距離と取り、セロとカミナリにウィンクするヒミコ。カァイイ。

 

 もちろんバクゴーはこれに反発し、凶悪な形相を浮かべる。

 だが、その様子を苦笑しながら眺めていたミドリヤを視界に収めるや否や、怒りの矛先をそちらに変えた。入学当初に比べれば確実に丸くなっているが、それでもミドリヤに対して当たりが強いのは相変わらずのようだ。

 

「クソデク……テメェあのアスレチックやったんか」

「アスレチック?」

「在学中のオールマイトの記録がまだ抜かれてないやつだよ」

 

 首を傾げたミドリヤに、近くにいたオジロが補足する。

 

「えっ!? そんなのあったの!? オールマイトもやったアスレチックなんて!」

 

 ファンとして一生の不覚だと言わんばかりの反応をするミドリヤであるが、オジロの情報は古い。

 

 ミドリヤが知らずプレイできていないことに対して、バクゴーは「ざまぁ」と笑っているが……直後に追加の補足を入れたヒミコに怒声を上げることになる。

 

「あ、それ。コトちゃんが更新しましたよ」

「あ゛!?」

「え、マジで!?」

「爆豪が何度も挑戦しても、更新どころか並ぶことすらできなかったのに!?」

「余計なこと言ってんじゃねぇぞ切島ァ!」

 

 そして私は、バクゴーに派手ににらまれたが……当然、その程度で怯える私ではない。

 そもそもだ。ヒミコから大量の飴を眼前に差し出されたタイミングだったので、どれを最初に食べようか真剣に悩んでいてそれどころではなかった。オールマイトの記録云々より、こちらのほうが今の私にとっては重要なのだ。

 

 状況的に、ここで怒鳴り散らしても暖簾に腕押しだと悟ったのだろう。バクゴーはやはり派手に舌打ちをして、ただ宣言するだけにとどめた。

 

「来年だ。来年の文化祭で、オールマイトはもちろんテメェの記録も抜いてやる!」

「楽しみにしているよ」

 

 そんな彼に、最初の一本をみかん飴にすると決めた私は笑みを浮かべ、悠然と言い返した。

 

「いいじゃないか! いっそみんなで挑戦するというのはどうだろう!?」

 

 と、そこにイイダが入ってくる。彼らしい提案であった。

 もちろん、これに対して茶化したり冷かしたりするものがこのクラスにいるはずもない。

 

「いいな! やろうぜ!」

「まあそれも一興……」

「運動場ガンマってアスレチックの動きにも効きそう」

「こう、くびれがつく感じだよね!」

 

 口々に賛同や、対策の声が上がる。

 

 が、そんな中で一人、ヤオヨロズが別の提案を投げかけた。

 

「来年のお話も結構ですけれど、とりあえず今日のシメをなさっては?」

「そうね。せっかく被身子ちゃんと作った飴だもの、早く食べたいわ」

 

 応じて微笑むツユちゃんを見て、他のものもみな飴を手にしてなんとなく円に集まる。

 もちろんキリシマに連れられて渋々のバクゴーをよそに、イイダが音頭を取った。いつもの彼らしい、長大な演説を予想させる語り口だった。

 

「こういうのは手短に行こうぜ!?」

 

 思わず、と言った様子でカミナリが一言を差し込んだ。

 

 これにイイダは「俺としたことが」と咳ばらいをし、改めて私たちを見渡してから、持っていた飴を掲げる。

 

「それでは簡素に。……みんな、お疲れさまでした!」

『おつかれさまー!!』

 

 だから私たちもそれに合わせ、飴を掲げて叫ぶ。そして、乾杯するかのように飴に口をつけた。

 飴の甘さが、口の中で果物の酸味と溶けながら一つに合わさっていく。

 

 私は前世を含めても、こういう経験をしたことがない。他者のそれを振り返れるほど、長く生きたこともない。

 

 けれども、なんとなく。

 

 これが、俗に青春の味と言うやつなのかな、と。

 

 そんなことを、思ったのだった。

 

***

 

 夜の病院で。文化祭の興奮冷めやらぬエリは、ベッドに身を横たえながらも眠気を感じられなくて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

 半分ほど開いたカーテンの向こうに浮かんでいるものは、間もなく満ちる月の姿。角度の関係でそのさやかな光を直視することはないが、だからこそ一条の筋を描いて室内に降り注ぐ光を幻灯にして、今日の思い出を振り返る。

 

 楽しかったなぁ、と素直に思う。ヒーローたちが魅せてくれた音楽とダンスは、今でもはっきりと思い出せるほどだ。

 

 色んなおいしいものも食べることができた。知らないものがいっぱいで、でもどれも好きになれた。

 

 一緒にいてくれたヒーローたちはみんな親切で、優しくて、胸の中がぽかぽかして心地よくなる。

 

 でも、だからこそとも思ってしまう。あのとき、あの場所に、あの人もいてくれたなら。

 

 もう何度目かわからないその結論に、エリは小さくため息をつく。そして、ころりと寝返りを打って……。

 

「……!?」

 

 次の瞬間、月光を遮って生じる影が、室内に突如出現して息を呑んだ。ひゅっと喉の奥が鳴り、硬直する。

 

 それは、人の形をしていた。ゆっくりと立ち上がっているように見える。

 なんだろう。誰だろう。身も心も、冷えていくのがわかった。けれど、だからと言って動けるはずもなくて……。

 

 そんなエリに、声が投げかけられた。

 

「ああ……ごめん。怖がらせるつもりはなかったんだ」

 

 聞き覚えのある声だった。否、忘れたくても忘れられない声だ。ずっと聞きたかった声。

 

 だから、身体の硬直は一気に解けた。勢いよく掛け布団をはね飛ばし、身体を起こして振り返る。

 そこにいたのは、

 

「お姉ちゃん!」

 

 あの日、地獄の底から救けてくれたヴィラン(ヒーロー)。死柄木襲がそこにいた。

 

「しー、声が大きいよ。バレちゃうから静かにしよ?」

 

 彼女にそっと嗜められて、エリは大慌てで口を閉ざした。両手で口を覆って、周りにくるくると視線を向ける。

 

 そんなエリに、襲はくすりと微笑んだ。

 

「今んとこ周りに気配はないから、まだバレてないよ。大丈夫。でも静かにしたほうがいいのはガチだから」

 

 そう言って、いたずらっぽく笑って口元を人差し指で押さえる仕草をする襲。

 

 これに大きく頷いて、エリは手を下ろす。下ろして、それから万感の想いを乗せて、襲の懐に飛び込んだ。

 

「お姉ちゃん! きてくれたんだね!」

「約束したでしょ? ボクは絶対、約束を破ったりなんかしないんだ」

「うん!」

 

 そうして、二人は小声――そう言い切るにはまだ少々難しいかもしれないが――で言葉を交わす。

 

 話しながら、襲はエリを抱き抱えてベッドに腰を下ろした。スプリングがかすかに声を上げて、二人分の体重を受け入れる。

 

「文化祭、楽しかった?」

「えっ、お姉ちゃんなんでしってるの?」

「ふふん。こう見えてボク、耳がいいんだよ」

「そっかぁ」

 

 えっへんと胸を張る襲に、エリは素直にすごいと絶賛する。

 

 もちろん、襲の聴力が特段優れているという話ではない。襲が情報を得られたのは、フォースの読心によるところが大きい。意図する、しないに関わらず、彼女の感覚は様々な心の声が聞こえてしまうのだ。

 

 だからこそ、襲は雄英近くにまで赴いた。自身が受け入れられることはないと理解しつつも、エリの姿を少しでも見られたらいいと考えて。

 

 もちろんエリを見ることはできなかったが、結果として雄英にちょっかいを出そうとしていたヴィランの目的を阻むことはできたので、意味はあったと言えるだろう。

 

 とはいえ、それをエリに言う意味はない。心配されたくなかったし、させたくもなかった。

 だからこそ、今朝のことをエリに言わなかったデクに、襲はちょっとだけ感謝した。それから、やっぱりあいつはマシなやつなんだなと考える。

 

 考えて、それからデクの名前を知らないことに気がついて、今度会ったら覚えといてやろうとも思う。ヒーローに対して思うところはたくさんあるが、今日は気分がいいから。

 

 そんな襲に、エリは表情を輝かせて語り出した。今日の思い出を共有したくて、はやる気持ちに急かされるように。

 

「……それでねそれでね、」

 

 膝の上で、今日の出来事を少ない語彙で一生懸命に話すエリに、襲は微笑む。頭を撫でてやりながら、相槌を打って。

 そんな穏やかな時間を、彼女は楽しいと思った。エリも、同様に。

 

 そして二人揃って、この楽しさを相手が抱いていてほしいと願った。それは、血の繋がりはなくとも、二人がお互いに親愛を抱き合う特別な関係にあることを意味していた。

 

「……でね、どこにもなくってね、しょんぼりしてたんだけどね、最後にデクさんが……あっ」

 

 よちよちとした語りがようやく終わりに差し掛かったとき。思い出したと言わんばかりの声を上げて語りを切ったエリは、ぴょいと襲の懐から飛び降りる。

 首を傾げる襲の視線をよそに、部屋の隅へと駆けるエリ。

 

 彼女が手を伸ばしたのは、病室に備え付けの小さな冷蔵庫である。その中から取り出されたのは、透明なビニール袋で覆われたリンゴ飴。

 エリはそれを、嬉しそうな顔で襲に差し出した。

 

「これね、デクさんがくれたの! あまったらだれかにあげていいよって、私にだけ一つ多くくれたんだよ!」

 

 ――だからね、これはお姉ちゃんにあげるの!

 

 そう締めくくったエリの顔は、天使もかくやな眩しいもので。

 襲は思わず、嬉しさが限界を超えて溢れてしまいそうになった。

 

「……うん、ありがとね」

 

 そう言うだけで精一杯だった彼女は、けれども下手なところは見せられないと姉のプライドを発揮し、リンゴ飴を受け取り歯を立てる。

 

 ぱきり、と飴が割れる音が室内に響く。次いで、リンゴの部分が小気味いい音を奏でた。

 少し酸味のある甘さは、どこか懐かしい幸せを思わせる優しい味だった。

 

「どお?」

「うん……うん、おいしいよ。とってもおいしい」

 

 ――お姉ちゃんにも、分けてあげたいくらい。

 

 その言葉を呑み込んで、襲は笑う。うまく笑えているだろうか。自信がない。

 

「よかったぁ!」

 

 けれど、エリは変わらず笑顔を見せる。そのことに、胸の奥でうずく寂しさを押し殺しながら、ほっとした襲だった。

 

 そうしてエリの頭を改めて撫でて、もう一口。変わらない味が、もう一度広がった。

 それから心の揺れを悟られたくなくて、襲は話を少し無理やりに変える。

 

「……ところで、デクって誰?」

「えっ、お姉ちゃんあったことあるでしょ? 私をたすけてくれたときにいたヒーローさんだよ。みどりの……かみのけがちょっともじゃもじゃしてる……」

「ああ、あいつか。……そっか、あいつがデクなのか」

 

 リンゴの表面を覆う飴を噛み砕く音をわざと立てながら、襲は納得したと言いたげに何度も頷く。自分の目で見て、マシだと認めた男がちゃんと行動できる男であると理解して、さらに彼に対する評価を上方修正する。

 

 まあ、だからと言って敵対しないという選択肢は基本的に存在しないのだが。ことエリに関するものであるなら、ルミリオンと並んで信用してもいいかもしれないというくらいには、認識が改まった。

 

 襲のそんな心の動きはもちろん、一切言葉にはなっていない。

 だが、エリはちゃんと表情から察することができた。だから嬉しくて、にっこりと笑う。

 

 襲はこれに、少しばつが悪そうにして視線を逸らす。

 もう、胸の奥に寂しさはなかった。代わりに、どこか懐かしい暖かさを感じた。

 

 二人の時間が、穏やかに過ぎていく。そうして二人は、エリが力尽きて寝落ちするまで一緒に寄り添いあっていたのだった……。

 

 

EPISODE Ⅸ「雄英の祭の物語」――――完

 

EPISODE Ⅹ へ続く

 




今回の前半部分も小説「雄英白書・祭」からのエピソードです。
高校生が青春してるシーンからしか摂取できない栄養がある。おじさんになるとね、体育祭とかで喜んでるミッドナイトの気持ちもわかってしまうのだ・・・。
まあ一話の後書きに書いた通り、学校関連の和気あいあいとした平和な話はここまでで、この先はエンデヴァーVSハイエンド編、クラス対抗戦編、ヴィランアカデミア編、インターン編、第一次全面戦争編とほぼひたすらシリアスが続くのがヒロアカなんですけどね。
なんだよ全面戦争編って。本当に学園ものの章タイトルか。物間の煽りすらいっそ平和だよ。
けど本作でもここからはほぼずっとシリアスの予定です。震えて待て。
その前に、予告通り幕間と久々の閑話が挟まります。こっちはまだシリアスじゃないので、まずはそちらをお楽しみいただければ幸い。

なお襲がエリちゃんとのんびり姉妹のお話している同時刻、理波とトガちゃんはベッドの上で夜の文化祭を開催中です。
二人が実践している文化に関しては、銀河共和国も地球もさほど変わらないと思うので、読者の皆様におかれましては妄想力をフル稼働していただければと思います。

・・・と、言って〆るつもりだったんですけど、最初のほうで言及したコスプレ回を流すなと色んな方に言われたので、急遽追加になった閑話はご要望に沿いまして夜の文化祭回です。
いやまあ、時系列的には文化祭どころか八斎會事件よりも前なんですけどね。
それはそれとして、似たようなことをしてるのは間違いないので、参考までにということでご容赦ください。

その追加閑話はEP9編の最後に出す予定なので、まずは普通の幕間と閑話をお楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 一方その頃、ヴィラン連合

 少し時間は遡り、十月は下旬に差し掛かった頃のこと。ドクターの連絡を受けた死柄木襲は、諸事情あって別行動を取っていた死柄木弔たちに合流していた。

 彼女伝いにドクターの話を聞いた弔は、連合メンバーを集めて新潟の山奥でドクターからの連絡を待つことになる。

 

 だが、連合の下に現れたのはドクターではなかった。そんな生易しいものではなかった。

 

 現れたのは、見上げんばかりの巨体を持った半裸の男。無改造にもかかわらず、オールフォーワンから複数の”個性”を与えられてなお壊れていない男。

 側近、ギガントマキア。ドクターが技術、知識面での側近であるならば、こちらは戦力としての側近。たった一人で、万の軍勢をも蹴散らす歩く災害こそがギガントマキアである。

 

 その証拠に。彼がただ一振り、拳を地面に叩きつけるだけで、地面は一気に崩れた。周辺にまで達したひび割れは、容易に山そのものまで崩していく。

 荼毘の炎すら意に介さないギガントマキアに、単身対抗できるものはいなかった。

 

「うるっさいなぁ……デカブツの分際でさぁ」

 

 一人、襲を除いては。

 

 ギガントマキア同様、複数の”個性”を持ちながら壊れていない彼女は、瞬間移動と憤怒、さらにはフォースを組み合わせてギガントマキアに肉薄する。

 振るわれた剣もまた、なまくらではない。剣を構成するすべてにフォースが深くしみ込んだ白銀の刃は、ライトセーバーに勝るとも劣らない切れ味を発揮する。

 もちろん切断に至る機序が違うため、単純に比較することはできないが……それでも、力に加えて技も学びつつある襲の振るった剣は、大きく頑丈なギガントマキアの身体に明確な傷をつけた。血が噴き出る。

 

 だが、それでも身長差だけはどうにもならない。大きいということは、それだけ単純に強いということなのだ。

 フォースによる感知で攻撃そのものは容易に回避できる襲だが、ギガントマキアに即座に致命傷を与えることは、さすがに不可能である。

 

「めんっどくさ……! あのクソチビみたく、ボクも剣伸ばせればすぐ殺してやるのに……!」

 

 その事実が、襲の”個性”の出力を上げる。

 

 だが、それと同時にいずこかからオールフォーワンの声が聞こえてきた。すると、途端にギガントマキアは大人しくなって声のしたほうへ身を寄せる。

 

 そこにあったのは、古めかしいアナログラジオ。スピーカーから流れていたのは、オールフォーワンの声だった。

 ギガントマキアは、この声を流すラジオを両手で愛おしそうにつかむと、犬か何かのように頬を寄せる。あまりにも動物的な姿に、連合のメンバーは声も出ない。

 

『オールフォーワンの録音音声じゃ。これで落ち着いたじゃろう?』

 

 そのラジオから、ドクターの声が発せられる。オールフォーワンが、自らの夢を後継である弔に託すために残した遺産がこれであると。

 

 だが、弔はこれに対して即座に却下を返す。

 

「いらんぞこんなん」

『いらん!? この期に及んでまだ望めば手に入ると!? 黒霧と長くい過ぎたな……目を覚ませ』

 

 しかし、ドクターもまたこれに対して即座に却下を返した。

 

 とはいえ、ドクターにとってもオールフォーワンを継ぐものをむざむざ潰すようなことは本意ではない。彼には彼の夢があり、そのためにはなんとしてでもオールフォーワンのような盟友が必要なのだから。

 

 ゆえに、彼は弔たちを自らの拠点に引き寄せた。黒い汚泥を介して、一切の距離を無視する”個性”によって。

 

 神野事件の当時、オールフォーワンが実際に使って見せたその”個性”は、ドクターの”個性”ではない。だが、彼には自らのものではない”個性”をほぼ自在に使う術がある。

 

 なぜなら、彼こそがヴィラン連合をある種象徴する兵器、脳無の開発者であり。

 彼こそが、脳無に用いる様々な”個性”を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あーもうーくっさい! 先生がするならともかく、ドクターは『転送』使うのやめてくんない!?」

「ハッハッハ、君は相変わらず元気いっぱいじゃな!」

 

 そんな中、真っ先に我に返ったのは襲だ。一瞬の移動に慣れているがゆえだろう。

 

 返ってきたのは、老人の声。彼こそが、ドクター。

 周辺に無造作に並ぶ機械や、それらを繋ぐケーブルとはまた別に、整然と並べられた巨大なビーカーと、その中で液体と共に納められた黒い人型のナニカが尋常ではない非日常感を放つ中。彼は悠然と部屋の奥で椅子に座っていた。

 

 だからこそか、襲以外のヴィラン連合はドクターよりも周囲に居並ぶものに先に意識が向いているようだ。

 

「……こいつらは脳無か? これまでのと少し違う……」

「ほほうわかるのか、差異が! やはりいい目を持っとるよ! そうじゃ違うんじゃ、この子らは違うんじゃよ!!」

 

 ぼそりとこぼれた荼毘のつぶやきに、ドクターは勢いよく反応する。

 人間、善人であろうと悪人であろうと、己の専門分野に好意的な反応をしたものには好感を抱くものである。特に、オタクと呼ばれる人間はそれが顕著だ。

 

「ドクター、相変わらずウルサイ。そういうのいいからさぁ、用件はなんなワケぇ?」

「ハッハッハ、お前さんは本当に、相変わらず手厳しい!」

 

 が、そんなオタク特有のハイテンションを、襲はばっさりと切り捨てる。

 

 一方のドクターのほうも、そんな扱いは慣れているのか気にするそぶりも見せない。すぐに気を取り直すと、連合の面々とかなりの距離を取ったまま本題に入った。

 

「所在地を知られたくなかったので、転送にて招かせてもらった。弔と襲以外は初めましてかな? ギガントマキア同様、オールフォーワンの側近氏子達磨じゃ。今、適当につけた名じゃ」

 

 悪びれることなく偽名を名乗ったドクターに、一同は小さく眉をひそめる。

 そこから彼は、弔に対して自らの想いと、意見を述べ始めたが……。

 

 一人。襲だけは、別のことを考えていた。

 初めて会ったときよりもフォースの扱いに習熟し、なおかつフォースの深淵の一つに触れたことで、鋭敏になった感覚がフォースを通じてドクターの本名を見透かしていたのだ。

 

 とはいえ、その情報を使ってどうこうしようという気はない。襲にとってはドクターは嫌いな人間だが、味方だからだ。

 だから、彼女は「ふーん」と意味深に小さくつぶやいた。それだけで、終わらせたのである。

 

 一方で、「何も成していない、()()()()()()()()()()()()が、ワシに何を見せてくれるんじゃ?」と問われた弔は、自らの想いを語っていた。襲はその言葉に耳を傾ける。

 

「俺はきっと、『全部』嫌いなんだ。息づくすべてが俺をイラつかせるんだ。じゃあもう壊そう。一旦全部」

 

 そして、その言葉に顔をしかめる。パシリ、と赤い光がかすかに彼女の身体を走った。

 

「あんたは世にも美しい地平線を見られるよ。だからドクター、手を貸せ。地獄から天国まで見せてやる」

「まるで子供の絵空事! 真顔で何を言うかと思ったら!」

 

 対するドクターの反応は、笑い。だがそこに、嘲る色は一切なかった。

 それどころか、彼は喜んですらいた。だからこそ、彼の答えは決まっていた。

 

「いいじゃろう、力を貸そう死柄木弔! やってみろ! ヴィランとは戯言を実践するもののことじゃ!」

 

 これに対してミスターコンプレスが「え、チョロ……」とこぼす中で、襲は弔を後ろから牽制する。

 

「ちょっと弔さぁ。壊すのはいいけど、マジで全部、ほんっとーに全部ぶっ壊すつもりなワケぇ?」

 

 今の彼女にはもう、壊すわけにはいかないものがある。壊したことで被害を受けてほしくないと思う人がいる。家族になれたらいいと思える人がいる。

 そんな宝物を壊しかねない弔の思想は、間違いなく今の襲にとっては毒だった。

 

「仲間の望みは別腹さ。好きに生きてろ」

「……ふーん。じゃ、いいや」

 

 だが、弔の答えはあっさりとしたものだった。その中に嘘も偽りもないことは、フォースが保証している。

 それを確認した襲は、あっさりと手のひらを返した。既に憤怒は消えている。弔は、完全なる無意識で特大の地雷を回避したのだった。

 

 これに対して、ドクターは大きく笑う。

 

「ハッハッハ、思っていたよりトんだのう、弔よ!」

「てめェ……ふっかけたな」

「どう成長したのか、経過を見たかった! もとより協力してやるつもりじゃったよ」

 

 そう、彼の挑発的な態度は、すべて弔を試すためのものだったのだ。もちろん、彼自身のためということもあるが。大部分は、後継者を見定めたかったのである。

 

 その後、ドクターは弔たちがまだ弱いことを指摘。ギガントマキアを屈服させ、従えたそのときこそ、すべてを捧げようと宣言した。

 

「欲しければその手でつかむことだ」

「ああ。まったく、長いチュートリアルだったぜ」

 

 かくして弔たちは、ドクターが膝の上に抱いた小型の脳無が使った転送の”個性”により、元いた場所へ戻される。

 

「……ドクター? ボク、置き去りなんだけど?」

 

 だが、襲だけはこの場に取り残された。その事実に、剣の柄を握って警戒を露にする襲。

 

 ドクターはこれに「とんでもない!」と大袈裟に手と首を何度も振り、敵意も悪意もないことをアピールする。

 

「襲、お前さんは既に十分な格を持っておる。今のお前さんなら、ギガントマキアに正面から対抗できるじゃろう?」

「当たり前でしょ。何当たり前のこと言ってんのさ」

「そう! じゃからな……お前さんをマキアと戦わせるわけにはいかんのじゃよ」

 

 ドクターのその言動は、オールフォーワンの後継者は弔であると明確に表明したも同然のものだった。ギガントマキアに襲が認められる機会を潰しているのだから。

 

 実際、フォースで感じる彼の内心は、明らかに弔こそがオールフォーワンの後継者だと確信しているようだった。態度と内心、両方から事実を理解した襲は、半目でドクターをにらみつつ軽く舌打ちする。

 

 だがそれに反して、襲の心中は比較的穏やかだった。半年前だったら間違いなく激しく反発していたことが本人でも予想できるだけに、彼女自身も驚いている。

 なぜここまで反発する気持ちが湧いてこないのか。自分の心が、感情がわからず、むしろそちらのほうに怒りを覚えそうだった。

 

「じゃからな……お前さんには、ちょいとワシを手伝ってほしいんじゃよ。具体的には、護衛を頼みたいんじゃ」

「護衛ィ? 別にいいけど……ずっとは嫌だよ。ボク、ドクターの近くにいたくないし」

「ほんっとに言いおるのう! 安心せい、ひとまずは今日一日だけじゃよ。あとでまた頼むことはあるとは思うがな」

「ホントかなぁ……」

「ホントじゃよ。実を言うと、弔に渡す研究(ちから)はまだ途上でな。万全を期してあやつに渡すためにも、まずは他の人間で試したい」

 

 直後、襲のフォースグリップがドクターを襲う。彼女にとって、人体実験は最大の地雷だ。考えるよりも早く身体が動いていた。

 

「オマエ……! 人間を実験台にしようってのか……!?」

「ま、待て待て! 待つんじゃ! ワシとて最低限の良心と言うものはある!」

 

 首が絞められる痛みと苦しみと共に、身体が虚空に浮かびかけたドクターは、大慌てで襲の言葉を否定する。

 

「ブローカーを通じて、裏世界に検体の募集をかけておったんじゃ! こやつはそれに応募してきたヴィラン! つまり、自分が実験台になることを望んでおる人間なんじゃよ!」

「……ふぅん、そう」

 

 フォースは言っている。嘘はないと。

 ゆえに襲は、フォースグリップを解いて腕を組んだ。だが、謝らない。ふんぞり返るように、ドクターを冷徹に見下ろした。

 

 対して解放されたドクターは、ゲホゲホとせき込みながらも「本当、口より先に手が出る子じゃな……おお怖い怖い」と愚痴をこぼす。

 

 それからドクターは、落ち着いたタイミングで背にしていたコンソールを操作する。すると、同じく背後にしていたモニターに一人の男の姿が映し出された。

 

 黒いコートで身体を覆う、長い白髪の男だ。細められた目にあるはずの感情は薄く、酷薄な印象を与える顔つき。

 彼を親指でクイっと示しながら、ドクターが言う。

 

「こやつが応募してきたヴィラン。()()()()()()()()

「ふーん……知らないや」

「そうじゃろうな。ま、ナインの素性とかそういうのはどうでもええんじゃ。問題は今夜、こやつの面接をするんじゃがな……何せ相手はヴィランじゃろ。何をされてもおかしくないとは思わんか?」

「……で、ボクに護衛をってことね」

「うむ。お前さんがいてくれれば、これほど心強いものはないからのう!」

 

 そう言って、ハハハと笑うドクター。

 

 彼の言葉に、襲は少しだけ考える。自分に誰かを守ることができるのか、という自問をする。

 

 守りたい、と思った存在を守り切れなかった後悔があった。そうと意識はしていなくとも、必死に守ろうとして……けれど、自分ではできないと諦めた怒りがあった。

 同時に、いつかもう一度、という期待もあった。今の自分には無理でも、未来の自分ならきっと、という希望があった。

 

 だから。

 

「……わかったよ、今日はボクがドクターのこと守ったげる。ま、ボクより強いやつなんてちょびっとしかいないわけだし? ドクターは大船に乗ったつもりでいてくれていいよぉ?」

 

 にたりと笑って、自信満々にそう答えた。心のうちに、かすかな不安を隠しながら……。

 




幕間一つ目は、ヴィラン連合の動向でした。
とはいえほぼ原作通りではあるんですが、実のところ今回の幕間で重要なのはギガントマキアからヴィランアカデミア編に至る一連の流れではなく、劇場版二作目であるヒーローライジング編をやりますよという表明的なアレだったり。

ちなみに原作で言うところのヴィランアカデミア編は、本作では基本カットの予定です。
キュリオス戦とか、トゥワイスの覚醒イベントとか、トガちゃんがヒーロー側で襲というイレギュラーがいることによる変化はそれなりにあるので、要点は描写するかもですが。そこら辺の予定はまだ決まってません。

ただカットの理由については、時系列的にやってる余裕が作品に一切ないってのが一番大きいんですよね。
この場合の「余裕がない」は、ヒーローライジングとヴィランアカデミアの時系列が被ってる(と思われる)ってのもあるんですが・・・。
それ以上に、作者側の都合とは別に物語の中で「余裕がない」ので、カットが妥当だろうという判断です。
具体的にどういうことなのかは、誰もが納得できる理由が次の章の終盤で開示される予定なので、そちらをお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 一方その頃、出久とお茶子

 時計を見て、頃合いだと見た緑谷出久はナイトアイたちから離れようとした。

 だが、ナイトアイに声をかけようとしたところで、麗日お茶子がそれに待ったをかける。

 

「デクくん? どうかしたの?」

「麗日さん……!? えっと、その、あの……」

 

 エリのためのサプライズを計画していた出久は、これにしどろもどろになる。昨夜、理波からわかりやすいと言われたことがふと脳裏に浮かんだが、今さらどうにかなるわけもない。

 

 これに対して、お茶子は困ったように小さく笑うと、そっと出久に耳打ちした。出久が硬直したのは言うまでもない。

 

「被身子ちゃんたちに聞いてるよ。アレ、作るんでしょ?」

 

 さらに、その内容が想定を上回っていたので、余計に固まる出久。

 

「でも『用事を思い出した』はナシにしようよ。それだけじゃエリちゃん、きっと心配するよ」

 

 だが続けられた言葉が至極真っ当な正論であったため、かろうじて彼は再起動に成功した。

 表情を引き締めて、確かにと頷く。ただすぐには言い訳が思いつかなくて、どうしたものかと視線を泳がせる。

 

 これを了承と判断したお茶子は、一つ頷き返しつつ、出久がずっと手にしていたものを指で示した。

 

 それを見て、出久はなるほどと表現を明るくする。元々、頭の回転は早いほうだ。お茶子の意図は、寸分違わず伝わった。

 

「ナイトアイ! あの、これ、寮に置きに一旦戻りたいんですけど、いいですか!?」

 

 彼の言葉に振り返ったナイトアイは、前に差し出すように……しかし国宝もかくやと言わんばかりに恭しく掲げられたサイン色紙を見て、「ああ」と納得の顔をする。

 

 それは少し前、文化祭の出し物として開催されていたヒーロークイズの優勝景品である。

 たかがサイン色紙と侮ってはならない。ここには、現在雄英で教鞭を取っているすべてのヒーローのサインが記されているのだ。

 

 そう、雄英()()()()ヒーローである。オールマイトを筆頭に、世間に名の知られた多くのヒーローのサインが並んだこれは、値をつけようとすればすぐに高値となるだろう。

 特に、普段メディアに露出せず、ファンサービスの類もしないイレイザーヘッドのサインまである点が大きい。大量のヒーローが名を連ねていることも加味すれば、人によっては億を出したとしてもなんらおかしくない。

 

 自身も強火のオールマイトファンであるナイトアイには、その価値が正確に理解できた。緑谷出久という少年が、その点において自身と同類であることもわかっている。

 

「構わない。むしろ迅速に保管を徹底し、厳重に管理すべきだ」

 

 だからこそ、彼はあっさりと出久の離脱を了承した。その目に、少々の羨望がちらついていたのは出久の気のせいではないだろう。

 

「すいませんナイトアイ、私もいいですか? デクくん、ヒーローのことになると時間かけすぎちゃうと思いますし」

「ああ……」

 

 そしてお茶子の言葉に、ナイトアイは遠い目をしつつも再度納得した。同行している通形ミリオや梅雨、さらにはエリすらも似たような表情をする。

 

 先述のヒーロークイズで、出久が鬼気迫る顔でもって他を寄せ付けぬ圧勝を果たした姿は、彼らの記憶に新しい。特にクラスメイトの梅雨は、普段の出久を知っているので余計にである。

 

「な、なるべくすぐ戻りますから! ハイ!」

「……遅れそうなら私連絡入れまーす!」

 

 というわけで、二人は至極順調にエリたちから離脱することに成功した。

 

「ごめんねデクくん、なんかダシにしちゃって」

「あ、いや。いいんだ、元はと言えばろくに言い訳思いつけなかった僕が悪いんだし」

「うーん、それは確かに……」

 

 並んで速足をしつつ、出久に手を合わせるお茶子。ただ、出久の言葉を否定する言葉は彼女の口からは出てこなかった。

 

 思わず苦笑する出久。彼に、お茶子は少し慌てた様子で両手を振る。

 

「あ、違、デクくんのことは尊敬しとるよっ? ホントに。目標に向かってひたむきに努力してるとこ、カッコいいなって思う」

「へぇあ!? ぼ、え、そ、そうかな!?」

 

 そんなことはない、とは言えなかった。自分ではまだそこまで辿り着けていないとは思っていたけれど。

 それでも、真剣な顔でこちらを見つめるお茶子の言葉に、嘘はまったく感じられなくて。だから何も言えなくて、聞き返すくらいしかできなかった。

 

 だって照れ臭くて、何より嬉しかったから。

 

 ただ、それはすぐに消し飛ばされることになる。

 

「でもさ、デクくんなんだか急いでるとこあるっていうか……一人で先走っちゃうところあるっていうか。合宿のときとか、まさにそうだったし……」

「う゛っ」

「ヴィラン相手にあんな無茶してさ。ボロボロのデクくん見たこっちは気が気じゃなかったんだからね。今朝だってそう! もし相手が逃げなかったら、絶対無茶してたでしょ?」

 

 寸鉄のごとき言葉が、出久の胸に突き刺さった。心当たりしかなかった。

 

「そ、その節は本当に心配とご迷惑をおかけしまして……」

「ホントにね! ……だからさ、あんま無茶はしないでほしいの。今は文化祭だから、そういうタイミングとちゃうけど……それでも、さ。ろくに何も言わないでいなくなっちゃうと、やっぱり心配になっちゃうから……」

「麗日さん……」

 

 続けられるお茶子の真摯な言葉に、出久は少し涙ぐむ。

 

「死穢八斎會のこともあるから、焦るのもわかるよ。オーバーホールも八斎衆も、すっごい強かったもん。……でもさ、一緒に強くなろって、言ったでしょ。だからさ、置いてかないでほしいんだ。私だってヒーロー志望なんだよ? もうちょっと頼ってくれていいんだからね!」

「……うん……そうだね。ごめん。……それと、ありがとう。本当……本当に、雄英に来れてよかった」

 

 それでも、お茶子の気持ちは、とても嬉しくて。これを無下にするなど、できるはずがなかった。

 

 だから謝罪と、感謝の気持ちを伝えて。

 それから、強くなるためがむしゃらに走り続けてきたここ一年半ほどを思い返して、少しは速度を落とすこともときには必要なんだろうかとかすかに思う。

 

 ただ、真剣な思考はそこまでだった。なぜなら、寮の前まで来たところで理波とトガに出くわしたからだ。

 とはいえ、彼女たちとの会話は短いものだった。出久たちは色紙をひとまず丁重にしまい込むため自室に向かうべく別れたからだ。

 

 まあ、調理場で再び顔を合わせるのだが……それはそれとして、彼女たちには彼女たちの時間がある。それを邪魔したくはなかったから、こちらもまたすぐに別れることになった。

 

 仲睦まじい二人を見送り、出久たちは早速リンゴ飴作りを開始する。

 まず用意したのは、スマートフォンだ。お茶子はいまだにガラケーなので、これは出久のものである。

 

 そうしてインターネットを立ち上げ、リンゴ飴の作り方が書かれたページを表示する。

 開いたのは、動画でも作り方を紹介しているところだ。文字だけでも十分わかるくらいには単純な料理のリンゴ飴ではあるが、素人にはやはり目で見てわかる動画のほうがとっつきやすい。

 

 これを確認しながら、器具や材料の準備を二人で行う。それからややおぼつかない手つきではあるが、調理を進めていくのだった。

 

「……砂糖を煮詰めるって、結構加減が難しいね……」

「だねぇ……。被身子ちゃん、いつもこういうことやってるんやなぁ……」

「改めて自分でやってみると、すごさがよくわかるよね……最近は完全に趣味の範疇を逸脱しつつあるし……」

 

 トガが普段から使っている調理用の温度計を借りて温度をはかりつつ、砂糖を飴にしていく。焦がしてはならないが、下手にかき混ぜてもいけないらしいので、タイミングをはかるのに少し緊張する二人である。

 

 ちなみに、出久はナイトアイやミリオの分も作ろうと考えている。さらには朝のこともあって、もう一人分あったほうがいいとも。

 それでも数は、四つとさほど多くはないのだが。失敗する可能性も考えて、念のためさらに一つ多く作ることにした。

 

 材料はある。A組には料理もお菓子作りも得意なトガがいるので、最悪余っても使い道はいくらでもあるとわかっていたから、多めに買ってあるのだ。

 なので砂糖をどれくらい使うかで、今朝の段階では少し悩んでいたのだが……こちらも偶然にも解決済みだ。余ったらトガがフルーツ飴にしてくれるとあらば、大は小を兼ねるの精神で多めに砂糖を使うことにした二人だった。

 

「……リンゴに飴を絡めるのも案外難しいな……」

「いっそお鍋一杯にあったら楽やったんやろうけど」

 

 それでもできた飴の量は、鍋を満たすほどではない。そこにリンゴを浸しても全体に満遍なく飴がかからないので、角度を利用してどうにかこうにか工夫で対処する。

 

 だが、そうしてできたリンゴ飴第一号の表面は、月面さながらの不細工なものだった。

 リンゴ本体に突き刺さる割り箸部分を持ち、互いの間にそれを掲げて眺めてみる。くるくると動かして全体を俯瞰しても、やはりお世辞にも上出来とは程遠く。

 

 二人は視線を合わせると、どちらからともなく声を上げて笑った。

 

「……全然や!」

「あはは……だね。でも、うん。やっぱり試作して正解だ」

「うん。でもコツ、少しわかってきたし! 次こそはうまくいくよ!」

 

 それから改めて、リンゴ飴作りを再開する。先ほどより弾む会話は、作業に慣れた証だ。くるくると手元を動かしながら、楽しく作業を進めて行く。

 もちろん、プロのそれに比べればいまだに拙い出来栄えではある。だが、それでも目に見えて改善されており、最終的に並んだ五本のリンゴ飴は、グラデーションのようだった。

 

 ただ、それは成長の証でもある。目で見てわかるその成果に、二人は達成感と共に笑顔を交わした。

 

 その笑顔の中に、あるものを見つけたお茶子がくすりと笑いなおして指摘する。

 

「デクくん、顔に食紅ついてるよ」

「え、本当? ……あ、顔を触ったときに指から移ったのか」

 

 苦笑しつつ、出久は周りを見渡してティッシュペーパーを探す。

 が、見当たらず、しかし目当てのものはお茶子から差し出された。

 

「ありが」

 

 とう、と。言おうとした出久だったが。

 

 ティッシュペーパーを持ったお茶子の手が、自身の顔に伸びてきたことに気づいて硬直した。

 

 今になって気がついた。距離が、とても、近い。

 息がかかるほど、とまでは言わないけれど。肘を曲げていても互いに手が届く程度には、近い。

 

 それに気がついてしまったら、もうダメだった。火が出たかと思うくらい、一気に顔が熱を持つ。

 

「ううううう麗日さん!?」

「あ、ちょ、動いたらうまく拭えへんよ!」

「ひゃい!?」

 

 おまけに、咄嗟に顔を逸らそうとしたら、その動作自体を禁止される始末である。

 結果として、出久はこの至近距離でお茶子の顔を直視することになった。

 

 目を閉じる、という選択はなぜか頭に浮かばなかった。目の前の異性の優しい顔に、視線が集中して離れない。

 

 はく、と呼吸がとまる。息と共に、羞恥心を忘れた。一瞬、顔から熱が引く。

 不可抗力とはいえ、間近で見たお茶子の顔が、体感の時間が凍るほどに可愛かったから。

 

「ん、これでよしっと。……デクくん?」

「…………」

 

 だから、これは仕方ないのだ。お茶子が離れてからも、彼女の顔を見続けてしまったことは、それこそ不可抗力で。

 

 でも、だからといって。

 

「……ちょ、デクくん? そんなに見つめられたら、恥ずかしいよ」

 

 その顔は。

 

 照れた顔を少し赤くして、えへらと笑うその顔は、反則だ。そう、思った。

 

「!? ああああ、えと、その、ごっ、ごめんなさい!?」

 

 ゆえに異性への耐性がなさすぎる男、緑谷出久は次の瞬間、土下座の勢いで頭を下げていた。心の中に生じた()()を、力づくで押さえ込むかのように。

 

 この初心(うぶ)にもほどがある反応に対して、お茶子もまた顔を赤らめる。自分がやったことの意味を今さら反芻して、こっちこそと謝りながら、手と首をぶんぶんと振るばかりである。この辺り、どこぞの吸血少女とは似たところがありながらも、決定的に違うところだと言えよう。

 

 なお、このやり取りを挟んだおかげで、ナイトアイたちとの合流が遅れたのはここだけの話。

 

 二人だけの、秘密の話だ。

 




幕間二つ目は、デクくんとお茶子ちゃんのお話でした。
本作のお茶子ちゃんは、お節介なクラスメイトたちからあれこれそそのかされた結果しまってないし、原作よりだいぶ積極的です。
今回も彼女の後ろには黒幕がいます。そう、純朴な少年少女をそそのかす悪女なトガちゃんです。

デク茶はいいぞ。もっと増えろ。性別を変えてもいいからさ(節操なし
でもトガ茶も見たいので、どなたかよろしくお願いします(強欲


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 雄英文化祭についてまったり語るスレ

44:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>保護者、同居家族のみ入場可(人数制限あり)

>保護者、同居家族のみ入場可(人数制限あり)

>保護者、同居家族のみ入場可(人数制限あり)

 

49:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわあああああんもおおおおおお

 

52:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんで規模縮小なんだよおおおおお

 

53:ヒーロー志望の名無しさん ID:

しゃーなし

 

54:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今年はなあ

ほんとなあ

 

56:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんもかんもヴィラン連合とかいうカスどもが悪い

 

59:ヒーロー志望の名無しさん ID:

中止にならなかっただけマシと思うしかない

 

60:ヒーロー志望の名無しさん ID:

入れないんじゃないのと一緒なんだよなぁ

 

62:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあ例年のチケット制だとそれはそれで転売ヤーとか湧くからどっちもどっちよ

 

64:ヒーロー志望の名無しさん ID:

転売ヤーは普通にヴィラン扱いでいいと思うんだ

 

68:ヒーロー志望の名無しさん ID:

はー、行きたかったなぁ雄英文化祭・・・

 

***

 

402:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スレの消費速度遅すぎて草

 

404:ヒーロー志望の名無しさん ID:

仕方ない

仕方ないんや・・・

 

406:ヒーロー志望の名無しさん ID:

一般入場ナシだからなー

 

408:ヒーロー志望の名無しさん ID:

普段ならもう2スレくらい消費してておかしくないんだが

 

409:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まさか雄英に関するスレが書き込みなさすぎて消えかけることになろうとは

 

412:ヒーロー志望の名無しさん ID:

それに関してはヴィランへのバッシングとか愚痴とかを別スレに誘導したせいもあるよな

 

413:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやそういうのなくていいから

 

414:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ほんと書き込み少ないんだな

まだ1スレ目ってマ?

 

416:ヒーロー志望の名無しさん ID:

さすがに開催日はもう少し賑わうと信じたい

 

418:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ってもなー、今年はヒーロー教師陣の出し物もナシなんだろ?

盛り上がんねーわ

 

420:ヒーロー志望の名無しさん ID:

それな

せっかくオールマイトの出し物見れるかもって喜んでたのに

 

421:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そうか、保護者家族に該当する連中が羨ましいって思ってたけどそういう意味でも規模縮小なんだな

はーほんとヴィランほんと

 

***

 

467:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

雄英文化祭への潜入に成功した

(内部からの入場口の写真)

 

469:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まさか!?

 

470:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>467

スネーク!?

 

471:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あの伝説の!?

 

472:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>467

もしかして体育祭のとき中に入り込んでたやつか?

マジで関係者だったのか

 

474:ヒーロー志望の名無しさん ID:

盛 り 上 が っ て き た

 

476:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

プログラムを現地調達した

大佐、まずはどこを調べるべきだ?

指示をくれ

>>500

 

477:ヒーロー志望の名無しさん ID:

安価キターーーー!!

 

479:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジかお前マジか!!

 

481:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ここでいきなり安価とかやるやんけ!!

 

482:ヒーロー志望の名無しさん ID:

お前を待ってたんだよ

 

484:ヒーロー志望の名無しさん ID:

メイド喫茶

 

490:ヒーロー志望の名無しさん ID:

心霊迷宮

 

499:ヒーロー志望の名無しさん ID:

アスレチック

 

500:ヒーロー志望の名無しさん ID:

1Aのバンド

 

513:ヒーロー志望の名無しさん ID:

B組の劇

 

520:ヒーロー志望の名無しさん ID:

 

527:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

了解した、体育館に向かう

 

530:ヒーロー志望の名無しさん ID:

まあそうなるか

 

533:ヒーロー志望の名無しさん ID:

今年のメインストリームはやっぱ1年A組だよな

 

538:ヒーロー志望の名無しさん ID:

現地勢俺氏、同じくA組行く予定

 

541:ヒーロー志望の名無しさん ID:

バンドかー俺も高校のときやったなー

 

543:ヒーロー志望の名無しさん ID:

人数少ないけど、それでもやっぱ現地行ってるやついるんだなぁ裏山

 

544:ヒーロー志望の名無しさん ID:

文化祭でバンドなんてまさに青春って感じだよな

 

546:ヒーロー志望の名無しさん ID:

誰が歌うんだろ

 

548:ヒーロー志望の名無しさん ID:

というか生演奏なん?

ヒーロー科って授業ギッチギチだと思ったけど、やる暇あんの?

 

549:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>548

さすがに打ち込みじゃないか?

 

553:ヒーロー志望の名無しさん ID:

確かに練習時間なさそう

 

554:ヒーロー志望の名無しさん ID:

素人の演奏は聞きたくないなー

 

555:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

満員御礼すぎて入れないかもしれない・・・

(長蛇の列になっている体育館入り口付近の画像)

 

556:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>555

わーお

 

558:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ハードルが上がる上がる

 

560:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

無理かと思ったら意外とあっさり入場できた

だが撮影はご遠慮くださいと怒られてしまった

これは代わりに写真撮らせてくれたプレマイ

(嫌そうな相澤先生に無理やり肩組んで満面の笑みでサムズアップ決めてるプレゼントマイクの画像)

 

562:ヒーロー志望の名無しさん ID:

同期組助かる

 

565:ヒーロー志望の名無しさん ID:

男の友情からしか摂取できない栄養素がある

 

569:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>560

なんだかんだプレマイに甘いイレイザーヘッド

好き

 

572:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こういうところもっと出していけばイレイザーもビルボード上位間違いないのにな

 

577:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>572

誰にも媚びない孤高さがイレイザーの魅力だから・・・

 

582:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

バンドの様子はプロカメラマンの写真を後日雄英のホームページに載せる予定との情報を得た

震えて待て

 

587:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>582

マ?

 

589:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>582

有能

 

593:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>582

さすがスネークだぜ

 

598:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そこに痺れる憧れるゥ

 

***

 

631:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

とてもよかったですまる

 

633:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>631

スネーク!?

 

638:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>631

どうしたスネーク!

スネェェーーーーク!!

 

643:ヒーロー志望の名無しさん ID:

語彙力が死んでやがる・・・

 

646:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そんなによかったのか・・・

 

650:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>631

そんなにか?

言うて学生のおままごとやろ?

 

653:ヒーロー志望の名無しさん ID:

現地組だけど断言する、ガチで金取れるレベル

そもそもボーカルが耳郎ちゃんの時点で勝ち確定だった

 

654:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>653

マ???

 

657:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>653

マジで?

 

662:ヒーロー志望の名無しさん ID:

耳郎ちゃんて確か体育祭だと本線の一回戦で敗退してた

 

666:ヒーロー志望の名無しさん ID:

確かイヤホンジャックの個性だっけ?

 

670:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ああ音に関する個性だから

 

672:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

甘いな大佐、カロリーメイトチョコレート味より甘い

耳郎ちゃんの両親はどっちもプロの音楽家だ

 

674:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ファッ!?

 

675:ヒーロー志望の名無しさん ID:

おうマジかそれ

 

679:ヒーロー志望の名無しさん ID:

うわマジだ

 

684:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ほんとだ

コンサートツアーとかもやってるし、年末年始は毎年年越しライブとかもやってるやん

 

689:ヒーロー志望の名無しさん ID:

音楽一家なのか!

はーすげーじゃん!

 

690:ヒーロー志望の名無しさん ID:

芸術分野、特に音楽はスポーツと違って超常以降あまり衰退しなかったからなぁ

それで食えてる一家となりゃ金取れるって言われても納得だわ

 

692:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でも耳郎ちゃんはヒーロー志望なんだな

 

695:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>692

そりゃ今の時代ヒーローになりたくない子供なんて絶滅危惧種でしょ

 

697:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もったいない気もするけどなぁ

 

700:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>697

いいじゃん、音楽やるヒーローがいたって

 

702:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>700

それな

 

703:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>700

わかるマン

 

707:ヒーロー志望の名無しさん ID:

プロヒーローでプロ音楽家とかなったら即刻円盤買うわ

 

712:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>707

俺も

 

715:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ネトオクとかで値段がえげつないことになりそう

 

720:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

そろそろ次に行くとしよう

>>750

 

725:ヒーロー志望の名無しさん ID:

安価の時間だコラァ!!

 

726:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>725

!?

 

***

 

814:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ミスコン

よかった

 

819:ヒーロー志望の名無しさん ID:

よかった

 

822:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ねじれちゃん、すき

 

826:ヒーロー志望の名無しさん ID:

拳藤もよかったな

俺今後応援する

 

831:ヒーロー志望の名無しさん ID:

A組ばっか目立ってるけど、B組もいいじゃない

 

835:ヒーロー志望の名無しさん ID:

劇も良かったぞ

 

838:ヒーロー志望の名無しさん ID:

逆にA組はなんでミスコンに誰も出てないんや?

 

839:ヒーロー志望の名無しさん ID:

絢爛崎には笑わせてもらったわ

 

844:ヒーロー志望の名無しさん ID:

絢爛崎はズルい

あんなん絶対笑うやん

 

849:ヒーロー志望の名無しさん ID:

去年も一昨年もヤバかったけど、今年は輪をかけてヤバかったなww

 

850:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あんなことしてるからラスボスなんて言われるんだよ

 

852:ヒーロー志望の名無しさん ID:

そのラスボスを倒したねじれちゃんは勇者だった・・・?

 

855:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>852

まあヒーローだし

 

858:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>852

でもそのラスボスめちゃくちゃ潔かったぞ

 

862:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あれで腕のいいメカニックってのがまたなんとも・・・

 

863:ヒーロー志望の名無しさん ID:

隣で抱っこされてミスコン見てた子供が絢爛崎に「これは何する出し物?」って首を傾げてたの聞いてギリギリで耐え切った俺偉くない?

なお直後抱っこしてた某ビッグスリーが「ちょうど今わからなくなったとこだよね」って返してて無事死亡した模様

 

868:ヒーロー志望の名無しさん ID:

 

873:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>863

wwwwwww

 

878:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>863

ウケるwww

 

880:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>863

切り返しが華麗すぎるww

 

883:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>863

ヒーーーーーwwwwww

 

887:ヒーロー志望の名無しさん ID:

確かに絢爛崎だけ見たら何が何だかわかんねーわなww

 

892:ヒーロー志望の名無しさん ID:

その絢爛崎も今年で卒業だろ?

来年から遂にあれが世に解き放たれるのか

 

896:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやー、サポート科なら大学行くやつも結構いるだろうしまだわからんよ

 

899:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>892

言い方よww

 

903:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>892

完全に扱いが猛獣で草不可避ですわ

 

***

 

163:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

安価の途中だが例の幼女に遭遇したので急ぎじゃないし安価後回しでいいよね??

(食べ物を両手に抱えてもなお食べ物の出店に並んでいる理波の画像)

 

164:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ン゛ッッッッッッッ

 

166:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>163

かっ、かっ、かわいい〜〜〜〜!!

 

170:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>163

出た!雄英の幼女こと増栄ちゃんだ!!

 

175:ヒーロー志望の名無しさん ID:

真剣な目でポテト揚げてるとこ見てるのかわいすぎか??

 

176:ヒーロー志望の名無しさん ID:

体育祭のときよりマジな目してるすこなんだ

 

180:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>163

やっぱ食いしん坊キャラなんだなこの子・・・その小さな身体にどんだけ入るの・・・

 

181:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>163

大食いって個性でもないはずのになんでそんな食えるんですかね・・・

 

186:ヒーロー志望の名無しさん ID:

隣にいるのはこれトガちゃんかな?

そうであってくれ

 

191:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

>>186

こちらスネーク

隣にいるのはトガちゃんで間違いない

(理波の隣で片手に持ったフランクフルトを口元に近づけてカメラ目線で笑ってるトガちゃんの画像)

 

195:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>191

エッッッッッッッッ

 

198:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>191

あーだめだめえっちすぎます!!

 

203:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>191

なんていうか・・・その・・・下品なんですが・・・フフ・・・

下品なんでやめておきますね

 

206:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやマジでえっろ

何この色気

 

211:ヒーロー志望の名無しさん ID:

高校生が出せる色気じゃない

 

215:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>191

大人の世界を知ってる顔ですねクォレハ・・・

 

217:ヒーロー志望の名無しさん ID:

幼女連れてこの顔ってマ??

 

219:ヒーロー志望の名無しさん ID:

いやでも、体育祭のときはこんなじゃなかったよね?マジでなんかあった??

 

223:ヒーロー志望の名無しさん ID:

(「エッチなことしたんですね?」の字幕がついているどこぞの勇者の画像)

 

225:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>223

したんやろなぁ・・・

 

230:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>223

火の玉ストレートすぎる

 

235:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>223

豪速球はやめて差し上げろ

 

236:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

アッ

 

241:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>236

スネーク!?

 

246:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>236

どうしたスネーク!?

 

250:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>236

今度はなんだスネーク!

 

255:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>236

スネーク!?

応答しろスネェェーーーーク!!

 

***

 

299:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スネークどうした

 

301:ヒーロー志望の名無しさん ID:

マジでしばらく書き込まないな

 

302:ヒーロー志望の名無しさん ID:

(この書き込みは削除されました)

 

306:ヒーロー志望の名無しさん ID:

捕まったのか?

 

307:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>306

盗撮で?

 

311:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あり得ないと言い切れないのが怖い

 

312:ヒーロー志望の名無しさん ID:

(この書き込みは削除されました)

 

313:ヒーロー志望の名無しさん ID:

それよりさっきからやたら削除されたって書き込み多いけどなんなん?

 

314:ヒーロー志望の名無しさん ID:

確かに

 

315:ヒーロー志望の名無しさん ID:

謎だよな

 

318:ヒーロー志望の名無しさん ID:

これ削除される前の書き込み見たやつおる?

 

321:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>318

ない

 

326:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>318

見てない

 

328:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>318

ないわ

 

329:ヒーロー志望の名無しさん ID:

誰も見てないってことか?

 

333:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

増栄ちゃんに捕まって拷問を受けていた(受けてない

 

334:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>333

スネーク!

 

339:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>333

生きていたのかスネーク!

 

340:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>333

捕まったってマジで何があったんだ

 

342:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

いやそれがさ、ポテト買い終わった増栄ちゃんがトガちゃんとベンチに座って食事始めたんだけど、お互いに笑顔であーんさせあってて完全にカップルの空気だったのよ

 

343:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>342

は?

ウーン(尊死

 

345:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>342

アッッッッッ

 

349:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>342

てぇてぇ?

てぇてぇなの??

 

352:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なるほど最後の「アッ」はそういう

 

353:ヒーロー志望の名無しさん ID:

やっぱこの二人デキてるんじゃん!!

 

356:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

そんなん見せられたら写真撮っちゃうじゃん??

思わず連写モードでバシャバシャやってたら、増栄ちゃんに捕まった

 

360:ヒーロー志望の名無しさん ID:

スネークの人完全に口調が素なのウケる

 

365:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>356

 

366:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>356

それは仕方ない

 

368:ヒーロー志望の名無しさん ID:

当 た り 前 体 操

 

372:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

俺以外にも撮ってる人いたけど、全員もれなく捕まってた

そんで怒られてた

 

377:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>372

ファーーーーーwwwww

 

381:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>372

デートの邪魔されたらそら怒るわwww

 

385:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ヒーロー科っつってもまだプロじゃないし、多少はね?

 

390:ヒーロー志望の名無しさん ID:

俺現場に居合わせたけど、撮ったやつ全員ネットに上げないようにってマジトーンで叱られたぞww

 

394:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>390

あまりにも草なんよ

 

396:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>390

幼女に怒られてるダメな大人たちの図とか面白すぎるやろ

 

398:ヒーロー志望の名無しさん ID:

その写真のほうが見たいまであるな??ww

 

401:ヒーロー志望の名無しさん ID:

でも俺、写真の出来は褒めてもらえました!╰(*´︶`*)╯

 

405:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

>>401

これで許してくださいって写真のデータ渡したらそれ見てへにょって笑ってたの浄化されるかと思ったよね

 

408:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>405

あれは俺も死ぬかと思った

 

409:ヒーロー志望の名無しさん ID:10P60yPC

私はなぜ仕事なんてしているのでしょう???

増栄ちゃんどこ・・・?ここ・・・?

 

412:ヒーロー志望の名無しさん ID:

この幼女人目につくたびに誰かしら沼に突き落とさないと生きていけないんか?

 

416:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>412

沼の底から言っても説得力ゼロなんよ

 

417:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

なおネットに上げないことを条件に最後は許してもらえた模様

 

421:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なるほどなぁ

 

422:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

まあそういうわけだから、そういう写真見つけたら通報な

 

424:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>422

了解であります

 

425:ヒーロー志望の名無しさん ID:10P60yPC

>>422

お任せください二人の笑顔は私が守ります

ヴィラン死すべし慈悲はない

 

439:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なあ

アイデアロール成功したんだけど、もしかしてさっきまで頻発してた削除って、誰かがうpした幼女たちの写真が削除された跡だったりする?

 

444:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>439

は??

 

445:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>439

いやまさか、そんな

 

447:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>439

さすがにそれはないでしょ

 

448:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ノータイムっぽいんだぞどんだけ早いんだよ

 

451:ヒーロー志望の名無しさん ID:

恐ろしく早い削除申請

俺でなきゃ見逃しちゃうね

 

455:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>451

誰も見てないんだよなぁ

 

459:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>439

いやでも、そんな即座に消せるなんてことある?

普通なら絶対ラグあるでしょ

 

463:ヒーロー志望の名無しさん ID:

その削除跡ももうほぼ出なくなってきてるしなんとも

 

468:ヒーロー志望の名無しさん ID:ZGyexDfI

見 テ イ ル ゾ

 

472:ヒーロー志望の名無しさん ID:

えっ

 

475:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あん?

 

476:ヒーロー志望の名無しさん ID:

誰?

 

478:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ひえっ

 

487:ヒーロー志望の名無しさん ID:ZGyexDfI

ソノ二人ノ写真ヲあっぷろーどシタヤツ

追跡シテ全部消シテヤルカラナ

ドコニ逃ゲテモドンナ対策モ俺様ノ前ジャ無意味ダカラヨォ

震エテ寝テロ

 

490:ヒーロー志望の名無しさん ID:

ひえっ

 

492:ヒーロー志望の名無しさん ID:

えっなにえっ

 

494:ヒーロー志望の名無しさん ID:

怖い怖い怖い

 

497:ヒーロー志望の名無しさん ID:

なんなの!?マジなんなの!?

 

498:ヒーロー志望の名無しさん ID:4dbvy92x

こちらスネーク

近くにいるやつのスマホが突如遠隔で初期化された模様(震え声

 

503:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>498

うわあ

 

506:ヒーロー志望の名無しさん ID:

こっっわ

 

507:ヒーロー志望の名無しさん ID:

もしかして強化された雄英のセキュリティか?

 

512:ヒーロー志望の名無しさん ID:

あり得るかも・・・

 

513:ヒーロー志望の名無しさん ID:

何度も穴つかれてるからな・・・

 

515:ヒーロー志望の名無しさん ID:ZGyexDfI

違ウヨ

 

516:ヒーロー志望の名無しさん ID:

違うのかよ!?

 

520:ヒーロー志望の名無しさん ID:

>>515

違うのかい!?違わないのかい!?

 

525:ヒーロー志望の名無しさん ID:

どっちなんだい!?

 

526:ヒーロー志望の名無しさん ID:

パワー!!!!

 

(中略)




はい、というわけで久々の閑話はズバリ掲示板でした。
生徒以外はすべて閉め出しての超縮小開催だった原作とは違い、本作では同居家族までなら入場できる形になってます。オールマイトの引退が伸びてる影響ですね。
なので掲示板ネタをねじ込める余裕ができました。やりたかったので満足です。

ちなみにお察しいただけてるかと思いますが、ネットに上げられたヒミコトカップル写真が軒並み消された上に追跡までされてるのは、理波の情報ドロイドI-2Oの仕業です
理波は口頭注意だけで十分だろうという判断してましたが、I-2Oが自己判断で動いてる形ですね。今回ばかりはI-2Oに分がある。
このあと雄英のネットワークセキュリティがヤバいと話題になりますが、何も知らない根津校長は首を傾げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 一寸の虫にも五分の魂

 雄英文化祭から数日。

 

 寝食を忘れて練った綿密な計画――と思っているのは本人と相棒だけで、実際は穴だらけだが――を、突然現れたヴィランに台無しにされたジェントル・クリミナルは、荒れていた……ということはなかった。

 彼は自身の計画が失敗に終わったことよりも、相棒がヴィランの暴力にさらされ人質となったことをこそ気にしていたのである。

 

 それは今や名実ともに相棒と断言できるラブラバを、あの瞬間失うかもしれないと突然思わされた恐怖と、そう思えるほどには彼女が大切なのだと自覚したことが大きい。

 あの瞬間、彼は本当に心底から生きた心地がしなかった。自分以外の危機に、そこまで思わされたのは初めてのことだった。

 

 そもそも計画にラブラバを組み込んだのは、他ならぬジェントル・クリミナルなのだ。ラブラバが自発的に協力を申し出たにせよ、最後の決定をしたのはジェントル・クリミナルだ。それが彼の心を、より疲弊させた。

 

 いつの間にか当たり前になっていた、撮影および非常時の強化担当としてのラブラバ。それを自身が許してしまったからこそ、彼女を危険に晒してしまったという自責の念が、彼の中には渦巻いていた。

 ヴィランになるとはそういうことだというあまりにも当たり前のことを、わかっていなかった自身が情けなく思えてならなかったのだ。

 

 ラブラバも、また二人の関係を聞けば第三者も、何を今さらと言うかもしれない。それでも、ジェントル・クリミナルはそういう男なのだ。落伍したとはいえ、彼もまたかつてはヒーローを目指す少年だったのだから。ヴィランとなってもまだ、彼には多少なりとも良心があったのだ。

 

 それでもなお、諦められないものがある。忘れられない想いがある。

 たとえ芯がないと笑われようと、たとえ才能がないと嘲られようと。

 

 偉大な男になる。歴史に名を残す、大いなる存在になる。

 そう望んで、この道に進んだのは他ならぬジェントル・クリミナルなのだから。

 

 そしてその夢を、背中を、押してくれる人がいる。応援してくれる人がいる。

 たった一人しかいないけれど。それでも……いや、だからこそ。

 

 彼の夢は、もはや彼一人のものではない。

 

 だから。

 

「……どうかこれからも私と一緒にいてはくれないかい、ラブラバ」

 

 彼女を求めた。

 

 ジェントル・クリミナルという夢は、もはや己のみのものにあらず。その隣には、ラブラバがいなければならない。そう、自覚してしまったから。

 

 なんと狡い言葉だろうと、彼自身も思った。「愛」という”個性”を持って生まれ、それを躊躇いなくジェントル・クリミナルに向けられるラブラバが、この問いかけに否と答えるはずなどないのに。そんなことはわかっているのに。

 それでも、心に深い爪痕を残されてしまった彼は、ラブラバを求めずにはいられなかった。愛を失いたくないと、思ってしまった。

 

「もちろんよ、ジェントル! だって、私があなたを大好きなんだもの! ジェントルと一緒なら私、どこにだって行けるしなんだってできるわ。ジェントルと一緒にいられることが、私の幸せなのよ!」

 

 そう答え、胸の中に飛び込んでくる小柄な身体の、なんと愛しいことだろう。

 

 しかしだからこそ、とジェントル・クリミナルは改めて己を叱責する。自問する。

 

 自分は、この献身的な女性の愛に、真実応えられているだろうか?

 自分は、この巨いなる清い愛に、真実見合うほどの男だろうか?

 

(違うだろう、ジェントル・クリミナル! お前ほど未熟な男もそうそういないぞ、飛田弾柔郎!)

 

 彼は、心の中で大きく否と叫んだ。

 

(暴力は嫌い? 紳士的ではないことは好みではない? 選り好みしていられる立場か、貴様は!?)

 

 彼は、心の中で大きく否と断じた。

 

 ああそうだ、そうだとも。

 認めよう。己は未熟だと。

 だから落ちこぼれたのだ。だからあの日、失敗したのだ。

 

 好きなこと、やりたいこと。それだけをして生きていけるほど人生は単純ではないし、社会は優しくもない。

 程度の問題はさておき。目的のために手段を選ぶことはもちろん大切なことだが、そればかり気にして失敗していては意味がない。

 

 彼は。

 ジェントル・クリミナルは、齢三十二にしてようやく、この世界のそんな現実を認識したのであった。

 

 それでも、譲れないものはある。

 

「私はジェントル。ジェントル・クリミナル! 紳士的でないものたちに制裁を加える、現代の義賊! リスナー諸君、これからは一味違う私をお見せすると約束しよう!」

 

 彼の名前は、ジェントル・クリミナル。自称、救世たる義賊の紳士。

 誰よりも優雅に、誰よりも義理堅く、誰よりも華麗に悪を処す。そうあれかしと望み、願い、名乗った名だ。

 

 なればこそ、彼の新しい伝説は、ここから始まる。

 

「あ、チャイム。新しいカメラが届いたのかしら。大丈夫よ、ジェントルは休憩してて? 今日の撮影は長丁場だったもの、私が出るわ!」

「すまないラブラバ、お願いしていいかい?」

「もちろんよ! はーい、今行きまーす!」

()()()()()()

「きゃああああぁぁぁぁ!?」

「どうしたラブラバ……うわあああああヴィラン連合ううううう!?」

 

 始まる、の、かもしれない。

 

 いずれにせよ、今まさに彼らが人生の岐路に立っていることは間違いない。

 

 その分岐点は、小柄な少女の姿をしている。白い髪と赤い目で、彼らを見つめている。

 

 その分岐点の名は、死柄木襲と言った。

 

「ななな、何の用だねキミィ!? 生憎と我々は君を招待した覚えはないのだがね!?」

「勝手に来たんだから、そんなの当たり前じゃーん?」

「なんと礼儀知らずな! ご両親の顔が見てみたいところですな!」

「それはボクも知りたいなぁ。生まれたときから実験体だったから、親って全然知らないんだよね」

「えっ、あっ、す、すいませんでした……」

「別に。気にしてないし。……ああ、安心していーよ。別にオマエらをぶっ殺しに来たわけじゃないんだから……ねぇ?」

 

 もういない存在への怒りをゆっくり鎮め、にやにやと人を食ったような笑みを浮かべなおした襲が、ジェントル・クリミナルたちの前に立つ。ラブラバよりは大きいが、それでも小さな身体を大きく見せつけるかのようにふんぞり返って。

 

 そんな相手であろうと、ジェントル・クリミナルたちが敵うかと言えば断じて否である。

 

 しかしだからとて、諦める理由にはならない。彼はもう、理解している。守るべきものを理解している。

 だから後ろにラブラバをかばい、恐れ慄きながらも襲に相対する。

 

 そんな彼の姿に、襲は一度きょとんとしたあと、打って変わって楽しそうな顔を浮かべた。

 

「へえー? ちょっと見ないうちにいい顔するようになったじゃん? そういうの、嫌いじゃないよボク」

 

 その言葉に、ジェントル・クリミナルが意味を尋ねるより早く。

 死柄木襲は、「そんなことより」とラブラバに赤い目を向けた。ひっ、とラブラバが小さく悲鳴を上げる。

 

「今日はさ、ボク勧誘に来たんだ。ねえ、えーと、ラブラバ? だっけ? オマエ、ヴィラン連合に来ない?」

「「はあぁぁーー!?」」

 

 そして、二人がまったく思っても見なかったことを言い出した。

 

「いやー、ね。ここ最近ちょっと思うとこあってさー。単純にぶん殴るだけじゃない力も必要なんだなーって考えるようになったんだよね」

 

 二人をよそに、襲は言葉を続ける。二人の様子など、気にした様子はなかった。

 

「で、考えたんだよね。今のボクらに足りないのはなんだろ? って。で、思いついたのがパソコンとかそーいうのの知識だったわけ」

 

 弔もボクも、そういうのからっきしだからさぁ。そう続けられた言葉に、最初に理解が及んだのはラブコールを受けたラブラバ当人だった。

 

 元々、彼女は頭がいい。正直なところ、ジェントル・クリミナルよりよほど有能である。だからこそ、己の得意分野を求められていることを理解した。

 

「ドクターが言ってたよ。あんだけショボいことばっかやってるのに、ネットでの立ち回りは異常にハイレベルってさ。でもヒゲがやってるようには見えないって。ボクもそう思う。だからこれは別の誰かがやってるなーって」

 

 そこで、改めて襲の目がラブラバに向けられた。真っ直ぐな目だった。

 

「オマエがやってるんでしょ? ……だよね。ドクターもたまには役に立つなぁ。まあそんなわけだからさ。うちに来てよ。うちならその力、もっともっと役に立てるからさ!」

 

 ――どう?

 

 そう言って、傾けられた顔には、純粋な期待の色があった。本気だと思わせるには十分で。

 

 ラブラバは、一つ小さく生唾を嚥下する。もし、これを()に出会う前に言われていたら、あるいはと。そう、思った。

 誰かから、本気で求められたことなんてなかった。だから、彼女にとっては彼がすべてだった。

 

 けれど。ああ、けれども。

 

 順番は、違うのだ。ラブラバが、相葉愛美が最初に出会ったのは。惚れたのは、ジェントル・クリミナルなのだ。

 彼にはラブラバから近づいたけれど。それでも二人で過ごした日々が、二人の関係を変えていった。それは彼女が、自らの努力で手に入れた愛に他ならない。

 

 だからこそ。

 

「嫌よ。私はジェントルのためになりたいんだもの。この技術を、ジェントル以外のために使うつもりは、一切ないわ」

 

 拒絶。それ以外の答えはあり得なかった。

 

 不思議と、声に震えはなかった。内心は怯えていたのに。

 それでも、ジェントル・クリミナルへの想いを、自分の気持ちを偽ることなどできなかった。できるはずがなかったのだ。

 

 一方で、ジェントル・クリミナルは、引き抜かれることが彼女のためになるなら、受け容れる覚悟をしていた。それくらいの力が彼女にはあるのだとわかっていたし、それくらいヴィラン連合が恐ろしい相手だともわかっていたから。

 

 それでも、天下のヴィラン連合から伸ばされた誘いの手を、ラブラバが迷うことなく拒んだことに対して、最初に去来した感情は歓喜だった。恐怖は、ついぞやってこなかった。

 

 そんな二人の心の動きを、感情の推移を、フォースは余すことなく襲に伝える。

 

 ()()()、襲が怒ることはなかった。怒れるはずがなかった。

 彼女はもう、わかっている。己のすべてを懸けてでも、誰かを守りたいと思う気持ちを。その誰かを理不尽に踏み躙られる恐怖と、それに伴う憤怒をわかっている。

 

 だからこそ、他人に無理を強いる気にはなれなかった。それを長年己に強い続けてきた、唾棄すべき大人と同類にはなりたくなかった。

 

「……ふぅーん」

 

 だから、彼女は気のない風に応じて。

 

「……わかったよ。今日のところは諦める」

 

 にぱっと笑って見せた。そのあっさりとした態度に、二人は唖然とする。

 

「でも諦めないから! 絶対ボクんとこに来てもらうから! また来るから!」

 

 そんな二人をよそに、一人で納得した襲はそう言い残して。ぱたぱたと部屋を出て行った。

 

「「…………」」

 

 残された二人は、しばらくそのまま固まっていた。展開が急すぎて、思考が追いついていなかった。

 

 それでも、時間はすべてを解決する。

 ある程度が経って我に返った二人は、改めて視線を交わし合う。そうして、無事どころかまったくの無傷であり、なんならどうやら気に入られたらしいということに思い至り。

 

「私たち!!」

「生きてるーー!!」

「「よかったーーーー!!」」

 

 解放感に突き動かされるまま、激しく抱擁を交わした。

 

 このあと、本当に襲が定期的に訪れて勧誘するようになるのだが。二人はまだ、それを知らない。

 

 襲の執拗な勧誘から逃れるべく、知恵も知識も力も技も……己のすべてを総動員するうちに、二人の能力はどんどん上がっていくのだが。

 

 それはまた、別の話。




はい、というわけで最後の幕間はジェントルとラブラバwith襲でした。
手も足も出ない巨大な敵に、大切な人を害されそうになったことで覚醒へ一歩進んだジェントルと、そんな彼のために生きると決めているラブラバ。そしてラブラバしか気にしてなかったけど、ジェントルも見直した襲の図ですね。
前に後書きに書いた通りボクはこの二人が大好きなので、今後も要所で出てくる予定。今後のジェントルチャンネルにご期待ください。

ところでジェントルとラブラバの関係って、なんとなく本作の理波とトガちゃんに似てません? ひさなさんはね、こういう一途な人が大好きなんだ。
ヤンデレが好きなだけ? そうとも言うな。

と、そんなわけで、EP9はこれにておしまいです。
EP10は最初に少し話した通り、A組B組対抗戦編です。
アニメでは一応文化祭編の直後の扱いで出されたビルボードチャートとか、エンデヴァーVSハイエンドも一応EP10に含む予定。
またしばらく書き溜め期間に入りますので、書きあがるまで今しばらくお待ちください。

・・・のつもりでしたが、13話の後書きに書いた通り、急遽追加した閑話がありますので、それが今回の更新のラストエピソードになります。
エッな内容のメイドコスなお話です。
別枠「幕間:愛を重ねて」の二話目として投稿しておりますので、お手数ですがボクのマイページからそちらにアクセスしてください。
ただしもちろんR18だから、高校生未満あるいは18歳未満の良い子たちは見ちゃダメだぞ!
お兄さんとの約束だ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅹ ロスト・スターズ
1.スターウォーズ


 夜の闇の中、横たえられた英雄の遺骸に火が灯される。光あれかしと望まれ、しかし闇に堕ち、それでもなお光に戻って来た勇者の身体が、少しずつ、少しずつ燃えていく。闇であった頃の姿を象徴する、黒い鎧兜ごと葬っていく。

 

 送り火。それを灯したのは、他ならぬ勇者の息子。光と闇、それぞれの隆盛によって大きく揺れ動き、混乱した宇宙のフォースに調停をもたらした男の息子。

 新たなる英雄、新たなるジェダイの騎士、ルーク・スカイウォーカーは、灰となってフォースへ還っていく父を見送る。

 

 皇帝にしてシスの暗黒卿、ダース・シディアスが第二デススターと運命を共にした日。銀河の各地で、人々が解放に喝采を上げる中。

 星全体を覆うかのような大森林にて、イウォークたちが素朴な炎と音楽に酔いしれる中。

 

 ルークは静かに、偉大な父を見送った。

 

 そうして人々の輪に戻った彼を、双子の妹が出迎える。レイアの抱擁を受け止めたルークは、次いでこの戦時中、誰よりも頼りにした兄貴分ハン・ソロとも抱擁を交わす。すべてが終わった。そんな万感を込めて。

 さらには戦友たちとも、次々と。

 

 やがて一通りの挨拶を終えたルークは、しかし宴の輪に加わることはなく。むしろ静かに、緩やかに、人々から離れていく。

 何とも言えない表情は、ある種の寂寥感と喪失感の表れ。戦勝に沸く人々の中でただ一人、彼だけが身内の死を悼んでいた。銀河の、恐らくは誰からも偲ばれることがないだろう、身内の死を悼んでいた。

 

 もちろん、それを口にすることはしない。する必要もない。

 盛況な宴に水を差すことになるし、何よりこのかすかな痛みは、それを上回る誇らしさは、自分の心のうちにだけあればいい。

 

 ――と。

 

 懐かしい誰かに呼ばれた気がして、ルークは何気なく更けゆく闇に顔を向けた。

 力強く、しかし闇を照らすには頼りない炎の微かな光が、揺れ動く闇の中。うっすらと、そこに二人分の人影が浮かんでいた。

 

 銀河中に満ちるフォースと一体となった、今は亡き二人の師の姿に、ルークの表情がわずかに緩む。

 ジェダイマスター、オビ=ワン・ケノービとヨーダ。彼らは確かに微笑んでいた。

 

 だが、それだけではない。フォースの気配は、もう一つ。二人の横に、もう一人分。

 二人と同じデザインのローブを身に着けた、ややウェーブがかかった髪の男が現れる。ルークより少しだけ年上に見える男。だが、決して同じではない年齢の男の姿。

 

 男――アナキン・スカイウォーカーが一瞬、恥ずかしげに微笑んだ。それに対して、オビ=ワンとヨーダがからかうような笑みを見せる。

 ルークの目が、一瞬だけ驚きに見開かれた。だが、それも一瞬。彼もまた、マスター二人と同じような笑みを浮かべた。

 

 と、そこにレイアがルークを迎えに来た。一人離れたところに佇むルークを宴の中へといざなう彼女に、ルークは破顔する。

 

 そうして二人揃って、改めて人々の輪の中に入っていく――直前。

 

 ルークは、一度だけ振り返った。

 三人のフォーススピリットが微笑んで、大きく頷く。まるで見守るような、その視線と仕草にルークは安堵と共に別れを告げて。

 

 かくして彼は、父たちに背を向けた。もう、振り返ることはなかった。

 

 きっと、振り返る必要もないだろう。これからの銀河は、ルークたち若者が作っていくのだから。

 

 それは恐らく、ジェダイも――。

 

***

 

 次の瞬間画面はスタッフロールに切り替わり、流れていた音楽の曲調ががらりと変わる。エンドクレジットだ。

 

 だがそこに至ってもなお、物語の余韻に浸る余裕は私にはない。映画を共に観ていたアナキンも似たようなものだ。

 ヒミコも同様だが……彼女は宇宙のことには詳しくないので、相対的に我々より軽傷で済んでいるようだ。

 

「……不思議ですねぇ」

 

 そのヒミコが、ため息交じりに言う。どこか呆れたような色も含んでいるが、それこそ私やアナキンより軽傷である証とも言えるだろう。

 

 しかしそれはともかくとして、大雑把に言ってしまえばヒミコの言葉は端的に事態を表している。

 私は彼女に頷いて見せながら、ディスプレイに表示されている映画のパッケージに目を向ける。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこにははっきりと、そう記されていた。

 

「……なぜ。なぜ、アナキンたち親子の物語が映像作品として存在するんだ……!!」

 

 そう。

 あまりにも大きな謎が、私たちの前に横たわっていた。

 

 きっかけは私謹製の情報ドロイド、I-2Oが作成してきた銀鍵騎士団に関する資料である。彼が手当たり次第にかき集めた資料が、あまりにも膨大だということはかつて述べた通り。

 そしてそれを受け取った当初は、ホロクロンに目が奪われていて気付けていなかったのだが……実は他にも爆弾があったのである。

 

 文化祭も無事終わり、改めて落ち着いて資料を精査し始めた私はそれにぶつかり……アナキンに相談した結果、彼と共に爆発に巻き込まれて今に至る。

 

 そう。この星で、まだ”個性”が存在しなかった時代。超常以前と歴史的に呼ばれる時代の映像作品に、銀河共和国を舞台にしたジェダイやフォースをめぐる物語が、存在していたのである。

 時代で言えば、百年以上昔の話だ。この時期の作品は、超常黎明期の大混乱の中で遺失したり、世情に合わず意図的に封印されたりしたものも多いというのに。

 

 スカイウォーカー親子の物語は、その中でも「失われてはいないが非常にマイナーな作品」という扱いを受けていた。

 ”個性”が全人口の約八割に浸透している現代だ。物語を彩る特殊能力がフォースしかない作品は、超常社会に慣れた人々には地味すぎて興味の対象にはなりづらいようだ。

 

 それと、作中の悪役として登場するダース・シディアスが、公然と人間以外のエイリアンたちを差別する政策を採っていることも、原因の一つらしい。異形型の”個性”に対する差別や偏見は、現代地球における非常に重大な問題の一つであるからだ。

 

 しかし、かといって失われたわけではなかった。

 

 ゆえに、先の文化祭で1年B組がやった演劇に、その要素がパロディとして盛り込まれていた。

 彼らは知ってか知らずか、劇中の魔法的な力にフォースの名を与え。あまつさえ、それを教えるメンター役のキャラクターにオビワンという名を与えたのである。

 

 私は時間がなくて、それを観る機会は残念ながら得られなかったのであるが。アナキンが見ものだと言っていた理由は、そこにあったのだ。

 

 ここまで来れば、無視などできるはずがない。

 このため、私たちは休日を一日使ってその作品を……スターウォーズと名付けられた作品群を、視聴したのだが。

 

『……僕やルークの人生が、ここまで正確に映像化されているとなると、当事者の関与はほぼ間違いないだろうな……』

「すごいですよねぇ。こないだちょうどこの辺まで夢で見ましたけど、ほとんどおんなじですよこれ」

 

 その正確さに、私たちは驚嘆するしかなかった。当事者だった私やアナキンから見ても十分な精度があり、もはやドキュメンタリーとして通用するレベルだったのだ。

 

 アナキンが主人公だった時期の話に至っては、かつての私も登場していたので目を疑った。もちろんと言うべきか、シスの復讐と銘打たれた作品の終盤手前で首を刎ねられる端役でしかなかったわけだが。

 それも含めて、あまりにも正確にすぎたのである。アナキンもここまでとは思っていなかったようだ。

 

 もちろん、制作されたのは百年以上前のこと。第一作目に至っては、さらに半世紀近く遡る。映像技術の未熟さから来る拙さはかなりあったし、役者を立てている以上、全員の容姿が私の知る人物と完全に一致するわけではないが、それでもすべて許容できる範囲には収まっていた。

 中でもR2-D2の完成度は、時代を考えると特筆に値する。あれで中に人間が入っていたとは!

 

「……こうなると、以前に話していた『この星に来たであろう銀河共和国人、もしくはジェダイ』の存在はもはや確実視してよさそうだ」

 

 なんとか衝撃を呑み込んで、私は言う。

 

『だろうな。その当人がこの映画を作ったのか、それとも接触した人間に作らせたかはわからないが……』

「今のとこ一番あやしいのは、このゲオルグ・ルーカスっていう監督さんですよねぇ……。ますたぁ、センス・エコーでなんとかなりません?」

『簡単に言ってくれるな君は……』

「えー、できないんですー? フォースの申し子なんじゃないんですー?」

『……できないとは言ってない。疲れるんだ、あれは』

 

 アナキンが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

『……まあ僕としても、こんな離れた星にここまで正確に僕やルークのことを遺してくれたのが誰なのか、気にはなる。やってやるよ』

 

 かくして、意外なところからホロクロンやジェダイに関する情報が得られそうな事態になったわけである。

 

「……ちなみに、このあとの物語はないんです? 夢ではまだそこまで行ってないですし、ルークくんがどんな風にジェダイを復興したのか、私気になります」

「スターウォーズは全部で六部作らしい。7以降も作られる予定にはなっていたみたいだが、ちょうどその頃に”個性”が広がり始めて世界が一気に混乱したせいで、企画どまりに終わったようだ」

『……ルークのその後を思うと、続きが作られていないことを喜んでいいのか悪いのか……』

 

 アナキンが言うには、どうやら彼の息子はこのあとシスの暗躍によって大きな失敗をさせられ、ジェダイの復興は頓挫したらしい。なるほど、父親としては複雑な心境だろう。

 気にはなるが、そっとしておくとしておいたほうがよさそうだ。話題をずらそう。

 

「しかしここまでアナキンとルークのことが正確に網羅されているとなると、地球に来た誰かはかなり絞れそうではあるが……問題は、アナキンとルークが生きていた時代は今から二千年は前ということだな。当時の関係者で、現代近くまで生き続けるなんてことは不可能なはず……」

『一応、方法がないわけじゃないんだが……ちょっと現実的じゃないんだよなぁ』

「ではマスター・ヨーダやマスター・ケノービのような、フォーススピリットの面々が今のところ有力か……」

「私は普通に、複数の人が何年もかけて地球に来たんだと思います! この地図見てるとここまで来るのものすごく大変そうですけど、そうじゃないとスターウォーズの作られた時期と噛み合わないですし」

「そうだな、世代をまたいだ人間たちの仕業と見るのが妥当だと私も思う。記録の精度はホロクロン、あるいはドロイドがあれば担保できるしな。ゲオルグ何某はそれを見ただけという可能性もある。その点で言うと、君の息子の戦友……ハン・ソロだったか。彼の血族が地球までの航路を切り開いていたなんて考えるのは、いささか夢の見すぎか?」

『僕は嫌いじゃないぜ? 実際、彼はケッセル・ランを12パーセクで走破(非常に危険ゆえに遠回りを強いられる道を、直進してショートカットしたという意味)なんて常識破りを成し遂げた男だ。その血族ならおかしくないんじゃないか。彼なら事情に通じた人間と出会う機会はあっただろうし』

 

 I-2Oが作った地球・コルサント間の位置関係を示す星間地図(まだ完成には遠いが、息抜きで作ったらしい)を画面に映し、そんなことを語り合う私たち。

 途中、ヒミコに色々と解説しながら、たまに脱線もしながら語り合ったが……それでもはっきりとした答えが得られたわけではなく。

 最終的に、アナキンに踏み込んだ調査をしてもらうことで、ひとまずの決着を見たのであった。

 

 なおこれに関係して、A組メンバーには絶対に映画スターウォーズは秘匿するということで我々は意見を一致させている。なぜなら、彼らはアナキンのフルネームを知ってしまっているからだ。

 バクゴーに至っては、その姿すら認識できている。これを知られた場合、面倒なことになるのは間違いない。

 

 ついでに、公安各所がどの辺りまで把握しているのかも調査することにした。こちらは引き続きI-2Oの仕事だ。

 知られると非常に面倒なことになるので、何事もないといいのだが。

 




長らくお待たせしました。EP10「ロスト・スターズ」、本編14話、幕間1話、閑話1話の計16話でお送りいたします。
割烹にも書きましたが、すべてシド星とかいう惑星とアルセウスとかいう邪神のせいです。
楽しかったです(素直

さて今EPは、今までも何度か言っていた通り、原作で言うところのA組B組対抗戦編です。
と同時に、本作の今まで隠されていた謎を解くための導入編でもあります。
まあ今EPは謎が明確になるだけで、答えが明らかになることはないんですけども。そういう意味でも導入編で、次EPは展開編、さらにその次のEPが解決編になります。
都合3エピソードをかけて明らかにしていくので、お楽しみに。答えの開示より早く正解に辿り着ける方は、果たしているのでしょうか。

ちなみにB組の演劇「ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~」でフォースやオビ=ワンの名前が使われてるのは公式設定です(雄英白書・祭より)。
おかげでスターウォーズが映画として存在する世界であるとしてプロットを組みなおす必要が出ましたが、考えた結果普通に問題なく組み込めると気づいたのでプロットくんは生き延びました。

あとシークウェルトリロジー(EP7~9)に関しては、一身上の都合で存在しない世界線ということにしました。個性が出始めた時期が西暦のいつなのか明示されてないからできる力技。
私怨じゃないよ。ほんとだよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.落日

 文化祭から一週間が経った、週末のこと。私たちが映画スターウォーズによって混乱させられた日の翌日、エリが雄英の教員寮に引き取られてきた。

 

 エリには既に両親がいない。保護者であるべき祖父は、意識不明のまま。

 しかしエリ自身は肉体的には健康であるため、ずっと病院に入れておくわけにもいかない。

 

 何より、彼女の”個性”が万が一暴走したとき、病院では即座に対処できない。”個性”訓練をより充実させたいという思惑もあった。

 このため、彼女に対処できる人間が三人もいる雄英に引き取られることになったのだ。

 

 なおこれに併せて、ナイトアイの雄英訪問頻度が劇的に増えた。

 これについてはエリのためというのが大きな理由だが、それと共にオールマイトとの打ち合わせも含めてのことのようだ。

 

 そう、オールマイトとの打ち合わせである。ナイトアイは、文化祭が終わったあとに覚悟を決めた悲壮な顔でオールマイトに会いに行き、人生で一番の幸いがあったかのような清々しい顔で帰っていったのだが、その際に何かあったのだろう。

 どうも二人の関係はこじれていたらしいのだが……オールマイトのある決断と、ナイトアイの”個性”に関する仮説が恐らく間違いないと思われたことで、雪解けに向かったらしい。

 

 二人が何かを話し合っていることについては、何も言うまい。オールマイトも外出する頻度が増えているが、実のところ何をしているかの察しはついている。

 

 そして十一月も下旬に差し掛かった頃。それがここで明らかになると推測した私は、普段であれば絶対に見ないものを見るために談話スペースにいた。

 

「ビルボードチャート下半期、楽しみだな! 今年は待たされたもんなぁ」

「でもなんで今年はまだ発表されてなかったんだろ?」

「まあ色々あったからねぇ」

「多々……そう、非常に多々あった……」

「うん……心当たりはありすぎるよね……」

 

 そう、それがヒーロービルボードチャートJP。日本のヒーローのランキングが発表される番組である。

 

 当たり前だが、世間の関心は非常に高い。視聴率も同様に高く……何よりヒーローを目指すものたちが気にしていない、ということはほぼあり得ない。

 特に今回は、通常より約二ヶ月も遅れての開催だ。気にならないものはほとんどいないのではないだろうか。

 

 というわけで、放映までのわずかな空き時間。テレビの前に集合した私たちA組メンバーであるが、そこでふと思い出したようにウララカとツユちゃんが声をかけてきた。

 

「そういや、理波ちゃんと被身子ちゃんもビルボードは見るんやね?」

「二人とも、いわゆる普通のヒーローにはならないと前から公言しているものね。ヒーローの番付にもあまり興味はないと思っていたけれど……」

「……普段であれば絶対に見ないが、今回は例外だ」

「下に同じくでーす」

 

 二人の言葉に肩をすくめつつ、ヒミコの膝の上で私は答える。この番組、この制度に関する私の一方的な意見を口にしてしまわないように気をつけながら。

 

 そう、私はこのランキングシステムに対して非常に思うところがある。

 だがそれをここで開陳したところで、意義はほとんどない。何事にも言うべきときというものはあるのだ。そしてそれは今ではない。

 

 とはいえ、オールマイトに関する動きが何かあるという推測は、私が彼の秘密と最近の動向をほぼすべて知っているからこそ立てられたものだ。下手にその辺りを指摘されても困るので、私はこの場にいる最大ではないが、十分な理由を代わりに言うことにした。

 

「君たちに誘われたんだ。否などあるわけないだろう?」

()()()お友達と一緒に見るのは初めてなので、そういう意味で楽しみなのです」

 

 そうして二人揃って微笑めば、周りからは嬉しそうな笑顔が返ってきた。今日も我が友人たちは気のいいものばかりである。バクゴー以外という但書はつくが。

 

 と、そうこうしているうちにモニターの中では番組が始まっていた。必然、全員の視線と意識がそちらに集中する。

 まあ、最初のうちは派手な映像演出とビルボードチャートというシステムの説明などに終始するため、意識が向いたところですぐに望むものが見られるわけではないのだが。

 

 しかし今回のビルボードチャートJPは、今までと少し趣きが違うらしいということが、この時点で誰の目にも明らかだった。

 

 なぜなら、普段であればヒーロー公安委員会とマスメディアの人間、それから盛り上げ役の芸能人くらいしかいないはずの会場が、多数のヒーローたちで埋め尽くされていたのだ。放映スケジュールも普段より尺が多く取られているので、異例づくしと言っていい。

 しかも、ランキングが発表されるたびに現地にいるヒーローがその場で立ち上がりスポットライトを浴びる。現地にいるからには、ということなのだろうが、だとしてもこれも異例だ。

 

 なおその過程でインゲニウムの復帰がランキングと共に発表され、その瞬間が前半のハイライトであった。会場としても、A組としても。

 

「すごい……! ランキング上位陣が揃い踏みだ……! この映像だけでも相当な価値があるぞ……!」

 

 ただしその中にあって、ミドリヤの盛り上がり方は明らかに異彩を放っていて、隣にいたウララカが少し引いている。周りも苦笑しきりだ。気持ちは少しわかる。

 もちろんと言うべきか、バクゴーはこれに対して苛立ちを隠さない。それでも席を外さないのは、やはり彼も当初から変わったのだろうな。私が言うのもなんだが。

 

 まあ、ミドリヤの様子はこのあとに行われるだろうことを聞かされて知っているから、という可能性もある。普段の彼の性格や態度からして、そうとは言い切れないところがなんとも苦笑を誘うが。

 

 だがそうした空気も、ランキング発表が終わったところで一気に変わった。困惑と混乱にだ。

 ただ、それも無理はないだろう。

 

「え……? お、オールマイトは……!?」

 

 複数人が、こぼすように言った。恐らく私以外の、ほぼ全員の代弁と言って差し支えあるまい。

 

 そう、ランキングの中にオールマイトの名前がなかったのだ。

 このことに対する混乱は、恐らく日本だけでなく世界中のお茶の間で起こっているだろう。会場も同様で、ヒーローたちですら騒然としている。だが司会はこれを無視して、プログラムを進めていく。

 

 一般の視聴者の中には、これに対してブーイングを飛ばしたものもいたかもしれない。だがそれも、次の瞬間手のひらを返すことになっただろう。

 

 何せ、司会に呼ばれて壇上に現れたのは、オールマイトその人だったのだから。

 

 しかし、安堵も束の間のことだ。何せ彼はヒーローコスチュームを着ていない。ビジネススーツなのだ。この時点で、嫌な予感を持ったものもいたかもしれない。

 そしてそれは、彼の言葉により現実のものとなる。

 

 私にとって、それは予感ではなく確信だった。ランキングに彼の名前がなかった時点で、私はそう認識していた。

 

「私、オールマイトは……本日をもってヒーローを引退する」

 

 そして、私の確信の通り。

 マイクの前に立った彼は、開口一番にそう言い放った。

 

 日本が、世界が震撼する。

 

「引退の理由はシンプルさ。怪我の後遺症と、加齢による衰えだ」

 

 画面の向こう、マイクの前でオールマイトが語る。もう、”個性”を使うことが難しいくらいに身体が衰えてしまっているのだと。

 

「皆さんは、六年前のことを覚えているだろうか? あの頃、バカンスと銘打って姿を消した時期が少しだけあったはずだが……実はそのとき、私はとあるヴィランとの戦いで致命傷一歩手前くらいの大怪我を負わされてしまってね。バカンスどころかろくに動けない状態だったんだ……あ、大丈夫! そのヴィランは既にタルタロスの中だからね!」

 

 いつものように、HAHAHAと。陽気に笑いながら。

 

 しかし直後に見せつけられたものに、誰もが絶句した。

 

「これが、そのときの怪我の痕さ。呼吸器は半壊、胃袋もすべて摘出するしかなかった……」

 

 それは、まさに致命傷一歩手前の大怪我だった。この星に”個性”というものがなかった時代であれば、間違いなく助からなかっただろう大怪我。

 そんなものを負いながら、彼は戦い続けていたのだ。そんなそぶりなど、かけらも見せることなく笑顔のままで。

 

「この怪我の影響で、”個性”の使用にも支障が出るようになってきていてね……。最近はもう、一日に一時間程度しか活動できないくらいにまで個性因子が弱ってしまっているんだ」

 

 続いた言葉に、ウララカとアシドが「あっ」と小さく声を漏らした。二人は知っていた。他ならぬオールマイトのバディだった、シールド博士からそれを聞いてしまっていたから。

 二人は恐らく、私たちやミドリヤ以外では世界でほぼ唯一、即座に納得と理解が追いついた人間と言えるだろう。

 

 ああ、フォースに目覚めたバクゴーも例外か。彼も察していたらしい。というより、ワンフォーオールの件で話し合いを持ったときに、併せて聞いていたのかな。

 

 それ以外の面々からは、「嘘だろ」「信じられない」「そんな状態で六年も!?」などという言葉が次々と飛び出している。

 

 しかし彼らの驚愕は、次の瞬間より一層大きくなった。なぜなら、オールマイトが本当の姿を晒したからだ。

 

 白い、蒸気のような煙と共に、彼の身体が萎んだ。現れたのは、ヒーロー「オールマイト」とは似ても似つかぬ痩せ細った男の姿。骨と皮しかない、と言っても過言ではないほどの男が派手に血を吐く姿に、世界中が沈黙した。

 

「……これが、今の私の本当の姿。そう、私の”個性”は……言うなれば、ヒーローという概念みたいなものかな。私が理想とするヒーローの姿に変身して、その力を使える……とでも言うようなものなんだ。あの姿そのものが、私の”個性”だったというわけさ」

 

 ――私のプライベートがずっと謎だったのは、二つの姿を使い分けていたからなんだよ。

 

 けれど口元の血を拭いながら、そう付け加えて笑った細身の男の顔は。その笑い方は、間違いなくオールマイトのものだった。

 

 次いで、引き締められた顔も。会場の観客を、居並ぶカメラのレンズを順繰りに射抜いた瞳も。間違いなくオールマイトのもので。

 

 誰もが、理解せざるを得なかった。

 最高の英雄が、今日終わるのだということを。

 

「けれど、みんな心配はしないでくれ」

 

 その英雄が言う。世界に冠たる、歴史に名を残す神話の英雄が、言う。

 

「ヒーローというものが、ここで終わるなんてことは決してない。先程のランキングも見ただろう? 私の後に続くヒーローたちが、私からバトンを受け取ってくれたヒーローたちが、こんなにもたくさんいる! そのさらに後ろには、将来有望な雛たちも大勢控えている!

 私は確信しているよ。仮に今、ここで私の命が終わったとしても、彼らが立派に平和を、秩序を守ってくれるとね。だから、そう……」

 

 わずかに言葉を切って、ずい、と。

 

 骨張った、しかし大きな手が、拳を作って人差し指だけ立てられる。

 

 その人差し指が、会場を。さらにはカメラに向けられる。

 

「次は、君だ。君たちの番だ!」

 

 それは、これから続くだろう後輩たちへのエール。

 同時に、この番組を間違いなく見ているミドリヤという、後継者へのエールでもある。あとは任せたという、禅譲の言葉だ。

 

 誰からともなく、拍手が起こり始める。画面の中から、外から。多くの人が、走り切って使命を全うした男に、惜しみない賞賛と労いの言葉を投げかける。

 それは生放送にもかかわらず、実に五分近くもの間続いたのだった。

 




【朗報】ナイトアイ、推しと和解する。

今までもたびたび後書きで言及してますが、本作ではオールマイトが神野事件を無傷で勝っており、まだ引退していないのでその影響が各所にあります。
今回のビルボードチャートでも同様で、オールマイトの引退宣言がこの場で行われたのはそのためです。
彼は次のナンバーワンであるエンデヴァーに様々な引き継ぎを(ナイトアイの補佐を受けつつ)した上で、この場にいます。
原作においてはかっちゃんたちの仮免補講の現場で行われたような短いやり取りだけでしたが、本作ではしっかり腰を据えて時間かけて話し合ってます。
なのでエンデヴァーも、その上で答えを出し己を省みてこの場にいます。

そしてしれっと復活が宣言されたインゲニウム。飯田くんのヒーローネームについては、対抗戦のときに出ます。

あ、プッシーキャッツは原作通りなんですけど描写する余裕がなかったので、雄英訪問はカットです。
あれはデクくんには必要なイベントだけど、理波とトガちゃんには必要なものではないので・・・すまんな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.昇日

 その後、ビルボードチャートJPはなんとか軌道修正をして、ほとんど問題なく進められた。

 オールマイトは壇上に残り、今期のトップテン入りを果たしたヒーローたちの名前を読み上げていく。これに応じて、ヒーローたちが次々に壇上に上がる。

 

 最後に呼ばれたのは、もちろん彼だ。

 

「エンデヴァー。君がナンバーワンだ」

「……俺の力でそれを言わせてやりたかったがな」

「それは謙遜がすぎるぜ、エンデヴァー。私のあとにナンバーワン足りているのは、君をおいて他にはいないよ。それは間違いなく、君が今まで培ってきた、君の力だ」

「フン……今はそれで丸め込まれておいてやる」

 

 壇上で、オールマイトに手を差し出されたフレイムヒーロー・エンデヴァーは、渋い表情を隠すことなく……しかし穏やかに、その手を取った。

 

 以前にトドロキの家庭事情を聞いてしまった身としては、彼が語ったエンデヴァー像とかけ離れた印象を受ける姿だが……そこはエンデヴァーもいい大人だ。この半年の間に省みる機会があったのだろうし、オールマイトとも既に話し合いは済んでいるのだろう。オールマイトが最近頻繁に外出していたのは、その辺りの引き継ぎも含めてだったのだろうな。

 

 と、そうこうしているうちにヒーロー公安委員会の会長が話を締め、次いでトップテンたちによる挨拶が始まった。

 

 途中、ナンバーツーになったウィングヒーロー・ホークスが「象徴がいなくなるってのに、俺より成果の出てない人たちが何を安パイ切ってンですか」などと茶々を入れる一幕もあったが、あれは彼なりの発破だろう。

 恐らくだが、今日この場で何があるのかを聞いていたのだと思う。彼の物言いは、それくらい備えられたものに見えた。

 

 まあ、オールマイトの引退に引きずられてか無難な発言が続いていたから、という発言自体は本心だろうが。

 

「……若輩にこうも煽られた以上、多くは語らん。――俺を見ていてくれ」

 

 彼に応じるような形で、エンデヴァーは手短に。しかしはっきりと、自らの覚悟を見せた。

 その姿は、オールマイトの次に立つナンバーワンとして、なんら不足のないものであったと私は思う。

 

 なお、身内のトドロキはエンデヴァーのそんな姿に対して無表情を貫いていた。

 

「エンデヴァー、カッコいいね!」

 

 ただ、何人かがそう言ったときは、「……まあ」とぼかしたような返事を、複雑そうな顔でしていた。

 

 実際、内心はかなり複雑なのだろう。彼は彼なりに前を向いて進んではいるが、それでも幼少期から抱えてきたものは軽くないということか。

 その辺りの気配を感じ取ったのか、クラスメイトたちから茶化すような言葉は出なかった。

 

 だが、そんな余韻も消し飛ぶ出来事が翌日に起きた。

 

 翌日である。いくらなんでも展開が早すぎる。

 ただ、今回はオールマイト引退の余韻であるとか、この星の悪すぎる治安であるとかは問題ではない。

 

 なぜなら、問題とはずばり脳無だからだ。つまりヴィラン連合である。

 

 しかも、ただの脳無ではない。はっきりとした意思を持ち、人語を口にする化け物である。もちろん、超パワーや超再生は標準装備だ。

 そんな代物が、臨時でチームアップしていたエンデヴァーとホークスを襲った。時間にして、ビルボードチャートJPが終わってから二十四時間も経っていないタイミングだった。

 

 この星の報道体制には思うところがある身だが、その事件をわりと早い段階で私が知れたのは、間違いなくその報道陣のおかげだ。良くも悪くも事件に敏感な彼らは、オールマイト引退直後の新たなナンバーワンの動向を追っていたのだろう。

 

 ともかく、そういうわけで。

 

「……っ、ヒミコ!」

「はいっ!」

 

 大技を放った直後。脳無を倒し切ったと思われた直後のエンデヴァーの顔面に向けて放たれた、強烈なカウンターに対応が間に合ったのは、報道陣のおかげと言ってもいいのだろう。

 エンデヴァーの戦いの映像をリアルタイムで見ていたからこそ、フォースによって嫌な予感を覚えた私たちは、モニターに向けて手を向けることができたのだから。

 

『……ッ!? 首をあえて切り離して……!』

 

 おかげで、間に合った。フォースプルによってエンデヴァーの上半身は強制的に反らされ、顔面を狙った反撃は空振りに終わったのである。

 

 意識の外から引っ張られたエンデヴァーはいぶかしんだようだったが、さすがに優先順位を間違えたりはしない。脳無が肉体を再生しながら姿を見せたことで戦いが終わっていないこと、どうやって脳無が窮地を脱したかを悟り、即座に構え直した。

 

「い、今のは」

 

 一連の流れを見ていたキリシマが、声を上げた。彼以外も似たような顔をしている。

 ここは談話スペースだ。エンデヴァーが押されていたこともあって、居合わせたクラスメイトの多くが注目していた。みなが驚くのも無理はない。

 

「説明は後だ。14O、I-2Oに繋げろ。今福岡で行われているエンデヴァーの戦いを映した中継映像を、大小個人問わず可能な限り私の前に出せと。地図情報もだ」

了解了解(ラジャラジャ)

 

 だが私はあえて答えず、自慢のドロイドたちに指示を出しつつ、私もまた所持している端末で今現在の情報にアクセスする。伝えてはいないが、私が言うより早く察しているヒミコも同様だ。

 

「よくわからないけど、とにかく色んな中継が見れればいいんだね? 手伝うよ!」

 

 それを見たミドリヤもならい、さらに他のものも続いた。結果として、私の周りには多くの端末が集まることになる。

 

「ありがとう。……よし、やるぞ。これよりヒーロー仮免許における権限の中で、プロヒーロー・エンデヴァーを援護する」

「援護の援護をするのです!」

 

 かくして私たちは、周囲のものたちが固唾を呑んで見守る中、フォースをみなぎらせた。

 

 画面の向こうでは、エンデヴァーが押し込まれている。彼ほどの炎の熱をもってしても、しゃべる脳無をとめられていない。彼の炎は肉体をあっという間に炭化させるほどの威力があるというのに、それよりも早く相手が再生しているのだ。

 

 しゃべる脳無の力はそれだけではない。両肩についた、ジェット機構のようなもの。自由自在に変形・伸縮する腕。その腕に、何度も現れては補強する筋肉。別の脳無を放つ身体そのもの。つまり最低でも五つの”個性”がある。

 

 腕の一振りで周囲の建造物を軒並み薙ぎ払うパワーもあるが、こちらは”個性”なのか素なのかは見た目からはわからない。USJに現れた脳無も、超パワー自体は”個性”とは無関係のものだった。

 そんな力で振るわれる分裂した腕が、容赦なくエンデヴァーを、周囲を攻撃する。エンデヴァーはなんとか凌いでいるが、当然無傷ではいられない。致命傷は避けているが、それでも血はとめどなく各所から流れている。

 

 一方、エンデヴァーと行動していたホークスはエンデヴァーの近くにはいない。どうやら、しゃべる脳無から放たれた複数の白い脳無があちこちで暴れているようだ。そちらの対処に追われている……。

 

「……トドロキ、確認させてくれ。エンデヴァーの”個性”『ヘルフレイム』は、君の炎と同様使いすぎると身体に熱がこもり、身体機能が下がる。間違いないか?」

「あ、ああ。そうだ、間違いねぇ」

「わかった。ならば……まずすべきは――エンデヴァー、今からあなたを援護いたします』

 

 ゆえに私はエンデヴァーに向けてテレパシーを飛ばしつつ、増幅をかける。彼の身体の、耐熱機能と冷却機能を増幅する。

 私の”個性”本来の、プラス増幅だ。最も使い慣れた増幅を、コストパフォーマンスのいい一時増幅で。ただし、時間制限限界までの力で。

 

 その瞬間、エンデヴァーが放つ炎の火力が目に見えて上がった。動きが機敏になる。

 序盤の頃の勢いを取り戻したと言うべきかもしれないが、恐らくはそれ以上。突然の交信に一切動揺せず、それどころかあっさりと限界を超えていくところは、さすが新たなナンバーワンと言うべきか。

 

 それでもなお、エンデヴァーを片手であしらえる脳無だが……しかし、その攻撃を阻害する位置で、空気が爆発して軌道が変わった。

 

『……!? ナナナナ何がブガッ!?』

 

 脳無の声がいくつかの端末から響いてくる。だがその顔面で、さらに爆発が起こる。

 

 フォースブラスト。フォースと増幅の合わせ技。私にはできない破壊の技。

 使ったのはもちろん、ヒミコだ。私の隣で、私に変身した彼女が私と同じように、複数のモニター越しに力を使ったのだ。

 

 そうしてヒミコが作ったスキをついて、エンデヴァーの技が放たれる。「赫灼熱拳(かくしゃくねっけん)ジェットバーン!!」という声が、端末のどれかから聞こえてきた。

 

 叫びながら拳を繰り出し、前進するエンデヴァーの背中をフォースプッシュで押す。斥力によってすさまじい推進力を得たエンデヴァーの身体が、拳が、脳無の頬――と思しき場所――に突き刺さった。

 砕ける頬骨をまき散らしながら、吹き飛ぶ脳無。だが、その傷も再生が始まっている。

 

 ならばとエンデヴァーがさらに前へ進む。その前方に、空中に固定されたようなコンクリートの塊が浮いていた。ヒミコの仕事だ。

 

 エンデヴァーはそれを踏みしめ、推進力を補充する。背中から燃え盛る炎が噴射され、文字通りジェットのようだ。

 

 これと同時に、私は脳無へマイナス増幅をかける。ここ二か月弱の間、エリの”個性”訓練に付き合っていたことでようやく満足できる水準に達した技を発動する。

 人体が持つ個性因子に向けた、マイナス増幅。その機能を、ゼロに向けて減退させる一時増幅。奇跡的に得た二度目の人生で、師と呼べる人の力と名にあやかった技。

 

 名づけて――

 

「――フォースイレイザー」

 

 かくして、脳無の身体の再生が一気に鈍化する。伸びていた腕は動きが鈍くなり、その動きを補佐していた筋肉もほとんどただの肉塊と化した。

 空中を行くためのジェット機構は動いてはいても飛行する水準にはなく、脳無は大量の異変に戸惑い混乱している。今までの脳無と異なり、明確に自律思考能力を持っていることが裏目に出た形だ。

 

 そこに、エンデヴァーが追いついた。先ほど以上の火炎をたぎらせて、脳無に立ち向かう。炎が、炎の生み出す輝きが、脳無の顔を正面から襲う。

 

『ッ強く――――もっト……ツ……く――――モッ――――……モ……っと……モ――――モ』

「「何……?」」

 

 だが次の瞬間、脳無の思考が弾け飛んだ。と同時に、その身体が激しく動き始めた。

 活動を抑え込んだはずの個性因子が、強引に活性化している。窮地に陥ったことで、何より自我を吹き飛ばしたことで、身体のリミッターが外れたか? それとも、私が把握していない問題点が存在するのか……いや、単純に実戦で使うにはまだ技の精度が甘かったとも考えられるな。

 

「「……この星では窮地でのパワーアップはフィクションのお約束だが、よりにもよってヴィランがそれをするのか」」

 

 いずれにせよ、と。私と変身中のヒミコの声が重なる。

 

「ど、どーすんだよ!? アイツまだぜんっぜん元気だぞ!?」

 

 カミナリが半ば悲鳴のような声を上げる。

 

 だが、まあ。問題ないだろう。

 

「「いや……もう大丈夫だよ」」

 

 だから二人で答える。次の増幅を行使しながら、続きを言う。

 

「「彼が――彼らが来た」」

 

 直後、獣同然に吼える脳無の口の中へ、エンデヴァーの拳が叩き込まれた。口の中から、脳無の顔を焼き尽くしていく。

 それでもなお再生は間に合っており、その巨体でエンデヴァーに組み付いたが……既にエンデヴァーは勝機を見出している。彼の脚部から、激しい炎が噴射される。

 

 同時に、下のほうから大量の羽が上がって来た。塊となった羽はエンデヴァーの身体にひっかかり、炎にまかれながらも上空へと持ち上げていく。

 

「ホークス!」

「戻ってきたんだ!」

 

 そう、新たなナンバーツーが戻って来た。彼は”個性”である翼から羽を放ち、エンデヴァーの行動を援護する。

 

 私たちも、それに続く。二人分、しかも片方の大暴れする生物に対して重点的にサイコキネシスをかけるのは少々骨が折れるが、二人がかりならばなんとかなる。エンデヴァーを後押しし、脳無の動きを阻害する。

 

 やがて、上空遥か高くへと舞い上がったエンデヴァーが、最後の一撃を放つ。

 

『プロミネンスバーンッッ!!』

 

 刹那、真昼間の福岡上空で極大の花火が咲いた。テルミット反応と見まごうほどの閃光がほとばしる。

 

 一瞬、すべての声が消えた。見ていた誰もが絶句したのだ。

 

 しかし炎と共に舞い降りてきた、健在のエンデヴァーが人差し指を立てた右腕を掲げる姿を目にした瞬間――盛大な歓声が、大地を揺らした。

 あまりの大音声に、すべきことを終えて息をついた私たちの声は掻き消えてしまう。

 

 だが、それでも私は聞いていた。トドロキが、安堵の息を大きくついたことを……。

 




実にEP1以来という久々の超遠隔フォースでした。
でもって個性機能を減退させる技、フォースイレイザーの初お披露目。フォースブラスト、フォーススリープに続く、個性とフォースの悪魔合体技です。
幼女強いが加速する!

ちなみに一番近くでの目撃者となったエンデヴァーは、圧勝とまでは言えないまでも辛勝ではなかったので、原作の世間より株は上がっていることでしょう。
たぶん本人が一番納得してないと思いますけど、それはそれとしてハイエンドのことは正確にとんでもない驚異として理解しているので、協力体制の構築などにはちゃんと動いてくれるはず。

見ろやくんは・・・その、不用意にマスコミにもてはやされるよりはマシなんじゃないですかね(震え声


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.裏舞台の役者たち

 福岡での事件は、一応の終結を見た。脳無が倒されたあとにヴィラン連合の荼毘が出現するという騒動はあったが、彼自身が「脳無を回収しに来ただけ」と語った通り、交戦らしい交戦はなかった。

 

 もちろん、それでヴィランを見逃すエンデヴァーたちではない。しかし強靭な脳無を相手に全力を出したあとであったことと、何より荼毘が神野事件でも見られた転移系”個性”と思しきもので瞬間移動していったため、捕縛には至らなかった。

 今後の捜査に必要な脳無の回収を阻止できただけ、よかったというべきであろう。世間がそれを理解できるかどうかは、また別の問題だが。

 

 ともかく事件は終わった。理波とトガはクラスメイトたちから質問攻めを受け、さらには報告のためにイレイザーヘッドや福岡の警察との連絡などに忙殺されることになる。

 

 忙しいのは地元の警察も同様だ。事件がひとまず終わったとはいえ、夜の警察署内では警察官たちが事後処理に追われていた。

 

 今回の件を収めたヒーローとして、ホークスもそこで聴取を受けていた。エンデヴァーは増幅が切れたことで、それまで無視できていた負担を無視できなくなり事件後入院したため、その代理もやっている。

 

 ちなみにエンデヴァー。カメラ含めたあらゆる人目のないところに移動して、さらには周りにヒーローと警察関係者しかいないことを確認した上で、今後の指示をホークスにしてから気絶した。努力をその名を掲げるに相応しいど根性である。

 

 ともあれ、その指示に従ってヒーローとしての事後処理を終え、あとのことを完全に託したホークスは警察署を辞した。先の戦いで、羽の多くを失ったため徒歩でだ。

 

 その途中。彼は人目を避けて廃工場へと入り、ヴィラン連合の荼毘と対面した。

 

 ヒーローとヴィランの対面である。当然穏当に済むはずはなく、実際ホークスは”個性”の剛翼の中でも特に大きい羽を剣のようにして、荼毘の喉元に向けた。

 しかしそこにあったものは、いわゆる戦うべきもの同士が出す不穏さではなかった。

 

「色々話が違ってた」

「そうだっけ?」

「もっと仲良くできないかな、荼毘」

 

 それはまるで、仲間割れのよう。

 

 ……そう。今回の事件に関わっていたのは、ヴィラン連合だけではない。ナンバーツーヒーロー、ホークスその人も関わっていたのである。

 

「予定じゃ明日、街中じゃなく海沿いの工場だったはずだ。……それにあの脳無。これまでのとは明らかに次元が違ってた。そういうのはあらかじめ言っといてほしいな」

「気が変わったんだ。脳無の性能テストってあらかじめ言わなかったっけか。……しかし違うというならそっちもそっちだぜ? ナンバーワンじゃテストにならねぇ。程度を考えろよ」

「ナンバーワンに大ダメージ。喜ばれると思ったんだけどな。約束は破ってない、反故にしたのはそっちだけだ」

「いきなりナンバーツーを信用しろってほうが無茶だぜ。今回はお前の信用テストでもあった」

 

 つい、と荼毘が顔を逸らす。

 ホークスが構えた羽は、動かなかった。今この場で、立場が上なのは荼毘であることは明らかだった。

 

「ナンバーワンに大ダメージ? エンデヴァー、強かったじゃねぇか。もしもリカバリーガールが来ようもんなら、即退院できる程度の怪我しか負ってない。しかも今日のアレ、死者ゼロだろ。なんでだ? 俺たちに共感して協力願い出た男の行動とは思えねぇや」

「ナンバーワンの見積もりが甘かったのは、百歩譲って認めてもいい。けどこっちも体裁があるんだって。ヒーローとしての信用を失うわけにはいかない。信用が高いほど、仕入れられる情報の質も上がる。あんたらの利益のためだ。もうちょい長い目で見れんかな。連合のためを思うからこそだよ、荼毘」

「まァ……とりあえずリーダーにはまだ会わせらんねぇな」

 

 ホークスは言い募るが、荼毘はこれを意に介さない。二度と視線を向けることなく、何食わぬ顔でホークスの隣をすり抜けると、迷うことなく外に出て行ってしまった。

 

 一人残されたホークス。彼はしばらくその場にとどまっていたが、一つ小さくため息をもらすと、手にしていた羽を背中の翼に戻した。

 

 その背中に。

 

「ダメでしたね」

 

 男の声が投げかけられた。

 だがホークスは動じることなく、ゆるりと振り返って肩をすくめる。

 

「見ての通り、なしのつぶて。繋ぎを取れたのが荼毘だけとはいえ、やりづらくてしょうがないッスわ」

 

 いつの間にか、そこには男が立っていた。これといって特徴のない凡庸な顔に、中肉中背の身体。いっそすぎるほどに没個性な男だが、その首には一つだけ、異彩を放つ黒い首輪がはめられている。

 

「……で、どうでした()()()()()()()?」

 

 そう、男の名前はルクセリア。かつてヴィラン組織、銀鍵騎士団で幹部だった男。

 しかし自らの意思で組織を裏切り、光の道に戻った男。今は警察官をしているはずの男。

 

 そんなルクセリアだが、警察官は表向きの話。本当の彼は、警察庁の公安に所属するエージェントだ。

 ゆえにこそ、彼がここにいる理由は一つしかない。

 

「ダメですね。私程度の力では、彼の心はほとんど()()ませんでした」

 

 フォースを用いた極秘捜査である。そしてその話がためらうことなくホークスへ開陳されているとなれば、外からこの物語を眺めるものなら答えに辿り着けるだろう。

 これは国家公安警察と、ヒーロー公安委員会の合同捜査である、と。

 

 そう、ホークスもまた正義の裏側に立てる男。表向きはナンバーツーのヒーローでありながら、ときに裏舞台にも立つ。

 これはそういう、平和のためなら闇にも目をつぶれるものたちの会話だ。

 

「ですが、収穫は間違いなくありましたよ」

 

 ルクセリアが、うっすらと笑みを浮かべる。

 

「私が感じ取った限り、『気が変わった』という言葉に嘘はありません。あれは荼毘の本心と思われます」

「……マジでなんとなく気が変わったって? そんなことあります?」

「まあフィクションと違って、現実に生きる我々はときに深い理由もなく動くものではありましょう。……ただ、今回はちゃんと理由があるようですよ」

 

 闇の中で、ルクセリアの笑みの質が変わった。さながらオールマイトが浮かべるような、自信に溢れた笑みだ。

 

「先にも申し上げた通り、私程度の力では荼毘の心はほとんど覗けませんでした。……いや、彼の壊れた心を読み解くすべがなかったと言うべきでしょうか。ともかく、そんな彼の心の中には一つ……いや正確には二つ、明確に形を持ち、色づいたものがありました。エンデヴァーと、その炎です」

 

 そして放たれた言葉に、ホークスの眉根が寄った。併せて、すっと目も鋭く細められる。

 

「それ以外のものは、わかりませんでした。ですがこれは今までと違い収穫でしょう。荼毘はエンデヴァーに、何らかの――負の強い想いを抱いている。それは間違いない」

 

 が、ルクセリアが話を続けたときにはもう、ホークスの表情は元に戻っていた。

 

「なるほどなぁ、そういうことならさっきの態度も頷ける」

「昼間姿を現したときの『精々がんばれ死ぬんじゃねぇぞ』というセリフも、そういうことかと思われます」

「けれど、警察があらゆる手段を使ってもいまだに正体がわからない……こりゃ過去に死亡したとされる人間説、かなりありそうですねぇ?」

「ええ。とりあえず、公安(うち)にはかつてエンデヴァーが関わった事件で、死亡した人間を洗うように伝えます」

「親戚筋も当たっときましょ。”個性”は遺伝と密接な関係にありますからねぇ。それに、血縁だからこそ思うところがあるって人も、世の中には結構いるもんですし」

「あ、そうですね。そうしましょう。やれることは全部やるべきです」

 

 ぽん、と軽く拳で手のひらを打ってルクセリアが頷く。

 

 そこから二人は手短に、情報の交換と意見のすり合わせを行った。

 同じ平和と社会秩序の維持という目的を掲げつつも、警察とヒーローは別の組織だ。当然その情報網は異なるし、命令系統も異なる。

 けれども、ここにいる両者が今回の作戦における両輪であることも間違いない事実。だからこそ、今後のためにも意思疎通と統一は欠かせない。

 

 なぜなら今、二人に課せられた任務はヴィラン連合への潜入なのだから。

 

「……ああそうそう、それとホークスさん。これを」

 

 その打ち合わせの、最終盤。

 ルクセリアは、懐から取り出した古びた書籍をホークスに手渡した。

 

「なんですこれ?」

「映画スターウォーズシリーズの公式設定資料集・完全版です」

「映画スターウォーズシリーズの公式設定資料集・完全版」

 

 思わずおうむ返しにつぶやいたホークス。彼は手の中にある辞書めいた分厚い本の表紙と、ルクセリアの顔を交互に見やった。

 

 英語版らしいそれをよくよく見ると、表紙は傷だらけだ。装丁のカバーはかなり擦り切れているし、ページも折れ曲がっていたりよれている箇所があちこちに見える。その中に挟み込まれた複数の付箋だけが新しく、妙な存在感があった。

 

「知ってます? スターウォーズ。超常以前はかなりの人気作だった、アメリカの映画なんですけど」

「や、すいません、名前しか知らないッスね。仕事柄色んな情報や知識は集めてますけど、超常以前のエンタメ情報はさすがに歯抜けで……」

「まあそうでしょうね。スターウォーズ自体、現代では知る人ぞ知るマイナーな古典作品ですし、関連書籍なんてほとんど残っていません。その資料集も、めちゃくちゃ時間とお金をかけてようやくヨーロッパのほうのフリーマーケットで手に入れた代物でして」

 

 ルクセリアはそう言うと、自嘲するかのように表情を緩めた。

 

 ホークスは、その点については言及しない。何なら、これ以上の発言もしない。口をつぐんで、ルクセリアの次なる言葉を待った。

 なぜなら、ここで脈絡なく渡された昔の書籍が、無意味なものであるはずがないからだ。

 

「ただ、ヴィラン連合に潜入するなら、章間で交互に展開される『フォース~マスター・ヨーダはかく語りき~』『フォース~永遠なりしシス~』という小説群は重点的に覚えておいたほうがいいでしょう。なぜなら……私や重音ちゃんが用いる力こそ、スターウォーズの中で用いられている超常……フォースそのものなのですから」

「……!?」

 

 ほら。案の定だ。

 とはいえ、さすがのホークスも驚きを隠せなかった。”個性”の発生と伝播を「架空()は現実になった」と評するものがいるが、まさか文字通り架空の設定が現実世界に出現したとは考えづらかったからだ。

 

 対して、ルクセリアは小さく笑った。

 

「気持ちはわかりますよ。私もそうだと知ったのは騎士団が滅んでからですからね。というか、公安も確証を得たのはわりと最近なんですけども。ともあれこのシリーズ、『遠い昔、遥か彼方の銀河系で』が冒頭の決まり文句でして」

「……マジでどこかの銀河で起きた話を、映画にした人がいたって? よりにもよって超常以前に?」

「”個性”が明確に歴史に現れたのはおよそ百数十年前からですが、それよりも前にはまったくなかったとは言い切れませんからね。そういう”個性”があったなら、あり得ないとは言えないでしょう?」

「それはまあ、そッスけど」

 

 そう答えたホークスは、改めて表紙を見て感嘆と呆れの入り混じったため息をついた。

 

 次いで、ぺらぺらと適当なページをめくってみる。そして、一瞬顔色を変えた。

 

 なぜなら、印刷された劇中のシーンらしき写真の中に、どう見ても最近何かと話題な幼女が振り回す武器と同じものが写っていたからだ。なるほど、これは無視できない。

 

「そういうわけなので、連合への潜入が始まるまでに読み込んで、フォースへの対抗手段を身に付けておいていただきたく」

「はいはい、了解ッスわ」

「あ、読み終わったら焼却してくださいね。そこに載っている情報は、万が一にも重音ちゃんやヴィラン連合に知られるわけにはいかないので」

「……そういや、死柄木襲は自身の”準個性”を正確には把握できてないって話でしたっけ。でもいいんです? 貴重なものなんでしょう?」

「電子データ化は済んでいますから、大丈夫ですよ。そのデータも、厳重にセキュリティをかけてありますから」

「はあ。そういうことなら、遠慮なく」

 

 ぱすん、と本が閉じる音がかすかに響いた。

 

「……それじゃ、今日はこの辺でお開きにしますか」

「はい。次に会うときは連合の中で……ですね」

「ええ。そちらも気をつけて」

「お互い、がんばりましょう。フォースと共にあらんことを」

「? ええと、はい。フォースと共に?」

 

 かくして、二人は別々に闇に潜んだ。

 

 彼らが光であると知られれば、ただでは済まない。それでも、二人が諦めることはないだろう。

 既に覚悟は決めている。ならば、あとは目指すゴールへ。最速で辿り着くだけだ。

 

 ……なお、後日。ホークスが資料集に記されていた情報をすべて記憶し終え、焼却処分をした数日後。

 警察庁のデータベースから、資料集のデータが完全に消去されていたことが発覚し、一部の人間は阿鼻叫喚の地獄に陥った。

 

 既に焼却処分してしまったと聞いて恥も外聞もなく声を荒らげる警察庁の人員に対して、ホークスは「知らんがな」と思ったという……。

 




データベースからデータを消した犯人・・・一体どこの何2Oなんだ・・・(棒

ともあれ久々の登場、ルクセリア。
彼というキャラを作った当初はここまで登場するとは思ってませんでしたが、扱いやすい立場に収まったおかげでうまい具合にまとまりました。襲のフォースからホークスの内心を守る方法を伝授するために再登場させられたのは、我ながらいい機転だったと思ってます。

でもって、せっかく公安のエージェントって設定を与えたのだから、ここでホークスのサポート役として一緒に潜入してもらおうかと思いまして。
原作で警察からのスパイがいるかは明らかになってないんですが、警察の人間がホークスほど敵の中枢に潜り込んだりは難しいだろうしたぶんホークス単騎だったんじゃないかなって思ってます。
でもホークス一人ってのはさすがに負担が多すぎると思うので、本作ではサポート役ありってことで。
どっちみち普通の人間だと襲のフォースに引っ掛かりかねないので、ルクセリア以外にサポート役ができる人いないってのもあるんですけどね。

ちなみに、ルクセリアが渡してた資料集は架空のものです。中身についてはいずれ理波に言及させますが、これ一冊でフォースはおろか遠い昔、遥か彼方の銀河系の歴史や政治体制などがわかってしまう特級劇物。
そんなものを書籍として残した元凶が誰なのかは、またいずれ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.面影

 エンデヴァーが福岡での激戦を制した、二日後の夜のことであった。

 いつものように、ベッドでヒミコと愛を交わしていたときである。突然男子棟のほうから強大な気配が吹き上がり、次いでガラスか何かが砕け散る音が響いてきた。

 

 ガラスの類が割れたとなればそれなりの問題だが、それよりも突然フォースが危険を訴えるほど大きな気配を感じたことが何より問題である。おかげで快感で蕩けていた思考は一瞬で現実に引き戻され、私たちは同時に我に返った。

 

「……なんでしょ?」

「……ミドリヤ、か?」

 

 お互い裸のまま、見つめ合って首を傾げる。

 強い気配は、もうまったく感じない。代わりに、ミドリヤの強い困惑と恐怖の感情を感じた。彼の身に何かが?

 

 ともかくすぐに彼の下へ向かおうとしたが、身体が動かなかった。意識は緊急事態に際して覚醒したが、身体はまだめくるめく幸せな夢の中にいるからだ。

 

 おまけによくよく考えれば、私たちの身体は色々とひどいことになっている。二人ともあちこちに噛み跡がついている上に、血やら体液やらでぐしょぐしょだ。この状態で人前に出るなど、社会的な自殺行為がすぎる。

 

 仕方ないので私たちは互いに増幅をかけて身体を急速に落ち着かせ、ウェットティッシュを駆使して最低限の処理と身だしなみを済ませてから部屋を出た。

 

 ……走りながら思う。資格の取得諸々を済ませて働き始めた場合、夜のプライベートな時間であっても気が抜けないなと。

 大きな事件が起きるなどして緊急の要請があったとき、すぐに動けないようでは問題だ。それを思うと、下手に情事にふけるわけにはいかない。

 いやでも、それは……。あまりこれ以上、そういう時間を減らしたくは……しかし……。

 

 ……いや、これについては今は考えないでおこう。そうこうしているうちに目的地に着いたことだし。

 

「ミドリヤ、大丈夫か?」

 

 なぜか開け放たれていたミドリヤの部屋に踏み込むと、そこにはボロボロになった布団を相手に悪戦苦闘しているミドリヤと、安眠を妨害された文句を言いつつも片づけを手伝っているアオヤマがいた。

 見たところ、二人に怪我はなさそうではあるが……何をどうしたらそこまで布団がボロボロになるのだ? おまけに窓ガラスが一部割れて外に破片が散っているし、小物――主にオールマイトグッズ――がいくつも周囲に散乱している。本当に何が起きたというのか。

 

「増栄さんにトガさん?」

「ボンソワール☆ もしかして、女子棟にも聞こえてた?」

「ガラスが割れる音は聞こえましたねぇ」

「だがそれ以上に、非常に大きな力を感じてな。それで何事かと思って来たんだが……一体何が?」

「……実は僕にもよくわからなくて」

 

 そう言うミドリヤだが、彼の脳裏にはワンフォーオールのことが浮かんでいる。どうやら、”個性”の暴発か何かのようだ。

 

 だとすれば……と一瞬驚いたが、先ほども見た通りミドリヤには怪我は一切ない。力そのものが暴れたわけではない、ということだろうか?

 

「何か溜め込んでるんじゃないかい? チーズでも食べて、リラックスしたほうがいいよ」

「……かもしれない。三人とも起こしてごめんよ」

 

 ともあれ、ワンフォーオールに関することであるのならば、人前で言及するわけにはいくまい。ミドリヤも、アオヤマの言葉に素直に応じながら頭を下げていた。

 

 ……ミドリヤの姿は、よく見るとジャージであった。加えてどこかくたびれた気配がある。

 聞けばどうやら、訓練に訓練を重ねた結果、風呂に入ることもなく倒れるように眠ってしまったらしい。確かに、溜め込んでいるのではないかというアオヤマの指摘は、当たらずも遠からずと言ったところかもしれない。

 

「……であれば、君はまず風呂に入って身体を落ち着けて、それから改めて休むべきだろう」

「うん、部屋片づけたらそうするよ」

「手伝いますよぉ。こういうのは一人でやるよりみんなでやったほうが早いです」

「え、でも……」

「ヒミコの言う通りだよ。とりあえず、布団は私がやろう。布団の処理なら慣れている」

「……ごめん、ありがとう」

 

 ということで、もう使えそうもない布団を預かり、処分すると共に新しいものを持って行ってやる。この辺りは、二度と使えないくらいに破損するわけではないにせよ、頻繁に布団を入れ替える必要に駆られているからこそ身に付いた技術である。

 

 ……まあ、アオヤマに「なんで慣れてるんだい……?」と首を傾げられたが。ちょうどそちらを向いていなかったことを幸いに、聞こえなかったふりをしてやり過ごした。

 

 そうしてあれやこれやとやっていると時間がすぎるのはあっという間で、すべてが終わった頃には深夜一時を回っていた。最低限、眠る時間は確保できたようで何よりである。手伝ったかいがあったというものだ。

 最後は、よく眠れるよう二人に軽いフォーススリープをかけて男子棟をあとにする。

 

 部屋に戻ってからは、私たちもすぐに眠ることにした。何せまだ週末ではなく、夜が明けてからの授業のことを思えばこれ以上の夜更かしはできない。

 情事を中断させられたことによる軽い欲求不満はあったが、それはそれである。今夜できなかった分は週末にたっぷりするということで合意して、私たちは眠りについたのであった。

 

***

 

 暖かくて、光に満ちている。奏でられる聖なる調べの中で、誰もが楽しそうに笑っている。

 

 ……ああいや、バクゴーだけは相変わらず仏頂面だが。イレイザーヘッドですらいささか表情が柔らかいというのに、あの男と来たら。

 

 まあそれはともかく。どうやらそこは、寮の談話スペースのようだった。さながら出席者が円陣を組むようになる形に並び替えられたテーブルとソファ。そこにA組の全員が集まっている。

 よくよく見ると、エリもいるようだ。トーガタは……いないな。彼は自分のクラスのところだろうか?

 

 一方で、テーブルの上にはいくつもの豪華な料理が並ぶ。どれもこれも、非常においしそうだ。

 

 それらを囲む私たちは、みな一様に赤か緑の服と帽子を身に着けている。白いふわふわの飾りが袖口などを彩っている。イイダなどは付け髭で口元を完全に覆ってしまっていて、どこからどう見てもこの時期特有の聖人である。かの聖人を名乗るには若すぎるが。

 

 そんな中、ジローの演奏に合わせてみなで歌う曲は、その手の話題に疎い私でも知っている有名な楽曲である。超常以前、それどころか世界に通信の網が敷かれるよりも前から存在する曲。穏やかで、神聖な雰囲気を持った曲だ。

 

 だからああ、と理解する。

 これはきっと、クリスマスの光景だ。

 

 クリスマス?

 だがそれは、まだ丸々一か月先のことで。

 

 ……ということは、つまりそういうことなのだろう。

 

 一人で勝手にそう納得した私は、意識をずらして()を見つめる。ヒミコの膝の上で、満開の笑顔を咲かせる()を。

 

 ああ、今の私はそういう顔をするようになったのだなぁと、なんだか無性に照れ臭い。

 年齢については疑問に思われていない、とはいつぞやのヒミコの言葉だが……ああ、そうだろうとも。あんな顔をしていたら、疑われるはずなどないに決まっている。

 

 一方、そんな私を胸元で抱きしめるヒミコも、万感の想いがこもったような美しい笑みを浮かべていて……二人揃ってまったく、なんて幸せそうにしているのだろう。

 自分で言うのもなんだが、確かにこれはアナキンの言う通り付き合いたてのカップルの距離感だろう。それをこうやって客観視させられるというのは、どうにも気恥ずかしい。けれど、だからといってやめることはないのだろうな。私も、ヒミコも。

 

 思えば私の人生において、クリスマスとはさして縁のないイベントだった。それはもちろん、我が家が仏教寺院であることも関係ないわけではないが……そもそもの話、こういう世俗の出来事に対する関心が極めて薄かったから。

 

 何より、こうやってイベントを楽しむような親しい(ともがら)がいなかったから。どちらかといえば、家族でのんびりと過ごす、そんなイベントだった。

 

 けれど、どうやら今年は違うらしい。その「違い」がどうにも嬉しくて、胸の奥がほんのりと暖かくなる。

 

 こんなものを見せられたら、否が応にも期待してしまうではないか。一か月後、A組の全員でこうやって楽しくパーティをするときが待ち遠しくなる。早くそんなときが来てくれないかなと思ってしまう。

 

 あとは……そうだ。クリスマスと言えば、世間では恋人の日とも言われていたか。であれば、きっとこの日の夜は……。

 

 そんなことを考えると、下腹部が切なくなる。今夜は途中で切り上げることになったから、余計だろうか。

 

 何を馬鹿なことを、ジェダイとしていかがなものか、などとはもう思わない。

 

 これでいい。これ()いいんだ。

 改めて、そう思う。

 

 だから……だから、私は――――

 

***

 

「――――久しぶりに見たな、フォースヴィジョン……」

 

 気づけば、いつの間にか朝になっていた。

 

 時計に目を向ければ、六時半ごろ。冬至が近い今完全な夜明けにはまだ少し早く、外から差し込んでくる光は朧気だ。

 暖房はつけていなかったため、布団の外にある顔は冬の朝特有の冴えた冷たさを受けて、少々ひんやりとしている。

 

 けれど一方で、布団の中……愛する人と抱き合っているそこは、身も心も非常に暖かい。

 そろそろ起きたほうがいい時間帯ではあるが……快適なこの小さな世界が、どうにも離れがたい心地よさで。

 

 私はもぞもぞと布団の中に潜り込むと、ヒミコの身体を抱きしめた。同時に、その胸元に顔を埋める。

 

「……んむぅ……?」

「ああ、すまない……起こしてしまったかな」

 

 その拍子に、ヒミコが身動ぎした。寝ぼけ眼がこちらに向けられる。

 ぼんやりとしたその表情が、またたまらなく愛らしくて……私は我慢できずに彼女の唇をついばんだ。

 

「……んーん、気にしてないですよぉ。んー……ちゅ」

 

 お返しとばかりに唇を奪い返される。

 そうして私たちは、額を突き合わせてくすくすと笑い合った。

 

「コトちゃん、なんだか今朝はご機嫌ですね?」

「久しぶりに見たフォースヴィジョンが、いいものだったんだ。どういう理由で見たのかはよくわからないんだが」

「へぇ、どんなだったんです?」

「とてもいい夢だったよ。A組のみなで過ごす、幸せなクリスマスの夢だった」

「わあ、いいですねぇ。楽しみだねぇ、ワクワクするねぇ」

「うん、楽しみだ。すごく……すっごく、楽しみだ」

 

 そう言った瞬間の私は。

 

 今までとは違って、ヴィジョンの中の私がしていたような……子供らしい笑顔を綻ばせているのだろうなと、はっきり確信できたのだった。

 




実際のところ、致してる最中に事件が起きたらプロヒーローの皆さんはどう動くんでしょうね? 上位陣ほど即切り上げて出動しそうではありますが、下位のほうは続けそう。
道徳的にはすぐ動くのが正しいんでしょうけど、生物的には続けるのが正しいよなぁって。
真夜中に葬儀の手続きをする両親を見たことがあるので、リアルでも寺の人とか大変だろうなぁって思います。

なお、本作では体育祭でデクくんが心操くんと戦ってないので、実はワンフォーオールの面影を見たのはここが初めてだったりします。
なので原作より動転してますが、布団の交換とベッドメイクになぜかやたら慣れてる幼女が来たので原作よりは眠れてます。
なんで慣れてるんやろなぁ(すっとぼけ

ところでこの二回目の面影を見るシーン、原作だと掛け布団がボロボロになってますが、アニメだとなんともないんですよね。
あと窓ガラスが割れるのはアニメ版だけで、原作だと割れてないんですが、この辺の違いはどういう意図なんですかね?
少し迷いましたが、本作では両方同時に起こってることにしました。原作よりデクくんの個性関連のステが上がってるんで、それでもいいかなって。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.A組VSB組 1

 いい夢を見た今日のヒーロー基礎学は、B組との対抗試合らしい。

 ということを聞いて、ふと思う。入学してからクラスの中で様々な形式で競ってきたものだが、今のところB組とは体育祭以外では一度も機会がなかったな、と。

 

 ……正確に言えば、合宿のときに肝試しで競えという流れではあったが、あれは中止になってしまったからなぁ。

 

 しかしB組と合同の授業となると、生徒の数は総勢で四十人となる。結構な大所帯だ。

 であれば、グループを作っての試合形式ということになるだろうか……などと考えながら、本日の会場となる運動場ガンマへとやってきた。

 

「ワクワクするねー!」

 

 そう言って、ハガクレがうきうきと楽しそうにしている。

 

「……入学当初のコスチュームだったらって考えるとゾッとするな……」

 

 ハガクレのそんな姿を眺めながら、ぽつりとつぶやいたのはジローだ。同意しかない。

 何せ、既に季節は十二月直前。本番とも言うべき大寒の頃はまだ先だが、それでも外気温は十分に低い。

 今のハガクレは”個性”の成長に伴って、一般的なコスチュームを身にまとっている。冬用に防寒機能がしっかりしたものをだ。そこにマントもあるので、ことさら寒さに怯える必要はないだろうが……当初はほぼ全裸だったからなぁ……。

 

 なお、入学当初からコスチュームが変わったものは結構多い。代表格はミドリヤだが、他のものも何かしら変えている。見た目が変わっていないものであっても、性能は変わっているというのも珍しくない。

 

 具体的には、冬仕様に変えたものとか。私やヒミコですらそうなので、そういう意味ではコスチュームを変えていないものは一人もいない、と言い切っても問題ないだろう。

 

「おいおい、まー随分と弛んだ空気じゃないか。僕らをなめているのかい」

 

 と、そこに聞き慣れない声が割り込んできた。A組のものではない。

 声がしたほうへ顔を向ければ、そこにはずらりと二十人の生徒が並んでいる。声を上げたのは、その先頭に立つ燕尾服のようなコスチュームを着こんだ男……モノマだ。

 

「お! 来たなァ! なめてねーよ、ワクワクしてんだ!」

 

 彼に応じたのは、キリシマ。こういうとき、何かしら律儀な反応を返すのはおおむねキリシマかイイダ、ヤオヨロズ辺りだな。

 

 とはいえ、そういう返しを受けてもなお不遜な言動を隠しもしないのがモノマという男である。

 

「フフ……そうかい。でも残念、波は今確実に僕らに来ているんだよ。……さァA組!! 今日こそシロクロつけようか!?」

 

 彼はそのまま、端正な顔を歪めて声を張り上げた。

 

 かと思えば、すぐさま文化祭でのA組B組の出し物のアンケート結果(自分調べ)を取り出して、B組の勝ちだマウントを取ってきた。相変わらず、A組に対する敵意を隠さない男だな。

 

 キリシマはこれに対して、やはり律儀に悔しがっていたが……こういうものは気にする必要など一切ない。他人からの評価などいちいち気にしていたら、何もできないのだから。それに……。

 

「アンケートなど主催者側でいくらでも操作できるのだから、そういう意味でも気にするだけ無駄というものだよ」

「おやおやおやおやァ!? オールマイト超えを宣言した人間とは思えない発言じゃァないか!! 大体、仮にもヒーロー志望が人を疑うなんて、どうかと思うけどね僕ァ!!」

「その様子だと、ネットワークの深いところで交わされている匿名の、遠慮も容赦も何もないやり取りは一つも見ていないようだな。まあ、この国には知らぬが仏と言うことわざもある。君の場合はそれでいいのだろうな」

「……えっ?」

「マスターがた、静かになりました。授業を始めましょう」

「ちょっ、待っ」

「よくやった増栄」

 

 この結果にモノマは非常に不満を持ったようだったが、あのまま私が割って入らなかったら、ヒートアップした彼はイレイザーヘッドに物理的に黙らされていただろう。

 具体的には、捕縛布で首を絞められる形で。それを防いであげたのだから、むしろ感謝してほしいところである。

 

 と、そういう少々抜けた会話から始まった演習であるが、ルールは比較的単純。この運動場ガンマで、それぞれのクラスで四人一チームを作ってチームごとに戦うというものだ。

 状況設定としては、ヴィラングループを包囲し確保に動くヒーロー。制限時間二十分以内に相手チーム全員を用意された檻に入れた側、もしくは制限時間が経過した段階で残っていたメンバーが多い側が勝利となる。試合開始はこの檻の近くに設定された自陣営から行われ、定められたフィールド範囲内でのみ戦う形だ。

 

 ただ、入学当初の演習で使ったような確保テープはない。つまり捕まったとしても、檻に入れられるまでは脱落とはみなされない。その点では、より実戦に近づいたと言えるだろう。

 

 なおこの檻、恐らくネヅ校長が作ったものだと思うのだが……彼の顔と手を写し取ったかのようなキャラクターの看板が着けられていたり、そこに「いらっしゃい!」と書かれた噴き出しが付随していたり、檻自体に「CHOEKI(懲役) 99999NEN()」とか「ZANNEN(残念) MUNEN(無念)」とか書かれており、緊張感の欠片もない。

 激カワ据置プリズンなどというネーミングもどうなのだ? いやまあ、みなの反応を見るに、この星の一般的な感性においても「なし」なのだろうが。

 

「じゃ」

「クジな」

 

 ともあれその後、各クラスの教師陣に差し出された箱からくじを引く。結果、私はツユちゃん、カミナリ、キリシマらと共に第一チームに配属された。

 

 第二チームはハガクレ、ヤオヨロズ、アオヤマ、トコヤミ。

 第三チームはイイダ、オジロ、ショージ、トドロキ。

 第四チームはアシド、ジロー、セロ、バクゴー。

 そして第五チームはヒミコ、ウララカ、ミドリヤ、ミネタという顔ぶれである。

 

「……ぶぅ、また別のチームなのです」

「君は毎度ながら、力づくで同じチームになろうとするのはやめないか」

 

 言うまでもないが、くじに不正はなかった。なかったらなかった。

 

 ともあれ、体育祭だったかでウララカが言っていた通り、なんでも早速行うこの学校では早くも第一試合を始めるということで、試合会場に移動する私たちである。

 

 途中、ミッドナイトとオールマイトの二人とすれ違った。二人とも試合を見に訪れたとのことで、オールマイトが見ている中で無様は見せられないとキリシマを中心にみな士気を上げていた。

 

「それじゃ、どうしましょうか」

 

 位置についてすぐ、激カワ据置プリズンを地面から切り離して持ち運べないかを調べていた私をよそに、ツユちゃんが声を上げた。演習が開始するまでのわずかな時間は、作戦タイムである。

 

「B組の”個性”、よっくわかんねぇんだよなー」

 

 最初に応じたのは、カミナリである。キリシマも、これに大きく頷いて応じた。

 

「見る機会、今までほとんどなかったもんな。逆に俺らの”個性”は大体バレてるときた」

「そうね。でもそれはプロになれば当たり前のことだし、悲観的になるのはやめましょう」

「それはそう。……まあでも、どっちにしても増栄が一番警戒されてんのは間違いないっしょ?」

「そうだな」

 

 ここで男性陣から視線を向けられたので、私もこれには同意しておく。

 

 何せ私は合宿での襲撃時、森の各所に散っていたB組全員の位置を遠隔から把握した上で、彼らそれぞれにテレパシーで逐一連絡を入れていたのだ。”個性”の全容は把握されておらずとも、詳細な索敵が可能というだけで警戒しないものはいないだろう。特に今回のように、建物や配管が入り組んだ場所では索敵の重要度も跳ね上がることだし。

 

 そういう推察ができない相手であれば楽なのだが……B組の面々がその程度のこともできない弱者であるはずがない。

 

「増栄に囮になってもらうってのはどうよ? 増栄ならまあ、四人同時に相手にしても数分くらい余裕で持ち堪えられそうじゃん?」

「リスキーだぞ、それ。確かに増栄は強ぇけどよ、向こうだって”個性”伸ばしはしてんだからわからん殺しされる可能性だってあるだろ。……っつーか、そもそも前に出す必要はなくねぇか?」

「ケロ……理波ちゃんは索敵もできるものね」

 

 と、ここで意見を求められたので、激カワ据置プリズンから離れて思うところを述べる。

 

「私としては別にどちらでも構わないのだが……可能であれば、今回は裏方に徹したいと思っている」

「えー、なんで?」

「完成したばかりの技の具合を確かめたいんだ。まだ数回しか試せていないし、それも福岡のアレ以外では君たち以外には使ったことがない。試すにはちょうどいい機会だと思ってな」

「フォースイレイザー、だったかしら。とっても強力だけど……異形型には効き目が薄いように感じたわ」

「爆豪とか緑谷辺りにも微妙な感じだったよな。それ以外でも相手によっては効果が結構ブレてた印象あんぜ」

「あー、ねぇ。例の事件のやつなんか、完全に押し返されてたっぽかったもんなー」

 

 それぞれの言葉に、私はこくりと頷く。彼らの指摘はいずれも正しい。

 恐らくだが、これは私の”個性”の性質上仕方がない仕様だろう。イレイザーヘッドのそれはゼロの強制だが、私の場合は固定値の増幅だからだ。

 思うに、相手の”個性”が十分以上に鍛えられていたり、そもそも出力が常識外れに高い場合は、相対的に効きが薄くなるのだろう。異形型相手でも効果が薄いのは……個性因子の影響が人体に及ぶ範囲が他の”個性”より広く大きいから、かな?

 

 その辺りの推測をよりはっきりさせるためにも、なるべく多くの人間で試しておきたい。勝負の形式である以上はある程度線引きは必要だろうが、ヒーローとしての現場に出てからようやく試行錯誤し始めるわけにはいかないからな。

 

 ……なお、激カワ据置プリズンはライトセーバーを伸ばせば切り離せそうだが、それを持ち運ぶにはウララカが必要だろうという結論に達したので、あれを持って敵陣に突入はなしである。

 

「おっし、それなら増栄には今回、檻近くで待機しつつ索敵に専念してもらう方向で行くか!」

「連絡は……理波ちゃんならテレパシーが使えるから、ひとまずそれでいいかしら。一方通行にはなっちゃうけれど……」

「いや、サポートアイテムにコムリンクを登録してある。一組しかないが、それで双方向にやり取りが可能だ」

「確か、I・アイランドのときに使っていた特殊なトランシーバーね? 便利だわ」

「他にも援護も可能だ。私の”個性”は障害物にあまり関係なく、遠隔でも使えるからな」

「ああ……そういやお互いの位置関係を把握してりゃ使えんだっけ?」

 

 この辺りのことは、先日の事件の際にA組全体に説明済みだ。あのときは相応の距離があったためリアルタイムの映像で必要な情報を補ったが、この訓練のフィールド内であればフォースの探査だけで互いの位置関係は十分把握できる。

 

「ん? っつーことはあれじゃね? 今回俺ら楽勝なんじゃね!?」

「楽勝かどうかはわからないけれど……中途半端に策を練るよりは、いっそそのまま押し込んだほうがよさそうだとは思うわ」

「梅雨ちゃんに同意するぜ! 開始まであんま時間もねえしな!」

「右に同じくだが……カミナリは、もう少し気を引き締めたほうがいい。そこまで信頼してくれるのは嬉しいが、私とて完璧には程遠いただの人間なのだから」

「……うい、サーセン」

 

 私の指摘に、カミナリは後ろ頭をかきながら軽く頭を下げた。

 

 その後、もう少しだけ踏み込んだ話し合いを行い……やがてそのときは来た。

 

『じゃ第一試合……スタート!!』

 

 ブラドキングの声によって、訓練の開始が告げられた。

 




今週のジャンプ本誌でお出しされた葉隠ちゃんの扉絵えっちすぎひん??
堀越先生、ちょくちょく性癖隠さないのマジで尊敬するし好感度高い。
ということで(?)、彼女の姿をどうすればみんなも見られるようにできるかを割烹に書き殴ってみました。
ちなみに、本作における葉隠ちゃんはもう本編中に全裸になる機会はない予定です。ですが予定は未定ですし、もしかしたら番外編のほうでは全裸になるかも・・・?

それはともかく、いよいよ対抗戦スタート。理波は先鋒です。
不在元のキャラと置換する形なわけですが、トガちゃんが砂藤くんのいた第四チームではなく芦戸ちゃんをどかす形で第五チームにいるのは、作劇上の都合です。
彼女がそこに入ることでどうなるかは、お楽しみに。

最後に。
これたびたび言ってますが、心操くんと彼のファンには本当にごめんなさい。彼は出番なしです。何卒ご容赦をば。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.A組VSB組 2

 開始が告げられると同時に、私は激カワ据置プリズンの上に陣取り、意識を集中させる。フォースを研ぎ澄ませながら広げ、周囲の把握に専念した。

 工場地帯を模した運動場ガンマは様々な人工物で入り組んでいるので、ある程度技術はいるが……それでもこれくらいであれば、私の索敵を妨げ切るには至らない。

 

 まあ、実のところこれほど広範かつ精緻にフォースを操ることは、前世の私には逆立ちしてもできなかったことなのだが。これに関しては”個性”に感謝すべきなのだろう。

 

 と、そうこうしているうちに相手方の位置を把握することに成功した。互いの開始地点がフィールドの端であり、同心円状に索敵しなくていいという状況も相まって、思ったより早くできた。もちろん相手方だけではなく、チームの仲間の位置も把握済みだ。

 

 どうやら相手側は別行動することなく、一塊となって動いているようだ。私のことは警戒しているようだが、そこまで重視している気配ではない。索敵に専念している私は一旦放置して、先に他の三人を数の優位で圧し潰そうという判断かな。

 

 悪くない判断である。通常なら、後方で索敵に専念していたとしても何かあれば文字通りすぐに飛んでいける私だが、このフィールドでの立体機動は少々面倒だ。フォースによって高い空間把握能力を持つ私にとっては大して難しくはないのだが、面倒は面倒だ。

 つまり、出撃した三人が危機に陥ったとしても、すぐには助けに行けない。なので私が後方にいて動かないと察したのであれば、先に私以外をなんとかしようという作戦は悪くない。

 

 問題は、私にはこの程度の距離は飛んでいかずともなんとでもできる距離である、ということだ。つまり彼らは前提を間違えているのだが……A組ですらこのことを知ったのはつい先日なので、B組にそこまで求めるのは酷と言うものだろう。

 

 ただ、気にかかることが一点。相手側の動きが、私がB組の陣地に向けて移動しておらず単独行動していることを、まるで確信したような動きであることだ。

 話し合いの段階では、私が把握した位置を知らせることで奇襲をかけ、あとは圧し潰すという結論だったので、そうなるようにみなを誘導しているのだが……向きを変えるたびにあちら側も動きを変えるのだ。しかも、明らかに迷いがない。であれば、あちらにも索敵が可能なものがいるのだろう。

 

 そしてその可能性があるのは、シシダただ一人。

 シオザキもツルによって周囲を索敵できるが、彼女のそれは自身の髪でもあるツルを利用した接触型のものであろうことを考えれば、ほぼシシダと断言してしまっていいだろう。

 

 彼の”個性”は確か、「ビースト」だったか。異形型の”個性”で、彼の外見はまさに獣のようである。であれば、嗅覚か聴覚。あるいはその両方が優れているのだろう。

 

 なおそのシシダ、恐らくだがリンを背負っている。シオザキとツブラバの距離もかなり近いな。どういう意図であるかはさすがに距離があるので明確にはわからないが、二人が組むことが無意味とは思えない。警戒しておくべきだろう。

 

 その辺りの推測を、位置と共に三人へ通達する。

 

「以上だ」

『ケロ、了解よ』

 

 五分ほど時間を使って、互いに互いの位置を完全に把握したままフィールド内をけん制し合うようにうろうろしている、という状況だと確信できた。つまり、このままでは埒が明かない。

 なのでフロッピーたちは奇襲をかけることは不可能と判断して、正面から迎え撃つことにしたようだ。

 

 なお今回持ち込んでいるコムリンクは、以前I・アイランドに持ち込んでいたそれとは違う。有効範囲は変わらないが、小型化が進んでテニスボールほどの大きさになっているのだ。重量もそれ相応に減っているので、邪魔にはならないだろう。

 

 フロッピーに渡したのは、状況把握と意思統一は彼女がこの中で一番得意だろうからだ。そのため、彼女には三人の中の小隊長も任せてある。

 コムリンクについては、彼女の身体能力があれば最悪投擲武器として使ってもそれなりの威力になるだろう、という予測もある。そうしてくれて構わないとは伝えてあるし、彼女ならその辺りの判断を誤ることはないはずだ。

 

 と同時に、私はコムリンクを持っていないほうの空いた手を目の前に差し出す。いつでも遠隔で”個性”が使えるようにするための備えだ。

 そのまま待つこと、しばし。

 

「接敵する。シシダが突撃して来るぞ」

 

 私の警告に前後して、戦いが始まった。一瞬だけ足を止めたシシダが、凄まじい勢いで突っ込んできたのだ。

 

 三人はそれを、予定通り正面から迎え撃った。私がいなければ、恐らくは完璧な奇襲になっていただろう。シシダの動きは、それくらい高速かつ迷いのない突撃だった。

 

 だがそれは、もはやもしもの話。万全の状態でシシダを迎えた三人は、すぐさま迎撃を開始した。

 レッドライオットが硬化を発動し、前へ出る。足を地面に突き刺しながらであり、シシダの攻撃を受けながらもその場に踏みとどまることが目的だ。これにより、シシダの突撃は勢いをほとんど殺されてしまったようで、動きが一気に鈍った。

 

 もちろんそれと同時に、フロッピーとチャージズマが攻撃を加えるが……これをリンが抑える。

 どうやら彼の”個性”「鱗」は、身体の防御を固めるだけでなく、弾丸のように連続で発射できるらしい。両腕をそれぞれフロッピーとチャージズマに向けて、マシンガンのような勢いで鱗を乱射している。これではレッドライオット以外は迂闊に近づけない。

 

 しかしもたついている間にシシダが再び動き始めてしまうことは明白であり、レッドライオットが組み付いて動きを止めようとしているが、パワーが足りていないらしい。

 ならばとチャージズマがポインターを使って電撃を放とうとするが……そこにシオザキのツルが一斉に伸びてきた。乱戦になっている場所全体を覆わんばかりの大規模なツルであり、全員を一網打尽にしようという意図が見える。

 だが、どうやら優先順位が明確につけられているらしい。

 

『チャージズマ、狙いは君だ! 君に向かうツルの量が他より多い!』

「こなくそォ!」

 

 私の指摘に応じるかのように、チャージズマの吼え声がここまで聞こえてきた。どうやら、放電によってツルの動きを阻害しようとしたようだ。

 

 しかし、それは逆効果。大量に周囲に張り巡らされたツルがアースのような役割を果たし、電撃は大した威力にならないまま周辺に散ってしまった。

 

「ウッソォ!?」

 

 と、そうこうしているうちにチャージズマがツルに捕らえられた。

 

 うーむ、困ったらとりあえず放電、という彼の悪い癖が出たな。最近はめっきり見なくなっていたのだが……クラスメイトにはもう牽制くらいにしかならなくなっているから、単に使っていないだけだったか?

 この点は彼の一番改善すべき点だな。今は全力で放出していないことを祈るしかないが。

 

 と、ここでフロッピーが動いた。迫り来るツルとシシダたちの攻撃をなんとか避けながらも舌を伸ばしてレッドライオットを絡め取ると、フレイルのように振り回してシシダたちをけん制しつつ、チャージズマに向けて思い切り投げたのである。

 

 正確には、チャージズマを捕えているツルに向けて、だ。極めて硬くなったレッドライオットの身体は、それそのものが凶器である。そんなものが高速で突っ込めば、いかに”個性”のツルとは言えど耐えられるものではない。

 恐らくはブチブチというような音を響かせて、ツルが盛大に引きちぎられた。シオザキの制御から離れたツルは力を失い、チャージズマがその中から解放される。

 

「サンキュー梅雨ちゃん!」

 

 出ると同時に、チャージズマがシオザキに向けてポインターを放った。それに向けてターゲットエレクトの電撃を放つつもりだ。

 

 だがこれは、シオザキのツルの中から現れたツブラバによって防がれた。彼の”個性”は「空気凝固」、空気に硬度を持たせて固めるものだ。そこに当たったポインターは弾かれ、明後日の方向へと消えていった。

 

 一方、一人でシシダとリンを相手取る形となったフロッピーは苦戦している。ただでさえリンによる鱗の銃撃がある上に、今までレッドライオットが引き付けていたシシダの意識がフロッピー一人に集中しているのだ。あまりにも分が悪く、既に何度も攻撃を喰らっているな。

 

 ただ、最低限の防御はできているようだ。二人を同時に相手しながらも、なんとか食い下がっている。

 その動きには、ソレスやアタロの要素が随所に見て取れる。肉弾戦の参考にしたいと彼女に請われ、前々からいくつかセーバーフォームの体捌きや立ち回り方を教えているのだが、どうやら熟達具合はさておき実戦でも問題なく使えているようだな。

 

 フロッピーは体育祭の前から私の動きに注目して、自分の動きに取り入れようと試行錯誤をしていたからな。肉弾戦の立ち回りにセーバーフォームの動き方を取り入れようとしている人間は、彼女の他にも何人もいるが……彼女はミドリヤと並んで、一番セーバーフォームに触れた時間が長い。成果が出た形と言っていいだろう。

 

 うーむ、あとはライトセーバーがあればなぁ。あのままでは手落ちだ。フロッピーにフォースの素養があるなら、すぐにでもスカウトしてトレーニング・ライトセーバーを用意するのだが。

 彼女なら喜んで迎え入れるし、彼女とずっと一緒に仕事ができるのなら私としても嬉しいのに。

 

 と、そうこうしているうちにレッドライオットが高速でシシダに飛びかかった。

 

 レッドライオットに限らずA組の大半には私作のワイヤーフックをあげていて、それぞれのサポートアイテムとしても登録されている。それを使ってシシダの脚部を絡め取っただけでなく、自動の巻き取り機能を利用して体当たりを仕掛けたのだ。フロッピーが彼を投げたのは、すぐに復帰できる手段があったからに他ならない。

 

 この突撃は体勢を崩したところにかなりの勢いで飛び込んだ形になったため、さすがのシシダも転倒して攻撃の手がとまる。

 

 その瞬間を、フロッピーは見逃さなかった。それまで防御に専念していたところから一転、攻勢に出た。

 周辺の障害物を巧みに利用して跳ね回り、注意を逸らしながら背後に回ってリンを強烈な飛び蹴りで吹き飛ばす。彼は肩から壁に激突し、巻き込まれた配管のいくつかが形を変えた。

 

『フロッピー、後ろだ! チャージズマ、上から来ている!』

 

 だが、蹴りを与えたあと。反動を利用して距離を取ろうとした彼女の身体を、凝固した空気の枠が空中で捕らえた。それとほぼ同時に、チャージズマも再度シオザキに捕まった。しまったな、少し遅かったか。

 

 フロッピーを捕らえた犯人は、もちろんツブラバだ。ただ空気を凝固させただけでなく、箱のように凝固させて閉じ込めているのだ。

 彼の新しい技だろう。フロッピーは完全に中に囚われてしまっているようだ。動こうにもほとんど隙間がなく、何かを発生させる”個性”を持たないフロッピーでは、自力で脱出することは難しそうである。

 

 ただ、フロッピーは焦らずコムリンクで私に連絡を入れてきた。この辺りは、さすが普段から冷静なフロッピーである。

 

『ケロ、悔しいけれどこれ以上引っ張るのは合理的じゃないわね。アヴタスちゃん、そろそろお願いしていいかしら』

「了解した。これより本格的に援護する」

 

 これを受けて、私は意識をさらに集中させ始めた。

 

 ……私がここまで、索敵以外ほとんど何もしなかったのはわざとだ。もちろん、慢心とかそういうものではない。

 事前に言われていたのだ。しばらくは三人だけで戦わせてほしいと。

 

 正直な話、私が全力で援護したら、ほとんど労なく相手側を無効化できるだろう。それだけのことが、フォースと増幅の合わせ技で可能になる。

 だがそれを、三人はよしとしなかった。

 

 もちろん実戦を想定した訓練である以上は、自分から自分に枷をかけることはあまりよろしくない。しかしこれが訓練であることも間違いない事実であり……失敗しても問題ない状況であるからこそ、あえて彼らは自分たちを縛ったのだ。

 絶対的に優位を得られる私の力を借りることなく、できるところまでやりたいと言ったのである。あわよくば勝って見せると啖呵も切って。

 

 私はその意図を汲んだ。そういうことなのである。いや、私という切り札が控えていることを悟られずに温存するため、という理由ももちろんあるが。

 

 しかしチャージズマが確保されてしまい、フロッピーも動きを封じられてしまった以上は是非もない。

 

 まずはチャージズマを拘束するシオザキにフォースイレイザーをかけ、その制御能力を封じる。

 シシダ、ツブラバ、それからふらつきながらも戻ってきたリンにも順番にかけていく。これにより、シオザキとリンはほぼ無力化されたと言っていいだろう。

 

 一方ツブラバの個性”は、個性因子が弱っても一度展開した空気凝固に影響は及ばないらしい。持続時間などは発動した時点での能力に依存しているのだろう。つまり、フロッピーはまだ動けない。

 

 また、シシダはまだ十分に動けそうである。やはり、異形型に対してはフォースイレイザーの効きが鈍い。この点の推測はほぼ間違いないと見てよさそうだな。

 しかし効いていないわけではないので、焦らずに鍛え続けていけばいいだろう。

 

 とはいえ、ツブラバはこれ以上”個性”を発動することが困難であることには代わりない。シシダもその驚異的な身体能力がかなり落ちているので、戦えはしても硬化したレッドライオットを下すことは難しいだろう。

 

 それらが、ほぼ一瞬のうちに起こった。おかげで彼らは混乱をまったく隠せないでいる。ツブラバの場合はまだ”個性”の弱体化に気づいていないため、シオザキとシシダの急変に対して困惑している形だが。

 

 とはいえ、無理もない。この星の住人にとって、”個性”の機能不全はかなり重度の非常事態だ。いわば突然水の中に突き落とされたようなものである。いかに戦闘訓練を積んでいるとはいえ、こればかりは簡単に慣れられるものではないのだ。

 

 そしてそれを見逃すほど、私の仲間は甘くない。レッドライオットは一気呵成にシシダを追い詰め始めたし、チャージズマも隙を突いてツブラバにポインターを当て、ターゲットエレクトの電撃で無力化した。

 

 その間に私は、フロッピーを捕らえる空気の箱をマイナス増幅で劣化させつつ、テレキネシスで地上に勢いよく振り下ろした。

 その先には、シオザキがいる。これによってシオザキは地面に叩きつけられた。

 

 さらに砕けた空気の箱から飛び出たフロッピーが、リンを舌で絡め取って無力化に成功する。

 これに焦ったシシダの顎に、レッドライオットの拳が叩き込まれて勝敗は決した。

 

 最終的に気絶したのはシシダとシオザキの二人だが、ツブラバとリンももう動けない。念のためチャージズマが追加で電撃をかけたため、意識はあったとしてもしばらくは動けないだろう。

 

 その間に、三人は悠々と――とは言っても迅速にではあるが――自陣に帰還。それぞれを檻に入れたところで、ブラドキングが試合終了のアナウンスを悔しげに発したのであった。

 




本作では体育祭で上鳴VS塩崎がなかったので、彼女が天敵ということを知らないままのチャージズマでした。
あと、何かと武器にされがちな本作の切島くん。彼ならたぶんそういう個性の使い方もアリって許してくれると信じてる。

しかし書いてて毎度思うけど、フォースと接触発動型個性の組み合わせが強すぎる。おかげで戦力のバランスをいかに取るかが難しくて困る。
いやまあ、理波の個性はフォースと組み合わせたときの相性の良さも考慮して決めたところあるので、ある意味必然ではあるんですけど。

それはそれとして、原作キャラの個性がフォースで強化されたらどうなるか、を妄想するのは楽しいんですけどねー。
個人的なイメージだと、フォースによる個性の強化は個性因子の活性化=個性数値の上昇という感覚で書いてます。
なので、発動型と増強型の個性はイメージしやすい。シンプルに許容量の増加とか、発動時間の増加とか、威力の上昇とかになる感じ。
逆に異形型は想像がしづらいね。梅雨ちゃんみたいに特異な能力をほぼ持たない個性の場合は、身体能力の増加くらいだろうけど基礎値が高いから強化率エグそう。
ただし、ワンフォーオールはたぶんフォースで強化しちゃいけないやつ。身体が物理的にパーンってなる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.A組VSB組 3

「反省点を述べよ」

 

 フィールドから戻ってきて、開口一番にイレイザーヘッドが淡々と言った。

 

「情報の取得と取捨選択に手間取ったことで、乱戦中のみなの動きに伝えるまでラグが発生してしまいました。乱戦状態における認識能力を、より強化すべきと考えております」

「戦う相手の優先順位づけが甘かったッス。今までは相手にケンカする気がねェと戦いづらかったから下手なこと考えずに済んでたけど、なまじ高速の移動手段が手に入ったから欲張りすぎた」

「私も似たような感じ。バタバタしちゃった。同規模の、けれど性質の異なる脅威が複数あったときの咄嗟の判断力がもっと必要だと思う。理波ちゃんの手を煩わせることなく勝ちたかったわ」

「俺はパーフェクトだったっしょ!? ……って言いたいとこだけど、困ったら電撃ブッパする癖はマジやめたほうがいいなって、改めて思ったッス」

 

 これに応じて、私たちは各々感じたことを素直に述べた。訓練だからな。問題点の洗い出しは必要だ。

 

 その内容に異論はないようで、イレイザーヘッドはどこか満足げに頷いた。わかっているようで何より、とでも言いたげである。

 

「増栄は大抵のことができる分、どんな役を担ってもいいようあらゆる要素が高い水準で求められる。地力の向上は永遠の課題と言っていい。中途半端で終わらせるなよ」

「はい、マスター」

「切島と蛙吹、ミスをしない判断力は当然必要だが、ミスを必要以上に恐れることはない。ミスをした際どうカバーするか、いかに早くカバーできるか、そこも忘れるな」

「押忍!」

「ケロ」

「上鳴は自覚通りだ。お前の”個性”はシンプルに強いが、シンプルな分対策は比較的容易だ。搦め手をもっと考えていけ」

「ウィッス!」

 

 流れで、それぞれが端的な指摘をいただいた。相変わらず必要最低限の簡潔な物言いではあるが、彼のこういう言い回しにはもうA組は慣れているので、特に思うところはない。

 最後に「必要以上の損壊を出さずに済ませたところは評価する」とのお言葉をいただき、私たちは解散となる。

 

 少し離れたところでは、対戦した四人がブラドキングから同じように講評を受けていた。ただ、どうやらブラドキングはイレイザーヘッドほど淡白ではないようで、一人一人にかける時間が長くまだ終わっていない。

 とはいえ、漏れ聞こえる範囲では内容に無駄なところはほとんどないので、イレイザーヘッドと比べてどちらが優れているかは断言しかねる。これについては、単純に受け手の好き嫌いでしか比べられないだろう。その様子を、我々A組は興味深く見聞きしていた。

 

「では第二セット、チーム2! 準備を!」

 

 やがてブラドキングの講評も終わり、続きが始まる。両クラスの第二チームが、フィールドへと向かっていった。

 

 それとは別に、出番が後に控えている残りのチームは車座になって打ち合わせをし始める。試合が始まればそちらに集中するが、位置に着くまでに多少生じる空き時間に作戦を少しでも練っておこうという魂胆だ。これはどちらのクラスも変わらないので、やや両クラスには物理的に距離ができている。

 

 一方、既に試合を終えている私たちにそういう時間は必要ないので、互いの健闘を称え合いつつも他から距離を取り、第二セットに臨むチームメンバーについてあれこれと話し合うことにする。

 

 途中、ヒミコと目が合った。彼女はうっとりと笑みを浮かべつつ、「かっこよかったですよぉ」と口パクで伝えてきたので、私もぱちりと片目を閉じて応じた。ヒミコが一瞬、きゅんと蕩けた顔をする。

 

 なお、それを目撃したミネタは観音菩薩のような微笑みを浮かべて神速で合掌すると、重力に逆らう緩やかな動きで顔から地面に倒れ込んでいた。いくつかのもぎもぎが、空中に一瞬とどまってからそのあとを追う。

 

 ううむ、ウララカは触れていなかったはずなのだが。いよいよミネタの境地は人の域を超えて、悟りに至りつつあるのかもしれない。

 私とヒミコのあれそれでなぜとは思うし、仮にそうだとしてこんなことで物理法則に干渉するなとも思うが。

 

 ただ、この超人社会で何事かを極めるということは、人の限界を逸脱しても何もおかしくはないのだろう。

 それはそれとして、ぜひとも見なかったことにしたいけれども。ミドリヤが慌てて受け止めて、怪我もなかったことだし。

 

 ……話を戻そう。

 

「ちなみにそっちから見て、あのチームで誰が一番厄介だと思う?」

『八百万さん(だな)(だ)(ですぞ)(です)』

 

 放たれたキリシマの問いに対するB組の答えは、満場一致らしい。

 

 逆に同じ問いを受けた私たちの答えは、バラバラである。何せB組のことをいまだによく知らないのだ。それぞれが抱いている印象で、答えは容易に変わるものだ。

 

 ちなみに、私の答えは「チームの中枢という意味でケンドー、純粋に”個性”という意味でコモリ」だ。

 

 前者は言うまでもなく、あのモノマを御せているだけでも十分警戒に値するからだ。少し離れたところでテツテツが似たようなことを言っているのが聞こえたので、これは間違いないだろう。

 

 後者は、シンプルにフォースユーザーの天敵だからである。

 

 フォースによる感知、索敵は、生物と非生物の反応の違いを糸口に行うものだ。生物に対しても、種族や個体ごとに差が生じるため、それによって区別することができる。

 だがそれゆえに、生物が非常に多い場所――たとえば昼間の新宿駅など――では、感知精度が下がる。反応するものが近い上に多すぎて、一つ一つがわからなくなるのだ。

 ひどいときには、集まりすぎてまったく違うものに感じられることすらある。一つ一つはただの色の点でしかないのに、集まると一つの画像になるデジタルデータのように。

 

 そして、キノコは言うまでもなく生命だ。もしもそれを自らの意思で大量に、自在に生やし続けられるとしたら、脅威でしかない。

 コモリが今どれくらいの規模で”個性”を扱えるかはわからないので、まだ天敵とは呼べないかもしれないが……安心する材料にはならない。最悪は常に想定しておくべきだろう。ああ、もちろんフォースとの相性云々は言わなかったが。

 

 ……そして、この懸念は現実のものとなった。第二試合、フィールドはその大半をキノコに覆われることになったからである。

 それは彼女一人で成し遂げたものではなく、オノマトペの内容を現実化するフキダシの”個性”との組み合わせがそうさせたのだが。いずれにせよ、敵対するにはいささか以上に躊躇する光景であった。正直な話、彼女と当たらなくてほっとしている。

 

 なお試合の結果としては、僅差ではあったがB組の勝利だった。

 

 前半は、黒に潜むという”個性”のクロイロを無効化するためにハガクレ……インビジブルガールがフィールドを透明化するなどして度肝を抜き、相手の策を盤ごとひっくり返したことで優位に進めていたのだが……前述のフキダシによって司令塔であるクリエティが分断されてからじわじわと逆転されていった。

 

 これについてはやはり、キノコによるフィールドの支配が強かった。インビジブルガールもところ構わず新しく増え続ける大量のキノコまでは透明化できなかったし、Can't stop twinklingのレーザーは金属の配管などはともかくキノコでは反射されず、攻撃範囲が狭められた。

 それでもツクヨミが獅子奮迅の働きで二人を無力化するところまでは迫ったのだが……まさかコモリの”個性”の有効範囲が生物の体内にまで及ぶとは。

 

 もちろん体内とは言っても、切り開きでもしないと外気にさらされない臓器などには無理だろう。

 しかし人間の「体内」には、唯一外気が触れ得る場所がある。呼吸器官だ。そこをキノコで攻められてしまったら、人間にはどうすることもできない。生理的な肉体の防衛反応は、意思でどうにかできるものではないのだ。

 

 そしてこれによって身動きが取れなくなったツクヨミは、捕まえた二人を手放してしまい脱落。Can't stop twinklingも同様の道を辿った。

 実に恐ろしい。コモリとの接近戦は絶対にしたくない。

 

 一方のクリエティは、分断された先からも他のメンバーをかなりうまくサポートしていたが……そちらに回ったケンドーのほうが肉弾戦は上手だった。一矢報いはしたが、順当と言うべき形で敗北していた。

 

 残るインビジブルガールはフキダシの無力化には成功していたが、檻に向かっている最中にクリエティを下したケンドーに見つかり、逆に捕まってしまい脱落である。

 

 そういうわけで、数値で見ると結果は0-4でA組の敗けだ。ただここまで述べたように、戦闘という形で見れば拮抗した勝負だった。敗けはしたが、得るものは非常に多い試合だったと言うべきだろう。それは相手も同様だ。

 

 続く第三セット。静かな滑り出しかつ、互いに互いを出し抜き合う頭脳戦でもあった第二セットとは打って変わって、こちらは正面からの激しい真っ向勝負となった。

 

 そもそも、ショートがいる時点でA組側の攻撃は大規模になりがちである。”個性”の出力という点で見れば、彼はクラスでも一番の力の持ち主だからだ。

 

 しかし、それであっさりと勝負がつくほどB組も柔ではない。入学直後ならいざしらず、既に半年以上訓練を積んできているのだ。ゆえに、ショートの氷は対応され攻撃は有効打足り得なかった。

 

 おまけにその対処が、ホネヌキの”個性”である。彼の”個性”は「柔化」であり、触れたものを柔らかくするというもの。これにより、氷漬けにされたものも問題なく脱出できるようになってしまったのだ。

 

 彼はそのついでに周辺や地面も柔らかくしていたため、氷の対処に追われている間に分断して各個撃破を考えていたA組メンバーの当ては完全に外されてしまった。

 その流れでショートはテツテツに、テンタコルはツノトリに、テイルマンはカイバラに押さえ込まれ、全員が一対一に持ち込まれたのである。

 

 インゲニウムダッシュに至っては、”個性”をうまく使われ氷の中に閉じ込められてしまったが……レシプロバーストの時間制限を大幅に伸ばした彼は、エンジンを噴かせて強引に氷を突破した。

 ホネヌキも、目にもとまらぬ動きを続けるインゲニウムダッシュとの戦いを避けたため、フリーになった二人がそれぞれどこの戦いに援護に入るか、入ったあとどのように動くかが趨勢を左右することになる。

 

 インゲニウムダッシュは、最初にテイルマンとカイバラの戦いに介入。互角の戦いをしていたところに死角から入り、カイバラを一気に檻へと移送してしまった。ここはお見事と言うべきだろう。

 

 一方、ホネヌキは潜んでいた。テイルマンはテンタコルの加勢に向かい、一度はツノトリを確保するに至ったが……ホネヌキはその瞬間まで柔らかくした地面の中に潜んでいたのだ。

 そこからの奇襲によりテンタコルは地面に足を取られて移動をほぼ禁じられ、テイルマンはツノトリを捕縛することこそできたが彼女に”個性”を発動する機会を与えてしまった。

 

 ツノトリの”個性”は、頭部に生える角を最大で四本発射・操作するというもの。つまり、身体を尻尾で縛られていても発動が可能だ。

 かなりの操作性を誇るこの角を、ツノトリは捕縛しているテイルマンの尻尾に突き刺して自分ごと檻へと運んでしまった。テイルマンにとって、尻尾できつくツノトリを拘束していたことが仇になった形である。

 

 残るショートとテツテツの戦いは、相討ちだ。身体を鋼鉄化する”個性”のテツテツにとって、ショートの半冷半熱は立ち向かえる程度の脅威でしかなかったのである。

 正確に言えば、どちらもまったく引かずに超高温の炎の中で殴り合いをしていたところに、ホネヌキが割って入って両者の手を止めさせた形だ。

 

 そのホネヌキも、戻って来たインゲニウムダッシュによって気絶に追い込まれたわけだが……ホネヌキは最後まで諦めることなく”個性”を使い、インゲニウムダッシュをコンクリートの下敷きにして相討ちとなった。

 

 最後はホネヌキが気絶したことで”個性”が解け、解放されたテンタコルが自由になったが……ここでツノトリは仲間諸共空中高くに離脱した。

 このままでは気絶した仲間を守り切ることはできず、しかし敵を檻まで運ぶだけの余力もないと判断した彼女は、引き分けに持ち込むことにしたのである。

 

 そしてその目論見は成功した。テンタコルには遠距離攻撃手段がないため、試合は引き分けに終わることになる。

 

 もちろんこの判断に否定的な意見が出なかったわけではないが、戦いにおいては勝つことよりも負けないことのほうが重要となる場面は往々にしてある。ツノトリの判断は決して間違いではないだろう。

 

 なおこの試合、ほぼ全員が怪我人となったため大半が保健室へ移送というオチがつく。そのため彼らへの講評は後回しとなり、ほとんどシームレスに第四セットへ進むこととなった。

 




第二試合、第三試合はほぼ原作通りです。特に第三試合は理波たちの影響が薄いメンバーが集まっているので、なおさらですね。

そして前触れなくさらっと明かされる飯田くんのヒーローネーム。
本作ではインゲニウムが引退していないので、そのままは名乗れません。なのでダッシュを付け足す形に落ち着きました。
ダッシュとはそのものずばり、走ることです。エンジンを脚部に持ち、速さに存在意義を見出している彼にはお似合いでしょう。
さらには’の意味もあります。これは数学的な意味では類似のものであることを示すものであり、試験的な評価の意味では元のものより一段階下がることを示すものです。
つまりこのネーミングは、兄であるインゲニウムのようになりたい、追いつきたい、という飯田くんの在り方を如実に示すトリプルミーニングなのでした。

峰田?
あいつはもう、なんていうか、「目覚めて」しまったんだよ・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.A組VSB組 4

 そして続く第四セット。こちらは、キングダイナことバクゴーが終始圧倒的な試合運びを見せた。

 

 出だしこそ一人先頭を行くキングダイナに他三人が合わせるという、独断専行型の動きだった。いかにも独裁な暴君とそれに従わされているその他、という様子に見えたことだろう。

 

 それはB組側の予想通りの動きでもあった。予想通りだったからこそ、B組側は事前に立てた作戦を変えずに戦闘を開始した。体育祭でのキングダイナを見ていれば、そう予想することはおかしくないだろう。

 作戦も、決して悪くなかった。まともに正面から戦ったら勝てない相手に対して、策を講じることは当然の話。一人が突出して行動するワンマンチームであるなら、そこを基点に隙を広げていくように執拗な立ち回りも有効だったに違いない。

 

 しかし、キングダイナはわかっていた。自身の性格も、戦闘力を警戒されていることも……周りが自らをどのように見ているかも。そんな()()に沿った行動した場合、相手側がどう動くかもわかっていたのだ。

 だから彼は、それを利用した。つまりこの試合、ほとんどすべてキングダイナの考えた通りに推移したと言ってもいい。

 

 試合が始まってすぐ。自らの身体を何十ものパーツに分割して操ることができるトカゲは、それによって無数の小さな音を立て続けることでイヤホンジャックの索敵を無効化しつつ、キングダイナを襲った。

 普通であれば、的が小さすぎる上に数が多い攻撃は防ごうと思っても防げるものではない。だが、キングダイナはフォースユーザーとして覚醒している。どこからどのように襲ってくるかがわかる以上、トカゲの攻撃はただキングダイナをその場にわずかな時間足止めにする程度の効果しかなかった。

 

 作戦が失敗したと判断したB組は、ここで一斉に一時退却を選んだが……残念ながら、キングダイナは仕切り直しを許さなかった。

 彼は戦いの中でこそ最も意識を集中させる男だ。それこそフォースには必要なものであり、ゆえに戦いが実際に始まって意識が研ぎ澄まされた彼は、直感だけで周囲に敵が潜んでいることを看破して見せたのである。

 

 これによって、カマキリとボンドの二人はキングダイナ以外の三人を相手に数の不利を強いられることになる。抜群のチームワークと、搦め手としての性能が高いセロファンとピンキーの”個性”を十分に発揮して、三人は相手を順当に下すことに成功した。

 

 一方、トカゲの撤退を支援しようとしたアワセは失敗して放置されていた。ものをくっつける”個性”の持ち主である彼は、トカゲを追いかけるキングダイナを壁や煙突などにくっつけて妨害する予定だったようだが……フォースユーザーに奇襲はまず成功しない。逆にカウンターを入れられ、手痛いダメージを受ける始末である。

 

「あとは任せた!」

 

 そんなアワセを、キングダイナはそう言い残して放置した。

 アワセも痛みなど何するものぞと言わんばかりにすぐ体勢を直していたが、任せたという発言から近くに他の敵が追いついてきていると思って足を止めてしまった。他の三人はカマキリとボンドとまだ戦っている最中だったため、実際は周りに誰もいなかったのにもかかわらずだ。

 

 これにより、アワセはキングダイナを追いかけるにしても、カマキリとボンドを助けに行くにしても中途半端な地点に一人で取り残されてしまった。

 それでもすぐに気を取り直して、カマキリたちを助けようと動き出した点は褒められるべきだろう。空中を飛行できるキングダイナには、機動力を底上げする手段を持たないアワセではまず追いつけない。だからこそ、彼の判断は正しいと言っていい。

 

 問題はアワセが到着したとき既に二人は拘束されていたことと、その少し前から彼の接近はイヤホンジャックによって完全に把握されていたことだ。結果、彼はイヤホンジャックの音撃を不意打ちで、しかも至近距離から喰らう羽目になる。

 

 その間にキングダイナはトカゲに追いつき、苛烈な攻撃で彼女を戦闘不能に追い込んだ。フォースユーザーらしい、一分の隙もない戦い方であった。

 

 逆にトカゲにとっては、差し向けられた身体の一部を的確に撃ち落としながら少しずつ距離を詰めてくるキングダイナの姿は、さぞ恐ろしかったことだろう。将来、キングダイナがヴィランっぽい見た目のヒーローランキング一位を取る未来が誰の目にも見えたと思う。

 

 なお、フォースが使えなかったとしても、この勝負は恐らくキングダイナたちの勝ちだっただろう。戻って来た彼にその点を尋ねたら、「そのときゃ救けて勝つだけだ」と返してきたからな。

 わかりづらい物言いだが、要するにチームメンバーのことを何かあったときは救ける仲間であるとはっきり認識しているということだ。そこを理解できているならば、フォース以外が同じ条件の戦いで負けることはないだろう。所要時間はもう少し長かっただろうとは思うがね。

 

 そして、最後の試合となる第五セット。トランシィことヒミコの出番である。

 これがまたなんと言うか、かなり強引な戦いであった。

 

 というのも、A組側。地面に固定されているはずの激カワ据置プリズンを、なんと敵陣に持ち込んだのである。

 

 いや、それだけならまだよかった。私も考えたし。

 だが、相手側の檻を破壊するのはダメだろう。確かに激カワ据置プリズンの移動も破壊もルールで禁止されていなかったので、反則ではない。反則ではないが……それはただ言及されていなかっただけだ。あまりにも力業がすぎる。

 

 流れとしては単純。トランシィがライトセーバーで激カワ据置プリズンを地面から切り離し、ウラビティがそれと共に全員を無重力化。最後にデクが全員を持ち上げ、グレープジュースが設置したもぎもぎを発射台にして敵陣まで一気に突入した。それだけだ。

 

 だが、強引ながらもB組側の動揺は相当なものだったろう。誰もそんなことをするとは予想していなかっただろうからな。彼らはまだ仕掛けも配置も途中の状況で、空から奇襲されたのだから余計に。

 

 おまけにそんなところへ、激カワ据置プリズンの破壊である。相当に動揺を誘ったことだろう。ライトセーバーがユニバーサルカッティングツールと呼ばれた所以が遺憾なく発揮され、目の前で激カワ据置プリズンを消滅に近いレベルで破壊されたB組側の心境たるや、察するに余りある。

 

 何せこの試合、勝利条件は「相手側を全員檻の中に入れること」だ。それが不可能になった上に、すぐ目の前に相手側の檻があるとなれば、焦らないものはなかなかいないだろう。

 おまけにその状態で、ワンフォーオールを発動させたデクが縦横無尽に暴れるのだ。もはや悪夢か何かだと思う。

 

 発案はまず間違いなくトランシィだろうな。強引かつルールの穴を突くやり方は、あまりにも暗黒面すぎる。

 ただし、檻の破壊は独断と見た。運搬はまだしも、破壊はさすがに提案したところでデクたちが了承するとは思えないのだ。そこも含めて、確信犯だろう(正用、誤用両方の意味で)。

 

 ただ、途中でデクの様子が明らかにおかしかった点は気にかかる。モノマが苦し紛れに放った挑発――という名の罵倒、もしくは誹謗中傷――を受けて、突然身体から黒いエネルギー状の鞭のようなものがあふれ出し、本当の意味で暴れまわったのである。

 昨夜、”個性”が暴発したらしいことは聞いていたから不審に思ったし、デクも内心で悲鳴を上げていたからすぐに試合を中止するよう言おうと思ったのだが……私や教師陣が止めに入るより早く、ウラビティに要請されたトランシィがどうにか鎮めていたので、危うい場面だったことに気づいた人間はオールマイトとバクゴーくらいだったのではないだろうか。

 

 あともう一つ、気にかかることがある。トランシィが私に再変身した瞬間に、私の胸が一瞬ひどく痛んだことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだが……一秒にも満たない一瞬だったので、何が何やら。一応、授業が終わったら保健室に行くつもりだが。

 

 話を戻そう。トランシィの鎮め方だが、最初こそフォースイレイザーを用いたものだったのだが、やはりワンフォーオールは出力が大きすぎるのだろう。鎮めきれず、仕方なく全力の全能力増幅からの全力のマインドトリックと耐性のマイナス増幅で、これまた強引に鎮めていた。

 

 ウラビティが全身を使ってデクを押さえ込んでいなかったら、たぶん捉えきれず失敗していただろうな。

 それを目の当たりにしたグレープジュースが、試合後不動明王もかくやな怒りを顔に張り付けていたのは、いつも通りのご愛嬌と言うべきだろう。私とヒミコが絡まないところでは、性欲の権化なのだ彼は。

 

 ああ、試合はA組側の勝利である。デクの暴走によって、相手側の大半が戦闘不能に追い込まれたのだ。怪我の功名と言えばいいのか、いささか悩む状況であるが。

 

「えー……とりあえず、緑谷。何なんだお前」

 

 そして講評の時間。イレイザーヘッドが開口一番にそう言った。これは全員の代弁でもあっただろう。

 

「僕にも……まだハッキリわからないです」

 

 対するミドリヤの答えはこれだ。

 まあ、それはそうだろう。昨夜の件もまだよくわかっていないのだ。いきなりのことに困惑するばかりだったろうな。

 

「力が溢れて抑えられなかった。今まで信じてたものが突然牙を剥いたみたいで……僕自身、すごく怖かった。でも麗日さんとトガさんがとめてくれたおかげで、そうじゃないってすぐに気づくことができました」

 

 彼はそう言って、二人に交互に顔を向ける。二つの笑顔が彼を出迎えた。

 

 ……ヒミコはなぜかまだ私に変身したままだが。

 

「麗日さんが押さえ込んでくれなかったら、トガさんがフォースで意識を誘導してくれなかったら、どうなるかわからなかった。本当に訳わかんない状態だったから……二人ともありがとう!」

「気にするな……と言いたいが、君はそれでも気にするのだろうな。だから、うむ。どういたしまして、と言っておこう」

「そうだね。うん、どういたしまして!」

 

 その後は迷わず一直線にミドリヤに飛びついたウララカのことを、アシドがからかいに行くという一幕もあったが。

 

 ともかくそういうことで、ひとまずワンフォーオールの暴走については一旦終わりということになった。ミドリヤについては恐らくこの後、オールマイトを中心にして話し合いの場が持たれるのだろうな。

 もしかしたら、私たちもそこに呼ばれるかもしれない。ワンフォーオールについて大体のところを教えられているし、昨夜の件についても間近で現場を目撃しているからな。

 

 ひとまず昨夜のことについて、先に考えをまとめておくか……と考え始めたところで、授業もお開きになったのだが……ヒミコがいまだに変身したままだ。どうやらまたなりきり癖が出ているらしい。

 私はやれやれと思いながらも苦笑を浮かべ、こちらに近づいてきた彼女に声をかけることにした。

 

「「ヒミコ、いつまで私に変身しているつもりだ?」」

 

 ……そして、互いにまったく同じ言葉を口にして。それを聞いた私たちは、同時に硬直した。

 が、すぐに理由に思い当たって改めて苦笑する。やはりそれも同時だ。

 

 どうやらまた、私になりきりすぎているようだ。とはいえこれ自体は前にもあったことなので、焦ることではない。

 好きな人と同じになりたい、という彼女の深層心理については理解しているしな。もちろん、以前彼女に話した通り、あまり私としては嬉しいことではないのだが。

 

 とはいえ、ミドリヤの暴走は突然で、緊急事態だった。その対処のためにも、いつも以上に没入するのも無理からぬことか。

 仕方ないなと思いつつ、私は気を取り直して改めて声をかける。恐らくは、ヒミコにとっては殺し文句であろう言葉を。

 

「「君の想いは理解している。だが前にも言った通り、それだけは許容できないんだ。なあ、そろそろ愛しい君の姿を見せてくれ」」

 

 だがそれがヒミコの口からも出てきたことで、私たちは今度こそ本当に硬直した。

 




心操くんがいないのに、どうやってワンフォーオールの暴走をとめるのかと思った方もいらっしゃるかもですが、あいにくとフォースで似たようなことができるのですよねぇ。
もちろんデクくんのような意思の強い人には効果薄いですが、そこは増幅との合わせ技で。暴走中の動揺した精神の隙を突くのと、バフデバフを全開にすることで対処です。
逆に言えば、心操くんはワンフォーオールの覚醒初期段階におけるストッパーを担うキャラなので、二次創作する立場からすると下手に体育祭で彼を予選敗退させられないんだなって書いてて思いました。
なんなら第二次全面戦争編でも彼には役割があるので、そこまで話を続ける場合ますます彼を外せなくなるっていう。
解決手段が最初から存在するクロス先を選んだボクは、きっと運がいいのでしょうね・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.個性とフォースの悪魔合体

「「……え?」」

 

 相変わらず同時に、声が出る。恐らくは互いに向けている目の色も、表情も、同じなのだろう。

 

「「いや……何を、何を言っているんだ。君はヒミコだろう」」

 

 そして考えていることまで同じらしい。

 

 いや、これはもう同じというより、もはや私そのものと言ってもいいかもしれない。元々ヒミコの変身は見た目の上では完璧なもので、ここ数か月は意識しているいないにかかわらず私になりきろうとしていたことを考えると……”個性”の暴走、事故と見るべきか。

 こんな事態に陥ってしまうとなると、好きがすぎて好きなものそのものになってしまいたくなる、というヒミコの気質は”個性”由来と見て間違いなさそうだ。好きな人と同じものを身に着けたいという感覚は私にも理解できるが、彼女のそれは明らかに逸脱した域にあったからな。

 

 と、いうような思考は今すべきでないことはわかっているのだが。どうにも考えてしまうのは、現実逃避というやつか。どうやら私もかなり動揺しているらしい。

 だが、このまま放っておくことはできない。なんとかしてヒミコには変身を解いてもらわなければならない。

 

 となると……まずは、彼女に自分がトガ・ヒミコであるということを認識してもらう必要があるか。であれば……。

 

「「一緒に装備を確認しよう。ヒミコの変身は完全に再現するものだが、自分が元から身に着けていたものは消えない。装備が多いほうがヒミコだ」」

 

 喜ばしいことではないが、意思の疎通に齟齬どころか一切のタイムラグがない点だけはありがたい。

 

 そういうわけで、私たちはお互いが身に着けているものを確認することにした。まあ、すぐにライトセーバーの所持数に違いが見つかったため、答えは出たのだが。

 

「……私がヒミコ、か」

 

 二本のライトセーバーを手にした目の前の私が、ため息交じりに言った。思考回路まで完全に私に変身しているのだとするならば、信じがたいものの突き付けられた現実は覆しようがないため、ひとまず受け入れられたのだと思う。私が同じ立場だったら、きっとそう考える。

 

「どうだ? 変身の解除はできそうか?」

 

 そんな彼女に、問いかける。無理だろうなと思いながら。

 

 実際、答えは否だった。ヒミコが緩やかに首を横に振った。

 

「今の私は、どうやら完全に理波になってしまっているようだ。増幅については知り得る限りのすべてを理解しているが……他人の”個性”の使い方は想像すらできそうもない」

「やはりそうか……」

 

 だろうとは思っていた。”個性”とは身体機能であり、本来は生まれつき備わっているものだ。ワンフォーオールやオールフォーワンが例外なのであって、歩行や呼吸のように教えられずとも身体に染み付いている機能なのだ。

 

 だが”個性”はその名の通り、個々人の人格を形成する要素でもある。この特殊能力には、一つとして同じものはない。系統が同じものであれば似通うが、そうでないものは根本からして異なるだろう。

 だからこそ、自分のものではない”個性”を使うということは、普通困難極まることなのだ。強い好感を持つものに変身したとき限定とはいえ、他人の”個性”を使用できるヒミコはすごいことをしているのである。

 

 しかしそれも、ヒミコがヒミコであるという己の軸をしっかり持っていてこそ。思考どころか意識まで変身してしまったとあっては、そうした使い方ができないだろうという予想は難しいことではない。

 

 ……などとあれこれ述べたが、これは別に現実逃避ではない。なぜなら、既に私の中では最適解は見つかっているのだ。最初にそれをしなかったのは、頼らずに済むのであればそのほうがいいからである。

 そしてその答えには、私の姿をしているヒミコも同時に辿り着いたはずだ。

 

 だから私たちは同時に頷き合うと、これまた同時にイレイザーヘッドのほうへ駆け足で向かった。

 

「「マスター! 申し訳ありませんが、『抹消』を私たちにかけていただけないでしょうか!」」

「は?」

 

 つまりはそういうことである。

 変身中のヒミコであっても、イレイザーヘッドであればその”個性”によって強制的に変身を解除させることができる。それは今日までの学生生活で何度も見ているから、間違いない。

 マスターの手を煩わせることにはなるが、かくなる上はこれが最も確実な方法というわけだ。

 

 かくかくしかじか、と相変わらず一言一句同じ言葉を同時に発する私たちに、イレイザーヘッドの目の焦点が一瞬だけ遠くなった。

 気持ちはわからなくはない。わけがわからない状況だろう。

 

 しかしすぐに表情を引き締め直すところは、さすがと言うべきか。事故は事故だからな。

 

「……ったく。俺はドライアイなんだ、あんまり使わすんじゃないよ」

 

 彼はそう言いつつも、”個性”を発動した。髪が逆立ち、赤く光った瞳が私たちを見据える。

 

「……何?」

「「そんなバカな!?」」

 

 だが、それでも。

 

 イレイザーヘッドの「抹消」をもってしても。

 

 ヒミコの変身は、解かれることがなかった。

 

***

 

 その後私たちは、すぐさま保健室に運ばれ検査を受けつつ、リカバリーガールの監督の下でもう一つの変身の解除方法……時間経過を試すことになった。

 

 ヒミコの”個性”である「変身」は、変身していられる時間に制限がある。通常であれば、コップ一杯ほどの血でおよそ一日ほど。そしてその制限は、変身先の”個性”を使えば使うほど、比例して短くなるという性質を持つ。

 ただし、変身する相手への好意が強ければ強いほど、変身していられる時間は伸びる。最愛である私への変身は、コップ一杯もの血を用いれば丸々五日は余力を持って続けられるだろう。普通であれば、すぐにどうこうできるものではない。

 

 それでも、”個性”を使えば短縮できるのだ。特に私の”個性”は消耗の量を自由に調節できるので、比較的簡単に短縮できる。

 またこれは不幸中の幸いだが、昨夜は性交を中断しているので、今日はあまり血のストックは多くなかったはず。だからこそ、イレイザーヘッドの抹消が効かなかったとしても、これでなんとかなるはずだ。

 

 そう、思っていたのだが。しかしどれほど増幅を使ってみても、ヒミコが元に戻る様子はなかった。

 それどころか、増幅のし過ぎでどんどん栄養が足りなくなり、遂にはリカバリーガールからドクターストップがかかってしまった。

 

 ここに来て、私は本格的に慌て始めた。思い浮かんでいた方法がすべて失敗した上に、これ以外の方法がもう思いつかなかったのだ。

 

「なんとか、なんとかならないのですか!?」

 

 意味のないことだとはわかってはいても、声を荒らげてしまう。それでも、明らかに狼狽している自分に対する呆れより、もしかしたらヒミコはもう……というネガティブな思考に対する怯えのほうが勝った。

 しかしそんな状態でも思考がとまることはなく……思わず想像してしまった最悪の事態に、血の気が引いていく感覚がはっきりと全身に刻まれる。

 

 対して、リカバリーガールは静かに首を横に振った。リカバリーガールがいかに優れた医療ヒーローとはいえ、保健室は所詮保健室だ。病院と比べると医療施設としては何段も下がる。ここではもう、できることはなかった。

 

 かくして、ヒミコは雄英から最も近い総合病院――エリが入院していたところだ――に緊急搬送されることになった。イレイザーヘッドと、それから初めて見るケースだからとリカバリーガールも念のため同行した。

 

 本来であれば、それ以上の同行者は不要だったろうが……ヒミコが変身しているのが私であるため、増幅についての意見や知識も求められるかもしれないからということで、私も同行することができた。

 それがなかったとしたら、きっと何が何でも同行していただろう。もしかしたら、強引にでもついていったかもしれない。それを考えると、口実が存在していてよかったというべきか。

 

「い、一体何がどうなったらこんなことになるのやら……」

 

 病院に到着してから、およそ一時間後。ヒミコのことをあれこれ調べた医者が、私たちの前で口を開く。

 

「事故が起こる少し前のトガさんの個性数値が、とんでもないことになっている。具体的には、一般人のおよそ五十倍……最前線を走るトップクラスのヒーローと比べても、十五倍近い数値を出しているんだ」

「……ただの個性事故じゃあないね。ただ”個性”が暴走しただけじゃ、こんな数値は絶対出ない」

「授業開始前の段階で、これです。恐らくですが、事故が起きた瞬間の数値はもっと高いものだったかと……」

「だとしたら、とんでもない数値だよ。たぶん、”個性”ってものが世に出て以来、最高って言っていいくらいの数値が出てたはずだ」

 

 医者の言葉を継いだリカバリーガールも、険しい表情だ。

 彼女の内心からは、「全盛期のワンフォーオール並みか、下手したらそれ以上」という声が聞こえる。なるほど、そんな精度と出力で変身してしまったら、完全な変身も可能だろう。

 

 その後も説明は続くが、対する私とヒミコは相変わらず同じ顔、同じ表情、同じ思考で二人の言葉をほとんど聞き流していた。

 

 驚愕、混乱、狼狽、そう言った状況であることは否定しない。だが、最も当てはまる言葉を一つ選ぶとしたら、それは呆然だろう。人生が二度目ゆえに実年齢より高い思考能力が、二人の言葉だけでおおよそのことを理解してしまったのだ。

 そしてその原因も、おおむね見当がついてしまう。私だけがわかる原因だ。だから呆然と、話を聞き続けることしかできない。

 

 ……”個性”とは、何度も繰り返すが、身体機能だ。心肺能力や、思考能力のような、人体に生まれつき備わっている機能。

 ゆえに……肉体に依存する機能であるがゆえに。

 

 ”個性”は、フォースによって強化できる。できて、しまう。

 

 ずっと、ずっと疑問には思っていた。私の「増幅」はフォースで目に見えて強くなるのに、ヒミコの「変身」ではそれらしい効果が見えないのはなぜだろう? と。

 単に増幅がわかりやすい能力だったからこそ、影響が顕著なのだろうとは思っていた。変身は、指標になるようなものが変身していられる時間や変身先の”個性”を使えるかどうかくらいしかなく……しかしそれは恐らく訓練で至れる範疇であるため、影響の範囲がどれほどなのか、見当がつかなかった。

 

 だから私は、それを。

 それを、あまり深く、考えてこなかった。私がフォースと”個性”を組み合わせて使っても、問題は何も起きていなかったから。

 そもそも目や耳で、そしてフォースで見ていても、わかる範囲で影響が見えなかったから。

 

 先例が私しかいないのに……私の経験が、他者に当てはまるとは限らないはずなのに。

 

 私は。

 私は、なんということを。

 

 私が、私がもっと、注意深くヒミコの”個性”を調べてさえいれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに!

 

「つまり、どういうことです?」

 

 続いていた話を遮って、イレイザーヘッドが問いかける。構わないから結論を言い切ってくれ、とでも言いたげに。

 

 対して、私は息がどんどん荒くなっていく。動悸が激しい。嫌な汗もとまらない。きっと今の私の顔は、青いを通り越して白い。

 

 ああ、嫌だ。お願いだからやめて、やめてくれ。

 その先を、その先の言葉を、私は聞きたくない!

 

「……イレイザーヘッド。言いづらいのですが」

「……この子。下手したら、もう二度と元に戻れないかもしれないよ……」

 

 けれど、医療従事者たちがそれをとめるはずはなく。

 

 こうして、私は目の前が真っ暗になった。

 




というわけで、ずっと頑なにタグにつき続けていた「個性とフォースの悪魔合体」がようやく本当の意味で発揮されました。
フォースブラストも、フォーススリープも、フォースイレイザーも、すべては前振りに過ぎなかったのです。

原因不明のデクくんのピンチ+お茶子ちゃんからの懇願+「限界を超えないと助けられないだろう」という推測+「ワンフォーオールを鎮めるにはトガヒミコではなく増栄理波でなければ不可能」という認識+全力で変身+全力で増幅連打=個性とフォースが同時に限界突破
変身にフォースがどう影響を与えていたかといえば、原作以上に精度の高い変身を長時間ホイホイできていたことそのものが、フォースの影響です。
変身以外の外的要素によって個性が極限まで強化された上で、さらにプルスウルトラしたときに初めて起きる個性事故。それが今回の真相です。

個性くん「こいつが悪い」
フォースくん「こいつが悪い」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.最後の手段

 その日は、いつどうやって寮の自室に戻ったのか、よくわからない。気がつけば私は、暗い自室の真ん中で立ち尽くしていた。

 ウララカとハガクレとツユちゃんが付き添ってくれたような気はするが……断言できるほど明瞭な記憶はなかった。

 

 明かりのない部屋の中を、よろよろと歩く。そうして、力を失ったかのように椅子へ身体を投げ出した。

 

 頭が動かない。思考が働かない。

 身体も動かない。動かすだけの気力もなかった。

 

 だって、ここにヒミコがいない。ほとんどいつも、ずっと一緒にいたのに。

 ここに、この隣に。いつもいたのに。

 その彼女がいない。彼女は病院に検査入院しているから、戻ってこなかった。

 

 ……いや、仮に入院しなかったとしても、同じ心理状態になっていただろう。むしろ、そのほうが私は荒れたかもしれない。

 何せその場合、すぐ目の前に私がいることになるのだ。同じ心理状態であろう私が。それはお互いにとってよろしくないだろう。

 

 なまじ私とヒミコがフォース的に同質であるからこそ、余計にそう感じてしまう気がする。彼女が私になってしまっている今は、なおさらだ。それを思えば、一人でいるほうが幾分かマシだと思う。

 

 だとは、思うのだが。しかしそれを受け入れられるかは、また別の話だ。

 もちろん私に受け入れられるはずはなく、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできないでいる。

 

 彼女がいない部屋は、まるでがらんどうのように感じられた。あるいは、パワーセルを抜かれたドロイドは、こんな感じなのだろうか。

 益体もない考えがふと脳裏をよぎったが、そんなくだらないことを考えていないと本気で頭がどうにかなりそうだった。

 

 どうしてだろう? どうしてこんなことになってしまったのだろう?

 いや、原因はなんとなくわかっているけれども。それでも同じことを何度も何度も考えてしまう。

 

 どうしてヒミコが、こんな目に遭わなければいけないんだ。彼女が何か悪いことをしたわけでもないのに。

 

 こんなときこそ彼女を助けたくて、何かできることはないのかと必死になろうとするが、うまく頭が動かなくて。それがもどかしくて、悔しくて。

 

 何より寂しくて、悲しくて。気づいたら私は涙を流していた。

 

「ヒミコ……」

 

 彼女の名前を呼ぶ。普段なら、すぐに返事が来る呼びかけ。

 けれど、今は返ってくることはない。その事実に、ますます胸をえぐられるようで、切ない痛みが溢れてとまらない。

 

 それでも時間は無情に過ぎていく。何もできることがないまま、何も案が浮かばないまま、夜は更けていく。

 

 そして何もできなくても、何もする気になれなくても、身体には限界がある。

 苦しくて、悲しくて、寂しくて、切なくて、どうしようもなかったけれど。むしろそうした心の疲弊に呼応するように、身体もまた疲弊していて。

 

 気がつけば、いつの間にか翌日の朝になっていた。

 

 身体がぎしりときしむ。椅子でそのまま寝てしまったらしい。

 冬特有の寒さは、あまり感じなかった。気を利かせた14Oが、暖房を入れてくれたようだ。あと、掛布団も。

 姿を探せば、彼女は部屋の隅にある充電スポットで自主的にスリープモードに入っているようだった。下手に声をかけても自分では力になれないという判断だろうか。

 

 しかし何はともかく、寒さを感じずにはいられなかった。椅子で寝てしまったとはいえ、一人で眠るとはこんなにも寒いものだっただろうか……あ、ダメだ、また涙が出そうだ。

 

 しかしその瞬間、腹が鳴った。こんなときでも食事をせずにはいられないのは、生物のサガか。そもそも昨夜は食事をした記憶はないから、余計だろう。

 

 はあ、と深いため息をついて、椅子から下りる。とぼとぼと部屋を出て談話スペースに……向かう途中で、そういえば昨夜は風呂にも入っていなかったことに思い当たった。

 

 ……ダメだなぁ、私。本当に、まったくのダメ人間じゃないか。

 愛する人の安否がわからないというだけで、人間はここまでパフォーマンスが低下するのか。なるほど、ジェダイが恋愛を禁止するはずである。今まであれやこれやと言ってきたが、私はその本質を今の今まで理解した気になっていただけのようだ。

 

 それでも、それでも私はもう、ヒミコのいない生活なんて……。

 

「理波ちゃん」

「ひゃあ!?」

 

 そのとき、突然声をかけられて私は思わず跳び上がった。驚いてそちらに顔を向ければ、そこにはジャージに身を包んだウララカが。

 

 どうやら、これから日課のランニングに行くところだったらしい。それに気づいて、思わずほっと胸をなでおろした。

 

「えと、その……大丈夫……?」

「……あまり、大丈夫ではない」

 

 しゃがんだウララカに、顔を覗き込まれる。心配そうな顔が、私をまっすぐに見つめていた。

 

「今も、君の接近にまったく気づけなかった。大丈夫ではない、けれど……それでも、生きていたら腹は減るから……」

「……そだね。お腹空いてるとついついネガティブなこと考えがちだし、ひとまずはいつも通りにするのがいいと思う」

「うん……あ、それと……昨夜はありがとう。正直あまりよく覚えてはいないのだが……部屋まで付き添ってくれただろう?」

「気にしないでええよ。私にとっては当たり前のことやし」

 

 ウララカはそう言って、にへっと笑った。同時に、その手が伸びて私の頭に乗せられる。

 

「あのね、私も被身子ちゃんのことすっごく心配だけど……それでも、戻ってきたとき理波ちゃんがげっそりしてたら絶対被身子ちゃん心配するだろうから。もうちょっとだけ、がんばろ?」

「……うん」

 

 慈母のような表情に、私は頷く。

 

 ……そうだな。まだすべてが終わったと決まったわけではない。元々時間制限のある”個性”なんだ、ある日突然元に戻る可能性だってゼロではないはず。

 ”個性”自体がわりとなんでもありなものだし、解決する手段が見つかる可能性だってある。

 

 そうなったとき、私が潰れていたら間違いなく心配されるし、泣かれるだろう。それは本意ではない。ウララカの言う通りだ。

 

「あ、そうだ。昨夜のご飯、キッチンに残ってるはずだよ。ビーフシチューだったんだ。理波ちゃんのために残したやつやから、全部好きにしていいからね!」

「そうか。そういうことなら、ありがたくいただくとしよう」

 

 だから私は、きっとうまくはできていなかったとは思うけれど、なんとか笑みを浮かべてウララカに応じた。

 

「麗日さん……あ、増栄さんもいたんだ。おはよう」

 

 と、そこにミドリヤがやってきた。こちらもジャージ姿だ。二人の朝練は、途切れることなく続いているようで何よりである。

 

「おはようデクくん!」

「おはよう。……そう心配そうにしてくれなくても大丈夫だ。いや、本音を言うと正直厳しいのだが……ふさぎ込んでいても何かできるわけではないし、な」

「う、うん……その、無理はしないでね? 何かあったら、いつでも言ってくれていいから」

「うん……ありがとう。そのときは、よろしく頼むよ」

 

 そうして私がぎこちなくも笑うと、ミドリヤもにこりと微笑んだ。

 

 その後はランニングに出かける二人を見送り、私は一人キッチンに向かう。

 するとウララカが言った通りの状況だったので、ありがたく残り物をいただくことにした。

 

 家事能力の低い私だが、さすがにコンロの点火や電子レンジの起動くらいはできる。それだけできれば、残っていたシチューを食べるくらいは造作もない。

 

 温め直したシチューを前に手を合わせ、一人「いただきます」とつぶやく。その瞬間、一気に寂しさが爆発して胸が苦しくなった。

 

 それでもなんとか押しとどめて、スプーンを手に取る。

 ものをよそって口に押し込めば、味覚はすぐさまそれが美味であると伝えてきた。

 

 けれど、

 

「……違うん、だよなぁ……」

 

 抱いた感想は、違う、だった。

 

 確かにおいしい。何せランチラッシュの料理だ、一度冷えてしまったのだとしてもまずいはずはない。

 

 ただそれでも、私にとって一番の味は、もう固定されてしまっているから。だから、どうしても少し違うと思ってしまう。

 思ってしまって。

 

 すぐさま、ヒミコの料理が食べたいと思ってしまって。

 

「……っ、ぇう、うぅ……ぐす……っ」

 

 起きてから我慢していた涙が、溢れた。

 それでも、スプーンを動かす手はとめない。ちゃんとヒミコを出迎えるためにも、私は万全でありたい。そのために食事を抜くことはできない。

 

 もちろん、そう思ったところで涙をすぐにとめられるはずはないので、それはもう気にしないことにする。どうせぬぐったところで、すぐにこぼれてくるのだし。

 

 そうして開き直った私は、べそべそと泣きながらもどうにかシチューを完食したのだった。

 

***

 

 その後、食器類を片付けたところでミドリヤたちが帰って来た。そのまま汗を流しにシャワーを浴びるというウララカに連れられて、私も浴場に向かう。

 気を遣ってか、なにくれと声をかけてくれる彼女には、本当に感謝してもしきれない。優しい人だ。彼女の想いが無事に成就するといいなと、改めて思う。

 

 シャワーを終えた頃になると、起きてくるものもだいぶ増える。全員が全員――バクゴー以外――私を気遣ってくれるので、いささか申し訳ない。

 昨夜の私は、それほどひどい状態だったのだろうな。本当、迷惑をかけた。

 

 と、言って謝ったところで、やはり全員が全員――バクゴー以外――「気にするな」とか「当たり前だろう」とか言うのだろう。それは予想というより、確信だ。まったく、本当に私は友人に恵まれたものだよ。

 

 ただ、登校時に両脇を固めて手を繋いでくるハガクレとツユちゃんには、恥ずかしいのでやめてもらいたいところである。完全なる善意によるものだから、言うに言えないのだが。

 

 ともあれ、そんな形で始まった一日。一人が欠けて、十九人となった教室で、朝のホームルームを終えた直後のこと。

 

 手招きしたイレイザーヘッドに首を傾げながらも、彼に連れられて廊下の隅に移動する。

 

「増栄、放課後もう一度病院に行くぞ。予定を開けておけ」

 

 そして私は、告げられた彼の言葉に目を丸くする。言葉の意味を理解するや否や、慌てて彼に詰め寄った。

 

「……もしや、何か方策が見つかったのですかっ?」

「最初から浮かんでたよ。ただ、本人の意思を確認する必要があったからな」

 

 そう言う彼に、私は自分でもわかるくらいに顔を綻ばせる。

 

「……エリちゃん、即答してくれたよ。がんばる、ってな」

「エリ……そうか、『巻き戻し』……!」

 

 一気に腑に落ちた。同時に、今までにないくらい心が躍るのがわかった。

 

 そうだ。そうだ、彼女の”個性”なら、きっと元に戻せる! 触れた生き物の時間を戻す、彼女の”個性”なら、きっと!

 二か月もの間みっちり訓練した今の彼女なら、暴走させることなく成功させてくれるはずだ!

 

「ただし、誰にも言うなよ。あの子の”個性”は強力すぎる。触りだけでも情報が漏れる可能性はできるだけ減らしておきたい」

「わかりました!」

 

 ヒミコ! ああ、ヒミコ!

 もうすぐまた会える! 早く、早く君に会いたい!




本来原作ではこの時期のエリちゃんはまだ個性の訓練を開始していないのですが、本作では八斎會編で巻き戻しのエネルギーを一切消費しなかったので、ほぼ事件直後から訓練を開始しています。
しかも訓練に協力できる人間が相澤先生の他に二人もいたので、訓練の進行も原作より早いです。
そのため、この時点でも彼女の力を借りられるというロジック。

本作ではミリオが個性を喪失していないのに、それでもエリちゃん関係の描写をカットしなかったのは、もちろん襲との関係性を描くためもありますが、ここでトガちゃんに巻き戻しを使用する予定があったからです。
ちなみに理波がクソ落ち込んでる頃アナキンが何をしていたかというと、今までなぜか会ってくれなかった息子たちから「ヨーダやオビ=ワンと待ってます」と急にコンタクトが来たのでそっちに行ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.プリーズ・カムバック

 突然機嫌を回復させて、急に元気になった私をクラスの誰もがいぶかしんだが、それと同時に何か解決策が見つかったのだろうと喜んでくれた。

 こういう感情の共有を、自覚して嬉しいと思ったのはこれが初めてだ。これも前世では経験できなかったことだと思う。

 

 まあ、前世でこれを感じていたとしたら、強く抑制していただろうが。ジェダイとはそのように教えられるものだ。

 今もその教えは私の中に根付いているので、抑え込んでいるつもりだが……恐らくできていないのだろうなぁ。それが自分でもわかるくらい、周りからは微笑ましい顔と目を向けられている。

 

 実際、これほどまでに放課後が待ち遠しかったことはない。小学校に通っていた頃は常々思っていたが、それは自分に合わなさすぎる授業を早く終わってくれと願っていたからなので、方向性は真逆だ。

 

 だからこそとにかく待ち遠しくて、この日の私は一日中そわそわしていた。授業が終わってホームルームも終わった瞬間、即座に席を立ったことも許してほしいところである。

 イレイザーヘッドには呆れた目を向けられたが、それについては何も言わないでおいてくれたことは素直にありがたく思う。

 

「……車回してくるから、正門前で待ってろ」

「はい!!」

 

 というわけで言われるまま正門前で待機していると、

 

「やあ増栄ちゃん!」

「こんにちは」

「やあ、二人とも。こんにちは」

 

 エリを抱っこしたトーガタが現れた。

 一緒に行くことになっているようだが、ビッグスリーの筆頭が子供を抱っこしている姿に周囲からは様々な声が上がっている。有名になるのもやはり考え物だな。

 

 とはいえ、本日の主役は彼ではない。彼は単なる付き添いだ。こちら側でエリが一番なついているのが彼だからな。

 

 そういうわけで、私は快諾してくれたらしいエリに頭を下げることにする。

 

「エリ、今日はわざわざ来てくれてありがとう」

「だいじょうぶ。だって、そのためにくんれんしたんだもん。私、がんばる。おんがえし!」

「……うん。ありがとう、本当に……本当に、ありがとう」

 

 私と同じくらいの見た目の、しかし本当の意味での幼女であるエリが、少しはにかみながらも両手を握る姿に私は思わず泣きそうになった。

 

 何せエリは、少し前まで自分の”個性”を恐れていたのだ。自分の親を消してしまった力だから、その力ゆえにまっとうに生きることを否定されてきた子だから、それは仕方ない。

 

 にもかかわらず、そんな力を訓練することに前向きでいてくれた。あまつさえ、恩返しとまで言ってくれた。

 幼いながらにそう思ってくれた彼女のどこまでも純粋な善意が、私には本当に嬉しかったのだ。

 

「なかないで、アヴタスさん」

「……うん……すまない、ありがとう……大丈夫、痛かったり悲しかったりするわけじゃないから……」

 

 とはいえ、そんな幼女に頭をなでられるのは、いささか以上に心に来るものがあったが。こればかりは自業自得というしかないだろう。

 

「何やってんだ」

 

 と、そこにイレイザーヘッドが車でやってきた。

 

 なんでもないと彼に答えつつ、私たちは車に乗り込む。どうやら、今日はリカバリーガールは同行しないらしい。

 

「シートベルトはしたな? じゃ行くぞ」

 

 もうすぐだ。もうすぐ、君にまた会える。

 待っていてくれ、ヒミコ!

 

***

 

 病室に到着すると、どうやら既に話は通っていたようで、準備は済んでいた。

 

 出迎えた私の姿をしたヒミコもまた、今の私同様に嬉しそうだ。表情が輝いているし、そわそわとしていて落ち着きがない。

 自分の今の状況を客観視させられるのは、何とも言い難いものがあるが……しかし今は、私の羞恥心などどうでもいい。医者のほうを向き、早く進めてくれと二人分の目で訴える。

 

「いい加減にしろ。落ち着け」

 

 そんな私たちに、イレイザーヘッドが目を光らせて諫めた。

 ”個性”が発動している。完全に叱責する態勢だ。落ち着けていない自覚はあるので、鏡写しのように二人揃ってしゅんとする。

 

 一方で、愚かな私がそんなことをしている間にも、医者たちはてきぱきと彼らの仕事を進めていた。

 さすがはプロである。持ち込まれた諸々の機器の意味はよくわからないが、医療機器であることは間違いないだろう。

 

 それらが済むと、イレイザーヘッドもエリのすぐ近くに控えた。万が一にエリが”個性”の扱いに失敗したときのために、いつでも強制停止させられるようにだ。

 

 当のエリは、身体を固くして軽く汗を浮かべている。まだ何もしていないのだが、だいぶ緊張しているようだ。

 

 しかし無理もない。何分、エリがその”個性”を能動的に人間に使うのは、比喩でもなんでもなく今回が初めてなのだ。完全にぶっつけ本番なのである。

 今までの練習で、もう大丈夫だろうとは上からは言われているが……だからと言って何も思わないはずはない。こればかりは仕方がないだろう。

 

 とはいえ、そこにトーガタが入ることでなんとかなりそうである。彼はほとんど外野なのだが、床に膝をついてエリと視線を合わせつつ、明らかに大事な状況に緊張するエリと手を繋いで「大丈夫だよ」と鼓舞しているのだ。

 

 やはり、窮地を救ったヒーローの言葉は効くのだろう。エリもこれにはうんと応じて、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。

 

 ――そして、いよいよそのときは訪れた。

 

 医者に促されて、ヒミコがベッドの縁に腰かける。身体が私なので、床に足が届かずぷらぷらしているが、それはともかく。

 

 そんな彼女の前に、エリが立った。こちらもそのままだとなかなか対象に届かないので、踏み台の上にであるが。

 

「……では、”個性”による治療を始めましょう」

「さ、エリちゃん」

「「よろしく頼む、エリ」」

「は、はいっ」

 

 周りの声に応じて、エリがヒミコに手を伸ばした。二人はそのまま、握手する形になる。

 

 と同時に、エリの額から生えている角が光った。彼女の”個性”が発動された証だ。

 私は片時も見逃すことがないように、その様子を固唾を呑んで見守る。しかし、

 

(……何も起こらない?)

 

 そんな、と落胆しかけた瞬間だった。

 

「あっ……!」

 

 私の姿をしたヒミコの身体が、どろりと溶け始めた。ヒミコの変身が発動するとき、もしくは終わるときの特徴的な現象だ。

 

 それを私たちが認識するや否や、文字通り時間が遡っていくかのように、ヒミコの身体が元に戻っていく。

 小さかった身体が、質量保存の法則などを無視して元の姿に戻っていく様子は、普段見慣れたそれよりも緩やかではあったが。それは確かに、「元に戻る」様子であった。

 

 やがてコスチューム姿ながら、完全にヒミコの姿を取り戻した瞬間……その瞬間に私が感じた気持ちを言葉で言い表すことは、きっと永遠にできないだろう。

 それくらい激しい衝撃が私を襲い、私は暴れそうになる感情を、涙を、声を、両手で必死で押しとどめる。

 本当なら、今すぐこの場に膝をつきたいくらいだったが……今は、今はまだ、それはできない。善意で助けようとしてくれたエリに、余計な心配はかけたくない。それくらいのプライドは、私にもあった。

 

「……成功だ!」

 

 医者の誰かが、そう言った。直後、ほうっと深いため息をついてエリが”個性”の発動をとめる。角から光が消えた。角は少しだけ小さくなっていた。

 

 と同時に、ヒミコの身体からふっと力が抜けて、背中からベッドに倒れ込む。慌てて身体を支えようとしたが、自分を抑えるために必死だった私よりヒミコをずっと注視していた医者のほうが早かった。

 

「よくがんばったな」

「うん……!」

 

 一方エリは、イレイザーヘッドになでられて達成感をにじませた満面の笑みを浮かべる。

 

 彼女は次いで、控えていた私たちのほうを向いた。

 

「やったねエリちゃん! 完璧だよ!」

「うん!」

 

 応じて、トーガタが満面の笑顔を浮かべながら親指を立てる。その彼の腕の中に、エリが飛び込んだ。

 

 私も、どうにかこうにか笑顔を作って頷いて応じていた。ありがとう、と伝える。

 そう、戻る気配がなかったところから元の姿に戻せたのだから、これは間違いなく進展なのだ。

 

 だが、どうだろう。今、()()()()()()()()()()()()()()()。まったく自信がない。ちゃんと、感極まっているように、()()()()()()いいのだが。

 

「……眠っているようですね」

「そのようです。昨夜はあまり眠れていなかったようなので、気が抜けたのかもしれませんね」

 

 イレイザーヘッドと医者が、言葉を交わしている。

 

 ああ。

 

 ()()

 違う、違うんだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 激情を堪えながら、心の中で叫ぶ。

 

 そこからは、もう、周りの音すら、ほとんど聞き取れなくなっていた。音自体は、認識しているけれども、それが、意味のある声に、聞こえなくなり始めたのだ。身体の半分を、文字通り失ったような感覚だった。

 

 それでも、医者とイレイザーヘッドの合意により、エリやトーガタと共に退室を促されたことだけは、なんとなくわかった。それだけで、十分だった。

 にこやかに退室していくトーガタとエリ。最後の気力を振り絞って、もう少しだけ、と告げて二人を見送って。

 

 それから。

 

 それから、私は。

 

「……増栄? これからトガの精密検査だ、お前も早く退出……」

 

 少しだけ、時間を置いて。エリたちの気配が、だいぶ遠ざかったことを認識した、その瞬間。

 

「増栄? おい……おい!? どうした!?」

 

 私は、もう、がまんできなくて。ふらふらと、まえへでた。

 

 イレイザーヘッドが、なにかいっている。かれらしくない、あせったようなかおを、している。

 いしゃたちが、いぶかしんでいる。けげんなかおが、めが、いっせいにむけられている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 だって。

 

「い……、い、やだ……」

 

 だって……。

 

「なん、なんで……! や、だ。いやだ、いや、いや、だよ……」

 

 だって……!

 

「嫌だ!! ヒミコ!! 死んじゃヤだ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「どこいっちゃったんだよぉ……! ヤだよぉ……!! かえって、かえってきてよぉ……!!」

 

 こころが! たましいが! ()()()()()()!!

 うちゅうの! このせかいの! どこにも!!

 

「増栄! とまれ、おい増栄!!」

 

 わたしの。わたしたちの、フォースはおなじ。

 

 だから、どこにいても。このうちゅうのはてにいても。

 いつだって、どこでだって、おたがいをかんじられる、はずなのに!

 

 なのに……なのに! 

 

 ()()()()()()()()()()()! ()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「やだ……! やだ、やだ! やだ!! ヒミコ! ヒミコ!! ぇう……! うう、ううううううう……!!」

「増栄!!」

 

 いやだ!

 

 いやだ!!

 

 いやだ!!!

 

「うわああああぁぁぁぁん!! ああああぁぁぁぁーーーーっっ!!」

 

 おねがいだから!

 

 わたしを!!

 

 わたしを、おいていかないでぇ!!!!

 

 ――けれど、その悲痛な叫びに、(いら)えはついぞ返ってこなかった。

 




エリちゃんの力で解決すると思った?
しないんだなぁこれが。戻ったのは身体だけなんだなぁ。
大丈夫、エリちゃんには箝口令が敷かれます。彼女が曇ることはありません。

ボクは本来、荒木飛呂彦先生流の「物語は主人公にとって常にプラス(もしくはマイナス)し続けるものであるべき」というスタンスで創作をしています。
ただ、絶対に順守しなければならないものでもない、とも考えています。しかるべき場所でなら、破ることもありだと。先生もジョナサン殺してるし。
そういうわけで、ここは「一度プラス方向に進んだ主人公が、再度マイナス方向に戻される」展開をすべきだろうと考えた次第です。

ところでこれは独り言なんですが、TS幼女転生者を泣かすのって楽しいですね・・・。
曇らせものを書く方の気持ちや、ハーメルンで曇らせものが流行る理由を頭ではなく魂で理解できたような気がします(ワイン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.ロスト・スターズ

「トガの入院は継続だ。昏睡している」

 

 教室じゃなくって、あえて寮の談話スペースに私たちを集めて、相澤先生はそう言った。

 

 最初その言葉を聞いたとき、理解できなかった。それはきっと、私だけじゃなくってクラスみんながそうだと思う。

 

 ……ううん、違うか。理解できないんじゃなくって、理解したくなかったんだと思う。

 

「彼女を治す算段はついたのではなかったのですか!?」

 

 こういうとき、一番に手を挙げて飛び込んでいくのはやっぱり飯田くん。さすがの委員長だ。

 

「変身しっぱなしのほうは、治った。そっちは解決したんだよ。だが同時に、別の問題が起こった。……ああ、治療の仕方が悪かったとかじゃない。それは医療関係者がみんな口を揃えて言っているから、まず間違いないだろう」

「ではなぜ……!」

「わからん。どうしてそうなったのか、現時点ではさっぱりだ」

「そんな……」

 

 飯田くんが愕然とする。さっきと同じで、これもみんなそうだと思う。

 

 ……私のそういう表情は、誰にも見えないけれど。ひみちゃんとことちゃん以外は。

 

 そこまで考えて、私ははっとした。

 

 ひみちゃんが昏睡状態ってことは、正直すごくショックだ。頭を金づちでガツンとされたって感じるくらいには。なんなら、もう今すぐにでも泣きそうなまであるくらい。

 でも、きっと私以上にショックを受けてる子がいるはず。もしかしたら、わんわん泣いてるかもしれない子が。

 

 なのに、あの子の姿が見えない。一体どうしたんだろう?

 

「あ、あの……先生! その、ことちゃんは……?」

 

 だから、思わず聞いていた。いつものように、人の目に少しでも留まるように、オーバーリアクション気味で。

 

 これに対して、相澤先生は一瞬顔をしかめた。それ自体は別に珍しいことじゃないんだけど……今回の先生は、なんだかいつもと違うような気がする。

 どこがどう、って言われると、はっきりとは言葉にできないんだけど。これは、悔やんでる?

 

「……増栄も入院だ」

「え?」

「トガの状態がよっぽどショックだったらしい。パニックになってな……。しばらく付き添ったが、一向に改善しなかった」

 

 場が一気にざわっとした。

 

 まさか。甘いものが絡まないなら、いつも冷静なことちゃんが?

 

 そう思ったけど、でも、私は知ってる。

 みんなもたぶん、付き合ってるんじゃないかなってくらいはなんとなく察してると思うけど、私はもっと踏み込んだことまで知ってる。ことちゃんとひみちゃんが、()()()()関係ってこと。

 

 だから、あり得ない話じゃないって思った。大切な人に何かあったら、冷静でいられるはずないもん。

 

 正直なところ、私だって今結構ギリギリだ。人目があるってこともそうだけど、ひみちゃんの容体を直接目で見たわけじゃない分いまいち信じ切れてないから、なんとか耐えられてるだけ。

 

「無理ねぇよ……だってアイツ、まだ十一歳なんだぜ。ホントならまだ小学校行ってるはずなんだぞ……」

 

 二人にだけはやけに紳士な峰田くんが、絞り出すように言った。彼のこの言葉に、みんながはっとする。私もだ。

 

 そうだ。忘れがちだけど、ことちゃんは本当ならまだ小学生なんだ。いつも冷静で、とっても博識で、すっごく強くて、年上に感じることが多いから忘れがちだけど。

 

 それに、ことちゃんは……ことちゃんには、フォースがある。詳しいことはわからないけど、色々と規格外な力だ。もしかしたら、それで何かよくないことに気づいちゃったのかもしれない。

 

 どうしよう。ひみちゃんはもちろんだけど、ことちゃんも心配になって来た。早まらなきゃいいけど……。

 

「厳しいことを言うようだが、ヒーローやってりゃ親しい誰かの……仲間の死に直面することはそこまで珍しいもんじゃない。それでも残された側は生きていかなきゃいけないんだ。……最悪の事態はいつでも覚悟しておけよ」

 

 相澤先生は、最後にまるで授業みたいな口調でそう言って締めくくった。くるりと背中を向けながら。

 

 けど私、見えちゃったよ。いつも通り淡々とした言い方してる先生の顔が、後ろ姿で隠れる直前にすごくつらそうに歪んだこと。

 

 それで、なんとなくわかっちゃった。きっと、先生も似たような経験があるんだって。なんとも思ってないなんてない、むしろずっと気にしてるんだって。

 

 だって私たち、みんな知ってるもん。相澤先生は言い方も教え方も厳しいけど、でもちゃんと私たちのこと見てくれてる、優しい先生ってこと。それに、先生が厳しいこと言うときは、大体決まって正論言うときだってこと。

 

 そんな先生が、そこまで我慢して耐えてるなら。

 

 私も、できるだけがんばってみよう。そう、思った。

 

***

 

 その翌日。なるべくいつも通りを心がけて登校したら、教室にことちゃんがいてみんなでびっくりした。

 

「大丈夫なの!?」

「心配かけたな。……大丈夫ではないが、大丈夫だよ……」

 

 思わず駆け寄って声をかけたお茶子ちゃんへの返事が、これ。

 

 でもそう言うことちゃんは、ちっとも大丈夫そうじゃなかった。明らかにやつれてるし、顔色も悪い。髪だって整ってないし艶もないし、声にだって力がない。目も真っ赤だ。

 誰がどう見たって空元気。これで心配するなってほうが無理だよ!

 

 でも私たちがどれだけ無理しないでって言っても、ことちゃんは頑として譲らなかった。

 

「……これは、私に課せられた試練なんだ。だから……だから、これでいいんだ。これで……」

 

 それだけ言って、私たちのお節介をやんわりと拒否する。

 

 言いたいことは、いっぱいあった。みんなもそうだと思う。

 でも本人がそこまで言うなら、あまり強く言えないじゃない。だって今一番つらいのは、ことちゃんのはずなんだから。

 

 ……とはいっても、やっぱりことちゃんはダメそうだった。授業、全然集中できてなかったもん。

 

 普段なら、どんな科目でも当てられたらすらすら答えちゃうのがことちゃんだ。実技にしたって、大抵のことは一発でこなしちゃう。すごい子なんだ、ことちゃんは。

 でもこの日のことちゃんは、そうじゃなかった。授業中はいつも上の空で、手が全然動いてない。声をかけられてもすぐに反応できないし、いつもならあり得ないミスを頻発してた。本当に、やることなすこと全部ダメだった。

 

 これをあの相澤先生が許すはずがない。午前中はさすがに大目に見てくれてたみたいだけど、午後はもうダメだった。

 

「増栄、お前保健室で寝てろ。授業に集中できないやつが授業を受けても無駄だ」

 

 お昼一番にそう言い切って、問答無用で教室から追い出しにかかった。

 

 まあ、うん。今回ばかりは先生が正しいよね。言い方はだいぶアレだったけどさ。

 

 ちなみに先生が言わなかったとしても、爆豪くんが代わりに言ってたと思う。ことちゃんの不調っぷりに、いつ大噴火してもおかしくない状態が続いてたから……。

 

 あと、ことちゃん自身も自覚はしてたんだと思う。一言も抗議しなかったもん。何か言いたそうにはしてたけど。それでも、どこか納得した顔で教室を出て行ったから。

 

 だから、私。思わず追いかけちゃった。考えるより先に、身体が動いてた。

 

 だって、一人にしちゃいけないって思ったんだ。調子の悪い人には普通誰かが付き添うものでしょ? 普段なら保険委員がやることだけど、今絶不調なのはその保険委員だから誰かがやらなきゃいけない。それなら、私がやりたかった。

 

 それに、私はきっと、ことちゃんの背中が怖かったんだと思う。うまく言えないけど、こう、なんていうか、闇を背負ってるような。まるで、今すぐにでも自殺してしまいそうな、そんな雰囲気があって。

 

 意外だったのは、相澤先生がそれをとめようとはしなかったこと。授業があるんだから、絶対とめられて怒られるって思ったんだけど。まあ、私のあとに続こうとしたみんなはとめられてたけどね。

 

 あとで聞いて知ったのは、別に私が特別だから恩情をかけたわけじゃなかったみたい。ただ、最初に動いた人に任せるつもりだったから、それだけだったらしい。相澤先生らしいって言えば、らしいのかもしれない。

 

 ともかくそういうわけで、私はことちゃんを追いかけた。すぐに追いかけたから、幸いすぐに追いつけたんだけど。

 

「……っ、……ぅ、ふ……っ、う……っ」

 

 人目につかない階段の踊り場で、壁に身体をもたれかけてへたり込んでる姿は、もうどう見たって限界だった。

 

 それなのに、私が声をかけたら目元をぐいってぬぐって、よろよろとではあるけど立ち上がろうとする。ふらふらで、足に力入ってないくせに。

 青白い顔を、強引に動かして笑おうとする。全然できてないくせに。見てられなかった。

 

「ことちゃんのばか!」

 

 思わずそう声を張って、しゃがむ。ことちゃんと視線を強引に合わせる。

 

「どこからどう見ても限界のくせに! これ以上無理したら、ことちゃんが壊れちゃうよ!」

「……っ、で、も。でも、だって、これは、これは私が、乗り越えるべき試練で」

「そんな試練捨てちゃいなよ!」

 

 まだ十一歳の女の子が、大切な恋人を失ったっていうのに、素直に泣けないような試練なんて! そんなの私、試練なんて認めない! そんなの、ただの拷問だよ!

 

「ことちゃんだって、私の大切な友達なんだよ! ことちゃんが死にそうな顔で何もかもため込んで、我慢してるところなんて見たくないよ!」

「……ぅ、ひぅっ、でもっ、だってっ、だってぇ……!」

「……一人で背負いこまないでよぉ……」

 

 それでも、涙を浮かべてしゃくりあげながらも、なんとか堪えて言い募ろうとすることちゃん。

 

 そんな彼女に、私は我慢できなくなった。自分の透明な顔を、同じく透明な、でも私より透明度の低い雫が伝ったのがわかった。

 一度決壊しちゃったら、あとはもうダメだった。途切れることなく雫が……涙が溢れ続けてとまらない。

 

 そして私は見えなくっても、涙は今のことちゃんにも見えたんだろう。ぎょっとして、ぴたりと硬直した。

 

「私だって……私だって悲しいよ……寂しいよ……! ひみちゃんに会いたい、すぐにでも起きてほしい……! 正直めっちゃ我慢してるよ……! きっと、きっとことちゃんには敵わないかもだけどさ……」

「そ、んな、ことは」

「それでも、それでも私、今ことちゃんと同じ気持ちなのは本当なんだよ……。同じ、だから。だから……だからぁ……!」

 

 私はそこで、ことちゃんを抱きしめた。

 もっとヒーローらしい気の利いたこと、かっこいいことが言えたらよかったんだけど、今はこれ以上は無理みたい。ぐすりと鼻をすすって、声を詰まらせながら泣く。

 

「……は、がくれ……」

 

 そんな私に、最初は身を引こうとしていたことちゃんだったけど、少しずつ、遠慮がちにではあるけど、私の身体を抱きしめ返してきた。

 

「ふえ……ぇう、うううぅぅぅ……!」

 

 そして、

 

「うええぇぇぇ……! えぐっ、ひうっ、やだよぉ……! ヒミコに、ヒミコに会いたいよぉ……! ぐすっ、うえええぇぇぇん……!」

 

 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、泣き始めた。歳相応、見た目相応のその姿に、色々と思うところはある。

 あるけど……その辺りのことに想いを馳せるよりも先に、ことちゃんにシンクロするみたいに、私も歯止めが利かなくなってきて。

 

 そうして私たちは、しばらくその場で二人揃って泣き続けたのでした。

 




以前に幕間で峰田の一人称を書きましたが、今回は葉隠ちゃん視点でした。
初期プロットでは、抜け殻みたいになった理波を介護するA組女性陣とか考えてたのですが、最終的にそれはやりすぎだろうという結論に至りました。
視点が葉隠ちゃんに絞られたのは先週のジャンプの影響ではなく、別のことが理由。それはそこそこ先の機会に。

ちなみに理波。連絡を受けた家族と顔を合わせるよりも先に今回の件をジェダイ的試練と認識したので、家族との面会は拒否してます。
まあそんなことをして心が上向くはずがないので、この有様なわけですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.闇の底でも

 ハガクレに促されて、二人で大泣きした日。この日は結局、残り時間はずっと保健室にいた私である。

 一人でいると悪い方向へどんどん思考がずれていってしまうので、あまりしたくなかったのだが……授業を受けていても私が役立たずだったことは事実。ならば甘んじて受け入れるべきだと思ったのだ。

 

 あとはまあ、派手に泣いたことで少しは気がまぎれたのか。

 それとも単純に身体が限界だったのかはわからないが、思っていたよりあっさりと寝ついた上に、思っていたより長く寝ていたのは不幸中の幸いだった。休み時間のたびに見舞いに来てくれたクラスのみなには、申し訳なかったが。

 

 そしてその夜のこと。

 

「……え、見舞いに?」

「うん! せっかく明日は日曜日なんだし、みんなで行こうって話してたんだ」

 

 寮に戻った私を出迎えたウララカたちから、そんな提案を受けた。

 

 彼女たちには善意しかない。それはフォースを使うまでもなくわかっているのだが、今の私としては、あまり歓迎できない。

 

「……抜け殻状態のヒミコを見ると、喪失感で泣きたくなるからあまり行きたくない……」

 

 そこにヒミコの身体があるのに、ヒミコがいない事実を直視したくなかった。それに、明日は彼女のペンダントを探したかった。医者が言うには、()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ただ、みなは違うところに着目した。

 

「……抜け殻?」

「それは一体、どういうことですの?」

 

 口元に指を当てて小さく首を傾げたツユちゃんと、それに続く形で問いかけてきたヤオヨロズに思わず数回瞬きをする。

 

 少し考えて、それから今のヒミコがどういう状態なのか、そういえば誰にも――クラスメイトどころか医者にすら――言ってなかったことに思い当たって、申し訳ない気持ちになる。ヒミコの魂が消えたあの日から、私は本当にただの役立たずだな……。

 

「……今ヒミコが昏睡状態なのは、肉体に魂がないからだ。原因は不明だが、抜け出してどこかに行ってしまっているんだよ」

 

 と同時に、この説明のために一度病院には顔を出しておいたほうがいいだろうなと思いつつ、ため息を押し殺しながらヒミコの現状を説明する。

 

 なぜそれを感じられるのか、と問われれば、フォースとしか言いようがない。生きている生き物から感じられるフォースと、死体から感じられるフォースは異なるのだ。さらに言えば、脳死を起こしたもののフォースはまたさらに違う。

 

 そして、今のヒミコは――死体と同じ反応を示している。つまり、まったくフォースが感じられない。

 

「え、それはおかしくね? トガは昏睡状態なんだろ? 昏睡、ってことは生きてるんじゃねーの?」

 

 説明が終わると同時に、セロが疑問を呈した。

 

「……それについては、私もよくわからない。肉体的には死んでいないがフォースが感じられない状態、など私も初めて見た。わからないが……少なくとも、フォースが感じられないことは事実だ。だから」

「なるほど、それで魂が抜けちゃった抜け殻ってわけかぁ……」

 

 自分に言い聞かせるような言い方でつぶやいたアシドに、頷いて応じる。

 

『これは君()()への試練だ。僕たちが生きたあの時代、よく言われていた思考停止のものじゃない。ジェダイ的な、正しい意味での試練だ。これを乗り越えたとき、君()()はまた一つ成長するだろう』

 

 そしてこの状況を、アナキンは「試練」だと言った。絶望の底に堕とされ、薄ぼんやりとした意識の中で泣くことしかできなかった私に、彼はそう言ったのだ。

 しかもこれは、マスター・ケノービやマスター・ヨーダ、さらにはルークたちの総意でもあるという。アナキン一人でも十分すぎるのに、私が前世から今に至るまで信頼し続けている方々まで賛同するとなれば、それは十分すぎるほどに信じられるというものだ。

 

 とはいえ、それで納得できたわけではない。むしろできるはずがない。すべてを理解したわけではないが、心とはそういうものだとはもうわかっている。

 

 だから私はどうにかして立ち上がるために、あの日の朝に見たフォースビジョンにすがった。

 あれを見た直後だからこそ、余計にヒミコが消えたことが堪えたとも言えるのだが……それでも、幸せにあふれるクリスマスという、希望に満ちた未来を映したあのビジョンを私は心のよすがとした。

 それまでに、十二月二十五日までに、ヒミコは帰ってくるのだと……根拠なく信じた。信じなければ、正気を保っていられなかった。

 アナキンもその判断は正しいと言っていたので、これについては間違っていないと思う。

 

 ……それでも、薄氷を踏むような状況であったのは、ハガクレが指摘するまでもなく周りにさらしていた通りである。

 私は自分で思っていた以上に、ヒミコがいなければ生きていけない身体になってしまっていたのだ。比喩でもなんでもなく、彼女はもう、私にとって正真正銘己の半身だった。

 

「やっぱ無理してたんじゃん」

「面目次第もない」

 

 ジローの指摘に、頭を下げる。

 

 だが、最初にみなに言った通り、これは私の試練なのだ。自分でそうと定めたわけではないが、少なくとも信頼できる人たちがそうだと断言したのだ。愛する人を失った私にとって、それは最低限ではあっても確かに拠り所であった。

 

 だから、それに反することはできない。これは私が乗り越えるべき、私のための試練なのだから。

 

「だからさ~! そんな試練なんて捨てちゃいなよ~!」

 

 だが、それをハガクレが否定する。いつも通りの大袈裟な身振り手振りと共に近づいてきた彼女は、横から私の身体を抱きしめて言う。

 

「……うん、そうだね。私も同感」

 

 のみならず、ウララカもこれに同意した。ハガクレの反対側からぎゅっと抱きしめられる。

 それどころか、二人の言葉は今この場にいるものたちの総意らしい。同意の声を上げる上げないは個々で異なるが、最低でも頷きを見せているのだから、私は恐縮するばかりだ。

 

 ヒーロー志望の彼らにしてみれば、そういう思考は当たり前のことなのだろうとは思う。

 それでも、そこまで気を遣わせるわけにはいかないだろう。ごくごく個人的なことなのだから。

 

「だからぁ! それがまず違うんだってば!」

 

 ところが、それすらもハガクレは否定して切って捨てた。他のものも、彼女に異を唱える気配はない。

 

「そりゃひみちゃんはことちゃんのかもしれないけど! 私たちにとってもひみちゃんは大切な……そう、()()()()なんだよ!?」

「そうだよ、理波ちゃん。みんな被身子ちゃんのこと、心配だし不安だし、帰ってきてほしいって思ってるんだよ。いなくなって、すっごく寂しいし悲しいんだよ?」

「よーするに、俺らみーんな当事者っつーこと! な!」

 

 そしてカミナリが挙げた言葉に、一斉に声が上がった。彼に同意する声だ。

 

 それでもなお納得できない私の様子を察して、ミドリヤが言う。

 

「そうだよ増栄さん。スカイウォーカーさん言ってたんでしょ? 『君()()の試練』って。それって、僕たちも中に入ってるんじゃないかな。つまりさ、今回のことはきっと、A組みんなで乗り越えるべき試練なんだと思うよ!」

「それ、は」

 

 その発想は、なかった。

 私と、それにヒミコのための試練だと思っていた。

 

 だが。

 

 違うのか? 二人だけのものではないと、そういう?

 

「君の重荷を、ボクたちにも負わせておくれよマドモアゼル」

 

 目を白黒させる私に、アオヤマが声をかけてきた。普段の彼らしからぬ、静かな声だった。その声に重なって、心の声が聞こえてくる。

 

 ――今度はボクが救ける番だ。

 

「よく言うじゃないか。人と悲しみを分け合えば痛みは半分、喜びを分け合えば幸せは二倍って。そういうことさ。どんなにつらいことがあっても、みんなで分け合えば悲しみも小さくなるだろう?」

「アオヤマ……」

「それでも納得できないって言うなら、半分はいいよ。等分はなしで、半分は君が持てばいいさ。でも残り半分は、ボクたちでなんとかする。……だから、ね。笑っていておくれよ、マドモアゼル。君には笑顔が一番よく似合うんだ」

 

 演劇染みたセリフだ、と思った。片膝をついて差し出される手など、まさに演劇であろう。

 けれど、彼の言葉と心に矛盾はなく。それはどうしようもなく、彼の本音なのだと私にはわかる。わかってしまう。

 

 だからこそ何と返せばいいのか、とっさに浮かばなくて。私は助けを求めるようにして、思わず視線を他のものたちへ向けた。恐らくは、すがるような顔を。

 

 返事はなかった。けれど向けられた表情は、どれもこれもどんな言葉よりも明確に、雄弁に、アオヤマへの同意を示していた。

 

「……いい、のだろうか……」

 

 ぽつりとつぶやくように言う。

 

「いい、のか……? 私は、私は……君たちを、頼ってしまって、……本当に?」

「あったりまえだろぉ!?」

「何を今さら言ってんだか」

「ヒーローは救け合い、だよ!」

「ウム!」

「ケロケロ」

「一人でできることには限りがあるものだ」

「届く範囲も、ですわね」

「ああ。ゆえにこそ、我らは手を携えて悪を断つ剣を取るのだ」

「今回の場合、巨悪に立ち向かうのとはちょっと違くねぇか」

「でも似たようなものだよね。守るのだって、みんなでいたほうがいいしさ」

「だよねー!」

「ほらね? 増栄さん、僕たちは仲間なんだからさ!」

「……ケッ」

 

 賑やかに、暖かい言葉が無数に降り注ぐ。胸がきゅう、と痛んだ。

 悲しみで、ではなく。喜びで。

 

 ヒミコが消えてしまってから、ずっとがらんどうだった心の中に、小さいけれども火がともったような気がした。

 

 それが。

 

 それが、嬉しくて。誇らしくて。

 

 ああ、私は。私は、本当に出会いに恵まれた。素晴らしい仲間に、友人に、恵まれた。

 

 涙が溢れる。けれど、もうそれを堪えようとは思わない。

 

 だから。

 

「……っ、ぅ、ふえぇぇ……っ!」

 

 だから、私は。

 

「うえええぇぇぇぇん! みんなありがとぉぉ……!!」

 

 いまだに私を抱きしめてくれていたハガクレとウララカの身体を、思いきり抱き締めて。

 

 思い切り、声を上げて。

 

 また泣いた。

 

***

 

 そして翌日、日曜日。

 

 クラスの全員――驚くことにバクゴーも来てくれた。理由がフォースの感じ方の差を知るためという辺りは、バクゴーだなとは思うが――と共に病院を訪ねた私は、まずヒミコの現状について報告したのち、病室を見舞った。

 

 部屋にはヒミコのご両親がいた。今日は休日なので、揃って見舞いに来ていたらしい。

 

 二人は私だけでなく、A組全員が見舞いに来たことについて、かなり驚いていた。二人はヒミコの笑い方や、血を好む性癖がクラスで受け入れられているとは信じていなかったらしい。少しだけ心が騒つく。

 

 しかしその気持ちを一切理解できないとは言わないので、口にも態度にも出さないでおく。

 ただ、私たちはヒミコの性癖を理解した上で、彼女と一緒にいることは伝えておく。

 

 絶句された。

 とはいえ、その内心には困惑や理解できないものへの恐怖などと共に、間違いなく感謝も見えたので、これ以上は何も言うまい。

 結局のところ、二人がヒミコを抑圧していたのは、二人なりにヒミコを案じてのことであったことには変わりないのだろうな。やり方はよろしくなかったのかもしれないが、娘を想う気持ちは確かにあったのだ。

 それが認識できたので、騒ついていた心の波はすっと落ち着いていった。

 

 そうして私たちは、改めてヒミコと対面する。

 

 個室のベッドに横たえられた彼女の身体は、相変わらず動く気配がない。全身に取りつけられた様々な機器は彼女の身体が問題なく生きていることを示しているが、それでも意識が戻ることはない。

 だからこそ、そうした機器が仰々しく見える。それらが余計に、彼女を病人のように見せているような気がしてしまう。

 

 実際、魂を失って以降のヒミコは食事を取れていないので、少しずつ痩せ始めているらしい。通常の症例と比較すると進行はかなり緩やかではあるようだが、しかしそういう意味では病人と言っても間違いではない。

 栄養の点滴はされているのだが、やはり人間それだけではいけないのだろうな。呼吸はできているだけマシではあるのだろうが。

 

 そんなヒミコの顔を、覗き込む。

 

 胸が痛い。何もできることがないという無力感と、そこに彼女を感じないという喪失感で、また泣きそうになる。

 

 けれど、今は。今はなんとか、どうにか耐えられる。

 こんなにも深い闇の底でも、一緒に試練を乗り越えようとしてくれる仲間がいるから。友人が、いるから。

 

 だから……。

 

「……ヒミコ……。私……がんばるよ……」

 

 ヒミコの頬に手を寄せて、言う。

 

「君が、帰ってくることを……信じている、から……だから……」

 

 だから。

 

 待っている。ずっと……ずっといつまでも、何があろうとも。

 

 私はこの星で、君を待っている。

 

 

EPISODE Ⅹ「ロスト・スターズ」――――完

 

EPISODE Ⅺ へ続く




と、いうわけで、A組B組対抗戦編改め、トガ・ヒミコの消失編をお届けしました。
後半のトガちゃんがいなくなる展開のほうが本番だなんて、事前に言えるはずがなかったのでごまかしてました。すいません。

ただ、身体機能、つまり個性を強化する力でもあるフォースと変身、そして原作でも何度も言及されているトガちゃんの「好きな人と同じになりたい」という願望が組み合わさったらどうなるか?
これはフォースと個性の組み合わせを考え始めたときから、いつか描かなければならないと己に課した至上命題でした。トガちゃんがメインキャラである本作において、原作の彼女が負っている業を無視するわけにはいかなかったので。

だからこそ、それらを無視せず物語に組み込んだらトガちゃんはどうなるのかを考えたとき、トガ・ヒミコという人格の消失に至るだろうと判断しました。
原作で彼女が語った「その人そのものになりたくなっちゃう」の到達点は原作では36巻時点でもまだ描写されていませんが、言葉通りに解釈するならそれは「あらゆるものすべてが完全に同一な存在になる」ことと考えるのが自然で、であるならばそこにトガちゃんの意思や心は一切存在しなくなると考えるのも自然なことだろうと。

つまり今章における展開は、物語を思いついたかなり初期の段階からずっと変わらず計画していたものです。プロットさんはどこぞの吸血鬼並みによくお亡くなりになりますが、この部分だけは本当に予定通り。
まったく同型のライトセーバーとか、過去の追体験とか、意識にまで及ぶレベルの変身とか、フォース・ダイアドでもあり得ないような「同じ」現象を何度も何度もしつこいくらいに描写していたのはこのためですね。
なので、ここに至る道はちゃんと舗装してきたつもりです。まあ、足らないと言われれば力不足ですとしか言えないんですけども。

と言ったところで本編は一旦終わりです。
トガちゃんがどうなるのか。理波がどうなるのかは次章をお待ちください。
その前に、明日と明後日で幕間と閑話を一話ずつお送りします。
書き溜め期間に入るまでの残り二日間も、お付き合いいただければ幸い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 ジェントルチャンネル

一刻も早くアトランティスとオリュンポスを踏破してプリテンダーエリちゃんをゲットしなければならなくなったので、今日明日の更新は早めの時間にやります。


 真っ暗な画面の中から、アコーディオンとストリングスが奏でる素朴な音楽が流れてくる。

 そんな闇の奥から、一人の男がやってくる。コツコツと、靴の音を響かせて。

 

 やがて彼の頭上から、スポットライトの光が降ってくる。照らされて露わになったのは、燕尾服をモチーフにした衣装に身を包んだ英国紳士風の伊達男が、芝居がかった動作で一礼をしたところ。

 

「ジェントルチャンネルへようこそ、リスナー諸君。いよいよ十二月に突入した今日この頃、いかがお過ごしかな?」

 

 言葉と共に男――ジェントル・クリミナルは身体を起こすと、パチリとウィンクを一つ。

 

「いまだ冬本番には遠いとはいえ、寒さが我々矮小な人間の想いなど斟酌することはない。私もリスナー諸君が体調を崩すことは望まない……誰もが暖かく、心身健やかにあらんことをと願ってやまないよ」

 

 そう続けた彼は、ここでおっと、と言いたげに表情を崩す。さも今見落としに気づいたと言わんばかりに、カメラにずいと寄る。

 

「改めて、名乗ろう。私はジェントル! ジェントル・クリミナル! 救世(ぐぜ)たる義賊の紳士とは、私のことさ! 初めての方は以後、お見知りおきを」

 

 そうしてもう一度、優雅に一礼。これがいつもの、彼の動画の出だしのお約束。

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか。本日の案件は……これだ!」

 

 ジェントルが話題を切り替え、パチリと指を鳴らす。すると、彼の横に新しく別のスポットライトが注がれた。

 

 光の中に浮かび上がったものは、アンティーク調の小型の机……に、載せられた一つの人形だ。スーツ姿の、ひどく細身の男性の人形。骨と皮だけと言っても過言ではないような、そんな男性をかたどったもの。

 

「リスナー諸君はこのフィギュア、購入したかね? オールマイトの引退を受けて、急遽制作されたトゥルーフォームの十分の一フィギュア! 私はもちろん購入したとも。こちらは私の私物だ……決していずこかより失敬したものではない。ちゃんと予約をして、しかるべき店で購入した一品(ひとしな)だよ。

 もちろん、その資金はきれいなものだ。紳士たるもの、そこでダーティな手段を取るわけにはいかない。そうだろう?」

 

 言いながら、ジェントル・クリミナルは人形を手に取る。

 

「ヴィランの私がこう言うのも、おかしな話かもしれないがね。いや、むしろヴィランだからなのかな? ともかく、やはりオールマイトは私にとっても特別なのだよ。彼ほどの英雄は、今後出てこないだろう……そう思ってしまいそうになるくらいには、特別なのだ」

 

 そう言って人形を少し上に掲げ、眺める彼の瞳は穏やかに輝いていた。郷愁に似た色合いが、かつてそこに宿っていた青い春の輝きを窺わせる。

 

「ともあれそういうわけで、こちらのフィギュア。無事手にできた私であるが……できなかった方もそれなりにいることだろう。何せ、オールマイトの本当の姿なんて誰も知らなかった。あのときになって、初めて世間に知らされた姿だ。

 それをいきなりフィギュアにしろと無茶振りされ、しかし短納期のうちに見事期待に応えられた製造業者の皆様方にはまったく頭が下がる。お疲れさまでした、これからもよろしくとこのジェントル、言わずにはいられない!」

 

 だが! と彼はここで語調を変えた。ぐい、とカメラに顔を近づける。

 

「その分生産数が減り、普段のオールマイトグッズに比べて流通量がぐっと減ったこのフィギュア。にもかかわらず世間からの注目度が非常に高いこのフィギュア。再販日が未定となっているこのフィギュアを、どうやら品位に欠ける輩が狙っているらしい。私はそれを、自ら買いに赴いたショップで目撃した!」

 

 画面が切り替わる。ほどほどに都会の街中に佇むホビーショップに、列をなす柄の悪い男たちが映し出される。いでたちはバラバラだが、何やら相談したり親しそうに――かつ下卑た顔を隠すことなく――話しているところからして、結託していることは想像に難くない。

 

 対応している店員は苦い顔だ。しかし、モノを売る手をとめることはない。一人一つまでと銘打たれた商品だが、逆に言えば複数の人間にはそれぞれ一つずつ売らないといけないのだ。

 それがたとえ、明らかに組織的な客であろうとも。一人一つ以外のルールを明言していなかった以上、売らないわけには行かない。

 

 ここで画面が戻る。

 

「そう、集団でものを買い占めようという輩だ。彼らの目は商品を、オールマイトを見ていない。ああして買い占めたフィギュアを飾り、愛でようという様子は欠片もない。……そう、彼らはいわゆる転売屋だ。俗っぽく、転売ヤーと言ったほうがわかりやすいかな?」

 

 ジェントル・クリミナルの言葉が力を帯びていく。

 

「転売ヤー……つまり、希少価値が高い品を買い占め、定価よりも高い値段で売りさばくことで利益を得る輩のことだ。メインの客層、販売会社など、各方面に多大な迷惑をかける、実に、実に非紳士的ものたちのことだ!」

 

 ぐ、と彼の拳が握られる。

 

「……とはいえ、現状日本の法律ではこの転売を取り締まることは不可能だ。チケットなどは規制されているが、こういうフィギュアなどの転売はその対象ではない。これほど紳士に非ざる所業にもかかわらず! こんなことが許されていいはずがない! そうは思わないかな、リスナー諸君?」

 

 と、ここで彼は一歩後ろに下がった。態度も少し落ち着かせて、虚空に手を向ける。

 

「というわけで……本日のお題はズバリ! 『転売ヤー! 成敗してみた!!』」

 

 言葉と動きに合わせて、虚空にデザインを施された文字が現れる。それを示して、ジェントル・クリミナルが宣言する。

 

「さあリスナー諸君、時間だ。これより始まる怪傑浪漫、目眩(めくるめ)からず見届けよ!」

 

 そうして音楽が遠ざかっていく。画面が暗転していく。場面が、状況が、切り替わる。

 

 新たに映し出されたのは、いずこかのオフィスと思われる部屋。窓の外の光景は少々高く、この場所がビルの中にあるだろうことをうかがわせる。

 

 そんな部屋の中で、複数の男が身構えて正面を睨んでいる。いずれも既に”個性”が漏れており、臨戦態勢だ。

 

 彼らに対峙するは、我らのジェントル・クリミナル。ステッキを片手に、常なる落ち着きを崩さない紳士だ。

 

 両者の間には、仰向けで気絶している男が二人。不意打ちをジェントル・クリミナルに仕掛け、しかしジェントル・クリミナルの”個性”によって返り討ちにあったものたちだ。

 彼らをちらりと一瞥し、しかし油断することなく、ジェントル・クリミナルは口を開く。

 

「やれやれ、挨拶もなしにいきなりとは……それはいささか、礼儀に欠けるというものではないかね?」

「てめぇ……!」

「改めて名乗ろう。私はジェントル……ジェントル・クリミナル。君たちに、少しばかりお節介を焼きに参上させていただいたものさ」

 

 だがそんな名乗りに、応じるものは誰もいなかった。

 

「くだらねぇ動画ばっかり投稿してる雑魚ヴィランじゃねえか! テメェらさっさと畳んじまえ!」

 

 一番奥に陣取っている男の指示に応じて、全員が一斉に襲い掛かってきたからだ。

 

「ジェントル!」

「ああ、大丈夫だよ……結果的にとはいえ、()()には散々鍛えられたからね。任せたまえ」

 

 それでもジェントル・クリミナルは、慌てない。狼狽えない。冷静に相棒へ応じると、くるりときびすを返す。

 

 直後、彼は背中に迫った炎に触れたかと思うと、なんとステッキを振り抜いて跳ね返してしまった。

 

「ぐ熱っつ!?」

「なんだこれ!?」

「おやおや、私をご存知なら私の”個性”もご存知のはずでは?」

『あい゛い゛い゛い゛い゛!?』

 

 次いで、彼はそのステッキをしならせる。さながら鞭のように振り抜かれたそれが、数人を身体を連続して打ち据えた。同時にそのステッキが電気に覆われ、彼らは麻痺して倒れ込む。

 自らの”個性”によって弾性を付与したステッキを、文字通り鞭代わりにしたのだ。足りない威力は、仕込んだスタン機能で補う。最近になって用い始めたジェントル・クリミナルの新しい装備だ。

 

「失礼。いかんせん、あまり重いものは得意ではなくてね」

「う……っ!」

「では改めて、お邪魔させていただくよ」

 

 ジェントル・クリミナルはなおも止まらず、床を軽く蹴って何度もステップを踏むようにして高速で前に出た。弾性を付与された床からの反発が、彼をあっという間に敵に迫らせる。

 

 この姿に勝ち目がないことを悟ったか、残っていたものたちは道を開けるようにして出口に殺到した。だが彼らは、扉を開けた瞬間空気に弾かれて室内に戻されてしまった。

 それどころか、その弾かれた先の空気にもまた弾かれ、二つの空気の膜の間を延々と行き来するだけになる。空中を移動するすべを持たない彼らはもう、”個性”の効果が切れるまでそのままだ。

 

「馬鹿な!? いつのまにそんなに強く……くそッ!」

 

 そうこうしているうちに、ジェントル・クリミナルの身体が上に跳ね上がる。床が、トランポリンのようにうねっていた。

 

 直後、彼が突っ込んだ天井も同じ状態になる。と同時に、ジェントル・クリミナルは残る一人……最初に指示を飛ばした男の頭上に勢いよく着地した。

 

「ぐえぇぇッ!?」

「男子三日会わざれば……というやつさ。さて、君が主犯格だね? 申し訳ないが、しばらくそのままじっとしていたまえ……『ジェントリー・サンドイッチ』!」

 

 ジェントル・クリミナルの掛け声とともに、男の身体が幾重にも重ねられた空気の膜によって地面に縫い付けられる。

 

 かつてはあまり好んでいなかった技だ。サンドイッチとは、薄ければ薄いほど上品とされる食べ物だから。

 

 しかし己の現実を見つめ直し、執拗に勧誘に訪れる恐ろしいヴィランから逃げることに全力を出し続ける日々を強いられるうちに、ジェントル・クリミナルは戦闘力だけでなく、心境にも一定の変化が生じていたのだ。

 

 かくして、現場は制圧された。相棒はもちろん、ジェントル・クリミナルにも怪我はなく。相手側にも死者はない。ステッキの先端が床を叩くかつりという音が、幕引きの拍子木めいて室内に鳴り響いた。

 

 彼は自らの衣服を軽く払い、改めて室内を見回す。すると部屋の隅のほうに、大量に積み上げられた箱が見つかった。

 

「ああ……やはりあったね。オールマイトトゥルーフォーム、十分の一フィギュア」

 

 映像が、そこをアップにする。

 

「ジェントルの予想通りね! さすがだわ!」

「それほどでもないさ。……しかし、この大量のフィギュア。まったく、実にけしからん。君たちがこんなことをするから、本来手に入れるべき顧客が適正な価格とタイミングで手に入れられなくなるのだよ」

 

 ――だから、これは私が没収させてもらおう。

 

 ジェントル・クリミナルはそう言い放ち、空気の膜に潰されている男に振り返る。恨みがましい視線がまっすぐ返ってきたが、もちろんそれでひるむジェントル・クリミナルではない。

 正面からそれを受け止めて、毅然とした表情を浮かべるジェントル・クリミナルの顔が大写しになる……と、ここで再び映像が切り替わった。最初と同様の暗い場所に、スポットライトを浴びてジェントル・クリミナルがたたずんでいる。あの音楽が、再び流れ始めた。

 

 おほん、と演劇染みた咳ばらいを軽くして、ジェントル・クリミナルは口を開く。

 

「……かくしてまた一つ、この世から悪が滅びた! ……のだが、ここで問題が一つ」

 

 次いで彼が指を鳴らす。すると、彼の背後にスポットライトが降り注ぎ、大量のフィギュア――すべて未開封で、箱の中に納まっている――が姿を見せた。

 彼はそこから横にずれ、フィギュアたちを平手で指し示す。

 

「御覧の通りだよ。没収したフィギュアだ。なんと全部で六十三個ある。……ただ、これをすべて一人で楽しめるほど私は熱狂的オールマイトフリークではなくてね」

 

 それから肩をすくめた彼は、改めてカメラに視線を合わせる。

 

「しかし転売ヤーによるとはいえ、一度はお金によって購入された品だ。販売会社にお返しするわけにもいかない。……と、いうことで私ジェントル・クリミナル。これらのフィギュアを、全国の中古取り扱いがあるショップに寄付することといたしました!」

 

 彼の発言に併せて、効果音が鳴り響いた。

 

「この動画がアップロードされる頃には、既に届いていることだろう。全国の都道府県ごとに最低でも一つは届くよう、知恵を絞って分配したのでリスナー諸君においてはぜひお楽しみに。……ああ、どこのショップに寄付したかは秘密だよ。そんなことをしたら、不必要なまでに人が殺到してしまいかねないからね」

 

 彼はここで、「とはいえ」と言って一度言葉を切った。改めて見得を切りなおし、カメラに向き直る。

 

「そのフィギュアをどうするか、あるいはいくらの値をつけるかは、それぞれのショップ次第。しかしどこに寄贈したかは当然控えているので……不当な扱いをしていた場合は、このジェントル、お邪魔させていただくことになるだろう。……そんなことにはならないと、信じているけれどね」

 

 少しすごんだ彼だったが、後半は語調を軽くして、コミカルにウィンクして言葉を締めた。

 

「さて、本日の怪傑浪漫はこれにて幕。次なる案件まで、今しばらくお時間をいただきたい。……それではリスナー諸君、また会おう!」

 

 そしてジェントル・クリミナルは一歩引き、大きくお辞儀をして……画面は暗転した。

 

***

 

「あれ、襲じゃないか。何を見てんだ?」

「昨日アップされたジェントル・クリミナルの活動動画だよ。みんなも観る?」

「アラやだなかなかのナイスミドルじゃないの。え、もうお相手がいる? 残念だわァ」

「ああ……最近お前がご執心の。強いのか?」

「弱かったけど、何度も追いかけてたらなんでか最近は結構強くなったよ。少なくともマスタードにはもう絶対負けないと思う」

「うるさいなぁ! 僕は頭脳労働のほうが得意なんだよォ!」

「ギガントマキアに自慢のガスが効かないから拗ねてやんの。大丈夫だよオマエ俺より強ぇよ!」

「転売ヤー退治って。おじさんちょっと親近感」

『ホッホッホ……なんじゃ結構余裕そうじゃのォ……?』

 

 そんな、死闘の合間の一幕。

 




本作みたいにオールマイトが余裕をもって穏便に引退した世界線なら、トゥルーフォームのフィギュアも普通に出そうだなって思ったのでこんな話になりました。
襲が定期的に勧誘で追い回してるので、勝手にレベリングが進んでるジェントルのお話。
元々「紳士的でないものに制裁を加える現代の義賊」を名乗る彼なら、本作みたく自分の行いをしっかり省みる機会と、実力を鍛える機会に恵まれればこれくらいのことはするだろうという謎の信頼がある。

決して私怨をジェントルに代弁させたわけではないです。いやマジで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 幸せの記憶

「……む」

 

 夕食後。自室に戻るには少し億劫で、少しもったいない。だからこそ何人もが談話スペースに残り、思い思いの談笑にふける憩いの時間。

 食後のデザートを食べたくて、ソフトクリーム機に近寄った理波が声を上げた。その声に、周りで盛り上がっていたA組の面々が何事かと顔を向ける。

 

 彼らの視線の先には、ソフトクリームをコーンに出しながら難しい顔をしている理波の姿が。

 

「コトちゃん、どうかしたんです?」

 

 踏み台に乗って、精一杯に背と手を伸ばしてソフトクリームを出す小さな背中に率先して声をかけるのは、もちろんトガだ。いつでも理波を迎えられる態勢のまま、首を傾げている。

 

「いやなに、残量がほとんどなくなっていてな……そういうわけだ、14O。洗浄と充填を頼む」

了解(ラジャ)了解(ラジャ)

 

 トガに応じつつも、なんとか目的を果たした理波はすぐに信頼厚いドロイドに指示を飛ばしながら戻って来た。彼女はそのまま、いつも通りにトガの膝の上に座る。

 

 そう、いつも通りだ。寮生活が始まって既に三か月以上。もはやここでは見慣れた光景であり、周りにいる誰もがそれに口を挟むことはない。

 たとえ乗られたトガの表情が、友人以上を見る顔であったとしても。そこに口を挟まないのが、暗黙の了解であった。主に峰田の功績である。

 

「えっ、もうなくなったん? こないだも補充してなかった?」

「言われてみれば、確かにそうね」

「妙だな……夏でもないのにこの消費速度……まさか何者かが盗み食いを!?」

 

 なので、彼らの口から出るのはソフトクリーム機についてのみだ。そちらのほうが、ここでは遥かに問題なのである。

 

 とはいえ、飯田の言葉に賛同する者はいなかった。

 そもそも今の寮は厳重なセキュリティの保護下にあって外部からの侵入はほぼ不可能であるし、ヒーロー科の寮であるこの場にそんな不届き者はいないと誰もが信じているのだ。

 

 彼らの意見は、一致していた。ただ単に、たくさん食べられているだけなのだ、と。

 

「単純に、食べる量なり頻度なりが高いんでしょー?」

「だと思うぜ。そこらで食うソフトクリームより美味いのができるんだもんな」

「ソフトクリームの原液を作っておられる14Oさんの腕がいいのでしょうね。我が家でもレシピをいただきたいくらいですわ」

「上鳴、あんた普段から結構食べてるでしょ。もうちょい自重しときなよ」

「い!? いや俺だけじゃねーだろ!? 峰田とか峰田とか峰田とか!」

「待て待て待て、女子も結構食ってんぜ!? なあ!?」

 

 指摘された上鳴が、道連れと言わんばかりに峰田を巻き込んだ。当然のようにそれを嫌った峰田は、同じく女性陣を道連れにする。

 

 普段なら、彼の物言いは女性陣からブーイングを受けることが多いのだが……今回はそうはならなかった。そういう自覚が、女性陣にもあったからだ。

 

 特に芦戸や葉隠、麗日などは反応が顕著だ。頭をかいたり、視線を逸らしたりして、愛想笑いを浮かべるばかりである。

 彼女たちに紛れて目立っていないが、八百万も少々頬を染めて口元を手で隠している。女性ではないが、常闇も槍玉に挙げられないよう存在感を消すことに集中し始めた。

 

 そんなクラスメイトたちの様子を微笑ましく眺めながら、他人事のようにソフトクリームを舐めていた理波だったが……突如として背後から言葉で刺されることになる。それも最も信じている愛しい人に、だ。

 

「コトちゃん? 自分は関係ないみたいな顔してぺろぺろしてますけど、ソフトクリーム一番食べてるのは間違いなくコトちゃんですよ?」

「ん゛ッ!? わ、私か!?」

 

 このやり取りに、改めて視線が理波に集中する。ただし、先ほどとは違い「ああ……」と言いたげな生ぬるさが込められていた。

 

 だが、当の理波の顔には納得できないと書いてあるかのようなふくれっ面である。

 

「まさかそんな。そりゃあ、持ち主の特権で優先的に使わせてもらってはいるから確かに少しは多いかもしれないが……それでも五十歩百歩だろう?」

 

 これに対するトガの顔は、「ダメだこいつ早くなんとかしないと」と言いたげにしわくちゃだった。

 

 そんな彼女を援護するかのように、蛙吹が口を開く。

 

「ケロ……理波ちゃん、放課後寮に戻ってきたら大体一度は食べているわよね?」

「ん……それは、まあ。だが私だけではないだろう?」

「ボク知ってるよ☆ それだけじゃなくって、夕食後にも毎日一回は必ず食べてるんだってこと☆ 食後のスイーツってやつだね☆」

「それどころか、なんだかんだで二回は食べることが多いな」

「それがトガ特製のパフェになる日もあるな」

 

 理波の反論に対して、青山と障子、そして常闇が言い返す。

 

 ぐ、と理波が言葉を詰まらせた。だが、援護射撃はとまらない。

 

「あれ? 休みの日とか、昼食後にもソフトクリーム食べてなかった?」

「ああ、食べてるわ。違いないわ」

「う」

 

 さらに尾白と瀬呂が追撃をかけ。

 

「あ! そういえば、朝ごはんでもたまーにハニトーするときあるけど、そのときもアイス代わりにソフトクリーム使ってるよねー!?」

「おお、確かに! やってたな!」

 

 最後に芦戸と切島がとどめを刺した。

 

 もはや反論できない理波はトガの膝の上で自らの膝を丸めると、片手で脚を抱いて顔を隠す。

 

「わかりましたか、コトちゃん?」

「わかったから……私が一番悪かったから……もう許してはくれまいか……」

 

 そんな彼女に、背後からトガが耳打ちする。

 

 四面楚歌の理波は、ジェダイにあるまじき所業を繰り返していた己にただただ恥じ入るばかりだ。その顔は羞恥で赤く染まり、視線は誰にも向けられないまま泳いでいる。心なしか身体もぷるぷると小さく震えていた。

 

 この姿を見て、彼女がかつて屈強な身体の成人男性だったと思うものは、一人もいないだろう。

 

「ふふ……っ、やっぱこうやって見てると……ねぇ?」

「ああ、ちゃんと子供だよな。ちょっとほっとするわ」

「これがギャップ萌えってやつだよねぇ」

「うんうん、わかるわかる」

 

 実際、周りのクラスメイトたちも見た目通りの幼女を見る目で微笑ましく見守っている。数人に至っては、実際に笑っている。必死に堪えてはいるが、堪えきれずに漏れている。離れたところでは、半透明の幽霊も腹を抱えて爆笑している。

 

 一方峰田は成道(じょうどう)直後、悟りの楽しみを味わうブッダさながらの笑みを一人静かにキメていた。

 

「増栄くん! 君の”個性”上たくさん食べることは仕方がないのだろうが、しかし何事にも限度というものがあると思うぞ!」

 

 そんな中で、厳しいことを言い出せる飯田は根っからの善人だと言っていいのだろう。

 

 ところが理波はこの期に及んでも、もにょもにょと言い訳を口にしている。自覚はできたようで、勢いはもちろん説得力も皆無だが。

 

 ただ、そんな姿を見て嗜虐心を刺激された人物がいる。他ならぬトガである。

 彼女は位置関係的に理波から見えないことをいいことに、一瞬にたりと笑った。すぐに元の笑顔に戻ったが、そのまま流れるように飯田へ声をかける。

 

「飯田くん、もっと言ってあげてください。私気づいてはいたんですけど、コトちゃんがカァイすぎて怒れなくて……」

「ヒミコ!?」

 

 そんなトガの心境や発言を、フォースで察知できていた理波ではあったがもう遅い。

 既に賽は振られてしまった。真面目一徹な飯田が、この手の冗談を理解できるはずもなく。

 

「む、そうだったのか……! よしわかった! 不肖この飯田天哉、確かに承った!!」

「うぅ……お、お手柔らかにだな……」

「いいや、ダメだ! これは君を想ってのことなんだからな! 頼まれたこともあるし、じっくりやらせてもらうぞ! まずはそのソフトクリームは没収だ!」

「えっ……、そ、そんな……」

 

 張り切って、ずいと身を乗り出す飯田。彼の本気具合に、さっと青ざめる理波という構図が出来上がる。

 

「さすが飯田くん、委員長だ……!」

「やー、あれは委員長っていうよりお母さんじゃない?」

「飯田、誰か生んだのか?」

「ふはっ、なんでそうなるんだよ!」

 

 この様子を見て、そしてそれへの感想を口々にこぼしていた周りのものたちが、一斉に笑い始めた。もう我慢できない、と言いたげな爆発具合である。

 そしてこの状況を生み出した原因は、没収されたソフトクリームに追いすがろうとする理波を抱きすくめたまま、離そうとしない。

 

 半泣きの顔が、原因であるトガへ恨めしそうに向けられる。口をぐっと引き締めて、すがるような上目遣いだ。

 

 愛しい人のそんな姿があまりにも珍しくて、カァイくて。トガは口元が三日月のように、にんまりと笑うことを堪え切れなかった。

 

「あはぁ……カァイイ……♡ ステキ……♡」

「なんでそうなる!? もう! ヒミコのばか!!」

 

 そうして談話スペースには、さらなる笑いが巻き起こる。

 

 なお飯田の説教は、理波を膝に乗せているがために自らも説教を受けているにほぼ等しい状況をトガが嫌ったので、わりとあっさりと打ち切りを食らった。

 

 ただし、そんな中でも理波はしっかりソフトクリームのおかわり禁止を言い渡されてしまったため、一人でしょげていた。そこまで含めて、一連の流れはこの場の全員にとって愉快な一幕である。

 

 それは、平和で楽しいひとときの記憶。学生らしい、若者らしいバカな話をとめどなく続けて、笑っていられる幸せな時間の記憶。

 

 ――トガ・ヒミコの魂がこの世界から消失する、前日の夜のことであった。

 




A組メンバーには完全に気を許しているので、こういう風にいじられることになってもこれはこれでって思ってる理波の話でした。ちょっと短めでしたが。
でもそれはそれとして、ソフトクリームの没収やおかわり禁止には本気でしょげてるので、やっぱり根が幼女なんでしょうねこの子。
昔アナキンにアイスクリームネタで弄られてた頃からまるで成長していない。

実を言うとこの閑話を書く予定はまったくなかったんですけど。
空古さんより、二人がイチャついてる素敵な絵をいただきまして、モチベがモリモリ沸いたので書きました。掲載許可をいただきましたので、こちらに掲載いたします。

【挿絵表示】

あぁ~^
これは間違いなく付き合ってる距離感。素晴らしい!
改めまして、イラストありがとうございました!

・・・と、そんなわけで、改めてEP10はこれにておしまいです。
次回のEP11はトガちゃんの行方とか、劇中劇としてのスターウォーズの謎とかも進展しつつ、本筋は劇場版二作目のヒーローズライジングになります。お楽しみに。
ただ次のEPはトガちゃん不在のまま進みますので、その点はご了承くださいませ。
いつものように書き溜めをしますので、書きあがるまで今少し時間と予算をいただければ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 11月11日の小話

本編の更新再開ではなく、息抜きに書いた単発の短編です。


「ポッキーゲームをしましょう」

 

 ある日の夜。作業中にいきなりそう話しかけられた私は、とりあえず振り向いた。

 するとそこには、チョコレート菓子の箱と取り出した菓子を一本手にしたヒミコがいる。

 

 状況的にまったく脈絡のない提案だったが、意味することは十分にわかる。私とて、この星で十一年生きてきたのだ。ポッキーゲームが何かを知らない、ということはない。

 世俗に疎い生き方をしている自覚はあるが、前世よりは確実に世俗に寄った生き方をしている自覚もあるのだ。知識としてはちゃんと知っているとも。

 

 そもそもの話、私たちは常時の繋がりがあるフォースの一対。言葉遣いがふわふわしているのはいつものヒミコだが、この至近距離で彼女の意図を読み間違えるはずもない。また随分唐突に言い出したなぁ、と思うくらいだ。

 

 まあ、カレンダーを見れば今日は十一月十一日。何かと話題にもあることが多いし、ミネタがここ最近したいしたいとさんざん喚いては女性陣の顰蹙を買っていたので、予想はできたか。この時間、二人きりになるまで待っていたのだろうな。

 

「構わないが、私たちがそれをしたところで結果は見えていると思うが?」

「ふぁい、ろうぞ」

 

 そして彼女が、一度言い始めたことを簡単に引っ込めるタチではないことも知っているので。

 私の言葉がさらりと流され、ずいと菓子を差し出されたとしても驚くことは何もない。

 

 あと、食べ物をくわえた状態で話すなと言うのは野暮なのだろうな。フォースで伝えられるのだからそんなことをしなくともと私は思うのだが、こうやって、言葉でやり取りをすることに意味があるのだろうから。だからこそ、私も直接告白しようと思ったのだし。

 

 ただ、何もかも思い通りになると思われるのも少々癪だ。なので肩をすくめる程度には軽く抗議をしつつ、私はヒミコに正面から向き直った。

 そして、向き合ってから改めて思う。

 

「……チョコレートがかかっているほうがいい」

「らめれす、こっひはわらひのものれす」

 

 せめてと思い提案するが、にべもない。

 

 まあヒミコの意図は火を見るよりも明らかで、どういう結果になるかも一目瞭然なので、断られたところで最後は同じではあるのだが。それでも一口目は、チョコレートを味わいたかったなぁ。

 

 とはいえ私も受け入れられるとは思っていなかったので、それ以上は何も言わず、差し出されていた菓子の先端をぱくりと口にした。

 

 と、同時にヒミコが動き出した。猛然と菓子を食べ進め始めたのだ。

 元よりさして大きくもない菓子である。私が動く余地はほとんどなく、十秒も経たずに私は唇を奪われた。フォースに頼るまでもなく、見えていた未来であった。

 

 しかし、勝負の余地がないゲームは果たしてゲームとして成立し得るのだろうか? と言うより、これは本当にポッキーゲームだったのだろうか?

 

 そんな益体もないことを考えながら、私は口の中を蹂躙されるままに任せる。まだ咀嚼されきっておらず、固形を保っているビスケット生地とチョコレートの味が、愛しい人の唾液と共に口内を満たす。

 

 混じり合う複数の味は、どれも私好みだ。好きなものがいくつも掛け合わされて大好きになり、さらには際限なく膨らみ続ける。

 すると私の心身はあっという間に幸福を大量に注ぎ込まれて、溺れてしまいそうになるのだ。

 

「ちゅっ……ん……っ♡」

「んんん……っ♡」

「んちゅっ、ちゅ……ッ♡」

「ちゅむ……っ、んん……ッ♡」

 

 ぼんやりとしていく思考の隅で、深い口づけと唾液がぶつかり合う淫靡な音が重なり合って聞こえてくる。菓子などとっくになくなっていた。

 いつの間にか背中には両腕が回されているし、私も同様の態勢で。

 

 それは勢いのままに押し倒されるまで続いた。

 

「ぷはぁ。……んふふ、今日のコトちゃんはチョコ味なのです」

「あ。ふ、はぁ、はぁ……。……そう言う君こそ」

 

 ゆるゆると上半身を起こしたヒミコが、妖艶に微笑んだ。

 

 ぺろりと口周りをなでる舌が、実に情欲を誘う。明かりで逆光になっているはずのその姿を、仕草を、はっきりと認識してしまった私の下腹部が、明確な熱を帯び始めた。

 

「……ね、コトちゃん。チウチウするね?」

「うん……いいよ」

「いただきまぁす」

「ん……ッ♡」

 

 そうして、たちまち首筋に走る痛みに快感を覚えながら。全身を駆け巡る気持ちよさに身を委ねながら。

 

 弛緩し始めた頭で、何となく思う。

 今日はする予定はなかったけれど。たぶん、することになるのだろうな、と。

 

 後々何かしら悔いることになるのだろう、という予感もあるのだが。それはそれである。

 

「はふぅ……。コトちゃん……好きぃ……♡」

「んッ、んん、私も……私も、好きだよ……」

 

 何せ、私とヒミコは互いに好き合う伴侶なのだから。

 

 だから、まあ。

 

 こんな日も、ある。

 今日はそういう日だった。それだけのことだ。

 

 それだけの、私たちの日常である。

 




本編を鋭意執筆中ですが、現状トガちゃんが不在で一向にイチャイチャさせられずフラストレーションがたまったので、濃いめのイチャイチャが書きたくなりました。
なので書きました(などと供述しており
まあうん、ちょうど折よくポッキー&プリッツの日だったのでね。じゃあやるしかないだろと。
本番はないです。本当に突発的に書きたくなって発狂した結果なので・・・。

本編は11月中の更新再開を目指してるんですが、ポケモンの新作が迫ってるのでどうかな・・・行けるかな・・・って感じです。
もうちょっと待ってね・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅺ 愛の夜明け
1.南へ


 ヒミコの魂がいずこかに消えた日から、ちょうど一週間が過ぎた。この日私はA組の全員と共に、船で洋上を移動していた。

 

 向かう先は、本州から遥か南に位置する那歩島(なぶとう)。位置的には沖縄本島からさらに南東に行った辺り――緯度的には硫黄島くらい――であり、雄英のある静岡からは一度飛行機で沖縄本島まで移動して、そこの港から船で向かう流れとなる。

 なお移動にかかる所要時間は、実に片道およそ十九時間。正真正銘の離島である。船便も五日に一度しかないため、より遠く感じる。

 

 ではなぜ私たち1年A組がそんなところに向かっているのかと問われれば、答えはずばり、ヒーロー活動推奨プロジェクトという学校の行事である。

 

 ……いや、行事というと語弊があるか。要するに、以前は生徒の任意で行われていたヒーローインターンを全員に、それも集団でやらせるというものなので。

 

 ただし通常のインターンとは異なり、私たち生徒を先導するプロヒーローはいない。教師によるバックアップもない。何か問題が生じた場合は私たち自身が責任を負わなければならないという、限りなくプロヒーローに近いことをやらなければならないのである。

 もちろん、いきなり激戦地に送られることはさすがにない。基本的には人口が少ない土地……つまり犯罪や事件が多くない場所が選ばれているのだ。

 

 実際、那歩島はここ三十年ほどは些細な事件しか起きていないらしい。私たちの場合は、高齢で引退するヒーローの後任が着任するまでの穴埋め要員、という意図もあるようだが……それでもヒーローはヒーローだ。クラスメイトはみんなやる気をみなぎらせていた。

 

 私たちにこの案件が初めて布告されたのは、十一月の半ば頃。ちょうど文化祭が終わった直後だった。細かい事情は調べていないがこのプロジェクト、どうやらヒーロー公安委員会の肝入りらしい。

 この時点で色々と胡散臭いものを感じるが……まあ、実戦に勝る経験もそうそうない。我々としては、どんなものであれ糧とするだけだ。

 

 ……そこにヒミコがいないことは、まったく想定していなかったわけだが。

 

 あの日から私は、相変わらず不調な日々を過ごしている。

 ヒミコの手料理が食べられなくなったため、私の食は細くなった。ランチラッシュの食事は毎度おいしいのだが、それでもやはり違うのだ。決まりとは言え、ランチラッシュはあまり食後のデザートを作ってくれないということもある。

 

 ヒミコの姿が近くにないため、いつも寂しさがつきまとう。ふとした瞬間に彼女に話しかけようとして現実を突きつけられることも多く、そのたびに私はあふれそうになる涙を堪えなければならなかった。

 

 ヒミコと同棲し始めてから、毎日されていた夜の「チウチウ」もなくなって物足りない。身体を、愛を重ねることのできない日々には、ひどく飢餓感を覚える。

 おかげで人生二回目にして初めて自慰をしてしまったが、それで満たされることは一度もなく、ただただ虚しいだけだった。

 

 とはいえ、なんとか踏みとどまっていられるのは、クラスメイトたちのおかげだ。彼らが寄り添ってくれているから、私はなんとか耐えていられる。

 特に、寂しさにぐずつく私を心配して、一緒に寝ようと言ってくれる女性陣には感謝してもしきれない。

 

 それでも、時間は過ぎていく。世界は個人の悲劇には見向きもせず、淡々と進んでいくばかり。

 今の私はそこについていくだけで精一杯であり……だからこそ、ふとした瞬間どうしても心の痛みに襲われるときがある。

 

 今もそうだ。そうなったときは、心が落ち着くまでひたすら耐えることしかできない。どんどん湧き上がってくるネガティブな思考に押し潰されないよう、耐えることしか。

 

 しかしそうした姿は、できれば不特定多数に見られたくない。だから私は、船内に与えられた部屋で一人ペンダントを開き、中に納めた写真をぼんやりと見つめていた。

 

 ヒミコとお揃いの、ヒミコとのツーショットが撮られた写真が納められたそれを眺めて、幸せだった頃の思い出に浸るのだ。それ以外の思考はない。できない。

 

 この状態でも一応、なぜかヒミコの元から消えたペンダントの行方――結局どこにも見当たらなかった――に想いを馳せることはあるのだが。今の状態だとろくに考えることができないので、結論は出ない。

 

 ただ船上で一夜を明かす関係上、そうやってあれこれ考えていたであろう時間を睡眠で埋めることができるのは不幸中の幸いかもしれない。

 もちろん以前に比べれば寝つきは悪くなっているのだが、私を心配して友人一同が一緒に一人にしないでいてくれるので。それに、最悪自分の眠気を増幅すればすぐに眠れるからな。

 

 そういうことで、友人の手を借りてなんとか夜を乗り切った朝。

 

「おはよ、理波ちゃん」

「ん……おはよう、()()()()

 

 私が抱き枕にしていたオチャコに起こされて、寝ぼけ眼で応じる。睡眠中にゼログラビティが発動しないためのミトンで、頭を撫でられた。

 

 これにうっすらと笑うと、オチャコも釣られるようににっと笑う。その笑顔に引き寄せられるように、私は改めて彼女に抱き着いた。

 

 朝、ヒミコがいないこの世界で、私を受け入れてくれる友人たちの暖かさを浴びることが、ここ一週間の習慣になっている。寝ている間に、無意識でトールの首筋を甘噛みしていたときは全力で土下座するしかなかったが。

 

 もちろん、これで私の心の穴を完全に埋めることはできない。当然だ、彼女たちはヒミコではないのだから。

 

 それでも彼女たちがくれるこの温もりは、間違いなく私にとって救いだった。

 

 ともあれ朝だ。手早く身支度を整えて、部屋を出る。向かう先は食堂だ。

 

「おっはよーことちゃん! 麗日ちゃん!」

「おはよう葉隠ちゃん!」

「やあ、おはようトール」

「うーん、相変わらず発音がちょっと違うんだよなぁ……まいいんだけど」

 

 途中でトールが合流した。十二月に入ったが、向かう先が南国ということで格好は夏服だ。半袖のシャツとプリーツスカートが虚空に浮かんでいる。それは私たちも同様だ。

 

 私はそのまま流れるように二人に両手を繋がれて、通路を歩くことになる。

 

 ……最初は何もそこまでしてくれなくても、と思った。だが、今の私が、自力で立っていられるかどうかわからないということは、自分でもわかっているつもりだ。

 

 実際、傍から見ると今の私は放っておけないらしい。危なっかしいとも言う。だからなのか、二人以外も同じように手を繋ぐなどして気にかけてくれている。

 そんな友人たちの気持ちはわかっているので、私も拒むことはしない。今さら羞恥心どうこうなどはないし、ヒミコに会えないまま衝動的に死ぬなどもってのほかなので、素直に応じることにしているのだ。

 

「朝ごはん食べたらいよいよ島に到着だよー、楽しみだねー! ……だけど、やっぱりちょっと緊張もするねぇ」

「わかる……! 先生もプロの方もおらんやんね? 私ちゃんとできるかなぁ……」

「私は心配していないよ。みんなちゃんとやれるさ」

「だといいんだけど」

「私の友人はみんな優秀だからな。それは当然、二人ともだ」

「……んもー、理波ちゃんったらうまいんだからー!」

「そんなに褒めちぎったってなんにも出ないよ~っ?」

「私は本気なのだがなぁ」

 

 そんなことを話しながら、食堂へ向かう私たちである。

 

 道中、それなりに人とすれ違う。食堂にも、結構な人数がいる。

 彼らの大半は観光客だ。那歩島は決して大きな島ではないし、人口も千人程度しかないが、ビーチや遺跡があるので観光地としては多少有名なのだ。

 

 また船が本当に決められたタイミングでしか行き来しないので、どうしても一度に動く人数は増えるという事情もある。

 

 そんな中、夏服でわかりづらいとはいえ、雄英の制服でうろついている私たちはそれなりに目を引くらしい。特に、体育祭で活躍した面々はちょくちょく声をかけられているようだ。

 

 私は申し訳ないが、様々な意味で受け答えができる心境ではないので、やんわりと断らせてもらう。しつこいものには、オチャコとトールが対応してくれた。

 

 なお、船内で提供される食事はそれなりのものでしかない。ヒミコの手料理はもちろん、ランチラッシュにも遠く及ばないものばかりだ。

 ただ、完成度の高い料理であればあるほど自然と味が収斂してヒミコの手料理に近づくため、今に限ってはそれなりの料理のほうがありがたい。どうしても彼女の料理を思い浮かべてしまうからな……。

 

「おお……ことちゃんのおかわり、久しぶり見た気がする……!」

「うん……今日から十日間仕事だからな。いざというとき”個性”が発動できませんでしたでは困るだろう?」

「……無理したらあかんよ?」

「わかっている……食欲があまりないことには変わりないから、ほどほどで済ませるよ。……あ、でも辛いものだけは、すまないが任されてくれないだろうか」

「あはは、もー、仕方ないなぁ」

「ことちゃんは本当に甘党だねぇ~」

 

 そんな軽口を叩かれながら、食事を済ませる。食欲はあまりなかったが、みんなと会話をしていると、自然と食べようという気になる。

 また、食事中に他の面々も次第に合流してきて、話はさらに膨らんでいく。そういう他愛ない話をしているだけでも少しは気が楽になるのだから、人間の心とは不思議なものだ。

 

 まだ心から笑うことはできないけれど……でも、私は大丈夫だ。みんながいてくれるうちは、きっと。

 

 そうやって和やかに食事を済ませてから、そこに残って談笑を続けることおよそ一時間後。

 大体八時を少し回ったところで、いよいよ島が見えてきたらしい。ミナやトールたちに促されるまま、A組女子一同で甲板へ移動する。船首付近に立……っても私の身長では前方が見えなかったので、トールに抱き上げられて島の姿を見た。

 

「おぉー、見えたー!」

「あれが那歩島かぁー!」

「ほえー、こうして見ると結構大きいんやねぇ」

「ケロ。遠目に見た感じだと、港もなかなか充実しているみたいだわ」

「観光地でもあるとのことですから、そのためなのかもしれませんわね」

「……ちょっとくらい見て回る時間があると嬉しいけど、どうかな」

 

 少しずつ近づいてくる島の姿を眺めながら、それぞれ思い思いの言葉を口にする彼女たち。

 

 だが、私の口に言葉が上がってくることはなかった。

 

「……理波ちゃん、大丈夫?」

「まだしんどい? もうちょっと休んどく?」

 

 そんな私の顔を、オチャコやトールが心配そうに覗き込んできた。だが、私は彼女たちに首を振る。

 

 本心だ。今の私は、珍しくヒミコ消失前のように思考を回すことができている。

 いやまあ、確かにトールに抱き上げられたとき、私の身体を支える腕や触れる胸の感触を無意識にヒミコと比べてしまったけれども。

 

 それはともかく、今の私はヒミコを想うあまり落ち込んでいる状態を、かろうじてだが一時的に脱していた。

 しかしそれがなぜかと問われると、答えに困る。フォースユーザーにしかわからない感覚だからだ。

 

 とはいえ、A組のみんなであれば理解は示してもらえるだろう。ここで言わないでいると勘違いされそうだしな。

 

 だから私は、感じたことを率直に口にすることにした。

 

「……フォースでちょっと、な。少し不思議に思っただけだよ」

「? 不思議に?」

「何かおかしなことでもあった?」

「……まさかとは思うけど、またヴィラン連合の気配がするとか言わないよね?」

「それは大丈夫だ。彼らの気配は感じないし、悪い気配も同様だ。それに、不思議に思ったことも別段悪い方向のものではないから、あまり気にしなくても構わない」

「ホントかなぁ……」

「本当だよ」

 

 ああ、本当なんだ。確かに不思議ではあるが、これは別に珍しい現象でもないのだ。

 

 そう。那歩島周辺に漂うフォースの気配が比較的濃いくらい、珍しくもない。宇宙に満ちるフォースの濃淡が、場所によって違うなど当たり前のことなのだから。

 

 第一、濃いと言ってもあくまで地球の中での話だ。これくらいなら中学校の修学旅行で行った京都や奈良と大して変わらないし、いずれにしてもギャラクティックシティなどとは比べるべくもない。それだけのことである。

 




アギャス!(挨拶
というわけでパルデア地方にいるので少し完成が遅れましたが、何はともあれ更新再開。EP11「愛の夜明け」は、本編15話+幕間2話でお送りいたします。
内容としては以前に後書きで触れた通り、主に劇場版第二作目である「ヒーローズ:ライジング」を沿う形になります。
スターウォーズ関連のあれこれもちょっとあるよ。

ということで、女性陣からべったべたに甘やかされてるしべったべたに甘える理波の図です。おかげでクラスメイトを名前で呼べるようになりした。
たぶん何人かは母性に目覚めてると思う。
あと峰田は下手なこと言えずに一人悶々としてる(経緯が経緯なので自重してる

ちなみに最初はRのつく幕間も書こうかなと思ってましたが、いなくなった恋人を想って文字通り自分を慰めてる幼女は書いててしんどくなったのでやめました。
やっぱ幸せなのが一番よね。曇らせはたまに食べるからいいんやなって。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.プロジェクト始動

 船が那歩島の港に到着したのは、九時半頃のことであった。

 上陸した私たちはまず、クラス委員であるテンヤとモモを先頭に村長を表敬訪問した。着任の挨拶と、短い期間だが世話になること、もしかしたら協力を仰ぐかもしれないことなどを説明するためだ。

 

 プロジェクト自体は政府主導というわけでもなく、自治体側と直接関わっているわけでもないので絶対に必要なことではないのだが、いかんせん小さい離島だ。

 何かあっても頼る当てはなく、物資の補充も容易ではない場所なので、自治体との協力は欠かせないという判断だ。この辺りは、多少なりとも政治に関わったことがある私の意見である。

 

 挨拶の場には村長だけでなく、地元住民が作る自治会の会長も来ていた。行政の関係者も重要だが、こちらも無下にできるものではない。二人揃っていたのはむしろ時間の短縮になって良かったと言える。

 

 なお私個人としては、この自治会長が気になった。凛とした立ち姿の初老の女性だったのだが、なぜかどこかで見たことがあるように感じる佇まいが印象に残っている。

 

 その後は、プロジェクトの期間中拠点として使わせてもらう旅館に案内され、施設の点検と拠点化のための作業に入った。

 

「拠点トシテ整備スルノデスネ? オ任セクダサイ! ワタクシ腕ガ鳴リマス!」

 

 ここで活躍したのは、私が持ち込んだサーヴァントドロイドS-14Oである。元々私とヒミコが住んでいたアパートや、寮においては家事全般を一手に担う存在だ。また、頼られることが好きな性質でもあるため、あれもこれもと振られるままに仕事に熱中していた。

 

 なお、その14Oを持ち込むに当たって、私はメリッサ・シールド女史と共同で開発した最新の圧縮装置を持ち込んでいる。

 これは”個性”由来の超圧縮を行い、小型化と軽量化を施す取り付け型の装置である。圧縮中はUSBメモリのような外観になり、重さも相応になるため、普及したら物流業界が大変なことになるだろう。

 

 その効果だけでも絶大なのに、圧縮の発動と解除はスイッチ一つで行える利便性と、大型船舶であっても圧縮する性能も備えているのだ。複数の圧縮ができないという欠点もあるにはあるが、まさに革命的な逸品と言っても過言ではないだろう。

 

 シールド女史とは夏のI・アイランド事件以降も交流は続いており、この装置には私も少し関わっている。実のところ、私がしているのは銀河共和国視点での助言くらいだ。少なくとも、私自身はそう思っている。

 しかしシールド女史は律儀と言うべきか、太っ腹と言うべきか。無償では申し訳ないからと、まだ非常に高価かつ日本には出回っていないこの装置を、私に贈ってくれたのである。

 

 まあ、私がいただいたものは技術限界の検証用に造ったプロトタイプとのことなので、一般に出回るものはコストなどの兼ね合いで圧縮上限はもっと低いはずだが。

 

 とはいえ、そんな貴重なものをいくつも入手できるような上手い話はなく、いただけたのは一つのみだ。

 なので、那歩島まで手ぶらで来たということはない。ほぼ身一つで旅行ができる日が来るにはまだ相応の時間が必要だろう。

 

 ちなみに、I-2Oは留守番である。彼は電脳を介した情報管理と収集に特化しているため、今回の遠征に連れてくる意義が薄かったのだ。

 まあ、留守番にした理由の何割かは、彼に施されている塩害対策が最低限だからというのもあるのだが。

 

 話を戻そう。ともあれそういうわけで、14Oの手を借りながらも我々は拠点の整備に勤めた。

 臨時のヒーロー事務所として使うためにパソコンであったり電話であったりを持ち込んでセッティングしたり、寝室として使う部屋の割り振りをしたり、さらには我々の全員のシフトを確認、調整したり……内容は多岐に渡る。

 

 とはいえ、こうした作業は実際にヒーロー事務所を立ち上げる際にもすることなので、全員が真面目に取り組んでいた。

 

 もちろん、二十人規模の事務所をいきなり設立することはほぼほぼあり得ない。最初は誰かのサイドキックとして働き、のちに独立というスタイルが一般的らしいので、そう言う意味でも本番のほうが楽に感じる可能性のほうが高い。

 それでも、いやだからこそ、そのための作業は有意義な時間なので別に構わないのだ。

 

 ともあれ初日の午前中は、こうした作業に終始した。

 一通り終えたところで、時間は十三時頃。本格的な活動は昼食をとってからにしようということになり、みんなでテーブルを囲むことになった。

 

「食事のあとはいよいよヒーロー活動開始だ! 先生方やプロヒーローの援護のない、正真正銘俺たちだけの力で行う初めてのヒーロー活動だが……案ずることはない! 授業でやったことを、基本を忘れず粛々と取り組んでいけばいい。俺たちなら大丈夫だ! 一年A組、やるぞ!!」

『オオーっ!!』

 

 食事前には、いつもの調子でテンヤが音頭を取って。和やかに食事を済ませて、私たちのヒーロー活動師匠プロジェクトはいよいよ始まった。

 

 さてこの活動についてだが、私たちは基本的に数人のチームに分かれてそれぞれの役割を担うことになっている。

 チームは割り当てられた地域を巡回するチーム、事務所に待機して電話応対などに備えるチーム、業務から離れて休憩するチームの三つに分けられている。せっかくの大人数なので、全員が常に業務に当たることはないようにシフトは調整してあるのだ。

 

 このシフトは適宜変わるが、中にはツユちゃんのように水中で唯一無二の活躍ができるものもいるので、一部割り当てが半ば固定されているものもいる。”個性”には向き不向きがあるので、この辺りは仕方ないだろう。

 

 ちなみにシフト作成に当たって夜勤も考えるべきかが議題に上がったが、過去の那歩島の事件数や発生頻度を鑑みて宿直を一人か二人置いておけばいいだろうという結論になった。

 

 結果として、十日間に及ぶこのプロジェクト中でも全員が最低丸一日は休みが取れる計算になっている。

 シフト作成には大人数のサイドキックを率いるインゲニウムを兄に持つ、テンヤの意見が結構多く盛り込まれている。こういうところに彼の中にあるインゲニウムの薫陶を感じる。

 

 なお活動を始めるに当たって、私からはコムリンクを全員に支給している。

 全員携帯電話は持っているが、コムリンクはこの星の一般的な通信回線とはまったく異なる回線を用いるトランシーバー。つまりはこれさえあれば、万が一何かが起きて通信が途絶えたとしても通信ができるのだ。

 

 正直必要になるとは思えなかったが、まあ念のためだ。転ばぬ先の杖というやつだな。

 

 なお、今回持ち込んだコムリンクはB組との対抗戦のときに使ったものとはまた別ものだ。大きさはI・アイランドのときと同じくらいだが、代わりに有効範囲が二倍近く伸びている。

 いかに那歩島が小さい島とはいえ、人間が行き来するにはなかなかの広さになるので、携帯性より性能を優先した形だ。

 

 ……とはいえ、目立った事件はないまま初日は終わった。

 不測の事態どころか、ちょっとした小競り合い程度の諍いすらなかった。実に平和だった。

 

 事前に説明されていた通り、ヴィランの動きが活発な地域を避けて任地が選定されているだけはある。

 そのため我々がやったことと言えば、迷子(ペット含む)探しであったり海水浴場の監視であったり、ちょっとした機械の修理であったり……言ってしまえばなんでも屋のようなものばかりであった。

 

 それはヒーローの仕事なのか? と思われるようなことばかりだったわけだが、我々は事件に細かいも大きいもない、という方針で動くことにしている。そもそも私たちはまだ学生で、仮免許の身なのだから、選り好みしている立場でもないからな。

 私としても、暇な時間に不用意にヒミコのことを考えて落ち込まなくて済むので、忙しいことはむしろありがたかったりする。

 

 ただし、戦って勝つことに最も重きを置いているカツキは早々に機嫌を悪くしていた。

 

 彼の気持ちも、まったく理解できないとは言わない。初日どころか二日目も、持ち込まれるものは小さな案件ばかりだったからな。

 

 しかしもとを正せば、ヒーローとは誰かのために奉仕する職業と言われている。活動の拠点周辺の住民との軋轢などあっていいはずもないので、こういう地味な活動も必要なものだろう。その辺りはジェダイとは異なる点だな。

 

 イズクが言うには、オールマイトもそういう信念の下で戦っていたらしい。さすがに稀代の英雄はそういうところも英雄と言うべきか。

 彼ほどの人間でさえそうだと言うなら、新人どころかいまだ仮免許の我々は尚更だろう。

 

 カツキもそう思ったようで――単純にイズクに負けたくないだけかもしれないが――、一応人前ではそういう不満を口にすることはない。

 

 けれども態度には出ているので、我々はあまり彼を人前に出さないほうがいいと判断した。

 そして話し合いの結果、彼にはやたらと私たちを警戒している人間の監視役を任せることで一致した。

 

 これは私がフォースによって不審に感じたものが対象だ。今のところそんな人間はいない……と言えたらよかったのだが、実は私たちが島に入る前、船に乗っているときからそういう気配はあったので、気にしないわけにはいかなかったのだ。

 

 ただ今のところは二人しかいないので、ひとまずはカツキさえいれば対処は可能だろう。彼のフォースによる感知はまだまだ素人未満と言わざるを得ないが、人が多くないこの島なら彼でも嫌な予感などは感じやすいだろうし。

 

 とはいえ、今のところ私たちを警戒している以外の根拠がないので、殴りかかるわけにもいかない。

 確かにヒーローを警戒している点は怪しいが、島に来てからは特に不審な行動はしていないのだ。船旅に疲れたのか初日はホテルから出て来なかったし、二日目も海水浴をしていただけだからな。

 

 そういう意味でも、監視役がカツキなのはある意味ではとてもいい配役と言えるだろう。性格的にも”個性”的にも知名度的にもまったく隠密行動に向かないが、彼ほど抑止力に向いた人間はそうそういないだろうからな。

 彼にはぜひ、対象者たちが犯罪を起こす気にならない程度に立ち回ってほしいものである。

 

***

 

 と、そんな感じでヒーローとして活動している私たちであるが。

 犯罪はなくとも昼間は島中を飛び回ることが多いので、考えることはないのだが……夜になって時間ができると、どうしてもいらぬことを考えてしまうのが今の私である。

 

 ああ、どうしてここにヒミコがいないのだろうと、どうしても思ってしまう。どうしても、心のどこかに満たされないところがある。

 

 寂しい。心から、そう思う。

 夜になるとより心が弱るのか、その想いが強くなる。

 

「それじゃ、そろそろ寝よっか」

「ん……今日もよろしく頼む……」

 

 なので、この島でも人の布団に世話になる私である。

 

 とはいえまだ人に頼ることが苦手な私は、自分からそうしたいと言ったことはない。ないが、心優しいみんなはいつもさりげなく声をかけてくれるのだ。

 甘えてしまっているなとは思うが、みんなの気遣いが嬉しくて、心地よくて、なかなか自分から踏み出せないでいる。本当に、あの日から私は随分と弱くなってしまった。

 

 今日もその通りになった。今夜はトールの担当らしい。

 

 招かれるまま、目では見えない彼女の身体に正面から抱きつく。

 

 彼女もヒミコではないけれど。見えないけれど、確かに彼女はここにいる。それを感じられるだけで、心の隙間が少しだけ埋まる気がした。

 

「……ひみちゃんの代わりになれなくてごめんね」

「……同じ人間は絶対に存在しない。一卵性の双子はもちろん、クローンであっても個体差はある。君が気に病む必要は何もないよ。私のほうこそ、すまない。毎度面倒をかける」

「それこそ気にしなくていいんだからね? ……まあ、毎回堂々巡りになっちゃうから、この話はこれでおしまい! ねっ?」

「うん……ありがとう、トール」

「どういたしまして! ……あ、そうそう。またチウチウしたくなったら、いつでもしてくれてもいいからねー?」

「そのことについては、一刻も早く忘れていただきたいのだが……」

 

 夜闇の中、そんな会話を交わして眠りにつく。

 寮なら個室なのでもう少し話す時間があるのだが、ここでは少人数とはいえ共同で寝室を使っている。あまり長々と話していても迷惑になるので、なるべくすぐに切り上げることにした。恥ずかしかったから率先して黙り込んだわけでは決してない。

 

 しかし、だからこそ眠気に身を任せられるようになるまでに少しだけ時間があって。

 目を閉じつつも、意識がある状態でトールに密着しているものだから、彼女の思考や感情が時折私に流れ込んでくる。

 

 それそのものを厭うことはない。トールから感じる感情は、その大半が私とヒミコを案じるものだからだ。

 

 ただ、その奥に仕舞い込まれているヒミコへの好意に、思うところがないと言えば嘘になる。何せその色は、友人に向けるものではないのだから。

 

 ……トールは、とても親しい友人だ。一緒にいて楽しい、ずっと交友関係を持っていたいと思える、大切な友人だ。それは私にとっても、ヒミコにとっても変わらない。

 

 だからこそ、彼女の想いが報われてほしいと思う。彼女が幸せであってほしいと、思っている。

 しかし、私たちの想いは相反するものだ。既にヒミコには私がいるのだし、私としてもヒミコを手放せるなんて思いもしない。

 

 トールと一緒に寝ていると、そんな二律背面をどうしても抱いてしまう。それに対してどうすればいいのか、何が正しいのか、見当もつかない。

 この夜も答えは出ず、結局フォーススリープを自分にかけて眠ることになった。

 

 つくづく思う。感情とは実に素晴らしく、また厄介極まりないものだなと。同時に、自分のことを面倒な女だな、とも……。

 




色々と準備回。今章の伏線もあれば、次章の伏線もあったりします。
どれがどれかはそのときになってのお楽しみということで。

あ、A組を警戒してる二人が誰かは次話で触れます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.運のない二人

 那歩島は観光地である。世界どころか所属する日本においても決して知名度は高くないが、それでも間違いなく観光地だ。

 この星初の”個性”保持者、光る赤ん坊が生まれる年に前後して世界遺産登録された小笠原諸島と似たような立地であるが、あちらに比べるとほとんど規制や制限がない。なのでそういう意味でも、行き来がしやすい観光地として知る人ぞ知る場所なのだ。

 

 目玉となるものは白い砂浜が広がる海水浴場と、千年以上昔から存在する城。そしてそこに付随する古代遺跡、赤道に近い亜熱帯ゆえの豊かな自然であり、数は多くなくとも年間を通じてコンスタントに観光客が訪れる。

 だからこそ多くはないが、ホテルや旅館もいくつか存在している。規模もグレードも様々で、豊かな客層に応じられるように整えられているのだ。

 

 そんな宿泊施設の中でも、ビジネスホテルとしては高級路線を掲げるホテルの一室に、彼らはいた。

 

「ジェントル! わかったわよ!」

「おおっ、さすがラブラバ仕事が早い! 君はいつも最高だね!」

「ジェントルのためだもの、これくらい当然だわ!」

「当然だとしても、礼は言わせておくれ。親しき仲にも礼儀あり、さ。ありがとう、ラブラバ!」

「~~っ! どういたしまして! 大好きよ、ジェントル!」

「私もだよ、ラブラバ……我が生涯の相棒よ」

「ジェントルーーっ!!」

 

 二人しかいない室内で、オーバーリアクション気味に抱き合う長身の男と矮躯の女。

 どちらも特徴的なコスチュームこそ身に着けておらず私服姿だが、昨今急激に注目を集め始めているヴィラン、ジェントル・クリミナルとラブラバその人である。

 

 彼らがなぜ那歩島にいるのかと言えば、単純にバカンスである。それと、最近やたらと絡んでくる物騒な追っかけから逃げたかった、というのもある。

 

 雄英文化祭での案件に失敗して以来、ジェントル・クリミナルは心機一転己を鍛え直すとともに、方針の転換を行ったことで成功の兆しを得るに至った。その足跡となったいくつかの動画は、いずれも会心の出来栄えであると二人で断言できるものだったので、つかんだ成功への切符は必然と考えているのだが……。

 それはそれとして、一気にラッシュをかけるため短期間にそれなりの無理をしたので、疲労がたまっていたのだ。

 

 おまけに最近は、ヴィラン連合のサブリーダーを名乗る少女が執拗に勧誘に訪れる。話に乗る気は一切ないので当然逃げるのだが、一度彼女に見つかると、その反則染みた”個性”によって一晩中夜の街を全力で追いかけっこする羽目になる。これが非常に堪えるのだ。

 

 そしてジェントル・クリミナルたちはヴィランだ。体調を崩しても下手にその辺りの病院に行くことができないので、健康面の自己管理は欠かせない。名が売れ始めた今、それは特にである。

 

 だからこそのバカンスだ。冬本番に向けて走り続ける日本本土を離れ、暖かい南国でゆっくりとリゾートにでもしゃれ込もう……というつもりだったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、今のうちに遠くに行ってしまおうという魂胆もあった。

 

 ところがである。南国のリゾートに向かう船上で期待に胸を膨らませる二人の前に、雄英の生徒たちが現れた。しかも今年何かと話題に事欠かない一年A組である。これには二人揃って、顎が外れんばかりに驚くしかなかった。

 

 一年A組と来れば当然、その中にはあの日ジェントル・クリミナルと接触した緑谷出久がいる。顔を覚えられているかもしれないし、下手すれば声すら覚えられているかもしれない。神は自分たちを恨んでいるのかと、かなり本気で思った二人であった。

 

 とはいえ、この程度のことでへこたれていたらヴィランなどできるはずもない。二人は少しもったいないとは思ったものの、滞在初日はホテルに籠って情報収集に徹することにした。

 そうして初日の夜を目前にした今、ラブラバが目当ての情報を揃えて今に至るわけである。

 

「雄英の一年A組が那歩島に来てたのは、実務的ヒーロー活動推奨プログラムってやつのせいみたい!」

「実務的ヒーロー活動推奨プログラム……? 生憎と私は初耳なのだが、一体それはなんだい?」

「文字通りよ、ジェントル。ヒーロー科の生徒による、プロヒーロー不在地域での実務的ヒーロー活動、ですって」

「……学生によるヒーロー活動ってことかい? ちょっとよくわからないな……それはヒーローインターンとはどう違うのかね?」

「なんでもインターンと違って、全員参加らしいわよ。それと、この件には教師もプロヒーローもついてこないんですって。生徒だけで全部やるみたい。何かあったら、責任も生徒の側で負うって……」

「つまり……え? それ、つまり学徒動員じゃないかね!? 雄英は一体何を考えているんだ!?」

「……確かに!?」

 

 ラブラバの説明に、ジェントル・クリミナルは泡を食って声を荒らげる。ヴィランが正論を放つという、不思議な光景であった。

 

 とはいえ、ジェントル・クリミナルは元々ヒーロー志望だった男だ。彼のヴィランとしての活動も、彼自身のポリシー……紳士に反する行いを断罪するというものである。そこに主観は大いに絡めど、彼の根は間違いなく他のヴィランよりも善性を多く残している。

 

 だからこその批判だ。ジェントル・クリミナルにとって、学生を学生のまま最前線に放り込む行いは、紳士的とはまったく思えなかったのだ。

 

「あっ、待ってジェントル。どっちかっていうとこれ、ヒーロー公安委員会の肝入りみたい。雄英は立場的に、その下部組織みたいなところがあるから……」

「……断り切れなかったということかな? 実際今年度は何度も失態を犯しているし、オールマイトの引退以降は”個性”犯罪の件数が右肩上がりと聞くが……だからといってこれは……」

 

 義憤に駆られて怒りをあらわにするジェントル・クリミナルであるが、その”個性”犯罪の件数増加には二人も全力で加担している。この場にヒーローがいたなら、どの口が言うのかとでも言い返されていただろう。

 

 しかしここはホテルの個室であり、二人以外の人間はこの場にいない。だから二人は、そのまま方向転換することなく話を続ける。

 

「……どうするの、ジェントル? やってしまうの? 今、ここで!?」

「…………、いや……、いいや、やらないでおくよ。彼らは結局のところ、学徒動員させられた学生だ。彼らに罪はない。彼らにこの怒りをぶつけるのは、お門違いというものさ。紳士のやることではない……そうだろうラブラバ?」

「その通りだわ!! さすがジェントル、もっと大きなものを見据えているのね!」

「もちろんだとも! しかしどうやら、バカンス明けにやるべきことは決まったようだね?」

 

 ぱちりと片目を閉じて見せるジェントル・クリミナルに、ラブラバが黄色い声を上げた。そのまま再び、ジェントル・クリミナルの胸の中に飛び込み二人はくるくると踊るように回る。

 

「もちろん私も全力で手伝うわ!」

「ハッハッハ、ありがとうラブラバ。いつも苦労をかけるね。……とはいえ、今はバカンスに来ているわけで」

 

 ジェントル・クリミナルが傍らのテーブルに乗っていた冊子を取り上げた。表紙に大きく書かれたタイトルは、「那歩島観光ガイド」。

 

 そう、二人の当初の目的はバカンスである。それを忘れるわけにはいかない。

 

「なに、まだ気づかれてはいないはずさ。さすがに少しは変装する必要はあるだろうが……せっかくのリゾート地だからね。ゆっくりと羽を伸ばすとしようじゃないか。二人で、ゆっくり……ね」

「ジェントル! 愛してるわジェントル!」

「私もだよ、ラブラバ!」

 

 かくしてこの日、二人の夜はふけていった。その後朝になるまで具体的に何があったかは、割愛する。

 

 だが、二人は知らない。一年A組に在籍するとある幼女が、新しい人生を生きる中で人間の悪意をかなりはっきり感知できるようになっているということを。その幼女に、とっくの昔に捕捉されていることを。

 

 結果として二人は、滞在二日目こそのんびりと海水浴を楽しめたものの、三日目からは監視役として見敵必殺精神の物騒すぎるヒーローをあてがわれ、バカンスどころではなくなってしまう。

 一応遺跡観光には繰り出したし、地元料理に色々と手を出したりもしたが、いずれも半分も覚えていられなかった。何せ尾行するにしてはわかりやすすぎる、というよりは隠れる気がないとしか言いようのない姿勢で監視されていたのだから、無理もない。

 

 元々ヴィランとしては木っ端だった二人だ。その性根はいまだに小市民なところがあるため、はからずもA組一同の人選は大成功だったのだ。

 

「なんなんだいあの少年!? 十五、六の少年が出せる殺気じゃないだろう!? ちょっと何かしようものなら速攻で殺されそうな雰囲気をビシバシ感じる!!」

「あの子爆豪勝己くんよ! 今年の体育祭で死ねとか殺すとか連呼しまくってた、緑谷くんとはまた別方向のクレイジーボーイだわ!」

「狂気! 関わるべきじゃないな! いやマジで!! ……というか、今年の一年A組はそういう子ばっかりかね!? 最近の若者は末恐ろしいな!」

「ネットでは若者の人間離れと言われて久しい世の中だもの、仕方ないわよジェントル……!」

 

 別にそんなことはない。まったくない。風評被害もいいところである。

 A組のメンバーたちも、多くがその二人と一緒にするなと言うだろうが……生憎とそれを否定するものは、ジェントル・クリミナルたちの周りにはいないのであった。

 

 勘違いはかくして加速していき、のちのちジェントル・クリミナルは元一年A組メンバーである二十人とは絶対に交戦しないという決意を固めるに至るのだが、それはまた別の話。

 

「ち、ちなみにラブラバ? その実務的ヒーロー活動推奨プロジェクトとやらの期間は、いつまでなんだい……?」

「ちょっと待って。えーっと……あっ。あの、えっと……その、と、十日間、みたい……」

「我々のバカンスとまさかの丸被りかね!? そんな間の悪いことってあるかなァ!?」

 

 要約すると、今回二人には運がなかった。

 

 だが彼らはまだ知らない。二人を待ち受けている不運は、この程度ではないのだということを。

 バカンスを五日間で切り上げて早々と帰ってしまおうかと、わりと本気で相談している彼らが当てにしている次の船よりも前に、とんでもないレベルのヴィランたちが乗り込んでくるということを。

 

 二人はまだ、知らないのである。

 

 のちに那歩島襲撃事件と呼称される事件が始まるまで、あと二日。

 




はい、ということで習性的に警戒してしまったせいでかっちゃんを監視にあてがわれた不幸な二人組は、この二人でした。早くも原作との違いが出てる。
ただ監視されてるだけでなくて何もかも間が悪いわけですが、お察しの通り、ここにいるということはそういうことです。

ちなみに那歩島に関するあれそれは、ほとんど想像の産物です(光る赤ん坊が生まれた時期含め)。
一応劇中から推測できる範囲にとどめてはいますが、いずれもはっきりと明言されたわけではないところから引っ張ってきてるのであしからず。
あと時系列も独自解釈。プロジェクトの期間とか、襲撃が起こるタイミングとか、よくよく考えると漫画と映画で細かいところに矛盾があるんですけど、そこは二つを両立させるなら絶対に起こるものなので、なるべく気にしないでいただけると・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.ヴィランアカデミア・ダイジェスト

 少しだけ時間は遡り、一年A組たちが那歩島で活動を始めて二日目。

 この日、南国から遠く離れた日本本土、愛知県の泥花(でいか)市では、世間を震撼させる事件が起きていた。たった五十分ほどの短時間で、この地方都市は壊滅と呼べるほどの被害を受けたのである。

 

 その被害規模はゆうに神野事件を超えるものだったが、地方都市ゆえ人口が少なかったため、死傷者数もまた少ない。それを不幸中の幸いと呼べるものは、当事者にはいないだろうが。

 

 世間的にはこの事件、二十人のグループがヒーローに対する恨みによって引き起こしたとされている。

 

 だが事実は異なる。まったく異なる。

 この地で何があったのか。真実はどうだったのか。

 

 それは。

 

 それは、ヴィラン連合と、異能解放軍の全面戦争である。

 

 ……ヴィラン連合については、言うまでもない。説明不要の組織である。

 

 対する異能解放軍とは何か? これを知るものは、現代には多くない。

 

 無理もない。その中心となる人物は、その母体となる思想は、現代においてはつい最近まで忘れ去られていた古いものだからだ。

 

 彼らの思想は一つ。”個性”……かつて異能と呼ばれたそれを、規制するのではなく自由行使できるようにするというものだ。

 人が自らの異能を使うことは、人として当たり前の権利であり。ゆえに人が人らしく能力を百パーセント発揮して生きるためには、異能に対する規制は一切不要とする思想。それが異能解放思想である。

 

 だが発案者であるデストロ……本名四ツ橋主税(ちから)は、とうの昔に死んでいる。自らの思想に賛同するものと共に大規模なテロを引き起こし、ときの政府と敵対したが鎮圧され、獄中で回想録を書き残したのち死亡しているのだ。

 

 しかし、彼の思想は生き残った。デストロの賛同者たちは地下に潜り、雌伏のときを過ごしたのち、現代にまで生き延びたのである。

 

 その中心にいるのはデストロの息子、四ツ橋力也。リ・デストロと名乗る彼は、新たな社会秩序を作るために蜂起……しようとしていたタイミングで、ヴィラン連合が社会に名を馳せたことを問題視した。社会を変える旗印は、先頭に立つものは、自分たちでなければならない、と。

 

 そうして動き出した異能解放軍は、ヴィラン連合と浅からぬ関係のあるブローカー、義爛を人質にして連合を自らの拠点である泥花市におびき寄せて殲滅戦をしかけた。それこそが、この日泥花市が壊滅した事件の正体である。

 

 ヴィラン連合側の戦力は、リーダーの死柄木弔を筆頭に、計八名。プラス、ギガントマキアが途中参戦して合計九名。

 対する異能解放軍の戦力はなんと、総勢約十一万人である。

 

 ……泥花市は、異能解放軍の本拠地だ。それは単にリーダーたちが根城にしているというだけではなく、ここの住民の九割がヒーローも含め異能解放思想に殉じるために訓練を積んだ戦士だからなのである。

 

 そんな圧倒的な人数差だ。常識的に考えれば、ヴィラン連合に勝ち目はない。

 けれども、勝者はヴィラン連合だ。多くが怪我を負ったが、それでも全員死ぬことなく……それどころか、五体満足で生き残った。

 

 この結果はもちろんギガントマキアの存在が大きいものの、彼は終盤に少しだけ参戦したに過ぎない。つまり連合の勝利は、ほとんどギガントマキア抜きで成し遂げられたものと言っていい。

 

 なぜなら、本来の世界線に比べてそもそもヴィラン連合側の戦力が多い上に。

 本来ならここにいるべきトガ・ヒミコの代わりに存在する死柄木襲が、ギガントマキアと単体で渡り合える戦力の持ち主だからだ。

 

 情報を収集・分析することに長けた人材が豊富な解放軍に襲の”個性”は割れていたため、リ・デストロが待ち構える場所まで一気に迫ることはできなかったが……それでも、襲一人で大部分の戦士たちを蹴散らすことができてしまったのだ。

 

 ただし、そうした戦果は襲一人によるものではない。トゥワイスによって増やされ、合計三人となった襲たちによるものだ。

 一人でさえ規格外の戦力を誇る彼女が、三人になって泥花市内を所狭しと暴れまわったのである。これについては、解放軍側の見積もりが甘かったと言うしかないだろう。

 

 結果、解放軍幹部のキュリオスはマスタードに取材を敢行して追い詰めることには成功したが、背後から襲によって首を刎ねられて死亡。

 次いで戦士たちを「扇動」することで能力を強化する幹部、トランペットもまた襲の力任せなフォースグリップによって喉を潰され無力化された。

 

 戦力として最高クラスの幹部、外典(げてん)には荼毘が立ちふさがり、氷と炎の戦いは周囲を省みることなく大量の巻き添えを生んだ。

 

 しかしそれは見方を変えれば、荼毘一人で相手の最高戦力を釘付けにしていたということに等しい。

 逆もまた然りだが、荼毘は連合の最高戦力ではない。彼が外典を引き付けている間に三人の襲はほとんどノーマークで暴れ放題だったのだから、この選択は異能解放軍にとっては最悪の費用対効果だったと言うほかないだろう。

 

「雑魚どもは任せた。()()()()()

「ふぅーん? ……ま、しょーがないなぁ。最近いいトコなしのざこざこな弔くんだもんねー? ボクは大人で優しいからさぁー、相手のボスをぶっ壊す権利は譲ってあーげるぅ」

「うるせぇさっさと行け」

 

 戦いを開始する直前、弔と襲はそんな会話を交わしていた。すべてはそのように推移したのである。

 

 ただし、弔とリ・デストロの戦いは熾烈を極めた。両者の戦いに、襲は命令はこなしたとばかりにまったく介入しなかったため、リーダー同士の戦いは百五十パーセント以上に引き出された”個性”同士が正面を切って暴れ回る、はた迷惑な全面対決となったのだ。

 

 泥花市が「壊滅」した原因は、大半がこの戦いによるものである。追い詰められた弔が”個性”を()()()()、直接触れていないものすら崩壊させられるようになったことで、二人の戦いの場を中心にした一定範囲内はすべて更地と化したのだ。

 

 そう、死柄木弔は”個性”を取り戻した。同時に、記憶もまた取り戻した。

 彼が彼であるゆえん、死柄木弔としてのオリジンを取り戻した彼は、オールフォーワンの後継者に相応しい戦いをして見せたのである。

 

 これによって、リ・デストロは全面降伏を決意。異能解放の思想を掲げた彼は、すべてを破壊するという死柄木弔に光を見た。弔が引き起こす破壊に、抑圧からの解放を見た。

 

 かくして異能解放軍は敗北。ヴィラン連合に吸収されることとなり、戦いは終わりを迎えたのである。

 

 このとき、その決着を目撃したギガントマキアもまた死柄木弔をオールフォーワンの後継者として認めたため、終わってみればこの戦い、ほとんど何もかもがヴィラン連合に利益をもたらすことになったと言うほかない結果だ。

 

 ()()()()()()()。何せオールフォーワンは、ここまで見越してタルタロスに入ったのだから。

 ここまで見越していたからこそ、ここでの戦いが弔に覚醒を促すだろうと予想したからこそ、長年連れ添っていたドクターも弔たちに手を貸したのだ。

 

 すべては魔王の手のひらの上のこと。世紀をまたいで生きる巨悪にとっては、異能解放軍すらも糸に吊られた人形に過ぎない。

 彼らは操られていた自覚なきままに蜂起し、敗北し、ヴィラン連合の、死柄木弔の養分となったのだ。

 

 かくしてヴィラン連合はそうとは知らぬままに魔王に導かれて、飛躍した。異能解放軍を吸収した彼らは超常解放戦線を名乗り、社会を破壊する戦いを始めることになる。

 

 だがそれは、もう少し先の話。四か月ほど、先の話。

 

 今は視点を戻して、那歩島での物語を。

 そこで重ねられる彼女()()の物語を、紡いでいくとしよう。

 

「約束通り、力を授けよう。お前がそれを望むなら。だが……その前に少々やってほしいことがあっての。あるものを運んでほしい」

 

 泥花市の戦後すぐ。死柄木弔は、ドクターにそう頼まれた。

 弔にしてみればその程度のおつかい、頭を下げられてもやりたいとは思えなかったが……自らが求める圧倒的な力の対価の一つと言われてしまえば否とは言えない。

 

 ただし彼自身、泥花市の戦いで結構な重傷を負っていたため、比較的軽傷で済んだメンバーを選びこの依頼に任せることにした。

 

 だが結果として、この依頼は完全に成功したとは言えないまま終わった。目的のものを運送中、察知したヒーローたちによって妨害されてしまい、ものは運んでいたトラックごと崖下に転落してしまったのだ。

 

 とはいえ、失敗でもない。トラックが落下した場所は、届け先に極めて近いところだったからだ。

 そして運ばれていたものは……もとい、人物は自力で移動し、目的の場所に辿り着くことができた。

 このとき動いていたのも、すべてトゥワイスによって作られた分身たちだ。殺されても懐は痛まない。だから、決して失敗ではないのだ。

 

 そんなヴィラン連合、ひいてはドクターによって世に解き放たれた人物の名は、ナイン。そう、少し前にドクターによる実験に被験体として立候補した男だ。

 

 戦争によって疲弊し、ヴィラン連合が潜伏期間に入ったこの隙を縫って、彼はすぐに動き始めた。

 

 仲間と合流し、動き始めたナインの姿を遠くの高所から見下ろしていた死柄木襲は、通信機の先に問いかける。

 

「……ねーねードクター。あいつら勝手にやるみたいだけど、どーするワケぇ?」

『好きにさせてやるとも。あやつに植え付けた”個性”「オールフォーワン」の因子が、どのような挙動をしどのような結末を迎えるのか……ワシの興味はそれだけじゃからな』

「……そんな気はしてたけどさぁ……」

 

 あくまで”個性”の研究以外に興味はないと断言するドクターに、襲はため息をつく。

 

 これでナインが志願した被験者でなければ、とっくにキレていただろうが。生憎とそうではないので、襲もそれ以上に思うところはないのだ。

 何があっても自業自得。そういう認識であるから。

 

『そういうわけじゃから襲ちゃんや。あやつの行く末、見守ってやってはくれんかのう。怪我なんぞないじゃろうし、暇じゃろ?』

「面倒だし、ヤ」

『もちろんタダとは言わん! もし手伝ってくれるなら、お前さんに言うことを一つなんでも聞いてあげちゃうぞ!』

 

 だが、連合の援助者であるドクターにそこまで言われてしまったら、襲も意見を変えざるを得ない。

 眉を片方上げて、次いで楽しそうに口元を歪めた。冬の冴え冴えとした月明りが、そのあくどい笑顔を映し出す。

 

「……ふぅん? なんでも?」

『ウム、なんでもじゃ! もちろんワシにできる範囲で、じゃがな?』

「ちぇ、あんなこととかこんなこととか、しこたまやってあげよって思ったのになー? こーしゅーの面前でさぁー」

『なんと恐ろしいことを!? やらんからな!』

「……まーいいや。何するかはあとで決めるとして……約束だよ、ドクター? 破ったら、殺すからね?」

『もちろんじゃよ! そんな恐ろしいことせんわい!』

 

 かくして、役者は出揃った。

 本来の世界線とは異なる役者たちが、南国は那歩島に集結する。

 

 事件が、いよいよ幕を開ける。

 




以前に後書きで書いていた通り、ヴィランアカデミア編はダイジェスト。
原作との違いはいくつかありますが、一番大きな違いはトゥワイスがトラウマを克服しなかったこと。する必要がなかったとも言う。
つまりサッドマンズパレードがないままです。なので戦力という意味では微妙なままなわけですが、無尽蔵に増やせないということは逆に言うとホークスから危険視されないということでもあるので、トゥワイスの命だけを見ればプラスに近づいてるっていう。

もちろん、それが彼にとって幸福かどうかは別の話なので、どうするかは悩んだんですけども。
しかしそれはそれとして、ここでトゥワイスが目覚める必要がないくらいの戦力差だったということは、逆に言うとトゥワイスが目覚めていたら全面戦争編の難易度がヤバいことになるわけでもあり・・・。
あっちを立てればこっちが立たずということで、悩んだ結果最終的にサッドマンズパレードfeat.襲をやらせたら絶対にまずいと判断。この形に落ち着きましたとさ。

ちなみに、本作の通りのタイムスケジュールだと、ナインは解放されてから複数のヒーローたちの個性を何個も奪いながら、さらに映画ゲストのお父さんも襲って個性を奪ったうえで、那歩島に向かうまで一日程度しか時間がなかったりします。
犯人たちの事件簿みたく、「やることが・・・やることが多い・・・!」ってなってると思います。
原作漫画と原作映画の整合性が微妙につかないから、セットにしようとするとどうしてもそうなってしまうんや・・・! 堪忍したってや・・・!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.ヴィラン襲来

 本土のほうではかなり大きな事件が起きたとのことだったが、那歩島は依然として平和である。滞在二日目に続いて、三日目も大きな問題もなく過ぎていった。

 夜中にいたずらの通報があったようだが、それは宿直だったカツキと自主練をしていたイズクが対処したらしい。

 

 他に何かあったと言えば、島民の方々が心尽くしの料理をご馳走してくれたくらいか。いずれもプロの料理ではないのだが、普段食べ慣れたものとは方向性が違っておいしくいただけた。郷土料理のような、普段食べる機会のないものもあったので満足である。

 

 ……まあ、その郷土料理の中に、どこかで見たことがあるようなものがあったことには首を傾げたのだが。名前はまったく聞き覚えはなかったのだが、見た目と味を知っているような気がしたのだ。どこで見聞きしたのだったか……。

 

 考えても答えは出なかったのでそれは保留としたが、ともかくそういうわけで三日目もつつがなく終わった。

 

 なお、この日の私当番はキョーカである。彼女の美声で紡がれる子守歌が心地よくて、珍しくよく眠れた夜になった。

 

 明けて翌日、滞在四日目。この日も大したことはなく、平和のうちに終わりそうだ。

 

 そんなことを考えながら、私は見回りの途中に立ち寄った旅館で頼まれ、ドロイドの修理に当たっていた。

 

「ありがとうございます。まさかドロイドの修理ができてしまうとは思いませんでした」

「この部分はドロイドの基幹部分とは関係がありませんから、少し知識があれば私でなくとも弄れるはずですよ。土地柄こういうことは起こり得ると思うので、マニュアルを用意しておきます」

「重ね重ねありがとうございます……」

 

 旅館の女将は、あの自治会長の女性だった。なるほど、あの凛とした立ち居振る舞いは仕事で培われたのだなと思いつつ、工具を動かし続ける。

 

 そう。この旅館、従業員用にサーヴァントドロイドを一機所有していたのである。離島ゆえの人手不足解消のためだったらしいが、ともかくそれが最近発声がおかしいということで点検を依頼されたのだ。

 

 原因は単純に、潮でスピーカーがやられただけだ。

 聞くとどうやら、調理場に入ったときに塩水を浴びてしまったことがあったらしいので、そのせいだろう。魚を新鮮に保つための水槽の海水だったそうなので、規模は大したことはなかったらしいしすぐに対処はしたらしいが……スピーカー部分までは気が回らなかったらしい。

 

 ちなみに、替えの部品は付き添いでついてきたモモ……クリエティに頼んで作ってもらった。彼女が一人いるだけで資材には困らない。いつかはカイバークリスタルや、プラズマ資源なども作ってもらえないかなぁとつくづく思う。

 

「……これでよし、と。ほら、喋ってみるといい」

「アー、アー……オオ! チャント喋レマス! アリガトウゴザイマス!」

「よかった。わたくしからも改めてお礼させてください……ありがとうございました」

「礼には及びませんよ。これくらいのことなら、いつでも対応いたしますので」

「ですが、何もしないわけにも……」

「いいんですよ。本当に」

 

 礼としてお金を渡そうとしてくる自治会長と、それを断る私の間で攻防が起きたが、最終的には向こうが折れてくれた。

 気持ちはありがたいのだが、下手に金品をもらうと色々と困るのである。ヒーローは歩合制の仕事であり、こうしたちょっとした手伝いでは給料には反映されないので、チップの感覚で金品を渡そうとする気持ちもわからなくはないのだがね。

 

 まあ、それでも饅頭は渡されたのだが。この程度なら、ぎりぎり近所付き合いの範疇だろう。

 それに、私は和菓子も好きだ。こしあんは見過ごせないのである。

 

「さすがですわね、()()()()

「あれくらいなら君でもできたと思うぞ」

「御謙遜を。ドロイドのことであれば理波さんの右に出るものはいませんでしょう?」

「そう言われてしまったら、否とは言えないが」

 

 旅館を後にしたのち、クリエティとそんなことを話し合いながら、和やかに歩く。

 

 途中、旅館の門に置かれている謎のオブジェクトをちらりと横目に見上げる。

 見た目で分類すると、恐らくトーテムポールが一番近いのではないかと思われるそれ。聞いた話によると、扱いとしては狛犬やシーサーなどが近いらしいそれは、見た目だけで言えばこけしのようである。

 

 ただ、足が三本ついていたり、人間のような腕や顔がついていたり、腹部と思われる場所に丸い石がはめ込まれていたりと、デザイン面ではかなり質が異なる。

 私には……というより現代人の感覚からすると、奇妙にしか思えないのだが、確かに鎮護や魔除けの効果はありそうではある。

 

「……これも、どことなく見覚えがある気がするのだよなぁ……」

 

 特に頭頂部付近にある顔の部分が……どうにも既視感があるというか……。

 

 実を言うと、他にもそういう感覚に襲われる機会がこの島は多い。なんと言うか、妙に懐かしい気持ちになると言うか……。

 

「どうかなさいまして?」

「……いや、なんでもない。相変わらず不思議なものが多いなぁと思っただけだよ」

「ああ、あのトーテムポール。民話に出てくる神様の御使(みつか)いとのことですが、何がモチーフなのでしょうね?」

「興味深い話だな。この島の固有種の動物なのか、あるいは……む?」

 

 クリエティとこういう文化的な話をするのは面白いので、応じようとしたのだが……その瞬間、フォースが危険を訴えてきた。一気に思考がそちらに傾き、臨戦態勢に入る。

 

「……理波さん? まさか」

「嫌な予感がする。何か……強い悪意が、こちらに向かっている。これは……港、か?」

「港……? 定期便は明日の予定だったはずですが……」

「いや、そちらではなく漁港のほうだ」

 

 そう言葉を交わしながら、二人揃って漁港があるほうへ顔を向ける。

 とはいえ、この場所からは建物が邪魔で港は見えない。遠目にでも見ようとするなら、少し移動しなければならないだろう。

 

 視線を交わして頷き合い、走り出……そうとした、ちょうどそのタイミングで。まさに漁港のほうから、何かが破壊される激しい音が響いてきた。

 

「……!」

「どうやら当たりですわね。行きましょう、理波さん!」

「ああ!」

 

 明らかに、何かが起きている。であれば躊躇うことなど何もない。私たちは改めて走り出した。

 

 と同時に、今度は破壊音と衝撃が伝わってくる。しかも連続しており、明らかに尋常ならざる事態だとわかる。

 これはヴィランが出たか……と思ったところで、ようやく漁港が視界に入った。

 

 だが漁港は、もはやほとんど原型をとどめていなかった。海面には、やはり破壊された漁船がいくつも浮かんでいる。漁船からは燃料が漏れ出しているようで、水の色合いがところどころおかしい。

 

 そんな漁港の中央付近には、横倒しのフェリーが乗り上げている。恐らく、速度を落とさないまま突っ込んできたのだろうな。コンクリートで固められた岸がひどく傷ついてえぐれている。まるでフェリーが突き刺さったかのようだ。

 

「……! なんということを……!」

「手当たり次第とは恐れ入る」

「すぐに皆さんに連絡しなければ……!」

 

 仲間への連絡はひとまずクリエティに任せ、私は観察に勤める。

 

 フェリーの上には人影が一つ。赤い長髪の女だ。やるべきことを終えたのか、今は動く気配がない。”個性”を使っている雰囲気もないな。

 

 だがそれとは別に、島に上陸してきた男が三人見える。他に人影はそれらしい姿はなく、フォースで探ってもそれらしい気配もないため、とりあえずはこの四人で全員か。

 女に移動する気配がないのは、退路を確保するためか? フェリーはもう使い物にならないように見えるが……。

 

 一方他の男たちは、それぞれが素早く別々のほうへ向かった。こんな大それたことをして、いきなり全員が単独行動とは……随分と自信があるようだ。

 向かう先は……赤い布のようなもので全身を覆った男は商店街のほう、オオカミのような顔の大柄な男は……、ッ、いけない!

 

 私はオオカミ顔の男が木々に紛れたところを見て、クリエティのほうに振り返る。

 

「クリエティ、すぐにコムリンクに切り替えるんだ!」

「えっ?」

 

 ここで、再び何かが壊れる轟音が響いてきた。先ほどの比ではない。

 

 音のした方へ目を向ければ、木々の向こうにはっきりと黒煙が上がっている様子が見て取れる。あのあたりには通信基地局しかなかったはずなので、そういうことなのだろう。

 

 つまり、この島は完全な孤立状態に陥ったということだ。

 

「っ、そういうことですのね……! コムリンク、ありがたく使わせていただきますわ!」

「万が一の備えのつもりだったが、本当に使うことになるとは思わなかったよ」

 

 そんな会話をしつつも、ヴィランの追跡に意識を集中させる。

 

 オオカミ顔の男は基地局を破壊したあと、海水浴場のほうへ向かったようだ。先ほどより集中して男を探ったが、進む先の選び方が適当だった。

 恐らく彼は陽動だな。派手に暴れられればそれでいいという様子だった。

 

 それは先に商店街へ向かった男も同様なので、であれば本命は残る一人……白い長髪の男のほうか? その男は……どこに向かっている? 住宅地のほう? 何が狙いだ?

 

「理波さん、A組全員への連絡は終わりましたわ! 先ほどからつぶやいておられる推測も含めてすべて!」

「ありがとう、クリエティ。みんなはどこに?」

「青山さん、峰田さん、葉隠さんの三名がヒーロー活動で商店街にいたため、そちらはひとまずこのお三方に。増援として爆豪さん、切島さん、上鳴さん、芦戸さん、耳郎さんが向かう予定ですわ。

 海水浴場のほうには、尾白さん、障子さん、蛙吹さんが活動しておりましたわ。こちらには轟さん、瀬呂さん、常闇さん、飯田さん、麗日さんが向かうとのこと。緑谷さんは子供からヴィランが出たとの通報を受けて一足先に出撃してしまったようですわ。その子供の住まいに向かっているとのことで。避難は西地区のほうに!」

「了解した。単独行動のデクは心配だが……この状況では祈るしかないな。……無事だといいのだが……」

「……大丈夫ですわ。緑谷さんは強い方です。機転も利く方ですから、心配ご無用ですわ!」

「……うん。わかっている」

 

 わかってはいても、それでも心配なんだ。不安なんだ。

 ヒミコがいない今、これ以上親しい人を失いたくない。そんなことになった日には、もしかして私は戻ってこれないのではとすら思う。

 

 それでもその恐怖をなんとか飲み下して、前を向く。頬を思い切り叩いて、活を入れる。

 

 クリエティは一瞬驚いて目を見開いたが、すぐにお互い視線を合わせて頷き合った。心配はいらないと、無言のうちに語り掛ける。

 

「……では私たちは、漁港周辺の人々の避難誘導から、だな」

「ええ、同意いたします。幸いこの辺りはあまり人も多くないようですので、二人でも十分……しかしもしものときは、あの女ヴィランの対処をお任せしてしまっても?」

「もちろんだ。相手の”個性”が何かはわからないが、一対一なら問題ない」

 

 意識が研ぎ澄まされていくのがわかる。フォースが身体に満ちていく。ヒミコがいなくなってから、久しく感じていなかった感覚だ。

 

 ……うん、大丈夫だ。戦える。

 

 私は誰だ? 私は何だ?

 そうだとも。私はジェダイの騎士。この星の自由と正義を守るもの。

 

 最愛の人がいなくとも、この使命を見失ったりするものか。そんなことをしていては、私を救けてくれるクラスのみんなに顔向けできない。もちろん、ヒミコにも。

 

 だから、

 

「では、理波さん!」

「ああ、行こう!」

 

 私はローブを翻して、再びクリエティと共に駆け出した。

 




・今回開示されたとても重要な情報
理波はこしあん派。
あと今これ書いてて思ったけど、お抹茶とお茶菓子を交互に食べて、表情のすごい落差を見せつけて茶道の先生をほっこりさせたことありそう。

ところで前半で触れたトーテムポールのようなものとか、旅館の女将な自治会長は完全に独自設定です。どっちも原作映画には存在しません。
そしてわざわざ言及しつつも、どちらも今章においては関係ないです。

ともあれいよいよ事件開始ということで、ここからが本番。
戦いがどうなっていくのか、お楽しみいただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.第一波

 微妙な時間帯だったからか、漁港にはあまり人がいなかったらしい。港内はかなり破壊されてしまったが、しかしおかげで人的な被害はないようだ。

 取り残された人も既に避難を始めている。事件のほとんどない島ではあるが、意外と危機意識が高いな。本土の人間など、ヴィランが出たら物見遊山気分で野次馬に来るものだが。

 

 とはいえ人的被害の少なさは、ヴィラン側が本腰を入れていないからこそでもあるのだろう。漁港に残っていた女ヴィランは港を破壊してからも散発的に攻撃を放っていたが、それも威嚇のようなものに見える。

 

 ただ、さすがに私の姿を見とめてからは挙動が変わった。フォースで読み取るまでもなく、私を自由にするわけにはいかないという意思が透けて見える。やはり、下手に目立つものではないな。

 

 まあ、これはこれで悪いことばかりではない。元々いざというときはこういう役割分担で行こうと、クリエティと話し合っていたのだ。であれば、私は相手の意識を集中させる囮役に徹するべきだろう。

 私にばかり意識が向いていれば、クリエティのほうも避難誘導がはかどる。ぜひそのまま、私にだけ注目し続けておいてほしい。

 

「前に出る」

「……! お気をつけて!」

「任せろ」

 

 クリエティに告げながら、私は大股で前へ出る。女ヴィランがいるほうへとだ。

 

 これとほぼ同時に、女ヴィランのほうから攻撃が飛んできた。どうやら、あの非常に長い髪の毛を針の弾丸のようにして発射してきているようだな。

 数が非常に多いので、ライトセーバーで弾くことは難しいだろう。だが、単調な直線の遠距離攻撃であれば、セーバーを抜くまでもない。

 

 私は迷うことなく片手を前へかざした。フォースがみなぎる。

 するとそこから放たれるフォースプッシュ――斥力によって、こちらに迫った攻撃はすべてが空中でピタリと動きを止めた。

 

 かざした手のひらの向こうで、女ヴィランの顔つきが変わった様子が見える。完全に私を排除すべき脅威と認定した様子だ。

 

「いきなり攻撃とは、随分な挨拶だな。念のため聞いておくが……話し合いに応じるつもりは?」

 

 とはいえ、私はジェダイだ。たとえ相手が犯罪者であろうと、問答無用で切りかかるなどしない。直前までの所業からして、九割九分応じられないとはわかっていても……それでも相手が同じ人であるならば、言葉が通じるのであれば、対話の窓は常に開けておくべきである。

 

 ……まあ、案の定返事は攻撃であったわけだが。

 

「是非もない。ではこれより君を無力化、しかるのちに拘束する」

 

 再度飛んできた攻撃を片手のフォースプッシュで受け止めつつ、残る片手でフォースプルでセーバーを手元に引き寄せ、起動。橙色の光刃をソレスに構える。

 

 直後、女ヴィランが猛然と切りかかって来た。彼女の両手には、指先全てに鋭利な刃物が取り付けられた手袋がはめられている。加えて、髪の毛がうごめいて巨大な、複数の刃のようにして襲い掛かってきていた。

 それらすべてが十分な威力を持った脅威であり、おまけに速い。手数の差もあって、こちらから攻撃を仕掛ける隙がない。セーバーと髪の毛がぶつかって、金属同士がぶつかったような耳障りな音が鳴った。

 

 しかし私は焦ることなく、立体機動の要領で身体の前面から空気を増幅して距離を取る。

 矮躯とはいえ人間を一人空にいざなうほどの勢いで放たれる空気は、大人であろうと無視できるものではない。女ヴィランは一瞬怯み、さらに吹き飛ばされまいと踏ん張った。

 

 私には、その一瞬さえあれば十分だ。ライトセーバーの刀身を伸ばしながら、女ヴィランの身体を警戒の外から薙ぎ払う。

 

「ぐっ!?」

 

 その勢いに押し出されて、女ヴィランは姿勢を崩して海に落ちた。

 私はそれを見送りながら、フォームをアタロに構え直す。

 

 どうやら相手の”個性”は、髪の毛を操るもの。ただ操るだけではなく、硬度もかなり自在に変えられるのだろう。でなければ、セーバーとぶつかった瞬間に金属めいた音などしない。恐るべき練度だ。

 

 しかしライトセーバーの真価の前では、単純な硬度は意味を成さない。あれがあくまで髪の毛であると言うのなら……。

 

 と、ここまで考えたところで水の中から再び髪の毛の弾丸が発射された。当然、フォースプッシュによって停止させる。

 

 だがこれは単なる目くらましだ。私は即座に横に跳び、避難誘導中のクリエティに標的を変えようとした女ヴィランの前に立ちはだかる。

 

 直後、女ヴィランが水の中から飛び出てきて、固めた髪の毛の刃が振り下ろされた。

 それが成人の腕力を優に超える力で振るわれていることは先ほどまでの攻防で理解できていたので、セーバーで受け止めつつも後ろに跳んで威力を受け流す。

 

「チィッ! ガキの分際で面倒なやつだね!」

「誉め言葉として受け取っておこう。だがいずれにしても……」

「ぐぅっ!?」

 

 もちろん追撃が放たれたが、私はソレスでいなしながら隙間を縫ってフォースプッシュを使い、再び女ヴィランを吹き飛ばす。

 

「ここから先には通さない。君はここで、縛についてもらうぞ」

 

 再び水の中に落ちる女ヴィランに、言葉で追撃する。

 

 とはいえ、至近距離で相対した感覚ではこの女ヴィラン、この程度の口撃では怯むことも激することもないだろう。

 実際、吹き飛ばされながらも彼女は髪の毛を巧みに操り、私の足首をつかもうとしてきた。これは間違いなく、油断していい相手ではない。

 

 だから私は瞬間的にセーバーの出力を上げ、足元を一閃した。

 

 問題はない。その予感があったから。

 

「何!?」

 

 そしてその予感の通り。一瞬でプラズマの超高温を取り戻した光刃は、ただ硬くなっただけの髪の毛を何の抵抗も許さず切り飛ばした。

 

 この切れ味は予想していなかったのだろう、吃驚する女ヴィラン。切り離されたことで、”個性”の制御から離れたらしい髪の毛が地面に落ちる。

 

 それでも、まだ十分以上に残る髪の毛を動かして水面を叩き、反動で態勢を整えるところは見事と言う他ない。

 さらには転覆して底を空に向ける小さな漁船の上に、危なげなく着地するバランス感覚も素晴らしい。これほどの実力者が、ヴィランであることが残念でならないな。

 

 だがヴィランはヴィランだ。私は改めてセーバーをアタロに構え直しつつ、相手に声をかける。

 

「見ての通り、君の”個性”は私を相手取るには相性が悪い。このまま投降してもらえると、こちらとしては嬉しいのだが」

「調子に乗ってんじゃあないよ……!」

 

 とはいえ、返答が否であることは最初からわかっていた。この手の輩が、簡単に諦めるはずがないのだから。

 

 もちろんと言うべきか、否と同時に攻撃も飛んできた。女ヴィランは足場のものとは異なる手近な漁船を複数、固めて伸ばした髪の毛で貫くと、こちらに向けて投げ飛ばしてきたのだ。

 

 判断としては、実に正しい。フォースプッシュによる飛び道具の封殺は、飛んでくるものの質量や大きさなどで可否が決まると言っても過言ではない。当然、重ければ重いほど。大きければ大きいほど成功率は下がる。

 小さくとも漁船は相応の大きさを持つ重量物であり、それが複数飛んできたとなれば、今までのような対処は不可能だ。

 

 他に手段がないとは言っていない。やりようはいくらでもある。

 

 だが相手の思惑としては、これを防がれなければそれでよし。防がれたとしても、今までと違う方法で防いだ場合は今までの攻撃に比べれば有用であると判断できる、というものだ。

 ゆえに、素直に防ぐだけでは手落ちと言える。セーバーで切り刻むのも、よろしくないだろう。短時間とはいえ、この場に釘づけにされることになる。

 

 ならばどうするか。答えは上だ。普通なら空中は身動きが取れない場所であるため悪手になりかねないが、私の場合はそうではないのだから。

 もちろん、飛び上がりながらも警戒は緩めない。追撃を防ぎ、あるいはかいくぐりながら、一気に相手の懐に飛び込む。

 

 その弾幕は相当なものであるが、どこが穴で、どこがこじ開けられるかは、フォースが教えてくれる。己の感覚を、何よりフォースを信じる。フォースユーザーになるとはそういうことだ。

 

「ふっ!」

「この……ッ!」

 

 立体機動を駆使して、女ヴィランの周辺をアタロで動き回って要所要所に攻撃を叩き込んでいく。

 

 ライトセーバーの出力は元に戻っているため、それそのものは脅威にならない。

 だがいつでも出力を自在に変えられるという事実を既に見せているので、相手としてはみすみすこれを喰らうわけにはいかない。下手に受け止めることもできない。そうやって思考に余計なリソースを割かせることで、優位に立ち回るのだ。

 

 実際何度かこの攻防の中で、私は固めた髪の毛の一部をそうやって切り落とすことに成功している。手袋の指先につけた金属製の爪も同様に。

 それができない状態でも、ライトセーバーは棒で殴る程度の威力にはなる。だから私にとってはどちらに転んでも問題ないのである。

 

 なお、フォースユーザーがただの人間一人相手に随分慎重にやっているように思われるかもしれないが、この女ヴィランは時折クリエティのほうへ瓦礫などを投げるなどして、常に私の隙を作ろうとしてくるのだ。油断は一切すべきではない。

 

 まあ、私はクリエティのことを信じているので、その陽動に引っ掛かることはないのだが。

 

 いずれにせよ、これが前世だったら既に腕なり脚なりを切り落として終わらせているのだが……ヒーローはその程度のことでも歓迎されないので、ここは仕方がない。

 

 あるいはインゲニウムに施したような、義肢技術を普及させれば逆説的に腕を落としたとしても妙に咎められることはなくなるだろうか?

 

 そんな、薄暗いことをちらりと考えた瞬間だった。

 強烈な悪意が島の中のほうから感じられて、思わず思考が逸れる。

 

 さらに直後、急激に空の気配が変わり、雲もほとんどない夕焼けを切り裂いて雷が落ちた。

 

 二人分の声なき悲鳴が、フォースを通じて聞こえてくる。デクと、キングダイナの声。

 

「……っ!」

 

 私は思考もせずにそちらへ身体ごと向き直った。立体機動が乱れる。そちらへ、彼らのいる方向へ、私は――

 

「――理波さん!」

 

 直後、下から声が飛んできた。

 引き寄せられるようにそちらを向けば、避難誘導を終えたクリエティの姿。彼女は毅然とした態度を崩すことなく、私をまっすぐ見つめている。

 

 そんな彼女の瞳に、はっとした。

 

 そうだ。落ち着け。冷静に考えろ。

 デクたちを助けに行くなということではない。様々な情報を、要素を組み合わせて、それが真実妥当であるかどうかを考えるのだ。

 

 そんな私の視界の中を、女ヴィランが猛然と駆けていた。感じられる感情は、焦り。ここで釘づけにされていることではなく、あの雷が落ちた先にいるであろう人物に対する心配。

 

 ……なるほど。そういうことであるならば。

 

「クリエティ、合わせてくれ!」

「承りましたわ!」

 

 私は、まだここに残る。この相手を、女ヴィランを優先する。

 

 そう判断して、私は改めて立体機動を開始した。数秒の間、慣性だけで空中を移動していた身体に活を入れ、もう一度空を切って勢いよく飛行する。

 出だしが遅れたため、女ヴィランに追いつくまでに少し時間がかかる。だが十分だ。間に合う。

 

 なぜなら、クリエティが牽制してくれるからだ。彼女は「創造」したクロスボウで女ヴィランを攻撃している。

 放たれているものは矢ではなく、あちこちに転がっている瓦礫だ。どうやらリソースと手間と時間を節約するために、あえて通常とは異なる構造で創造したようだ。

 

 いい判断だ。おかげで女ヴィランには、かなりの頻度で瓦礫が高速で飛来している。それを無視して先に進むことは、武器を半分ほど失っている女ヴィランには少し難しい。

 

「ええい邪魔をするな!」

「それはこちらのセリフだ」

「くそッ!?」

 

 おかげで私が追いつけた。激しく複雑に飛び、私はいくつものフェイントを織り込みながら女ヴィランの前へと回り込む。

 

 そこからは、先ほどまでとほとんど同じ展開である。

 だが今度は私一人ではない。クリエティも一緒だ。彼女が的確にサポートを入れてくれたおかげで、先ほどよりも格段に戦いやすくなっている。

 

 そして、そのときは来た。

 

「はッ!」

「ぐああぁぁ!?」

 

 私はフォースの導きに従い、ライトセーバーの刀身を伸ばした。伸ばしながら突きを放つ。

 すると切っ先は一切の妨害をすり抜けて、正確に鳩尾に直撃。女ヴィランは軽く吐しゃしつつ吹き飛び、地面を転がり動かなくなった。

 




まあその、いくら手練れのヴィランとはいえ、シンプルな武器的な個性のヴィランが個性込みで完全武装のジェダイ相手にタイマンで勝てるかって言うと、ね。スライスにとっては相手が悪かったとしか。
理波本人も自覚している通り普段よりもメンタルが弱ってるので、隙がないわけではないんですが、そこは仲間の存在があるので。
逆に言えば、ヤオモモがいなかったら結構マズかったのも事実だったり。





ところでさすがに連続で無感想が続くと堪えたので、そろそろ何かしらいたたげないかなって・・・いただけたら嬉しいなって・・・(チラッチラッ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.痛み分け

皆さん感想本当にありがとうございます・・・励みになります・・・。
嬉しい・・・嬉しい・・・。
今後ともよしなに・・・。


「……やりましたか?」

「ああ、意識はない。……クリエティ、済まないが拘束用の道具を頼めるか?」

「もう用意してありますわ」

「さすがだ、準備がいい。ありがとう」

 

 クリエティから手錠と頑丈な縄を受け取り、私は彼女と共に女ヴィランに近づく。

 

 警戒は怠らない。もちろんライトセーバーも出したままだ。

 幸い女ヴィランが復活して反撃してくることはなかったので、二人で一緒に拘束しにかかる。

 

 並行して、女ヴィランの武器も没収ないし破壊していく。手にはめた刃物付きの手袋以外にも、暗器をそれなりの数所有していたのでそれらはすべて没収だ。

 

 問題は、女ヴィランの意識さえあれば強力な武器になる髪の毛だが……。

 

「……ヴィランとはいえ、さすがに女性の髪をすべて刈り取るのはまずいだろうか?」

「ヴィランが相手だからと言って、何をしてもいいというわけではありませんからね。しかし、有効な対抗策が思いつかないのも事実ですし……難しいですわね。こういうとき、プロの方はどう判断されるのでしょう……?」

 

 なまじ二人とも考えが回るタチであるからか、微妙にズレた話をする羽目になっていた。ジェダイとしての私はこれは仕方がないと言っているのだが、一人の女子高生としてそれはどうなんだと言っている私もいる。

 

 まあそんなことを言っている場合ではないので、すぐにベリーショート程度にまでは切ってしまおうとなったのだが……。

 

「……! モモ危ない!」

「きゃっ!?」

 

 不意に強い害意を感じて、私はクリエティに飛びかかった。そのまま彼女をかばいながら、直前までいた場所から距離を取る。

 

 すると直後、その場所を見えない波動が薙ぎ払っていった。どうやら衝撃波か何かのようだ。私とクリエティ、二人を同時に吹き飛ばすような形だった。

 しかも随分な威力で、地面がえぐれてしまっている。あれを咄嗟に防ぐことは難しいだろう。回避を選んで正解だ。

 

 だが満点とも言えない。なぜなら私たちが距離を取った隙を突いて、男が女ヴィランを救助してしまったからだ。

 

「……あれは」

「どうやら主犯格のお出ましのようだ」

 

 現れたのは、あの白い長髪の男。その顔の下半分は防毒マスクめいた金属製のマスクで覆われていて、妙な既視感がある。

 

 ただ、どうにも調子がよろしくないらしい。怪我は見当たらないが、体調不良か? それとも、Can't stop twinklingの「ネビルレーザー」のように、何かしらの反動がある口か。

 

 それでも男は、少なくとも不調を顔色に出すことはなかった。強い戦意を維持したまま、女ヴィランを案じるようにすぐ近くに片膝をつき……。

 

「彼女は返してもらうぞ」

 

 揺るぎない声と共に、攻撃を放ってきたのだ。

 片手からは、弾丸のように爪が飛んでくる。さらにもう片方の手からは、衝撃波。

 

 ……爪飛ばしに衝撃波? 明らかに関連性のない二つの能力……まさか?

 

 いや、考察は後回しだ。攻撃に対処しなければ。

 前者だけなら、どうとでもなる。だが後者はダメだ。私一人ならまだしも、クリエティにはこれをどうにかする手段がない。

 

 だから私は彼女を抱え、さらにヴィランたちから距離を取る。

 

「……一度撤退する」

「理波さん? 私には構わず……」

「嫌だ」

「えっ?」

 

 迷わず拒否したことをクリエティに驚かれた。

 そこではっとなり、私は思わず顔を歪める。説明より先に感情が前に出るなど、前世では考えられない失態だ。

 

 それでもこちらの事情に構うことなく攻撃は飛んでくるので、ライトセーバーとフォースでなんとかいなしながら物陰へと飛び込む。

 

 同時に、それ以外の思考をすべて説明に回す。私がどういう思考の結果、感情的になったかを言葉にする。

 

「あの男、身体に相当ガタが来ている。女ヴィランのほうも、かなり弱体化させた。それでも男のほうは、明らかに関連性のない二つの”個性”を使った。全力を出したとしても、二人で捕らえきれるかどうか、断言しかねる」

 

 さらに小さな竜巻が複数、うなりを上げて飛んできた。またしても関連のないであろう攻撃だ。これで三つ目。

 それらは明らかに私たちを追尾する動きであり、しかもそれぞれが私とクリエティを別々に狙っている。凄まじい、どころではない。あまりにも精密かつ大規模な”個性”の制御能力だ。

 

 弱っていてこれとは、まったく恐れ入る。これに匹敵するほどの力量の持ち主を、私はほとんど知らない。これでなりふり構わず暴れられたら、どうなることやら。

 

 さらに場所を変えたところで、クリエティも相手の能力について察したのだろう。顔を強張らせながらも、納得の表情を見せた。

 

「だが彼らはまだ目的を果たせておらず、諦める気もさらさらないらしい。捕まえる機会はまだある。だから今は我々の安全を優先したい」

「島外との連絡手段がすべて断たれていますが、それを覆す”個性”は十分あり得る。実際私や理波さんがそうですし……彼らとしては、短期決戦が望ましい。だから短いスパンでまた攻めてくる、ということですわね」

「ああ。そして戦いがどういう結果になろうと、君の”個性”でなければできないことは非常に多い。ここで二人で無理をして、窮鼠に噛まれることは避けたほうがいい。

 ……などと色々言ったが、結局のところ私は君を守りながら彼を倒す自信がどうしても持てないんだ。それで無理に彼と戦って、君に怪我をさせたくない。仮にもヒーローである君に、そんなことを考えるのは失礼なことだとはわかっているのだが……でも、私は……」

 

 距離を取ったうえで男の視界から完全に外れたことで、男のほうも攻撃をやめたようだ。制御を失ったつむじ風が、ほどけながら空に吹き上がっていった。

 

 それでも残る風が音を立てて吹き抜ける中、クリエティがふっと微笑む。

 彼女はその表情のまま、優しい手つきで私の頭を撫でた。

 

「よくわかりましたわ。そのようにいたしましょう」

「……すまない。完全に独断だったし、性急な行動だった」

「謝る必要などありませんわ。私の力不足が一番の原因ではありませんか。精進しませんとね。……それに、緑谷さんと爆豪さんのことも気にかかりますわ」

「……うん」

 

 と、そんな会話をしつつ、フォースで周辺を探る。

 どうやら男は、女ヴィランを抱えて撤退していったようだ。途中、彼の生命力が一瞬翳ることが数回あったので、やはりあの男は弱っているのだろう。

 

 何が彼にそこまでさせるかはわからないが、いずれにしてもあちらにはあちらなりの退けない理由があるのだろうな。

 

 一方、デクとキングダイナのほうはというと……こちらもだいぶ弱っているように思われる。先ほどの雷はやはり、彼らに対する攻撃か。

 

 だとするとあの男、間違いなく複数の”個性”を持っている。

 だからこそ、考えがそこに至ったとき、男の姿から覚えた既視感の正体がわかった。

 

 シルエット。それが、オールフォーワンに似ていたのだ。

 

 まさか。そんな思考が広がる。

 

「……理波さん?」

 

 そこに、クリエティが心配そうに声をかけてきた。

 

「……すまない。相手の”個性”について考えていた。だが今は、一旦戻ろう」

「ええ、そうしましょう。情報の共有が必要ですわ」

 

 ひとまずそれだけ交わした私たちは、警戒しながら物陰から出る。

 そうして、コムリンクで仲間に呼びかけながら撤退を始めたのだった。

 

***

 

 仲間と合流したことで、いい知らせと悪い知らせの両方が手に入った。

 いい知らせは、ヴィランを一人捕獲できたこと。悪い知らせは、デクとキングダイナが意識不明の重体であることだ。

 

 しかし島内を索敵すれば、残りのヴィランが撤退していないことは比較的すぐにわかる。彼らがいつどこで何をしでかすかわからないため、まだ避難を解除するわけには行かない。

 

 ただ小さいとはいえ、観光客もいる島だ。避難民の数はそれなり以上にいる。

 

 なので、活動拠点としていた旅館は一旦引き払い、島唯一とも言える規模の工場を借りて避難所兼臨時拠点とした。村長と自治会長、二人が揃ってここなら全員を収容できるだろうと太鼓判を押したからだ。

 私たちはそこに入って避難民への炊き出しを行いつつ、捕虜からの聞き取りや負傷者の手当などに追われることになる。

 

 やることは非常に多い。だが、何よりもまずやらなければいけないことがある。捕虜の拘束だ。

 

 我々はまず捕虜の男を地下のボイラー室に運び、そこで厳重に拘束することにした。どうやら布を操る”個性”らしいので、そうしたものから極力離して。

 

 またもしも男が脱走など、何らかの動きを見せたときのために、監視カメラを借りてこの場所に集めた。ついでに使えそうな機材もあったので、赤外線センサーを使った警報装置も取り付けておく。

 

 それが終わったあとは、怪我人の治療や避難民への炊き出しだ。既に日は落ちている。このまま食事なしで彼らを放っておくことはできなかった。

 

 とはいえ調理において私は戦力外なので、治療の手伝いと物資を創るクリエティの補助に回った。

 

 治療はもちろんだが、私の”個性”における一時増幅で増えたものは、消える前に消費してしまえば揺り戻しは起こらない。脂質を消費することでものを創造するクリエティとは相性がいいのだ。私が力尽きない限り、彼女は極めて低いコストで創造し続けられるからな。

 

 とはいえ、それは私の消耗と引き換えなのでほどほどのところで済ませる。純粋な戦闘力という意味で、私が弱った状態であることは避けたかった。

 

 何より、私にしかできないことが他にもある。

 

「捕虜への聞き取りは私がやろう」

「えッ、でも緑谷たちの治療……」

「もちろんそれもやるが、つきっきりは無理だ。張りついていれば彼ら以外の全員も恐らく快復させられるはずだが、聞き取りは私にしかできないからな。私なら、フォースを使って相手の記憶を直接見ることができるから」

 

 ここに来てすぐ。役割決めのときに、こんな会話があった。

 

 私の言葉になるほどと応じたのは、ショートとインビジブルガールだ。

 二人はかつてUSJ事件のとき、ヒミコがマインドプローブでヴィランから情報を抜き取るところを見ている。前例を知っているからこそ、私に賛同してくれた。

 なので治療に関しては、申し訳ないけれども、私はほどほどに関わる程度で留めたわけである。

 

 その代わりは、島在住の医療従事者にお願いした。リカバリーガールと比べてしまうとどうしても差を感じてしまうが、それでも本職だ。手際に関しては間違いなく今この島にいる誰よりも慣れているだろうからな。

 

 ……このとき、それらの決定がなされるところを眺めながら、私は一人別のことを考えていた。

 

 本当ならここにヒミコがいるはずだったのに、と。彼女がいれば、彼女がいてくれたなら、聞き取りと治療を分担することができたのに。

 そんなことを、私は考えていて――

 

「理波ちゃん」

 

 だが、そんな私をフロッピーが呼んだ。

 

「私、思ったことはなんでも言っちゃうの。……だからね。今は、ここにいない人を当てにしている場合じゃない。そうでしょう?」

 

 どうやら彼女にはお見通しらしい。いや、全員にかな。思わず苦笑しそうになる。

 

 けれどもあえて嫌われ役を買って出たフロッピーの意図は、きちんとわかっている。だから私は、少し厳しい語調で言うフロッピーに居住まいを正して、うんと頷いた。

 

「……わかっている。ありがとう、フロッピー。それと、すまない。恐らくこれからも、みんなには迷惑をかける」

「いいのよ。いくらでもかけてくれて」

 

 これ以上は言わずともわかるでしょう? とでも言わんばかりに、フロッピーはケロケロと微笑んだ。他のみんなも同様である。私も少しだけ笑った。

 

 それを見て、話が落ち着いたことを理解したのだろう。話題を本筋に戻すべく、インゲニウムダッシュが口を開いた。

 

「では増栄くん、すまないが捕虜のほうは頼む! 君を一人にするのは、正直心苦しいのだが……」

「人手が足りない状況だ、そこは割り切るべきだろう。大丈夫だ、すべての情報を筒抜けにして見せる」

 

 以上が最初の打ち合わせで行われたやり取りである。

 

 なので治療やクリエティの手伝いをほどほどに済ませた私は、いよいよ尋問を行う旨をみんなに伝えてから、一人地下に向かった。

 

 今のところ、捕虜の周りに設置した各種装置が反応した様子はない。一応は大人しくしているのだろう。実際、ボイラー室に踏み込んでみれば、ヴィランはきつく拘束された状態で寝かされていた。

 

 だが、口を開く様子はない。私が入室したことで、一瞬だけこちらにちらりと視線をよこしたが、それだけだ。フォースで読むまでもなく、何も話すつもりはないという態度だとわかる。

 

 しかし一方で、舌を噛み切るなどはしていないようだ。外部との通信手段は持っていないことは事前に調べてわかっているので、手間を避けあえて猿轡などは噛ませなかったのだが……この様子からして、仲間が助けに来ることも、目的を達成することはまったく疑っていないのだろうな。

 

 けれども、そうはさせない。今のところ、彼ら四人が何を目的としているかはわからないが……いずれにしても平和的なものではないことは間違いないはず。

 

 であれば、断固として阻止させてもらおう。

 なぜなら私はジェダイの騎士であり、私たちはヒーローなのだから。

 




実際問題、ここに本作のトガちゃんがいたら、正直ヌルゲーどころの騒ぎじゃないんですよね。
マミーだけでなくスライスまで捕虜にできるのはまず間違いないし、なんなら一回目の接触でそのままナインをボコしに行って問題ない程度にまで難易度が下がる。
そういう意味でも、今章でトガちゃんが不在なのは意義があるのです。決してTS幼女を曇らせたいわけではなく。ええ。

ちなみにこの辺で我慢ができなくなって、猛烈にイチャイチャさせたくなった結果、ポッキーの日の間話を書きました。
本当、早くトガちゃんを理波のところに帰してあげたい・・・一体誰がこんなひどいことを・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.情報と目的の共有

「私は君とは初めましてだな。ジェダイナイト・アヴタスを名乗っているものだ。もっとも、君はメディアを通じて私を知っているだろうが」

「…………」

 

 拘束されているヴィランに近づきながら、声をかける。当然だが、反応はない。

 

 ないが、しかし聞こえている以上は内心に起こる反応は絶対にある。人間は考える葦である、とはこの星の哲学者の言葉だが、逆に言えばそれは、考えずにはいられないということでもある。

 

 そしてこちらからの言葉に反応するからには、フォースはそれを拾い上げる。効きやすい相手とそうでない相手がいるので、絶対ではないが……それでも、それがたとえハット族であっても一切の影響がないわけではないのだ(無論彼らの場合限りなく微小だが)。

 

「これから何をされるかはわかっているだろうが、一応言っておこう。私はこれから、君を尋問する」

「…………」

 

 だから私は、言葉を切らさない。近づくために周辺のセンサーを切りながら、なおも話しかけ続ける。

 

「抵抗は無意味だ。君が知っていることを、すべて教えてもらうぞ」

「……?」

 

 そして私は、ヴィランのすぐ近くまで寄ると、その頭に手のひらを静かに当てた。

 

 では、マインドプローブを始めよう。

 

「最初の質問だ。君たちの名前は?」

「…………」

「……そうか。リーダーはナイン、私が戦った女がスライス、通信基地を破壊した異形型がキメラ、そして君がマミーだな。覚えたぞ」

「何ッ!?」

 

 直後のやり取りに、ヴィラン……マミーはカッと目を見開いてこちらに顔を向けた。その勢いに押されて私が当てていた手がずれ、視線がまっすぐに私に向いている。

 

 そこにある表情は複雑だ。様々な感情が混じり合っている。

 一番は困惑。だがそれに次ぐのはやはり怒りと殺意だ。特に何をされたかを理解してからは、それらが他の感情を押しのけて前に出てきている。

 

 だが、まあ、それだけだ。柳に風と受け流し、私は小さく微笑む。

 何度も言うが、私は怒り狂うシスの暗黒卿ダース・ヴェイダーに首を刎ねられた経験がある。あれに比べればこれくらい、まったく大したことはないのだ。

 

「貴様ァ……! 心を読んだな……!?」

「御名答だ。そして、もう理解したな? 先に述べた通り、抵抗は無意味だ。すべて教えてもらうぞ」

「やめろ……! やめろ小娘!!」

 

 私に触れられていることがトリガーであると察したのか、マミーは暴れようとする。首から上は拘束がないので、暴れられているのは頭だけなのだが……判断としては間違っていない。

 ただ、現状彼にはそれ以外にできることがない。そして頭だけを動かしても、結局のところただの時間稼ぎにしかならない。

 

 私は先ほどより強い力で、マミーの頭をつかむ。手が小さいので表現に見合わないかもしれないが、わしづかみだ。彼が寝かされている台に、そのまま頭を押し付けて固定する。

 私の身体能力は、度重なる永続増幅によって見た目以上に高い。握力も腕力も同様であるため、マミーの頭をこのまま離さないくらいは難しくもないのだ。

 

 何より、マインドプローブは別に頭に触れていなくとも行使可能だ。ただ、触れているほうがより正確に、精密に調べられるし、相手にも負担をかけずに済むのでそうしているに過ぎない。そういう意味でも、彼の抵抗は無意味だと言える。

 

 シスならば、相手への負担に言及して脅すだろうがな。あるいは実際に心を踏みにじり、苦痛を与えて愉悦に浸るのだろう。

 だが私はジェダイなので、そんなことはしない。そもそもの話、ここまでのやり取りで垣間見えたマミーの内心から鑑みるに、これを告げると彼は自害することを選びそうだという予想もできるしな。

 

「続けるぞ。二つ目の質問だ。君たちの目的はなんだ?」

「うおおおおおやめろォォ!!」

「『細胞活性』の”個性”を奪う……? なるほど、やはりナインとやら、オールフォーワンの関係者か?」

「うおおおおおあああああ!!」

 

 どうやら、聞くべきことは多そうだな。それなりに時間がかかりそうだ。

 

***

 

 およそ二時間後、知るべきことをすべて引き出した私はボイラー室を後にしてみんなと合流することにした。

 

 ……追い詰められた人間の執念とはすごいもので、マミーは途中からマインドプローブにある程度抵抗するようになっていた。死に物狂いとはあのことだろう。

 

 とはいえ、結果として温存したかった増幅を何度も使わされたことは事実だ。おかげで想定より私の消耗が激しい。これは素直にマミーの精神力を褒めるべきだろうか。

 

 ともあれ歩きながらコムリンクで問いかければ、まだ寝ているデクとキングダイナ以外はひとまずの作業を終えて、会議室で打ち合わせを始めたところだったようだ。

 

「すまない、待たせた」

「いや! ほとんど始まったばかりだ、気にしないでくれ!」

「むしろこのわずかな間に必要なことを引き出したのかよ?」

「フォースってホントすごいよな……」

「それで、どうでしたか?」

「ああ、説明する」

 

 全員の視線を集めながら、私も周りを見渡す。

 

 むう、思っていたよりクリエティとチャージズマの消耗が激しいな。避難民を養うために、それなりに無理をしたようだ。

 私もそうだが、これが凶と出なければいいが。

 

「……まず、襲撃してきたヴィランは総勢四人。一人はキングダイナのおかげで捕縛できたから、残りは三人だ。他にも後ろに控えがいる、ということもない」

「おお、朗報じゃん!」

「これ以上相手が増えないってわかるだけでもだいぶ安心するよね」

「問題はそのうちの一人が、緑谷と爆豪をノせちまうくらいやべーやつってことだと思うぜオイラァ……」

「そう、まさにその人物が相手の主犯のようだ。名前はナイン。……他人の”個性”を奪い、複数併せ持つことができる男だ」

『……!?』

 

 私の言葉に、全員が顔色を悪くした。中でもCan't stop twinklingは一際悪い。青いを通り越して白い。

 

 それでも顔つきだけで言うなら、精悍だ。覚悟はもう決まっているようだ。ああ、強いな、彼は。

 

「……”個性”の強奪、だと? それは真実か、増栄?」

「それって、まるでオールフォーワンみたいね」

「ああ。だが、オールフォーワンそのものではない。どうやら、ヴィラン連合の背後にいる闇の技術者により、”個性”オールフォーワンの因子を移植されたらしい」

「……マジで?」

「ちょ、それってウチらが聞いてもいい話?」

「あまり聞かないほうがいいだろうな。というわけで、この辺りに関しては割愛するが……ともかくそういうわけで、ナインは他人の”個性”を奪える。

 だが本家本元とは異なり、使える”個性”は八つまでのようだ。まったく未知の”個性”が次から次へと出てくる、ということはない」

「ウェェイ……安心材料っちゃ安心材料なんだろうけど」

「どっちにしても強敵ってことだね……楽には行きそうにないな」

 

 ここで怖気づくものがいない辺り、みんな成長したなと思う。USJ事件のときは、もっと怯えが先立っていたと記憶しているが。

 

 もちろん、それが悪いはずがない。むしろみんなと肩を並べられることが、私は嬉しい。

 

「話を進めましょう。それで理波さん、彼らの目的は一体?」

「ああ。彼らのこの島における目的は、シマノ・カツマ少年の”個性”を強奪することだ」

『……誰?』

 

 ほぼ全員が同じ反応を示し、少しの間会議室の中に沈黙が満ちた。

 それを破ったのは、挙手しながら立ち上がったウラビティである。

 

「私知ってる! 昨日、迷子になったってその子のお姉ちゃんから通報があって、デクくんや耳郎ちゃんと一緒に探したんだ」

「あー、もしかして緑谷が見つけるの遅いって怒られてたときの? お姉ちゃんのほうは随分勝気な感じだったけど、その活真くん? とやらはわりと内気な感じだったかな」

「迷子……ということは幼い少年か、麗日?」

「小学校一、二年生ってとこやないかなぁ……少なくとも高学年にはなってないと思う」

「……そんな子の”個性”を奪って、ナインってのは何がしたいわけ? そこらへんはわかった?」

 

 ピンキーの問いかけに、もちろんと返す。

 

「ナインは強力な”個性”を持つ反面、使えば使うだけ身体に負担がかかってかなり弱っていたようだ。複数の”個性”を使えるようになってからはそれが加速したらしい」

「……ねえことちゃん。まさかとは思うけど、その活真くんの”個性”って治癒系?」

「そのようだ。”個性”の負担をなくすため、さらには衰弱した身体を治すために、カツマ少年の”個性”がどうしても必要なのだそうだ」

「……絶対に渡せないな。活真くんの心情的にも、戦略的にも」

「……僕がどうかしたの?」

 

 と、ここでA組の誰でもない声が話し合いを遮った。幼い少年の声だ。

 入り口のほうへ全員が顔を向けると、そこには青いオーバーオールを着た金髪の少年がいた。すぐ後ろには、似た顔立ちの少女もいる。どうやらこの子たちが、問題の姉弟のようだ。

 

 当人の登場に、私たちは誰ともなく互いの視線を交わす。

 

 だがこの件は、本人に黙っているわけにはいかないだろう。そもそもの話、恐らく隠し切れない。

 だから、私たちは真実を話すことにした。

 

「……あなたが島乃活真ちゃんね? 実は……」

 

 説明役を買って出たのは、フロッピーだ。下の妹弟がいる彼女は、私たちの中で一番子供とのやり取りに慣れている。

 

 そんな彼女の説明を聞いて一番大きな反応を示したのは、カツマ当人ではなく姉のほう――マホロ、というらしい――だった。

 

「なんで活真がそんな目に遭わなきゃいけないわけ!? ふざけないでよ!!」

 

 涙目になってカツマを抱きしめるマホロ少女の姿は、間違いなく弟を守ろうとする姉だった。

 

 だが、彼女の言葉は私たちの総意でもある。幼い少年が理不尽に力を奪われるなんてことが、許されていいはずがない。

 

「まったくもってその通りだ!」

「だよな! ふざけんなって話だぜ!」

 

 インゲニウムダッシュとレッドライオットが、声を張り上げる。

 

「案ずるな、君たちのことは必ず俺たちが守る」

「そうだよ。大丈夫、俺たちに任せて!」

 

 次いでテンタコル、テイルマンも大きく頷いた。

 

「……で、でも。あのヴィラン……殺さない、って言ってたし……」

 

 だが、これをカツマが遮った。

 

「……ぼ、僕、別にいいよ、”個性”なくなっても。それで島のみんなが助かるなら……」

 

 それは幼いながらも、悲壮な決意だった。彼は本気で、自分の身一つでみんなが助かるならそうなっていいと思っている。

 

 ウソでしょ、と言いたげにCan't stop twinklingが私を見たので、嘘ではないと首を横に振って応じる。

 

 カツマの覚悟は、元が無個性で、それを憂いた両親によってオールフォーワンから”個性”を授かったCan't stop twinklingの目には、眩しく映ったようだ。

 けれども、今の彼が目をやられることはない。彼はもう、前へ進んでいる。だから、彼はすぐに持ち直して口を開いた。

 

「……キミ、なかなかにキラめいてる。でも、最高ではないね」

「ちょ、青山……こんなときに何を……」

「最高にキラめいてるボク()()なら、こう言うよ。『活真くんは絶対に渡さない!』ってね☆」

 

 そして彼は、「そうだろ?」と締めくくりながら私たちに向けてウィンクをした。

 これには彼を咎めようとしていたセロファンも、瞠目する。だが、彼はすぐににやりと笑って応じた。もちろん、私を含めたみんなもだ。

 

 一気に空気が弛緩した。もちろん、いい意味でだ。

 それを示すかのように、インビジブルガールがCan't stop twinklingの背中を肘で小突いた。

 

「……言うじゃん、青山くん!」

「ああ、漢らしいぜ!」

「どのみち相手はヴィランだ。”個性”を渡してすんなり帰るなんて保証はどこにもねぇ」

「最悪、奪った”個性”の実験などと称して大暴れする可能性だってありますわ。いずれにしても、活真くんを渡す選択肢は初めからありませんわね」

「そうだね、その通りだと思う」

 

 と、ここに新たな声が割り込んできた。今度は聞き慣れた声だ。現れたのは、

 

「デクくん!?」

「緑谷くん、平気なのか?」

「うん、活真くんの”個性”のおかげだよ。細胞の活性化、新陳代謝の促進、ドーピング的効果すらある……おかげでこんなに回復できた」

 

 そう言って拳を握るデクからは、確かに負傷している様子はほとんどない。

 私が増幅したこともあるのだろうが、あれの効果時間は長くない。どうやらカツマの”個性”は、相当に優秀なようだな。

 

「すごい”個性”だよ。活真くん、ありがとう!」

「……デク兄ちゃん……」

「君が怖い思いをすることなんかない。そのために僕たちがいる!」

 

 そしてデクは、そう笑いかけて言葉を締めた。

 その姿は、入学当初の彼とはまるで別人だ。これにはオールマイトも鼻が高いだろう。

 

「要するに、あのクソヴィランどもをブッ殺せばいいだけのことだろうが」

 

 と、そこにまた別の声が投げられた。こちらも聞き慣れた声。ここに足りない、ヒミコ以外のもう一人。

 

「爆豪!」

「……フン」

 

 レッドライオットの呼びかけに、軽く鼻を鳴らすキングダイナ。

 どうやら彼も、デク同様にほとんど快癒しているようだ。全快とまではいかないが、戦闘にはまったく支障はないだろう。

 

 それを証明するかのように、キングダイナは己の拳を叩いた。爆破を起こしながらだ。

 

「ヴィランどもをブッ潰す!」

「島の人たちも救ける!」

 

 デクが言葉を継ぐ。これにキングダイナがさらに言葉をかぶせた。

 

「絶対に勝つ!」

「爆豪、緑谷。その意見、乗った」

 

 二人に即答したのは、ショートだ。次いで、ウラビティが身を乗り出して同意する。

 

「私も! 島の人たちを守りたい!」

 

 元より意見はまとまっていたが、これによって私たちは決意を新たにした。

 

 絶対に全員を守る。絶対にヴィランたちに勝つ。

 その決意を込めて、全員で声を張り上げた。

 

『さらに向こうへ!! プルスウルトラ!!』

 

 もちろん、私も。

 




スライスに続く、相手が悪かったパートツー。
ただしシス流のやり方じゃない、穏当なやり方だったのでそこそこ抵抗された模様。
理波に次の戦いを危惧させる程度には消耗させたので、マミーは善戦したと言えるでしょう。
傍目には、幼女にちっちゃいおててを頭に当てられるのを死ぬ気で拒否ってる成人男性という、地獄みたいな見た目ですけどね。

いやまあ、穏当とはいえここまで直接的な尋問を普通のジェダイがするのかというと、多分しないと思いますけどね。
そこは既に理波も立派なクワイ=ガン門下であり、だいぶ質がセーバーの色に寄ってきてるということでもあるわけですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.飛躍するものたち

 会議室で少年少女たちが決意を新たにしている頃。

 他の避難民に紛れて、工場の一室に避難していたジェントル・クリミナルは号泣していた。

 

「ふぐ……っ! うう……! おおお……! なんと……なんと立派な少年たちなんだ……!!」

「そ、そうね、高校生にしてはなかなかやるわね! ジェントルほどじゃないけど!」

 

 その泣きっぷりは、相棒のラブラバですら驚くレベルである。

 一方彼らと同じ部屋にあてがわれた他の避難民たちは、一様にドン引きしていた。

 

 無理もない。ジェントル・クリミナルは盗聴したA組メンバーの会話をイヤホンで聞いていたのであって、他の人間には聞こえていないのだ。

 

 なぜ彼にそんなことができたのかといえば、話は単純。いずれミーティングが行われるはずと見越して、まだ出入りがほとんどなかった会議室に盗聴器(ラブラバの特別製)をしかけたからだ。

 

 ジェントル・クリミナルは、A組一同のことを気にかけていた。ラブラバのおかげで一般人にはアクセスできない情報を持っている彼にとって、今のA組一同は学徒動員に巻き込まれている生徒なのだ。

 にもかかわらず、ここにきて大規模なヴィランの襲撃である。こんな状況で、彼らは大丈夫だろうかとずっと案じていたのだ。

 

 ところが蓋を開けてみれば、そんな心配は杞憂だった。ヒーロー志望の学生たちは、いずれもが既に立派にヒーローだったのだ。

 これは元ヒーロー志望の学生だったジェントル・クリミナルにとって、その道から落伍してしまった飛田弾柔郎にとっては、あまりにも眩しすぎた。

 

 彼は涙と鼻水でべしょべしょになった顔をそのままに、考える。自分が彼らと同じ歳のとき、彼らと同じ決断が出来ただろうか? と。

 

 決断自体は、きっとできた。あの頃の自分には、若者特有の根拠のない自信で満ち満ちていたから。

 けれど、今の自分の視点に立つとわかるのだ。決断はできても、その後の行動に結果は伴わなかったに違いない、と。

 

 だが雄英高校一年A組はどうだ? なんと気迫に、力に満ちていて、頼もしいことだろう! 彼らならやってくれるだろう、と信じられる!

 

 ああ、自分もヒーローになりたかった。彼らのようなヒーローに。そうして、歴史に名を刻む偉大な男になりたかった。

 

「……ジェントル、せっかくのダンディなお顔が台無しだわ」

「……すまないラブラバ、ありがとう……」

 

 だが、その願望はラブラバに渡されたティッシュの中に、鼻水とともに投げ捨てられた。

 

 自分は誰だ? ジェントル・クリミナルだ。

 他の誰でもない。ラブラバの相棒にして、世間の不正を正す義賊の紳士。それこそが他の誰でもない、彼女と共にかくあれかしと自らを律した彼の今の夢。その道を二人で歩み、まっとうすると決めたのだ。

 であれば、自分はもはやヒーローではない。ヒーローとは、歩むべき道が違うのだ。

 

 しかし、そんな決意を翻す言葉が盗聴器から聞こえてきた。

 

『彼らの最終的な目標は、現在の社会の打倒だ。彼らが目指すものは、力を持つ者……強き者が弱き者を支配する社会を打ち立てることにある。力こそがすべて、らしいぞ』

 

 A組の中で一番有名な幼女の言葉に、ジェントル・クリミナルは耳を疑う。

 

 強いものが弱いものを支配する? 力がすべての、弱肉強食の世界を作ると言っているのか、あのヴィランたちは?

 

 それは。

 

 そんなものは。

 

「……紳士的とは、言えないじゃあないか……!」

 

 紳士を名乗るものとして、それだけは断じて認めるわけには行かない。

 

 だから表情を引き締めて、ジェントル・クリミナルは立ち上がる。

 緩やかな、しかし確かな足取りのその立ち姿に、ラブラバも真剣な顔で見上げてきた。

 

「ジェントル……行くのね?」

「ああ。どうやら、世界の危機らしいのでね」

 

 頼れる相棒の、決意がこもった視線と問いかけに、ジェントル・クリミナルは力強く頷いた。

 

 しかして直後、茶目っ気たっぷりにウィンクをする。

 

「世界の危機に、正義も悪も関係あるまいよ」

 

 ――ヴィラン、ジェントル・クリミナル。那歩島防衛戦に、参戦。

 

***

 

「作戦はどうする?」

 

 ショートの問いに、デクが頷いて応じる。

 

「増栄さんによれば、ヴィラン側に空を自由に飛んだり海を自在に泳ぐ”個性”の持ち主はいない。であれば……ここに籠城するのがいいと思う」

 

 彼は言いながら、テーブルの上に広げられていたこの島の航空写真の一か所に、人差し指の先を這わせた。

 

 示されたのは、那歩島に付随する小さな島。この島の観光地の一つである、古城跡が残る場所だ。地球においてはフォースが濃いこの島の周辺で、最もフォースが濃い場所でもある。

 

「ここと那歩島本島の間は、細いトンボロでだけ繋がっている。他に出入りできるルートはない。だからここに籠城することで、相手側の侵攻ルートを一本に絞らせるんだ」

「石垣などがたくさん残っているから、守る場所としてはうってつけですわね」

「自然も多いから、天然の要害でもある……俺はいいと思うぞ、緑谷くん!」

「ありがとう、二人とも。……それで、やってきたヴィランたちに先制攻撃を加えて分断する。あとはそれぞれの地形を利用して」

「やつらを叩きのめす」

 

 デクの説明にかぶせるように、キングダイナが言い放った。

 うん、とデクが応じる。

 

「でもさー、迎え撃つのはいいけど、島の人たちはどーすんの?」

「ここに置いてくわけにはいかないよね。そこんとこはー?」

 

 次いでピンキーとインビジブルガールが挙げた質問にも、彼はよどみなく答えた。

 

「ちゃんと考えてるよ。この遺跡の周りにはね、人が避難できるような洞窟があるみたいなんだ」

「あ、観光ガイドに書いてあったやつや」

「ウチも読んだ。確か、何かあったときの避難場所として整備されたと思われる、とかって書いてあったかな」

「俺も読んだ。脱出用の隠し通路もあるという話に浪漫を感じた故、よく覚えている」

「ウェ!? 今の状況にぴったりすぎんじゃん!」

「今も昔も、人間が考えることは同じということか」

「障子の言う通りなんだろうなぁ。ま、遺跡を使うのはちょっと気が引けるけどさ。今は使わせてもらおうぜ、人命第一ってことで」

 

 な、と言うセロファンに、みんなが頷いた。

 文化遺産に対して思うところがないわけではないが、今は仕方ないだろう。

 

「島の人たちはここに避難してもらう。活真くんと真幌ちゃんは僕らで護衛する」

「だが緑谷。ナインとかいう、”個性”の複数持ちはどうする?」

「僕とかっちゃんが戦ったとき、突然苦しみ出したんだ。増栄さんの言う通り、”個性”を使うと身体にかなりの負担がかかるのは間違いない」

「消耗を強いる。それしかねぇか」

「うん。波状攻撃を仕掛けて、”個性”を使わせる。”個性”を奪われるから、接近戦はなるべくしない方向で。それでヴィランを倒せればよし。たとえ倒せなくても、八百万さんの創ったドローンが救援要請に向かってる……救援が来るまで持ち堪えられれば」

 

 デクが説明した作戦に、否は出なかった。私も、この状況ではそれが最善だと思う。

 

 その後は各人の持ち場や、島民の誘導をどうするかなどを話し合った。ナインが再び襲撃してくるまでの時間がどれくらいあるかはわからないので、詰め切れなかった部分もある。

 だがそれは仕方がないだろう。何もかも十全に備えられる戦いなど、存在しない。

 

 ただ、念のため言っておいたほうがいいことがある。

 

 ゆえに、”個性”を使う余地があまり残っていない私に代わってナインとの戦いで矢面に立つことに決まったデクとキングダイナに、私は人目を避けてこっそりと声をかけた。

 

「作戦自体に否はない。だが、相手はただのヴィランではない。すべてを出し切ってもなお押し切られた場合はどうする? つまり……万が一君たちがナインに敗北した場合、だ」

「勝つんだよ! 絶対!!」

 

 回答は即であった。まあ、キングダイナであればそうだろう。

 

「わかっている。だが、ナインたちにはあとがない。退がることができない人間は、前に進むしかない人間は強いぞ。死兵というやつは、文字通り死ぬまで戦おうとするからな。そもそもナインは多少無理をしようとも、カツマ少年の”個性”さえ奪えればそこから十分に巻き返せる。消耗を度外視してくる可能性はかなりあると思うぞ」

 

 これに対する私の返しは、こうだ。

 

 実際に戦場に従軍し、交戦した経験がある私はそういう人間を実際に知っている。出陣した回数自体は少ないが、聞く機会ならあったのだ。

 まあクローン戦争当時、相手側の主力はドロイドであり、そういう存在を見る機会は圧倒的に自軍に多かったので、今とは立場が逆だが。

 

 それはともかく、自我の薄いクローンですら、ときにはそういう戦い方をして勝ち目のない敵を一時的でも圧倒することがあったのだ。相手が強力なヴィランともなれば、その比ではないだろう。

 それを抜きにしても、本当に最悪の最悪に対する想定はしておくに越したことはない。保険というものは使わないことが一番ではあるが、あるとないとでは違うものだ。

 

 キングダイナもそれは理解できるのだろう。いかにも仕方なさそうに、舌打ちで応じてくれた。

 しかし、彼から明確な答えが返ってくることはなかった。さすがの彼でも、この急な状況で即座に及第点の回答を出すのは難しいのだろう。

 

 それでも構わない。あくまで考えてもらうことが目的だったからな。

 

 だから、デクがその答えを出してきたことには素直に驚いた。

 

「そのときは、僕の()をかっちゃんに譲ろうかなって」

「あ゛!?」

 

 彼の言葉は、静かだった。覚悟を決めたもの特有の、怜悧な静けさだった。

 

()()は、他人に譲渡できるものだから……何より譲渡してしばらくは、した側も使うことができるのはもう証明されてる。だから」

「……一時的に二人になった()()で短期決戦、ということか。わかった、最後の手段としては十分だろう。そこまで行ったなら相手側も限界は近いだろうしな」

「うん、僕もそう思う」

 

 だがこの答えに、納得できないものが一人。

 

「……っざけんなよデク、テメェ……!」

 

 キングダイナである。彼は勢いよくデクに詰め寄ると、その胸倉を乱暴につかんだ。

 

「ぅぐ……! わ、わかってる……でも、本当にどうしようもなくなったら、それしかないと思うんだ……! 大丈夫、かっちゃんになら僕は……」

「テメェの……! テメェのそういうところが、昔っから大嫌いなんだよ俺ァ……!」

「ぐぇ……か、かっちゃん……?」

 

 キングダイナの中の感情が、一気に膨れ上がったのが見て取れた。なぜここで、と思ったが、しかし私が止めようとするよりも早く、アナキンが現れて私を制した。

 

 彼は無言で首を振る。ここが、今キングダイナが認識した感情こそが、理解こそが、分水嶺だと。申し子たる霊体は、フォースのうちにそう言っていた。

 

 そういうことをさせたくてこの話を持ち掛けたわけではないのだが。私は単に、最悪の想定をしてもらいたかっただけで……本当に心構えだけでも整えてほしかっただけなのだがな。

 

 だから、もしも二人が最後の手段を見出せなくとも、そんな事態になる前に私がライトセーバーで敵の首を刎ねればいいと思っていた。

 ジェダイならそれが許されていたし、前世ではわずかだが実際にやったこともある。だから私にとって殺しは最後の手段ではあっても、絶対に避けるべきものでもないのだ。

 

「ああそうだ……ようやくわかった……! テメェのそういうところが気持ち悪ィんだよ……! そういうところが俺ァ大嫌いだった……! ああ、やっとわかったぜ……!!」

「うぐぐ……! ちょ、ま、苦し、苦しい……!」

 

 だが私をよそに、話は進んでいく。

 

 デクが、己の胸倉を握り締める手を小刻みに叩く。これ以上は無理だと言いたげに。

 それに応じるかのように、キングダイナはデクの身体を急に離した。壁に叩きつけるように。

 

 慌ててその後ろに回り込んで、デクを抱き留める。

 

「った!? ご、ごめん増栄さん……ありがとう」

「気にするな」

「……あとで話がある。だから勝つぞ、()()。勝って救ける!」

「……え。あ、う、うん! 救けて勝つ! ……ん?」

 

 キングダイナはそのまま、神に宣誓するかのように決然と言い放つと。

 返事を待つことなくデクに背を向けた。

 

 デクは反射的にこれに応じた……が、すぐに違和感に気づいて首を傾げる。

 

「え!? か、かっちゃん!? 今、僕のこと……!」

「やかましいぞクソデクァ!!」

「えええええそんなァ!!」

 

 そんなやり取りを、見送り。

 

 隣に佇むアナキンに横目を向けて、そして。

 

「……導くにしては力業が過ぎないか、アナキン?」

『そうか? ジェダイの試練なんてのは大体こんなものだろう?』

「……私には賛同しかねる意見だ……」

 

 彼の皮肉たっぷりな返答に、私は肩をすくめたのだった。

 




最初は今話のサブタイは映画にあやかって「ヒーローズ:ライジング」にしようかと思ったんですけど、ジェントルはヒーローじゃねえしなってことでちょっと変更。
察した方もいらっしゃるかもですが、ジェントルのセリフは元ネタありです。幼き日のひさな少年は銀が好きだったもので。

ところで、原作においてかっちゃんがどこで自身の気持ちの根に気づいたのかは今のところ明言がないのですが、本作ではここでということにしました。
この映画二作目でデクくんがやったことって、かっちゃんが抱いていた感情の答えそのものじゃないかってどうしても思うんですよ。デクVSかっちゃん2以降、デクくんがそういう自己犠牲を人前……少なくともかっちゃんの近くでやる機会って、ここまでないので。
そういう意味でも、この映画の筋書きはある種の最終回なんじゃないかなあって。

いやまあ、原作のかっちゃんは激戦すぎてダメージが大きくて、このときのことを覚えてないんですけどね。
逆に本作ではアナキンからつつかれたことで、その辺りのことを考える時間を取れているので、ここでライジングしても大丈夫だろうと判断しました。



最後に、作品とは関係ないんですが。
本日付で濃厚接触者になりましたので、明日以降急に更新が途切れた場合はそう言うことだと思っていただけばと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.第二波

 顔を覗かせた太陽の光が差し込み、闇が退いていく。夜明けだ。

 

 そして同時に、ヴィランたちがやってくる。彼らは逃げも隠れもせず、三人一塊となって砂州を歩いてこちらに向かってくる。実に大胆なことだな。

 だがそのほうがこちらとしても都合がいい。作戦通りに動かしやすくなる。

 

 戦いの狼煙を上げるのは、クリエティとCan't stop twinkling。砂州から島に上がり、斜面へと踏み込んできたヴィランたちが特定の地点に差し掛かったタイミングで。

 

「Can't stop twinkling スーパーノヴァ!☆」

 

 Can't stop twinklingが、今の彼に出せる最大出力のネビルレーザーを発射する。彼の”個性”特有の甲高い音と共に、青く煌めく極太の光線がヴィランたちへ一直線に迫る。

 人一人どころか、数人を巻き込んでなお余りある太さのレーザーだ。中心に立つナインは自らの”個性”――バリアを展開するものだろう――によって悠々と防いだが、周囲を固めるスライスとキメラはさすがに回避を選んだ。射線から離れるべく、その中心にいるナインから距離を取ったのだ。

 

 そこを狙って、クリエティが大砲を放つ。彼女に残されたほぼすべての脂質を注ぎ込んだ砲身から放たれた弾は、いずれもヴィランたちに当たらない。

 だがそれでいい。これの狙いは相手を穿つことではなく、特定のポイントまで誘い込むことなのだから。

 

 果たしてその狙い通り、スライスはこの島の地下にある洞窟へ。キメラは同じく島の水源でもある滝へと誘導されていった。

 

「分断成功」

「ウェーイ!」

「予定ポイントに誘い込めてるよ!」

 

 その様子を確認した私は、状況を口にする。これに続いたチャージズマとイヤホンジャックの言葉には、喜色が浮かんでいる。

 ここが成功しないと前提が崩れるので、まずは第一段階は無事済んだと見ていいだろう。

 

 スライスの相手は、ツクヨミとピンキーがする。

 選んだ場所が光のほとんどない地下洞窟なので、主力は当然ツクヨミだ。闇が濃ければ濃いほど力を増す彼の”個性”ならば、既に弱体化しているスライスに後れを取ることはないだろう。敵もさるもの、油断は禁物だが。

 

 キメラのほうは、ショートを先頭にインゲニウムダッシュ、レッドライオット、フロッピーの四人が相手取る。

 滝に誘い込んだのは、フロッピーによって水の中に沈めてショートに凍結させることで封じ込めを狙ったからだが……まあ、マミーから聞き出したキメラの能力からして、それで終わることはないだろう。

 

 では残るナインはどうするか、だが……まずセロファン、ウラビティ、グレープジュースによる大量の瓦礫や岩石で生き埋めにする作戦が取られている。

 集めるのは大変だったが、三重にものを放つ準備ができているので、生き埋めにできなかったとしても相応に消耗させられるはずだ。

 

 そこを突破されたときのために、三人のやや後方にはデクとキングダイナが陣取っている。とはいえ恐らく突破されるので、最後は彼らによる直接対決になるだろう。

 

 そして私とチャージズマ、イヤホンジャックはターゲットにされているシマノ姉弟の護衛だ。

 また、私はこの場の指揮を執ると共に、遠隔からの攻撃で前に出ている五人を支援する役目を負っている。

 

 なお、テンタコルとテイルマン、それにインビジブルガールの三人は避難しているものたちの護衛としてそちらについている。

 超人社会となった地球だが、”個性”を戦うために鍛えている人間は少ない。その少数に入らないものたちのことを考えると、そちらにも人数を割かねばならなかったのだ。

 

 と、そうこうしているうちにも状況は進んでいく。ウラビティによって無重力にされた大きな岩石たちを、三重に展開したテープによって接着し、雨あられと敵に降り注がせるセロファン。

 だがナインは慌てることなく手先から弾丸を乱射し、これを的確に撃墜していく。漏れて彼に迫ったものも、展開されたバリアによってことごとく防がれる。

 

 これをさせないために、私はフォースを用いて妨害する。プッシュやプルはもちろん、手の向きを変える程度だがフォースグリップも駆使してだ。

 

 フォースブラストは使わない。ライトセーバーを伸ばしての援護も、マイナス増幅もだ。

 昨日からかなり”個性”を使っているため、もう栄養にあまり余裕がないのだ。私が後方に配置されたのは、その辺りの兼ね合いもある。

 

 そのため、ナインへの妨害は十分ではない。

 さすがに敵の首魁というべきか。あるいは力こそすべてという理想を掲げているからか、彼は非常に戦い慣れている。それは攻めるだけでなく、守る、かわすという方面でも揺るぎない事実のようだ。身体の使い方が抜群に上手い。

 

「……第二地点、通過された」

 

 フォースによる妨害を続けながら、報告を口にする。

 

「もうかよ……わかっちゃいたけど、実際にやられると目の前だっつーのにマジわけわかんないんですけど」

「でも想定よりは時間稼げてるよ。ここは上手く行ってるって考えたほうがお得でしょ」

 

 イヤホンジャックの言う通り、現時点ではいい傾向にある。相手の消耗具合が正確にはわからないので目安でしかないが、それでもだ。

 

「ああ。それよりもチャージズマ、そろそろ本命地点だ。ここを突破されたら君のターゲットエレクトも射程範囲になる、備えはいいな?」

「もちろんだぜ! ……そんでもまだ有効射程じゃねーし、電撃放てるほど充電だって残ってねーけど、いいんだよな?」

「ブラフでもしないよりはマシだからな。相手の意識を少しでも割ければそれでいい」

「もうちょっと肩の力抜きなよチャージ。そもそもあんたの一番の役割は、敵の落とす雷対策なんだからさ」

「お、おう、任せとけよ! なんせ電撃を受けることに関しては誰にも負けねぇからな俺!」

 

 マミーからの情報と、実際に交戦した二人の話を合わせて考えるに、ナイン本来の”個性”は気象操作である。昨日、島に降り注いだ突然の雷はそれによるものであり、私とクリエティに向けられた竜巻もそうなのだろう。

 

 このうちもっとも殺傷力が高い雷対策は、どうしても必要だった。自然のものではないためか直撃を受けても後遺症が残らない程度でしかなかったようだが、人間に向けるには十分すぎる。速さもあって、脅威であることには間違いないのだ。

 

 これには私が全力でフォースバリアを展開すれば防げなくはないだろうが、それよりも「帯電」の”個性”を持つチャージズマのほうがうってつけだ。雷を受ければ彼が今までに消費した電気も補充できるので、一石二鳥である。

 まあ、雷を受けたあとに戦闘ができるかどうかは彼にもわからないので、そこは賭けになるのだが。先にも述べた通り自然の雷よりは弱いようなので、決して分の悪い賭けではないと思う。

 

「おっ、本命行ったぜ!」

 

 おっと、どうやらそうこうしているうちに、最後の仕掛けが発動したようだ。

 

 今までのものは、前座。最後のものは、幅数十メートルを埋め尽くすほどの岩石と瓦礫の山である。せき止めていたものがウラビティによって解き放たれれば、それらは雪崩のようにナインを襲う。

 最後にグレープジュースのもぎもぎによってそれらを接合してしまえば、脱出も不可能……というわけだ。

 

「やった!」

「成功だ!」

「……いや」

 

 まあ、それもさして時間を置かずに吹き飛ばされたのだが。

 

「ウッソだろ!?」

「マジか……」

「マジ、だな」

 

 もうもうと巻き上がる砂塵の中から、ナインが悠々と現れる。まったく堪えていないわけではないようだが、戦闘に支障はなさそうだ。効果は薄いと言わざるを得ないだろう。

 

 対して、彼が瓦礫の山を吹き飛ばした衝撃によって、前にいた三人は吹き飛ばされている。

 それでもなお立ち向かおうとする気概は素晴らしいものだが、これ以上は許可できない。彼らの命を消費することになる。

 

「……セロファン、ウラビティ、グレープジュースは撤収! 無理はするな!」

「遊びは終わりだ」

 

 だが、ナインの両手から、紫色のオーラがほとばしる。どうやら、あちらも焦れてきたようだ。なおのこと、三人には無理はさせられない。

 

 であれば、ここから先は彼らの仕事だろう。

 

「ッ、デク、キングダイナ、出番だ!」

「でえあァァァァ!!」

 

 私が呼びかけている最中に、彼は既に前へ飛び出していた。今の今まで貯めていたものを一気に解き放つ巨大な爆破を見舞い、ナインの攻撃の出だしを強襲。攻撃を潰すとともに、ナインを数歩下がらせる。

 

 その姿を見て、ナインが再び口を開いた。

 

「生きていたか……」

「寝言は寝て死ね!!」

 

 キングダイナがいつものように、暴言でそれに応じる。

 

 その隣には、デクが静かに並ぶ。彼の身体には、彼がフルカウルと呼ぶ緑色の閃光で覆われている。こちらもとうに臨戦態勢だ。

 

「「爆豪!! 緑谷!!」」

「やっちまえ!!」「行けぇぇー!!」

 

 二人の背中を、チャージズマとイヤホンジャックの声援が押し出す。

 これに応じるかのように、デクとキングダイナは同時にナインへ躍りかかった。

 

「ここから先は!」

「ブッ殺す!」

 

 二人とも、攻撃に躊躇などない。作戦的には相手の消耗を強いることが目的だが、二人とも倒せるなら倒してしまおうという気概に満ちている。

 キングダイナはともかく、デクのほうもそうであることには少し意外に思うところもあるが……元より手加減できる相手ではない。それは一度戦った彼らが一番わかっているだろうから、そうもなろう。

 

 だが、やはり戦うことにかけてはナインのほうが一枚上手のようだ。

 何せ彼には手札が多い。その多くは、手に入れてからさほど時間は経っていないはずなのだが……どれもこれも手札として十分以上だ。彼が振るう”個性”は、もしや元の持ち主はどれもヒーローか?

 

 中でも、バリアの精度が非常に高い。正面からであれば、キングダイナの爆破もデクのパワーも完全に防ぎきっているのだから恐れ入る。

 

 とはいえ、私がフォースで妨害し続けることもあって、戦況としてはこちらのほうがやや優勢だ。少しずつだが、ナインを後退させている。後ろからは、シマノ姉弟の歓声が聞こえてくる。

 

 だが、まだ本番と言うには遠いだろう。なぜなら、ナインは今もなお本気を出していない。

 本気を出せば身体に強い負担がかかる以上、元々本気を出せる状態ではないのだが……先にも述べた通り、あとがないとなればそこは関係ないだろう。

 

 実際、遠くからだがかすかに感じるナインの心中にある天秤は、少しずつ本気を出すほうへ傾きつつある。彼にとっても、デクたちはそれだけ無視できない強敵なのだ。

 

 であれば、ナインが本気を出す可能性は高い。遠からず戦況は逆転するだろう。私が真実動くべきときはそこだ。

 

「……勝つぞ、みんな」

 

 爆破や掛け声など、様々な音を聞き分けながら。

 

 戦塵逆巻く彼方の様子を眺めながら、私は祈るようにつぶやいた。

 




後半戦がスタート。佳境ももうすぐです。

改めて原作見直すと、マジでナインの戦闘力がおかしい。
劇場版第二作目の展開は、堀越先生がヒロアカ最終回の案として考えていたものの一つを使ってるので、当たり前と言えば当たり前なんですけど。
だとしてもヒロアカはボスの強さに定評がありすぎるんよな。今原作でやってる第二次全面戦争、マジで決着どーすんの?

なおナインの放つ雷が自然なものより弱い、というのはいつもの独自解釈です。原作見てると、あんなぶっとい雷の直撃受けたわりに軽傷っぽく見えるので・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.キメラ

 一方その頃、滝の傍近くへと分断・誘導したキメラを相手に、轟たちが奮戦していた。

 

 オオカミの顔をはじめ、全身に複数の動物の特徴を持つキメラはある意味で、異形型”個性”の極致と言っていい。何せその特徴の数だけ、その動物らしいことをそれ以上にできるのだ。他の異形型とは地力が違う。

 さらに、それらが組み合わさった結果、キメラはとてつもない膂力や頑丈さを持つに至っている。おかげで轟たちは苦戦していた。

 

 最初は予定通り滝が流れ落ちる泉に突き落とし、凍らせることで封じ込めるつもりだった。

 だがそれは理波の予想通り、あっさりと破られている。沈んでいる状態で泉の大半を凍らせたにも関わらず、ほとんど間を置かずに破壊、脱出しているのだから尋常ではない。

 

 その後は接近戦が主体の切島と飯田を中心に肉弾戦を挑んだが、一向に有効打が与えられないでいる。疲れが見える様子もなく、蟻と象もかくやな隔絶した力量差がそこにはあった。

 

「……行けっ、そこだ! ああっ、惜しい! あっ、危ない! 後ろ、後ろだよ切島くぅん!」

「あーっ、あとちょっとだったのに!」

 

 そんな戦いの様子を眼下に眺めながら、小声で応援を飛ばす男女が一組。

 燕尾服をモチーフにしたコスチュームを纏う彼はそう、何を隠そうジェントル・クリミナルである。傍らの小柄な女性はもちろん、相棒のラブラバだ。

 つまるところ彼は、相棒にあれほどの啖呵を切って見せたにも関わらず、介入を控えていた。

 

 キメラが怖いのではない。確かにジェントル・クリミナルは根が小市民であり、ヒーローに向いているとはお世辞にも言えない男であるが、あれよりも恐ろしいものとは何度も遭遇している。主にヴィラン連合のサブリーダーとか。

 

 ではなぜ遠巻きに見ているだけなのかと言えば、轟たちの連携が十分すぎるために、割り込む余地がないのである。ここでジェントル・クリミナルが入ったとしても、連携を乱すだけに終わってしまうだろう。

 そう予想がついてしまったのだ。そう予想できる程度には、今のジェントル・クリミナルは自分を客観視できていた。

 

 ……かつて若かりし頃、周りをよく観察する力に欠けていたがためにヒーローの活動を邪魔してしまい、ヒーローの道から落伍したのがジェントル・クリミナルという男だ。だからこそジェントル・クリミナルは、応援するにとどめることにした。

 一年A組の面々は既に立派にヒーローであり、彼らの足を引っ張るような非紳士的なことはしたくなかったから。()()()()()()()の邪魔になり得ることだけは、どうにも踏ん切りがつかなかったのである。

 

 とはいえ、何かあったらそのときは、迷わず割り込むつもりであった。昨日抱いた決意に嘘はないのだ。人は歳を重ねてからでも成長できるのである。

 

「はあ!」

「無駄だ」

 

 真正面から蹴りかかった飯田の脚を片手でつかみ、そのまま投げ返すキメラ。

 その隙を突いて切島が殴りかかるが、キメラはほとんど意に介すことなく片腕で受け止める。彼はそのまま切島の頭をわしづかみにすると、崖に向けて思い切り叩きつけた。

 

 さらに追撃をしようとするキメラだったが、それは轟が許さない。炎を勢いよく放ち、進む先を遮った。

 

 父であるエンデヴァーにはまだ及ばないにしろ、轟の炎は相当な広範囲で、かつ高温だ。にもかかわらず、キメラはこれを腕を勢いよく振り扇ぐことで吹き飛ばしてしまった。

 そこに特別な技術は何もない。あるのはただ、圧倒的な力のみ。つまりはゴリ押しとも言うべき火消しである。一人の人間が持つにはあまりにも隔絶した膂力だった。

 

 しかし、だからといってヒーローが引くことはない。いかなキメラとはいえ、腕は両の二本のみ。火消しに集中すれば、スキが生じることは必然だ。

 そこを突いて、飯田が背後から強襲する。戦いの開幕からずっと全開のエンジンは、衰えることなくうなりを上げてキメラの延髄を狙い打つ。

 

「グ……っ!」

 

 だが、それすらも防がれてしまう。キメラは多少遅れはしたものの、はっきりと飯田を見切って攻撃を受け止め、投げ返した。

 

 直後、槍衾のような氷がキメラを襲う。轟の氷結だ。

 しかしこれも、キメラには大した意味をなさない。彼が思い切り氷を蹴り抜けば、甲高い破砕音と共に氷は吹き飛んでしまった。

 

 ヒーローたちの息が上がり始める。対するキメラは、依然として涼しい顔を崩さない。

 

 だが、彼の心境は決して凪いではいなかった。

 鬱陶しい。彼が抱いていたのは、そんな不快感だった。

 

 ある意味、これは無理もない。いまだにプロではない少年たちの猛攻など、歴戦のヴィランであるキメラにとっては顔の周りで跳び回る羽虫とさして変わりがないのだ。

 

 だから彼は、ここらで終わらせることにする。牙を剥き出しにして、殺気を全面に放出する。

 

「テメーら……無駄だと言ってるだろうが――――!?」

 

 が、しかし。その瞬間だった。

 

 全身を怒らせて、一気にカタをつけようと力を込めたはずの身体が硬直した。

 電気を浴びたときにも似た痺れによって、身体が動かない。突然の異変に、さしものキメラも表情を変える。

 

「単調な攻撃を繰り返したのには意味がある」

 

 そこに、一息つきながら轟が口を開いた。

 彼の言葉に、飯田も追従する。

 

「俺の足、そして切島くんの手には、蛙吹くんが作った毒性の粘液が塗られていた」

「梅雨ちゃんね」

 

 蛙吹梅雨、”個性”「カエル」。カエルっぽいことであれば、大体のことができる異形型の”個性”。

 

 この手の異形型”個性”の凄まじいところは、地球上に生息する同種の生物のほぼすべてが再現可能であることだ。

 そして地球上に生息するカエルという生物には、毒を分泌するものも少なくない。蛙吹はそれを再現し、利用したのである。キメラが身体を覆うタイプのコスチュームを身に着けていなかったからこその作戦だ。

 

 カエル程度の毒で、キメラほどのヴィランをとめられるのか? と思うかもしれない。だが、実はカエルの毒は、地球上の生物の中でも強いほうに分類される。

 特に南米に生息するモウドクフキヤガエルの毒などは、たった0.1~0.3ミリグラム程度で人間を死に至らしめるほどの力を秘めている。日本でもおなじみのアマガエルでさえ、その分泌物を目に入れれば最悪失明の危険があるのだから、決して侮っていいものではない。

 

 とはいえ、蛙吹自身が分泌できる毒にそこまでの威力はない。出せたとしても、キメラに付与する前に仲間をダウンさせては意味がない。

 

 だが間違いなく毒であり、何より塵も積もれば山となるものだ。少しずつとはいえ何度も繰り返し与えることで、また戦闘によって激しい運動を強いたことで、キメラの全身に毒を巡らせることに成功したというわけである。

 

「観念しろよ、おっさん」

 

 戦いを最初から眺めていたジェントル・クリミナルたちが感嘆する中、切島が両の拳をぶつけながらキメラに言い放つ。

 

「……小賢しい真似しやがって」

 

 だが、ここまでされてもなお、キメラの顔に焦りはなかった。放たれる闘志と殺意には一切陰りがなく、ことここに至ってもなお、敗北するなど微塵も考えていないことは明白。

 

 そんな態度に危機感を覚えた一同が、一斉に攻撃を再開しようとした。その瞬間。

 

「見せてやるよ……俺がバケモノだと言われる理由を!」

 

 みしり、という音が聞こえた。キメラの身体からである。

 

 直後に、彼の身体が肥大化し始める。全身がまんべんなく、バランスよく大きくなっていく。

 

「うおおおおォォォォーーッッ!!」

 

 彼がまとっていた衣服が、巨大化に耐え切れず弾け飛ぶ。それでもなお彼の巨大化はとまることなく、満ち満ちていく筋肉と、腕に生じていく翼、ワニもかくやな太い尾が伸びる音が不協和音めいて重なるが、いずれも咆哮にかき消されていく。

 やがてキメラの身体は、取り囲むヒーローたちの数倍の大きさへと達した。

 

 何より恐ろしいことは、それらが大した時間をかけずにあっという間に完了されたことだ。その圧倒的な姿に、思わず立ちすくむヒーローたち。

 

 だが、それを見逃すキメラではない。巨体へとなった彼は間髪を入れず、エネルギーを口内へとチャージし始める。赤い、破壊的な色彩がそこに満たされていく。甲高い、不快な音がかすかに響き始める。

 

「……ッ!」

 

 それを最初に察知した轟が、迷うことなく氷結を放つ。自分たちを覆う形で、幾重にも連なる巨大な氷壁が形成された。

 

 だがしかし。それすらも、キメラが直後に放った破壊光線の前にはほとんど無力だった。

 数秒。氷壁が耐えることができたのはたったそれだけ。

 

 それでもその数秒によって、轟たちは退避することができた。間一髪で、破壊光線の射線から全員が飛び退いて崖の陰へと隠れることができたのだ。

 

 だからといって、キメラが攻撃をとめることはなかった。放たれ続ける光線は周囲一帯を薙ぎ払い、破壊の限りを尽くしていく。

 

「な……ッ、なんという……!」

 

 高所からそれを眺めていたジェントル・クリミナルには、森が一文字に、一瞬で炎上した様子が見えていた。舞い上がる火の粉と黒煙が、少しずつ視界に増えていく。

 

 人間の原始的な恐怖を呼び起こすような、あまりにも恐ろしい光景。こんなものを見せられて、怖気づかない人間がいるはずない。

 

「じぇ、ジェントル!」

「……っ」

 

 だが。だがしかし、である。

 

 彼には、ジェントル・クリミナルには見えていた。震える足で思わずあとずさり、冷や汗と悲鳴が口をついた彼の目に、彼らの姿が映っていた。

 振りまかれる破壊そのものに怯むことなく、なんとか攻撃をかいくぐろうとする少年たちの姿が。この状況を打破すべく、奮闘するヒーローの卵たちの姿が。

 

 自分の半分ほどしか生きていない少年たちが、今もなお抗っている。そんな姿を見て、見せられて。

 

「……、ああ、ああ。わかっているとも」

 

 腐っていられるほど、ジェントル・クリミナルは堕ちてはいなかった。

 

「私はジェントル。ジェントル・クリミナル」

 

 己を鼓舞する。己がこうありたいと、かくあれかしと望み、定めた理想を口にする。

 

「世の理不尽を皮肉り、正義に討てぬ悪を討つ、義賊の紳士。それがこの私……だ」

 

 燕尾服を模したコスチュームが、破壊によって巻き起こされた風ではためく。震えも冷や汗も、まだあるけれど。それでも。

 

「……よし。私は行くよラブラバ、ブレイクタイムはここまでだ」

「……ええ! 気をつけてねジェントル!」

 

 彼は再び、前に進んだ。

 

 ゆえに。

 ジェントル・クリミナルは、自らの”個性”を開放し、天高くへと跳び上がった。さらに跳躍の頂点でも”個性”を用い、下に向けて一気に弾かれる。

 

「とぉうッ!!」

「んぐゥッッ!?」

 

 そして彼は狙いを過たず、キメラの口の上へと勢いよく着地した。なおも破壊光線を放ち続けていた、口の上へ。

 

 弾性によって生じた運動エネルギーに、成人男性の体重、さらには位置エネルギー。これらによって無理やり閉じられたキメラの口の中では、射出され続けていた破壊光線が押しとどめられ、一気に臨界を迎え――そして。

 

 大爆発が、キメラの口の中で巻き起こった。

 




ジェントル、遂に参戦。
既に結構原作と違いますが、ここから明確に原作と違う展開が続きます。

しかしナインもそうだけど、キメラも大概な戦力なんだよな・・・マミーやスライスに比べると、この二人が明らかに強すぎる。
一年A組は常にプラスウルトラすることを強いられているんだ・・・!



あ、そうそう。
昨日今日と続けて陰性だったので、コロナには感染してないということでいいかと思います。症状もありませんし。
皆さんにおかれましてはご心配をおかけしました。今後も更新を続けていきますので応援と、よろしければ感想や評価などなどいただけましたら嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.最後に必ず愛は勝つ

 通常”個性”を持つ人間は、その”個性”を扱うに必要十分な耐性を身に着けていることが多い。

 わかりやすい例では、新たなナンバーワンヒーローとなったエンデヴァー。彼は自ら高温の炎を生み出し操る”個性”柄、高熱に対してすこぶる強い。

 

 彼でなくとも、高い演算力を求められる”個性”ゆえに脳が頑丈であったり、人類が摂取できないものをエネルギー源とする”個性”ゆえに毒に強いといった、特殊な肉体を得ている事例は枚挙にいとまがない。それが現代の地球であり、超人社会なのだ。

 

 複数の動物の特徴を併せ持ち、神話に謳われる化け物の名をヴィランネームとするキメラもその例に漏れず、自らが放つ技には耐性がある。岩を穿ち、木々を即座に炎上させるほどの破壊光線を口から発射してもなお、口内に異常がないのはそう言う理由だ。

 

 しかし、この手の耐性には必ず限界がある。

 先の例で言えば、いかなエンデヴァーでも耐えられる温度には限界があり、”個性”を使い続ければ熱によっていずれは死を迎えるだろう。

 

 形は違えど、キメラの身体も”個性”によるもの。その前提は他のものとなんら変わりなく……。

 

 つまり何が言いたいかというと。

 口の中に破壊のエネルギーが留まり続ければ、それによってダメージを負うのは当たり前ということだ。

 

「な、何が起こった……!?」

 

 自滅のような現象ののち仰向けに倒れていくキメラを眺めつつ、飯田が声を上げた。

 

 彼に対して、蛙吹が口を開こうとするより早く。

 彼らとキメラとの間。ちょうど中間ほどの地点に、一人の男がふわりと着地した。

 

 燕尾服をモチーフとしたデザインのコスチュームは、一見するとヒーローのそれに見えなくもない。そんな背中に、視線が集中する。

 

「お仕事中、上から失礼」

 

 男が言う。直後にかつり、とステッキが地面を叩く音が拍子木めいて響き渡った。

 

「苦戦していたようなのでね。我が義によって、助太刀させてもらうよ英雄諸君」

「……何者だ?」

 

 だがそれに振り回されることなく、轟は問うた。

 

「おっと、私としたことが。失礼、名乗らせていただこう。私はジェントル……ジェントル・クリミナル。世の悪を正す義賊の紳士とは、私のことさ」

 

 芝居がかった口調と身振りで緩やかに振り返り、ウィンクを飛ばすジェントル・クリミナル。

 

 この口上に、「聞いたことがあるわ」と蛙吹が口を開く。

 

「少し前まで、しょうもない犯罪動画ばっかりネットに上げていたヴィランよ。最近になって、急に方向性が変わったって……デクちゃんが言っていた覚えがあるわ」

「ヴィランンン!? なんでそんなやつがここにいるんだ!?」

 

 彼女の言葉に、切島は思わずと言った様子で声を上げる。

 とはいえそうしつつも、彼は油断なく構え直していた。他の面々も同様である。

 

 そんな態度に、落胆どころか嬉しそうに笑うジェントル・クリミナル。

 

「言っただろう? 我が義によって助太刀すると。確かに私はヴィランと呼ばれる人間だが……そんな私でも、許容できないものはあるということさ」

 

 ――たとえば、力こそがすべての弱肉強食な世界を作ろうという輩とか。

 

 笑いながら付け加えられた言葉に、一同の目が丸くなる。

 

「私のことをご存知なら、お分かりいただけると思う。私は別に、誰かを害したくてヴィランをしているわけではないのだよ。むしろ、社会の秩序と安寧を望む側だ」

「だからと言って、法を犯していいとはならないだろう!」

「ああ、その通り。その通りだとも。だが今の法律が、変わり続ける現代社会の速度に追いついていないことも事実ではないかね? たとえば、君たちに転売屋を取り締まることができるかい?」

「ぐ、そ、それは……」

「落ち着け飯田。論点のすり替えだ」

「そうよ、飯田ちゃん。たとえ正当な感情であっても、ルールを破っていいとはならないのよ」

 

 ぴしゃりと言い放つ轟と蛙吹。その言葉に、ジェントル・クリミナルはますます嬉しそうに笑った。

 

「ああ、そうだとも。君たちはそれでいい! それでこそ英雄だ!」

 

 今もなお燃え盛る森をよそに、彼の拍手が周囲にこだまする。軽い音が、いっそ場違いなほどに浮いて響いた。

 

「いやはや、最初は学徒動員された君たちを憐れんでいたが……どうやら君たちは真実、英雄たるものたちのよう……――」

「っ!!」

「おいおっさん!」

「後ろ!」

「ぬおっ!?」

 

 だが、なおも言葉を連ねようとした彼の背後から、分厚い爪が襲い掛かった。

 複数の声かけに応じるままに飛び退き、ジェントル・クリミナルはそれをすんでのところで回避。下手人――キメラから距離を取る。

 

「……やはり、悪というものはしぶといね」

「……ッ、……ッ!」

 

 目を細めて軽く面罵するジェントル・クリミナルに対して、返答はない。

 

 いや、ないのではなくできないのだ。口の中で膨大なエネルギーを暴発させられたキメラは、もはや声帯がろくに機能していなかった。口そのものが大半の機能を失っていたのだ。もちろん、破壊光線はもう撃てない。

 

 それでもなお、彼は死んでいなかった。単純に生命としてではなく、ヴィランとして、戦闘に携わる者として。爛々と輝く瞳には変わらず闘志と殺意が満ち満ちて、渦巻いている。

 

「会話はできないだろうがね、ヴィランよ。改めて言わせてもらおう。私は君たちの理想を否定する。力だけが支配する? では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 否、断じて否だ!」

 

 しかし、ジェントル・クリミナルは怯まない。内心でどれほど震えていようとも、緊張と恐怖で喉がカラカラであろうとも。この場で情けないことはできないと己を発奮させて、大地を踏みしめる。

 

 彼の正義。それは、キメラのものとは真っ向から対立するもの。

 逆もまた然り。ゆえに、彼らの間に和解はあり得ない。むしろ同じく法を犯すもの同士であるからこそ、その対立は決定的と言えよう。

 

 何より、不意打ちで致命に近いダメージを負わせた相手を、怒り心頭のヴィランが見逃すはずがない。

 

 かくしてキメラの意識は、完全にジェントル・クリミナルへと集中された。目にもとまらぬ速さで襲い掛かるキメラ。

 

 だが、その速度は最初ほどではない。彼が負った怪我は、やはり無視できるものではないのだろう。

 

 それでも膂力に衰えはなく、余人の介入を許さぬほどではあったが……最近になってめきめき腕を上げたジェントル・クリミナルにとっては、どうにかさばける範囲に収まっていた。

 

「……どうするよ?」

 

 いきなり始まったヴィラン同士の戦いに、切島は頬をかきながら仲間に問いかける。

 

「どちらも取り締まる! ……と断言できればいいのだが、今の状況でそれができるかというと」

「そうね、みんな消耗しちゃっているわ」

「おまけにあのヴィラン……どうやらものに弾性を付与する”個性”みてぇだが。付与した弾性はしばらく残るらしいな」

 

 轟が「あれじゃ迂闊には近づけねぇ」とこぼした言葉に、全員が戦いに目を向けた。

 

 確かに彼の言う通り、戦いの場には既に相当数の弾性が付与されていた。ジェントル・クリミナルはそれを駆使して戦いを進めているが、逆に言えば彼以外の人間が介入する余地がなくなってしまっている。

 ジェントル・クリミナルの”個性”で付与された弾性は、揺れていたりしない限りは本人にも視認するすべがないので、本当にどうにもならない。

 

「んなっ、場に残ってる弾性見えねぇのか!? あれじゃ俺なんかマジで打つ手がねーぞ!」

「ケロ……」

「さすが轟くん、よく見ているな」

 

 何せここにいるものは、轟以外に特殊な攻撃が難しいメンバーばかり。彼らは思わず押し黙ってしまう。

 

 弾性が透明のまま残り続けるという絶妙に不便な性質が、ジェントル・クリミナルをヒーローから落伍するきっかけになったことなど轟たちはもちろん知らない。

 しかし、その使い方を少し見ただけで問題点に気が着けるところは、狭き門をくぐり抜け今なお精進を続ける雄英生の面目躍如だろう。同じ歳の頃のジェントル・クリミナルは、轟が指摘したことようなことになどまったく気にしてもいなかったのだから。

 

 そして彼らヒーローの雛鳥たちは、その不便な性質を見ても諦めるなどしなかった。沈黙を破って轟が口を開く。

 

「……考えがある」

 

 そして語られた「考え」に、他の三人は了承した。全員が何かしらのリスクを負う案ではあったが、それでも成功すれば一網打尽にできると踏んだのだ。肉弾戦以外にできるものがない身であればこそ、そこに決して分が悪い賭けではないと判断したのである。

 

「行くぜ!」

「ああ!」

 

 その作戦にのっとり、切島と飯田がキメラとジェントル・クリミナルの戦いに割って入る。

 怪我の有無があるにもかかわらず戦況はキメラが優勢であり、目下のところ最大の障害であるためそちらに向かう形で。

 

「ぬおっ!?」

「どぅわっ!」

 

 だが周辺に張られた弾性の残滓によって、二人はあらぬ方向へと吹き飛ばされた。

 これにより、飯田はキメラのすぐ横へ。切島は戦場から少し離れた木へ突っ込む。木は当然のようにへし折れた。

 

「ア゛ッ、オ゛ォ゛ッ!」

「ぐわあ!」

 

 意識の外から飛び込んできた飯田に向けて、邪魔だと叫ぶようにしてキメラが太く長大な尾を振り払う。態勢云々以前に地面を横たわっていた飯田は、これを受けて大きく吹き飛ばされた。

 

 そこに、切島のへし折った木が倒れてくる。キメラの頭部にそれが真上から直撃し、一瞬。一瞬だけ、キメラの動きがとまった。

 

「さすがだヒーロー! あとは私が……」

 

 この隙を見逃すことなく、ジェントル・クリミナルはステッキを振るった。内蔵したスタン機能を全開にし、”個性”も駆使した一撃が、キメラに叩き込まれると、激しい電撃がキメラを襲う。

 どんなに強い肉体を持っていようと、電気信号で身体を動かす生物である以上はこれを完全には拒めない。

 

 ゆえに、キメラは声なき咆哮を悲鳴のように轟かせながらも身体を硬直させた。その身体から、電撃による黒い薄い煙が上がる。

 

「いい位置だ……!」

「……え?」

 

 そこに。その上から。

 

 轟が、降って来た。戦場の上空に展開された弾性の間を縫って。

 

「任せたわ、轟ちゃん!」

 

 彼を舌によって放り投げた蛙吹が、直後に声を張り上げ……そして、

 

「凍てつくせ!!」

 

 絶対零度の世界が出現する。

 それは、エンデヴァーの代名詞である赫灼熱拳の真逆。極限まで力を凝縮し、溜めたものを点で放つという理屈は同じなれど、向かう先が決定的に違う技だ。

 

 いまだに名もなき、発展途上の技ではある。だがそんな博打を、轟はこの土壇場で成功させた。

 着弾点であるキメラは、もはや生命活動を最小限に抑え込まれるほどの分厚い氷と極寒のヴェールに包まれ停止した。そこを基点として、城か砦と見まごうほどの氷が周辺を覆いつくす。

 

「……さすが、と、言っておけばいい、かネ?」

 

 直前までキメラのすぐ近くにいたジェントル・クリミナルも、例外なくそこに巻き込まれていた。轟たちは作戦通り、ヴィラン二人を同時に捕まえることに成功したのだ。

 

 一応、ジェントル・クリミナルのほうは上半身だけだが無事である。頭髪やひげには、既に霜が降りているが、凍りつきながらも上半身を動かすことはできるようで、寒さに震えながらもぱちぱちと手を叩いていた。

 

「いっつつ……おお、さすが轟だな……」

 

 森の中から戻って来た切島が、これを見て感嘆の声を上げる。”個性”ゆえに、彼はほとんど無傷だった。

 

 一方、彼に肩を預けている飯田はそれなりに重傷である。キメラとの戦闘中、ずっと使っていたレシプロバーストも時間切れを迎えたため、文字通りの満身創痍だ。

 

 逆に蛙吹はこの中で一番軽傷だが、カエルの”個性”ゆえに低温にはすこぶる弱いため、早くも冬眠体制に移行しつつある。

 

 最後に轟だが、後先考えない大技を放ったため足取りは多少覚束ないものの、身動きに問題はなかった。白く染まった息を吐きながら、最大の山場を越えた達成感と脱力感を背負っている。

 

「……とりあえず、責務は果たせた、か」

 

 彼はそうつぶやき、行動不能にはしたが会話はできる状態のジェントル・クリミナルをどう拘束・移送するかを相談しようと、仲間たちに顔を向けた。

 

 その瞬間だった。

 

「ラブラバ、ラバーモードだ!」

「何!?」

 

 ジェントル・クリミナルが、空に向けて大声を上げた。

 これに轟たちが警戒を再び強めるより早く、それは起きた。

 

「ジェントル!」

 

 崖の上、撮影機材を抱えた小柄な女性が姿を現し、応じる形で声を張り上げる。

 ヒーローたちがとめる間もなく、力に満ちた言葉が放たれる。

 

()()()()()()!! この世界の誰よりも!!」

 

 ……ラブラバ、本名相場愛美。”個性”、「愛」。

 愛をささやくことで、最も愛するもの一人だけを短時間パワーアップさせられる。愛が深まれば深まるほど与えるパワーも強くなり、危機的状況で発動されたその力は何十倍にも跳ね上がる。

 

 もちろん、彼女が愛するものは世界でただ一人。ジェントル・クリミナルをおいて他にはいない。

 そして下半身を氷で覆われ、ヒーローの前で身動きが取れないまま凍えるだけという状況は、まさしく危機的状況であろう。

 

 ――ぴしり、と氷が砕ける音がした。氷山の中から、桃色の激しいオーラをまとったジェントル・クリミナルが緩やかに足を踏み出す。

 

「てめぇ……!」

「こういうところはいつもカットしているんだ……水面下でもがく姿は極力人にお見せしたくないのでね。とはいえ、最後に必ず愛は勝つというのが物語のお約束だろう?」

 

 身構え直すヒーローたちの前に、ヴィラン「ジェントル・クリミナル」の最強モードが姿を現した。

 

「これで今まで、多くの危機を切り抜けてきた。二人でね。だから今回も、切り抜けさせてもらうよ」

「……やれるもんなら、やってみやがれ!」

 

 力強く宣言したジェントル・クリミナルに対して、轟が毅然と啖呵を切る。

 

 それでも、今からできることは多くない。既に力の大半は出し切ってしまい、凍りついたキメラの封印を解くことになるため炎も使えない。

 思考を回し、どうすべきかを大急ぎで考える轟。

 

 そんな彼に、ジェントル・クリミナルはふっと勝ち誇るかのように笑い――

 

「さらばだ英雄諸君!!」

「!?」

 

 ――迷うことなく逃走を選んだ。

 地面をトランポリンのように勢いよく弾かせて崖の上まで戻ると、ラブラバを横抱きにし、やはり地面を連続で弾かせあっという間に轟たちの視界から消えてしまったのだ。

 

 あれほど強敵のような態度で、立ちはだかるように言い切ったのはなんだったのか。その激しいギャップに、轟たちは思わず拍子抜けするしかない。

 

「……轟、どうする?」

「……悔しいが、見逃すしかねぇだろ。追いかける手段がねぇし、仮に追いつけても緑谷みてぇなあのオーラ……消耗した今の状態で勝てるかどうかちょっとわからねぇ」

「……だよな。はぁ、勝ったってのに全然喜べねぇー!」

「まずは他のみんなに情報の共有と注意喚起、だな……いつつ……」

「無理すんな飯田。結構しんどいだろその怪我」

「いや、へこたれてはいられない! まだ戦いは終わっていないはずだからな……!」

 

 傷口を手で押さえながら、飯田が天を仰ぐ。極寒の空間であっても、空は青い。

 

 だが一部……ちょうど他のメンツが防衛線を張っている地点の直上だけは、今にも雷が落ちそうな暗雲が集まっていた。

 




ちょっとジェントル強くしすぎたかなと思わなくもないんですが、こと戦闘力に限って言えばポテンシャルはあると思うんですよねボク。
逃げに徹していたとはいえ、初見のOFAフルカウルを相手にかなり優位に立ち回っていましたし。
まあ、あれだけ発動条件が厳しい個性の愛の全力発動をしてもなお、25%にも満たないワンフォーオールと出力が同じくらいなのを考えると、改めてOFAやべぇなとも思うなわけですが。

なおジェントルたち。
事件解決したら一斉に周りから狙われるようになるのがわかってるので、決着を見届けたあとは沖縄までのめっちゃ長い海原を、弾性を酷使して走り切ることを強いられることになります
これが映像作品なら、スタッフロールが流れたあとの最後のオチとして三十秒くらいのワンシーンが挿入される感じで。
まあでも、弾性ってしばらくその場に残るから休憩は一応できるし、なんなら漁船なんかを弾性と組み合わせれば、なんとかギリギリ行けるんじゃないですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.決着、そして

 デクとキングダイナによる猛攻を受け続けたナインが、遂に限界を迎えた。苦しげに顔を歪め、痛むのか身体を押さえて片膝をつく。

 

「かっちゃん、畳みかけるぞ!」

「命令すんな!」

 

 ようやく訪れた反撃のチャンスに、二人は同時に攻めかかる。既に戦闘としてはそれなりの時間が経過しているにもかかわらず、今まででも一番ではないかと思えるほどの勢いで。

 

 だが、

 

「さ……細胞活性さえ手に入れば……! 温存など、必要ない!」

 

 やはり、そう簡単には終わらせてはくれないようだ。

 ナインのまとう気配が、はっきりと変わった。死を覚悟の上で、何をしても目的は達成するという気概に満ちる。

 

 これを認識すると同時に、私はチャージズマにワイヤーフックを絡めて前方に向けて思い切り投げ飛ばした。

 

「出番だチャージズマ!」

「おおう!? ま、任せろォ!」

 

 予定していたこととはいえ、事前に声をかける時間がなかったため、驚きながら飛んでいくチャージズマ。

 

 そして彼が戦場に届くかどうか、というタイミングで。

 

「うああァァァ!!」

 

 ナインが、空に両手を伸ばして”個性”を解き放った。

 するとあれほど晴れ渡っていたはずの空に暗雲が瞬く間に、かつどこからともなく立ち込め、直後雷が落ちる。場所はデクとキングダイナであり、明らかに狙いすました「攻撃」だ。

 

 だが、チャージズマが間に合った。雷は彼の”個性”「帯電」によって、デクとキングダイナから直撃を免れる形でぎりぎり逸れていく。

 

「うわあぁぁぁぁ!」

 

 しかし、それでもデクの悲鳴が聞こえてくる。落雷には衝撃も伴っていたから、吹き飛ばされたか。

 

「デクにいちゃん!」

「バクゴー!」

 

 続けて、シマノ姉弟の声が上がる。前に立つ二人のヒーローを案じる声だ。

 

「大丈夫だ、あの二人は強い」

 

 そんな二人に、努めて優しく声をかけながら私も前に出る。戦況が逆転し始めたのだ、もはや私も出し惜しんでいる場合ではない。

 

「イヤホンジャック、デクたちが戦線復帰するまで私も戦う。二人を任せたぞ」

「……オッケ、任された!」

 

 仲間の頼れる声を背に受けながら、ライトセーバーを抜く。すぐ近くにまで、ナインが迫ってきていた。

 

「見つけたぞ……その子供を渡してもらおうか」

「断る」

「ならば死ぬがいい」

「それも断る」

 

 短い会話を交わし、すぐに戦いを始める。対話の余地など一切なかった。

 

 手始めに飛んできた爪の弾丸は、フォースプッシュで押し返す。バリアで防がれた。

 

 次いでナインの背中から生じた、二対の竜のような物体は出力を上げたセーバーで切り落とす。”個性”の制御から離れたそれらは、ボロボロと崩れながら消えていく。

 

「何ッ?」

「まだ行くぞ」

「チィ……!」

 

 返す刀で剣身を伸ばして突きを放つが、これはバリアで防がれた。伸びるのは増幅の仕様上、一瞬なのだが……ここは相手の技量を褒めるべきか。

 

「邪魔だ!」

 

 次に飛んできたのは、完璧に制御された真空の刃たち。回避を試みるが、どうやらこれも追尾するようだ。

 

 ならばと大きめに跳躍し、体重を増やして勢いよく着地。巻き上げた土砂を盾にして凌ぐ。

 

「取った」

「ム!?」

 

 さらに吹き飛ぶ土砂を隠れ蓑にしてワイヤーフックを放ち、ナインの服にフックをひっかけた。直前に”個性”の副作用か何かで発作でも起きたのか、わずかな時間だが身体が硬直していたので、思っていた以上にうまくいった。

 

 なのですぐに身体を引き絞り、シマノ姉弟たちから遠ざける形で放り投げる。

 

「ええい小癪な……!」

「させない」

 

 ナインは空中で再び出した竜のようなものを地面に向けることで体勢を整えようとしたが、それは斬らせてもらおう。伸びるライトセーバーを手にしたジェダイを前に、そのようなものは通用しないと知るがいい。

 

 何より、時間稼ぎはこれで十分だ。

 

「死ィィねぇぇェェェェ!!」

「ぐおおっ!?」

 

 死角から飛翔したキングダイナの一撃が、ナインに直撃する。ハウザーインパクトだな。いつもより勢いがあったのは、デクが投げたからだろう。

 

 これで地面に叩きつけられたナイン。すぐに起き上がろうとするが……。

 

「セントルイススマッシュ!!」

「がはぁッ!?」

 

 すぐさまデクの蹴撃が叩き込まれ、地面を転がされる。ナインはそのまま数メートル転がり、やがて地に伏せたまま動かなくなった。

 勝負ありだ。普通なら。

 

 だが、ナインにはまだ意識があるようだ。そして、その意識が強い、強い意思によって闇に染まる。

 

 感じる。

 

『お……終われない……! 終われるはずがない……!』

 

 ナインの心が、追い詰められた彼の激情が、離れていてもはっきりと伝わってくる。

 

『この程度で……ッ! 終わってなるものかァァ!!』

 

 ……ああ、その強靭な意志と向上心を、他のことに使ってほしかった。

 心の底からそう思う。理想に向けてひた走れるのなら、なぜ力なきものたちに想いを馳せることができなかったのか。

 

 近くにいるデクたちに気づかれないように、私は小さくため息をついた。パキリ、と硬いものが砕ける音が聞こえる。

 

 次の瞬間、ナインの身体から膨大なオーラが噴出された。正確には背中から。

 彼が身に着けていた、オールフォーワンを彷彿とさせる機器がはじけ飛んだのだ。そしてそれが抑え込んでいたものがすべて、一気に表に出てきた。

 

「そんな……まだ戦えるのか……!?」

「チィ……!」

 

 ナインが立ち上がる。残る命をすべて燃料にくべているもの特有の、鬼気とした顔で。

 

 その腕に、竜巻が集まり始めている。

 刹那、直近の未来が見えた。ありとあらゆる異常気象を同時に、複数発生させて島ごと破壊しにかかるナインの姿だ。

 

 私はそのヴィジョンを、頭を振って吹き飛ばす。

 そんなことはさせない。させるものか。

 

 であれば、今しかない。ここでナインの行動を許せば、私たちは本当の意味で追い詰められる。

 

 だから、今だ。今こそが、本当の意味で……真実、私が動くべきときだ。

 今ならば、まだ殺すことなく終わらせられるはずだから。

 

「そこだ!」

 

 ゆえに、再びの増幅。

 そうして伸びたセーバーが、本来の出力を発揮したセーバーが。

 

「……な……!?」

 

 竜巻をかいくぐって、ナインの両腕を切り落とした。

 

 研ぎ澄まされた感覚によって、緩やかに落下していくように見える彼の腕。その腕に集まっていた竜巻が、霧散していく。

 ”個性”を制御する意思から解き放たれた風が、ひゅるりと甲高い声を上げながら空へと消えていく。

 

「ば……バカな……」

 

 その様を、ナインは呆然と見上げる。”個性”を使おうと言う彼の意思に、応じる力は何もなかった。

 

 ……発動条件が手で触れること、あるいは発動媒体として手を使う”個性”は多い。だからずっと、もしかしてと思っていた。手さえ無くしてしまえば、無力化できるのではないかと。

 賭ける価値はあった。ナインは今までほぼすべての”個性”を手から放っていたし、何より”個性”としてのオールフォーワンも手で触れることが発動の条件であったはず。だから推測が間違っていても、無意味には終わらないと信じられた。

 

 そしてその賭けに勝ったことは、ナインの困惑と衝撃という形でフォースが余すことなく伝えてくれている。もはや彼には、ほとんど力は残されていないはずだ。

 

 まあ正確に言えば、あの竜のようなものを出して操る”個性”は背中から生じていたから、まだ使えるとは思う。

 だが、力こそすべてという信念を掲げるものにとって、力を失うということがどれほど戦意を削ぐかは想像に難くない。だからこそ、残る力のことが意識から抜けてしまっているのだろう。

 

 おかげで首を刎ねずに済んだ。殺すことを受け入れてはいるが、したいわけではないのである。

 これについては、みんなが奮闘してくれたおかげだな。今までのすべての奮闘があったからこそ、みんながナインの手札を開示させてくれたからこそ、私は最後の最後に加減するという選択肢を取ることができたのだから。

 

「……マミーから聞いている。力の前ではすべてが平等、だったか」

 

 そして私は、ナインに向けて言葉をかけた。

 だいぶ栄養が少なくなった身体に鞭を打って、正面から堂々と話しかける。

 彼の思想に、否を突きつけるために。しかして、そこから建設的な意見の交換に発展することも願って。

 

「ある面においては、それも間違いではないだろう。だがそれがすべてと言うならば……より大きな力に阻まれることも、受け容れてもらうしかないのだよ。力を失ったとなれば、その瞬間にでも淘汰されることを許容してもらわなければ」

「この……! 俺の道を……阻むなァ……!」

 

 けれども、私が放った言葉が主義主張に真っ向から反するからか、ナインはこれに強く反応した。反応して、しまった。

 私にだけ意識が向いている。その割合は、反発と敵意だけ。それが唯一私にだけ向けられていて……私以外への意識は、疎かになってしまっている。

 

 ()()()落胆する。その返しは、私が望む対話ではない。

 

「……残念だよ、ナイン」

DETROIT(デトロイト)……!」「戦術核(ヴァルキリー)……!」

「……は!? しまっ――」

 

 仕方なく、私は目を閉じる。ライトセーバーを収め、腰に佩きなおした。

 

「終わりだ」

 

 そして、二人に代わって宣言する。

 

SMAAAAASH(スマァァッシュ)ッ!!」「着弾(インパクト)ォォッ!!」

「ぐわあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 直後、デクの制御を度外視した全力の拳と、キングダイナの攻めるフォースが乗った一極集中爆破が、前と後ろから同時にナインを襲った。

 二人を意識から外してしまっていたナインに、これを防ぐ手段はなかった。ゆえに、二つの攻撃は正確に直撃する。

 

 フォースは言っている。ナインの意識が途絶したと。

 

 無論、死んではいない。生命反応はいまだにある。

 しかし、だとしても。意識を手放した以上、もはやナインにできることはなく。

 

 デクとキングダイナが残心を続ける中で、彼の身体は緩やかに……さながら戦いの余韻をたっぷりと残すように、その場に崩れ落ちた。

 

「「……ッ!!」」

 

 直後、二つの拳が天に向けて突き上げられた。二人が共に原点とする、平和の象徴と同じウィニングポーズ。

 これを見て、シマノ姉弟が割れんばかりの大歓声を上げる。

 

 かくして那歩島を襲った未曽有のヴィラン襲撃事件は、我々の勝利で決着がついたのであった。

 

***

 

 戦いが終わり、しばらくしたのち。

 一人隔離され、ヴィラン四人の中でも特に厳重に拘束されているナインは、朧気ながらも意識を取り戻した。

 

 とはいえ、当然のように身体は動かせなかった。

 ただ動かせないだけではない。彼を拘束する器具は”個性”の発動を封じる特殊なものであり、腕を落とされていなくとも”個性”は使えない状態にある。

 

 しかし、ナインに対する監視は緩い。ただでさえ人口が少ない南の離島であることに加えて、激戦からほとんど時間が経っていないため万全に動けるヒーローも警察官も少ないのだ。根本的に人手が足りていないのが現状だった。

 

 そのため駐在の警官が定期的な巡回を引き受けてはいるものの、ナインを見ているものは今はいない。動くものもいないから、彼を押し込めた拘置所はひたすらに静かだった。

 

 痛いほどの静寂の中で、ナインは一人、ぼんやりとどこでもない場所を見つめている。

 

 敗北した。少しずつ意識が明瞭になっていくと同時に、彼を襲う実感もまた大きくなり、打ちのめされていた。

 

 ナインにはナインなりの理想があった。それに向けて、全力で走り続けてきた。

 

 だが、駄目だった。彼の進む道は分厚く閉ざされ、これ以上進むことは不可能だ。

 悔しさと不甲斐なさで、何より仲間への申し訳なさと、今まで自らが蓄積してきた力のほとんどが消えた喪失感で、ナインの内心は虚無に満たされていた。

 

 と。

 

 そんな彼の目の前の空中に、黒い液体がどこからともなく現れた。

 独特の臭気を伴うそれは、やがて中から人影を出現させるに至る。

 

 巨悪、あるいは魔王と呼ばれた男が、今年になって()()()”個性”だ。さらにそれを、腹心が半年近い時間をかけて調整をかけた”個性”。特定の人物を、特定の地点にワープさせる、稀有な能力である。

 

 そこから現れたのは、当然彼らの仲間だ。

 とはいえ、タイミング的に動けるものは一人しかいない。

 

「やぁーだぁー、ナインってばもう完っ全に負け犬の顔してるじゃーん」

 

 人を喰ったようなことを、小馬鹿にするいやらしい笑みと共に言い放ったのは、ヴィラン連合のサブリーダー。死柄木襲である。

 彼女の出現に、さすがのナインもそちらに視線と意識を向けた。

 

()()()よぉー? 随分おっきいことぶちまけてたくせに、結局ボッコボコにされてるんじゃ世話ないよねぇ。ざぁーこ、ざぁーこ♡」

「貴……様……!」

「えぇ~? もしかして怒っちゃった? あはははは! 学生に敗けちゃうくらいよわよわなワンちゃんのくせに、なっまいきぃ~!」

 

 彼女はナインを見下す態度を隠そうともしない。むしろ煽り続け、積極的に怒らせようとまでする。

 そうして向けられた怒りに対して、いかにも気分がいいと言いたげに嘲笑うのだ。その態度はナインの心に再び炎を灯らせるには十分だった。

 

「黙れ……! 黙れ小娘! 貴様に、貴様に何がわかるッ!」

「ああ、うん。わからないよ?」

 

 だが直後、その襲の表情が、態度が一転する。一切の感情が抜けたような、能面がごとき顔になった。

 

 と同時に、背負われていた白銀の剣が一瞬のうちに抜き放たれ、ナインの顔のすぐ真横の壁に突き刺さる。

 

「わかりたくもない。強いやつが全部支配する世界? そんなのボク、ちっともほしくない」

 

 ぱしり、と静電気のような音が鳴る。襲の身体から、稲妻のような赤い光があふれる。

 

 さらに彼女の赤い瞳が、にわかに色を変え始めた。縁取りは赤のままに、それ以外はギラギラと力と殺意に満ちた金色に。

 そして暗黒面のフォースが周囲に満ち、寒々しい闇の空気がナインの衰弱した身体を苛み始める。

 

「ぐ……!? な……ッ、き、貴、様は……!」

「ボクさぁ、今回ばっかりはジェントルとまるっきりおんなじ意見なんだ。ねぇ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ――そんなわけあるか」

 

 怒りがあふれる。純粋な殺意のみで形成された激情が、フォースによって物理的な力すら伴って周辺を暴れまわる。決して広いとは言えないその場所のあちこちに、ヒビが入り始めた。

 

 それでもなお収まらない襲の怒りは、やがて極北へと至る。その身体から赤い光が消え、彼女は全身を満たす憤怒に身を任せるままに剣を振り下ろした。

 

「そんなわけあるか!! お姉ちゃんが殺されたのが、仕方ないわけない!! ボクが、エリが、死ぬほど苦しんだのが仕方ないわけない!!」

「が……ッ、は……ッ!」

「ボクは……ッ! そんなの、そんなもの! 絶ッ対に認めないッッ!!」

 

 ナインの身体が二つになる。右と左に分かれ、激しい鮮血がまき散らされる。

 ただし、拘束されていたがゆえに倒れることはなかった。それでも生命が断たれ、力を失った身体はだらりと投げ出される。

 

 襲はそんなナインだったものを、深い、深い呼吸によって怒りを鎮めながらしばし見つめる。さながら残心するように。

 

 しかしほどなくして、騒ぎを聞きつけたものたちが大慌てて近づいてくる気配を感じると、彼女は舌打ちをしつつ剣をしまい、ナインの死体をそれぞれの手に持った。触ることも嫌なのか、幼いかんばせが歪む。

 

「……()()()()()()()使()()()()()? ドクターの考えることは相変わらずよくわかんないや」

 

 そして、天井を仰ぎながらひとりごちる。

 

「……ん。終わったよ。早く転送して、ドクター」

 

 次いで、この場にはいないはずの人間に呼びかける。

 

 すると直後、彼女の口から例の黒い液体があふれ出した。

 液体はいつも通りにあふれながら、襲の身体を飲み込んでいく。彼女だけでなく、彼女が手にしたナインの死体も諸共に。

 

 ほどなくして、液体は収束し始めた。既にこの場に襲の身体はない。

 当然、ヒーローたちが駆けつけたときに襲がいるはずもないのであった。

 




VSナイン、これにて決着です。
随分とあっさり終わったように見えますが、A組のメンバーが総力を挙げて消耗を強いていなかったら首を落とす羽目になっていたので、彼らの頑張りは無意味ではありません。
・・・スライス? 彼女については原作より難易度下がってるんで、申し訳ないけどカットということで・・・。

さてそんなナインの最期ですが、原作とは異なる結末になっています。
原作では弔によって塵にされていますが、本作では襲に真っ二つにされてしまいました。
まあその、ナインの思想はそれこそオーバーホール並みに襲の心の地雷原をスキップで縦断するようなものなので、ブチキレるのも当然と言うか。

それとは別に、死体をそっくりそのまま回収されたのも原作とは異なる点です。
さて何に使うんでしょうねぇ(すっとぼけ
ところで、以前に後書きで書いた通り、襲は脳無の原料が死体であることを教えられていません。
いや他意はないんですが、あれから結構経ったので皆さんお忘れかもと思って。

最後にかっちゃんの新技「ヴァルキリーインパクト」ですが、ぶっちゃけただフォースが乗っただけの爆破です。クラスターより規模が小さいのにクラスター並みの威力してるだけで。
要するにトガちゃんのフォースブラストと同様、相手を倒す意思……つまり暗黒面のフォースが乗っているので、ぶっちゃけ人に向けていい技じゃない。
ハウザーインパクトの時点でそう? それはそう。
なお、名前の由来はアメリカの試作戦略爆撃機、XB-70の愛称から。アトミックとかニュークリアは、ちょっとコンプライアンス的にアレかなと思って・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.故郷からの帰郷者

 ナインたちとの決戦自体は、さほど長くかからなかった。時間にして三十分あるかどうか、と言ったところだ。

 夜明けと同時に戦いが始まったので、終わった直後もいまだに夜明けと言える頃合いだった。

 

 随分と短時間で済んだと思われるかもしれないが、これはナインに急速な消耗を強いることでスキを作りそこを突くという作戦の根幹上、そうならざるを得なかったと言うほうが正しい。短期決戦を挑まなければ、やられていたのは私たちだったかもしれないのだ。

 

 とはいえ、勝ってからもやることは山積みだ。

 中でも最初にやらなければならないことは、確保したナインたちをしっかりと拘束すること。これだけは他のほとんどを後回しにしてでもやらなければならない。

 

 ただし、両手両足を縛る程度ではどうにもならないことが多々あるのがヴィランであり、彼らを完全に拘束するにはどうしても”個性”を封じるものが必要になる。

 この島にそんなものがあるのかと言えば、実はある。一応はこの島にもヒーローはいたのだし、離島であっても最低限の警察機構は置かれているからな。

 

 ということで、動けるA組メンバー総出でナインたちを拘束したのである。

 まあ、そのナインは始末されてしまったわけだが、それについては後ほど語るとして。今は少しだけ時間を遡って、彼が殺される前の時点に何があったかを語ろう。

 

 ナインたちの拘束が終わったあとの私たちは、怪我人の治療と被害状況の確認に追われることになった。

 私はと言えば、普段なら治療に駆り出されるのだが、栄養が残り少ないのであまりきちんとした治療を施すことはできない。なのでこれについては、昨夜もお世話になったこの島の医療従事者の方々にお願いすることになる。

 

 カツマ少年も協力を申し出てくれたが、既に事件はおおむね解決していて差し迫った状況ではない。命に別状のあるものもいなかったので、彼の手を煩わせるほどでもない。

 そのため、未成年で資格を持たない彼に、これ以上仮免許の私たちが”個性”を使わせるわけにはいかなかったので、丁重にお断りさせていただいた。

 

 そしてようやくそろそろ一段落したかな、と言った頃合い。少し離れたところから、突然人々の歓声が上がったので私は首を傾げた。

 何事かと思ってそちらに出向いてみると、どうやらキメラの放った破壊光線によって崩れた地点に洞窟が現れ、その中には社があったらしい。

 

 だとしても随分と島民……特に自治会長の女性が興奮していると思ったが、

 

「それはそうですよ! 何せこのお社、超常黎明期のゴタゴタで行方知れずになっていたのですから!」

 

 とのことらしい。なるほど、それは盛り上がっても仕方がない。

 

 聞けば見つかった社とやらは、実に最低でも千年以上前から存在したものらしい。なんでも、この島に現存する最も古い事物だったのだとか。

 それが事実であれば、観光資源としてはもちろん文化的価値は計り知れない。彼らが喜ぶのも無理はないだろう。

 

 だが、それとは別に私には驚くことがあった。その見つかったという社とやらがあった洞窟の中が、非常にフォースが濃かったのだ。

 

 とはいえ、ジェダイの聖地とされるような場所にはまだ及ばないが……しかし間違いなく、フォースが薄いこの星にあっては上から数えたほうが早い濃さだと思う。

 それだけでも十分驚くに値するのだが……一番はそこではない。何よりも私の意識を引いたのは、見つかった社そのものである。

 

 何せこの社、見覚えがあったのだ。今までこの島のあちこちで漠然と感じていた、既視感という程度のものではない。はっきりと、記憶として残っているものとよく似ていたのである。

 

 だからこそ、私は驚くばかりであった。

 なぜなら、その社の形は――

 

「ジェダイテンプル……!?」

 

 ――かつて私が在籍した、あの寺院のようだったのだから。

 

「よろしかったら、近くでご覧になりますか?」

「ぜひ!」

 

 驚いている私に対して、自治会長から声がかけられた。嬉しそうに微笑んでいる。どうやら興味を持ってくれたと思われたらしい。

 それは勘違いなのだが、しかし歴史的なあれこれに興味があることも事実である。この手の文化的な話は好みなのだ。

 

 ただ、そういう趣味的なことよりも、この機会を逃したら次にこの社に近づける機会は恐らくなかなか来ないだろう、という予感のほうが先立った。直感した、と言ってもいい。だから私は、食い気味に頷いた。

 

 そうして案内されるまま、私は社に歩み寄る。

 日本の領土にあるこの島ではあるが、社の外観に日本らしさはないと言っていい。完全に文化圏が違う。全体が石造りの小さな平屋に、これまた小さな五本の尖塔が生えているような形である。

 

 こうして至近距離で眺めれば、やはりその形はジェダイテンプルのそれだ。縮尺としてはかなり小さいが、しかしコルサントにあったジェダイテンプルのものとほとんど同じ形と断言できる。

 

 ということは、つまりそういうことなのだろう。

 私がかつて生きていた、銀河共和国。そこからこの星にやってきたものは、この那歩島に根を下ろしていたのだ。

 

 その事実を確認できただけでも、この島に来たかいがあるというものだ。思わず嬉しくなって、久しぶりに気分が高揚するのを自覚する。

 

「……ああでも、さすがに完全とはいきませんか。返す返すも超常黎明期の騒乱が残念でなりません」

 

 そんな私をよそに、社の中から出てきた島民と言葉を交わした自治会長が残念そうにこぼした。

 

 どういうことかと思って視線で続きを促してみると、彼女は律儀に応じて語り出した。残念そうな顔はそのままに。

 

「記録によれば、このお社の中にはご神体や神器とされるものが複数安置されていたのです。その昔、天より来たりし神の化身たちが持ち込んだとされるものと伝えられていたのですが……それが大半紛失してしまっているようでして」

 

 天より来たりし神の化身とは、まず間違いなくジェダイだろう。今ほど科学技術が発達していなかった当時の地球人にしてみれば、フォースによる様々な現象が神の御業と思われても不思議ではない。

 特に、死亡した際にアナキンたちと同じくフォースと一体化して消滅していたとしたら。そんなところを目撃したものがいたとしたら。それは確かに、神の化身と言われるというものだろう。

 

 複数形で伝わっていることも気にはなるが、ともあれそんな人間がもたらしたものとなれば、まず間違いなく銀河共和国の道具か何かだろう。

 

「たとえばこちら。ご神体が安置されていたという、台座なのですが……」

 

 そんな風に考えていた私の前に示されたのは、どこからどう見てもホバリングプラムだった。既に機能停止しているようだが……まあ、千年以上経っているなら、そうもなるだろう。

 

 ホバリングプラム……言ってしまえば機械製の高機能な揺り籠である。リパルサーリフトをはじめとして、頑丈な覆いと保護者への追従機能などを持っており、銀河共和国ではありふれた道具の一つだ。

 そのため、ご神体……重要な品を安置する場所としては確かに理には適っているのだろう。千年以上昔の地球に、これを上回る保護具があるとも思えない。

 

 ただ、エネルギーがなければそれらの機能は使えない。そういう意味では、無事にご神体とやらを保護できていた時間はさほど長くはなかっただろう。だからこそ、自治会長が言うように紛失したのだろうな。

 

「……空っぽですね」

「ええ。まあ黄色やオレンジ、青など様々な色の宝石が埋まった岩という、いかにも高価そうな見た目をしていたそうですから。ならずものが見つければ、持って行ってしまってもおかしくありません」

 

 自治会長の話に、私は曖昧に頷く。

 

 おかしいと思ったのだ。なぜって、そんな色とりどりの宝石を複数内包する岩石など、この星に自然にあり得るだろうか?

 宝石は成分の他、置かれた環境における温度や圧力で変わるものだ。それらをすべて満たす場所は惑星内部にしかなく、ごくごく近しい距離の中でそれらの条件がバラバラになることなどまずあり得ないと思うのだ。

 

 だが銀河共和国で生まれ育った私には、それを人工的に造る手段に心当たりがある。これは現代の地球でも、やれないことはないだろう。それだけの機械技術があれば十分だ。

 

 ただ、銀河共和国にはもう一つ。機械などに頼ることなく、自然の岩石に対してほとんど手を加えることなく同じようなものを作る方法がある。一般的に可能なことではないが、フォースユーザーが集まれば、いけなくはないはずだ。

 

 そのためには、その宝石とやらはカイバークリスタルである必要がある。なぜかと言うと、カイバークリスタルは基本無色だが、生物が持つフォースに感応することで色を変える結晶だからだ。

 無論地球には存在しないものだが、ここがジェダイによって建立されたと思われる以上、前提が異なる。ここにあったものが地球外から持ち込まれた可能性が高い以上、この仮説は十分成り立つと思う。

 

「他にも色々あったはずなのですよ。超常以前は、それらがオーパーツということでその手の雑誌に掲載されたこともあったとか」

「オーパーツ……時代にそぐわない品物のことですね」

「ええ。たとえば神器としてまつられていたものの中には、SF映画に出てきた小道具とそっくりな剣があったと聞きますし……」

 

 ……それはライトセーバーなのでは? いや、もしかしなくともライトセーバーだろう? なんとまあ……まさかあったとは。

 しかしここには見当たらないので、それらも何者かに持ち出されたのか。だとしたら、もっと騒ぎというか、問題になっていてもおかしくないとも思うが……。

 

 ふむ……オカルト系の雑誌に掲載されたことがあった、か。雄英に戻ったら少し調べてみるか。当時、それがどういう風に噂されていたか少々気になる。

 

「あとは、金属製の箱らしきものも収められていたそうですよ」

 

 思考をやや明後日の方角へ飛ばす私をよそに、自治会長はそう言いながら大きさを示すためか、両手でものを包むような仕草をした。どうやら、成人が片手でつかめる程度の大きさのものらしい。

 

「史料によれば、銀色に輝く正十二面体の箱とのことで……ただ剣とは異なり、それがどういうものなのか。中に何が入っているのか……そもそも中にものがあるかどうかもわからなかったのだとか」

 

 と思っていたら耳を疑う言葉が聞こえて、また私は驚愕する羽目になった。

 

 銀色に輝く、正十二面体の箱? しかも大きさが、片手に収まる程度の大きさだと?

 それはもしかしなくても、ホロクロンのことでは? これはますます、ジェダイが地球に来ていたと確信できるな。

 

 と、思ったところで脳裏にふと閃くものがあった。確かイッシキやシガラキ・カサネが所属していた銀鍵騎士団は、創立メンバーがどこかの洞窟で銀の鍵を入手したことに端を発するという話ではなかったか?

 

 まさか……まさかとは思うが、それがここなのか? ここで彼らは銀の鍵を、ホロクロンを入手したのか?

 だとしたら、国立博物館のバックヤードに収蔵されたままになっているあのホロクロンは、まさか……。

 

 驚きつつも、そう考えを巡らせる私をよそに、自治会長は興が乗って来たのか話を続ける。

 彼女が次に示したのは、ホバリングプラムが安置されていた場所のさらに奥。暗くなっていて見えないが、彼女はそこにあった壁を、手にしていたスマートフォンにライトを灯して指し示したのである。

 

「こちらには、神々のお言葉が刻まれていると伝わっております。超常以前に何度か調べられたことがあるのですが、文字だろうということしかわかっていないものでして……」

「…………」

 

 思考を戻して言われるままに覗き込んでみると、こちらもなかなか目を見張るものあった。

 何せそこに刻まれていたのは、銀河ベーシック標準語……すなわち銀河共和国の言語だったのだから。

 

 とはいえ、ホロクロンに比べればさほどのものではない。ジェダイがここにいたことはもうまず間違いないだろうから、銀河共和国の文物がどんどん出てきたとしても何もおかしくない。文字も同様で、ある意味で思った通りのものが出てきたと言った趣である。

 

 だからこそ、身構えていた私は力を抜いた。抜いてしまった。

 その状態で遺されている文章を読んでしまい……おかげで私は、今まで以上の驚愕に襲われる羽目になった。

 

 いや、驚愕という言葉では足らない。あるいは戦慄、と言ったほうがいいかもしれない。それほどの衝撃が、私の身体を脳髄ごと貫いていた。

 

 となればもう、私には取り繕うことができず……それでもなんとか自分を抑えるため、涙でにじみ始めた視界はそのままに、嗚咽を上げないようにするために慌てて両手で口を閉ざした。

 

「……? どうなさいました?」

「……い、いえ……っ、その、……なんでも……、なんでも、ありません……っ!」

 

 自治会長に気を遣われてしまったが、だからと言って私には、わななく自分の身体をとめることなどできなかった。

 

 なぜなら、なぜならそこには、こう書かれていたのだから。

 

『私の愛しい愛しいコトちゃんへ――――』

 




ドチャクソ久しぶりすぎる、今後使えるかどうかもわからないスターウォーズ用語解説第六回
「ナブー」

銀河共和国のミッド・リム(共和国の首都惑星コルサントから近くもなく遠くもない地域)に属する惑星。
EP1「ファントム・メナス」の舞台の一つで、アナキンの妻にしてルーク、レイアの母であるパドメ・アミダラの出身地。すべての黒幕、ダース・シディアスの生まれ故郷でもある。
非常に豊かで美しい自然に恵まれた星であると同時に、銀河共和国で一般的に使われている資源であるプラズマエネルギーの産出地として知られていた。
絵に描いたような典型的な平和な国だが、アナキンに端を発するスカイウォーカーサーガは、この星で生まれたダース・シディアスの手によって、この星で引き起こされたとある事件から始まる。
そのため、映画作品としてのスターウォーズ始まりの地がタトゥイーンであるならば、物語としてのスターウォーズ始まりの地は、ある意味このナブーとも言える。

ヒロアカ的には、劇場版第二作目「ヒーローズ:ライジング」の舞台、那歩島の元ネタ。
前述の通りスターウォーズ始まりの地の一つが元ネタなので、本作においてもジェダイが流れつき根を下ろした場所という、理波に繋がるあらゆる事象の始まりの地という設定。
ただし、卵が先か鶏が先かは、もはや誰にもわからない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.愛の夜明け

 懐かしい、あまりにも親しみ深い筆跡の文章に、私が堪え切れなくなりかけた瞬間である。

 

 何度も見聞きしてきた非常に強い暗黒面のフォースが突如として出現したため、私はかろうじて思考のスイッチを切り替えることができた。十中八九、シガラキ・カサネである。

 感じられたフォースには、明白な殺意があった。人の生き死にが関わる事態だとわかれば、それが不特定多数に無造作に向けられる可能性を考えれば、個人的な感傷でうずくまっている場合ではない。

 

 まあ、これ以上ここにいたら醜態をさらすだろうことも明白だったので、それを回避するためここから離れたかったという理由もなくはないが。

 

 ともかくそういうわけで、私はある種の強迫観念を抱きながらきびすを返して、フォースが感じられた場所に向けて全力で走り始めた。

 だが、手遅れだった。ナインを拘置していた場所は社の見つかった洞窟からそれなりの距離があったため、私が到着する頃には既に何もかもが終わった後だったのだ。

 走りながら動けるクラスメイトに連絡は飛ばしたのだが、それでもやはり遅かったのである。

 

 現場に到着した私たちが見たのは、大量の血の跡。そして何かが暴れたかのような損傷が壁全体に走った、誰もいない部屋だった。

 

 壁の損傷は、特定の地点から同心円状に広がっている。直前に感じたフォースからして、カサネが全力で暗黒面のフォースを放ったのだろう。意図したことかどうかまではわからないが。

 

 そして当のナインはと言えば……現場に残っていた血の量からして、まず間違いなく死んでいるはずだ。

 

 これは実に由々しき事態である。何せナインは、オールフォーワンの因子を移植された人間。オールフォーワン自身はタルタロスに投獄されているが、それでもヴィラン連合のなにがしかに繋がる情報を持っていてもおかしくない。

 それが知識としてか、彼の肉体そのものかはわからないが……ともあれ、口封じされた可能性が非常に高い。

 

 死体がないのは、何かに使うために回収されたためか。犯人であろうカサネの持つ”個性”では跡形もなく消し去ることはできないはずなので、そう考えるのが妥当だと思う。

 

 そして、どうやらオールフォーワン因子の移植にはナインしか関わっていないらしいので……残念だが、今回の関係者からヴィラン連合に関する情報を得ることは永遠に不可能となったと言っていい。私たちとしては、最後の最後で後味のよろしくない思いをする羽目になったわけだ。

 

 しかし私個人としては、突然見つかったヒミコからのメッセージで乱れに乱れていた心を無理やりにでも落ち着かせる一助になったので、どうにも自己嫌悪がすごい。

 

 最初にも触れたが、ナインが殺される際に感じたカサネの強烈な暗黒面のフォースがなかったら、私は自治会長たちの前で思い切り醜態をさらしていただろう。それを防げたので、この騒動が私にとって多少なりとも意味があったことは間違いないのである。

 しかしそんなことは考えるなど、ジェダイとして断固あってはならないわけで……。

 

 ただ、私にとって自己嫌悪の主因はそこではない。もちろんかなりの部分を占めてはいるが、一番はこの葛藤に対して「そんなことより」と思ってしまっている自分が一番の理由なのだ。ジェダイとして人として、かなり倫理に外れた感情の動きであるにもかかわらず、それを軽視している自分に腹が立つのだ。

 

 そう、私はこの内心の葛藤を小さく見てしまっている。今の私にとって、力を失ったヴィランの生死よりも、ヒミコの所在のほうがよほど重要になってしまっている。

 そして頭ではそのことを理解していても、その度し難さを認識していても、思うことをやめられないでいるのだ。

 

 だからそんな自分が腹立たしいし、同時にそれすらも煩わしいと思ってしまっていて……私の心は今、複雑に入り乱れて混ざり合い、歪なものになってしまっているのである。

 

 ……そんな中、戦いがあった日の夜。モモが出した救援を受けてやってきたホークスやオールマイトをはじめとしたヒーローたち、それに大勢の警察に現場を引き継いだ私たちは、一足先に休養を取っていた。

 

 だが私は眠るクラスメイトたちを置いて、一人旅館を抜け出していた。フォースクロークを使って周囲から身を隠しながら。

 

 向かう先は、当然あの社が見つかった洞窟だ。事件があったばかりだし、見つかったばかりなので、まだ洞窟には監視カメラの類は何もない。盗まれて困るようなものもほぼないし、今回の事件に関わる物証があるわけでもないから、警備も置かれていない。

 だから、今が正真正銘最後の機会なのだ。明日以降になったらもう、人目を避けてあの文章を読む時間は取れない。そんな確信が焦りとなり、私を非行に走らせていた。

 

 ヒミコに会いたい。彼女を抱きしめたいし、抱きしめてもらいたい。名前を呼んでほしい。いつものように、私を()()()()してほしい。ずっと、彼女が消えてからずっと、私はそう思っている。

 その彼女に繋がるものが、消えた彼女を見つけるための手掛かりが、ようやく見つかったのだ。それを手にしたいという衝動を、私を抑えることができなかった。

 

 気が急くせいか、いつもより上がるのが早い息をなんとか整えながら洞窟に入る。相変わらず地球としては濃いフォースを感じながら、持ってきていたライトを掲げた。

 

 闇の中に浮かび上がった小さなジェダイテンプルに、一旦足を止める。神聖な場所であるはずのここで、私は何をしているのかとふと正気に戻る。

 

 だが、それも一瞬。私には、己を押しとどめることはできなかった。

 愛しい人の残滓にすがるように、ふらふらと前へ進む。社の中へと踏み込む。

 

 そうして、改めて例の文章の前に立った。昼間に見たものが、変わらず今もそこにあった。

 

「ああ……見間違いでも、夢でもなかった……」

 

 湿っぽい声が、思わず漏れた。

 だから私は吸い寄せられるように、文字が刻まれた壁面へ顔をぐいと近づける。

 

 そうしてライトで照らした文字を、舐めるような距離感で、胸に刻むようにゆっくりと読み込んでいく――。

 

***

 

 私の愛しい愛しいコトちゃんへ。

 

 コトちゃんがこれを読んでるということは、きっと時代が追いついたんだと思います。”個性”のない時代から、ある時代に。私たちが生きているあの時代に。そして、きっと私が消えたあの瞬間から先の時代に。

 

 コトちゃんのことだから、きっとすっごく落ち込んでるんだろうなって思います。だって、コトちゃんはますたぁが言ってた通りとっても愛情深い人だから。

 

 私も落ち込んでます。寂しいです。悲しいです。コトちゃんに会いたくて、恋しくて、よく泣いてます。

 コトちゃんもそうですよね? 一緒だったら嬉しいです。

 

 ……あの日、どうやら私は過去に飛ばされたらしいです。なんでそんなことになったのかは、よくわかりません。

 ()()()()()()()()()()()()が言うには、高められたフォースの力ではざまの世界に入り込んでしまったんじゃないかってことでしたけど、聞いてもよくわからなかったです。そういう小難しい話は苦手です。

 

 ともかくそういうわけで、私は過去に来てしまいました。おかげでコトちゃんの故郷を見て回ることができたのはちょっぴり嬉しかったですけど、でもやっぱり、コトちゃんがいない世界はつまんないです。

 

 私の居場所はコトちゃんの隣なので。わかってはいましたけど、コトちゃんがいてくれないと、コトちゃんと一緒じゃないと、私はやっぱりダメみたいです。

 それに、クラスのみんなにもまた会いたいです。みんなでまたダンスとかしたいです。コイバナだってしたいです。

 

 でも、何回試しても元の時代に戻ることはできませんでした。はざまの世界? とかいう場所に入れれば戻れるかもってことだったんですけど、そもそも入れませんでした。わけがわかりません。

 

 だからって、諦めるつもりはないです。私は絶対、絶対元の時代に戻って、コトちゃんと、クラスのみんなと、また一緒に過ごしたいので。

 

 なので、がんばって地球まで来ました。乗って来た船はボロボロになりましたけど、でも来れました。

 

 それで、しばらく眠ることにしたのです。さすがにずっと起きてたら頭おかしくなっちゃいそうだったので。

 

 どうやったのかとか、そんな長いことなんで生きてられるのかとか、そういうのは書くスペースがないので、ホロクロンに保存しておきます。なのでそっちを見てくださいね。

 

 ホロクロンはこのミニチュアジェダイテンプルに置いておきます。神器として保存するように言っといたので、たぶん私たちの時代まで残ってるはずです。

 ちゃんと残ったとしたら、きっと超常黎明期に持ち出されてると思いますけど……コトちゃんなら持ち出されたホロクロンがどこに行ったのか、今どこにあるのか、わかりますよね?

 

 と、そういうわけなので、私はこの地球のどこかで寝てます。おねんねトガです。

 なので、早く起こしに来てくださいね。私、待ってます。ずっとずっと、待ってますから。

 

 あなたのヒミコより。

 

***

 

「あ……ああ……! あああああ……!」

 

 何度も何度も読み返しながら、久しぶりに彼女と会話をしているかのような気分になりながら、私は声を上げてぼろぼろと涙を流す。

 それだけでは堪え切れず、膝から崩れ落ちてその場にうずくまった。

 

 間違いない、ヒミコの字だ。オーラベッシュ(銀河ベーシック標準語のアルファベットの一つ)の文章だが、それでも私が見間違えるはずがない。ヒミコの書いた文章だ。

 

 いかなる理由で彼女が過去の銀河共和国に飛ばされたのか、それはわからないままだ。

 しかしそれでも、確かに。彼女は確かに、ここにいたのだ。私たちのいる場所まで戻ってくるために。

 

 そして今、この地球のどこかに、彼女がいる。眠った状態で、私を待っている。

 それを知れたことが私は心底嬉しくて、嬉しくて、涙があふれて止まらない。

 

 だって、やっと手掛かりが手に入ったのだ。今日までまったくなかった確証が、遂に得られた。

 まだヒミコは戻ってきていないけれど……それでも、道筋は見えたのだ。か細い道ではあるけれど、確かに。彼女に辿り着くための道筋が、やっと見えた。

 

 早く……一刻も早く、ヒミコにまた会いたい。純粋に、またはっきりと、そう思う。

 だから身体の奥底から湧き上がってくる衝動に身を任せて、考えることも放棄して、うずくまったまま私はしばらく声を上げて泣き続けた。この衝動を我慢するなんて、微塵も考えられなかった。

 

 ……どれほどそうしていただろうか。永遠のようにも感じられたが、しかし一瞬であったようにも感じられる。不思議な感覚だった。

 

 しかし何はともあれ、なんとか落ち着いた私はようやく戻って来たなけなしの理性に従って、のろのろと立ち上がる。

 

「……戻ろう……」

 

 散々泣いて、だいぶ思考がクリアになった頭で最初に思ったのは、それだった。このままここに居続けるわけにはいかない。

 何せ私は、周りに何も告げないままここに来ているのだ。人々が目を覚ます前に、怪しまれる前に戻らなければ。

 

 なので私は踵を返して洞窟を出る。

 外はまだ暗かった。やはりさほど時間は経っておらず、夜明けには遠いようだ。

 

 けれども今の私には、この夜闇の中に昇り始める太陽の姿を見たような気分だった。長い長い夜を、乗り越えたような……そんな感慨があった。

 

 その気持ちを味わうかのように深呼吸を一つして、目元を乱雑に腕で拭う。涙はいつの間にかすっかり止まっていて、口元には笑みすら浮かんでいるのがわかった。

 

「私も現金なものだ……まったく、心とはなんて制御の難しいものなのだろう」

 

 けれどそんな心と、一生向き合って生きていくのだ。これが、これが今の私なのだ。

 

 だから私は両手で頬を叩き、自分に喝を入れる。そうして元来た道を走って戻り始めた。もう、後ろは振り返らなかった。

 

「必ず、迎えに行く……だから待っていてくれ、ヒミコ……!」

 

 そうして私は決意を込めて、今はまだ隣にいない愛しい人へ向けそう宣言したのだった。

 

 

EPISODE Ⅺ「愛の夜明け」――――完

 

EPISODE Ⅻ へ続く

 




前話のラストで皆さんおわかりだったとは思いますが、地球に来て色々もたらしたジェダイとはずばりトガちゃんでした。
皆さんの意表をつけたのなら、それが面白いと思っていただけたのなら嬉しいです。
いやまあ、種泥棒のときとやり口が同じじゃねーかと言われてしまったら、その通りとしか言えないんですけども。

ただ、フォースの力によって時空を超えられるというのは、ディズニーが版権を得てからのスピンオフ作品、「反乱者たち」で出てくる公式設定です(マジで
同作の主人公、エズラ・ブリッジャーははざまの世界を通じて過去に干渉したことがあります。
彼はそこから出なかったので過去に飛んだわけではないのですが、トガちゃんは出てしまったのです。結果、銀河共和国に飛んでしまったというわけですね。

なお、この時空移動の設定を使いますよ、という伏線は実は今までも張っています。
トガちゃんがアヴタス視線ではない、第三者目線で過去の歴史を何度も見ていたのは、この世界を介してのこと。
はざまの世界では過去現在未来、すべての場所の様子を見ることができるので。
なお、EP8の幕間「深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いている」はもっと直接的な描写をしています。
あの話でシディアスが第四の壁を超えたような反応を見せたのは、はざまの世界から見つめるトガちゃんの視線に気がついたから。彼はこの世界に踏み込んで更なる力を得ようと目論んでいたし、原作でも実際に干渉して見せたので、間違いなくこの反応ができる人物なのですね。

ではトガちゃんがどうやって地球に戻ってきたのか? これは次のEP12にて明かす予定。
とはいえまだ幕間が二つ残っているので、もう少しだけお付き合いいただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 今は亡きものたちの集い

 時間は少し遡り、トガ・ヒミコの魂が現代から消えた直後のこと。

 それまでなぜか接触できないでいた息子たちから突然の呼びかけがあり、アナキン・スカイウォーカーは現世への出現をやめて宇宙に満ちるフォースへと還った。

 

 彼を待っていたのは、もちろんと言うべきか、呼びかけた本人である息子と娘。銀河の歴史に名高いジェダイの騎士ルーク・スカイウォーカーと、圧政への抵抗者として民のために戦い続けた姫レイア・オーガナだ。亡くなったときの年齢の関係上、アナキンのほうが若く見えるのはご愛嬌である。

 

「……驚いたな。まさか本当に全員揃い踏みとは」

 

 だが、アナキンを待っていたのは子供たちだけではなかった。懐かしき師のオビ=ワン・ケノービと、銀河の数百年を見守った長老ヨーダの姿もあったのだ。

 いるとは聞いていたが、本当にいるとは思っていなかったアナキンは、彼らの姿を順繰りに見渡してはやや大げさに肩をすくめて見せた。一体何が? と言わんばかりに両手を開きながら。

 

「急に呼び出してすいません、父さん」

「別に気にしてなんかない。僕も薄々おかしいと思っていたからな。今回の件はそういうことだろう?」

 

 そしてルークの言葉に、アナキンは大体わかっていると言わんばかりに鼻を鳴らした。

 父親のどこか子供らしい態度に、ルークは苦笑する。隣のレイアに至っては、どうしようもないダメ親父を見る目でため息をついている。

 

 ただ、彼らはフォースで繋がっている。個を失ってはいないけれど、宇宙のフォースによって一つになっているもの同士。遠慮のないやり取りは足らない言葉であっても過不足なく伝わるからであり、どちらもそれを承知しているからこそ遠慮のないやり取りになっているだけだ。

 

 そんな前置きを挟んで、アナキンはルークたちに視線で問う。それで? という呼びかけに応じて、ルークも頷いた。

 

「既に分かっていると思うけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()。正確には僕たちの、だけど。今回はそのことを改めて共有するために、この場を設けたんだ」

「やっぱりか」

 

 そして放たれた衝撃的な言葉に、しかしアナキンが動じることはなかった。彼が口にした通り、おかしいと感じていたからだ。

 

 アナキンが最初に疑問を抱いたのは、爆豪に稽古をつけるため昔の記憶を思い返していたときである。

 

 アナキンにとって、フォースを語ろうとするなら必ずジェダイとシスの相克はついて回る話だ。中でも、暗黒卿ダース・シディアスのことは避けて通れない。

 もちろん、遠い昔遥か彼方の銀河系のことを爆豪に話すことはない。けれども、関連づいた事象を想起してしまうことはアナキンであっても避けられないことである。

 

 だからこそ、そんなふと何気なく思い浮かべた記憶に不自然な穴があることに、アナキンは気がついたのである。

 

 帝国が滅んだことや、その後釜にファーストオーダーという組織が座ったこと。

 そのファーストオーダーと、再建された新共和国の間で冷戦があったこと。

 ファーストオーダーの新兵器によって、新共和国が首都惑星ごと滅ぼされたこと……などなど。

 大まかな出来事……それこそ歴史年表の一文のようなことは覚えているのに、その細かい流れがほとんど思い出せないのだ。理波に説明したときはそんなこと思わなかったはずなのに。

 

 フォースが完全に均衡していると動けない――フォーススピリットが動くと少なからず銀河のフォースに影響が出る――ので、その時期の出来事にある程度抜けがあるのは仕方がない。しかしそうではないはずの時期のことですら、明らかに抜けがある。これはどう考えてもおかしいことだった。

 

 だからその辺りのことを深く思い返したアナキンは、奇妙なことに気がつく。

 それは新共和国とファーストオーダーにまつわる、そしてそれらの糸を引いていたシスの暗躍を解決に導いた人物と、それに関係した範囲だけがごっそりと抜けているということだ。その時代の出来事は見ていたはずなのに。その人物はアナキンにとっても関係が深いはずなのに。

 

 なのに、()()()()のことを歴史上の人物より少し詳しい程度にしか覚えていない。これ以上に奇妙なことはなかった。これに何も思わないほど、アナキンは間抜けではない。

 

 しかしそれについて確認しようとしても、息子も娘も一切反応を示さない。なので、致命的な状況でもないのだろうとも思っていた。

 だからこそ、アナキンは子供たちに無視されている状況を会話のネタにこそすれ、内心ではそこまで気にしてはいなかった。時が来れば、おのずとわかることだと割り切っていたからだ。良くも悪くも、フォースとはそういうものだと理解しているから。

 

 ただそうした感情の動きを、アナキンは理波たちには一切明らかにしてこなかった。自分だけの胸の内にしまうべきだと言う直感があったし、何よりもしスカイウォーカー家のゴタゴタか何かだった場合は知られたくなかったからだ。

 

 だが今このタイミングで呼び出されたということは、どうやらおかしなことになっている記憶は()()()()()()()()()()()()が関わっているのだろう。アナキンはそう推測を立てて、ここまで来たのだった。

 

「すいません、お父様。ですが、過去への移動とそれに伴う歴史改変の影響をなるべく減らすためには、そうするしかなかったのです」

「いいんだよ、どうせ過去の僕が了承したからこそこうなってるんだろう? レイアが謝ることじゃないさ」

 

 自分より年上の見た目をした娘の頭をなでて、アナキンは笑う。

 

「過去を変えたことによる影響で、未来と過去が相互に矛盾し合う。タイムパラドックスってやつだ。それを危惧したんだろう? ……そう、トガは過去に飛んだ」

「左様。しかしそれが、宇宙にどのような影響を及ぼすかは誰にもわからなんだ」

 

 ヨーダが応じる。緩やかに頷きながら、澄んだ瞳でアナキンを見ていた。

 

 次いでオビ=ワンも口を開く。

 

「かつて我々が生きていた時代、時空を超え過去に手を伸ばした人間が一人だけいる。エズラ・ブリッジャーという少年だ」

「ブリッジャー……ああ、あいつか。アソーカと一緒にいたことがあったから、覚えてる」

「そのブリッジャーだ。だが、彼が過去を変えたのかどうかは微妙なところでな」

「ブリッジャーが手を出さずとも、タノが死ぬことはなかった可能性が高いのじゃ。それはつまり、彼のしたことは時空的に意味がなかった可能性があるとも言える」

「つまり実際に過去を変えたとして、どんなことが起こるかは結局誰にもわからないままだと」

「うむ。しかしタノは、歴史を変えたことによる揺り戻しはある、と考えておったようじゃ」

 

 グランドマスター・ヨーダは語る。エズラ・ブリッジャーの手によって、過去改変が可能な場所に踏み込んだアソーカ・タノは、エズラが亡き恩人を救おうとすることをたしなめたのだと。

 

 エズラの恩人、ケイナン・ジャラスは仲間を助けるためにその命を散らした。そんな人間を死から助けた場合、代わりに誰かが死ぬことになるかもしれない。

 つまり、世界はあるべき姿からは外れることができない、と。

 

「アソーカの説は正しいかもしれないし、正しくないかもしれない。しかしそれを証明するわけにはいかない」

 

 その仮説を、オビ=ワンそう評した。

 

「タイムパラドックスの真実は、明らかになるべきではない。もしもいくらでも改変できるのだとしたら、それが世に広まってしまったら、それこそ何でもありになってしまう。しかし、遥か未来から来訪した人物が、帰る手段を持てないまま銀河に留まっていたことは間違いない事実だ」

「であれば、歴史改変はまず間違いなく起こる。わしもオビ=ワンも、それを強く予感した。もちろんそなたもじゃ、アナキン」

「その時点では僕もレイアもまだ生きていたから、そこまでは察知していなかったんです。レイやベンも同じくね。目の前のことに必死だった、ということもあるんだけど」

「けれど影響がどう出るかがわからなかったから、仮に影響が出たとしても最も影響が小さくなるだろう措置を施すことにした、ってわけだ。そうですね、ヨーダ?」

 

 三人の説明を受けて、アナキンは改めてヨーダへ問いかけた。

 返答は無言。しかしはっきりとした首肯を伴ってもいた。

 

 つまり彼らが採った手段は、改変の当事者と直接その影響を受けた範囲について忘れることで、時間転移前の当事者がいる時代でタイムパラドックスを起こしかねない言動を避けるためのもの。

 ()()が遡った時間が千年以上もの長きに渡るため、いつどこで誰に、あるいは何に、またどれくらい()()の影響が及ぶか誰にも予測できなかったからこその措置であった。

 

「絶対にそのことを、誰にもどこにも漏らさなければいいだろう、という意見もあったがのう」

「実に僕が言ってそうな意見ですね」

「実際お前が言ったよ。しかし、我々は既にフォースと合一した身。フォースとの繋がりによって、意図せず情報が流出する可能性はゼロではないと私やヨーダは考えたのだ」

「相変わらず用心深いお人たちだ」

「それも言われたな。だがルークやレイアも賛成に回ったことで、最終的に私たちの意見が通った」

「うーん、覚えていないけれどそのときの様子が目に浮かぶようだ」

 

 茶化すように言うアナキンだが、一理あるとは思っている。

 実際、長い宇宙の歴史の中で、彼らと同レベルのところまでフォースに精通し、踏み込んできた人間がいないわけでないのだ。オビ=ワンやヨーダの懸念はさほど間違っていないだろう、と。

 今の自分がそう思うのだから、当時の自分もきっとそう思ったのだろうと彼には容易に想像ができた。

 

「……ところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「はい。彼女にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ベンはあの子がそうするなら自分も、と」

 

 とここで、()()()がこの場にいない理由を察したアナキンは、一番彼らと接触が多かったはずのレイアに尋ねた。消えている記憶の兼ね合いからして、レイこそが最も()()との関係が深かったのだろうと考えたのである。

 

 果たして彼女の答えは是であり、であれば仕方ないなとアナキンは納得する。

 フォースと一つになる条件として、たとえばたった一人の肉親であった母のことを忘れろと言われたら、自分とて断固拒否するだろうから。

 

 ともあれそう言ったところで、ひとまず話は一段落した。ヨーダたちも言うべきことは言ったという様子であり、また肩の荷も下りたといった雰囲気を纏っている。

 アナキンとしても、今までひっそりと抱えてきた謎について納得できたので、いきなり呼び出されたことに不満はない。

 

 ただ、思うところがまったくないわけではなかった。

 

「……にしても、事情はわかったけど。僕との接触まで完全に断つ必要はなかったんじゃないのか、ルーク?」

「念のためだよ。父さんのことを信じていないわけじゃないけど、銀河規模のやらかしをしたのは事実だし……」

「ルークだって人のことは言えないじゃないか」

「いや、僕は父さんみたいに大量虐殺なんてしてないからね!?」

「ルークが引きこもったことで結果的に何人が犠牲になったことか……」

「父さんにだけは言われたくない!」

「まあまあ……それらについては、全部皇帝が悪いと言うことでいいじゃありませんか」

「「レイアは黙っててくれ!」」

 

 大人げない男二人の言葉に、レイアは降参と言わんばかりに両手を挙げた。深い深いため息をつきながらだ。

 彼女はそのまま、あっさりと二人から距離を取ってヨーダたちの隣へ移動する。

 

「まったく、あの二人と来たら。地球には『バカは死んでも治らない』ということわざがあるそうですが、まったくその通りですね!」

「はっはっは、あまり言わないでやってくれ。あれはあれで、二人なりの親子のコミュニケーションなのだろうよ」

「ウィンドゥ辺りが目撃したら、激怒しそうじゃがのう」

 

 だが、年長者たちは笑うばかりで取り合ってくれない。

 

 もちろん、レイアもわかってはいるのだ。何せルークには親がいなかった。オーガナという名家に引き取られ、娘として不自由なく育てられたレイアとは異なるのだ。

 だから彼女も、あまり強くは言わない。言えない。彼女自身も、本気で怒っているわけではないのだから。

 

 その後も二人の大人げない口喧嘩はしばらく続いたが……かといって、それが生けるものたちに影響が出ることはなく。

 愛する人を失って失意に暮れる現世の幼女をよそに、死した者たちは至って平和に過ごしていた。

 

 現世に再び姿を現したアナキンが、そのことについては一切喋らず訳知り顔で「これは君たちの試練だ」と言い放ったのは、ここから数時間後のことであったという。

 




いっちばん最初に、スターウォーズキャラはアナキンしか出てこないと思うと言ったな。スマン、ありゃあ嘘だった。
いやでも、あくまで「と思う」って書いてたし・・・出したほうが物語的にわかりやすくなるだろうと思って、今回ルークたちを出した次第です。
ヒロアカの物語軸に関わってくるわけではないのでお許しを・・・と言いたいところだけど、実は他にもちょっとだけ出てくる予定が最近になってできたんだよなぁ。
もちろん誰が出てくる予定なのかはまだ言えないですけど、ヒントは今章の中にあります。よかったら探してみてね。

で、ここからはタイムパラドックスの補足説明です。二千文字くらいある上に、うまく説明できてる自信はないです。細けぇこたぁいいんだよ!という方はスルーしていただいて構いません。

スターウォーズにおける過去改変は本編中に書いた通り、してもしなくてもほとんど影響がない程度のことしかされていないので、本作のようにガッツリ過去改変に及んだ場合、どうなるのかは不明です。
なのでそこはボクの独自解釈が入っているのですが、ボクは「過去改変が行われると、それに応じて未来(記憶も)が少しずつ書き換わっていく。ただし未来と過去はある程度相補性があり、過去改変も少し織り込んだ形で未来は作られる」という説を採って本作を書いています。
いいとこ取りと言われたら否定できねぇ。

つまりなにがしかのジェダイ関係者が地球に来たという事実は、改変の有無に関係なく存在する。彼あるいは彼女はやはり那歩島に流れ着き、そこに根を下ろしたという当初の歴史があった。
その過程で、ジェダイの誰かが残した記録なり記憶なりを受け継いだゲオルグ何某が映画スターウォーズを制作。超常黎明期を乗り越えて現代に至ります。ただし、そのスターウォーズが我々の知るものと同じ内容であるかは定かではない。
本作と原作ヒロアカの差は、理波が個性発現時にソフトクリームの増やしすぎで死んだかどうかなので、原作ヒロアカはこの歴史に沿っているという設定になります。

ですが理波が個性事故によって死亡せず、トガちゃんという運命と出会い、トガちゃんと後天的にフォース・ダイアドになったことで、未来のトガちゃんがいずれ過去に飛ぶという歴史の道筋が確立。
これに影響されて、過去地球に来たジェダイはトガちゃんに書き換えられ、次いでスターウォーズに関する情報が現代にまで残る量が増え、映画スターウォーズEP1~6は我々の知るものと同じになり、スターウォーズという映画の認識が「ほぼ無名」から「知る人ぞ知る」程度にまで上向いた形に書き換えられていった・・・という流れです。

「少しずつ書き換えられていく」のがミソで、流れが確立した時点で一気に全部書き換わるわけじゃないんですね。
だから最初理波と出会ったアナキンがトガちゃんを知らなかったのはガチだし、ヒーローネーム考案の時点ではまだ誰もジェダイに反応できなかったし、フォースを知ろうとした公安はどれだけ探してもスターウォーズの設定資料集を見つけられなかった。
そして、本作は基本的に理波の一人称。歴史が変わったという認識ができる可能性のある人物の主観は出てこない。なのでそうした影響がどこに、どれだけ出ているかは誰にもわからない、という感じですね。前々話の「卵が先か鶏が先かもはや誰にもわからない」はそういうことです。
そんな経緯があるので、本作において原作スターウォーズEP7~9の情報が語られる機会や量が極端に少なかったのは、以前後書きで書いた通り私怨ではなく。
そこが一番改変によって書き換えられる影響がデカいので、下手に作中で描写するわけにはいかなかったからなのです。トガちゃんが過去に飛ぶプロットはかなり早い段階からあったので。

さらに、「少しとはいえ未来と過去は相補性がある」ので、書き換わった未来が過去に影響してはいても100%ではなく、どこかで誰かがまた歴史改変をやらかす可能性はゼロにはならない。
その可能性や頻度を極力ゼロに近づけるために、改変後のアナキンたちは過去改変やそれを行ったトガちゃんに関する情報を忘れる選択をしたわけです。
こうすることで、トガちゃんに初めて会ったときのやり取りも改変前と変わらなくなるという目論見もあります。
改変範囲を極力狭めたかったんですね、ジェダイの面々は。それが世界の秩序のためだと信じたわけですね。
実際、この措置を施していなかったらアナキンには異なる歴史の記憶が同時に混在することになったり、理波たちとのやり取りに支障をきたしていた可能性も十分にあるわけで。
となれば脳機能(幽霊のアナキンにこの表現が適切かどうかはともかく)に異常が出る可能性もあったので、一部の記憶をあえて捨てた判断はあながち間違いでもないという。

・・・と、まあ長々と書きましたが、結局のところボクは根っからの文系でして。
この手の考察が得意なわけでもないので、もっとしっくりくる説は普通にある気はしてます。
あからさまにおかしいところとか出てきたら、そのときはごめんなさいとしか言えないので、許していただきたく・・・!

ちなみに、フォースで記憶を消せるところはさすがに独自設定だろと思われるかもですが、これも公式設定。マジでやったフォースユーザーがいます。
とはいえ、劇中でも特に極まったフォース使いの一族であるザ・ワンズがやったことなので、ものすごく難易度が高い技なのは間違いないでしょう。
でもそんなザ・ワンズですらアナキンを選ばれし者と認めていたので、フォースと一体化した彼ならできると思います。
できるんじゃないかな。ヨーダもいるし、ルークもいるし、レイアもいるし。なのでできるってことにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 「ごめん」

 那歩島を襲った未曽有のヴィラン犯罪は、ひとまずの終結を見た。主犯格が何者かに殺害された(少なくとも表向きは)上で、遺体も行方不明になるという後味の悪い終わり方ではあったが、少なくとも島には平穏が戻って来た。

 

 とはいえ民間人の犠牲者はゼロで済んだものの、島の各所にもたらされた被害は決して小さなものではなかった。漁港はほぼ完全に壊れてしまったし、通信設備も一日二日で直るような状態でもない。倒壊した家屋も多い。

 

 この状況に対して、実務的ヒーロー活動推奨プロジェクトを全国に指示していたヒーロー公安委員会は、一転してプロジェクトの中止を決定した。

 

 しかし雄英高校一年A組は、全員が島に残留することを志願。事件の救援のため島を訪れていたオールマイトは、自らの権限においてこれを承認する。

 中心になったのはあくまで自衛隊やプロヒーローたちではあったが、A組一同は復興の手伝いを率先して行い、当初の予定通りの期日まで作業に従事したのだった。

 

 そうしてやってきた最終日の昼、彼らは立つ鳥跡を濁さずのことわざを体現するかのように、粛々と定期船によって島を退去する。

 とはいえ、事件を解決し人々を守ったのは他ならない彼ら生徒である。見送りの人間はかなり多くが訪れ、声援に背中を押されながら彼らは島を離れることになった。

 

 しかし船旅とは時間のかかるものだ。特に那歩島は離島であり、行きもそうだったが帰りも船上で一夜で過ごす必要がある。

 

 そんな、船で海原を帰るさなかのこと。日も沈み、甲板から人が消えた頃合いに、その甲板に三つの人影があった。

 

 一つは骨と皮だけの長身男性、オールマイト。

 一つは彼から力を受け継いだ少年、緑谷出久。

 

 そしてもう一つは、彼との因縁浅からぬ少年、爆豪勝己である。彼は舳先で暗い海を眺めていたが、やってきた二人に気づくや否やゆるりと振り返った。

 

「……かっちゃん、来たよ。その、言われた通りオールマイトも連れてきたけど……」

 

 非対称的な関係だった幼馴染からの呼び出しに、緑谷は少し困惑していた。

 呼び出された理由自体は、思い当たるものがある。島での戦いのとき、最後の戦いに挑む直前に言われたことだろうと推測できた。

 

 ただ、そこにオールマイトもセットでとなると話は変わってくる。幼馴染として同じ人に憧れ、出発点を同じくする二人だが、今回の話はひどく個人的なものだと思われたから。

 それはオールマイト本人も似たようなものだが、こちらは島での出来事をすべて承知しているわけではない。なので彼は、ワンフォーオールに関する話だと思っていた。ワンフォーオールの秘密を共有しているからこその推測だった。

 

 だが、オールマイトの推測は外れだ。なぜなら、

 

「……オールマイト、悪かったな急に呼び出して」

「い、いや、それはいいんだけど……一体何事なんだい?」

「オールマイトには、証人になってもらう」

「証人……?」

 

 爆豪は今、ここで、やらなければならないことがあり。それを見届けるための第三者を欲していたのだから。

 

 オールマイトを選んだのは、単純な話だ。爆豪と緑谷、二人を繋げる最大のものはやはり、先述の通りオールマイトなのである。

 

 とはいえ、爆豪は口数が多いほうではない。目的を告げたからには十分とばかりに、改めて緑谷と正面から向かい合った。

 赤い視線に射貫かれて、一瞬身体を固くする緑谷。しかしそれは一瞬で、すぐにしっかり受け止め視線を投げ返した。

 

「……俺はずっとてめェを見下してた。無個性だったから。ずっと道端の石コロ程度に思ってた」

 

 そうして放たれた言葉は強烈で、ある程度身構えていたとはいえ緑谷の表情は少し歪んだ。

 

「けど、実際はそうじゃなかった。そう思い込んでいただけで……いや、思っていたこと自体は事実だが……ともかく、本質はそこじゃなかった。幽霊野郎にてめェに謝れって指示されて、自分を見つめ直して考えて……初めてそれに気づいた」

「……幽霊野郎って誰だい……?」

「スカイウォーカーさんですオールマイト……その、増栄さんのお師匠様の」

「なるほど幽霊! あ、ごめん話の腰を折って」

「てめェら師弟は本当によォ……!」

 

 真剣に話し始めた内容に水を差される結果になり、爆豪は全身で怒気を露わにする。なまじフォースに目覚めているからこそ、それは正真正銘のオーラとなって近場にいる二人を威圧した。

 

 だが今は脱線している場合ではないと、怒りを収めて爆豪は話を続ける。二度目の出だしに深いため息を伴ったのは、彼としては仕方ないのだろう。

 

「俺は。てめェに敗けるのが心底嫌だったんだ」

 

 そうして放たれた核心に、緑谷はわからないという顔をした。

 

「てめェにはわからねぇだろうよ。俺だってつい最近になってやっと気づいたんだからな」

「……その、それって、一体……?」

「ナインとかいうAFOもどきと戦う直前のことだ。てめェ、増栄に最悪の事態が起きたとき案はあるのかと聞かれて即答しやがっただろ」

「それだけのことで……!?」

「だけじゃねェんだよ! てめェあんときなんつった? いざってときは、()()()を俺に譲渡するっつったよなぁ!」

 

 ボルテージが上がり始めた爆豪の言葉に、今度こそ真剣に応じたのはオールマイトだ。

 

「緑谷少年、そんなことをしようとしていたのかい……!?」

「あ、あのときはその、それしかないと思って……。これは譲ってもしばらくは力が使えるみたいだし、それに同じ人に憧れて、秘密を共有してるかっちゃんになら……って……」

「あ、ああー、なるほどなぁ……。しかしだね緑谷少年……」

「そこだよ」

「「どこが!?」」

「うるせェいちいちリアクションすんな! 黙って聞いてろ!!」

「「はい!」」

 

 相変わらず、この二人といると会話が何度も脱線することに怒りを覚える爆豪。これに関しては彼のほうに一理あるだろう。

 

「……わかってんのか。てめェの()()は、オールマイトのモンだったろうが。憧れから力を受け継いで、ようやくスタートラインに立てたてめェが……なんでノータイムでそれを捨てるなんて選択ができるんだ?」

「それ、は」

「俺が本当に嫌いだったのは、てめェのそういうトコだ。てめェはいつも、自分を救ける勘定に入れてやがらねぇ。いつだったかガキの頃、俺が川に落ちたとき……無個性のてめェが真っ先に飛び込んできただろう。ヘドロんときとかまさにそうだった。林間合宿のときも……あとは、入試のときもそうだったらしいな? あのゼロポイントのヴィランロボに、てめェは飛びかかったんだってな。あんときゃ受け継いだ直後だったんだろ、なあ?」

「…………」

「てめェのそういうところが……俺よりも遥か後ろにいるはずのお前が、俺よりも遥か前にいるような気がして、嫌だった。見たくなかった。認めたくなかった。だから遠ざけたくて、虐めてた」

「ぁ……」

 

 ここまで話を聞いて、ようやく緑谷にも合点が行った。

 

 なぜなら、爆豪が挙げたその部分こそが、緑谷出久という無力な少年がオールマイトに見出された、最大の理由なのだ。ずっと憧れていたナンバーワンヒーローとの、一番の共通点なのだ。

 爆豪はそれを誰かに言われるまでもなく、また自分でも理解しておらずとも、幼い頃から無意識のうちに察してしまっていたのである。それこそが、二人の間に溝を生んだ最大の理由だった。

 

「オールマイトがてめェをなんで選んだのか……それがわからなくてイラついた時期もあった。けどそれも、結局そこに行きつくんだ。オールマイトにそこまでさせただろうてめェの性根は、絶対俺には真似できねェところだから。……別に真似したくもねェがよ」

「……爆豪少年……」

「つまるところ、俺はずっと敗けてたんだ。てめェを否定することで優位に立とうとしてただけ。雄英入ってそれがはっきり見えたとは口が裂けても言えねェが……思い通りに行くことなんて一つもなかったのは本当だ。少しずつでも一歩ずつ、てめェの強さと自分の弱さを理解してく日々だった」

 

 それを本当の意味で突き付けたのが、縁もゆかりもない幽霊というのは心底気に喰わない。

 

 けれども、感謝の念がないと言うのも嘘になる。もちろん、それは口には出さないが。

 今ここで、高校一年生の今時分にそれをはっきりと自覚できたことは、間違いなく意義のあることだとわかるのだ。これが大事件のさなかであったら、遅いのだから。

 

 あと爆豪がすべきは、一つ。最初に幽霊……アナキン・スカイウォーカーに課された試練。

 ヒーローとしても、人としてもやらなければならない、けじめ。

 

「……――あの日、ヴィランと戦う直前。そのことに、やっと気づけた。だから」

 

 それは、

 

「今なら、本当の本当に、本音で言える。――()()。今までごめん。本当に……悪かった」

 

 謝罪することだ。

 

「……証人とは、そういうことか」

 

 小さく。

 ぽつりと、小さく。本当に微かな声で、こぼすようにオールマイトがつぶやく。

 

 その横で、緑谷の大きな瞳から小さな雫が零れ落ちた。

 

 辛くなかったわけがない。幼稚園から小学校、中学校とずっと一緒で。けれどその間、ずっと虐げられてきたのだ。

 前だけを見て、前に向かって走ることに精一杯の今でも。大勢の友達に恵まれた今でも、それは古傷として緑谷の魂に残っていた。

 

 それが、

 

「……う、ん」

 

 今、

 

「……かっちゃん……」

 

 痛みを生みつつも、ようやく癒え始めた。

 

「君の謝罪……確かに、受け取った、よ」

 

 そうして彼は、目の前のライバルを。()()が下げたままの頭を、そっと上げさせた。

 

 その上で、涙をぬぐいながら……しかし、はっきりと宣言する。

 

「でもっ、これから、もっ……! 敗けるつもりは、ない、から……!」

 

 そして、ニッと笑う。

 

 これを受けて、爆豪もようやく笑った。いつものような、勝気な……挑む者特有の強い笑みだった。

 

「……ハッ、成績でも戦績でも負けっぱなしのクソナードが一丁前に吼えやがる」

 

 その手のひらで、小さな爆発が花火のように音と光を響かせる。

 

「上等だデ……出久。一番になんのを諦めたわけじゃねぇ……俺はもっと強くなる。置いてきぼりにしてやるから覚悟しとけや」

「そっちこそ……! ……あ、それと……無理しないで、デクでいいよ」

「俺の辞書に無理なんて言葉ねンだよ!」

 

 二人の会話が続いていく。その光景に、オールマイトは安堵の息をついた。

 

 入学前から知っていたから、特別気にかけていた二人だった。水と油のような関係で、なかなかに改善されない二人だった。

 けれど今、間違いなく二人は同じ方角を見ることができている。できるようになった。

 

 今は教職の身であるオールマイトには、それが心底嬉しかった。同時に、羨ましくもあった。

 

(まっとうにライバルらしくなったな。私にはそういう存在がいなかったから……一人で走って走って走り尽くして、結局最後も一人で終わってしまったけれど。きっと緑谷少年は、そういうことにはならないだろう)

 

 平和の象徴として、この国の柱になるべく身命を捧げる人生だった。そのことに悔いはないけれど……そのために捨てたものは間違いなくあったから。

 

 と、ここまで考えて、オールマイトはこの状況を誘導したであろう人物を想って虚空に視線を向けた。

 

(……ありがとう、ミスター・スカイウォーカー。あなたのおかげで、彼らはもっと強く、大きく成長できる)

 

 幽霊にどう伝えればいいのかわからなかったので、心の中で言うに留めたが。それでも、感謝の気持ちは伝えておきたかったのだ。

 

 それが真心からのものだったから、だろうか。

 海を進む船上に流れる潮風が、一瞬だけ正反対へと切り替わった。オールマイトの垂れ下がった前髪が、わずかな間だけだが勢いよく、現役だった頃のように逆立つ。

 

 その瞬間。

 

『どういたしまして、ミスター・ヤギ』

「……!」

 

 どこか茶目っ気のある、男性の声が聞こえた気がした。同時に、オールマイトよりも少し若い男の姿が、銀色に煌めいて浮かび上がったように見えた気がした。

 

 とはいえ、瞬きする間にそんな気配は一切消え失せていて。痕跡すら、そこには何もなく。

 

 それでも、オールマイトも驚きはしたものの、すぐに納得する。

 納得して、改めて頭を下げたのだった……。

 




ということで、今回の幕間二つ目は原作より10巻ほど早い「ごめん」でした。
以前にも書きましたが、本作ではアナキンが直接的に反省を促しているのでその余波ですね。
原作では、あらゆる意味で見届け人はA組のみんなが最適解でした。
でも本作ではそういう危機的状況にないので、であればそれができるのはやはりオールマイトをおいて他になかろうということで、こんな感じに。
あとオールマイトがアナキンの姿を認識しかけたのは、別に彼がフォースの才能があるとかではなく、申し子であるアナキンからの歩み寄りです。センシティブですらないオールマイトが相手なので、かなり力業ですが。

と、まあそんなわけで、これにてEP11「愛の夜明け」は本当におしまいです。
次章はいよいよ、トガちゃんとスターウォーズに関する謎の全てが明らかになるとともに、トガちゃんにまつわるあれこれが解決する章となります。
つまり次は、ヒロアカのストーリーラインからほぼ外れたオリジナル展開がメインです。
その代わりと言っちゃなんですが、エッな幕間もある予定! 完成までお待ちいただければと思います。

さて、気づけば今日は大晦日。今年も色々とお世話になりました。
明日からは新年です。2023年もボクと、ボクの作品をよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE Ⅻ もう一人いる
1.君は今いずこに


 実務的ヒーロー活動推奨プロジェクトが終わり、無事那歩島(なぶとう)から戻ってきた私たち一年A組を迎えたのは、大量のマスメディアだった。飛行機から降りただけで、雨のように浴びせられるフラッシュと詰め寄る記者が向けるマイクに、辟易とするより先に驚くばかりである。

 沖縄本島から雄英に一番近い空港に到着し、あとはバスで戻るだけだと思っていたところでこれだ。全員が面食らったのは言うまでもない。

 

 幸いと言うべきか、帰りに付き添っていたマスター・オールマイトや、出迎えに来ていたマスター・イレイザーヘッドとマスター・プレゼントマイクが迅速に対応してくれたおかげでことなきを得た。相変わらずプレゼントマイクはこの手の対応が抜群にうまかった。

 

 一方我々生徒は何が何やらである。何せ本当に心当たりがないのだ。

 私もそれは同様で、フォースによってマスメディアが詰めかけていたこと自体は認識していたものの、さして深く考えていなかった。

 

「原因は、とあるヴィランが動画投稿サイトにアップした動画だ」

 

 その答えは、バスの中で提示された。イレイザーヘッドは、見た目だけでも機嫌がよろしくないと察せられる様子である。

 

「動画って……」

「島でのお前らの動画だ。ヴィランと戦ってるところのな」

 

 この言葉に、全員理解が及んだ。中には顔色を変えているものもいる。

 

「ご丁寧にお前らの名前や顔は隠してあったがな。那歩島でヒーロー活動推進プロジェクトをしている学生、とまで言われれば目敏いマスコミなら調べられる」

 

 そこから芋づる式でああなった、と吐き捨てるように説明を終わらせたイレイザーヘッド。彼のマスメディア嫌いは相変わらずのようだ。

 

「ヴィランが俺らの動画……って、もしかして」

 

 この説明を受けて、デンキがショートたちに振り返った。そこには、どこか納得の表情で遠いところに視線を飛ばしているショート、エイジロー、テンヤ、ツユちゃんの四人の姿が。

 

「……やっぱり梅雨ちゃんたちが遭遇したっていうヴィランの仕業なん?」

「……確証はないけれど……言われてみれば確かに、女性のほうがカメラを持っていたような気がするわ……」

「じゃあやっぱり、犯人はジェントル・クリミナル……」

 

 ジェントル何某の存在自体は、ショートたちからの報告があったのでクラス全員が理解している。だから、並んで座るイズクとオチャコのやり取りにも大袈裟な反応はない。

 ミノル以外はだが、彼が反応しているものは別のことなので今はないものとする。

 

「今んトコ警察が見つけ次第削除して回ってんだけどYO、こういうのは結局どこまで行ってもイタチごっこなワケ」

「情報化社会の弊害だね……私がデビューした頃は、この手のことはさほど問題になるものでもなかったんだが」

「……厄介なのは、例の動画の内容がやけにまともだったことだ。これが誹謗中傷の類なら、こっちとしてももっと強く拒否できたんだが」

 

 と、教師陣のそんな会話に、何人かが首を傾げた。

 

「せんせー、やけにまともだったって、私たちなんて言われてるんですかー?」

 

 その中から、ミナが代表するように挙手する。

 

「それが聞いて驚け、まるでPV! 絶賛の嵐! やれ若き英雄たちだの、次世代ヒーローの代表だの……そりゃもーマスコミが喜びそーな言葉の雨霰よ!」

「そこに、短いながらも証拠となる動画もセットとなるとねぇ……そりゃあ、メディアの皆さんが黙っちゃいないだろうなぁとなるわけだよ」

 

 プレゼントマイクの言葉に、オールマイトが苦笑しながら応じる。これには大半のものが、「あー……」となんとも言えない顔をした。一応理解はしたが、納得はできていない感じである。

 

「……ヴィランにそう褒められても……なあ?」

「しかもそれがきっかけであの取材攻勢に繋がったとなれば、納得などできるはずもない」

「ていうか、そのヴィランもなんでそんなことしたんだか」

 

 そんな会話があちこちから上がる。まったくもって全面的に同意である。

 

「……それについては、根津校長が言ってたよ。『これはたぶん、純粋に良かれと思ってやってるんだろうねぇ……』ってさ」

 

 すごく遠い目をしておられた……と付け加えたオールマイト自身も、遠い目をしている。これを受けて、私たちはますます何とも言えない気分にさせられた。

 

 何せ、かの校長の個性は「ハイスペック」。純粋に頭脳という点で、彼に敵うものはほぼいないも同然なのだ。

 そんな彼が導き出した答えなら、きっとそうなのだろうという信頼が彼にはあった。それが今ほど喜べないことなど、そうそうないだろうが。

 

「マジに嬉しくないんスけど……」

「余計なお世話」

 

 なので、キョーカとフミカゲの感想が、そのまま私たちの総意であった。

 

「HAAAA! 地獄への道は善意で舗装されている、とはよく言ったもんだよなァ!」

「まあ……マイクの言い方はともかく、プロになったらマスコミとの関係も少しは考えていかなきゃならん。連中も独りよがりな善意でやらかしがちだが、俺みたいに徹底的に避けたにしても、一切合切無視できるわけでもない」

 

 というわけで、とここで言葉を区切ったイレイザーヘッドに、私たち生徒はほとんど一斉に背筋を伸ばした。彼の態度が、授業などで厳しいことを言うときとよく似ていたからだ。

 

「週明けのヒーロー基礎学は、メディア対応を取り扱う。ゲストとして現役のプロも呼んであるから、よく聞いてしっかり学ぶように」

 

 ほら、案の定だ。

 

 とはいえ、こういうことを言われて腐るようなものはA組には一人もいない。

 私たちは当然と言わんばかりに、声を揃えて「はい!」と応じたのだった。

 

***

 

 マスメディアを撒いて、雄英に戻ってきたのは三時過ぎ。普段であればまだまだ授業のある時間帯だが、十日に及ぶ遠征を終えてきて即座にやるほど雄英も鬼ではない。

 そもそも荷物の片付けなどもしなければならないので、この日は最初から休日の扱いである。ちょうど今日明日は週末だしな。

 

 とはいえ、あんな事件に巻き込まれて最初の本格的な休みだ。みんな色々と思うところがあるようで、片付けなどが終わったあとは誰からともなく談話スペースに集まって、感想であったり意見であったりを話し合っている。それは夕食が終わったあとも続いた。

 

 だが私はそこに加わらず――食事前は付き合っていた――、自室に戻ってコンピューターに向き合っていた。

 

 傍らには、情報処理を専門とする我がドロイドI-2O。戻ってきてすぐに彼を起動した私は、必要な情報を集めて整えておくように指示していたのだ。

 そして食事も終わった今、それらの仕事に一定の目処がついた。であれば、今の私にはその確認が一番の優先事項である。

 

「結論カラ言ウト、一日アレバ準備デキルゼ。タダ、ソレデ誤魔化セルノハ精々一、二時間ッテトコダ」

「……つまり、その間になんとかしなければならないわけだな」

「ソレカ、回数コナスカダナァ」

「それは避けたいところだな。大まかな当たりだけでもつけておいてくれ」

「オウオウ、どろいど使イガ荒イコッテ」

「この十日間、十分休んだだろう?」

「アイアイ、ますたー。ソレヲ言ワレチャ仕方ネェヤ」

 

 何を話し合っているかと言えば、今現在国立博物館にあるだろうホロクロンを入手するための話し合いである。

 

 那歩島の洞窟にあった社に残されていた、ヒミコのメッセージ。それによれば、彼女は今この地球のどこかで眠りについているのだという。

 それがどこなのか、またどうすれば眠りから醒まさせることができるのかはまったくわからない。だがその鍵は、彼女が残したホロクロンに収められているらしい。

 

 ただ、ホロクロンはメッセージと同じ場所にはなかった。時代の流れの中で失われていて、どこにあるかは島のものにもわかっていなかった。

 

 しかし私は。私だけは、心当たりがある。以前にホロクロンについて知る機会があったからだ。

 

 もちろん、そのホロクロン……国立博物館にあるものが、ヒミコが用意しておいたものとは断言できない。彼女のメッセージは文章だけだったので、判断材料も残っていない。

 けれども、私はまず間違いないだろうと思う。なぜ、と問われればはっきりした理由は説明できないのだが。それこそフォースの導きと言おうか。

 

 ともあれそういうわけで、私はホロクロンをなんとしてでも手に入れたい。

 

 だが、一般公開されていないとはいえ、博物館の収蔵品はおいそれと手に入れられるものではない。文化的な意義などもあって、管理がなかなか行き届かないであろう個人に渡すわけにはいかないのだ。

 仮に実現できたとしても、それは相応の時間が必要になる。私個人の実績や発言力も……ましてや時間もない今、そうした正攻法は取れない。

 

 なので、私は博物館に忍び込んでものを失敬してくることにした。

 

 となると、重要なのは博物館のセキュリティをどうするかである。

 単純に突破するだけなら、フォースでハッキングができる私には簡単なことだ。監視カメラを無力化することは容易い。

 

 だがそれをやると、その日セキュリティに何かがあったと誰の目にも明らかになってしまう。それはよろしくない。最初から可能性すら悟らせないで済むなら、それに越したことはないのだ。

 

 そういうわけで、映像を差し替えるなどの工夫が必要になる。I-2Oにはその準備を任せたい。

 

「それができるまで、私はダミーのホロクロンを作成する」

 

 さらに万が一侵入に気取られたとしても、ものがないことに気づかれなければいい。

 ということで、目的のホロクロンの模造品を用意してすり替える方向で考えている。

 

「一日デナントカナルモンナノカヨ?」

「なんとかするさ。なに、明日は日曜日だ。見た目だけを整えるのならさほど難しくはない」

 

 アナキンほどではないが、私も機械にはそれなりに自信がある。

 材料も、普段から色々とやっている関係で潤沢にある。完成品を用意するとなるともっと時間がかかるが、見た目だけでいいなら十分だ。

 

 それでいいのかと思われるのかもしれないが、ホロクロンの真価はフォースユーザーでなければ引き出せない。フォースが元々薄く、センシティブですら滅多に生まれないこの星では、真贋を確認できるものは早々いるものではないからひとまずそれで事足りるはずだ。

 

「そういうわけだから、よろしく頼むぞI-2O。14Oも手伝ってやってくれ」

「「了解(ラジャ)了解(ラジャ)」」

 

 かくして私は、帰還早々動き始めた。

 すべてはヒミコに戻ってきてもらうため。

 

 ああ、ヒミコ。早く君にまた会いたい。

 大丈夫。必ず、絶対、迎えに行くから。だから、だから、もう少しだけ待っていてくれ――。




年末年始ブーストで結構早めに書き上がりましたので、本日より更新を再開します。
EP12の章タイトルは「もう一人いる」。本編15話+幕間3話(内1話はR18)の、計18話でお送りいたします。18日間、お付き合いください。
そしてもしよろしければ、感想ここすき等いただければ幸い・・・!

なお物語の内容としては、以前に後書きで書いた通りトガちゃんにまつわるあれこれが解決するものとなり、EP1以来となる大半オリジナルエピソードの章になってます。
オリジナル部分は割合で言うとEP1ほどではないですけどね。

ただ、今章の終盤には、物語のわりと根幹に関わる部分に結構大きめの変化が起こります。
そこが皆さんに楽しんでいただけるかどうか、そもそも受け入れてもらえるかどうか・・・。



ところでこれは有識者とどうしても共有しておきたいかなり重要な情報なんですけどね。

去年受注生産で注文して、一回発送が延期になったトガちゃんの七分の一フィギュアがちょうど誕生日翌日に届きましてですね。
イケないことだとは思いつつこれは資料だからとスカートの中を覗いちゃったんですけど、なんとぱんつの色がかなり黒に近い赤紫だったんですよ。

えっちくない? えっちすぎない??
普段からそういうの履いてるのか、それとも勝負下着なのか・・・いやはや、実に妄想がはかどりますね!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.闇の中で光る

 日曜日を丸々使って替え玉のホロクロンを造り上げた私だが、日が変われば月曜日。当然ながら授業があり、出席しなければならない。

 

 私としてはもちろん、一刻も早くヒミコのために動きたい。しかし授業を休んだとしても、昼間動くとなるといくらなんでも目立ちすぎる。

 そもそもの話、体育祭で目立ってしまった私は世間に名も姿も知られてすぎているのだ。欠席することによる学業面でのデメリットもある。

 

 なので、昼間は普段通りに授業に出ることにした。I-2Oたちにはその間にも準備を進めてもらうとする。

 

 どうやら私は感情が顔に出やすいらしいので、周りから何か言われやしないかと少し不安だったが……どうやら、替え玉ホロクロンの作成のために夜更かししたことが幸いしてか、追求されることはなかった。

 騙しているようでなんだか気が引けるが、しかし私にとって好都合であることは事実なので、それについてこちらから触れに行くことはしないでおく。

 

 そういうわけで始まった月曜日。この日のヒーロー基礎学は、先立ってマスター・イレイザーヘッドが言っていた通り、メディアへの対応についてだった。ゲストとして呼ばれていたのは、Mt.レディである。

 

 まあ、メディア演習と銘打たれた授業の内容は、ヒーローインタビューの練習だったわけだが。

 この点に関しては、ヒーローとしてやっていくつもりがない上に、目立つつもりもさらさらない私には意義が薄い。

 

 無意味とは言わない。どういう意図をもってマスメディアが近づいてくるのか、どういう対応を期待されているのか、といった部分は参考になる。こういうことを知っていれば、避けようとするときに有用だからな。

 

 とはいえ、私が目立つつもりがないことをイレイザーヘッドはよくよく承知しているのだろう。授業の前半はMt.レディによるメディア演習だったが、後半は一転してイレイザーヘッドによるメディア避けの心得だった。こちらのほうが私には有益であったことは言うまでもない。

 

 しかしどちらにしても、私にとって今日の本番はこのあとだ。授業を終えたあと、寮に戻って夕食も終えたあとのことである。

 

 ただ、すぐに行動を起こしても怪しまれる。なので、いつものように就寝した後に改めて動くことにする。

 

 今日の私当番は、モモだ。なのでちょうどよかった。

 

 何せ彼女は元々育ちがいいため、規則正しい生活が当たり前だった人種だ。雄英のヒーロー科に入ったことで中学以前よりは長く起きているようになったものの、他のクラスメイトに比べれば就寝時間が早いのである。

 抜け出す気しかない今の私にとって、同衾する相手が早くに眠ることは都合がいいのだ。

 

「今日はもう明日に備えて寝ましょうか」

「うん……今日も世話になる」

 

 そして眠そうにしていれば、気の利くモモは早い時間でも誘ってくれる。そのままいつも通りのやり取りを経て、モモと一緒にベッドに入った。

 

 と同時に、私はフォーススリープを発動。モモには即刻眠りに落ちてもらった。

 彼女が完全に眠っていることを確認した私は自室に戻り、いつでも動ける状態で待機していたI-2Oを例の装置で圧縮収納。彼を連れ、人目を避けて寮を、ひいては雄英の敷地から抜け出すのだ。

 

 時期は十二月の下旬。寝巻で外に出るのは自殺行為なので、厚着をして。

 他にも有用であろう装備をいくつか身に着けた私は、いよいよ部屋を飛び出した。まだ談話スペースに人がいる時間帯だから、寮の玄関口からではなく部屋の窓からである。

 

 まず向かう先は駅だ。いくら私が飛べるとはいえ、ホークスのような速度で、長時間飛べるわけではない。ホロクロンがある東京国立博物館まで距離がある以上、節約できるところは節約すべきだ。

 

 駅までの道中は、ワイヤーフックを使って高い建物の屋上を伝い、軽く飛びながら進む。

 まだ夜としては早めの時間帯だからか、人の姿がたまに見て取れるが……フォースクロークも組み合わせれば、一般人に気づかれることはまずない。監視カメラについても、この辺りのものはI-2Oがすべて特定しているので、移動経路はすべてカメラの死角となっており問題はない。

 

 そうやって少し進んだときである。大きめのビルの屋上に降り立った私は、さざめくフォースの気配に目を見開いて動きをとめた。

 眼前に人の姿が浮かび上がる。見慣れたフォースの霊体は、我が友アナキン・スカイウォーカーだ。

 

「アナキン?」

『こんな冬の夜に、ご苦労なことだな。……どこへ行く気なんだ?』

 

 その彼が言う。わかっているだろうに、なぜ今になって?

 内心で首を傾げながら、私は答える。

 

「どこって……決まっている。東京国立博物館だよ。ヒミコのホロクロンを取りに行くんだ」

『……それは、この星においては犯罪に当たる行為だと理解してのことか?』

「……!」

 

 だが、返ってきた言葉に私は思わず言葉を失った。

 

 確かに、彼の言う通りだ。私がやろうとしていることは、不法侵入および窃盗である。ネットワークを用いた情報の収集は法整備の兼ね合いや大義名分もあって、ある程度グレーゾーンと強弁することもできたが……今回のことは、言い訳のしようのない犯罪だ。

 それを理解できないわけではない。ただ、目を逸らしていただけで。

 

『今回は敢えて言わせてもらうぞ、コトハ。君がやろうとしていることは犯罪だ。今までと違って大義名分も何もない、正真正銘の。しかも”個性”まで組み合わせてやるつもりだな? だとすると、君はこれからヴィランになりに行こうとしているわけだが……それでいいのか? 本当に?』

 

 口が動かない私をよそに、アナキンはなおも言葉を続ける。決して鋭い言い方ではないけれども、確かに私の行いを糾弾するような色を含んでいる。

 

『この星の自由と正義を守るために、ジェダイを復興するんだろう? その君が、ここでそれに反した行為をするのか?』

「……ッ」

 

 まったくもって、その通りだ。正論である。言い返せない。

 

 けれども。いや、だからこそ?

 さらに続けられた言葉に対して、私の口から出た言葉は到底論理的とは言えないものだった。

 

「じゃあどうしろって言うんだ!? ヒミコを見捨てろって言うのか!?」

『あえて邪道を使う必要はないだろう、ってことだよ。君ならそれができるはずだ』

「そんなことをしていたらいつになるかわからないじゃないか!」

 

 そうだ。正攻法が使えないわけではない。

 

 でも、それは一体いつのことなんだ? 少なくとも、一か月や二か月では済まない。一年を見ても、まだ足りないだろう。数年はかかるはずだ。

 そんなにも長い間、ヒミコと一緒にいられないなんて。そんなの、そんなのは、嫌すぎる。

 

 ただ彼女を待つだけなら、きっとそれでもできた。だけど、すぐ近くに彼女はいるんだ。眠っているだけで、この星のどこかに。

 それがわかっていて、何もできないなんて、そんな、そんなのは……生殺しじゃないか!

 

『社会秩序よりもたった一人の人間を選ぶつもりか、コトハ? それが君の、ジェダイとしての道なのか?』

「ううううう……! うるさい、うるさいうるさい! 私はッ、私は……!」

 

 なのに、アナキンは理解してくれない。淡々と、私の心をえぐりに来る。

 前世から続く友人のそんな態度が、悲しくて、悔しくて。どうして私のことをわかってくれないんだと、怒りが渦巻いて。

 

 気づけば私は、アナキンに向けてフォースプッシュをかけていた。

 だが、フォースの申し子である彼に対して、こんな不安定な状態で放つ技が効くはずもない。彼はさっと小さく手を振っただけでこれを打ち消し……そして、にやりと笑った。両手が、まさに人を迎え入れるように左右へ広げられる。

 

『それが君の選択なんだな? ……では、あえてこう言わせてもらおう。暗黒面の世界に、シスの領域へようこそ』

「……っ!?」

 

 そして放たれた言葉に、私は冷や水を浴びせられたような感覚を味わい硬直した。

 

 呼吸が乱れる。冬の夜空に溶ける白い吐息がどんどん浅く、しかしどんどん増していく。顔から血の気が引いていくのがわかる。

 何かから逃れるように利き手に視線を落とせば、それは寒さとはまた別のもので激しく震えていた。

 

 私が?

 私が、今、暗黒面に?

 

 そんな。そんな、こと、は。

 そんなこと、……そんなこと、ない、なんて。

 

 言える、状況では……ない?

 

「あ……。あ、あ、あああ、あああああ……っ!?」

 

 気づいてしまったら、もうダメだった。恐怖と、後悔と、絶望に耐え切れず、私はその場で膝を折る。

 

 私は、私はなんということをしてしまったんだ……!?

 

『……それが、メイス・ウィンドゥの腕を切り飛ばしてダース・シディアスを助けてしまったときの、僕の心境だ』

 

 戦慄する私をよそに、アナキンが言葉を続ける。今までとは異なり、優しい声音だった。

 

 すがるように顔を上げる。穏やかな顔の、「ジェダイマスター」がそこにいた。

 

『それまで自分が忌避していたはずのものに、知らず自分がなっていた。その事実を突きつけられるというのは、とても苦しいことだ。何を言えばいいのかもわからなくて、それどころか自分が何を考えているのかもよくわからない。ただただ恐ろしくて、取り返しのつかないことをしてしまった後悔で潰れてしまいそうで。……わかるよ、僕もそうだった』

「ア、ナキン……」

『わかるよ……わかるんだ。僕も、パドメなしには生きられない。その一心だったからな』

「…………」

『彼女のためならなんだってできた。彼女を死なせないためなら……。そんな僕に、ヨーダは「死の定めを受け入れよ」と言い、シディアスは「シスには死を免れる技術がある」と言った……』

 

 ああ。

 

 ああ、どうしよう。

 わかる。わかってしまう。

 

 彼の気持ちが、当時の彼の心境が、余すことなくわかってしまう。

 

 そんな、そんなことを言われたら。言われてしまったら、ジェダイを信じられるはずがない! シスにすがってしまうに決まっている!

 

『だから僕は、どうしようもなくなったあのとき、シディアスの手を取ることを選んだ。選べてしまった。その選択をしたことを悔いつつも、それでいいんだと思う自分もいた。君も今、そうなんだろう?』

 

 もう私は何も言えなくて、ただこくりこくりと頷くことしかできない。視界が涙で歪んでいる。

 

 そうなのだ。自分のしていることが、どうしようもなく悪であると理解しているのに。理解が及んだというのに。

 それでもなお、それを自覚できた今でもなお、私は、私の中には、それをどうでもいいと思っている自分がいる。

 

 今も、私の心の何分の一かは明らかに、踏み越えてはいけない一線の先へ進もうとしているのだ。それが何より度し難い。

 

『だよな。わかるよ。何せ、どっちを選んでも絶対に後悔するんだ。方向性は違っても、同じように苦しむんだ。でも、そのどちらかしか選べない。どちらも選ばないなんてことは、不可能だから。それならば……ってことだろう?』

「……そんな、でも。でも……じゃあ、私は、私はどうすれば……どうしたらいいんだ……」

 

 救いを求めて、手を伸ばす。でも足に力が入らなくて、くずおれた態勢から前のめりに倒れ込む。

 

 視界の端に、白い雪がちらりと見えた。その中心で、風を無視して佇むアナキンの手が、私の手をつかんでゆるりと立ち上がらせる。

 

『好きな方を選べばいい。心の赴くままでいいんだよ』

「……でも……」

『いいんだ。君は僕とは違う。仮にこのまま進んだとしても、僕みたいに罪もない大勢の人々を殺してしまうような取り返しのつかない事態にはならないんだからな』

 

 そして彼は、ジェダイの顔でシスのようなことを言い出した。

 

 彼は私をとめたいのか、そそのかしたいのか、一体どちらなんだ。そんなことが思わず脳裏をよぎって、自然と乾いた笑いが喉の奥から漏れる。

 

『僕はパドメを助けられなかったからな。彼女を失ったんだと認識したときの痛みも苦しみも、理解できる。でも、トガはまだ死んでないんだ。君はまだ彼女を助けられる。そこも君と僕の違いだよ』

「じゃ、じゃあ、さっきの話は……」

『いや? 間違いなく本気だったさ。でも心情的には君の味方だとしても、全面的に味方したらそれこそ暗黒面に一直線じゃないか。だから釘を刺しておこうと思ったのさ』

「き、君というやつは、本当にもう……」

 

 全身から力が抜けた。いきなり緊張から突き放されて、へたり込むしかない。

 

 とはいえ、釘を刺しておくという判断は正しい。先ほどまでの私は、間違いなく何も疑うことなく犯罪に手を染めようとしていたから。

 

 だから、というわけではないのだろうが。嘘ではないと証明するかのように、アナキンはすぐに表情を引き締め直すと、私の額を指で弾いた。

 

『ただし! このまま進むっていうなら。あくまでトガのためにヴィランになるというなら、今君が覚えた後悔は絶対に忘れるんじゃないぞ』

「後悔を……忘れない……」

 

 実体がないはずなのに、確かに感じた痛みを手でさすりながら、言われたこと半ば無意識におうむ返しにする。

 

『そもそもの話、普通の人間はいつも光の中にいるなんてできるはずないのさ。逆もまた然りだ。大体の人間は、常に光と闇の間を行き来している。振れ幅は人それぞれだけど、誰であろうと光も闇も捨てきれないからそうなるんだ。

 ただ、何度も繰り返し闇に踏み込めば光が占める量は減る。逆もまた然りだ。けれど困ったことに、光と闇には得意分野があるんだな。それぞれの力でなければ解決できないことは、少なからず存在するわけで……それに味を占めて繰り返し踏み込み続ければ、人はいずれどちらかに偏った存在に成り果てる。

 ここまで言えばわかるな? 君は今、確かに闇の中にいる。でも、光を手放していないことも事実だ。だからこそ苦しんでいる。心の痛みでもがいてる。その苦しみに慣れるなよ。光を手放さないよう、常に自分を省み続けろ。これからもジェダイとして秩序の側に立つのであれば、トガのために犯すことのすべてにきちんと向き合い続けるしかないんだ』

「……私に、できるだろうか……」

『さあ? でも、ここまで言ったけど、君に光を捨てるのは無理だと僕は思うね』

「……何を根拠に……」

『君も、()()()()()()()()()()()()人間だからな。()()()()()()()()

「それは」

 

 そう言われたのはいつのことだっただろう。最近のことなのに、とても遠い遠い……前世のことのようにも感じられる。

 

 あのときは、その言葉の意味をよく理解できなかった。でも今なら、よくわかる。

 

 私はアナキンと同じように、愛する人のためなら悪とされることすらできてしまう人間で。

 同時にアナキンと同じように、愛する人のためなら悪を討ち倒すこともできてしまう人間で。

 

 ……それはつまり、私もアナキンも、どこにでもいる普通の人間ということなのだろう。

 ちょっとフォースが使えるだけの、普通の人間。きっと、そういうことなのだ。

 

『なあコトハ。シスの暗黒卿、ダース・ヴェイダーだって光を捨てられなかったんだぜ? だから大丈夫さ』

「……ヴェイダー卿を持ち出すのは反則だろう……それを言われてしまったら、これ以上の反論なんてできないじゃないか」

『君がよく使う言い回しじゃないか。ダシに使われていることへの、お茶目な意趣返しってやつさ』

「よく言うよ、まったくもう……」

 

 だから、私はようやく安心することができた。

 

 だってアナキンは、選ばれしものだった彼は、いつだって私の憧れで、目指すべき存在で。前世では、いつも彼の隣で戦う自分を夢見ていた。

 そんな彼に、自分たちはどちらも普通の人間なのだと。同じなのだと、暗に認められた。

 

 であれば。同じだと言うなら。

 

 きっと、彼と同じことが、私にもできる。そう、信じられそうだから。

 

『……行くんだな?』

「うん。私は……やっぱり、一刻も早くヒミコに早く会いたい。だから、行くよ」

『オーケー、好きにしろ。必ず()()()くるんだぞ。試練を用意して待ってるからな』

「わかった。大丈夫、約束する。絶対、絶対絶対、戻ってくる」

 

 だからぐいと涙をぬぐって、しっかりと二本の足で立つ。

 そんな私から距離を取りながら、薄れていくアナキン。

 

 けれど、彼に振り返ることはしない。彼も同様だ。

 

 そうして一人になった私は、両手で頬を強く叩いて己に喝を入れる。寒さで神経が敏感になった肌が、痛みでじわじわと熱を帯びていく。目が覚めるような、そんな痛みだった。

 

 さらに深呼吸を一つして。

 

 私は再び、夜の闇へと飛び出した。

 




はい、ということで闇堕ち回でした。
前章では一応気にしていたのに、目当てのものが手の届くところにあると確信してしまい、もう我慢できなくなっちゃってる理波ちゃん。
ヤオモモにはあとでちゃんとごめんなさいしような。

今章に入ったら初っ端から全力で突っ走ろうとする姿勢には皆さんも疑問に思ったかもですが、もちろん理波が今回やろうとしてることは大義も何もないストレートな犯罪です。
そりゃあ触れないわけにはいかないわけですよ。
だってそれはジェダイではないからね。まあアナキンはそれもまたよしと思ってるからこそ、釘を刺しつつも背中を押してるわけですが。
何せフォースは、光と闇の均衡を保とうとするものなので。

EP1で早くも感想で言い当てられた通り、理波のライトセーバーの色はこの瞬間の暗示でした。
光の三原色において緑(ジェダイ)と赤(シス)が合わさった色である黄色。そこから赤に比率を偏らせることで、オレンジになる。
お前はいずれそうなるのだと、無言のうちにフォースが伝えていたというわけですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.過去からのメッセージ

 フォースクロークを使って人の波に紛れ、監視カメラの目をごまかしつつ。

 カメラのない車両を選んで新幹線に揺られること一時間弱。私は無事に東京までやってきた。

 

 博物館までの道中も同様に移動し、博物館でも基本的にやることは同じだ。

 ただ、I-2Oを出してセキュリティを掌握してもらうところは今までと違う。

 

 セキュリティそのものは落とさない。用意しておいたダミーの映像にすべて差し替えるのだ。

 もちろん、センサーの類はさすがに落とす。しかしこちらも、表向きは起動している状態を維持した状態でのシャットダウンだ。

 

 そこまでやった上で、ようやく中へと忍び込む……前に。博物館に向けて、手を合わせて頭を下げる。

 こうしたところでこれからすることが変わるわけではないし、聞き届けるものもいないが、それでも謝罪はしておきたかったのだ。

 

 その後、私が潜り込んだのは博物館のバックヤード。この手の施設が収蔵する品の大半はこちらにあるのが常であり、ある程度分類はされてはいても、数が膨大すぎて普通に探そうとすると大変に手間取ることになる。

 しかし、既に大雑把な場所は特定済みだ。伊達に前世で情報管理を職務にしていたわけではない。

 

 もちろんその範囲の中から探すだけでも、普通ならそれなりの手間だが……今回の探し物はホロクロンだ。フォースを通すことで、起動する記録媒体である。

 であれば、フォースユーザーの私にとってはそこまで難しい仕事ではない。何せ、普段の索敵と同じような要領でフォースを周辺に飛ばせば何かしらの反応があるはずだからな。

 

 これが銀河共和国のように、ホロクロンを保管あるいは秘匿する場所や手段がそれなりにあるなら話はまた変わるのだが。ここはフォースの薄い惑星地球であり、フォースを利用するだけの技術も知識も、道具もない。

 なので、私はほとんど迷うことなく目的のものを見つけることができた。

 

 一番面倒だったのは、広い上に整理整頓がされていない室内の移動だった。

 次点で高所に手が届かないこと。前世ほどとは言わないが、せめてヒミコと同じくらいの背丈が欲しいところだ。

 

 しかし何はともあれ。

 

「……見つけた」

 

 棚の中から、写真で見たものと寸分違わぬ形のホロクロンを手に取り思わずほうっとため息をこぼす。

 造られてから相当な年数が経っているからか、ヒミコのフォースは感じられないが……そこは仕方がないだろう。もうすぐ彼女にまた会えるのだと思えば、そこは気にならない。

 

 とはいえ、ここで中身を閲覧するわけにはいかない。どんな情報が込められているかはまだわからないのだ。

 もしも心を揺さぶるようなメッセージが入っていようものなら、私は絶対に号泣してしばらく動けなくなるだろう。それだけは避けなければならない。

 

 ということで、ホロクロンは懐に仕舞う。代わりに、持ち込んでいたダミーのホロクロンを同じ場所に置いておく。

 

 これは見た目はそっくりだが、本当に見た目だけという代物だ。ホロクロンとしての機能は一切ないので、文字通りダミーである。

 とはいえ以前にも触れたが、フォースユーザーでもなければそれを認識する手段はない。年代測定にでもかけたらわかるだろうが、一度調べられたあと一度もここから動かされていない品にそこまでするものはいないだろう。

 

「よし……撤収だ」

 

 やるべきことはすべてやり終えた。なので、すぐさまここから撤収する。

 セキュリティを来たときと同じ状態にすべて戻し、私がいたという痕跡を消す。そうして立ち去る前に、もう一度謝罪してから博物館を後にした。

 

 道中、周囲に私を気にするものはいない。視線も感じないし、警戒や監視といった気配もゼロだ。フォースから危険を伝えられることもない。嫌な予感もだ。

 それでも、まだ気は抜けない。来たときと同じく……いや、それよりもさらに気をつけて元来た道を戻る。帰りの新幹線は終電になったため乗客がほぼおらず、少しはらはらしたが……。

 

「……ふうー……! なんとかやり遂げた、か」

 

 日付が変わる直前に、寮まで戻ってくることができた。

 

「ウマクイッタナァ、ますたー。案外コーユーノニ向イテルンジャネーノ?」

「やめてくれ。こんなことはこれっきりだからな」

 

 空き巣なんて前世も含めて初めての経験だが、こんな重圧を始める前も最中も、何なら終わったあとも感じるような行為なんて、もう二度とするものか。

 というか、世の犯罪者はよくこんなことをしていられるものだな……。私に言わせれば、なんでもありのポッドレースのほうがまだ気楽だぞ。

 

 自室の椅子に身体を預けて、思わずため息をこぼす。自分でも思っていた以上に、深いため息だった。

 だが、いつまでもそうしているつもりもない。確かに大きな疲労と後悔があったが、それを凌駕する期待もまたあったから。

 

 ただ、すぐにホロクロンを起動するのも少しためらわれた。

 この中に、恐らくはヒミコのメッセージがある。けれどもし、そうでなかったら。そう思ってしまって。

 

 だから私はしばらくの間、椅子に腰かけた状態のままホロクロンを手の中で転がしていた。相反する二つの感情がせめぎ合う中で、ぼんやりとホロクロンを眺める。

 

 ……通常、ジェダイのホロクロンは未起動状態だと立方体をしていることが多い。だが起動すると角の部分が外れ、フォースとの反応によって空中に広がることで正多面体の本体が姿を現す仕組みになっている。

 このホロクロンは、その外れる角の部分がない。最初から起動状態のときと同じような、正十二面体だ。それにしても、少しジェダイホロクロンとは異なるのだが。

 

 しかしこうやって手の中で転がしながら細部を見ていると、どうやら角の部分は本来存在していたように思える。角の部分が存在していた痕跡は、はっきりと見えるのだ。

 外れてしまったか、意図的に取り外したかのどちらかなのだと思う。どちらかまではわからないが……。

 

「……よし」

 

 そうしているうちに、ようやく私の中で覚悟が決まった。たとえこの中にあるものが望んだ答えではないとしても、それを受け入れる覚悟が。

 

 だから私は全身を、魂を、フォースと共鳴させる。私が発したフォースがホロクロンに染み渡り、緑の光が機体に灯る。

 

 直後のことだ。私の手の中からホロクロンが自然と離れ、空中に制止する。待機状態だ。こちらからの入力を待っている、そんな状態である。

 

 待機状態自体は、珍しいものではない。一つのホロクロンに複数のデータを入れることはままあることだから、必要な情報にだけアクセスできるようにデータを分けてあったり保存領域を区分けしたりしているのだ。銀河共和国末期……つまり前世の私が生きていた頃は、そんなホロクロンが主流だった。

 

 つまりこのホロクロンには、複数の映像が記録されている。これはすべてを確認していたら、徹夜になってしまうかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、ひとまず一番手前のデータを再生……しようとして、思わず首を傾げた。

 状態から言って複数のデータがあるはずなのに、アクセスできるデータが一つしかなかったのだ。これは一体どういうことだろうか?

 

 とはいえ、この状態で考えていても仕方ない。とりあえず予定通りにデータにアクセスし、保管されていたホログラム映像を再生した。

 

 出てきたのは、フォースの基礎について。あるいはその歴史であったり……ジェダイであれば、基本中の基本とも言えるものを教える映像番組のようだった。まるでジェダイ・イニシエイトの教材である。

 もしかしたら、例の銀鍵騎士団はこれを元に研究を進めていたのかもしれない……が、言語が銀河ベーシック標準語だから違うか? それとも翻訳するような”個性”でもあったのか。

 

 ただ、そんな映像をしばらく無言で眺めていたが、ヒミコは影も形も出てこない。解説している声は女性のものだが、明らかに彼女ではない。

 がっかりだ。心の中で、闇が降り積もる気配を感じた。と同時に、ああ私はまた暗黒面にと自責の念を……。

 

 と、その瞬間だ。私が闇の誘惑を感じた、まさに瞬間のことである。突然ホロクロンが動き始めた。

 

 こちらからは操作していないのに。映像はまだ続いているのに。

 ホロクロンの中心部分が放つ光が、いくらか色を変えたのだ。正十二面体の面から放たれる光の、四分の一が赤に切り替わった。おかげで考えていたことが吹き飛び、思わず距離を取って身構える。

 

「……これは、一体どういう……?」

 

 こんな挙動は、私の知識にはなかった。あるいは、前世の死後に開発された機構なのかもしれないが……。

 

 考えながらホロクロンを検める。そして再び驚いた。なんと、アクセスできるデータが増えていたのだ。何がどうなっているのかわからない。

 

 だが、増えたと言うならこれも確認しないわけにはいかないだろう。

 そう思って、映像を切り替えたのだが……ここで私は顔をしかめることになる。なぜなら、再生された映像はフォースの暗黒面に関する教材だったのだから。

 

 現状暗黒面に寄っている私だが、しかし秩序の側にいたい、いようと思っていることには代わりない。申し訳ないが、この映像は嬉しくない。

 

「……!?」

 

 とここで、またしても変化が起こった。ホロクロンの光がまた変わった。

 

 今度もまた、変化の規模は同じだ。赤い部分を残したまま、ホロクロン全体のさらに四分の一が黄色に変わったのである。

 

「……これで緑が二分の一、赤と黄が四分の一ずつ。まさかとは思うが、もう一回変化する予定があるとは言わないだろうな?」

 

 変化に対してそんなことを考えつつ、私はひとまず暗黒面の映像教材を停止。

 代わりに、新たに出てきた黄色い部分に保存されていたデータを再生する。

 

「……?」

 

 ところが、何も映像は出てこなかった。すぐにわかるような音声もない。

 

 思わず首を傾げた……がしかし、何も収録されていないわけでもないようだ。あえて空白を作っている。そんな意図を感じる。

 

 どうやらその予測は正しかったようで、たっぷり一分間の沈黙ののち、ホロクロンは銀河ベーシック標準語の文字を映し出して待機状態になった。

 

 ホロクロンそのものの待機状態ではない。黄色い部分に収録されていたデータを一時停止した状態で、さらに音声入力を受け付けるための待機状態である。

 パスワードの入力待ちだ。コンソールで入力するか、音声で入力するかの違いだな。

 

 そして、映し出されている文字の内容こうだ。

 

『あなたが愛する人の名前は?』

 

 使用者に問いかける一文でこれである。

 これを確認すると同時に、私の心臓が大きく跳ねた。緊張と期待とで、溺れそうになる。

 

 今までただの教材ばかり出てきたのに。ここに来ていきなりこれとは、びっくりするからやめてほしい。

 

 けれどそんなお茶目な仕掛けが、どうにもヒミコらしい気がして。久しぶりに彼女に触れることができたような気がして。驚きつつも、私は確かに笑みを浮かべていた。

 

 だって、答えは決まっている。地球において太陽が東から昇って西に沈むくらい、私にとっては当然の摂理だから。

 

 だから、私は覚悟を決めて。

 

「――トガ・ヒミコ。それが私の愛する人の名だ」

 

 けれど迷うことなく、その名前を宣言した。

 




マジメで何事にも一生懸命でさらに技術のある人間が闇堕ちすると、手が付けられないことをやりがちだよね。

ちなみに、複数の属性に反応するホロクロンはさすがに独自設定です。
反応した属性に応じてアクセスできるデータ領域が異なるので、持ち手が光、闇、中庸と複数の属性を扱えなければすべてのデータは閲覧できないという、ものすごく扱いがめんどくさい一品。
もちろん、理波以外の人間に核心に迫られるわけにはいかないトガちゃんが、あえてそういうものにしようとがんばった結果ですね。

ただ、ジェダイホロクロンとシスホロクロンを結合しようとする儀式は原作に出てきます。
ジェダイホロクロンは光の、シスホロクロンは闇のフォースがなければ起動できないという設定も、原作からあります。
なので、儀式として存在するならくっつけるのも不可能ではないよねってことで、出しました。
二人必要、かつそれぞれが光と闇の使い手でないといけないらしいので、トガちゃん一人ではこのホロクロンを造れません。
さて、それではこのホロクロンに関わった光と闇の使い手は誰でしょうね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.トガヒミコ:ライジング

 ホロクロンが、データが、私の言葉を認識した瞬間である。

 

 映像から文字が消え、声が放たれた。

 

『――はい! 私もコトちゃんが大好きです! 愛してます!』

 

 ヒミコの声ではない。しかしその帯びた色は、調子は、間違いなくヒミコのものだった。

 嬉しさと、それに同じくらいの切なさで胸がしくりと痛む。思わず手が前に出る。

 

 しかし直後、そんな私を無視して、電子音と共にホロクロンの光が切り替わった。

 また緑が減った。これで緑は、全体の四分の一だけ。

 

 そして今しがた切り替わった、残る四分の一。新たに灯された光の色は、橙色。

 私と、ヒミコのライトセーバーの色。一緒に買い揃えた、ペンダントの色。私たちにとって、私たちを象徴する色。

 

 そんな光に私が目を見開く中、やはりアクセスできるデータが増えたホロクロンが、こちらからの操作を待つことなく映像を再生し始めた。

 今しがたアクセス権を得たばかりの映像。橙色の光がもたらした映像。

 

 そこに現れたのは、

 

「……誰だ?」

 

 見たことのない老いた女性だった。具体的な歳の頃はわからないが、少なくとも五十代は過ぎているだろう女性。

 ホログラムなのでどうしても青系統の色が強調されてしまっているが、それでもなおとても強い意思があるとわかる、澄んだ栗色の瞳が印象的だ。

 

『……初めまして、コトハさん』

「!?」

 

 そして口を開いて放たれた言葉に、私はもう何度目かもわからない驚愕をする。

 

 なぜなら、彼女が発した言葉は……この十一年で慣れ親しんだ、日本語だったのだ。銀河共和国で使われていた銀河ベーシック標準語ではなかったのである。

 

 しかも、ただの日本語ではない。私が使っている現代の日本語だ。

 言語は時代と共に姿を変えるもので、百年二百年単位でも容易に変化する。だが目の前のホログラムが放った言葉は、そんな気配が見られないほどに疑いようなく、現代日本語だったのだ。これで驚くなというほうが無理がある。

 

『私の名前はレイ。レイ・()()。一応は、最後のジェダイということになるのかも? 違う可能性もあるけど』

 

 だが驚いたままの私をよそに、女性……レイは話を続ける。録画された映像なのだから、当然だが。

 

 レイ・ソロ? それはもしや、アナキンの孫の名前ではなかったか。ということはこの女性が……。

 

 ……ん? だが、孫はスカイウォーカー姓だったような……あれ? なんだか記憶が曖昧だ。

 

 ……いや、今はそこを気にする必要はないか。まずはヒミコについてだ。

 

『これを見ているということは、島に遺されたメッセージは読んでくれたということよね? なら大体のところは察していると思う。

 でも、まだ疑問はたくさんあると思う。どうしてそんなことをしたのかとか、どうして銀河共和国人の私がニホンゴを話せるのか……どうしてあなたのことを知っているのか……何より、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私が思っていることをそのまま口にする彼女に、私は何度も頷いた。ただの記録映像にそんなことをしても無意味であることはわかっているが、どうにもせずにはいられなかったのだ。

 

『……これらの疑問に、私は答える準備がある。正確には、私ではないんだけど……()()()()()()()()。彼女本人は、ホログラムに姿を残せなかったから私が代役になるわ。その点は、ごめんなさい』

 

 そこで彼女は言葉を一度区切って、頭を下げた。日本人を思わせる、丁寧なお辞儀だった。

 

『……それじゃ、本題に入りましょう。まずは……これを見て。これが何か、わかるわよね?』

 

 私はここで、再び硬直する。もはや何度目かわからない驚愕の最大値更新に、目と耳を疑う。

 

 なぜなら、顔を上げたレイが見せたものは。

 彼女が服で隠れた胸元から引っ張り出したものは。

 

 トランプのダイヤのような形状の、ペンダント。

 ただのペンダントではない。ホログラム映像であっても、元が橙色だとわかるペンダントだ。開いて中にものを収めることができる、ロケットペンダント。

 

「なッ、なぜそれがそこにあるんだ!?」

 

 そしてあの日以来、ヒミコと共にどこへともなく消えてしまっていた、彼女の。私のものとお揃いのペンダント。

 

 レイが見せたのはそんな、私にとってとてもとても大切なものだったのだ。

 

『……ふふ』

 

 そのレイが、驚き続ける私をよそに、不意に笑った。今までの彼女の気配とは、異なる笑い方だ。

 目は細められ、口元が三日月のように歪んでいる。にやりとした、どこか凄みもある妖艶な笑い方。

 

 私はそれを、その笑い方を。

 

 とてもよく、知っている。

 

「……まさか」

 

 もうこれ以上はないと思っていたのに、私はさらに驚いた。ただのホログラム映像に思わず前のめりになって、うっかり椅子から落ちそうになる。

 

「まさか、まさか……君なのか……?」

 

 そんな私をもてあそぶように、目の前の彼女は笑みを深くする。嬉しそうに、誇らしそうに……何より、楽しそうに。

 

()()()……?」

 

 だから、私はその名前をつぶやいた。

 

 嘘、だろう? そんな、そんなことが、まさか? 本当に、そんなことが?

 

「……君、なのか?」

 

 返事はない。ただ、くすくすという笑い声だけが返された。

 私はたまらず、声を張り上げる。

 

「君、なんだなっ? 君は……君は、そこにいるのか!? そこに、そこにいるんだな!? ヒミコ!!」

『……はい。私は()()にいます。この子の身体の中に』

 

 果たして、返事は是であった。懐かしい笑みを浮かべた女は、私が世界で一番愛する人とは似ても似つかぬ声で……しかし私が誰よりも愛した人の口調で、はっきりと頷いたのだ。

 

 そしてレイの身体を借りたヒミコは、語り始めた。彼女の身に起きたことを、そして今に至るまでの冒険を。

 

***

 

 あの日……B組との対抗訓練でコトちゃんに全力全開で変身した私は、気づいたら真っ暗なところに倒れてました。

 あとから知ったことですけど、はざまの世界ってところらしいです。未来、現在、過去……すべての時間と場所に繋がってるところ、らしいんですけど細かいことはよくわからないので飛ばします。

 

 そんなところで目を覚ました私は、もちろん混乱しました。初めて見るところだったし、色んな人の声が聞こえるんです。未来の人だったり過去の人だったりの、色んな声が。

 

 もちろんコトちゃんの声もありました。だから、とりあえずコトちゃんを探して歩き回ることにしたんです。コトちゃんのいるところが私の居場所だから。

 

 それで歩き回ったはざまの世界には、色んな時間、色んな場所の光景を見られる場所があちこちにありました。もちろんそのときはそれがそういうものってわかんなくて、とりあえずそのとき一番近いところにあった丸い窓を覗き込んでみたんです。

 

 そしたら……見えたんです。砂と、機械の残骸だけの場所で、一人で寂しそうに泣いてる女の子が。

 

 だから私、思わず近寄っちゃったんです。深いことはなんにも考えなくて、身体が勝手に動いてたんです。だってコトちゃんならそうしたでしょ?

 それで私、女の子にまで近寄っちゃって。はざまの世界から出ちゃったんです。はざまの世界にいれば、いつかはコトちゃんのところにちゃんと戻れたはずなのに。

 

 おかげで私、過去の銀河共和国に飛ばされちゃったんです。あとになって思い返せば、私もちゃんとヒーロー志望できてたのかなって思ったんですけどね。

 

 正確には新銀河共和国、らしいです。シディアスのおじいちゃんがますたぁに殺されて、帝国が崩壊したあとの時代でした。私が出たのはそんな時期の、ジャクーっていう星でした。

 

 ……もしかしてもうわかっちゃったかもですけど、このとき私が救けようとしたのがレイちゃんです。お父さんとお母さんにジャクーに置き去りにされて、ひとりぼっちになっちゃった女の子でした。

 そんな彼女に私、話しかけたんです。お節介したんです。それで、仲良くなりました。

 

 でも私、身体をそっちに置いてきちゃったみたいで……過去に飛んだ私は、()()()()()()()()()。おかげで、誰にも見えないし聞こえない幽霊さんだったんです。

 

 でもフォースが使える人、感じる人には見えるみたいで。レイちゃんもそういうタイプだったので、私はある意味運がよかったんだと思います。そうじゃなかったら、誰にも見えない聞こえない状態でジャクーの砂漠をさまよってたかもしれないので。

 

 だってレイちゃん、すっごいフォースの才能があったんですよ。目覚めてもないのにびっくりするくらい感知能力が高くって。

 そんな子だったので、私はレイちゃんの身体を間借りすることにしました。レイちゃんの中に入って、身体の中からアドバイスとかするようになったんです。危ないってなったときは今こうしてるみたいに私が身体を使って、守ったりしてました。

 

 その代わりに、私がいつか地球に帰るために協力してもらうことにしたんです。

 

 レイちゃんとしては、お父さんとお母さんが戻ってくるのを待ってたかったみたいなんですけど。

 でも、戻ってくるかどうかわからない人たちをただ待ってるよりかは、自分から探しに行ったほうが有意義じゃないです? もしも万が一、億が一、兆が一コトちゃんに置いてかれたら、私はそう思いますしそうします。

 

 なのでがんばって説得して……まあ説得するのに十年以上かかったんですけど。でもそのおかげでって言ったらアレですけど、その時間があったからレイちゃんを鍛えることもできたので、悪いことばっかりでもなかったです。私もスターシップの運転とか覚えられましたし。

 

 あ、そうそう。機械の規格とかも大体はわかったので、戻ったらコトちゃんのことちゃんと手伝えますよ! 楽しみです。一緒に機械いじり、しようねぇ。

 

 ……えーっと、それで……そう。そんな感じで、ジャクーでしばらくレイちゃんと暮らしてたんですけどね。

 あるとき、ファーストオーダーからの脱走兵くんと会う機会があって。それがきっかけで、私たちはジャクーを出ることに成功したんです。

 

 その過程でハンさんとかチューイくんとか、そう、ルークくん……さん、にも。むかーし私が夢で見てた人たちと会うこともあったりして……なんだか芸能人に会うみたいな気分でした。

 

 まあおかげでレジスタンスに加担することにもなっちゃったので、戦争に巻き込まれもしたんですけど。

 でもまあ、それもなんとかなりました。そもそも私、ますたぁからある程度歴史のこと聞いて知ってましたし、エクセゴルのこともウェイファインダーのことも存在は知ってたので。

 

 それで、実は生きてたシディアスのおじいちゃんを今度こそちゃんとみんなで倒して……そこから、地球に向けて出発することにしたんです。レイちゃんはお父さんとお母さんが死んじゃってたので、引き続き協力してくれました。レイちゃんとフォース・ダイアドのベンくんも一緒です。

 二人は最初敵対してたんですけど、やっぱり同じフォースを持ってると色々気になっちゃうんだと思います。最終的には私とコトちゃんみたいになってました。ラブラブ度は私たちのが断然、断っ然! 上ですけど。

 

 あと、銀河の外に向けて旅に出るんだって言ったら、ハンさんが「俺も行く」って。そのときにはルークさんもレイアさん亡くなってたので、引き留める人もいなかったんですよね。

 

 その代わりってわけでもないですけど、ハンさんスターシップを使わせてくれたので、私、レイちゃん、ベンくん、ハンさん、チューイくんで地球に向かうことになりました。ソロ一家の旅の始まりでした。

 

 銀河共和国的には地球って完全に外にある星で、どこにあるかもわからない未開の地だったんですけど……そこは私がある程度道を知ってたので、なんとかここまで来れました。

 

 なんで知ってたかって言うと、ほら。いつだったか、I-2Oくんが息抜きに造ってた、地球と銀河共和国の星間図あったじゃないですか。未完成でしたけど。

 あれ、わりと覚えてたんです。あれを見たとき、これは覚えておいたほうがいいんだって、直感があって……。

 

 今思うと、あれってフォースがそうさせたんだと思います。普段の私だったら絶対気にしてなかったと思うので、その点についてはフォースに感謝してあげようと思ってます。

 

 えっと、そんなわけで、わりと地球にはまっすぐ移動できました。何せますたぁが助言して造られた星間図でしたからね。わかんないところのほうが多かったですけど、それでも進むべき方角がはっきりしてるってのは、本当にすっごく助かったんですよ。何度も何度も。

 

 まあそれでも結構な時間かかりましたし、燃料も食料もギリギリでしたし、なんなら途中パーギルの群れの力も借りたりしましたし、スターシップもボロボロになりましたけど。それでもなんとか地球に戻ってこれたんです。

 

 戻ってこれたんですけど……やっとのことで戻って来た地球は、まだ平安時代だったんですよねぇ……。

 

 ……そうそう、昔の建物とか人とかの写真、たくさん撮ったのであとでコトちゃんにあげますね。こういうの好きでしょ?

 あ、紀貫之さんはちゃんと男の人でした。他にも色々お土産ありますから、楽しみにしててくださいね。

 

 それで……どこまで話しましたっけ?

 

 あ、うん。そうそう、平安時代だったんですよ。たぶん十世紀くらい。そこからコトちゃんがいる時代まで、千二百年くらいあるわけじゃないですか。さすがにそんなには待てないなってなりまして……。

 

 一応私幽霊さんだったので、待つこと自体は無理でもなかったんですよ。見た目は歳取らなかったので。

 でもたぶん、私の心が保たなかったと思います。っていうか確信できました。

 

 だって私の感覚だと、その時点でもう二十年以上コトちゃんと会えてなかったんですよ。がんばって、がんばって、がんばって、一生懸命我慢してましたたけど、これ以上はやっぱり無理だったんです。

 

 ……なので私、寝ることにしました。寝てればそういうこと考えなくて済むでしょ?

 

 しかもラッキーなことに、オク=トーにあったジェダイの古文書から魂を封印する方法ってのを見つけてたんです。

 これだ! って思いました。これしかないって思ったんです。

 

 ジェダイのやり方なのでダークサイドの魂しか封印できないみたいでしたけど、そこは私わりと闇寄りですし。

 あとフォースユーザーが大量に必要ってことでしたけど、闇にも光にも突き抜けてない私を封印するなら、レイちゃんとベンくんだけで足りてる感じなのです。

 あとはその準備と、場所を決めるだけでした。

 

 で、今はもう封印されるだけってところで、この映像を録画してます。録画して、いつか那歩島って名前になるはずの島にホロクロンを置いたら、私寝ます。

 

 ……と、言うわけで……コトちゃん。今から、私が寝る予定の場所の写真を出せるだけ出します。

 

 ただ、千二百年くらい経ってるわけですよ。ってことは、色々と地形とかも変わってるはずなんですよね。

 なので大変だとは思いますけど、そこはなんとかうまいことしてもらうしかないです。ピンポイントでここ! って出せなくてごめんねぇ。

 

 でも、コトちゃんならできるって私、信じてます。見つけてくれるって、信じてます。

 

 だってコトちゃんだもん。あの日、あのとき、本当の私を初めて見つけてくれたときみたいに。絶対、絶対絶対、私を見つけてくれるって信じてます。

 

 ――だから、コトちゃん。私、待ってます。いつまでも待ってます。

 また会える日を、楽しみにしてます。

 

 それまで、またね。コトちゃん――――。

 




トガちゃんのライジング回でした。
理波が物語の進行に合わせてどんどん闇に寄っていったのに対して、トガちゃんは逆にどんどん光に寄っていっていたのだ、という説明回と言い換えても可。
ただしレイの身体を間借りしてるので、その声は永宝さんもしくはリドリーさんであるものとする。

まあ内訳の大半は、彼女がそもそもなぜ過去に飛んだのか。過去の銀河共和国で何をしてたのか。どうやって地球まで来たのか。「眠る」とはどういうことなのかの説明なんですけども。
こういう重要な情報はもうちょっと小出しにすべきなんだろうなと思いつつ、ここ以外で触れる機会を用意できなかったので怒涛の情報開示回となりました。力不足を感じる。

なおスターウォーズをご存知の方にはおわかりかと思いますが、結構歴史を変えてます。普通に救済もの二次創作みたいなムーブをしてたトガちゃんです。
そして地球で眠る、もとい封印されているトガちゃん。魂だけの邪悪な存在を、光の力で封印するというのはレジェンズを参考にしてます。
ぶっちゃけエグザ・キューンが封印されてたのとほぼ同じ理屈ですね。彼ほど凶悪ではないし、トガちゃん自身も封印される気だったし、封印を手掛けたのがレイとベンなので少人数でもうまくいった感じ。
ホロクロンの製作にも二人が関わってます。強大な光と闇の使い手でしょう?

あ、それとトガちゃんが銀河共和国銀河・地球の星間図を全部ではないにせよ知ってたというくだりは、EP10の1話「スターウォーズ」でのワンシーンのことを言ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.君に会いに行く

 ヒミコからのメッセージの再生が終わったあと、しばらく私はうずくまって号泣していた。ヒミコが眠っている場所の情報を提示されていたが、それを見て考える余裕はなかった。

 

 けれど、ずっとそうしているわけにはいかない。一刻も早く、ヒミコの下へ行かなければ。

 

 しかし既に時間は遅い。今日はこれ以上動くわけにはいかないだろう。

 

 ということで、提示された情報をいつでも見られるよう自分の端末に移す。I-2Oにはその場所の精査を指示し、モモの部屋へと戻った。

 

 フォーススリープで眠らせたからか、彼女はぐっすり眠っているようだった。

 それでも、何かの拍子に起きてしまうということはあり得る。だから私は抜け出たときと同じく細心の注意を払って布団に潜り込むと、改めてモモの身体に身を寄せた。

 

 早ければ明日には、ヒミコにまた会える。そう思うと、身体が興奮してしまって眠れそうになかったが……このまま寝ないでいると絶対に朝になって痛い目を見るので、増幅を使って無理やり眠ることにした私であった。

 

 そして翌朝のことである。

 

「ますたー、仕事終ワッテルゼ」

 

 教科書類を取りに自室に戻ったところでI-2Oからそう言われ、私は荷物を放り出して彼に詰め寄った。

 さすが私の造った自慢のドロイドだ。仕事が早い。

 

「結果は?」

「オゥワ、近ェッテノ。……ホラヨ、ココダ」

 

 彼は私に求められるまま、データを私の端末に飛ばしてきた。

 早速データを確認してみれば、どうやら一般的な地図に解析した結果を書き込んだ画像データのようだ。

 

 わかりやすくまとめられていて素晴らしいな……と思いながらそれを読み込んだ私は、次の瞬間声を荒らげることになる。

 

「雄英の敷地内じゃないか!!」

 

 なんと、ヒミコが眠っている場所は雄英の中だったのである。

 こんなにも近い場所にいたにもかかわらず、全然気づかなかったなんて……。これでは恋人失格ではないかと、私は頭を抱える。

 

 だが、すぐに復活した。

 

「……落ち着け、私。逆に考えれば、これ以上罪を犯す必要はなくなったということだ。うん、そうだ。前向きに考えよう……」

 

 何せヒミコが提示した映像からして、彼女が眠る場所は地下なのだ。これがどこかの建物の地下だった場合、掘り返すなどできるはずもない。

 

 しかし場所はどうやら雄英の敷地内で、かつ周辺に建物がない森林区域と思われる。雄英内でも滅多に人が行き来しない場所なので、掘り返しても気づかれにくいはずだ。

 

 また、私有地であれば”個性”の使用は犯罪に当たらない。校則というルールには抵触するかもしれないが、憲法に規定されたものではないので、一応、かろうじてだがセーフだろう。

 

「……よし。放課後だな」

 

 なので、私は覚悟を決めて今日という日を早く終わらせることにしたのだった。

 

「なんか今日のことちゃん、元気だね?」

「私も思った! 何かいいことでもあったん?」

 

 だが、逸る気持ちが態度に出ていたのだろう。登校中、トールたちからそんな風に問われた。

 

「ん……うん」

 

 ただ、ヒミコが戻ってくる目処が立ったなどと素直に答えると、それはそれで問題だ。あまり深く踏み込まれたとしても、答えられないことが多いのだ。

 

 なので、嘘ではないが事実でもないことを告げてお茶を濁すことにする。

 

「……夢を見たんだ。クリスマスに、ヒミコも含めたみんなでパーティをしている夢だ」

 

 夢を見たことは事実だ。ただ、それが昨夜ではないだけで。

 

 しかし十分な理由付けにはなったのだろう。オチャコとトールはにっこりと笑ってくれた。

 

「わー、素敵な夢だねぇ」

「いいねぇ、クリスマスパーティ。みんなでやろうよ!」

「なになに、クリパすんの? いーじゃんやろうぜ! なあ!」

「ん……まあいいんじゃない? せっかくの機会だもんね」

 

 これには周りからも賛同者が集まった。やはり世間一般では、クリスマスとは楽しい行事なのだなぁ。

 

「……あれ? でも増栄さんの家って、お寺だったよね?」

 

 と、ここでイズクが心配そうに私を見た。大丈夫なの? と言いたげな顔である。

 

「確かに実家は寺だが、我が家では関係なくクリスマスパーティをするぞ」

「するんだ!?」

「お寺なのにそれでええの!?」

 

 この答えに、同じようなリアクションをするのは相変わらずお似合いなイズクとオチャコである。

 

「今の時代、そんなものなのだそうだ。まあそれは建前で、父上の本音は『宗教が違うというだけの理由で、クリスマスの話題についていけなくなるなんてことは娘にはさせたくない』らしいが」

『やっぱり親バカなんだ……!』

 

 そして私の更なる答えに、クラス全体の心が一つになった。同感である。

 

 仏教の僧侶としてそれはどうなんだと思うのだが……同級生とクリスマスのプレゼントのことで盛り上がる妹のことを考えると、父上の選択はあながち間違いでもないとも思う。特殊な生まれの私にはあまり意義がなかっただけのことで、普通の子供であれば重要なことなのだろう。

 

「とはいえ、実家でやっているクリスマスパーティはどちらかというとヨーロッパ式でな」

「家族だけで穏やかに過ごすスタイルですわね。それも素敵だと思いますわ」

「うん。でも逆に、友達と一緒にパーティをするということはやったたことがない。だから」

 

 ――とっても楽しみなんだ。

 

 そう言って、私はにこりと笑った。ヒミコと一緒のクリスマスというフォースヴィジョンを、恐らくは現実のものにできそうなことが嬉しくて。その感情を隠すことができなかった。

 

 これを受けて、みんなも嬉しそうに笑う。きっと色々と勘違いをしてくれているのだと思うが。

 しかし、そういうことなら大いに盛り上げよう、という気概をみんなから感じることは素直に嬉しく思う。

 

 なお、ミノルは私の笑顔を見た瞬間「見える……見えるぞ……その顔を見たトガのリアクションがオイラには見える……!」などとのたまいながら、地獄で仏に出会った罪深き破戒僧のように合掌して崩れ落ちている。誰もそれについては何も言わず、触れもしなかった。

 

***

 

 さて、問題の放課後である。

 私はホームルームが終わるや否や、行動に……出なかった。それはさすがに目立ちすぎる。

 

 なので普段通りに下校し、荷物をすべて自室に置いてから念のため体操服とジャージに着替え、ランニングと称して寮を出ることにした。これ自体は、ヒミコがいた頃に二人でたまにしていたので、さほど怪しまれることはないだろう。

 何人かは親切心でついて来てくれようとしていたが、言葉として提案される前に飛び出して来た。

 

 持ち物はスマートフォンと、それから那歩島にも持って行った圧縮収納装置である。ヒミコからの情報によると、地球に乗って来たスターシップも一緒にあるそうなので、それを回収するためだ。

 入るかどうかはわからないが、ともかくこれで準備よし。そう判断して、私は寮を飛び出したわけである。

 

 もちろん、まっすぐ目的地には向かわない。念を入れて、ランニングをする際に使っていたコースをなぞる形で回り道をしてからだ。

 さらに、周囲をフォースで探って誰も周りにいないことを確認したうえで、私は目的の森林区域に踏み込んだ。

 

「ここのどこかのはずだが……」

 

 森の中を歩きながら、スマートフォンに表示させた画像と周辺を見渡すが……やはり、地上にフォースと感応するものは見当たらなかった。

 フォースによる探査もさすがに地中にはそうそう及ばないので、これ以上何かをしようとするなら地面を掘り起こすしかない。

 

 ただ、それとは別に見つけたものがある。

 

「……掘っ立て小屋、というにはしっかりした造りだな。用具倉庫にしては小さいし……」

 

 それは小屋だった。工事現場に置かれているプレハブ事務所くらいの大きさだが、造りはしっかりしている。一軒家をしっかり建てるくらいの工事がなされているように見える。

 

 しかし、扉が一つある以外は窓も何もないという点は気にかかる。

 確認してみたが、雄英の校内マップにも載っていない。他は細かなものまで載っているというのに。

 ここまで来ると、いっそヴィランが学校内に侵入するために造った拠点か何かなのでは? と勘ぐってしまうな。

 

 ところが、その答えは予想外のものがった。念のためI-2Oに学校のデータに何かないかと探らせたところ、ちゃんとここのことが記載されたものがあったのだ。

 

「……ハツメの発明品を収蔵するための地下倉庫?」

『オウヨ。アノ嬢チャンガ後先考エナイデモノヲ造リマクルセイデ、工房ノホウハスッカリ飽和シテルンダトヨ』

「なるほど。それでパワーローダーが校長に嘆願したか何かで、地下室を造ることになったのか」

 

 説明を聞いて、納得した。

 

 ハツメが関わっているならあり得る。ヒミコが消えてから彼女と顔を合わせる機会は持てないでいるが、しかしそれ以前でも工房へ顔を出すたびにものが増えていたからな。

 いよいよ飽和したのかと呆れればいいのか、よくぞいままでスペースが保ったなと感心すればいいのかは、判断に困るところではあるが。

 

 しかしそれについてはこの際どうでもいい。私にとって重要なのは、この小屋が建設中の地下倉庫への入り口である、ということだ。

 そう、地下である。もしかしたら。そう期待してしまうのも、無理からぬことであろう。

 

「……行くか」

 

 ということで、私は小屋への侵入を試みた。

 物理的な鍵と、電子的な鍵の二重ロックがかかっていたが、どちらもフォースがあれば解錠は容易である。私はほとんど時間をかけることなく侵入に成功した。

 

 そこには、様々な工具や工作機械が並んでいた。他にも作りかけの道具があったり、壁にカレンダーがかけられているなどしており、恐らくは休憩用か準備用の部屋も兼ねているのだろうな。

 さらに室内を見渡せば、エレベーターも見つかった。私は入り口の鍵をかけ直し、I-2Oから現時点でわかる限りの地下のデータを送信してもらう。

 

 おまけに地下にはセキュリティもかかっているようなので、それも一時的に切ってもらい……ようやく私はエレベーターに乗り込んだ。

 

「……やはり地下に直通だ。これは運がいいぞ」

 

 エレベーターの階数表示は、一階と地下の二つだけだった。

 

 ただ、エレベーターがとまる前にスマートフォンは通信網から切り離された。先にデータを送ってもらって正解だな。

 とはいえ、ここのセキュリティの解除に当たっては準備をしていなかったので、いつ発覚してもおかしくない。ここからは時間との戦いだな。

 

「さて……こちらか」

 

 そのデータに従い、歩き始める。道中、ハツメのベイビーと思われる警備兵器に何度か襲われたが、いずれもフォースハックで機能停止させていく。

 

 ……ここを建設しているのは、パワーローダー一人らしい。彼の”個性”は「掘削」であり、掘ることにかけては右に出るものはいないだろう。

 

 しかし一人で延々と同じ作業に従事していると、人間は往々にして羽目を外し出す。私も長々と機械をいじっているとそんな気分になることがあるので、よくわかる。

 パワーローダーもそうだったそうで、作業の息抜きにサーキットコースやらシアタールームを作ってしまったらしい。

 

 だが最近は温泉まで掘り当ててしまい、その対処に追われていたそうだ。どうにかこうにか浴場の体裁に整えたはいいが、今度はその過程で謎の迷宮が土の向こうから出現して頭を抱えているところだとか。

 

「……謎の迷宮、か」

 

 その言葉に、私はピンとくるものがあった。

 

 ヒミコから提示された、彼女が封印されている場所とそこに繋がる経路の情報に、そういう場所を通ると記されていたのである。

 目的地に非常に近い地点で、土を掘ったら出てくる迷宮と来れば、可能性は高いのではないだろうか。

 

 そしてその推測は、すぐに確信へと変わった。

 なぜなら、問題の場所にできた穴からさらに地下へと降りてみれば、辿り着いた洞窟には確かにフォースの気配がしたのだから。

 




慎重に状況を整え、細心の注意を払って完全犯罪に挑む元ジェダイの図。
常に冷静であれとはそういうことじゃないんだよなぁ。

なお、いかにもご都合主義的な展開に思われるかもしれませんが、野放図に造られまくる発目のベイビーを遂に持て余したパワーローダーが校長から許可を得てこの時期に地下保管庫を一人で作ってるのは、真面目にヒロアカの公式設定です(小説「雄英白書・祝」より)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.再会

大変長らくお待たせしました。


 洞窟には、当然だが明かりなど何もなかった。それをスマートフォンのライトで照らしてみれば、なるほどそこは迷宮であった。

 

 何せ、明らかに人の手によると思われる痕跡がたくさんある。やけに平らな床や壁。他にも、いっそ不自然なほどに生物の気配がないなど、自然の洞窟ではあり得ないことがいくつもあった。

 やたらと分かれ道が多い点も、その一つだ。これを迷宮と言わずしてなんと言うのか。パワーローダーもさぞ困っているだろう。

 

「……こちらか」

 

 しかし私にとって、絶望的なものでもない。

 なぜならこの洞窟、フォースが濃いのだ。地下深いからこの上で生活していても今まで気づかなかったが、那歩島のミニチュアテンプル周辺くらいはある。

 

 であれば、フォースの力を借りれば進むべき道はおのずとわかる。惑星イラムにおけるギャザリングと、同じようにすればいいのだ。

 別に難しいことではない。何せ、ギャザリングは既に前世で乗り越えたことがある。私にできない道理は存在しない。

 

 そうやって歩くこと、およそ十分。

 

「……ここ、か?」

 

 緩やかに曲がりくねる道、やけに急な坂道を下るなどして、私は遂に開けた場所に到着した。

 

 とは言っても、地下の洞窟である。外から光が入ってくる余地はなく、スマートフォンでは全体を照らすにはまるで足りていない。

 

 それでも、見えるものは確かにある。開けたその場所で、一際存在感を放つもの。

 

「湖……と言うほど大きくはないな。泉か」

 

 それは、十分すぎるほどの水……いや、湯をたたえる泉だった。温泉である。

 

 見たところ、淀みはない。流れもあるようだ。恐らくは、外に繋がる水路がどこかにあるのだろうな。たとえば、パワーローダーが掘り当てたという温泉とか。

 また、透明度が異常に高い。恐らく酸性かアルカリ性か、どちらかが強いのだろう。生物が住める環境ではないのだろうな。

 

「これは……」

 

 そして、その泉の底。向けたライトの、か細い光の先で浮かび上がったものに、私は歓喜した。

 

 それは。そこにあったものは、間違いなく。

 

「スターシップ……!」

 

 銀河共和国で造られた、天翔ける船。それが、はっきりと姿を見せたのである。

 

 慌てて泉に駆け寄って水底にライトの光を向けてみれば、水の上からでもわかるほど大量の改造が施されているスターシップの姿が見えた。

 改造のおかげで、だいぶ原型からかけ離れているだろうスターシップ。しかし円盤状の船体はあまりにも特徴的であり、おかげで機種の特定は難しくなかった。

 

「……コレリアン・エンジニアリングのYT-1300シリーズだな。懐かしい。だが、ということはこれが、銀河に名高いアウトロー、ハン・ソロの愛機……『銀河一速いガラクタ』ミレニアムファルコンか」

 

 前世の私が生まれる数十年前に販売された軽貨物船であり、手頃な価格に高い耐久性、何より改造が容易な拡張性が評価されていたシリーズだ。アヴタス・イーダが生きていた当時も人気は根強く、前世ではそれなりに見る機会があった船だ。

 

 とはいえ、ここまで大量の改造が施された機体は初めて見る。機械に造詣がないものには、ガラクタの塊にしか見えないのではないだろうか。「銀河一速いガラクタ」は言い得て妙な二つ名だな。

 

 それでも見るものが見れば、これらの改造が宇宙の過酷な長旅に耐えるためのものが大半であることがわかる。それでいて、恐らく速さも捨ててはいないだろうことも。

 その二つを両立させるとは、この改造を施したもの……恐らくハン・ソロは、他の追随を許さない腕利きだったのだな。

 

 しかし機体のあちこちには、損傷もいくつか見えている。恐らくは、宇宙デブリなどの衝突の痕。ほとんど直線で移動してこれたとはいえ、約8700万光年の距離だ。さもありなん。

 けれども、その距離を踏破するにはこの船は小さくて頼りない。これだけでここまで来たとは少し考えづらいところだ。

 

 ……と、このままいつまでも眺めていたいほど芸術的な船であるが、私の目的はこの船そのものではない。

 

 なので私は、スマートフォンのライトはそのままに傍らに置く。次いで静かに目を閉じ、深呼吸を数回。

 

 余計な力は抜く。起立は維持しつつも、最低限に抑えて。

 そしてその状態を保ったまま――私は泉に向けて。正確には、底に沈むファルコンに向けて、両手と意識を集中させる。

 

「――――」

 

 フォースがみなぎる。世界のありとあらゆるものと繋がったような、特有の感覚が全身にくまなく広がっていく。

 その感覚に身を任せて、私は力を解き放つ。

 

 すると、水底のファルコンがかすかに動いた。それは次第に大きくなり、やがて緩やかに船体が浮上し始める。フォースによるテレキネシスが、船体を持ち上げているのだ。

 

 驚くことではない。フォースにかかればこの程度、何も難しいことではない。

 むしろ当たり前のことだと、そう世界に示すのだ。やればできる。これはそういうものである。

 

 ……まあ、前世の私に同じことができたかというと、恐らく無理だったろうが。生まれ変わって以降の過酷な鍛錬の果て、前世以上のミディ=クロリアンを得るに至ったからこその芸当だ。

 

 などと考えているうちに、やるべきことは終わっていた。既にフォースの迸りは落ち着いていて、ゆるゆると息を吐き出しながら目を開ければ、ファルコンが地面の上に鎮座していたのだ。

 船体から滴る水は、やはり非常に澄んでいる。だからか、船体そのものには汚れらしい汚れは見当たらない。傷以外はきれいなものだ。

 

「……さて、いよいよだな」

 

 遠巻きに船体を少し眺めたあと、私は迷うことなくファルコンに近寄った。

 改造がいくら多かろうと、出入り口まで変わっていることはない。問題は、千年単位で使われていなかったであろうこの船が、まともに動くかどうかということだが……。

 

「……ああ、やはり燃料がもうほとんど残っていないな。電源が大元からシャットダウンされているのも、下手に消耗しないようにするための措置か」

 

 扉の開閉ボタンを押しても、ファルコンはうんともすんとも言わなかった。機体そのものの電源が完全に落ちているようだ。

 これでは中に入れない……と、普通ならなるのだが、私はフォースユーザーである。おまけに私が一番得意な技は、機械類への干渉を行うフォースハックである。電源を外からオンにすることは、難しいことではない。

 

 船体に光が灯る。まだエンジンは点火していないが、それでも約千年ぶりに起動したファルコンは甲高いあくびを奏でながら、隅々にまでエネルギーを満たしていく。搭載されているすべてのプログラムが励起し、スタンバイに入った。

 

 これを確認するとともに扉を開き、中に足を踏み入れる。起動したために灯された明かりに照らされた船内の様子は、生活感こそないものの、まるでつい最近まで使われていたような雰囲気すらある。

 一方で、埃やごみの類は見当たらない。浸水も一切ないようで、きれいなものである。

 

 そんなところを、まっすぐコクピットに向かう。そこに、ヒミコがいるはずだから。

 

 普段なら、船内にもあちこち見える改造の気配に、メカニックとしての私が好奇心を刺激されてうずうずするのだろう。だが、今はそれすらも二の次だ。

 静寂に満ちた船内を、靴の音を響かせながら奥へと進む。船内の構造そのものはさすがに改造されてはいないようで、迷うことはなかった。

 

「……ああ」

 

 やがて足を踏み入れたコクピット。そこに並べられた複数のコンソールを見て、私は今まで一度も抱いたことのない感情を抱いた。

 恐らくは、郷愁と呼べる感情。既にこの星に根を下ろす覚悟はできているが、それでも今世の二倍は生きていた土地ゆかりのものそのものを見て、何も思わないなど私にはできなかったのだ。懐かしくてたまらない。

 

 ああ、そうだ。私はこういったものに溢れる世界で生きていた。今生では見る機会が一切なかったものを、もう一度見ることができた喜びで思わず顔が緩む。まるで生まれた家にようやく帰ってきたような、そんな喜びだった。

 

 だが、いつまでもその喜びに浸っているわけにはいかない。今は単独行動をしている身だからな。ヒミコと顔を合わせたらしばらく行動不能になることは明白なので、それ以外のことはなるべく手早く済ませなければ。

 

 私は気合いを入れ直し、メインコンソールに歩み寄った。永い時間が経っているだろうに、やはり埃ひとつないシートに腰を下ろす。

 ……下ろしてから、今の私の身体では座った状態でコンソールに手がまったく届かないことに気づき、無作法を承知でシートの上に立ち直した。

 

 そして見つける。

 

「……ヒミコ……」

 

 メインコンソールの上。計器の一つに飾られた、私たちのペンダントを。

 

「やっと、やっと見つけた……!」

 

 思わずそのペンダントに手を伸ばし、そして……見えない何かによって弾かれた。

 

「……これがフォースによる封印か」

 

 弾かれて痛みが走る手を押さえながら、改めてペンダントを眺める。フォースとの感応を高めてじっくりと観察すれば、微かだが確かに、複数の色が入り混じる膜のようなものがペンダントの周辺を覆っている様が見て取れた。

 こちらもファルコンに負けず劣らず、芸術的だ。あちらは機械的に、こちらはフォース的にではあるが。その完成度の高さは共通する。

 

 であればこそ、これを成したレイとベンの二人は相当に優秀なフォースユーザーだったのだろう。さすがはアナキンの孫夫婦と言ったところか。

 

 では私にこれを解除できるのか、だが……やるしかないので、やる。

 やってみる、などと思うものか。私は必ず、ヒミコと再会するのだ。

 

 だから、教えられていた手順に沿って封印へと手を向ける。目を閉じ集中して全身にフォースをみなぎらせ、封印へと干渉する。

 

 ライトサイドのフォースによる、ダークサイドのフォースの封印。この解除に必要なもの……それは、封印を形成しているライトサイドのフォースを打ち消す規模の、ダークサイドのフォースに他ならない。

 

 しかしそれだけではダメだ。それだけで解除できるなら、ただ腕の優れたダークサイダーだけで事足りてしまう。

 だから必要なものはもう一つ。ライトサイドのフォースも同時に必要になってくる。

 

 つまり本来であれば、別々の性質を持ったフォースユーザーたちがいなければならない。この封印を単独で解くのであれば、光と闇の間で揺れ動いているものが必要なのだ。

 

 ……ここまで来ると、すべてはフォースによって導かれているのではないかとまで思う。

 

 だって、私はつい先日、暗黒面に堕ちたのだ。しかし光を捨てることなく、堕ち切ってなるものかとあがいてもいる。

 つまり私は今、光でも闇でもない。どちらかと言えば闇寄りかもしれないが、間違いなくどちらでもないのだ。

 しかし私が明確にそれを自覚できたのは、本当に昨日のこと。その直後にこれとは、偶然にしてはできすぎているだろう。

 

 ()()()()()()()。ヒミコが助けられるなら。ヒミコとまた会えるなら。

 私は、もう一度闇に頼ることなど躊躇わない。

 

 そう考えるにつれて、私のフォースが闇に染まっていく。自分でもわかるほど明確に。

 きっと今なら、フォースブラストも使える。もしかしたら、フォースライトニングすらきちんと撃てるかもしれない。

 

 けれど、完全に闇に浸ることはしない。半分ほどフォースに闇が広がったところで、思考を切り替える。

 今していることは、執着による独りよがりなものであると。これ以上の狼藉は許されるものではないと。

 

 もちろんそうしたところで、ヒミコに会いたいという気持ちを偽ることはできない。だからこそ、フォースはさらに闇が広がった。

 けれどそこまでだ。半分より少し多いくらいが闇に染まったが、しかし残りは光を失うことなくそこにあり続けている。

 

 ――まるで、私たちのセーバーの色のようだ。

 

 そして、ふとそんなことを考えた。その瞬間のことだった。

 

 ぴしり、と何かにひびが入る音が聞こえた。応じる形で、ゆるりと目を開く。

 封印がひび割れていた。

 

 そのひびを崩すために、力をさらに押し込んでいく。文字通り、無理やり穴をあける行為である。

 だが、そういうシンプルなやり方が一番明快で、単純だ。元より、封印を暴くとはそういうことだ。

 

 だから私は気にすることなく力を使い続け――そして、遂にそのときは来た。

 音もなく、しかしフォースユーザーには聞こえる音を響かせて、封印が砕け散った。封印を形成していたフォースはそのまま溶けて、宇宙のフォースへと還っていく。

 

 これを見届けて、私は手を引っ込める。胸が、心臓が、うるさいくらいに鳴っていた。

 

 わかる。

 もう、既にわかる。感じる。

 

 ()()

 

 このペンダントの中に。このペンダントを依り代にして。

 そこに。

 

 ここに、彼女がいる!

 

「……ヒミコ?」

 

 けれど反応はなく。心配になって、思わず声をかけた。

 それでも反応はなかったので、少しだけフォースを飛ばしてみる。朝、いつも身体をゆすって彼女を起こしていたときのように。

 

『んぅ……』

 

 すると、かすかに声が聞こえてきた。

 ヒミコだ。彼女の声だ。毎朝聞いていた、彼女の声。寝起きで、少しだけ不機嫌なときの声!

 

 そういうときは、どうすればいいか私は知っている。

 

 だって、もうずっと。

 

 ずっと、ずっと、この一年間、一緒に寝起きを共にしてきたのだから。

 

「ヒミコ」

『……ぁ……』

 

 だから、もう一度呼びかける。名前を呼んであげる。

 

 そうすれば、

 

『――コトちゃん!!』

 

 ほら。

 

「ヒミコ!」

『おはようございます!!』

 

 すぐに機嫌を良くして、笑いかけてくれる。

 笑いかけて、それで、それから。

 

『コトちゃん……!』

「ヒミコ……!」

 

 それから、私たちはどちらからともなく、抱きしめ合うんだ――。

 




レイア以外のハン・ソロ一家が勢揃いで来てるんだから、そりゃあ地球にあるスターシップはミレニアムファルコンですとも。
スターウォーズには印象的な宇宙船がたくさんありますが、やはりそのアイコンと言うべきはファルコンを置いて他にはありますまい。
ボク個人としてもファルコンには思い入れがあり、「フォースの覚醒」における「チューイ。我が家だ」というハンのセリフは全シリーズ通しても屈指の名ゼリフだと思ってます。
その段階では期待値高かったんですけどね・・・。

まあそれはともかく。
古いし損傷もあるし燃料もないしで、現状ファルコンがすぐに飛ぶのは不可能です。できないことはないですが、やるとかなり危険です。
でも一番重要なのは、このファルコンが貨物船であることですね。
トガちゃんが言っていた「お土産」はこの船に搭載されています。
何があるかはのちのちのお楽しみということで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.おかえりとただいま

 抱きしめたヒミコからは、体温を感じなかった。触れているという感覚も、ほとんどない。姿も、アナキンのように半透明で背景が見えてしまっている。

 

 当たり前だ。今の彼女は、魂だけの存在なのだから。

 

 それでも、確かにここに彼女はいる。フォースによって、最低限の感触はある。だから。

 

『ああ、ああ! やっと、やっと会えました……!』

「うん……! うん……っ!」

『会いたかった……っ! ずっと、ずっと、ずぅっと……! 会いたかったです……っ!』

「私も……っ! わたしも、あいたかったよぉ……っ!」

 

 私たちは互いを包むように抱きしめて、ぼろぼろ涙をこぼしながら言葉を交わし合う。

 キスは……してみたけれど、やはり感覚はない。それが寂しいけれど……でも、今はそれを深く気にする余裕なんてない。

 

 再会できたら、言おうと思っていたことがたくさんあったはずなのに。ただ名前を呼ぶか、相槌を打つことしかできない。

 涙もあふれてとまらない。嬉しいはずなのに。こんなにも、喜んでいるはずなのに。

 

 ……嬉しくても、幸せでも、人は涙を流せるのだな。知識としては知っていたけれど、それを体験として理解する日が来るとは思わなかった。

 

『もう、絶対、絶対絶対、離さないです……っ!』

「私もっ、私も、絶対、絶対絶対、離さない……っ!」

 

 そうして私たちは、ひたすら泣きながら再会を喜び合った。

 

 けれど、まだ本当の意味で喜ぶには少しだけ早い。少し経ってから、互いに抱きしめ合った状態のまま私はおずおずと問いかけた。

 

「……それで……その、どうやったら君は、元に戻れる……?」

『単純に、私の身体の中に戻ればそれで大丈夫なはずです。今私の身体ってどこにあるんです?』

「総合病院……あれだ、以前にエリが入院していたところだ」

『覚えてないです!』

「……まあ、それもそうか。君は……その」

『はい。コトちゃんにとっては一か月前かもですけど、私にとっては千二百年以上昔のことなので』

 

 彼女の言葉に、私は心配になる。

 

 大半を寝て過ごしたとはいえ、生物としての寿命を大幅に上回る長期間を過ごしたとあれば、普通は精神に異常をきたすものだ。

 そうでなくとも、十年もあれば人はそれなりに変わるもの。ヒミコが私の知っている彼女ではなくなってしまっているのではないかと、不安になったのだ。

 

『……そですねぇ。自覚はないですけど、何かあるかもしれません』

 

 私のそんな不安は、今や幽霊であるヒミコには伝わりやすかったのだろう。少し寂しそうな顔を浮かべて、彼女は笑った。

 

 その笑みが、少しずつ変わっていく。口元は三日月を描くように端がつり上がり、目が細められる。口の中が、犬歯がはっきりと見える形になった。

 ()()()()()()()()()()()()。大好きな顔だ。

 

『でも、コトちゃんのことが大好きなのは絶対に変わってませんから』

「うん……ごめん……」

『いいんです。コトちゃんの気持ちはよくわかるので』

 

 笑顔のままで、ヒミコが穏やかに言う。

 

 この反応自体が、今までとの違いそのもののようにも感じる。過去に飛ぶ前の彼女だったら、機嫌を損ねていた可能性が高い。

 

 しかし、その違いに対する忌避感はなかった。むしろ、なんというか……そう、大人になったような。そんな感じがする。

 人生の酸いも甘いも触れたことのある――実際に触れたのだろうが――、大人の色香が加わっているように感じられる。

 

 だからなのか、私の胸は高鳴った。顔が紅潮する気配がする。この変化は、久しぶりに生でヒミコの笑顔を見たからだけではないような気がして、なんだろう。うまく言えないけれど……惚れ直したとでも言えばいいのか。

 

 うん。どちらにしても、やっぱり私はヒミコのことが大好きなのだろう。

 

『んふふ。はい。私も大好きですよぉ』

「ヒミコ……うん、ありがとう……」

 

 そんな状態で、いつものように頬をすり合わせてくる。こういうところは変わらないままか。

 でも久しぶりのことなので、私はどきまぎしてしまう。深く物事を考えている余裕はなさそうだ。

 

 だから、彼女の頬にキスを軽く寄せつつ、強引にでも話題を変えることにする。

 

「とりあえず、ここから出よう。ランニングして来ると言って寮を抜けて来ているんだ、そろそろ戻らないと怪しまれる」

『寮……そうだ、そうです! みんなにも会えるんですね!? 楽しみです……コトちゃんは当たり前ですけど、みんなにもずっとずっと会いたかったのです……!』

 

 帰りましょう! そう言うヒミコに、思わず顔が綻ぶ。

 

 うん、そうだ。帰ろう。私たちの家に、私たちのあの部屋に。

 

『じゃあ私、コトちゃんの身体の中に一旦入りますねぇ』

「そんなこともできるのか」

『魂の使い方? って言えばいいんでしょーか。そういうのは、長い幽霊生活で大体わかりましたので』

 

 えっへんと胸を張るヒミコ。

 ああ、カァイイなぁ。久しぶりに見る恋人の得意げな顔が、こんなにもカァイく見える。こんな何気ない仕草一つとっても、愛しくてたまらない。

 

 そのまま思わず見惚れていると、ヒミコがふわりと浮かんで彼女のペンダントを引き寄せると、私の首にペンダントをかけた。次いで、彼女の身体が私の身体に重なる。

 次の瞬間、意識の中にヒミコが入り込んできた。初めての感覚だ。意識が妙にざわざわして落ち着かない。

 

 だが、これがヒミコと魂を同居させているからだと思えば、不快には感じない。むしろ、愛を交わし合っているときのような幸福感すらあるように思える。

 

『さ、行こ?』

「うん」

 

 そんな感覚に身を委ねながら、私はきびすを返してファルコンを降りた。 

 ファルコンを改めてシャットダウンし、その機体を持ち込んでいた圧縮収納装置で収納する。

 

『それ、そんなに収納できたんですね?』

「私も限界ギリギリの収納をしたのは初めてだ」

『ぶっつけ本番? すごくジェダイみたいです』

「君の中でジェダイの認識はどうなっているんだ?」

『ますたぁの教えがいいんですよぉ』

「ふふ……っ、それは、ふふ、そうだな……そうかもしれない」

 

 そして、そんな軽口を交わし合いながら。それができることの喜びをかみしめながら、私は元来た道を駆け足で戻っていく。

 

 幸いにして、私がここに来たことは気づかれていないようだ。妨害されることなく地下を脱し、通信が回復する。

 

『ヘイますたー、急イダホウガイイゼ。ぱわーろーだート根津校長ガソッチニ向カッテル』

「わかった。後始末は任せていいか?」

『オウオウ、どろいど使イガ荒イネェ。了解了解(ラジャラジャ)

 

 そんな少し危うい場面もあったが。

 

 ともかく、私はなんとか無事に寮に戻ることに成功した。

 

「ことちゃん! よかった、ちゃんと戻って来た~!」

 

 そして戻るや否や、玄関口に慌てた様子のトールに出迎えられた。

 

「もー! なかなか帰ってこないから心配したよー! 電話にも出ないしメールも届かないし……」

 

 大袈裟な身振り手振りで怒りをアピールする彼女に、申し訳ないと思う。ヒミコと再会できた喜びが大きすぎて遅くなったのだから仕方ないのだが、しかし心配させたくはなかったことも本心なので……。

 

 ただ、だからといってヒミコのことを言うにはまだ早い。どう取り繕うべきか。

 

 そう、考えていたのだが。私が動こうとするよりも早く、私の身体が動いた。

 

(えっ)

「あーーっ! 透ちゃんだーーっ!」

「わぷっ!?」

 

 私の意思に反して、身体が動く。目の前のトールに、跳躍して真正面から抱き着いたのだ。

 同時に口をついて出た言葉もまた、私が言おうとしたものでなく……そして、そんなことを考えているさなかにも、私の身体は動き続いている。トールの身体をよじ登り、その顔に顔を近づけている。

 

「ちょー!? なになに、急にどしたのことちゃん!?」

「えへへ……透ちゃんだ……透ちゃんだぁ……! ふわふわの髪の毛、カァイイねぇ。透ちゃん、顔がいい……ほんとカァイイねぇ……!」

「……え……?」

 

 私の身体が動き続ける。両手が慈しむように、トールの両頬を柔らかくなでる。

 勝手に私の顔が動く。形は笑みに。その形は、間違いない。ヒミコのように笑っているはずだ。

 

 それもそのはず。何せ、今この身体の主導権は、ヒミコが握っているのだから。

 

(ヒミコ? 嬉しいのはすごくわかるのだが、このままでは)

「葉隠ちゃんどうしたん? 理波ちゃん、何かあったん?」

「あ、麗日ちゃん……その……」

「お茶子ちゃん? ……お茶子ちゃん!」

「ひょわっ!?」

(あ、さてはヒミコ、完全に暴走しているな? そうだな?)

 

 なんとかして引き留めようとしたが、もうこれは諦めたほうがよさそうだ。

 オチャコの姿を見とめた瞬間、ヒミコの心が大きく弾んだのだ。身体を共有しているからか、いつにも増して彼女の心の動きがはっきりとわかる。

 

 だから、もうとめはすまい。ずっと会いたかった、という友達との千二百年越しの再会なのだ。とめるなんて、無粋が過ぎると言うものだろう。

 

 それに、私だけをまっすぐに見つめるヒミコのことが私は大好きだけれど……誰にも縛られることなく、自由に生き生きと笑っている彼女の姿も、私は同じくらい大好きだから。

 

「お茶子ちゃん! お茶子ちゃんだー! わあ……! ぷにぷにほっぺ、カァイイねぇ! にくきゅう、カァイイねぇ!」

「ちょ、ちょっとー!? 理波ちゃんどうしちゃったん!?」

「なんだなんだ?」

「玄関口でなにしてんのー?」

「随分賑やかじゃん?」

 

 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたみんなが同じくらい賑やかにやってきた。何かあれば、お節介をしようとしてしまうのはヒーローのサガだから。

 

 だから、私の身体越しにヒミコは彼らを見た。クラスの全員がいるわけではないけれど、それでも。四月から一緒に切磋琢磨してきた、仲間の姿を。

 

 瞬間、私の中のヒミコが歓喜を爆発させた。けれどその規模が大きすぎて、一周回ったのだろう。表面的にはそれを露にすることはなかった。

 

「青山くん」

「どうしちゃったんだい、マドモアゼル?」

「三奈ちゃん」

「なーにー?」

「梅雨ちゃん」

「ケロ……理波ちゃん……?」

「飯田くん」

「うむ! どうしたんだい?」

「お茶子ちゃん」

「……もしかして」

 

 感極まった心と身体を抑えながら、感動で震えながら、ヒミコは彼らの名前を順繰りに呼んでいく。一人一人の目を正面から見据える形で。

 

「尾白くん」

「う、うん」

「上鳴くん」

「なんか……増栄ヘンじゃね?」

「切島くん」

「おう! どした!?」

「障子くん」

「ああ」

「耳郎ちゃん」

「マジでどうした……?」

 

 勝手に動く私の口から出る声が少しずつ震えていくのは、喜びが抑えきれなくなっていっているからだ。

 

「瀬呂くん」

「あいよ……確かに様子おかしいな?」

「常闇くん……と、ダークシャドウ」

「そうだな……本当に何があった?」「ナニガアッタンダローネー?」

「轟くん」

「おお」

「透ちゃん!」

「うん……っ、うん!」

「爆豪くん……は、いないですねぇ。相変わらずなのです」

 

 それでもヒミコは、クラスメイトの名前を呼び続ける。千年を超える時間の中で、擦り切れてしまった記憶を取り戻すようにじっくりと。

 

 ほろり、と私の目から涙がこぼれた。これには居合わせた全員が少し狼狽える。

 ただし、その理由が違うものも数人いるようだ。今、ここで話しているのが誰なのか、察せたものが。

 

「出久くん」

「う、うん。その、大丈夫?」

「峰田くん」

「……(滂沱の涙と共に合掌して天を仰ぎつつ頷いている)」

「百ちゃん」

「はい、ここにおりますわ」

「……よかった。私……ちゃんと……本当に、ちゃんと、帰ってこれたんですね……」

 

 とまらない涙をそのままに、私の口が動く。静かな言い方だったのに、なぜか周囲に大きく響いたような気がした。

 

 この言葉に、いよいよ堪え切れなくなったらしいトールが、先ほどとは真逆に飛びついてくる。

 

「ひみちゃん!」

 

 彼女に一瞬遅れて、オチャコも。

 

「被身子ちゃん!?」

 

 彼女たちのリアクションが、まさに答えだ。

 まだ気づけていなかったものも、これを聞いてハッとする。全員が何かしらを口にしながら、私を……私たちを取り囲む。

 

 私としては、もちろん。彼らの中に、非難するような色は欠片もない。彼らの心はただ純粋に友人を、仲間を案じる色で満ちている。

 フォースによって、それを直視することになったヒミコは……遂に堪え切れなくなって。

 

「うう……ううううう……っ! わた、わたし……っ、わたしぃ……っ!」

 

 滝のような涙をこぼしながら、真っ先に駆け寄ってきていたトールに倒れ込むようにして身体を預けた。

 

「とおるちゃん……っ! わたし……! かえ、かえって、帰って、これたん、です……! やっと、やっと……」

「うん……! A組だよ! いつもの……みんなの寮だよ!」

 

 そんな私の身体を、トールが力強く抱きしめる。彼女の顔も、既に涙でぐしゃぐしゃだった。

 表に出すことはできない状態だが、私も同様である。前面に出ているヒミコの影で、内心で、私も号泣していた。

 

「……っ、被身子ちゃん……っ、おかえりなさい……!」

 

 そして私たちは、私ごとヒミコを包み込むように抱きしめたオチャコの言葉で、完全に限界を迎え。

 

「……うわああああん! ただいまぁ……っ!」

 

 寮の中に、私の声色をしたヒミコの泣き声が響き渡ることになったのだった。

 




みんなで、おかえりとただいま。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.幸せを噛みしめて

 感動の再会を経て、正気に戻ったヒミコは私の中に引っ込んでしまった……ということはなく。

 

 ここまで大事にしてしまったからには、「もうしょうがないですよね?」と笑って、私から抜け出し堂々とみんなと交流し始めた。

 こういう妙に図太いところは、やはりヒミコである。先ほどあんなに感極まって大泣きしていたのに、まるで嘘のようだ。

 

 とはいえ、魂でしかない今の彼女をフォースユーザーでないものが認識することはできない。なので、ここは増幅の出番だ。

 

 ただし、クラス全員のミディ=クロリアンを強化するなど、一時増幅だとしても餓死は必至なので、最低限の人数と量だ。

 

『そういうわけで、どうにかこうにか戻ってきて、さっきやっとコトちゃんに合流できたんです』

「それでことちゃん、帰りが遅かったんだ!」

 

 私の増幅ありきとはいえ、それでもとんでもない経験をしてきたからか、幽霊ながらにすさまじいフォース量に至っているヒミコは、力業でみんなに声を届けることに成功していた。

 まあ、何があっても積極的であれることはいいことだろう。そういう前向きなところも、私が好きなところの一つである。

 

 ところで、ヒミコがそうやってクラスのみんなと盛り上がっている中、私は話の輪の中にはいない。何をしているかというと、

 

「ダメだ。明日は普通に出席しろ」

「そこをなんとかなりませんか……」

 

 マスター・イレイザーヘッドを相手に、交渉を続けていた。明日、授業を休んで病院に赴き身体を取り戻すヒミコを迎える許可を得る交渉である。

 

 私としては、無断欠席もやむなしと考えていた。少なくとも寮に戻ってくるまでは。

 しかしクラス全員にヒミコの帰還が知られてしまった以上、無断欠席は選べない。感情的に選びづらいというわけでない。単純に、手段としては下策になったのだ。

 

 しかも、気を利かせたテンヤがヒミコのことをイレイザーヘッドに報告してしまったため、こうしてイレイザーヘッドにも発覚してしまった。これは素直に許可を得るしか、真っ先にヒミコを迎える方法はなくなってしまったという次第である。

 

 だが、イレイザーヘッドはそれを許可しない。非合理的であるからだ。

 

 正直なところ、それは私もわかってはいる。何せヒミコの身体は一か月近くも寝たきりだったのだ。普通の昏睡状態よりは軽微だが、それでもリハビリが必要な状態であることは間違いないだろう。

 昏睡状態から目覚めたとあれば、相応の時間を検査に割く必要もある。であれば、直接私が出向いたところでヒミコと一緒にいられる時間はさほど多くはならないはずなのだ。

 

 イレイザーヘッドはその待ち時間を無駄だと断じているし、私自身も理性の部分では同感なのだが……やはり感情面で、目覚めたヒミコを一番最初に迎えるものは私でありたいという気持ちが強いのだ。

 

 なので、最初の目覚めるところだけでも立ち会いたいという方向に話を変えたのだが……それもイレイザーヘッドはダメだと言う。理由は、私一人を特別扱いするわけにはいかない、である。

 確かに、法的には私とヒミコは他人だ。そんな私を特別扱いしようものなら、誰だって対象にできてしまうからわからなくはないのだが……今日ほど婚姻契約を結べない年齢であることを恨んだ日はない。早く大人になりたい。

 

 ……なお、こんな押し問答しているくらいなら今から行けばいいだろう、という話もあるかもしれないが……現在、夜の九時を回っている。既に病院は面会ができない時間帯なので……。

 

 結局、私の欠席は許可されなかった。しかしヒミコが「コトちゃんがいないならヤです」と開院と同時の病院入りを拒んだため、最終的には放課後クラスメイト全員(カツキはフォースの実例を見るためだけだが)で訪ねるということになった。

 イレイザーヘッドは思い切り顔をしかめていた。無理もないが、今回ばかりは諦めていただきたい。

 

 そして、いい意味で非常に待ち遠しく、緩やかに流れる時間に焦れながら迎えた放課後。私たちは担任も生徒も全員という大所帯で、病院を訪れた。

 

 病室ではヒミコのご両親が既に到着していて、病院もスタッフ・機材共に万全の状態だった。思わず苦笑したが、こうなった原因の何割かは私なので、反省するべきなのだろう。

 

 だが、それは今は後回しだ。私は大勢に見守られる中で、ヒミコのペンダントをそっと彼女の身体にかける。

 するとペンダントに宿りなおしていたヒミコはするりと抜けて、自らの身体へと入っていく。

 

 直後、ヒミコの身体から感じるフォースの気配が一転した。死体のそれだったものから、生けるもののそれへ。

 

 そして。

 

「お、おおお……!」

「ああ……!」

 

 緩慢な動作でヒミコの目が開いた。ご両親が感極まって声を上げる。

 

「……私の身体、こんなに使いづらかったですっけ……」

 

 やはりゆっくりとこちらに顔を向けて、ヒミコがつぶやく。かすれた声だったが、ご両親ともども一番近くにいた私にははっきりと聞こえた。

 

 しかし、目覚めて最初の言葉がそれでいいのか。思わず苦笑する。

 

「仕方ないさ、君の身体は一か月近く寝たきりだったんだから」

「……ですねぇ。まあ、でも」

 

 周りがどよめいた。無理もない。いきなり健常者と変わらない動作でヒミコが起き上がったからだ。

 

「あ、あり得ない! 弱っているはずなのに、こんなこと……」

「はい、とってもしんどいです。でも……」

 

 フォースで身体を強化して動かしているな。晩年のマスター・ヨーダと同じことだ。彼も普段は杖を突かねば歩けないほどだったが、フォースを身にまとうことで機敏な戦闘を可能にしていた。

 

 ここに増幅を加えれば、リハビリもスムーズに行くかなと考えていた私であるが……。

 

「とりあえず、これだけは、させてください。ね?」

「ヒミコ? 待て、それは待っ――」

 

 首に両手を回されて、有無など言わせぬとばかりにキスをされた。

 

 大勢の前で。

 

 先ほどとは比べ物にならないほど、室内がどよめく。休日の新宿駅もかくやである。

 

 とはいえ、もうされてしまったからには仕方ない。私もしたくなかったわけではないし、こうなったからにはもうヤケだ。

 

 ということで、私もヒミコの背中に両手を回して愛に応じた。久しぶりすぎて、幸福感が強すぎる。頭が真っ白になって、思考が弾けそうだ。

 

 ああ、もう、ずっと我慢していたのに……こんなことされて、我慢なんてできるわけないじゃないか……。

 

「えっ、増栄さんトガさん……えっ、えっ!?」

「ひゃあ……被身子ちゃんってば、大っ胆……!」

「ああ……やっぱ()()なんだ……」

「薄々そんな気はしてた」

「公衆の面前でなんと破廉恥な……峰田くん? しっかりしたまえ峰田くん!」

「し、死んでる……」

「め、メディック! メディーック!」

「……俺らは何を見せられとんだ……」

 

 比較的クラスメイトのみんなは冷静なようだが、しかし聞こえる内容からして私たちの関係はほぼ全員に察せられているようだな。

 

 まあ、それもそうか。ヒミコがいなくなったときの私の取り乱し方は、友人を亡くした程度のものではなかったからな。

 

 一方、ヒミコのご両親のほうは唖然として硬直している。完全に寝耳に水というか、青天の霹靂というか。まったく想像もしていなかったらしい。

 

「ぷはあ♡ ……はぁー、もうダメです。疲れました。寝ます」

 

 そんな中、我関せずとばかりにヒミコはあっけらかんと言い放つと、さっさとベッドに戻って改めて横たわった。

 気まぐれすぎるその態度に、クラスメイトたちがずっこける。もちろん、医療関係者は大慌てだ。

 

 しかしご両親は、いまだに静かなまま。不思議に思って目を向けてみれば、今も変わらず固まり続けている。よほど衝撃的だったようだ。

 

 うん……これは……冬休みは、家族会議かな……。

 

 そんなことを考えながら、私は全力で叩きつけられた愛の余韻に浸りながら、その場にぺたんと腰砕けに座り込むのだった。

 

***

 

 さてそんなわけで反省文の提出を命じられた私とヒミコであるが、しかしヒミコがリハビリを必要としている身であることには代わりない。突然昏睡し、突然快復した点も医療の観点からすると放置できないので、彼女はしばらく入院することになった。

 

 だが、当初の退院予定日は一月半ばくらいだったのに、ヒミコは気合いで二十四日に退院できるくらいまで持ち直して見せた。

 もちろん精神だけでどうにかなるものではないのだが、そこは私の増幅があれば可能だった。

 

 それでも全快ではなく、動作はまだぎこちない。それこそマスター・ヨーダのように杖を突いてだが……しかし、確かにヒミコは二十四日に、クリスマスイブに退院してきた。

 

 なので、

 

『メリークリスマス!! と!! 退院おめでとう!!』

 

 クリスマスイブの夜。二学期も終え、ヒミコを加えて無事にクラス二十名が揃った私たちは、退院祝いを兼ねたクリスマスパーティの開催にこぎつけた。タイミングとしてはギリギリではあったが、私が夢に見た光景は成就したのである。

 もちろん夢と同様に、エリも一緒だ。生まれて初めてこういうイベントを体験するという意味では、私と彼女は似たようなものかもしれない。

 

 室内は暖かく、光に満ちている。奏でられる聖なる調べの中で、誰もが楽しそうに笑っている。

 

 みんなで同じ食事を摂り、語らう。将来のこと、人間関係のこと、自分たちが持つ力のこと。

 

 プレゼントをランダムで交換し合う。引き当てたものを、それぞれにあれやこれやと話し合ってまた盛り上がる。

 

 それらの一つ一つが、恋人とはまた違う意味で何物にも代えがたい、貴重で楽しい時間と素直に思う。今までこうやってイベントを一緒に楽しむ(ともがら)がいなかったから……今までとの違いが、けれどとても嬉しくて、胸の奥がほんのりと暖かくなる。

 

 幸せそうに、心底嬉しそうに、ヒミコが満開の笑みを浮かべている。戻ってこれた、大切な友人たちとまたこうして同じ時間を過ごせる喜びを噛みしめて、万感の想いがこもった笑顔が何よりも美しい。

 

 その膝の上で、抱きしめられながら私も同じように笑う。この光景が、夢だったはずの景色が、現実であることが……大切な恋人が帰ってきてくれる夢が現実になったことが、何よりも嬉しいから。

 

「夏の合宿のとき付き合ってるってトガっち言ってたよね? ってことは、そのときもう二人は付き合ってたってことでいいのかな~?」

「はい、そうですよぉ」

「ケロ……ミスリードにまんまとひっかかっちゃったわね。六歳違いがまさか下だったなんて思わなかったわ」

「んふふ、ひっかけるつもりだったので。私は別に隠さなくてもよかったんですけど、犯罪になりかねないからってコトちゃんが」

「あ、そこの自覚はあるんだ。いやまあ、増栄なら騙されてるとかじゃないって思うけどさ……」

「これについては私ももどかしく思っている」

 

 宴もたけなわを迎える頃にはヒミコを案じる声は既になく、中でも女性陣の会話の大半は私とヒミコの関係に及んでいた。ヒミコが退院するまではどうにかこうにかはぐらかしてきたので、いよいよ好奇心が爆発したのだろう。主にミナが。

 

 なのでこれ以上隠すことは現実的ではないと判断して、ヒミコだけでなく私も聞かれるまま素直に答えている。ただ性的なあれこれについてはさすがにまずいので、それ以外のことについては、だが。

 

「でもさ、六歳違いっておかしくない? ことちゃん、十一歳でしょ?」

「コトちゃんはそうですけど、私みんなの一つ上ですよ。お姉さんなのです」

「えええ!?」

「なんで!?」

「ヒミコときたら、先に通っていた高校を辞めて雄英を受験しなおしたんだよ……」

「理由を伺ってもまだわかりませんわ……なぜそのようなことを……」

「安心してくれ、私も同じことを思った」

「えー、だってコトちゃんと同じ学年になりたかったんですもん」

「どんだけぇ!?」

「重い……! トガっちその愛は重いよ……!」

 

 その過程で、ヒミコが実は年上であるという事実がようやく周知された。

 同時にヒミコの非常識的な選択も明らかになってしまったが、これこそ今更だろう。

 

「……理波ちゃんは、本当にいいのかしら? こういう……たまに突拍子のないことをするところもそうだけど、その、被身子ちゃんの愛情表現って……血を……」

 

 ちなみに、そんな恋愛談義の中で、ツユちゃんからはひときわ真面目な問いを受けた。

 ここまでの過程でヒミコが人を殺しかけたことも全員に周知されたので、ツユちゃんの問いに全員がハッとする。彼女の言いにくいことをバッサリ言ってくれる姿勢、私は気に入っているぞ。

 

 だがこの答えは、恋仲になる前から……ヒミコに出会ったときから決まっていて、今に至るまで一切変わらない。

 

「いいんだ。世間一般的には確かに普通ではないかもしれないけれど……それが彼女の普通で、私はそんなところもすべて受け止めると決めているから」

 

 なのでそう言ったら、みんなが納得の顔を見せた。

 

 一方のヒミコは蕩けるような顔で、私に頬ずりをしている。それを拒むことなく、むしろ私も応じる形で頬ずりし返す。

 

「これはヒーローやなぁ」

「うん……ひみちゃんの言ってた『初めて本当の私を見つけてくれた人』って、そういうことなんだね……」

「今となってはウチらも受け容れてるけど、前情報なしでいきなりできるかっていうとやっぱ自信ないもんなぁ……」

「あの、ですがそれはそれとして、血を吸われるのはなかなかに負担なのでは? 確かに理波さんの”個性”なら問題はないのでしょうけど……」

「慣れればそうでもないよ」

 

 今となってはそれで法悦を覚えるくらいには、待ち遠しい行為の一つになっていることだし。もちろんこれは言わないが。

 

「それに、今は私からもたまにするしな。好きな人がすることだから、どういうものか知っておきたいものだろう?」

「ケロケロ……理波ちゃんも本当に被身子ちゃんが大好きなのね」

「ああ、愛しているよ。彼女がいないと生きていけないくらいにはね」

「えへへぇ、コトちゃん、だいすきですー」

「……こっちもこっちでなかなか重かった……!」

「ことちゃんさー、そういうのストレートに断言できるのはズルいよーもー!」

「情熱的っていうかなんていうか……聞いてるこっちがハズくなってくるな……」

「せやねぇ……うひゃあー……」

「で、ですが、そこも理波さんのいいところですし」

 

 そして思っていることをそのまま口にしたら、周りに赤面される私であった。

 

「あっ、また峰田が息してねぇぞ!?」

「即身仏みたいになってやがる!」

「峰田、お前も”個性”二つ持ちだったのか?」

「言ってる場合か轟ィ!?」

 

 なお、その傍らでミノルがやはり死んでいたが、すぐに生き返ったので問題はないだろう。いつも通りだ。

 

 ……そして、楽しかった宴も終わって。片付けも済ませたあとのこと。

 

 久しぶりに、本当に久しぶりに二人で同じ部屋に入った私たちは、扉に鍵をかけるのもそこそこに、ベッドに身を投げ出して抱きしめ合った。

 

「ん……っ♡ ちゅ、ちゅむ、んっ、んむぅ……♡」

「はむ……んちゅ、ちう♡」

 

 そのままどちらからともなく口を奪い合う。

 唾液と共に酸素が奪われて、苦しくなっていくけれど。その苦しささえも愛しくて、気持ちよくて……。

 

「はあ……っ♡ ヒミコ……♡」

 

 愛しい人。私の大好きな人。この世で一番大切な人。

 そんな人の、黄金に煌めく瞳の中で、乱れた私がはしたなく身体を投げ出している姿が見える。

 

 けれど、構わない。そんなこと、どうだっていい。

 

 今はもう、なんだっていいから。一刻も早く、彼女の愛が欲しい。彼女と一つになりたい。それしか頭の中にはなかった。

 

「ヒミコ……私……っ、もう、もう……ガマン、できない……♡」

「……♡ はい……私も、もう限界です……」

 

 再びヒミコの顔が近づいてくる。ちろり、と赤い舌が蠢いた。背筋に電撃が走ったような感覚がした。

 

「お願い……ヒミコ……。私のこと……めちゃくちゃにして……♡」

 

 ――そして、私の首筋に彼女の歯が突き立てられた。

 




本作を構想し始めたときから、一貫して「絶対に書きたいシーン第一位」に君臨し続けていた「私をめちゃくちゃにして」をようやく書くことができました。
ここまで長かった・・・まさか200話以上かかるとは思ってなかった・・・。

そこ以外にも、この話は幸せに満ち溢れすぎてて書いててテンションがおかしなことになった気がします。後悔はしていない。
個人的にはクリスマスカラーのリボンを裸に胸とあそこだけを隠すような形に巻きつけて「私がクリスマスプレゼント」もやりたかったんですが、二人が早くヤりたそうにしてたので諦めました。

ところで次の更新ですが、アンケートの結果えっちなほうを先に見たいという意見が僅差ながら上回りましたので、別枠の「幕間:愛を重ねて」のほうの更新となります。
クリスマスの夜のえっちをいつも通り23時前後に投稿いたしますので、お手数ですがボクのマイページを経由するなどしてアクセスしていただければと思います。
が、もちろんR18になりますので、18歳未満の方は見ちゃダメだぞ! おじさんとの約束だ!

※22時44分、えっちな幕間投稿しました。18歳未満は18歳になるまで我慢だゾ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.両家の顔合わせ

 クリスマスの日は、なんというか、やりすぎた。

 

 いや、別に夜通しまぐわい続けていたとか、そういうわけではない。確かにそうしたかったことは事実だし、総括すれば一日中そういうことをしていた、となるのだろうが……しかし、以前触れた通りヒミコはまだ身体が本調子ではない。身体を思った通りに動かすにはフォースが不可欠な状態なのだ。

 そしてフォースを使うには、しっかりとした集中が必要になる。性交の最中に、そこまでの集中は容易なことではない。

 

 また体力も戻っていないため、以前のように延々と回数をこなせる状態でもなかった。そのため休憩をかなりの回数、それなりの時間を都度費やしたので、直接的な行為に割いた時間自体はそこまで長くないというわけだ。

 

 まあ、そんな状態のヒミコに対して私は体力が落ちているわけではないので、私のほうが性欲を抑えられなくて大変だったわけだが。

 後半はほとんど私から攻めてばかりで……いやそれはそれでよかったし、へろへろになっているヒミコの艶姿はとても新鮮だったが、やはり私はどちらかというと滅茶苦茶にされるほうが好きだ。

 

 ……このこと自体に後悔はしていないのだから、私はもう手遅れなのだろうな。本当、自分がこんなにも快楽に弱かったなんて思っても見なかった……。

 

 ただ、部屋に籠ってひたすらまぐわい続けていようものなら、お節介な我がクラスメイトたちが心配しないはずがない。

 けれど今回ばかりは余計なお節介というか……。彼ら彼女らが訪ねてくれたときは大体そういうことをしていたので……出るわけにはいかなかったので……。

 

 これについては、「愛し合う二人にはまだ二人きりの時間が必要なんだ……そっとしておいてやろうぜ……」と周りを説き伏せて隠し通してくれたミノルがいなかったら、もっと大事になっていたと思う。

 14Oだけではたぶんごまかしきれなかった。だから彼には感謝するしかない。相変わらず、私たち二人に対してだけはやけに察しのいい男である。

 

 ただ、食事や飲み物まで差し入れてくれたのは大変ありがたいのだが、()()()の道具も一緒というのはさすがにどうかと思うんだ。クリスマスプレゼントです、じゃあないんだよ。

 

 いやまあ、その、そういうものを使った行為も、悪いものではなかった、けれど。

 それとこれは別というか……結局はどれも高分子化合物というか……やはり私としては、ヒミコを直接感じたいというか……(感謝ついでにそう感想を伝えたらミノルはまた死んだ)。

 

 ……と、ともかく。

 

 そんなわけで、私たちの冬休みは少々爛れた形でスタートした。その後も毎晩似たようなものだったので、少々と言うと語弊がある気もするが。

 

 しかし我々雄英ヒーロー科は、冬休みの半分以上をインターンで消費することになっている。元日からはすべてがインターンに充てられるのだ。なので、性交ばかりしているわけにもいかない。

 

 なおインターンについてだが、あまりにも突然だったので不審に思い調べさせたら、どうやらヒーロー公安委員会からの指示らしい。あまりにも胡散臭いので、現在I-2Oに目下調査させているところだ。

 

 とはいえこの時期は地球では年末年始ということで、諸々ある時期。学校側も色々と考えたようで、生徒は大晦日の日だけは帰省することが許可された。

 

 私とヒミコは同郷なので、言うまでもなく一緒である。

 だが、まだ少し補助が必要なヒミコを支えながらバスを降りた私は、出迎えにやって来ていた我々の両親が四人全員複雑な顔をしている様を見て、思わず顔を背けてしまった。事情を理解していないおかげで、一人だけ満面の笑みで私に飛びついてきた妹だけが癒しであった。

 

 そんな状況で我々はひとまず私の実家に送られたのだが、到着するまでの無言の空間(これも妹以外だが)がものすごく息苦しかった。針の筵とはああいうことを言うのだろう。

 

 だが、針の筵は家に着いてからも続いた。応接間でテーブルをはさんで、マスエ家とトガ家の面々が対峙した――母上はここに同席させると話がややこしくなりかねない妹の相手で不在――のだが、どちらもどう切り出していいのか迷っていて、無言のままだったのだ。

 

 このままでは埒が明かない。それは全員わかっていたが、だからと言って簡単に動けたら人間苦労しないものだ。

 だからこそ、全員が黙り込んだまま互いの顔色を窺う時間だけが過ぎることになった。端的に言って修羅場である。

 

 ただ、そんな中でも率先して動ける人間というのも、間違いなくいるものだ。この中では、ずはりヒミコがそれに該当する。

 

「お義父さん。コトちゃんを私にください」

 

 ただし、行動の仕方がたまにおかしな方向に飛んでいるのが彼女という人である。何段階もワープした突然の発言に、私も含めた全員が吹き出すなり咽るなりしたのは、仕方ないことだろう。

 

 停滞は打破されたので、良しと思うしかない。これでされていなかったら、まったくいたたまれない。

 

「ひ、ひ、被身子……! おま、お前という子は本当に……!!」

「すいませんすいません、うちの子が本当に……!!」

「やー!」

 

 そんな彼女の頭に手を置いて、強引に下げさせようとするご両親。

 しかし、当然のようにヒミコはそれを拒否して、私の隣に移って来た。あまつさえ、私をぎゅっと抱きしめて悦に浸る始末である。

 

 これを見て、ますます表情を悪くさせるご両親。どうやら、せっかく更生したはずの娘が十一歳の子供に手を出していたということに、心底ショックだったらしい。ここまで来ると、さすがに少し気の毒だ。

 

 何が気の毒って、私を抱きかかえているヒミコが「もうえっちなことまでたっぷりしちゃってますけど、それ言ったらどんな反応してくれるんでしょ?」などと、他人事のように考えていることだ。

 多少関係が改善しようと、やはり彼女にはまだ隔意があるのだろうなぁ。千二百年ぶりにもかかわらず、ご両親よりクラスメイトに再会したときのほうがあからさまに反応が劇的だったし……。

 

 とりあえず、絶対に言うなよとテレパシーを送っておく。フリではない。本気だ。

 

 実際問題、今うちの両親が訴えたらヒミコ側に勝てる要素はほぼない。法律によって保護されるべきとされている年齢の人間に手を出すとは、そういうことだ。だからこそ私もずっと伏せていたのだから。

 

 ただ、我が父上が相手側の言い分を無視することなどあり得ない。必ず事情を理解しようと努める方であるからな。だからあまり心配しなくてもいいとは思う。

 

 とはいえ、ことがことだけに、結婚そのものには反対されるだろうなとも思う。父上は私も妹も溺愛しているから、その辺りはシビアであるはずなのだ。

 

 ……妹のときも同じような問答があるのかと思うと、少しげんなりするな。

 いやまあ、妹が私と同じく同性を好きになるかどうかはまだわからないわけだが。人間という動物の半数程度は、状況次第で同性異性関係なく愛の対象になり得るものだしなぁ……。

 

 と、そんな少しズレたことを考えながら、横目にちらりと父上の顔を窺う。禿頭の下にある顔は、苦笑していた。

 

「……お顔を上げてください。これでは話もままなりません」

「で、ですが……!」

「いいんですよ。私も家内も、正直これはそうなんだろうなと思っておりましたので……」

「そ、そうなんですか……?」

 

 ここでようやく顔を上げたご両親に、父上は改めてきちんと笑う。

 

「ええ。寮に入る前も入った後も、理波とはよく通話していましたがね。明らかに娘さんに対する態度が常のものと違いましたから。我々もそこまで長く生きたわけではないですが、身に覚えのある顔をしていれば察せると言うものです」

 

 そんなに違っただろうか……とは思ったが、どうやら私は感情が表に出やすい性質らしいので、出ていたのだろう。恥ずかしい話だが、仕方あるまい。

 

「確かにこの子はまだ幼い年齢ですが……精神は十分成熟していますしね。なので、私は許すつもりでいます。こんなに早く親離れされるのは寂しくもありますが」

「「エッ、ほ、本当にいいんですか!?」」

「わーい! コトちゃん、結婚していいって!」

「被身子はちょっと黙ってなさい!」

「そうよ! 話がややこしくなるでしょう!」

「えぇー」

「ははは、いいんですよ。今の時代、同性愛も珍しいものでもないですしね」

「父上……」

 

 ここまで寛容だとは思わず、私は父上を改めて仰ぎ見る。父上は、にんまりと笑っていた。

 

 が、その笑みが次の瞬間、にやりと意地悪くなる。

 

「ええ、私は許そう。だがこいつ(法律)が許すかな!?」

「父上!?」

 

 ここで不意に突き付けられたものは、六法全書である。

 これ、本心ではちっとも許していないやつだな? そうでなかったら、こんな対応するはずがない!

 

 いやしかし、待てよ? 法律?

 

「え、そうなんです?」

「被身子ちゃん、残念だが日本ではまだ同性婚は認められていないのだよ……。そういう話が出始めた頃に超常黎明期が来てしまったから、議論がとまってしまったまま今に至るんだ……」

 

 まさか、と思ってすぐさまスマートフォンで調べる。

 

 が、どうやら事実らしい。I-2Oにも電子データをさらわせたが、そういう規定はないようだ。

 

 愕然とする。私としては、結婚できる年齢になったらすぐにでも婚姻契約を結んで、一生添い遂げるつもりだったのに……。

 

「……コトちゃん……」

 

 そんな私に、ヒミコが心配そうに声をかけてきた。

 

 私は思わず、すがるように彼女の顔を見る。優しい手が、私の頭をなでた。

 

「……そういうことなら、安心して宇宙に出れますね!」

 

 その状態で、彼女は相も変わらず突拍子もないことを言い出した。

 

『えっ』「ヒミコ!?」

「前に言いましたよね? 二人の愛の巣は誰にも邪魔されない宇宙がいいって。あのときはさすがに無理でしたけど、()()()ちょっとがんばれば行けますし。ね?」

 

 だが、続きはきちんと理解できた。私にとっては突拍子のない発言ではなかったのである。

 

 何せ過去に遡ったヒミコが地球に戻って来た際、様々なものを持ち込んでいるのだ。

 そしてファルコンを回収したあの日、それらはすべて回収している。船内の貨物室にまとめられていたからな。

 そう、ファルコンことYT-1300シリーズは貨物船。その面目躍如である。

 

 まだ目録を確認しただけで整理が終わっていないからすぐは無理だが、解析なり用いるなりできさえすれば、さほど時間をかけることなく月面基地も作れてしまうだろう。

 何なら、資材さえ揃えばデススターのような人工衛星型の基地すら不可能ではないかもしれない。この星の建築技術は、それだけ常軌を逸した部分がある。

 

 ()()()この事実に気づいたとき、私は――迷うことなくうんと頷いていた。

 

「そうだな、その手があったな。そうするか」

「はい!」

 

 言い出しっぺのヒミコが嬉しそうに、大きく頷く。なので私も頷き返して、二人で仲良く計画を練り始めた。

 

 これには父上も、慌てて止めに入ってくる。私が想定していたよりも、十倍は激しい慌てぶりであった。

 

「待った待った待った、二人ともその話一旦ストップ! いやマジでやめよう! なっ!?」

「そうだぞ被身子! なんてことを言うんだ!」

「理波ちゃんもどうしちゃったの!? うちの子の悪影響受けすぎじゃないかしら!?」

「いじわるした俺が悪かったから! お父さん成人までにどうにかして法律変えさせるから、外国どころか宇宙に愛の逃避行だけはやめてくれ!!」

「「重雄さん!!??」」

 

 そして、あんなにも張りつめていた話し合いの場は、グダグダのままうやむやになって終わったのだった。

 




※クリスマスの夜にあったことの一端は、R18の幕間のほうに昨夜投稿してあります。

正直両家の顔合わせまでやるつもりはなかった(やるにしても完結後のおまけくらいかなって思ってた)んだけど、トガちゃんがこっちの意見無視して公衆の面前で盛大にキスかましてくれたので、やらざるを得なくなったっていう。
でもおかげで「だがこいつ(法律)が許すかな!?」みたいな、書きたいとは思ってたけど本編中には盛り込めないと思ってたネタが思う存分使えたので、満足してます。

ヒロアカ世界が同性婚とかについてどう議論されているのかとかは、原作からは読み解けないんですけども、本作では何度か描写した通り「2010年代前半くらいに超常が始まった」としているので、同性婚とかの議論も停滞したままということになってます。
いや本当、原作だとそこらへんどうなんですかねぇ。マグネとその友達が世間から浮いてる的な描写あったし、現実とそこまで変わらないんじゃないかなとは思ってるんですけども。

でもそれはそれとして、ヒロアカ原作のGL作品もっと増えて(直球
みんなも書こうぜ!?
可能ならガチなトガ茶とか誰か書いてみないかい!?(強欲


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.闇を照らすは御仏の

 その後ヒミコはご両親に連れられて――引きずられて?――帰っていった。

 

 少し前だったら心配するところだが、ヒミコが意識不明だった一か月間でご両親も色々と思うところはあったようで、少なくとも親子喧嘩にはならないと思う。

 離れ離れになっていたのだし、家族の時間はきちんとあったほうがいいはずだ。ヒミコのほうも隔意はあれど、以前のように話し合いすら拒否するほど嫌っているわけではないようだし。

 

 というわけで、それぞれの実家で過ごす大晦日の夜である。

 

 我が家は寺だが、除夜の鐘は衝かない。父上と父上が奉ずる宗派にとって、煩悩は祓うものではないからだ。

 なので大晦日は、家族でゆっくり過ごすのがマスエ家の定番である。もちろん葬式などが舞い込んで来たらその限りではないが、今年はそういうことはなさそうで何よりである。

 

 だから夜はこたつを囲んで、みかんを食べながら家族団らんのときだ。色んなこと……とりとめのないことから重要なことまで、あれやこれやと話し続ける。そんな穏やかな時間が、胸に染み入るようだ。

 

 まあ、妹はまだ幼いので一足先にリタイアしてしまったが。船をこぎながらではあっても、七歳児が十一時近くまで起きていたのはなかなかの快挙だろう。

 

 そんな妹をベッドに運ぶべく、母上も席を外した。このタイミングを見計らって、私は話題を切り替える。

 

「……あの、父上」

「なんだい?」

「その……ヒミコのことなのですが」

「……あーあー、聞こえない! 聞こえないったら聞こえない! 結婚はまだ早い!!」

 

 両耳をふさいで声を上げつつ、駄々っ子のように天井を仰ぐ父上に苦笑する。実に解脱には遠そうな姿である。

 

 いや、気持ちはわからなくはないのだ。要するに娘とは、大切な家族の一員。それを血の繋がりのない人間に……言い方は悪いが他人に譲渡するようなことは、なかなか受け入れられるものでもないだろう。

 

 しかし本題はそこではないので、違うとはっきり言っておく。

 

「まだ、ということは適齢期になれば許可していただけるのですね? ……いや、話はそういうことではなく」

「……聞こう」

 

 その瞬間の顔がいつもと違ったからか、父上も居住まいを正して私に向き合ってくれた。こういうところが、私が父上を敬愛するところである。

 

「その……ええと。父上には申し訳ないですが、私はヒミコのことを愛しています。彼女と一生添い遂げようと思うくらいには」

「ぐふッ。……つ、続けて……?」

「でも……それを怖いとも思うのです。彼女が意識不明だった一か月間……私はろくに活動できませんでした。彼女が消えた瞬間なんて、泣き叫ぶことしかできなくて……」

 

 あのときのことは、軽く思い出すだけでも背筋が凍る。恐ろしくて、不安が押し寄せてきて、胸が張り裂けそうになる。

 

 幸い私と彼女はフォース・ダイアドで、生きている以上はどれだけ離れても存在を感知できる。だから今は物理的に離れていても、不安に感じることはほとんどない。

 こうやって家族と一緒にいると、なおさら深刻には思わないのだけれど……それでも、不安が消えたわけではないのだ。

 

 一人のとき、近くにヒミコがいないとき、ふとした瞬間に考えてしまう。

 またあんなことがあったら。また、ヒミコが消えてしまったら……。そうなったとき、もしも今回みたいに戻ってくることができなかったら……。

 

「……それが、死ぬよりも怖くて」

「…………」

「……父上が奉じる仏の教えは、そうした苦しみを救うためのものだと以前聞きました。私は……私は、どうすればいいのでしょうか?」

 

 この苦しみを、悲しみを、恐怖を、ジェダイの教えではひとまとめに試練と称する。すべて乗り越えるべきもので、同時にジェダイが持っていていいものではないと。

 

 だが、人間はそんな単純なものではないということを、生まれ変わってからの十一年で私は知ってしまった。すべてないものとして、見て見ぬ振りができていた頃とは違うのだ。

 

 知ってしまったからには、向き合わなければならない。この恐怖から、痛みから逃げていたら、それこそ「もしも」の未来で私はまた同じ失敗を繰り返してしまう。それだけは、どうしても避けたかった。

 

 だからこそ、この手のことに詳しいであろう父上に、どうしても聞いておきたかった。私だって、今日までの間ただ愛欲にふけっていたわけではないのだ。

 

「どうにもならない」

 

 だが、父上の答えは無情なものだった。

 

「理波が直面している苦しみは、愛別離苦(あいべつりく)と言う。親しいもの、愛するものとの別れによる苦しみのことだな。他にも諸々まとめて、四苦八苦というが……確かに仏教は、そんな四苦八苦に満ちた人生を乗り越えるための教えだ。けれどその苦しみを、直接的に排除する方法なんてどこにもない。だからどうにもならない」

「……どういう、ことですか……?」

「まず勘違いを正さないといけないな。今の仏教は色んな宗派に分かれているけど、本をただせば仏の教えはほとんど人生哲学だ。都合よく何もかも救ってくれる神だって本来はいない。

 だからこそ彼の教えは非常に現世救済的で、主眼は基本的に『今』に置かれている。未来のことは考えすぎるな程度のことしか言えないんだよ」

「今……」

 

 そう言われると、マスター・クワイ=ガンの提唱した、リビングフォースという考え方がまず最初に浮かぶのだが、どういうことなのだろう。

 

「そう、今だ。今、理波は被身子ちゃんと一緒にいるとき、どう思う? どう感じる?」

「……幸せに感じます。彼女と一緒にいるだけで、ただ隣にいるだけで、他には何もいらないと思うくらいには」

「だろう? ……ところでこれは大人がよく言うことだが、『失って初めて幸せに、ありがたさに気づく』なんて言葉がある。究極的に、仏の教えの一つはそれなんだな」

「はあ……?」

 

 父上の言葉にどうもピンと来なくて、私は首を傾げた。

 

 そんな私に、父上はみかんの皮をむいて中身を取り出しながら、言葉を続ける。

 

「失って気づくということは、確かにあったわけだろう? 幸せが、ありがたさがそこに。このみかんだって……食べているときにおいしいと、幸せだなぁと感じる。なくなってしまってから、改めてああおいしかったなぁ、なくなってしまったなぁ、と……味わっていたときの喜びを想って喪失感を抱く」

「んむ。……はい」

 

 差し出されたみかんのひとかけらを咀嚼し、その甘さに少しだけ意識が向く。

 

「けどな。このみかんを食べているときの幸せや喜びを、当たり前だと思っちゃいけないんだ。これを食べられるということが、いかに幸福で幸運であるのか、どれほど得難いものであるのかを認識するんだよ。

 この世界に常なるものはなく、形あるものはすべて滅び去るんだから、今あるものを大切に。そうしなければ、『もしも』の未来が来るよりも先に、大切なものを失ってしまいかねないから」

「……理解は、できます」

 

 やはり、リビングフォースのような考え方のようだ。理屈はわかる。

 

 だがそれでも、すべてを受け入れることはできそうにない。いつか、もしも、それを考えてしまうと、どうしても。闇の誘惑を振り切ることができないのだ。

 

「そもそもだ。理波は被身子ちゃんがいなくなってしまうことばかり考えているが、逆は考えないのか?」

「……え?」

「理波が、被身子ちゃんを置いて行ってしまう可能性。そんなもしもを考えたことはないのか? だとしたら……それは、少し傲慢ってもんだ」

 

 しかし続けられた言葉に、私は落雷を受けたかのような衝撃を覚えて硬直した。

 

 そうだ。私はいつから、ヒミコばかり消えると思っていたのだ?

 私とヒミコは六歳差だが、ある程度歳を取ればその程度は誤差でしかない。そもそも”個性”があふれるこの星で、安全などどこにもないはずで……であれば、私が消える可能性だって、十分あるはずなのに。

 

「さっきも言った通り、この世界に常なるものはない。命はいつか消える。人は誰であれ、平等に必ず死ぬ。そのタイミングはバラバラで……だから、どうあがいても理波たちはどちらかが必ず取り残される日はやってくる。心中でもすれば話は別だけどな」

 

 驚く私をよそに、父上が言葉を続ける。

 

 それに対して、全力で首を横に振った。心中なんて、するはずがない。そんなことしたいとも思わない。

 ずっと一緒にいたいとは思うけれど、だからといって互いに互いの命を奪い合うなんてこと、思うはずがない。ヒミコもきっとそうであるはずだ。

 

「な? だから、今を大切にしなさい。いつか訪れる別れが来るまでに、二人でいられる幸福を、幸運を忘れずに……二人でできることを、やりたいことを、やり尽くしてしまえばいい。『その日』が来たとき、心残りがないように。『その日』が来たとき、やらなかったことを後悔しないように」

「その日が来たとき……心残りがないように……」

 

 父上の言葉を、半ば無意識に反芻する。

 

 思えばヒミコが消えたタイミングは、恋仲になってからさほど時間が経っていないときだった。やり残したことが、やりたかったことが、たくさんあった。まだまだお互いの知らないことがたくさんあって、それを知ろうとしていた段階だった。

 だからあそこまで取り乱したのか……と、思えば。それをすべてやり尽くしてしまえば、あるいは……と思うことができた。何もすることがなくなるとは思えないが、しかしそうなったとき、きっと迷いなく後を追える気もした。

 

 それでも、まだ闇が晴れた気がしないのは、私が考えすぎる性質だからか。

 

「……でも父上……もし、やり尽くしてしまう前に『その日』が来てしまったら……」

「執着してるなぁ。いやわかるよ、愛する人のことはそれだけ大切だもんな。……そういうときのために、人は他人と繋がるんだぞ?」

「……?」

「『特定の一つにのみ依存することを執着と言い、不特定多数に依存することを自立と言う』。超常以前の精神科医が言ったとされる、俺が個人的に好きな言葉だ。なあ理波、被身子ちゃんが昏睡状態になったあと、ものすごくつらかっただろうが……彼女が戻ってくるまでの日々を、一人で耐えていたわけじゃないだろう?」

「……あ」

「そういうことだよ。そりゃあ、今の理波にとって被身子ちゃんが一番だろうけどな。だけど、自分の世界をたった一つの存在だけで埋めてしまうと何かあったとき大変だ。だからそれ以外のものでも世界に、心に注ぐんだよ。

 それは人間に限らない。ペットでもいいし、趣味でもいい。とにかくなんでもいい、好きだと思えるものをたくさん抱えておくのさ。そうすれば、失った瞬間の苦しみは確かにあるけれど……それを続かないようにすることはできる。『今を大切に』とはそう言う意味でもあるんだよ。今この時間を、今この世界で生きているのは自分だけじゃないんだから……と、仏教の坊主に言えることはこんなところかな」

 

 脳裏によぎるのは、クラスの友人たち。私が悲嘆に暮れる中でも、支えようとしてくれた大切な仲間の姿。

 

 そしてあのときの私は試練だからと接触を拒んでしまったが、きっと父上も母上も……妹だって、同じように想ってくれていたに違いない。

 

 というか、よくよく考えれば私は先ほど「家族と一緒にいると、なおさら深刻には思わない」と自分で言っていたではないか。

 

 だから……ああ、そういうことだったのか、と。

 ようやく腑に落ちた。闇が、少し晴れた気がした。

 

「……ありがとう、ございます。父上……なんとかなりそうです」

「どういたしまして」

 

 胸が苦しい。けれど、これは悪いものじゃない。そんな確信があった。

 

 だって、こんなにも家族のことが愛しい。ヒミコに対するそれと種類は違うけれど、間違いなくこれは愛だろう。

 

 だから、ふと思い立って、私はもう一度口を開く。

 

「……その、父上。私……父上と母上の娘でよかった。この家に生まれて、本当によかった、です」

「なんだ急に、改まって。そんな嬉しいこと言われても、お父さんまだ結婚は許しませんからね!」

「……そう、ですね。うん……もうしばらくは、私もお二人の娘でいたいです。……あの、そちらに行ってもいいですか?」

「え? あ、うん、いいけども。どうした急に」

 

 許しも得たので、早速私はこたつの中に潜り込む。もぞもぞと中を進んで、父上の膝の中へと納まった。

 

 そこでずぼりとこたつから顔を出せば、すぐ真上には父上の顔。彼の大きな身体に背中を預けた私はなんとなく照れくさくなって、彼を見上げたまま思わず笑う。

 

「……えへへ。なんだか、急に甘えたくなりました」

「ウ゛ッッ、……う、うちの娘がこんなにもかわいい……!」

 

 父上はなぜか胸を押さえて苦しそうにしているが、これは恐らくミノルの発作と似たようなものだろう。気にしなくて大丈夫なやつだ。

 

 ということで、暗い話はここまでだ。私は時間を確認してからタブレット端末を取り出し、キョーカのご両親がやっている年越しライブの生配信に接続する。

 

 今年の年越しは、これを聴いて過ごすのだとずっと決めていたのだ。もしかしたら、キョーカの勇姿も見られるかもしれない。

 

 だから私は高揚感を隠さず、端末を立ててこたつの上に配置した。

 そして、タイミングを見計らって戻って来た母上も加えて、二人に配信の説明をする。私の大切な、自慢の友人のことを交えながら。

 

 ……新しい年が、やってくる。

 




絶対に書きたいシーン上位の一つ、父親に甘える理波の回でした。
ここに合わせて挿絵描きたかったけど、ボクにシャフ度は難易度が高すぎました。

ちなみに話としてはすごくキリがいいところですが、もうちっとだけ続くんじゃ。
確かにキリはいいですが、なんせここまで展開してきた物語の中で提示された問題二つが何も解決していないので。
ということで、次話からはそれらの問題について言及していきます。

なんでこんなにもキリがいいかっていうと、当初のプロットでは前章「愛の夜明け」はここまでやって終わる予定だったからですね。
前章が15話で、今章がここまでで10話というところからお分かりいただけるかと思いますが、クソ長くなるので切り離したわけです。
でもって本章は、ここまで展開してきた問題二つを解決するための章としてプロットを組んでたんですが、お察しの通りそのプロットさんはお亡くなりになられたので・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.最後の試練

 年が明けて、元日。今日から新学期まではずっとヒーローインターンである。

 朝早くから迎えのバスが来るので、それに乗り込んで各々各地のヒーロー事務所に赴くことになるわけだ。

 

 そんな時間にもかかわらず起きてきて、見送りに来てくれた妹が号泣するので私も半泣きになりながらハグだけでなんとか済ます。

 

 以前にも増して家族への愛着を感じるのは、気のせいではないのだろうな。でも、それでいいんだ。私はこれでいい。

 

「……宇宙はやっぱりナシですかねぇ?」

「ん? どうしてだ?」

 

 それを見たヒミコが、優しく微笑みながら言う。

 

「だってコトちゃん、寂しがり屋さんですもん。結構な頻度でおうち帰るって言いそうだなぁって」

「……どうにも否定しきれないのが妙に悔しいな……」

「それならもう、いっそファルコンに住みます? 超超長距離移動するためにみんなで大改造しましたから、居住性は抜群なんです」

「……選択肢の一つということで」

 

 と、そんな流れで将来の選択肢が一つ増えたりもしたが、それはともかく。

 

 ヒーローインターン。本職のヒーローの下で、本職同様に活動する制度なわけだが、本来は生徒の任意で行われる。今回は以前述べた通り、何らかの思惑があってのことなので特例だ。

 

 ただし、その中にも例外はいる。それがヒミコだ。実は彼女、今回のインターンには不参加なのだ。

 原因はもちろん、身体が本調子でないから。一応歩行や日常生活をする分にはほとんど問題ない範囲までは回復しており、今持っている杖も念のためという意味が強い。

 しかし、激しい運動が必須となるヒーロー業務に耐えられる状態かというと、やはりまだ否だ。

 

 いや、フォースを使えば問題なく可能だが、それでごまかせるのはあくまで筋力や攻撃力。体力の低下はいかんともしがたく、フォースばかりに頼っているわけにはいないのである。

 そういうわけで、ヒミコは雄英に戻ってリカバリーガール監督の下でリハビリだ。

 

 対する私がどこに行くのかと言えば、少し前に現役復帰したインゲニウム事務所になる。ずっと行きたいと思っていたので、念願叶った形だ。

 

 ちなみに、インゲニウムを心底尊敬している弟のテンヤだが、インターン先はかつて彼が職場体験に赴いたマニュアルのところである。

 なんでも、下手に私情を挟んでしまっては互いのためにならないから、とのこと。私としては、非常に理解できる決断だ。

 

 話を戻そう。

 

 そんなわけでインゲニウム事務所でインターンをする私であるが、ヒミコとは別行動をせざるを得ない点は正直不満である。一か月も離れ離れだったのだから、もう少し一緒にいたかった。

 

 とはいえ業務(?)命令とあれば、仕方あるまい。こうなることはわかっていたので、帰省前に派手に色欲に溺れたのはその前借りという意味も一応あったりする。

 

「行ってらっしゃいです」

「うん、行ってきます」

 

 一人先にバスから降りる私に、ヒミコがそう言って軽くキスをしてきた。私も目いっぱい背を伸ばしてこれに応じる。

 

 本当なら深いキスを交わしたいのだが、さすがに人前でそれは問題だからな。今はまだ、この程度でとどめておくべきだろう。

 それに、いざとなれば私とヒミコは距離を無視して繋がることができる。だからこれでいいのだ。

 

 彼女からの「またあとでねぇ」というテレパシーに、手を振りながらバスを降りる。

 

「やあ増栄ちゃん、久しぶりだね。インゲニウム事務所へようこそ!」

「おはようございます、マスター・インゲニウム。本日よりしばらく、お世話になります」

 

 そして出迎えに来てくれたインゲニウムとサイドキックたちとあいさつを交わし、事務所へと案内される。

 

「スーツの調子はいかがですか?」

「ああ、問題ないよ。おかげさまでね」

「それはよかったです」

 

 定期的に使い勝手や状態を確認していたのでわかってはいたが、インゲニウムのパワードスーツは今のところ一切問題ないらしい。ステイン以前と変わらず活動ができていると、インゲニウムは嬉しそうに笑ってくれた。役に立てたようで何よりである。

 

 そんな彼に連れられてやってきたインゲニウム事務所は、さすが大人数のサイドキックを抱える大手事務所ということで非常に広かった。ビル一棟が丸々事務所となっていて、中にはトレーニングルームや宿泊施設、食堂なども整えられている。相当な充実ぶりだ。

 

 だがその施設を褒められても、インゲニウムは謙遜して首を振る。

 

「うちは代々ヒーロー稼業だからさ。俺というよりは一族の力だよ。それでもなおエンデヴァー事務所には及ばないんだから、俺なんてまだまだ」

 

 そう言って笑う姿に、卑屈なところは見られなかった。純粋にエンデヴァーを尊敬し、自分には今以上の精進が必要なのだと考えている。

 

 この手の話をインゲニウムとするのは実は初めてなのだが、なるほどこれはテンヤの兄だなぁ。彼ほど突き抜けた生真面目というわけではないが、根となる部分は本当によく似ている。

 

「さて……一通り案内は終わったかな。ということで、改めてインゲニウム事務所へようこそ」

 

 そしてサイドキックたちを紹介されたあと、事務所でインゲニウムたちに囲まれながら歓迎を受ける。

 

「知っていると思うが、うちの方針はまず第一に『速さ』! 現場で不安な思いをしている人たちを一秒でも早く安心させる、が俺の信念だ。だから看板ヒーローとしてサイドキックを従えているエンデヴァーやホークスとは違って、俺自身が目立つ必要は必ずしもないと思ってるし、実際事件の解決数が事務所内で突出しているわけでもない。……まあこの辺りは承知して来てくれてるってわかっているが、一応念のためということで」

「いえ、ありがとうございます。元より目立ちたくない性分なので、それで構いません」

「おう。あとは、人海戦術も俺たちが得意とするところだが……そこが一番学びたいんだったね?」

「はい。私は……いずれ相当数を抱える治安維持組織を持ちたいと思っています。ですがそのために何をすればいいのか、見当がつかないもので……」

「ああ、ヒーローってどちらかというと個人でやる人が多いもんな。確かにその辺りは学校ではなかなか身に着けづらいか……よし、そういうことなら任せてくれ!」

「よろしくお願いいたします、マスター」

 

 ということで、インターンは始まったのだった。

 

***

 

 インターンの初日は、主に私が何ができるか、それをどの程度の精度、速度でこなせるかの確認作業で午前を費やした。

 結果、即戦力として通用するだろうということで、昼からはインゲニウムについて早速街へと繰り出すことになる。ヒーローインターン自体は今回が初めてなので、まずはヒーローとしての一般的な業務から始まった形だ。

 

 そうやって業務に従事していれば、急造のチームアップは本当によくあることらしい。別事務所のヒーローとかち合ってそのまま共同任務、という流れをみな手慣れた様子でこなしていた。

 

 こういう形で誰かと協力し合うということは前世を含めてもほぼ未経験なので、なんだかんだでヒーロー業務そのものも勉強になることが多かったな。

 私はやれることが格段に多く、その分判断に迷うこともある。以前にイレイザーヘッドに指摘された通り、器用貧乏で終わらないためにもありとあらゆる状況には慣れておきたい。

 

 そういう意味でも、常にチームとしてのヒーロー活動をしつつ、全体では結構な広範囲を担当するインゲニウム事務所は選んで正解だったようだ。

 

 あとは、施設の配置の仕方やその内容、人を従える際のノウハウなども学びを得られることも大きい。

 私が話したことから、組織運営についてもきちんと教えてくれているのだ。この辺りは完全に未経験だから、何よりもありがたい。

 

 なので、書類関係の仕事や各部署間のやり取りなども、私にとっては学習の対象だ。本当に文字通りの意味で、すべてを糧にしていきたいと思っている。

 

 そんな風に過ごした初日は、最後にささやかながら歓迎会を開いてもらって幕を閉じた。夜勤の担当者もいるそうなのだが、学生(しかも私の実年齢は低いので余計)に初日からそれはないだろういうことで、仮眠室へ入る。

 

 仮眠室とは言っても、その辺りのビジネスホテル程度の設備は整っているので不満は一切ない。さすがに入浴は難しいが、それでもシャワーは備え付けられているので当面は十分だ。

 

『知識としては知っていたが、ヒーローにも色々あるんだな』

 

 そうして私が一人になったタイミングで、アナキンが虚空から出現した。部屋の扉を閉めた瞬間に、ベッドに腰かけていたのだ。

 

 これ自体はいつものことなので私は動じず、焦ることなくそちらへ身体を向ける。

 

「ああ。でもだからこそ、やはりジェダイはヒーローと似て非なるものなのだと思うよ」

『似ているからこそ、改めてジェダイを興すとなると大変そうだよな。絶対に競合するぞ。まだ諦めてないのか?』

「もちろんだとも。……いや、確かに最近の私は色々とダメなところばかりだが。そこを見失ったことはないつもりだ」

『ふぅん……』

 

 私の答えに、しかしアナキンは懐疑的な顔をする。

 

 我がことながら、だろうなとは思う。暗黒面に堕ちた人間が何を、と言われても仕方がない。

 それでも、私の心は光でありたいと思うのだ。闇を知ったからこそ、光の尊さがわかるようになった……と思うから。

 

 そんな風に考える私の前で、アナキンの表情が変わる。きりりとした、厳粛な顔つきである。

 

 彼の変化を理解した私も居住まいを正した。

 

『……そこまで言うのなら、君に試練を与えよう。前に言っていた、試練だ』

「なんなりと、マスター」

『コトハ。今よりしばらく、君がジェダイを名乗ることを禁じる』

 

 だが、次に放たれた言葉に私は思わず顔が引きつった。確かに私は堕ちた身だが、しかし……と考えたところで、気づく。

 

 しばらく。マスターははっきりとそう言った。つまり、これを乗り越えるまではということか。

 

『……ふふん。どうやら少しは冷静になってるようだな』

「……恐縮です」

 

 そして、予想していたのだろう。私の心の動きを見透かして、アナキンが得意げに笑った。

 

『話を戻そう。肝心の試練だが……君が新たに興そうとしているジェダイの、新しい理念を考えるんだ』

「……新しい、理念?」

『ああ。君は今まで、共和国のジェダイのそれをほぼそのまま使っていたな? 「この星の自由と正義を守る」と』

「はい」

 

 世間には色々と勘違いされているものではあるが、そこは変わらない。そのつもりだった。

 

 しかしこれを、マスターは「論外だ」と断ずる。

 

『トガを助けるために、君は何をした? いくつもの罪を犯したな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな人間にジェダイを名乗る資格はない』

「……ごもっともです」

『だからこそ、それに代わる新しい理念を考えるんだ。ジェダイとしての本質を見失うことなく、しかし正義だなんてあやふやで不確かなものではない、別のものを見つけろ。これが君への()()()試練だ』

 

 ジェダイとしての本質を見失うことなく、正義ではない理念に相応しいものを見つけろとは……それは、なんというか、全面的に矛盾してはいるのでは?

 

 ……私は前世からずっと、同じ理念の中で生きてきた。銀河共和国の自由と正義を守るという、ジェダイの理念しか私は知らない。人生二回目だが、最初の人生で培ったこの生き方を、私はやはりどうしても捨てきれない。

 だから、どうにもわからない。正義を掲げずにどうやって平和を維持しろというのだ? フォースの意志とでも言えばいいのだろうか?

 

『この件については、僕はこれ以上の質問を受け付けない。ああ、心配しなくても別に期限は設けない。思う存分悩むといいさ』

「……はい」

 

 だが悩む私をよそに、アナキンはつれなく笑うばかりだ。

 

 むう。こういうとき、友人であり師弟であるという関係は少し面倒だな。どうしても反発心を覚えてしまう。今回ばかりは唐突かつ理不尽な試練ではないのだから、真っ向から乗り越えなければならないというのに。

 

 ……ところでこの試練、他者に頼ってもいい類の試練だろうか。特に禁止はされなかったが……しかし元ジェダイとしてはやはり、安易に頼ってしまっては試練にならないだろうとも思うのだ。

 

 なんとなくだが、父上に相談したら即座に解決しそうだという予感がある。オールマイトや……そうだな、イズク辺りに聞いてみても解決は早そうな気がする。

 この手の直感は大体当たるので、だとするとやはりこれは一人でなんとかすべき試練と考えるべきか。

 

 ううむ。なんというか、ある意味では今までで一番平和的な試練だと言うのに、なんだか一番こなせる自信がない。こういう、発想の転換を必要とする問いかけはどうも苦手だ。こういうのはアナキンの得意分野であって……。

 

 ……と、そんなことを考えてうんうんと唸っているうちに、アナキンはさっさと立ち去ってしまったようだ。

 確か那歩島の事件直後にカツキが試練を乗り越えたとかで、本格的にフォースの手ほどきを始めたとか言っていたから、そちらに行ったのかもしれない。技術的知識的な面では私は最初から及第点だったから、元々あまり教えられることがなくて暇そうにしてたものな……。

 

「コトちゃん? 何かあったんです?」

 

 そんな私の背後に、ヒミコが出現する。以前保須でもあった、距離を無視して直接触れて影響を及ぼせるフォースの幻影だ。

 彼女はこれを、ほぼ任意で引き起こせるようになっている。以前はそうでもなかったのだが、これもまた幽霊ながらに長年フォースについて学び続けた影響なのだろう。

 

 とんでもないことだとは思うが、とはいえ私にとってはありがたいことには代わりないので、大人しく何も言わずに恩恵を享受する。

 

「……いや、実はかくかくしかじかで……」 

 

 事情をヒミコに説明する。彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐに納得の顔をした。

 

「……ちなみに、ヒミコは何か思いつくかい?」

「私、どっちかっていうとシスですよ? シスにアドバイスもらうジェダイって、どうなんでしょ」

「それはその通りだな……」

 

 正論中の正論だった。思わず浮かべた苦笑と共に、ため息が漏れる。

 

「それより、難しい話は今は置いときましょ? ね?」

「……うん」

 

 が、そんな苦悩もヒミコとキスを交わせば、一時的に吹き飛んでしまう。

 これはその辺りのことにも注意して、常に意識していないと試練のことを忘れてしまいそうだ。期限が設けられていないのも、もしやそういうことなのでは?

 

 と、私は真面目に思考できていたのはそこまでで。

 

 そこから寝るまでの間、私は気持ちいいと大好きと愛している以外のことを考えられないようにされ続けたのだった。

 




何も解決してない問題そのいち。
自分と自分に近しい人間のためだけに罪を犯した人間が共和国ジェダイの理念を掲げるのは、さすがにダメでしょっていう話でした。
一応言っておくと、最後いかにもな締め方したけど本番はしてません。チウチウだけです。チウチウだけでイける身体にされてるので、まあ似たようなもんですけど。

話を戻しまして。この試練は別に闇堕ちどうこう関係なく、理波にはやらせるつもりでした。
地球の環境や今世の生まれ、育ちが前世と異なる以上、地球でジェダイをやるにはやはり共和国のままではそぐわないわけで。
メインのストーリーラインがヒロアカなのであまり言及することは少ないですけど、一応作品のタイトルがタイトルですしね・・・ここは避けては通れないというわけです(復興できるとは言ってない(できないとも言ってないけど

ちなみにこの試練の答えについては、毎週日曜日に色んなヒーローが活躍する国で育っている皆さんにはなんとなく察しがつくんじゃないかと思います。
ボク個人としては、ジェダイの「共和国の自由と正義を守る」は実にアメリカらしいなと思いますね。アメリカの映画なんで、ある意味当然ではあるんでしょうが。
正義なんて誰かを攻撃するための大義名分でしかない・・・というのは、さすがに極論がすぎますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.つきまとう影

 ヒーローインターンはあっという間に過ぎていった。新しいことばかりが怒涛のように押し寄せてくる日々というものは、時間が短く感じるものだなとつくづく思う。

 もちろんそのすべては有意義なものであり、ヒーローとして見るのであれば非常に成長できた日々であったと断言していいだろう。

 

 一方で、ジェダイとしては特に進展がない。正義に代わるものを見つけろと言われても、ジェダイ以外の生き方を知らない私には少々難易度が高い。

 まあ、インターンのほうが忙しすぎたということもないわけではない。ほぼ朝から晩まで仕事であったから、他のことを考える余裕がなかったのである。

 

 その数少ない余裕も、フォースについて考える時間として割いたので、ある意味仕方ないと言っていいだろう。試練は始まったばかりなのだから、まだ焦ることはない。

 

 ではなぜ今になってフォースなのかというと、ここ数日の間に私のフォースが前触れなく成長したのである。それについて考察していた。

 

 ヒミコはもちろん、アナキンも交えて話し合った結論としては、「ヒミコが魂ながらに力を伸ばしたので、それに引っ張られている」ということになった。

 どうやらフォース・ダイアドの関係にあるものは、天秤のようにその力が釣り合おうとする傾向があるようなのだ。フォース自体が均衡の取れた状態こそ安定するものなので、ここでもそうなのだろうと。

 

 そう、フォースに目覚めて間もない頃のヒミコがめきめきと腕を伸ばしたように。今は私が彼女の能力に引っ張られて、フォースの力が成長しているということなのだろう。

 

 ただ、フォースが強くなることにはメリットだけでなく、デメリットもある。

 一番顕著な例としては、意図するしないに関わらず、様々な現象を起こしてしまうこと。フォースヴィジョンがいい例だが、それよりもヒミコが見舞われたように、”個性”と組み合わさったことで起こる事故が何より怖い。

 

 私の増幅は今のところそうしたことは起きていないし、兆候らしいものもないが、万が一のことは考えておいたほうがいい。何か違和感があれば、すぐにでも共有すべきだろう。

 

 ……と、いう話をした翌朝。インターンを終えて、三学期初日の朝。年末ぶりにヒミコと同じベッドで眠った翌朝のことである。

 

「ヒッ!?」

 

 目を覚ました私の目の前で全裸の私が寝ていて、私は気を失いそうになった。

 

 おかげで一気に目が覚めた。が、同時に血の気が引く音を聞いたと錯覚するくらい、急速に顔が、頭が冷えていく。

 ただでさえ寝起きで渇いている喉が、どんどん渇いていく。呼吸が浅くなっていく。脂汗もどんどんにじんできて、全身が震えて止まらない。

 

 どちらだ。ここにいるのは、ヒミコか? それとも、もう一人の私か?

 

「ヒ……ミ、コ……?」

 

 そんな震える手で、血の気の引いた青白い手で、ヒミコが変身している私の身体を揺する。

 起きない。いや、まさか、そんな。

 

「……ッ、ヒミコ! ヒミコ!! 頼む、起きてくれ!!」

 

 ますます悪循環に陥っていく思考に急かされて、激しくヒミコを揺り動かす。

 

 すると、不機嫌そうに声を漏らしながら彼女の目が緩やかに開かれた。

 

「ひ、ヒミコ……」

「んむぅ……朝からどうしたんですか、コトちゃん……」

 

 そして、やはり不機嫌そうにひり出された言葉に、私は安堵するあまりその場に崩れ落ちた。

 

「コトちゃん? ……んむぅ? あ、あー、あー? ……ああ、私またやっちゃったんですね」

 

 そんな私を見て、事態を悟ったのだろう。自分の声を確認して、それから申し訳なさそうに苦笑しながら元の姿に戻った。

 

「ヒミコ……! よかった、よかった……!」

「はぁい。……ごめんねぇ、びっくりさせちゃいました……」

「ぐす……っ、もう置いてかれるのだけはヤだからな……っ」

「はい……私もそんなのヤです」

 

 ぎゅっと強く抱きしめれば、同じように抱き返される。ヒミコの体温が、ぬくもりが心地いいけれど、その分感情が緩んで涙があふれる。

 昨夜の後始末もしなければいけないのに、これだ。どうやら今朝は慌ただしくなりそうだが……今はそんなことよりも、ここに確かにある愛しい人の暖かさに溺れていたかった。

 

 だが、少し落ち着いてくるとそうも言ってはいられない。もちろん今日から始まる授業のこともそうなのだが、再び無意識の変身が起きてしまったことは、何よりも問題だ。

 

 もちろん今の段階で、すぐにどうにかなるとは思っていない。あの日ヒミコが完全に私になってしまったのは、私に対する好感度の高さから来る同化願望もさることながら、「私に変身しなければ今を凌げない」という、ある種の強迫観念に応じてフォースも含めた全身全霊の変身を敢行したからだと思われる。

 確証はないが、状況証拠からしてそう判断できる。何せフォースとは、意思によってその真価を発揮するのだから。

 

 なので、ヒミコには今後全力での変身を避けてもらう必要があるのだが……ここで問題になるのが、先ほどのような無意識下での変身である。

 彼女の過剰変身が起こる何か月も前から、こうしたことはたびたびあった。最初はたまにであったが次第に頻度が上がり、さらにはその状態であっても私になりきってしまっていることも多々あった。消失の直前など、無意識下での変身はイコールほぼ完全な私への変身と言っても過言ではなかったほどだ。

 

 つまり無意識下での変身は、過剰変身の前兆と考えられる。もちろん物証はないが、単に私に対する愛の発露と考えるのは楽観が過ぎるだろう。

 これがさらに進行した状態で、万が一にでも私への変身が求められる状況に陥った場合……それはまさしく、あのときの再現になってしまうのではないか。

 

 もちろんすぐに起きることではないとも思う。けれど解決策は、今のところ一切ないのだ。ヒントもない。

 だからこそ、私は取り乱してしまうのだ。だってもう、もう二度と、ヒミコを失いたくないのだから。

 

「……ホント、どうしましょ。早くなんとかしなくちゃですけど……なんにも思いつかないです……」

 

 ヒミコもそれは同様だ。二人で抱きしめ合っているからひとまずは落ち着いてきたものの、先行きが不透明なのだから顔色はよろしくない。

 そうしていても、刻限は迫ってきている。14Oがこのままだと遅刻すると伝えに来たので、私たちは仕方なく風呂場に向かう。

 

「何か……何でもいい、何か手掛かりになるようなものはないのか?」

「うーん、正直あんまり……あ、でも」

「何かあるのか? なんでもいい、どんな些細なことでも構わないから」

 

 そして慌ただしくシャワーを浴びながら、着替えをしながら、話し合う。

 

「幽霊してるときは、ちっとも変身できなかったんです。そもそも身体がなかったので」

「……まあ、それはそうだろうな。”個性”は肉体に準拠する力だ」

「はい。でも、だから、なんですかね? 変身したいとも全然思ってなかったんですよ。普通、好きな人には思うんですけど」

「ふむ……? 好きと言っても程度はあるだろう。たとえばクラスのみんなはどうなんだ?」

「コトちゃんほどじゃないですけど、なりたいなって思うときが結構ありますね。爆豪くんすら何回か思ったことありますし、透ちゃんとかお茶子ちゃんとか……女の子ならみんなで楽しいことするたびに毎回思います。戻ってきた今は、特に」

「……ということは、君の『好きな人と同じになりたい』という衝動は純粋に”個性”由来のものか」

「たぶん?」

「それ以外に何か精神的に変調はあったか?」

「んー……。覚えてる範囲ではない……と、思います。たぶん。ちょっとお節介だったかもって、思うくらいですかね?」

 

 だとすると、マイナス増幅で欲求そのものを減らすことが一番現実的な回答になるだろうか。

 

 ……今の地球人にとって、”個性”とはもはや切っても切れないものだ。それは社会的にも人格的にもである。それが失われたときどうなるかは予想がつかないし、よしんば予想できたとしてもその通りになるとも限らない。

 

 しかし、それがない魂だけの状態のときに精神に目立った変化がなかったのであれば、消してしまっても問題はないようにも思う。

 とはいえ、内心の欲求なんてただでさえ曖昧なものだ。そもそも心の奥底から湧き続ける欲求である以上、完全になくすなど非常に困難だと言わざるを得ない。単純に、私の身体が持たないだろう。少なくとも、今の能力では不可能だとほぼ断言できる。

 

 であれば最大の問題は、それができるようになるまでいかにしてヒミコの過剰な変身を防ぐかになるわけだな。

 

 ……うん、話が最初に戻って来た。どうしろと。

 

 ということで、この話はひとまず中断することになった。これ以上はすぐに答えは出ない。まずは腹を満たすことを考えるとしよう。

 

「ちなみに、吸血衝動のほうはどうだったんだ?」

「あ、そっちはありました! なので、たまーにレイちゃんとかベンくんに身体借りて、誰かをチウチウさせてもらってました。人種によって血の味が違うので、楽しかったです」

「……レイたちはよくそれを許したな……人種によっては血そのものが有毒になることもあったはずだが」

「お義姉ちゃんなので。でも、だからこそ私もいっぱい感謝してたんです。本当ですよ?」

「いや、疑いはしないよ。君は基本的に、隠しごとはしないものな」

 

 しかしそうなると、やはりヒミコの吸血衝動は生まれつきのものとしての面が強いのか。ヘマトフィリアというのだったかな。

 魂だけになってもしっかりと衝動自体はあった、という点はすごいな……。三つ子の魂百までということわざがこの国にはあるが、まさに生まれ持った気質なのだろう。人間、赤ん坊の頃から結構個性があるものなぁ。

 

 と、いったところでちょうど朝食の場に着いたので一旦話はお開きだ。

 それでも、頭の隅には朝一に受けた衝撃が残っていて、私はあまり食事を楽しめなかったのである。

 

***

 

 三学期一発目の授業は、ヒーローインターンの報告会だ。プロと業務をこなす中で得た成果や、見えた課題などを共有するものとなる。ヒミコだけはリハビリ完了の報告だが、それはともかく。

 

 ここで、一波乱あった。

 

 別に事件があったわけではない。ただ、オチャコのコスチュームの中から、クリスマスのときにプレゼント交換で引き当てたイズクのプレゼントが出てきただけである。

 

 しかし「だけ」とは言うが、これを見過ごせない女がいる。ミナだ。

 

「やはり」

 

 彼女はそう言いながら、心底楽しそうな顔をオチャコに向けた。

 

 一方対するオチャコはと言うと、床に落ちてしまったプレゼント……相変わらずオールマイトフリークなイズクのプレゼントだとすぐにわかる、オールマイトの人形がついた根付けを大急ぎで回収したものの、その顔は真っ赤で白状しているも同然である。

 当然、それで察せないほどミナは鈍くないので……。

 

「ぅ、うぅー……」

「やっぱりそうなんだー!?」

「はううぅぅ……そ、そう、です……」

 

 最終的には言葉でも白状する羽目になっていた。その言葉は、消え入りそうなものではあったが。

 

「そっかー、いいねぇ、青春だねぇ! ねね、緑谷のどのへんが気に入ったの?」

「ぅぅ……もう堪忍してぇ……!」

 

 そして、ミナの追求にオチャコは真っ赤な顔を両手で覆ってしまい、”個性”が発動。いつぞやのように、空中を漂うことになった。

 これ以上はさすがにやりすぎだろうということで、とめに入ったが……これは近いうちに女子会だろうなぁ。

 

 今夜? 今夜はインターンの意見交換会とヒミコの快気祝いを兼ねた新年会をしようという話になっているから、さすがにないだろう。

 

 とはいえ、こういう話を知りたいという欲求がなくなるわけではないからなぁ。あまりオチャコ一人に負担をかけるわけにはいかないし、私からも何かミナたちが食いつきそうな話のタネを用意しておくべきか?

 

「こっちはこっちで、なんとなくそうなんじゃないかとは思ってた」

「ケロ。最初のインターンが始まった頃から、緑谷ちゃんとの距離が近かったものね」

 

 どうにかこうにか着替えを再開したあと。キョーカとツユちゃんは、察していたと優しい表情だった。

 何かを言いはしなかったが、モモも似たような表情で数回頷いている。モモはあまり恋愛方面に詳しくなさそうだと思っていたが、生粋の女性は私みたいな元男よりもこの手の感情には詳しいのだろうか。

 

 いや、私の場合は前世が前世ということもあるわけだが、それはともかく。

 

「バレちゃったからには、応援ももうちょっと大々的にやってもいいかなー?」

「そうですねぇ、早速作戦会議しましょうか?」

 

 一方で、焚きつけた側である二人は頭を寄せ合って楽しそうに笑い合っていた。そういうところだぞ。

 

 なので、これには太い釘を刺しておく私である。

 

「……二人とも、そういうのはやめておけ。人の恋路をそうおもちゃにするものではないぞ」

「「はーい」」

 

 返事は、見事に揃った……しかしどこか楽しそうなものだった。こういうところ、似た者同士だよなぁこの二人は……。

 

 と、考えたところで、ふと私の脳裏に一つのひらめきが駆け巡り、思わず私は目を見開いて硬直したのだった。

 




何も解決してない問題そのに。
トガちゃんは確かに、過酷な運命と絶望的な距離を乗り越えて元の時代まで戻って来ましたが、それは彼女の意志が強く、運もまた強かったからで。
彼女がトガヒミコである以上、フォースと絡んだ過剰な変身が彼女を消失させる可能性は依然として存在しています。
この問題も理波が向き合わなければならないものであり、これが今章の主題となります。

お茶子ちゃんは、うん。
原作と異なる環境から気持ちをしまってないので、認めちゃいました。
バレンタイン回を書くのが今から楽しみです(その目は澄み切っていた

ところでトガちゃんのヘマトフィリア(血液嗜好症)と同化願望についてですが、ここからはそれにまつわるクソ長い考察のような何かです。
究極見なくても話には関係ないしネタバレとかもないので、興味がない方は飛ばしていただいて大丈夫です。



ボクはヘマトフィリアはトガちゃん生来のサガ、同化願望は個性による衝動であると考えており、本作はその説に基づいて制作されています。
確かに彼女の「変身」のためには血が必要で、そんな個性に適合する形で血を好むようになったと考えるのは、間違っていないとも思います。
個性に必要な身体機能として、そのように身体が発達した、というのはあの世界の人間にとっては普通のことでしょうし。

ですが同時に、個性に必要な身体機能を持たないキャラも、原作にはちゃんといるんですよね。
代表的なのは荼毘で、彼は全力を出せばエンデヴァーをも上回る火力の炎を放てますが、肉体が普通寄りなので個性を使えば使うほど身体が焼けただれていくデメリットを持つ羽目になってます。
なので、使用に血の摂取が必要な個性であっても、その行動を忌避する性格の人物はあの世界にはいるはずだろうと思われるのですね。

何より、「個性に必要な機能は身体が自然に持っている」のはあの世界では普通なんですよ。ごく当たり前のことなんです。
でもそれがトガちゃんに当てはまるのかって言うと、ボクにはそうは思えないんですよね。
なんせ両親からあれほど「普通」であることを望まれながら、本人も一応努力はしたのに、それでもなお「普通」であれなかったのがトガちゃんです。
そんな彼女が「個性への身体の適応で血が好きになっている」というところだけ「普通」というのは、なんだか違うような気がしてならないんですよね。
だってトガちゃんのヘマトフィリアがもし個性由来だとするなら、AFOに個性を奪われたらトガちゃんは血に対する執着や嗜好を失う、あるいは失わなくとも減退することになり得ますよね。
それはあの世界の法則に基づく「当然」であり「普通」ですが、だからこそトガちゃんにそういう「普通」は、違う気がするんです。

逆に個性と関係ないなら、仮に無個性になったとしても彼女は血を望むでしょう。個性とは関係なく、誰かの血を求めるでしょう。
そしてそれは、ホモ・サピエンスという生き物にとって間違っても「普通」ではない。
つまりAFOが個性を奪ったとしても、それだけでは彼女は救われない。それを手段として人々を救い、あるいは支配してきたAFOでも、個性だけでは彼女を救えない。
彼女を救えるものはただ一つ、彼女の愛を正面から受け止められる対等な愛か、彼女はそうなんだと受け入れられる仲間だけ。
そういうどうしようもない業を背負うからこそ、彼女はトガヒミコなのではないかとボクは思うのです。

では同化願望はどうなのかですが、これはヘマトフィリアほどの異常ではないと思うんです。
もちろん程度の差はあるでしょうし、必ずしも好きな人への変身とは限りませんし、同じになりたいと思うかどうかもわかりませんが、しかし誰かに変わりたいと思ったことのある人は多いのでは?
もし自分がこの人だったら、という空想もそうでしょうし、極論「この人と同じ力を持っていたら」「この人と同じ服を着たい」なんかもある種の同化願望でしょうし。
なので、個性を失ったとしてもなお好きな人と同じになりたいと思うこと自体は、ヘマトフィリアよりは「普通」に近いのでは?
だからこそ、同化願望のほうはトガちゃんにあってもまあおかしくはない「普通」かなと。

以上のことから、ボクはヘマトフィリアはトガちゃん生来のサガ、同化願望は個性による衝動であると考えている次第であります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.もう一人要る

2/21、改稿して再投稿しました。詳細はあとがきにて。


 ヒミコの深層心理でうごめく「好きな人と同じになりたい」という欲求は、三大欲求に近い根源的なものだろうと思う。しかし「ある」のであれば、私の増幅の対象にできる。

 

 そういう理由から、マイナス増幅が現状一番可能性の高い解決策だ。あるなら減らせばいい。単純だが、わかりやすい方法だな。

 もちろん、そのためには私の体内の栄養を消耗する必要がある。だからすぐに解決、とはいかない。

 

 実際、無理だった。昼食のとき、試しにヒミコに一時増幅をかけてみたのだが……消耗の具合から言って、恐らく概念的なものを対象にするときと同様の消耗になるだろう、と感覚的に察知できたのだ。それはかなり重い代償だ。

 

 さらに言えば、別の問題も浮上した。どちらかと言えばこちらのほうが問題だった。

 

 何せ、ヒミコから変身願望を一時的に減らした結果、変身の精度も下がったのだ。私への変身ですらそれなりに精度が下がったので、当然他の人間への変身はひどかった。

 

 ヒミコいわく、変身をきちんと練習し始める前くらい、とのことで……やはり彼女の「好きな人と同じになりたい」という欲求は、”個性”と密接に関係しているのだろう。

 

 なお、その状態でもチウチウは変わりなくしたそうにしていたので、こちらはやはり”個性”とは異なるものなのだろうな。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、公衆の面前でチウチウされそうになったのでさすがにそれはとめた。目撃したミノルは、相変わらず気軽に死んでは気軽に復活していた。

 

 話を戻すが、今後の活動のことを考えれば、ヒミコの”個性”がほぼ使えないというのも困る話だ。

 私自身は”個性”に満ちあふれた今の地球に思うところがあるのだが、しかしそれがこの星の日常である以上、対抗手段としての”個性”は必要だ。ましてや、彼女の「変身」でなければできないことだってあるわけで。

 

 結果として、マイナス増幅案は一時凍結である。ヒミコの生死に関わる問題なので完全には却下できないが、やはり問題は抱えているのでそういうことになった。

 

 では他に何かないのか?

 ということで、授業前の更衣室で思いついた案に話は戻ってくる。

 

『特定の一つにのみ依存することを執着と言い、不特定多数に依存することを自立と言う』

 

 父上いわく超常以前のとある精神科医の言葉らしいが、これはもしかしてヒミコに当てはまらないだろうか?

 

 何せヒミコが変身したいと思うものは、同じになりたいと思うものは、好きだと思ったものだ。今の一番はもちろん私だが、しかし程度を無視するなら私以外の人間に対しても思ったことはあるという。

 

 であれば……そうであるならば、だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もちろん、その「誰か」そのものになる可能性はある。新たな危険が増えるだけで終わる可能性もだ。

 おまけにこれは、対症療法でしかない。根本的には解決しないのだ。

 

 それでも、何も対策をしないわけにはいかない。たとえ危険を冒すとしても、この思いついてしまった可能性を試さずに何かあったとき、私はきっと一生後悔するだろう。

 

 どちらを選んでも、何かあったとき後悔することは間違いないのであれば。

 せめて、明確に自分が悪かったのだという納得ができる後悔のほうが、まだ幾分かマシだ。

 

「……と、言うのが君たちを見て思いついた案なのだが、どうだろうか。君の意見を聞きたい」

 

 というわけで、授業も新年会も終わった夜。いつものように二人で部屋に戻ったところで、私は思いついたことを説明して意見を求めたのだった。

 

「…………」

「ひ、ヒミコ?」

 

 ところが最初の返事は、ぷくりと頬を膨らませてこちらをじっとりとねめつけるというものだった。そんなヒミコもカァイイが、しかしそれはそれである。

 

「……コトちゃんは、私に浮気しろって言うんです?」

「そういうわけでは……いや、確かにそう思われても仕方ないかもしれないが」

「これだからジェダイはダメダメなのです」

「……そんなに人の心を度外視した案だったろうか。私だって、断腸の思いではあるんだぞ」

 

 ヒミコが怒っているのもわからないわけではない。私と同じくらい好きな人間、というものがあるとすれば恋仲以外はないだろう。それは私も承知している。

 

 そう、承知しているのだ。にもかかわらず、私はヒミコに「恋人を増やすのはどうか」と言っているのである。そんなの、可能ならやりたくないに決まっているじゃないか。

 

 だって、今の私はもうヒミコなしには生きていけない身体なのだ。もしも恋人が増えたなら、当然彼女と一緒にいられる時間は減る。

 それは、正直に言ってとてもつらい。胸が張り裂けそうなほどである。

 

 けれど。そう、けれども。

 

 だとしても、未来永劫ヒミコが失われるよりは、何倍もマシなのだ。あの空虚な一か月間のことを思えば、まだ耐えられる程度には。

 

「……わかってるのです」

 

 言葉を重ねて懇切丁寧に説明すれば、ヒミコはなんとか頷いてくれた。頬を膨らませたままで、明らかに不承不承といった態度ではあったが。

 

「……わかってるのです。コトちゃんだって、本当はヤなアイディアなんだってことくらい。それでも二人の未来のためを想ってのことなんだってくらい、わかってるのです」

「それでも納得はできない、か?」

「はい。……でも、一番納得できないのは……今の話聞いて、『行けそうな気がする』って思っちゃった自分自身なのです」

「……それの何が問題なんだ?」

「だって。……だって、私の変身問題は急ぎの話で。だって、早く何とかしないと……今度こそ、私消えちゃうかもしれない……そんなのヤ、絶対ヤです。私消えたくない……コトちゃんにはなりたいけど、消えるのは絶対ヤです。

 でも、じゃあ、急いでコトちゃん並みに好きになれそうな人って言ったら、A組のみんなしかいないじゃないですか」

 

 言いながら、ヒミコは眉をハの字に歪める。浅い呼吸を繰り返しながら、震える声と共に私を抱き寄せて、首元に顔をうずめた。

 

「そこはいいんですよ。だって、A組のみんなのこと、私ちゃんと大好きです。……でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。実質選択肢なんてないじゃないですか」

「まあ……そう、だな」

「そんなの……自分勝手すぎません? そんな子に『個性事故を防ぐために恋人になってください』なんて……そんなの、どうかと思います」

「それは」

 

 それは間違いなく、ぐうの音も出ない正論だった。まさか闇寄りの存在であるヒミコの口から、そんな正論が出るなんて。彼女もすっかり光の側の人間なのだなと妙に感慨深い。

 

 逆に言われるまで気づかなかった辺り、私はやはりまだ暗黒面にいるのだろう。出会った頃に比べると、立場が逆になってしまったな。

 

 ただ言い訳をさせてもらうなら。

 

 ヒミコがいなかった一か月間、私にずっと寄り添ってくれた大切な友人が。

 あのとき()()は私とまったく同じ想いを抱いていたのに、()()だけがその気持ちに蓋をせざるを得ない状況は申し訳ないと、常々思っていたのだ。

 

 当時は私にも余裕がなかったし、本人も表沙汰にしようとは思っていなかったから、お互い察してはいても触れずにいた。

 しかし今は状況が違う。ヒミコの抱えている問題をなるべく早くどうにかしたい今、私の思いついた案が「行けそうな気がする」のなら。

 

 そうであるなら、彼女にも機会はあってしかるべきなのではないかと……そう、思ったのだ。

 

「……コトちゃんのバカ。そこは、私を最優先してくださいよぅ。少なくとも今私が付き合ってるのはコトちゃんだけなのに。恋人なんですよ? なのに……なんでそんな、妙なところでジェダイっぽい公平感出しちゃうんですか」

「それは。……それは、そう、なのかもしれないけれど」

 

 どうしても見過ごせそうにないんだ。誰にも見えない()()()()の裏で、誰にも見せないように心の中で泣いている()()のことが。

 

 そう、伝えようとしたところで――

 

「……でも、そんなコトちゃんだから私、好きになったんですよね。そんなコトちゃんだから、大好きなんです」

「ん……っ、んぅ……♡」

 

 ――不意打ち気味に、首筋に噛みつかれた。一切遠慮のない、迷いのない行動だった。

 

 ちう、と音を立てて血を吸われる。当然、すっかり開発されている私の身体は、たちまち強い快感にさらされることになる。

 

 普段であれば、そのままベッドインするところだ。しかし今夜は、少しだけ事情が違うらしい。

 

「……私だって。私だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ヒミコ……」

「だって『視』えちゃうんですもん。フォースなんてなかったら、知らないままでいれたのに……。でも、視えちゃうんです。まっすぐ見てくれてるのが視えちゃうの。それを知らんぷりなんて、やっぱりできっこなくて」

 

 直前まで噛みつかれていた場所が、うずく。もっと気持ち良くしてくれと、身体が駄々をこね始めている。

 その煩悩をなんとか理性で殴り飛ばして、私はヒミコの頭をそっと撫でた。

 

「……一緒だな、私たち」

「……うん……」

 

 誰も知らない彼女の心境を、同じく見聞きできること。それを見聞きして、同じ心境に至ること。

 

 ヒミコにとっては……好きな人と同じでありたい彼女にとっては、それが何より嬉しいのだろう。難しい表情をしていた顔から、力が抜けたのが見て取れた。

 

「過去に飛ぶ前の君だったら、きっと最後まで見ないふりができたんだろう。あるいはそこまで他に興味を抱いていなかった、と言うべきか。君の言葉を借りれば、私しか見ていなかったように思う」

「……それは。……はい。やっぱり、千二百年は永かったってことだと思います」

 

 実際に起きてたのは百年ないですけど、と言い添えたヒミコだったが、十分だろう。

 

 以前少し触れた通り、それは人間の寿命を超えた時間であり、人間の精神に変化をもたらすには余りある。

 ヒミコも魂だけとはいえ、それなり以上の経験をしたのだろう。それが彼女の考え方に、物事の捉え方に、影響を与えたのだ。

 

 何せ、ヒミコが現代までの千二百年を耐えるためのモチベーションの何割かに、クラスメイトの存在があったのだから。

 

「……ねえ、コトちゃん? 本当にいいんです? 私が他の人を見ても。コトちゃん以外の人()好きになっちゃっても」

「……よくはない。それは間違いなく本音だ。でも、私たちにはあまり時間がないし……それに、彼女ならいいと思っているのも私の嘘偽りない本音なんだよ」

 

 しばらくの沈黙ののち、おずおずと尋ねてきたヒミコに対して、かぷり、と首筋に噛みつくことで内心を吐露する。

 

 ただ、チウチウできるほどの強さではない。甘噛みというやつだ。マーキングと言い換えてもいい。

 

「これがどこの馬の骨とも知れない輩なら、もちろん全力で拒むけど。でも……彼女なら……君を挟んだ反対側を、()()()()()()()()()()()()って、思えるんだ。心の底から。それくらい、彼女のことが私も好きなんだよ」

「……っ♡ ……はい……」

 

 それを受け入れて、小さく喘ぎながら、ヒミコが頷いた。

 

「……私も。はい。透ちゃんなら、もっと好きなれるって確信できます。ここにいてくれても、きっと大丈夫だって……思えるんです。

 だって、コトちゃんに『どう?』って聞かれたとき、最初に浮かんだのは透ちゃんでした。透ちゃんならイイかも、って……そう、思っちゃったのです」

 

 だから、と。彼女は言う。

 

「……いいん、です……よね……? コトちゃんと同じくらい、まで好きになれるかどうかは、まだわかんないですけど……でも、透ちゃんの気持ち、開いてあげても……いいんです、よね……?」

「うん……少なくとも私は、構わないと思っている」

 

 だから、私は言う。

 二人の心が、一つになった瞬間だった。

 

 不思議な感覚だ。キスをしているわけでも、ましてや交わっているわけでもないのに、そういうときと同じように一体感がある。今の私たちは、まるで二人で一人みたいだ。

 

「……コトちゃん」

「うん。行っておいで。私のことなら大丈夫だから」

「……はい!」

 

 そうしてヒミコは私から離れて、勇ましい笑みを浮かべた。

 

『あー、盛り上がってるところ失礼?』

「ひゃっ!?」

「アナキン?」

 

 が、そこにアナキンが割って入って来た。完全に二人の世界だったので驚いて視線を向ければ、いつものようにどこからともなく出現した彼が半透明で佇んでいる。

 

「急にどうしたんだ?」

『弟子二人が暴走しかけてるから、ちょっとお節介をね』

「「暴走?」」

 

 そんな彼の言葉の意味がすぐにはわからなくて、私とヒミコは同時に声を上げて同時に首を傾げ、同時に互いの顔を見合わせた。




ということで、「好きな人になっちゃうなら好きな人を増やせばいいじゃない」作戦です。力業とも言う。
でも実際問題、他に方法はないんじゃないかなと思うんですよね。少なくともどこにも実害を出すことなく効果を得る方法としてはこれくらいしか。

最初に触れてた「終盤に物語の根幹にわりと大きめに関わることが起こります」はこのことです。
物語の整合性を考えたとき、どうしても「もう一人いる」という結論に達した次第でして。
ただ今更二人の間に女の子を挟むのは読んでいる皆さんにとっては寝耳に水でしょうし、だからこそ大丈夫かなと思ってたわけです。
いやまあ、一応それっぽい描写はちょいちょい入れてはいますけどね。それでもここまでずっと二人の世界を描いて来たので、どうなんだと言われても仕方ないとはわかってるんですが。
なのでアナキンに出てきてもらいました。存在そのものが説得力の塊なので、正直デウスエクスマキナ感もありますがそもそも適任者自体が他にいないのである。

この件については、当初本文中にある通りになる予定でした。トガちゃんを中心にした複数愛ですね。実際その流れで投稿していました。
それ自体を間違っていたとは思っていないんですが、しかし万事一切それが正しとも思ってもいませんでした。
そんなときにいただいたご指摘が、全面的に「その通りだ」と思えるものでありまして・・・そしてそれを採用することでこの先のお話もよりよいものにできそうだと思いましたので、2/21をもって物語を書き替えることといたしました。
書き換えの対象はこの13話の終盤部分、それから14話、15話の全体の予定です。そちらが書き上がるまで、当該部分を削除いたします。書き上がり次第改めて投稿していきます。
なおその先にあった幕間は書き換えの予定がありませんが、話の挿入というものが個人的にあんまり好みではないので、ついでに消しました。こちらは14話、15話が投稿した翌日にまとめて再投稿する予定です。

以上の点、読者の皆様におかれましては作者の勝手で申し訳ありませんが、何卒ご了承いただきたく。
可能でありましたら、今後ともお付き合いいただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.もう一人居る

 ジェダイマスターの顔で、アナキンが言う。

 

『君たちのアイディアが悪いと言っているわけじゃないぞ。僕も発想は正しいと思っている。トガの願望を分散すること自体は、間違ってないと思う』

 

 この言葉に、私は少し安堵した。自分で言うのもなんだが、私と同じくらい好きな人間を増やすという方法が、本当に正しいという自信はなかったのだ。

 

 だからこそ、アナキンが同じ意見であることが嬉しかった。彼と意見が同じなら、大丈夫だと思えた。私はそれくらい、彼のことを信頼している。

 

『ただ、だからってなんで恋人を増やすなんて方向に行くんだ?』

 

 しかし次の言葉は、私とは真逆のものだった。

 

「……ヒミコが私に向けるものと同量の『好き』なんて、他に何があると言うんだ?」

 

 思わず反論する。隣でヒミコがうんうんと頷いている。

 

 対するアナキンは、どこか呆れ顔だ。

 

『「好き」にも色々あるだろう……友情とか尊敬とか、色々な。君たちに身近な例で言えば、ミドリヤのオールマイトへの「好き」なんてまさにそうじゃないか?』

「それは……確かにそうかもしれないが。しかし、今からそれを育てるとなるといつになるかわからないじゃないか。ヒミコの過剰変身は、もう前兆が起きているんだぞ」

 

 無意識下での変身は、過剰変身の前兆と言っていいだろう。初期段階、と言い換えてもいい。

 以前はここから一、二か月ほどしてから、さらに意識そのものの変身……なりきりが加わるようになった。これが第二段階。

 その度合いがだんだん強くなっていくのが第三段階で、この状況で強迫観念的に変身を行うと完全な変身をしてしまう。私たちはそう睨んでいる。

 

 だとすれば、既に無意識下での変身が再開している現状、猶予はあまりない。いつまたヒミコが消えてもおかしくない状況が、迫りつつある。

 何せ既に一度、行くところまで行ってしまっているのだ。大体の場合、一度ラインを超えてしまったものは比較的容易にそこをまた超え得る。

 

 それは、それだけは、なんとしてでも避けたかった。これこそ嘘偽りなき私たち二人の総意である。

 

『ああなるほど? つまり、君たちはとても焦っているんだな。一刻を争うと思っているわけだ。……僕はそうは思わないな』

 

 その言葉に、私とヒミコは同時に目を丸くする。

 

 アナキンが一刻を争う事態ではない、と判断している理由がわからなくて。どうしてそんな認識になっているのだろうか?

 

『僕はまだ、どう少なく見積もっても半年は猶予があると睨んでる。場合によっては数年単位で待てるんじゃないか、ともね』

「……なぜ、そう思う?」

『わからないのか? あれだけ感動的な再会シーンを特等席で見ていたのに?』

「……?」

 

 覚えの悪い弟子をからかうように、アナキンが小さく笑った。

 

 そうされても、わからないものはわからないのだ。私は首を傾げるばかりである。

 ヒミコも似たようなものだが……私よりは何か思いついたものがあるのか、やや神妙な顔つきで考え込んでいる。

 

『本当にわからないのか? 君の大事な大事な恋人のことだろうに』

「む」

 

 だがそこまで言われてしまったら、私も退くわけにはいかない。私が、私が一番ヒミコのことを知っているのだ。わからないなど、口が裂けても言いたくない。

 

 ふむ……ヒントは……「感動的な再会シーンを特等席で見ていた」という言葉にすべて詰まっていると見てよさそうだ。やや迂遠な言い方だが、しかし直近であった出来事でこれに該当するところは、私の身体を乗っ取ったヒミコがクラスメイトたちに再会したとき以外にはない。

 

 ではあのとき、ヒミコがどうしていたかだが。正直あのときは、再会を喜んで感情を爆発させるヒミコの姿を見られることが嬉しくて、あまり細かいところまでは覚えていない。

 

 ここから何を読み解けばいい? あのときヒミコがしていたことと言えば、それこそ再会を喜ぶことしか……。

 

 ……再会を喜ぶことしか?

 

「……まさかアナキン……ヒミコの中にあるA組のみんなへの『好き』は、既に私に対するものに匹敵すると?」

 

 まさかな、と思いつつも、アナキンの態度からしてあり得る。だからそう問い返したのだが……答えは満足げな笑みと一度の頷き。是だ。

 

「た、確かに、あのときのヒミコは私と再会した瞬間に匹敵するくらいのはしゃぎ方だったが……っ、でもそれは……そう、それは、複数人に対するものであって。個人というわけでは」

『必ずしも絶対的な一人を立てなければいけない、というわけじゃあないと思うけどな。……まあ、確かに時間に余裕があるって僕の意見に明確な確証はない。けれど、それを確かめる手段はあると思うぜ』

「なんでそうもはっきりと断言できるんだ……!? フォースヴィジョンでも見たのか!?」

『いいや? そんなものに頼らなくとも、今まで手に入る情報で推測できるはずだ。――部分的な変身で確かめられるはずだ、ってね』

「「……!?」」

 

 あまりにも衝撃的なアナキンの言葉に、一瞬呆けてしまう私たち。

 しかし彼があまりにも自信満々に断言したので、根拠がないとも思えなかった。だから二人して、頭を必死に回転させて考える。

 

 部分的な変身。ヒミコが私同様にフォースが使える理由として、入学初期の頃に説明した建前。そして、実際にはヒミコにはできない技。

 

 そう、できないのだ。そんな変身の仕方は、ヒミコにはできない。

 

 だが……そう、”個性”は成長する。そのきっかけは訓練が一般的だが、些細な出来事で劇的に成長することもあり得る。ちょうど、ヒミコがさらわれた夏にオチャコたちが体現したように。

 

 であれば、今のヒミコなら。悠久の時を超えるという唯一無二の体験をした彼女なら、なるほど確かに部分的な変身もできるかもしれない。

 

 だが、なぜそれが時間の余裕があるかどうかを確かめる手段になるのかまでは、わからなかった。

 

 しかしどうやら、ヒミコは何か察するものがあったらしい。ハッとした顔で、確認するかのような口調でぼそりと口を開いた。

 

「……私の”個性”は、『好き』の多い少ないで結果が変わるから……?」

「どういうことだ? それはあくまで精度の話だろう?」

「それ以外の部分も、『好き』の多い少ないの影響がある、のかもしれないです……。たとえば……そう、普段通りの全身の変身を1として……その変身相手と同じくらい好きな人であれば、同じ割合で0.5ずつに振り分けて……上半身と下半身で別々に変身できる、とか……」

「……!?」

 

 ……そうか。そうか、なるほど。そういう考え方ができるのか!

 

『その通り、僕はそう見た。だから……コトハに変身している最中に、さらに身体の半分を別の人間に変えられるなら』

「コトちゃんへの『好き』と同じくらい『好き』だって判断できる……?」

『ああ。それがなかったとしても、少しでも変身できる相手がいるのなら。それは「好き」を多少なりとも分散させられている、ということになるだろう?』

「よくわかった……。そして君は、A組のみんなであればその可能性は高いと見ているんだな? あの日、ヒミコがあれほど感情を動かしたみんななら」

『そういうことさ。付け加えるなら、コトハの状態から一部でも変身状態を変えられる相手なら、今後コトハと同じくらい「好き」になる可能性は十分あると思わないか?』

 

 確かに。

 確かに、それは。

 

 試してみる価値がある。

 

「……ヒミコ!」

「はい!」

 

 感情に身を任せて振り返れば、既にそこには私に変身したヒミコがいた。

 彼女はその状態で手近な椅子に腰を下ろし、全身の余計な力を抜いて身を預けた。リラックス、とまでは行かないが、しかし緊張と言うほどでもない状態。

 

 その状態でさらに目を閉じて……彼女は自らの身体に宿る”個性”を操作した。

 

「…………。んん……?」

 

 何も起こらない?

 最初はそう思ったが、どうやら違うらしいとわかった。しっかり目を凝らしてよく見れば、ヒミコのつま先がどろりと溶けるように、泡立つようにうごめいていたからだ。

 

 だが私に変身するときとは異なり、あまりにも規模が小さすぎる。変身する速度も、いくらなんでも遅すぎる。少しずつ範囲が上へ上へと広がってはいるが、まるでカタツムリが這っているかのように鈍い。

 

 ……いや、今まで試したこともないことをしているのだから、仕方ないか。むしろ初めてなのに、少しずつとはいえ部分的な変身ができているのだから順調と言うべきなのかもしれない。

 

 順調……そう、順調のはずだ。ヒミコの変身は発動時に必ず身体が溶けるのだから、これは順調なはずなのだ。

 あまりにも進行が遅いせいで、これは本当に変身できているのかと不安に駆られるが……辛抱するしかない。

 

 そして、このままそれらしい挙動をするだけで実際には何も起きなかったらどうしよう、とはらはらしながらも見守り続けること、およそ三分。

 

「……できました。できました、コトちゃん……!」

 

 そこには、腰から下が透明になっている私――に変身したヒミコ――がいた。

 

 妙な気分だ。目の前に自分がもう一人いるだけでも十分奇妙だが、その半分がさらに自分ではないというのは、どうにも落ち着かない。

 しかし見た目の奇矯さはともかく……これは、ひとまず成功と言っていいだろう。時間はかかったが、しかし確かに。

 

「ああ……できた、な……」

『ほらな?』

 

 一方のアナキンは腕を組んで、得意げに鼻を鳴らしている。

 こういうところは子供の頃と変わらない。いささか悔しいものがあるが、しかし今回は彼が正しかったのだと認めるしかない。

 

 念のためその後も時間をかけて色々と試してみたが、どうやらA組のみんなであれば、私に変身中であっても部分的な変身ができるらしい。

 

 もちろん変身の精度は好意の多寡に左右されるので、その程度は誰に変身するかでかなり差が出た。所要時間も相当に差があった。

 その辺りのところから好意の差が目で見てわかる形ではっきりしてしまうので、誰がどれくらい好きなのかは敢えて触れないでおくが……しかし、全員に部分変身することができたことは間違いのない事実だ。

 

「……私。私、コトちゃん以外のことも……ちゃんと『好き』、だったんですね……」

 

 感慨深げに、私のままのヒミコがつぶやく。改めて透明になった下半身をしげしげと眺めながら、ぺたぺたと触りながら。

 

「ああ……。しかもこれ、腰から下全部が変身できているということは、つまり君はトールのことを……」

 

 その様子を見つめながら、私もため息をつくように言葉を漏らした。

 

 そう。トールへの部分変身は、私と同量にできたのだ。

 これができた相手は、他にいない。トールだけだ。それが意味することは、一つだろう。

 

『どうやらそうらしいな。つまり、君たちには既に「もう一人居る」わけだ』

 

 そうだ。これはきっと、そういうことなのだ。

 




実を申せば、作者自身この展開になったのは想定外だったりします。
構想当時はもちろん、少なくともIアイランド編辺りまではこうなるなんて一切思ってなかったんです。ボクもトガちゃんと理波のカップリングのみで最後までやるんだって思ってたんですよ。
まさか原作でもあまり触れられない同化願望を物語のメイン要素として組み込んだ結果、こんなことになるとは・・・って自分でも思ってます。
ただ、ここまで積み上げてきた各設定を鑑みたとき、これ以外の結論は出せなかったのです。

「トガちゃんは原作通り好きな人そのものになりたい」
「でもフォースと同化願望が重なるとマズい」
「理波は一度失いかけたトガちゃんをまた失うことを何よりも恐れている」
「トガちゃんももう二度と理波と離れたくないと思っている」
「今の二人は曲がりなりにもダークサイダー」

いずれもここまでに何度か描写してきたものです。
これらを踏まえると、確証はなくとも今の二人が目の前の問題の原因を察せられたなら、とにかくそれをどうにかしようとする姿以外は考えられなかったんですよね。
つまりある意味では、今回の件もキャラが勝手に動いた形なんです。

ただ、いささか急な展開であったことは否定できない事実。
ボク自身はそれが間違っていたとは思っていませんが、しかしよりよい方向へ進められるであろうご指摘をいただけたため、展開を方向転換する形で書き直すことといたしました。
透ちゃんと、彼女のことが好きな方・・・書き直し前のバージョンのほうがいいという方には申し訳ありませんが、今後のことを考えるとこの形が恐らくボクにできる最善であろう、と。

とはいえ次の話で触れますが先に少し言っておきますと、透ちゃんとそういう関係になる可能性が消えたわけでもないです。
数ある友達の中で、理波と同じくらいに好きであるという点は間違いなく特別ですからね。時間も十分ありますし、ね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.私はもっと好きになる

「でも……それってつまり、私はやっぱり、透ちゃんのことお友達って思ってるわけですよね。コトちゃんのような『好き』じゃない、んですよね?」

 

 元の姿に戻りながら、ヒミコが口を開いた。迷いのある、と言っているような寂しげな顔だ。

 そしてこぼされた言葉に、アナキンは肩をすくめた。

 

『……そういえば言ってたっけな。彼女に申し訳ないんだな?』

「はい……。だって、何かの拍子に透ちゃんの心の奥が見えちゃったとき、私たち絶対気まずくなります。そのたびにごめんなさいって、思います。それは、ちょっと、ヤです……」

 

 ヒミコの言葉は、私の言葉でもある。

 

 先にも話し合った通り、私たちはトールの気持ちに気づいてしまっている。本人は実にうまく隠しているので恐らく誰も気づいていないだろうが、フォースによって察せてしまう私たちにはわかってしまうのだ。

 

 そしてそれは、私たちの言動によって誘発されることが多い。スキンシップなど、好きという気持ちを相手に伝え相手も受け取る行為の瞬間にだ。

 理由は単純。人の心は、自身が見聞きしたものに対して必ず何らかの反応をするからだ。それは訓練や慣れでかなり抑えられるが、もちろん簡単なことではない。私が会話を通じて相手から情報を抜き取るのは、その応用である。

 

 だからこそ、私たちが何かをするところを見てしまったときの心の動きが、見えてしまう。ヒミコをまっすぐ見てしまう彼女には、それを避ける手段がない。それは、今後も起こり続けるだろう。

 そしてそこに居合わせた場合、もはや私たちはそれを無視できない。もう、お互いのことしか見えていなかった頃とは違うのだ。

 

 先ほどまでトールのことも引き受けてしまおうと話し合っていたのは、それを避けるためでもあったのだが……急ぐ必要がなくなった上に一応の答えまで出た今、白紙に戻ったと言っていい。合理的に考えるなら、トールを私たちの中に加えることに意味はない。

 

 しかしそれでは、私たちのこの感情はどこにどう向ければいいのだろうか?

 

『はっきり言っておくぞ。さっきの状態もそうだが、今この状況で彼女に話を持ち掛けるのはものすごく失礼な話だからな?』

「はい……ひどいことするところでした。最初から二番手だってわかってるのに、断られないとわかってて付き合ってほしいなんてサイテーなのです」

 

 その最低な話を提案した身なので、私はそっと顔を逸らす。

 少し落ち着いて考えてみれば、その通りとしか言いようがない。本当に先ほどまでの私たちは周りが見えていなかったのだろう。

 

 いや、ヒミコは見えていたか。見えていた上で、他に思いつかなくて消極的に同意してくれていたのだろうな。

 

 これに見かねたように、アナキンは小さくため息をついた。

 

『人との交流が増えればこういうこともある。けどフォースユーザーには相手の強い気持ちが見えてしまうことがあるから、気にしなくていいことまで気にしてしまう。だからこそジェダイは、必要以上に誰かに深入りすることを禁じていたわけだが』

 

 その言葉に、なるほどと納得する。

 前世の私は深く気にせず、それが掟だからそうしていた。だが色々な人と深く関わるようになった今、掟の意味が強烈な実感と感触を伴って私たちを苛んでいる。

 

 恐らく、この件に対する明確な答えはない。話の中核が同じであっても、相手によってすべきことが変わるだろうから。

 

 そしてその内容は、千差万別。だからこそ、ジェダイはこれを禁じたのだろう。心の問題、悩みにすべて正面から向き合っていては、ただでさえ人数が少ないジェダイは組織としてうまく機能できなくなってしまうから。失敗したときのリスクが、とても大きいから。

 

 私たちは共和国ジェダイに失敗に学ぼうとして、共和国ジェダイが強引にではあっても克服した問題を再発明してしまったようだ。

 

「……いっそのこと、透ちゃんもしまっとくちゃんなんてやめてくれればいいのに」

 

 沈黙の中で、ヒミコがぽつりとこぼす。

 

「いっそのこと、私のこと好きなんだって、普段から言ってくれればいいのに。私たちに遠慮しないで、混ぜてほしいって言ってくれれば……そうすれば……」

 

 確かに、と思わず頷く。

 

 もちろん、過去に飛ぶ前のヒミコにそれは逆効果だった可能性が高い。当時の彼女は、間違いなく私しか見ていなかった。

 私もきっと、似たようなものだと思う。だからトールの選択は間違いではない。

 

 けれど今なら。今の私たちなら、きっとトールに求められれば拒まない。お互い、それだけの積み重ねがある。

 

 だから。

 

「……そうすれば、きっと。今なら、()()()()()()()()()()()()()()()。根拠はなんにもないですけど」

「フォースユーザーの直感なら、そう捨てたものでもないだろう。……しかし、そういうことを後腐れなく、正確に伝えられる人間なんて」

『何を言ってるんだ。こういうことこそ正面から話し合うべきだろう? ジェダイとはそういうものじゃないか。組織の合理化の果てに失った、理想の一つだろう?』

「それは……そうだが」

 

 ジェダイは交渉人でもあった。調停役でもあった。

 言葉を尽くして、人と人の間を取り持つ。それによって、共和国の自由と正義を守っていた。

 

 確かに原点を省みるならば、ここは避けるべきときではない。挑むべきときなのだろう。

 

 ちら、とヒミコを見る。まだ不安そうな顔だった。

 しかし確かに前を向いていて、その目にはある種の覚悟の光も見て取れた。

 

「……はい、やってみます」

『いいや、違うな』

 

 アナキンはそれを、即座に遮った。

 

『やるか、やらないかだ。やってみる、なんてものはない』

 

 二人分の視線を受けながら、彼は言葉を続ける。

 

 それは。

 

『人の心がかかっているんだぞ。試しにやってみるだなんて、そんな半端な気持ちでやるものじゃあない。そんなんじゃ、君たちにとって真実重要なことなんだって誰も思わないぜ』

 

 それは間違いなく、偉大なジェダイマスターの金言だった。

 

 と同時に、である。私たちの脳裏にヴィジョンがよぎった。まるで私たちを試すかのような、歯抜けで曖昧なものだったが。

 

 しかし、それを見せられて。アナキンにここまで言わせて、尻込みなんてできるはずがない。そんな、愛する人に誇れない自分ではいたくなかった。

 

 だから私たちは、まず自分たちの間で言葉を尽くすことにした。お互いの中にあるものを隠さず、言葉にしてぶつけ合うことで、今の自分の本当の気持ちを明らかにするために。

 何より、その気持ちを伝える方法をはっきりさせるために。

 

 そして出た、結論は――――

 

***

 

 朝。一足先に談話スペースにいた私たちは、降りてきたトールを出迎えた。

 

「おはよー! 二人とも今日は早いね?」

「おはようございますー」

「ああ、おはよう。……まあその、ちょっと、な」

「?」

 

 トールが首を傾げる。

 無理もない。ただ朝の挨拶をしただけなのに、私が意味ありげに顔を逸らしたのだから。視線の先で、朝食の準備をしているテンヤとモモの委員長コンビが見えた。

 

 それはともかく、私は今回どちらかというと見ている側だ。夜遅くまでヒミコと話し合った結果、今回の作戦では彼女が主体になったほうがいいと判断したからである。

 そして一度するとなったら、ヒミコの行動力はとても高い。彼女は一切迷いを見せることなく、トールを招き寄せた。

 

「透ちゃん、一つお願いがあるんですけどいいですか?」

「? うん、私にできることなら!」

「あのですね、実はですね……透ちゃんのこと、チウチウしたいのです」

「え。う、うん、いいけど……こんな朝一番に?」

 

 その申し出に、トールが一瞬硬直した。

 それでもすぐに容認したのは、今までに何度もしていることだからだろう。あとは、それがヒミコにとっての愛情表現であると知っているからでもあるか。

 

 ただ、今回はその「今まで」とは明確に違う。「今まで」は、切れ味のいい刃物で指などの表面を軽く切って、そこから吸う形だった。あるいはサポートアイテムの注射器で吸い上げて、それを飲むか。

 いずれにせよ、ほぼ痛みを生じさせないやり方だった。他のみんなにもそうしている。

 

 だが今回は、違う。違うのだ。同じではいけないのだ。なぜならそれは、愛情表現としては最上級ではないのだから。

 

「あの、でもですね……今回は、かぷっとして、チウチウしたいのです……」

 

 ――ダメですか?

 

 ヒミコがそう問いかければ、トールは再び硬直した。今度は先ほどよりも長い。

 

 その内心でどのような想いが渦巻いているかは、あえて見ないようにしているのでわからないが……しかし色々と荒ぶっていることは間違いないだろう。

 かぷっとして、が最上級の愛情表現であるとまでは知らないはずだが、特別なことだと察することは難しくないからな。

 

「そ……それは、その。わ、私はいいけど……でも、いいの?」

 

 生唾を飲み込んで一拍置いてから発された言葉は、少し足らない。わざとなのか偶然なのか。恐らくは後者かな?

 

 しかしその視線が私に向いているのだから、トールは「かぷっとして」の意味を正確に理解したようだ。

 よかった。察してくれなかったら話が進まないところだった。

 

 だから私は内心の安堵を隠しながら、一つ大きく頷いて返す。トールが目を大きく見張った気配がした。

 

「いいんです。透ちゃんなら、いいんです」

 

 先の問いが私に宛てられていたことを理解しつつも、無視してそれに挟まるようにヒミコが応じる。その顔には、深い慈愛が浮かんでいた。

 

 これに赤面しながら応じたトールは、小さく頷いているところをヒミコにくいと引っ張られる。そのままされるがままに、ヒミコの膝の上へ横抱きに乗せられることになった。

 

「へ!? え、ちょ、ひ、ひみちゃん?」

「いただきまぁーす」

「ぅい……ッ!?」

 

 わたわたと声を上げようとするが、もう遅い。ヒミコは一切ためらうことなく、トールの首筋に牙を突き立てた。

 

 上げられたうめき声は、生物としてはある種当然のもの。その痛みに耐えるために、トールは自身を抱き寄せていたヒミコの身体を抱きしめる。

 

 無理もない。「かぷっとして」とは文字通り噛みついてのことであり、明確に痛みを伴うのだから。

 だがその様子は……傍から見ると、愛を交わしているように見えなくもない。

 

 ヒミコにとって最上級の愛情表現なので、あながち間違いではない。だからこそヒミコは今までこれを私にしかしたことがないし、トールが私に確認を取ってきたのもそのためだ。

 

 もちろん、私自身葛藤が一切なかったとは言わない。

 それでもあの日、私と同じ想いを抱えて、一緒に涙を流した間柄である彼女なら、構わないと素直に思う境地には達している。話し合いの結果、そうなれたのだ。

 

「ン゛ア゛ッーーーー!?」

 

 と、視界の端でミノルが雑巾を引き裂いたような汚い悲鳴を上げてひっくり返った。「や、やりやがった……遂に百合の間に挟まりやがった……ッ!」などとうめいているが、どうせいつもの発作だろう。

 

 これをきっかけにして、談話スペースにいた面々が何事かとこちらに目を向けてきた。そして全員が全員、驚いて目を丸くしている。

 

 そんな中でもヒミコのチウチウは終わらない。それはクラスメイト全員が談話スペースに揃うまで続けられた。

 

「……ぷはぁ。美味し……♡ ……んふふ、透ちゃん、ありがとうございました」

「ん゛……、く、う、うん……喜んでくれたなら、何よりだよ……」

 

 普段からチウチウされている私には、かかった時間に反して実はそこまで血を吸えたわけではないとわかる。

 

 だがそれよりも、大事なことがある。

 

「わ……っ、ひ、ひみちゃん……?」

 

 まだ痛みにうめいているトールを、ヒミコが抱き寄せる。透明な頭を腕の中に抱きしめて。

 そして、困惑している彼女に向けて、ヒミコはささやくように告げた。

 

「……透ちゃん。イイですよ。しまっとかなくて」

「……え……」

「だって、私。透ちゃんのこと――コトちゃんと同じくらい、大好きですから。その気持ちをぶつけられたって、迷惑だなんて思いません」

「……っ!?」

「もちろんそれは今はお友達として、ですけど……でも。お友達から始まる恋愛だって、世の中たくさんあります。()()()()()()()()()()()。だから、今すぐには応えられないですけど……でも、未来のことはわかんないでしょう? そういう日が来ることになっても、透ちゃんなら私たち大丈夫なんです」

 

 だから、ね? と告げながら、ヒミコはにぃっと笑った。いつもの笑みだった。

 

 それでもまだ信じられないのか……いや、これは私に遠慮してくれているのか。トール、本当に君はいい人だよ。いい人がすぎる。

 

 であれば、ここは私の義務か。非常に複雑な表情と思われるトールに、私は頷く。

 

「ああ、構わない。私も納得した上でここにいる」

「……っ、い、いい、の……? 私……私、本当に……?」

「そう言っている。……とはいえ、実際に君の気持ちを受け入れるかどうかは君の努力次第だ。フォースはあくまで、そういう日が来る可能性がある、としか言わなかった」

「……! ……っ、うん……、うん……っ! 私……私、がんばるね……! そういう未来、引き寄せられるくらい、がんばる……っ!」

 

 そうしてトールはくしゃりと顔を崩して、それでも喜色を浮かべながら、ヒミコに改めて抱き着いた。

 

 ……実際問題、未来がどうなるかはわからない。

 それでも、可能性は間違いなくある。何せ人間、心の底から愛しているのだと気持ちをぶつけられ続けて、ずっと何も思わないでいられるなんてあり得ないのだから。

 

 もちろん程度の問題はあるが、本心から相手のことを想っての行動は、確かにそれだけの力を持っている。私はそれを、よく知っている。他ならない私自身が、そうやって愛を抱くに至ったのだから。

 

「……ケロ。おめでとう、と言えばいいのかしら?」

 

 やがてトールが落ちついたタイミングを見計らって、ツユちゃんが声をかけてきた。

 彼女の周りには、クラスメイトが勢ぞろいしていた――まあカツキは離れたところで食事を進めているが。

 

「……う、ん。そんな感じ!」

「よかったわね、透ちゃん。……でも、そろそろ朝ご飯にしましょう? 学校が始まってしまうわ」

「あ!? そ、そうだね! ……行こっ!」

「はい。コトちゃんも」

「ああ」

 

 そうして、ようやく今日という日が始まり出す。

 

「ねーねー葉隠ー、つまりそういうことだったってことー!?」

「あー、まあそのー、実はそうだったんだよねぇ」

「言ってよー! そしたらあれやこれや聞いて回ったのにー!」

「だからなんだよなー!」

 

 朝食を囲みながら、食卓は賑やかに盛り上がる。その様子を眺めながら、私もヒミコも安堵の息をついていた。

 

「ここにきて……百合ハーレム……だと……!?」

 

 まあ、ミノルは過度な苦行は悟りに不適切として放棄したブッダを堕落者と断じた五人の沙門のような怒りと失望を顔に浮かべていたが。いずれにせよ、誰も触れなかった。

 

 触れたくなかったとも言う。私としてはまだそうなったわけではないとはっきり言っておきたかったのだが、「同志に相談だ……」などとうめきながら床で悶絶している人間になど、関わり合いになりたくないというのが人として当たり前の心理だと思う。

 

「でもさ、なんでそういうことになったん? その、言い方アレかもやけど理波ちゃんおるやん? 理波ちゃんだって……」

 

 ではその間私たちが何をしていたかと言えば、一婦多妻とも言うべき状況を許容するに至った理由を説明していた。

 

「……私の普通は世界にとって普通じゃなくて。だから、この世界がだいっキライでした。誰も私のこと、見てくれない。知ろうともしてくれなかったので」

 

 いつもより真面目なトーンで語るヒミコに、多くの視線が集まっている。彼女は、両脇に座っている私とトールにはあえて触れないまま話を進める。

 

「でもコトちゃんに会って、そうじゃないんだって知ったんです。初めて私を救けてくれた人です。だからコトちゃんは私にとって特別で……だからこそ、コトちゃんしか見えてなくて。

 それでも、そんな私をみんなちゃんと見てくれました。受け止めてくれました。好きでいてくれました。嬉しかったです。コトちゃんだけじゃないって思えたんです。

 だから、ここに戻ってくることができたんです。みんなにまた会いたかったから。もしかしたら、他にも私をちゃんと見てくれる人がいるかもしれないって、そう思えたから……」

 

 話す内容は昨夜、作戦を話し合う過程で導き出された私たちの結論である。

 一晩かけて色んな意見を二人でぶつけ合って、最終的にそうだと気づけたのだ。ヒミコにとっては大嫌いだったはずのこの世界を、好きになりたいと……そう、思えているのだと。

 

「だから――私はもっと好きになる。この世界のこと、この世界に生きてる人たちのこと。みんな、みーんな。

 でも全部はちょっと……ううん、絶対時間が足りないので。それなら、今本気の本気で私のこと好きでいてくれる人に、きちんと向き合おうって、そう思ったんです。いつかに()()()()気持ちになるかもですけど……それでもいいんだって、思えるようになってる自分に気づけたので」

 

 そして改めていつものように笑うと、ヒミコは堂々と宣言した。

 

 もう彼女の中に、迷いはない。そんな彼女が頼もしかった。

 そんなヒミコが大好きだからこそ、私も彼女の隣を分け合う可能性に素直に頷けたのだ。

 

 ……私の結論がヒミコに比べて軽い気もするが、彼女が結論付けると同時に私の中の葛藤も消えたので、仕方がない。まあ、愛は理屈ではないということなのだろう。

 

 しかし、さて。これから先、私たちは一体どうなることやら。

 フォースが見せた可能性は、いくつもあった。

 つまり三人になるかもしれないし、二人のままかもしれない。あるいはもっと増えるかもしれない。

 

 未来がどうなるかはわからないが……しかし、間違いないことが一つ。

 ヒミコが過剰変身することは、きっともうないだろう。物証はないけれど、そう思った。そう、信じられた。

 

 だからこそ、賑やかに笑顔が交差する食卓が何より眩しくて、嬉しくて。

 

 私も久しぶりに、本当の意味で、心の底から笑うことができたのだった。

 

 

EPISODE Ⅻ「もう一人いる」――――完

 

EPISODE XIII へ続く




書き直し後における透ちゃんの扱いは、しまっとくちゃんをやめるところで一旦ストップ。
理波やトガちゃん側もまだそういう意味では好きにはなれないけれど、彼女にそういう気持ちをぶつけられる分には一向に構わないし、自分たちがそういう気持ちを抱く可能性もそれはそれで構わないと受け止める覚悟を固めることができました。
だからしまっておかなくて大丈夫だよ、と伝える流れとなりました。
15話のテーマでありサブタイトルでもある「私はもっと好きになる」を残しつつ、書き換えた流れに沿う形になんとかできたんじゃないかな、と思います。

まあとはいえ、本編中で透ちゃんが二人の間に加わることはもうないと思います。
また、彼女がフォースユーザーになることもない予定です。
仮にそれらの事態になるとしても、本編中ではなく完結後のおまけなどになるでしょう。

というわけで、EP12「もう一人いる」はこれにておしまいです。
最初に言った通り、根幹に関わる部分に大きな変化があった今回の章。
まさかの終盤書き直しという顛末もありましたが、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたら幸いです。
まだ幕間が二つ残っていますが、どっちも直接的には理波と関係ない話なので、ここでひとまずの区切りです。
幕間については書き直し作業がないので、明日二つ連続で再投稿いたしますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 サンタクロースはどこのひと

 少し時間は遡って、クリスマスの夜。念願の再会を果たした恋人同士が、爛れた夜を過ごしていた頃合い。

 草木も眠る丑三つ時と俗に言われる時間帯に、サンタクロースの衣装に身を包んだプレゼントマイクと、それを呆れた顔で見やる普段通りのイレイザーヘッドが雄英職員寮の一角にいた。

 

 彼らが待ち合わせた場所は、雄英で保護されている少女、エリの部屋の前だ。そんなところで何をしているかは、プレゼントマイクの格好が示す通りである。

 今まで悲惨な目に遭ってきた少女のために、初めてのクリスマスプレゼントのために、ヒーローたちは一肌脱ぎに来たというわけだ。

 

 まあ、上から下まで完璧なサンタ衣装を着こなすプレゼントマイクから、いつものコスチューム姿なイレイザーヘッドは抗議を受けていたが。

 

 なお幼いエリは既に眠っている時間のため、二人の会話はすべて小声で行われている。

 

 だがそんな彼らでも、いざプレゼントタイム、と室内に入った瞬間、同じようにサンタ衣装を身に着けたミッドナイトと13号に遭遇した(進入経路はそれぞれ異なる)瞬間は、ぽかんとするしかなかった。これは相対したミッドナイトと13号も同様である。

 

 それでも、ベッドの中のエリが軽く身動ぎした瞬間に即刻無音で身を翻して闇に紛れ、最終的には一瞬のアイコンタクトだけでトイレへと一斉に合流を果たしたところはさすがと言うべきだろう。絵面があまりにも愉快な点は見なかったことにするとして。

 

「なんだよー、結局みんな同じこと考えてたのかYO!」

 

 妙なタイミングで妙な遭遇を果たした彼らだが、目的は同じだった。

 元々エリは教員寮における癒しと化している。中でも、同性ゆえに様々な身支度などで接点が多いミッドナイトと13号にとっては、格別と言える。

 だからこそ彼女たちも、生まれて初めてのクリスマスを楽しみにしていたエリのためにプレゼントを、と考えたわけである。

 

 それを確認し合った四人は、多少話を脱線しつつも四人でプレゼントを置いていこうと結論付ける。

 とにかく音を立てずエリの枕元に置く。予定より人数が増えただけで、やることは変わらないからだ。

 

 たったそれだけのことを再確認するために要した時間を考えてイレイザーヘッドはひっそりとため息をついたが、下手に口を挟んだら余計に話がこじれることを理解しているので、終始ほぼ無言だった。

 

 ということで、改めて室内へと進入した四人だったが……今度はブラドキング、ハウンドドッグ、エクトプラズムがやはりサンタ衣装(ハウンドドッグはトナカイ)で登場。またしても一旦引き、話し合う羽目になる。

 

 彼らの目的もイレイザーヘッドたちと一緒だ。察するまでもなく衣装からして明らかである。

 結局のところ、彼らはヒーロー。誰もが人並み以上の正義感と親切心を持ち合わせており、そうした気持ちを表す行動力も持っている。そういうことなのだった。

 

 とはいえ、時間は有限である。またしても話が脱線しかけたため、合理性を何より重視するイレイザーヘッドが低い声で一喝する羽目になったが。ともかく改めてプレゼントを、となったわけであるが。

 

「……オイ、なんだアレ」

 

 ここでまた別の問題が浮上し、三度目の中断を余儀なくされた。

 プレゼントマイクが代表するように指で示したものは、床に横たわる天使の置物である。元々はエリが眠っているベッドヘッドに置かれていたものであることは、何度もここに出入りしている彼らは全員が承知している。

 

 だが問題が一つ。それは、そんな置物が真っ二つになっていたことである。

 さらにその周辺には、何やらべたべたと粘着質な見た目のロープ。

 そして最大の問題は、ベッドの脇に一足先に置かれていたプレゼントボックスだ。

 

 置物についてはまだわからないが、少なくともわかることが一つある。

 

「……先客がいた、のか?」

 

 ブラドキングのつぶやきに、全員の顔色が変わる。引き締まった、現役プロヒーローとしてのそれにだ。

 

 だから彼らは、即座にこの場の検分に取りかかった。まず、エクトプラズムが分身を作り出して真っ二つになった置物を調べる。

 

「コレハ……随分複雑な機械ガ仕込マレテイタヨウダ」

「なんでそんなものがここにあるのよ……」

「……そういえば、今日の職員会議の終わりに校長が何か言ってませんでした? 今日からセキュリティを強化したとかなんとか……」

 

 13号が何かに気づいたように言葉を継ぐ。これを受けて、全員がうろ覚えの記憶を辿った。

 そして、全員が「あ」と声を上げる。そう、根津校長は確かにエリの部屋のセキュリティを更新したと言っていたのだ。

 

 だが、そんなセキュリティが破られている。となれば、答えは一つしかない。

 

「……何者かが侵入した。それで間違いなさそうですね」

 

 イレイザーヘッドがずばり答えを言う。同時に、彼は視線をハウンドドッグに向けた。

 

「グルルルル……薄れてはいるが確かに感じる……雄英では嗅いだことのない匂いだ」

 

 彼は既に、言われるまでもなく匂いを探っていた。彼は犬という異形型の”個性”の持ち主。これくらいは朝飯前だ。

 

「性別は十中八九、女……それとかすかだが、血の匂いも感じバウウゥッ、ガウルルルッ」

「ほぼ百パーヴィランじゃねーかYO! どうするよマジで!」

「エクトプラズム、プレゼントの中身はどうなの?」

 

 ハウンドドッグが高揚していき人間の言葉を失い始める一方、ミッドナイトは眉をひそめながらも冷静に、エクトプラズムへと声をかけた。

 

 やはり分身によって、置かれていたプレゼントボックスを慎重に検めていたエクトプラズムは、ちょうどその中身を明らかにしたところであった。

 

「……コレハぺんだんと、カ?」

 

 小さめの箱から出てきたもの。それは、()()()()()()()()()()()()だった。見た目だけで材質を看破できる人間はこの場にいないが、少なくとも銀色に輝く鍵は何らかの金属製のようだ。

 それを吊っている紐は細身のチェーンである。ご丁寧に、長さを自由に調節できるようになっている。

 

「……確かにペンダントだな。だが銀色の鍵、だと?」

 

 近寄って、ペンダントをしげしげと眺めたブラドキングが「まさか」とこぼす。

 この場にいる全員が、彼と同じ意見だった。

 

「……死柄木襲ダロウナ」

「間違いないでしょうね」

 

 そう、可能性があるものは一人しかいない。ヴィラン連合のサブリーダー、死柄木襲である。

 

 根津校長以下、雄英の教師たちには彼女とエリの関係についてはある程度周知されている。

 何せエリにとって、襲はヒーローなのだ。救けてくれたのみならず、慈しんでくれた存在であり、普段から襲の存在を気にしていることもある。

 まだ幼いエリには、襲の細かい事情を何も知らない。だからこそ、無邪気に慕っている。

 

 だがそれは、ヒーローたちにしてみれば素直に看過することができないこともまた事実。

 

「……エリちゃんの気持ちはわかっけどよォ」

「調べないわけにはいかないな」

 

 何せ襲は、悪名高きヴィラン連合の中心人物の一人なのだ。その素性も雄英にはある程度知らされていると言っても、現在進行形で襲が強大なヴィランであることには代わりない。

 だからこそ、そんな人間からのプレゼントを素直にエリに渡すわけにはいかないのだ。

 

「パワーローダーの仕事がまた増えるな……」

「この手のことは専門性が高すぎますもんねぇ……エリちゃんには悪いですけど……」

「仕方ないわ。こればっかりは、ね……」

「ソレモ問題ダガ、一番ノ問題ハドウヤッテ侵入シタノカトイウ点ダ」

「バウウウッ、ガルルルッ、匂いはバウアウッ、途切れガウウルルル!」

「……匂いは途中でプッツリと途切れているようだ。突然その場から消えたような途切れ方らしい」

 

 激昂することで発語に支障が生じるハウンドドッグの言葉を、ブラドキングが通訳する。

 

 ただ、この内容に対して驚いたものはいなかった。襲の持つ”個性”は、既に割れているからだ。

 

「転移系の”個性”も持っているんでしたっけ。だとしても、雄英の中にまで侵入した上に誰にも気取られないなんてことあります?」

「全体のセキュリティ含めて、再確認が必要だな」

「ケーッ! せっかくの聖夜だってのに、今日は徹夜か!? F〇CK!」

「校長に連絡がついたわ。ここには一人だけ残して会議室に集合、ですって」

「ソレガ妥当カ。了解シタ、スグニ向カオウ」

「アオーンッ!」

 

 かくして教師でありヒーローでもある彼らは、唐突な仕事に巻き込まれることになった。それでもやることはきっちりやる辺り、彼らはやはりプロである。

 

 結果として、やはり下手人は死柄木襲であることが発覚する。

 彼女は三つ目の”個性”である瞬間移動によって短距離の転移を繰り返しながら、堂々と正面から入って来ていた。その小脇には、先のペンダントが入っていた箱が抱えられている。

 

 だが、監視カメラに映っている機会はごくわずかだ。映っている時間もわずかであり、その映っていたものもすべて、リアルタイムで警備員がついていないものに限られている。

 また、センサーの類もすべて回避されている。まるでそこにあるのだとわかっているかのように、どれくらいまで範囲が及んでいるのかわかっているかのように、的確にだ。

 

 こうなれば、何らかの”個性”の関与は間違いないだろう。それが襲本人に新たに与えられたのか、それとも他に何か手段があったのかまではわからないが。

 

 さらに言えば、敷地内を巡回している警備用ロボットもそれなりの数が破壊されていた。いずれも死角からの一閃で機能停止に追い込まれている以外に異常はなく、いずれも侵入者に気づく前に壊されたのだと推測された。

 

 これを受けて、根津校長は雄英のセキュリティをさらに強化することに決定した。

 とはいえ、今の地球の技術では、転移系の”個性”を無効化するすべは”個性”に頼るほかない。そのため、極めて広大な土地を持つ雄英への侵入を完全に防ぐことは不可能と言っていい。

 

 ゆえにすぐにできることと言えば、今までも密かに進めていた士傑高校との連携を加速させること。それから既存の延長線上にあるロボットではなく、高度な能力を持つドロイドのさらなる導入くらいだ。足らない部分は、「ハイスペック」の”個性”を持つ根津校長による運用システムが埋めることになる。

 

 なお襲が持ち込んだプレゼントは、当たり前だが入念に検査にかけられた。だがあらゆる方法を駆使しても、結果は「異常なし」。ヴィラン連合に繋がるものも出てこなかった。

 このため、最終的にはエリに返却されることになる。クリスマスから、優に一か月は経過したあとのことだった。

 

 根津校長が一番苦労したのは、クリスマスプレゼントだったはずのものが一か月遅れで、しかも雄英の教師陣から渡されることへの言い訳を考えることだったのは、教師陣共有の秘密である。

 

***

 

 また少し時間は遡り、日付が変わるか変わらないか、という時間帯。

 

 転移の”個性”で拠点へと戻って来た襲は、転移特有の唐突な環境の変化に一瞬眉尻を下げた。この場で行われていた()ヴィラン連合メンバーによるクリスマスパーティの現状に対して、わずかに警戒したのだ。

 

 襲が確認したのは、異能解放軍のメンバーの有無。彼女にとってかの組織のメンバーは大半が気に入らないので、なるべくなら近くにいたくなかったのである。

 今日のクリスマスパーティがヴィラン連合時代からのメンバーだけで行われている理由は、それだけではない。しかし半分を占めていることも間違いではない。

 

 ちなみに荼毘は既に退席しており、彼が最低限の雰囲気として身に着けていたブラックサンタ帽だけが部屋の隅でぽつりと宴に残留している。

 

 ただ彼の独自行動はいつものことだが、序盤だけでも参加していた辺り彼にもまったく協調性がないわけではないのだろう。

 

「あら、襲ちゃん! 戻ってきたのね。サンタさんは上手くいった?」

 

 そんな中、戻って来た襲に最初に気がついたものは、乱闘型対戦系のゲームで白熱するスピナーとマスタードを一歩下がったところで優しく眺めていたマグネだ。既に宴もたけなわというべき状態の中で、彼女はいまだにサンタの衣装をほぼフルで身につけていた。

 

「……ま、一応ね」

「ちょっ、それ俺のコーラ! いいよ!」

 

 彼女に対して言葉少なに応じつつ、襲はサンタ帽子をかぶったトゥワイスから問答無用で缶を奪って遠慮なく口をつけた。

 

 失敗はしていない。だが襲にしてみれば、成功したとも言えない状況だった。

 

 何せ、エリに声をかけることも触れることもできなかったから。根津校長が強化したセキュリティによって、エリは物理的に隔てられ接触ができなかったのだ。

 だからこそ、プレゼントはベッドの脇に置いておくしかなかった。邪魔をしてきた人形は真っ二つにしてやったが、それで溜飲が下がるわけもない。

 

 それを思い出した瞬間、一瞬だけ赤い光が襲の身体の表面を走る。彼女はその怒りを持っていた缶に込め、「間接キス……」などとつぶやいたトゥワイスに向けてぶん投げる。

 

「痛ァい! 何すんだよごめんなさい!」

 

 ただ、悪いことばかりでもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の効果に間違いはないとわかったからだ。それに対してあまりにも得意げなドクターは面倒だったが。

 

「……そう。じゃあ、襲ちゃんもパーティの続きを楽しみましょ! せっかくのクリスマスなんだもの! 楽しまなきゃ損ってもんよ!」

「ん……そう、だね。そうする」

 

 それに、せっかくのパーティだ。エリを訪ねるために中座したが、襲にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 気を遣ったマグネの言葉でその楽しさを思い出して、襲は笑った。かすかに漏れていた物騒な空気が霧散したことで、マグネ同様にサンタ衣装のミスターコンプレスが仮面の裏で小さくほっと息をつく。

 

「はい勝ちー!! 僕の勝ちー!! っざまあーー!!」

「クッ!! 一手遅かったか!」

 

 そんな彼らの横で、スピナーとマスタードの戦いは決着が着いたらしい。激闘を制したマスタードが派手に歓声を上げ、けらけら笑いながらスピナーを煽る。

 

 二人の姿を見て、襲も笑う。最初は文字通り子供のように、楽しげに。

 

 しかしその表情は、次第に悪い笑みへと変わっていく。いたずらをする悪童のそれへ。

 だがそのどちらも共通して、無邪気な子供らしさのにじむものであり。

 

 彼女の幼少期を知るものが見れば、たとえこの場が悪党の巣窟であったとしても、胸に来るものがあるだろう。そうでなくとも、人生経験が豊富なマグネとコンプレス――なんだかんだで連合の潤滑油的役割を意図せずやらされがち――の二人も、思うところがあったという。

 

「じゃー次、ボクもやろっかな~!」

「ああ、戻ったのか。いいぜ、やろう。CPUが弱すぎて毎回マスタードとの一騎打ちにしかならないんだよな」

「リーダーがいればもっと盛り上がれたんだろうけどねぇ。ま、いいさ。三人でも。どうせ一番強いのは僕なんだしさあ!」

「わー、マスタードってばそれまーじですぅー? タイマンになったら絶対ボクに勝てないくせしてぇー?」

「は? 超能力でチートしてるやつにだけは言われたくないんですけど??」

「襲はタイマンだけはやたら強いからな……」

「ふふふー、二人がかりじゃないとボクに勝てないざーこ♡ 負け犬♡ 時代の敗北者♡」

「負けないが!? お前みたいなクソガキになんか負けないが!?」

 

 そんな賑やかな夜を過ごすヴィランたちの姿を、プレゼントの鍵と対を成す金色の小箱だけが静かに眺めている。

 

 ――死柄木弔に対する改造手術が始まった翌日のこと。ヒーローとヴィランの全面戦争が始まる、およそ三か月前のことであった。




復活の幕間。
内容は削除前とまったく変わっていません。

健全な幕間一つ目は、ヴィラン連合関係でした。
こっちもこっちで、A組に負けず劣らず賑やかに過ごしてましたよという・・・まあ彼らなりの日常回とでも言いましょうか。
でももう弔の改造は始まってるので、リーダーは不参加。荼毘もすぐに抜けてます。
エリちゃんにプレゼントされた鍵のペンダントについては、実はあんま深くは考えてないですけども。まあ将来的に意味のあるものにしたいですね。

なお襲がもらったクリスマスプレゼントこと、彼女の四番目の個性はたぶん次の章で触れられるかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 引き金に指がかかる

 年の瀬。たった一泊の帰省と、そこから続くヒーローインターンのための準備に追われている、雄英高校ヒーロー科一年A組の寮棟にて。

 

「んー……むむむむむ……どうしよ……」

 

 麗日お茶子は自分の部屋で一人、神妙な顔で正座して葛藤していた。

 

 準備は既にほぼ終わっている。では何を悩んでいるのかと言えば、彼女の前のちゃぶ台に置かれた一つの根付けが原因だ。

 具体的には、オールマイトをデフォルメした小型のぬいぐるみがメインの根付けである。彼女はこれの扱いに悩んでいた。

 

 別に使いどころがない、というわけではない。逆に使いどころしかない、と言える。

 だがそれは、オールマイトが世界に誇る元ナンバーワンヒーローだからではない。原因は、この根付けを用意した人物にある。

 

 この根付けは、クリスマスプレゼントだ。つい先日行われたクラス全員揃ってのクリスマスパーティで、互いに持ち寄ったプレゼントをくじ引きで交換し合った結果、手元に転がり込んできたものなのだ。

 

 もちろん誰が用意したものかは基本非公開なのだが、オールマイトグッズをクリスマスプレゼントの交換会に持ち込む人間など一人しかいない。

 

 だがその一人こそ、お茶子にとっては意中の人であり。そんな人から偶然とはいえもらったプレゼントは……いや、偶然であるからこそ。

 そこにどうにも運命めいたものを感じてしまうのは、年頃の少女としてはある意味当然と言えるだろう。

 

 だから彼女は悩んでいる。想いを寄せる異性からのプレゼントだ。使わないという選択肢はあり得ない。

 ただ、それをあまり大っぴらにするのはなんだか危ないと思えたのだ。

 

「被身子ちゃんとか理波ちゃんにはもうバレとるから、今更やけど……芦戸ちゃんに見つかったら絶対なんか言われる……!」

 

 何せA組には、コイバナが好きな友達が複数いる。彼女たちの目に触れたら……と思うと、普段使いをするには少しためらわれたのだ。

 

 その懸念は実に正しい。何せ懸念通り、ことは二週間も経たずに露呈してしまうのだから。

 

 まあ、それはともかく。

 

 かくなる上は、ヒーローコスチュームの中にでも仕込もうか? 幸いちょうどよさそうな空きスペースはあることだし……。

 

 などと思い始めたときである。

 

「うひょっ!?」

 

 根付け同様にちゃぶ台に置かれていた携帯電話がメールの着信を通知し、音と振動を発した。まったく意識の外にあったものの突然の挙動に、思わず奇声が口をついて出たお茶子であった。

 

「あーびっくりした……えっと、わ、で、デクくん?」

 

 だがすぐに気を取り直して携帯電話に手を伸ばし、送り主の名前を見て再びお茶子はびっくりする。

 何せ送り主はデク……お茶子の想い人である緑谷出久、その人であったのだから。

 

 だがもう何か月も同じ寮内で生活している上に、登校先もクラスも同じな間柄である。必要以上に驚くことも、慌てることもなかった。

 ただ、誰もが色々と追われているタイミングで連絡が来るのは珍しいな、とお茶子は思った。

 

「……え」

 

 そしてそのメールを見て、みたびお茶子は仰天した。

 次いで、その顔にどんどん赤みが差していく。

 

 無理もない。何せ出久からのメールの内容は、要約すれば二人だけで話がしたいから会えないかというものだったのだから。

 

「でっ、え、ど、どうしよ!? ま、まさか、まさかだよね……!?」

 

 本来とは異なり気持ちをしまわないことに決めているお茶子は、この内容に上ずった声を上げる。

 

 違う、とは彼女自身もなんとなくわかっている。出久はそういうことを、自分から言い出すタイプではない。なんだったら、お茶子のアピールに何一つ気づいていないまである。

 それでも、もしも。もしも、と期待してしまうのは複雑な乙女心だ。

 

 だからお茶子は寮内のことであるのに、一応身だしなみをそれなりに整えた。化粧などはまだよくわからないから、目で見てわかるような劇的なものは何もないけれど、それでも髪や服の乱れは正せるだけ正して呼び出しに応じたのだ。

 

「……え、インターン先が変わる?」

「そうなんだ」

 

 そして二人きりになった出久から切り出された話は、案の定色恋沙汰とはまったく関係のない真面目な話だったので、表面上は取り繕いつつも内心で少しだけがっかりするお茶子だった。

 

 と同時に、自分の頬を殴りつけて煩悩を振り払う。

 

(何考えてるんや私は! こんなんデクくんにも迷惑かかる!)

「う、麗日さん!? 急にどうしたの!?」

 

 もちろん、いきなり目の前でそんなことをされた出久は驚くばかりだ。

 

 こんな状況でもお茶子を気遣う彼の態度に、復活しそうになった煩悩を再び押さえつけながらお茶子は激しく首を振る。

 

「なんでもない! ちょっと自分に喝を入れたくなっただけ!」

「このタイミングで!?」

 

 あからさまになんでもないわけがない言い訳だったが、まっすぐな目でそこまで言い切られたらさすがに出久も少しは躊躇する。

 

 その隙に、お茶子は強引に話を元に戻すことにした。これで押し切られるのだから、出久の気弱さも大概である。オールマイトが絡むとまた話は別なのだが。

 

「その、B組との対抗戦で起きた”個性”の暴発に関係してるんだけどね。あの日は麗日さんとトガさんのおかげでなんとかなったけど、やっぱり自分でなんとかできるようにならないとって思ってて……でも、なかなかうまくいってないのが現状で。サーにそのことを相談したら、自分はその手のことには不得手って言われちゃってね」

「そう? 十分教えるの上手いと思うけど。サーが教えて伸びたって言えば、通形先輩って先例もあるやん?」

「僕も同じこと言ったんだけど、サーが言うには『自分が教えたものは戦いの立ち回りと考え方が中心』らしくて。あのとき僕に起きたみたいな、エネルギー? 的なものをを扱う”個性”の制御の仕方とか鍛え方は、わからないんだって。サー自身、”個性”はそういう力を扱うものじゃないから」

「あー、言われてみれば確かに」

 

 二人が現状師事しているサー・ナイトアイの”個性”は、「予知」。対象の未来を見るというものであり、その拡張性はかなり低いものだ。

 彼が直々に指導している通形ミリオの”個性”も、それそのものは物質をすり抜けるというだけの「透過」であり、拡張性という点ではさほど変わらない。

 

 だからこそ、サー・ナイトアイには出久の持つ力を……ワンフォーオールの中に眠っていた、「黒鞭」のような”個性”について教導するノウハウが不足している。なじみのない考え方や使い方が必要となる以上は、どうしても。

 

「だから代わりに、そういうのを教えられる人に一時的に任せることにしたんだって」

「なるほどぉ。……えと、ちなみに、誰のとこに行くとかってのは、もうわかったり……?」

 

 とはいえ、意図したわけではないにせよ、出久と一緒にいられるインターンの時間を楽しみにしていた部分を否定できないお茶子にとって、それはあまり嬉しくない報告だった。

 だからか、思わず上目遣いになって、もじもじと問いかけてしまう。無自覚に距離を詰めながらだ。

 

 彼女の行動はすべて完全に無意識なものだったが、それでも女性に対する免疫が薄い出久には効果抜群である。急に心臓が跳ねて、顔に送られる血液の量が増える。

 それでも以前のようにあからさまに取り乱すことはなく、一応は取り繕いつつもぬるりと距離を取った出久。しかしその視線は、間違いなくお茶子にまっすぐ向けられて離れようとはしなかった。

 

 ただし、この際の己の心境に対して、最初の頃に比べれば女性耐性ができたなと考える辺り、どこまで行っても彼はクソナードだった。

 

「その、エンデヴァーのところだって……」

「ええ!? すごいやん!」

 

 とはいえ、出久が託される先のことはお茶子にとって、何より出久本人にとっても驚きだったので、二人の間に漂い始めた甘酸っぱい空気は即座に消し飛んだ。二人ともそういうところだぞ。

 

「ってことは、轟くんと爆豪くんと一緒になるんかな? 確か爆豪くん、スナッチが引退しちゃって行く先ないならどうだって轟くんに誘われてたよね」

「うん、そういうことになるみたい。幼稚園から高校まで一緒なんてすごい縁だなぁって思ってたけど、まさかインターンまで一緒になるなんて思わなかったよ」

 

 ただ、そんな中で出久が答えた言葉が、お茶子にはやけに印象的に感じられた。

 

 よどみなく話す出久の表情が、澄んだものだったから。今までとは違うと思ったから。

 

「……もしかして、最初の実戦訓練のときに私が言った『男の因縁』は解消したっぽい?」

 

 だから、ふとそんなことを問いかけていた。元々ストレートにものを言いがちなお茶子の性格が直に出た形である。

 

 出久はこれに対して、目を丸くする。しかしすぐににこりと笑みを浮かべると静かに、けれど確かに弾んだ声で頷いた。

 

「……うん。とりあえず、仲直りはちゃんとできたよ」

 

 その顔が、とても眩しくて。

 

 一瞬、呼吸を忘れて想い人の顔に見惚れてしまうお茶子だった。

 とくり、と胸が甘くうずく。ああ、この人は心の底から嬉しいとき、こういう笑い方をするんだなと知れて、心が暖かくなる。

 

「……そっか! よかったやん!」

 

 だからこそお茶子もまた嬉しくなって、満面の笑みを自然と浮かべていた。好きとか嫌いとか、そんな次元を超えた先にある輝くような笑みだった。

 それは、そう。彼女の名前のように、麗かな。

 

 だが、それは出久には刺激が強すぎた。至近距離で直接向けられたことで閾値を一瞬で突破されてしまい、思考が停止した彼は目の前の女性の顔に釘付けになってしまう。先ほどとは真逆の状況である。

 

 そうして数秒ののち、見つめられていることに赤面したお茶子が照れながらも指摘したことで、再起動した出久はひたすら謝り続けるロボットと化す。

 二人はそのまま謝罪合戦を始めてしまうのだが、それはある意味蛇足であろう。

 

 あまりにも遅々とした、緩やかな歩みではある。しかしだとしても、確かに二人の間にあるものが前へ進んだことは事実なのだから。

 

***

 

 そして元日。以前と同様、通形と共に事務所入りしたお茶子を迎えたサー・ナイトアイからの最初の指令は、遠征への随行だった。サイドキックのセンチピーダー、バブルガールのみならず、お茶子と同じくインターン生である通形……ルミリオンも伴う、事務所全員での大移動である。

 

「サー、どこまで行くんです!?」

「リューキュウの事務所だ。チームアップの要請は既に済んでいる」

「リューキュウ? 梅雨ちゃ……フロッピーがインターンしてるとこですね。ナンバーテン、ドラグーンヒーローの」

「その通り。……目的は、トリガーの摘発と犯人グループの背後に潜む黒幕の尻尾をつかむことになる」

「死穢八斎會からこっち、そういう違法薬物取り締まり系の仕事がよく入ってくるようになったんだよねー。死穢八斎會は壊滅したはずなのに、なんでか案件が減らなくってさー」

「資料はまとめておきましたので、移動中に読んでおいてくださいね」

 

 この説明に、お茶子は顔を強張らせる。

 しかしすぐに気を引き締めると、受け取った資料を読み込み始めた。時折挟まれる重要な話も聞き逃さないようにしながら、プロの仕事にくらいついていく。

 

 そんな新人の姿勢を悪く思うものなど、ここにはいない。程度の差こそあれ、誰もが好意的に受け止めていた。

 

 かくして、お茶子のインターンは始まったのだった。

 

 ……だが、彼らは知らない。

 このとき摘発したトリガーの密造工場が。そこから密かに運び出されたトリガーが。世界を震撼させる大事件に繋がっているなど、誰も知らなかった。

 

 オールフォーワンやヴィラン連合、あるいは異能解放軍とはまた異なるヴィランによる大事件は、すぐそこにまで迫っていた……。




復活の幕間そのに。
そのいち同様、内容は削除前とまったく変わっていません。
そしてそのいちと連続しての更新ですので、念のためご注意をば。

そんな健全な幕間二つ目は、デク茶回でした。
書いててわりと冗談抜きにじれったすぎてエロい雰囲気にしたくなったけど、二人とも動いてくれなかったです。残念。

それとついでと言っては何ですけど、次に向けての繋ぎもひとつまみ。
彼らが追っている事件はアニメオリジナルエピソードである「お久しぶりですセルキーさん」に繋がるものです。
つまり何が言いたいかというと、劇場版三作目であるワールドヒーローズミッション編をやりますよという宣言であります。

ということで、月初めから開始した更新も今日でおしまいです。
色々とあった章ですが、区切りがついたついでに感想やここすき等いただけるとボクがはかどります。
コンゴトモヨロシク・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 トガ・ヒミコ/スター・ウォーズ・ストーリー
1.オープニングクロール~ジャクー












遠い昔、遥か彼方の銀河系で……。













トガ・ヒミコ/スター・ウォーズ・ストーリー














地球から消えたトガ・ヒミコは魂のみの状態で過去、
新銀河共和国はウェスタン・リーチの惑星ジャクーに流れ着いていた。

そこで両親に置き去りにされた少女、レイを救けた彼女は、
未来の地球に帰る手段を探すためその身体に間借りすることになる。

だが辺境の星であり、不毛の砂漠ばかり広がるジャクーでは満足な支度が整えられるはずはなく、
レイもまた両親を待つために星を離れたがらなかったため、
なかなか地球に向かうことはできないでいた。



一方その頃銀河では、銀河帝国の残党組織ファーストオーダーと
新たに興った新銀河共和国との間で冷戦が続いていた。

にもかかわらず、新共和国の中にはファーストオーダーを
ことさらに問題視するものはいなかった。レイア・オーガナを除いて。

なぜなら、ファーストオーダーは旧帝国敗戦時に締結された協定の範囲を、
表向き守っていたからである。

しかし彼らは裏では戦力と勢力を拡充させており、レイアもまたこれを察して
私設軍隊をレジスタンスとして創設していた。



両者間の緊張は高まり続けている。ときは既に、開戦前夜であった。

だがファーストオーダーとレイアのレジスタンス、双方が鍵とみなす人物――最後のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーの行方はようとして知れない。

レジスタンスは腕利きのパイロット、ポー・ダメロンを。
ファーストオーダーは闇の騎士団を率いるカイロ・レンを
それぞれ遣わし、ルークの捜索を続けている。

そんな歴史の濁流は、まさに二人の少女が過ごす砂漠の星をも飲み込もうとしていた……。





 見渡す限りの砂漠の大地。本当、まさかこんなところに来るなんてちっとも思わなかったのです。

 

 でも、これが現実。冴え冴えとした夜の闇の中で、地平線の向こうまで一面に広がる砂の景色は夢でもなんでもなくて……。

 それを見てると、どうしても考えちゃうのです。普段はあんまり考えないようにしてるけど、それでもやっぱり、夜になると……心が弱くなるんですかね。闇に呑まれそうになるのです。私、どっちかって言うと闇寄りのはずなんですけど。

 

 それでも、あれやこれやを考えちゃうのです。

 ああ、早く帰りたい。早くコトちゃんに会いたい。A組のみんなに会いたい、って。

 

 もうあれから、銀河共和国の基準で十年以上が経ってます。それが地球で言う何年なのかはわかんないですけど、でもそれだけ時間が経っちゃうと、どうしても忘れちゃうこともあるのです。

 

 コトちゃんのことは、ペンダントをなぜか持ち込めてるので、写真があります。でもクラスのみんなのはないので……もう、あんなに好きになれたはずのお茶子ちゃんたちの顔が、あんまり思い出せません。声なんて、もっと。

 それが、どうしてもつらいのです。今は幽霊さんの私ですが、それでも。

 みんなのことも大好きなのに。それでも忘れちゃうなんて、人間はなんて弱い生き物なんでしょう……。

 

「……義姉さん?」

 

 どうしてもくよくよしちゃう私の背中に、声がかかりました。

 色々と抑え込んで振り返れば、ハッチから顔を出すレイちゃん。抜け出てこちらに近づいてくるところでした。

 

『今日の分は終わったんです?』

「ええ。日記も書き終わったし、あとはもう寝るだけ」

『そですか。最初の頃に比べると、あっという間ですねぇ。もう私が教えることはホントに何にもなさそうです』

 

 子供の成長って、あっという間ですね。出会ったときなんて、コトちゃんくらいの身長で……ってのは言い過ぎですね。いやま、コトちゃんよりは少し年下だったのは本当なんですけど。

 ともかく、子供だったはずなんですけど。

 

 そんな風にらしくない感慨にふけってると、隣にレイちゃんが並びました。そのまま空へ顔を向けます。

 

「……やっぱり、故郷に帰りたい?」

 

 レイちゃんが聞いて来ました。

 ここ最近はレイちゃんのほうからこれを言ってくることなんてなかったので、ちょっとびっくりして顔を向けます。

 

『そりゃあ、そうですよ。早くコトちゃんに会いたいです……。コトちゃんの隣が、私の居場所なんです。コトちゃんが……私の』

 

 それでも、今さら取り繕う関係でもないので、正直に答えます。

 少し前までは、私もお姉ちゃんの見栄があったのであんまり出さないようにしてましたけど。元々メッキはだいぶ剥がれてましたし、今はもう隠す必要もないのです。

 

「……そっか。そう、よね……」

『……ねえレイちゃん。そろそろこの星出ましょうよ。もう何年待ったんです? ここで待ってるより、こっちから探しに行ったほうが絶対、絶対絶対、再会できる確率は高いですよ』

 

 けど、それっきり口をつぐんじゃったので、ならばとばかりに私からも言います。

 こちらはもう、何年も続けてきたやり取りです。回数で言えば、どれだけ繰り返したのかさっぱりなのです。

 

 ……レイちゃんは、お父さんお母さんに置き去りにされた子です。こんな砂漠と荒野しかない不毛の星に、小さい頃に置いて行かれたのです。

 それでもいつか。いつの日か、迎えに来てくれるんだと信じて、この星で生き抜いてきた子です。そんな約束、してないのに。

 

 私はそんなレイちゃんが置き去りにされた日、この星に来ました。そこで一人で泣いていたレイちゃんを見捨てられなくて……それで、それからずっと一緒にいます。正確に言うと順番は逆なんですけど、ともかく一緒にいます。

 なので、レイちゃんは私が育てたようなものですね。それは生活の面でもそうですし、フォースとかそっち方面でもそう。

 

 けど、それでもレイちゃんは、やっぱりお父さんお母さんに会いたいのです。待っていたいのです。自分は捨てられたんじゃないんだって、そう信じたくて。

 

 それは、そこだけは、どうしても私とは相容れないのでした。

 

 でも、だからってレイちゃんを嫌ってるわけではなくて……そりゃあ複雑な心境ではありますけど、今となってはコトちゃんと一緒にいた時間よりも長い間、一緒にいますからね。それだけの愛着はどうしても湧くものです。

 だからこそ、操ったり強制するんじゃなくって、説得しようとしてるんですけどね。ああ、私はいつになったらコトちゃんたちに会えるんでしょう?

 

 もちろん二人ともお互いの事情はわかっているので、この話については実のところ妥協はとっくに済んでて、とりあえずの納得がいく結論も出てるのです。

 なのでこのやりとり、実はほとんど意味がなかったりするんですが……こんなに寂しい夜は、どうしても二人とも弱いところが出ちゃうんですね。それだってわかってるからこそ、最終的には二人とも黙っちゃうのです。

 

「……私、ヴィジョンを見たの」

 

 けど、この日はちょっと違いました。レイちゃんが、迷いながらも口を開きます。こちらに顔を向けて。

 

 栗色の瞳が私をまっすぐ見つめています。私は黙ったまま、視線で続きを促しました。

 

「お父さんらしき人と、宇宙のどこかを旅するヴィジョンよ。背中をずっと追いかけてたから、他に誰かいたかまでははっきりとはわからないんだけど……あ、もちろん義姉さんはちゃんといたわ」

『……へえ? 話していた内容までは「視」えましたか?』

「ちょっとだけ。ほとんどわからなかったんだけど、『よし、それじゃあ行くか。チキュウとやらに向かってな』って……そう、言われたのだけははっきり覚えてる」

 

 それは。

 それは、どうやらしっかり考えないといけない案件のようです。

 

 レイちゃんは、フォースの感応能力がすっごく高い子です。”個性”で後天的に引き上げたコトちゃんや、ダイアドだから勝手にその域に引き上げられた私と違って、たぶん生まれつき。

 

 だからか、ヴィジョンを見る頻度が結構高くって……でも、ここまではっきりとしたヴィジョンを見るのは初めてだと思います。

 それがここまで鮮明で、ましてや地球の単語が出て来るなんて普通じゃないです。これはコトちゃんも何度か悩まされてた、予言的なアレですね。

 

「だから……その、たぶん。たぶんなんだけど! きっと、きっとお父さんだけでも迎えに来てくれるんじゃないかって……」

 

 思わず考え込んじゃった私をよそに、レイちゃんが言葉を続けました。その口調は、尻すぼみでしたけど。

 

 私を気遣ってくれてるのはわかりますけど、それならそれはできれば言わないでほしかったです。

 そう思って、私が口を開こうとした瞬間でした。

 

「『……!』」

 

 私たちは強い暗黒面のフォースを感じて、同時に同じ方角に顔を向けました。

 

「……義姉さん? もしかして」

『間違いないです。シスに匹敵するレベルのフォースですね』

「これが本物の暗黒面のフォース……!」

 

 幽霊ではありますけど、フォースが関わってるからか今の私もフォースにはだいぶ親しんでます。だからわかりますけど、この強さのフォースはこっち来てから感じたことがないですね。

 

 でもヘンですねぇ。こんな辺境の星で、そんな実力者が一体何をしようって言うんでしょ。まあ、実力者とはいってもシディアスのおじいちゃんには全然届かないくらいだとは思いますけど……。

 

「……ッ!」

 

 けど、呑気に考えていられたのはそこまで。

 直後、大量の命が失われる衝撃をフォースから感じ取っちゃったレイちゃんが、胸を抑えてうずくまっちゃったのです。私も似たようなものを感じましたが、痛いのには慣れてるので耐えられました。

 

「ね、義姉さん、これって……」

『……たぶん、誰かが大量虐殺してますね。そうじゃないと、こんな感じ方しないはずです』

 

 まあ私もこれは初体験で、今言ったのはますたぁとコトちゃんの受け売りなんですけど。

 

 って、そんなこと言ってる場合じゃなかったですね。初めて感じる、距離を無視して届く心身への痛みに耐えようと震えてるレイちゃんを抱きしめて、いい子いい子します。

 

 久しぶりですね、これ。レイちゃんが小っちゃい頃はよくやりましたねぇ。

 あの頃のレイちゃんはカァイかったです。今ももちろんカァイイんですけど、今はどっちかって言うとカッコいい女の子なので。やっぱり、小っちゃい子のほうがカァイくて素敵です。

 

 ……私がロリコンってことは、断じてないと思います。ないはずなんです。たまたま好きになった子が年下の女の子だっただけで。

 

『大丈夫、私がいます。だから、何も怖いことなんてないですからね』

 

 なんて、言ってる場合じゃなかったですね。

 

 むかーし雄英で教えられたヒーロー基礎学のことを思い出しながら、レイちゃんをよしよしします。効果がどれほどのものかは知りません。

 でも、あることは間違いないです。なのでやるのです。

 

 だって、今のトガはヒーロー志望のトガなのです。それに、もしもコトちゃんがここにいたら、きっと自分の痛みより人の痛みに寄り添うと思うので。

 

「……ありがとう、もう大丈夫……」

 

 そうやってる間にも、命が消える気配は続いていましたが。

 さすがに続けば嫌でも人間慣れるものですね。レイちゃんも持ち直して、とりあえずは普通に会話できるくらいになりました。

 

 とはいえ、さっきまでの会話を再開する気分にはもうなれそうにないです。今日はもうこの話はおしまいです。

 それに、今はこの闇の気配のが大事なのです。

 

『……明日は情報集めですね』

「うん。知ったからには、このまま放っておくなんてできないわ」

 

 そう答えたレイちゃんの目は、力強く輝いていました。その腰には、二人で造ったライトセーバーが吊られていて、大丈夫だと自分に言い聞かせるように手が触れています。

 

 ……ああもう、そんな風に育てるつもりも育てたつもりもなかったんですけど。なんでこう、ヒーローできそうな性格に育っちゃったんでしょ。

 私、コトちゃんとかクラスのみんなのことはともかく、ヒーローのことはそんなにいい方向に話してないはずなんですけど。やっぱりオールマイトの話までしたのはまずかったです?

 

 全部? それは、まあ、そうかもです。

 

 ……その、なんていうか、アレです。コトちゃんはもちろん、お茶子ちゃんや透ちゃんたちは間違いなくヒーローにちゃんと向いてましたから。カッコよかったですから、仕方ないってことにしといてください。

 私のお友達は、みんなとってもすごいのです。オールマイトもまあ、私を見つけてくれた人ではないですけど……すごいヒーローなのは間違いなかったですし。

 

 だからでしょうか。

 みんなのことが、見える気がするんです。レイちゃんを通して、みんなのことが。

 

 だから、そう。

 

 私はこの子のことが、やっぱり見捨てられないのですよね。

 




※今回は前書き部分にも小説・・・というかオープニングクロール(つまりこれまでのあらすじ)を書きこんでありますので、設定で非表示にしている方はお気を付けください。

ということで改めまして・・・ルーモス!(挨拶
すいませんね、ちょっと19世紀末のスコットランドのほうで魔法を勉強してまして、なかなか執筆の時間が取れず・・・。
いえその、他にもいくつか・・・ええ、はい、というわけでお待たせしました。スターウォーズの日なのでようやく更新再開です。
誰がなんと言おうと今日は5月4日で、スターウォーズの日です(ぐるぐる目

今章は前々からちらほら触れてたお話で、全編通しての幕間。
遠い昔、遥か彼方の銀河系に飛ばされたトガちゃんを主人公にした、スターウォーズ側のお話を全20話でお送りいたします。
シークエルトリロジー(原作EP7~9)に該当する時期のお話であり、前章で触れた通りこの時代はヒロアカ本編の千年以上昔の時代になりますので、ヒロアカ側からはトガちゃんしか出ません。名前だけは何人か出ますが、基本それだけです。
なので出だしもそれに合わせて、ちょっと凝ってみました。特殊タグってすごい。そう思った。

なお原作を知ってる人には早くもお察しいただけるかと思いますが、かなり早い時点でトガちゃんが介入した結果、シークエルトリロジーの主人公レイの性格が原作と異なりかなりヒロアカナイズされてます。
その点はお気をつけください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.フィン

 次の日、レイちゃんは早速スピーダーに乗って、闇の気配がしたほうに向けて出発しました。もちろん私も一緒です。

 

 基本的に、普段の私はレイちゃんかペンダントに憑りついています。別に並んで歩いたり、スピーダーに二人乗りしたりもできますけど、私はフォースセンシティブじゃないと見えないので、二人の会話は大抵の場合レイちゃんの独り言って思われるんですよね。それはさすがにちょっとかわいそうです。

 あとはまあ、幽霊の私が物質に干渉しようとすると疲れるので。いざってときレイちゃんを守れるように、普段はなるべく温存してるんですね。

 

 あ、そうそう。私たちのペンダントは今はレイちゃんに預けていて、レイちゃんが着けています。本当ならこれも私が着けてたいんですけど、さっきも言った通り疲れるんですよね、物質への干渉。

 

 ……話を戻しましょう。

 

 そんなわけで、私たちはたぶん虐殺が起きただろう場所に向かいました。

 けどその途中で、たった一機でぽつんと砂漠の中を進むアストロメクドロイドと遭遇したのです。ボール型の身体に、ドーム型の頭部が乗っかってるBBシリーズのドロイドでした。

 

 このドロイド……BB-8に出会った直後にゴミ漁りのティードーが襲ってきましたが、そっちはさらっと返り討ちにして。

 それで改めて話を聞いてみたところ、BB-8の返事は「極秘任務なので話せない」。それを言っちゃったらほとんど答えも同然なんですけど、素直な彼に私は思わずくすっと笑っちゃいました。

 

 でもレイちゃんが気配がしたほうを指さして、

 

「あっちの方角で人が大勢殺されたはずだけど、それと何か関係あるの?」

 

 って聞けば、目に見えて狼狽えていました。カァイイですね。

 

 まあ、銀河ベーシック標準語を文字まで含めてしっかり身に着けるまで数年もかかった私には、アストロメクドロイドの電子音声はまだ何言ってるのかわかんないんですけど。そこはレイちゃんがいるので、通訳は完璧です。要は適材適所なのです。

 

 そんなBB-8ですが、最初は何が何でも言わないって態度だったんですけど、レイちゃんが腰に吊ってるライトセーバーを見て手のひらを返しました。

 

「え? いや、私はジェダイじゃないわ。……その、訓練を受けてないわけでもないけど……でも正規の訓練でもないし」

 

 レイちゃんの返答は謙虚なものでしたけど、それでもBB-8には十分だったんでしょう。

 そんなわけで、私たちは彼と、彼のご主人サマの「極秘任務」とやらを知ることになりました。

 

『……うーん、本当にルークくん行方不明なんですね』

 

 思わずうーんと唸りました。

 

 私はルークくんの冒険と、活躍を知ってます。フォースを通じて、まるですぐ近くで見るような経験をしましたからね。

 そんな私に言わせれば、あのルークくんがすべて投げ出してどっかに行っちゃうなんて、信じられないんですよね。

 だからたぶん、帰るに帰れない状況にあるのか、それか本当にどうしようもないことに巻き込まれちゃったとか、そんなじゃないかなぁ。

 

 と、それはともかく。BB-8の任務は、このルークくんの居場所に繋がる地図を手に入れることだったそうです。

 幸いそれは手に入ったんですけど、直後にファーストオーダー……その中でも悪名高いレン騎士団に襲われたことで、村ごと壊滅の憂き目を見たんだとか。

 

 BB-8のご主人サマ……ポー・ダメロンさんは、データをBB-8に託して足止めを務めたらしいんですけど……現時点では、どこにいるのか。そもそも生きているのかもわかりません。BB-8は絶対生きてるって信じてるみたいですけど。

 

 なのでBB-8はご主人サマを探すこと、それにレジスタンスまで戻るために力を貸してほしいとレイちゃんにお願いしてきました。

 

 これに対して、レイちゃんは少し迷います。この星に、というよりいつかお父さんお母さんが来るかもしれないって淡い希望に固執してるのがレイちゃんです。だからこの星を離れることになる話には、いい顔ができないんですよね。

 

 でも、困ってる人を見過ごせないのもレイちゃんで。

 

「……いいわ。でも、その代わり。私の……私の、両親を探すのを手伝ってほしいの。それがいいなら、やってもいい」

 

 見返り、という形ではありましたが、ともかく彼女は承諾したのでした。

 

 これに喜んだのが私です。ようやくこの星から抜け出すことができそうだって、期待したのです。

 

『……いつか義姉さんの故郷を探すためにも、ツテは多いほうがいいと思って』

『ふふふ、ありがとうございます。レイちゃんが優しい子に育って、私は嬉しいですよ』

 

 と、そんな会話を中で交わしつつ。

 ひとまずBB-8を連れて家に戻ることにしました。BB-8の話が確かなら、先に進んでもあるのは遺棄された村だけですからね。

 

 その後はひとまずニーマ・アウトポストに向かいましたが、特に情報はなくて不発。一旦戻って情報を整理しつつ、翌日を待ちました。

 

 そして、明けて次の日。

 

「……それで? まだ痛い目見たい?」

 

 私たちは、どこぞの誰かが雇ったらしいゴロツキたちに襲われたので、返り討ちにしてました。緑色の光刃を喉元に向けられたゴロツキが、悲鳴を上げながら逃げていきます。

 他のゴロツキも一緒。ただ逃げる先がバラバラですし、目ぼしい情報もなさそうだったので、追いかけはしません。こっちとしても、好き好んで殺したくはないですからね。レイちゃんがため息をつきました。

 

 襲われること自体は珍しくないんですけどね。何せレイちゃん自警団みたいなことをしてるので、感謝してる人も多いですけど恨んでる人も多いんです。逆恨みって、怖いし面倒ですよねぇ。

 

『BB-8を普通に連れ歩いてたのは失敗でしたねぇ』

『うん……高値で買い取るって言われた時点で、気づくべきだった』

 

 ただ、今回は主にBB-8のせいです。いや、せいって言ったら悪いかもなんですけど。

 

 BB-8は、持ち主のポーさんにきっと大事にされてたんでしょう。整備は万全でしたし、そもそもBBユニット自体が比較的最近の機体なので、出すところに出せばかなりの高額で売れるらしいんですよね。

 そんなのを、いい意味で有名とはいえレイちゃん……二十歳にもなってない女の子が一人で持ち歩いてたら、まあ狙われますよね。

 

 BB-8は申し訳なさそうにピコピコ鳴きましたが、彼が悪いわけではないのでレイちゃんは慰めます。

 

『けど、収穫はあったわ』

『そですねぇ』

 

 そして、レイちゃんは勢いよく振り返ると同時に、すっごく迂闊に近づいてきた人にセーバーを向けました。

 

「うわあっ!? ちょ、ま、待って! 違う! 俺はあいつらとは違うって!」

 

 そこにいたのは、肌の黒い男の人でした。両手を挙げて、武器も敵意もないことをアピールです。

 

 フォースの気配からして、嘘は言ってなさそうだったのでレイちゃんはセーバーを下ろ……そうとしたんですけど。

 

 ここでBB-8が血相を変えて男の人に襲い掛かりました。声を荒らげながらマニピュレーターを出して、スタンを起動して何度も押し当てようとしてます。

 

「どわあ!? おい! なんだよ!?」

「泥棒? マスターのジャケット? ……ってことは、あんたまさか」

「へ!? あ、これ!? いや違、違う! マジで! 本当に違うんだって……ぁ痛ッ!? なんなんだよお前はもう!!」

「そのジャケット。彼の主人のものよ。どこで盗んだの?」

 

 この言葉と一緒にもう一度セーバーを向けられて、彼は空を仰ぎました。観念したかのように、深呼吸を一つして。

 

「……ポー・ダメロンのものだ。彼が主人。だろう?」

 

 そう言いました。間違いない情報でした。

 

 レイちゃんが視線で続きを促せば、彼は話を続けます。

 

「彼がファーストオーダーに捕まったところを、俺が助け出した。……けど船が墜落した。それで……ポーは」

 

 嘘は……まったくなさそうですね。レイちゃんもわかったようで、セーバーを下ろしました。

 

 一方、BB-8はがっくりとうなだれてしまいます。仕方ないとはいえ、ちょっと気の毒ですね。

 

「……じゃああなた、レジスタンス?」

 

 そのまま隅のほうでうずくまっちゃった(?)BB-8をよそに、レイちゃんは改めて問います。

 

 これに対して、男の人は少しだけきょとんとしてから……そうだと答えました。

 

「ああ。そう。俺はレジスタンスだ。正真正銘、レジスタンスだ」

 

 立ち上がってそう言う彼ですが……。

 

『嘘ですね』「ウソね」

「え゛!?」

 

 さっきまでの言葉と違って、その言葉は丸っと嘘まみれでした。最初から最後まで、ぜーんぶ嘘。ここまで行くと逆にすごいです。

 

「い、いや! マジだって! 本当だよ!? 大体、そうじゃなかったらなんでポーを助けるんだ!?」

 

 で、そう言い募ってきましたが、その態度がもう嘘ですって白状してるようなものですよね。

 即座にバレるとは思ってなかったからか、ものすごく焦りまくってて心の中もよく見えます。嘘がつけない人ですねぇ。出久くんみたい。

 

「それもそうね。でも……ふうん? ファーストオーダーについていけなくなって、抜け出そうとしてたのね?」

「ぅえええ!?」

 

 付け加えると、仲間が死ぬのを目の前で見たこととか、何もしてない人を殺さないといけなかったことがイヤだったみたいですね。それで、レジスタンスのポーさんを助ければ一緒に逃げられると踏んだようです。

 

 ただ、レイちゃんにズバリ言い当てられた彼はものすごく驚きましたが、一周回って答えを見つけたのか冷静になりました。

 そして、まっすぐレイちゃんを見つめて言います。

 

「まさか。君、まさか……君もカイロ・レンみたいな力を?」

「そのカイロなんとかっていう人は知らないから、肯定はできないわね。否定もできないけど」

 

 レイちゃんは適当に流しましたけど、まあそうなんでしょう。

 きっとそのカイロ・レンって人が、こないだ感じた強い暗黒面のフォースの持ち主ですかね。聞かれたとき一瞬見えた光景が、ブラスターの弾をフォースで空中に押しとどめるところだったので、まず間違いはないでしょう。

 

 それは目の前の彼も思ったのでしょう。判断材料はなくとも。

 だから彼の中で、様々な感情や言葉が膨れ上がって……それで、彼が口を開こうとした、その瞬間。

 

 BB-8が血相を変えてこちらにやってきました。何事かと三人揃って彼のほうを向けて……さらに視線を上げると、そこには二人のストームトルーパーがブラスターを構えてこっちに向かってきてるところで。

 

「……っ、逃げないと!」

 

 脱走兵の彼がそう言います。

 

「その必要はないわ」

「ぐあっ!」

「うああ!」

 

 放たれた二発のブラスターを、レイちゃんは危なげなくセーバーで跳ね返しました。二発とも射手の二人のところに飛んでいき、そのまま返り討ちにします。

 

「……ワオ。すごい」

「……そうでもないわ」

『義姉さんならもっとうまくやってる。そうでしょ?』

『そんなに信頼されたって、今の私大したことはできないんですけどねぇ』

 

 身体がないから……つまり個性因子がないからでしょう。今の私は変身ができないのです。私の戦闘スタイル、適宜変身を入れ替え続けて臨機応変に対応するのがメインだったので、変身ができないとどうしても手間取るところがあるんですよね。

 

 でも私が育てたからか、レイちゃんは私を色々と大きく見てる節があるんです。色々あって昔ほどじゃないですけど……フォースに関係したところはいまだに結構大きく見られるので、ちょっと……ううん、だいぶくすぐったいです。

 

 けど、そんなことを言ってられたのはそこまで。

 騒ぎを聞きつけて、トルーパーがあちこちからやってきました。どうやら、彼らもBB-8を探しにこの辺りに来てたようです。さっきまでは私たちを認識してなかったので直接的な敵意を感じなかったんですけど、今となってはあっちこっちから強い敵意を感じます。

 

 さすがにこれはまずいですね。包囲されちゃったら、いくらフォースユーザーでライトセーバーがあっても苦戦します。

 

「……逃げるわよ!」

「え。あ、お、おう!」

「BB-8も! 離れないでね!」

 

 幸いというか、ニーマにはそれなりに人がいて、それに伴ってテントなど遮蔽物も大量にあるので、逃げること自体はそこまで難しくないです。

 囲まれさえしなければ、ブラスターなんて反射して攻撃に使えるいい道具でしかないですしね。

 

「……嘘だろ」

「それだけルーク・スカイウォーカーの地図は、ファーストオーダーにとっても重要ってことね……!」

 

 けど、さすがに戦闘機……タイファイターはどうにもならないです。空からのレーザー砲火はライトセーバーでも跳ね返せません。

 

 しかも二機。おまけに周りの被害なんて一切気にしてないみたいで、問答無用で攻撃してきます。おかげで無関係な人たちが吹き飛んでます。

 

 これが本物の悪の軍隊ってやつですか。ヴィラン連合とかヤクザとかとは戦いましたけど、さすがにこういうのとは戦ったことないです。こんなにとんでもない相手だったんですね。

 

「「うわあっ!?」」『レイちゃん!』

 

 なんてやってるうちに、私たちも吹き飛ばされました。幸い直撃はしなかったんですけど、地面が吹き飛んで砂と一緒に吹き飛びました。

 

 地面に転がる二人と一体。とりあえず、どうにもならないような怪我はないみたいで何よりです。脱走兵の彼は、ちょっと朦朧としたみたいでしたけど。

 

「ねえ! 大丈夫!?」

「ぅ……く、う、大丈夫か?」

『へぇ』

 

 けど、揺り起こされて最初の一声が、レイちゃんを案ずる声だったのはトガ的にポイント高いです。こんな状況でそれができるってことは、きちんと人を気遣える人なんだなってわかるので。

 嘘をつけないところも含めて、そこもなんだか出久くんみたいですね。レイちゃんも、これには感心しています。

 

「……ええ。行きましょう!」

「お、おう!」

 

 そうして、手を取り合って逃げる二人と一体。

 

 けど、後ろからは着実にタイファイターが近づいています。着弾するレーザー砲火もだんだん近づいてきています。このままだと、近いうちに私たちは直撃を受けるでしょう。

 

 それを理解したレイちゃんが、胸元のペンダントを握りました。

 

 タイファイターが空気を切り裂く音が近づいてきます。

 

「ごめん義姉さん、お願い!」

『わかりました……よっ!』

 

 放たれるレーザー砲。レイちゃんから少しだけ離れて出現する私。

 

 そして集中と共に、フォースを繰り出します。

 

 フォースプッシュ。これによって局所的に出現した斥力が、砲撃の軌道を逸らします。明らかな直撃コースだったそれはレイちゃんたちから離れ……って、あ。

 

『あーっ!? ごめんなさい!』

 

 逸れた砲撃が、二人の向かってたスターシップに直撃しちゃいました。これじゃ逃げるに逃げられません。

 

「……大丈夫。まだ手はある」

「手って……まさかとは思うけど、あのポンコツのことじゃないよな……!?」

「そのまさかよ!」

「ウッソだろオイ!?」

 

 レイちゃんが改めて走り出します。その中に戻りつつ、もう一度謝る私。

 

『大丈夫! それに、これで堂々とこの船を使えるもの!』

『この船がミレニアムファルコンって保証はありませんよ?』

『それでもいいの! 少しは夢見させてちょうだい!』

 

 そう、レイちゃんが向かった先にあったのは、ミレニアムファルコン……の同型機です。いや、もしかしたら本物かもですけど、その可能性は低いでしょう。

 

 これはここでジャンク屋を取り仕切ってるおじさんのものです。詳しい経緯は知りませんけど、色々あって手に入れたみたいです。

 でも、使ってるところは見たことがありません。テントを張るための一部にしか使われてないんです。それか荷物置き場。

 

 だけどファルコンの持ち主ハンさんは、ルークくんほどじゃなくても伝説の英雄です。そんな人のものが、こんな辺境の星でただのインテリアにされてるなんて、あるはずがありません。

 

 それでもレイちゃんにとっては、憧れの船なんでしょうね。私が寝物語に、地球のこと以外にも見聞きした銀河内戦のお話なんかも聞かせてたので。

 

「でも誰が操縦するんだ? パイロットいないだろ!?」

「ここにいる!」

「君が!? マジで!?」

「やるしかないでしょ!?」

「ごもっとも!」

「銃座は下よ! 行って!」

「わかった!」

 

 そうこうしているうちに、船内です。コクピットの中は、なんていうか本当に使われてないんだなって感じでした。埃っぽくてヤですね。

 

「これ飛ばしたことあんの!?」

「ない! 何年も前から置きっぱなし!」

「……そりゃ最高だね」

 

 そんなことを言い合いながらも、二人は着実に準備を進めていきます。

 

「ごめん義姉さん、手伝ってくれる!?」

『もちろんです。シールドはこっちで張りますね』

 

 私もその中に混ざります。レイちゃんからもう一度抜け出て、副操縦席に座ります。

 レイちゃんと一緒に、シミュレーターをいっぱい触ってましたからね。これくらいイケます。

 そんな経験に加えて、記憶の中にあるハンさんとチューイくんのやり取りを思い出しながら、コンソールを順番に触っていきます。

 

 私がそうしてる間に、レイちゃんは早くも操縦を安定させました。さすが、シミュレーターではありますけど、パイロット過程で満点出しただけはあります。私にはできません。

 

「待って! もっと低く! 低く!」

 

 そんな中、銃座から声が聞こえます。

 

「なんで!?」

「追跡されないようにしないと!」

 

 つまり牽制だけじゃなくて、しっかり撃ち落とそうってことですね。

 確かに、ただでさえBB-8が追われてるんです。このままだとまずいですね。

 

「BB-8、踏ん張って! 急降下するわよ!」

 

 レイちゃんもそれを理解しました。

 

 というわけで、とんでもない操縦をする彼女に応じて制御系の操作を合わせます。

 宣言通りの急降下。……BB-8があっちこっちにぶつかってる音が聞こえますね。すぐにはどうしようもないので、我慢してください。

 

 とはいえ、シールドはもう展開済み。さすがのタイファイターでも、一発で決定打を与えることはできなくなりました。

 

 もちろんシールドは無限ではないので、迎撃は依然として必要です。

 幸い、ジャクーはかつて一大艦隊決戦が行われた場所らしく、あっちこっちに戦艦とかの残骸があります。だからこそ廃品回収業者が多いんですけど、そういう残骸はドッグファイトの最中はいい遮蔽物になります。

 

「やるじゃない!」

 

 早速一機を撃ち落とすことに成功です。脱走兵の彼、なかなか上手いですね。

 

 残り一機となれば、遮蔽物を駆使した操縦と砲撃を絡ませて、あっという間に撃墜に成功。お疲れさまでした。

 

 そのまま、私たちを乗せて船は宇宙まで出ます。……地球にいた頃は、思っても見なかった宇宙にこんなに簡単に出られるなんて。

 しかもこんな、唐突なその場の勢い任せだなんて。この星にいた時間はなんだったのかってくらい、あっけない宇宙進出でした。なんだか不思議な気分ですね。

 

 そんな風に妙な感慨にふけっている私をよそに、レイちゃんと脱走兵の彼は互いの健闘を称え合っていました。一緒に困難を切り抜けると、仲良くなれるものですよね。わかります。

 

「あなた名前は?」

「……フィン」

「私はレイ」

 

 ともかく、そういうわけで。

 

 十年以上停滞していた私の物語は、こんな感じで突然動き出したのです。

 




物語開始時から普通にフォースを使い、普通にライトセーバーを使うレイでした。
原作みたく、最初は持たざる者だった主人公がどんどん強くなるのは王道ですが、最初から強い主人公もそれはそれで王道ですよね。
いやまあ、いくらフォースダイアドで一気に引き上げられるとはいえ、あの短期間であの域に達するのはさすがにどうかと思うってのもなくはないんですけどね。ルークだって数年かけてるし、アナキンなんて十年以上かけてるのに。
まあおかげで本作でトガちゃんが一気にフォースに通じた理由付けができているので、善し悪しだなとも思いますけども。

なおそのトガちゃん、十年以上こっちで過ごしていてその間もちゃんと修行を続けてるので、既に地球から消失した時点よりもだいぶ腕を上げています。
地球に着くころには、そして前章の戻って来た時間に到達する頃には、もっと腕を上げているでしょう。

そうそう、昨日は書き忘れてましたが。
感想ここすきなどいただけると嬉しいです・・・!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.ハン・ソロ

 打ち解けたと思ったレイちゃんとフィンくんですが。

 純粋に親切心でBB-8をレジスタンスに送り届けてあげたいレイちゃんと、ファーストオーダーからとにかく離れたい、逃げたいっていうフィンくんが同じ方を向けるはずはありませんでした。早速決裂の危機です。

 

 でも直後に船が悲鳴を上げたので、応急処置で手いっぱいになってそれどころじゃないです。

 それがなんとかなったかと思ったら、今度はおっきな船にトラクタービームで引っ張られちゃって、身動きが取れなくなって。踏んだり蹴ったりですね。

 

「……ファーストオーダーだ」

『や、それはないですね』

 

 フィンくんは自分が逃げてるからでしょうか。なんでもかんでもファーストオーダーに結び付けすぎです。

 この船、こんなに大きいのに二人しか乗ってないのです。仮にも軍隊がそれはないと思います。

 

 まあ、それ以外になんかすっごくヤな感じの生き物も三匹いますけど。

 

『……義姉さん? その「すっごくヤな感じの生き物」って何?』

『さあ? わかんないです。私、他銀河の出身ですよ? こっちの生き物は詳しくないんです』

『それはそうかもだけど……』

『あ、あと乗ってる二人は悪い人じゃなさそうですよ。いい人でもなさそうですけど』

『どっちなの!?』

 

 そんな会話をしてる間にも、フィンくんはなんとかやり過ごす方法を考えてました。傍目から見ると、私とテレパシーで会話してるレイちゃんは遠くを見つめて黙り込んでるだけなので、すごく焦ってますね。

 

 でもとりあえず、相手が二人ならどうにかなるだろうってことで、素直に迎え撃つことになりました。

 

「本当に二人しかいないのか? 根拠は?」

「本当に二人よ。フォースがそう言ってる」

「フォースって、そんなおとぎ話じゃないんだから……」

「あら、カイロなんとかって人も使ってるんでしょう?」

「あれと同じって? まさか。まるで違う力じゃ……」

「しっ、来たわ」

 

 ……素直というか、賑やかな歓迎になりました。

 

 とはいえ、現れた二人組がまさかのハンさんとチューイくんだったので、私はびっくりです。

 ハンさんのほうが記憶にある姿に比べてそこそこお歳を召してたのですぐにはわかんなかったですけど、チューイくんはまったく変わってなかったのでそれで二人だってわかりました。

 

「ライトセーバーだと? おい嬢ちゃん、ジェダイごっこはやめときな。怪我するぜ」

「ごっこかどうか、試してみる?」

 

 直後、一瞬のにらみ合いを挟んで二人が同時に動きました。素早くブラスターを向けるハンさんと、その銃口にまったくズレなくセーバーを合わせるレイちゃんです。

 これを見て、ごっこだと思う人はなかなかいないと思います。少なくともジェダイを知ってるなら、まず間違いなく本物の可能性を消せません。

 

「……どこでこいつを手に入れた」

「二ーマよ」

「ジャクーの? あのごみ溜めか。だからウェスタンリーチも探せって言ったんだ……」

 

 それでも、そんなやり取りとにらみ合いもありました。

 とはいえ、私がハンさんのことを説明するよりも早くハンさんが名乗ったので、それについての説明はいらなくなりましたけど。

 

「奴に伝えておけ。ミレニアムファルコンはハン・ソロが取り戻したとな」

 

 その名前が出た途端、レイちゃんもフィンくんも大仰天です。

 

「これミレニアムファルコンなの!? あなた、ハン・ソロ!?」

「ソロって、反乱軍将軍の!?」

「……昔の話だ」

 

 そう言い捨てるようにして、ハンさんはコクピットのほうへと向かいます。

 

『ほら! やっぱりこの船がファルコンだったんだわ!』

『……びっくりですね。世界って狭いですねぇ。この銀河系って、直径十万光年以上あるって聞いてたんですけど』

 

 一応言い訳をさせてもらえれば、夢で見てたときも船に関してはそんなに気にしてなかったんです。コトちゃんも、YT-1300シリーズは人気作だったから結構あちこちで見たって言ってましたし。

 

 まあそれはともかく。このあとのことはちょっと思い出したくないですね。何せ「すっごくヤな感じの生き物」ことラスターが格納庫から解放されちゃったので。

 その前に、ハンさんから借金の取り立てで追いかけてきたギャングの人たちが乗り込んできたりもあったんですけど、ラスターの気持ち悪い見た目と派手すぎる暴れっぷりのがインパクト強くて……。

 触手でくるんってつかまれたギャングの人たちがほとんど一飲みで口の中に消えていくのは、さすがに怖かったです。フィンくんも危なかったですし。

 

 あとで聞いた話だと、あんなのを持ってることが銀河の好事家の間ではすっごいステータスらしいんですけど、頭どうかしてると思います。あんなカァイくない生き物、お金もらってもヤです。

 うん、やっぱり私はとっても「普通」の女の子ですね。

 

 ……まあ、触手だけならアリかなって、ちょびっと思いましたけど。

 コトちゃんの白くてやわっこいちっちゃな身体に巻き付いたりしたら、すっごくえっちくないですか? 私はえっちだと思います。

 

 うん。地球に戻れたら、峰田くんに相談してみましょう。これでまた、どうしても早く帰らないといけない理由ができました。

 

『義姉さん、随分余裕ね?』

『そんなことないですよ?』

 

 レイちゃんには白い目で見られました。

 はい。もうちょっと真面目にやります。

 

 えーと、それで……そう。

 入り口が開いてるとはいえ、貨物船の貨物室からハイパードライブするなんていうなかなかな無茶をしたあと。ハイパースペースを飛びながら、とりあえず航行が安定したところでようやくまともに会話する機会が巡ってきました。

 

「で、二人とも。追われてるって?」

「彼はレジスタンスに加担した元トルーパー。私はただのガラクタ漁り。BB-8には、持ち主のレジスタンスに帰してあげるって約束したけどね」

「ただの、とは随分と吹かすじゃないか。噂はちらほら聞こえるぞ、ごみ溜めの守護女神ってな」

「……なにそれ? 私そんなガラじゃないわ」

「知らんのか? ジャクーのごみ溜めにはな、おっかない女神様がいるって一部じゃ有名だぞ。道義さえわきまえてりゃ誰だって助けてくれるとよ。……お前さんがそうなんだろう? レイ」

「……確かに色々とお節介なことはしてたと思うけど……」

『有名になってお父さんお母さんに気づいてもらおう作戦、そこそこ上手く行ってたんですねぇ』

『前々から言ってるけど、それもうちょっと名前なんとかならない?』

 

 有名になってお父さんお母さんに気づいてもらおう作戦。それは五、六年前からレイちゃんがニーマ周辺でしている治安維持活動のことです。私が勝手に名付けました。

 

 なんと言っても、レイちゃんは私の影響を色々と受けています。かなり早い段階から教えてたフォースもそうですが、それと同じくらい私が話した地球のことも、レイちゃんの人生を語る上では無視できないくらい影響があります。

 

 私自身は雄英に入って少しするまでヒーローにまったく興味がなかったので、あんまり話せることはなかったと思ってます。

 でも、私にとってのヒーローであるコトちゃんや、A組のみんな。それと、ヒーローに興味はなくても地球人なら絶対知ってるオールマイトのことは、それなりに話せたようにも思います。

 

 結果レイちゃんは、ヒーローに対して強い関心を持つようになったのです。フォースも十分使えるようになって、スターデストロイヤーか何かの残骸から見つけた対艦兵器用のカイバークリスタルでライトセーバーを造ったタイミングで、自発的にニーマ周辺の治安維持活動をするようになったんですよね。

 それは誰に言われたわけでも、強制されたわけでもない、レイちゃんがにそうしたいと思って自発的に始めたことでした。

 

 もちろん、未成年の女の子が一人でどうにかできるんだったら、ジャクーはゴミ溜めなんて言われないですし、もっと豊かになってたと思います。治安も良くなってたと思います。

 なので実際何度も危ない目に遭いました。そのたびに私が代わりになんとかしたのです

 

 それでもレイちゃんは、活動をやめませんでした。おかげで今となっては、ジャクーでも一目置かれる存在になっていたわけですが……二つ名がハンさんも聞いたことがあるくらいまでになってたのは、さすがに知らなかったです。こうなってくると、もう確かに「ジェダイごっこ」ではないですね。

 

 この件については、私一切とめませんでした。辞めさせようともしてません。

 だって星の外にもレイちゃんの名前が届くくらいになれば、お父さんお母さんたちにもアピールになるかもじゃないですか。そうすれば迎えが来て、この星から出られるって思ったんです。

 

 レイちゃんは、自分を置き去りにしたお父さんとお母さんをずぅっと待っています。いつか迎えに来てくれるって、半ば諦めながらも信じてます。

 けど、ただ待ってるだけじゃ時間がもったいないでしょう? 私も、早く地球に帰りたいのにレイちゃんがジャクーから出ようとしないことにちょびっと不満だったので、これくらい目論んでもいいじゃないですか。

 

 レイちゃんも最終的にそこは認めてくれて、結果として私たちの活動は有名になってお父さんお母さんに気づいてもらおう作戦になったというわけです。

 

 かといって、自発的に名を売るような活動はしませんでしたけどね。レイちゃんいわく、それをしたらヒーローでもジェダイでもないでしょ、とのことです。

 納得はできなかったですけど理解はできたので、この件に関しては私が譲って積極的な売名行為はしないでおいています。おかげですごく控えめな活動になってます。

 

 まあ、仮に迎えが来てもレイちゃんが離れないって言いそうなくらいにジャクーの治安が悪いのは、想定外でしたけどね。レイちゃんのそういう志自体は確かなもので、悪いとも言えないので私は困ります。

 

 あ、ちなみにレイちゃんのお気に入りのヒーローは出久くんだそうです。愛と勇気以外何も持ってなかった人が、憧れの人から力を受け継いで少しずつ成長していくサクセスストーリーがいいみたいです。あとは、単純にどんな人でも救けようとする優しいところとかも。

 

「……別に、善意百パーセントってわけでもないわ。私には私の目的があって、それでやってただけ」

 

 話を戻しましょう。

 レイちゃんは、自分は守護女神なんて柄じゃないと目を逸らしました。これは単純に二つ名が恥ずかしいんでしょうね。

 

 でも自分から名前を売らないなら、そうやって他人から勝手に名づけられるのは覚悟しておくべきだって私言いましたよ? コトちゃんもそれで迷惑してました。

 だからこの二つ名は、甘んじて受け入れるべきだと私は思うのです。

 

 レイちゃんが逸らした視線の先で、BB-8がそれでも、って感じで声を上げます。だとしても自分は間違いなく助かったんだから、そこは関係ないんだと……そんな感じのことを言ってる、と思います。

 

「それだけでここまで? お人よしにもほどがあるぜ」

 

 ……どうやらちょっと違ったようです。実際のところはなんて言ったんでしょう? ドロイドの電子言語は難しいです……。

 

 ていうかコトちゃんとかますたぁもそうですけど、私が会ったことがある共和国の人ってみんな普通に電子言語わかるんですけど、これって普通なんです? 普通じゃないって言ってほしいです。

 

「ジャクーでファーストオーダーは村一つ滅ぼしたのよ? いくらなんでも見過ごせなかったわ」

「……その村を滅ぼす作戦に、俺はいました。ルーク・スカイウォーカーの地図を奪うために……でも俺、そんなことできなくて」

 

 むーん、とレイちゃんの中でうなる私をよそに、うなだれるフィンくん。

 

 私のことは置いときましょう。

 なるほど、そういう理由だったんですね。やっぱり彼は根っこはいい人みたいです。

 

 それはハンさんにも伝わったんでしょう。この件については何も言わないであげて、代わりにすぐに本題に取り掛かりました。

 

「……その地図は?」

 

 これを受けて、BB-8が確認するようにレイちゃんを見ました。

 この人が嘘偽りなく本物だってことが私たちにはわかってるので、これに二人してうんと頷いて応えます。私はドロイドには見えませんけどね。

 

 するとBB-8は、みんなの真ん中辺りに移動してホログラムを空中に投影しました。宇宙の地図です。拡大されて部屋全体を包むような形になったので、私たちもその中に入ります。

 

 うーん……わかんないですね。見方は一応わかりますけど、これが具体的にどの辺りの地図なのかさっぱりです。これじゃルークくんがどこにいるのか、わかんないです。

 

「……この地図は完全じゃないな」

 

 一方、私よりはわかったのでしょう。ハンさんが低い声でこぼしました。腰に手を当てて、難しい顔をしてます。

 

 彼はその顔のまま、地図を眺めながらゆっくりと歩きだしました。そして、何かを思い出すような、懐かしいような苦しいような、複雑な声色でぽつりと口を開きます。

 

「ルークが姿を消してから……みんなが彼を探してる」

「……どうしていなくなったの?」

「……新しい世代のジェダイを訓練していたが。ある少年の……裏切りで、彼の心は大きく傷ついた。責任に耐えかねたんだ。それで……すべてを捨て姿を消した」

 

 今。ハンさんの心が少し乱れました。ある少年……もしかして、関係者でしょうか。

 

 それにしても、責任に耐えかねて、ですか。うーん……やっぱりちょっと納得がいきません。ルークくん、そういうことする人じゃないと思うんですけど。

 それとも、何か……もっと大きな何かがあったんでしょうか。ハンさんが敢えて言ってない……もしくは知らない何かが……。

 

「今どうしてるんです?」

「噂だけなら……色々とな。彼を良く知るものは、……最初のジェダイ寺院を探しに行ったと言うが……」

 

 と、ここで「ん?」って思いました。

 なんで教えるのに失敗して、最初のジェダイ寺院を探しに行くなんて話になるんです? よくわかりません。

 

 最初のジェダイ寺院って、確かオク=トーにあるんでしたよね。未知領域の。他にも候補はありますが、名も場所も知られていない星って言えばそこでしょう。

 だとすると……もしかして、本当に何もかもから逃げたかったんでしょうか。未知領域は大半が人類未踏の地で、地図もほぼありませんから来ようと思って来れる場所じゃないですし。

 

 うーん……じゃあ、本当にルークくんは全部捨てちゃったんでしょうか……。

 

『待って義姉さん。義姉さん、最初のジェダイ寺院のこと知ってるの?』

『? 知ってますよ。でも具体的な場所は知らないです。だから行けるわけじゃないです』

『なんだ……』

 

 そんながっかりしないでくださいよ。レイちゃんには何度も言ってますけど、私は別銀河の出身なんですから。こっち来てからもジャクーから出たことないですし、知ってるはずないでしょ。

 

「……ジェダイは本当にいたんですか」

 

 おっと。そんなことをしてる間にも、話は進んでいるようです。

 

「俺だって最初は疑っていた。よくあるおとぎ話の類だと。善と悪を併せ持つ魔法の力……闇と光……信じがたいことだが……」

 

 ハンさんは一度言葉を区切って、質問主のフィンくんに。次に私たちに向き直りました。

 

「……本当だ。フォースも、ジェダイも。何もかも。全部本当だ」

 

 そして、「そうだろう?」と。レイちゃんに問いかけたのです。これを受けて、フィンくんもレイちゃんに視線を向けました。

 

 うん、まあ、そうですね。何せギャングさんとかラスターから逃げるとき、そこそこ使ってましたからね。ハンさんはフォースを実際に見てる人ですから、見るだけでわかりますよね。

 

「……確かに私はフォースが使えるわ。ライトセーバーも。でも、いわゆる本物のジェダイには会ったことがないから、実際のところどうだったのかは……」

「じゃあ君、それをどこでどうやって? まさか独学なんて言わないだろ?」

「それは、うん。義姉さんから」

「……お姉さんから? でも、ジャクーでそれらしい人は……」

「ええ。今は()()にいるわ」

 

 フィンくんの問いに、レイちゃんは胸元に手を伸ばしました。

 

 そこにあるのは、私とコトちゃんのペンダントです。私はそこを中心にして、レイちゃんに間借りしているので正しいです。

 けどそれを見たフィンくんは、勘違いしたみたいです。

 

「あ……ご、ごめん、無神経だった」

 

 身内を亡くしてるって思ったみたいですね。気にしなくってもいいんですけどねぇ。私別に死んでないですし、普通にレイちゃんとはお話できますもん。

 

 まあ深く追及されても困るので、正さなくてもいいかなとも思いますけど。

 

「……それで。丸いのをレジスタンスに帰すって言ってたな。いいだろう」

 

 気まずくなった場の空気を吹き飛ばすように、ハンさんが言います。これに応じるようにして、BB-8も地図を消しました。

 

「俺に当てがある。力になってくれるはずだ」

 

 そのままハンさんはコクピットに向かいます。

 

「どこに行くんです?」

「――タコダナだ」

 

 というわけで、どうやら私たちのひとまずの目的地はタコダナだそうです。

 

『義姉さん、タコダナって知ってる?』

『タコダナのことは知らないですけど、そこを本拠地にしてる人のことならちょっとだけ知ってます』

 

 前に夢で見た範囲だと、関係はなかった場所です。

 けどコトちゃんと一緒にいれば、秘密を知ってる私にはたまに共和国の話をしてくれることがあったのです。

 

 だから知ってます。タコダナのことは知らないですけど――そこを本拠地にしていた女海賊、マズ・カナタのことは、ちょっとだけ。

 

「マズ・カナタ?」

「マズ? 誰だっけ、それ」

「さすがに女神様は知ってるか。そう、あの女海賊ならなんとかするはずだ」

「あ、いや……その、名前くらいしか知らないわ。どういう人なの?」

「千年以上を生きるヤバい女さ。その鋭すぎる勘で、ありとあらゆる危険を潜り抜けてきた……な」

 




触手にねちょねちょにされる理波とか見たくないですか。
ボクは見たいです(素直

それはともかく、正直マズ・カナタの年齢設定はいくらなんでもふかしすぎだと思うんですが、どうやら公式で「そう」らしいのでそのまま行きます。
あのヨーダですら千年は生きてないのに、千年以上生きてて普通に杖もなく元気に飛んだり跳ねたりブラスターばかすか撃ち合えるマズってなんなんだマジで。ファンタジーもののエルフでももうちょっと慎みがあるぞ。

ちなみにレイがヒーローしてたのにその噂を聞きつけてファーストオーダーが来てないのは、自発的に売り出してなかったこともありますが、加えてジャクーがそれだけ田舎かつ戦略的価値がなかったからです。
それでも状況次第ではファーストオーダーに話が行く可能性があったので、実はこの時点でレイもトガちゃんもかなりの綱渡りをしているんですが、そのことに気付ける人は誰もいません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.ヴィジョン

 タコダナは、たくさんの森に囲まれた星でした。どことなく地球を思わせますが、地球より陸地の面積が多いですね。それでも、ノスタルジックな気分は抑えられそうになかったです。

 

「銀河にこんな緑豊かな星があるなんて……」

 

 一方、この景色を見たレイちゃんが感動した様子で言いました。砂漠ばっかりのジャクーしか知らないですもんね。仕方ないです。

 仕方ないですけど、それを聞いたハンさんがどことなくやるせなさそうにしてたのが印象的でした。

 

 まあそれはともかく、ハンさんに案内されたのはすっごく古いお城でした。見た目はおんぼろで、フィンくんが不安そうにするもの仕方ないですね。

 でも、なんとなくですけど感じます。うっすらとですけど、フォースに関わる人の気配を。

 

『ってことは、マズ・カナタって人もジェダイなの?』

『んー、っていうよりはフォースセンシティブなんだと思います。世の中には結構、覚醒するほどじゃなくっても無意識にフォースを使ってる人いますから』

 

 ハンさんが言った「鋭すぎる勘で、ありとあらゆる危険を潜り抜けてきた」ってのはそう言うことなんだと思います。爆豪くんだって、最初からものすごく勘がよかったですしね。

 

『それで千年以上もやっていけるなら、ちゃんとジェダイで訓練すればもっとすごくなれたんじゃない? 内戦も起こらなかったかも』

『ジェダイは赤ちゃんからしか育てないので、仕方ないですねぇ』

 

 確か、生後十か月とかそれくらいじゃなかったでしたっけ? 親から引き離されて、親のこと何にも知らされないで育てられるんです。

 私は両親に対してとっても思うところがあるクチですけど、「普通」はそうじゃないってことくらい知ってます。

 

『……それは、ちょっと……おかしくない? それ、断れるの?』

『どうでしたっけ。ちょっと覚えてないです。でもまあ、私もおかしいって思いますよ。そんなだから、ジェダイは人の心がわからないって言われるのです』

『……そこも滅んだ一因なのかしら……』

 

 レイちゃんには、必要に応じてジェダイのいいところも悪いところも教えてあります。だからこそ、レイちゃんは共和国のジェダイとは違う(地球のヒーロー的な)方向に育ってます。

 それがいいか悪いかは、私にはわかんないです。でも共和国のジェダイは、私もあんまり好きくないので仕方ないですね。

 

「ハン・ソロ!」

 

 と、言ったところで女性の声が響きました。お城の中に私たちが入ってほぼ直後くらいのタイミングでこれなので、やっぱりマズさんはフォースセンシティブなんでしょう。

 

 彼女の一声で、賑やかだった室内が一瞬で静かになりました。でもすぐに戻りました。

 いかにもアウトローたちの住処、って感じですね。ちょっとワクワクします。でも注目は集めたくなかったです。

 

 そのまま私たちは、マズさんに案内されるまま一つのテーブルに着きました。

 

「地図? スカイウォーカーの居場所? ハッ、嵐の中へ戻る気かい?」

 

 早速の説明が一通り終わったところで、マズさんが嬉しそうに言いました。

 

「マズ。ドロイドをレイアのところに届けたい。頼めるか」

「ハッ、やだね」

 

 ところが、ハンさんのお願いはスパッと断られました。

 フィンくんとレイちゃんが、同時に「えっ」って顔をして見合わせました。二人ともカァイイですね。

 

「あんたが()()()()から逃げ出してもう随分になるよ、ハン? あんたが行きな」

「……レイアが嫌がるだろう……」

 

 海賊らしいストレートな物言いに、ハンさんが渋い顔をします。

 

 ははあ、なるほどです。そういえばハンさんとレイアちゃん、そういう関係になってたんでしたっけ。今は別居中ってトコでしょうか。

 

「……あなたの助けを求めてきたんです」

 

 と、ここで我に返ったフィンくんが助け船を出すかのように口を開きました。

 

「戦いって?」

 

 レイちゃんも同じように。

 

 この問いに、マズさんはぐるりと顔を向けて言いました。

 

「決まってるだろう。暗黒面との戦いさ」

 

 そしてされた説明には、かすかですけどフォースの気配がありました。話の内容自体がフォースに関係してることもありますけど……うん、やっぱりそういうことなんですねぇ。

 

「闇が銀河を覆ってる。その現実と戦わなきゃ。みんなでね」

「ファーストオーダーを敵に回して、勝てるわけない」

 

 で、即答するフィンくん。ファーストオーダーの中にいたからこそわかることがあるんでしょうけど、その言い方はトガ的にポイント低いです。

 

 マズさん的にも低かったんでしょう。彼女はずずいって身を乗り出すと、フィンくんの顔を……いえ、目を? じっと見つめました。

 

「長く生きてると、同じ種類の目を何度も見る。あんたの目は逃亡者の目だ」

「俺の何を知ってるって言うんだ!」

 

 でもストレートな言い方って、逆効果なときもありますよね。

 マズさんも、地雷を踏んじゃったことに気づいたんでしょう。それ以上は何も言わず、代わりに逃げるのを手伝ってくれそうな人を紹介してくれました。

 

「フィン」

「……すまないレイ。俺は一緒には行けない」

 

 早速そっちに行こうとすれば、レイちゃんに呼び止められてフィンくんは一回足を止めました。

 

「わかってる。あなたの境遇は少しだけ見えちゃったから」

「……そういう君も、俺と一緒には来てくれないんだろうな」

「……そうね。一度するって約束したことを破るなんて、私にはできない」

「……君のそういうところ、すごいと思う。尊敬するよ、素直に。……俺にはできない」

 

 苦しそうな顔で首を振って、背中を向けるフィンくん。その脳裏に、色んな光景が浮かんでいるのがフォースを通して見えました。

 

 物心つく前に親から離されて、ストームトルーパーとして殺すことだけを教えられてきたこと。

 最初の任務で……ジャクーでの任務で、殺すことに迷いが生じたこと。

 その場所で、無感動に人々を虐殺する同僚だった……仲間だったトルーパーたちの態度に、恐ろしくなったこと……。

 

 恐ろしい、怖い、っていうフィンくんの気持ちが、痛いくらい伝わってきます。

 レイちゃんにもそれが見えたんでしょう。優しい声で言いました。

 

「……気をつけてね。フォースと共にあらんことを」

「……ありがとう」

 

 それだけを告げて、フィンくんが席を離れていきました。

 

 ……このとき、借りてたブラスターをハンさんに返そうとするところが、なんていうかフィンくんらしいなって気もしましたけど。根本的にお人よしっていうか、なんていうか。

 持ってけ、って言えるハンさんはニヒルなアウトローだなとも思います。

 

「……あんたはジェダイかい?」

「え? いえ……違うわ」

「ふむ……」

 

 一方マズさんはというと、フィンくんには目もくれないでレイちゃんをまっすぐ見つめています。どうやら、別れ際の言葉が気になったようです。

 言われてみれば確かに、フォースと共に、なんてこの時代じゃジェダイくらいしか言わなさそうですもんね。

 

 とはいえレイちゃんは私が色々教えてるとはいえ、やっぱり正式なジェダイではないので違うとしか言えないわけで。

 だけどマズさんのほうも何か思うところがあるのか、しばらくレイちゃんの目をじーっと見つめてました。

 

「……ちょいとついて来な」

 

 どれだけそれが続いたでしょう。ふとした瞬間に身を翻して、マズさんが手招きしました。

 

「おいマズ? 俺の依頼はどうするつも」

「あんたの話は知らないよ! 言った通りだ、あんたが行きな」

「……やれやれだぜ……」

 

 やっぱりスパッと断られたハンさんは肩をすくめて苦笑しました。

 

 レイちゃんはそんなハンさんと、手招きし続けるマズさんをしばらく交互に見つめていましたが……ハンさんが行け、と言わんばかりに手をひらひらさせたので、迷いながらも席を立ちます。

 

「……どこに行くの?」

「いいからついてきな」

 

 マズさんに連れてこられたのは、地下でした。それも結構深いです。進むにつれて、フォースの気配が濃くなります。呼びかけられてるような気がします。レイちゃんが。

 

 それにしても、壁とか床とか天井とか、そういうところを見ると地上部分よりもさらに古そうです。冗談抜きで千年以上前からあるんですね、このお城。

 コトちゃんが知ったら喜びそうだなぁ。写真、撮っておきたいんですけどダメですか?

 

「ここだ」

「ここって……」

 

 ダメそうです。

 

 案内されたのは、どうも倉庫か何かみたいですね。あっちこっちに色んなものが整頓されて並んでます。

 見た感じ、骨董品が多い感じ? ここもコトちゃんが好きそうです。一つくらいお土産になりませんか?

 

「……こいつを」

「これ……ライトセーバー?」

 

 ダメそうです。

 

 それはともかく、部屋の真ん中辺りに置いてあった宝箱から、マズさんが取り出したもの。

 それは確かに、ライトセーバーでした。

 

 ライトセーバーですけど……でもこれ、見覚えがありますね? これって、もしかして。

 

『ますたぁのライトセーバーじゃないですか。なんでこんなところにあるんです?』

『マスター? 義姉さんの師匠のなの、これ?』

『そのはずです。ルークくんがシスと戦うときに使って、でも手首ごと切り飛ばされてどっか行ってたはずなんですけど』

 

 そう、それはますたぁのライトセーバーでした。ますたぁがクローン戦争当時から使っていた、青い刃のライトセーバーです。

 ルークくんがますたぁに負けたとき、紛失したと思ってましたけど……回収されてたんですねぇ。誰が見つけたんでしょう? すごいねぇ。

 

「そうさ。ただのセーバーじゃない、あのスカイウォーカーのセーバーさ。大切に取っておいたんだよ」

 

 私が感心してるよそに、マズさんはセーバーを差し出してきます。もちろん、レイちゃんは困惑しました。

 

「……私に?」

「ああ。随分長いこと保管してたけど、あんたに渡すべきだ。そう直感したんでね」

「…………」

 

 そんな大切なものを、自分がもらっていいのかってレイちゃんが葛藤してます。私なんかは、もらえるものはもらっておけばいいって思うんですけど。

 

 まあ気持ちはわかります。この銀河では、ルークくんは文字通り伝説の英雄です。地球で言えば、オールマイトみたいなものです。そんな人の持ち物を、本人の了承もなく第三者から渡されても困りますよね。

 

『義姉さん、どうしよう?』

『もらっとけばいいと思います。たぶんですけど、性能としては二人で造ったのよりこっちのが断然上でしょうし』

『……義姉さんのそういう図太いところは素直にすごいと思うけど、私にはちょっと真似できないわ』

 

 そうでしょうね、って思いましたけど口にはしません。伝わっちゃったかもしれないですけど。

 

 私たちがそんな風に心の中で会話してる間にも、マズさんは無言でセーバーを差し出し続けてました。根気すごいですね。

 だからこそレイちゃんも断り切れなくなって、恐る恐るセーバーに手を伸ばしました。

 

 けど。

 

 その瞬間。

 

「……っ!?」

 

 周りの景色が一変しました。宇宙船か軍事基地かの中。マズさんの姿も消えています。

 フォースが荒ぶっています。強い、強い力が渦巻いていて……それらがすべて、レイちゃんに何かを訴えかけているようで。

 

 揺れる世界。転倒するのに身を任せつつ地面を転がれば、現れたのは大雨の外。土砂降りの中で、フードを被った誰かがうなだれています。その傍らには――R2-D2?

 

『ママ! ママ!』

 

 女の子の声が、聞こえます。聞き覚えのある声です。

 

 次に、ライトセーバーが起動する音。赤い光が閃いたのに気づいて振り向けば、誰かが誰かの胸をセーバーで貫いているところ。

 

『嘘だ!!』

 

 今度は男の人の声。これも、聞き覚えのある声。

 

 雨が身体を打ち付ける感覚がします。()()()()()()()()()()

 

 だけど立ち上がりながらも呆然とするレイちゃんの前では、赤いライトセーバーを手にした黒づくめの誰か。

 その顔は黒い仮面で覆われていて、何も見えません。他にも何人かいますが、みんな似たような感じ。セーバーを持ってるのは一人だけですけど。

 

 セーバーを持ったその人が、こちらに気づきました。セーバーの切っ先をもたげさせながら、ゆっくりと近づいてきます。

 レイちゃんもこれに応じて、後ずさりながらもセーバーを抜きました。緑色の光刃が伸びます。

 

 けど、その瞬間でした。

 

『ヤだー!! パパぁ!! ママぁー!! 帰ってきてぇぇー!!』

 

 また、女の子の声が響きました。悲痛な声です。これに思わず振り返ってしまうレイちゃん。

 

 すると、いつしか場所はジャクーの砂漠の中。誰かに手を引かれながらも、手を伸ばして泣き声を上げる小さな女の子がそこにはいました。

 

 愕然として、その手の先に改めて振り返るレイちゃん。そこには、振り返ることなく宇宙船に乗り込んでいく男の人と女の人。

 

 こんな状況でもまだ、色んな声がたくさん響いています。

 

 でもその中に。その中で、確かに響いてきた声がありました。遠ざかっていく二人のものらしい心の声でした。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい、レイ』

『すまない……だがこのまま一緒にいたら、みんな殺されてしまう。せめてお前だけでも生き延びて――』

「『――嫌だ……! 待って! 置いていかないで!』」

『レイちゃん!』

 

 すべてを投げうって追いかけようとしたレイちゃんを、押しとどめます。彼女から、ペンダントから抜け出して、幽霊の身体を全身使ってレイちゃんを抱きしめます。

 

『大丈夫……大丈夫です。私がいます。ここにいます』

「あ……あ、ね、義姉さん……」

『はい。私です。大丈夫ですよ。私はいなくなったりなんかしませんからね』

 

 いつの間にか、レイちゃんはぼろぼろと泣いていました。その顔に手を伸ばして、そっと胸元に引き寄せます。

 私のほうが十センチ以上低いんですけど、それでもです。……身長、追い抜かれたのはいつのことでしたっけ。

 

 でも、それでもやっぱり、レイちゃんは私にとって妹みたいなもの。大きくなっても、ずっとです。

 

 だから、ね。心配しなくっても、怖がらなくっても、いいんですよ。お姉ちゃんは、妹を守るものらしいので。

 

「……ハッ、ハァッ、はぁっ、はあ……っ!!」

 

 周りの景色が元に戻ります。ヴィジョンが掻き消えたのです。

 その落差が激しくて、レイちゃんは荒い呼吸を繰り返します。

 

「大丈夫かい? フォースが何かを見せたようだね」

「……は、はぁっ、はぁ……、ええ……」

 

 どうやらいつの間にか膝をついてたらしいレイちゃんが、マズさんの問いに答えます。

 

 ……そのマズさんの視線が私のほうに固定されてるのは、まあ、そういうことなんでしょうね、やっぱり。

 

『ヴィジョンです。たぶん、過去の。フォースはこういうこと、たまにします。意地が悪いのです。今回は……まあ、どっちかって言えば見れてよかったほうだとは思いますけど』

「……驚いた。長く生きてきたが、あんたみたいなやつに会うのは初めてだ」

『例がなかったわけじゃないって聞いてますよ? ……まあ、でも、今はそんなことより』

 

 予想通り、普通に会話できるマズさんは後回しです。

 

 私はその場にしゃがみ込んで、まだ息が整ってないレイちゃんの頭をそっと胸元に抱きしめました。

 彼女の手が、私の手に伸びます。もちろん拒みません。彼女の手を握り返して、その頭を、背中を撫で続けます。

 

『……レイちゃん。見えました? よかったですね……お父さんお母さんがレイちゃんを置いてったの、ちゃんとした理由がありましたね』

「……うん。……ありがとう義姉さん。もう大丈夫よ」

 

 私はレイちゃんがそう言うまで、ずっとそうしていたのです。

 




原作とはレイの心の在り方が違うので、物の見方も違います。であれば、見るヴィジョンもまた違うだろうということで。
・・・まあ、ここでレイが見るヴィジョンはこういう風でよかったんじゃないかとボクが思ってるのは事実なんですけどね。
EP7としてのストーリーの中では最初の明確な違いですが、まだもう少し原作を沿う展開が続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.光と闇の邂逅

「……? なんだか騒がしいな」

 

 マズさんと一緒にハンさんのところに戻ったタイミングでした。手持ち無沙汰で暇そうにしていたハンさんが目に入りましたが、彼はめんどくさそうな顔をしつつも外に向かいました。

 

 彼の言う通り、確かになんだか外が騒がしいです。でも、普通の騒がしいとはちょっと違いますね。

 

「……喧嘩騒ぎじゃないね」

「……ええ。もっと違う……これは、恐怖とか、驚きとか、そういうものだわ」

 

 なのでマズさんもレイちゃんも、揃ってハンさんを追いかけます。

 

 屋外に出てみると、ますます謎は深まります。そこにいた人たちは、みんな空を見上げた状態で怯えていたからです。

 

 空に何かある。すぐにそう理解した私たちは、ハンさんに一歩遅れる形で空を見上げました。

 するとそこにあったのは、真っ赤な光が線を描いて空の彼方を横切る様子。まるでシスのライトセーバーみたいな、不吉な赤がばらけてどこかへと向かっています。

 

「なんだありゃ?」

「流れ星……じゃないわよね」

「……デススターのスーパーレーザーに似てる」

「なんだと?」

 

 それを見たマズさんの言葉に、私たちはぎょっとして彼女に視線を集めました。そこには、睨むようにして空を見上げるマズさんが。

 

「おい……おい待てよ、マズ。だとするとありゃあ」

「何本もあるわよ!? そんなのが当たった星は――ッヅ、あ、アアアッ!?」

「レイ!?」

 

 マズさんの言葉に、ハンさんとレイちゃんが懸念を口にした、その直後。

 

 宇宙が、フォースが悲鳴を上げました。断末魔の悲鳴どころじゃない、身も心も引き裂くような絶望的な悲鳴でした。

 それがフォースを通じてレイちゃんを、そして私を殴りつけてきます。これには私も気分が悪くなって、身体がないにもかかわらず全身を鋭い痛みが駆け巡りました。死ぬかと思いました。

 

 同時に、私の脳裏にある光景が見えました。どこかの宇宙の景色。そこに並ぶ惑星たちが、真っ赤な光で貫かれて爆発する光景です。なんて無慈悲で、恐ろしい光景でしょう。

 

 でも、おかげで理解できました。この衝撃は、間違いないです。どこかの星が……ううん、星系が。丸ごと全部、破壊されたってことが、はっきりと。

 

 レイちゃんも、私と同じことを感じたのでしょう。

 でもこないだジャクーで感じたのとは全然違う規模です。今回は本当に、それだけで死んじゃうんじゃないかって思うくらいの衝撃だったので、レイちゃんは気絶して倒れちゃったのです。ハンさんが慌てて抱きとめました。

 

「ああ……無理もない。この子ほどのユーザーなら、わかっちまったろう……」

「どういうことだマズ!? レイに何があった!?」

「強いフォース感応能力を持つものはね……生命の死に敏感なんだよ。一度に大量の生命が失われたとき、宇宙が感じた痛みと悲しみがフォースを通じて流れ込んできちまう。この子はそういう子だったのさ」

「……ッ、おいやめろマズ……だとしたら、それが正しいとしたらあれは!」

「現実を見なハン・ソロ! あんたもわかってるはずだ! ファースト・オーダーがいよいよ動き出したってことくらい!」

 

 直後のことです。空の彼方に、今までなかった惑星の姿が突然現れました。うっすらとしていて、揺らいでいる様子からして幻なんでしょう。

 でもそれが、私が見たものだってことが直感的にわかってしまいます。あれがどこの星系なのかはわかりませんが、少なくともここから見える位置にあるはずがないのに、見えています。

 

 悲鳴があちこちから上がりました。無理もないです。だって、今まで見えなかった星がいきなり見えるようになったかと思ったら、それが吹き飛んでいくんですから。

 

「共和国です……! ファーストオーダーがやった!」

 

 と、そこにフィンくんが駆けてきました。確かに、あんなことをやるのは他にないでしょうね。

 

 けど彼は、レイちゃんを見るや否や慌ててレイちゃんの体調を確認し始めます。

 

「レイ? レイ! どうしちゃったんだ!? ……レイに何が!?」

「感受性が強すぎたんだよ……そのせいで、一つの星系が滅ぶ衝撃を直接受けちまった」

「……なんてこった……ああレイ! 無事か!?」

 

 だけど、私たちに消滅した星系を悼む時間は。気絶したレイちゃんを介抱する時間はありませんでした。

 

『……! マズさん、敵が来ます!』

「ああ、どうやらそうみたいだね……!」

 

 迫りくる強い敵意と殺意。そして何より、強い暗黒面の力を感じます。

 

 それを証明するかのように。どういうことだ、とハンさんたちが言う間もなく、空にスターデストロイヤーの艦隊が出現しました。

 そして彼らはなんにもためらうことなく、空襲を開始したのです。

 

「けだものどもめ……!」

 

 次々と飛んでくる砲撃なんて、生身でどうにかできるわけがないです。だから直前まで屋外で眺めていた人たちが、慌てて逃げまどいます。

 

『マズさん、対空砲とかってないんです?』

「あるけど数が足らない! ないよりはマシだろうがね!」

 

 マズさんの言葉を証明するかのように、城のあちこちからせり出た対空砲が反撃を開始します。結構な数です。いくつかのタイファイターが撃ち落とされました。

 

 でも……それにもかかわらず、数が足りません。迫りくるファーストオーダーの艦隊が、あまりにも多いのです。

 

「に、逃げないと!」

「どこにだ?」

「それはッ、その……」

「……お前はレイの看病してろ。道は俺が切り開く。マズ、それでいいな」

「頼んだよ。私も全力で応戦する」

 

 怯えるフィンくんをよそに、ハンさんとマズさんはそんなそぶりも見せず散開しました。それぞれの持ち場を即座に見出して、そこに向かったのでしょう。

 

 取り残されたフィンくんは、唖然とした顔で二人が消えた方向を交互に見ていましたが……近くに砲撃が着弾したのを見て、大慌てで城内に戻りました。

 

「レイ……レイ、しっかり! 目を覚ましてくれ……!」

 

 そのまま目についた広めの場所に横たえて、応急処置を施していきます。

 ちょっと驚いたんですけど、その手際はすごくよかったです。度重なる空襲で、地面もお城も何度も揺れるし、小物が飛び交ったりもする中なのに。

 

 そういえば彼、悪の軍団とはいえ正規の訓練を受けた兵隊さんでしたね。そういうところはきちんと押さえてるんでしょう。

 何より、ここでレイちゃんを投げ出さず、きちんと手当までしてくれたところはやっぱりトガ的にポイント高いです。普段からそうしてれば、もっとカッコいいんですけどねぇ。

 

「ぅ……フィン……?」

「レイ! よかった、目が覚めたんだな!」

「……! フィン、どうなったの? これ、どういう状況!?」

「ファーストオーダーが攻めてきた! 今はマズ・カナタやソロ将軍が味方を引き連れて応戦してる! だから今のうちに……レイ!?」

 

 けど、カッコいいのはレイちゃんもです。レイちゃんは目が覚めて、状況を把握するや否やすぐに外に飛び出していったのです。

 

 フィンくんは間違いなく、今のうちに逃げようって言おうとしてたんでしょうけど。地球のヒーローの話を寝物語に育ったレイちゃんには、今の状況から逃げるなんてあり得ないのです。

 

 誇らしいと思う一方で、やめてほしいと思う私がいるのも本当なんですけどね。なんだかんだで、レイちゃんとはかなり長いこと一緒にいます。私の主観だと、私の人生の半分近くがレイちゃんと一緒だったので。

 

 でも、それでも、立ち向かえるからきっと、ヒーローなんだと思います。

 

 私もヒーロー志望です。それは自発的なものじゃないです。周りに触発されてでした。

 けど、でも、それでも確かに、今のトガはヒーロー志望のトガなのです。だから私も、レイちゃんに付き合いましょう。お姉ちゃんですしね。

 

 ただ、追いかけてきてるフィンくんはどうしましょう?

 短い付き合いですけど、わかります。彼は出久くんタイプです。咄嗟に自分より人を優先しちゃう人です。このまま勢いに任せて、戦場のど真ん中まで来ちゃうと思うんですけど。

 

『……どうしよう!?』

『あ、やっぱり考えてなかったんですね。二人とも考えるより先に身体が動いてたってやつなんでしょうけど』

 

 戦場に飛び出して、ライトセーバーを閃かせながらレイちゃんが内心で頭を抱えます。

 そんな中でもしっかりとソレスの型に忠実に、飛んでくるブラスターの弾幕を適切に跳ね返しながら戦線を押し上げていくところは、義姉ながら鼻が高いです。

 

 ただ、そんな八面六臂の活躍をしてれば当然目立ちます。ストームトルーパーさんたちがどんどん増えてきてます。

 

『私に目が向くなら、その分他が楽になるでしょ!』

『それはそうかもですけど……って、危ない!』

 

 大量の弾幕に晒されれば、ライトセーバーだって無敵じゃないです。ましてやこんな不均衡な戦いなんてレイちゃんは初めてなので、対処できない攻撃も増えてきます。

 

 それには私が対処します。フォースを使って弾道を逸らしたり、弾そのものを一瞬留めたりして、援護するのです。

 

「馬鹿な、ジェダイだ!?」

「れ、レン団長を呼べ!」

 

 そうこうしているうちに、どうにもならないと判断したのかトルーパーたちが撤退していきます。どうやら局地的には私たちの勝ちみたいですね。

 

「大丈夫!?」

「あ、ああ……なんとか……」

 

 彼らが退却していった先には、死んではいないけど怪我を負って動けないでいる人たちがそれなりの数いました。捕まったのか、拘束されてる人もいますね。

 

 ……いやーな予感がします。これ、捕虜をあえて取らせて無駄を強いる戦術じゃないです? このままだと、大変なことになる気配がすっごくするんですけど。なんてったって、フォースがそう言ってます。

 

『でも見捨ててはいけないわ!』

 

 レイちゃん、いい子です。いい子なんですけど、ねぇ……。

 

「レイ! よかった、無事か!」

「なんとかね。それよりフィン、この人たちを逃がすの手伝ってくれる? とりあえずこの場は抑えたけど、このままじゃ危険だわ」

「そういう君は!?」

「私はこのままさらに戦線を押し上げるわ。多勢に無勢だけど、こういう軍隊って確か指揮官を倒せばなんとかなるんでしょ?」

「危険だ! 敵陣に一人で突っ込むなんて命がいくつあっても足りない!」

「ええそうよ。誰だって命は一つだわ。私も、彼らも」

「それは……ッ、でもレイ……」

「っ!」

 

 言い合っているところに、またブラスターが飛んできました。単発だったので、レイちゃんはこれを危なげなく跳ね返します。

 

『……! ダメですレイちゃん!』

「くっ!?」

 

 ですが、跳ね返した弾がさらに跳ね返されて向かってきました。セーバーを振り抜いたあとだったので反応が遅れましたが、かろうじて切っ先を差し込めました。弾かれたブラスターは、空の彼方へ飛んで行って消えました。

 

「……!」

「おいおいおい……冗談だろ……」

『このフォース……まさか、そんなことって』

 

 そこにいたのは。それをやったのは。

 真っ黒な服と、真っ黒な仮面で全身を包み込んだ男の人でした。強い、とっても強い暗黒面の気配がします。

 

 そしてその手には、十字架みたいに光刃が三方向に出ている変わった形のライトセーバー。刃の色は、もちろん赤です。

 

「なんでカイロ・レンがこんなところに……!」

 

 フィンくんが、怯えた様子でその名前を口にします。なるほど、この人が。

 

 けど問題は、カイロ・レンさんだけじゃありません。彼は後ろに、数人のトルーパーを従えていて、複数の銃口がまっすぐこっちを向いてることです。

 

 どうしましょ。カイロ・レンさんだけならなんとかなったかもですけど、こうなるとどうにもしようがありません。何せこっちは、怪我人をそれなりの数後ろにかばってるんですから。

 

『……義姉さん。後ろの人たちをお願い』

『レイちゃん? ダメですよ、ここは一緒にいたほうがいいです。そのほうがまだ少しは安全です』

『それじゃみんなを守り切れない! ジェダイは、ヒーローは、救けたり守るためにいるんでしょう? 無理は承知の上、さらに向こうへ(プルスウルトラ)ってやつよ!』

 

 まさかこんな状況で、それを聞かされるなんて思ってなかったです。

 

 本当にもう……。レイちゃんはもう、きちんとジェダイですしきちんとヒーローですよ。誰がなんて言っても、私がそれを認めます。

 

 であれば、私もレイちゃんを信じるべきなんでしょう。義妹のことを、生まれたばかりのヒーローのことを。

 

『もう……それを言われたら私は反論できないのです。しょうがないですね、死んじゃダメですからね!』

『わかってる!』

 

 そして会話を終わらせると、レイちゃんはペンダントとますたぁのライトセーバーを、怯えながらもすぐ近くから離れないでいたフィンくんに押し付けると、

 

「え、これって……あ、ちょ待、レイ!? 嘘だろおい!」

「はああぁぁぁぁっ!!」

 

 雄たけびを上げながら、カイロ・レンさんに向かって突撃しました。

 

 もちろんと言うべきか、銃口が一斉に向けられます。けどカイロ・レンさんはそれを手で制して、周りの制圧を優先するよう命令しつつレイちゃんを正面から迎え撃ちました。

 緑色のセーバーと赤色のセーバーが正面切ってぶつかり合い、特有の接触音が断続的に響きます。

 

「驚いたな……ジェダイは俺が滅ぼして久しいはずだが」

 

 仮面でくぐもった声が、戦場の中なのにやけにはっきりくっきり聞こえました。

 

「ソレス……それにシエン、か? だがルークの弟子でもなさそうだ。どこで、誰に習った?」

「知りたい? 残念、絶対教えてあげないわ!」

「ならば闇の流儀で聞くとしよう!」

 

 そうしてこの銀河で何十年かぶりとなる、ジェダイとシスの剣戟が始まったのです。

 




幕間につき要素は薄いですが、本作はヒロアカクロスなので、遠い昔遥か彼方の銀河系でもプルスウルトラを叫びますとも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.タコダナの戦い

 一方私はどうしてたかって言うと、レイちゃんからそっと抜け出して、周りを制圧しようとするストームトルーパーさんを逆に制圧してました。

 

 私自身は幽霊で、フォースの塊みたいなものなので、こうやって活動すると間違いなくカイロ・レンさんに察知されますけど、レイちゃんが気を利かせてここから離すように突撃していったので、直視されることは少なくともないでしょう。見られたら面倒なことになるのは間違いないので、なるべく早めに終わらせたいところです。

 

 でも幽霊にできることって、あんまり多くないんですよね。フォースを使って吹き飛ばしたり、瓦礫をぶつけたりするのが精一杯です。

 生き物はフォースを持ってるから、生き物に直接攻撃する系のフォースは効きづらいんですよね。生命としてのフォースに少なからず相殺されるので。

 

 かといって、フォースライトニングはすごく疲れるので連発できません。フォースブラストはコトちゃんに変身しないと使えません。一応ライトセーバーもありますが、これも動かすとなると疲れるので長期戦ができないんですよねぇ……。

 

 まあでもこの戦い、長くは続かないでしょう。ちらりと上を向けば、どう見てもファーストオーダーのものとは思えないXウィングが飛来していて、タイファイターたちと空中戦を繰り広げていました。

 たぶん、レジスタンスが来てくれたんだと思います。なので、あとはなるべく犠牲者を出さないようにこっちも早めに終わらせたいところです。

 

 なんて思いながら、とにかくあえて激し目に暴れてた私なのですが。

 

「な、な、な、なんなんだ! 何が起こってる!? これもフォースなのか!?」

 

 私の奮戦を見たフィンくんが、混乱しながらわめいてます。混乱しつつも、レイちゃんから預けられた私のペンダントもますたぁのライトセーバーも手放さないでいるのは偉いですね。

 これで私に身体があったら、いい子いい子するんですけど。

 

 そんなことを考えたときでした。

 

()()()()()()()()()()()()!?」

 

 フィンくんが、明らかに私のほうを向いて叫んだのです。

 思わずとまっちゃいました。目を見開いて、フィンくんを凝視します。

 

 うん、これ完全に目が合ってますね。もしかして。これって、もしかして?

 

『あれ、もしかしてフィンくん、私のこと見えてます?』

「うわっ!? あ、頭の中に声が!?」

『聞こえてるのは間違いないですね。見えてます?』

「ぼ、ぼんやりとだけど……」

『そですか』

 

 それは――とってもちょうどいいですね。

 

 私は降って湧いたラッキーに、思わずにっこり笑顔になりました。コトちゃんが好きだって言ってくれる、いつもの笑顔です。

 

「ヒッ!?」

 

 失礼なことにフィンくんはこれに怯えてくれましたが、今は非常事態なので寛大な心で許してあげます。

 

 代わりに、その身体を借りることにしましょう。それでチャラです。

 

『ちょっと失礼しますね』

「ウワーッ!?」

 

 ということで、レイちゃんの身体を借りるときみたく、フィンくんの身体を乗っ取ります。身体の隅々まで私のフォースで満たして、彼の意思を奥のほうに押しのけるのです。

 

 どうやらフィンくんは、覚醒直前くらいの感じみたいですね。体育祭のときの爆豪くんくらいかな? 

 

 何も持ってないほうの手をぐーぱーして調子を確かめてみますが、具合は悪くなさそうです。これもラッキーですね。

 男の人の身体を使うのは初めてなので、ちょっと不思議な気分ですけど。視線もすっごく高いので、新鮮です。

 

 でもこんなにも高いとコトちゃんとかみ合わないので、私はいつものままがいいですね。

 

『なにこれ!? 俺の身体どうなっちゃってんの!? ねえ!? ちょっと!?』

「少しだけ身体を借りますね。先に謝っときますけど、たぶんあとで筋肉痛すごいと思うのでよろしくお願いします」

『どういうこと!? っていうかあんた誰だよ!?』

「細かい話はまたあとで~」

 

 頭の中でフィンくんがまだ叫んでますけど、おしゃべりはここまでです。私はペンダントをズボンのポッケにしまって、ますたぁのライトセーバーを起動しました。

 そのまま即座に、セーバーを左右左と連続して振ります。セーバーに弾かれたブラスターが跳ね返って、うち二つがトルーパーさんを倒しました。命中率としてはまあまあでしょう。

 

 次に私の反撃に驚いたトルーパーさんたちが一瞬動きをとめたスキを狙って、フォースプル。ブラスターは没収なのです。

 ……全員の分を一気に、とはいかなかったのでこれもまあまあってところ。慣れない身体はダメですね。

 

 でもこれであちらはいよいよ混乱し始めたので、ダメ押しのフォースプッシュ。ブラスターを没収できなかった人たちを吹っ飛ばしてそれなりに巻き添えにできました。これは大成功でしょう。

 

 慣れてない身体ってことを差し引いても、身体はあったほうがやっぱり何かと便利ですね。そう思いながら、セーバーをアタロに構えて一気に前に飛び出します。

 フォースをまとった高速移動です。トルーパーの人たちは反応できないまま、連続で振るったセーバーをほとんど無防備に受けて倒れていきます。

 

 消えていく生命の気配を感じながら、けれど手は休めません。くるり、くるりと立ち位置を変えながら、一人ずつ確実に。離れたところにいてちょっとすぐには届きそうにない人には、フォースプッシュの応用で地面にたたきつけて無力化します。

 

 誰かの命を奪うことに関して、私は特に思うところがないのです。この辺り、私の根っこはやっぱりヴィランなんだろうなって思いますね。

 

 まあ、コトちゃんも会ったばかりの頃から相手を殺すことを最終手段として受け入れてたので、その辺はお揃いって思ってます。私は生まれつきで、コトちゃんは前世の経験からって違いはありますけど。結果が同じなら、私はそれでいいのです。

 

「ふう、こんなとこですかね」

『す、すげぇ……』

 

 とりあえず、近場はなんとかなりましたね。あとは、まだ避難し切れてない人たちを避難させましょう。

 

 ヒーロー基本三項……撃退、避難、救助でしたっけ。撃退がひとまず終わったので、ここからは避難と救助のお時間です。むかーし習ったことを思い返しながら、避難を促していくのです。

 怪我してる人は、動ける人にも手伝ってもらって優先的に。下手に動かしたらまずい状態の人がいなかったのは、不幸中の幸いですね。

 

 けど、そうしている間に、どうやらここでの戦いは終わったようです。周囲に伝わったフォースの揺らぎから察するに、レイちゃんは負けちゃったようですね。

 

 無理もないです。レイちゃん、ライトセーバー同士の本気の戦いは初めてでしたからね。強い暗黒面の使い手と戦うこともです。私も言うほど経験があるわけじゃないですけど、ゼロとイチとじゃだいぶ違いますからね。

 

 でも殺されてない……どころかほぼ無傷みたいなので、結果オーライですかね。あっちはあっちでルークくんの場所が知りたいようなので、ジェダイの技を見た以上は情報源として貴重ってことなんでしょう。そして生きているなら、救けることができます。

 

 情がないのかって? あるに決まってるじゃないですか。それとこれとは別ってだけです。

 起きちゃったことはもう取り消せないんですから、今は今できる最善を考えるべきです。こういうときこそ合理的に行くべきなんです。相澤先生みたいに。

 

『ああっ!? レイが!』

 

 カイロ・レンさんに抱えられたレイちゃんが、スターシップに運ばれていくところが見えました。

 これを見たフィンくんが強い意思を発露させたので、私は身体の主導権を返します。もう私じゃなくっても大丈夫でしょう。

 

「ダメだ! 待って! 行くな!! 待てェ!!」

 

 フィンくんが全力で走ります。けど、ただ走るだけじゃ間に合いません。

 視線の先では、カイロ・レンさんに抱きかかえられたレイちゃんがスターシップに運ばれているところが瓦礫の隙間から垣間見えます。気絶してるのでしょう、ぐったりしてます。

 

 そして予想通り。フィンくんが近くまで辿り着いたときにはもう遅く、スターシップはタイファイターたちを従えて空の彼方へ飛び去ろうとしているところでした。

 

 愕然として立ち尽くすフィンくん。周りの戦闘はもう全部終わっていて、やっぱりファーストオーダーのものではなさそうなスターシップが着陸して救助に当たり始めています。

 

 ……だけど、ここで絶望しないところはトガ的にポイント高いです。フィンくん、やっぱりやればできる子ですね。

 彼は周りの変化に気づくや否や、バッと身体を翻して走り出しました。向かった先は、ハンさんのいるところ。

 

「さらわれた! 見ましたか!? レイが連れていかれた!」

 

 フィンくんの必死な言葉に、ハンさんは「ああわかってる」と短く返しながら手を振りました。

 その視線の先には、着陸態勢を取りながら近づいてくるスターシップ。

 

 なんでそんなに落ち着いていられるんだって、内心が荒ぶるフィンくんにチューイくんが軽くいなないて諫めます。言葉が通じないので、フィンくんはあっけに取られているままですけど。

 

 でも、そんな彼でも着陸したスターシップから降りてきた人と見つめ合うハンさんを見たら、何も言えなくなったみたいです。

 

 だって、そう。ハンさんと見つめ合う女の人は。私が知るより老けていますけど、間違いなくレイアさんだったんですから。

 

「あれま! ハン・ソロ!」

 

 そんな感動的な再会の間に文字通り挟まりに行ったC-3POには、いくらなんでも空気読みなさいって思うのは仕方ないと思います。これにはみんな毒気を抜かれたように、あるいは呆れたように、ため息をつきました。

 

「わたくしですよ。C-3PO。おわかりにならないかも。腕がこんなですから」

 

 そう言う3POの左腕は、確かに私の記憶とは全然違って真っ赤です。イメチェンでしょうか。

 

「どなたがおいでになったと思います? ……あ」

 

 まあそれはともかく。

 嬉しそうに振り返って、肩をすくめるレイアさんを見て、ようやく3POも自分の失態に気づいたみたい。しばらく言葉を濁したあと、「失礼します、将軍」と、何事もなかったかのように離れていきました。いつの間にか近くまで来ていたBB-8と一緒にです。

 

 お邪魔虫がいなくなったので、テイクツーです。ハンさんがレイアさんに話しかけます。

 

「髪型変えたな」

「同じジャケット」

「いや? 新しい」

 

 そんな、ちょっと不器用なカップルみたいなやり取りをまず最初にやって。

 

 チューイくんとも再会のハグを済ませたあとで、ハンさんが真剣な顔で言いました。

 

「あいつを見た。俺たちの息子を」

 

 この言葉に、黙って様子を見ていた私とフィンくんは首を傾げました。

 

「ここに来てた」

 

 そんな人、この辺りにいましたっけ? いやまあ、私はハンさんの子がどんな人かまったく知らないので、気づきようがないんですけどね。

 

 けど、レイアさんには全部伝わったんでしょう。彼女は顔を少しこわばらせました。

 




フィンがフォースセンシティブかどうかについては諸説あるかと思いますが、原作でもそれらしいムーブはしているので、本作ではセンシティブということにして進めます。
いやだって、あれだけの描写しておいて才能ゼロってことはないでしょ・・・ないと言ってくれ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.レイア・オーガナ・ソロ

 その後、私たちはレイアさんたちの先導でタコダナを離れました。レイちゃんのことは心配でしたが、一人でどうこうできる問題でもないので、まずは味方集めからです。

 

 辿り着いたのは、ディカーという星。土星みたいに環っかがあって、それに緑もたくさんある星でした。

 

 私の知らない星です。まあコトちゃんから教えてもらったことがないってことは、たぶん帝国になる前の時代にはそんなに有名じゃなかったんでしょう。

 

 そんな星に、私はフィンくんと一緒にやってきました。ここまでの道中で私のことはある程度話したので、彼も私についてはとりあえず落ち着いています。さすがに未来から来たってことは、話すと面倒なので内緒のままですけどね。

 

 それで、ディカー到着後はBB-8の主人であるポーさんとフィンくんの再会シーンなんかもありましたが、今一番大事なのはそこではないので置いときます。

 重要なのは、惑星を何個もまとめて吹き飛ばしたファーストオーダーの兵器について、フィンくんが詳しいってこと。つまりそれは、今後の作戦には彼が欠かせないってことですね。

 

 少し前のフィンくんなら、冗談じゃないって言ったでしょうか。

 でも今の彼は、さらわれた友達を……レイちゃんを救けたいって、そのためならどんな危ないことでもやれるって、そういう意思に満ちてます。

 

 本当、そうやって自分より他人を優先するところ、出久くんタイプですよね。これで普段から怪我が多かったら、なかなかに私のタイプですよ。コトちゃんを超えることは絶対にないでしょうけど。

 

 話を戻しましょう。

 そういうわけで、フィンくんはレジスタンスの中でも情報を取りまとめて作戦を立てたりするところ……参謀本部ですか? そっちのほうに連れていかれました。

 

 けど私はそっちにいても、特に手伝えることがありません。なのでフィンくんには断って、基地の中を探検することにしました。

 

 ペンダントは預けたままにします。普段はレイちゃんか、ペンダントの周りから離れないようにしてるんですけど、別に離れられないわけじゃないんです。ジャクーの治安がそれだけ悪かったってだけで。

 でもここでは盗難の心配なんてしなくてもいいでしょうから。フィンくんなら預けてても大丈夫でしょうし。

 

 ……私は元々は、どこにでもいる普通の女子高生でした。軍隊なんてまったく縁がなかったですし、その基地だって興味もありませんでした。

 コトちゃんが機械いじるの好きだから、好きな人の趣味って意味では一切興味がなかったわけでもないんですけど。でも、自分からそんなに積極的にかかわろうとまでは思ってなかったくらいには、興味がなかったのです。

 

 それでも、こうやって実際に目の当たりにすると、なんだかんだで思うところはあります。レイちゃんに付き合ってあれこれするうちに、造詣が深くなったからってのもあると思いますけどね。

 でもやっぱり、ここで見聞きしたことをいつかコトちゃんのために使えないかなって気持ちが一番大きいので、私にとっては興味の対象とはちょっと違うんでしょうね。

 

「残念ながらBB-8の持ち出した地図は不完全なものでした」

 

 なんてことを考えながら基地の中を探検してると、3POの声が聞こえてきました。どうやらレイアさんたちと何か話してるみたい。

 レイアさんは間違いなくフォースセンシティブで、もしかしたらフォースユーザーです。私を視認できるでしょうから、ちょっと隠れながら近づいて様子を見てみましょう。

 

 するとそこには、ミレニアムファルコンの中で見た星図の断片が投影されていました。

 

「そればかりか、記録にあるどの星系の星図とも一致しません。ルーク様を探し出すには、あまりに情報不足です」

「……ルークを見つけて連れ戻そうなんて、バカげた考えよね」

 

 ですが、どうやらレイアさんはルークくんにそこまでこだわってはいないようです。

 今まで何年もかけて探してきたのに見つからないなら、それは当てにするべきじゃないって考えなのでしょう。現実的です。

 

 あ、ちなみにですが、R2-D2は何やらルークくんがいなくなってからずっとスリープモードになってるみたいです。うんとんもすんとも言わないみたいです。何があったんでしょうね?

 

「レイア」

「やめて」

「何をだよ」

「何もかもよ」

 

 一方で、ハンさんがレイアさんに袖にされています。

 こっちは……こっちも、きっとルークくんをそこまで当てにしてるわけじゃないんでしょう。ただ、今までのことを謝りたい感じでしょうか。遭遇した場所が場所ですし、きっと夫婦としてはあんまり上手くいってなかったんだろうなって想像はできますしね。

 

「力になろうとしてるんだ」

「なれたことがあった? デススターを破壊したとき以外」

 

 わあ、レイアさんってば言いますね。やっぱりこじれちゃってるっぽいですね。嫌いってわけじゃないんでしょうけど、こうなると大変そうです。

 もちろん、私とコトちゃんはそんなことにはならないですけど。

 

「なあ、聞いてくれ。君が俺を見るたび、……あいつのことを思い出しているのはわかってた」

「忘れられると思う? 今でも取り戻したい」

「俺たちにはどうにもできなかった――」

 

 と思ってたら、なんだか話の雲行きが怪しいです。

 なんですかね、これは痴話げんかとかそういうのじゃないですね? 普通にとても深刻な家庭の事情では?

 

「――ヴェイダーに惹かれた」

「だからルークに鍛えさせようとしたのよ。それで……結局あの子を失ってしまった。……あなたのことも」

 

 おや。ここでますたぁが出てきます?

 

「……もっとちゃんと向き合ってやるべきだった。でも……俺たちは自分の世界に逃げ込んだ」

「そうよね……」

「俺たちは……息子を失った」

 

 あのー、二人の息子で、暗黒卿時代のますたぁに惹かれてた……ってことは。

 失った、っていうのは別に死んじゃったとかではなくって、オビ=ワンさんがルークくんに対して、父親のことを暗黒卿に殺されたって言ったのと同じような意味ですか?

 

 もしかして、ですけど、二人の息子ってつまり、あの人のことなんじゃ……。

 

「ええ、一度は。スノークのせいで」

 

 あ、それは初めて聞く人です。

 

「あの子を暗黒面に誘い込んだのはスノーク。でも、まだ救えるわ」

 

 なるほど、つまり黒幕ですね? シディアスのおじいちゃんみたいな。

 

「私と。あなたで」

「ルークにもできなかったのに?」

「ルークはジェダイ。あなたは父親よ」

 

 ……あ、これは。

 ちょっと、風向きが怪しくなってきました。

 

「まだ希望はある。そう信じているわ」

『いやー、ごめんなさいですけど、それはやめといたほうがいいと思います』

「誰!?」

「え?」

 

 なので思わず、首を突っ込んじゃいました。レイアさんが驚いて、後ろにいた私に勢いよく振り返りました。

 けど、半透明の私を見て目を開いて驚いていますね。普通の人間ではない、とはすぐにわかったみたいです。

 

『家庭の事情っぽかったので黙ってるつもりでしたけど、ちょっと風向きが怪しくなったのでつい』

「……何者です?」

「おいレイア? そこに誰かいるのか?」

 

 そんなレイアさんを、ハンさんが心配そうに見つめています。今しがたやって来た伝令っぽい人も、それを見て固まっていますね。

 

『私トガです。トガ・ヒミコ……あ、こっち風に言うならヒミコ・トガが正しいんですっけ。まあそれはどっちもでいいです。ご覧の通りの幽霊です』

「……フォーススピリット、ということ? あなたはジェダイなのですか?」

『うーん、そこは私もよくわかんないんですよね。オビ=ワンさんやヨーダさんみたいなスピリットとは厳密には違うみたいなんです。あの人たちはフォースのあるところにならどこにでもすぐに行けますけど、私はできないので。それと……私がジェダイかどうかは諸説ありますね。銀河共和国のジェダイか、と聞かれたらそれは違うって断言できますけど』

「……でしょうね。あなたからは暗黒面の気配がする」

 

 おや? それを感じ取れるんですか?

 

『……ってことは、レイアさんはエンドアのあとジェダイとしての訓練を受けたんですか。最低でもセンシティブとは思ってましたけど、やっぱりますたぁの娘なんですかねぇ』

「……!!」

 

 あ、ちょ、そんな怖い顔しないでください。落ち着きましょう?

 

『心配しなくっても、私のますたぁはダース・ヴェイダーじゃないですよ。私のますたぁはアナキン・スカイウォーカーです。なので、あなたたちの敵じゃないです。ちゃんと味方ですよ』

「それを信じられるとでも?」

『それ言われちゃうと、何も言えないんですよねぇ。信じてください、としか』

「…………」

『…………』

 

 結局そこから話すに話せなくなっちゃいました。んんん、ひょっとしなくてもやっちゃった感じですねこれ。

 

「あの……将軍? 敵基地の偵察報告が入ってきましたが……」

 

 けど、そこでさっきから困惑しながらも様子を見守っていた伝令っぽい人が、恐る恐る声をかけてきました。場を一旦落ち着かせるにはちょうどよかったです。

 レイアさんはこの場のリーダーとして、優先しないといけないことが多いですからね。とりあえずはこの場はお開きになりそうです。

 

「あれ? ヒミコさんなんでここに……オーガナ将軍と面識があったんです?」

 

 ……フィンくん、間が悪いです……。

 いや、これについては口止めしてなかった私が悪いですか。

 

 で、結局私はフィンくん共々作戦会議の場に連行されることになりました。

 もちろん、フォースなしに私をどうこうするのは不可能なんですけど。レイアさん普通に使えるっぽいので、そういう意味でも逆らわないほうがよさそうなのです。

 

 ただ……その会議の最中に、例の兵器――スターキラー基地って言うらしいです。惑星一つを移動基地にした上に大量破壊兵器つきって、相変わらずこの国はスケールが頭おかしいのです――が再充填を始めたって連絡が来ちゃったのでさあ大変。

 しかも照準先はディカー。つまりここで、発射されたらおしまいです。一秒も争う状況になっちゃったので、私のことは完全に棚上げになりました。

 

 なのでこれ幸いとばかりに、私はフィンくんに憑りつきなおして逃げました。これはきっと、今はまだそのときじゃないってフォースが言ってるに違いないのです。

 ……まあ、フィンくんがレイちゃんを助けるためにハンさんと一緒にスターキラー基地に潜入することになったので、その見送りに来たレイアさんとまた鉢合わせる羽目になるんですけど。

 

 ところでこれは愚痴なんですけど、恋人と引き裂かれて十年以上経ってる私の目の前で、イチャイチャするのはちょっとやめてほしいのです。悪気なんてないのはわかってるんですけど、それはそれなのです。

 

「……もしあの子に会えたら。連れて帰って」

『や、だからそれはやめたほうがいいのです』

 

 だからってわけじゃないですけど、今の私はいい感じの二人の間に口を挟む、悪女なトガです。

 レイアさんが睨んでるのは、邪魔されたからだけじゃないですね。でも言わないといけないことは言わないとです。

 

『フィンくん、またちょっと身体借りますね』

「もう好きにしてくれ……」

 

 とりあえずこのままだとハンさんと話ができないので、もう一度フィンくんの身体を借ります。彼はどこか遠い目をしながら脱力してくれたので、スムーズに行きました。

 

「こんにちは、フォースセンシティブにしか見聞きできない幽霊です。お二人に話したいことがあるので、フィンくんには身体を貸してもらいました」

「……さっきレイアが警戒してたのはあんたか」

「はい。私、トガです。ヒミコ・トガ。アナキン・スカイウォーカーの弟子です」

「なんだと?」

「私はフォースの光と闇、両方の訓練を受けました。なので、どっちのこともある程度わかるんです。その経験から言うんですけど……暗黒面にいる人を下手に光明面に戻そうとするのはやめといたほうがいいです。意固地になって余計反発されるのがオチです」

「俺にはできないって言うのか? ルークは自分の親父を連れ戻したのにかッ?」

「子供が生き別れた親に願うのと、親が放置気味だった子供に願うのとでは意味が違いますよ?」

 

 私がそう言うと、ハンさんは露骨に顔をしかめました。痛いところを突かれたって感じの顔です。

 

 レイアさんのほうも似たような顔で、思うところがあるみたいです。垣間見えた内心からすると、二人がお子さんをルークくんに預けたときのことを後悔しているようです。預けたことそのものじゃなくて、そこに至るまでの過程と預けるときのやり取りなどを。

 こういうところ、やっぱりなんだかんだで夫婦なんですね。

 

「……じゃあどうしろって言うんだ……俺たちは息子を失ってるんだぞ」

()()()()()()()()

 

 でも、だからこそ私はきちんと言わないといけないんだって思うのです。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そりゃあ別人みたく思えるのも仕方ないとは思いますし、大量虐殺する人を息子だって認めたくない気持ちもわからなくはないですよ。

 でもたとえ真っ黒で、仮面つけてて、真っ赤なライトセーバーで人を殺してても。それがあなたたちの息子さんなんだってことから、目を逸らしちゃダメなのです。どれだけ性質が真逆でも、いる場所が違うだけなんですから。

 オルデラン王女だろうとレジスタンス指導者だろうと、元老議員だろうとパドメさんとますたぁの娘だろうと……立場が違って周りからの見え方が違っても、みんなレイアさんなのと同じですよ。だから、息子さんはまだこの銀河でちゃんと生きてます」

「「……!」」

「だから、認めてあげてください。別に人殺しを認めろって話じゃなくて……子供って親に反発するものですけど、でも、それでも、心のどこかで親にわかってほしいって思ってもいるんです。血が繋がってるってだけなのに……あるいは繋がっているからこそ、どうしても思ってしまうときはあるのです……」

 

 私もそうでした。普通には生きられない私を……どうしても血が好きで好きでたまらない私を、それこそが自分にとっての「普通」だって言い張る私を、両親はわかってくれませんでした。だから今はもう諦めてます。

 

 でも……それでも、やっぱりわかってほしかったとは思うのです。わかり合えてる家族を見て、わかってくれる()()()()()を見て、こうだったらよかったのにって思ってしまうのです。

 

 けど、だからこそ私は思うのです。私は闇を否定しない生き方がしたい、って。

 

「だから。彼のいいところも悪いところも、全部彼なんだって……光のところも闇のところも全部まとめて一人の人間で、それが自分たちの息子なんだって、認めてあげてほしいんです。彼が光として生きるか、闇として生きるか……そんな彼が選んだ生き方を受け入れるかどうかは、そのあとの問題なんじゃないかなって……ジェダイとシスの両方を間近で見た私は、思うのです」

 

 だって、それがヴィランになるはずだったであろう私に対して、コトちゃんが示してくれたあり方だから。私は、コトちゃん(大好きな人)と同じがいいのです。

 




離れ離れになっても、ちゃんと理波と過ごした日々はトガちゃんの中でしっかり生きてるのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.スターキラー基地

 その後もいくつか言葉をやり取りしましたが、結局のところ今が緊急事態なのには変わらないので、話し合いもそこそこに私たちはディカーを後にしました。

 嫌な予感がとまらないので、「作戦の成功失敗に関係なくすぐにディカーを離れられるようにしといたほうがいいですよ」って別れ際に伝えられただけでも、ひとまずよしとしましょう。

 

 ハイパースペースでの移動中は、改めての私の自己紹介で大体が終わりました。

 そもそも幽霊ってことだけでも説明するのに時間がかかるのに、私の立場はそれに加えて別銀河からの来訪者で、レイちゃんの育ての親で、義理の姉で、おまけに未来人なんて肩書もセットなので、話すととにかく長いのです。

 その中から話したらまずいことを省かないとなので、考えながら話す必要もあって、正直とっても面倒でした。

 

 ついでに言うと、私はフィンくんを仲介しないとハンさんやチューイくんと会話できないので、それで余計に時間がかかったのです。フィンくんの身体をずっと借りてるわけにもいかないですからねぇ。

 

「どうやって抜けるの?」

 

 とりあえずの区切りがついたところで、目的地が近くなってきました。フィンくんが聞きます。

 

 スターキラー基地は、惑星一つをそっくりそのまま移動宇宙要塞にしてしまったっていうとんでもないモノです。しかも惑星全体をシールドで囲んでるので、侵入も不可能です。

 

「シールドには周波の隙間がある。光速未満の物体は捕まっちまうが、それ以上なら」

 

 ところが、ハンさんはこともなげにそう言い放ちました。さすが、伝説のアウトローは一味違います。

 

 まあ、ちょっとでもタイミングを間違えたらシールドに激突して宇宙の藻屑になるか、惑星に直撃して宇宙の藻屑になるかなんですけど。そういう紙一重の作戦を思いつくだけじゃなくて、実行しようとするのは控えめに言ってどうかしてると思いますよ。

 

 そういう意味でも、伝説のアウトローですよね。私は普通の女の子なので思ってもしません。

 

「光速で侵入して、着陸するんですね」

 

 そしてそんなアイディアに、ノータイムで乗っちゃうフィンくんもフィンくんです。やっぱり彼、出久くんタイプですよ。

 

 でもまあ、他に方法がないのも事実です。仕方ないので、ここは私もお手伝いしましょう。突入するタイミングは、フォースで感知できるはずなので。

 

「行くぞチューイ……」

 

 いよいよそのときが近づいてきました。ハンさんが集中します。

 

 私もします。フィンくん、また身体借りますねぇ。

 

「今で「いやまだだ」す?」

 

 そして見極めた私の合図に、ハンさんはノーを突きつけました。

 私が首を傾げる間もなく、一秒にも満たないわずかな時間が過ぎたあと。

 

「今だ!」

 

 ハンさんが一気にレバーを動かし、ファルコンがハイパースペースからリアルスペースに飛び出します。

 

 現れた場所は、雪に覆われた山脈の手前。普通にしてたら余裕のある距離ですが、何分光速から脱した直後なので、ほっといたらそのまま山に激突です。

 

「引き起こしてるよ!」

 

 チューイくんが咄嗟に指示を出しますが、ハンさんが自分で言ったようにとっくに操縦桿は限界まで引き起こされてます。ファルコンの船首が鋭角で上を向き、山にぶつかるスレスレをなんとか回避しました。

 

 かと思えば、現れたのは深い森です。たくさんの木々が生い茂っています。

 

 そんなところに突っ込めば、当然船は大変なことになります。シールドを張ってるので致命傷にはならないですけど、かなりの衝撃が船体を容赦なく襲ってきてます。

 もちろんもう少し上に上がればいいんですが……。

 

「これ以上上げたら見つかる!」

 

 そう、ここはもう敵の基地の中なのです。木を無視して森の中を直進するスターシップは正直それなりに目立つんですけど、かといって船体そのものをさらすともっと目立つので、仕方がないのです。チューイくんの抗議はそんな真っ当な理由で却下されたのでした。

 

 このあとも雪原を滑べり下りたり、崖から落ちかけたりしましたが、なんとか私たちはスターキラー基地に降り立つことができたのです。

 

「俺の勘も、そう捨てたもんじゃないだろ?」

 

 ファルコンを降りるとき、ハンさんがそう言いながらウィンクを飛ばして来ました。

 

 ええ、はい。素直にカッコいいと思いますよ。ウィンクを飛ばした方向が微妙に違ってたのはしまらなかったですけど。

 

 でもそれはそれとして、なんだか悔しかったので肩をすくめるくらいしか返せなかったのは、失敗だったかなって思います。

 

 まあフォースも万能じゃないですし、私も鍛錬が足りないなってことには改めて気づけたので、そこはよしとしましょう。

 

 あ、今の考え方はコトちゃんっぽかったですね? うふふ、ちょっと嬉しいです。

 

 ……はあ。早くコトちゃんに会いたいなぁ……。

 

「行くぞ。案内は任せた」

「はい!」

 

 何はともあれ、ここからはフィンくんが先頭です。なんでも彼、スターキラー基地で働いてた時期があったみたいで、だからここのことはそれなりに詳しいみたいです。

 

 実際、今回の作戦は彼の知識が元になって立てられています。侵入した私たちの目的はもちろんレイちゃんの救助もありますが、スターキラー基地の超兵器を支えている部分――サーマルオシレーターっていうみたいです――を破壊して兵器を使えなくすることもあるのです。

 ここを破壊できれば、ディカーを狙っている超兵器をとめるだけじゃなくって基地を破壊することもできるらしいので、やらないって選択肢はなかったんです。

 

 ……なんだかデススターみたいですね。規模はこっちのが全然大きいですし、そもそも星を覆ってるシールドをまず解除しないと何もできないですけどね。

 

 そんなわけで、私たちはスターキラー基地まで来ました。

 

「排水用のトンネルがあっちに。そこから入りましょう」

「……ここにいたとき、何をやってたんだ?」

 

 その迷いのない言葉に、ハンさんが質問します。

 

「清掃作業です」

 

 ところが返ってきたひどい答えに、ハンさんは目をむいてフィンくんの肩を引っ張りました。

 

「清掃作業だと!? それがなんでシールドのとめ方を知ってる!」

 

 そうですね、ホントその通りだと思います。

 

「知りません」

 

 これに対する答えは、もっとひどいものでした。ハンさんは愕然としますし、私もフィンくんの中であちゃーと頭に手をやります。

 

 今回の作戦は、まず私たちがスターキラー基地の惑星シールドを停止。それから反乱軍のパイロットさんたちが、Xウィングでサーマルオシレーターを攻撃するって流れになってます。

 ええ、シールドをとめられることが前提なんです。さすがのハンさんも、ここまでノープランだとは思ってなかったみたいですね。

 

「みんなが俺たちに期待してる! 銀河の運命がかかってるんだぞ!?」

「とめ方はこれから考えましょう」

 

 なのに、フィンくんはなんでそんなに冷静なんです? 一周回って、ってやつです?

 

「……そうだ、フォースを使えばいい! そうでしょう、ヒミコさん!」

『それはダメですね』

「え!? ダメなの!?」

「おい。おい!」

 

 フィンくんは閃いた! って顔してましたが、残念ながらダメなのです。

 

『ここにはレン()()がいるのです。そんな大々的にフォースなんて使ったら、絶対気づかれるのです。だからダメです』

 

 あとこれはこの場だと私にしかわからない感覚なので、言わないんですけどね。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。急がないとなこの状況で、そんな間違いはできないのです。

 

「……よし! 行きましょう!」

「おい待て! お前いい加減にしろよ!?」

 

 あ、フィンくんったらなかったことにしました。こういうところは、出久くんのが綿密ですね。

 まあ出久くんも出久くんで、大体はいつも出たとこ勝負してますけど。そういう意味では、やっぱり似てるのかも?

 

 はあ。これでホントになんとかなるんですかね? ルークくんやますたぁの経験を見てるときは、観客気分だったのであんまり思うところはなかったですけど……当事者になるとやっぱり不安ですよぉ。

 

***

 

 なんとかなりました。なっちゃいました。

 

 私はムリって思ったんですよ。どこにシールド制御装置があるのかわからないならわかる人を捕まえて聞き出せばいい、なんて作戦にもなってない作戦。そんなのできっこないって。

 

 みんなもそう思うでしょ? そもそもそんな人がどこにいるかわかんないし、わかったとしてもそういう重要な立場の人が一人でうろついてるわけないじゃないですか。

 

 なのにわかる人が一人でうろついてるし、普通に不意打ちが成功しちゃうし、シールド制御装置にも辿り着いちゃうし……。

 そりゃあ、フォースでの探知はできなくってもフォースが告げてくる直感に従った案内くらいはしましたけど。だからって、そんな……ねぇ?

 

 なんなんですかね。デススターも結構アレでしたけど、ここの基地もなかなかにアレですね? それでいいんです?

 それとも軍隊って、わりとどこもこんな感じなんでしょうか。日本はそんなじゃないって私祈ってますよ?

 

 あ、ちなみにレイちゃんは普通に自力で脱出してました。マインドトリックを使って独房から逃げ出したみたいです。

 帝国時代のストームトルーパーもそうでしたけど、トルーパーの人たちってフォースに弱い人しかいないんです? クローントルーパーはそう作られてる以上、仕方なかったと思いますけど……。

 

 でもまあ、おかげで無事に……はい、ホント、何事もなく無事に合流できたわけなんですけどね。

 私のこの妙な疲労感というか、肩透かし感というか、徒労感というか……そういう、とっても釈然としない気分はどうすればいいんでしょう?

 

「……苦戦してる」

 

 それはさておき。

 

 基地から一度脱出した私たちですが、まだサーマルオシレーターは破壊されていませんでした。それどころか、タイファイターがXウィングを押し始めています。今も私たちの目の前で、二機のXウィングが撃墜されました。

 

「放っておけないな」

 

 確かに、このままうまくいくようには見えないですね。ハンさんに賛成です。

 

「こういうこともあろうかと、爆薬は山ほど持ち込んである。やってやろうぜ」

 

 そして不敵に笑う彼の姿は、やっぱり英雄って呼ばれるだけのことはあるなぁって思えるものでした。レイアさんはこういうところに惹かれたんでしょうねぇ。

 

 と、いうことで急遽ですが、持ち込んだ爆薬でサーマルオシレーターを破壊しちゃおう作戦が始まりました。

 

 やり方は簡単。二手に分かれます。片方はサーマルオシレーターの中枢部分に侵入して、爆薬を仕掛けるチーム。もう片方はそれを支援するチームです。以上です。

 

 ……わかってます、他にもっと何かあるだろってことくらい。でも、唐突に決まった作戦にこれ以上のことなんてないんです。本当なんです。

 

 何はともあれそんなわけなので、チームは二つ。ハンさんとチューイくんが侵入、レイちゃんとフィンくんが支援です。

 

 私はもちろん、レイちゃんと一緒です。改めてペンダントをかけてもらって、そこに宿りなおします。

 

「ほらこれ。君が持ってるべきだ。そうだろ?」

「ありがとう。……でも私、ジャーカイ(二刀流)は修めてないの。だから一本はあなたが持っていて」

 

 そして、フィンくんからは二本のライトセーバーが渡されました。レイちゃんのと、ますたぁのです。レイちゃんのセーバーは、私がちゃっかり回収していたのです。

 でもレイちゃんが言う通り、彼女はジャーカイが使えません。私がわからないので教えられなかったからなんですけど。

 

 ともかくそういうわけで、レイちゃんはますたぁのライトセーバーをフィンくんに戻しました。私個人としては、素人未満のフィンくんにそれはもったいないって思いますけど……まあ今はいいでしょう。

 

 それじゃ、作戦二つ目がんばりましょっか。

 




やたら警備がザルな敵基地はスターウォーズの伝統。
たぶん配備されてる人員が基地の規模にまったく見合ってない人数なんだと思います(名推理


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.カイロ・レン

 さてそんなわけで二手に分かれた私たちですが、先にやることをやり終わったのは私たちのほうです。ハンさんたちが侵入しやすいように遠隔で扉を開けたりしてたんですが、目的地についたからにはもうあまりやることがないので。

 

 とはいえ、それで完全に終わりなわけはないです。撤退が一番難しいってのは、私だって知ってるのです。ハンさんたちが無事にここから出られるようにしないとです。

 もちろん、レイちゃんとフィンくんもそれはわかっています。なので警備システムをダウンさせたあと、改めて別のルートでサーマルオシレーターのある区画に侵入することにしました。

 

 幸い、と言っていいのか……今のところは襲撃に来てるXウィングたちの対処と例の超兵器のことを最優先してるのか、こっちに大々的な追手は来てないです。

 

 来てないんですけど……。

 

『あ。レイちゃん、レンくんが来てます。すっごく近いです』

「……! 急がなきゃ……!」

 

 そう、スターキラー基地に来たときはなぜか動くが鈍かったレンくんが、こっちに来てたのです。案外、ハンさんのことが気になるんですかね?

 

 でもだからって、レンくんがハンさんに絆されてくれるのを期待するのはやめといたほうがいいでしょうね。根っこがヴィランな私にはわかります。暗黒面ってのはしつこいのです。だから、急いだほうがいいのは本当。

 

 けど急かすまでもなくレイちゃんもフィンくんも状況は察してくれてたので、自発的に急いでくれました。おかげでレンくんとハンさんの対面に間に合いました。

 

 ……ああ……。こうやって近いところで見ると、やっぱり間違いないですね。レイちゃんと彼のフォースは同じです。光か闇かっていう、方向の違いはありますけど……それでも。

 

 フォースダイアド。二人はきっと、そうなんだと思います。

 

 信じられません。私とコトちゃんもフォースダイアドですが、私たちの同質性は後天的なもの。私の”個性”がそうさせたのであって、あくまで人工的なものなのです。

 

 けどこの銀河に、”個性”なんて便利で摩訶不思議なものはないのです。だからこそ、二人はきっと天然のフォースダイアド。それが一体、どんな低確率なのか考えたくもないのです。

 

 でもだとすると。二人がフォースダイアドだとしたら、このあと二人がどうなるのか心配です。この銀河で、フォースの使い手はそれだけ数奇な運命に愛されてしまいますから……。

 

「そのマスクを外せ。必要ないだろう」

 

 ハンさんの声で、私はハッとしました。

 

 大きな空洞の中、橋のようになってる足場を見下ろす私たち。その先で、橋の真ん中あたりで、ハンさんがレンくんに声をかけていました。毅然とした、というよりは、言い聞かせるような。そんな口調で。

 

「外してどうなる」

()()()()()()()()

 

 この言葉に、一人だけまだ事情を聞かされていないレイちゃんが「えっ」って顔をしました。気持ちはわかりますけど、この状況でそれはちょっとくすって来ちゃいます。

 ……あっ、ごめんなさい、怒らないでレイちゃん。

 

 なんてことを内心でしてる間に、レンくんがマスクを外しました。現れたのは、精悍な――でも、どこか迷子みたいな顔の男の人。

 どっちかって言うと、レイアさん似ですかね? 男の子はお母さんに、女の子はお父さんに似るって言いますもんね。

 

 ……私とコトちゃんの間にもし子供が生まれたら、どっちに似るんでしょう? 楽しみですね。ますたぁを生んだっていうフォースの処女懐胎……なんとか覚えて帰りたいものです。

 

「お前の息子は、死んだ」

 

 と、そんなことしてる間に二人のお話が始まりました。真面目にちゃんと聞きましょう。

 

「父に似て、弱く愚かだった。だから俺が消した!」

「いいや。息子は今もいる。ここに。ベン・ソロも、カイロ・レンも。どっちも等しく俺たちの息子だ」

 

 ハンさんの返答に、レンくんの目が丸くなります。言葉が喉でつかえてるみたい。その返しは予想してなかった、って感じの顔です。

 

 よっぽど予想外だったからか、この距離でも少し、彼の心の中が見えました。スノークのせいだ、とか言われるって思ってたみたいです。

 

 実際、ハンさんはそう思ってるみたいです。けど、今は言わないことにしたみたい。私の言葉が、頭の中でぐるぐるしてるように見えるのです。

 

「生憎と俺は、生まれついてのアウトロー。光とか闇とか、そんなことはどうだっていいのさ。そう、どうでもよかった……よかったはずなんだ。それを忘れてた……忘れて、お前を。大事な一人息子のことを、まっすぐ見てやれなかった……」

「な、にを」

「それは、それだけは、誰になんと言われようと。仮に神なんてくだらんやつがこの世のどこかにいたとしても、これは、この罪だけは、神にも許させはしない、俺たち夫婦の過ちだ!」

 

 懺悔するようなその宣言に、レンくんの顔が怒りに染まります。腰のライトセーバーに、手が伸びました。

 

「ふ……ざ、けるな……ッ、今さら何が罪だ……! ならば今すぐ死んで贖え!!」

 

 伸びる赤い光刃。それが一直線に、ハンさんの首に吸い込まれていきます。

 

「それは困る!」

「はあ……!?」

 

 けどその動きは、ハンさんの開き直ったかのような言葉に、揺らぎながらとまりました。

 

「死んじまったら、一回しかお前に償えないじゃないか。それじゃ困るんだよ。俺たちがお前にしたことを思えば、これから先寿命で死ぬまで償い続けても足りないんだからな」

「へ……屁理屈を……!」

「それでも理屈は理屈だ。そうだろ?」

「俺が許すとでも思っているのか!?」

「いいや? これっぽっちも思ってない」

「貴様ふざけているのか!?」

 

 ……なんだか、普通にただの親子喧嘩みたくなってきましたね。これにはレイちゃんとフィンくんもあんぐりです。

 

 お外ではXウィングに乗ったパイロットさんたちが死に物狂いでスターキラー基地を破壊しようとしてて、迎え撃つタイファイターも命懸けです。ときたま建物も揺れてます。文字通りの戦争中なんですけどねぇ。ここだけやけに平和です。

 平和……? 平和ってなんでしょう……?

 

「許されるなんて思っちゃいないし、許してくれとも思っていない。その必要もねぇよ」

「…………」

「何せお前も男だ。男なら、悪さの一つや二つするもんだろ。俺だって若い頃は派手にやったんだ。少なくとも、俺はそういう生き方しか知らんし、できん。なのに息子にはするななんて、どの面がって話だよ。

 だから、帰ってこいとも言わない。俺はな。母さんは、まあ。連れ戻してくれなんて言われたが……そこはなんとかするさ」

「…………」

「お前はお前がやりたいようにやればいい。応援してるなんて口が裂けても言えないし、スノークの野郎には正直何発かブラスターをぶち込んでやりたいところだが……それがお前の生き方だって言うんなら。

 ま、とはいえ俺にもポリシーってものがある。息子だろうと、それを侵すやり口を見過ごせないのも事実――」

「――……ッッ!!」

 

 とここで、レイちゃんとフィンくんが息を呑みました。レンくんが、切っ先を震わせていたライトセーバーを改めて振りかぶったからです。

 

 ハンさんは、まるで無抵抗です。ブラスターにも手を伸ばしてすらいません。振り下ろされれば、間違いなく死んじゃう状況です。

 

 でも。

 

「ぬおおおおお……ッ!!」

 

 でも、きっとハンさんにはわかっていたのでしょう。

 いいえ、信じていた、って言うのが正しいのかもですが。

 

 どっちにしても、赤いライトセーバーが振り下ろされることは。

 

 なかったのです。

 

「あああああ……ッ、あああああ……っ、う、ううううう……ッッ!!」

「――ベン。無理はするな。しなくていい……今まで一人にして、すまなかった。本当に……本当に、すまなかった……」

 

 感情が爆発しています。怒りと、悲しみと、苦しみと……それから、少しの嬉しさ。そういうものが、たくさん混ざって複雑になって、そのまま薄まることなく爆発しているように見えます。

 子供の癇癪みたい、って言うのは簡単でしょう。でも、私にはもっと深くて、純粋で、でもぐちゃぐちゃに絡み合ったものに見えました。

 

「あああああッッ!! くそッ、くそッ! くそォッ!! うおおおおああああああ!!」

 

 喉を潰すかのような勢いで絶叫するレンくんから、暴走したフォースが、光と闇が入り混じる歪な力の発露が、竜巻のように吹き荒れます。

 

 なんて大きなフォースでしょう。コトちゃんと比べても、すごく多いのがわかります。

 そんなのを感情に任せて思いっきり放出すれば、それは本当に竜巻以外の何物でもないです。物理的な力を伴って、周りのものをところかまわず吹き飛ばしてしまいます。

 

「ダメ!!」

 

 そんなことになれば、一番近くにいたハンさんは当然のように吹き飛ばされ……っていうか巻き上げられて、天井に向かってきりきり舞いです。

 十数人のストームトルーパーも一緒ですね。巻き込まれたんでしょう。彼らは不運だと思って諦めてもらうしかなさそうです。フォースで引っ張り上げられる人間は、せいぜい一人くらいなので。

 

 当然、レイちゃんが全力でフォースプルをかけたのはハンさんです。お世辞にも戦力にはならないですけど、フィンくんも見様見真似で追従してます。私も同調しておきましょう。

 

 三人がかりで――ほとんど二人がかりってのは言っちゃダメなのです――フォースプルをすれば、さすがにある程度余裕をもって引き寄せることはできましたが……攻撃性の乗ったフォースを至近距離で受けてしまったとなると、無事では済まないでしょう。外傷はなくっても、重傷者扱いしておいたほうが無難だと思います。

 実際気絶してるみたいだったので、慎重にここから運び出しましょう。

 

 おまけに、レンくんが放ったフォースの竜巻が仕掛けてあった爆薬に影響したのでしょう。あっちこっちから爆発が起こりました。

 ただでさえ破壊力抜群のフォースの竜巻が吹き荒れる中でのことです。泣きっ面に蜂って、たぶんこういうことを言うんでしょうね。

 

「チューイ! よかった、無事だったのね!」

 

 ここにチューイくんも合流しました。なんだか必死に叫んでますね。自分はまだ起爆させてない、って訴えてるみたいです。

 

 うん、そうですね。チューイくんは何にも悪くないです。悪いのは……うーん? でもこの場合、本当の意味で悪い人っていないような。

 

「わかってる! でも今は、早くここから脱出したほうがいいわ!」

「ああ、このままじゃ俺たちも巻き込まれるぞ!」

 

 まあ何はともあれ、そういうことになりました。

 四人がかりでハンさんを抱えて、なるべく揺らさないようにしながら。でもなるべく急いで、ファルコンに向かいます。

 

 その途中、私たちの頭上を複数のXウィングが飛んでいきました。向かう先はサーマルオシレーターみたいです。まだ完全には破壊できていなかったんでしょうね。とどめを刺しに行ったんだと思います。

 

 実際、私の推測は正解でした。一分もしないうちに、後ろから……つまりサーマルオシレーターのほうから、とんでもない規模の大爆発が起こりましたから。

 

 これに連動して、惑星を破壊するスターキラー基地の超兵器の駆動が急にとまり、それどころか足下……つまりは基地を埋めてある惑星そのものが、悲鳴を上げ始めました。どうやら、作戦は成功したみたいです。

 

 でも、せっかくサーマルオシレーターの崩壊に巻き込まれずに済んだのに、基地の崩壊に巻き込まれて死んじゃうのはヤです。

 なので私たちはさらに走る速度を上げて、どうにかこうにかファルコンにまで辿り着きました。

 

『こちらブラックリーダー、ポー・ダメロン! やったなフィン! レイ!』

 

 そしてファルコンを発進させると同時に、追いついてきたXウィングから通信が来ます。どうやら、サーマルオシレーターを吹き飛ばした功労者はポーさんみたいですね。

 

「こちらフィン! ああ、ポー! なんとかね……!」

『そっちは無事か?』

「とりあえず、全員生きてはいる! ……けど、ソロ将軍が意識不明で」

『……そうか。よっしわかった! 急いで基地に戻ろう! そうすりゃちゃんとした治療も受けられるはずだ!』

「……ああ、そうだな。まずは、ちゃんと帰ってからだな!」

『そういうこと! ……全機に告ぐ! 任務は終了だ。さあ、帰ろう!』

 

 その通信を最後に、私たちはファルコン、Xウィングの別なくハイパースペースへジャンプしたのでした。

 




EP7のストーリー内における明確な違いそのに。
設定を見る限り、カイロ・レンことベン・ソロの心の闇ってさほど強くないですし、原作でもここめちゃくちゃ葛藤してるので、理解ある姿を見せられたらもっと葛藤するだろうなっていう判断です。
原作だとハン・ソロのEP7における出番はここで終わりですが、直前にトガちゃんが色々吹き込んだ影響で流れが少し変わり、本作ではまだまだ出番があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.オク=トー

 スターキラー基地から戻って来た私たちは、大歓声で出迎えられました。

 

 とはいえ、のんびりしてる時間はありません。フォースがずっと嫌な予感を伝えてきているのです。なので、ディカーから早く撤収するように伝えます。

 出発前にもレイアさんに伝えていたので、一応それなりに準備は進んでるみたいでしたけどね。この件については、早ければ早いほどいいと思うので。

 

 一方ハンさんは、すぐに医務室に運ばれて集中治療を受けることになりました。リカバリーガールみたいな力を持ってる人は当然この銀河にはいないので、すぐに治ることはないですが……それはそれとして、バクタタンクのような治療ポッドはあるので、何とかなると思います。

 

 お医者さんの見立ても十分治るってことだったので、大丈夫でしょう。これにはみんながほっと息をつきました。

 実を言うとレイちゃんはフォースヒーリングを使えるんですけど、ハンさんは見た目外傷がなかったので、対処が難しかったんですよね。

 

 ところで、慌ただしさが消えないディカーの基地に戻ってきて少ししてから、R2が再起動しました。ドロイドの電子音声は相変わらずわからないので、会話相手の反応から推測するしかないんですけど、どうやらR2は自分のデータベースの中から地図データをずぅっと探してたみたいなのです。

 

 それだけでそんな何年もかかるのかって疑問に思われるかもですが、R2のデータはそれこそパドメさんとますたぁが出会う前から一度も初期化されていませんし、なんならデータを消されたことすらありません。

 なので、彼の中にあるデータの総量がどれくらいなのか、誰も把握してないんですよね。ましてや彼はアストロメクドロイドなので、地図データこそデータベースの大半を占めてるでしょうし。だから多く時間がかかるのも、仕方ないのです。

 

 で、なんの地図データを探してたのかって話ですけど。どうやらそれは、BB-8が持っていた地図の欠片が当てはまる、銀河系の星図みたいです。

 

 R2が空中に投影した地図のホログラムに、ぽっかりと浮かぶ空白の空間。そこに、BB-8が投影した地図のホログラムが、ぴったりとあてはまりました。

 そうして示された場所には、目的地の星の名前がはっきりと記載されています。

 

「……嘘。本当にオク=トーだ……」

 

 それはいつだったか、私がレイちゃんに言った場所でした。なのでレイちゃんはびっくりしています。

 隣にいたフィンくんが、この反応に小さく首を傾げました。

 

「知っているのか、レイ?」 

「……名前だけ。義姉さんから、最古のジェダイテンプルがある星だって……ジェダイ発祥の地候補の一つって聞いてるわ」

「……そりゃびっくりだな」

 

 そんな会話がされてる中で、レイアさんがぽつりと「ルーク……」とつぶやきました。どことなく、安心するような声でした。

 

 けれどそんな雰囲気は一瞬だけ。レイアさんはすぐに気を取り直すと、レイちゃんに顔を向けました。

 

「私はここを離れるわけにはいきません。しかしルークの、何よりジェダイのことを思えば、人選は限られます。……レイ、お願いしてしまっていいかしら」

「任せてください」

 

 なので、そういうことになりました。これが吉と出るか凶と出るかはまだわかりませんけどね。

 

「俺もついていっていいかい?」

「もちろん。でもフォースのことは……」

「俺、君のお義姉さんが見えたんだ。だから、そう。たぶんだけど、行けるんじゃないかって」

「義姉さんが? 嘘、本当に?」

『ホントですよぉ。おかげで色々と捗ったのです。嬉しい誤算ってやつですね』

「そういうこと。……それで、その。差し出がましいことを言うようなんだけど……もし君のお義姉さんがよければ、俺にもフォースを教えてくれないか」

『……まあいいですけど。これから本物のジェダイに会いに行くんですから、とりあえずは触りだけですよ?』

「ぃよっし! やった!」

 

 ということで、オク=トー行きにフィンくんも一緒に来ることになりました。

 

 足になるのは、ミレニアムファルコン。ハンさんはまだ目が覚めないんですけど、それはそれとしてファルコンを遊ばせておくのももったいないよねってことでそうなりました。他に空いてる船がなかったとも言います。

 

 それでもファルコンで行くということで、チューイくんも一緒に来てくれることになりました。ファルコンの副操縦士である彼がいれば、大体のことは何とかなるでしょう。せっかくなので、ファルコンの正確な使い方も教えてもらいましょう。

 

 それとR2も一緒です。どうやら彼は、ルークさんに色々とモノ申したいことがあるようです。もちろん拒否なんてありません。

 

 で、眠っているハンさんにみんなで挨拶をして。それからすぐに、私たちはディカーを出発しました。スターキラー基地から戻ってきて六時間も経っていませんでした。

 

 道中の大半は、ハイパースペースです。地図がはっきりしたので、航路もばっちり。事故が起こる可能性はほとんどありません。

 なので、比較的暇でした。

 

 もちろんスターキラー基地でのあれこれから一日も経っていないので、とりあえずは休息に充てましたけど、それを含めても多少時間は余ったのです。

 

「……あの? これ、本当にやるんです?」

『あのルーク・スカイウォーカーもやった、伝統ある訓練ですよぉ』

 

 そんな暇を有効活用しないなんてもったいないってことで、早速フィンくんにはフォースの訓練を受けてもらうことにしました。

 周囲を飛び回るドローンから放たれる弱いレーザーを、視界を完全にふさぐヘルメットをかぶったままライトセーバーで防ぐという訓練です。タトゥイーンから旅立った直後のルークくんが、オビ=ワンさんにさせられたヤツですね。

 

「ホントかな……」

 

 これを、半信半疑ながらも受け入れるフィンくん。スターキラー基地で持たされたままなますたぁのライトセーバーを起動し、構えています。

 

 ……妙に鋭いですね。この訓練、確かにジェダイイニシエイトが受けるものですけど、最初にやるものでもないです。基礎中の基礎をすっ飛ばしてやってるので、すぐにどうにかなるとは思ってなかったりします。

 

 それはつまり、ルークくんにいきなりこれをやらせたオビ=ワンさんのやり方がエグイってことでもあるんですけど。

 でもルークくんはあのますたぁの息子ですから、できると踏んだんでしょうね。基礎からじっくりやってる時間もありませんでしたし。何より実際にルークさんはこなしちゃいましたし。

 

「ぁ痛っ! い、ちょ、ま、待って待って! 痛い!」

 

 なお、フィンくんはダメそうです。やっぱり、ルークさんには飛びぬけて才能があったんですねぇ。

 

 でも、これが普通の人のリアクションなんでしょう。なんだかしみじみしちゃいます。

 

「ねえちょっと!? これ本当にできる訓練なんだろうな!?」

 

 しみじみトガをしてる私に、フィンくんが吠えます。ワンちゃんみたいでカァイイね。

 

 でもできるはずないって思われても困るので、レイちゃんにバトンタッチです。

 

「……できる訓練なのか……」

 

 実演するレイちゃんは、最高難易度に設定したドローンから次々に放たれるレーザーを、自前の緑のセーバーでことごとく弾いて防いでいます。うんうん、上出来ですね。

 フィンくんも今は唖然としてるみたいですけど、いつかできるようになりますよ。たぶん。

 

 そう思ってると、チューイくんが軽く声を上げました。相変わらず言葉としては何を言ってるのかわかりませんが、彼はドロイドじゃないので何を言ったのかはフォースでわかります。

 そうですね、ルークさんがこれをやってるとき、チューイくんもその場にいましたもんね。そりゃあ懐かしさもあるでしょう。

 

 ……本当、ハンさんも一緒に来てほしかったですねぇ。

 

***

 

 さて、オク=トーに到着です。宇宙から見る限り、どうやら大半が海に覆われた星みたいですね。

 タコダナも地球っぽい雰囲気がありましたが、オク=トーはもっと地球っぽいです。とっても青くて、神秘的なのです。

 

 うんうん。やっぱり地球って、水の星ですもんね。だからか、なんだか妙に懐かしくて、切ない気持ち。

 

 でも地球に比べると、陸地がほとんどありません。島がちょこちょこっと各地に点在してる感じで、居住に適してるかっていうとちょっと微妙な気がします。

 だからやっぱり、ここは地球ではないんですよね。違うのです。

 

 ああ……早くコトちゃんに、みんなに会いたいなぁ。今何をしてるんでしょう……。

 

「……この星のどこかに、あのルーク・スカイウォーカーが……」

「チューイ、あっちに。なんとなくだけど、あっちからフォースの気配がする」

「そんなことまでわかんの?」

 

 レイちゃんの先導で、ファルコンがオク=トーの空を飛びます。大海原を乗り越えて、見えてきた小さな島。岩でできたその島に、私たちは降り立ちました。

 

 うん、しっかりフォースを感じます。個人の気配もなくはないですが、それはそれとしてこの島はとってもフォースが濃いのです。

 コトちゃんは地球を、とってもフォースが薄い星って言ってました。生まれも育ちも地球な私は他をあんまり知らないんですけど、それでも納得してるくらいにはこっちの銀河ってフォースが濃いのです。

 

 だけどこの星の、しかもこの場所はそれよりも格段に濃くて結構驚いてます。

 

 そですねぇ、水の中にいるような、って言えばいいんでしょうか。何かに包まれているような感じがします。

 もちろん水中ほど過酷ってわけではなくて、むしろ調子はいつも以上にいいくらいなんですけどね。

 

 まあそれはともかく、レイちゃんとフィンくんで島を進むことにしました。未知の場所でファルコンを放置するわけにはいかないので、チューイくんにはお留守番をしてもらいます。R2も一緒にです。

 

「……こうして見ると、確かに人がいた痕跡はあるんだな」

 

 島を上に向かって歩けば、フィンくんが言う通り痕跡があちこちにあります。石を組み上げた階段がそこかしこにあって、簡単にですけど道らしきものもあります。家っぽいものも。

 

「生き物もあちこちにいるわ。ジャクーと違って、ここも豊かな星なのね」

 

 海原から、小さいけれど確かにたくさんの生き物の気配を感じます。逆に空を仰げば、海鳥が何羽も飛び交っています。

 もちろんそのどれも、地球の生き物とはだいぶ違うんでしょう。それでも確かに、ここはいのちが息づく星でした。

 

 そんな星の中の、小さな島の岩山を登って行って。

 ようやく辿り着いた、山のほとんど頂上に近い場所。そこにその人はいました。

 

「……レイ……!」

「ええ……彼だわ。そうよね、義姉さん?」

『はい、間違いないです。あのフォースの形、色、見間違えようがないです』

 

 そう、彼が。

 ジェダイローブを身にまとい、こちらに振り返りながらフードを外したその人が。

 

 ルーク・スカイウォーカー、その人なのです。

 

 そんな彼に、万感の想いを込めて。

 レイちゃんは、フィンくんから改めて受け取ったますたぁのライトセーバーを、さらにルークくん……もとい、ルークさんに向けて差し出しました。持つべき人に、あるべき場所に、帰すために。

 

 ルークさんは、そのライトセーバーを目にした瞬間、とっても複雑な表情をしました。辛いとか、苦しいとか、悲しいとか、そんなあまりよくない気持ちが混ざったような。心の中もそんな感じ。

 だから動く気になれないのか、そのまま無言で私たちは見つめ合います。彼が動かないことには、私たちも動くに動けないですし……。

 

 と、思ったときでした。ルークさんの目の色が変わりました。鋭い、それこそジェダイの目です。

 視線はまっすぐ、レイちゃんに移ります。……いえ、正確には私のペンダントに、でしょうか?

 

「「『えっ?』」」

 

 私がそう認識した、その瞬間でした。

 

 ルークさんは目にもとまらぬ速さでライトセーバーを引き抜いて、いつでも攻撃ができる態勢になったのです。取った型は、ますたぁのによく似たシエン。感じる気配も、どう見たって戦闘態勢です。

 つまり、彼は明らかに私たちに敵対しようとしてるってことで……えっと、何がどうしてそうなったんですか?

 




ルーク・スカイウォーカーは元々衝動的かつ向こう見ず(公式設定
彼がなんでこんなことしたかは、次の更新で。

ということで、原作でいうEP7が終わり、ここからはEP8に該当する範囲です。
ですがここからは、原作との乖離がどんどん大きくなっていきます。
実に十話も原作沿いをしてきましたが、ようやく原作沿いから離れ始めていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.ルーク・スカイウォーカー

「ちょ……ちょっと、ちょっと待って!? 違う! 別に奪ったとかじゃないわ!」

「そう! 俺たち、あなたに会いに来ただけで! そんなんじゃないんです!」

 

 レイちゃんが慌てて両手を挙げて、敵意はないアピールをします。一拍遅れて、フィンくんも続きました。

 

 けど、それでもルークさんはシエンを解きません。それどころか、少しずつですがにじり寄ってきてます。

 これはもう完全にそういうことでは? 私たちもライトセーバー抜きません?

 

『待って! 義姉さんもうちょっと待って!』

 

 レイちゃんはまだ説得を続けるみたいです。まあ実際、本気の戦いになったらたぶん勝てないですし、間違ってはいないと思いますけど……備えくらいは必要だと思うんです。

 

「……お前は誰だ?」

 

 と、心の中でレイちゃんと会話した直後。ルークさんがさらに表情を険しくしながら聞いて来ました。

 

「私はレイ。こっちはフィン。レイアに頼まれて、あなたに会いに――」

「――違う、君たちじゃない」

「……え?」

 

 彼は続いて、自己紹介をしようとしたレイちゃんを遮りました。

 彼の顔は相変わらず険しいままで、その鋭い視線はやっぱり私のペンダントに向いています。

 

 っていうことは、これは……。

 

「そう、お前だ。この子の中にいる、お前は何者だ?」

 

 ああ、やっぱり。

 どういうことかはよくわかりませんが、どうやらルークさんは私をとっても警戒しているようです。別に隠れてなかったので気づかれるのも無理はないと思いますが、それでもこんなに警戒されるいわれなんてないと思うんですけど。

 

 でも仕方ありません。なんでかわかんないのに敵視されるのはもやっとしますが、レイちゃんたちを危険にさらすわけにもいかないので、ここは素直に対応しましょう。

 ということで、レイちゃんの身体から抜け出る私です。

 

「フォーススピリット……いや、オビ=ワンやヨーダのそれとは違う、か?」

『そですね、私はフォースさえあれば銀河のどこにでも行けるあの人たちとは違うみたいです。……初めまして、私トガです。ヒミコ・トガ。……遠い遠い、8700万光年離れた別の銀河から来ました』

 

 私の名乗りに、ルークさんは少しだけ眉を上げました。言葉はなかったですけど、どうやらすぐに切りかかってくることはひとまずなさそうなので、説明を続けます。

 

 私がこの銀河系に来た経緯に、レイちゃんとの関係。それから私が具体的にどういう人間なのか。その辺りのことを、できるだけきちんとわかるように気をつけながら話しました。隠してもいいことないと思ったので、私が闇寄りってことも一応。

 未来人ってことと”個性”のことを説明をするとややこしくなるので、そこは省きましたけど。

 

 その間、ずっとブレずにセーバーを構えてたルークさんは、もうそこそこなお歳なはずなのにすごいなって思います。私のますたぁがアナキンさんってことを聞いたときは、さすがにかなり思うところがあって思いっきり不満そうな顔をしてましたけどね。

 

 ちなみに、ここでようやく私の正体を詳しく聞いたフィンくんは、ずっと驚きまくってました。

 この辺のことは省いてたんですよね。混乱するだろうし、あの急ぎの状況で余計なことまで話すわけにはいかなかったですから。

 

 おかげであまりにもいいリアクションを何回もしてくれる彼に、なんだか楽しくなってきちゃったのはここだけの話です。

 

「……改めて一つだけ聞く。君は()()()だ?」

『決まってます。()()()()()()()()()

 

 この銀河に来てから……っていうより、ジャクーを脱出するっていう運命の歯車が回り始めてから、ずっと感じてきたことなんですけど。

 この銀河の人たち、なんでもかんでも光と闇に分けて考えすぎだと思います。大抵のことって、そんな二つにスパって分けられないじゃないですか。

 

 もちろん、根っこはヴィランな私がこういう風に考えるようになった理由はコトちゃんですけどね。光の立場なのに、私っていう闇を正面から受け入れてくれたコトちゃんがいてくれたからこそ、私はこういう風に思えるようになったのです。

 まあ、私の受けた教えがこの時代までの失敗を元にして発展しただろうものだから、ってこともあるんでしょうけど。

 

『私にとって、フォースは道具なのです。包丁と一緒ですね。料理に使うか殺人に使うかです。でも、誰かを救けるために使いたいって思ってます。他の誰でもない、世界でいっちばん愛する人にそう誓ったので』

 

 あの日、本当の私を見つけてもらったときから。それは、それだけは、もう何があっても絶対に変わらないのです。

 

「…………。……、悪かった。すまない」

 

 そんな私の誠意が伝わったのでしょう。ルークさんはまだ完全に警戒を解いたわけではないですが、それでもライトセーバーはしまってくれました。

 

 同時にフォースがほとんど感じられなくなったのは、もしかしなくても意図的にフォースとの繋がりを閉じてます? なんでです?

 

 ですが私が首をひねってる間に、彼はそのままくるりと向きを変えて、ここから立ち去ろうとしてしまいます。

 

「あっ、ま、待って!」

 

 慌てて追いかけるレイちゃんとフィンくん。

 だけどルークさんは立ち止まりません。振り返りすらしませんでした。まるで逃げるかのように、直前までの力に満ちた様子とは正反対な、弱弱しい姿です。

 

「このままじゃ主な星系が数週間でファーストオーダーに支配されるわ!」

「だから必要なんです、ジェダイオーダーの復活が! ルーク・スカイウォーカーの存在が!」

 

 レイちゃんとフィンくんが、追いかけながら言い募ります。ですが、

 

「……スカイウォーカーなど必要ない。帰れ」

 

 返事はそっけないものでした。ルークさんはそのまま、家らしき建物に籠ってしまいます。

 ばたん、と結構大きな音がして閉じた扉の前で、顔を見合わせるレイちゃんとフィンくん。

 

「……義姉さん、どうしよう?」

『扉なら、チューイくんに蹴っ飛ばしてもらえば一発だと思います。ウーキーは力持ちなんです』

「いや……それはどうなんでしょうね?」

『説得っていう意味でなら、たぶんすぐにはムリですね。もしかしたらずっと。それでもやるって言うなら、きっとここに永住する勢いがないと』

「そんな……。こうしてる間にも、ファーストオーダーは動いてるって言うのに」

「ええ、さすがに無期限でここにい続けるわけにはいかないわ」

 

 ということらしいので、チューイくんに出番が回ってきました。

 うん、たまには強引なやり方も必要ですよね。ルークさんを追いかけてるときに軽く周りを見てましたが、ここには危ない生き物もいないっぽいですし、全員で押しかけてもファルコンは大丈夫でしょう。

 

 ってことで、ハイどーん!!

 

「チューイ!? なんでここにいる!?」

『R2もいますよぉ』

「R2!? R2! ああ、我が友よ……」

 

 完全に押し入った形の私たちですが、案外ルークさんは迷惑そうにはしませんでした。

 それは、チューイくんとR2を連れてきたからってのが大きいでしょう。さっきまでずーっと仏頂面だったルークさんですが、二人を見た瞬間子供みたいに表情と声と、それに心を弾ませたんですから。

 

 けどそのまま彼の心が晴れることはありませんでした。相変わらず、彼の心は曇ったままです。ハンさんが言ってた、「ある少年の裏切りで、彼の心は大きく傷ついた」ってのはそんなに大きかったんでしょうか。

 

「……他者の内心にそう簡単に踏み込むものじゃあないぞ」

 

 うーん、って唸ってる私を、ルークさんが軽く睨んできました。バレちゃいましたか。でもですよ。

 

『だってこんなとこに引っ込んだ理由も、ずっと隠れてる理由も、双子の妹に協力しようともしない理由も、なんにも話してくれないじゃないですか。じゃあ探るしかないなくないです?』

「はあ……性根は闇寄りという自己申告に偽りなしか」

『フォースって便利ですよね。たまに勝手に見えちゃうのは、不便だなって思いますけど』

「ここは聖なる地だぞ、言葉に気をつけろ」

『そう言うってことは、ジェダイって生き方は捨てれてないってことでいいです?』

 

 そんな言葉の応酬の果てに、ルークさんは「しまった」って言いたげに顔をしかめました。図星みたいです。

 

 ふふ、どうやら私のフォース技術も捨てたものじゃないみたいですね。スキを突けば、ルークさん相手でも多少は有効打を出せるみたいです。

 コトちゃんのところに早く帰れるように、今でも私にしてはびっくりするくらい真面目に訓練してるのが活きてるってことですね。嬉しい。

 

 でもそれはそれとして早く会いたいです。

 

「……それでも。私にはできない」

「なぜですっ? あなたジェダイなんでしょう!?」

 

 フィンくんが声を上げました。頑ななルークさんの態度に、もどかしくなったみたいです。

 

「ジェダイなどという、過去の遺物に頼る必要などないだろう。ジェダイは滅びるときが来た……それだけだ。それが時代の流れというものだ」

「滅びるって……そんな」

『そですね、共和国のジェダイは滅びるべくして滅んだと思います』

「ヒミコさん!?」

「私も同感」

「レイまで!?」

「でも、それとこれとは話が別よ。ジェダイは滅びるべきって意見と、命を脅かされてる人を救けたいって思うことは別。そうでしょ?」

「…………」

 

 レイちゃんの言葉に、私も全面的に賛成です。フィンくんは「それだ!」って感じでうんうん頷いています。

 

 けど、ルークさんの反応は沈黙でした。やっぱり、説得は難しそうですねぇ。これはもうどうしようもないんじゃないです?

 

「……R2?」

 

 と、ここで前に出たのはなんとR2でした。彼は無言のままルークさんの正面に立つと、前置きなしにホログラムを投影したのです。

 

『クローン戦争であなたは父に仕えてくれました。今またあなたの助力を求めています』

 

 現れたのは、若い頃のレイアさん。

 そう、それはスカリフからデススターの情報を受け取り、けれど帝国の追手に捕まる直前に撮られた、オビ=ワンさんへのメッセージ。R2が預かり、3POと一緒にタトゥイーンに降りたことで届けられた、物語の始まりを告げたメッセージ。

 

 ルークさんが……まだ何者でもなかったルークくんが、銀河系の自由と正義のために立つきっかけになった、あのメッセージだったのです。

 

「……ずるいぞ、それは」

 

 これにはルークさんも、ため息交じりにそう言うしかありませんでした。私とチューイくんも思わず苦笑いです。

 レイちゃんとフィンくんは、よくわかってないっぽかったですけど、そこはジェネレーションギャップってことで。

 

「……わかった」

 

 観念したように、ルークさんが言います。それでもまだどこか暗い……というよりは、迷ってるような感じがするのは、気のせいじゃないんでしょうけど。

 

「私は行かない。もう光る剣を握って戦うような身分じゃない……だが君たちは違うんだろう?」

 

 それでも、ルークさんは顔を上げたのです。

 

「ジェダイとは何かを教えてやろう。……滅び去るべき理由も」

 

 彼の視線は、レイちゃんとフィンくんを行き来してました。それはつまり……。

 

「お、俺も、いいんですか!?」

「別に無理にとは言わんが?」

「い、いえ! ぜひっ! よろしくお願いします!」

 

 ああ、ちゃんと素養があることまでわかってたんですね。ホント、才能すごいんですから。もったいない。

 

『……なんであんなに嫌がってるのかしら……』

『わかんないです。わかんないですけど……でも、やっぱり、きっかけがレンくんであることは間違いないと思います。そういうところが見えたので』

 

 とは言うものの……それは本当に、あの人だったんでしょうか。

 私には、どうも彼に何かがダブっているように見えたんですけど……。

 

 フォースが言うことです。気のせいって片付けるのは、ちょっと軽率ですよねぇ……どうしたもんでしょ。

 




前半は、ジェダイの前に他人の身体に憑りついてる闇の気配漂う幽霊なんて出したら、そりゃあ警戒されますよねっていうお話。
バレバレでしたね。あまりにも当てられすぎて逆に笑っちゃいました。

後半は基本的に原作通りの展開ですが、原作と性格が違うレイの代わりにフィンが色々言う流れになっています。
リアクション担当フィン。やっぱこう、会話を転がすのは作中の物事に対して知識のない人間がいると楽だなって、書きながら改めて実感しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.共鳴

 ルークさんのわくわくジェダイレッスンは、その日の午後から早速始まりました。

 

 とはいえ、レイちゃんはもうそれなりのことができます。なので、レイちゃんを軽く見て、ルークさんは自分に教えられることは何もないと言い切りました。

 

 私ができないこと、知らないことは教えられてないので、バッチリってわけじゃないはずなんです。条件が悪かったとはいえ、レンくんにも負けちゃいましたしね。

 レイちゃんもそれをわかっているので、少し食い下がりましたが……目覚め切ってなくて基礎も何もないフィンくんのが優先度は高いと判断されたのかもしれません。それは仕方ないですね。

 

 代わりと言ってはなんですが、どうやらこの島にはルークさんが銀河の各地で集めたジェダイに関する資料が置いてあるみたいなので、それを見せてもらうことになりました。

 

 フィンくんとは一旦離れて、資料が置いてあるところに向かいます。それは岩山の隙間、谷のようになったところに植わった屋久杉みたいな枯れ木の中にありました。そのまま家にできそうなくらい、おっきな木です。

 うろから中に入ってみれば、十数冊の本が小さな棚に置かれているのが見えました。

 

「……ここ。見覚えがある……?」

 

 けどそれより、不思議なことがあります。レイちゃんが、ここに強い既視感を覚えてるのです。

 

『そうなんです? 写真か何かで見たんですか?』

「……夢の中で……」

『……ヴィジョンですか』

 

 またですか。やれやれなのです。

 

 ってことは、レイちゃんはやっぱりただの人じゃないですよね。完全にフォースに導かれてるタイプの……言うなればますたぁやルークさんみたいな、物語の主人公です。

 どういう意図があってここの光景を見せたのかはわからないですけど、そこは間違いないでしょう。

 

 もしかしたら、とんでもない血筋だったりするかもしれません。実はルークさんの娘だったりしません?

 

「確かに気にはなるけど……でも今は、それより」

 

 けどレイちゃんはそれを棚に上げて、ジェダイの本に手を伸ばしました。

 

 まあ、そうですね。確かに今はこっちのが大事でしょう。

 ただ、ぱっと見でどれがどういうものかはわかりません。何せ背表紙にはなんにも書かれていないので。

 

 だからレイちゃんが手にしたのは、とりあえず真ん中ちょっと右あたりにあったやつです。ここにある中で、一番大きいやつでした。

 

 ……ふむ、フォースの関係するものに触れたけど、特に何も反応はなしですか。

 ってことは、ここにあるものが大事ってわけではないのかもしれません。それよりもむしろ、ここっていう場所自体のほうが……?

 

「……ダメだわ、読めない」

 

 レイちゃんが顔をしかめながら言いました。おっと、今はこっちに集中です。

 

 どれどれ……と思って私も本を覗き込みましたが……うん。これは、ダメなやつですね。

 

「義姉さんも読めない?」

『何度も言いますけど、私この銀河の人間じゃないですからね? 銀河ベーシック標準語関係の文字なら多少わかりますけど、古代語なんてわかるわけないじゃないですか』

「それはそうかもしれないけど……」

 

 この中でわかるものって言ったら、せいぜい挿絵にあるジェダイの紋章くらいです。光を背負う、翼みたいな絵はジェダイの紋章なのです。

 つまり、それくらいしかわかりらないとも言います。

 

「義姉さんにもわからないんじゃ、ルークに聞くしかないか……」

『そうなりますね。教えてくれるかどうかはともかく』

 

 今のルークさんに、それは期待できないんじゃないかなぁ。

 そう言ったら、レイちゃんはでも何もしないわけにはいかないからって言って、頼んでみることにしました。

 

 なので修行場のジェダイ寺院に戻ったところ……。

 

「何かを感じます!」

「感じるか」

「ええ感じます!」

「それがフォースだ」

「ほんとに!?」

「おお……! なかなか強い……!」

「ああっ、こんなの初めtって痛った!? 何なんだよもう!?」

「『何してるんですか……』」

 

 瞑想の態勢のフィンくんを、ルークさんがからかってました。私とレイちゃんは、二人揃って呆れた顔と目と声を向けます。

 だって目を閉じさせたフィンくん相手に、手にした草を使って手をくすぐるってそんな、子供じゃないんですから……。

 

「……霊体を認識できるのであれば、最低限の条件は揃っている。感じることはできるはずだ。息をしろ。深く。息を吸って――感覚を研ぎ澄ますんだ」

 

 三人分のジト目を受けて、ルークさんは何事もなかったかのようにレッスンを再開しました。どうやら今回は真面目みたいです。

 フィンくんもそれを感じ取ったのか、素直に言われた通りにしていました。

 

 すると……少しずつ。小さな揺さぶりだけで大きなものを動かそうとするときみたく、少しずつ、フォースがフィンくんに感応し始めます。

 外からルークさんが少し後押ししていますし、それでもなお時間はかかっていますが……今のフィンくんに、時間の流れを知覚する感覚も余裕もないでしょう。

 

 やがて大きくなるフォースは、この島の……やがてはこの星の、ひいては宇宙のフォースにまで至ります。そうすることで、ようやく人はフォースとの繋がりを得るのです。

 

「何が見える?」

「……島が……。生と……死が……。それが新たないのちを生む……。平和と……暴力……」

 

 成功ですね。私が思ってたよりは、早かったです。

 フィンくんもなんだかんだで才能あるほうじゃないですかね? 少なくとも、アヴタスくんよりはあるんじゃないでしょうか。

 

 ただ……空を見れば、既に太陽は沈みかかっています。才能という意味では、やっぱりフィンくんはレイちゃんには及ばなさそうと言うしかないのでしょうね。

 

「その間に何がある?」

「……バランス……エネルギー……。……フォース?」

「君の中には?」

「俺の……。……同じ……フォースが……」

「そうだ、それを教えたかった。フォースはジェダイに帰属するものではない。ジェダイが死ねば光が消えるなど、ただのうぬぼれだ。フォースはこの宇宙のどこにでも在り、何にでも在る」

「……フォースはジェダイだけが。ああいや、ジェダイの敵? もではありますけど……そういう特別な人たちだけの力だって……俺、そう思ってました」

「そうだろうとも。みなそう思っている。だが違う。違うのだ。使い手はみな、宇宙のすべてからわずかに力を借りているだけ。その大元が、光か闇かだけの差でしかない。

 ただ……そう、大事なことはバランスだ。強い光には深い闇が伴う。光だけ、闇だけが存在することはできない。だからこそ、闇が……シスが死んでも。闇は、消えない……」

 

 後半は、どこか自分に言い聞かせるような調子ではありましたが。

 

 ともかくルークさんの教えは、的確にフィンくんを明確な覚醒まで導いたようです。これができないと、フォースの使い方とかライトセーバーとかの実践的な話ができないので、スタートラインに立てただけではあるんですけど。

 

 ちなみに、もう十年以上前のことではありますが、レイちゃんは十秒でこの境地に到達しました。比べるまでもなく、どれだけ規格外かお分かりいただけるかと思います。

 

***

 

 様子が変わったのは、その夜のことでした。

 

 夜って言っても深夜です。もうみんな寝静まってる時間帯。

 でも私は幽霊なので、寝なくっても身体の調子は落ちません。寝不足とは無縁なのです。

 

 かといって眠れないわけじゃなくって、必要がないだけなんですけど……ずっと起きてるのも面倒ですし、精神的には疲れることもあるので、まったく寝ないわけでもないのです。ただ睡眠時間がかなり短く済むってだけで。

 

 最初っからこれだけショートスリーパーだったら、もっといっぱいコトちゃんとえっちできたんですけどねぇ。

 シたいなぁ。チウチウもしたいなぁ。いっぱいいっぱい愛し合いたいなぁ……。

 

 ……それはともかく、夜です。深夜です。私はそんなわけであんまり眠らなくて済むので、普段は夜の暇な時間を鍛錬に充ててるんですけど。

 

 普段通りあれこれやってる最中に、レイちゃんからフォースの高まりを感じて首を傾げました。

 レイちゃんのところに行ってみれば、もちろん彼女は寝ていて……けれど、次の瞬間、一気に覚醒しておもむろに身体を起こしました。

 

『……どうしたんです?』

「…………」

 

 私の質問への答えは、口に人差し指を当てるポーズでした。つまり静かに、ってことです。どうやら、何かを感じてるみたいですね。

 

 でも、私には何も感じません。フォースの感知はまだまだレイちゃんには負けないつもりなんですけど、返上したほうがいいんでしょうか。

 

 なんてことを考えながら、とりあえずはレイちゃんの様子を見ることにします。彼女は何かを探るように、虚空の向こうをじっと見つめています。その状態でゆっくりと夜の外へ出ていくので、私も追いかけました。

 

 そうして歩くこと、一分ほど。崖の近くまで来たところで……そこで、ようやく私にも感じられました。

 

 今ここに広がっている空間の中に、そこだけまるで別の場所のようになっている場所があります。

 もちろんそれは比喩的なもので、現実的には全然そうじゃないんですけど……同時に、そこにあるのも本当で、間違いなく相互に影響を与えることができる。そんな奇妙な空間の接続が起きていたのです。

 

 そして私は、この現象を知っています。地球にいたとき、一人のヒーロー志望だったとき、コトちゃんと一緒にいたとき……けれどそのコトちゃんと少しだけ離れて行動しないといけなくなったとき。

 フォースの力で、私とコトちゃんの居場所が重なったことが何度かありました。

 

 そう、これはある種のフォースプロジェクション。けれど、ただの投影とは一線を画した直接的な繋がり。

 ますたぁが言うには、フォースボンド。強い強いフォースの繋がりを持つ者同士が、空間を超えて直接的に繋がる……これはそういう現象なのです。

 

 けれど、そんな現象を引き起こすくらい強いフォースの繋がりなんて、フォースダイアドくらいじゃないとなかなか到達できないものです。だからこれは、ものすごく珍しい現象なのです。

 

 ですがレイちゃんと同じフォースを持つ人間が、この銀河には一人います。

 

「あれは……!」

『うわあ……』

 

 フォースを介した視界の果てに、彼がいました。カイロ・レン……ベン・ソロが。

 

 けれど、彼の悲鳴が聞こえてきます。肉体、精神双方を苛む、邪悪なフォースを浴びせられているようです。フォースライトニングですね。

 少しでも苦しみを逃すために、硬質な床の上をのたうち回るレンくん。けれどそんなことは許さないと言わんばかりに、青白いいかづちは断続的に視界の外から放たれ続けています。

 

 つまり、拷問ですね。

 あるいは、体罰って言ったほうが正しいでしょうか。このライトニングの使い手は、まず間違いなくレンくんのマスターであろうスノークでしょうから。

 

「やめ……!」

 

 そしてそんなところを見せられて、レイちゃんが黙ってられるはずがありません。咄嗟に手を伸ばして、フォースで介入しようとしました。

 

 けれど、

 

「うあっ!?」

 

 強大な闇の力に押しのけられて、レイちゃんの身体が吹き飛びました。

 その身体に軽くフォースを向けて、衝撃を和らげてあげます。これを活かして、レイちゃんは空中でくるりと態勢を整えて見事な着地を決めました。うーん、十点ですね。

 

 けれどそんなことをしている間に、フォースボンドは終わっていました。いえ、打ち切られたって言ったほうがいいでしょうか。

 

「……義姉さん、今のは……」

 

 ぜえぜえと、疲労ではなくて精神的な圧迫から荒い息をつきながら、レイちゃんが聞いてきます。

 

 そうですね、知らなかったらあれはなんにもわからないですよね。

 

 ということで、先ほどの説明を口に出してレイちゃんにします。これを聞いたレイちゃんは、驚きながらも何やら考え込んでいました。

 

「……ということは……うまくやれば、ファーストオーダーの情報を手に入れられるかも……?」

『あー……まあ、できなくはないでしょうけど、近くにいた私も二人の様子をちらっとは見れたんですから、気をつけないとですよ。彼の近くにスノークがいたら、絶対バレちゃいます』

「つまり、今回の接続は間違いなく気づかれてるわよね……?」

『でしょうねぇ。相手は暗黒面の使い手ですから、警戒はしないとです』

「ええ、わかってる。あとは……」

 

 と、ここでレイちゃんが視線を後ろに向けました。私もそれに続く形で、視線を遠くに飛ばします。

 そこには、いぶかし気な表情を浮かべながら、こっちに歩いてくるルークさんの姿が。

 

「……このこと、ルークにはしばらく言わないでおこうと思うんだけど」

『トガ的には下手に隠すより、最初っからアケスケちゃんのが後腐れないと思いますけどね。でもレイちゃんの気持ちもわからなくはないので、私からはこれ以上言わないのです』

 

 あんまりよくない因縁があるっぽいですもんねぇ。言いづらいですよねぇ。説明がヘタッピだと、間違いなくもっとこじれちゃうでしょうし。

 

 ということで、この件についてはレイちゃんの決定に全面的に従うことにしました。

 

 まあ、何か隠してるってことは勘づかれてるっぽいですけどね。そこはさすがルークさんって言っとくべきなんでしょう。

 




引き続きリアクション担当フィン。
シークエルトリロジーには色々と思うところがありますが、ルークのレッスンはわりと好きなシーンです。
絶対ヨーダを参考にしたんだろうなって感じのやり方ですよね。この時点ではルークは色々と閉ざしていますが、それでも確かに師匠から受け継がれたものがあるんだって感じがして。

なお、ボクがEP8で一番好きなシーンは、ジェダイの本を燃やしたヨーダに「ジェダイの神聖な書物です!」って言い募ったら「ではお前はすべてに目を通したのか?」って言い返されて、「いや、それは……」って口ごもるルークのシーンです。
あいつぜってぇ読んでねぇよ。下手したら最初の数ページで匙投げてるぜ。
たった一言で父親と一緒の知識より実践派ってことを示すいいやり取りですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.レイ

 翌日も、ルークさんのわくわくジェダイレッスンは続きました。レッスン2は、ジェダイが犯した失敗についてです。

 

 時代に合わせてアップデートされてこなかった伝統のせいで、硬直化していたジェダイ。

 選ばれし者が現れたのに、教え方を失敗して不審でいっぱいにしちゃったせいで暗黒面に堕としてしまったジェダイ。

 未来を見ることができるからこそ、そちらに意識を向けすぎて今を見ることを疎かにしてしまったジェダイ。

 

 レイちゃんとフィンくんに、そんなジェダイの傲慢さと失敗の数々を講義するルークさんを見ていて、私はここで初めてなるほどって思えました。

 

 一番の敵だったシスの暗黒卿は倒せて帝国はガタガタになったとしても、たった一人の親玉を倒しただけで何もかもうまくいって、全部解決するなんてことはコミックの中だけです。現実はボスを倒したって続きますし、すぐに何かが変わるってこともそうそうないです。

 だからルークさんはエンドアの戦いのあと、きっとあっちこっちを探して回って色んな資料を集めて回ったんでしょう。混乱する銀河を平和にするために、ジェダイの教えと力が必要だと信じて。あるいはそう期待されて。

 

 けれどそうやって苦労して集めた資料の中から、そんな失敗を……ましてやその失敗で、お父さんが暗黒面に堕ちたんだってことを知ってしまったルークさんは、どう思ったでしょう?

 

 勝手な想像ですけど、失望したんじゃないでしょうか。もちろん闇に堕ちるような重いものではなかったでしょうし、もしかしたら自覚すらなかったかもしれないですけど……でも、何かしら思うところはあったはずです。

 

 だってルークさんが若者だったあの当時、既にジェダイはおとぎ話の一部みたいにまで落ちぶれていました。それだけ帝国が、シディアスのおじいちゃんが徹底的にジェダイを消してしまおうとしたからでしょうけど……でもだからこそ、神話として、伝説としてジェダイが美化されてたってところはあると思うんですよね。

 

 でもってそういうジェダイの悪いところを、時間がなかったので仕方ないとはいえ、オビ=ワンさんは何も教えていません。ヨーダさんは少しは教えてたかもですけど。

 

 とにかく、ジェダイの負の面については、きっとジェダイを復興させようとしてから初めて本格的に知ったんだと思うんです。今のルークさんがここまで頑なになった最初のきっかけは、そこだったんじゃないでしょうか。

 

 最後にルークさんは、自分もまたそうしたジェダイと同じく、自分を上回る才能の持ち主であるベン・ソロを、闇に惹かれている少年を自分なら導けると過信して、失敗したのだと締めくくりました。自分の過ちでベン・ソロはカイロ・レンになってしまったんだ、ってことでした。

 

 この話を聞いたフィンくんとレイちゃんは、それでもなおルークさんは裏切られただけで失敗はしてないって慰めてましたけど……ルークさんは苦い顔をするだけです。

 そんな姿を見て、二人は単にそんなにショックだったのかって思ってるみたいですけど……違いますねこれ。今、ちらっとですけど見えましたよ?

 

 ルークさんの言い方だと、ベンくんが自発的に闇に堕ちて裏切って、他の弟子を皆殺しにしたっていう感じでしたけど……そのきっかけってルークさんですね?

 

 いやその、さすがにびっくりするしかないです。だってあのルークさんが、弟子の心に広がる闇の大きさを見誤って手遅れって判断するなんて。あのルークさんが、弟子の寝込みを襲うようなことするなんて、思っても見なかったのです。

 

 ……と思いましたけど、よくよく考えるとルークさんもだいぶ血気盛んでしたっけね。そういうところはますたぁの子なんだなって感じでした。

 とりあえず敵だと思ったらライトセーバー! って感じでしたもんね。親子揃って。私に対してもそうでしたし。

 

 まあそれはともかく、本当のことを敢えて言わないでいるところに、ルークさんのちょっと卑屈なところが見えます。

 

 気持ちはとってもわかりますけどね。失敗なんて、人に知られたくないですもん。私だって小っちゃかった頃の失敗とか、コトちゃん以外には知られたくないです。たとえの重さが違いすぎるのはわかってるので、そこは気にしないでもらえると助かります。

 

 でもそう考えると、ルークさんもちゃんと人間なんだなっていうか……。やっぱり私も、色眼鏡で見ちゃってたんですかね。

 

 だって()()ダース・ヴェイダーを光明面に帰還させた人ですよ? そりゃあ人としてすごいんだって思っちゃいますよね。その前には色んな失敗してたはずなのに。そういう風に思いこんじゃうのは、人間のよくないトコです。

 

 けど……うーん。このことは隠すとあとあとの印象が悪くなる気がします。嘘って、嘘だってバレたとき一気に好感度下がるじゃないですか。

 でもだからって、ルークさんの葛藤に満ちた失敗を、私がバラしちゃうのはなんか違うなって気もして……。うーん。

 

 なんて思ってる間に、レッスン2は終わったみたいです。終わったって言うか、ルークさんが打ち切ったって言ったほうがいいかもですけど。まあお昼の時間なのでちょうどいいと言えばよかったんですけどね。

 

 で、問題はここから。なんでって、またレイちゃんがレンくんとフォースボンドを起こしたからです。

 

 二回目のフォースボンドは、一回目よりも鮮明でした。お互いの周りの光景も、少しですが見えるくらいに繋がりが強くなっていました。

 

 繋がった先は、どうやら医務室らしい場所。レンくんは、そこに寝かされていました。全身が傷だらけで、うなされているようでした。重傷です。

 もちろんと言うべきか、レイちゃんは慌てて駆け寄りました。相手に意識がないのにそこまでできるなんて、ものすごく強い繋がりです。そんなことあるんでしょうか?

 

 そうやって疑問に思って、遠巻きに様子を見ていたからでしょうか。私だけは気づけました。まるで押し付けるかのように、二人の……より正確に言えばレンくんのフォースが何かに後押しされていることに。

 

 邪悪な気配を感じます。そしてそれは、最初のフォースボンドで感じたものと同じでした。ということは、もしかしてこの繋がりは……。

 

 そう思ったところで、フォースボンドは切れました。

 

「……治しきれなかったわ」

『十分だったと思いますよ?』

 

 レイちゃんはどうやら、レンくんにフォースヒーリングをかけてたみたいです。レイちゃん、これがまた結構得意なんですよね。私はあんましなんですけど。

 ちょっと複雑な気分です。私もコトちゃんに変身さえできれば、増幅で同じことができるんですけど……今は身体がないので。それに、今はあんまし変身したいって思えないんですよねぇ。

 

 まあそれはともかく。

 

 この日はそのあとも、何回かフォースボンドが起きました。そのたびにレイちゃんはレンくんの惨状を見て、聞くことになりました。あるいは、対話することもありました。

 午後からレッスン3(本当の正義はいざというとき勝手に身体が動くもので、ジェダイの伝統で決めつけられるものじゃないって内容でした)もあったんですけど、それがかすむくらい何回も。

 

 おかしいですねぇ。私とコトちゃんは、こんな高頻度じゃなかったです。

 いや、恋人になった頃にはもう意識してフォースボンドを起こせるようになってはいましたけど。そうじゃない時期にこんな頻度って、まるで何かあるみたいですよね。そう、誰かさんの作為とか。

 

 あと、毎回私が離れてるときに起きるのは、偶然なのか必然なのか……。必然だとして、それは必要に迫られての必然なのかそうじゃないのか。さてどっちでしょう?

 

 その答えは、夜に遂に決定的なフォースボンドに至ったことでわかりました。レンくんとの対話を通じて、フォースが彼の記憶をレイちゃんにはっきりと見せたのです。

 

 レンくん……ベンくんの寝込みを襲おうとライトセーバーを起動する、ルークさんの姿でした。これにはさすがにレイちゃんも動揺するしかなかったです。

 

 元々、的確な指導をしつつも決して平和のために力を貸そうとしてくれない……立ち上がろうとしてくれないルークさんに対して、フィンくんはもちろんレイちゃんも少しずつ失望を抱き始めていたところです。そこにこれはちょっと、威力が強すぎました。

 

 おまけに、フォースダイアドだからでしょう。レイちゃんの心境や記憶もまた、レンくんに漏れているようです。それらを垣間見た彼から、レイちゃんがまだかすかに抱いている薄暗い感情を見抜かれてしまっています。

 彼はそこをつついて、闇に誘惑しようとしてしてきます。まるでそうしないといけないと脅迫されているみたいな感じでした。

 

 けれど。けれど、です。

 

『大丈夫です。私がいます。ここにいます』

『うん、わかってる。ありがとう、義姉さん』

 

 レイちゃんは一人じゃないのです。

 

 確かに、お父さんお母さんに置き去りにされたことは。お父さんお母さんがいない子供時代の寂しさは、孤独感は、私一人で埋められるものじゃないです。レイちゃんはその悲しみにずっと耐えていました。

 

 それでも、タコダナで見たヴィジョンはそれを思い出に変えるだけの力がありました。

 

 レイちゃんは捨てられたんじゃないのです。ちゃんとそこには理由があったのです。間違いなく、彼女は両親に愛されていました。

 だから、レイちゃんは動揺こそしても、折れることはありませんでした。

 

「あなたは一人じゃない。大丈夫、私はあなたを裏切ったりなんかしない」

 

 レイちゃんの強固な心を察知したのでしょう。愕然とするレンくんに、レイちゃんは手を差し出しました。

 そのまま二人は無言で見つめ合います。いや、レンくんのほうは、レイちゃんの顔を手を何度も交互に見ていますね。

 

 そして……この瞬間、私にははっきりと見えました。最初のフォースボンドから、ずっと警戒して観察に徹していてよかったです。

 

 そうでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……!』

 

 二人のフォースボンドに割り込んだ私の不意打ちに、巧妙に隠れていたスノークのフォースがはっきりと……そう、フォースユーザーならまず間違いなく認識できるくらいに、その意図までがはっきりとわかる形で引きずり出されたのです。周囲の警戒より、よっぽど夢中になることがあったみたいですね?

 

 直後、まるでコンセントごと切断されたみたいに、フォースボンドが消し飛びました。一瞬で夜のオク=トーに戻されて、呆然とするしかないレイちゃん。

 

 けれどあの様子を見れば、誰だってベンくんがああなるに至った経緯がわかります。何せまったく意識していなかった場所からの不意打ちに、慌てた様子でしたものね。

 どんな達人でも、不意打ちを決められたときは心が乱れるものです。すぐに落ち着いて、リカバリーしたところは達人だなって思いますけど……わからなくても察することはできますし、それさえできればスノークという存在に対する不信感を煽ることにはなるでしょう。十分です。

 

 何せ間近にいたレイちゃんと、物陰から恐る恐る様子を伺っていたルークさんには、丸見えでしたからね。

 

「「今のは……スノーク?」」

 

 自分とまったく同じ内容のつぶやきを耳にして、レイちゃんが慌てて振り返ります。そこには、物陰から踏み出してきたルークさん。その表情は、とっても暗いものでした。

 

 暗いって言っても、単純に嫌な目に遭ったとかそういう方向じゃありません。過去の自分がやったこと、判断したことが間違いだったってはっきりしたせいで、それを強く後悔する方向の暗さです。

 

「……本当なの? 彼を殺そうとしたって」

 

 黙ったままの彼に、しびれを切らしたレイちゃんが問いかけました。ただ文字だけにしたら咎めるようなものですけど、実際の口調はもっと穏やかなものでした。

 

「……闇を見たのだ。訓練のさなかに、闇が彼の中で広がる様を。しかもその闇は深く、私の想像を遥かに超えていた。既にスノークに取り込まれていた。……そう、見えた……」

 

 答えは明確なイエスではありませんでした。でも告げられた言葉は、ほとんどイエスって言っていいでしょう。

 

「……そう、見せかけられた……? 彼の後ろに潜むスノークの闇を、彼のものだと誤認させられた……?」

「……私の責任だ。私が悪い。私がルーク・スカイウォーカーだから。……そう思っていた……。レイアはスノークの差し金だと言ったが……ああ……彼女が正しかったようだ……私は……私は、なんということを……」

「レイアは彼の母親よ。……その、私はお母さんってものをあまりよく知らないけど。でも、そういうものなんじゃない?」

「残念ながら私も母親というものはよくわからないのだよ……」

『それは私もですねぇ』

 

 うーん、なんて偏ったメンバーなんでしょう。思わず全員が沈黙しちゃいました。

 

「……彼を救けに行こう」

 

 その微妙な空気を振り払うように、レイちゃんは結構無理やりに話を変えました。

 

「あなたが失敗したんじゃない。それが真実だったのよ。それに……見てたならわかるでしょう? 今も彼は迷ってる。まだ遅くはないわ。だから、今度こそ」

 

 彼を……カイロ・レンを、ベン・ソロを救けに行こうと、レイちゃんはそう言って手を差し出しました。

 

 けれど、ルークさんはその手を取ろうとはしません。私も、同じ立場だったら素直には頷けないと思います。

 

「……ことは君の考えているほど甘くは運ばん」

『そですね、私もそう思います。今彼がどこにいるのかもわかりませんし、そもそも救けに行けたとしてもたぶんそこにはスノークさんもいますよ?』

「その通りだ。これはまず間違いなくやつの罠()()()()。闇のものは……暗黒面の信奉者は、一つの行動に複数の意味を持たせるものだ。それは様々な枷となって、我々を縛るものだ」

「わかってる」

 

 それでも、レイちゃんの答えは変わりませんでした。

 

「でも……でも! さっき……最後の繋がりで、私を見た彼は……まるで子供みたいだった。暗がりでへたり込んで、泣いてる子供に見えたの!」

 

 彼女のその姿は。

 

「きっとすごく苦労する。私だけじゃない、誰かが大勢死んでしまうかもしれない。方法だって、どうすればいいかなんて今すぐには思いつかない。それでも――」

 

 彼女のその在り方は。

 

「――()()()()()()()()!」

 

 遠い未来、遥か彼方の銀河系でぽつんと佇む地球の、ヒーローそのものでした。

 

 私とルークさんは、思わず目を細めます。若いな、なんて思ったりします。同時に、それがとっても眩しくって。

 

 でも、そうですね。そうでした。

 A組のみんなや、オールマイトの話を寝物語に育ったレイちゃんは、そういう子に育ったんでした。

 

 私の()()で。

 

 なら、私にとめる資格なんてありませんね。むしろ責任を取らないといけない立場です……し、それに。

 

 そもそもの話。

 

 私だって、ヒーロー志望のトガでした。

 

 コトちゃんなら。私の愛する彼女なら、きっと。

 こういうときでも、きっと、諦めたりなんかしないはずなのです。

 

 私は、そんなコトちゃんと同じ場所にいたい。今までも、これからも。ずっと。いつも、いつだって、彼女の隣にいたい。

 

 そう、私はいつだって彼女の傍にいるのです。戦いのときも、災害のときも、どんなときだって好きな人の傍にいる、ちょっと過激な女の子になるって、そう決めたのです。

 

『……わかりました、なんとかしましょう。私だってヒーローで……私だって、ジェダイなのです。一応は』

 

 だから、私はそう言うのです。そうすれば、コトちゃんと一緒にいられるような気がするから。

 ここにコトちゃんがいなくっても。コトちゃんと同じことをしていればそれは、コトちゃんの隣にいるってことになるはずなのです。

 

 でも、それとは別に。

 

『あなたはどう()()()です?』

 

 そう言いながら、私はルークさんに振り返ったのです。

 

 彼の答えは――。

 




ヒロアカナイズされたレイの決意でした。ここからはほぼ完全に原作から離れていきます。
明確に歴史が書き換えられた瞬間とも言う。
いやまあボスキャラが原作と変わらない以上、節々でやることはそんなに変わらないんですけど。

なお、今回の彼女のセリフなんかは、意図的に31巻のデクくんに似せています。
スターウォーズはある種のおとぎ話ではあるけれど、そもそものテーマとして、割り切れない人間の中の光と闇があるわけで。
それでも確かにある種のおとぎ話なんだから、主人公が生粋のヒーロー気質でもいいじゃないかと思うんですよね。
これくらい強い光の人物を主人公にした王道少年漫画的なスターウォーズも見てみたいですが、それをやろうとするとヴィジョンズ案件かな・・・。ナンバリングではまず無理でしょうねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.メガ級スタードレッドノート・スプレマシー

 ということで今、私たちはファーストオーダーの旗艦でスノークさんのいるメガ級スタードレッドノートのスプレマシーに来ています。

 

 いやあ、ここに来るまで色々ありました。フォースボンドで見えたベンくんの周りの光景とか、レジスタンスの現状からここだってみんなで割り出したりとか。

 スプレマシーは全体を覆うシールドがばっちり張られてて普通じゃ通り抜けられないんですけど、シールドコードを解読できれば潜り抜けられるってことから暗号解読のプロを探したりとか。本当に大変でした。

 

 シールドコードってのは、あれです。シールドがあると発艦した艦載機とかも戻ってこれないけど、シールドを切ると敵の船も出入りできちゃうのでそれを防ぐためのものです。特定のコードを持つ船に対してはシールドの波長に合わせてすり抜けるようになってるわけです。

 だからそれを解読さえできれば、気にせず通り抜けられるんですけど……それができたら苦労しないわけです。時間もなかったですし。

 

 何せレイアさんたちのいるレジスタンスが、スプレマシーを先頭にしたファーストオーダーの艦隊に追い掛け回されてて絶体絶命でした。今までだったらハイパースペースに跳べさえすれば追跡はほぼ不可能だったんですけど、ファーストオーダーはそれを可能にする技術を開発してたんですよね。

 

 不幸中の幸いだったのは、レジスタンス側の物資が豊富だったこと。私が事前に忠告してたので、ディカーから撤退するときに諸々全部を回収してから脱出する時間があったんですね。

 聞けばタッチの差でディカーにファーストオーダー艦隊が攻めてきたってことなので、私はいっぱい感謝されました。別にそういうのは気にしてないんですけど、死んじゃう人とかがいなくてよかったなとは思います。

 

 ともあれそういうわけで、レジスタンス側は物資が豊富でした。なので亜光速で飛び続けて、ファーストオーダー艦隊の砲撃射程からギリギリ外れた距離を保って逃げ続けてるのが現状です。燃料も十分持ち出せてるので、それなりの時間逃げ続けることができるんですね。

 

 その間に私たちは、回復したハンさんと合流して凄腕の暗号破りをスカウトしに行きました。シールドに一時的に穴を開けて、そこからスプレマシーに乗り込む作戦です。

 

 時間はあんましないわけですが、それはそれとしてファルコンは銀河一速い船です。少し遠回りするくらいはなんてことなかったです。

 無事に暗号破りさんも見つかりましたし、スカウトにも成功しましたしね。

 

 まあ、そのためにちょっと()()()()()()をしないとでしたけど、それはそれです。あれは交渉でした。

 はい、復唱しましょう。あれは交渉でした。

 

 ……ということで私たちは今、三手に分かれてスプレマシーの中にいます。もちろんそのままじゃなくって、潜入中ですよ。

 

 レイちゃんとフィンくんは、ファーストオーダー将校の服とIDを奪っています。これですぐにはバレません。私はこっちに同行しています。

 

 対策はしています。私は今レイちゃんの中にいるんですけど、潜入開始と同時にスプレマシーにフォースハックをかけて色々としっちゃかめっちゃかにしたのであっちこっちがてんやわんやです。

 もちろん、私の存在が露見しないように、細心の注意を払ってです。スノークに対してどこまで偽装できるかはわかんないですけど、やらないよりはやったほうがいいでしょう。

 

 ただスプレマシー側もさすがに旗艦らしく、ハッキングしていられた時間は少なかったです。かく乱にはそれで十分でしたけどね。

 

 あとフォースハックは他にも色々しています。潜入であちこち歩く道中、すれ違ったドロイドとか見かけた装置とかにも適当にかけたりかけなかったりしてましたから、騒ぎが落ち着くことは当分ないでしょう。

 

 そんな私たちが向かう先は、カイロ・レンことベン・ソロくんのいる場所です。レイちゃんが彼のフォースを感知して大まかな方向に当たりをつけて、フィンくんがそれに従って適切な道を選んで案内するって分担ですね。

 

 この船には子供以上成人未満な子たちの教育施設や、彼らが従事する仕事もあるみたいで、フィンくんも一時期そういうことをしてたらしいんですよね。

 ファーストオーダーのトルーパーは、そうやって育つみたいなんです。なんか共和国のジェダイみたいですね。

 

 まあ、スプレマシーが全長六十キロとかいう頭おかしいスケールの要塞戦艦なので、なかなか辿り着けないんですけど。焦りは禁物ってことで、慌てず騒がず粛々と潜入中な私たちです。

 

 一方、ハンさんとルークさんは味方にした暗号破りさんと一緒に、レジスタンス艦隊を逃がさないでいるハイパースペース追跡装置をどうにかするために、別方向に行きました。ベンくんのことも大事ですが、レジスタンス艦隊も助けてあげないとなのでこっちも大事です。

 

 ええ、そう。ルークさんはあのあと、即答はしなかったものの私たちについてきてくれることになりました。だいぶ悩んで悩んで悩みまくっていましたが、フォーススピリットとして現れたヨーダさんに叱咤されて、決意を固めたのです。

 

 思うに、ルークさんの失敗の一番の原因は、師匠役の師匠がいなかったからじゃないでしょうか。

 私、コトちゃんやますたぁから聞いて知ってます。ナイトとしては優秀でとんとん拍子に出世できた人でも、マスターとして優秀とは限らないって。弟子を取って初めて壁にぶつかった人は、そこでものすっごく落ち込んだりするんだって。ルークさんもそのタイプなんだと思うんです。

 

 共和国ジェダイは、それでも師匠と弟子の相性を考慮して誰を弟子にするか評議会が決めていたらしいのでマシだったでしょう。教える側の悩み相談に乗ってくれる人も、それなりにいたはずです。

 でも、最後のジェダイになったルークさんにそんなことしてくれる人なんてどこにもいなかったわけで。

 

 それはヨーダさんもわかっているのか、ルークさんを叱咤するだけじゃなくって、師匠としての心構えとかやるべきこととか、そういうのもレクチャーしていました。

 個人的には、それができるならもっと早い時点でやっておけばよかったのにって思うんですけど……まあ何か事情があるのかもしれませんし、私からは何も言いません。

 

 ……えっと、それで、なんでしたっけ。

 

 そうそう、三手に分かれたって話でしたね。

 はい、ルークさんたちはそんなわけでハイパースペース追跡装置の対処役です。

 

 残る一つのグループは、潜入したまま係留することになったファルコンの留守番役。これがチューイくんと、R2とBB-8のグループです。

 

 チューイくんはウーキーなので、人間がほとんどのスプレマシーに変装して潜入とかできませんからね。

 アストロメクドロイドコンビについては、普段だったらシステムにアクセスする役として必要なんですけど、それは私と暗号破りさんが代役できるので、無事お留守番です。

 だってファーストオーダー規格じゃないアストロメクドロイドなんて連れてたら、一発で潜入がバレちゃいますからね。仕方ないのです。

 

「……ここだわ」

「おいおいウソだろ……この先にはスノークの玉座しかないぞ……」

 

 で、私たちが辿り着いたところがここ。どうやらベンくんは今、スノークの玉座にいるみたいです。

 

『予想通り完全に罠ですね、これ』

「そうね。でもここで逃げ帰るわけにはいかないわ」

「俺はどうすればいい? 手伝いたいのはやまやまなんだけど、その、正直戦力になるかって言うと……」

「……そうかも。私もスノークの全容はわからないけど、少なくとも強力な使い手であることは間違いないし……」

「だよな。……よし、じゃあ俺は万が一にでも邪魔が入らないようにここを見張っておくよ。中についていっても足手まといだ」

「……わかった。でも無茶はしないでね」

「ん、善処する」

 

 ということで、ここでさらにフィンくんとも別行動です。

 

 このとき、別れ際に二人はライトセーバーを交換しました。ますたぁのライトセーバーをレイちゃんに、レイちゃんのライトセーバーをフィンくんに。

 これは単純に、ライトセーバーとしての出来がますたぁのやつのが断然上だからです。強敵と戦うかもだから、レイちゃんが持ってたほうがいいだろうって判断ですね。レイちゃんが造ったセーバーも別に悪いものじゃないんですが、飛びぬけていいってわけでもないので。

 

 で、乗り込んだスノークの玉座ですが。

 

「若きレイよ……ようこそ」

 

 八人の真っ赤な護衛を従えて、余裕たっぷりの態度でスノークご本人が出迎えてくれました。

 でもそんなどこかおどけたような態度に反して、二人のちょうど中間辺りにはベンくんが倒れているので雰囲気は寒々しいです。

 

 やっぱり罠ですねぇ。潜入もばっちり気づいていたけど泳がせていたってとこでしょう。

 

 一応ベンくんの意識ははっきりしてるみたいですけど、フォースライトニングをいっぱい浴びたあとなんでしょう。立ち上がるだけの力がないみたいです。

 それでも「どうしてここに来た」と言いたげな、驚きに満ちた視線は間違いなくレイちゃんにまっすぐ向いています。

 

「ベン! 大丈夫、私が来たわ!」

 

 オールマイトの言葉を借りて、レイちゃんが駆け寄ろうとします……が。

 彼女が踏み込もうとしたタイミングで、膨大な量のフォースが壁となって立ちはだかりました。スノークのフォースです。

 

 ……うーん、こうして直接目の前で見ると、ものすごく強い闇のフォースですよこれ。シディアスのおじいちゃんほどじゃないので、私的にはまだ余裕ですが……こんな強い闇のフォースはレイちゃんにとっては初めてです。これには思わず硬直して足を止めてしまいました。

 

 ただ、普段ならすぐに何かしら声をかけて緊張をほぐしてあげるんですけど、今回に限ってはちょっとやりたいことがあるので、何も言わずひっそりとレイちゃんの奥のほうで身を潜めてる私です。

 

「不肖の弟子のことは捨ておくがいい……さあ……近くにおいで……」

 

 スノークが、ささやくように言います。手招くような言葉でした。

 当然のように、言葉が全部マインドトリックですね。まあ、レイちゃんはもちろん従いませんけど。

 

「強い気を感じる……。とても強い光だ……その歳でこれほどとは、驚嘆に値する。なるほど、若き弟子が抗えぬのも無理はない。警告はしていたのだがな……闇の力が増せば光がそれに釣り合うと。そやつはその光の誘惑をはねのけることができなかった、惰弱者よ……」

「すべてあなたが描いた絵でしょう。何を白々しい」

 

 レイちゃんが即座に切り返しますが、スノークは押し殺した声で笑うだけです。

 

 笑いながら、くいって指を軽く動かしました。何気ない、日常的な動作に見えましたが……それはフォースプルでした。レイちゃんの腰から、ライトセーバーがスノークの手元に引き寄せられて行きます。

 

 スノークはそのセーバーを一瞬だけちらっと見ると、すぐに興味を失くしたみたいで玉座のひじ掛けに置きました。

 

「……スカイウォーカーのことは、さほど買いかぶってはおらんようだな。よほど落ちぶれていたようだ……。……ふむ、もっと近くへ」

 

 うわ、本当に達人ですねこの人。マインドトリックとフォースプルとマインドプローブを同時にやってます。レイちゃんが立った状態のまま、少しずつスノークのほうへ引き寄せられていきます。

 

 見たところ、フォースの多さだけならレイちゃんやベンくんも負けてないですが……これは単純に技量差が大きすぎますね。

 

 もちろん私と比べても、です。

 なのでフォースだけで正面から戦うのは、やめといたほうがいいでしょう。

 

「あなたは私()()を見くびっている。それが命取りになるわ」

「ハハハ……わしが弟子の心の弱さを知りながら、そのまま利用したことはもはや隠すまでもなさそうだな……。にもかかわらずここに来るとは……光のものはいつの世も愚かなものだ……役立たずのために命を無駄遣いしようとする……」

 

 スノークが再び笑います。

 や、これは嗤うって言ったほうがよさそうですね。心底バカにするような、そんな色があります。

 

 同時に、まだまだレイちゃんの身体は引き寄せられていきます。フォースプルにだけなら十分抵抗できると思いますが、マインドトリックとマインドプローブも同時にかけられてるので、フォースプルに気が回らない状態なんですよね。

 

「それよりも……今のわしの関心は他にある……。そう……ルークなどよりもよほど頼れるジェダイに出会ったようだな?」

「……ッ」

「さあて……この場に見当たらぬ、謎のジェダイのことをすべて……教えてもらおう……。そのあとで時間をかけ、なぶり殺しにしてくれる……」

「そうはさせない……ッ!」

 

 言葉の応酬は、ここまででした。今まで加減していたスノークが、全力でマインドプローブにかかってきたのです。

 

 全力と言っても、本当の意味での全力ではないです。殺す程度ではない弱いフォースグリップで空中に拘束しつつ、なので。

 それでもなおこれほどのマインドプローブができるんですから、本当に呆れた技量の持ち主ですね――。

 

***

 

 ――ええ、本当に呆れてしまいます。だろうなと思ってはいても、本当にこんなに深くまで入ってくるなんて。

 

「……なんだ……? ここは……?」

 

 レイちゃんの心の底に広がる光景を目の当たりにしたスノークが、困惑した様子で周囲を見渡しています。

 

 無理もありません。だってここにあるのは、この銀河では既に何世代も時代遅れな鉄筋コンクリートの建造物。コルサントのような、誇張抜きに天を衝く高層建築群に比べればいかにもちゃちな、けれど私にとっては十分すぎるほどに大きな建物たちがあるのですから。

 

 それらの建物を従えるようにそびえる一際大きいものは、どの方向から見てもアルファベットのHの形になるように計算してデザインされています。

 

 そう、ここは国立雄英高校。レイちゃんの心の奥の奥……じゃありません。そこを守る形で潜んでいた、私の心象風景なのです。さすがのスノークも、別銀河の光景には多少なりとも意表を突かれたみたいですね。

 

「……ぐぬうッ!?」

 

 そのスキを突いて、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「き……さま、は……!」

 

 相手の左手首が落ちるのを確認しつつ、一旦距離を取ります。くるくるっと回転しながら着地して、()()()()()()()()をアタロに構え直します。

 

「こんにちは、スノークさん。初めまして。出会ってすぐで悪いんですけど、出てってもらえます?」

 




ル ー ク 参 戦 。
だってだって、ボクはハンとルークが再びタッグを組んで、敵の基地に潜入するシーンが見たかったんです。見たかったんだ・・・!

なのでやりました(その目は澄み切っていた
ホルド機動なんてなかった。いいね?(その目は澄み切っていた

まあ尺の都合と視点の関係で大部分カットせざるを得なかったんですけどね。
以下、途中まで書いて長くなりすぎるからってんでカットした、オク=トー出発直前の二人の会話シーンの一部抜粋。

『ようルーク、元気そうで何よりだ。あとでパンチ一発な。それでチャラにしてやる』
「お手柔らかに頼むよ、ハン」
『けどそれは、お互い生き延びたあとでだ。……いい知らせと悪い知らせと、とびきり悪い知らせがあるんだが、何から聞きたい?』
「あー……うん……いい知らせから聞こうか」
『レジスタンスは全員、ディカーから無事に脱出した。物資も全部持ち出せた。今はクレイトに向かってるところだ』
「なるほど。いいね。じゃあ悪い知らせは?」
『ファーストオーダーに追い回されてる。どうも連中、ハイパースペースの航行経路を追跡する技術を開発したらしくてな……今は砲撃の射程範囲からギリギリ外れた距離を維持した状態で逃げ回ってるところだ』
「なんて悪い知らせなんだ。……それで、とびきり悪い知らせってのは?」
『スノーク直々に追い回されてる。艦隊も一緒だ。どうだ、とびきりだろ?』
「ははは、まさに最悪だ。デススターのときよりひどい」

こんな感じでわちゃわちゃしながら、それでもあの頃よりは洗練された戦い方で、二人でスプレマシー内を駆けずり回ってたんだと思います(潜入の仕方が洗練されたとは言ってない)。
視点主がトガちゃんなのでどうしてもその辺りはカットせざるを得ないため、そこは皆さんの中の理想のルークとハンで補っていただければ・・・。

なお彼らに同行している「暗号破り」は原作でフィンたちが連れ出したDJではなく、当初の目的にしていたマスター・コードブレイカーです。
なので裏切ったりしませんし、何なら普通に協力的です。
ハンとルークとトガちゃんがいて、カントバイトのカジノ程度どうにかならないわけがないんだよなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.心の中の戦い

 ライトセーバーを構える私を見るスノークは驚いていましたが、すぐににやりと表情を変えました。

 

「……なるほど、そう言うことか……。よもやジェダイの師がダークジェダイだったとは……これは想定しておらんかった。しかも霊体になって肉体に潜り込むとは、随分とうまくやったな……敵ながら見事と言うほかあるまい……」

 

 そしてそう言う彼の左手首が、ゆるゆるっと元の形に戻っていきます。

 

 別に驚きはしません。ここは心の中、ここは私の精神世界。ここで大事なことは意思の力で、こうなんだっていう強いイメージこそが何よりも意味を持つのです。それは侵入してきたスノークも例外じゃないのです。

 

 でもだからこそ、ここでの私は実体を持っています。本来なら未来に置いてきたはずのライトセーバーもです。それができる場所なのです。

 格好がヒーローコスチュームじゃなくって雄英の制服なのは、ご愛嬌ですけど。

 

「だが肉体を持たない……うーむ、オーダー66を無様に生き延びた腰抜けか?」

 

 つまりここにいる私は、正真正銘の全力を出せる状態。なので遠慮なく切りかかりましたが、普通に回避されました。

 何度も攻撃を繰り返しますが、全部かわされます。にやにや笑いながら、会話しながらそれなので、ちょっと凹み……ません。

 確かに実力差はありますが、それっぽく見せてるだけであっちも余裕綽々ってわけでもない感じです。ひっくり返す目はそれなりにありそうですね。

 

 うん。私、こっち来てからも鍛錬はサボってなかったんですけど……がんばっててよかったです。

 

「それとも……尋問官(銀河帝国時代にフォースユーザー狩りのため組織された、闇のフォースユーザーたちのこと)の一員かな……? ふむ……」

 

 ただ、やっぱりフォースだけの戦いだと不利を覆すのはかなり難しそうなのです。プルスウルトラしないといけない感じ。時間を稼ぐくらいなら余裕なんですけどね。

 

 そんな中、スノークが一際強く念じたことで世界が少しずつきしみ始め、じわじわと景色が塗り替わっていきました。

 マインドプローブが進んでいます。侵食されています。

 

 ほんと、呆れちゃうくらいの技量ですね。回避しながらでリソースが分散しているからか、進行がかなりゆっくりなのが不幸中の幸いでしょうか。

 

「……おお、なんと……! かの素晴らしき暗黒卿、ダース・ヴェイダーの弟子なのか……!」

「アナキン・スカイウォーカーの弟子……ですっ」

「謙遜することはない! 伝説のシスの一人に師事できたことは、むしろ誇るべきだ……我が不肖の弟子が聞いたら、さぞ羨むことだろうなぁ……!」

 

 侵食を食い止めるためにも一層激しく攻撃をしますが、相変わらず全部回避されます。

 うーん、攻撃と防御の切り替えがものすごくうまいですね。技に無駄がまったくない気がします。行けそうな気はするんですけど。

 

 ふむん。それじゃ、こういうのはどうでしょう?

 

「それがなぜあの娘を保護することに……むっ!?」

 

 侵食され始め、さらに深い私の心の奥に少しずつ魔の手が迫る中、突然景色が一瞬にして切り替わりました。見渡す限り一面の砂漠。ジャクーの景色です。

 

「……あの娘の心の景色か。ぬう……」

 

 かと思えば、次の瞬間また景色が切り替わります。雄英の景色にです。

 そこから数秒おきに、世界が断続的に切り替わり続けます。ジャクーと雄英の景色が、反復横跳びに切り替わり始めたのです。

 

 ジャクーの景色は、スノークが察した通りレイちゃんの心象風景です。それが私のものと入れ替わり続けているのは、実際その通りに魂が推移しているから。

 

 そう、私は今、間借りしているレイちゃんの身体の主導権を握ってすぐに手放して、を繰り返しています。こうすることで私たちの魂の位置関係が短時間で入れ替わることになり、結果として読心に対するジャミングとして機能するわけですね。

 

 名づけて、マインドシャッフルってとこですか。もちろん、すごい限定的な状態でしかできない技ですし、そもそもが付け焼刃な技なんですけど。

 

「ていやっ!」

「ぐっ!?」

 

 今はそれでも十分です。何せ相手としても、初めて見る技ですからね。

 

「ふふ。やっと一発入りました、ね?」

 

 ちょっとだけ距離を取って、にっこり笑います。スノークの右脚が、ざっくり切られていました。

 

「……調子に乗るでないぞ」

 

 まあそれはすぐ元に戻りましたし、なんだったらフォースライトニングの反撃が飛んできましたけどね。

 

 でも全力のものじゃないっぽかったので、自分を試す意味も込みでとりあえず左手を前に突き出しました。手のひらに展開したフォースバリアが青白いいかづちを集め、受け止め、防ぎます。

 

「ほう……? その程度のことはできるのか。だが……どこまで耐えられるかな?」

 

 が、それを見たスノークはすぐにライトニングの威力を上げてきました。

 

 うん、これダメですね。十年以上練習し続けましたけど、どうもこれ系の技って苦手なんです。

 コトちゃんもあんまり得意じゃないみたいなので、フォースダイアド的にたぶんそういうことなんでしょう。普段ならお揃いって喜ぶところですが、状況が状況なので素直に喜べません。

 

「ふー……っ!」

「む!?」

 

 なので次は、闇のフォースを引き出して私もフォースライトニングを撃ってみました。スノークのライトニングが、私の放つライトニングでどんどん押し返されていきます。

 きっと今の私の目の色は、ダークサイドの金色になっているでしょう。これもたくさん練習したんですよ。

 

「……素晴らしい。自らの意思で、即座に闇の深奥を引き出せるか! だがもったいないな……時代が時代ならシスの本流にも乗れたであろうに!」

「あなたに褒められても、別に嬉しくなんかないです……!」

 

 でも私が押し返せたのは少しの間で、またすぐに押し返され始めました。うー、やっぱりその道のプロにはちょっと勝てないですねぇ。

 

 仕方ないのでライトセーバーで受け直しつつ、距離を取ります。あんまりしたくなかったですけど、このまま正面からやりあっても力負けするだけなので。

 

 あとやっぱり闇の力だけではどうにもならなさそうなので、ひとまずフォースを光の側に戻します。

 それを見て、スノークはせせら笑いました。

 

「おや……もう闇の力は使わないのかな?」

「はあ……わかってるくせに。闇の人たちってそういう言い方、ほんと大好きですね?」

「多少言葉を弄した程度で相手が揺らぐのだ、やらぬ理由があるまい? どうせ元手はかからんのだからな……」

 

 効けば儲けものだからとりあえずやれるだけやっておく、って理屈はわかるんですけどね。される側としてはうっとーしいので、別に嬉しくもなんともないのです。

 

 まあ、悪い人のすることは銀河が違っても同じってことなんでしょうけどね。コトちゃんが地球で感じてた実感を、私が感じることになるなんて思ってなかったですけど。同じ気持ちになれたことは素直に嬉しいものです。

 

「それで? もう札は品切れかな?」

「んー……」

 

 ないわけじゃないんですけど。もうちょっとだけ、私だけでやってみたいって気持ちがあるっていうか。

 

 とはいえ、余裕がないのは間違いないのです。あっちも攻防とマインドプローブを両立していますが、私だって攻防とマインドシャッフルを両立させているのです。これだって、別に片手間でやってるわけじゃないのです。

 

「出し惜しみをしている余裕があるとは……わしも舐められたものだな……」

 

 実際、私がちょっと悩んで手が緩んだ瞬間に、スノークは隙を突く形で攻め手を強めました。おかげで侵食が再開しました。

 

 ん、これは潮時ですね。無駄な抵抗はやめてしまいましょう。

 

 ということで、一気に抵抗がなくなった世界はあっさり砕けました。

 ですがもちろん、心の奥底を覗かれることに対する抵抗をやめたってだけで、スノークという侵入者への抵抗をやめたわけじゃないのです。

 

 それが伝わっているのでしょう。スノークもいぶかしげに、けれど警戒を強めてこちらを観察する動きを見せました。

 

 ええ、そうでしょうね。そうするでしょう。普通なら誰だってそうします。

 

 だってここにあるのは、私が普段表に出さない感情ばかりなのです。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな気持ちだけが、どろどろに煮詰まって沈殿する、私の心の奥の奥。

 

 心の中のすべてをさらしているっていう特大のデメリットはありますけど……別に、コトちゃんが大好きってことは隠すことじゃないのでそこはいいのです。私の愛は、私の好きは、誰にだって否定させやしないのですから。

 でも、私の愛を……十年以上溜めに溜めた、溶岩のように熱く煮えたぎる愛を直視した人は、なんでかみんな引くのです。不思議ですよね?

 

「色恋に狂った輩だったか……拍子抜けだな」

 

 スノークもそうみたいです。わかってもらえるとは思ってなかったですし、もらいたいとも思ってませんが、それでも今確かに少し引きましたね。ついでに嫌悪感と侮蔑を露にしますが……その一瞬のスキさえあれば十分。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐっ!?」

 

 無造作に切っ先が掲げられていたセーバーが、一瞬だけものすごく伸びてスノークのお腹を貫通します。

 

 何もおかしなことはありません。ここは私の心の中。私のイメージですべてが決まる世界。

 だから、変身だってできるに()()()()()のです。そしてコトちゃんに変身さえすれば、増幅だって使えるのです。これはそんな、当たり前の話なのです。

 

「……何者だ? どちらが本当のお前だ?」

「その問いに答える必要性を感じない」

 

 一時増幅、一時増幅、一時増幅。一時増幅の連打です。

 スノークは顔を歪めながら回避しようとしますが、無駄です。一瞬だけのセーバー刀身増幅は、文字通り一瞬だけの超々遠距離攻撃。音速どころか光速すら越える、ゼロ秒の技です。

 

 そんなものを連続ですれば、普通相手はすぐに死んじゃいます。だからコトちゃんは絶対にしない技ではあるんですが。

 ここは心の中で、ライトセーバーの直撃も厳密には死に直結するわけじゃないので、ギリギリセーフでしょう。

 

 そしてこれを受けて、死なない相手が次にどうするかはフォースを使わなくても大体わかります。死なないなら鬱陶しいだけの攻撃なわけですから、被弾を無視して攻撃してくる。

 

 そうでしょう?

 

「く……っ! 舐めるでないぞ!」

 

 はい、正解です。スノークは、両手から特大のフォースライトニングを放ってきました。

 

 なので、フォースライトニングに対する耐性を全力で増幅します。これでちょっぴり痛い程度で済みます。

 

 頭悪いですって? いえいえ、ここはインパクト重視ですよ。

 

「馬鹿な……!?」

 

 ほら、動揺しました。

 私知ってますよ。フォースの戦いにおいて、こういう動揺は命取りだってこと。

 

「そこだ」

「ぐおおぉ!?」

 

 だから、反撃します。掲げた手の先で、スノークの顔が爆発します。

 

 フォースブラスト。私がコトちゃんの身体で最初に開発した技です。二人の愛の結晶って言い換えてもいいでしょう。うふふ。

 

 一応、威力だけならフォースライトニングのが上です。ですがあれには、相手までの距離を踏破しないと当たらないっていう欠点があります。

 

 いえ、雷速で放たれるフォースライトニングで、それは普通欠点にはならないんですけど。フォースで触れた場所をそのまま爆発させられるフォースブラストと比べると、射程の自由度と速射性でどうしても下回るのです。

 だから今みたいな状況だと、断然フォースブラストのが効果的なのです。

 

「去れ、闇の者。ここは私たちの場所だ。何人たりとも侵させはしない」

「ぬうぅぅ……ッ! 小癪な……!」

 

 繰り返される爆発で、スノークの身体がどんどん押し出されていきます。心の外へ、外へです。

 

 あと少しかな?

 何がって、別に外に追い出せるのがあと少し、って意味じゃないですよ。

 

「暗黒面の力を見せてや――――!?」

「……ああ、どうやら時間のようだ」

 

 突然ピタリと動きをとめたスノークを見て、私はにんまり笑います。

 そんな私を無視して、スノークが緩慢な動きで自分の後ろ――現実の世界を振り返りました。信じられない、って顔でした。

 

 でも、これが現実なのです。

 

 そう、表で。

 

 現実の世界で、ベンくんがテレキネシスで遠隔起動したますたぁのライトセーバーにスノークの腰が貫かれた、ってことは。

 

 まぎれもない、現実なのです。

 

「ば、か、な」

「レイが言っただろう? お前は私たちを見くびっていると。そうとも。お前は誰あろう、ベン・ソロを一番見くびっていた」

 

 スノークの生命が、急速に消えていきます。ベンくんが遠隔で動かした青いライトセーバーが、左右に動いてスノークの身体を上半身と下半身に真っ二つにしています。

 

「逃がすものか」

 

 だから、現実に戻って抵抗しようとするスノークを一瞬だけこの場所に拘束します。

 同時に、このまま私の中に残られても困るので、確実に消滅させるために私も攻撃を仕掛けます。フォースと増幅で、丁寧にスノークを消していくのです。

 

「お――――の、れ……ま、さか……わし、が――――こん――――ところ――――……」

 

 そして現実でも心の中でも、スノークが消える直前。

 

 私は姿()()()()()()()()()に、愕然としたのでした。

 




VSスノーク。トガの勝ちデース!(ペガサス並感
もちろんレイの中でこんな精神的な戦いがされてることは、レイにしかわかりません。
傍目から見ると、スノークのマインドプローブに驚異的な精神力で長く抵抗し続けるレイにしか見えなかったでしょう。
ただ、その抵抗にこそ心を動かされるものがいた。彼はそういう人だと信じた人がいたというお話。

なおこの心の中に関する設定ばっかりは、さすがにマジでガチの本当に独自設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.ベン・ソロ

 どさり、というものが落ちる音で私の意識は現実に引き戻されました。どうやらスノークが死んだことで、空中に拘束されていたレイちゃんの身体が床に落ちたようです。

 急いで周りを見渡してみればすぐそこに、スノークを真っ二つにしたますたぁのライトセーバーを引き寄せたベンくんの背中が見えました。

 

 ただ、こんなことされて周りの赤い護衛さんたちが黙ってるわけないのです。スノークを殺したのがベンくんだと理解した瞬間、八人が八人とも一斉にそれぞれの武器を構えました。

 

『レイちゃん、今はこの場を切り抜けないと!』

「……っ、わかってる!」

 

 護衛さんたちが走り始めると同時に、レイちゃんは機敏な動きで跳ね起きながら、床の隅のほうに転がっていたベンくんのライトセーバーを引き寄せて展開しました。

 十字みたいに展開される、赤いライトセーバー。普通のと違って、ベンくんの心を示すみたいな揺らぐ刀身が印象的な、シスのライトセーバーです。

 

 その赤が、護衛の人が振り下ろしてきたエレクトロ眉尖刀(びせんとう)――なぎなたみたいな武器です――を受け止めます。

 わかってはいましたけど、刃部分にプラズマエネルギーの保護がありますね。ライトセーバーと切り結べる物理武器です。

 

 ……まあ護衛さんたちはフォースユーザーどころかセンシティブでもないみたいなので、スノークのマインドプローブをほぼ私が引き受けた分無傷に近いレイちゃんにとっては、ちょうどいい訓練相手ってとこでしょう。数が多いのもその一環ですかね。

 

「義姉さんはベンを!」

『おっけーなのですよぉ』

 

 なので、私はベンくんを手伝うことにしました。

 

 ベンくんはますたぁのライトセーバーを手にすることはできましたが、スノークを倒せたのはあくまで彼の注意が完全に私に向いてたから。油断していない、守るべき相手を殺されてげきおこな護衛さんたちを複数人相手にするのはちょっと難しいです。

 何せまだスノークの拷問の影響で、身体が弱ってますから。

 

 私はそこを補います。ただ、私がするのは本当に純粋に援護だけです。

 相手の攻撃を逸らしたり、食い止めたり。動きを邪魔したり、弱ーいフォースグリップをかけたり。そんな感じです。

 ベンくんの身体は弱ってるので乗っ取ったところでですし、他に乗っ取れる人もいませんからね。

 

 まあ、ベンくんは元々強い人です。レイちゃんもそう。そこに普通の人には見えない私までいて、負けるはずがありません。

 

 大体二分ってとこでしょうか。八人の赤い護衛さんたちが全滅するまでにかかった時間。

 

「はあ……ッ、はあ……ッ!」

「ベン! しっかり!」

 

 ただ、怪我をおして奮戦したベンくんは、追加の怪我こそなくてもだいぶしんどそうです。敵を全滅させると同時に、ライトセーバーを取り落としつつ膝をつきました。

 慌てて駆け寄ったレイちゃんが、その身体を支えます。

 

 幽霊の私にはできないことなので、私は私にできることをしましょう。ルークさんたちは今どんな感じでしょ?

 

「……もう大丈夫。あとはここから逃げるだけ……それも問題ないわ。準備はできてる……はずだから」

 

 傷ついたベンくんにフォースヒーリングをかけるレイちゃんをよそに、テレパシーを飛ばしてみる私。

 ルークさんからの返事は、問題なく終わったという回答です。

 

 ふむ? と思って、ちょうどよく近くに置いてあったオキュラス――要はとってもすごい望遠装置――を覗いてみれば、スプレマシーの前を逃げ続けていたレジスタンス艦隊の姿が消えていました。

 

 おお、うまくいったようで何よりです。じゃあ私たちもここからおさらばしないとですね。

 

「……なぜ来た」

 

 一安心したところで視線を戻すと、だいぶ楽になった様子のベンくんがレイちゃんをにらみつけていました。まだ身体を支えられてるので、あんまり威厳はないですけど。

 

「俺の心を覗いて同情したか? それとも、ハン・ソロかルーク・スカイウォーカーにでも頼まれたか」

「それ、今必要な話?」

「施しなどいらん! 余計なことをするな! 俺は――」

 

 だいぶ回復したみたいです。レイちゃんの手をはねのけて距離を取れるならもう十分ですよね。

 

「――でも、あなたが救けを求める顔をしてた」

 

 そして、それでも言葉を続けるレイちゃんに、ベンくんが硬直しました。

 

「だから来た。それだけよ。他は、何にも」

 

 真顔で言った彼女は、続けてにっと笑います。

 

 うーん、これはヒーローですね。今のレイちゃんなら、未来の地球でも十分やっていけると思います。

 

「ハンとかルークとのことは……うん。家庭の事情ってやつでしょ? 私から何か言えることはあんまりないかな。強いて言うなら……」

 

 レイちゃんはそこで言葉を切ると、この部屋の入口のほうに顔を向けます。

 

 ベンくんがつられてそちらに顔を向けると、血相を変えたハンさんとルークさんが入ってきたところでした。

 

「ベン!」

「レイ!」

「……!」

「ベン無事か!? 無事だな! よし……よし!」

 

 そのままベンくんを抱きしめるハンさん。ベンくんは身動きがとれません。

 

 別にそれは怪我が痛むとか、ハンさんが特別力が強いとかじゃなくって、強いフォースユーザーのベンくんには、ハンさんの内心がくっきりはっきり見えてしまったからでしょうね。

 

「……家族とはきちんと話し合っておいたほうがいいわ。あなたはまだそれが間に合うんだから」

 

 途方に暮れる顔を向けてきたベンくんに、レイちゃんは二人の乱入で遮られた言葉の続きを言いました。

 

 ジャクーに置き去りにされたレイちゃんが言うと重いですね。ベンくんも同じことを思ったんでしょう。ハンさんとルークさんに、交互に視線を送っています。

 

 けれど、間近で見るハンさんの心に、揺れていた視線と心が少しずつ定まっていくのが見えました。

 

「……ずっと……苦しんできたんだ……」

 

 ぽつり、ぽつりと、ベンくんがかすれるような声を上げました。震えていて、とても弱い声です。迷子の子供みたいな。

 

「小さい頃から、ダース・ヴェイダーのことが好きだった……。俺の、ヒーローだった……。でも、みんなが彼のことを、悪く言う!」

 

 だんだん声が大きくなっていくベンくん。同時に震えも大きくなっています。

 

「わかってる! ダース・ヴェイダーはシスの暗黒卿で、大量殺戮犯だ! 大勢の人間を殺して、苦しめた! でも……! でも、それでもっ、誰にも負けない……っ、どんなに大勢の敵に囲まれても、あの伝説の英雄ルーク・スカイウォーカーと戦っても、勝つ……っ! そんな無敵の男の背中に憧れたんだ!」

 

 んー。実際のところは無敵でもなんでもなくって、オビ=ワンさんに負けてますし、シディアスのおじいちゃんには逆立ちしたって勝てない上下関係があったんですけどね。

 

 でも、帝国の時代に表立ってフォースとライトセーバーを前面に出しての絶対的な強者による恐怖支配を体現したのは、他でもないますたぁです。シディアスのおじいちゃんは、あんまり直接手を下すことはなかったですからね。そこからの印象は大きいかもです。

 あとは、ビジュアルの力とか。パッと見ただけの印象だと、ますたぁが一番強そうですよね。

 

「その正体が、実の祖父だって知ったときは……むしろ誇らしかった! それだけだったら、よかったのに……なのに、なのに! そんな爺さんの娘だからって理由で、…………、……っ、か、母さんは……告発されて、新共和国の主席議員を降ろされた! ますます俺の憧れは誰からも認められなくなった……! あんたも! 誰も!

 ……なあ! 俺のこの気持ちは、俺の抱いた憧れは、間違っていたのか!? そんなにおかしいことなのか!?」

 

 でもまあ、なるほどです。なんていうか、すっごく親近感。

 

 つまりベンくんは、この国の「普通」ではなかったわけですね。周りの「普通」に耐えられなかったんでしょう。

 私にはコトちゃんがいました。周りと違う私の「普通」を正面から受け入れてくれる最愛の人が。でも、ベンくんには……。

 

「……その力で、ヴェイダーと同じ力で、ベン、お前は何がしたかった? 教えてくれ。息子のことを何も知ろうとしなかった馬鹿な父親に、お前の憧れの、『始まり(オリジン)』を教えてくれ」

「俺も強い戦士になって……! フォースで、この力で……! か、母さんを! 守りたかった!! 忙しそうに銀河のあっちこっちを飛び回ってたあんたの代わりに! シディアスから息子を守り抜いた、爺さんみたいに!!」

「ベン……!」

 

 ハンさんが、ベンくんを改めてぎゅっと抱きしめました。その目に、きらりと光るものが見えましたが、それについては黙っていましょう。

 

「ああ……間違ってない、間違ってなどいるものか……! すまないベン……! お前のその優しさに気づいてやれなかった、俺が悪かった……!」

「…………。……父、さん……父さん……!」

「ああ……! ……さあ、一緒に帰ろう……。母さんがお前を待ってる」

「…………、うん……」

 

 だって、親子の再会なのです。そこに口を挟むのが野暮だってことくらい、私にもわかります。コトちゃんと再会したとき、誰かに割って入られたらって思うだけでイラっとしますもん。

 

 でも、そろそろここから脱出しないと危ないんですよね。スノークが死んだってことはまだスプレマシー内の誰も知らないでしょうけど、レジスタンスが逃げ切ったことで誰かがここに来る可能性は高いです。

 誰も来なくっても、最高指導者スノークの意見を求めて通信を入れてくる可能性はかなり高いんです。さてどうしたものでしょう?

 

 あ、ちなみにですが、最初ここに入って来たとき以降、ずーっと無言なルークさんは終始申し訳なさそうに顔を歪めて所在なさげに立ち尽くしてました。誰かが何か言うたびに心にダイレクトアタックって感じですね。

 

 まあ彼については、スノークの偽装がうまかったことを差し引いても結構悪かったとこがありますからねぇ。

 でも、彼に文句を言えるのはハンさん一家くらいでしょう。この件で私に言えることはないので、こっちにも触れないでおきます。

 

「レイ! みんな! まだ時間はかかりそう!?」

 

 そのまま少し無言な時間が続いていましたが、しばらくして。

 

 スノークと連絡がつかなくなってこっちに大勢トルーパーが向かってる、早く脱出しよう。そう言いながら、フィンくんが玉座の間に飛び込んできました。

 間の悪いことがちょくちょくあるフィンくんですが、今回はグッジョブな感じです。

 

 実際、状況が大きく変わってることは事実なので、とりあえず私たちは撤収を始めました。

 

 ルークさんとフィンくんを先頭に、ハンさんとベンくん、それに警戒のため部屋の外で待機でしてくれてた暗号破りさんが続きます。

 最後尾は、私とレイちゃんです。混乱中のスプレマシー内をさらに混乱させるために、フォースハックを仕掛けながら戻りたかったので。

 

 そんなにいるかな? とも思いましたけど、念には念をってことで。

 実際、ハックス将軍? とかいう人に見つかりかけたので、やっててよかったです。

 

 けど、意外とハックス将軍も有能みたいですし、スプレマシーが戦力として残存するのも困るってことで、最後に置き土産を残していくことにしました。暗号破りさんと一緒に、スプレマシーの中枢システムに深刻なダメージを残しておくのです。

 スプレマシーの宇宙船としての機能は生かしておきますが、基地としては使えない程度に抑えてズッタズタにしてあげましょう。生かさず殺さずってやつです。

 

「やるね、お嬢さん」

『私のはフォースを使った邪道なので、それほどでもないのです。ホントのホントに』

 

 暗号破りさんとそんな会話をして――もちろん私のフォースハックや発言は全部レイちゃん伝いなので、彼はレイちゃんがやってるって思ってます――、ちょっとだけ交流も深めました。

 

「よしチューイ、ずらかるぞ!」

 

 ま、それはともかく、みんなで無事にファルコンに到着です。ハンさんの号令でチューイくんとドロイドコンビが同時に動き、即座にスプレマシーから発艦。

 暗号破りさんがもう一度シールドコードに穴をあけて、私たちは一気にこの辺りの宙域から脱出するのに成功したのでした。

 




ベンは生まれる前からフォースに親しみ、物心つく前からフォースを使うことができたというのが公式設定になっています。
それはルークはもちろん、あのアナキンですらできなかったこと。
だからこそ、いかにベンの持つフォースの資質が大きいかがわかるのですが・・・それはつまり、乳幼児特有の癇癪でさえフォースが暴れ、周りに何度となく被害を生んでいたということでもあります。

要するにハンとレイアの夫婦は、ハリポタ世界において純マグルの夫婦なのに魔法力を持つ子供が生まれたのと同じような環境に置かれていたわけです。しかもあの銀河のおいて、唯一。
それはどうあがいても、あの銀河の「普通」ではないわけで・・・彼らが「自分の世界に逃げ込んだ」のもわからなくはないです。

そんな状況なので、どうしても周囲の目はベンという人間ではなく、彼が持つフォースの特異性に向きます。よしにつけあしきにつけ。
周りの人間がベンを見誤ったのは要するに、ベンという人間をちゃんと見ていた人間がいなかったってことなんでしょう。
見られていたのはフォースの才能という一面だけで、あのルークでさえそこにばかり気にかけてしまっていたわけで。
だからこそ、本当の自分を一度も誰からも見つけてもらえていないことに絶望したベンはダークサイドに堕ちたのでしょう。
なので案外、ベンの心境はトガちゃんと近しかったのではないかなぁなんて思う今日この頃です。

なお劇中でハンが言う「ヴェイダーに惹かれた」という言葉は、ベンの中の凶暴性とかそういうものを指しての比喩みたいな感じの意味らしいのですが、ダース・ヴェイダーの人物像をある程度知ることができる家庭で生まれ育ったこと自体は間違いないでしょう。
ルークの下を離反する時点ではまだアナキン=ヴェイダーの事実を知らされていなかったらしいですが、ヴェイダーの強さや恐ろしさ自体は教えられていたでしょうから、であれば言葉そのものの意味で「ヴェイダーに惹かれた」という解釈もできるだろう、という判断の下でベンのオリジンをこんな感じで書きました。
そこに「ヒーロー像」と「憧れ」という要素を入れたのは、やはりヒロアカクロスなので、こういう解釈の仕方もありじゃないかと思ってのことです。

・・・ディズニーはベンの生い立ちをスピンオフとかで後出しせず、映画本編中できちんと描写すればよかったのでは?(名推理


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.真相

スターウォーズシークエルトリロジー(EP7~9)における特大のネタバレがあります。
公開から何年も経ってるので今さらではありますが、念のためご注意ください。


 スターキラー基地の戦いから続いたディカー撤退戦は、レジスタンスの勝利に終わりました。戦闘行為そのもので言えば完敗ですが、戦略目標をすべて達成したのはレジスタンス側なので、勝者はレジスタンスって言っていいでしょう。

 

 そんなレジスタンスの面々は一旦クレイトで集まって休息を取ったあと、仲間を募ってメンバーを増やしながらエイジャン・クロスに移りました。アウターリムにあるガス惑星エイジャラの衛星で、銀河帝国時代に発見されるも帝国側に報告されていなかった星です。

 ファーストオーダーは帝国の後継組織なので、エイジャン・クロスはファーストオーダーにも知られていない未知の星ということになります。つまり身を隠すにはうってつけってことですね。

 

 逆にファーストオーダーは、首都とも言えるスプレマシーがほとんど使い物にならなくなったこと、最高指導者スノークが死亡したことで動揺しているみたいで、今のところまったく動きがありません。

 

 いや、内輪もめしてるって意味では動きがないわけじゃないんですけど。後継者争いでもめてる分には時間稼ぎができるので、もっとやっててください。スパイからの情報だと、今のところ例のハックス将軍が一番優位に動いてるみたいです。

 

 ところで私たちと一緒にスプレマシーから逃げたベンくんですが、彼のフォースは結局完全には光には戻りませんでした。とはいえ光百パーセントのほうがトガ的に怖いので、それでいいんだと思います。

 実際、ベンくんのフォースには闇があるものの、光のほうが多い状態で安定していますしね。これは闇が多い状態で安定してる私とはちょうど真逆です。

 

 そんな彼の、ソロ一家の再会はなかなか感動的なものでした。

 家族水入らずってことで、すぐに私たちは席を外したので具体的にどんな会話があったのかは知りません。たぶん、知らなくっていいんだと思います。

 その後はまだちょっとぎこちないですけど、これから少しずつよくなってくんじゃないでしょうか。

 

 ……あ、ルークさんはハンさんから一発パンチをもらってました。

 ベンくんからも一発ひねりの入ったキックをもらってて、そのまま池に突き落とされてました。彼ら的には、それでルークさんの失敗はチャラってことみたいです。

 

 ソロ家男子の落とし前のつけ方が完全にアウトローのやつで、私は笑っちゃいました。レイアさんは呆れてました。

 

 まあそれはさておき。

 その後のレジスタンスはレイアさん指揮のもと、次の戦いに備えて基地の設営と訓練、武器や艦船の補充などにいそしむことになりました。

 

 それらの作業が急ピッチで進められてる中のことです。ディカー撤退戦から十日ほど経ったある日、私とレイちゃんはレイアさんに呼ばれて会議に参加することになりました。

 私たち以外にもフィンくんとベンくんも呼ばれていたので、多分フォースに関係した話をするんだろうなぁ……って思いながら出席してみれば、部屋にいたのはレイアさんとルークさんだったので、予想通りでした。

 

「結論から言おう。銀河帝国皇帝パルパティーンが生きている可能性が出てきた」

 

 全員が席について、ルークさんが開口一番にこう言いました。若手三人はこれに唖然とします。

 

 気持ちはわかります。何せ皇帝パルパティーン、つまりダース・シディアスはもう三十年近く前に死んでるはずなのです。ルークさんの目の前で、ますたぁに殺されてるはずなんです。今さら生きている可能性が、なんて言われても信じられないですよね。

 

 ちなみに私は驚いてません。この情報を提供したのは私だからです。

 

『たぶん間違いないのです。あの日、心の中でスノークを迎え撃った私の目の前で消える直前、彼の姿がシディアスのおじいちゃんに変わりましたから』

 

 なので、あの日私が見たものを説明しました。そう、あの日私が愕然としたのはこれを見てしまったからなのです。

 心の中で、じかに接した状態でそれを見た私にはわかります。スノークは、シディアスのおじいちゃんの操り人形に過ぎなかったってことが。

 

 もちろん生き物としては別の個体なんだと思います。フォースの質も違ってましたから。操られていたことにスノークが気づいていたかどうかはわかりませんが。

 

「で、でもやつは死んだんでしょう? そんなことがあり得るんです?」

 

 フィンくんの疑問はもっともですが、ここに魂だけで普通に行動してる私っていう例があるので、あり得るでしょう。

 

「やつは何らかの手段で、肉体から魂だけの状態で抜け出したのだろう。あるいは、肉体が滅びてもなお魂だけでこの世にすがりついたか。千年以上前の話だが、いずれも前例がある。

 その後、自らに合う肉体を用意できたかどうかはわからないが……少なくとも、生き延びて何かを企んでいるだろうことは想像に難くない」

「……つまり、何か。俺の今までの人生は、スノーク……ではなく、皇帝のせいだったということか」

 

 それを聞かされたベンくんのフォースが荒ぶってます。そりゃあそうでしょう。元凶をやっつけたと思ってたのに、全然そんなことなかったって知らされたら怒りもします。

 

 ただ、荒ぶるフォースの勢いに、まだフォース初心者なフィンくんが挙動不審になっているのでもう少し落ち着きましょう。レイちゃんがベンくんの手に手を重ねて、鎮めてましたが……フィンくんは災難でしたね。

 

「……でもルーク。生き延びていたとして、皇帝は今さら何を企んでいるのかしら? いくら最強のシスとは言っても、一度死んだことになった人にできることなんて……」

 

 ベンくんの手に手を重ねた状態のまま、レイちゃんが言います。それについては断言はできないですけど、推測はできます。

 

『そもそもの話、シディアスのおじいちゃんにとって一番重要なことはフォースの探求とシスとしての研鑽だったはずです。帝国を興したのはジェダイに対する復讐の一環で、あとは研究を進めるための環境を整えるためって意味のが大きかったはずなのです。彼にとって支配は手段であって、目的ではなかったはずなんですよね。

 だから統治に興味がなくって、そっち方面は部下にほとんどまかせっきりにしてたはずなのです』

「……その話は初耳です。言われてみれば確かに、皇帝には統治者としての気概や目的意識が希薄だったように思いますが……」

『私は事故起こしてこっちに来る前にも、この銀河の歴史を映像作品見るみたいに見続けてましたから。だからシディアスのおじいちゃんとますたぁが会話してるシーンとかも見てたのです。……もちろん、ルークさんたちの活躍も見てましたよ』

 

 レイアさんにそう答えると、実際に戦争を生き抜いてきた二人は複雑な表情を浮かべました。自分たちが死ぬ気で駆け抜けてきた日々が、娯楽みたいに消費されてるのは喜べないのでしょう。わからなくはないです。でも事実なので……。

 

「ふむ……そんな君から見て、皇帝の目的が何か想像はつくかね?」

『一応? えっと、シスとしての研鑽が彼の一番の目標だとするなら、今はそれに専念できない状態なわけですよね。ってことは、今の目の前の目標はたぶん、きちんとした身体を取り戻して復活することそのものじゃないでしょうか』

「やはりそうか……」

 

 私のこの答えは、ルークさんは予想していたみたいです。ため息交じりにそう言うと……それから、なぜかレイちゃんに顔を向けました。

 

 ? なんでしょ。

 

「……だとすると、やつの次の標的はレイだろう」

「え?」

「は?」

「え、私? なんで?」

 

 そこで私を見られても、私だってなんでも知ってるわけじゃないんですよレイちゃん。

 なので私も首を傾げて、ルークさんに改めて目を向けます。

 

「なぜなら……なぜなら、……それは、レイが。……君が……皇帝パルパティーンの……()、だから、だ……」

 

 そ……れ、は。

 ちょっと、想像してなかった、と言いますか。あまりに衝撃的すぎて、全員が言葉を失くしました。

 

 確かにちょっと前、レイちゃんはとんでもない血筋なのかもって思いましたけど……その予想はある意味で正しかったわけですか。正解したくなかったです。

 

「ど……どういうこと……!?」

 

 たっぷり時間を取ってから、かろうじてレイちゃんが絞り出すように声を出しました。

 

「……私は以前、オーチというシスカルトの信奉者を追っていた。やつがシスの聖地に繋がる何かを知っているという情報を得たからだ。だがその足跡を追って辿り着いた場所にあったのは、もぬけの殻になったスターシップだけ。

 しかしその中にあった記録には、オーチが所属するシスカルトの依頼で皇帝の息子一家を追っているというものがあった。そして夫婦を捕まえたという記録も……」

 

 ここでルークさんは言葉を切り、改めてレイちゃんと向かい合います。

 

「……そして、拷問の記録もあった。だがパルパティーン夫妻は、どんな責め苦を受けようと()()()()()()()()の行方だけは割らなかったという。そして業を煮やしたオーチは……加減を誤り、夫妻を殺めてしまった……」

 

 そして、絶望的な情報を口にしたのです。愕然として、真っ青になるレイちゃん。

 

 無理もありません。だってレイちゃんは、お父さんお母さんにいつかまた会うために、今までがんばってきたのです。それがもう、いないなんて。

 

 けれど同時に、納得もありました。彼女の脳裏にはタコダナで見たヴィジョンがよぎっています。

 そう、レイちゃんを守るために、あえてジャクーに置いていかざるを得なかっただろう両親の姿です。点と点が繋がって、線になった瞬間でした。

 

「……レイ、無理はしなくていい」

「ルーク、あんたは人の心がわからないのか。相変わらずだな!」

「必要なことだ、ベン。もはや知らずに置いておける状況ではなくなってしまったのだ」

「なんだと……!」

「え、ちょ、待っ、二人とも落ち着いて……!」

「……だ、い、じょうぶ。大丈夫……フィンも、ベンも、ありがとう……」

 

 喧嘩腰の二人を見て、レイアさんが頭を抱えてます。ハンさんがここにいなくてよかったですね?

 

 その一方で、「もう生きていないって思ったことがないわけじゃない」とつぶやく形で付け加えて、レイちゃんは深く、深く深呼吸しました。それを繰り返して、精神を集中させていきます。

 

 ……私が思ってた以上に、レイちゃんの立ち直りが早いです。心配してたんですけど、本当に大丈夫そうですね……?

 

「だからかな……覚悟は……正直、してなかったわけじゃないの……。それに……それに、私には義姉さんがいてくれたから。辛いときも、悲しいときも、ずっと……。あの日見たヴィジョンだって……だから」

 

 ――だから、大丈夫。

 

 ……そんなまっすぐ言われると、さすがにちょっと照れます。

 

 でも、そうですか。私も、ちゃんとヒーローできてるみたいで、それは、はい。

 ちょっと、いえ、結構……かなり? 嬉しいかも、しれません。

 

 ……と、とりあえず、話を戻しましょう。それがいいと思います。

 

『それで、レイちゃんがなんで狙われることになるんです? いえ、私はなんとなく想像はつくんですけど』

「……つまり、身体を乗っ取ろうとしているのだろう、ということだ」

 

 でしょうね。私だって実際、おんなじことできますししてますもん。

 

 でも私は相手の意識を永遠に奪って乗っ取るなんてしませんし、そもそもできません。状況だって選んでます。必要があるときしかしません。

 

 けどシスの暗黒卿が乗っ取りをするなら、まず間違いなく永遠に乗っ取るでしょうし、乗っ取られた人の意識は消されるでしょう。レイちゃんがターゲットなのは、レイちゃん自身のフォースの素養がとっても高いことと、血縁者だから取り込みやすいってのがあるんでしょうね。

 

 私のこの説明に、みんながなるほどって顔をしました。

 

「……目的がどうあれ、皇帝を殺す必要があることに変わりはないだろう」

 

 まあ、そうですね。ベンくんの言う通り、結局のところはそこに行きつきます。

 言い方は物騒ですが、事実なので。レイアさんもたしなめようと考えはしても口にはしませんでしたし。

 

「でも肝心の皇帝がどこにいるかわからないんじゃ、手出しできない!」

「ルーク、心当たりはあるのですか?」

 

 フィンくんに続いたレイアさんに、ルークさんが一応と言った感じで頷きました。

 

「先ほど少し触れたが、私はシスの聖地を調べたくてオーチを追っていた。それは銀河の外縁部、未知領域のどこかにあるという……。皇帝がいるとしたら、恐らくはそこだろう」

「……それはどこなんだ」

「……そこまでは」

「チッ」

 

 ベンくんってば、ルークさんに辛辣。そりゃあそうなる気持ちはわかりますけど。

 

 でも、シスの聖地ですか。だとしたら、それは。

 

『たぶんエクセゴルでしょうねぇ』

『!?』

「義姉さん、まさかこれも知ってるの?」

『はい、知ってます。視ましたからね』

「そんなことまで知ってるなんて……。もしかしてヒミコさんがこの銀河に飛ばされてきたのは、フォースの導きだったんじゃないです?」

『だとしたら私、一生フォースを恨みますけどね。こっちは恋人と引き裂かれてるんですよ?』

「アッ。す、すいません……」

 

 フォースに触れたばっかりのフィンくんがそう思うのも、無理はないんですけどね。悪気がなくっても、傷つくときは傷つくのです。

 

「それよりも。そのエクセゴルとやらはどこにある? どうやって行けばいい?」

『とんでもないルートを通る必要があるので、ガイドなしで行くのは自殺行為です。つまり、ウェイファインダーが必要なのです。

 で、ウェイファインダーは二個あって、正統なシスであるシディアスのおじいちゃんと、ますたぁが一個ずつ持ってました。二人が最後どこに置いてたかまでは知りませんが……少なくとも、ますたぁが一度ムスタファーに持ち込んだのは知ってます』

 

 なのでまずは、ムスタファーに行ってみるのがいいと思います。

 つまりベンくんにとっては、聖地巡礼ですね。何せムスタファーは、ますたぁのダース・ヴェイダーとしての城があった場所です。

 

 ああでも、ますたぁがオビ=ワンさんに負けた場所でもあるので、あんまり詳しくは言わないほうがいいでしょうか。それとも、この件は知ってるんでしょうか?

 

 ただ少なくとも、ムスタファーにシスとしての意味があることは十分知ってるんでしょう。

 

「……ならば、俺が取りに行く」

 

 はっきりとそう言ってくれましたからね。

 




ここまでが原作EP8に当たる範囲。次回からはEP9に該当する範囲です。
お察しの通り、EP9の前半部分を全部ぶった切っていくトガちゃんです。
全部ではないにせよ原作知識があるようなものなので、まあこうなるよねっていう。

ちなみにレイの出自ですが、補足すると孫という表現は実は正確ではないです。
レイの父親(名前は明らかになっていない)は皇帝パルパティーンの息子ではなくクローンです。
皇帝が後々のために用意していたクローンの一体がバグか何かで自我を持ってしまい、脱走したのがその正体になります。
なので血縁的には皇帝の娘と言ったほうが正解に近いわけですが、それを説明すると長くなるのでわかりやすく孫としております。原作でも映画の中ではそこまで細かく描写されてないしね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.エクセゴル

 その後私たちはムスタファーに向かい、ウェイファインダーをゲットして戻ってきました。メンバーは他にレイちゃんと私、フィンくん、それにBB-8です。

 

 ルークさんは嫌な予感がするから、ってことで、ハンさんやチューイくん、R2と別行動です。シスカルトのオーチを調べるために今も辺境の星パサーナに留まってるランド・カルリジアンさんを迎えに行くそうです。おかげで道中の船内の空気が悪くならないで済みました。

 

 ムスタファーではシスの関係者だと思われる人たちに邪魔されたりもしましたが、正直ベンくんとレイちゃんがいたら並みの妨害なんて妨害にならないのです。

 なので余裕の正面突破でした。何人か残してフィンくんの訓練相手に残せるくらい余裕綽々でした。

 

 ただ、ウェイファインダーを見つけたタイミングでますたぁがスピリットで出てきたのは予想外でした。

 ルークさんの言ってた嫌な予感はこれでしょう。そりゃあ、今更実の父親と何を話せばいいのかわかんないでしょうし、色々やらかしたあとなので顔を合わせるのも気まずいでしょうねぇ。

 

 でもこのせいで、私の未来人っていう正体がみんなにバレそうで困りました。

 

 考えてみればそれは当然です。私に色々教えてくれたますたぁは未来のますたぁなので、この時代のますたぁは私のことなんて欠片も知らないですからね。

 

 けど私のフォースはコトちゃんと同じ……つまりますたぁの親友だったアヴタスくんとも同じなので、この時代のますたぁたちはまだ確信できてないみたいです。

 なので、コトちゃんのふりをしてとりあえず凌ぎました。大好きなコトちゃんになり切るのは、そんなに難しくないのです。

 

 まあ、いつか地球に帰るなら、少なくともこの時代のますたぁやレイちゃんたちには本当のことを話しといたほうがいいんだろうなとは思います。

 でも今はそういう話をする時間ももったいないので、この件に関しては戦争が落ち着いてからでいいかなとも思うのです。

 

 私が知らないことも含めて、色んな修行方法とかを提供してくれたのは素直にありがたいんですけどね。ますたぁは近年のジェダイとシス両方の教えを教えられる唯一の人なので、貴重な情報をたくさんもらえましたから。

 

 おかげでこのあと全員――私はもちろんルークさんも含みます――の修行が格段に捗ったので、ホントそこはありたがかったんですよね。複雑な心境です。

 

 ちなみにですが、ベンくんはますたぁ本人と対面してる間、終始オールマイトを目の前にした出久くんみたいなテンションになってました。

 最初はこの人ホントにベンくんかな? ってその場にいた全員が思いましたが、よくよく考えたらそりゃそうでしょうねって感じでした。録画できなかったのが悔やまれます。

 

 で。そんなこんなでウェイファインダーを手に入れた私たちですが、しばらくは修行に専念することになりました。ますたぁがたくさん落としてくれた情報のおかげで、やりたいこと試したいこと、調べたいことがたくさんあったのです。

 

 ルークさんも、パサーナから情報を持ち帰ってきてくれました。オーチの乗っていたスターシップや、中で機能停止していたドロイドなんかを精査したところ、エクセゴルについても多少わかることがあったのです。

 

 結果として、今すぐにエクセゴルに突入するには戦力不足すぎる、ってのが私たちの総意でした。ますたぁからもらった情報と、ルークさんが見つけてきた情報を統合すると、そう考えざるを得ないのです。

 

 とはいえ、そもそもシディアスのおじいちゃんはまだ本格的に動いていません。レジスタンスはレジスタンスで戦力の増強と、指導者がいなくなってゴタゴタしてるファーストオーダーへの反撃にも時間を使いたいみたいでしたから、修行するなら今のうちって認識もありましたしね。

 

 それにエクセゴルへの突入は、レジスタンスの軍事的な戦力も重要になるというのがルークさんとレイアさんの意見です。私も同感です。

 

 私は実際に行ったことのあるますたぁほど詳しくないですが、それでもエクセゴルに結構な人がいることは知っていました。シスのカルト集団で、シスのためなら死ねる人たちの集まりがあるのです。

 その上彼らは、独自の戦力を持ってました。ルークさんが持ち帰った情報でも、それらははっきりしてました。帝国が健在だった時期でもそれなりの規模だったその戦力を、一度死んで潜まざるを得なくなったシディアスのおじいちゃんが拡充してないとは思えません。

 

 とまあそういうわけなので、レジスタンスも私たちも戦力が足りてない現状。軍人さんとは別に、私たちは私たちで修行をみっちりすることになったわけです。

 あのダース・シディアスと対決するとなれば、フォースの技、ライトセーバーの技、どっちも疎かにはできません。少しでも強くなるために、ものすごくハードな日々でした。夏合宿でやった”個性”伸ばし訓練なんか目じゃないくらいハードだったと思います。

 

 この間、レジスタンスの人たちは先に少し言った通り戦力の増強に励みつつも、各地でファーストオーダーに反撃して動きが鈍くなってるところを各個撃破していました。レジスタンス始まって以来初めての快進撃が続いたそうです。

 おかげで日和見していた人たちもレジスタンスに合流するようになり始めたので、レジスタンスの規模は日に日に増しています。

 

 それにしても、たった一人の最高指導者がいなくなっただけでそんなに弱体化するって、どれだけワンマンだったんでしょうね。有能すぎる一人に全部かかってると、あとが怖いんだなぁって思い知らされた気分です。

 私、独裁制にはレイアさんたちほど拒否感ないんですけど、こういうところは怖いなって思いました。

 

 ……まあ、そうやっていられたのは数か月程度だったんですけどね。

 

 年が明けて少しして、いきなり銀河全体にシディアスのおじいちゃんの放送があったのです。自分もシスも、滅んでなんかない。復活したんだって感じの放送です。

 

 そんなことになれば当然、銀河はどこもかしこも混乱しました。派手に内輪もめしてたファーストオーダーもそうで、ハックス将軍がどうにかこうにかボロボロの艦隊をまとめて未知領域に撤退してったそうです。その方向はばっちりエクセゴルの方角だったので、私たちは色々と確信したんですけどね。

 

 新共和国――は、もうほとんど国としての体を成してなかったですけど――なんかは悲惨で、放送のあともほとんど対策を取れないまま右往左往してました。

 彼らはレジスタンスがファーストオーダー相手にあっちこっちで活躍してたときもなんにもできてなかったので、もう本当に完璧にダメなんだと思います。民主制もダメダメなときはとことんダメダメですよね。

 

 なので、ああ、お義父さんがお説教――仏教的にもお叱り的にも――でよく言ってる「何事もほどほどが一番」って、ホントなんだなって改めて思った私です。

 

 で。

 

 そんな状況の中でも混乱してなかったのは、武器とかを売ってお金儲けしようとしてた軍需産業の人たちと……それから、レイアさんをはじめとするレジスタンスの首脳陣くらいでした。

 

 けど、レイアさんは自分が皇帝の復活を既に予期していて、そのために色々な手を打っていたことを明かして逆にレジスタンスの士気を高めることに成功していました。これのおかげでもう一度日和見に回ろうとする人は一人も出なかったので、そこはさすが長年色々やってきた政治家だなって感じです。

 

 そしてレジスタンスは、ウェイファインダーを繋いだファルコンの先導でエクセゴルに向かうことになったのですが……未知領域の手前まで来たところで、エクセゴルのほうからジャンプしてきたスターデストロイヤーと鉢合わせました。これにはみんなびっくりです。

 とはいえそれは向こうも同じだったみたいで、奇妙な空白の時間ができました。

 

 先にこの驚きから回復したのは、私たち。スターデストロイヤーが何かする前に集中砲火を浴びせて撃沈させることに成功したのです。

 あっちも途中から、船体下部にある明らかにヤバそうな大きいレーザー砲を発射しようとしていましたが、その前になんとかできたので運もよかったんでしょう。

 

 これを開戦の狼煙にして、私たちは一斉にエクセゴルに攻め込みました。

 まあ、お出迎えが何百隻以上ものスターデストロイヤーだったのには、びっくりするしかなかったですけど……それでも数で言えばこっちだって負けていません。

 

 何より、エクセゴルのことはもう未知じゃありません。ルークさんが入手した情報通り、そこは磁気嵐と重力井戸が入り乱れる不安定な大気圏で、大きな艦艇が宇宙に進出するためには地上からのナビゲーションが必要不可欠な星でした。

 

 であれば、やることは予定通りです。ナビゲートタワーを破壊してこの大艦隊を大気圏内で釘付けにしつつ、飽和攻撃を浴びせればいいんです。

 直前の緒戦で、シス艦隊のスターデストロイヤーは超兵器を積んでる代わりにそこを破壊されると誘導して船そのものを破壊できる、ってことはわかっていますからね。

 

 そうして始まった最終決戦をよそに、ファルコンに乗った私たちは戦場を離れてエクセゴルの中枢へと向かいました。

 具体的にどこかは、フォースを通じてわかります。直立に切り立った大きい大きい岸壁の、隙間の先が目的地です。

 

 当然、ファルコンでその先には行けません。ここからは、フォースユーザーだけが進むべき道です。なので私たちを下ろしたあと、ファルコンは戦場へと戻っていきました。ハンさんとチューイくんが操縦するファルコンなら、万に一つもないでしょう。

 

 闇の向こう側へ進みます。強い、とっても強い闇が渦巻く邪悪な場所です。フォースが導く先は地下で、進めば進むほど闇が強くなっていきます。それはまるで、手招きされているような感じでした。

 

 ……いえ、実際手招きされてるんでしょう。手ぐすね引いて待ってる、って言ったほうがより正確でしょうか。

 

 とはいえ、招かれているのはレイちゃんだけなんでしょう。私たちの前に、大勢のシスエターナル信徒が現れたのです。

 相手もみんな何かしらの形で武装していて、私たちを見るや襲い掛かってきます。レイちゃん、ベンくん、ルークさん、フィンくんが合わせてライトセーバーを起動しました。順に青、赤、緑、緑です。

 

 ですがフォースからしてシスエターナルたちはレイちゃんだけを通す気でいて、実際そのように立ち回ろうとしています。こっちとしても、艦隊戦のことを考えればなるべく早く終わらせたいので、急がないと……。

 

『と、思わせたいんでしょうけど。残念ですがそれはお見通しなのです』

 

 光の人だけがここにいたら、そう思わされていたかもしれません。

 確かに上空の艦隊戦は拮抗していて、予断を許しません。ですが私とベンくんは、光の力も闇の力も使う身です。闇の中でも目は曇りません。

 

 そもそもの話、ただでさえ一人一人の戦力じゃシディアスのおじいちゃんには勝てないんですから、数の力を持ち込むしかないわけです。ジェダイはあんまりしないですが、ヒーローは助け合いなのです。あっちもそれがわかってるので、分断したいんでしょうね。

 

 まあ、急いだほうがいいこと自体は間違いないです。

 なので……ここはベンくんにフォースライトニングで薙ぎ払ってもらいましょう。まだまだ弱いものしか出ませんが、生き物相手にはそれでも十分な威力は確保できています。

 

 ルークさんはちょびっと顔をしかめましたが、実際広範囲を薙ぎ払う攻撃なので、こういう状況ではとっても便利なのです。電撃を浴びれば人体はしばらくまともに動かせませんし、武器も機械的な機構を持つスタンロッドなどは機能停止に追い込めますしね。

 

 ちなみに私が教えました。言葉だけだとうまく伝わりませんでしたが、身体を借りて数発撃ったらそれで伝わりました。これが案ずるより産むがやすしってやつですよね。私わかりますよ。

 

 とはいえ、いくらどうにでもできるって言っても、ホントに全滅させてる余裕がないのも事実です。わざわざ皆殺しにする意味もないですしね。

 

 なのである程度のところで切り上げて、全員で先に進みましょう。もちろん追いかけられますけど、定期的にベンくんが後ろにフォースライトニングしたり、最後尾を引き受けてくれたフィンくんがうまいことやってくれたりで、特に苦戦せず最深部まで辿り着けました。

 

 そこは、ローマ帝国のコロッセオか劇場かって感じの場所でした。一か所をぐるりと取り囲むように作られた無数の座席はさながら観客席。そこに居並ぶ黒いローブの人たちは、シスエターナルの人たちでしょう。

 

 そして彼らの視線と信仰を一身に集める先には、一つの玉座。腰かけるのは、たくさんの機械に身体を繋がれたボロボロの老人……ダース・シディアスです。

 

「……長く、待ちわびておった……我が孫が戻ってくるのをな……」

 

 不機嫌を隠そうともせず、彼が言います。フードの下からのぞく顔は口調通りに歪んでいて、その身体からも怒りがフォースとなって立ち上っています。

 

「……お前に死を望んだことはない……。お前に望むのは、女帝パルパティーンとして玉座に着くこと……。お前は支配者となるべく生まれた……血を継ぐ者の、当然の権利だ……。だが……」

「継ぐつもりなんてないわ。終わらせるために来た」

「であろうな……。しかも……おお……なんということだ……! そなたの中には、余に対する怒りも憎しみも感じられぬ……。この身にとって、おぞましいほどの大量の光に満ち満ちておる……!」

 

 こんなはずではなかった、と吐き捨てるように言うシディアス。彼のフォースはさすがに読みにくいですが、それでもこればっかりは本心みたいです。どうしてこうなった、って感情がとってもよく見えます。

 

 たぶんですけど、私がいなかったら目論見通りに行ってたんでしょう。それくらい、彼が企んだことはほとんど完璧でした。

 でも未来から私っていうイレギュラーが来てしまったので、諦めてもらうしかないのです。

 

「大方、怒りと憎しみに支配されたレイに肉体を殺されることで、彼女の身体を乗っ取り完全復活しようという腹だったのだろう? だが、残念だったな」

 

 ルークさんが言い放ちます。これに目の色を変えて――比喩じゃないです――フォースライトニングを放つシディアス。

 

 けれどルークさんは慌てず騒がず、静かにフォースバリアでライトニングを観客席のほうへ受け流しました。硬いものが壊れる音がして、人が何人か落下したのがわかりました。

 

「……腕を上げたようだな、若きスカイウォーカーよ。だが……それでもなお、シスのすべてを受け継ぎし余の敵ではない……!」

 

 敵対と殺意をみなぎらせて、邪悪なフォースを全開にしたシディアスが腕を広げました。

 応じて、私以外の全員がライトセーバーを構えます。

 

「我が計画を乱してくれた礼だ……そなたたちには全員、この場で死すらも生ぬるい永劫の痛みと苦しみを堪能させてやろう……!」

 

 そうして、最後の戦いが始まりました。

 




pixivに行くとおじいちゃんっ子に描かれまくってるベンが見れるので楽しいです。やっぱり彼、ダークサイドの才能ないんだと思います。

本作でフォースライトニングを撃ててるのはトガちゃんが文字通り身体に使い方を叩き込んだというのもそうですが、スノークや皇帝に対する怒りを維持してるからってのが大きいです。
なのでこの戦いが終わったら、攻撃技として満足のいくライトニングは出せなくなると思う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.最後の戦い

 戦いは、シディアスが仕掛けてきたとんでもない規模のフォースグリップから始まりました。四人全員の身体が拘束され、同時にライトセーバーも叩き落されてしまいます。

 

「くっ!」

「以前より強くなっている……!」

「まずはそなたたちの命をいただくとしようか……」

 

 そこを狙って、生命力を吸収するフォースが放たれました。今のシディアスはボロボロの身体をしていて、全身に繋がれた機械がかろうじて肉体を維持しているにすぎません。それを回復させようってことなのでしょう。

 

 でも、そうはさせません。まだ私がいます。拘束されていない私が。

 

 私はレイちゃんの身体から飛び出しながら、自分のフォースを闇に染めてフォースライトニングを放ちます。

 狙うのは、シディアス本人じゃなくって生命維持装置です。どんなに彼が強くっても、肉体の維持を機械に頼ってる以上は壊されるにはいかないはずです。

 

 それに、私程度のライトニングじゃシディアスに向けて撃っても効果は上げられないでしょう。昔に比べれば上手くなったとは思いますが、それでもまだかなりの力量差があることはわかっています。

 

「ちっ!」

 

 もちろん、本人を狙わなくとも有効打を与えられるとは思っていません。実際、シディアスはフォースライトニングで迎撃し、完全に防いで見せました。

 

 けれどこれは想定内。というより、そう動いてもらうのが本命でした。

 だって、さすがのシディアスでもシスの奥義とも言えるフォースライトニングを、これまた奥義に匹敵するだろう難易度の生命力吸収と同時並行するのは難しいでしょうから。

 

 その予想は当たり、レイちゃんたちを拘束していたフォースグリップは解除されました。改めて戦闘態勢に入りつつ、散開するレイちゃんたち。

 

 まあ、それでもなお一人……ルークさんを拘束しておける辺り、シディアスの技量の高さがうかがえるわけですけどね。

 

 と、そこに赤い格好の人たちが乱入してきました。スノークの護衛によく似ています。

 そういえば帝国時代もシディアスの護衛は赤い人たちでしたが、何かそういう伝統とかでもあるんでしょうか。

 

 それにしても、ただでさえ強敵を相手にしてるのに、ここで他に敵が来るのは困りますね。できるだけシディアスが余計な力を使わないようにしておきたいんですけど。

 

「……ここは俺に任せろ」

「フィン!?」

 

 けれどそれを見て、フィンくんが一人赤い人たちの前に立ちはだかりました。

 

「悔しいけど、俺の力じゃ皇帝の相手はできそうにない。だったらせめて、こいつらは俺がやる!」

「貴様……」

「……わかった。フォースと共に!」

「ああ、フォースと共に! うおおおお!!」

 

 驚くベンくんとレイちゃんと短く言葉を交わして、フィンくんが赤い人たちに跳びかかります。

 その動きは、フォースは、オク=トーで修行を始めた頃とは雲泥の差です。たった数か月で成長しましたねぇ。

 

 これなら任せられると判断して、レイちゃんとベンくんはシディアスに向き直ります。シディアスを中心にして、常に二人が対角線上になるような位置取りです。これならシディアスの広範囲攻撃……は難しくても、フォースグリップでの拘束は同時に受けずに済むでしょう。

 

「健気なことをする……だが、たった三人で余をどうこうできると思われているとは心外だな……!」

 

 掲げられたシディアスの片手から、フォースライトニングが巻き起こります。上じゃなく、彼の周りに。これでスノークのライトニングより威力が高いってどうなってるんでしょうね。

 

 当然これを受けるわけにはいかないので、防御するしかない私たちです。それでも防御一辺倒で勝てるはずはないので、リスクは負わないとですね。

 

 なので両手が使える私は、防御を片手でどうにかこうにか受け持ち、空いた片手で周辺の瓦礫をテレキネシスで投げ飛ばします。片手だけの防御でこのフォースライトニングを完全に防ぐことはできませんが、それでも少しの間は凌げます。攻撃する時間を捻出できればひとまずはいいのです。

 

「甘い、甘い」

 

 しかしその攻撃も、一斉じゃなくて時間差のあるものになってしまったので、片手間に一つずつ対処されてしまいました。うーん、本当に呆れるくらい強いですね……。

 

「義姉さん!」

「やれ!」

 

 と、ここでレイちゃんとベンくんが動きました。ライトセーバーをベンくんが私に、レイちゃんがベンくんに向けて投げたのです。

 

『任されました!』

 

 私に向かって飛んできた赤いライトセーバーを、私はテレキネシスでシディアスに向かわせます。

 空中を縦横無尽に飛び回る赤いライトセーバーは、それだけでかなりの脅威でしょう。ベンくんのセーバーはジェダイのじゃないので、スイッチから離したら刀身が消えるような安全装置はありません。遠慮なくセーバーを暴れさせられます。

 

 そこに、レイちゃんが投げたセーバーも一回だけですが加わるので、さすがに片手間での対処は難しいらしく、フォースライトニングが少しだけ途絶えました。

 

 そしてレイちゃんが投げたセーバーは、刀身が消えるタイミングでベンくんの手の中に納まり再起動されます。

 これと同時に、レイちゃんが持っていたもう一つのセーバー――レイアさんのセーバーです――を起動し、シディアスに向けて飛びかかりました。

 

 正反対からの二つの斬撃と、私が繰り出す斬撃の乱舞に、さすがのシディアスも一旦防御に回ります。両手をベンくんとレイちゃんに向けて吹き飛ばし、次いで上からのセーバーにもフォースプッシュで対処します。最短での素晴らしい対応でした。

 

 けれど、まだまだ攻撃は続きます。吹き飛ばされながらも、ベンくんがフォースライトニングを放ったのです。一瞬遅れて私もフォースライトニングを合わせます。

 

「小癪な……!」

 

 二点からのライトニングを防ぐシディアス。その頭上で、天井がきしみ始めました。

 

「小癪で結構。力で劣るからには工夫をしないとな」

 

 フォースグリップから解放されたルークさんが、天井に向けてフォースを放っていました。

 轟音を立てて崩れ始める天井……いえ、これはもう地面でしょう。大量の瓦礫と土砂が、シディアスに向かって落下し始めます。ちょうどみんな吹き飛ばされた直後なので、巻き込まれる人はいません。

 

 そしてシディアスは、二方向から飛んでくるライトニングに対処しながらこれに対処しないといけないわけです。

 

 ……あ、訂正。態勢を立て直したレイちゃんがテレキネシスで拘束しようとしているので、対処しないといけないのは二つのライトニングと土砂瓦礫とテレキネシスで合計四つですね。これはさすがにキャパオーバーでしょう。

 

 実際、シディアスの顔が憎しみと怒りで歪みました。邪悪なフォースが今までにも増してさらに大きくなります……が。

 それに比例して、シディアスの身体もひび割れ、爛れ、崩れていきます。あまりにも強すぎる闇の力に、元からボロボロだった彼の身体は耐え切れないのでしょう。だからレイちゃんの身体を乗っ取ろうとしてたんですかね。

 

 そんな状態でも、すべての攻撃に対処し切った――降り注ぐ土砂をものともしなかったのはさすがにどうかしてると思います――のはさすがとしか言いようがないわけですが……。

 

「おのれ小童ども……! 余の玉体を傷つけた罪は大きいぞ……!」

 

 骨が露出するくらいに崩れかけているので、消耗はだいぶ大きいはずです。

 その状態で普通に動いてる上に、崩れて穴が開いた天井から降り注ぐ薄暗い光に照らされてるっていうシチュエーションは、なんていうかSFじゃなくて完全にホラーなんですが、まあ闇の力なのでそういうこともあるでしょう。

 

 ちなみに天井に穴が開いたことで艦隊戦の様子も見えるようになりましたが、どうやら拮抗しているようです。

 ナビゲートタワーの破壊は……ん、どうやらナビシステムを旗艦に移されたみたいでまだ達成できてないようです。なるほど、それでてこずってるんですね。

 

「醜いな……。そんな身体になってまで、お前は生き続けたいのか?」

「理解する気のない口でほざくでない……所詮ジェダイはその程度……黙っていた方が賢く見えるぞ……!」

 

 ルークさんの言葉を、シディアスは切り捨てます。でも身体がひどいことになってるので、正直何言ってるのかすごくわかりづらいです。

 

 と、ここで周りで行われていたフィンくんの戦いが終わりました。あちこちに切り傷やあざができていて。息もすごく上がっています、とりあえず手足は無事のようです。

 

「……はっ、どうだ……俺だってやりゃできるんだ……!」

「見事だ、フィン。君ももう立派なジェダイだな」

 

 ルークさんの言葉に、フィンくんは誇らしげに頷きます。

 

 ただ、さすがにこれ以上の戦闘は難しいようで、その場にどっかと座り込んでしまいました。

 

「……はあ、ふう……悪い、これ以上はちょっと無理そうだ……」

「大丈夫、あとは任せて!」

「フン……」

「ああ、君は休んでいるといい」

 

 素直じゃないベンくんはさておき、みんなに言われてフィンくんはセーバーを収めました。

 

「役立たずどもめ……」

 

 イラついた声が響きます。見ればシディアスは、渾身の力を込めてフォースを練り上げているところでした。とんでもない規模のいかづちが、彼の身体にまとい始めています。

 

 咄嗟に身構えるレイちゃんたち。

 

「茶番は終わりだ……! シスの力の前にひれ伏すがいい!!」

 

 そしてそのライトニングが放たれる――直前。

 

 頭上から。

 天井に空いた穴から、大量のレーザーキャノンが降り注いできました。大半がシディアスの身体に直撃するコースでした。

 

 直後に放たれたライトニングによって、いずれも直撃にまでは至りませんでしたが……。

 

「なん……だと……?」

 

 それでも、歩兵の持つ武装に比べると格段に強力なレーザーキャノンの雨は、間違いなくシディアスに致命的なスキを与えていたのです。フォースの集中が乱れ、迸る稲妻の収束がほどけます。

 

 空を仰げばそこには、至近距離で二列に並ぶという離れ業をするXウィングとミレニアムファルコンの姿がありました。

 

「……あれは、ポー? ポー! ははっ、やってくれるぜポー!」

「それに、ハンとチューイだな。デススターを思い出すな……」

 

 そう、アレに乗っているのはレジスタンス一の戦闘機乗り、ポー・ダメロンさんと銀河を股に駆ける伝説のアウトロー、ハン・ソロさんです。彼らが天井に空いた穴から空襲をしかけてくれたのです。

 

 なんで彼らがこっちに来たかって?

 決まってるじゃないですか。私がテレパシーで呼んだんですよ。天井が崩れる直前から、狙っていました。

 

 正確には、レイアさんにテレパシーで合図して彼女から通信で知らせてもらいました。さすがに、戦闘中にこの距離でフォースセンシティブじゃない人にテレパシーを繋げるのはムリなので。

 

 あと、こんな至近距離でそこまで細かくテレパシーしてたらまず間違いなく読まれると思われたので、この件についてはここに突入する前に作戦としてルークさんやレイアさんにだけ話してありました。

 ルークさんが天井を崩すのも含めて、作戦通りってわけです。ルークさんには、空が見えるくらい思いっきり天井を崩してくださいとしか言ってなかったですけどね。

 

 もちろん、シディアスほどの達人なら、未来視で全部読めていたかもしれません。だけど、どんなフォースの達人でも結局は人なのです。一人でできることには限度があるのです。

 

 ちなみにこの件で、私――つまり、たぶんコトちゃんも――のテレパシーと読心が他の追随を許さないレベルでやたら高いことが発覚しています。単に得意不得意ありますよねって思ってましたが、私たちのやってることは頭のおかしいことだったみたいです。

 

「おのれ……おのれ……! 余が……! この余が……! ただの……ただの航空機ごときに……!」

 

 話を戻しましょう。

 

 凄腕二人の空襲で致命的なスキを作ってしまったシディアスの生命維持装置に、ライトセーバーが突き刺さりました。荒れ狂うフォースライトニングに生じた、センチ単位の間隙を縫って飛来したルークさんのライトセーバーが、シディアスの身体をかろうじて保っていた機械を完全に破壊したのです。

 

 唖然とするシディアスに、ルークさんがにんまりと笑いました。

 

「……貴……様……!」

 

 これによって、シディアスの身体は遂に本当の本当に限界を迎えました。結果、制御を失った闇のいかづちが荒れ狂い、一番近くにいた人……つまりシディアスを襲います。闇に満ちた破壊の力が、その身を滅ぼしていきます。

 

 ただでさえ、とんでもない規模のライトニングを放とうとしていたのです。そんなものが逆流してたった一人を襲ったとあれば、その威力は想像を絶するものでしょう。シディアスの身体が、比喩抜きに文字通り消し飛んでいきます。

 

「……フォースはこの宇宙のどこにでもある。確かにものによって、多寡はある……それでも、確かにすべてはフォースと共にある」

 

 そんな中、ルークさんが静かに言い放ちます。かざした両手にフォースバリアが渦巻き、私たちを守ってくれています。

 

「お前もまた、フォースの一部。さあ宇宙に還るのだ……父が始めた物語も、ようやく終わるときが来た」

「お……おお……おおぉぉぉ゛ぉ゛……、…………!!」

 

 恨みのこもった低い声が、尾を引いて消えていきます。

 

 ですが暴走したフォースライトニングは、射手を滅ぼしてなお有り余るほどエネルギーを残していて、シディアスが完全に消滅したことで爆発するように周囲に勢いよく拡散しました。

 私たちはフォースでかろうじて防御できましたが、それができない周りの観客や、この場所そのものはほとんど無防備に暴走する電撃を受けました。

 

 結果、シスエターナルの人々はその場で死亡するか、崩れた客席から地下深くまで落ちて死亡するかしたようです。同時に、この空間がどんどん崩壊していきます。

 

 とそこに、ファルコンが天井の穴から下りてきました。いまだに荒れ狂うフォースと、この場が崩壊する中でもよどみなく、ほとんど衝撃もなく華麗に着陸したファルコンのハッチが開き、ハンさんが現れます。

 

「ようお前ら! やったな! とっととこんなところずらかろうぜ!」

「賛成ね」

「ああ、賛成だ。行こう、みんな」

 

 かくして私たちは、エクセゴルの深層から無事に脱出したのでした。

 

 ……まあ、まだ艦隊戦が終わってなかったので、そっちを終わらせる必要があったんですけど。

 

 幽霊なのに全力で戦った私は疲れ切っていたので、あとは任せてレイちゃんの中で眠ることにしました。今さらここで負けるなんてまったく思えないので、私一人くらい別にいいでしょう。

 みんなも勝利を請け負ってくれたので、私は心置きなく寝ちゃいます。

 

 それでは、おやすみなさい。

 




知ってはいたけど、戦闘シーンを書こうとして改めて見直すとシディアスが強すぎるんよ。こんなやつにどうやって勝てばいいんだ。
なので対フォースユーザー戦の原点に立ち返って、数の暴力と威力の暴力に訴えることにしました。力こそパワー。

幸いというか、EP9時におけるシディアスは闇のフォースの使い過ぎで肉体が崩壊寸前になっています。
つまり攻撃力と技量はクッソ高くても、それ以外のステータスは低い状態だろうと考えられます。
また、その状態でライトセーバーを振り回しての大立ち回りは難しいだろうと思われ、であれば生命吸収による回復をされないようにすれば、飽和戦術で押し切れるんじゃないかと考えた次第であります。
結果としてポーとハンがおいしいところを持っていくことになりましたが、そこはデススター戦のオマージュということで。
なにより、フォースにこだわり続けた男が、そのフォースとは関係のない力で敗北する展開はなかなか皮肉が利いてるんじゃないでしょうか。

ちなみにしれっとトガちゃんと理波のテレパシーと読心がやべーやつだと発覚しましたが、これはアヴタスの頃は持っていなかったものです。
アナキンの苦悩や闇を見抜けなかった後悔が、理波のそっち方面の技術を無意識に伸ばした結果、こうなりました
ちなみついでにフォースにまつわる技で二人の得意なものに順位をつけると、同率一位でテレパシーと読心が入り、次いでフォースハック、そこから少し劣る形でマインドプローブがランクインします。
つまるところ、二人は他者の心や気持ちに触れること、繋がることに長けているわけですね。アナキンが「とても情の深い人間」と評しただけのことはあるということです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.遥かなる帰郷

 エクセゴルの戦いからおよそ十年が経ちました。この間に色々なことがありました。

 

 中でも重要なことだけを抜粋すると、新銀河共和国とファーストオーダー、およびシスエターナルの生き残りを吸収する形で新たな銀河共和国が興されたこと。

 その銀河共和国の最高議長にレイアさんが就任したこと。そしてルークさんがジェダイが復興したことの三つでしょうか。

 

 ……銀河共和国の名前が乱立してるのでややこしすぎますね。とりあえず、レイアさんが最高議長になった国のことは、普通に銀河共和国と呼びましょう。それ以前のは、旧銀河共和国と新銀河共和国とします。……銀河共和国の文字でゲシュタルト崩壊しそうですね。

 

 その銀河共和国でレイアさんがやったのは、旧銀河共和国と新銀河共和国の失敗を徹底的に洗い出し、その失敗を改善することだったそうです。

 彼女はさらに、銀河帝国のすべてを否定するのではなく、帝国の失敗を教訓としつつも帝国の優れていた点は受け入れました。闇を闇として恐れ忌避するのではなく、闇にも価値を見出し取り入れる姿勢は、吸収されたファーストオーダーの人たちからも一定の支持を集めたそうです。

 

 私に政治のことはよくわかりませんが、レイアさんのやり方はおおむね銀河の多くの人に受け入れたらしいので、きっと間違ったやり方ではなかったんでしょう。

 もちろん反発がまったくなかったわけではないですが、そこは長年のキャリアを生かしてうまくさばいたようです。結果、彼女は銀河共和国の最高議長を任期限界までまっとうしました。

 

 またルークさんも、新しいジェダイに共和国ジェダイの失敗を教訓とするために独自の戒律を入れて再興しました。

 結果として、今までのジェダイと一致してるのはほとんど名前くらいって言えるほど別物になりましたが、そこは気にしちゃダメなのです。

 

 ルークさんは新しいジェダイを、光も闇も関係なく様々な知識や技術を学べる場所と規定しました。元々彼が帝国後に再建しようとしていたジェダイオーダーの方針も、戦闘力を重視しない方向だったらしいので、そこを引き継いだ形ですね。

 

 そもそもの話、彼がどれだけジェダイは不要だと思っても、この銀河系にはフォースセンシティブが生まれますし、フォースにはいつだって光と闇が存在しているのです。

 そこから目を背けることはできなかったので、だったらおかしな使い方をされる前に、ちゃんとした使い方を教えておいたほうがいいだろうってことですね。

 

 結果新ジェダイは二つの派閥を内包した教育機関になり、レイちゃんとベンくんがそれぞれ光と闇について教える立場に就きました。

 派閥争いが起きないか心配でしたが、新ジェダイの戒律の一つに、私が地球から持ち込んだ概念である「何事もほどほどが一番」も取り入れられてるので、当面は大丈夫そうです。私がコトちゃんやお義父さんから教わったものが採用されたところは、ちょっぴり誇らしいものがありました。

 

「百年、二百年後のことは知らないよ。そこまでは私も責任は持てない。それはその時代に生きる人々が考えるべきことだ」

 

 ちなみに将来のことについて聞いたら、ルークさんはそう答えました。つまり彼は、あくまで今の時代に即した形でジェダイを作り直すと割り切ったのですね。ヨーダさんに「ありもしない未来を見すぎている」と叱られたところは、ちゃんと改善したんですね。

 なので新ジェダイの戒律の中には、「時代に合わせて柔軟に考え方や取り組み方を変えるべき」みたいなものも入っています。できるだけ長いこと続くといいですねぇ。

 

 とそんな感じで、どうにかこうにか軌道に乗った銀河共和国でこの日、盛大な国葬が執り行われました。

 送られる人はレイアさん。最高議長を退いておよそ二年が経って、彼女は静かにフォースと一体になって逝ったのです。

 

 ルークさんは去年、一足先にお亡くなりになりました。

 こちらもフォースと一体化しての最期だったので、伝説と歴史に名前を刻んだ二人の遺体はどこにも存在しません。

 それでも、スカイウォーカーの血を引く双子は銀河の英雄として、人々に惜しまれ悼まれながら見送られたのです。立派な生涯で、大往生でした。

 

 そしてレイアさんの国葬が終わった一年後。いわゆる喪に服す期間を終えた私たちは、いよいよ銀河共和国を離れることになりました。

 

「遂に行くんだなレイ」

「ええ。全部フィンに任せっぱなしになっちゃうのは申し訳ないけど……」

「気にするなよ。それに、俺が一人で全部背負うわけでもない。君たちがそれぞれ優秀な後進を残してくれたからね」

 

 レイちゃんにそう答えるフィンくんの格好は、伝統的なジェダイのものでした。正確には、差し色に赤が入っているのでシスの要素もありますが。

 

 そう、フィンくんはルークさん亡きあと新ジェダイの二代目グランドマスターに就任しているのです。

 光と闇、どちらからも逃げることなく誠実に応じることを是とした新ジェダイにとって、その前の時代の最後を飾ったジェダイマスターと暗黒卿をその目で直接見たことのあるフィンくんこそが、二代目に相応しいのです。

 

 ですが今回は、あくまで友人として見送りに来てくれています。普段は立場がありますが、何せ今回は恐らく二度と戻ってこれない大冒険ですからね。

 

「でも、あえてこう言わせて。行ってくる。またね、フィン」

「ああ、行ってらっしゃい。また。ベンもな。……フォースと共にあらんことを」

「「フォースと共にあらんことを」」

 

 そうしてフィンくんに背中を向けた二人の前に、一人の人物がスターシップから下りてきました。

 

「レイ、ベン、こっちはいつでも行けるぜ。そっちはどうだ?」

「問題ない」

「ええ、大丈夫よ」

 

 ハンさんです。あれから十年経って、さらにお年を召しましたがまだまだ元気です。足腰はしっかりしてますし、ブラスターの腕前も衰えていません。

 

 彼は結局どこまでもアウトローだったようで、銀河共和国でも官僚はできませんでした。定期的にレイアさんのところに戻ってきてはいましたが、銀河のあっちこっちを旅していたのです。

 そんな彼にしてみれば、この銀河を飛び出して別の銀河に行くというのはとっても心が躍ったのでしょう。ノータイムでついていくって言いましたからね。

 

 最初は申し訳ないと思っていた私たちですが、元々ハンさんは天涯孤独の身です。だから「ソロ」なのです。

 レイアさん以外の家族はベンくんとレイちゃん、あとはチューイくんくらい。しかもそのレイアさんもフォースと一体化して遺体がないとなれば、この銀河に心残りはないんでしょう。

 

「ああ遂にこの日が来てしまった……銀河の外、しかも8700万光年も彼方の星へ無事に辿り着ける確率なんて、私の計算では0.01%にも満たないというのに……なんだいR2、元気だね。はあ、お前は気楽でいいな。私ゃ不安でならないよ」

 

 その旅路に同行するのは、ソロ一家だけじゃありません。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アストロメクドロイドのR2は当然として、3POがいるのは未知の星で未知の言語に遭遇した時のためです。彼はこの銀河に存在する、ほぼすべての言語を網羅している優秀なプロトコルドロイドなので、仮にまったくの未知の言語に遭遇したとしても、私たちより短時間でそれに対応できるだろうってことですね。

 

「よし、それじゃあ行くか。チキュウとやらに向かってな」

「……父さん、そうはしゃがないでくれ。もういい歳なんだから」

「そう言ってくれるなベン。男はいつだって心に少年を飼ってるもんなんだよ」

 

 相変わらず仲良くケンカしてる親子はほっといて、私たちはスターシップに乗り込みます。

 

 ……ミレニアムファルコンではありません。全長十数キロに及ぶ、とっても大きなスターシップです。

 名前は私が命名権をもらって、テラと名付けました。アースと迷いましたが、私のお義父さんはお寺の住職さんなので、なんだかこっちのほうがいいかなって。

 

 スターデストロイヤーよりも大きいこのテラ。ファーストオーダー戦争当時を知ってる人が見たら、スプレマシーを思い起こすかもしれません。

 でもそれは当然。だってテラのモデルは、まさにそのスプレマシーだからです。

 

 いくら地球よりも圧倒的に進んだ技術があるこの銀河でも、8700万光年の旅は尋常じゃありません。当然無補給なんて絶対に不可能なのです。

 だからこそ、その補給ができるようにしておく必要がありました。自給自足できる食料プラントや、燃料を精製するエネルギープラントなども組み込んであります。

 

 けれど長旅に必要なものをあれもこれもと詰め込むとなると、ただのスターシップでは全然足りるはずがないわけで。

 結果として、私たちの足はこんなサイズにまでなっちゃったわけですね。

 

 まあ、さすがにスプレマシーほどの大きさは必要なかったのですが、それでも建造には丸二年もかかりました。私は待ちくたびれましたが、今の私はヒーロー志望のトガなので、ちゃんと待てます。偉いでしょう?

 

 そんなテラの艦橋に移動して、私たちはいよいよこの銀河から飛び立ちます。

 と言っても、今いる場所は銀河の中心付近、コアワールドなので、まずは未知領域の手前まで。そこでさらに物資を詰め込んで、そこからようやく銀河の外に飛び出す流れですね。

 

「それじゃあ行くぜ?」

「ええ、お願い()()()()

「よし……それじゃあ、チキュウに向けて、出発!」

 

 船内のあちこちで位置に着いたドロイドたちから、システムオールグリーンの連絡を受けて、いよいよテラが飛び立ちます。惑星の重力から離れ、大気圏の外へ。

 

 どんどん小さくなっていく銀河の中心……コルサントを見送りながら、ハンさんがつぶやきます。

 

「はてさてどんな旅が待っていることやら……ファルコンの出番が来ないくらい無事に行くといいんだが」

「それは無理ね」「それは無理だ」『それは無理なのです』

「……なんだよ、少しくらい期待したっていいだろ」

 

 そう、このテラ。実はファルコンも載っています。

 テラが仮に長旅に耐えられずダメになったとしても、そこからさらにファルコンで先に進めるように。言い方は悪いですが、予備ですね。

 

「まあ、アレだ。このハン・ソロには、やっぱりミレニアムファルコンが一番お似合いだからな。ヒミさんの故郷にはこいつで凱旋するのが一番格好がつく。そうは思わないか?」

 

 とはいえ、ハンさんの言い分もわからなくはないです。私も色んなスターシップを見ましたが、地球に戻ったあとのことも含めて考えると、ファルコンが一番使いやすいと思うのですね。

 

 何せファルコンは貨物船です。コトちゃんのためのお土産をいっぱい積んでおくには、一番ですよね。大きさもそこまで大きくないのでそんなに目立たないでしょうし、しかも速いんですから、これ以上のものはないでしょう。

 

「さーて、そうこうしてるうちにハイパースペースに跳ぶ頃合いだ。ちゃんとフォースに祈っとけよ」

 

 十分コルサントから距離を取ったところで、ハンさんがニヤリと笑いながらハイパードライブの装置に手を伸ばしました。

 私たちが無言で、けれど頷いて応じたところで、彼はぐいっと装置を起動します。

 

 すると、視界の中で星々の輝きがすべて線となって後方へ流れていき、例の特有の音が大きく響き渡ったのでした……。

 

***

 

『ん……』

「おはよう義姉さん。珍しくよく寝てたわね」

『おはようございます、レイちゃん。ええ……夢を見てました。ジャクーから始まった、私たちの冒険の夢です』

 

 ふわりとあくびをしながら身体を伸ばします……と言っても、相変わらず私に生身の身体はなく、レイちゃんに間借りし続けてるので身体を伸ばした気になるだけですけどね。

 

「懐かしいわね。あれがもう、何年前のことになるのかしら」

 

 そんなレイちゃんの姿は、今まで見ていた夢の頃に比べれば随分と老けました。大体、あの頃のレイアさんくらいでしょうか。

 

 なんとか地球にまで来れたのはいいですが、地球がまだ平安時代だったせいで苦労をかけています。せめて江戸時代だったらなぁと思いますが、こればっかりはどうしようもないのです。

 

 申し訳ないのはそれに加えて、もう一つ。

 今日、私は千年の眠りにつきます。死なないにしても、千年以上もの間コトちゃんを待ち続けられるほど、私の心は頑丈じゃないのです。

 

 でもそれは、レイちゃんにとっては、ずっと一緒にいた義理の姉を永遠に失うに等しいことです。それが申し訳ないのです。

 

「大丈夫よ。あの頃とは違う。今の私には、ちゃんと家族がいるわ」

『……はい、それはわかってるんですけど。でも結局、銀河共和国には戻れないですし……』

 

 8700万光年の旅は、やっぱり過酷なものでした。未知の航路、未知の生き物、未知の植物、未知の物質、未知の現象。いろんなものが私たちの行く手を阻み、そのたびに何かを失う旅でした。

 

 ハンさんもその何かの中の一つです。それなりの長旅になったこの旅の途中で、彼は寿命を迎えてしまったのです。

 未知の毒とかで苦しみながら亡くなったわけではないですし、遺体は五体満足で地球まで運べたので葬儀ができたのはよかったんでしょうけど……だからって喜べるわけないのです。チューイくんも落ち込んでました。

 

 何より、あれだけ頑丈に造ったテラも予想通り耐え切れず、太陽系のかなり手前で限界を迎えました。

 おかげで地球にはファルコンで来ることになり……そしてファルコンだけでは8700万光年を超えることは不可能だってことは、ここまでの旅路で明白でした。

 

 つまり、レイちゃんたちは地球に永住せざるを得なくなったのです。銀河共和国に比べたら、格段に文明もフォースも劣るこの星に。

 

「いいのよ。後悔はしてないわ。私がやりたくてやったことだもの」

『……レイちゃん』

「ベンだってそうよ。だから気にしないで。義姉さんは心置きなく、愛する人のところに行ってくれればいい」

『……はい』

 

 それでも罪悪感を消せない辺り、私の中でレイちゃんがだいぶ大きくなってるなって自覚はあります。思えばもう、コトちゃんと過ごした時間の十倍以上を一緒にいるんですもんね。当然でしょう。

 

 でも。

 

 けれども、それでも、私はやっぱり、コトちゃんにまた会いたい。

 コトちゃんに抱きしめてほしい。愛してほしい。一つになりたい。

 

 だから。

 

「うん、わかってる。さあ、行きましょう」

『はい、お願いします』

 

 そうして私たちは、ファルコン最後のフライトに出かけました。付き添いは小型の戦闘機――ハイパードライブ非搭載型――が一機です。

 

 向かう先は、たぶん将来雄英の敷地になるだろう場所。

 の、地下です。ファルコンの保存のために作っていた場所です。私はここで、ファルコンをベッドに眠るのです。

 

 ただファルコンを置いて行ってしまうことになるので、レイちゃんたちはこのときのためにとっておいた最後の最後の予備の戦闘機で本拠地の島――いつの日か那歩島って呼ばれるようになるはずの島です――に戻る予定です。

 島ではチューイくんが、二人の子供や孫と一緒に待っているので、なるべく早く済ませてあげたいところです。

 

『……レイちゃん。ここまでありがとうございます。色々つらいこともありましたが……今はみんなに会えてよかったと思ってます』

 

 最後。

 そう思うと、しんみりしちゃいますね。それでも、これはきちんと言わないといけません。

 

『本当に、本当にありがとうございました。……あなたは私のヒーローです』

「義姉さんこそ。義姉さんがいてくれたから、私はここまで来れた。義姉さんこそ私のヒーローだわ。だから、ありがとう」

 

 改めて面と向かって言うと、恥ずかしいのです。

 でも、本当の気持ちなのです。そして、言わなくても伝わっていますが、言ったほうがいいことはあるものなのです。コトちゃんとの日々はそれを教えてくれました。

 

 でも、それを言ってしまったら、あとはもうこれしか言うことがありません。

 

『それじゃ、えっと』

「ええ、お別れね。さよなら、義姉さん」

『はい、バイバイです』

 

 名残は尽きないですけど。

 それでも私たちは振り切って、最後の言葉を交わしました。

 

「『フォースと共にあらんことを』」

 

 そうして。

 私の魂はペンダントに封印され。

 

 私の意識は長い、永い眠りへと落ちていったのです――。

 

 

トガ・ヒミコ/スター・ウォーズ・ストーリー――――完

 




8700万光年の旅の内訳は、それだけでとんでもない長さになりそうなので皆様の想像にお任せということで、なにとぞご容赦を。

このあとですが、レイとベンは那歩島に骨を埋めることになります。チューバッカも同様です。
彼らが具体的にどういう最期を迎えたかは、こちらも皆様の想像にお任せということで。

ただ、チューバッカの種族ウーキーは400年ほどの寿命を持つ種族で、チューバッカはEP4時点でちょうど200歳。まだ200年くらい生きます。
なので最終的にはレイたちに先立たれることになるでしょう。その後は島の守護神になったとかじゃないでしょうか。
那歩島の方言に、シリウーク語(ウーキーの言語)や銀河ベーシック標準語の特徴が混じってたら面白いですね。
それ以外はおおむね前章でトガちゃん自身が語った通りです。

・・・というわけで長編の幕間、トガちゃんの銀河での冒険のお話はこれにておしまい。
今後の予定ですが、次の章はヒロアカの本筋に戻って理波の物語です。
前章の後書きでも触れた通り、次の章は劇場版三作目、ワールドヒーローズミッションを中心にしたお話になります。
またしばらく書き溜め期間に入りますので、今しばらくお時間をください。
それでは、次の更新でまたお会いしましょう。










***

「うわっ!?」

 メモを書きながら歩いていた僕は、何かにつまずいて転んでしまった。

 よくよく見れば、それは椰子の実だった。南国だなぁ。

「あーあー、よそ見しながら歩いてるから……」

 ズレた眼鏡を直す僕の前に、手が差し伸べられる。一緒に来ていた友人のステファンだ。

「なあゲオルグ、お前の気持ちはわかるよ。俺だってクリエイターだ、いいアイディアが浮かんだからにはできるだけメモっておきたい気持ちはわかる。でもさすがに歩きながらってのはどうかと思うんだ。そもそも俺たちはバカンスに来てるんだぜ?」
「うん……言わんとしてることはわかるんだけど、ね」

 でも、この那歩島に来てからというもの、眠るたびに遠い昔、遥か彼方の銀河系の出来事を夢に見るんだ。それはまるで、本当に目の前で起こったと錯覚するほどのリアリティと説得力を伴っていて……これを忘れるなんてとんでもないと思ってしまうんだ。
 もしかしたら忘れられたのかもしれないことを、せめて僕たち地球人だけでも知っておきたいと……そんな風に。

 ……まあ、それはそれとして、これを映像作品にできれば間違いなくヒットするぞっていう、打算もないわけじゃないけどね。

 そこもあって、ステファンにはアイディアが湧いて湧いてとまらないってことにしてる。きっと、彼以外にもそういうことにすると思う。

 信じてもらえるとも思えないしね。フォースのことも、大昔の歴史のことも。
 あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、誰からも疑われることなく受け入れてもらえるのかもしれないけど。そんなフィクションみたいな話はそうそう起きるものじゃないのが、現実ってやつだからね。

「やれやれ、ゲオルグはクリエイターの鑑だよ。……そういや、タイトルはもう決まったのか? 初日の時点ではまだ何もって言ってたよな」
「ああ、うん。それは決めたよ。ちょうどいいのが浮かんだんだ」
「どんな?」
「それはね――――


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE XIII テイルズ・オブ・ニュージェダイ
1.穏やかな?日曜日


 私とヒミコが、関係を二人だけに終わらせない覚悟を決めてからおよそ一か月ほどが経った。その間にあった授業やヒーローインターンについては、特に目立ったことがないので割愛する。

 

 強いて言えば、色々な経験を積めということで全員インターン先がたまに変わることと、リハビリだけでなく授業の遅れがあるために一人だけインターンから除外されているヒミコと離れる機会が多い分、夜の営みが激しさを取り戻したくらいか。

 いや、互いに距離を無視できる関係であるので、関係ないと言えばないのだが。それはそれ、これはこれである。

 

 なお、ヒミコも補習が落ち着き次第インターンを始める予定なのだが、今のところホークスから打診があるとのこと。

 ……I-2Oの調べによって、ホークスがヒーロー公安委員会に所属している紐つきのヒーローであることは、既にわかっている。

 

 なのでこの件は、そういうことなのだろう。公安の側が、ヒミコに……というよりはフォースなどについてより興味を強めているのだろうな。

 

 そしてそのホークスは、なぜか本拠地福岡を不在にしており、どこにいるかはサイドキックの面々もよくは知らないのだという。これはフミカゲも同様だ。

 であればホークスは現在、公安委員会からの指示にかかりっきりになっているのだろう。だからちょうど良かった。

 

「逆に色々と引っこ抜いてやるといい」

 

 ホークスからの打診だと聞いてすぐに色々と悟った私は、ヒミコにそう言った。彼女の返答はいつも以上に獰猛な笑みだったので、彼女もやる気なのだろう。

 

 まあ、直後にトールから「二人とも悪い顔してる!」と指摘されて我に返ったのだが。

 

「入学直後はあんなに品行方正だったことちゃんが、そんな顔するようになっちゃって。私は悲しいよ~」

「……朱に交われば赤くなる、とはよく言ったものだと思うよ」

「ひみちゃんのせいにするのはどうかと思います!」

「……うん」

「私は嬉しいですけどね。一緒になれたみたいで」

「ひみちゃんはそうやってすぐことちゃんを甘やかすんだからー! そういうとこだぞ~?」

 

 と、そんなやり取りもあった。

 

 こうやって本物のヒーロー志望であるトールと話していると、たびたび私はまだ暗黒面にいるのだなと思わされることがあって、少し複雑な心境である。私としては、中間くらいにはいるつもりなのだが……たまに物騒な発想をしてしまうのだ。

 よくアナキンはここから帰還できたものだと思う。いや、彼の場合帰還してすぐに死んだわけだが。

 

 ああそうそう、最後の試練については進捗ゼロである。これについてはもう、すぐには無理だと開き直ることにした。

 

 話を戻すが、トールの指摘を煩わしいとは別に思っていない。むしろもっとしてくれと思っている。

 私はいつか光明面に帰還して、ジェダイを再興しようと思っているのだから。光の側の視点から、俯瞰した意見をくれるトールの存在はとてもありがたいのだ。

 

 ヒミコについても、無意識のうちの同化願望に根差した発想や発言をすることがあるため、そこを指摘してくれるのは本当に助かっている。

 もう大丈夫だとは思うが、やはり三大欲求に近しい欲求を消すことは不可能。だからこそ、日ごろから意識して気をつけなければ。

 

 とはいえ今のところ、過剰変身の兆しはない。無意識下での変身もほとんどなくなった。気持ちに整理をつけたことで、落ち着いたと見ていいだろう。

 

 さて、そんな私たちの生活スタイルは以前と少し変わっている。

 具体的には、ヒミコが他のクラスメイトと積極的に関わる機会が増えた。それは主にヒミコからという意味であるが、トールからという意味でもである。

 

 どうやらトールの恋愛スタイルは、ヒミコを全面的に参考にしたストロングスタイルらしい。ボディタッチを多めに、ヒミコが喜ぶであろうことを積極的に行って、気を引こうとしている。たとえば料理とか。

 

「まさかセンシティブですらないのに、見抜かれるなんて思ってませんでした」

 

 とは、トールがヒミコと一緒に調理場に立ち始めたその夜のヒミコの言葉である。私は単純にトールがヒミコと一緒に料理がしたかったのだと思って調理場を眺めていたのだが、どうやらきっかけはそれだけではないらしいのだ。

 

 なんとトールは、ヒミコの料理が私向けに特化しているからこそ、ヒミコの味の好みからは外れている場合もあると見抜いたのである。だからこそ、彼女はヒミコのために料理を覚えることにしたのだという。

 

 私もそれは気づいていたが、ヒミコはそれでいいと言っている。二人の間では合意が既にできているのだ。けれどトールは、それを見過ごせなかったのだろう。

 

 今はもちろん始めたばかりなので、トールの立ち位置はヒミコの調理の助手のような形だが……いずれはそうではなくなるのだろう。愛する人のためなら、人間はどこまでもがんばれるということを私は既に知っている。

 

 なお先の発言に対するトールの答えは、「好きな人のことってさ、なんでも気になって見ちゃうよね」である。御見それした。

 

 だからなのか、あのヒミコが時折たじたじになっている姿を見かけることがあるし、脳内にヘルプコールが届けられることもある。

 それは実に珍しいことで、私には引き出せなかった姿なので少し悔しいが……まあ、私はヒミコに攻められたり弄ばれたりするほうが好きなので、きっとトールのやり方はできないだろう。そこはそういう役割分担だと思って、気にしないことにした。

 

「一生懸命尽くそうとしてる女の子の気持ちに一年以上気づかないし、なんなら告白されてからもたっぷり三か月はなびいてくれなかったコトちゃんって、すごかったんですね?」

「……それは褒めているのか?」

「やっぱりジェダイって人の心がわからないんですねぇ……」

「それ以上はいけない」

 

 こんなことでジェダイを貶めないでいただきたい。否定は一切できないのでとても心苦しい。

 

 それはともかく、他に目立ったことと言えば私たちのことではないが、イズクのワンフォーオールにさらなる力が目覚めたことか。

 

 聞けばワンフォーオール、歴代の継承者の意識と”個性”が取り込まれているらしい。力をストックする”個性”が元になっているからそうなったのだとか。

 つまり先の対抗戦のときにイズクを襲った”個性”の暴走は、今まで蓄積してきた歴代の”個性”が目覚めたから起こった現象だったらしい。

 

 もちろんワンフォーオールのことは秘密であるため、周りにはその真実は知らされていない。発現した力はすべてそれらしい推測をでっちあげているが、元々秘密を知っている私とヒミコには本当のところまで知らされている。

 

 そしてオールマイトいわく、今回目覚めた力は「浮遊」。彼の師の”個性”であるらしい。

 文字通りただ浮くだけの”個性”ではあるのだが、先に目覚めている黒鞭と組み合わせれば機動力は非常に高くなるだろう。

 

 まだ他にも四つの”個性”が眠っていることを考えると、まったく規格外な”個性”だ。私も人のことは言えないとは思うが、しかしどんなものにも上には上があるものだな。

 

 その他の出来事としては、ミレニアムファルコンの修理にようやく取り掛かることができたことも大きい。

 

 手に入れてから一か月も何をしていたのかと思われるかもしれないが、ファルコンは元々貨物船だ。地球に来るに当たって、ヒミコがファルコンに載せて持ち込んだものはそれなりの数になる。その確認と整理に実に一か月もかかったのである。

 

 何せファルコンはスターシップとしては小さいほうだが、それでも相応に場所は取る。となれば、人目にもつく。ましてやそれが学校の敷地内となれば、絶対に人の目を引く。

 だからこそ、気づかれないように慎重に慎重を重ねながらだと、どうしても使うことができる場所と時間が少なかったのだ。

 

 それは修理においても同様なので、進捗は全体的に緩やかだ。ヒミコが過去で機械技術を習得してきていなかったら、完全に一人でなんとかしなければならかっただろう。その場合一体どれくらいかかっていたことか。

 

 ただこのままだと近いうちに資材の仕入れが滞ることになるのは明白なので、サポート科に持ち込んで手を借りることも検討したほうがいいかもしれない。ハツメであれば、否とは言わないだろうしな。

 

***

 

 そんなこんなで、二月も初週が終わろうとしている。

 今日は日曜日。言うまでもなく休日だが、学校……もといヒーロー公安委員会主導のヒーローインターンは継続中なので、寮は閑散としている。

 

 だが私とヒミコはひとまずのところ今日は何も予定がなく、終日休みである。

 なので今日くらいはゆっくり過ごそうと思っていたのだが……ここ一か月、私の部屋は急激にモノが増えた。

 原因はファルコンから持ち出したものの、工房に入りきらなかった銀河共和国の機材や工具などだ。おかげで室内を歩くのも難儀する状況にある。

 

 ということで休日であるものの、私たちは掃除に精を出すことにしたのだった。

 

「ひみちゃん、このコス衣装ってクローゼットでいい?」

「そですね。でも使う機会はそこそこあるので、前のほうにお願いします」

「何に使うのかなー? 私気になっちゃうなー?」

「何って、そりゃあ……」

「ヒミコ、棚ができたぞ。入れられるものは入れていくといい」

「わ、もう? ありがとうございます!」

「ふへー、やっぱことちゃんは手先が器用だねぇ」

 

 トールが一緒にいるのは、彼女も今日が休みだからだ。私たちとしては二人きりで過ごしたかったのだが、掃除となると人手は多いほうがいい。彼女も理由はなんであれヒミコと一緒にいたいということで、今回は互いの利害が一致した形である。

 

 その掃除であるが、ヒミコの私物は大半が彼女の部屋にしまわれることになった。彼女の私物が私の部屋にある理由はもちろん、寮に入ってから彼女がずっと私の部屋で生活していたからである。

 

 今までヒミコの部屋にあったものは、最低限の家具だけ。大半のものが私の部屋に置いてあったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 しかも教科書類ですら、最初は一応自室に置いていたのに最近は私の部屋に置きっぱなしである。いかに何もなかったかがわかっていただけるかと思う。

 

 仮にも寮の自室を物置にするのもどうかと思わなくもないが、先述の通りモノが増えすぎた私の部屋にはこれ以上置き場所がなく、すぐに使える空きスペースとなるとヒミコの部屋くらいしかなかったのである。

 繰り返すが彼女は完全に私の部屋に住んでいる状態なので、ヒミコの部屋が物置になったとしても居住に関しては問題ないしな。

 

「……? なんだろこの箱」

 

 と、そんなこんなで黙々と作業を進めていたときのことである。トールがつぶやくように疑問の声を上げた。

 

 とはいえ、それについて追及するつもりはなかった。私にもやるべきことがあるし、大体のものはヒミコの私物なのだからそちらに尋ねるだろうと思っていたからだ。

 その選択を、私たちは後悔することになる。せめて視線だけでもそちらに向けていれば、この後の悲劇は避けられたはずなのだ。

 

「わァ……ぁ……っ!」

 

 次の瞬間、そこでは箱の中身を見たトールが真っ赤になって固まっていた。

 

「……あーっ!? 透ちゃんそれは……っ!!」

「? あっ」

 

 なぜか?

 

 答えは単純。トールが開いた箱は、その、夜の道具が入ったものだったからである。

 

「「「…………」」」

 

 トールの視線が何度も私とヒミコと、それから箱の中身とを行き来している。その間、当然と言うべきか、私とヒミコは何も言えず、一寸たりとも動くことができなかった。

 

 気まずい。沈黙がとても気まずい。こういうとき、一体どうすればいいというのか。

 そのまま時間の感覚が麻痺するくらいの時間が経過して。ようやくある程度思考がまとまったのか、トールが大声を上げた。

 

「……ふ……二人とも! そこに正座!!」

「「はい」」

「ふ、二人がその、そういうことする関係ってことは知ってたけど! でもこれはちょっとどうかと思う!! 私たちまだ高一なんだよ!? ……っていうか、ことちゃん十一歳だったよね!? さすがにこれはどうかと思うなぁ!」

 

 結果、私たちは日が落ちるまで説教を喰らう羽目になった。当然掃除は中断である。

 

 ……今回はまったくもって災難だった。張形以外の道具について、トールが理解していなかったことを不幸中の幸いだと思うしかあるまい。張形がなければ、あるいは気づかれることもなかっただろうにとも思うが。

 

「い、いつか私にも使ってくれるなら……だ、黙っててあげる、から……!」

 

 あと、そんなトールも終盤はかなり脱線していた。説教しているうちに混乱してしまったのだろう。

 ただそんな状況であっても、「あれ? もしかしてこれで言質を取れたりして?」などと思っている部分もある辺り、トールもしたたかな女性だと思う。あるいはやはり、朱に交われば赤くなるのだろうか。

 

 もちろんその心は筒抜けなので、ヒミコは断言しなかった。誘惑するように服を少しはだけようとしたトールの頭に、軽く手刀を入れていたくらいである。トールの超えるべき壁はまだまだ高いらしい。

 

 ……ところで、これは蛇足のようなものなのだが。

 

「……ね、ねえ? あのさ、こんな……その、こういうのって、どこで手に入れたの? どうやって寮に持ち込んだの? っていうか、そもそも未成年に買えるものだっけ?」

「あ、それは峰田くんからのクリスマスプレゼントで」

「ヒミコ!」

「え? あっ」

「は? ……峰田くん!!!! ちょっと話があるんだけど!!!!」

「「…………」」

 

 ……最終的に、私たちにできたことは合掌だけであった。

 

 すまないミノル。骨は拾う。成仏してくれ。

 




お待たせしました、本日より更新再開です。
EP13「テイルズ・オブ・ニュージェダイ」は本編15話+幕間3話、糖度高めでお送りしてまいりますのでお楽しみいただければ幸いです。
感想、評価などいただければなおありがたく。

初っ端からかっ飛ばした内容になっていますが、事前に予告していた通り今回は劇場版三作目、ワールドヒーローズミッションを中心としたお話です。
それ以外は小説の「雄英白書・桜」由来のお話になっています。
これについては劇場版成分が思ったより少なくなったというより、雄英白書のネタが思ったより筆が乗ったと言ったほうがいいんですけどね。
おかげでラブな話題が多めになりましたが、愛は世界を救うということで平にご容赦を。

あと、先週から更新しているハンターハンター二次の「一般TS転生者はちんちんを取り戻したい」も併せてご覧になっていただけると嬉しいです。
よろしければそちらもなにとぞよしなに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.バレンタイン狂騒曲 1

 ミノルは成仏しなかったし、何ならしぶとく生き延びたので、骨を拾うのは延期となった。

 

 まあ彼のことは置いておくとして。

 

 あの日曜日が開けた週の半ばから、ヒーローインターンの頻度が急に減ることになった。

 なぜなら、期末テストが近いからだ。我々の本分は学生であるからして、至極当然の話である。

 

 だからこそ、みんな空いた時間の多くはテスト勉強に費やしている――そのはずである――のだが……テストが近いとは言っても、本番自体はまだ一週間以上先の話。であれば、インターンの休養も兼ねてのんびりする時間を取ろうとするのも当然と言えよう。

 

 では具体的に、どんなことになっているかというと……。

 

「ん~まい!」

「お茶子ちゃんたら」

「うま~! これこのまま飲みたいっ」

「私も味見ー!」

「皆さんお行儀がよろしくないですわ。テイスティングはスプーンを使わなくては……さ、耳郎さん」

「……ありがと」

 

 バレンタインに向けた、チョコレート作りである。

 

 そう、今日はバレンタインデー当日。チョコレートの祭典とも言うべき日を迎えて、私たち女性陣はチョコレート作りに勤しんでいる、というわけだ。

 

 教師役は当然ヒミコである。とはいえ彼女も当事者なので、賑やかに作りながらだ。

 

 既に一流の料理人と言っても過言ではない彼女がいるだけに、私たちに過度な緊張感はない。調理、特に製菓の分野はかなり厳密に進めるべきだとは知識として知っているが、息抜きも兼ねてのことなのでこれくらいは構わないだろう。

 そもそも今回作るチョコレートはあくまでクラス内のもので、パーティの口実のようなものだしな。

 

 ちなみに一部の男性陣は露骨に本命チョコを欲しがっていたが、残念ながらそれがかなうことはないだろう。

 恋愛経験が一つしかなく、その手の心の機微にも疎い私だが、人に好かれたいと必死になればなるほど、人の心は離れていくのだということくらいはわかるのだ。過ぎたるは猶及ばざるが如し、である。

 

 ただ正直なところ、私にとってバレンタインデーは長らく興味の対象ではなかった。私は自分が恋愛をするなど微塵も考えていなかったし、そのつもりもなかったからだ。

 忌んでいたとすら言ってもいい。日本に根付いた過程も、商業主義の見本みたいなものらしいしな。

 

 それでも無理に興味がある部分を挙げるとすれば、旬が過ぎて安売りが始まる翌日のほうが気になるくらいのものであった。この国の言葉で言うなら、花より団子とでも言うべきか。

 

 だが、今年からは違う。なぜなら、今の私には愛する伴侶がいるからだ。

 

 だから私も、今日ばかりはおっかなびっくりしながら調理に参加している。私の料理の腕など見た目相応でしかないのだが、それでもその……何かヒミコにしてあげたいと思ったのだ。誰から言われることもなく、ごくごく自然にそう思ったのである。

 

 ……まあヒミコへのプレゼントにする食べ物を、渡す本人から直接教導されながら作るという点については思うところがあるのだが……そこは仕方がないだろう。他にこの分野で頼れる人もいればいいのだが、そんな人間はいない。これのためだけに呼び寄せるわけにもいかない。

 

 何より……ヒミコと一緒に作業するというのも楽しいものだから。これでいいのだと思う。

 

「もー! みんな味見ばっかしてちゃ『めっ』ですよ? チョコレートはテンパリングが味を左右するんですから、温度調整はきちんとしてくださいっ」

 

 そんな中、ヒミコが呆れつつも楽しそうにみんなをたしなめた。参加者のほぼ全員が味見ばかりしていれば、そうもなろうというものだ。

 

 いや、私も彼女たちの気持ちはわかるのだ。もういい加減に認めるしかないので白状してしまうが、私は甘いものが大好きなので。

 

 しかしそれで肝心の調理に失敗していたら元も子もない。だからこそ、みんなもヒミコに言われてすぐ姿勢を正して作業に戻った。

 

「ちゃんと混ぜる! おいしいチョコ食べたいもん」

「みんなにも食べてほしいものね」

「……だね!」

 

 トールとツユちゃんの言葉に、オチャコがイズクを思い浮かべながら応じる。相変わらず隠すのが下手で、その顔はほんのりと赤い。

 それに気づいたミナが、にんまりと笑って会話を続行させた。

 

「やっぱり人に贈るものはちゃんとおいしく仕上げたい! ……だよねー?」

「……や、その……うん……!」

「だーよねー!?」

「まあねー!」

 

 からかうようなミナの言葉にますます赤くなりつつも、観念して頷くオチャコ。

 

 続いて話を振られたトールはと言えば、対照的に堂々としたものだ。見えなくとも伝わることをいいことに、ヒミコに熱視線を送っている。

 

「葉隠、隠さなくなってからすごいな……無敵じゃん」

「正直早まったかなと思うときがないわけではない」

 

 半笑いでトールを見やるキョーカの言葉に真顔で応じる私だが、別に本気で言っているわけではない。ヒミコを挟んだ反対側を任せてもいいと今でも思っているくらいには、私はトールという人物を信頼している。

 

「恋する女の子はいつだって無敵で、最強なのです」

 

 それはヒミコも同様で、苦笑しつつも嫌がってはいない。外も中もだ。トールの攻勢は、効果なしというわけではないらしい。

 

 これに関してはヒミコいわく、

 

「私は普通の女の子なので、毎日あんなにも一生懸命愛をささやかれたら思うところはあるのです」

 

 とのことで。遠回しに、ジェダイは人の心がわからないと批判されているような気がしてならない私だった。

 

「くそー、ここまでオープンだとからかい甲斐がないなー……」

「あまり人の気持ちをからかうものではありませんわよ」

「そうよ三奈ちゃん」

「わかってるよぉー。でもさー、コイバナってさー、そういうリアクションも含めてなところあるじゃない?」

「……まあ、わからなくはありませんけれど……」

「何事にも限度はあると思うわ?」

「ですよねー! 何にも言い返せない!」

「私は全然気にしないんだけど。ねぇ耳郎ちゃん?」

「いや、そこでウチに同意を求められても」

 

 あまりにも隠さないトールの態度に、反応を見て盛り上がりたいミナは少々不満らしい。もちろん隠していないからこそ盛り上がることもあるのだが、今はそういう気分ではないようだ。

 

 そしてミナはこの流れで私とヒミコを見……ることなく、そのまま視線を通過させた。私たちのことは、もう恋愛的な興味を引く話題がないらしい。

 

 まあ、私たちももう一切隠していないからな。病院でクラスメイト全員に見られていることもあってか、寮の中ならヒミコも普通にキスをしてくるし、私もそれを拒まないし……私からすることだってあるし。

 最初はこれにきゃあきゃあ黄色い声を上げていたミナだったが、最近はもう日常の風景になってしまったからか、目立った反応がない。人間、どんなことにも慣れるものだとつくづく思う。

 

 では私たちを通過したミナの視線がどこに向けられたかというと、やはりオチャコである。彼女はこの話題が始まってからというもの、なるべく反応しないよう、なるべく目立たないように赤い顔で口を一文字に結んで黙々と作業に没頭していた。ターゲットにならないように、ということなのだろう。

 

 そんなオチャコの気持ちを、態度で察したのだろう。ミナは口を開きかけたが、そこで一旦口を閉じて別の話題を改めて口にした。こういうところで、やはりヒーロー科の人間は良識があるのだろうな。

 

「……そういえばチョコって言えばさー、峰田のやついつまであのキャラ続けるんだろうね?」

 

 ミナが次に矛先を向けたのは、ミノルだった。その言葉に、この場の全員が「ああ……」と遠い目をする。

 

 なぜかと言えば、ミノルは二月に入ってからというもの、やたらと紳士ぶった態度を取るようになったからだ。

 理由は言うまでもなくバレンタインデーに本命チョコを欲しいからなのだが、内心が見えてしまう私とヒミコにとっては正直なところだいぶ厄介だ。

 

 何事もストレートに言うヒミコが、やはりストレートに無駄を説いたので寮内では普段通りではあるが……逆に言えば寮の外、つまり他のクラスの人間と接触する機会があるところでは、取り繕った態度を継続しているのである。それを私たちは目撃し続けているわけで……。

 

「本命チョコがほしいのでしたら、普段の態度を改めてもらわないとですわね」

 

 この時期だけその場しのぎで取り繕ったとしても、すぐに化けの皮がはがれて幻滅されるだろうに。

 それが私たちの総意であり、モモがため息交じりにこぼした言葉以上のものはないのであった。

 

「逆に轟くんはこの時期チョコすごそう。ただでさえイケメンなのに、意外と天然なところあってそれがギャップになってるし」

「わかりますよ透ちゃん。なんていうか、ダース単位でもらってそうですよねぇ彼」

「ケロ……目に浮かぶようだわ……」

「ていうか、峰田……と、あと上鳴以外の男子はみんな一つ二つくらいもらうんじゃない? インターンでみんな何かしら活躍してたし、報道も結構されてたじゃん?」

「確かに! あれだけ活躍してたんだし、なんなら本命が行っても不思議じゃないかもだ!」

「それが目当てのヒーローがいるとは思いたくありませんが、やはり人気商売なところがあるのは事実ですものね……」

 

 ああ、そういえばこの時期はプロヒーローもチョコレートからは逃れられないらしいな……と思ったところで、視界の端で固まっているオチャコが見えた。

 

 どうやら、先を越されてしまうのでは? という可能性に今初めて思い至ったらしい。その状態で硬直したまま、あれやこれやと思考がらせんのようにぐるぐる巡り始める。

 そんな思考があまりにもあからさまに見えてしまうということは、それだけ動揺したのだろうなぁ……。

 

 だがそんなオチャコをよそに、みんなの話はとまらない。A組の男性陣で誰が一番多くチョコをもらえるかの予想が始まっており、いつの間にか二位を当てたら(一位は満場一致でショートだったので)プレゼント用のチョコとは別に用意しているデザート用のチョコレートケーキを、一切れ多くもらえるという賭け事じみた遊びに発展していた。

 

 これが余計にオチャコの思考の負のループを加速させていたのだが、私は見逃さなかった。会話を楽しむ傍ら、ヒミコが「これはもしかして、行けたのでは?」とほくそ笑んだことを。

 最初からそのつもりで話を広げたわけではないようだが……なんというか、相変わらずだなぁ。千二百年近い時間を経てもなお、そういう性分は治らなかったらしい。三つ子の魂なんとやらか。

 

 だから私は、ひっそりとため息をついた。今日はこのあとに何かが起こるのかもしれない、という予感がし始めていた。

 




作中の時間は二月。
二月と言えばそう、バレンタインですね。
ではバレンタインといえば? もちろんコイバナでしょう!

ということで実は今章、バレンタイン話は全部で4回あります。やっぱね、こういう恋愛系の話は書いててとても楽しかったです。
シリアスな全面戦争編を控えていますしね、これくらい羽目を外したって罰は当たらないでしょう。彼らだって高校生ですからね、ええ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.バレンタイン狂騒曲 2

 事件? が起きたのは、夕方を控えた頃だった。

 チョコづくりが一段落し、休憩に入る面々をよそに私とヒミコ、それにトールは仕上げと夕飯の準備を並行していたので事件を直接目撃したわけではないのだが……まあ、予想通りミノルがやらかしたらしい。

 

 ことの発端は、別学年の女生徒がチョコレートを持ってきたことだった。彼女はよほど緊張していたのか、誰宛てかを言わないまま渡してほしいとチョコレートを寮棟の外で休憩中だった女性陣に預けたのだ。

 

 お人よしの権化のようなヒーロー科だ。彼女たちはその精神を如何なく発揮して、女生徒の意を汲んだ。つまり、誰宛てかはわからずともきちんと目当ての相手に渡してあげようと奮闘したのだ。

 男性陣を巻き込んであれこれやった結果、その女生徒がチョコレートを贈ろうとしていた相手はなんとミノルであることが判明する。例の紳士ぶった態度で行動していたときに、運悪くその毒牙にかかってしまったらしい。

 

 それでもみんなでミノルとその女生徒を対面させる機会を運よく得たのだが……付け焼刃の化けの皮など、やはりすぐにはがれるもの。彼はすぐに普段通りの性欲丸出しな態度を露にしてしまい、あえなくその場で振られるに至ったそうな。

 

 その場に私たちがいれば当人の思考を読んですぐにでも応対できただろうし、ミノルにもう少しアドバイスもできたのだろうが。いかんせん台所で立て込んでいたので、口を挟むどころかその場に居合わせることすらなかった。

 

 だが、事件はまだ終わらない。

 作業を終えて、チョコの仕上げをそろそろ始めようとみんなを呼びに来た私たちが見たものは、生きる屍と化したミノルの姿と。彼を見下ろしてゲラゲラと大笑いする見慣れぬ女生徒の姿だった。

 

 私とヒミコのあれそれで死んでいるときとは明らかに違う、生気のないまさに「死体」なミノルはさすがに気の毒なのだが、しかし彼に追い打ちをかけている女性は一体何者だろうか?

 

「はー……一生分笑わせてもらったわ。笑いすぎて腹筋がシックスパックになったわね!」

 

 生真面目なモモに軽く咎められて、その女性はようやく笑うことをやめた。それでも時折笑いかけていたので、よほど面白かったのだろうが……あまりよろしい趣味とは言えないように思う。

 

「あ、アタシ経営科一年の北条(ほうじょう)(ゆたか)って言います。よろしくね。で、このクサレブドウとは……まあ……なんていうか……宗教。そう、信じるモノは同じ的なアレで縁がある感じなの」

 

 彼女はそう名乗った。宗教? と全員が首を傾げたのは言うまでもない。

 

 私ももちろん傾げた。なぜなら、彼女が脳裏に浮かべていたものが仏像でも鳥居でも十字架でもなく、私とヒミコだったからだ。一体、いつの間に私たちはご神体になったのだろうか。よくわからない。

 

 だが次の瞬間、私とヒミコに向かって無言で合掌しながらひざまずいたので、なんとなく理解した。できてしまった。

 ので、顔から表情という表情がすべて抜け落ちて虚無になった私たちである。

 

 なるほど、信じるモノは同じ。つまり、ミノルと同じ穴の狢というわけか。あの手の輩は彼一人で十分だったのに……。

 

「クッ……テメェ何しに来やがった……! いくら同志とはいえ、返答次第ではオイラはお前に天罰を下さなきゃならねェ……!」

 

 そこに、かろうじて復活を果たしたミノルが食い気味に突っかかる。

 

 と同時に、なるほど彼が以前口にしていた「同志」とはこのホージョウのことかと私は一人納得する。

 だが意外だ。まさか()()ミノルの同志とやらが、女性だとは思ってもみなかったぞ。彼と同じく人一倍性欲に旺盛な男だと勝手に思っていたのだが。

 

 そう思っているものは私だけではないらしく、この場に居合わせた全員がほぼ同じような思考をしていた。いきなり現れた、ミノルと気安い態度で接する女性の姿に多くの視線が集中している。特にミナとトールは、興味津々だ。

 

「何って、そりゃーやっぱ一度くらいは生のお二人を見たかったんだもの」

「お前壁のシミか背景の観葉植物になりたいとか言ってたダルルォ!?」

「背景になりきれずにお二人のてぇてぇの隅に毎度毎度割り込んでるアンタにだけは言われたくないわね!」

「やめろ!? 人が地味に気にしてることを!」

「まあおかげでアタシもてぇてぇの供給をいち早く受けられてるわけなんだけども」

「そうだろオイラに感謝しろよオォン!?」

「あとはあれね。今日という日に盛大にやらかすだろうアンタもついでに見れるかなって。ぷふっ、思った通りだったわね!」

「ぐわあああああ!!」

 

 そんな中である。言葉の暴力で思い切り殴られたミノルが、おもむろに自分の足元にもぎもぎを数個落としたかと思うとその上に雑に飛び乗り、十メートルくらい後ろに吹き飛んだ。その勢いのまま冬の地面をさらに数メートル転がった彼は、やがてうつ伏せの状態で動かなくなる。

 

『ええ……』

 

 この場にいた全員が、謎のやり取りを見て絶句した。今、私たちの心は完全に一致している。

 カツキですら一致していた。こんなことで一致したくなかった。いや本当に。

 

 そんな中、一人いち早く我に返ったトールがこちらに視線を向けてきたので、私は首を振る。

 

 ホージョウに害意がなかったことは明らかなので、ミノルが吹き飛んだ原因は操られたとかそんなことはまったくなく、完全に自分からだ。

 彼の意思を垣間見る限り、完全にその場の勢い。こういうものを、ノリと言うのだったか。

 

 ……いや、なぜそんなことをわざわざ……。前世ではできなかったことやわからなかったことなどに触れる機会は、いずれもいい経験だと思っているのだが……こういう、なんというか若者特有の勢い任せなやり取りはいまだによくわからない。

 

 だが同じくトールから視線を向けられたヒミコは、神妙な顔で頷いていた。この反応に、トールの思考が華やぐ。なぜだ。

 

 わけがわからないままヒミコを見上げる私。同じタイミングでこちらを向いた彼女の視線と思考は、「見るべきところはそこじゃない」と告げていた。一体どういうことなのだろうか。

 

「まあでも、さすがに人の失敗を思いっきり笑いに来るのは悪いとは思ってたわよ?」

 

 そんなことをしている間に、ホージョウはミノルに近寄って身体を仰向けにさせていた。笑いながら言う彼女。仰向けにするのも、かなり雑にしていたので本当に容赦がないなと思ったのだが……。

 

 しかし、同時に彼女からミノルを気遣う心が見えて、私はますますわからなくなる。ミノルをあれほどこき下ろしておきながら、同時に気遣っているのか? そんな心境、あり得るのか?

 

「同情するならチョコをくれェ……!!」

「そう言うと思って……はい。あげるわ」

 

 私が首を傾げながら見守る中、ホージョウは懐から小さな箱を取り出すと、仰向けのまま動こうとしないミノルにそれを軽く投げ渡した。

 

「……え?」

「アタシらのクラスでも色々作ってたのよ。だから恵んであげる。どーせアンタのことだから、冗談抜きにまったくもらってないんでしょ?」

「……ど、同志……!」

「……か、勘違いしないでよね! それは友チョコ用に作ったやつの余りなんだからね! ほら! せっかくの施しなんだから泣いて喜びなさいよね!」

「おお同志よ……すまねぇ……すまねぇ……! 大切に保存する……!」

「いやそこは食べなさいよ!? 食べ物なんだから腐っちゃうでしょ!? うわマジ泣きしてる……嘘でしょ……ホントに泣いて喜ぶとは思わないじゃん……」

 

 小さい……本当に小柄なミノルの片手にすらちょこんと乗る程度の小箱を、さながら真舎利を手にした僧侶のように大事そうに抱えて号泣する姿は、確かに宗教に心身を捧げるもの特有の何かがあった。

 理解したくはなかったが。ホージョウも呆れている。

 

 呆れている、のだが……その内心は、ものすごく嬉しそうにしている。ミノルが大袈裟なまでに喜んでいることに、彼女もまた喜んでいる。

 そしてその心の動きは、今までのものとは違って私にも理解できるもので。

 

 つまるところあれは――

 

「え? ということは、ヒミコ……あれ……」

「ですねぇ。いやあ……なんていうか……あんなテンプレみたいなツンデレ、現実にあるんですね……。フィクションにしか存在しないって思ってました……」

 

 ――どうやらそういうことらしい。

 

 だとすると、先ほどさもどうでもよさそうに投げ渡されたチョコレートは、本命チョコということに……?

 

 ……え、えええ……? に、人間の心というものは……なんともまあ、実に複雑なものなのだな……。

 

 ヒミコがストレートに感情をぶつけるタイプだし、偽りを良しとしないジェダイだった私にとっても、想いや気持ちはなるべく素直に伝えるべきものだ。生まれ変わってから親しく付き合いがあるものも多くがそのタイプだし、本心を隠すにしても相応に理由がある場合がほとんどだったから、こういうパターンは考えたこともなかった。

 

 いや、想いを伝えるということを気恥ずかしく思う気持ち自体は、一応理解できるのだ。私だって、ヒミコに愛を告げることをためらう場面はあるのだから。

 あるのだが、それにしてもあそこまで露骨に本心を隠そうというのは、ちょっとよくわからない。

 

 私が新しく得た知見をどうにかこうにか飲み下そうとしているのをよそに、ホージョウは「てぇてぇ案件があったらすぐに知らせなさいよ!」とミノルに言い放ち、勢いよくこの場を去っていく。

 

 かと思えば途中で一度足をとめて振り返り、「()()()()の調達は任せなさいよね!」と傍目にはわけのわからないことを告げて、今度こそ帰っていった。ミノルはそれを厭うこともなく、素直に応じながら手を振っていたわけなのだが……うーむ、蓼食う虫も好き好きか……。

 

 しかし……ミノル……。仮にも夜の道具を、女性に調達させるのはどうかと思うが……。

 私もヒミコも、それを既に楽しんでしまっているから何も言えないな……。人目もあるし……。

 

「……裁判長、どう思いますか」

「んー……峰田のやつ、アレ絶対気づいてないよねぇ?」

 

 知りたくない真実を知ってしまい遠い目で煤ける私とヒミコをよそに、一連の流れを見送って少ししてからトールがミナに畏まった口調で問いかけた。

 応じたミナが、私たちに視線を順繰りに向けていく。

 

「うん、まあ、気づいてないんじゃない?」

「だと思いますわ……」

「せやろなぁ……」

「トガもそう思います」

「ケロ」

 

 どうやらホージョウの心の動きは、フォースがなくても筒抜けらしい。居合わせた男性陣は一部わからないものもいたようだが、少なくとも女性陣は全員理解していた。

 

 そして私たちの意見を一通り確認したミナは、少しの間もったいぶって考えるポーズを取ったあとに、

 

「うん! 面白そうだから、しばらく保留で!」

 

 実に……それはそれは輝くような実にいい笑顔で、そう宣言した。

 彼女の決断に対して消極的か積極的かはともかく、異議が上がらなかったことは言うまでもないだろう。

 

「なんだこれ」

 

 最後に実にくだらなさそうに吐き捨てたカツキの姿が、妙に印象的だった。

 




雄英白書回でした。
ただし後半はオリジナル展開で、峰田がある意味で主役回です。峰田が報われるヒロアカ二次があってもええやろがいという勇気。
せっかくだし前々から峰田が同志と呼んでたやつを抜擢するか、と思い立った当時のボクは冴えてたと思います。

なおここに来ていきなり名ありのオリキャラが出ましたが、ボクは基本継続した役割のないキャラには名前をつけません。
今回出てきたオリキャラに名前がついているということは、つまりそういうことです。

そう・・・夜の道具の調達先としてな!!

まあ実を言うとそっちはおまけで、他にちゃんと意味はあります。ちょっとですがこの先に出番もあります。
とはいえ半モブみたいなものなのは変わらないで、あまり深く気にしないでも大丈夫です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.バレンタイン狂騒曲 3

 さて、夜である。夕食はクラスメイトたちとのチョコレートパーティとなり、クリスマスもかくやな賑やかな食卓となった。

 

 ここ最近はインターンがほぼ全員に課せられていたから、二十人が全員が揃って食卓を囲む機会は実はあまりなかった。そんなところに、バレンタインデーというイベントが来たのだ。これ幸いとばかりに、私たちは大いに盛り上がった。

 私としても、とても楽しい時間だった。チョコレートフォンデュはぜひとも毎週やりたい。あんな素晴らしい料理があったなんて。夢のようだ。

 

 ……ここ最近。特にヒミコが帰ってきてからというもの、こうした友人との交流が以前にも増して楽しく感じる。そう思える自分が嬉しい。

 

 だからこそ、私を今の私にしてくれたヒミコには、本当に感謝しているのだ。そんな彼女に、少しでも何かを返せたらいいなと思う。

 今日のような日は特にだ。既に私のすべてを彼女に捧げているのだが、それでももっと、もっとと、何度でも思う……。

 

「コトちゃん、お待たせしました」

 

 夕食も、その後の談笑の時間を終えた頃合い。一足先に部屋に戻った私の下に、ヒミコが遅れて戻って来た。その手には、何もない。

 これに私は首を傾げた。解散となったタイミングで、ヒミコはトールに呼び止められていたのだ。バレンタインだし、覚悟の色が見えたのでチョコレートと共に告白されるのだろうと思い、私は先に戻ったのだが……。

 

「……え、何もなかったのか?」

「はい。今ここで告白したとしても、これからコトちゃんとすることで上書きされちゃうだろうから明日、ですって。それはそれとして、おしゃべりはしましたけどね」

「なるほど、一理ある」

 

 そういう作戦ということか。

 

 実際、これから私たちがすることは()()()()()()であるからして。現状ではヒミコの相手は私だけなのだから、そうなることは当然のこと。それを避けるという判断は、理に適っていると言えよう。

 

「明日は期待してて、だそうです。んふふ、楽しみです」

「……確かにトールとのことは一切とめないとは言ったが、それはそれとしてこうしているときに目の前でそう言われると、複雑なものがある」

 

 わかってはいるが、それでも今ここにいるのは私とヒミコだけなわけで。私以外の人間に意識を向けられるのは、心がざわついて仕方がない。

 これがどういう感情なのかもわかってはいるので、これ以上言うつもりはないが。それでも、一晩置いただけでは私とのことを上書きできないくらいには、ヒミコとまぐわいたいとは思う。

 

 だから、というわけではないが……ようやく二人きりになれたので、私は用意していたものを渡すことにした。

 

「……ともかくそういうわけで、チョコレートを……その、受け取ってもらえると嬉しいのだが」

「私がコトちゃんのプレゼントを嫌がるなんて、そんなのあるわけないじゃないですかぁ」

「うん……それはわかってはいるのだが。しかし実際問題、あまりいい出来ではないことは客観的事実だろう?」

 

 私が選んだものは、初心者向けという触れ込みで提示されたいくつかの候補にあった、チョコレートトリュフ。去年ヒミコが贈ってくれたチョコレートと同じ種類であるが……結果はまあ、見ての通りである。

 

 形はあまり整っていないので、見栄えからして微妙なところだ。味も正直自信がない。

 私個人としては悪いとまでは思わないが、こういうものは上を見ればきりがない――というか、この国は元々市販の菓子すらどれも非常に美味なのである――し、根本的に技術ではヒミコに絶対に敵わない。

 

 要するに、私は少し意地を張ってしまったのだ。可能な限り自分にできる範囲は自分でやりたかったから。

 だって、筋が通らないだろう。恋人に贈るものを作るに当たって、その恋人にあれもこれも手伝ってもらうなんてことは。

 

 ……と、そういうわけなので、食品としての価値はあまり高くないと思う。今の私が出せる全力で作り上げたマスターピースではあるのだが……所詮は素人の作品だ。

 だからこそ、そんな代物を愛する人に食べさせてしまっていいのかとも思うわけで……。

 

「ふふ、そですね。でも、いいのです」

 

 だがあちこちに視線を泳がせながら言葉を濁す私に対して、ヒミコはにっこりと笑った。

 そのまま受け取った包みを開封すると、中にあったチョコレートを躊躇うことなく口にした。彼女の表情が、たちまちチョコレートのようにとろりと溶ける。

 

「そんなこと、最低限の味さえ確保できてれば、別にいいんです。あのコトちゃんが、私のためだけにチョコを作ってくれたってだけで、私……すごく、すっごく、幸せなのです」

 

 言葉の通り、幸せそのものと言った顔を向けられて、思わず見惚れる。世界一カァイイ女の子がそこにいた。

 胸が高鳴る。好きという気持ちがあふれてとまらない。

 

 ああ……ああもう、もう。一体全体、私は何回この女性に惚れ直せばいいのだろう。

 そんな顔をされたら、私も。私だって、嬉しくて嬉しくて、幸せになってしまうじゃないか。

 ただでさえ今は幸せなのに、ただでさえたくさんのものをもらっているのに、これ以上幸せをもらったら、溺れてしまう。

 

 ……いや、とっくに溺れているか。しかしだからこそ、これ以上幸せを注ぎ込まれたら、小さな私の身体は本当に物理的にどうにかなってしまいそうだ。

 

 だから、息継ぎをするかのように身体を跳ねさせる。身体の中でこもってしまいそうな大好きという感情のエネルギーを放出するように。

 その勢いに任せて跳び上がって、ヒミコの身体に抱き着く。ブレることなく抱きとめてくれた彼女の動きに合わせて顔に顔を近づけ、そのまま彼女の頬に頬ずりをした。

 

「……来年は、もっと上手に作るよ。どうせなら、君には最高のものを味わってほしいんだ」

「はい、期待してます」

「それはそれとして、また一緒に作りたいな。こういう日もたまには悪くない」

「んふふ……はい、私もです。どうせなら、コトちゃんと一緒がいいです」

「ん……ヒミコ……愛している。大好きだ」

「はい、私もです。私も愛してます。大好きです」

 

 そして、私は唇を奪われた。

 今日のキスは、チョコレートの味だ。物理的にも、心情的にも、とてもとても甘いキス。おかげで私の思考は、あっという間に溶けていく。

 

 ああ、そういえばチョコレートはかつて媚薬としても扱われていたのだったかな……などと、どうでもいい知識が脳裏をよぎる。実際にそういう効果があるかどうかはさておき、今の私たちにとってはそれはある種の真実だろう。気分が昂っていくのがわかる。

 

「ぁ……っ」

 

 けれど、すぐに唇は解放された。それがどうにも名残惜しくて、離れる彼女を追ってしまう。もっと、とねだるように唇を突き出しながら。

 

 だが、間に人差し指を差し込まれた。文字通り、お預けというポーズだ。それが物足りなさを助長して、私は思わずしょんぼりとうなだれる。

 

「ふふ……待て、ですよぉ。そんなカァイイ顔しないでください、このままおいしく食べたくなっちゃう……♡」

 

 私のそんな様子を見て、ヒミコの嗜虐心がむくりと鎌首をもたげた。愛によってとろけながら、しかし壮絶な色を湛えた笑みが私をまっすぐに見つめている。

 

 ()()()私の下腹部が甘くうずいた。これから行われるであろう夜の営みを自然に想像して、身体が小さく震える。

 

 滅茶苦茶にしてほしい。そんな淫乱な気持ちが、頭の中を占有し始めていた。

 

「……私からも、はい。ハッピーバレンタイン、なのです♡」

 

 だがそんな私でも、目の前に差し出されたかわいらしい小箱を見たら、さすがに現実に戻って来るというものだ。

 

 彼女がパーティ用、クラスメイト用とは別に、私宛てのものを作っていたことには気づいていた。というより、予想の範疇と言うべきか。

 だからいつ渡されるだろうかと楽しみにしていたはずなのに、それを忘れるとは。ああもう、本当に私は快楽に弱い。少し()を注がれるだけですぐその気になってしまう私は、なんとふしだらな女なのだろう。

 

「気にしなくっていいんですよ? 私はそんなコトちゃんが大好きなので」

「……君はそうだろうが、私にとってはそうもいかない。大体こんなの……こんな体たらくでは、いつまで経ってもジェダイを名乗れない……」

 

 小箱を受け取りながら、私は思い切り顔を逸らす。鏡を見るまでもなく、今の私がひどく赤面していることだろう。

 

「んふふ、えっちなジェダイがいても私はいいと思いますけどね。でもコトちゃんがヤって言うなら、今日はシないでおきますか?」

「そ……それ、も、イヤだ……」

 

 それでもなお、夜の営みを拒むどころか求めてしまうのだから、私はもう本当にダメだ。

 でも……もう、それでいいか。

 

「ふふ……♡ コトちゃんの……えっち♡」

「……っ♡ う、うるさい……君がそうしたんじゃないか……!」

 

 耳元でささやかれて、全身がぞくりと震える。気持ちいい。

 

 けれどその誘惑をどうにか振り切って。さながらこの話題を強引に打ち切るように、受け取った小箱を開封する。

 

 そして、私は目を丸くした。身体に宿り始めていた官能的な熱が、一瞬掻き消える。

 

「……これ」

「驚きました? でも、そうしようと思ってたわけじゃないんですよ」

 

 そこにあったのは、私が作ったものとまったく同じ種類のチョコレートだった。つまり初心者向けらしい、チョコレートトリュフである。もちろんこちらのほうが圧倒的に整っているが。

 

 一年をかけて腕を磨いたヒミコなら、もっと高度なものだって用意できただろうにと思う。けれどそうしなかったのだ。きっと、あえて。

 

「なんとなく、これがいいなって思ったんです。……まあその、去年は気合い入れすぎて空回りしてあんまりおいしくできなかったので、おんなじのでリベンジしたかったってのもあるんですけど。それでも、コトちゃんと同じの作ろうって思ってはいませんでした」

「……なのに二人して同じものを作ったのか。しかもこれ……用意した数まで同じとは」

「ねー。なので……ふふ、嬉しいのです。何もなくっても、私たち一緒なんだなって。コトちゃんになれたみたいで」

「……ああ、そうだな。私も嬉しいよ。好きな人と同じ、ということがこんなにも嬉しいなんて、思ってもみなかった」

 

 ヒミコのチョコレートを口に運ぶ。たちまちに素朴で、けれど深い甘さが口の中いっぱいに広がった。私の顔も、チョコレートのようにとろけた。

 

 思わず笑みがこぼれる。きっと私は今、先ほどのヒミコと同じ顔をしている。そう確信できる。そのことが、何よりも嬉しく思う。

 

「……うん、おいしい。やっぱり、ヒミコの作る料理が一番だ」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 口の中のチョコレートを嚥下すると同時に、にっこり笑顔のヒミコの唇を奪いに行く。先ほど彼女がしたようにだ。

 そこから広がる味も、きっと先ほどと同様で……。

 

 当然だ。私が作ったチョコレートのレシピは、そもそもヒミコからもらったのだ。材料だって同じものを使っている。技術の差による質の違いはあれど、根本は変わらない。

 また精神的な意味でも、今の私たちの心は先ほどからずっと同じ色、形の幸せで満ちているのだから。同じになるに決まっているのだ。

 

 つまり、私の思考は溶けていく。これはそういう味だった。

 そしてそれは、やるべきことを済ませたヒミコも同様で。

 

「ん……ちゅ、んむ……あむ……♡」

「んあ……♡ んちゅ……っ、んむ……♡」

 

 もう、お互いに深いことは何も考えていなかった。まるで貪るように、奪い合うように、私たちは深いキスに没頭する。

 これがいつまで続くかは、わからない。永遠ということはないが、それでも永遠にこうであったら……などと思う。

 

 しかし、これはあくまでただの前戯。これが終われば、待っているのは互いに互いの愛を正面からぶつけ合う、ただの獣となる時間だ。それが、心の底から待ち遠しい。

 

 いい加減にしなくては、と頭の片隅では思っている。

 けれど、思っているだけだ。私はきっともう、この快楽の沼から上がることはできない。

 

 そんな気も、今はなかった。

 

 今は、今は彼女と一緒に、ただ気持ちよくなることが何よりも大事なのだから。

 




ヒミコトイチャラブ回でした。
爛れに爛れている・・・すっかり快楽堕ちしてしまってこの子は・・・。

まあ書いててめちゃんこ楽しかったので、反省はしていないんですけどね!
もちろんこれだけだと話進まないし胸やけしてくるんですけど、こういう回があってもいいでしょう? イチャラブはやはり健康にいいんですよ。

あ、ちなみに今回はえっちな幕間はナシです。
文章から期待していた方には、その、すまない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.バレンタイン狂騒曲 4

 二人の少女が愛欲の獣と化し、みだらに交わり合う夜が明けるより早く。まだ日も登り切っていない冬の朝、いつものように日課のランニングをしようと一階に降りてきた緑谷出久は、日課を同じくする同級生の麗日お茶子と顔を合わせた。

 

「おはよう麗日さん。今日もよろしくね」

 

 いつものようにお茶子に声をかけた出久だったが、お茶子はこの声に過剰な反応を返してきた。

 

「ふぇぁう!? おおお、おはようデクくん!!」

「どうしたの? なんだか顔が赤いよ……もしかして風邪引いたんじゃ」

「いいいいいや! 違うの! 違くて! これはそういうんじゃなくて……その……」

 

 最初は大げさな身振り手振りを繰り返していたお茶子だったが、だんだんと声がしどろもどろに小さくなっていく。

 その態度の意味がわからなくて、首を傾げる出久。けれどお茶子が何かを伝えようとしていることはわかったので、彼女が落ち着くのを待つ。彼女が考えていることを言葉にできるまで、根気強く。

 

 この対応に、お茶子の心はますます昂った。出久の優しさを感じて、嬉しくなると同時に不甲斐なくなる。

 

 今自分が抱いている気持ちは、本当に告げるべきなのか。一晩考えに考えて悩み抜いた結果、やはり見知らぬ誰かに先を越されたくないという気持ちに押されて想いを告げようと決断したはずなのに、その覚悟が揺らいでいく。彼の優しさに甘えてしまっているのではないかと、決めたはずの心がぐらぐらと。

 

 どうする? どうする? と刹那の狭間に何度も問いかける。けれど心の内から返ってくる答えはバラバラで。

 自縄自縛に陥ったお茶子は、顔を赤くしたまま俯いて、すっかり硬直してしまった。

 

「……えっと、大丈夫だよ。時間はまだたくさんあるし、僕なら()()()()()から」

 

 そこに、出久の声が再びかかる。どこまでも相手を気遣う、優しい声色で。

 

 お茶子が思わず顔を上げればそこには、ナチュラルボーンヒーローの顔があった。オールマイトのそれと同じ……けれどまったく異なる、愛しい人の優しく穏やかな笑顔があった。

 

(あ……)

 

 だからその瞬間、答えは決まったようなものだった。今まで揺れていたのは何だったのかというくらい、心がはっきりと定まっていた。

 

(……ズルいよぉ、デクくん……)

 

 思えば最初は、その顔に。あり方に、ただ憧れていた。

 けれど、だんだん憧れは形と色を変えて。いつの間にか、彼ばかりを見ていた。

 

(うん……そうだね、被身子ちゃん……。被身子ちゃんの言う通りだね。しまっとくと大きくなっちゃうんだ。私も、もう……あふれちゃったみたい)

 

 脳裏をよぎるのは、いつかの親友との会話。秘めていた心を打ち明け、打ち明けられたあの日の言葉。

 

 その通りになってしまった今から省みれば、やはり先駆者の言葉は的を得ていたのだと思わざるを得ない。

 

(……私。やっぱりデクくんのこと、好きみたい)

 

 でも、だからこそ、深呼吸を一つして。

 

 ありがとう、もう大丈夫。そう告げて。

 

「あの……デクくん」

「うん」

 

 この場に持ち込んでいたものを。想いを込めて作ったものを入れ、丹精込めてラッピングした小箱を、正面から出久に差し出した。

 

「これ……その、よかったら」

「わ、なんだろ。開けてみてもいいかな?」

「う、うん」

 

 無邪気に顔を綻ばせた出久は、赤面しつつも決心を固めたお茶子の表情の意味を何一つ察せないまま、箱を開封した。

 

 ラッピングを一つ一つ、丁寧に外していく気遣いにお茶子の心が踊る。所詮外装は外装だが、そこに込めた気持ちは中身に込めたものに勝るとも劣らないという自負があったから。無意識にでもそれを理解してくれるあり方が愛しく、また嬉しかった。

 

「これ……チョコレート?」

 

 箱を開き、中身を見た出久が目を丸くする。その意味をすぐに理解できない辺り、やはり彼はどこまで行ってもクソナードだと言うしかないだろう。

 

「えと、バレンタインは昨日終わった……っていうか、昨日普通にもらったと思うんだけど……」

 

 少なくとも、そんなことを素で言ってしまううちは返上できない汚名だ。

 

 けれど、恋は盲目とはよく言ったもので。今のお茶子にとって……そう、好きという気持ちがあふれてしまった今この瞬間のお茶子にとっては、そんなところですら好ましく映った。あばたもえくぼとはよく言ったものである。

 

「んと、うん。その……あのね、昨日のは……どっちかって言うと、女子一同から男子のみんなにって感じのやつで……その、あれ。友チョコってやつで」

「ああ、なるほど。……ん? それじゃあこれは――」

「……本命チョコ、です……」

「――……え?」

 

 それでも、言うべきときは今しかないと。勝負の仕掛けどころを間違うほど、お茶子は自分も今の状況も見失ってはいなかった。

 また頓珍漢なことを言われる前に、場が取っ散らかる前に、彼女は出久の言葉に自身の言葉を、心をかぶせた。

 

「作ったはいいけどずっと迷ってて……それで一日遅れになっちゃったの。それはその、本当にごめんなさい。……でも、そういうわけだから……これは私から、デクくんへの……本命、チョコ、です」

 

 同じ言葉を、もう一度。きっと一言だけでは信じてもらえないだろうという確信があったから。

 

 事実、出久は半端な笑顔の形に表情を固めたままで、小首を傾げた。同時に自分を指で示す。

 

 やはりわかっていなかった。だから肯定の意味を込めて、お茶子は頷く。頷いて、それから。

 

「デクくん……私、私ね。デクくんのこと、好き、だよ。その……女の子として。男の子のデクくんが、大好き、です」

 

 言った。

 思いの丈を余すことなく伝えるべく、今の気持ちを率直に言葉にした。

 

 これに返されたのは、十数秒の静寂。

 この間、お茶子の顔はずっと真っ赤だった。遂に言ったという達成感と高揚と、遂に言ってしまったという後悔と焦燥、そしてもしこれで嫌われてしまったらどうしようという恐怖が彼女の中で暴れまわっていた。

 

 対する出久の中では、大量の思考が空回りしていた。普段オタクトークをかますときのような高速かつ膨大な言葉が頭に浮かんでは消えるが、そのすべてはほとんど同じもので……端的に言って、彼は完全に冷静さを欠いていた。

 

(好き? 誰が? 麗日さんが? 誰を? 僕を!? え!? なんで!? え!? そんなことあるか!? 僕なんかのどこが!? 嘘? 夢? いやいやいや待て待て待て、黙ったままってまずくないか!? 何か、何かを! とりあえず返事を……なんて言えばいいんだ!? 何が正解なんだ!? 何を、どれを、えっと、ええと、ええと……!?)

 

 思考が空回れば空回るほど、出久の顔色は悪くなっていく。大量の脂汗が噴き出し、だらだらと顔を含む全身を流れ始めた。

 

 逆にお茶子は、出久の様子に落ち着きを取り戻し始めていた。自分より取り乱している人間を目撃すると、一周して冷静になるというやつである。

 

 そして思う。ああ、やっぱり迷惑だったかも、と。

 

 出久のことが好きなのは本当だ。嘘偽りないお茶子の本心である。それを認められるまでには多少の時間を要したし、人にそうだと言えるようになるにはさらに時間が必要だったけれども。

 しかしだからこそ、自分という存在が。自分のこの気持ちが出久の邪魔に、迷惑、枷になるかもしれないという懸念は最大の問題だった。だからこそ何か月も悩み、昨夜も十分に眠ることができないまま過ごすことになったのだ。

 

 だから違う、と思う。こんなことをしたかったわけではないのだ。

 夢に向かって、目標に向かって必死に努力し続ける彼の姿が、カッコいいと思ったから。そんな彼を夢以外のことでこんなにも悩ませるなんて、お茶子にとっては不本意が過ぎた。

 

「……ごめん、デクくん。ごめんね。そんなに困らせるつもりはなかったの」

「ぁ、え? えと、そのいやその、僕……!」

「いいんだ! デクくんのことが好きなのは本当だけど、デクくんのこと邪魔したいわけじゃないんだ。だから……」

 

 ――だから、忘れてくれていいから。

 

 そう、続けられようとしたまさに瞬間のこと。ここまで何をどうしたって噛み合わなかった出久の思考が、ようやく噛み合った。

 混乱と動揺で、青いを通り越して白いとすら言えるほどに淀んでいた顔も、曇り切っていた目も、色を取り戻してまっすぐにお茶子の顔へと注がれた。

 

 必死に取り繕うような、困ったような、お茶子の儚い笑みへ。

 

「違うんだ! 麗日さんは何にも悪くない!」

 

 ――だって、そんな顔は見たくないから。

 

 そう思えばこそ、出久の頭はそのパフォーマンスを最大限に発揮する。

 自分ではない誰かのために。緑谷出久という男は、やはりどこまで行ってもヒーローであった。

 

「ごめん麗日さん! 僕が不甲斐ないばっかりに……せっかくこ、ここっ、告白っ、して、くれたのに……! ろくなこと何一つ言えなくて……!」

 

 怒涛の勢いで言葉があふれていく。今までの停滞がまるで嘘のようだった。

 

「それで……その、その上で、ごめん……! 本当にごめん……!」

 

 その勢いに任せる形で、出久は頭を下げた。誰が見ても文句ひとつ言えない、完璧なお辞儀だった。

 

 この様子に、お茶子は顔を曇らせる。顔が直視されない状況だということもあって、それを隠すことはできそうになかった。

 

「僕は……僕、まだわからない……! なんて言えばいいのか、どう言えばいいのか……何より、麗日さんのことをどう思ってるのか……」

 

 けれど続けられた言葉を聞いて、お茶子の顔に光が灯る。色が戻ってくる。

 

「僕の中で、全然整理ができてなくって……麗日さんの気持ちをきちんと受け止めることすらできてなくて……! でも……っ、でも、絶対、絶対になんとかして、受け止めるっ、きちんと考える……から……っ」

 

 だから。

 

 そう繋げて、出久は顔を上げる。そこにあったのは、覚悟を決めた一人の男の顔だった。

 

「少しだけ……僕に時間をください……! そうしたら、絶対納得してもらえる答えを見つけてみせるから……!」

 

 これを受けて、お茶子はうんと大きく頷いた。そこにあったのは、慈愛に満ちた一人の女の顔だった。

 

「わかった……私、待ってる。ずっと待ってる、ね」

 

 ――だから、やくそく。

 

 そう、言葉を交わして。

 けれど二人はそのまましばらく、互いの顔に見惚れていた。

 

 やがてどちらからともなく赤面し、動揺し、大わらわとなる。結局、朝のランニングはできずじまいだった。早起きの生徒が、そろそろ起きてくる時間帯だ。

 

 ……その日の授業では、二人がともに大変集中を欠く始末であったことは言うまでもない。おかげで二人とも、何かと厳しい相澤からは大目玉を喰らうことになった。

 

 これを受けてお茶子は改めて出久に謝罪したが、こういうことで出久が素直に謝罪を受け取るはずがない。結局二人は休み時間を一つ、謝罪合戦で浪費する羽目になった。

 

 そんな二人の様子を遠巻きに眺めながら、A組の一部を除いた面々はどうやら何やら進展があったようだぞ、とにんまり笑っていたのだった。

 




満を持してのデク茶回でした。
なかなか進まないもどかしさと、青い春の甘酸っぱさが書け・・・てたらいいなぁ。

にしても自分で書いといてなんですが、爛れた性愛が中心になりつつあるバカップル二人に対して、原作主人公と原作ヒロインの健全さの落差やばいですね。
バカップルどもにもこんな初々しい時期があ・・・ったかな・・・。わりと早い時期から爛れてたような。
まあどっちも書いてて楽しいのは事実なのでね。これからも並行して書いていきたいですね。
いつかはダブルデート回も書きたいものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.大事件の始まり

 バレンタインの夜は、なんというか大変だった。ほとんど一晩中愛し合っていたし、おかげで室内は淫靡な匂いと血の匂いが混ざり合ってひどいことになっていた。

 結果として換気に一時間近くかかったし、二人の血で血みどろになった寝具の後始末など考えたくもない、S-14Oにはいつも以上に苦労を掛けてしまうな。

 こんなに激しく求め合ったのは、クリスマスのとき以来ではないだろ……いや待てよ、あれがたった一か月半前のことか。最近だな。なんてことだ。

 

 ま、まあ、お互いに大変満足の行く夜であったことは事実だ。たまの外食くらいの間隔だと考えれば、まあ。あんな夜を毎日、となるとさすがに色々な意味で難しいし。

 

 ……うむ、この話はやめよう。

 

 ということでバレンタイン後についてだが、実はあのあと……色々と私たちが力尽きている間にオチャコとイズクのほうでも進展があったらしい。翌日は朝から視界に相手が入っただけでも顔を赤くし続けていたのだから、一目瞭然だ。

 二人が互いを必要以上に意識し合っているということはもはや誰の目からも明らかであり、ヒミコも含めたガールズトーク大好き三人娘が普段以上に楽しそうにしている姿が印象的であった。一部の男が血の涙を流す勢いで歯ぎしりしていたが、それは余談だろう。

 

 ただ、どうやらまだ正式に恋仲になったわけではなさそうである。イズクはオチャコのことをどう思っているのかを自分なりに噛み砕こうとしているし、オチャコはその答えが出るときを待っている雰囲気だ。

 

 イズクも私並みに、しかし私とはまったく異なる理由で恋愛から縁遠い人生を送ってきたようだからなぁ。オチャコの好意にそれまでまったく気づいていなかったし、完全に寝耳に水だったのだろう。文字通りに考える時間がほしいというわけか。

 

「ふふ、いかにも先輩です、みたいな顔してますよ?」

「……悪かったな、どうせ私は顔に出やすい性質さ」

「そうじゃなくって……コトちゃんなんて私から告白されたとき、本当の本当になんにもわかってなかったじゃないですか。それなのにすっかり経験者目線してるんですもん、訳知り顔でうんうん頷いちゃって。それがすっごくカァイイなぁって思ったのです」

「……その件については黙秘させてもらいたい」

 

 ヒミコに理解させられる以前の話は、禁則事項にできないものだろうか……。

 

 いや、うん、それはどうでもいいのだ。それはさておきである。

 

 そういうわけなので、イズクとオチャコの仲が今後さらに進みそうな気配を見せていたわけだが、さすがに半月も経てば二人とも落ち着いてきた。あくまで表面上ではあるが、少なくとも学業や仕事に支障をきたすようなことはなくなった。

 これに伴い、茶化すというかはやし立てるというか……ともかくそういう空気は鎮静化していった。

 

 いや、二人の行く末を見守る段階に入った、と言ったほうがいいかもしれない。ミナなどは定期的にもどかしそうにしていたし、実際そういう趣旨のことを口にしていたが……この手の話は時間以外に解決する手段がないものである。少なくとも私はそうだった。

 だから私としては、二人が心安らかに過ごせるように配慮しつつ静観するのみである。

 

 一方トールはというと、こちらもヒミコにきちんと告白していた。私はそのときあえて二人の傍にはいないつもりだったのだが、なぜか私も一緒に聞いてくれと言われたので、恋人が告白される場面を目の当たりにすることになった。

 

 というのもトールとヒミコの関係は、年始の一件で周囲からはそういうものなのだと思われているのだが、よくよく考えれば面と向かって告白はしたことがないことに気づいたらしいのだ。そしてするのであれば、私に対しても筋を通すべきだと彼女は考えたというわけだ。

 

 だからこそ、このときのトールの告白はどちらかというと、決意表明のようななものだった。

 

「ひみちゃん、大好きです! 愛してます! ……でも正直、恋人になってくださいって言うのは早いかなとも思うんだよね。まだひみちゃんの認識は友達っぽいなって……」

「……そですね。透ちゃんにはごめんなさいですけど、そういう意味での好きにはまだなれてないです」

「やっぱり? ……だからね、今はこれ以上は言わないでおくんだ。私、これからもがんばる! ひみちゃんに振り向いてもらえるようにがんばる! から! 改めてこれからもよろしくお願いします!」

「んふふ……はい。待ってますね、透ちゃん」

 

 そして二人は、お互いににっこり笑って抱き締め合った。隣で見ていても、美しい光景だったと思う。友人として、トールの想いが成就するといいなとも。

 

 もちろん、ヒミコの右隣を譲るつもりはないが。それでも、右と左からヒミコを囲む日が来ても、それは構わないと改めて思った。普段から元気いっぱいなトールがいてくれたら、私たちの日々はもっと明るく楽しいものになると確信できるから。

 

 ……何はともあれ、二月はそんな感じで穏やかに、かつどことなくチョコレートの甘さを伴う残り香を漂わせながら過ぎていった。学年最後の筆記テストもつつがなく終わり、ほどなくインターンも再開。A組はもちろんB組も、さらなる成長を求めて精進する日々であった。

 

 そんなある日のこと。ちょうど三月に入ったタイミングのことだった。

 いつものように、寮の一階にある食堂スペースで夕食をみんなで楽しんでいたときのことである。BGM代わりにつけっぱなしにしていたテレビから、悪い意味で人間の興味を引く音が鳴り響いた。

 

「え、何?」

「なんだなんだ?」

 

 突然のことに、全員の意識がテレビに向かう。私も同様である。

 

 映し出されていたのはニュース番組だったのだが、画面の上部には「緊急速報」の文字。

 そして続けて表示されたのは、白昼のオセオン市街地でテロが発生、大量の犠牲者が出たという文章。これには全員の顔が強張った。

 

 この緊急速報に続く形で、ニュース番組のほうも慌ただしくなった。それまでやっていた国内のニュースをばたばたと終わらせると、オセオンで発生した事件のみに注力する形になったのである。

 

「オセオン……ってどこの国だっけ?」

「大西洋にある国だ、上鳴くん。イギリスやアイルランドの南西、フランスの真西辺りにある島国で、島内でクレイドと国境を接している」

「ただ、日本とはほとんど縁がない国ですわね。国交はありますし、仲が悪いわけでもないですけれど……」

 

 デンキの疑問に、成績優秀者の二人が解説する。

 

 二人の言う通り、オセオンは日本では知名度が低い国だ。歴史の古いイギリスやフランス、イタリアなどに比べると観光地としての訴求力は低いし、経済的な重要度にも差がある。

 ユーラシア大陸とアメリカ大陸との間にあるという立地を生かした中間貿易も行われてはいるが、それで食べていくにはユーラシア大陸に近すぎる。必然、欧州に数えられつつもその国力や知名度はどうしても劣る。そんな国だ。

 

 そうこうしているうちに、ニュース番組のほうがことの仔細を報道し始めた。どうやら何らかの薬品が散布された結果、一般市民たちの”個性”が暴走。それによって多大な被害が出たようだ。死者多数かつ、その数は時間を追うごとに増え続けている、と。

 問題の薬品自体に殺傷能力はなさそうだが、しかし”個性”の暴走によって心身に多大な影響が出るので実質致命的な毒物と見ていいだろう、とも。

 

「ひどい……」

「なんでこんなことができるんだよ……!?」

 

 何人かが絶句し、それ以外のものは義憤に駆られて声を荒らげた。まったくもって同感である。

 

 そしてニュース番組は、これらの事件を起こしたものがヒューマライズという思想団体だと述べた。事件そのものの報道はここで一旦打ち切られ、そこからはヒューマライズという団体についての解説が始まる。

 

「個性終末論……頷ける部分が一切ないとは言わねぇが」

「世迷い言。科学的根拠などない」

「ああ! 別にそういう考え方があること自体は否定しねーが、それで普通に生きてる人を無差別に襲うなんて間違ってる!」

「わっ、切島アンブレイカブル出てるアンブレイカブル」

 

 これまた同感である。

 

 個性終末論……すなわち”個性”は世代を経るごとに混ざり合い、深まり合い、どんどん強力になっていくが、ホモ・サピエンスという生物種の進化はこれに追いつけず、いずれは誰にもコントロールできなくなって絶滅に向かうだろう、という仮説である。

 本来は個性特異点と呼ばれていたらしいこれは、”個性”というものが世に出始めてから四半世紀ほどが経った頃、とある医師によって提唱されたという。

 

 しかしフミカゲが言った通り、この仮説に科学的な根拠はない。実証はいまだされておらず、提唱された当時も真面目に取り合ったものはほぼいなかったらしい。

 

 ただ私は一定程度ではあるが、この仮説を支持している。この現代、私の世代以降の子供にはそれまで以上に強力な”個性”の持ち主がそれ以前の世代に比べて多いからだ。”個性”など存在しない星から来た私には、それがよりはっきりとした形を持った脅威に見えるのだ。

 

 A組で言えば、ショートがこの「強力な”個性”」に該当するだろうか。彼が「頷ける部分が一切ないとは言わない」と称したのは彼自身もそこは認識しているからだろう。

 トドロキ家の個性婚のことを知っているイズクとカツキも、内心で「彼/こいつが言うと少し説得力ある」と思っている。彼らも完全な与太話とまでは思っていないのだろう。

 

 とはいえ、この個性終末論はそれだけなら別にさほど過激な思想ではない。終末論の一種ということでオカルトめいた色を帯びてはいるが、人類の滅亡に対する警鐘と取れなくもないからな。

 

 だが、これが「”個性”とは人類種に発症した病である」という思想と結びつくと、途端に危険度が増す。この思想から「病は根絶しなければならない」「そのために”個性”を持った人間を絶滅させなければならない」という考え方に飛躍しかねないからだ。

 

 実際、ヒューマライズとはそういう飛躍をした、してしまった団体なのだろう。彼らは無個性こそが純粋な人類であり、彼らだけが生き残るべきだと主張しているようなので、間違いないはずだ。

 

「ええ……ってことは何? このヒューマライズとかいう連中、地球上の約八割の人間を殺そうとしてるわけ? ”個性”を暴走させる形で?」

 

 番組が一通りの解説を終えたところで、キョーカが嫌悪感を隠すことなく口にした。これに全員が押し黙る。

 

 否定する材料は何もなかった。何せ現代、地球の人口は約八割が大小の差こそあっても何らかの”個性”を持っているのだから。

 

「エグすぎんだろ……」

「これが人間のやることかよぉ!?」

「信じられない……!」

「許せないよ、こんなの!」

「なんとかできないかなぁ!? 見てるだけなんてそんな……悔しいよ!」

「うん……!」

 

 そしてこの気持ちは、みんなも同感なのだろう。立ち上がり、拳を振り上げながら声を上げたトールを筆頭に、全員が全員決意を固めた顔をしている。

 

「みんなの気持ちはよくわかるけれど……私たちは学生よ。免許だって仮だわ」

「……梅雨ちゃんくんの言う通りだ。それにオセオンは時差十時間近くもある遠隔地……俺たちの出番はないだろう」

「それは……そうかもしれないけど……!」

 

 もちろん、現実はツユちゃんとテンヤの言う通りなのだろう。本来、こういうものは大人が対処すべきであるし、遠方の人間がどうこうできるものでもない。

 

 しかしそれでも。それでも、である。

 

「ふふ……梅雨ちゃんも飯田くんも、言ってることと顔つきが正反対ですよ?」

 

 ヒミコが言う通り、二人とも悔しそうな顔をしている。他のものと同じように、だ。二人もそれは自覚しているのか、痛いところを突かれたという顔をしている。

 

 だがそれは、みんな大なり小なり同じである。現実を前にして納得できるような聞き分けのいいものなど、きっと雄英のヒーロー科にはいないだろうな。

 

 ……もちろん私も。そうだと信じたい。

 何故、などと考えるまでもないだろう。こんな非人道的な手法など、ジェダイとしてもヒーローとしても、何よりこの星に生きる一人の人間としても、到底看過できることではない。

 

 確かに”個性”は危険な代物だ。こんなものがあるからこの星はどこもかしこも治安が悪いし、日常的に悲劇がどこかで起きている。

 それでも、それでもだ。だからといって、まさに今現在を平穏に生きている人間の自由を否定していいはずがない。それをを侵害するなど、誰であっても許されることではない。そんな権利は誰にもありはしない。

 

 だから、だろうか。

 

 今は暗黒面の側に立っている私だが……それでも今は、この報道を聞いて真っ先に感じたものは、心の中で燃え上がる光だった。

 

 そんな私を、ヒミコが嬉しそうに私を見ている。彼女の心の声が聞こえてくる。

 

『んふふ、それでこそ私が大好きになったコトちゃんです。そういう生き方しかできない不器用なところも含めて、大好きですよ』

 

 そういう生き方しかできない、か。なるほど、言い得て妙である。

 




バレンタインの余韻を残しつつ、劇場版第三作ワールドヒーローズミッションの始まり。
ここからは甘さ控えめ、シリアス多めでお届けしてまいります。

・・・ところでこの劇場版第三作の影響で、ヒロアカ世界が現実とは別の世界線であることがはっきりと確定してしまうのですが、まあそこは細かいことはいいんだよの精神でお願いします。
というかあの世界にはブリテン島の南西にそこそこな大きさの島が存在していることになってるわけですが、大西洋の海流とかどうなってるんでしょうね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.出動

 日本の、しかも学生である私たちに出番はないだろう。それで私たちは意見を一致するところだった。

 

 ところが、オセオンで起きたヒューマライズのテロはあっという間に規模を拡大し、日本に住む私たちも無関係ではいられなくなってしまった。

 というのも、ヒューマライズは世界中二十五か国に支部を持っており、日本にもその一つがあったからである。

 

 また、オセオンの事件を受け世界各国は合力しての対策に乗り出した。支部が存在する国はもちろん、それ以外の国からもヒーローや警察や集まって統括司令部を作り、一斉検挙をすることになったのだ。

 

 しかし、この星の治安はとても悪い。毎日何かしらの事件が起こり、人の命が脅かされている日本だが、それでも世界でもトップクラスに治安のいい国と認知されているくらいには悪い。日本ですらそれなのに、いわんや他国の事情は、である。

 

 そんな事情があるからか、ヒーロー飽和社会とすら言われる日本は、一部のヒーローを諸外国に派遣することになった。

 中でも突出した実力者がいない、かつヒューマライズの本部があると目されるオセオンには、日本のトップヒーローにしてオールマイトをも超える事件解決数を誇るエンデヴァーが、事務所全員を引き連れて派遣されることになったという。

 

 他にもホークスなどの実力者が軒並み海外に派遣されることになった上に、統括本部にはオールマイトも派遣されるため、一部からは批判の声も出た。無理からぬことではあるが、この件はそれだけ世界全体の問題であると認識している人間のほうが圧倒的に多かったため、こればかりは仕方ないという認識が大多数のようだ。

 

 これに伴い、それぞれのヒーローの下でヒーローインターンをしていた雄英のヒーロー科生たちも、その代表ヒーローの指揮下で海外へ赴くことになった。エンデヴァーの下にいるイズク、カツキ、ショートの三名はオセオンへ。ホークスの下にいるフミカゲ、そしてヒミコはアメリカへ……という具合だ。

 

 つまりあの日、誰もがこの事件を黙して見ていることを良しとしなかった私たちは、図らずも事件に関わる権利を得たということになる。喜べることではないが、関われるということに決意を新たにしたものも多いだろう。

 

 もちろん全員が全員、この作戦に関われるわけではない。作戦に参加しないヒーローも多く、そこでインターンをしているものは対象外だ。

 けれども、だからといって作戦に駆り出されないものたちが蚊帳の外というわけではない。むしろ彼らこそ、普段以上に頑張らなければならない立場にある。

 

 何せこれからしばらくの間、日本はトップヒーローたちの多くが不在になる。そんな中で、今まで同様の治安を維持しなければならないのだ。やらなければならないことは今までの比ではないだろう。

 

「本当は私たちも行きたい……けど!」

「ほんっとにね! でもみんながいない間は、私たちが日本を守らないとだ!」

「ウィ☆ こっちはボクたちに任せて、世界を舞台に思う存分キラメいてきなよ☆」

「ウム! みんなくれぐれも気をつけてくれたまえ!」

 

 居残りとなったミナ、トール、ユーガ、テンヤたちに見送られ、私たちは雄英をあとにした。

 そしてホークスと共にアメリカに行くことになったヒミコは空港に向かうために、別行動となる。

 

「寂しいが、しばらくはお別れだな」

「ううう……私はいつになったらコトちゃんと一緒にお仕事ができるんでしょう? とってもとっても不本意です」

「まあ、学生の間は仕方ないだろうな。できることが多く、それが重なる私たちを同じ場所で運用する意義は薄い」

「わかってます……。ほん……っとーに! ほんっとに不本意ですけど、わかってはいます。仕方ないのです。でも、何かあったら来てくれますよね?」

「当然だ。君だってそうだろう?」

「えへへ、もちろんなのです!」

 

 そんな話をして、一度キスを交わして。

 互いにフォースと共にあらんことを祈って、私たちは分かれた。

 

 さて私がどうなったかといえば、多少いざこざはあったものの、日本におけるヒューマライズ支部の検挙に参加することになっている。多人数を運用するノウハウを十分に持ち、多くの実績を上げているインゲニウムがそれを買われてこの作戦に組み込まれたからな。

 

 今回の検挙において重要な点は、ヒューマライズの団員たちを捕縛することももちろんだが、一番は例のテロで使われた”個性”を強制的に暴走させる薬品である。

 調査によるとこれは、”個性”を必要以上に活性化させるイディオ・トリガーという薬品をより強く効果を及ぼすように細工・強化されたものを、爆発的に拡散する装置に組み込んだものらしい。

 

 ゆえに、作戦本部はこれをトリガーボムと呼称。以降は私もそれにならうことにするが、このトリガーボムの有無の調査と見つかれば安全に無力化、解体することも必要だ。

 

 個性終末論をこじらせたヒューマライズの思想的に、世界のあちこちでトリガーボムを一斉に起爆すればその目的に一気に近づく。

 であれば、各国の支部にそれが存在する可能性は高いだろう。そんな劇物を、なるべく迅速に発見するためにはとにかく人手がいる、という判断を上はしたわけだ。

 

「あれが日本のヒューマライズ支部か……腕が鳴るぜ!」

「おうよ! ……と言いてぇトコだが……」

「……まあな」

 

 作戦開始の直前。遠目に見える支部を眺めながら気炎を上げるテツテツ……リアルスティールに応じたレッドライオットは、苦々しい顔を隠さない。これを受けて、リアルスティールも同じような表情を浮かべた。

 

 無理もない。何せヒューマライズに所属している団員の多くは、無個性なのだ。武装がなくば”個性”に、またそれを鍛えてきたヒーローたちに対抗することのできない人々なのだ。彼らに手を上げるということに対して、思うところがあるのだろう。

 

 もちろんやったことがテロである以上、目こぼしはあり得ない。あり得ないが、彼らの心情は多少なりとも同情の余地があることも事実。

 

「今の時代、無個性に対する風当たりは強いと聞く。異形型に対するものとはまた少し異なるのだろうが……」

「ん……そういうことをされた人が『”個性”持ちは絶滅すべき』なんて言い出すのは不思議じゃないよね」

 

 テンタコルとイヤホンジャックの言う通りだ。特に私たちは、”個性”の発現が十四歳と遅かったがために色々とあったと簡単に推測できるデクがクラスメイトだ。ヒューマライズに身を寄せた人々のことは多少なりとも気にかかる。

 まあデクの場合は本当に無個性であり、彼の”個性”は極めてまれなケースなのだが……それは機密事項であるし、どちらにしても辿った経緯自体は同じだったであろう。

 

 とはいえ、先にも述べた通りやったことがやったことだ。同情はしても、手心を加えてはならない。

 

「罪は罪だ。同情の余地があるから罪の程度をどうこう、などと考えるのは司法の役目。私たちは私たちのすべきことを遂行するのみだ」

「アヴタスの言う通りだ。手加減はいらん、思い切りやれ!」

「まあここに来てる中で、加減を間違えても即死に繋がるような”個性”の持ち主はいないことはわかってる。考えすぎないようにな」

「せやで。油断しろとは言わんけど、気負いすぎんようにな」

 

 私たちのインターン先であるギャングオルカ、インゲニウム、ファットガムが口々に言う。

 いずれも正論である。だからみんなも表情を引き締めて、力強く頷いた。

 

「ええなぁ、今年の雄英一年はホンマ軒並み有望株やで。サンイーターもそんな隅っこで壁と話しとらんと、こっち来んかいな」

「無理……です……! こんな……こんな初対面の人だらけの場所で、そんな……畏れ多い……!」

 

 なお、サンイーターの人見知りは爆発していた。相変わらず、彼の上がり症は絶好調のようだ。

 うーむ、死穢八斎會事件のときにある程度克服できたらしいと聞いていたのだが。どうやら本番にならないとダメらしい。難儀な男だ。

 

 とはいえ、彼のそういう姿があるからこそ、一年生組の緊張がほぐれたことも事実。いざ作戦が始まれば、ビッグスリーの名に劣らぬ活躍をすることはファットガムが認めているのだから、今はそっとしておくとしよう。

 

***

 

 作戦は統括司令部のオールマイトの合図に応じる形で、二十五か国同時に開始された。

 他の場所ではどうかはわからないが、日本においてはプレゼントマイクの大声という名の広域音響兵器から始まった。対処が難しい音による、しかも広範囲の攻撃によって先手を打った形だ。

 

 これに続いて、ヒーローたちが一斉に動き出す。轟音に耳をやられて苦しむヒューマライズ団員たちを無力化および捕縛を進めるチームと、施設内を捜索するチームに分かれた。

 

 私は後者の一チームを率いるインゲニウムと共に、施設へと踏み込んだ。施設内にも相応の団員がいるが、プレゼントマイクの先制攻撃は施設内には効果が薄かったらしく多くが健在だった。

 

 とはいえ、やはり無個性の人間が武装したヒーローたちに対抗できるはずはない。”個性”がなければどうにもならない現代社会の縮図を見た気分だが、それはそれ。私もインゲニウムたちに続いて団員を無力化していく。

 

「アヴタス、予定通り君は先に行け! 君は君の仕事をするんだ!」

「了解いたしました、マスター。先行します」

 

 ある程度戦力に余裕ができたところで、私は一人で先行する。これは事前に打ち合わせていた通りだ。

 何せ私はフォースによって広範囲の索敵ができるし、他者の心を読むこともできる。これらのことは那歩島(なぶとう)の事件で既に上層部には周知されているため、この形となった。

 

 もちろん私に否はない。私自身もこれがもっとも合理的な配置だと納得しているし、言われなかったら私から進言するつもりだった。

 私の負担が大きくはなるが、それは問題ではない。やれるものが私しかいないのだから、私がやるべきなのだ。

 

「これ以上やつを進ませるな!」

「撃て! 撃てぇ!」

 

 一人でどんどん奥へ向かう私を、ヒューマライズ団員たちが必死にとめようと銃撃を浴びせてくる。

 だがただの銃火器程度では、どれほどの弾幕を展開しようと私の脅威にはなり得ない。両手を前に出し、フォースプッシュで弾丸を押しとどめる。

 

 もちろんそのさなかでも前進はやめない。弾が切れて斉射が終わったところでくいと両手を下に向け、弾丸を落とす。

 

「ぐえっ!?」

「ガッ!?」

「ば、化け物め……うぐっ!」

 

 と同時にライトセーバーを抜き、瞬間的な長さの増幅で鳩尾に突きを入れて気絶させていく。空いたほうの手ではフォースグリップを用いて身体を左右に吹き飛ばしながらだ。

 

「……妙だな」

 

 そんな中、攻撃を緩めないまま私はひとりごちた。

 

 おかしい。抵抗が散発的すぎる。戦いを取りまとめる指揮官役がどこにもいない。これではただの烏合の衆だ。

 いくら私がフォースユーザーで”個性”の持ち主だといっても、一人でできることには限界がある。適切な指示の下、適切な用兵がなされればもっと苦労するはずだ。

 

 だというのに、そんな気配はどこにもない。プレゼントマイクの先制攻撃でダウンしたものたちはまだしも、そこから先は最深部に来るまでずっとそうだった。これではあまりにもあっけなさすぎる。

 

「どういう状況だ? 説明してもらおう」

「だ……れ、が……!」

 

 だから無作為に選んだ団員複数にマインドプローブをかけた。

 その結果、私は渋い顔をしながらもトランシィにテレパシーを飛ばすことになり、さらに彼女の回答に顔をしかめる羽目になった。

 

「……そういうことか。日本のアヴタスより統括司令部、応答を」

『こちら統括司令部オールマイト。どうしたんだい、アヴタス?』

「日本の支部には末端しかいない。幹部勢は昨日のうちにトリガーボムを持って退避している。恐らく他の国もそうだろう」

『……本当かい、それは』

「トランシィには確認済みだ。アメリカでもそうだったとなれば、可能性は高い。いずれにしてもあと十数分もすれば明らかになるだろうが……肝心のトリガーボムが今、どこに、どういう状態にあるかは現状一切不明だ。つまり」

『ヒューマライズは既に行動を済ませている可能性が高いと見たほうがいい、ということだね。……君の言う通り、アメリカから。それに今し方フランスからも同様の報告を受けたよ。……ハードな仕事になりそうだな、これは』

 

 通信越しに、オールマイトのため息が聞こえた。私もまったく同じ心境である。

 




出動、ということですが理波の基本インターン先はインゲニウムのところなので、オセオンへの派遣チームには入りません。トガちゃんも同様です。
そのため物語の視点がオセオンにないので、デクくんとロディの心温まる交流はまあ大体カットです。すまんな。

この他原作との違いとして、生存しているナイトアイが前章の幕間からリューキュウとのチームアップを続けている関係で、彼とミリオがフランスにいます。
本作におけるお茶子ちゃんのメインインターン場所はナイトアイですが、この影響で彼女だけは原作通りフランス派遣されてる形ですね。
ナイトアイの指揮に加えてミリオがいるから鬼に金棒。フォースユーザーがいる日本、アメリカに次いでフランスが準最速でことを済ませたのはその辺りの関係です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.ヒューマライズの裏で

 時間は少し遡る。オセオンで起きたテロを受け、世界にまたがる統括司令部が発足。日本のヒーローたちが諸外国に派遣されることが決まった時点でのことだ。

 群訝に置かれた秘密基地、その奥まった会議室で、一人の男が数人の男を相手に状況の詳細を説明していた。

 

「……と、そういうわけなんで、今回ばかりはヒーロー側のお話を蹴るわけにはいかんのですわ」

「うむ……あらゆる意味で今回は仕方あるまい」

 

 ヴィラン連合……超常解放戦線にてスパイ活動にいそしむナンバーツーヒーローホークスは、リ・デストロたちの求めに応じてここに来ていた。同時に今回ばかりは戦線を手伝えないこと、この件が解決するまでは日本を離れる必要があることも伝える。

 

 加入当初はスパイ疑惑を懸けられ逐一監視されていたホークスであるが、今はそれも解除……されておらず、今でも軽い監視体制下にある。それだけナンバーツーヒーローという肩書は重いのである。

 

 ただ、今ホークスの前にはヴィラン連合出身者は一人もいない。ヴィラン連合のメンバーは、いずれも「自分のやりたいことを、やりたいように自由にやる」ことが目的で集ったものたち。つまり個人主義者だからだ。

 彼らは「一度すべてを破壊したい」という死柄木弔の理念に共鳴することで、一定のまとまりを得ている。超常解放戦線と名を変えた異能解放軍との関わりを拒んでいないのは、その目的のために超常解放戦線の力が有用だからに過ぎない。

 

 ただそもそもの話、ヴィラン連合には大規模な組織を運営するノウハウなどない。おまけにリーダーである弔は、肉体の強化改造中につき不在だ。

 だからこそ、現在の超常解放戦線で発言権を、権力を持っているものは大半が異能解放軍側の幹部たちであり、こういう組織の方針を決める状況であってもそれは変わらないのであった。

 

「ヒューマライズ……個性終末論の亡者ども、か」

「異能の持ち主たちを絶滅させ、持たざるものだけの世界を作ろうとするとは、まったくもって度し難い。なんと前時代的、なんたる無知蒙昧」

「理解不能ですよね。いやほんと、意味がわからない」

「我々とはあらゆる意味で相容れない。ホークス、あなたもそうは思いませんか?」

 

 順にリ・デストロ、スケプティック、外典、トランペットだ。いずれもその口調は荒く、吐き捨てるような色を含んでいる。

 

「そッスねぇ。これからの時代、異能を自由に使えることこそが人類の発展には必要不可欠! ……だっていうのになんともまあ、時代の逆を行く思想ですわ」

 

 無理もない。ホークスが代弁した通り、彼らの本来の思想とは”個性”の自由使用とそれにともなう”個性”による階級化なのだから。

 そんな彼らにしてみれば、ヒューマライズがしようとしていることは人類の救済などではなく、文字通り世界を滅ぼす悪魔の所業でしかない。

 

 おまけに、万単位の戦力を持ち街一つを基地とする超常解放戦線にとっても、世界二十五か国に拠点を持つなどという大きすぎる規模には至れていない。長年地下に潜伏し、機を窺ってきた彼らにしてみれば、ヒューマライズには先を越されたというやや理不尽な怒りもある。

 そういう意味でも、両者はまさに不倶戴天の敵であった。

 

 そんな状況であるからこそ、ホークスという特級のコマをこの時期に使えなくなる点は痛手だが、それでもヒューマライズの所業は異能解放軍にとっては絶対に阻止しなければならない事案なのだ。

 

 なお今この場にいない旧ヴィラン連合所属の面々にとっては、「こういうときこそ働けよ、ヒーローなんだろ?」といった程度のことだ。だからこそここにいないのであるが。

 それはある意味で、ヒーローを信じているとも言えるかもしれない。ただそれはそれとして、ヒーローが失敗するところを見て悦に浸ろうというほの暗い欲求が強いのも事実である。

 

 中でも荼毘とマスタードはこの姿勢が顕著であり、「勝手にしろよ」という反応である。荼毘は特に、そんなことよりも来たるべき日のための()()()()に忙しい。

 

 もちろん例外がいないわけでもない。ただその例外にしても、異能解放軍側のメンバーとそりが合わないので、どのみちこういう場には顔を出さないのである。

 

「トランペット、全解放戦士たちに通達を。ヒューマライズ案件に関しては、全面的にヒーローおよび警察に協力するようにと」

「畏まりました、リ・デストロ」

「それから外典。諸外国のヒーローたちに水面下で協力させられるよう、パスポートを持っている戦士たちを選別して派遣するように。小隊規模くらいで構わない」

「はい、リ・デストロ。お任せください」

「スケプティック、君には戦士たちが安全に出入国できる手順、ルートの用意を任せる」

「お任せを。一切のミスなく完璧に仕上げて見せましょう」

「スケプティックへの負担が少々大きいが、君ならばやり遂げてくれると信じているよ」

「ええ、ええ、もちろんですとも! この私に、失敗はもう二度とあり得ない!」

 

 かくしてヴィラン連合側の幹部が不在の中、超常解放戦線は今回に限りヒーローたちに全面的に協力することを選んだ。

 普段は何かと監視される立場にあるホークスだが、その縛りも今回だけは例外的に解除された。今回ばかりはホークスにも全力で働いてもらう必要があり、彼の羽に余計なものを取り付けておく余裕はなかったのだ。

 

 そのことに多少の解放感を覚えながらも、ホークスを疑わない戦線のメンバーからの叱咤激励を背に秘密基地をあとにしようとしたときだった。

 

「ホークス」

「おや、襲ちゃん。どうかしたんで?」

 

 ヴィラン連合のサブリーダーであり、連合にとっての「例外」である死柄木襲から声をかけられ、彼は心の守りを固めながら振り返る。その顔は、いつも通りの軽薄な笑みを湛えていた。

 

 対する襲の顔は、どこか不本意そう。ただ彼女の機嫌の良し悪しに関わらず、ホークスは何か無茶振りでもされるのかと笑顔の裏で身構えるばかりなわけだが。

 

「確かホークスって、インターンとかであの金髪預かってるんだよね?」

「金髪……ああ、トランシィのことかな。その通りだけど、どうかした?」

「せっかくの機会だし、アイツの力の使い方とかこっそり調べといてよ。最悪録画しとくだけでもいいから」

「えぇー、また無茶なこと言う。知ってるでしょ? その力があるあの二人、めちゃくちゃ勘が鋭いんですって」

 

 やっぱりな、と思いつつ面倒なことになったとホークスは心の奥の奥で舌打ちする。

 

 フォースに関わるあれやこれやは、ホークスにとってかなりの部分が既知である。公安警察所属で、同じく超常解放戦線にスパイとして潜入しているルクセリア経由で、かつてフォースについて書かれた書物に目を通しているからだ。

 しかしそれを、襲に対して話したことは一度もない。そんな義理はないし、必要もない。あくまであれは、襲のフォースに対する防衛のためという意味だったからだ。

 

 だがこうやって襲から求められた以上、ある程度は「成果」を提出しなければならない。それくらいの理不尽は要求してくるのが悪の組織というものである。

 それはつまり、襲の強化に。ヴィラン連合の、超常解放戦線の強化に繋がるわけで……隠しているだけで光の側であるホークスにとっては、これ以上に断りたい話はそれこそ殺人などの犯罪くらいのものだろう。

 

 だからと言って断れる立場ではないので、ホークスにはほどほどに受け流したあとで引き受ける以外の選択肢がないのだが。

 

「えぇ~? できないのぉ? ふーん、ナンバーツーなんて言っても、しょせんヒーローなんてざこざこなんだぁ?」

「そーなんスよー。所詮俺なんて速いしか取り柄がないんで、どーにもこーにも」

「……つまんない。ボクがこういうこと言えば大体のヤツはカッカして使いやすくなるのに」

「そりゃどーも、すいませんねぇ。何せ素直なのが取り柄なもので」

「このウソつき!」

「そんなぁ、心外だなァ」

 

 ヘラヘラと笑うホークスに対して、襲は不機嫌だ。かすかに赤い光が身体の周りを取り巻いている。

 

 襲にとって、ホークスは扱いづらい存在だった。その感情の動きが読めないこともそうだが、何よりこれまでの人生で培ってきたやり方が通用しない。色々と揺さぶりをかけてみても、のらりくらりとかわされるばかりで実に腹立たしかった。

 

 それでも現状、襲にとって超能力……フォースの習熟は最優先事項だ。だからなんとかして、ホークスにこの要求を呑ませなければならない。

 万策尽きた彼女は、結局のところ正攻法に頼るしかなかった。

 

「……ボクはもっと強くならなきゃダメなんだ。じゃないともしものとき、エリを救けられない。連合の仲間のことも……。だからそのために、超能力のこともっと知らないといけないんだよ」

 

 だがその正攻法こそが一番よく効くということを、襲はこのとき初めて知った。そういう人間がいるということを、初めて。

 

「はぁー……しゃーないスねぇ。やれるだけのことはやってみますんで、そんな悲壮な顔はしまっときましょ」

 

 繰り返すが、ホークスは超常解放戦線に対するスパイだ。つまり秩序の側であり、光の者。彼の心の中では、今も熱く平和を愛する心が燃え滾っている。

 

 だからこそ彼に対しては、仲間のために、大切な誰かのためにという本音を、まっすぐぶつけたほうが効くのだ。そういう人間としての善なる部分を隠さずさらす姿は彼にとって眩しく、だからこそそういう頼み方を幼い外見の少女にされると少々弱かった。

 

 彼のそうした心の動きの一端をようやくつかむことができた襲は、目を丸くする。今まで壮絶な人生を歩んできた彼女にとっては、思いつかない考え方だった。

 けれど同時に、理解できないものでもなかった。それは、それは確かに、

 

(……お姉ちゃん……)

 

 かつて愛した人と、同じ考え方だったから。

 

(はぁーあ、やりづら~。トゥワイスにしろこの子にしろ、根っからの悪人ってわけじゃないっぽいのがなぁ、ほんと困ったもんだよ。まいったね、どうも)

 

 一方、ホークスは内心でため息をこぼしていた。今ちょっと内心が漏れちゃったなと、またこのままでは絆されかねないなと自戒しつつ。

 

 ただそれをわかってはいても、襲を励ます言葉をとめることはできない辺り、やはりホークスはヒーローなのだろう。

 それがまた襲にとっては眩しいので、互いに互いの目を無自覚に焼き合っている二人なのであった。

 

「……あ、そーだ。ホークスぅ」

「はい?」

「ホークスがどうしても、どぉーしても、自分たちじゃむーりーってなったら、いつでも呼んでくれていいよ。ボク、トゥワイス引きずって手伝いに行ってあげるから。そのときはぁ、たーっくさんバカにしてあげるぅ♡」

「え、マジ? 手伝ってくれるの!? じゃあお言葉に甘えちゃおうっかなァ!」

「……怒れよぉ! もー! 調子狂うなぁ!!」

「はっはっは、痛いんで脛蹴るのやめてくんないスかね?」

「むぅー!! この! このっ!」

「はっはっは」

 

 かくして対ヒューマライズ作戦の一部に、超常解放戦線が潜り込むこととなった。

 もちろんそれは、ホークスから暗号によってヒーロー公安委員会に報告されたが……彼らは元々清濁併せ呑む組織である。躊躇なく超常解放戦線の参戦を黙認した。今は人類存亡の危機であるから、と。

 

 それが吉と出るか凶と出るかは、まだ誰にも分らない。

 

***

 

 そしてこの二人もまた――

 

「ラブラバ! どうやら世界の危機らしい!」

「ジェントルの出番ね! どこまでもついていくわ!」

「……ところで具体的にどこで何をすればいいんだろうね?」

「えっと……と、とりあえず統括司令部とやらにハッキングしてみるわ!」

「すまない、君にばかり負担を強いてしまう……!」

「いいのよジェントル! 私が好きでやってるんだもの!」

「おおラブラバ……我が人生の伴侶よ……!」

「ははは伴侶なんてそんな! えへ、えへへ……」

 

 ――参戦……しようとはしていた。

 




原作ではこの時期の超常解放戦線が何をしていたのかは明らかにされていませんが、彼らの理念からしてまず間違いなくヒューマライズとは相容れないので、何かはしていただろうと。
もちろん表立って協力していたらそれは犯罪なので、重要な決起を控えている以上は水面下であれこれやっていたんじゃないかなぁと思ってこうなりました。

ただし本作では瞬間移動ができる襲がいるので、彼女だけは自分の信念から能動的に協力します。
まあ彼女の周辺を描写する余力があまりなかったので、あまり出番はないんですけどもね。

あと本作のジェントルはほぼほぼヴィジランテなので、ここで協力しないわけがないだろうなと。
ただし情報と人手がなさすぎるので、どれくらいのことができるのかというと・・・。
トリガーボムのことなんかはラブラバの技術があれば調べられるでしょうが、そのあとボムそのものを探したり無力化するとなると・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.今できることを

 予想通り、すべての国でヒューマライズの支部からの収穫はなかった。どの場所もいたのは末端の構成員のみで、幹部はゼロ。トリガーボムの情報も一切残されていなかった。

 このため一級の戦力であるヒーローチームは一時待機となり、まずはそれ以外の人員による人海戦術でしらみつぶしに周辺を探すこととなる。

 

 今回ほど、センス・エコーが使えないことを悔やんだことはない。物質に宿る記憶を見ることができれば、追跡も捜査も格段に進むのだが……。

 しかしセンス・エコーは各人の才覚に大きく左右される技だ。できない人間は何をどうやってもできない。

 

 これは本当に生まれついてのセンスが物を言うので、過去で人の一生分くらいの鍛錬を重ねたヒミコにも使えない。彼女とフォースダイアド……同質のフォースを持つ私もそれは同様だ。

 彼女に引き上げられる形でここ二か月の間にフォースの技量が急上昇したが、それでもなおセンス・エコーは及ばない領域の技なのだ。

 

 しかし、私とトランシィは待機には従わなかった。

 もちろん無断で動いたわけではない。きちんと許可を取ってのことだ。

 

 何せ私たちは、コンピューターにほぼ自由にアクセスするフォースハックが使える。ヒューマライズ各支部には相応の電子機器が置かれていたので、それらを調べる手伝いを買って出たのだ。

 

 当然というべきか、残されていた機材にはろくなデータはなかった。恐らくは重要なものであろう機材に至っては、物理的に軒並み破壊されていた。

 しかしそれでも、調べようはある。この星のコンピューターはまだまだ発展途上だからな。もちろんシガラキ・トムラの”個性”のように、塵にでもされていれば話は別だが、そこまでではない以上はなんとかなるのだ。伊達に銀河共和国から来たわけではない。

 

 それに破壊してまでデータを消そうとしたということは、そこにあったデータはそれだけ意味を持つということでもある。もちろん罠の可能性もあるが、そこは破壊した人間をマインドプローブすることでブラフではないことを確認済だ。

 

 であれば、あとはやるだけである。

 そうしてフォースハックを駆使しつつ、I-2Oも駆り出して全力でデータを復元した結果、トリガーボムの具体的な数が判明した。すべてのトリガーボムを見つけたと思ったらまだありました、などという事態はこれで防ぐことができる。

 

 また、トリガーボムが肝心要の薬剤に関する部分のみ本部で製造され、それ以外の部分は各支部に持ち込まれてから組み立てられたということもわかった。

 物理的に破壊することでデータを消そうとしていた理由はそこにあったのだろう。おかげでコンピューター部分の設計図データが手に入った。

 

 これがあればやれることはある。見つけたときにどういう対処を施せばいいかが分かったも同然だからだ。

 幹部とトリガーボムの所在まではわからなかったが、ひとまずこれだけのことがわかればだいぶ心理的にも楽になったことだろう。

 

 それを見届け、オールマイトから謝辞を受け取ったところで、私とトランシィはようやく仮眠を取ることにしたのだった。

 

***

 

 ……で。

 仮眠を終えて他のチームメンバーと合流したら、デクがオセオンで指名手配を受けていた。何が何だかわからない。

 

「オセオンで十二人を殺害したって……」

 

 イヤホンジャックが説明してくれたが、それでもわからない。

 

 わからないが、とりあえず今すぐにでもわかることが一つある。何なら確信を持って断言できることが一つ。

 

「デクがそんなことをするはずないだろう。他者を救けるためなら何度でも自分の命を平気で懸ける男だぞ、あれは」

「同感だ」

「ああ! きっとハメられたんだ!」

 

 私の言葉に、テンタコルもレッドライオットも同意した。

 これは私たち同級生のみならず、デクと関わったことのある人間の総意と言っていいだろう。周囲もそういう感情で満ちているからな。

 

「しかしだとすると、オセオンは警察内部にもヒューマライズの信奉者がいることになる。それもかなり上位の立場にだ」

「その通りだ。しかしヒーローには元々捜査権がないからな……エンデヴァーも掛け合ったとは聞いたけど、なしのつぶてらしい」

「仮にあったとしても、今この状況で警察にガサ入れなんぞできるわけないしなァ。そこに人数取られたら、それこそヒューマライズの思うツボやろうし」

 

 インゲニウムとファットガムの言葉はもっともである。

 

 しかし、そうか。そんなところにまでヒューマライズの魔の手が入っていたとは……。思っていた以上に規模の大きい組織だ。それだけヒューマライズの思想が、無個性の人々に響いたということなのだろうか。

 

「……私かトランシィがオセオンにいたなら、色々と調べられるのだが」

 

 そうつぶやいたが、私の言葉にはわずかに怒りが乗っていた。

 

「仕方ないよ、メンバーを決めたのは上の判断だし……」

「わかっているよイヤホンジャック。わかっている、その裏にある思惑も含めてな」

「? どういうこと?」

「言えない。言わないのではなく、言えない」

「……そ。わかった、じゃあ聞かない」

「すまない」

 

 ……実はこの件については、国の政治的な判断が絡んでいる。今回の案件はもちろん最悪の場合世界の滅亡に繋がりかねないので、関係各国は全面的に協力を結んでいるわけだが……しかしそれでも、国家というものは自国を最優先に考えるものである。

 だからこそ、どの国も自国のトップテンに入るヒーローは海外派遣していない。エンデヴァーを外に出す判断をした日本が例外中の例外なのだ。

 

 しかし日本政府の、そしてその下部組織であるヒーロー公安委員会の本命は、私とトランシィである。マインドプローブを中心とした情報収集能力がそれだけ重視している彼らは、万が一のときを考え私たちを日本から動かさない判断をした。つまるところ、エンデヴァーは言い方は悪いが囮なのだ。

 

 もちろんオセオンに突出したヒーローがいないことは事実であり、どこかの国がその穴埋めをせざるを得ず、その役目が回ってくるのが高い治安を誇る日本に回ってくることはある種の必然ではあった。

 上層部はこれを逆手に取ったわけだ。日本はナンバーワンヒーローを出すという特大の譲歩を行うことで各国からのやっかみや横やりを防ぎつつ、オセオンを中心に多大な恩を得ようとしたのだ。

 

 さらにはこれを隠れ蓑に、今作戦において多大な活躍が予想される私とトランシィは国内に抱え込んだ。

 しかし片方……トランシィは伝統的な友好関係にあるアメリカに派遣することで、アメリカにも恩を売る。万が一思惑に感づかれても、「自分の国のことしか考えてなかったわけではないですよ」というアピールができる余地を残したのだ。

 

 日本にとっては、それだけの価値がアメリカにはある。逆に言えば、オセオンという国はそこまでする価値がないと判断されたのである。

 

 そして私たちはこれを、一応は承知している。私だけでも特別措置としてオセオンに派遣してくれとオールマイト伝いに提言していたのだが、封殺された形だ。

 いつぞやの仮免許の借りを返してくれと言われれば、否とは言えなかったわけだが……あの借りを手札として切らせるために少々交渉をした結果でもあるので、それ自体は悪いものではない。あのときはそう思った。

 

 だがこうなってくると、あの判断は少々軽率だったかもしれない。

 エンデヴァーも彼のサイドキックたちも凄腕だが、それでも少数にはできないことも多い。インターン中の学生すらも駆り出されたのはそのためだが、そこで身内から指名手配犯が出たとなれば、真偽に関係なく様々な意味で手を焼かされることだろう。

 

 だからこそ、私は怒りを乗せてつぶやかずにはいられなかったのだ。

 

 しかしとりあえず、頭の中で発散はできた。今はそれよりも今後のことを考えなくては。

 オセオンでデクが窮地に陥っているとしても、現状日本にいる私たちにできることはほぼない。逆にできることと言えば、日本に隠されているトリガーボムへの対処を考えることくらいのものである。

 

 この状況で、私には二つの選択肢がある。一つはいまだに成果の上がっていないトリガーボムの捜索に参加すること。もう一つは、トリガーボム対策に装置を開発することである。

 

 前者は正直、費用対効果に見合わない。私は確かにフォースで周囲の索敵ができるし、人間の悪意に敏感だ。しかしフォースの索敵はあくまでソナーのようなものでしかないし、悪意に関しても私に向けられたものでなければ大した効果が期待できないからだ。

 

 だから私が選ぶのは後者になる。データをサルベージしたことで、トリガーボムの構造は理解できている。起動がどういう手順なのかもだ。であれば、それを妨害する装置を作ってしまえばいい。

 

 幸いにして、機械は私の得意分野だ。部材は手すきの人間に頼めばなんとかなるし、機材に関しても持ち込んでいる。

 これはトランシィも同様なので、映像通信で意見交換をしつつ、二人で一緒に設計・制作を進めることになった。無論、I-2Oも一緒だ。

 

「場所は違いますけど、これも一応は一緒にヒーロー活動、ですかねぇ」

 

 トランシィは手早く配線を繋ぎ合わせながら、画面の向こうでそう苦笑していた。

 

 いつか本当の意味で並び立つ日が来るさと返し、私も苦笑する。周りでは、クラスメイトたちが頭の悪い夫婦を見る目で見ていた。

 俗にバカップルと言うらしい。何も否定できなかったので、それには触れないでおく私である。

 

 それはさておき、作業自体はそこまで難しいものではない。少なくとも私とトランシィにとっては。

 

 データを見るに、トリガーボムは遠隔からの通信を受けてタイマーが作動し、そのタイマーがゼロになることで内部の薬剤を散布する仕組みになっている。なので、このタイマーから先の部分をどうにかしてしまえばいいわけだな。

 具体的には、タイマー部分と起動部分の連結を解除してしまえばいい。もちろん連結を解除した瞬間に起動してしまわないようにする必要はあるが、それは当たり前のことだ。

 

 問題は、それをどうやってトリガーボムに行使するか。私かトランシィがその場にいればフォースハックで即座に停止させられるが、他の人間ではそうはいかない。

 

 なので、そこを実際に行うプログラムを持つハッキングシステムを構築することにした。このシステムを飛ばす発信装置を組み込んだ外部接触型の電子キーを作るのだ。

 細かいプログラムに関しては、設計と並行してフォースハックでコンピューター上に再現する。それをあとで出来上がったキーに組み込めばいい。

 システムの投入については、トリガーボムの通信機能を利用する。受信する機能はあるわけだから、そこに割り込む形だな。

 

「やー、サッパリわからへんわぁ」

 

 一通りの説明をしたところで、ファットガムにばっさりと切り捨てられた。周りの反応も似たようなものだ。

 まあ、別にわかってもらう必要はない。ただ一人の技術者として、言わずにはいられなかっただけだからな。

 

 ……そんな作業を進めながら、私の頭には常に別のことを考えている部分があった。なぜなら私には、三つ目の選択肢があるのだから。

 

 三つ目の選択肢。それはずばり、私が直接オセオンに向かうというものである。

 これはデクたちの救援という意味ももちろんあるのだが、ヒューマライズの本拠地を叩くという意味合いが大きい。

 なぜならシステム上、トリガーボムの起動に関する指令はオセオンから発せられる手はずになっていた。つまりそこを押さえることができれば、トリガーボムはどうにでもなるはずというわけだな。

 

 ただ、今からオセオンに向かったところでどうなんだという話でもある。移動には時間がかかるし、万が一移動の最中にヒューマライズが動いてしまったら、私は空の上で進むことも引くこともできなくなってしまう。

 それだけは避けねばならないので、三つ目の選択肢と言いつつ現実的ではない。ない、のだが……私の出自がそれを否定する。

 

 そう。私には、その移動時間を十数分程度に抑える手段が、ないわけではないのだ。

 

 しかしそれを使ってしまうと、私は多くの法を犯すことになる。いくら緊急事態とはいえ、すべきことではない。していいはずがない。

 ただでさえ私は今、暗黒面にいるのだ。こういう無法なやり方は自重しなければならない。

 

 だから耐えてくれ、私の心よ。私にこれ以上、闇の力を使わせないでくれ。

 

 己にそう言い聞かせながら、私は懐にしまい込んでいる超圧縮収納装置をローブの上から撫でつけた。

 




原作で日本のナンバーワンヒーローをわざわざ国外に派遣した理由はよくわかりませんが、本作では今回書いたような駆け引きがあったためということにしました。
良くも悪くもものすごく重要視されてる二人です。
こういうことがあるから、スターウォーズにおけるジェダイは国家から一定の距離を置いていたわけですね。
まあクローン戦争では、シディアスの策謀で強制的にその距離を縮めさせられたわけですけども。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.残り二時間

 デクの指名手配という異常事態から、ちょうど一日ほどが経った。そこで事態は風雲急を告げることになる。

 

 ヒューマライズの首魁、フレクト・ターンがインターネットを通じて全世界に向けたメッセージを発信したのだ。無個性と呼ばれる純粋な人類を守るため、トリガーボムを二時間後に世界二十五か国同時に起動すると。

 これに続けて彼は、「我々と異なる考え方をしていようとも、平等にチャンスはあるべき」と称してトリガーボムの設置場所を公開した。場所は世界二十五か所、ヒューマライズ支部の存在する国と一致する。

 

「……えげつないことをする」

「え、どういうこと?」

「今回のことは、ヒーローの殲滅が目的と見ていいだろう。わざとトリガーボムの設置場所を公開すれば、周辺のヒーローは間違いなくそこに殺到する。だがこの情報は、インターネットによって配信されている。つまり一般人も見聞きしている」

「……! これから集団パニックが起こる……!」

「そんなことになったら、ヒーローは……!」

「そうだ、レッドライオット。トリガーボムの捜索に集中できない。二時間などあっという間だろう」

「……それでもウチらは諦めない。だってヒーローだから。だから……」

「ああ、そこを踏まえての作戦だろう。そしてヒーロー、特にこういう世界規模の作戦に参加できるだけの実力者を狙って排除すれば、国の力は暴落する。あとはどうとでも……という魂胆なのだろうな」

「……だから『えげつない』、ということか……」

 

 テンタコルに頷いて私が応じたところで、今度はトリガーボムの全設置地区で集団パニックが発生していることが知らされた。だろうな。

 これにより、我々は二手に分かれざるを得なくなった。他国のヒーローたちも同様だろう。

 

 インゲニウムの指揮で、待機所からヒーローたちが一斉に駆け出していく。

 

「マスター、こちらを!」

 

 その彼に、私はできたばかりの電子キーを渡す。

 

「これは……できたのか!」

「はい。ちょうど日本に設置されたトリガーボムの数、三つに合わせて三つです。無力化までにかかる時間は、推定ですがおよそ五分」

「よくやってくれた……! これがあれば少しだけ余裕ができる! 行くぞ、アヴタス!」

「はい!」

 

 彼に続いて外に出る。クラスメイトたちも同様に。

 

 だが外は既に、大混乱に陥っていた。街に張り巡らされた交通機関は軒並み麻痺し、人々は逃げ惑う。その数は見渡す限りと言うほかなく、このままではトリガーボムが起動せずとも犠牲者が出ることは火を見るより明らかだ。

 すぐさまインゲニウムがチームを四つに割り、捜索チームのリーダーを務めるヒーローに電子キーを手渡していく。

 

「行くぞみんな! 避難誘導および、トリガーボムの捜索だ!」

『おうっ!!』

 

 そうしてそれぞれのチームは、まったく別の生き物のように動き始めた。ここからが正念場だな。

 

***

 

 あまりの急展開に、さすがの本場のアメリカンヒーローたちも焦りを隠せていません。それでもやれることはやろうとしている辺り、やっぱりプロなんだなぁって感じです。

 

 きっとどこの国もこんな感じなんでしょうね。まったく、迷惑なことをしてくれるものです。人の迷惑になることはやっちゃいけませんって、学校で習わなかったんでしょうか。

 

「ツクヨミ、トランシィ! 避難誘導はアメリカ側に任せて、俺たちは空からトリガーボムを捜索する!」

「了解!」

「はぁーい」

 

 おっと、お仕事のお時間です。ひとまずコトちゃんと一緒に作ったトリガーボムを停止させる電子キーは三人で分け合って、三手に分かれました。コトちゃんに変身して、周辺の探索を始めます。

 

 ホークスが大量の羽を飛ばして、周りを探っているのが見えますし感じます。あれ、すごいですよね。あんなに細かい”個性”の制御なんて、まだ私できないです。コトちゃんならできるかな?

 まあそこはさすがナンバーツーってことなんでしょう。あの羽がどういう仕組みなのかはちっともわかんないですけど、そこは”個性”ですし。

 

 ……いえいえ、そんなことはどうでもいいのです。今はトリガーボムを探すのが先決です。

 周りにフォースを飛ばしながら、おかしな反応がないかを探りますが……パニックになってる住人たちの思考が邪魔で、わかりづらいです。うーん……変身相手、変えたほうがいいでしょうか……?

 

 と、思ったその瞬間でした。私の感覚が、突然近くに出現した強いフォースの気配を捉えました。

 思わずそっちに顔を向けますが……そんなことしなくっても誰なのかはわかります。これは襲ちゃんですね。間違いないです。

 

「ホークス! シガラキ・カサネが出現した! 対応はどうする!?」

『は!? なんだって!?』

 

 なのでとりあえず、この場の上司のホークスに無線で指示を仰いだら、ものすっごくびっくりしてて逆に私もちょっとびっくりしちゃいました。

 

 なんででしょう。ホークスは今ヴィラン連合でスパイをしてるので、襲ちゃんとも普通に面識があるはずです。何かそういう作戦なのかなって思ったんですけど、違うんです?

 

 ……あっ、襲ちゃんの気配が増えました。合計で三人います。ってことはこれ、仁くんもいますね?

 

『ええ……嘘でしょ……』

 

 仁くんのことも追加で報告したら、思わずって感じでホークスは絶句しちゃいました。

 ですが、言葉の裏に「あの子本当に来たのか……」って副音声がついてます。これは何か知ってる感じですね?

 

 ……あ、襲ちゃんの一人がホークスに一瞬で飛びつきました。瞬間移動、便利ですよね。私も使えるなら使いたいです。

 

『うわっ!?』

『ふふーん! よわよわなホークスくんを手伝いに来て上げたよぉ? 感謝してよねぇー?』

 

 無線に襲ちゃんの声も乗りましたが、ここでホークスは無線を切ったみたいです。会話が聞こえなくなりました。

 背後関係を他のヒーローはもちろん、民間人にだって知られるわけにはいかないので当然とは思いますが、これはいけませんね。

 

 仕方がないので、ここからは勝手にやっちゃいましょう。上司が通信を切っちゃったので、これは仕方ないことなのです。ええ、ええ、本当に仕方ないですよね!

 

「じーんくん! お久しぶりです!」

「おっ、トガちゃん! マジ久しぶり! 元気してた?」

「はい、私はとっても元気です。仁くんも変わってなくて安心なのです」

 

 ってことで、私は変身を解いて仁くんに挨拶に来ました。久しぶりに会えて嬉しいので、思わずにっこりしちゃいます。

 

 全身スーツに、顔も全部すっぽり覆うマスクをかぶってるのに、なんでか表情豊かに見える仁くん。コロコロ変わる顔色が面白くって、私はますます笑顔になりました。

 

「襲ちゃんもお久しぶりですね。元気そうで何よりなのです」

「チッ!」

 

 一緒に襲ちゃんもいたので挨拶しながら手を振りましたが、舌打ちと一緒に顔を逸らされてしまいました。いけずです。悪い子なのです。

 

「それより、今日はどうしたんです? ヴィラン連合で慰安旅行ですか?」

「ふん、オマエには関係ないだろ! 行くよトゥワイ」

「そうなんだよ! 実はトリガーボムの捜索を手伝うって襲ちゃんが」

「おいこらトゥワイスゥ!!」

 

 うーん、仁くんってば隠し事できないんだからもう。出久くんといい勝負ですねこれ。

 

 でもおかげで、マインドプローブをかけるまでもなく大体のところがわかりました。どうやら今回、本当に襲ちゃんたちはヒーローを手伝いに来てくれたみたいです。

 言われてみれば確かに、ヴィラン連合って”個性”保有者を根絶やしにしようとまでは思ってなさそうですもんね。そういう意味では、ヒューマライズはヴィラン連合にとっても敵なんでしょう。

 

 つまり……今回はアレですね? 敵の敵は味方、ってやつですね?

 

「何バラしてんのさこのっ、このスカポンタン! オタンコナス!」

「痛い痛い! 痛いって襲ちゃん! ごめんって! 俺は悪くねぇ!」

「はいはいこんなところでケンカはよくないのですよ」

 

 私が考えてる間に仲良くケンカが始まってたので、一応仲裁しておきます。

 

「それじゃ、せっかく来てくれたところですしお手伝いお願いしちゃいますね」

「嫌だね! 任せとけ!」

「このバカ! ……ああもう! いいか、オマエらの指図なんて受けないんだからな! ボクたちはボクたちのやり方でやるんだ!」

「はい、それでおっけーなのです。大事なのは周りに被害が出ないことですからね」

 

 なんて答えながら、こっそり手のひらを向けてマインドプローブをかけましたが、どうやら襲ちゃん、また手持ちの”個性”が増えてるみたいですね。

 しかもその内容が、コンピューターをかなり自由に扱えるみたい。「電子制御」って名づけられてるみたいですが、これはつまりフォースハックの代替ですかね? より強力っぽい代わりに消耗が激しそうなので、違うところもあるみたいですけど。

 

 それにしても襲ちゃん、やっぱりフォースに関する知識がほとんどないんですね。レイちゃんやベンくんなら、こういうかけ方でもマインドプローブには気づいてましたし簡単に抵抗されたものですけど。

 もちろんこれは私とコトちゃんが読心が大得意だからなので、襲ちゃんが悪いわけでもないんですけどね。

 

「ところでトリガーボムの見た目とかってわかります?」

「バカにするなよ! それくらいわかってる!」

「うちには頼りになるやつがいるからな! めっちゃネチネチしてる嫌味なやつだけど!」

 

 仁くんが矛盾なしにストレートに言うんだから、よっぽどなんでしょうねその人。でもそれ、ヴィラン連合の人じゃないですね?

 へえ、超常解放戦線? なんですそれ、初めて聞きますね?

 

 どうやら調べることが増えたみたいです。あとでコトちゃんにも教えて、一緒に調べてみましょう。うふふ、一緒にヒーロー活動なのです。

 

「わかりました、それじゃもし見つけたらホークスに教えてあげてください。今の私の上司はホークスなので」

「言われなくてもそのつもりだっての。ふん! ほら行くよ、トゥワイス!」

「へいへい了解っと。んじゃなトガちゃん! また会おうぜ! トランプしような! マリカーもスマブラもあるよ!」

「わあ、楽しみなのです。それじゃ今度は差し入れも持っていきますねぇ」

 

 と言ったところで、襲ちゃんたちとは分かれました。

 

 大股でのしのし歩いていく襲ちゃんの背中からは、普通に光の気配を感じるんですけど……人間変われば変わるものですねぇ。もちろんまだ闇の気配のほうが強いんですけど、光の側に戻って来る直前のベンくんくらいはありそうなんですよね。根っこはきっといい子なんだと思います。

 

 そんなこんなで襲ちゃんを見送った私は、とりあえずホークス……は、どうやらまだ無線は切ってるみたいですね。これじゃ報告もできないですね。

 ……うん、それじゃ引き続き、好き勝手にやっちゃいましょう。仕方ないですよね、だってリーダーと連絡がつかないんだし。

 

 とは言っても、トリガーボムの捜索はちゃんとやります。今回ばかりはかなり真面目に世界の危機ですからね。

 

 それに、私はヒーロー志望のトガなので。コトちゃんとおんなじように、私たちじゃない誰かだってちゃんと守るのです!

 




悪いことも考えつつ、そういうものは全部いいことのためにやろうとしてるトガちゃんは、光と闇が合わさり最強に見える世界一カァイイ普通の女の子です。

そして襲の四つ目の個性情報も解禁。クリスマスにドクターからプレゼントされた個性は、フォースハックの代替品です。
クリスマスに雄英に侵入したとき、センサーや監視カメラが軒並み不発に終わっていたのはこのためですね。
トガちゃんが察してる通り完全な代替ではないのですが、元々襲では逆立ちしてもフォースハックは習得できないので十分でしょう。

ちなみにホークスは襲の助けてあげる宣言は冗談だと思ってて、「お言葉に甘えちゃおうかな」は社交辞令も含めた適当な返事なんですけど、同時に襲の能力があればかなり助かると思っていたことも事実なので、襲はこれを真に受けてます。
なのでこのときのやり取りを普通に救援要請と認識しており、律儀に最初から救援にかけつけました。
まあね、ヒューマライズのターゲットに自分はおろかエリちゃんも含まれるだろうことを思ったらね、こうもなるっていう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.増栄理波:ライジング 上

 捜索開始からおよそ二十分ほどが経った。

 私は捜索チームであり、引き続きインゲニウムの指揮下にある。フォースを用いてトリガーボムを探しているが、ひとまず一つは見つけることができた。

 

 正確に言うと、フォースによる周辺の探索でトリガーボムを見つけたわけではない。ヒューマライズの幹部が見つかったのだ。

 だが彼らは設置したトリガーボムが回収されないよう、雇い入れたヴィランと共に周囲を警戒していたので、彼らが見つかればそこから芋づる式に……というわけである。

 

 今は武闘派のヒーローたちが彼らの対処に当たっており、一つ目のトリガーボム確保と停止は時間の問題だろう。

 残る二つも、当てはある。設置場所自体は特定できていないが、幹部勢の記憶を読むことでトリガーボムのために人員を割いた地点はわかったからな。

 時間はかかることは避けられないが、それでもタイムリミットまでにはなんとか間に合うだろう。日本はよほどのことがない限りは大丈夫だと思う。

 

 だが他の国はというと……どうだろうな。私のように効率よく他人の思考を読み取れる人間がいればいいのだろうが、そういう類の能力は現代でもなかなか希少だからな……。

 

 と、ここで統括司令部に一つの連絡が入ったようだ。驚くことにそれはオセオンにいるショートからで、トリガーボムの一斉解除キーを入手してヒューマライズの本拠地に乗り込むのだという。

 デクとの合流も済ませたとのことで……しかし彼らに合流する余力のあるヒーローがいない現状、世界の命運は彼ら三人の仮免許ヒーローに託されたということになる。

 

 聞けば彼らは今、現地の協力者が操縦する軽飛行機で目的地に向かっているらしい。到着までには一時間以上かかる計算であり、突入時点でトリガーボムのタイマーは三十分を切ると予想される。それはさすがに短いと言わざるを得ない。

 

 そしてこの情報を聞いた瞬間から、私は強烈な葛藤にさらされることになった。

 私なら。私が三つ目の選択肢を取りさえすれば、本拠地突入時の残り時間を大幅に増やすことができる。確実にそうだと断言できる。

 

 だがそれは、その方法は……。

 

「アヴタス、気が散っているな?」

「……申し訳ありません、マスター」

 

 インゲニウムが叱咤する声が耳を打つ。

 

 ああそうだ、今はそんなことを考えている場合ではない。一刻も早くトリガーボムを発見・無力化しなければ……。

 

 そう考えながらも、私の身体は急激に精彩を欠くようになった。どうしても、頭の中に浮かんだ三つ目の選択肢を振り切れないのだ。それが私の身体につきまとい、縛ってしまっている。

 

 私は、私は……!

 

「アヴタス!」

 

 そんな私に、インゲニウムが声をかけた。彼は私の前で膝をつくと、小さい私に視線を合わせる。

 

「……あるんだな?」

「え……?」

「あるんだな? まったく褒められたやり方ではないが、しかしそれを選びさえすれば著しく事態が好転する手段が。そうだろう?」

 

 穏やかな、しかし強い口調で問いかけてくる彼の目は、顔は、どこまでも澄み渡っていた。テンヤのそれとよく似た瞳が、私の中を見透かしているようだった。

 

 ヒーローの目だった。ヒーローの顔だった。

 誰かを、人々を守り、救ける男の顔がそこにあった。

 

「……! はい! あります! 私なら、デクたちがヒューマライズ本部に突入するまでの時間を大幅に短縮できます!」

「なら行け! ここは俺たちに任せろ! これ以上は俺たちだけでも十分だ!」

「……よろしいのですか? これはあまりにも……」

「いい! 俺が許す! 世界を救え! ()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……はい!」

 

 その男が、いいと言った。文字通り、背中を押してくれた。

 

 言い訳が立った、と言ってしまうのは簡単だろう。そう思った自分がいることも否定はしない。

 だが、そんな簡単なものではないことくらい、わかっている。

 

 インゲニウムは、文字通り己の生命を懸けたのだ。ヒーローとしての生命すべてを懸けて、今この瞬間に脅威にさらされているすべての人を救うことを選んだ。のちになんと言われようとも。その覚悟で。

 

 ならば、私も。私がそれに応えなくてどうする?

 私は、私は増栄理波。またの名を、アヴタス。かつてジェダイだったもの。今はその道を外れ、しかしそれでも善たらんとあがくもの。

 

「……! おおおおおっ!!」

 

 声を張り上げる。今まで心身にまとわりついていた迷いを振り切るように。

 その勢いに任せてドクターヘリが使えるヘリポートを擁するビルの屋上まで飛ぶと、そこで懐から取り出した超圧縮収納装置の圧縮を解除する。

 

 中から現れたのは――かつて銀河一速いと讃えられた異形のスターシップ。

 

「さあ千二百年ぶりの出番だぞ、ファルコン!」

 

 その名はミレニアムファルコン。かつて伝説のアウトロー、ハン・ソロが仲間と共に宇宙を翔けた傑作機である。

 

()()、改めてよろしく頼む。また君の力を貸してくれ」

 

 そして中で私を待っていたのは、白銀の胴体に青いラインが描かれた小柄なアストロメクドロイド。

 かつて英雄と呼ばれた男の相棒であり、その息子の友でもあり、そしておよそ一世紀近くに渡って銀河の歴史を最前線で見続けてきた生き証人、R2-D2その人だ。

 

 彼は電子音声で応じながら、即座にファルコンのコクピットに向かって運転のための最終準備を整え始める。その様は勇ましく、実に頼もしい背中だった。

 私も彼に並んでコクピットに入り、エンジンに火を入れる。一つ一つの情報を確認し、すり合わせ、今のファルコンが問題なく飛行できることを確信した。さすがはR2、仕事が早くて的確だ。

 

 もちろん、だからといってファルコンが万全の状態というわけではない。千年以上放置されていた上に、燃料もギリギリだったのだ。それを私とトランシィの二人だけで、一か月で直しきれるはずがない。

 

「わかっている、まだ修理は手を着けたばかりで状態は最低限、燃料だってようやく三分の一まで増幅したばかりだ。けれどR2、ここでファルコンを使わずして、いつ使うのかという話だろう? ――うるさいな、どうせ私もアナキンの同類だよ!」

 

 それでも、間違いなく飛べる。少なくとも、太陽系を何周かするくらいなら何も問題がない。これならば、行ける。

 

 コネクタをソケットに挿して操作を続けるR2の軽口を軽く受け流して、私は操縦桿を手に取った。改造された亜光速エンジンが特有の甲高い音を奏で、機体が緩やかに夜の空に浮かび上がる。

 

「さあ行こう――ミレニアムファルコン、発進!」

 

 船首の向きを整える。直後にファルコンは瞬時に一つの速さの壁を越え、音を置き去りにして宇宙に旅立った。

 

 ファルコンの大気圏内における最高速度は、およそ時速1050キロと音速に劣る。だがそれは、あまりに速いスピードを長時間大気圏内で出すことによる周辺への影響を考慮したもので、出そうと思えばそれ以上の速度は簡単に出せる。

 

 もちろんそんなことをするつもりはない。だからこそ、一時的に宇宙へ退避するのだ。宇宙ならばどれだけ速度を出しても周りに害は出ないから、ここを経由してオセオンへ向かうのだ。

 

 大気圏を出入りするなんて、ファルコンなら数分どころか一分もかからない。地球の常識では考えられないが、その程度の間なら周りに被害を出さないのは銀河共和国では当たり前のことで、普遍的な技術なのだ。

 

「待てR2、まずはアメリカに行く」

 

 あっという間に地球の重力を振り切って宇宙に突入した私は、航路をオセオンに向けようとするR2を制止する。

 これを受けて彼は疑問を述べることなく、しかし呆れた声を出した。

 

「君の言いたいことはわかる、わかるが決して私情ではないぞ。トランシィがいれば取れる選択肢が増える。君も一人ではファルコンの操縦は難しいだろう? 」

 

 どうだか、とR2が声を上げた。

 しかし一応の理はあるとわかっているのだろう。仕方なさそうに、けれどそうこなくっちゃなと言いたげに、航路をアメリカに。トランシィがいる地点へと向けた。

 

 私はこれにありがとう、と言いつつテレパシーでトランシィに連絡を取る。

 

『トランシィ、今からそちらに向かう。離脱の準備をしておいてくれ』

『あはっ、ファルコン使っちゃったんですね? いいんです? そんなことしたら』

『わかっている。わかっているが……しかしこうすることで少しでも多くの人が救えるのならば、私がどうなろうと構わない。構わないことにすると決めた。今つい先ほど、決めたんだ!』

 

 彼女の返答に、私は声を強める。

 すぐにしまった、言い過ぎたと思ったが……トランシィの返事は、嬉しそうな笑い声だった。

 

『トランシィ?』

『やっぱりコトちゃんは私のヒーローで――ジェダイですよぉ。知りませんでした? 大事なのは誰かを救けようとする心とそれを行動に移す勇気であって、英雄の伝説とかジェダイの伝統とか……そんなのはどうだっていいらしいですよ?』

 

 そして放たれた言葉に、私は強い既視感を覚えた。

 だから思わず、聞き返さずにはいられなかった。

 

『一体どこの誰だ、そんなヒーローみたいなことをジェダイの教えと称して君に施したのは?』

『もっちろん、ルークさんです!』

『やはりか! つまりある意味スカイウォーカー家の家訓みたいなものじゃないか!』

 

 これだからアナキンの系譜は! かつてコルサントの上空で、半ば壊れたスピーダーによるカーチェイスに巻き込んでくれたときから何も変わっていない!

 

『でも嫌じゃないんでしょう?』

『……それは。そう、だが……』

 

 あの夜のカーチェイスの果て、救出した親子の再会を見届けたときのことが思い起こされる。確かにあれは何度も死ぬかと思ったし、心底くたびれた。

 けれどあのとき、アナキンと並んでそれを見たとき、どこか誇らしく思う私がいたことも――思い出した。

 

 アナキンの存在は、やはり私にとってはとても大きい。親友で、ライバルで。隣に並び立ちたいと願った。彼と同じ視座に立ちたいと。

 今この胸に去来する気持ちは、あの日のものと同じなのだろうか。これが彼の視座だというなら……彼と同じところに来れたというのであれば……私はとても嬉しい。

 

『……妬けちゃいます。コトちゃんは私のコトちゃんなのに。私じゃなくって、ますたぁと同じがいいなんて』

『待て、これはそう言うものでは……いや、君にとっては同じか』

『はい。……でも、いいのです。私が好きになったコトちゃんは、そういう人だってわかってますから。そういう人を好きになったんですから。「同じ」が持つ意味だって、今の私はちゃぁんとわかってます』

 

 トランシィはそこで、でも、と一度言葉を区切った。すぐに言葉は続けられたが、そこから先の言葉には、それまでにない蠱惑的な色とある種の冷たさもあって……。

 

『次に()()ときは、朝まで寝かさないので。覚悟しといてくださいね?』

 

 私の身体は、()()()()()()しまうのだった。

 




ライジング回のオチにえっちをぶち込む所業。後悔はしていない。
ま、まだ上だから・・・もう一回まじめなライジング下があるから・・・(震え声

まあそれはともかく、ファルコンおよびR2の限定的な解禁です。以前に感想返しで、スターウォーズキャラを出す予定が立ったという旨を書きましたが、それはR2のことでした。
・・・3PO? いや、彼はその・・・やかましいので・・・。
いや違うんです。メタ的な意味でではなく、余計なことをしゃべりかねない彼を秘密が多い理波が運用するのはリスクが高いということで、彼はまだお休み継続ってことなんです。
ファンの方に置かれましては大変申し訳なく。

ちなみにルークの教えはEP8で実際にあるレッスン3を、ボクなりにヒロアカっぽく表現した内容になっているんですが・・・この教え、なぜかカットされています。未公開シーンなのです。
なんでカットしたんだろう・・・めっちゃ大事な教えだと思うんだけどな・・・。
教え方が騙すような形になったせいでレイからの信用を落とすってところまで含めて、めっちゃ重要なシーンだと思うんですがね・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.合流

 大事なのは誰かを救けようとする心とそれを行動に移す勇気、か。なるほど納得の行くものである。

 アナキンは私に新しいジェダイの理念を考えろと言ったが、そういうことなのだろうか。

 

 だが、どこか違う気もする。……いや、違う、というのは違うな。

 何か……そう。何かが足りない。何かがもう一つ……足りない。そんな気がする……。

 

 と思考する私をよそに、R2が声を上げた。ハッと顔を上げれば、既に私たちはワシントンDCことコロンビア特別区周辺まで来ていた。

 

「すまない、助かった。……『トランシィ!』

『見えてるのです! そこもうちょっと北のビルまでお願いします!』

 

 テレパシーでトランシィと連携を取り、私は指定されたポイントまでファルコンを下ろした。

 

 と言っても、着陸したわけではない。ビルより上の高さの空中に静止したのだ。こうすることで、余人には辿り着けないようにしたわけだな。

 

「R2、ハッチを開けろ。合図をしたらすぐに締めて発進させるんだ」

 

 同時に指示を出しつつ、コクピットを後にする。背中からR2の了解を受けつつハッチへと向かう。

 歴戦のアストロメクドロイドであるR2の操作は、ブランクがあるはずなのに完璧だ。私がハッチに辿り着いたそのタイミングで、ちょうど開放が完了したところだった。

 

 そして開いたハッチの向こうでは、既に私に変身したトランシィが増幅を用いた飛行ですぐ目の前にまで迫ってきていた。

 

「コトちゃん!」

「ヒミコ!」

 

 ファルコンの中に入るや否や、変身を解除したヒミコ……トランシィ。彼女の身体を抱きとめて、私たちは久しぶりの再会とパートナーの体温を堪能する。

 しかしこうしてはいられない。すぐにここを離れなければ……。

 

「ナニコレすっごいんだけど!? どうなってんのコレ!?」

「!? シガラキ・カサネ!?」

「俺は背景。俺もいるぞ!」

 

 だが次の瞬間、私たちのすぐ近くにシガラキ・カサネとトゥワイスが出現したことで、私は心底驚愕させられることになった。この二人の出現は、まったく予想していなかった。

 

「あらら、ついてきちゃったんです? できるだけ距離は取ったと思うんですけどねぇ」

「いいじゃねぇか少しくらい! ごめんねトガちゃん!」

「ふん、わざわざ手伝ってあげてるんだもん、少しくらいほーしゅーはもらわないとねぇ!」

「そっちから押しかけて来たじゃないですかぁ。助かってるのは本当ですけど」

「手伝った、だと……? いや、そんなことはどうでもいい。立ち去れ、これはお前たちに相応しいものではない」

 

 それでもなんとか気を取り直すと、私は即座にフォースプッシュで二人を吹き飛ばす。

 

「やっぱりこうなるのかよぉぉ~!!」

「ふふん、甘い……ね!」

 

 だがトゥワイスは吹き飛ばせたが、カサネはそうはいかなかった。

 もちろん彼女も吹き飛ばされたのだが、瞬間移動によって即座に戻ってきてしまったのだ。そのまま彼女は剣を抜き払い、私に向けて刃を振るった。

 それ自体はトランシィのライトセーバーによって防がれたが、この緊急事態に実に面倒な相手に絡まれてしまったものだ。

 

 まあ、それでも追い出すだけならやりようはいくらでもあるのだが。

 

「ぐぇっ!?」

 

 トランシィとやり合っている隙を突き、フォースプッシュと同時にフォースブラストを放つ。かつてカサネにかけたものよりも威力の上がったそれの対象は、顔面。より正確に言えば目だ。

 なぜならカサネの瞬間移動は、視覚に依存したもの。その視界に入っている範囲でしか使えないはずだからな。

 

 しかし、目は人体の中でも特に重要な器官だ。人間が視覚に強く依存する生物である以上は当然であり、ゆえにこそそこを狙った攻撃に対してはどれだけ気を付けていても必ず身体は勝手に動いてしまうもの。反射というやつだ。

 ましてや眼前で空気爆発などが起ころうものなら、目を瞑らずにはいられない。瞑らなくても、目に深刻なダメージを受けてどのみち目を開けていられなくなるだろう……というわけだな。

 

 そしてそれも問題ない。別にそういう行為を嬉々としてやろうとするほど私が暗黒面に堕ちているわけではなく、カサネには超再生の”個性”もあるため、すぐに元に戻るからだ。

 もちろんそれを妨害するために、カサネにはフォースイレイザーをかけることも忘れない。私はフォースプッシュとフォースブラストで手いっぱいなので、そちらは変身したトランシィがやる。私たちは以心伝心、互いのやろうとしていることはお見通しだからな。

 

 これでカサネほどの相手の”個性”を使用不能にできるとは思っていない。しかし今は、ここを離脱する時間さえ稼げれば十分なのだ。

 

「襲ちゃん、これあげます。トリガーボムをとめられる電子キーなのです」

「はぁ!?」

「今だR2!」

「待てこらあぁぁぁぁ!!」

 

 あとはハッチを閉じてしまえばいい。捨て台詞が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。そういうことにする。

 トランシィがしたことについては、まあ大目に見よう。これからオセオンに向かう彼女が持っていても、無用の長物だからな。

 

 そしてファルコンがこの場から飛び立ってから視界から消えるまでにかかる時間は、秒単位の出来事だ。ここからさらに接近され、ファルコンに張りつかれることはまずないだろう。

 まあ仮にされたとしても、一度宇宙を経由する。そこで放逐してしまえばいいだろう。

 

 とはいえ、さすがにくっついてくるということはなかったようだが。

 

「やれやれ、まさかヴィラン連合がアメリカにいるとは。何があったんだ?」

 

 宇宙空間に出て、オセオンに改めて航路を設定した私たちは、束の間の休息にカサネたちのことを話し合う。

 

「詳しくはわかんないですけど、あの二人だけに限って言えばふつーにヒューマライズをとめようとしてるみたいなのです」

「……あのヴィラン連合がか?」

「実際、二倍に増えた襲ちゃんの四つ目の”個性”のおかげで、トリガーボムの捜索は順調なんですよね。あと一個です。詳しくは襲ちゃんもよくわかってないみたいでしたけど、電子機器とかセンサーとかを色々できるヤツみたいです。

 それでもトリガーボムの周りにヒューマライズの団員とか雇われたヴィランとかがいて、なかなか近づけないでいるんですけど」

「また厄介なものを……いやしかし、彼女たちがヒーローに協力するなどにわかには信じがたい話だが……」

「コトちゃんは知らないかもですけど、仁くんは元々人情家で、仲間の危機とかに敏感なんですよ? それに久しぶりに話しましたけど、襲ちゃんはなんか結構光明面に寄ってましたね。もちろんヒューマライズの思想が受け入れられないってことも大きいみたいですけど」

「あのシガラキ・カサネが光明面に?」

 

 そんなバカな、と一瞬思いはしたが、よくよく考えれば彼女はエリに対してかなり強い関心を寄せていたな。子供を必死に守ろうと戦う姿を思い返せば、あり得ないとは言えないように思う。

 

 あれからもう半年近く経っている。私ですらたった半年でだいぶ変わったのだから、彼女にも何かしらの心境の変化があっても不思議ではない、か。

 

「……彼女を暗黒面から引き離せたりはしないだろうか?」

「どうでしょう? 私たちなんだかんだで縁はありますけど、それでもあんましお話したことないですからねぇ……」

 

 会話するだけの時間はあったかもしれないが、いずれも顔を合わせたタイミングでは戦う以外に選択肢がない状況だったからなぁ。

 

「……ああすまないR2、今はそれどころではなかったな」

 

 とここに、R2が割り込んでくる。オセオンの上空に着いたのだ。

 

「うふふ、コトちゃんとの初めての共同作業ですね。嬉しいです」

「私もだ。何より、心強い。背中は任せたぞ」

「はい!」

 

 突入前の最後のキスを一つして、私は改めて操縦に集中する。

 

 実のところあまり私がやることは残っていないのだが、それでも一つやっておかなければならないことがある。デクたちとの合流だ。

 

「そもそも出久くんたち、どうやって移動してるんです?」

「飛行機だ。それ以外で、時間内にクレイドから敵本拠地に到達する移動手段はこの星に存在しない」

 

 もちろん”個性”があれば話は別だが、デクたちの”個性”はそうではないからな。

 

 問題は今彼らがどの辺りを飛んでいるかだが……出発地と到着地はわかっているから、あとは移動速度と経過時間を加味すれば計算は難しくない。R2の手にかかればなおさらであり、彼らの現在地はほぼ筒抜けだ。

 

「見えてきたぞ」

「わぁい。さすがR2なのです」

 

 さらに言うと、ファルコンを修理・改造するに当たって最初に取り掛かったのはもちろん外装だが、内装で最初に手を付けたのは通信機器だったりする。

 正直その時点ではこんなにも早くファルコンを使うことになるとは思っていなかったのだが、それでも万が一と思って地球の通信機器と通信ができるようにしておいて正解だな。

 

「こちらミレニアムファルコン号。そこの軽飛行機、応答せよ」

『うわっ!? どこから……マジでどこからァ!? なんだあの飛行機……飛行機かあれ!?』

「デク、キングダイナ、ショートの現地協力者か? こちらマスエ・コトハ、ヒーロー名はアヴタス。応答願う」

『は? デクたちの? マスエ? え? マジでデクの知り合いなの? あ、えーと、こちら……ダメだこいつのコールサイン知らねぇや。あー、こちら現地協力者のロディ・ソウル。どうぞ』

 

 ロディ・ソウルと名乗った人物の声は、随分と若かった。恐らくだが、デクたちと同じような年頃の少年だろう。

 デクの指名手配には共犯者がいるとも追記されていたので、恐らく彼がその「共犯者」かな。もちろん、彼もまた巻き込まれた側なのだろうが……いや、デクのことだから巻き込んだのかな?

 

「よろしい。ソウル、君たちの目的地はヒューマライズの本拠地だな?」

『あ、ああ、そうだ。こちとらお急ぎ便でね、邪魔はしないでくれると助かるんだが』

「するはずないだろう。だがその機体では、到着できても残り時間がかなり少なくなるはずだ。それを短縮したい」

『短縮って……おいおい、まさかとは思うが』

「そのまさかだ。この船に君たちを収納する」

『ウッソだろおい!?』

 

 驚愕するソウルの声をよそに、私は既にファルコンを軽飛行機の前に着けている。彼我の速度差はゼロの状態。ファルコンとしては徐行みたいなものだが、航行に問題はない。

 

『どうやってやるんだよ!? こっちもそっちも時速三百キロ近いスピードで飛んでるんだぞ!?』

「問題ない。この船は空中に静止できるからな。あとはエンジンを止めたそちらの機体を、フォース……サイコキネシスでこちらに引き寄せるだけだ」

『思ってた以上に力業だった!!』

 

 それは言わないお約束だ。私もそれは思っていたのだ。

 

 だがやる。無理を押し通してでもやる。

 大丈夫だ、何十年もフォースを鍛え続けたトランシィなら軽飛行機の一機程度、どうにでもなる。

 

 そう、トランシィは既にコクピットを出てハッチのほうへ向かっている。これもまた以心伝心だ。

 

 いやはやそれにしても、私もすっかりスカイウォーカー閥だな。なんだかもう、気にならなくなってきた。マヒしたとも言う。

 

『……正直言って、あんたのことはまだ信じられない。けど……あんたをデクが信じてる。だから俺も信じるぜ』

 

 私が少し現実逃避をしている間、通信の向こうでは何やら言い合っている声が聞こえていた。

 それが終わったと思ったら、ソウルがすっかり覚悟を決めた声で話しかけてきたものだから、少し驚いた。ただ巻き込まれた一般人だと思っていたが、なかなかどうして。

 

 いや、デクの影響かな。彼のことなら信じられると言外に言っているのだから、間違いないだろう。

 相変わらず、いい意味で人に影響を与えるのが得意な男だ。オチャコが惚れるのもわかる気がするよ。

 

「ああ、それで構わない。ありがとう。ハッチが開いたらエンジンを切ってくれ」

『了解……!』

「R2、ハッチを開けろ。……よし。トランシィ、今だ!」

 

 エンジンが切られて緩やかに降下していく軽飛行機の前を飛びながら、しかし同じように速度を落としていく。あちらが少しずつ、接触するくらいまで近づいたらトランシィがフォースで捕捉。一気に手繰り寄せたら搭乗しているデクたちはこちらに飛び移ってもらう。

 最後に軽飛行機は中容量の圧縮収納装置で収納してしまえば、乗り移りは完了だ。

 

「うわっ、すごい……まるでSF映画みたいだ……!」

「マジか……マジか……!? もしかして今の飛行機技術ってここまで来てんのか!?」

「おお。かっけぇな」

「オイコラ増栄ェ!? なんだこのガラクタァ!!」

 

 少しして、デクたちが賑やかにコクピットにやってきた。見知らぬ少年も一緒だが、彼がロディ・ソウルか。擦れた心の中に強い光が見える。なんともまあ、見どころのある少年だ。

 

 一方でトランシィがコクピットに戻って来ていないのは、ちょっとした備えのために格納庫のほうに寄り道してもらっているためである。

 

 それはそれとして、彼らの反応も無理はない。彼らにしてみれば、数世代も先の技術を目の当たりにしているのだからな。

 しかし細かいことを説明している時間はない。彼らには悪いが、そんなことより準備を整えておいてもらわなければ。

 

 あ、だがこれだけは言っておかねばな。私のためというより、()()の名誉のために。

 

「口を慎みたまえ、キングダイナ。これはただのガラクタではないぞ、銀河最速のガラクタなのだ」

「「結局ガラクタじゃん!?」」

「ははは、仲がいいな。……ここから到着まで、ニ十分とかからない。心の準備は今のうちにしておいてくれ」

 

 デクとソウルがまったく同じ反応をする様子に思わず笑いながら、私は亜音速で飛行できることを説明しつつ速度を一気に大気圏内最大まで引き上げた。速度に命を懸けた改造が施されているファルコンは、秒と経たずにトップスピードに突入する。

 

 最初はその速度に驚いた四人だったが……どうやら私があえて発破をかける必要はなかったようだ。四人が四人とも、いい表情をしている。決意を固めたヒーローの顔だ。

 

 ふふ、私の友人たちは実に頼もしいな。おかげで失敗する気がまったくしない。私はどうしても口元が綻ぶことをとめることができなかった。

 




すっかり開き直ってしまった理波ちゃん。
科学とフォースによるゴリ押しオブゴリ押し。
これにはアナキンも後方師匠面でにっこり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.突入

「どうやって侵入するんだ?」

「まずはこうする。……『トランシィ』

『お任せなのですよぉ』

 

 私の合図に応じて、ファルコンの中からトランシィの気配が消えた。

 正確に言うと彼女は消えていないが、彼女は今完全にトールに変身している。それによってフォースが一時的に途絶えたのだ。

 

 そして次の瞬間、私たち搭乗者ごとファルコンが透明になっていく。

 

「うわっ、なんだこれ!?」

「これは葉隠さんの……そっか、これなら気づかれる可能性もぐんと減る!」

 

 そうしているうちに、目的地が見えてきた。断崖をくりぬく形で造られた、ヒューマライズの本拠地だ。

 

「ああ。そして仕上げに……今だ!」

『おっけー!』

 

 通信機から、トールの声でトランシィが応じる。

 

 すると次の瞬間、ファルコンの腹部から二連のレーザーキャノンが発射された。真紅の光弾は一直線にヒューマライズ本拠地へ飛んでいき……見事に着弾する。

 

『……は?』

 

 四人の声が重なった。彼らの目の前で、入り口と思しき門が崩れていく。

 

「ななな何をしてるの増栄さん!?」

「見ての通り先制攻撃だが」

「いやだとしても威力高すぎないかな!? ていうか今の何!?」

「ただのレーザーキャノンだ。大したことはない。これで戦艦は落とすのは難しい」

「ただの!? それ絶対大したことあるやつでしょ!?」

「うるせぇぞクソナード」

「あいた!?」

 

 賑やかなデクをキングダイナが制した。

 

「よく見やがれ、人間に被害は出てねぇ。それに……連中襲撃自体は想定してたみてぇだが、これはさすがに考えてなかったんだろうな」

「確かに大混乱だな。行くなら今だぞ、緑谷」

「そういうことだ」

「あれぇ!? おかしいの僕かな!?」

「デク……お前んトコっていつもこんな感じなのか?」

「いやかっちゃんはともかく増栄さんはもう少し大人しいというか、もうちょっと思慮深いというかなんだけど……」

「スターシップを操縦できて高揚していることは否定しない」

 

 やはり故郷のものはいいな。もう二度と行くことはかなわないとは思うが、だからこそというか。

 

 あとは正直、吹っ切れているということもある。たまにはアナキンの流儀で行くのも悪くないだろう。

 

「既にR2がハッチを開けている。デク、キングダイナ、ショートは空中からの突入も可能だったな?」

「ハッ、ったりめーだろうが!」

「おう、任せろ」

「で……できるけど! 確かにできるけども!」

「よし、先に行っていてくれ。私はファルコンを片付けてから行く」

 

 そういうことになった。キングダイナからは、お約束のように「命令すんな」と言われたが。

 

 ファルコンから次々に降りていく三人を見送り、私はファルコンを本拠地から少し離れた場所へと着陸させる。

 と同時に、コクピットにトランシィが戻って来た。まだトールに変身しているので、船の透明化は維持されているが……木々の中に紛れたことを確認して、彼女は元に戻った。するとファルコンの透明化も解除される。

 

 それからファルコンを降りたら、圧縮収納装置に収納だ。実に便利である。シールド女史には足を向けられないな。

 

「さて、では我々も行こうか」

「お、おう……行かせてくれって言った俺が言うのもなんだけど、本当にいいのか?」

 

 私の声に、ストームトルーパー姿のソウルが応じた。

 

「ああ。君の内心から察するに、一人蚊帳の外に置いたら勝手についてきそうだったからな。それにこんなところに君を一人で放置したら、ヒューマライズに狙われる可能性もある。それなら最初からリスクは承知で同行させたほうがまだいくらか安全だろう」

 

 ということなのだが、一般人の彼を敵地につれていくなら相応の装備は必要だろうということで、保管庫から引っ張り出してきたのだ。これさえあれば、ただの銃弾程度はまったく怖くない。

 

「だからって武器まで貸すかね。君もヒーローなんだろ? いいの?」

 

 そう言ってソウルが掲げて見せたのは、ブラスターである。取り回しがしやすいよう、ピストルタイプのものだ。

 これも当然だろう。丸腰で連れていくわけにはいかないからな。

 

 これらの装備はいずれも、ヒミコが銀河共和国から来るに当たって私への土産としてファルコンに積んでいたものだ。彼女がデクたちとの合流後、一緒にコクピットに戻ってこなかったのはこれらを取りに行ってもらっていたからである。

 

 時系列的に言うと千年以上前の代物ということになるのだが、それでも問題なく動くのだからさすがは我が故郷の技術力である。

 

「武器とは言っても、スタンモード設定にしたブラスターだ。殺傷力はない。スタンガンと何も変わらないさ」

「スタンモードじゃないときの威力はどうなんですかね……いやいい、言わなくていい! 知りたいけど知りたくない!」

「そうか。では行こう。トランシィ、すまないが殿は任せた」

「んふふ、おっけーですよぉ」

 

 ということで森を抜け、派手に戦いが行われているヒューマライズ本拠地へ突入する。

 

 どうやらデクとショートは中に入ったようだ。入り口周辺では、キングダイナだけが戦っている。

 彼の周辺には”個性”が戦闘向けと見られる団員が伸びて転がっており、対峙しているのはどうやらヴィランだけのようだな。”個性”持ちの人間を排除しようとしているわりに、こういう輩もいるのか。ヒューマライズとしてはこれはありなのだろうか?

 

「キングダイナ、加勢はいるか?」

「いらねぇ! この程度のやつなんざ俺一人で十分だ!」

「わかった、では先に行く!」

 

 そしてそのヴィランも、キングダイナは冷静かつ的確に対処して押している。最近フォースの腕前も上がってきているからな、負けることはまずないだろう。

 そもそもの話、キングダイナはこと戦闘という分野において既に並みのプロヒーローを軽く凌駕するだけの実力を持っている。心配するだけ無駄というものだ。

 

「……ふーん、信用してるんだ」

「違うぞ、ソウル。これは信頼というものだ」

 

 茶化すように言ってきたソウルにそう返すと、彼は口を濁しつつもどこか羨ましそうにしていた。

 

 そうしている間にも、周囲からはヒューマライズの団員がやってくる。ただ、その動きは散発的だ。戦力の逐次投入のようなことになっている。

 周辺に張りついた氷や燃え盛る炎、倒れている団員などから察するに、先に行ったデクとショートが派手にやったのだろう。その影響が残っているのだ。

 

 であれば、相手は烏合の衆とさして変わらない。私たち行く道を、その程度で妨げるなど不可能というものだ。

 

「君も案外やるじゃないか。ブラスターがなかなか様になっているぞ、ソウル」

「そりゃどうも……! あんま当たってるようには見えないけどな!?」

「最初はそんなものだ。それに、だんだん当たるようになっている。少なくとも私よりは上手いさ」

「そりゃ君は使う必要なさそうだもんなー!」

 

 それはそうだ。フォースを駆使して敵を吹き飛ばしたり、地面に伏せさせたりしつつ、ライトセーバーを伸ばしたりあるいは私自身が跳躍して攻撃を放ったりしているのだからな。

 トランシィも同様だ。そもそもの話、ジェダイやシスにこの手の武器は不要なのである。

 

「む……穴?」

 

 そんな調子で本拠地内を奥へ奥へと進む私たちの前に、突然大きな穴が現れた。床の一部が完全に崩落しており、下を覗き込むとそこには地下水脈になっているようだった。

 

「……何かあったのか?」

「恐らくショートだ。ここでヴィランと共に下に落ちたのだろう」

「んなことまでわかんの?」

「ただの推測だ。ここから先の道に、炎と氷が一切ない。それ以外の大規模な戦闘の痕跡も見当たらない」

「なーる……で、どうすんの?」

「決まっている。先を急ぐ」

 

 幸いというべきか、穴は完全に道をふさぐ形にはなっていない。端のほうを進めばいいだろう。

 仮にそれが駄目だったとしても、ワイヤーフックを使えばいい。私とトランシィは最悪飛べばいいしな。

 

「……ショートを助けには行かないんだな。それとも、これも信頼ってやつ?」

「ああ。キングダイナはもちろん、ショートだって負けはしない。絶対にだ。……さあ進むぞ」

 

 ということで、私は先へと足を向けた。

 

 その後ろから、ソウルの声が聞こえる。

 

「あの子ラテンもびっくりな情熱さだな……」

「でしょう? 私の自慢の彼女です」

「さいで。……え? 彼女!? マジで!?」

「ほらほら、ぼーっとしてないで行きますよロディくん」

「いやいや、誰のせいだと……わっ、たっ、押すなよ!? 俺は空なんて飛べないんだからな!?」

 

 トランシィはまた余計なことを。別に今さら隠しはしないが……む?

 

「隔壁だ。ここから先は行かせないってか?」

 

 ソウルが言う通り、分厚い金属の扉が道を完全にふさいでいた。触れてみたが、どうやら分厚い壁を下ろしただけのシンプルなものらしく、フォースハックは無理だ。

 

 しかし周辺にデクの気配はない。恐らく、彼は先に進むことができたのだろう。

 彼の場合、絶対に無茶をするだろうからそれはそれで心配ではあるが……だからと言ってすぐにどうにかされるほど弱くもない。少しの間は大丈夫のはずだ。

 

「どうする!? こんなのどうしようも……」

「いや、問題ない。君は後ろを警戒していてくれ。トランシィ、やるぞ」

「はぁい!」

 

 何か言いたげにしながらも、ソウルは指示に従ってくれた。ならば私たちも、私たちの役目をこなそう。

 

 ということで、トランシィと共にライトセーバーを展開する。すぐさまその出力を増幅し、ライトセーバー本来の威力を引き出す。

 そうして揃いの橙の刃を、隔壁に突き刺す。すると、あっという間に隔壁の表面部分が赤熱し、融解し始めた。

 

 単純な話だ。ライトセーバーの切れ味は、プラズマの超高温によるもの。大体のものは焼き切ってしまえるからこそ、金属製の隔壁など物の数ではない。

 これがたとえば、ベスカー鋼などの耐性持ちの金属が使われていれば話は別だが……その手の素材がこの星に存在しないことは確認済みだ。隔壁の厚さからして多少時間はかかるが、二人がかりならそれもだいぶ短縮できるだろう。

 

 だから待っていろよ、デク。頼むから早まってくれるな。

 彼のことは信頼しているが、それはそれとして自分を省みない考え方についてはだいぶ思うところがあるのだ。彼が何かやらかす前に、合流しなければなるまい。

 




引き続きアナキンスタイルの理波ちゃんでした。
アナキンが同じ状況にあったら絶対こうしただろうし、悲鳴を上げながらもなんだかんだで的確にサポートしてくれるオビ=ワンの姿が見える。
さすがにルークはもう少し自重するんじゃないかな・・・「父さんと一緒にしないでくれ!」とか言いながら。
で、似たようなことやらかしてハンとケンカしながら切り抜けるところを、レイアから呆れられるまでがセット。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.増栄理波:ライジング 下

 トリガーボムの一斉起爆まで、残りおよそ三十五分。日本とアメリカで、一足先にトリガーボムがすべて無力化されたという連絡を受けたところで、ようやく隔壁を突破することができた。

 なんと隔壁は三重になっていた。随分とまあ厳重なことである。

 

 だがそれを力づくで破り、奥の間に踏み込んだ私たちが見たものは、赤いレーザーに貫かれるデクの姿だった。

 

「「デク!」」「出久くん!」

 

 ソウルが真っ先に中に飛び込み、デクへと駆け寄る。私とトランシィがすぐ彼に続かなかったのは、警戒のためだ。明らかにデクは戦っていたからな。

 

「ロディ……!? なんでここに……っていうか何その恰好……?」

「俺にもできることがあると思ったんだよ……カッコのことはほっとけ!」

「私が連れてきた。そのほうが合理的だと判断した」

 

 あちこちから血を流しながらもデクがソウルを案じるので、二人のことはトランシィに任せよう。

 

 目配せすれば、彼女はそれを察して頷いてくれた。こちらにライトセーバーを投げ渡すと、すぐに私に変身しながらデクの身体を支え起こし、増幅によって応急処置を開始している。

 

「ヒューマライズ指導者、フレクト・ターンだな」

「……隔壁は下ろしたはずだが。力づくで突破してきたのか。度し難い重症者め……」

 

 対して私は、目の前の男と相対する。全身が青い肌の男だ。肌どころか髪も青い。全身青づくめだ。服は赤だが、その対比は意図的なものだろうか。

 

 宙に浮いているのは、そういう”個性”なのだろう。もちろん、世界規模の犯罪組織の頭目の”個性”がそれだけだとは思わない。本来の効果は別にあり、浮いているのは副次的なものだろうな。

 

「重症者、か……なるほど、聞いていた通りの思想家のようだ。我々は”個性”という不治の病に侵された重症者ということか」

「いかにも。私は”個性”という病をこの世から消し去る。これはそのための戦いだ」

「ふむ……”個性”は根絶すべきだという意見についてはそれなりに同意する」

「ま、増栄さん……!?」

「おい、アンタそれ本気で言ってんのか!?」

「無論本気だ。私は人間が生きていく上で、”個性”は不要だと考えている。この星の異常なまでの治安の悪さは”個性”に起因しているからな」

 

 私の指摘に、デクとソウルが口をつぐむ。これは数値からわかる客観的な事実だからな。これそのものを否定することは不可能だ。

 

「ほう……? ステージ5の重症者の割には殊勝なことを言う」

「”個性”があるから被害を受けたもの、道を誤ったものはそれなりに見てきた。たった十一年しか生きていないにもかかわらずだ。この星が超常以来、一体どれほどの不幸を積み重ねてきたのか想像もつかない」

 

 もちろん”個性”があるからこその出会いや幸福も、理解している。トランシィ……ヒミコとの出会いや、出会ってからのすべては”個性”がなければ成し得なかったことだろう。

 私でなくとも、”個性”によって命を救われたものはいるだろう。”個性”があるからこそ救かった、という経験もこの星ではありふれている。

 

 そのことも理解しているからこそ、あくまで「それなりに」なのだ。何はどうあれこの星の人々は”個性”に一定の折り合いをつけ、今も社会秩序を保つことは最低限出来ているのだからな。私個人の思想はどうあれ、今を生きる人々の幸福や自由、権利を否定するつもりは一切ない。

 

 だが、フレクト・ターンはそうは思わなかったのだろう。彼から感じるのは、”個性”というものに対する負の感情ばかりである。

 

「その通り。私もこの病により、生まれてこの方一度も両親から抱きしめられたことがない。心を通わせた友人も、想いを寄せた人も私から離れていった。コントロールできない”個性”など、苦しみを生むだけだ」

「君の生まれ、育ち、立場には同情する。辛かっただろう。そうした幸せを享受できている私が言っても、君の心には響かないかもしれないが……それでも。名目上ヒーローを志すものとして……ヴィランであっても心を寄せることを信条とする父を持つ娘として、私は君の意見をできる限り尊重したいと思う」

 

 私の言葉に、後ろに控えるデクとロディが愕然としているのがわかる。

 対するフレクト・ターンは、ゆるりと目を細めた。フォースがなくともわかる。あれは私を見定める目だ。

 

「だが……なぜだ? なぜ、”個性”の持ち主を殺すという道を選んだ? ”個性”を根絶するに当たって、どうしてよりにもよって最も残酷な手段を志したのだ?」

「子供にはわかるまい……何かをなすためには、常に犠牲がつきものだ。それがたまたま、全人口の約八割が該当するというだけのこと」

「……やはりわからないな……。なぜそこで、望むものの”個性”を消そうという方向に行かなかった? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なん、だと?」

 

 私の言葉に、デクがそれまでとは別の意味で愕然とするのがわかった。

 

 わかっている。オーバーホールに端を発する一連の事件は、関係各所に多大な犠牲を強いた。彼がやろうとしていたことが正しいとは、絶対に言わないとも。

 

 だが、だ。それでも、私は彼が目指したもの……”個性”を破壊し永遠に失わせる道具はある意味で、この星の今後を左右し得る極めて重要な発明だったとは思うのだ。

 

「知らないのか? 銃に特殊な弾丸を装填して使うのだが、この弾丸を喰らうと”個性”が消失する。件のマフィアはこれを量産一歩手前のところにまでこぎつけていた」

「な……ば、バカな……!? そんなことが、できるはずが……」

「いいや、できる。実際に民間人から何人も被害者が出ていたし、ヒーローからも被害者が出た。信じられないのなら、今度日本で捜査資料に当たってみるといい。正規の手段ではアクセスできないだろうがな」

 

 まあ彼らは完成品を受けたわけではない……つまり永遠に”個性”を失ったわけではないのだが。それを言う必要はないだろう。個性破壊弾の由来についてもだ。

 

 これを聞いたフレクト・ターンは、絶句している。その内心は乱れていた。”個性”を消失させる道具に対する羨望、期待、希望などと共に、諦観や嫉妬、憤怒などが混じり合っている。

 

「施設もない、金もない、零細のマフィアがそこまでやれたのだ。世界中に支部と団員を持つ君なら、もっとうまく、早くできただろうに。なぜそれをしなかった?」

 

 だから問う。フレクト・ターンという人間の、本音を知りたかった。オーバーホールの一件をあえて口にしたのは、そのきっかけとなると期待してのことだ。

 

 だが返答はない。フレクト・ターンは顔を歪めてこちらを睨むばかりだ。その心は既に落ち着きを取り戻しかけているが、少しの間侵入を許す程度には緩んだ。

 少しの間であっても、鍛えた私のフォースは無言を無言として受け取らない。フォースとは、宇宙のあらゆるものと繋がる力なのだから。

 

 けれども、そうして得られた答えは私が望むものではなかった。

 荒れ狂う心の向こう、奥の底から顔を出した彼の本心は、既に闇で塗りつぶされていたのだ。

 

 その闇の名前は、憎悪という。

 

「……そうか。つまるところ君は、まっとうに”個性”を世界から消すつもりなど最初からなかったのか。君がしたかったのは救済ではなく……復讐なのだな。この世界の大半を占める”個性”持つ人々に対する」

「……ッ! その口を閉じろ小娘!」

「ダメだ、増栄さん危ない!」

「問題ない」

 

 声を荒らげたフレクト・ターンに応じるように、四方八方から赤いレーザーが射出された。私はこれを、二本のライトセーバーでフレクト・ターンとは関係のない方向へ弾き飛ばす。

 

 これと同じくして、私の後ろから青白い稲妻が迸った。トランシィが放ったフォースライトニングが、一斉にレーザーの発射装置を襲ったのだ。

 これにより、すべてのレーザー装置が爆発を起こして機能を停止する。フレクト・ターンの顔が、爆風にあおられてさらに歪む。

 

「ぬ……むぅ……!」

「フレクト・ターン。”個性”という病は根絶すべきだとする君の意見には、一定の同意をする。だが、致命的に方法を間違えたとも思う。病だというなら、治療するという方向に進むべきだったのではないか? 平和裏にことを成すのは、絶対に不可能だったのか? 君の目指すものは、そのやり方でも達成できるのではないか?」

「黙れ……黙れ! 貴様に私の何がわかる! 自ら死を選ぶことすら拒むこの病の! 一体何がわかると言うのだ!」

 

 激昂したフレクト・ターンが手を掲げる。すると周囲の壁にいくつかの穴が開き、そこから追加のレーザー装置が顔を出した。

 すぐさま放たれた赤いレーザーは、私ではなくフレクト・ターンを襲う。だがそれらはすべて反射し、複雑な軌道を描いて私たちに向かってくる。普通の人間に、それらを見切ることは不可能だろう。

 

「ああ、わからないとも。わからない……が、寄り添うことはできる」

 

 だが反射という段階を挟むということは、必ずしも一斉に襲ってくるわけではないということ。そして一斉に襲ってこないということは、一つ一つ順に対処する余地があるということだ。

 

 だから私は二本のライトセーバーの刀身を適宜増幅し、レーザーを一つ一つ明後日の方向へ飛ばしていく。

 最終的に私たちを襲うにまで至ったレーザーは、たったの二本だけだった。それも軽く身体をひねれば、そのまま虚空へと消えていく。

 

 そしてその頃には、やはりトランシィのフォースライトニングがレーザー装置を破壊していた。その後もいくつかレーザー装置が繰り出されたが、すべて同じ結果に終わった。

 

「フレクト・ターン。今からでも遅くはない。やり直そう。君はまだやり直せる。だから――」

 

 抵抗がやんだところで、説得を試み……ようとしたのだが。返答は鉛玉だった。

 ただの人間が一人で扱うには困難な、非常に強い反動がある大きな拳銃から見舞われたそれは、彼の反射する”個性”と相まってか、凄まじい威力が込められていた。

 恐らくだが、反動を「反射」して弾丸に勢いを追加したのだろうな。対物ライフルに匹敵するほどの威力で、直撃しようものなら四肢くらい簡単に吹き飛んだことだろう。

 

 しかし、ああしかし、だ。残念ながら、そんな威力の弾丸であっても、結局は小さな金属の塊に過ぎない。

 であれば、ライトセーバーを持つフォースユーザーの私に防げない道理はない。橙色の切先が、鉛玉を飲み込んだ。

 

「……それが君の答えというわけか?」

 

 最初のような冷静さを失い、血走った目と荒ぶる呼吸を隠そうともしないフレクト・ターンに、私は一歩足を踏み出す。心の底からのため息が漏れ出た。

 

「であれば、私は一人のヒーローとして……君をとめなければならない。なぜなら……」

 

 ここで、私は思わず言葉を切った。

 

 何を言えばいいのかわからなくなった、わけではない。話しながら脳裏で次に出すべき言葉を探る中、ふとよぎったインゲニウムの言葉に気づくものがあったからだ。

 

 ほんの一時間ほど前にかけられた言葉が、足りていなかった最後のピースを埋める音が聞こえた気がした。

 

「……なぜなら。なぜなら私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、そうだ。そうだった。

 私が本当に望んでいたものは正義という、掲げる者によって姿かたちを変える曖昧なものではなく……この星が平和であること。この星に生きる人々の自由が保障されていること。その二つが両立する秩序ある世界をこそ、私は望んでいた。

 

 であるならば、私個人の善悪の行方は究極関係がない。そのことに、私はこの緊迫した場面で不意に思い至った。

 

 ああ、ルークの教えは正しかったのだ。大事なことは、誰かを救けようとする心とそれを行動に移す勇気。それさえあれば、闇の力であっても自由と平和のために戦うことはできる。

 他ならないヒミコが遠い昔、遥か彼方の銀河系で実践して見せたように。今この場でも、まさに実践しているように。

 

「デク、ソウルたちを連れて奥へ進め。ここは私がやる」

「……あの反射を突破する手段、思いついたんだね?」

 

 完全に我を忘れているフレクト・ターンを見て、私はデクへと声をかける。彼は既におおよそ治っており、いつでも動ける態勢を維持していた。

 彼にそうだと頷いたところで、再びの銃撃。これもセーバーで蒸発させる。

 

「わかった、任せるよ。行こうロディ、トガさん!」

「行かせん!」

 

 駆け出したデクたちに銃口が向けられる。私に対して完全に無防備になるが、そこはあらゆるものを反射できるという自信があるからこそだろう。彼は自身の”個性”を嫌っているが、それはそれとして信用はしているようだ。この力はすべてを反射すると、そう信じているらしい。

 

 だが、私はそうは思わない。今のフレクト・ターンが、空中に静止していることがその証拠。

 重力すらも反射していると言えば聞こえはいいが、本当に重力をすべて完全に反射しているなら、オチャコのゼログラビティを受けたもののように無秩序に空中を漂うはずだ。そうしていない以上、重力の反射には限界がある。

 

 つまり、1G以上の重力。要するに強めのフォースプルを使えば、彼に影響を及ぼすことは可能。それを手元の銃に向ければ――こうやって、銃を没収することができるというわけだ。多少反射されたらしく、私も前方に少し引っ張られたが……そこは身構えていたので問題ない。

 

 私に愕然とした顔が私に向けられる。その隙に、デクたちは奥へと進んでいった。

 電子ロックがかかった分厚い扉のようだったが、私に変身したトランシィにかかれば紙束程度のものでしかない。フォースハックを防ぐ装備は、少なくとも今の地球上には存在しないのだ。

 

 ヒミコのライトセーバーを収め、空いた手を前方に掲げる。推測を確信に変えるため、少し試しながら……立ち尽くすフレクト・ターンに声をかける。

 

「フレクト・ターン、もう悲しい復讐は終わりにしよう。誰も……君すらも救われないやり方ではなく。君も含めた誰もが救われる道を探そう。私もできる限り協力するから」

「う……う、うおおおあああああ!!」

 

 だが、自棄になったフレクト・ターンは猛然と私に殴りかかって来た。振りかぶられた拳が、一直線に私の顔に向かってくる。

 

「……残念だ」

 

 だから私は、増幅を発動させた。私の”個性”は私の意思に従い、私が意図した通りの結果を引き起こす。

 

 すなわちフレクト・ターンの耳元で空気を瞬間的に増幅し、爆音を響かせるという結果だ。

 これを無防備に受けたフレクト・ターンは意識を失い、その場に前のめりに倒れていく。人間は130デシベル以上の音を聞くと気絶する。私はそこを突いたのだ。直前に彼の聴覚を増幅していたから、効果は抜群であった。

 

 その分彼は受け身を取ることすらできないままこちらに倒れてきたので、私はその身体を抱き留めた。体勢を仰向けに変えてやり、白目をむいた顔を私はそっとなでる。

 

 ……彼は、自身の”個性”を本当に心底嫌っていたのだな。だからこそ、深く研究することをしていなかったのだろう。それでも十分な強さを誇るものではあったが……それこそが敗因になった。

 研究をしていれば、自身の”個性”が決してすべてを反射するものではないと気づけたはずなのだから。

 

 なぜか? 簡単な話だ。本当にすべてを反射するというのであれば、会話が成り立つはずがない。

 会話とは、その要となる聴覚とは、耳の内部にある鼓膜をはじめとした各種器官が、空気の振動を()()()()()ことで成立しているのだから。

 

 他にも、彼は自殺することすらできないと言っていたが、この歳になるまで普通に生きていたなら間違いなく食事はしていたはず。

 つまり胃の中、内臓にまでは反射は及ばないと見てまず間違いない。本当に死にたかったなら、毒を摂取すればよかったのだ。もちろん、自殺を推奨するわけではないが……。

 

「……お互いに言葉は通じるというのに。分かり合えないとは、悲しいことだな」

 

 思わずひとりごちた私の頭上で、かすかな電子音が聞こえた。

 つられて視線を上げれば、そこにはトリガーボム起動までの残り時間が停止した状態で浮かび上がっている。動く気配はない。どうやら、デクたちはうまくやってくれてらしい。

 

 これにて一件落着、か。停止したトリガーボムの回収や解体、あるいはオセオンの警察などの摘発なども残ってはいるが……ひとまずは。

 

 私はこちらに近づいてくるデクたちの明るい声を聞きながら、ふっと安堵の息をついたのだった。

 




ヒューマライズ事件、これにて一件落着。
と同時に、理波も今の自分にとっての答えを見つけることになりました。
人々の自由と平和を守る、というのはぶっちゃけ歴代の仮面ライダーたちが体現してきた日本的なヒーロー像の思想なのですが、個人のヒーローが掲げる上でデメリット・・・というか問題が一番少ない考え方は、これなんじゃないかと個人的に思っています。
少ないだけでないわけじゃない、というのがポイント。間違うときだってある。この世に絶対正しいものなんて存在しない、ということで。

これに加えて、なるべくヴィラン相手であっても寄り添いたいというのが今の理波の思想です。お父さん大好きだからね、仕方ないね。
フレクト・ターンとの決裂を悲しいと言っていますが、理波の中では完全に決裂したとは思ってなくて、なんだかんだで機会があれば面会しに行ったりとかすると思う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.昇格の儀 光

 その後の顛末を語ろう。

 

 ヒーローデクたちの活躍により、日本とアメリカ以外のトリガーボムもすべて停止。世界の滅亡は防がれた。ヒューマライズの団員も、フレクト・ターンを筆頭に各国の幹部たちが逮捕され事件は収束に向かっている。

 

 そうした業務については、基本的に警察の役目だ。ヒーローはその手の権限を持っていないからな。

 だからこそ、事件が一応の落ち着きを見せたところで各国のヒーローたちは各々の持ち場に戻っていった。外国に派遣されていた日本のヒーローたちも、一人また一人と帰国の途に就いている。

 

 もちろん例外もある。首魁であるフレクト・ターンと直接対峙したデクをはじめ、オセオンで活躍したメンバー。それからヴィラン連合と遭遇したホークスたち、そして世界のためとはいえいくつもの法を無視した私たちである。

 

 デク……イズクたちについては、特に言うことはない。ただ話すべきことや裏取りをするべきが多く、聴取に時間がかかっているだけだ。

 ヴィラン連合との遭遇についても、連合に潜入しているホークスが裏で報告していた内容と多くが合致したからか、そこまで時間は取られなかったらしい。連合との繋がりを表に知られないようにするのに相当苦労があったようだが、そこは仕方ない。

 さすがに新たに得た四つ目の”個性”については色々と調べることなどがあるようだが、推測は所詮推測。細かい話は引き続きホークスの成果待ち、ということでお開きとなったようだ。

 

 もちろんこの情報は、実際に顔を合わせたヒミコがフォースで探ったことや、I-2Oによる仕掛けによって得たものであるがそれはさておき。

 

 だが私とヒミコについてはそれなりの期間、統括司令部に留め置かれることになった。

 当たり前だ。何せ最低でも、不法出入国と領空侵犯を二回はしている。私たちがオセオンにいるのは、完全に真っ黒な行いなのだ。

 

 だからすぐにオセオンから撤収し、それぞれの持ち場に戻ったわけだが……それでも目撃者がいなくなったわけはない。

 そもそも、オセオンの現場で居合わせたことはイズクたちが証言しているし、彼らからファルコンのことも報告されている。隠しようがないのだ。

 

 ただし、私はこのことを後悔していない。ファルコンをああいう形で開陳することになったとしても、それが世界の大半を占める無辜の人々の自由と平和を守ることになったのなら、いくら罰せられようとかまわない。そう思っているからだ。

 

 実際、あそこで私が動いていなかったら、今頃どうなっていたかはわからない。逆に、私が動かなくとも解決していたかもしれない。その可能性も十分にあった。

 けれど今ほど円満に解決できたかはわからないのだ。イズクたちのことを信じてはいるが、三十分にも満たない短時間の中で万事つつがなく終わらせられたかというと、さすがに断言しかねるからな。

 

 それは上も理解しているのだろう。文字通りの世界滅亡の危機だったわけだし……そこを認識している現場のヒーローたちからも、擁護の声が上がっている。特にオセオン所属のヒーローたちからは、強く嘆願が出ていたと後から聞いた。

 

 だから結果として、私とヒミコの功績をすべての記録から葬ることと引き換えに、私たちの犯したことは不問となった。超法規的措置というやつであり、銀河共和国でもままあった政治的判断というやつである。

 

 なおこの背景には、日本政府、および日本のヒーロー公安委員会を牽制したい各国の思惑があった。

 

 今の私は、生まれも育ちも日本人である。だからこそ、私に対するあれこれは日本に優先的な権利があるわけだが……それを許した場合、日本一国だけにファルコンを筆頭とした未来技術が独占されかねない、という懸念を各国は抱いたのである。

 

 彼らはそんなことになるくらいなら、各種技術は私個人の中で秘匿し続けてもらったほうが幾分かマシと判断した。そして今回の件を少しでも恩に感じているのなら、いつか何かの形で返してもらえるかもしれないという可能性に賭けたというわけだ。

 

 既に世界の危機は去り、しかし世界は元々一枚岩ではない。それゆえに各国の思惑が入り乱れることになったため、日本側は無理を押し通すことができなかった。だからこその、すべて白紙にしてうやむやにするという結果に落ち着いたのである。

 

 この結果に、不満などあるはずもない。元々私は、国の枠組みにとらわれない治安維持組織としてジェダイを再興させたいと思っていた。今回のように、各国が勝手に私を一つの枠に押し込めようという動きを牽制し合っている状況が続くのは、都合がいいのだ。

 

 それを抜きにしても、私は富や名声がほしいわけではない。私が得るものなど、世界の平和だけで十分だ。ヒミコも同様である。はずだ。

 

 とはいえ、私たちの罪を不問にするため善意で動いてくれた人々……特に自らの判断で私を好きにさせてくれたインゲニウムには、きちんと報いなければならないだろう。人として、そういう義理は大事にしなければならない。

 ひとまずは、パワードスーツの強化や何かしらの武装を提供するのが無難だろうか……ということを考えながら、私たちはオールマイトと共に帰途に就いた。

 

 帰国した順番としては最後になったので、雄英に戻ったらクラスメイトたちから心配したと盛大に出迎えられる羽目にもなったが。

 いずれにしても後悔はない。むしろ、こんなにも仲間想いの友人がたくさんいることが嬉しかった。

 

 まあとはいえ、出迎えのドサクサに紛れてヒミコにキスをしに行ったトールに対しては、思うところがあるのだが。完全に留守番組だった彼女には相当心配をかけたことは事実だし、唇を狙ったわけではなかったので、正妻として寛大な心で許すことにする。ヒミコも拒んではいなかったし。

 

 ともあれ、そんな形で寮に戻った日の夜。私は一つの決意を胸に、虚空へと呼びかけた。

 

「アナキン、私は決めたぞ」

『へえ……それじゃあ聞かせてもらうとしようか』

 

 応じたアナキンの姿が、ふわりと浮かび上がる。どこか挑発的な、勝気な笑みが向けられている。

 

 用件など、口にする必要はなかった。だから私は、友人でありマスターでもあるこの男に、真正面から向き合う。

 

「私は……この星に生きる人々の、自由と平和のために生きる。それらを守るために……守れるジェダイとなる。これが私の決意であり、新しく掲げるものだ」

 

 私は、どうあがいても前世の価値観を捨てられない。ジェダイとして育った私は、ジェダイという生き方しか出来ない。

 

 けれど、その正義が必ずしも正しいとは限らないことも知ってしまった。

 だから私は、正しさを標榜しないことにする。正義の味方、と世間で言われるヒーローではなく。国の正義の守護者であったジェダイでもなく。

 

 あくまで、人々の何気ない暮らしを。愛し合うものと生きる幸せを、守る。そういうものに、私はなりたい。

 これが私の、新たな理念だ。私が再興する、ジェダイの。

 

 そんな決意を込めて、改めてアナキンを見据える。すると彼は、ふっと楽しそうに笑った。

 

『いいんじゃないか? 僕から言うことは何もない』

「……私は合格、ということでいいのか?」

『僕は最初から、君が何を言おうが合格と言うつもりだったぞ?』

「は?」

 

 だが、続けられた言葉に私は唖然とするしかなかった。

 

 なんだ、それは。では私の今までの苦悩は一体?

 

『ははは、そうふてくされるな。君もわかっているだろう? その悩んだ時間は決して無駄じゃない。悩みに悩んで導かれた答えなら、どんなものであってもそれが君にとっての正解だったってだけさ』

「それは……もちろんわかるが、しかしだな……!」

『わかったよ。それじゃ、改めて言っておくとしよう。……見事だ。僕が君たちに教えることはもう何もない。……この日、我らはフォースの宣言を知るためここに立つ』

 

 アナキンは不意に畏まると、大仰な仕草でそう言って見せた。その口上は割愛されてはいたが、確かにジェダイナイト昇格の儀式で述べられるものだった。

 

 私は一瞬目を見開いたが、しかし彼の意図は理解できたのでその場にひざまずく。たち、という呼びかけだったからか、ヒミコも小首を傾げつつも私にならった。

 

『前へ出よ、パダワン。マスターの権限とフォースの意思により、そなたたちは地球のジェダイナイトとなった』

 

 そしてアナキンは厳かな雰囲気、顔つきをそのままに、どこからともなくライトセーバーを取り出し刃を二回、閃かせた。

 これにより、前に進み出た私とヒミコが結っていたパダワンの証である三つ編みが、音もなく切り落とされる。

 

 ヒミコからの抗議はない。切り落とされたとはいえ、私たちの「お揃い」な髪型は継続しているからだろう。

 

『さあライトセーバーを持て、ジェダイナイト・アヴタス、ジェダイナイト・トランシィ。フォースが共にあらんことを』

 

 そしてその宣言を持って、この儀式は終わる。ライトセーバーがこの場にないので、持てと言われても持つものがないわけだが……そこは慣習的なものなので構わないだろう。

 

 私とヒミコは立ち上がり、同時に敬礼を取った。

 銀河共和国のものではない。地球式のものだ。私はもう、銀河共和国のジェダイではないからな。取るならこちらを取るべきだろう。

 

 これを見届けて、アナキンは表情を崩した。先ほどまでの大仰な仕草はすっかり消え、柄にもなく作っていた厳かな顔はいたずら小僧の笑みに戻ってしまっている。

 

 そんな彼に、ヒミコが問いかけた。

 

「……私もよかったんです?」

『ああ。元々君は過去から帰ってきた時点で十分だったからな。むしろコトハに合わせて待たせてしまってすまなかった』

「んふふ。コトちゃんと一緒がいいですから、別に嫌だなんて思ってませんよ。むしろこのタイミングでよかったです。だからその謝罪はいらないです」

 

 そう言って笑うと、ヒミコは私を抱き寄せる。

 

「これで本当の本当に、コトちゃんと一緒ですね」

「……ああ」

「これで、色んな髪型が試せますね。コトちゃんにしてあげたいのがいっぱいあるの。絶対似合うと思うんです。ね、してくれる?」

「もちろん。できればお揃いがいいな。好きな人とは、なんでも一緒がいい。そうだろう?」

 

 なんだかくすぐったい。だが、決して嫌な気分ではなかった。

 だから私も、小さく笑う。そうして二人で、くすくすと笑い合った。

 

「……えへへ。大好きです、コトちゃん」

「私もだよ。この世界で一番、愛している」

 

 ……かくしてこの日、ジェダイは地球において一応の再興を果たした。しかしまだ、ジェダイナイトが立っただけの……しかもたった二人だけの、組織と言うのもはばかられる状態でしかない。

 

 だから私は、まだまだ進み続ける。新しいジェダイの生き様を、歴史を、これからもこの星に刻み込んでいく所存だ。

 この星の、自由と平和を守るために……。

 

 

EPISODE XIII「テイルズ・オブ・ニュージェダイ」――――完

 

EPISODE ⅩⅣ へ続く




【速報】ジェダイ、復興【タイトル回収】

とはいえまだ互いへの愛以外は何もない、たった二人だけの組織とも言えない何かですが。
それでも認可されたジェダイナイトがいれば、やれることはあるので。
これからはより明確にジェダイという組織を作るために、色んなことに手を広げていく感じですね。

まあ、その前に戦争が挟まるんですけどね。ヒロアカ的に考えて。
本作の基本がヒロアカ側である以上そこは当然ですし、そもそも組織を作る地味かつ起伏の少ないストーリーを長々やると作品としてのジャンルも変わります。
なのでジェダイの直接的な復興に関する工作だったり政治的なアレコレは、深掘りしないかと思います。

とはいえその前に、幕間のお時間です。
先に予告していた通り今回の幕間は三つありますので、もう少しだけお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 未来への布石

 それはヒューマライズの事件が解決してから、およそ一週間後。すべてのヒーローが帰国し、雄英ヒーロー科によるインターンもそろそろ本格的に再開されようとしていた時期のことである。

 

 現ナンバーワンヒーローのフレイムヒーロー・エンデヴァーはこの日、ヒーロー公安委員会からの呼び出しを受けて出頭していた。案内された場所には警察の人間も相当数おり、それがエンデヴァーの警戒心を強めさせた。

 

「……それで。インターン生の対応もしなければならない今、仕事中の俺を呼び出したからには相応のわけがあるんだろうな」

「もちろんよ。……よろしくお願いします」

 

 エンデヴァーに応じた公安委員長は、すぐさま傍らに立つ警察幹部へと話を振った。彼はエンデヴァーに名乗るとともに、警視の立場を明かして一礼する。

 無言で続きを促された彼は、そのまま本題に入った。

 

「まず最初に、謝罪させてください。実は我々は先立って、あなたのDNAを鑑定すべく頭髪を回収しております。許可を得ずそうしたことについて、申し訳ありませんでした」

「……DNA、だと? 何が目的だ」

「警察から潜らせているエージェントから、ヴィラン連合の幹部、荼毘の頭髪はじめいくつかの皮膚組織を入手しました。そちらと照合するためです」

 

 よどみなく帰って来た言葉に、エンデヴァーの顔が険しくなる。

 

「結論から申します。荼毘は――エンデヴァー、あなたの息子である可能性が極めて高い。それもほぼ断定できるレベルで、です」

 

 だが続けられた言葉に、表情が抜け落ちる。

 が、すぐに怒りで染まる。顔が歪み、その身体から無数の炎が吹き上がった。

 

「荼毘が……俺の息子だと……!? 冗談だとしても性質が悪すぎるぞ……この俺を怒らせて何がしたい!!」

「我々も違っていてほしかったですよ。今でも違っていてくれと思っています。ですがDNA鑑定の結果が、そのように出たのです。こちらがその結果になります」

 

 対して警視は、あくまで淡々と資料を開示していく。エンデヴァーが渡された書類に手をつけようとしないので、スクリーンに投影される形だ。

 そこに連ねられた文字情報は、いずれも専門的な要素が絡むため知識のない人間が即座にすべてを理解することは難しい。それでも何が、どれくらい一致しているのかくらいは、日本で義務教育を終えた人間ならおおよそ理解ができる。

 

 エンデヴァーもそこから漏れることはなく、またトップヒーローとして長年活躍してきた彼のヒーローとしての部分が、これらの情報を正確に理解させた。させてしまった。

 

 荼毘の正体が、今は亡きはずの長男……轟燈矢であるということを。

 

 だからこそ、エンデヴァーの身体から熱が引いていく。炎が消えて、その巨体がわななく。

 

 ヒーローも、一人の人間だ。完璧な存在ではない。だから。

 

「……あ、あり得ない……息子は……燈矢は……十年前に死んだ……!」

 

 だから、彼はか細い声で目の前の現実を否定した。

 

「遺骨だって……ある……!」

「下顎部の一部が、でしょう?」

 

 そして、即座に否定を否定される。

 

 そう、エンデヴァーの。轟家の手元にあるのは、ごくごく一部の骨だけだ。それ以外のものは、見つかっていない。火事によって、それしか見つからなかったと……そう、思われていた。

 

 だが真実は違った。それが今、明らかにされたのである。

 

「潜り込ませたエージェントが言っていました。荼毘の中にあるのはエンデヴァー、あなたやその家族への強い強い憎しみのみだと。

 だから我々は、あなたを中心に調べました。あなたが過去に解決した事件の関係者か、もしくは個人的な恨みを持つ近しい人物が荼毘の正体ではないかと疑ってのことです。だからエージェントには、どうにかして荼毘のDNAを調べられるものを入手してもらいました」

 

 あれはクリスマスのことでした、と警視は語る。

 

 警戒心が強く、自身が認めるもしくは用がある人間の前にしか姿を現さない荼毘も、ヴィラン連合内部での付き合いは必ずしも無下にはしない。気分が向いていれば、応じることもある。

 

 だからこそ、異能解放軍のためではなくヴィラン連合のためのクリスマスパーティは絶好のチャンスだった。もちろんその場に同席できるはずはなく、潜入しているエージェント……ルクセリアはパーティ後の片付けを手伝う形で、荼毘が被っていたクリスマス帽子から頭髪を入手した。飲み食いに使っていた食器類もだ。

 

 彼はその後慎重を期し、数日をかけて目的のものを警察庁へ送付。警察庁もまた、この苦労に報いるためありとあらゆるものを調べた。時間を出来る限り取り、ありとあらゆる可能性に当たった。

 

 エンデヴァーとのDNAの比較は、その過程で行われたことだ。ありとあらゆる可能性、その一つ。

 死んだはずの人間が実は生きていて、裏社会に潜んでいる……などというのは、フィクションでもよくあるお約束の一つだ。超常以降の架空が現実になった今の時代、それはフィクションでもなんでもなく、現実として十分すぎるほどにあり得ることだった。

 

 そして――それが当たった。当たってしまった。

 荼毘は、エンデヴァーの息子・燈矢である可能性が極めて高い。ほぼ断言できる確度で、それが証明されてしまったのである。

 

 つまり荼毘の目的は、エンデヴァーに対する復讐。ルクセリアの読心でそれ以外の思考が見えないとまで評された荼毘のことだ、本当にそれだけが今の彼を支える生きがいなのだろう。

 

 そんな彼が、何を思ってヴィラン連合にいるのか。何をしようとしているのか。そして何かしようとしているのであれば、いつ動くのか。

 

 ヴィラン連合の、超常解放戦線の動く予定がおおよそ決まっている以上、荼毘も恐らくそのタイミングで動く。ヒーローとヴィランの全面戦争が想定される今、その予想は難しいことではなかった。

 

 では待ち受ける全面戦争のときに、荼毘が何をするか。どう動くか。

 数多くの犯罪者と向き合い続けてきた優秀な警察官たちはいくつか予想を立て、その中から最も秩序に、ヒーローに対するダメージが大きいものを弾き出した。

 

「彼らとの戦いのさなか……警察もヒーローも、すべての秩序を願うものたちの目が、労力が超常解放戦線に向けられているまさにその最中、あなたに真実を叩きつける。世間に真実を暴露する。それが彼の目的であると、我々は推測しています」

 

 その可能性が、エンデヴァーに正面から叩きつけられる。普段燃え滾っているはずの炎は、もはや燃え尽きる寸前だった。彼のそんな姿が、皮肉にも警察の推測を裏付けているようなものだ。

 

 しかしだからこそ、警察とヒーロー公安委員会はこれをしなければならなかった。推測だけでこれほど焦燥するのなら、本人から間違いない事実としてぶつけられていたら――恐らくエンデヴァーは、そこで戦えなくなるだろう。本番の前に、これを克服してもらわなければならなかったのだ。

 

 誰がどう言おうと、エンデヴァーは今の日本のナンバーワンヒーロー。その手腕、その戦闘力、その功績はすべて、誰が見ても間違いのない事実で……この国における最高戦力であることは疑いようがない。

 

 だから、警察とヒーロー公安委員会はエンデヴァーを立たせる。

 立たせなければならない。日本という国の秩序のために、平和のために。来たるべき、戦いのために。

 

 そのためなら。

 

「……あなた」

「……れ、冷……?」

 

 やれることは、すべてやる。

 たとえ個人に恨まれようとも、それが社会の平和のためになるのなら。

 

 世間に色々と言われることもある警察、ヒーロー公安委員会ではあるが……それでも確かに、彼らの目指すものはただただひたすらに、この国に住む人々の安寧なのだ。

 

 かくしてエンデヴァーは、数日の沈黙ののち再び立ち上がった。立ち上がるしかなかった。

 他でもない彼の妻と子供たちが、そうさせた。それが自分たちの責任であると、それぞれが理解していたから。

 

***

 

 エンデヴァーの……轟家の騒動と時をほぼ同じくして。

 

 ヒューマライズ事件の際、ヴィランながら避難誘導に協力してそれなりの人数に感謝されたジェントル・クリミナルは、拠点の一つであるアパートの一室で次の計画を練っていた。

 

 そんな彼の下に、一通のメールが届く。

 

「ジェントル! コラボのおさそいですって!」

「なんと。この私に目をつけるとは、なかなかお目が高い人物がいたものだ。早速拝見させていただこうじゃないか」

「でもでもジェントル、このメール怪しいのよ。ウィルスとかが仕込まれてるわけじゃないのだけど、送信元が特定されないように工夫がされているの。なのにそれがわざとわかるようになってるの!」

「ふぅむ……?」

 

 ジェントル・クリミナル自身は、この手のことにあまり詳しくない。今でこそネット―ワークなどに明るいヴィランと認識されているが、それはラブラバの手腕あってこそ。元々のジェントル・クリミナルは、動画の投稿だけでも三歩進んで二歩下がるような毎日を送っていたくらいに苦手であった。

 

 しかしだからこそ、彼はラブラバの技術を高く買っている。最終的な決定を下すのは彼だが、そのためのラブラバの助言は基本的に疑わないのが彼のスタンスだ。

 

「怪しくはあるが、メール自体の危険性はなさそうなのだね?」

「ええ、そうなの。ある程度ハッキングとかに詳しい人間にならわかるようになってるから、誘ってることは間違いないと思うのだけど……余計に私じゃ判断がつかなくって」

「構わないよ。君の手腕を疑問に思ったことはない、君が危険性はないと判断したのなら私はそれに従おう。なぁに、虎穴に入らずんば虎子を得ず、さ」

「ジェントル……!」

 

 ジェントル・クリミナルの大袈裟な言葉に、大袈裟に反応したラブラバが抱き合うというお約束の一コマを挟みつつ。

 

 二人はそれから、改めてメールを開封することにした。

 

「……ジェントル、これって」

「ううむ……確かにコラボのおさそいではあったね。いやしかし……まさか、まさかだ」

 

 そしてその中身を見て、二人は困惑で顔を見合わせることになる。

 

 なぜならその中に書かれていたのは――公安警察からの捜査協力の依頼、だったのだから。

 

「ハッキング対策に力を貸していただきたい、って……警察は何を考えているのかしら!」

「警察とは言っても、公安警察だろう? 確か、公安警察は国の秩序を守るためなら、ときに違法捜査も辞さない組織と聞いたことがある。ヴィランである我々にこうして接触してきたということは、それだけ何か切羽詰まった何かがあるということなのだろうねェ……」

 

 口ひげを指先で撫でつけながら、ジェントル・クリミナルは考える。

 

 公安警察から話が来たということは、これでたとえ有意義な結果を残せたとしても公になることはないだろう。それは、歴史に名を残す偉大な人物になるという目標を持つ彼にとっては、あまりにもうまみがなさすぎる話であった。

 しかもこの話は、彼の力はほとんど必要がない。求められている技術を有するのはラブラバなので、彼はほとんど付属品のようなものなのだ。

 

 だからこそ、彼がまず相棒の意見を求めたのはある意味自然な流れであった。

 

「……ラブラバ、君はどうしたい?」

「え……わ、私?」

「ああ。この案件、私はほとんど役に立てないだろう。私はコンピューターには疎いからね。つまり、君に多大な負担を強いることになる」

「そんな! 私、ジェントルのためならどんなことだって……」

「そうだろうとも、君の愛と献身は私がよくわかっている。けれどねラブラバ、だからこそだ。だからこそ、私は君に無用な苦労を掛けたくないのだ」

「ジェントル……!」

 

 ぱちり、とウィンクをして彼は続ける。

 

「この案件、主体は君になるだろう。だからこそ、君の意見を……君がどうしたいかを尊重すべきだと思うのだよ。君がやりたくないなら受けないし、もしやりたいのならこのジェントル・クリミナル、全力で君をサポートしよう。どうだい?」

「私……私は……――」

 

 ――彼女の返答が差出人に届けられたのは、四日後。

 

 中身は、条件付きで是、であった……。

 




幕間一つ目は、地獄の轟家とそれとは正反対なジェントル一味のお話でした。
原作とは違って、公安警察からルクセリアが潜入していることで荼毘の正体が事前で発覚。
そして発覚したからにはこれくらいやるだろうということで、エンデヴァーには一足お先に地獄を見てもらいました。
大丈夫、じっくり考える時間があるだけ原作よりマシだからね!

ジェントルのところに公安警察からコラボ依頼が行ったのも、この兼ね合いです。
原作からしてラブラバが超やばい実力者であることは明らかですが、本作のジェントルは原作より上のことをやっているにもかかわらずいまだに尻尾をつかませていないので、警察からの評価は良くも悪くも原作より上です。
なのでそこを見込んでのハッキング対策。何に対するハッキング対策なのかは、まあ、そういうことですね。
これにより、原作より早くラブラバVSスケプティックの電子バトルが行われることになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 ホワイトデー狂騒曲

「楽しくしてるところごめんトガさん! どうか僕にお菓子作りを教えてください!」

 

 ヒューマライズ事件にも片が付き、数日。何やら家庭の事情とやらで、ショートが実家に一時帰宅しているある日のこと。

 

 人目を忍んでヒミコのところに来たイズクが、両手を合わせながらそう言った。律儀に九十度のお辞儀をしながらだ。

 突然のことではあったが、どういう理由でヒミコのところに来たのかはフォースを使わずともわかるので、私は何も言わずヒミコに任せることにした。いつものように同席しているトールも同様である。

 

 これに対して、ヒミコはにっこりと満面の笑みを浮かべて応じた。迫力満点な笑みだが、A組の人間はもう慣れているのでイズクがそれで引くことはなかった。

 

「ふふふ、いいですよぉ。それじゃホワイトデーにぴったりな、でも簡単なお菓子を教えてあげましょう」

「え!? い、いや、ホワイトデーなんてべべべ別に、そんな僕はそんな」

「えぇ~? このタイミングでそれはないですよぉ、出久くん」

「そうだよー! だいじょーぶ、別に言いふらしたりなんかしないからさ!」

「ううううう……その……ええと……はい……」

 

 ヒミコとトールのにまにまとした笑みを向けられて、イズクはすっかり恐縮してしまう。両手で覆い隠された顔は、早くも真っ赤である。

 相変わらず、初心な男である。異性への耐性がないにもほどがあるぞ。

 

「ま、増栄さんは動じなさすぎだと思う……! 人前でその、き、きき、キスとか……! まだ若いんだから、そういうのどうかと思います……!」

「それについては私も同感でーす!」

「それについては申し訳ないと思ってはいる」

 

 まあ、うん。たまにやりすぎかなと思うことがないわけではない。

 

 だが、ちょくちょくヒミコへの愛があふれるというか……衝動的に好きを伝えたくなるときがあるというか……。

 

「えへへぇ、コトちゃんってばホント情熱的なんですからぁ~」

「……緑谷くんはこんなバカップルにならないように気をつけるんだよ?」

「え……え、う、うん……」

「イズク、無理に言葉を濁さなくても素直に言っていいんだぞ。トールがそれを言うのかとな」

「ノーコメントでお願いします本当後生だから!!」

 

 とまあそんな蛇足めいたやり取りもあったが、ともかくホワイトデーということでイズクのお返し作りに私たちは付き合うことになった。

 

 普段なら調理をするなら食堂スペースへ移動するのだが、今回はどうやらそこまで本格的な器具などは使わないらしく私の部屋に向かう。

 私の部屋は普段からヒミコが入り浸っていることもあって、今では簡単な調理器具が揃っているのだ。大きなものではないが、オーブンや冷蔵庫などもあるので最近は私と会話しながらお菓子作りをしていることも多い。

 

 実際、今回のお菓子作りは大した時間も手間もかけずに終わった。道具や材料の説明や準備から始めても、二時間弱程度で済んだので、本当に「簡単なお菓子」だった。

 

 その途中、仕込んだ生地を冷やすという工程があった。練った生地を冷蔵庫に入れて置いておくというものであり、この間は完全に作業がとまる。使い終わった調理器具を片付けるなどはしたが、それでも時間は微妙に余った。

 

「それで~? 緑谷くんは麗日ちゃんにどう返事をするのかな~?」

「う!? い、いや、ちが、その、そういうんじゃなくて!」

「ウソはよくないですよぉ、出久くん。ちゃんと考えはあるんでしょう?」

「ええとあのその、えと、えっと……助けて増栄さん!!」

 

 おかげでその間、イズクは二人のコイバナ大好き女子からずっと追及を受ける羽目になっていた。かわいそうに……。

 

 私は何度もとめたのだが、二人の中には単なる好奇心やいたずら心とは別に、大切な友人であるオチャコに対してずさんな対応をしようものなら許さないぞ、という気持ちもあったので、なかなかうまいこと仲裁ができなかった。その点に関しては私も同感だからだ。

 

 ただ、なんだかんだでやるときはやるのがミドリヤ・イズクという男だ。私はそこまで心配はしていなかった。

 

 ヒミコもそうだろう? というより、ヒミコこそだろう。

 

 何せヒューマライズ事件のとき、君は見たはずなんだ。ヒューマライズ本拠地の最深部、トリガーボムシステムをつかさどる装置の周りに浮かんでいたトリガーボム設置場所周辺を映したモニターを見て、イズクが何を思ったのかを。傍で見て、知っているはずなのだから。

 

***

 

 夜。生徒たちが全員自室に引き上げた時間帯にも関わらず、共有スペースに下りてくる人影があった。

 

 彼女……お茶子の姿を見て、出久はただでさえ緊張で固まっていた身体をさらに固くする。

 

 無理もない。今までの彼の人生で、異性とのふれあいなどまったく縁のなかったことだ。ましてや夜に、自分のところへ呼び出すなどまったくの埒外のことであるし、今からやろうとしていることも人生初。

 何もかもが初めて尽くしで、なおかつ相手が美少女となれば、出久の緊張は仕方がないと言えよう。それでも、呼び出しのメールでさえ書き上げてから送信までに一時間もかけたのは、ヘタレと罵られても文句は言えないだろうが。

 

「デクくん、来たよ……その、顔色すごいけど大丈夫?」

「あ、うん、大丈夫、大丈夫……だだっ、大丈夫だから……!」

「全然大丈夫じゃなさそう……!」

 

 そんな出久の様子に、お茶子はおののくしかない。

 

 とはいえ、原因の何割かは自分にあることを彼女は理解しているので、下手に近寄るのもはばかられた。ただでさえ女性関係に疎い出久に、相当に追い詰められている出久に、今直接触れようものならどうなるかわかったものではない。

 

 だからとりあえず声掛けをしつつ、ゆっくりと時間をかけて出久が落ち着くのを待つしかなかった。

 

「……あ、ありがとう、麗日さん……も、もう大丈夫……」

 

 十数分後。なんとか一応の落ち着きを取り戻した出久は、深呼吸をしながら緩やかに姿勢を正した。

 

「ええと……まずその、遅い時間にごめん。それと、えっと、来てくれてありがとう」

「ううん、気にしないで。その……今日はもしかしたら、って思ってたし」

「う!? そ、そっか……う、うん……迷惑じゃなかったら、その、よかった……」

 

 そして再びぎこちなく、会話が始まった。出久の頭は今、過去最高にフル回転していた。

 

「あ、っと……まず、そのこれ……! こ、この間の……お返し、です……!」

「わあ、ありがとう! ……あ、綺麗だしかわいい!」

「す、スノーボール、っていうらしいんだ。綺麗な見た目してるけど、びっくりするくらい簡単で……」

「え、これデクくんが作ったの?」

「う、うん……トガさんに教えてもらいながら、だけど……」

「……そこは隠してほしかったかなぁ。嘘をつけないのはデクくんのいいところでもあるから、いいんだけどさ……」

「え!? あ、ええっと、ごめんなさい!?」

 

 せっかく二人きりなんだから、友人で恩人とはいえ他の女性と一緒にいたという話はあまりしないでほしい。そんなささやかな女心は、悲しいかな出久には伝わらなかった。

 

 とはいえそこをつつきだすと話が進まないことは理解していたし、あのトガ・ヒミコが今さら出久とそういう関係になるなんて想像もつかない。

 何より、出久がそんな不誠実な人間ではないことを知っているからこそ、お茶子は軽く流すことにする。

 

「え、ええと……その……」

 

 だから他には用事はないのかと続きを促したわけだが……出久がここから再起動するまでまた少し時間がかかった。

 彼の中ではずっと思考が続けられているのだが、それを口にする勇気がなかなか持てなかったのである。何せそれがこの状況で正解なのかどうか、まったく自信がなかったから。

 

 それでも、人をわざわざ呼び出して時間を取ってもらっているのだ。これ以上はいけないと、出久は勇気を振り絞る。

 

「あ、あの……! こ、この間の……返事に、ついて、なんだけど……!」

「……! う、うん……」

 

 これを受けて、お茶子も居住まいを正した。そうだろうなとは思っていたが、いざこの話題を切り出されると、彼女も緊張を隠せない。

 

 どんな答えを返されるのか。果たして受け入れてもらえるのか。繊細な乙女心が、これから言われるであろう答えに怯えて震えていた。

 

「そ、その……その前に、ど、どうしても……聞いておきたいことが、あって……」

「……? ど、どんな?」

 

 しかし少し予想とは違った言葉が出てきたので、お茶子は思わず身構えた。

 

「えと……こういうこと、自分で言うのも何なんだけど……でも、僕の顔は、轟くんみたいにイケメンじゃないし……。飯田くんみたいに、がっしりした体格ってわけでも、ないし……。な、何よりかっちゃんが言う通り、ナードのオタクだし……!」

 

 けれどこれまた思っていたものとは違うことを言われて、首を傾げる。

 

「だ、だから……わ、わからないんだ。こんな僕を、麗日さんみたいなか、か、かわいい、きれいな人が、す、す……好き、だなんて、と言ってくれる……理由が、わからなくて。……いまだにし、信じられないっていうか……!」

 

 そしてそこまで言われて、ようやく腑に落ちた彼女は納得の表情を浮かべてくすりと微笑んだ。

 

「……まあ、うん、そやね。オールマイトが好きすぎるトコはたまに怖いときあるかも」

「う゛ッ、そ、それについては……もうなんていうか、僕の原点なので……! どうしようもないっていうか……!」

「でも私が好きになったのは、別にそういうトコと違うんだよ」

「ど……どういうことでしょうか……」

 

 自分でも少しは気にしているところをずばり言葉で穿ち抜かれ、胸を押さえて後ずさった出久。

 その勢いのまま喋るのを聞いて、お茶子は「なんで敬語?」とまた微笑む。

 

 けれど彼女はそこで一度目を閉じて、深呼吸をした。空いているほうの手で胸に触れ、その奥にある己の気持ちの昂りを、確かな鼓動を確かめて、心を発露させる。

 

「……最初はね、すごい人だなぁって思って見てたの」

「……? え、ど、どこが……?」

「入試のとき、救けてくれたでしょ。あのでっかいヴィランロボ、今ならわりと色んな対策思いつくけど……でもあのときの私たちにしてみたら、すごい怖いヴィランだったのに。まっすぐ救けに来てくれた。おまけにしっかり倒しちゃってさ。本当……すごいなって、思ったの」

「い、いやあれは……本当にまったく後先考えない行動で……」

「ホントにね。確かあの頃って、”個性”が発現してすぐの時期だったんでしょ? 無茶したよねぇ」

「か、返す言葉もございません……」

 

 へこりと頭を下げる出久に、またお茶子はくすりと微笑む。

 

 別に見下しているわけではない。むしろ逆だ。あんなにすごい人なのに。あんなにカッコいいヒーローなのに、等身大な男の子。そんなあり方が、好ましかった。

 

「”個性”把握テストもすごかったよね。相澤先生にあんなに追い込まれて、でもそのときできる最大限を思いついただけじゃなくって、土壇場で成功させて……」

「け、結局最下位だったけどね……」

「最初の実技演習のときもそう。USJ事件のときもそう。だから私、デクくんみたいになりたいなって思うようになったんだよ」

「へぇあ!? ぼ、僕みたいに!?」

「本当だよ? だって……理波ちゃんがすごすぎるから隠れがちだけど、デクくんはいつもいっぱい考えて、そのときの限界を超えて、最大限の結果を残してる。

 最初からなんでもできた理波ちゃんとは違う……最初はできなくっても少しずつ、ゆっくりでも、着実に前に向かおう、先に進もう、ってがんばってる。そんな風に私もがんばろう、がんばりたいって、そう思ったの」

「そ、それは……その、僕は他のみんなと比べて何周も遅れてたから……ただ目の前のことで必死だっただけで……」

「うん、きっとそうなんだろうなって思うよ。でも……でもね。だから、なんだ。きっと」

「……?」

 

 首を傾げる出久を前に、ひと呼吸。

 

 それから、改めて。最初は心の内に秘めるつもりだった、想いをようやく言葉にする。

 

「絶対勝って、絶対救ける最高のヒーローになる。その夢のために毎日毎日、一生懸命……必死に努力する、そんなデクくんの在り方がとても。とっ……ても! カッコいいなって、思うんだ。――だからね……そんなデクくんが、私……大好きなの」

 

 その言葉は、愛であふれていた。そんな言葉を紡いだお茶子の顔もまた、愛で彩られた輝かしいもので。

 名前の通りに麗らかなその笑みを、真正面から向けられた出久は絶句し見惚れることしかできなかった。

 

 そんな彼の瞳から、一筋の雫がこぼれる。突然のことに、もちろんお茶子はぎょっとした。

 

「麗日さんは……僕にとって特別な人なんだ……」

「んえっ!? きゅ、急にどうしたの!?」

 

 そんな切り返しを受けると思っていなかったお茶子の顔が、あっという間に朱に染まる。

 

 普段ならそんな反応をされたら釣られて気後れするだろう出久だが、このときは違った。まるで最初の言葉が呼び水になったように、次から次へと言葉を紡ぎ始めた。

 

「知っての通り、さ……僕は……その、”個性”が出るのがすごく遅かったから……仲のいい友達なんてずっといなくって……。ましてや女の子の友達なんて、余計にで……。

 だから雄英に来て、僕……初めて友達ができたんだ。麗日さんは僕にとって、最初の異性の友達で……そんな人にここまで言ってもらえるなんて……すごく……すごく嬉しくって……」

 

 言いながらも、出久の目からあふれる涙はとまらない。袖口でぬぐうが、元々涙もろい彼の涙を押しとどめることは難しそうだった。

 

「……あり、がとう、麗日さん……! こんな僕のこと、好きだって、言ってくれて……!」

「わ、わ……ど、どういたしましてだけど、まさかこんなことになるなんて思ってなかった……!」

 

 そうして二人はしばらくの間、向き合った状態のまま方や泣き続け方やおろおろし続けることになる。

 

 だがさすがにある程度経てばお互いに落ち着いてくるもので、お茶子は出久を談話スペースのソファに座らせ自分も隣に座り、無言で出久の背中をさするようになった。

 

「……ご、ごめん麗日さん……本当にごめん……!」

「や、いいのいいの。デクくんの知らないところ、また知れたからさ!」

 

 不甲斐なさと恥ずかしさで顔を両手で覆う出久に、お茶子は笑って返す。いつの間にか、いつもの二人の距離感に戻っていた。

 

 けれど、このまま終わるわけにはいかないという想いが出久の中にはあった。無理を言ってお茶子の真意を訪ねたからには、自分もこれに真摯に向き合わなければならないと思うから。

 

 だから彼は、改めてお茶子に向き直る。向き直ってから、場所が先ほどと変わってソファで隣り合っていたため思いのほか距離が近いことに気が付き、慌てて一歩下がる。

 

「えっと……その、そういう、わけなので……」

「あ、はい」

「僕にとって麗日さんは元々、特別な人、でして……。

 けどその、こないだのヒューマライズ事件で、トリガーボム対処のために戦う麗日さんの姿を見たとき、僕は……ただでさえ特別な人なのに、僕はこんなに綺麗でカッコいい人に告白されたのか……なんて、思ってしまった次第でして……。

 おかげで『なんで僕のことを?』って根本的な疑問が出てきてしまったわけで……」

「ヒューマライズの本拠地で何があったの……!?」

 

 出久は説明する。あの日の戦いを振り返りながら、己が見たことを順番に。

 

 ……あの日システムを統括するヒューマライズ基地の深部には、トリガーボム設置場所周辺を映すモニターが置かれていた。監視用だったのだろうそれはトリガーボムが二十五か国に置かれていたため基地にも二十五個あり、そこには各国のヒーローがそれぞれの活躍を見せていた。

 

 だからその場所に踏み込んでそれを見つけたとき、出久はまずそこに意識を向けた。タイムリミットが迫る中、各国の今の状況が気になったから。

 

 けれどモニターに映る大勢のヒーローたちの中で、ひときわ輝いて見えたのは……一人の女の子で。

 

「……麗日さんから、しばらく目が離せなくなったんだ。それで一緒にいたロディやトガさんからは、怒られたりからかわれたりしたわけなんだけど……でも……その、さっきもそうだし……思い返したら、前にもそんなこと、あった気がするしで……」

 

 そう言う出久の脳裏に浮かんでいるのは、文化祭のときだ。あのときも、すぐ近くでにっこりと笑うお茶子から目が離せなくなった。

 

 ヒーローとしての彼女と、一人の女の子としての彼女。その両方に、目が奪われた。

 

 そこに思い至ったとき、出久の中の答えはようやく決まった。いまだに「そう」だと断言できるような自信はなかったけれど……自分がそれだけ立派な人間だという自信も、いまいち持ち合わせがないけれど……それでも、確かに思ったのだ。

 

「う、麗日さんが向けてくれた気持ちを、きちんと受け止められるような僕になりたい。そんな風に、思うことができたから……だから。そ、その、ふ、不束者ですが……あ、改めてこれから、よろしくお願いします……!」

 

 その想いを、言葉にして。

 

 緑谷出久は、意中の女性に頭を下げ――直後、正面から抱き着かれて一気に限界を迎えた。

 

「ううう麗日さん!? きゅ、急に何を……!」

 

 己の気持ちに気づいてから、もう半年以上。想いを告げてから約一か月。待ちに待たされ、焦らされ続けたお茶子の気持ちは今この瞬間、遂に爆発したのだった。

 

 彼女は真っ赤な顔を華やかに綻ばせながら、けれどこの顔を見せるのは恥ずかしいからと、出久の首筋に己の顔をうずめる。

 

「……ごめんデクくん……! 今ちょっと……私……! 好きがあふれて、しまっとけそうになくって……!」

 

 かすかに感じる好きな人……もとい、恋人の匂いに多幸感を味わいながら。

 

 ああ、これはあの二人がいつもくっついてイチャイチャしてるのもわかっちゃうなぁ……などと、うっかり思ってしまうお茶子だった。

 

 そんな彼女の気持ちを、もちろん出久が察せたはずはない。

 ない、が……しかし、根っからのヒーローである彼は、極限状態ではあっても思考を放棄することはなかった。この状況でどうすればいいのかを考え、考え、考えて……。

 

 結果、おずおずと……迷いながらではあったけれど。お茶子の背中に手を回し、その柔らかい身体をそっと抱きしめたのであった。

 




幕間二つ目、本編内でのバレンタインに引き続いてデク茶回でした。
やっとここまで来た! あまりにもじれったすぎて一刻も早くいやらしい雰囲気にしたかったけど無理でした。この健全純情ボーイ&ガールがよ・・・。
これからはもっとイチャイチャさせてやるからな・・・覚悟しとけよ・・・!
前話との温度差? 次章の地獄感? それはそう。

まあ言うて、この二人ずっと付き合いたての中学生みたいなやり取りしてそうだなとも思いますけどね。
でもすぐ近くにあけすけすぎるえっちガールが二人いるので・・・。
今回の一連の出来事もそそのかした黒幕ガールがいたからなので、たぶん何かと背中を押しまくるんじゃないかと思います。
で、「だってえっちってすごく気持ちいいので、お茶子ちゃんにも早く体験してほしくて・・・」とか悪気なく言うんだと思います。
えっちだね。そういうとこだぞ。

それとそれと。
今日はトガちゃんの誕生日ですね。おめでとう!
同時に理波の誕生日でもあります。高校二年生の誕生日は一緒にお祝いできるといいね・・・(本誌の展開から目を背けつつ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 まるで暗闇に一筋の光が差し込むような

「経営科との特別授業があります」

 

 ある日の朝、マスター・イレイザーヘッドがそう宣言した。普段あまり接点のない科の名前に、私たちは目を丸くする。

 サポート科は何かと関わりがあるのだが、経営科は関わりが薄い。合同の授業など初めてだ。

 

 だからこそ、いつものようにテンヤが勢いよく挙手した。

 

「はいっ! それは一体どういう授業になるのでしょうか!?」

「経営科によるヒーロープロデュースだ。経営科の生徒とペア、もしくはグループになり、一分以内のヒーロープロモーション映像を作る。そして普通科生徒による投票で順位を決める。ちなみにB組と合同だ」

 

 この説明に、教室の中から色んな声が上がった。大体は面白そう、といった前向きな声だった。

 

 だが私とヒミコだけは違う。マスターの言葉に乗った感情、その裏にある心の感情をも読んでしまった私たちは、顔をしかめた。

 

「いいか、これはあくまで経営科主導の授業だ。どんなヒーローになるのかは経営科の生徒次第。つまり、プロモーション映像を作るときは、全部あちらの生徒の言う通りのヒーローを演じろということだ」

 

 そして続けられた言葉で確信する。

 

 これは――地獄絵図が繰り広げられる……!

 

『コトちゃん、どうしましょ?』

『どうもこうも……そういう授業なのだと言われれば、私たちに拒否する権利はあるまい。強いて言うならば、まっとうなプロデュースがされることを祈るくらいだろう』

『やりたくないことやるのすっっっごく嫌なんですけど……!』

『君は特にそうだろうな……』

 

 ヒミコは出来る限り他人に縛られたくないタイプの人間だ。だからこそ、道を踏み外した場合はあっという間にヴィランになり得る。

 私と出会ってからはだいぶ鳴りを潜めている性質だが、別に改善したわけではない。クラスメイトのように関係の深い人の言うことなら受け入れられる、というだけだ。今回のように、初対面の人間の好きなようにされるというのは、我慢ならないことだろう。

 

 私としても、ヒミコに何かあろうものなら抑えられる自信がない。本当、頼むぞ経営科……常識で考えて行動してくれよ……。

 

「ペアおよびグループは事前に経営科で決めてある。これから顔合わせだ。行くぞ」

 

 そうこうしているうちに、移動することになった。

 なったが……先ほどからマスターの内心にある感情が同情一色なのがとても不穏だ。

 

 少し深めに探った感じだと、この授業は雄英で長く続けられている授業らしい。マスターも雄英出身なので、この授業を受けさせられたことがあるようだ。なるほどそれで同情一色に……。

 

「? ひみちゃんとことちゃん顔色悪いよ? どっか悪い?」

「いや……そういうことではなく……」

「ううう透ちゃん……私何かあったら自分を抑えられる自信がないので、そのときは何してもいいのでとめてくださいね……!」

「本当にどうしたの!? 地獄でも見たような顔でとんでもないこと言うじゃん!?」

「地獄はこれから見るのだよ、トール……」

「……この授業もしかしてヤバいの?」

「端的に言うと、非常にヤバい」

「……わぁ。帰りたくなってきた……!」

 

 私たちが三人でそんなことを話していれば当然周りには聞こえるので、他のクラスメイトたちにも不安が広がり始めた。

 

 マスターが余計なことをとつぶやいたが、それでも珍しく彼が私語を咎めなかったのは、彼もまた人の子ということだろう。事前に知っていれば覚悟を固める時間くらいは持てるか、などと考えているのだから……。

 

***

 

 経営科との初顔合わせ。幸い、私とヒミコは一緒だった。最愛の伴侶と一緒なら、地獄だろうとどこにでも行ってみせようではないか。

 

 そう思いながら二人で指定された人物のところに向かい、担当者と対面することになったのだが……。

 

「来たわねご両人! 今日という日を首を長くして待っていたわ!」

「む? 君は確か……」

「峰田くんの同志の人でしたっけ」

 

 そう、出迎えた人物はいつぞやのバレンタイン騒動のとき、ミノルを訪ねてきた少女だった。どうやら世界は狭いらしい。

 

 名前は確か……ホージョウ、だったか。そういえば経営科と名乗っていたな。

 

「ええそうよ! アタシこそは百合の伝道師! 雄英ヒミコトファンクラブ創設者の一人とは何を隠そうアタシのことよ!」

「あれは君の仕業だったのか……」

「これまた世界は狭いですねぇ……」

 

 やけに高揚した言動を隠すことなく、声高に名乗ったホージョウに私たちはのっぺりとした顔を向ける。

 

 私たちの言葉から察せられると思うが、実はファンクラブがあること自体は知っていた。文化祭のあとくらいに、そういうものを設立したいと経営科から打診が来ていたからな。

 

 経営科は先にも述べたが、ヒーローのプロデュースなどを学ぶ学科。であるからこそ、ヒーロー科の生徒のファンクラブなどを自主的に立ち上げ運営するという行為は、我々で言うところのヒーローインターンのような扱いになるらしいのだ。

 そのときに規約なども見せてもらったが、私たちに実害はなさそうだったので許可した経緯がある。なので認知はしており、ひとまず健全に運営されているということも知っていた。

 

 ということを思い返しながら端末に保存している規約関係の写しを確認して見たら、確かにそこにはホージョウの名前が連名で記入されていた。うーむ、こんなところですれ違っていたのだなぁ。

 

「……というわけで今回の特別授業、お二人のプロデュースを担当するのはこのアタシ、北条豊です。改めてよろしくお願いします」

「う、うむ、よろしく頼む……」

「急に丁寧になられるとびっくりしますよね」

 

 不意に態度を落ち着かせて、ホージョウが礼をしてきた。あまりの落差に二人で面食らう。内心はまだ荒ぶっているようだが。

 

「早速なんだけど、お二人はどんなPVがいい?」

「ん?」「え?」

 

 だが続けられた言葉に、私たちはさらに驚いた。マスターがあれほど同情していたように、押しつけがましい頓珍漢なものを強いられると思っていたのだが。

 

「え? そりゃ経営が傾いてて起死回生のプロデュースを、とか言われたらあれこれ口出すけど今回はそんなんじゃないし。だったらその人がやりたいのをやるのが一番でしょ?」

「……ヒミコ。どうやら我々は大当たりを引いたらしいぞ」

「みたいですね。これは勝ちましたよコトちゃん!」

 

 不思議そうにホージョウは言ったが、こうした相手の立場を慮る想像力をしっかり持っている生徒は、恐らくほとんどいないはずだ。そうでなければマスターはあんなことを考えない。

 何せ周辺からは、今も断続的に阿鼻叫喚の心の声が届いているからな。乗り気なのはフミカゲくらいしかいないでは?

 

「あー……まあ、アタシもお二人の担当じゃなかったらやらかしてたとは思う。自分の思い描いてたヒーローを実現できるってなったら、歯止めが利かなくなってもおかしくないっていうか」

「しかし君は他でもなく今、この瞬間に自制できている。我々としてはそれが何よりありがたいのだ」

「そりゃまあヒミコトファンクラブ創設者の一人としては、お二人に理不尽を強いるなんて村八分にされてもおかしくない所業はできないし、何よりアタシのプライドが許さないからね!」

 

 結局そこに行き着くのか……とは思うが、今はその矜持がありがたい。私たちはこれ以上藪をつついて蛇を出さないために、至極真面目腐った顔を作って話を進めるよう促すのだった。

 

 とはいえ……どんなプロモーションがいいか、と聞かれても正直困る。なぜなら、

 

「私たちは別にヒーローになりたくてヒーロー科にいるわけではないからなぁ……」

「ええ!? じゃあなんで!?」

「無許可で”個性”を使ったら犯罪じゃないか。だから単に免許目当てだ」

 

 今は……まあ、その、少しくらいは。クラスのみんなとなら普通のヒーロー事務所を立ち上げるのも悪くないとは思っているが、ヒューマライズ事件で私の目標も固まったからなぁ。

 

「私はコトちゃんと一緒の学校に通いたかったので」

「お二人の理由が解釈一致過ぎて死にそう」

「死なないでくれ、頼むから」

 

 てぇてぇ……などとつぶやきながら天を仰いで倒れようとするホージョウを、多少無理にでも引き留める。

 これでもし彼女が体調不良などで、私たちの担当から外れようものならどうなることか。増幅やフォースヒーリングを使ってでも引き留めて見せるぞ。

 

「じゃ、じゃあ質問変えるわね。ヒーロー免許取ってどうしたいとか、そういうのはある?」

「この星の自由と平和を守る。それが私の理念だ」

「人命救助のときもヴィラン退治のときも、コトちゃんの隣にいる過激な女の子になります」

「ミ゜」

「いちいち死なないでくれ!」

「うーん、峰田くんの同類感がすごいです」

 

 その後も、たびたび死ぬホージョウをなだめすかしながら話し合ったのだが……。

 

「え? 事務所は宇宙もしくは月面に置く予定?」

「ああ。国の枠組みにとらわれない、この星全てを管轄する治安維持組織にしたいのだ」

「それで地球を眺めながらイチャイチャするのです」

「ア゛ッ。……宇宙かァ……宇宙……PVが一分以内とはいえ、そんな映像を用意するとなるとコストすごそうだな……うーん……」

 

 あまりにも私たちが一般的なヒーロー像から程遠く、ホージョウをとことん悩ませることになった。

 このままでは話が進みそうにない。そろそろ一度目の打ち合わせは時間切れになりそうだが、ここである程度の方針を決めておかないと後に響きそうである。

 

 おかしなことをしたいわけではないが、しかしこの授業の主体はあくまで経営科。ホージョウを困らせたいわけでもないので、私たちは「多少なら構わないから、とりあえずホージョウのやりたいことを聞かせてほしい」と譲歩することになった。

 

「じゃ、じゃあこんなプランなんてどうかしら!?」

「え? 最高じゃないですか。私これでいいです。むしろこれがいいです!」

「う、うん……私も……いいんじゃないかな……と、思う……恥ずかしいけれど……まあ……」

「ウッヒョー! まさかアタシの案をそのまま受け入れてくれるなんて! 生きててよかった! 最高のPVを作るぞう!」

 

 ……なったのだが、まさかあんな案を出してくるとは思わなかった。なるほど、これはミノルの同類である。

 

 まあ……口にした通り、私もまんざらではないので別にいいのだが……これは……なんというか、トールがあとで怖いなぁ。

 

 青天井に昂り続けるホージョウを半目で眺めながら、私はそんなことを思っていた。

 

***

 

 一週間後。壇上に大きなスクリーンが掲げられた体育館で、私たちは経営科の生徒と共に集まっていた。舞台の下には観客となる普通科生徒たちが、ずらりと椅子に並んでいる。いよいよプロモーション発表会だ。

 

 だがヒーロー科の面々は、誰も彼もが親しい人を亡くしたかのような暗さに満ち満ちていた。それはA組もB組も変わらない。

 映像を披露した後、映像内で使用していた経営科用意のヒーローコスチュームを実際に見せるため今はあえて黒いフードつきマントを全員が着用している点も、雰囲気を暗くする一端を担っている気がする。

 

「……誰かウソだって言ってくれよ……」

「マジでやんのか……?」

 

 ちらほらと聞こえる言葉のトーンも、完全に葬儀場のそれである。つまり、それだけ経営科の出してきた案がどれもこれもひどかったということに他ならない。

 

 そんな中、彼らにはまったく申し訳ないのだが、私とヒミコは早く出番が来ないかなとさえ思っていた。それだけホージョウが手掛けた映像は、私たちにとってもよくできたと思えるものなのだ。

 ヒミコに至っては笑顔をまき散らしており、周囲から完全に浮いている。接点が薄いB組の一部生徒からは、理解できない何かを見るような視線を向けられていた。

 

「お前らの気持ちはわかる! だが、これも大事な授業だぞ。覚悟決めて舞台に立て!」

「プロヒーローになれば、理不尽なことは一つや二つじゃ済まない。これはそのための予行演習でもある。……いいか? ヒーローとしてのプライドは持て。だが、人前に立つときは恥は捨てろ」

 

 これを見て、マスター・ブラドキングとマスター・イレイザーヘッドがそれぞれのやり方で鼓舞する。

 そう言う裏で、自らの学生時代を思い出しながら「もう二度としたくない」「絶対にやりたくない」などと思っていなければ完璧なのだが……運よく当たりを引けた私たちにそれを言う権利はないだろう。

 

 何はともあれ、どうにかこうにか覚悟を固めたヒーロー科をよそに、いよいよ発表会が始まった。

 

「えー、コンセプトは病弱ヒーローです」

 

 一番手は、A組から出席番号順ということでユーガである。

 ……が、この出だしの言葉からしてもうどうかしているということが察せられるというもの。

 

 実際流された映像も、なぜか入院着に点滴という姿で血反吐を吐きながらもネビルレーザーで敵を倒す、というよくわからないものであり、見せつけられた普通科の生徒たちも絶句していた。体育館内の空気は最悪である。地獄でももう少しはマシなのではなかろうか。

 

 その後も同じような調子の映像が、次から次へと流されていく。歌って戦うアイドルヒーローにされたオチャコとツユちゃんはだいぶマシだと思うが、やんきーとやらにされたミナや、何やら元ネタありきのデンキ、漁師にされたエージローなどなど……本当に死屍累々というありさまで……。

 

 思っていた以上の地獄絵図に、ヒミコもさすがに浮かれている場合ではないなと思い直したようで居住まいを正していた。

 それでも悪いとは思っていない辺り、よほどプロモーション映像が気に入ったのだろうな……。

 

「よっし、アタシたちの出番ね! 行くわよご両人!」

 

 そうこうしているうちに、私たちの出番だ。出席番号順はヒミコのほうが先なので、私はそちらに引っ張られる形で少し早めの登壇である。

 

「コンセプトは……ずばり、愛! です!」

 

 手短に、しかし高らかに宣言したホージョウに合わせて、映像が始まった……。

 

***

 

 暖かな光で満たされた、白い世界。神聖な輝きすら感じられるその場所は、何を隠そう教会である。

 ステンドグラスの下。父と子、精霊に見守られる壇上に立つのは、これもまた純白のドレスに身を包んだ二人の花嫁。彼女たちを出迎えて、神父が厳かに口を開いた。

 

「汝らは、ここにいる互いを……病めるときも、健やかなるときも……富めるときも、貧しきときも……()()()()退()()()()()()()()()()()()()()……妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 

 それは、神が永遠に結び合わせる聖なる儀式。死が二人を分かつまで、永遠に結ばれるための尊い儀式である。

 

「「はい、誓います」」

 

 二人の花嫁が、同時に応じる。顔も背丈も、声も性格も……何もかもが違う二人だが、それでも二人はこの日、神の御名において一つとなる。

 

「よろしい。それでは、誓いの口づけを」

 

 満足げに頷いた神父に促され、二人は静かに向かい合う。ただしそのままでは身長差が甚だしいので、一人が緩やかに膝をつく。

 そうして同じ高さで視線を合わせた二人は、幸せと恥じらいで赤く染めた顔を少しずつ近づけていき……その唇を、そっと合わせた。

 

「おお神よ! 今ここに一組の夫婦が誕生しました! もはや二人は二人ではなく、一人なのです! たとえいかなることがあろうとも、二人を引き離すことはかなわないでしょう!」

 

 神父が声高らかに宣言する。

 

 そして、その宣言を証明するかのように……切り替わった先の画面で、戦う二人が次々に映し出されていく。

 

 あるときはヴィラン退治を、あるときは人命救助を。またあるときは、デートを。

 ときには困難なこともある。一人では立ち向かうことも難しい巨悪とも遭遇するときもある。

 

 けれども、どんなことがあっても二人なら。二人で一人の彼女たちなら……何も恐ろしくはない。二人で手にしたこのオレンジの輝きが、どんな困難も切り裂いて輝かしい未来へと導いてくれるはずだから……。

 

***

 

 映像が終わると同時に私たちは黒いマントを脱ぎ捨て、いつものヒーローコスチューム……すなわちジェダイ装束へと切り替える。

 起動したライトセーバーをいつものように軽く取り回してから、一歩を前に出して橙色の切っ先を交差させる。

 

「「ここより永遠(とわ)に、我らは二人で一人。この星の、自由と平和を守る騎士である!」」

 

 そしてそう宣言したところで、私たちの出番は終わりだ。だが今までと違い、舞台の下からは拍手の音が聞こえてきた。

 うむ。どうやらお気に召していただけたようで何よりだ。ホージョウも報われるだろう。

 

 とはいえ、私たちの出番はここでひとまず終わりだ。ライトセーバーを収めながら、ローブのフードを外して顔を露にした私たちは改めて一礼をし、ホージョウと共に舞台袖へと下がることにした。

 

 だがここで、一つ手違いが起こる。大画面で映像を見て、高揚してしまったのだろう。戻る道中でヒミコが私を抱き上げ、そのまま思い切りキスをしてくれたのである。

 

 公衆の面前で。

 

 当然、というべきか。舞台下はもちろん、袖からも黄色い声の大歓声が巻き起こった。

 視界の端のほうでミノルが一瞬にして入滅の()勢に入り、ホージョウもそれに続いて倒れるのが見えた。トールは野次を飛ばしている。イズクとオチャコは揃って真っ赤になっていた。

 

 あっという間に騒然とした場はそのまま混沌としていき……だがそこから巻き起こる歓声が、影響したのだろう。体育館の天井から、照明が一つ落下してしまった。このままでは、下にいる生徒たちが危ない。

 

 だがフォースの予知でその光景が見えていた私たちは、落下する直前に既に臨戦態勢に入っていた。その視界に、ボルトが先に落ちる様子が見える。

 

 そのボルトを一本たりとも逃すことなく、私はフォースによるテレキネシスで照明共々空中で静止させると、誰もいない場所へ移動させる。

 同時に、ヒミコは落下地点へ飛んでいく。落下地点周辺にいる生徒たちの無事を確認しつつ、念のため遠ざけながら天井の状態を注視する。その左手はオチャコのものになっていたので、ゼログラビティを併用しているのだろう。

 

「マスター、終わりました」

「こっちも異常なしなのです」

 

 一通りの安全確認が終わったところで、私たちは教師陣へ声をかける。これに応じたのは、マスターたちの満足げな頷きであった。

 

***

 

 照明の騒動によって、映像発表会は十五分ほど中断した。

 だが問題はなく、安全も確保されたのでその後は滞りなく継続され……一度リセットされたからかやはり地獄のような空気は続いたが、無事に……。

 

 ……うん、とりあえずは、すべての映像が無事に発表されて投票を迎えた。

 

 結果は、ホージョウのプロデュースした私たちが他を圧倒する票を得て一位となった。

 

 ただこの結果は映像の出来栄えやコンセプトの優劣がどうこうというより、事故を防いだことのほうが大きそうだ。マスター・イレイザーヘッドが「ヒーローは外見やイメージではなく、行動が大事ということだ」と授業を締めくくったが、その言葉を誰もが実感したことだろう。

 

 まあそれはそれとして。

 

「ズルい!! 二人してあんな……あんな本格的な結婚式なんてしちゃってズルいよ!! 私もしたい!! ウェディングドレス着ーたーいー!」

「透ちゃんごめんねぇ、したかったのでしちゃいました」

「ひみちゃんそういうとこある~~!! そういう自由なとこも好きだけど~~!!」

「ごめんねぇ。お詫びと言ってはなんですけど、はいこれ。撮影で使ったブーケです。肝心のシーンは尺の都合でカットされちゃいましたけど。次は透ちゃんの番ですから……ね?」

「……もー、しょうがないなぁひみちゃんは! 許す!」

 

 予想通り、というべきか。終わったあとには、それからしばらくトールからものすごい勢いで迫られることになったヒミコがいた。

 

 とはいえこれについては、ヒミコも「キリスト教って一人しか好きになっちゃいけないんですよね? それだと困りますよね」と言っていた辺りまんざらではないのだろう。

 その後二人はブーケトスをし合って楽しそうにしていた。ブーケトスの意味を知らないわけではないのだが、たった二人で、しかも何回もするのはどうなのだろう? まあ、二人が楽しいのならそれでいいか。

 

 ……こうやって三人で賑やかに過ごすのも、なんだかもうだいぶ慣れてきたな。もしかしたら、「その日」は近いかもしれない。それも悪くないな。

 などと思う私であった。

 




はい、今回最後の幕間は、公衆の面前で公然とイチャつくバカップルでした。
このネタをやりたかったがために、北条豊というキャラは生まれたと言っても過言ではない。

一応当初は魔法少女とかやらせようかなと思ってましたが、それだと原作にもやらされてる子いるしありきたりだなと思って・・・。
色々考えた結果、全一年生の前で結婚式やったらバチクソ受けるんじゃね? と思いついたあの日の自分を褒めてあげたいですね!

後悔も反省もありません。今はただひたすらに満足してます。

***おまけ***

「ところでご両人。事務所を地球外で開くのはいいけど、食料とかどうするの?」
「自家生産するつもりでいる。私自身に知識はないが、ドロイドを使えばおおむね可能なはずだ」
「ふむ。ところでこれは売り込みなんだけど、アタシの”個性”は『豊穣』っつってね? 土壌を最適化させて農作物の品質と収穫量をグッと増やせるんだけど」
「君を新生ジェダイの広報および、食料調達担当に任命しようと思う」
「異議なしなのです」
「ッシャオラァ就職先ゲーット!!」

 なおその後峰田に自慢しまくったらガチ凹みされたので、慌てて新生ジェダイに峰田も入れられないか交渉をかけた模様。
 交渉の行方がどうなったかは、神のみぞ知る。

***彼女の名前の由来はそういうことだったりして***
***おまけ終わり***

・・・ということで、なんかぐだぐだしてきましたがEP13はこれにておしまい。
次回はいよいよ、原作で言うところの第一次全面戦争編になります。地獄が待っている。
ここからしばらく、いつも通り書き溜め期間に入ります。書き上がったら更新を再開しますので、そのときにまたお会いしましょう。

最後に、EP13も終わったところで、今章の感想・評価などいただけましたらそれはとっても嬉しいなって・・・!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE ⅩⅣ ヒーローの帰還
1.一つの未来を目指して


 超常解放戦線。それがヴィラン連合の今の名前らしい。

 デストロが提唱した解放思想によってまとめられたヴィラン組織、異能解放軍を吸収してそうなったという。

 

 異能解放軍とヴィラン連合が合併したのは、十二月の初め。私がヒミコを失い、失意に暮れていた時期に起こった泥花(でいか)市の戦いが、まさにそのきっかけであった。

 この戦いでヴィラン連合が勝利し、異能解放軍を吸収。この結果、ヴィラン連合は万単位の兵力を持つ強大な組織となって今に至る。

 

 そして今、シガラキ・トムラの強化措置が行われているという。年末から今まで不気味なほどに連合が沈黙を保っていたのは、来たるトムラの強化完了を待っているだけに過ぎなかったのだ。

 

 だが秩序の側はこれらの情報を、きちんと収集できていた。連合に送り込まれたスパイ――ヒーロー側からはホークス、警察側からはルクセリア――により、相手の構成員やスケジュールを、トムラが目覚めるタイミングまで含めてほとんど正確に把握していたのである。

 

 そして今……三月の下旬。すべての準備を整え終えた我々は、遂に行動を開始する。全国からヒーローがかき集められ、先制攻撃を仕掛けることになったのだ。

 

 目標は、主に蛇腔(じゃくう)群訝(ぐんが)。ここは前者がトムラ強化の拠点であり、後者が超常解放戦線の幹部が集まって会合を行う場所で、どちらも最優先で制圧すべきところである。

 

 しかし超常解放戦線の構成員は、総勢約十一万人。色んな意味でそれほどの人数が一か所に集まれるはずもなく、戦うべき相手は全国各地に散っている。

 だからこそヒーローを集めて全拠点に同時に攻め入り、超常解放戦線を全国一斉に掃討しようというのが作戦の全貌である。

 

 ただ、超常解放戦線の構成員は強い”個性”こそ優れた人間の証であるという思想柄、ほぼ全員がしっかり”個性”を鍛えたものたちだという。だとすると、この大戦力を前にヒーローたちだけでは明らかに手が足りない。

 そんな状況だからこそ、私たち学生にもお鉢が回って来た。ヒーロー科の生徒も参加するように、と通達されたのである。

 

 中でも私とヒミコは、あちら側のフォースユーザーであるシガラキ・カサネの対処要員として最前線に配置されることになった。

 これは学生としては異例の待遇であるが、異論はない。あの少女を相手にするとなると、非ユーザーではどうしても荷が重いからだ。

 

 ただし、肝心のシガラキ・カサネは複数持つ”個性”によって瞬時に長距離を移動することができる。

 また、あちら側には対象を増やすことができるトゥワイスがいる以上、どちらの戦場にもカサネが出現する可能性はかなり高い。

 

 ということでまたとなってしまうが、私とヒミコはそれぞれ別の場所に配置されることになった。私が蛇腔、ヒミコが群訝である。

 

「もー! また別々じゃないですかぁ! ヤですぅ! コトちゃんと一緒がいいですぅ!」

「今回ばかりは仕方あるまい。どうしても一緒がいいなら、なるべく早く相手を下して合流するしかないさ。()()()()()()()()()?」

「それはそうなんですけどー!!」

 

 ホワイトデーから付き合い始め、もどかしくも麗しいやり取りをしているイズクとオチャコ――同じ寮内に住んでいるのに、文通から始めようとしたのはさすがにみんなで止めた――が同じ地点に配置されていることもあって、ヒミコが駄々をこねる一幕もあったが……最終的には受け入れざるを得ず、私たちはそれぞれの場所へ向かうことになった。

 

 まあおかげで前日の夜はたっぷりかわいがられることになり、二人分の血と愛液で部屋の中がとんでもないことになったが、それについては何も言うまい。

 

 なお最前線に配置されたメンバーは、私たちだけではない。A組からはデンキ、フミカゲの二人が駆り出されているし、B組にも数人声がかかっているようだ。

 

 もっとも、彼らの場合は序盤での役割を終えたら他のメンバー同様に後方待機となるらしいが……私とヒミコはプロヒーロー同様、最後まで最前線にとどまることを望まれている。もちろんそれは他の学生と一緒にいるときには明言されず、別口からではあったが。

 

 とはいえ、私としてもそれは望むところだ。新たなジェダイとして、この星に根差したジェダイとして、ナイト昇格からすぐにここまで大きな仕事が来るとは思っていなかったが……しかしだからこそ、奮い立つというものである。

 

 そんな大一番を控えた朝。

 

「ん……んんんん。まだ満足がいかないが、時間もないしこれでよしとするしかないか……」

「コトちゃんってやっぱり凝り性ですよねぇ。私そんなに気にしませんよ? 何より、これでもちゃんとお揃いですもん」

 

 私たちは、私の部屋で互いの髪を結い合っていた。

 

 あの日パダワン卒業を果たした私たちは、その証としてパダワンであることを示す三つ編みを切り落としている。

 この結果自由に髪型をいじれるようになったため、以来私たちは毎日互いの髪を結い合うようになった。今朝のこれも、そういうことである。

 

 髪型はその日の気分によって異なるが、決まってお揃いだ。

 当然である。そうやって二人一緒の髪型にするだけで気分が高揚するのだから、心とは本当に不思議なものだな。

 

 ただ、いかんせんこの手のことにはまったく触れてこなかった私である。髪を梳くことすらろくにしてこなかったのだから、上手く結い上げることなどできるはずもない。

 

 だから毎日時間ギリギリまで試行錯誤をするのだが……今日も成果は芳しくない。

 もちろん、最初期に比べれば格段に進歩している。してはいるのだが、私にはこの手の知識がないので、毎日の髪型を決めるのはヒミコに一任しており……今日の彼女の気分は、シニヨンという難易度の高い髪型だったために、だいぶ不格好になってしまった。

 がんばったのだが、二つのシニヨンの高さを合わせるので精いっぱいだった。今の私にはここが限界のようだ。

 

 ……まあうまくいかないのはずっとであり、ここ最近ヒミコの髪型は不格好なままだ。それがとても申し訳ないし、何より悔しい。

 私の伴侶の魅力がこんなもので翳るなど欠片も思っていないが、この愛しい人の魅力を少しも引き出せないでいる己があまりにもふがいない。

 

「いいんですよぉ、私気にしてないですから」

 

 それでも、ヒミコはそう言ってにまりと笑ってくれるのだ。そんな優しい彼女に、なんとか報いてあげたい。

 

「それに、私もお団子ヘアーするのは初めてだったので。今回はそういう意味でも、きちんとお揃いですからいいんです。ほら」

 

 再度にんまりと笑って、ヒミコが私を抱き寄せる。

 そうして二人で覗き込む形になった姿見の中には、まとめきれなかった髪があちこち跳ねる不格好なシニヨンをお揃いにした私たちが映っていた。

 

 鏡の中の私が、困ったように照れている。されるがままに抱きしめられて、嬉しそうに微笑んでいた。

 

「二人とも―、そろそろ時間ギリギリだよー!」

「はーい、すぐ行きまーす!」

 

 そうこうしているうちに、トールが迎えに来たようだ。実際これ以上使える時間はないので、私たちはすぐに動き始めた。

 大丈夫。こうなることはわかっていたから、準備をすべて済ませてから髪を結っていたのだ。

 

14O(ワンフォーオー)、あとは任せたぞ」

了解了解(ラジャラジャ)、ますたーガタモゴ武運ヲ」

 

 まだ片付け切っていない部屋の清掃を14Oに任せ、私たちは肩を並べて部屋を出たのだった。

 

***

 

「今回の超常解放戦線との戦い、我々は敗北する」

 

 出撃前の全体ブリーフィング。居並ぶ面々を前に、サーナイトアイはそう断言した。

 彼の言葉に居合わせる全員が一斉に困惑の声を上げ、それがあたかも一つの合唱のように大きく響き渡る。

 

 それはここにいるものだけでないだろう。何せすべての場所で、すべての参加者がヒーロー、警察などの別なくこれを聞いているのだからな。

 

「この作戦の大枠が固まってからおよそ半月ほどの間、私は参加を受諾したヒーローたちの予知を毎日続けてきた。そのすべての予知結果が、我々の敗北を示唆している」

 

 普段なら、抗議の声がいくつも上がったかもしれない。だが、今回はどよめきだけだった。

 

 当たり前である。なぜなら、サーナイトアイの”個性”は「予知」なのだから。

 

「蛇腔では死柄木弔の覚醒を阻止できず、周辺一帯は彼の『崩壊』によって更地になる。群訝ではギガントマキアが暴れることで多大な死傷者は発生するし、ギガントマキアはその後蛇腔にまっすぐ向かうため、道中も史上最悪規模の犠牲者が出ることになる。

 そして……そこまでしてもなお、我々は死柄木弔を無力化することができない。オールマイトが築き上げてきた平和と秩序は崩壊し、社会は未曽有の危機に見舞われることになる」

 

 周りの様子を意図的に無視して、サーナイトアイが言葉を続ける。淡々とした口調は、意図してのものだろう。

 

「私の”個性”は『予知』……この結果は変えられるものではない。たとえ覆すよう行動したとしても、帳尻を合わせるように何かが起こっていずれは予知通りの未来に到達してしまう……」

 

 その絶望的な言葉に、早くも周囲に厭戦気分が広がり始める。特に、学徒動員されている学生たちにその傾向が強い。

 

 フォースを通じて心情がわかる私には、それがまだ絶望していない人間をも飲み込もうとしている様子が感じ取れてしまうため、思わず顔をしかめた。気持ちはわからなくはないのだが、サーナイトアイのこの説明が前振りであることもわかっているため、いささか煩わしく感じてしまう。

 

 誰かの「ウソだろ……」というかすれた声が聞こえた。それが発端になったかのように、周りの声が大きくなっていく。

 

 だが、サーナイトアイは口を開かない。ややうつむき気味の姿勢は、何よりも雄弁に絶望の未来を語っているようでもある。喧騒が、どよめきが、広がっていく。

 

「……そう思われていた!」

 

 十数秒後。ざわめきが最高潮に達しようかというところで、サーナイトアイは顔を上げて声を張り上げた。ぴたりと喧騒が消え、全員の意識が改めてサーナイトアイに集中する。

 

「そう……最近、私は私の”個性”の本質をようやく把握することができたのだ。私の『予知』は絶対ではない、という事実を! 雄英の協力のおかげで、私は私の『予知』を覆すための方法を特定することに成功した!」

 

 これは事実だ。彼は死穢八斎會の一件以降、フォースという同じく未来を予知する力との違いなどを調べるため、雄英で特別講師の傍ら予知を使い続けていた。

 一日に一回しか使えないために進捗は緩やかなものだったが……それでも、彼はその頭脳とある種の執念でもって、自らの”個性”の穴を見つけたのだ。

 

 おお、という歓声が上がる。

 

「私の『予知』を覆すためには、『予知された未来を覆したい』という強い意思をはっきりと持ち、そのために全力で邁進することが必要になる。

 だがそのためには、私一人のエネルギーでは足りない。大勢の人が一つの未来を信じ、願い、行動しなければ、必要なエネルギーには満たないのだ。

 そして……そのために必要な人数は、覆すことが困難な未来であればあるほど多くなる」

 

 一回の不意打ちを回避する程度であれば、数人がそれを願うだけでいい。

 しかし明確な格上の打倒を成功させようとすると、最低でも十人以上の人間が同じ結果を望まなければならない。

 人一人の死を回避するには……恐らく何十人という人間の意思が一つになる必要になるだろう。

 

 そう、サーナイトアイの”個性”は、一人で完結するものではなかったのだ。

 彼の”個性”は、見たものを誰かと共有して、初めて真価を発揮するものだった。それが「予知」という”個性”の本質だったのである。

 

 だが、大量の死傷者が出る上に敗北して社会が崩壊するという絶望的な未来を回避するためには、どれほどの人間が強く願い、行動する必要があるだろう。それは誰にもわからない。

 

 だからこそ、作戦開始の直前という場面で、サーナイトアイは演説を打った。日本にいるほぼすべてのヒーローと警察関係者が一堂に会する、今この瞬間に。彼らの……いや、私たちの意思を統一するために。

 

「今! 我々は絶望の未来を共有した! であれば、やることは一つ! その未来を覆し、平和を取り戻すのだ!」

『おオォ!!』

 

 雄たけびが上がる。絶望の気配は、既に消えていた。

 

 さあ、出陣だ。

 




この最終盤に来て、やっとトガちゃんの髪型が原作通りになりました。合わせて理波もお団子ツインでおそろいです。カァイイね。

ということで、皆さん大変長らくお待たせいたしました。
ちょっとあの世で俺に詫び続けたり、アストルティアを救ったり、メタルギアを破壊したり、メタルギアを破壊したり、シャゴホッドを破壊したり、ストーラーダを修復する旅をしたりで忙しい日々でしたが、どうにかこうにかまとまりました。
最終章、EP14「ヒーローの帰還」を全17話にて本日よりお送りしてまいります。お楽しみいただければ幸いです。
感想、評価、ここすき等々、いただけますとそれはとても嬉しいなって。

ちなみに予知を覆す過程で絶対に避けられないであろう「いくつかの死」について、ナイトアイは口にしてません。
なので演説ぶち上げた後こっそり憔悴してオールマイトに慰められてると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.開戦

 最前線、蛇腔総合病院。私はそこに、エンデヴァーやイレイザーヘッド、ミルコらと共に正面から踏み込んだ。

 目指すはオールフォーワンの腹心。ドクターと呼ばれている男、ガラキ・キューダイの確保だ。

 

 この病院は、彼のひざ元である。彼は「”個性”に根差した地域医療」を掲げて病院を設立し、多くの慈善事業に多くの投資をしてきた。

 だが彼こそが脳無を作成し、シガラキ・トムラを強化している男。今もこの病院の地下では、彼の手によってシガラキ・トムラの強化措置が進められている。

 

 だからまずは、ガラキを確保する。サーナイトアイの予知と、警察が潜り込ませた捜査員の報告によって大まかなところはわかっているが、重要な情報がまだわかっていないからだ。

 私が最前線に配置されたのはシガラキ・カサネへの対抗措置という意味が強いが、現場で情報を手に入れるためでもある。

 

「な、なんですか!?」

「わー、ヒーロー!」

 

 突然大勢のヒーローが警察と一緒になだれ込んだ来たのだから、病院にいたものたちは一斉に驚愕した。その後の反応は、喜ぶか訝るかだが……いずれにしても、彼らにはここを離れてもらう必要がある。

 

 病院という場所柄、居合わせた民間人は大半が病人か怪我人なので、避難には時間と手間がかかる。だからこそ、そのためにかなりの人数を割かなければならなかった。

 

 しかし私たちはそれをよそに、病院の奥へ奥へと進んでいく。そして、遂にその男を発見した。

 

「貴様か。脳無の製造者……オールフォーワンの片腕。観念しろ悪魔の手先よ!」

 

 ガラキに向けて、エンデヴァーが決然と言い放つ。その言葉は、この作戦に参加した多くのものの代弁でもあった。

 

 元々威圧的な外見のエンデヴァーが、はっきりと威圧のためにらみつけたからか、ガラキは悲鳴を上げて逃げようとする。どうやら、彼自身には戦闘能力はないらしい。

 

 だが無駄だ。私がフォースプルをかけ、その身体を押しとどめたからだ。

 もちろんそれだけにとどまらず、ガラキをこちらへと引き寄せていく。

 

 その途中、ガラキの身体が急速に老け始めた。

 

 原因は私の隣に立つイレイザーヘッドだ。彼の目が赤く光っていた。

 

「『抹消』で見た途端老け込んだな。届け出では無個性だったはずだが……”個性”を持っている。その”個性”がオールフォーワンの長生きの秘訣か?」

 

 問いかけるツカウチ警部をよそに、ガラキが私の手元にまで引き寄せられてくる。その身体を、イレイザーヘッドが捕縛布で受け止めつつ拘束した。

 

 拘束をそのままイレイザーヘッドに任せ、私は改めてガラキの頭へと手を向ける。

 

「”個性”の複製、あるいは”人造個性”か。お前はその技術をオールフォーワンに提供していた。そうだな?」

 

 続けられたツカウチ警部の言葉に合わせて、私はマインドプローブを発動させた。ガラキの心が、記憶が、私の前に開陳されていく。

 

 と同時に、私は顔をしかめた。

 

「皆さん、このガラキは本人ではありません。トゥワイスの”個性”の複製物を与えられた、小型の脳無によって造られた複製体です」

「な、なぜそのことを!?」

「本人は……どうやら、ここ数か月ずっと地下でトムラへの処置にかかりきりのようですね」

「やはりか」

「なるほど、我々の突入が既にあちらには気づかれていると見るべきだろうな。地下に先行したメンバーに死傷者が多かったのはそれも理由か」

 

 ただし、これ自体は予定通りだ。無線でミルコから大量の脳無が起動していることが告げる通信が入ったが、そこも含めてサーナイトアイの予知でわかっていたからな。

 

 だが彼の予知は「見る」ものであって、「聞く」ものではない。見た未来の中で、どういう会話がなされているかわからないのだ。

 だからこそ、ここまではあえて予知に従う形で進めたのである。わかっている地下への入り口は一か所しかないので、一度に大勢が通れないということもあったしな。

 

 それでも当初立てた作戦より、先に地下に向かうヒーローの数は多くなっている。その分、この先に起こる出来事に対しても、ある程度は対処できるだろう。

 

「地下に存在する黒脳無はそれなり以上にあるようですが……自律思考を持つ個体……ハイエンドと呼ぶらしい個体の数は、()。いずれの”個性”も『予知』通りのようです」

「なっ、な、なぜそこまで……! 素晴らしい”個性”じゃが、今はそれが憎い……!」

 

 すべて言い当てられたガラキの複製体がわめく。だがその身体は縛り上げられているので、抵抗は無意味だ。

 

「ひとまずはそれだけわかれば十分だ。我々は地下へ先行する」

「ええ、ここは我々警察にお任せを」

 

 ここでヒーローたちが一斉にきびすを返した。私もマインドプローブを打ち切り、彼らに続く。その後ろで、イレイザーヘッドが捕縛布に力を込めてガラキの複製を締め上げて消滅させた。

 

 病院内には、既に大量の脳無が出現していた。ここも予定通りではある。だから接敵したエンデヴァーたちは、早速戦闘に入る。

 

 しかし私はその横を抜け、先に進むことを優先する。打ち合わせ通りにだ。

 加勢はしない。増幅を駆使すれば脳無たちをすぐに破壊できるが、増幅のための栄養はまだ使いたくないからだ。

 

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()。対エンデヴァーに特化した力を持つあの脳無は、エンデヴァーたちが地下に入る前になんとかしなければならない。

 

 大丈夫だ。この日のために、私たちのライトセーバーには出力を調整する機構を組み込んである。

 カイバークリスタルも増設した影響で、最大出力時の威力は人間相手に使うにはかなり過剰になってしまうが……まあ、元からライトセーバーは人間相手には過剰威力だ。それに、この超人社会ではそれも備えとしては悪くないだろう。

 

 それよりも、増幅に頼らずともライトセーバー本来の切れ味を発揮できることのほうが重要だ。今まさに、進路に存在する脳無を苦もなく切り伏せることができるのだから。

 もちろん今は移動が優先なので、対象はどうしても邪魔になるものだけだが。それでも脳無は雑兵と言うには強敵であるだけに、少しでも露払いはしておきたい。

 

『「ワープ」と「二倍」のチビ脳無は蹴っ飛ばした! けどハイエンドどもが起動した!』

 

 そのとき、そのミルコから再び通信が飛んできた。ハイエンドの起動は阻止できなかったらしい。

 ()()()()()()()()。今のところ、事態はほぼ予知された通りに進んでいる。

 

 もちろん予知の悪いところをすべて覆せれるならそれが一番いいのだが、今私たちの目標はあくまでこの戦いで最終的に勝利すること。過程のいくつかは受け入れるしかない。

 

 それに起きたこと自体は予定通りとはいえ、その開始は予定より少し遅れている。まったくの無駄というわけでもない。その分先行したヒーローたちが間に合うのが早くなる。

 

「はあァアーー!! セッせせ狭ァアア!!」

 

 私が辿り着いた地下の先、恐らくは広大な地下室を目前にしたところで、ハイエンド脳無の一体がヒーローたちに突撃していた。言葉通り、狭い通路を往くにはいささか以上に無理のある巨体の脳無だ。

 その脳無を、ナンバー6ヒーローのクラストが一人で押しとどめている。この隙間を縫う形で周りのヒーローが攻撃を加えているが、やはりハイエンド脳無の超再生は厄介だ。あっという間に治っていくため、押し通ることができないでいる。

 

「お任せください」

「! 君は」

 

 私はそこに割り込んだ。

 抜刀したライトセーバーの出力は最大出力。フォームはアタロ。狭い廊下の壁や天井を足場にして、私はハイエンド脳無に躍りかかる。

 

「ココんなモノ――」

「――せめて安らかに眠れ」

 

 橙色の輝きが、過つことなくハイエンド脳無の頭を唐竹割りにした。

 

 ただ切るのではない。すぐさま身体を動かし、頭を、脳を、素早くいくつもの塊へと細切れにする。

 

 脳無は死体から造られた生物兵器だ。しかしその挙動はやはり、人間がベースにある。脳が思考を、行動を、筋肉の動きをつかさどっていることに変わりはない。

 そして既に死体であるならば、その脳を機能停止させることにいささかのためらいもない。

 

 大きな音を立てて、脳無の身体がうつぶせに倒れる。それでもなお道を塞ぐほどだったので、さらにその身体もある程度裁断しておく。

 

「さあ、行きましょう」

「あ、ああ……」

「うむ! ミルコが待っている!」

 

 クラスト以外の居合わせたヒーローからは多少の恐れも買ってしまったようだが、それは今気にすることではないだろう。

 クラストもクラストで、脳無を瞬殺してなお無感動な私に何やらヒーローらしい勘違いをしているようだが、こちらも今は脇に置いておくとしよう。

 

 そうして踏み込んだ大広間。私が踏み込んだその瞬間、まさにミルコが渾身の一撃をゾウのような顔の脳無に撃ち込もうとしているところだった。

 だがその左腕が、ねじれ始めている。放置すれば、ねじ切れるに違いない。そうすればとんでもない痛みが襲うはず。

 

 私はそれを認識した瞬間、ミルコの腕をねじろうと遠隔で”個性”を発動させている脳無の頭めがけて、長さを増幅したライトセーバーの切っ先を叩き込んだ。これによりただの死体に戻った脳無による”個性”の制御は消え、ミルコの腕は軽く折れた程度で済んだ。

 直後、そのまま彼女の必殺技が狙っていた脳無の頭を砕いた。

 

 ……サーナイトアイの予知では、ミルコはここで左腕を完全に失っていた。失ってなお、必殺技をやめようとしなかったわけだが……ここは覆すことができたか?

 

 ただミルコのあの一撃をもってしても、脳無を機能停止するにはわずかに足らなかったようだ。直前にあちらも肉と骨を幾重にも束ねて頭部を守っていた。この機転と判断力は、ただの脳無にはなかったものだな。

 

「ミルコ! 無事か!」

「当然だろーが!」

 

 クラストとミルコが言葉を交わす。ゆらりと立ち上がるミルコだが、その前に三体の脳無が立ちはだかった。

 ミルコが蹴り倒した一体はまだ倒れているが、再生は既にかなり進んでいる。こちらが戦線に復帰するのも時間の問題だろう。

 

「よし、任せる!」

「ああ、任せろ!」

 

 だがそれを無視して、ミルコは奥へと駆け出していく。

 

 当然脳無たちは彼女を阻もうとするが、そうはさせまいとクラストをはじめとするヒーローたちが部屋になだれ込み、進撃を補佐する。そのまま三体の脳無と六人のヒーローが戦い始めた。

 

 私も同様だ。だが……ああ、そうだ。私が対峙すべき敵が、ここにはいる。

 

「キキ貴様……は、わ私、が必ずこ殺ススス……!」

 

 他のヒーローには目もくれず、ましてや造物主であるガラキを守ろうともせず、私の前に立ちはだかる黒い巨体。

 

 その身体つきは他と同様に黒いが、比較的人間としての姿をとどめている。だからわかった。その顔に、面影があると。

 

 そう、たちはだかった脳無の顔は。

 左右に両断された痕跡のある顔は。

 

 銀色の長髪の代わりに剥き出しの脳がさらされていようと、忘れはしない。

 

「ああ……久しぶり、と言うべきなのだろうな。――()()()

 

 年末のあの日、那歩島(なぶとう)で戦ったヴィランのものだった。

 

 そろそろ戦闘の邪魔になるであろうローブを脱ぎつつ、私は彼と対峙する。

 




ナイン(故人)再登場。
あのとき死体が回収されたのはここに彼を出すためでした。察していた方もいらっしゃるでしょうけども。
今章はこんな感じで、ほぼ全編戦闘シーンになる予定。全面戦争編だからね、仕方ないね。
仕方ないけどイチャイチャが不足気味で書いてて禁断症状が起きそうでした。

正直、本誌でのトガちゃんロスが重なったこともあって、今章は余計執筆に時間がかかったところはあります。
そこにようつべで、公式がうpしたトガちゃんとお茶子ちゃんのイフストーリードットアニメーションでトドメ刺された気分。
原作の世界では、何がどうあっても二人が仲良く笑い合ってる瞬間は最期の一瞬にしか来なかったんだと叩きつけられた気がして・・・。

それを覆してイフを現実にするには、前提を大きく覆す要素をぶち込むしかないんやなって・・・。
なので本作では絶対幸せにさせると心を新たにした所存。いや本作のトガちゃんはもうだいぶ幸せそうですけど。

なおライトセーバーに増設されたカイバークリスタルの出どころは、もちろんトガちゃんのファルコン便です。
元々二人が使っていたクリスタルは理波が調和させたやつを分割したものですが、今回のクリスタルはトガちゃんが調和させたものを分割しています。
今回もお揃いを続けるために、クリスタルは最初の一つと同様に分け合いっこ。オレンジ色はそのままに、標準のライトセーバーより少し出力が高いくらいを最大出力として使用できるようになりました。
今後の出力の調整は増幅ではなく、フォースでヒルト内の機構に干渉することで行います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.再戦

「き貴様っ、きっ、貴様ダケは、わ私が殺ス……!」

 

 こちらに向けてかざされた両手の爪が、機関銃のように乱射された。

 

 そのすべてをフォースプッシュでせき止めつつ、ライトセーバーの切っ先を向ける。

 

「死亡し、脳無に改造されてなお……いや、だからこそか? ともかく私に対する敵愾心は健在とはな。哀れと言うかなんと言うか」

 

 そしてライトセーバーの刀身を増幅する直前、ナインの眼前に金色に輝く半透明の膜が展開される。バリアだ。

 ライトセーバーがそれに弾かれ、私の身体も軽くたたらを踏むようにして後ろへ弾かれる。

 

 爪の弾丸の発射も、バリアも、生前のナインが使っていたな。かつてナインが使っていた”個性”は、すべて生きているものと考えて戦ったほうがいいだろう。

 だが、脳無と化している以上、敵の武器はそれだけでない。

 

「シャアアァァッ!」

「身体能力はしっかりと脳無だな」

 

 かつてUSJで対峙した脳無も、恐るべき膂力を持っていた。この脳無ナインも同様で、すべてを破壊するほどの巨腕が目にもとまらぬ速さで振るわれる。

 

 だがフォースにより先読みでそれを回避しつつ、振るわれた腕をすれ違いざまに切り落とした。

 

「むう……」

「アアアアア!?」

 

 思っていたより手ごたえが悪かったため、つい唸った。

 だが、腕が切り落とされた脳無ナインが暴れるので、すぐに下がる。

 

 滅茶苦茶に振り回される腕や足を、ためらうことなく回避していく。”個性”による攻撃も伴っているが、いずれも既に見たことがあるものばかりなので、避けるだけならさほど難しくはない。

 

 そもそもガラキ複製体から読み取った記憶によれば、脳無ナインは他のハイエンド脳無と違って急ごしらえらしい。”個性”そのものはあまり強化できていない上に追加された”個性”もほとんどないらしいので、私にとっては比較的対処しやすい相手だ。

 自律思考はできないがハイエンドスペックの脳無をガラキはニアハイエンドと呼称しているようなので、脳無ナインは一応はハイエンド脳無なのだろうが。

 

 しかし自律思考を獲得したために、死体ながら脳無ナインの攻撃にははっきりと意思が乗っている。フォースで先が読めるのだから、諸々強化すれば対処は難しくない。USJで戦った脳無のほうがまだやりづらかったぞ。

 

 もちろんたった三か月ほどで、しかもトムラ改造の片手間にこれほどの兵器を造り上げる技術はすさまじいし、比較的対処しやすいとは言っても体力も時間も有限。早急に何とかする必要はある。

 

 しかしライトセーバーをも防ぐバリアに加えて、肉体そのものもライトセーバーの刃の通りが悪い。ここまで片付けてきた雑魚脳無のようにはいかない。

 

 ……そう。この脳無ナイン、ライトセーバーの通りが悪い。最大出力なのにもかかわらず、切断に余計な力が必要になる。

 私が見た目通りの幼女であったら、まず間違いなく切断は不可能なほどの膂力がいる。

 

 これはこの脳無ナインに、「耐熱」の”個性”が追加されているからだ。脳無改造後に追加された唯一の”個性”のようだが、その性能はかなりのものである。

 何せエンデヴァーの赫灼熱拳ジェットバーンを、正面から何事もなく耐えてしまうほどだからな。

 

 プラズマの超々高温による溶断を行うライトセーバーを完全に防ぐほどではないのだが、下手な金属よりもよほど切りづらいのだから十分に高性能だ。

 さらに広範囲にバリアを常時展開しているせいで、なかなか攻め手が見当たらない。

 

 しかしそれでも、この脳無ナインの相手は私がすべきなのだ。

 那歩島(なぶとう)での因縁があるからではない。サーナイトアイの予知において、この脳無ナインと対峙したエンデヴァーは序盤から凄まじい消耗を強いられ、その後の戦いのかなり早い段階で戦線離脱を余儀なくされていたからだ。

 広範囲への攻撃、継続したダメージ源を用意できる上に、現ナンバーワンヒーローという最高戦力の彼を、こんなところで必要以上に消耗させるわけにはいかない。

 

 何せこのあとには、トムラたちとの戦いが待っている。だからエンデヴァーより私が先行したのだ。これは作戦と予知の概要を聞いた、全員の総意である。

 

 と、そうこうしているうちに脳無ナインの腕が再生し終わる。まったく、改めて見るとでたらめな性能をしているな。

 

「オアアアア! し死シね! 消えロロロ!!」

 

 脳無ナインの背中がばくりと割れて、そこから金属質な龍のようなものが二体現れた。これも見覚えがあるな。島で使っていた。

 まるで脳無ナインとは別の意思を持つかのように、それらが暴れ始める。その威力はすさまじく、恐らくだがこの”個性”にも脳無特有の強化された膂力が影響していると思われる。床や壁がどんどん陥没していく。

 

 だが大きい。大きすぎる。いくらこの地下室が広いとはいえ、乱戦の場だ。ヒーロー側だけでなく、脳無たちもそこに巻き込まれてしまっている。連携も何もあったものではない。

 脳無ナインは生えそろった腕から天候を操る”個性”によって風も繰り出してきているのだが、これも逆効果だろう。

 

「邪魔だ新入リ!!」

「うウザい」

「ガッ!?」

 

 結果として、脳無ナインは他の脳無たちから総攻撃を受けて吹き飛ばされた。

 

 なるほど、急ごしらえとはこういう意味もあるのかもしれない。連携に関する情報のインプットが足らないか、脳無たちを仲間と認識できていないかのどちらかかな。

 

 まあ敵対する側としては、相手の仲間割れは歓迎すべきことである。ありがたく利用させてもらい、私は脳無ナインの懐へ一気に飛び込んだ。

 

「そこだ!」

「アアアア゛ア゛!!」

 

 勢いよく振り抜いたライトセーバーが、脳無ナインの両腕を再び切り落とした。雷を放つ予兆が起こっていたが、間に合ったな。

 ナインだった頃から、彼の”個性”の起点は手のひらだ。どうせすぐ再生するが、それでも切り落とせるなら切り落としておくに越したことはない。切りづらいものを切断した衝撃はなかなかだったが、そのかいはあったというものである。

 

 まあすぐに超再生が動き始めていたが、切断と同時に焼灼するセーバーの傷跡の再生が通常よりも時間を要することは、USJのときにわかっている。だからこそ、私は攻め手を緩めることなく攻撃を続けた。

 

 脳無ナインも粘る。腕が使えないならとばかりに、背中から生える龍で私を迎え撃つ。さらには身体をねじりながら跳ね上げて、蹴撃を私に放ってきた。

 同時に三方向からの攻撃。いかに未来が読めるとは言っても、同時に別方向から飽和攻撃を受ければひとたまりもない。

 

「甘い」

「ヌ!?」

 

 だがそれは、普通であればの話。増幅によって空気を瞬間的に膨張させた私は、いつもの立体機動を駆使してすべての攻撃を回避した。

 急激かつ、無理やりな方向転換を繰り返したことによるGの負担が身体にのしかかるが、これくらいはスターファイターでドッグファイトをすればよくあることだ。魂がこの感覚に慣れているし、耐Gの仕組みはコスチュームにしっかり組み込んである。問題はない。

 

「シッ!」

「ア゜……ッ!? オ、オッ……」

 

 高速かつ変則的な動きで脳無ナインの眼前に辿り着いた私は、これまた高速で身体を回転させながらライトセーバーを振るう。あらゆるものを溶断する超熱に加えて、運動エネルギーの後押しを受けたセーバーが、脳無ナインのこめかみから上を刎ね飛ばした。

 

 そこから間髪を入れず、さらに身体をその場で急旋回。今度は上から下への回転を身体にかける。これに応じてライトセーバーも動き、刎ね飛ばした脳無ナインの頭部上半分ごと頭の下半分を左右に両断した。

 

 さらには勢いが余ったのだろう。その切っ先は、鈍い音を響かせながら脳無ナインの胸を通り越して腰周辺にまで達し、遂には床にまで抜けて見せた。

 

 つまり、脳無ナインの身体は完全に両断された。これに加えて脳も四分割されたのだから、撃破完了と思いたいところだが……脳無という兵器ならここから巻き返してくる可能性も否定できない。

 

 実際、脳無ナインから感じるフォースはまだ死んでいない。それを証明するかのように、背中から生えた龍はまだ動いている。燃え尽きる直前のロウソクが激しく燃えるかのように、今までで一番激しい攻撃が私にまっすぐ突っ込んできた。

 

 だが私は回避行動を取らなかった。そのままライトセーバーを構え直し、攻撃を続行したのだ。

 

 なぜか? ()()()()()()()()()()()()

 

「AAAAHHHHHHH!!」

 

 私を避けるように、頭上を凄まじい音が吹き抜けていく。人の身に余る音量は、もはや兵器と言って差し支えない。そんな攻撃が、二対の龍を文字通り消し飛ばした。

 これこそ、我らが雄英高校英語担当教師でもあるプロヒーロー、プレゼントマイクの必殺技だ。これに続く形で、私は再びライトセーバーを振るう。四分割された脳無ナインの脳にX状に切りつけて、八分割にする。

 

 ――脳無ナインの身体が、床に倒れ伏す。その音は、ナインを倒したときよりも明らかに大きかった。

 

「アヴタス、よくやった!」

「クラスト! 加勢する!」

「殻木はどこに!?」

 

 直後、室内にエンデヴァーたちがなだれ込んできた。病院内に湧いた雑魚脳無たちを蹴散らしてきたのだ。

 

 これに応じる形で、私は今一度室内に意識を向ける。まだ動いているハイエンド脳無は三体。これがクラストを中心としたヒーローたちを押している。守りに特化したクラストがいなければ、とっくに全滅していただろう。やはりハイエンド脳無は強敵なのだ。

 

 だが一方で、ミルコと彼女が一度蹴り倒した脳無の姿はどこにもない。ないが、奥のほうから戦っている気配が感じられる。ガラキとトムラの下に向かったミルコを、超再生で復帰した脳無が追いかけそこで戦闘になっているようだ。

 

「奥だ! ミルコが向かったが、脳無が一体続いて戦闘になっている! 加勢を頼むエンデヴァー!」

「任された!」

 

 クラストの説明を受け、エンデヴァーが奥へと飛んでいく。

 これを一体の脳無が阻止しようとしたが、その身体から”個性”が放たれることはなかった。

 

 何故なら、既に彼らはイレイザーヘッドの視界の中。イレイザーヘッドが瞬きをしない限り、”個性”は動かない。

 これにより攻撃手段だけでなく、超再生をも封じられた脳無を私が破壊することは容易かった。ライトセーバーの刀身を増幅し、”個性”が使えずとも即立ち直ってエンデヴァーに追従しようとした個体の脳を瞬間的に貫く。

 

「アヴタス、お前も行け。ここは俺たちだけで十分だ」

「了解しました、マスター。フォースと共にあらんことを」

 

 そして私は、今攻撃した脳無が完全に機能停止する様を見届けることなく、エンデヴァーを追って奥へと向かった。

 

 走りながら、懐からゼリー飲料を取り出して口につける。

 この戦いは長丁場になる。まだ身体の栄養にはそれなり以上に余裕があるが、わずかな時間でも補給できるなら補給しておくに越したことはない。

 イレイザーヘッドもよく摂取しているこれは、栄養の量もバランスがいい。何より短時間で摂取も可能と、任務中の補給には最適の一品だ。

 

 願わくば、残り二本のストックを使い切る前に戦いが終わってほしいところだし、そうすべく尽力はするが……嫌な予感は戦いが始まってからずっと、つきまとい続けている。

 




ナインに与えられた耐熱は、ナインの死骸に残る痕跡を見たドクターがただの切断ではなく溶断であると見抜いて搭載した個性。
その判断は正解なんですけど、純粋なプラズマエネルギーで形成されたセーバーを防ぎきるにはまだ力不足でした。着けた個性を強化する時間がなかったとも言う。
エンデヴァーのヘルフレイムに耐えられるレベルではあったので、予知された未来においては対エンデヴァー用にメタを張った兵器という扱いで登場し猛威を振るったとかなんとか。

ちなみにイレイザーヘッド御用達のゼリー飲料は、いつかどこかで使いたかったのでここでようやく使えて満足してます。
あの人、アングラヒーローやってなかったら絶対ゼリー飲料の広告塔としてオファー来てるよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.対照的な戦場

 通路を走る私の脳裏に、ヒミコの声が響く。

 

『コトちゃん! そっちに襲ちゃん行っちゃいました!』

『了解した。だがまだこちらには来ていない……ということは、どこかを経由してくるのか』

『んっと、直前にっ、膝を切ったので! それが治るまでは動かないと思いますっ!』

『なるほど、わかった。交戦中にもかかわらずありがとう、フォースと共に!』

『はい! フォースと共に!』

 

 ヒミコから飛んできたテレパシーに応じつつ、セーバーを構え直す。ミルコたちに追いついたのだ。

 そこではエンデヴァーとミルコが、ハイエンド脳無を相手に戦いを繰り広げていた。

 

 それとは別に、砕かれた培養槽が一つ。中にあったであろう溶液はすべて外にあふれ、その溶液の上に意識のないシガラキ・トムラが仰向けに倒れている。

 彼の傍には恥も外聞もなく泣きわめくガラキがおり……しかしその手には何らかのコントローラーらしきものが握られていて、まき散らす思考はなんとかしてトムラを覚醒させることに収束している。どうやらトムラは仮死状態らしく、電気ショックを与えようという魂胆のようだ。

 

 させない。

 

「あ゛!?」

「それは使わせないぞ、ガラキ・キューダイ」

「ああああああ!!」

 

 フォースプルでコントローラーを奪い、すぐにセーバーで破壊する。

 

 さらにガラキの身体を引き寄せて、拘束を始める。

 

「よくやったアヴタス! そのまま死柄木の警戒を続けろ! 予知通りなら……」

「わかっています! 脳無のほうはお二人にお任せします!」

「ならいい! そろそろとどめを刺すぞミルコ!」

「合わせてやる! 思いっきりやっちまえ!」

 

 二人の戦いも佳境だ。だが、この戦い全体の経過は、まだ序盤である。

 

 なぜなら……。

 

「来たな」

「死ねェ!!」

 

 どこからともなく振るわれた白銀の剣が、私の急所を一直線に狙ってくる。慌てることなくそれを受け止め、眼前に迫った少女……シガラキ・カサネと相対した。

 

 そう、彼女が来ないはずがない。

 

「おお襲ちゃん! 来てくれたんじゃな!」

「ドクターは黙ってて! 気が散る!」

「そんな!? いやいい、ワシのことはどうでもいい! なんとかして弔を目覚めさせてくれい!」

「わかってる! ……ああもう、クソッ! どけよクソチビ!!」

「もちろん、嫌だとも!」

 

 ガラキとカサネがそんな会話を重ねる間に、私たちは二十を超える剣戟を繰り返した。文字通り殺すつもりの激しい攻撃が叩きつけられたが、私はソレスの構えで冷静に受け流す。

 

 予知通りならカサネが私を引き付けている間にガラキがトムラを覚醒させてしまうが、そのために必要な端末は先ほど破壊した。ガラキ自体も拘束してある。大丈夫……大丈夫なはずだ。

 

「プロミネンスバーン!!」

 

 そのとき、エンデヴァーが必殺技を放った。凄まじい高温かつ高速の火炎が放たれ、脳無の全身を飲み込む。

 超再生があるとはいえ、身体の表面が炭化した脳無は脱力した状態で吹き飛んでいき、こちらの近くの床を勢いよく転がった。

 

「残るはジジイ……なんか増えてんなァ!?」

「死柄木襲か……!」

「あーもう! どいつもこいつも役に立たないんだから!!」

 

 脳無を下したエンデヴァーたちが、こちらにやってくる。

 これを見て、カサネは堪忍袋の緒をいくつかまとめて引きちぎったような大声を上げながら、地団太を踏んだ。彼女本来の”個性”に由来する赤い光がその全身を覆う。

 

 しかし、今日の彼女はそれでも冷静だった。暴れながらも一気に後ろに跳んで距離を取り、床に転がったばかりの脳無の身体をこちらにめがけて思い切り投げ返してきたのだ。

 

 もちろん、その程度でどうにかなる私たちではない。私はすぐさま身をかがめてやり過ごしたし、エンデヴァーも最小限の動きで回避する。ミルコに至っては大きく跳躍してから周辺の機器を足場にして、カサネに跳びかかろうとするほどであった。

 

 だがその瞬間、近未来が見えた。

 

 そして確信する。()()()()()()

 

「電撃来ます!」

 

 だからそれを認識すると同時に、私は声を張りながらその場で上に跳び上がる。

 

 赤い縁取りの、邪悪な金色。そんな瞳をギラつかせて、カサネが私たちに向けて両手をかざしていた。

 

「まとめてふっとべ!!」

 

 次の瞬間――カサネの手のひらから、青白い稲妻がほとばしった。

 フォースライトニング。暗黒面のフォースの極致の一つ。そんな攻撃が、放たれたのだ。

 

 これに対してエンデヴァーは回避を中断して、黒焦げの脳無の身体を受け止め盾にした。

 

 だが攻撃の態勢に移っていた上に、空中にいるミルコは防ぐ手段がない。だから私は間に入る形で跳躍し、ミルコを守りながらフォースバリアで稲妻を防御する。

 

 どこでその存在を知ったのか。いつの間に習得したのか、などとは口にすまい。私たちヒーロー側が今日までの間に鍛錬を重ね備えてきたように、カサネたちヴィランも備えていたのだろう。

 

 ただ受け止めてみた感触としては、どうにかこうにか攻撃の体裁は取ることができている、程度だな。

 それは威力だけでなく、四方八方へ拡散して放たれてしまっていることも含めてだ。収束して放てないうちは、攻撃と呼べるほどのものにはならない。

 

 やはりフォースライトニングは、非常に難しい技なのだ。暗黒面の深淵にのめり込んでなお、それだけでは辿り着けない極致なのである。

 だからこれくらいならば、フォースバリアが苦手な私でも余裕を持って対処できる。

 

 もちろん、防御手段を持たない状態で生身の人間が受ければ十分痛いだろうし、電撃である以上筋肉に与える影響は大きい。一般人であれば十数秒くらいは無力化できるだろう。

 だが、全力のトップヒーローたちの足を止めさせるには少々力不足と言わざるを得ない。何せ彼らはみんな、プルスウルトラできるものたちなのだから。

 

 しかし問題はそこではない。最大の問題は、フォースライトニングが稲妻……つまり電気による攻撃であるという点だ。

 なぜそれが問題か。単純な話だ。ガラキがトムラに対して行おうとしていた蘇生措置は、先述の通り電気ショックなのである。

 

 そして大きく後ろに跳んで距離を取っていたカサネと私たちの位置関係は……ちょうど間にトムラを挟む形。そこでカサネから私たちに放たれたフォースライトニングは、あちこちに拡散しており……当然トムラにも命中していた。

 

 間に合わない、とはそう言うことだ。

 事実、私は見た。ミルコも、エンデヴァーも見ただろう。電気、つまりフォースライトニングを受けたトムラの身体が、びくんと大きく跳ねる様を。

 

 悪意が目覚めた。既にフォースが未来を告げている。最悪に近い未来を伝えてくる。

 

 だから私は、続いているフォースライトニングの勢いに逆らわず、ミルコ諸共後方に吹き飛びながら声を張り上げた。

 

「エンデヴァー! 即座の退避を!!」

「――ッ、全体通信こちらエンデヴァー! 死柄木弔が覚醒した! 総員直ちに病院から離れろ!」

 

 同時に、私たちは脱兎のごとくこの場から逃げ出した。尻尾を巻いて、と言われても仕方ないほどの逃げ方だった。

 

 だが、そうせざるを得ないのだ。なぜなら覚醒したトムラは、ほんの十数秒ののちにその力を遠慮なく振るう。自身が触れたものだけでなく、自身が崩壊させたものに触れたものも連鎖して崩壊させるほどにまで成長した力を、遠慮なく。

 これに巻き込まれて、大勢のヒーローが塵になって死ぬ。そういう未来が予知されていたのだ。

 

 そこに至るまで、予知より少し時間はかかったが……どうやらここの予知は覆せなかったらしい。悔しいな、ここで覆したかった。

 それでも、余裕を持って避難を呼びかけたことで、塵にされるヒーローの数は間違いなく減るはずだ。今はそれでよしとするしかないだろう。

 

 しかしなるほど、帳尻を合わせるように覆したはずの未来に収束する、というのはこういうことか。

 サーナイトアイはこれを何度も経験してきたのだろう。予知を覆すことができないからと、取り扱いに対して以前はひどく慎重だったのはそういうことなのだろうな。

 

「急げ! 巻き込まれるぞ!!」

「塵になったモノに触れるな! 死ぬぞ!!」

 

 ハイエンド脳無たちとの戦いが繰り広げられていた広間を通り抜ける。戦いは終わっており、広間の隅には機能停止した脳無たちが転がっていた。

 

 通路からさらに階段に差し掛かったところで、既に逃走を開始していたクラストたちに並んだ――その瞬間。

 遂に破壊の力が目覚めのあいさつとばかりに解放された。壁が、床が、機械が、砕ける音が聞こえてくる。

 

 それはどんどん伝播していき、大きくなっていく。やがては文字通り「崩壊」の音となって、地下施設が、病院が。

 

 何より――日常が、崩れ始めた。

 

***

 

 コトちゃんのほうで弔くんが起きるより、ちょっと前。私はミッドナイト先生たちや上鳴くん、常闇くんたちと一緒に群訝山荘の最前線にいました。

 

 今回の作戦は全国同時のものですが、ここは特に重要な拠点ということで、ミッドナイト先生はもちろんセメントス先生やファットガムやギャングオルカ、なんていうビッグネームもたくさんいます。

 何せここには異能解放軍のリーダーだったリ・デストロをはじめとした、超常解放戦線の幹部がほとんど全員います。それだけ激しい戦いになるのは誰にだってわかります。

 

 そんな場所の最前線に学生の私たちがいるのは、それぞれが相手の幹部たちに対して何かしらのカウンターになるからです。上鳴くんは、相手方にいる増電とかいう”個性”の人に対して。常闇くんは暗闇の中で、リ・デストロに対して。

 私はもちろん襲ちゃん対策ですし、それ以外にもB組からはなんでも柔らかくできちゃう骨抜くん、キノコで広範囲を一気に無力化できる小森ちゃんもここにいます。

 

 彼らが狙っていた仕事ができないっていう最悪な事態がもしも起きたって、私がいます。変身すれば大体同じことができる私がいるのです。だから、これはとっても合理的な配置。

 

 わかってます。それはわかってるんです。

 でもですよ。それでもやっぱり、納得なんてできるはずないのです。

 

 だって私は、普通の女の子じゃなくって、どんなときでもコトちゃんの隣にいるちょっと過激な女の子になるって決めたのです。それなのにこの仕打ち、ひどいって思いません?

 誰にも、法律にも縛られず、好きなことを自由にやってる連合のみんながちょっぴり羨ましいです。ホント、コトちゃんがいなかったら私の居場所はあっちだっただろうなぁ。

 

 私がそんなことを考えてぶーたれてる間に、セメントス先生が群訝山荘をバラバラに解体しました。セメントがあるところだとホント呆れちゃうくらい理不尽ですよねセメントス先生。

 

 とりあえず合図には従って、私も前に走り出します。同時に膝から下を飯田くん、お腹を青山くん、両腕をミッドナイト先生に変身させながら。

 

 ……こんなに多彩な変身ができるのは、”個性”も含む身体機能を強化するフォースのおかげ。

 でもフォースがあったとして、ヴィランの私にも同じことができるかっていうと……なんとなくできないんじゃないかって気がしてます。

 

 だって部分変身は、透ちゃんの一件がないとやれると思わなかったんです。やろうとも思わなかったんです。

 だからヴィランの私が今の私みたいに色んな人を好きになれてるかっていうと、自信ないんですよね。自分のことだけで精いっぱいなんじゃないでしょうか。だからたくさん好きになろうって生き方、しないだろうなぁって確信があるのです。

 

 なんだったら、変身先の”個性”も全然使えない可能性も結構あると思います。

 

 だって私の”個性”の拡張に必要なのは、「好き」って気持ち。でもその「好き」にも色んな形、色んな種類、色んな色の「好き」があって。

 そしてそんな色んな「好き」を教えてくれたのは、A組のみんななのです。みんなとお友達になれたから、「好き」の微妙な違いに気づけたのです。

 

 もちろん、千二百年の時間を超えた影響もすごくあるとは思いますけど……でも、根っこの部分を支えてるのはやっぱり、A組のみんなと過ごした時間だと思うのです。

 

 だから部分変身は私にとって、とっても大事な技なのです。きちんと戦闘中に使えるくらいの早さで変身させるようになるまで、ホントのホントに大変で死ぬかと思いましたけどね。

 

「はい幹部一名無力化成功! 後衛(うしろ)に心配かけねーためにも皆さんパパッとやっちゃって!」

 

 話を戻しましょう。

 出会いがしらに相手の幹部がすんごい雷撃をしてきましたが、上鳴くんによって全部吸収されました。彼の言う通り、電撃使いの幹部はこれで無力化できましたね。

 

 いつもはちょっと抜けたところのある上鳴くんですけど、やるときはやるヒーローだってトガはちゃんと知ってるのです。

 カッコイイですよ。響香ちゃんがこの姿を見てないのが残念なのです。

 

 続いてエッジショットが幹部さんをはじめ十数人に緻密な一撃を入れて、無力化しました。ダメ押しにミッドナイト先生が”個性”と一緒にふわりと舞えば、その周辺は完全に制圧完了です。

 

 私も負けてられません。飯田くんのスピードでまき散らされるミッドナイト先生の眠り香っていう、セメントス先生もびっくりな理不尽をプレゼントです。たくさんの人を相手にするときは、これほど有用な使い方はないと思います。

 

「トランシィ、そっちは任せるわよ!」

「はぁい、任されました!」

 

 ミッドナイト先生の合図に従って、先生が向かったのとは違う方向にレシプロバーストです。ネビルレーザーを適宜発射しつつ、眠り香もまき散らしながら。

 いやぁ、我ながら無法なことしてますね。

 

 もちろん、ただ眠り香をまいてるだけだと手が手持ち無沙汰です。それはもったいないのです。

 

 ということで、右手にライトセーバー。左手にブラスターの変則二刀流で行きましょう。

 

 ライトセーバーは元々振り回す武器なので、眠り香を阻害しません。むしろ助長するので、いい感じです。

 それからブラスターは、音速を超えた速度で放たれる遠距離攻撃なので便利なんです。これだけ相手がたくさんいて密集してれば、適当に連射してるだけでも大体当たりますしね。

 

 あ、ちゃんとスタンモードになってるから大丈夫ですよ。何度も言ってますが、今の私はヒーロー志望のトガです。ちゃーんとルールは守るのです。

 

「あいつをとめろ!」

「暴れさせるな!」

「私を縛っていいのはコトちゃんだけなのです、よっ!」

 

 人と人の合間を縫うようにして、明らかに捕縛系と思われる触手が襲ってきましたが、とっさに小柄かつ閉所でのスピードに定評のある峰田くんに変身して狙いをスカします。

 回避と同時に足裏にもぎもぎをつけて踏み台にしつつジャンプ。その途中、今度は爆豪くんに変身します。エクスカタパルトで周りを爆破に巻き込みつつ、一気に空へ逃げます。

 

 峰田くんのもぎもぎは髪の毛由来ってことで、変身を解除すると消えちゃうんですよね。設置して回れないのだけが残念です。

 

 さて、次は空中で今度は全身を上鳴くんに変身です。そのまま電撃をぶっぱしながら、敵陣のど真ん中に着地します。当然、周りは一斉にしびしびなのです。

 

「なんだよこいつ!?」

「こんなのどうしろって言うんだ!?」

 

 ホントですよね、私もそう思います。でも。

 

「これが私なので。自分が生まれ持った力を使って何が悪いんです? あなたたちがやってることと一緒ですよ? お揃いですね、私たち!」

 

 今度は両肩を障子くんに部分変身。そこから伸ばした複製腕にブラスターを持たせて、乱射しまくります。

 

 次に左腕を切島くんに部分変身。果敢にも殴りかかって来た人の攻撃を受け止め、その隙に出力を抑えたライトセーバーで鳩尾に突きを叩き込みます。

 

 それで空いた左腕を、今度はお茶子ちゃんに部分変身。自分にゼログラビティを施しつつ、下半身を梅雨ちゃんに部分変身。

 一気に跳躍して、空高く舞い上がります。

 

 空中ではブラスターを乱射しまくったあと、頃合いを見計らって一度変身を全部解きます。

 あえてエネルギー残量少な目で持ち込んだブラスターがここでエネルギー切れになったので、壊す勢いで適当に頑丈そうな人にぶん投げておきます。お疲れさまでした。

 

 変身解除と同時にゼログラビティも解けてますが、梅雨ちゃん印のカエルジャンプに合わせて無重力だった私の身体は山荘の屋根より高い位置まで上がりました。

 くるくると回転しながら、今度はコトちゃんに変身。部分じゃなくって、全身です。

 

 そのまま立体機動をして、自分に運動エネルギーを加算します。大盤振る舞いです。いつもより多めに回っているのです。

 

 そして十分に勢いがついたところで、真下に向けて立体機動。

 を、した直後に全身を切島くんに変身です。そのまま全身硬化しながら重力に引かれて、まっすぐ敵陣に着弾しました。

 

 とんでもなく大きな音が響き渡り、周辺にいた人が派手に吹き飛びます。山荘のあった場所に、ちょっとしたクレーターの完成なのです!

 

「まだまだ行きますよぉ」

 

 今度は全身を響香ちゃんに変身。立ち上がりながら、周辺に向けて大音量のエイトビートです。

 

 これで大勢の動きがとまったところで、追いついてきたヒーローたちと無事合流しました。うん、我ながらいい仕事しましたね。

 

「やるなトランシィ!」

「我々も負けてられねぇな!」

 

 変身を解きながら、ヒーローたちのサムズアップににっこり笑って応えます。

 

 が、同時に私気づいちゃいました。だからちょっと急いで大ジャンプします。ライトセーバーの出力を、本来の強さに戻しながら。

 

「かーさーねーちゃん! あーそびましょ!」

「チ……ッ! 面倒なのが来た……!」

 

 セメントス先生の攻撃範囲から外れて崩れなかった三階部分に着地した私は、今まさにスマホを通じてここじゃない場所に瞬間移動しようとしていた襲ちゃんに向けてフォースプルをかけたのでした。

 




死柄木起床。

理波の一人称視点なので描写する隙間が取れなかったのであれですが、襲がライトニングを習得できたのは万が一ドクターが弔の覚醒に失敗したときのために、これだけをずっとかかりっきりで特訓してたからです。
本作でも原作でも上鳴くんに完封された戦線の増電副隊長を相手に、文字通り普通の人間なら何度も死ねるような電撃を喰らいまくったり電気を操作するコツを身体で覚えました。超再生がないとたぶん習得できなかった。
あと、フォースハックの代用品とも言える四つ目の個性、電子制御もこの習得に一役買っています。これは襲の視点だったとしても語られなかったことでしょう。そこまで細かい考察この子できない。

そしてそんなフォース周りのあれこれを吹き飛ばすトガちゃん無双な後半。
原作のトガちゃんは好きの微細な違いを理解できず、お茶子ちゃんとトゥワイス以外の個性が使えないままでしたが、本作のトガちゃんはきちんと理解した上で部分的に変身し、その状態でも個性を使えてしまうので、完全に一人無法地帯と化してます。ここにミッドナイトをひとつまみ入れることで、パーフェクトトガちゃんの完成って寸法さ。

劇中彼女が語っている通り、この無法の根幹を担っているのは身体機能を底上げするフォースではありますが、最大の理由は大勢の人に愛されるという経験の有無です。
・・・原作の変身が厳密にはどういう設定なのかは堀越先生にしかわかりませんが、本作ではそういうものだということでよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.ケンカをしましょう! 上

 襲ちゃんのスマホを没収しようとしましたが、襲ちゃんもフォースプルをかけてきて拮抗しました。空中でスマホがピタリととまってます。

 

 うーん、このまま力づくで引っ張ってもいいですけど、まだ先は長いでしょうし疲れることはしたくないですね。

 

 ってことで、フォースプルはやめながら襲ちゃんに突撃します。同時に今度はフォースプッシュを思いっきりかけました。

 そうすれば、引力で引っ張られてたところに斥力まで加わったスマホは勢いよく吹っ飛んでいき、襲ちゃんの横を通り抜けていきました。うん、バッチリなのです。

 

「あ……っ、こんの……!」

「きゃっ、もしかして怒りました?」

「当ッたり前だろ!?」

 

 ものすごいスピードで振り払われた銀色の剣を正面から受け止めて、こわーい、と笑います。

 

 けど、思ってた以上にパワーがあります。どうやら既に憤怒の”個性”は全開みたいです。気をつけないとですね。

 

 ますたぁのシエンを思わせる激しい攻撃を、私はアタロで周りと跳び回りながらかわしつつ、適度に攻撃を挟み込んでいきます。

 あんまり足場が広くないので、これを追いかけるようにして攻撃を振り回す襲ちゃんの剣で周りがどんどん壊れていきます。

 

 こうやって見ると、襲ちゃんの”個性”ってワンフォーオールによく似てますよね。戦い方は出久くんとは全然違いますけど……あ、そこ。

 

「えいっ!」

「づ……ッ! クソッこの野郎ッ!!」

「私女の子なので、野郎なんてヤですよぉ」

 

 いい感じに反撃できそうだったので、襲ちゃんの膝を砕きました。片方とはいえ、立っていられないはずです。まあ襲ちゃんには超再生もあるので、これもそのうち治っちゃうんでしょうけどね。

 

 でも……うーん。襲ちゃんの相手を任されはしましたけど、どう無力化すればいいんでしょ? 拘束具はフォースがあれば外せちゃうでしょうし、腕とか足を切り落としたってそのうち治っちゃいます。

 さすがに首を落としたらとまるでしょうけど、それだと死んじゃいますし……。

 

「わっ、と」

 

 考えながら近づこうとしたら、フォースライトニングが飛んできました。もうできるようになったんですね。すごいなぁ。

 ひとまずセーバーで受け止めましたが、本当にどうしたものでしょう?

 

「……!」

 

 そう思った直後、フォースの導きに従って私は横に跳びました。そのまま壁を蹴って、さらに位置を変えます。

 

 すると直前まで私がいたところに、二本の剣が振り下ろされました。持ち主は――もちろん襲ちゃんです。

 

「……仁くん?」

「襲ちゃん! 間に合ってよかった! 反撃だ! 逃げよう!」

「トゥワイス、ナイス!」

 

 吹き抜けを挟んで反対側の通路から、仁くんが声を上げていました。手すりに前のめりになって言う彼に、襲ちゃんがにやりと笑います。

 

 彼女はそのまま隅のほうに転がっていたスマホを引き寄せました。私も同時に動いて阻止しようとしますが、二人の襲ちゃんが割り込んできたので応戦するしかありません。

 

「トゥワイス! ボクは弔を助けに行く!」

「マジで!? やめとけよ! 頼む! ここは俺がなんとかすっからよ!」

 

 怒涛の攻撃を繰り出してくる二人の襲ちゃんを凌ぐ私の視界の端で、頷いた襲ちゃんが消えました。

 

 仕方ないので、コトちゃんにテレパシーを飛ばします。コトちゃんなら大丈夫だとは思いますけど、このことは伝えておかないとです。

 

「あはははは! 死ね! 死ねぇ!」

「ぶっ殺してやる!!」

「死ぬのはヤです、ねっ!」

 

 物騒なことを言いながら攻撃してくる二人の襲ちゃんですが、連携は正直微妙です。ただでさえ場所が狭い上に、元々そういうのは得意じゃないんだと思います。ああいう性格ですし。

 

 だからこそ、同時とは言っても完璧には遠くって。フォースと共に感覚を研ぎ澄ませば、各個撃破はできます。

 

 二人の攻撃のズレに合わせて、身体を動かします。くるり、とセーバーを一回転して下段に構え直し、フォームをマカシに変えました。

 セーバー同士の、つまり剣と剣の戦いを強く意識したフォーム。その中から今、この瞬間に一番適した動きを、基本に忠実に繰り出します。

 

 そうすれば……ほら、一人目の攻撃をぬるりと受け流して、二人目の攻撃の目の前に襲ちゃんの身体をさらすように誘導することができました。

 攻撃に全力な襲ちゃんは、これを見て慌てて手を止めようとしますがもう手遅れです。

 

 間に入った襲ちゃんに攻撃が当たっちゃう、って意味じゃないですよ?

 当たっても当たらなくても、攻撃の手を緩めた時点で私に反撃の余地ができたからです。この余地は、とっても大きな余地でした。

 

「ぐぇ……!?」

「あぐっ!?」

 

 秒の時間差で、見事に攻撃が入った二人の襲ちゃんの身体がどろりと溶けて崩れます。

 仁くんの複製体はちょっとダメージが入れば消えるから、遠慮なく攻撃できるのがいいですよね。

 

 さてあとは……。

 

「仁くん」

「ひえっ」

 

 ぴょいっと吹き抜けを跳び越えて、仁くんの前に移ります。さっきまで複製の襲ちゃんに応援のヤジを飛ばしていましたが、セーバーを閃かせて近寄って来た私にちょっと逃げ腰です。

 

「アメリカぶりですね。元気でした?」

「え、お、おお……バッチリだぜ、まあまあだ」

「よかった。結構高いところから落としちゃったから、心配してたんですよ。連合に治癒系の人いなかったですもんね」

「あー、あれな。マジ死ぬかと思ったけど、襲ちゃんの瞬間移動でな。こう、シュバっと!」

「なるほど? シュバっと、です?」

「そうそう、シュバっと。だから気にしてない!」

 

 そっかぁ。じゃあよかったです。

 だって連合のみんなはお友達なので、あんまりケガとかしてほしくないんです。襲ちゃんは……まあその、すぐに治っちゃうので、ちょっとくらいはいいですよね?

 

 素直にそう言ってにっこり笑えば、仁くんはなぜか黙っちゃいました。

 

「仁くん?」

「ヤだなぁ……ヒーローはぶっ殺してやりてぇけど、トガちゃんとは戦いたくねぇよォ……。なんでトガちゃんはそっち側に……」

「私もあんまり戦いたくはないです。でも、私は愛に生きるって決めちゃったので」

「あァうん、そりゃそっか。そうだよな。女の子は愛に生きるもんだよなぁ」

 

 マグ姐もそんなこと言ってた、と手をポンとする仁くんに大きく頷きます。

 

「私、仁くんの生き方も嫌いじゃないですよ。不器用だけどみんなのために一生懸命な仁くんのこと、結構好きです。お兄ちゃんみたいで」

「ホントに? 俺も好き……。結婚する?」

「え、絶対しませんけど」

「生きててごめんなさい……」

「生きてていいんですよ!?」

 

 仁くんはちょっと自分に自信がなさすぎなんです。いいところもいっぱいあるんですから、そんなに卑下しなくっていいのにね。

 

「ありがとう……。でもトガちゃんも俺のこと、捕まえるんだろ……?」

「まあ、はい。今の私はヒーロー志望のトガなので」

「捕まえてひどいことするんでしょう!? 同人誌みたいに! 同人誌みたいに!!」

「しませんよぉ。少なくとも私はしません。私はただ……仁くんたちがしたいことをそのまましたら、私の大切な人やその家族が困っちゃうので。それを防ぎに来ただけです」

 

 やりたいことをやりたいようにするのは、別にいいと思ってます。私もそういう風に生きたいですしね。

 

 でもその結果、私の大切な人。コトちゃんやA組のみんな。その家族やお友達。色んな人たちが悲しむのは、やっぱりヤですし。

 

「つまり私は、私がやりたいことをやりたいようにしてるだけなのです。お揃いですね?」

「お、お揃い! ……お揃いかなぁ?」

「お揃いですよぉ。やりたいことが違うだけで、ワガママなのは一緒じゃないですか。細かいことは置いときましょう」

 

 そうかな……そうかも……とブツブツする仁くんに、思わずくすりと笑います。動きがコミカルで、ついつい笑っちゃうんです。

 

「お揃いでいいじゃないですか。だって仁くんたち、要するにヒーローたちに『そういうのどうかと思う』って言いたいんですよね?」

「まあ、そんな感じかなァ」

「私たちも、仁くんたちに『そういうのどうかと思う』って言いたいんですよ。だから、お揃いなのです!」

「そっかぁ! お揃いかぁ!」

 

 やったあ! と万歳する仁くんはカァイイですが、ちょっぴり心配にもなりますね。

 いえ、私に騙すつもりなんてないですけど、こうやって今まで何度も騙されてきたのかなぁなんて思っちゃうんです。

 

 でも心配はしても、同情はしません。そういうのがヤってことはわかりますから。

 どうしようもない人生だったとしても、今いる場所を選んだことは仁くんも、他の連合のみんなも後悔してないですもんね。

 

 それに、私だってヘンな同情はヤです。ヒーロー側にいる私がそう思うんだから、連合側に私がいたらもっとそう考えるに違いありません。

 だから私にできることは、正面から仁くんを受け止めてあげることかなって、そんな風に思うのです。

 

 だって、お友達ですから。

 

「……でも仁くん。どっちもおんなじこと言ってると、やりたいことがぶつかっちゃったときどうしようもないですよね」

「コレだもんなぁ」

「はい、コレですもん」

 

 ちらっと二人で吹き抜けの下を見ます。そこでは、ヒーローたちと解放戦線の人たちが激しくぶつかり合っています。

 どうしようもなさにあふれてますよね。

 

「そういうわけなので……仁くん、ケンカをしましょう!」

「なんで!?」

 

 マスクの向こう側で、仁くんが大きくお口を開けてるのがわかります。またくすってきました。カァイイね。

 

「ヒーローとヴィランの戦いって言うからややこしくなるのです。これからするのは戦いじゃなくってケンカです。ただのケンカ! そういうことにしましょう!

 ヴィランのトゥワイスと戦うんじゃなくって、お友達の仁くんとのケンカ。ヒーローのトランシィと戦うんじゃなくって、お友達のトガとのケンカ。そうすればきっと、最後はみんなで仲直りできます!」

 

 ――だって私たち、お友達なんですから!

 

 この言葉に、仁くんは目を大きく開いて固まりました。その頭の中に、思考は見えません。完全にフリーズしちゃったみたいです。

 

 けど、ゆっくり回復してきます。のろのろと、すがるような声が私に投げかけられました。

 

「どうしようトガちゃん……俺……友達と取っ組み合いのケンカとか、初めてかもしんない」

「大丈夫ですよ、私も初めてなのです」

 

 私の言葉に、仁くんがマスクの下でにやっと笑います。普段とあんまり変わらないニヒルな笑い方なのに、いつもより何倍もカッコいいです。

 

 私もにんまりと笑います。いつもはコトちゃんや透ちゃんたちに向けてる顔を、今は。

 今だけは目の前の、立場の違うお友達に向けます。だって私は、仁くんたちのことが好きですから。好きな人には、自分の一番好きな笑顔を見せるのです。

 

「あ、でも。仁くん、私の初めてをコトちゃん以外にあげるんですよ。だから手加減なんてしちゃヤですからね?」

「当たり前だろ、ダチにそんなことするわけねぇ! ……ああ、するわけねぇよ!」

「よかったです。それじゃ……」

「おう……」

 

 そこで私たちは、改めて構え直しました。私はセーバーを持つ手を弓を引くように構えるソレスで。仁くんは、「二倍」の複製体を作るための両手をかざしながら。

 

「思いっきりやろうぜトガちゃん!」

「はい、思いっきりです!」

 

 そして、私たちは同時に動き始めたのです。

 




原作における彼の終わり方を知っているので、この二人には絶対に正面から向き合ってもらいたかったのですが、具体的にどう向き合わせるべきなのか答えはなかなか出ませんでした。
プロットで「なんかいい感じで」とかふざけたこと抜かした一年ほど前のボクをぶん殴ってやりたかったですが、ともかく色々考えた結果、仲良くケンカしなって結論に達してこんな感じになりました。

本作のトゥワイスは、原作と異なり覚醒しておらずサッドマンズパレードができないので、複製できるのは二つまで。
なのでホークスからも脅威とはみなされておらず、対処を後回しにされています。結果として襲が病院に向かうことができ、トガちゃんと対峙することに繋がったというわけですね。
そんな状況なので、原作だと複製体のリ・デストロがヒーロー公安委員会の事務所で暴れてましたが、本作ではそれもナシです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.ケンカをしましょう! 下

 仁くんの「二倍」は、複製体を手から作り出す”個性”です。シンプルですけど、複製するものは脆くても大元と同じ性能なので、とっても強い”個性”だと思います。

 

 自分の複製はできないみたいなので、無限に倍々ゲームにはなりませんが……それができたらいくらなんでも無法すぎるので、できなくていいです。

 でもその生成速度は、びっくりするほど早いです。さすがに私がコトちゃんに変身するときほどじゃないですけど、ちょっと好きな人に変身するときよりは早いと思います。

 

 ただ、私はここで仁くんに何もさせないまま終わらせるつもりはなかったりします。もちろん本気でやりますけど、それはそれとして瞬殺っていうのは何か違うって思うんですよね。

 だってこれは殺し合いでもヒーローとヴィランの戦いでもなく、お友達同士のケンカなので。

 

 だからこそ私はあえて先手を譲り、複製された二人の襲ちゃんを万全の態勢で迎え撃つことにしました。

 

「頼むぜ襲ちゃん!」

「はいはいわかったよ」

「死ねぇ!」

 

 勢いよくこちらに近づいてくる二人の襲ちゃん。対照的に、距離を取る仁くん。

 

 さらに一定の距離まで来たところで、いきなり襲ちゃんたちが目の前に現れました。憤怒でも超再生でもない、襲ちゃんの三つ目の”個性”である瞬間移動ですね。

 ですが攻撃のタイミングは、フォースが教えてくれます。私はこの場に漂うフォースに身を任せながら、ソレスで一瞬の二連撃をさばきました。

 

 確かに瞬間移動による攻撃はすごいものです。普通にしてたらまず対処はできないと思います。

 ただ、瞬間移動はあくまで移動だけのもの。襲ちゃん以外のもの、たとえば周りに転がってる瓦礫とか、そういうのを瞬間移動させられるわけじゃないので、回避さえできればあとはわりとなんとでもなっちゃうんですよね。攻撃に使うときの使い方が一つしかないんですから。

 

 なのでフォースユーザーである私にとって、この”個性”はそんなに脅威じゃなかったりします。近づいてきた以上、やるのは剣と剣の戦いですから。もちろん、先読みを失敗すると死ぬのでそこは全力でがんばりますけど。

 

 ……あとは、時折仁くんがムチにもなるメジャーでちまちまとお邪魔して来るので、そっちに気を取られすぎないように、ですね。

 

「ああもうちょこまかと……!」

「オマエさっさと死んじゃえよなぁ!」

「ヤーでーすー!」

 

 とはいえ、二人の襲ちゃんと剣を交え続けるのはさすがにしんどいです。

 襲ちゃん、パワーファイターですからねぇ。何せ出久くんが今安定してできるフルカウルくらいのパワーは、間違いなくあります。

 

 襲ちゃんの剣術自体はまだ粗があちこち見えるので、やりようはそれなりにあるんですが二人ですからね。こっちから攻めるスキが少ないんです。

 おかげで都度都度下がらざるをえません。どんどん後退させられてます。たまーに背後に瞬間移動して挟み撃ちにしてくるので、そっちも気が抜けません。

 

 このまま下がり続けると……確かセメントス先生が開けた側なので、壁がないはず。何も考えずに行くと落ちちゃいますね。

 

 でもそういうことなら、いっそそのまま勢いに任せて落ちてしまいましょうか。

 

「トガちゃん!?」

「アイツがこれくらいで死ぬわけないだろ!」

「てゆーかオマエはどっちの味方なのさトゥワイス!」

「ごめんて……ぶえ!?」

 

 楽しそうに漫才してるところごめんなさい。ワイヤーフックを使ったロープアクションで、ぐるりと二階部分の吹き抜けを通過して仁くんの真横に回り込みました。

 そのまま三階に戻りつつ、太ももで仁くんの顔に一発です。吹き飛ぶ仁くん。

 

 ちょっとやりすぎたかなって思いましたけど、太ももの感触に対する感想が最初に出てたみたいなので大丈夫でしょう。

 私の身体は余すことなくコトちゃんのものなので、それはそれとしてちょっと怒りますけど。

 

「でやぁ!!」

「逃げるなよ金髪!!」

「ひゃっ、……今のはちょっと危なかったです、ね!」

 

 再び一瞬で距離を詰めてきた二人の襲ちゃんですが、今度の攻撃は完全に同時に来る予感だったので、片方はフォースプッシュで防ぎます。

 憤怒でパワーアップしてる襲ちゃんの剣を斥力だけで防ぐのは正直とっても厳しいんですけど、やってやれなくはないです。シディアスのおじいちゃんを見習って、がんばって余裕たっぷりに見せながらなんとか受け切ります。

 

 ただ、この防ぎ方は想定してなかったんでしょう。襲ちゃんが二人とも、びっくりして目を真ん丸にして固まってます。カァイイね。

 

 でもそれは間違いなく特大のスキでした。なので私は遠慮なくセーバーを回転させて、オレンジ色の切っ先を隙間にねじ込むようにして襲ちゃんを切り伏せました。

 

 続いてもう一人……と思いましたが、さすがにこっちは防がれました。けどまだ動揺しているので、こっちが有利ですね。メンタル的な方向の訓練はしてなさそうですもんねぇ。

 

 けどこのまま一対一の戦いを続けるわけにはいきません。私は不意にその場に膝をつく勢いでしゃがみ込みました。その頭上を、襲ちゃんの剣が通過します。

 

 次に、しゃがみ込んだ勢いをそのままに、床に手を突いて逆立ち。カポエイラの要領で、後ろから奇襲してきたばかりの五人目の襲ちゃんの顎を蹴り飛ばします。

 

「ごぇッ!?」

「クソ……! クソッ、クソッ! 二人がかりなのになんでオマエに勝てないんだ!?」

 

 彼女が泥になっていくのを尻目に床を勢いよく押して、後方に跳びました。残っていた三人目の襲ちゃんが納得できないって感じで声を上げます。

 

 空中でくるくる回りながら、彼女の後ろにあるガレキをフォースプルして後ろ頭にぶつけてあげつつ、うーん、と少し考えます。

 

「連携する気がないのが一番悪いと思います。ここ狭いですし……って、もう聞こえてないですかね?」

 

 ガレキがぶつかった衝撃で溶け始めた三人目の襲ちゃんに心の中で謝りつつ、私は空中で回転した勢いそのままにライトセーバーを振り下ろしました。

 すると六人目の襲ちゃんの剣に勢いよくぶつかって、ライトセーバー同士がぶつかり合うのに似た独特の音が響きます。

 

 思いっきり勢いをつけたので、これにはさすがに襲ちゃんも防ぎきれず、ぐぐっと低く押し込まれた体勢になりました。剣が折れれば一番よかったですけど、複製物とはいえさすがにフォースウェポンですかね。

 

 まあ、今回はそれでいいんですけどね。七人目の襲ちゃんからの攻撃に対する盾にする形で、六人目の襲ちゃんの身体で視線を遮ってる。この位置関係に持って来れればよかったので。

 

「おやすみなさぁい」

 

 ということで、襲ちゃんたちが怯んでるスキに左腕をミッドナイト先生に部分変身させて、六人目の襲ちゃんの鼻先で眠り香を発動です。

 ミッドナイト先生への好き具合から考えるとそろそろ血のストックが打ち止めだと思いますが、あと一回分だけ残ってれば十分です。

 

 仁くんの”個性”は何度でも複製できますが、一度に複製できるのは二つまで。それ以上の複製をするためには、複製したものが消滅する必要があるみたいなんです。

 なので襲ちゃんを一人は眠らせて、無力化させておくだけで私に有利になるのです。それだけで仁くんは複製を半分に制限されますから。

 

 マヒとかだとダメージと認識されて消えちゃう可能性があったので、これが一番無難だと思います。まあ、できれば変身は使わずに済ませたかったですけどね。

 

「あっ、ずっこいぞトガちゃん!」

「ふざっけんなよオマエ!? そんなのアリか!?」

「それ言ったらそっちは三人じゃないですか。そっちのほうがずっこくないです?」

「確かに!!」

「納得すんなトゥワイスのクソバカ!!」

 

 さて、一対一なら襲ちゃんには負けません。本体相手だと勝てないかもですけど、複製体なら大丈夫です。ちょっとでも攻撃が入ればそれで勝ちですからね。

 

 特に剣の腕なら負けないのです。これでもジェダイとシス、両方のセーバーをきちんと習ってるのです。剣を勉強し始めて一年未満の襲ちゃんに負けたら、ますたぁたちに呆れられちゃいますからね。

 

 すさまじい勢いで繰り出される攻撃ですが、その一つ一つに丁寧に対応します。

 フォームはまたマカシで。向かってくる攻撃を利用するという意味ではソレスと似たような対応ではあっても、その応じ方は攻撃的なやり方で。

 

 次々に繰り出される襲ちゃんを、順番に切り伏せていきます。そして一人倒すごとに、数歩分前へ。そんなカタツムリみたいな速さで、けれど着実に前へ前へと進んでいくのです。

 

 さっきとは逆の展開ですね。仁くんが追い詰められていきます。私との違いは、その先が落ちるんじゃなくて壁ってことですか。

 たまに仁くんが下の階に飛び降りて距離を取ろうとするそぶりも見せますけど、それはさせてあげません。そのときは数歩下がることを受け入れつつ、フォースでお邪魔虫なのです。

 

 くるり、くるりとセーバーを動かします。何度か剣が弾かれ、直後に一閃。もう何人目かもわからない襲ちゃんが消えました。

 そして、私は勢いそのままにセーバーを目の前の仁くんにつきつけます。

 

「……私の勝ちですね、仁くん?」

「おう……俺の負けだぜトガちゃん……」

 

 両手を挙げて、壁に背中をつけた仁くんが絞り出すように言います。

 

 けど、マスクで見えないですけど、それでもわかります。マスクの下の顔は、どことなく穏やかなものでした。

 

「あーあ、俺もいよいよお縄かぁ。まあ、俺にしちゃ頑張ったほうか……。もうみんなのためになれないのだけが残念だぜ……」

「会いに行きますよ、刑務所でもどこでも。……あ、そうだ。せっかくだし、出所したら結婚式に来てくださいよ。結婚式って、お友達も招待できるんですもんね?」

「なにそれ超見たいじゃん。見たいよ。ウェディングドレスのトガちゃん、すっげぇきれいなんだろうな……今から俺泣きそうだよ……」

「じゃあ、そのときは招待しますね! 連合のみんなも一緒に!」

「ああ、楽しみにしてる。へへ……なんだよ……。意外と……こういうのも悪くねェんじゃん……」

「でしょ? えへへ、ありがとう仁くん、私を信じてくれて!」

 

 そして私は、先ほどのように左腕をミッドナイト先生に部分変身させて、仁くんに眠り香をかがせました。途端に意識を失い、崩れ落ちる仁くん。

 

 彼の身体を優しく受け止めつつ、抱き上げ……ようとして。

 

 私はとっさに後ろにフォースプッシュを放ちました。

 激しい音と一緒に、蒼い炎が襲ってきています。範囲が狭くて私だけを的確に狙った攻撃だったので、完璧に防ぐのは難しいですね。逸らしましょう。

 ……うん、成功です。

 

 にしても蒼い炎……ってことは、次は彼が来たみたいですね。

 

「おいおい……これはちょっと想定してなかったぜ」

「荼毘くん! お久しぶりですね、夏以来です?」

「イカレ女の分際で、よくもまァトゥワイスをたぶらかしてくれたもんだな。そういうのが得意なのか?」

「? 連合のみんなはお友達じゃないですか」

「無自覚かよ。サークルクラッシャーかテメェ」

 

 こつこつとブーツの音を響かせながら、炎の中から荼毘くんが姿を見せました。その手から、蒼い炎がちろちろと舞っています。

 

「なんでもいいや。とにかくトゥワイス返してもらうぞ。そいつがいりゃあ俺の夢は確実に叶うんだからな」

 

 荼毘くんはそう続けて、炎を発射してきました。うそぉ。

 

「ちょっと!? さっきもそうでしたけど、仁くんいるんですよ!」

 

 慌てて仁くんを抱えて横に跳び、半壊していた扉を蹴破って部屋に入りました。

 

 んんん、逃げるならワイヤーフックかコトちゃんに変身しての立体機動のほうがよかったかも。閉所で、しかも袋小路じゃないですか。

 ちょっと失敗しましたね。ベランダはあるので、出られないわけじゃないのは不幸中の幸いですかね。

 

「大丈夫だろ? ヒーローってなァ咄嗟に人命救助しちまうもんだからな」

「あーっ、そういう!? 荼毘くん性格悪いって言われません!?」

 

 部屋の入り口をふさぐように立った荼毘くんが、にたぁと笑います。

 

「よかったよ、イカレ女でもまっとうなところはあるんだな」

「シツレーしちゃいます。私ほど普通の女の子はいませんよ?」

「テメェのどこが普通だよ。普通じゃないから死柄木にスカウトされたんだろうが」

「あ、でもそうですね。コトちゃんの隣にいつでもいるちょっと過激な女の子になりたいので、最近は普通じゃないですね!」

「聞けよ。相変わらずイカレてんな……」

 

 むぅ、荼毘くんにそんな呆れ顔されるのはちょっと納得できないですよ?

 そういう荼毘くんだって、エンデヴァーいじめに一生懸命じゃないですか。それしか頭にないんだから、荼毘くんが言うところのイカレてるってことでしょう?

 

 まあ、それを言って警戒されるわけにはいかないので、ここでは言いませんけど。納得いかないのは別問題でしょ?

 

「そこで納得してねぇのが何よりイカレてる証拠だろ……あー、もういいや。テメェと話してると色々と面倒だ」

 

 蒼い炎があふれる手がこっちに向けられました。

 

 あーもう、フォースで読むまでもないです。また仁くん巻き添えにする気満々です。

 もちろん私は守りますし、荼毘くんもそれが確信してるからこそではありますけど、これで私が荼毘くんが言うところの「ヒーロー(クズ)」だったらどうするつもりなんでしょ。

 

「……いいですよ。そっちがその気なら、私にだって考えがあるんです」

「ほざいてな! ……!?」

 

 荼毘くんが炎を放とうとするより早く、私は既にコトちゃんに変身していました。行動が終わるまでの時間って意味では、コトちゃんへの変身はどんなヒーローの必殺技にだって負けない自信があるのです。

 

 ともかくそういうわけで、荼毘くんにはフォースイレイザーをプレゼントです。

 個性因子の活動を低下させるだけで停止させるわけじゃないので、炎の発射はとめられませんでしたが……十分です。出てきたのはせいぜいが普通の火炎放射くらいの赤い火だけでしたから。

 いつもの蒼い火に比べたら、勢いも規模も温度もぜーんぶよわよわです。私たちのヒーローコスチュームは、防刃性や防寒性はもちろん、耐熱性も抜群の優れもの。これくらいどってことないのです。

 

「考えがあると、言っただろう」

「! こいつ……!」

 

 フォースイレイザーの欠点は、”個性”をある程度以上鍛えてる人に対しては消しきれないこと。

 逆に利点は、発動さえすればあとはほっといても一定時間効果が継続することです。その効果時間を任意で決められることも利点ですかね。

 

 なのでこれから数分、荼毘くんはろくに”個性”が使えません。無防備ではないですが、でもその状態の彼相手にコトちゃんが……私のヒーローが、負けるはずないのです。

 

「私たちの前から去れ。君にトゥワイスは渡さない」

「ぐ……ッ!」

 

 それに私、怒ってるんです。荼毘くんのことお友達だと思ってますけど……仁くんだってお友達。

 二人だってお友達同士ですけど、だからって仁くんを平気で攻撃に巻き込むようなことするのはヤです。仁くんがそれを許してるならまだしも、今の仁くんは眠っててそんなこと言えるはずないのに。

 

 だからでしょう。改めて放ったフォースプッシュは、今日一番の威力でした。強烈な斥力に荼毘くんが吹き飛ばされて、山荘の残っている壁を何枚かぶち抜いていきました。

 

「……ちょっとやりすぎたかもしれません」

 

 変身を解除しながらつぶやきます。

 でも、謝るつもりはありません。あれは荼毘くんが悪いと思います。

 

「荼毘を吹き飛ばしたのはフォース……ああ、やっぱりトガさん」

「あ、ルクセリアさん」

 

 とりあえず今はここを離れなきゃ。そう思って仁くんを背負ったところで、さっきまで荼毘くんがいたところにルクセリアさんがいました。

 そういえば、連合に潜入してたんでしたっけ。ヒーローの突入に合わせて、動いたって感じでしょうか。

 

 そんな彼の背中には、傷だらけで気絶している見覚えのある人影が乗せられていました。

 

「……と、マスタードくん?」

「マグネ共々捕えたかったのですが、この子がなかなかかわいい顔して男を魅せてくれましてね。思わず興奮してしまいまして。そちらはトゥワイスですか。お手柄ですね」

「そっちこそ」

 

 妙に和やかな雰囲気が流れました。

 

 けど、お互いフォースユーザー。ずっと下のほうから感じてた嫌な気配が決定的に大きくなったのを感じた私たちは、どちらからともなくうんと頷き合いました。

 

「離れましょう!」

「はぁい!」

 

 そして、私たちが窓を突き破って外に脱出した、その瞬間。

 

 巨大な人影が、床を突き破って姿を見せたのでした。

 




複製で出てきた襲が弱いのは、トガちゃんも言ったように連携と閉所での戦闘経験がほぼないのに加えて、トゥワイスの個性の仕様が関係しています。

トゥワイスはなんでもかんでも複製できるわけではなく、対象物についてある程度以上の情報を持っている必要があります。その情報が更新されると前の情報に沿った複製はできなくなるので、下手に情報を更新すると弱いやつしか出せなくなったりもします。
つまりゲームのセーブデータのようなものがあって、その情報が更新されない限りは何回やっても情報を最後に取得したときのものしか複製できないし、そのセーブ枠は一つしかありません(公式設定)。

ではここで複製されている襲はいつの襲なのかというと、一か月近く前(ヒューマライズ事件の直後くらい)のです。具体的に言うと、フォースライトニングを習得したタイミングの襲。
その後のレベルアップが反映されていないので、このあと理波と戦う本体はもうちょっと強いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.地獄のインターバル

 蛇腔総合病院が消滅した。

 破壊された、ではない。文字通り塵になって消えたのだ。

 

 更地になった、という表現も生ぬるい。わずかな例外を除き、構造物は有機物・無機物の別なく塵に帰った。

 地面すらも消え去り、海抜が低くなった。今後、蛇腔という土地は等高線を書き換える必要があるだろう。

 

 その例外の一つ。たった数分前まで地下だった場所。今は完全に山の上になってしまった場所に、仮死状態から目覚めたヴィランの王の器、死柄木弔は立っていた。

 

「……寒。なんか羽織るもんねーかな……」

 

 きょろきょろと、どこか無邪気に周りを見渡す弔。その背後にゆらりと小さな人影が立ち上がったかと思うと、すぐに跳躍して弔の頭を勢いよく殴りつけた。

 

()っ」

「このバカ弔! ボクたちまで巻き込まれるとこだったじゃん!!」

「ちゃんと外しただろ。『崩壊』、自由に操れるようになったんだぜ?」

「そういう問題じゃない!! ドクターはともかく!!」

「うるせェ」

「誰のせいだよ!!」

 

 弔のなおざりも同然な対応に、襲がぷんすかと地団太を踏む。赤い光を伴っていないそれは、しかしかろうじて残っていた床を思い切り砕いた。彼女の怒りは既に最高潮だった。

 

「ワハハハハハ!!」

「「うわ」」

 

 と、そこにまた別の声が割り込んだ。狂ったような笑い声。

 それを発した男……殻木球大は、歓喜に打ち震えながらまくしたて始めた。

 

「完敗じゃった! この日のために多くの過程を積み重ねてきたのじゃろう! じゃが今! 奇跡――あるいはさらに向こうへ(プルスウルトラ)! 死柄木弔は起きた! ヒーロー(お前たち)の積み重ねなどこれこの通り、寝覚めの一撫でで瓦解したのじゃ! ワシらの――勝利じゃ!!」

「……ドクターどうしたんだ」

「もうダメだーって思ったタイミングで弔が起きたんじゃん。よっぽどヒーローが怖かったんじゃないの」

「ヒーローひでぇことしやがる」

「それね」

 

 高らかに哄笑する殻木をよそに、自分勝手な結論を出す死柄木兄妹であった。

 

『ワ……れ……』

「「……?」」

 

 そのとき、弔は頭の中で何かが聞こえた気がして頭に手をやった。襲もまた、フォースを通じて何かを感じて弔を見上げる。

 

 だが、二人がそうしたときにはもう何も聞こえなくなっていた。

 

「なんだよ、俺の顔に何かついてるか?」

「いや……今なにか……声が聞こえたような……」

「あー? 気のせいだろ、後ろがうるさいってのに聞こえるわけない。……ていうか寒ィ、なんかねーのか」

「超パワーアップしたんだからそれくらいガマンしときなよ。……それより、さ。起きたら……その。始める、んでしょ……?」

「そうだった。おいドクター、端末くれよ」

「おうおう、早速やるんじゃな!? ほれ、ドカンと派手にやってやるといいぞい!」

 

 複雑な表情で、妙に歯切れの悪い襲に指摘されて、弔はぽんと手のひらを拳で打った。

 そして、依然としてテンションが振り切れた状態の殻木から無事な端末の一つを受け取り、それに向けて口を開く。

 

「おいでマキア。みんなと一緒に。今ここから、すべてを壊す」

 

 かくして、動かないはずだった巨人は動き出す。()()()()()

 

 殻木は知らない。ここまでの流れは、ヒーロー側にとってほぼすべて既知であるということを。

 このあとに待ち受けているものを覆すために、彼らはすべてを賭けているということを。

 

 まだ終わっていない。何も、終わってはいないのだ。

 

 だから、来る。ヒーローたちがやってくる。

 炎を背負って、彼が来る。

 

「死柄木!!」

「寝起きに早々ナンバーワンかよ」

 

 ――ヒーローとヴィランの全面戦争は、ようやく中盤戦に移行した。

 

***

 

 どうやら崩壊は落ち着いたらしい。空から周辺を見下ろしながら、ようやく私は胸をなでおろした。

 

 フォース伝いに悲鳴は聞こえなかった。我々フォースユーザーの胸を穿つような、悲痛な叫びは聞こえなかった。

 それはすなわち、短時間のうちに多くの生命が失われるような事態にはならなかったということだ。

 フォースを飛ばして周りを調べてみても、私が見知ったフォースがなくなっている気配はない。ヒーローたちに、死者はない。

 

 つまり――少なくとも今、我々は一つの予知を覆した。地獄の様相を呈するこの光景の中にあって、それは間違いなく希望だった。

 この先に待ち受けるニアハイエンド脳無との戦いで、やはり覆しきれずに失われる生命もあるかもしれないが……しかし、それは意味のある死だ。

 ただトムラの目覚めに放たれた無造作な攻撃で、意味もなく失われるものではなく、後に、未来に繋げられるものだ。

 

 であればやはり、今ここで死者がいないことは、間違いなく我々にとっては希望だと断言していいだろう。

 

「エンデヴァー、一人で先に行くなんて……!」

「仕方ないでしょう。死柄木襲がいる以上、弔ごと世界のどこにでもワープできてしまう。まずはこの場に留め置かなければならないし、そのために初手で最高戦力を投下するのはそれなりに合理的な判断です」

 

 リューキュウの言葉に、イレイザーヘッドが返す。私はイレイザーヘッドに賛成だ。

 

「おいアヴタスって言ったか。本当にニアハイエンドとやらは来るんだな?」

「来ます。まだ起動はしていないのですぐにではないですが……あちらのほうに、崩壊に巻き込まれていない個体がいくつもあります。トムラが起動するのも時間の問題でしょう」

 

 ミルコの言葉に、私はとあるほうを指し示す。

 

 そう、ニアハイエンド脳無は、その多くがトムラの崩壊に巻き込まれず無事だ。この事実は、彼が己の”個性”をかなりの精度で操れるようになっていることを示唆しているが、今はそれどころではない。

 

 彼がまた崩壊を使ったら、今度こそ何がどうなるかわからない。だからこそ、トムラとの戦いにはイレイザーヘッドが不可欠だ。

 

 しかしイレイザーヘッド自身の戦闘力は、脳無には及ばない。大半のヒーローが及ぶものではないが、ともかく彼に抹消を使い続ける以外の負担を強いるわけにはいかない。

 

 だからこそ、間もなく起動されるニアハイエンド脳無たちは、生き残ったヒーローたちで対処する必要がある。

 イレイザーヘッドの護衛も必要だが、彼のために強すぎる雑兵たちは排除しなければならない。予知ではこれに対処できる人手がかなり減ってしまったことで、ここから一気に戦局がヴィラン側に傾くのだから。

 

「よォし、なら脳無は私がやる! お前らついてこい! 起きる前になるべくたくさん蹴っ飛ばすぞ!」

「あっ、ちょ、ミルコさん!」

「しゃーねぇやったろうや!」

「おう!」

 

 私の説明を「長ェ!」と一蹴したミルコが、この場にいたヒーローたちの大半を引き連れてニアハイエンド脳無のほうへと向かった。

 残ったメンバーは小さく苦笑するが、すぐに気を引き締め直してエンデヴァーが向かったほうへと走り始める。私もこちらだ。

 

「マニュアルさん、俺はなるべくヤツから隠れた状態で『抹消』を使うつもりですが……状況次第じゃ思いっきり身をさらした状態になる可能性がある。付き合わせてすいませんが……」

「謝る必要なんてありませんよ! 大丈夫、これだけのヒーローがいるんです。なんとかなりますよ」

 

 中核になるのはイレイザーヘッドとマニュアルだ。水を操るマニュアルがいれば、”個性”発動中は目を開け続けなければならないイレイザーヘッドの弱点を解消できる。この二人だけは、何が何でも死守しなければならない。

 

「アヴタス、耳にタコなのはわかってるがもう一度言うぞ。死柄木襲の相手ができるのはこの場ではお前だけだ。任せる……が、本当に俺の抹消はいいんだな? 出会いがしらの数秒は消せるんだぞ」

「はい、マスター。優先すべきは、不特定多数を一気に殺傷できるトムラのほう。マスターの力はそちらに集中させてください」

「……くれぐれも無理はするなよ」

「もちろんです」

 

 イレイザーヘッドの隣を走りながら頷く。

 

 と、そこにヒミコからテレパシーが飛んできた。

 

『コトちゃん! ギガントマキアが動き出しました! もしかしなくても弔くん起きたんですね!?』

『……動いたか。ああそうだ、お目覚めだよ。これから総力戦だ。そちらはやはり君に任せることになりそうだが、大丈夫か?』

『実は今っ、追いかけられてるんですけど! でも私は大丈夫です! マウントレディが中心になってっ、押しとどめようとしてくれてます……! ()()()()は出てますしっ、準備ができたらっ、すぐにやりますっ!』

『頼む。ギガントマキアの乱入だけは防がなければならない』

『はぁい、任せてください!』

 

 どうやらあちらも、ほとんど予知通りに推移しているようだ。あちらの死傷者は恐らく現時点ではこちらより多いだろう。

 予知より少ないこと、そしてその数がこれ以上増えないことを祈るばかりだ。

 

「皆さん、ギガントマキアが起きたようです」

「……! 来るか、デカいの……!」

 

 グラントリノが苦々しい顔をする。他の面々も似たようなものだ。

 

「大丈夫です。ヒミコ……トランシィがなんとかします。こちらには来させません」

「……それインターン生だろうが。信じていいんだろうな?」

 

 私の断言に、ロックロックが問うてくる。

 

 だがこれに私が答えるより早く、プレゼントマイクが間に入った。

 

「Heyロックロック! 吸血ガールは事前に、『好き』な血をこれでもかって平らげてんだゼ! 今のあの子は色んな”個性”を同時にたくさん使いこなすSurprise Box! やってくれるに決まってんだろ! 何せうちのイレイザーお気に入りの一人だからな!」

「……そうかよ。ならいい。悪かったな」

「いえ、当然の懸念かと。お気になさらず」

「山田……お前は毎度毎度一言余計なんだ」

「こいつぁシヴィー!! たまにはデレてくれてもいいんだぜイレイザー!?」

「黙れ」

 

 彼独特の明るい語調と、ダシにされたイレイザーヘッドの会話に、私も頬を緩める。

 

 ヒミコ、君は認められているぞ。ヴィランになりかかっていた、あの頃の君はもういない。名実ともに君は秩序の側の人間として、私の隣にいていい人間なのだと……そう、みんなが認めているぞ。

 それが私は、今何よりも嬉しい。

 

『全体通信こちらエンデヴァー! 病院跡地にて死柄木弔と交戦中!! 地に触れずとも動ける者は包囲網に加われ! そうでないものは市民の避難を――』

 

 だがそのとき、エンデヴァーから通信が入った。現在位置からも、既に彼が戦い始めたことは見えている。

 明らかにエンデヴァーが押されているところを見るに、やはりトムラにも超再生は搭載されているのだろう。灼熱の炎とそれがもたらす周囲の高温をものともせず動いているのだから、身体が焼けた端から治っていると見て間違いない。

 

 一方で、どうやらカサネのほうは戦いに参加していない。まるでトムラの強化具合を楽しむかのように、無邪気に野次を飛ばしているように見える。

 カツキが言うところの舐めプというやつだが、今ばかりはカサネの詰めの甘いところがありがたい。あそこで彼女も参戦してニ対一となれば、エンデヴァーと言えどどうにもならないだろうから。

 

「こちらリューキュウ! すぐに合流します! エンデヴァー、それまで耐えてちょうだい!」

『無論だ!』

 

 急ぎ合流するべく、竜に変身したままのリューキュウが通信に応じる。

 そしてなるべく多くの人員をエンデヴァーと合流させるため、乗れるだけリューキュウに乗ろうとしたタイミングであった。

 

 トムラの飢餓感が伝わってくる。何かが欠けているという彼の焦燥が伝わってくる。それが何か、まではわからないが……。

 

『ワンフォーオール……!?』

 

 しかし、エンデヴァーがその単語を口にした。

 

 言葉自体は、誰も知らないようなものではない。この国のものではないが、それなりに知られた物語の一節を彩る言葉の一部だ。

 

 だがこの言葉は、この超人社会においては別の意味を持つ。特にオールマイトにまつわる秘密を共有している人間にとって、彼らを真っ先に連想させる程度には。

 

 しかしそもそも、この状況で出てくる言葉ではない。だからこそ、全体通信が繋がったままのヒーローたちから口々にそれが何を意味するのか問いかける声が聞こえてくる。余裕がないらしく、エンデヴァーからの応えはないが。

 

 けれどその「別の意味」を知る側に当たる私とグラントリノは、耳を疑って一瞬硬直してしまった。まさかそんな、という想いで耳を凝らす。

 

 が、もはや当たり前というべきか。その想いは、トムラによって巻き起こった轟音によって砕かれた。エンデヴァーが戦っている場所周辺から、誰かが飛んでいったのが見えた。

 

『避難先の方角に向かってる! 戦闘区域を拡大しろ!! 街の外にも避難命令を!!』

 

 そして理解する。今飛んでいったのは、シガラキ・トムラであると。エンデヴァーもまた、それを追いかけようとしている。

 

 となれば、先ほどの「ワンフォーオール」が意味するものは、ただ一つ。デクの身柄だ。

 最前線にいないはずのデクが、最前線にいると予知されていたのはこれが理由か。なるほど、彼ならこの状況にあって自ら危険に飛び込んでもおかしくはない。

 周りに被害を及ぼすことを嫌う彼なら、まず最初に自分が矢面に立つことを選ぶ。彼はそういう男だ。

 

「だとすると……デクが危ない……!」

 

 私が思わずつぶやいた言葉を、フォースが裏付けている。

 すなわち、シガラキ・トムラがまっすぐデクの下へ向かっている、ということを。

 

 事態は今、風雲急を告げようとしていた。

 




群訝と違い原作とほぼ同じ状態、けれど原作より格段にマシな状況な蛇腔。
現状最大の違いはドクターが捕まっていないことと、弔に対して個性としてのオールフォーワンのオリジナルが移植されたことを、ヒーロー側が誰も知らないことに二点です。
ただそれが明らかになっていようといまいと、ワンフォーオールに向けて一直線に動けばデクくんが狙われているということはわかるので、大勢にはあまり関係ないかなぁという感じ。
では蛇腔側が明確に原作から離れていくのはいつになるのか。それは今後の更新をお待ちくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.移り変わる戦況

 エンデヴァーからの全体通信で()()()が上がった瞬間、出久の心は硬直した。それはそのまま思考の硬直となり、避難誘導の真っただ中にもかかわらず立ち尽くしてしまう。

 

 ワンフォーオール。出久がまだ文字通りのデクだったあの日、平和の象徴オールマイトより受け継いだ”個性”。それが狙われている。

 命を? いいや、”個性”そのものの話だ。

 

 根拠は一切ない。ただの直感だった。

 だが、死柄木弔が目覚めるときに脳裏に響いた初代ワンフォーオールの声が、それを裏付けているように感じられた。

 

 だから出久は。

 誰よりも誰かを救けたいと願い、駆け抜けてきた彼の思考は、硬直した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 もちろん、ためらいはある。周りがしていることと、真逆のことをする罪悪感。ヴィランの王とも言うべき存在になり上がった存在への、恐怖感。そういう感覚は、どうしてもある。

 

 だがそんな状況であっても、己の命を懸けることができる。緑谷出久という少年は、そういう性根の持ち主だった。

 

 きびすを返す。逃げる人々、逃がすヒーローたちに背を向けて、なるべく人のいない方角へ。

 

 そう思った瞬間、即座に隣に人影が並んだ。

 

「ここで言ったら学生(てめェ)守ろうとこの人員割いちまうもんなァ。ヒーローっつーのは()()()守ろうとするから」

「かっちゃん!」

 

 フォースに目覚め、磨いてきた勝己に、出久の心の動きは筒抜けだった。

 いや、フォースがなくとも出久の思っていることを読むなど勝己には難しくないだろう。決して仲良しではなかったが、それでも親の次に付き合いの長い相手だし、何よりヒーローを志すものとして、優先順位を間違えるわけにはいかないから。

 

 そう。もしもワンフォーオールが。出久が狙われているならば。

 

最初(ハナ)から一択即決だろ」

「街の人たちの安全を最優先……!」

「ワンフォーオールの直後に『こっち向かってくる』だけじゃ正味根拠は薄いけどな……! とにかくてめェは動くしかねぇ」

 

 彼が囮になるだけで、人々は助かる。これはそういう話だ。

 だから出久は駆ける。できるだけここから遠く、離れた場所へ。

 

「……来てくれるの?」

「相変わらず真っ先に自分の命を勘定から外すやつだなテメェはよぉ! 自惚れんじゃねェ! だからテメェはクソデクなんだ!! 大体なぁ、俺にすら一度も勝てねェやつがあのカスに勝てるとでも思ってやがんのか、九代目さんよォ!?」

「ごもっともで……!」

 

 勝己もまた、その隣に並ぶ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、向かう先をその明晰な頭脳で選定していく。

 

 そんな彼らの背中に、

 

「おい! どこ行くんだ!?」

「デクくん!?」

 

 焦凍とお茶子の声がかかる。

 

 これには出久も後ろ髪を引かれる思いだった。心強い仲間たちがいれば、囮になっても生き残る確率はもちろん、怪我を抑えられる確率も上がるだろう。

 

 けれど……ああ、けれど。

 

 それでも、だとしても、この先にみんなを巻き込むわけにはいかない。

 これはひどく分の悪い賭けだ。掛け金は命のみ。それ以外は受け付けられない残酷な賭け。そんなところに、大切な人々を巻き込むわけにはいかない。

 

「あっ……、と、忘れ物! 忘れ物!! すぐ戻るから!!」

 

 だから、突き放すように言い放つ。自分でもこれはないなと思いながらも、ついてこないでくれと半ば願うように。

 

「デクくん……! 待って……待ってよ!」

 

 そんな彼の背中に、お茶子は思わず手を伸ばす。自分では到底追いつけない速度で離れていく、付き合い始めたばかりの恋人の背中に向けて。胸が張り裂けそうになるのを堪えながら、声を張り上げる。

 

 とても嫌な予感がした。もしかしたら、もう二度と彼に会えなくなるかもしれない。そんな気がして。

 

(あ……)

『戦いのときも災害のときも、いつだって好きな人の隣にいる、ちょっと過激な女の子になるのです!』

 

 その一瞬の合間、お茶子の脳裏に親友の言葉がよぎり、つい足が止まる。その隣から、焦凍が飛び出していく。

 

(ああ……そっか、そういうことだったんだ。だから被身子ちゃんは)

 

 その言葉の意味を、真意を、お茶子はようやく魂で理解した。

 

(置いていかれたくないんだ。そうだよね……私もわかっちゃった)

 

 しかし彼女は、けれど、と歯を食いしばる。

 先ほど足を止めてしまったことは、失敗だったと言わざるを得なかった。

 

(ダメだ……今からじゃもう追いつかれへん、見失っちゃう! それに仮に追いつけたとしても、私に何ができる? そもそもこっちだって人手足りてへん!)

 

 悔しい。間違いなくその想いはある。

 想い人の力になれないことが。彼の隣に今並べない己の不甲斐なさにだって、忸怩たる想いがある。

 

 それでも、そこで俯きたくはなかった。立ち止まりたくなかった。彼についていけなくても、できることはいくつもある。

 

 なぜなら、ヒーローとは助け合い。ヒーローとは、救うもの。

 

 だからこそ、

 

(大丈夫……デクくんは必ず帰って来る! だからこれは、ただの役割分担! デクくんがヴィランの足止め、私が避難誘導……そうや、それだけの話!)

 

 あえて愛しい人に背中を向けることを選んで、顔を上げる。

 そこにあったのは、ヒーローと恋する乙女、二つの相反する色が入り混じる顔。くしくも先ほど、彼女が思い浮かべた親友が最近よくするようになった顔であった。

 

「デクくん!! 私!! 待ってるから!!」

 

 その顔のまま、お茶子は声を張り上げた。高らかに宣言するような、一際大きな声だった。

 

「だから!! ……だから、絶対無事に帰ってきてね!!」

 

 既に出久の姿はほとんど見えなくなっている。音速などという遅いスピードでは、なかなか追いつけないくらいに離れてしまっている。

 

 それでも、

 

「うん!! もちろん!!」

 

 声は、確かに返って来た。

 それだけで、お茶子の心には勇気があふれてくる。

 

 その勇気を胸に、彼女は改めてヒーローたちに並んだ。

 

「誰も死なせたりなんかしない……みんな守って、みんな救けるんや……!」

 

 正念場は、ここからだ。

 

***

 

『みんな聞け!! 死柄木()()し南西に進路変更!! 「超再生」を持っている!! もはや以前のやつではない!!』

 

 エンデヴァーからの全体通信を聞いて、私は顔をしかめた。

 

 あの高速の飛行が、ただの跳躍とは。どうやらトムラは随分と人間をやめてしまっているようだ。

 しかも超再生持ちが確定したということは、もう完全に脳無だな。大量の”個性”と人を大幅に上回る身体能力を操る、自律思考が可能な存在。考え得る限り最大級の危険と言っていい。

 

 私がそう考えるのと同時に、グラントリノが猛然と飛び出していった。エンデヴァーが言った南西の方角だ。どうやらそちらにデクがいることを察したようだ。

 私たちも遅れてそこに続くが、「ジェット」の”個性”を持つ彼ほど速くは移動できない。もどかしいが、こればかりは仕方ないだろう。

 

「……っ!!」

 

 そう思った瞬間、私はトムラの悪意を感じた。慌てて立ち止まり、フォースバリアを展開する。

 

 直後、何かがバリアにぶつかってかすかな青い光が周囲で煌めいた。

 美しい、という感想は欠片もない。なぜならこの光の正体は、バリアに衝突した電波だからだ。

 

 ものすごく強力な電波だ。そんなものが、まるで叩きつけられるかのように飛んできた。

 

「うっ、インカムが!?」

「ちくしょう!」

 

 結果として、私たちが身に着けていたインカムはすべて故障してしまった。トムラによって我々は通信手段を失ったのだ。

 

 私はバリアによって防いだが、私だけ無事でもあまり意味はない。

 ただ、万が一にもライトセーバーを破壊されるわけにはいかなかったから、バリアを展開しないという選択肢はなかった。

 

「急いだほうがよさそうね……! イレイザーヘッド!」

「ええ。俺のことは途中で降ろしてくれればいい。マニュアルさん、行きましょう」

「了解!」

 

 グラントリノと同じく、飛行が可能なリューキュウがイレイザーヘッドをいざなう。応じたイレイザーヘッドが、マニュアルを伴ってリューキュウに乗り込んだ。

 

 そして彼らが飛び立とうと……した、その瞬間。

 私は最短距離で前へ出た。リューキュウたちをかばう位置に身体をねじ込み、両手でフォースプッシュを繰り出した。

 

 直後、何もなかった場所に剣を振りかぶったシガラキ・カサネが現れる。斥力がそこに直撃し、彼女の身体を吹き飛ばした。

 しかし彼女は苦もなく空中で姿勢を整えると、見事に着地して見せる。

 

「出た……!」

「いよいよ、といったところですね。皆さん、ここは私にお任せを」

「……すまん! 任せた!」

 

 遠ざかっていく他のヒーローたちを尻目に、私は腰のライトセーバーをフォースプルで引き寄せ起動。ソレスに構える。

 正面には今までと違って不気味なまでに無言を保つカサネが、剣を構え直して私を睨んでいた。

 

 やがて完全に周りから人がいなくなったタイミングで、ようやく彼女は動いた。瞬間移動を駆使した一瞬の攻撃が、私の首めがけて飛んでくる。

 

 だが問題はない。人の身では不可能な期間鍛錬を重ねたヒミコに引っ張られた結果、私のフォースに関する能力は劇的に向上している。

 加えて光と闇の力どちらにも触れたことで、場のフォースがどちらに染まっても私に悪影響は出ない。他に要因があればまた話は別だが、一対一の今、そういうものが入り込む余地はない。

 

「うぅぅらああああぁぁぁ!!」

 

 とはいえ、腕を上げたのは私だけではない。カサネもまた、劇的に強くなっている。

 

 特にその膂力は圧倒的だ。憤怒の”個性”を最初から全開で扱えるようになっているようで、振るわれる攻撃の一つ一つが必殺の威力を持っている。

 

 ともすればかすかに触れるだけでも相応の衝撃を与えかねないそれは、さながらライトセーバーのよう。しかも速さも圧倒的で、息を入れる暇がほとんどない。

 これだけのパワーを振るっていれば、どうしても動きそのものは大雑把になるもの。しかしカサネは瞬間移動を駆使することで、この欠点を克服したようだ。かつて保須で敵対したときとは雲泥の差だ。

 

 しかし今の私にとっては、さほど厳しい攻撃ではない。こうなるだろうことは想定済みであり、だからこそ対カサネを念頭に置いてデクと何回も特訓を重ねてきたからな。

 

 現時点でデクが無理なく発揮できるワンフォーオールの最大出力は、35%ほど。一瞬であれば、50%まで引き出すことができる。

 おまけに今の彼は、ワンフォーオール固有の超パワーに加えて、黒鞭と浮遊の二つの”個性”も併用することができる。その状態の彼と、何度も全力でぶつかり合った。これくらいのパワーとスピードは、もはや慣れている。

 

 加えて、憤怒を全開にしている弊害だろう。カサネの思考や感情は現状極めてシンプルであり、脅威は感じられない。ただでさえ、フォースによって攻撃をされるタイミングや場所がわかるのだからな。

 おかげで危なげなく、カサネと戦うことができる。増幅なしでも、しのぐだけなら十分だ。怒涛の攻撃を一つずつ確実に受け止め、受け流す。

 

 カサネを軽んじているつもりはない。サーナイトアイの予知通りになってもならなくても、まだ温存はしておかなくてはならないのだ。

 それは戦いそのものもそうだし、最前線で治療しながら戦える人員が私しかいないからという意味でも、である。

 

 何より、彼女からわずかに感じる光の気配を信じたいという個人的な考えもあった。

 

 いずれにせよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今はまだ、お互いにこの数か月間の互いの成長がどの程度なのかを確認する段階。いわば小手調べなのだから。

 

「はッ!」

「うぎ……ッ! く……っそッ!!」

 

 攻撃の隙を突いてカサネの膝を切る。

 命中自体はこれで五回目。生憎と切断にまでは至っていないが、この傷は五回の中でも一番重い。人体の動きを阻害するに十分な怪我だ。ちなみに伝わってくる感情から察するに、ヒミコがつけたものと同じ場所である。

 

 これ以外の傷は既に完治してしまっているが、それでもこれでカサネの動きは格段に鈍った。気合いだけでどうにかなるような傷ではないから、当たり前だ。

 

 そんな彼女の眼前に、私はライトセーバーの切っ先を突き付ける。

 

「まだやるか?」

「……ッ、あ……ったりまえだろ……ッ!!」

 

 それを、思い切り剣で振り払われる。動かせないのは今しがた切った膝から下だけだから、こうなるだろうとは思っていた。

 

 ただし、片足の力が入らない状態で振るわれた剣など脅威でもなんでもない。軽く受け流し、返す刀でカサネが剣を持つ手を手首から切り落とす。

 

「チィッ!!」

 

 が、これは失敗に終わった。回避は不可能と察したのだろう、瞬間移動によって私から離れることで難を逃れたのだ。

 

 直後にまた瞬間移動したのだろう、背後から強烈なプレッシャーを感じた。

 この感覚は突きだな。私はこれを、ひらりと跳躍することで回避した。

 

 空中を横切りながら、真下を通り過ぎていくカサネを見下ろしながら……そしてそこから彼女が瞬時に消えるところを見ながら、さてどうしたものかと考える。この少女を無力化するには、どうすべきか。

 

 一応腹案はある。フォースイレイザーだ。

 しかしフォースを介した遠隔の増幅発動を許してくれるほど、カサネは生易しい相手ではなくなってしまっている。六月の頃だったらそれも可能だったのだが。

 

「……む」

 

 だが直後、私は思考を切り替えた。カサネが数回の攻撃ののち、あっさりと離れていったからだ。

 

 攻撃を防いだ際の衝撃を利用して距離を取りつつ着地して、彼女のほうへ目を向ける。まだ先ほど切り付けた膝は回復しておらず、片足を引きずるようにして立っていた。

 

 だがかなり遠い。地平線ギリギリと言っていいだろう。恐らく、彼女の瞬間移動で普通に移動可能な限界距離だろう。周辺が更地になってしまっているからこそ可能な長距離瞬間移動だ。

 かと思えば直後、カサネの姿が消えた。地平線の彼方へ移動したようだ。

 

「あああああああーーーー!! もうっ!!!!」

 

 だが逃げたわけではないことは、直後に響いたカサネの怒号を聞けばわかるというもの。

 

 つまりこれは戦術的な一時撤退だ。彼女はここから、何かをしようとしている。普通に戦うだけでは勝てないと理解して、次の手に出ることにしたのだ。

 それはすなわち、ここからが本番だということを意味している。

 

 だから私も、全力で駆け出した。地平線の向こうにいる彼女には、セーバーの長さを増幅して攻撃することができない。最低でも視界に納める必要がある。

 

「やっぱ100%はダメだ!! これじゃ絶対に勝てない!!」

 

 駆けるさなか、そんな声が聞こえてきた。これも怒号と言うに相応しい大声だった。

 

 そして、私が再び捕捉したカサネは――その身体に、見覚えのある赤い光を纏っていた。

 稲妻のような、赤い光。ワンフォーオールのそれに、よく似た光。

 

「――70%。ここら辺が一番戦いやすいや!」

 

 その光に照らされたカサネの顔が、遠目にもわかるくらい勝気に笑った。今までずっと顔を支配していた憤怒の色は、既になく。

 

 つまるところ、ここからが本番ということなのだろう。

 




原作と違ってかっちゃんに諸々余裕があるので、シンプルに「お前は俺より弱い」で黙らせることができる状況でした。

さて、ここからはマジでほぼずっと戦闘シーンです。おおむね原作通りなので、そりゃそうもなるんですけども。
でも1巻を初めて読んだとき、こんなにエグいシーンが続く漫画だとは夢にも思ってなかったですね・・・(遠い目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.運命の闘い~橙と赤~

 次の瞬間、目の前にカサネがいた。

 攻撃は既に半ば終わっている。白銀の刀身が陽光に照らされて、禍々しく輝いていた。

 

 それをライトセーバーで受け止めれば、バシリと振動音が響く。セーバー同士がぶつかり合ったときによく似た、甲高い衝突音だった。

 

 走る足をとめて、続く攻撃に対応する。右、上、左。瞬間移動を挟んで真上、真下……。

 

 矢継ぎ早に放たれる攻撃を、焦ることなくソレスでいなしていく。断続的に衝突音が響き続ける。橙色の光と白銀の刃が、更地と化した廃墟に幾度となく閃きあう。

 

 だがカサネの攻撃は、先ほどよりも明確に威力が下がっているというのに、対処が難しくなっていた。

 巧くなっている。剣筋から、何より立ち回り方から、猪突猛進とも言うべき勢いが消えている。無理に押し込もうとはせず、冷静かつ柔軟に次の手に切り替えていく戦い方だ。

 

 それでいて、攻めるときは躊躇なく踏み込んでくる。マカシにも似たこの動きはいまだ粗削りの我流とはいえ、間違いなく明確な術理に裏打ちされた技。剣と戦うための剣術そのものだ。

 

 なるほど、憤怒の出力を落とすことで冷静な戦術眼と思考力を取り戻したか。これが今のカサネ本来の実力なのだろう。本当に強くなったな、この子は。

 

 何せ先ほどまでのようにカウンターを挟み込めるような隙は、ほとんどない。一切ないわけではないところが、いまだカサネが発展途上であると示しているものの……超再生のある彼女にとって、この程度の隙は隙と呼べるほどではないだろう。

 その隙を突いたとしても、ろくなダメージを与えられない以上反撃されるだけだ。むしろ逆効果になってしまう。

 

「むぅ……!」

 

 正面から叩きつけられた重い剣を受け止める。直後、カサネの姿が消えて背後に回り、すぐさま攻撃が放たれる。

 

 向きはそのままに、セーバーだけを後ろに回してこれを受け止めつつ、しかし無理に堪えないで押し出されることにする。

 備えていた身体は、跳躍したかのように前へ大きく動く。これを空気の増幅で行う立体機動で補いつつ、身体をねじって仰向けの形へ。

 

 振り下ろされてきた剣を、そこからさらに立体機動で低空飛行をするように回避しながらも、横回転を加えてカサネの足元を薙いだ。

 

 当然のように回避されるが、勢いそのままにくるくると回転を続けることで、接近を牽制しつつ態勢を整える。

 牽制は回転斬りをするセーバーだけではない。回転しながらセーバーの切っ先で地面を触れることで、土砂をまくり上げて砂塵を巻き上げさせている。

 

 カサネの瞬間移動のためには、視界が必要だ。見えていないところには移動できない。

 もちろんそれは彼女も理解しているので、すぐに砂塵を晴らそうとフォースプッシュがかけられた。

 

 しかし私が放ったフォースプッシュのほうが強い。砂塵はカサネのほうへと吹き飛んでいく。

 

「チッ!」

 

 舌打ちの音が聞こえてくる。苛立った様子ではあるが、しかしプッシュの押し合いの不利を悟って即座にプッシュをやめた辺り、やはり冷静だ。

 

 空中にカサネが出現する。真上に瞬間移動したのだ。

 確かにそこからなら、私の場所も丸見えだろう。一瞬、空中の彼女と目が合った。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 すると瞬間移動してきたカサネの攻撃は、すれすれで私に当たらなかった。

 

 カサネの瞬間移動は、運動を伴う直線移動ではない。距離や障害物を無視して、目的地に即座に到達する。

 であればこそ、タイミングを合わせて前に出ることができれば、移動後の互いの位置関係をずらすことができる。カサネが移動した先に既に私はなく、彼女の攻撃は不発に終わった。

 

 その隙を突く形で、振り返りながら攻撃を放つ。私が直前までいた場所に攻撃をしかけていたカサネの背中めがけて。

 

「っく、っそ!」

 

 コンマ遅れてカサネの身体が離れた場所に出現する。

 だがそれも見えていた。だから私は、薙ぎ払いながらセーバーの長さを増幅していた。

 

 慌てて瞬間移動したカサネの移動先は、単純に距離を取っただけだった。距離があるだけで、私の前方であることには変わりない。

 

 だからこそ、伸ばしたセーバーはそのままカサネを捉えた。

 

「ぅわッ!?」

 

 かろうじて防御が間に合ったカサネだったが、あくまでかろうじてだ。不安定な防御はセーバーの勢いを受け止めきれず、大きくバランスを崩した。

 

 この隙を逃さず、私は長さを再増幅した突きを放つ。カサネが小柄なぶん狙った地点を正確に貫くことは難しく、利き手を狙ったつもりが二の腕周辺を貫く形になってしまったが、ともかく彼女の身体に穴が開いた。

 

「舐めるな!」

「舐めてなどいない」

 

 しかしこの位置関係であれば、向こうからもこちらが見えている。当然瞬間移動で攻撃にそのまま転じることができる。だからカサネは一撃を喰らってもひるむことなく、私に追撃させる間もなく反撃に転してきた。

 

 だがそれも想定内だ。というより、これくらいはやるに決まっているというある種の信頼があった。

 

 目の前まで転移してきたカサネに言い返しつつ、互いの間の空気を増幅。軽い爆発音を響かせながら、膨張した空気に押し出されて私は後退。カサネの攻撃を空振りに終わらせた。

 

 かなり近い位置だったので、カサネの体勢が再び崩れる。その身体を、フォースを使って地面に叩きつけた。

 

「ぐぇッ!?」

 

 本来はジェダイのやることではない。だが今の私はどちらも使う。光の力も闇の力も、分け隔てなく。それが今の私の在り方だから。

 

 うつ伏せになったカサネを、フォースプルで引き寄せていく。

 

「こ……んのッ!」

 

 だがずりずりと引き寄せられてくるさなかに、カサネはフォースライトニングを放ってきた。

 

 これにはさすがに攻撃だけにかまけてはいられない。フォースプルをフォースバリアに切り替え、押し寄せてくる電撃を手のひらで押しとどめる。ライトニングの威力によって手が、身体が少しずつ押しのけられていく。

 

 そうこうしているうちにカサネが態勢を立て直した。まだライトニングの処理が終わっていない私に、ここぞとばかりに切りかかって来る。

 

「甘いぞ!」

 

 そこに、今まで受け止めていたライトニングを跳ね返す。私自身のフォースを混ぜることで、ライトニングはそのまま威力を上げてカサネに襲い掛かった。

 

「ああああッ!?」

 

 フォースライトニングはただの電撃にあらず。攻撃の意図が込められた破壊の一撃であり、それによって生じる痛みはただの電撃の比ではない。

 カサネもまた、その痛みに驚いて悲鳴を上げた。痛みを逃すように、その身を悶えさせる。

 

「負……ける、もんかぁ!!」

 

 それでも彼女は怯むことなく、踏み込んできた。痛みも麻痺も、超再生任せということではない。これは明確に、己の限界を超えた踏み込みだ。

 

 ああ、そうだな。プルスウルトラ。さらに向こうへ。それは何も、ヒーローたちの特権ではない。人が人である以上、それは等しく誰にでも与えられた権利だ。もちろん、ヴィランであっても。

 

「それは……こちらのセリフだ……!」

 

 だがだからと言って、素直に踏み越えられるつもりなどない。

 私はフォースライトニングを返し終えると同時に、全力のフォースプッシュを放った。眼前に迫りくる剣を、それで受け止める。白銀の切っ先が、私の手のひらの手前で斥力に遮られてピタリと止まった。

 

 さらにその直前から、私の身体は動いていた。剣の動きが斥力に阻害されて動きが鈍り始めたタイミングで前に踏み出していた。

 そうして、カサネの剣が止まったその瞬間に、橙色の剣閃がカサネの身体を逆袈裟に切り裂いた。

 

「ぐぅ……!」

 

 とっさにのけぞって直撃をかわしたカサネが、うめき声を上げながら消える。

 即座に私が後方へ振り返れば、数歩の先に立つ彼女の姿があった。

 

 しかしカサネに傷を気にする様子はない。常人であれば今しがたできた傷に手を当てるなどしているだろうに、彼女はそうなるだろう手を剣の腹に当てていた。

 

「まだだ……! まだ……ボクは……! 負けてないッ!!」

 

 その手が勢いよく振り抜かれる。まるで刀身をなでるかのような動き。

 しかしそれに合わせて、カサネの身体を覆っていた赤い光が剣に移っていく。白銀だった剣が、赤い輝きに包まれていく。

 

 私は思わず瞠目した。カサネの身体から赤い光が消え、代わりにその赤い光を宿した剣の姿は……シスのライトセーバーを想起させるものだったから。

 

「てぇぇやああぁぁッ!!」

「ぐっ!?」

 

 驚く間もなく、瞬間移動に伴う攻撃が再び放たれた。

 

 だが、その威力は先ほどの比ではなかった。憤怒は100%でないはずなのに、その威力は100%だった頃の一撃よりも重く、強く、激しかった。万全の態勢で受け止めたにもかかわらず、私の身体はこれを抑えきれず吹き飛んでしまう。

 

 なるほど。あらゆる身体能力を強化するのが彼女の”個性”だ。

 その力が100%発揮されていない状態で生じる稲妻のような赤い光は、身体に回しきれなかった余剰分のエネルギーが体外に放出されているから。

 

 ではその無駄になってしまっている余剰エネルギーを、持っている武器に付与できたらどうなるのか。これがその結果ということなのだろう。

 

 つまりこれは、私が自身の攻撃力というひどく曖昧な概念すら増幅して、非力な矮躯の欠点を補っているのと同じことだ。カサネは手にした武器を自身の肉体の延長であると認識を改めることによって、それを実現したに違いない。

 

 だが問題はそこではない。今一番の問題は、一瞬とはいえフォースによる競り合いで上回られたことだ。この威力の高さを、私は読み切れなかった。

 油断はしていない。であれば、差が縮まっているのだろう。カサネがこの戦いの中で成長し続けているということだ。

 

 ……いけない。少し、楽しくなってきた。己の口角が上がる気配がわかる。

 

「おりゃあ!!」

「……!」

 

 それでも私の憂慮などおかまいなしに、追撃が来る。地面に穴を空ける勢いで踏みしめて、カサネが私に突っ込んでくる。態勢を崩している今、この攻撃を防ぐ余地は普通存在しない。

 

 しかし今の私には”個性”がある。ゆえに立体機動を用いて攻撃の機動から離れ、すれすれのところを通り過ぎていく赤い光刃を回避。

 同時に身体に回転を加え、振り下ろされた刃を横から振り抜ける。力に加えて運動エネルギーを与えられた攻撃が、剣を大きく弾いてカサネの身体もわずかに泳いだ。

 

 だがその状態にありながら、カサネの剣を持っていない側の手は私に向いていた。手のひらがまっすぐ、私に向けられている。

 まずいと思ったときにはもう、私の身体はフォースプッシュによって大きく吹き飛ばされていた。仕方なくこの勢いに無理に逆らわずに吹き飛ばされることにして、着地に備えることにする……が。

 

 ()()()。直感でそうわかった。次に来る攻撃を完璧に対処できる逃げ道が存在しない。

 

 私がそう判断した直後。フォースプッシュと同時に、カサネは動いていた。本来であれば攻撃の範囲外であるはずの場所で、思い切り剣を横に振り抜いた。

 

「飛んでけ!」

 

 すると、剣から赤い光の剣閃が放たれた。斬撃が、光を帯びて()()()()()

 

「く……!」

 

 分厚く長大な赤い斬撃が、地面と平行で飛んでくる。横に回避する余地がない。

 避けるならば下か上の二択だが、下となると這いつくばるくらいに姿勢を下げないと回避できない。であれば、実質答えは一択だ。上しかない。

 

 しかし上に逃げたところで……ほら。そこには既にカサネが瞬間移動で飛んできている。

 

「おりゃあ!!」

 

 赤い刀身が叩きつけられる。ここからでは防御も回避も間に合わない。

 

 だからここは、切り札を切るべき場面。超再生のない私が、これを喰らうわけにはいかない。

 

「全能力増幅!」

 

 瞬間あらゆる力が向上して、一瞬の全能感が身体を駆け巡る。

 その全能感に身を任せ、空気を膨らませた勢いで空を飛んだ。増幅による一時強化のおかげで、先ほどまでなら不可能だった速度で動ける。おかげですんでのところで攻撃を回避できた。

 

 だが、カサネはこれ以上距離を取らせるつもりはないらしい。空中から、再びあの飛ぶ斬撃が次々と放たれる。

 私の移動経路を塞ぐ軌道で続けられるそれを、先ほどまでとは次元の違う精度、速度で回避しながらしっかりと距離を取る。

 

 途中、ふと思い立ってセーバーの長さを増幅しつつ、飛んでくる斬撃を打ち払ってみた。セーバー同士がぶつかったような音が響き、軌道が変わる。

 

 どうやらライトセーバーであれば、防ぐことは一応可能らしい。

 ただし、現実的ではない。下手に受け止めた直後、瞬間移動で死角に入られればどうしようもないからだ。

 

 これは逸らすまでが精々と言ったところだな。最善はそもそも放たせないことだが……そう簡単にはいかないだろう。

 なにせ剣を覆うあの赤い光は、カサネにとっては余ったエネルギーでしかない。コストパフォーマンスは、かなりいいと見ていいだろう。

 

 実際、今の短い攻防で放たれた飛ぶ斬撃の数は、二桁に近い。気軽に放てる遠距離攻撃ということだ。やりづらいことこの上ないな。

 

「ふふ……やった。やっと本気にさせれた。やっとオマエと同じところに来れた!」

 

 地面に降り立ち、油断なくセーバーを構え直す私に、カサネから声が飛んできた。

 爛々と輝く、赤い縁取りに囲まれた金色の瞳。白い歯を剥き出しにして笑う彼女の様に、私は確かにシスの暗黒卿の姿を垣間見た。

 

「……そうだな。まったく、この短期間で随分と成長したものだ。想像以上だよ」

 

 それでも、見える。

 大きく、深く、濃い闇の中。闇に包まれた彼女の心の奥底……彼女の根幹ともいえる場所に、きらきらと瞬く小さな光が見える。

 

 であるならば。

 

 かつてルークがそうであったように。レイがそうであったように。

 私もまた、シガラキ・カサネという闇を恐れない。恐れる理由など、どこにもないのだ。

 

 だからここからは、戦いではない。

 剣と剣を交えるものであっても……ここからは、対話の時間だ。

 




やはりですね、本編中でライトセーバー同士の戦いはやっておかねばならんだろうと常々思っていたので、それが今回ようやくやれました(などと供述しており

いやセーバーではないんですが。飛ぶ斬撃とかもやってますし。
でも襲の個性である憤怒をOFAに似たものにした理由の何割かは、剣を赤く光らせてセーバーデュエルの図にするためなのは本当です。
ルークとヴェイダーもしくはレイとレンっぽい構図も意図的です。ここだけほぼスターウォーズの絵面。

まあオリキャラ同士の戦いという構図にはボク自身思うところありますし、読者の中にはこういうタイプのシーンが苦手という方がいらっしゃることもわかってはいるんですけど、こればっかりは何卒ご容赦いただきたく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.運命の闘い~少女と巨人~

 一方こちら、蛇訝山荘からお届けします。トガです。

 

 コトちゃんにギガントマキアが起きたことを伝えたあと、私とルクセリアさんは揃ってマキアに追いかけられていました。すっごくヤな鬼ごっこです。

 

 なんで追いかけられてるかっていうと、私たちが仁くんとマスタードくんを抱えてるから。

 どうやら弔くんのところに連れてこうとしてるみたいです。マキアの思考は単純なので、マインドプローブしなくってもよくわかります。弔くんからみんなでおいでって言われたんですね。

 

 なので私たちが仁くんたちを奪い返されないうちは足止めにはなるってわけなんですけど、こんな鬼ごっこやってたら命がいくつあっても足りません。マキアには周りに配慮するって発想がないので、全部轢き潰しながら追いかけてくるんですよね。

 せっかくなので解放戦線のほうに逃げて、解放戦線の人たちを吹き飛ばすのを二回やりましたけど、そろそろ限界です。何せこっちは意識のない人間を抱えながらなので。

 

 ちなみですけど、巨大化した状態のマウントレディが倒されても倒されても何度でも立ち上がって、そのたびにマキアにくらいついてくれているので、これでもだいぶマシです。本気で追いかけられてたら、さすがに私たちとっくに死んじゃってます。

 ありがとうございますマウントレディ。いつかお礼しないとですね。

 

『トランシィ! 準備ができましたわ!』

『こっちもようやく片付いた! 今からそっち行くよトランシィ、ルクセリア!』

「わぁい待ってました! 合図したらお願いしますね百ちゃん!」

『お任せください!』

 

 そこに、百ちゃんとホークスから通信です。これで、やぁっと反撃できますね。

 

「やっとですか! 私はもうギリギリですよ……ひぃー、息が上がる上がる! もう無理! 三十連勤のほうがまだ少しマシ!」

 

 ルクセリアさんがゼェハァ言ってます。正直私もかなりしんどいです。でもたぶん、三十連勤よりはマシだと思います。

 

 どっちにしても、ここで立ち止まるわけにはいきません。だからここはプルスウルトラなのです。

 

 と、そんな私たちの頭上に、空から人影が一つすごい勢いで降りてきました。

 

「ごめん待った?」

「はい、とっても待ちました! 遅いですよぉナンバーツー!」

「ははっ、そんなこと言われたの久しぶりだ!」

「ふぃ……彼らのことは頼みます、ホークス!」

「あいよ、ホークスの特急便確かにお預かりしましたってね!」

 

 木々の合間を抜けて私たちのすぐ真上に来たホークスに、仁くんとマスタードくんを任せます。

 

 ホークスでもさすがに二人同時に抱えるのは難しいですが、彼の”個性”なら同時に複数の人を高速で運搬できるのは九州の事件でわかってます。

 あのときみたく、複数の羽根を操って二人の身体を刺激どころかほとんど揺らすことなく、あっという間に予定していた方向の空の彼方へ連れ去っていきます。

 もちろん彼自身も一緒。これで私たちは自由になりました。

 

「同志!」

 

 もちろんマキアがホークスを追いかけようとしますが、遅いです。速すぎる男、なんて言われるホークスが本気で、しかもホームグラウンドである空で逃げに徹したら、さすがのマキアでも追いつけません。

 

 マキアの背中に乗ってる連合のみんなが、ホークスの行動に色んなリアクションをしているのがかすかに聞こえてきます。裏切り者、って叫んでるのはスピナーくんかな?

 

 そんな彼らを気にする余裕がないのかわかりませんが、ともかくマキアが思いっきりジャンプしようとしました。ホークスに持っていかれた仁くんたちを取り戻そうってことでしょう。

 

 ですが、マキアがジャンプすることはありませんでした。

 

「さ……せ、るッ! もん、ですっ、かああぁぁっっ!!」

「ぐおぉぉ!?」

 

 何度も投げ飛ばされて血まみれになりながらも、根性で追いついてきたマウントレディがその足につかみかかったからです。

 ギリギリのところで押しとどめられたマキアの身体が、思いっきり前に倒れます――が。

 

「うーん、さすが百ちゃんいい仕事なのです」

 

 その先には、百ちゃんが仕掛けていた罠が待っています。

 おかげで地面に顔から倒れ込んだマキアの身体が、そのまま地面に沈んでいきました。

 

 百ちゃんにはあらかじめ、特定の地点まで誘い込んだマキアを捕まえる罠をしかけてもらってました。私にはまったく思いつかなかったので、全部任せちゃいました。こういうのはできる人にお願いするのが一番なのです。

 この感じだと、どうやら百ちゃんの作戦はB組の骨抜くんが中心みたいですね。彼の”個性”は柔化、なんでも柔らかくしちゃうのです。きっと地面を柔らかくして、その中に沈めたんでしょう。さすが百ちゃんなのです!

 

 とはいえ、完全に沈み切ってはいないみたいです。これは単純にマキアが大きいせいですね。ちょっと深めの水たまりにはまったくらいの感じになってます。立ち上がられるのは時間の問題でしょう。

 なので、合図を送ります。

 

「百ちゃん、お願いします!」

『お安い御用ですわ!』

 

 するとこの群訝に配置されてた雄英のみんなが、後方に下がっていたみんなが、A組B組の垣根を超えてマキアに殺到しました。

 別にマキアを倒そうってわけじゃありません。あれは足止めをしてくれているのです。私が所定の場所に着くまでの時間稼ぎなんです。

 

 ……できればイライラさせてくれるともっといいです、とは言いましたけど、あんなに前に出なくてもいいんですけどね。やっぱりみんなヒーローなのです。

 本当、お友達がみんなあんなにもカッコいい! その事実に思わずにっこりしちゃいます。

 

 でも、心配は心配です。マキアがどれだけ強いか、ナイトアイの予知を聞いて知ってるだけに。

 

「……無理しないでくださいね。みんなでまた一緒にパーティするんですから」

『ええ、もちろん! でも大丈夫ですわ。だって私たち、トランシィがなんとかしてくれると信じておりますもの!』

「……えへへ。がんばります!」

 

 百ちゃんはこういうとき、ストレートに言ってくれるから私好きです。私もアケスケちゃんなので、おんなじなのです。嬉しいです。

 でも、信じてくれるのはもっと嬉しいです。

 

 コトちゃんがいなかったら、まず間違いなくこっちにはいない私。きっとマキアの背中に乗ってただろう私のことをただのトガとして、一人の女の子として扱ってくれることが、とっても嬉しいのです。

 

 だから私も。私を信じてくれるみんなのために、私も!

 

 そうでしょ、ますたぁ? そうでしょ、レイちゃん!

 

「コバエはキリがない……!」

 

 マキアが地面を耕しながら立ち上がります。周りにいたみんなが土砂に少し巻き込まれながらも、なんとか無事に退避していくのが見えました。よかったぁ。

 

 一方私はというと、マキアのいるところがまっすぐ見える、遮るものがほとんどない場所に一人到着していました。私はここを目指していたのです。

 

 そしてここで、コトちゃんに。私が愛する、この世で一番大切なヒーローに変身します。

 低くなる視点に構うことなく、変身で生み出されたコトちゃんのヒーローコスチュームから、ライトセーバーを左手に持ちます。右手には、自分のセーバーを。

 

 そうして展開した二振りのライトセーバーは、どっちもオレンジ色。私とコトちゃんの色です。

 

 ある人はこれを、闇に向かう夕焼けの色と言うかもしれません。それも正しいと思います。

 でも同時に、光に向かう朝焼けの色だとも思うのです。

 

 だからこそ、これほど私とコトちゃんに相応しい色はないのです。だからこそ、オレンジは私たち二人の色なのです。

 

「『増幅』発動。対象――」

 

 あんまりやったことがないジャーカイの動きをきちんと頭の中に思い浮かべながら、その場で動きながらコトちゃんの”個性”を使います。

 

 やることはもちろんこれ。

 

「――刀身! 伸びろセーバー!!」

 

 その瞬間、二つのオレンジ色が遠い遠い彼方にまで到達します。

 カイバークリスタルが増設されて出力が強化された輝きは、どんなものでも切り裂くプラズマの剣。二本のそれが、閃いて。

 

「うごおぉぉ……!?」

 

 ギガントマキアの、両腕両脚が。

 切り離されて、宙を舞いました。

 

 と同時に私はセーバーをどちらも収め、切り落とされた両腕両脚が被害を出さないように、フォースを使って落下速度を和らげます。

 

 私一人だと、絶対無理です。でもここにはもう一人、フォースユーザーがいます。二手に分かれたので一緒にはいませんけど、ルクセリアさんはルクセリアさんがやりやすい場所で、私と同じようにフォースを使っているはずです。

 私やコトちゃんに比べて足らない出力を、どんな”個性(妄想)”で補っているのかは考えたくないですけど。

 

 緩やかに落ちていくマキアの両腕と両脚。それに先んじて、マキアの身体が地面に倒れ込みました。

 

「確保ォ!!」

 

 誰かの声が聞こえてきました。たぶん、プロヒーローの誰か。

 

 続いて、マキアの背中に向けてたくさんの人影が殺到するのが見えました。連合のみんなを逮捕するために、プロヒーローたちが飛びかかったのでしょう。

 

「……みんな無事だといいんですけど」

 

 元に戻りながらつぶやきます。ヒーローとヴィランに分かれてはいても、やっぱり連合のみんなはお友達なので。

 マキア? あの人とは面識がないので、別に。

 

「……うん、私はこれ以上お手伝いしないことにしましょう」

 

 ということで、私は休憩することにします。収納用のポッケからコトちゃんとお揃い(相澤先生ともお揃いなのが気に喰わないですけど)のゼリー飲料を取り出して、栄養補給です。

 

 だって疲れました。結構な時間、ほとんど全力で走ってたんです。それも仁くんを抱えて。

 ここから大捕り物に参加するなんてしんどいこと、したくないです。ヤです。

 

 何より、コトちゃんのほうが心配です。一刻も早くコトちゃんのところに行きたいです。

 

「あ、蒼い火。荼毘くん……燈矢くん、相変わらず派手ですねぇ……」

 

 ヒーローのほうが数は多いですけど、荼毘くんとマグ姐はとっても強いですし、ミスターもなんだかんだでデキる人です。スピナーくんだって前よりは強くなってるらしいので、案外全員捕まらずに逃げきっちゃったりして。

 

 それはそれで、私は構いません。だってそれなら、みんなと会えますしね。

 

 でも今は、とりあえず……。

 

「おーい!」

「ことちゃーん!」

「トランシィ!」

「はーい! ここでーす!」

 

 退避してきた雄英のみんなと、お互いの無事を喜ぶことにしましょう。

 それから、ケガも治してあげないとです。

 

 だから私は大きく手を振って、駆け寄ってきたみんなに飛び込んだのです。

 

 まあ、マキアに対してやったことについてはちょびっと怒られましたけど。ヒーローとしてどうなの? って感じで。

 でも他に方法がないことはみんなも理解はしてるみたいなので、本当にちょびっとでした。

 

 どっちみちあれ、きちんと許可もらってやってますからね。他に方法はない、って偉い人たちも認めてるのです。だから私は何にも悪くないのです。

 やっぱりコトちゃんはすごいのです。きちんとお願いして、許可が下りれば何をしても大丈夫ですもんね! 最初に教えてくれたこと、私ちゃんと覚えてますよ!

 

「あ、ホークス」

「む、いずこに?」

 

 ということでひとしきりお互いの無事を喜びつつ、ケガの治療をしていると……頭上をホークスがすごいスピードで飛んでいくのが見えました。響香ちゃんが思わずつぶやけば、弟子の常闇くんがそわっとしながら聞きます。

 

 二人に少し遅れて、私たちも空を見上げます……が、そこは速すぎる男と言われるだけあって、もうどこにも姿は見えません。

 

「もう行っちゃったみたい」

「さすが速すぎる男……カッケェなぁ!」

 

 三奈ちゃんと切島くんの言葉に、色んな反応が起こります。大体はホークスを見れなくてがっかりだったり、さすがだなぁって感じの感想がほとんどです。

 

 けど、私は一人だけは違います。ホークスが向かったのが病院のほうってことに気づいてる私は、自分一人だけあっちに行くなんてズルい、って感想が最初に浮かびました。

 私だって早くあっちに行きたいです。コトちゃんと合流したいです。

 

 ということで、はいどーん! ブレスレット型の超圧縮収納装置を解放すれば、こんなこともあろうかと準備していたスピーダーバイクの登場です! しかも空を飛べる、エアスピーダーバイクなのです!

 

 なんであるかって言えば、もちろん私がファルコンに積んで地球に持ち込んだから。あるからには有効活用しないと、ってことで、私とコトちゃん共用のサポートアイテムとして登録済みなのです。一つしかないので、今回は私が持ってます。

 

 免許に関しても問題ないです。だって今の地球に、スピーダーを規制する法律なんてどこにもないですからね!

 

「……行くのか」

 

 エアスピーダーバイクにまたがる私に、障子くんが聞いてきます。

 返事は当然、「もちろん!」です。これを聞きつけて、みんなの視線が私に集中しました。

 

「……まあ、今ならトガが抜けても大丈夫か」

 

 瀬呂くんの言葉を皮切りに、みんながそれもそうだなと声を上げます。

 

「実際戦線側はもう壊滅状態っぽいしなー」

「あんな心臓に悪いトレイン、二度としてほしくねーけどな……」

「エグかったよね……そりゃ効率はよかったかもだけど、遠目に見てる私たちは気が気じゃなかったんだから! がんばって偉い! よしよししてあげちゃう!」

 

 上鳴くん、峰田くんに続いた透ちゃんが、飛び込んできてよしよししてくれました。

 えへへ、頑張りました。褒めてもらえると嬉しいです。心がふわふわします。思えば、こういう経験もみんなとお友達になるまでなかったですね。

 

 そんな私を見て、みんながしょうがないなぁ、って言いたげに苦笑しました。そのまま私に思い思いの形で行っていいよって示してくれます。

 

「ここはボクらに任せて、君は愛しのマドモアゼルのところに行きなよ☆」

「ええ。ギガントマキアが起きたということは、病院のほうでは死柄木弔が目覚めているということ。強力な戦力が必要ですわ。そしてトランシィは、そのお一人です」

「はい! みんなありがとうございます!」

 

 だから私は、みんなににっこり笑顔を返して。

 エンジンをかけたエアスピーダーバイクの頭を、空に向けるのです。

 

 コトちゃん! 今、会いに行きますからね!

 




Q.ギガントマキアが起きてしまいました。どうすればいいでしょうか?
A.刀身を伸ばしたライトセーバーで達磨にします。

数あるヒロアカ二次創作の中でも、ここまでゴリ押しな解決策を出した作品はなかなかないんじゃないでしょうか。
マキア、剛筋によって非常に硬い肉体をしてはいても耐熱能力はないですからね。
どんなに硬く強靭であっても、それだけではプラズマであるライトセーバーへの耐性を意味しないわけで。
おまけに理波の増幅はセーバーの長さを瞬時に伸ばせるので・・・正直なところ、EP5でウォルフラムにぶっ放したときからマキア戦はこれで行くと決めてました。約束された勝利の剣。

なお、達磨になってもマキアの巨体とパワーはもちろん脅威ですが、今に限ってはそこまで深刻な脅威になり得ません。
その理由は次話にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.灰になる

 荼毘は内心で激しく毒づいていた。

 ずっと考えていた復讐。長い時間をかけて念入りに煮込んだ怒りと恨みを、今まさに爆発できそうというタイミングで鍋ごとぶちまけられてしまったのだ。そんなもの、認められるはずがなかった。

 

 だが彼がどれだけ怒りを燃やし、社会を、世界を憎んでも、人間が一人でできることには限界がある。

 ギガントマキアは四肢を失い、地に伏した。群がるヒーローたち相手に身体をもだえさせ、息で、声で対抗しているが、ここからできることがどれほどあるだろう。

 

 そもそも、多くの”個性”を盛り込まれた結果、ギガントマキアは無双の戦闘力を有している……が。その代償に、知力を失っている。

 ゆえにギガントマキアは、命令を文字通りに遂行することしかできない男だった。融通がまったく利かないのである。

 

 そして彼は、主の死柄木弔に命令されている。()()()()()()()来い、と。だから彼には、ヴィラン連合の面々を無視するという選択肢がなかった。

 結果として、彼は背中に乗せたヴィラン連合の面々を気遣い続けなければならず、この状況でほぼ唯一にして最大の攻撃である「転がる」ができないでいる。

 

 彼はもうダメだ。だいぶ粘ったが、遂にMt.レディによって身体を固定されてしまった。すぐ目の前にまで、ミッドナイトも来ている。じきに眠らされるだろう。

 

 それを理解したから……できてしまったから、荼毘は怒りを周りのヒーローたちにぶつけながらも内心はまだ冷静だった。

 こんなところで終わってたまるか。その一心で、この状況を脱する術を考える。

 

 だがどれほど考えても、ここから逆転するための妙案は思い浮かばなかった。

 かくなる上は、上げに上げた火力でゴリ押すしかないか……と考えたところだった。

 

「フゥ……どうやら大ピンチね。困ったものだわぁ」

 

 大立ち回りを演じていたマグネが、ため息交じりにこぼした。妙に色気のある声色だった。

 

 だがその片腕……かつてオーバーホールによって奪われ、今は義手で補っている腕は、完全にもげていた。まだ戦えないわけではないが、それでも戦力低下は否めない。

 

「まさかこのアタシがこんなことする日が来るなんて、思ってもみなかったわ。でもま……そうね。強いて言うなら、ヴィラン連合、嫌いじゃなかったわよ」

「マグ姐? 何を」

「おいおいまさか」

「ふふっ、私はどうやらこれまでみたい。だから……せめて、あなたたちの退路は私に任せてちょうだい! ……おおおおおッッ!!」

 

 だからなのか、彼女は一転して野太い声を張り上げる。それはまさに、雄々しき獣の咆哮と言って差し支えのない大音声だった。

 

 直後、マグネが常日頃から抱えている武器……巨大磁石が粉々にはじけ飛ぶ。まるで散弾銃のように周囲に放たれる磁石の欠片。

 だが何よりも目を引くのは、それらと共に爆発的に拡散した磁力だった。

 

 マグネ――本名、引石健磁。”個性”、「磁力」。射程範囲内の相手に、磁力を付与することができる。男性ならS極、女性ならN極の磁力が付与される。

 そんな力が、マグネを中心とした周囲一帯に無差別にまき散らされた。ヒーローもヴィランも関係なく、今マグネたちがいる戦場にいる全員がこの力を大なり小なり受けることになった。

 

 するとどうなるか。

 

「うわぁっ!?」

「ふ、吹き飛ばされる!」

「ぬおおおーー!?」

 

 大半のヒーローが、てんでバラバラに吹き飛んでいく。

 

 ヒーローとは、肉体を酷使する職業だ。この超人社会であっても男女における肉体の差は基本的に変わらず存在するため、ヒーローは男性のほうが圧倒的に多い職業である。

 

 もちろんこの場も同様。何より、今戦場の大部分を占拠するギガントマキアもまた男性。そして男性にはS極の磁力が付与されることは、先に述べた通り。

 

 だからS同士が弾かれるの(この結果)は、至極当然のことであると言えよう。

 

「ギャー! ちょっとなんなのよ!?」

「すまんレディ!」

「やっ、ちょ、変なところ触らないでくれますぅ!?」

 

 また、わずかに存在する女性ヒーロー(N極)には、男性ヒーロー(S極)が殺到することになった。

 中でも、ギガントマキア同様に巨大化していたMt.レディは大量の男にくっつかれて悲鳴を上げている。

 

 ではヴィラン連合は、というと。

 

 彼らもまた男性中心の組織だ。肉体的に女であるのは、襲ただ一人。そしてその紅一点は今、ここにはいない。

 

「ぬわーーーーっっ!!」

「ま、マグ姐ーーっ!!」

「なんてこった……俺ともあろうものが先を越されるなんてな……!」

 

 ヴィラン連合たち――と、荼毘によって半ば拉致されてきていた解放戦線のスケプティック――は、それぞれがバラバラに空の彼方へと吹き飛んでいった。

 

「みんなは戦い続けて! 私の分も! だってそうでしょう!? 私たち、まだ何も壊しちゃいないんだもの!」

 

 そして彼らに向けて、マグネの最後の言葉がかけられる。志半ばで倒れる悔しさをにじませながらも、はっきりと己の意思を託す。

 

 それでも。いや、だからこそ。

 

「……ッ、っざけんなよ……!」

 

 荼毘の炎は一層激しく燃え上がる。まるで燃料がくべられたかのように。

 

 そんな彼が吹き飛ばされた先は、群訝から少し離れたふもとの街の一つだった。だが今回の作戦に当たって避難対象地区だったために、既にヒーローと警察たちの手によって住人は一人もいなくなっている。

 

 とあるマンションの屋上に設置された貯水槽に落下し、ステンレスのタンクがひしゃげる。溜められていた水が吹き上がる中、幽鬼さながらに身体を起こす荼毘。

 

 周囲には誰もいない。ならばここはもう、逃げるしかない。まだやり直せる。そう判断して、彼は憎悪に顔を歪めながら駆け出した。

 

 幸いにして、避難を完了した街には誰もいない。住人のみならず、避難を指示していたヒーローたちですら、だ。おかげで物資を補給(強奪)しながら悠々と逃げることができた。

 

 その道中、一軒家の屋根に突っ込んで気絶していたスケプティックを回収できたのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 荼毘は彼の性格がはっきり言って嫌いだが、その腕は利用価値がある。コンピューターを自在に操る手腕は、荼毘にはないのだから。

 

「ええい離せ! 自分で歩ける!」

「そう言うなよ……あんたどう見ても頭脳労働派だろ? 役割分担ってやつだよ」

 

 無人と化した街の中を走る荼毘。その肩では、米俵のように乗せられたスケプティックがわめいていた。

 

「私を逃がしたくないだけだろう……! さっき渡してきたデータに何かあるのか!?」

「さすがにバレてるか。ちょーっとテレビの電波に乗せてほしかったんだけど……今は延期かな」

「テレビだと……? 貴様何を考えて……「POWERRRRR!!」ぐわっ!?」

 

 だが次の瞬間、地面をすり抜けて現れた筋骨隆々の拳が、荼毘の鳩尾に容赦なく叩き込まれた。

 まったく予期していなかった方向からの奇襲に、荼毘は対応できずに直撃を喰らう。そのままアスファルトを転がり、彼に担がれていたスケプティックも後に続いた。

 

「がはッ、ぐッ、て、メェ……! やってくれたな……!」

 

 なぜ、とかどうしてここが、とは言わない。そんなことは考えるだけ無駄だから。

 

 だから荼毘はせき込みながらも立ち上がり、その身体からじわりと炎をたぎらせた。

 

「残念だけど、逃しはしないんだよね!」

 

 そしてこれに応じるように、現れた第三者……ヒーロー、ルミリオンは拳を握って見栄を切る。

 

「は……ッ、一人で俺をどうにかできると思ってんのか……? 舐められたもんだな……!」

「そりゃあもちろん……思ってないんだよね!」

 

 ルミリオンの言葉に応じて、荼毘の後ろに二人の人影が現れる。ムカデの身体を持つ男……センチピーダーと、青い肌の女性……バブルガール。ルミリオンも含めて、いずれもサーナイトアイのサイドキックたちだ。

 

「そうかい……じゃあな!」

 

 だが荼毘は即座に反応して見せ、ルミリオンとセンチピーダーたち、それぞれに向けて蒼い炎を遠慮なく放った。

 

「バカ! 私まで巻き添えになるところだったぞ!?」

「なってないんだからいいじゃねェか……おっと」

 

 直後、真下から現れたルミリオンの強烈なアッパーを、すんでのところで回避する荼毘。

 

「む、まさか一発で見破られるとはね!」

「炎の隙間から地面に沈むのが見えた。さっきの攻撃も下からだった。考えるまでもないだろ」

「なるほど目がいいんだね! もったいない!」

 

 大して腕を伸ばさずとも手が届くほどの至近距離で、荼毘に攻撃を断続的に放つルミリオン。だが荼毘は、そのすべてを紙一重で回避していく。

 

 ルミリオンは、学生どころかプロヒーローを含めても、高い戦闘力を持つヒーローだ。そんな彼の攻撃をさばけるのだから、いかに荼毘の能力が高いかがわかる。

 

 それでも、ルミリオンに焦りはない。

 

「チッ」

 

 戦いの後ろから、ムカデが鞭のように伸びてくる。センチピーダーの腕だ。縦横無尽に動くそれが、荼毘の身体を拘束しようと殺到する。

 

 とっさにそちらに目を向けた荼毘が見たものは、まさにセンチピーダーその人。ただし、五体満足どころか軽いやけどの一つも負っていない万全の状態の、だ。

 

「それなりの火力で焼いたはずだが……あ゛? なるほどそういうことか……」

 

 その荼毘を、さらに複数の泡が光線のように襲う。こちらも無事なバブルガールが放った技だ。

 

 そう、バブルガールの”個性”は、その名の通り泡。荼毘がルミリオンをより警戒していたことをいいことに、二人を大きな泡で包み込んで炎から身を守ったのだ。

 

 前方のルミリオンに、後方のセンチピーダー、バブルガール。彼らの連携は抜群で、荼毘は舌打ちを漏らした。

 泡なんて目じゃない、彼らを一瞬で焼き尽くすほどの炎を出すことはできる。だがそれをしてしまうと、スケプティックも間違いなく巻き込む。

 

 どうしたものか……と一瞬だけ考え、荼毘は即座に決断した。

 先ほど鳩尾に受けた一撃のダメージがまだ抜けていない。この状態でスケプティックを守りながら戦うのは不可能だ、と。

 

 しかし彼をここで見捨てるのは少し惜しい。だからこそ、

 

「ぐえッ!? 貴様何を……」

「逃げる」

「は――ぬおおぉぉ!?」

 

 荼毘はスケプティックの首根っこをつかむと、下半身から猛烈な火炎を地面に向けて放ち空へと逃げた。逃げるさまはともかく、炎で空を横切るその姿は、まるでエンデヴァーのようだった。

 

 しかし、ルミリオンたちに空を飛ぶ手段はない。ルミリオン自身は一時的に超速かつ高度を稼ぐジャンプが可能だが、それはあくまで跳躍。自由に空は飛べない。

 ゆえに荼毘たちは逃げきれる……はずだった。

 

 けれど、そうはならなかった。超速で放たれたワイヤーによって、荼毘が地上に引きずり降ろされたのである。

 

()()()()()()()()()()()()()、貴様を逃がしはしない。違法デニムもここまでだ」

「てめェ……!? 死んでたハズだ、()()()()()だった!」

 

 ワイヤー自体は途中で焼き切ることができたものの、追撃をかわす過程で民家の一角、生け垣に落下した荼毘がうめく。

 

 彼の驚愕も無理もない。今彼の前に立ちはだかったヒーロー……ナンバースリーヒーロー、ベストジーニストは長らく行方不明だったのだから。

 

 その理由は、ヴィラン連合……超常解放戦線に潜入するための手土産としてホークスの手で生贄にされたから。

 そう、彼は一度殺されているのだ。しかも戦線の関連施設でそのまま保管された状態にあった。何かに使えるかもしれないから、と。

 

 だが事実は異なる。彼は仮死状態だった。脳無から着想を得た仮死状態にする手術により、死んだように見せかけていたのだ。

 そしてこの作戦が始まる前に、こっそり運び出されて蘇生が施されたのである。

 

 もちろん、長く仮死状態だったジーニストはまだ本調子ではない。というより、ヒーロー活動ができるような状態ではないのだが。

 それでも今この作戦において、荼毘の不意を突き精神を動揺させるという役目を最も効率的に行える手練れは、ジーニストしかいなかった。だからこその配置であり、今この瞬間まで身を潜めていたというわけだ。

 

「欲をかくから綻ぶのだ。粗製デニムのようにな!」

 

 ジーニストが力を振り絞り、強固な耐熱ワイヤーが荼毘を襲う。同時に荼毘の衣服もジーニストの”個性”「ファイバーマスター」の支配下に入り、荼毘の身体を拘束する。

 

「ワケのわかんねェことを……燃やし尽くしてやッ!?」

 

 これに対抗しようと、荼毘が炎を解放しようとした、その瞬間だった。鳩尾に、再びルミリオンの拳が突き刺さった。

 

 しかしその威力は、先ほどの比ではない。ファントムメナス。複数の障害物を介して弾き続かれる速度を乗せて放つ、ルミリオンの必殺技だ。

 

「逃がしはしない、って言ったんだよね!」

 

 これにより、荼毘は遂に意識を手放した。ジーニストが満足げに頷く。

 

 ……意思の力が、肉体の限界を超えることはある。実際、本来の歴史で荼毘――己を火葬にしてしまった男、轟燈矢はそれをやってのけた。

 

 しかしそれは父と弟にすべてをぶちまけ、社会と人心を震撼させ、あとはすべてを壊すだけとなった段階の彼が起こしたこと。今この世界、この瞬間の彼には、まだそこまで吹っ切れた状態になかった。

 

 もっとも、それを警戒していたからこそヒーロー側はあえて彼への対処に穴を用意していたのだが。わかりやすい逃げ口を作ることで相手の覚悟を固めさせないというやり方は、超常以前どころか紀元前から行われていた戦術だ。

 

 ……倒れる荼毘の身体を、ルミリオンが受け止める。それを見ていたスケプティックは、いよいよ後がないことを悟った。

 荼毘が落下する途中に手を離され、少し離れたアパートの三階に落ちていた彼は、ことここに至っては何もなせぬまま終わるわけにはいかないと、荼毘に託されたデータを世界に向けて解き放つことにした。

 

 彼ほどの凄腕のクラッカーなら、手持ちのノートパソコンからでも十分テレビ局にクラッキングできる。それだけの能力と自負が彼にはあったから。

 

 だが……。

 

「バカな……どうなっている!?」

 

 それは違法捜査も辞さない公安と、とあるヴィランのコラボ案件。まるで待ち構えていたかのように、逆にクラッキングがかけられた。

 

 スケプティックの持つ端末の画面が、キモい猫のようなデフォルメキャラクター(GANRIKI☆NEKO)の画像で埋まっていく。パソコンそのものが乗っ取られていく。

 

「この画像は……まさか!?」

 

 スケプティックの脳裏に、とある記憶が蘇る。それは彼にとって、たった一つの失敗。たった一つの過ち。

 かつて彼の運営する会社のサーバがクラッキングを受け、会社の関連広告すべてがこの画像に染まったことがある。これによって彼が、そして異能解放軍が被った損害は並ではなく、取り戻すのにどれほどの時間と労力を要したことか。

 

 それが今、目の前で再現されている。スケプティックを、その技術を嘲笑うかのように行われる逆クラッキング。あのときとほぼ同じだった。

 

「おのれおのれおのれのれおのれェ……!! 何者だ……どこのどいつだ!! 私の邪魔をするやつは!!」

 

 だからこそ、そんなものを見せられてスケプティックが冷静でいられるはずがなく……ゆえに。

 

()イィィィッ!?」

 

 音もなく背後から忍び寄っていた泡に気づけなかった。

 眼前で弾けたそれを受け、スケプティックは声のみならず身体も悲鳴を上げた。ムカデ由来の神経毒がしみ込んだ泡の飛沫が目に入ったのだ、相応の痛みがあるに決まっている。

 

 悲鳴と共に身をよじり、脊髄反射で目を押さえたその瞬間を見逃さず、

 

「POWERRRRR!!」

「ぐはぁッ!?」

 

 彼にもまた、ルミリオンの一撃が叩き込まれた。

 

「……荼毘、およびスケプティック、確保!」

『よくやった、ミリオ。()()()()()()()()()()()は使えたか?」

「はい、荼毘のほうはジーニストが既に収監してくれてます! スケプティックはセンチピーダーたちが向かってますね!」

『大変よろしい。だが気を抜くなよ』

「了解です、サー!」

 

 ――かくして、炎は人知れず燃え尽き、灰となった。

 

『ベストジーニスト。万全にほど遠い身体にもかかわらずわざわざ()()()()()()()()()()()()()()()、心よりの感謝を』

「礼は不要だ。私は私に繕えるほつれを繕ったまで」

 

 それがすべて、予知から計算され導き出された結果だとは夢にも思うまい。

 




一話まるっと使って荼毘が捕まる話を書いたのは、政府や公安の視点からすると荼毘の優先順位が死柄木兄妹とギガントマキアに次ぐからですね。

ということで群訝側の戦いはこれにて一区切りです。
今後の連合メンバーについては、またのちの機会に。
次からはまた視点が蛇腔に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.ターニングポイント

 いくつかの地点で戦いが繰り広げられている、蛇腔総合病院の跡地一帯。

 その中の一か所、すべての戦闘からほどよく離れた空白地帯にて、死柄木兄妹に置いてけぼりを喰らった殻木球大は、声を枯らして弔に声援を送り続けていた。

 

 彼の専門分野は”個性”であり、恐らくこの分野に関する見識と技術はノーベル個性学賞を受賞したシールド博士をも上回る。

 だが、それ以外に関してはからっきし。彼が持つ「摂生」の”個性”――運動能力と引き換えに高い生命力を得る――の影響もあって動くことは特に苦手だ。

 

 だからこそだろう。彼の周囲には、ニアハイエンド脳無が三体控えている。

 

 この三体の脳無は、ミルコ率いるヒーローたちとの戦いが始まるより早く一目散にここまで来た。

 ハイエンド以外の脳無は、自主的に考えて行動できない。だからこれらは、殻木のために弔が派遣してくれたものだ。そんな弔の不器用な優しさがまるで敬愛する魔王のようで、殻木にはたまらなく嬉しかった。

 

 だがそれも長くは続かなかった。戦いは、すべての地点でヒーロー側優位に進んでいるからだ。

 ニアハイエンド脳無の群れは大規模崩壊を無事に逃げきったヒーローたちに駆逐されつつあるし、襲もまた理波相手に押し切れないでいる。

 

 そして魔王の後継である弔ですら、エンデヴァーをはじめとしたトップヒーローたちによって少しずつ追い込まれ始めていた。いくら弔の肉体強化改造が半ばだったとはいえ、これは殻木にとっては誤算だった。

 

「くそう……くそう……! やっぱりあのとき手に入れるべきは、クラウドじゃなく抹消じゃった! 惜しかったなァあのときは……!」

 

 抹消ヒーロー、イレイザーヘッド。”個性”「抹消」。その目で見たものの”個性”を、次に瞬きするまでの間限定とはいえ一切発動させないという”個性”の持ち主。

 それは、師匠から”個性”としてのオールフォーワンを受け継いだ弔にとっても、天敵と言うほかなかった。

 

 今の弔に使えるものは、ハイエンド脳無同様の超パワーだけ。それだけでエンデヴァーをはじめとしたトップヒーローたちを相手取るのは、さすがに不足と言うしかなかった。

 

 だが逆に言えば、今のヒーロー優位はイレイザーヘッド一人によって支えられていると言っても過言ではない。そこさえなんとかできれば……一瞬でもいい、抹消が途切れてしまえば。

 

 殻木自身にそんな力はない。だが、傍に控えるニアハイエンドなら、なんとかできる。彼は己の発明なら、技術の結晶ならできると自負していた。

 しかしそれをしてしまえば、殻木の守りはゼロになる。守りに一体くらい……などと一瞬浮かんだが、すぐに却下した。

 イレイザーヘッドの周辺は、それなりの人数のヒーローが固めている。三体全部を投入したとしても、絶対に抹殺できると断言できかねる状況だ。それにできたとしても、時間がかかるようでは意味がない。

 

 弔のために万全を期すなら、ニアハイエンドたちはすべて出すべきだ。しかしその状態で一人でもヒーローが来てしまえば、戦闘力のない殻木はすぐに捕まってしまうだろう。それは嫌だ。

 

 嫌だ……が、しかし。それでも、と殻木は覚悟する。

 彼の脳裏にはオールフォーワンと過ごした日々が、さながら走馬灯のように次々と浮かんでは消えていた。

 

 だからこそ、彼は決意した。視界の端、彼に向かって駆けてくるヒーローたち――よりにもよって先頭はミルコだ――を見て、覚悟を決めたのだ。

 

 自身の提唱した個性特異点を、この世でただ一人認めてくれた魔王。己を友と呼び、なにくれと気にかけ手助けしてくれた魔王に、本懐を遂げてもらう。そのためならば。

 

「ワシらの夢が、魔王の夢が終わってしまう……! それだけは許してなるものか!」

 

 ――そのためならば、ワシの命なんぞ捨てても惜しくはない!

 

 プルスウルトラ。さらに向こうへ。理波が言った通り、それはヒーローだけの特権ではない。

 殻木もまた、極限の状況下で壁を一つ乗り越えてしまった。

 

「行けニアハイエンドたち! イレイザーヘッドを抹殺するんじゃあ!」

 

 かくして指示が下される。

 直後、三体のニアハイエンドたちは近づいてくるヒーローたちを無視し、一斉にこの場から飛び出していった。まっすぐ、イレイザーヘッドのいる場所に向かって。

 

 戦局が、また揺れる。

 

***

 

 橙色と赤色が交錯する。何度も何度もぶつかり合い、ときに離れ、くるくると踊るように閃きながらも、二色の光はすぐにまたぶつかる。甲高い音が荒野に響き渡る。

 

 私が負った傷はなく、カサネが負った傷は無数。しかし彼女に既に傷はなく、完全な泥仕合になっていた。

 

 殺すのであれば、こうはならなかっただろう。首を刎ねておしまいだ。

 それができる機会は何度かあったし、それくらいの力量差がまだ彼我の間にはある。

 

 しかしそれは、様々な理由で選択したくなかった。

 

「カサネ、君はなぜ私と戦う」

「うるさい! オマエもアイツも、どいつもこいつもみんな! オマエらヒーローはみんなボクの敵だ!!」

「それが君の信条なのであれば、私に否定はできないな。だが、君の、なんだな?」

「チッ、何が言いたいッ!」

「ヴィラン連合の敵、とは言わなかったな? つまり君の中では、君の目的とヴィラン連合の目的が一致していない。違うか?」

「……ッ! だ……ま、れぇっっ!!」

 

 剣を覆っていた赤い光が減退していく。と同時に、カサネの膂力が上がっていく。私の言葉に集中を乱されて、憤怒が100%に近づいている。

 

 だが彼女の場合、それは必ずしも強化には繋がらない。怒りによって冷静な思考ができなくなり、戦いに支障をきたすから。

 

「また動きが単調になってきているぞ……そこだ!」

「ぐ……っ! くうううぅぅ……っそォ!!」

 

 重く速い()()の一撃を横にいなし、返す刀でカサネの腹を薙ぐ。

 瞬間移動で回避はされたが、完全にとはいかずカサネの腹に傷が走った。もっとも、既に再生が始まっているが。

 

 しかしそんなことはおかまいなしに、カサネが攻撃を再開する。多少の傷などすぐに治るからこそ、それを無視して前に出てくる。なんという破滅的な戦い方だろう。

 

 私はそんな彼女から片時も目を離さず、セーバーで次の攻撃を受け止めた。

 

「私にはわかるぞ、カサネ。迷っているのだろう?」

 

 眼前に迫った銀色。うっすらと赤く光るその向こう、赤い縁取りの金色の瞳を正面から見据える。

 

「……っ、オマエにっ! オマエなんかに!! ボクの何がわかるって言うんだ!!」

「わからないさ。わかるはずもない。私は君という人間のことを、ほとんど知らない。それでも、フォースが教えてくれる。君という人間の心の奥底にあるものを。フォースはすべてのものにあり、すべてを結びつけるものだからな!」

 

 会話の合間に叩き込まれる攻撃をかいくぐり、アタロの勢いと回転を加えた立体機動を重ねた一撃を振るう。

 高まった威力を御し切れず、カサネの身体が弾かれた。剣に宿っていた赤い光が消えた一瞬の合間を縫って放った一撃が、彼女の態勢を崩した。

 

 そのままたたらを踏んで後退する……よりも早く、彼女の身体が掻き消える。瞬間移動で私の背後に回り、それと同時に態勢も修正されている。

 

 けれども、次に何がどう来るかはわかる。フォースがそれを教えてくれる。

 

「君は、トムラのようにすべてを破壊しようとは思っていない」

「……黙れ……!」

 

 後ろに回したセーバーが、剣を受け止める。速やかに重心位置を変え、正面から相対する位置へ移行する。

 

「何より君は、エリを悲しませたくないと考えている!」

「黙れええぇぇぇぇっっ!!」

 

 正面切って放った言葉への返答は、まるで驟雨のような激しい連続攻撃だった。

 

 だが、もうこれ以上のミスはすまい。私は全能力増幅中であることを幸いに、その一つ一つを同じ速さと力で、しかしより冷静かつ慎重に受け流し、回避し、あるいは受け止めながら、言葉を続ける。

 

「君たちが勝てば、今の社会は崩壊する。しかしそうなったとき、エリが喜ぶと君は思っていない! そうなったあとの社会で、エリが笑顔を絶やさず生きていけるとも思っていない! ああ、私もその意見に賛成だ、全面的にな!」

 

 一際大きな音を響かせて、カサネの手から剣が離れていく。私の言葉に心を揺らされたことで、防御がおろそかになったのだ。

 

 そしてこの勢いを殺すことなく、私は続けてセーバーを振るう。橙色の切っ先が、カサネの喉元に突き付けられた。カサネの後方に剣が落ち、地面に突き刺さる。

 

「……ッ!!」

「……ここまでにしないか、シガラキ・カサネ。君にはもうわかっているはずだ。トムラたちがやろうとしていることは、かつて君が……君たちが受けた仕打ちと同じことだと。エリや君のような、手前勝手な理不尽に泣く子供を作るつもりか? それを原点とする、他ならない君が」

「……!? な、んで、それを……オマエが知ってるんだ……!?」

「言っただろう? フォースが教えてくれる。我らは常に、フォースと共にある」

「フォース……ボクの……超能力……?」

 

 思わず、と言った様子でつぶやいたカサネ。その身体から、少しだけ力が抜けたのが見て取れた。

 

 どうやら、なんとかなったようだ。依然として予断は許さないが、少なくともこれで多少の会話はできるはず。

 

 その思った、瞬間のことだった。

 

《こんなところで終わってたまるか……! ――そうさ、これは始まりなのさ。さあ、身体を貸してごらん》

「「……!?」」

 

 私とカサネは、同時に同じ方角へ顔を向けた。

 それも、弾かれるようにだ。一瞬のことではあったが、私たちが受け取った感覚は思わずそうしてしまうくらい、おぞましいものだった。

 

「……弔?」

「いや違う、()()()()()()()()()()

 

 ああそうだ、この気配は断じて彼ではない。

 

 いや……正確には彼()()()()、になるのだろう。今はまだ。

 では彼を彼ならざるものへ変えようとしているものは何だ? 今、彼の気配の上に覆いかぶさり始めたこの気配は誰だ?

 

 決まっている。この特徴的な闇色の気配の持ち主は、この国には一人しかいない。

 

「君もわかるはずだ。むしろ君のほうがはっきりとわかったのではないか? 私は()とは一度しか会ったことがないからな」

「……っ、ウソだ……」

 

 だがカサネは、信じられないと言いたげに喉を震わせている。

 

「ウソだ、そんなことあり得ない! ()()がそんなことするなんて、絶対あり得ない!!」

「フォースは嘘をつかない。受け取った我々が読み違えることはあるが……しかしこれは、まぎれもない現実だ」

「ウソだ……ウソだ……! こんなの、こんなの……!」

「カサネ、目を背けるな! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……うああああぁぁぁぁッッ!!」

 

 私が遮るようにかぶせた言葉を受けて、カサネが猛然と動き出した。

 後ろに手を向けフォースプルを使い、剣を引き寄せる。そのまま白銀の斬撃が、私を襲ってくる。

 

 私はこれを本当にギリギリまで引きつけつつ、回避しながらカサネの身体に手を伸ばした。

 

 そして私が彼女の肩につかみかかった、その瞬間。

 

 私の身体は、カサネと共にこの場から掻き消えた。

 




さあ、終盤でございます。
色々な意味で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.運命の闘い~OFAとAFO 上~

 殻木球大の取った行動は、まさにこの場における転換点であった。

 彼がけしかけた三体のニアハイエンド脳無により、イレイザーヘッドは死柄木弔に対する抹消を続けられなくなった。彼の護衛についていたヒーローたちが対処に当たったが、完全には守り切れなかったのだ。

 

 結果、弔はその枷から外れ。彼をあと一歩まで追い詰めていたエンデヴァーたちを一蹴するに至った。

 

 それだけにとどまらず、弔はイレイザーヘッドをこの世から退場させんとまっすぐに動き出した。弔にとってはエンデヴァーたちよりも何よりも、”個性”を封じるイレイザーヘッドが今一番優先順位が高い敵なのだ。

 それはこの場に駆け付けたショートが作り出した氷の壁によってかろうじて阻まれたが、攻撃は完全には逸らせなかった。

 

 イレイザーヘッドはこれによって顔を負傷し、昏倒。戦線から離脱せざるを得なくなってしまう。いよいよもって弔を縛るものはなくなってしまった。

 

 不幸中の幸いは、味方を省みない弔の攻撃により、イレイザーヘッドを襲っていたニアハイエンドたちがみんな吹き飛んで戦闘不能になったくらいか。それでもイレイザーヘッド以外にも負傷者は出ており、残されたヒーローたちは彼らの対処に当たらざるを得なかった。

 

「さてと……死ね」

 

 ゆらりと立ち上がり、彼はその手を地面に向けた。彼本来の”個性”である「崩壊」によって、ここにいる全員を文字通り崩壊させようという魂胆だ。

 

 だが……。

 

「あ?」

 

 次の瞬間、彼の身体が裂けた。血が激しく吹き上がる。

 

「……さっきまで……のは……まだわかる……肉体の限界を超えて動いた負荷……」

 

 ”個性”を封じられていたため、エンデヴァーたちの攻撃を何度も何度も受けた身体はつい先ほどまで重傷患者のそれだった。

 今は脳無同様の超再生が動いているため、怪我はすっかり癒えているが……にもかかわらず弔の身体はダメージを負った。それも誰から危害を加えられたわけでもないのに。

 

 そう、彼の”個性”は今動いている。なのに突然起こった負傷。その原因は、

 

「……今、何月何日だ?」

 

 オールフォーワンという”個性”が、まだ弔の身体に馴染んでいないからだ。予定よりも早い覚醒は、それだけ弔の身体に負担を強いていたのだ。

 

 大きすぎる力に、身体が間に合っていない。経験していたからこそ、そのことに真っ先に気づいたのはデクだった。

 だからこそ、彼は一人だけ事態を冷静に受け止めることができた。次に備えることができた。

 

「まあいい……触れりゃ終わりだ」

 

 そう言って、壊れかけの身体を無視して地面に手を向けようとした弔の身体を、空へと持ち上げることができた。

 

 歴代のワンフォーオール継承者の”個性”が目覚め、複数の力を操るようになったデクは、最初に目覚めた黒鞭を使って弔を拘束。

 と同時に、最近になって完全に操れるようになった浮遊を用いて浮き上がることで、弔を空へと持ち上げたのだ。地面に触れての崩壊を発動させないために。

 

「ここでお前をとめる! 僕のできるすべてをかけて!」

「空が好きならOFA奪ったあと天国にでも送ってやるぜ! 下のジジイどもも同伴でな!」

 

 伝説の継承者同士、そう啖呵を切り合ったデクと弔は、そのまま空中で真正面から戦い始めた。

 

 それを見て焦燥に駆られたのは、ここまで同行し戦力としても活躍してきたキングダイナだ。彼は弔の言葉を聞いて、弔の目的を悟ったのだ。

 

 弔が何を思ってデクを狙ったのか、その意味を。

 今、弔の身体にある”個性”が何なのかを。

 

「待てデク! 死柄木(カス)がそう言うってことは、()()手段があるってことだ! 算段までついてやがるはずだ! お前が今一番そいつに近づいちゃいけねェんだぞ!?」

 

 だから声を張り上げたが、返事は否であった。

 

「じゃあ他に誰が死柄木を空に留めておける!?」

 

 それを言われてしまえば、反論は難しい。実際今ここにいる戦力で、オールマイト並みの速度とパワーで空中機動戦をできる人間は、デクしかいないのだ。

 

 何せエンデヴァーは力を使いすぎた影響で、身体に熱がこもりすぎてしばらく動けない。ショートが必死に冷やしてくれているが、焼け石に水。

 グラントリノは脚をやられ、”個性”を半ば封じられてしまっている。リューキュウはその巨体がゆえに機動力で劣り、アヴタスこと理波は襲の相手で手が離せない。他のメンツは、そもそも空を飛べない。

 

 だがデクのこの決断は、キングダイナにとっては苦々しいものであった。なぜならそれは、昔からキングダイナが毛嫌いしていた、デクの後先考えない自己犠牲精神の発露に他ならないのだから。

 

(相変わらずあンのクソナード……! マジで自分を一切勘定に入れてやがらねェなクソッタレ!!)

 

 ならばとフォースを用いて援護しようとするが……。

 

「クソが!!」

 

 あまりの速度で動き回る二人に、フォースの行使が間に合わなかった。

 普段、あまりにも自然かつあっさりとフォースを用いる二人の先駆者が、その実非常に神がかった精度と早さを両立させた超技術を用いていることを実感するしかない。

 

 キングダイナの名誉のために言うならば、彼は既に実戦で十分通用するだけのフォースを身に着けている。学び始めて半年程度の人間だと言っても、かつてのジェダイオーダーの多くは信じないだろうというくらいには腕を上げている。

 だが今は、ひたすらに相手が悪かったとしか言いようがない。

 

 しかしだからと言って、ここで黙って引き下がれるほどキングダイナは大人しくはなかったし、殊勝でもなかった。

 

 勝つ。それこそが彼が抱いたオリジンなのだから。

 

「轟! エンデヴァー! 俺につかまれ!」

「何をする気だ?」

「上昇する熱は俺が肩代わりする! 轟はギリギリまでエンデヴァーを冷やし続けろ!」

「俺の最高火力をもって、一撃で仕留めろということか……任せろ」

 

 作戦と言うには急ごしらえな代物。しかしこの状況において、これ以上の策はないだろう。

 それが理解できるからこそ、ショートもエンデヴァーも即座に是と応じた。

 

 そうこうしているうちにも、デクと弔の戦いは続く。空中という身動きがとりづらい場所、かつ黒鞭によって身体のどこかが常に拘束されている弔に、デクの攻撃が次々に撃ち込まれていく。

 最初は蹴りが。続けてすれ違いざまに拳を三発。その後も、その後も。

 

 ()()()()()()()()()()()。ワンフォーオールの100%という限界を超えた攻撃を連発するせいで、デクの拳が、腕が、足が、どんどん弾けて血が噴き出していく。

 強すぎる衝撃で、腕周りや足周りのコスチュームも少しずつ削げていく。露出している場所で内出血がないところは顔くらいしかないのではないかというくらい、どす黒く染まった身体が衆目にさらされる。

 

 それでもデクは止まらない。ワンフォーオール100%の力に真っ向から耐える弔だが、しかしダメージは確実にあり。おまけに再生の速度も、少しずつ悪くなっていることが至近距離ゆえに見えるから。

 今ここで弔を倒さなければ、被害はこの周辺だけに留まらないことを理解しているから。

 

 だから彼は、それに釣り合うものとして、己のすべてをためらうことなく天秤の片皿に乗せる。

 

(僕がどうなろうとも!!)

 

 その覚悟で、彼は拳を、脚を、振るい続けるのだ。

 

 しかしこのまま行くと、敗北するのは確実にデクのほうだ。

 彼は今、今日までに習得したすべての技術を同時に並行してこなしている。初撃で倒しきれなかった以上、これは消耗戦だ。互いのすべてを吐き出すまで続く、地獄の総力戦。

 

 それがわかっているからこそ、キングダイナは動く。フォースを込めた爆破を用いて、以前までの彼ならこの人数を抱えては到底不可能だった速度で空へと上がる。

 

「黒鞭が伸び切ったところを狙う! 俺が出たら二人はすぐに離れろ! 巻き込まれるぞ!」

 

 彼の肩に掴まったエンデヴァーが吼える。隣にいるショートから供給される冷気が即座に消えていく。それほどの高熱が、エネルギーが、今エンデヴァーの体内に蓄積されているのだ。

 

「緑谷……頑張れ……!」

 

 友を案ずるショートの声が、キングダイナの耳朶を打つ。

 

 彼の脳裏には、この日までに積み重ねてきたデクとの、そしてオールマイトとのやり取りがよぎっていた。

 

 少し前、彼はオールマイトに問うたことがある。見せられた歴代のワンフォーオール継承者の記録のうち、一人だけ死因を伝えられなかった人物がいることについて。

 それに絡んで、ワンフォーオールに負の要素が介在しているのではないか。具体的に言えば、寿命を削るのではないかとほのめかせた問いをしたことがあった。

 

 オールマイトはこれに対する明言を避けたが、生来素直で嘘が苦手なオールマイトの内心は、初心者を脱却した程度とはいえ既にフォースユーザーとなったキングダイナには、それなりに読めていて。

 

 それでも、彼は思うのだ。

 彼自身も、デクも。今この社会に生きている多くの人々が、ワンフォーオール(その力)に光を見た。その光を見て、育ってきた。

 

 だから。

 

(たとえワンフォーオールが呪われた力だったとしても……! それは今、間違いなく――!)

 

 ――救うために振るわれている。

 

 だから。

 途絶えさせるわけにはいかない。

 

 何より、一人で行かせるわけにもいかない。

 たとえ今のデクが、頑張れって感じのデクだとしても。

 

 一人の肩に乗せるには、それはあまりにも大きすぎる……。

 

「今だ!」

 

 デクの攻撃を受けて、弔が吹き飛んだ。しかし絡み取った黒鞭が伸び、一定以上には逃さない。

 

 これを見て、エンデヴァーが飛んだ。同時に、キングダイナとショートが離れて落ちていく。

 

(ここだ!)

 

 自由落下のさなか、キングダイナがフォースを放つ。過ぎれば人の息の根を止め得る技。フォースグリップというにはまだ拙い技でもって、弔の身体を固定する。

 反撃しようとしていた身体がかすかに鈍るのに弔は訝り、直後エンデヴァーがその身体を羽交い絞めにした。

 

「エンデヴァー!?」

「離れろ!」

「てめェ……!」

「プルスウルトラ……! プロミネンスバーンッッ!!」

 

 そして真昼の空に、星が生まれた。耳をつんざくほどの音と、すべてを焼き払わんばかりの高熱が放たれる。

 

 急いで離れたものたちは巻き込まれることを免れたが、至近距離で身動きを封じられていた弔に、これを退けることも防ぐこともかなわなかった。

 

 弔の身体が、みるみるうちに炭化していく。もはや再生がまったく追いつかなかった。

 

 やがて、そのときは訪れる。

 

《身体を貸してごらん、弔……》

 

 闇の底から這いずるような声が、弔の中から響いた。

 

 フォースがそれを、伝えていく。宇宙に広がるフォースを通じて、あまねく人々に。

 

 だがそれを聞くことができるものは限られていて。

 けれど今は、その限られた人間がすべてここに集結している。

 

 だからこそ、キングダイナの身体は動いた。他の誰よりも早く、また彼自身の思考よりも早く。

 

 赤黒く鋭い爪が、エンデヴァーとデクを襲う。フォースがみなぎる。

 

「かっちゃん!?」

「このクソデクがよォ……! 一人で勝とうとしてんじゃねェ! 俺がいンだろうが! この!! 俺が!!」

「……! うん……!」

 

 今度はフォースが間に合った。至近距離にいたエンデヴァーは直撃を受けたが、デクはかすめるだけで済んだ。

 

(救けて、くれた……あのかっちゃんが、この僕を)

 

 この事実に、デクの硬直していた思考が緩む。

 

 彼となら。

 ずっとその背中を追いかけてきたかっちゃんとなら。

 

(――一緒に、戦える! 僕は……僕は、一人じゃ……ないっ!!)

 

 その想いを示すかのように、空中で二人の幼馴染が並ぶ。共に同じヒーローに憧れ、共に同じ道を志したもの同士が。

 

 そんな二人が対峙するのは――

 

「俺……の……っ、っ。……それは……襲のものと同じ力かな、爆豪くん? 僕の思う通りにならない力だ……やれやれ困ったな」

「……!? まさか……オールフォーワン……!?」

「出やがったなボスヤロー……!」

 

 ――弔の内より現れ出でた、ここにはいないはずの魔王。

 




本作におけるかっちゃんのライジング回はここなのか、それともデクくんにごめんと言えた回だったのか。
まあ原作と同じく、デクくんを直接的に助けようとすることが一番ライジングっぽい行動かなとは思いますけども。

ただ、かっちゃんは序盤こそだいぶアレですけど、やっぱりなんだかんだでヒーロー、救うものだと思うんですよね。
そうじゃなかったら人気投票で毎回一位取ってないよなー、とね。
まあかといって現実で彼とお近づきになりたいかと言うと、それはまた別の話ですけども・・・(遠い目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.運命の闘い~OFAとAFO 下~

 ふと気づけば、デクは見知らぬ場所に立っていた。

 

 いや、見知らぬという表現は正確ではない。十一月の末頃、真夜中に突然ワンフォーオールが暴発したときこの景色に似た場所を見た。そこでワンフォーオール初代の記憶と、歴代継承者の姿を見たのだ。

 ここはあそこによく似ている。

 

 その点に気づけば、連動して気づくことができた。あのときはわからなかったが、今はきちんと感じられるのだ。この場所に息づく八つの気配が。

 

 いずれも慣れ親しんだワンフォーオールに溶け込んではいるが、それでも確かにある。ワンフォーオールを継承して一年と少し経った今、その気配はデクにとってようやく身近になってきたものだ。

 

 だからこそ、確信できた。ここはワンフォーオールの中であり、デクの心と密接に繋がる精神世界であることが。

 

 だが、どうして、とも思う。なぜここに来た?

 

(僕は確か、蛇腔の病院跡地でかっちゃんと一緒に死柄木弔と戦っていて、でもオールフォーワンの巧みな”個性”の合わせ技に劣勢を強いられて……遂にはその手が頭に……)

 

 と、そこまで思い返してハッとする。

 そのまま周りを見渡そうとするが、身体がうまく動かない。どうやら身体のところどころが黒い靄に包まれていて実体がないようだ。

 

 これ自体は以前にワンフォーオールに呼ばれたときにもあったことだから構わないが、戦況がどうなっているのか。頼れる幼馴染はどうなったのか。死柄木弔は……。気になることばかりだ。

 

「……!」

 

 そんなデクの視界に、何かがぼんやりと浮かび上がった。覚束ない足取り特有の、引きずるような音も聞こえてくる。

 やがて見えてきたのは、先ほどまで戦っていた死柄木弔その人だった。

 

 だがよくよく目を凝らしてみると、様子がおかしい。確かにそれは弔だが、その身体に何かが覆いかぶさっているように見える。

 

 ……いや、違う。そうではない。

 

「出て……来るな……!」

「そうは言っても弔……僕が力を貸さなきゃ炭と化して死んでたし、生きてたとしても落下死だったぜ?」

「黙ってろって……! 言ったろ先生……!! これは俺の意志だ! 俺の夢だ……!」

 

 声を絞り出し、身をよじり、必死に抗う弔の身体から、()の上半身が生えていた。そう表現するしかない有様だった。

 

 そう……それはオールフォーワンによって乗っ取られようとしている弔だった。その様子があまりにも痛々しくて。

 

 ――救けなきゃ。

 

 オールフォーワンを振りほどこうとする弔の顔が、デクにはまるで、救けを求めているように見えた。

 先ほどまであれほど激しく敵対し、殴り合っていた相手なのにも関わらず、デクにはそう見えたのだ。

 

 余人が聞けば、狂ったかと思われても仕方がないだろう。けれども、デクとは。緑谷出久とは、そういう男なのだった。

 救けるという行為に、いっそ病的なまでにこだわる。彼は、そういう人間だった。

 

 だからデクは、前に出ようとして……しかし、いまだ一部しか実体を持たない身体をうまく動かせず、その場にうつぶせに倒れ込むことしかできなかった。これまた実体のない口を、歯噛みする。

 

 そんな彼の頭に、そっと。優しく、誰かの手が差し伸べられた。

 手袋に覆われてはいたが、それは戦うものの手だった。しかし同時に、慈しむ母の手でもあった。

 

「君はまだこの世界で動けない。私()()がなんとかする」

 

 かすかに動く手で地面に爪を立てながら、視線だけを横に向ければそこには……あの日この場所で見たうちの一人。

 ワンフォーオール七代目にして、オールマイトの師匠である志村菜奈がそこにいた。

 

 マントをたなびかせて、彼女が立つ。巨悪に立ち向かい、最期まで戦い続けたヒーローの目が、青年()の身体と心をむしばむ巨悪本人を鋭く見据える。

 

「死して再び会うとはな、オールフォーワン」

「見ろよ弔! すごいぜ死人だ! 君の祖母にして、無能で哀れな志村菜奈がそこにいる!」

 

 対するオールフォーワンは、無遠慮に指先を向けて嘲笑う。

 

「これは転移だよ。臓器移植を受けた人間の性格や嗜好が変化した、という話さ。半ばオカルトのように語られることもあるが、いくつもの事例が報告されている事実だ」

 

 そしてその表情、態度を崩すことなく、嬉々として語り始めた。この状況を把握し切れていないデクをおちょくるように、得意げに始められたそれは、まさに魔王の演説のようであった。

 

「僕は稀に不思議な夢を見ることがあってねぇ……。奪った”個性”の持ち主が罵倒してくる夢。そのたびに落胆したものさ……自分にも人並みに罪の意識があったのかって。

 しかし不思議なことに、その”個性”を手放すと持ち主は二度と夢に出てこないんだ。おかしいよな!? 僕は根に持つタイプだってのに! しかしドクターと出会って原因がわかったんだ。

 臓器……細胞に記憶が宿っていると言われるように、”個性”因子には意識……まさしく”個性”(その人)そのものが宿ることがあるらしい。どうやら僕は”個性”に直接干渉する力のおかげでその意識に触れられる特別な人間だったみたいでね」

 

 ここまで説明されて、ようやくデクも弔も、この状況を理解できた。

 

 つまりオールフォーワンは、あえて”個性”のオリジナルを弔に継承(移植)させることで弔の中に潜んだのだ。世間に追い込まれ、力を求めた弔がドクターを頼ることも。ドクターが保管していたオリジナルを付与することも見越して。

 

 そして今。”個性”に宿ったオールフォーワンの記憶が、意識が、弔を乗っ取りつつある。このままでは、世にオールフォーワンが二人いる、という事態になってしまう。

 

 しかし一方で、ワンフォーオールのことを名前と大まかな力しか知らない弔だけは、まだわからないことがあった。なぜこの場所に、自らの祖母がいるのかということだ。

 

 弔はかつて、無意識に子供の頃の記憶を封じていた。だが泥花での戦いを経て”個性”を取り戻したとき、同時にその記憶の封は解かれている。だから目の前にいる人間が、幼い時分に写真だけで憧れていたヒーローであることも、祖母であることもわかっている。

 だからこそ、余計わからなかった。過去の人間が、なぜここにいるのか。

 

「志村菜奈……おばあちゃん……なんであんたが……」

 

 この質問に答えたのは、やはりオールフォーワンだった。得意げに口を開くと、演説を再開したのだ。

 

「僕の血縁……弟も『”個性”を与える』力で、他人の”個性”に直接干渉可能だった。『与える』”個性”に『力をストックする』”個性”が混ざった結果、人の意識ごと次代へ運ぶ寝台特急になったんだね」

 

 これで弔も、完全に理解した。

 つまりワンフォーオールとは、複数の人間を渡り歩く”個性”。そしてその渡り歩いた中に、己の祖母がいたのだということを。

 

 けれど、だからと言って今の弔が祖母に対して何か特別な感情をいだくことはない。他の人間に対するそれと変わらない、同じ色が向けられるのみだ。

 その色の名は、憎悪と言う。

 

「……ワケはともかくだ。安心しろよ、おばあちゃん。あんたもしっかり憎んでる」

 

 吐き捨てるような言葉。それに対して志村菜奈が何か言おうとするよりも早く、世界が突然きしみ始めた。弔の足元から、地面に、空間に、ヒビが入り始めたのだ。

 そしてそれは、デクに向けてまっすぐに進行している。弔の憎悪が暴風となって、吹き荒れ始める。

 

 デクには誰から言われなくともわかった。ワンフォーオールが、この精神世界が、オールフォーワンによって侵食されていると。

 だが応じる形で両手をかざした志村菜奈によって、侵食は一定の範囲から進もうとしない。理屈はともかく、オールフォーワンによる簒奪に歴代のワンフォーオール継承者が抵抗してくれているのだ。

 

 しかしそれでもまだ足りない。少しずつ、わずかずつではあるが、侵食は進んでいる。

 

「いいぞ弔! 君の憎しみが伝わってくる! 『所有者の意思でしか動かせない』ワンフォーオールの原則を、君の怒りが今侵し始めた!」

 

 これを見て、魔王が笑う。嗤う。

 

 直後、そんな魔王の身体にもヒビが走った。だがそれすらも想定内だと言わんばかりに、魔王は小揺るぎもしない。

 

「おっと……そうだったね……! 僕も嫌われてた。上等だよ……! それでこそ恐怖の象徴……。だがまだ足りないようだ――」

 

 そんなオールフォーワンに立ち向かう人影が、また一つ現れる。

 揺れる世界に白髪をなびかせる、ラフな姿の青年。

 

「――弟は僕に似ていじっぱりだから」

「次はその子か兄さん」

 

 初代ワンフォーオール。

 オールフォーワンの弟が、明確に口を開いた。非難する語調。それでもやはり、オールフォーワンは揺らがない。

 

「お前が僕のものにならないのが悪い!」

「僕たちは()()()には行かない。僕たちはこの子の中にいることを選んだ」

 

 毅然と言い放つ初代が両手をかざせば、侵食が押し返されていく。二人分の強い抵抗が、弔の怒りや憎しみの乗ったオールフォーワンの力を上回っているのだ。

 

「ワンフォーオール……一体何なんだ……!」

 

 そのことに対して弔が歯噛みし、怒り、憎しみを強めれば、応じるように彼に寄生するオールフォーワンの姿がより確かなものになる。強い負の感情が、そのまま繋がっているオールフォーワンの糧にもなっているのだ。

 

 それを理解しているからこそ、オールフォーワンは雄弁だ。言葉でデクを、弔を煽り、己の都合のいいように場をかき乱していく。ずっと昔からやっていた、彼の生き方だ。

 

 また力を強めたオールフォーワンが、自由になった手をかざす。彼の力が、”個性”が、邪悪に光る。

 

「力だよ弔! 君の力に僕の力を合わせれば奪い取れる! 所詮僕に負けた死者数人だ!」

 

 直後、世界が激しく揺らぎ始めた。音を立ててきしみ、ひび割れ、風が逆巻き、縮小していく――。

 

 ――かに思われた。

 

「ならば、生者の力も加えればどうだ?」

 

 突如、この世界にワンフォーオールともオールフォーワンとも関係のない、第三者の声が割り込んだ。

 

 幼い少女の声。しかしそれに反した、知性と理性の色を豊かに湛えた声。

 

(まさか)

 

 デクがそう思うと同時に、その横――志村菜奈とはデクを挟んで反対側――に見覚えのあるブーツがカツリと音を立てて現れた。

 

 視線を上に向ける。思っていたより近い場所に、彼女の顔はあった。不格好な二つのシニヨンからいくつも跳ねる緑の黒髪が、風になびいていた。

 

「バカな……!?」

 

 これにはさすがに、オールフォーワンも驚愕の声を上げる。上げざるを得なかった。

 彼だけでなく、この場の全員が驚きの視線を向ける先で。

 

 彼女は決然と言い放った。

 

「遅くなってすまない。救けに来たぞ、デク」

 

 世界の揺らぎが、静まっていく。

 




She is here,
Jedi is coming.


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.結びつけるもの

「どうしてここに、と言いたげな顔だな。簡単なことだよ。デクが触られるその瞬間、私もまたそこに割って入っていたということだ。合図もなしに飛び込んだから、みんな私には気づかなかったのだろう」

 

 地面以外、一面黒ばかりの世界。

 だがその黒は、決して闇の色ではない。ただそこに色がないというだけだ。

 

 光や闇を語るのであれば、むしろ逆。この場所は光の気配で満ちている。八人もの人間が半世紀以上の時間をかけ、今の今まで紡いできた「誰かを救け、誰かを守る」という意思に満ちた空間。

 

 これがデクの、そして彼に宿るワンフォーオールという力の意識と記憶が蓄積された精神世界か。

 かつてライトサイドであることが何よりのアイデンティティであった私にとって、ある意味では居心地がよくある意味では居心地が悪い。

 

 そんな場所に今、私は到達していた。傍らには、身体のあちこちが靄と化していて身動きが取れないデクと、ワンフォーオールの……何代目かはわからないが、歴代継承者と思しき二人いる。

 

 対峙するは、シガラキ・トムラ。だがその身体は、大半がオールフォーワンによって覆われている。

 やはり乗っ取られかけているようだな。いや、溶け合い始めている、と言ったほうが正確だろうか?

 

 いずれにせよ、私がやることは変わらない。

 

「デクは私の大切な友人だ。シガラキ・トムラ……そしてオールフォーワン。君たちの正義に、全力で抗わせてもらうぞ」

 

 私がそう告げたように、私は既にこの世界でオールフォーワンに向けて抵抗している。この世界に踏み込んだその瞬間からここを、デクを蝕もうとする邪悪な意思を押しのけ続けている。

 

 難しいことではない。なぜならここはワンフォーオールという精神の世界。心の中に存在する空間。

 ここで重要なことは意思の力であり、()()なのだという強いイメージこそが何より意味を持つ。

 

 そう。これは遠い昔、遥か彼方の銀河系で、ヒミコがスノークとの戦いと行ったのと同じ現象だ。私自身にこれは初めての経験だが、ヒミコを通じてその経験は知識という形で私に蓄積されている。問題はない。

 

「……あり得ない……! 何をした小娘!?」

「そう問われて、私がわざわざ説明するとでも?」

 

 完全な想定外に声を荒らげるオールフォーワンをあしらいつつ、私はさらにその場に片膝をつく。

 そして倒れたままのデクに手で触れると、彼に向けて増幅を行使する。

 

 すると、黒い靄に包まれ実体がなかった彼の身体が、一か所また一か所と実体を取り戻していく。

 

「増栄さん……これ……!」

「ご存知、私の『増幅』だ。君が引き出せるワンフォーオールの許容量を増幅した。つまり、今の君は一時的にワンフォーオールとの結びつきが強くなっている状態にある」

「そういうことか! 本当、いつもありがとう……!」

「どういたしまして。……さて」

「……うん!」

 

 完全に身体を取り戻したデクが、両の拳を握って身構える。その身体に、ワンフォーオール特有の緑色の閃光がスパークした。私もその隣で構え直した。

 

「ふざけるなよ……相変わらずのクソチートが……!」

「厄介だな……”個性”だけでなく、その謎の超能力……だが襲はこんなことはできなかった……どういうことだ……?」

 

 これを見て、トムラとオールフォーワン、両方が顔を歪めた。どちらからも、強烈な怒りと憎しみを隠すことなく吐き出している。

 

 するとどうだろう。再び世界が揺れ始めたではないか。なるほど、感情……心の発露という意味ではあちらのほうが圧倒的に出力が上らしい。

 

 つまりはダークサイドの力だ。己の感情を、一切抑制しないやり方である。しかし、決してシスのそれではない。

 

 確かにシスも、負の感情を隠さない。だが、抑制を一切しないわけではない。そうした感情を支配下に収め、むしろ自由に操ることこそシスの教え。

 

 ゆえにこそ、先ほどのカサネはまさにシスだった。あれを完全にものにしたとき、彼女は歴代の暗黒卿に勝るとも劣らない力を得るだろう。

 

「また……!」

「落ち着くんだ出久くん。今の君なら大丈夫だ。私たちを、ワンフォーオールを信じろ」

「彼女の言う通りだよ。君が動けるようになった今、有利なのは僕たちのほうだ」

 

 揺れる世界に目を見張るデク。彼を諭す二人の継承者に、私も頷いて同意する。

 

 なぜならここは、デクの世界。ワンフォーオールの世界。彼らにとってはホームであり、つまるところ地の利を得ているのだから。

 

 それにだ。確かに強烈な感情は、一時的に力を強める。

 だがそれはブレーキの壊れたスピーダーと同じ。留まることを知らず、際限なく膨らみ続けるそれは、やがて宿主すら食い尽くしてしまう。

 

 実際よく目を凝らして見てみれば、トムラとオールフォーワンの力は大きくなっているが、二人の身体がその力に耐えかねて態勢がどんどん低くなっている。圧し潰されようとしているのだ。

 

 デクもそこに気づいたらしい。気を引き締めてヒーローの顔に戻った彼は、改めて拳を握って気合いを入れ直した。

 

「わかるだろう弔! ワンフォーオールを奪うには僕たちの力をはっきりと合わせる必要がある! 師弟で初めての共同作業と行こうじゃないか!」

「うるせぇぞ先生……! 俺は……あんた以上になりたいんだ……! あんたと同じにはならないし……! 駒なんて絶対にごめんだ……!」

 

 一方あちらはと言えば、足並みは揃わないらしい。反抗期……というには少々血生臭いかな。

 

 しかしこの状況も、トムラにとってはある種の糧らしい。私たちだけではなく、オールフォーワンへの憎しみすら募らせることで、加速度的に力を増している。

 

 ああ、もう……本当に……。

 

「だから……! 黙ってろよ!!」

 

 本当に、悲しい男だ。それ以外を奪われ続けた人生だったのだろう。

 もちろんだからと言って彼がしたこと、これからしようとしていることは私にとって決して相容れるものではないが……だとしても、彼という人間が歩かざるを得なかった過酷な道を、ないものとしては扱いたくない。

 

 なあ、君もそう思うだろうデク?

 

 何より、オールフォーワンのやり方はまったく認められない。彼のやり方を続けていれば、いずれ第二第三のトムラが現れてしまうだろう。

 

 そこは()ももうわかっているはずだ。

 

「聞き分けのないことを言うんじゃないよ、弔……! これはそう、窮地を乗り切るための……」

()()()()()()()()()()()()()……!」

「ガ……は……ッ!?」

「な……!?」

「あっちにも生きてる人間が……?」

 

 トムラの傍らに、いつの間にか小さな人影があった。

 その手には、剣が握られている。鍵を象った柄が特徴的なそれが……真っ赤な光に包まれた刃が、オールフォーワンの身体をまっすぐに貫いていた。

 

 そうだ。君だってわかっているだろう、カサネ?

 

「……ナイスだ襲!」

「死柄木襲……!? そうか、彼女も増栄さんと同じくフォースの使い手だから……!」

 

 より正確に言うならば、私が彼女に便乗した形ではある。

 それでも私が先にここに接続できたのは、単にフォースに対する知識や経験、技量の差だろう。

 

「ば、な、何を……!?」

 

 オールフォーワンの身体を貫いた刃が、拷問さながらにぐりぐりと動く。肉を蹂躙する不快な音が響く。

 その執拗な攻撃は止まらず、オールフォーワンの身体をトムラから明確に分離しようと赤が突き進んでいる。

 

「何を……? 何をって言ったか!? 先に裏切ったのはそっちだろ!?」

 

 カサネが激しくまくしたてる。だがその剣の光を見る限り、完全に怒りに支配されているわけではないのだろう。

 

 ただ、怒り自体は仕方がないことであり、むしろ彼女にしてみればある意味正当な怒りとも言える。

 ルクセリアから聞いているカサネの生い立ちを考えれば、トムラの身体を改造し乗っ取るという理不尽な行いを許せるはずがないのだから。それは彼女にとって、最大にして絶対の地雷だ。

 

「ボクは信じてたんだ! オマエは、オマエだけは他の大人と違うって! でも結局オマエも一緒だった! ボクやお姉ちゃんやエリを苦しめた大人と! 一緒だったんだ!! 絶対……絶対に許さない……!! オマエは、オマエだけは絶対にボクが殺してやるッ!!」

「ハハ……だってよ先生? どうする?」

「やめろ襲……! 弔……!」

「見苦しいぜ先生! いい加減その手をどけてよ」

 

 トムラがにたりと嘲笑った。

 

 と同時に、オールフォーワンの身体が完全にトムラから切除され、地面に落ちた。血飛沫が上がり、しかしそれもすぐさま闇になって消えていく。オールフォーワンの身体も。

 

「あんたが俺を育てたのもそうだ。志村――オールマイトとの繋がりを使った嫌がらせだ。あんたはそのまま俺の心と身体を乗っ取る計画を進めた。俺の憎しみを取り込んでワンフォーオールを手に入れようとした……」

 

 まだ消え切っていないオールフォーワンの顔が、目も鼻もない顔が、トムラを見上げる。

 

 そこを、カサネの足が思い切り踏みつけた。同時に、身体の部分はトムラが同じように踏みつけていた。

 

「けど残念だったな! 俺は! 誰にも従わない! 支配されない! 駒になんてならない! ワンフォーオールなんていらない!!」

 

 哄笑と共に、二つの足がオールフォーワンを踏みつける。何度も何度も。

 いかな敵同士の仲間割れだとしても、それはさすがにやりすぎだ。このままだと死ぬ。

 

 ただ、ここは精神世界。何よりあそこにいるオールフォーワンは、彼の言葉を信じるのであればオールフォーワン本人ではなく、ただ”個性”に宿る意思と記憶でしかない。

 

 つまり、このまま見殺しにしても究極問題はないが……ここでオールフォーワンがやられた場合、彼らの足の引っ張り合いがなくなる。どうせならそれは、トムラが戦闘不能になるまでは続けてほしいところなので……ここはあえてオールフォーワンを助けるとするか。

 

 同じ答えに達したらしく、デクと私は同時に前へ。彼らに向けて飛び込んだ。

 まあ、デクの場合は私のような損得勘定ではないだろうが。

 

「死柄木! それ以上はやりすぎだ!」

「相変わらずお優しいなヒーロー……けど引っ込んでな。これは……そう、言うなれば家庭の事情ってやつだ!」

「うッ!?」

「ち……!」

 

 私がここで”個性”が使えるのだから、相手も同様。私たちは、トムラの放った圧縮空気によって、元の場所まで吹き飛ばされてしまった。

 

 複数”個性”の同時使用がいかに理不尽かはヒミコで見知っているが、トムラ――いや、この場合はオールフォーワンか?――はそのラインナップが攻撃に偏りすぎていて、輪をかけて理不尽だ。なるほど、これは魔王という自称もわからなくはない。

 

 しかしライトセーバーならば……と思ったところで、カサネがこちらを睨んだ。彼女も彼女で、手は出すなと言いたいらしい。

 

 そんな彼女たちの姿を、突然現れた壁が覆い隠した。地面からせり上がったそれは、まるで私たちを拒絶するかのようだった。

 

「なんだ!?」

「邪魔はするなということだろう。デク」

「……! うん!」

 

 壁というなら、乗り越える……あるいは破壊して向こうへ行けばいい。私たちは、すぐにまた前へ出た。

 

 ワンフォーオールの継承者二人は、そこに参加はしてこない。一見落ち着いて見えるこの世界だが、今もなお”個性”としてのオールフォーワンによる侵食は続いているからな。それを防ぐ手数はどうしても必要だ。

 

「ぐ……く、……なるほど……どうやら……認めざるを得ないようだね……! 僕の負け……だ、ッ、ぐうっ!? ハァ……! ……それで?」

「あ?」

「僕は……コミックの魔王に憧れてね……! 世界中の未来を阻みたい……そう思って……ここまで来た……!」

「ふーん。で?」

「その問い、そっくりそのまま返すぜ……で? 死柄木弔……僕の後継者。僕の力で、何をする? 何のために力を使う!?」

 

 声が聞こえてくる。あちらも何やら佳境らしい。ここからの逆転を諦め、目的に別のもの……恐らくは今ここで思いついた、サブプランとも言えない別目標に狙いを変えたオールフォーワンが、声高に問いかけている。

 

 ……向こうに行くべく私とデクが全力で攻撃するが、壁がなくならない。

 絶対に破壊できないような強固な壁ではない。むしろすぐに破壊できる……が、壊しても壊しても、次の壁が立ちはだかるのだ。

 

 そして私は、三枚目の壁を壊したところでようやく理解した。これはカサネの心の表出だが、同時に時間稼ぎのもの。

 彼女が今望んでいるものは、オールフォーワンの殺害でも私たちへの妨害でもない。ましてや、トムラの手助けでもない。

 

 これは、この壁はただ……。

 

「ハッ。俺の原点は……あの家だ。けどあの家を壊しても、俺は満たされない。なぜなら、この世の目に映るすべてがあの家の原因だからだ!

 だから俺は、すべてを破壊する! 死柄木弔/志村転孤(おれ)の望みはただ一つ! あの家から連なるすべての崩壊だ!!」

「……ッ!! 弔……オマエ……やっぱり……」

「わっ、消えた……!?」

 

 トムラが答えを猛々しく告げた瞬間、壁が一瞬で消えた。まるで最初からなかったかのように。

 

 やはり……この壁はただ、トムラの心の声を聞く時間を得るためだけのもの。

 ということは、カサネ。君は。

 

 ああそれに……それに、()()()ぞ。来ているな? 追いついてきたのだ。さすが、と言うほかないだろう。

 

 であれば、これ以上ここで何かをする必要はもうなさそうだ。

 

「ハハハハハハハハ!! この世のすべての崩壊が望みか!! 大きく出たな!! だがそれもいいだろう……ヴィランとは侵すものだ!! 戯言を実践する、夢追い人だのことだ!!」

「……! 増栄さん、行こう!」

「いや……もう大丈夫だ」

「? どういう……」

「間もなくこの場所での攻防が終わるということだ。オールフォーワンが消えたその瞬間が、合図の()()だ。外に戻ったときに備えておくといい」

「……! そういうこと……了解!」

 

 手と足をとめ、ワンフォーオールの継承者たちにアイコンタクトを送る。今までありがとう、と。

 そして願わくば、これからもよろしく、と。そんな願いを込めて。

 

「いいぞ、好きにするがいい弔! 君の思うまま、君のやりたいように、すべてをぶち壊して見せるといい!! ……できるものな――――」

 

 その直後、オールフォーワンの声が唐突に途切れた。視線を戻せば、トムラによって握りつぶされたらしい。

 

 トムラはそのまま余韻に浸ることなく、私たちにうっそりと目を向けた。殺意と敵意、何より憎悪と破壊衝動に満ちた目だった。

 

「次はお前たちだ」

 

 そして彼がそう宣言をして、こちらに手を伸ばした……直後。

 

「テメェがな!!」

 

 トムラの真上に、キングダイナが現れた。

 

「……は?」

 

 キングダイナの手が、トムラに向いている。凄まじいエネルギーがそこに渦巻いていることが、一目でわかった。

 

 何より、私にはわかる。()()()()()()()()()()()()()()()()()。フォースがそれを教えてくれる。

 

戦術核(ヴァルキリー)――

 

***

 

――着弾(インパクト)ォォッッ!!」

 

 そして現実に戻って来た私とデク、そしてカサネが見たものは。

 

 デクの顔に手のひらを当てていたトムラの身体が、キングダイナ渾身の必殺技による大爆発に飲み込まれるところだった。

 




やっとできたジェダイ伝統の技チノ=リ。セリフとして発言はしてないし、ちょっと苦しいかもだけど。
ブラ=サガリもしたかったけど、結局最後までやる機会がなかったのだけが残念でならない。

そして最後の最後でおいしいところを持っていく爆豪のかっちゃん。
だいぶ形は違うけど、本作でも「勝って救けるが信条のかっちゃんが救けて勝った」ということで一つ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.ヒーローの帰還

 キングダイナの必殺技、戦術核着弾(ヴァルキリーインパクト)はもちろん核爆発ではない。だが鍛錬を重ね、フォースも組み合わさったこの技は、核と表現してもおかしくはないレベルの衝撃をもたらす。

 そしてその威力は、那歩島(なぶとう)でナインに向けて放ったものを既に凌駕している。あの日から約三か月が経って、それだけキングダイナが成長したのだ。

 

 ただし、相応に周囲を巻き込む技でもある。キングダイナの意思と抜群の技術によって範囲を絞れるようにはなっているが、威力が威力だ。完璧にコントロールするのは難しい。

 爆破に伴う音、光。そして衝撃によって吹き荒れる砂塵や暴風により、一時的に蛇腔周辺は完全に停止した。

 

 だが爆心地となったトムラ周辺にいた私たちは、少しだけ事情が異なる。トムラに触れられていたデクと、彼に接触していた私とカサネは、下に吹き飛んだトムラから取り残される形で空中に留まり、爆破の衝撃によってキングダイナ共々真上に巻き上げられたのだ。

 

 常人であれば落下死に怯える場面だが、我々にとってはさほど問題ではない。重力にある程度逆らいつつ、怪我にならないよう気をつけて降りるだけである。

 

「か、かっちゃん……! 二回も救けに来てくれたのはすごく嬉しいんだけど、加減って言うかその……」

「あれくらいしねェと死柄木を止められそうになかったんだよ! やらんで済むなら俺だってしなかったわ!」

「そりゃそうだよねごめん!!」

 

 実際問題、戦術核着弾(ヴァルキリーインパクト)は明確に対人技ではない。それほどの規模と威力の技だ。それを使わざるを得ないトムラがこの場合は異常なのである。

 

 まあ、戦術核着弾(ヴァルキリーインパクト)が人に向けて使われる機会など、後にも先にも今回だけだと思うが。と言うよりそうであってほしいところだ。

 

「そんなことより、プッツン女はどこだ!?」

「え? あ、そうか、ワンフォーオールの中に入って来たならあの子も僕に触ってたのか……」

「彼女ならもう下にいる。瞬間移動したようだな」

 

 そんな中で、最初に動いたのはカサネだった。彼女は脳無やトムラ同様に、超再生を持つ。おまけに瞬間移動も持っている。だからこそ爆破の影響からいち早く脱し、いち早くトムラの下へ向かったのだ。

 

「何ボケっと見てんだテメェ!?」

「え!? じゃあ僕たちも戻らないと!」

「いや……彼女はもう敵ではない。大丈夫だ」

「あァ゛!?」

「まあ、念のため拘束はしておいたほうがいいだろうが、な」

「……どういうこと?」

「もう少しすればおのずとわかる」

 

 しかし、だからといって私は焦らない。どんなに状況が悪かったとしても、カサネがトムラを連れて逃げるという事態にだけはならないという確信があった。

 それはもちろん、フォースを通じてカサネの心中を察していたからだが……私以外はそうではない。対応の温度差は仕方ないだろう。

 

 キングダイナは……まあ、まだフォースの修行は必要と言うことだろうな。あるいは最初からあの空間にいたら、わかっていたかもしれないが。

 

 もちろん万が一ということはあるので、自由にはさせない。トムラは確保させてもらうし、カサネにしても暴れ出さないように押さえさせてもらう。

 

 ただし彼女が全力で暴れ出したら、私たちではどうにもならない。デク以外では、単純なパワーで敵わない。

 

 だから私たちは、この奇妙と言えるほど静かな時間をできるだけ有意義に使うことにした。つまりデクの治療と、プロヒーローへの報告である。

 

 直前の戦いで全力以上を出し続けたデクの身体は、ボロボロだ。ろくに力を入れられない彼は、もはや立つこともままならないだろう。

 それでも万が一に備えて、デクはまだ動けなければならない。だから私は、彼の治療をしつつカサネが動かないようにその腕をつかんでおく。

 

 中途半端に見えるかもしれないが、この状態ならフォースによって事の起こりはまず間違いなく察知できる。どのみち純粋な力では敵わないのだから、デクの治療が一段落するまではこれでいい。

 

 一方キングダイナはトムラを拘束しつつ、無線でプロヒーローへの報告を試みる。

 

 ヒーロー側の勝利はほとんど確定している。ここからトムラの処遇をどうするか、その判断を仰ぐのである。

 

 最前線にいる私がこう言うのもあれだが、そもそも私たちは依然として仮免許の身。蛇腔周辺の避難誘導にしても群訝山荘での前線にしても、基本的には事前に決められている方針もしくはプロヒーローの指示に従えと言われているのだ。

 何より、一人で国家を転覆できるであろうトムラの処遇など、所詮学生の身分でどうこうしていいものでもない。

 

「こちらキングダイナ! 誰でもいい、応答しろ!」

 

 だが先ほどの戦いで、ヒーローたちの無線はトムラによってすべて破壊されている。この辺りのヒーローの無線で無事なのは、私のものくらいだろう。

 

 だからキングダイナの通信が届くとしたら、こちらに全速力で向かっているだろうヒミコくらいのはず。感覚からしてそろそろこちらに到着する頃間だが……。

 

「…………」

 

 一方でカサネはと言うと、キングダイナによって拘束されたトムラを、心身ともに複雑な色合いを隠すことなく見下ろしていた。

 

 トムラの身体は、驚くことに十分原形をとどめている。エンデヴァーのプロミネンスバーンのあと、ワンフォーオールの中に侵入するまでに少し時間があったようだから、その間にトムラの回復を許してしまったのだ。

 ただとどめの一撃となった戦術核着弾(ヴァルキリーインパクト)により、再び身体の一部が炭化するほどのダメージを負った。その衝撃のまま地面にたたきつけられたので、トムラの傷は深い。

 

 しかしそれでも、トムラはまだ死んでいない。これほどのダメージを何度も受けているにもかかわらず、彼はまだ生きている。

 しかも現在進行形でゆっくりではあるが、自然治癒よりは間違いなく早く治っていっている。度重なるダメージによって機能がかなり衰弱している上にフォースイレイザーもかけているというのに、脳無同様の超再生は間違いなくまだ機能していた。

 

 だからこそ、まだ完全には終わっていない。休息する時間さえあれば、トムラは復活するだろう。より完璧に近づいて、だ。

 

 だがそれは許されないことだ。動けて、かつトムラにとどめを刺せるだけの攻撃力を持つプロヒーローが周囲にいない以上、もしトムラが気絶から覚めた場合に息の根を止めるのは私がやるべきだろう……。

 

「やっと繋がったと思ったらあんたかヘラ鳥……いやこの際あんたでもいい! 死柄木確保! このあとどうする!?」

『……とりあえず、後方にいるはずの君がなんで死柄木を確保してるのかはあとでじっくり聞くことにするよ』

 

 ……と、思っていたのだが、どうやらその必要はなさそうだった。

 

 そうか、ホークスも近くまで来ているのか。彼なら確かに、全速力で飛べば八十キロ程度の距離はさほどかからないだろうな。

 

「……弔……」

 

 そんな私たちをよそに、カサネはやはり逃げるそぶりを一切見せていなかった。動く気配を見せないまま、無数の感情が入り混じる複雑な表情で、つぶやくように口を開いた。

 

「……ボクさ。弔のこと、わりと好きだよ。ゲーム、一緒にやれて楽しかった。ゲームの趣味はあんまし合わなかったし、ケンカばっかりだったけど……別に……嫌じゃ、なかった。今だって……」

 

 まだ先ほどの大爆発の余韻が残る中、ぽつりとこぼされた言葉は風に乗って消えていく。

 

「……でもさ。うん……ごめんね。やっぱりボク、すべてを壊そうなんて思えない」

 

 そうして出てきた言葉は、明確な決別の言葉。

 

 ああ、やはり君は。

 

 君はライトサイドに、帰還できたのだな。

 

「さっき弔の言葉聞いて、そのことにやっと気づいたんだ。ボクは……エリを守りたい。エリやボク、お姉ちゃんみたいな子供がもう二度と出ないようにしたい。

 だから……弔とはもう一緒にいれそうにない。……ごめん。……さよなら、弔……()()()()()()()

 

 闇から帰ってきた赤い瞳が、静かに揺らめく。

 しかしその揺らぎは、一瞬で。

 

 第三者とも言うべき人物……ホークスの接近を察知したカサネは、その揺らぎを奥へ押し込んで顔を上げた。

 

「や。お手柄だね三人とも」

 

 赤い羽根をいくつもまき散らしながら、ホークスが降りてきていた。

 

 この羽根は別に、演出だとか”個性”の機能が停止しているとかではない。彼の”個性”は「剛翼」、この羽根を自由自在に操るというものだ。そして彼の羽根は、刃にもなる。

 つまりこの状態は、いつでも攻撃に転ずることができるというポーズ。ある種の威嚇である。

 

「ホークス……やっぱりずっとそっち側だったんだ?」

 

 すぐ目の前に降り立ったホークスに対して、威嚇などものともせずカサネは鼻を鳴らしながら問うた。

 

「まぁね。なかなかの名演技だったでしょ?」

「どーかな。見抜けなかったボクが言うのもなんだけど、普通に戦線の中でもヒーローしてた気がする」

「ウソやん」

「ボクの印象だからそうじゃないかもだけどね。ボクは少なくともそう感じてたよ」

「……襲ちゃん? 何があったとね?」

 

 ホークスはその眉をわずかに歪め、小首を傾げた。わずかな会話の中で、今までとは何かが違うと彼にも理解できたようだ。

 

 それもそうだろう。今のカサネの表情は、凪いでいる。今の彼女がまとう雰囲気は、明らかにヴィランのそれではない。

 

「……襲じゃない」

 

 訝る彼に、カサネが否定の言葉を口にする。それを証明するかのように。

 彼女は穏やかな表情のまま、ゆっくりとその顔に得意げな……しかし自嘲の色も多分に混ざる色を浮かべて。

 

「ボクは……ボクの名前は。重音(かさね)。鬼怒川重音。鬼怒川蓄羽(おきは)の妹で……エリのお姉ちゃんだよ」

 

 ホークスの目が大きく見開かれる。ヒーロー公安所属の身として恐らくカサネの過去も知るからこそ、その言葉の意味と重さを理解できたのだろう。

 カサネの詳しい事情を知らずとも、エリとの関係を知っているデクたちも似たような顔をした。

 

「……なんていうか、僕の救けなんて必要なさそうだね」

 

 光を取り戻した彼女の姿を見て、デクが心底安心したという表情を浮かべてホッと胸をなでおろす。

 

 だがカサネは、彼の言葉を否定した。

 

「そんなことない。……エリのために救けられてほしい、でしょ。覚えてるよ」

 

 赤い視線が、まっすぐデクに向けられる。

 

「あのときオマエと話してなかったら……きっとボク、あんなに一生懸命考えたりしなかった。あれがなかったら、今こんな風に思えてなかったと思う」

 

 これを受け止めたデクの緑色の瞳が、先ほど以上に見開かれる。その目元に、涙がにじんだ。

 

「お姉ちゃんが言ってた。オールマイトは最高のヒーローだって。……そんな最高のヒーローは、ボクたちを救けになんて来てくれなかったよ。

 でも……オマエは救けに来てくれた、から。だから……その……一応、感謝……してる。……ヒーローデク」

 

 そしてその言葉で、彼の涙腺は決壊した。おかげで私はここまでずっと並行して続けていた治療の手を、慌てて止めざるを得なくなる。

 

 無理もない。デクにとってオールマイトは神にも等しい。

 そんなオールマイトにすらできなかったことを、自分にはできたという事実を受け止めるにはまだデクの心身は完成していないのだろうな。

 

 キングダイナが舌打ちする。しかしデクの心境を理解できるからこそ、それ以上は何もしない。

 まあ、内心で「クソナードがよ」と吐き捨てるくらいはしているようだが。

 

「……はは。なんていうかツクヨミくんもそうだけど、君たちは本当すごいな」

 

 彼らのやりとりを黙って見ていたホークスが、肩の力を抜いて笑った。

 と同時に、カサネに向けていた赤い羽根が、ホークスの背中にある翼へと戻っていく。彼の中でも、カサネはもう敵対者ではなくなったのだろう。

 

 そしてそのタイミングで、私はずっと待ち望んでいた気配に応じてそちらへ顔を向けた。

 

「コトちゃーん!!」

 

 感知した通り、そこにはエアスピーダーバイクに乗ったヒミコがこちらにまっすぐ向かってくるところだった。

 すぐ近くまでエアスピーダーバイクで乗り付けた彼女は、その勢いのまま私に飛び込んでくる。

 

「やあ。お疲れ様、ヒミコ」

「コトちゃんもお疲れ様なのですー!」

 

 彼女の身体を正面から受け止めて、ぎゅっと抱きしめる。彼女も同様に、私の身体を抱きしめた。

 

 そしてそのまま、互いに互いの唇を奪い合……おうとしたところで、

 

「こンの色ボケどもがよ!! 落ち着いたとはいえここは戦場だぞ!? 死ね!!」

 

 キングダイナの爆破つきインターセプトを受け、私たちは二人揃って頬を膨らませた。

 

 これによってますます目を吊り上げるキングダイナだったが、今回ばかりは彼が圧倒的に正しい。さすがに分が悪すぎるので、渋々身体を離す私とヒミコであった。

 

「アハハハハ! いいねぇ。ヒーローが暇を持て余して恋愛を楽しめる時代も、そんなに遠くはなさそうだ」

 

 そんな私たちを見て、ホークスが声を上げて笑った。

 デクは顔を真っ赤にしてこちらを凝視している。カサネはきょとんとして首を傾げている。

 すっかり穏やかな空気が漂っていた。

 

 ……まあ、それはともかくとして。

 

「そんじゃま、帰るとしましょ。――ヒーローの帰還だ!」

 

 それは鶴ならぬ、鷹の一声だった。

 

 日本全国からかき集めたヒーローたちと、十一万の兵力を擁する超常解放戦線との全面戦争は、こうしてヒーローたちの勝利で幕を下ろしたのであった。

 




今章のタイトル回収回。
サブタイは「鬼怒川重音:カムバック」とどちらにしようか迷いましたが、それだと話の内容がモロバレになっちゃうので、今のサブタイが採用されました。ダブルミーニングにもなるしね。

まあわりと予想されてた結末ではあったかなとも思いますが・・・この辺りはボクの力不足でしょうねぇ。
でも奇をてらいすぎるよりは、素直に行くのがいいだろうなとも思いましたので、こういう締め方と相成りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.使命を終えたその先で

 日本史上に残る戦いとなったヒーローとヴィランの戦いのあと。理波が応急処置を施したとはいえ、全身大怪我を自ら負った出久は、他の重傷者たちと同じくセントラル病院へと搬送されていた。

 

 とはいえ命に別状はなく、治療も順調だった彼であるが……入院五日目の朝、彼は目を覚まさなかった。当然院内は騒然としたし、偶然見舞いに訪れたお茶子は気絶するかと思うほど驚くしかなかった。

 

 だが出久の身体に問題があるわけではない。彼はワンフォーオールの求めに応じて心の奥底、八つの意識が宿る”個性”の内側に自ら意識を沈めていたのだ。

 

 そして彼は、そこで衝撃の事実を知らされる。

 もはやワンフォーオールは、”個性”を持つ()()()()()には継承させることができない、という事実を。

 

「私の享年は四十歳……()()()()()()()()()()()

 

 ワンフォーオール四代目が、代表して語る。ワンフォーオールの真実を語るに相応しい当事者として。

 

「八木が私について調べた結果、判明した真相だ。つまり老衰とは……複数”個性”を内包した力を持つだけで、命を……寿命を燃やしていたということだ」

「でも……待ってください! 四代目(あなた)の頃よりうんと大きな力を、オールマイトはもっと長い間保持しています!」

 

 驚いた出久が身体ごと視線を向けた先。他の歴代継承者と同様に椅子に腰かける、しかし他の歴代継承者とは異なりおぼろげな靄のような姿のオールマイトがそこにいる。

 その見た目通りに喋れないのか、彼に代わって初代が口を開く。

 

「そこなんだ、我々が言わなければならないことは。『ワンフォーオール所持に伴う負荷』に気づいた八木くんも、同じことを思った。

 でも他は保持期間も短く、戦いの中で亡くなったため比較サンプルが自分しかいない……なので、四代目()にあって自分になかったものは何か考えた」

 

 そこまで言われれば、出久には察せられた。オールマイトの境遇を、彼は聞いていた。

 

 そう――

 

「――オールマイトは、”無個性”……!」

 

 彼もまた、出久と同じく”個性”を持たずに生まれてきた。それが彼と、他の継承者との決定的な違いだ。

 つまり”個性”とは、それだけで人間という生物の肉体を、器を満たすもの。そこにさらに別の”個性”……ワンフォーオールを注いでしまえば、器はあふれる。これはそういう話だ。

 

 オールマイトは、八木俊典は無個性。肉体に余分な要素はなかった。ゆえにこそ、ワンフォーオールは彼に馴染んだ。

 空の器である彼に注がれたワンフォーオールは、彼が保持した四十年という時を経て、遂に花開いた。無敵のスーパーパワーを持つ、絶対的な”個性”として。

 

 そしてその力は、さらに無個性である出久に受け継がれたことで、更なる覚醒へと至った。それこそが、黒鞭をはじめとした歴代継承者の”個性”の発現である。

 

「人から人へと引き継がれた力は、何の因果か持たざる者が最も真価を引き出せる形となっていたんだ。でもそれは……」

「ワンフォーオールはもう譲渡できない。そういうお話……ですね?」

 

 決まりきった答えを確認するような出久の問いに、初代だけでなくすべての歴代継承者が頷いて応じた。

 

「君の世代でも絶滅危惧種の無個性で、かつ力を必要とするものが今後現れない限りは」

「要するに坊主……お前が最後の継承者になるかもしれん、ってことだ」

 

 初代が再び口を開き、五代目が言葉を繋げる。

 

 さらに初代がもう一度言葉を受け取った。

 

「……とはいえ、ワンフォーオールの前提は『オールフォーワンを討つ』ことだ。そしてその命題は、()()()()()……と思う。僕にはなんとなくわかるんだ。兄さんが返り咲くことは、たぶんもうないってね」

「そう感じているのは初代だけですけどね……」

「オールフォーワンとは血が近いから、感じられる何かがあるんだろうね」

 

 肩をすくめた初代に対して、四代目と七代目が苦笑気味に言う。

 

 彼らの反応を、出久は無理もないと思った。何せオールフォーワンも、その力を受け継いだ死柄木弔も、並みの手段では無力化できない。

 ”個性”を封じる拘束具、メイデンもどれほどの効果があるか分かったものではないし、効果があったとしても弔の場合は”個性”なしでオールマイト級の膂力を持っている。どうあがいても、命を奪うか常に意識を落とし続ける以外に無力化はできないように思われたのだ。

 

「もしも返り咲くとしても、そのときはまた僕が……」

 

 だから、出久は自然とそう言っていた。ワンフォーオール、九代目の継承者として。そして一人のヒーローとして。

 

 しかしすぐに今回の戦いの顛末を思い起こして、言葉を切った。

 

「……いえ……僕()()が」

 

 そして、そう言いなおした。

 

「ワンフォーオールは殺すための力じゃなく、救けるための力なんだとオールマイトから教わりました。僕もそう思います。素晴らしい力です。

 でも……一人でなんでもできるわけじゃない。僕だって別に天才なんかじゃありません。

 だから……もしものときは、頼れる自慢の仲間たちと、()()()()。オールフォーワンをとめてみせます。オールフォーワンの魔の手から、すべての人を救けてみせます!」

 

 一人はみんなのために、みんなは一人のために。二つの因縁ある”個性”の由来を示すかのように。

 あるいは、古い時代の幕引きと、新しい時代の幕開けを示すかのように。

 

 ワンフォーオールの定義が今、書き換えられていく。

 

「うん。だから君についていくんだ」

 

 それを、初代は嬉しそうに受け容れた。他の継承者も同様に。けれど目を細めて。

 

 オールフォーワンから逃れ、ワンフォーオールをただ繋ぐことに必死だった彼らにとって。孤独な戦いを強いられてきた彼らにとって、出久の言葉は、姿は、眩しかったのかもしれない。

 

「さて……今はひとまずこんなところかな」

「ああ、そろそろ起きないとみんなが心配する頃合いさ」

「……と言うより、既にとても心配している子がいるみたいだ。出久くん、彼女を大事にするんだよ」

「……へ?」

 

 なんのことかと尋ねようとした出久は、七代目が指で示したほう……後方へと振り返る。

 そして見えたものに、大きく目を見開いて――

 

***

 

 ――そこに。ベッドのすぐ近くに丸椅子を置いて、腰かけるお茶子の姿を見つけた。

 

「……麗日、さん?」

「……っ!」

 

 出久が思わずその名を口にしたのと同時に、お茶子は勢いよく顔を上げた。そして、はっきりと目を開いて自身を見る出久の姿に、瞳を潤ませて。

 

「うわぁっ!? う、麗日さん……!?」

 

 間髪を入れず、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がって出久の身体に縋りついた。

 そのままぎゅ、っと。出久を抱きしめる。

 今そこにある体温を、鼓動を、息遣いを、全身で確かめるように、出久の首筋に顔をうずめた。

 

「う、うら、麗日さん……っ、あの、その……!」

「よかった……!」

「へ……?」

「よかった……! よかった、無事でよかった……!!」

 

 震えた声でそうこぼすお茶子。普段の快活な姿からは遠いその様子に、出久は言葉を詰まらせる。

 

 もちろん、その理由がわからないなどということはない。いかに恋愛経験値が限りなくゼロに近い出久であっても、この状況で察せられないほど鈍感ではない。

 ましてや、今の二人は一応恋仲なのだ。たとえまだろくに手をつないだことがなかったとしても、確かに二人の距離は以前とは明確に異なるのだから。

 

「……うん……。心配かけて、ごめん」

 

 だから出久も、おずおずと……けれどしっかりと、お茶子の身体を抱きしめ返した。

 

「ホントだよ……! デクくんってば、一人でどんどん行っちゃうんだもん……!」

 

 目一杯に抱きしめ合いながら、お茶子の声が大きくなっていく。震えたその声の大きさは、そのまま彼女が抱き続けてきた不安の裏返しだ。

 

「怖かった……! もう二度と戻ってこないんじゃないかって……もう二度と会えないんじゃないかって……!」

「うん……本当、本当にごめん……」

 

 そうしてお茶子は、声を上げて泣いた。

 けれどそこから泣き止むまでの間、彼女が罵倒を口にすることはなかった。出久がそこに思い至ることはなかったが、それでも連ねられる心配する言葉、案ずる言葉の持つ威力は間違いなく、彼の心を的確に刺していた。

 

「……でも、誰かが困ってるとき、デクくんは率先して行っちゃうんだろうね……」

 

 そしてようやく落ち着いてきた頃、初めて出てきた非難するような言葉に、出久はどきりとさせられた。

 

 違う、と言えればよかったのだろう。けれど、彼の心がそうはさせなかった。きっと今後もそうするだろう、という自覚が彼にもあったから。

 

「私も一緒についていければいいんだけど……今の私じゃ、絶対隣に並べるって断言できないのが悔しいよ……」

 

 被身子ちゃんはできるのにね、と付け加えられた言葉に、出久もああと納得する。

 

 目の前の恋人の親友が、何があっても大好きな人の隣にいると宣言したときのことは、彼もよく覚えている。そのときは単純に激しい恋心の持ち主だなぁと思ったものだが……今ならその言葉の裏にあった気持ちがなんとなくわかる。

 あれは、どんな危険なときでも愛する人と一緒にことに当たるという宣言なのだ。置き去りになんてされてやらない、という。

 

 だが、実際にそれができる人間は多くない。命を懸けて戦うことが職務に含まれるヒーローなんて仕事をやっていれば、なおさらだ。

 

「でも……そういうデクくんだから、私好きになったんだよね。だからそこを直せなんて言わないよ。第一、実力でデクくんの隣に並ぶの、諦めるつもりないし……」

「う、その……はい、ありがとう、麗日さん……」

「……けどさ。一つだけ、約束してほしいの」

「うん、僕にできることなら」

 

 出久が答えると同時に、彼の身体を抱きしめるお茶子の腕から力が抜けた。彼女の上半身が、出久から少し離れて向かい合う形になる。

 

 あまりにも間近にあるお茶子の顔に、いつものように思わず気恥ずかしくなって……しかし顔を、視線を逸らさないように、出久は努める。それは今絶対にしてはならないことだと、さすがの彼も理解できていたから。

 

「どんなときでも絶対、生きて無事に帰ってきて? それなら何かあっても私、待てるから……それで帰ってきてくれたら、笑っておかえりって言うから……だから」

 

 かけられたのは、あの戦いの場で言われたのと同じ言葉だった。けれど、続けられた言葉がはっきりと意味合いが違うのだと明言している。

 それを口にしたお茶子の瞳は、不安に揺れていた。今にも涙があふれそうな、そんな顔だった。

 

 自然と救けたい、と出久は思った。

 けれど同時に、こんな顔を彼女にしてほしくない、させたくない、と思った。この人にだけは……と。

 

「うん……約束する。絶対、麗日さんのところに帰る。それで……ただいまって、そう言うよ。これから、何回でも」

 

 だから彼は、決意を込めた笑みを浮かべて断言した。

 

 それは、ヒーローが浮かべるものとはわずかに違っていて……けれど、そんな些細な違いを、頭ではわからずともお茶子は心で理解する。

 

「……よかった。じゃあ……早速、一回目」

 

 だから彼女は、にっこりと笑った。いつもの彼女が浮かべる、いつもの麗らかな笑顔だった。

 

「おかえり、デクくん」

「――うん。ただいま、麗日さん」

 

 出久もまた、自然に笑うことができた。今度はまっすぐに、目の前のお茶子を受け止めることができた。

 

 それから二人は、同時に声を上げて笑い合って……そのまま再び身を寄せてぎゅっと互いの身体を抱きしめる。

 

「大好きだよ、デクくん」

「う、ん。僕も……僕も、麗日さんのこと、好き、です」

 

 やがて視線を絡ませた二人は、どちらからともなく顔を寄せて。唇を――

 

「……!?」

 

 ――というところで、どさりという音が二人を正気に戻した。

 大慌てで音のしたほうへ、勢いよく顔を向ける二人。

 

 そこには出久の母、緑谷引子が、大きく開いた口を両手で押さえて愕然としていた。足元には、彼女の手荷物が無造作に転がっている……。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 全員が硬直し、気まずい沈黙がその場を支配する。

 だがそれも、長くは続かなかった。

 

「いいいいい出久……!」

「いいいいいいやあの、お母さん!? その、これは違……いや違わないんだけど! その、これはあの、アレで……!!」

「そそそ、そうですこれはあの、ああいうアレでして……!」

 

 すぐさま病室は、大混乱に満たされる。

 この騒動は、騒ぎを聞きつけた看護師たちが駆けつけるまで続いた。

 

 ……ちなみに、これは余談かもしれないが。

 

 最終的に、出久とお茶子は無事に緑谷家公認のお墨付きを得ることができましたとさ。

 めでたしめでたし。

 




もちろん麗日家の公認はまだもらっていないので、まだめでたしめでたしじゃないです。
物語的にも、まだ〆の話が一話分残ってます。
・・・最初に全17話って言ったな? すまんありゃあ嘘だった。
いやウソというか、単純に数え間違えてたという話でして・・・。

ところでこれはあくまでボク個人の解釈なのですが、お茶子ちゃんは基本的に信じて待てる女の子だと思ってます。
待っている間、好きな人のための居場所を守れる強い女の子なんだろうなと。
一方、トガちゃんは基本的に信じられても待てない女の子だと思ってます。
待てないからこそ、好きな人の隣で一緒に戦える強い女の子なんだろうなと。
二人とも恋する乙女で、同じ人を好きになったけれど、ヒーローとヴィランという立場の違いを除いてもこの辺りの性質は対照的で、これはきっとそういうキャラクターデザインなんだろうなぁと。

ここまでのデク茶の恋愛模様は、ずっとそんな解釈のもとで書いてきました。
本作のトガちゃんが一番好きなのはデクくんではないですが、それでも原作からそう解釈したからこそ、好きな人に対するスタンスは崩さずできるだけ対照的になるように書いてきたつもりです。
どちらの恋愛模様も今回で一段落がつきましたが、余力があればダブルデート回とか書いてみたいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.辿り着いた未来

 そして慌ただしくも時は過ぎ、四月。年度が改まり、私たちは全員が無事二年生へと進級した。今日は二年生の初日だ。

 

 とは言っても、寮制度は継続している。そして、少なくともヒーロー科は全員がそのまま寮に残留したこともあってクラス替えがなく、私たちは再びA組だ。

 

「B組の連中と同じクラスになってみたかなったなーって思ったりもするけどなー」

「まァしょうがねぇよ。良くも悪くも色々あったせいで、お互いのクラスが一つの仲間って意識がかなり強くなっちまってるし」

 

 ()()()()()が言っているように、良くも悪くも今の私たちはこのA組という枠組みを離れがたい、切っても切れない友だと認識している。それはB組も同じだろう。学校側もそういう判断をしたということだ。

 

 同様の理由で、担任も続投である。イレイザーヘッドはその”個性”ゆえに一年生の担任になるのが毎年のお約束だったそうだが、今年は例外となった。

 

 来年度以降をどうするかは、今後考えていくらしい。寮制度そのものも含めて、色々と検討しているようだ。

 

「全員揃っているな!? もう間もなく始業だ! みんな席に着こう!」

「着いてるよ。着いてねーのはおめーだけだ」

 

 いつものように天哉が若干空回りしつつもクラスをまとめあげ、そこに誰かが突っ込む。今回その誰かは範太だったが、それは私たちにとって日常の風景とも言うべき光景だった。

 

 ……死柄木弔の確保、および死柄木襲……もとい鬼怒川重音の投降により、ヒーロー・ヴィラン全面戦争と記録に残されることになった先の戦いは終わった。

 あの事件の影響は大きい。何せ超常解放戦線の幹部は、ほぼ全員高い社会的地位を持つものばかりだったからだ。

 

 リ・デストロは大手サポートアイテム会社の社長、スケプティックもまた大手IT企業の代表、トランペットはそれなりの規模を持つ政党の党首。人的、環境的被害もさることながら、このことが社会に呼び起こした波紋は決して無視できない。

 あれから半月近く経っているが、報道の何割かはそこに割かれている。私個人としてはそんなことよりも、ヴィランを生み出す社会的素地を少しでも減らそうという機運を作ろうとしているいくつかの報道機関を見習えとは思うが、営利団体である以上ある程度は仕方がないのだろう。

 

 ただ、超常解放戦線で一番無視できないところは、逮捕者の数が十万人近いことだ。

 これが業務を大幅に圧迫しているため警察は四苦八苦しており、オールフォーワンや殻木球大など、社会に根を張る悪の情報網などの摘発がなかなか進んでいない。

 

 だからかもしれないが、日本社会ではここ半月の間にドロイドの普及がにわかに叫ばれるようになった。製造業を中心に、経済活動が活発になり始めているのだとか。

 連動して私の資産が爆発的に増加する見込みだが、決して狙ってのことではない。これについては今後の治安維持のための活動資金とするということで、何卒ご容赦いただきたい。

 

 収監する場所? それは”個性”由来の技術でどうにでもなる。この星の技術は銀河共和国を一部凌駕するが、建設関係はその見本みたいなものだからな。

 

 一方で、ヒーロー側には相応の被害が出ている。数えるのも馬鹿らしいほどの怪我人だったし、学徒動員されていたヒーロー科の生徒たちもそれなりに負傷者を出した。

 雄英で言えば、ギガントマキアの足止めおよび弔との戦いに参加したA組B組の生徒がその代表と言えるだろう。今は全員完治して無事に登校できているが、出久を中心にしばらく入院していたものもいた。

 

 だが、これらの被害は仕方のない犠牲と言うしかないだろう。ヒーローとはそういう危険な職業であることはみな承知で就いているはずだし、相手が精鋭揃いだったこともある。

 

 それから予定よりは少なかったものの、殉職者をゼロにすることもできなかった。予知……その最終的な結末こそ覆すことはできたが、そこに至る過程でやはり犠牲者が出てしまったのだ。

 

 これも仕方のないことではある。仕方のないことではあるが、当然と思ってはいけないだろう。生き残った我々は、彼らという尊い犠牲があったことを心に刻み、よりよい未来を作っていくことで手向けとするほかない。

 ただ、今回の事件関係で犠牲になった一般人はいない。そこは不幸中の幸いだろうな。

 

 ちなみに私とヒミコは事件のあとおよそ五日間ほど、リカバリーガールとファントムシーフこと物間を合わせての四人で全国の病院をひたすら回っていた。理由はもちろん治療のためである。

 

 何せ「全面戦争」は全国複数の地点で同時に発生しており、いずれも多数と多数がぶつかり合ったまさに戦争だった。その分治療が必要な怪我人も全国各地に相当数散らばっており……そして治療系の”個性”は極めて希少である。

 おまけにリカバリーガールはもう高齢。ゆえに彼女の負担をできるだけ軽減するために、私たち学生が駆り出されることになったのだ。

 

 治療に関しては本職ではない物間まで呼ばれていたという点から、いかに人手が足りなかったかを察してほしい。彼の「コピー」すら使って治療して回る必要があったのだから、本当に怪我人の数は天文学的数値だったのだ。

 

 なんでもできるというのも考え物だ。一日に一体何時間働いたことだろう。物間も含めて、最後まで誰もミスを出さなかったことは奇跡と言っていいのではないだろうか。

 

「ようやくコトちゃんと一緒にお仕事できますねぇ。嬉しいなぁ、嬉しいねぇ」

 

 最初はそんなことを言って喜んでいたヒミコですら、最後のほうは口数も少なく淡々と動いていたのが悪い意味で印象的である。

 おかげで寮に戻れた日は、さすがに二人ともくたくたですぐに寝てしまった。代わりに翌日はお互いに……その、かなり激しく求め合うことになったわけだが、そこについては割愛させていただく。

 

 話を戻そう。

 

 身を削って日本中を治して回ってもなお、後遺症が残るほどの重傷ゆえに引退を余儀なくされたヒーローはそれなりにいた。またそうでなくとも、この戦いを一つの契機として引退を決めたヒーローもいる。

 

 怪我以外で引退するものたちは力不足を痛感したものと年齢を理由にするものに大別できるのだが、トップヒーローに名を連ねるヨロイムシャも後者の理由で辞めることを選んだ一人だ。ヒーローとしては高齢と言える四十代以上のものたちの多くが、彼に続くような形で辞めていっている。

 おかげで向こう数年は、ヒーローが不足する時代となるだろう。ヒーロー飽和社会と揶揄されることもある日本だが、これからしばらくはそうも言っていられない。

 

「……全員着席してるな。結構」

 

 今しがた教室に入って来たマスター・イレイザーヘッドも、そんな引退を迫られたヒーローの一人だ。

 あの戦いの終盤、彼は死柄木弔によって目の周辺を大きく負傷してしまったのだ。”個性”の発動に目が必要な彼にとって、これは致命傷に近かった。

 

 それでも一応、イレイザーヘッドが視力を失うことはなかった。しかし目に後遺症が残り、目を開けていられる時間が減ってしまった。これは非常に痛手であった。

 

「はい、つーことでおはよう。全員がこうして無事に新学年を迎えられたこと、まずは何よりだ」

 

 しかし壇上でそう言うイレイザーヘッドの顔に、怪我の痕跡は一切ない。

 実際彼は今、完治している。なぜならヒーロー引退の選択肢を突きつけられた彼は、エリの”個性”である「巻き戻し」の被験体になるという半ば抜け道のような方法で、無事に回復することに成功したからだ。

 その報を聞いて、我々A組はようやく祝勝会を開くことができた。

 

 エリもまたこの成功体験を得たことで、”個性”の制御が完全に安定したらしい。ひとまず暴走して人を消してしまうことはもうないだろうということで、半年近く続いていた彼女の特訓は一旦完了となった。

 今後は、彼女が”個性”を活かした職業に就きたいと望まない限り、今までのような訓練が行われることはないだろう。

 

「あの戦いの中で、各々思うところはあっただろう。後悔するようなこともあったかもしれん。だが生きてる限り毎日は変わらずやって来る。後ろばっかり見てる時間はないぞ」

 

 ということで、無傷であの戦いを乗り越えたと言っても過言ではないイレイザーヘッドは、早速教師として今まで通りに私たちに当たっている。

 

「何より、雄英はこれからも壁を用意し続ける。二年生になったんだ、今まで以上に分厚くデカい壁が目白押しだぞ。しょげてる暇なんてない。プルスウルトラの精神で乗り越えてこいよ、ひよっこども」

『はい!!』

「よろしい。そんじゃ、まずは今後の方針から説明しよう。お前らもわかっていると思うが、これから先の数年はヒーローの数が絶対的に足りなくなる。これは予想じゃなく、確実だと断言できることだ」

「先の全面戦争後、ヒーローの引退が相次いでいるからですわね」

 

 百の言葉に、イレイザーヘッドが頷く。周囲のみんなも、これに神妙な顔をした。勝己でさえ。

 

 先に述べた通りの事情あってのことだが、この影響は既に各所に出始めている。その証拠に、一日当たりの事件数はオールマイト引退会見後よりも勢いよく右肩上がりだ。

 

「改めて聞くと、俺たち時代の岐路のど真ん中にいるって感じするね……」

「歴史の節目……その目撃者、か」

 

 猿夫と踏影の言葉は、まさに的を射たものだろう。

 実際、ヨロイムシャに代表される年齢を理由に引退を決めたヒーローたちは、それを実感していたものが多いのではないかな。

 

 また、事件数が増えているのはそれだけではない。何せ超常解放戦線の全構成員を逮捕できたわけではないのだ。

 というより、それなりの数を取り逃がしている。それでも先に述べた通りに場所が足りない。総勢約十一万人とはそういう規模なのだ。

 

 彼らはみな、”個性”の自由行使の実現を目的とした戦線で生きていた。自らの”個性”を使うことにためらいがないのだ。

 加えて、警察に追われているという状況が彼らをなりふり構ってはいられないという姿勢にさせている。それが事件を頻発させているのだ。

 

 また何より、旧ヴィラン連合にも逮捕を免れたものがいる。

 その代表格がミスターコンプレスとスピナーだ。今のところ音沙汰がないので彼らはいずこかに潜伏していると思われるが、このまま何もしないまま終わるとは思えない。

 

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こちらは今のところ表沙汰にはされていないが、目立つ見た目をしているだけにいつまで隠し通せることやら。

 

 ただ彼女の脱獄については、彼女の心をないがしろにした一部の人間が悪いともいえるので、ヴィラン連合の二人と一緒に語ってしまうのはよろしくないかとは思うが……簡単に人を殺せる力の持つ上に前科もしっかりあるものが、何の制御もなく野に放たれているという点については否定しようがない。

 もちろん何も起きない可能性がないわけではないが、最悪には常に備えておくべきである。

 

「そういうことだな。だからこそ、当面はヒーロー免許の正式取得を目標として動くことにする。具体的には、次の免許試験でお前らには全員正規免許を取得してもらう」

「……シンド!!☆」

「神野のあとの仮免であんだけ難易度上がったってのに、全面戦争直後だぞ!? オイラもう震えがとまんねぇよ……!」

 

 イレイザーヘッドの言葉に、教室内が騒めく。隣の部屋からも似たような気配を感じる辺り、優雅と実の言葉はヒーロー科二年生の総意みたいなものかもしれない。

 ただ、雄英としても警察としても、また政府各機関としても、ここは譲れないのだろう。それだけヒーローの手が足らなくなる見込みなのだ。

 

 もちろん、仮免許のままでも活動ができないわけではない。必要に迫られたとき以外は活動ができない仮免許でも、インターンの体裁を取ればその制限自体はないも同然だしな。

 

 しかしあれだけの事件のあとだ。今はとにかく、未来に希望を持てるような明るいニュースが……それもある程度大きなものが必要ということだろう。

 私たちとしても、正規免許が取れれば省ける手間がある。仮免許だからこその諸々の制限もすべてなくなるため、合格はしておくべきなのだ。

 

「もちろん学校側も、全面的にサポートする。……まあ、当然のように死ぬほどキツイが、くれぐれも死なないように」

 

 イレイザーヘッドがいつぞやの合宿のときのようなことを言い、ニヒルな笑みを見せる。

 

 しかし彼の言う通り、丸投げされるわけではないので怯えるほどのことは何もないだろう。何より、そんな発破をかけられて本当に尻込みするなら、雄英のヒーロー科に在籍し続ける資格はない。

 そして今ここにいるのは、様々な事件を乗り越えてきたものばかり。誰もがヒーローを志し、そのための努力を欠かさず続けられるライトサイドのものたちばかりだ。

 

『はいっ!!』

 

 だから私たちは、なんだかんだでイレイザーヘッドの言葉を正面から受け止めるのだ。かかってこい、と。潰せるものなら潰してみろ、と言わんばかりに。

 

 これにはイレイザーヘッドも、普段の仏頂面を崩して穏やかな笑みを浮かべて見せた。

 

「大変よろしい。……じゃ、早速今年度の個性把握テスト始めるぞ。全員、体操服に着替えてグラウンドに出ろ」

「予想はしてたけど!!」

 

 が、相変わらずとも言える話の落差に、いくつかの悲鳴が上がった。

 

「せんせー、始業式はー!?」

「そんなもんしてる暇なんてないよ」

「知ってた!!」

「相変わらずの合理主義や……安心……しといたほうがええんかなぁ、これ……」

「くそー! 新年度の始業式は出たかったなー! 後輩見たかったー!」

 

 もちろん、そうでない生徒もいる。

 

「今年も来たか!!」

「ああ、腕が鳴る」

「ケロケロ……確かにこの一年でどれくらい実力が着いたか、きちんと調べたことはなかったわね」

「全員、俺がぶっ潰す!」

「負けねぇぞ」

「僕だって……!」

 

 ただ、そんなことを言いつつも、誰も更衣室へ向かうことを渋ることはなかった。そんなみんなの様子を、一歩引いた場所から眺めていた私は思わずふっと笑う。

 イレイザーヘッドのやり方も含めて、これがA組なのだ。それがなんとも面白くて。

 

 そんな私に、隣を歩くヒミコが顔を向けてきた。楽しそうな顔が、私を覗き込んでいた。

 

 彼女の美しい金色の瞳が、私をまっすぐ見つめている。その様子に、いつも通り私は思う。私の彼女はいつも、世界一カァイイ。

 

「どうしたんです?」

「いや。なんとなく、これが今の私の普通の日常なんだなと思っただけだ」

「ふふ、そですね。こういう『普通』も、悪くないなって思います。ですよね?」

「ああ。去年は色々あった年だったが……それでも、やっぱり楽しかった」

「きっとこの一年も、楽しい一年になりますよ。私、ワクワクしてます。ワクワクトガです!」

「うん、私もワクワクしている。……一緒だな、ヒミコ」

「はい、一緒です。これからもずっと、ずぅーっと一緒なのです」

 

 そうしてお互いに笑みを向けて、人目がないことをいいことに軽くキスをする。

 

「ひみちゃーん! ことちゃーん! 遅れるよー!?」

 

 と、そこに透が声をかけてきた。少し離れたところで、ぶんぶんと手を勢いよく振っている。

 少しどきりとしたが、見られてはいなかったようなので一安心。

 

「はーい!」

「今行くよ」

 

 だから私たちはもう一度くすりと笑って、それから足を速めてみんなの輪の中に飛び込んだ。

 

 ……私はジェダイだ。この星の自由と平和を守ると誓った身だ。

 けれど、同時に私はこのクラスの一員で、彼らのともがらだ。これらは矛盾なく成立する。

 

 つまり何が言いたいかと言うと……うん。

 今はこのかけがえのない日常を。みんなで戦い、つかみ取ったこの日常を、素直に享受したい。そういうことだ。

 

 だから私は、人生の伴侶や仲間たちとともに走り出した。

 願わくば、こんな平和でありふれた日常を、誰もが奪われることのない日々が来ますように。そんな未来のために、私たちは戦うから……だから。

 

 誰もがみな、フォースと共にあらんことを――。

 

 

EPISODE XⅣ「ヒーローの帰還」――――完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

「その男が死柄木弔か……起きることはないんだろうな?」

『ええ、”個性”由来の特殊な睡眠薬で眠らせているそうです。筋肉も弛緩させているとのことですし、大丈夫でしょう』

「よろしい。……では、例のものを」

『……本当によろしいのでしょうか? これは本来、押収品なのでは?』

「構わん。君も見ただろう、その男の力を。その男はあまりにも危険すぎる、オールフォーワンの比ではない。だからこそ、最低限その”個性”だけでも()()しておかなくてはならないのだ』

『要するに公安お得意の違法捜査の一環と言うことですか。正直に言えばやりたくはないですが……今回はことがことだけに、ってやつですね?』

「うむ。この国の、ひいては世界のためだ。大勢の無辜の民の命がかかっているのだ……致し方あるまい。案ずるな、君が責任を負う必要はない。いいな」

『……ハッ、畏まりました閣下。では……()()()()。……撃ちました。命中を確認』

「拳銃から発射するのに、銃声は通常の拳銃と違うのだな』

『そこはまあ、内部構造が違うからでしょう』

「……それで、そやつの”個性”は間違いなく破壊されたのかね?」

『異形型というわけでもないので、見た目からでは判別は……ん? な!? な、なんだ!? 何が起こっている!?』

 

 何かが蠢く音、沸騰する音。壊れる音、崩れる音。それらが連続する。

 

「どうした? 何があった!? おい!?」

『わかりませ――』

 

 そして――人が潰れる音。血飛沫が映像に降りかかった。

 直後にマイクを壊すほどの破裂音が轟いて画面を焼き……それを最後に、男が見ていた画面はブラックアウトした。

 

 何かが起きた。その結果、派遣したエージェントが死んだ。男にも、それはわかった。

 しかし、それ以外に何が起きたのかは何もわからなかった。

 

 ただ、この状況で最も優先されるべきは、人命ではない。

 それよりも何よりも、危惧すべきことが一つ。

 

「やつは……どうなった……!?」

 

 死柄木弔の状況。それがわからない。どうなったのか。目覚めてしまったのか。

 返事は、ない。

 

 藪をつついてしまった男はその後、大慌てで関係各所へ連絡を取るため夜を徹することになる……。

 

 

EPISODE ⅩⅤ へ続く




はい。
ということで・・・最終章と言ったな? あれは嘘だ(テイクツー

いやこれもウソのつもりはなかったんです。本当なんですポリスさん。
本当に当初の予定では、この先のエピローグまで含めて最終章としてお出しするつもりだったんです。
でもエピローグ部分が想定より長くなったのと、長くなったせいでここの前後で章としてのテーマが合致しなくなってしまったので、分けることにした次第でして。
いやまあ、ヒロアカとしてのストーリーは区切りがついてるので、ここが最終章というのはさほど間違ってないやろって思って1話で最終章ってぶち上げたのも事実ではあるんですけどね・・・(目逸らし

ともあれそういうわけで、もうちっとだけ続くんじゃ。
次こそ正真正銘の最終章ですが、本質はエピローグ。追伸的な感じというか、今章で書ききれなかったことを書く予定です。
そうだね、襲もとい重音周りがメインだね。
まあ普通に一章書くよりは少ない文字数で事足りると思うので、うまくいけば年内に更新を再開できる・・・んじゃないかなぁ。
でもなぁ、先日のジャンフェスで堀越先生が第二次全面戦争のあとも描きたいシーンある言うてたしなぁ・・・。
おまけに劇場版第4弾が告知されてしまったしなぁ・・・続いてしまうかもなぁ・・・。

何はともあれそういうわけですので、ここからももう少しだけお付き合いいただければ、それはとっても嬉しいなって。
可能であればその前に、感想評価、ここすき等々いただけますともっと嬉しいなって。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE ⅩⅤ ■■■■■
1.光と闇の狭間で


 ヒーローとヴィランの全面戦争が終わった、その夜のこと。

 死柄木弔を収監するためだけに特別に用意された、彼一人のみの小さな刑務所が、内側からの圧力に耐えかねて崩壊した。

 

 彼が抜け出すために力を振るったわけではない。そもそも、彼が目覚めたわけでもない。しかし、確かに彼によって破壊されたのである。

 

 原因は、弔に撃ち込まれた個性破壊弾だ。断言するには情報が少ないが、しかし状況からしてそれに違いないだろう。警察やヒーロー公安委員会の上層部は、共にそう同じ結論を下した。

 

 経緯はこうだ。深夜、人の数が少なくなったタイミングで、公安警察のエージェント――その身分を知っているものはごく一部に限られる――が刑務所を訪れた。

 彼は死穢八斎會(しえはっさいかい)の事件で押収された、個性破壊弾を持ち出していた。その弾を、人の目をかいくぐって弔に撃ち込んだのである。

 

 ここまではいい。私刑のような形であることの問題はあるものの、彼の行動はそもそも政府要人からの指示だったからだ。各機関の上層部も、それを承知していた。

 この決定はとある大臣がやや強硬に動いた面はあるものの、死柄木弔という存在の危険性は共有されていたため、致し方ないと誰もが消極的ながら賛成した結果である。

 

 だから、ここまではいい。問題は、個性破壊弾が撃ち込まれたあとのことである。

 

 弾に問題があったわけではない。弾は確かに、その効果を発揮していた。時を同じくしてやはり個性破壊弾を撃ち込まれたギガントマキア、荼毘の両名は問題なく”個性”を破壊されていることから、これは間違いないと見ていい。

 

 しかし弔だけは異なる反応を見せた。彼の身体は、弾を撃ち込まれてから暴走を開始したのだ。

 全身の肉という肉が泡立ち、膨らみ、質量を激増させた。急激な変化によってたわみ、あるいは意思とは無関係に動き回り、周囲を破壊し尽くした。この勢いはとどまることを知らず、建物は内側から破壊された……というわけだ。

 

 残されたのは、限界を超えて破裂し周囲にまき散らされた、死柄木弔だったものの肉の残骸。それから個性破壊弾を使い、逃げきれないまま潰されたエージェントの死体だけであった。

 

 調査の結果、死柄木弔の死は確実と判断された。どこかに転移したとか、生き延びていたとか、そういう痕跡は少なくとも何も出なかったためだ。

 だから個性破壊弾が、どうしてこの結果をもたらしたのか。それだけがわからなかった。

 

 だが協力を請われ、押収されていた死柄木弔の改造に関するデータを閲覧したデヴィット・シールド博士は、こう評した。

 

「まるで、大きな建物から柱だけをすべて消失させたような有様」

 

 と。

 

 博士いわく、弔の身体に施されていた殻木の改造は、その大半が”個性”に由来したものだという。

 それらは”個性”として機能しているわけではないが、しかし弔に移植された”個性”を身体に定着させるための役割があった。彼の身体と極めて密接、かつ複雑に繋がり合っていたのだ。

 個性破壊弾は、弔の本来持つ崩壊と移植されたオールフォーワンだけでなく、身体全体に張り巡らされた繋ぎの部分も破壊してしまった。むしろ繋ぎの部分から破壊してしまった。

 

 これが改造が完了し、魔王の器として完成していたら話は違っていただろう。

 だが全面戦争は、その完成に至る前にすべてを終わらせるため計画された作戦。弔の改造は当然、終わっていない。ヒーローたちが勝てたのも、そのためと言っても決して過言ではない。

 

 だからこそ、今回の悲劇は起こった。個性破壊弾は”個性”そのものだけでなく、”個性”オールフォーワンの定着がまだ不完全だった肉体の維持に必要な部分までも、意図せず破壊してしまったのである。

 

 ゆえに弔の身体は制御を失った。結果として、移植されていたオールフォーワン……そこに内包されていた無数の”個性”が暴走を開始。まるで奪われたことへの復讐を遂行するかのように弔の身体を無茶苦茶に動かし……そして、”個性”の破壊が完了した時点で決壊した。

 

 以上がシールド博士の出した結論である。

 

 これを聞いた人間の反応は、主に二つに分かれた。一つは、殺すつもりなどなかったものたち。大罪人とはいえ、こんな形でその命を終わらせることになってしまい、慙愧の念に打ちのめされたものたち。

 

 そしてもう一つは……危険人物の死刑が意図せず完了したことを受け入れるものたち。経緯はどうあれ、罪は罪。何よりも、秩序が維持されることこそ肝要だと考えるものたちだ。

 

 しかし後者の人間のすべてが、同じ理由で受け入れたわけではない。中には弔の死を手放しで喜んだものもいた。

 

「社会のゴミにはお似合いの最期だったな。何はともあれ、これで全部解決のハッピーエンドだ」

「喜んでる場合じゃないでしょ。もしこれを知ったら、重音ちゃんがどう動くかわかったもんじゃないスよ?」

 

 上司の中でそんな反応を示す一人に対して、ヒーローながら立場上裏の話に触れる機会のあるホークスは、ちくりと言わずにはいられなかった。

 

 ホークスは理解していた。鬼怒川重音という少女が闇から光に帰還した最大の理由の一つは、オールフォーワンの裏切りであることを。

 

 そう、彼女は死柄木弔を恨んでいたわけではないのだ。確かに日常的に口ゲンカは絶えなかったが、それでも身内だという認識でいたことは間違いないだろう。

 

 ただし死柄木弔の死自体は、さして問題ではない。

 いや、もちろんそれがきっかけとなる可能性は十分以上にあるが、それよりも何よりも、諸手を挙げてその死を歓迎する大人たちの態度のほうが重音には劇物となり得るだろう。そういう大人の理不尽こそ、重音にとっての地雷なのだから。

 

 万が一重音が知ってしまったら……彼女がまた闇に堕ちてしまうのではないか。ホークスはそれを懸念していた。

 

「重音とやらは、弔に比べて常識の範囲内に収まっている。何より、あれは例の子供相手に一度も勝てていないのだろう? ならば対処は可能だ、問題ない。第一、あんな学のない子供にそんな情報をどうやって仕入れられるんだ?」

 

 しかし、ホークスが望んだ回答は返ってこなかった。咎められた上司は半ばあざ笑うかのようにそう言って、ホークスの肩に軽く手を置くのみであった。

 

 もちろんそんな反応を示したものは一部ではあったが、程度の差こそあれ重音を軽く見ているものは多かった。このことに、ホークスは愕然とした。

 

 重音にはフォースがある。その達人である幼女たちが、相手の記憶や内心を読むことに長けていることを知っていれば、そんな悠長なことを言っていられるはずがないのに。

 

 確かに重音の力は、未完成の弔と比べてもなお下だ。だとしても、本気を出した重音に真正面から対抗できる人間は多くない。

 

 そもそもの話、重音はどちらかと言えば魔王ではない。拳一つで他人を簡単に殺せる力を、瞬間移動で突然持ち込んでくる。そういう暗殺者としての立ち回りこそ、重音の本領と言える。

 単独で国を転覆させるほどの力はない。しかし狙った人間一人を秘密裏に消すことはたやすいのだ。その上で白兵戦での無敵性も極めて高いのだから、決して軽々に扱っていい人間ではない。

 

 付け加えるなら、彼女に対抗できる人間は子供である。上司が言った「例の子供」に至っては、まだ十一歳の幼女だ。そんな子供にわざわざ重責を担わせるような振舞は、平和への想いが強いホークスにとって非常に受け入れがたいものであった。

 

 そして案の定、ホークスの懸念は現実のものとなる。

 弔が死んで、その原因がおおむね特定された翌日。一部だけとはいえ、警察の中にその情報が共有された日の夜だった。

 

 重音はそもそも、フォースヴィジョンによって弔の死を感じていた。そんなとき心の中を隠そうともしない輩と顔を合わせば、理波ほど読心に長けていなくとも察してしまえるというもの。

 

 だから重音は、その身に課せられたメイデンを一瞬で吹き飛ばすほどに激怒した。怒髪天を衝く勢いはとどまるところを知らず、彼女の身に宿る”個性”によって限界を超えて強化された闇のいかづちが、周囲一帯を焼き払う結果になったのである。

 

 すべての経緯を知る唯一のヒーローとして、慌ててその場に駆け付けたホークスは見た。瓦礫の山の中、降り注ぐ雨を見上げて呆然と立ち尽くす少女の姿を。

 しかし、嗚咽と怒号と火災の音が響く中、それでもホークスは気づいた。この地獄のような光景の中で、死者はいない。怪我人もごくごくわずかだということに。

 

 その意味を察して息を呑んだホークスに気づいた重音が、振り返る。夜の闇の中に浮かび上がる赤い縁取りの金色が、揺れながらホークスを見据えた。

 

「重音ちゃん……」

「……ッ」

 

 思わずかけられたホークスの声に、重音の表情が歪む。感情が激しく揺れ、赤い光がその身体から弾けて現れた。

 

 重音はその勢いのまま、ホークスに詰め寄った。殴りかからんばかりの勢いで。

 しかしその足を途中で押しとどめ、彼女は歯を食いしばる。食い込んだ爪で血が出ることもいとわず、拳をきつく握りしめる。

 

 それでも堪え切れずに、その場を思い切り踏みつけた。地面が音を立てて割れる。

 

「……ッ、わかってる! ボクだってわかってる!!」

 

 何度も何度も地団太を踏みながら、重音は声を張り上げた。頭を振り乱しながら、涙をまき散らしながら、ホークスに怒鳴る。

 

「転弧お兄ちゃんは殺されたってしょうがないことしてきた! わかってる、よくないことばっかりしてた! そんなのわかってるよ!! でも……でも、だからって……だからって、そんな、あんな死に方……!

 それに……ッ、喜ぶななんて言えない、ボクにそんな資格ない……ない、けどっ! 『社会のゴミにはお似合いの最期』!? それはっ、それだけは……! ボク……ッ! ボク納得なんてできないよっ!!」

 

 光と闇の狭間で、重音は揺れていた。どうしようもなく身体を突き動かす邪悪な衝動を、けれど必死に堪えている。

 

 それがわかるからこそ、ホークスもくしゃりと顔を歪めた。

 目の前の少女は生まれてから今まで、ずっと周りの勝手な都合に翻弄されてきた。そのせいで闇に堕ちて……それでも光に戻ろうとようやくもがき始めたところに、この仕打ちだ。天は彼女に恨みでもあるのだろうか。

 

「ホークス……! ボク……ボク、やっぱり無理だ……無理だよ……! デクとかルミリオンとか……っ、オマエとか……っ! 信じてもいいってヒーローがいるの、わかってる……でも……! でも、信じきれない! オマエたちのこと、オマエたちのいる場所のことっ、どうしても信じきれないっ!!」

「……ごめんな……ダメな大人ばっかりで、本当にごめん……」

「ヒーローも……! 警察も……! みんな! 全部全部、大っ嫌いだ!!」

 

 赤い翼が、そっと重音の身体を包み込む。それを振り払うだけの精神的な余力は、重音には残っていなかった。

 ホークスの身体に縋りついて、重音が泣きわめく。叫んで、声がかれるまで泣いて、泣いて……。

 

 そんな少女に「まだやり直せる」などと声をかけることは、ホークスにはできなかった。ヒーローであり、ヒーロー公安委員会所属の裏エージェントという顔も持つホークスがそんなことを言っても、説得力がないと彼自身が思ってしまったから。

 

 けれども、ずっとそうしているわけにはいかない。立場上、重音がしでかしたことは看過できないからだ。

 

 二人のもとに、警察やヒーローが近づいている。重音を再度拘束するためだ。

 それを理解しているからこそ、ホークスは剛翼から一際大きな羽根を抜いて刃として構えた。それ以外にも、複数の羽根が重音を包囲する。

 

 敵対の姿勢。しかしその内心は……。

 

「……ッ、あああああっっ!!」

 

 それが見えてしまったから。

 だから重音は一際悲痛な声で叫ぶと、天に掲げた両手の指先から稲妻を放った。

 フォースライトニング。闇の力によって引き起こされる、フォースのダークサイドの技。

 

 しかしそれを成した重音の瞳は、既に普段の赤色で……放たれた稲妻は、見かけだけの張りぼてのようなものでしかなかった。

 おまけに、すぐ目の前にいるはずのホークスにはかすりもしない。精々が眩しいだけだ。

 

 だからこそ、ホークスもまた重音の意図を察することができた。ここが彼女の妥協点なのだ。ヒーローたちが輝くこの社会を嫌いその枠組みに反発する心と、救けようとしてくれる本物のヒーローがいる事実に直面した心との、妥協点。

 

 それを察することができてしまったから……ホークスは躊躇してしまった。

 

「ダメだ重音ちゃん、待っ……」

「待たない!!」

 

 一瞬の遅れ。その合間を縫って、重音の身体が掻き消える。

 瞬間移動によって、この場から立ち去ってしまったのだ。

 

 ――雨が引き続き降りしきる中、ホークスは深いため息をつく。

 

「……現実ってやつは、どうしてこうも上手くいかないもんかね。なーにがハッピーエンドだっての。こういうんはハッピーなんて言わんとに……」

 

 羽根をすべて元の位置に戻しながら、空を仰いだ。

 

 重音が消えた雨の向こう。そこに雲があるのか、ないのか。視力に関する力を持たないホークスに、それはわからない。

 多くの人間にも、決してわかることはない。今はまだ、誰も知らない。

 

 フォースは黙したまま、ただ静かに宇宙に遍在するのみである……。

 




メリークリスマス!
はい、ということで予定通り早めに仕上がりましたので、本日より更新を再開してまいります。
いよいよ今度こそ最終章、全7話でお届けしてまいりますので年内にすべて終わる予定になっております。
今度は嘘じゃないんでね! 本当の本当に最終章です! エピローグです!

なおここまで読んでいただいたなら察していただけたのではないかと思いますが、今章は重音が主人公になっています。
光と闇に翻弄され続けた彼女の行く末を、どうか見守ってください。

そしてあわよくば感想、評価、ここすきなどいただければボクがとても喜びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.ピースサイン

 春雨に打たれながら、とぼとぼと。髪も服も重く濡れそぼり、けれどそんなことも気にする余裕もなく重音は郊外の細い道を歩いていた。

 

 どうやってここまで来たかは覚えていない。ホークスが心の底から案じてくれていることを読んでしまって、これ以上彼には迷惑をかけられないと思って彼を振り切って……そこから先の記憶が曖昧だ。

 

 とはいえ、そこはあまり重要ではない。今、重音の心はひどく傷ついていた。

 

 信じられると思ったヒーローがいた。過去の自分のような子供をなくしたい。そう思ったから、投降した。

 けれど、やはり信頼できる人間は社会に少なくて。結局また、家族を亡くしてしまった。それがどうにも怒れて怒れて仕方がない。

 

 おかげで”個性”「憤怒」は、ずっと100%が維持され続けている。消える気配がない。

 だが、そこには悲しいや悔しいと言った感情も同居している。誰かを害するつもりなどなかったのに、色々と破壊し傷つけてしまったことへの後悔もあった。

 

 そんな複雑に入り混じる様々な負の感情を処理できなくて、重音の思考はぐちゃぐちゃだ。情緒が幼く社会や人間関係の知識や経験にも乏しい重音に、これをどうにかするすべなどあるはずもなかった。

 

 どうすべきかと考えても、答えは一向に出ないまま。彼女はただ、夜の雨にけぶる道を歩くことしかできないでいた。

 その歩みにも力はなく……足下にしか向かない赤い瞳は、迷える幼子のそれでしかなかった。

 

「……?」

 

 そんな重音の、亀のような歩みがふととまった。のろりと顔を上げ、とある方角へ顔を向ける。

 

 音が聞こえた気がしたのだ。どこか聞き覚えのある旋律だった。それが雨音の彼方から、かすかに届いた気がした。

 

 だからほとんど無意識のうちに、重音は足をそちらに向けていた。まるで何かに導かれているように、よろよろと近づいていく。

 そうして辿り着いたのは、何の変哲もない安アパート。その三階の一室から、音が漏れ出ていた。薄そうな壁だというのに、夜だというのに、いかにも周りのことなど考えていない様子だ。

 

 けれどそんな騒音も同然の音色に、重音の心は激しく揺さぶられた。

 思わず音の聞こえる窓の近づけるところ限界まで近づき、壁に身を寄せて。すがりつくように、窓を見上げる。隙間から漏れ出た人工の光が、彼女の顔をわずかに照らす。

 

 過ぎ去っていく時間の中ですっかり薄れてしまった彼女の記憶が、音に引き上げられたかのように蘇ってきた。短かすぎる時間を共に生きた、大切な姉の記憶が。

 記憶の中のその人に重ねるように……そう、己の名前のように、重音は口ずさむ。現実の旋律が、それを拾い上げる。

 

「もう、一度……遠くへ行け、遠くへいけと……ボクの中で……誰かが歌う……」

 ――どうしようもなく熱烈に。

 

 それは姉が、重音に教えてくれた歌。音楽というものを一切知らない重音に、何度も何度も口ずさんでくれた姉のお気に入りの歌。

 当時その場所には楽器の音は何もなかったけれど、それでも確かに、この聞かせどころとも言うべきフレーズははっきりと覚えていた。

 

 だってこの曲は。あの地獄のような灰色の牢獄の中で、みんなで一緒に口ずさんだ歌だから。

 

「いつだって、目を腫らした君が……二度と、悲しまないように笑える……」

 ――そんなヒーローになるための歌。

 

 涙が溢れる。滝のように流れる涙をいとわず、嗚咽が混じるか細い声で歌い上げる。

 

 あのときはわからなかった、歌詞の意味。それが今、理解できる。

 すべてとは言わないけれど。言えないけれど、でも確かに、あの頃は首を傾げていたフレーズの意味が、わかる。

 

 ああ、だからお姉ちゃんはこの曲が大好きだったんだと。そう、納得することができた。

 

 そして曲そのものへの理解が深まったからか。こうやって口ずさんでいるだけで、不思議と傍に姉が、蓄羽(おきは)がいるような気がして。

 

「さらば……掲げろ、ピースサイン……! 転がっていく、ストーリーを……!」

 

 それがどうしようもなく嬉しくて。けれどどうしようもなく悲しくて。

 矛盾する二つの気持ちが、矛盾なく同居している現実を理解できなくて、重音は泣いた。泣きながら、歌い続けようとする。

 

 けれど、今の重音が覚えているのはサビの部分だけ。何せあの頃の彼女は素直じゃなくて、あまり積極的に歌ってこなかった。

 おまけに、もう何年も口にした覚えがない。おかげで他の箇所は記憶が曖昧で、次にどんな言葉を調べに乗せればいいのかわからなくて、不甲斐なくて……。

 

『守りたいだなんて言えるほど、君が弱くはないのわかってた。それ以上に僕は弱くてさ、君が大事だったんだ』

「……!?」

 

 そんな重音の耳に、誰かの声が聞こえた。誰かの歌う声が届いた。子供の声だった。

 

 慌てて周りに目を向けるが、そこに人影は一切なく。

 

『「独りで生きていくんだ」なんてさ、口をついて叫んだあの日から、変わっていく僕を笑えばいい、独りが怖い僕を』

 

 にも拘らず、歌声だけははっきりと聞こえてくる。

 それどころか、どんどん近づいてくる。はっきりと輪郭が明らかになっていく。

 

「……お、姉ちゃん……?」

 

 そうだ。この声は。

 もうずっと、聞いていなかった声。すっかり思い出せなくなっていた、この声。

 

 この声の、持ち主は。

 

『蹴飛ばして、噛みついて、息もできなくて……』

「お姉ちゃん!? いるの!? ねえ、いるんでしょ!?」

『騒ぐ頭と腹の奥が、ぐしゃぐしゃになったって……』

 

 大急ぎで振り返るも、返事はない。それでも、歌は続いている。

 

 姿はない。それでも、声は誘っている。

 

『衒いも、外連も、消えてしまうくらいに――今は触っていたいんだ、君の心に』

 

「……っ!」

 

 だから、彼女は誘われるままに。

 

 意を決して、空を見上げる。

 

「『僕たちは(ボクたちは)!』」

 

 そうして始まる、二つ目のサビ。流れてくる音楽にあらかじめ乗っている男性の声に便乗するように、二つの声が重なる。二人の少女の声が重なっていく。

 聴衆のいない、たった二人だけの合唱。ありていに言ってしまえば、カラオケですらない稚拙な歌声。

 

 それでも……今ここで雨に濡れながら声を上げる少女にとって、これはただの歌ではない。

 眠る前に姉が口ずさむ子守歌であり、心身を苛む苦痛を和らげる鎮痛剤であり、その苦痛に立ち向かうための鼓舞であり、何気ない時間を慰める娯楽でもあり。

 

 何より、共通点が一つ。それはあの灰色の地獄の中、みんなが知る、お互いのための祈りであったということ。あの日彼女たちは、この歌をかすがいにして寄り添い合う家族だった。

 

 それを今、ここで歌う。愛した家族と共に歌い上げる。

 

 物理的には今、ここには独りしかいないけれど。それでもここにいるであろう家族のために。あるいは今まさに苦しんでいる自分のために。

 どんなに遠く離れていても、必ずお互いのもとまで届くように。そういう願いの込められた、幼く純粋な祈り。

 

 それを今、あの頃とは違って素直に歌うことができることの意味を噛みしめながら。

 涙に濡れた声が、少しずつ弾んでいく。雨が、弱くなっていく。

 

 されど夜が明けるには、まだいささか以上に早く。

 闇の中。やがて歌が終わり、聞こえてくる曲は機械的に次のものへと切り替わる。二人だけの時間は、そうやって実にあっさりと終わりを迎えた。

 

「……お姉ちゃん……? そこに……いるん……だよ、ね……?」

 

 けれど、さながら歌の余韻が響くかのように。

 かすかに残った光が染み渡るように。

 

 一瞬、ごくごくわずかなまばたきの刹那の間、重音の前にその姿が垣間見えた。

 あの場所ですべての子供がいつも着せられていた、揃いの簡素な患者着。打ちっぱなしのコンクリートもいとわず、共に駆け回った素足。

 

 そして何より、あの地獄の中でヒーローを体現して見せた、ナンバーワンを模した笑顔。

 

「お姉ちゃん!」

 

 幻のようなその姿に、重音がすがるように手を伸ばす。そんな彼女に、現れた蓄羽は何も喋らない。

 

 ……いや、喋ろうとはしている。しかし彼女がどれだけ口を動かしても、それが音となって響くことはなかった。

 それでも彼女は、私が来たとでも言いたげにピースサインを向け、もう片方の手で重音の手を取った。いつかのときのように。

 

 感触は、ない。ただ空を切る感覚だけがそこにあった。

 

 だとしても……それが錯覚であったとしても。すぐに消えてしまったとしても。

 

「……わかったよ、お姉ちゃん。一緒に行こう。みんなで一緒に」

 

 重音は今ここに現れた姉を信じた。姉の手が引くほうへ、行くべきだと。そう信じた。

 だからもう、重音の歩みに迷いはなかった。

 

 暗闇の中、雨は続いている。弱くはなっていても、確かにまだ降り続いている。

 

 そんな中を、重音は歩いていく。

 

 今はまだ、独りの歩み。けれど間違いなく、光に向かうための歩みであった。

 

 その背中を見送って、うすぼんやりとした人影が闇の中に浮かび上がる。

 百八十センチを超える背丈の、精悍な顔つきの男の姿。ローブを身にまとう彼の耳元で、今にも消えそうな声がかすかに響いた。

 

『あ……がと……、ス……イウォ……カーさ……』

『気にするな。一度くらいこっち側にお節介をしても、誰も怒りはしないだろうからね』

 

 声にそう答えて、肩をすくめるフォースの申し子……アナキン・スカイウォーカー。

 

 けれどその隣に、少女が現れることはついぞなかった。声ももう、響いては来ない。

 なぜなら彼女はもう、宇宙のフォースの中に散った意識だ。たとえアナキンが力を沿えたとしても、もうこれ以上はどうあがいても無理なのだ。むしろここまでやってのけたことこそ、ザ・ワンズに匹敵する奇跡の御業と言うほかない。

 

 でも、それでいい、と彼女は思っていた。

 

 もちろん、今重音の隣に自分がいないことに思うところはある。

 それでも、自分には。あのとき一度折れてしまった自分に、今を生きている重音の隣にいる資格はないと思うから。

 

 だから……蓄羽は宇宙のフォースの中に溶けるその瞬間まで、ひたすら願う。祈る。

 今は独りで歩くしかない妹の隣に、いつか共に未来を盗み描ける誰かが現れてくれることを。

 

 そのときが、遠くない未来で待っていることを祈って。

 

(フォースと共にあらんことを。……で、いいんだっけ)

 

 そうして、彼女は再び永遠の眠りについた。

 




ヒロアカの物語が進めば進むほど、ピースサインの歌詞が解像度を上げていくの何かのバグだと思ってます。あれが作られたの、もう結構前なのに。
ピースサインに限らず米津さんのタイアップ曲って大体そういう感じなので、彼の作品を歌詞に落とし込む能力が異常なんでしょうね・・・。

あ、一応少し先のことを言っておきますと、重音の曇らせはここでおしまいです。
ここから先は上向いていきます。本当だよ。
大人ウソつかない。たまに間違えたりはするけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.導かれた先で

 朝を告げる雀たちのさえずりが聞こえる中、のっそりと身体を起こした重音は寝ぼけ眼のまま首を傾げた。

 

 いつの間にか、ふかふかの羽毛布団に包まれて寝ていた。身に着けた服も脱獄してきたときのものではなく、これまた暖かな寝間着に変わっている。

 

 もしかして夢の中にいるのかとも思った。春の朝特有の穏やかな暖かさが、それを助長する。

 しかし全力で飢餓を訴える腹の具合が、嫌でも重音に現実を意識させた。かすかに漂ってくるおいしそうなトーストの香りが、覚醒を促してくる。

 

「……ボク……? 昨夜は……確か……」

 

 懐かしい、けれど初めて聞いた音楽に勇気をもらい、夜の雨の中をひたすら歩き続けていたことは覚えている。

 

 ただ、いくら重音が超再生の”個性”を持っているとはいえ、限界はある。特に疲労や空腹は別枠の問題であるため、途中で限界が来たのだ。

 だからとりあえず寝ることにして……でも雨ざらしの場所で寝るのはさすがによくないと考えて、目についた適当な家の軒先に転がり込んで横になった。記憶はそこで途切れている。

 

 つまり、寝ている間にこうなったのだろう。そこまで考えて、重音は不機嫌になった。

 

「めちゃくちゃ疲れてたって言っても、ここまでされて気づかないのはダメすぎじゃん……」

 

 そして頭を抱える。己の迂闊さが腹立たしかった。空腹だからか、その怒りは無駄に鋭く燃え上がる。

 

 とはいえ、いつまでもそうしているわけにはいかない。なんとか怒りを飲み込んで、この場所を調べることにする。

 

 重音が寝かせられていた場所は、狭くはあるがきちんと整えられた部屋だった。ただし調度品の類はほとんどなく、想定外な来客のために急遽整えたような印象はぬぐえない。

 そのため特に目を引くものは室内になく、必然的に重音はすぐ部屋を出ることにした。そして、漂ってくる食事の匂いを辿って廊下を進む。

 

 少し進めば、やがて生活音が耳に飛び込んできた。

 食器同士がかすかに触れ合う音。水が流れる音。

 そんな何気ない、しかし重音にとってはほとんど経験のない日常の音だ。

 

 それに導かれるようにして、重音が踏み込んだ部屋で彼女を待っていたのは……。

 

「おや、お目覚めかな。よく眠っていたね。まさかベッドに入れて秒で寝るとは思わなかったよ」

 

 のりの利いたワイシャツに、嫌味のない上品なスラックス。銀色の頭髪に銀色のカイゼル髭を光らせて、優雅にティーカップを手にする男。

 余裕たっぷりに見えて、重音を認識した瞬間にびくりと身体を震わせながらも、顔色だけは変えなかった壮年の男。

 

 その男の姿に、重音は目を丸くした。彼女は男のことを知っている。

 

「……ジェントル?」

「やあ、おはよう。いかにも、ジェントル・クリミナルだ。まさか君とこんな再会をするとは思っていなかったがね」

 

 だからその名を呼べば、男……ジェントル・クリミナルもまた、どこか自嘲気味に肩をすくめて応じて見せた。

 

 そう、ジェントル・クリミナルである。かつて不幸な出会い方をして以来、重音から一方的に絡んでいた相手だ。

 

 彼がいるということは……と重音が視線を台所のほうへ向けた瞬間、

 

「あら、起きたのね? ほら、そこ座んなさいよ。朝ごはんすぐに用意するから」

 

 小さな身体の女が、ひょこりと顔を出した。ジェントル・クリミナルに深い愛を捧げ続ける女、ラブラバだ。

 

 かつてヴィランの中の小物としてくだらない動画の投稿に明け暮れ、しかし重音……当時はまだ襲だった彼女との出会いをきっかけに、誰もが思わぬ飛躍を遂げたヴィラン……もとい、ヴィジランテコンビ。そんな二人が、重音の前にいた。

 

「……なんで?」

「なんでも何も……我が家の軒先で少女がずぶ濡れで倒れていたら、普通は保護するものだろう? ましてや顔見知りとなればなおさらだ」

 

 だから思わず聞けば、返事は実にあっさりともたらされた。

 その言葉の意味が理解できず、重音は改めてジェントルの顔を凝視する。

 

 別に、この家が彼の家であるということが理解できなかったわけではない。すごい確率の偶然があったものだとは思うが、それくらいのものだ。どうせ本拠地と言うわけでもないだろうし。

 

 だから重音は理解できなかったのは、後半。なぜなら、確かに両者は顔見知りではあるが、決していい意味でそう言える間柄でもないはずなのだから。

 

 重音からすれば、それなりに好感を持つ相手ではあった。しかしそれは一方的なもので、ジェントルたちからすればはた迷惑なものでしかなかっただろうと彼女自身が思っている。

 

 何せ襲だった頃、散々に振り回してきたから。

 何度も何度も追いかけまわして、ヴィラン連合に引き入れようと執拗な勧誘をしていた。泣かせたこともあるし、ぶん殴ったことだってある。

 

 そんなことをした人間を、なぜ拾って助けたのか。重音にはそれがわからなかった。自分がそうされる資格があるとは、思えなかったのだ。

 むしろ、殺されても文句は言えない立場だとすら思う。世間的にはヴィランなのだし、誰もがそうするだろうと重音は思っていた。

 

「ジェントルのひろーい心に感謝しなさいよ! ジェントルじゃなかったらあんたなんて、とっくに刑務所に逆戻りなんだから!」

 

 彼女の想いを代弁するかのように、ラブラバが口を挟む。

 が、そう言いつつも、彼女は手にしたトレイに食事を載せてこちらにやってくるところだった。おまけにそれを、重音に近くに配膳する始末。その左薬指には、窓から注ぎ込む陽光を受けてきらりと光るリングがあった。

 

「悪いけど、我が家の朝は洋食って決まってるの。メニューに対する文句は受け付けないから、そこんところ忘れないように!」

 

 ぷりぷりと頬を膨らませながらラブラバは言うが、しかしその態度ほど内心は荒れていない。少なくとも、重音にはそう感じられた。

 おかげでますますわからなくなってしまった。

 

 だからだろうか。もう一度ジェントルに向けられた彼女の顔は、困惑しすぎて崩れそうになっていた。

 

「……なんで、ボクに。こんな」

「なぜ? なぜ、と聞いたのかね? そんなもの、決まっているじゃないか」

 

 だが、ジェントルのほうこそわからなかった。そう問われる理由が、わからなかった。

 

「困っている人に手を差し伸べるのは、人として当然のことだからだよ」

 

 なぜなら彼は、落伍したとはいえ元ヒーロー志望。落伍した最大の原因も、失敗したとはいえ誰かを助けようとしてのこと。

 

 おまけに一度は道を踏み外してヴィランに堕ちたものの、今していることは一種の義賊。歴史に名を残したいという強欲めいた大望こそあれど、確かに彼の性根は善性のものだった。

 

「……今まで、散々困らせてきたのに?」

「女性には振り回されるのが男の甲斐性と言うものだよ……いやその、辛くなかったと言えばウソになるけれどね!」

 

 ハハハと笑う彼の言葉に、嘘はなかった。後半の情けない吐露も含めて、何もかも。

 

 フォースを通じてそれを理解した重音は、起きてから今まで張っていた緊張の糸を切った。

 はぁー、と深いため息をつき……それから、警戒して損したと言わんばかりに椅子にどかりと腰を下ろした。そのまま、目の前に並ぶトーストたちに遠慮なくイチゴジャムをぶちまけると、一気に口に頬張る。

 

「ちょっと、それはさすがに行儀が悪いわよ」

「行儀? なにそれおいしいの?」

「あんたねぇ……」

 

 その態度に、ラブラバが呆れたようにため息をつく……が。

 

「悪いけどそういうの教えてもらえるところで育ってないんだよねぇ」

 

 重音のこの返しに、思い切り顔をしわくちゃにした。ジェントルも同様である。

 

 ……この二人、実は重音の生い立ちをそれなりに知っている。まだ二人が今のような名声を得ていなかった頃、重音に少し追い回されただけで死にそうな思いをしていた頃に、少しでも早く逃げるため彼女の情報を集めたことがあるからだ。弱点があるならそれを突こうと思い立ったのである。

 

 そのための手段と道具なら、ラブラバがいればすべて事足りる。そして彼女のコンピューター技術、特にクラッキングに関する技術は超一流であり……結果、見事重音の過去を踏み抜いてしまったというわけだ。

 

 二人はこれを知り、思い切り泣いた。そして、地獄のシゴキじみた重音との鬼ごっこに真剣に向き合うようになった。

 彼らの実力が急激に伸びたのは、実はその頃からだったりする。彼らが今回重音を助けたのも、それが理由の一つだ。

 

 つまるところこの二人、基本的にヴィランの才能がないのである。

 

 しかしいまだフォースの制御が拙く、特に人の心に疎い重音は、二人が今顔を曇らせたことに気づけない。基本的に視野が狭いため、目の前の食事に夢中になっていたということもある。

 だから彼女は、食べ終わるその瞬間まで二人が暖かくもどこか悲し気な視線を向けていたことを知らない。

 

「……それで? 一応事情はラブラバが調べてくれてわかっているが、脱獄してきたということでいいのかね?」

 

 そんなどこか寒さの漂う朝食が終わり、ラブラバが食器類を片付けるため台所に去ったタイミングで、ジェントルが口を開いた。

 

「ん……まあ、そんなとこ」

「よくもまあやったものだ。メイデンもあっただろうに」

「転弧お兄ちゃん……弔がナントカ大臣ってやつの命令で……色々あって死んじゃってさ。それだけなら我慢できたと思うけど……それ聞いてラッキーとか、バカな死に方とか言って喜んでるやつら見たらプッツン来ちゃって」

「んぶっふ」

 

 そしてぶつけられた返事に、彼は思い切りむせた。想像の何倍も斜め上を行く回答だった。

 

「で、気づいたら刑務所吹っ飛んでて」

「なにそれ怖い……いや気持ちはわからなくもないが! わからなくもないけれども!」

ヒーロー(あっち)側のこと信じたくて捕まったんだけど……また信じられなくなっちゃってさ。でも今さらヴィランって気分でもなくて……」

「んんんんん!!」

 

 ジェントルの良心に、痛恨の一撃。効果は抜群だ。あくまで淡々とした語り口が、その威力を底上げしている。

 

「……それで、どうすればいいのかわかんなくなっちゃって。あっちこっちうろうろしてたんだ」

 

 しかも二連撃である。ジェントルのライフはもうゼロだ。

 

「……ボク……これからどうすればいいんだろ」

 

 もとい、三連撃であった。ジェントルは死んだ。

 

 そのまま顔を覆い、悶え、天井を仰ぐというオーバーリアクションを連続するジェントルに、重音は首を傾げる。

 相変わらず、自分を案じる人の心に疎い少女であった。疎いからこそ、彼女はジェントルの反応を拒絶反応と認識する。

 

 だから、もうヴィランとして動くつもりのない彼女は、この辺りが潮時だと判断した。

 

「……ごめん、ヘンなこと言った。忘れて」

「忘れられるものなら忘れたいところなのだがねェ……!」

「まあ、だよね。……だからボク、もう行くよ。その……ありがとね。……えと、この服は返せばいい?」

 

 そして、おもむろに寝間着を脱ごうとして。

 

「ステイステイステイ脱がないでお願いだから! 君は女の子だろう!? 少しは羞恥心というものを……アッ、その顔はもしかしなくとも何もわかってない顔だね!? ラブラバ! ラブラバーッ! ヘルプ! ヘェルプ!!」

 

 全力でジェントルに制止された。彼の三十年近い人生の中でも、恐らく最速に近い勢いであった。

 彼に呼ばれてやってきたラブラバも、似たようなものだ。彼女はジェントルの手を煩わせることには怒りながらも、重音の言動自体には怒ることなく着替えと脱衣所の場所と使い方を説明する。

 

 しかしなぜそうされるのかまったく理解できなくて、重音はぽかんとしたまま説明を右から左に受け流すばかり。最終的にラブラバは業を煮やし、着替えを強引に押し付けてきた。

 

「なんで……」

 

 着替えを胸に抱えたままの姿勢で、重音はジェントルに問う。

 

 本日三回目の問いかけ。ジェントルは、これに真摯に応じた。

 

「襲くん……(ヒーロー)の側は嫌なんだろう? けれど、(ヴィラン)の側にも疑問が残っている。だからどうすればいいのかわからない。違うかね?」

「それは、……そう、だけど」

 

 どうすればいいのかわからない。

 まさにその通りで、図星を突かれた重音はうつむく。

 

 そんな重音の肩に、ぽんとジェントルの大きな手が置かれた。重音が今までほとんど経験したことのない、柔らかく暖かい仕草だった。

 

「ならば、しばらくうちにいるといいさ。……私が教えてあげよう、狭間(ヴィジランテ)の側というものを、ね」

 

 そして向けられた言葉に思わず顔を上げた彼女の正面で、ジェントルがきらりとしたウィンクをして見せた。

 

 しばらく呆然と、彼の顔を見る。近くでラブラバがやきもきしている。

 

 やがて、重音はゆっくりと。けれど確かに、頷いた。

 

「う……ん……。ありがとう……」

 

 彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれる。それを受け止めて、ジェントルは再び笑う。

 

 こうして重音は、不思議な縁に……あるいはフォースに導かれて、ジェントルたちのもとに身を寄せることになったのだった。

 




原作でも結構なキーパーソンとして第二次全面戦争編に登場した二人ですが、本作でもわりとキーパーソン。そんなジェントルとラブラバです。
実はこの展開、二人が初登場するシーンを書いてるときに決まりました。つまり、彼らの登場と共に重音のエンディングが決まったと言っても過言ではない。
この道を指し示せる原作キャラは、彼らしかいないだろうということで。
だから本作において二人が要所要所で顔を出していた、というわけでしたとさ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.鬼怒川重音:リバース

 ヴィジランテ。ヒーロー免許を持つことなく、自らの持つ”個性”を用いてヒーロー活動をするものを指す言葉だ。本来は自警団を意味する言葉であり、ヒーローやヴィランと共に超常以降に意味が変わった言葉の一つである。

 とはいえ、自警とは司法手続きによらずに実力で行使される防犯行為を指す言葉。そういう意味で言えば、ヒーローやヴィランほどは意味が変わっていないとも言える。

 

 この世界におけるジェントル・クリミナルは、まさにこのヴィジランテに属する存在だ。

 ヒーロー免許を持つことなく、犯罪者を捕まえる。誰かを守る。あるいは救ける。彼の場合はここに、法的には手出しができない……法の網をかいくぐって悪事をなす存在を摘発するという活動も加わる。

 

 もちろん、捜査権のない人間ができることなどほとんどない。しかし彼には、コンピューターに極めて強い相棒がいる。

 そう。ラブラバの手にかかれば、この情報化社会で手に入らない情報などあんまりない。

 

 とはいえ、これも違法捜査だ。証拠能力はないに等しい……が、大衆にとってはそうはならない。

 筋道を立てて、罪の根拠を整然と羅列していく動画。それがインターネットを通じて全世界に発信されるのだ。たとえ法的な根拠がなかろうと、多くの人間はそこに正当性を見出す。

 

 彼が他のヴィジランテと違うのは、まさにそこだ。普通のヴィジランテが、突発的に発生するヴィランをただ倒す……言ってしまえば場当たり的な活動が中心なものが多いのに対して、彼は計画的に行動する。普段は隠れている悪人の、秘匿された悪事を暴く。

 それはただのヴィジランテはもちろん、ヒーローの活動ともまた一線を画したものだ。ゆえに人気を博している。

 

 彼のそんな姿は、重音も知っている。ヴィラン連合に勧誘するために、彼の動画は一通り確認していたからだ。

 

 だがその活動を手伝ってみて、重音は驚いた。華やかな演出がなされている動画の裏側では、ひどく地味な作業が延々と続けられていたからだ。

 ネットの世界の、玉石混交な情報を総当たり。あまりにもかすかな事実の裏取りのために、ひたすら歩きまわって証拠を調べる。話を聞くだけで、重音の我慢は限界を超えそうだった。

 

 それでも我慢できたのは、全面戦争の影響でヒーローが減ったからだ。一日の犯罪件数は以前にも増して増え続けており、調査のさなかにも彼らはちょくちょくヴィランに出くわした。

 

「殴って回るのは私の流儀ではないのだけどねぇ……」

 

 何度目かもわからない唐突なヴィラン退治を終えて、ジェントルはため息をついた。

 

 何事も優雅に、紳士的に。それが彼なりのポリシーなのだが……これは情勢が悪いと言うしかないだろう。

 不幸中の幸いは、事件が爆発的に増えた影響でヴィラン退治を呑気に眺める聴衆がぐっと減ったことだ。

 

「さすがジェントルー!」

「その子誰ー!? 浮気かー!?」

「私が浮気などするはずないだろう!? 弟子だよ弟子!! 詳細は次の動画までのお楽しみさ!」

「うそー、マジー!?」

「ついにジェントルにも弟子が……! 感慨深いな……!」

 

 それでもヴィランが取り押さえられたあとになれば、それなり以上の人数が寄って来る。

 中でも、ジェントルを称賛する声を上げる人間は一定数いる。ジェントルも基本目立ちたがり屋なので、これには気前よく応じる。

 

 あまりにも危機意識が低い話だが、結局のところ人間は対岸の火事でなくなって初めて省みる生き物なのである。

 

「ボクはこっちのが性に合ってるけどね」

 

 一方弟子と呼ばれた重音は、遠慮なくぶん殴れる相手を遠慮なくぶん殴れてすっきりした顔だ。ストレスを景気よく発散できたのだろう。

 

 どこか晴れ晴れとした顔に、「違う……そういうことを教えたいんじゃなくてだね……」とジェントルは親指と中指で両のこめかみをもみ込んだ。

 

「なんとなくはわかるよ。よーするに、手順の話でしょ? あとの楽のために今苦労する、的な」

「……まあ、間違ってはいないけれども。理解はしてくれていたんだね……」

「シツレーだな。ボクが別にバカじゃないってことくらいわかってるでしょ」

 

 曖昧に頷いたジェントルだが、これは事実だ。

 

 彼は空いた時間に、ラブラバと共に重音に様々な教育を施している。その内容は主に情操教育だが、一般常識や知識的なものもある。

 重音は前者に対しては覚えが悪いが、単純に覚えるだけならかなり早く習得する。何なら、最終学歴が留年を重ねた挙句の高校中退なジェントルよりも間違いなく早い。

 

「大体、ヴィラン連合にステイン先パイ引き込む段取り組んだのボクだし。腹立たしいけど、そこはオールフォーワンから教えられてるよ」

「なるほど? この手の下積み作業の重要さは、ところ変わっても通じるということかな。しかしわかってはいても、性に合う合わないは別なのだねぇ」

「だってぶん殴って解決できるなら絶対そっちのが早いじゃん?」

「だからそれはヴィランの論法だと……おっと、どうやら潮時のようだ」

 

 あれこれ話しているうちに、ヒーローたちがやってきた。

 

 繰り返しになるがヴィジランテ活動は違法なので、法的にジェントルはヴィランである。ヒーローは当然捕まえに来る。

 しかし向かってくるヒーローをすべて殴り倒していては、キリがない。心象も悪くなる。

 

 だからこそ、ここで打つのは逃げの一手だ。普段であれば、自身の”個性”である弾性によって跳び回ることになるが……。

 

「ではリスナー諸君、さらばだ! 頼めるかい?」

「はいはい、任されましたよっと」

 

 今は重音がいる。だからジェントルは彼女に触れると、彼女とともにこの場から掻き消えた。

 消える直前、スモークグレネードを発動させて周囲の視界を遮ることも忘れない。現状、あまり重音に注目を集めたくないからだ。

 

 そうして瞬間移動を重ねて現場を後にした二人は、改めて当初の目的であった情報の裏取りに奔走することになる。ジェントル主導による、重音のヴィジランテ体験はおおむねこのようにして過ぎていくのだ。

 

「ステイン先パイ……ステイン先パイかぁ……」

 

 その日の夜。食後のちょっとした空き時間の中で、ふと思い出したように重音がこぼした。

 

 食後の紅茶を楽しんでいたジェントルが、それを聞きとめて問いかける。

 

「ヒーロー殺しがどうかしたのかね」

「いや……ボクがこれからどうすればいいのか聞いたら、先パイならなんて言うかなって思って」

「……やめたがいいと思うがねぇ」

 

 ステイン。ヒーローを狙った連続殺人犯。英雄回帰を求めて、彼が贋作と断じたヒーローを殺し続けた特級のヴィラン。

 その思想は、今も社会の一部でくすぶり続けている。それはつまり、ステインの求めた理想がある種普遍的なものでもあることの証明とも言えた。

 

 英雄とは、見返りを求めてはならない。偉業を成したものだけがヒーローと呼ばれるに値する。

 そんな思想は、現代のヒーローに思うところのある人間にとっては、ある種の天啓だったから。

 

 しかしステインがしていたことは、まごうことなき犯罪である。たとえどれほど高尚な意見を叫ぼうと、そのために選んだ手段が法に拠らない殺人であった以上、彼の意見が公に認められることはない。

 

「まあ、わかってるよ。ヒーローにだって家族はいるわけでしょ。先パイみたく問答無用で殺してたら、その家族が泣いちゃう。子供とかいたら……って思えば、ね」

「わかっているのならこれ以上は言わないが」

 

 だからこそ、今の重音がそれに迎合することはない。家族を理不尽に奪われることの重さを、彼女はもうわかっている。

 

「ところで重音くん。そろそろ今度の案件を実行に移すときが近づいてきているが……これに合わせて君の新しい名前を考えようと思うんだ」

「名前?」

「そう。ヒーローでもヴィランでもそうだが、名前は大事だよ。名前はこうなりたいという祈りであり、願いだからね。こういう存在だ、と示すものでもある。君の場合、死柄木襲こそがその名前に当たるものだったわけだが……」

「ソレはもう絶対使わない。あいつの期待なんて、二度と背負うもんか」

「だろう? だから、新しい名前さ。鬼怒川重音という名前もいい名前だが……それはあくまで本名だからね」

「……意図はわかったけど、ボクそういうのよくわかんないよ」

「そう言うと思って、考えてあるよ。他ならないこのジェントルが、とっておきの名前をね!」

「とっておき、ねぇ……」

 

 胸を張り、口ひげをさすりながら自信たっぷりに告げたジェントルに、重音は思わず不審げな目を向ける。

 

 ジェントルには世話になっているし、色々と感謝はしている。

 が、それはそれである。盲目的にオールフォーワンを信じて痛い目を見ているだけに、なんでもかんでも受け入れるつもりはない重音だった。

 

 何より、おかしな名前はごめんだと思う自意識は、さすがに持ち合わせているので。

 

「何よ、ジェントルのセンスを疑ってるわけ? 見る目がないわねぇ、私の『ラブラバ』だってジェントルの命名なのよ! 外れなんてあり得ないわ!」

「ホントかなぁ。まあとりあえず、聞くだけ聞いてみるよ。ヘンなのだったら使わないからね」

「ふっ、そう言っていられるのも今の内だとも。いいかい重音くん……君の新しい名前はずばり……ディグナス。これでどうだろうね!?」

「ディ、グナス? なんか耳慣れないな……どういう意味?」

 

 この問いかけに、ジェントルはよくぞ聞いてくれたとさらに胸を張った。無駄によく通る無駄にいい声が、室内に響き渡る。

 

「君本来の”個性”は『憤怒』、怒りを力に変えるものだ。そして……あまり口に出すものでもないが、聞いた限り君の原点は社会や世界の理不尽に対する怒りにあると私は見ている」

 

 ジェントルたちは、ラブラバというバグ技めいた実力者の手腕によって重音の過去を知っている。

 だからというわけではないが、重音は今日までの共同生活の中で己の過去をある程度語っている。それだけジェントルたちを信用してのことだった。

 

 そして、その信用は正しいと今は思っている。重音の口から直接聞かされた過去の生々しさにジェントルたちが泣き崩れたり怒ったりしてくれたからだ。だから重音は、まだここに留まっている。

 

 それでも、やはり触れてほしいものではない。だからこそ、そこを指摘する言葉に重音の機嫌が少し下がった。もしかしてこいつも……という、大人に対する不信感が顔を覗かせる。

 

「だからやはり、怒りに関する語句が君には似合うと私は考えたわけだよ。それをもじろうと思ったわけだ。

 怒りを意味する英単語はアングリーやフューリーなどいくつかあるが……私が選んだのはずばり、インディグネイションだ。主に不正や不公平に対する怒りを意味する言葉でね?」

「不正や、不公平に対する……」

「そうさ。君の怒りは、ただ当たり散らすものではない。ただの癇癪ではない……社会に対する正当な怒り。そんな意味を込めた。

 ……もちろん、その怒りに飲み込まれてしまったらただのヴィランでしかないから、相応の自制を求めることになるけれどね」

「…………」

 

 だが最も弱く柔らかいところには一切触れず、それどころか己の意を汲んだ命名であることを正面から告げられて、重音は黙りこくった。

 

 悪い意味でではない。いい意味で、だ。それだけ彼女にとって、ジェントルの態度はある種の救いだった。

 

「ディグナス……ディグナス、か……」

「いかがかな? お気に召したのなら幸いなのだが!」

「ん……うん、悪くない……と、思う……」

「それはよかった」

 

 だからうんと頷いた重音に、ジェントルもまたにまりと笑みを浮かべて応じた。

 

「ほらね! やっぱりジェントルは最高なのよ!」

「ハッハッハ、それほどでも……あるかなぁ今回はなぁ! いやぁ、我ながらいい仕事をしてしまったね!! ……おっといけない、忘れるところだった。ラブラバ、あれを!」

「任せてジェントル!」

「……?」

 

 いつも通りのやかましいイチャつきを始め……かけたところで、自主的にそれをキャンセルしたジェントルに、重音は首を傾げる。

 そのまま訝る目を隠すことなく、台所へ駆けていったラブラバを見送った。

 

 と思えば、ラブラバが持ってきた三号ほどのホールケーキを見て、目を丸くする。

 

「なんでケーキ?」

「決まっているじゃないか。今日は君が、ディグナスが新しく生まれた記念すべき日だからね。そのお祝いさ」

「ロウソクの火を消す権利だってあげちゃうんだから感謝しなさいよね!」

「新しく……生まれた……」

「そうさ、君は生まれ直すんだ。なんでもかんでも壊して殺して回る死柄木襲からね。そして新しい存在の誕生は、常にめでたいことだろう? これは祝わねばなるまい!」

 

 さあ、と促されて、重音はケーキの前におずおずと座る。

 白いホイップクリームに彩られたケーキの上に、小さなチョコプレートが乗ったケーキだ。そこには、シンプルにハッピーバースデイと書かれていた。

 

「……っ、う、ん……ありがとう……ジェントル、ラブラバ」

 

 そして、慎ましくも高らかにクラッカーの音が鳴り響いた。

 




最後のジェントルのセリフにパロネタを仕込むつもりは一切なかったんだけど、今章のテーマに沿おうとしたらセリフがライダーネタと丸ごと被りました。
この展開においてバースデーケーキはあまりにも必須アイテムが過ぎたのだ・・・。
そしてバースデーと言えば祝い事なわけで・・・条件反射で祝わねばなるまいって打ち込んでたよね・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.もう一度だけ

 重音が新たにディグナスを名乗り始めて、およそ一週間ほど。

 雄英高校が例年通りに体育祭を開催し、どこぞの幼女が恋人との激闘を制して二度目の優勝を飾ったその裏で、重音はジェントルと共にネットにその名を挙げた。

 

 ライブ配信によってリアルタイムに行われたジェントルチャンネル今回の案件は、とある癒着の摘発だ。同時に、オールフォーワンの間接的な協力者を成敗するものでもある。

 

 ターゲットは、とある地方の地主一族。彼らはその地域でも名の知られた資産家であり、寄付をはじめとした様々な便宜を図っており、表向きは篤志家として知られている。

 しかしその裏では、便宜による見返りをしっかり受け取っており、また出資者としての立場から相手を利用するなどして富を得ていたのである。

 

 彼らが得た富の一部は、殻木球大が運営していた病院グループに流れていた。そういう意味でも、彼らはオールフォーワンの間接的な協力者と言える。

 だがそれ以外にも、彼らは協力者と呼べることがあった。それが地下闘技場の運営とそこで行われる違法賭博の胴元である。

 

 地下闘技場とは、”個性”も含めてなんでもありというルールのもとで戦いが行われる場だ。もちろん非合法であり、国には認められていない。

 そんな場で行われる勝ち負けは当然のように賭けの対象だったが、これも当然非合法。ゆえにこそこの賭博に天井はなく、ときに目を疑うような大金が飛び交うこともある。

 そういう賭博の胴元が、儲からないはずもなく。件の地主一族は便宜を図った見返りに、これらの運営を見逃してもらっていたというわけだ。

 

 彼らが狡猾だったのは、見逃してもらう相手を警察などの治安機構ではなく、地元の人間に重点を置いた点だ。徹底的に地元の発展に貢献することで、地元住民を味方につけたのである。

 

 警察は基本的に、通報などがあって初めて動く。だからこそ、問題の地下闘技場を周辺の人間が問題としなければ、動くことができない。仮に捜査に来たとしても、周りの住人から情報や証拠が得られなければ、そこまでだ。

 もちろん、そんな地域の住人にも警察やヒーローになろうというものはいるもので……時を経てそういうものが増えていったことで、ますます地主一族の足場を盤石なものにしていった。

 

 この地下闘技場が、オールフォーワンたちにとってそれなり以上の価値があった。彼らにとって、実に都合のいい場所だったのだ。

 

 なぜなら脳無の作成やオールフォーワンの力を底上げするには、”個性”がいくつも必要になる。より多様で、より強力な”個性”が。

 また”個性”だけでなく、脳無の素体として使える頑健で戦闘志向の人間も、彼らは必要としていた。

 

 そして国や人種を問わず、自らの”個性”を遠慮なく振るいたいと思う人間は一定数いる。

 こういう人間の大半はいずれ力を持て余してヴィランになるが、そんな裏社会の腕自慢たちが集まる地下闘技場は、有用な”個性”を求めるオールフォーワンたちにとってはまさに格好の狩場だったのだ。

 

 もちろんオールフォーワンたち自身がそこに足を踏み入れたことは一度もないし、経営に関わったこともない。あくまで素材の調達先の一つでしかなく、何かあればいつでも切り捨てられる場所でしかなかった。オールフォーワンが関わる諸々のネットワークの中では、末端と言っていい。

 

 地主一族もそれは薄々察しており、裏社会の伝説とも言えるオールフォーワンと対立するようなことは一切してこなかった。彼らはほどほどの見返りを表裏双方の社会から得ることで満足しており、不相応な野望を持たないまま、ほどほどの距離感でオールフォーワンたちと付き合い続けた。

 だからこそ、警察はこの地主一族の悪事にほとんど気づかないままでいたのである。

 

 それでも三月末に起きた全面戦争によって、オールフォーワンの影響が激減した。後継者の死柄木弔は死に、オールフォーワン自身はタルタロスに収監されたままである。

 だからこそ、全面戦争に端を発した警察の捜査が進めば、いずれこの地主一族も検挙されるに至っただろう。

 

 問題は、大量の逮捕者が出たことによって発生した唐突な人手不足だ。同時にヒーローも引退者の続出で数を減らしており、捜査に支障をきたしている状況。地主一族への捜査は遅々として進んでいなかった。

 彼らはこれを察して、オールフォーワン関係の証拠の抹消を始めた。当然の危機管理と言えよう。おかげでこのまま警察の人手不足が続くのであれば、逃げおおせることが可能な状況にあった。

 

 ゆえに、ジェントル・クリミナルが動いた。それは彼の矜持に反することだから。

 

 なお、きっかけは実は重音である。彼女が脳無の材料となる”個性”の調達方法について、殻木とした会話を一部覚えていて、そこで名の上がった場所が件の地域だったのだ。

 

 オールフォーワンの腹心がわざわざ兵器の調達方法と関係して挙げた場所だ、何もないはずがない。そう考えたジェントルは、早速ラブラバと共に調査を開始。結果として見事その実態を把握したというわけだ。

 

「……ま、ざっとこんなもんでしょ」

「うむ、我々の敵ではない」

「ば、バカな……こ、こんなことが……!」

 

 そんな地下闘技場のオーナールームにて。襲ってきた警備のヴィランたちを鎧袖一触に蹴散らして、重音はジェントルと共に言った。

 

 いずれもそれなりの使い手ではあったが、重音はもちろんジェントルも腕を上げている。おまけに、視界内への瞬間移動ができる重音はジェントルの”個性”に邪魔されずに立ち回ることができる。戦闘面における二人の相性は、かなりよかった。

 

 なお、撮影担当のラブラバは相変わらずジェントルの活躍に黄色い声を上げていた。その状態でも、過不足なく撮影を行えているのだから彼女もある種のプロである。

 

 一方で、頼みの悪漢たちが軒並み戦闘不能になったターゲットの男は、必死に命乞いをすることしかできない。

 何せこのときは、雄英体育祭が行われている真っ最中。警察やヒーローの動きは極めて遅く、誰も助けには来なかったのだ。視聴者が減るリスクを負ってまでこのタイミングで配信したのも、それを狙ってのことである。

 

 そして当然だが、ジェントルたちが命乞いを受け入れるはずがない。

 とは言っても、本当に殺すわけではない。自分たちが集めた証拠をリアルとネット双方で開示しつつ、ターゲットを完全に無力化していくのである。最後に警察に突き出したら終わりだ。

 

 もちろん、そんなことをして捕まえても警察が受け入れるはずもない。

 だが無意味でもない。ジェントル・クリミナルは、今やそれくらい影響力を持つヴィジランテなのだ。

 

 先を越されたことで、警察もこの件の追及を急ぐことだろう。そうすれば、いずれ本当の意味で逮捕まで至る可能性は十分にあるのだから。

 

「……と、まあこんなところかな。我々のやり方を一通り眺めてみて、どうだったかな?」

「悪くない……と、思う」

 

 帰り道。人目を避けて空を行く道中で、重音はジェントルの質問にそう答えた。

 

「あいつらがやってたことは、ヒーローじゃとめられなかったわけでしょ。かといって、ヴィランがどうこうするのは動機にならないし……微妙な感じがしてるのは、ボクにとって怒りをぶつけるタイプのやつらじゃなかったからってのはわかってるから、そこまで考えたら悪くないんだと思う」

 

 初夏の風を浴びながら、重音は言う。

 

 ジェントルのやってきたことは、彼の動画を見ているから知っていた。その動画という結果に至るまでの道筋を体験してみて、改めて思う。

 

 悪くない、と。今のところ、これが一番しっくりくるな、とも思う。

 ヴィランのように自由に、ヒーローのような救済を。闇の力で光を成す。それが自分には合っているのかもしれない、と。

 

 そう思った直後、しかし重音は態度と気配を百八十度変えた。

 

「……それはそれとして、オールフォーワンはやっぱり殺す」

 

 彼女の物騒な物言いに、ジェントルとラブラバはため息をつくしかない。

 ただ、呆れるというよりは納得の色のほうが強かった。こうなるということは二人もわかっていたからだ。

 

 ……今回の一件について調べている過程で、彼らは色々な情報に当たった。そこで彼らは、ターゲットが経営する地下闘技場の常連だった男が、福岡においてエンデヴァーとホークスのタッグと戦った黒い脳無の素体に使われていたことを知った。

 

 そう、脳無の材料が正真正銘生きた人間本人であることを知ってしまったのだ。

 当然ジェントルたちは、重音に詰め寄った。そんな非人道的なことをしていたのか、と。

 

 だが重音は、怒ると同時に困惑した。彼女は脳無の材料について、髪の毛や皮膚片などから培養したクローン細胞から造られていると教えられていたからだ。

 

 これは本当のことを知れば重音が激怒する、と見越したオールフォーワンによって与えられる情報を操作されていたからだが……改めて警察に収められている脳無の捜査資料を調べ直して、間違いない真実であると知って、重音は本気でブチ切れた。

 

 彼女にとって、本人の意思を無視して何かを強制することは最大級の地雷だ。特にそれによって心身を害することは、絶対に許せない所業である。

 

 かつてナインや弔が殻木に改造されることをよしとしたのは、それが当事者の了解を得て行われたことだったからだ。

 だがそうでない人間を拉致し、実験台にし、自由意思はもちろん記憶も何もない、生きた死体に変えるなどというのは……重音の逆鱗に触れるに十分すぎた。

 

 ゆえに重音はここ数日、ずっとオールフォーワンに対して殺意をみなぎらせている。あの男だけは絶対に許せないと、その決意であった。

 

「その話、ちょーっと俺たちにも聞かせてくんない?」

 

 そんなとき。暗がりから男の声が飛んできた。

 

 ジェントルとラブラバは足をとめて身構え、警戒態勢を取ったが……重音だけは違った。彼女にとってその声はなじみのあるものだったため、警戒心など欠片もなく素直に声に応じた。

 

「コンプレス?」

「正解! ……それと」

「俺もいるぞ」

「スピナー! 二人とも無事だったんだ」

 

 そう、現れたのはヴィラン連合の構成員だった二人。

 

 ジェントルに勝るとも劣らない伊達男っぷりの格好に、仮面で顔を隠したミスターコンプレス。ヤモリの異形型”個性”による爬虫類の顔の上半分を、ステインよろしく包帯で覆うスピナーである。

 

「いやー、久しぶりだね襲ちゃん……いや、ディグナスちゃんって呼んだほうがいいのかな?」

「そうだね、その名前はもう捨てたんだ。呼ばないでほしいな」

「オーケー、そうするよ。……いやはや、まさか逃げ回ってる先でディグナスちゃんに会えるとは思ってなかったよ」

「あ、そうだったんだ。ここにいるのは偶然ってこと?」

「ああ。たまたまお前たちのライブ配信を見てな……周りの景色からしてかなり近いところにいるぞってなったんだ」

「で、それなら会っておかないとってことでね。いやー見つかってよかった」

 

 奇術師特有の、思わせぶりな仕草と共に言うコンプレス。

 

 その内心が見えた重音は、先んじて彼の疑問に答えることにした。

 

「ヴィラン連合はどうするのかって話?」

「相変わらず鋭いねぇ。……で、どうすんの? っつーか、ボスはどうしたのよ」

「……お兄ちゃんは死んだよ。事故だったってさ」

「……ウソ、だろ……?」

「ウソじゃないよ。秘密になってるだけ。まあバレると色々警察……っていうか政府? にとって都合が悪いから、秘密のままだと思うけどさ」

 

 重音の答えに、スピナーが愕然とする。彼はゲームの趣味などで弔と気が合っていたため、余計に信じがたいようだ。

 

「……なる、ほど。で、ディグナスちゃんも今はヴィジランテ路線。ヴィラン連合は空中分解ってことか……」

「まあ、ね。一緒にいたみんなには悪いけど……ボクもうヴィランやるつもりないから」

 

 だが続けられたその言葉に、スピナーが声を荒らげる。

 

「そんなあっさり……! 社会を壊すって話はどうなったんだ!? 死柄木の夢は……!」

「ボク的にはナシ。お兄ちゃんの夢ってさ、絶対子供が犠牲になるでしょ。そんなの嫌なんだよね」

「裏切るのか……!?」

「違うよ、抜けるだけ。ていうか、先に裏切ったのはオールフォーワンのほうだし。あいつがボクたちを裏切らなきゃ、ボクだってまだお兄ちゃんと一緒にいたのにね」

「……それも聞きたかったんだよねぇ。オールフォーワンってあれだろ、ボスたちの先生だろ? その辺りのこと、教えてもらいたいところだね」

 

 不意に怒りの様子を見せた重音にスピナーが怯んだ隙間を縫って、コンプレスが飄々と問いかける。

 

 これに対して、重音は一瞬言葉を切った。信じてもらえるかどうかわからない話だからだ。

 しかしすぐに気を取り直した。信じてもらえなくても、そのときはそのときだと考えてのことだった。

 

「……あいつがお兄ちゃんやボクを育てたのは、駒にするためだったんだよ。あいつ、お兄ちゃんの身体を乗っ取ろうとしてた。あの病院の跡地でさ、乗っ取る直前まで行ってたんだよあいつ」

 

 そうして重音は、あの日何があったかを語り始めた。弔の身体を蝕み、奪おうとしていたオールフォーワンの話を。その野望を。

 

 この場に居合わせているジェントルたちもそれは初耳の話だったが、彼らもまた重音の語りを固唾をのんで聞いていた。魔王の所業というものがどういうものか、聞き逃すつもりはなかった。

 

「は……そん、な、ことが……?」

「……マジ?」

「大マジだよ。乗っ取られたら当然、お兄ちゃんの意識はなくなる。死ぬんだよ。許せなかったよね……あのときたぶん、120%くらいプッツンしてたと思う」

 

 吐き捨てるように言った重音の身体で、赤い光が弾けた。

 

「でもお兄ちゃんを乗っ取ろうとしてたの、あいつの”個性”であいつ本人じゃないんだよね。あいつはまだ生きてる……だから」

「オーケー、大体わかった。すっかりいい子ちゃんになったのかとも思ったけど、その辺はきちんとヴィランしてて安心したよ」

 

 そして出てきた結論に対して、コンプレスは仮面の下でにんまり笑った。

 

 彼の指摘は自覚していたのだろう。重音は少しばつが悪そうに、けれどはっきりとそれを肯定する。こういうところは多分、もう変えられないのだろうという確信があった。

 

「やられたら倍にしてやり返す。それがヴィランってもんだろ? ……俺も手ェ貸すぜ。俺らのボスをそんな目に遭わせたやつァ、ぶっ飛ばしてやろうじゃないの。なあ、スピナー?」

「……その……オールフォーワンとやらは、確かタルタロスにいるんだったな?」

「それはそう。……だよな、ディグナスちゃん?」

「そうだよ。今はどうやって入ろうかなって考えてるところ」

「……わかった。その話、乗った」

 

 スピナーも頷いた。

 

「タルタロスには……いるんだろう? 彼が。ステインが」

 

 彼にとっての原点とも言える存在が、そこにいるから。

 

 かくしてこのとき、一時的にだが、ヴィラン連合は復活を遂げたのである。

 




重音が脳無の詳細を正確に教えられていないという情報は以前に後書きで補足しましたが、物語もエピローグまで来てやっとそれを本文中で言及できました。
己の力不足を感じる・・・けど、ここまで突っ走ってきたので、このまま突っ切ってやるぞという心持で残りも駆け抜ける所存。

それはともかくAFOは滅びるべきである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.昇格の儀 闇

「たとえ相手が伝説のヴィランであっても、殺しは我が矜持に反するのでね。その案件、私たちは抜けさせてもらうよ」

 

 オールフォーワンへの復讐について、ジェントル・クリミナルはそう言ってラブラバと共に抜けた。

 

 少し寂しいと思った重音だったが、この件についてはジェントルたちは無関係だ。彼のやり方を否定するつもりもないので、素直に受け入れ別れることにした。

 

 幸いにして重音を見捨てるつもりがないのか、ジェントルは「困ったときは頼ってくれて構わない」と告げて、連絡先を渡してくれた。その点については素直に感謝する重音である。

 

「で……寄り道にするのはいいが、なんでまたこんな山の中を……」

 

 数日後。重音たちの姿は、とある山の中にあった。都心を見渡せる程度には東京に近い山だが、それでも今いる場所は登山道から離れており、普段はまず誰も寄り付かない地点である。

 

 とはいえ、山登りをしているわけではない。重音の瞬間移動で便乗してきたし、帰りもそれで一瞬なので、彼女たちは至って軽装だ。

 

「ディグナスちゃん、まだ? おじさんそろそろしんどいんだけどなー」

「もうそこだよ。ほら見えてきた」

 

 先頭を歩く重音が歩みをとめることなく前を指させば、後ろに続いていたスピナーとコンプレスは目を凝らした。

 

 重音がまっすぐ迷うことなく歩く先、わずかに開けた小さな平たい場所。そこには、どこか浮世離れした雰囲気の剣が地面に突き刺さっていた。

 

「……剣?」

「あれ? あの剣……ディグナスちゃんが持ってた剣?」

「何? ……本当だ、同じデザインだな」

 

 その剣の柄は、鍵をあしらった意匠になっている。スピナーが言う通り、重音が使っていた剣と同じデザインだ。

 

「ボクのじゃないよ。これはお姉ちゃんの剣」

 

 その柄に手を置いて、重音は寂しげに微笑む。

 彼女のそういう表情が珍しくて、付き添いの二人は思わず口をつぐんだ。

 

「ここにお姉ちゃんが眠ってるんだ」

「……墓石の代わりなのか」

「なるほどねぇ。いやでも、なんでこんな場所に……」

「お姉ちゃんはオールマイトが好きだったから……ほら」

 

 説明しながら、重音は振り返りながら顎をしゃくってそちらを示した。

 言われるままにそちらに顔を向け……二人は納得する。ここからは、都心にそびえたつマイトタワー……オールマイトのかつての事務所がよく見えた。

 

「……でもいいのかい? 墓標なんだろこれ」

「……あんまりよくはない、かな。でもボクの剣、今どこにあるかわかんないし」

 

 投降した際に、重音は当然武装解除されている。そのため、あの剣の所在は不明だった。

 

 調べようと思えば調べられただろう。短期間ではあるが、ラブラバからコンピューターの使い方を教えてもらった。電子制御の”個性”をフル活用すれば、さほど難しくはないはずだ。

 

 だが、それだけが理由ではない。

 

「それに……あの剣はちょっと人を殺しすぎたから。これからボクが、死柄木襲じゃなくてディグナスとして生きていくには、こっちのほうがいいと思ったんだ」

 

 姉……蓄羽の剣も、決して清らかとは言えない。ヴィラン組織にいたのだ、抜身のままのしろがねは相応に人の血を吸っている。

 それでも、自らの意思で行ったか否かは大きい。そんな気がしたから。

 

 あと……これはコンプレスたちには言わない――言わなくても察してくれているような気がするから――が。

 

 今はどうしようもなく、近くに蓄羽を感じていたかった。これからの自分を、生まれ変わった自分を、姉に見ていてほしかった。

 

「…………」

 

 だから重音は、静かに握りをゆっくりとつかんだ。

 目を閉じて、一つ二つと深呼吸をして。全身を駆け巡る自らのフォースを、少しずつ剣へと流し込んでいく。

 

 ……彼女は経験則でなんとなく理解しているだけだが。彼女の、ひいては彼女たちが所属していた銀鍵騎士団の武器であるこの剣は、各個人のフォースを広く深く浸透させたフォースウェポンだ。

 その性質上、この剣は使い手を選ぶ。基本的には、持ち主以外には真価を引き出せないのだ。

 

 だが重音には、この剣なら自分も使えるという自信があった。根拠は何もなかったけれど、そんな確信があった。

 

 果たして、剣は重音の呼び声に答えた。彼女のフォースが刀身の表面を静かに走り、反発することなく内部へと沁み込んでいく。

 しかしそれは、上書きするような形ではない。まるで正面から受け止めるような……複数のフォースが同居するような、そんな形。

 

「……まるで勇者が聖剣を引き抜くみたいなシチュエーションだな」

 

 スピナーがぼそりとつぶやく。ステインに触れる前は、ひたすら閉じた己の世界に引きこもっていた彼らしいたとえだった。

 コンプレスも、それがあながち的外れでもないと感じている。重音が引き抜いた剣は、それくらい得も言われぬオーラがあった。実態は、勇者には程遠いが。

 

 もちろんそれは、普段一般人には感じられないフォースが潤沢に宿っているからだが……その副次的な効果によって、七年近くここにあったにもかかわらず一切錆びても朽ちてもいない剣の佇まいも、無視できないだろう。視覚的な効果というやつだ。

 

 重音はそんな剣を、フォースを浸透させながら振り回す。今までに覚えた剣の術理をなぞるように、さながら舞のように。

 

 しばらくその場に、刃が空を切り裂く音だけが響き続けた……が、ほどなくしてそれをかき消す紫電のような音が響く。

 

「……ふっ!」

 

 重音の一際強い呼吸と共に、彼女の身体から生じた赤い光が弾け、刀身を覆っていく。剣はすぐにその光に包まれ、ライトセーバーさながらの見た目へと変わった。

 

 彼女がその状態の剣で再び舞えば、先ほどまでとは異なる特有の振動音がかすかに響く。

 同時に、周囲の木々や草花が、剣を振るう勢いを受けて揺れ動いた。速度も動きも変わっていないはずなのに。

 

 さらにそのまま彼女が思い切り剣を振り抜けば、そこから放たれた赤い剣閃が空を駆け、複数の木をなぎ倒した。

 

「……ん。おっけ、問題なし」

 

 それを見て満足したのか、重音は剣を下ろした。

 

 が、すぐに鞘がないことに気づいて後頭部をかく。

 

「……いっけね、お姉ちゃんの鞘は騎士団出たときに置いてきたんだった」

「おい」

「さすがに抜身の剣はまずいでしょ」

 

 超常黎明期を経て超人社会に至っても、この国の銃刀法は健在である。こんなものを持ち歩いていたら、即座に逮捕されてもやむなしだ。

 とりあえず包帯で無理やり包んで隠すことにしたが、それでも絶妙に目立つ見た目であることに変わりはない。

 

 彼女たちはこれを前に、無言のまま一度互いの顔を見合わせる。だがこれ以上は現状どうしようもないので、これで行こうと言わんばかりに顔を縦に振ることしかできなかった。

 

「ま、まあ別にいざとなったらいつでも逃げれるし。行こう行こう!」

 

 そんな感じで、絶妙に締まらない感じでこの場を後にすることになったのだった。

 

 が、その前に。重音は改めて振り返り、剣が刺さっていた場所に向き直った。

 

 剣がなくなったことで、この場所の目印がなくなる。だから彼女は、先ほど倒した木の一つを剣を振るって丸太へと加工した。

 その丸太を、剣の代わりに突き刺す。もちろん、地面の下で眠っている蓄羽の遺体には当たらないが、隣となる位置にだ。

 

 かなり不自然だが、剣が刺さっている様子と比べれば大差ないだろう。重音もその点は気にしていなかった。どのみち人が入ることはまずないエリアにあるのだから。

 

 だから重音は己の仕事にひとまず満足して、剣を包帯に包みなおしながらこの場をあとにする。待ってくれていた二人に声をかけ、すぐさま瞬間移動に移るべく二人の身体を両の手でむんずとつかむ。

 

 そんな三人が消える、直前。

 

『――――――――』

 

 重音の背中に、声が投げかけられた。ような、気がした。

 

 だから刹那、重音はもう一度振り返る。

 

「わかってるよ、お姉ちゃん。殺すのはあいつだけだから」

 

 返事はない。重音自身も、それをまっとうできる自信はない言葉だった。

 

 けれども、今なら。この剣を通して、蓄羽が見てくれているような気がする。

 彼女が見てくれているなら、きっと自分は大丈夫。そう、信じられるから。

 

 だから、重音は表情を引き締めて、瞬間移動を発動した。

 

 誰もいなくなった山の中。かすかにフォースがさざめいて、光と闇の狭間でたゆたっていた。

 

***

 

「……で。行くのはいいが、どうやって侵入するんだ? 外から眺めるだけでもわかるくらい厳重だぞ」

 

 そして翌日。重音たちは、タルタロスの対岸からその威容を眺めていた。

 日は既に落ちているが、そこはさすがに国内最大の特殊拘置所。煌々と灯る明かりによって大半が視認でき、その様はまさに不夜城だ。

 

「どうって、そりゃお前……ディグナスちゃんにくっついてく。それでファイナルアンサーだろ?」

「ミスター……この間あんな啖呵を切っておいてそれでいいのか……」

「適材適所ってやつだよ。なあ?」

「まあいいけどさ……ボクも他に方法があるわけじゃないし」

 

 コンプレスに肩を組まれて彼へジト目を向けつつも、同じ結論しか持ち合わせていなかったため抵抗しない重音であった。

 

 そう、彼女たちの作戦はゴリ押しである。重音の瞬間移動によって一気に内部に侵入し、重音の電子制御によって警備システムをかいくぐる。言ってしまえばそれだけだからだ。

 

「じゃ、行くよ」

 

 そして、それができる力は重音の中にある。

 いずれも彼女が生まれ持ったものでも、修練で身に着けたものでもない。だが既に十二分に馴染んだその力は、フォースを通じて強く彼女の身体に染みついている。もはやそれらはみな、重音の”個性”であり個性であった。

 

 三人の姿が掻き消える。一度空を中継して、タルタロスの敷地内へ一気に侵入した。

 と同時に、周囲にフォースを通じて電子制御の”個性”を解放。これにより、重音たちはこの場すべての監視網からすり抜ける存在となった。

 

「総合管制室はどこかな?」

「その辺にいるヤツから聞き出せばいいだろ」

「スピナーに賛成……おっと、早速第一村人発見だぜ」

「ナイスぅ」

 

 そのまま三人は悠々とタルタロス内を進む。出くわした看守は制圧し、その場で情報を抜いていく。

 

「あ、あっちだ!」

「ウソだね」

「ぐ……!」

 

 重音は理波たちと違って、マインドプローブは使えない。だが、接触している人間が嘘をついているかどうかくらいは、なんとなくわかる。

 それを利用して、少しずつ。しかし確実に、目的の場所へと近づいていく。彼女たちの通った通路には、気絶させられた看守たちがまるで道しるべのように連なっていた。

 

「お邪魔しますよー、っと」

「!? 貴様ら……ヴィラン連合!? どうやってここに!?」

「仲間を取り戻しに来たか……!」

 

 そして彼女たちは、遂にタルタロスの中枢部へと辿り着いた。

 ここまでと同様ほぼ隠れることなく押し入った彼女たちに、室内にいた看守たちが色めき立ちながらも身構える。同時に彼らは警戒態勢を一気にレッド……最大まで引き上げようとした。

 

 だが……。

 

「無駄だよ。ここの制御はもう全部ボクのものだから」

 

 電子制御の”個性”によって、タルタロスは完全に制圧されていた。フォースの力も乗ったこの”個性”は、重音に植え付けた殻木も想像以上の効果を生み出すようになっていた。

 

「とりあえず、全員静かにしといてもらおうかな」

 

 そして動くはずのシステムが一切動かない、という事態に動揺してしまったら、もう終わりだ。コンプレスとスピナーが一気に動き、看守たちを制圧する。

 

 ほどなくして、看守全員がコンプレスの”個性”によってビー玉大ほどの球体の中に封じられた。

 

「さて、と……あいつはどこにいるのかな……」

 

 管制室を占領してすぐ、重音は監視システムに侵入を開始した。キーボードやコンソールはほぼ操作しない。すべてフォースを通じて、電子制御が直接システムを侵していく。

 

「……あ、ステイン先パイみっけ」

「本当か!?」

「うん。まずはスピナーをそっち送ろう。話長くなりそうだしね」

「……頼む」

 

 ということで、リアルタイムの映像を経由する瞬間移動の応用で、スピナーはステインと対面することになった。

 

「やっほー先パイ、久しぶり」

「……貴様は……確か……死柄木襲……だったか……」

「その名前はもう捨てたんだ、今はディグナスって名乗ってる」

「ハァ……どうでもいい。何をしに来た」

「ボクは裏切り者を殺しに来ただけで、別に先パイに用はないよ。……まあでも、ボクこれからヴィランやめてヴィジランテやるつもりだから、挨拶くらいはしといてもいいかなって」

「……それこそどうでもいい話だな……失せろ」

「つれないんだぁ。ま、ボクは元々あんまり興味ないからいいんだけど。それより……熱心なフォロワー連れてきたから、しばらく話してあげて?」

「おまっ、いきなり放り出しやがっ……あ、おい!?」

 

 それだけ一方的に言うとスピナーを押し付け、重音はスマホを通じてコンプレスの待つ管制室へ戻る。

 

「じゃ、いよいよ本命だね」

「頼むわ。ここは俺が抑えとくから、俺たちの分までぶん殴ってやってくれ」

「任せて」

 

 そのまま返す刀で、オールフォーワンのもとへ突入する。

 

 厳重に巻いていた包帯を解いて剣を取り、即座に憤怒を刀身にまとわせて。監視カメラの映像の中、悠然とした態度で拘束されているオールフォーワンの顔を睨む。

 概念的に強化され、あらゆるものを切り裂けるようになった剣を上段に振りかぶって、一度静止。

 

 次いで、重音の瞳がざわりと変色していく。ルビーのような透き通る赤の中心から、外に向けて黄金が侵食していく。やがて赤は縁取りにわずかに残るだけとなり、瞳のほぼすべては邪悪な金色に支配される。

 されどその闇が、重音を飲み込むことはなく。鋼の意思で律された闇は、フォースのもと彼女に従った。

 

「せいやッ!!」

 

 そして、気合一声。

 

 と同時の瞬間移動が発動し、

 

「……!?」

 

 シスの象徴とも言うべき赤い切っ先が、オールフォーワンの身体を袈裟懸けに切り裂いた。鮮血があだ花となって虚空に激しく咲き誇る。

 

 その勢いはとどまることを知らず、赫奕たる憤怒は一切の抵抗を許さないまま魔王の身体を真っ二つにする。胸のごく一部と片腕だけを残した首が、ごとりと床に崩れ落ちた。

 

「な……、に、が……」

「オマエだけは許さない……!」

「が、ふ、まさ、か。襲、か……!?」

 

 驚愕し、血を吐きながらも、驚異的な執念で残る腕を動かすオールフォーワン。

 

 だがその腕を思い切り踏みつぶして、重音は嗤った。

 

「よくも裏切ってくれたね? おかげでお兄ちゃんは死んだし、ヴィラン連合はバラバラだよ。それもこれも、何もかも全部全部オマエのせいだ……!」

「まさ、か、し、失敗した、のか……? がはッ!?」

「黙れ。オマエにしゃべる資格なんてない。……これはスピナーの分!」

 

 その顔のまま、重音はオールフォーワンの顔を思い切り殴りつける。

 

「これはコンプレスの分! これはトゥワイスの分! これはマグネの分! これは――」

 

 何度も何度も、仲間だったものの名前と共に、拳が振るわれる。既に身体を失ったオールフォーワンに抵抗するすべはなく、されるがままに殴られそのたびに血を吐いた。

 

「そして……これは……!」

 

 最後に重音は、もはや息も絶え絶えでかすかに動くこともままならないオールフォーワンの顔をわしづかみにした。その手のひらが、邪悪なフォースの波動で青白く光を放ち始めている。

 

「これは……! オマエのせいで人生全部滅茶苦茶にされた……お兄ちゃんの分だッ!!」

「がああああああッッ!?」

 

 怒りがさらに爆発し、それに後押しされた闇の力が遂に雷を放った。

 

 フォースライトニング。破壊と殺戮、憤怒と憎悪を宿した致命的な輝きがオールフォーワンの身体を穿つ。直接接触していることもあって、その威力はジェダイを終わらせた暗黒卿のそれに一時的とはいえ匹敵するレベルのものであった。

 そこに容赦は欠片もなく、ただただ目の前の相手を極限まで苦しめながら殺すという意思に満ち満ちていた。

 

「……――――」

 

 やがて、オールフォーワンの身体が完全に停止する。ライトニングにさらされていた箇所のほぼすべてが炭化し、脱力した身体に魔王の面影など欠片も残っていなかった。

 

 だがまだ終わりではなかった。もはや黒い楕円球としか形容できない場所……頭だったところに、重音は思い切り剣を突き立てたのである。

 赤い輝きは一切狙いを過たず、正確無比にそれを破壊した。粉砕されたそれは……しかしもはや散らせる血も残っておらず。ただがさりという乾いた音とともに崩れただけだった。

 

 その最期を見届けて……重音は深い深い息をついた。連動する形で、黄金に染まっていた瞳に輝かしい赤が戻って来る。

 

「……終わったよ、お兄ちゃん。全部……」

 

 剣を振って汚れを吹き飛ばしながら、ぼそりとつぶやく。

 

 返り血にまみれたその顔に、陰りは、なかった。

 




これでなぜサブタイが昇格の儀なのかと言えば、シスにおいてアプレンティスがマスターに昇格するために必要なのが師匠の殺害だからです。
弟子が師匠を殺して乗り越えることでその力と知恵を高めると共に、シスの人数が必要以上に増えないようにしてジェダイから身を隠し続けていたんですね。

ちなみにシディアスのおじいちゃんは、師匠の寝込みを襲ってSATSUGAIに成功してます。
汚いと思われるかもしれませんが、フォースを我欲のために使い、その意思を貫徹するためならどんなこともするのがシスなので、問題はありません。
ていうかシスのその教義的に、シスマスターはシスアプレンティスを駒として使いますからね。つまりどっちもどっち。

ということで次回、本当の本当に最終回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.五年後の世界

 タルタロスが、超常解放戦線――正確にはヴィラン連合――の残党に襲撃された。そのニュースは、瞬く間に全国に広がった。

 

 だが襲撃の結果はと言えば、ヴィラン一名の殺害。および、ヴィラン一名の脱走というもの。数字の上で言えば、あまりにも軽微なものだった。

 

 ただし、殺害されたヴィランはオールフォーワン。超常黎明期から生き続けていた伝説のヴィランだ。

 また、脱獄したヴィランはレディ・ナガン。プロヒーローを殺害した元プロヒーローである。実態は数字だけでは語れない、大きなものだった。

 

 とはいえ、それを知るものはわずかに限られる。多くの大衆にとっては額面通りの数値でしかなく、社会の大多数にとっては大した意味を持たないものとして終わった。

 伝説の魔王はただの数字の中、誰からも見向きもされずこの世から退場したのである。

 

 そして、残る一人。記録の中からの脱却を果たしたレディ・ナガンがどうなったのかと言えば――。

 

「やめたほうがいいって。死ぬよ?」

「うるせぇテメェが死にや――がッ!?」

 

 黒いローブを身にまとい、赤い光に覆われた剣を携えた重音に殴りかかろうとしたヴィランの腕が、ちぎれ飛ぶ。少し遅れて、銃声が響き渡った。

 

「ありがと、ナガン」

『礼はいらねェ』

「ふふ、本当にありがとうね。いつも助かってる」

『……早くしろ』

「おっけー。……おいオマエ、今の発言も全部ライブ配信されてるのわかってる? 仮にも元ヒーローが『死にやがれ』はダメすぎるでしょ」

 

 腕を失った痛みに耐えかねてへたり込む男に、重音は冷たく言い放つ。その左手は、まっすぐ前に掲げられている。

 闇のフォースが揺らめく。男の身体が、拘束された状態で中空に浮き上がった。

 

 ――全面戦争からおよそ五年。重音の活動には、レディ・ナガンの影が常にあった。

 

「ディグナス、こっちも終わったぞ! 主犯確保!」

「見ろよこれ、”個性”で密造された麻薬の山だぜ! そいつとタッグ組んだ証拠もわんさか出てきてやがるし、おじさんさすがにびっくりしちゃったね」

 

 さらには、スピナーとコンプレスの姿も。

 

 彼らは、敵主力を引きつけていた重音たちとは別行動で主犯格を捕まえていた。今回の案件は、麻薬の密造・密売で暗躍する昨今新進のヴィランと、そこに転がり込んでボディガードとして生計を立てていた元ヒーロー――超常解放戦線に所属していた――に関わる証拠を手に入れ、それを社会に向けて暴くことなのだ。

 

「調べた通りってことね。喜んでいいんだか悪いんだか」

『言っただろ、所詮世の中そんなもんだ。……まあ、何もかもが隠されてるよりは幾分かマシだろうけどな』

「ボクたちが暴いて回ってるからねぇ」

 

 そう。約五年が経ち、 重音たちはヴィジランテをしている。

 主な活動は”個性”を中心とした差別の根絶と、隠れた犯罪を暴き世に訴えること。そこにヒーローやヴィラン、政治家や警察官などの区別はなく、大きな力によって隠されている悪事を暴くことが今の重音たちの活動だ。

 

 かつてはきれいにラッピングされたヒーロー社会の景色を守るために、レディ・ナガンが裏で殺して回っていたようなヒーローやヴィランたちを、秘密裏に殺させないために。起きてしまった悪事を、なかったことにさせないために。

 あるいはスピナーのように、異形型の”個性”がゆえに迫害されるものを少しでも減らすために。集落ぐるみでそんなことをしている野蛮な風習が、一つでも多く消えるように。

 

 ただこの結果として、日本社会の混乱は進行した。隠されていたものが暴かれているのだから、ある意味当然ではあるのだが。

 年間の犯罪件数は減る気配がなく、行政や大企業などの不祥事も次々と明るみになっている。レディ・ナガンの過去も世に出回り、今となっては悲劇のヒロインとされることもある。

 ヒーローたちもこれに対処すべく努力しているが、瞬間移動によって距離の一切を無視する 重音たちを捕縛するには至っていない。

 

 もちろん、それで重音が泣かせてしまった子供たちがいたことを、彼女自身否定できない。そういう存在を、彼女には救えない。

 

 しかし今の彼女は知っている。自分にできないことを、あれもこれも抱え込む必要などないと。できないことは、できるものに任せればいいと。

 だからそういうときは、彼女が信じられるヒーローに頭を下げて頼み込んだ。恥もプライドもかなぐり捨てて、デクやルミリオンに頼んだ。彼らは二つ返事で頷いてくれた。

 

 そのおかげだろうか。

 ただ闇を抑え込む以外の。臭いものにふたをする以外の真っ当な方法で、正面から社会をよりよくしていこうという勢力も確実に増えてきている。”個性”を用いることができる職業も最近は増えつつある。

 

 結果として、今やヒーローは誰もが憧れる絶対的な職業ではなくなってきている。何せ、すべてのヒーローが絶対的に正しくあれるわけではない、ということを社会が知ってしまったから。幻想は死んだのだ。

 それでも重音は、子供たちが語る将来の夢の種類が増えたことを悪いとは思っていない。むしろそうあるべきだとすら思っている。ヒーローだけが憧れの職業だった時代に比べれば、この方が健全だと。

 

 だから彼女はときに悩み、ときに悔い、ときに涙しながらも、歩みをとめない。自分たちが進む先に、誰も泣かない世界があると信じて。

 

 ステインに何かを諭されたスピナー、大義賊を先祖に持つコンプレスはこの活動に賛同。今もかつてと変わらず重音と共にある。

 ヴィラン連合は既に名乗っておらず、世間的にはジェントル・クリミナルが彼女たちのリーダーだと思われている。重音は名声など求めていないので、それで構わなかった。

 

 レディ・ナガンは、タルタロス襲撃時に見出され勧誘されての参加だ。彼女がタルタロスに入るに至った表向きの経緯を知っていたコンプレスにより、連れ出してはどうかと提案された重音が即断してのことである。

 

「ヒーローが嫌いなのはホントだよ。今の世界も嫌い。壊れればいいって思ってるのもホント。でもただぶっ壊すだけだと、一気に全部壊さないとダメでしょ。それだと何も悪くない誰かが絶対泣くことになる。

 ボク、それはヤだ。たとえそういう人が出るんだとしても、できるだけ少なくしたいから……だから、ちょっとずつやるつもり。だからさ……手伝ってほしいんだよ、ナガン。ボクには知らないことが多すぎるんだ」

 

 あの日、重音はレディ・ナガンにそう言った。

 

 そのときはレディ・ナガンがヒーローという顔の裏で、ヒーロー公安委員会の刺客として不正を働いたヒーローや不都合の多いヴィランを殺す立場にいたことなど、全員が知らなかった。

 しかしだからこそ、今の社会とその根幹をなすヒーローに対する嫌悪を共有できた。だから、レディ・ナガンは応じたのである。

 

 それから五年。彼女は日々愚痴を言い続けながらも、重音の近くにいてくれている。一般常識はもちろん、捕まえ方などヒーローや警察としての技術も持たない重音に、なんだかんだで知識を授けてくれている。

 そんなナガンを、重音もまた慕っていた。今では親子のような間柄だ。それを言うとナガンは一気に不機嫌になるから、重音はもう二度と口にしないと決めているが。

 

***

 

 重音たちのヴィジランテ活動は、基本的にインターネットを通じて公開されている。動画、もしくは配信によって誰もが閲覧できる。

 今回は配信だったため、人々はリアルタイムに重音たちの活躍を閲覧できていた。ジェントル門下として高い知名度と支持を得ている重音たちの動画は、ここ最近常に盛況である。

 

 その配信を見ている少女が、ここにも一人。

 額に一本の角を持つ、白髪赤目の少女。エリ、十二歳の姿である。年度が明ければ晴れて中学生だ。

 

 あれから五年ほど経ち、彼女は大きく成長した。心身に不健康なところはなく、その年齢の一般的な少女とほとんど変わらない。身長に至っては、今や重音より少しだけ高いくらいだ。

 お洒落にだって、年相応に興味がある。最近は友達と、子供向けの低価格なコスメの売り場を見て回るのが密かなブームだ。

 

 それもこれも、ヒーローたちがたくさんの愛情を注いでくれたおかげである。

 だが、ヒーローたちが消すことができなかった……あるいは直すことができなかったこともある。それが重音を慕う心だ。

 

 これはエリにとって、それだけ重音の存在が大きいということもさることながら、重音が定期的に。かつ秘密裏にエリに会いに来ているからでもある。併せ持った複数の”個性”とフォースを使いこなし、ヒーローたちの目をかいくぐってのことだ。

 

 もちろんヒーローたちはそれを察しているし、重音を捕まえようとしている。だが電子機器の類は電子制御の”個性”で無力化され、そうでないものを使ってもフォースによる危機感知にとってかわされる。

 おまけに重音はエリを守ろうとするヒーローたちを警戒して、ヒーローのいない場所でしかエリに接触しない。だから一、二か月に一回の秘密の逢瀬は今も続けられている。

 ついでに言えばこの治安の悪いご時世、エリが重音に助けられたことは一度や二度ではない。

 

 だが幼いころから賢かったエリは、このことを誰にも言わなかった。慕っているヒーロー、デクやルミリオンたちにすら言わないでいる。

 それを申し訳ないと思うことはあるが、それでもやはりエリにとって、重音との時間は今なお失いたくなかったのである。

 

 いや、今となってはむしろ……。

 

「むぅ……お姉ちゃんってば、またナガンさんに甘えてる……()()()()()()()()……」

 

 最近になって一般にも普及し始めた空中投影型ディスプレイを食い入るように眺めながら、しかしどこか不満げにエリは頬を膨らませた。

 

 今のエリに、重音と一緒に過ごすことは許されない。それを理解してはいても、重音と大体一緒にいる人間に対する妬みを抑られなかったのだ。

 その感情の発芽を彼女はまだ自覚できていないが、確かにそれは芽吹きつつあった。

 

「……次にお姉ちゃんに会えるのいつかなぁ。制服、早く見せてあげたいのに」

 

 ディスプレイから目を離し、ちらりと部屋の隅を見る。

 そこにあるクローゼットには、まだ一回しか着ていない新品のセーラー服。四月から通う中学校の制服だ。

 

 これを着て見せたら、きっと喜んでくれる。たくさん褒めてくれる。そのときのことを考えると、胸がにわかにうずいてなんだかどきどきする。

 そんな毎日。それが今のエリの春休みだった。

 

「おぅいエリ、お前に招待状が届いてるぞ」

 

 と、そこに室外からしゃがれた男の声が飛んできた。応じて扉を開ければ、そこにいたのは和服姿の壮年が一人。

 彼から差し出された白い封筒を前に、エリは首を傾げた。

 

「……招待状って何のこと、()()()()()()?」

 

 何を隠そうこの男、エリの祖父である。指定ヴィラン団体にして古の任侠を現代まで繋いできたヤクザ、死穢八斎會の組長その人だ。

 

 彼は死穢八斎會の若頭であったオーバーホールによって、昏睡状態に置かれていた。彼が行動不能だったからこそ、オーバーホールはあれだけ好き勝手にできたわけだが……そのオーバーホールは死柄木弔によって”個性”発動の起点である両手を失った上に、今はタルタロスに入れられている。

 おまけにこの昏睡状態は病気や怪我ではなく、そういう状態として設定されたものだったため、医療によって治すことはできなかった。だから組長である彼は、眠りの中で緩やかに死を待つだけになるはずだった。

 

 しかしそうした世の理を破壊することができるものがいた。彼の孫、エリである。

 エリの”個性”「巻き戻し」により、彼は多少若返ると共に眠りから解放された。ちょうど全面戦争の三か月ほど後のことであった。

 

 彼は目覚めてから事態を把握すると、オーバーホールの暴挙やそれをとめることができなかったことに怒り、その場で腹を切って詫びようとした。

 しかし唯一残った血縁である孫のためにと説得され、保護者としてシャバに復帰することになったというわけである。

 

 もちろん、指定ヴィラン団体であった死穢八斎會の組長に任せることに異論がなかったわけではない。しかし現在の法律において、親権に関する部分は超常以前と変わりなく血縁者に強く与えられている。

 またどんどん治安が悪化していく社会の中で、ヒーローも警察も人手が足りていなかった。訳アリかつ、将来有望すぎる”個性”を持った小学校低学年の幼児を養育できるちょうどいい人間が、どこにもいなかったのだ。

 

 だからこそ、監視と警護は依然として続けられているものの、組長は孫と共に暮らすことが許され今に至っている。

 重音とエリの関係が今も変わらず続いているのは、この辺りも大きい。何せ、他ならない保護者が容認しているのだから。

 

「どうも結婚式への招待状みたいだな。とりあえず開けてみたらどうだ」

「う、うん……えーっと……」

 

 祖父に促されるまま開封し、中身を確認したエリは目を丸くした。招待者が、昔も今も世間を騒がし続けている理波とトガの両名だったからだ。

 おまけに書かれていた名目は、結婚式。昔から何かと世話になっているし、その縁で今も交流は少しあるので、結婚式の招待状が届いたことには納得できた。

 

 だが、一つわからなかったことがある。

 

「え? アヴタスさんもトランシィさんも女の子だよね? 結婚って……」

 

 ということである。

 

 確かにあの二人が相思相愛で、日常的にイチャイチャしていることは知っている。何なら二人で訪ねてきたときも、子供の前でキスとかするのはどうかとも思っている。

 チウチウとか、絶対教育に悪かった。すごくどきどきした。

 

 それでも、同性婚が法律で許されていないことは、もう間もなく中学生になるエリにもわかっているのだ。

 

「そいつは古い情報だな、エリ。新聞やニュースはちゃんと見ておけって言っただろうが」

「ぇう、えっと……」

()()()()()()()()()()()()()()。同性同士でも結婚ができるようになったんだ」

 

 だが、そういうことである。もはや二人の愛を妨げるものはどこにもないのだった。

 

「まあ同性婚が許されると同時に成人年齢と結婚可能年齢が十八歳になったから、そこはどうなんだとも思うが……小っこいほうの嬢ちゃん、まだ十六だったよな?」

 

 もとい、年齢的にまだ理波は結婚できない。女の結婚可能年齢が十六歳だった旧法律内であればできたのだが、そこはついでとばかりに改正されてしまった。

 

 そのため、理波が十六歳になると同時に結婚する気満々だった二人は肩透かしを食らう羽目になった。

 しかしもはや我慢ならぬとばかりに、結婚式を強行することにしたという経緯があったりする。

 

「おじいちゃんこれ……式場が()()()()()()()()()()()ってなってるんだけど……」

 

 そして会場の選定理由も、日本の法律などもはや知らんという二人の決意表明も兼ねてのことだったりする。

 かつてのジェダイのように、国の枠にとらわれない独立機関として鼎立するためなのだが……きっかけが結婚可能年齢という辺り、理波もすっかりトガに染まったと言っていいだろう。

 

「相変わらず無茶苦茶やりがやがるなあの嬢ちゃんたち……」

 

 地球の常識にとらわれない二人に、エリも祖父も苦笑することしきりである。

 

「だがまあ、月面基地ってことは宇宙に行けるってこったろ。案外悪い話でもないんじゃねぇか?」

「それは……うん。宇宙、見てみたい」

 

 この超人社会にあっても、宇宙は変わらず未知のフロンティアだ。”個性”の氾濫によって宇宙進出が遅れていることもあって、情報が超常以前からほとんど更新されていないことも拍車をかけている。

 

 だからこそ周りのことなど気にもせずさっさと、しかもいつの間にか月面に基地を建造していた――実際は既存の宇宙船を持って来て降ろしただけだが――理波たちは社会からの注目を大いに集めている。子供の好奇心を引くにも十分であった。

 

 そして何より、エリの興味を引いたのはもう一つ。

 

「――っ!」

「どうした?」

「……アヴタスさん、結婚式にお姉ちゃんたちも招待するんだって」

「……本当に無茶苦茶だな……」

 

 恐らくはこのエリ宛ての招待状にだけ同封されていた、一枚のメモ。そこには、重音をはじめとしたヴィラン連合の元メンバーたちも招待する予定だと書かれていたのである。

 

 もちろんこの招待を、重音が素直に受けるかどうかはわからない。けれど、エリがこの情報で招待に応じると決めたように、重音もエリへの招待を聞けばきっと応じるはず。

 それくらいの計算は十二歳のエリにもできたし、ヤクザを率いていた祖父にできないはずがない。

 

「……行くか、エリ」

「うん!」

 

 だからエリは頬をうっすらと紅潮させて、満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

***

 

 今日の配信を終えて、セーフハウスへ戻ったあと。今日はもう何も用事がないからと、久しぶりにエリを訪ねようとした重音だったが……人気のない路地裏に入ってすぐ、足を止めた。同時に身構え、腰に佩いた剣の柄に手を伸ばす。

 

 一見すると何もない。だが確かに、そこには強いフォースが渦巻いている。重音にはそれがはっきりと見えていた。

 そしてそれを証明するかのように、物陰から小さな人影がブーツの音を響かせて現れる。

 

「やあ。久しぶりだな、()()()()()()()()

「……何の用?」

 

 現れた人物……理波を見て、重音は面倒くささを隠すことなくぶっきらぼうに問いかける。

 

 これに小さく肩をすくめた理波の姿は、五年のときを経て大きく……変わってはいなかった。確かに背は伸びたが、それでも百三十センチに届かない。顔つきもいまだ幼く、胸も膨らんでいない。幼女という表現を脱せたと断言できるかどうか、微妙な程度で留まっていた。

 まあ、本人も相方も「腕の中に納まるくらいでちょうどいい」と本心から言ってはばからないので、周りが気にすることではないのだが。

 

 それに成長していないというのなら、重音も同様だ。そもそも五年前の時点で既に成人手前だったのだから、もう伸びないのは当然ではある。

 

 ……話を戻そう。

 

 重音に問いかけられた理波は、返事をすることなくローブのフードを外した。リボンが巻きつけられたポニーテールが風で揺れる。

 

 が、直後。彼女はそのまま懐のライトセーバーをフォースで引き寄せ、アタロに身構えた。特有の音を響かせて、橙色の光刃が展開される。

 

 これに応じて、重音も抜剣。憤怒をたぎらせて、赤い刃を展開した。

 そして、両者同時に地面を蹴って前に出る。橙と赤がぶつかり合った。

 

 二色の輝きが閃き、不規則に路地裏を照らす。刃と刃が交わる振動音が断続的に響き、戦いは一進一退の接戦となる。

 どちらも狙いは正確。しかし防御も正確。互いの未来を読みあい、互いの剣術を知り尽くした両者の攻防はさながら剣舞のようであった。

 

 そしてここまで、重音の刃を覆う赤い光が途切れることは一度もなかった。薄れることすらも。

 つまるところそれは、五年を経て彼女が己の怒りを制御できるようになった証と言える。

 

 短い攻防の中でそれをはっきりと見て取った理波は、その後もおよそ一分ほどに渡って一歩も引かない戦いを続けたが……やがてふっと笑みをこぼして一気に距離を取った。ライトセーバーの刃が収納される。

 

「本当に腕を上げたな。もはや私も敵わないかもしれない」

「……あのさぁ。いつも言ってるけど、毎回毎回この茶番やめない?」

 

 そして放たれた言葉に、重音はため息交じりで応じた。剣から赤が霧散し、鞘に納められる。

 

「そういうわけにもいくまいよ。事実は事実としておかなければな」

「遭遇するたびに戦ってるけど決着が着かない、って話が嘘じゃないって言い張るためなのはわかるけどさ……。オマエと戦うの、正直しんどいからあんまりやりたくないんだけど?」

「私はなかなかに楽しいのだがなぁ」

「仮にもライトサイドのくせに、そういうのどうなの?」

「仮にもダークサイドだというのに、君も変わったことを言うものだ」

「どっちが」

 

 まさに子供のようなやり取りに、重音は鼻で笑う。

 

 そう、二人の戦いは茶番だ。その証拠に、二人とも本気で切り結んでいながらそこに殺気は一切なかった。

 

 重音が動画撮影やライブ配信を行ったときは、いつもそうだ。重音がヴィジランテとして悪を断罪し、撤退直後に理波がヒーローとして追いつき戦闘。しかし両者に決着はつかず、ほどほどの消耗の上で痛み分けという形に着地させる。

 つまりこれはある種のアリバイ作りであり、そういう儀式なのだ。

 

 ただし、だからと言って二人が癒着しているわけではない。理波は重音のヴィジランテ活動を本気で妨害している。ありとあらゆる手段を講じて、重音がそこに至れないように手を尽くしている。

 重音もまた、そんな理波を出し抜くべくできることはすべてしている。仲間の力を総動員して理波の裏をかき、隠された悪事を暴くためにできることはやってきた。

 

 だから今回、重音がヴィジランテ活動を成功させたということは、重音の勝ちということだ。理波はこれを未然に防ぐことができなかったから。

 理波がこうやって出向いてきたということは、そういうことだ。彼女が「久しぶり」と言ったのは、単に最近重音の黒星が続いていたからである。それらは確かに、光と闇の相克だった。

 

 だがかつては、互いに全力で命懸けの戦いをしたこともある。どちらも応援に駆けつけた仲間によって流局となったが、何か少しでも間違っていたらどちらかに死者が出ていただろう。

 数回に渡ってそんな決着のつかない総力戦をした結果、二人は今の形に落ち着いた。互いの活動が別の方向から社会の変革に繋がっていると認め、戦闘だけの決着はしないこととなったのだ。

 

 だからこそ両者のせめぎあいは、かつてのジェダイとシスが行っていたような血生臭いものではない。

 と同時に、人々の自由と平和を乱すヴィランが出る、あるいはそんな計画があるとなったときは、どちらも率先して対応に当たる。事態の大きさによっては、協力して対処したこともあった。

 ある意味でそれは、健全な力の競い合いと言えなくもないだろう。

 

「……ていうかさ、いつも思うんだけど『ダース』って何? オマエがいつも戦闘中に考えてる『シス』ってのと関係あるわけ?」

「あるとも。シスとは遠い昔、遥か彼方の銀河系で、ジェダイから分かれた宗派を指す。ジェダイとは反対にダークサイドの力を信奉し、フォースを己の欲望を貫徹するための手段とする。

 ダークサイドの力は負の感情に根差すものだが、目的のためならばそうした負の感情を抑え操って見せる……それがシスだ」

 

 この言葉に、重音はあからさまに顔をしかめた。そんなのと一緒にするな、と言外に表すように。

 

 これを受けて、理波は小さく笑みを浮かべて続ける。

 

「かつてのシスは他者を支配し、欲するがままにすべてを求め続けるものたちだった。確かに君とは違う。だが目的のために怒りを抑え、闇の力を振るう君のあり方は確かにシスだよ。君の欲望が、自身ではない弱者のためにあるというだけだ。

 ……そういう意味では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。きっと、それが私たちが生まれた理由なのだと思う」

 

 やけに清々しい表情でそう言った理波に、重音は気のない返事で応じた。

 

 気に入らなかったからでも、よくわからなかったからでもない。大体のところが理解できた上で、理波がそう思っているなら好きにすればいいやと判断しただけのことだ。

 

「そしてダースとは、そんなシスにおいて用いられていた尊称だ。シスの暗黒卿であることを示す言葉。今の君なら、いい意味でこれを名乗るに相応しい。私はそう思っている」

「それでダース・ディグナスってわけ。はあ……妙にかっこいいのが悔しいんだよな……」

「願わくば、君が闇の力を自由と平和のためにこれからも使ってくれることを私は祈っているよ」

「それは言われるまでもないけどさ。オマエもしっかりするんだからね?」

「もちろん。つまりお互い様ということさ」

 

 そして頷きながらの重音の指摘に、理波もまた頷いて応じた。

 

 ……かつての銀河共和国崩壊から、およそ1200年。遠く離れた銀河の片隅で、ジェダイとシスはどちらも新しい姿へと生まれ変わって並び立っている。

 地球という青い星で新たに生まれたジェダイは、シスを否定することなく背中を預け合っている。シスもまた同様に。

 

 互いが互いを監視し、牽制し合い、しかしどちらも表と裏の社会を通じて世界をよくしたいと願うものたち。

 それはさながら、光と闇が表裏一体であると示すかのよう。どちらかが欠けても、天秤は釣り合わないと体現するかのようで。

 

 光と闇のバランスを求め、揺らめき続ける宇宙のフォースは今、確かに正しく調和して静謐に漂っているのだった。

 

 ……と、そこに新たな人影が現れた。やはりローブをまとったその人物は、金髪を理波と同じ形に整えた女性。

 

 そう、五年を経たトガヒミコである。彼女は大人びた見た目とは裏腹に、以前と同様理波に抱き着きこてりと小首を傾げた。

 

「コトちゃーん、用事終わりました?」

「すまない、まだだ。……マスターシス、今回はこれを君たちに渡すのが一番の目的でね」

「ナニコレ。……は、招待状? 結婚式の? オマエらの?? バ~~~~ッカじゃないの!?」

 

 そして理波から差し出された白い封筒を見て、重音は吐き気を催す仕草を隠すことなく見せつけながら声を上げた。

 

 だがそのまま地面に叩きつけようとしたところで付け加えられた言葉を聞いては、思いとどまるしかなかった。

 

「エリも招待するつもりだ。トゥワイスら旧ヴィラン連合の面々もな。よかったら君も来てくれ」

「……オマエさあ! 本当にさあ! そういうやり方、ライトサイドのやり方じゃないって言ってるじゃん!!」

「ははは、何のことやら。……ではまた会おう。すまないが、私たちはこれからデートなんだ」

「そうなのです。これ以上私たちの時間を取るのは許さないのですよ?」

「ボクは別に取りたくないんだっての!! コイツから絡んでくるんだよ!!」

 

 激昂する重音に、見せつけるように密着して微笑みあう二人。

 

「君もいい歳だろう? ()()()()()()()()()のだし、いい加減腹をくくったらどうだ」

「うるさいなぁ!! さっさと行けよこのバカップル!! 末永く爆発しろ!!」

 

 おまけに煽るように言われれば、さすがに重音も堪忍袋の緒を数本まとめて引きちぎらざるを得なかった。フォースプッシュまで使って二人をこの場から追い出すと、から回った勢いを整えるため荒い息をつく。

 

 そして周りから天敵二人の気配が完全に消えたことを確認してから、改めて深いため息をついた。

 

「……ったく、なんなんだよ待ってる人って。余計なお世話なんだよ」

 

 だから重音は、予定通りに歩き始める。自分にとって、特別な少女の待つ家に向けて――。

 

 

EPISODE ⅩⅤ

 

 

 

 

 

 

 

 

「シスの転生」――および

 

 

「銀河の片隅でジェダイを復興したい!」――――完




はい、ということで今日まで三年近く連載してきた本作は、これにて完結です。
ここまで読んでくださった皆さん、長らくご愛読いただき本当にありがとうございました。
皆さんがいてくれたからこそ、ここまで来られたのだと思います。

完結に寄せた雑感はここに書くときりがないし見づらくなるので、割烹のほうに載せておきます。各章のサブタイ元ネタ説明とかもあります。
もし興味がおありでしたら、そちらもよろしくどうぞ。

最後に、もしよろしければ評価や感想、ここすきなどなどいただけましたら幸いでございます。
よろしくお願いしまァす!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。